2009年11月17日 (火)

この御仁の辞書には『反省』という言葉はないらしい・・・

 ほとんど国民の頭からはオリンピック招致のバカ騒ぎは過去のものと思っていたら、この御仁の頭の中にはまだ『東京でオリンピックを開かねば・・・』という思いが消えていないらしく、『私の代での責任で東京はアプライ(申請)する』と、宣言したという記事、誰かの歌の文句ではないが『本気かしら・・・』と思ってしまう。

恐らく都民(国民)の多くは失敗した16年のオリンピック招致には最初から反対か疑問を持っていたに違いない。さらに、圧倒的多数は成功するとは思っていなかったはずで、失敗したことにホッとしているという表現がふさわしいのではないだろうか。

公称150億円もの都民の税金をつぎこんだ招致運動。大新聞があまりこの問題に触れようとしないのは、どこからか圧力がかかっているのだろうが、ネットで『オリンピック招致』というキ-ワ-ドで検索してみると、とんでもない無駄遣いをしていることを指摘している。

イベントに参加した芸能人やアスリ-トたちに数時間舞台に立っただけで100万円超という常識外の謝礼を払っていたこともその一つ。

国民の圧倒的多数の常識として、芸人はともかく、過去にオリンピックで活躍し名声を得たり、現役選手でオリンピック代表になるだろうと思われているアスリ-ト達は、東京での開催を本気で応援しているはずなので、そのほとんどはボランティアとして参加しているに違いないと思っていたはず。

それが、莫大な謝礼が目的だとしたら、オリンピックそのものの精神を自らが踏みにじんでいたことになる。その連中にお揃いの一着30万円もするブレザ-を着せてのパフォ-マンス。これを無駄としなければ他に無駄はない代物・・・。

それはともかく、唐突に招致をぶち上げた、あまりにも有権者をなめた発言に『いい加減にしろ!』と怒り心頭の都民も多いはずなのに、その意志が現れていないのは、一帯何なのだろう。都民があまりにも常識はずれの発言だと呆れているのならともかく、この御仁に飼い馴らされているとしたら・・・と考えるとゾッとする。

先日、ある大衆新聞に『このタイミングで表明したのは、予想以上に知事が追い詰められているからだ・・・』という記事を見つけた。

記事によると、知事は失敗した16年五輪招致に150億円も浪費しているが、12年五輪の招致に成功したロンドンの招致活動費は60億円と2倍以上の税金をつぎこんだのに、落選したことによって、オリンピック基金として積んだ4000億円の使い方も問われるのを誤魔化そうとしてとのことだという。

都議会で多数を占めた民主党は、それらを12月議会で徹底的に追及する予定で、このままでは『150億円をドブに捨てたも同然だ』と批判されるのは確実。しかし、20年招致を表明すれば『150億円は無駄にならない』『2020年招致につながる』と強弁できるという論理を展開すると書いている。

どこまで真実かは疑わしいが、確かに、少なくとも五輪招致を言い続けていれば、招致失敗の総括を迫られたら、この御仁のいつもの発想法で『まだ終わっていないのに総括の必要はない』という論理に強引にすげ替えることは疑いのないところ。

さらに記事は、もともと五輪招致を強く訴えていたのは、自民党都議団だと続けている。五輪招致を大義名分にして東京を再開発し、国のカネで10兆円の公共事業を進めるつもりだったというのも何となく頷けないことはない。

この御仁の立場はともあれ、150億円(一説には400億とも言われているらしい)が何に使われたか明らかにもしないで、ほとんどの都民(国民)が望みもしない五輪招致に、また莫大な税金をつぎ込もうなんて許されない話であることだけは間違いない。(田舎親父)

2009年11月16日 (月)

大丈夫なのかハトヤマ外交・・・

 政治音痴の私が日米外交などという話題を出すこと自体、笑われるかも知れないが、先日行われた日米首脳会談を見ていると、あまり代わりばえしないのではと思ってしまう。

 日米対等と打ち出しているハトヤマ政権に対して、オバマ大統領の方が一枚も二枚も上で、笑顔で日本人を虜にして結局のところ『主人は俺だ』と認めさせてしまったように感じた人は多いのではないだろうか。

 私もその一人であるが、オバマ大統領の来日が、自国の軍隊の中でおこった軍医による乱射事件の犠牲者の慰霊式にどうしても出席しなければならないという理由で一日遅れたのはアメリカ側の事情。しかしそんなことは一切問題にせず、『ようこそ来ていただきました・・・』という論調しか目立たないのは、日本人の優しさ(?)なのだろうか。

 そのことは後ほどに述べるとして、オバマ大統領はエイペックだったか、アジアの首脳が集まる会議に出席することを前提に日本訪問の日程をたてたはず。当初発表された日程によると(ハトヤマ首相が大統領専用機に乗せてもらって行くとは思っていないまでも)、大統領を見送ってから、あるいは相前後して飛び立つはずだったという記事を見た記憶がある。

 これは当然だろう。翌日、シンガポ-ルで同じ会議に出席するのだから、訪問された主人が客をほっぽりだして、自分が先にでかけるなんて日本人の常識では考えられない。

 ところが、それが実際に行われたのだから驚くというより呆れてしまう。今回のオバマ大統領の行動をニュ-スで見る限り、予定が一日遅れたといいながら、きちんと予定通りのスケジュ-ルをこなしている。それも笑顔を絶やさないオバマ流で・・・。

 天皇皇后との昼食会も約束通りこなして、終わってから羽田から専用機に乗り込む様子が放映されていたが、ハトヤマ総理はそれよりずっと早く、政府専用機でシンガポ-ルに飛び立ったということがかなり引っかかる。

 しかも、昨朝の(ほんの少し見ただけだが)ニュ-スでは他国の首脳は単身で何となく口元を引き締めている姿勢に比べ、ハトヤマ首相は夫人同伴でこれ以上楽しいことはないというような笑顔で手を振っていたのも何か異質な感じを受ける。

 話を戻すが、今沖縄の基地問題で日米の関係がギクシャクしているという。そのことは理解できるが、閣僚たちの考え方も統一していないように思える。最後は私が決めると大見得を切っているが果たしてハトヤマ首相は日本の利益を第一の判断ができるのだろうかという疑念は消えない。

 大新聞はじめテレビなどのメディアも閣僚たちの意見の不一致を大きく取り上げ、アメリカを怒らせているとか、このままでは普天間基地は従来の辺野古への移転しかないという論調が目立つようになっている。

 ロシアあるいは中国に対して戦争を前提とした日米安全保障条約を戦争を永久に放棄すると宣言した日本国憲法より大事にしているのでは、いつまでたっても日本はアメリカの占領国、もっと極端に表現すれば植民地そのもの。

 日米安保が東西冷戦時代は、それなりに日本の防衛のために役立ったことは何となく理解できるが、時代は変わり条約自体の質を変える必要があるのは国民誰もが感じること。

 それをいつまでも同じように、しかも思いやり予算と称して多額の費用を負担してまで沖縄に限らず、各地に広大な土地を差し出しアメリカ様の軍隊に駐屯していただくという姿勢を見直す時期にきているのではないだろうか。

 特に沖縄においては基地の多さと、アメリカ兵に住民が暴行されたりしても『ご主人さまには逆らえません』と、むしろ住民に泣き寝入りさせている政府の方針では、これはもう独立国とは呼べるものではないだろう。

 ハトヤマ首相のオバマ大統領に対しての『お前は約束通り日程をきちんとこなせ。俺は先に行くぜ』という今回の態度は日本人として失礼だと述べた。

 これがもしもハトヤマ首相の最後は私が決めるという『日本には基地はいらないのでグアムに移転しろ、これが俺判断だ・・・』という意思だとしたら、諸手をあげて賛同するが、ちょっと無理だろうな・・・。

それ以前に、『手土産(基地問題の進展)も持たず、来てやった・・・』というオバマ大統領に対して、唯一つも批判できない日本のマスメディアの体質が悲しい。(田舎親父)

2009年11月15日 (日)

住民の安全より観光産業が優先とは・・・

 八ツ場ダムの中止を国交相が明言してからだいぶ経つ。一昨日、利根川水系を利用する5都県知事がダム反対という立場で、国交相に申し入れ書を提出したというニュ-スが流れた。

神奈川をのぞく都県は『八ツ場ダム建設』のために相当額の建設費を出していると報道されている。出すためには議会に同意を得なければならないことは政治音痴の私にも理解できるが(いつ頃から具体的な金額を出しているのかわからないが)、どうも今回の『建設反対に反対』の申し入れには、多分に自分たちのメンツに拘っているような雰囲気を感じないでもない。

それはともかく、一昨日の朝日新聞の社会面に『八ツ場水質公表せず』という4段抜きの記事が目に止まった。

記事によると、八ツ場ダムの建設予定地の利根川水系の吾妻川とその支流で、国交が少なくとも93年以降、環境基準を超えるヒ素を毎年検出しながら、調査結果を公表しなかったことが明らかになったという内容にびっくり。

下流で取水する飲料水の水質に影響する結果ではないとのことだが、誤魔化すことやデ-タの改ざんが得意な役所のこと、果たして心配ないのか疑わしい。朝日新聞は『八ツ場ダム』の建設の是非に影響しかねないとみた国交省がデ-タの公表を避けて計画を進めていたことになると指摘しているが、政権交代をしてもやることは変わらないようだ。

国交省は昨年12月から政権交代直前まで、非公表の第三者機関『八ツ場ダム環境検討委員会』を設け、ダム建設が水質や自然環境に与える影響を検討していたというが何のためと首をかしげる。政権交代と同時にこの会議はお役目ゴメンとなったらしいが、ひょっとして前原大臣は知らなかったのではないだろうか。

どのようにして入手したのかは書いていないが、朝日はこの委員会の『八ツ場ダム 環境保全への取り組み』と題した報告書を入手したようだが、内部の諍いがあったのかも知れない。その当たりの経緯はともかく、報告書には非公表とされてきた水質データが記されており、環境基準以上の数値のヒ素が検出されたと明記されているというから驚き。

猛毒のヒ素は昔から毒薬として広く知られており、時代小説や推理小説にはよく殺害手段として使われる場面があるが、青酸化合物のような人間が作り出した劇物ではなく広く自然界に分布していることは私も知っている。

特に、火山の岩盤や温泉水には高濃度で含まれるが、体内に蓄積されると様々な症状が出ることがわかっているので、最近その存在がかなり報じられるようになっている。築地市場を移転先として名前が上がった豊洲も確かかカドミウムなどと共にヒ素汚染があったと報じられているはず・・・。

環境基準も厳しくなり環境基本法に基づく河川の水のヒ素の環境基準を5倍以上厳密にして1リットル当たり0.01ミリグラムになっているとのことである。

この八ツ場ダム関係の報告書の中には、付近の川の酸性の水質を改善するために設置された『品木ダム』の放水口で環境基準の約10倍ものヒ素が検出されているにもかかわらず、デ-タ-を握りつぶしていたというから国交省の隠匿の意図は明らか。

この地域は名湯と言われる草津や万座などの温泉が多く、国交省の官僚は基準以上のヒ素の検出というニュ-スが表沙汰になると、観光に不利になるという弁解しているようだが、役人の頭の中には人々の命や健康より『金儲け』が優先するらしい。

ところで、『品木ダム』というのは、鉄板はもちろんコンクリ-トも溶かすというほど強い酸性の水質を改善するために作られたダムだという。『八ツ場ダム』計画が地元に伝えられた52年から55年に、国はダム予定地で鋼板やコンクリートを川水に400日さらす実験をしたところ、鋼板は8割、コンクリートは1割前後が溶けたというから凄まじい。

さすがにこれではダム建設はできないと計画は消えたようだが、『品木ダム』の完成によって、水質問題が解決されたとして『八ツ場ダム建設』計画化復活したというから、『品木ダム』というのは『八ツ場ダム』を作るためのダムだったという。いや、知らないことが多過ぎる。

観光に悪影響という理由もさることながら、このデ-タを現地の有力者に伝えられなかったとは考えられない。群馬県議会は知事に対して『確認の必要はないのか』と質問したらしいが、知事は『いずれ(国交)大臣がすべて責任を持って再検証すると言っている』とのことだが、この知事はバレタラ仕方ない、負の遺産を背負いこんだ民主党に責任をなすりつけようという態度がミエミエ・・・。

翌日の新聞には、『品木ダム』そのものの寿命が危ぶまれているというから、八ツ場ダム計画の中止はもちろん、ダムによらない治水は当然だが、水質改善を開かれた場で本気で議論してほしいものである。(田舎親父)

2009年11月14日 (土)

ワクチンだけに頼るのではなく・・・

 しばらく浮世の話題から意識的に逃げていたが、ふと気づくともう11月も半ば。少しは頭脳構造が回復してきたので、世の中の動きにもついていかねばならないと思い、今日は久しぶりに相変わらず大騒ぎしている豚インフルの話題をとりあげてみる。

以前からワクチンは二回接種だ・いや一回で効果があるという論争を厚労省や医師の間で激しくやりとりしていたらしいが、やっと原則一回という方針が出たようだ。そのことは特にどうってことはないが、一回のワクチンを打つだけで、本当に豚インフルに効果があるのだろうか、という疑問は消えない。というよりワクチンは安全なのだろうか。

医学とは全く無縁でしかも無知な私が取り上げる問題ではなさそうだが、マスコミが連日豚インフルの驚異を取り上げ、あちらでは大流行で学校閉鎖が相次いでいるとか、こちらでは何歳の子どもが亡くなったとか、恐怖感を煽る記事が踊っているのにはウンザリしてしまう。

ワクチンの問題でも、ワクチンを打たなければ全員が死んでしまうような書き方しかないのは、ひょっとしてワクチンを製造している会社から袖の下でももらっているのではないかと勘繰りたくなるのは私だけだろうか。

もう少し国民が科学的にワクチンを考えるような書き方ができないのだろうか。インフルに限らず、ワクチンというものは発症した患者からウイルスを取り出し培養して、適度に薄めて健康な人に注射して、擬似的に発症させて免疫をつくると教えられている。

天然痘やポリオなどワクチンの普及で現在ほとんど撲滅させた病気も多いが、インフルエンザとなると毎年流行している。これは(全くの素人論理だか)、毎年同じウイルスならば免疫ができているはずなので理屈に合わない。

多くの識者が指摘しているが、インフルにはいくつかの型があり、その年や地域によって猛威をふるうウイルスが違うらしい。だから、そのウイルスにあったワクチンを接種しなければ効果がないという。

理屈はわからないでもない。しかし、様々な型のウイルスが自然界に存在するとはとても思えないので、多分にウイルスは人間によって刺激され、自己防衛本能から少しずつ性質を変えていることは、ほんの少し考えれば理解できる。

今流行っている豚インフルのウイルスも少しずつ変化しているに違いない。現在ワクチン不足と騒がれ、製薬会社はフル稼働でワクチンを作っているという。

マスコミに煽られてワクチンが唯一豚インフルにかからない方法と思い信じている人々は、早く自分の番がこないかと首を長くして待っているらしいが、数カ月後に接種されたワクチンに入っているウイルスは、その時点で発症させるウイルスと質的に違っていたとしたら何の効果もないことになる。これでは笑えぬ笑い話・・・。

ところで、インフルを予防する方法として、盛んにうがいや手洗いを宣伝している。保育園や小学校で子どもたちが先を争うようにうがいや手洗いをしている映像が氾濫している。最近は中学や高校までが同じような指導をしているように思えるが、授業の度に少ない水道の蛇口を奪い合っていては、ただでさえ時間がないと言っている学校は大丈夫なの・・・と変な心配さえしてしまう。

それ以前に、表面がツルツルのガラスのようなところに付着したインフルエンザウイルスなら水で洗い流すことはできるだろうが、複雑な構造の鼻や喉の粘膜についたウイルスをうがい程度で洗い落とせるわけはないだろう。やらないよりやった方がましという程度であって、決定的な予防方法でないことだけは確か。この当たりをきちんと知らせる必要があるのではないだろうか。

マスクとなると、人ごみで感染している人が他の人にうつさないようにするためにはある程度有効だろうが、これまた、しないよりした方が良いという程度だろう。

以前も書いたが、インフル対策はウイルスに抗することができる体質というか、免疫をつけることが一番大事だろうことは疑いのないところ。これは普段の生活態度の改善以外あるわけは。

普段からストレスが溜まる上に睡眠不足、その上スナック菓子や栄養が偏る外食をしている生活では、例えワクチンが合致して発症は抑えられたとしても免疫はできるわけはない。新しい型のインフルにはまたワクチンを求めて右往左往するのは間違いない。

インフルにかかったら仕方ない。栄養のあるものを食べてゆっくり休養すれば良いと考えると気楽なのだろうが、金儲け命の社会では、こんな考え方をすることさえ許されなくなっているようだ。(田舎親父)

2009年11月13日 (金)

森繁さんの訃報に・・・

 ここ数日紹介している『第七回全国ほんもの体験フォ-ラムin北海道』での参加者のお目当ての一つは、開催地の自慢の料理をふんだんに取り揃え、地元の人たち総出での接待が売り物の『大情報交歓会』である。

今回も、大漁旗が覆い尽くす会場では、標津の誇る『鮭やホタテ』を中心に、北の幸満杯の料理に舌鼓。さらに北海道限定のビ-ル『サッポロクラシック』のまろやかな味は参加者一同は大満足と大変な盛り上がり。初対面の人たちが名刺交換をしながら、互いの情報を交換し合っている雰囲気に時間の過ぎるのが速いこと・・・。

大盛会のフィナ-レはこの会を裏で盛り上げてくれた標津のお母さん達が舞台にあがり勢ぞろい。会場全体で森繁久彌さんが作詩作曲し、加藤登喜子さんがしみじみと歌いあげて一躍知床を全国民の憧れの地とさせた『知床旅情』の大合唱である。

我々の年代にはこの歌は何かあると、誰かが口ずさむとたちまちのうちに大合唱になる歌なので、大音痴の私でも歌詞をそらんじているほど。歌詞をプリントも配られてはいるが、持たないで歌う人も多い。

その森繁さんの訃報を聞いたのは、帰宅した翌日。前日はゆかりの地である『羅臼』で宿泊していたので、森繁さんを偲んでではないが羅臼の宿を一つ紹介したい。

私が羅臼を始めて訪れたのは一昨年5月。日本で一番おそい桜を追いかけて、知人の車を借り10日間ほど道東を走り回った途中のこと。遅まきながら知床を旅したいと思い、ウトロの『夕陽の沈む家(このホテルは落ち着いた雰囲気で、また訪れたいと思っていたが、昨年秋、親しくなった従業員の一人から諸般の事情で閉鎖しますという連絡があったのは残念)』という小さなホテルに連泊し、ガイドの案内で知床を堪能。ヒグマやエゾシカ、キタキツネの歓迎を受けたことは忘れられない思い出。

その後、知床峠で見た北方領土の『国後』の大きさに、失った領土の大きさと未だに返還交渉が進まないことにイラダチを感じ、その気持ちは現在ますます大きくなっている。途中『熊の湯』というこれぞ露天風呂という、人工物が何一つない風景の中での湯に浸かる素晴らしい経験をして、羅臼に泊まった宿が『いしばし』という小さな民宿。

その夜は、私たちだけだったこともあり宿のご主人と女将さんとすっかり打ち解け、翌日は、山菜取りに連れていってもらいゴゴミをはじめ大収穫。昆布拾いや小さな漁港で大漁のカレイやタラを目の当たりにした。お返しに水仙の球根植えの手伝いをしたことも良き思い出。帰りにはお土産としてダンボ-ル二ケにも当たる海の幸・山の幸にはびっくりを通り越して口アングリの大感激。以来、数度訪れている。

昨日の続きになるが、『川北温泉』を堪能した我々は、当然のことながら今宵の宿は羅臼の民宿『いしかわ』である。羅臼の道の駅で羅臼会場の分科会のパネラ-である、急に同行する気になった友人を拾い宿に向う。

到着して間もなく女将さんからの『今年一杯で宿を閉める』という悲しい言葉に愕然とするが、料理は相変わらず豪華なもの。

今宵は、いつも夜中まで相手をしてくれるご主人が出張で留守なのは残念だが、宿は閉めても歓迎するという女将さんの話を肴に地酒『北の勝』をグイグイと大盛り上がり。この宿には、熊の湯から引いているという源泉かけ流しのこじんまりした風呂が24時間いつでも堪能できるという付加価値があるのも嬉しい。

こんなに『もてなし上手』な宿はないと思うので、今年一杯で閉めるのは惜しいが、女将さんはもともと体力が落ちたら閉めると口にしていたから仕方ないだろう。もし、今年一杯に羅臼にでかける機会がある方は、ぜひこの民宿に泊まっていただくと、その良さを知っていただけることは間違いない。

翌朝、女将さんには『来年の春に必ずきます』と約束。その時は『知床旅情』をいっしょに歌えることを楽しみにしている。(田舎親父)

2009年11月12日 (木)

絶品! 酪農家のチ-ズ

 昨日は和泉雅子さんの印象を書いたが、女優として活躍していた彼女がなぜ突如として北極に向かったのかは講演の中からは見つけられなかった。北極点に到達した第二回目の遠征費が1億3千万円と淡々と語るが、いくら人気女優だったとは言えこれだけの費用を捻出するのはかなり困難ではなかったろうか。

彼女の気持ちを想像することなど全く意味のないことだろうと思うが、女優としての売り物の美貌とスタイルを失っても余りあるほどの、人生の転機となる大きな経験が『北極行き』を決心させ、その時の失敗にもめげず、その価値観が彼女の心を占めたに違いないと推察している。

それはともかく、翌日は4つの分科会に別れてパネルジィスカッションが行われたのだが、それぞれの会場では多くの人々が熱心な討論をして昼過ぎに終了した。私の参加した分科会も席が不足するほどの盛況、毎年のことながらこのフォ-ラムに期待している人々熱き思いを感じる。

全ての日程が終わったので、私は友人とレンタカ-を借りてある牧場に向う。この牧場には2度目の訪問だが、今回は全くアポをとっていない。お前など知らないと言われたらそれまでという全くの押しかけ訪問である。

なぜ、そこまでして訪問するかというと、この酪農家の作るチ-ズを何とか少しでも分けていただきたいという気持ちが強かったからである。

詳しいことは省略するが、昨年5月標津を訪れた際、北海道の牧場の搾乳風景を写真に撮りたいために、偶然知り合った酪農家の次男という青年に『貴方の両親の牧場で写真を取らせていただけないだろうか・・・』という、強引で且つ大変あつかましいお願いをした。

彼はすぐ父親に電話してくれ、あまり積極的とは思えないもののOKをいただいたので遠慮なく押しかけ、いろいろと質問したりさせてもらいながら搾乳風景を撮影させてもらったという経緯がある。

はじめは迷惑顔をされていたが、私の熱心な態度が評価され、徐々に心開いていただいたのだろう、帰り際に奥さんから『何もないけどこれを食べてみなさい』と渡されたのが、今回の目的になった『絶品のチ-ズ』である。

真空パックされたチ-ズはまさにナチュラルチ-ズそのもの、数日後、自宅に戻って食べてみたら、これは何とも表現しようがないほどの絶妙の味。ナチュラルチ-ズが好みだということもあるだろうか、こんな素晴らしい味のチ-ズにはお目にかかったことがない。

早速、ほんの少しのお礼の品をそえて礼状を出したのだが、都会人の我が儘だろうと思われた(と想像しているが)らしく、全くのなしのつぶて。確かに、私の気持ちの中に、できれば定期的に分けていただければ・・・という下心があったことは間違いないので、仕方ないと諦めていたのだが、もう一度お会いして『本当に美味かった』ということは伝えたいという気持ちは持ちつづけていた。

牧場はすぐわかり、うかがった時刻がお昼休みと良かったこともあって、当初は怪訝な顔をされていたが、昨年のことをいうと思い出していただき『まあ中に入れ』と居間にあげていただく。いろいろな話をしているうちに、心が通じ合って、私の言う『チ-ズが絶品』という言葉が真実だと感じてもらえたらしく、早速スライスしたチ-ズを豪快にお皿に出していただく。

全部食べても良いとのことなので、遠慮せずにパクパク。友人も『これは絶品』と頷き同じようにパクパク。たちまち100gのチ-ズがなくなってしまった。

何でもこのチ-ズは共同の作業場で作るらしいが、そこが人気でなかなか順番が回ってこないらしい。この酪農家も3ケ月に一度抽選に当たって使えるか使えないか、という程度で、使える日は生乳100kgを車で1時間かけて作業場に持ち込み、10kgのチ-ズを得ることができるとのこと。

この酪農家は放牧が一番という主義。緑の牧草を食べた牛の出す生乳から作るチ-ズが最高と言うことは素人の私でも知っている『チ-ズ学(こんな言葉があるのかは疑問)』の最低の常識だから、この夫妻が作るチ-ズが絶妙の味だということは当然の理屈。

ただ、実際にチ-ズ作りをする奥さんはチ-ズは食べないという。ご主人もさほど食べないとのことだから、結局は札幌に住む息子に送ったり、友人へのプレゼントにするらしい。たちまちのうちに売れることは間違いないのに、もったいない話である。

定期的に作って分けてもらえないかと熱心に口説くが、もう一人の息子がチ-ズ作りに専念してくれたら・・・という返事。全く脈がない話ではなさそうだ

結果的に、最近作ったので今は冷蔵庫に入っていると言って、1kgの輪のようなチ-ズを10ケに切って真空パックしたチ-ズを『持っていけ・・・』と渡してくれる。『購入させてもらえないか』というと、ダメだとのこと。変に押し問答をしたら『カエレ・・・』と言われかねないので、後でお礼をということで受け取り、即刻、友人と山分け・・・。

このご主人、近くの秘湯『川北温泉』の湯守をされているらしく、ここにはぜひ入っていけとのこと。はじめから我々はそこに向うつもりだったが、まさかご主人がこの温泉の湯だったとは知らなかった。

なんでもNHKが日曜日の午後に放映している『みんなの温泉』とかいう番組では、4日間も撮影に付き合ったとのこと。ご夫妻は毎日この温泉を利用しているという。その日は日曜日、近所の人たち(といっても車で30分は当たり前らしい)で賑わっていたことを付け加えておこう。

今回も帰宅するやいなや、すぐに1ケをペロリ。『なしのつぶて』を覚悟して、近々、お礼の品を送っておこう。(田舎親父)

2009年11月11日 (水)

和泉雅子さんの印象・・・

 この『ほんもの体験フォ-ラム』の大きな売りの一つがゲストのト-ク。私がこのイベントに魅了されたのは一昨年の沖縄大会での『平田太一』という青年の講演。彼の魂の叫びを感じさせる迫力に心底驚き震え上がったものである。

昨年の美浜では、ご当地出身の伏見工高校ラクビ-部で泣き虫監督と言われながら、弱かったチ-ムを一躍全国優勝に導いた山口監督だった。山口さんの話も素晴らしかった。自分の生い立ちを淡々と語り、伏見工高に教師として赴任した時の思い出などや、悪ガキたちを相手に奮闘した様子を自分の言葉で語る姿に、思わず涙した。

今年のゲストは我々の年代には懐かしいアイドルとして記憶に残る和泉雅子さん。しかし女優としてより北極点に到達した数少ない人という方がインパクトは強い。今までのゲストを選ぶ基準は、開催地で活躍している人かそこの出身者だったとのことだが、今回は両方当てはまらない。あえて探すと、北極と北海道の北という字が共通であること、北極に一番近いのが北海道だという程度という。

適任者を探すのに苦労したらしく、見つけ出して交渉を始めても日程が合わなかったり条件が整わなかったりと四苦八苦、偶然和泉雅子さんが北海道の標津とは読み方が同じシベツである士別町に別荘を建て拠点にしていることを知って話を持っていったところ、快くOKをいただいたとのこと。主催者から聞いた人選の経過も楽しい。

和泉雅子さんというと『北極に立った数少ない冒険家』の一人。二度目の挑戦で偉業を達成されたということは知ってはいたが、私の記憶からその後はすっかり消えていた。案内パンフを見て、そのことを思い出し『私の北極物語り』という演題には興味がそそられる。

前日、プレイベントが終了して温泉に浸かってから、宿の入り口近くで次の会の時間待ちをしていたところに、二人の熟年の女性が入ってこられ『ここに温泉があるのですか』と声を掛けられた。

夕方の6時過ぎ。なぜこんな時間にと疑問があったものの、その時は和泉正子さんとは全く気づかずに『素晴らしい温泉ですから、ぜひゆっくり入って確かめてください』と答えてしまい、一言二言温泉の話をした。

ふと気づくといつの間にかいなくなっている。時間が来たので懇親会の会場に行くと、目の前に泉さんともう一人の方が座っているではないか。ひょっとして、この方が和泉さんではと思い、改めてまじまじと顔を拝見すると和泉さんに間違いない。

スタイルが良いとはお世辞にも言えない。服装も地味なもの。それなりの生地を使っているには違いないが、派手さは全くない。横に座っている女性はマネ-ジャ-らしいが、こちらも全く目立たない存在で、当然のことながら、私が少し前に宿の玄関で『このおばさんたちは誰だろう』という疑問をもったのも当然だという感じ・・・。

それほど見事にごく普通のおばさんという雰囲気をかもし出している。そこには女優だとか冒険家だという一種のプライドなどを感じさせないのに驚く。

懇親会の場では、誰とも気さくに話して座を盛り上げているのも、飾りはなく出席者の一人として料理をいただきお酒を楽しみ、何よりも場の雰囲気を自分で楽しんでいるという人となりは接していて楽しくなる。

私はこの場では酩酊してしまったが、翌朝、朝食でいっしょになって同じ宿に泊まっていることを知ったという次第。

ところで講演であるが、実際に北極に出かけた経過と風景をスライドで見せながらのト-クは聞いている人を飽きさせない。何十回も話しているのだろうか、その話ぶりは『素晴らしい・・・』という一言に尽きるほど洗練されている。

しかも、事例発表が伸びた時間をきちんとカバ-し、しかも『しり切れとんぼ』のような終わり方ではなく、聴衆を納得させる手法で20分間を短縮した話法は見習いたいもの・・・。すっかり今頃になって和泉雅子ファンになったような気持ちになる。

その上、その後に開かれた出席者全員による『大情報交換パ-ティ』にまで出席。多くの人たちと楽しんでおしゃべりしている姿に感動すら覚える。今までのゲストは時間の関係もあったのだろうが、このパ-ティに出席した人はいない中、この場を楽しむ彼女には、ある種の凄さを感じた人も多いのではないだろうか。

交通の手段がないからだろうか、その日も宿泊。翌朝には『クセになりそうな素晴らしいお湯でした』と私に声を掛けていただいたのも嬉しいこと・・・・。

またどこかで、彼女の『私の北極物語り』を聞く機会があることを願っている。(田舎親父)

2009年11月10日 (火)

しばしの頭脳休暇から復帰・・・

 しばらく休養していたが、今日からまた毎日更新を目標に駄文を掲載したいので、時間がある方は読んでいただきたいと思っている。

休養中、5日から知床半島の付け根に当たる標津町で行われた『第七回全国ほんものフォ-ラムin北海道』というイベントに参加し、教育旅行に携わる多くの人たちは歓談する機会をえることができた。

第六回は今年の3月福井県の美浜町で行われた。その時の参加した様子はこの欄でも書いたが、このフォ-ラムは従来の修学旅行のスタイルから、本当の意味での体験活動が子どもたちの気持ちが盛り上がり、感動を生むという考え方で教育旅行を変えていこうという人々の熱き思いで、年に一度開くイヘントである。

飯田で始まったこの催しは和歌山・新潟・長崎・沖縄・福井と回を追うごとに充実してきたという。私は昨年3月に行われた沖縄大会に取材に出かけて、その圧倒的なパワ-を目の当たりにし、翌年からはすっかりファンになっている。

体験旅行が大流行な現在、各地ではこの種のイヘントが数多くあるが、ここに集まる人たちは地道な活動によって、多くの学校の修学旅行や教育体験活動の誘致に成功し、しかも毎年大きな評価を得ている人がほとんど、利用する学校も歳を追って増えているという。

町や市の行政組織が受入れの中心になっているのも特徴の一つで、次回の開催地に立候補する首長が参加するのも大きな特色。そんな背景にあるとは言え、自然体験活動のイベントで1000人もの人が全国から集まり熱心に討議する集まりはまずないだろう。

受入れる地域や人々が多いので、当然のことながら、主催会場では修学旅行の書き入れ時の開催は難しい。そんな理由から、毎年開催されるのは2月・3月が多かったようだが今回の標津町は鮭の一大産地。しかも極寒の道東では2月.3月は厚い氷に閉ざされている期間と、絶対的な物理条件が伴わない。そんな意味で、前回の福井からわずか半年しか過ぎない11月初旬の開催になったようだ。

それにしても標津は遠い。中標津空港を利用するのが一番便利な方法だが、ここと羽田とは一日一便の全日空だけ。日に数便ある釧路空港や女満別空港を利用する方法もあるが、陸路2時間もかかるとなると、観光で釧路湿原や阿寒湖を観光しながらという人はともかく、ほとんどの人は中標津を利用するしかないのが現状。

開催日が決まったが、この時期は全国の教育旅行にとっては、いわば書き入れ時。主催社側は果たして人が集まるのかと心配立ったらしいが、それでも北海道以外から300人を越し、全体では500人超の参加者があったのは凄いこと・・・。

私は前日に行われる各種のプレイベトに参加するために5日の11時20分羽田発のANA便に乗り込む。ここ標津には何度も訪れている。プルケの宿という看板の『ホテル川畑』は57度の強アルカリの自噴泉を持つ源泉掛け流しの宿、ぜひ一度この温泉に浸かって見ることを薦めたい。遅めの昼食後は宿でのんびり・・・。

翌6日は、朝からサ-モンフィシングのメッカである『忠類川』で、始めて本格的なサ-モンフィシングに挑戦。しかし、今年は鮭の帰川が少なく、しかも時期的にはすっかりピ-クを過ぎているらしく、魚影は見えない。

一応ルア-やサンマの切り身のエサで当たりを待つが根がかりがあるものの、また何かの拍子でエサはなくなるが鮭からの反応はない。それでも18人の参加者は臨場感と風景の雄大さに大満足。昼食をはさみ、笑顔で次の『新巻き作り』に挑戦。作った新巻きは後で送ってくれるというから楽しみである。

その後、標津の誇るサ-モン水族館を見学。産卵水槽では鮭の自然産卵の様子も見ることができたのも大きな収穫であった。今日はここまでにしたい。(田舎親父)

2009年11月 1日 (日)

早過ぎる死刑執行に疑問・・・

 『足利事件』は逮捕され19年間も刑務所で過ごしてきた菅谷さんが、犯人の可能性が極めて低くなったという理由で釈放され、検察の幹部が謝罪するという展開に世間が驚き俄然注目されたが、陰で菅谷さんの無実を信じて活動してきた弁護団の努力には頭が下がるとしか表現のしようがない。

当時のDNA鑑定に現在のようなすう正確さがなかったにもかかわらず、裁判で検察は唯一の証拠として採用するように主張。裁判官もそれを認め地裁無期懲役を言い渡し、無実を訴えて控訴した二審でも、さらに最高裁でも控訴・上告棄却という判決で無期懲役が決定。牢獄で過ごしていた菅谷さんの気持ちは想像を絶する。

それでも、努力の結果が報われ、19年間という貴重な時間は元には戻らないまでも、社会に復帰できることは不幸中の幸。もしも、無期懲役ではなく死刑という判決だったとして、それが執行されてしまったとしたら、今日の菅谷さんは存在しない・・・と思うとゾッとする。

そのゾッとする可能性が高い事件があったという。福岡という地域は凶悪事件や信じられない事件が報道される度に『また福岡か・・・』と言われるほど賑やかな地域というと叱られそうだが、昔からのことだったようだ。

1992年に飯塚という町で、女児2人が殺害された『飯塚事件』で逮捕され死刑を言い渡された男性は昨年に死刑が執行されたとのことだが、どうもこの人は『冤罪』の確率が極めて高いということが報じられている。

私には『飯塚事件』そのものの記憶はほとんどないが、当時(現在も同じだが)、幼い女の子が殺害される事件が相次ぎ、新聞の記事を見る度に『犯人を探し出し、即刻死刑にでもしてほしい』と思っていたことを思い出す。足利事件にせよ飯塚事件にせよ『犯人逮捕』という報道で何かホッとし、それ以後関心が薄れてしまっていたようだ。

記事によると、死刑を執行された元死刑囚の妻が福岡地裁に『再審請求』し、新証拠として『足利事件』と同時期に同じ方法で捜査段階に実施された、DNA型や血液型の鑑定について、『結果に誤りがある』という鑑定書を提出したとのこと。

記事の詳細は省略するが、私なりに『飯塚事件』を調べてみると、最初から証拠が少なく、目撃された車の情報から警察はこの男性をマ-クしていたようだが逮捕のきっかけが掴めなかったという。

しかし、事件から2年半後にDNA鑑定で、遺体周辺の血痕とこの男性のDNAの型が一致したなどとして、死体遺棄容疑で逮捕。

車に残されていた血痕が被害者のものと一緒であったことから、被害者が被疑者の車に乗っていたのは間違いないというのが逮捕の根拠だったようだが、当時の警察としては、DNA鑑定というのがまさに『神の技』のような思い込みと、自供に勝る証拠だったようだ。

現在ではDNA鑑定は4兆人以上を識別できる精度があるというから、一致した瞬間『否認』は無視されても仕方ないとも思えるが(人間が作り出した技術だから万が一の間違いがある可能性は捨てきれないが)、当時のDNA鑑定はそこまでの精度がなかったとのこと。当然、被告が一貫して否認し他の物的証拠が何一つない裁判では、もっぱらこのDNA鑑定の精度が最大の争点となったとある。

結局のところ、地裁はもとより、高裁も最高裁もDNA鑑定を間違いないとして死刑を言い渡したのだが、最高裁で死刑が確定されたのが06年9月、そして死刑執行が08年10月とわずか2年足らず。この死刑囚は最後まで無実・冤罪だと訴えていたというのにあまにも早い執行に『なぜ・・・』という疑問がわくのは当然だろう。

執行時死刑判決順位は100人中61番目だったらしい。再審を準備中であるのにもかかわらず、しかも先に死刑が確定している死刑囚で再審請求をしていない者も数多くいたにも死刑を急ぐ何かがあったのだろうか。死刑執行が早くなった理由については、法務当局によって行刑密行主義が取られている為明らかになることはないというのも、納得しかねる。

もし、足利事件のように再審が決まっていたとしたら、この人の無実が明らかになるかも知れないと思うと、無実の叫びを無視し理不尽に命を奪ったとなると、これは法治国家として最大の汚点。まさか、この事件が前首相のお膝元で起きたこととは関わりはないと信じたいが、民主党政権は死刑執行を早めた理由を徹底的に調べていただきたいものである。

と同時に、両事件の陰でほそく笑んでいる真犯人がいるはず。奪われた幼い女児達の鎮魂のためにも、一日も早い犯人逮捕を願う。(田舎親父)

2009年10月31日 (土)

この輩のいう『経済効果』とは・・・

 先日話題にしたが、万葉集にも歌われた景勝地『鞆ノ浦の埋め立て』裁判で、埋め立てたら元に戻すのは不可能として、反対派住民の主張を認めた判決に、フジタという知事はそれを不服として控訴したというニュ-スが流れたが、やはり素直に『ハイ、わかりました』とはいかない、利権めいたものがあるらしい。

県側(知事だろうが)の控訴理由は『景観利益の定義があいまい。他の公共事業にも影響が出かねない』というものらしいが、そのわけのわからない主張に『お上のやることには文句をいうな・・・』という時代劇の悪代官を重ねるのは私だけだとは思えない。

地裁が『鞆の浦の景観は文化、歴史的価値があり、国民の財産』と見事な判決理由を述べているのにもかかわらず、『景観利益の定義があいまい』とは、県民総体として所有している歴史的価値を『権力』によって否定し、金儲けをするためには景観なんて考える価値もない『屁のようなもの』というところなのだろう。

私はアニメはあまり好きではないが、宮崎監督の『千と千尋の神隠し』は感動した。あのなんとも言えぬ幻想的な世界観の作品のヒントを南信州の遠山に求めたという話を聞いて以来、遠山に何度も足を運びその『神の里』の雰囲気に心酔している私は、宮崎監督に親しみを持っている。だから、鞆ノ浦が『崖の上のポニョ』の舞台となったことで、まだ訪れていない鞆ノ浦の景観の素晴らしさは十分想像できるのだ。

その宮崎監督が判決後に『公共工事で劇的に何かが変わるという幻想や錯覚はやめた方がいい』と話していた意味はよく理解できる。その言葉さえ否定して、公共事業を続けることが県民の幸せにつながると思い上がる考え方は、まさに『天につばする』行為としか表現のしようがない。

ある新聞によると、フジタという県知事ドノはかなり箱もの作りには異常に熱心で、県職員の中には『県は県債残高が09年度末で初の2兆円を突破し、財政危機に瀕している。公共事業に手を出す余裕はないのに、なぜこれほどこだわるのかといえば、知事が原因だ』という声が渦巻いていると書いている。

記事によると、フジタという知事の父親は参議院議長、母方の祖父も県知事の政治家一家だそうだ。政治家が建設業者と結び付いて公共事業を計画する構図は全国でみられるが、その中でもフジタ知事は『キング・オブ・ゼネコン知事』と呼ばれているという。祖父が私でも名前を知っている『フジタ』というゼネコンの創業者だというから、なるほど公共事業に拘るのも無理がないと思わざるを得ない。

黒い噂も尽きないらしく、4期目の当選を決めた05年、地検が後援会事務局長を政治資金規正法違反で逮捕。8000万円もの使途不明金の存在が明らかになったほか、選挙のたびに『対策費』と称したウラ金が県議などにバラまかれていたことが暴露されたという。このような人物を4期も続けさせていることを始めて知る。

記事は続く。この件で、県議会は知事への辞職勧告決議が2度も可決したそうだが、本人は『知事の座にいないと取材も報道もなくなり、真相解明できなくなる』とトンデモ釈明をして居直っているとのこと。事実だとしたら(事実だろうが)これは信じられないようなびっくり話。

ここまで書いてきて この知事は05年再任となると今年は満期。まさか5期連続に選ぶほど県民の意識が低いとは思わないので、調べて見ると11月8日に県知事の選挙があり、さすがに立候補していないことを知りホッとする。できれば、県民の良識で『鞆ノ浦埋め立て』を推進する人物ではなく、控訴取り下げに躊躇しない人を選んでほしいものだが・・・。

ところで、こちらは沖縄の話。こちらも県と市が一緒になって、日本でも有数の干潟である『泡瀬干潟』の埋め立てを進めていることに対して、一審と二審で『経済的合理性がない』として、県と市に予算支出の差し止めを命じる判決がでたことはつい最近のこと。

経済的合理性というのは、埋め立ててホテルを誘致できたとしても、地元にさほどの経済効果は期待できない、ということだと思うが、この判決に対しては、一応従うような素振りを見せながら、事業計画を見直すとして一期の埋立て工事は続けていくとこと、これまた変な話。

一度埋め立ててしまったら、どんな手段を講じても元に戻らないことは小学生でも理解できることなのに、経済効果とか地元の発展のためと称して、金儲けのためならば自然破壊などなんとも思わない輩が、知事だ・市長だとのさばっている社会がまともであるはずがない。

この輩のいう経済効果とは自分の懐を潤すことだとしか思えないが・・・。(田舎親父)

«戸塚ヨットスク-ルとはどこかで聞いた名前だが・・・

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