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2008年7月

2008年7月31日 (木)

教科書の厚さで学力が上がるのか・・・

 早いもので『暑い暑い・・・』と言いながら7月も終わりになってしまった。私にとって今月は、一度だけ近所の学校に子どもたち向けの『蚕』の話をするために出かけたのみ、実に公私とも暇だったという印象が残る。

 時間があるので、いつもなら温泉にでも出かけようとなるのだが、ガソリンも高いのもあるが車を転がすのも面倒になり、ついつい近所の野山の散策に時を過ごしたので、(自慢にもならないが)横浜線以外の電車に一度も乗っていない。

 数回乗ったといっても、足をのばしたことが多くなり帰りを気分転換の意味で電車にしただけのもの、バスもタクシ-も利用しなかったので実に経済的な生活といっても差し支えない。これで霞を喰って生きていければ仙人であるが・・・。お蔭で、この欄を埋める時間的な余裕はたっぷりあった。

 前書きはさておき、今月最後の話題は、私の得意分野の一つになっている『教育』関係のアホらしい話を皮肉ることにしたい。

 『ボクチャン もうできない・・・』と政権を放り投げた無責任オボッチャマ肝入りで『教育再生会議』なるものが作られたことはよく知られているが、ウ-タン氏とはソリが合わないような報道だったので、すっかり実態がなくなっていると思っていた。が、どっこいしぶとく生き残っていたようだ。

 その『教育再生会議』が、小中高校の教科書の質と量の充実を図るために、現在の教科書は『薄すぎる・・・』という結論を出して、ウ-タン氏に答申するというニュ-スに、またまた時代錯誤の御用学者たちが自分たちの存在感を示すためのパフォ-マンスかと呆れてしまう。

 記事によると、これまでの教室での使用を主目的とした分量の薄い教科書から、『自学自習にも適した教科書』に性格を変えようとするのが特徴だとのこと。

 学力低下を招いたと批判される『ゆとり教育』から転換を図るために、特に、国語、理科、英語では、名文の引用や練習問題を豊富にし、総ページ数を2倍に増やす必要があると言っているらしい。

 文科省の幹部は日本の教科書の分量は元来『欧米諸国に比べて格段に少ない』と発言しているそうだが、教科書を薄くしたのは一体誰だったのだろう。薄くなったのは、『ゆとり教育のせいだから・・・』とは、何を勘違いしているのだろう。

 何度も指摘しているが、本当の『ゆとり』とは言葉だけは似ているが、全く『非』なる偽物の『ゆとり』をあたかも『ほんもののゆとり』と解釈させて『ゆとり教育』なるものを学校現場に強引に押しつけてきたのが、自分たちだということをよもや忘れたとは言わせたくない。

 それは置いておくとして、教科書を分厚くするということは気になる。

 学習内容は『指導要領』や解説書で細かく決められているが、素材(教材)を選択する『ゆとり』だけは多少存在する。それを教科書会社は現場の教員たちの知恵も借りて特徴を出すようにしていることを知ってほしい。

 現在の日本の学校では(子どもや保護者を含めて)教科書は『バイブル』であり、ここに載せられたものは教えなければならない、『記憶』しなければならないという雰囲気(考え方)が浸透している。

 教育の機会均等、全国津々浦々教育のレベルに差があっては不公平だという考え方には異存はない。『1+1=2』のような絶対的なものは当然だが、(例えば)大都会の花壇で咲く花と、地方の田の畦道で咲く花とは全く違う。こんな場合、教科書に『身の回りの花』といってどちらを載せるのが適切だろう。良識的には、その部分だけ地方によって差し替えたら良いだろうと思うのではないだろうか・・・。

 以前にも指摘したことだが、現在のシステムは、『教科書会社が作る教科書を極端に安く買い上げて、無償で子どもたちに配る』のが基本になっている。当然のことながら、教科書会社は利益を確保するために、アカ本や指導書、あるいは付帯する書籍などを学校現場に売りつけて何とかやり繰りしているので、地方版など出せる余裕はない(特に、小中学校では皆無)。この現実をしっかりと押さえなければならない。

 さらに、教科書に載せたことは、即『市販テスト』の項目になることも周知のこと。地方ではごく当たり前に見られる花だからといって、教科書に乗せてしまうと、都会で生活している子どもたちは、見たこともない花を単に『暗記』するだけの学習になってしまう。(実際、現在でもその傾向があるが・・・)

 教科書を分厚くするということは、『暗記』項目を増やすことにつながり、『理解』という『本来の学力とは違う暗記力』を要求することになってしまう恐れがある。

 さらに危惧することは、現在でも安く文科省かに納めさせられている教科書が分厚くなるからといって買い取り単価が大きく上がるとは考え難い。となると、この競争に勝てる資本力のある会社しか教科書が作れないことになることも予測できないことはない。(現在でも数社になっている・・・)

 一社となる可能性だってないことはない。すると、いつかきた道へと誘う『国定の教科書』という筋書きが見え始める。教科書の詳しい仕組みなどは近いうちに私なりに得た知識を基に思っている。(田舎親父)

2008年7月30日 (水)

まだ諦めないこの執念は何だろう・・・

 何度か取り上げている『築地市場の豊洲移転問題』に新たな動きがあったらしい。

 反対の声を押さえるために都がつくった『専門家会議』という組織、問題が明らかになるたびに都の解凍は決まって『専門家会議の話し合いの結果を見て・・・』と言っていたので、この組織は都のいう通りの意見を出す『御用組織』と思っていたが、なかなか面白い対策をまとめて都に提出してくれたようだ。

 『専門家会議』は、この場所で住民が70年間生活しても健康面に影響が出ないことを基本に検討を進め、決論的には、予定地の土壌を地下2メートルまで入れ替え、その上に2・5メートルの高さまで新たに土を盛る必要があるとし、地表も厚さ25~40センチのコンクリートやアスファルトで舗装するという結論に落ち着いたという。

 ということは、新しい市場は従来の地表より約3メ-トルを高台に建設されることになるらしいが、全国からここに運び込まれ、また搬出されるおびただしい量の生鮮食料を考えると、まあ何と不便で不自由で、そして無駄なことかと思ってしまう。

 何より、現在より2.5メ-トル上にできる新しい地表を分厚いコンクリ-トで封印してしまうという発想が、いろはカルタの『臭いものには蓋』そのもの、いや何とか誤魔化したいという都の姿勢がよく出でいる。

 それにしても、予定地は約37万4000平方メートルあるというから、入れ換えたり新しく運び込む土の量は東京ドームの約1・4杯分にあたる約170万立方メートルにも上る見通しだというから物凄い。

 都はこれを受け、具体的な工法の検討に入るというが、新たに運び込む土は全国から集められたとしても、約80万立方メ-トルもの汚染された土壌をどこに持って行く気なのだろう。まさかこの土を新たなゴミの埋め立て地に使うわけではないだろうに。

 移転にかかる予算は当初は600億円程度と聞いていたが、記事では『当初の試算で約1300億円』と2倍になっている。どうやら『当初』という基準が、まさに移転計画を打ち出した『当初から』汚染された土地でも強引に移転すると決めた時点が『当初』にしてしまったようだ。これも気がかり・・・。

 しかも、移転費用について、効率的な工法を採用することで削減したいとしているが、一番安全性が求められる全国の生鮮食料が集散する中央市場の工事が、安かろうという理由で手抜きされてはたまらない。

 最近、全国各地で想定されていない規模の地震がおきている。関東地方の直下型の地震も間もなくでは・・・と報じられている。この地は地下水も環境基準の4万倍超の汚染物質が検出されているというから、もし予想を超える規模の直下型の地震が襲ったら、たちまち地下の状態は変化し、地上に染み出す可能性があるのではないだろうか。

 『専門家会議』は地下水を浄化(そんな方法があるのか疑問だが)したうえで、井戸を掘って継続的にくみ上げることで水位を地下4・5メートルより下に維持すれば、問題はないとしていると言っているらしいが、これなどは机上の空論・・・。では。

 建造物を建てる時には基礎の杭を何本も打たなければならない。以前、学校建築にかかわった経験で、その深さは東京湾沿岸では最低30メ-トルの深さまで打たないと堅い岩盤に届かないということを知っている。

 何本の杭を打つのかわからないが、おびただしい数になることは間違いない。その時杭に引っ張られるようにして汚染した地下水が、より深い水脈に流れ込むことを防ぐのは並大抵の工法ではできないはず。

 このあたり『専門家会議』の議長は正直に『私たちが行ったボーリング調査では、不透水層に穴を開けないよう、その上の深さまでにとどめたが、建物を建てるときはその層を貫いてさらに下まで杭を打ち込むことになる。そのときは、杭によって汚染が下へ移動しないよう、その深さまでの汚染調査と汚染物質処理が必要になる』と語り、さらに個人的な考えと断わった上で『液状化対策では、用地の一部では地下にセメントを流し込んで固めるくらいの対策が必要になる』と言っている。どうやら1300億円をはるかにオーバーする費用が必要のようだ・・・。

 ここまでの予算ではとても『無理だろう・・・』と言われているのに、マンマン都知事は再建さえおぼつかない新銀行に気前よく1000億円を出したように、自分の懐を痛まないとなると豪気なもの。移転を白紙に戻す気はサラサラないようだ。

 となると、良識ある都民にとって、来年行われる都議選に知事派を選択しないことだろう。圧倒的多数の議員が『反対』では、いくらワンマン知事と言っても強行はできないだろう。

 『汚染のある土地で扱われた生鮮食品を、安心して口にできるはずはない』都議選に立候補を予定している人たちもこの言葉の重みをもう一度考えてもらいたいものである。(田舎親父)

2008年7月29日 (火)

ますます子どもの夢がなくなるのでは・・・

 夏休みを短縮している公立小中学校は、少なくとも全国の10%の自治体に広がっているらしい。その理由のもっとも多いのが『授業時間の確保』だという。

 短縮に踏み切った自治体の教育委員会にとっては夏休みを短縮することは、授業時数を確保するには手っとり早い方法なのだろうが、あまりにも安易過ぎて『それしか考えられないのか・・・』と言いたくなってしまう。

 委員会内部や現場からは『簡単に子どもたちから夏休みの日数を奪って良いのだろうか・・・』という疑問や反対の声が上がらなかったのだろうか。もしも、そんな意見がなかったり、あったとしても無視したとすると、こちらの方が問題では・・・。

 東京でも近年夏休みが短縮されているらしい。ちなみに友人の校長に『短縮に当たって現場はどんな・・・』と聞いてみたが、残念ながらアンケ-ト一つ降りてこなかったという。校長貝も、都教委の決定だからとなにも意見も言わず『ハイ、おっしゃる通りにいたします・・・』という情けない態度だと憤慨している。

 これが現実だろう。この閉鎖された体質が、今大分で問題になっている教員採用試験の汚職につながっていると言ったら過言だろうか。

 教育行政は文部科学省・都道府県教委・区市町村教委・校長・教員というように、上からストレ-トに命令が行き渡るシステムになっている。しかも上に行くほど権限が大きく、下に行くほど締めつけが強いというのが特徴。そして外部からは絶対といって見えないようにしている、まさに閉鎖された社会なのである。

 文部科学省が『全国一斉学力テスト』という方針を出したら、即、全国全ての教育委員会はそれに従い、小中学校に唯々諾々と従うように指示(中に一つ例外の町教委があるが・・・)が現実。しかも、各学校にはテストの点数を上げろと命令する。

 間抜けな校長が教委の命令を忠実に実行するために、子どもに答えを教える・・・なんて事件が明らかになったことは記憶に新しい。この校長の場合、手口が幼稚で論外だが、多くの校長たちや教員は自校の点数を上げるために、同じようなことをしていたことも十分考えられる。

 バレたら全て現場の責任に押しつけて『何とバカなことをしてくれたのか』と処分するのがオチで、もしもバレずに結果的に点数が良くなったら『よくやった』と褒めたたえ、校長会で『○○学校のように頑張ってもらいたい・・・』なんて訓示するのだろうと思うと笑ってしまう。

 学校現場では、校長はじめ教員は夏休みを短縮するのに反対が多いはずなのに、余り騒がれることなく、全国的に夏休みが短縮されているのは、この閉鎖された社会だからこそ、反対なんて言えないム-ドを作り上げているのだろう。

 文部科学省は突如現場に『ゆとり』とい方針を打ち出し、強引に土曜日を休業日にしてしまったことは繰り返し述べている。授業時数を現在通りにしたのも同じ。なのに、学力不足が騒がれ出すと大慌てで指導要領を改訂して授業時数の確保を命令、結果的に夏休みを短縮・・・。現場が気の毒で仕方ない。

 授業時数を他の国と比較して決して少なくなく、むしろ多いくらいである。学力不足になるのは、単に時数の問題ではなくシステム的な欠点であることは明らか。外国では夏休み(言い方はそれぞれ違うだろうが)も2ケ月程度はごく普通。なのに、時代に逆らい短縮するというのは教育行政の無能さを物語っている。

 土曜日の扱いが失敗だったと反省するのなら、土曜日の授業を復活させれば良い。教員が反対するという意見もあるが、(管理職も含めて)給料を年俸制にして夏休みを完全に勤務から外せば、喜んで土曜日出勤し真剣に授業に取り組むだろう・・・。

 子どもが居ない夏休み中も、勤務だからといって出勤を強要していては、教員たちのモチベ-ションが上がるわけはない。

 教員の質の向上などと言って、あまり効果がない『研修』などを押しつけるのではなく、長期休業中はフリ-とした方が、合理的でしかも安価、そして教育効果も上がるということに文部科学省も各教育委員会は気づいてほしいものである。(田舎親父)

2008年7月28日 (月)

楽天のやりそうなこと・・・

 東京デズニ-ランドに集まる人の気持ちが理解できない・・・と言ったら、『田舎者』とか『時代遅れ』とか、場合によったら『だからKYだよ』なんて言葉が返ってきそうだが、自分でつくった弁当も入場時に『没収する』いう、如何に人間としてのプライドを傷つける行為を平然と行い、それを容認させているシステムが私の気質にあわない。

 もっとも全国から集まる修学旅行生などは弁当などとは無縁。ディズニ-に行くのに弁当など野暮ったいものは持たないことが、ある意味ステ-タスになって疑問さえ持たないように飼い馴らされた結果かもしれないが・・・。

 デズニ-側のいうように、客のモラルの問題で弁当の跡のゴミが散乱することも理解できないわけではない。しかし、本音は売店の上揚げをのばすという『金儲け』にあることは誰も否定できない事実であることも周知のこと。

 ゴミの清掃にもパフォ-マンス豊かな演出、数々のアトラクションも現代のバ-チャルな世代には十分夢を見せるものであることなどなど・・・それなりの営業努力は素晴らしいものがあることは、田舎者であり時代遅れかもしれない私にも理解できる。

 そして、我々の考え方を理解できない人は来ないで結構・・・という姿勢も、シャクだが認めざるを得ない。しかし私には、食べ物を『自分でつくる』という人間本来の行為を否定するデズニ-のやり方は許せないし許したくない・・・。

 日頃から、日常的にこんなことを考えているわけではない。が、先日プロ野球を観戦するのにも、自前の弁当は御法度・・・などという馬鹿馬鹿しいニュ-スが流れたので、ついついディズニ-のやり方を思い出した・・・というわけである。

 記事によると、東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地、仙台のクリネックススタジアム宮城で行われる東北楽天の試合で、飲食物の持ち込み規制が強まり、観客から不満の声が出ているらしい。

 外で買った食べ物だけでなく、手作りの弁当やおにぎりも締め出す徹底ぶりだというから、いかにもカネが全ての『楽天』らしいではないか・・・。理由もはっきりしている『売店の売り上げを確保するために仕方ない』と憚らないのも、まさに『楽天』らしい。

 一部のファンは『もうけ主義が強すぎる。手作り弁当ぐらい大目に見てもいいのでは』とぼやいているようだが、球団は『ぼやくのは監督の野村さんで慣れている・・・』かどうかはわからないが、強引にこの方針を貫くようだ。

 『場内で買った食べ物以外は外で食べるか、お預かりします』と、7月の公式戦から係員が入場口で持ち込み禁止を呼び掛け、客の手荷物検査をしているらしい。 実際に現場を見たわけではないが、おにぎりやスナック菓子などが引っ掛かり、預かり品の台に置かれるとのことだから、バッグなど開けて調べているのかもしれない。こんなことが現実にあって良いものだろうか・・・。

 このところ遠のいているが、以前は横浜球場に通ったものである。夏の夜、外野席でビ-ル片手にグランドの選手の動きを楽しむのはもちろん、応援団のリ-ダ-の動きと一緒に大声を出すのも気晴らしになって、それなりにスッキリするものである。

 本当は缶ビ-ルが良いのだが、グランドに投げ込む輩がいるからという理由で、缶やビン類は御法度、販売員が売りに回っている紙やプラスチックのコップでの観戦は仕方ないと納得していたもの、ビ-ルなどの飲み物以外の食べ物に対しては、特に制限はなかったように記憶している。

 『楽天』の持ち込み禁止は05年の初年度からちしい。が、実際は手荷物検査をせずに黙認していたが、翌年度からテロや危険物持ち込みの防止を理由に検査を強化。場外で買った飲食物をまずシャットアウトし、今季から手作りの食べ物もご法度にしたというから、これも『楽天』らしいなし崩し方式。

 持ち込み禁止の理由は場内売店の売り上げ確保とごみ分別の徹底で。『売店の売り上げは貴重な収益で、健全経営のためにやむを得ない』と、担当者が弁明していたが、その担当者の姓が、『楽天』と時代の寵児を争い、あえなく討ち死にした『ライブドア』の社長と同『堀江』だったことは面白い。

 このところ(昨日は久しぶりに勝利したとのことだが)『楽天イ-グルス』はツキに見放されて連敗が続いている。

 なぜか奥方には弱く、カネを稼ぐことを強いられているような雰囲気があるので、表面ではオ-ナ-に対して決して言えないだろうが、『こんなバカなことをしているから、選手がやる気をなくしている・・・』という野村監督のぼやきが聞こえてきそうだ。(田舎親父)

2008年7月27日 (日)

これが『安全な3人乗りの自転車』のモデルだって・・・

 3月12日のこの欄でも取り上げたが、昨年末警察庁が、自転車の3人乗りは前面禁止を明示し、『交通の方法に関する教則』の自転車に関する内容を見直すことを決めたという話の続きを・・・。

 私は、この記事を見たとたん、ママたちは危険だとわかっているが、幼い子どもを一人で家においておくわけにはいかないだろうから、仕方なしに前後に子どもを乗せるあのスタイルがあるのに、お役所のバカな男共は、そんなことはお構いなしに『禁止』とは笑止千万・・・。と感じ、そのまま書いた。

 当然なことだが、ママさんたちからの猛反対で警察庁は大慌て。女性たちを的に回したら大変とばかり、一転して『3人乗りも合法』という方針に切り換えたというから笑ってしまった。さちに、『3人乗りでも安全な自転車』ならば許可する方針を打ち出し、メ-カ-や自転車協会などに3人乗り対応の自転車の開発を要請したという茶番を皮肉った。

 このことをすっかり忘れていたが、一昨日だっただろうか、警察庁は幼児2人を自転車の前後に乗せる『3人乗り』について、安全確保の基準を満たした自転車に限り、認めることを決めた・・・というニュ-スが流れた。

 余程メンツを傷つけられたのか、本気で管下の関係機関の尻をつっついてメ-カ-に開発を急がしたらしく、試作車の見本まで映像で紹介されていた。

 『安全な3人乗り』には、6つの安全基準をクリアする自転車が必要らしい。6つの安全基準とは、幼児の体重と荷物の質や量を考慮し、各幼児用座席にそれぞれ25キロ程度の重さがかかると想定した上で、『幼児2人を同乗させても十分なブレーキ性能を有すること』や『平たんな路面を走行しても著しい振動がないこと』などだそうだが、こんなことは普通の自転車でも当てはまる基準ではないだろうか。

 それはともかく、この基準は自転車業界団体の幹部や元幼稚園長らでつくる『検討委員会』という組織がつくったものだというから、細かな数値まで決めて(何となく)威厳を持たせているのだろうとは想像するが定かではない・・・。

 しかし、実際に試作の自転車の映像を見て笑ってしまった。一つは前輪を2つにしたもので、いわゆる三輪車。どこかで見た感じがすると思ったら、以前フィリピンで実際に自分の目で見た『自転車タクシ-』そのもの・・・。

 ベトナムや東南アジアでも走っているというこの『自転車タクシ-』は前輪の幅を大きめにとってそこに座席を設けたものであるが、試作品は2つの前輪の幅を小さくしただけで原理は全く同じようだ。

 もう一つは後輪に補助輪をつけたもの。これは幼児が最初に自転車に慣れる目的でつけられた『補助輪付きの自転車』と同じ構造。後ろに二つの幼児用の座席を設けているのが特徴といえば特徴かもしれないが・・・。

 説明では4輪になっているので安全だというが、死角になる後ろの座席に二人の幼児を乗せて走るのは、幼児同士のトラブルに気付かない危険性があり、ママさんたちにとっては歓迎できないのではないだろうか。もっともその前に、それでなくても狭い歩道を補助輪のついた自転車が走るとなると迷惑甚だしい。さらにプライドの高いママさんたちが幼児用とも思えるこのような自転車を受け入れられるか怪しいものである。

 これから違うモデルも開発するらしいが、転びにくくするための工夫としては、いっそうのこと4輪にするなども考えられないことはないが、これ以上のアイデアが出るとは思えない。

 多分これらの自転車には、自転車協会が発行する『安全マ-ク』がつけられるのだろうが、当然のことながら価格も相当高価になるはず。安全マ-クのある自転車での3人乗りは合法だが、それ以外は違法となると、否応でも買い求めなければならなくなるという仕組みだろう。

 恐らく、『子育て支援』という立場から、補助金をつけるという話が出るだろう。地上デジタルの視聴のために高額なチュ-ナ-を経済的に貧しい人たちに無償に配布するというバラマキ大好きな政治ヤサンたちこと、『子育て支援』となると票になることは間違いないと目論見、ひょっとして無償でママさんたちに配るのかも・・・。

 となると、この安全マ-ク付きの自転車が横流しされたり、ネットオ-クションに出されたりと、警察庁の思惑とは全く違う意味での話題で盛り上がるような気がしてならない。(田舎親父)

2008年7月26日 (土)

本気で『負の連鎖』を断ち切る研究を・・・

 八王子の本屋でアルバイト店員の女子学生と客が刺され、学生が亡くなったことを知ったのは23日の朝のテレビニュ-スだった。

 こんな事件に巻き込まれ、これから将来が約束されている女子学生にとっては無念だろうし、理不尽にも娘の命を奪われた両親の衝撃は想像を絶するものがあるに違いない。私は、気持ち的には犯人を市中引き回しの上『公開処刑』でもしてほしいとさえ思っているが、両親はじめ同じような気持ちの人も多いのではないだろうか。

 秋葉原のあの痛ましい事件の記憶が生々しいが、何ら落ち度のない人々に刃が向けられる無差別殺傷事件が、今年に入って続発している。マスコミが取り上げて大騒ぎすればするほど、この種の事件は増える傾向があるように思えてならない。

 この問題に対して、特集を組み『専門家』という肩書で大学教授や評論家をゲストに意見言わせることが大流行。この人たちは、私でも言えそうなことを『さも専門的なような言い回し』で、あれこれ解説している。

 その論理に共通するのが『これらの犯人は類似しており自己中心で、社会に責任転嫁している身勝手さ』というもの。そこまでは良いとしても、『人を殺すことは許せないが、そこまで思い詰めた原因は格差・・・』とか『社会の中に原因があるのでは・・・』というのは当然ながら、じゃあ『何が・・・』という次の意見がでないので、せめて自分の仮説ぐらい展開してほしいと首を傾げざるを得ない。

 確かに、犯人たちは無職や派遣社員である場合がほとんどである。無職や派遣の人が概ね社会に対して不平や不満を持っているだろうことは、私にでも想像できるが、かといって不満を持つ人が全て、人を殺したいと思うほど衝動的になっているとは思えない。

 『目立ちたいという意識から秋葉原の事件を模倣したのではないか』という評論家も多いが、その論理も少しピンボケのような気もしてならない。むしろ『こんな事件は社会のせいじゃない。戦後の苦しい時期にみんなが人を殺したのか』という意見の方が頷ける。

 社会が悪いかどうかはさておき、個人の甘えというか、脳の発達障害からくる一時的に人格喪失というか異常な部分が表面化するのでは・・・というのが私の考えである。数日前にも述べたが、このような衝動的な犯行に及ぶ人間は、脳の成長期に良質な糖質をとっていないために、一部に歪みが生じ、ある瞬間衝動的な行動に走らせるのだろうと思っている。

 この私の仮設はともかく、親の態度も気になる。今回の犯人も『仕事のことで親に相談したがとりあってもらえなかった』と行っているらしいが、親の方は、当初『相談なんかなかった』と言いながら、徐々に言い方が変わって、昨日になったら『勝手にやれ』と突き放した、ということになっている。

 家族の中には複雑な事情があることはわからないでもないが、どうもこの両親は息子の犯行に対して無責任なように思えてならない。真偽のほどは定かではないが、幼い時には異常に可愛がり、成人になっても母親離れができないほどだったという情報もある。

 そんな男が、数年前から家を出て一人で生活していたとのことである。幼い時の過保護が真実だとしたら、自分で判断できるような能力は人並みに育っていないだろう。(まして脳の一部に歪みがあったとなると尚更・・・)こんな子どもに育てながら、困って相談に来た時に『勝手にやれ』はないだろうに・・・。

 ところで、この問題をどう思っているかという質問にウ-タン首相はこう答えている。(新聞記事をそのまま引用)

 ―――こういうその、意図のよく分からない、殺人事件ということがありましてね。本当に残念ですね。これは、個別の事件というか、そういうことが発生するような社会的な背景が何かあるのか、そういうところは調べなければいけないとは思いますけど。まあ、本当に痛ましい事件、特にその見ず知らずの人も殺傷してしまうということですからね。もうこれは、安心できないそういう世の中になりつつあるのかなと、そういう心配をしております。まあこれは、それで大変大事な問題ですから、深刻な問題ですから、対応をですね、しっかりして行かないとならないと思います。まずは、なぜそういうことが起こったのかという原因ですね。またあの、背景を十分調べたいと思います。―――だって・・・

 何と無責任というか、他人事というか・・・。怒りを通り越して、こんな男を総理大臣に祭り上げていることに対して情けなくなってくる。

 せめて、(嘘でも良いから、もう少し真剣な口調で)育て方の問題を厚労省(どこでも良いが)で研究させるという言い方をしてほしいもの。そうなれば、くだらないことに税金を投入して『研究させられている』厚労省の研究チ-ムも、このテ-マの方がやりがいは出るのではないだろうか。

 願わくば、研究チ-ムがどこからか私の仮設をどこからか聞きつけて、『良質な糖質』の役割も解明してくれたら・・・良いのだが。(田舎親父)

2008年7月25日 (金)

処分された867人は厚労省で採用とは・・・

 選挙のためには『目くらまし』も必要だ・・・と自民党の幹事長がのたまっていたが、これらの政治屋タチの頭の中には、どんな手段をとって『何としても選挙に勝てば良い』ということしか頭にないらしい。

 その『目くらまし』の横綱格が、消費税の先送りだろうが、社会保険庁の年金部門を引き継ぐ『日本年金機構』の設立も負けてはいない。多額の税金を使って、名前を変えるなんて『無駄遣い』としか言いようがないと、私には思えてならないのだが・・・。

 社保庁の不祥事が名前を変えただけの組織に移行しても、大した効果は上がらないどころか、これで禊ぎが終わったと、じっと嵐の過ぎるのを待っていた社保庁の幹部たちがソゾロ動き出すだけだろうに、政府はマスコミを動員して、あたかもこれで全て年金問題は解決できるというような大宣伝・・・。

 年金問題から国民の目をそらすためだろうが、その設立に当たって基本方針を検討する政府の有識者会議『年金業務・組織再生会議』という御用組織を作って、過去に不祥事を起こした職員の採用についての議論についての報道が目につく。

 この問題で、例のクチサキ大臣閣下は、日本年金機構の職員採用について『国民の目線で考えると相当厳しい立場で臨まないといけない。妥協はしない』と、例によって国民受けする言い回しで『(社会保険庁で)1回でも処分を受けた人間は採らない』と断言したが、私は『またまた、嘘ばっかし・・・』とハナカラ信じていなかった。

 実際に、再生会議ではこの問題に対してはいろいろな考え方が出たらしい。『更生状況を社保庁による人事評価のみで判断せず、面接などで厳格に審査すべきだ・・・』という意見にまとまるような気配があったと報じられていた。

 しかし政府・自民党の幹部は、国民に対してここでこそ『目くらまし』が必要と思ったのかはどうかはわからないが『社保庁で年金記録ののぞき見や保険料の不正免除などの不祥事を起こし、懲戒処分を受けた職員について全員採用させない』方針を固めたとの報道にビックリ仰天。

 当初は、停職、減給という重い処分を受けた約250人に限り不採用とし、より軽い戒告処分は雇用期間の限られた有期雇用職員に採用する案で落ち着いたようだが、『一部でも有期雇用職員にすれば、懲戒処分を受けた職員をかばっていると国民に見られる。全員ダメという分かりやすさを優先すべきだ』という正論が通ったらしい。

 このニュ-スを聞いて、この問題に対しては、今までのような『クチサキ』だけでは続投も怪しいと思って、大臣閣下は俄然やる気を出し、ひょっとして『本気モ-ド・・・?』と思ったものだが、何か裏にありそうな感じは否めなった。

 案の定というか、一昨日になって政府の見解として、社会保険庁で懲戒処分を受けた職員について、『一部は厚生労働省での採用もあるだろう。ただ、年金にかかわる業務には最低限タッチしない、そういう職種にはつかない、というのは当然だ』との官房長官談が流れた。なるほど裏はこれかと思ったもの・・・・。

 日本年金機構では不採用とするものの、厚労省には採用する方針というから、年金問題で処分を受けた者でもそのまま公務員としての身分は保証される。まさにこれは『目くらまし』としか表現の方法はない。クチサキ大臣が大見得を切った背景はここにあった。

 やはりこの御仁は私の評価を決して裏切らなかった・・・と、皮肉をこめて(阿呆らしい意味で)安心したものである。

 新機構の必要人員数についてもほとんど未定。民間からの採用も不透明のまま、さらに、上司の許可を得ずに組合活動に従事する『ヤミ専従』についても、社保庁の内部調査が不十分だったとして曖昧にしているのも、嵐が頭の上を通り越すのをひたすら待つという姿勢以外には感じられない。

 処分を受けた者だけが、社保庁の不祥事を引き起こしていたとは決して思わない。むしろ発覚して処分された連中は『生贄』であって、これに類する不正を行っていた輩や、ヤミ専従であっても上司と馴れ合いだったことは明らか、上層部の人間ほど『悪意があったにもかかわらず』処分されていないことは周知のこと。

 その意味では、一律不採用というのは片手落ちには違いないが、厚労省に戻すという方針には納得できるものではない。これは多くの国民も同じではないだろうか。

 ここは一日も早く政権交代して、『ミスタ-年金』が厚労省の大臣の地位につくことを望みたいものである。どう変わるかは別にして・・・・。(田舎親父)

2008年7月24日 (木)

クチサキ大臣の下ではネットで遊ぶのが本務らしい・・・

 話はちょっと古くなるが、厚生労働省で、官用パソコンを用いてゲームやお笑いなど業務と関係のないホームページ(HP)閲覧が1日に約12万件もあったとのニュ-スに、やはりこの役所は『国民を騙す』ことが本務だったのかと思ってしまう。

 マスコミが『サミット』だ『竹島』だ、あるいは『通り魔』だと、騒いでくれているので、本当の本務である『年金』や『医療制度』は一時休戦状態。国民の批判が少なくなったと気が緩んでしまったらしく、本来の本務(ネットで遊ぶ)に精を出し始めたようだ。

 『どうして、俺たちの遊びがバレたのだろう・・・』と、犯人探しに躍起になっているのは宮崎の教委と同じだろうが、内部の誰かがあまりにも酷い現状を嘆き、どこかに(厚労省に目安箱があるのかわからないが)投書でもしたのでは・・・。そしてその内容があまりにも現実的なので、放置できなかったというところか。

 実際に5月に調査をすすめたところ、厚労省統計情報部では職員約5万5000人、東京・霞が関の本省と8つの地方厚生局計約5500台のパソコンを対象にインターネットの閲覧総数1000万件のうち、少なくとも12万件超(この二つの数字も怪しく実際にはもっと凄いのかもしれない)が業務外と判明したという。

 どんな方法で調査をしたのかは記事にはないが、12万件超のうち7万5000件(これまた怪しいが)もが掲示板やチャットなど情報交換系のHPの閲覧とは驚く。少なくとも厚労省の『本当の本務』とはかけ離れたもの。

 さらにゲームソフトやネット上で遊べるゲーム関連のHPが4万件超、芸人や演芸場、アニメなどお笑い系HPも6000件に及んだというから、呆れてしまう。これでは『本来の本務』は、ネットで遊ぶことと言われても反論できないだろう。

記事によると、厚労省では昨年夏から省内のパソコンから閲覧制限できるシステムを導入して、アダルト系、株取引といった分野は閲覧不可にしているというが、そこまでフィルタ-をかけているにもかかわらず、この実態は何なのだろう。まさにこの役所の人間の道徳観は小学生以下と断言しても差し支えなさそうだ。

 昨年夏までは、アダルト系や株取引系も自由に閲覧可能だったことは、この分野で遊べなくなった連中が、ゲ-ムやアニメ、あるいは掲示板という『一ランク下』の遊びに移行しただけ、やはりこの役所の本務は、クチサキ大臣の姿勢である『国民をうまく騙す』ことを、部下なりに忠実に行っていた皮肉りたくなる。

 こんなニュ-スが報じられていたことを見落としていたが、昨年夏ネット上の百科事典『ウィキペディア』に外務省、農水省、宮内庁などの官用パソコンからの書き込みが相次いで発覚したらしい。

 これらの役所も暇を持て余していたようだが、(書き込む内容が問題だろうが)百科事典に書き込む程度ならまだしも、厚労省の役人はウヘッキペディアの中の『美少女アダルトゲーム』や『アイドル』などの項目の編集に夢中になって、というから本務を忠実に行っていたらしい。

 20回以上も編集を行った職員もいたということで2人を訓告にしたほか、計12人を処分したというが、内部には甘い体質はどこも同じ、たかだか『これからするなよ・・・』という程度の処分だったようだ。

 そして、『全職員に業務外のパソコン使用を禁じる通知』を出したとのことだが、まるで小学生どころか幼稚園児との約束事のように思えてしまう。しかも、そんな約束事は即時に忘れてしまい、本務で『ネット閲覧』のランクを下げて今まで通りとは、クチサキ大臣はどう釈明するのだろう。

 厚労省は、少なくとも国民の心身の健やかな健康を願い、実質的な任務を行うことが大前提。そこに働く役人たちの第一義は『国民のため』であって『国民を騙す』ためではないはず。

 物凄い予算で次々と取り替えられている大量のパソコンも『国民のため』の道具であって、自分たちの『遊び道具』ではないはず。(こんなことを書く事自体バカバカシイことであるが・・・)

 こんな当たり前のことが、どうして東大はじめ日本の良識といわれる一流大学を卒業した役人たちがわからないのだろうと思うと、今わけのわからない事件の影の主役になっている携帯の闇サイトで蠢く人間を摘発することは必難で、解決策など全く見当たらないと諦めたくなる。

 今、ゲ-ムや携帯の『負の部分』を、子どもたちに教えるために日夜ご苦労を重ねている人達の存在を知っている。その行動を聞くたびに頭が下がる思いがするが、こんな役人たちいる限り、その努力の効果は限りなく小さくなるのではないだろうか。(田舎親父)

2008年7月23日 (水)

また怪しげな学説が・・・

 またまた怪しげな学説?が話題になっている。

 健康に対して人々の関心が強くなり『肥満が大敵』だと意識が浸透したのか、ダイエットが大流行であるが、『健康に痩せる』のはなかなか難しい。そこを狙って如何わしい商品が横行するのだが、『ダイエット』という言葉には魔力があるらしくこの手の話題が取り上げられることが多い。

 ダイエットでは最も一般的な低脂肪法らしいが、今ひとつ疑問視されていた低炭水化物法の方が効果があるという研究報告をイスラエルの大学を中心とする国際研究チームが米医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』の最新号で発表したというニュ-スがそれである。

 記事によると、研究チームはイスラエルの300人余(男性が86%らしいが)を3グループに分け、(1)低脂肪法(カロリー制限あり)(2))野菜、穀類を中心にしてオリーブ油を多用する地中海法(同あり)(3))低炭水化物法(同なし)-の3方法に基づく食事をそれぞれ2年間続けさせて、体重などの減少効果を分析したという。

 その結果、2年後の体重減少幅の平均は低脂肪2.9キロ、地中海4.4キロ。それに比べて低炭水化物は4.7キロと最も良かったそうだ。しかも低炭水化物法では、善玉コレステロールも増加したという。

 この結果を信じて、今日から炭水化物を減らそうと思うのは勝手だが、イスラエル人という限定した国民の、しかもわずか300人程度のデ-タ-で結論づけていることが眉唾物。それをわざわざ権威ある学術誌が取り上げるのも何だか変な話で、日本人に当てはめては大変なことになりそうだ。

 いやその前に、2年間もの期間、300人のイスラエル人全てが研究者の言いなりになっていたとも思えない。監視されたわけでもないだろうから、時には決められた以外も物も食べただろうと想像できる。糖質が高いとされている食べ物の誘惑を断固断ち切るのは相当な決意が必要なこと、とてもではないが完全に信頼できるデ-タ-が得られたとは思えない。

 こんな学説はともかく、糖質を減らすのはダイエットの常道で、昔からパンやご飯を減らせば良いと考えられて生野菜などを大目にとることが大流行、そのために国民全体の食生活が大きく変化したことも間違いない。

 しかし、糖質は人間の体にとって主要なエネルギー源で速効性があり、特にブドウ糖は、脳、神経系、赤血球、筋肉などの、唯一のエネルギー源となっているので減らしすぎるとブドウ糖を唯一のエネルギー源としている脳がエネルギー不足になってしまい、脳の機能に障害をおこしてしまうことがあることは周知のこと。

 私の思い込みかもしれないが、幼少年期に、良質な糖質を必要以上にとらなくなると脳機能の成長が遅れたり歪んだりすることもあるだろうことが、最近、常識では考えられない事件の多発の原因ではないかと考えている。

 朝食からバンや御飯が消えた家庭が多くなっているらしい。バスジャックを起こしたり就寝中の父親を刺し殺したなど、想像もできない事件を起こした子どもたちの食生活がどんなものか知りようがないが、幼い時に十分に良質な糖質を与えてなかったので、脳のどこかに歪みが生じていたのではないだろうか。

 ひょっとしたら、すでに親たち自身が良質な糖質をとらない年代、歪みが少しずつ脳に蓄積されて、遺伝要素として子どもに引き継いでいるのかもしれないが・・・。

 この文をここまで書いていたら、最近大流行の『発達障害』という言葉との関連が閃いた。自閉症や鬱など、我々は何でも病気にしてしまう傾向があるが、幼い時に良質の糖質を与えないことによって、脳の一部が歪んだ結果だけであり、これは日本人の食生活が変に変わったではないだろうか、とも・・・。

 米と煮た野菜、そして新鮮な魚という日本人固有の食生活を取り戻しさえすれば、このような病気は克服できるのではないだろうか。

 私が『桑の葉』を食べているのは、まさに糖質(ビ-ルなど)を止めたくないため。ビ-ルが良質な糖質というとお叱りを受けるだろうが、糖質と共存できる理に適ったダイエットだと改めて自画自賛している。(田舎親父)

2008年7月22日 (火)

何故 今『竹島』を指導要領に・・・

 連日、韓国では『竹島』問題で賑やか、抗議のデモが異常なほど盛り上がり、中には日本国旗を燃やしたり、天皇の写真を破いたりしている映像が紹介されている。この問題を受けて、韓国と交流している都市や学校が今年は人の往来などが中断されたり、取りやめになったとの報道もある。

 そもそも大騒ぎになった原因は、文科省が今回の指導要領の改訂で始めて竹島について解説書に『竹島は、我が国の領土であるが韓国との間に主張の違いがある』という記述をしたことにある。

 『竹島』は実際には韓国が支配し軍隊が駐留しているというから、韓国の人々にとっては『我が国の固有の領土』という思いが強いところにもって、日本が『俺の領土』と学校で正式に教えろ、というのが気に食わないのだろう。

 ロシアが占拠している北方領土に対しては曖昧な態度を続けている日本なのに、韓国の国民が『俺たちを舐めているとしか思えない・・・』と怒るのもわからないでもない。と言うと、『それでも日本人か』と罵声を浴びるだろうが・・・。

 『竹島』が歴史的にみてどちらの領土という問題はさておき、日本政府の領土に対する考え方や意識が非常に曖昧なことが、問題を複雑にしているのには間違いなさそうだ。

 『日本固有の領土』だった北方の島々は、旧ソ連が終戦時のドサクサに紛れて、住んでいる日本人を銃器で追い出したことは歴史的にみて明らか。なのに、戦後60年、この問題は棚上げして国名が変わってもロシアが支配を許し、資源豊かなこの海で漁をする漁民たちは命がけの毎日を過ごしていることは、実際に見聞してきた。

 先のサミットで、占拠後始めて北海道の土を踏むロシアの大統領に対して、堂々と『北方領土を返せ』と主張したのならまだしも、『サミットの話題には相応しくない』との考え方があったようで『ロシアさま ご機嫌がよろしければお返しねがいます・・・』との態度は国際的に『もう日本は北方領土はいらない』と言っている、と捉えられても仕方ないのでは・・・。

 確かサミットにも韓国の李大統領が来ていたはず。そこで、『竹島』の帰属を徹底的に話し合ったのかどうかも怪しい中、終わったとたん学校で『韓国と揉めている・・・』と教えろというのは、何か筋というか順序が違うような気がしているのは私だけとは思えない。

 しかも『日本固有の領土』と言うと韓国を刺激するから、前期のような玉虫色の表現にしたというのも変な話。本当に『日本の領土』だと主張するのなら、堂々と『日本固有の領土』という表現をしなければ奇怪しいのに・・・である。

 韓国が、あの『李承晩ライン』で自国の領土だと軍隊を動員して占拠した時点で、それなりの処置をしていなければならないのにかかわらず、今年になって、特にサミットが終わったとたんに、指導要領云々と発表したのは、明らかに意図的だと思えて仕方ない。

 あれほど騒がれていた年金や後期高齢者医療制度が、何ら進展もないのにこのところ話題にならなくなっているのが気になる。サミット・サミットと大騒ぎでマスコミの話題をそらしていたのだが、そのサミットが大した成果がなく終わったので意図的に『竹島』を問題にさせているのではと勘繰ってしまう。

 北朝鮮との6ケ国協議で、日本政府の姿勢は『拉致問題の解決が大前提』が表向きの態度。ここで『拉致』を引っ込めたら世論は許さないことを知っている政府は、『竹島』問題で韓国との摩擦が大きくなり『拉致』では韓国との連携が難しく、日本だけが『拉致』に拘れなくなったという言い訳に使うことまで考えているとは思いたくない。

 が、最近の動きをみていると、何やらきになる。(田舎親父)

2008年7月21日 (月)

管理職になりたくない人が増えているそうだ・・・

 7月3日の小覧の『自ら降格志願も時代の流れか・・・』で取り上げたが、数段階降格志願を出した都庁の幹部は、月給が20万円も下がるのを十分招致の上での行動だという。まわりからは『バカだなぁ・・・』というより『俺も真似したいのだが・・・』という声の方が多いというから、時代は確実に変化していること感じる。

 管理職になるのには自分の決心と努力だけではなれないことも多く、勉強会に出席したり派閥に入ったりとなかなかの苦労がつきものというのが定説。中には、上司に直接『賄賂』まがいの付け届けをする者がおり、それが功を制すとわかると、我も我もと続き恒常化しその組織の体質になるのだろう。今大騒ぎになっている大分の教育委員会の汚職事件などはその典型と言って過言ではないだろう。

 それだけ苦労して管理職になってはみたものの、上司の命令には逆らえず、かといって部下の言い分もよく分かるというお人好しでは、毎日ストレスが蓄積されることは間違いない。

 大都市の課長クラスになると、議会の答弁書の作成のために夜遅くまで残業も当たり前だろうし、組合対策などでは前線の担当将校として、怒号にも負けないで身を削るような交渉にも立ち向かわなければならない。

 こんなことは苦労とは思わず、『職務』は割り切って淡々とこなせる人ならば、今流行りの『鬱』になることもないだろうが、そんな人であっても、家族に問題が発生したりして普段のリズムが少しでも狂うと、追い詰められて自分を見失うことも珍しくない。

 特に一昨日に起きた(多くの人が『一体何があったのだろう』と思っている)中学生の娘に庖丁で刺し殺された父親などは、現在では一番多い管理職年代、世の40代の父親にとっては心穏やかにはいられないだろう。

 ところで、先日『名古屋市役所で係長の昇任試験を受ける職員が減り続けている』というニュ-スを思い出した。10年前までは約1500人程いた係長試験の受験者は、現在では3分の1の500人程度になっているという。

 名古屋市役所のシステムは唯一ある昇任試験が係長試験で、それに合格しないと管理職の課長以上にはなれない仕組みになっているらしく、ここで将来の道を決める一生の別れ道になっているというから、選ぶ方も選ばれる方も大変・・・。

 課長になると月10万円程度の管理職手当がつき、市の給与モデルだと、50歳の管理職は年収に管理職手当を加えると1100万円弱で、なければ700万円。その差が300万円以上となかなか厳しい。

 なのに、管理職志望の若者が少なくなっているのは何なのだろう。ある管理職は部下に係長試験の受験を勧めたところ、『昇任試験のための受験勉強より、子どもとの時間を持ちたい』という理由で断られたという。

 通常は1年ほどかけて試験に備え、勉強会などに出席しなければならないのはどの世界でも同じ、受験が敬遠されがちなのは、こうしたわずらわしさに加え、係長になると、課の責任窓口として携帯電話で夜も呼び出されることもあることも敬遠される理由になるというから、考え方が脆弱になったもの。

 はっきりと記載がないので想像だが、係長試験を受験できるのは30歳の中程だとすると、一昔前なら『子どものとの時間を持つ』よりも『子どもの将来のため』ために年収を上げたり、社会的なステ-タスを求めたものだが、時代が変わったことを実感する。

 『最近の若手は責任を負わなければいけないということにばかり目がいくのかもしれない』とこぼす幹部職員の談話もあるが、仕事上で『鬱』になって自殺、というニュ-スが多いのも、単に自分の時間を大切にしたいというだけではない、管理職試験を敬遠している大きな理由の一つになっているのではないだろうか。

 組織には責任が存在するのは当然。そのために管理職が存在するのだろうが、志望者が減っているのは大問題。管理職手当だけもらいたい・・・という無責任が横行してはとんでもないことになる。

 採用時にはこのことも十分考慮した人選が求められることは、教員採用と同じ。大分の教員志望者には、ぜひ将来の大分の教育を背負ってたつ覚悟のほどを聞く設問も入れてほしいものである。(田舎親父)

2008年7月20日 (日)

水素水って何なの・・・

 様々な分野でいろいろな方が日夜研究を重ねて、毎日のように新しい学説?が発表されているが、本当かな・・・と思うものが多く、世間の注目を引くためではないかと思われるものも少なくない。しかも、『権威』ある機関の研究というのが共通していることが引っかかる。

 先日、日本人男性は行動がせっかちで怒りっぽい人の方が、そうでない人より心筋梗塞などの発症の危険が低いことが、厚生労働省研究班の大規模調査で分かった、という記事が目にとまった。

 この学説?も『厚労省の研究班』という一般国民から見たら、お偉い学者の皆さんが英知を絞って研究した結果だから間違いないというだろうと思わせる表現。これが気になって仕方ない。欧米の学会誌にはこれとは全く反対で、せっかちな行動の人の方が発症しやすいことが報告されているというから余計に・・・である。

 この論文を書いた偉い学者サマの言うことには、何でも、日本は協調性を大事にする社会のため、温和なように振る舞っている(せっかちでない)人は、感情を押し殺してストレスをため、発症しやすく、反対にせっかちな行動をとりやすい人は、酒を飲むことなどによってストレスを発散させているのでは・・・とのことらしい。

 私のようなへそ曲がりには、飲み屋からいくらか研究費をもらっているのではないかと思ってしまうこんな学説?を、厚労省という役所が税金を使って日夜真剣(飲みながら)に研究しているのかと思うと、何となく笑ってしまう。

 この学説?を頭から信じて、赤チョウチンで憂さ晴らしの回数と時間を倍増する人はいるとは思えないが、そんなことをすれば、飲み代の支払いを考えるだけでもストレスは増えるに違いないから、かえって心筋梗塞などになってしまうのでは・・・。

 これなどは悪名高い厚労省の御用機関の研究だからと仕方ないかと思っていたが、今度は医学界では権威のある大学の教授達の研究チ-ムが『水素水を飲むことで記憶力(認知機能)の低下を抑えられることを動物実験で確認した』との記事が大々的に報じられたことに、首を傾げてしまった。

 教授たちは、認知症の予防や治療にも道を開く成果でだと確信して、科学誌ニューロサイコファーマコロジー電子版に発表したらしいが、この種の学説で必ず出てくるのがマウスであるが、こんな実験につき合わされているマウスたちは迷惑に違いない。

 教授たち研究チ-ムは、マウスを狭い空間に閉じ込め、一定時間、餌を与えないなどのストレスを加えたうえで、その記憶力が、『水素水』と『水素を含まない水』を飲ませた場合でどのくらい違うか、10匹ずつ、三つの方法で6週間かけて比較したという。

 その結果、いずれの場合も『水素水』を飲ませた方が記憶力が顕著に高く、ストレスのないマウスとほぼ同等だったと結論づけているが、たかだか30匹×数週間分のマウスを使ったこの程度の実験で果たして、こんな結論を出して良いのだろうか。

 研究チ-ムによると、認知症は活性酸素などによって神経細胞が変性する病気とされているので、この実験で、マウスの海馬の活性酸素によって作られた物質は水素水を与えることによって、神経細胞の増殖能力の低下を防ぎ、結果として記憶力低下も抑制したと考えられるらしい・・・と、いかにもわかったようなことを言っている。

 が、それ以前に『水素水』とか『水素を含まない水』という表現がよく分からない。水が水素と酸素からできていることは小学生でも知っていること。『水素水』というのは『活性水素を含んだ水』らしいが、活性水素って何だ・・・ということについては詳しく説明していない。何より『水素を含まない水』というものが存在するとは考え難い。

 ここまで大々的にマスコミが取り上げたとなると、こんな結論を背景に、金儲け主義のインチキ会社が痴呆症(認知症という名前が変なのでわかりやすくボケあるいは痴呆症という言葉を使う)の特効薬として『水素水』なる商品が出回ることは十分予想できる。そしてしばらくすると、』内部告発によって摘発』という、いつものパタ-ンがでるのではないだろうか。

 もっともある宗教では『活性水素』を含んでいる水が、『神の水』として信者にベラボウナ御布施を要求している実態があるというから、すでにこの『水素水』を商売の道具として利用している輩も多いらしい・・・。

 『水素は体に良い』という言葉が一人歩きして、常時部屋に水素を、ということで、水の中に電極を差し込んだだけの装置を『スイソデ-ル』などという名前で売り出されたらまさに世も終わりかも・・・。(田舎親父)

2008年7月19日 (土)

中学生がバスジャクとは・・・

 秋葉原での無差別殺人にも驚いたが、今回の中学生のバスジャクにはまさに、ついにここまで来たのか・・・と思わってしまう。

 新聞報道だから、当たっているかどうかは疑わしいが、動機が女の子との交際について親から叱られたとのことだという。バカじゃなかろか・・・の一言で片づけたいところだが、別の記事では10万円が必要だったという。

 それならば理解できないことはない。世の金儲け亡者が少年少女たちをタ-ゲットにして『性産業』に誘う風潮に加え、ネットでその筋の情報が溢れて、ごく普通の少年少女でも興味を持たずにはおられないような現状を考えると、10万円というカネが女の子を妊娠させたその処理に必要だったのでは・・・とも思われる。

 この少年と親との間にどのような話があったかは報じられていない。普通の親ならば、単に女の子と交際したいと言われたら、最近の風潮から『もう色気付いたのか』とか『ちょっと早いのでは・・・』という、半分笑い話になるのではないだろうか。

 ところが『女の子と付き合いしているが、10万円程必要になった・・・』と打ち明けられたら親としてビックリするのは当然として、何のために必要なのか想像がついてビックリ仰天。親として何をしなければならないか、頭から欠落とにかく怒鳴りちらしたのでは・・・。

 例によって、中学校の校長や教頭は口を揃えて『学習態度はまじめで、運動部に入っていた。2年生になって事件直前まで、授業も部活動も休んだことはないという。今春から、自ら手を挙げて学級委員を務めており、心配な子ではなかった』と無責任な発言をしているが、そんなことはあるまい・・・。

 実際に教育委員会は記者会見で『女友達のことで、少年の学級担任と学年主任の教諭が事件の数日前に、少年宅を訪ねて保護者と話し合いをしていた・・・』言っている。学校は、事前に女友だちとの深刻な事情を知っていたから、学年主任と担任が自宅まで訪問しているのだから『大いに心配な子』だったのに、どうして本当のことを話さないのだろう。

 教諭たちは深刻な状況を話さなかったのか、それとも親が信じなかったのかはともかく、子どもが家出に至る話し合い?をした時、親は女の子との間の深刻な事情をはっきりと認識したのでは・・・・。カッ-として『出て行け・・・』とでも怒鳴ったことも考えられないことはない。殴りつけたのかも知れない。

 こうなると14歳の少年の気持ちは、親に対する怨みのみ・・・。親の財布からカネをすくねて飛び出し、自分のやったことは棚上げして、何とか親を困らせる行動をと考えたというところだろう。

 少年の頭の中に秋葉原の無差別殺人事件がよぎったのは間違いなかろうが、人を殺そうまでは考えなかったらしく、運転手を驚かせるぐらいで可能なバスを狙ったという筋書きではないだろうか。

 マスコミは例によって面白おかしく事件のことを報じている。運転手やJR東海の社員を引っ張り出して当時の様子を語らせているが、少年の本当の姿が見えないのが気になって仕方ない。

 運転手が非常ボタンを押していないのも気にならないことはない。初めは、少年だと見破ったので押すまでもないだろうと判断したと思ったが、前日ビジネスホテルに宿泊した事情などから判断すると、この少年は体格が大きくサングラスをしていると一見十代後半に見え、恐ろしさに気が動転したのかも知れない。

 バス会社としても、このあたりをはっきりして運転手には非常の際の行動を十分訓練しておく必要があるのではないだろうか。

 最初に述べた推察通り、背景が女友だちの妊娠というのが当たっていれば、このような事件は今後続く可能性は多いはず。学年主任が同行して担任が親と話し合ったという事実から、学校の対応も不適切と言わざるをえない。

 もっとも、一番に責任を問われるのは親であることは間違いない。世の親諸氏、少なくとも自分の子どもの行動はしっかり監督ぐらいは・・・と言いたくなる。(田舎親父)

2008年7月18日 (金)

オオカミ少年にならないことを切に願う・・・

 最近『緊急地震速報』の話題が世間を賑わせている。政府も相当このシステムに力を入れているらしく、このところNHKで『緊急地震速報コマ-シャル』を入れて、如何に素晴らしいシステムなのかということを宣伝している。

 このシステムが完全に揺れを察知できて、揺れる10数秒前にでも情報を提供できたら逃げるなど避難行動がスム-ズに行え、被害を最小限くい止める武器になることは間違いないが、揺れてから出されても何の役にもたたないばかりか、腹立たしさだけが残るだけではないだろうか。

 実際に6月15日のこの欄でも取り上げたが、揺れてから『緊急地震速報』が出されて世間から失笑をかった例もある。岩手・宮城内陸地震の時も震源地に近い場所では全く役立たず、役に立ったと大いに宣伝しているのは震源地からかなり離れている場所ばかりだったことは記憶に新しい。

 『緊急地震速報システム』というものは、初期微動を分析して瞬時に震源地とを規模を割り出し、本震が来るまでのわずかな時間差を利用して速報を流すのだろうことは素人の私にでも理解できるが、その時間差が限りなく小さい(震源地が近い)と、速報と同時あるいは揺れの後追いで速報が出されることになることも、確実に理解できる。

 実際に、今回の地震でも震源地の近くでは、(全くというと怒り狂う人もいるだろうから)ほとんど役立たなかったことも多くの人は認識したのではないだろうか。なのに、莫大な予算をつぎ込んでこのシステムを普及しようとするのは何なのだろう・・・。

 それはまたの機会にするとして、先日千葉県の銚子付近でおきた『震度2』程度の地震に、遠く離れた愛知県でこのシステムが反応したそうだ。

 岡崎市(例の中国ウナギの産地偽造事件でも出てきた)では小中学校などにこのシステムが導入されているようで、記事によると、小中学校に設置された『高度利用者向け緊急地震速報』の端末から、1分半後にマグニチュード(M)12・7、震度6弱の地震が起きるとの情報が流れたとのことである。

 午後7時過ぎの時間帯だったので、一部の寄宿舎がある学校だけが影響を受けただけですんだようだが、直下型の関東大震災でもM7程度だったことを知っている者にとってはM12.7なんていう頭から信じられない数字が『緊急地震速報』で流されたこと自体が信じられないことであり、恐ろしい。

 気象庁によると、千葉県銚子市で震度2の地震が観測された際、誤って『最大震度5弱以上』との一報を一部事業者に発信。その情報が影響して岡崎市内の端末に誤情報が流れたらしい・・・と弁明しているが、どうして岡崎なのかよく分からない。

 もっと気になることは、同じ情報を都営地下鉄の運輸指令所が、震度4以上の地震が発生したという『緊急地震速報』を受け、このため、全線で運転が停止されたり、徐行運転が行われたが、まもなくこの『緊急地震速報』が誤報だったことが判明し、10分後に全線で運転を再開したというニュ-ス。

 一見、よくある話しと笑い話のネタになりそうだが、よく考えるとこれは大問題。

 『生死をかけた緊急事態』を知らせる、このようなシステムは、受信した人の行動の遅れを許してはならないためにも『正確さ』が前提条件。誤報が重なると『また誤報だろう』という疑念が(オオカミ少年ではないが)生まれることが一番恐ろしい。

 莫大な予算をかけてこのシステムを開発することを全く意味がないとは言わない。そのために心血を注いでいる研究者も存在するだろう。そのご苦労には敬服するが、中途半端なやり方で導入することだけは勘弁願いたいものである。(田舎親父)

2008年7月17日 (木)

凄いことになってきた教員採用問題・・・

 大分の教育界の闇の部分が大分みてきた。

 事件が発覚した当初、『絶対に自分は関与していない』とテレビを通して全国民に大見得を切っていた県の小矢某という教育長は、実際には県議に受験者の合否を事前に連絡していたことがバレ、大慌てで釈明していた醜い姿に『やっぱり・・・』と、変に納得した人も多いのではないだろうか。

 明らかに守秘義務違反である。この違反男が公式の校長会はじめ教育関係者の集まりの場で『守秘義務』や『業務に対する専念義務』などと(俺は絶対にそんなことをしないという顔で)偉そうにのたまっていたかと思うと、吹き出してしまった。

 もう一人、現職の県教委ナンバー2の富松という教育審議監も、20万円もの商品券を受け取りながら『何の意味だったのかわからない・・・』と、商品券を受け取る事自体に何ら問題はないという態度だったが、賄賂だったと判明したとたん『体調不良』と称してトンズラを決め込んでいるという。

 『何故バレたのだろう・・・』大分県教委の幹部同様私も同じ疑問をもったものだが、どうやら最初に逮捕された二宮前審監という男にありそうだ。

 この男は退職後県内の自治体の教育長に天下りしてようだが、その地位だけに満足していたら良かったのに、前の権限を引きずって『俺が口利きすれば合格できる・・・』と影で吹聴していたのではないだろうか。

 審議監の職を去るに当たって、その後も影響を及ぼせるようにと、自分の意のままになる人間を人事の中心に置く必要があり、江藤某という人事担当に加えて、離島の1年目の校長を強引に引き抜き、昇進させて恩を売って実行犯に仕立てたのだろう。

 当然、口利きの窓口が『現職』と『前職』の教育審議監の二つになる。江藤某かは自分でも手を汚しているので、両方に義理立てしなければ自分の立場が悪くなる。かなり混乱して、ついつい誰かに『今年は倍の人間を合格させなくては・・・困った』とでも愚痴ったのではないだろうか。

 こんな裏情報はすぐ流れるもの。『あのバカ校長のケバケバ娘が合格したのに、俺のまじめな息子が落ちてしまった・・・』なんて、笑えない笑い話がどこともなく囁かれるようになり、それをマスコミなどが嗅ぎつけた・・・という筋書きだろう。

 この問題はさらに広がるだろうから、そのうち小矢某も『実は30分前に情報を流しただけではありませんでした。数百万円程度の商品券を受け取りました・・・』と明らかになるのではないだろうか。トンズラしている現審議監も余罪が暴かれることは間違いなさそうだ。

 このあたりに、30年以上も続いた教育長・審議監を頂点にした教員採用の枠組システムがほころびた原因があるようだ。明らかになったことは良かったに違いないが、これからの大分の教育はどうなるのか、他人事ながら心配である。

 小矢某は『不正が判明した教員の採用は取り消す・・・』なんて言っていたが、自分が不正をしていたのではそんなことをできるはずがない。逮捕された者の証言だけで、不正をしたと決められるのか、という疑問も残る。そして何より、取り消された教員はもとより(実際にカネを払ったかどうかは別にして)親の不満が爆発。教育長の悪行を暴くとんでもない情報が明らかになるかわかったものではない。

 昨日のニュ-スでは、それでも県教委は約40人ほど採用を取り消すとのことだが、教育長はどんな面を下げて、こんな高飛車な態度がとれるのだろう。まず教育長自らが正直説明責任を果たし、その上で身柄を司直に委ねるという態度が必要ではないだろうか。

 もっとも、取り消すだけでは問題は解決しない。本来ならば今頃教壇に立って青年たちも多いはずだろうから、この人たちの救済も合わせて考えなければならない。中には、すでに教職に情熱を失っている者、他の職業で活躍している者も多いだろうから、救済方法やその実行は限りなく難しいだろう。

 教育長が関与しているとなると、知事も知っていたはずと思いたくなる。大分選出の国会議員も関与していたようだから、教育の正常かは不可能に近いほど遠い道程では・・・。

 この問題でいくつかの自治体も自分の身が危なくなって慌てているようだ。ある県では過去5年間に受験した約9000人すべての試験結果、合否判定資料などを対象にした一斉調査で、早ければ8月末までに作業を終える予定だという。

 以前にも書いたが、答案用紙は採用結果を発表すると同時に廃棄(もっと前かも知れないが)して、残ったものは点数表だけが全国共通。その点数が改ざんしていることをどうして見分けることができるのだろう。

 どんな発表をするのか楽しみ。(に期待しないで)待つことにしよう。(田舎親父)

2008年7月16日 (水)

このところ 親の義務を忘れた事件が続発・・・

 今年の関東地方は、7月に入ってもあまり気温が上がらずしのぎやすい夏になるのではと思っていたが、10日ごろから温度計の目盛りが鰻登り、その上湿度の高いのが重なってかなり暑さを感じるようになってきた。

 こうなると熱中症で倒れる人の話題が増えてくるのは当然だが、中には首を傾げるような報道がなされるのも例年通り・・・。

 大阪での事件である。父親が競艇場外発売場に子どもを連れてやってきたところ、その9歳になる男の子が行方不明になったという。両親が探していたところ違う場所の駐車場に止めていた父親所有の車の中で死亡していたという。

 記事によると、助手席に座った状態で着衣の乱れもないことから、場外の発売場から歩いてでかけ、カギがかかっていない父親の車に自分から乗り込んで、そのまま熱中症にかかって死亡したのではとのことだが、何か引っかかる。男の子は養護学校に通っているとのこと、多分知的障害を持っているのだろうが、それにしても・・・である。

 私は競馬の場外発売場には行ったことがあるが競艇のそれは知らない。が、競馬場とあまり変わらないのでは・・・。いやむしろ(私の偏見かも知れないが)競艇という言葉から競馬よりももっと、一攫千金を狙う男共のギラギラした欲望が満ちあふれているいるのではと想像している。

 そんな雰囲気の中に知的障害を持っている子どもを連れて行く父親の気持ちがよく理解できない。人の趣味というか楽しみを奪う気持ちはないので、行ってはいけないとは言わないが、子どもを連れて行く以上『自分の楽しみだけに没頭せず、子どもをほったらかすにするなよ・・・』と言いたくなる。

 場外競艇券を購入して、レ-ス結果に興奮して子どものことをすっかり忘れてしまったというところではないだろうか。子どもとしては、興味がないので一人で近くを彷徨い歩き、父親の車が止めてある場所までの行き着いたという流れだろうが、これでは子どもを車に置き去りにしてパチンコに狂するバカ親と変わりない。

 場外発券場と父親の車が駐車している場所、そして自宅の位置関係が土地勘のない人間にはよく分からないが地図で見る限り、かなり離れているようだ。子どもが彷徨っているうちに、偶然父親の車を発見するなどは考えられないので、この駐車場には何度も子どもを連れてきているのは間違いなさそう。

 この日も駐車場に車を止めて、場外発見場に来たのかも知れない。だとすると、子どもが見当たらなくなった時点で真っ先に調べるのが車ではないだろうか。それなのに両親はどこを探し回っていたのだろう・・・という疑問が残る。

 さらに、施錠されていなかった車に乗り込み自分で施錠したようだ、という表現も気になる。その日は日曜日、この父親は自宅ではなく勤務先に近くの駐車場にキ-もかけないで車を放置しておいたのだろうか・・・?。会社の車ならわからないことではないが、父親所有となるから話がややこしい。

 恐らくこの事件の続報はないだろう。結局は、私の何故?という疑問は解決されないことは間違いなさそうだが、安易に子どもをパチンコや競艇に連れて行き監視の目をゆるめてはいけないという教訓を残した程度の事件で終わってしまっては、子どもの命があまりにも軽んじられたことになってしまう。

 もっともこの事件を世の親たちが教訓として受け止めるかどうかであるが・・・。(田舎親父)

2008年7月15日 (火)

学校での事件・事故はマスコミの格好の餌食・・・

 先日、算数の授業中に屋上の天窓から転落して小学6年生の男児が死亡というニュ-スは以前取り上げた。

 全国の教育委員会は大慌てで管下の学校に総点検を命じたようだが、マスコミに取り上げられてやっと重い腰を上げるようでは情けない。

 教育ネットというか教育委員会同士の横の連携がとれるシステムがきちんと稼働して『どこどこの県でこのような事故がおきた』と情報を共有していれば、大騒ぎされるようなみっともない事故など起きないのに・・・と思えて仕方ない。

 そんなことを思っていると、今度は三重の小学校で『特別活動の授業中』に体育館でかくれんぼをしていた4年生の男子児童が、舞台控室の天井裏に入り込んだところ、天井板が抜けて約2.5メートル下の床に転落、という記事。

 児童は右ひじの骨を折っただけで命に別状がなかったようだが、特別活動の授業中ということが気になる。授業で『かくれんぼ』も変な話し・・・、天井の点検口が開いたままで梯子がかかっていたこともよく分からない。

 事情がよく呑み込めないので断言はできないが、点検口を開けたままで、しかも梯子がかかっていた状態など常識的には考えられない。授業中に業者が点検することなどまずないだろうし、万一作業中ならば何らかの表示があってしかるべき。

 梯子がかかっていてまわりに大人がいなかったら、冒険心がそそられるのはある意味いたしかたない。が、危険など身の回りには存在しないと思い込んでいる現代っ子では石膏ボ-ドが体重を支えられないことなど理解できるわけはない。

 要はこの学校の単純ミスの積み重ね。それを大新聞が飛びついて全国版に面白おかしく掲載するのもだから、学校は全て同じと思ってしまう。そして教委は市内の全小中学校に安全管理の徹底を文書で指示するのがお決まり・・・。

 こんなことで通達される他の学校は迷惑千万だろうが、『ハイかしこまりました』となるから、ますます学校は萎縮。そしてまた違う学校で、同じような事故が続くのがこれまでの筋書となる。

 もう一つ学校の話題がマスコミの餌食に・・・。今度は愛媛の市立中学校のことだが、学年集会に遅刻した2年生の男女83人全員の頭を41歳の男性教員がゲンコツで殴ったという事件。『体罰禁止』という建前からいうと大問題かも知れないが、83人もの大勢の子どもたちが集団で遅刻したことの方が気になる。

 83人が学年全員ならば、無実の子どもを全体責任だと殴った教師には弁解の余地はないが、書き方からは、この学校の2年生の生活態度が乱れているのを注意するための学年集会だったのにもかかわらず、83人もの大量の子どもが反発したのに生活指導担当の教員が行ったものらしい。ならばわからないでもない。

 生徒7人の頭にコブができたとあるが、その教師が余程正気を失わない限り、コブができるほど頭を強く殴ることなど、まず考えられない。恐らく、殴られた子どものうちの何人かが、帰宅して親に『理由なく殴られた・・・』とでも話したのではないだろうか。

 最近の親は経過など全く知らなくても自分の子どもが殴られたら教師が悪い、と思い込むのが流行りだから、『コブ』ができルほど強く殴られたと誇張して、新聞社に投書。あるいは(親や子が、あるいは共謀して)ネットに書き込みしたのではと想像している。

 マスコミは大喜びしての報道。結局は教師が謝らなくてはならない羽目に追い込んでしまうことになる。これでは、教師は今後の指導に支障がきたすのではないだろうか。

 『体罰賛成』とは言わない。が、(いつも思うことだが)この程度のことを全国紙の社会面で載せることなのだろうか・・・。体罰で子どもを統制するのは能力のない教師のやること、とよく言われるが、これは昔のこと。

 本来ならば、言葉で言って聞かせたらわかるように普段から躾けるのが親の義務だと思うのだが、この基本的な理念が失われてしまっているからややこしい。

 数年前のことだが、人気者の女性タレントのイギリス人の父親と何度か話をする機会があった。彼は躾について『イギリスの家庭では、親はお尻を叩いて言うことを聞かせてきた・・・』と自信持って言っていたことを思い出す。

 親が子どもと同じレベルになってしまった日本では、こんな話も通用しないのだろうかと思うと悲しくなる。(田舎親父)

2008年7月14日 (月)

それでもアメリカに追随するとは・・・

 洞爺湖サミットが終わったとたん、マスコミはこぞって『そんなイベントがあったっけ・・・』と、すっかり忘れてしまったような態度にも驚くが、サミットってやはりその程度のものだったようだ。しょせんは先進国と独りよがりをしている国の親分たちの酒盛りなんだから・・・。

 政府与党は『合意した』と、いかにも集まった国の親分たちが温暖化防止のために40年後には二酸化炭素を50%削減に賛成したように口車を合わせているが、実際は『温暖化ということを認識した』ことを確認したにすぎないもの・・・・。だから、ややこしい表現にしているということは先日述べた。

 『地球上の全てのものは俺のもの』という思想の持ち主が指導している国アメリカが、贅沢をやめるという考え方で合意するわけがないことぐらい、私のような者でもわかる理屈なのに(どんな借りがあるのかはわからないが)、アメリカに気兼ねして、中国やインドを説得するという条件で『温暖化の認識』で『合意』と得意顔では、結局は国際社会からバカにされるだけだろう。

 案の定というか予想通りというか、サミットが終わったとたんに、アメリカの環境保護局が、二酸化炭素の排出の規制なんか『不適当』だと発表したことをウ-タン氏はじめ日本の首脳はどう聞いたのだろう。

 これは昨年4月に、連邦最高裁判所は環境保全局に『温室効果ガス』を削減しなさいとの判決を、現政権は『あと6ケ月の命、そんなことに煩わせられては迷惑だ』との意思表示、サミットも終わったことだからしばらくは議論する場もないだろうと本性を現したようだ。

 それに対して何のコメントもないところをみると、どうも日本の『半減』なども口先だけのように思えてならない。結局はあのサミットは何だったの・・・と世界から笑いものになるのが関の山。中国やインドは、これで好きなようにエネルギ-が使えるとばかり、アメリカの姿勢を大歓迎では・・・。

 今北京で北朝鮮の核の問題で6ケ国協議をしているが、いろいろと駆け引きの結果、エネルギ-支援で合意したと報じられている。どんな合意なのか真相は藪の中だが、日本は拉致問題が進展(解決ではなく進展とト-ンダウン)しない限り援助には踏み切らない、と一見強い態度をしているが、何時コロリと豹変するか怪しいもの・・・。

 ブッシュ大統領やライス国務朝刊が、口を揃えて『拉致問題を置き去りにしない』と公式の場で語り、さらに『拉致問題を6カ国協議の未解決重要問題として位置付ける』と強調していたことはサミット前。終わったら、地球温暖化問題同様、そんなこと言ったっけ・・・という態度に終始し、何とか北朝鮮との妥協店を探っているのは、御用メディアの報道からも読み取れる。

 結局、拉致問題は協議の話題にもならずウヤムヤになってしまい、いつの間にか国民の知らないところでエネルギ-やカネを渡していることも予想できないことはない。

 自国民も多数北朝鮮に拉致されている韓国も、一昨日北朝鮮領ながら韓国人がある程度自由に行き来できるらしい観光地の金剛山で自国の観光客が射殺されたとなると、こちらの方が大問題だろうから、日本の拉致問題などに構っていられないというところ。

 うがった見方をすれば、わざわざこの時期に韓国人を射殺しておき『責任は前にある』と真相の解明をも拒否しているのは、アメリカが同意しているのだから、ガタガタ言わずにカネをよこせ、というシグナルかも・・・。

 自民党の元幹事長に『金主席は天皇陛下のような人』など言わせるのも、同じ根っこのように思えるが、いかがだろう。(田舎親父)

2008年7月13日 (日)

築地はやはり築地として・・・

 昨日、マスコミは(意識的なのかどうかは別にして)ほとんど取り上げなかったが、築築地市場の豊洲移転に反対する「壊すな築地 7.12 東京大行進 」という抗議デモが行なわれたそうだ。この種の抗議デモは、すでに4回目だという。

 移転先を予定していた豊洲が汚染されていることが明らかになり、専門家たちが調査をしたことが報じられたのはそれほど前の話ではない。

 その結果、発がん性物質のベンゼンは土壌から環境基準の最高4万3000倍、地下水からは環境基準の最高1万倍も検出されたというからビックリ仰天。そこに新鮮な魚介類の卸上売り市場を作ろうというのだから、これは尋常な感覚ではない。

 都は土そのものをそっくり入れ換えるという方針らしいが、どこまで掘って地下何メ-トル入れ換えれば安全になると保証があるわけではない。土壌はともかく地下水の汚染となると、これはもうお手上げ状態・・・。

 都側は、当初は築地が手狭になったからだという理由で、強引に豊洲に移転させようとしていたようだが、ここまで有害物質が蓄積されている『未曽有の汚染地』となると、移転計画を白紙撤回するか、豊洲以外に他の候補地をしめするが当たり前と思うが、(都というよりワンマン知事の意向だろが)豊洲移転にこだわっているらしい。

 最近、このワンマン都知事サンはオリンピック招致に対して異常に執着しているように思えてならない。最終選択都市の一つに残ったことでそのボルテ-ジは上がる一方・・・。究極の招致作戦として、皇太子を担ぎ出そうとしたようだが、宮内庁からやんわり断わられたということが報じられている。

 そのことにいたく立腹したらしく、つい先日もテレビで『ナショナルイベントなんだ。国家を賭けている事業なんだよ。宮内庁ごときが出てきてだな、そんなことを言うことは僭越の限りだ。そういう役人が日本を滅ぼしてきたんだ。国民投票したらいいんだよ。圧倒的に皇太子に行っていただきたいに決まっていますよ』と、いかにも自分が言いだしたことに『宮内庁ごとき』の『コッパ役人』が反対するとは許せないらしい。

 どうやらこの御仁は、自分は天皇よりえらいと思い込んでいるようだ。でなければ、近い将来日本の元首になる皇太子に対して、営業活動を命じることなど思いついたとしても口に出さないのでは・・・と思ってしまう。

 右翼と称する天皇や皇室崇拝をする超保守派の人たちも多いと聞く。その人たちはこの皇太子担ぎ出しをどのように捉えているのかが興味がある。

 私は右翼でもないし、天皇を特に崇拝してもいないが、間違いなく不可能な五輪招致活動に、いわば営業マンとして、将来の『天皇陛下』になられる『皇太子さま』を出張させるなんては、あまりに『無礼』なことではないのだろうか・・・と思っている。

 戦前なら『不敬罪』とやらで逮捕されることは間違いないが、現在でも国民の意識の中には『それこそ、とても僭越なこと』であり、そもそも、五輪招致が国家をあげてのナショナル・イベントだと思っている国民は少ないのではないだろうか。

 皇太子を引っ張り出すことを妙案と思い込んでいるこの御仁の頭には、今更引っ込みがつかなくなったようで、首相に働きかけてでも皇太子に出席してもらうそうだ。リ-ダ-シップがゼロのウ-タン首相は案外『良いですね・・・』なんて言いかねないが、そうなると皇太子もでかけざるを得なくなる。こちらの方が心配・・・。

 8年後のオリンピックを東京で行えると信じている方には、築地という一等地をオリンピックセンタ-にという構想があるらしい。

 万が一皇太子がでかけてオリンピックの誘致に成功したとしたらどうなるだろう。都民はこの先、永遠に汚染された新鮮で濃密な汚染物質が詰まった魚介類を高いカネを払って購入することになることは間違いない。

 もっとも、そのことが原因で東京が敬遠されて、地方が活性化すれば面白いと思いたいが、そんなことはあるわけはないだろう・・・な。(田舎親父)

2008年7月12日 (土)

即 水門を開けた方が・・・

 これこそ究極の無駄遣い・・・と、多くの識者や漁業関係者から反対されたにもかかわらず、ギロチンと揶揄された鉄製の水門工事を強引にすすめ、完全に海と分断したのは約10年前のこと。

 有明海は干満の差が大きいことで知られている。干潟が広がりムツゴロウという愛嬌ものの住処として有名だったが、完成後はその姿が消えたと伝えられている。潮流が代わり赤潮が発生など、ノリをはじめ漁業は大打撃、住民たちの怨嗟の声が 環境を取り上げる話題には必ず紹介されてきた。

 先日、近隣各県の漁業関係者が国を訴えていた裁判で、3年間の執行猶予期間を儲けながらも、5年間継続しその後も開門せよ、との判決。各新聞の社説を読むと国の強引に進めた公共?事業への戒めと、判決を支持する論調で評価しているものが多いようだ。

 水門計画が始まった50年代の構想は、食料増産が目的だったはずだが、間もなく国は減反政策に転じて大儀名文がなくなった。そこで、中止すれば無駄遣いと非難されずにすんだものを、『まず工事ありき・・・』という公共事業のいつものパタ-ンで、食料増産構想から、水道などへの活用となり防災目的も追加され、目的が曖昧なままに工事に突入したことは周知のこと。

 まさに『目的』はどこかにすっ飛んでしまった『事業のための事業』というあんばい。事業費も2500億円もの税金がつぎ込まれたという。この金額は当初予算の約二倍というが、農水省の発表だから都合の悪い部分は隠していることは間違いなさそう。実際はその数倍かも知れない。

 今問題になっている淀川系のダム建設などで報じられている公共?事業も同じパターンだが、いったん予算が付くと看板を掛け替えてでも強引に進めるのが官庁の官僚達の共通した発想らしく、動きだしたら途中で止めることは必難・・・。

 今回の諫早湾の水門工事も、強引に事業を進めるために地元の同意署名をごまかしたケースさえあるというが、これまでの国のやり方から想像するに、こんなことは日常茶飯事ではないだろうか。

 判決文は『開放で農業生産に支障が生じたとしても、漁業行使権侵害に優越する公共性、公益上の必要があるとは言い難い』と断言している。これは重い。

 農水相は判決後『農業に対する影響が大きすぎる・・・』と言っていたが、ここまで断言されると控訴するのは(農業という言葉をつかっては)無理があるはずと聞き流していたが、干拓地の入植農家や地元住民の『防災面に対する不安』を無視できないという理由に切り換えていたのには驚いてしまった。

 判決文にある『防災機能代替工事のため、判決確定から3年間は開放を猶予する』という部分を、政府はどう解釈しているのだろう。恐らく工事費がかさむからというのが名目になっているのだろうが、散々自分たちの勝手で工事費を高くしておきながら、今更何だって・・・と思ってしまう。

 本心は自分たちのエゴというか、ここで控訴しないとなると今後の公共?事業のあり方が問われて、自分たちの利権に脅かされるという思いがあるのはミエミエ・・・。

 農水相のコメントの中に開門を前提にアセス調査を行い、『有明海の再生に向けた取り組みを強化し、特産魚類の生息調査や貝類も含めた増・養殖技術開発も検討する』とあるが、これも子供だましの時間稼ぎとしか思えない。第一、そんな妙薬はあるわけがないだろうに・・・。

 控訴に関しては、話題の法相や地元出身の自民党の大物議員が抵抗しているというから今後の展開が面白そう。(田舎親父)

2008年7月11日 (金)

命の教育プログラムとしての蚕の飼育

 今年は『蚕』について子どもたちにおしゃべりする機会を多くいただいているが、先日、ある市の教育研究所からの要請で、市内の教師の皆さんにも『命の教育』の教材として『蚕』が如何に優れているか』ということを語る機会を得た。

その時に、こんな資料を用意したので、今日はそれを紹介することにする。

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 最近、子ども達の心の荒れが社会的な問題となり、子ども達の心を豊かにするために『命の教育』を掲げた教育施策が注目されています。中でも『自然体験』が重要であることは誰もが認めるところです。学校はじめ多くの教育機関が実施する方向に向かっていることは喜ばしいことだと思っていますが、実際に行うとなるといろいろと問題があることは否定できません。

 『命の教育』を推進するための自然体験プログラムは数多く存在しますが、私にはこれらの体験プログラムの多くが一過性のイベントに終わってしまい、教育プログラムとして最も大切な継続性に欠ける危惧を感じてなりません。

 私は『教育プログラム』ならば時系列に合わせて、進歩が目に見えなければならないと考えています。学校で行われている算数などの教科学習は、学年が進むに連れて個人差はあるものの知識や理解は確実に深まります。教育にはこのことが絶対に不可欠です。

 ところが『命の教育』となると、今までどの機関でも取り上げてきませんでしたので教科書はもとよりしっかりしたマニュアルなどありません。

 私は経験から、子どもたちの『心を豊かにすること』が『命の教育』につながることを知りました。そのためには、自分で身体を通して体験することが何より大切だということを学び、その学びを基に自然体験学習を実践してきました。

 特に、動物の飼育や野菜や草花の栽培は、対象が命であることから、約束事を確実に守る心を持って協力しなければなりません。自分の怠け心のままに他人任せにしてしまったら命が失われていまいます。これこそ『命の教育』そのものの一つに違いありません。

 動植物が生き生きとする姿。日々成長する姿は、命の尊厳を目の当たりにできますし、世話をすることによって、その成長に係われる喜びを生みます。彼らの命を、子ども達自らが育んでいることを実感できること、それが豊かな心が育てることになるのです。

 この『命の教育プログラム』で飼育する小動物を求めていろいろと実践してきましたが、『蚕の飼育』が最も価値があり、子ども達の心を豊かにする素材であると確信できるようになりました。

 そこで今回は教育プログラムとしての『蚕の飼育』について紹介することにします。

 蚕の飼育が教育プログラムとして優れている主な理由は、(1)カイコは、卵-幼虫-蛹(マユ)-成虫(蛾)と完全変態する昆虫で、卵から羽化する瞬間から繭を作るまでの約一月の間、時系列に沿って継続観察できること(2)幼虫時代には脱皮を繰り返し成長するがその変化が大きく、間近で観察できること(3)桑の葉しか食べないので、桑の葉さえ入手できれば飼育は比較的簡単であること(4)人間の手によって長い歴史の中で改良された昆虫であるので人体に全く無害であること(5)わが国が急激に発展したのはこの蚕が作り出した繭のおかげで、蚕を知ることそのものが歴史的にも価値があること などがあげられます。

 蚕は休眠や脱皮を繰り返して成長していきます。個体差もありますので大量に飼育し上質の繭を得るためには相当高度な技術が必要ですが、卵から孵化し幼虫期をへて繭になるまでの成長の過程を観察することを目的とするならば、無農薬で新鮮な桑の葉が一定期間継続的に入手できればそれほど難しいことではありません。

 家庭で子どもと一緒に、あるいは保育園や幼稚園・小学校で行うことによって、蚕という小さな昆虫の命の誕生と成長を通して、親子の絆は強くなるはずです。また、子ども達同士の連帯感や学級の雰囲気も和らぐと確信しています。

 先生方や保護者の皆さん、特に高齢者の方の中には、幼い時に蚕を飼育した経験を持っておられる方が多くおられるはずです。どうかその頃の思い出や苦労談を学校や家庭で、次の時代を担う子ども達に語り継いでいただきたいと思っています。

 『命の教育』のプログラムとして、こんな素晴らしい素材が身近にあるのです。蚕の飼育を通して命の大切さを、体を通して身につけることは大変有意義なことだと確信しています。

―――

 この原稿にはないが、『命の教育』をうたう時避けて通れないのが『死』の取り扱いであることを強調し、糸をとるためには『死』を経験させる意味でも、『蚕』は『命の教育プログラム』にとって最高の素材であることもおしゃべりしてきた。

 『死』の取り扱いについては、またの機会に述べたいと思っている。(田舎親父)

2008年7月10日 (木)

他の県は大丈夫かな?・・・

 どうして、今までバレなかったのに・・・』今頃、こんな声が大分県教委の幹部職員たちの間で囁かれているのではないだろうか。

 教員の採用はコネとカネ、これはどこの県でも昔から公然の秘密事項。そして昔から、採用試験の実務を取り仕切る参事官や審議監という役職についた者が慣例として行ってきたものなのに・・・なんて怨み節も聞こえてきそうだ。

 世の中が全体的に就職難、『大学は出たけれど・・・』という昔あった言葉を思い出すほどの現状らしい。折角、小学校の時代から塾通いして入学した大学を卒業しても一流企業など夢のまた夢・・・。

 名のない大学となると、中小の企業でもなかなか採用してもらえないで、結局は派遣社員やアルバイトで生活している若者が多いとも聞く。まして、求人が少ない地方となると、余程の幸運に恵まれなければその土地で就職などできないのが現状だろう。

 そんな社会事情が反映しているのか、最近は全国的に教員志望、特に小・中学校の教員に憧れる若者は増えているという。ところが子供の数は減少の一途、志望者が増える分、教員採用の門は狭くなっている。

 何とか合格を願うと、先輩や友人・知人のツテを求めて何かのコネを求めて走り回ることになる。親が教員をしている場合、特に校長や教頭、あるいは教委の指導主事などとなると(何としても合格させるために)、どこにどんな細工をすれば有効かがわかっているので具体化するのは当然といえば当然・・・。

 大分ではかなり以前からここにル-トができていたようだ。ところが数年前から合格者をみると『あんな真面目で素晴らしい青年が不合格、逆に毎日派手な衣装で飲み歩いていたパッパラパ-の娘が合格』となると、世間は何かおかしいと思うはず。その娘の親が校長や教委の幹部だったとしたら、これは間違いなく何か裏があると知らしめているようなものだろう。

 逮捕された教委の幹部の娘がそうだったとは言わないまでも、誰かがどこかに通報するのは時間の問題。知らせを受け取って教委は、当初は徹底的に身内をかばおうと思ったのだろうが、隠しきれなくなったに違いない。

 それにしても、300万円とか400万円の商品券(現金と同じだろう)をいとも簡単に受け取るものなのだろうか。当然バレたらどうなるぐらいの常識的な感覚はあるのではないだろうか・・・という疑問が残る。

 その疑問を解決する答えが一つだけある。それが書き出しの文章である。大分では教員採用ではこんなことが慣例化しているので、受け取るのは当たり前、むしろ役職だと思って何ら疑問を持たなかったとしか考えられない。

 採用試験は一次の学科と二次の面接。記事によると、参事官は一次試験の採点終了後に受験者全員の得点を記した表を審議監に見せたところ、10人前後の受験者の名前を示され『合格ラインに入れろ』と指示されたという。10人前後というから、審議監の懐には1000万円以上も転がり込んでいることになる。これは驚き・・・。

 参事官は『1次、2次試験の点数をかさ上げして合格ラインに届かせた』と供述しているというが、一部の受験者の点数だけを上げると、平均点は跳ね上がることになり、例年と比べて不自然。例年通りの結果に導くために、減点されている受験者もいたのは間違いなさそう。こんな理不尽なことは許されるわけはないだろう。

 教員採用試験だけではなく、管理職教育任用試験にも『賄賂』がまかり通り、実際に贈ったという教頭たちが警察に出頭しているというから、事件はますます広がるか(無責任な表現を許していただくなら)楽しみ・・・。この際、県教委の組織ぐるみの犯罪を徹底的に明るみにしてほしいものである。

 今回の事件で、すわっとばかり大慌てで身内の採用試験や管理職任用試験のシステムを点検している自治体も多いのではないだろうか。都教委でさえ(真偽はわからないが)人事などを統括する大きな権限を持つ管理主事に、陳情したり贈り物をすることがあると聞いている。

 第二・第三の大分がでなければ・・・と思う反面、徹底的に表沙汰になった方が今後のためには良いのではと思う今日この頃である。(田舎親父)

2008年7月 9日 (水)

独りよがりの親分たちの酒盛りでは・・・

 連日、マスコミは洞爺湖サミットの話題ばかり。普段から夕方の民放のテレビはいずこも同じお笑いタレントによる馬鹿騒ぎ番組ばかり、仕方ないので7時からのニュ-スと続いてのクロ-ズアップ現代しか見ないようにしているが、この日は特番を組んだかのように時間を延長してまでサミット・サミットではうんざりしてしまう。あまりの馬鹿馬鹿しさに途中でスイッチを切ってしまった。

 今回のサミットの主要な話題は『地球温暖化』らしい。2050年に二酸化炭素の排出量を半減という共通目標に合意できるかどうかがカギだとのことのようだが、この連中が本気でこの議題を話し合うなんて、やっていることがエネルギ-を大量に消費することばかりではとても信じることなどできそうにない。

 全国の警察官を集めての、あの物々しい警備がその一つ。ウ-タン首相としたらサミットを人気回復の絶好の機会とばかり大張り切りだが、万が一、首脳に何かあったらその目論見などは消え失せるどころか、政権崩壊にもつながってしまう。

 そこで、全国の警察官を(極端な言い方をすると根こそぎ)サミットに集中しているのではないかと思うほどの信じられないような警備態勢を敷いている。道路封鎖はもちろん、住民の普段の生活にも徹底的な制限をしているのには、怒りを通り越して呆れてしまう。

 そればかりか、千歳空港はもちろん成田や羽田では、ロッカ-ル-ムさえ使用禁止という騒ぎ、庶民の迷惑なんて考えもしないようだ。カメラの前には緊張した顔をしろ、という通達があったようで、一応はキリッとした態度だが、ごみ箱をあさる警察官の姿に何か虚ろな表情を見たのは私だけだろうか。

 集められた警察官には当然ながら出張手当てと特別報酬がでるだろう、中にはそれが目的で志願した警察官もいるだろうが(この費用は発表されていない)人件費としては空前絶後・天文学的な数字になるに違いない。

 警察官を輸送する手段も大変だろう。『温暖化対策』を話し合う場の警備のために、温暖化を真っ向から否定するような大量の人や物資を輸送するのは、まさに笑い話という以外に表現は見当たらない。

 首脳たちが食べる食材も紹介していたが、ほとんどの日本人がめったに口にできない代物ばかり。首脳にビジネスホテルで赤チョウチン・・・なんては無理なのはわかるが、わざわざ贅沢の限りを国民に見せびらかすことはあるまいに・・・。

 しかも、一番二酸化炭素を垂れ流し京都議定書にも署名していないアメリカが、40年後とはいえ、ガソリン使用料を減らせば良いという、短絡的な理由で穀物を燃料にする政策をえらんだ国が、無条件で『了解・・・』なんて言うはずがない。

 マスコミは『温暖化の長期目標に基本合意』と報じているが、その表現は共通して『気候変動枠組み条約の全締約国と共有し、採択することを求める』と、何のことかよく分からない言い回し。結局は、アメリカの言う通り、中国やインドが参加するという条件つきでの合意というところ・・・。

 アメリカの二酸化炭素の削減について、中国やインドの合意が前提というかたくなな態度は、今まで散々エネルギ-を浪費して贅沢の限りを尽くしていたことは棚上して、これから便利な生活ができると希望を持っている人々の気持ちを逆撫でするような言い分は通るわけはない。

 アフリカ首脳たちも温暖化防止よりも石油価格の暴騰や食料危機の関心が高く、温暖化の議題に踏み込めないのが現実。

 中国やインドはもちろん、アフリカ諸国などは『長期目標など何のこと・・・』という態度、これではアメリカの言い分を聞いた『合意』は、『ヤラナイ』といっていることにほかならない。結局は、『地球の将来を決める』という名目で『俺たちは先進国』と独りよがりしている国の親分が集まって酒盛りしているにすぎないようだ。

 先進国のデタラメな政策によって、世界の食料事情のバランスが崩れ穀物価格が高騰。今や、その日の食料に困る人々が増えつづけていることの方が、地球温暖化などよりもはるかに深刻な問題で緊急に何らかの処置が必要なではないだろうか。

 政府は正当性を印象づけるために、マスコミをつかって『エコが大切だ・・・』と大宣伝。サミットの開会当日は、全国で夜の照明を落とすという茶番に、批判するメディアがないのが悲しい。(田舎親父)

2008年7月 8日 (火)

衝撃的な見出しにビックリ・・・

 先日、『予約とれず 産み場所探す妊婦・・・』という衝撃的な見出しを発見してビックリ・・・。最後に『妊婦』とあるから、人間のことだと気がつくが、一瞬、犬や猫などペットのことか錯覚してしまう表現。

 記事を読むと、この問題は全国的に深刻な事態になっているらしく、妊娠したと分かった瞬間から、妊婦は産み場所を求めて奔走せざるをえないということから、このような見出しになったというところだろう。

 安心して子どもを産むためには、妊娠わかった時点で住んでいる場所から遠くない産婦人科のある病院や医院、あるいは実家で分娩できる人は実家の近くの施設に予約することが、何より安心できるだろうことぐらいは私にでも理解できる。

 しかし、最初に電話をした時点で『来年1月分までは、予約でいっぱいです・・・』と断わられたら、気持ち的には相当なプレッシャ-。慌てて、次々に電話をして予約をとろうとする妊婦あるいは若い夫妻の姿が想像できる。

 原因ははっきりしている。産婦人科医の不足である。今年の1月から3月のたった3ケ月間で分娩を休止や制限した医療機関は全国で77ケ所にものぼるという。いい加減がモットウの厚労省の調査とはいえ、これは凄い数字である。そのほとんどが産婦人科の医師不足という・・・。

 産婦人科医数は年々減少して、4年前と比べると2000人以上少なくなっているという。10万人が9万8千人に減ったと言うならばさほど影響はないだろうが、元のベ-スが2万人程度なのだから、約1割の減少。これを緊急事態という以外ない。

 しかも、医師の高齢化が進んでおり、地方の診療所などでは60歳をはるかに超えているというから尋常ではない。さらに、産婦人科医を目指す若者自体が減っているのも気になるところだが、これといった対策がとれないのが現状のようだ。

産婦人科では他の科に比べて治療をめぐる紛争が多く起こっていることを若者が敬遠する大きな原因らしい。が、若者に限らず『トラブルに巻き込まれたくない』というのは年代には無関係な共通した認識。当然ながら、医院そのものの『廃業』や『産婦人科』の看板を下ろす医師が増えていることは想像に難くない。

 昔も今も、生まれてきた子どもが障害を持っていることを極端に恐れるのは親の心理。生まれてきた子どもに何か障害を見つけると、妊娠中の自分の行いや遺伝的な要因などは全く無視して、医師の処置に何等かの不手際があったものだと思い込む傾向が、最近特に強くなっているのも訴訟という方法を選択するのだろう。

 母親が死亡するケ-スもあるようだ。数年前に帝王切開中に妊婦が死亡した医療で、担当医師は逮捕勾留されたという事件があった。全国の産婦人科医師にとっては大きな衝撃だったに違いない。

 昔からお産は一生の仕事と言われ、女性にとって大変な負担。死亡したり産後の肥立ち悪くてそのまま寝込んだり、病気になったりすることが多かったはず。遺族の気持ちはわからないことはないが、亡くなった原因を『医療ミス』という理由で医師を訴えたとなると、この事件が与えた影響は大きすぎる。

 関係者の間ではどうしようもなかったという見方が一般的だった、というから尚更のこと。医師としても、一生懸命間違いない医療と信じて行っても、患者が死亡したら全て医師の責任と言われ逮捕拘留となると、『やってられない・・・』となるのも当たり前。社会全体の傾向が医師不足に拍車をかけた要因の一つになっていることは間違いなさそうだ。

 医師不足を他人事のような言い方をしている厚労省も態度も大問題。こんなことはとっくの昔から予測できたはずなのに、少子化を単に子育ての条件が整わないからだ・・・という見解で、何でも支援というバラマキ政策しかとれないのは情けない。

 産婦人科の医師を増やすことには疑念ははさまないが、奨学金制度の充実や、医学部の定員を増加したとしても、おいそれとは産婦人科医を志望する若者は増えるとは思えない。むしろ学力・能力のある者はリスクの少ない精神科医などに向かい、どちらかというと劣等生と呼ばれる部隊しか産婦人科医を志望しないとなると、かえって医療ミスが増えるのでは・・・。

 医師志望者の意識の高揚も課題であるが、何でも裁判で補償を得るという風潮をこのままにしておいては、根本的な解決はほど遠いようだ。(田舎親父)

2008年7月 7日 (月)

消費者はもっと勉強しなければ・・・

 『魚秀』というインチキ会社と、マルハという大企業の100%子会社である『神港魚類』とが結託?しての大がかりな産地偽装事件(賞味期限改ざんも)は、ますますすそ野が広がり泥沼化しているようだ。

 ここまでインチキを重ねると、魚秀の社長のあまりにもふてぶてしい態度に、役者でも雇ったのでは・・・と思いたくもなる。明日あたりは新聞に『社長偽造・・・』なんて記事が踊るのではないだろうか。『実は私が社長でした・・・』なんて映像が流れたら、怒りはともかく笑ってしまうだろう。

 そしてつい先日、ネット販売しているウナギの産地が偽装されていたことが明らかになったとの報道に、石川五右衛門の『浜の真砂は尽きるとも 世に盗人の種は尽きまじ』という辞世の句を思い出す。それにしても、騙される人も真砂以上に尽きないものだ。

 今回偽装が明らかになったのは、インターネット通販の『サンシロフーズ』という会社組織。テレビの映像ではごく普通の民家のようだから、どこか如何わしい場所で梱包や発送をしていたようだ。

 何人で偽装していたのかわからないが、中国産のうなぎの蒲焼きを『四万十川産特上うなぎ』とはよく言ったもの。何度も指摘しているが『四万十川』で捕れる天然ウナギはごくわずか。茨城のインチキ親父がネットで販売できるほど入手できるわけはない。その地方の特産品を、他県の人間が販売する事自体が100%インチキということを知っていれば、こんなに簡単に騙されることはないのだろうが・・・。

 中国産の危ないウナギを『四万十川産特上うなぎ』、あるいは近所の店で売っている牛肉を『特上米沢牛』だと思い込み、美味い美味いは食べている消費者もバカじゃなかろうかと思ってしまうが、もっと気になるのが取り締まる方の姿勢。こんな悪質な確信犯に対して、表示の『改善』を指導という甘っちょろいもの、というからこの種の犯罪は少なくなるどころか増えるのは当然だろう。

 何故こんな手口に騙されるのかと不思議で仕方ないと思っていたが、この組織はインターネット通販サイト『楽天市場』の食品部門で常に上位にランキングしており『グルメ大賞2007』の水産物部門にも選ばれていると知って、なるほどここにもインタ-ネットの落とし穴があったのかと納得した。

 ネット販売が大流行。もともとネット販売は、自分が作ったものをネットで公開して購入希望者を募るのがはじまり。消費者は、生産者が自分の顔写真入りで販売するのだから、新鮮で安全、そして安心な食品だろうと信頼するのだろう。

 販売する側も、実際に店を開く必要はない。映像をネットで流せば良いだけなのが、最初にこのシステムを考えた人には大拍手だが、儲けがあると知ると雲霞のごとく集まるのが世の常。すぐに手配師よろしき役割をする人間が現れる。これも古今東西変わらない。

 その代表が『楽天市場』なのだろう。私もどんなシステムになっているのか興味があって、問い合わせというか『店を出してみたいのですが・・・』とメ-ルを出してみたところ『楽天』の担当者はえらく熱心にいろいろな情報をしつこいほど送ってくれる。

 『成功への秘訣』などとうたったセミナ-のイベントの招待は凄いもので、全国各地を回っているらしく、大変な盛況だという。ネットで店を出した人から利用料という名目で何がしかのカネを集めるのが目的だろうが、互いの契約に対しては責任を持たないのがミソ、自分たちは絶対に損がないのだからうまく考えたものである。

 ところが、ネットに慣れない人から見ると『楽天市場』が、あたかも身近なバザ-ルのように思えてくるらしく、綺麗に仕上げた映像と美辞麗句を並べたコメントを『楽天市場』が保証しているように思えるのだろう。まして『何とか部会でトップ』なんてなると、信じ込むのが日本人気質。これは大流行しない訳がない。

悪知恵がある奴は、安価で仕入れた商品をあたかも高級で入手しにくいと付加価値をつけてネットに公開。引っかかる人間が多いとなるとこれはやめられないだろう。

 私のまわりにもネット販売を生業にしている知人がいる。彼は自分が直接収穫したものを消費者の立場にたって販売することをモットウにしている。彼のような人間が多いのだろうが、今回の偽造組織が大きく取り上げられると、ネット販売そのものがインチキと思われるのも心配・・・。

 いつも述べることだが、われわれ消費者が勉強することがなにより大切だろうことは論をまたない。(田舎親父)

2008年7月 6日 (日)

限界状態の老々介護で殺人罪の適用は・・・

 この小覧でも取り上げた記憶があるが、90歳をはるかに超えた夫が、何年間も寝たきりで、しかも痴呆症で夜中に大声を出して暴れたりするなどの症状に回復の見込みがない妻を思い余って首をしめて殺害し、自殺をはかったが死に切れないで・・・という事件があったことを覚えている人も多いだろう。

 警察はただちに夫を逮捕したことまでは知っているが、送検されていたとは思わなかった。検察は当時の状況(新聞報道が間違っていなければ)から、精神錯乱状態で責任能力などとれないと判断するだろうと思っていたからである。

 その第一審が先日行われたようで、裁判所は94歳の夫に対して、執行猶予月とは言え懲役3年という判決にちょっと首を傾げたくなった。

 裁判長としては『殺人罪』で送検された事件で、いくら94歳と高齢ながら『私が殺しました・・・』と認めている以上、この程度の判決は仕方ないのかも知れないが、このところ殺人を犯しても精神の錯乱状態なので無罪、あるいは微刑の判決が目立っているのにもう少し温情があっても良いのでは、と思ってしまう。

 裁判官が『家族全体で相談するなどの現実的手段を取らず無理心中を図った、と非難したが、社会内で余生を精いっぱい生き抜くことが、奥さんへの償い』と述べたというくだりには引っかかる。

 家族全体で相談できる環境ならば、絶対にここまで老夫を追い詰めなかったのではないだろうか。状況から想像するに、老夫婦二人暮らしで、妻が痴呆症でしかも寝たきり、夜中になると大声を出して暴れる、しかもその状態が長年続いていたとなれば、夫は精神的におかしくなっても何ら不思議ではない。

 むしろ、平静な精神で介護を続けられるなんて想像もできない。私もこの老夫の立場になったとしたら、同じような行動をしたのに違いないと思うと、気の毒というかいたたまれない気持ちになる。

 裁判長は続けて、事件の背景として老々介護に関し『高齢者が高齢者を介護するひずみに、社会全体が対応し切れていない』とも指摘したらしいが、この言葉が、まず最初に発せられなければならないのでは・・・。その後『家族に・・・』という言葉があってほしかった。

 違和感があるのはもう一つ、被告は(高齢のため逮捕後に釈放されていたようだ)家族に支えられて入廷したとあるからこの被告には子どもや孫がいたということ。なのに、長年連れ添った妻を殺さなければならないほどの状況に追い詰められるまで、子どもや孫たちは達が気付かなかったのだろうか。

 裁判長の立場からは、老々介護が存在する社会的矛盾を指摘するのは当然だろう。現在の社会がそれらに対応できていないことは間違いないが、その前に家族のつながりをもう少しと取り戻す努力というか手法が必要なのではないだろうか。

 親を介護するのは子の役目、これがごく自然な日本人の道徳観ではなかっただろうか。かといって、現代のように家族がバラバラに暮らすのが当たり前になっている社会では、年老いた親を引き取って介護をするのが当然とは私も思わない。が、せめて妻殺し・夫殺しにまで追い詰める前に、民政委員や役所の窓口に相談するぐらいの思いやりだけは失ってほしくない。

 家族の事情はよく分からないのに、こんなことを述べるのは不遜だと批判されるかも知れないが、もしも、子どもや孫たちが定期的に訪れて『労りの言葉』や『物質的な支援』をしていれば、妻を殺さなくてすんだのでは・・・。

 死んだ方が生きているより幸せと感じるようになり、無理心中や懇願されての殺害という事件は(想像したくないが)間違いなく今後増えるだろうと、思うとやりきれなくなる。(田舎親父)

2008年7月 5日 (土)

減反政策を見直さないと・・・

 先日、農水省は今年度のコメの減反について、全国各地からの報告に基づく6月中旬段階の実施状況を発表した。

 それによると、減反に応じた農地は7万ヘクタ-ルと目標の約7割程度にとどまるらしいが、未曽有の食料危機の襲来が近づいているというのに、未だに毎年10万ヘクタ-ルもの水田を荒れ地にさせる政策を続けているのには呆れてしまう。

 確かに、食生活の変化で米の国内需要は減っていることは誰もの認めるところだが、食生活を意識的に変えさせたのは誰だったの・・・と言いたい。戦後、アメリカの政策で牛乳とパンという学校給食をはじめたのは、栄養事情が悪かったこともあって、脱脂粉乳とコッペパンのお蔭で日本人の体力が向上したことは否定しない。

 が、いつしか、学校給食が教育の大切な一部分だという『御用学者』や『エセ教育者』の声に押されて、給食が必要以上に重要視され、華美豪華になり、家庭での食生活の指針にさえなってしまい食生活を変化した大きな要因でと思っている。

 核家族や共稼ぎが当たり前になり、料理することすら面倒という風潮が蔓延しては、外食産業が栄えるのも当然だろう。セレブだなんだとわけの分からない言葉が流行り、見栄えのよい料理がもてはやらされるようになっては、ご飯と味噌汁という日本本来の食文化は崩壊するのは当たり前。そうさせたのは誰だったのだろう・・・・。

 マスコミが(政府の意図を感じるが)『食生活の改善・・・』なんてキャンペ-ンをするものだから、ますますコメが過剰になる。作りすぎては困るというので、コメ農家に補償金という札束で顔面を張り倒すような政策で減反を強い続けている。

 外務省は政府海外援助(OAD)とかいう制度を作って、諸外国に莫大な援助をしているが、カネをただばらまいているのが現状らしく、その利権に群がって醜い話が日常的にもれ伝わってくる。

 発展めざましい中国にも莫大なカネがばらまかれている。その中には、戦時中日本が残した化学兵器処理事業のために、700億円という莫大なカネを例によって天下りの組織に支払って、チェックすらしていないとのことが最近明らかになった。これでは何のための援助かと世界から笑われるのは当たり前だろう。

 ベトナムへのOAD援助資金では、現地に作る道路やダム計画を受注するために、ベトナムの担当者に数千万円の賄賂をおくって受注したということも明らかになっている。これでは何のための援助か分からないどころか、ベトナム人の精神まで汚す結果になっている。

 こんな意味のない援助資金があるのなら、そのカネを国内で使い、減反などしないでむしろ増産して、余剰米を支援に向けるなどの政策ができると思うのだが、農水と外務の官僚たちが利権の奪い合いをしていてはそんなことを望むのが無理かもしれない・・・。

 食料自給率が39%というのは、71%もの食料を上に苦しむ国から奪っていることになるのは誰が考えても分かる理屈。しかも、間もなく我が国には厳しい食料難時代が来ることは明らか、このあたりも見越した政策を考えてもらいたいものである。

 先日、評判の悪い町村官房長官が『世界で食糧不足の国があるのに減反しているのはもったいない。減反政策を見直せば、世界の食糧価格高騰に貢献できるのではないか』と発言したとたん、自民党の農水族から激しいブ-イングが起こったらしい。私としては、町村さんの言い分は正直で人間的がと思うが、自分の懐を脅かされる政治屋サンたちにとっては許せないらしい。

 自民党の内紛はともかくとして、我が国の水田はダムの役割をしているという重要な事実も忘れてはならない。水田はコメを作ってこそ水田であり、そこに水と作物(人間の知恵と労力)が存在しないとなると、これはただの荒れ地。その上、樹木のない荒れ地では自然の小さな脅威にも抗しきれないで真っ先に崩壊する。

 このところ年々被害が多くなる『崖崩れ』や『洪水』・・・マスコミはすぐに異常気象だとか地球温暖化などと報じているが、水田が水田としての機能を果たさなくなったことも大きな原因ではないかと私は思っている。

 ともあれ、地球温暖化以上に、緊急に且つ真剣に食糧問題に直接つながる『減反政策』を見直す時がきたようだ。(田舎親父)

2008年7月 4日 (金)

そんな上手い話がある訳ないのに・・・

 昨日あたりから、大がかりなウナギの産地偽造事件の影に隠れて話題性が少なくなったものの、『ワールドオーシャンファーム』という投資会社が、『「フィリピンでのエビ養殖事業に投資すれば1年で2倍になる」といううたい文句で全国の投資家から800億という、とんでもない巨額の資金を集めたという事件が賑やかに報じられていた。
 この中心人物が黒岩という男。どこかで聞いたことがあると思っていたら、こいつは以前にも同じような手口で、健康食品を販売する『アイエーエスプロデュース』という会社組織を作り、『1年で2倍・・・』というマルチ商法まがいの方法で投資を募っていた、というから生まれつきの詐欺師としか言いようがないようだ。
 『1年で2倍・・・』なんて、普通ひっかからないと思うが、今回のエビ養殖詐欺においても全く同じ手口。どうしてこんなにひっかかる人間がいるのだろうと思いたいが、そこは、この男の世にも稀な詐欺の才能というところか・・・。
 記事によると、この連中の手口は『フィリピンのエビ養殖場に投資すれば一年で二倍になる』という決まり文句で全国各地でセミナ-や決算報告会を開く際、一昔前には人気絶頂だった芸能人を招いて、司会を担当したり、ステージで歌を披露したりしていたという。
 タ-ゲットを中高年に絞り、その年代に人気がある歌手やタレントを広告塔にして人集め、この年代のほとんどは(今も変わらないが・・・)がテレビの歌謡番組やバラエティで育った年代であり、芸能人に憧れを持っている。
 憧れがいつの間にか、尊敬に代わり『あの人が宣伝するから』とか『あの人に限って悪い奴らに利用されるなんて絶対ない』と思い込む心理を巧みに利用するのは古今東西手口は同じ。
 タレントなどはしょせん人気商売。テレビに出てナンボ・・・の世界。背景に何があるかなど考えないのが普通だろう。ギャラが良ければ何度でも出演ばかりか、知り合いやさらに大物タレントを呼ぶ口利きなどは当たり前。
 広告塔になっているタレントたちが、事件が起こった後から必ずする言い訳は『知り合いの誰かから紹介されて引き受けた・・・』とか、『渡された台本通りに進行しただけ。詐欺的商法をしている会社とは知らなかった』というものばかり。
 そして『広告塔として利用されたのは事実。私の姿を見て投資した人がいたなら申し訳ない』と言って謝るふりをすればそれで禊ぎが終わり。マスコミもそれ以上追求することなくいつの間にか事件のことは風化させてしまう『タレント崇拝?傾向』の風潮には困ったもの。
 私などは古いのかも知れないが、何であんなテレビのバカ番組で大騒ぎしているタレントが人気者になるのだろうと思うが、相変わらず同じような傾向の番組を構成して同じようなタレントを引っ張り出しているのは、マスコミが意識的に日本人総体を白痴化したいのでは・・・と思えてならない。
 確かに『1年で2倍・・・』という言い回しは耳ざわりが良い言葉である。『倍』という言葉を使わないときには『高配当』というのがパタ-ン。どちらも過去から何度も使われた詐欺の常套手段。今までも『天下一家の会』や『豊田商事』や『八葉物流』などなど数えきれないが、いとも簡単にこれらの詐欺に引っかかってしまうのはどうしてだろう。
 私のような者のところまで、毎日のように『1年で2倍』や『高配当』、あるいは『企業の上場の秘密情報』などの電話がかかってくる。そんな上手い話があるわけがないのだから100%嘘だと確信さえすれば、こんな簡単な手口で大火傷をすることはあり得ないのだが・・・・。
 どうも私が思っている以上に、人間の内面には儲けたい、資産を増やしたい・・・という欲望があって、それが『危険だぞ』という信号に気付かないようにさせているらしく、耳触りのよい言葉の誘いに乗ってしまうらしい。
 黒岩という男とその仲間たちは、いつも私が使う『市中引き回しの上火あぶり獄門さらし首』の刑に値するが、騙される方も悪いことは間違いない。誰かが取り返してくれるというような甘い考えは捨てたいものである。(田舎親父)

2008年7月 3日 (木)

自ら降格志願も時代の流れか・・・

 自殺者が10年連続で3万人を超えているという。特に昨年は、前年度よりさらに3%も増えて3万3千人というから驚きである。

 人口の割合から見てこんなにも自殺者が多い国は他にもないという。美しい国と誰かが言い、それがつい最近まで国のキャッチコピ-になっていたのも記憶に新しいが、むしろそのキャッチコピ-が出回るようになってから自殺者が増加しているのは皮肉としか言いようがない。

 60歳以上が昨年度より約9%も増えて1万2千人。この数字は、現代社会が年寄りにとってはいかに住みにくくなっているかを端的に現している。

 今年の4月から『早くこの世から消えないさい政策』と表現しても差し支えないような後期高齢者医療制度が始まった。始まったとたんに矛盾が次々に表面化し、連日マスコミの絶好の餌食になっているが、相変わらずマスゾエ口先さんはのらりくらりと自己弁護ばかりではお先真っ暗・・・。

 幸、私の近くでは今のところ聞こえてこないが、この4月からこの制度のせいで追い詰められて自ら命をたったか、病院にも通えなくなった結果死に追いやられた人は、去年の同期より確実に高くなるだろうと思う。これらの人も事実上自殺者に数えるべきだろうから、来年度にはさらに増加するのではないだろうか。

 ところで、自殺の原因で大幅に増加したのが『鬱病』だという。どうして鬱になるのか、いい加減な性格の私にはよく理解できないところがあるが、様々な要因が重なり解決策を自分自身で見いだせなくなり自信を失い、何をして良いかが分からなくなって閉じ籠もりになってしまうのだろう。

 自分を取り巻くいろいろな不満や苦悩、一般的にはそれを全てひっくるめて『ストレス』と呼んでいる。ストレスは昔から存在したに違いないが、以前は家族の団結や地域社会の互助システムが働いて表面に現れることが稀で、これらが原因で『鬱病』になる人は少なかったと思われる。

 ところが、都会(最近は地方でも同じような悩みが報じられているが)では核家族が当たり前になり、相談したくてもする人が無はなし、地域社会も全く崩壊している状態では自分一人でストレスに対抗していかなければならなる。これでは余程意思が強いか、あるいは鈍感な人間以外でないと、とてもじゃないが生きていけない。

 そんなことを思っていたら、50代の都庁の課長が自らの希望で4段階下の職制に降格したという記事を見つけた。

 仕事上のミスが原因で課長が課長補佐や係長に降格という話はかなり耳にする。仕事に追い詰められてやむなく希望する例も、少ないながら聞かない話ではないが、自ら希望して、しかも4段階も降格するとは前代未聞ではないだろうか。

 管理諸手当は退職金に跳ね返らないと聞いているが、給料は相当ちがうはず。この元課長は月収で20万円も減るらしいが、都議会や組合対策などで夜遅くまの仕事でストレスを溜めるよりましだと判断したようだ。

 余程の決心に違いない。このまま仕事を続けたら自分は『鬱』になってしまい、家族に迷惑をかけるだろう、場合によっては自殺しなければならなくなるのでは・・・とも思ったのでは・・・。

 この方は実際には3万数千名の自殺者に続く自殺予備軍として、神様・仏さま(人間の寿命を管理できる何かが存在したらであるが)の持っているノ-トには名簿登載されていた・・・・。と唐突な想像すらしてしまう。

 金銭的には我慢できるとしても、名誉欲というか世間体というか、昨日まで課長職で決済していた身分が、今日から課長の命令を『ご無理ごもっとも・・・』と頭を下げる立場になれるかが心配だが、少なくとも自殺予備軍の名簿から外れたことは間違いない。

 定年まで何年あるのか知らないが、充実したヒラ人生であることを願うと同時に、まだまだ都庁でストレスに悩むひと達が、(この人と同じ方法に限らず)自分の意志で予備軍名簿から名前を消す努力をしてほしいものである。(田舎親父)

2008年7月 2日 (水)

北方領土は要らない・・・これは許せない

 来週から北海道洞爺湖で開かれる主要国首脳会議(サミット)関連のニュ-スが連日嫌というほど報道されている。全国の警察官を集めての訓練の模様など見ていると、道路を封鎖してまで行う必要があるのだろうか・・・と思ってしまう。

 交通量が少なく渋滞のない北海道だからこんな訓練ができるのだろうが、首都圏でやるとなるととんでもない話になることは確実。その意味で、主催地として有力だった横浜が選ばれなくて幸だったと、胸をなで下ろしている。

 自分たちで『俺たちは主要国だ』と思い上がった連中が、年々派手になるパフォ-マンスで狂騒的な演出を競い、『死に体大統領』や『支持率10%台首相』などが集まり、たいした成果も上げられない会議を繰り返している。こんなサミットなど必要ないという意見が出るのも当然だろう。

 主要議題は『地球温暖化防止策』で温室効果ガスの削減らしいが、一番二酸化炭素を排出しながら京都議定書にも署名していな国が、主要国のなかの主要国なのだから合意などできるはずがない。

 それはそれとして、我が国の(選挙で信任されてえらばれたわけではない)ウ-タン首相閣下は『今回のサミットの議題は、地球温暖化だから、北方領土は関係ない』とおっしゃったらしいから、これは一体何なのだろう。まさに売国的な発言である。

 オボッチャマは北方領土を議題にするために舞台を北海道にしたと聞いているが、ウ-タンさんは『そんなことワシャ知らん』という態度で知らん顔とは信じがたい。北海道はもとより多くの国民は『北方領土』問題を、今までのサミット以上に重要な議題として上げるはずと期待していたが、見事な裏切り。これでは支持率が一桁になっても仕方ない。

 議題に上げることには当然ロシアは反対するだろうが、議長国には選択権があるはずだから、少なくとも事前に議論するのが当然なのに、最初から議題に上げないというのは、このウ-タン(もう敬称の『氏』すらつけたくない)という男の頭脳構造はどうなっているのだろう。

 今回のサミットは旧ソ連時代を含めて、現職のロシア大統領が北方四島の属する北海道に初めて降り立つ歴史的舞台となるのにもかかわらず、である・・・。何に対して遠慮しているのか分からないが、北方領土問題は日露2国間の懸案として、文書にも一切触れないことにしたという。

 最近できたロシアのメドベージェフ露政権はプ-チン前大統領の傀儡。今こそ議論を吹っ掛けて、国際世論を高めなければならない時に、議長国『日本』の最大の懸案事項である『北方領土問題』を事前に議題に取り上げないことを表明しては、ロシアがいう『解決済み』が国際的に受け入れられてしまう。

 ロシアが一昨年だったか、北方四島周辺の日本領海で『第31吉進丸』という漁船を銃撃し、乗組員1人を死亡させた事件は記憶している人は多いはず。船共々ロシアに連れ去られた船長が長い期間拘留されていたが、船は未だに帰って来ていない。

 先日、その船が『国営漁業関連会社に譲渡』されていたという報道があったが、そのことについて政府は何らかの声明も行動も起こしていない。むしろ事実を知っていながら隠そうとしている感すらある。

 これでは、日本は『ロシアだけでなく、国際社会に日本は領土はいらない』と発言しているに等しいことになってしまう。このシグナルを受けて台湾は尖閣諸島を、そして韓国は竹島を我が領土と勢いついてくることは確実だろう。

 政府はこの問題を何とか国民からそらせるために、マスコミには『拉致問題』を必要以上に取り上げるようにさせているのだろうが、またまた(表現は悪いが)ピエロとして世間の注目を引きつけ、連日テレビで顔見せをさせられている拉致被害者の家族会の方々が気の毒に思えて仕方ない。(田舎親父)

2008年7月 1日 (火)

バカものどもの成れの果て・・・

 先月、岐阜短大の2年生6人が2人の教員に引率?されて海外研修旅行にでかけ、行き先のイタリア・フィレンツェの『サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂』の大理石の壁に日付や自分の名前、短大名などを油性フェルトペンで落書きしたという事件がマスコミに取り上げられて大騒ぎになった。

 すると、そのすぐ後に、今度は京都産業大学の男子学生3人が、やはり同大聖堂の柱に日付と名前のほか『京都産業大学』などと落書きしたということが報道されて、きっとおなじようなことをしている連中がいるはず、まだ続くぞ・・・と思ったものだ。

 大学側は間をおかずに3人に対して停学処分にしたが、これは人々がすぐ反応して、各新聞の『読者の声』欄では落書き行為に対して抗議の意見が何通も掲載されたことに対する、世間を意識しての防衛策だろう。

 先週に末だったろうか、一部の夕刊紙にとネットでは、茨城の野球の強豪校の監督がおなじようなことをしたことが明らかになったという情報が流れ、間もなく学校名が出るぞと思っていたが、一昨日予想通りデカデカと報じられた。

 記事によると、茨城の私立常磐大学高校(常磐大学って名前は始めて聞く上、大学高校なる名称はナンジャイと思ってしまうが)の硬式野球部の30歳の監督が、やはり同じ大聖堂に落書きをしていたという。

 前2件は、いずれも海外旅行(国内でも同じだが)時、おびただしい落書きを見て(日本語もいっぱいあるのだろう)やってしまったという、モラルの欠如。ごく個人的な問題で、極論を先にいえば『ゴメンナサイ、二度といたしません。罰金を払いますのでお許しください・・・』ですむ問題化もしれない。実際に大学生人は停学処分になっている。

 が、高校の野球部監督という社会的にいえばある意味指導者指、しかもこの高校が地区大会のシ-ド校となると事は簡単ではない。実際に、学校は県の高野連に報告して(監督を解任して)措置を待っているらしい。

 高野連に限らず、この種の組織の幹部たちは大体が年寄りの権威主義者が多いのも特徴で、何でも連帯責任にする傾向がある。部員の一人が喫煙しても、チ-ムとして対外試合自粛などといった決定が過去にはザラにあること。大袈裟な処分をすることがこの方たちにとっては『自分たちの仕事』と思っているようなので、今回もこの高校の試合に何らかの影響があるのかもしれない。

 学校側が事件が明らかになった翌日、直ちに監督が解任したのも、高野連の印象を少しでも良くしようとしたものだろう。確かに、地区大会に出場禁止やシ-ド校の取り消しとなっては選手たちが気の毒。全く関係のない部員たちに類が及ばないことを願いたい。

 この監督は新婚旅行にでかけた際、浮かれて『相合い傘に妻の名』を書いたというが、この種の落書きは、最も稚拙でたかだか小学生か中学生の年代が好んでノ-トの隅にでも描くデザイン・・・。高校の教師としての行為とはとても考えられない。

 3つの例はいずれもネットの書き込みで分かったという。共通していることは、外国だからバレる恐れはないだろうと思ったのか『旅の恥はかき捨て』という意識が罪悪感など無くしたのだろうが、困ったものだ・・・としか言いようがない。

また、小学生ならともかく(小学生の方がモラルが高いのが最近の特徴だが)高校の教師たるものが、最近日本人観光者が世界に溢れている上、ネットでの情報が当たり前になっていることを考えないとなると、それだけで教師失格か。

 大切な文化財に落書きをする事自体、許しがたいことはいうまでもない事であって、この連中に何らかの罰則を与えることに異論はない。異論はないが、3人は運悪く見つかっただけで、他に同じような落書きをした人間はゴマンといるはず。

 この連中をどうするか、そして何よりも今後、悪質な落書きをなくすようにするためにはどうすれば良いかを論じる事の方が必要不可欠だろうと思うが、いかがだろう・・・。

 蛇足ながら、最近の政府・自民党の『利権第一』の政治屋たちが、意識的に重大な事実を国民に隠していることや、『金儲け命』の輩の醜いやり方を思えば、こんな学生や教師が生まれるのは仕方ないか・・・と、諦めに似た境地になっていることを付け加えておきたい。(田舎親父)

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