桑茶の生産組合見学
島根県桜江町にある桑茶生産共同組合と北海道の標津町に出かけていたのでしばし休載してしまった。その報告というか感想少し述べることにしたい。
桜江町の桑茶生産共同組合という組織は、他の野菜などに比べて桑の葉の成分が数値が高いことに注目して、桑の葉を野菜として食用にしたいと願っている私にとって、以前から興味があり注目していた。
私が属している『地域資源を生かした教育プログラムの開発研究』委員会とは別の『地域産業マネ-ジャ-育成』委員会が、メンバ-の一人が桑茶製造共同組合の理事長であることから、実際にこの方が事業を成功させている現場を見学することになり、そこにもぐり込んで同行させていただいたという次第である。
快晴の羽田とは異なり、10時に降り立った出雲空港はどんよりとした日本海側特有の冬空、風も比べ物にならないほど冷たい。早速レンタカ-で桜江町に向かうが、カ-ナビの期限が悪く(古いシステムだったらしい)新しい道に対応できないので、時に道路標識を頼りに国道9号線を一路西に向かう。
途中、ひなびた食堂で昼食のためにしばしの休息、やっと到着したのが1時過ぎ。特別ゆっくり走ったわけではないのに約2時間半を費やしている。もっとも高速道路ができている広島方面からのコ-スを選んだ他のメンバ-は2時間弱でついたというから、我々の選択が間違っていたのかもしれないが、それにしても遠い・・・。
全員がそろったところで、共同組合の理事長のFさんからレクチャ-を受ける。合併で江津市の一部になっている桜江という所は、『中国太郎』と言われている江の川の流域にある小さな町。そこに6年ほど前に、彼が奥さんと来た江の川流域の風景が気に入って定住を目的としてこの町に腰を落ち着けたとのことだが、江の川の河川敷に野生化して残っている桑に注目、Fさんは桑のことは全く知らなかったというが、当時(今でも)『健康』がキ-ワ-ドになっていることに注目、漢方で桑の葉が用いられることを知っていたので桑茶製造を思いついたと語る。
よそ者がその土地に馴染むことは大変なことだが、彼は『お手伝い』という心で土地の人達と接するようにしたことから、だんだんと人々からの信頼を勝ち取り、桑の畑の任されるようになったとのこと、私たちには、苦労などなにもなかったように淡々と話しているが、ここに至る努力は大変だったと想像する。
江の川は暴れ川として知られているという。今では高い堤防が築かれているが昔は田や畑などで作物を作っても、毎年襲う豪雨と川の氾濫で安定した収穫は望めない。そこで養蚕が盛んになったが、その衰退とともに桑の樹は放置されていた、この桑に注目した彼の先見性は素晴らしい。
桑の樹は生命力が強く、大誠意で野生化して大木になった放置されている桑の樹を、1メ-トル程度の高さに切ると、すぐ根元から新しい枝が萌芽する。数年で見違えるような桑畑に変貌。蚕を育てるには農薬が大敵。ほんの少しの農薬が残っていても蚕は育たない。このことを逆手にとって、農薬を一切使わない『有機栽培』を喘鳴に出す戦略を描く。すぐ認証を得てこれを商品に歌い込んだところ、爆発的に人気が上がり販売が製造量は拡大の一途。今では桑茶だけでも一年の販売実績で1億円を軽く越すようになったというから驚きである。
彼は『有機の桑の葉』を中心に、さまざまな商品を開発、それらも確実に実績があがっているようだ。レクチャ-後、既に薄暗くなっている中、実際に桑畑を見学に出かける。まさに江の川河川敷に桑畑家は点在。秋に刈り取った桑の株が整然と並び、その周りには野生化した桑の大木の森・・・。『大木はこれから切るのか』との質問に対して『あれは桑の実取り体験』のために残しているとの返事、これにもうなってしまう。
さらに向こうにある大木は、桑の実を数倍大きくした新種だとのこと、これをジャムやハチミツにつけ込んだ商品が大好評とのことには、彼のアイデアの豊かな発想に脱帽・・・。
詳しくは後日まとめるとして、わずか半日の駆け足見学だったが、桑の葉の素晴らしさに見せられている私には大変有意義なものであった。(田舎親父)


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