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2007年10月

2007年10月31日 (水)

大騒ぎして実施した結果がこの程度?・・・

  先日文部科学省が4月に行われた全国一斉学力テストの結果?を発表した。

 全国一斉という今回のテストは43年ぶりだそうだが、これほどまで全国の学校現場を巻き込んだ大騒ぎした上、77億円もの(無駄な)大金をつぎ込んだテストの結果がこの程度のことなのか、とかなり呆れている。

 大学教授をはじめ教育評論家などいろいろな分野の識者達がこのテストの結果を分析しさまざまな意見を述べているが、その方たちの言い分を大まかにまとめると ①基礎的な知識に比べて、活用する力が低い ②全体として都道府県別の差は少ないが、秋田など東北各県の結果が良くて、沖縄がかなり下回っている(中学校では大阪や高知も同じ傾向) ③国立の学校の点数が高く、私立が続き公立の学校が低い・・・という事か。 

 ①については、以前から言われていることで何も今回のテストで新たにわかったことではないだろうし、③については、多くの人がこんなテストをする前から当たり前だろう、納得していること。改めて結果を発表する事は、教育に関心のある家庭の意識を過当に刺激し、低年齢からの受験競争をさらに煽るだけ・・・。だと言っても差し支えないだろう。

 ②はかなり意見が分かれるところ。東北各県の教育委員会は『おらが教育委員会と管下の学校の努力の賜物』と鼻高々だろうが、沖縄県はじめ大阪府・高知県などの教育委員会の悔しがる姿が目に浮かぶ。恐らく、これらの教育委員会は、今度の学力テストまでには他府県に劣らないように点数を一点でも上げろという考え方を、校長会などを召集して示すのだろうことは容易に想像できる。

 そして、完全に教育委員会の僕になり下がった各学校の校長たちは、自校の点数を上げろと日々教員を叱咤激励することも間違いなさそう。生徒の日常の生活指導で手一杯な上に、テスト・テストでは学校が荒れる事も確実だろう。

 また、同時に実施した生活習慣調査を分析したようだが、それも大まかにまとめると④登校前に持ち物を確認する ⑤朝食を毎日食べる ⑥家庭で学校の出来事を話す ⑦家で宿題をする など生活が安定している子どもの方が点数は高いという結果をだという。

 これらは誰が考えても当たり前の事で、わざわざ全国一斉に強制的に子どもからアンケ-ト形式で聞き取るまでもない事だと思うのだが・・・・。

 一方⑧として 就学援助を受けている子どもの多い学校の成績が低い傾向があるという結果はちょっと怖い。額面通りに受け止めると『塾に通わせる経済的ゆとりがない家庭』となる。塾で今回のようなテスト問題に慣れている子どもが高い点数をとるとなると、今回のような学力テストでは(しかも進学に影響するとなると・・・)ますます『塾へ通わなければ・・・』という風潮が蔓延することが気になる。

 それにしても、これらのデータに新味はないと断言しても過言ではなかろう。他の調査ですでにわかっていた傾向が大半ではないだろう。

 文部科学省が43年ぶりに全員参加型の調査を復活させたのは、学力低下が指摘されたことがきっかけだった。私は当初から、この調査に疑問を投げかけてきた。学力ということを議論することなく、知識だけを学力と考えていることに対して、今更なんだ・・・という思いと、役人達の思い上がりと、学校現場の無力感が気になるからである。

 それぞれの地域は、多かれ少なかれ『学力に関して何らかのアクション』を起こしており、独自の調査や学力や学習の状況をつかむには、それなりの努力をしているはず。

 地方より国家が優先するという考え方で、しかも全員参加だと、調査結果が都道府県や市町村、学校の序列イメージをさらに鮮明にさせかねないという危惧がある。学校によっては、学力調査向けの勉強をさせるようになる恐れもある。(実際に、問題になっている学校も多い) 

 過当競争を避けるという大義名分で、各学校の結果などは発表しない方針だというが、(点数の高低が本当に学力の差だと信じている)大部分の親質が一番知りたいのは、自分の子どもが通う学校の順位であるはず。これも各地で騒ぎが起こりそうだ。

 さらに気になるのは、今回『基礎的な知識に比べて、活用する力が低い』という反省を出しながら、教科の時間数を増やすという中教審の考え方。

 常識的に考えても『考える能力を伸ばす』という意味では『総合的な学習』の充実だと、私には思えるのだが・・・・。(田舎親父)

2007年10月29日 (月)

自らをバカと嘲り命絶つ・・・

 新聞の片隅に『50代女性 クレジットを苦にして自殺・・・』という悲しい記事を見つけた。亡くなった人の名前はない。東北地方の小さな町で昨夏、50代の女性が海に身を投げたというだけの記事だが、その背景は考えさせられる。

 死後、自宅から総額約1300万円超のクレジット契約書と、封も切られていない大量の呉服が見つかったという。契約は支払い能力をはるかに超え、返済に窮した女性はうつ病を発症していたらしい。

 『これ以上めいわくかけたくないです。そう式もかんたんに』『今度生まれてくる(長男の)赤ちゃん顔見たいです』と遺書めいたものが、台所のテーブルに置かれた孫の漢字学習帳に残されていたというから、覚悟の自殺である事は間違いない。

 9ページにわたり書かれた文章の字はひどく乱れ、『世界一バカ バカ』と何度もつづられていたというから哀れ・・・。

 『世界一バカ・・・』という自虐的な表現から、この女性は自分がやっていることが虚しく、自らを追い詰めることだということは十分認識していたにも関わらず、衝動的にクレジット契約をしてしまったことを悔やんでいた事がうかがえる。

 自殺後、バッグから33件の分割払い契約書が見つかり、押し入れには帯封が切られていない着物や値札がついたままのバッグが多数残されていたという。契約は9年前に始まり、間が2日しかないものもあったというから、次々に契約を重ねていたようだ。

 約1000万円分がオリエントコーポレーション(オリコ)との契約だという事だが『必ず記入』とある年収やローン残高が空欄のものが多かったという報道が気になる。記事の内容が本当だとしたら、オリコ側の執拗な勧誘と、書類が不備でもロ-ンを成立させてしまう強引さが浮かび上がる。

 自殺する2週間前にも125万円の大島紬をクレジット契約していたという。200万円の年収しかないこの女性に、これ程までのクレジット契約をさせるオリコの姿勢に憤りを感じるが、金儲けだけが目的のクレジット会社の下っ端の社員としては、契約を取らなければ自分もクビになってしまうと考えると、これも哀れ。結局は貧しい者同士が、ダマしダマされる構図なのだろう・・・。哀れとしか言いようがない。

 ひょっとすれば、正社員ではなく出来高払いの契約社員だったのかも・・と考えると、この社会の無情が浮かび上がる。オリコのこの担当支店長も結局は契約の額で査定されるとなると、無理を処置で契約を伸ばす社員の行動は心強い味方とばかり応援するのも当然かも知れない。

 『質素な母がなぜこんな買い物をしなければならなかったのか。審査がずさんでなければ、母は死なずに済んだはず』とオリコの過剰与信が母親を死に追い込んだと、息子はじめ遺族は悔やんでいるらしいが、このような事例は恐らく全国でもっとあるはずに違いない。

 詳しい背景は分からないが『女性は夫と小さな商店を営んできた』と過去形の表現から、夫が死亡した後、一人で生活していたことがうかがえる。寂しさから気の病に陥り、物に執着するようになったのではないだろうか。

 息子は『(自殺する)原因が分からない』と言っているらしいが、ほんの少しの気配りがあれば母親の変化に気づいただろうに、都会で生活しているこの息子はめったに帰省しなかったことも悔やんでいるのでは・・・。

 地方の過疎化と高齢化が社会問題になって久しい。若い人たちは都会に出てしまった後に残された、(親の世代)夫婦が元気でいる間は平穏な暮らしができるだろうが、どちらかが逝ってしまい、一人残されたら、その生活は信じられないほど寂しいことは想像に難くない。

 これ以上、この女性のようなクレジット絡みの自殺をださないための法整備は必要だろうが、金儲けに狂ってしまっている現代の日本では、悪知恵のある奴らは法までも勝手に解釈し、『人の命』などたいしたことではなくなってしまっているから質が悪い。

 悲しいことであり虚しいことなのだが、善良な庶民にとって、田舎に残った年老いた親が、どんな生活をしているのか様子を見ることを怠らないようにするしか、この種の事件を防ぐ手しかないようだ・・・。(田舎親父)

2007年10月28日 (日)

マスコミが誘う総白痴化の先には・・・

  これでは国民総白痴になってしまうだろう。国民は白痴になりたくないのかも知れないが、ここまで徹底して、馬鹿馬鹿しい話題をテレビや新聞が映像と活字で流し続けていれば『まともに考える能力』は右肩下がりの急降下は間違いない。(学力テストなどで調べるまでもない事は明らかなのに・・・)

 先日、何気なくつけたテレビの画面は例の亀田親子の会見場面だった。ヤクザとしか表現のしようがない父親、横で縮まって震えている丸坊主の悪ガキ、『反省のため』の記者会見と司会が何度も言っているが、私の考える『反省』とはかけ離れている。

 この親子の顔は勘弁してほしいのでチャンネルを切り換えるが、民放という民放はすべてこの映像ばかり、テレビ局のこの姿勢は一体どうなっているのだろう・・・と目を疑ってしまった。

 テレビをあまり見ない私でも、新聞やネットで『亀田親子の行動』は少しぐらいは知っている。下の息子がボクシングの試合でとんでもない反則をして、しかもボロボロに負けてしまったらしい。セコンド役の兄や父親がはっきりと反則を指示している映像が流れたというから、これは確信犯。

 だが、所詮ボクシングの世界。これで世界の情勢がかわるわけではない。私には、大騒ぎしている事が馬鹿馬鹿しいとしか受け止められないが、マスコミは視聴率がナンボの世界、稼げるとなるとこの話題を延々と続けているのに恐ろしさを感じる。

 視聴率が稼げるという事は、見る人間がいるという事。マスコミが仕掛けたのか、視聴者がそれを見たいと思っているのか、卵が先か鶏が先かという議論になりそうだが、バカな国民が増え続けて、確実に総白痴化が進んでいることだけは確からしい。

 社会の情勢は、インド洋での海上自衛隊の艦船が給油したアメリカの空母がイラクの爆撃に参加した疑惑や、それ以前に給油量そのものを組織ぐるみで隠蔽していたことが明らかになり、自衛隊の制服組の暴走が問題になっている最中に、防衛省の前事務次官の汚職が明るみにでて騒然・・・。

 腹立たしい気持ちでしばらく北海道に出かけていたが、帰宅した翌日、またまた午後4時ごろ気分転換でテレビをつけたら、またまた『亀田問題』に呆れてしまった。今度は、反則を指示していた兄が一人でお詫びの会見、すぐ他のチャンネルのボタンを押したが、またまた同じような映像が現れたのにはびっくり・・・。

 しかも『反則を指示したのか』と聞かれてしばし沈黙。『テレビで流された以上仕方ないと思う・・・』との言い訳には、映像がなかったら徹底して誤魔化そうとしたが、証拠がある以上この際は仕方ないから、とりあえず謝ってしまおうという態度、すべて誰か(テレビ局?)の脚本に従っているに違いない。

 国防は国民にとって何より大切なこと。国防を担う防衛省の幹部が軍需産業の幹部から賄賂を受け取るということは『戦争への道』であることは歴史が証明している明らかな事実・・・。この事は誰でも分かるはずなのに、その事件よりも『亀田親子』の方が話題になるとは、すでに国民はすべて白痴化してしまったようだ。

 『亀田親子』の人気?にあやかって、総理大臣や文部科学大臣までも『亀田親子』の諸問題をコメントすることに呆れてしまうが、そこには防衛省の幹部の汚職問題や給油疑惑をそらそうとしている意図が明らか、これは物凄く危険で恐ろしい。

 今、しっかり給油問題や防衛省の隠れた意図を見抜く努力を怠れば、『元きた道』に迷い込むことは確実。このことをはっきりと認識しなければならないと思うのだが・・・。考えたくないが、連日のテレビの画面から、この国はすでにその能力も失ってしまったのかも知れない。(田舎親父)

2007年10月27日 (土)

携帯のマナ-を考えたいもの・・・

 かなり前のことになるが、長崎空港だったと思うが、乗客の携帯電話が原因でパイロットと管制官との無線が途絶えて、離陸を一旦中止するという事件があった。

 携帯電話が原因という、確信に近い表現の記事だったので、その時は、本当にそれほどの電波を出しているのだろうか・・・という素朴な疑問をもった記憶がある。

 今年は、毎月のように飛行機に乗る機会がある。まさか携帯の電波が操縦に直接影響するとは思わないが、多くの人が同時に機内で通話状態になったら、影響も出ないとも限らないことと、搭乗の際には必ず電源を切るようにアナウンスがあり、法令でも切る事を義務づけていることを知っているので必ず電源を切っている。

殆どの人は私同様搭乗前に電源を切ることは、常識として理解できているはずだろうに、中には守らない人もいたらしい。

 長崎空港の場合は、後になってこの飛行機だけではなく、その時刻には管制塔全体の無線が使えなくなっていたという事が判明、携帯が犯人という『濡れ衣』は晴れたらしいが、『濡れ衣』報道が一人歩きしては、やっぱり携帯の電源などたいした事ないのでは・・・という風潮が漂うのが気になる。

 携帯電話は電波を使って通信しているものであるので、通話中はかなりの電波を発している事は誰でも分かる。至近距離に微量の電波でも影響する心臓ペ-スメ-カ-のような人命に関わるデリケ-トな医療危惧に頼っている人が存在した場合、場合によったら大変な事故につなりかねない事も理解できる。

 電源を入れっぱなしにして待ちの状態にしておくと、偶然に飛び込む電波でデリケ-トな医療機器に影響しないとも限らない。その意味で、マナ-モ-ドではなく電源を切る意味があるのだろうに、電車やバスなど不特定多数の人間を選別せず詰め込んでいる乗り物などを運営する会社の経営者達は、本当にその意味が理解でき、乗客に理解を求めているのか疑問に思う事が多い。

 (私には到底理解できないが)心臓にペ-スメ-カ-を装着している人にとって、その繊細な機器が突然止まったり狂ったりする不安感は大変なものだろう。多分、その事を十分理解して、できるだけ注意をしているだろうと思うが、電車やバスに乗らないわけにはいかないだろう。

 意識をしている人は、当然優先席近くに席を求めるだろうことは想像に難くない。先日の朝日新聞の『天声人語』がこの事を取り上げていた。このところ朝日新聞の評判は芳しくないが、なるほどと思わされたので一部を転載しておこう。

 『天声人語』は長崎空港の事件を『空騒ぎ』と表現して、それも時に無駄ではないと書いている。そして、電車の優先席では携帯電話が野放しの状態を嘆いて、読者からの声の欄の投書を紹介している。

 優先席でメールに夢中の若い女性に、前に立つ初老の男性が注意したら『うるさい』と一喝されたとのこと。一悶着がありそれが納まった後で投稿者が『殴られますよ』と声をかけると、男性は『2度あります』と答えたという。

 天声人語の著者は『警告と違反が同居する「走る無法地帯」とは情けない。車中の飲食や化粧も見苦しいが、優先席の携帯電話は人様の体調にかかわる。迷惑が見えないからといって、罪悪感まで消えていいはずがない。鉄道会社は実効ある対策を講じる時だ。優先席で携帯を切る習慣を機内並みの「常識」にするまで、何人が心で悲鳴をあげ、何人が殴られるのか。弱者や善人に勇気を強いていては、豊かな情報社会の離陸はおぼつかない。』と書いているが、私も同感である。

 使い方はもちろん、機能の悪利用も含めて携帯の無法を放置している社会を何とかしたいものである。(田舎親父)

2007年10月26日 (金)

金儲けのためなら何でもありの世相を嘆く

 よややこれほどの『老舗』でこんな事はないだろうと思っていた『赤福』の悪質な偽装が明らかになり、全ての食品に対してその品質が疑われるようになってしまった。

 追い打ちをかけるように、人気が高く全国的に名前を知られている『比内地鶏』を使って、さまざまな加工品を作っている会社が、比内地鶏ではなく、まったく卵を産まなくなったブロイラ-だったという極めつけの偽装には、驚くというより『ああ ここまできたか。次は、黒ブタか銘柄の牛肉か・・・』と思った人も多いのではないだろうか。

 全国に知られている鶏肉には、『比内地鶏』以外にも、『名古屋コ-チン』や『薩摩地鶏』あるいは『宮崎地鶏』など有名ブランドがある。いずれも日本の地方で古くから飼育されている鶏で、最近の消費者の高級志向で人気が高まっているらしい。

 中でも秋田地方で縄文の昔から飼育されていたに鶏は『比内鶏』は、都から離れた東北という地域性があったのが幸いして、野鶏に近く改良されていない事から昭和17年には国の『天然記念物』に指定され、おいそれと食用にできなくなってしまった。

 そこで、『比内鶏』の特徴を受け継いだ『比内地鶏』を開発したと聞いている。郷土料理の『キリタンポ』の一方の主役として欠かせないものなので生産しているというが、飼育には『広い土地で放し飼いにすることや6ケ月以上の長期飼育が必要』などと条件が厳しいので、本物の『比内地鶏』を実際に飼育している農家はごく少数だと言われている。当然生産量はごく限られている。

 ここに目をつけて、藤原という悪賢い男は『比内鶏』という会社を作り、本物ではなく卵を産まなくなり役に立たなくなった雌の鶏をタダ同然で仕入れ、それを加工して『比内地鶏』と称して販売するという手口を考え出した。

 『比内鶏』と『比内地鶏』・・・。いやはや考えたものである。確かに発音上は異なっている。一般には、似て非なるものであるのにもかかわらず、『同じ物』のような印象を受けてしまう。この会社が出すものはすべて『比内地鶏』のような錯覚を起こさせる実に素晴らしい?アイデアと感心すらしてしまう。

 しかも、卵を産まなくなった鶏は肉感が硬くて歯ごたえがあり、一部の食通の間では『美味しい』という評判、比内地鶏の食感と似ているという人も多いという。

これは『比内地鶏』を味わっていない一般の消費者には『歯ごたえがある』という言葉が『歯ごたえがあるからこの肉は比内地鶏に違いない』という思い込みもさせてしまう、いわば麻薬のような役割の言葉の響き。藤原という男はここに目をつけて『比内地鶏』という会社を立ち上げたに違いない。

 初めから『比内地鶏』は一切使っていないので、廃鶏の肉を使ったこの会社の製品は途中で味が変わる事はない。当初から『比内地鶏』と思い込んでいた消費者は、ずっと騙され続けていたことになるし、今回内部告発で偽装が明らかにならなかったら、これからも廃鶏の肉が『比内地鶏』の肉だったと思い込んで食べ続けていたに違いなかろう。

 この偽装は同業者の中では結構知られていたようで、他の業者も『比内地鶏』と称して廃鶏を使った肉を使った加工品を使った製品を販売しているらしいとの情報で、秋田県は大慌てで調べた結果『大館養鶏』という会社も同様の偽装をしていたという。

 その他にも同じ手口の業者も存在するという情報、タダ同然で金儲けができるとなると真似る奴が出てくるのは当然、多分同じような偽装が次々に明らかになっていくだろう。

 その矢先に、今大流行というか大人気の大分県の知事の顔のシ-ルを着けた会社の鶏肉製品が宮崎地鶏を使わず廃鶏を使っているという、全く同じ構図の偽装が明らかになったというニュ-ス、ひょっとして『名古屋コ-チン』や『薩摩地鶏』あるいは、他のブランド地鶏を使った製品も同じような手口が存在するのではと思ってしまう。

 宮崎県の場合、気になるのは『知事シ-ル』。県がどのような基準で与えているのか詳しくは知らないが、先日も『知事シ-ル』の貼られた偽物の『ウナギ』が摘発となると、この『知事シ-ル』の信頼性はないと判断しても差し支えなさそうだ。

 『知事シ-ル』を管理している組織が知事と個人的な関係があるらしいとの情報には、例え偽物であっても『宮崎』の製品が売れれば良いという、という知事の意図が見え隠れしてしまう。やっぱりお笑いタレントのやる事か・・・と思わないでもない。

 こんな考えであれば、近い将来宮崎のブランドと次々に廃れてしまい、結果的には宮崎県民が全国から冷笑されるのでは・・・といらぬ心配までしてしまう。

 紛らわしい会社名を許した秋田県、いかがわしい『知事シ-ル』で販売を伸ばそうとしている宮崎県、県民はもう少し賢くなる必要がありそうだ。もっとも、明日は我が身であるような気もするが・・・。(田舎親父)

2007年10月25日 (木)

教員まで給食費を不払いとは・・・

 小中学校の教員が『給食費』を払っていないという事実が明らかになったことは、北海道に出かける前に知ったが、次々におこる面白い?事件に流されて、取り上げるのが遅くなってしまった。

 35人もの東京府中の市立小中学校の教員達が不払い、教育委員会から督促状を出したという報道に、『こんな馬鹿なことってあるのだろうか・・・?』という疑問が頭をよぎる。払わない教員が存在することも驚くが、憤慨している教育委員会もだらしない。

 中には再三の督促にも応じなかった教員もいるという。部下職員に手間と金を掛けての督促状作りを命じる教育委員会の態度、こんな馬鹿馬鹿しいことを話題にされること自体恥ずかしいと思わないのだろうか。まあ、どっちもどっちというところか・・・。

 教員達はマスコミが取り上げたと知ると、とたんに全面降伏『ごめんなさい、忘れてました・・・』なんて、政治屋達と同じセリフで誤魔化しているというから、教員としての資質そのものが疑われても仕方ない。

 東京都の区部の教職員の給食費やPTA会費など毎月必要な金額は、その学校指定の金融機関に口座を設けて、電算処理で毎月の給料から天引きされていると記憶しているが、府中市は教員からその月ごとの事務職か誰かが給食費を手渡しで集めるという方法をとっているらしい・・・?。

 馬鹿親達の『給食費未納問題』が全国的に広がっており、そのために財政が圧迫されている自治体もあると聞く。この報道はまさに『天の声』とばかり、『先生達も払う必要がないと言っているのだから・・・』というニヤついている馬鹿親達の顔が目に浮かぶ。

 教育委員会の課長は『非常に残念。これでは保護者の理解が得られない。今後は未納の教員には厳しい対応を取りたい。今後、臨時の校長会を開き、全教員に再発防止を指導する』というから、こんな問題まで校長会の話題にする意向らしい。

 保護者の給食費の不払いを考える事も、私は『教育管理職』たる校長の職務ではないと思っているのに、自校の教員の給食費まで管理監督するなんて、つくづく府中市立の小中学校の校長は哀れ・・・。

 一人ぐらい『馬鹿にするな・・・』と校長会の席を立つとか、校長会などから離脱する男気(最近はこの言葉は差別用語?)いや、腹が据わった態度の校長がいるのではないだろうかと思っているのだが・・・。(完全に教育委員会の僕になってしまっている校長達に期待する私がアホだろうな・・・。)

 政治屋みたいな言い訳と前述したが、その月ごとに払い込むシステムだとしたら(まず考えられないが)、ひょっとして本当に忘れていた教員もいないわけではない。電算処理をしていれば、そんな教員やシステムの不備をいいことに、がわずか一食300円程度のものを誤魔化そう、なんて気持ちをおこさせないのではないだろうか。

 府中は競馬場から莫大な収入があるという。競馬場どころか、何故か大井の競艇場からも『テラ銭』が入ると聞いているので、財政的に潤っている?。ならば、いっそう給食費など保護者や教員から集めなければ、こんな馬鹿馬鹿しいことなどおこらないはずなどと、現在の学校給食制度に疑問を持っている私は思ってしまうのだが・・・。

 すると、きっと優秀な?教員が集まると思うのだが・・・。(田舎親父)

2007年10月22日 (月)

馬鹿旦那と小馬鹿旦那の手下達の目論見が・・・

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 お伊勢さんの『赤福』というと、和菓子では全国でも有数の老舗、その歴史においては『白い恋人』や『不二家』などと比較にならないほど伝統を誇っていた。

 作ったその日に完売というのが『赤福』のキャッチコピ-。全国に販売網を広げて、新鮮さが売り物で、自社のホ-ムペ-ジにも『戦後の混乱期、原料の入荷が滞り、品質を落とさないために一時自主的に休業した』と新鮮さを追求する姿勢を自慢げに、大々的に掲載していたという。

 その『赤福』がこともあろうに30年ほど前から、売れ残った商品を冷凍保存してから再び解凍した日を『製造日』として刻印、販売していたという事実が、先週突然明らかになり大騒ぎになった。

 突然マスコミが取り上げたという事は、恐らく内部からの告発というか、内紛があり我慢しきれなくなった一部が、誰かに告白。それがマスコミが嗅ぎつけたという筋書きだろうと思うが、記者会見に現れた社長のオボッチャマ然の風貌に、『ああまた金儲けしか頭がない若(馬鹿)旦那の愚かさ・・・』とため息が出てしまった。

 この一族にどんな葛藤があったかは分からないが、先代あるいは先々代までは300年の伝統をひたすら守ってきたことは確かだろう。が、当代になって若さや世間知らずから『もっと有名になりたい』とか『新しい事業も起こしたい・・・』などという誘惑に、自ら陣頭に立って販路拡大に、勇ましく進軍ラッパを鳴らして社員を鼓舞したことは想像に難くない。

 偽装が公表された一日だけで、従業員が直接販売する直営店や販売委託している店舗などから、約1000万円の商品を回収したというから物凄い。その日の打ちに完売が売り物というから、毎日製造(解凍)していたはず、単純計算すると一年で30億円超の売り上げとなる。

一応20%程度を解凍再販売していたというが、それどころではあるまい。仮に30%再販売していたとしたら、約10億が濡れ手に粟状態で入ってくる事になる。こんな美味い話はない・・・。とばかりこの馬鹿旦那がニヤついてついている図は、想像しただけで胸くそが悪くなる。

 『それはやりすぎですよ・・・』と諫め役の番頭役の専務や常務も存在しただろうが、前首相と同じオボッチャマのわがままは、そんな事に耳を傾けるはずがない。取り巻き連の甘言に乗せられ、どうしたら『商品を完全に売りさばけるか』ということが先決とばかり、建前は『もったいない』という事で返品を回収、冷凍して再販売という手口を考え出したのではないだろうか。

 さらについ数日前には、単に返品を回収して冷凍保存、その後解凍して再販売するだけではなく、そのまま製造日だけ変えて再販していたということまで明らかになり、さらに回収した時点で『餡』と『餅』を分けてそれぞれ再利用していたというから、これは『どうせ世間の人間にはばれるわけがない・・・』という奢りから来る確信犯。許されることではない。

 餡は若(馬鹿)旦那の弟の小若(小馬鹿)旦那の経営する伊勢ではかなり有名な『和菓子の万寿や』に転売していたというから、この店から餡を使った和菓子を購入して食した人の中には、今後食中毒症状を訴える人も出るのでは。

この馬鹿旦那と小馬鹿旦那の手下達の利害争い・・・?。このあたりが、内部告発の裏筋ではないかと想像している。

 これだけの老舗だから社員も相当数いるに違いない。オボッチャマたち一族は『赤福』という会社組織が消えても、莫大な資産で悠々と生活できるだろうが、社員達の今後が気の毒である。

 三重県はこの無期限の営業停止を言い渡したというが、何度も立入検査をしながら偽装が分からなかったことも不思議、何か裏でやりとりがあったと勘繰ってしまう。農水省も『赤福』だけ悪者にして自分達の責任は不問にしていることも虚しい。

 『赤福』や『不二家』のやった事は絶対に許せることではない。しかし(次元が違うという声が聞こえてきそうだが・・・)国や自治体の職員が年金や税金を誤魔化したり、横領している事実は一私企業のこのような誤魔化しより、比較にならない質が悪い。そちらもしっかりと管理監督していただきたいものである。(田舎親父)

2007年10月21日 (日)

教職員の増員要求・・・?

 文部科学省は来年度の概算要求で2万人余りの教職員の増員を求めているのに対して、財務省は行政改革に逆行しているとして増員には否定的な立場で、教職員の増員をめぐる攻防が予算編成の焦点の1つとなりそうだというニュ-スが流れた。

 小中学校の教育現場で教職員がいじめ問題や保護者からの苦情への対応などに追われており、子どもと向き合う時間をもっと増やす必要があるとして、来年度からの3年間で公立の小中学校の教職員を2万人余り増やすことが必要だというのが、文部科学省の言い分で、かなり強く要求しているようだ。

 確かに、現場が困っている。一人でも教員がふえる事は悪い事ではないは・・・、だが、期待するほど効果があるとは思えない。

 教員を増やすといっても、結局は教員養成大学の卒業生を任用するということになる。以前のようにこの人たちが即戦力になるならば現場も随分助かるのだが、現在の『新採用教員研修』が義務というシステムがあって、配属された学校では研修担当教師を決めて、実にきめ細かな?研修をしなければならなくなっている。

 教育委員会の方針を額面通りに受け止めると、各学校では一応研修担当としてベテランのある意味優秀な教員を当てなければならなくなり、現実にはそのような教師の負担が大きくなるという矛盾が生じている事は以前にも何度か指摘している。

 全国の公立の小中学校の数は約2万校。単純計算では1年間3分の1、3年たってやっと各学校に一人増えるにすぎない。問題を抱えている学校では即戦力の教員が3人4人と配属されたら現場は大いに助かるだろうが、結局は新採用を一人配属されてもそれほど嬉しくないというのが正直な気持ちではないだろうか。

 現実の問題として、予算配分の権限を持つ財務省は、財政事情が厳しいという建前からも、子どもの数が減少しているのに公立学校の教職員を増やすというのには、おいそれとは首を縦に振らないだろう。

 さらに、公務員削減が目玉の一つである『行政改革推進法』に反するとして増員には否定的な立場なはず。中には『教育再生に注目が集まったことを利用して悪乗りした印象で、なぜこのような要望が出てきたのかあっけにとられている』というトンチンカンな意見を堂々とのたまう人がいるようでは、たった一人の教職員の増配も望みうすらしい。

 文部科学省のいう、いじめ問題や保護者からの苦情への対応が学校現場を大変にしているのは間違いのない事実、何とかしなければいけないという切羽詰まった気持ちが教員増員という要求になったのだろうが、これでは結局は対処療法、根本的な解決策にはほど遠い。

 現場を大変に状況に追い込んだ本当の原因は、一部のご都合に合わせてコロコロ変わる教育政策によって、その矛盾が学校現場に押し寄せた結果だということを、文部科学省のトップ達はどこまで認識しているのだろう・・・と思ってしまう。

 以前には『ゆとりの時間』などと称した『授業』押しつけ、かえって『ゆとり』をなくさせたり、最近では、『学力』というものの議論をしないで、学力テストを強行など(私に言わせれば)意図的に現場を苛めているような方針を次々出してくるのだから、悲鳴が上がるのは当然だろう。

 つい20年ほど前の学校はかなり余裕があった。十分とは言わないが、子どもと一緒に遊ぶ事が好きな教員が放課後に子どもと過ごす時間があった。理解が遅れる子ども達を居残りさせて補習することも可能だった。夏休みなど自宅研修という制度をいかして、自分の専門性を高めようと、いろいろな研修会に参加する教員も多かった。

 それがどうだろう、現実にはそんな教員は皆無になってしまっているではないか。教員の質が落ちたのではなく、高めようとさせないようにしているのである。この事こそ緊急に話題にし、是非を論じる必要があると思うのは私だけではないだろう。

 バカ親が増えていることも現実だが、バカ親を増長させているのは教育委員会の無節操な『バカ親尊重施策』と断言しても差し支えない。親の理不尽な要求を弁護士を学校に常駐させるだの、明らかな暴行を『いじめ』と称して学内で対応するための教育相談員を増やしても問題が簡単に無くなるとは思えない。

 2万人の教職員の増員要求を間違っているとは言わないが、その前に学校現場に『ゆとり』を与えることが先決・・・。そのためにどうするかを『教育再生会議』あたりで真剣に議論してほしいのだが、メンバ-の顔ぶれを見たらこれは期待できないようだ・・・。(田舎親父)

2007年10月20日 (土)

これはス-パ-が少し可哀相では・・・

 先日、平塚のス-パ-で小学校3年生の男児がエスカレ-タ-の手すりと事故防止用のアクリル板の間に首を挟まれたという事故の報道があった。

 エレベ-タ-の事故が様々な事故が世間を騒がして、やっと一段落したと思ったら今度はエスカレ-タ-の事故が各地でおこっている。この種の文明の利器による事故は、一度おきると類似の事故が全国各地で発生するというから不思議・・・。

 各地でおこっているエスカレ-タ-の事故は、階段が引き込まれた時に履物の一部がはさまれるもので、足をしっかり保護している運動靴や革靴などを吐いていれば、まず起こりうることはない。

 事実、報じられている事故は女性や子どもがサンダルやゴム草履などでエスカレ-タ-に乗り、しかもおしゃべりに興じていたり、おりる時に一歩踏み出さなかったりという、いわば利用する時の最低限の注意を怠った場合が殆どである。

 それでも事故が起こると設置者の責任が問われるのがこの国の社会の掟らしく、エスカレ-タ-の保守管理に問題がなかったかなど、重箱の隅のまたその隅をつっつくように、なんとか管理のミスを探し出すのがマスコミのお家芸になっている。

 JRや私鉄の駅では『このエスカレ-タ-は・・・・』と分かりきったことや注意をエンドレスに流しており、空港では動く歩道でも『間もなく終点です・・・』と、煩いと思うほどしつこく放送を繰り返している。

 担当部署や設置・管理者も煩い事は十分わかっているのだろうが、事故が起きた時『対策不足』を指摘されたくない自己防衛手段だから(私もその一人であるが)やむを得ないと我慢している人も多いのではないだろうか。

 今回起きた事故はそれとはちょっと質が違う。何でも50円硬貨を階下に落したので、手すりから身を乗り出して下をのぞきこんでいたところ、エスカレーターの手すりとアクリル板との間にある約15センチのすき間に首を挟まれたという。

 一時的に意識不明になったが命に別状がないというから、ス-パ-でも一安心したのでは、と思っていた矢先、建築基準法で決められていたアクリル版の長さが20cm不足していた事が判明。今度はその事にマスコミが飛びついた。

 警察が大がかりな現場検証をしている映像を流し、建築基準法違法だとか、エスカレ-タ-が(エレベ-タ-で悪名を轟かした)シンドラ-社のものだとか大騒ぎ。さらに建築確認が、例の耐震強度偽装で名前を売ったイ-ホ-ムズらしいというから絶好の餌食・・・。

 ス-パ-としても、この建物を建てるとき、担当者が建築法に精通している人ばかりではあるまい。アクリル板の長さが20cm足りないなんて気づく人はいるわけがなく、設置者に任せたのだろう。そして、建築確認機関が検査し自治体検査も合格したという事で安心して営業していただろう。

 本当に20cmのアクリル板が安全基準に大きな影響があるのか、自分の目で確かめたくて近くのス-パ-のエスカレ-タ-を調べに出かけた。エスカレ-タ-をこんなに詳しく見たのは始めてだが、確かに階上の天井が近づくと、エスカレ-タ-脇に円筒がぶら下がっている。

 試しに手を出してみると、かなたの衝撃がある。これでは、もし知らずに首を出していたとしても瞬間に引っ込めるはず。さらにその上部には円筒に続いて手すりと15cmぐらいの間隔でアクリル板が固定されている。このス-パ-も階段の手すりとほぼ同じ、建築基準法的には20cm不足しているのだから違法であろう。

 しかし、手すりより20cm下までアクリル板がある必要はないように思える。素人の私には、何故20cmという基準を作ったのかよく理解できない。(失礼な表現だが法を作った担当部署は悪戯ででも腕でも出した場合のことを考えて、20cmぐらいにしておこう・・・程度ではなかったのだろうか。

 ス-パ-に責任がなかったとは言わないが、建築基準法違反が判明したから、全ての責任はス-パ-にあるというマスコミの騒ぎ方は賛成できない。建築確認を民間に任せてそのまま検査を合格させた市、それ以前に(倒産して今は存在しない)民間機関に安全確認をさせるというシステムを作り上げた『構造改革』と称する国の態度を問わずにである・・・。

 この男児の関係者が、ソレッとばかりに、ス-パ-相手に無理難題を要求することがない事をひたすら願う。(田舎親父)

2007年10月19日 (金)

世の校長よ しっかりして・・・

 北海道のバカ教頭がネットで児童ポルノの販売・児童買春という信じられない事件を引き起こした事はつい先日。

 たった一人の教頭の犯罪が、全国の教員全ての信用を落したことに憤慨したが、今度は九州の現職の中学校の校長が、こともあろうに自校の女子生徒をドライブに連れ回したというから、いよいよ世も末期、学校というところが子どもの教育をしているのか犯罪を教えているのか分からなくなってしまった。

 こんな校長が存在すること自体私には信じられないので、この記事を目にしたとき『えっ-、嘘だろう』という言葉を思わず発してしまったが、少なくともこの校長が自分の学校に通う女子生徒を車に乗せてドライブした事は、本人も認めているというから驚く。

 学校の権威を高めなければ最近続発している少年少女絡みの諸問題の解決はあり得ないと考えている私には、校長自らが『猥褻絡み?』のこのような事件を引き起こすとは許しがたく、言葉を選ばず表現させていただければ、まさに『市中引き回しの上火あぶり獄門』でもまだ足りないといったところ・・・。

 報道によると、鹿児島の中学校の56歳の校長がドライブの途中、女子生徒にセクハラ行為をした疑いがあるとして、同校の保護者らが市教育委員会や法務局などに調査を求めていることが分かったという。校長は全面的に疑惑を否定しているようだが、セクハラ云々はともかく、誰がみても校長の行為は異常。

 この校長は2年半前に同校に赴任、その時にスポーツクラブの副顧問として女子生徒を指導していたというが、鹿児島は赴任したての校長が副顧問として実際に生徒に指導するシステムになっているのだろうか、という疑問が頭をよぎる。

 ひょっとして、この校長は何か卓越した技能を持っており、自ら進んで指導したとも考えられない事はないが、それならばこの校長は自分の特技ということにこだわり、全体を見る意識がなかったのではと思えてならない。

 まして、『悩みを抱えているようだったので教育の一環として相談に乗った』と、本当に釈明しているとしたら、この校長は当時1年生の女子生徒が気になって、以来ずっとその女の子の様子を見ていたということになる。これでは昨日書いた長崎の女児を誘拐した大阪の20歳のロリコン男と本質的に変わらない。

 『悩みがあったら相談に乗るよ』と声をかけるのはよくある話。子どもが『校長先生から直接声を掛けてもらった』と感激して相談し、問題が解決したならば『教育熱心で愛情豊かな校長』という評価になるのだろうが・・・。どうもそうではないようだ。

 保護者の言い分を鵜呑みにする気はないが、女子生徒は保護者には『校長がしつこくドライブに誘った』と訴えており、学校にも登校していないという。しかも保護者が警察に被害届をだし、PTA側も校長の釈明を納得していないというから、校長の言い訳は通らないようだ。

 いつもなら教育委員会は校長に対して謹慎処分を下し、しばらく様子を見るのが常套だが、今回は慎重に事実を確認しているというから(セクハラ行為をした事はなかったとしても、ドライブに連れ出した事だけでも校長職を続ける資格はないと思うのだが)今回の教育委員会の対応は何か歯切れが悪そう・・・。

 前述したが、この校長にはある(例えばテニスかあるいはバスケット)種の運動技能に優れていたので抜擢した経緯があり、簡単に処分できないのではないだろうか。

 私の推測が当たっていたとしたら、こんな運動オタクを校長に任用した教育委員会の責任は逃れられない。すぐにでも何らかの処分をして校長職を解任、県あるいは市がどうしても必要な人材であれば運動部顧問的な仕事を与えるべきではないだろうか。

 もっとも、こんな事が明らかになった以上(例えセクハラ行為がなかった事が証明されたとしても)教員として信用も無くなって、運動部の顧問として進んで受け入れる学校はないだろうが・・・。(田舎親父)

2007年10月18日 (木)

またまたネット絡みの事件・・・

 またまたネット絡みの変な事件が発生した。

 長崎に住む小学校の6年生の女児が自分でブログを開いたという。ブログはほんの少しパソコンか携帯の機能を理解できれば、誰にでも作れるものなので小学生が作ること自体は当たり前、その是非などの議論はすでにない。

 ただ、ブログを開いた子ども達は、誰が読むのか、そして読んだ人がどんな気持ちになるのか、さらにこれを悪用する人はいないのだろうか・・・などと考えることは殆どないのが気になる。

 それは別にして、このブログを見た大阪の20歳の会社員が、感想というか女児が喜ぶようなことを書き込んだのだろう。それがきっかけとなってメ-ルのやりとりが始まり、結局は『家出』という事態に発展した・・・。

 男が女児のブログに書き込んだ内容は詳しく知らない。ただ、この男はこの種のブログを探していたようだから、少女に興味があった事はまちがいなさそう。所謂ロリコンという種族なのだろう。

 『私は寂しいので誰か声をかけてほしい・・・』などという文章を見つけ、早速女児の気持ちさも分かるような書き込みをしたのではないかと想像している。ブログというものは、相手から反応が楽しみになっている『道具』なので、子どもにとって、大人が自分を素晴らしいと言ってくれたら気持ちが舞い上がるのは当然。

 男としたら相手が12歳と知っていたらしいが、『獲物がひっかかった・・・』という意識で、言葉巧みに大阪においでと誘ったようだ。この女児はこの年代にありがちな自分の環境に物足りない気持ちで、ついついこの男が『自分を幸せにしてくれる王子さま』のように思えたのだろう(写真の交換もしたのかもしれない)どんどん見知らぬ男に惹かれていくという筋書き・・・。

 『探さないで』と書き置きをして迎えにきた男と一緒に大阪のマンションへ・・・男としては誘拐などという意識はなかったという。しかし、女児が自発的についてきたから『合意』だと、本気で思い込んでいたとしたら、この方がよほど恐ろしい。

 女児の方も『お兄ちゃんは悪くない』と庇い、家に帰りたくないと言っているらしいところから、この男と一緒に生活した8日間という生活は、女児にとって楽しかったに違いない。まさに自分が描くマンガの主人公になった気分で過ごせたというところか・・・。

 この事件のことも多分いろいろな方たちが議論されるだろう。ネットの恐ろしさや男の身勝手、あるいは女児の無軌道などを批判される事は予想できるが、私は(いつも述べることであるが)この女児の親の『考え方』や『躾のあり方』に問題があるように思えてならない。

 自分の子どもがブログを開いていたとは知らなかった・・・という言い訳が聞こえてくるようだが、私に言わせれば日常的な行動をチェックするのは親の義務だろうに、と言いたくもなる。その前に『携帯なんて簡単に持たすなよ・・・』とも思ってしまうのは考え方が古いのだろうか。

 新聞テレビの報道には(何を遠慮しているのか)この親を批判する記事はない。このような姿勢が続く限り、この種の事件はこれから物凄い勢いで増えることは間違いないと断定できる。

 繰り返すが、子どもを『殴ってでも躾ける』のは親しかできないこと。その事が一番大事であり、その事が徹底して始めて『子どもを守れる』という事を、マスコミは取り上げてほしいものである。

 さらにもう少し踏み込んで、学校の権威というか教員の権限を方向で番組を構成すれば親の考え方が少し変わり、それが少年少女の行動にブレ-キがかかるのではと思うのだが、所詮無知な国民を対象にした人気商売。期待する方が無理だろうな・・・。(田舎親父)

2007年10月16日 (火)

秋の夜長は焼酎などで・・・

 今年は10月になって急激に気温が下がり、夏から一気に初冬という感じさえする。釣瓶落としと表現されているように、夕暮れの時刻は驚くほど速まり、最近は午後5時半には夜の帳がおりはじめる。

 まさに『秋の夜長』そのもの、晩酌が進む季節であるが、日本酒は美味すぎてついつい度を過ごしてしまう傾向があり、このところはビ-ルは少しにしてもっぱら焼酎かたまに自分で作った果実酒をいただきながらの夕食を楽しんでいる。

 アルコ-ルの度数も低く、さらに氷やお湯で割って飲むので、飲みすぎて二日酔いというのがないのが焼酎のよいところ。これもファンが多い所以だろう。

 焼酎と言えば本場は九州であろう。全国の酒屋には鹿児島の『芋』、宮崎の『蕎麦』、大分の『麦』、熊本の『米』、沖縄の『黒砂糖』を原料にした、有名ブランドがずらっと並んでいる。それぞれに風味が違い人により好みがあるだろうが、私はもっぱら宮崎県の蕎麦焼酎を愛飲している。

 ところで、最近、ニンジン、カボチャ、ナス、トマト、ワサビ……。野菜を原料にした焼酎が各地で続々と誕生しているという。

 焼酎をつくるのはさほど大げさな装置は必要ないらしい。仕込んで仕上がるまでに役3ケ月程度と期間的にもお手軽。酒造メ-カ-がその気になれば、すぐにでも製造できるらしいから、今後も各地でいろいろな焼酎ができるだろうことは想像に難くない。

 先日、山形県の最上町に出かけた時、その土地の『ヤ-コン』で作ったという焼酎をいただいたが、なかなかの風味があり口当たりがよいのでついつい杯を重ね飲みすぎてしまった。また北海道では、もっぱら『紫蘇』で作った焼酎をいただくが、紫蘇独特の優しい味わいはが口の中に広がり、さわやかな感じがして悪酔いをしない。

 そんな経験があって、付き合いでス-パ-などに出かけた時には、必ず酒コ-ナ-立ち寄りいろいろな焼酎を眺める事が趣味のようになってしまった。

そこにはいろいろな野菜や果物を原料から作ったといういろいろな焼酎が並んでいる。『椿』『スダチ』『胡麻』『柚子』『花梨』『茶』『ワサビ』『クリ』など、始めて目にした物は買い求めて試飲している。

 それぞれに風味やコクが違って味わいはあるのだが、いつも飲む『蕎麦焼酎』のような奥行きというか『また飲みたい』『毎日の晩酌に・・・』という魅力に欠ける嫌いがあるように思えてならない。

 そんな矢先に目がついたのが、書き出しのように、各地でいろいろな野菜を原料にした焼酎が作られているという記事である。

 多くは特産野菜のPRや、規格外で売れない野菜の活用を狙う商工団体や農業団体などが仕掛けているようだが、大手メーカーも参入しているという。お土産としても好評らしいから、今後も様々な種類の焼酎がつくられるのではないだろうか。

 先日も、ある市の商工会が、特産のニンジン使った焼酎『君暮らす街』というものを酒造メ-カ-と協力して3000本程度作り、市内の酒屋で発売したところ、20日間で売り切れたという。関係者は大喜びで、継続して生産することも視野に入れているという。

 ニンジン独特のくさみを消し、フルーティーで女性にも飲みやすい仕上がりになったと自慢しているらしい。飲んだことがない私が言うのは変だが、市民は物珍しさから購入したのでは・・・。二度三度と買い求める人が多いかというと、価格にもよるが楽観できないのではないだろうか。

 そこでン私の提案だが『桑の葉』を使った焼酎はいかがだろう。先日訪れた四国のシルク博物館の館長さんは、この地方は昔から養蚕が盛んな地域だったが、ここ数年の養蚕農家の数は減る一方、素晴らしい桑の樹があるのにと嘆いておられた。

 早速、この方に連絡してみよう。(田舎親父)

2007年10月15日 (月)

消費税値上げの足音が・・・

 いよいよ消費税値上げが現実の問題として庶民に迫って来た。参院選での大敗を受けて自民党の幹部達は、しばらく消費税は禁句としていたようだが、このところの民主党の渡部最高顧問や小沢党首の『カネ問題』が明らかになると、それみた事かと大攻勢・・・。 

民主党の対応の悪さも手伝って、自分達のやってきた事は棚に上げては苦笑するしかない。そのついでではなかろうが、勢いづき調子に乗って、ここぞとばかり消費税の税率をひき上げることが必要だと国民意識の操作に乗り出したようだ。

消費前の値上げ分はすべて老人医療や介護政策など、社会福祉関連に限って使うという説明である。福祉に関しては国民全てが対象になるのだから、国民に広く薄く負担してもらうのが平等だという説明に、?と思いながら仕方ないと考えている人も多いのかもしれないが、私にはまやかしの言い分だと思えてならない。

それ以前に、本当にそこまで財源が破綻しているのだろうか・・・?。もっと無駄をなくす努力が先だろうと迫りたいものだ。

社会福祉を充実するために莫大な財源が必要だということぐらい、無学の私でも理解できるが、2兆円以上と言われている行方不明の年金があるのも事実らしい。その殆どが、現在税率アップを言い出している、官公庁の官僚達の天下り組織として作られた社会保険庁という役所のずさんさだと指摘されている。

今、マスゾエという大臣はその責任を曖昧にして、『横領した人間は監獄に入ってもらう』などマスコミ受けする言葉を巧みに操って、すでに解雇されたり弁済しているかっての市町村職員を告発しはじめているが、一番先に告発しなければならないのは、社保庁の幹部達だと思うのだが・・・。

消費税率の値上げをいう前に、税金の無駄遣いや年金問題で明らかになった事実をきちんと総括し、値上げ分の税金がすべて間違いなく社会保障制度に使われるシステムを分かりやすく説明する義務はあるだろう。

国を維持していくためには、なにより大切にする事は、国民の生活の安定である事は論をまたない。自殺者が毎年3万人以上(その殆どが生活に疲れた人たち)という国の国民生活が安定しているとは誰も思わない。

この人たちにほんの少しの救いの手を差し伸べることが必要なのに現在の政府与党にはその気がないようだ。中には良識的な方がいて何とかしなければと思っているのかもしれないか、その人たちでもまず言い出す事は『財源がない』ということ、だから消費税の税率を値上げ・・・という論理らしい。

国民生活を省みないで、アメリカの艦船に大量の燃料を無料で(むしろ、わざわざ国際価格以上の金を払っている産油国から買い取っているらしい)給油しなければならないとは、全く説得力がない論理ではないだろうか。

あるいは、ジャ-ナリストをビルマ(ミャンマ-)の軍事政権に殺害されたことが明らかになっていても、援助を続けているのも許せない事実。あれほど経済発展が進んでいる中国やインドに、金をばらまいているのも納得できない。

まして、何故莫大な国民の税金を使って、アメリカの国債を引き受けている理由をもっと明らかにする必要があるはずなのに、その事に関してはマスコミもダンマリ、国民にわざわざ知らせないようにしているのは何なのだろう。

私は消費税率の値上げは、将来的にはある意味仕方ないだろうと思っている。しかし、そのためには具体的な事実をきちんと釈明して、本当に目的税としてしか使わないという担保は必要であるが、残念ながら現在の自民党政権では心もとない。

また、全ての品目に一律何%という課税の仕方にも疑問を感じている。広がる格差を少しでも是正する必要を感じているなら、贅沢品と毎日の食料品や育児や老人や病人、障害を持つ人たちの必需品が同じ価値であってよいとは思わない。

このあたりをきちんとさせてから、税率アップの議論を始めてほしいもの。議員の皆さんの良識に期待したいが、無理だろうな・・・・。(田舎親父)

2007年10月14日 (日)

学力テストの悲喜劇・・・

 以前取り上げた、東京足立区が学力テストの点数を少しでも稼ぐために事前に校長会で問題用紙を配布したという事件、区は一応調査委員会を立ち上げて世間体を繕っ手いたらしいが、予想通り『前指導室長と前教育長』の責任のなすり合い』という結論にしてしまい、問題を曖昧にして幕を下ろすという筋書きになったようだ。

 『前教育指導室長が発案した』との調査報告書をまとめ、昨日記者会見をしていたようだが、指導室長というのは都の幹部教員、一応最低限の『良識』は持っていたはずだと信じたいが、足立区は現職の校長が子どもに間違いを気づかせていた事も明らかになっているらしいから、絶対にないとは言えないかもしれない。

 しかし『教育長の決定』ということばを使っているところから、何らかの形で教育長がかかわっていた事は疑えないだろう。前室長は事前配布について『教育長の了解』を得たと言い、当時の教育長は『知らない』と答えているという。このあたりは何となく出来レ-スのような気がする。

 前指導室長というから、現在はどこかの区市の落ち着いた(学力テストで誤魔化さなくても良いような)小中学校の校長に納まっているだろう。前教育長も今では悠々自適に生活を謳歌しているに違いない。

 ひょっとして今回の漏洩を事前に察知して、この4月に両者を更迭したのかもしれないが、足立区としては、現在の教育体制を維持するためには、二者に曖昧ながら責任をなすり付け、事前の問題配を『(テストの)円滑実施のサンプルにするためだった』とし、『不正行為を促す意図はなかった』と、両者の責任は問わず、という玉虫色の報告書を作り上げる必要があったのだろうと推察している。

 それはさておき、今年4月、小学6年と中学3年を対象に実施された全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果について、47都道府県すべてが、文部科学省から提供される市町村別や学校別の成績を公表しない方針を決めたという報道に『やっぱり』という思いがする。
 主な理由は『序列化や過度の競争を防ぐため』だと言うが、そんな事初めからわかっていた事。テストをして点数で優劣を決める以上、児童生徒はもちろん保護者は自分の子どもや学校が、全国でどのぐらいのレベルに位置しているのか知りたくなるのは当たり前。

 当然開示要求があるのは予測できたはずだし、開示を拒否する明確な理由はないだろう。

 文部科学省は、学力テストの平均点や問題ごとの正答率などを、国全体と都道府県別に分けて公表する一方、都道府県教委に、各都道府県のデータに加え、管内の市町村や学校のデータを提供すると発表。さらに、市町村教委には各市町村と管内の学校のデータが提供され、各学校には学校のデータのほか、児童・生徒一人ひとりの成績表が配られるということを明らかにしている。

 児童・生徒一人一人の成績までは漏洩するとは考えたくないが、各学校の成績順位表が配られるとしたら、どこからかこの内容が漏れるのが常。その場合どこから漏れたというより(うわさでも)その情報が一人歩きして、『学力テストの点数』によって学校間に格差が生じることは間違いないだろう。

 今まで何度も述べているが、テストの点数で『学力』を決め、足立区のようにその点数で予算なども配分するとなると過当競争がおきるのが当然で、それぞれの学校は、学力テストの点数を上げる事が『教育目標』になってしまうだろう。

 たまたま足立区の不祥事が明らかになっただけで、学力テストの点数を上げることを教育目標としている自治体も他のゴマンとあるのでは・・・と思ってしまう。

 学力テストの結果を分析して教育政策にさせる、なんて奇麗事を並べているが、テストをする目的は序列をつけることには変わらない。文部科学省からのデ-タ-の提供が予定より大幅に遅れ『「結果を分析する時間が足りない」と、各教育委員会などで不安が高まっているというが、結果の何を分析するのだろう・・・。

 それにしても、学力テストにたった一つだけ不参加をした犬山市の英断は特筆もの。できれば犬山市に続く自治体の出現を望みたいものだ。(田舎親父)

2007年10月13日 (土)

命の教育プログラムとはの議論を・・・

 『自殺サイト』というものがあるらしい。それも100以上あるというから驚き、恐ろしい世の中になったものである。携帯電話からインタ-ネットを利用すれば、簡単に開く事ができるというから、携帯さえ持っていれば誰でも可能ということになる。

 この『自殺サイト』に書き込んだ川崎の若い女性が、自分を殺してほしいと20万円払って『殺してもらった』というニュ-スに、馬鹿な事件と一笑に伏せない不気味さを感じる。この女性の親御さんの悲しみはいくばくのものだろうか・・・。

 報道を信じるならば、依頼されたて殺害したということになり、形の上では『嘱託殺人』となるが、斉藤という犯人はこの女性とはネットでしかやりとりをしていない、いわば見ず知らずの人間を(依頼されたことが本当だとしても)殺害できる神経が理解できない。

 この男は女性のアパ-トに出向き、睡眠導入剤を20~30錠飲ませ、ポリ袋をかぶせて窒息死させたという容疑で逮捕され、(取り調べに対して)平然とした態度で『最後までみとってくれ』と頼まれたからと供述、殺害した事を認めているという。

 調べでは、この犯人は自分で開設した掲示板に『デスパ』という名前で、自殺願望者の依頼に答える内容の書き込みをし、他の同じような掲示板にも『合法、違法を問わずどんな仕事でも請負います。復讐、薬、自殺幇助etc,何でも致します』などと自分を売り込んでいたという。

 実際に、書き込みのあった人たちに対してメ-ルでやりとりをして、睡眠導入剤を販売していたことがわかっており、この男から購入した睡眠導入剤で自殺をしていた人もいるというから、直接手を下していないながら、一体何人の殺害に関与していたのだろう。

 直接手を下したこの若い女性から20万円受け取ったが、実際には10倍もの金額を要求していたという報道に、まさに『金のためなら何でもやる』という、人間としてのモラルの一片もない精神の異常性を感じる。

 老々介護に疲れて、相手を殺害して自分も自殺という事件がかなり報道されている。この場合は(認めたくないが)何となく同情したくなるが、若い人たちが簡単に命を失うことを考えること自体、この社会は大きな欠陥を抱えているに違いない。

 例によってこの事件はテレビのワイドショ-で大きく取り上げられ、各分野の専門家と称する人たちが、いろいろなことを言っている。その人たちが『自殺サイト』そのものをなくすことが必要だと言っても、実際には不可能なこと。

 法律で、携帯電話そのものが単に電話機能だけにしか利用してはならない。あるいは一切の付帯機能をつけることはまかりならぬ、とでもすることができれば、現在問題になっている携帯に関する様々な問題は一時的には一挙に解決するだろうが、こんなことは無理なことは分かりきったこと・・・。それ以前に、法によってしか解決できないとなると、その社会はやがて瓦解することは明らか。

 それにしても、(私に言わせれば)こんな『くだらないサイト』書き込む人が後を絶たないという状況が気になる。単純に考えると、それほど多くの自殺志願者があるということ、この状況こそ大問題・・・。

 それだけ『命の大切さ』を本当に身につけていない人間が多いということだが、幼い時からの『命の教育』をないがしろにしてきたツケが、何倍にもになってのしかかってきたのではないだろうか。

 『命の教育』には『死の瞬間』を実体験させることがもっとも大切なのだが、残念ながら現在社会では、動物たちの命がなくなる瞬間を、できるだけ見たくない・見せたくないという感覚が働いている。

 牛肉は大好きだが、実際に牧場で草を食べている牛の肉だとは思っていないとか、カマボコやアジの開きが海を泳いでいる・・・などということを実際に信じている子どもがいるという笑い話、これを笑い話として笑って誤魔化している現代社会・・・。これこそ異常。

 今私たちか『生きていくため』に食している全てのものが『命』のあったもので、その命が失われた瞬間『食糧』になる事実を、できるだけ多くの機会を通して教えたいものである。

 きれいごとばかりの『命の教育プログラム』ではなく、本当に命の大切さを体得できる『命の教育プログラム』とは・・・という議論が今こそ必要だろう。(田舎親父)

2007年10月12日 (金)

日本という国全体が世界遺産・・・

 難しいだろうと言われていた石見銀山が、ユネスコの世界遺産に登録されたというニュ-スはつい3ケ月ほど前のことだと記憶しているが、そのことに刺激されたのか、各地の観光地は『我も 我も・・・』と自薦他薦で世界遺産への登録競争が激しくなっているらしい。

 つい先日も、水戸市が偕楽園・弘道館などを世界遺産に登録しようと準備を進め、これらを国内の世界遺産暫定リスト候補とするようにと提案書を文化庁に提出したという報道に、本当にあの程度で世界遺産に登録して良いのだろうか首を傾げたくなる。

 偕楽園が目指しているのなら、ひょっとして日本の三大庭園と言われている、兼六園や後楽園も登録を目指しているのでは・・・と思いネットで調べてみた。案の定というか予想通り、金沢市や岡山市でも同じような動きをすでにいたのには、やっぱりという思い。

 いずれも江戸時代の大名の居城とそれに付帯する藩校、あるいは一部特権階級の人たちだけのための庭園である。私は三つの公園とも訪れて、それぞれの庭園の持つ素晴らしさは理解できないわけではないが、世界の人々が共通して受け継ぐ文化遺産という点では、疑問符をつけざるをえない。

 では日光はどうなんだ・・・。という声が聞こえてきそうだが、日光とて徳川幕府の遺産という意味では同じようなものだが、あの建物群の装飾を担当した(させられた?)職人の技は日本を代表しているものと解釈すれば、それなりに納得する。

登録を目指している人たちには申し訳ないが、あの程度の庭園や城郭や藩校建物などが世界遺産として地球規模で保存しなければならないとなると、ちょっと違うだろうという気がしてくる。

 そんな事を思っていた矢先、今度は熊本県と地元が、ユネスコの世界遺産登録を目指す国内の暫定リストに『阿蘇』を追加掲載するよう文化庁に提案したとの発表に、どことも世界遺産という名前の争奪に必死なのだという想いを強くする。

 阿蘇は以前に『自然遺産』としてリスト入りを要望したそうだが成功に漏れたので、今回は、世界最大級の広大なカルデラ内に住む人々の生活も含めた『文化遺産』としてリスト入りを目指すという。

 阿蘇の雄大さは誰もが感じるところ。野焼きではぐくまれてきた草地や活火山としての火口丘、均整の取れた米塚の自然景観のほか、国の重要文化財に指定されている阿蘇神社、阿蘇谷の中央を通る豊後街道が持つ歴史など、『阿蘇火山との共生とその文化的景観』というコンセプトは共感できないことはない。

 富士山周辺の景観を『世界遺産』にという動きも最近活発となっていると聞く。私的には、偕楽園や兼六園よりも、阿蘇山とその周辺や日本を代表する景観である『富士山』の方が『世界遺産』にはふさわしいと思うが、気持ちの中にはそれほどの盛り上がりを感じない。

 『世界遺産』に登録されることは名誉には違いないが、私に言わせれば『日本』という国そのものが、まさに『世界遺産』。都心部は別として、全体がこれほど自然豊かな国は他にはなく、これほど不思議な歴史を持つ国も他に例がない。

 地域ごとに、互いを牽制し合ってチマチマと『世界遺産』に登録するための運動をするのではなく、国そのものを登録しようという発想がないのが悲しい。(田舎親父)

2007年10月11日 (木)

どこに消えてしまったのでしょうね・・・

 成田、関西両空港の駐車場に計250台の車が長期間放置されおり、徴収できずにいる駐車料金が少なくとも計約7000万円にのぼることが、会計検査院の調べでわかったという記事が目についた。

 こんな事が会計検査院の調べで指摘されるとは、空港関係者は何をしていたのかと疑ってしまう。しかも5年以上も置きっぱなしにしなっていた車もあるというから、訳が分からない話である。

 一応システム的には、事前の届け出なしに20日以上駐車したままの場合、事件とかかわりがないかを警察へ確認し、運輸支局の登録情報をもとに所有者に内容証明郵便を送るらしいが、この流れがどこかで滞っていたとしか思えない。

 恐らく、空港管理会社自体がお役所日の丸的な体質を持っているので、通知する部署とその後の処理を知る部署が全く違い、互いに干渉しないという鉄則があったのではなかろうか。それが、あまりにも続いていたのでついに会計検査院が指摘した・・・という筋書きに違いない。

 空港側の言い分は、他人の財産である車の売却や廃棄できないとのことだが、数カ月あるいはそれ以上、も明らかに放置してある物を財産ということ自体、私のような善良な市民には納得しかねる。

 以前、盗まれた自転車犯人が山の中に放置し、その自転車を自宅に持ち帰って改良していたところ、持ち主が発見。裁判沙汰になり、持ち帰った人が窃盗犯として有罪になったという記憶がある。

 それ以後は、放置されている自転車にも所有権があるというのが定説になり、清掃にも気を使うとボランティアの人たちは嘆いていた。また、ゴミ集積所に置かれた物にも所有権があるという考え方が一般的になったのもある意味変な話で、使えるものがあれば持って行ってもらった方が、ゴミが減るのではと考えてしまう・・・・。

 放置されている車を見る事は多い。数カ月もほったらかし、中にはプレ-トまで取り去った車まで見受けることもある。

 素人の私には、ナンバ-プレ-トを外しても車体番号などで所有者はすぐに割り出せると思うのだが、実際にはそこまで調べて所有者を割り出したり連絡したりした様子がないのが気になる。放置車に所有者の住所や氏名を明記したステッカ-など張れば、放置する輩はかなり減るだろうが・・・。

 今回の会計検査院の指摘を受けて、空港では入庫後3カ月以上引き取りに来ない場合に車を処分する手続きを始めることを決めたというが、3ケ月も放置する必要はあるまい。もしその車が盗難車であった場合、速やかに所有者に返還できるはずだから・・・。

 もっとも所有者が盗難を装って放置する場合も多いと聞く。放置した車が自分のものであっても、盗難にあったと主張するのだろうが、盗難届けを出す事を義務づけることによって、盗難車と装うことをある程度防げるのではないだろうか。悪知恵のある輩は、知らない間に盗まれたと逃れるのは言うのは目に見えるが・・・。

 空港に放置されている車もだが、道路を駐車場代わりに使っている車も多い。中には明らかに道路だと思われる場所に、あたかも自分のガレ-ジのごとくシ-トをかぶせてある車さえ見受けられる。

 駐車する場所がなくても販売会社が用意してくれる日本の車の販売方式では、路上駐車は増えることはあっても決して減ることはないだろう。トヨタなど世界で売り上げ一番だ二番だと自慢する前に、このようなモラルを低下させるような販売方法をやめることが大事だと思うがいかがだろう・・・。

 そう言えば、路上駐車を取り締まる人たちの姿を最近見る機会がない。あの人たちはどこで仕事をしているのだろう。警察関係者の天下りのためだったとは思いたくないのだが・・・(田舎親父)

2007年10月10日 (水)

この時期彼岸花とは・・・

 今日は、40年以上前に行われた『東京オリンピック』の開会式の当日、抜けるような青空は今でも記憶に残っている。

 その日を記念して『体育の日』として国民の祝日になったのだが、一部の人たちの勝手な都合で、いつの間にか第二月曜日に格下げされ、年によって移動する『日にちが決まらぬ曖昧な祝日』になってしまった。

 そのことはさておき、10月になってやっと残暑がおさまり秋たけなわという季節になってきた。今年の夏の猛暑は酷く、しかもそれがそのまま秋の彼岸になっておさまらずとなると植物の体内時計までも狂わしているようだ。

 昨日雨模様の中、しばらく歩いていなかった近くの『四季の森公園』の中を通ったが、盛りは過ぎたとはいえ『彼岸花』が咲き乱れている姿にはびっくりしてしまった。

 火事花とか墓地花、あるいは魂を抜き取る花として、以前は忌避されていたこの花が最近は人気らしく、都会の公園や時には民家の庭にも植えられるようになっている。しかも、以前のように燃えるような真っ赤な色だけではなく、白やピンクの花まであるのにも驚くが、良く見るとなかなか味わいがある。

 彼岸花は、名前の通り不思議に秋の彼岸近くなると、一斉に地中から花芽の茎を地上に伸ばし花を咲かせるのだが、その花期は殆ど数日の誤差だったはず。なのに、今年に限っていえば、一部は彼岸前に咲き始めていたが、例年のように『一斉に・・・』という感じではなく、群落の中でも個の花によって時季がずれているように思えてならない。

 普通の感覚でない人間(これを個性と呼んでいるようだが)が増えたように思える社会だが、植物界にも普通ではない(個性的な)固体が増殖しているらしい。

 変な書き出しになってしまったが、昨日の朝刊に丹沢地域に『ヤマビル』が異常に発生しているという記事が載っていた。

 従来は山奥にしかいなかったヤマビルがふもとまで生息域を拡大し、住民やハイカーが吸血される被害が広がっているらしい。その被害は全国に及び、日常生活までもが脅かされているというから放置できない。

 ヤマビルはミミズの仲間で体長3~5センチで伸びると7センチ以上にもなるという。活動春から秋にかけて、特に高温と湿気が大好きとなると、日本での大発生は自然の理のように思われるが、今までは人里で悪さをすることは少なく、このような報道は珍しい。

 人や野生動物の血を吸い、吸血量は約1CCにもなるというから恐ろしい。雨や雨上がりの日に地面に出て待ち伏せして、野生動物はもとより人間でも、かまれてもほとんど痛みを感じず、出血が続いていても気づかない例も多いというからやっかいである。

 シカやイオシシが人間界に近づくようになったから、山奥にしか生息しないこのヤマビルが、これらの動物にくっついて人里に降りてきたという節が有力である。

 またまた野生動物たちにとっては濡れ衣え着せられたかっこうだが、実際には、それだけではなく人里の雑木林が荒れてしまい、落ち葉などもそのまま放置している場所が絶好の繁殖地になっているという現実も見逃せない。丹沢などは、登山客が運んでくることも多いというから驚いてしまう。

 彼岸花の開花期が異常に長くなっていること、ヤマビルの生育地域が著しく人間界に近くなっていること、その他、自然界での様々な異常も含めて、我々のまわりの自然界に異常事態が発生しているようだ。いやむしろ、人間の奢りが自然界の怒りを生んでいるようにも思える。

 今日は何か脈絡のない文章になってしまったが、だからといって彼岸花やヤマビルの勝手でしょう、ですませる話ではないと思うのだが・・・。(田舎親父)

2007年10月 9日 (火)

凄い教頭がいたもの・・・

  凄い教頭が存在するものだ。

 札幌の小学校の54歳の教頭が、こともあろうに児童買春回春・児童ポルノ禁止法違反で逮捕という報道に『また教員か・・・。いいかけんにしてほしい』と思ったが、その内容を読んで、しばし身体が硬直して、アッと発した悲鳴で開いた口がふさがらなかった。

 最近の教育情勢では、教育管理職になり手が少ないらしく、教頭や校長は比較的広い門だといわれているが、それにしてもこんな人間が教頭試験すり抜けて、何年間も管理職を勤めていたと思うとゾッとする。

 細田という54歳になる札幌市の小学校の教頭だが、普段の勤務態度や振舞いはごく普通。以前から知っている人たちでも『まじめな教員』で一致し、誰も『裏の顔』に気付いていなかったという。

 教頭職になるためには単に論文試験に合格するだけではなく、教員として勤務していた当時の学校の校長などの推薦が必要。この男を教頭に推薦した人たちの驚きは大変で、自分達にも事情聴取があるのではないかと恐れおののいているのではないだろうか。

 教育委員会もまさに『想定外』のこと、どうしたら良いのか頭を抱え対応に苦慮しているに違いない。(もっとも教育委員会の体質では頭を抱えても妙案が出るわけはない。たかだか各学校に通達するのがオチだろうが、内容が内容だけに表現が大変だろう・・・と今度ばかりは同情する)

 当該校の校長もびっくりしただろう。『朝は7時前に真っ先に出勤し、遅い時は午後8時に退勤していた』というコメントはちょっとピンボケの感がするが、自分の部下がこんな問題を起こしているとは考えられないのだから仕方なかろう。

 少なくとも教頭が逮捕されたとなるとその理由を子ども達に話さなければならない。中学生や高校生生なら、ある程度具体的な話しも理解できるだろうが、小学校の場合6歳から2歳までの年齢差、理解能力が全く違う子ども達にどのように伝えるのか、その苦労の大変さに同情したい。

 少しでもポルノや買春という言葉を使えば、すぐ低学年の保護者から苦情がくるだろうことは想像に難くない。といって、高学年の子ども達はある程度内容がわかっているだけにことばを選ぶのに苦労するだろう。もっとも『校長先生も大変だね』と子ども達もわかっているはずだから、ふう-んという顔で聞き流してくれるかもしれないが・・・。

 それにしてもこの教頭、十数年前からインタ-ネットに猥褻写真を投稿していたというが、よくぞ時間があったものだ。本人が直接関係した少女たちの映像もあったというから私には想像すらできない生活ぶり・・・。驚愕に値する。

 ふと疑問に思うのは、この男には家族がなかったのだろうか。独身の教頭や校長も存在するが、私の知る限り数は少ない。これは教育委員会が管理職に任用する時、家族のことはかなり念入りに聞き取り調査をする関係だと理解している。

 個人的な事情はともあれ、教育界に与えた衝撃は大きい。この一人の変質者といってよい教頭のため、教頭はもとより校長や全ての教員が同じような体質を秘めているように思われてはかなわない。

 わけの分からない保護者が多い中、『馬鹿親達』が自分のことは棚に上げ『学校が悪い』とか『教師が気に食わない・・・』とか叫びだす姿が目に浮かぶ。それに対して、また卑屈に頭を下げ続ける教育委員会の幹部や校長達が哀れで仕方ない。

 教員免許状の書き換え制度も決して間違っていないと思うが、質の高い教員、指導力の優れた教員を輩出するためには、制度教育改革だけではなく、明らかに『悪い親や子ども』に対して強く指導できる権限と環境を整えることだと確信する今日である。(杉)

2007年10月 8日 (月)

何でも裁判と気になる判決・・・

 『幼児の騒ぐ音は我慢の限界を超えていた』として、マンションの上の界に住む住民に36万円の支払いを命じたという判決に、いよいよこの国は住みにくくなったものだと暗澹たる思いがする。

 このところなんでも裁判、という考え方が日本人にも蔓延し、ささいなことでも訴える人が多くなったようだ。以前この欄でも、公園のベンチから子どもが落ちてそばにあった枝でけがをしたのは市の責任だという裁判について書いた記憶があるが、市の責任を論じる前に、子どもから目を離した自分の態度を考えるのが先だろうと言いたくなる。

 マンションに住んだ経験がない私には、上の階の幼児の走り回る音がどれぐらい煩いのか正直見当がつかない。そんな人間がどうこう言うのは不謹慎と思われるかも知れないが、裁判に持っていく前に何とか解決の方法がなかったのかと思ってしまう。

 報道によると、訴えた住人はマンション1階に住んでいたが、後から入居した幼児の家族が2階に引っ越してきて以降、幼児が室内を走り回ったり跳びはねたりする音に悩まされるようになったという。

 鍵一つで完全に自分の世界に入れてしまうマンション生活では、どうしても隣近所のお付き合いが疎遠になる事は想像に難くない。まして階が違う住民どうしのコミュニケ-ションがとりにくいのは当たり前だろう。

 よほど腹に据えかねたから訴えたのだろうから、我慢の限界を超えていたのだろうとは思うが、訴えられた方は、マンションという建物はコンクリ-トの塊、音など漏れるはずがないと思っていたとも考えられる。

 裁判所が階下の住民の訴えを是として、36万円の支払い判決。まあ仕方ないとするが、公園の噴水で遊ぶ子どもの声が騒がしいからといって、噴水差し止めという判決には、ちょっとおかしいのではと首をひねる。

 『西東京いこいの森公園』という総敷地面積4.4万平方メ-トルという広い公園の一角に、2年前に作られた噴水がその争点だという。この噴水は複数の噴水口から水が断続的に噴き出す仕組みで、水の間を縫って遊べるようになっているらしいから、子ども達には最高に面白いだろう。

 大声を出して嬉々として遊んでいる子ども達の姿を思い浮かべることができる。平面のようだから走り回っても安全。親も安心して遊ばせてきたのではないだろうか。それが突然ストップとなると、それでなくても日頃から子育てに苦労している親にとってはショックに違いない。

 訴えた住民は恐らく以前からこの地域に住んでいる人だろう。静かな環境だったが突然噴水ができて子どもの大声が聞こえるようになって気分が悪くなる。きっと思い込みの激しい人に違いない。

 子どもの声が少しでもすると気分が悪くなるという悪循環に陥り、我慢できなくなって訴えおこしたようだが、もう少し広い心が持てないものだろうか・・・。また、市当局も噴水の設置の時、まわりの住民にどこまで説明したのか疑問にもなる。そして問題が発生した時、この方の心のケアを申すこし以前からできなかったものなのだろうかと残念でならない。

 都環境確保条例の騒音規制では、この地域の午前8時~午後7時の基準値を静かな事務所内に相当する50デシベルと定めており、市が観測したところ、噴水で遊ぶ子供の声は就眠の自宅付近で60デシベルと、基準値を超えたという。

 50と60でどのぐらい違うのかよく理解できないが、50では良、60ではダメ・・・という裁判所の考え方もきにならない事はない。数値でしか判断できないことは理解できるが『ちょっと待ってよ』と言いたくなってしまう。

 二つの騒音に関する判決に、いよいよ住みにくい世の中になったものだと悲しんでいるのは私だけだろうか・・・・。(田舎親父)

2007年10月 7日 (日)

民主党 お前もか・・・

 福田内閣が発足して10日あまり、総理大臣就任早々に『政治とカネ』のスキャンダルが明らかになり、マスコミが大騒ぎするかと思っていたが、早々に『ごめんなさい。汗顔のいたり・・・』と一見真摯な態度で謝ってしまったのは『タヌキだなあ・・・』とある意味呆れ、反面さすがと感心してしまう。

 さらに、自分が代表の政治団体が、北朝鮮のシンパと目されている遊戯業界の大物から、違法な献金を受けていることが明らかになったという報道に、事実だとしたらとこの御仁はどんな感覚をしているのだろうと呆れる。

 拉致問題の解決が行き詰まっている中、こともあろうに総理大臣が拉致している国のシンパから献金を受けていたとは・・・。この一事で『拉致問題』の解決は不可能ではと誰もが考えてしまうほどの大事件なのに、マスコミはあまり騒がないのが気になる。

 しかもこの方は、総理大臣就任そうそうの記者会見で『政治とカネ』の問題をはじめとする政治不信の解消を内閣の第一の課題として指摘、任命した各閣僚に対し、関係政治団体の政治資金収支報告書や領収書の再チェックを指示したばかりだったというから、その責任は重大なはずだと思うのだが・・・

 オボッチャマと揶揄していた安倍内閣では、次々とカネまみれの閣僚が出現、その度にマスコミはセンセ-ショナルな報道を繰り返していたのに、今回はむしろ首相を擁護弁護しているとしかとれないような扱いは、裏でマスコミを操作している勢力の存在をうかがわせる。

 野党の反応も鈍い。何かこの問題に触れてはいけないと約束事ができているのではないだろうか、とさえ勘繰ってしまう。

 そんなことを思っている矢先に、民主党のズウズウ弁で人気がある最高顧問の元副議長のカネにまつわる報道。自身の政治団体が12年間、元秘書の自宅マンションを『主たる事務所』として届け出、その間の事務所費などの経常経費が約2億円弱のカネを誤魔化していたという報道に『民主党ヤッパリお前のか・・・』という思いがする。

 渡部元副議長は、時をおかず『私の政治団体の収支報告について大変残念な事実が判明した。責任を明らかにしたい』と述べ、『政治家として恥ずかしく深く反省している。管理責任があることは明らかで、支持者、国民の皆様に慎んでおわび申し上げたい』と謝罪。即時に党の最高顧問を辞任するという『けじめ宣言』は潔いといえば潔いとは思うが、はたしてそれで責任をとった事になるのだろうか。

 民主党は自民党に圧力をかけるために、政治資金に対して1円からの領収書添付という法案を提出するらしいが、自分の身内(しかも最高顧問という立場)がこのような不始末をするのだから、説得力はあまりなさそう。

 もし民主党が本気で『政治とカネ』を追求する姿勢があるのなら、その強い意志を国民に知らせるためにも、最高顧問を辞任するだけでなく議員を辞職して自ら謹慎するぐらいの気構えがほしいものだ。

 これほどの人気のある方、一旦辞職しても次の選挙では当選する事は確実だろうから、議員辞職などはまさに蚊に刺されたようなもの、痛くもかゆくもないだろうに・・・と思ってしまうが、議員に執着するのはよほど『うま味』があるのだろう。

 自民党は何とか国民の目を欺こうと、チェックするための『第三者機関』を設立なんて姑息な逃げ道を考えているようだが、会計簿をいつも公開できる状態にしておけば済むことであって、第三機関など全く必要ないことは明らか。

 民主党も1円から領収書添付などという馬鹿げたことを国会で議論する暇があったら、先日の長妻議員が代表質問で指摘した69項目もの膨大な問題点を、さらに精査し解決する方向に力を入れてほしいものである。(杉)

2007年10月 6日 (土)

教師の体罰報道について

 またまた『東京の中学校で教員の体罰が明らかになった』との記事。マスコミ報道だから、どこまで事実かは断定できないが、教育委員会の発表として『1年生の男子生徒が6時間目の授業後、同校プール脇の女子更衣室に入るなどして騒いでいることに気付いた教諭が注意したが、その際、生徒3人のほおをたたき、2人については足をけるなどした。そのうち1人は口の中を切るけがをした』という。

 確かに、体罰は禁止されているという建前からみたら、教員のとった行動は非難されるべきだろうが、いつものことながら教師側からみた事実関係や背景などなど一切報じないのが気になっている。

 叩かれた男子生徒、普通の感覚では『女子更衣室に入ったことは恥ずかしい』という気持ちになって『先生ごめんなさい』という気持ちになると思うのだが、最近は少しでも身体に触れると、自分がやっていたことに対しては全く反省なく『体罰』と全くの問題のすり替えが同然と思ってしまう傾向が恐ろしい。

 子どもを人間として正しい未知に導くのが教師の仕事、子どもが間違った事をした場合厳しくしかるのは当然であるが、最近の世の中は社会的地位にある人間が平気で悪い事をやっており、それが子ども達の間にも当たり前として受け取られるようになっているものだから、口先での『指導』が全く役立たなくなったしまっている。

 一昔前までは『世間さま』が存在し、そんな事をやったら『世間さま』に笑われるという意識。親の方にも子どもの行動が明らかになると『世間様に合わす顔がない』と、逼塞し社会に対して反省の態度を表したものだが、現在はそんな感覚の親は皆無になってしまっているようだ。

 状況がわからないからないともいえないが、突然捕まえて思い切りぶん殴るなんてことは、最近の教師はまず絶対にないと信じている。(昔は、問答無用とぶん殴る教師はいたことは否定しないが、最近の教師は昔に比べて体罰に関しての意識が徹底し、また処罰が頭をよぎるのでその行為に走る教師は殆どいないと言ってもよいはず・・・)

 この教師は子ども達に口できつく指導したに違いない。そのとき子ども達の態度に反省がなかったのか、それとも日頃から態度が悪かったのか、教師は我慢の限界を超えてやや手荒に熱かったのだろうと想像している。

 『昔の悪ガキ』ならば叩かれたことなど親には絶対に話さない。女子更衣室にもぐり込んだ事などがわかると、それこそ親から叩かれるどころではすまなくなるのが当たり前。

 それが家庭の指導力だったはずなのに、この子ども達の親は叩かれたことを聞いて、子どものやった事など不問にして、すぐ学校に抗議の電話か乗り込んできたようだ。学校なら何とか校長の力量で上手く済ませられただろうから、教育委員会に『うちの子が、教師に殴られて大怪我をしました・・・』ぐらいの言い方をしたのではないだろうか。

 びっくり仰天の教育委員会、すぐ校長に電話して『直ちに教員を連れて謝罪しろ』と命令。そして夜に、校長は副校長と教員を伴い親の自宅に謝罪行脚というところか。殆どの場合これで済むはずなのに、親の一人が新聞社にでも電話したのだろう、そして大騒ぎになったという筋書きだろう。

 教育委員会はお決まりの『学校には体罰はあってはならないと指導してきただけに、まことに遺憾。生徒の心のケアなどに対し、誠意を持って対応したい』というコメントには呆れてしまう。これではすべて教師が悪い事になり、自分がやった女子更衣室に忍び込んだという犯罪行為に対して一変の反省など無くなるのが当たり前。

 これでは教育委員会や学校が犯罪の温床を作っているようなものではないだろうか。

 体罰は悪いという前提は理解できる。親に謝る事も良しとしよう。しかし、後日でもかまわないから『親を学校に呼んで』、校長から『あなたの子どものやった事は犯罪ですよ。教師も罰せられたのだから、警察に報告します』というぐらいの指導はほしいものである。

 それ以前に、世間さまの権威をもう一度構築し直し、学校や教師を信頼する雰囲気をつくる事が大切だと思うのだが、自分に反対する意見に対して『小人のざれ言』なんていう輩が大臣をしているのだから、これは無理か・・・。(杉)

2007年10月 5日 (金)

小人とは自分のことなの?・・・

   社会保険庁職員の年金保険料の着服・不正受給問題で、『市町村は社保庁よりも、もっと信用ならない』などと発言したマスゾエ大臣はよほど自分の権力欲に酔っているようだ。

 『銀行は信用できるが役人は信用できない・・・』とも発言しているようだが、銀行の中にも不正をしている奴はおり、役所の中にも一生懸命毎日の職務に専念している人もいる事を忘れていただきたくないものである。

 いやむしろ、役所の職員の殆ど全員はまじめに勤めているのだが、ごく一部の不心得者が目の前に置かれたカネの誘惑に負けてちょろまかしてしまう。

 もともと器用でない役人が誤魔化しているのだから明るみに出るにそう時間はかからない。上手く誤魔化し続けられた奴はともかく、わずかの金額を誤魔化したばかりにお払い箱という例が後をたたない。

 公務員の犯罪はことさらマスコミの絶好の餌食。教員や警察官となると、その叩き方も半端ではなく全員が犯罪者のごとく、また職場がその温床になっているような報道をこれでもかとばかり続けて、国民に『だから○○は・・・』と印象づけている。

 公務員の肩を持つわけではないが、誤魔化している輩は組織の中ではごく一部、それを公務員全員が誤魔化している、というような発言は、大臣として情けない。というより失格と言っても過言ではない。

 この発言に、いくつかの自治体の首長が『ちょっと待て。こんなこと大臣の口から言われると職員の志気に問題』とばかり反発。さらに、『国の責任転嫁』や『この発言が年金全体の不信感をさらに招く』ともう抗議、同調する首長も増えているという。

 確かに社保庁の職員より信用おけない、となると自治体の首長として黙っておけないのは当然。どうして年金徴集業務を自治体が引き受けるようになったかは知らないが、年金を社保庁が一括して扱うと決めたのは政府であることから、今更自治体の職員は信用できないという発言は、間違いなく『責任転嫁』である。

 それはともかく、この抗議を受けたマスゾエ大臣は『私に対して言うよりも、不正を働いたところの首長に言いなさいということだ。小人のざれ言に付き合う暇があったら、もっと大事なことをやらなければいけない』とのたまったという。

 これは大問題。この発言は誰が見ても『お前ら、ガタガタ言うのじゃねえ。信用できないからそう言ったまでだ。文句があったらお前らで勝手に喧嘩しろ』と突き放した言いぐさ。大臣としての品位もなにもない。

 百歩譲って、ここまでは許すとしても『小人のざれ言につきあう暇があったら・・・』傲慢を通り越して『おれば権力者だぞ お前らのようなザコではない』との、権力亡者の態はいただけない。

 善意に解釈すれば『あなた方はお忙しい身、私のような小人のざれ言につきあっている暇はないでしょう・・』という意味ともとれない事はないが、この御仁の心には『お前らのような小人のざれ言・・・』いう意識があるのは明らか。

テレビにでまくり状態で、役所の職員や公務員の悪口を、勇ましく吹いていれば人気が出るのだから傲慢になるのは当たり前かも知れない。

 苛められる事が快感にさせられたしまった国民は『強い言葉を言う人が自分の味方』と調教されているので(郵政民営ばかり強い言葉で言い放った小泉元首相の例にある通り)この男が、あたかも自分達の夢をかなえてくれるような幻想を持ってしまっている。

 自治体を脅かして今更刑事告発させるより、何兆と誤魔化してきた社保庁の幹部達と未だにそいつらを野放しにしている国の責任を追及するのが大臣の勤め。

 いつの間にか問題をそらせるのはこの種の人間の常套手段。そろそろ国民はこの男の本質を見抜き、何をたくらんでいるかを知る努力をしないと、今以上に悲惨な社会がやってくると心配しているのははたして私だけだろうか・・・。(田舎親父)

2007年10月 4日 (木)

大相撲界の体質に呆れる・・・

 6月、大相撲の入門したての少年が死亡という事件、稽古中に倒れたという小さい記事だったと記憶しているが、9月の末になって、単なる稽古中の事故ではなく、親方を先頭に部屋を上げての暴行が原因という報道にこの業界のとんでも体質に驚く。

 マスコミ報道を鵜呑みにするつもりはないが、この少年の父親の淡々としながらも『逃げろといえなかった自分が情けない』と歯を食いしばっての発言に、間違いなく相当の暴行があっただろう事は想像できる。

 警察の調べが進み、事件が徐々に明らかになっているが、少年が死亡する前夜に親方がビ-ル瓶で顔面を殴ったとか、兄弟子達が金属バットで殴ったとの報道。本当だとしたらこれは明らかに『リンチによる殺人』に違いない。

 翌日にも『リンチ』としか思えないような稽古をさせ、倒れても放置していたという。水をかけたら体温が低下したので、今度は風呂に入れた・・・。しかも弟子が救急車を呼ぶのを止め、数時間後に要請したときには死亡・・・。こんな事があるなんてこれは信じられない。事実だとしたら(最近のマスコミのことだから多分に誇張はあるだろうが)この親方は人間としての心を失った獣と言っても過言ではない。

 今後、この事件がどうなるかは警察に任せるとしても、相撲協会の態度が気に入らない。9月末の段階で、暴行事件として警察が立件方針を固めたことが明らかになったにもかかわらず、相撲協会の理事長は他人事のように『警察に一任』との発言に、この御仁の神経を疑ってしまった。

 数年前に、この理事長の部屋でやはり少年力士が稽古中で亡くなったという。あまり大げさに騒ぐと、この問題を蒸し返されるのではないかと恐れたのかも・・・と思いたくもなるが、それにしても最近の傾向として、責任ある立場の人たちが皆さんそろって無責任になったのかと腹立たしく思っていた。

 先日の文部科学省に理事長が呼ばれ、大臣から注意があった時の映像も少し気になる。深々とお辞儀をしている大臣に対して、少しだけ腰を低くしているだけのこの理事長。どちらが注意されているのかわからない図は、普段からふんぞりかえっているだけの人間の傲慢さが現れていた。

 さすがに大臣から注意を受けたことはこたえたらしく、『協会独自の処分も』と言い出し、先日時津風親方を読んで事情聴取したようだ。その日の夜、記者会見の様子が少しニュ-スで流されていたが、ビ-ル瓶でコツいた、とか尻をバットのようなもので尻を叩いたというような奥歯にものが挟まっているような言い方が気になった。

 それでも『人が1人死んでいるので、厳しく処分するのが常識。近いうちに理事会を開催したい』と言っているところから、親方を永久追放する処分をするようだが、一人の親方を永久処分だけで済ませて良いとはとても思えない。

 親方が殺人剤で逮捕されるのは当然。永久追放も当たり前だが、ここまで事件を放置しあわよくばそのまま時が過ぎてくれる事を願っているとしか思えない協会の理事長はじめ幹部の責任はどうなるのだろう。

 遺族に対する謝罪や補償について『こちらから(誰かを)派遣して陳謝、説明すべき』とは少年の命を奪った責任など蚊に刺されたほどの痒み程度・・・とは恐れ入る。自身の進退を問われても『師匠が責任を取るべき』と、時津風親方が逮捕され永久追放で協会の責任は終わると思っているようだ。

 ただ、この親方も厚顔無恥というか『首にするならしてみろ、俺にも覚悟がある』と開き直っているらしいから、理事長はじめ協会幹部と責任などとは別に個人的な怨念のような泥試合、言い分はどっちもどっちというところか・・・。

 今回の事件で、ますます大相撲を目指す日本の若者は少なくなる事は確実。場合によっては、近い将来新弟子はすべて外国人・・・という事態がやってくることも十分予想できる。(実際に先場所前の新弟子検査では日本はいなかったらしいが・・・)

 となると、もう国技なんて言葉を使わず、国技館ごとモンゴルにでも移し、モンゴル大相撲と銘打って行うというアイデアいかがだろう。NHKの大相撲放送もかなり変わってくるのでは・・・。(田舎親父)

2007年10月 3日 (水)

ただ食い校長と軽蔑されるより・・・

 ここ数日、重い話題続き。書く方がしんどくなってきたので、今日は軽めの話題をについて少しつっこんでみることにする。

 各地で学校給食の不払いが問題が、自治体によっては財政を圧迫するほど深刻になっているという。その殆どが親の身勝手だが、教育という言葉の持つ『シバリ』を乗り越えられならしく、多くは『食い逃げ』を許しているとも聞いている。

 確かに『学校教育』という言葉には、どんな『馬鹿親』であっても『子どもには罪がない』ということが意識の根底にあり、『お前は給食費を払っていない・・・』という言葉を出すことは当然、そのような気配もさせてはならないと担任は思い込まされている。

 教員、特に担任が『給食費』について全くノ-タッチであれば、そんな態度をとることは可能だろうが、残念ながら現在のシステムは担任が何らかの形で関与させられている。

 人間である以上、つい『お前は・・・』という態度が出るのは当たり前だか、少しでも態度や口にだそうものならソレッとばかり大騒ぎ。本来なら何としても教師を守らなければならない立場の教育委員会や校長までも馬鹿親の味方をする始末。そしてマスコミも一緒になって教師を悪者にする傾向を何とかしたいものである。

 いつも述べていることだが、学校は『知識と知恵』そして『深い人間関係の築き方』を教える場であって、食事の方法を教えるなど論外。というより、それぞれの家庭で食事の作法が違うのが当たり前、それを学校で統一するなんて、ある意味越権行為であることは誰が考えても明らかだろう。

 今更、学校給食をやめられないなら、せめて食堂で『学校急所は絶対必要』と騒いでいる『おばさま』に子どもと一緒に食事を楽しんでもらいたいもの。

 給食費も無料にするか、それとも入学時に一括納入、あるいは給食税などをつくって『とりっぱぐりのない』方法を考えて、学校給食の煩わしい仕事から教員を開放するぐらいの措置が必要なのに、『教科』以上に給食を重視する愚かさを、上は文部科学省から教育委員会、下は校長以下担任までも当たり前と思っているのが嘆かわしい。

 先日、東京の中学校の校長が数年間給食費を払っていないことが明らかになったと大きく報道された。なんでもこの校長は『検食』は公務だからタダだと思い込んでいたというが、そんな事は普通考えもしない。

 新任の校長ならこんな勘違いは笑い話だろうが、前任校では払っていたというから校長としては払わなければならないことは認識していたことは確か。担当職員の勘違いだということだが、校長としての責任は逃れられないだろう。

 『この学校では険食は大事な公務らしい、ならば一生懸命険食をしなければ・・・』と思い込んだと善意に解釈できないわけではないが、ちょっと無理がありそうだ。ここまで明らかになった以上、何らかの処分を受けるのは仕方ないところ・・・。

 それ以前に、この校長には『ただ食い校長』とか『食い逃げ校長』という、きわめて不名誉なあだ名をつけられることは確実。表立って言われないものの、陰では教員や保護者はもとより子ども達からも軽蔑されるだろうから、たった20万円程度のことで気の毒といえばこんな気の毒なことはない。

 これからずっと、屈辱的なあだ名を陰で言われ、まわりから軽蔑されてはまともな学校運営など期待できないことは確か、鬱になる前に辞職して違う道を歩いた方が良いのではないだろうか。

 もっとも、教育委員会はすでに暗に辞職をすすめているだろうが・・・・。(田舎親父)

2007年10月 2日 (火)

沖縄の人々の悲痛な叫びを聞け

 ここ数日、書きたいことがいっぱいあって、ついつい話題が数日前のことになる傾向がある。今日取り上げたことも数日前のことになってしまった。

 9月末の土曜日、テレビの夜のニュ-スを見ていたら『沖縄で教科書検定意見撤回を求める集会』の映像が流れた。

 無責任な政権のたらい回しや海上自衛隊のインド洋での給油活動の問題、高校生の自殺と学校・家庭の無責任さ、さらにミャンマ-での軍部の無差別銃撃など、マスコミの話題が次々に移ってしまうので、ついついこの問題を失念していたことを反省。食い入るように画面を見つめた。

 まず集まった人の多さに驚いた。集まった多くの人々の表情の険しさに、この問題がいかに沖縄の人々にとって重大なことであるかということがヒシヒシと伝わってくる。教科書からたった一行の記述を省くことで、当時の沖縄の人々の気持ち・考え方が180°転換するのだから、絶対に見過ごしたり許される問題ではない。

 中でも、高校生の『私たちは、おじい・おばあに聞いたが、全員日本軍の関与を肯定した。教科書から削除することは、沖縄のおじい・おばあがウソを言ったということになるのか・・・』という意味の発言に、思わず落涙した。

 その通り、少なくとも今まで報じられた一般庶民のおじい・おばあの中で、政府自民党と同じような『軍の介入があったとはいえない』と言っている人は一人もいない。私自身このような報道を知るにつけ、沖縄県民は一人残らず『介入があった』と思っていると確信している。

 今までの教科書で事実として記載されていた『日本軍に集団自決を強制された人もいた(教科書会社によって文言は多少違う)』という一行が『沖縄戦の実態について誤解する恐れがある』と修正を求める検定意見をつけた。

 この結果『強制』という言葉が消え、『集団自決に追い込まれた人々もいた』と変わったが、これでは沖縄の人々が自発的に集団自決したように受け止められてしまう。そんな馬鹿な話はない。自決というのはギリギリの選択、『カルト宗教』のように教祖の命令で死を選択すると同様、軍からの強い圧力がなければできることではない。

 何故、これほどまで事実を曲げてまで教科書の記述を削除しなければならないのか、恐らく全無責任前首相の『戦後レジ-ム空の脱却』とかいう訳のわからない理論で大急ぎでつくられた『教育再生会議』とかいう組織の圧力があったのだろう、こんな暴挙を許してはならない。

 検定意見がついたら、教科書会社はその部分を書き直さない限り『絶対に検定は合格しない』ことがいかに恐ろしいものであるか、私も過去にこの業務の下請けをしたことがあるので、教科書会社の処置はよく理解できる。(このあたり以前にも少し述べたような気がするが・・・)

 検定の是非は今ここでは論じない。しかし、今までの歴史認識を大きく変える記述となると、慎重の上にも慎重を記して、事実を徹底的に洗い出して『間違いない』という証拠を前面に出して公の場で議論を尽くすことが前提でなければならない。

 今回、検定意見を出した理由に、文科省側は、集団自決を命令したとされる元日本軍少佐が裁判で命令を否定する証言をしていることなどを指摘しているというが、どのような立場の誰がそういっているのか、その本人の言葉をそのまま鵜呑みにできるのか、など詳しく調査をしたような報道は何一つ見つけることができない。

 一人か二人の元軍人が『そんな命令を出したことは記憶にない・・・』とかいう言葉に、待ってましたとばかり飛びつき『最近の学説には命令を否定する記述もある。片方の通説だけではバランスが取れない』とは、まさに歴史観を大きく変えたいための方便としか受け取れない。

 高校生の言葉ではないが)沖縄のおじい・おばあをウソツキ』だと決めつけているような教科書が出版されないことを強く願う。(田舎親父)

2007年10月 1日 (月)

今日 郵便局はトラブル続き?・・・

 9月末の金曜日、北海道の友人に無理にお願いして送ってもらった『レッドム-ン』というジャガイモの代金を、一日でも早く支払いたかったので、添付されてい  た青色の振込用紙を持って郵便局に出かけた。

 普段は空いている郵便局なのに、窓口は大変な混雑。人・人・人で立錐の余地がないと表現しても大げさでないほど、大勢の人が順番を待っている。一瞬、出直そうかなと思ったが、今日を逃すと月曜日になってしまう。まあ、仕方ないから待とうと覚悟して受付番号カ-ドを受け取る。

 受付番号から相当待つことが必要らしい。が、混雑を見かねたのか女性事務員が『振込だけの方は機械でできますよ。私がお教えしますからどうぞ・・・』との呼びかけ。私の持っている青色の振込用紙でも可能だということなので、教えを受けることにした。

 教えられるままに用紙を機械に差し込むと、振込用紙そのものが映し出される。なかなかよく出来ているものだと感心していると、事務員が『間違いなければ確認をタッチしてください』とのアドバイス。確認をタッチすると『この書類は受け付けられない』というメッセ-ジ。

 事務員は納得出来ないのか、私に代わり捜査をしてくれるのだが結果的に取り扱いを拒否されてしまう。何故なのかと聞くと、よく分からないが『10月1日から民営化されるのでそのせいかも知れません。申し訳ありませんが窓口でお願いします』とのこと、こんなところまで民営化の矛盾があるのだと改めて知る。

 仕方ないので順番を待ち、窓口で振込用紙を出したのだが、返ってきた返事が『この用紙では受け付けられない、こちらの用紙に記入し直してほしい』とのこと。『何故ッ?そんな馬鹿な』と思ったが、後ろには大勢の人が並んでいるので口論しては迷惑だろうと思い、係員のいう通り書き直し。その間も背中には後ろで待っている人のイライラが伝わってくる。

 結局、友人から送られてきた青色の振込用紙が、無効だという理由はわからずじまいだが、事務員が口にした『郵政民営化』に伴うものに間違いなさそう。しかも手数料のシステムが煩雑でよく理解出来ない私は、いわれるままの手数料を支払い何とか送金することができた。

 その後、いつも利用している郵便の小包の封筒『500円エキスプレス』を購入しようと思ったら『すぐご利用されますか』ときた。なんでも10月1日から利用出来ないとのこと、ますます嫌な気分になる。係員も使えなくなることだけはわかっているが詳しく知らないとのこと、これも納得のいかない話である。

 民営化すればいかにも国民生活が豊かになると騙されて、小泉自民党に投票した国民に恨みを言うつもりはないが、改めて『郵政民営化』の不透明な部分を知らされた思いである。恐らく私が経験したような不快感を味わった人も多いのではないだろうか。

 そんなことを思っていると、地方銀行や信用金庫が郵政民営化で生まれるだろう超巨大規模の『ゆうちょ銀行』に対して、地元教育金融機関は『地域密着で対抗』という記事を見つけた。

 郵便局をそのまま利用出来る『ゆうちょ銀行』の出現は、地方銀行や地元の信用金庫の存続さえ脅かしていることを改めて感じ、巨大な黒い組織が国民の蓄えをごっそり奪い取ろうとしているのではと恐怖感さえわいてくる。

 それぞれの地方金融機関が地元を強く意識した地域密着型の『ご当地預金』、例えば、地元のスポーツチームの成績に応じて金利を優遇したり、集まった預金の一定割合を金融機関が環境保全のために寄付するなど、地元から愛されようと知恵と工夫を凝らしたアイデアで対抗と涙ぐましい努力を展開しているらしい。

 そんな報道を知って、ならば地方金融機関や信用金庫同士のネットワ-クを構築したらいかがかというアイデアが私の頭に瞬間的に浮かんだ。銀行間で『振り込み』を行うとかなりの額の手数料がかかるので、同じ銀行を探すのが庶民のささやかな抵抗だと聞く。

 この際全国信用金庫ネットワ-クなどを構築して、振込などに対しての手数料などを軽減するようなシステムを作れば、利用する人が多くなるのではないだろうか、というのが私の考え方の基本になっている。

 もし読者の中に、信用金庫の関係者がおられたら、ぜひ検討していただきたいもの、そして何とか、腹黒達の陰謀である『ゆうちょ銀行』などに負けないようにしてもらいたいと強く願う10月1日である。(田舎親父)

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