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2008年5月

2008年5月31日 (土)

身近でタンチョウが舞う日を想像・・・

 国内では北海道内にしか生息していない国の特別天然記念物『タンチョウ』が、北海道から津軽海峡を渡って秋田県に飛来していたというニュ-スが流れた。あんな大きな翼を持っているのだから当然といえば当然だが、不思議に過去には海を渡らない習性を持っていたらしい。
 かといって今まで皆無かというとそうではなく、タンチョウが海を渡った例は95、96年に北方領土・国後島で足環を装着されて放された2羽が、道東で確認されたことがあるとのことだが、国後と先日訪れた標津との距離は十数キロ、これは少し大きな川を渡った程度と解釈してもおかしくない。
 今回秋田で観察されたタンチョウの幼鳥は、400キロ以上も飛来しているとあるから、タンチョウにとってはまさに大冒険。これはなかなか興味深い話題である。専門家が北海道の石狩市で撮影された幼鳥と比較したところ、背中から肩にかけて独特の斑紋のほか、首の黒い毛の襟足など4~5点の特徴が一致したという。
 写真だけから本当にこの鳥だと断言できるとは俄に信じられないが、今回釧路のタンチョウ飼育センタ-を訪れ、毎日のように熱心にタンチョウを追いかけている人たちが多いことは事実。そのような人と話して、固体を確実に見分ける技術を持つ人も珍しくないことを知った現在は、ほぼ同じタンチョウだということは間違いないようだ。
 タンチョウは近年、分布域を拡大しているらしく、専門家によると『釧路地方を中心にした道東の生息地がかなり過密しているため、若いタンチョウがパイオニア的に分散したケースだろう。分布が自然に広がることは望ましいが、まだ1羽なので繁殖はもう少し先の話かもしれない』とのこと。釧路地方はタンチョウにとっては、人間でいうなら大都会。タンチョウの世界でも過密現象が起こっているようだ。
 以前一度タンチョウ飼育センタ-を訪れたことがあるが、当時は物見遊山的な気分。半分酔っぱらった状態での見学だったので気付かなかったが、今回はたまたま元園長だったという人の解説を聞く機会があり、かなりタンチョウについての知識を知り得た。
 この園の中に入ると、およそ10の区画に区切られたスペ-スにオスメスのつがいが入っている。それぞれ金網で仕切られているが、屋根の部分はない。はじめは羽を切って飛べないようにしてあるのだろうと思ったが、どうもそうではない。
 思い切って、元園長さんに『逃げないのですが』と聞いて見ると、『逃げるわけはないですよ。これだけ広いスペ-スを縄張りにできるなんて、自然界では無理ですよ。おまけに餌まで与えられているのですから、時に飛んで行くことはあっても間もなく元に戻ってきますよ。逃げるなんてとんでもない・・・・』とのこと。
 なるほど・・・・。いやはや、まさにくだらないことを聞いたものだと赤面のいたりである。ならば、見学者の歩く道に沿っては地面の埋め込まれるように細かい金網で覆われているのが機になったが、これはキタキツネの侵入を防ぐためとのことで、重ね重ね納得した次第である。
 私が訪れた時には、孵ったばかりの赤ちゃんが3つのスペ-スにおり子育て真っ最中というところ。雛は全く無防備なのだが、人間が完全にキツネから守ってくれるので親鳥は安心できるらしい。
 幸運なことに4月と5月に生まれた雛3羽の可愛らしい仕種をじっくり見せてもらったが、自然界ではこんなにも恵まれた環境は存在しないはず。
 ここで育った雛は恐らく今回秋田まで飛んで行ったタンチョウのような冒険心は生まれないだろう・・・なんて、ついつい人間社会と比較した考えが浮かぶ。厳しい環境で生き延びるためには海をもわたる冒険心が生まれるのではないだろうか。

 現在のところ一羽だけだそうだが、ひょっとして同じような行動をするタンチョウが後に続いてパ-トナ-になることも考えられないことはない。
 近い将来、コウノトリが飛び、タンチョウが舞う風景をごく身近で見られかも知れないと想像するだけでも楽しくなる話題ではないか・・・。(田舎親父)

2008年5月30日 (金)

発想を変えなければ・・・

 5月15日から約半月、北海道をのんびり旅行してきたので、このサイトをしばらく休んでしまった。

 なそもそもこんな旅を思いついたのは、日本で一番遅いと言われる桜を見るのが目的だったが、桜は当然として新緑の美しさを改めて感じることができたのも大収穫であった。

 また、人々との出会いの素晴らしさも満喫。多くの人々とおしゃべりする機会を得、今まで見たこともない風景を堪能し、知床のプロのガイドでもめったに出会わないというヒグマとき遭遇できたことはラッキという以外表現できないだろう。

 キタキツネやエゾシカなどにも数多く出会うことでできたし、真っ白なエンレイソウの大群落を目にできたことは大感激。

 羅臼から乗った船でクジラやシャチが楽しげに踊るように跳ねる姿に、私より案内役の船長が一番喜び、ミズナギドリの大群に突入するなんて想像もできないことだった。

 ごく近くに北方領土の国後の姿を見られる海で『これ以上近づくと、だ捕される恐れがあるので、これで限界・・・』という船長の発言に、北国で暮らす人々の悩みと悲しみ、怒りを感じたものである。

 今回の旅で得た見聞などは、改めて掲載する予定だが、今朝の朝刊のトップに『牛乳品薄の恐れ』と五段抜きの見出しを見た時、今回の旅で、酪農家を訪問してその厳しい生活ぶりを実際にこの目で見て話を聞いたことから、私なりに実感できる。

 記事によると、酪農家の廃業や乳牛の飼料高騰が響き、北海道をのぞく府県では原料となる生乳の生産が減少しており、乳価の再値上げの可能性もあるとのこと。

品薄が続く家庭用バターに続き、家計や学校給食に影響を与えそうだというが、北海道の50ヘクタ-ルを越える牧場を持つ酪農家でさえ飼料の高騰は致命的な打撃というから、牧草さえ満足に食べさせられない地方での酪農は、飼料を外国からの輸入に頼っている限りもはや不可能ではないかと思えて仕方がない。

 乳牛を1頭飼育するには、1ヘクタ-ルの牧草地が必要なこともはじめて知った。草さえあれば育てられるものではなく、飼料を工夫して乳の出方をよくする工夫をしなければ経営が成り立たないという。

 私の目にはとんでもなく広い面積に映るのだが、冬場は当然としても夏場でも乳量を増やすためにはトウモロコシなどの飼料が必要だとのことだから、牧舎で人工の飼料を頼りに経営を続けている酪農家にとっては、飼料の高騰は致命的。

 私が訪れた酪農家の主人は『草を中心に食べさせているが、月に20万円も飼料代が高くなっている』と嘆いていた。『牛が食べるものを自動車に食べさせているのだから、これでは牛は飼えない・・・』ともつぶやいていたことも印象的。改めて、金儲けのために食料をガソリンの代替えにする発想法が憎い。

 現状では、全ての酪農家に暗い影を落し、廃業が増えつづけることは間違いなさそう。このままでは経営が成り立たないことは誰の目にも明らかだろうから、乳価の値上げは避けられないだろうが、そうなると消費者の懐を直撃、牛乳の消費が落ち込むことも間違いなさそうだ。

 となると、またまた乳量調整などという変な政策がまかり通り、ますます経営を悪化させて廃業という悪循環が見えてくる。

 農業や林業、あるいは漁業など必死で生活している第一次産業に従事する人々が、安心して働ける環境を作ることが、消費者である私たち自身の生活が安定することを理解することが大切だが、これがなかなか難しいのも事実。

 何とか上手い方法がないのだろうか、と悩む今日である・・・。(田舎親父)

2008年5月14日 (水)

学校から給食業務はなくすべきだと・・・

 明日からしばらく脳の充電のため、この小覧はしばらくお休みさせていただく。
恐らくそんな人はなかろうが、もし楽しみにしておられる方がおいでになったとしたら深く陳謝。6月からは気持ちを新たに、毎日いろいろな切り口で様々な話題を提供したいと思っている。
 しばしのお休みの前の話題として、諸物価の値上げで学校の給食費値上げ問題がここ数日話題になっているようなので、このことを取り上げてみたい。
 小麦や牛乳はいうまでもなく、石油や原油価格の高騰も重なり、あらゆる物価が値上がり。折しも毒ギョウザ事件で、中国製の冷凍商品は危なくて食せないとなると、全国の自治体は管下の学校の給食食材をどこからどのように調達するのかが悩みの種。
 道府県庁所在市・政令市計50市のうち4分の1を超える14市が、今年度からの給食費値上げを決めたというからこれは大変なことになりそうだ。
 『食材費の高騰』と『質の維持』という名目なので、いたしかたない面もあろうが、ある自治体では一挙に10%の値上げとのこと、額としては数十円から数百円程度、たいしたことはないと言ってしまえばそれまでだが、保護者からの苦情の処理で苦慮しているのではないだろうか。
 その上、全国出来に意識的に不払いの保護者も増えているのは間違いないようなので、今回の値上げで『質の維持』が保てるかはかなり疑問符がのこるのではないか、と(人ごとながら)心配してしまう。
 私は以前から給食には学校がかかわらない方が良い、と重ね重ね発言してきた。それでも多くの教育委員会は学校給食が必要と言うだけでなく、学校内に調理場を設け料理して子どもたちに出すという『自校方式』にこだわってきた経緯がある。その考え方を受けて多くの学校では、給食があたかも学校教育の重要な内容であると認識して、教育課程に組み込んでいるのが現状。中には教育目標にも掲げている学校もあるというから問題を複雑にしている。
 最近化この『自校方式』から、地域の拠点でまとまった数を一括して調理し、それぞれ学校に運ぶ『集中調理方式』や『民間委託』する増えてきたのは、給食調理人を正規の職員として雇用する体力がなくなったからにほかならない。
 これは当然だろうが、いずれの場合でも給食費を学校が集めている現在のシステムを変えない限り、給食費の値上げが即教育問題にすり替えられて、学校に大きな負担増を強いて校長はじめ教員が、本来の業務ではない『集金』などに労力が削がれることは無くならないだろうし、質の向上などという言葉が虚しく聞こえる。
 給食を子どもの一緒に食べて、食事のマナ-などを教えることまでが『食育』なる分野に入れられてはたまらない。食事のマナ-を教えるのは家庭であって、教師はそこまで踏み込んではならないはず・・・。
 教師が単純労働者とは思わないが、せめてお昼の食休みぐらいはきちんと取らせ、特別の行事がない限り遅くまで拘束するべきではない。教師にゆとりがなければ、子どもにもゆとりは生まれず、教育の質の向上は望めない・・・というのが自論である。
 『わが校は、自校で給食を賄っています・・・』と威張っている校長がいるらしいが、その裏では、給食費を払わない保護者に『払ってくださいよ 願いします・・・』と頭を下げていると思うと何やら哀れ・・・ではないか。
 今更、自治体も学校も給食をやめるとはいえないだろうが、せめて、給食のシステムは学校から切り離すことが緊急の課題ではなかろうか。自校の調理室で料理するなとは言わないが食事場所は教室ではなく、しかる場所で食べさせたいものだ。当然教師はそこに居ないということが望ましいが・・・。
 給食費の滞納など教育には無関係なはず。当然、学校にその責任を持たせるなんてとんでもない話。至急、徴収機関は別にする対策を講じてほしいものだ。まして、滞納者に対して、校長はじめ教員が対処するなんて馬鹿馬鹿しくって話にならない。
 最近は、入学式の時、誓約書なるものを書かせる自治体が増えているというが、果たしてそんな紙切れが、確信犯的な悪質な親に対して効力を発揮するとは思えない。
 繰り返すが、給餌は親たるものの最低限の『義務』である。その義務さえ人任せにしてしまう『給食』という制度を真剣に考える時期に来ていることは確かだろう・・・。(田舎親父)

2008年5月13日 (火)

よくぞこんなデタラメな数字が出せるもの・・・

 役人どもが連日、遠回りさせてまでタクシ-で帰宅しているのでは、いくら庶民が温室効果ガスを減らそうと努力しても目標はどんどん遠くなるばかり。京都議定書のシバリが始まった今年は、議論したころから比べると13%以上も温室効果ガスが増えたというから、まさに笑えない笑い話。

 それを恥ずかしいとも思わず、ウ-タン首相ドノはじめ政府・与党は、2050年の時点で二酸化炭素などの温室効果ガスを『現状より60~80%削減』とすると発表するらしいが、よくぞまあ、こんなデタラメな数値を出したものだと呆れてしまう。

 2050年といえば今から42年後。ウ-タン氏は邪魔だと言われても生きているつもりらしいが、御年は軽く110歳を越えているのではその望みは限りなくゼロに近い。自民党や宗教政党の幹部たちのほとんどがこの世には存在しないだろうし、現在若手と言われているセンセイ方も軽く80歳は越えているだろう。

 現役時代に蓄えたカネや議員年金で特別待遇の『老人クラブ』で楽しく余生を過ごす青写真を描いているのだろうから、この数値に対して『どうせ俺たちとは無関係、ならば親分の言いなりになった方が得策・・・』という程度の認識ではなかろうか。

 せめて10年後、あるいは20年後なら理解できないこともないが、自分たちが絶対に責任が取れない数値を、しかも『長期目標』という、法的義務のかからないという理由をつけて作るは、単に地球温暖化問題が主議題となる7月の洞爺湖サミットに向けての見栄だろうが、こんないい加減な話はない。

 地球環境に負担をかけ続け、議定書にも背を向けて温室効果ガスを大量に放出しているアメリカに批判が高まっている。そんな動きにブッシュ大統領は最近になり盛んに環境問題、特に温室効果ガスの削減にかなり踏み込んだ発言を繰り返している。

 25年までに、アメリカにおける温室効果ガス排出量の伸びをゼロにすると勇ましいのは任期が残りわずかになった今ごろ言いだしたのは『史上最低の大統領』という汚名返上のためだろうが、それでもまだ政府が出そうとしている今回の数値よりは、現実性があるように思えてならない。(恐らく無理だろうが・・・・)

 ヨッロッパでは一歩踏み込んで、欧州連合(EU)として20年までにEU内の温室効果ガスを90年比で20%削減すると宣言している。EUの主要国の指導者は比較的年齢も若く、在任期間も長いので本気だとうかがわせるものがあるが、EU内の格差を考えるとちょっと難しいのも確かなようだ。

 イギリス・フランス・ドイツなど主要国は過去に散々自分たちが、地球を我が物顔で痛めつけたことに対して、今後アジア・アフリカ諸国に『連体責任』だということも自分勝手な理論であること変な話ではあるが・・・。

 話を戻すが、42年後に現在の60~80%削減するなんて、どこからはじき出せばこんな数字が出てくるのだろう。ひょっとして、ガソリンを値上げをしたら庶民は車に乗らない、すると温室効果ガスは減るだろう・・・なんて考えてはいないと思うが、それにしてもひどい数値である。

 電力を賄うために原子力発電というが、安全性は二の次・三の次。デ-タ-を改ざんと札束で横っ面・・・という手法では国民から信頼など得られるわけがない。風力発電は風が強いと羽がちぎれたり折れたりする始末。要は金儲けが第一、環境のことなど本気で考えようとしていない証拠。

 国民も、快適で便利な生活を望むものだから、エネルギ-需要は右肩上がり。国内では全く得られない化石燃料に頼っているのが現状。まさに八方塞がりの状態である。

 このままでは国そのものが立ち行かなくなってしまうことは、政治音痴の私でもわかることなのに、サミットのために勇ましいデタラメ数字とは恐れ入る。

庶民に削減努力を呼びかけるのは結構だが、自ら襟を正さなければならないと思うのだが、無理だろうな・・・・・。(田舎親父)

2008年5月12日 (月)

国内市場から『米』が消える日が・・・

 地球温暖化が叫ばれ、環境問題に関心が高まっている。二酸化炭素を削減しなければ明日にでも地球が破滅するような過激な意見も多いが地球はそれほどヤワではない。むしろ現在、世界的に一番深刻で危機的な状況にあるのが『食料問題』だと私は確信している。
 小麦価格が高騰しているという。先日は輸入価格の値上がりという名目で農水省は国内販売価格を30%も値上げしたとのニュ-スに愕然とした。世はバイオ燃料ブ-ムでトウモロコシや大豆などの穀物価格も信じられないほどの値上がりで、国内の酪農家や養鶏家は頭を抱えている。
 追い打ちをかけているのが石油価格の高騰。都会で暮らす人々にとってはガソリンの値上げを考えるだけですむが、農家にとってハウスや畜舎の温度管理に大量に必要な重油価格の高騰は生活に直結する大問題。
 食料の国内自給率がカロリ-ベ-スで40%を切って久しく、この数字は年々減少しているが、この輸入穀物の値上がりと石油価格の高騰で(高齢化の進行と後継者不足もあることは否定できないが)廃業に追い込まれるハウス農家や畜産農家も多いと聞く。この減少が続けば、自給率という数値は目に見えて減少するに違いない。
 日本で唯一自給できる食料は『米』であるが、その米の需要が伸び悩んでいる。というより、むしろ落ち込んでいるのが現実。政府・農水省は補償金という餌をちらつかせて転作や減反を強いているが、作っても売れない、しかも高齢化と後継者不足とあっては年々米作りをあきらめる農家も多いのが現実。
 となるとこれは背に腹は換えられない、減反・転作に泣く泣く応じる農家が多くなっているようだが、先祖代々受け継いだ米づくりに対しての愛着もあり、すぐに『ハイ そうですか・・・』といかないのは当然。何とか米作りで生活を支えるために血を流すような苦労話が各地から伝えられる。
 ブランド化もその一つ。大型化もあるようだが、農家の親分的組織の農協が求めた活路が、何と『輸出』だという。唯一の自給作物である『米』を輸出しては、自給率はたちどころにおちることは間違いないことも折り込み済みで、である・・・。
 しかも、その相手が中国だと言うから恐ろしい。今中国の経済発展はめざましく、都市部には富裕層と言われる金持ちが溢れ、より安全な日本の食料が大ブ-ム。
 農協はこの動きに早くから注目して、対中輸出を政府に強く迫っていたが、中国が日本米の輸入禁止という施策を続けてきたので、なかなか話が進まなかったという経緯がある。それがやっと昨年に一部輸出が認められるようになったが、その矢先に起こった『毒ギョウザ事件』で実質的にストップしていたようだ。
 今回、胡錦濤サンはこの輸出禁止措置を解除すると約束したと言う。農協は大喜び、農水省もこれで米の行方の心配が少なくなったと大歓迎、『米の族議員』は利権が失われなくなると大満足だろう。ウ-タン氏も今回の首脳会談の大成果と大ミエを切っているが、少し立ち止まって考えるとこれはかなり危険なことであることがわかる。
 『米』が輸出となると自給率が下がるのは自明のこと。それは仕方ないとしても、農家特にブランド米を生産している農家は、日本の市場に出すより中国が高く買うとなると、輸出に向くのは当然の流れ・・・。
 北京では新潟産『コシヒカリ』が1キロ100元で売り出され、飛ぶように売れているというニュ-スを流れている。100元と言うから約1600円ぐらいだろうか。ス-パ-で良く見かける10キロ入りのコシヒカリは高くても5000円程度であることを思うと、何と3倍以上の高値で売買が成立していることになる。
 輸出価格は不明である。あの中国のことだからよほどの利害を計算したうえのことだろうから、農家に物凄い儲けをもたらすとは考えにくいが、少なくとも流通や販売業者にペコペコ頭を下げてまでお願いしなくても、輸出すれば今までより儲けが出ることは間違いなさそう・・・。
 となると輸出にシフトすることは明らか。需要のバランスは崩れ、日本でも米の価格は急騰するに違いない。(極端な意見だが)国内の市場から『米』が消える日もそれほど遠い将来のことではなさそうだ。
 米の価格が上がると、今まで以上に諸物価はあがることも誰の目にも明らか。
 どうやらウ-タン氏の得意気な顔とマスコミもチョウチン記事、これもやはり庶民いじめなのだろうなあ・・・と考えると、また一つ将来に対する不安がふえる。(田舎親父)

2008年5月11日 (日)

パンダははたして必要なのだろうか・・・

 来日以来マスコミが大騒ぎした胡錦濤サンがようやく帰国。日程的にはかなり以前から決まっていたこととはいえ、一体この胡錦濤という男は何を目的にわざわざ連休後半をねらってやってきたのだろう・・・と感じるほど、国家レベルの話し合いとしては、限りなく意味は薄いのでは。

 今、国民がもっとも知りたいことは、中国製のギョ-ザ問題ではないかと推察している。両国の捜査機関の主張が真っ向から対立して真相は闇とのことだが、一市民としては実際に残っている『毒ギョウザ』の中身にも、致死量を遥かに越える農薬が混入していたとのことだから、国内で混入されたと考えるのは難しい。

 さらに今中国がすめている東シナ海でのガス開発に対しても、日中両国とも『解決の道は開かれた・・・』と言っているが、何でも自分たちのやっていることは正しいと言っている中国が、簡単に妥協を思わすこんな発言をするはずはない。

 中国サイドからみたら、解決の道は『日本の譲歩』が前提。ならば、またまたウ-タン氏は首相の座に一日でも長く座っていたいために『譲歩に近いような発言』でも与えたのでは・・・。これは想像したくないが、何事にも他人事の方故、あり得ない話ではない。

 結局は、首脳会談で進展したのはバンダ2頭の貸与だけ。これもレンタル料が1年間1億円と聞くと、庶民は簡単に『よかった』という気持ちにはならないことも確か。1億円のレンタル料が高いか安いかは、その人の価値観によるだろうが、今までレンタル料の事など一切国民に知らされなかったことを考えると、1億円と言う数字も疑わしくなり、実際にはその何倍も何十倍も払うと言う約束事があっても不思議ではない。

 神戸の動物園は1億円を払っている上に、様子を視察するために来日する関係者の諸費用もすべて負担しているらしいことが明らかにしたそうだが、恐らく神戸市民にとっては『えっ、そんなの聞いてないよ・・・』という話。これからどんな動きになるのか注目したい。

 どんな経緯からパンダが神戸にやってきたかは知らないが、すくなくとも国の施策ではないだろう。時の神戸市長か誰かが『子どものために・・・』とお馴染みの発言を繰り返して、中国との交渉をした結果『1億円』というレンタル料が決まったはず・・・。

 これに対して、上野動物園は『日中親交の印』という名目。明らかにされていないが、すべて都の負担だったわけではなかろう。今回やってくるだろうはずのパンダは、国と都とがどのような負担配分にするのかも不透明。このあたりを見越して、機に聡いワンマン都知事は先手をかます意味で『パンダなんていらない』発言をした、とも考えられないことはない。

 この御仁の口から『パンダも可愛いもの。上野には相応しい・・・』なんて言葉が出た時は、『パンダに関しては国の予算・・・』との感触が取れたと考えて間違いないのではない・・・と、と私は推察している。

 レンタル料が明らかになったこともあるのだろうが、このところ都や上野動物園には抗議の電話が殺到しているらしい。『金がかかるのなら、福祉に役立てろ』とか『チベット弾圧の中国からパンダを借りる必要はない』という内容が多いという。もっともな意見なだけに、対応する係員も大変だろうと同情してしまう。

 パンダの貸与が『成果』とは情けない限りだが、もっと恐ろしい約束を中国がしたという。このことは明日の話題にしてみようと思っている。(田舎親父)

2008年5月10日 (土)

巨大ダムは誰のため・・・

 先日、総貯水量が国内最大の『徳山ダム』が本格運用を開始した』とのニュ-スに、今どきこんな巨大ダムが必要なのだろうか・・・という思いが強い。

 このダムは総貯水量が約6億6000万立方メートルという。この数字ではどのぐらいの凄さかがわからないが、浜名湖の約2倍で奥只見湖より大きいというから桁違い。またまた日本地図が大きく塗り替えられることになる。

 新しく地図に載る、このダムの工事の建設過程において、一体どのぐらいの人たちが故郷を追われたのだろう。そしてどのぐらいの村や町の名前が消えたのだろうか、と考えると何か割り切れない寂しさを感じる。

 総事業費は約3350億円らしい。総事業費というから住民の移転補償費用も含まれていると思っているが、この数字は気になる。

 以前、東京で小学校の新築工事にかかわった経験があるが、設計・取り壊し・仮設校舎の建設・新築など一切含めて26億円だったと記憶がある。東京のしかも当時は破格の建造物だったことは確かであるが、一つの小学校の建造にかかった費用に比べて、このダム建設に費やしたとされる数字は小さすぎる。何か、そこに隠された情報でもあるのではないだろうか。

 このダム建設計画が本格的に動きだしたのは高度成長期の1957年。当時の水需要は莫大だったらしいが、オイルショックを機に水需要は低迷し、現在ではほとんどこのダムの必要性はないというから、建設そのものが何となく不透明に感じてしまう。

 水事情と電力事情の変化に伴う必要性の疑問視と同時に、世論の公共事業の見直し論の高まりに押されて、一応は『長良川河口堰』とともに『徳山ダム』は再検討の対象としたようだが、治水が必要だという名目でそのまま、両方とも建設を強行したことは当時社会問題に発展したことが思い出される。

 国交省は強引に完全完成にこぎ着けようとしているが、当初予定されていた発電所の建設は中止となったとなると、完成はしたものの、ますますこのダムの必要性は薄れていることは確か。

 しかも、大きな建造物を建設する場合には周りの環境に対して『環境アセスメント法』で厳しく配慮が求められているのだが、何故かこのダム建設において網からもれているというから、恐らく信じられないような環境破壊があったのではないかと推察している。

 『徳山ダム』の話題で、数カ月前に流れた、建設途中の『八ツ場ダム』にまつわる阿呆らしい記事を思い出した。このダムは何度も完成予定が伸びていることで有名、当初の計画から15年も延びて、一応2015年完成予定とあるが、はたしてこの数字も怪しいと言う人も多い。

 それはともかく阿呆らしい話しだが、ダムの工事で学校も移転を余儀なくされ、新しく建てられた小学校がわずか6年で廃校になるというから、何という無駄遣い・・・と呆れて開いた口がふさがらない。

 当局は、移転した水没地区の住民が町外に転出し、児童数が減少したためだと言い訳しているようだ。役人たちの発想では、補償さえすれば何とでもなると、住民感情などどこ吹く風・・・という思いが隠されているのがありありとわかる。

 八つ場ダムの総事業費は何度も膨らみ、現在の見込みは4600億円だというが、まだ本懐の工事に取りかかっていない段階ですでに約2900億円を投じられているとのこと、一体どのぐらい膨らむかは想像すらできない。

 この小学校の建設費は約12億円とかなり信憑性がある数字であるが、私にとっては想像もつかない金額。ダム建設を強引にすすめている一部の役人たちにとっては小学校の開校や廃校ぐらいは(自分の懐は一切痛めない税金だからだろうが)『ゴミ』のような単なる数値でしかないのだろう。

 『徳山ダム』といい『八ツ場ダム』といい、莫大な金額を湯水のごとく投入して無駄なものを(一部の人には該当しないだろうが)建設を押し進め、一方、国民生活をどんどん切り捨てていることに怒りを覚える。(田舎親父)

2008年5月 9日 (金)

緊急地震速報って意味があるのだろうか・・・

 8日未明の地震には驚かされた。前夜11時過ぎに床に入ったので、普通では目が覚めない私だが、この揺れには反応して目が覚めてしまった。

 かなり長い間揺れつづけていたように感じる。こんなに長い揺れっておかしいな、と思いつつ体感震度は3程度だろうと勝手に判断、これならオンボロながら我が家は大丈夫・・・と、飛び起きることなくまた眠りに入った。朝、起きてみると、めったにかかない寝汗の跡、目覚めの爽やかさとは少し遠い・・・。

 ニュ-スで、地震の震源地は茨城県沖、地震の規模がマグニチュ-ド6.7で、北関東の一部では震度5弱を記録したとのこと、いよいよ大地震が身近に迫ってきたような不気味な気がする。

 このところ、小さいもののかなりの頻度で揺れを感じる。いずれも震源は千葉・茨城沖の太平洋。規模がM4ないし5と小さいものだが、何か嫌な予感がしていたところへの夜中の大揺れが、深いな寝汗の原因かも知れない。

 気象庁が最近異常に力を入れているものに『緊急地震速報』がある。NHKはじめ民放各社も競って、この宣伝を受け持っている(政府から強要されているのかも知れない)が、その必要度に疑問を感じている人も少なくないはず。

 私もその中の一人である。起きている時間ならいらしらず、夜中でこの『速報』を出しても、見たり聞いたりしている人が少ないのだから、あまり意味がないのではと、思ってしまう。警報音を聞くマシ-ンがあるとのことだが、これは購入する必要があるらしいのでは普及は難しいだろう。(安全を商売にしているのでは・・・)

 『緊急地震速報』とは地震の初期微動(P波)を検知し、大きな揺れの到達前に予想震度を伝えるものだが、(本当に察知しなければならない)震源が近い場合は間に合わないのは当たり前。技術的限界は指摘されていたが、今回の震源は海岸から約100キロも離れていたのに、速報の発表基準『震度5弱以上』と見積もったのは、P波検知から58秒後だったらしい。

 この時間にテレビを見ていた人や、この速報を受けるマシ-ンを装備している家庭がどのぐらいあったのかわからないが、テレビなどから警報が流れた時には、すでに大きな揺れが始まっているのでは全く意味がない。

 まして夜中のこと、寝ている人がテレビやラジオのスイッチを入れるなんてとてもできるわけがない。これって一体何なの・・・と首を傾げてしまう。

 我が家のテレビは息子からのお下がりのデジタルものだが、主電源を切っていたら、スイッチを入れても数秒『しばらくお待ちください』というテロップは出るものの映像はかなり遅れて現れる。

 コンピュ-タの起動に慣れているので、デシタルってこんなものと何の疑いも持たなかったが、近い将来すべてデジタルに切り替わるとのことだから、まさに『緊急地震情報』なるものは、その時にテレビを視聴していないものにとっては『無用の長物・・・』となるのではないだろうか。

 それとも、テレビやラジオの主電源はいつでも入れておくようにというのだろうか。それでは最近大騒ぎしている二酸化炭素削減のために『電化製品はこまめに主電源を切るか、コンセントを抜きましょう』という、総務省や環境省の宣伝が虚しい。方や、エコ思想を押しつけ、一方では反対のことを言う。これでは国民とどちらを選択すれば良いのかわからなくなってしまう。

 それ以前に、気象庁が言うように『緊急地震速報』が本当に必要なのか、すら疑わしくなってくる。事実この速報は、先月起こって沖縄・宮古島の地震に続き揺れにも間に合わなかったと言うから、どうも気象庁の自己満足。『緊急地震速報』の信頼性があらためて問われる事態となったようだ。

 それに対して、気象庁の担当幹部は『マグニチュードを算定する手法に改善の余地があるか検討したい』と述べたと言うから、これはまたまた責任逃れとしか言いようがない。今まで散々この計算をしてきたはずだろうに、そして十分な自信と裏付けがあったればこそ、テレビやラジオに流すことを強要しているのだろう、それを今更、根本的な算定基準を見直す、とはどういうことなのだろう・・・。

 政府は国民の安全のために緊急にやらなければならないことを後回しにして、聞こえだけ良い『緊急地震速報』のような、あまり必要ないことに予算消化のためにやっている・・・とは言い過ぎだろうか。

 本当に地震対策を万全にするなら、震度6程度ではびくともしない建物を造ること。既存の建物には安価で耐震を補強するシステムの開発が先決だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2008年5月 8日 (木)

若干気になる学校の対応・・・

 間に数日ある日程にもかかわらず、何故か大型連休と呼ばれていた今年の連休、その後半の最初の日に、愛知の高校生が帰宅途中に、いとも簡単に殺害されるという悲惨な事件の報に『なぜこんなことができるのだろう・・・』と怒りが吹き上げる。

 顔を殴られて、首にビニ-ルテ-プが何重にも巻き付けられた遺体だったというが、誰が何の目的で、15歳の高校に入学したばかりの少女をこのような目に合わせるのか許せない犯罪。ご両親はじめ遺族の方の悲しみは想像を絶するものがある。

 当日は土曜日、公立の高校はお休みなはずだが、私立の高校は変則ながら土曜日の授業は当たり前のようにされている。この少女の通う高校も学校もそのようなシステムになっているらしく、土曜日も授業そして終わってからクラブ活動をしていたようだ。

 遺体が発見された後、少女通う高校の教頭(だったと記憶しているが)が事件についてコメントしていたが、その言い方が何となく『他人ごと』のような印象を受けたことが、いまでも頭の中でモヤモヤしている。同じようなことを思った人もいたのではないだろうか。

 少しでも自分のことに置き換えて考えたら、沈痛な表情になるだろうに、涙を流せとはいわないまでも・・・である。この教頭は、たんたんと少女が『明るくリ-ダッシップをとる子だと』口にしている姿にが、何か場にそぐわない違和感がある。

 学校は子どもたちに『早く帰宅するように・・・』と指導していたと言うが、少女が学校をでた時刻は午後7時過ぎ。土曜日でも、クラブ活動をその時間まで行っていたことは明らか、どうも責任逃れのように聞こえてならない。

 続報では、一週間程前に、同じ学校に通う別の女生徒が、今回の現場から数キロメ-トル離れた場所で、若い男に押し倒される、という事件が起こっていたという。女生徒が大声を上げると、男は走って逃げて被害はなかったらしいが、この事件を学校は知らなかったのだろうか・・・。

 また、これも続報だが、同じく一週間程前の同時刻、近くの農道で自転車に乗った高校2年の女子生徒に、バイクに乗った男が『豊田高校はどこ・・・』と尋ねながら近づいてきたという。生徒が知らないと答えると、男は生徒を道の端に追い込み、手首をつかんで髪を引っ張り、押し倒したという事件も起きていたようだ。

 生徒が抵抗したため、男はひるんでバイクで逃げたという。生徒は、黒のヘルメットをかぶっておりバイクのナンバープレートは外されていたとの証言をしているらしい。

 このことも学校には連絡が届いていなかったのだろうか。そんなことはあるまい。私立高校の生徒指導というものが、どのようなシステムになっているのか詳しく知らないが、少なくともこのような事件の情報が届いていないとは思えない。

しかも自校の生徒が被害にあっているのだから、生徒たちに何らかの指導をしていたと考えるのが常識的ではないだろうか。どうも、この私立高校は、生徒たちがどこからどのようにして通学しているのか把握していなかったのではないだろうか。

 校門に入るまでは『自己責任』という考え方は理解できないことはない。最近は教員の仕事が限りなく増えつづけていることから、私も『自己責任』論には諸手をあげて賛成はともかく、反対するものではない。しかし、この考え方を本人にはもちろんだが、親にもどのように説明して理解を得ていたのか・・・という思いがぬぐい去れない。

 ただ、昨日の続報では、この少女は母親に日常時に変事があり、そのために帰宅に不安があると訴えていたとのこと。何か手だては・・・。母親や家族に油断はなかっただろうか。それとも、学校が何とかしてくれるのでは、という安易な気持ちがあったとも考えられないことはない。

 女生徒の葬儀は学校関係者の参列を断り、親族だけで執り行われたと言う報道から、この辺に、対話不足と言うか学校に対する不満・不信があったことがうかがえる。

 このような事件を無くすためにも、高校生であっても通学時の『約束事』をきちんと取り決めておく必要があるのような気がするが・・・。(田舎親父) 

2008年5月 7日 (水)

衆議院では『喫煙はご勝手』にだって・・・

 またまた政治を行っている?人たちの馬鹿馬鹿しいニュ-ス・・・。

 『健康増進法』というものが施行されたのは、私の退職時の頃だったと思うが、その数年前から、『嫌煙権』という言葉が世に流行りだし、喫煙は本人の健康に悪いと同時に周りの人にも迷惑を及ぼすと言う考え方が広まって、愛煙家にとって肩身が狭い世の中になりはじめていた。

 退職の頃にはこの動きは加速され、役所などはガラス張りの部屋をわざわざ作って、そこでしか喫煙しないようにという『分煙』が行われるようになり、公立の学校では構内喫煙を禁じられた教職員たちが、休み時間になると校門の外で煙を吐いている姿がみっともないと社会問題にまでなったことは記憶に新しい。

 この動きは凄い勢いで全国に広がり、現在では条例で路上喫煙を禁止する自治体も数多い。全国的に今や公共の場では『禁煙』が普通だというのに、この法律を作った張本人達の職場である国会では、堂々と喫煙がまかり通っているとなると、政治屋サンの根性たるものは見上げた?ものである。

 参議院は一応『喫煙室』があって、それ以外は禁煙という『分煙』になっているらしいが、衆議院はそんなことはお構いなしというから呆れた話・・・。

 この記事を、新聞から引用しながら話を進めることにしてみよう。

 参院は6カ所にガラスなどで仕切られた喫煙室が完備され、そこ以外は禁煙。これに対し衆院は、本会議場の入り口にソファが四つあり、それぞれの前に灰皿が置かれているようだ。空気清浄機は2台あるが、煙を遮る仕切りはないとのこと。これを含め本館と分館には、廊下など公共の空間だけで9カ所に複数の灰皿が置かれているという。 

 議員食堂も衆院は約100席のテーブルのほとんどに灰皿があるが、参院ではガラスで囲われた喫煙コーナー以外には置いていないという。衆参の中間に位置する『中央食堂』では、灰皿は一部のテーブルに置いてあり、仕切りはないという中間型だというから面白い。 まあ、政治屋サンたちの談合体質から考えるとその程度かも・・・。

 国会では超党派の『禁煙推進議員連盟(こんな集まりがあるようだが)』が分煙運動に取り組み、衆参両院の議院運営委員会に申し入れを重ねて、参院はすぐ喫煙室設置を申し合わせ、全面分煙に踏み切ったが、衆院はそんな話はどこ吹く風・・・だったとのこと、これもなかなか面白い話である。

 ある女性議員は『衆院は解散の可能性もあって忙しいので進まないのではないか』と言っているらしいが、確かに現在は解散が頭から抜けきらず、それどころではないのはよく分かるが、今まで何も議論しなかったから現在があるのだろう。

名のある女性議員がこの有り様では、お金が有り余っているセンセイ方は『健康』などは別のところで補えると思っているのではないだろうか。

 国民の健康を司る厚労省のガイドラインが『できる限り隔離した喫煙室を設け、難しい場合は喫煙コ-ナ-を設ける』程度、厚労省の官僚たちは、本当は『喫煙』が健康に悪いとは思っていないようだ。

 いやむしろ、厚労省という役所は、率先して喫煙をすすめ『煙幕』で内部が見えないようにガ-ドしているのではないだろうか・・・なんていう皮肉すら口に出したくなってしまった。(田舎親父)

2008年5月 6日 (火)

こんな大甘処分で市民は納得・・・?

 今月はじめ、和歌山の紀の川市(ここも合併で新しくできたのではないだろうか)が、勤務中に公用パソコンを使い、インターネットのアダルトサイトを長時間にわたり頻繁に閲覧していたとして、57歳になる課長補佐を停職3か月の懲戒処分とし、係長に降任した、というニュ-スが流れた。

 記事によると、この課長補佐は、多いときで1か月で約17万回も、アダルトサイトをクリック。今年2月に発覚するまでの9か月で、約78万回もこのようなサイトにアクセスしていたというから驚いたが、どうしてこの数を割り出したのか不思議な気もする。

 78万回という数字をそのまま信じると、一月平均約9万回となる。役所の係長というから、一月の勤務日数はたかだか20日程度だろうから、一日あたり約4500回程度になる計算。8時間勤務が原則だろうから、1時間に560回。1分あたりとなると10回。まして最高時では一月17万回というから、もはやこれは天文学的凄い数値。これでは仕事をしている暇がないだろう。

 この男は建設部地籍調査課というセクションの課長補佐と言う。32人で構成しているというから相当大人数、常識的に考えるとよほど膨大な仕事を抱えて忙しい課だと考えてしまうが、よくぞこんな馬鹿げた話題を提供したものだ。

 数人単位が班をつくり土地の所有者などを調査し、境界の位置と面積を測量する部署らしいから、課員のほとんどは外回りで出払い、この男だけが留守番で居残って一人でコンピュ-タの画面を楽しんでいたともとれないことはないが、それにしても、周りがよく気付かなかったとのコメントが不思議に思えてならない。

 しかし全員が連日外回りとは考えられない。乗って机上で仕事をこなしている課員もいただろうに、しかも、アダルト画面となるとどぎつく刺激的なものに違いないだろうから、気付かない方こそおかしいのではないだろうか。

 恐らく気付いていたに違いないが、課長補佐には文句が言えず見て見ぬふり・・・。か、課全体でそれを許す雰囲気があったのではと思ってしまう。

 私が知っている限り課長補佐はある意味激務。一番仕事ができる人が多いと思っていたが、この市に限ってはそうではなく、課長補佐とは名ばかりで実際には仕事がない(できない)人間に与える名誉職なのだろうか。

 さらに、数カ月前にこのコンピュ-タがウイルスに感染していることに気づき、調査を開始して、インターネットのアクセス履歴から、この男のバカな行為を発見したという。もしウイルスに感染しなかったら発見はさらに遅れていたことになるのだから全く迂闊な話である。

 もっと馬鹿馬鹿しい話は市の対応。こんな全く仕事をしない上に、市民の不名誉なことを続けていた職員などもう少し意味ある処分にするのが普通だろうに、『係長』に降格とは『係長』という職名にある人が気の毒・・・。

 この男が有力者の縁者で、市長も頭が上がらない。市としてもこれ以上の処分ができなかった・・・?。よく聞く話だが、こんなことを許していては地方が衰退することは避けられまい。

 この男にどんな縁者がいたとしても、夕張の二の舞は踏まない・・・との強い決断がほしいものである。それにしても、市民が気の毒な話である。(田舎親父)

2008年5月 5日 (月)

パンダがいなくなった・・・

 大型連休ももうそろそろ終わり。後一日だけになってしまい、今日あたりからはUタ-ンラッシュがはじまるようだ。私も『大型連休』と表現しているが、実際には前半と後半との間が空き、連続して休めた人は決して多くないのが現状ではと思っているが・・・。

 それでもめったにない連休のこと、今日・明日のニュ-スでは帰省や行楽を楽しんだという人たちの、疲れた中にも満足した笑顔が数多く見られるのではないだろうか。

 ところで、今日5日は『こどもの日』。最近『子ども』と言う定義が曖昧になってしまったようだが、それでも、子どもが大好きな場所は『動物園』という意見には頷く人も多いだろう。親にとっても、安全でしかも情操的にも良いということで、このところ動物園が大人気になっているようだ。

 私の住まいの近くの横浜動物園(通称『ズ-ラシア』)もその一つで、昨日などバスに乗り込むまでが長蛇の列、道路も大混雑の有り様だった。この動物園のコンセプトは『動物の目線』とのこと、人間が動物たちを見るより、動物たちから人間を観察できるようになっているそうだ。確かに歩いてみると『なるほど』という実感できる。

 もう一つの特徴が『繁殖』である。ここにはかなり珍らしい動物がいるが、そのような動物たちの繁殖に成功しており、オカピはじめキンシコウやアカカワイノシシ、ヤブイヌやインドライオンなどなど・・・。私もかわいらしい赤ちゃんの姿を見るのが楽しみで、動物園友の会の会員になっている。

 珍しい動物と言えば、なんといっても『バンダ』。見た目やしぐさの可愛らしさで、子どもたちと当然として大人も含めて人気NO1は誰もが認めるところだろう。パンダは中国でも一級の絶滅危険種として大切に保護されているが、日中国交正常化を記念し、上野にランランとカンカンがやって来てから35年余になる。

 当時の大フィ-バ-は記憶に新しい。以後、代が変わっても上野動物園と言えばかパンダと言うほど、動物園の顔だったが、先月末に、リンリンが死亡したと言うニュ-スは、多くの『パンダ大好き日本人』の心を沈ませた。

 その中で、ワンマン都知事サマは、パンダなんか関心はなく『動物だから死ぬこともあるでしょう』と突き放し、『見たい人は、中国に出かけたら・・・』と、例によって自分だけが正しいという物知り顔の高慢的な言い方に、カチンときた人も多かったのではないだろうか。

 ところが、レンタル料を年間1億円も払っていたこと知った時、この知事のいう事も『もっともだ・・・』という声もあると聞いている。

 レンタル料の1億円が高いか安いかは別にして、本当に中国がパンダの保護に使っているとしたら許されるが、あの国は内部を全く見せない主義なので、何に流用されているか心配なことも確か。もっとも、日本の政治屋(特に族議員と呼ばれる輩)も、入ってきたカネを何に使ったかなど一切国民に知らせていないのだから、まあ政治の世界はどこもおなじだとは思うが・・・・。

 またまた政治の話しになってしまったが、落ち目のウ-タン氏は、こんな話題を利用しない手はないとばかり、早速外交ルートを通じ、中国に2頭の貸与を要請しているというが、中国もそんなことは先刻ご承知・・・逆に利用するのは明らかだろう。

 このところ失政続きで、支持率が危険水域までになっているウ-タン氏と内閣にとっては、パンダのレンタルが成功すれば国民の支持が上がることは明らか。となると、今頃官邸では明日来日する胡錦濤国家主席との会談で、中国側から『ウン』という返事をもらうための作戦を、いろいろと練っているのではないだろうか。

 日本の子どもたちの願いという純粋な気持ち中国側にぶつけ、上手く交渉がまとまれば良いのだが、支持率回復だけの道具として考えていたとしたら、土下座どころか国の将来を決定的に誤らせるような約束など取り交わすことすら心配になってくる。

 ならば、ここはワンマン都知事の姿勢の方が(言い方は好きになれないが)無難なような気がするが・・・・。(田舎親父)

2008年5月 4日 (日)

還付金詐欺がそうかの一途と聞くが・・・

 『還付金詐欺』という言葉を最近よく耳にする。税金や保険金が戻ってくるような話を、税務署や社会保険事務所等を騙り、必要な手続きを装って被害者にATMを操作させて現金をだまし取る手口だと言う。

 そんなことができるのかと思っていたが、手口の詳細を聞いて、なるほどわかるような気になる。電話で税務署や社会保険事務所などの職員と名乗られ、『税金や年金が少しですが戻ります・・・』と言われたら、恐らく私でも信じるのではないだろうか。まして『社会保険庁●●支部』と書かれた葉書や封書なら尚更のことだろう・・・。

 電話や葉書で『担当者○○で電話番号は×××ですからすぐにご連絡ください』となると、多くの人は『今どき税金などが戻るとは・・・』と疑りながらも、ひょっとして・・・という期待も捨てきれず、電話するのではないだろうか。

 電話口で『社保庁●●支部の○○です』と言われたら、ほとんど『本当に戻るのだ』と疑いが消えるはず。続いて『恐れ入りますが還付金を振り込みましたので、お近くのコンビニのATMで高座の確認をしてください。確認出来ましたらすぐ確認の電話をいただけますか・・・』といわれたら、すぐにでも指定されたコンビニに向かうのでは・・・。

 社保庁の○○だと信じてしまった人を騙すぐらい簡単なことはない。すっかり何がしかの金額が通帳に入ってくると信じてしまった被害者は、『入金がない』となると、すぐに携帯電話を使ってもう一度電話をすることになるのも成り行きだろう。

 すると『おかしいですね。どうやらATMでエラーが発生したようです。あなたの残高は何桁、で一番はじめの数字は何でしょうか・・・』と言葉巧みに誘導・・・。『7桁で2』と答えると、200万円まで騙せるとわかる仕組み。そこで、『申し訳ありませんが、一旦150万円社保庁の●●支部の口座に振り込んでいただけませんか。折り返し、還付分を上乗せして金額をサイド振込ます・・・』という筋書きである。

 実に巧妙な手口である。『何百万円も振り込むのはバカだよ』という声も聞こえてきそうだが、社保庁の○○だと信じきっている人に向かってそんな批判は当てはまらない。特に高齢者ならいたしかたない。

 女性が騙されることが多いとあるが、男性コンビニのATMなど操作したことがないと見越しているのではないだろうか。かく言う私もコンビニにそんなものがあることは知っていても使ったことがないのだから・・・当然と言えば当然だろう。

 こんな新手の『振り込め詐欺』が横行するのは、元を正せば不透明な年金問題や年金から強制的に天引きしている後期高齢者医療制度についての説明が、極めてずさんであるため、『還付金戻る』という言葉に何らかの魔力があるからだろう。

 制度そのものについて、国民が確実に理解できるような説明をしておけばこんな犯罪は起こらなかったかもしれない。となると責任は政府・与党だと言えないことはない。

 今からでも遅くないから、新聞やテレビで繰り返し、『還付金詐欺』の手口を、分かりやすく例を挙げて説明すれば良いのだが、政府・与党は知らん顔。マスコミも、この種の事件を大々的に取り上げるが、基本的には『騙される奴が悪い・・・』と、姿勢では被害者が浮かばない。

 警察や防犯協会が連日のように『振り込め詐欺にご注意ください・・・』と広報車でがなりたてるだけでは、この種の詐欺にあう高齢女性の急激な減少は期待できる訳がない。

 こんな詐欺を考えつく奴・実行する輩を許すことはできないが、元を正せばきっかけを作ったのは政府・与党であることを考えると、(繰り返しになるが)こちらの方により重い責任があるのは明らか。

 このあたり、どう考えているのか説明してほしいものだが、何事にも他人事のウ-タン氏が首相をしているのでは、こんなことは『他人事どころか遠い世界の話』と、一笑されるのが関の山だろう・・・な。(田舎親父)

2008年5月 3日 (土)

新指導要領の言う『愛国心』とは・・・

 かなり話が古くなるが、3月末に公表された学習指導要領を急ぎ改訂した背景には『ゆとり教育(「遊ぶ時間」を「ゆとり」と捉えさせる意図が働いているように思えてならない)』が失敗だったとして(その総括を何一つすることなく)、とにかくテストの点数を上げるために、『まず授業時数を増やさねば・・・』と言う考え方があったようだ。

 早くも、都道府県の教育委員会は今度の改訂に合わせて、お抱えの御用学校(という言葉があるかどうかはわからないが)に試行をさせているようだ。その動きに遅れまいとするのか、今年度から週の時間割そのものをいじくって、週1時間の時数を上乗せして時間割を組み始めている学校も多いと聞く。

 そのような学校の中には、余分に作った時間を理科や算数・数学の授業に当てるのが流行っているらしいが、特に小学校の場合(中学校でもその傾向があるようだが)、算数はともかく理科に関しては、教員そのものが『理科音痴』が圧倒的多数を占めるという認識が、どうも抜けているように思えてならない。

 理科の学習をすすめるには実験・観察が欠かせない。しかし、そんな経験をしたことがない教員が圧倒的多数を占めるのが現実。子どもの『理科離れ』を論じる前に、まず教員の『理科離れ』を認識する方が大切だろう。その認識があれば、当然教員の理科能力をどのようにつけさせるかは自ずと明らか。

 理科の時数を増やせば、知識の量を計る『テストの点数』が上がることを全く否定する気はない。ただ、それは『理科』とはいえない。自然科学の分野では、すべて○×で答えさせて、その正答率が『学力』ではないことは、文科省のお偉方はわかっているだろうに、ここに全く焦点を合わせていないことに危惧している。

 特に小学校において、何が重要かと言うと、それは『教員の能力』であることは誰も否定しない。ところがその教員が『理科音痴』なのに、それを解消することなく、ただただマニュアルを作って、知識だけをつければ良いと言う現在の教育行政には賛成できない。というより、何を考えているの・・・と、教育行政の無能力を指摘しておきたい。

 またまた自論が先走ってしまったが、今回の改訂で気になるのは、中教審の審議も経ないで『我が国と郷土を愛し』という記述が追加され、さらに『君が代』についても『歌えるよう指導する』と明記されるほど、『愛国心』が安売りされ、その安売りの『愛国心』を国民に強要していることである。

 一昨年になったが、年末に(オボッチャマ首相の手柄と一部の人々は大歓迎しているようだが)自民党と宗教政党との数の力によって、議論をつくさないままに教育基本法の一部改訂が強行された。その中『我が国と郷土を愛する態度を養う』と『愛国心』の養成が盛り込まれたが、今回の指導要領はそれに沿った表現が目立つ。

 小中学校ともに全体の指針となる総則に『我が国と郷土を愛し』という文言が加わったことも一つ。同じ総則の、伝統と文化を『継承し』という記述も『尊重し』に変更され、小学国語に『神話・伝承を読み聞かせる』という文言も追記されている。

 『君が代』も小学音楽で、いずれの学年においても『歌えるよう指導する』と修正され、中学社会では自衛隊の『国際貢献』に言及している。

 私は『愛国心』を否定する者ではない。むしろ、国民として自分の国を愛することは必須条件だと強く思っている一人であるが、『愛国心』は押しつけられるものではないこともそれ以上に大事なことと確信している。

 昨年来大騒ぎしている『年金問題』しかり、道路族の懐だけを考えている『道路特定財源』と『暫定税率』、さらに調べもしていないのにあたかも調べたごとくの振りをして、ほとんどの人が『安くなる』と騙した『後期高齢者医療制度』云々・・・。

 国民を騙すのが仕事になっている政治屋や官僚たちに『愛国心』があるのだろうか。本当の『愛国心』を持っている指導者ならば、決して国民を騙しはしない。

 できるだけ情報を公開して、国民のためにしっかり努力しているならともかく、やることは自分たちの懐を肥やすだけ・・・。何とか誤魔化そうとしか考えていない輩には『愛国心』かけらも感じられない。その輩が『愛国心』など口にするとは『ちゃんちゃらおかしい・・・』と言わずにはいられない。

 このところ入学式や卒業式に校門に『日の丸』が掲げていない学校はまずない。自治体の教育委員会はこぞって『これも指導の成果』だと息巻き、『君が代』の時に起立しない教員を処分することが大流行。このまま処分をちらつかせながらの強制指導が続けば『立たない・歌わない』教員は減っていくだろうが、だからといって『愛国心』が高まったとは到底思えない。

 以前にも書いたがハレの日に『日の丸』を掲げ、『君が代』を歌うのが『愛国心』だと主張するなら、自らの職場は当然のこと、自宅にも『日の丸』を掲げるのが当たり前だろう。しかし、文科省のお歴々や文教族と言われている政治屋さん。自治体の知事や教育委員会の幹部の中で何人が、自宅に『日の丸』を掲げ『君が代』を歌っているのだろう。限りなくゼロに近いはず・・・・。

 どうやら、この連中が言う『愛国心』は、ただ管理しやすくするため『批判力』のない国民を増やすための方便だと思えてならない。

 今日5月3日は『憲法記念日』。国の根幹たる教育に、大きく影響する『指導要領』を今一度じっくりと考えてみたいものである。(田舎親父)

2008年5月 2日 (金)

予備軍を含めて国民の5分の1とは・・・

 メタボリックという言葉が一般的に使われるようになり、太りすぎに対して世間の目が厳しくなる一方、生活習慣病の横綱的な『糖尿病』が急速に増加しているという。

 先月末、厚労省は推定で糖尿病が強く疑われる成人は『予備軍も含め約1870万人』と発表した。厚労省のことだから、またどこかの天下り財団にやらせた調査だろうから信じるに足りるかどうかは不明だが、身の回りの人たちの様子からは、糖尿病が流行っていることは間違いなさそうだ。

 1800万人超とは穏やかではない。この数字は、1歳以上の約2万人を対象に実施。うち、血液検査を行った成人男女約4300人人を分析し、推計人口に基づき推計したという。仮にこの推計が正しいとすると、なんと国民の『5分の1が糖尿病』になっていることになる。

 最近は小児糖尿病などという病名もよく耳にすることから、いままでは大人の病気だったものが、子どもの生活が限りなく大人と近づいたことにより、子どもにまで流行の気配があるらしい。

 塾通いが日課になって『夜更かし』、朝も『個食』が当たり前。家族との食事もゆっくりとれなくなっている現状では、バランスのよい栄養など無理な話。誰かが『学校の給食だけが頼り・・・』と皮肉っているが、当たらずとも遠からず・・・というところか。

 考えなくてもこのことは恐ろしい。大人の半分近くが『糖尿病』子どもも、このままの生活をつづけて大人になったら、いったどれぐらいの割合で『糖尿病』になるのだろうと予想してみると、数年後には国民の半数以上・・・ということにもなりかねない。

 糖尿病は、薄学の私が今更言うまでもないが、体を動かす原動力になっている血液中のブドウ糖が体中の筋肉や臓器に正常に行き渡らなくなり、血液の中に溢れてしまうらしい。医学書ではインスリンというホルモンが不足するからだと説明している。

 血液中のブドウ糖の状態を測定すると、その値が正常であるかないかはすぐわかる。この値が70~109(mg/dl)が正常とされるが、前夜に食べる食物や体の状態の様子などによってかなり変動するらしいので、150程度になってもたいしたことはないと言う医師も多いと聞く。

 150は論外だが、血糖値はさほど問題ではなく、食事の影響を受けないHbA1C(ヘモグロビンワンエ-シ-)呼ばれる検査を重視する医師も多く、私の主治医もそのような考え方を持っている。

 この検査では4.3~5.85(%)が基準値で、6.5を越えると予備軍を含めた『糖尿病』と診断されるという。

 ここからは、以前にも紹介した私のデ-タ-と予備軍から脱却した経緯を掲載しておこう。私の最近のこれらの値は、あまり空腹感を覚えない時でも血糖値は115、HbA1C値は5.6~5.8だから、まあ正常。1年前はこの値が、125と6.3だからかなり改善したことになる。

 と言っても、特に食事に気をつかっているわけではない。好きなビ-ルやアルコ-ルは止めない(食生活は変えない)で、これらの値を下げる方法を探し求めて(以前にも取り上げた)『桑の葉』に行き着いたというわけである。

 養蚕が衰退した現在、日本全国どこでも『桑』は邪魔者になっている。公園や河原を少し丁寧に探してみると簡単に『桑』は見つかるものである。その新芽を摘み取ってさっと湯がいて細かく切り、ごま油などでさっと炒める。これだけで『糖尿病』の予防と予備軍からの除隊ができるのだから優れもの・・・。

 チリメンジャコやカツオブシを入れて卵で絡ませば、酒のつまみどころか、野菜料理の立派な一品。食卓を飾ることは間違いない。これぞ『薬膳料理』・・・。

 レジャ-も良いが、連休の一日、家族で『桑』を探しするのはいかがだろう。そして一度食べて見ることをすすめたい。口にあったら(できるだけ毎日)数カ月続けてほしい。血液検査をされたらビックリする値が出現すると確信している。(田舎親父)

2008年5月 1日 (木)

人迷惑な自殺が大流行とは・・・

 例年、1月から3月の日にちの過ぎるのは、昔から『行く・逃げる・去る』と称されているように、あっと言う間と言うのが実感だが、今年に限っては4月も、この3ケ月に負けないほど早く過ぎ去ったような気がする。

 多分、4月1日にガソリン税が期限切れで、ガソリンの価格が大幅に値下がり。庶民には諸物価高騰の中でのちょっとした清涼剤となり、やれ一服と言った矢先に『早く死んでしまえ・・・』制度が始まり、世間が大騒ぎ。マスコミが右往左往している間に、日が過ぎ去ったからではないだろうか。

 ところで、『早く死ね・・・制度』に加えて『上手い死に方・・・伝授』ではあるまいが、このところ『硫化水素』で自殺が大流行。高濃度の硫化水素を吸うと一瞬のうちに意識が無くなり、そのまま死亡することは少し知識のある人は知っていたことだが、まさか自殺の手段に使うとは想像していなかったようだ。

 私にとって『硫化ガス』と聞くと、悲しい思い出が蘇る。十数年前、小学校の校長をしていた友人が、校長仲間と阿蘇山に『研修』と称して遊覧に出かけていたらしい。テレビで『阿蘇で硫化ガス、観光客が倒れる・・・』というニュ-スに続いて、アナウンサ-が友人の名前を言ったのに驚いたことを思い出す。

 一瞬、我が耳を疑ったが、鹿児島出身の彼のこと、仲間を誘って出かけていたことは考えられないことはない。すぐ、熊本の友人に電話して真偽を確かめたら、濃度の濃い硫化水素ガスで瞬間的に意識が亡くなり、立ったまま絶命したのではないか・・・とのこと。改めて硫化ガスの恐ろしさを知ったものだ。

 当時、8人で阿蘇の山頂付近を散策していたようだ。固まって歩いていたら全員倒れたのだろうが、彼ともう一人が10mほどまえを歩いている時、この濃度の濃い硫化ガスの帯が突然襲ってきたらしい。

 彼は一瞬そのガスを吸い込み絶命。もう一人の人はほんの少し高濃度のガスの帯から離れていたらしく、瞬間的に意識不明になりながら病院に運ばれて一命をとりとめた。この高濃度のガスの帯はすぐ消滅したらしいから、人間の運命は本当にわからないものだとつくづく考えさせられたものである。

 去年の暮れ頃かららしいが、ネットで『漂白剤を混ぜると硫化水素が発生する』という情報が流れたという。誰が何のために流したのかわからないが、この情報を少し科学的な知識のある自殺願望者が飛びついて、実行した結果『大成功』?・・・。

 この『硫化水素で自殺』というニュ-スは大々的に取り上げられ、ネットにその『方法』まで詳細に記載するサイトが激増する始末。しかもマスコミもこの話題に飛びついて、例によってワイドショ-的に大騒ぎ。『簡単に死ねる』という言葉が一人歩きの結果、練炭を使っての一酸化炭素中毒自殺に代わって、この硫化水素自殺が大流行となったようだ。

 当然なことながら、硫化水素はガス状、空中にさまようのだから本人だけでなく周りの人間まで巻き添えにする恐れがある。巻き添えで死亡、あるいは入院などの被害を受ける人も激増している。先日、私の住む町とさほど遠くない地域に住む高校生がこの『硫化水素自殺』という記事がなり、間もなくわが町にも・・・という恐れを感じる。

 記事によると、マンションの住民から警備会社を通じ『隣の部屋から硫黄のようなにおいがする』と119番通報があったらしい。時を同じくして家族から、浴室に通じる洗面所に『危険、硫化水素発生中。絶対に開けないで』と書かれた紙を発見して、やはり119番通報。駆けつけた消防署員が浴室で死亡している高校生を発見したとある。

 幸いというか、この高校生は家族を道連れにする意図がなかったので張り紙をしたらしい。張り紙がなかったら間違いなく家族はドアを開けるだろう。最悪の場合巻き添えで死亡していたことも考えられる。

 今年になって『硫化水素』で自殺者は120人にも達するという。当然巻き添えになって死亡したり、入院騒ぎになることも多いとのことだが、迷惑この上ない。

『自殺』するのはある意味自由かも知れない。自由だとしても、せめて人に迷惑のかからない方法をとってほしいものだが、ネットやテレビ新聞などのメディアが、面白おかしくこの話題を報じている以上、この種の自殺は今後も続くだろう。

 何とかしたいが、私には何ともできないことが悩ましい。(田舎親父)

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