イスラエルは消滅するのでは・・・
宗教や民族の対立から流血の戦争騒ぎになることは昔から繰り返し行われていたことであるが、今回のイスラエルとバレスチナの戦闘はその最終段階に突入しているのではないかとさえ思われる展開になってきた。
自然界には食物連鎖があり、それぞれの領域には一番上に属する動物が君臨していることはよく知られている。北海道におけるヒグマなどはその典型だろう。頂点に立つヒグマもそれぞれ縄張りを持っており、その縄張りを侵すものがいれば命をかけて戦う姿はよくテレビや映画で紹介されている。
しかし、相手を殺すまで争うことはない。どちらかが逃げ出すか敗けを示すポ-ズをとった瞬間に争いは終わり、何事もなかったように時が過ぎていく。それが自然界の掟だと教えられたし、その通りだと受け止めている。
ところが、頂点に立つ動物をも、頭脳で生み出した武器を持って隷属させていると自惚れている人間は、太古の昔から人間同士が争い殺戮を繰り返し、しかも相手が敗北を認めても執拗に破壊するという行為を続けてきたのは、どういうことなのだろう。
その意味で、人間の知恵は複雑になりすぎて『命の存続』ということに関しては動物以下なのかもしれない。
今ガザではイスラエルカラの砲撃で戦闘員でもない一般の人たちが毎日のように、抵抗もできない状態で命を奪われている。先日は、平和維持のために国連が建設した学校にも砲撃を加えて、子どもや戦闘を避けてここに身を寄せ合って暮らしている人たちを殺戮したというニュ-スは信じられないが、イスラエル兵士によって一カ所に集められた市民に砲撃しているのはとうてい許されることではない。ナチのユダヤ人に対する虐殺がイスラエルの国民の心にいまでも息づいている報復なのだろうか。
イスラエルによると、バレスチナのハマスがロケット弾からイスラエル国民の命を守るための自衛の攻撃だという。しかし、一人のイスラエル人の命に対しては100万のバレスチナ人の命を奪うのも厭わないという現在の暴挙は、ヒットラ-を擁護するわけではないが、ドイツそのものがユダヤ人に支配されるとの危機感から皆殺しを選択したナチと同じ思想と同じように思えてならない。
イスラエルの建国の歴史は、かってユダヤの民かちがエレサレムを中心にして平和に暮らしていたという旧約聖書?を元に、世界中に広がって豊かな経済力を保持していたユダヤ人達が集結、その富みに裏付けられた軍事力で、その地に住んでいたパレスチナの人々を追い出すために数度の中東戦争を引き起こしたことは記憶に新しい。
当時は、現在以上に欧米が圧倒的に世界中を支配していた時代、アメリカやイギリスの強大な後押しでユダヤ人の論理が通ってイスラエルが国連によって国として承認されたことは、まちがいない事実。その意味では欧米が軍事力によって作り上げた国家と言っても過言ではない。
その背景には、宗教が潜んでいることも見逃せない。あのような面倒で形式的なしかも明らかに女性を差別しているイスラム教という宗教が、多くの人々の心をとらえるのか私に到底理解できないが、強烈なイスラムの教えが人々の心の中に延々と働き続けていて、祖先から守り続けてきた土地を奪ったユダヤ・キリスト教に対する憎しみが凝縮しているに違いない。
だからこそ、このような自らの命をも犠牲にすることなど厭わない精神構造が構築されるのだろうし、恐らくイスラエルは武力を持っては、到底イスラムの人々を屈伏させられないことは明らか。
パレスチナの人たちの怨念が、イスラエルの国民を悩ましているらしく、一発のロケット弾が引き金になってガザ地区に侵攻、無差別な殺戮を加えている事実を知りながら、自分たちを守る聖戦だと支持しているというから恐ろしい。
イスラエル対して、国連はアメリカを除いて全ての国が反発。即刻停戦を求めたのにもかかわらず、イスラエルは聞く耳持たぬとの態度に、イスラエルという国は滅びの道を選択しているように思えてならない。
一日も早い停戦の実現で、これ以上の一般民間人の血が流れるのを防いでほしいが、それにしてもアメリカのずるさと国連の無力は、何か『国際連盟』の末期状態になってきたように思えるが。
2012年の冬至に次元が変わるというが、次元が変わらないと人間同士の争いはなくならないのかもしれない。その意味ではその日が待ち遠しい・・・。(田舎親父)


ユダヤ人はユダヤ教です。
キリスト教とは違います。
ちなみに、旧約聖書はユダヤ教・イスラム教・キリスト教の
共通の聖典ですが、新約聖書はキリスト教独自のものです。
投稿: ななし | 2009年1月12日 (月) 10時53分