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2008年11月

2008年11月30日 (日)

『内定取り消し』が相次いでいるというが・・・

 今日で11月も終わり。毎日がアッという間に過ぎ去る感じである。歳のせいだという人もいるが、どうもそればかりではないような気がする。

 こんな時に、ふと思い出すのが以前にも話題にした『インカの暦』のこと。20012年の12月22日(冬至)を最後に日にちが消えているという。その日が人類の滅亡の日だと解釈している人もいるが、ここまで末世的な事件が世界的に流行していることを考えると、あながち突飛な思いつきだと捨てきれないような気もする。

 ある識者に言わせると、この日を境にして次元が変わり、そのために現在はどんどん絶対的な時間が早く過ぎているという。時の過ぎる速さが変わるとは信じがたいが、次元が進むという言葉は何となくロマンがあり、信じたくなるような響きを持つ。

 というより、最近あまりにも『時』の経つのを早過ぎるように感じているので、この説を思い出しているのかもしれない。

ところで、来春入社予定の大学生たちの内定が取り消されることが多くなっているとのことが連日報じられている。

 一昨日だったか、東証一部上場のマンション分譲では大手とされる『日本綜合地所』が、来春に採用予定だった大学生53人全員の内定を取り消しのニュ-スが流れた。10年程前に倒産した『山一証券』以来の大量内定取り消しだとのことである。

 酷い話である。内定を取り消された男子学生は『「ほかに6社から内定をもらったのに、すべて断って日本綜合地所を選んだ。裏切られた感じだ』だとガックリとのことだが、電話一本で、簡単に『内定』という約束を反故されるとは思いもよらなかったに違いない。

 この会社は10月1日に『内定式』というイベントを開き、その場で社長は『不況でもうちは大丈夫。一切心配しなくていい』と訓示をしたという。53人の内定者は、きっとニコニコ顔で将来を競い合う同期の学生たち達と抱負を語りあっていただろうに・・・。

 この一月で世界の金融事情が大きく変化し、連日『非正規社員の大量解雇』や正規社員でも『退職勧告』が当たり前と報じられているので、不景気感が極まりつつある現実は仙人のような生活をしている私にも感じることができる。

 会社としても、内定取り消しなどしたくなかっただろう。できれば、他の企業を断わってでも入社してくれる若者たちの能力によって、さらなる発展をと思い描いて板に違いない。が、『内定式』まで行い、学生たちとの間に『社会的な契約』である『内定』という約束事を一方的に破って良いとは思いたくはない。

 学生たちは、個人でも入れる東京東部労組を訪ねて加入し、会社に団体交渉を求めることを決めたというが、これほど不景気が泥沼化しているような状況では、不動産関係の会社に光明など見いだせないだろう・・・と思うと、はたして団体交渉をしても建設的な意見の交換ができるのだろうかも疑わしい。

 内定の取り消しはこの会社だけではなく、新聞発表によると、少なくとも331人の大学生や高校生が、いったん決まった採用の内定を一方的に取り消されたとのこと。この傾向はさらに増えるとの予想である。

 こんな現実に対して、一人1万数千円を『定額(低額)低額給付金』と称して、バラまいて票を獲得するという『選挙違反まがい』の手段で誤魔化して、ひたすら民主党がコケてくれるのだけをじっと待っているだけの、低学力首相はじめ自民党や宗教政党の幹部たちはどこまで深刻に受け止めているのだろうか。

 話は変わるが、メラミン入り商品大量回収問題で一時マスコミを賑和した『丸大食品』の丸木某という社長は、政治屋サン達を見習ってずっと隠れて、ひたすら時の過ぎるのを待っていたらしい。

 ほとぼりが少し醒めたと、思ったのうかどかは分からないが、先日事件後初めて記者会見をして、『特別にどうってことはない』という意味のトンデモ発言を行ったと報じられているのは、これまた低学力首相に触発されたのでは・・・と憤りも呆れさえも通り越して、苦笑せざるを得なくなってしまった。

 『健康被害がでていないのにガタガタ文句など言うな・・・。会社も被害者なのだ・・・』とは、食の安全を預かる大手メーカー経営者として認識などゼロ。こんな男が社長だとふんぞりかえっているのではこの会社の未来は暗い。

 こんな会社はなくなった方が、消費者は安心だろうが、圧倒的多くの社員は日々誠実に働いているはず。倒産すると大勢の社員と家族の生活は一挙に不安定になることを考えると、社会の仕組みの難しさに暗澹としてしまう。(田舎親父)

2008年11月29日 (土)

コンニャクゼリ-の製造再開・・・

 『蒟蒻畑』というミニカップ入りの『こんにゃくゼリー』をのどに詰まらせた幼児が窒息死した事故を受け、10月から製造を中止していた、この主の食品では最大手の『マンナンライフ』が、事故防止策が整ったとして製造を再開したとの記事があった。12月5日から販売を再開する見通しのようだ。

 記事によると、事故防止策として(1)パッケージの正面に大きく『小さなお子様や高齢者の方は絶対に食べないでください』とのお願いを記載(2)裏面の警告文に『凍らせると硬さが増すので、凍らせないで』と追記(3)個別の包装にも『警告マーク』を記載(4)原料のこんにゃく粉を減らしてゼリーを少し柔らかくする-・・・などの措置を取ったというが、そこまでやらなければならないのか・・・と何か首を傾げたくなる。

 この問題は何度か取り上げているが、喉に詰まる食品はこの『コンニャクゼリ-』だけではあるまい。餅やパンの方がはるかに多いことは、デ-タ-が証明している。コンニャクゼリ-に『高齢者云々・・・』という警告をつけなければならないとなると、真っ先にそのような警告をつけなければならないのは、パンや餅の方ではないだろうか。

 パンに『警告マ-ク』をつけることが義務づけられて、警告マ-クのパンが出回ったらパンを敬遠してご飯に変える家庭が増えるのでは・・・。すると米の需要につながるかも、なんてくだらないことを想像してしまう。(そんなことはあるまいが・・・・)

 コンニャクの粉の割合を減らすというのも気になる。柔らかくするためらしいが、コンニャクのあのプリプリ感がむしろ良いのであって、これ以上柔らかくしたら、かえって食べにくくなるのではないだろうか。

 その前に、『蒟蒻畑』地方の活性化のためには優良なヒット商品。コンニャクの粉をできるだけ多く使うことが、より地域や農家の活性化につながるだろうに、減らしてしまっては需要は減少し、収入が落ちるのでは・・・。農家のやる気を削ぐ結果らななければ良いのにと心配する。

 『蒟蒻畑』が一時的にも製造中止に追い込まれたのは、こんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせて窒息死する事故が相次いでいることに対して、マスコミの大騒ぎに加えて行政の圧力があったことはよく知られている。

 特に『消費者庁』などという、およそ現在の体制では、それぞれの省庁が利権を手放すはずがなく、とてもではないが消費者の立場になどなれるわけがない、謂わば愚にもつかない組織』を立ち上げようとしている一部の人間が『ゼリーの硬さなどを規制すべき』と検討しているようだ。

 特に、『消費者担当大臣』なんてわけの分からない名称をもらって喜んでいる、最近ますますオバサン顔でしかも悪相になっている岐阜出身の二世『オバハン(あえて女性とは言いたくないので・・・)議員』がその再先鋒らしい。

 この大臣は、『もちを食べる人は、こんにゃくゼリーを食べる人よりもはるかに多い』とか『分母が大きく違うため、死亡率はこんにゃくゼリーのほうが格段に高い』と主張して何とか規制をしたいと思っているらしい。

 識者から、この分母分子の件だけで『こんにゃくゼリーだけが危ない』とは言えないと指摘されても、『もちはのどに詰まるもの、という常識を多くの人が共有している』というある意味無茶な論理を展開しているという。・・・。

 それでも、全ての『コンニャクゼリ-』を規制するというのなら筋が通らないことはないが、地元の同様な業者に対しては後押しして、この機会に販売実績をのばせと応援しているという情報もあるが、本当だとしたとんでもないこと・・・。アムエ-との繋がりも取り沙汰されていることもあって、何やらこの情報は真実性もある。

 テレビで、ある消費者団体の幹部らしき女性が『この程度の改善で事故防止が可能だとは思わない・・・』と発言し、製造再開に疑問を投げかけていたが、消費者団体がこの程度の認識では、何となく『消費者団体って、オバサン議員の応援団?・・・』と思えてしまう。

 『消費者庁』などと小手先で誤魔化そうとしている行政の矛盾を、きちんと考え、対応できる流消費者団体であってほしいものである。(田舎親父)

2008年11月28日 (金)

全て教師が悪いという風潮に・・・

 北海道の中学校で40代の女性教諭が男子生徒への体罰があったとして減給1か月(給料の10分の)の懲戒処分を受けたという記事を見つけた。『体罰事件』としては軽い判決に、何か気持ちが引っかかり少し読み調べてみた。

 どうも不可解な事件である。この生徒は給食時間中に、担任だった(体罰をしたという)この女教師に、献立で出た味噌汁を投げつけたという。まさかと思うが、事実だったとしたら(多分事実だろうと思うが・・・)と思うとゾッとする。

 生徒なりに投げつけた理由はあるだろう。担任から気に食わないことをいわれてカッとしたのかも知れないが、味噌汁を投げつけるというのは常軌を逸している。投げつけられた教師は瞬間的に理性が吹っ飛ぶのは道理で、思い切りビンタでもしたのだろうか・・・。

 いやそうではあるまい。味噌汁を投げつけたというから(本当だとして)、この生徒は普段から担任を担任と思わない態度をとっていたのではないだろうか。だとしたら、ビンタをされたら逆にやり返したのでは・・・と想像している。

 学級が騒然としているところに教頭が駆けつけてとにかくその場を納め、その日の夜にでも、校長が担任をつれて、生徒宅にお詫びを・・・という筋書き。全国的にどこにでもある、よく聞く話である。

 それで納まればよかったのだが、生徒の親が納得しなくて裁判になったのではと思っている。この場合は、世にいう『モンスタ-ペアレンツ』だろう。あるいは、担任が絶対に謝罪に応じず、その態度に親が、誰かに唆されたのかも知れない。

 こんな軽い判決にもかかわらず、すでに依願退職を選択しているという。余程プライドが傷つけられたと同時に、まわりの目が冷たかったのではないだろうか。

 教師が手を出すことはあってはならないのが現在の教育界の大前提。しかし、教師といえども感情のある人間である。生徒のあまりに酷い行動に、冷静さを失ってしまうこともあるのはやむを得ない。というより当然だろう。

 裁判になっても仕方ない場合もあるだろう。しかし、最近の例では、教師に非があるより、児童生徒やその親の態度が根底に横たわっている場合が殆ど、その度に訴えられて減給や停職などの懲戒処分にまで問題が発展してしまうことには疑問が残る。教師のプライドはズタズタに傷つけられて、まわりのモチベ-ションも少なからず落ちることは間違いない。

 昨日も、授業中につきあっている女子生徒を注意したという理由で、教師をボコボコにした上に、止めに入った男性教師も殴ったという報道があった。二人の男性教員は、じっと耐えていたのだろうか・・・。この教師たちは警察に被害届を出したという。記事を読む限り、生徒に非があるようだが・・・。

 ただ、このような事件はその後ほとんどの場合続報がない。警察が立件したか、この生徒に学校はどんな処罰をしたのかも報道されることはまずない。学校がする処置としては、該当教師を翌春、他の学校に転勤させてしまうことが今までの例・・・。

 さらに、中学2年の女子生徒が酒を飲み、男性教諭を殴って鼻の骨を折る重傷を負わせていた事件も新聞紙面を賑わした。この男性教諭も警察に被害届を提出ししたという。

 この事件は校外のコンビニ近くの路上でのことだが、近所の人から『オタクの学校の女子生徒が鮭を飲んで騒いでいる』と通報があったら、なにをおいても駆けつけ説教するのは教師として当然のこと・・・。

 男性教師が本気になれば、女子生徒を押さえ込むぐらいのことは簡単だろう。し かし、男性教師が女生徒の身体に触れたら別の問題がおきるので、必死に言葉で説教をしたに違いない。女子生徒はこんな教師の態度に切れて殴り掛かったのだろうが、尾骨が折れるとは穏やかでない。

 体罰禁止を高らかにうたうことには異論はないが、言葉で指導しても効果がない児童生徒に対して『指導力が足りない』だけですませていれば、ますますまわりを増徴させる結果となり、この種の報道は賑やかになることは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2008年11月27日 (木)

パトカ-や白バイ絡みの事故が多いが・・・

 先日、『環状七号でパトカ-が正面衝突・・・』という記事があった。『正面衝突』というのは、普通は一方通行の道路を逆走した場合に限るような気がするが・・・。まさかパトカ-が環七を逆走するとは思わなかったが、記事を読むと、そのまさかをパトカ-が行っていたらしいから、口アングリになってしまう。

 警察の発表では、パトカーは事故直前、交差点差付近で止まっていた時に、Uターン禁止の場所でUターンした車両を発見。追尾するため、待機していた道路左のわき道から環七に出た際に斜めに『約25メートル逆走』しバイクと衝突したとのこと。このパトカーは赤色灯は付けていたが、サイレンは鳴らしていなかったという。

 どうやら、このパトカ-は『鼠取り』といわれる交通取り締まりをしていたようだ。横浜の片田舎の私の近くでも、スピ-ドを出したくなったり、一時停止違反をしそうな場所というのがあるらしく、よくパトカ-が隠れるようにして止まっている光景を目にする。

 そして、かなりの車が掴まっている。スピ-ト違反は、その手前で50キロ制限が40キロに変わっているので、運転手としてはその標識を見落として、そのまま走っているところを捕まる場合が殆どのようだし、一時停止といっても、一方通行が解除される見通しの良い出口付近なので、スピ-ドを極端に落とすが、ピタットとまる車やバイクはほとんどいない。

 この場所も、パトカ-が隠れやすい生け垣がある。知人の一人に、やはりこの場所で一時停止違反で捕まった人がいる。片足をついて停止して安全を確認したと弁明したが、パトカ-の巡査は『両足を地面につけて止まらなかったから違反だ』とのことを繰り返して聞く耳は持たないという態度に、急いでいたことと、こんなことで口論するのもバカバカしくなって、5000円の罰金キップに署名したというが、かなり憤っていたことを思い出す。

 結局この事故では、Uタ-ン違反をした車はそのまま、バイクを運転していた39歳の男性会社員が重傷だという。命を落とさなかったのが救いだが、この男性への償いはきちんと行ってほしいものである。

 パトカ-を運転していた警察官の上司は『パトカーの追跡が適切だったかを含めて捜査中であり詳しいことはコメントできない』とのことだが、追跡そのもの適不適よりも一方通行を無視しなければ追跡できないような場所での『鼠取り』自体をやめるように指示することの方が重要だと思うのだが・・・。

 翌日には、『白バイに追われてバイクが正面衝突・・・』という記事があった。またパトカ-の過剰追跡が原因かと思ったが、状況は少し違うようだ。

この事故は、法定速度を36キロ上回るスピ-ドで走行していたバイクを発見した白バイがサイレンを鳴らして追跡したという。何で36キロという細かい数字が載せられているのかが疑問だが、記事通りに読めば白バイには過失がなさそうだが・・・。

 追われたバイクは、きっと慌てたのだろう、ひょっとして酒酔いだったかも知れないが、他の車を追い抜きながら逃走、S字カーブで対向してきたダンプカーと正面衝突して、結局は死亡という痛ましい結果になった。多分スピ-ドを上げすぎてカ-ブに対応できず、反対車線に飛び出したのだろうが、『逃げた』という事実が大きく報道され、白バイの過失がなかったとなると、亡くなった男性と遺された家族が気の毒・・・。

 さらに翌日、今度は交通違反で白バイから追跡されていた乗用車が赤信号を無視して進入し、軽乗用車に衝突、軽乗用車に乗っていた生後5カ月の女児が死亡、運転していた母親が重傷という事件の報道があった。まさか赤信号を無視して交差点に飛び込んでくるなどと思わないから、軽乗用車を運転していた母子は不運としか言いようがないが、難の過失もなく亡くなった母子に心からお悔やみを申し上げる。

 この事故は、運転者には二重三重の過失があったことは事実で、運転手に同情する気はない。厳罰に処されても仕方ないだろう。が、もしも白バイが追いかけてこなかったら、赤信号に突っ込むことなどしなかったことは間違いない。だとしたら、はたして追跡してどうしてもつかまえなければならないほどの重大な違反だったのだろうか・・・・。

 パトカ-や白バイ絡みの交通事故を3件取り上げたが、この種の事故・事件は毎日のように報じられている。法定速度などの交通ル-ルを法で決めている以上、警察としては取り締まるのは任務であり、当然である。が、サイレンを鳴らして追跡という手段には何か釈然としないものもあるのも確か・・・。

 カメラなど技術が進歩しているのだから、違反を発見したら弛緩に映像に記録、後日呼び出して反則金をとれば良いのではないだろうか。応じなかったら逮捕や身柄拘束をするなどすれば・・・と感じないでもない。

 人間だれも『逃げなければ・・・』となると正常な判断ができなることは当たり前。普段は赤信号を無視するなど絶対に考えられないのだが、捕まりたくない一念がそんな非常識な行為をさせてしまう。そして事故・・・。

 このような事故の報道に、追跡がわざわざ次の事故を起こさせているのでは・・・と思えてしまうのは私だけではないような気がする。(田舎親父)

2008年11月26日 (水)

三越!お前までもか・・・

 『三越』といえば、歴史のある、誰もが知っている老舗のデパ-ト。私のような貧乏人には足を踏み入れるのも躊躇するような店構えで、何となく高級品ばかりを販売しているようなイメ-ジがあり、およそ最近大流行な『偽造』や『偽装』とは縁がないと思っていたが、やはり・・・と・・・。

 記事によると『三越』が販売した『英国製』の高級セーターが、実際にはアフリカ東南部の島国『マダガスカル製』だったという。天下の『三越』も偽装しなければならないほど、儲けが優先する世の中になったようだ。

 一着2万円程するらしいから私には縁のない品物らしいが、10月だけで30数着も売れたというから、さすが三越に足を運ぶ客は富裕層ばかりなのだ・・・と変に感心してしまう。

 セ-タ-を買った客から、『他の店では、同じ商品がマダガスカル製となっている』というクレ-ムがついて『偽装』が発覚したとのことだが、『三越』で売っているも同じものが他店で扱っているとは俄には信じ難い。

 三越側は『メーカーにだまされた』などと言い訳しているが、何か潔さが内容に感じ手しまう。このメ-カ-とはイギリスの老舗ニットメーカー『アランペイン』という会社。イギリスの老舗と言われてもどんな会社だか見当すらつかないが、もし三越の言い分が正しいとなるといよいよ偽装は世界的なブ-ムとなっているようだ。

 三越が、この『アランペイン』という老舗ニットメ-カ-に問い合わすと『大変申し訳ない。実は英国製ではなかった』と言われたとのこと。輸入前のメーカーの説明や、輸入時の書類は『英国製』になっていたというが、本当ならこのメ-カ-は意識的というか悪意を持って、わざわざ三越用に『偽装』したことになる。

 『うちだけだまされたのかも知れない・・・』と三越の幹部が言っているらしいが、これも変な話で、これも部下である輸入担当社員の『能力不足』として、責任転嫁をはかっているとしか思えない。まさか『三越』がはじめから『偽装』するつもりであったとは考えたくないが・・・である。

 そんなことを思っていると、昨日の新聞で、飲食店を格付けする『ミシュランガイド東京2009』で最高の三つ星評価を受けた日本料理店『神楽坂石かわ』という料理屋が販売する『黒豆瓶詰』に品質不良という記事があった。

 記事によると、『石かわ』が発売する黒豆瓶詰に食中毒などを起こすセレウス菌が混じっているとのことが判明したので自主回収を初めているとのことだが、健康被害など一切ないというのに何故、セレウス菌などという聞き慣れない病原菌が混入していることが分かったのか、不思議でならない。

 おそらく、『三越』にしても『石かわ』にしても、発覚は内部からの告発によってだろうが、それにしても、このような超一流とされている店さえ『偽装』や『偽装』をしなければならないほど『金儲け主義』が万円していることに恐ろしさを感じてしまう。(田舎親父)

2008年11月25日 (火)

再び大学生の大麻汚染について・・・

 先日も書いたが、このところ大学生たちが大麻を栽培したり、吸ったりして捕まる事件が連日のように報じられている。

 大学生にもなって、事の善し悪しが分からないのか・・・と情けなくなるが、幼いころから一流大学目指して塾通い、それに追い打ちをかけるように、ペ-パテストの点数だけを上げることに汲々している学校、結局はテストの点数を上げることしか考えられなくなる・・・。そんなまわりの環境の中、自分で考える事さえ必要なく育ってきたのだから仕方ないのか・・・とも思ってしまう。

 それにしても馬鹿としか表現しようがない。せっかく苦労して(苦労したのは親かもしれないが)大学に入ったのに、逮捕されてしまったら、例え退学処分はうまく免れたとしても『前科』がついて卒業してもロクな就職はできないのではないだろう。

 真偽のほどはよく分からないが、大麻の種を持っていただけでは犯罪にはならないという情報が流れているという。それを信じ『吸わなければ捕まらない』はずだから、どこかで種を入手してネットで販売して大儲けをと考える輩も出現しているようだ。

 このような大学生の考え方の大本は『楽して儲ける・・・』という現代の風潮そのものであって、このような手段で手にした泡銭は一夜にして消え、結局は犯罪者という汚名だけが残ってしまう、こんなことに人生を賭けどうする・・・とまた堂々巡りの愚痴に陥ってしまう。

 大学側もこのことについては頭を悩ましているらしく、中には、大学ホームページで『大麻事件防止について』と題し、『困った状況になったときは学生課に相談を』との呼び掛けも添えての注意喚起を行っているという。もっとも、学生からの相談はないそうだが、相談にこられても困るだろう。

 現在のところは大麻による学生が摘発されていなくても『対岸の火事とは言っていられない』と、なりふり構わない姿勢なのだろう。中には『薬物防止』を教科として位置づけ『必須単位』とするとまで徹底している大学も出現しているというが、よくぞここまで『そんなアホらしいことを・・・』と情けなくなる。何より、一般の大麻とは縁のない学生にとっては迷惑な話と同情してしまう。

 このところ、報道規制が徹底しているらしくマスコミの年金や高齢者医療制度の追求がなくなり、出番がなくなっているクチサキ厚労省は、この問題なら叩かれないと判断したのか『国民的キャンペーンをやるべきだ』とまたアホなホラフキ発言をしたとか、しないとか・・・。

 この御仁の事だから、どんな『国民的キャンペ-ン』なのか、具体策など持ち合わせていないだろうが、文科省の中にはお先棒を担ぐ輩も多いことだろうから、また小学校や中学校に『麻薬防止教育』をするようにという通達がこないとも限らない。すでに学校では『禁煙教育』などを実施しているようなので、その可能性は決して少なくないと思うと、またまた教員に負担をかけることになりかねない。

 大麻は『覚醒剤などに比べて依存性が低いので安全』と平気で話す識者が少なくない上外国の例では、少量の所持なら罪に問われない国や吸っても犯罪にならない国もあるらしく、罪の意識が少ない外国人の英会話講師などを通じて大学生にも広まっているという見方もあるようだ。

 インタ-ネットで簡単に入手できるのも、そして他の薬物に比べると安価なため、学生でも手に入れやすいこともあるに違いない。また、噂では『たばこ代わりに大麻』を吸っている芸能人の存在も大きな要因になっているので、そのあたりの根を絶つことも重要ではないだろうか。

 話は飛躍するが、『麻薬のために精神が錯乱して責任能力が欠如・・・』なんて事がまかり通ってしまったら、法治国家としての存在すら否定されるのだが、現実的にはその情けない事が起こっているのだから困ったものである。麻薬を吸ったり扱ったりしている事実があったら『精神鑑定』など不要、酌量の余地はないという考え方を広げることも必要になる。

 何でも教育の力で・・・とわざわざ『寝た子を起こしかねない』ような『愚策』を学校に押しつけるのではなく、このような法の整備と、麻薬を徹底的に忌み嫌う考え方を国民総体に広めて、(細かいことだが)摘発された芸能人などを安易に復帰させないシステムを完備する事だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2008年11月24日 (月)

『痛みがともなう躾』は親の義務だと思うのだが・・・

 一昨日の新聞に、昨年度に確認した児童生徒の暴力行為が前年度から18%も増えて5万件超と過去最多だったことを文科省が発表したとの記事があった。

 この調査はあくまで各校の自己申告だという。学校現場は多くの場合自分のことは隠したがる傾向があるので、はたして正確に実情を表しているとは限らないが、それでも、小学生の暴力行為は約5200件(前年度比37%増)、中学生が約3万6800件(20%増)、高校が約1万700件(5%増)というから、確実に学校内での暴力沙汰が増えていることは間違いなさそうだ。

 特に小学校や中学校の増加が気になるが、何故こうまで暴力に走る傾向があるのだろうか。文科省はじめ教育学者や評論家は揃って『自分の感情がコントロールできない』結果であると分析し、『ルールを守る意識やコミュニケーション能力が低下している』などと指摘しているが、では『どうすれば良いのか・・・』という解決策を示していないのが気になる。というより、できないのかも知れないが・・・。

 あるブログに面白い見方があった。誰に対してもキャンキャン終える犬やかみつく犬に対して『話して分かる』は通用しないのは当たり前だが、教育の世界では『躾』は御法度で『話せば分かる』という前提で子ども達と接してきた結果である、と主張しているが、傾聴に値する一面を感じる。

 犬と人間の子どもを一緒にしたくないが、確かに誰に向かってもギャンキャン吠える犬がいることは間違いない。私は犬が大好きで、初対面の犬ともすぐ仲よくなれる人間である。しかし時に、飼い主がベンチで休憩している側を通り掛かると、下手すると噛みつかれるのかとビックリすることもある。犬からみたら、私の人相が良くなく、飼い主を守ろうとしているのかも知れないがあまり気持ちが良いものではない。

 また、最近は家の中で買う人も多い。初対面の人に対して吠えるのは当然だが、家に上がり、主人と談笑していても吠えつづける犬も多いと聞くが、犬の専門家によると、それは明らかに『躾不足』と断言する。

 犬は賢い動物で『この人は友人だ』という飼い主の意図がはっきり分かったら、二度と吠えなくなるという。結局は飼い主が犬に対してどのような接し方をしているかによって犬の態度が変わるということだろう。

 ブログの主が教育界では『躾は御法度』と指摘している。この『躾』をどのように解釈するかで差がでるだろうが、『躾』には、肉体的・精神的に『痛み』がある程度伴うことは間違いない。

 人生の最初に自分の味方だと思われる人は母親であり、ついで父親である。我が子に愛情を持ち、世間一般の常識のある親がこのような子どもに育ってほしい・・・と願うならば『お尻ペンペン』は効果的な方法であり、親の義務だろう。

 子どもにとって絶対に自分の味方・愛してくれる人だと信じられる両親によって行われることが効果的であることは誰も疑わない。『子どもは親の背中を見て育つ』という格言がこのこと良く表している。

 私の幼いころには、学校に入学したら『まず先生のいうことを聞きなさい』ということを徹底的に『躾ける』のが当たり前だった。だから、先生は絶対的な存在で、場合によったら親より偉いと思ったものである。

 最近『子どもと大人が人格的に同じ』という考え方が一般的になっているようだが、そんなことは絶対にありえない・・・と考えるべきで、それができないから世の中奇怪しくなっているのでは・・・。

 人格というものは、学習や経験を積んでこそ高まるものであって、生まれた時に備えつけられた資質ではないはず。子どもは大人(といっても子ども以下の大人が多いのが問題だが)と対等に話などできないのは当たり前で、人格を高めて大人に近づけるように様々な知識や知恵を習得するために学校に通っており、そこに学校の存在価値があるのではないだろうか。

 このようなごく当たり前の考えた方を、『親と教師』というより『社会全体(世間)』が共有しなければ、どんな方法でもってしても、学校での暴力事件は今後も増えることはあっても少なくなることないだろう・・・。(田舎親父)

2008年11月23日 (日)

また視聴料の不払いが増えそうな感じ・・・

 『エビジョンイル』と言われ、5年間もNHKを牛耳っていた男が、最大の人気イベントである大晦日の紅白歌合戦のチーフプロデューサーによる制作費着服に端を発した不祥事が発覚して、ドタバタ騒ぎの上で引責辞任という形で会長の席を降りたのはかなり前の話。

 当時は、視聴料の不払いが殺到して一時は400億円も減ったというから、国民の怒りがいかに凄まじかったことを物語っている。

 NHKはその対応に四苦八苦、退職金を支払わないことで何とか国民をなだめようと努力していた記憶がある。『凍結』ではなく『不払い』だと認識していたが、ほとぼりが醒めたということで、当時のエビジョンイルの子分(現幹部?)たちが『凍結』解除を画策しているらしい。

 この男に支払われる退職金は、満額なら何と1億2000万円にものぼるらしいと聞いてビックリ。金融危機が我が国にも急速に迫り、連日『減産』だ『解雇』だという暗いニュ-スが氾濫している時代に、NHKの詐欺グル-プを容認していた会長だった男に、こんな高額の退職金の支払いを国民が容認するとは思えない。

 NHKには一応『経営委員』と言うポストがあって、そこで執行部の経営方針を審議する形をとっているのだが、この経営委員会の人選が、政治的にいろいろと揉めているらしいから、即刻『ふざけるな・・・』という結論を出してくれそうもない。

 エビジョンイルの子分たちは、これら情勢を見極めて『支払いはいかがでしょうか』と経営委員会に提案するタイミングを見計られっているようだ。その一人は『まだ何も決まっていない』としながらも、『ずっと凍結のままというわけにはいかない。何らかの結論はそろそろ出さなくては、と思う』と検討していることを認めたというから、この連中には親分の『みそぎ』はすんだという感覚なのかもしれない。

 この男は引責辞任したにもかかかわらず、すぐにNHK御用達の日本相撲協会の横綱審議委員会の委員長というポストにありついて(具体的な金額はわからないが)、庶民とはかけ離れた暮らしができるほどの可能な報酬を得ているはず。ここにきて1億円以上の退職金を国民から巻き上げた視聴料から支払うとは納得できない。

 それ以前に、十分過ぎるほどの給料をもらっていた官僚が、ガッポリと退職金をもらって退職して、すぐに関連する組織に天下り、そこで『口利き』が主な仕事となって高額な給料を受け取り、しばらくしてさらに天下りを繰り返しているという、日本の『親方日の丸システム』を変える必要があるのではないだろうか。

 私は、決して天下りが全て悪いとはいうつもりはない。長年培った経験をいかして、世のため人のために働くシステムであれば容認できるのではないかと思っている。例えば、放送業界にの仕事に精通している人が定年退職して、恩返しのためにボランティアの精神でNHK会長になるのには異議を唱える気持ちはない。(もっとも、その思想性は十分議論審査していただきたいが・・・)

 退職金と年金で信じられないほど贅沢な生活が保障されているはずなのだから、社会奉仕の気持ちさえあれば過分な報酬など要求しない、できないと思うのだが、どうも現実は違うようだ。

 今年1月にも取り上げたが、前会長がやはり、幹部職員のインサイダ-取引に関与していたことが発覚して、人気が明日までという大寒の日に記者会見をして『辞意』を経営委員会に伝えたという笑えない笑い話があったが、この前会長も退職金が『凍結』されているらしい。

 歴代の不祥事が原因で辞任した人たちが『大変申し訳ない。責任をとって退職金は辞退します・・・』程度の言葉があれば、こんな問題など起こるはずはないのだが、ことカネに関しての欲望は簡単には放棄できないようだ。

 ならば、天下り(二世議員の含めて)をして、一度退職金をもらった人に対しては次の職場での退職金は払わないという考え方はいかがだろう。一度裁判で結審したことに関しては、二度と同じ審議はしないという法律があるのだから、この『一受不支給』などという法律も考える必要があるのでは・・・。(田舎親父)

2008年11月22日 (土)

漢字だけでなく、表現力も乏しいとなると・・・

 一国の首相たる人物が中学生レベルの漢字が読めないとは信じられないが、ここまでの読み間違いをメディアが指摘しているとなると、国民として情けない限り・・・。

 世はまさに『学力向上』という言葉が大流行。そして一般的には、全国一斉の学力テストの点数こそが『学力』という定義がまかり通っているらしく学力テストの点数を一点でも上げることが、教育の至上命令のように騒がれている。

 学力テストの中身には、きっと『漢字の読み書き』も入っているだろうから、その意味では首相は『学力がない』あるいは『学力が低い』といという結論になりそうだ。そして、この程度の学力でも、学習院大学に入学し卒業できたのだから・・・と言うと学習院大学の関係者は気を悪くするだろう・・・な。

 こんな『低学力』の首相の姿が連日テレビで放映される時、アナンウサ-は決まって麻生太郎首相はとか麻生太郎総理大臣の考えはなどと、『麻生太郎』とフルネ-ムで言うと同時に『首相』とか『総理大臣』という肩書をつけているが、何か『漢字も読めない』という枕詞をつけたいような皮肉に聞こえるのは私の気のせいだろうか・・・。

 この首相が、先日首相官邸で開かれた全国知事会議で、地方の医師不足問題に関連して『社会的常識がかなり欠落している人(医者)が多い。とにかくものすごく価値判断が違う』と述べたということが大きく取り上げられて、医療関係者から大顰蹙。

 その後、『まともな医者が不快な思いをしたというのであれば申し訳ない』と陳謝し、医師会の会長からの抗議で発言を撤回したというが、こんな馬鹿げた発言を知事会という公式の場で口にするというのでは、『漢字が読めない』どころではなく『言いたいこともまともに表現できない』と断言しても差し支えなさそうだ。

 地方分権だから、お恵みでばらまいてやる『定額(低額)交付金という、全く意味不明のカネ』の配り方は地方でやるのが当然・・・との言い方も変な話。国民全員に1万円を無条件に所得として加算するというならば、まだわからないでもないが、所得制限をしたければしなさい、ではもはや政府としての機能は果たしていない。

 この低学力首相は、地方にカネを恵んでやることが『地方分権』だと思い込んでいるらしく、先日は地方の活性化を促進するために、道路特定財源から地方に1兆3000億円を地方交付税化すると言いだして道路族議員から猛反発を受けているようだ。中には『交付税を交付金と読んだらつじつまが合う』と皮肉くる自民党の道路族の幹部まで現れているというから、今後の成り行きが面白そう。

 地方にカネを潤沢に与えることは基本的には間違いではないだろう。道路特定財源を一般財源にすることも正しい選択だと思うが、借金で首が回らなくなっている各市町村は、竹下内閣時に行った『ふるさと創生金』で温泉施設を作るという『下らないゆとり』すら失って、お恵みのカネが即借金の返済に当てることはわかりきったこと、とても活性化につながるとは思えない。

 さらに、郵政民営化の問題点が浮き彫りされる中、金融危機を理由に郵便会社の『株式売却を凍結する』と表明したことも自民党内では大騒ぎ。郵政民営化に反対している野党は大喜びしているようだが、『郵政民営化』で当選した多くの自民党議員にとっては、この発言には真っ青になっているのではないだろうか。

 どう贔屓目に見ても、この低学力首相には『物事を真剣に考える』能力が不足しているのは間違いない。その場限りの軽いノリで何とか凌げるという発想が、『漢字の読み違え』や『言い方間違え』に現れているようだ。

 こんな首相を『選挙の顔』にしなければならない現在の自民党幹部たちは、ただひたすら追い風が吹き出すのを待っているようだが、国の未来を考えれば『一日も早い解散総選挙』が必要なことは明らか・・・。自民党は幹部から下っ端議員に至るまで、ますます悪くなる情勢にヒヤヒヤもので、苛立ちがつのっていることだろう。

 一般会社では、こんな緊急事態のイチイラ状態では、心労で倒れる幹部がいるのだろうが、自民党という魑魅魍魎の世界では、そんな弱気な気持ちの人間は一人として存在しそうもない・・・のが不思議である。(田舎親父)

2008年11月21日 (金)

思い切った施策を掲載しないのは何故・・・

 先月だったか、朝日はじめいくつかの新聞紙上に、財政破綻した夕張が人口激減で空き家が目立つ市営住宅の中から比較的頑丈な2棟4戸を選び、まとめて『土地付き1000円』で売り出すことを決めたという記事がでていた。

 そんなバカな・・・と思って読み進んでみると、実際の売り出し価格が1000円ではなく、1000円からの入札だというから少しは納得。630平方メ-トルというとおよそ200坪、確かにこの広さは魅力だろう。しかし、取り壊して建て替えることが条件となると、かなりの費用がかかることは間違いない。

 それにしても思い切った施策とその価格を設定したものと感心するが、医療や保育・教育の分野などの予算が削られ、日常生活を送ることすら最悪の条件である夕張に移住希望という人がどのぐらいいるのだろうと、心配してしまった記憶がある。

 その時の記事では、雪が積もる前にと11月6日に入札するとあったが、その期限はとっくに過ぎている。はたして、入札した人がいたのか、そして入札価格はどれぐらいだったか・・・など、新聞はじめテレビも『夕張』のことなど取り上げる価値すらないのか、後日報が聞こえてこない。

 私もすっかり失念していたが、昨日の朝NHKのニュ-スで旭川市内の雪の風景を紹介していたので、夕張もきっともう雪化粧しているのだろう・・・とこの『1000円入札』を思い出し、夕張市の公式ホ-ムペ-ジを開いみたが、この件に関しての記事がない。

 入札どころか、市営住宅を売り出したという内容もないのはどうしなのだろう。確かに分譲住宅や分譲土地、ふるさと納税などに関しての情報はあるが、一月前に出したはずだろう『1000円入札』の施策などの掲載が全くない。

 (私の見落としかもしれないが)まさか多くの大新聞が揃ってガセネタを流したとは考えられないので、夕張市役所は意識的にこのことを伏せているようだが、何故・・・?という疑問は残る。

 新聞記事によれば、市の財政再建計画には住宅改修費も解体費も盛り込まれておらず、このまま放置しても積雪で倒壊するなど荒れる一方・・・。そこで、今回の試みがうまく行けば、同様の物件売却を続け、財政再建の一助にするとともに、わずかながら人口増にもつながればという狙いだとのことだった。

 また、担当者の話として『これからの季節だと少々寒いかもしれないが、夕張の冬を実感したいという人もいるのでは・・・』とあったので、担当者がいたはずなのに、サイトにはその気配すら感じさせていないことが不可解である。

 市としてははじめから期待していなかったのかもしれないが、夕張出身者でなくても『その後、夕張はどうなったの・・・』と気にかけている人も多いはず。今回の『1000円入札』の結果次第では、考えてみようと思っていた人もいたのではないだろうか。

 地方の疲弊が気になる昨今、夕張のように破綻が心配な自治体も多いと聞く。『田舎が元気でなければ、この国の未来はない』をキャッチコピ-に少しでも地方の活性化のお手伝いをと思い活動している私には、(見落としであってほしいと願う気持ちながら)夕張の公式ホ-ムペ-ジの構成が少し気になるところである・・・。(田舎親父)

2008年11月20日 (木)

何故、こんなに信じがたい事件が続くのだろう・・・

 先日、中学3年生の女子生徒が親の車を持ち出して運転、男性を引きずって重傷を追わせるという事件を取り上げたが、それに続いて、30歳の会社員の男性が車にはねられ3キロメ-トルもひきづられて死亡する事件が起きた。

 さらに、これも取り上げたが『誰でもよかった・・・』という極めて身勝手な理屈で、親父の軽トラを持ち出して、銀行員を後ろからはねとばして死亡させる事件に続いて、深夜に新聞配達をしている少年をはねた上に、5キロメ-トル以上も引きずって殺害するという、考えられない異常さにビックリ仰天・・・。

 一体、これはどうなっているのだろう・・・と思っていた矢先に、今度は警視庁の警視という幹部が『酔っぱらい運転で逮捕』というニュ-スに、いよいよこの国にはモラルというものがなくなったのかと暗澹たる気持ちになってしまう。

 それにしても、50歳になるこの警視は、この日休暇をとって同僚とバ―ベキュ-で出かけたというが、(このニュ-スを聞いた瞬間)職場のレクリエーションで、1泊2日のキャンプに参加・・・?。警視庁勤務の大勢の警察官たちが、わざわざ週日に休暇をとってキャンプをするのだろうか・・・という疑問がわいた。

 正午ごろ、自家用車でキャンプ場に着いた後、午後3時半ごろから同僚と酒を飲んでいたが、同7時ごろに姿が見えなくなったらしいが、真夏とは違って日が落ちる群と冷え込む、余程物好きでない限り外で飲んでいられるわけはない。

 本当に宿泊をする予定だったのだろうか。旅館で一泊という計画だと信じて車で参加したのならともかく、わざわざ酒がでるバ-ベキュ-に自家用車で来る『警視庁勤めの幹部警察官』はいないだろうと思うのが当たり前だろう。

正午ごろ到着して午後3時半ごろから酒を飲んだ、というのも何となく不自然。昼に合わせてバ-ベキュ-をしていたのだろうに、3時間も酒を飲まなかった事はとても信じられない。

 この警視は交通部での勤務が長く交通課長や交通総務課管理官を歴任していたというから、交通行政には精通していたはず、酔っぱらい運転追放のキャンペ-ンの指導者だったほどの人間が、酒を飲んで運転するとは信じがたい。

 マスコミはたちまちこの事件に飛びついて大変な大騒ぎ・・・。警視庁の警視とうい肩書を面白おかしく報道しているが、どう考えても何か重要なことが隠されているような気がしてならない。

 普段は、身内の幹部職員の醜聞は極端なほど隠し通している警視庁が、逮捕されたことで諦めたのか、マスコミが徹底的に追求しても知らぬ顔、これまでとは違って見放す態度にも何か違和感を覚える。

 ここまで徹底的に叩かれた以上、この警視は『懲戒免職』は免れないところ。退職金も払われずに世間に追っ払われるとなると家族もバラバラになりかねない。50歳というと子どもも成人になっていないだろうから、これから先一体どうするのだろうと余計なことまで考えてしまう。

 ところで、このところマスコミが全くといって良いほど『年金』や『後期医療制度』などに触れないのが気になる。民放各社が『奥田トンデモ発言』の脅しに屈したというならともかくNHKまでもが鳴りをひそめている。

 まさかとは思うが、何かとんでもない権力が、新聞やテレビなどのメディアに圧力をかけて、あえて年金や医療制度について報じないようにしているのではないだろうか・・・などと勘繰りたくなってしまう。

 もしも報道規制がかけられていたとしたら、ひき逃げ絡みのこの事件は格好のマスコミが大喜びして飛びつくはず。

 政府や厚労省の幹部たちは、あまりにもタイミングが良い警視の逮捕であると思っていた矢先に、今度はこともあろうに『年金制度』にかかわってきた元厚労省の事務次官が立て続けに襲われるという事件が起きた。

 所謂テロなのか、個人的な怨みかなど、この先この事件がどのように進展するのかわからないが、そちらの方ばかりに報道を誘導されて、気がついたらいつの間にか、年金や医療制度の問題がウヤムヤになってしまうことだけは御免被りたい・・・。(田舎親父)

2008年11月19日 (水)

ここまでやる必要があるのだろうか・・・

 仙台に市内の学校給食施設としては初めて、食物アレルギー専用の調理室を作り近隣の小中学校計26校に1日約1万1000食を供給している『野村学校給食センター』という企業組織があるそうだ。

 アレルギー専用の調理室は、食物アレルギーを持つ児童生徒一人一人に対応し、卵や小麦などアレルギー物質を含む食品を除去して調理した上、学校名や氏名が書かれた容器に入れて、各学校に配送するという。対象となる児童生徒は現在20数人だが、最大150食が提供可能だというから、仙台の学校給食への力入れは凄いものがある。

 ところが、ここまでやれる施設で調理し、市内の小学校に配った給食で小麦アレルギーの対応食が必要な児童に、誤って別の給食を出してしまい、二つの小学校でそれぞれ一人が急性のアレルギー症状を起こしたという。

 一方の小学校の一人は一時、呼吸困難となり病院に収容され、もう片方の小学校では腹痛を訴えたという。二人とも現在は回復しているが、目の前で呼吸困難で倒れた児童を見た担任教師は動転したに違いない。

 記事によると、このセンターでは小麦アレルギーがある児童3人に『じゃがいものミートソースがけ』を出す予定だったが、2人に誤って『スパゲティミートソース』を提供したらしく、2人は給食を口にした直後に体調不良を訴えたとのこと。

 アレルギー対応食の調理は、業務を委託した民間会社の栄養士と調理師の計3人が担当し、対応が必要な児童の容器を用意する際、2人分はスパゲティを入れるように調理室に並べそのまま配ってしまった上に、通常は一人が献立を読み上げ、もう一人が中身を確かめる作業をしているが、この日はチェックを怠り、しかも確認作業をする市教委の栄養士も行事で不在だったというから、謂わば、単純ミス。

 しかし、人間がやることだからこんな単純ミスが、絶対起こらないという保障はない。今回は大事には至らなかったが、場合によっては重大な事故につながる可能性は否定できない。そして、教育委員会(何故か学校)と業者が頭を下げるお馴染みのポ-ズがマスコミを賑わせる・・・。

 そして、お決まりのパタ-ンが保護者の訴え・・・ということに発展するのだろうが、食物アレルギ-の子どもに莫大な費用と手間をかけてまで、自治体の教育委員会は学校に昼食を提供しなくてはならないのだろうか。私にはとてもその必要性は認められないのだが・・・。

 学校給食を廃止すべきだと言ってももはや無理なことは十分理解している。が、ならばせめての手段として、あらかじめ献立が決まっており、食材がわかっているのだから、アレルギ-のある子どもは、その日は弁当を持たせるか、あるいは子どもにその食材をより分けさせれば良いだけのことではないだろうか。自分が食べられない食材をより分ける能力こそ、『生きる力』であり真の『学力』だと思うのだが・・・。

 何度も述べているが、人間が生きていくためにもっとも大切なのが食事。子育ての基本である『健康で豊かな心を持った子ども』を育成するためには、きちんとした『食』を与えることは親の最低限の責任だということは誰も否定しないに、その大切な責務を行政が奪っているとは変な話ではないだろうか。

 アレルギ-の原因がどこにあるのかわからないが、自分の子どもがどんな物を食べたらアレルギ-反応が起こるかは、親以外には完全に掌握できるはずがない。もっとも最近の親は、自分の子どもをそこまで利理解できていらしいから情けない話であるが・・・。

 学校給食で出た『イチゴ大福』を食べてアレルギ-症状、救急車で病院に搬送、そのまま入院というという笑えない笑い話を聞いたことがある。

しかし、この笑い話を放置してしまっては、多くの教育委員会や学校が進めている、必要以上に子どもや親に媚びて『何とか気に入られる献立を・・・』とまでの涙ぐましい努力が、仇になることも考えられないことではない。

 子どもの食は『親』に任せる勇気が必要な時であるような気がするが・・・。(田舎親父)

2008年11月18日 (火)

奢りとしか言いようがないトンデモ発言・・・

 『厚生労働行政の在り方に関する懇談会』という政府の有識者会議というものがあるらしい。こんな会議があること自体国民の多くは知らないだろうし、ましてどのような基準で委員か選ばれているかなどは全く知らされていないから、政府にとって具合の悪い人間など選ばれないのは当然・・・だろう。

 こんな会議によく名前が出てくるのが、御手洗というキャノンの社長や奥田というトヨタの元社長などだが、そんな人間の肩書は『経団連・・・某』であるところから、政府御用達で経済界を牛耳っている連中を座長に据えないと、はじめから決まっている結論にうまく導けないのかもしれない。

 それはともかく、この会議の座長を務めている奥田という御仁が、会議で『マスコミの厚生労働省たたきは異常』だと発言したというニュ-スに、トヨタの車が売れないので八つ当たりしているのかな・・・と思ったが、続けて『トヨタとしてマスコミのスポンサーを降りようかとも思う』と言うに至っては、トヨタ』という大自動車会社をバックに、『俺は経済界のドンだ、何でもできるぞ・・・』という奢り以外ないと言い切っても過言ではないようだ。

 記事によると、去る12日に首相官邸で行われた懇談会の席上で『個人的な意見だが、本当に腹が立っている』と切り出し『新聞もそうだけど、特にテレビが朝から晩まで、名前を言うとまずいから言わないけど、2、3人のやつが出てきて、年金の話とか厚労省に関する問題についてわんわんやっている』と不快感をあらわにし、テレビのワイドショーなどを強烈に批判したという。

 この懇談会は、消えた年金問題や薬害肝炎問題などで国民の不信を招いた厚労行政の改革を議論するため8月に設置されたというから、その座長に座っている関係で、世間の動きを見るためにワイドショ-を見つめていたのだろうが、経済界の重鎮と言いながら毎朝テレビでワイドショ-を見ているほど暇らしい・・・。

 ワイドショ-などは視聴率を稼ぐためには必要以上に面白おかしく番組を構成していることは私でも理解できること。『消えた年金』や『後期高齢者医療制度』などは、国民の大きな関心事なので、こことばかり厚労省のミスを取り上げて、視聴率を高めようとするのは当然のこと。それを本気で怒り出すのは大人げない。

 『あれだけ厚労省がたたかれるのはちょっと異常。何か報復でもしてやろうか。例えばスポンサーにならないとかね・・・』というセリフに続いて『こんな下らない番組のスポンサ-はパチンコ業界か二流の企業・・・』となると、これは常識ある人間のいう言葉ではない。

 テレビ業界はじめマスコミはもっと怒りをあらわにすべきだろうに、案外平成なのが気になる。『大トヨタ』がスポンサ-を降りるとなると、業界そのものの運営が成り立たなくなるという恐れがあるのだろうか・・・。

 ならば、そちらの方がもっと恐ろしいと感じているのは私だけではないだろう。マスコミの真の存在価値は『権力に対する批判』であるはず。年金問題や医療政策に関しては厚労省の失策は明らか、むしろもっと激しく政府の対応を批判すべきなのだが、何となく腰砕けになっているのが気がかり・・・。

 そして、『スポンサーを降りる』という奥田脅しに怯えて、これらの報道が後ろ向きになってしい、ますます『マスゴミ』とゴミ扱いされて、国民の信頼を裏切ることにならないようにしてもらいたいものである。

 この御仁は過去にも、BSE問題で吉野家が牛丼販売を休止した際の報道について『(牛丼がなくても)死ぬわけでない。日本人は右から左へ早くふれやすい単純な国民だと感じた』とか、格差社会について『差を付けられた方が凍死したり餓死したりはしていない。あまりに勝ち組、負け組と言いたがるのがそもそもの間違い』などと、庶民を見下す発言を繰り返している。

 庶民感覚のない首相が、庶民感覚がもっとも大事な問題を語り合う会議に、庶民感覚からかけ離れたトヨタやキャノンのような大企業をバックにした、首相以上に庶民感覚のない公私混同の論理を吐く人物を委員にしているのだから、生まれる政策は当然一部特権階級のためになることは明らか・・・。

 マスコミはもっと勇気を持って、この奥田発言を追求することを望みたい。(田舎親父)

2008年11月17日 (月)

もし事実ならば、納得できる判決・・・

 神奈川の湘南高校といえば、私でも知っている有名な進学校である。その高校で昨年6月に体罰事件が発生し、当時1年の定時制の男子生徒にけがをさせたとして、元非常勤職員の技能員が傷害罪に問われていたらしい。

 そう言えば、地方版でこのような事件が掲載されたような記憶がある。その時は湘南高校でも荒れているのだなとか、正義感のある教師が熱血指導したのが裏目に出た、というところだろうと読み流していたが、裁判に発展していたとは驚き・・・。

 どんな事件だったのかと改めて関係記事を探してみたところ、定時制(迂闊なことながら、湘南高校に定時制があったことを初めて知ったが)の食堂で『カレーライスをまき散らし、放置して立ち去ろうとした』生徒に対して、この技能員が注意したところトラブルとなったという。

 当時の記事は、『その際、技能員は生徒につかみかかるなどの暴行を加え、1週間のけがを負わせた。生徒は終始無抵抗』と伝えている。生徒はその場で110番通報したところ駆けつけた警察官に身柄を拘束されたという。その後、傷害容疑で略式起訴されたということらしい。

 技能員は『生徒は普段から、社会通念上非常識な言動を繰り返していた』と、自分の行動の正当性を訴え、体罰に当たらないと主張して、正式な裁判に持ち込んだようだ。その際に『怪我などは生徒の自作自演』とも訴えていたという。

実際に事件を見聞きしたり、両者の言い分を聞いていない私には、どちらが正しいのかは軽率に判断はできない。

 が、裁判長の『軽度とはいえ、暴行によって傷害を負わせたが、生活指導の一環で体罰には当たらない。しかし(被告が)手を出さずに生徒を立ち去らせれば、ますます増長させ教育上も好ましくない』と認定した上で『今回のようなことも処罰対象になれば、指導に従おうとしない生徒が容易に教職員を警察に告訴する風潮を生みかねない』と指摘していることは拝聴に値する気がする。

 判決によると、男子生徒が食堂でカレーライスをテーブルにまき散らし、片付けずに外に出ようとしたため『食器を片付けろ』と首をつかんで押し戻し、1週間のけがを負わせたとあるが、その時、男子生徒は『ばかなやつだ。学校にいられなくしてやる』『首だ』などと発言していたとある。

 教師のある程度の制止行動が『体罰』に当たらない・・・という判決は、教師たちにとっては『よくぞ言ってくれた・・・』と拍手をおくりたくなるだろう。また『こんな生徒などがいるわけない・・・』と、思い込んでいる人も、それ以上に多数多いはず。

 しかし、そのような生徒(小学校にも存在するそうだが)の存在は多くの校長達が証言していること。事実、私の知人の小学校の校長も同じような事件で苦労したと聞いたことがある。

 (そんな情報を持っているからだろうが)男子生徒が技能員に対して『首にしてやる』と言って、110番したことが事実だとしたら、裁判官の『指導に従おうとしない生徒が、容易に教職員を警察に告訴する風潮を生みかねない非は生徒にあることは明らか・・・』という判決に納得したくなる。

 この判決に疑問を持つ人も多いかも知れない。『言葉づかい一つでも体罰に相当・・・』と主張する人たちには、到底納得できない判決だろう。生徒側が潔く判決に従って『私が悪かった』という筋書きで経緯するとは思えない。人権派と称する人たちが中心になって大弁護団が結成されて上告とういことになるだろう。

 それはさておき、(何度も繰り返して述べていることだが)最近の一部の親たちは、学校への要求を限りなく積み重ねているが、自分の子どもたちに対しての『躾』は、全くと言って良いほど放棄、自分の子どもが悪いのは全て教師・学校のせいだという言い分をしていることに危機感を覚えているのは私だけではあるまい。

 今後、この事件がどのように進展していくのか、上級の審判がどのような判断を下すのかを注目したいものである。(田舎親父)

2008年11月16日 (日)

『精神鑑定』より『親の躾』では・・・

 『誰でもよかった・・・』と、全く関係のない人を殺害する事件が連続しているが、こんな理不尽な犯罪を許していては、市民はどこにいても身の安全を守るために緊張していなければならなくなってくる。

 今回は、銀行員が勤め先から帰宅途中の夜道で、突然軽トラックで後ろからはねられて死亡するという事件。午後8時ごろというから、勤め帰りの人がごく普通に歩いている時間帯である。轢き殺された24歳の青年は、まさか軽トラックがつっこんで来るとは思わないはずだから、友人とおしゃべりしながら歩いていたに違いない。

 父親の経営する造園業を手伝っていた少年は、普段から父親に叱られていたようだが、その日は特に怒鳴られたようで、父親の車で家を飛び出し『誰でもよい』から轢き殺したら、父親に迷惑がかかるから・・・という動機で銀行員を襲ったという。

 無茶苦茶な理屈だ。この道路は、片側一車線の6メ-トル余、ガ-ドレ-ルも歩道もないないというから、例え突っ込んでくる軽トラに気付いたとしても逃げようがなかったはず。まして、ブレ-キをかけた跡がないというから、尚更のことである。

 明らかに『殺人』である。例え男性であっても『親父狩り』などというトンデモ犯罪に巻き込まれる可能性があるのでうっかり酔っぱらって深夜の帰宅は危険な昨今、人通りの少ない夜道を歩いて帰宅しなければならないサラリ-マン諸氏の中には、この事件を知って、余程前後左右を警戒しなければ・・・と思った人も多いのではないだろうか。

 幸、私はすでにリタイヤ-している人間で、めったに夜道を歩くことはないが、毎日の違う方面に出かける散策の途中には、歩道のない片側一車線の道路を歩かねばならないことも多い。そんな時、車の気配がすると緊張することも稀ではなくなった。

 法的には未成年というということもあって『○○歳少年』というだけで名前すらでないことは仕方ないとしても、少年の親の保護責任を問われなければならないのではなかろうか。それも強く・・・である。少年の名前も報じられないのなら、親の責任をもっと厳しく追求すべきだろうに、そのことになると警察を含めて世間全体が曖昧になっていることに憤りを感じてならない。

 マスコミは例によって『視聴率』という賞味期限がある間は、ワイドショ-的に大々的に取り上げ、学者やタレントを動員して、ああだ・こうだとガヤガヤ言い合う番組を連日飽きるほど流しながら、しばらくすると全く忘れ去ってしまうから困ったものである。

 それにしても、轢き殺された青年が気の毒。どんなバカであっても軽トラをぶつけたら死んでしまうことぐらいは理解できるだろうが、20歳以下の少年という法の壁があって明らかな殺人犯なのに追求するのも尻込みしている現状に、轢き殺された青年の両親の気持ちは想像を絶するものがあるはず・・・。

 後日報で、この少年の『精神鑑定』を行うことになったというが、鑑定で『異常』と認められたら、殺人罪は適用されず、保護施設で預かる処分になるのが今までの例。いつものことながら、そんなことで良いのだろうかという憤りを感じてならない。こんな曖昧な処分では、轢き殺された青年や両親・家族の人権は誰がどう保障するのだろう。

 以前にも述べたと思うが、責任能力がある正常な神経の人間でも、人を『殺す』瞬間は精神的に異常をきたすのは当たり前だろう。それをわざわざ『精神鑑定』をして、正常・異常を見分けなければならないのだろうか。『精神鑑定』を科学的根拠すること自体、社会全体が大きな勘違いをしているのではないだろうか・・・と思えて仕方ない。

 今回の事件でも、警察はすでに出身中学校から在学中の成績や行動記録の任意提出を受けたという。記事によると、少年は中学時代に学習の遅れがあり、高校進学は無理なので卒業後、父親が経営する土木会社で作業員として働いていたとのこと。近所の人の話では『『無口で、コミュニケーションが苦手そうな子』で、自宅からはたびたび、父親が怒鳴りつける声が聞こえてきたというから、精神鑑定を実施すれば『異常』となることは間違いなさそうだ。

 だとしたら、青年は『殺され損』となる。こんな理不尽なことを許してしまっては、誰もが『精神異常』な人間に襲われることになりかねない。

少年法の適用年齢を下げたとしても問題は何も変わらない。大事なことは、少年時代に親がきちんと『躾ける』こと。そろそろ真剣に『親の責任』を論じる必要の『時』が来たのではないだろうか。(田舎親父)

2008年11月15日 (土)

医者のモラルと片づけるクズ政治屋・・・

 先日来騒がれている、妊婦の緊急受入れ問題で、こともあろうに二階という経済産業大臣という男が『政治の立場で申し上げるなら、何よりも医者のモラルの問題だと思う。忙しい、人が足りないというのは言い訳にすぎない・・・』などと発言したと報道されたが失言続きの政治屋サン達の中にあっても、『究極のバカな発言』と表現する以外に言葉がない。

 この男は自分が『政治家』であって、世の中にあっては、政治が一番重要なものと思い上がっているらしい。こんな男が『オレは大臣だ・・・』とふん反り返っているのだからアッソウ内閣の質の悪さを露呈したようなもの。特に『政治の立場・・・』という思い上がった言い方に嫌悪感を持った人も多いのではないだろうか。

 医療現場、特に産婦人科の医師不足を医療関係者,特に病院経営の立場の人たちが何とかしたいと思って苦しんでいることなど知ろうとさえしていないようだ。そして、それを解決するのが、まさに『政治の力』なのに、医者の個人的なモラルが不足しているからだとは、この男のいう政治とは一体何なのだろうと呆れてしまう。

 この発言に対して、医療関係者は一斉に反発、全医連は『全医師数は増えているが、産科医は分娩数の減少を上回る率で減少している。二階経産相の発言により、産科医のモチベーションが下がり、離職率がさらに高まる恐れがある』などとして発言内容を撤回するよう求めたが、発言の撤回よりむしろ罷免を要求すべきだろう。

 産科は人間の命の誕生を直接扱う医療、少しのミスが生まれてくる子どもに障害を誘発することも稀ではないと言われている。最近の高齢出産や職業を持つ女性が当たり前になり、仕事に追われてゆっくりとした時間がなく、ぎりぎりで出産という事態が日常的になっているとなると、産科医にかかる負担は想像以上のものがあるのは当然だろう。

 リスクも大きい。ほんの少しのミスでもすぐに訴訟となれば、医師希望者が忌避したくなるのも無理はない。

 先日も述べたが、人間の命を預かる病院、特に緊急を要する患者を受け入れる病院にあっては、無駄と思われるほどの医師を準備しておく必要があるはずなのに、実際は医療行政の改悪で、公立の病院でさえ経営が苦しくなり、医師を確保できないのが現状。

 マスコミは、『妊婦のたらい回し・・・』などと、当直医が一人で受け入れ態勢がなかったことなど無視して、『病院が断わったこと』をワイドショ-的に報道しているが、そんな取り上げ方をしていれば、テレビからしか情報を得ていない?勉強不足のアッソウ内閣の大臣たちが『医師のモラル・・・』などというトンデモ発言をするのも無理ないのかも知れない・・・と思ってしまう。

 医療機関サイドは『産科勤務医は過労死認定レベルを超える長時間勤務を継続して行っている』と過酷な勤務実態を訴え、その上で、『これを放置したままで、医師のモラルの問題と切り捨てれば、産科医を志望する若者が減るだけでなく、相次ぐ産科医の離職に歯止めをかけることができなくなる』と痛烈に政府を批判している。そして『いま取り組むべきことは、周産期医療の医療資源を増やす努力をすることだ・・・』と、人材不足問題の解決と労働環境の改善を強く求めているが、当然だろう。

 さすがに、自分の勉強不足がわかったらしく、二階という男は『発言が医療に携わるみなさまに誤解を与えたことをおわび申し上げ、発言を撤回する』とゴメンナサイをしたようだが、医師のモラル不足をいう前に、自分の政治に対するモラル不足を反省してほしいものである。

 一時流行った『ky』という言葉がまた最近流行っているらしい。以前はオボッチャマ総理があまりにも『空気が読めない』から、誰かが言いだしたことらしいが、最近の『ky』は『漢字を読めない』という意味で使うとのこと。

 なるほど、さすが『漢字もろくに読めない』ky総理が選んだ人間だから、『政治家としてのモラル』が欠如しているのも当然かも・・・。二階という男も含めて今後も『究極のオバカ失言』は続くかも知れない。

 こんなことを楽しみにしている自分も『ky』と言われそうだが・・・。(田舎親父)

2008年11月14日 (金)

何でも裁判という風潮が気になる

 学校での事故・事件とその後の裁判関連でも福岡は他県の追随を許さないと表現しても良いほど賑やかなのは県民性・・・?。決して、偏見を持っているつもりはないが、あまりにも数が多いのが気になる。

 小学時代の担任教諭による差別的な発言がきっかけでストレスによる解離性障害などを発症して不登校になるなどしたとして、中学3年の女子生徒と両親が、中間という自治体と教諭を相手取り、慰謝料など約1億5565万円の損害賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こしたというニュ-スに、思わず書き出しのような気持ちにさせられる。

 生徒は昨秋、声が出なくなったうえ立てなくなり一時入院して不登校が続いているというが、昨秋の発症と4年前の担任とのかかわりの因果関係がよく分からない。

 記事によると、小学校5年の時の担任の女性教諭が『口の開け方がおかしい』とか『トロい』などの発言を繰り返したという。この女生徒は同年2月というから、4年生の学年末に『てんかん』と診断され投薬を受けていたらしく、5月になって両親に『学校に行きたくない』と言い始めたという。

 当時、女児は多くを語らなかったが、同級生から『(担任からいじめを受けている)と言われて、母親が担任に対応を尋ねると『そんなことはない。口の開け方の指導に力を入れていた』とのことだったが、その後も担任は同様の発言を続け、生徒はストレスで目が見えなくなったり耳が聞こえにくくなったりし、一時不登校になったという。そして、中学入学後もいじめを受け、学校が適切に対応しないため今年1月、特別支援学校に転校したとのことらしい・・・。

 この担任教諭は差別的な発言を認め謝罪し、当時の校長と市教育長もおわびの文書を出したが、両親は『完治は著しく困難と診断された。原因を作ったのは当時の担任で、市も適切に対応する義務を怠り症状を悪化させた』として訴訟したという。

 事情がよく呑み込めないから迂闊なことは言えないが、小学校の教師は『てんかん』と診察された児童に対して『発音をしっかり』とか『もうすこしハキハキしなさい』程度は言うことはあっても、『あんたはトロイね・・・』なんか言うわけがないと信じたい。

 百歩譲って、それに近いことを発言したとしよう。『てんかん』と診断されて気が滅入っていた親が、このことについて教育委員会に猛抗議、校長は慌てふためき担任に『とにかく謝れ・・・』と言うことは、今日の学校現場ではよく聞く話。この延長線上に今回の訴訟があるのではないだろうか。

 それにしても4年前に担任をしていた子どもの親から訴えられたとなると、冗談や軽い気持ちでこどもたちの心をつかむことが必要な教師にとっては『もう少しはっきり発音しなさい・・・』などは日常的によく口にする言葉さえ選ばなくてはならなくなる。

 こんな言葉一つが、これが数年後に訴訟の原因となっては、常にビクビクしながら教壇に立たなくてはならなくなってしまう。何か、背景にとんでもない問題が潜んでいるのではないかと感じてならない。

 『親が抗議すれば、とにかく謝ってしまえ』という教育委員会や学校の姿勢が大問題になった例が、数年前にやはり福岡であった。『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』として、実名まであげてワイドショ-で面白おかしく取り上げられた事件である。

 こんな教師などいるわけがない・・・と思って見守っていた人も多いはず。私もその一人で、俄に信じられなかったが、教育委員会が調査の結果、教諭が児童に対しいじめと虐待を行なっていたことを認め『教師によるいじめ』として、教諭に対し停職6か月の懲戒処分にしたというので、本当にこんな教師も存在していたのだと・・・と暗澹たる気持ちになったことを思い出す。

 そこで、マスコミは報道価値がなくなったので全く騒がなくなったが、数日前にこの事件の後日談をネットで知った。

 それによると、この措置に気をよくしたのか、あるいはカネをむしりとれると思ったのか、両親は訴訟を起こし最終的には5800万円という慰謝料を要求して争ったが、裁判が進むうちに、この両親の言うことがウソで固められた矛盾だらけだということが明らかになったというから、まさに教師受難の時代と憤りを感じる。

 この事件では、学校も、教育委員会も、原告側の弁護士も、男児を診察した精神科医も、そしてマスコミも、保護者の話を鵜呑みにして、『事実無根』と必死に訴えていた教師を問答無用と『殺人教師』に祭り上げていたのだから、何でも裁判にすれば慰謝料が手に入ると思わせる風潮が恐ろしい。

 今、学校に理不尽な要求を突きつける『モンスタ-ペアレンツ』が問題になっているが、この両親こそその典型では・・・。

 今回騒がれている事件が、同じだとは思いたくないが、何でも教師が悪いと謝らせている今日の教育行政の姿勢をみると、その可能性は否定できないような気もする。

 ぜひ裁判で事実を明らかにしてほしいと思うが、親をなだめて何とか納めようとする姿勢が目立つ教育委員会では、事実関係を正確につかむ努力すら期待できそうもない。といったら言い過ぎだろうか・・・・。(田舎親父)

2008年11月13日 (木)

カネをバラまけばという発想は貧困そのもの

 報道各社が行った世論調査で軒並みアッソウ内閣の総合経済対策の柱である『定額給付金』については『評価しない』『必要ない』が60%前後にものぼっているのに、残りの40%の人が望んでいるとの強弁で、強引にバラマキを決定とは・・・。

 世論調査がどこまで信頼性があるかどうかは別にして、民主主義の根本原理は多数決ではなかっただろうか。

世論調査が疑わしいのなら、国民投票をするとか、衆議院を解散すれば国民がどう思っているか簡単にわかるはずなのに、総理大臣の椅子にこだわって何とか人気挽回を図る姿に哀れさえ感じる。

 60%という数字を無視して、急いでばらまかなければならない理由はたった一つ『選挙で何とか勝ちたい・・・』という思い以外あるまい。60より40の方が大きい数値に見えるとなると、これはもう民主的な政治を司る人間として失格と表現して差し支えないだろう。

 しかも、一時的な生活補助としての意味合いならば、年収500万円以下というように所得制限をつけるのが当たり前なのだが、所得制限をつけると手続きが面倒だとか、配布作業に時間がかってしまうという理由で、所得制限をつけないという。

 そして、こともあろうに高額所得者に『自発的に辞退』を促すという。『自発的な辞退』を促す高額所得世帯の基準は昨年の課税所得で1800万円を目安とするというから、庶民の年収など全く知ろうともしないようだ。

 課税所得でこの額はサラリーマンの年収では2000万円以上に相当するはず。常識的に考えてもこんな高額所得の国民はごく僅か、政府見解でも国民のたった1%だというから、所得制限など無いに等しいといわざるを得ない。

 要は、とにかく急いで配りたいという現れ以外に理由は無い。カネを受け取れば国民は大いに喜び、自民党と宗教政党の支持率が上がると踏んでいるのだろうが、そんなにも国民の意識は甘くないはず・・・。

 確かに、不景気風が吹き荒れる暮れを迎えなければならない庶民にとって、一時的にはカネは無いよりある方が嬉しいに決まっている。(今年中に配られるわけはないだろうが)多くの国民は受け取りを拒否しないだろうが、そんなカネで十分な支払い能力があっても意識的に払っていない輩が『給食費』を払うとは思えない。滞納している税金を払おうと思う人間も皆無だろう。

 たかだか、パチンコに出かけて一文なしになるか、飲み屋で一杯やって消えてしまうのがオチではないだろうか。少し賢い人たちは『何かのため』と貯蓄するだろうから、とても経済活性化につながるとは考え難い。

 しかも、どのようにして配布するかは区市町村に任せるなんて、よくぞそこまで無責任になれるものと呆れてものも言えない。1万某かのカネを配布するために膨大な手数料と人件費が咲かれるに違いない。それでいても財政が逼迫している地方自治体にとっては迷惑の話である。

 都のように区が入り組んでいる大都会では、生活圏は同じでも道一本隔てて別の区という地域も多いはず。お隣さんと受取方法も・期日も、場合によったら金額計算すら違うとなると大変な混乱が起こることは誰の目にも明らか。いずれにしても地方自治体の怨嗟の声が聞こえてくるようだ。

 多くの国民がそのことを憂えて、こんな給付金なんか止めなさい・・・と言っているのだろうが、自衛隊の参謀総長ではないが『自分の世界に浸っている』政治屋たち、特に自民党の幹部たちにとっては『裸の王さま』状態なのだろう。

 もう一度私見を述べるが、数万円の一時金をバラマクなどバカな発想は止めて、2兆円を学校給食無料化の基金にするとか、食料に対する消費税率を下げるとか、あるいは高齢者や乳幼児の医療を軽減する方向で使う方が、余程内閣の人気が高まるだろうし、経済効果は大きくなるに違いないと思うのだが・・・。

 庶民の生活が全く理解できない人間が、国民の信託を受けずに国のトップに座ってしまた不幸が、こんなに早く出てくるとは・・・。しばらくは庶民の暮らしは良くならないことは確からしい。(田舎親父)

2008年11月12日 (水)

やはり『医は算術』だった・・・

 日本でも糖尿病はもっとも恐ろしい病気として認識し始められているが、アメリカでもここ10年間で糖尿病の患者が2倍以上増加しているという。その主な原因の一つが肥満だとのことで、肥満をなくす研究が盛んに進められているらしい。

 手術で胃を小さくすれば当然食べ物を受け付けないだろう・・・という発想でそんな手術が行われており、実際に手術で消化気管を小さくする処置を受けた患者は、時間が経つにつれ、かなり少量の食事でも満腹だと感じるようになるのだそうだ。

 そんな記事を見つけたのでそのまま引用すると――アメリカでは1950年代から、極度の肥満者を対象に、肥満を抑制するための外科手術が開発され、年間1万例以上実施されているとされる。米国の医学事典『メルクマニュアル』の説明(日本語版)によると、『最もよくみられる手術は、縦にしばる胃形成手術および胃バイパス手術で、通常40~60kgの体重減少が可能とされる』。胃は普通1200-1800ccの容量だが、手術後の胃袋は20-30cc。日本では、千葉大先端応用外科で1982年から外科療法が行なわれている。――

 日本でも実際に行われていたことも知らなかったが、手術によって1200ccもの容量を30ccにすることが可能とは驚き。しかし、この手術によって厄介な合併症を発症する可能性もあるとのこと。だから、医学界は発表を差し控えていたこともあり、今まであまり話題にならなかったのだろう。

 素人考えでも、ここまで胃の容量を小さくすれば、食物は胃に溜まることなく、ストレ-トに小腸に送られることはわかりきったこと。当然、小腸など他の消化気管にかかる負担は重くなるはず。早い話が、胃ガンの患者の人の多くが選択する、胃を全摘手術と同じで、食道から小腸に直接繋ぐようなものと考えてもさほど間違いではないだろう。

 私も医者から減量を命じられている。しかし、自分ではさほどの肥満とは自覚していないから、あえて高額の手術代を支払ってまで胃を小さくする手術で体重を落したいとは思わない。というより、肥満解消と胃ガンの患者が同じような処置・・・となると違和感が生じ、そんなことを想像もしたくない。

 しかも、今までの統計では、手術を受けた患者の10~20%が合併症のために追加手術を要し、1%が死亡するというから尚更である。

 記事は続き、そんなリスクを解消するために、医師がメスで切開することなく、患者の胃の一部を内側から閉じられるようにする器具が開発されたという。

この器具は、胃の噴門付近を狭くする。具体的には、内視鏡とともに口から挿入して、胃の組織を吸い込むことで胃壁に襞を作り、チタニウム製の止め金でその襞を固定して噴門付近を狭くするのだそうだ。

 『経口胃形成術』と呼ばれるこの新しい技術では、通常の手術に比べて厄介な副作用がかなり少ないことが、複数の研究報告により明らかとなっているという。現在は臨床試験中の真っ最中らしいとのこと、医学はどこまで進歩してしまうのだろうか・・・。

 もしも、こんな治療が日常的に行われるようになれば、糖尿病患者は激減するだろうし長期的に見れば、医療費の節約になり、医療行政の改善に役立つだろうと思うが、この器具がべらぼうに高いこともあって、保険会社がこの治療法に関して支払いを認めるということはありそうにないらしい。

 ここまで読んで、やはり私のような貧乏人にはほど遠い、さらに遠い別世界の話・・・。『医は算術』という言葉が実感として迫ってくる。

 やはり、私は『桑の葉』が似合うと改めて感じる昨今である・・・。(田舎親父)

2008年11月11日 (火)

これ以上空港は必要ないと思うのだが・・・

 先日テレビで、『富士山』という新しいナンバ-プレ-トがお目見えして、希望するナンバ-をえるための抽選が行われたというニュ-スが流れていた。

 人気のナンバ-は『37-76』とか『 2-23』などらしいが、たとえゴロ合わせであっても夢のある、そして罪のない庶民のささやかな願い。殺伐とした事件が続く昨今何となくホッとする話題である。

 このプレ-トは、全国で初めて静岡・山梨の二つの県をまたいで、富士山のまわりの自治体の住民だけが車が着けることができるとのこと、希望のナンバ-をえた人はきっと、今まで以上に富士山を自慢し誇りにするのではないだろうか。いや、たとえ希望のナンバ-でなくとも、頭に『富士山』とあるだけでその気分が良いはずでは・・・。

 こんな富士山関連の話題の中で、今年度中に開港する予定だった『富士山静岡空港』が滑走路の先にある、建設に反対する住民が所有する土地に航空法の高さ制限を超える立ち木などがあるために大幅に開港が遅れるとのニュ-スに、何とまあアホらしい・・・と口アングリ状態になってしまった。

 県側は2500メ-トルの滑走路一本の飛行場の計画で土地の買収を進めたようだ。この買収が成田のような反対闘争が報じられなかったので、いつごろから始まったのかはわからないが、すんなり土地を手放す農民は少ないはず。恐らく私が知らないだけで、かなりの反対運動もあったのではなかろうか。

 予定の敷地が確保できたことで、交渉を打ち切り工事に突入。さあ、開港だというお祭騒ぎの最中に、反対派の人の土地の樹木が高すぎて国の基準を越えていることがわかったというから、いかに計画がずさんだったかがよく分かる。

 今更、改めて交渉となるとメンツが立たない。そこで、県としては滑走路を暫定的に300メートル短くして違法状態を解消するための追加工事をして国の認可を受けることにしたようだが、みっともない話である。

 静岡といえば、昔から東西を結ぶ交通の要として多くの宿場町が栄え、明治から昭和にかけては『東海道本線』が日本の大動脈として東西に長い県内を横断。さらに、新幹線次代になってからは、もっとも多い駅を持ち交通は便利で、しかも温暖な季候に恵まれて茶やミカンの大産地として知られている。

 もっとも『のぞみ』は全て通過するので、その意味では悔しい思いをしている県民も多いだろうことは想像できるが、東名高速をはじめとして陸上の交通機関は十分発達しており、不便とはほど遠い自治体という認識をしていたが、行政のトップ達としてはどうしても空港を持ちたいと思っていたらしく、やっと念願がかなう直前のトラブル・・・。

 どうして、陸上交通機関が発達した静岡に農地や山林を破壊してまで飛行場を造らねばないのだろうとの疑問と、航空法も詳しく調べずに最低限の買収で事を進め、直前になってダメと言われるような、あまりにも安易な計画に呆れてしまう。

 この追加工事で、少なくとも4ケ月ほど開港が遅れるとのことだが、2200メ-トルの滑走路1本の飛行場では、当初予定していた航空会社としても乗り入れを渋るのではないだろうか。

 それ以前に、この飛行場は建設が県民の総意なのだろうか、という疑問がわいてくる。

 成田の場合は、当時の羽田がパンク状態という、一応もっともらしい建設理由があったが、今回ははじめから滑走路は2500メ-トル一本というロ-カル空港。単に他の都道府県が持っているのだから俺たちも、という行政トップ達の欲望ではないのでは・・・と思えてならない。

 地方のロ-カル便が苦しいという話はよく聞く。一日一便で、しかも盆暮れしか満員にならないとなると採算は合わないことはわかりきった話。航空会社は撤退したいのも十分理解できる。

 こんな情勢を静岡の行政のトップ達は、県民にどう説明するのだろう・・・。(田舎親父)

2008年11月10日 (月)

ますます学校は閉鎖的になるのでは・・・

 『砂風呂遊び』なんて聞いたことがないが、実際にこのような遊びで意識不明になって病院に運ばれたとなると、子どもたちの間で流行っていたのかも知れない。

 それにしても、学校の砂場で『砂風呂遊び』で重体・・・という新聞記事に驚く。記事によると、中学2年生の6人が小学校の校庭にある砂場に深さ70センチばかりの溝を掘って、その中に4人が座り二人が砂を首までかけて遊んでいたという。

 私の知らないだけなのかわからないが、一般的に言う『雛風呂』とは、温泉地などの地熱の高い砂の上に横に寝てその上に砂をかけるものであって、座って首まで埋めるなど聞いたことがない。

 また、漫画やネットなどで、こんなバカな遊びを紹介していたのかも知れないが、それにしても首まで埋める・・・となると、私には何か陰湿で意識的な『弱いものいじめ』を連想するが、そのあたりどうだったのだろう。

 記事を読む限りでは、『砂風呂遊び』と称して、6人が穴を掘って、その中に4人が埋められ、脱出できるかどうか・・・という『遊び?』ではなかったのではないだろうか。埋められた4人が脱出しようとしてもがき苦しんでいる様子を、埋め役の2人が笑いながらさらに砂をかけている姿を想像してしまう。

 記事では、1人が砂場から立ち上がった後、気分が悪くなりぐったりとしたため、ほかの生徒が近くにいた小学校の児童の母親に助けを求めた・・・とあるが、首までうずめられたら自分で脱出するなど容易ではない。

 『遊び』なのだから、順々に砂を掘り起こして脱出させていくのだろうが、体力のない子どもが最後まで埋められていたと考えられないことはない。最悪の想像だが、子どもたちの中にその子を最後まで砂に埋めておくという意識があったとなると、明らかに弱いものいじめ、というか遊びに名前を借りた『暴行』では・・・。

 6人は中学の弓道部に所属する同級生で、普段から仲良しだったという。子どもたちは『遊び感覚』で、最後まで埋められていた子どもが必死でも脱出しようともがいている様子を見ていたが、そのうちぐったりしてきたのに驚き、急いで穴から掘り出して、近所の人に助けを求めたのではないだろうか・・・。

 この日は土曜日。都市部の小学校の校庭では、休みの日はたいがい少年野球やサッカ-などで賑わっているのだが、ここはそんな行事がなかったようだ。しかし、全く目撃者がいなかったとは思えない。もっとも、最近の風潮として、こんなバカな遊びをしている中学生に対して、下手に注意したら逆に何をされるかわからないとなると、見て見ぬ振りだったとも考えられる。

 中学校の校長は『予測していない事態で驚いている・・・』とのことだが、この言葉はむしろ小学校の校長が言う言葉だろう。勝手に入り込んで遊び感覚で、最悪の場合死亡するという事件が起きたら、管理責任をとらされる恐れさえある。

 そして、事故防止策としては『子どもを立ち入らせないのが一番』と、進入できないように厳重に施錠することになるのではなるだろうが、学校という広い空間を、子どもが利用できなくなるとは本末転倒ではないだろうか。

 私見であるが『学校は地域のもの、夜間と休みの日は地域が管理する・・・』という発想で、校庭を管理運営するシステムをつくっていきたいものである。そうすれば、少なくともこんなバカな遊びで重体になったり、命を落とす事故はなくなるはず・・・。(田舎親父)

2008年11月 9日 (日)

こんな不合理な事がまかりとっているとは・・・

 急に京都に住む長兄の見舞いに出かけていたので、予告なく3日間休載してしまったことをお詫びする。

 沖縄で米軍所属の4人乗りのセスナがコンビニのすぐ近くのサトウキビ畑に不時着したというニュ-スに、またかという思いをした人も多いだろう。

記事によると、『外国人が助けを求めている』と近くの人から110番があったので、警察と消防が駆けつけたら飛行機が炎上しており、乗員の米空軍嘉手納基地所属の男性軍人4人のうち操縦士ら2人が顔や足にけがを負い、病院に搬送されたという。

 警察や空港事務所によると、同機は公務外で奄美空港から嘉手納基地に到着する予定だったとのことだが、同機から『燃料がない。パワーが落ちた』と無線が入った後、何らかの理由で不時着。約2時間にわたって炎上したという。同機は同基地の飛行機愛好家でつくる『嘉手納エアロクラブ』に所属している飛行機だというから、米軍の富裕層の愛好家のお遊びだったのではないだろうか。

 不時着の際、高圧線を切断し付近の10世帯が停電になったというから恐ろしい。さらに現場から約300メートルには市立真喜屋小学校と市立真喜屋幼稚園があり、付近は住宅も多いというから、現場近くの住む人たちにとっては大迷惑、肝を冷やしたに違いない。子どもたちはいなかった時間帯だが、一歩間違ったら大変な参事になっていたことは間違いなさそうだ。

 今年、沖縄で米軍機のトラブルは23件も発生しているというが、そのほとんどは内地(という表現が良いのかわからないが)では報道されていないので、我々にはその実態はベ-ルに包まれているとうしか言いようがない。

 警察は原因捜査のために事故機の差し押さえを求めたが、米軍はこれを拒否したとの報道に、何故日本の国内での事故なのに、米軍が拒否できるのだろうと、改めて怒りを感じるが、事故機を差し押さえるには米軍の同意が必要だとのこと。実に不合理な話である。

 米軍が関係する事件や事故の前にいつも立ちふさがるのが、この『日米地位協定』という安保条約締結の際に交わした約束事だという。

 その中身が『米軍及びその関係者が日本国内で起こした事件事故において、自己ならびに自国の不利になることに関しては、日本のいうことなんて聞く必要などない・・・』という内容だとしたら、そんなバカな話はない。

 米軍は機体や現場の検証作業を終えたとし、この協定に基づき、すぐに米軍嘉手納基地に搬送してしまったという。そして、事故原因は『燃料切れ』の単純なミスだとして、飛行計画やフライトレコーダーの調査なども全て拒否しているというから許せない。

 何故こんな不平等というか、植民地扱い協定を、歴代の政権は改正する努力をしてこなかったのだろう。重大な犯罪を引き起こしたことが明らかな場合でも、その犯人の引き渡しを警察が『お願い』しなければならないとなると、ベトナム戦争からイラク・アフガン戦闘と続く、外国での武力闘争に気持ちが荒れた兵士たちが、沖縄始め日本国内の米軍基地での束の間の休暇の際、犯罪を犯罪と思わない心理となり、しかも自分たちは罰せられないとなると、米軍兵士が犯罪行為はなくならないのは当たり前・・・だろう。

 何故そんなバカなことがまかり通っているのだろうと思っていたが、先日、琉球新聞が日米地位協定に関する政府の基本解釈となる機密文書の存在を明らかにしたというニュ-スに、やはり・・・と思った人も多いはず。

 記事によると、同文書は、表紙に『秘 無期限』と記された非公開文書だという。沖縄を含む日本国内の提供・施設区域における米軍の『排他的使用権』を認め、国内法の適用除外など治外法権的な地位を容認しているというから驚き。

 米兵犯罪の身柄引き渡し等を定める17条の解説では『日本側が第一次裁判権を有する事件でも公訴提起までは米側』とする点を『もっぱら米国との政治的妥協の産物』との解釈を受入れ、『説得力ある説明は必ずしも容易ではない』との日本側の態度に、今回の事件でも米軍側が『ガタガタ言うな・・・』との態度も頷けないことはない。

 外務省はこの文書の存在すら徹底的に秘匿しているらしいから、政府・外務省は自国の主権よりアメリカの立場を優先しているとしか思えない。

 この問題に対してマスコミは徹底してダンマリを決め込んでいるが、このままでは自ら、アメリカの51番目の州ということを、本当に認めてしまうことになるのではないだろうか。

 今こそ、国民一人一人が真剣に考えなければ・・・と暗澹たる思いになる。(田舎親父

2008年11月 5日 (水)

ぶれる・ぶれるアッソウ政権・・・

 先月末、アッソウ総理が『3年後の消費税率引き上げ』と明言したということが大きく報道され、やはりこの政権の本質は『増税』なのだということがはっきりした。

 総理に言わせれば、この国の経済は『全治3年』だそうなので、3年たったら経済が立ち直るとのことだが、現実を見渡たす限り3年程度で現在の不況を脱して増税が可能な環境になるとは(いくら経済音痴の私ですら)思えない。

 突然おこったアメリカ発の金融恐慌で『解散などしている時期ではない』と、まさに『天の声』のように利用して『今は何をおいても経済政策』と大張り切りで、ほんの少しのカネを国民にバラまくという全く意味のないことでお茶を濁そうとしているが、国民の多くは雀の涙ほどの現金より、安定した雇用や収入を保障することを求めていることを、さすがに金満超漫画すきのオボッチャマでも気づき始めたのではないだろうか。

 『政治空白をつくってはならない・・・』とは、この内閣や与党がいう常套にしている言葉であるが、アベオボッチャマやウ-タン総理が政権を投げ出して敵前逃亡をしたのはこの連中に言わせると『政治空白』でなかったらしい。

 一国の首相が辞任となると、一般論としては大変なこと。他国では国をあげての大事件になるのだろうが、我が国は誰が首相になっても大したことはないらしく、国民はシラッとしていつも通りの生活を続けている。それだけ成熟した国だという人もいるが、国際的にあまり自慢できることではないだろう。

 前二人が責任回避の逃亡でも世の中は正常に動いたのだから、アッソウ総理が解散をすれば、歓迎されることはあっても政治空白と思う人は少ないのではないだろう。なのに、折角座った総理・総裁の椅子に座り続けたいので『バラマキ』を考え出したらしいが、足元を見られたというところか・・・。

 魂胆がバレた以上この作戦は効果ないと見極め、ならば仕方ないから奥の手をというところか・・・。民主党との違いをはっきり出すために、選挙の焦点として消費税の税率アップで国民の態度を見極めたいという思惑だろうが、自民党や宗教政党の幹部たちの慌てぶりが目に浮かぶ。

 来年度から基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げることが決まっており、財源には消費税1%分に相当する年間約2.5兆円が必要になるそうだ。が、あれほどずさんな運用をしてきたのは一体誰なのだろう。そして責任はとなると誰の目にも自民党と宗教政党に帰すことは明らか。

 こんな輩を選挙で選んだのは国民だから、国民が負担するのは当たり前・・・という考え方もあるだろうが、それならばまず、自分たちの運用が悪かったので政権を国民に返し(解散・総選挙)します、というのが先決だろうが・・・。

 政権を受け取りますと宣言している民主党は『無駄遣いをなくせば消費税を増税する必要がない。新しい政権を作ることで変えていく』と断言しているのだから、尚更である。アッソウ首相は、ここは潔く民主党に政権運営を任せて、お手並み拝見という姿勢を見せてほしいものである。

 ところで、今騒がれている自衛隊の幕僚長の論文事件でも、定年を年間延長させていたことをうまく利用して『定年退職』という形で幕引きをはかっているようだが、幕僚長に限り62歳定年制とは凄いもの。この制度を決めた人間は『こんなこともあろうかと予測』していたとなると、恐ろしく悪知恵の働く輩が防衛庁にはいたらしい。

 定年退職した幕僚長が以前から、太平洋戦争に対して偏見を持った自論を展開していたことは自衛隊の中でも有名だったらしい。それを知った上で任用していたとなると、これは間違いなく任命責任は避けられない。

 国防は最大政治課題。この事実は消費税率アップよりも重いと考えている人も多いはずなので、アッソウ・・・ではすまないのは確か。繰り返すが、潔く総理の椅子を国民から委託された人物に譲る時がきたのでは・・・・。(田舎親父)

2008年11月 4日 (火)

防止は定義の徹底と厳罰でしかなさそうだが・・・

 このところ毎日のように『大麻』に絡んで報道が賑やかである。今までの用に売人から入手するのではなく、大麻そのものを自宅や職場で『栽培』している場合が多いのが特徴になっている。

 『麻』を人類が繊維をえるために栽培し始めたのは、紀元前4000年も前のことだといわれている。日本でも奈良時代にはすでに全国的に栽培されていたらしく、『麻』がつく地名も多く、また人名にもよく使われる漢字の一つになっている。

 さしずめ、私がこの小覧で皮肉交じりに『アッソウ総理』と言っている麻生サンもその一つ。この方のル-ツを辿ると、麻を栽培していた場所か、先祖が『麻』を生業にしていたのをそのまま姓にしたのだろうと想像している。

 以前は、多くの地方には麻畑があり、スラリと延びた麻を見られたものだが、最近は需要がほとんどなくなったらしく、特産物として細々と栽培している地方に出かける以外、この麻の姿を見ることはめったにない。

 現在農家でつくられている、コメやムギ、あるいはソバなどにしても人間に役立てるためにつくられている植物は全て、長い年月をかけて改良に改良を重ね、今日の姿にしたものである。そして、野生種が存在してもほとんど見向きもされないのが普通である。

 麻もその例にもれず、野生種は広く分布しているのだが、人々の頭の中にはそんな事実を知ろうともしないのが現状である。麻の仲間の幻覚物質を持つ種が『大麻』であるが、これも野生種は日本各地に自生しているようだが、そんなことはほとんど知られていない。

 最近マスコミを賑わしている『大麻』はその種の植物の未熟果穂を乾燥した物質であるが、元を正せば『麻の一種』。自生しているぐらいだから栽培するのは比較的簡単。その果穂を乾燥させたら立派な大麻となるのだから誰にでも製造可能である。しかも、インタ-ネットで簡単に種子が入手できるとなると、この種の話題は今後、多くなることはあってもなくなることはないだろう。

 最近大学生もこの大麻に手を出すことが多くなったらしく、先日は慶応大学のキャンパス内で売買していたというニュ-スにはビックリした。しかも、この種の事件は初めてではなく、04年以降に大学院生や学生計5人が大麻取締法違反容疑で逮捕されていたというから、福沢諭吉翁も地下で怒り震え、悔し涙を流しているのではないだろうか。

 そう言えば、去年だったかラクビ-の名門校である関東学院大の、大学の顔というべきラグビー部の部員が寮で大麻を栽培したとして大問題になり、当時の監督が悔し涙を見せながら『自分の指導不足・・・』と語っているシ-ンを思い出した。

 またつい最近、関西の私大を代表する同志社大学の女子学生が、自宅に大麻を隠し持っていたということで逮捕されるという事件に、今までは男子学生だけだったのに女子学生にまで及んだことに驚きと、いよいよここまできたかという思いにさせられる。

 何故こんなに大学生が簡単に『大麻』に手を出すのかということが議論されているが、答えは簡単。『自主自立の精神の不足』である。

 大学、しかも偏差値の高い大学に入学するとなると、小学生から進学塾が当たり前になっているらしく、電車に乗る機会が少ない私でも、時間を選ばず『N』というイニシャルのカバンを背負った小学生軍団(特に女子)にお目にかかる。

この子たちの車内態度の悪さは、以前から話題になっているが、それでも一向に改まらないのは、その子はもとより親たちが自覚していないどころか、時間さえ無視して、ただひたすら偏差値を上げることしか頭にないからであることは明らか。少年少女の問題行動なども、全てここに起因しているはずなのだが・・・。

 こんな育て方をされた子どもに『自主自立』などの精神が育つわけがない。大学に入学することが目的なので、入ってしまえばこちらのものとばかり、遊ぶことにしか脳が働かないのも道理、その瞬間の快楽を求めて『大麻』に手を出すのも筋書き通りといっても差し支えなさそうだ。覚醒剤のように注射針を体内に差し込まなくても良いのも、『大麻』に簡単に手を出す原因の一つかも知れない。

 『大麻』の害を、いくら口を酸っぱくして説明しても自主・自立精神を育てられていないので、最終的には誘惑に負けるのは致し方ないだろう。言葉の上では十分承知しながらも遊び感覚で『大麻』を吸う行為は今後少なくなるとは思えない。

 根本的な解決方法は『大麻』は『マリファナあるいはハシシュという麻薬の原料』という定義を徹底的に啓発することと、その上で『麻薬の害を知り、手を出さない』精神構造を構築することしかない。

 しかし、現実ではまず無理なような気がしてならない。ならば、当面の方策は厳罰で持って臨むしか、大学生のこの種の事件を少なくする手段はないのでは・・・。

 大学側が、『吸ったものは即・退学』という厳しい処分を続ければ、いくらバカな親でも子どもの育て方を考えるのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2008年11月 3日 (月)

季節を現す言葉の価値を大切に・・・

 慶応大学の学生が三田のキャンパスで大麻を売買していた事件に続き、今度は同志社大学の女子学生が自宅に大麻を所持したとして逮捕されるという記事に、昨日話題にした、偏差値だけを学力として入学させている試験制度の矛盾を感じる。

 大学に入ればこちらのものと、親や大学の建ての繋がりで就職はできるはずと安心してしまい、まじめに授業に出で自らを高める努力などするのはバカのやること、とばかり遊び歩き、その挙げ句が大麻とは・・・。

今日はこの話題を取り上げようとしたのだが、一昨日のあまり冷たくない風を 『木枯らし1号』と、昨日になっても新聞やテレビが取り上げていることが気になり、季節を表すこの『木枯らし』という言葉について、あえて私見を述べようと思う。

 気象庁は1日午前、東京地方で『木枯らし1号』が吹いたと発表した。昨年より17日も早い『木枯らし1号』だったそうである。

 確かに一日中風は強かった。しかし、太陽の日差しはまぶしく、そして温かく、寒さを感じることはなく『木枯らし』というにほど遠かった。まさか、これを『木枯らし』とは言うまい・・・と思っていたが、お昼のニュ-スの『木枯らし1号』という報道に、日本古来の季節を表す自然現象の言葉を曲解して、困ったもの・・・と思ったものだ。

 気象庁天気相談所では『10月半ば頃から11月末日までの間で、西高東低の冬型の気圧配置になったとき、北から西北西までの風が最大風速毎秒約8メートル以上吹くとき』を木枯らしと言っているそうだが、これは気象学的に正しくないのでは・・・。

 私は大学時代、気象学のゼミに所属していた。当時、教官から『木枯らしとは冬の風のこと』と教えられたので、『木枯らしとは暦の上で立冬』を過ぎた日に吹く風であり、『木枯らし1号』は『立冬』を過ぎて『一番早い木枯らし』のことだという認識を持っている。

 また『気象を学ぶ人は俳句の季語を知れ・・・』とも習い、当時俳句には全く興味がなかったものの、『季語』についていろいろと調べた記憶がある。何故か、一昨日のニュ-スでこのことを思い出して、強いがあまり寒さを感じない風を受けながら図書館に出かけて、俳句の季語辞典で『木枯らし』について調べてみた。

 そこには初冬の季語として『凩(こがらし)』があり、(そのまま引用すると)『11月ごろ激しく音立てて吹く強風で、木の葉を吹き落し枯れ木にしてしまうところからこの名があるといわれている。木枯らしとも書く』とある。なるほど『凩』とは『風』と『木』を実にうまく絡ませた絶妙の文字。『木枯らし』より風情があると思ってしまう。

 一昨日は11月1日、確かに11月だから『木枯らし1号』と気象庁が表現しても間違いない。こんなことにこだわる私が変なのだろうが、『立冬』までにまだ1週間もあるあるのだから季節的には晩秋で、冬というには早すぎる。さらに昨年よりも17日も早いというのに、あのあまり冷たくない風を、何故わざわざ『木枯らし1号』などと発表したのか、そちらの方が気になる。

 昨日の朝の天気予報で、男性気象予報士が『木枯らしにしてはあまり冷たくなかったですが・・・』という表現をしていたところをみると、気象予報士の中にも疑問に思っている人もいるのだ、と何だかホッとした気分になる。

 気象庁は以前にも、『立春』より前に吹いた、やや強い南風を『春一番』と発表したことがあるが、気象を学ぶ基礎・基本は『季節感』と確信している私には、こんな無茶苦茶な解釈で、公に発表してほしくないと願いたい。

 日本古来の『季節表現』は、立春からはじまり立夏までが『春』であり、順次『立夏から立秋』『立秋から立冬』と続き、その間がそれぞれの季節である。それが基本となって、様々な季節の自然現象を表す言葉が生まれていることを忘れたくないものである。

 それが俳句の『季語』として、日本人の心の『季節感』として脈々と受け継がれていることも・・・である。(田舎親父)

2008年11月 2日 (日)

努力が裏目 そして校長が処罰とは・・・

 神奈川に『神田高校』という高校があるそうだ。先日、その高校が入学試験で内申書、学力試験、面接の総合的な成績順位は合格圏内に入っていたのに、願書受け付け時の服装、態度などが悪いので不合格にしていたという記事があった。

 読んでみると(県教委の発表として)願書受付日や入試会場、前期選抜の合格発表の場で、同校の教諭が『受験生の著しく目立つ点』を点検。『態度が悪い』『髪を染めている』『まゆ毛をそっている』『スカートが短い』『化粧をしている』『ピアスの穴がある』などと細かく記録していたとある。そして、同校では新入生のクラス編成の判断材料にするため、以前からそうしたチェックが慣習化。学区撤廃で受験者が増えた05年度以降、当時の校長が『学力が低くてもいいからまじめな生徒を多く集めたい』と発案し、その結果を最終合否に影響させるようになったとのこと。

 そして(どこからバレたのかわからないが)このような基準で不合格になったのが、3年間で22名に及ぶということが明らかになったらしい。県教委は早速、校長に対して謝罪することを迫り、謝罪会見に時をおかず全てが校長の責任として校長を更迭する早業に、その慌てぶりがよく分かる。

 確かに、記事から判断すると『合格基準に到達』している者を、服装や態度で不合格にするのはル-ル違反に違いない。しかし、県教委のこの慌てぶりの方が余程気になる。

 この高校の偏差値は現在、県立の公立普通科高校の中では最低レベルらしいから、『名前が書ければ入学できる』とか『行かない方がマシ』という噂があったのではないだろうか。自分の名前さえ・・・とまで学力がないとは思わないが、テストの点数が低い子どもたちはどうしても気持ちが荒れるもの、指導しにくいことはまちがいなく、教師たちが一致して『お断り』したい気持ちも理解できないことはない。

 子どもたちの尻を叩くために『こんな成績だと○○高校にしか行けないぞ』という脅しも中学校の教師たちがよく使う手。子どもたちを『○○高校には行きたくないから勉強する』気持ちにするには効果的な手段だからである・・・。○○に神田と当てはめたと考えても何ら不思議はない。

 こんな風評の学校に赴任させられた校長以下教職員こそ大不運、気の毒このうえない。自分の意思は一切関係なく、しかも特別手当もないとなると、校長と教師が一致して『指導困難』だと思われるような子どもはゴメン被りたいと思う気持ちはよく分かる。

 神奈川の県立高校の入試は内申点(=通知表の成績)重視だそうだ。そうなると、内申書は中学校の教師が作製するものだから教師や学校の主観が入ることは否定できない。普段の態度が悪い生徒は当然内申点が低くなり、テストの結果が多少良くても評価は下がる傾向は、ある意味仕方ない。

 この学校のような低偏差値の学校では、内申点数の足切りはできないはず。すると態度の悪い子たちはこの学校に集まることになるということになる道理・・・。ところが高校進学は当たり前、希望するものは受け入れるべき・・・というのが一般論になっている今日、神奈川のこの地域では『神田高校』はまさにその受け皿になっているのだろう。

 恐らく他の都道府県にも、このような学校は存在するはず。そして、これではこんな高校が荒れるのは当たり前。なんでも体罰・・・と騒ぐご時世ではゲンコツ一つできない教師が指導できるレベルではなさそう。教師たちは日夜悩んでいることは想像に難くない。場合によったらストレスから心身症を引き起こしている教師も多いのではないだろうか。

 偏差値=学力。学力のある子はまじめな子と価値観が固定し、学校は偏差値だけで合否を決める現在のシステムに対して『学力が低くてもいいから、まじめな生徒を多く集めたい』と『受け皿』から脱出しようと知恵を出し、せめてもの抵抗をしたのだろうが、制度の前に『悪者』にされてしまったというところだろう。

 これは神田高校だけの問題ではない。小学校でも学校を選ぶのは権利と言われて、学校選択性が流行りになっている現在の風潮では、ほとんど都道府県が大学区制を取り入れ、地域内のどの高校でも選べる制度が広がっているらしい。

 そして、学校によって偏差値で足切りしている現状では、100の高校があるとそのトップからビリまで明確な序列ができるのは当たり前。これを競争という単純原理で見過ごしていては第二・第三の『神田高校問題』が現れるのは間違いなさそう。

 いや、もっと恐ろしいことだが、校長以下配属された教師たちが『運の悪さ』をじっと我慢して、ただ何もせずひたすら転勤の時を待つ、そんな事態すら考えられないこともない。そうなると神田高校なりに指導しにくい生徒お断りという方針は『当たり前でよくやった』と評価したくなるのでは・・・・。

 この問題は大学進学基準を見直さない限り解決の道はないが、どんな高校・大学でもなんとしても入学することが必定となっている現代の風潮を、根本的に考え直さなければならないのだろうが、『全国学力テスト』なんてものは、逆に競争激化に導き、序列と格差をよりいっそう鮮明にする何ものでもないと思うのだが・・・。(田舎親父)

2008年11月 1日 (土)

農地を奪われた人々の気持ちを考えたいもの・・・

 先日、羽田空港の拡張工事が完了する2年後には、パリとの間で定期直行便を運航することで日仏両国が合意した、とニュ-スが新聞に掲載された。両国航空会社が1日1往復ずつ運航するとのことである。

 この問題は以前にも取り上げたことがある。確かに、東京周辺、特に東京や神奈川の住民にとって、羽田という拡張を重ねて、すでに3本も滑走路を持っている国内最大の飛行場があるのに、それを横目に見ながら成田に出かけなければならない不便は、精神的にも経済的にも不満タラタラ状態であることは間違いない。

 私は毎年、蚕の先生たちの仲間に入れていただいて中国雲南省に旅をしている。だいたいは広州経由で昆明に入るル-トをとっている。成田-広州は空港や航空会社の方針だろうと思うが出発便が午前便である。

 10時ごろならばその日の朝に自宅を出ても十分間に合うのだが、8時台の出発となると、始発の電車に飛び乗っても集合時刻に間に合わない。仕方なく成田に一泊という経験も数度・・・。成田に一泊となると、少なくとも1万数千円は余分にかかってしまうが、こんな時は『何故、羽田をもっと使わないのか・・・』と憤る気持ちを抑えるのに苦労する。

 私事はさておいて、今回発表されたように、羽田の拡張工事が完成すると国際便を今まで以上に増やすことは、既成事実になっているようだが、はたしてすんなりこの方針を容認して良いのだろうか・・・。

 成田に空港を造る計画が突然発表された時、成田の農民たちの驚きと怒りは大変なもので、それがあの大反対闘争となって展開され、今も続いている。相次ぐ強制執行によって農地を無理やり奪い取り、強引に空港が完成し、実際に営業し始めたのが1978年。

 あれから30年過ぎたが、毎年、離陸の際に機窓から見る、工事現場そのもののような塀と『絶対反対』の横断幕、そして二軒の農家という風景と変わらない。初めて見る外国からの観光客にとっては、きっとこの風景は異様に感じるのではないだろうか。

 できれば、外国の人たちにそんな風景は見せたくないが、それほど農家の人たちの反対の気持ちが強かった現れと、この風景を見るたびに『最後まで抵抗してほしい・・・』と応援したい気持ちになってしまう。そして改めて、何故そんな農民の反対の声を、権力という暴力で押し切ってまで成田に空港を作ったのだろうと、時の政府や権力者に対しての憤りが蘇る。その思いは今でも消えない。

 多くの農家は泣く泣く農地を手放し、移転したり転業を強いられたはず。つい一月程前に国交相になったとたん『成田の農民はごね得・・・』と、全く農民の真意を曲解した、的外れの自分勝手なバカな発言でクビになったナカヤマとかいう無神経お馬鹿な男が、現在でも政治屋として存在するという事実に怒り、先日思いを綴った。

 今回はパリ便に合意したとのことだが、成田へのアクセスを考えると、一般的には歓迎されるのは間違いなさそう。すると、他の欧州便にもとなるのは当然の成り行き・・・。数年後には、アメリカの51番目の州的な発想の日本政府は『俺にも使わせろ』というアメリカの要求に押し切られて、結局はアメリカ便も羽田ということになるのではないだろうか。

 しかも、騒音問題が解決した羽田は、午後10時から午前7時の深夜早朝枠が使えるとあって、国内はもとより各国(発展途上国と見下している国以外)の航空会社もこぞって、羽田への乗り入れを希望、そしてその通りに・・・。

 深夜便は首都圏の現在の交通アクセスなどから考えて『あまり利用されないだろう』という意見もあるそうだが、24時間営業が当たり前の都会では、交通各社は終電時刻を少しのばし、始発を早めることなど朝飯前、ますます深夜でもラッシュという状況が広がるに違いない。

 国際線の便が羽田発着になることを望んでいる人が圧倒的だろう。私も便利さを考えると羽田になってもらいたい一人であるが、成田の存在価値さえなくなってしまう恐れがある動きには反対の意思を現すべきだと考えている。

 泣く泣く農地を追い出された農民のことを考えたら、成田空港を元の農地にかえて農民に返還できれば一番良いのだろうが、そんなことは絶対に不可能。ならばできるだけ緊急に、しかも真剣に多くの関係者が知恵を出し合い、羽田と成田が両立できる方法を議論してほしいものである。(田舎親父)

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