これが県立高校の校長の言うセリフとは・・・
一昨日に続いて教育問題を。
山形の県立高校で2年生の少女が、『いじめ?。携帯の書き込みを苦にして自殺・・・』と報じられたのは昨年の今頃。例によって教育委員と学校は『子ども同士のトラブルの存在が確認できない』と逃げの一手のコメントが白々しかったので記憶にある。
しかも、この少女の自殺の報告をうけたにも関わらず、当時の県教育長はこの事件に対して全く無関心を装い、当日の夜の宴席に出席し飲酒で歓談していたということにも、腹を立てたことも思い出した。
授業中に渡り廊下の屋根から飛び下りたというのが強烈に印象に残っている。飛び下りる直前に職員が見つけ、思い止まるように声かけを無視するかのように飛び下りたというから、この少女は常識では考えられない精神状態に追い込まれていたに違いない。
つい先日、自殺した少女の父親が、娘の実名を明らかにした上で、本人の携帯電話に残されていた遺書とみられる書き込みの一部を公表、いじめは確認できなかったとする調査結果を出した県教委に再調査を求めたというニュ-スに、このようなことを思い出すと供に、例え娘の名誉を傷つけてでも、と思う父親の無念さが感じられる。
携帯電話に残されていた書き込みのうち、少女が心情をつづった部分を抜粋し、紙に書き写して報道陣に配布したというあたりには、何か作為的な感じもしないではないが、書き込みの内容は、事実だとしたら明らかに嫌がらせ・・・。
その内容は、実名で書かれた5人の生徒以外の同級生に対し『これで満足? もう、ワキガ臭くも、おなら臭くもないもんね。皆が言った暴言、痛かった。いつも泣きたかった』『死は怖いけど、生きているより怖くはないです『『今回のイジメでやっと理解した。うぅん、理解させられた。私は皆に不快な思いしか与えられないんだってこと』などと記されているというから、本人からすれば周りの皆から無視されたり、言葉によるいじめを日常的に受けていたと認識していたことは間違いないようだ。
父親は『今までは学校側の説明しかなく、このままでは娘を救えなかった負い目が大きくなる。学校や県教委の報告書に納得していない。死ぬまで真相究明と再発防止にかかわっていきたい』と話しているというが、学校と県教委はどう対応するのだろうか。
にもかかわらず、校長の『遺書は根拠の見えないもの』という表現は醜い。文面通りに解釈すれば、校長はこの少女の自殺は本人の被害妄想に陥よるもの、従って学校には責任がないと言っていると、一般には受け止められるだろう。
たしかに思春期の少女の感情のアップダウンは激しい。同級生からイジメを受けていると思い込んで、とっさに命を絶ったことも考えられないことはないが『遺書は根拠のないもの』という言い方は『少女の妄想だ』ということになり、意地悪な見方をすれば少女をウソツキ呼ばわりしたことになる。
これはどう考えても県立の高校の校長が言うセリフではない。命を絶った子どもはもちろん保護者の親の気持ちを考えれば、そして何よりも現在学校に在籍する将来ある生徒に考えさせるためにも『全力を上げて再調査する』と発言してほしかった。
少女は悩みを母親に打ち明けていたという。母親はきっと『何々ちゃんから・・・』と心を痛め、相手の親にお願いしたいと思ったのだが、連絡網もないことに気づいた?。
そこで学校にお願いしたところ相手にされなかった・・・。考えたくないがあり得る話ではないだろうか。
これは私の勝手な推論で推論であるが、全くの暴論ではないような気がする。ひょっとして、本当にくだらない『個人情報』の守秘云々が、16歳の少女の命を奪う一つの要因になっていたように思えてならない。(田舎親父)


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