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2008年4月

2008年4月30日 (水)

民意なんて無視とは(困った政治屋集団・・・

 いやはや驚いた。日曜日の選挙速報は、まさに『速報』、我が家の電波時計の音楽がなり始めて少しして、確かテレビ朝日だったと思うが、画面に『平岡氏 当選確実・・・』と流れたのにはビックリ。

 確か投票締め切りが8時だったはずだから、開票前というより投票会場を閉めた瞬間といっても良い時刻に、もう『確定』とは(よほどこの局は自信があったのだろうが)、これでは投票前から結果がわかっていたのではないだろうか。

 共産党が候補者を見送り、民主党にとっては有利と思われていたが、ウ-タン首相や自民党や宗教政党の幹部たちが、口を揃えて、与党に投票したらカネがおりる、そのカネで『地元活性化・・・』をという言葉が効いたらしく、一時は僅差まで追い上げていると報道されていたはずなのに・・・。

 地元にカネをという言葉は魅力的だが、あまりにもインチキばかりの政府・与党のやり方に怒りを爆発した結果だろうが、この地区の選挙民達の多くが『もはや騙されないぞ・・・』というまともな神経の持ち主だったようで、この結果は全国の圧倒的多数の国民にとっては大歓迎。

 今、選挙になったら、間違いなく自民党は大敗するだろう。ひょっとしたら二桁程度しか当選しないのではないだろうか。それほど、国民の意識は道路特定財源と後期高齢者医療制度、さらに現在進行形である諸物価の値上がりなどの政府・与党のインチキ政策に対してはっきりと『ノ-』との意思表示をしている。

 こんなことが何故わからないのだろうか。いや、わかっていても自分たちの懐が寂しくなることだけは避けたいとの思いがあるのか、国民の意思など全く無視、その日のうちに『暫定税率延長の再議決』を決めたという。

 しかも、二言目には必ず『暫定税率を元に戻さないと地方自治体が困る』とのたまっているが、困らしているのは自分たちだろう。また『国民が混乱する』とか『結局は国民が困る』とか口にするが、ガソリンが下がって困る国民などいるわけはない。混乱しているのは自分たちだけで、責任だけを国民に押しつける厚かましさは『厚顔無恥』としか表現のしようがない。

 国民の意志が『反対』なのだから、そのことを真摯に受け止めた上で、地方が困らない政策を出すのが『政治家』だろうが、この連中は自ら『俺たちは政治家ではなく 政治屋だ』と宣言していると言って差し支えなさそうだ。

 政府与党の『再可決』が既定事実になって、5月1日からガソリンの価格が、元に戻るどころか、さらに値上がりすると繰り返し報じている。今日は、昨日以上に全国各地のガソリンスタンドに駆け込み給油をする長い列が現れることはまちがいなさそうだ。

 それどころでなく、セルフのスタンドにはポリタンや金属の容器を持ってガソリンを買い求める人も続出するだろう。政府は『危険』だ『違法』と大宣伝しているが、庶民感情としては少しでも多くの安いガソリンを確保しておきたいという思いは当然・・・。

 昨日だったと思うが、大学教授もどきの男性が『ポリタンで確保しても、たかだか500円程度しか差がない』と言っていたが、大企業でも賃上げが『年で1000円』が当たり前になってしまった現在、庶民感情としたら『500円しか・・・』ではなく、『500円も・・・』というのが実感。危険を知っても並びたくなるのもよく分かる。

 ウ-タ-ン氏は国民感情を押さえる意図で、来年から道路特定財源を一般化すると言っているが、自民党の総務会を開いて議論すらせず、しかも閣議決定もしないのでは、またまた、この男得意の他人事発言。これでは『二枚舌』と勘繰られても仕方ないだろう。

 しかも、一般財源にすると云いながら、今後10年間はガソリン税を道路建設に使うという特措法は、どう考えてもインチキとしか言いようがない。

 自民党の若手を中心に、この道路建設のための特措法と後期高齢者医療制度に対して異論があると聞くが、結局は派閥の親分や道路族の親方の『にらみ』には抗しきれず、賛成票を投じるのだろう。誰か、一人ぐらい造反する勇気のある議員の姿を見たい、と思っているのは、私の切なる願望だが・・・ムリかな。(田舎親父)

2008年4月29日 (火)

人間の命を小数点で表す感覚には・・・

 日本中の注目を集めた、元少年(私だって、元少年。成人なら誰でも共通の呼称だと思うのだが、この事件に関しては新聞・テレビはもちろん、あらゆるメディアがこの表現を採用している意図がよくわからないが・・・)の差し戻し裁判は、予想通り『死刑』という判決になった。

 最近、親子や兄弟などの極めて血の濃い関係の肉親同士や、あるいは夫婦間の憎しみが原因の殺人事件が後をたたない。というより流行りと言っても過言でないぐらい、毎日のようにこの種の事件が報道されているが、この(元少年の起こした)事件はまるで面識のない母子を自分の欲望のために、まさに布切れを絞るように殺害した手口には、一片の同情など必要がない。この判決に対して異論はない。

 中には『死刑』は重すぎる、という意見もあるようだが、全く面識もない・理由もない殺人を犯したら『無条件に死刑』というぐらいの認識が当然となれば、この種の殺人は少なくなるはずだと思う。

 が、そうなればなったで『人を殺せば死刑になれる』なんてトンデモ発言が流行っているので、かえって『誰でもよかった』殺人が増える恐れもなくはない。このあたりの兼ね合いというか、線引きがなかなか難しいのも確か・・・。

 今回の事件は、高裁の判断でそれなりに終わったと思っていたが、その数日後『青山学院大学の教員が個人HPに記した記述が不適切だったとして、学長名義での謝罪文・・・』という見出しをネットで見つけた。

 何のことだろうと思って開いてみたら、この死刑判決に関連するものだったので驚き。青学の教員が、自分のサイトで『私は死刑廃止論者ではない』と云いながらも『少年に対する死刑には原則反対』と主張。その理由を『最低でも殺した人数が4人の永山基準くらいをラインにしてほしいが、今回は1.5人だ』と書いたことがネットで大問題になり、大学側も、これは大変と思って学長の謝罪文を大学のHPに掲載したらしい。

 この時点で、当然このサイトは既に閉じられていると思ったが、女教員の名前で検索したら、即『おいしいもの食べよう・・・』とかいう題名のブログにぶつかった。学長謝罪が掲載されたのに、存在していることは、この女教員は『勝手に大騒ぎしているだけ、私はむしろ被害者・・・』という気持ちが現れていると考えても差し支えなさそう・・・。

 内容は物凄い。本当に大学の准教授が書いたのかと思うぐらい過激な文章が並んでいたのにビックリ。そのまま全文を掲載しても良いのだが、書くのも憚れるほどエゲツないので、一部だけ気になる部分だけ取り上げたい。

 この女教員曰く『・・・麻原なんかさっさと首絞めたらいいと思っている。私は少年に対する死刑には原則反対だ。死刑という形で犯す殺人には、熟慮が必要、最低でも永山基準くらいをラインにしてほしいものだ。永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ(まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので、傷害致死の可能性は捨てきれないと思っている)・・・』とある。

 焦点は、子どもの命は『半人前』だというところだろう。また『赤ん坊はちょっとしたことで死んでしまう・・・』という表現も物騒だ。既婚か出産経験の有無は不明だが、母親であるわけではないだろう。でも最近はわからない・・・かも。

 私も結構すき勝手な表現をするが、0.5人というように『命を小数点で表す』感覚は持ち合わせていない。この女教員は授業でも『赤ん坊は0.5人、未成年は0.8人、じいさん・ばあさんはしつこいから1.2人・・・』なんてことを言って学生を笑わせて集めているのかもしれない・・・と思うとゾッとしないでもない。

 凄いことを書く准教授もいるものだと、他の日にちのものも読んでみたが、なるほどネット(今日調べてみたら、既に閉じられていた)が大騒ぎになるのも当然のような文章が並ぶ。

 准教授の個人的なブログの表現に対して、学長がわざわざ自大学のHPに『謝罪文』を掲載しなければならないほど、学内の事態は深刻なようだ。こんな教員を抱えては大変だろう・・・と学長に同情したくなる。(田舎親父)

2008年4月28日 (月)

こんな統計 意味あるのだろうか・・・

    大騒ぎした長野の『聖火?リレ-』も、一応は平穏に終わったようだ。

 中国はかたくなに拒んでいた、ダライダマとの対話をする方向と発表したらしいが、『聖火』が無事?北京に届くためのパフォ-マンスではなかろうか、という疑念が消えない。

 中華思想というものがあるらしい。その基本にあるのは中国(漢民族)がこの世の中心であるという考え方のようだが、『聖火リレ-』をつづけるにおいて、このままではチベット地域での妨害が避けられそうもない、と判断から、形だけでも『対話』をするという姿勢を出したのでは・・・。そのような見方をしている人も少なくないはず。

 ダライダマ側からは『そんな話は届いていない』と発表していることから、何やら中国の態度が怪しく映る。『対話する方針』と国際的に発した以上、まさか、そんなこと知りません、ということはないと思うが、何でもありの中国のこと、今後を注目していきたい。

 ところで、国内も年金や後期高齢者医療制度などの政治問題、円高や株価の低迷などの経済問題、その他社会・教育・暮らしなどなど、私にとっては毎日取り上げる話題に事欠かない。

 その意味では毎日面白いのだが、中でもよくぞまあこんなナンセンスの仕事をしているセクションがあるものだという、呆れ半分の気持ちで次のような話題を提供したい。

 その話題とは、例のウソツキ口先大臣サマが大将をしている厚労省が発表した『全国市区町村別の平均寿命』という統計である。

 厚労省の発表するデ-タ-なんかまるで興味がなかったので見逃していたのだろうが、この統計は5年毎に発表しているとのことである。それにしても、男女別の長寿の順位を都道府県はともかく、市町村毎に公表する必要があるとは思えないが、ご丁寧に男女ことに年齢付きで長生きランクをつけている。

 それによると、平均寿命の最高が、男は横浜の青葉区の81.7歳、女が沖縄の北中城村の89.3歳。最低となると男が大阪の西成区の73.1歳、女が東京の奥多摩町の82.8歳だという。

 厚労省はこんなデ-タ-をとって、しかも発表してどうするというのだろう。まさか、長寿第一の、青葉区や北中城村の役所に『バンザイ』でも唱えろ、というわけではないだろう。反対に、西成区を別にして、『早死?』番付での主役格の青森県の住民に『お前らの地域は早死にが多いから、普段から気をつけろ』と警告しているわけではあるまい。

 厚労省の『下っ端役人』たちが全国での死亡報告書を集めて計算処理をしているとは思えない。こんな仕事は官僚の天下りのために作られた『外郭団体』の『下っ端職員』にやらせているはずだろうし、デ-タ-は都道府県で出しているはずだから、ここで働く『下っ端職員』は単にソフトを使って並べ替えるだけ・・・・。どうやらこんな統計を出すのは子どもにでもできることに違いない。

 その数値を疑うことなく、しかも地域住民の感情など無視して、そのまま厚労省に提出するのが天下りした元官僚たち。だから昨日話題にした『下っ端職員が』10億円ものカネを誤魔化すことができるのだろうが・・・。

 厚労省の幹部は『詳細な分析はできないが、三大死因(がん、心臓病、脳卒中)の死亡率が低い沖縄県や、自殺や事故の死亡率が低い神奈川県、東京都などの市区町村が上位に多い』というが、それがどうした。このデ-タ-とはあまり関係ない上に、そんなことはわざわざ言われるまでもないこと。

 もし言うなら、青森県の『早死』が多いのは、医療環境が悪いから。医療機関の充実のためにコレコレの措置をする、と言うべきだろう。それならばこの統計の意味はあるのだろうが・・・。

 それにしても、平均寿命とはいえ『早死』と思われる地域に住む人達にとって、あまり嬉しくないはず。いや、気分を害するとデ-タ-であることは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2008年4月27日 (日)

10億円も着服を許す体質に問題・・・

4 『後期高齢者医療制度』。確か名前が良くないと言って、ウ-タン首相の発案で『長寿医療制度』に呼び名を変えたはずだったのに、いつの間にか誰も使わなくなってしまっている。(当の本人さえ・・・)

 厚生族の議員や厚労省のお役人達は『折角、俺たちが苦心して命名したのに、死に体の首相がケチをつけやがって・・・』と、思ったかどうかは知らないが、この連中の本心が『早く死んでもらいたい』というものなら、『後期高齢者・・・』といった方が分かりやすく、結局はマスコミも追随。この言葉を使うようになったようだ。

 疎いことに、『国民健康保険団体連合会』という長ったらしい名前の組織が都道府県にあることを知らなかったが、市町村の医療費などを集めることをやっているとのこと。言うなれば、市町村単位の医療・健康保険の元締め的なものらしい。恐らく、厚労省や都道府県から天下りの官僚たちが所長など、重要ポストを独占しているのでは・・・と想像している。

 所長たちは毎日高級車で送り迎え付きの出勤で、連日接待づけ・・・とは思いたくないが、大金がいつの間にか消えていることなど全く気付かずのんびりし過ごしていたとなると、日常の仕事は『下っ端職員』にやらせっぱなし、チェックするという最低限の職務も頭になく、業者とのお付き合いの方が忙しかったことだけは確かだったらしい。

 そんな組織の『下っ端職員が10億円を着服』というニュ-スが流れた。逮捕され『事実を認めたと』報じているのに、全てのメディアは『34歳の男性職員』と、名前さえ出さない報道に、これは一体何なの・・・と思ったものだ。

 チュ-リップを酔った勢いで引っこ抜いたと逮捕されて、実名まで流すメディアが何故『10億円も着服』というトンデモ犯罪を・・・である。

 無理に勘繰るわけではないが、『国民保険・・・・』という名前から連想するのは、現在悪評高い『後期高齢者医療制度』・・・。

 となると、何の根拠もなく『8割方の国民は医療費が下がる・・・』などとうそ答弁のマスゾエウソツキ口先大臣やそれを真に受けで、同じようなことをのたまったヌ-のような官房長官。そして『長寿・・・』と呼び方を変えて誤魔化そうとしたウ-タン首相などなど、政府・与党の面々から、何らかの圧力があったのではないだろうか。

 それにしても、よくぞまあ、『たった一人の下っ端職員』が3年間で10億円もの大金を上役の目を誤魔化して着服できたものだ。上役も一人ではないだろう。毎日・毎月の金の出入りをほんの少しチェックしていれば、気付かない方がおかしいと思うのだが・・・。

 上役は天下りの官僚、そして扱うカネは自分とは無関係。俺たちの懐さえ温まればそれで十分。今晩はマ-ジャン、明日はゴルフとつきあいが忙しく、部下の『下っ端職員』の仕事ぶりなど見ている暇がなかった・・・としか考えられない。

 発覚したから仕方ないとばかり、例の『ゴメンナサイ・・・』と頭を下げるパフォ-マンス。その口からも『下っ端職員』の名前はでない。そして業務上横領容疑などで県警に告訴する方針だ、と実にのんびりしたもので緊張感が全く感じられない。

 続報で、横領によって損失になった10億円を、この組織の全職員の給与や退職金を減額することで、損失の穴埋めに充てる方針だとことだが、これもマユツバもの・・・。

 10億円を何年間で弁済するのかは明らかでないようだが、例えば月々一人あたり平均2万円を給料から天引きしたとしても、たかだか月300万円程度では。1年間で約4000万円、これでは20年も以上もかかる計算になる。

 本当に給与から返済しているがごとく、当面、数カ月は天引きしたように見せておけば、そのうち国民は忘れるだろう・・・。県民なんてチョロいもの、誤魔化すぐらい簡単さとばかり、下げた頭で見えないことを良いことにして舌を出している・・・のではと思っているが、いかがだろう。

 よしんば、本気で職員の人件費で10億円を補てんするとなると、何の関わりのない『下っ端職員』たちにとって気の毒としか言いようがない。というより、むしろ関係ない日常一生懸命に仕事をしている『下っ端職員』からむしり取るのは変な話し。許されるべきではない。

 本気で補填を考えるなら、現在の天下りの上役達は責任をとって、退職金なしで全員退職・・・すれば、一挙に数億円浮くはず。マスコミもわかっているだろうに、こんな事は天地がひっくり返っても、無いことだけは確かのようだ。(田舎親父)

2008年4月26日 (土)

今度は運転免許証でOKだって・・・

 喫煙が体に悪いということは今や医学界の常識。周りの他人の煙も迷惑ということが社会通念になって、今や電車やバス、そしてタクシ-までもが全面禁煙が当たり前になる世の中。路上でも禁止という自治体も少なくない。

 私は、タバコは若いころにほんの少しいたずらで吸ったことがあるぐらい。体質に合わずにすぐ止めて、現在まで一貫して喫煙の習慣はないが、愛煙者の中には実に住みにくい世の中になったと嘆いている人も多いらしい。

 飲酒の方はあまり騒がないのに、喫煙それも未成年の喫煙があたかも『殺人犯』のごとく問題にされて久しい。そのために導入された『タスポ(taspo )』なる顔写真付きの認証カ-ドが不評らしい。こんなことは導入以前からわかっていたこと。

 未成年者がタバコを入手できなくするためには、自販機そのものをなくせば良いものを自販機はそのまま、しかもその自販機に読み取り機能を持たせるなどという発想は、カ-ドを作る業者や読取機、あるいは自販機の製造設置業者を喜ばすだけの代物、普及などするわけはあるまい。

 この『タスポ』を全国にさきがけで導入したのが九州の鹿児島と宮崎の二つの県。ここでは自販機の売り上げが激減しているそうだ。『タスポ』カ-ドそのものが普及していないのだから、これは当然の結果だが、と言って愛煙家は困っているわけではなさそう。

 私も以前取り上げたが、こんなカ-ドに頼らなくてもタバコを入手する方法がゴマンとあるのは誰もがわかっていること。案の定、『タスポ』なるカ-ドなしで売買できるコンビニの売り上げが増加しているとのこと。世の中にとって24時間営業そのものが必要悪の一つと揶揄されているコンビニを大喜びさせているというから皮肉・・・。

 『タスポ』導入から一月あまり、喫煙者に占める『タスポ』の普及率は二つの県とも30%以下、限りなく増加がストップしているそうだ。ある調査によると、タバコ点の店主たちは『自販機での販売額はタスポの普及率に比例している』と口を揃えて言っているとのこと、売り上げ導入前の30%となると経営は大変だろう。

 廃業を決める業者も出始めたようだ。ある業者によると、自販機でのタバコ販売経営は月商15万円が採算ラインだそうだ。『タスポ』導入以前は30万円あった売り上げが、導入後には10万円弱と落ち込んだというから、これでは廃業は仕方ない。

 気の毒だが、自販機反対論者である私としては、当然この業者の分だけ自販機の数は少なくなるはずだから、計算上世の中にとってはプラスと思いたい。が、喫煙者は前述のようにコンビニで購入しているとなると、未成年者の喫煙を無くすために無理やり実施された『タスポ』は、目的を達していないばかりか、単に弱いものいじめだけの効果しかないのでは、と首を傾げたくなる。

 たばこの自販機は現在全国に52万台程あるらしい。このうち約7割がたばこメーカー(専売公社が名前を変えただけの民営組織?)からの無償貸与機という。『日本タバコ』と形式的には民営したというが実態はタバコを一手に扱う独占企業、国の運営する専売公社と実態は変わらない。

 となると、国がわざわざ無償で自販機を貸し付けてタバコの販売を促進していると言っても過言ではない状態。これでは禁煙が進まないのは当然だろう。

 未成年の禁煙は当然として、禁煙そのものを進めたいのなら、専売公社が自販機を貸し付ける制度そのものを止めれば良いのに、タバコ販売店のためと称して自販機の数を増やしているとは・・・ちょっと筋が違うのではないだろうか。

 民営企業は利益を得ることは必要、ということで、『タスポ』が不人気で自販機での売り上げが伸びないとなると、今度は『タスポ』に加えて『運転免許証』でOKの自販機を導入するとは・・・まさに懲りない面々である。

 またまた、免許読み取り機能をつけた高性能自販機の開発に、補助金という名前で税金が投入されることは間違いなさそう。補助金という餌に食いつく輩の笑い声が聞こえてきそうだ。口先では禁煙、本心では金儲けのためにタバコを沢山売りたい、が本心なのだろうが、これでは一貫性がない。

 『全面禁煙』を打ち出している自治体もあると聞いているが、実現はかなり困難なのでは・・・。(田舎親父)

2008年4月25日 (金)

やはり危険部位が混入・・・

 やっぱり・・・・。曖昧な理由で輸入を再開したアメリカ産牛肉のことだから、どこかから『危険部位混入』という情報が出るだろうと思っていたが、あの『吉野屋』から流れるとは思っていなかった。

 特定危険部位は、通称『狂牛病(BSE)』の病原体が蓄積しやすいため輸入が禁止されていることは誰でも知っていることであるが、過去にも発見されて、その時は輸入禁止措置が取られてきたが、政府がはっきりした根拠も示さず再開、人々もいつの間にか慣れてしまい『安全』だと思うようになっているのが現状。また同じことの繰り返しになりそうだが・・・。

 気になるのは、大手牛丼チェーンの『吉野家』が、自社の加工工場で見つけたというくだり。大手とはいえ民間企業の一セクションで見つけられたというか気に入らない。よほど狂牛病に精通した担当がいて、冷凍された肉を見て『これは危険部位』と断定したのだろうか・・・。

 考えられないことはないが、吉野屋の加工工場に運ばれるまでに発見されなかったとなると、国の輸入最前線の専門技官が見落としていたことになる。最前線の技官より民間の担当者の方が『目が肥えている』ようではこれは恐ろしい。ますます輸入食品の安全性は信じられなくなってしまう。

 『輸入した牛肉は綿密に検査している。だから絶対に安全・・・』と強弁して、輸入再開に踏み切ってきた農水省や厚労省の対応が見ものだが、この輩に責任感などひとかけらもないのはわかっているので、またまた逃れをはじめている。

 今回の問題は、輸入最前線の水際で活躍する専門技官が見つけて上司に報告したが何らかの圧力がかかり握りつぶされたが、正義感に燃えた?技官は、このような危ない牛肉が牛丼を通して国民が食べると大変とばかり、自責の念もあり誰かにリ-ク。それが吉野屋の担当者の耳に入ったのでは・・・と、推理小説まがいの筋書きはいかがだろう。

 経営者たちは大慌て、危険を承知でアメリカ産牛肉を『安全』と宣言して牛丼を売り続けているものだから、万一、この情報が流れたら大問題。ならば自分たちが発見したように装うのが一番とばかり、今回の発表に至った・・・のではないだろうか・・・と推理は飛躍する。

 それにしても、アメリカの出荷元の業者は『単純ミス』だというから、我が国をはじめから舐めきっているというしかない。

 一応は対日貿易条件に違反したことは認めているものの『日本向けではなく、単にラベルの貼り間違いという単純なミス』だと釈明し、ゴメンナサイ的な対応だが、『今回発見されたという部位は全く安全であり、米国内外では普通に消費されている』と発言しているというから、反省などこれっぽっちもないようだ。

 農水省も厚労省もこの『単純ミス』という言葉を鵜呑みにして、『システム上の重大な問題ではない』と、とりあえず(ほとぼりがさめるまで)アメリカの出荷工場からの輸入停止にとどめたというから、国民の安全などは二の次・三の次らしい。

 百歩譲ってアメリカが『アメリカの国民が食べていることが本当で、全く問題がない』としても、国と国とが貿易状の約束をかわして、日本側が『危険部位』と認定しているのだから、少なくとも『輸入禁止措置』は取らねばならない。

 それにしても、国民が吉野屋のような外食チェ-ンを許している(許すもゆるさないもない。安くて、女房の味より美味いから喰っているのだ・・・。という声が聞こえそうだが・・・)風潮そのものを、どこかで断ち切らなくては、今回のような問題はなくなるわけはない。

 やはり日本はアメリカの植民地なのだろうか・・・。

 せめて私のできることは、『絶対にアメリカ産牛肉は買わないこと』こと。そして、買うことはもちろん『牛丼』など食べないこと、さらに、安易な気持ちで『焼き肉』なども注文しないことだけ、だと考えると虚しくなる。(田舎親父)

2008年4月24日 (木)

またまた 如何わしい組織を・・・

    昨日は朝から人間ドックというか、ちょっとした検査のために田園調布の福富医院に出かけてきた。福富先生は一開業医だが、非常に親切で、納得のいくように一人ずつ丁寧に診察していただけるので、知る人ぞ知る名医として有名。

 胃カメラもこの先生にかかるとまるで飴玉のようで、喉を通る瞬間は少しむせるが、それはほんの一瞬。ほとんど違和感がないのも名医のなす技。ストレスが多かった現役の時は毎年のようにお世話になっていたものである。

 退職して、しがらみを一切絶ちストレスの全くない生活では、胃がおかしくなることすらないので、ついつい遠ざかっていたが、去年の暮れ、久しぶりに飲みたくなって予約の申し込みをしたところ、一番早い日時が2月半ば、およそ3ケ月後というから、先生の名声を慕って胃カメラを申し込む人が多いようだ。

 会計もおおらかなもの。その時、国民健康保険に代わったので、計算が面倒だから後日にしましょう、ということだったので何となく借金をしているような気分。その借金を払うつもりもあって、昨日検査に出かけたというわけである。

 結果はもちろん異常なし。むしろ、前回(4年前)よりかえって若返っているようだ、という診断に大満足。久しぶりで田園調布の街並みを歩き、蓬莱公園から多摩川台公園をへて、多摩川園前から東横線に乗って帰宅した。

 それはともかく、朝の東横線の通勤ラッシュは物凄い。横浜線の中山駅でも、1台乗り過ごしたほどの人の波だったが、菊名駅の混雑は表現するのが難しいほどの人・人でホ-ムが溢れている。

 ほとんどが通勤特急を待つ人の波である。丁度折よく特急が入ってきたが、とても乗ろうと思うような状態ではない。現役時代にも経験したことがないほどで、当然のことだが、乗るのをあきらめて、既にとまっている普通電車に乗り込む。

が、この普通電車、発車時はさほどでなかったが、最近横浜地下鉄が開通した日吉駅からの混雑は信じられないものがある。普通電車は『普通は』は多少余裕があるのが定説だが、東横線の7時代後半となると、こんな定説などどこの国の話し・・・といった具合、いやはや物凄い経験をさせていただいた。

 普通電車でこの混み方では、急行や特急となると想像するだけで頭が痛くなる。吊り革にしがみついてひたすら我慢するが、サラリ-万諸氏のご苦労がよく分かる。各省庁のお役人たちは、のんびり時間を遅らせて登庁、帰りはタクシ-でご帰還。

 政府・与党は、そんなことが明るみになっても『当然の権利』とばかり、全く意に介しないのには呆れるが、指摘されている無駄など無くそうなんてこれっぽっちも思わず、地方財政が破綻するからと、支離滅裂な論理で暫定税率維持を『衆議院で最可決』するらしい。どこまで庶民いじめをすれば気が済むのだろう。

 突然話が飛ぶが、以前にウ-タン福田首相は人気取り政策として『消費者庁』の構想を、自分の内閣の『死に体』状態から脱却する切り札として来年度から実施する方針だというが、実施時には、既に『福田内閣なんてあったっけ・・・』となるのは必然。またまた税金の無駄使いとなるのは明らか。

 以前にも述べたことがあるが、『消費者』を食い物にしている省庁は、一つや二つではない。まして局や部課となると(表現は相応しくなかろうが)星の数ほどあり、それぞれがその利権で、今夜のタクシ-代などを得ている始末。

 こんな省庁の各部局が、利権を離すわけがないことはわかりきったこと。支持率が、あの『鮫の脳味噌』と言われたモリ首相に限りなく近づいているほどだというウ-タン氏。人間落ち目になると何を考え出すかわからないから恐ろしい・・・。

 『消費者庁』などアホなことをいう前に、年金問題に真剣に取り組む姿勢や、本当に老齢者の幸福を考えているなら『後期高齢者医療制度』など、もう少し分かりやすく説明する方が先決だと思うのだが・・・。

 こんなことを考えるのは、昨日の東横線のラッシュの混雑でサラリ-マン諸氏の苦労が頭をよぎるからだろうからかもしれない。(田舎親父)

2008年4月23日 (水)

チュ-リップ一本で逮捕とは・・・

 最初にこの種の報道がなされたのは前橋だっただろうか。以来連日、今日は埼玉、明日は福岡というように、全国各地で、チュ-リップやパンジ-などが折られた・引き抜かれたという事件が続いている。
 一生懸命手入れしている人達にとっては、美しく咲いている花を折ったり引き抜いたりすることは絶対に許されないことだろうことはよく分かる。ニュ-スを聞いて憤慨する人も多いだろうことは想像に難くない。

 しかし、それほど大騒ぎする問題なのだろうか・・・という見方をするのは、私の根性が曲がっているのかもしれないが、新聞・テレビで大騒ぎすればするほど、面白半分でやってみるバカな連中が増えることも事実。こちらの方が心配・・・。
 チュリ-プが折られただけで人が殺されるわけではない。バンジ-が抜かれたいって日常生活に特別大きな変化があるわけではあるまい。大騒ぎすればするほど模倣犯というか、俺も騒ぎに加わりたいという『面白犯』が出てくるのは世の常。
 殺人だ、強盗だと物騒なことが連日報じられている。また、年金だ・後期高齢者医療だと政府の無能さも明らかになり庶民の憤りが爆発寸前。さらに、天下りのために無駄な組織を作ったり、道路財源を自分の財布だと勘違いして、美味い汁をすっているダニのような省庁の職員のことに至っては、呆れて開いた口がふさがらない。
 しかし、マスコミの姿勢を見る限り、このようなことに対して、本当に真相を暴こうという気がないのではと思うほど、その後の報道がないのか気になる。
 視聴率が稼げると思うと、昨日も取り上げたが(実際には覚醒剤絡みのバカ男とアホ女の合意の連れまわしだったが)朝から版まで『19歳の少女が行方不明・・・』と、まるで天地がひっくり返るほどセンセ-ショナルな表現で、視聴者の気持ちを煽るやり方をするくせに、である。何か特別の意図があるのではと勘繰ってしまう。
 国交省の職員が年間200日以上もタクシ-がご帰還というのは、明らかに犯罪だろうに、その後この追求は尻すぼみ。警察も動く様子はない。
 ところが、群馬県警が『チューリップ1本』を引き抜いたとして、器物損壊容疑で現行犯逮捕したというニュ-スが、あたかも凶悪犯人をやっとの思いで逮捕できたというほどの扱いで、朝から晩まで全国のテレビで流されるとなると、この国のシステム自体が根本的に狂い始めているように感じてならない。
 確かに、人々の多くが気持ち良く見ているチュ-リップを引き抜くことは悪いことには違いない。他人の財産を奪ったという意味で、そんな罪名もあるだろうが、21歳の若者(バカ者だろうが)を逮捕して、しかも実名で報じるほどの必要があるのだろうか。
 本人も、悪意を持ってチュ-リップを引き抜いたわけではなかろう。あまりマスコミが大騒ぎしているので、酒も入って気持ちも大きくなり『俺も一丁やってみるか・・・』程度の軽いふざけ心から引っこ抜いたところ、市中見回りを命じられていた警察官が見つけ、待ってましたとばかり『御用だ・・・』という筋書きだろう。
 逮捕されたバカ者の肩を持つわけではないが、国交省の職員が年間500万円にも及び違反タクシ-の無駄遣いをしているのに、逮捕どころか実名すら報じられないのに、たった一本のチュ-リップを引き抜いたと逮捕され、しかも実名で報じられる若者が哀れ・・・。
 チュ-リップの花を摘まなければ球根が育たないことは知る人は知る事実。実際にそのような現場を、NHKはじめ民放の教養?番組で何度も紹介されている。幼い子どもたちもチュ-リッフの花摘みをしている姿もよく見る光景である。この若者も、そんな光景を思い出したのではないだろうか・・・。
 町を美しくしたいという気持ちは悪くない。イベントを盛り上げるために花を飾ることも素晴らしいことだとは思う。私も植物大好き人間であり、最近は種から花を育てることを夢中になっているが、それはあくまで自分の自己満足。
 むしり取られたら花はかわいそうだが、それ以上に『花をむしった人の心こそがかわいそう・・・』と思いたいものである。
 『罪は憎むが人は憎むな』という格言があったような気がする。殺人事件ではこんな格言は役に立たないだろうが、今回の花事件ではこの意味を考える価値がありそう。
 来年始まる陪審員制度で生かせないだろうか・・・・。(田舎親父)

2008年4月22日 (火)

名古屋高裁の判断に拍手・・・自衛隊のイラク派兵は違憲

 話は少し古くなるが、名古屋高裁の『米兵らを空輸した航空自衛隊の活動は(戦争放棄を規定した)憲法91項に違反するものを含んでいる』という判決には、久しぶりに聞く正論と大拍手。

 このところ裁判所は『どうなっているの』と思わせる奇妙な判決が多く、このコ-ナ-でも幾度か取り上げたが、今回の名古屋高裁の判決は分かりやすく、私には大変説得力があると思える内容である。

 日本政府はアメリカの要請(命令では?)を受け、陸上自衛隊員を『サマワ』という場所に駐留させ、復興活動らしきことをさせていた。恐らくそれは隠れ蓑で、実際に航空自衛隊の輸送部隊がクウェートからイラクのバグダッド空港に多国籍軍と称するアメリカ軍とその御用部隊の兵士を輸送が主な仕事だったようだが・・・。

 今回は、自衛隊の駐留などには触れず、兵士の輸送そのものについて『現代戦において輸送などの補給活動は重要で、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援に当たる』と指摘している。

 私としては、もう一歩踏み込んで、『自衛隊のイラク派遣そのものを違憲』と言ってほしかったが、国会が合法的(数の圧力だが・・・)に議決した『イラク特措法』が存在する以上、そこまで求めるのは無理・・・だろう。

 自衛隊のこの行動を『他国による武力行使と一体化した行動との評価を受けざるを得ず、違憲に該当する』とはよくぞ言ってくれたもの。

 『イラク特措法』が合法である以上『派遣は違憲』とする原告の訴えを退けたのは当然としても、勝訴した以上、国が上告できないことを見越した高度な政治判断・・・でのことだったとしたら、この裁判長はただものではない。

 以前、国会でコイズミ前首相は『自衛隊が活動している場所は非戦闘地域・・・』というトンデモ答弁で言い逃れ。『そんなバカな話しが通用するはずがない』と憤りを感じたが国民の大多数はコイズミ魔力に引っ掛かり、何となく誤魔化されてしまったようだった。

 当時、国民の大部分は、自衛隊の大部分が(意味もなく)駐屯している『サマワ』なる地域が頭に浮かび、そこでは戦闘が起きていないことで誤魔化されていたのだろう。野党も数の力というか政治判断というもので骨抜き、マスコミもコイズミの言いなりで、真相は闇の中・・・。

 今回の判決は、このことはあまり重要視していないようで『武装したアメリカ兵らをバグダッドなどに空輸』している点を強調。バクダッドは誰が見ても戦闘地域であることは明らか。

 その『戦場』に兵士を送るのは軍事上の後方支援、これは非戦闘地域に活動を限定した『イラク特措法』から逸脱し、武力行使を禁じた憲法九条に違反するというのは実に説得力がある。

 元々イラクにアメリカが攻撃に踏み切ったのは、国際テロの支援していることと大量の破壊兵器、核兵器などの保有に対して『事前に悪をたたく』という論理。実際には大量兵器は見つからず、フセイン政権だけ倒壊させてかえって治安を不安定にさせ、未だに内部での争いで毎日悲しい報道が続いているのが現状。

 この5年間で15万人以上のイラク人が死亡、国外に逃れた難民の数は計り知れずという。アメリカも既に悪名高いベトナム戦争より多い4000人を越す兵士が死亡、厭世気分が報じられている。

 兵士不足を外国の若者を雇って俄兵士に仕上げるものだから、先日『覚醒剤絡み?』でタクシ-の運転手を殺害するような輩が多くなる質の悪さにつながる。つまるところ、アメリカ追随の政府のツケが国民生活の安全までが脅かされる始末・・・。

 高裁が違憲とした以上、常識的には空自の輸送活動をこのまま継続することは難しいと思われるが、政府はじめ自民党や宗教政党は、『最高裁の判決ではない』というカエルの面に小便のごとく、防衛大臣や官房長官が堂々と『違憲納得できない』との態度。

 いよいよこの国は、政府自らが三権分立を明記した憲法を無視、民主主義そのものを否定しているようだ。

 憲法第九条の解釈が揺らいでおり、自衛隊の存在はともかく、平和目的でなら自衛隊の海外派遣は当然とのム-ドもある。(誰が平和目的だと考えるのかはぼかしてである・・・)中には、自衛隊の海外派遣を恒久法化しようという動きすらあるようだが、これは危険。

 今回の判決を、平和憲法の重さとともに、世界の中にある日本の役割を考える機会と受け止めることが必要だが、頭から否定する政府与党に、このまま政権を委ねるようなら、この国の未来は限りなく暗いものになりそうだ。(田舎親父)

2008年4月21日 (月)

やっぱり訳ありの犯罪・・・

    19歳の少女(?)が行方不明になって、その少女を連れ回した塩野とかいうバカモノが逮捕された『ネットの出会い系サイトがきっかけ・・・』の犯罪、アホ女がバカ男にかどわかされる、今どき流行りの事件なのに何故かマスコミが大騒ぎ。何か裏にあるのかなと思っていたら、やはり・・・。原因は『覚醒剤』。

 逮捕された塩野という男は覚醒剤の常習者だったらしいが、こんな男を野放し状態だったとは恐ろしいもの。もっとも、この男の母親が『うちの子ばかりが悪いのではない。ひっかかる女にも責任がある・・・』とのことを言っているらしいから、この親にしてこの子あり、といったところか。

 行方不明の少女も普段から覚醒剤を打っているらしく、自宅でも大麻を所持しているほどの常習者だったという。親も気付いていながら何もしていなかったというから、これまたこの親にしてこの子あり・・・か。

 こんなバカ親に育てられた子どもは、自分勝手な考え方になるのは誰の目にも明らか。自分さえ楽しければ良いというとなると『覚醒剤』はこの輩にはお誂え向きのブツ。手を出すのは当然といえば当然だろう。

 それはともかく、ネットで『一緒に、冷たいものをきめないかい?』という言葉の『冷たいもの』が。覚醒剤の隠語だったとは初耳。いや、隠語を知っていて、出会い系サイトでこんな言葉を見つけたら、少年少女たちは好奇心から、また一度経験して興味のある者にとっては、身の危険など考えずに飛びついてしまうのだろう。

 私がインタ-ネットを始めて、かれこれ20年近く。覚醒剤に全く興味がなかったので、ネットの掲示板の書き込みに気付かなかっただけかもしれないが、それにしても『エス』とか『アイス』という隠語がまかり通り、簡単に売買できるようになっているとなると、この手の犯罪は今後ますます増えつづけることは間違いない。

 続報で、この男の車から『行方不明になっても、責任は問いません』と、複数の女性が書いた大量の誓約書が見つかっていた、というから、かなりの女性がこの男の甘言に騙されて覚醒剤を打たれたりしたにたの違いない。場合によったら、このうち何人かは、行方不明になっているのではないだろうか。

 あまり想像したくはないが、その女性達の親が『バカ親』であったら、行方不明になったとしても、気付かないこともあるかもしれない。今頃は警察が誓約書を書いた主たちを追っかけているだろうから、そのうちはっきりするだろう。

 こんなに覚醒剤が簡単に入手できるとなると、最近各地で起きている殺人事件の犯人の『だれでもよかった・・・』というセリフや、アメリカ兵の『殺せという声が聞こえた・・・』などという背景にも、覚醒剤が潜んでいるのでは、と思えて仕方ない。

 この事件で『少女の電話での助けを警察が取り上げなかった』と批難している。私も当初は、これはまた警察の怠慢か、と思ったが、覚醒剤の常習者からの通報となると、いたずら電話として処理した警察の処置は批難されるほどではなさそうだ。

 実際の現場は知らないが、警察には意味不明の電話がかかってくることなどごく普通だろう。電話を受けた係員が『またか・・・』と思うのも無理からぬ話。こんなことでマスコミに大騒ぎされたら迷惑千万、ここは警察の肩を持ちたいと思う。

 この少女は未だに行方不明らしい。恐らく殺害されているのだろうが、背後に大がかりな人身売買組織でも潜んでいたとしたら、今頃は既にどこかに運ばれているかもしれないと思うのは、考えすぎだろうか。

 今回の連れまわしは、覚醒剤の常習者同士の合意の上は間違いない。一般常識ではほっておけば良いのだろうが、『殺人』となると警察も本気が捜査していることを示さなければまたまたマスコミの絶好の餌食にされることは間違いない。

 不謹慎かもしれないが、塩野という男の口から『殺して、どこどこに埋めた・・・』というセリフが早く出てくるのを願っているのが本心かもしれない。(田舎親父)

2008年4月20日 (日)

長野は大騒ぎ・・・

 北京オリンピックの聖火が日本にやってきて、10年前の冬季に行われた長野オリンピックを記念して長野市をリレ-するのは26日。どんな混乱が待ち受けているものやら、警備陣はピリピリしているようだ。

 そのことは後ほど触れるが、一週間程前だろうか、善光寺近くにある私立女子高が、リレ-が行われる当日に行われる当日を臨時休校にするというニュ-スを聞いて『休校にしたら生徒は、これ幸とばかり見学に出かけそう・・』という思いがよぎり、いずれこのことを話題にしようと思っていたところに、昨日になって善光寺が辞退という報が流れた。はたして予定通り学校は休校にするのだろうか楽しみである。

 当初発表された学校の言い分は、スタ-ト時刻が学校の登校時刻とダブり『混乱を避け、生徒の安全を確保したい』とのこと、ある意味当然である。ほとんどの生徒がバス通学らしいから、道路の混乱があることは間違いない。となると学校としては、休校が一番安易・・・と思ったのは私の考え方がひねくれているからかもしれない。

 繰り返すが、学校が休みになると、好奇心旺盛な最近の女子校気質からみて『怖いもの見たい』という誘惑に(『この学校はおしとやかな女の子が多いのでそんなこと子はいません』という声も聞こえそうだが・・・)、かえって、いつも通りに登校する生徒が多く、悪くすると巻き込まれるおそれがあるのに、と思ったものだが・・・。

 恐らく、この女子高校が『休校取りやめ』と決めたとしても、マスコミが流すとは思わないが、生徒の安全を本当に考えるなら、また教育的(人によって使い方が違うので何ともいえないが)にも、例え交通規制でバスが遅れたとしても、『平常授業』として、生徒を学校に収容しておくことをすすめたいが、校長の決断はいかがなるだろう。

 それにしても大変な騒ぎである。この時期になって突然の辞退について、善光寺は『文化財と参拝人の安全確保』という理由とともに『チベット人の人権への弾圧が行われていることについて同じ仏教徒として憂慮した』と率直に説明している。

 善光寺の僧侶たちにもかなりの葛藤があったに違いない。世界各地での大混乱が辞退させた直接の理由かもしれないが、多くの僧侶たちは同じ仏教徒としてチベット人民に対しての熱いメッセ-ジとして辞退を決定したと思いたい。

 実行委としても、この思いはわかっているらしく辞退を認め、すぐさまコ-スの変更の検討に入っているという。

 警備陣も大変だろう。既に警備計画は入念に練られて予行演習なども綿密になされていたに違いない。この時期に変更となると、根本から計画が狂ってしまったようだ。警備担当からは、できるだけ早くコ-スを決めてほしいと要望は当然だが、各地の混乱などから考えると、結局は例え決めたとしても、ぎりぎりまで一般発表はもとよりマスコミの報道規制は免れないだろう。

 それに加えて、中国政府?から派遣されている『聖火防衛隊』の問題もややこしい。各国の聖火リレ-の様子を映像で見る限り、『聖火防衛隊』なる青色の中国人たちの精鋭組織が警察よりも強い権力を握っているかのごとく、聖火にへばりついて過剰防衛とも思えるほどの体制は、これまでして聖火リレ-の意味があるのだろうかとさえ思わせる。聖火防衛の応援のために、日本国内の中国人の留学生を招集しているという情報も、聞いていて嫌な感じもしないでもない。

 我が国の国家公安委員長は『(警備は)われわれの役目』と来てほしくないという意向を表明しているが、相変わらずの『来みんなで楽しむべきものだが、そういう意味では残念だ・・・』と、またまた他人事のようなことをのたまう首相には受け入れを拒否するほど度胸はあるまい。

 いっそうのこと、国際情勢からみて、アメリカのオリンピック委員会がやったように、、直前まで倉庫に隠れて、全く違う道を走って『安全に聖火リレ-はお終い』というのが、一番手っとり早い方法かもしれないと思うと虚しい・・・。(田舎親父)

2008年4月19日 (土)

最近 突然襲いかかる人間が多くなったように思えるが・・・

 腎臓透析という言葉背よく聞くが、実際に自分でやったことがないので、具体的なことはよく理解できない。しかし、腎機能が完全でないため、何らかの方法で腎臓に送られた体内の不純物を綺麗にして再び体内に戻す治療だと考えて間違いなさそう。

 腎臓の機能の状態によって、毎日しなければならない人、一週間に一度でよい人などいるらしいが、少なくとも透析という治療中はベットで安静状態ではないと医師も技師・看護士も困ることはまちがいなさそう。

 そのような治療を受けている患者が突然、カッタ-で女性技師の首や顔を切りつけて、止めようとした男性技師にも切りつけたというから、普通の精神状態でないことは確か。こんな男でも治療を断わることはできない、となるとことは穏やかではない。

 このところ精神的にどこか異常な人が増えているように思えてならない。『何番ホ-ムに電車が入ってきました・・・』なんて、駅員になりきったようなセリフを繰り返して言っている青年を横浜線でよく見かける。この青年は、精神的にどこかに異常があるのだろうが駅員に憧れていることがはっきりしているのが救い・・・。

 危害を加えるわけではないことは一見してわかるので、一部の人は顔をしかめたり、また『かわいそうね・・・』とつぶやいたり・囁いたりする声も聞こえてくるが、車内全体はこの青年を容認する雰囲気ある。

 こんな青年(ある意味かわいい)のように精神的に少しおかしいと思われる人を最近よく見かけるようになった。しかし、明らかに『変だぞ、気をつけなければ危害を加えられそうだ・・・』という雰囲気を持って人物に出くわすことも稀ではない。

 先日、電車に乗ったところ、ややくたびれた服装の中年の男性のブツブツ云いながら、その車両を行き来している姿を目撃した。一見して、正常ではないことはわかる。

 一瞬『しまった、変な車両に乗り合わせたもの・・・』だと思ったが、時既に遅し、ドア-はしまって発車してしまった。仕方ないから、ドア付近でなるべくその男と目を合わせないようにしていたが、車内も同じような気持ちの人が多いらしく、何となく緊張している雰囲気が伝わってくる。

 特に誰かに暴力的な行為をしているわけではないので、気にしなければ良いのだろうが、小心な私は『もし庖丁でも取り出されたら・・・』と思うとどうも気になる。意味不明のことを云いながら、車内を歩き回るだけで害意はないと信じたいが、前述した青年とは明らかに様子が違う。

 散歩の途中となると、周りに大勢の人がいる電車での場合と違い、これは気になるどころか恐ろしささえ感じることがある。先日、散歩の途中に、バットを持った私ぐらいの年齢だろうとおぼしき男がブツブツと口走りながら歩いてくるのにぶつかった。『チクショウ・・・』というくだりだけは遠くからでも聞こえてくる。

 突然バットで殴り掛かられたらと大変、思わず道を譲ってしまった。運良く?何事もなく通りすぎていったが、もし『道を譲った行為が気に入らない』とこの男が思ったりしてインネンをつけられ、場合によったら突然殴り掛かられたらかなわない。こんな経験をした人も多いのではないだろうか。

 ホ-ムで電車を待っていても、後ろから突き飛ばされかねない現代社会は何がおきてもおかしくないと言っても過言ではなさそう。単に『病気』だからとか『少し、精神的に異常』とだから見守ってあげなさい、と言われても『ハイそうですか・・・』と簡単に割り切れない何かがある。

 精神に異状をきたしている人にも当然人権があることはわかっているつもりである。が、そのような人間が殺人事件を起こし、いざ裁判になると『精神的に錯乱状態だったので、責任能力がない』という一言で殺人を犯しながら『無罪』という例も多い。

 精神の異常にも軽重があるだろうが、いくら重い場合とはいえ『無罪』とはこれでは被害を受けた人は助からない。殺された方が悪い、表現はまずいが実際には『殺され損』とは納得しかねない。

 先日も、北九州で78歳の女性を殺害したと逮捕された男の場合は、動機も未だにわからないらしい。普段から奇行癖があり付近の住民は注意していたとのこと。アパ-トの階下に住む男性などは『普段から何か危害を加えられそうで恐ろしかった』と供述しているように、日常的に精神的な異常の行動が続いていたことは間違いなさそう。

 だからといって、警察に通報してもとりあってくれることはまずない。単におかしな行動だけでは取り締まる口実にはできないからだという。警察が動けないことは理解できるが、何らかの対処の方法があったら、女性は殺されることはなかっただろうに・・・。

 当たり前のことだが、精神疾患者がすべて犯罪予備軍ではない。むしろ健常者と比べて確率的に低いかもしれない。が、結果として『無罪』となるのではやりきれない。

 明らかに普段から精神的に異常を感じさせ、他人に恐怖心を与える人間に対しての対策を真剣に考えなければ、殺され損の事件が増えそうな気がしてならない。(田舎親父)

2008年4月18日 (金)

高速道路で突然正面からタイヤが飛び込んできたら・・・

    先日報道された『東名高速で突然トラックのタイヤが外れ反対車線を走っていた観光バスを直撃・・・』というニュ-スには、一瞬、こんなことがあっても良いのか、と我が耳を疑った。

 突然タイヤが外れるなんて信じられないが、この種の事故はよくあるそうだ。確かに、三菱のトラックだったか、トラック自体に欠陥があって、走っているトラックのタイヤが母子(だったと思うが)に直撃して死亡させたというニュ-スは記憶にある。

 第一報では、タイヤが直撃したのは観光バスとのことなので、これは大惨事になったのではと思ったが、亡くなったのは運転手だけ、乗客の何人かは怪我をされたようだが、軽傷だったというから奇跡に近い。

 続報を聞くと、運転手は即死状態だったらしい。タイヤが直撃した直後にサイドブレ-キを引き中央分離帯のガ-ドレ-ルに接触させてストップしたというから、無意識に取らせた行動とはいえ凄いものである。

 衝撃と同時に、瞬間的に車をストップさせなければ・・・という気持ちが働いたというが、ちょっと信じられないような思いである。『これぞプロ』とマスコミが持ち上げるのも無理はない。

 この事故で、以前友人が、運転中に『突然フロントガラスが真っ白になった』と話していたことを思い出した。何でも、東名高速の海老名近くを走っていた時、陸橋の上から小石が落ちてきて(故意に投げ込まれた)フロントガラスを直撃したとのことである。

 フロントガラスは安全性を考えて、物がぶつかった場合バラバラにとびちるのではなく究極的なひび割れが状態になるようにできているので、運転手からみたら瞬間的に目の前が真っ白になるらしい。

 彼はとっさのことでビックリしたようだが、かなり車の運転に精通したので、アクセルを離して減速させながら瞬間的にサイドミラ-で後続車がないことを確認して路側帯に移り徐々にブレ-キを分で停車させることができたとのこと。始めての経験で怖かった命が助かったと笑っていたが、その話を聞いた時、私の運転技術では到底そんなことはできないだろう、ゾッとしたものである。

 私も時に高速を運転することがある。むしろスピ-ドを楽しむ方であると言っても良いが、友人の話を聞いた直後は、かなり緊張してハンドルを握りスピ-ドは控えめにしている。今はすっかり忘れてしまっているが、運転中に突然何かがぶつかってきたら・・・なんて想像しできなくなってしまっている。これは恐ろしいこと、この事故を教訓にしたいと思う。

 その後の調べで、トラックのタイヤを支える8本のボルトのすべてに破断面があり、うち2本の破断面は錆びていたというから、整備に手を抜いていたことは明らか。こんなトラックのために命を落すとは何という不幸。遺族の怒りはおさまらないだろう。

 今回の事故を起こしたトラックは後輪は計8本のタイヤがある大型。このようなトラックはタイヤを固定しているボルトは、締め付け具合などを3カ月ごとに点検することが法律で義務づけられているとのことだが、所有者である産業廃棄物業者は知らなかったというからふざけた話である。

 目先の利益に目がくらんで、安全は二の次・三の次。点検などにだしていたらその間車が使えない、しかも相当な費用がかかるとなると、金儲けがすべてのこの社会では、整備など無視は容易に予想できる。ひょっとしたら、似たような体質を持つ業者もゴマンとあるのではないだろうか。

 積載オ-バ-も確実らしいが、経営者は『メンテナンスは、しっかりやろうと呼び掛けていたが、運転手任せ・・・』と、会社が積載量をチェックしていなかったことは明らかにしたものの『運転手が荷物の積み込みをしていた』と、責任は運転手にあると強調しているらしい。当然、会社ぐるみだと想像するのはたやすいことであるが、現行では、経営者の責任を問うのが難しそう・・・。

 トラックの運転手に過失があることは間違いなかろうが、運転手は生活のため無理を承知、違法を承知で運転していたとも考えられないこともない。勤務の実態など精査して、会社の責任も徹底して追及しこの手の事故を無くしてほしい。

 それが唯一、亡くなったバスの運転手への供養だろう。(田舎親父)

2008年4月17日 (木)

予想通り大混乱の『早く死になさい・・・』制度・・・

 15日は年金の支給日。年金受給者には楽しみに日だったはずだが、今年は楽しみどころか、全国的に高齢者の怨嗟の声が聞こえた日でもあったようだ。

 ウ-タン氏の発案で政府は『後期高齢者医療制度』というネ-ミングに対しての批判をかわす目的で『長寿医療制度』と名称を変更したようだが、書面上の正式な名前は変わっていないようだ。それだけでも混乱しているのがよく分かる。

 普通の感覚では、『長寿医療制度』というネ-ミングからは『お年寄りに感謝』という感じを受けるが、実際には反対で、年金から天引きすれば間違いなく取り外れがないのに目をつけて、75歳以上の高齢者全員から医療費をふんだくろうとする制度。

 多くの人が批判しているように、基本的には『役に立たなくなったので早く死になさい』という考え方が流れているように思えてならない。

 年金問題もそうだったが、現在の高齢者医療が始まった時に、厚生省は『現在の高齢化社会』が予想できなかったと言い訳しているが、そんなことはあるまい。東大はじめ日本の超一流大学からかき集めた上級国家公務員が、キラ星のごとく集まった各省庁のエリ-ト達が、たった数十年後の人口の年齢分布を予想できなかった・・・では、一体この連中はなにをやってきたのだろう。

 当初から、数年後には高齢者はこのぐらいになり、原資はこれぐらい必要。というだれが考えても簡単にできる予測を立ててさえいれば、集めた年金で官僚の天下りの機関を設けて、バカな箱ものつくりに精をだして、挙げ句の果には制度の破綻をきたすことなどなかったに違いないはず。

 高齢者の楽しみは病院でおしゃべり・・・と言われるほど、高齢者を病院に誘うような『高齢者医療制度』も厚生省の官僚たちが考えたもの。当時から、数年先には現在の高齢化は十分予測できたはず、このままいけば間もなく医療費がパンクするのはわかっていたはずなのに、とりあえず『俺の時代を誤魔化そう』という魂胆で始まったことは年金制度と同じ・・・。

 病院がサロン化して医療費がかさみすぎ、このままでは高齢者の自覚がなくなる、などの理由で、医療制度を見直して『後期高齢者医療制度』を数の力で強引に採決したのは、もう2年以上前の、あのコイズミ内閣・・・。

 政府は具体的な内容などは後回しで実施時期だけ決めたので、いざ始めるとなると関係省庁は大騒ぎ、確実に医療費を集めるために年金から『天引き』などという、とんでもない焼き刃的なシステムを作ったのだから『ほころび』は当たり前。

 しかも、国民に説明を怠っていたとなると(説明できるほどの資料も作れなかったといった表現が相応しいが)、国民が混乱するのは当然。それでもなんとか政府与党は誤魔化すために、取ってつけたような様々な特別猶予処置を作ったものだから、15日はその事項に該当する人達もふくめて各地で『天引き』が行われたものだから騒動がさらに大きくなったようだ。

 根拠もなく、例の口先だけのマスゾエ氏が『7~8割の人は保険料が下がる』といったことを、官房長官も鵜呑みにして、記者会見で発表。それに対して具体的な数字を求められたマスゾエ口先大臣は『感触で言った・・・』とは、国民をバカにしているのも甚だしい。

 『集めやすいところから集めろ』という発想法で始まった『医療制度』や『道路特定財源』などは、一旦白紙に戻して、までの無駄使いや、天下り人事などを無くした上で、必要な金額を割り出して、『これコレコレだから・・・』ときちっと説明することが、今ウ-タン首相に求められる。

 できないまでも、その姿勢を見せれば国民も少しは見直すのだが・・・。(田舎親父)

2008年4月16日 (水)

あれほど反対していたのに・・・

 去年から話題になっている参議院宿舎の建て替え問題。『老朽化』というのが立て替えの理由らしいが、庶民感覚からすれば(映像を見る限り)老朽化どころか、またまだ今後数十年は十分使える建物、国会議員という輩のわがまま以外何ものでもない。

 百歩譲って、老朽化が本当だとしても、まずこの建物を取り壊して建て替えれば良いものを、建て替えの期間中住むところがないから(実際には都内に高級マンションを持っている場合が多いらしいが)・・・と言って、わざわざ近くにある江戸時代から残る貴重な緑を切り倒して新築するというのは納得できない。

 その話が出始めた当初からすぐ近隣の住民の反対運動が始まり、マスコミの反対運動を後押しするような報道に、国民の多くは『建築反対』。こんなことを許してはならないという方向に動き始めていた。

 機を見て便なる、ワンマン都知事サマが、何故か副知事になった道路公団から天下った作家を引き連れて現地を視察。『東京都として絶対に反対。私が許しません・・・』と大見得を切ったのは記憶に新しい。

 ワンマン知事嫌いの私でも『オ-ッ 慎太郎サンもなかなかやるではないか・・・』と、この時ばかりは石原知事に大拍手。その後マスコミもこの問題には触れないものだから、欲張り参議院員どもは、あきらめたのかと思っていた。

 ところが、先日『参院清水谷議員宿舎の移転・建て替え問題について、現宿舎の約百メートル東にある風致地区での新宿舎建設を東京都が認めることで、参院側と大筋で合意した』との報道に、エッ・・・。私と同じように思った人も多かったのではないだろうか。

 東京都が認めた・・・では、あの知事の言葉は何だったのか。やはり例によって、カッコをつけて自分の能力を示したかっただけのパフォ-マンス。やっぱり、この御仁の頭脳には樹木を残そうという『自然環境』とか、住民の生活のことなど全くなかったようだ。

 どうやら『絶対反対』はその場限りの人気取り、この問題をいかに都(自分)に有利な武器にして、国と交渉するかという考えが閃き『絶対反対・・・』という言葉が出たのではと思うしか考えられない。事実、水面下でその交渉が進んでいたようだ。

 その交渉をしたのがあの副知事かもしれないが、どうやら国から、自分たちに有利な回答が得られたらしい。参院側が譲歩する形で計画を見直し『緑被率を6割強』との設定を軸に最終調整に入ったらしいとのこと。

 4割が6割にというと、数字的にはかなり緑が残るように錯覚するが、参議院側の発表では、建物の周りに新しく樹木を植栽しての6割というのでは、従来の江戸時代からの樹木群のほとんどは伐採される運命なのは明らかだろう。

 今全世界的に、二酸化炭素の排出量が問題になっている。国民がこのことを深く自分の問題として取り組むために『樹木を増やそう・・』というキャンペ-ンが各地で盛んに行われ、先日回覧された横浜市の便りでも『樹木を増やしましょう・・・』という言葉が紙面のトップに並んでいた。

 人々には樹木を増やせと云いながら、議員のわがままで最も二酸化炭素を固定化してくれる樹齢の、しかも4500平方メートルという広大な緑を、いとも簡単に切り倒すという議員連中は、国が抱えている『地球温暖化』問題などどこ吹く風、俺には関係ないというところか。これで国会議員だと威張っているのだから、このところのモラル低下から起こる事件の続発は当然・・・かもしれない。

 それ以上に悪質なのは『絶対反対 私が許しません・・・』と大見得を切った知事の態度。一体どんな見返りを国から引き出したのだろう。

 こんな知事を再選したのは圧倒的多数の都民。あと数年はこのようなセリフを聞き続けなければならないかと考えると、私のような都とかかわりがなくなった人間まで、暗い気持ちに陥ってしまうが、都民の皆さんはいかがなのだろう。(田舎親父)

2008年4月15日 (火)

自校のHPでテスト結果を載せるとは・・・

 このコ-ナ-でもなんども取り上げている全国一斉の学力調査の結果が10月公表されたが、文科省は確か、この結果を各学校がどのように保護者や地域に連絡しているのかは、学校の序列化や過度な競争につながらないように配慮すると言っていたはず。

 確かに文科省は各自治体の教育委員会を通して、このことについて通達していたようであるが、最終的にどうするかは教育委員会や学校に任せているのが現状。『気をよくした学校』は公表したくてたまらないが、点数の悪い学校にはたまらない屈辱・・・?。

 先日このことについて、『一部の自治体では各学校がホームページ(HP)に同じ形式で公表し、ランキングが可能なケースが出ている』という新聞記事があった。

 やっぱり、と思い宇都宮のいくつかの学校のHPを開いてみた。なるほど、市内の小規模校2校を除く全小中学校のHPにその学校の成績が載っている。『書くこと』『読むこと』『数と式』など区分ごとの正答率が、市や全国の平均と並ぶ。形式は各校とも同じ。

 ということは、『HPに掲載しなさい』という通達が各学校にあっこことは歴然。形式が同じということになれば、誰でもその気にさえなれば、全校の学力(点数)一覧を簡単に作れることになる。

 教育委員会は各学校の序列は発表していないが、形式を統一することによって、結果的には序列が生まれることは折り込み済み、だとしたら本音は序列をつけて学校間での競争を煽って、市の学力(点数)アップをねらっているのではとうがった見方もできる。

 この動きに呼応するように、他にも学校のHPで公表させる自治体が多くなっていることが気になる。

 市町村教委は個々の学校名を明らかにした結果一覧は公表は求められていないはずなのに、学校が自らの成績を公表するかどうかは『公表するよう指導はしたが、最終的には学校の判断』というコメントも何か胡散臭い。

 『最終的には学校の判断』という言い方を素直にとれば、学校に選択権があるように思えるが、実際にそんな選択権など存在しないことは、学校教育に少し興味感心のある人には明らかことであろう・・・。

 何度も述べているが、人事権と予算配分権を各自治体の教育委員会が握られていては、学校は抵抗できないのは当然。中に骨のある校長がいて、教委の方針に逆らうこともあろうが、翌年、不利な条件で異動させられるのが関の山。ならば黙って従っている方が『身の安全』。『御身大切』を考えると批判などできるはずがない。

 文科省の言い分もふざけている。担当者は『各校の判断でHPに掲載しているのならば、学校名を明らかにした公表は行ってはならない、という実施要領に反しているとはいえない』とは、当初から文科省と各教委のデキレ-ス・猿芝居としか思えない。

 宇都宮はじめ、同形式で学校HPに公開している自治体の、『塾』関係者は、既に学校の序列を一覧表にまとめているのは疑えないだろう。この結果情報を広く市民が知るところとなることは時間の問題、次に起こることもだいたい予想できる。

私は、全国的に広がっている小中学校の学校選択制や学校評価のあり方に、この学校のHPが利用されることも懸念している。上辺の学校評価や学校選択の指標として、この一覧結果は分かりやすい。当然、この流れは全国に広まり、学校の序列化につながることは間違いないところ・・・。

 そのことによって、いまでもその懸念がある上に、さらに『学校教育』の目的そのものが『学力調査の成績(点数)を上げることに』と捉えられてしまい、本来の目的である『人間形成』がますます怪しくなってくる。さらに恐ろしいのは、日本人総体がテスト結果の一点を争うような風潮に流れること。

 その風潮は、点数が稼げなかった子どもは『落ちこぼれ』と称され、引きこもりや鬱症状に陥いらせ、そして、(マスコミのお得意技であるが)この子どもたちに新しい『病名』がつけられる・・・。そんなことが頭をよぎる。(田舎親父)

2008年4月14日 (月)

ル-ルは守るためにあるのでは・・・

 昨日の朝、千葉の県立高校で『入学金を納めなかった生徒2人を入学式に参加させなかった』というニュ-スをネットで見つけた。特に、学校側に問題があるような書き方ではなく、事実だけの報道のようだったが『これは問題になりそうだなあ、校長としたらル-ルに則って仕方なしに決めた処置なのに、きっと叩かれるぞ・・・』という思いが頭をよぎる。案の定というか、予想通りNHKの昼のニュ-スで早くも取り上げられた。
 その時は、さほど校長に対して悪意のある表現ではなかったが、夕方になると民放もこぞってこの問題を取り上げ、しかも、あたかも学校側(校長)が悪いかのような批判的な表現になっていた。
 しかもご丁寧なことに、校長を引っ張りだして、インタビュ-までとなると、これは『校長を悪者に仕上げたら視聴率稼ぎになる・・・』という、まるでハイエナのようなマスコミの嗅覚。こぞってこの問題を取り上げている姿勢に驚き呆れてしまった。
 報道によると、入学金などは入学式当日に納めることになっていたが、2人の生徒が未納であることがわかり、保護者に連絡したところ、それぞれ『今日は払えないので、後日支払いたい』『お金を持ってきていない』と話したという。
 学校側は『今日中に払ってほしい』と伝え、入学式に2人を参加させず、別々の教室に待機させた。式後、2人の保護者は入学金を納め、生徒はいずれも入学を許可された、とあるところから見ると、意識的に払わなかったのでは・・・ともとれないことはない。
 給食費すら意図的に払わない親が増えている現状では、校長としては、そちらの方が可能性がありそうだとの判断だったようだ。
 入学金や授業料などの徴収は県の仕事、学校はそんなこと無視すれば良い、という考え方をする人もいるだろうが、結局は学校の仕事になっている現状から見ると、校長の判断は間違いなかろう。
 国公立に限らず、義務教育の公立小中学校以外は『入学金』や『授業料・諸経費』を払うことが、入学に『必要な条件』ということは誰もが知っているはず。謂わば、社会のル-ルと言っても差し支えない。そのル-ル通り、入学許可を与えていない生徒を入学式には『参加させなかった』ことは当たり前。こんなことでなぜ大騒ぎになるのか、まことに変な社会になったものだ。
 学校は、入学金などを式の当日に納めてもらうことは、合格証書を送付したときに説明書を同封し、事前に行われた入学者説明会でも連絡し、その際、『持参するお金は一部でもいい。分納もできるので、経済的な心配があれば事前に相談してほしい』と伝えたという。説明会には2人の保護者も出席していたというから、学校側に一点の落ち度はないはず・・・。
 インタビュ-でも校長は『学校として苦渋の選択だったが、入学金が必要なことは事前に説明しており、やむを得ない処置だった』と言っているように、大変悩んだのではないだろうか。緊急の職員会議が開かれたことも容易に想像できる。
 学校としては十分説明したので保護者は十分納得したと受け止めるのは当然で、もし事情があれば事前に相談があるだろう、まさか一円も持たずに入学式に出席するとは思わなかった・・・。過去に例がなかったのかもしれない。
 夜のニュ-スでは、さらに校長を悪者に仕立てる筋書きがはっきりし、教職員組合の役員だったか教育評論家だったか忘れたが、そんな人物を引っ張りだして『教育的に相応しくない・・・』と言わせている。これでは社会ル-ルをきちんと守る措置をした校長が悪くて入学金など払わなくても良い・・・と言っているように思えてならない。
 『教育的・・・』という言葉は便利な言葉で、どんな場合でも批判する側にとって都合良く使われるが、幼稚園児や小学校生ならいらしらず、高校生にもなれば自分の親が入学金を支払っていないから入学式にでられないことは十分理解できるはず。この場合の『教育的・・・』という言葉はひっかかる。
 マスコミは、親が5000円の入学金を払えなかったかどうかではなく、払おうとする意志があったかどうかをきちんと報じてほしいものだが、社会ル-ルを無視した親には問題がなく、すべて『学校が悪い』という姿勢が前面に現れている。私には、何か恐ろしい者の足音が聞こえてくるような気がしてならない。
 払う意志がほんの少しでもあれば、事前に学校に相談するのが当たり前。校長(一般教員も同じだが)、もし相談されたら『なんとかしなければ・・・』と思うのが教員魂、本当に生活に困っていることがあれば、誰かが動きだすのがこの社会の常識。
 この処置は校長から県教委にあらかじめ伝えられていたらしく、教委もそれを納得していたとある。言葉とは裏腹に、マスコミ報道に踊らされて、校長を呼び『厳重指導』なんてことにならないことを願いたいものだが・・・。(田舎親父)

2008年4月13日 (日)

東大の入学式が幼稚園・小学校と変わりないとは・・・

 一昨日夜、東大の入学式の様子がNHKのニュ-スで紹介された。今まで東大なんて全く縁のない存在と思っていたので、入学式が安田講堂ではなく武道館で行われるとは全く知らなかったが、例年なのだろうか。それとも、入学生が3000人超ということと、関係者の出席があまりにも多すぎて安田講堂では入りきれないという判断からのことだろうか。

 驚いたのは、新入生よりも多いと思われる保護者の数である。恐らく両親が付き添っているのだろうが、両親どころか一家総出、いや親戚一同全員参加と思われるような大人数での出席もあったことに、ちょっと変だよ・・・と思った人も多いのでは。

 入学生と一緒に記念写真を撮っている姿は、近くの幼稚園・小学校と全く変わらないのは単に子どもの数が減ったからだという理由だけではあるまい。そこには子離れできない親と、親離れができない子どもが同時に存在する異様な光景。

 日本の最高学府と自他ともに認められている東大に合格となると、自分の子どもの晴れ姿を一目見たい、写真に残したい、自分の目で入学式なるものを確かめたいと思うのは両親として理解できないことはないが、映像を見る限り、『一目みよう』という雰囲気ではなく、映し出された映像からは、そこに存在する親は、まるで自分が入学したみたいにはしゃぎ回っている。

 中には『新薬を作って病人に希望を与えたい・・・』という未来への抱負を語る新入生もいたが、多くはこれが本当に今日から『東大生になるの・・・』と思いたくなるような、まるでテレビのお笑い番組やワイドショ-を見ているようなノリノリのVサイン姿に、世の中これから大丈夫なのかな・・・といらぬ心配すらしてしまう。

 このような姿を見ていると、小学校の時から(いや幼稚園に入る以前からかもしれないが)受験のためにただひたすら『塾』通い、自分の点数だけがすべてだという価値観の集団の中、戸外で遊びも知らず、家族の団欒である夕飯の時間も『塾』で知識の吸収だけに費やしている姿を思い出すのは、私の悪いクセかもしれない。

この子たちには実際に生活経験がどれほどあるのだろう。衣食住すべて親がかりで、上げ膳据え膳の世界だろうことは容易に想像できる。多くの学生はこれからの大学生活も親がかりであるに違いない。こんな生活を送ってきたのだから(今後も送るのだろう)自分で解決する力がついているとは思えない。

 やっと合格したので、明日からは思い切って遊ぶぞ・・・と宣言している学生も多そうだ。親もご褒美だと、遊ぶことに対して大目に見るに違いない。

 この学生たちが年後に卒業し、官庁や大企業に入りエリ-トとして日本のこの国の舵取り・・・と考えるとソッとしないでもない。東大は4年間でどれぐらいこの子たちの価値観を変えられるだろう、いや変えてもらわなければ困る・・・。かなり困難な仕事だろうが、できなければ大変なことになりそうだ。

 入学式の祝辞で、建築家の安藤氏は出足で『会場周辺で、これでホッとできるね、という声が聞かれたが、それではいけない』と釘をさし、『自己を確立しない限り独創心は生まれない』そして『自立した個人をつくるため親は子供を切り、子は親から離れてほしい』と苦言を呈しておられたがその通り。

 ただ、子どもにベッタリ寄り添う親たちの姿を見る限り、安藤氏の叱責の言葉を会場の中の親たちと新入生の何割が理解したのか疑わしいと思わざるをえない。

 東大だったから余計に感じたが、この映像は本質的には他の大学、高校も変わりないのではないだろうか。すべてが幼稚園・小学校波になってしまっている現状を嘆いていても問題の解決にはならないが・・・・。(田舎親父)

2008年4月12日 (土)

最近 外遊びは女の子が多くなっている?・・・

 先日、和歌山で『小学校6年生の女子児童2人が行方不明』というニュ-スがあった。別の女児を加えた3人で、近くの山の麓にある神社から山中に入ったという。一人は途中で別れて帰宅したが、2人は『もう少し・・・』と言って山に残ったらしい。

 夕食の時間になっても帰宅しないので、学校にでも知らせたところ、言葉のすれ違いのようなものがあり、救急車の要請したのではと思っているが・・・が、『消防から警察に通報があった・・・』という書き方に何か違和感が覚えた。

 その時間なら、新学期始まったばかりの学校では、ほとんどの教員が居残っていたはず。小雨の中消防や警察、地元の住民に教員も加わり、付近を捜索したが見つからず、結局は翌朝、全国的に有名な『紀三井寺』の山門付近で見つけ保護したという。

 誰からの通報かはわからないが、新学期そうそうの学校では大騒ぎになったことは想像に難くない。もし、何か事件にまきこまれていたとしたら、と校長はもとより教員たちは真っ青になったに違いない。

 無事保護されたことで、この事件のことはそれっきり流れないが、なぜ夕方に女子児童数人で人気のない?山中に入っていったのか、また途中字一人が別れて帰宅したのか、なにか3人の間にトラブルがあったのか・・・。何か釈然としない。

 このところ、この種の事件というか、戸外での騒動には女の子が主役になることが多いのも気になる。私が幼い時などは、冒険心は男の子の専売特許。『肝試し』と称して、わざわざ夜の森に入ったことが懐かしい。

 ところが最近は、やたらに女の子が元気である。戸外で遊ぶ子どもの姿に何故か男のこの姿がないのも最近の特徴。私の散歩コ-スの四季の森公園の小川で、ザリガニ釣りをしている女の子の姿も珍しくなくなった。近くに『梅田川』という水の中に入れる場でも、川遊びをしているのも女の子が多い。

 女の子が戸外で遊ぶことに対して、反対している訳ではない。子どもが外で遊んでいる姿は見ていて楽しいものなのだが、男の子の姿が見られないのはどうしてなのだろう。男の子はどうして過ごしているのだろう・・・。私と同じような思いを持っている人も多いのではないだろうか。

 世の中が平和になり、犯罪が少なくなった・・・わけではないだろう。凶悪な犯罪はむしろ年々増える傾向があるのに、危険性がより高い女の子の方が、積極的に戸外で過ごすことが多くなったのも、現在の特徴といえば特徴だが、このまま放置しておいてよいものだろうか・・・。

 沖縄で中学年生の女子生徒が、米軍兵士に襲われたという事件の記憶は生々しい。沖縄での米軍兵士のあまりにも多い犯罪には怒りを覚えるが、夜中に女の子が一人歩きしている現状を容認している社会に問題がないはずはない。中でも家庭での『躾』のあり方がこの種の犯罪のキ-を握っているのでは、と考えているが・・・。

 一晩の冒険で無事保護されたことと、沖縄での事件を同じレベルで考えるのは無理だろうが、何か共通するものが潜んでいると思えてならない。

 今回、幸いなことに山の中では変質者はいなかったらしいので、襲われることはなかったようだが、万一そんな輩が徘徊していたとしたらと思うとゾッとする。

山の中ではなく、これが大都会の繁華街となるともっと恐ろしい。無目的にウロウロしている少女たちをねらった犯罪が絶えないことが(沖縄の事件を引き合いに出さなくても)実証している。

 『女の子は犯罪者からねらわれている』というと、古いと言われるかもしれない。こんな言い方はジェンダ-社会では問題視されるかもしれないが、世の中がどう移ろうと、女の子の力は弱く襲われて抵抗できないことが多いのは、誰の目にも間違いない。

 このことをもっと知らしめる必要があるのではないだろうか。特に家庭でのこのようなことに対する『躾』が大切だと思うのだが、『躾』などはもはや死語?・・・となってしまった今、これからも、女の子が主役になる事件は増えるのではないだろうか。(田舎親父)

2008年4月11日 (金)

ますます国産のハチミツが遠くなる・・・

 先週の日曜日の夕方『佐賀で行われた市民マラソンで、参加していた人が蜂に刺されて30人が救急車で病院に運ばれた・・・』というニュ-スが流れた。

 『蜂に刺される・・・』という言葉から想像するのはスズメバチ。頭部に20カ所も刺されてよくぞ命が助かったものだと思ったもの。さらに、報道の印象から川の土手のようだが、そんな場所にスズメバチの大群がいたのだろうか・・・という疑問が浮かんだ。

 翌日だったか、続報でススメバチではなくミツバチだったことに、なるほど納得したがそれにしても、ミツバチが人を襲うことなど稀なはず。よほど人間の行動がミツバチたちに危機感を持たせたのでは・・・と思えてならない。

 日本人が大好きな『ホノルルマラソン』に代表されるように、世界各地で『市民マラソン』が大流行。日本でも古くから行われている『青梅マラソン』や『湘南マラソン』などをはじめ、最近ではワンマン知事の肝入りで、従来の『東京国際マラソン』を市民参加型の、5万人もの規模の『東京マラソン』に変更しているほどの大人気。

 ジョギング人口が増えているのに加え、気軽に参加できるのがその人気の秘密だろうが、主催者達からみたら、これは絶好の『町おこし』にはもってこいのイベント。『○○菜の花マラソン』とか『○○あじさいマラソン』あるいは『○○紅葉マラソン』などと、季節のイメ-ジや観光地の名前を入れると、どこでも簡単に行えるから全国いたるところに広がっているようだ。

 今回ミツバチ事件が起こった『さが桜マラソン』もその一つ。いつごろから行われているイベントなのかはわからないが、例年、桜の頃に見晴らしのよい桜並木の土手を、大勢の人達が楽しくジョギングしているのだろうと想像している。

 ところが、今年は突然ミツバチの大群が参加者を襲ったものだから大騒ぎ。なんでも近くの河川敷には養蜂家がミツバチの箱を置いていたらしい。ミツバチたちにとっては、ごく近くにこんなに大勢の人達が現れることなど予想もできないので、敵の侵入と判断するのは当然のこと。団結して、逆襲に転じたというところだろう。

 新聞記事の『養蜂家は保健所だったか監督部署に「届け」を出さなかった』と無断営業している養蜂家がすべて悪いような書き方が気になるが、基本的には主催者の準備不足だろう。

 毎年同じコ-スなので、点検を怠ったのではないだろうか。養蜂が行われているのなら事前にこの人たちに連絡して、箱を遠ざける処置などをするのは必要事項だと思うのだがしなかったのでは。場合によっては、知っていても『まさかミツバチが・・・』という思いで放置していたのではないだろうか。

 法律的には無断営業(養蜂するのに、届けを出す義務があるのかどうかも知らないが)をしている以上、養蜂家に『非』もあるのだろうが、養蜂家とミツバチにとっては突然現れた人間の大群は迷惑千万・・・。事前に打ち合わせがあったら、このようなことは防げたはずと思えてならない。

 養蜂家はこの季節、花を求めて南から北へ日本列島をキャラバンすると教えられている。最近の社会の変化で、このような生活が続いているかどうかは疑問だが、少なくとも自然を相手にミツバチの習性をよく知った人達が、花を求めて移動する姿は日本の風景によくマッチしている。

 このマラソンが行われた土手には、それだけミツバチが活動するに適した大量の花がさいているのだろう、自然豊かな日本な原風景が目に浮かぶ。

 ハチミツが素晴らしい食品であることは誰も知っている。養蜂が盛んだった頃には、ハチミツは国産でかなり間に合っていたと聞いているが、最近ではこの仕事に従事する人が皆無に等しいほど少なくなり、ハチミツのほとんどは外国,特に中国からの輸入に頼っているのが現状であろう。(私は友人を通して純国産のハチミツを入手しているが・・・)

 中国産のハチミツが危ないとは思いたくはないが、できれば(なにでもそうだが)食料はできるだけ国産品を使いたいもの。できれば養蜂家がもっと増えて(完全自給などは夢のまた夢としても)国内で流通する何割かのハチミツは作ってほしいものと思っている。

 今回の事件では、恐らく主催者側は養蜂家に責任を押しつけるのだろうが、町おこしのイベントのためとはいえ、人間の娯楽を優先する考え方だけはしてほしくないものと思うのは私だけではないはず・・・。

 法を楯にして、ますます国産のハチミツが得づらくならないことを切に願う。(田舎親父)

2008年4月10日 (木)

世界各地でオリンピックの聖火リレ-に妨害・・・

    今回おきたチベットの人達の自由を求める街頭デモなどを武力で鎮圧した中国政府に対して、人権問題では敏感な欧米諸国の北京オリンピックに対する批判や妨害行為がかなり露骨になっているようだ。

 先日ロンドンでの騒動がテレビで流れていたが、オリンピックの本来の精神である『平和の祭典』が、もはやすべて虚しいものであることが明らかになっている。

 チベット騒乱のあとに行われた、ギリシャでの聖火の採火式で、既に北京オリンピックそのものに反対する人の妨害が報じられたが、ロンドンで始まった聖火リレ-は警官隊がびっしりとリレ-走者を取り囲むという厳重な警備の中で始まったそうだ。こんな異様な状態で聖火リレ-など意味があるのだろうか・・・と首を傾げたくなる。

 その日ロンドンは季節外れの雪だったとのことだが、女性タレントを10人もの中国人伴走者と多数の警官に囲まれる形で聖火リレ-の最中に、警察官と同じような服装をした白人男性が消化器をまき散らして聖火を襲っている映像があった。この妨害行為でロンドン警察は30人以上の人を逮捕したらしいが、イギリス人というかヨ-ロッパの人達の行動力には驚かされた。

 それ以上だったのはパリでの騒動。仏治安当局は警官ら約3000人を動員したが、各地でデモ参加者との衝突が相次ぎ多数の負傷者が出たとのこと。聖火リレ-の実行部隊は妨害を避けるため、2度にわたってト-チカ聖火の火が消されてリレーが中断し、その都度バスに乗り込み次の中継点まで運ぶという始末。結局はフランスでの聖火リレ-は途中で打ち切られたというから、これは前代未聞のこと・・・。

 アメリカのサンフランシスコでも妨害活動は盛り上がり、ゴ-ルデンブリッジのワイヤ-に3人の活動家がよじ登り、抗議の横断幕を掲げたというから凄いもの。結局はすぐ逮捕されたというが、この実行力には恐れ入る。

 ことの是非や真偽はともかく、欧米人のこのような妨害行為を知ると、過日行われた日本の捕鯨に対する反対行動を思い出す。彼らは場合によったら船が衝突するかもしれないほど近づき、日本人だから発砲はないだろうと甘くみているとはいえ、捕鯨母船に乗り移って抗議の意思を表している。この情熱は、日本からみたら迷惑そのものだが、物凄いものと言うしかない。

 自分たちに邪魔なカンガル-は殺しても構わない。あるいは牛や豚や七面鳥は殺して食べる文化を持っている彼らが、クジラは殺してはならない、まして食べることなど許せない、という思考回路そのものが良く理解できないが・・・。

 私も一時は学生運動に没頭した経験がある。当時は自分の気持ちをなんとか表さなければ・・・という思いであり、それを行動に出したものである。しかし、社会人となり人並みに末端の管理職?などを引き受けてからはすっかり去勢されたようで、気持ち的には怒りを覚えても、せいぜい言葉で皮肉を言うぐらいしかなくなっている体たらく、自分が情けない。その意味では彼らの行動をうらやましくさえ思ってしまう。

 そんな何も行動できない私でも、今回の北京オリンピックに対しての日本政府の態度とマスコミの報道姿勢に対して、もう少ししっかりと考えないと世界から相手にされなくなると思っているのだが、皆さんはいかがなのだろう。

 世界の国々は、北京オリンピックに対して厳しい見方をしているのに、日本の政治家たちは全くノ-テンキ。目先の政争に目を奪われてで、オリンピックの『オ』の字も出てこない。マスコミに至っては、オリンピックに選ばれる選手を持ち上げるだけの記事で、北京オリンピックそのものに対する批判記事は皆無・・・。

 柔道の出場選手の選考などに至っては、選手権で負けたのに『勝つためには・・・』という理屈で、過去の実績がある『やわらちゃん』なる女子選手を選ぶ始末。何のための選考会なのかと疑ってしまう。

 どうやら我が国は、中国の政府がどんな行動をとっても無関係。必ず出場しますのでご安心ください・・・。といっているようだが、過去にアメリカの圧力があってモスクワオリンピックをボイコットした例があるように、今回も突如アメリカがボイコットでもしようものなら・・・と思うと何か虚しい。(田舎親父)

2008年4月 9日 (水)

勝手に道路特別財源を私物化している輩の横行・・・

  ガソリン税の暫定課税が失効して一週間過ぎた。全国的にガソリン価格がかなり値下げになっているらしく、安いスタンドに並ぶ人々の風景などがテレビから消えている。

そんな風潮の中、先日ウ-タン首相氏をモチーフとした『お菓子』も、今週からガソリン税の暫定分に当たる25円の『暫定値下げ』が実施される、というニュ-スには笑ってしまった。

 こんな饅頭があることなど知らなかったが、歴代の首相の名前をとった『純ちゃんまんじゅう』や『晋ちゃんまんじゅう』を作ってきた会社が、福田首相をモチ-フにして『やっくんのビンボ-くじで福が来た』というせんべいを発売していたという。

 さらに、アンコにゴマをまぶした『やっくんのねじれ餅』という、ねじれ国会を皮肉った商品まで売り出し、あの靖国神社や首相のお膝元の群馬県などではかなりの人気を得ているらしい。歴代首相以外にも、麻生太郎前幹事長をモチーフとした『太郎ちゃんシリ-ズ』もあるというから驚き・・・。

 この会社の社長は『もちろん、ガソリン値下げに引っかけたジョークです。それ以上に福田首相が国会で苦しんでいるので、応援する意味を込めて、われわれも痛みを共有しようと身を削る思いで決断しました』と理由を説明しているらしいが、この商魂は見上げたもの、こんなことがマスコミに乗るのだから、値下げ分ぐらいは売り上げ倍増でカバ-できるかもしれない。

 こんな面白い話題の中、道路特別財源を一般財源にすることに抵抗している国交省の関東地方整備局の職員が昨年度、1人で年間計190回、総額500万円にのぼる深夜帰宅用タクシー代を使っていたというニュ-スにビックリ仰天・・・。

 190回というと、公務員の年間出勤日と同じ程度、国交省の職員たちは毎日タクシ-で帰宅、その度に平均2万円以上支払っていたことになるという。このタクシ-代金は特別会計の道路特定財源で賄われていたというから、国民を愚弄するにもほどがある。

 記事では、関東地方整備局にはタクシー券の使用規定がないうえ、一般会計に比べて特定財源の予算が潤沢なことを背景に、タクシー代が膨らんだとみられる、とあるが、なんという非常識なことが実際に、ごく普通に行われていたとは・・・。国交省が道路特別財源を絶対に手放したくない訳は、こんな美味い汁が吸えるからに他ならない。

 こんなことがどんどん明るみに出るのも、参議院で野党が多数を占める、所謂ねじれ現象が起こっているからで、今までは自民党の道路族という議員たちが必死で情報漏洩を防いできたタガが緩みだしたからだろう。その意味では、ねじれ国会という現象が国民にとっては大変プラスになっていると言っても間違いなさそう。

 道路財源で甘い汁をすっている自民党はじめ、関係省庁はガソリン税の暫定処置が期限切れになったからとの理由で、地方への締めつけを強めているらしい。

 一部の自民党支持の知事たちは、この締めつけを理由に、暫定措置の継続を言いはじめ、全国知事会を決定という手段を用いて『再議決すべき』というム-ドつくりに奔走しているようだが、道路財源がこんなことに使われていることを国民が知った以上、再議決などできるはずがないと思いたい。

 ウ-タン氏も『来年度から一般財源にする・・・』と口先だけの誤魔化しではなく、まず再議決しません、と断言し、その上で地方が困窮しない方法を示すことがなにより必要では。無駄遣いを改めたら可能なことは多くの識者も指摘しているのだから・・・。

 さらに、衆議院を解散して改めて民意を問うことが大切だと思うのだが、洞爺湖サミットの視察と称して一泊135万円なりという超高級ホテルに御夫婦お泊まりなど考えると、こんな利権を簡単に離してなるものか・・・と首相の座にしがみつくことも、なるほどと思えないことはない。(田舎親父)

2008年4月 8日 (火)

この御仁は都を私物と思っているのでは・・・

 先日、石原ワンマン都知事は揮発油税など道路特定財源の暫定税率の期限切れについて『国会が暫定税率をいつまでも復元しないのであれば、都自らが揮発油税などについて法定外税として課税することも考えなきゃならん』と述べていた。

 この御仁は、ガソリン税が期限切れで都の取り分が減ったので、都は独自でガソリン税を取るという考えらしい。法的に可能かどうかは素人の私には良く理解できないが、勝手に自治体がこんな税をかけられるのだろうか・・・?。

 去年入ってきた税金は1950億円だったのが、暫定税率の期限切れで今年は78億円だというのがその根拠らしいが、都民をバカにしたような彼の言い方と態度を見る限りこの数字も俄に信じられそうもない。

 よしんば数字が本当だとしても、先日都民の大多数が『反対』する新銀行に400億円もの追加出資を決めたが、こんな無駄遣いこそ改めたら、当面の処置であるガソリン税からの分け前分ぐらいは我慢できるはずだと思うのだが・・・。

 先日ウ-タン氏が『ガソリンが安くなって国民が車を走らせたら、二酸化炭素が増えて国際的にも言い訳がたたない・・・』なんて、まったくお門違いの論理を展開していたが、今回の都知事も『車を持っていない人たちにとっては、これは非常に不公平な状況だと思いますね。・・・・』と、これまた福田氏以上のお門違いの言い方に、ひょっとしてこの御仁は都を自分の『私物』だと思っている・・・のでは。

 『都民は基本的には馬鹿なのだからなにも考える能力などない。ただ俺のやっていることを信じていれば暮らしが良くなるのだから黙っていろ・・・』ともとれる言い方に、退職して嘱託なども一切お断りして都からの束縛を離れた自分の選択が間違っていなかったことを改めて感じている。

 車を持っていない人にとってガソリンの価格が下がることは不公平とは、こんな発言が口から飛び出すこの御仁の頭脳構造は特殊で、私のような平均的な日本人とはまったく違うらしい。

 都全体が車社会になっている現在、車がなければ社会の都全体のシステムが完全にストップしてしまうことは誰の目にも明らか。ガソリンの価格が下がることは、車を持っているとかいないとか以前の問題で、都民の生活に直接影響するはずなのに、よほど新銀行への追加出資分を取り戻したいのでは、とさえ思ってしまう。

 この御仁のことだから、このままガソリン価格を据え置きになったら大変とばかり、衆議院で再議決できなかったら、強引に法定外税としてガソリン価格に上乗せするかもしれない。となると、都民はわざわざ遠出をしてまでも、ガソリンを求めに車を走らせるという奇妙な現象が各地でみられるかもしれない。

 それこそウ-タン氏の言うところの、二酸化炭素の垂れ流し状態。近隣各県も迷惑だろうが、ひょっとしてこの御仁のおっしゃる『他県の知事も賛同・・・』と言うように、他県も独自で課税できるとなると、私の住む神奈川県の知事や横浜市長も飛びつくかもしれない。

 こんなことを考えると、これは都だけの問題ではなくなりそう。都独自の法定外税を許しては、考えられないほどの大混乱が各地でおこることは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2008年4月 7日 (月)

今日は春の花木のカリンの花の話題を・・・

 毎日、よくぞいろいろと事件があるものだと思うが、殺人事件が多いのはどうしてだろう。特に母親が子どもを殺すという事件がここ数日に何件も続いているのが気になる。

 私は幼い時に母親を亡くしているので、母親の愛情というものがいかに大きいかは残念ながら良く理解できていないが、今まで読んだ本や様々なメディアから得た知識からは、母親はいつも子どもの味方だと書き歌われている。その母親が、もっとも慈しんで育てている我が子を発作的にせよ、殺せるものなのだろうか。

 多くの識者は『心の病気』だと解説しているが、それにしても我が子を殺す心境というのは一体どういうものなのだろうか。このことを話題しにしようと思って書き始めたが、昨夜からの歯痛が気になり思考がまとまらない。そこで今日は全く考えなくてもそのまま文章にできる自然を題材にした散文にしてみた。

 今年の春は駆け足でやってきた感じがする。1月から2月にかけては例年以上の厳しい寒さになったが、3月の声をきいたとたんに気温はどんどん上昇、いつもの年より春の訪れるスピ-ドが早くなっている。
 この季節は、一日ごと一雨ごとに一面雑木林の続く山は萌え始め、全く殺風景な冬の木立が、そして枝が、柔らかく膨らんでは止まり、またより以上に柔らかくなり、桜の季節に至るこの春の木々の営みが私は大好きなのだが、今年は一瞬のうちに桜の季節が到来したような感じさえある。

 早春の代表格のウメをはじめ、アンズやボケなどのバラ科の花は、おおむね葉っぱよりも花が先である。この葉より花が先なのが、日本人の感性にあっているらしく、葉が先に出るヤマザクラやヤエザクラよりソメイヨシノを桜の代表にしている・・・?。この花を見ると陽気になり騒ぎたくなる風景を見るとその思いに自ら頷いてしまう。

 私も桜は大好きな花の一つだが、カリン(榠櫨)の花の咲く様子は桜以上に興味深い。私の観察が正しければ、花こそまだはっきりしないが、葉になる芽が力強く動きだすのは桜より遥かに早い。

 ゆっくりしたスピ-ドながら、まだ寒気の厳しい3月始めには、はっきりと葉っぱになる意思をかためているかのように、日一日と枝の形を柔らかくしてくる姿は、かなり風情がある。

 彼岸のころになると、この木は小さいながら立派な葉を出す。また、この葉が出る頃には、私達には感じられない芳香をあたりに放っているらしく、この木のまわりには小昆虫が集まってくる。

 やがて、桜の花便りとともに、葉に囲まれた間から、少しずつ少しずつピンクの花の蕾を膨らませ、その色が日ごとに濃くなり、今年は4月1日になって言葉ではピンク色と表現するしかないが、紫めいた、そして透き通るような可憐な花が開いた。

 この花は他のバラ科の植物に比べて、花の数が少なく、あまり見栄えがしないようで、その花を知る人は案外少ない。しかしじっくり観察すると、若葉の柔らかい黄緑色との対比が美しく、その風格は春の花木の王者だと自信を持って断言したい。
 この花の後に、小さな・小さな果実が実る。かなり神経質な実(昆虫や鳥たちの餌になるのかどうかはわからないが・・・)らしく、当初の実そのまま大きくなるのは少ないが、秋までに握り拳以上の大きさに育つ。この実はそのままでは食べられないが、飴などに加工されて、せき止めに素晴らしい効能がある薬として有用である。

 毎年、この実でカリン酒を作るのが秋の楽しみであるが、今年はいくつぐらいの実を私にプレゼントしてくれるのだろう・・・。

 先日、去年の秋に作ったカリン酒を今年初めて味わったが、例年通りの味が出ているので安心。しばらく楽しめそうである。(田舎親父)

2008年4月 6日 (日)

いよいよ年寄りには生きづらい世の中になったもの・・・

 『後期高齢者』という言葉がメディアに流れるようになったのはごく最近のこと。75歳以上の高齢者のことで、65歳から74歳までの高齢者は『前期高齢者』というらしい。

 高齢者に前期・後期などあって良いかどうかはさておき、こんな言葉を作り出した景は、またまた厚労省の場当たり的な医療制度の結果。好き勝手な運営で資金不足、このままでは医療制度そのものが行き詰まるということから、75歳以上の高齢者の人からも年金天引きをしてふんだくろうという企みからだろう。

 スタ-トする以前から『後期高齢者医療制度』というネ-ミングに対して、全国の高齢者の人から、『後期などとはとんでもない。75歳以上は早く死ねというのか・・・』という抗議が殺到したらしいが、暫定税率の方に頭が言っていた首相や閣僚たちはそんな声には振り向きもせず、数億円の予算をつけて広報活動・・・。

 この『後期高齢者医療制度』は4月1日から運用が始まったのだが、国民の抗議の声を上手く利用した野党から『うば捨て山』と批判されたので、慌てて『長寿医療制度』にしたというところか・・・。

 ウ-タン福田氏は、今民主党はじめ野党とこのことで議論していては勝ち目はないと思ったらしいが、またまたその場限りの付け焼き刃的な発想。この方は度に勝ち現状だけなんとか誤魔化す発想しかできないようだ。

 厚労、総務両省は4日、呼び名を『後期高齢者医療制度』から『長寿医療制度』に変えて、医療保険の仕組みを国民にわかりやすく伝えるため、長寿医療制度実施本部という組織を新しく立ち上げたとのことだが、またまた税金の無駄遣いは間違いなさそう。

 久しぶりで名前がでてきたマスゾエという口先大臣が本部長とのこと。この御仁は首相からの直々のご指名で気よくしたらしく、大張り切りでご自慢の『口先演説』の様子がテレビに映し出されていた。

 ところが、国会議員の厚生族という連中は、首相の命令とはいえマスゾエ大臣が、自分たちに連絡もなくテレビで名称変更を発表したものだから、メンツがつぶれたようだ。国会の機関に『社会保険制度調査会』というものがあるそうで、その委員長の鈴木某という議員が『私はそんな名称は使わない・・・』と激怒したと報じている。

 これに対して、マスゾエ大臣は『名称をいろいろおっしゃる暇があれば、制度の意味を国民に説得すべきでしょ。私はやってますよ・・・』と族議員を批判したらしいが、こんなくだらない言い合いをしているより、もっとましな施策を考えてほしいと思うのは私だけではないだろう。

 元々族議員はマスゾエ大臣に対して『スタンドプレーばかりだ』と不満を募らせていたらしいが、2月末に大臣が厚労省職員に『族議員に働きかけ、大臣に政策変更を迫ることは許されない』と、厚生族の連中の干渉を封じる動きに対して、このままでは甘い汁が据えないことと、選挙に影響するだろうことなどから、族議員たちがこの大臣により以上の不満が生じたらしい。

 名称を変更するよりもっと大事なことがあるはずなのに、族議員連中のメンツにこだわるところから勘繰ると、金が足りなくなったから年寄りからも金を取れ、という安易な政策は族議員の作り出した利権のための一つでは・・・と思えてならない。

 今年から義務づけられている健康診断で腹周り測定が義務づけられる『メタボリック診断』なども、この制度と同じように、何やら族議員連中の利権が背景に潜んでいるように思えるが・・・。

 『長寿』だとか『健康』だという言葉がはいる制度には、何か利権の臭いを感じるのは私のヘソが違う方向に向いているのだろうか・・・・。(田舎親父)

2008年4月 5日 (土)

狭いホ-ムをより狭くするしか方法がないのだろうか・・・

 このところ『ホ-ムから転落』という報道をよく聞くようになった。人身事故のために電車ダイヤが乱れることも多い。

 人身事故のほとんどは自殺志願者の『飛び込み』らしいぬ。死にたいのなら迷惑のかからないような死に方を選んでほしいものだが、日頃ストレスがたまり、急に死にたいという気持ちが起こり瞬間的に飛び込むのだろうから、迷惑のかからないような死に方を、なんて言っても無理な話に違いない。

 人身事故というと一時は中央線の専売特許のようだった。東京に通勤していたころは毎日のように『中央線が人身事故のため運転を見合わせています・・・』という掲示があったことを思い出す。当時、中央線を利用している人達は大変だろうな・・・と思っていたことも記憶に新しい。

 ところが最近は事情が変わり、中央線での人身事故はあまり聞かなくなった。その代わりに山手線での人身事故の報道と、今まであまり耳にしなかった地下鉄や私鉄でのこの種の事故も多くなっているようだ。

 自殺志願者による人身事故だけではなく、先日も取り上げたが、後ろから突き落とされる事故もあるようなので、電車を待つ間はもちろん、ボッとしてホ-ムに立って電車を待つことや、極端な場合歩くことさえ危険になったようだ。

 その背景には人々の気持ちに余裕がなくなったこと、瞬間的に判断力がなくなり、ホ-ムに飛び込んでみたり、相手を押してみたくなる心境になることもあるのだろうが、あまりにも人間が増えすぎてホ-ムが人で溢れるとなると、誤ってホ-ムから転落する場合も増えているに違いない。

 特に山手線ではその傾向が強いらしく、JR東日本は『山手線の駅ホームに、乗客の線路への転落を防ぐ可動式柵を設ける方針』を明らかにしたようだ。今後10年間で全ての山手線の駅に『防止柵』を取り付けるらしいが、工事中の混乱と、狭いホ-ムをこれ以上狭くしては、完成後の転落は防止できても、違うトラブルが増大しないかいらぬ心配をしてしまう。

 すこしロ-カルな話になってその様子が思い浮かばない人も多いだろうが、もう10年以上も前だろうが、東急池上線のホ-ムに突然、乗車口の部分以外に柵が作られた。その時は転落防止というより、人件費の削減のためにワンマン運転を実施するので、運転手の負担を減らす、という意味が多かったように思えたものだ。

 その後、ワンマン運転が広がり、現在では目黒線には新幹線と同じように電車が到着すると開く柵が取り付けられており、地下鉄の南北線などには線路とホ-ムを完全に分離し、電車が指定位置にとまってから、ほぼ同時に電車とホ-ムのドアが開くシステムになっている。

 確かにこれではよほどの自殺志望者でなければ線路に出ることはできないが、目黒線と東横線がホ-ムを共有している武蔵小杉駅と田園調布駅の間は、同じホ-ムでありながら片方の目黒線側は柵があるのに、東横線側はなし。そこを急行や特急が通過している様子に何か違和感を感じているのは私だけではないのでは・・・。

 転落防止の柵を作ることには異論がない。ホ-ムを新しくする場合は、あらかじめ設計段階でスペ-スをとれるだろうが、前述したように、山手線のホ-ムなど、狭いホ-ムをさらに狭くするのは、いかがなものかと思ってしまう。

 はじめて東京に出てきて山手線に乗った時、ぐるっと回っているのならいっそうのこと山手線をすべて連結した電車で埋めつくし、駅を等間隔、ホ-ムの長さも同じにして、3分おきに一駅分動き、ドア-を開閉するようにすれ良いのに・・・と思ったものだ。

 こんな発想は『マンガ的で不可能・・・』だと十分わかっているが、優秀なJR東日本の技術者の中の誰か一人ぐらい、ホ-ムを狭くしてより危険度が大きくなりそうな田舎親父)

2008年4月 4日 (金)

文科省はよほど学校いじめがお好きらしい・・・

 昨日は急に桜を見たくなって、伊豆高原まで出かけたので休載してしまった。 

 文部科学省というお役所はよほど『学校いじめ』がお好きらしい。

全国一世の学力テストも無駄だと思っているが、今度は、小5と中2約240万人の全員を対象にした初の体力調査を今年度から実施するとの発表には、文科省の幹部たちは何を考えているのかと呆れてしまう。

 全国学力調査の体力版。子どもの体力向上に生かすため、文科省は今後も毎年続ける方針らしいが、報道メディアの紙面でも学力調査に比べて事前の検討はあまりなく、必要性について今後論議を呼びそうだと、批判的な書き方になっているのは笑ってしまう。 

 この調査のために約3億3500万円もの予算を計上しているというから、省内での予算獲得競争でスポ-ツなんとか局という部署のこの企画が通ったという筋書きだろうが、文科省という教育を牛耳る役所は、名前とは違って『教育の本質』によほど触れたくないらしい。

 4~7月に実技と、児童生徒と学校への質問紙調査を実施。12月をめどに分析結果を公表するとあるが、学力不足が大騒ぎになり、わざわざ授業時間を増やしたのはどの役所だったのだろう。

 簡単に『体力テスト』をするというが、そのために学校はどんな準備が必要で、しかも大事?な授業時間をこのテストのために使わなければならないのか、など文科省の幹部たちは全く理解していないのではないだろうか。押しつけられた学校現場は気の毒。またまた何時どんな方法で行うのかと、職員会議を開くなど大騒ぎになるのが目に見える。

 文科省や教育委員会の方しか向いていない校長が多い学校現場から、反対の声など聞くことは無理だろう。中には率先して『運動テスト推進校』などの指定を受けて、文科省のお先棒を担ぐ輩も出てくることも間違いなさそう。

 しかし、少し考えてほしい。学力テストと違い、戸外での運動となると、ます天気が何よりの条件。天気のよい日にこのテストをするのだろうが、都会部では狭い校庭で複数の授業がおこなわれていることも稀ではない。テストのために他学年の体育の授業を追い出しては、追い出された子どもたちの運動能力はますます落ちることも知る必要がある。

 50メ-トル走タイムも調査項目に入っているらしいが、このテストには準備も含めて相当の時間がかかるだろうし、ボ-ルなげなどの項目も入っているとなると、50メ-トル走と同時に行える学校は都会部では少ないはず。

 その他、問題点を指摘すればいくらでもあるが、時間の無駄を無視したとしても、運動能力テストとなると、全員がそろって受けるだろうから結果は誰の目にも明らかになることも知る必要がありそうだ。

 学力テストの場合は、間違った答えを書いたとしても、周りは誰も気がつかない。結果的に学校や学級の順位がわかるだけで、どの子が原因でこんな結果になった、なんてことはわからないのが普通。(もっとも、わかるから、出来の悪い子どもを校長がそっと教えることなどがあるのだろうが・・・)

 運動能力テストとなるとそうはいかない。あいつのせいで平均の結果が悪くなった、なんてことも問題になりかねない。運動の苦手な子どもは、そのことに必要以上に負い目を持つことも現在の世の中では考えられないことはない。場合によったら、その日は登校したくなくなることもあるだろう。

 ひょっとして、その子が休んだら平均が上がると歓迎する風潮、いや、体育の指定校などという肩書があれば、余計にその傾向が出てくるのも否定できないのでは・・・。ばあいによったら休ませることすら起こらないとも限らない。

 個人情報の保護などと言っているが、この整合性はどう考えているのだろう。

 全国学力調査は、有識者会議などで必要性や調査項目を検討したうえで実施に移した。しかし、文科省は今回、大学教授や小中学校校長計7人に意見を聴いただけで、同様の調査の海外での実施状況も調べていないという。 

 特定学年の全員を対象にする必要性について文科省は『地域別の状況把握が十分でない。一人ひとりに結果を提供することで、子どもや保護者が現状を理解する契機にもなる』と話しているというが、現状を理解するだけでは何のために行うのかはっきりしない。

 なにより、そのために学校現場を混乱させては学校がますます自信を無くすだけだろうと思うのだが・・・・。(田舎親父)

2008年4月 2日 (水)

『塾さま』に通わなければ進学もできないなんて・・・

 数日前の東京新聞に『生活保護家庭に学習塾の通う費用を援助する』という記事を見つけ、唖然とした。

 それによると、東京都は新年度から全国で初めて、生活保護受給世帯の中学生以下の子どもが、学習塾に通う費用を援助する方針を固めたという。所得格差が教育格差につながる傾向があり、高校進学支援で『貧困の連鎖』を抑止する狙いがその理由だと言うが、都の幹部たちが、学習塾に通うことが『普通の家庭の義務』と考えている・・・?。

 この方針には教育委員会も追随しているようだが、『塾に通うのが普通』という認識では公教育が荒廃し、(あまり使いたくない言葉であるが)学力の低下やいじめ、自殺、あるいは教員の犯罪など、学校を舞台にした不祥事の報道が多くなるのもやむを得ない。

 記事ではじめて知ったのだが、国は3年前から、被保護世帯の高校進学者に対し、公立高進学に必要な入学金や学費などの補助を始めているという。少しはまともな施策もしているのだ、と変なところで感心・・・。

 この施策は評価したいが、今回の支援の理由は、都内の被保護世帯の子どもの高校就学率は65%と低い上に、学力不足などによる中退者が多いことが原因とみて、中学生以下への支援を決めたと言うが、『塾に通わなければ学力がつかない』という考え方そのものが、本末転倒と思えて仕方ない。

 都内で既に五市区の自治体が既に塾費用を支援しているとのことにも驚くが、その必要性を認めた都が都内全域での適用に乗り出した形らしいのにも開いた口がふさがらない。

 公立の中学校では普通に学習していては高校に入学できる程度の学力がつかないのだろうか。自分(地方自治体)が経営する学校がその程度だとの認識、何のために膨大な予算をかけているのだろう・・・。と不思議に思えてならない。

 学力がつかない、と判断しているならば、学力がつくように手当てをするのが行政であり、教育委員会ではなかろうか。それを自分の身内(公立学校の教員)の力ではとても追いつかないから、『塾さま』にお願いでは、何のために行政があり、教育委員会が存在しているのかわからない。

 学校の教員の能力がないのなら、能力を高める努力をするのが先決、学力が低い児童生徒には補習を徹底すれば良いこと、それをしないで(できないようにしているのが現状だが)家庭に対して『塾に通わせなさい』とは、とんでもない話。

 いつの間にか『学習塾』に通うことが当たり前になってしまっている現実を見直し、学校教育だけで十分学力がつくようにすることが本当の仕事だろうに『塾に通えないから学力がつかない』という、自らが『塾さま』に白旗をあげて全面無条件降伏。

 まさに公教育はお子さまの保育園であって、学力は『塾さま』にお願いしてあるのだから、貧困家庭の子弟でも『塾さま』が見限らないために支援させていただく・・・という卑しい施策は愚行中の愚行というより、その発想自体が卑しい。

 年間補助額は一人当たり▽中学三年=15万円▽中学1、2年=10万円▽小学校4~6年=五万円、対象は約一万人程度らしい。一般の子どもの塾費は平均約26万円払っているのも支援理由の一つらしいが、塾など通わせなくても十分な学力がつくようにすれば、一般家庭も助かるのに・・・とは考えないのが情けない。

 ついでながら、記事には大学教授という人物が『財政力のある東京だから可能で、地方との格差が広がるとの批判も出るだろう。が、地方の「低い基準」を引き上げる効果に期待したい』と述べているが、教育が専門らしい大学教授ともあろう方がこの程度の認識では、まともな教育論などどこかに忘れてしまったようだ。(田舎親父)

2008年4月 1日 (火)

ガソリンの値下げも束の間か?

 新しい年度の始まりに相応しい素晴らしい天気。それぞれの出会いが、活躍の糧となって能力を発揮されることを切に祈りたい。

 ところで、昨年度末の昨日、国会は妥協の産物である『つなぎ法案』を何とか採択、是非はともかく、税制的に一応混乱は避けられたようだが、一番の争点であったガソリンの暫定税率が期限切れとなり、今日からガソリン税が約25円下がることになった。

 ガソリンスタンドは在庫のガソリンは値下がり前に購入したものだろうから、すぐ値下げとなると相当の損失。気の毒だと思うが、庶民にとっては当然値下げされるべきと考えるのは仕方ないだろう。

 スタンド全体が、在庫がなくなるまで値下げできないと足並みがそろえば別だが、恐らく損しても客をつかみたいと思うのも人情、早速今日から値下げという店が多いだろうから、値下げした店に客は殺到。下げないと頑張っていても追随しなければ客は来ず、経営破綻に追い込まれるとなると、仕方なしに値下げになるのではと予測している。

 年度末のことになるが、自民党の親分たちの、何とか暫定税率を継続しなければ、美味い汁にありつけないとなると、首相や閣僚の尻を叩いて、何とか税率維持を模索していたようだが、期限切れが現実になったのでいらだちを隠せなくなった様子はおかしかった。

 尻を叩かれた首相は、日本のガソリン課税が西欧諸国と比べて『決して高くない』のだから、『安いガソリンでCO2排出を助長するような方向でいいのか。環境問題の取り組みを真剣に考えている国々から考えれば全く逆行だ』と、見当違いなすり替え論まで展開する始末に呆れた人も多かったのではないだろうか。

 一昨日だったが、ある道路族の親分は、野党のやり方に対して声汚く激しく罵っていたが、今月末には参議院で見なし否決になるのだから、改めて衆議院で議決、その時点で暫定税率を元に戻すのは当たり前とのたまっていた様子。相当のイライラが見て取れる。

 この連中は自分の懐にカネが入って来ないとなると、論理をすり替えてでも、とんでもないことを平気で言ったりやったりするのが当たり前。首相の言いだした道路特定財源の一般化という案を具体的に議論しない、できないと判断、手のひらを返したように『首相の暗に賛成』なんて云いだす始末・・・。

 多分、今月末か来月なって、首相の首と引き替えにしても、暫定税率継続案を衆議院で再可決する気だろうが、こんな横暴を許してしまっては我が国の民主主義そのものが成り立たない。

 テレビや新聞の世論調査などあまり信用できないと思っているが、ガソリンの値下げに対しては、圧倒的割合で『よいこと』とし、今月末の再値上げに対しても『反対』の声が大部分。政治家(屋)はこの声を無視してほしくない。

 民主党など野党の幹部たちは、この当たりのタイミングを測っているのだろう。もしも道路族の親分たちの命令で、自民党の『再可決』の動きがあったら即刻首相の問責決議案を参院で出し、一挙に衆議院解散に追い込むという筋書きだろう。

 上手く解散に追い込めればよいが、下手すると首のすげ替えで元の木阿弥、任期一杯政権を離さないだろうから、その間に民主党内のゴタゴタがあれば、折角のチャンスが大ピンチになってしまう。

 ともあれ、新年度そうそう、目を離せない展開。楽しみになってきた。(田舎親父)

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