旧成人の日に思う・・・
成人の日と成人式はすでに今週の月曜日に行われたが、相変わらず各地で新成人たちが大暴れしたらしい。横浜でも市長が壇上に上がると『ヒロシ・ヒロシ・・・』と騒ぎだしたので、市長が怒鳴るという光景があったと新聞は紹介しているが、このところ市長の醜聞が広まっているので、新成人たちは冷やかし気分があったのかもしれない。
私が成人式を迎えたのは半世紀近く前、当時は富士通に勤務していた関係で川崎の会場で迎え、職場の仲間が代表で挨拶をしたこともあったのだろうが、おとなしく市長などの祝辞に耳を傾けていたことをうっすら覚えている。
ところが最近の新成人は家庭でも学校でも自分で考える訓練をさせてもらう機会が少ないらしく、その場の雰囲気によって自分を失うことが多いようだ。会場でヤジるのはともかくの酒を飲んで酔っぱらって事件を起こすことは、日頃のウップンを誰にぶつけて良いのかが分からず、ついつい爆発してしまうのだろうが社会的に許されることではない。
この成人の日であるが、古くは武士の元服式の流れをくんでいるのだろうが、桃の節句や端午の節句、あるいは重畳の節句のように古から伝えられた行事が元になったわけではなく、戦後虚脱状態の青年たちを励ますために蕨市の大人たちが企画した青年祭がはじまりだという。
それが全国に広がったのか、時の政府がその企画をいただいたのかは分からないが、翌年からは1月15日に固定されるようになったらしい。何故1月15日なのかははっきりした説はないが、当時の文部省あたりの役人たちの頭には、恐らく『小正月』という改めて年のはじめを祝う風習とリンクしたのではないかと推察している。
正月は当然だが小正月も地域全体がお祝いする風習があり、その日ならば二十歳になった若者も集まり易いだろうと考えたのだろうが、当時の大人たちは、ほとんどの若者が都会に集まる社会がやってくるなんて考えもつかなかったようだ。
長年、私の頭の中には成人の日が1月15日だとインプットされていたが、2000年からこの日が1月の第二月曜日と決められているので、毎年のように日にちが変わることに何か変な感じを受けていたことは確かで、何となく気になる自分に『歳なのかなあ』と苦笑しているところ・・・。
先日、この月曜日を祝日にして連休を多くする、所謂『ハッピ-マンディ』制度の導入を最初に提案したというT氏の文章を読む機会があった。
氏はその中で、『成人式』というのは武家に伝わる行事。多くの商家などにも広く普及して、それなりに『国民』行事となっていたと思うが『建国記念日』や『憲法記念日』、『海の日』『「文化の日」『勤労感謝の日』などの祝日は、もともとが明治になって制定された祝日であり、本来『「国民の」祝日ということであれば、国民が祝日を祝う行事のしやすいように変えることもあっていいと思う、と単に『休みの都合で』勝手に変えた訳ではないとユ-モアを交えて述べている。
そして、1月15日の成人式は、東京などの大都市出身の若者はよいのだが、地方からの出身者の場合には1月も半ばだと郷里で式が挙げられず、結局、正月か夏の盆時期に合わせて成人式を行なうという地域自治体が多数あるので、ならば、1月に3連休を設けて成人式をやりやすくしたほうがいいと考えたとのことである。
さらに、良し悪しは別として、昔と比べて、今は家族が転勤や学校などの関係でバラバラに離れて暮らすことが普通になってしまったので、せめて家族が祝日の時くらいは一緒に過ごすことができればいいというのが考え方だったと述べる。
T氏とは『長期休暇を利用した家族旅行の在り方・・・』というテ-マだったと記憶しているが、内閣府だったかの委員会で同席したことがある。氏の提案にもっともだとうなづいたものであり、さらに家族旅行を進めるために学校を二学期制にして秋休みを作るという新しいは発想もこの場で聞いたことも覚えている。
私は二学期制度には賛成だが、夏休みを挟んだ二学期制度には疑問を呈して、9月を年度始めにし、7・8月の2ケ月は夏休み、教員の給料は年俸制にし、その間を教員はフリ-にするべきだと発言したが、まさか、結果的に『秋休み』を作るために4月入学の現行をそのままに、授業時数の確保という大義名分で無理に二学期制度を導入する自治体がこれほど多くなるとは予想できなかった。
当時、委員会の席上では『学力低下』など話題にもならなかったが、もし今同じような議論をする場があったら、家族旅行を進めるための『秋休み』など話題に出せない雰囲気だろうことは想像に難くない。
何かまとまらない文章になってしまったが、二学期制度は別にして、いっそうのこと高校を義務教育にして、さらに成人の定義も18歳とした上に(例えば3月30日)に成人の日を持っていくというのはどうだろう。
都会でも地方でも全員が参加できる場になるのでは・・・。そうなるときっと今のようなバカ騒ぎは少なくなるに違いない・・・なんて思う今日(『旧成人の日』)である。(田舎親父)


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