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2007年11月

2007年11月30日 (金)

これが県立高校の校長の言うセリフとは・・・

 一昨日に続いて教育問題を。

 山形の県立高校で2年生の少女が、『いじめ?。携帯の書き込みを苦にして自殺・・・』と報じられたのは昨年の今頃。例によって教育委員と学校は『子ども同士のトラブルの存在が確認できない』と逃げの一手のコメントが白々しかったので記憶にある。

 しかも、この少女の自殺の報告をうけたにも関わらず、当時の県教育長はこの事件に対して全く無関心を装い、当日の夜の宴席に出席し飲酒で歓談していたということにも、腹を立てたことも思い出した。

 授業中に渡り廊下の屋根から飛び下りたというのが強烈に印象に残っている。飛び下りる直前に職員が見つけ、思い止まるように声かけを無視するかのように飛び下りたというから、この少女は常識では考えられない精神状態に追い込まれていたに違いない。

 つい先日、自殺した少女の父親が、娘の実名を明らかにした上で、本人の携帯電話に残されていた遺書とみられる書き込みの一部を公表、いじめは確認できなかったとする調査結果を出した県教委に再調査を求めたというニュ-スに、このようなことを思い出すと供に、例え娘の名誉を傷つけてでも、と思う父親の無念さが感じられる。

 携帯電話に残されていた書き込みのうち、少女が心情をつづった部分を抜粋し、紙に書き写して報道陣に配布したというあたりには、何か作為的な感じもしないではないが、書き込みの内容は、事実だとしたら明らかに嫌がらせ・・・。

 その内容は、実名で書かれた5人の生徒以外の同級生に対し『これで満足? もう、ワキガ臭くも、おなら臭くもないもんね。皆が言った暴言、痛かった。いつも泣きたかった』『死は怖いけど、生きているより怖くはないです『『今回のイジメでやっと理解した。うぅん、理解させられた。私は皆に不快な思いしか与えられないんだってこと』などと記されているというから、本人からすれば周りの皆から無視されたり、言葉によるいじめを日常的に受けていたと認識していたことは間違いないようだ。

 父親は『今までは学校側の説明しかなく、このままでは娘を救えなかった負い目が大きくなる。学校や県教委の報告書に納得していない。死ぬまで真相究明と再発防止にかかわっていきたい』と話しているというが、学校と県教委はどう対応するのだろうか。

 にもかかわらず、校長の『遺書は根拠の見えないもの』という表現は醜い。文面通りに解釈すれば、校長はこの少女の自殺は本人の被害妄想に陥よるもの、従って学校には責任がないと言っていると、一般には受け止められるだろう。

 たしかに思春期の少女の感情のアップダウンは激しい。同級生からイジメを受けていると思い込んで、とっさに命を絶ったことも考えられないことはないが『遺書は根拠のないもの』という言い方は『少女の妄想だ』ということになり、意地悪な見方をすれば少女をウソツキ呼ばわりしたことになる。

 これはどう考えても県立の高校の校長が言うセリフではない。命を絶った子どもはもちろん保護者の親の気持ちを考えれば、そして何よりも現在学校に在籍する将来ある生徒に考えさせるためにも『全力を上げて再調査する』と発言してほしかった。

 ともあれ、この事件を引き起こしたのは『携帯電話』である。書き込んだ同級生達は悪意はあっただろうが、まさか自殺にまで追い込むとは思っていなかったはず・・・。しかし表情が見えない言葉だけが一人歩き、少女は思い悩んだに違いない。

 少女は悩みを母親に打ち明けていたという。母親はきっと『何々ちゃんから・・・』と心を痛め、相手の親にお願いしたいと思ったのだが、連絡網もないことに気づいた?。

 そこで学校にお願いしたところ相手にされなかった・・・。考えたくないがあり得る話ではないだろうか。

 これは私の勝手な推論で推論であるが、全くの暴論ではないような気がする。ひょっとして、本当にくだらない『個人情報』の守秘云々が、16歳の少女の命を奪う一つの要因になっていたように思えてならない。(田舎親父)

2007年11月29日 (木)

残念 同時喚問より逮捕が先だった・・・

 一昨日夕方、参院の財政金融委員会は、自民党と宗教政党が欠席するなか、野党だけで額賀・守屋という渦中の二人の証人喚問を12月3日に行うことを議決したというニュ-スに、民主党はじめ野党の結束はなかなかのものと拍手・・・。

 何としても現職大臣の証人喚問を阻止したい自民党としては、あれやこれやと苦しい言い訳をしている。最近はテレビや新聞までも(自民党側の意を受けてだろうが)額賀という御仁が疑惑の宴席に同席したという情報は、去年だったか民主党の永田という議員の『ガセネタ』ではないかと牽制記事を載せはじめた。

 先日の国会の委員会では、額賀サンは『記憶にない』を連発していた。『夜を徹しても、そんな記録がなかった』とも言っていたが、一夜明けた次の日には、態度を一変し家族と食事した証拠写真や勉強会のテ-プがあると強気に・・・。

 この豹変ぶりの方が、私には理解できない。額賀大臣の取り巻きや秘書達が、必死になってアリバイ作りに奔走した結果、何とか言い逃れる証拠?見つけ出したのか、あるいは作り出したのだろうと思ってしまう。

 先日も書いたことだが、先の国会の証人喚問で、守屋元次官がはっきり宴席で同席したのは『久間先生と額賀先生・・・』と証言、特に疑惑をもたれている日だと思うが、額賀現財務大臣が遅れてきたことまでの証言は、私も含めて多くの国民がはっきり耳にしたことである。

 守屋元事務次官の言う『自分が山田洋行のために便宜をはかったことはない・・・』というセリフが気にならないことはないが、現職大臣がはっきりと同席したとの証言は重く、万一にも偽証だったとしたらとんでもないことになることは折り込み済み、相当の確率で守屋証言の方が正しいと思いたくなる。

 額賀サンが徹底して同席を否定するとなると、守屋・額賀両人のどちらかが『ウソ』を言っていることになる。ここは、国民に明らかにするために二人そろっての証人喚問という民主党の主張の方が筋は通っている。

 自民党の某幹部が、いかにも悔しそうな顔で『数の暴挙』だと騒いでいる映像がテレビで流れたが、この御仁は『流行性認知症』にでもかかったらしく、つい最近まで自分達が『数の力』で強引に、衆参両院で強行採決してきたことなど忘れてしまったらしい。自民党は数の力で強行しても良いが野党の強行採決は許さないとは・・・、もはや政権党の幹部どころか国会議員としての資格はない。

 何としてでもインド洋でアメリカ艦船に給油活動の再会をしなければならない政府与党は(よほどアメリカ側と秘密の約束があるのだろうが)、防衛省の不祥事追求と新テロ特措法とは次元が違うと必死になっている。

 確かに全く同一ではないことは、私にも理解できるが『守屋前防衛次官と長年癒着してきた山田洋行が米国から燃料を購入、海自補給艦を介して米艦船に給油してきた』ことが明らかになったという情報も漏れ聞こえてくる。さらに『補給艦の給油活動日誌の紛失事件はこの事実を隠蔽する工作だった』ということが、防衛省関係筋から出始めているという。

 もしこの情報が事実だとしたら、インド洋の給油活動と、防衛省の不祥事は完全にリンクすることになり、国民側からみたら、まず防衛省の不祥事を明確にすることが先決だろう。

 二人同時に喚問されたら、どちらがウソをついているか『表情』で判断される恐れがあり、政府与党としては何としても避けたいところ。検察へ『一日でも早く逮捕せよ』との圧力というところか・・・。

 早速昨日になって守屋逮捕のニュ-スが流れた。ご丁寧にも奥方も一緒とは笑ってしまう。

 できれば、もう少し守屋容疑者を泳がしていただければ、下手なドラマよりよほど面白い展開になったのにと、悔しくもなる。(田舎親父)

2007年11月28日 (水)

先生達にもう少しゆとりを与えませんか・・・

 都の教育委員会のお偉方は、個人情報が漏れるのを防ぐ手段として、現場の教員に対して『外では子どもの話をするな・・・』という通達を出したという報道に、思わずアホかと・・・。

 教員は子どもあってもの、教員同士が子どもの話ができないというのなら、生きた教員は不必要、都教委は、教員は教える機械であれば良いということ・・・らしい。要は『お前らは信じられないから、俺達(都教委のお偉方)が決めた通りの方法で、ひたすらテストの点数を上げる機械になれば良い』ということらしい。

 最近、都内の公立学校で、児童や生徒のテスト結果など個人情報を教員が学校外に持ち出し紛失するケースが相次いでいるというのがその理由とのことだが、管理規則を厳しくするだけでは、この種の問題は解決しないことは明らか、最近の都教委のお偉いさんたちはそのあたり全く理解できないのでは・・・と思ってしまう。

 新たに決めた管理基準は、教員に個人情報を含むメールの送信を禁じるほか、学校外で児童・生徒の情報を話題にした会話も禁止するなど厳格化した点が特徴だという。違反した場合、厳しく処分する方針で検討しているというから、いよいよ教員の世界は、研究会などで久しぶりにあった仲間とも杯すら傾けられなくなったらしい。
 報道によれば、今年度になって公立学校に置いて、児童・生徒や卒業生の個人情報を紛失するミスが5件も発生、いずれも個人情報が入ったメモリーやパソコンを入れたかばんを電車内や飲食店などに置き忘れる不注意が原因だったとのことだが、この数字が本当に異常なのだろうか。

 そもそも日頃の教育活動で派生する事務処理などをその日のうちに学校で片づけられるのなら、わざわざ子ども達の成績などの情報を一杯詰め込んだメモリ-などを学校から持ち出す必要などないが、実際には学校で居残っても片づかないから家に持って帰らざるを得ない教員が殆どということ知らないと、この問題の本質は見えてこない。

 年々管理態勢が厳しくなっている学校現場、教員達も口をふさぐようになったので、外部の人間にはますますうかがえ難くなっているが、教員の仕事は限りなく増えつづけていることは常識。勤務時間内で自分の仕事をやり遂げられるなんて皆無といっても言い過ぎではない。(中にはいるだろうが・・・)

 その意味で、たった5人の教員の単純ミスを取り上げて『個人情報保護に対する教員の意識が必ずしも高くない』と分析し、個人情報管理の厳格化が必要と判断したというが、まさに対処療法そのものというところか・・・。

 本当に個人情報の置き忘れで、子ども達や保護者が被害にあったとしたら、その教員は処罰されるべきだと思うのだが、圧倒的多数の毎日を誠実教育活動している教員に類をおよぼしてほしくないものである。

 (こんなことを書くと、またまた大騒ぎするエセ人権派も多いだろうが)それ以前に、個人情報といっても、たかだか住所や電話番号、あるいはテストの成績程度のものだろう。悪意を持ってその情報を利用する人間に拾われるならいらしらず、置き忘れた後でそれが悪用されたなんてことはあまり耳にしない。

 その程度の個人情報を、児童生徒の人格から人間性まで全てを支配する『命より大切』な情報のごとく扱う現代の風潮にも呆れてしまう。

 聞くところによれば、多くの学校で『個人情報保護』という名目で、電話連絡網さえ廃止しているという。めったに連絡網など使う機会がないので、それほど不便さはないだろうが、緊急時の連絡など困るのではないだろうか。それ以前に同級生の住所や電話番号など、必死になって隠すほどの重要な個人情報なのだろうか。

 話は飛躍するが、最近の子ども同士のトラブルは携帯に起因することが多いという。直接言うのではなく悪口をメ-ルや掲示板に書き込む。何らかのきっかけで親がこのことを知り、相手の親に連絡したくても連絡方法がないのも現実。学校に問い合わせても教えてくれない。そして子どもは追い詰められて『自殺』という悲惨な結果につながる報道がこのところ多い気がする。

 都教委のお偉ささま方にもの申したい。教師達をこれ以上がんじがらめに縛りつけるより、子ども達同士の携帯によるトラブルを未然に防ぐ方法を、教員にきちんと知らしめる方がよほど大事だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2007年11月27日 (火)

さて 大阪府民の良識は・・・

 このところ大阪の話題が賑やかである。先日の市長選挙で、現職市長が破れ、知事のカネ絡みの醜聞が新聞やネットで伝えられている。

 自民党と宗教政党がメンツをかけて応援した現職市長が(キャスタ-としてある程度の人気があったらしいが)民主党が推薦する新人候補に、かなりの差をつけられて破れてしまったのは、背後に市民の自民党や宗教政党に対する不信があったと表現して差し支えないだろう。

 大阪市は日本でも有数のこの宗教政党が地盤としている地域だと聞く。小選挙区で選ばれるというからには、いくらこの政党が組織を上げて運動した結果とは言え、基本的にはこの政党の背後にある何とか学会という宗教の信者が多いということを物語っていると判断して差し支えあるまい。

 宗教とは人間の精神をコントロ-ルするもの・・・というのが私の定義である。宗教を信じてはいけないとは思わないが、少なくとも自分の生き方として信じるものであって、他人に無理に強要するものではない、というのが私の基本的な考え方。

 しかし、この宗教政党のやり方は選挙になると(普段は殆ど連絡もない)、この何とか学会の宗教の信者達が、決まって『○○さんによろしく』という動きをするのが恒例行事。

 私のような何の力もない一市民にも例外ではなく、そのたびに『みっともないからお止しよ・・・』と諫めるのだが、マインドコントロ-ルされている信者達は聞く耳を持たず、逆に信心を強要される始末には閉口する。最近は面倒なので、ハイハイと受け流しているが、私と同じ心境の人も多いのではないだろうか。

 憲法では宗教の自由はうたっているので誰がどんな宗教を信じようが、それこそ勝手ではある。あるが・・・、同時に政治と宗教の分離も明記されているはずなのに、選挙の度にこの何とか学会が動くのは、明らかに憲法違反だと思っているのも私だけではないだろう。

 話がそれてしまったが、大阪府の太田とかいう知事のカネにまつわる話しも興味深い。この女性知事は出身が東京らしく、母親が住むマンションを東京の事務所に指定、それなりの税的な措置を受けていたというから、何かカネ絡みで自殺?したり、辞職を余儀なくされた大臣と似通っている話・・・。

 それ以上に問題なのが、府の公共工事入札参加資格業者を含む中小企業の経営者らが主催する飲食会に繰り返し参加し、高額謝礼を受け取っていたということ。しかもそれを『公務』として位置付けていたというから悪質である。

 さらに府職員にも勤務時間中にも関わらず受付などを手伝わせていたというから、本当ならば、これは明らかに犯罪。こんなことが許されて良い訳ではないが、大阪という土地柄なのか(前知事が破廉恥罪で起訴された前例があるのかも知れないが)女性だからという理由で許されるらしい。いや決して許していない、という声も聞こえそうだが・・・。

 報道によると、中小企業の経営者ら30人による『関西企業経営懇談会』が市内のホテルで開いた十数回の飲食会のすべてに事が参加し、そこでほんの少しおしゃべりした謝礼として1000万円もの謝礼を受け取っていたという。
 その会合には府の職員が数人毎回約2時間、受付などを手伝っていたことも明らからしい。職員の中には、これは明らかに犯罪行為だからヤバいと思った良識人もいて有給休暇で手伝っていた者もいたとも報じられているのは救いであるが、府秘書室の言う『公務だが、職員が自主判断で有給をとった場合もある』との説明が大阪という自治体の体質なのかもしれない。
 後日の報道では、ことがバレたのでは仕方ないと観念してか、府の金庫に納めると発表したとあるが、これで許されるわけではなかろう。この知事は知事選に次期知事選に立候補すると伝えられているが、昨日の報道では立候補宣言は少し延期だそうだ。

 ちょっとは良心が痛んだのか、それとも風待ちなのかは別にして、次期選挙では大阪府民の良識が問われそうだ・・・。(田舎親父)

2007年11月26日 (月)

桑原区長 さすがですね・・・

 NHKニュ-スで毎日のように映し出される渋谷駅前の映像は、まさに『都会とはこんなに人間がひしめいている場所だ』ということを、全国に広める役目をしているらしく、どんな過疎の村に住んでいる人でも知らない人はいない・・・。

 その、渋谷のど真ん中に『区民菜園』を作るというニュ-スに、日頃から自然体験が何より大切で、都会の人達に百姓仕事の面白みを教えたいと思っている私は『渋谷という自治体はよほど裕福らしいが、それにしても大英断・・・』というのが第一印象。

 渋谷駅近くの小学校跡地、恵比寿駅の近くの小学校の体区間跡地、そして参宮橋近くの計2300平方メ-トル超の区有地だという。いずれも駅や繁華街に隣接する『超一等地』で、土地の価格は1平方メ-トルでも500万円などという価格とも。全体では数十億円は軽く超えるといわれているから驚き・・・。

 区はこの菜園を来年4月にオ-プンさせる計画。110区画に分けるというから、一区画は約20平方メ-トル、約6坪・畳みにして12畳分程度になる計算。これは広い。私は百姓仕事をやめた昨今は、猫の額程の庭の一部を菜園にして、毎年キュウリとダイコンを作っている。

 その広さは3畳程度だが、キュウリもダイコンも我が家ではとても食べきれず、知人にわけられるほど十分な収穫があるので、12畳分もの土地となると(上手・下手はあるだろうが)使い方によれば野菜は一年を通して買う必要もなくなる・・・はず。

 利用者は区内在住の高齢者か子育て中の家族とのことだが、利用料が月1000円程度となると(外れて元々という人も多いだろうから)応募は殺到するのではないだろうか。とりあえず申し込む人も多いだろう。抽選の結果で、本気でやる気もない人が当選するのもよくある話。(考えたくないが)このような人が多かったら、たちまち折角の菜園が荒れるのは目に見えること。

 さらに、多くの市民農園では、自分達の権利を守るという意識なのだろうが、棒をたてたり柵をしたりする光景をよく目にする。その棒や柵が全く不統一で汚らしい上に、肥料などのビニ-ル袋を放置しているのも最近の市民農園では当たり前になっている。

 百姓仕事を全く知らない区民、虫食いの野菜など見たことがない人達が本やネットから得られる知識で野菜を作るため『肥料』はともかく『農薬』をむやみに使うことをどのように規制するかも今後の課題になるに違いない。これも市民菜園の運営の難しさで、一ケ所で人知れず、粒状の殺虫剤をばらまけば、たちまち周りの農園に被害が移ってしまい、結局は農園全体に農薬を使わなければ・・・という話しもよく耳にする。

 狭い土地をさらに狭く感じさせるこのような利己主義を、区はどのように指導し管理するのかがこの超豪華な農園が本当の意味で『区民の意識の向上』につながるためにも重要になってくる。

 このあたりは十分検討されての今回の決定だろうから、私のような門外漢が心配する必要はないが、トラブルの原因になることも担当者は知っておく必要があるだろう。

 話は突然変わるが、JR目黒駅ビルの屋上に一畳農園があるのを知っている人はどのぐらいおいでになるだろうか。『PLANT A TREE』というNPOが運営しているのだが、木枠で作ったたたみ一畳分のスペ-スを幼稚園児を持つ近くの家族に無償で提供している。

 私も時に依頼されて、野菜作りを指導しているが、子ども達の生き生きとした表情は素晴らしいく、人気雑誌の『ソトコト』にも掲載されているほどである。今頃はダイコンが大きくなっているだろうから、一度見学に怒れることをすすめたい。

NPOの理事長は、このような一畳農園を置かせてくれるビルがあれば、もっと子ども達が土に親しめるのにと話しているが、その考え方には大賛成。ぜひビルオ-ナ-の方々は理解を示してほしいものである。

 ともあれ、都会であっても子どもの数が減少し、小中学校の統廃合が進み廃校跡地の利用がかなり重要になっている現在、この試みの成否によっては、跡地を市・区民菜園にする方式は重要な選択枝になるに違いない。

 今回の渋谷区の大英断が素晴らしい結果として実り、都会に農園が点在する風景が当たり前になることを切に願っている。(田舎親父)

2007年11月25日 (日)

サツキさん 出番ですよ・・・

 このところテレビのニュ-ス番組で顔を見せなくなったマスゾエ厚生労働大臣サマ、話題にならないことを焦ったらしく先日の記者会見で、約5000万件の『消えた年金』記録について『最後の1円までやるというのは、ある意味で選挙のスローガンだ』だとのたまったらしい。

 誰が考えても『最後の一円まで・・・』などとは不可能だと分かりきっていたのに、国民に『俺はやる』『俺だからできる』などと大ボラを吹いて人気とり・・・。

 騙したマスゾエサンが悪いのか、騙された選挙民がバカだったのかはともかく、こんな大ボラを信じて投票した人が多く、オボッチャマが国民の目先を変えるサプライズ人事で得た大臣の椅子を守れたことなどすっかり忘れ、大物大臣ぶっているらしいが、これは完全な公約違反としか言いようがない。

 残念ながら、最近の傾向として国民の意識は『強い日本人』に憧れを持ち、論理などそっちのけで、『耳障りの良い言葉で強く言い切る』とあたかも『正論』のような錯覚をする人達が多くなっているような感じがする。

 少し古くなるが『郵政民営化・・・云々』で、除名という強権を発揮した小泉前首相を『かっこいい』と感じて投票したツケが、今では『負の代償』となって国民生活を圧迫してきたことは多くの人が指摘していること。

 7月末の参議院選挙には、その反省が少しは生きて、民主党の躍進に繋がったのだろうが、小泉流で人気を集めたのがこのマスゾエという御仁。できないことはわかっていながら選挙のスロ-ガンにしたのだから、これは詐欺としか言いようがない。

 やっぱりこの程度の男だったとはわかっているものの、行方不明の年金記録について『場合によっては数%、何としても(氏名などが)見つからないというのは出てくる可能性もある。最後の1円までやるというのは、ある意味で選挙のスローガン。そういう意気込みでやるということだ。国民に報告し理解をいただくほかはない』とは聞き捨てならない。

 この御仁はタナボタで得た大臣の椅子を守った時『最後の1人、最後の1円まで確実にやる』と公約したのは、つい3ケ月前の話。しかも『政権公約として工程表を発表しており、これにのっとってやることは内閣が代わろうが変わらない』と宣言したことを、スロ-ガンだとはこれ如何に・・・。

 首相はじめ、自民党のお歴々達は誰もが、年金記録の照合が来年3月までに終わるなんてできるわけはないと思っていたに違いないはず。なのに誰も指摘せず、このインチキスロ-ガンを内閣として許し、そのまま大臣に居すわらせている・・・・。これは明らかに国民に対しての背信行為。

 『選挙公約は守れなくても仕方ない』とは、大臣失格どころか、こんな男はじめカネまみれの疑いのある御仁を大臣に据えている内閣そのものの体質は腐敗しきっているとしか言いようがない。しかし見方を変えると、首をすげ替えることもできないとなると、福田首相も気の毒といえばこんな気の毒なことはない。

 それにしても特定不能となりそうな年金記録について2%とは、単純計算で約5000万件のうち100万件、これは凄い数字である。国民はもう一度自分の年金記録を見直し、おかしいと思ったら声を上げる必要があるが、おかしいと思う知識さえ与えられていないのだから困ってしまう。

 『いよいよ出番ですよ』サツキさん。『アンタは大ボラふきの詐欺師よ』と声を上げたら、次の選挙では例え自民党を除名されても勝てるのではないだろうか。

 いやいや、選挙はそんなに甘いものではないらしい・・・。(田舎親父)

2007年11月24日 (土)

怒れ!公立 でも問題が違うか・・・

 私立中学校へ受験する子ども達の数が全国的に増えており、首都圏では小学生の5人に一人という物凄い数字になっているらしい。公立の中学校に対して不安があるのが原因のようだが、それにしてもこの現状は異常だとしか表現できない。

 先日、ある新聞に『受験生』の生活についての記事があった。その中で気になったのは『不眠の波は子供たちにまで押し寄せてきている』という表現。

 記事によると、来年1月の中学受験に向けて夜遅くまで勉強、どうしても朝は毎日のように布団から抜け出せない子どもが多くなっていると、ある子どもの一日のス ケジュ-ルを例にとって紹介している。

 この子の1日の生活日程は、放課後、学校の門を出ると母親が車で迎えにきており、そのまま塾へ。午後9時すぎまで授業を受け、その後も難しい問題を講師に聞くなどし、帰宅の途につくのは10時すぎ。夕食は母親が用意した『塾弁(塾で食べる弁当)』で済ませているというから、健康上からも問題。

 帰宅後は入浴して夜食をとり、学校や塾の宿題を済ませ、翌日の用意をしてから就寝となるのだが、友達との会話についていくため、ビデオにとったテレビドラマを早送りしながら見て、床に就くのが毎朝2時近くになるとのこと、これでは朝起きられないのが当たり前だろう。

 その子の話として『朝もつらいけれど、一番しんどいのは、学校での5時間目と6時間目の授業中。1、2時間目が体育や音楽の日は、家でゆっくり寝て3時間目から学校に行くときもある。学校に遅刻してもお母さんは怒らない。受験まであと2カ月は何とか頑張らなければ・・・』と紹介している。

 そこまでして私立中学校に入れる必要などあるのだろうか・・・と素朴な疑問を持ちたくもなるが、そんな親子から返ってくる答えは『公立の中学校はレベルが低く、イジメがあるから行きたくない・・・』という決まり文句・・・。

 これを公立の中学校側はどう受けて止めているのだろう。ここまで親からバカにされながら『学力テスト』の呪縛から抜けられず、テストの成績を1点2点上げることに汲々としているのが現状。

 悲しいことに、各地の教育委員会は、そのために『塾』の教師を講師にして『学力向上研修会』など開いているのだから、仕方ないと言えば仕方ないが、もう少し気合の入った教育関係者がいないのかと情けなくなる。

 このあたりは別の機会に回すとして、冒頭に述べた『不眠の波は子供たちにまで押し寄せてきている』という表現、このまま続けば、ますます子ども達の情緒は不安となり、ここまで努力したのに進学できない子どもか、公立の中学校に入ったら・・・。考えたくないが、何か背筋が寒くなる。

 記事が紹介する子どものように、毎日午前0時を過ぎて就寝する状態が長期間続くと、健康に良いわけはない。『脳機能の低下』など、わざわざ学者に指摘されなくても当たり前のことだろう。

 例によって病名をつけるのが好きな学者先生は『睡眠障害』という病名をつけているらしい。病名はともかく、睡眠時間が慢性的に不足したら大人でも精神的に不安定になるのだから、発達段階の子ども達にとっては決定的な肉体的精神的な機能障害に陥る危険性があるのは私にでもわかる理屈・・・。

 成長期の子ども達の心身の正常な発達を、わざわざ阻害するような社会の風潮は、悲しいことながらこれは『マンガ』としか表現できない。(田舎親父)

2007年11月23日 (金)

『おから』の放棄に思う・・・

 今日は『勤労感謝の日』。戦前は『新嘗祭』と呼ばれ、天皇が田の神に収穫の感謝を行う日だったらしい。戦後、所謂何でも民主化という時代の流れで、同じ日を天皇だけではなく国民全員が農作物の収穫に感謝する、という意味でこの名前になったと聞く。

 稲作を主体に考えてきた我が国の農業にとって、この時期は全国的に米の収穫の作業が一段落、人達は冬支度に忙しくなる。米だけではなく、一部の野菜は別にして豆類やトウモロコシ、芋類の収穫も全国的に終わっているこの日を『新嘗祭』と名付けた古の人達の繊細なセンスには頭が下がる。

 こんなことを思っていると、唐突に、先日豆腐の製造過程で出る『おから』を不法投棄して逮捕されたという記事を思い出した。というのも日頃から、自然の恵みと農耕、そして農村の活性化、さらに何より国産の食料の確保ということを考えているからだろう。

 逮捕された連中は、自称『堆肥製造業者』と名乗り、首都圏の300もの豆腐製造会社から『おから回収』を委託されて、集めて処分する事業をしていたらしい。恐らく『堆肥にするから処分は任せてほしい』という手口で、豆腐製造業者から手数料を取っていたのだろう。

 『おから』は私のような年代の人間に取っては懐かしい食品の一つ。ビ-ルのつまみに絶好な一品だが、最近ではス-パ-の惣菜コ-ナ-でも見つけることが困難(見つけても、ほんの少しのトレ-に盛ったものでは、とても大量消費にほど遠い・・・)になってしまい、『おから』という言葉を知らない人も少なくなったようだ。

 安くて栄養ある食品である『おから』なのだが、豆腐製造業者からすると、これらは産業廃棄物らしく、捨てる場所を探しているというがもったいない話である。

豆腐製造業者達にしたら、もったいないことは十分分理解しているに違いないだろうが、『おから』を副次商品にするにはコスト的にもあわないことと、人気のある食品に加工する努力とアイデアが不足しているため、堆肥業製造業者の話しに『渡りに船』状態で乗ったのだろうが、不法投棄されたと知ってびっくり・・・というところか。

 この話を先日、山形で養鶏を営む知人にしたところ、『なんとまあ惜しい話。私にいただければ喜んで取りにいくのに・・・』との感想。度々話題にするバイオ燃料の影響から、輸入に頼っている家畜の飼料が高騰している現在、『おから』は喉から手が出るほどほしいものだと言う。

 彼の話を聞いていると、飼料が高騰しているのに関わらず、卵の値段が50年前とほぼ同じでは経営的に難しくなるのは当然、養鶏農家の苦労がよく理解できる。最近はネットを利用して販売経路を広げる努力をしている人も出始めているようだが、まだまだほんの一握り・・・。殆どの養鶏農家は、何とか飼料の高騰に頭を悩ませながら頑張っている状態のようだ。

 八戸地方では、産業廃棄物化した『おから』の利用の方法として、『おからクッキ-』を作って大好評を得ていると聞く。各地でもそれなりの努力が始まっているらしいが、今回のような事件が起こるところからみると、再利用より処分をという考え方の方が、まだまだ一般的なのだろう。

 酪農家や養鶏農家が毎日『おから』を入手するために、都市部まで通うことは難しいだろうが、例えば地方から『卵』を運び、都市部から『おから』を地方に、というシステムができれば、実に合理的な再利用になるのだろうに・・・。

誰か本気で行動しないだろうか。もっとも『だったら、お前がやったら・・・』という声が聞こえそうだが、リタイヤしてしまった浪人(老人?)には少し荷が重い話・・・・。

 勤労感謝の日にふと思ったことである。(田舎親父)

2007年11月22日 (木)

夜を徹して・・・捜し物は何ですか?

 守屋という元防衛賞の事務次官の、接待されるのは当たり前という感覚には驚きを通り越して呆れるが、もっと恐ろしいのは、こんな男が日本の防衛の事務方のトップだったという事実。まさにカネのためには『良心』や『国を愛する魂』などのかけらさえ持っていない体質にゾッとする。

 自分の懐が暖かくなるのなら、国がどうなろうと何ら痛みを感じないし、知った事ではない、まさに『売国奴』と表現して間違いなかろう。

 数千万円の接待を・賄賂を受け取りながら『便宜をはかった覚えがない』と白々しく言い逃れる感覚は、『便宜』そのものが何なのかも全くわからないほど、精神が侵されていた(現在もそうなら『侵されている』)としか言いようがない。

 その守屋という男が、先日行われた参議院の証人喚問で、今までかたくなに沈黙していた関係閣僚の名前を上げた。私もその時テレビを見ていたが、この男は曖昧な表現ながら『久間先生』と『額賀先生』が宮崎という元山田洋行の専務と同席していたと発言したことは重大である。

 逮捕された宮崎という元専務も『久間、額賀という歴代の防衛庁長官を接待した』と認めているというから、私のような正直な人間には、これは久間先生や額賀先生が同席した事は間違いないだろう・・・と思ってしまう。

 久間という御仁は『原爆投下は仕方ない・・・』との発言で辞任に追い込まれたのは記憶に新しい。しばらくすると病気で入院というニュ-スが流れたが、この男は防衛省関係からの情報で、この日がくる事をいち早く感じ取って病気に逃避・・・と思っている人も少なくないのではないだろうか。

 一方の額賀という御仁は、防衛庁長官として、過去にも『カネ』の問題で辞任を余儀なくされた男。さらに数年後、経済財政担当相の時も『カネ』絡みの事件の責任をとって大臣の職を失ったというから、体質そのものが『カネ』まみれになっているようだ。

 この時も、何とかという財団から多額の資金提供を受けたとされる。辞任の前には『秘書が預かっただけ』とか『全額返した』と抵抗していたようだが、今回も同じような醜い言い訳を繰り返して、何とか嵐が通りすぎるのを待っているという状態か・・・。

 守屋某がはっきり『同席した』と証言していることに『夜を徹して調べたが、記録にも記憶にもない』との言い訳に呆れる。何を夜を徹して探したのだろう。何とか言い逃れる方法を見つけるために、夜を徹して誰かと相談したり、夜を徹して記録を新たに作ったのではないかと思っても『当たらずとも遠からじ』というところだろう。

 さらに、額賀という御仁は、山田洋行に220万円分ものパーティー券を買ってもらったことが明らかになったことを受けて、『全額返金した』と言っているらしい。いつ購入してもらって、いつ返金したのかは、夜を徹するほど膨大な記録をしているようだから、すぐ明らかになるはず。

 それができないのは『全額返金』の事実を作ろうと、額賀大臣の秘書達が必死になって山田洋行と筋書きを話し合っているに違いない、と私は想像しているのだが・・・。

 当初は面識がないと言い張っていたのに、元専務とゴルフをした事を認めたことも、言い逃れできないと知ったからだろう。こんな『カネまみれ』体質の御仁だから、費用などは当然すべて相手に払わせているのは当たり前。なのに、自分で払ったと記憶していると言うから、都合の悪い事は忘れるのもこの男の本質らしい。

 昨日の朝日新聞の天声人語の後段に、この男のことで『この夏、財務省での就任あいさつは幹部職員を驚かせた。「私は懐は深いが頭はからっぽ。どんどん洗脳してほしい」。人も金も来るものは拒まず、まずいと見ればさっさと返す。・・・』とある。なるほどカネを入れるための懐は、深くて広いようだと納得する。

 こんな御仁を大臣に任命しなければならないほど自民党は人材不足。やはり一度民主党に政権を任す必要がありそうだ。

 多分、代わり映えはしないと思うが・・・。(田舎親父)

2007年11月21日 (水)

携帯を持たなければいじめられる社会とは・・・

 先日の新聞に、母親が中学3年生の娘を殴って逮捕されるという記事があった。最近はなんでもありの社会なので、どんな事件があってもあまり驚かないが、携帯の料金が12万円もとなると殴りたくなるだろう・・・とちょっと考えさせられる。

 この一家は両親と子ども6人の8人暮らしという。経済的な事情は分からないが、突然12万円の請求を見て驚き思わず殴ったとも考えられるが、そんな事はあるまい。記事にも、この母親は、長女が携帯電話を使い過ぎて使用料が12万円を超えたため、携帯を長女から取り上げ弟に与えていたが、長女が勝手に携帯を持ち出して隠れて使った現場を見つけたので、長女の髪をつかんで床に叩きつけたり顔を殴ったりしたとある。

 ある意味当たり前だろう。今までならば子どもが『ゴメンイナサイ・・・』となったのだが、最近は謝罪よりまず言い訳、通用しないとなると誰彼の見境いなく『助けて』と泣け叫び、近くの駐在所に飛び込んだというところか・・・。

 飛び込まれた駐在所の警察官も驚いただろう。本来は家庭内のトラブルだから、上手に話し合って納めさせれば良いのだろうが、駐在さんにはその知恵もなく、何とかしなければという思いと、怪我をさせていた事もあって逮捕したのではないだろうか。

 それにしても携帯の使用料が月12万円にもなるのだろうか。日本の電話の諸外国に比べて通話料はべらぼうに高いのは確か。しかも携帯となると、あらかじめ携帯端末の価格を限りなく0円に押さえる販売戦略。その分を利用者全体に負担させているためを、通話料が高くなるという。わざわざ端末を0円にして買い換えさせているなんて変な話であるが、それがまかり通っている。

 その問題はまたの機会に取り上げるとして、この桁外れに高い通話料でも、月12万円というのは、一体この長女はどんな使い方をしていたのだろう。

随分以前のことであるが、携帯絡みのトラブルを取り上げるシンポジウムで、ある母親が『携帯の利用料が月5万円にもなるのですが、困っています・・・』との発言に、会場はどよめいたことを思い出す。

 その時私は、携帯を持たせるのは親の責任、毎月5万円もの大金を払い続けている親の感覚が理解できず、思わず『バカじゃなかろうか・・・』と呟いてしまったが、最近ではこんな悩みを抱えている親が多いという。
 私の携帯歴はかなり長く、出始めたころから持っているからかれこれ15年前後。しかしあくまで非常用としてという考え方は今でも変わらない。相手との待ち合わせや急な連絡の時にはとても便利なので、出歩く時には持っているものの、普段は机の上に置きっぱなし。当然、それほど鳴ったり相手の携帯を鳴らしたりする事は稀である。

 メ-ル機能も当然ついているが、私のコンピュ-タのキ-ボ-ドは親指シフト、あんな小さな画面で指をチマチマ動かすのが面倒なので、めったに使わない。

株で儲けようとする人達にとっては、時々刻々の情報を得る必要があるが、普通の生活をしている人間にとっては、メ-ルからネットに繋がる必要性など皆無では・・・と思っているが、多くの人にとってはこの端末の機能が死活問題だというから驚いてしまう。

 特に中高生にとっては、持っていないと仲間にすら入れてもらえない・・・となるとこれは国の根幹に関わる大問題といっても過言ではないのでは・・・。

 しかも自分でバカ高い通話料を納得して、自分で得たお金で払うのならいらしらず、親に支払わせることが常識になっている社会の仕組みを早急に改めなければ、今後、携帯絡みのトラブルはエスカレ-トすることは間違いない。

 いつもいう事であるが、子どもを殴ってでも躾ける事ができるのは親だけ。今回の事件の背景はわからないので、ひょっとして問題発言になるかも知れないが、親が月12万円というベラボウな金額に驚き、子どもを殴るのは当たり前では・・・。

 怪我させるのは行き過ぎ・・・との考え方もあるが、こんな事で逮捕されるとなると、親はまたまた弱気になるのではと、こちらの方が気になってしまう。

 もっとも、こんな子どもに育てた親では逮捕されるのも当然とも言えるが・・・。(田舎親父)

2007年11月20日 (火)

淡路島産のタマネギまで中国産都は・・・

 このところ、ニフティブログのシステムの更新とかで繋がらない時が多く、午前中の更新ができないことが度々である。

 それはともかく、淡路島産のタマネギとして産地偽装され、中国産のタマネギが全国に大量に出荷されているとのニュ-スに、いよいよ商人のモラルが完全に破壊されて、カネを手に入れるためには手段を選ばす・・・という考え方が蔓延している事を実感する。

 関係者の証言から明らかになったというが、またまたカネの配分の不満から、マスコミにタレ込んだという筋書きだろう。あまり取り上げたくない話題だが、ひょっとして他の地域の特産品も・・・と思うと少し気になるので・・・。

 記事によると、まず中国産のタマネギを大量に淡路島に運び込み、あらかじめ用意した淡路島産と表示した箱に詰め替えて、全国に発送する業者が暗躍しているとのこと。中国産の農産物は残留農薬問題が取りざたされているだけに、淡路島産と信じて食べつづけている消費者たちは不安になるだろう。

 さらに、産地偽装は地元では半ば公然の事実『皆が知っている。観光客用の店などは中国産が疑われるので、遊びにきた友人らには普通の八百屋さんやスーパーをすすめている』というニュ-スに、本当なのかと驚いてしまう。 

 淡路島産タマネギの出荷量は年間約8万5000トン程度、うち地元JAを通じて出荷されるのは年間約6万5000トン。産地偽装タマネギは、その倍程度流通しているらしく『JAを介さずに生産農家から直接出荷される分』に紛れ込んでいるとみられるというが、こんな手口がまかり通っている関係業界のモラル喪失が情けない。

 ここ数年、日本の商社などが淡路島産タマネギの主流品種を中国・山東省などに持ち込み、栽培技術を現地の農民に指導しているらしい。なるほど日本のハイエナ商社のやりそうな手口である。

 収穫したタマネギの甘みを強める淡路島独特の『つり小屋』と呼ばれる乾燥法も伝授しており、そこで作られたタマネギは淡路島産と称しても遜色ないほどのものになっているらしいという。

 淡路島産タマネギは大玉10キロ当たり1300円程度の卸値で出荷されるが、中国産はその数分の一という安さだという。当然のことだが、国産の生産地のタマネギの売れ筋はじり貧の現在、淡路島産はネームバリューがあり値崩れが少なく、専門家でも見分けがつかないほどに仕上げた安価な中国産のタマネギを淡路島産として出荷すれば、莫大な儲けになることは間違いない。

 どうやらこの産地偽装の筋書きは、何年も前から周到に用意されていたようだ。相当な知恵者の存在が見え隠れしている。

 タマネギ程の需要はないだろうが、ニンニクも日常生活では人気野菜の一つになっているので、ここにも中国産の進出は著しい。ニンニクといえば青森ブランドが有名、ス-パ-などでは中国産は数個入った復路で100円程度だが、青森産ニンニクは袋詰めではなく、一ケ200円などと表示してある事が多い。

 青森産のニンニクはそれほど人気が高く、荷崩れしない証拠であるが、もしタマネギと同じように中国産ニンニクにどこかですり替えることができれば・・・と、『金儲け命』の輩にとってはだれも考えそうな事。

 一般消費者は味よりも見栄えや安さを重視する傾向につけ込み、中国産の利幅の大きさを知ってしまえば偽装は定着してしまうことにもなりかねない。信じたくないが、すでにそんな偽装が始まっているのでは・・・。

 正直に国産品を作っている農家が駆逐されるのでは、日本の農業はますます衰退してしまう。そのためにも、優良野菜を生産している、まともな農家の流通のネットワ-クの構築が急がれる。(田舎親父

2007年11月19日 (月)

吉兆一族の腐った体質・・・

 日本料理の老舗だとされる『船場吉兆』について、こんな腐った体質は老舗に値しないので二度と取り上げる気持ちがなかったが、あまりにも経営者一族の隠蔽体質が酷いのでもう一度取り上げたいと思う。従業員の立場を考えると涙が出る思い・・・。

 『吉兆』は昭和5年の秋、先代の社長が大阪の街でのれんを揚げたという。当初は10人で席が埋まるほどの店、最初のお客は、銭湯帰りに湯豆腐で一杯やった人だったとのこと、はじめのうちは閑古鳥が鳴いた状態だったらしい。

 苦労を重ねて、日本料理に打ち込んだ結果、『吉兆』を指折りの料亭に育て、料理界で初の文化功労者に選ばれたことはよく知られている。先代の苦労を全く感じることなく、暖簾分けをしたそれぞれの『吉兆』は、金儲け第一の体質になり下がったことを知って先代社長は草葉の陰で涙しているのではないだろうか。

 先代から暖簾分けされた『○○吉兆』という名前の料理会社は5社あるらしい。それぞれが先代と血のつながりのある一族で経営権を独占、それらが吉兆グル-プを作って仕入れなどは本社で取り仕切っていたとのこと、

 船場吉兆の悪質な偽装を受けて、吉兆グル-プの各店は、船場吉兆を除名処分にするべきだと大騒ぎをしている最中、福岡での商品の販売だけではなく、同社直営の『心斎橋店』が、鹿児島県産の牛肉を使った料理を『但馬牛すき鍋御膳』などとして客に提供していたことがわかったというニュ-スには呆れで開いた口がふさがらない。

 しかもこれらの肉は『本店』が一括納入し、心斎橋店が但馬牛と表示して使うことを把握していたというから、『船場吉兆』を除名して自分達だけ逃れようとする他の『吉兆』の経営者達の汚い魂胆が窺い知れる。

 『心斎橋店』は昨年から、オリジナル料理として『但馬牛すき鍋御膳』と『但馬牛網焼き御膳』を考案し、メニューに加えたという。価格はいずれも8400円だというから私のような貧乏人には関係ないが、接待にはもってこいの品だったに違いない。ひょっとして今騒がれている防衛庁の皆さんも利用したのかもしれない、なんて想像すると思わず吹き出してしまう。

 関係者によると、問題の肉は『心斎橋店』の料理長が但馬牛と表示した料理に使うことを前提に本店に一括発注して、本店は業者から仕入れた肉の一部を心斎橋店に納入していたというから、本店は初めから偽装を認識していたと考えて間違いなさそう。

 『心斎橋店』では、懐石料理と弁当にも同じ肉を使っていたが、産地は表示していなかったというから、値段の関係でさすがにそこまでできなかったらしい。

 福岡での偽装の親玉が心斎橋店の社長だった事から、料理長は心配になって『うちの肉は本当に大丈夫か』と聞いたところ『但馬牛ではなく鹿児島産だ』と回答したのでびっくり、両御膳をメニューからはずしたというが、老舗の料理長ならば見たらどこの肉だというぐらいはわかると思いたい。

 そのあたりにも金儲けだ第一主義の会社の体質、料理長なども腕前ではなくカネで押さえ込んでいる事がよく分かる。 

 今回検察がこれ程早く動いたのは不思議な気がするが、農水省が本気で食に対する偽装に取り組んでいるからだろうと思いたい。『吉兆』の発覚を知って驚いて、慌てて体質改善をすすめる老舗があるだろうが、体質など簡単に変わるものではないので、第二・第三の『吉兆』が出る事も十分考えられる。

 怪しげな老舗やブランドを全面に出しているインチキ臭い経営をしている会社の不正は徹底して摘発してほしいと願いながら、その結果、命じられて仕方なく偽装をやっていた従業員が露頭に迷う事になると考えると心が痛くなる。(田舎親父)

2007年11月18日 (日)

諸物価の値上がりを真剣に考えないと・・・

 レギュラ-ガソリンの価格がついに1リットルあたり150円を超えたという。さらにこの傾向は、今後も続くのではと言われている。

 私も一応安物の国産車に乗っている。このところ歩く事が半分趣味になっているからだろうが、買い物ぐらいにしか利用しないので、ガソリンは月に一度入れるか入れないか程度だから、意識の上では高くなったものだとは思いながらさほど実感はない。しかし、車がなければ仕事にならない現代社会では、これは深刻な大問題だろう。

 ガソリンだけではなく食料品の値上げも相次いでいる。地球規模での温暖化や干ばつで小麦の収穫が大幅に減収。国際相場の高騰によって政府売り渡し価格が10%引き上げられたことから、小麦を原材料とするパンやめん類などは、次々に値上げが発表された。

 油脂類や糖類も値上がで、食用油、マヨネーズ、カレーのルーが値上げ。もともと低価格で基本的には嗜好品である菓子類は、価格を上げると購入してもらえなくなるとの事で、価格は据え置きながらも、内容量を減らすという苦肉の策。メ-カ-側も大変である。

 トウモロコシやサトウキビを原料にするバイオ燃料の需要拡大を受けて、家畜飼料の値上げが進み、海外で作付面積の減った大豆などの価格も軒並み上がっている。さらに、乳製品、包装材料の値上がりによって、ありとあらゆる食料品が値上げされたか、近いうちの値上げが予定されているという。

 食料の殆どを外国に依存している我が国は、輸入価格の値上がりをモロに受けることは誰も理解できているはずなのに、政府は国内の穀物はじめ食料の生産量を上げようとする政策がない上に、国民総体として自給率に対しての意識が一向に上がらない現状を憂えているのは私だけではないはず・・・。

 なのに、先日のNHKテレビの『日本の農業を考える』だったか、東大の教授でさえ、自給率を上げるより外国から輸入した方が得策・・・とかいう意見を述べていることに、恐ろしさすら感じてしまった。

 もっと恐ろしい事は(ちょっと信じられないが)、これだけ食料品の値上げが相次いでいるのに関わらず、統計で見ると消費者物価はマイナスになっているということ。これは一体どうしてなのだろう。

 ある評論家によると、一つは、薄型テレビをはじめとするデジタル製品や携帯電話料金などが低下していることが、消費者物価を全体的に押し下げているのだが、これはむしろ『従』で『主』なる原因は、メーカーが出荷価格を値上げしているにもかかわらず、小売店が店頭価格を引き上げていないことにあるという。

 確かに、食品の出荷価格が上がっても、コンビニやスーパーでは値上げしない品目を決め、毎日のように安売りの目玉商品のチラシが新聞の折り込みで家庭に届いている。値上げしたくても、現状で値上げなどしたら客が来ないからだろう。

 サラリーマンの年収が低下している上に、増税や社会保険料の負担増が家計を圧迫している現在、ここで値上げなどしたら客離れが起きることは自明。そのことは客の心理をよく知っている小売店は痛いほどわかっているから、今は必死で我慢している。

 仕入価格が上がっているのに小売価格は据え置きこれでは経営が成り立たなくなるのは小学生でもわかる事。消費者としては1円でも安い店を探し、そこに殺到する。これもわかりすぎる現象。このまま放置しておけば、間違いなく社会の歪みは大きくなり、競争力の弱いところから倒産が続出することは間違いないだろう。

 安さを追い求める結果、価格の高い国産品をそのまま扱う事が難しくなる。一方、食の安全安心という言葉が一人歩きする時代、当然ながら安い『中国産』の食品を『国産』と偽って販売する業者が出るのは当たり前といえばこんな当たり前のことはない。

 何とか我慢している企業も多いだろうが、利益が上がらないとなると無い袖は振れなくなり、給料の値下げ、ボーナスをカット、正社員をリストラなどで切り抜けたいと思うのも当然、実際にこの傾向は強まっているようだ。

 小売価格が据え置かれれば、消費者の立場としては喜ばしいかもしれないが、長い目で見ると、これは大変なこと。時間はかかるかもしれないが、自分達の食料は自分達で供給するという意識が、今程必要になっている時代はないのではないだろうか。

 日本の自給率はカロリ-ベ-スで38%、フランスは200%。最近私が応援している北海道の浦幌町は1200%。考えさせられる数字である。(田舎親父)

2007年11月15日 (木)

汚職ばやりでも これはちょっと・・・

 公務員のモラル低下による犯罪が止まらない。市長と一緒に『メタボ侍』の特訓をしていた幹部が死亡したという事で世間を騒がせたが伊賀市の総務部長が詐欺罪で逮捕されるというニュ-ス、ここもかなり賑やかな自治体らしい。

 その取り調べのなかで、市内の元在日韓国人から約2000万円弱程の金額を『着服』していた疑いもあるらしいことがわかったという。この話がなかなか興味深い。

 『元在日韓国人』というから、これは帰化して日本人になった元韓国人という意味だろう。彼らは『帰化すると住民税が、日本人と同じになる(当たり前だと思うのだが)』ということに、何とかならないかと総務部長に持ちかけていたらしい。

 総務部長は『わかった。俺が何とかする。半分のままでいいから自分に渡せ』と促して、そのまま着服していたというから呆れるが、それ以前に、在日の韓国人など外国人の住民税が半分だったことに驚く。

 帰化して日本国籍を習得した以上、日本人と同じ権利があるのは当然だが、義務としても日本人と同じ住民税を払うのは当たり前だと思っていた。しかし、この一文を見て帰化しても彼らは税的には在日韓国人待遇だったことを始めて知った。

 同時に、郵政民営化で悪名高い民間から起用された竹中とかいう大臣が、日本人として住民税を納めていなかったことが明らかになった時、彼は『アメリカに在籍していたので住民税はアメリカで払っていた』と言い訳していたことを思い出した。

 この竹中某元大臣の言っていることが正しいとしたら(怪しいものだが)、アメリカのシステムでは在住者は住民税を支払う義務があるとなる。(そう言えば、私の友人もニュ-ヨ-クへ転勤になり、在住していた間、住民税を払っていると言っていた記憶がある)

 今まで気にもかけていなかったが(在日の人達は)国籍が違うという事で、住民税が半分になっているらしいが、日本という国は外国人に随分優しい(気をつかっている)国なのだなあ・・・という、何となく違和感を覚えてしまった。

 ところが、これは国の方針ではなく、自治体によって扱いが違うらしい。しかも立場や職種によって違うというから、韓国系の大韓民国民団(民団)や、北朝鮮系の朝鮮人総連合会(朝鮮総連)という組織がからみ、またまた裏で、利権絡みのきな臭い関係が潜んでいるようだ。

 私は、在日の人達に全く偏見を持っていない。むしろ、太平洋戦争での日本軍のあの暴挙に対して、何らかの償いをするのは当然という考えを持っている。その意味では、いわれなき差別意識で苦しんできた、所謂『同和問題』で、虐げられていた人達に対してと同じ気持ちだと表現して差し支えない。

 しかし、人間の弱さというか、組織を私的に動かせる立場になると、私腹を肥やす事だけに考えを及ぶ傾向があるのも否定できず、往々にして権利だけを主張、必要以上の強硬な申し入れをする場合があり、行政も謂い諾々と言い分を聞いてきた嫌いがある。

 伊賀市の場合、特にその対応が甘く、昭和30年代から40年代にかけ、当時は納付しない人も多かったという理由から、『半額でも徴収したい』と在日の組織と交渉して、市長が特例で認めたという経緯があるらしい。

 ところが、周辺町村との合併協議で『減免措置があるのはおかしい』との指摘を受け、昨年度で全廃することがきまったようだが、実際には書面上だけだったらしく、総務部長などが汚職のネタに利用したというところ・・・。

 県も国にも連絡していなかったらしく、『地方税上、条例の定めのない減免はできず、条例がないなら問題』『減免は各市町村が判断し条例で定めるが、このような例は初耳』としているから、いかにお役所間の連絡がいい加減かがよく分かる。

 国も県も、そして市も『臭いものには蓋』を追認していた事だけは確かなようだ。在日の人達も参政権云々を要求しているようだが、その前に、日本人としての心構えと義務をきちんと自覚してほしいものである。(田舎親父)

これでも大学・・・?

 始めて聞く名前の大学が年々多くなっている。最近『近い将来、大学全入時代の到来』などという見出しを見る機械が多いが、えり好みしなければ、誰でも大学に入れる『大学全入時代』はすでに到来しているのではないだろうかとさえ思ってしまう。

その影響だろうが、勉強以前の社会常識や生活態度まで学生に指導する大学が出始めているというニュ-スに『学問の府』などといっていた、かっての大学のイメ-ジなどはすでに全く失ってしまったかのような風潮に、本当にこれでよいのかと呆れてしまう。

 大学も生き残りに必死らしく、未熟な学生をそのまま社会に送り出せば、大学の評価も下がり志願者が減少するので、中高生に接するような手取り足取りの指導を行う必要に迫られているらしく、あいさつの仕方を教える大学もあれば、出欠状況を徹底的に管理する大学も出現しているという。

 ある私立の大学では、朝、教員3~4人が校舎の入り口付近に立ち、登校する学生に『おはよう。ちゃんと勉強してるか』などと声をかけているというから、中高生というより小学校や幼稚園のレベルではないかと思ってしまう。

 この大学のキャンパス内には『あいさつで日本一』『服装・身だしなみで日本一』などというキャッチコピ-というか標語がところ狭しと並んでいるというから、一体どうなっていると笑ってしまう。

 また、全学年で必修の『キャリア開発』の授業では、スーツ姿の学生が『おはようございます』『ありがとうございます』と大きな声で言いながら、教壇の講師にお辞儀を繰り返すというから、これはすでに学問ではなく、単に就職のためのテクニックの指導以外何ものでもないと言っても過言ではない。

 大学側もそのことは先刻ご承知で、企業のトップを招くこの授業では、社会人としてのマナーを身につけてもらう狙いがあると、担当教授はじめ関係者達は口を揃え『服装も乱れ、あいさつも出来ない新入生もいる。社会で活躍できる下地を作るには、ここまでやる必要がある』とケロリとしているらしいから何をか言わんや・・・・というところか。

 また、かって『駅弁大学』といわれた地方の国立大学の中には、学生の生活指導と称して、入学式後の数日間、新入生が学生食堂で教職員や先輩学生と食事をする朝食会を開くなど、なんとも涙ぐましい。

新入生に無料の朝食券を配布して授業開始前に行う朝食会には、『1時限目からきちんと授業に出る習慣をつけてほしい』との思いが込められているというから、大学に入学したとたん勉学など忘れてしまう現代の風潮がよく現れている。

 学生の出欠状況を決定的にコンピュ-タで一元管理している大学も当たり前になってきたらしい。ある大学の例では、欠席が多くなった学生を早めに把握し、教員が携帯電話に連絡して出席を促すたり、場合によっては自宅や下宿先に足を運ぶこともあるというから、まさに小中学校の生活指導そのもの。大学の教官もこんな事が仕事になっているとはと気の毒になってくる。

 その他、新入生に『大学・社会生活論』という必修の授業を作り、そこで『ノートの取り方』だけでなく『ゴミの分別の仕方や交通標識の見方』まで教えているというから、繰り返すが、小学校どころか幼稚園・保育園の世界になってしまっているらしい。

 さらに大学の組織の中に『教育指導室』という部署を新設し、元高校教諭やメーカーの元営業マンらスタッフが、学内を巡回しては、講義中にイヤホンで音楽を聴いていたり、携帯電話をいじったりしている学生を注意しているという・・・。

 このような馬鹿馬鹿しい授業やシステムに対して学生は反発するだろうと思うのだが、大学の教授達は『意外にも、口うるさく指導されることを学生も嫌がらない。指導を強化する大学はさらに増えるだろう』と予想しているというから驚き。

 『昔の大学は・・・』なんてイメ-ジを持つ私が古いのかと思ってしまうが、こんな事で良いわけはない。学力という実体のないものを強制し、点数を上げることが教育の目的そのもの・・・という、馬鹿馬鹿しい教育システムを押しつけてきたツケが表面に現れてきたようだ。

 文部科学省も教育委員会も、そして学校自体も、そろそろ自分達がやっていることの虚しさに気づき、子ども達に(本当に自分の力で)『生きる』という自覚を持たせる工夫が必要になってきたと思うのだが・・・・。(田舎親父)

2007年11月13日 (火)

姑息な自販機など開発しても・・・

 カメラによる顔認証の機能で成人かどうかを判別できる『たばこ』自動販売機が、自動販売機メ-カ-が開発、近日『たばこ』販売店向けに販売するというニュ-スに、何か違和感を持ったのは私だけだろうか。
 この自販機は、上部にあるカメラに顔を向けてボタンを押すと『たるみ』『しわ』『骨格』などから、購入者の年代を3秒程度で判別するという代物らしい。機械が成人と判別すると、そのままたばこを購入できる仕組みだというが、いよいよ『たばこ』まで機械のご機嫌をとらなければならなくなったというから情けない。
 10~60歳代の500人で実験したところ、正しく成人・未成年を判別できる確率は約9割だというが、本当だろうか。

 最近の技術からすると、およそ何歳ぐらいということは読み取る事は可能だろう。その誤差も数年程度というのなら信じる事はできるが、間もなく誕生日を迎える19歳と誕生日を迎えたばかりの20歳を、瞬時に確実に見分けられるとは思えない。

 案の定、判別が微妙な『20歳前後』の人は顔認証だけで購入を受け付けず、運転免許証を読み取り機に差し込むことが必要になるというが、ここまでして『たばこ』の自動販売機が必要になるのだろうかと思いたくなる。

 未成年者の喫煙防止のため、日本たばこ協会が成人限定のカードを発行し、カードでしか買えない自販機が来年春から、全国に導入されるというニュ-スを以前取り上げた記憶がある。

 その時も『こんなバカな機械を作ってどうするの・・・?』という意見を述べたと思うが、何もわざわざ運転免許書を差し込まなければ『たばこ』が買えないようにしなければ未成年の喫煙を防止する方法がないという安易な発想が悲しくなる。

 いつも述べているが『便利で快適』という言葉が一人歩きして、相手と一切コミニュケ-ションを必要としない売買方法が『是』とされている現在、自販機が町に溢れている。が・・・、はたしてこれで良いのだろうか、という思いを持ちつづけている。

 都会に限らず地方でもコンビニやス-パ-のない地域はないと言っても過言ではない。高齢化と核家族、独り暮らしも多くなっている現在社会では、コンビニやス-パ-を否定する事はできないが、コンビニなどが24時間営業する必要はどこにあるのだろうか。

 今日は、コンビニの是非については触れないが、店頭にも必ず自販機が据えつけられている。同じものが店内に並んでいるのにである・・・・。少しでも売らんがための方策の一つだろうが、販売員が店内にいるのだから、ほんの少しの時間があれば自販機など必要としないと思うのだが、それをしない・させない・・・。

 喫煙が健康に悪いと大々的にキャンペ-ンだけは繰り返していながら、根本的に辞めさせようとする施策を取らないのも変な話。本当に健康に悪いのなら、麻薬と同じように法的に『禁煙』を打ち出し、議論するべきだろうにその気配は全くない。議論して、そこで麻薬程の危険性はないと言うならば、せめて現在の数倍の価格にすればよい。

 一箱1000円程度にすれば、間違いなく喫煙者は減るのだろうが、一方では利権がからみ、吸わせたい部隊がいるのだから始末が悪い。本当に好きな人は一箱1000円でも購入するだろう。また、癌になってもかまわないから俺は続けるという人たちは自己責任で吸えば良いと思うのだが・・・。

 多分、大人がここまでの意識を持てば、未成年の喫煙は間違いなく減るはず。要は『たばこ』という魅力的な『餌』を未成年の前にちらつかせている大人がいる限り、自販機の改造などという姑息な手段をとっても未成年の喫煙はなくならないだろう。

 今世間を騒がしている老舗と言われるお菓子店から防衛省のトップクラスが、何とか誤魔化して私腹を肥やしているさまざまな事件。すべて法律違反である。未成年の一部の喫煙を防止するためと称して、安易な自販機を開発する時間と金と頭脳を、『偽装』などしないように大人達の法の遵守のために使ってほしいものだ。

 所謂、世間から信用されている(信用されなければならない)大人が、こそこそと法の目をかいくぐり、誤魔化して金儲けをする姿勢がなくならない限り、こんな馬鹿馬鹿しい自販機を造ろうという発想は続くだろうと思うと悲しくなる。(田舎親父)

2007年11月12日 (月)

世知辛い世の中になったもの・・・

   男性が、1000万円の当たりくじを宝くじ売り場においたまま行方がわからなくなった、というニュ-スを聞いたのは数日程前だっただろうか。

 『何か黒い組織に関係している人物の仕業・・・』あるいは『マスコミが隠している裏事情でもあるのでは・・・』とその時は気になったが、最近のいろいろな事件としては金額が少なすぎる。当然すぐ記憶から消えてしまったが、昨日になって置き忘れた人物が確認できたというニュ-スで、そんな事があったなと思い出した。

 まあ、本人に戻ったというから、まずはメデタシというところか。

 記事によるとこの男性は、宝くじ売り場で210枚の宝くじを提示して。低額当せん分の約6万余円を受け取り、1000万円の当選には気付かず帰ったとのこと。女性従業員が『当たっていますのでお待ち下さい』と伝え、銀行で換金するための明細書を作成、当選券とともに渡そうとしたところ、男性は姿が見えなくなっていたという。

 従業員の声が小さかったか、6万円余で大満足したのか定かではないが、まさか3等の1000万円など想像もしなかったに違いない。当たっているなどと思わなかったので、6万余円の現金をポケットにつっこんで大急ぎで売り場を後にした、ということだったらしい。

 ニュ-スで大騒ぎになっていることで、自分が該当すると気がついた男性は『新聞に載っている宝くじの落とし主は私かも』と警察署を訪れて状況など説明したようだ。売り場の女性従業員もこの男性のことは覚えているたらしく『間違いありません』と証言したのだろう。落とし主と判明。晴れて当せん券を手にしたという。

 売り場の経営者も報奨金など辞退するという、最近ではなかなか聞かない美談仕立。女性従業員も自分の声が小さかった事を反省してか、必死になって落とし主を判別しようとしていた様子も想像できる。210枚もの宝くじ券を窓口に提示したというあたりは、少し気にならないでもないが、背景になにもなかったようで一安心。

 それはともかく、このニュ-スが流れると間もなく、担当の警察署には『きっと私の当たりくじに違いない』という申し出や、『ひょっとして私の物ではないか、詳しい状況を教えてほしい』という電話が、県内外から20数件あったというから驚く。

 その中でも7件はかなり具体的に『認知症の父親がよく土浦に行くので父親が買った宝くじではないか』とか『今年春、他県内の道の駅で宝くじ20枚入りの財布を落としたがそれのようだ』あるいは『今年5月に買った宝くじ10枚を盗まれた。今回の当たり券は自分のかもしれない』などとの連絡があったらしいが、この連中の魂胆は何なのだろう。

 恐らく電話での問い合わせだろうから、大半は悪戯とわかるが、他人のうっかりミスにつけ込み、あわよくば1000万円が・・・と思った輩も存在したに違いない。

 世知辛い世の中になったものだと思うとともに、カネの魔力を改めて考えさせられる事件である。(田舎親父)

2007年11月11日 (日)

吉兆の誤魔化しは底無し沼・・・

 先日も取り上げた超高級料理店『吉兆』を営む吉兆グル-プの一つらしい『船場吉兆』の福岡で、賞味期限を大幅に改ざんしていたことが明るみになり、あの『吉兆』でもインチキしていたんだと大騒ぎになった事はつい先日の事。

 当時、本社の連中の言い分は『九州の営業マンが勝手にやった事、私たちは絶対に関与していません』と、謝罪しながらも自分達は無関係と言い逃れをしていたが、やはり本社でも・・・。という話題を。

 何故この偽装が明るみになったかは報じていないが(先日も書いたが、間違いなく内部の不満分子によるタレこみだろう)農水省は先日、大阪市にある『船場吉兆』本店でも、産地を偽装した牛肉のみそ漬けや、ブロイラーが原材料のみそ漬けを『地鶏のこがねみそ漬け』と表示して販売するJAS法の加工食品品質表示に違反する販売があったと発表。

 福岡で偽装が発覚した際、同社は会社ぐるみの関与を否定していたが、不正販売をしていた事は明らか、この社長一族はバレたら仕方ないとばかり、口先では『お客様や社会の信頼を深く傷つけた』として、社長と九州担当取締役が辞任するという茶番劇を演じて目先を変える作戦のようだ。

 しかも往生際が悪いというか、この機に及んでも『現場の担当者だけが知っていた』と述べ、他の偽装も『組織的関与は一切ない』と強調しているそうだが、内部告発した不満分子の新たな告発で、近い将来またまた社長達の『ゴメンナサイ・・・』映像が出る事は確実だろう。
 産地偽装があったのは「但馬牛の黄金みそ漬け」をはじめ『牛肉のみそ漬け』関連の商品らしい。『但馬牛』といえば、関西では『松阪牛』や『近江牛』と並ぶ超ブランド名、価格も驚くほど高い。それに比べたら味はともかく、価格的には格段に安い佐賀や鹿児島県産の牛肉を『但馬牛』として販売していたというから、これは確信犯・・・。

 販売個数を今年3~10月の間に『牛肉みそ漬け』を3個・『牛肉みそ漬けと鶏肉みそ漬けセット』72個・『牛肉みそ漬けと明太子セット』27個と言っているらしいが、6ケ月間でこんなに少なくてどうして商売が成り立つのと思いたくなる。実際には、この数倍からひょっとすると数千倍ぐらい誤魔化して販売していたとしても驚かないだろう。

 鶏肉の不適正表示も『京都の20年来のつきあいの業者が、品不足になったためブロイラー肉にしていたようだ』と会社側は知らなかったと説明は無責任極まりない。しかも『値段も地鶏の値段で仕入れており、信頼を裏切られた』だとは、聞き捨てならない。

 ブロイラ-を納入していた業者は、吉兆に対して『地鶏とは言っていない』と証言しているというから、これはブロイラ-と知っていたにも関わらず『地鶏』と表示したとしか思えない。

 吉兆といえば、私でも知っている超高級日本料理店であるが、最近は繁華街や高層ビルのトレストラン街、あるいはデパ-トの一角に『○○吉兆』という名前を目にする事がある。それほど『吉兆』というブランドの集客力が凄い証拠だろうが、営業拡大は質の低下につながる事はこの業界の常識。

 全ての店の質が落ちるとは思いたくないが、名前の割りには格安感を売り物にしている店では質を落さなければ続けられない事も当然といえば当然・・・。

 私のような貧乏人は、例え大衆的な『○○吉兆』という店の、のれんさえ潜る機会はないが、ちょっとした慶事に利用する家族は多いに違いない。但馬牛だと思い込んでいる人には美味く感じるだろうが、(思い込みもあって)その時は大満足。しかし、後で佐賀牛だったと聞くと、猛烈に損をしたように感じるのも人間・・・。

 先日、ある人から聞いた話だが、外国国籍の大金持ちが奥さん孝行のため、超高級料理店で、1枚15万円のサ-ロンステ-キを注文したという。私には、それがどんなものか想像する事もできないが、話の中ででてきた店に『吉兆』があったような気がする。この人が吉兆の偽装を知ったら(その時の大満足を忘れて)、それこそきっと『怒り爆発』ではないだろうか・・・。(田舎親父)

2007年11月10日 (土)

簡体文字は歴史と文化の喪失?・・・

 『国際漢字検討会』という学会?があるらしい。日本をはじめ中国や台湾・韓国など、漢字が国の文化伝統に担っている国々の学者達が集まって『漢字』に対していろいろと議論をする組織だという。

 先日、その『第5回国際漢字検討会』が北京で開かれて、台湾で主に用いられている繁字体、中国で用いられる簡体字、日本で用いられている略字など、1つの漢字に複数の字体があることから来る『混乱』を防ぐことを目的として、5~6000字の常用漢字の字形を統一していく方向で議論をはじめたという。

 同時に、新会員としてベトナム、マレーシア、シンガポール、香港、マカオが参加、漢字使用国の参加範囲がさらに広げるとともに、『比較研究辞典』を制作し、文字の統一を徐々に進めていく計画を決定したらしい。

 さらに、統一字体は繁体字を中心とする計画だが、該当の漢字に簡体字が存在する場合はそれも維持するというから、かなり具体的な話となっているが、私には現在の中共政府が簡単に理解を示すとは思えない。

 中国が簡体文字に切り換えたのは1964年だと記録があるが、私が実際に簡体文字というものを目にしたのが今から5年前、雲南会という仲間に入れていただき中国雲南省に旅行した時である。

 事前に、簡体文字が混じった案内書などいただいていたので、ある程度の知識はあったつもりであるが、その年に新たに開港した広州空港に降り立った時に、『広州』ではなく『广州』と表記されていることに何となく『とまどい』を感じたものである。

 さらに広州から州都『昆明』の空港に降り立った時に、『迎 云南』とあった時に一体何を表しているのだろうと、不思議な気持ちになったことが記憶に新しい。

 中国の人民政府(共産党政権)が、簡体文字に切り換えたのは、『文盲対策』だと誰かに教えられた事がある。あまりにも文盲を可能な限り短期間に文盲をなくすために、できるだけ簡単に読み書きできる文字として簡体文字を作ったというのであるが、私はその話をかなり長い間信じていた。

 ところが、毎年のように雲南省を訪れていると、どうもそれだけではないのではないだろうかという漠然とした思いが消え去らない。特に今年、広南という都市を訪れ明の『皇帝の妹の墓』という場所を見学した時に、改めて簡体文字に対しての疑問が膨らんできた。

 明の皇帝の妹の墓というから、物凄く広大で立派なものを想像していた。ところが実際は、どこにでもあるごく普通の建物であった。入り口には案内看板があったが、当然のことながら簡体文字で書かれている。一部をのぞいて意味を読み取ることができない。

 現地の歴史に詳しい中国人ガイドによると、明の皇帝の妹ではなく、『明の皇帝』からこの地方の支配を任されていた、いわば『雲南王の妹』が外敵に攻められてこの地まで逃げてきて亡くなったのが本当らしい。

 その時、宿で遭遇した台湾人旅行者のことを瞬間的に思い出した。彼達も私と同じように簡体文字は理解できないだろうが、もし、この寺に保存してあるだろう古文書を見る機会があったら、もっと凄い歴史的な意味を理解できるだろう。

 それに比べて、簡体文字を強制的に学ばされ、且つそれに違和感がなくなってしまっている圧倒的多数の中国人は、この寺の謂れや歴史はこの案内板でしか知ることができない。ということは、4000年以上も繁栄してきた中国の輝かしい歴史を学ぼうとしても従来の漢字が読めないのだから、当然意味も理解できなくなってしまっているはず。こんな簡単なことは中共政府の幹部達は予想できないはずがない。

 我が国と比べて格段に古くから文字を持ち、文献に残してきた膨大な歴史の資料が読めないとなると、中国人が自国の歴史を学ぶために、外国語に近くなっている元の漢字を覚える必要があるとは滑稽な話としか言いようがない。

 この簡体文字政策は実のところは(文盲政策と言いながら)中国の文化や歴史を完全に人々から奪い去る政策ではなかったのでは・・・と思わずにはいられない。何のためと問われたら、それは中共政府が永久に存続させるため・・・というのが答えだろう。

 しかし、客観的に考えて現在の共産党一党支配が永遠に続くとは思えない。中国はこれまでいろいろな統一国家ができては滅びるという繰り返しの歴史、現在の政権が滅びたとき誰がこの国の歴史を正しく伝えていくのだろう。

 韓国も最近の傾向は、漢字を否定しハングル文字一辺倒だと聞いている。昔は漢字まじりの朝鮮(ハングルも含めて)文字だったらしいから、現在の韓国人が古代の文献を読み理解するのは難しくなるのではと、変な心配が頭をよぎる。

 この案内板を読んだ広南の人々や全国から訪れる中国人は、恐らく明の皇帝の妹の墓だと思うはず。皇帝の妹がこの程度の墳墓だと錯覚した時、明の皇帝の権力を極端に過少評価するのではないだろうか。私が心配することではないだろうが、中国の将来に何か不吉な陰を感じる。

 一つのニュ-スが、私の思考をとんでもない方向に走らせたようだ。(田舎親父) 

2007年11月 9日 (金)

どうして自分の母親を殺せるの?・・・

 47歳になる男が、同居する大腸がんの74歳の母親に暴行を加え、屋外に放置して死なせたという報道に、(親孝行をしたくともできない私だが)この種の事件が最近多くなったと暗澹たる思いがする。

 『トイレの始末などができず腹が立った。寝ているときに起こしてけった』などと暴行を認めているらしいが、実の母親に対してどうしてこんな仕打ちができるのだろうと思ってしまうが、この種の虐待は『典型的』だというから驚く。

 暴行は去年の暮れから続いていたらしく、母親に殴るけるの暴行を加えて肋骨を3本も重傷を負わせていたという。暴力におびえた母親が、先月の末からは寒空の中、自宅アパートの庭で寝起きしていたというから、この男には人間の血が流れていないのだろうか。

 息子の暴力が直接の原因だという事は理解できるが、何故アパ-トの隣室に住んでいる大家という立場の男性が救いの手を述べなかったのが不可解で仕方ない。記事から察すると、この大家は日常的な暴力沙汰が続いていることを知っていたはず。母親からビニ-ルシ-トと毛布を貸してほしいと言われた時の経緯がよく分からない。

 『何に使うのですか・・・』ぐらいの問いかけはあったとは思うが、だいたい家を追い出されたので外で寝るのでは、と勘づくはず。衰弱しているお婆さんが夜、外で寝たらどうなるかぐらい分かりそうなものだと思うのだが・・・。

 昔は『大家といえば親と同じ・・・』と言われ、店子の生活に対して血の通ったアドバイスが当たり前だったのが、最近はただ家賃が入ればそれで良く、家内のごたごたなど知った事ではないという大家が増えていると聞くが、まさにこの大家がこのような人間だった・・・?。

 この大家は翌日の夜になっても庭で寝ている母親を見つけて『市役所の保護を受けるか警察に通報するよう』に説得したというが、せめて前夜ビニ-ルシ-トを借りる時点で通報していれば母親は命を落とさず、息子も殺人容疑で逮捕されなくて済んだのでは・・・。

 近所に住む人も、息子から『出て行け・・・』と怒鳴られていたことや、雨が降っているのにビニールにくるまって中庭で寝ているのを見たと話しているというから、この母子の状態は知っていたようだ。知っていたにも関わらず、事件が起こらないと通報しない風潮、流行りと言ってしまえばそれまでだが、ここでも『世間さま』という概念が全くなくなってしまっている事が悲しい。人情なんてもう死語になってしまった感がある。

 厚労省の統計によると、昨年全国の自治体が確認した家族・親族による65歳以上の高齢者虐待は1万件をはるかに超えるという。しかも、その8割以上は同居家族からの虐待で、今回のように加害者が息子、被害者が母親というケースが最も多いのが特徴だという。

 悪名高い厚労省のデ-タ-だから、実際にはその何倍、いや何十倍、ひょっとしたら何百倍あるかもわからないと考えると、驚きなどとっくに通り越して、最近の政治腐敗よりはるかに速くモラル喪失で国日本という国が滅亡する日の足音すら聞こえてくる。

 昨年成立した『高齢者虐待防止法』では、虐待に気付いた場合に市町村に通報する努力義務を規定し、特に介護ヘルパーや医師ら関係者は『早期発見に努めなければならない』としているらしいが、高齢者の虐待は外から見えにくく、当事者に自覚がないことも多いいため、他に家族がいない場合などに事態が深刻化しがちだそうだ。
 さらに、自治体は『人権』という言葉を隠れ蓑にして、できるだけ近づかないようにしているらしく、立ち入り調査の権限があるにも関わらずなかなか実施されない事が多く、実際に職員が直接訪問したのはわずか1.5%、情報収集したものが30%足らずというから、残りは放置していることになる。

 もっとも厚労省は見つけても、強制的に家族から引き離して施設に収容するなどの処置に対して『将来的な生活も考慮すると、引き離すばかりが得策ではない』と消極的な態度だというから、この数字も頷けないことはない。

 今後高齢者の医療と福祉の問題はますます深刻になるだろう。学者や識者達が様々な意見を言っている。もっともなことが多く頷くことばかりであり反論などする余地はない。しかし、実際の方策や施策となると難しい。

 いつも呟くことだが私も間もなく65歳。老人という年齢に達する。自分ができることは、虐待を減らすためにも自分が死ぬ前日まで意識をしっかり持ち、自分の身体で歩けるようにすることだと思っている。(田舎親父)

2007年11月 8日 (木)

オニイチャンのひたむきさに敬意を・・・

 予想通りというか、民主党の小沢代表は辞意を撤回し、何とか民主党の分裂は当面避けられたようで、何らかの形で政治体制が変わる事を期待している私にはまずは一安心というところ。

 しかし昨日のテレビでも流されていたが、民主党の前総務会長という肩書があったと記憶しているが『辞任は当然・・・』などと、マスコミの報道に煽られたとしか思えないような発言している輩がいることに、一体この政党は政権を取る意志があるのだろうかと疑ってしまう。

 今まで、鳩山氏も菅氏でも選挙に勝てなかったのに(岡田氏は論外、前原氏に至っては恐らく社民党以下の結果になるのは明らか・・・)、今回の選挙の結果を、国民の良識だなんて本気で思っているこんな連中を幹部に抜擢しなければならないのだから、民主党にはまともな人材が少ないという一言だろうか。

 さすがに、今回の選挙結果は小沢さんの手腕と認めている鳩山幹事長は、なりふり構わず慰留に勤めた姿勢は評価に値する。最近、マスコミを賑わす兄弟の話題はどちらかというとオニイチャンにとって芳しくなかったが、クニオ弟に対してユキオニイチャンのひたむきな姿に敬意を表したい。

 民主党の皆さんが、本当に次の衆議院選挙で勝利を得たいのなら、ユキオニィチャンの努力を評価し、『反省』だとか『国民のお詫びを・・・』なんて子供だましのようなセリフを吐かないで、まさに『雨降って地固まる』という方向性を追求すべきだろう。

 オボッチャマ首相は無責任にも首相という我が国の最高の権力を持って、国を動かすべき立場を放棄したのだから国民には謝罪しなければならない(まだ正式に本当の謝罪の言葉などない)が、小沢さんは最大野党の党首といえど、国民に対して責任ある政策は全くとれない立場だという事をまず我々自身が気づかなければ・・・。

 多少党内がごたついて、やりにくい面があるだろうと思うが、小沢代表には政治体制の変革の実現に向けて突き進んでもらいたいと思う。そのためにも、少なくとも問題のある人物の参議院での証人喚問などを積極的に行ってもらいたいものである。

 特に、元の防衛省の事務次官の守屋某などはその筆頭。複数の歴代長官も接待されたと言いながら、その人物の名前を上げず、のらりくらりと誤魔化してしまったことは衆議院の恥、その恥を参議院できちっと埋めていただきたいものである。

 防衛は国体の維持にとっては、ある意味直接的緊急性において教育より重大なことである。そのトップが軍需産業から、雀の涙(私のような貧乏人には額を聞くだけで、失神しかねないほどの大金だろうが)程度の接待を受けて国を売り渡すような行為をすること自体許せないが、簡単に受けてしまうのが国会議員の現状では、この国の将来を誰に託して良いのかさえわからなくなってしまう。

 その意味では、守屋某だけでなく、歴代の防衛庁長官も喚問しなければならないのではないだろうか。また、今世間を騒がしている『NOVA』の猿橋とかいう社長や、円天と称する疑惑商法の大阪弁の変な奴など、ぜひ呼んでいただきたいものである。

 次元が低いと笑われるかも知れない。喚問なんて簡単にやるものではないとお叱りを受けるかも知れない。しかし『金儲けいのちの輩』を喚問することによって、ただひたすら金儲けばかり考えて『ダマシのテクニックを磨いている輩』の抑止力になったら、それだけでも庶民は喜んで政治を評価するのではないだろうか。(田舎親父)

2007年11月 7日 (水)

 全国の主要な鉄道事業者で、昨年1年間に乗客から暴行を受けて負傷した駅員や乗務員の総数が250人に上るらしい。

 暴力行為は760件で、少なくとも2年連続で増加しているというから、この傾向は増える事はあっても減る事はないだろう。駅員からマナーを注意された腹いせに暴力を振るうなど、悪質な事例が目立つとのこと、駅員も大変だ。

 鉄道会社では駅員以外に専門の警備員を配置するなど対策を強化しているが、『乗客のマナー低下は近年著しく、会社の取り組みだけでは限界を感じる』という声は、通勤から解放された私でも時に駅員に食ってかかる乗客を見る事があるので、問題は深刻化しているのだろう。

 『金儲けが必定』だという考え方がごく一般的になってしまった現在では、いつの間にか公共機関という概念が一面的に捉えられて『お客様は神様』という経営者の安易な意識の変化によって、普段から強く注意することを押さえるように躾けられている駅員達の毎日のイライラは大変なものがあるのではないだろうか。

 駅構内や車内の指導体制で、ちょっとでも強く注意したり身体に触れたりすると、早速『暴力行為』と大騒ぎ、病院に駆け込んで医師の診断書を得ての逆襲ではたまったものではない

 このニュ-スを聞いてまず思ったのは、最近の学校と全く同じということ・・・。

 トンデモナイ親(モンスタ-ペアレンツなどという表現が流行っているが)からの信じられないような要求や苦情で悩む学校が増えつづけていることは、教育関係の友人達からよく聞く話である。拒否すると教育委員会に駆け込むや、あてまたマスコミに通報するという行為を連続的に起こしている現状は、駅でのモラルの低下からくるトラブルの発生と本質的に同じとしか考えられない。

 親同士の不仲を理由に、児童のクラス替えを要求するなどは当然で、子どもが石を投げて校舎のガラスを割ったのに、学校に対して『そこに石があったのが悪い』と居直ったり、勝手に給食を出しているのだから給食費など払う必要はないなどはまさにその典型。

 子ども同士がささいなことでトラブルになり、一方の親が他方の親の書面謝罪を学校側にしつこく要求するなどとなると、こんな親に絡まれた一方の子どもの親など、その対策に日夜頭を悩ます事になりかねない。

 何度も指摘している事であるが、教育委員会はこんな親達のとんでもない要求など『ふざけるな・・・』との一言で却下すれば良いのだが、どの地域でも共通なのは『学校と保護者は一緒になって子どもの教育を考えていくのが当然で、理不尽かそうでないかの線引きは難しい』と腰が引けているのだから、バカ親がエスカレ-トするのは当然といえばこんな当然なことはない。

 マスコミも駅員を含めて、警察官や教員など公務員や公共機関で働く職員に対しては、何でこんなに怨みがあるの・・・というような悪意を全面的に出した報道で一般市民の感情を誘導しているようにも思える。

 学校と駅と同じだとは思いたくないが、さまざまな価値観が溢れていることは確か。自分の価値観だけを押しつけてはトラブルが発生するのは当たり前。しかしそう思わない乗客や親がいるのだから困ってしまう。

 価値観の多様化は理解できる。個性の尊重も間違っていないだろう。しかし、大勢の人が集まる場所では、その場所のコンダクタ-である教員や駅員の注意や指導には少なくとも『原則的に従う』という基本的なル-ルが必要ではないだろうか。

教員や駅員に警察官のような権威を持たせる事は問題があるだろうが、明らかにル-ル違反をしている保護者や客に対して、それなりの強制的な処置ができるだけの権威はつけなければ、この問題の解決の糸口は見つからないだろう。

 体罰禁止という文言が教育界を席巻して、教師は悪ガキに強く注意すらできない現状。無茶の親達に対応するために弁護士費用を捻出だとか、教育相談員の常駐などという施策を模索しているがいずれも後手・後手となり無駄な税金が必要になる。その割りには効果が薄く解決にはほど遠い。

 乗客に比べて圧倒的に数の少ない駅員では、日常的なトラブルを防ぐ事も難しいからといって、警備員を雇用するケ-スも増えているという。昨夜遅くの渋谷駅の東横線の一つのホ-ムに制服姿の警備員が3人もいた。恐らくその時間帯は10人以上がトラブルに備えているのだろうが、こんな馬鹿馬鹿しい論理で経営が圧迫されるようだと一般のお客はたまらない。

 そろそろ『人権』だけを全面に押し出す風潮を改めて、コンダクタ-の権威を高める工夫と方策が必要ではないのだろうか。もっとも、そんな議論をはじめたら、すぐ『人権派』の学者や識者が反対することは目に見えるが・・・。(田舎親父)

2007年11月 6日 (火)

小沢辞意、どうする民主党・・・

 一昨夜の嘔吐から始まった消化器の異常に昨日一日苦しめられた。固形物を一切受け付けてくれないのがたら困ってしまう。そのうち肩がこってくる。

 私の場合、旅先での胃腸不良は大体の場合は『正露丸』で何とかなるのだが、今回は全く効かない。梅肉エキスや南信濃の民宿『島畑』の親爺から直接いただいた『熊の胆』まで動員する騒ぎになってしまった。

 結局は昨日一日は布団の中で過ごす結果となり、これだけ寝たら夜は寝られないと思っていたのに、またまた前後不覚で寝入ってしまってしまった。

 今朝は気分的に大分良いが、調子はまだ最悪、今日は雲南会の会合があるので、それまでに元に戻したいと『お粥と梅干し』の朝食で我慢。

 昨日も書いたが、小沢代表の辞意表明で民主党は大騒ぎしているので、この事について自分なりの考えを述べたいのだが、どうも話の筋書きを作る自信がない。でもこの時期に私なりの見当を書いておかないと、と思い文章を綴ってみるが新聞すら満足に見向きになれないとなると、支離滅裂な文章となる事は仕方なさそうだ。

 小沢さんが辞めたら、間違いなく民主党は崩壊、喜ぶのは自民党という展開になると思うと今の段階で小沢さんがその食を投げ出すのはあまり嬉しくない。

 私自身がどうも小沢さんという人間の発想法に類似してところがあるらしく、彼が辞意を表明した心理がわかるような気がする。衆議院と参議院とで違う結論がでては、国としての施策ができないのは誰が考えても当然。

 首相は何とか歩み寄れないかと頭を低くして、小沢さんに党首会談を申し入れて、場合によったら『郵政民営化』も反故にしても良いとまでの条件を用意して、現状打破をお願いしたのではないだろうか。

 まさか、郵政民営化御破算を言い出せないので『大連立』という話しになったのだろうが、これは傾聴に値するということで民主党に持ち帰り役員会にはかったところ大反対をされたというところだろう・・・。

 小沢さんとしたら、郵政民営化御破算など直截な言葉で咆哮すると誰がリ-クするかわからないから言い出せない。多分、言葉の端から自分の気持ちを読み取ってほしいと思ったのではないだろうか。

 結局はだれも理解できないとなると、『何故、俺の言っていることがわからないのか』『この連中は、このまま今の状態で、本当に政権をとれると思っているのだろうか・・・』と考えて、結局は民主党をつぶそうという決心に至ったのでは・・・。

 彼が民主党を出るとなると、民主党からかなり多くの部隊が彼の元に集まるだろうし、自民党から馳せ参じる連中も相当数になるはず、自民党としてもいたしかたなくこの新党と連立を組まざるを得なくなることは明らか、そのあたりを見越しての辞意表明だったに違いない。

 これを受けて民主党の幹部達はオロオロ状態。もしもこんな状況になったら自分達の立場さえなくなってしまう。一番状況がわかっているのが鳩山幹事長、必死に辞意撤回を迫っているようだが、他の幹部が本当に小沢さんの考え方を理解できないようでは、この状況は打破できそうもない。(田舎親父

2007年11月 5日 (月)

今日は体調最悪、軽めの話題を・・・

  3・4日と『十勝を食べよう』というイベントに参加するために、帯広から音更の会場まで出かけていた。両日素晴らしい天候に恵まれと十勝支庁(今でもそう言うのかわからないが)の市町村からさまざまな食材が集まって会場と賑やかな雰囲気に溢れていた。

 何故私が出かけていたかというと、浦幌町のブ-スで浦幌中学校の3年生が『総合的な学習』の一環として、浦幌の農家でとれた野菜を販売する様子を、それとなく見守り、気がついた事をアドバイスするためである。

 この様子についてはいずれ紹介するとして、帯広の名所となっている『北の酒場』が昨日で全店閉店となり、2週間後にリニュ-アルをするから『行きませんか・・・』と浦幌の観光協会の会長である木下さんからのお誘いを受けて、のこのことついていき、シシャモをふんだんに御馳走になった上に、熊の肉のくし刺しや鹿刺しなどいただいたのでお腹がびっくり、帰宅して猛烈な腹痛と下痢に悩まされている。

 体調が著しく悪いので、今日は軽めの話題・・・。

テレビの旅番組で有名な落語家が、中国地方のある市に招かされて独演会をしていたらしいが、その時、隣の席で手話通訳をしている人に向かって『気が散る』などと退場を求める発言をしていたとのニュ-スがちょっとした話題になっている。

 この報道に県ろうあ連盟は『聞こえない人に対する侮辱』と落語家や市に抗議したそうだ。最近の傾向として、このような『人権』絡みの話題に深入りすると、話が次々に広がる傾向があり、どんな無理難題が降りかかるかわからない現状を察して、この落語家と市は早速白旗を上げたらしい。

 落語家は謝罪文をろうあ連盟に提出し、市も当日来場していた聴覚障害者3人に直接謝罪したという。このところ『言葉狩り』とも思えるように発言が大げさに伝えられて大騒ぎになることが多いのだが、この話題もそのたぐいではないだろうか。

 報道によれば、この独演会は市の高齢者福祉の活動として行われたとのこと、今年70歳となるお年寄りや市民計247人が参加。このような大きな会には手話通訳者をつけるのが市の考え方らしく、この日も3人を配置していたという。

 ところが、落語家には通訳がつくことを説明していなかったというから、今まで手話通訳など経験していないだろう落語家としては、(高座は自分一人のものだと教えられ、身についているだろうから)手話通訳が自分の横に座って何やら不思議な手の動きをしていることに驚いたことは容易に想像できる。

 独演会開始後5分ほど過ぎたころ、落語家が『落語は話し言葉でするもので、手話に変えられるものではない』と暗に手話通訳者の退席を促したそうだ。手話通訳者としては自分の仕事に価値と誇りを持っているので当然無視・・・。

カチンときた落語家はさらに、『この会場は聞こえる方が大半ですよね。手話の方がおられると気が散りますし、皆さんも散りますよね』と観客に同意を求めたという。

 報道が正しいとしたら、この落語家はその後も『どうにかなりませんかね』とか『皆さんが良いとおっしゃるなら構いませんが。どうなんでしょうね』などとの発言を続けたらしいが、こんな愚痴の連続では肝心の落語の中身はどうなったのだろうと思ってしまう。

 謝罪文を提出した落語家はこの発言の真意について『気も散漫になって話を間違えることでお客様に迷惑をかけてはいけないので、手話の方に、私の横でなく、後ろに立つか、座ってくれるかしてほしかったという気持ちで・・・』と、何となく奥歯にものが挟まったような釈明はいただけない。

 高座で観客に向かって言ったとされる『落語は話し言葉でするもので、手話に変えられるものではない』という落語の持つ本質論を展開してほしかったと思うのは私だけだろうか。もっとも、そんな釈明をしたらたちまちいろんな方面から『自惚れるな・・・』とか『たがが落語家が・・・』というブ-イングの嵐は目に見えるが・・・。

 市側としたら、昨年の敬老会では大阪の人気漫才コンビの一人が講演した際、手話通訳者に対してお礼の言葉があったので、落語家だって同じ芸人だろうと思い、当然今回もそのような言葉を期待していたのだろうが、連絡すらしていなかったのは言い訳ができないだろう。

 さらに、市の担当者が落語と漫才は基本的に違うこと、漫才はどんな事をしても笑 わせれば勝ちの世界、落語とは本質的に違った芸風であることを認識できなかったことに根底の原因がありそうだ。

 私は、講演会などでの手話通訳など必要ないという気持ちは全くないが、この落語家のように『落語には手話では伝えられないものがある』という考え方で、隣での手話通訳を嫌う人間もあってよいと思っている。

 問題は、契約時に市側が『手話通訳をつけるが良いか・・・』という連絡をして、拒否すれば呼ばなければ済むこと。嫌だという落語家に頭を下げてお願いする必要はない。テレビで人気の人を呼べばお年寄りは喜んでくれるだろう・・・と安易に考える風潮が情けない。

 いずれにせよ、今回の問題は最初のボタンの掛け違いがもたらした『よくある話』であることは間違いなさそう。こんなくだらないことに大騒ぎすることもあるまい、といったら、またまた人権派の人々はめくじらを立てるだろうか・・・。(田舎親父)

2007年11月 2日 (金)

頭上から人間が降ってきては・・・

 あれほど『密室での党首会談はしない』と言っていた小沢代表が、首相からお願いされたという言い分で、まるで手のひらを返すように会談に応じたという報道は、正直あまり気持ちがよいものではない。

 オボッチャマ首相にはNOをつきつけたのは一体何なの・・・。ひょっとしてとんでもない話題を二人で話していたのではと疑う人も多く、場合によっては民主と自民の大連合かという、極めつけのうがった見方さえ否定できない雰囲気があるようだ。

 政治問題でいろいろと騒がれているが、名もなき・金もなき・ただひたすらに自分に誠実に毎日を送っている私のような一般庶民にとっては、しばらく政局の動きを見極めて、間もなく実施されるであろう衆議院選挙で対応するしか方法がなさそうだ。

 それはさておき、昨日の新聞の片隅に『女性、ビルから転落死 歩道の男性、ぶつかり重傷』という記事があった。

 記事によると、31日午後7時半ごろ、都内の11階建てのマンションから女性が転落し、歩道付近にいた男性にぶつかったとのことである。女性は30~40代、ベランダ側から転落したという。

 マンション生活の経験はないが、11階というと地上30mぐらいあるのではないだろうか、そこから転落したらほぼ間違いなく死んでしまうことはわかっているだろうから、普通の大人ならベランダの手すりから身を乗り出すなどしないはず。謝って転落なんて常識では考えられない。

 靴を履いていなかったということからも(多分というよりほぼ確実に)自らベランダの手すりを乗り越えての『自殺』だと思って間違いなさそうだ。

 これは怖い話である。空から人間が降ってくるなんて普通は考えられないので、地上を歩く人は、足元やまわりの人の動きには注意していても、絶えず上を見て歩く人は皆無ではなかろうか。そこへドスンとばかりくるのだから防ぎようがない。

 運悪く上から落ちてきた女性が頭を直撃、男性は脳挫傷で約1カ月の重傷だという。はたして後遺症などがあるかどうかなどは記事にはないが、命が助かっただけでも良しとするしかないだろう。

 現場は地下鉄の駅のそばだというから、高層の建築物が建ち並び、人通りも多く普段からかなりの賑わいがあったはず。こんな記事をみると、東京など大都会(高層住宅は全国的にごく普通となっているので、東京都いう表現は間違っているかも知れないが)では、うかうか道路も歩けないという思いすらしてしまう。

 自殺する人にとっては、それこそ追い詰められての行動、前後の見境などできるわけはないのは理解できなくはないが、偶然その建物の近くを歩いている人に被害が及ぶのは納得できない。単に『不幸』では片づけられてはたまらない。

 話は飛躍するが、私はここ数年、毎年中国雲南省に出かける機会を得ている。その際必ず州都『昆明』で宿泊しているが、昆明の高層住宅ではベランダに鉄柵が設けられている風景がごく普通である。

 盗難防止だと説明されて、中国の泥棒はスバイダ-マンのように10階もの部屋まで壁をよじ登って行くのだろうかという疑問を持ったが、この国は我々の常識では考えられないことが多いこともあって、そのままなるほどと納得した記憶がある。

 今、この記事を見て改めて考えてみると、昆明の高層住宅の鉄柵は盗難防止ではなく、転落防止では・・・という思いが頭をよぎる。

 都市に人口が集中するのは世界的な現象、ますます高層住宅が増えることは間違いないだろう。ストレスの多い都市生活では衝動的に飛び下り自殺者の数も増えることはあっても減ることはなさそう・・・。

 我が国も、高層住宅のベランダや窓に転落防止(自殺防止)の鉄柵のような物をつける必要も、本気で考えなければならなくなってきたようだ・・・。(田舎親父)

2007年11月 1日 (木)

食品の偽装はたかだか腹痛で済むが・・・

 一昨日だったか、テレビのニュ-スで『赤福』の組織ぐるみの悪質偽装騒動で、中身はもちろん包装まで大変似通っている『御福』が大人気だったのに、その『御福』にも偽装が発覚というニュ-スが流れていた。

 このメ-カ-は保存料を使っていると表示しているので、それなりに正直、消費者の判断を待つ商法として、私は池上のくず餅屋の話とダブらせて先日紹介した。どう偽装していたのかわからないが、保存料を使用した上に賞味期限を改ざんしたとなると、悪質さにおいては『赤福』と同じではと思ってしまう。

 また、有名な料亭の系列らしいが『何とか吉兆』という会社が作った菓子も、大幅に賞味期限が書き換えられたというニュ-スには、多分これと同様な偽装はどこにでもあるような気もしてくる。

 賞味期限が切れたといっても、お菓子などの食品はよほど悪質な偽装でない限り、食べても腹痛程度。殆どの場合たいした被害はでないものだが、建築資材の偽装となると、これは万が一地震や火事になると大変な被害に直結するのは間違いない。

 建材メーカー大手の『ニチアス』という会社があるらしい。悪名高いアスベストだと具合が悪かろうと『日本アスベスト』から『ニチアス』という名前に変えた大手の建材メ-カ-だというが、このニチアスが住宅の軒裏などに使われる耐火材に偽装が発覚したと報じられたが、ことは恐ろしい。

 建築資材の性能試験に臨む際、試験体に水を含ませたり、実際に販売するものより性能の高い材料を使ったりする偽装を施し、国交省の認定を受けていたという。対象製品は全国の住宅など約10万棟に使われ、うち少なくとも約4万棟分は大臣認定の耐火性能基準を満たしていないというから、これは気になる。

 私は建築のことは全く疎いので、この『ニチアス』製の建材がどんなところに使われるかは正確に理解できていないが、軒裏材というから壁や天井などに直接張られて表面的に目立つ素材でない事は確かだろう。

 話は飛躍するが、ここ数年火事が起こると『焼死者』が出る事に、ある種の疑問を持っている。核家族が進んでいるという人的な原因もあるだろう。建物そのものの機密性が高くなり延焼に気づくのが遅くなることはわかる。耐火性も高まり、またまだ大丈夫という気持ちもあるのかも知れない。

 しかし、私にはその家に使われた建材が発火したり、あるいは高温で燻られることが原因で発生する有毒ガスを吸い込んで身体の自由が奪われ、避難しようとする動きを妨げているのではないかと思えてならない。

 この『ニチアス』の試験通過のための偽装が、最近の火事での焼死者激増の直接の原因だとは言い切れないが、全く無関係と放置してしまほど軽い疑問ではないと思っている。

 『ニチアス』は同社は製品が使われている物件の把握を進め、交換・補修などの対応を始めるというが、最近の焼死者がでた火事で使われていたかどうかも調べてみるべきではないだろうか。

 今回の不正には新製品開発などを行う技術開発チームの5人前後が関与したという。川島という社長は記者会見で『不正のあった頃は、事業を拡大するのが目標となっていた。担当者がプレッシャーを感じたのかもしれない』と釈明しているが、ここでも担当者に責任を転嫁するばかりではなく、金儲けのためなら人命などどうでもよい、という考え方がでている。

 いよいよ身の回りのもの全てのものに対して、もう一度見直す時がきたようだ。(田舎親父)

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