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2008年2月

2008年2月29日 (金)

『ドングリの森つくり』を提案・・・

 日本の政治体制は一体どうなってしまったのだろう。イ-ジス艦の事故は『俺たちはお国のために働く偉い軍隊』という意識が起こした事故。そんな意識が正しいと思っているのなら『漁民の命なんか軍隊の仕事の前ではゴミのようなもの』と言うのならともかく、何とか責任追及を逃れたいとひたすらに隠蔽して、誤魔化そうとする体質は情けない。

 オタクの大臣は、もう隠せないと思ったのが『航海長を尋問したのは間違いではない』と言いだす始末。これは絶対に許せない。

 この防衛大臣もそうだが、首相も親から地盤を譲ってもらった二世議員。見渡せば、こんな二世議員ばかりとは呆れてしまう。これでは、日本の政治体制が全く崩壊してしまうのも無理はない。中には質の良い二世議員もいるのだろうが、この際、二世候補には絶対に投票しない・・・という意識しか、日本を救う手段がないと言っても過言ではないだろう。

 この問題は改めて述べるとして、昨日からの続きを・・・。

 『活性化』を目指す地方自治体には、この『二酸化炭素の排出量減少』の話は見逃せない。過疎に悩み、住民を潤す産業もない地方は、殆どが周りを森林で囲まれている地域で、面積の80%以上が森林というのも稀ではない。

 国内で『排出権』がすぐさま商品化されるとは思えないが、きちんと理論を作ればビジネスのチャンスは大きく広がり、過疎に悩む地方にとってはまさにチャンスである。表現は悪いが、『都会や大企業』という『獲物』がネギを背負ったカモ状態でウロウロしているのが実態。これを逃す手はない。しかも、この『獲物』は凶暴性をもたない。友情の手を差し出せば良いのだから、それほど難しい話ではない。

 言葉がないので仮に『国内排出権』と名づけるが、この『国内排出権』で都会相手にビジネスが可能になれば、田舎の自治体が潤うことは間違いない。

 しかし、(何でもそうなのだが)森林といえども手品のように無尽蔵に生えてくるものではない。『国内排出権』が商品としての価値を持ったとしても、所詮は『物』には違いなく、限りあるものだということを十分理解しなければ、地方の活性化とはほど遠い結果になる恐れもある。

 さらに、『国内排出権』というアイデアに最初に気づいた自治体は、都市と交渉して、かなり高額で『国内排出権』を売り出せるかもしれないが、すぐに他の自治体の真似るところとなり、結局は買いたたかれることになりかねない。都会の取り合いという、地方同士が足の引っ張り合いも生まれてきそうだ。

 都会の人間の便利で快適な性格を支えるために、単に排出権を売り渡すのでは、いままでと同じで都会に媚をうるパタ-からの脱却は難しい。一時的に地方と都市との力関係が逆転することで自己満足を確かめるだけになる恐れも十分考えられる。

 また、田舎とてこの『国内排出権』が何時必要になるかわからない。大企業が進出して工場を建てるかもしれない。ある日突然人口が増えることも考えられないことでない。

 その人達が、今より便利で快適な生活を望むのは当然だろう。となると、二酸化炭素の排出量は増えることだってあり得ること。最悪の場合、売る立場から買う立場になることだってあり得るという笑えない笑い話の種にもなりかねない。

 そこで、『国内排出権』を売り渡すのではなく、実際に自分たちの手によって二酸化炭素の排出量排を得る方法を提案するというアイデアはどうだろう。具体的には、都会の人達に『ドングリの森』を作ってもらおうというものである。

ところで、クヌギは二酸化炭素をどのぐらい吸収する能力があるのだろうと調べてみたら、およそ1年で77kg程度だというデ-タ-を見つけた。

 一方、人間が一人当たり年間に排出する二酸化炭素の量は約80kgと言われているから、クヌギ一本が吸収する二酸化炭素と人間が排出するそれとはほぼ同じ。すなわち、計算上、クヌギ一本を植えることによって自分の排出量が相殺されるということになる。

 もっともこの値は、一切の活動を停止して生きているだけ(分かりやすく表現すると、ただ呼吸をしているという意味で『植物人間』状態と表現しても良さそうだが・・・)の状態とのことだが、それでもかなり説得力のある数値ではないだろうか。

 この論理を展開すると長くなりそう。続きは明日に・・・。(田舎親父)

2008年2月28日 (木)

田舎の活性化に光・・・

 このところ『地球温暖化』の話題が毎日のように新聞やテレビで大きく報道されている。先日行われた飯田市のセミナ-も月曜日の午後4時という時間設定にも関わらず、それぞれの分科会では部屋に入りきれないほどの人が集まり、活発な議論で盛り上がったのだから、如何に人々の関心が高いかがよく分かる。

 地球温暖化を防ぐため、世界的に二酸化炭素の排出量を減らすことが緊急な課題となりいろいろな国や人々が知恵を出し合い、さまざまな試みがなされている。

私は、この『地球温暖化』に対する世論の盛り上がりは、働きたくとも産業はなし、若者が都市部にでてしまい、残された人々の高齢化に悩む田舎(あえて地方といわず田舎と表現させていただく)にとっては、追い風。これを田舎の活性化に利用するチャンスだと確信している。

人があふれる都市部では、年々気温は上昇。夏場のコンクリ-トからの照り返しなどは、まさに『人間として生活できる場所』ではないと言っても過言ではない。

そのため、都市部の行政は『何とか緑を・・・』という政策を掲げ、ビルの屋上の緑化や学校の校庭に芝生を植栽などあの手この手を考えて実施している。確かに、それらは都市部のヒ-トアイランド現象を防止するという面においては多少の効果はあるだろうが、今世間の関心事である、『地球温暖化防止のための二酸化炭素の排出量を減少させるという効果からはあまり大きな期待はできそうにない。

しかもこれらを実施するには莫大な維持管理費がかかるので、よほど財政的に余裕のある自治体でないと実行するのが難しいのが大きな悩みとなっている。さらに役所や学校などの校庭施設の屋上は緑化できたとしても、一般企業や個人所有のビルの屋上などの緑化は、所有者の理解がないと緑化などできる話ではない。

最近『二酸化炭素の排出権』が大きく注目されるようになり、それをビジネスにする商社がヨ-ロッパを中心に大活躍をしているとのことが報道されている。二酸化炭素そのものでビジネスが成り立つとは思いもよらなかったが、『排出権』という商品に姿を変えて大きな市場になっているという。

是非はともかく、この動きに日本も巻き込まれることは間違いなさそうだ。というより、すでに巻き込まれて参入している企業も多いらしい。

この『排出権』という商品は、国全体に二酸化炭素の排出量の減少を求めている国際的規約の中で生まれた考え方なので、国内での取引は現在では具体的な話題となっていないようだが、田舎と都会を同じレベルで論じることは無理があることは明らか。

京都議定書の履行が始まった今、国としての二酸化炭素の排出量を減少させるかという『国としての施策』をまとめる時に、便利で快適な生活のためにエネルギ-を圧倒的に消費している都会は、田舎に排出量の負担をしてもらわなければならないことは間違いないだろう。

カ-ボン・デモクラシ-という言葉が、最近ヨ-ロッパの識者を中心に言われはじめているという。一言で言うならば、人間は皆等しく二酸化炭素を排出する権利があるというもの、言い換えれば誰もが平等な人間らしい生活ができるということだろう。

先進国の国民だけが、世界の富を独占し便利で快適な生活を楽しみ、二酸化炭素を垂れ流している現状に警告を与えると同時に、少なくとも二酸化炭素を排出する量は権利として同じにするべきだという考え方である。

この考え方は国単位を前提にあるようだが、それぞれの国内でも貧富の差や生活様式には大きな違いがあり、当然なことながらカ-ボンデモクラシ-という考え方に立てば、都市に住む人達や行政は、より以上に二酸化炭素の排出量の減少のために努力をしなければならないことを示している。

となると、都市部の自治体は二酸化炭素の排出量を減少させるためには、今、国際的に大きな注目を浴びている『排出権の売買』という考え方に沿って、排出量に余裕のある田舎の協力をえるのが、唯一有効で確実な方法ではないだろうか。だからこそ田舎のチャンスなのである。続きは明日へ・・・。(田舎親父)

2008年2月27日 (水)

まあその・・・キミタチで上手くやってほしい・・・

 飯田で行われた『南信州・地球温暖化防止エコ推進セミナ-』に出かけてきた。実際のセミナ-は25日の月曜日の午後からだったのだが、東京のある区の環境担当課長が私が飯田で手がけてきた『ドングリの森』に興味があり、実際に見たいとのことなので、案内を兼ねて前日から現地入りした。

 新横浜から『ひかり』で豊橋まではノンストップ。豊橋駅の飯田線の乗り場は駅の外れのためちょっと急ぎ足で特急『伊那路』号に飛び乗る。中はガラ空き。のんびりと車窓の景色を楽しみながら約2時間半の旅。途中線路に落ちている竹と接触したとのことで急停車があって、8分ほど遅れて終着飯田に到着。

同じ電車で課長も乗っているとのことで、それらしき人物を探したが、該当しなかったのは、区の課長というとネクタイを占めてという私の貧しいイメ-ジのせい。駅で初対面の挨拶をしたが、その方はセ-タ-に革ジャンというかなりダンディな出で立ち。これはわかるはずがない。

別の機会に今回の様子は紹介するが、月曜日の午後4時からセミナ-というのは常識的にはちょっと考えられない筋書き。主催者としても、どのぐらいの人達が集まるのか読めていなかったらしいが、予想を遥かに越える人が集まったのには驚き。如何にこの問題が市民の関心事になっていることがよく分かる。

 山奥の視察や『ごんべい邑』という宿泊施設は、同然のことながら、テレビや新聞などのマスコミとは縁のない場所、久しぶりに情報がない日を楽しむことができた。

 出かける24日の早朝には、見るからに防衛オタクの大臣ドノは、かっこつけて『隠蔽が判明したら辞任する』と言っていたので、3日後にはやめているのでは、と期待していたが、昨日帰宅した時に知った現実は『捜査打ち切り』。

毎日のようにニュ-スで流されている、浜の女性たちがうちわ太鼓をたたきただひたすらにお題目を唱える姿は、まさに小説の世界。無力をただ祈りでしか表せない彼女たちの悔しさ・苦しさが現れ、つい私も手を合わせたくなる。『捜索打ち切り』で、浜のこの光景はどうなるのだろう。

 海上自衛隊の危機管理の無さと隠蔽体質が、日ごとに明らかになるのに『打ち合わせのために時間がかかった・・・』とわけのわからない理屈を連発、職にしがみついているようだ。

 今朝になって、これまで事故後に自衛隊のイージス艦の航海長をヘリコプターで防衛省に呼び出し、事情聴取をしたことに対して、事前に海上保安庁の承諾を得たと説明していたということに対して、海上保安本部はそんな事実はないとはっきり否定したとのニュ-スが流れた。捜査が始まる前に、責任逃れのためのシナリオ作りという『汚い手段』に改めて怒りが込み上げる。

 しかも、この事情聴取の席にはオタク大臣も同席していたというから、呆れてしまう。航海長は、衝突直前に交代した当直士官で、衝突前の航行状況を最もよく知る人物名古とは確実。海難事故の捜査権は海上保安庁にあるのにも関わらず、無断で重要人物を聴取したことになり、捜査妨害以外の何ものではあるまい。

 ここはオタク大臣、潔く首を差し出したら・・・・と思うのだが、国防を担う自衛隊の今回の大事件にも『まあ・・・キミタチで考えた方がよいのでは・・・』なんて他人事を決め込んでいる総理大臣では、自分の口からは間違っても『辞めなさい』なんて言えないだろう。

 そして、間もなくやってくる大臣の辞任にも『まあその・・・大臣がお辞めになるとおっしゃるので、まあその、しかたないのではないでしょうか・・・』などという無責任で他人事のような発言が聞こえてくることは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2008年2月23日 (土)

忌まわしいプ-ルなど見たくない・・・か

    このところマスコミはイ-ジス艦と漁船の衝突問題ばかり。防衛省の隠蔽体質に国民の怒りが集まっているようだが、自衛隊の幹部としたら『国を守ってあげている我々のやり方に文句を言うな』という気持ちがあるのは明らか。

 かっての軍隊の姿の実現を夢見ている制服組の幹部たちにしたら、『軍の機密を漏らすわけにはいかない』というのが基本的な姿勢。国民に頭を下げるのは防衛大臣の仕事、俺たちはいずれ裁判になることを見越しているので今は何も言えない、と薄笑いを浮かべて会見している幹部の姿は、まるで悪魔のように思える。

 中国製の毒ギョ-ザの事件も相変わらずに賑やかさ、さらに肉まんや串カツなどからも中国でさえ禁止されている猛毒の農薬が検出されていると次々に報道されている。恐ろしいことである。これらの一連の農薬混入に対して、日本の警察当局が『中国での混入の疑いが大きい』と発表したことに対して、中国側は不快感を示しているというのも、かの国らしい。

 誰が考えても中国国内での混入だろうが、政治屋さん達はダンマリを決め込んでいるのも不思議な話。強く言えないのは、きっとどこからかの圧力でもあるのか、利権でも絡んでいるに違いない。

 この毒ギョ-ザ事件、当初はJTを標的にしたのではと思うほど、JTには厳しい表現での記事が多かったが、何故かこのところJTの名前が消えている。それに代わって生協(コ-プ)の取り扱っている商品からの農薬検出が多いとの報道は、意識的にそうしているのでは・・・と何となく気になる。

 生協はもともと庶民の食の安全を守るのが設立理念。それが、組織が大きくなったことから利潤の追求が使命となり、金儲けのために労働賃金が安価な中国で食品を加工するようになったらしいが、これがそもそも間違い。

 この際、生協は方針を全面的に見直し、原点に返って、国内の農家と提携して本当の意味の安全で安心な野菜やそれを使った加工品を作るようにしてほしいものである。かなり経営的に難しいことも多いだろうが、組織を小さくして、地方の零細農家でも数をまとめれば可能ではないだろうか。また、このことが地方に産業が生まれ、活性化するはず。手伝ってあげたくなってくる・・・。

 二つの事件にマスコミの目が集中している中、昨年だったか市営のプ-ルで小学2年生の女児が排水口に吸い込まれた事件で、閉鎖されている当該のプ-ルを取り壊すというニュ-スが目にとまった。

 今年6月から撤去工事をはじめ、跡地にテニスコートを建設する方針を明らかにしたという。私には全くかかわりのない地方自治体のことだから、関係ないと言ってしまえばそれまでだが、何と無駄なことをするものだ・・・と思ってしまう。

 市当局は『忌まわしい事件があるプ-ルなんて見たくない』というのだろうが、プ-ルを壊してテニスコ-トとは、何と短絡的な発想だろう。市民の要望が大きいからという理由らしいが、プ-ルならば幼児からお年寄りまで、同じ時刻に大勢利用できるが、テニスコ-トとなると愛好者中心数名の利用に限られる。市民の要望というのも怪しくなってくる。

 遺族は『閉鎖するのでなく、どこよりも安全安心なプールを管理運営することこそ、命を奪った責任をとることになるのではないか』と言っているらしいが、この遺族の言葉を重く受け止めることが事故の責任を果たすことではないだろうか。

 同市は老朽化した別の市営プールと統合して、新たなプール建設を計画しているらしいが、この自治体とて財政は厳しいのではないだろうか。市民はどこまでこのことについて関心を持っているのだろう。第二の夕張にならないことを切に祈る・・・。(田舎親父)

 明日から3日間程休載。

2008年2月22日 (金)

迷惑千万 飛び込み自殺・・・

 かれこれ40年ほど毎日電車で通勤していたが、人身事故で電車がストップという事態に何回遭遇しただろうか。思い出そうとしているが、それほど多くなかったように思える。ところがこのところ、毎日のように『人身事故で運転を見合わせた』という報道が目につく。

 それも通勤時間に合わせて『人身事故』が起きているのが気になって仕方ない。そしてその後には必ず、通勤客など数万人に影響があった・・・と続く。通勤のサラリ-マンはもとより遭遇した人達にとっては迷惑な話。

 公務員や大企業に努める人達は、事故証明があれば勤務評定に影響しないだろうが、最近急増している派遣社員という職種の人にとっては、事故で遅れても、遅れたことには変わりがないということで、多くの場合直接給料に影響するというからたまらない。

 『人身事故』かなり曖昧な表現である。中には、誰かに後ろから押されてホ-ムから転落する場合もあるが、これは犯罪。時には急に気分が悪くなり、倒れこんで運悪く転落する場合も考えられないことはないが、それほど多いとは思えない。

 『人身事故』と表現している多くが、そのほとんどは『飛び込み自殺』のようだ。

 自殺する人にはそれぞれ事情があるだろう。死者を鞭打つ気持ちはないが、自殺するのなら、人に迷惑のかからない場所を選んでほしいと思うのだが、電車に飛び込む場合は、恐らく瞬間的に『何もかも忘れたい』という逃避の心理になるのだろうから、場所を選べと言っても無意味かもしれない。

 冒頭に述べたように、今まであまり経験がないので、このような場合は乗客には振り替え乗車券を配り経路を変更してもらうことになるのだろうが、鉄道会社の損害額は莫大なものになるのではないだろうか。

 (以前、誰かに聞いたことがあるが)会社は事故を引き起こした人に対して、被った莫大な損害額を遺族に請求しているというが、その後の報道がないのが常。一体どうなっているのかは全くの知らされないのが、どうも気になる。

 多分現実には、このような事態を想定して保険がかけられているに違いないだろうが、それにしても、こんなに頻繁に『人身事故』がおきると保険金額だけではまかない切れないだろう。相当額は遺族に請求がいくのではないだろうか、また請求するのも、ある意味当たり前のような気もする。

 そんな矢先に『特急はるかにはねられ即死、4万人影響 JR大阪環状線』という見出しが目についた。

 記事の概略は『JR大阪環状線新今宮駅構内で、男性が通過中の関西空港発京都行き特急「はるか48号」にはねられ即死。この影響で大阪環状線が内回り、約4万人に影響が出ている。男性は60~70歳くらいで身元はまだ不明・・・』というもの。

 この記事からは自殺かそれとも不可抗力なのかよく分からない。恐らく記事はこれで終わりで、身元がわかったとしても報じられないのが普通。自殺と断定できた段階でJR西日本はこの遺族にどれほどの賠償を求めるのかは全く知らされない。

 特急列車の通過中という表現も気になるところ、風圧で飛ばされたとしたら、JR側の責任が追求されるだろう。人が無防備で立っているホ-ムを猛スピ-ドで列車が通過すること自体無理があり、安全対策に不備があるのは明らか・・・。

 私は、ただヤジウマ根性でこんなことを書いているわけではない。この段階では自殺なのか事故なのかわからないのかもしれないが、その後のことはきちんと報じてほしいと願っている。責任の所在を明らかにして、もし明らかに自らの意思による自殺であったとしたら、JR側が『○億円の賠償』を遺族に求めた、という記事はぜひほしい。

 遺族が払えるかどうかは問題ではない。自殺だとしても、安全対策に落ち度があることは明らかなので、裁判沙汰になるだろうことも予想できるが、そんなことは知りたくもない。ただ自分の勝手で飛び込んだら、遺族に『こんなに大きな損害を与える』という事実を世間に広く知らしめることは大切だと思っているから・・・。

 自分の死が、残した妻や子にこんなにも迷惑を与えることを知ったら、飛び込むのを躊躇するのではないだろうか。いや、してほしい・・・。

 たった一つしかない自分の命を大切にできない人と、自殺が存在する世の中を許したくない。(田舎親父)

2008年2月21日 (木)

黄門さまも草葉の影からお嘆きでは・・・

 今月8日の小覧で取り上げた給食の不払い騒動の問題で、またまた『教員いじめ』というような報道があった。

 前回取り上げて数日だったころの話だが、黄門さまで有名な水戸の小学校の30歳代の女性教諭が、担任する学級で給食費や教材費の集金などについて、一人の児童に対して『何か月か払っていない。1万円余り滞納している』などと発言していたことがわかったという内容である。

 記事によると、保護者からの指摘を受け、女性教諭は不適切な対応だったとして、この児童と学級の児童全員に謝罪したとあるが、ちょっと待ってほしい。

 確かに、今のような人権・人権と騒ぐ世相において、学級で大勢の子どもを前に特定の児童に対して直接『あなたの家庭は何カ月も給食費を払っていませんよ・・・』という言葉を言ったとしたら、その行為そのものは批判されても仕方ないが、そんな言葉を出さざるをえなかった女性教師の心情を考えると簡単に納得できる問題ではない。

 児童の家庭環境や、この児童を取り巻く複雑な事情があるだろう。詳しいことがわからないので、推測でしかものを言えないことを断わって、私なりの見解を述べてみたい。

 まず、この女性教師は、好き好んでこんな言葉をはいたわけではないだろう。恐らく、校長や教頭、あるいは給食主任から『あなたのクラスの○○は給食費が何カ月も滞納しているので、何とか払うように連絡しなさい・・・』という指導があったのではと推察しているが、恐らくこの推察はそれほど大きく外れてはいまい。

 多くの場合、給食主任はベテランの女性教師が任命されるのが普通。主任となると何とか自分の責任として給食費の不払い額を少なくしたいと思うのは人情、特に熱心な女性ベテラン教師程、この思いが強いのは教育界の常識。

 市教委によると、女性教諭は担任している低学年学級の『帰りの会』で、教室の黒板に給食費や教材費集金など保護者への連絡事項を書き、児童たちに連絡帳に書き写すように指導し、その際、『この子だけ金額が違う』などと話したという。念のために、該当児童に対して『○○さんはこれだけ持ってきなさいよ』と言ったのではないだろうか。

 この時、この児童の親が給食費を数カ月滞納していることが頭によぎり、しかも確信犯的に不払いが続いていたとしたら『あなたは、何カ月も給食費を持ってきていませんね』程度の言葉が口からでたのかもしれない。

 これが結果として、別の児童の保護者から女性教諭に発言について、学校か教育委員会に問い合わせがあり、発覚したというが、『発覚』という表現をしているマスコミの態度に違和感を覚えるのは私だけだろうか。市教委の言う『別の保護者・・・』というのは、実は該当児童の親だったりすることも良くある話。

 また、同市教委は『滞納がある場合は、児童に直接伝えるのではなく、保護者に文書で通知するなどの配慮が必要。再発防止を徹底していく』と他人事のように回答しているが、水戸の教育委員会は、今どき子どもに『現金』を持たせて、その処理を教員に任しているのだろうか。

 教員の仕事に『金集め』をさせていることが事実なら、こんな問題が起こるのは当たり前。一人の教師のせいにして『児童への心理的な影響が心配され、許されることではない』と自分たち責任はそっちのけで学校側に圧力をかけるとは驚き。水戸の先生たちが気の毒でならない。黄門さまも草葉の影から嘆いているのでは・・・。

 一人の親(恐らく不払いのバカ親だろうが)の、たった一本の電話で大騒ぎ、学校に『指導を徹底せよ・・・』とは驚くより、何という馬鹿馬鹿しさと呆れてものが言えなくなる。これでは、結果的に世のバカ親たちに『給食費の支払いはご自由ですが、なるべくお支払いをお願いします』と言っているようなもの。

 まともな感覚の人間なら、払いたくなくなるのは当たり前だろう。こんな初歩的なことも理解できないようでは、教育委員会という名前が泣くのでは・・・、というよりもうその機能がマヒしていると言っても過言ではない。そんな時代後れの教育委員会など必要ないのではとも思ってしまう。

 繰り返すが、学校が給食を受け持つ必要があり、そのために親から給食費をどうしても集めなければならないのなら、教育委員会はこの女性教師を徹底的に守る姿勢を鮮明にする必要があり、それすらできないのなら、給食費は全額公費負担にするしか、同じような問題が起こることを防げないと思うのだが・・・。

皆さんのご意見はいかがなものなのだろう。(田舎親父)

2008年2月20日 (水)

そこどけ そこどけ イ-ジス艦サマのお通りだ・・・

 昨日朝、自衛隊のイ-ジス艦と漁船が衝突、漁船が真っ二つになり、乗っていた親子二人が行方不明、というテレビのニュ-スが流れた。

 自衛隊のイ-ジス艦というと、政府がごり押しでインド洋でのアメリカ艦船への給油という話題の度に、必ず出てくる自衛隊の最新鋭の艦船である。その艦船の航海記録がなくなったとか、あるいは意識的に破り捨てたとか、という問題も一時大騒ぎになったが、わずか数カ月で『今は昔』あいまいなままになっているようだ。

 昨日は、曽我梅林に久しぶりに出かける予定をしていたので、そのニュ-スは気になっていたが朝から出かけ、夕刻帰宅して見ると、その後の様子をテレビは大きく克明に報道していた。

 事件が起こると必ずその道の専門家という人が登場する。そして、この連中はさも自分が見ていたような解説をするのも共通している。評論家だからそれは仕方ないとしても、世界トップクラスの防空性能を誇る最新の護衛艦が、なぜ目の前の漁船に気付かなかったのか、という疑問を解明しようとする熱意がないのはどうしてだろう。

 評論家諸氏の中に『最新鋭のレ-ダ-は、空中からの攻撃してくる敵に対して装備されており、ちっぽけな漁船は見にくかったのでは・・・』と、非は漁船にあるような言い方をしている輩がいるが、何を考えているのと怒りを覚える。

 イ-ジス艦に装備されている高性能レ-ダ-は海面すれすれの浮遊物(自衛隊のお偉方にとってはゴミのような存在かもしれないが・・・)のような漁船を発見するには役不足だったことはわからないでもない。しかし、それを補うために甲板には少なくとも数名の下っぱ兵士が監視していたはずでは・・・。

 特に近海の漁船が操業している海域では、この体制が何より重要になることは、全く素人の私でさえわかることだ。こんな初歩的なことさえ幹部たちは怠っていたというから情けない。というより恐ろしい。

 幕僚長は記者会見で、漁船はイ-ジス艦を発見して(恐らく、随分前からでかい船がくることはわかっていたはずだと思うが・・・)右に大きく舵をとったことに対して、イ-ジス艦も回避行動としてブレ-キをかけたが間にあわなかったと言っている。

 それは回避行動としての一つの選択であったとは理解するが、船舶が衝突の危険性がある場合、互いに右に舵をとって衝突を避けるというのが常識だと聞いたことがある。この処置は、互いに右旋回すれば、少なくとも正面衝突は避けられるだろう、ということに他ならない。

 しかし、映像で見ると、イ-ジス艦の船体の前方右側に何かと衝突したような傷があった。ということは、漁船が右に大きく舵をとったのに、イ-ジス艦の右側に衝突したとなる。この艦は漁船が右旋回している途中に、漁船の真ん中にぶつかったようだ。そう考えないとイ-ジス艦の右側についた傷の説明はつかないのでは・・・。

 あるいは、あまりにもイ-ジス艦のスピ-ドが速すぎて、漁船の右旋回が遅れたとも考えられるが、緊急の回避行動がとれないほど訓練されていない自衛官が操縦していたとなると、こちらの方が大問題になるだろう。

 幕僚長の記者会見の発言から想像する限り、甲板の24時間体制で見張っている兵士たちは、必死になって周りを監視していなかったのではないような気がしてならない。それが回避行動の遅れにつながり、漁船と衝突の主な要因になったのでは・・・。

 どうも、自衛隊の艦船の乗組員総体に『俺らはお国のために働いている軍艦サマだ。そこどけ・そこどけ・・・』という意識があったのではないだろうか。いやあるに違いない。

 この事故の第一報が、自衛官の最高司令官である防衛大臣に届いたのが、事故発生からなんと1時間半後、首相には2時間後ということも気になる。首相も防衛大臣も日頃は偉そうなことをのたまっているが、制服組の連中に舐められたものである。

 イ-ジス艦の乗組員全員が、事故発生と同時に、漁民の救助に海に飛び込んだというなら、それは美談として許されるかもしれないが、制服組にしたら『漁船なんか、ゴミのようなもの・・・』という意識があって、大臣や総理など眼中になかったのではないだろうか。だとしたら、いよいよ軍隊が一人歩きを始め、昔来た道を歩き始めた・・・。考えると恐ろしい。

 事故発生から一昼夜、親子二人の漁民の消息は未だにない。冬の凍てつく様な海に放置されていては、いくら海に精通している漁民いえど、命の存在は絶望的だろう。家族の皆さんの無念さと、関係者の方々の怒りが聞こえてきそうだ。

 福田という総理大臣は(贔屓目の言葉で表現すると)客観的な表現、裏を返せば無責任極まりない発言が目立ち、内閣の姿勢とか自分が目指す政治理念など皆無。日頃から不祥事の垂れ流しの自衛隊に対して、今度こそ無責任な先送り答弁ではなく、国民を本気で守るという気持ちを表してほしいものであるが、無理だろうな・・・。(田舎親父)

2008年2月19日 (火)

北方領土をめの前にして・・・

 『鮭児』と『コマイのルイベ』など御馳走と美味しいお酒をいただき『余は満足じゃ』と宿に帰りついたのは深夜近く。満ち足りた気分でゆっくりと、天然掛け流しの温泉の露天風呂を楽しむことにする。

 翌朝6時、爽快な気分で目覚める。朝食までにまだ間があるので、もう一度掛け流し露天風呂に入り体を温める。昨夜は吹雪の中の入浴だったが、今朝は天気は回復している。零下の気温の中での温泉はまた格別である。

 トイレがやや狭いのが気になるが、こじんまりしたホテル『川畑』は、また来たいという気持ちになる、暖かい雰囲気が溢れている。

 ボリュ-ムたっぷりの朝食をいただき、おしゃべりの会場に出かけることになるのだが時間的に余裕があるとのことで、『北方領土記念館』に案内していただく。

 北方領土のことは知識では十分知っているつもりだが、自分にとっては遠い話だと思っていた。ひょっとして北の4つの島の帰属なんてたいしたことではないという気持ちがあったのかもしれないが、この建物に一歩あしを踏み入れたとたん、異様な緊迫感が伝わってくる。この土地に住む人達にとっては、返還が如何に大切なことであるのかが心の底から理解できるような気になる。

 ロシアの軍隊によって追われた数万人の人達が、命からがら暮らしを捨てて逃げてきて以来60数年。望郷の気持ちがさまざまな資料から読み取れる。2階の展望台に上がると目の前の漁港には沢山の鮭の定置網漁船が静かに繋留されている。

生憎今日は視界が悪いが、Fさんや観光課長の説明ではすぐそこに国後島が見えているとのこと。写真でもその様子がよく分かる。その距離がわずか十数キロと聞いて、なんと日本の政府の無責任というか、北方領土の返還よりアメリカ追随の考え方に対して、なんとかできないものかと疑問と怒りを感じてしまう。

このあたりは別の機会に述べることにして、もう一つの施設、故郷館に案内していただく。ここは標津の人々が、明治以降の歴史しかないので新しい祭りを作り上げ、その祭りに関係する展示と、祭りの巨大な山車を納めている建物である。町民総出でがこの数基の山車を引く姿は壮大なものだろ、5月に行われるというから機会があれば見学したいものである。

午前10時から私のおしゃべり。聴衆は昨夜のエコツ-リズムのインストラクタ-の皆さんが主で50人ほど。昨日『サ-モン・パ-ク』でFさんから、こんなことについて話してほしいとメモはいただいたが、基本的には何の準備もない。あらかじめわかっていれば映像など用意してくるのだが、これは大変だ。

経験がないわけではないので、ある程度はおしゃべりできたが、なかなか話が組み立てられないのは、まだ修行が足りないからだろう。ひょっとしてFさんには『こいつ、使えねえ・・・』と思われたのではないかと、今でも反省することしきり・・・。

吹雪は納まっているが、天候は曇り。低い雲が垂れ込めており、風が強い。『今日は飛行機は降りられないぞ。もう一拍するのだな・・・・』との人々の暖か差を含んだ冷やかしに、Fさんは『明日は長崎なんだ。飛ばないとどうしよう・・・』と真剣に答えているが私に『私はフリ-ですので、もう一泊は最高ですね』などとお気楽なこと。

時間は押しているのだが、『ぜひ流氷とオジロワシを見せてあげたい』との好意で、野付半島まで連れて行っていただくことになる。雪の道路をこんなに飛ばして大丈夫なの(軽く80キロはオ-バ-しているのでは・・・関係警察の方がご覧になっていたら記述が嘘だと思ってほしい)と思うほど猛スピ-ドで野付半島の外海と中海の間の道路を飛ばす。

物凄い風で積もっている雪が舞い散っている。左にオホ-ツクの海、右には一面氷結した野付の内海、『ナラワナ』という場所は半島に自生しているナラの樹が海水によって『イナワラ』のようにグチャグチャになっていることから名づけられたというから、如何に自然が厳しいかが想像できる。

『あそこにおった・・・』というFさんの声で車を泊めて外に出る。風が強くて吹き飛ばされるようだが、目の前には『流氷』が見える。この土地の人達にとっては流氷は友だちのような存在で、流氷が『あった』ではなく、流氷が『おった』となるのだという。

私にとっては始めての経験、感動ものである。また、すぐ『あそこににおった』と指さされた先にはオジロワシが氷原で獲物を狙っているかのようにじっとしている姿が見える。

景色が雄大過ぎてさほど大きく感じないが、何か自然の威厳を感じる。時間があってしかも望遠レンズなど持っていたら、ずっとこのオジロワシの姿をカメラに追いかけるに違いない。

『あそこにも・・・』とオホ-ツク川の岩壁にもとまっている。車に驚いたのか飛び立ったが風の勢いに押されて前に進めない。我々にとっては絶好のアングル。しばしオジロワシとの並走が続き、何枚か飛んでいる姿を映像に納めることができた。

時間が押してきたので、標津の町に戻り、蕎麦を御馳走になって飛行場に向かう。飛行場に向かうにつけて天候は回復してきたが、日に一便なので羽田からの飛行機が着陸できていなかったら、当然ながら飛び立てない。羽田を遅れて出発したとの情報なので、このあたりが気になるところ。

空港に近づいた時運転している観光課長が『おった・・・』と叫ぶ。飛行機の姿が見えたので今日は飛ぶ。Fさんの『よかった・・・』という言葉が印象的である。

『5月、必ず来ます』と約束して機上の人に・・・。雑駁な文章で恐縮だが、とりあえず慌ただしい標津の旅の紹介はこれで終わりたい。(田舎親父)

2008年2月18日 (月)

『鮭児』を口に・・・

 『鮭児』とは、アム-ル河で生まれたシロザケの中に生まれ故郷に帰る前の年に、稀に標津の沖合を通り根室半島を経て三陸沖で引き返すものがいるらしく、その未成熟な鮭がオホ-ツク海沿岸の河に産卵に戻る鮭たちに混じって定置網にかかることがあり、この未成熟のシロザケを『鮭児』と呼んで珍重しているとのこと。脂が20%も乗っている最高の美味の鮭として、知る人ぞ知る数多い標津の特産品のなかでも特に最高の一品。

 当然めったにあがることはない。1万匹に1尾というのも大袈裟ではなく、浜値で一尾6万円程度、東京ではその数倍はするだろうとのことである。この『鮭児』が翌年の春、三陸沖で引き返して生まれ故郷のアム-ル河に向かう途中、東北沖から北海道沖の太平洋で収穫するのが『時しらず』というシロザケである。

 こんな説明を聞いて、なるほど『鮭児』や『時しらず』が極端に高価で取引されることが良く理解できた。

 少し説明調になったが、話を『サ-モンパ-ク』のことに戻す。旭山動物園があれほどの人気を得ているのは、(私の想像であるが)職員のモチベ-ションが高いため意欲的に動物のことを学び、入園者の誰かから『質問』されたとしたら、お客の立場を考えて分かりやすいように説明できるスキルを持っているのではないだろうか。

 また、職員は、お客の仕種や動きなどに目を配り『どのようにしたら客を喜ばせることができるか・・・』など、自分なりのアイデアをもつように心がけ、発言できる場があるのでは・・・。それらの意見を取り上げるシステムができているのではないだろうか。

 動物園とこの施設とは人的にも飼育範囲も違っているので一概に論じられない。しかしここで飼育されている魚は『鮭の仲間』たち、餌や飼育の方法がライオンとキリン、あるいはサルとカバというような極端に大きな違いはないはず・・・。ならば、少なくとも『鮭』に関する知識や飼育方法は、飼育担当者だけではなく誰もが共有する必要がある。

 しかし実際には学芸員の一人を除き、鮭のことをほとんど知らない私の素朴な質問でさえ、具体的に答えられないのは、緊張していますという言い訳以前の問題。このあたりに改善の余地があるだろうし、学芸員は自分だけの知識としてしまい込むのではなく、積極的に職員を指導する必要がありそうだ。

 さらに『サ-モン・パ-ク』というこの施設は、全国的にほとんど知られていない。お客を呼び込むためには、まずこの施設のことを知らしめることが肝心であるが、その努力が全職員共通のものとして認識されていないのも気になる。

 全国に発信するのはネットの利用が早道。館長あるいは学芸員や職員は自分の仕事として、施設のホ-ムペ-ジだけではなく(ホ-ムペ-ジもあまり更新されていないようだが・・・)、ブログで毎日の館内の様子や展望台から見える北方領土の国後島の映像や、鮭の産卵やクリオネの動き、あるいは入場者の声などを拾って発信することを薦めたい。

 一人がブログを毎日更新するはかなり大変なことであるが、自分の得意な分野で担当することによって、負担は少なくなるはず。もしもこれが労働過重などというのなら、そんな職員はいらないと言っても過言ではない。

 町を活性化するためは、これらの仕事は町の職員として(給料をもらっている以上)当たり前であり、それができないとなると辞職すべきだろうし、その能力がない野なら配置転換が必要だと思うがいかがだろう。

 見学の後のミ-テングでは、私の気付いたことや上述したような考えを、柔らかく伝えたが、職員の皆さんははたしてどこまで受け止めてくれただろうか。

 終わって館を出たのが午後5時過ぎ。外は雪まじりの風が冷たいなか車で町の中心にある今宵の宿に『川畑』という小さな旅館に案内される。ここは源泉掛け流しの天然温泉で24時間入浴可能とのことだが、夕食は別の会場というのでは湯冷めが怖い。少し部屋で休憩して、会場に向かう。

 歩いて数分の距離だが、凍りついた雪道が大変だろうという配慮。観光課長さんに車で夕食会場まで送っていただく。『武田』という料理屋は、標津屈指の美味しい魚を出す店として知られているという。会場には既に30人ほどの人達が詰めかけている。どうやら私もこの席で一緒に食事を楽しませていただけるらしい。

 この席は標津のエコツ-リズムの推進メンバ-の人達の新年会。Fさんがこのメンバ-の指導的な役割を担っているので、彼の来訪に合わせて歓迎会を兼ねて新年会となったらしく、私も会費を納めて仲間に入れていただくことにする。

 目の前には物凄い御馳走が並んでいる。東京ならばこれだけでも会費の数倍はすることは確実。ビ-ルはサッポロ、酒は北の勝、魚介類は最高の美味となると宴は盛り上がるのは当然。

 宴たけなわのころ、私の目の前に『鮭児』のお刺身が運ばれてきた。皆さんがはやし立てる中いただいたが、その美味いこと美味いこと・・・。貧乏人の私には高級料理など口にできる機会がないので偉そうなことは言えないが、表現のしようがないほど美味い。思わず喉が鳴る。今まで食べた何にも代えがたいほどの旨味が口一杯に広がる。

 すぐ後に出していただいた『コマイのルイベ』も絶品。これは明日、気合を込めておしゃべりしなければならなくなった。

 自慢気味の日記風な文章になったが、続きはまた・・・。(田舎親父)

2008年2月17日 (日)

『鮭児(ケイジ)』の町標津へ・・・

 『ケイジって知ってるか』と問われ、『ケイジ、警察のあの刑事なら知っているが・・・』とトンチンカンな答え。恐らく読者の皆さんでも『ケイジ』と言われて、はっきりと何なのかが理解できる人は少ないのではないだろうか。

 『ケイジとは鮭児と書き、究極の鮭とも言われて、めったにお目にかかれる代物ではない。それを食いたかったら標津までついて来ないか・・・』と声をかけらたら、二つ返事で『行きますよ。食べさせてくれるなら喜んで行きますよ・・・』となることは当然の事の成り行き。

 自然体験の教育旅行のスペッシャリストのFさんと、浅草で一緒に飲む機会があり、帰りの電車の中で、彼からの声かけがきっかけが今回の標津への旅がスタ-トである。しかし、標津という町がどこにあるのかもわからないし、中標津空港という名前も正直はじめて聞く。

 条件は『私の自然体験活動の経験を話す』ことらしい。こんないい加減なことで良いのかとも思うが、しがらみのない気楽な身分、後日彼から送られてきた飛行機のチケットをもって羽田空港に向かう。

 羽田・中標津間はANA便の一日一往復だけ。運良く窓側の座席が空いているとのこと。定刻に離陸した飛行機は、天気はよい関東平野を快調に北へ進む。眼下に霞ヶ浦や筑波山さらに茨城・福島の海岸の素晴らしい景色が広がる。仙台を過ぎるとしばらくは単調な海の眺めだったが、やがて北海道の大地、釧路から厚岸の海岸線が見えてくる。

 上空から釧路湿原を見ると、ヘビのように伸びる川の流れが美しい。緑が全くない白と褐色の世界は幻想的である。うっとりとしているのもここまで、突然機体が大きく前後左右に揺れはじめる。羽田を出る時の『強風のため、場合によったら釧路が千歳に降りるが、そのことを覚悟してほしい』とのアナウンスを思い出す。

機内でも、機長からも同じような放送があったが、順調な飛行にまさかこんなに揺れるとは思ってもいなかったので、ひょっとして・・・という思いが頭をよぎる。 子どもの泣き声が大きくなり乗客にも動揺が生まれはじめる。乗務員がしきりに安心させる放送をするのだが、あまり効果はない。

 一瞬をついて着陸態勢に入り滑走路ぎりぎりまで降りたのだが、距離が足りなかったようで再び上昇したのには流石にゾッとする。しばらく旋回していたが、チャンスがあったらしく再度着陸態勢に入り、無事着率成功。乗客からは思わず拍手が沸き起こった。

 空港に迎えにきてくれた町の職員も『これは半分以上無理だと思い、釧路空港まで車で迎える覚悟をしましたよ』とのこと、機長の判断と技術の高さに敬意を表する。

 車で案内されたのが『サ-モン・パ-ク』(http://www.shibetsu-salmon.org/)別名『サ-モン科学館』という鮭の博物館と言ってもよい建物。地方に行くとどこでも感じることなのだか、場違いと思われるほど立派な建物。恐らくこれもバブル期に建てられたに違いない。『なんでこんな凄いものがあるの・・・』とビックリする。

 そこにはFさんが博物館の職員を集めて、講義の真っ最中。接客のノウハウを教えているようだ。開業当初は年間13万人という入場者があったのだが、最近は5万人程度になってしまい、この入場者を増やすことが課題とのこと、そのための職員研修らしい。

 入場者を増やすことが課題なので、私にも気がついたことを発言してほしいとのこと。まずは館内を案内していただく。鮭についての知識など全くない私だが、この施設のいたるところで興味が湧き立ち止まって、ついつい説明を求めたくなる。何故これ程までの見せ場がある施設があるのに、入場者が減少しているのだろう・・・。

 特に、近くの標津川の水を引き込んで作られている魚道水槽などは実際に鮭の産卵を目の前で見られるというから驚きである。私でも知っている幻の魚『イトウ』も相当数飼育しており、餌を与えると飛びついてくるようすなどは他ではちょっと真似ができないのではないだろうか。

 そのほか、孵化したばかりのさまざまな種類の鮭の稚魚たちが泳ぐ様や、人気のクリオネのダンス、あるいはギレビアで知られているチョウザメの飼育など、少し工夫すれば旭山動物園の様な人気スポットになることは間違いない。

 一緒に館内を回って見ての感想だが、学芸員以外の職員の鮭に対する知識が薄く、この人達のモチベ-ションというかこの施設が置かれた立場に対する危機感がないのが気になるところ。このあたりを指摘したが、皆さんどこまで本気で考えてくれるだろうか。(田舎親父)

2008年2月16日 (土)

桑茶の生産組合見学 

 島根県桜江町にある桑茶生産共同組合と北海道の標津町に出かけていたのでしばし休載してしまった。その報告というか感想少し述べることにしたい。

 桜江町の桑茶生産共同組合という組織は、他の野菜などに比べて桑の葉の成分が数値が高いことに注目して、桑の葉を野菜として食用にしたいと願っている私にとって、以前から興味があり注目していた。

 私が属している『地域資源を生かした教育プログラムの開発研究』委員会とは別の『地域産業マネ-ジャ-育成』委員会が、メンバ-の一人が桑茶製造共同組合の理事長であることから、実際にこの方が事業を成功させている現場を見学することになり、そこにもぐり込んで同行させていただいたという次第である。

 快晴の羽田とは異なり、10時に降り立った出雲空港はどんよりとした日本海側特有の冬空、風も比べ物にならないほど冷たい。早速レンタカ-で桜江町に向かうが、カ-ナビの期限が悪く(古いシステムだったらしい)新しい道に対応できないので、時に道路標識を頼りに国道9号線を一路西に向かう。

 途中、ひなびた食堂で昼食のためにしばしの休息、やっと到着したのが1時過ぎ。特別ゆっくり走ったわけではないのに約2時間半を費やしている。もっとも高速道路ができている広島方面からのコ-スを選んだ他のメンバ-は2時間弱でついたというから、我々の選択が間違っていたのかもしれないが、それにしても遠い・・・。

全員がそろったところで、共同組合の理事長のFさんからレクチャ-を受ける。合併で江津市の一部になっている桜江という所は、『中国太郎』と言われている江の川の流域にある小さな町。そこに6年ほど前に、彼が奥さんと来た江の川流域の風景が気に入って定住を目的としてこの町に腰を落ち着けたとのことだが、江の川の河川敷に野生化して残っている桑に注目、Fさんは桑のことは全く知らなかったというが、当時(今でも)『健康』がキ-ワ-ドになっていることに注目、漢方で桑の葉が用いられることを知っていたので桑茶製造を思いついたと語る。

 よそ者がその土地に馴染むことは大変なことだが、彼は『お手伝い』という心で土地の人達と接するようにしたことから、だんだんと人々からの信頼を勝ち取り、桑の畑の任されるようになったとのこと、私たちには、苦労などなにもなかったように淡々と話しているが、ここに至る努力は大変だったと想像する。

 江の川は暴れ川として知られているという。今では高い堤防が築かれているが昔は田や畑などで作物を作っても、毎年襲う豪雨と川の氾濫で安定した収穫は望めない。そこで養蚕が盛んになったが、その衰退とともに桑の樹は放置されていた、この桑に注目した彼の先見性は素晴らしい。

 桑の樹は生命力が強く、大誠意で野生化して大木になった放置されている桑の樹を、1メ-トル程度の高さに切ると、すぐ根元から新しい枝が萌芽する。数年で見違えるような桑畑に変貌。蚕を育てるには農薬が大敵。ほんの少しの農薬が残っていても蚕は育たない。このことを逆手にとって、農薬を一切使わない『有機栽培』を喘鳴に出す戦略を描く。すぐ認証を得てこれを商品に歌い込んだところ、爆発的に人気が上がり販売が製造量は拡大の一途。今では桑茶だけでも一年の販売実績で1億円を軽く越すようになったというから驚きである。

 彼は『有機の桑の葉』を中心に、さまざまな商品を開発、それらも確実に実績があがっているようだ。レクチャ-後、既に薄暗くなっている中、実際に桑畑を見学に出かける。まさに江の川河川敷に桑畑家は点在。秋に刈り取った桑の株が整然と並び、その周りには野生化した桑の大木の森・・・。『大木はこれから切るのか』との質問に対して『あれは桑の実取り体験』のために残しているとの返事、これにもうなってしまう。

 さらに向こうにある大木は、桑の実を数倍大きくした新種だとのこと、これをジャムやハチミツにつけ込んだ商品が大好評とのことには、彼のアイデアの豊かな発想に脱帽・・・。

 詳しくは後日まとめるとして、わずか半日の駆け足見学だったが、桑の葉の素晴らしさに見せられている私には大変有意義なものであった。(田舎親父)

2008年2月11日 (月)

やはり森つくりが先決・・・

 やっと、アメリカ国内でもトウモロコシなどの穀物で作るバイオ燃料を作る流行に、ほんの少しだけブレ-キがかかりそうな動きが出始めたらしい。

 二つの大学の研究班が、バイオ燃料を作るために森林を切り倒してトウモロコシや大豆などの作物を植える畑にすると、二酸化炭素の排出量が数十年から数百年にわたって増えて地球温暖化を促進するとの研究結果を、米国の二つの研究チームが米科学誌サイエンスに発表したようだ。

 両チ-ムとも、土地の新規開拓で焼き払われる樹木や、耕される土壌から長期間にわたって放出されるCO2を勘案したバイオ燃料と、同量の化石燃料とで、排出されるCO2量をス-パ-コンピュ-タで大量のデ-タ-を計算した結果だという。

 プリンストン大のチームによると、トウモロコシを原料にしたエタノールの場合、30年間はバイオ燃料の方がガソリンより2倍近くのCO2を放出。ガソリンの排出量を上回るのは167年間も続くという。土地を新規開拓せずに生産したエタノールを使えば、20%の削減と結論つけている。

 一方ミネソタ大のチームによると、インドネシアの泥炭地の森林をディーゼル燃料向けのアブラヤシ畑にすると423年間、ブラジルの熱帯雨林をディーゼル燃料用の大豆畑にすると319年間、それぞれバイオ燃料の方が化石燃料よりも排出量が多いとの結果を報告している。

 私としては、生きるために一番大切な『食べる物』を、便利で快適な生活を送りたいという欲望のために『車』の燃料にすること自体、人間として許されるこういではないと考えているので、具体的な数値はともかく本質的には正しいと評価したい。

 広大な熱帯雨林のままで存在させる方が、伐採して畑にしてトウモロコシからのバイオ燃料にするより、CO2を吸収する能力が優れているのは明らかだろうに、経済優先の社会にあっては『金儲けが善』という風潮が悲しい。

 研究者たちは、この研究結果をもとに、ブッシュ大統領や議会幹部に政策の見直しを求める書簡を提出したということだが、はたしてブッシュさんは聞く耳をもっているだろうか。

 世界の警察を自認し、イラクの核武装を解除し民主化を進めるとの名目で、フセイン政権を倒したが、実際には核兵器など保有していなかったとも言われており、結果的には治安が極度に悪化、今でも、連日のように自爆テロのニュ-スが聞こえてくる。

 この戦争で死亡したアメリカ兵士の数は、あの悪名高いベトナム戦争をも上回っているとのこと。アメリカ国民の意識もイラクから撤退を望む方向に変化しているというから、ブッシュさんの支持率は最悪・・・。

 残り少ない任期に、このバイオ燃料施策の方針を今一度考え直すことは、イラク戦争で犠牲になった若き兵士たちの鎮魂の意味でも意義があると思うのだが・・・。

 話は変わるが、昨日、久しぶりで宮脇節を聞きたくなったので、パシフィコ横浜で行われた環境フォ-ラムに参加してきた。

宮脇節というのは、植物生態学の世界的権威である宮脇昭先生の話ぶりのことである。先生には横浜国大時代教えを受けたことがあるのだが、当時はその内容をよく理解できなかったため、極めて不謹慎なダメ学生、もう少しまじめに勉強していたらと、今更ながら反省している。

 先生は今年80歳、バイオマスなどバカなことをやめて混植・密植で広葉樹を植えるのが大切、例え都会の狭い空間でもできると、35年間を2時間で語るのだからはや愚痴になるのは当然とおっしゃる、あの情熱と体力は心から尊敬したいものである。

 昨年の会場はがら空きだったが今年はびっしり満員、立ち見の方もいる盛況に時代の変化を感じる。たった1年で、カ-ボンオフセットの話題が日本人の関心事に発展、森の重要性が認識されてきた証拠だろう。

 8年から始めた飯田でのささやかな森作りが注目されはじめたことは嬉しい限り、今後も森作りのお手伝いをしていこうと、満ち足りた気分でパシフィコを後にした。(田舎親父)

(追記)

 明日から、島根県と北海道に取材旅行。5日間程休載。 

2008年2月10日 (日)

農家民宿のお母さん100人・・・

 『田舎が元気でなければこの国の未来はない』 これは私の理念である。3年前から農水省の外郭団体の『地域資源を生かした教育プログラム』の開発委員を引き受けて活動しているので、このところ地方に出かけ人々と話す機会が多い。

 話の中で、必ず出てくることは過疎と高齢化、生まれた土地で暮らしたいと思っていても、産業がないので就労できないという暗い話題が多い。若者は仕方なくどんどん都会に出てしまい、残るのは年寄りばかり・・・となる。

 一昔前までは、田舎の活性化は『観光だ!』とばかり、都会の人に来てもらうためのテ-マパ-クや温泉などの観光施設を次々と建設することがブ-ムになって、各地に同じような建物がたてられた。

 それらは、一時的に賑わいをみせたものの、どこにでも同じようなものがあっては飽きられるのは当然で、現在ではそれらを使って集客していた観光地はどんどんさびれ、建物などのハ-ドが負の遺産となり、夕張ではないが、財政が破綻したり破綻寸前の自治体が目白押し状態。

 都会の人達の旅行形態は時代とともに大きく変化し、大手の旅行社の企画に乗っかって、安く・気楽に観光地を巡る旅を求める人が増えているが、その逆で、のんびりと田舎の良さを見直したいという、所謂『グリ-ンツ-リズム』が見直されて、その目的で旅する人の両極に別れるようだ。

 この田舎志向の旅人に人気なのが『農家民泊』や『農家レストラン』で、各地にこの数が増えているという。

 農水省を中心にこのような動きを後押しするために、今年から農家民宿の経営の安定に成功し、地域の活性化にも貢献している女性を選ぶ『農林漁家民宿おかあさん100選』をスタートさせ、先日第1回の選定者20人を発表した。

 今後2年間でさらに80人を選ぶという予定だが、今回選ばれた『民宿のおかみさん』の中に二人の知人が含まれている。全国で20人の中の二人というのは相当な数字、正直に嬉しい限り・・・。

 その中の一人である、長野県の大鹿村で民宿『山村体験館 たかやす』を営んでいる伊東和美さんはこの道では全国でも知られた存在。数年前、飯田市で行われた『本物体験フォ-ラム』だったかで一緒にパネラ-を努めた関係で知り合ったが、その実践は素晴らしいものだったことから、選ばれるのは当然だろう。

 伊東さんの『身の丈にあったもてなしが私流。心に余裕があれば笑顔が生まれ、自然と人が集まる』という言葉の意味は深い。

 もう一人が、去年の秋に宿泊した高知県の檮原町で農家民宿『いちょうの樹』を営んでいる上田和子さん。その時は、客室は予約で詰まっていたので母屋の座敷に泊めていただいたが、暖かいもてなしで感激した記憶が蘇る。

 檮原町にある『道の駅-ゆすはら』は『道の駅』の第一号、この地はまさに道の駅の発祥の地だということはその時教えられたことであるが、そのころから今日あることを予想して農家民宿をやりはじめたというから、先を読む力は鋭い。

 風呂もあるが、温泉の方が気持ち良いでしょう、ということで『道の駅-ゆすはら』にある温泉でゆっくりした後、わざわざ高知市から銘酒をもって駆けつけてくれた友人たちと夕食をいただきながら、上田さんから聞いた苦労話が懐かしい。いちょうの樹』には来月お世話になる予定、再会が楽しみ・・・。

 今年は、これからも地方に出かける機会が多く待っている。何人の農家民宿の名物おかみさんに会えるのか、これも楽しみである。(田舎親父)

2008年2月 9日 (土)

『尾瀬学校』 構想は良いが実施となると・・・

 群馬県知事は、自然・環境教育の一環として、新年度から、県内の小中学生は在学中に一度は必ず尾瀬に行って学ぶ『尾瀬学校』を市町村教委などの協力のもとで導入すると明言したというニュ-スに、なかなか思い切った方針を出してきたものと目が止る。

 当初予算案にガイド料と交通費として1億円を計上する方針で、『環境教育は尾瀬のほうに一本化したい。義務教育の子ども全員に、尾瀬で環境や自然の体験をしてもらう』とのメッセ-ジは、尾瀬という素晴らしい環境を県内に持つだけに、知事の気持ちもわからないではない。

 が、この知事さんは学校現場のことが本当に理解できているのかな・・・と心配になると同時に、無理を承知のアドバル-ンでは・・・とも思えないでもない。

ともあれ、知事の発言となると県教委は一応前向きな姿勢を出さざるを得ないようで、早速周辺の学校で、尾瀬に児童生徒を引率して出掛けている学校を調べたらしいが、ほとんど実施していないとのこと。

 県教委の幹部たちは、調べてみて少ないことに驚き、なるほど県内に単独で国立公園に格上げされた尾瀬を持っているのに使わない手はないと思ったらしい。早速、知事の発想に沿って、実施の方向で周辺の市町村教委などに『尾瀬に行こう』との呼びかけを行うとともに、具体的な実施方法について協議する方針だという。

 当面は日帰りの日程で、小学校高学年から中学生の1学年の約2万人を対象とする方向で調整するとの姿勢だそうだが、学校が何故今まで実施して来なかったのかを考えて事を運ばないと学校を混乱させるだけになるのではと少し気掛かり・・・。

 私も経験があるが、最初の尾瀬行きは、夜行バスに乗り込み早朝に尾瀬の鳩待峠に着いて、近くを散策して夕方バスで帰るという、所謂『夜行日帰り』だった。至仏岳を背景に、広々とした湿原の木道の散策は素晴らしいと感激したことを思い出すが、日程的なに物足りなくて夜行日帰りはその時だけ、以後は山小屋に宿泊したものである。

 大人でも日帰り(早朝から夕刻近くまで9時間ほどの夜行日帰り)では、時間的に尾瀬の素晴らしさを感じるのは難しいのに、学校で引率となると出発が早くても8時、帰着が午後5時という制限がある。

 その中での実施となると、尾瀬に着いたや否やもう帰る時間となり、何のために尾瀬に行ったのかわからない。これが遠足や見学の候補地になり得なかった大きな原因だったのでないだろうか。

 『尾瀬学校』の構想は、地元の観光協会などからは『尾瀬を訪れる人は関西や九州など県外が目立ち、県内は意外と少ない。片品村の尾瀬から、群馬県の尾瀬として県民に認識していただく良い機会になるのではないか』と歓迎しているようだが、あくまで『観光』という視点での考え方だろう。

 尾瀬の素晴らしさを子どもたちに感じさせたい、と考えている教育関係者も多いことは想像できるが、例え、交通費や宿泊費などを県が全額負担してくれたとしても(無理だろうが)、学校にこの構想を押しつけるのは慎重に願いたい。

 尾瀬とは比較にならないが、夏休みを利用して日光の戦場ヶ原の木道を散策していると間違いなく小中学校の集団にぶつかることになる。現在ほとんど木道は複線になっているのですれ違いが可能なのだが、その騒がしさに閉口する。

 数人のグル-プで行動しているのならまだしも、クラス全体が一列になって、ひどい場合は引率の教員の前後から『急いで、振り向くな・・・』との号令まで聞こえる始末。何のために自然の中を散策させているのかと疑ってしまう。

 これが尾瀬で・・・と想像するだけでゲンナリとなってくる。尾瀬の素晴らしさを子どもたちに味わわせたい、という知事の気持ちは理解できないわけではないが、それ以前に自然を楽しめる教師を育てる必要があることは忘れてほしくない。

 やはり詰まるところ教員の質の向上、研修のあり方や、実施のシステムの検討に行き着くようだ・・・。(田舎親父)

2008年2月 8日 (金)

給食費の徴収に苦労している自治体・・・

 学校給食費の不払いが各地で問題になっている。自治体は必死で学校の尻を叩いて、親に払っていただく?努力をしているようだ。学校によっては、校長名で督促状を出したり担任や教頭が各家庭を訪問して頭を下げて?『どうか払ってください』とお願いする始末という話も聞こえてくる。
 ここまでくれば本末転倒もおびただしいが、これに似た話はザラに転がっている。少なくとも教員が『給食費』を集めることは本務ではないことだけは確か。なのに、多くの不払い者がいると担任が何となく肩身が狭くなるのが『学校』という特殊な世界、だから何故こんなことまでしなければ・・・と思いながら家庭を回ることになるようだ。
 給食費で振り回されていては、本務の教科の指導など行き届かなくなるのは道理、当然自信がなくなり何となく落ち着かない態度になってくる。子どもたちはそんな教師を鋭く観察しているので、たちまちのうちにこれらの教師の指導力は地に落ちていく。
 これでは、学校が荒れるのは当たり前だろう。『いじめ』と称する暴力行為が横行し、標的にされた一人が自殺。このパタ-ンが何度続けばよいのだろう・・・。
 自治体もやっと、学校だけに任しておけないと思い腰を上げだしたようだ。ある市ではこのまま放置しておくと市の財政に負担が大きくなるので訴訟という手段を取り出した。しかしそれも、保護者に対しては学校にぎりぎりまで要求した結果、それでも払わないという確信犯に対してだけであり、教師の負担が少なくなったわけではない。
 裁判には多額の費用がかかる。たった5000円の給食費を払わせるために、担当の職員を置く自治体も出始めた。そして、訴訟に勝って5000円が入金されたとしても、その何倍かの手当てを弁護士に支払わなければならないのだから、かえって財政を圧迫することにもなりかねない・・・。これは笑えないマンガというべきだろう。
 先日、千葉県市川市の教育委員会は、給食費未納対策として、市立の小中学校に通う児童・生徒の保護者に『給食か弁当か』の選択をさせるという、一歩踏み込んだ方針を決めたとの報道。新年度から保護者に『学校給食申込書』の提出を求め、提出を拒む場合は『(原則として)弁当を持参してもらう』というものらしい。
 近く配布する通知の内容の概略は、新年度からの給食提供について給食を受けるかどうかは『保護者と学校が書面で契約を交わす形をとらせていただく』と記され、保護者が『納付義務者』として署名、押印して校長あてに提出するよう求める『保護者と学校との契約』とのことだが、今までとどう変わったのかと首を傾げたくなる。
 市教委は『払えるのに払わない規範意識の低さ』も未納の原因の一つに挙げ、申込書の提出は『給食費を払っている保護者との不公平感をなくすための措置。集金する先生の負担を減らす目的もある』と説明しているが、これはあまり説得力がないのでは・・・。
 今までも入学式において保護者に学校給食のあり方やや実態、そして払い込み方法などを説明して、全員に振込先の金融機関を提出させていた。確かに『契約書』という文書のやりとりはしていなかったが、それは学校と保護者との暗黙の了解事項だったはず。
 『契約書』に署名捺印しても、完全に教員を舐めきっている確信犯的な悪質な親は、契約書の相手が学校となると、払わないだろう・・・な、と思ってしまう。
 市川の方針を頭から否定するものではないが、学校に『払わない親の子どもに対して給食を与えない』ことができるはずがないことを、教育委員会の幹部たちはわかっているのだろうか。
 現在のほんの少しの強い言葉を叱っても『言葉による体罰だ』なんていう風潮の中で、教員が『お前の親は給食費を払わないから給食は食わせない』なんて、言葉でさえできる訳がない。
 早速ある学者は『ある程度の効果があっても根本的な解決策にはならないだろう。本当に給食費を支払う能力がなく、申込書を出さない家庭があった場合、その状況をどのように子どもに説明するのか。先生の負担はさらに増すことになる。』と疑問を投げかけているがもっともなこと・・・。
 もう一歩踏み出して、保護者と学校とではなく契約は『自治体本体』とし、そこに『支払いがない場合は翌月から即給食を食べさせない。このことは市の責任で学校に命じたことであり、子どもが「いじめ」などにあっても仕方ないものとする』という一文を添え、学校は一切関わっていないという強い意思を示すとかなりの効果はあるだろう。
 もっとも、人権派と称する人達が大騒ぎするだろうが・・・。(田舎親父)

2008年2月 7日 (木)

やはり この育毛商売も偽装?・・・

 社長が関西で人気があるタレントと対話方式で『リ-ブなんとか・・・』というキャッチコピ-の育毛会社のコマ-シャルが目につく。めったに民放を見ない私が目障りだと思っているぐらいだから、同じ内容の画像を何度もこれでもかと思うほど流しているようだ。

 その中で社長は、カツラではなく全く新しい方法だから『必ずはえる・・・』と断言する。タレントもそれを受けて『自分が保証する・・・』ともとれるような構成になっているので、髪に悩みを持つ人は相談したくなるのも無理はない。

 私もかなり薄くなっているので、そんなに確実に髪がはえるのなら・・・とちょっと食指が動きそうになったが、いやいやそんなに甘いものではないと自制。世にいろいろな育毛剤・育毛薬が出回っているが、効果があったという話はあまり聞かない。

 かなり以前、中国から秘伝の『育毛剤』の話題が流れたことを思い出した。当時、数十万円で飛ぶように売れ、品切れになったということだったが、その効果はあまり報じられなく、いつの間にか立ち消えになっているので、これはインチキだったようだ。

 しかし、ここ数年『リ-ブ○○』というテ-マ音楽と映像を徹底して見せられたら『ひょっとして・・・』と思う人がでてきてもおかしくない。

この『リ-ブ○○』という会社の宣伝を信じて、発毛促進サービスを4年間にわたって受けた大阪の男性会社員が、効果がほとんどなかったとして訴えていたことが明らかになったが、こんな訴訟が今までなかったことが不思議・・・。

 この男性は平成13年というから、6年前に相談に訪れ『絶対はえる・・・』という社長とタレントの言葉を信じて、4年間もひたすら通いつめていたというから気の毒。

 記事によると、同社のチラシを見て『頭頂部が薄くなって久しい。大丈夫か』と相談したところ、担当者から『大丈夫。必ず生えてきます。発毛には3年必要』という条件で発毛促進サービスを契約したという。

 ところが、4年間、週1回2時間のペースで高周波の『発毛装置』(そんなものがあるのかは感心するが・・・)などで『治療』を受け施術代約500万円を支払い、さらに効果を高めるということで、さまざまな補助食品代として約200万円も大金を投じたというがあまり効果なし。しかしよくぞ騙され?続けたものだと驚きを通り越す・・・。

 約700万円も払ったのだから、効果ないとなると訴えるのは当然だろうが、信じる方もいかがなものだろう・・・という感はぬぐえない。事前の契約がどうなっているのかよく分からないが、効果がないと気がついた時点では、文句を言っても既にカネは払い込んで返金もままならないシステムだったのでは、と想像するが違うだろうか。

 『リ-ブ○○』も、社長が『絶対な自信』を強調しているのなら、効果のない人には返金するぐらいの姿勢が必要。言葉巧みに勧誘して、ほんの少し小声で『個人差がありますよ・・・』と言って大金を巻き上げているとしたら許せない。

今回、施術料の9割程度で和解が成立したというから、会社側もあまりことを荒立てては『あのコマ-シャルは何だ』と思われてしまうと判断したのだろうが、これを機会に『絶対にはえる・・・』と触れ込むのなら、担保として『効果のない人には返金する・・』、あるいは『とにかく体験を・・・』効果がありそうならば契約を、とぐらいの一文を加えてほしいもの。

 さもないと、恐らく沢山いるだろう第二・第三の男性が訴えをおこすのではないだろうか。社長に追随して『絶対にはえる・・・』と断言している大物タレントの、カネさえもらえれば後は知らない、とばかり社長におべんちゃら・・・。

 この程度のタレントが選挙になると、圧倒的な人気で当選する風潮は何なのだろう。まさに一億総白痴と言われても仕方がない。政治は結局は自分に跳ね返るという自覚を持って、少し冷静に人物を確かめて投票したいものである。

 ともあれ、儲けるためにはなんでもありのこの世界。油断をするとつけ込まれることは必定。髪に悩みも『ハゲ』は個性と割り切ることも一つの方法だと思いたい。(田舎親父)

2008年2月 6日 (水)

この選択は正しかったのだろうか・・・

大阪府民の選択は正しかったのだろうか・・・。

知事は府民が選ぶことなので、私がこんなことを言うのはお門違いかもしれないが、もし国が『防衛のため大阪に大規模な米軍基地を移転する』と発表したら、今日知事に就任するこのタレント弁護士さんは『お上のおっしゃることですから、結構でございます』と受け入れるのだろうか。

そんなことはあるまい。こんな無茶苦茶なことは住民投票云々以前に、府民が大反対するだろう。人気商売のタレントは人一倍この動きをつかむのは得意だろうから、本心はともかく『大阪だけはご勘弁・・・』ととりあえず反対を表明するに違いない。

以前にも取り上げたと思うが、米軍の再編成で岩国に航空部隊を移転という無茶な決定に対して岩国市民が猛反対するのは当然。市長は『住民投票』で民意を聞くことに・・・その結果市民の過半数が反対を表明したことは記憶に新しい。

その後、国は岩国市に対して徹底した『兵糧攻め』支援金や補助金を出さないという、報復に出たことは周知のこと。まさに『カネが欲しかったら、俺の言うことを聞け』とばかりの卑劣な手段に怒りを感じる。

恐らく、自民党などの市議たちが『カネがなければ市は破綻・・・』とか何だかんだ文句をつけて市長を辞めさせたのだろうが、出直しの市長選挙で反対派の現市長に対抗する大物候補として衆議院議員という御仁が担ぎ上げられたという構図。

この市長選に応援をかってでたのか、させられたのかは定かではないが、くだんの方が『同じ年代と艦載機の問題の主義主張が同じだから』という言い回しで、『国政と地方は別と考えているので、あえて混乱をもたらすべきではない。』『防衛政策に自治体が法律上の手続きを使って異議をさしはさむべきではない』とのの発言は、まさに冒頭に指摘した『お上のおっしゃることは・・・』と言うことになってしまう。

これに対し、憲法学者らからは『弁護士とは思えない発言。基地問題は生活問題であり、住民には意見を言う資格がある。憲法が認めた言論の自由だ』と批判しているらしいが、普通の感覚では現在の米軍基地はまさに生活問題。かなり離れた地域に住む私でも、夜間の離着陸訓練と称する艦載機の大騒音には閉口しているのだから、近くの住民は我慢の限界を越えているだろう。

当然、基地反対という意思を述べるのは人間として当たり前の権利。批判している学者に対して『机上の憲法論しか知らない学者にとやかく言われたくない』とは、あたかも自分は汗水垂らして働いているような傲慢な発言。実際にはテレビで人気とり発言をしているだけではないか・・・と言いたくなる。

心情的には艦載機の岩国基地への移転反対を唱える現市長を応援したいが、徹底的に兵糧攻めにされることがわかっている。市庁舎も補助金無しでは建て替えもままならないとなると、市民も難しい選択を迫られているものだ・・・。

しかし、こんな理不尽をまかり通しては、いよいよ日本の民主主義は終わり、ある知事の『住民投票は民主主義で重要な手段の一つ、地方として国の方針に納得できないことも当然あり、意思表示することもいいと思う』との発言は救いである。

どなたか骨のある国会議員が『米軍基地を大阪へ移転・・・』と言いだしてくれないかと楽しみにしているのだが・・・。(田舎親父)

2008年2月 5日 (火)

『段ボ-ル肉まん』とは・・・

 相変わらず中国の毒入りギョ-ザの話題が続いている。河北省のこのギョ-ザを製造した『天洋食品』は、ギョーザの製造過程に不備はなかったと自らの責任を否定、河北省の輸出入検査検疫局も、この会社が有機リン系農薬成分『メタミドホスを使用した痕跡はない』との調査結果を発表した。

 中国の見解も内容的にははじめから予想されていることで、さほど驚きはないが、生協側も問題の冷凍ギョーザについて、『原料を通じて農薬がかなりの濃度で紛れ込むことは考えにくい』との上で、原料の生産や検査記録にメタミドホスが使われた記載はなかったというから、どうやら輸入過程で誰かが作為的に一部の商品に農薬を混入した疑いがありそうだ。(マスコミは間違いなく製造過程で混入されたものと報じているが・・・)

 先日このニュ-スに対して、とんでもないアングラ情報が届いた。それによると、急に声を高めて叫ばれている、内閣の人気回復の手段として『消費者庁』構想と、あまりにも時期的な符号が合いすぎるというもの・・・。

情報は、消費者の利害と各省の利権が複雑に絡み合っている現実では、『消費者庁』などという新組織に対して、議論がかみ合わないのが現実で、またまたアドバル-ンのような構想と難航している時期に『消費者を守る』というたてまえかた、絶対に『消費者庁』が必要だと思わせるための事件だと指摘している。

 いくらなんでも、権力はここまで考えないだろうと思うが、国民はこんな事件が起こると何となく『消費者庁』があっても良いのでは・・・と思ってしまい、結果的にはこの内閣は『消費者を守る』ように思ってしまう。うがちすぎだと思うが、全く可能性がないことは言えないのでは・・・。

 ところで、殺人ギョ-ザではないが、去年の後半、中国で捏造報道されて話題となった『段ボール肉まん』を逆手にとって商売している人が話題になっている。

秋葉原に『出来立て段ボ-ル肉まん』という大きな文字の看板が掲げられ、実際に商品として『段ボ-ル肉まん』を作って販売しているらしい。それが人気になって、一日1500個ほど売れるというから驚いてしまう。

 この店では、ピンクや赤色の人民服のコスプレ姿で出迎えてくれたり、商品の『段ボ-ル肉まん』に『おいしくな~れ』と魔法をかける店員もいるというから商魂逞しいというか、ここまでやるか・・・という感じ。

 見た目には何の変哲もない肉まんだが、一つずつ『段ボ-ル』に入って、その名の通り『段ボ-ル(に入った)肉まん』とはなるほど納得。これが結構な味だと評判。偽装食品の名前を偽装しているから面白い。しかも『注・段ボールは食べられません!』との注意書きまであるというからブラックユ-モアというかなかなかのアイデア。こんな『偽装』なら笑って許せるのでは・・・。

 この商品を考えついた会社は、これまでもアイデアでヒット商品を連発しているお菓子を作る会社だそうで、社長は当初は自社の名前で販売しようとしたそうだが、社員の大半から『不まじめだ』とか『やりすぎだ』と猛反対されため、今回別の会社を立ち上げて赤字覚悟で販売に踏み切ったという。

 いや、何でも商売に結びつける人がいるも・・・。(田舎親父)

2008年2月 4日 (月)

平成のお犬さま・・・

 今日は立春。我が国の四季の行事は、だいたいこの日のころがが『お正月』という大陰暦を基準にしている。最近は殆どの人はあまり気に留めなくなってしまっているが、行事の名前と季節がずれていることが多い

 特に『七草』などはその典型。1月の寒の最中にはまだ雑草さえ伸びはじめない。まして、セリやナズナなどどこを探してもないのが当たり前。それを無理に『七草がゆ』の食べることが『七草』がごとき商魂に踊らされて、ス-パ-で先を争って買い求める人も多い。

 これからの季節は、風はまだまだ冷たいが、日一日と昼間の時間が長くなり日中の太陽の光の中では少しの運動でも汗ばむ季節。旧暦では元旦が7日、七草は13日に当たる。このころになると、草も伸びはじめ、野に立ち摘み草をするという意味の『七草』を楽しむことでできるのではないだろうか

 ところで、この小覧でも取り上げたことがあるが、最近またワンチャンを連れて散歩をしている人が増えたように思える。以前は大型犬が多かったが、この頃目立つのは比較的小型の室内犬。しかも服を着せてもらったり頭にリボンをつけたり、なかなかおしゃれな犬が多い。

 普段、室内で人間と同じような環境で過ごしているのだから、外は寒かろうと思う飼い主の気持ちは理解できないわけではないが、これで良いのかなあ・・・と思えてしまう。

 先日『ペット社会も高齢化、肥満が問題に-』という面白い見出しが目についた。

 記事によると、メーカーなどでつくるペットフード工業会(どんな業界でも組織ががあるものだと感心)が飼い主を対象に行ったアンケート調査で、愛犬や愛猫の約半数が高齢期にあり、およそ3割は太り気味という結果が出たという。

 『食品や医療の進化などで寿命が延びる一方、室内飼いが主流となって運動不足のペットが多いのでは・・・』と分析しているというが、ワンチャ連れの散歩風景をみると、なるほどと納得してしまう。

 業界の団体の調査によると、犬を飼っている世帯率は19%弱、猫が15%弱とのこと。確かに多いことは間違いないだろうが、我が家に近くには獣医さん宅に一匹で、少なくとも20数軒には犬はいない。私も愛犬(駄犬)ジョンが亡くなってから10年以上飼っていない。5軒に一匹の割合は俄に信じられない数字である。

 数も推定で犬は1250万匹、猫が1300万匹とあるが、この数値も飼っている世帯率からみると少しおかしい上に、猫が多いというのも疑問である。

 数字のことはともかく、最近の人間と同じで、メタボ体型の犬が多くなったことは間違いない。中にはこれ以上太れないと思うほど肥満の犬を見かけることも稀でない。餌も昔のように人間の残飯ではなく栄養たっぷりの『ペット食』だということから、運動不足に加えて栄養過多が原因であることは疑えない。

 こんな恵まれた?環境で過ごすペットたちの間に、糖尿病や高血圧、あるいは脳梗塞などが流行っているらしい。このための医療もかなり充実しているらしい。

 ガンで死亡する犬や猫も多くなり、その予防の研究も盛んになされているという。つい最近、農水省は人間ではガンの早期発見の手段になっている『陽電子放射断層撮影装置(PET)』による診断を、犬と猫にも実施可能にする方針を決め、必要な放射性の医薬品が使えるよう獣医療法の施行規則を改正する、というニュ-スに『ちょっと待ってほしい・・・』言いたくなる。

 PETという装置は何かで聞いた覚えはあるが実際にみたことはない。私自身そんな検査を受けたことはないし、人間ドックの検診内容にもないはず。PETを使ったがん検診を受けるには少なくとも10万円近くかかるというから驚き。

 ペットの大切に扱う風潮に異議を唱える気持ちはないが、人間と同じかそれ以上の待遇を国の役所が保障するとは・・・。何かが間違っているように思えてならない。

 医師不足の過疎の村から『俺たちの命より犬の方が大事なのか』という怨嗟の声が聞こえてきそうだ。(田舎親父)

2008年2月 3日 (日)

ホテルの傲慢な姿勢はどこから・・・

 早いもので今年もカレンダ-が1枚減ってしまい、今日はもう節分。各地の神社仏閣ではで有名人を集めて『豆まき』行事が行われるだろうが、窓の外は銀世界。しかもまだ降り続いている。舞台に立って豆まきをする人達も大変だろう。

 当初暖冬だと言われていたが、年があけたとたん連日の冷え込みで、横浜でも去年はほとんど見られなかった霜柱もしっかり育っている。まだ当分はこの寒さは続くとのことだが、太陽の光は確実に強さを増していることが実感できるようになったので、しばしの我慢、春はもう間近・・・。

 ところで、日本教職員組合(日教組)の教育研究全国集会がホテル側の拒絶に合い全体集会が開けなくなったとのニュ-スに、日教組もここまで邪魔者扱いされるようになったのかと気の毒になる。

 会場に予定していた『グランドプリンスホテル新高輪』とは、昨年5月に契約が成立していたらしいが、ホテル側が『右翼の街宣車の妨害が激しく、一般客の安全が守れない』という理由で11月になって契約解除を通告してきたという。

 慌てた日教組側は裁判所に訴えたのは当然で、その結果一審の地裁・二審の高裁とも日教祖側の言い分が正しいと判断して、ホテル側に『契約通り使用させなさい』という判決をだした。普通なら『ハイ、わかりました』となるところだが、ホテル側は徹底して拒否したものだから大変・・・。

 日教組に味方するわけではないが、これは不自然。ホテル側は『お客様の安全を第一に考えると、お受けできない』とのたてまえの姿勢を崩さず、結局は集会が中止に追い込まれたというから、日教組側が憤るは当たり前。

 誰が見ても『賠償金を払えば、裁判所の判断など無視して構わない』というホテル側の傲慢な態度は許せることではない。このままウヤムヤにしてしまえば、日本は法治国家という看板を外さなければならなくなるのではと心から心配する。

 ホテルの論理が通ってしまえば、裁判所の決定でも『カネ』があれば従わなくてよいという風潮が作り上げられそうだ。思想的に日教組と相いれない組織であっても、これは声を大きくホテル側の態度を批判しなければ、いつ何時、自分たちの組織が締め出されてしまうかもしれなくなるのでは・・・。

 ホテル側は『昨年3月に申し込みがあった時点では承諾したが、10月になって前回の開催地に調査にいった結果、街宣車の数が想像以上で安全上契約解除を通告した』というが、こんな大ホテルの調査担当が日教組の大会の状況を知らずに受け付けたのだろうか。

 そんなことはあるまい。もし『全国の先生方が数千人もの方がおいでになれば・・・』と金勘定だけで受け付けたとしたら、これはホテルとして情けないと呆れてしまう。

何か裏に隠された事情があるのではないだろうか。推理小説の読みすぎといわれるかもしれないが(実際にはほとんど興味はない)『日教組大会を今後開けないようする』という誰かの意図があるように思えてならない。

日教組としたら、公的な施設はほとんど断わられて、いたしかたなく東京の大ホテルを設定したのだろうが、このプリンスホテルのやり方が通用すれば来年も同じ方法でつぶせばよい、世論の批判も何のその・・・。どちらにしてもホテルを会場という設定は選択できなくなる。

日教組も一時の力はない。弱体化した集団の大会なんてたいした脅威になるとは思えないのだから、法に逆らってまで拒否する愚はホテル側(影の権力)に致命的な痛手となって返ってくることを願う。(田舎親父)

2008年2月 2日 (土)

食料を輸出できる・・・?

 昨日のNHKテレビの朝のニュ-スで、栃木県のイチゴ農家のいろいろな取り組みを紹介していた。その中で、最近人気の『とちおとめ』が国内での需要が伸び悩んでいるので農家の人達は、アジアの国々へ輸出を模索している姿があった。
 先日、近くのホ-ムセンタ-に材料をかいに出かけたついでに、階上の『マルエツ』というス-パ-に立ちよったところ、目玉商品として色が綺麗で、鮮度もよさそうな『とちおとめ』が2パック500円で山積みされていた。
 私は果物大好き人であるが、季節を問わず転倒に並ぶイチゴはあまり好きになれない。ス-パ-が、どうせ買いたたいた代物だろうから対して美味しくないだろうと思ったのだが、あまりの安さに『何故こんな値段で売れるのだろう・・・』と変な好奇心の方が大きくなり、ついつい購入。
 帰宅して早速食べてみたところ、これが実に甘い。艶や色も申し分ない。何故これが2パックで500円・・・?。これでは農家はやっていけないな、と同情してしまう。
 『マルエツ』が赤字覚悟で目玉商品にしたとも考えられないことはないが、たとえ利潤がゼロとしても輸送費などは相当かかるだろうから、少なくとも1パック200円程度の法外な低価格で農家から仕入れたことは間違いなさそう・・・。
 テレビの映像は、輸出向けのイチゴの開発に努力している農民の姿が映し出され、この方の『国内の需要が伸びていないので、ホンコンやシンガポ-ルなどアジアへの輸出に品種を改良している』というコメントを紹介していた。
 いままでも輸出していたらしいが、輸送途中に熟して柔らかくなりすぎるために、国内向けのような完熟イチゴが出荷できないとのこと。まだ固い果実を摘み取って、流通過程で熟させるようにしているので評判は今一つ。完熟でも型崩れしない品種を研究中だという。
 先日ス-パ-で買った『とちおとめ』は、1パックは食べたがもう一つは冷蔵庫の中で保存。翌々日とり出して後食べたが、果皮は相変わらず艶があり色も綺麗・・・。甘味も変わりない。何か薬品でも混入しているのでは・・・、と疑りかけたが、ブランド品生産農家がそんなことをするはずはなかろう。
 輸出向けの品種を研究しているというから、相当量作付けしているだろう。ひょっとして『マルエツ』の敏腕社員が研究のために大量に作っている『とちおとめ・・・改良版』に目をつけて買い占めたのでは、という一つの仮説が出来上がった。
 これはあくまで私の仮説である。たとえ当たっていたとしても農家やス-パ-を批難しようとは思わない。むしろ素晴らしいアイデアと拍手を送りたいが、それほどまでに輸出にこだわる農家の姿勢に何となく違和感を感じてしまうのは否定できない。
 一世を風靡した『とちおとめ』も、最近は、地方の新しいブランドに押されていることはすでに述べた。新しい品種の研究も必要だろう、各地で競争することは決して悪いことではない。が、何故これ程まで国内のイチゴ農家が『価格破壊』と思われるほどの激しい競争しなければならないのだろうか・・・。
 消費者のニ-ズに合わせなければ販路が拡大できないことは十分承知しているが、出荷時期を選ばないほどの施設設備に莫大な金額を投資してまでス-パ-に並べ、さらに輸出するために作らなければならないことが必要なのだろうか・・・。
 『とちおとめ』の品質で十分ではないだろうか。イチゴの生産が多くなれば市場価格は下落するのは当然、知っていながらさらに消費者のニ-ズに合わせて、次の品種を作り出さなければならない、この現実と背景を考え直す時期にきたのでは・・・。
 食料のほとんどを海外に求め、ただ人件費の安いというだけで中国で加工した冷凍食品の安全性が、先日の『殺人ギョ-ザ』は端的に示しているように、かなり危険なものであることは明らか、なのに販路を求めて『安全で安心な食料』を輸出している・・・とは何かチグハグだと感じるのは私だけとは思いたくない。
 食料の自給率を高めなければならないことは我が国の緊急で重要な課題。そのために、過当な競争などしなくても国内で十分販売できる農作物を作って、当たり前の生活ができるようにするのが『農政』だろうに・・・。と思う昨今である。(田舎親父)

2008年2月 1日 (金)

『殺人ギョ-ザ』とは 凄いネ-ミング・・・

 昨日の朝刊のトップが『中国製の冷凍ギョ-ザで食中毒』というものだったが、夕方には『殺人ギョ-ザ』と悪名が格上げされるほど日本中大騒ぎ、近所のス-パ-でも店員がてんやわんやで該当品を撤去していた。

 冷凍食品のコ-ナ-には、いつもならある程度の買い物客はいるのだが、昨日ばかりは皆無。むしろ避けて通っている感じがする。そういえば、このところ冷凍食品が3割引とか5割引きというチラシが入っていたのを思い出したが、ひょっとしてこの騒ぎがあることを見越していたのでは、と勘繰ってしまう。

 閣僚たちも大慌てで対応しているようだが、中国産の野菜が農薬汚染していることは、誰もが知っていること『今更、かっこだけつけやがって・・・』と思わないでもない。その意味では消費者もおなじだが、安価という魔力に抗らいがたく買い求めなければならない(買うようにしつけられた)というところか・・・。

 今回の食中毒の状況は、ある新聞によれば『サリンのような症状』という書き方をしている。単に腹痛を訴える程度ではなく、吐き気や下痢が激しく、自分の家のトイレでは間に合わず近所の知人の家に駆け込んだというから、これはただ事ではなさそうだ。

 ところが、詳しく読んでみると、この家族が中毒をおこしたのは先月22日とある。私には、むしろ何故10日も話題にならなかったのだろうという方が気になる。どこかでストップがかかり、徹底して報道官制をしたのではという気がしてならない。

 さらに朝刊によると、今回の『殺人ギョ-ザ』を食べて、最初の食中毒事件は去年の暮れで、救急車で病院に搬入された患者は、一時は命さえ危なかった状態だったとのこと。そして退院した1月4日だというから、ちょっと信じられる話ではない。

 昨日の午後になって、輸入業者である『日本たばこ産業(JT)』は、昨年暮れに『殺人ギョ-ザ』の被害を把握していたことが判明したというニュ-スに、前記したような、冷凍食品の大幅な値下げの背景が何となく読めてきた感じがする。

把握していながら意図的に隠して、更に早く売ってしまえという値引きだったとしたら、JTの経営陣は、まさに『カネのためなら人の命なんて・・・』というトンデモない悪魔に魂を売り渡した人間の集団と言っても過言ではなさそうだ。

 今回検出された農薬は有機リン系殺虫剤の『メタミドホス』というもの。この農薬は以前から中国カリフラワーやレイシ、ソバなどから基準値を超える量が何度も検出され、厚労省は中国産『ソバ』について全量検査が必要な検査命令を出すなどメタミドホスは要注意の農薬だったらしい。

 中国現地でも基準違反が相次ぎ問題になっていたのだが、加工品だから大丈夫という理由でJTや生協では、農薬検査などしないで直接転倒に並べていたという。『安ければ売れる』という安易な企業体質と『安価なものしか買わない』との最近の風潮が見事に一致したというところか・・・。

 日本の食料自給率がカロリ-ベ-スで約38%。外国からの輸入に頼らざるを得ないことや、中国から輸入し流通していることも誰もが知っている。しかも中国は大量の農薬を使用していることも常識、今回のような事件は当然起こるべくしておきた、といっても過言ではない。

 知っていながら『安価』ということだけ購入してしまう庶民にも責任はあるのでは、と言うと、またまたお叱りを受けるに違いない。企業も『安全』を社是として、安易に利潤を追求してほしくないと願うが、ここまで『カネこそ命』となった日本の社会では、期待するのは難しいだろう。

 消費者は自ら防衛するしかないのが現実だろう。『冷凍食品は買わない』ことは今更無理だろうが、少なくとも外国で調理されたものは使わない、という意識も必要ではと思う。しかし、物価高を容認しながら対策が何一つない政府を『是』としている国民が大多数というから、これも無理か・・・。

 どこを見ても明るい見通しがないが、今回の冷凍食品の輸入元が政府肝入りのJT、販売が庶民の味方だと自称しているコ-プとあっては、流通している全ての食品が『危ない』という意識を持つことが大切なようだ。(田舎親父)

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