インドネシア人介護師達の将来は・・・
昨年の8月だったと思うが、日本とインドネシアの『経済連携協定(EPA)』という約束事に基づき101人のインドネシアのすでに現地で看護師資格を持つ若人たちが、日本の介護現場で働くために来日したという報道があった。
当時の記憶では、彼らは約半年の日本語教育を受けて、全国各地の病院や介護施設に配属されるとのことだったが、またまた人手不足を解消するために外国に頼るという最も安易な方法を選んだことに(確かこの小欄でもこの危惧は書いたような気がするが)一抹の不安を抱いたものである。
つい先日、約半年の研修が終わり、現場で患者や要介護者との日常的な会話のやりとりができる程度の日本語を習得できたとして、24都府県の特別養護老人ホームなど51施設で、介護福祉士の資格取得を目指し働き始めたというニュ-スが流れた。
映像をみる限り、希望に満ちた彼らの笑顔が溢れていた。実際に彼らが一生懸命に仕事に励むだろうことは疑わない。しかし、インタビュ-された若者はごく一部、彼らをみる限り何とか日常会話はできそうだと思うが、はたして101人が同じ程度の日本語会話力をつけているのだろうか・・・。
思い過ごしかもしれないが、挨拶や業界用語などは理解できたとしても、日本語の持つ特殊な『あいまいさ』とか『言い回し』まではとても習得できているとは思えない。
彼らは必死に老人たちを介護するだろう。介護される老人たちも、そのひたむきさに驚き感謝するに違いない。しかし、感謝の気持ちは慣れるに従って薄れるのは当然で、時が過ぎるに従って、最初に老人たちが感じた『ひたむきさ』は日常的な『当たり前』と受け止めることは想像に難くない。
中には、意地悪な老人もいるに違いない。『お金を払っているのだから当然』という考え方で介護されることに感謝の気持ちがないと態度に現れるだろう。すると、彼らは自分に何か落ち度があるのではと悩むのではないだろうか。
たった半年だけの上辺の日本語会話教育を受けただけの彼らに、とても十分なコミニュケ-ション能力が培われているわけがない。気持ちを表す言葉が素直に表現できない・日本語の機微が分からないとなると、表面的には現れないかもしれないが、心の中でのトラブルは避けられないのではないだろうか。
加えて、彼らの大半がイスラム教徒。イスラムの教えは日本人ではちょっと考えられないような厳しい戒律があるという。映像でも紹介していたが、一日4.5回の礼拝は信者としての基本的に勤めだという。それも時間が決められて、アッラ-の神に身体を折り曲げて伏し拝む姿は、神秘的といえばそれまでだが、何故そんな礼拝が必要なのか理解することは不可能に近い。
受け入れる介護施設側は、彼らのために『礼拝所』を設けるらしい。当面は彼らの信仰心に深さを認めて感心するかもしれないが、何が起こっても奇怪しくないのが重度の介護を要する人々を預かる現場では、いつまでこの習慣を鷹揚に見守れるかも疑わしい。
彼らの大半は日本に定住し家族を呼び寄せたい希望を持っているとのことだが、今回の約束事では、来日から4年以内に日本の介護福祉士資格を取得しなければ定住は認めず国外退去になるとのこと。これは厳しい。受験には3年間の実務経験が必要なため受験機会は一度だけでは、101人が全て合格できるとはとても思えない。
介護業界では低賃金や重労働が敬遠され人手不足が深刻だという。その解決に力を入れず、定額給付金など何の役に立たないカネ(それも二兆円に加えて諸費用が数千億という莫大な金額)をバラまいてカネで票を買おうとしているのだから最悪・・・。
安易に外国から安い賃金で、しかも言うことを聞く若者を外国に求める。これでは、自動車業界が札束で横っ面を張り倒して日系のブラジル人を大量に連れてくることと同じパタ-ンだといっても過言ではない。
さらに気になるのは、昨年10月から情勢が一挙に変わり介護業界に職を求める人が急速に増えていること。介護施設側も簡単に人集めが可能となると、言葉に壁があってしかも宗教や習慣や文化の違う若者など必要ない・・・なんてことになりかねない。
第二陣として同様に来日した看護師候補者104人は、2月12日に日本語研修を修了し、23都府県の47病院で就労を始める予定だという。来月には景気がもっと後退しているだろうから、どこからかの圧力でこれに類するニュ-スさえ流れないか、流れても極少なくなるのでは・・・。(田舎親父)


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