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2007年12月

2007年12月31日 (月)

よいお年を・・・

 今日は大晦日。時間は連続しているので新しい年を迎えるからといって、特別何かが変わることはないものの、除夜の鐘を聞くと『今年が終わった』ことを実感し、『新しい年が始まった。今年は・・・』と何となく気持ちがシャキっとするから不思議。

 今年の世相を現す漢字『偽』に相応しく、あらゆる分野で偽装がバレた一年。政治の中身も『偽』だらけ、国の最高責任者である『首相』までが、究極の『偽装』で職を投げ出すのだから、世の中右にならえとなるのは当然だろうが、新しい年では『偽』ではなく『信』であってほしいと願っている。

 この小欄でも取り上げたことのある、福島県の『矢祭町』の議会が、なかなか粋なことを決めたというニュ-スが数日前のロ-カル版に載っていた。

 この自治体は福島県に属しているのだが、文化的には茨城圏。近隣の自治体と合併するにも事情が許さず、町独自の生き方を選択。『合併しない宣言』をしたことで知られているが、なかでも図書館づくりの独創的な活動が全国から注目されている。

 先日、町のホ-ムペ-ジに『昨年7月から全国の皆様に蔵書のご寄贈をお願いしておりましたが、本年6月現在で40万冊のご寄贈を頂きました』というお礼のメッセ-ジが載っていたが『矢祭町もったいない図書館』と名付けられた、町立の図書館が予算不足で蔵書を揃えることができず、全国にSOSを発信したところ、約1年でこの数字が達成できたという報告である。

 お礼文の書き出しは『北は北海道から南は沖縄まで、矢祭町にご支援を頂きましたこと、厚く御礼申し上げます』と本を送ってきた全国の人々にお礼・・・そして『 お蔭様で「矢祭もったいない図書館」は連日、大勢の人々で賑わっております。子ども達は学校が終わると「もったいない図書館」で読書に励み、大きな夢を膨らませております』と続く。

 いや久しぶりで聞く良い話である。お礼文はさらに『又、若い日には働くことが精一杯だったと、老眼鏡を新調してここへ通う高齢者の姿もあります』とのくだりは町のお年寄り達が、ここを憩いの場としている情景が目に浮かぶようである。
 この図書館では、現在でも寄贈希望が続いて、嬉しい悲鳴を上げているよし。今後、全国各地の図書館充実のお手伝いをしたいとのこと、この小さな町の姿勢に拍手を送りたい。

 その矢祭町議会は、現在、月額20万円超の町会議員の月給を定例議会や町の行事に参加した日に限って3万円支払うということを決定したという。この町の議員は10人、これによって今まで年間約3400万円かかっていた議員の人件費が、900万円程度に押さえられるらしい。

 日当3万円が高いか安いかは議論が分かれるところだろうが、浮いたお金を町の福祉向上に役立てるというから、近年稀に見る素晴らしい英断。10人の議員達は別に職業を持っているので生活に困らない、という背景があったからできるのだろうが、今年の最後に『信』の話題が見つかり嬉しい限りである。

 国会議員などは殆どが二世三世議員。その多くが、『議員そのものが職業』になっている『政治屋』になり下がっている。議員が『職業』となると、人々の暮らしより自分達の給料をあげることが前提になってしまい、政策活動費などというわけの分からないお手盛りを輩出。こんな議員達に矢祭町の町会議員の爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ。

 矢祭町の今後の発展を心から祈念したい。よいお年を・・・。(田舎親父)

2007年12月30日 (日)

こんな輩が跋扈しているようでは・・・

 今年も残り少なくなってきたが、相変わらず暗いニュ-スが多い。その中にあって、父親に虐待を受けた女の子を、児童相談所に保護したことに腹をたてて、養護教諭を脅しているという父親の存在は、いよいよ世も末期、関係者の無力を嘆いてしまう。

 兵庫県に三木市という自治体があるそうで、その市の小学校での話。ある女児が今年度になって度々保健室にやってきては、父親から虐待を受けていることを強く疑わせる発言を繰り返したので、養護教諭が児童相談所に連絡したとのこと。相談員は女児と面接して危険だと判断し保護したという。

 父親はこの処置に腹を立て、友人の市議会議員に『誰がこんな判断をしたのか調べてほしい』とか相談したらしい。自分のことを棚に上げて市議に相談するこの父親にも呆れるが、その相談にホイホイ乗って校長に電話で問い合わせた市議も市議、こんな輩が議員サマだと威張っているのだからどうしょうもない。さらに、こんな市議を当選させると市民も情けない。せめて、次回の選挙で落選することを願いたいもの・・・。

 もっとアホなのが校長で、市議から『保護すべきと判断をしたのは誰か』と迫られたので『養護教諭』だと言ったという。この市議は得意気?に父親に『校長に聞いたところ養護教諭が児童相談所に連絡した』と想像できる。一体こいつらの頭脳構造はどうなっているのかと疑ってしまう。

 早速、父親は校長に対して『養護教諭に会いたい。会わせないなら校門の外で待ち伏せする』と脅しの電話をしてきたので、青くなった校長は市教委に相談したという。市教委は養護教諭を呼んで教育長も交えて緊急に話し合い、安全を考えて養護教諭を『翌日を含め2日間』自宅待機とすることにしたらしいが、こんな措置で教員の安全が保てると思っているのだろうか。

 さらに父親の親族と名乗る輩が学校に押しかけて『保健室の先生はあなたでしょう、それともあなたか』と職員室の教員らに聞き回ったので、危険を感じて養護教諭は他の部屋に逃げ、そこで警察に相談したとのことである。

 子どもが保健室に入り浸りになると、何らかの精神的な悩みを持っているのは間違いない。養護教諭として相談に乗るのは大事な任務、そこで父親からの虐待を聞いて、これはほっとけないと思ったに違いない。常識的には、養護教員が独断で直接児童相談所に電話するとは思えないから、事情を校長に報告したのは間違いなさそう。

 この養護教諭のとった措置は誤ってはいない。誤っていないどころか父親を離したのは賢明な方法だったと考えられるが、校長が『児童相談所に連絡したのは養護教諭だ・・・』なんて言ったものだから、父親は養護教諭を逆恨み。これではこの養護教諭が精神的ストレスや恐怖を感じるのは当たり前。

 以後学校を休みがちになり、最近では『自律神経失調症』と診断されて休職しているというから、これは気の毒。この先生が今後立ち直れるか心配である。最悪の場合、退職に追い込まれたとしたら身分保証がどうなっているかも気になる。

 もっと悲劇は、このことがトラウマとなって養護教諭が子どもからの相談に耳を貸さなくなること。これが最悪の事態で、児童が受ける被害は計り知れない。このような教員の存在もよく聞く話である・・・。

 この父親のように児童の保護にかかわった人の情報が伝わると、その人が逆恨みの対象になりかねないため、保護の現場では秘密保持が徹底されるのは常識中の常識、この常識をいとも簡単に校長が市議に漏らしたことが原因で、養護教諭が脅かされているなんて聞いたことはない。

 市教委も養護教諭を守ることよりも、今頃になって『学校のトップが養護教諭の職名を漏らしたことは、地方公務員法の守秘義務に違反する疑いがある』として、近く県教委に報告するという悠長さも理解に苦しむ。

 まず、校長としてやらねばならないことは父親を呼んで、虐待の事実をきちんと理解させること。市教委も校長と同じ立場で父親をきつく説諭する努力をすることである。そして、どうしても納得しない場合は『学校内への出入り禁止』という措置をとり、父親が押しかけてきたら警察権を使って排除することではないだろうか。

 こんな父親を許している校長や教育委員会の弱腰が、現在は全国的に広がりつつあるモンスタ-ペアレンツと呼ばれる、保護者達の異常な行動をはびこらせているのでは・・・。(田舎親父)

2007年12月29日 (土)

航海日記を破棄してまでも・・・

 何としてもインド洋でアメリカの軍艦に無償で油を補給するためだけの法案を、あたかも地球上の全てのテロ対策を根絶するためのとても重要だとおも思わせて、衆議院で3分2の数の力で通そうとする理由がよく理解できない。

 もう少し私のような素人でも分かるように説明しない限り、アメリカとの密約が絶対に国民に知られたら困るとんでもないものだと思ってしまうが、いかが・・・。

こんな話題はもうゴメンだと思いながらも、何とか誤魔化したいと、信じられないようなことをしている自民党と宗教政党の議員や盲目的な支持者に対して一言・・・。

 それにしてもこれらの政党の議員連中の中には、私でさえ感じるほど、こんな疑問を持つものがいないのだろうか。きっといるはずなのに、私利私欲のために口をぬぐっているのだろうが、政治家と自称しているのが恥ずかしくないのだろうかと思ってしまう。

 かなり過激な書き出しになったが、インド洋でアメリカ艦船に油を補給する活動をしている自衛隊の『とわだ』をはじめ3隻の艦船の航海日記を破棄したという事件のその後、新たに6隻もの艦船の航海日記を破棄したという話。さらに疑いも含めると105件もあるとは一体どうゆうことなのだろう。

 間違いだったとの釈明だが、そんなことはあり得ない。艦船の航海日記といえば、人間で言うと全財産と同じぐらい『大切なもの』と言っても過言ではないという。それを『間違って』、しかも6隻もの艦船が破棄してしまったとなると『よくぞまあ、子どもだましの言い訳をするものよ・・・』と呆れてしまう。

 まさに今年を現す漢字の『偽』そのもの、守屋というトンデモ売国奴がトップを勤めていたことにも呆れるが、この役所が国のもっとも重要な防衛を担っているとなると、本気で国民を守る気持ちがあるのかと思いたくなる。

 新テロ法案を何としても通したい輩達は、自衛隊の艦船が何時・どこで・どんな活動をしていたかがわかってしまうと困るのだろう。そこで航海日記の破棄などはたいしたことではないという言い訳し、インド洋で活動してきた艦船以外にも日常茶飯事の出来事だと発表したのでは・・・。だから『とわだ』の航海日記もそのたぐい・・・と意識操作。

 新聞はじめマスコミも『誤廃棄』などという言葉を軽々しく使っているところをみると陰で巨大な権力が、マスコミをも使って国民を欺いているとしか思えない。

 民主党もこの問題を正面から追求しようとしていないように思えるのは、あまり深入りしては自らに火の粉がかかってくると恐れているようだ。(田舎親父)

2007年12月28日 (金)

前方から子どもが降ってくるとは・・・

 世の中がクリスマスに酔い狂っている24日に、首都高の外環道で走行中のマイクロバスから一人の少年が突然開いたドアから外に投げ出され、後ろから走ってきたトラックに轢かれて死亡するという悲しい事件があった。

 記事によると、乗っていたのは少年サッカ-チ-ムの小学5年生を中心とした男児24人と引率役のコーチ、そのコ-チが運転をしていたというから、運転手以外に大人は一人もいなかったらしい。

 このサッカ-チ-ムは学習塾が運営しているといい、運転手はその『会社』の社員という肩書。その社長も『引地』という運転手と同じ姓とのことだから、親子や肉親で塾を経営しているのではないだろうか・・・。世間的に見てごく当たり前のようだが『塾嫌い』な私には何となくひっかかる。

 警察はバスの運転手と轢いたトラックの運転手を『自動車運転過失致死』の疑いで逮捕したとのことだが、何とも譜に落ちないことが多い事故である。

 警察が二人の運転手を逮捕したことは子どもの命が失われたこともあり、法律的に間違いはなかろうとは思うが、高速道路を走っているバスから人間が落ちるなんて考えられることではなかろう。

 まず頭をよぎった疑問は、バスの運転手はドアロックをしていなかったというが、例えロックをしていなくても、乗っている子どもが高速を走っている車のドアを開けるなんて思ってもみなかったに違い。

が、私の経験から思うに、バスの中でこの子ども一人が立ち上がっていたとはとても思えない。恐らく数人の子ども達が大騒ぎをしていたに違いない。子どもというものは周りの雰囲気によって普段とは全く違うような行動をするもので、その行動をこの運転手は容認していたのではないだろうか。

 その意味でドアロックしていなかった過失はあるだろうが、何よりも大きな原因は子どもだけの集団を狭い空間に押し込めて移動していたという事実。それを『学習塾』が行っていたということを見逃すわけにはいかない。そして、学習塾に子どもを任せっぱなしにしていた『親達』にも責任はあるのではないだろうか。

 よく土・日曜日に少年達が野球やサッカ-を楽しんでいる風景を見る。そこには必ず大人の指導者がおり、サポ-タ-役の母親達が存在する。試合になればその数は多くなり時に熱狂的な応援をしている姿を見ることも珍しくない。なのに、このバスに一人の大人が乗り合わせていなかったことが不審に思えてならない。

 この子どもを轢いたトラックは制限時速をかなりオ-バ-していたという理由も逮捕につながったようだが、高速で制限速度を守っている車など実際に存在すると警察は思っているはずがないだろうから、これは逮捕の口実になったとしか考えられない。

 新聞の見取り図などを見る限り、このバスはセンタ-よりの斜線を走行しており、トラックは左車線を走っている。どれぐらい渋滞していたのか分からないが、常識的に考えると左車線を走る車は流れに乗っていることが多く、もしこのトラックが制限速度をオ-バ-しているならば、他の車も同じようにオ-バ-していると考えられる。

 法律的には速度制限違反には違いない。そのトラックが轢き殺した事実は間違いないだろうが、人間がバスから転落するなんて万に一つも思わない運転手は、本当に『運が悪かったと』しか表現できない。

 25歳という年齢のこの運転手はこれから裁判を受けることになるだろう。そしてひょっとして過失が少ないと判断されて微罪で終わるかも知れないか、この少年の親達はかなりの確率で損害賠償の民事の訴訟を起こすはず。そして、これも間違いなく予想できることは、相当額の補償金の支払いを義務づけられること・・・。

 この子の親はクリスマスが来るたびに、この事故のこと子どもを思い出し、失った悲しみに涙すると思う時、互いに気の毒としか表現のしようがない。

 世の親達はこの事件を他人事にせず、子育ては自分の責任ということをもう一度考えてほしいものである。(杉)

2007年12月27日 (木)

100歳の父親を刺殺とは・・・

 いや凄まじい事件である。ある程度予想できたことであるし、このコ-ナ-でも何度か警鐘を鳴らしていたが、実際にこんな事件が報道されるとゾッとすると言うか、いよいよ介護の必要な高齢者を『どう扱うか』を本音で語り合うことが必要になった社会が身近に迫ってきたことを感じる。

 100歳になるおじいちゃんが、70歳のおばあちゃんに庖丁で刺されて亡くなったという事件の報に愕然とした人も多いのではないだろうか。

 私もその一人である。どういう経緯で100歳のおじいちゃんを介護しているのかよく分からないが、70歳を過ぎた老夫婦といえば自分達が生きていくだけで精一杯だろうき思うが、その上に100歳もの父親を介護しなければならない事情を放置している社会の仕組みが理解できかねる。

 このおばあちゃんは首などに複数の傷があるというから、父親を刺し殺して自分も死のうと思い詰めた犯行では・・・と推察できるが、何とも痛ましい事件である。

 両親をとっくの昔に亡くしている私が、こんなことを書くと多くの方からお叱りが返ってくるだろうが、ひょっとしてこの事件を聞いて、瞬間的にも同居するおじいちゃんやおばあちゃんに殺意を持ったことのある人もいるのではないだろうか。

まして、認知力が落ちて目を離せられないとなると、一時的に『この人がいなければ、どんなに楽になるか・・・』思うのは人間として当然。このおばあちゃんに同情を寄せる人も少なくないのではないだろうか。

 拙宅の前にも去年から特別老人擁護施設ができ、時々(家族の人だと思うが)老人を車椅子に乗せて散歩している姿を目にする。車椅子を押している人は例外なく(義務感からだとは思いたくないが)何かを語りかけているが、乗せられた老人は(これも例外なく)認知力が著しく落ちているのだろうが表情が動くことは殆どない。

 もっとも、だからこそ特別老人擁護施設に入所しているのだろうが、この施設は民間の経営でかなり高額の費用が必要と聞いている。車椅子を押している人達にはその費用をどこかで捻出できる経済的な余裕があるに違いない。

 そのような人達がそれこそゴマンといるらしく『空待ち』が多いらしい。この事実は、如何に高齢化した肉親を抱えている人で溢れているかを現しているが、金がなければこのような施設にも入れないとなると貧乏人には悲しい話である。

 最近は65歳以上を老人と呼ぶらしい。私ももう少しで老人の仲間入り、100歳まで生きられるなんて考えてもいないが、万一長生きできたとしても介護されるまで生きていたいとは思いたくはない。このことは誰もが口にすることだろうか、誰も本気で議論している様子はない。

 動物の社会では繁殖能力がなくなった親は死を受け入れるという。

 どこかの都知事のようなに、この論理を人間に当てはめる気持ちはないが、人間としての尊厳がなくなったら生きている価値がないと思っている。そして人間としての尊厳は、自分で自分のことを考える能力であるとも確信している。

 矛盾した論理であるが、私は介護されたくないと強く感じている。介護されるぐらいなら、その前に自ら命をたちたいとも思っているが、認知力が落ちてしまっては『自ら命を絶つ』という意識すら失ってしまい、結局は誰かに介護してもらわなければ生きられなくなってしまうことも間違いなさそう。

 またまたお馴染みの、飲んだら楽に死を迎えられる『ババコロリ』という薬があったとする。遺言で『自分が自分でなくなったら自ら命を絶つ』と書いておけば、誰かが『場はコロリ』を飲ませてくれたら・・・。

 こんな社会になったら良いのになあ・・・と思わないでもないが、誰が最後の審判をするのか難しいことは間違いなさそう。結局は『死ぬ前日』まで、自分で歩ける体力と認知力を養うしか老後の幸福を守ることができないようだ。(田舎親父)

2007年12月26日 (水)

インチキ宗教を警察が保証とは・・・

 神奈川県警の現職の警視が、『神世界』といういかがわしい宗教組織がおこなっていいたと思われる『霊感商法』に積極的にかかわり金儲けに加担するという、前代未聞の不祥事にいよいよ『インチキ宗教』という悪魔の陰が身近に迫ってきたことを実感・・・。

 このところ都会とは縁のない生活なので、最近増えていると言われる『ヒ-リング・サロン』という『癒しの場』がどんな雰囲気なのが全く想像できないが、何となくお香の煙と揺らめきかぐわしい香りが漂う。そして何やら怪しげな音楽でも流れているような光景が想像される。

 こんな場所でゆったりとした時間を過ごせたら、精神が落ち着くことは理解できないわけではないが、そんな場を作ることが金儲けにつながるとなるところが現代風。それだけ悩みというか精神的に追い詰められた人が多いことを現しているようだ。

 吉田という神奈川県警の警視は『神世界』という新興宗教が上部団体である『びびっととうきょう』というヒ-リングサロンと深くかかわり、このサロンを訪れた人達に対して、現職の名刺を出して会員を信用させていたという。

 確かに始めて入ったサロンで『神奈川県警警視』という名刺を渡されたら、このサロンは警察が保証し安心で安全な場所と思い込むのは人間心理・・・。その意味では広告塔役の芸能人よりも重要な役割を果たしていたようだ。

 しかし、『びびっととうきょう』の女社長に惚れ込んでいたらしいという情報もあるところをみると『インチキ宗教』というよりまさに色恋の世界。部下からせっせと金を集めてはこの女に貢いでいた、単に女の色香に狂ったバカな男の姿が見え隠れしてくる。

 記事によると、この『びびっととうきょう』のやり方は、悩みにつけ入ってヒーリングで治ると信じ込ませ、法外な価格で『宗教グッズ』を売り付ける手口だという。

 悩みに苦しんでいる人間がこんな雰囲気の部屋に連れ込まれ、ヒーリング担当のインチキ『センセイ』が意味ありげに手を動かし『気が来てるでしょ』とか『頭が痛いでしょ』などと話しかけられたら、そんな気になってしまうことは分からないでもない。

 入室前と終えた後に写真を魅せられて『むくみが取れましたね』と言われると、その気になるのも分からないでもない。そして代金を請求されるようだが、この代金が当初が1000円だったものが、次々と上がって1万円とか10万円になる仕組みらしい。なるほど心理を巧みについた戦術である。

 さらに『お守りさま』と称する札を10万円とか20万円で売りつける・・・という手口のようだ。映像を見る限り、この御札という代物は、素人が普通の紙に下手な字で何やら文字を書いたたけのもの。私には、この札に10万円とか20万円を払う心理が理解できかねるが、マインドコントロ-ルされている状態では疑うという意識さえ取り上げられているのだろう・・・。

 新興宗教やオカルト教団の共通した手口は、まず悩める人々の心を余計にかき乱し、精神的に不安定にさせてから、『霊がとりついている』とか『たたりがある』などと恐怖に落し込むのが常套手段・・・。テレビでお馴染みのでかい顔をしたオバサンがこれに類したことをのたまって、人気があるというが、それにしてもこんな簡単なからくりに『はまってしまう』人が後を絶たないとは・・・・。

 そしてその人達は、新聞やテレビで『霊感商法』などと書き暴かれると、『私も騙された』『金を取り返したい』と騒ぎだすが、後でインチキとか詐欺だと分かったとしても、一時的にも自分で信じたことは確か。取り返そうとするのはある意味身勝手、高い授業料とあきらめ二度とこんなバカな被害にあわないようにするのが良いのでは・・・と思ってしまう。

 『びびっととうきょう』という名前で気になるのは、朝鮮総連との関係で詐欺罪に問われた元公安調査庁の長官の緒方某との関係。この男が設立した不動産会社が、『びびっととうきょう』に不動産を貸して、月数百万円の利益をあげていたという事実である。

 公安庁の長官と神奈川県警の警視、公安と警察が裏でつながっているとなるとこれは何やら裏に恐ろしい企みが見え隠れする。マスコミはこの問題も、面白おかしく騒ぐだけ騒いでそれで終わり・・・?。

 そうなってほしくないが、何となくそんな結果になるのでは・・・。(田舎親父)

2007年12月25日 (火)

 今年はさほど騒がれないようだが、近年、熊や猪、鹿や猿といった野生動物が人里近くまでおりてきて、農作物にいたずらする事件が後を絶たない。

 若者が都会に去って高齢化が進む地方では、残ったお年寄りが細々と農業を営んでいる場合が多い。野生動物たちはそのような事情はもとより、収穫の時期をよく知っているらしく、明日にでも掘り起こそうと思っていたサツマイモを夜の間に猪に食い荒らされた、なんて話をよく耳にする。

 樹木の幹の皮を鹿が食べる被害も続出して、林業を生業にしている各地で悲鳴が上がっている。猿たちによる果物被害もあとを絶たない。さらに、本来ならば山奥に住んでいる熊が民家のすぐ側まで現れて、人間の食べ残した食料や保存している穀物まで手を出すようになったというニュ-スも珍しくなくなった。

 これらの野生動物たちが人間の生活圏に入ってくるようになった原因について、いろいろな人が見解を述べている。

 環境派と言われる人達の多くは、奥山に本来野生の動物たちの食料である『木の実』などが、人為的な原因で少なくなったのだから、動物たちに罪はない・・・という意見。また、ある科学者は、狼の絶滅が原因だというが、本当のことはまだよく分かっていない。

 ただ、その地で農業や林業で生業をたてている人達にとっては動物たちの行動は死活問題。何とか被害を防ごうと、電気柵などを設置しているが、農地や林地をぐるっと囲むためにはかなりの金額が必要、さらに手入れなども必要とあって、なかなか思うように進んでいないのが現状のようだ。

 それぞれの自治体も増えすぎた動物たちを駆除する対策を考えているのだが、地元の猟師の人数が激減している上に高齢化しているのでは、動物たちの繁殖に追いつかないといったところ、私も地方に行くたびにこの話題を聞くことが多い。

 一般に、鹿・猪・熊、そして野鳥など野生動物の肉を『山肉』というが、流通がないこともあって一般の人達には案外馴染みがなく、居酒屋や郷土料理店でしか食べる機会がないのが普通である。

 これら『山肉』は、煮込めば煮込むほど柔らかく、しかも独特の旨味がでることがあって鍋にすることが多い。猪の肉の鍋を『牡丹鍋』と呼ぶのは知っている人も多いが、鹿の肉の鍋を『楓鍋』というのは案外知らないのではないだろうか。

 牡丹鍋という名前は、猪の肉を上手に盛りつけるとあたかも赤身の肉の間に脂身の白がまじり牡丹の花のように見えるからだという説があるが、楓鍋というのは、明らかに花札の『こいこい』の役札である『猪鹿蝶(いのしかちょう)』の中の一枚、『鹿と楓』の絵柄からきているのは間違いなさそう。

 鹿肉は刺身が一番。私の大好物の一つであるが、最近は鹿も人間の残飯を食べるようになり、そのことが原因でE型肝炎のウイルスが鹿の体内にできているとのこと、保健所は生肉を食することを禁止しているので、このところ食べられなくなったのは残念。最近はもっぱらハンバ-グにしたり鍋にしたりして食べている。

 また、『牛肉の大和煮缶詰』と同じように、地方の『道の駅』では『鹿肉の缶詰』をよく目にすることがある。先日、北海道の浦幌で『蝦夷鹿の缶詰』を作っている人と知り合い、鹿の半値程度の価格で購入できるようになったが、これが以外に美味くビ-ルのつまみには最高である。

 ところで、花札での大役は『猪・鹿・蝶』であるが、蝶を鳥とかけてイノシシ、シカ、アイガモの肉を使った新作料理「猪・鹿・鳥(いのしかちょう)鍋」を始めたという愉快な記事を見つけた。アイガモは確かに鳥で『チョウ』と読める、考えついた人はなかなかのアイデアマンと拍手を送りたい。

 鹿児島県の観光施設のアイデアだというが、地元の猟師の人が山で仕留めたイノシシやシカ、そして市内で飼育するアイガモをふんだんに使った鍋らしい。猪と鹿の肉を同時に鍋にしたことがないので、味に一抹の不安があるが一度食してみる価値はありそうだ。

 来春まで期間限定の予約制で、8品つきで1人5000円とはやや高めだがヒット商品となることを願っている。(田舎親父)

2007年12月24日 (月)

理科専科できる教員どこにいる・・・

 オボッチャマ首相の無責任逃亡で、とっくに解散したと思っていた『教育再生会議』なるものがまだ存在しているようだ。

 その会議で『理科教育』の重要性が話題になったという報道が流れた。ことの起こりは先日この欄でも取り上げたが、昨年度の『国際学習到達度調査(PISA)』で日本が理数系で世界のトップレベルから転落したことらしい。

 この結果にショックを受けた教育再生会議の委員から『何とかしなければという』という声が上がり、小学校高学年に理科の専科教員を設置することを決めたというが、そんなに簡単に専科を任せられるほど理科に堪能な(自然に興味関心のある)教員を探し出せるのか・・・と疑問に思ってしまう。

 記事によると、教育再生会議の第3次報告として、PISAや全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で、理数系の科目や応用力に課題が多かったことを踏まえ、理科教育を中心とした学力向上策を提言するという。具体的には、小学校高学年で理科専科教員の配置を全国で進めることや、理科の授業や教科書の見直しを進めるほか、大学レベルの教育内容を盛り込んだ高度な高校の理科教材を、大学などが主体となって開発することなどとのことである。

 自然が何より大切だと思っている私には、この考え方そのものは依存がない。むしろ遅きに失したという思いであるが、大学教授をはじめいろいろな立派な肩書を持っている委員の皆さんは、今日の学校現場を『全くわかっていないのだなあ・・・』と改めて感じたことも確か。

 何度も取り上げてきたので、読者の方には『またか・・・』と言われそうだが、現在の教員養成制度、特に幼稚園や小学校のそれは、『自然』とか『科学』とは全く無関係だと言い切っても過言ではないほど、『理科的』な知識・能力の育成を無視している。

 再生会議の委員達は、教員養成大学では『理科指導法』という科目は必須になっているが、まさに『指導法』であって、自らの科学的な知識や能力を習得するなんて殆ど考慮せず、ただ『教え方』を教わる授業が、我が国の最高学府である『大学』で行われている現状を知っているのだろうか。

 そんな大学を卒業して『教員免許』を習得したら、後は都道府県ごとに行われる『教員採用試験』に合格さえすれば、教員として教壇に立つことができる。試験内容の細部は違っても、基本的には教員として必要な常識(学力らしい・しかもマ-クシ-ト方式の択一式が殆ど)と面接である。

 一応は理科に関係するような問題もあるだろうが、その程度は高校受験に必要な知識と言っても差し支えないほどで、採用試験のための一夜漬け的な『記憶』でクリアできるたぐい。当然だが『自然や』『科学』の掘り下げた知識や能力を判定するものではない。

 全員がそうだとは思わないが、この程度の『理科的知識』の教員が、小学校の教壇に立っているのが現実。そして今日の学校現場の教員は、理科はともかく算数や国語という大事な教科の授業よりも、学級崩壊にならないように子どもの生活指導や、親の言い分を聞くことにエネルギ-の大半を費やさなければならなくなっているのを、委員の人達は知っているのだろうか。

 昭和42年だったと記憶しているが、教員には専門的な知識より幅広い指導法が必要だという考え方で、全国の大学で『学芸学部』という名前がなくなり、全て『教育学部』に変更されたという歴史も、殆どの委員達は知らないのではないだろうか。

 これが国策。自然科学の専門的な知識・能力のある小学校の教員は殆ど育ててこなかったのに、ここにきて理科の専科を置くなんてまさに『夢物語』・・・。

文部科学省はこの提言を受けて、教育委員会に『小学校に理科専科を置け』という通達を出したらどうなるだろう。理科専科とは名ばかり、学級担任もできない教員や、どちらかというとあまり役立たない教員を『理科専科』にする学校が続出することは、このような通達に従ってきた歴史が証明すること・・・。

 さらに、小学校の高学年といえば全国的に『私立中学校』への受験熱が高まっている年代。受験に関係ない『理科』より、今後の生き方にあまり役に立たないとは思う知識や問題の解き方ばかりを詰め込む『進学塾』の方が関心事では、何をか言わんやといったところ・・・。

 教育再生会議のセンセイ方にもの申したい。今更取ってつけたような無責任な提言ではなく、学級の人数を最大20人程度、そして新任の教員を長期間自然豊かな環境の中でじっくりと研修させる制度・・・などと夢のある議論をしてほしいものだ。(田舎親父)

2007年12月23日 (日)

5年後の今日、異次元に突入?・・・

 昨日は二十四節気の『冬至』だった。この日を境に太陽の力が回復するという意味で、古代の人々はこの日をもっとも大切な日として崇めてきた。日本にも所謂  『冬至祭り』と呼ばれる祭りや習慣が各地に残っている。

 先日訪れた、南信州遠山郷に伝わる『霜月祭り』なども一面この影響があるだろうし、この日に『ゆず湯』に使って無病息災を祈る習慣などもその典型に違いない。

 少しこじつけになるかも知れないが、キリストの誕生日をこの時期にずらして『クリスマス祭り』としたのは、ヨ-ロッパ人というかキリスト教徒達の知恵だと思っている。

 ところで、過日友人達と一杯やっている中で『マヤのカレンダ-が2012年12月23日で終わっていることを知っている・・・』という話題になった。どこかで聞いたことがある話だとは思っていたが、こんなに身近な話題になったことは始めて、早速調べて見る価値がありそうだ・・・。

 私には詳しいことは理解できないが、マヤには長期歴と短期歴があり、長期歴の1単位の長さは1872000日(約5000年強)だという。その長期歴の一つ単位の終わりが2012年の12月23日(21日という説もある)で、翌日からは新しい暦の最初の日になるとのこと・・・。

 この話とは別に『フォトン・ベルト』という言葉がある。太陽系はアルシオネを中心に約26000年周期で銀河を回っていることは天文学で習った記憶がある。これは地軸の歳差現象と数値的に共通しており、今から13000年後には琴座の一等星『ベェガ』が北極星になるという話など夢中で議論していたことも懐かしい。

 この26000年で一回りする太陽系は、半周期ごとに強力な光のエネルギ-帯(フォントン・ベルト)を通過するらしく、この突入の日が2012年の12月23日(21日とか22日という説もある)だという。マヤの暦と一致するとは、なかなか面白い筋書きではないだろうか。

 強力なフォトン(光子)によって、人類の遺伝子構造が変化すると、一部の学者達の間で真剣に議論されているらしい。

 その学者達の話によると、この高エネルギー体に突入すると、大きな電子レンジの中のような状態になるという。まず、太陽表面が爆発を起こし放出される大量の磁力のせいで地球の回転は停止し、地球を電磁波から守っていたヴァン・アレン帯というものが崩壊してしまうらしい。当然のことながら、地球は強い電磁波にさらされ生物のほとんどは爆死してしまうというから恐ろしい話である。

 『フォトン・ベルト』を通過するには2000年ほどかかり、人類の90%は死滅するというが、10%が残るというのはちょっと不可解だが・・・。
 中には、その瞬間に『時間』止まるという説もあるらしい。『フォトン・ベルト』に近づいているので、人間には感じられないが、日毎に時間は限りなく速く進んでいるという。そう言えば、このところ一日の過ぎるのが以前に比べて物凄く速いような感じがするのは、私自身この説に知らず知らずに影響されているのかも知れない。

 今騒がれている『地球温暖化』という現象も、この『フォトン・ベルト』と関連があるそうだ。確かに、二酸化炭素の温室効果により地球の温度が上昇していると言われているが、二酸化炭素は空気中の0.03%程度、それが少し増えたからといって『地球温暖化』などというのも不思議だと言えば不思議な話・・・。太陽が何らかのエネルギーを受け、どんどん燃え盛っていると考えても、確かにおかしくはない。
 きしくも今日は天皇誕生日。秋篠宮家に男児誕生で、一時ほど『女性天皇』の是非論は陰を潜めたようだが、もしも5年後のこの日に『人類終焉の日』を迎えることになったら、そんな心配は全く不要になってしまう。

 私もあと5年ぐらいは生きられそうだが、この重要な日を寝たきりや、認知異常のアルツ状態で迎えたくない。この日何が起こるのかしっかりと、自分の『目で観、耳で聞く』ことができるためにも、毎日『桑』の効能を信じて健康に過ごしたいものである。(田舎親父)

2007年12月22日 (土)

こんな無責任男が首相や大臣とは・・・

 福田内閣の支持率が急落していると報じられているが当然だろう。国民の最大の関心事である年金の問題を、自分とは全く関係のない世界のごとく、公約違反に当たるとは思えない・・・なんてのたまっているのだから・・・。

 国民との約束は選挙が終わったらすぐ忘れてしまうのに、アメリカとの約束は何が何でも守ろうとするこの御仁の頭脳感覚は一体どうなっているのだろう。大学のお偉い先生に脳細胞でも調べてほしいものだ。

 政府の一番大切な使命が『国民の幸福』であることなど全くなく、あるのはご主人であるアメリカのご機嫌だけとは・・・。こんな人物を首相にしておかねばならないことが悲しい。

 5000万件の年金照合が進んでいない。結果的にその4割程度は行方不明のままで終わる可能性があるというから、国は一体どんな管理・保管をしていたのだろう。

 恐らく当時の厚生省・そして社保庁の幹部達は、国民から申請があった時点で考えればよいこと、そしてそれは随分先のことだから今は適当にやっていればよい・・・という信じられない姿勢があったことは間違いなさそう。

 当然、末端の担当者たちは幹部達の空気が伝わるのだから『適当に・・・』という処理方法が蔓延したのだろうと想像している。実際に実務を担当したのは下っ端役人に違いない。その意味で『社保庁』全体の責任が追求されているのだろうが、当時の幹部達の姿勢こそが問題なはず・・・。

 マスコミも『社保庁』の責任を取り上げて騒いでいるが、『社保庁』という漠然とした組織全体というより、関係してきた歴代の関係幹部達の実名を公表して、誰が何時どんな立場でこの問題に関係してきたかということを追求すべきではないだろうか。

 その問題はさておき、公的年金の受給世代にあたる60歳以上のうち、無年金の人が現時点で110万人にのぼるという推計結果が発表されたが、これもけっして見過ごすことはできない。まとめた役所が社会保険庁だから、この数字は最低であって実数はもっと多いのかも知れないと思うとゾッとする。

 しかも、60歳未満についても、今後保険料を70歳まで納め続けても無年金となってしまう人が45万人いるという。受給資格を得られる『25年加入』に届かないためというのがその理由だが、この人達は老後どうして生きていけと言うのだろうか・・・。 

 この問題にもウ-タンと揶揄されている首相やオオボラ厚労相などは、具体的な解決案を示していない。というより私に言わせれば『そんなの知ったことか・・・』という態度に(失礼ながら)、ひょっとして事と重大さに気づいていないのではと思ってしまう。

 もっと酷いのは、薬害C型肝炎訴訟に対する態度である。明らかに厚労省の怠慢でここまで被害者を放置し、救済策を取らなかったことは誰の目にも明らか。

 大阪高裁が『これは司法の限界を超えているので行政が決断しなさい・・・』と和解をすすめたので、いよいよこの問題も解決するだろうと思っていた。が、またまた示された解決案は投与された時期や訴訟の有無によって線引きするという案。これでは被害者達は納得できないのと当然である。

 投与時期の限定している人や現在訴訟をしている人には和解金を払ってこれで終り、投与時期は政府が決めた年度内でない人や、これから訴える人達のことは知らない・・・とは何たる態度だろうか。『被害者の全員救済』という一言を何故言えないのかと思うと、原告たちは失望し、和解協議打ち切りを宣言するのも無理はない。

 被害者の人達は誰も、自分達だけがお金をもらったら終わりなんて馬鹿馬鹿しい案を受け入れるはずがない。この人達の『自分達の受け取る金額が減額されてもよいから、全員の救済を・・・』という悲痛な訴えが通じないのかと思うと、こうしてキ-を叩いていても画面が涙で曇ってくる。

 『お金』でしか補償ができないのは仕方ない。そしてその『お金』は国民の税金であることもわかりきっている。本来ならば、厚生省や当時の無責任な担当責任者に支払わせるものだろうが、それは無理となると国が責任持って支払うべきだろう。今回全員救済にかかる費用を支払うことは国民も納得するはず。

 インド洋でわざわざアメリカの高い石油を買ってアメリカ艦船に無償で給油という馬鹿げたことをしなければ、この程度の費用などすぐ捻出できると思うのだが・・・。(田舎親父)

2007年12月21日 (金)

これでは『巨人軍』ではなく『狂人軍』・・・

 最近プロ野球がつまらない、という声をよく耳にする。事実、数年前にはシ-ズン中は毎日のようにどこかのテレビ局で放映していた巨人戦が、今年は殆ど見られなくなっていることから、巨人の人気が低迷していることがよく分かる。
 我々の年代は『巨人・大鵬・玉子焼き』と言われるように、圧倒的にプロ野球では巨人ファンが多いので、私はあえて巨人が負けていると面白いから見るが、現代でも巨人ファンは圧倒的だという。その巨人がここ数年低迷しているのでファン離れが進み、結局はスポンサ-も採算が合わないなどの理由で撤退、テレビから巨人戦がなくなるという悪循環・・・。
 ファン気質なんて極めて単純。巨人が毎年のように他球団から強引に引っ張ってくる選手が期待外れ、そしてここ数年は優勝から遠ざかったことが原因で『つまらない』と言い出したことに危機感を覚えたのか、あるいはワンマンの実質的なオ-ナ-の意向なのかはともかく『優勝』という厳命が下されたとの噂がまことしやかに流れている。
 真偽は別にして、優勝のためにはなりふり構わず、今年は、昨年の日本一になった日本ハム球団から小笠原選手、オリックスから谷選手、一昨年はロッテから李選手とパリ-グで活躍した選手をFCで総なめ、その執念は凄まじい。
 その成果があって、今年はペナントレ-スでは何とか優勝できたのだが、あらかじめ優勝が難しいと踏んでいたのか、パリ-グと同じように日本シリ-ズに出場するためには1位から3位までのチ-ムで争うというクライマックスシリ-ズという制度を導入した上に、優勝チ-ムに1勝というアドバンテ-ジを儲けなかったのが巨人の首脳の読み違い。中日に一勝もできず完敗。日本シリ-ズ出場の夢が絶たれたことは記憶に新しい。
 今更、クライマックスシリ-ズを止めにするとは言い出せない巨人の首脳陣はリ-グ優勝は当然、日本一になるためになりふりなど構っていられないとばかり、こんどはセリ-グで活躍した外国人選手を強引に集める作戦は『巨人軍』ではなく『狂人軍』と表現したくなる。
 外人達の狙いは『カネ』のみ。契約金や報酬さえ積めば、確実に集まることは誰もが知っていることであるが、その『カネ』にあかして横浜のセ-ブ王のクル-ンやヤクルトの最多勝投手のグライシンガーなどを獲得、その上ヤクルトで大活躍していたラミネスまでさらってしまったとなると、これで本当に良いのだろうか、プロ野球の健全な経営ができるだろうかと考えさせられる。
 野球のことはまったくの素人の私が感じることなので的外れかも知れないが、こんな強引な方法で有力選手を集めることを続けていれば、現在巨人に在籍している選手達のやる気を奪わないのだろうかと心配になって来る。
 詳しいことは分からないが、これらの選手が来年度レギュラ-位置に座ると、日頃から努力している若手は出場の機会さえ奪われるだろう。毎年のようにドラフトでは高校生の有望選手を獲得しているのに、ほんの数人の投手をのぞいて、野手が全く育っていないことも、このあたりに原因があるのは間違いなさそう。
 しかも、これら外国人選手に払う契約金などの額が信じられないほど巨額。これでは巨人の日本人選手のやる気はますます落ち込むのではないだろうか。また、『カネが全て』という考え方が当然となったら、今年活躍した選手がより桁違いな契約金を手にできる大リ-グへの移籍を希望するのは無理がない。
 巨人ばかりか阪神や中日も、結果はともかく『カネ』の力で有望な選手を集める手口は変わらない。これではこれらの3球団と、広島・横浜・ヤクルトの3球団との戦力の差は歴然、来年度のペナイト争いは決まったようなもの・・・。だとしたらますますファン離れが進むと思うのだが・・・。
 巨人に移籍した選手達に怨みはない。ないが、できればこれらの選手達が何らかの理由で不振に陥り、活躍しないでほしいと願わないでもない。
 日頃から努力している選手達の活躍で『優勝』したら、首脳達の考え方が代わるのかも知れない・・・、とアンチ巨人らしからぬことを考えているが、獲得してしまえば俺のものという態度で、有望な若者達を育てようとしないこの球団では(残念で悲しいことであるが)彼らが活躍したとしてもその場限り・・・・。
 他球団のより有力な選手をまたまた強引に入団させる体質は変わらないだろう・・・な。(田舎親父)

2007年12月20日 (木)

迎撃ミサイルの実験成功も何か・・・

 先日、防衛省が発表した、ハワイ沖で行った『海上配備型迎撃ミサイル(SM3)』の実射実験の様子を公開した映像に、何となく『?』を持ったのは私だけだろうか。

 まず実験の時期があまりにもタイミング良すぎる。防衛省の汚職疑惑がどこまで広がるのか不透明な上、福田首相があまりにも無関心を装い、ただただ『人の噂も75日』と思っている姿がミエミエのこの時期とは・・・。

 しかも、今国民がもっとも関心を示している年金問題に対しても、参議院選では最後の一人までと絶叫したことをすっかり忘れて、照合ができないことが判明すると『たいした問題ではない・・・』とか『公約に当たらない・・・』なんて言い出し、世論から激しい批判を受けているこの時期とは・・・。

 情報漏洩が問題になっている海上自衛隊の『イージス艦』。そのイ-ジス艦の一隻である『こんごう』からSM3が炎を上げて発射される場面は確かに迫力がある。

 標的となった模擬の中距離弾道ミサイルの発射など地上の映像に加え、大気圏外で標的のミサイルをSM3で迎撃する瞬間も生々しく、迎撃した映像は『間違いなく成功』。いよいよ我が国も『ミサイル型戦争』に対する防衛力ができたと思わせるもの・・・。

 ただ、この映像は何か釈然としない。素人の私には、実際のミサイルを想像することは難しく、まして迎撃の瞬間などどうなるのか・・・さえ全く理解できないが、今回公開された映像が『作られた映像』のように思えてならない。

 この程度の映像ならば、現在のコンピュ-タ技術を駆使すれば、作ることなどさほど難しくあるまい。防衛省が実験そのものを架空に作り出したとは思えないので、迎撃実験は実際に行われたとは思うが、成功したかどうかとなると怪しいものだ・・・という気持ちが先にたつ。

 実験に使う一発のミサイルは20億円とも言われている。打ち落とされるミサイルも同等の金額だろうから、準備なども含めると『たった7分間』のこの迎撃実験には60億以上の巨費が投じられたことになる。

 迎撃用も打ち落とされるミサイルも全てアメリカ製。複数の軍需企業からの激しい売り込みがあるというが、守屋などという売国官僚が売り込み先の企業から膨大な賄賂をもらって決めているとなると、その費用が適正なのかどうかも怪しいもの・・・。

 アメリカの軍需企業にとって日本は最高のお客さま、間違っても実験で失敗などさせてしまったら大変なことになる。いい加減な機種選定をした防衛省の幹部達としても失敗は絶対に許されない。となると、結果はともかく、あらかじめ作られた映像を流して『成功』をアピ-ル。

 国民に『この迎撃用のミサイルさえあれば、国の防衛は大丈夫』と思わせる効果を狙うと同時に、マスコミに『成功、成功・・・』という記事を書かせて、防衛省の汚職体質疑惑をそらせるという狙いもあるのでは・・・・。

 早速防衛相は『わが国の迎撃システムの信頼性が大きく向上した。今後もシステム整備を鋭意進めたい』と、すっかり疑惑のことなどなかったような発言。

 もっと気になるのは、今回の実験も含めて『迎撃システム』そのものの殆ど全てがアメリカの技術だということ。敵国(北朝鮮?)のミサイル発射情報も、米国の早期警戒衛星に100%頼っているのが現実では、日本防衛というよりアメリカの防衛戦略の中に組み込まれたものと言っても差し支えないのでは・・・。

 集団自衛権など難しいことはよく分からないが、アメリカに全ての防衛を任せて、基地問題なども含めて言いなりに巨額の費用を支払い続けて現実(だからこそ汚職体質がはびこるのだろうが)をもう一度見直し、『国防』そのものの議論をしなければならない時期にきていると思うのだが・・・。(田舎親父)

2007年12月19日 (水)

アメリカ波の銃世界の到来・・・

 いよいよ日本は物質的だけではなく、精神的にもアメリカに支配されるようになってしまったらしい。長崎で起きた、許可を得て持っていた銃の乱射事件で感じたこと。

 第一印象は、やはりきたか・・・。まさにアメリカ社会そのもののような事件、まさか国内で起こるなどとは考えられなかった、というのが関係者の共通した気持ちだろう。このような事件は過去の例をひもとくと、同様な手口が連続するのが特徴。(恐ろしいことで、想像したくないが)近い将来同じような事件がおこるのではないかと危惧している。

 最近、銃を使った犯罪の多発が目立つ。先日も、父親が自分の所持するライフル銃の手入れをしていたところ、幼い兄弟が銃でいたずら暴発して弟が死亡するという悲しい事件が起こった。これは、実弾を装着したまま部屋を留守にしたという父親の不注意だと報じられたことは記憶に新しい。

 この事件は、父親が医師だという経済的に恵まれた『家庭内の事件』だと受け止められているせいか、それほどセンセ-ショナルな扱いはなかったので、今回事件とは全く共通する背景はないと考えられがちであるが、許可を得て持っていた銃が関わっていることでは変わりがない。

 最近では殆ど見かけられなくなったが、数年前には休日に限らず迷彩服に身を包んだ一団が近くの森で『戦争ゴッコ』をしている光景をよく目にした。若者達の遊びだけかと思いきや、結構年配の男達も混じっていることに驚いたものだ。疑似弾使っているので殺傷能力はないものの、流れ弾に当たりたくないという心境が働き、この連中が遊んでいる近くを通るときには注意したことを思い出す。

 いい年をした大人でも、西部劇のヒ-ロ-になったつもりで『銃』を構えて悪者をこらしめる。あるいは弾に当たっても絶対に死なないという保証のもと、銃をぶっ放す快感がこのような遊びに走らせるのだろう。

 私にもその気持ちは理解できないことはない。職業としている漁師や射撃というスポ-ツとしての銃の所有はともかく、一般人には本物の『銃を持つこと』が何となくステ-タスな気持ちになっているだろうということも分からないこともない。

 現在、国内には37万丁もの散弾銃やライフル銃が所持されているという。銃の所持は許可制だがその審査はかなり甘く(私には窺い知れないが)申請したら、だいたい許可が許されるというから驚く。しかも許可制というのは、持っていることに対して他人が口をはさめないシステム、当然取り締まりも難しいことは想像に難くない。

 今回の事件を起こした犯人は、一応許可を得ていたらしいが、その銃を持ち出して近所を歩いていたというから、これはどう見ても普通の感覚ではない。(本当だとしたらとんでもないことであるが)住民からの通報もあったというが警察は根本的な対策を怠っていたらしい。通報があった時点で警察がこの男から銃取り上げていたら二人の命はなくならなかったはず。

 恐らく警察としたら、許可を出した以上『取り上げる』のはトラブルの発生は間違いないので、そのラブルを避けていたのだろうが、代償が大きすぎる。

 アメリカでは銃規制を求める声と『銃を使って人間を殺すのは人間であり、銃規制よりも教育が重要』というライフル協会に代表される銃規制反対派との論争が続いているという。日本でも同じような論理を展開する輩も多いだろうが、銃の所持がアメリカの歴史と大きく関わるからであって、日本では全く当てはまらない。

 再び同じような事件がおきる前に、職業として人達以外に所持している銃を一度全ての銃を取り上げるという大ナタを振るう必要があるのではないだろうか。その後、銃の所持のあり方を検討するべきだと思うがいかが・・・。

 それにしても、馬込という37歳の犯人。まともな職にもついていないのが気になる。この男に何丁もの銃を購入できる稼ぎなどあったとは当然思えない。恐らく、親が銃も車も買い与えたに違いないとなると、両親の責任は本人以上に重いと断言しても間違いではないだろう。

 法律的には(残念ながら)こんな無責任なこの親を罰することは難しいだろうが、自殺したからそれで終わりというのでは、殺された人達が浮かばれない。銃の規制を論じる(田舎親父)

2007年12月18日 (火)

こんどこそ間違わないでほしいもの・・・

 しばしの休載を陳謝。久しぶりの話題は、大阪を代表する食文化のお好み焼きやたこ焼きの値上げが始まっている、とのニュ-スについて・・・。

何度も取り上げているが、バイオエタノール需要の拡大や原油高が原因で、小麦粉はもとよりマヨネーズや天かす、タコなど魚介類の値上げが相次いでいるからだという。

 大手のお好み焼き店はすでに先月末から値上げを始め、大阪では大手のたこ焼きチェーン先日から値上げに踏み切っているという。大阪地方ではお好み焼きやたこ焼きは庶民の味としよく知られているので、大阪人の今年の年末は世知辛くなるのでは・・・。

 業者達はこれ以上の値上げは客足に影響するのでできず、かといってこのままでは経営が成り立たず、といった悩みが続いているそうだが、国内の食材でさえガソリンの高騰の影響で軒並みに値上がりしている現状では、打つ手もないのでは・・・。

 本来ならば相手を蹴倒しても・・・という大阪商人の根性も、このままでは行き詰まってしまうことは確実、そこで同業者同士で食材の共同仕入れを検討するなどの対応策も練っているそうだ。

 『上方お好み焼きたこ焼き協同組合』という組織があるという。そこが窓口となって 食材の納品業者を絞り、共同で大量に仕入れることでコスト削減を狙っているらしいが、食材の納品業者としたら選ばれなかったら死活問題、かといって選ばれたら値段を叩かれるのでは、たこ焼きやお好み焼き業者より悲鳴は大きいものになるに違いない。

 お好み焼きやたこ焼きの値段に大きく影響しているのが小麦とマヨネーズや天かすなどの食用油を使う食材の値上げであるが、殆ど100%といって良いほど外国に頼っているのでは、対策の妙案などあるわけがない。

 小麦の大輸出国であるオーストラリアは今年は千年に一度という大干ばつに見舞われ、小麦などの農産物に対する影響が深刻で、国内でも値上がっているというから輸出に回す小麦の量が激減しているらしい。当然のことだが、国際取引の価格も高騰、半年間で2倍以上にもなったというから、これからの先行きが心配である。

 一方食用油は、アメリカやブラジルなどの大量供給諸国がトウモロコシやサトウキビを原料とするバイオエタノールの需要拡大で転作する穀物農家が相次ぎ、油の原料となる大豆の国際価格が上昇しており、ここ3年で2倍以上の値上がりというのでは、これらを使う食品の値上がりはこれからも続くだろう。さらに、ガソリンの値上げの影響で包装資材や輸送費も上がっているというから、これから先一体どうなるのだろう・・・。
 大阪には、お好み焼きやたこ焼き店が約5000店あるらしい。大手の業者は下請けイジメで何とか凌げるかも知れないが、中小というより個人経営ではとても難しい。何とか大阪の庶民の力で切り抜けてもらいたいものである。

 その大阪だが、現職の知事が『カネ』の問題で、政党からの推薦を受けられず立候補を断念したというニュ-スに、良識が会ったのだと歓迎したが、次期知事候補の選定で大混乱、自民党などタレント顔負けの弁護士を担ぎ上げるという。

 老婆心かも知れないが、数年前のお笑いタレントが知事になって、大阪のイメ-ジを落したことを忘れて欲しくないもの。自民党がただ勝ちたい一心で担ぎだしたタレント候補だということを重く受け止めてほしいと思っている。

 大阪府民が再び、何も考えず人気投票的な感覚で選挙に挑んだら、今度こそ本当に立ち直れないほど、東京に水をあけられるのではないだろうか。(田舎親父)

2007年12月14日 (金)

今年を現す漢字『偽』に納得・・・

 今年の世相を表す漢字は『偽』だそうだ。

 日本漢字能力検定協会が全国から公募した『今年の漢字』が先日『清水寺』で発表されて、清水寺の貫主が巨大な和紙に太い筆で一気に『偽』の字を書いた、と報じられた。

 去年の『命』、一昨年の『愛』からみると、あまり歓迎したくない漢字であるが、今年一年世の中を騒がした、ミ-トボ-ル・白い恋人・赤福・マクドナルド・吉兆などなど、次々と発生する食品の『偽装』には、ある意味言い得て妙、実によく世相を反映している。

 何でも、郵送やインタ-ネットで応募した9万通ものうち、約18%が『偽』という。二位以下も『食』・『嘘』・『疑』が続くというから、庶民は『何を信じたらよいか、わからなくなった1年・・・』という激しい怒りの現れなのだろう。そして『来年こそは・・・』という淡い期待を込めているのでは・・・。

 貫首の『こういう字が選ばれるのは、誠に恥ずかしく悲憤に堪えない。分を知り、神仏が見ているのだと自分の心を律してほしい』とのメ-セ-ジが掲載されているが、その通り。全ての人が『世のため人のため・・・』という気持ちを持つのは難しいとしても、せめて『騙してまでも、カネ儲けがすべて・・・』という考え方に凝り固まってほしくない。

 この『偽』という文字で絶対に許されないのが、厚労省の年金問題。最後の一件・一人になるまで年金の行方を来年の3月までに解明する、と言ったのは誰だったのだろう。

 選挙の公約としてかかげたのは自民党と宗教政党、特にマスゾエという御仁は、誰が考えてもできないことがわかりきっているのにも関わらず、自身満満で『俺はやるぞ・・・』と大見得を切ったのはつい最近のこと・・・。

 それが舌の根も乾かないうちに『あれは選挙のために言ったこと・・・』とのたまい、追求された福田首相に至っては『公約違反と言うほど大げさなものかな』との発言は、国民を愚弄しているとしか表現できない。

 陰でウ-タン福田と呼ばれる首相は、誰かから『あれはないよ』とでも注意されたらしく、翌日には『公約でどういう風に言っていたかが頭にさっと浮かばなかったから、「公約違反」というような大げさなことではないのではないかと発言してしまった・・・』と言い出す始末。

 与党の総裁たる人物が選挙の公約を知らなかったなんて信じられないが、このウ-タンさんは選挙時には首相なんて頭になく、誰かに担ぎ上げられた・・・と考えると、公約など『我関せず』だったことも分からないでもない。が、だとすると、自民党の総裁なんていい加減な手段で選ばれると考えてもよさそうだ。

 そして取ってつけたように『年金問題は非常に大きい問題で、言い訳を言っていることができない。必ず着実にやっていく・・・』とはみっともないこと甚だしい。

 食品の『偽装』は消費者が知って『買わない』ことで当面はしのげるが、選挙の公約に掲げたものが『できなかった』で済むわけがない。5000万件の行方不明の年金を探し出すことなど誰が考えても無理なこと、それを『公約』にかかげたこと事態、最初から国民を騙すこと。これこそ『偽装』と言う以外適当な言葉が見つからない。
 最近はテレビで地位のある人達が数人そろって頭を下げるシ-ンが当たり前になった。とりあえず謝っておこう・・・という程度だとは思う。誠意のかけらさえ感じないことが多いのも確かであるが、それでも一応は『ゴメンナサイ』という言葉は出る。

 ところが、マスゾエというカメレオンは、『選挙のスローガンだったという発言は取り消して謝罪しなさい』と迫られると、『いろんな発言や表現で真意が伝わらなかったことは大変申し訳ない』と言いながら『「やってみないと分からないので、全力を挙げますということだ』と開き直おり、最後まで『ゴメンナサイ』が出なかったことは、この男の持つ無責任でご都合主義的な体質をよく表している。

 国民を騙しながらアメリカには『ハイ・ご主人さま・・・』では、誰のための政治なのか、何のために政府が存在するのか、自民党と宗教政党、そして内閣の存在価値そのものが曖昧になってきたようだ。(田舎親父)

2007年12月13日 (木)

和田中の精神はどこへ・・・

 月曜日から長野県飯田市の旧南信濃村の『遠山郷』と呼ばれる木沢という集落の『霜月祭り』を見学、翌日は天候があまり良くない中で、現地の友人の案内で『天空の里』と呼ばれる下栗地区の民宿『宮下』で、山の幸をふんだんに御馳走になり、夜は私が日本で最高の民宿だと自身を持って推薦できる『島畑』という宿で、これまたこんなに美味しいものがあるのかというほどの御馳走になった。

 また連日、近くにある『神楽の湯』という温泉に浸かり、素晴らしい天候になった昨日は、友人は我々をもう一度下栗地区に案内、南アルプスの『聖岳』を中心に3000メ-トル級の神々しいまで姿を崇めることができた。

 行く前には、また私のホラ話だろうと軽く考えていた同行の友人達は、見て体験して大満足。異口同音に『すべて最高』と絶賛、来年は『遠山詣をするだろう・・』とのこと。少しは私の株も上がったようだ。このあたりの旅行記はいずれ紹介する。

 さて、『霜月祭り』に出かける前日、日曜日の新聞の一面トップに、横書で『夜の公立中 塾が受験講座』という見出しが目に飛び込んできた。

 杉並区の和田中学校で来月から、大手の進学塾の教師が夜間に和田中の教室を使って在校生に『月謝半額』で進学のための受験指導を行うという。『えっ・・・』と思い、その日に私なりの考えを掲載しようと思ったのだがちょっとまとまらない。まとまらないまま、遠山郷に出かけたので今日になってしまった。

 和田中といえばリクル-ト出身の藤原校長が次々とユニ-クな実践で人気を集めていることはつとに有名。保護者やPTA役員経験者、あるいは教員志望の学生達が大勢集まり『地域本部』というボランティア組織を作り、彼の経営方針を全面的にバックアップしていることはよく知られている。しかもこの組織の活発な活動が地域で認められ、ますます和田中の存在を世間にアピ-ルしていると聞く。

 特に土曜日の補習は有名で、学校と協力して単に知識の注入だけではなく、読解力や応用力を育てることに重点を置いていることはよく知られている。

私も何度か彼の話を会場の隅っこで聞いたことがあるが、自信満々の話っぷりが印象に残っている。彼の話題が出るたびに(区教委が彼だけを特別視しているのだろうが)彼を超える発想を他の校長がどうしてできないのか歯痒く思った記憶も蘇る。

 私は以前から、公立の学校が子どもの授業のためだけに占拠している現状を批判している。あれほどのスペ-スを、全く授業とは関係ない夜間や土曜日・日曜日に施錠して住民の立ち入りをかたくなに拒否しているシステムに憤りを持っているからだ。

 月曜日から金曜日までの午前8時から午後6時までは、子どもの授業に使うことは当然だが、夜間や土・日曜日などは住民が住民の責任で『地域の人達による運営委員会』が管理・運営し住民が利用できるようにしなければならない、というのが基本的な考え方。

 その意味で、和田中の『土曜日補習』などは評価している。が、今回夜間に進学塾が有料で『受験のためのテクニック指導』ということには、ちょっと違和感をおぼえてならない。

 夜間に『学習の遅れている子ども』を、地域住民が補習するのならいらしらず、月額2万円弱の授業料をとって、塾の教師が指導することには『ちょっと待ってくれ・・・』という感じ。

 しかも、その授業に参加できるのは選抜テストを合格した生徒に限るとなると、ますます子ども達の間の格差観を増長するものではないだろうか。一応校長はじめ学校の教師達は関わらないとのことだが、容認していることには変わらない。一般住民から見たら、学校と塾が結託している以外なにものでもないだろう。

 藤原校長は来年3月で任期満了だというが、最後になって『進学のテクニック』を塾の講師に委託するのでは、普段から考えることの必要を説いていた『よのなかか』という授業の精神を放棄するものではないだろうか。

 このあたり、和田中の今後を見守りたいと思っている。(田舎親父)

2007年12月 9日 (日)

怒れ 座間市民・・・

 防衛省の汚職体質は底無し沼のようだ。この世界は『国家機密』が大前提。戦前は死の商人と言われる武器商人と軍部との癒着が当たり前、その体質が防衛省の幹部や防衛族議員と呼ばれる輩に引き継がれているのだろう。

 少し前まで大騒ぎしていた米軍の再編成の問題。最近マスコミが取り上げないので、すっかり忘れ去られたような感じがしないでもないが、受け入れない自治体には補助金を一切出さないなんて、金で横っ面を引っぱたくような『最低の汚い方法』で、言うことをきかそうという態度に憤りを感じる。

 政府には何が何でもアメリカの言うことをきかねばならない事情があるようだが、国民の前に明らかにできない事情はなると、これは一体何なのだろう・・・。

 沖縄ほどまでではないが、神奈川にも多数のアメリカ軍が占領している基地が多い。特に厚木基地などは、空母の艦載機の発着訓練の際などは、猛烈な騒音で周りの住民達は夜も寝られない状況。

 なのに、政府は住民の訴えを無視し続けて、解決に向けての交渉も殆ど行っていない様子。しかも、厚木基地に限らず全ての米軍施設に雇用されている日本人従業員の給料はおろか、維持管理のための指費用まで国民の税金で賄っているのは、例え日本の防衛を一手に引き受けているという大義名分を認めたとしても、素直には納得できかねる。

 今回の再編では座間の基地を『キャンプ座間』と名称を改め指令本部置く計画だが市側は大反対。それに引き替え相模原は条件付きらしいが賛成しているという。この様子を見た政府は、カネの力で座間には補助金がつけないが、相模原にはかなりの金を回すという分断作戦・・・・。

 相模原は周りの町村を合併統合、政令都市の制定を狙っているとかでカネが必要なのだろうが、議会も政府案で賛成、多額のカネもついて万々歳・・・とは情けない。

 このようなタイミングで、相模原市議と市の幹部達が、こともあろうに米軍キャンプの中のゴルフ場でのんびりプレ-を楽しんでいたというから、座間市民の胸中は怒りで燃え上がっているのではないだろうか。

 相模原市も一応は基地の返還を求めているというが、議員連中は自分達を特別扱いしてくれる米軍の誘惑に、罪悪感など全くなくウハウハしているのでは・・・。この輩は選挙運動では『基地返還』を建前にしているが、当選してしまえばこちらのものとばかり、米軍からはゴルフ場の提供、政府からは機密費、と勘繰られても仕方があるまい。

 まして局長という市の幹部までも一緒になっているということは、市にはどうしても基地を返還してもらいたいという意思などないのではと思われても当然だろう。事実この局長の処分は、市長の口頭訓告というゴミのようなもの。市長もあらかじめ示し合わせていたのでは・・・と思いたくもなる。神奈川県人として悲しくなる。

 気分転換(前から決まっていたのだが)に、明日から飯田市南信濃町遠山郷で行われている『霜月祭り』に出かけることにする。この祭りは夜を徹して行われる『湯たて神楽』で、日本古来の様式を持つ伝統行事。宮崎駿さんの名作アニメ『千と千尋の神隠し』のモデルなったことでも知られている。

 霜月(現在の12月)に遠山郷の13の神社が次々と行うこの祭り、今回は木島という集落の八幡神社での祭りの様子を間近で観るのだが今から楽しみである。

 その祭りのことは後日紹介したいと思っている。(田舎親父)

2007年12月 8日 (土)

やっかみ議員の醜さには・・・

 タレント時代の知名度を最大限活かして宮崎を宣伝する東国原知事が、就任以来精力的に飛び回りいろいろ話題を振りまいている。私個人としてはあまり好きなタイプではないが、故郷の活性化のためなら何でもやるぞ・・・という態度はなかなかのもの。

 特産品に自分の『顔シ-ル』を貼って、安全と美味しさを証明するなどは、知名度がある彼だからできることで、他の知事ではまかり間違っても絶対真似のできないこと。当然のことながら、いろいろな分野からやっかみも含めて批判も多いと聞く。

 事実、『顔シ-ル』の認可・広報を任されていた人物がそれを悪用、自分の懐を温めることばかりに腐心した結果、中国産のウナギにも宮崎県特産とか中身がブロイラ-なのに地鶏表示いう悪質な事件を引き起こしたのは彼の脇の甘さ・汚点であろう。

 決して許されることではない。ないが県民の多くは、新米知事の彼の周りには信頼できる人物が見当たらなかったので、ついついついつい友人を頼った結果だと理解しているらしく、県内ではその後の騒ぎは納まっている・・・ようだ。

 先日この御仁が『徴兵制』が必要だと発言したという大きく報道された。戦争を前提にしての言葉ではなく、最近の若者のモラルの無さに対して『軍隊』のような規律ある組織の中で生活する必要・・・という意味での発言だったことは私にも理解できる。

 事実『軍隊』のような組織に限らず、『お寺』でも・・・とも発言していることから、規律ある団体生活が必要というところにその真意があるのだろう。

 しかし、あの戦争がトラウマになっている日本人にとっては『徴兵制』は禁句。たちまちいろいろな方面、特に平和主義者や人権派の人々は憤り狂って大批判。知事はここまで問題が大きくなるとは考えてもいなかったらしく、批判をかわすために前言撤回の上『謝罪』と大々的に報じられた。

 そこで済ませればよかったのに、まだまだタレントの意識が働いているものだから、上辺を誤魔化す術などないらしく、自分の考えとして『道徳観を養成するため若者に強制的に農業を体験させる』ことの必要性を語り、そのことを表現するために、今度は『徴農制』などとの発言。

 私的にはなかなか味のある発言と評価したいが、これが知事のやり方に批判的な田舎議員の癇に触ったらしく、社民党の議員から『不適切』と発言撤回を求めたとのこと。知事も議会を敵に回してはと思ったのだろうが(本心ではなかろうが)一応『不適切だった』と陳謝したという。

 日本は言霊世界である。だからだろうが『徴兵制』はともかく『徴農制』にしろ何にしろ、ともかく『徴・・』という言葉は『戦争礼賛』につながると考え方があり、『憲法違反』とまで批判する部隊が存在する。議員達は人気商売なものだから、自分とは少し考え方が違っても、反対しておかねばとなってしまうようだ。特に田舎議員は人気知事にやっかみがあるので大変・・・。やれやれ知事もご苦労なことである。

 『徴農制』という言葉が適切だったどうかは別にして、知事の『農業の大切さ、食の大切さを勉強してはどうか、教育のカリキュラムに入れることも考えるべきではないかという趣旨』という釈明は耳を傾ける価値がある。

 私は『田舎が元気でなければ この国の未来はない』という考え方を祈念理念に持って活動している。農・林・漁業がしっかりと確立してこそ、国が栄えると心のそこから信じ地方が過疎と高齢化で元気が無くなっていく様子を心から憂えている。

 知事を批判している議員も、こんなことで知事を追い込むのではなく、一緒になって農の充実を考えようとしてほしいものである。まして知事に迫ったこの議員の『訂正すれば済むという問題ではない・・・』という発言はいただけない。

 では『どうすれば納得するのか・許せるのか』ということを、はっきり示すべき、でないと『謝罪しても撤回しても済む問題じゃない』となるとどうすれば・・・と悩む知事の気持ちもよく分かる。

 繰り返すが、私も『徴・・』という言葉はあまり好きではない。その意味で安易に使っているこの御仁の感覚には首を傾げたくなるが、議員たちも単に知事の揚げ足を取るのではなく『謝罪』したことを評価し、地方を活性化する知恵を出し合ってほしいものである。(田舎親父)

2007年12月 7日 (金)

無謀自転車が激増しているが・・・

 渋谷は坂道の多い町である。極端に表現するなら『平らな道はない・・・』と言っても過言ではないほど坂道の連続。NHKでお馴染みのJR渋谷駅前はそのすり鉢の地形の底に当たる。その渋谷駅前に、神宮外苑から降りてくる道が『宮益坂』である。

 半月程前、その宮益坂の交差点の横断歩道を歩いていた75歳の婦人が自転車ではねられて死亡するという事故が報じられた。自転車に乗っていたのは40歳の会社員の女性、下り坂でブレ-キが間に合わなかったのだろうが、宮益坂の横断歩道というと信号機がついているはず、まさか赤信号で老婦人がわたるとは思えないから、この女性が信号無視・・・・?。

しかし記事には、死亡事故をおこしたのだから、例によって『業務上過失死』という(自転車に乗っていることが業務?)罪状で逮捕が普通なのだが『乗っていた女性から事情を聞いている』という表現、ひょっとして老婦人の方が赤信号を無視していたのかも知れない、ということもあり得る。(高速道路を逆走するボケ老人の話題が最近多いので、この老婦人の信号無視も可能性として十分考えられる)

万一そうだとしたら女性会社員は、まさか年寄りが赤信号を無視して横断しているとは考えないはず。前方の確認など何のその、かなりのスピ-ドで下り坂を突っ走り、老婦人に気がついた時にはすでに遅く、そのままドカン-という構図・・・かもしれない。

この事故の処理がどうなったのか続報がないので分からないが、結果として相手の過失が大きく『無罪放免』だったとしても、この女性は気持ちの上で『人を殺した』という罪の意識に一生苦しめられるのではないだろうか。

それはともかく、最近の自転車の無謀さは目に余る。歩道を我が物顔で人が通っていてもスピ-ドを落とさず突っ走るのは当たり前、中には携帯片手に大声で話しながら走る自転車もまれではない。圧倒的にこのたぐいは中高生に多いが、最近は女性(しかも中年以上)の姿すら稀ではないというから驚きである。

自転車の場合、自動車や二輪車と衝突して自転車に乗っている人が怪我をしたり死亡する事故が断然多いが、渋谷での事故のような、自転車が歩行者と衝突し、歩行者を負傷させたり死亡させてしまう事故が、最近4年間だけでも、全国で約2千5百件弱も発生しており、その傾向は年々増えているとのことである。

法律的には自転車は『車両』扱い、本来は車道を走るのがル-ル。法律通り『自転車の歩道乗り入れ禁止』とすれば、歩行者(特に高齢者)にとっては大いに助かるだろうが、車の運転手にとっては大災難。よほど運転手が細心の注意を払わなければ、それこそ事故の数は天文学的数字になることは間違いない。

運転手側からいうと『頼むから車道を走らないでくれ・・・』というところ。そのあたりが歩道を走っても良いという暗黙の了解になっているのだろうが、ここまで事故が増えた今日では自転車に乗る人に『自転車は車両だ』という意識をよほどしっかり植えつけないと、歩行者は安心して歩道を歩けなくなる。

多くの人にとって自転車は必需品であることは十分理解できる。できるが、ここまで自転車のマナ-が悪くなってしまっては、改めて『自転車は車両』だということを徹底的に意思気づける広報活動と同時に、取り締まりと罰則強化が必要なことも同様。しかし、自転車の違反の取り締りまで現在の警察官に任すのは数から言っても無理な話。

 自転車にもナンバ-プレ-トの取り付け義務や、免許制度の導入するなどのアイデアが浮かび上がっているというが、そんなこと実際に行うとなると喜ぶのはまたまた『金盲者』ばかり、ますます格差が拡大するのも明らか・・・。

そこで一つの提案だが、被害者が加害者を相手取り民事裁判をおこす費用を公的に負担するシステムを作った上で、自転車事故の『続報』をマスコミが必ず大々的に報じるというのはいかがだろう。

『以前報道した事件で、加害者は懲役何年という刑事責任と同時に民事賠償を数千万円支払うことになった・・・(賠償金の取り立て公的な機関で確実にやることが前提)』などと新聞やテレビで流したら『事故を起こしたら大変なことになる・・・』という意識が芽生えるのではないだろうか。(田舎親父)

2007年12月 6日 (木)

理科の応用力低下と騒いでいるが・・・

 昨日の朝日新聞朝刊の一面に『応用力 日本続落』という段抜きの見出しに、いまさらながら我が国の子ども達の学力低下を驚き嘆く人も多かったと思うが、反面今更と思った人も少なくないのではないだろうか。

 かくゆう私もその一人。『数学6→10位 科学2位→6位』との白抜きの見出しにも特段驚きはない。問題の全てを見たわけではないので、詳しい分析などできるわけはないが、丸暗記した知識の量が『学力』だと考え、その方向で教育行政を行っている文部科学省のシステムでは当然の結果だろう。

 OECD(経済協力開発機構)という組織が、世界の57ケ国の15歳の子どもを対象に国際的な学習到達度調査というものを行ったそうだ。このテストは『PISA』と呼ばれ、単なる知識の量ではなく、その知識を実生活の中で使えるかを調べることに主眼があるという。今年で3回目。その都度我が国の順位が下がっているというから、文部科学省としては捨ておけないと大騒ぎしている姿が目に浮かぶ。

 この話題は、理科の応用力が2位から6位に落ちたという情報が入って先月末にも取り上げたが、これ程までにマスコミが取り上げるとは正直思わなかったので、『また同じこと・・・』と思われることを覚悟の上で、あえて改めて私なりの考えを述べてみることにしたい。

 対象は15歳、日本では高校1年生になる。基本的には中学校殻の内申書とそれぞれの高校の入学試験を合格してほっとしている年齢。ある意味、時期的に今回のテストの対象者にとってはあまり嬉しくないタイミングではなかっただろう。

しかも、入試そのものが科学的な知識理解より、公式を使っての計算や漢字の読み方、言葉の意味をおぼえること、あるいは過去のテスト問題を元にした塾が作る模擬テストで点数を稼ぐことを主眼にしているのでは、この結果も当然・・・である。

 紙面に、二酸化炭素の排出量と地球の平均気温という二つの折れ線グラフを見せ、ここから読み取れることを書かせるという、問題の一例が掲載してある。 

 この話題は、最近毎日のように新聞やテレビが取り上げているので、高校生にも興味関心があるはずだが、マスコミの取り上げ方が『二酸化炭素の増加=地球温暖化』という一面だけのキャンペ-ン。間違いではないが、ただやみくもに二酸化炭素を出さないことが正しいと思い込ませるような風潮を作っては、じっくり問題を掘り下げて考えることなどできる能力など育つわけはない。

 それ以上に恐ろしいのは、文部科学省がこの結果を指導要領の問題だと受け止めることである。結果として『理科や数学の授業時間を増やせば解決する』という安易な考え方を持ち、実際にマスコミが世論をそのような動きに誘導することである。

 『授業時間を減らしたから学力が落ちた』よく聞く言い訳である。確かに、知識を暗記させるのなら授業時間を増やすことによってある程度補うことができる。しかし中教審という会議に集まる文部科学省のお偉方はじめ大学のセイセイや教育評論家達が、知識だけではなく、身の回りのことに疑問を持ち、それを論理的に説明することを求める応用力という、今回のような問題に正対する応用力には反映しないことを理解しようとしないことが、私には理解できない。

 記事には、今回の応用力の衰退の原因が『授業のあり方』に問題があると指摘しているが、中学・高校の理科担当の教員に責任を押しつけては気の毒である。一面には理科の教員の努力不足があることも間違いあるまいが、私は、それ以前に初等教育段階での理科(科学)の指導が大事なことを認識し、そのことを踏まえた教育システムが何より大事であると一貫して主張している。

 幼児期や小学校低学年では担任が全ての教科を指導することが望ましいことは多くの識者が指摘している。私も同意見。その初等教育期を担当する教員に自然科学の事象や現象に対しての関心や知識が殆どなかったら、子どもの科学的な見方考え方など育つわけはない。

 繰り返し述べるが、現在の教員養成システムそのものを根本的に改め、自然科学に関心と理解ができる教員を現場に送りこまない限り、次回のPISAではさらに悲惨な結果になることは明らか・・・と断言しておく。

 さらに付け加えさせていただくと、この大事な初等教育を担当する教員の給料が、中学高校の教員より低いということも納得いかないところ。

 幼稚園・小学校教員の給与体系を改善し、より有能な人材が集まるようにすることと、浅くてもよいから自然科学に関心を持ち、しかも全ての教科を広く指導できるスペシャリストが、少人数でじっくりと教えることができる体制の構築を急ぎたいものである。(田舎親父)

2007年12月 5日 (水)

私も間もなく貧困層の仲間入り・・・

 このところ『貧困層』という言葉を良く耳にする。私も特に深く考えないで使っているが、この『貧困層』という言葉には定義があって、国民全体の年収の中央値の半分以下しか年収のない人を指すというらしい。なるほど、世間の人びとの半分以下の年収ではまともな生活ができない・・・となると、これは納得せざるを得ない。

 さて、先日も取り上げたマスゾエ自惚れ大臣の『5000万人の年金の所在を最後の一人まで徹底的に捜査して、悪い奴らを一人残らず牢屋に入れる・・・』という公約も、結局はすでに処分された元社保庁の職員を数人刑事告訴という、あまり意味のない処置がお茶を濁されてしまうような気配・・・。

 人間の証明の代表的なシ-ンで例えれば『あのマスゾエ発言は、一体どこに行ってしまったのでしょう・・・』と言うところか。当初からわかっていたこととは言え、(言葉を選ばず言わしていただくと)こんないい加減な誤魔化しを平気で行う輩を大臣に起用している福田首相の頭脳構造はどうなっているのだろう。

 それはさておき、過日厚労省は標準モデル世帯において、将来の年金受け取り額の推計結果として、現役世代の手取り収入に対する比率を示す『所得代替率』は年々減少していくことを明らかにしたという報道を見つけた。えっ 本当・・・。

 我々の年代は現役時代の平均賃金の約6割の年金をいただいているという。例えば現役の晩年で年収800万円のサラリ-マンが65歳になって受け取る年金は年収200万円程度。当初は『何故こんな少ないの・・・』と私も感じたが、計算ではその200万円が生涯受取った前賃金を勤務年数で割った数、すなわち平均年収の6割・・・らしい。

 ところが10年後、75歳になったら支給額は5割を切り、さらに85歳になった時には4割程度になるというから穏やかではない。どうやら10年後には、私も『貧困層』に落ち込むというから他人事では済まされない。これは少し真剣に考えなければ・・・。

 我々より若い年代の人でも、同じような傾向で最終的には4割程度の支給となる計算とのこと、これでは『貧困層』は限りなく増えつづけることになる。年金は現役世代の手取りの5割以上を確保するという厚労省の今までの公約は、どうやら根拠のないデタラメとだったらしい。

 多くの善良な人々は、老後の生活のために正直に毎月苦しい生活費の中から(公務員や大手の会社では給料天引き、あまり実感はないだろうが・・・)年金の掛け金を払い続けている。払わない人が65歳後『貧困層』に陥ることは自業自得と言ってもよいだろうが、年金をきちんと払っていたのに貧困生活に陥ってしまうというのは、このまま対策を打たなければ高齢者の殆どはまともな生活さえできなくなりそうだ。 

 このために政府は過去に用いたウルトラC的な案を考えているという。

年金支給の年齢は10年ほど前までは60歳だった。それがいつの間にか65歳になっている。5年間支払わないのだから、支払う側にとってはウハウハ状態・・・。この禁じ手をもう一度使うことを極秘で検討、数年後には、支給開始年齢を現在65歳から70歳にするというものである。

 詳しい計算はよく理解できない。できないが厚労省の役人達は、現在の支給水準を保つために、繰り下げることによって当面の責任逃れを目論んでいるらしい。

 年金支給開始年齢が65歳でも人生設計が大分狂った人がいるはずなのに、さらに70歳にするということは、信じられないほど多くの人の生き方を大幅に狂わせることになるだろう。定年が延長されないとすると、10年間は自力で生活費を捻出するために働かなければならない。現在でも一部の恵まれた職種の人は、定年から5年間の『嘱託』という制度があるが、全員に保証されているわけではない。

 政府も一応は建前は70歳まで働けるシステムを作るだろうが、得られる報酬は現役時代と比べると見るも無残・・・という結果になることは誰でも容易に想像がつく。

 これでは『貧困層』に陥る前に、『極貧困層』という新しい『被差別階級』を生むことになるのは明らか、行方不明の年金の追求も重要だが、こちらも真剣に考えないと、とんでもない無気力・無責任な社会がやってくることは確実だろう。

 こんなやり方を見ていると『貧乏人は早く死ね・・・』と言っていると受け止めても間違いない。やはり一度政権交代が必要だろうが、はたして・・・。(田舎親父)

2007年12月 4日 (火)

『レッドム-ン』でご存じ・・・

 『レッドム-ン』と聞いて何を連想するだろうか。

これはジャガイモの品種の名前である。この品種は皮の色が紅いことと、中身が黄色いことが特徴、そうまるで『サツマイモ』のようなジャガイモである。まさに、大きめのレッドム-ンとなると外見からはサツマイモと言っても通用するかもしれない。

 この『レッドム-ン』の甘味は格別で、蒸してバタ-で食べると(所謂ジャガバタ-)こたえられない。煮くずれしないから肉ジャガにも最適。鍋やおでんにも実に良く合い、ポテトサラダにしても申し分ない万能選手。

 ジャガイモと言えば『男爵』と『メ-クイ-ン』が有名。殆どの人がこの種のジャガイモを食しているのだろうが、この『レッドム-ン』を一度食べると、虜になる人も多いと断言しても過言ではないだろう。

 好みにもよるが、私もその一人である。今年6月にこのジャガイモを見た時『なんじゃこれ・・・』とびっくり、生産農家の方から『まあ騙されたと思って食べてご覧なさいよ』とすすめられ、恐る恐る食べてびっくり。それ以来・・・。

 もう少し詳しく紹介すると、6月北海道の十勝地方の浦幌町に出かけた折りのこと、生産農家のMさんという方と知り合い、このジャガイモを教えられた。以来『レッドム-ン』が我が家では『ジャガイモ』となり、無くなるとすぐ連絡してMさんから送ってもらうようにしている。

 浦幌には今年になってすでに4回訪問、食料の自給率がカロリ-ベ-スで1300%という、北海道でも有数の穀倉地帯。10月に訪問した時にはMさん農場を見学、実際に栽培している場所も見学させてもらった。

 彼は、このあたりの農家ではごく普通の規模だと言うが、畑の広さは私の想像をはるかに超えている。向こうの畦道までが360メ-トルというから凄いもの。当然ジャガイモ堀専用機械を使っているのだから収穫量は半端なものではない。それこそ腐るほどあるとのことである。

 何故こんな美味いものが出回らないのか不思議で、そのことを口に出すと『芽が出るのが早い』とのことである。『男爵』や『メ-クイン』よりはるかに芽の出方が早いので、流通に適さないらしく、都会でお目にかかれなかったのはそれが原因という。

 何度も送っていただいているのでよく分かるが、確かに芽の出方は速い。ただ、出た芽は押すと簡単に取り除けると言う特徴があり、その芽を取ったら料理の手順を妨げるものは何もない。しかも、保存しておくと皮がしなびてくるがが、味はかえって濃厚になるものこのジャガイモの特徴というから、多くの人に知ってもらう価値はある。

 ネットで『レッドム-ン』と入力して検索すると、かなりのサイトにヒットする。その中にはこのジャガイモを生産している農家や小さな商社的な組織が、直接販売しているサイトが多いことから、知る人ぞ知る一品。こだわっている人達も多いようだ。

 このところあまり楽しい話題がないので、今日はこの『レッドム-ン』の入手の方法を紹介してみることにしたい。

 北海道からの運送料は20kgまでは1050円だと言う。これ以下の量でも同じとなると、量的には少し多くなるが20kg送ってもらうのが得策。中身は20kgで1800円だから、送料と送金手数料合わせてで5000円弱。小家族では食べきれないだろうが、近所の方や友人知人達でいかがだろう。

 Mさんは残念ながらネットに掲載していないので、最初は私が仲介の労をとることにして、次回からは直接と連絡をとりあえばよい。ジャガイモ以外にも大豆や小豆、そして小麦なども大量に生産しているので興味がある人は連絡してほしい。

 なお、黒豆の枝豆は絶品だったことを追記しておく。価格は普通の大豆と同じだと言うから驚き・・・。私は今から来年の秋の収穫を楽しみにしている。

話は代わるが、一昨日、散歩の途中に『レッドム-ン』らしきジャガイモを掘っている農家を発見。名前は知らないが、十数年前に近所から種芋をいただいて以来、ずっと作り続けているとのことである。

 美味しいのが評判となり、知り合い達が奪い合いだという。『小さいものでもから揚げにしたら美味しいよ』とかなりの量を分けて下さった。早速食べてみたところ、いつもの味とは少し違うが抜群の美々だったことも追記・・・。

 果たして『レッドム-ン』なのか確認していないが、嬉しい一時であった。(田舎親父)

2007年12月 3日 (月)

今どき値下げとは・・・

 マスコミは盛んに『諸物価高騰・・・』と大騒ぎしている。

 あまり車に頼らないので、めったにガソリンスタンドに行かない私でも、先日給油した際の価格が1リットル150円というのは『高くなったものだ』と実感する。当然のことながら、車が必需品の人達にとっては相当な痛手に違いない。

 ガソリンの値上げ以上に凄いのが灯油の価格である。確か、数年前までは20リットルのポリ容器に一杯が700程度だった記憶がある。それが、一昨年には1000円、去年になって1500円、そして先日購入した価格が1800円、さらに値上がるとのことだから凄い値上がりである。

 ガソリンの値上がりに追随して・・・というが、灯油の価格の上がり方は異常と言ってもよい。昨日だったか、北海道の主婦が『今年の冬をどう乗り切るか今から心配だ』との言葉には切実さがこもっていた。

 私のあばら家は日当たりだけは十分。お蔭で、夜明けから日暮れまで、どこかの部屋には日光が入るので、太陽がでている限り部屋を閉め切ると、殆ど暖房はなくても過ごせるのはありがたい。その上、友人の大工が居間と私の事務室には杉材の壁をびっしり張ってくれているので住環境は最高。

 それでもこの季節になると夕方になるとさすがに冷え込み、スト-ブに頼らなければいられないのだから、北国の人達にとっては冬場の暖房はそれこそ死活問題。灯油の値上がりが生活を直撃することは想像に難くない。

 食パンやお菓子、タクシー料金や即席めん、ビールなど値上げラッシュが始まっているとのことだが、そのいずれも殆ど関係ない私の生活にはあまりピンとこない。むしろ、毎日新聞に折り込まれたス-パ-の安売り高校など見る限り、本当に値上げしているのかと疑ってしまうことすらある。

 食料の殆どを外国に頼っている我が国では、輸入原料が値上がっているので、ある程度の値上げは仕方ないと思うのだが、少しでも『値上げ的な雰囲気』を出したら客が来なくなるのは確実。ス-パ-などはそれこそ血を吐くような努力をしているばず・・・。

 その中にあって、流通大手のイオンやコンビニのセブンイレブン側は、食品を音幅に値下げするというニュ-スに、何か『違和感』を感じてならない。

 何でもプライベートブランド(PB=自主企画商品)という名の商品らしいが、圧倒的な販売網を誇る両グループの今回の動きに、値上げを発表した大手食品メーカーなどは戦慄をおぼえているのではないだろうか。ひょっとして『値上げ取りやめ』とか、極端な度合い『値下げ』など戦略の見直しもあるのかも知れない。 

 これでよいのだろうか・・・。庶民的な感覚で行くと値上げが押さえられたり、値下げは大歓迎だが、原料が値上がりしているのに関わらず値下げするにはどんな方法があるのと考えると、結局はさらに弱い部分にしわ寄せが行くことになるのは確実・・・。

 まず考えられるのは、合理化である。人件費の安いパ-ト従業員に切り換えること、さらに労働賃金の値下げと長時間労働、残業手当などもカット・・・。イオンやセブンイレブンの経営者や一部の正社員は、それで『儲け』が出るのだから懐は暖かくなるだろうが、従業員は地獄の苦しみ、格差の広がりはますます大きくなる。

 食パンを99円から88円に11円値下げし。特級丸大豆醤油を198円から158円に40円下げるというが、小麦や大豆が音幅に値上がっている元凶では、魔法使いでしかこんなことが可能だと思えない。

 何か目先をどこかにそらせて、庶民受けする『値下げ』を行う、まか不思議な方法があるに違いない。その方法は、生産農家を叩くに叩くしかないのでは。

 または、ひょっとして『淡路島産タマネギ』の手法と同じで、中国や東南アジアの極貧の地域の住民に作られた原料を『国産』と偽るやり方も考えているのでは・・・。

 結局は消費者がきちんと対応する以外方法がないことを、消費者自身が知ることが大事なのだが、悲しいことだが、毎日の生活に追われる庶民にはその余裕さえないのだろう。困ったものである。(田舎親父)

2007年12月 2日 (日)

横浜も危なくなったもの・・・

 残念なことに このところ『わが町横浜』が賑やかだ。それもあまり歓迎したくない話題ばかりなので嫌になってしまう。

 まずは大将である市長の醜聞。ある週刊誌が目の仇のように市長の行動を掲載している。あまり信じたくはないが、昔から『火のないところに煙はたたず・・・』という諺があるから、何となく気になる。

 市長がかなり有能なことは私も認めている。このコ-ナ-でも彼の話題は悪い意味で取り上げることは少なかったつもりだが、やはり人間のやること、長く権力の座に座っていると、どうしても傲慢になりがち、最近はあまりかんばしい情報が聞こえて来ない。

 今回の問題でも『名誉を傷つけられた』として、週刊誌の発行元に多額の損害賠償と謝罪広告を求める訴訟を東京地裁に起こしているというが、何か奥歯にものが挟まっているような言い分の記事に、(思いたくはないが)ひょっとして訴訟は建前で、裏で何とか表沙汰にならないように工作しているのでは・・・とも思わないでもない。

 週刊誌の見出しによると、市長は海外視察をサボり遊んでいたらしい。しかもあろうことか『看護学校の生徒らとの合同コンパの席で女性にわいせつ行為をした』というから穏やかではない。これは事実であればとんでもないこと。

 提訴しているというから、いずれ結果が判明するだろうが、こんなことで週刊誌(大新聞は何故か掲載していない)から追求されること自体恥ずかしいこと。市長はもう少し分かりやすい言葉で、市民が納得するような説明はするべきだろう。

 続いて、関東学院大学のラクビ-部員が、合宿所で大麻を栽培していたことが判明したというニュ-スにもがっかりさせられる。この大学はラクビ-の強豪として知られおり、学生選手権には必ずといってよいほど、明るい青と白のジャ-ジを着た選手達がグランドを駆け回る姿がお馴染みになっている。

 聞くところによれば、ラクビ-部員は百人を越す大所帯だそうだ。その中から試合にでられるのは、交代要員も含めてたったの20数人。試合に出られない残りの部員の意欲は薄くなり、違うことに目が向くことは分からないでもない。

 高校野球で不祥事をおこす学校でも同じであるが、大勢の部員を抱えてしまうと、どうしてもレギュラ-以外の部員達のモチベ-ションを持続させることは難しくなる。彼らもついつい悪戯心が生まれ、喫煙や飲酒の欲求に負けたり、下級生に対する暴力沙汰という事件を起こしてしまいがちになる。

 どこからかこの事件が発覚して新聞沙汰・・・。そしてお決まりが『対外試合禁止』とか『出場停止』という処分に発展する。このあたりの『さじ加減』が監督はじめ指導者の大事な役目なのだろうが、苦労人だと聞く監督であっても、最近の若者の気持ちを上手くコントロ-ルできなかったようだ。

 見方を変えると、大麻を栽培していたという事実以上に大麻の栽培マニュアルや種子そのものをインタ-ネットで入手したという部分が気になる。何でもありの世界なので仕方ないといってしまえばそれまでだが、このようなサイトを厳しく監視していかなければ同じような事件は続くのではないだろうか。

 さらに、桐蔭学園高校の柔道部に属する1年生部員が、酒によった上に女性を後ろから突き倒して財布などが入ったショルダーバッグを奪うという事件が報道されたのには(正直な感想として)まさか桐蔭の子どもが・・・と、一瞬信じられない思い。

 桐蔭学園は進学校としても知られているが、運動部の活動も盛んで、野球やサッカ-はじめ全国大会でもお馴染み、いわば文武両道の典型という校風に人気が集まっていると聞く。当然だろうが、横浜での入試の倍率は一・二を争うはず。

 この少年も寮での生活、いろいろと悩みや不満が重なって、好奇心半分で仲間達と一緒になって飲酒をしていたと思われるが、その上で強盗行為は許される行動ではない。ここにも運動部員の生活指導の難しさが存在しているのだろう。

 それにしても、横浜の評価がこれ以上落ちるような事件は、これでお終いにしてほしいと願う昨今だが、多分この願いは虚しいのでは・・・。(田舎親父)

2007年12月 1日 (土)

科学音痴の教員養成制度では・・・

 子ども達の『理科離れ』の話題。国立教育政策研究所が最近の小中学校における理科の授業の課題調査を行ったところ『理科の実験で、結果が予想と違った場合、原因を調べようという子どもは、小学校より中学校の方が少ない』という傾向が分かったという発表が朝日新聞のサイエンス欄に載っていた。

 学力が『テストの点数』であると大まじめに論じる文部科学省、それを宣伝するマスコミによって、何とか一点でも点数を上げることが勉強だと刷り込まれている現代の子ども達は点数稼ぎには『何故・・・?』と追求するより、『理屈ではなく結果の暗記』の方が手っとり早く確実だと思うのは当然。

 こんなことは、わざわざ国立教育研究所の権威あるセンセイ方が大騒ぎする問題でもなかろうと思うのだが・・・。

 一方この調査で、8割以上の子どもが『実験や観察が好き』と答えたという。どんな内容の調査からこの結果を導き出したのかはよく分からないが、子ども達の何にでも興味を抱く感覚は昔と変わらないものと、この数値は信じたい気になる。

 記事には具体的な問題が示されている。中2の問題は『電球からフィラメントを取り出して通電させる』というもの、外気中ではすぐに切れる理由は約60%が正解したが、長く輝かせる方法まで答えられたのは40%だったとある。

 すぐ切れる理由が分かるなら、その防止策は考えられると思うのだが、『燃焼概念』をきちんと把握させていないから、現象と対策が結びつかないのだろう・・・。と思うが、果たして中学校の理科で(普段の生活では)電球すら目にすることがなくなった現代、こんな実験をするだろうか、というより子ども達が電球のフィラメントを取り出すなんて想像できるだろうかという疑問を抱いてしまった。

 私の想像が当たっていないことを願いたいが、熱心な教師がいる学校でも、空中と瓶の中でのロウソクの燃え方の違いやヒ-タ-の通電での変化程度で済ませていることが多いのでは・・・。

 それも面倒なので、実際には実験など無しで、コンピュ-タを使ったバ-チャル実験だったりするのではとも思ってしまう。それ以前に、生活指導の方が大変で理科室での実験など危なくてさせられない・・・という声も聞こえてくる。こんなことを国立教育研究所のお偉いセンセイ達はご存じなのだろうか。

 それはさておき、問題に『電球とはこんなもの』という注釈がつけば、子ども達は『酸素』の存在が頭をよぎるのだろうが、電球そのものを見たことがないとなると、『電球』と『酸素不足・・・』とがつながらないのでは、と思ってしまう。

 理科担当の教員が存在する中学校はともかく、小学校の教員の理科離れは著しいことは確からしい。どの小学校でも立派な理科室を完備している。が、その理科室での授業している少ないことは現場では紛れもない事実である。理科室での授業であっても、市販の実験モデルを子ども達に与えて(当然その代金は保護者が負担するのだが)、そのマニュアル通りの『実験?』で済ませていることも、少し学校事情を知る人達には当たり前・・・。

 この傾向は、小学校に『生活科』なるわけの分からない教科ができてから著しくなったように思えてならない。以前にも述べた気がするが、小学校1年生の生活科で『アサガオを育てよう』という学習で、ある教師は『アサガオさんが雨に当たると可哀相だからか傘をさして上げましょう・・・』と言っていたが、これに類する話題は数多い。

 生活科と理科は違うという反論もあろうが、だったら小学校の低学年でもきちんとした科学的な現象を教える教科は必要だと思うのだが、その気配はない。生活科を推進する人達には科学的な知識など必要ではないと思っているらしい。

 それに加えて子どもの理科離れの最大の原因が教師の理科離れ、というより理科音痴ばかりの教師集団と言っても差し支えないほど科学的な知識がない教師が多すぎる。教員養成大学でも『理科』そのものを重視しないのだから、理科的な知識のある教員が少なくなっているのは当たり前。

 しかも教師になっての研修が『児童心理』とか『教科技術』が中心で、自然に対しての見方考え方など皆無だと言っても過言でない現実の学校現場。理科離れは教育委員会や文部科学省の『方針』と皮肉っても、案が間違いではなさそうだ。

 数年前は世界で2位だった『理科の応用力』が昨年度は第6位に後退したという。文部科学省も『理科離れが深刻』と大騒ぎしているが、実際やっていることは『理科離れ推進施策』・・・では。

 いくら教員養成大学院を作っても追いつかないのは目に見えているのだが・・・。(田舎親父)

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