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2007年6月

2007年6月30日 (土)

日本のアンコ-ルワット?・・・

 まずは、下の2枚の写真をご覧いただきたい。

 

 廃墟である。廃墟には違いないが樹林にほぼ覆い尽くされている中に、賢明に栄華を誇った頃の面影を残そうと必死に戦っているように思えてならない。

 天井が抜け落ち、樹木が内部から生えて建物全体を覆い尽くしている。3棟残っているのだが、右端の建物はほぼ樹木がその姿を隠そうとしている瞬間、という表現ができそうだ。これは、かって付近に広がっていた炭鉱街の外れに建てられた、炭鉱の坑夫達の住居だったという。

 画像をクリックして大きくすると(私の拙い技術で写したものであっても)かなり迫力があるのではないだろうか。実際、この風景を目にした時、一瞬息がつまるというか何か心の中から突き上げるような感動が沸き起こった。

 こんなものが現実にあるのだ・・・。ひょっとして熱帯の密林でアンコ-ルワットを発見した探検家も同じような気持ちになったのではないか・・・・と突飛な想像に心が踊る。

 この廃墟とはかなり距離がある、かっての炭坑街の中心部だったと思われる場所に建てられた古ぼけた看板から、この炭鉱は、昭和22年から29年の短い期間の採掘だったことが伺えるが映画館や商店街も存在していたらしい。小学校も中学校もあったというから家族でこの地に移り住んだ関係者の数も少なくなかっただろう。

 右の映像は、その看板の近くの風景である。ピンクの絨毯のように見えるのは『クリンソウ』の群落である。私でも『クリンソウ』という名前ぐらいは知っているが、実際に咲いているところを見たことはなかった。ましてこのような群落にお目にかかれるとは、まるで夢のような感じさえする。

 以前、前から見たかったと思っていた、ヨ-ロッパアルプスの名花『ウスユキソウ』にもっとも似ていると言われている『ハヤチネウスユキソウ』を見たときの感動が蘇る。いやむしろ色の鮮やかさや数の多さで、その時以上気持ちは昂る。

 案内してくれた青年は花にはあまり興味がないらしい。この程度の光景はこの地では当たり前なのかもしれないが、もしこの映像が高山植物の愛好家の目に止まったら、間違いなく自分の目で確かめたくなるだろう。

まわりは素晴らしい白樺の樹林帯が広がる。ただ、気になるのは最近作られたと思われる立派な木道が設置されていることである。なんでも、北海道の何とかという事業で作られたらしいが、訪れる人もいないこの山の中に相当額の費用をつぎ込んでこのような場違いな施設を作る無駄、役人達の考え方の馬鹿馬鹿しさにはほとほと呆れてしまう。

 もう一つ素敵な場所を紹介したい。

 数年前までは町の自供として営業していたらしいが、ご多分にもれず経営難で現在は閉鎖されている『○○温泉』である。源泉が30°Cというから温泉というより鉱泉といった方がふさわしいようだが、土地の人たちには効能があるといまでも源泉を飲料水として利用している人も多いと聞く。

 愛好家の人たちが、使われなくなった施設を利用して、3つの大型の『五右衛門風呂』を設置し、薪でわかして楽しんでいるという。風呂場は3つの個室に区切られて、それぞれにガラスをはめ込んだ窓が作られている。

 愛好家達は、五右衛門風呂に入りながら外の風景を楽しむ贅沢な時間を過ごしていると思うと、ついつい私もご相伴したくなるが、この日は残念ながら愛好家達の姿がないのであきらめることにした。

 このあたりにも『クリンソウ』がそこここに広がる。新緑といってよい透き通った樹木の緑と、あたり一面を覆うエゾフキの群落の中に点在するピンクのこの花との彩りは見事である。

 このあたりには野生動物、特にエゾシカが多く生息し、日常的に目にするというが、実際に私たちの車の横の並走するエゾシカと出会えたことは感激であった。

 昨日も記したが、私はこの町の活性化に情熱を注いでいる青年を心から応援したいと思っている。彼達は、多くの人がこの町を訪れることを願っているが、ただ無制限に観光客を受け入れてしまっては、せっかくの素晴らしい自然や私が日本のアンコ-ルワットと表現したような資源はたちまち踏み荒らされてしまうだろう。

 そこで、良心的な観光関係の方と一緒に協議し、よりよい方法を検討してほしいと願っている。そのような方からの連絡を待ちたいと思っている。(田舎親父)

2007年6月29日 (金)

今日は浮世を忘れて・・・

 早いもので6月も押し詰まり明後日からは7月、間もなく今年も半分が過ぎようとしている。毎日毎日、よくぞこんな信じられないような馬鹿馬鹿しい事件や事故が起きるものだと呆れてしまうが大半が自分勝手な都合での殺人や詐欺、あるいは、安全などは後回しで金儲けを最優先にした結果だというから、末世の感は否めない。

 たまには、こんな馬鹿馬鹿しい事件や事故を忘れて、ロマンを語りたいと思うので、今日と明日は最近私が実際に見聞してきたことを紹介してみることにする。

 2ケ月ほど前、ある財団が発行している雑誌の編集長から紹介を受けたという青年が我が家を訪れてくれた。(ちなみに、私もシリ-ズものを連載していた)

 彼は高校まで東京で過ごしたが漁師になりたくて北海道に渡り、現在ではネットで魚屋さんを大成功させて、町おこしの中心になって活動している。NPOも立ち上げるバイタリティ溢れる行動には自信と誇りに溢れており、ついつい何とかお手伝いしたいものだと思う魅力を感じさせる。

 もともと6月には、以前から興味を持っていた函館の朝市と夜景を見るためと、ついでに北海道の広さを実感するために、車で走り回りたいと思っていたので、彼の町まで足をのばすことにしたというわけ。先週の22日・23日に訪問したという次第である。

 町の名前を出すのはやぶさかではないが、あまりにも珍しく、しかもその道に興味のある方には垂涎の的の凄すぎる光景を目の当たりにしたので、もし知られたら評判になりすぎて町に迷惑がかかっては気の毒なので、体制が整うまでは『U町』というイニシャルで勘弁してもらうことにしたい。

 まず、右の映像を見てもらおう。何だと思う方が多いのではないだろうか。私と同じ年代かそれ以上の人は『ト-チカ』という言葉を知っているに違いない。しかし実際に見た人はほとんどないのではないだろうか。かなり地方を旅している私も始めて目にしたが、これが本物の『ト-チカ』である。

 戦時中、軍部の指導でここに築かれたのだろうが、これで上陸してくるアメリカ軍やロシア軍に対抗できると考えていたとしたら・・・と考えるとゾッとする。

恐らく軍主脳達はこの地を訪れたことないだろう。単に机上の計算だけで、ここにト-チカを築くことを決定したが、あまりにも早く展開する戦況に追われて作ったこと自体忘れてしまった結果、幸いにも敗戦時の裁判でアメリカ軍の追求の目を逃れたのではないだろうかと想像している。そして今日ほとんど当時のまま残っているのでは・・・・。

 近くに広がるのは、広大な『原生花園』。有名な霧多布や厚岸のそれとは違い、はるか向こうに太平洋が広がるだけの風景以外人工的なものは何もない。ハマナスやセンダイフジの花の群落が広がっている。人っこひとりいない、風と波の音だけ静寂の世界。ここにいる私たちだけが、これほどまでの広い原生花園を独占しているのである。

 ここには立ち入り禁止の看板はおろかロ-プすら存在しない。木道のような無粋なものもない。どこにでも自由に立ち入りできるからこそ、無制限な人間の出入りがあると、たちまちこの環境は壊れてしまうに違いない。

 私が場所の名前を明確にしていないのは、このあたりにも配慮しているからである。

この町、そして住民達の多くはツア-客が訪れる観光地にしたいと思っているという。しかし何の制約もつけずに誘致したら、たちまち観光客の足跡に汚され、花々は踏み荒らされるのではないだろうか。

 これだけでも、素晴らしい観光資源であるが。しかし私が一瞬目を疑った風景は、これどころではなく、まさに日本のアンコ-ルワットと表現できる廃墟が目の前に展開したことである。

 この風景については明日紹介することにする。(田舎親父)

2007年6月28日 (木)

パフォ-マンスに誤魔化されてはならない

 マスコミはこぞって、社会保険庁に勤めている人たちは全て怠け者で、仕事などほっぽりだしているような書きぶりだが、怠け者は社会保険庁だけではあるまい。

 たまたま、現在ここに所属しているだけなのに、そしてそれなりに与えられた仕事をこなしている圧倒的多数の職員のボ-ナスを返上させるというのは、まさに国民の憤りを誤魔化すための目くらまし以外何者でもないと思っているのは私だけではないだろう。

 先日、首相が責任をとるということでボ-ナスを返上したというニュ-スをマスコミ飛びつき、まるで美談のように報道したことを不快に思った人も多いはず。

大金持ちで、欲しいものは誰かに耳打ちすればいつの間にか手に入る仕組みの上でふんぞりかえっている人間にとって、夏のボ-ナスなどまさに『雀の涙』的なもの、返上しても懐に響くはずがないが、一般の職員にとっては命綱という人も少なくない。

首相が『雀の涙』的な金を返上するとなると、その手続きのために多分多くの人たちがいろいろな書類をつくり、それを承認するためにグルグルと関係管理職の決済を経なければならなくなるのは容易に想像がつく。この人件費の方も馬鹿にできないはずなのに、このような事務方のことは全く知らない幹部達は『まずは自分の責任を・・・』などとアホなことをのたまってカッコばかりつける流行は勘弁願いたい。

組織のトップが(臭い芝居だと分かりきってはいるが)ボ-ナス返上はまだ許されるが、村瀬という社会保険庁の長官は同庁の17000人ものいる職員全員に一部返納を呼びかけたというから、この男は『上からの命令で仕方なく俺は返すが、俺だけ返上は嫌だから前達も』という感覚か・・・。

報道では『呼びかけた』とあるが、職員にしてみればこれは『職務命令』のようなもの、まさか玄関に大きな『ポ-ナス返還募金箱』など置くなどはできないだろうから、マスコミが返金額は約10億円程度と報じた以上、それぞれの部局でのノルマ?があって誰かが集めることになるに違いない。

行方不明の年金記録を照合することで手一杯な社会保険庁なのに、ボ-ナスの返金を集めるための仕事が増えることになるのは笑えない漫画・・・。保険庁では(間違いなく)年金の記録照合などという本務よりも大事な仕事だと大騒ぎになると思うと情けなくなってくる。

このパフォ-マンスに自民党の誰もが納得しているとは思えないが、首相を批判すれば選挙で応援してもらえない上、自分の所属する親分からの命令もあって誰もが口をつぐんでしまう。いよいよ人がいなくなったのかと思った矢先、加藤元幹事長がちょっぴり批判している姿がテレビで紹介された。

加藤さんはこれでまたまた冷や飯を食わされるだろうが『首相がボ-ナスを返金しても問題は解決しない。返金より年金問題の本質を解決する方が先決・・・。軽々しくボ-ナス返金などするほど首相の立場は軽くない』という言葉は傾聴に値する。

 社会保険庁の職員のボ-ナスは平均62万円だという。確かに庶民感覚からすれば国民の年金管理も怠っていた連中にこんな大金を払うのは許せないという思いはあるが、公務員の給料体制は法律で決められているもの、いくら仕事ができないと言ってもカットすることは間違いなく法律に違反するのではないだろうか。

 法律を改正して公務員の給料システムを『ボ-ナスは支給しない』あるいは『不祥事が明らかになった場合は、ボ-ナスの一部を返金する』と決めるならいらしらず、社会保険庁に現在所属しているというだけでボ-ナス返上は筋違いそのもので、幹部達の責任転嫁そのもののパフォ-マンスだと断言したい。

もしも、国民の手前どうしても返金という形をとりたいのならば、過去にこの部署に所属していた職員全員から返金させるのが本筋。まして、過去にこの部署に在籍し『年金などは先の話ジャブジャブ使ってしまえ』と馬鹿なことをのたまい、箱ものや投資に明け暮れた連中から財産を没収してでも償わせるのが先決ではないだろうか。

国民もここは冷静になって、参院選挙では今度こそは間違わない判断をしなければ、選挙が終わったら全てがおしまいになりかねない。

一月後に『年金 そんな問題がありましたっけ・・・』という首相や取り巻き連中の政治屋の顔だけは見たくないものである。(田舎親父)

2007年6月27日 (水)

生協よ お前は大丈夫だろうな・・・

 苫小牧出身の友人から叱られそうだが、このところ苫小牧という町からはあまり良い話が伝わってこない。高校野球で活躍した駒大苫小牧高校の度重なる不祥事がマスコミに叩かれたのは記憶に新しいが、今度は一族でとんでもない経営をしていた『ミ-トボ-ル』という食肉加工会社のデタラメぶりが大騒ぎになっている。

 牛肉100%とうたいながら豚肉や鶏肉を混ぜていたというが、これはひょっとして他の食肉加工業者も考えそうなこと。正味期限を長めに表示、これもありそうだ。しかし、納入したコロッケの売れ残りを回収して、そのまま賞味期限のラベルを張り替えてサイド納入するなど不正項目が13にも及ぶ手口の悪質さはちょっと異常・・・。

 田中という社長は最初のうちは平然と否定していたが息子の専務から促されて、やっと混入やラベルの張り替えを認めたという。しかし反省の言葉は少なく『業界全体の体質、販売店も悪いし、半額セールで喜んで買う消費者にも問題がある』と、この業界ではこんなことは当たり前、そしてそんな商品を安さに飛びついて買った奴が悪いという理屈を悪びれず述べるところに恐ろしさを感じる。

 業界全体にこんなことが常識なのだろうか。納入したり、横流ししてもらったりした先が『加ト吉』というテレビでも良くコマ-シャルが流れるので私でも知っているほどの大手の食品会社というから、これは聞き捨てにならない。

 『加ト吉』という会社は全国に独立採算的な支社をもっているらしい。早速『北海道加ト吉』の工場長を処分したと報じられたが、工場長一人で大量の商品を横流しできるはずがなく、命令されて動いていた人間も少なくないだろう。となると、会社組織として横流しをしてきたと捉えられても仕方がない。続報として、北海道加ト吉のコロッケの8割までが不良品というから組織ぐるみは間違いなさそうだ。

 裏情報によれば、所轄の警察署長もこの男と一緒に飲み食いしていたというから、どうやら署長などにも何かが渡っていたとも考えられそう。まさに田中という男は稀代の詐欺師というほか言いようがない。

 さらに、この会社の悪質商品の納入先に『生協』があることが気になる。どういう経緯で生協に納入するようになったかはわからないが、弁舌さわやかに生協の担当者に対して相当の売り込みがあったことは容易に想像できる。

 信じたくないし、絶対にないことを願うが、今後の捜査の進み具合では生協からも横流しという報道が流れないとも限らない。(裏情報が正しければ)警察署長までも丸め込める詐欺術、生協の人の良い管理職などひとたまりもないだろう。万が一そんなことがあれば、我が国の食品流通そのもののシステムが崩壊してしまう・・・。

 昨年4月、この会社の不正行為を農水省北海道農政事務所に内部告発した同社元幹部がいたことが報じられている。記事によると、取引先から品質についての苦情が寄せられるようになったため工場を訪れたところ、牛ミンチに賞味期限の切れたパンを混ぜ込んだり、水を注入して増量するなどの不正が行われていることを確認したとある。
 出荷前の牛ミンチのサンプルを持参し同事務所に調査を依頼したが、応対した職員は『これではどこの製品なのか分からない』と受け取りを拒否、さらに社名が記載されたシールを添付して改めて持ち込んでも拒否されたというから、田中という社長はこの事務所にも何らかの詐欺術を発揮していたようだ。

 この会社はご多分にもれず一族だけが経営に参加、社員には安い給料で厳しいノルマを課せているのに、田中一族の妻や子どもには、専務などのポストを与えてべらぼうな報酬や退職金を払っているという乱脈経営が報じられている。

 経営者の一族は不正を認めたとたん、早速従業員を全員解雇と発表、自分達はガッポリため込んだ金でのんびり楽しむという魂胆だろうがこんな勝手なことは許しがたい。

 しかし、どんな手段でも金儲けさえすれば『勝ち組』を容認するようになってしまった現代の日本では、悲しいことであるが従業員の泣き寝入りになりそうな気配・・・。(田舎親父)

2007年6月26日 (火)

クジラの寿命が130歳?以上とは・・・

 かなり古い話題であるが、アラスカ沖で捕獲された巨大なセミクジラの体内から、1800年代に商業捕鯨で使われていた銛(もり)の破片が見つかったという。

 この銛は1880年ごろに製造されたものだと確認されているというから、捕獲されたクジラはこの銛が使われていた頃から今日まで生きていたことになる。いつまでこの銛を使ったのかは記されていないので、推定でしかないが、もしも初期に製造された銛であったとしたら、このクジラの推定年齢は130歳にもなるのではないだろうか。

 クジラの寿命は相当長いと教えられてきたので、130歳と聞いてそれほど驚きを感じないまでも、数十メ-トルもの巨大な身体のクジラが130年間も生きるとなると、その食糧となる魚の量は想像もできないほど凄い量に違いない。(オキアミしか食べないというのは俗説で、実際に餌になるのは大量の魚だという)

 国際捕鯨委員会(IWC)という国際委員会がある。クジラ資源の保存および利用に関しての規則を採択したり、クジラの研究・調査を行うことを目的に1948年に設立されて現在73ケ国が参加している。

 日本は戦後間もなくの1951年に参加したというから、かなり古参株であるが捕鯨反対の国々の攻勢に押されて、現在では調査捕鯨という名目でしかクジラを捕獲できない仕組みになっているというから、メリットは何もないのでは・・・。

 どこかで取り上げた記憶があるが、かなり以前のことであるが、IWCの日本代表の方の講演を聞き、その後の会でおしゃべりさせていただいたことがある。

 その方は、資源の少ない我が国は資源を守りながらもクジラの捕獲ができるように努力しているのだが、この委員会の総会は年一度、日本はじめ捕鯨国が出す捕鯨容認を求める案も参加国の4分の3の賛成が得られない限り採択されないので、日の目を見ることはなく、毎年捕鯨を認めさせることができないどころか、調査捕鯨にすら危なくなっているのが現状だと嘆いていたことを思い出す。

 講演では、クジラは捕鯨委員会が捕獲禁止を決定してからは毎年その数を増やし続けているそうで、このまま放置すれば漁獲資源そのものがクジラによって悔い荒されること、マグロを捕獲するハエナワの針にかけたかなり大きい餌の魚までもクジラは針を巧みに避けて食べ漁っていることなど、捕鯨の必要性を力説されていた。

 大量に魚を漁獲している現状では、クジラと人間の資源の食い争いになっていることは確かで、クジラがこのまま増え続ければ海産資源は枯渇することは間違いないようだ。しかし魚をそれほど食べない、ましてクジラを食べるなどは欧米諸国の人々にとっては到底理解できないらしい。

 欧米の国々の考え方では、飼育した牛や豚を殺して食糧にするのは許されるが、自然に生きている動物を殺すことは虐待だという。

 牛一頭を飼育して肉を得るためには、面積としては相当な牧草地が必要になる。彼らは昔から肉を得るために森林を伐採して牧草地にしてきた。私からみればこのことこそ自然破壊であって、我が国の文化のように熊や鹿を山の恵みとして狩猟し食糧にする方が、はるかに自然の摂理にあうと思うのだが、このあたりに宗教観の違いがあるようだ。

 人間の勝手な論理であることは十分承知しているが、人間が生きていくためにはそれなりの動物たちの命を狩り食糧としていく必要がある。魚を大切な食糧としてきた我が国のクジラだけを保護していては当然のことながら、クジラに魚を食べられてその分漁獲量が少なくなる。

 クジラを捕獲し、同時に捕獲したクジラが食べるだけの量の魚をとっていれば計算上は食糧の安定は保たれることになるのだが、IWCの中でこの論理を展開しても、キリスト教の世界で神聖だされているクジラの捕獲を納得させるのには難しそうだ。

 今我が国で問題になっている、農作物を荒らすイノシシやシカ、あるいはクマたち。自然保護団体は殺すなというが、農業で生計を立てている人たちにとっては死活問題。しかも現実は過疎地でおこっているので都会では見えにくい・・・。

 単なる宗教観や上辺だけの自然保護主張で、駆逐反対をとなえるのではなく、現実の食糧問題をきちんと解決できる案を出す時がきたようだ。(田舎親父)

2007年6月25日 (月)

国民の痛みがわからない首相では・・・

 新聞やテレビから連日様々な情報が伝えられるが、その内容に偏りがある場合が多く、字面やアンウンサ-の言葉の裏に隠された事実を見極めることはかなり困難である。

 それを補うのがネットからの情報であるが、これとてよほどしっかり見極めなければ謝って判断をしてしまう恐れがあり、そのためにはかなりの時間が必要となる。

 時間の問題やコンピュ-タを持ち歩くのが面倒なので、私は一旦外出した場合はよほどのことがない限りネットからの情報を得る環境を自ら断ち切るようにしている。まして私的な旅となると、ネットはおろか新聞やテレビまで忘れるように務めている。

 今回北海道の雄大さを実感したくなって、羽田から函館に飛びレンタカ-で登別・帯広と経由して十勝の大平原を縦横に走り回る旅でも、コンピュ-タはおろか携帯も持たず、新聞テレビからの情報すらできる限り見ないように努めて過ごしてきた。

 それでも、いろいろな事件事故の情報は断片的に入るもので、渋谷の温泉施設の爆発事故や苫小牧の食品業者の正味期限ばかりか肉の種類まで表示を書き換えていた厚顔無恥の事件、あるいは朝鮮総連関係でこともあろうに公安庁の長官だった男と弁護士会の会長だった輩が何かコソコソ裏取引という事件など、相変わらず金のためには人々の生活の安全なんかどうでもよいという事件事故のオンパレ-ドにはほとほと嫌になる。

 それぞれが儲け話に魂を売り渡した結果だと思いたいのだが、この輩には良心という神聖な『魂』そのものがないから、事件や事故が起きても責任逃れしか考えない。

 中でも一際自分勝手さを貫いているのが安倍という首相の地位に座るわからずやのお坊っちゃま。誰から吹き込まれているのか知らないが、年金問題をなんとか誤魔化そうとして、公務員の天下りを規制するための法案を成立させることが何よりも大事だと、強引に国会の会期延長をきめてしまった暴挙には、この男の頭脳構造を疑ってしまう。

 選挙の日程は国会の日程から見て、7月22日だということは政治や経済音痴の私でも知っていた。なのに、およそ内容がはっきりしない、しかもろくな審議もしない法案をどうしても通さなければ自分の首が危ないとみて数の力で1週間遅らせてしまった。

 このために、いかに無駄な税金が使われようと、庶民にどんな迷惑がかかるかなどお構いなし。当初、反対していたという宗教政党の幹部達も美味い汁が吸えなくなると大変とばかり、首相や取り巻き連の言いなり・・・。この政党の仮面の裏が見えてくる。

 自宅に帰って新聞を見るまでもなく、一週間ずれ込んだ日程変更で大混乱している様子がひしひしと伝わってくる。7月29日にすでに様々な大会を当てていた各種のスポ-ツ団体などは、幹部達は大慌てで会場の変更に駆けずり回っているらしい。

 ある自治体では、7月22日投票の日程の入った『投票所入場整理券』数十万枚を作製していたという。有権者数が多く、公示日までに整理券が届くように早めに発注していたらしいがその費用は約900万円。これがすべて無駄になり、新たに900万円が必要になるという。
 人にも迷惑をかけて、しかも税金の無駄遣い。それを知って自分の腹は痛まないとばかり押し通す自民党と宗教政党、絶対に彼らに投票してはいけないと思うが、本当に迷惑だと思っているのはスポ-ツ団体でも下っ端の人たちだけ、幹部達は平気で自民党に投票するのだろうから、首相が迷惑なんて感じてないのは当然かもしれない。

 それでも、パホ-マンスだけは忘れないのが昨今の政治屋の流行りらしく、この男も早速『年金保険料の納付記録漏れ問題の責任を取って、夏の賞与を一部返納する』と言ったというから笑ってしまう。

 ほんの一部(どうせどこから埋め合わせられる)給料を返納することで責任が取れると本当に思っているとしたら、こんな無責任な男をこの国の大将としていること自体こんな悲しいことはない。

 庶民がたった300円の品物を出来心で万引きしても見逃さないのに、数千万円の誤魔化しなど当たり前の政治屋たち、見つかったら『ゴメンナサイ、お返しします』で済ましてしまい、それを許してしまう現代のマスコミ。

 国自体の崩壊の足音が少しずつ大きくなってきたように思えてならない。(杉)

2007年6月24日 (日)

函館朝市の人出の少なさにびっくり・・・

 北海道を車で走ってみたくなり19日から出かけてきた。当初は自分の車で走ろうと考えたのだが、そのためにはフェリ-をつかわなければならない。いろいろと調べたが、現在の私には、かなり高額の舟代をかける経済的ゆとりがないのでJALを使ったフリ-プランを利用、函館でレンタカ-を借りて帯広で返すというプランを設定した。
 早朝に自宅を出て、8時前の『函館行き』の満席の飛行機に乗り込む。9時過ぎにはレンタカ-の手続きを完了、函館の町に走り出すことができるのだから、本当に便利になったものだと感じる。
 以前から興味を持っていたので、何をおいても最初に向かったところが『函館の朝市』である。普段、市電が走っている路面を走ったことがないので、若干神経を使うが道路が広く、しかも車の量が圧倒的に少ないので快適なドライブで間もなく会場に到着。
 近くの駐車場に止めて早速『朝市探検』。ネットや書物からの予備知識では相当な混雑があるようだろう・地方の熱気を身体で感じることができると期待したのだが、案に反して人影が少ない。
 会場の一角に足踏み入れたが、そこには店番のおばさんやおじさんの猛烈な売り込みが待っていた。『これからいろいろと回ってから、後でくるよ』と、しつこいほどの売り込み攻勢を避けて、アメ横を思い出させるような狭い路地に軒を連ねている店の通りをキョロキョロしながら歩き回る。
 面積的にはさほど広くないが、イカやカニ・ウニなどを扱う店が並ぶ。この日は起床してほとんど何も食べないで、ひたすら函館の美味いものを食べたいという思いが強い。そのような店も数多くあるのだが、なかなか私の感に響くような店がない。
 夕張メロンを試食して見ろという若い男性の掛け声が気に入りしばし足を止め、彼に『美味しい店を探しているのだが・・・』と冷やかし半分で相談してみる。恐らく私のような客も多いのだろう、早速提携しているらしい店を強く推薦してくれる。
 騙されることを覚悟でその店に出かけてみたが、出てきた店員が『他の店は普通のご飯を使っているのだが、ここは酢飯』という売り込みが気に入って『ウニ・イクラ丼』を注文するがこれは絶品である。器はさほど大きくないが、ご飯の漁と同じぐらいの生ウニとイクラが何層にもなって盛られている。
 満腹状態で『朝市会場』をうろつくのだが、あまりに少ない人出に、混雑大嫌いの私であってもさすがに場違い『時間が遅すぎたのだろう、きっと朝早くなら賑わっているのでは・・・』と、明日早朝に出直すことにした。
 翌日、早朝に湯の花温泉のホテル街から出るシャトルバスに乗り込むが客は数人。『あれだけ多くの人が泊まっているというのに、たったこれだけ・・・』『ネットや書籍の情報は土日だけの限定なのだろうか・・・』と改めてがっくり。悪い予感が走る。
 会場に到着したが、昨日よりさらに人影はまばらである。朝市という名前だから朝一番にくる人が多いだろうという期待は見事に大外れ・・・。買い物客の姿は、野菜を並べている店の前に地元の人が少しいるだけで、海産物店には皆無といっても過言ではない。
 時に数人のグル-プを見つけるが、ほとんどが中国・韓国の観光客に店番をしている人たちも声のかけようがないらしく呆然と見送っている。
 古くからこの場所で店を出しているという年配の男性の『昔の面影がないほどさびれてしまった・・・・』という口ぶりが悲しい。函館のような地方の人気都市でもこの状態。年々元気がなくなっている様子から、改めて地方の苦悩・疲弊を実感する。
 『田舎が元気でなければ この国の未来はない』と真剣に思い考えている私には『函館朝市』のこの現状。なんとかならないものだろうかと旅のはじめから暗い気持ちになる。(田舎親父)

2007年6月17日 (日)

非はむしろオバサマにあるのでは・・・

 先日、小田急の東海大学前駅で『ホームにいた同市の57歳の女性が、下り急行電車のドアに指を挟まれ、約40mずられて線路に転落。病院に運ばれたが、肋骨骨折する重傷をおった』というニュ-スに、瞬間的に『これは駆け込み乗車の失敗』に間違いないと確信めいた思いが走る。

 客相手の仕事は、いかに注意を払っていたと主張しても『事故』が起きたら、起こした会社が100%悪者になるのが常である現代社会では、今回の場合『元気なオバハンの駆け込み乗車の失敗』とは言え、病院に搬送されたとなると後始末が大変だろうなと、いらぬ心配までしてしまう。

 よほどのボンクラ車掌でも、乗客の乗降終了を見終わってからドアを閉め、もう一度何らかの確認をしてから発車OKの合図を運転手に送るのは常識中の常識・・・。それを怠ったとは思えないのだが・・・・。

 私もこの駅を何度か利用しているが、ホ-ムそのものがかなりカ-ブしており、車掌は目視で確認できる車両はごくわずか、ホ-ムにはそれを補うためにモニタ-が何カ所ついていたような気がする。しかも、小田急の車両(どの会社の電車の車両でも同じだろうが)1.5cm以上のものがドアに挟まると出発できない仕組になっているというから、手がはさまれた状態では確認ランプが点灯するわけはなく、車掌がそのランプを見落としたとは尚更考えられない。

同社の幹部は、変な言い訳をしてマスコミにたたかれることを嫌ってか、あるいは事故の場合のマニュアル通りなのかは別にして、『車掌の確認が足りなかった』と全面的に謝罪の姿勢に『車掌が可哀相』という思いがする。

ホ-ムに駅員を一人置いておけば確実に防げた事故だろうに、現代の会社にはその人件費すら切り詰めることが必要なのだろう・・・。警察も車掌の責任を追及するらしいから、この車掌の将来はもはや決まったと逝っても過言ではないだろう。

機械だから何らかの原因で『ドア確認ランプ』が点灯しなかった可能性も完全に否定しない。この元気な熟年女性が大慌てで階段を駆け降り電車に駆けより、とっさに閉まりかけたドアに手を入れた・・・ことも考えられないことはない。が、こうゆう光景を何度が見た経験はあるが、手の場合はほぼ間違いなくすぐドアが開いていた。ドアが閉まった確認ランプが点灯しないので車掌は一旦ドアを開けるからである。

あくまで私の勝手な推定であるが、今回この元気なオバサマは手を差し入れようとした動作で手首にぶら下げていた薄い布袋のような物がドアにはさまれたのでとないかと想像している。すぐにその袋を離せば電車に引きずられなくてもよかったのだろうが、大事なものが入っているのかそれとも・・・離さなかった。

 過日、中央線国分寺駅で閉まりかけたドアをこじ開けて乗った男性客に対し、車掌が『駆け込み乗車は危険です。大けがをすることになります。それで大けがをしても、そちらの責任です』との記事に、この車掌なかなかやるではないかと拍手したものだが、この車内放送を聞いた別の乗客がJR東日本に抗議したというからがっかり、お節介というか暇人はどこにでもいるものである。

 抗議にJRの幹部は『言葉に配慮がなかった』と謝罪し車掌を指導したというが、客に対しては無条件に『ご無理ごもっとも・・・』とは何とも寂しい。車掌の代わりはゴマンといるが自分達幹部は変えがたい存在、謝っておけば何とかなるという発想法らしい。

駆け込み乗車は実際に事故につながる危険な行為で、たとえ30秒でも発車が遅れると運転士は遅れ取り返そうと頑張らねばならないシステムらしい。これを『回復運転』という言葉で表現しているようだが、こんなことを繰り返していると、何時福知山線の大惨事につながりかねない。

今回の元気なオバサマの駆け込み乗車の事故は、ある意味自業自得てきな要素もあることを、マスコミはきちんと指摘する必要があると考えているのは私だけではあるまい。乗客の抗議にも『それはちがうよ』という報道もあって叱るべきだと思うのだが・・・。

新聞やテレビは事件事故をそのまま報道していると言うだろうが、『駆け込み乗車の危険性と、多くの人が迷惑を被る』ことをちんと知らせることもメディアの重要な責務ではと考えるがいかがだろう。(田舎親父)

連絡-明日から1週間頭、都合により休載。

2007年6月16日 (土)

命も生ゴミと同じ現代の風潮・・・

先日、長岡市の県立高校の3年の女子生徒が学校のトイレで赤ちゃんを出産したというニュ-スに、いよいよ性の乱れというか人間としてのモラルの崩壊がここまで進んだのかと、暗澹たる気持ちにさせられる。

その後の調べで、この女子生徒は放課後、女子トイレで男児を出産。処置に困って洋式便器の中に放り込んで水を飲ませて窒息死させたというから、善悪の区別はもとより出産すらゲ-ムの延長、『生命』も『ゴミ』だったらしく不要なものは捨てればよいという感覚に背筋が寒くなる。

トイレに流すまではいかないものの、このところ10代の少女が産み落とした子どもの処置に困って、置き去りにする事件が頻発している。熊本の『赤ちゃんポスト』はこのような親に捨てられた赤ちゃん達の命を守るという意図から生まれたのだろうが、自分のお腹に赤ちゃんが存在することすら忘れてしまっているようなこの高校生には、たとえ近くに『赤ちゃんポスト』があっても駆け込もうとする気持ちすらなかったのでは・・・。

まさに『命ある人間』としてこの世に誕生した赤ちゃんを、投げ込めば死ぬと知ってトイレに投げ込むという行為は間違いなく『殺人』である。逮捕は当然だが、この種の事件の常とは言え、マスコミが相手の男の姿の存在を隠しているのが気になって仕方ない。

事件を起こした人間が少年というだけで、何となく曖昧にしてしまう風潮があるのも問題。またまた人権派と称する人たちは『少年の将来・・・』という言葉を金科玉条として事件そのものを闇に消してしまう傾向があるが、この女子生徒にとってこれからの人生を生きるためには『生徒の人権』より前に『ころされた子どもの人権』と『人間として生き方』を語る必要があると思っているのは私だけではないだろう。

恐らくテレビのワイドショ-では、視聴率を稼ぐために知ったかぶりをした識者やタレントを集めて『だれにも悩みを打ち明けられなかったのだろう・・・』とか『きちんと避妊の処置をしなかったからだから、幼いときからの性教育が必要だ・・・』なんてことを言わせるに違いない。社会正義をふりかざしながらも、その実は視聴率命のテレビやマスコミの論理が展開されることになるのだろう・・・。

こんな場合、識者といわれる人たちから(必ずといってよいが)出る言葉に『安易な性交渉が望まない妊娠や性感染症に結び付いている』というものがある。そこで終われば問題はないのだが、だから『幼い時に幼稚園や学校で性に対して正しい?知識を与えることが必要』という言葉が続くのも定番になってしまっているのも恐ろしい。

以前から思っていることであるが、『正しい性の知識』って、学校で教える必要があるのだろうか・・・。そもそも『正しい性の知識』って一体何なのだろう・・・という疑問がわく。

自然界の全ての生き物には雌雄それぞれの生殖機関を持ち、オスとメスとが互いに持つ性因子のやりとりを通して子孫を残すことをきちんと教える前に、テレビや雑誌が面白おかしく『人間の男女の性に対するはこと』ばかりの情報をばらまいているのだから、子ども達(最近は地位も名誉もある大人も多くなってしまったが)が、人間の性に対して必要以上に興味関心を持つのは当たり前・・・。

この傾向を助長しているのが、なんでも引き受けるのが大好きな我が国の学校。子ども達に『正しい性の知識』を教えることが教育者としての使命と思い込み、算数や国語などより性教育と称して『人間の性の知識』を大事にしているのだから困ったものである。

理科には、きちんと生物の繁殖の知識を教える単元がある。しかし理科が苦手な教師が増え、生殖の基本である受精や交尾についても、知識としてテストをするだけの授業になっているのも悲しい事実である。これではとても正しい知識が身につくわけはない。さらに親がいい加減で、自分達の方がより『人間の性』に必要以上に興味をもっているのだから、子どもに『正しい性の知識』なんて望む方が間違っているのかもしれない。

このあたりを根本的に考えなければ、この女子高校生のように、まさに安易な気持ちでお腹に『命』を宿し、邪魔になった『命ある赤ちゃん』を生ゴミ扱いする少年少女は増えることはあっても少なくなることは期待できないようだ。(田舎親父)

2007年6月15日 (金)

年金が心配な人が年金の相談員?・・・

今大騒ぎされている年金問題。あれほどデタラメな運営をしていた社会保険庁という役所、いつかはそのツケが吹き出すだろうとは思っていたが、記録の一部の欠損や誤りなどが5000万人にも及ぶとは想像すらしなかった。

ことはそれにとどまらず、さらに旧式の手書き原簿に基づく厚生年金の保険料納付記録が1430万件あり、そのほとんどがコンピューターに入力されておらず、基礎年金番号と統合されていないことが明らかになったことから、国民の怒りは頂点に達している感がある。

当初は、領収書をもってきたやつだけ対応するなんて偉そうなことをのたまっていた『失言大好き』の厚労相は批判を受けてオロオロするばかり、時効延長で誤魔化せると思っていた首相もなんとか批判の的をそらそうと、当時の菅厚生大臣が年金番号制を閣議決定した責任があるからとわけのわからない言いぐさに、さすがのマスコミも批判する始末には笑ってしまった。

こんな批判もどこ吹く風とばかり、お坊っちゃま的としか表現できないピンボケ感覚の頭脳の持ち主の首相は、現在民主党の副代表?の管さんが悪いというポスタ-を作れと指示。1000枚も印刷したというから、この輩の頭の中は責任逃れのためなら何でもするという構図になっているに違いない。

さすがに自民党のなかにも人はいたらしく、このポスタ-は世間に出なかったが、首相の指示を受けてポスタ-を作ったのが、郵政民営化で刺客として立候補した片山某という女性議員と聞く。やはり刺客らしく親分の命令には自らの評判さえも厭わない立派な精神の持ち主、小泉さんの目は高かったと変な意味で感心してしまう。

打つ手が後手・後手にまわり支持率が急落すると大慌てで、駅前などに『年金相談窓口』を開設する急場凌ぎの措置に続いて、今度は国民が安心できるように『電話相談』システムを作れと指示。急場凌ぎの『フリ-ダイヤル』を開設したが相次ぐコ-ルに開戦はパンク状態、問い合わせた人たちからは大イブ-イング・・・。

次に打ち出したのが、有料の『ねんきんダイヤル』な電話相談。国民に不安を持たせたのはすべて政府の責任なのに、有料では『相談に乗ってやる』という態度がミエミエ。ここに至っても何の反省もしていないと表現しても差し支えなかろう。

『年金ダイヤル』と素直に名付ければ良いものを、わざわざ『ねんきん・・・』と平仮名にしているのも気になる。安心していただくためにひらがな表現したという説明の裏には『年金』をこれ以上追求されたくないという思いがあるに違いない。それともここに至っても国民を馬鹿にしているのかもしれないが・・・。

無料の『フリ-ダイヤル』や有料の『ねんきんダイヤル』の設置の良否はともかく、マスコミの煽りもあって相談の件数は物凄いらしく、繋がるのは10%程度というから国民の不安はますますつのることになる。

この現状にいらだった首相は、さらに回線を増やせと指示。回線を増やせば物理的には繋がりやすくはなるだろうか、お坊っちゃま首相の頭には、電話の向こうで相談を受ける人を確保するなど、普通に考えればだれでも思い当たる問題など全く意に介していないようだ。

いつものことながらしわ寄せは現場に・・・。役人達は自分が誤魔化したわけでもないのに社会保険庁に在籍しているだけで悪役にされる不運には文句さえ言えず、休日も返上して対応しているのだろうが、とても足りるわけがない。(残業手当がでると喜んでいる輩もいるだろうが・・・)

相談員の確保はどうしているのだろうと思っていたら、ほとんどが派遣会社からのパ-トだという。人材会社の求人募集の内容によると、年齢は18歳から63歳、男女学歴不問、年金相談の電話対応業務、時給1000円以上などというから、集まった人間はすべて年金の相談員にしてしまうらしい。

採用された人は、急場しのぎで作られたマニュアルを示されて、この通り対応するように徹底的に教育されるのだろうが、個人個人でかなり要素がちがう複雑な問題に的確な答えを返せるとは到底思えない。このあたり相談する人たちは知っているのだろうか・・・。

それ以前に、相談員として雇われた人達自身が、相談を受けなければならない立場の人もいるのではと心配さえしてしまう。

『年金の不安を相談をする人』が『年金に不安を抱えて自分が相談したいと思っている相談員』に『年金の悩みを相談する』なんて、まさに漫画そのものではないだろうか。(田舎親父)

2007年6月14日 (木)

いよいよウナギは『高値の花』か・・・

先日取り上げた、ヨ-ロッパウナギの輸出を規制する案を、稀少動物保護に関するワシントン条約締結国際会議で賛成多数で可決したとの報道について・・・。

ウナギは現在でも日本のいたるところが見られるのに、本当に稀少動物なのだろうかという疑問を当初から持っていたが、ヨ-ロッハウナギと日本でみられるニホンウナギは大変似ていながら別の種らしい。

乱獲で40年前の1%程度にまで漁獲量が落ちたということだが、ヨ-ロッパの人々がウナギをそれほどまで好んで食べるということは聞いたことがないので、その多くが恐らく何らかの形で日本に持ち込まれたのではないだろうか。

日本もこの輸出規制案には賛成したという。日本人はウナギ大好きな国民、代表としては気持ち的には反対したかったのだろうが、ワシントン条約に調印して『稀少動物を守れ』という立場をとっている以上、ヨ-ロッパウナギが希少動物だと言われてみたら反対のしようがなかったのだろう。

同じ日、EU加盟各国の農業担当相の理事会で、域内のウナギ稚魚漁獲量を今後5年間で60%削減することを決定したとのことである。これでウナギの成魚の漁獲量は激減するのは当然だが、稚魚はそのほとんどが中国に輸出され、養殖されて日本に運ばれるシステムになっているのだから、我が国の食卓に対して相当なダメ-ジを与えることは確実だろう。

中国からの輸入量が減少すれば、国内の需給バランスが変動するのは当然の帰結。国産ウナギの価格は高くなり,場合によっては暴騰することも考えられる。いよいよ庶民にとってウナギが『高値の花』となる日が迫ってきたようだ。

ウナギと言えば、関東に住む人たちにとっては、まず『浜松・浜名湖』というイメ-ジが浮かぶが、実際には国内の養殖ウナギ収穫量は九州が約5割を占めているらしい。言われてみれば、新幹線からの浜名湖あたりのウナギ養殖池の活況が通るたびになくなっているような気がしていたことを思い出す。

九州では温暖な気候を利用して、世界の各地からウナギの稚魚であるシラスウナギを輸入して養殖産業が発達しているとのこと、このところス-パ-で浜松産という表示を探しても見つからず、代わりに『鹿児島産』や『宮崎産』の多いのも納得。
 中国産のウナギにすっかり慣れて、安価が当たり前になってしまった現在では『値段が上がれば買いづらくなる』らしく、うなぎの消費量が増える夏場のシーズンを控えた養鰻業者は消費を左右する市場価格に気をもんでいるとのことである。

その理屈は理解できるが、ウナギを扱う業者にとっては中国産の蒲焼が入ってこないことをチャンスと捉え、短日間の値段の上下に一喜一憂するのではなく、ある程度長期的展望にたって、日本国内で需要を満たすだけの量を養殖するという意欲をもってもらいたいと願っている。その結果、浜名湖にも懐かしい風景が戻ってくることを期待したい。

ウナギの生態は解明が難しく、いまだに産卵海域を特定することもできないのが現状らしいが、科学の粋を集めて研究すれば不可能なことではないのではと思うのは素人だからだろうか・・・。

政府も馬鹿な法律ばかり強引に作って国費の無駄遣いするのではなく、庶民の喜ぶウナギの増殖にもっと真剣になる必要があるのではないだろうか。今こそ食糧問題を緊急課題と身を挺して訴える政治家の出現を望みたいものである。

 もっとも選挙で多数を獲得するしか考えない今の政治屋たちでは、私のささやかな望みさえ難しいことはわかっているのだが・・・・。(田舎親父)

2007年6月13日 (水)

老々介護の悲劇?・・・

毎日の介護に『明日に希望がなくなって』寝たきりの妻(夫や親、あるいは我が子ということも稀ではない)を殺した。あるいは『殺してくれ』と頼まれたので首を締めた、さらに一緒に死のうと無理心中をはかったなど、介護にかかわる暗いニュ-スが毎日のように新聞紙上を賑わしている。

高額の金を払う余裕がないので有料の老人施設に入れない、あるいは行政の恩恵にあずかることができず、自宅で老後を過ごしている人たちは全国で一体どのぐらい存在するのだろう。 具体的な数値はわからないが、今後大幅に増加することだけは間違いない。

互いを労りあって夫婦として暮らしている人たちはまだましで、相手に先立だれたり、あるいは事情があって一人で生活している高齢者などの老後の問題は、我が国の大変重要な課題であるにもかかわらず、政治屋達は『我が身のため』の法律の改悪や、私腹を肥やす算段ばかりにうつつを抜かしているのだから、暗いニュ-スが増えるのも当然といえばこんな当然なことはない。

ここまで高齢化が進むと、自分が高齢者と呼ばれる年齢になった人たちには両親が生存しているのはごく普通。多くの場合『介護的な行為』は日常的に必要だろう。高齢者が自分の妻や夫、あるいは父母を介護しなければならない『老々介護』の実態は、なかなか明らかにならない部分であるが、想像するだけで大変なものではないだろうか。

自分の身体が思う世に動かないのに、相手の食事や排泄の世話、あるいは入浴や生活全般にわたって目を配る毎日は身を削る思いに違いない。本来ならば、国がきちんと保証すべきものであるのにかかわらず、無責任に『民間活用』という言いのがれ。ここにコムスンの折口のような『金儲けが命』という輩の蠢きを許すことになる。

折しも、政府は07年版『高齢社会白書』を発表。それによると『団塊の世代』が65歳になる数年後には高齢者人口が3000万人を超えると予測。およそ50後には高齢化率が40%に達するという。政府の見通しの甘いはいつも通りだから、実数はそれ以上、国民の2人に1人が高齢者という、信じられない『超高齢社会』が到来することだけは間違いなさそうだ。

毎日のように年金や介護、あるいは医療などの政策の破綻が報じられるが、それを言い逃れるために、その場限りの(口からでまかせ的)方法で繕おうとしている首相はじめ閣僚達では解決への展望は全く見えない。

それはさておき、高齢者に近い夫婦が相手を殺害する事件が二つ続けて報じられた。共通することは、『老々介護』の疲れとは異質な要素をもっているが、ともに60歳近い年齢の相手が病気で寝たきりだったことである。

一つは、東京上野で貸しビル業を営む夫婦の妻の方が、介護疲れから夫を殺害したとして警察に逮捕される事件である。報道によると、56歳の夫は去年の夏に能内出血で倒れ半身不随になり、(妻の言葉が真実としたら)今年の2月から自宅で療養、介護に疲れたとのことであるが、経済的には豊かだったのではと思えてならない。金さえ払えばいくらでも受け入れる施設があるはずなのに、それをしていないのは何故だろう。

二つ目はさらに異常で、大阪府のマンションで持病のぜんそくが悪化し数カ月前から寝たきりになって診療拒んだ死亡した58歳の妻を、59歳の夫が遺体を屋上の冷蔵庫の中に放置したという事件である。

(事件には関係なさそうだが)屋上にはこの冷蔵庫や洗濯機など何個も放置されていたというから、このマンションの住民たち要らなくなった物を屋上に捨てるのが当たり前(そんなアホな・・・)。よくぞ子どもの事故が起きなかったものと呆れてしまう。

いずれも不可解な事件である。不可解であるが、自分にとって全く無関係だと断言できるだろうか。私も含めて高齢者?にとってある突然日妻(夫)が倒れ寝たきりになることはごく普通に起きることではないだろうか。

『そのときどうするか・・・』考えておきたいものである。(田舎親父)

2007年6月12日 (火)

この弁護士の精神は異状としか思えない・・・

 またまた悪徳弁護士のとんでもない弁護理由に憤りを感じる。
 以前取り上げた福岡市役所の職員が飲酒運転で暴走、前に走っていた乗用車に追突して海に転落させて幼い子ども3人を死亡させた事件は、酒酔い運転追放運動の盛り上がるきっかけとして記憶に新しい。
 逮捕された今林という男は、その日市内のスナックで酒を飲んだ後、知人を乗せて乗用車を運転しており、本人は『時速80kmぐらい出していた。車に気づかなかった』と供述と報道されていた。
 現場は制限速度50kmだというから、かなり見通しのよい道路に違いない。車に気づかなかったというのは、酔っぱらって視界が狭くなっていたのか、同乗者と馬鹿騒ぎしていたかのどちらかに違いないだろう。
 この男は追突した後、スピ-ドをあげて逃走したという。そのときの心情を『飲酒運転の発覚が怖かった』と供述しているところをみたら、酔っぱらって追突したことはしっかり覚えていたからだと判断できる。
 追突した衝撃で車の前部分が大破し、数百m走って止まってところに駆けつけた警察官に身柄を確保されたが、事故後同乗していた仲間の大学生に身代わりで運転していたことにしてほしいと依頼していたというから悪質極まりなく、江戸時代だったら、即刻市中引き回しの上獄門・さらし首は間違いない。
 私もこれぐらいは当然で一片の同情や憐れみなど一切必要ない。即刻『死刑』処すべきだと述べたが、現代の社会の仕組みは、こんな悪質な犯人にさえ弁護士が詭弁を弄して弁護するようになっている。
 法制度がそうなっているのだから仕方ないが、良心を持ち合わせている弁護士ならば、酒酔い運転でスピ-ド違反で追突、しかもひき逃げという事実から、一応被告の100%過失を認めた上で、情状酌量の可能性を探るのが普通だろうが、この弁護士(名前は記載されていない)は、こともあろうに『前の乗用車が急ブレ-キを踏んだから事故が起こった』とのたまっているそうだから信じられない。
 飲酒の影響はなかったと危険運転致死傷罪(私は殺人罪を適用すべきと思うが)の成立を否定した上で、事故の原因を『同乗者との会話や景色に気を取られて脇見をし、被害者の車が急ブレーキをかけたため』と主張しているという。
 さらに『仮に急ブレーキをかけなかったとしても被害者の車は遅い速度で進んでおり、衝突を回避しようとしたが間に合わなかった』と指摘し、『事故後は2次衝突を防ぐためにハザードランプを点灯させて停車した』として、思考力は正常だったと争うというから呆れてものが言えなくなってしまう。
 そのまま逃走し、そのまま300mも走って車が動かなくなって仕方なく止まった事実を知りながら『事故を起こした直後に止まった』と平然とのたまうこの弁護士は、本気で言っているとしたら、よほど距離感がマヒしているのではないだろうか。
 制限速度を守って走っている車が『遅すぎので、追突した』というのは、どんな神経で言える言葉なのだろう。こんな精神的に異常と思われる男?に弁護士資格を与えている社会制度こと異常では・・・。
 先日も光市で母子を自分の欲望で殺害した事件の犯人(当時少年だった男)の裁判に、弁護士が21人も駆けつけて、幼児を床に叩きつけたのは『優しく抱き上げても泣き止まなかったので黙らせようとした。殺害する意志がなかった』と述べ、『母親を殺害したのは抵抗するからだ・・・』と無茶苦茶な言い方で死刑だけは回避するための弁護をことに怒りをぶちあけたが、この弁護士も同じたぐいらしい。
 どんな悪質な事件を起こしても(被害者や遺族のきも人権や気持ちを無視してまで)罪を軽くするのが弁護士の仕事だとしたら、弁護士なんて職業をなくした方がよほど人間らしい生活ができる社会が実現するのではないだろうか、とも思ってしまうが・・・。(田舎親父)

2007年6月11日 (月)

殺し合いの連鎖を断ち切らねば・・・

03年3月にアメリカがイラクの首都バクダットに爆撃を加えてはじまったイラク戦争開戦から現在までに3500名以上のアメリカ兵が戦死したというニュ-スに、ブッシュというアメリカ大統領は、どれぐらいの自国の若者を殺したら気が済むのだろうと背筋が寒くなる。

アメリカ主導ではじまったこの戦争は、第一次湾岸戦争と同じ『多国籍軍』という名前であった。開戦当初はフセイン政権に対する民衆の怒りがあり、アメリカならびに多国籍軍の兵士を歓迎する映像が世界に流れたものの、時が過ぎるとともにアメリカの大儀が怪しくなり、派兵していた国が次々と撤退。現在では、結局アメリカがイラク国内で治安を一手に引き受けているのが現状のようだ。

中東の各国は、イスラムという共通の宗教を持ちながら、教義の解釈の違いや民族が入り乱れていることから、民族間の抗争は(単一民族国家?である我が国では考えられない)は根深いものがあり、イラクでは暫定政権そのものに反対する勢力や内部からもの不満が吹き出し、発足当時から政権は弱体。対アメリカ軍はもちろん民族間でも毎日のように血を血で洗うような争いがおこっているという。

アメリカの治安部隊としても、自分が攻撃される前に、武力攻撃をする反対勢力を殲滅する作戦だろうが、誰が本当に首謀者なのか確実な情報がないとなると、首謀者の一人がいるというだけの情報で建物全体を爆破するという荒っぽい作戦を展開しているに違いない。

当然、無関係の民間人を巻き添えという結果に、たとえアメリカに好意的な人であってもアメリカ憎しという感情は高まり、アメリカ兵を狙った攻撃が拡大するのはある意味当たり前だということは日本人の私でも容易に理解できる。

今から20年近く前に勃発した『湾岸戦争』は、世界世論がイラクに背を向けたことがあって、あっと言う間にアメリカを中心にした多国籍軍の勝利に終わったことは記憶に生々しい。当時、テレビで戦争の実況中継というような映像が連日流され、戦争がまるで映画のようなものという認識をもった人も多いのではなかろうか。

この戦争で死亡したアメリカ兵は150人弱だというから、今も続いているイラク戦争でのアメリカ兵の犠牲者の数は信じられないほど多すぎる。

しかし、これらはアメリカ側からみた戦争の実態であって、イラク側の死者の数は一体どのぐらいになるのだろう。一説ではイラク軍の兵士の戦死者は10万人とも15万人とも言われているが、アメリカの攻撃のやり方をみると、むしろ民間人の犠牲者の数の方が多いのではと思えることから、その実数は想像すらおぼつかない。

ブッシュ政権はイラクの治安を安定させるためにはさらに軍隊の数を増やすことが必要との認識で約3万人のアメリカ兵の増派を近く完了するという。しかし、6月に入ってすでに20人以上のアメリカ兵が死亡している。増派に反発した反米武装勢力の攻撃はますます激化することは明らか、今後とさらに増え続けることは確実だろう。

ブッシュ大統領の頭の中に、ベトナム戦争で6万人にも兵士達の命を失った代償が『敗戦撤退』だった教訓が生きていないのだろうか。

世界の多くの人々の命を奪い自然を完全に破壊してまで作る飛行場や基地は『アメリカは世界を指導しなければならない』という歴代の大統領が掲げる『アメリカの大儀』のために必要らしいが、こんなアメリカの姿勢は関係する国々にとっては迷惑そのものではないだろうか。

たった一度しかない人生を、意味がよく分からないままに兵士として戦うアメリカの若者達。憎しみの連鎖によって暴力に走り爆弾を腹に巻いて、あらた尊い命を散らさざるをえなくなるイラクの若者達。

こんな理不尽なことがなくなる日が近いことを心から祈る毎日である。(田舎親父)

2007年6月10日 (日)

終末医療にもマニュアル登場・・・

 この国の役所はなんでもマニュアルを作りたいようだ。
 以前取り上げた終末医療でも『マニュアル』を作って、記載された項目全てに該当する場合に限り、延命装置の電源を切っても医師の責任を問わないことにするらしい。
 厚生労働省研究班という部署がまとめた『治る見込みがないがん患者の延命治療を中止する際のガイドライン』では、ます終末機という定義を『余命週間以内』とした上で、患者本人の意思を前提に、治療中止の範囲を『延命装置の電源を切ることも含めてすべての治療行為』としているという。
 『余命 ○○○』という言葉はよくドラマや小説に出てくる。機械によってかすかに心臓が動いている場合は機械の電源を切ることによって、即『死』に至ることは素人でもわかるが、いかに熟練した医者の『余命・・・』という断言が、100%絶対間違いないとはとても言えないのではないだろうか。
 さらに延命治療を中止する条件として2年以内に、意識がなくなった場合は電源を切っても良いと文書で意思表した場合。あるいは立会人のもとに本人が口頭で意思表示した場合。そして(3)として、家族から本人の意思が推定でき、家族が承諾した場合と記してあるらしい。
 私も延命治療などしてほしくない一人であるが、まだまだ遺言を書こうという気持ちにはならない。恐らく健康に暮らしているほとんどの人は私と同じ心境ではないだろうか。まして、わざわざ立会人(どんな資格の人間かよくわからないが)をたてて口頭で妻や子どもに伝えるなど、普通に考えると馬鹿馬鹿しくて実行しようとは思わない。
 (3)の場合だけはあり得るだろうが、今『殺人行為』だと起訴されたり書類送検された医師たちは、家族から『なんとかしてほしい』と懇願された結果、電源をきるなり治療を中止したに違いなかろう。となると、こんな曖昧な表現ではもっと警察の介入が多くなるのでは・・・。
 現在富山県の病院で人口呼吸器を外された7人の患者が死亡した問題が騒がれているが担当の医師は『無意味な延命措置もあり、家族が呼吸器を外してあげたいと思ったら外す。気持ちから出てきた自然な行為だと思っていたから、恥ずべき行為ではない』と、静かに語っていると報じられている。
 そして『家族の同意はあった』と明言し、『治療を通して患者や家族と私との間にできた信頼関係が同意の証し』ことがそれに当たると胸を張って答えたという。中にははっきりと家族から懇願されて呼吸器を取り外したケースもあったともいう。同意書がない点を問われると『サインしてくださいとは申し訳なくて言えなかった』と述べているが、医師の気持ちは理解できる気がする。
 私は大病や大怪我をして入院の経験はないが、20年以上前盲腸で手術した時『手術承諾書』というものにサインした記憶がある。そこには(文言ははっきり記憶がないが)『たとえ手術が成功しなくても文句を言いません』というような意味の一行が入っていたような気がする。まさか盲腸で失敗はなかろうと思っていたが、当時は麻酔から覚めなかったら死ぬのだと覚悟して施術に臨んだことを覚えている。
 こんなことを書くと、またまた人権派と称する方々からお叱りを受けそうだが、現在でもこの『手術承諾書』はあると聞いている。蘇生が完全になくなった患者に対して、家族と医師が十分な話し合いの過程で家族が言う『楽にさせてほしい』という言葉は『安らかに眠ってほしい』という意志であり、医師からみたら『合意した』と判断するのは当然で、わざわざサインを求めると、かえって『責任のがれでは・・・ひょっとして生き返る可能性があるのでは・・・』という疑念がわくのではないだろうか。
 『延命治療の中止』のルールがない現状では、マニュアルも仕方ないかと思わないでもないが、家族の同意があっても医師団の合意が必要だというマニュアル、延命装置を稼動するには相当の治療費が必要だという現状で、全員の合意はなかなか難しいだろうと想像してしまう。
 さらに示されたマニュアルには、『患者の意思が確認できない場合や、認知症や知的障害があり、本人による判断が困難な場合、15歳未満の場合などは対象にしない』と明記してあるらしいが、これではいかなる場合でも電源を切ることに反対する医師が存在し、結果的には『切れなくなる』のではないだろうか。
 いずれにせよ、死まで『マニュアル』通りにされるかと思うと、ますます延命装置をつける余地のない死を迎えたい気持ちを強く持つ。(田舎親父)

2007年6月 9日 (土)

『介護を金儲けの手段?』何かちがうのでは・・・

 ライブドアの次はグッドウエル・・・。若い優秀な?頭脳の持ち主たちは、私のような不器用な人間にはとても考えられないような手段、しかも次々と法の網をかいくぐる術を駆使して『金儲けにこそすべて』という生きざまに、何か悲しさやわびしさを感じるのは、私が年をとったからだろうか。
 介護保険制度を悪用?して大きく成長しているコムスンは、このグッドウエルという会社の子会社として、20年ほど前に設立されたという。介護保険制度をスタートした当初、利用者に一定のサービス量を確保するため民間の介護事業者の参入を強く促した時期に、24時間対応というキャッチコピ-で急速に事業を拡大してきたようだ。
 利潤追求の方針は、当然ながら従業員に過当な労働を要求、必要ない介護項目を強要や報告書類の誤魔化しなどが明らかになり、かなり以前からコムソン商法に対して批判が生じていたようだが、毎日のようにテレビで派手なコマ-シャルを流して、あたかも素晴らしい介護サ-ビスを行っているように見せかけて世間の目を誤魔化していたのだろう。
 各地の事業所で、実際に存在しない人の名前を使って申請するなどの不正がバレて立入検査を受け、業務改善命令はもとより新規の事業所の開設禁止などの処分を受けたというニュ-スが流れたのはつい最近のことである。
 事業の拡大ができないとなると、ますますメッキがはげるのは明らか。これでは金儲けができなくなると『悪魔に魂を売りか渡した優秀頭脳の持ち主』は、コムスンのやってきた事業をすべて違うグル-プ内の子会社に委譲するという、ウルトラC的な方法で対抗してきたようだが、彼らの認識は若干甘かったようだ。
 折口とかいうグル-プを統括する男、ホリエモンの二の舞になりたくないらしく、早速表面上は沈痛な面持ちで頭を下げているようだが、頭を下げた瞬間ニヤッと目尻を下げて.舌をだしているに違いない。
 一応は、子会社への譲り渡しはしないというが、このままでは、この会社がやってきた介護事業が宙に浮いてしまうおそれがある。この場合現在コムスンを利用している全国約6万人という人たちが困るのは目に見えている。
 厚労省からの連絡で、各自治体は早速対応に乗り出したようだが、介護の現場での人手不足が指摘される中、コムスンがやってきた介護事業をすんなり他の介護請け負い会社やNPO組織などにスムーズな移行ができるか不安視する声もあるという。
 中には、コムスンに訪問介護事業を全面委託した自治体もあるらしい。高齢化率が高い自治体では、自前で介護サ-ビスなどできるはずがない。当然、委託という形をとることになるのだろうが、天下り式の組織では赤字ははじめる前から明らか、埋め合わせに自治体の財政はいっそう悪くなるという悪循環の繰り返し。そこでコムソンに委託するのだろうが、これが好評だったというからことはややこしくなる。
 もともと自分の親兄弟の介護を、金で解決しようとする考え方が基本になって『介護保険』なるものの制度がはじまったが、今大変な問題になっている『年金』同様、管轄する役所が親方日の丸的な体質。
 ろくろく知恵も出さず汗もかかずに場当たり的に作り上げたのが『介護保険』というシステム、庶民から金を集めるのには熱心だが、配分はいい加減。当然コムスンのように法の網をかいくぐって美味い汁を吸う輩が跋扈することは当然といえばこんな当然なことはない。
 コムスンに限らず、山を崩し、林を切り倒して毎日のように現れる『特別介護老人施設』関連の建築主も介護事業を展開する会社である。自治体からの補助があるとはいえ平地にするのも相当な費用と期間が必要な工事なのに、次々と建築するのは『介護事業』はよほど儲かるに違いない。
 コムスンに4つの誓いというものがあるという。その4つとは『一人でも多くの高齢者の尊厳と自立を守り、お客様第一主義に徹する』『明るい笑顔、愛する心、感謝の気持ちを大切にする』『常にサービスマインドを心がけ、真心をこめて介護を行う』『責任をもってお客様のプライバシーを守る』というものらしい。
 こんな空々しい文言を並べて金儲けを考えることが、若い優秀な頭脳の持ち主の実態だとしたら、こんな虚しいことはない。
 素晴らしい頭脳を、本来の人間のあり方生き方に貢献できるような社会にするために、知恵を出し合うのが大人の役目だと思うが、実際に何をすべきかが見えてこない自分が情けない。(田舎親父)

2007年6月 8日 (金)

バイオエタノ-ルより食糧確保が重要・・・

 調味料や食用油など、メーカー各社による食品の値上げが相次いでいるようだ。
 原油高による製造コストの増加や、輸出国の大規模な干ばつによる不作、中国やインドなど経済発展が著しくしかも人口の多い(BRICSと呼ばれている)国々の食糧確保などが絡み、今後もこの傾向が続く見通しだというが、なんといっても最大の原因は各国が血眼になりだした『バイオエタノ-ル』の生産拡大ではなかろうか。
 何度も述べるが、我が国の食糧自給率はカロリ-ベ-スで40%を切る。先進国の中では飛び抜けて少ない数字である。本気で対策を立てなくては『貧乏人は餓死』という笑えない笑い話さえ真実味が出てくる。
 米だけは何とか自給できる程度だが、日本人全体の食生活が大きく様変わりして米を食べる習慣が廃れ、100%輸入頼りと言っても過言ではない小麦や大豆を原料にした食品が中心になっているにもかかわらず、国民のほとんどは食糧に対する危機感をもっていないのも皮肉な現象である。
 考えるだけで情けなく涙さえ出るこの事実。『すべてアメリカの言うままにしていれば何とかなる』という安易な考え方できたツケが、食糧自給率の低下さえ気にしない国民性をつくったのではないだろうか。
 ずいぶん以前になるが、ある方から『日米安保条約の締結の際の裏取引として、日本は小麦をつくらないという約束をした』という話を聞いたことがある。当時は『安保条約の裏取引に食い物とは・・・』と俄に本当だとは思えなかったが、今思うと、政府は減反や転作などを強引にすすめているにもかかわらず、小麦の生産が一向に伸びない事実から、ひょっとして『裏取引が本当なんだ』とも思えてくる。
 それはさておき、ブッシュ大統領が(人気取りのためしかと思えない)環境に優しいエネルギ-の開発を奨励すると演説、アメリカのトウモロコシや大豆からエタノ-ルをつくる動きが加速されると、我が国もとアメリカに追随(隷属といった方がようだ)・・・。
 『バイオエタノ-ルとはなんぞや』とか『食糧自給の重要性』などは全く議論すらされずに、猫も杓子もバイオだ・エタノ-ルだと大騒ぎ。
 このブ-ムにいつの世にも真っ先に群がるのが金の亡者達。環境に優しいという狭義の見方をする環境学者や票目的だけに動く政治屋達の巧みな言い回しに、経済発展から取り残されている疲弊された農村や、高齢化が進み将来に展望が持てない農民が飛びつくのは当然で、すでにかなりの勢いでトウモロコシなどのバイオエタノ-ル原料の作付け面積が増えているという。
 穀物の生産を食糧に回すならいらしらず、便利で快適な贅沢生活のための消費となると、食糧を海外からの輸入に頼る現状の改善には何の役にも立たない。
 飼料の高騰で酪農家の中には廃業する人もではじめている。牛乳消費量が右肩下がりで落ち込む現状を補うためにも、人気の乳製品の一部を値上げはやむ得ないだろう。マヨネーズも、バイオ燃料の普及による主原料の大豆油や菜種油の上昇で相当な引き上げを実施するのも仕方ないのかもしれない。
 今後小麦の輸入量はさらに落ち込むことは確実。小麦粉は政府売り渡し価格の変動制移行を受け(安保条約絡み?で政府が価格を統制している)、すでに国内製粉大手が業務用小麦粉の価格を一斉に引き上げているが、これとていつまでこの価格が維持できるか怪しくなり、『秋の再値上げは必至』という情勢らしい。
 そうなるとラーメンやパンなどの主食にまで値上げが及ぶ可能性も出ることは確実。関西人に特に人気のたこ焼きや讃岐うどんなども値上げラッシュ・・・。
 現在、世界の穀物在庫率は最近の7年間で半減して15%まで下落し、この傾向は加速度的に早まるという。事実だとしたら、あと数年で世界の穀物は底をつき『食糧戦争』も起こりうる可能性さえでてきた。
 マスコミ全体がご用機関になってしまった現状ではあまり期待できないが、せめて食糧事情の現状を広く知らしめ、貴重な穀物をバイオエタノ-ル作りなどに転用する『非』を報道してほしいものである。(田舎親父)

2007年6月 7日 (木)

深浦に漂着した脱北者?一家は・・・

 先日少し触れたが、日本海に面する青森県の深浦、現在は県境の小さな港町にすぎないが江戸時代には北前船の寄港地として賑わった伝統のある町である。
 日本海の荒波と雪景色を体験したくて1月に出かけたのだが、今年は信じられないほどの暖冬で雪は全くなかった。厳しい寒さの代わりに、暖かい人情を堪能した旅であったが、その深浦港に北朝鮮からの逃げてきた一家4人が漂着したというニュ-スが流れて一週間以上過ぎてしまった。
 その後警察の調か進んで、この一家は北朝鮮で漁師をしていたらしいが、おんぼろの老朽船に似合わず予備のエンジンを搭載し燃料も相当積んでいたというから驚き・・・。
 なんでも北朝鮮では軽油の値段がベラボ-に高く、軽油1リットルの値段が庶民の一ケ月の給料に相当するという。タコ漁をして生計をやり繰りしていた一家、一日おきにパンを食べるのがやっとの生活をしていた漁師一家が、これほど大量の軽油をどこで入手したのだろう。
 当初新潟に向かったが海流に流されて深浦沖に漂着という報道に、私は(古代の人たちならいらしらず)木造のボ-トのような船で、どうして新潟の方向がわかるのかという疑問がわいたものだが、ジャイロコンパスまで搭載していたというから海の状態さえよければどの港にでもつくことができると納得。
 しかも、次男は少量ながら『覚醒剤』を保持していたというのも謎である。『今のままでは餓死するので、皆で出国することを決めた』と報じられているが、装備や燃料、そして覚醒剤となると、どうやら『食うや食わずの生活』から逃げ出すために、突然行動したという構図ではないようだ。
 日本海には海上保安庁の巡視船が日夜目を光らせていたのに、そのレ-ダ-にも影が映っていないというのも俄に信じられない。関係者はあまりにも小さな木造船だからレ-ダ-に移らなかったのだろうと言っているが本当だろうか。
 担当の閣僚は『発見できなかったのは残念だ。早速装備を見直す必要がある』というコメントを発しているが、これは『発見できなかったのは装備か不十分だからで、装備さえ完璧ならば発見できた』というように捉えられる。
 日本のレ-ダ-技術がさほど劣っているとは思えない。むしろ世界をリ-ドするほどの技術力を持っているのに、閣僚がさも装備の問題のように発言しているのは、またまたアメリカから軍事装備の売り込みを受け入れる良いチャンスとばかりの口実では・・・。
 話が変わるが、昨日、ほぼ40年前におきた日航機『よど号ハイジャック事件』で北朝鮮に渡った元赤軍派メンバーらに十年ほど過ぎてから合流した、赤木という男が北京空港経由で関西国際空港に帰国したところ逮捕したという報道があった。
 
この男は、80年代の前半にパリ経由で西ドイツに渡り、その後数年間はウィーンに滞在し、海外在住の日本人向けの反核運動の機関誌の発行などに携わったとされるが、ちょうどその頃に、現在拉致被害者と言われている人々がヨ-ロッパで失踪していることから、この男が事件に何らかの関わりをもっているはずとみて、公安当局は調ベをすすめるという。
 『いったい何を考えていたのか』これはこの男の父親の言葉であるが、私も同感、何故今頃になって、わざわざ帰国したくなったのだろうという疑問がわく。しかも、帰国と同時に逮捕されることが分かりきっているのに・・・。この男は本当に『自分の意志』で逮捕されるためにのこのこと帰国したのだろうか。
 国内では年金問題で安倍内閣が青息吐息。小泉内閣の時もそうだったが、ピンチになると北朝鮮絡みの事件が発生しマスコミがそちらを重点的に報道、国民の目がそらされるという場面が多い。
 5000万人もの年金の記載漏れが発覚という事態は、本来ならば内閣機能が吹っ飛ぶほどの大事件。なのに1年以内で解決するなどと『できもしないこと』を公約にして、何とか誤魔化そうとする姿勢の現政権のあがきに不快さを感じている国民は多い。
 今回のふたつの事件は、そんな政権に対して北朝鮮(目的がわからないが)からの大きなプレゼントでは・・・と、ほんの少し疑っているのは私だけだろうか。
 脱北者?一家4人を、ろくな調べもしないで早々に収容所に送りこんだという報道も何かきな臭い。(田舎親父)

2007年6月 6日 (水)

情けない教育委員会とアホな校長では・・・

 京都の友人から『先日こんな記事が地元の新聞に掲載されたよ』と、小学校の信じられない荒れを報じる京都新聞の紙面の紹介があった。
 記事によると、城陽市の今池小学校で6年生の一部が荒れ、保護者の8割以上が『安全面で不安』などとして修学旅行の延期や中止を求めていという。
 これまでも小学校が荒れることは時々耳にすることがあるが、4月から学級で一部の児童が『授業中に校内をうろつく』『担任や児童に暴言を吐いて殴ったりけってけがをさせる』『物を投げて教室の窓ガラスを割る』『校内の備品を壊す』などの問題行動を起こしているというから、尋常な荒れ方ではなさそうだ。
 地方紙とは言え、京都を代表する新聞が根も葉もないことを記事にするとは思えないので、この報道はある程度事実を伝えているとみて間違いない。だとすると、学校の対応がみっともないというか無力過ぎる気がしてならない。
 この小学校の6年生は67人というが全員が荒れているわけではあるまい。事実8割までの保護者が心配しているというから、荒れているのはたかだか10人程度ではなかろうか。いかに暴力の年少化が進んだとはいえ、担任を殴ったり怪我をさせたりするなんて、これはれっきとした犯罪、まさに『暴力教室』そのもの。私にはちょっと考えられない。
 学校事情があって、両方の学級とも担任が高齢の女性(しかも子どもから馬鹿にされている)だろうと勝手に想像しているが、たとえそうであったとしても、他の学年には子ども達を押さえる教員がいるだろう。それともこの学校では全ての教員が子どもから馬鹿にされているのだろうか・・・。校長や教頭も存在するはずなのに、どうもよく事情が呑み込めない。
 記事の続きであるが、同小は6年生の保護者を集めた懇談会で『荒れ』の状況を説明し、修学旅行実施の是非を尋ねたという。保護者有志が後日、全員の意見を集約したところ、旅先での事件を心配して前記のように8割以上が『現状では子どもが危険』と延期または中止を希望したとのことである。
 このことを学校に伝えたが、修学旅行説明会で学校側は『旅行に向けてがんばろうとした方が良い』と、定通り実施する方針を示したという。だったらはじめから修学旅行の是非などを聞くのは何のためだったのか、よく分からない話しだとしか表現のしようがない。
 校長は『延期すれば児童が反発し(状況が)さらに悪くなる可能性が大きいと判断した』というが、この校長はただただ荒れたお子さま(悪ガキども)の行動を『ご無理ごもっとも』と認め、『何とか来年の春が早くこないか・・・』と願っているだけの存在らしい。
 城陽市教育委員会の対応も情けない。学校の現状を知りながら『学校の判断に任せる』という言い方で、同日に同じ電車で修学旅行に向かう予定だった他の3つの小学校の児童とのトラブルを避けるため、この学校のみをバス移動に変更するというから、問題解決の気持ちがあるのかと疑わしくなる。
 こんな無能な教育委員会が、この程度の輩を校長にしているのだから、学校が荒れるのは当然と言えば当然、この悪ガキが、中学校に入るとさらに悪さに磨きがかかり、『いじめ』と称する暴力行為を平然と行う現在の風潮をつくるのではないだろうか。
 ついつい、この今池小学校とはどんな学校かとネットで調べてみた。新聞で問題が指摘されると多くの学校ではサイトを閉鎖するのが常だが、この学校は堂々と公開しているばかりか、校長は本校の目標ですと『学び合い、高め合う、心豊かな子どもの育成』なる言葉を掲げているのには驚きを通り越して厚顔無恥さに呆れてしまう。
 もっとも更新日が昨年の8月というから、学校全体に『ホ-ムペ-ジなどは飾り物』『きれいごとを並べておけばよいという考えなのだろう。(他の小学校も似たりよったりの構成だから、どうも城陽市の体質なのかもしれないとちょっと気になる・・・。)
 京都といえば、職員の問題行動が世間を賑わしているが、その背景に同和問題があると聞く。この小学校の児童の荒れもひょっとして『同和』が絡んでいるのでは、という疑いも捨てきれないが、それにしても情けない話である。(田舎親父)

2007年6月 5日 (火)

『マイオイル族』の出現とは・・・

 中国では『マイオイル族の出現』が話題になっているという。
 日本でも『マイ箸』とか『マイシャンプ-』など『マイ・・・』という言葉がごく普通に用いられるようになっているが『マイオイル』は聞いたことがない。オイルというから自動車に入れる燃料かと思いきや、料理に使うオイルというから驚いてしまう。
 経済発展が著しく一般庶民の生活が豊かになったことが背景にあって、特に都会では外食店が急激に増え競争が厳しくなっているという。油をよく使う中華料理だけに、食用油はレストランのコストでは大きな比重、儲け第一の考え方に走る店では品質の悪い食用油を使用することが多くなり市民の怒りがつのっているのだそうだ。
 品質の悪い食用油を使う手口は様々で、同じ油を悪くなっても使い続けているというレベルから、『廃油』として捨てられたものを化学薬品などで、見た目だけを『普通の食用油』に変えたものを使う悪らつな店まで出現しているというから困ったものである。 この廃油を食用に再利用、という話を聞いてマヨネ-ズの話を思い出した。私の子ども時代、マヨネ-ズは廃油から作るという話がまことしやかに流れて、しばらくそれを信じてしまった私はマミネ-ズを食べられなかった時期があった。
 当時は私を含めて一部の人たちがマヨネ-ズなど食べなくても社会的にはほとんど影響はなかったようだ。しかも現在のネットなどというメディアがない時代、単なる噂としてしか流れなかったので、こんな話を知っている人も少ないのではないだろうか。
 当時のマヨネ-ズとは違い、中国では食用油を使わないわけにはいけない。しかも食に対しての人々の考え方が進み、最近ではネットを中心にメデイアが、重金属で汚染された米・ニセブランドの塩・発ガン性物質の着色料など食の安全に関する報道が多いという。
 先日、ネットで広東省珠海市の会社員のエピソードが紹介された。この人はいつも会社近くのレストランでお昼を食べるが、必ず自分で買った食用油を持っていき、調理にはその油を使うように頼むという。レストランがどんな油を使っているか信用できないからという理由らしいが、さすが中国、徹底の仕方が違うと感心してしまう。
 さらに記事は、繰り返される危険な食品に関する報道のため、この会社員のように油を持ち歩く『マイオイル族』は数を増していると続け、油を持ち込んでも、その他の食材の品質や厨房の衛生状態などまではチェックできないという声まで上がっていると続く。
 このまま行けば、客とレストランとの信頼が失われ、外食を忌避する動きにすらつながるのではないか、と政府の高官までもが口にするほどという。
 過日、アメリカで中国産のペットフ-ドに有害物質が混じっていることが話題になった。パナマでは中国産の原料で作られた『咳止め』で大勢の人がなくなったという。日本でも、中国製ダイエット食品を服用していた女性が肝機能障害などで死亡した。などなど・・・。
 様々な報道があり、今や中国製の食品や薬品に対しての信用が著しく低下しているらしいが、ある意味中国の怪しさ・危なさは以前からわかっていたことで、それを承知で輸入した国の『金の亡者』達が平気で販売してきたのが現状では・・・。
 先日述べた、我が国で出回っている『ウナギの蒲焼』だって、絶対に安全という保証などない。まして、大量に出回っている中国製の野菜なども、あたかも新しいように見せかけているが、怪しいと言えばこんな怪しく危ない話はない。
 先日、ある人から『中国産の椎茸の根元が切られているが、それは鮮度や農薬の所在をなくすため・・・』と教えられた。真偽はともかく、確かに根元がないシイタケは食べない方が安全なようだ。
 歴代の政府がすすめてきた『国民全体の白痴化』政策によって、考えることが苦手になった我が国の国民は、安いからという意識が先に立ち『金の亡者』の広告につられて中国産の野菜に殺到している。
 そろそろ目を覚まし『自分達が食べる食糧は自分達で作る』という意識を持たなければ、気がつけばまわりはすべて『毒』。それを拒否すれば『餓死』という事態に追い込まれる日が近づいているように思えてならない・・・。(田舎親父)

2007年6月 4日 (月)

食べ放題商法を考える時期では・・・

 先般、ロシアが資源保護や密猟対策の名目で、領海内で捕られたカニを生きたまま輸出することを禁止するというニュ-スが大きく取り上げられた。
 カニ好きの日本人にとって、ロシアからの活カニが入ってこなくなると大問題には違いないが、この問題は我々一人一人が、今後我の国を襲うであろう『食糧問題』に対して真剣に考えるためには、ある意味では『カニでよかった』と思うべきでは・・・。
 最近『カニ』を売り物の旅行が大流行、本来ならばカニが取れるはずがない観光地であっても『カニ食べ放題』といううたい文句で客を集める商法が盛んである。しかも、そのほとんどが大手の旅行会社が募集する団体ツア-、信じられないような値段に惹かれて集まる人が多いらしい。
 観光客を集めにくい冬場に『カニ食べ放題』で客を集める商法はよく考えたものだ。大手のツア-料金に比べて、都会のちょっとした店で『カニ料理』を食べると、目玉が飛び出すような値段。食べたくても食べられないとなると、温泉に入ってたらふくカニが食べられるとなると、庶民にとってはたまらないらしい。
 『食べ放題』がどれぐらいの量か参加したことがないのでわからないが、私の育ったころは『カニ特にタラバガニ』は高級食材で、滅多に口に入るものでなかった。当然『この値段で食べられるわけがないのにどうしてだろう』という疑問がわくのだが、最近は『食べ放題』が当たり前、カニがどこで取れるか、原価はどうなのかなど考えて食べている参加者など皆無・・・。
 『食べ放題』という以上『たくさん食わなければ損』という気持ちが先走り、一般的に美味いと言われる部分だけ食べてあとは捨ててしまう。それが当然という風習が日本人全体に知らず知らずに身についてしまっているのではないだろうか。
 カニ以外でも食べ放題商法は大流行、『○○肉のステ-キ』とか『マグロの刺身』や『にぎり寿司』、極端なのは『アワビのなんとか』まで食べ放題という広告が新聞紙面や折り込みで毎日のように届けられる。
 同じ日に、日本国内で消費するウナギの半数以上を占めるヨーロッパウナギの輸出入が『野生生物の保護』を目的としたワシントン条約の対象種として、大幅に制限される見通しとなったというニュ-スが流れた。
 ウナギの生態はまだ完全に解明されていない上に、卵からの完全養殖が難しく、天然の稚魚(シラスウナギ)を漁獲して養殖しているそうだ。しかも国内の生産は、価格の競争で中国などと太刀打ちできないために漁獲量は激減しているという。
 ヨ-ロッパの国々は『野生生物保護』という名目がつけば、その条約は確実に成立するのが当たり前。条約締結国で日本も『野生動物保護』には反対する理由がないとなると、間違いなくヨ-ロッパからのウナギの稚魚の輸出禁止の措置は採択されるだろう。 この稚魚の最大の輸入国は中国で、養殖された後、かば焼きなどに加工後に日本に輸出される仕組み。最近ス-パ-などで見かける手頃な値段の商品はほとんど中国産となっているのはこういう流通経路になっているからという。 この中国産のウナギの蒲焼が国内消費量の最大7割を占めるとなると、値上がりは避けられないだろう。本マグロに続き、ウナギまでもが高値の花になりそうな情勢である。
 食糧自給率がカロリ-ベ-スで40%を切る厳しい現実の我が国の食糧事情を考えると、カニやマグロやウナギなどの食い放題、贅沢三昧に明け暮れている我々の生活態度こそが問題では・・・。
 今回のロシアやヨ-ロッパの国々の、カニやウナギの輸出禁止の措置は我が国を直撃する大問題には違いないが、国民全体がこの際自給率を上げることや国内資源を活用することを真剣に考える良い機会ととらえるべきではないだろうか。
カニやウナギを扱っている人たちにとっては死活問題には違いない。事実、生活が成り立たないと倒産や自殺が続発するような事態も考えられないことはないが、その救済は国レベルの問題。
 官庁のほんの少しの無駄を無くせばその程度の予算はひねり出すことは可能だろう。すぐにでもそれなりの措置はとってほしいものである。(田舎親父)

2007年6月 3日 (日)

円盤?目撃 多分取材のヘリ・・・

 今日は世の中の様々な動きに対してのコメントや批評ではなく、昨夜私が実際に、目撃した腑に落ちない光景について知らせてみることにする。
 6月1,2日は横浜港の開港を記念して30年ほど前から開かれている『開港祭り』が『みなとみらい地区』を中心に賑やかに繰り広げられ、その様子がテレビ神奈川で実況中継されたのでご覧になった方もおおいのではないだろうか。もっともロ-カル局のことだから、視聴できる地域はごく限られているが・・・。
 その締めくくりが『花火大会』である。自宅から『みなとみらい』までは小一時間程度で行ける距離なので出かけられないことはないが、人込みが苦手で、まして夜に出かけるというとついついおっくうになってしまう。
 そこで、ランドマ-クタワ-が一望できる近くの高台から見学することを思いつき、ホタルをみつけることも楽しみに真っ暗な山道をその高台まで歩くことにした。残念ながらホタルの季節にはまだ少し早く、一匹も見つけられなかったが、高台からの夜景はなかなか美しく、ランドマ-クタワ-が浮かび上がって見える。
 こんな一等地に誰もいない。(これで椅子とビ-ルがあれば最高だが)ゆっくり花火見物と洒落こむつもりだったが、午後8時ごろランドマ-クタワ-の左上空に何やら明かりが動いていることを発見。
 その明かりが大きくなり、丸くなった。肉眼で丸い蛍光灯がいくつか重なっているようにも見える。持参の双眼鏡で見ると、正に『円盤』である。『そんな馬鹿な・・・』と思いながらその光の輪を追う。
 花火大会を取材しているヘリコプタ-ではないかと思うが、光の輪がライドマ-クタワ-と比べて異常に大きすぎる。上空から取材するとなると、明かりはむしろ邪魔、20kmも離れた場所からでもこれほどの明かりをつけて飛ぶだろうか。
 やがて、花火がはじまった。なかなか美しい光景であるがさほど大きく見えない。距離がありすぎて、音も迫力を欠く。考えてみたらランドマ-クタワ-より高い場所で花火が開くとは思えないので当然だが、もっと凄い光景が飛び込んでくるのではと期待していたのでちょっぴり不満・・・。
 気になるのはやはり『円盤』である。しばらく上空に停止いたが、花火の開始とともにゆっくりと移動し始め、花火がもっとも佳境になった時刻の8時30分ごろに、左方向(東京方面)に飛び去ってしまった。
 『空飛ぶ円盤』を全く信じていないわけではないが、大都会の上空(しかも午後8時ごろの時間帯)に姿を表すとは思えない。花火見物の人はもとより、多くの人が目撃しているはずだから、もし円盤だとしたらテレビのニュ-スで報じるのではないかと思い帰宅したが様子はない。
 やはり取材のヘリコプタ-だったのだろう、私なりに納得したものの、ヘリコプタ-からの取材ならばこれほどまでに明るい光をつけるだろうかいう思いと、もし花火の取材だとしたら、一番華々しく花火が打ち上げられている時間に飛び去ってしまったことが腑に落ちない。 
 花火や円盤とは何の脈絡はないが、その日北朝鮮から逃走してきたと思われる4人が、青森県の深浦港に上陸したというニュ-スがあった。深浦には今年2月日本海の雪景色を見たくなって訪れたので何となく身近に感じる。日頃静かな町が大騒ぎになっている様子が想像できる。
 小さな船で日本海を渡り切ったのだろうが、その決意は、わたしも含めて平和ボケしている日本人には考えることすらできないだろう。それだけ、北朝鮮の国情も人々の生活もギリギリまで追い込まれているに違いない。
 このニュ-スはインタ-ネットを通して、北朝鮮にも伝わるだろう。一般庶民にすぐというわけにはいかないだろうが、小舟で日本海を渡り切ったことを知った人たちが今後増えることはほぼ間違いないだろう。
  このことはいずれ話題にするつもりだが、『円盤らしきもの』を見た日に『光を求めて』日本に逃亡してきた北朝鮮の人たちのニュ-スが何か印象に残る。(田舎親父)

2007年6月 2日 (土)

給食費より影響が大きい保育料滞納問題・・・

 学校給食費を払わない親が話題になっているが、今度は保育料を意識的に滞納している親の存在が問題になっている。
 ある新聞社が全国の道府県庁所在地、政令市、東京23区の計73市区を対象に、一昨年度の保育料の滞納額を調べた結果、全ての自治体でそれぞれ200万円以上の滞納があり、本来支払われるべきだった保育料の総額1447億縁余に対し、滞納総額は34億万円に上ったという。
 これは凄い数字である。滞納が大問題になっている学校給食費は、文部科学省の調査ででは全小中学校の滞納総額が22億円余、滞納率0.5%との発表に比べ、たった73市区の都市での調査でこの数字であるから、全国の自治体を調べたらどれぐらいの数値になるか想像もつかない。
 まして、東京の財政の豊かな区では、少子化対策で保育料の一部を公費負担とする制度もあると聞いているから、実数は想像を絶する数値になっているのではないだろうか。
 学校給食費は高くても毎月3,4000円程度が上限だが、保育料となると収入によって数段階に別れているようだが、平均すると数万円単位になるのではないだろうか。
 となると、滞納者の数の比較では簡単には表面に現れないが、滞納分を自治体の予算から補っているはずだからその負担は莫大、他の行政サ-ビスの低下につながっているのでは・・・。下手すると福祉の予算がばっさり削られかねない。
 公営住宅の家賃を滞納している場合は、時によっては明け渡しの強制執行という話しも聞くが、これまでは給食費の滞納や保育料の滞納程度はよほどの悪質でなければ督促状程度で済まされていたようだ。自治体の滞納問題の担当者も『集金』となると、何となく気が進まず、まあまあという意識があったようで、悪質な保護者の横行を許していたのが現実らしい。
 ある自治体では入園時に『滞納しません』という誓約書の提出を義務づけたり、あるいは滞納者に対しては『納入しない場合は保育園を退所します』という書類を提出させているらしいが、これが『児童福祉法』の精神に違反するというから、手の打ちようがないのでは・・・。
 しかも、保育料の支払いは当然すべて親の義務であるのにかかわらず『子どもが可哀相』という(日本的な古風なモラルであるが)情が背景になって、効果はあまり上がっていないようだ。
 保育園を管轄する生労働省は、この問題でやっと重い腰を上げる気が起こったらしく、近々、保育料の滞納実態を把握するため全国調査し、夏までには滞納額や滞納者への対応をとりまとめるというが、どうせこの役所のやることだから、調査そのものにも膨大な時間がかかり、正確な数値はあまり期待できそうにない。
 調査結果を基に、正当な理由なく滞納を続けるケースでは、財産の差し押さえなど法的措置も含めた厳しい対策を取るよう、自治体に通知を出すとのことであるが、年金問題のずさんな対応を見ても、聴取に関しては自治体に『徴集専門の部署』を作りなさい、という程度の通達ぐらいだろう・・・。
 自分の子どもを育てるのは親として最低限の義務、本来ならば子どもを育てること自体が仕事であるのだから、子育てに専心する人にもそれ相応の給料を支払うシステムができれば『子育てだ・保育園だ』ということなど必要ないのかもしれない。
 な-んてことも思ってしまうが、そんなシステムができたらできたで、また違う問題が生まれることも確かだろう。
 自治体の財政の問題など説明しても、滞納している確信犯の悪質な親にとってなんら効果はないことは確か。世の親に対して、子どもを保育園に預けてまで働くことを選択した以上、保育料ぐらいは支払うのは当たり前というぐらいの考え方は、いかなる手段をとっても知らしめる必要がありそうだ。(田舎親父)

2007年6月 1日 (金)

白昼の繁華街でも安全でなくなった

 話は少し前になるが、またまた信じられないような事件が報じられた。それも真っ昼間の横浜駅のすぐ近くの地下街で起こったというから衝撃は大きい。もう少し早く話題にしたかったのだが、大臣の自殺などが飛び込んだのでニュ-ス性が少し色あせたようだ。
 先月の25日昼前、横浜駅東口地下街で、若い女が母親と歩いていた2歳の女の子をいきなり抱きかかえ、背中を果物ナイフのようなもので刺したという事件である。
 母親の叫び声に、近くにいた鉄道警察隊員が駆けつけ、犯人である女を傷害容疑で現行犯逮捕したというが、ナイフで刺すような凶悪犯人は『男』という思い込みがあるので、まわりの人は一体何があったのか一瞬わからなかったのではないだろうか。
 このところまたまた通り魔的な犯行が頻発しているが、起こるのは決まって深夜か人通りの少ない場所に限られているのが普通で、狙われるのは大概若い女性。犯人もほとんどの場合は日頃から行動がおかしい男が定番であるのだが、今回のように白昼、混雑する地下街で若い女が起こしたことに驚きと恐ろしさを感じる。
 報道によると、この母親は双子の姉弟の手を引いて、地下街にある噴水をみていたところ、後ろから近づいた犯人の女が、女の子を抱き上げたという。母親が驚いて大声をあげたら突然果物ナイフで女の子の背中を刺したらしい。
 取り押さえられた新潟県に住む29歳の犯人の女は、前日母親から家で人捜索願が出されていたという。逮捕された当時は興奮状態だったということから、何か強い薬剤によって精神をコントロ-ルできなくなっての犯行ではなかっただろうか。
 昨日、自殺した大臣が強い抗鬱剤のようなものがあって、それを服用することで誰かに精神をコントロ-ルされて自殺に追い込まれたのでは、という私の推理を述べたが、この女の場合はさらにその確率が高いように思えてならない。
 マスコミは視聴率が稼げないとなると、事件の続報など一切報じないのが普通になっているので、この犯人像がいま一つはっきりしない(またまた人権派の方々からは、鬱病で悩む人たちへの配慮が欠けるとお叱りを受けそうだが)が、どうもこの女は日頃から強い鬱病で精神が不安定、強い抗鬱剤を常用していたのではないだろうか。
 新宿や渋谷でなく横浜という心理もよく分からないが、目の前で母子3人がのんびり噴水を見ている幸せそうな姿を見て急に女の子を奪いたくなった。女の子を亡くしたなどという過去があれば、発作的にこんな行動も考えられない事はない。
 ただ、不幸にして私の推理が当たったとしたら、これは人権侵害と言われようと、強烈な抗鬱剤を服用させながら何ら適切な処置もなく放置している、現在の社会の仕組みに何らかの手を加えなければ、同じような犯罪はいつでもどこでも起こりうる可能性があるのではないだろうか。
 ここまで書いてみて、通勤途中駅の階段から謝って転落して死亡した友人のことを思い出した。鬱病で治療していたが良くなったということで復職した直後だったような記憶がある。当時は気分が滅入っていて、足を滑らせたのだろうと思っていたが、今考えると、かなり強い抗鬱剤を服用していたのではなかっただろうか。そのために駅の階段から転落・・・。そう考えると何となく彼の死因が納得できる。

 最近は薬剤によって鬱病は完治できるという。なんとか早く治りたい・治したいと思って強い薬剤を服用したい気持ちは理解できないことはないが、まわりの理解によって正しい薬剤を適切に与える治療を望みたいものである。(田舎親父)

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