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2009年2月

2009年2月28日 (土)

またまた政治屋サンの不適切発言・・・

 総務会長というポストが自民党内でどのぐらい重要なのかは知らない。かなり重要なポストであるだろうことは政治音痴の私にも理解できる。
 その総務会長が内輪の会とは言え、報道陣が陣取っている中で、01年に起きた米原潜と実習船『えひめ丸』の衝突事故を、自分の経歴の中で取り上げて『森内閣の時に閣僚に任命されてうれしかったが、運悪く潜水艦がこともあろうに船の上にドーンと上がって、あれでやむなく、(内閣が)沈没した』と発言したとのことである。
 この事故のことはよく覚えている。『えひめ丸』には何の過失もない。順調に航海している時に、突然潜水艦が下からぶつかるなんて、どんな経験を積んだ人が船長であっても絶対に避けられない事故である。
 第一報を聞いて、『そんなバカな・・・』と、なにかの間違いでは・・・と思ったこともはっきり記憶している。
 もっとはっきりと思い出すことは、党内選挙もせずに闇の中で首相になった、当時から『サメの脳味噌』の持ち主といわれた御仁が、その、まさかの事故の報告を受けたにもかかわらず、『高校生が何人か死んだ程度だろう・・・』と悠々とゴルフを続けていたという報道だった。
 この姿勢には、さすがのおとなしい世論も沸騰し内閣が倒れたのだが、笹川という総務会長は当時『総合科学術技会議担当』という、なにか取ってつけたような名前の大臣、その大臣を辞職したのは『ゴルフをやっていて首になったわけではなく、運悪く、あんな事故があったので、閣僚として責任をとった』と言いたかったようだ。
 しかし、政権政党の総務会長が、笑いをとるつもりで口にする話題ではない。遺族の方が聞いたらどんな気持ちになるのか・・・なんて全くわかっていないのが恐ろしい。
 早速、このことをマスコミが取り上げて批判していたが、この御仁は全く自分が言ったことが、どんなに不適切なことだということを理解していないらしく、TVの取材に対して『船が沈んだんだから、内閣だって沈んだんだよ。遺族ったって、日本政府は全然関係ないじゃん。だって亡くなったのは事実だもん。別に遺族のことなんかに触れているわけじゃない。辞めたって言っただけの話。何がおかしいの・・・』とのたまったという。
 これは放置できない。『えひめ丸』が所属していた宇和島水産高校の校長がすぐ反応して『不適切な発言』と抗議のコメント出したのは当然だろう。市長も『こういう時に、ああいう例を出す必要はないんじゃないかと感じた・・・』と不快感を示したとあるが、もっと大々的に抗議しても良いのではないだろうか。
 繰り返すが、『えひめ丸』には何の過失もない。船はハワイ沖を航行中、急に浮上して来た米国の原子力潜水艦に激突されて、船が沈没。教員5人、生徒4人の計9人が死亡。また生存した生徒もPTSDなどの後遺症が残っているという。
 当時の実習生の何人が海の男になりたいという夢を実現しているのか詳しくは知らないが、多くの若人の命と気持ち、そして未来を奪ってしまったのは間違いない。
 アメリカ軍潜水艦は当時、民間人を乗せて『お楽しみ』のイベントで急浮上・急降下を繰り返していたとのこと、乗組員が海上の安全確認を十分に行な環図に急浮上したことが原因だった上に、こともあろうに、潜水艦は事故に気付きながら、海に投げ出された『えひめ丸』の教員や生徒などの乗員を救助しなかったというから国際的にも弾劾されるべきだと思うのだが、日本政府の態度は例によって弱腰で何となくウヤムヤになってしまっているようだ。
 葬儀に、しおらしい顔で参列していた潜水艦の船長はこんな事故を起こしても裁判にもかけられず名誉除隊してのうのうと年金暮らしをしているというから、遺族や関係者の方の気持ちは複雑だろう。
 昨日になって『不適切な部分があり、関係者にご迷惑をおかけした。発言を取り消し、おわびしたい』と謝罪したようだが、今回の笹川発言をもう少し重要に受け止め、もっと早く自分の発言の不適切さに気付くように諭すのは、総裁であるアソウ首相や自民党の幹部たちの任務だろうが、そんな余裕も能力もないようだ。(杉)

2009年2月27日 (金)

いつか来た道に迷い込む愚は避けたいものだが・・・

 たった1時間のお目見え許可を得たので、大喜びして往復22時間もかけてアメリカ詣で終えて帰国したアソウ首相は鼻高々に成果を発表していたが、疑問符だらけ・・・。

マスコミもイマイチ熱のこもった報道ではないように感じたのは、完全にこの内閣の命運を見限っているのではないだろうかと思えて仕方ない。

歴代の日本の首相と会談した時に必ず行っていた昼食会もなく共同の記者会見も開かれなかったという。この日オバマ大統領は議会での初演説をする重要な日だったことから、仕方ないという見方もできそうだが、それなら数日ずらせば良いのに・・・と思えてしまうのは政治に素人だから・・・?。

初めてあう外国の首相に日本を選んだのは、日本重視の現れと報じられているが、あまりにも軽い扱いに、こんな仕打ちで満足して喜んでいるとはバカみたい・・・と思っている人も多いのではないだろうか。

ブッシュのポチと言われたコイズミ元首相でも、訪米した時はブッシュ大統領と和やかに昼食をとっている姿と、何よりブッシュ大統領が肩を抱くようにして記者会見に望んでいる映像が全世界に発せられたものだが、アメリカのメディアは今回のアソウ首相との会談はほとんど無視したというから情けない。

無視どころか、中には『たった1時間の会談のために1万1千キロの長い旅』などと、首相の訪米を皮肉を交えて報じたメディアもあったという。そこまでしても国内での人気挽回につなげたいとは・・・という意味にもとれる表現にもかかわらず・・・である。

今回の会談は日本側の強い要望で実現したらしい。会談の具体的な内容は知らない。が、アフガニスタン支援の戦略作りに日本も参画することで合意したとのこと、これはあまりにも危険である。

アメリカ側はむろんアソウ首相の政治的な窮状は承知の上で、オバマ大統領にとって最も重要な施政方針演説の日に会談日程を入れたのは、多くの識者たちが語っているように何とか国内で人気挽回をはかりたいという首相の弱みにつけ込んで、アフガニスタンでの協力を取り付けるためだった・・・に違いなかろう。

オバマ大統領はイラクとの戦争には反対していたという。大統領になったら速やかにイラクから撤退するとも述べていた。そして就任後その方向で進んでいるのは何よりも平和を愛する私には嬉しいことである。

しかし、アフガニスタンではテロと断固戦うという姿勢がよく分からない。アメリカの事情があって、どうしてもアフガニスタンでの内戦にかかわらなければならないのだろうが、イラク介入が失敗だったと内外に宣言しながらアフガニスタンに介入しなければならない明確な理由が、彼の素晴らしい演説の中に見当たらない。

日本は太平洋戦争時、徹底した教育で『お国のために命を捧げる』ことが日本人として当然という意識を作り上げ、多くの優秀な若い命を『特攻隊』という形で奪ったことは悲しい記憶として私たちの心に残っている。

イスラムの人々、特に貧しい若者たちは『宗教』という『最大の教育』で命を捧げることが『正しい選択』として埋め込まれている。

我が国場合、教育理念を変えることによって『お国のために・・・』なんていう考え方を消滅させることができたが、人々の中に絶対的な考え方として面々と流れているイスラムの教えが消えない限り、アメリカが言う『テロ』がなくなる訳がない。

先日民主党の小沢代表が『アフガンでも勝てない・・・』と言ったと伝えられているが全く同感である。イスラム教という宗教がなくならない限り、自爆テロという自らの命と引き替えにする若者たち(女性も含めてというのが宗教の怖さであるが)が次々と現れるのだから、これは勝てないどころか結局はアメリカ自身が衰退するのは明らか。

昨日の新聞には、アフガニスタン問題では、アソウ首相は日本の支援を強化・加速すると伝えたのに対し、オバマ大統領は『開発、治安、インフラなどの分野でやることは多い。日本の積極的役割を歓迎する』と述べ、追加貢献に期待を示したとある。

先日も書いたが、なにかどんどん戦争の足音が大きくなっているような感じをしているのは私だけではないだろう・・・。(田舎親父)

2009年2月26日 (木)

机上の空論か・・・

一昨日夕刻、悪名高き厚労省が、5年ごとに行う公的年金の財政検証に基づく今後約100年間の将来試算を発表したというニュ-スがNHKのテレビで報じられた。

一応興味があったので、アナウンサ-の声に耳を傾けていたところ、今後こうなるというグラフを交えて説明していた。なるほど、アナウンサ-の説明はわかりやすい。

しかし、どうも納得のいかないことばかりである。まず、今年年金を受けとる年齢になった65歳の定年時の夫婦の平均手取り月収が35万円ということ。上を見ても下を見てもきりがないので、何とも言いようがないが、定年時夫婦で30万円(専業主婦という扱いだろうが)は少なくないだろうか。

それは後で述べにとして、現在の厚生年金の手取り月収が現行では22万円とあるが、私が受け取っているより多いのが何とも不思議。

私は現職時代、月収手取り35万円以上いただいていたが現在の年金はそれには及ばないというのは、ひょっとして私も消えた年金組の一人かな・・・と思ってしまう。

周りの人がいくら受け取っているのか知らないが、少なくとも私の仲間では似たようなものらしいから、この試算そのものがおかしいのではないだろうか・・・。

それはともかく、現役のサラリ-マン諸氏が受け取れる額の試算がまた素晴らしくいい加減、バラ色もバラ色、厚生年金の支給水準が62%から50%に落ちても、何の心配もないような額に驚いてしまった。

その時アナウンサ-の言った詳しい数字ははっきりと覚えていないが、15年後には手取り額が50万円、さらに30年後には72万円になるとのこと、それぞれの年金は28万、34万円ぐらいになると言っていた記憶がある。

アナウンサ-氏は、盛んに年金額は増えるが所得代替率(給付水準)が落ちることを強調していたようだが、聞く限りこれだけ年金が支給されるのだったら御の字ではないだろうか・・・。というのが感想だが、私の立場を基準にして考えると、最初の計算から狂っているのだから、こんなにうまくことが運ぶなんてとても思えない。

思えないどころか、間もなくこのシステム自体がマヒするのではと懸念しているが、何のためにあえてこの時期に厚労省はこんな数字を出して来たのだろう。

厚労省はこの試算結果をもとに、04年の年金制度改革の際、政府・与党が約束した『百年安心』とか『現役世代の五割の給付確保』が達成できるとしているという。その論拠は私には難し過ぎてよく理解できないが、数字の目眩ましとしか思えない。

多分に私と同じように、これを真に受ける人は少ないのではないだろうか。変な数字をあげて取り繕うより、少子高齢化の進行で年金制度を支える現役世代が減る一方、受給する高齢者が増え、制度運営が厳しくなっている状況を国民に明らかにするべきだろう。

厚労省(社保庁)のこれまでのデタラメ経営を謙虚に反省し、国民が納得する体質完全を行った後、現在の年金制度維持のために経済の回復に全力を挙げるとともに若年層の雇用の安定に具体的な方策で、信頼して保険料を納めても大丈夫という雰囲気をつくることが大事だと思うのだが・・・。

それにしても何故こんなに少子化が進むのだろう。フランスは出生率2.0だという。日本と比べて経済力が豊かとは思えないが、食料自給率は200%。

このあたりにヒントがあるのではないだろうか。少子化の原因と対策を真剣に進めなければ、年金制度の維持などは絵空ごと、いい加減な数字より具体的な方法論を聞かせてほしいものである。(田舎親父)

2009年2月25日 (水)

確実に暖かくなっている・・・

 東京の昨年12月から今年2月における平均気温は8.6℃だったとのこと。これは過去30年の平均を1.9℃も上回り、過去130年の観測史上最も暖かかったという記事を見つけた。

『何だ、たった1.9℃か・・・』と一見たいしたこととうつらないかもしれないが、気象学的は大変な数値。気象庁は平年より0.5℃高ければ『暖冬』という発表するということを知っていると、如何に今年が暖冬であるかがよく分かる。

気象庁は一応、降雪日が2日と発表しているらしいが、白いものが一瞬チラチラした程度で、うっすら雪化粧という表現すらできないとなると、これを『降雪日』とカウントして良いのか疑わしくなる。

私は毎日のようにカメラをぶら下げて近所(数kmほどを近所と言ってよいのか分からないが)を歩いて目立つ動植物の様子を撮影するのを半分趣味としているが、『大暖冬』と言われた一昨年よりもさらに季節の移りが速いことで、今年の異常な『暖冬』を身近に感じている。

この暖冬傾向は日本ばかりか世界にも及んでいるらしく、今月はじめにはアメリカの五大湖の一つのエリー湖で、湖面を覆っていた氷が岸から離れて流氷となり、氷上で穴釣りをしていた人たちが漂流したというニュ-スには驚かされた。

134人が8日朝までにヘリコプターや船で救出されたというから、例年ならば氷が流されるなど考えもできないこと、分厚く張った氷の上でウイスキ-でも飲みながら穴釣りを楽しんでいたのに違いない。

100人以上の人は自分たちが乗っている(、変な表現だが)『氷の大地』がいつの間にか漂流していることにも誰も気付かなかったという。それほど静かに漂流していたのだろうが、この湖の大きさが想像できる。

誰かが異常に気付いて携帯ででも救助を要請したと思われるが、氷上での人々のパニックの様子は相当だったのではないだろうか。被害は一人が氷から落ちて死亡。この方は気の毒だが、よくぞ犠牲者が一人ですんだものである。

『暖冬』ではなく『熱波』の悲劇もある。オーストラリア南東部で発生した森林や原野の大規模火災が200人以上の人々の命を奪ったというニュ-スも痛々しい。

この地方には大森林が広がっているというから、極端に降雨量が少ないとは考え難い。例年以上の『猛暑』が続いて、降水量の少なさと相乗の原因で、この地方一帯はカラカラ状態だったに違いない。

現地の警察は人的な原因の可能性もあると発表している。不心得な人間が煙草の吸殻でもポイと捨てたとしたら、たちまち燃え広がったと考えられないことはない。

 世界で起こっている二つの例を挙げたが、多分報道されていない小さい『暖冬』や『熱波』の被害は数多いはず。私たちはこのような被害を単に『災害』と感じるのではなく、地球が発する『悲鳴の信号』と受け止めることが大切ではないだろうか。

この異常な『暖冬』は都会で生活している人にとっては快適な環境になるだろう。豪雪地帯の高齢者にとって雪下ろしの重労働から開放されるかもしれない。

決して悪いことではないように思えるが、やはり夏は暑く、冬は寒い日が続くことが当たり前。その自然の摂理の有り難さを噛みしめたいものである。(田舎親父)

2009年2月24日 (火)

醜態の裏に何かが・・・

 ロ-マでのヘロヘロ記者会見が毛階に流れ、大顰蹙をかって大臣の座を明け渡した中川という御仁へのマスコミの攻撃は続いているようだ。

毎度述べていることだが、マスコミ(特にテレビ)は『視聴率いのち』で視聴率を稼ぐためならば『何でもあり』という姿勢は昔からの伝統?。この御仁がヘロヘロ会見後にバチカンの博物館で展示品にお触りしたとか、警報を鳴らされた・・・などというのは国民の興味を煽り視聴率を稼ぐ絶好のネタだろう。

悪人とされた人間を叩けば叩くほど自分が善人という気持ちになるように思えるのは日本社会では常識。このことを最大限利用して、中川氏を叩けば叩くほど人気が上がるのだから、これでもかとはかり話題にするのは当然と言えばこんな当然なことはないが、何か叩き方が異常に思えるのは私の臍が曲がっているのだろうか。

この財務相のことは、先日(17日付け)取り上げたが、ここまでマスコミが叩くとなると、何か別の要因があるのではないかと思い始めている。

以前、ある新聞社の論説委員の方の話を聞いたことがある。この方の話では、首相や政府の要人が外国での会議に臨む時などは、関係官僚は当然として報道関係者が同行するのが常であるが、そのほとんどが政府専用機で同乗させてもらうという。その数は100人にも200人にものぼるとのことに驚いたことがある。

同行中には、首相や関係閣僚人とは親しく語る機会があり、酒やワインも飲み放題でかなりくだけた話題がでるというが、この席で語られたことは絶対オフレコが原則で、記者仲間では話題になるものの、新聞やテレビでは流れないのが鉄則らしい。

万一流れたとしたら(過去にもあったらしいが)その記者生命は終わり、悲惨な結果になるのが確実なので、このオフレコ情報が流れることは絶対と言って良いほどないとのことである。

その時は、フ-ンと聞いていただけであるが、今この論説委員のことを思い出すと、中川前大臣にはかなりの数の官僚はもとより、報道関係者がぶら下がっていたはず、ということは、中川氏は威勢よく飲んで板に違いなかろうが、一緒に酔っぱらっていた官僚や記者も多いということである。

この報道陣の中に、中川前大臣に『飲み過ぎですよ・・・』という注意を与えた人間はいないのだろうか。飛行機の中では一緒に騒いでいても構わないとしても、昼食後の記者会見があるのに、一緒に飲んで騒いでいたとしたら、報道関係社ということで一般的には尊敬に値する『ジャ-ナリスト』と呼ばれているが、その呼称にはとてもそぐわない行動だと思えてならない。

財務相の閣僚もいたというが、後からこの連中の口から大臣がワインを頼んで口にしたということが明らかになっているのも変な話。財務官僚ならば大臣を徹底的に守るのが原則なのに、わざわざヘロヘロ会見をさせるようなお膳立てをしていることが問題にされるべきだと思うのだが・・・。

先日も書いたが、中川前大臣の明らかにほぼ完全に眠っている姿と、時に目を開けてろれつの回らない発言、さらに質問者が誰かも分からないという姿はまさに『国辱』以外何ものでもない。

世界のメディアから叩かれてクビになるのは当然だが、いやしくも日本の財政の責任者、記者会見での酔っぱらったとしてもあそこまでヘベレケになれるのだろうか・・・という疑問が浮かんでいる。

私も嫌いではないので二日酔いをなんども経験している。最近は全くなくなったが会議の前にビ-ルを引っかけたことも否定しない。しかし、少なくとも自分の言わなければならないことや、万一批判されたとしたそれに対して反論できる態勢を失わないのが当たり前で、決して酒に飲まれた状態で会議に臨むことはなかったことは断言できる。

少なくとも、中川という御仁は日本を代表して会議に出席していることは自覚していたはず、こんなにへろへろ会見になるとは夢にも思っていなかったに違いない。

何故こんな状態になったのだろう。誰かがワインの中に睡眠薬のようなものを落したとしたら・・・と考えた方が論理としてはスッキリする。大勢の取り巻きの中にはお気に入りの記者などもいるはずで、その記者を侍らせて記者たちの気を引く話題で談笑していたとしたら、簡単に薬物をワインに垂らすことなどできそうだが・・・。

実際に前後の現場の状況を中川前大臣から聞いてみたいが、その場を作ることはもちろん、万一彼の口から発せられたとしても『酔っぱらいのたわごと』で葬り去るのがオチだろう。

なにから何まで釈然としない。が、私たち国民の知らない、何か恐ろしいことが舞台裏でおきているような気がしてならない。(田舎親父)

2009年2月23日 (月)

自殺も手段を選んでほしいものだが・・・

 一昨日の午後『上越新幹線が運転見合せで困っている・・・』というニュ-スが流れた。上越新幹線の下り線の大宮-熊谷駅間で、走行中の東京発新潟行き『Maxとき367号』のドアが開き乗客が転落したとのことであるが、俄には信じられない事故である。

列車は緊急停止し、JR東日本の係員が停車位置の約2.7キロ手前の線路上で男性の遺体を発見したという。このために、上越・長野・東北の各新幹線が一時運転を見合わせ、23本が運休、48本が最大約3時間程度も遅れ、約4万人弱の人々が影響を受けたとのこと、迷惑極まりない話である。

夕刻のテレビでは例によって乗客たちのインタビュ-が映っていたが、遅れに慣れっこになっているのか、怒りを露にしてしゃべる人たちは皆無。

苦笑しながら諦めた話しぶりに、きっと大変な影響を受けた人もいるだろと思うと、もう少し怒りぶちまける人もいても良さそうだのに(きっとそんな人もいたのだろうが、ニュ-ス画面を構成する段階で、カットされた?)と思わないでもない。

大宮駅発車の数分後、50歳前後の男が2号車の乗降ドア上部にある非常用コックをひねり、ドアを開けて飛び降りたのを複数の乗客が目撃している、とあるから明らかに自殺を図ったのだろうが、最近は死ぬ手段すら人に迷惑をかけなければ済まない人間が多くなったと悲しくなってしまう。

大宮を出て間もなくというから、さほどのスピ-ドは出ていたとは思わないが、それでも飛び降りたら即死することは間違いないだろう。運転手は異常を感じてブレ-キをかけ車両が止まったものの現場は遥か遠く、運転再開まで数時間どんな気持ちでいただろう・・・と想像すると暗澹たる気持ちにさせられる。

自殺する人にはよんどころない理由があるだろうことは想像に難くない。50歳前後という年齢から、最近の不況で会社が倒産して多大な借金ができ返済を迫られていたのかもしれない。あるいは、これもまた流行りの振り込め詐欺にあって生きていく望みがなくなったとも考えられる。場合によったら、犯罪を置かして逃亡に疲れて衝動的な自殺であることも否定できない。

共通していることは、生きていく望みもなく、親身に相談を持ちかけられる人がいなかったのだろうが、だからといって自殺するのは自己否定。宗教的な表現をするならば、折角『神さま(自然)』からいただいた命を自ら絶つのは許せるものではない。

まして、今回のようにどうせ死ぬのだから後のことなど知ったことではない・・・という考え方での自殺は、これは犯罪だと言っても過言ではない。

以前にも述べたことがあるが、自殺は許せるものではないが、百歩譲って、どうしても自殺を選択しなければならない人たちが存在することを認めたとしても、電車に飛び込むという手段だけは避けてほしいもの。

多くの人に迷惑を書けることは当然で、場合によったらそのために人生が狂ってしまう人もいるだろう。また、事故後車体の整備する人たちは、車輪についた肉片と油をヘドを吐きながら行なっていることなどを知らしめる場面などはあまり見聞しない。

『死ぬのは仕方ない・・・』としても、自殺の手段というか、いつ・どこで・どのようにして死ぬかは、人間として生まれた以上考えることが義務ではないだろうか。自殺する人間にはそんな余裕などあるわけがないだろう・・・という意見があることも十分承知しながらもの、このことは声を大にして訴えたいと思っている。

怖いのは、こんな事件では必ず類似犯がでること。多分に、同じ死ぬならできるだけ世間に迷惑をかけて死のう。自分が死なねばならないのは社会が悪い・・というとんでもない考え方の人間がでてくるのではないだろうか。

それにしても、コックをひねっただけで列車のブレ-キがかかるのは理解できるとしても、同時にドアを手動で開けられることが必要なのだろう・・・?。単純な疑問だが、非常時、必要なら運転手か車掌の判断で操作できにはずなのに、何故こんな危険な非常コックを設置しているのか、今まで疑問に感じなかったことが不思議でならない。

今後導入する新車両では、一定速度以上ではコックを扱えないよう装置を改める、とのことだが、早急に全ての列車により合理的な非常装置を設置することを進言したい。(田舎親父)

2009年2月22日 (日)

相次いでいる高齢者の焼死事故に・・・

 このところ毎日のように火事の報道が新聞やテレビを賑わしている。具体的なデ-タ-がないので何とも言えないが、数的には例年より多いような気がする。

特に気になるのは、火事があると必ずと言って良いほど『焼死者』がでていること。焼死者がでるほどの火事だから新聞やテレビで報じるのだ・・・という声が聞こえてきそうだが、それにしても大火事がそんなに全国的に起こっているのだろうか・・・。

しかも、その焼死者の多くが高齢者。身体の動きが鈍くなって逃げ後れることは当然なのかもしれないが、高齢者の住居からこんなに火事が多いは核家族化が進んで高齢者だけの家庭が多くなっているからだろう。

先日も、それを象徴するような火事が報じられた。愛知県で木造2階建ての約165平方メ-トルの家が全焼、2階寝室の焼け跡から82歳の老夫婦とみられる遺体が見つかったという。

煙にまかれたのかもしれないが、寝室を出ることなく焼け死んでいることから、火事と気付いても身体が反応しなかったのか、それともどちらかを介護しなければならない環境におかれていて一人では逃げられなかったことも考えられる。

出火したのは午後11時過ぎとそれほど遅い時間ではない。地方のことなので周りが早寝していたのかもしれない。あるいは、家が立て混んでいないので発見と通報が遅れたことも考えられるが、私自身高齢者の仲間入りした現在、身につまされる。

この火事でもそうだったのだが、高齢者二人だけで住むには広過ぎると思われる住宅の火事が多いのも最近の特徴のようだ。恐らく、子どもたちと一緒に住んでいたのが、いつしか老夫婦二人だけとなってしまったのだろうが、現在の世の中を象徴しているようで悲しくなる。

それにしても、悪意による放火ならばともかく、普通に生活していればこんなに簡単に出火するとは思えない・・・という気もしないでもないが、高齢者たちが落ち込み安い盲点があるに違いない。

続報がないので、今回の老夫婦の家からの火事の原因は分からない。高齢者に多いもったいないという意識が働き、寝室だけ暖かくすれば良いという考え方で小型の電気スト-ブをつけて寝る人も多いらしいが、この老夫婦はこのパタ-ンだったのかもしれない。

もったいない知識を転換させる必要があるだろうが、これが難しい。隣近所が疎遠になってしまっている今、それができるのは離れて住む家族だろう。

じいちゃん元気か・・・と電話するのも愛情だろうが、時に訪れて、煖房器具の使い方を『電気代金』を比較して教え、安全な器具を与える愛もあることを、人気タレントでも使って宣伝してほしいものだと思っている。

くだらないコマ-シャルが多過ぎる昨今、こんな考え方で正しい煖房製品の扱い方など知らせれば、かえって視聴率が上がるのではと思うのだが・・・。

もう一つ気になるのは、漏電。2年程前だったか、白昼近所で火事があった。消防はドアを破って消火活動をしていたが、原因が家人の留守の間の『漏電』と聞いて驚いたことがある。

今どき漏電で火事なんて信じられなかったが、新聞などを注意して読むと、冷蔵庫や洗濯機などの家電製品からの発火はもとより、ウオッシュトイレからも発火するという事件すらかなりあるらしいことから、今まで漏電などないと安易に考えていたことを反省し、以後電気器具の扱いには注意を払うようになっている。

寒さのピ-クは過ぎて春が底に近づいている時期ではあるが、今一度『漏電』も含めて火の用心には十分注意したいものである。(田舎親父)

2009年2月21日 (土)

簡単に『命』をやりとり?・・・

 昨日は香川の県立中央病院で、不妊治療のため体外受精をした20代の女性に、誤って別の患者の受精卵を移植した可能性というニュ-スで終日賑やか。

このことは前日ネットで発見したが、その時は文字情報だけだったので、物凄い治療をしているものだ・・・という程度に読み流していたが、昨日になってテレビや新聞などが図式を示して詳しい解説。こんなことが日常的に行われていること自体に『命ってこんなに簡単にやりとりしていいのだろうか・・・』という疑問とやるせなさが生まれてきた。

最近、とみに結婚年齢が高くなっているという。当然出産年齢も高くなり、多くの子どもを産むことは体力的なことからも難しくなるのは道理、子どもの数が少なくなっている原因の一つだと言われている。

結婚や出産は個人の自由というか事情があるのだろうから、高齢結婚・高齢出産に批判などできないことは十分承知している。反対に、子どもが欲しくて欲しくて仕方ないのに子どもに恵まれず医師の診察を受ける夫婦も多いらしい。

昔は、子どもは天からの授かりもの・・・という考え方があったが、最近では、それぞれの卵子と精子をとり出して体外で受精させ、母体に戻すという技術?の発達によって妊娠・出産することが可能になっていると聞く。それを不妊治療というらしい。

どのようにして体外受精をさせるのか詳しくは理解できないが、今回の図入りの説明を読んでみると、とり出した卵子と精子を理科の実験などでお馴染みの試験管のような器具中で受精させるとのこと。そして受精した卵を一定期間シャ-レで培養して母体に戻すらしい。

随分以前、一時期『試験管ベイビ-』という言葉が流行ったことを思い出す。当時はさほど興味や関心がなかったのか、言葉として頭の中を通りすぎていったが、人工授精のはしりだったのだろう。現代ではこぐ当たり前にこのようなことが行われているようだ。

医師も当たり前が日常になってしまい、『人間の命』を培養しているシャ-レの扱いが雑になっていたらしく、こともあろうに違う夫婦の『培養卵』を、誤って体内に戻したというからトンデモない事態である。

このあたりの記事をそのまま引用すると―― 昨年9月中旬ごろ、担当の男性医師が女性の受精卵が入った複数のシャーレを培養器から取り出し、作業台の上で発育確認と培養液の交換をした。その際、直前の作業で台に残っていた40代の患者のシャーレに女性のシャーレのふたをして培養器に戻し、数日後に受精卵を女性の子宮に戻した疑いが強いという―― とある。

この病院の不妊治療の病棟の一室には、『命』が培養されているシャ-レ-がずらりと並んでいる凄いシ-ンが思い浮かぶ。日夜、医師や看護士たちは培養が順調かどうか確認しているのだろうが、ふたに記入された名前(記号)だけが唯一夫婦のものだという証明の手段で、ふたを間違えたら即、全く違う『他夫婦の培養命』になる可能性はぬぐい去れない。

数週間後に病院側から『他人の培養した命を体内に戻したらしい・・・』と告げられた夫妻はびっくりしたに違いなかろう。折角体内に宿った命だが、他人とわかっては産む決心がつかなかったようだ。

中絶を選択した夫婦の気持ちは十分理解できる。全ての責任は病院にあることも否定しない。夫婦は病院に対して数千万円の慰謝料を求めているという。当然だろうが、それでも何か釈然としないものを感じているのは私だけなのだろうか。

子どもが欲しい-体外受精-試験管とシャ-レで『命』を培養 育っていることを確認して母体に移植-妊娠確認-出産・万歳となるところが、体内で育っているのが他人の命-では中絶で、せっかくの『命』がジ・エンド・・・。

何か、医療を口実に『命』を玩具にしているように思えてならない。たった一つの生きた細胞すら生み出せない現代の医療が、体内に存在する卵子と精子を結合する『技術』だけで、命を誕生させて良いものだろうか。

そして都合が悪くなったら、その『命』をゴミのように扱っては、人権や愛などという言葉の意義は薄れるのでは・・・と考えてしまう今日。(田舎親父)

2009年2月20日 (金)

個人情報保護という言葉が一人歩き・・・

 公立の中学校が卒業式での保護者の写真撮影を禁止したという記事が目にとまった。

記事によると田辺という自治体の中学校とのことだが『初めての卒業式』というから、3年前に中高一環の学校として設立された学校のようだ。その中学校が個人情報保護などを理由に、会場での保護者らによるカメラやビデオ撮影を事実上禁止する方針を立てているという。

すでに今年度の入学式でも実施したらしい。保護者が納得しての禁止だとしたら、なるほど筋は通っているようだが、保護者としたらまさか入学式でカメラの持ち込み禁止など想像もしていなかったに違いないのだろうから、謂わば『だまし討ち』。混乱があったはずだがそのあたりどうだったのだろう・・・。

今回の卒業式に関しては、保護者から『子どもの成長を記録に残したい。撮影をさせてほしい』などの声が上がっているというが当然だろう。入学式での保護者たちは、学校にとっては初めての相手、強引に『撮影禁止』を宣言し実施したのだろうが、3年間在席している保護者はスンナリとは受け入れないことは間違いなさそう、

神聖な儀式にフラッシュが点滅したり、ビデオ撮影に夢中になる保護者がいては雰囲気が壊れる・・・というだろう学校の言い分も分からないでもないが、果たして校長以下教職員は『入学式』や『卒業式』が神聖な儀式だと本当に信じているのだろうか。

一般的に『入学式』や『卒業式』は学校にとっては最も大きな儀式には違いないが、神聖という時代がかった表現は少し大袈裟過ぎるような気がする。学校だけが神聖な儀式と思っていても、保護者にとっては単に自分の子どもの成長の通過点。その瞬間を自分で記録したいというのは単純な欲望ではないだろうか。

多くの学校では入学式や卒業式は、厳粛性より華やかさというか『子どもたちにとって記念のイベント』という考え方が主流になり、父母の出席は当たり前という雰囲気が全国的な流行になっているような気がしてならない。

田辺というと京都府なのだろうと思うが、何故か記事には県教委とある。腑に落ちないが、記事を引用すると県教委は『学校が決めた事柄で、県教委が良い悪いは言えない。良識の範囲内の撮影なら法律には抵触しないだろう』とのこと、相変わらずのご都合主義の答弁。しかし、ここまで報道され、保護者が騒ぎだして県教委に押しかけるという情勢になったら、このままダンマリを決め込み黙認するとは思えない。

多分、立場を一変して、校長を呼んで指導するのがオチだろう。また、入学式で撮影禁止を強いられた保護者も、今回の報道で勢いづくのではと予想している。

それにしても、保護者の『子どもを思う親として、成長の節目を祝って、記録に残したい』という要望に対して、校長は『保護者としての気持ちはよく分かるが、写るのが自分の子どもだけではない場合、個人情報保護法で規制される。撮影されるのを嫌がる生徒や保護者がいるかもしれないし、ほかに流用される可能性もある。その場合は学校として責任が持てない』と説明しているというが、個人情報保護法という言葉が一人歩き、というより都合のよいように利用している典型ではないだろうか・・・と思ってしまう。

この学校は全ての学校行事に保護者をカメラやビデオの持ち込みを禁止しているのだろうか。体育祭や文化祭なども行っているに違いない。それまでも撮影禁止などできるはずがないと思うのだが・・・。

そこには自分の子どもの顔写真だけではないだろう。友だちと一緒のところがあるから撮影が楽しいという保護者も少なくない。それを個人情報保護といわないで、卒業式の映像だけを個人情報保護とはこれいかに・・・というところ。

たとえ、卒業式の映像が悪用されたとしても(悪用のしようがないとは思うが)そこまで学校が責任を持つ必要があることなのだろうか。私は、今回の学校の姿勢を教育界の閉鎖性というより、独りよがりのような感じを受けるのだが・・・。(田舎親父)

2009年2月19日 (木)

市役所の職員が全員で補填とは・・・

 暴力団の男に市役所の職員が脅されたのか、あるいは『俺のカネではない』という役人特有の無責任な感覚で、男の言うままに支払ったのかは不明だが、生活保護の費用に2億4000万円もの気の遠くなるような大金を渡していた、という事件はこの小欄でもとりあげた記憶がある。

あれから丸1年。信じられないような高額でありながら、個人のこのような詐欺事件はマスコミにとってはあまり美味しくないらしく続報がないのが普通だが、この補填を市役所の前職員が給料から支払うらしい・・・という意外な展開に飛びついたらしく、先日、事件発生からほぼ1年ぶりで、この事件の続報が大々的に報じられた。

北海道の滝川で、生活保護を受けていた元暴力団員と妻が、札幌の病院に介護タクシーで通院したように装い、約2億4000万円の通院タクシー代などをだまし取ったという事件であるが、昨年の今頃『そんなバカなことがあり得る訳ないだろう・・・』と我が耳を疑ってしまったことを鮮明に思い出す。

 誰が考えてもあり得ない話。役所はチェック体制の甘さが原因だと反省しているらしいが、こんなことはチェック体制以前の係員のモラルの問題。いくらマニュアルでは支払いをしなければならないと書いてあったとしても、自分たちの自治体の財政基盤に少しでも危機感を持っていれば『ハイそうですか・・・』と渡すことなどできるはずがない・・・と思いたい。

それ以前に、もしもそんなマニュアルがあるとしたら、それこそ変な話。片道5万円もかかる距離を介護タクシ-で通うことを許すことを、役所が『是』とするなど、私の常識には存在しない。

しかし、その後生活保護制度を悪用して、同じような事件が報じられているところをみると、同様のマニュアルは他の自治体にもあるらしいところから、この種の事件はまだまだ起こり得る可能性はあるようだ。

生活保護は国が4分の3を補助するシステム、1億8000万円は騙された責任から国に返済しなければならないとのこと、しかも国は年度内の返還を求めているので、市はどのような方法でこの金額を返済するのか頭を抱えているという。

すでに昨年から市長、副市長の給与が減額されているようだが、二人の任期は後2年。それまで減額(どれぐらい減額されているのかは明らかではないが)しても、約2億円が不足するとのことのようだ。

市長は、財政調整基金を取り崩し、返還に応じる方針だというが、これほど埋蔵金に余裕があるはずはない。そこで市長が言いだしたのが『これだけ世間を騒がせたのだから組織で対応するほかない。そうしないと市民が納得しない』との理由で、市職員全員で補填していくという方法だという。

約650人いる職員が、2億円を負担するとして単純計算では一人あたり約30万円程度。これは下っ端職員には大変な負担だが不可能な数字ではないが・・・。

自治体職員の給与の扱いについては、各自治体が定める職員給与条例にまかされているので、全員から集めることも法的には間違っていないらしい。事実、以前に発覚した道の公金不正支出問題では、道が歴代幹部職員の管理職手当から損害分を返済していく方式をとったとのことだが、負担が全職員に及ぶのは、極めて異例だという。

役所のミスで市民からの税金で帳尻を合わせるのは筋違いであることは間違いないが、今回の事件とは全く関係のない部署の職員にまで負担させることに対しては、何か釈然としないものを感じるのは私だけではないだろう。

生活保護詐欺事件で必ずと言ってその背景にあるのが、『医師の証明』だという。医師は基本的には役所の内情が理解できてない(する気がない)のが普通。

患者から歩けないという申し立てがあれば『タクシ-での通院が必要』と証明するだろうが、その費用の多少には無頓着というより無関心。医師としてはたかだが1000円2000円程度と思っていても、この証明は金科玉条のお墨付き、そのことを利用してタクシ-会社と結託するのは悪知恵の発達した輩の常套手段。

この暴力団の男は懲役13年、その妻は8年と決まっているというが、だまし取った2億4000万円という巨額の金の支払義務はどうなっているのだろうか。結託したタクシ-会社は多分偽装倒産しているだろうが、これらの連中はそのままなのだろうか。

覚醒剤も常用しているこの元暴力団員とその妻が、出所したらまた『生活保護』を受けるとなると『人権とは何なの・・・』と考えさせられる。(田舎親父)

2009年2月18日 (水)

なぜ、またアメリカは戦争を仕掛けるのだろう・・・

 昨日話題にした中川という御仁。朝からドタバタの繰り返しで、やっと辞めることになったが、この迷走ぶりを応援したアソウという首相は、やはり意思の軟弱な、オボッチャマぶりを発揮したというしか表現のしようがない。やはりアホウ首相という呼称が一番似合うようだ。

折も折、就任後はじめての外交に日本を選んだヒラリ-国務長官にとっても気の毒、本来ならばその一挙一動をマスコミが追いかけ、どこでお茶を飲んだ・・・なんて全くどうでも良いことまで報じられただろうに、内閣のダブルアホウのお蔭で彼女の動きがすっかり霞んでしまい、ごく普通の社会記事程度にしか扱われなかったのには、アメリカ側はカンカンになっているのではなかろうか。

オバマ大統領は24日にアホウ首相をワシントンに呼びつけた時しっかりとお灸を吸えるだろうが『この貸しは大きいぜ・・・』と、沖縄海兵隊のグァム移転費用に数倍上乗せするカネを要求するのではないだろうか。

あるいは、アフガニスタン戦争への協力(派兵とカネ)を強要することもあるのでは。これに対して、恐らくアホウ首相のことだから『俺のカネではないから構わないか・・・。消費税でも上げれば帳尻があうだろう・・・』なんてことになる可能性が多いようだ。

ところで、今朝、オバマ米大統領は7870億ドル(約72兆円)の景気対策法案に署名して成立させた、というニュ-スが流れた。日本の国家予算に相当する大金をつぎ込んで公共投資と減税を進め350万の雇用を産み出し、早期の景気回復につなげるという。

それを受けてだろうが、自動車業界のビックスリ-が相次いで経営再建策を発表したとのことである。

経済音痴の私にはこの再建策がどのようなもので、どんな効果が期待されるのかよく理解できないが、少なくともこの影響は日本の自動車産業に波及することは間違いないところ、できれば良い方向に進んでほしいものである。

この経済政策については、さすがオバマやることがでかい上にスピ-ドが違う・・・と評価したいが、同時にアフガニスタンへの米軍増派計画を承認したとの発表に、やはりこの大統領も旧来のアメリカ人の発想法、戦争好きな体質は変わりないのかとガッカリしてしまう。

米メディアによると、増派規模は約1万7000人という。治安悪化が続くアフガニスタン情勢改善のため、現地司令部側は現在の約3万5000人を1年半程度かけ最大6万人規模にまで増やす計画で、今回の増派はその一部となるというが、今回の大量増派はタリバンなど武装勢力などは、明らかに戦争を仕掛ける意図と捉えるだろう。

イラクでやっとアメリカは非を認め、撤退の方向に動いているというのに、今度はアフガニスタンで同じようなことを始めては、折角黒人初の大統領だから人権や貧困に理解を示し、そして平和の実現に努力してくれるに違いない、という全世界からの期待を裏切るのではないだろうか。

テロを許さないという気持ちは私も同じだが、テロを始めなければならないきっかけを作ったのはアメリカではないだろうか。

『俺たちがやってきたことは全て正しい・・・』が前提で、それに対しての反対する暴力(テロ)には断固殲滅するという考え方で戦争を仕掛け、ベトナムでもイラクでも敗退したはず。そのことを何ら反省せず、再び三度同じ失敗を繰り返得そうとしているように思えてならない。

このことはもう少し資料を集め、改めて述べたいと思っている。(田舎親父)

2009年2月17日 (火)

経済論議よりワインの味の方が大切とは・・・

 首相以外の政治屋の話題など取り上げたくないのだが、あまりにも酷い姿が世界に流れたとなると取り上げないわけにはいかなくなってしまった。

 二世議員の中川という財務兼金融相の明らかにほぼ完全に眠っている姿と、時に目を開けてろれつの回らない発言、さらに質問者が誰かも分からないという姿が世界に流れ出したとなると、まさにある与党議員が言うように『国辱』以外何ものでもなく、この男は自国の経済の建て直しなど興味がなく、ただただワインの試飲(ただ酒のオンパレ-ドだろうが)に出かけただけだと揶揄されても申し開きはできないのではないだろうか。

 今朝のBSの世界のニュ-スでも、各国のメディアがこのことを取り上げていたが、揃って『悪化する世界経済問題を解決しようと各国首脳が集まったが、日本の代表は起きているだけでも難しいということが判明した・・』との表現には、日本人の一人として呆れるとか恥ずかしいを通り越して笑ってしまうしかなさそうだ。

 特に注目したいのはアメリカのABCテレビで『日本の中川昭一財務大臣がG7会議中にコックリ』と題し、居眠り写真を掲載して『15時間ものフライトは大変だったろう。しかし、トヨタや日産でさえ何万人もを解雇している状況では、寝ないで起きているには十分だ・・・』と報じ、その上で『もしそうでなければ、伝統的なイタリアの刺激、エスプレッソがある』との皮肉のコメントは日本のメディアにはとても太刀打ちできない表現と感心してしまう。

 ネットでもこの問題には関心が高く、いろいろな発言が取り上げられており、昨日になって『風邪薬を多く服用したせいだ』とする本人の釈明について『薬の説明書をきちんと読むべきでは』という皮肉と共に『二日酔いにしか見えない』などと意見も数多いが当然だろう。

 私も決して嫌いでないのでよく分かるが、二日酔いのあの気分の悪さは一度経験すると二度と二日酔いなどしたくないと思うのだが、深酒はクセになるのが常で、二日酔い状態を繰り返すのが凡人の浅はかさと言われて久しい。

 中川という御仁は、東大卒の超エリ-トと聞いている。この頭脳を買われて盟友のアソウ首相から、財務と金融という重要な閣僚に任命されたのだろうが、こと酒に関しては凡人らしく、何度も二日酔いとか酒にまつわる武勇伝もどきのことが報じられている。

 先日の国会答弁でも、わずか15分の答弁の原稿で14ケ所も読み違いがあったというもの、野党議員たちは証拠がないのだから、面と向かってはなかなか言えないようだが、裏では二日酔いのせいだとする見方が圧倒的だったとのこと・・・。

 確かに、学力が低いアソウ首相では『頻繁』という漢字を『ハンザツ』と読み違うかもしれないが、東大卒の超エリ-トが『頻繁』よりはるかに難度の低い『渦中』を『ウズチュウ』と読み違えたとなると、これは二日酔いの何も考えることができない状態だったと判断して間違いなさそうだ。

 昨日の記者会見をテレビで観ていたが、前の晩には飲んだことを認め、直前の昼食にもワインを口に含んだと言っていた。それもゴックンではなく口に含んだ程度だと言っていたが、酒飲みが口に含むだけで済まされるはずがなく、多分にゴックンを何回か繰り返したに違いなさそうだ。そう想像すると、なるほど会見の席での醜態は理解できる。

 辞任の意思はないのかとの問いに『それは首相の判断』と答えていた。首相からは『引き続きやってほしい』と言われたらしいが、野党は簡単に『ハイ わかりました』とはいかないだろう。

 与党は『風邪薬を飲んだが酒飲んでいない』と苦しい言い訳で、野党の罷免要求を無視するらしいが、野党としては当然ながら参議院で問責決議案を出すだろう。また、今回の醜態は世界から日本に対する不信感を増すもの以外何ものでもないことから、問責決議案の提出は世論が支持するだろうことは疑いのないところ。

 折しも、昨日になって日本の過去3ケ月の国内総生産が年率換算でマイナス12.7%と発表された。アソウ首相は、これまでは『日本はアメリカやヨ-ロッハと比べて打撃が少ない』とか『蚊に刺された程度』と楽観していたのが、むしろ世界各国よりもひどい落ち込み、ますます情勢は厳しくなっていることを、どのように受け止めているのだろう。まさか今度は『蜂に刺された程度・・・』とは言わないだろうが・・・。

 居座りとなると、一番重要な経済法案の審議はストップしてしまう。盟友のアソウ首相のためにも、一日でも早く辞任した方が良いと思うのだが・・・・。(田舎親父)

2009年2月16日 (月)

富士通社員が副業とは・・・

 猛烈な勢いで世界に波及している金融恐慌は、日本にも深刻な影響を及ぼしている。トヨタをはじめニッサンやホンダなどの我が世の春を謳歌していた自動車産業は一転して軒並み大幅な赤字を計上。

今回のアメリカ発の金融恐慌が勃発した当初は、派遣社員を解雇することが大騒ぎになっていたが、最近は派遣社員の解雇は当たり前で、いたしかたないという雰囲気。マスコミも一時は企業の我が儘と攻撃していたが、いまではむしろ企業側にたった報道が目立つようになってきた。

となると、正社員も安穏としていられる状態ではなく、よほどの能力のある社員以外は、自分の首が危なくなったと心配風が吹き荒れているらしい。これでは購買力など増えるはずはなく、ますます不況感が強まるばかり・・・。

大企業の赤字額が4000億だ2000億と、私からは想像もつかない天文学的な数字も不吉な予感がする。作っても売れないとなると在庫が増えるだけ。企業は生産ラインの稼働時間をどんどん減らして、この窮地を脱する方針で、週休が3日、4日が当たり前になっているほど事態は深刻らしい。

この不況スパイラルは自動車産業だけではなく、電器業界をはじめ製造業全体を包み込み、東芝や日立、パナソニックなど世界に名高い一流企業も不況にあえいでいるようだ。

大分以前になるが、給料にはあまり触れずに(当時は減額など考えもしなかったようだが)仕事を分け合ってできるだけ多くの人を雇用できる『ワ-クシァリング』という言葉が話題になったが、今回の不況は給料を減らすことが大前提になる『ワ-クシァリング』では、社員たちにとっては歓迎したくないことだけは確かだろう。

土・日休業の現在でも、休日をどう過ごすのか悩んでいる人が多い中、給料は減額された上に休みだけ多くなるのは困りもの、多くの人は時間の過ごし方が大変だろう。

先日、『富士通が正社員に副業を容認』というニュ-スが流れたが、経営者たちは社員の気持ちを配慮するというより、就業規則などこの際目をつぶるから、減額した分を何らかの方法で稼いでほしい・・・という苦肉の奥の手。社員たちの気持ちは複雑だろう。

その後、この社員に副業・・・という風潮は広がり、つい最近『東芝』が、約1万6700人に副業を認めることにしたという報道に、これでは間もなく全ての会社が社員の副業を認めるようになるのでは・・・と思ってしまう。

40年以上前になるが、私も製造業の会社に在席していたことがある。その会社が今回話題になっている『富士通』の前身の『富士電機製造株式会社』だから、余計に、今回の社員に副業・・・という話題に興味と関心が生まれるのだろうが、果たして、私がこの立場にたったら何をするだろうか、と考えてみた。

若ければ、体力勝負の土木や建築の下働きもできるかもしれない。しかし、この業界も不況の真っ只中、おいそれとアルバイト先が見つかる都は思えない。

不況時を追い風とばかり、中小企業や介護や外食チエ-ン店などの業界は人集めをしているという。道路や建築現場には必要な警備員も人手不足で、常時採用という広告も目につく。塾の講師なども、以前も話題にしたツエルブテストの流行りで人気らしい。

しかし、いずれも時間をきちんと決めて働く職場、アルバイトとして余った時間だけ雇ってもらうことは難しいようだ。

そして、いつまでこの不況が続くのかも不透明。さらに、もしも効率の良いアルバイト先が見つかり安定した収入が得られるようになったら『お前はもうそちらで稼げるな・・・』と思われて解雇を申し渡されないとも限らない。

そんなことを考えていると結局は、周りから重んじられる(うまく取り入ることも含めて)技術をつけることしかないのかもしれないとなると、何か侘しくなってくる。(田舎親父)

2009年2月15日 (日)

新興宗教と政治屋の黒い関係・・・

 昨年の6月のことであるが、読売新聞に宗教についての調査結果が発表された。

それによると国民の中で、何かの宗教を信じている人は26%にとどまり、信じていない人が72%に上ることがわかったとあるが、どんな調べ方をしたのかが気になる。

加えて、宗派などを特定しない幅広い意識としての宗教心について聞いたところ、『日本人は宗教心が薄い』と思う人が45%、薄いとは思わない人が49%と見方が大きく割れたという。また、先祖を敬う気持ちを持っている人は94%に達し『自然の中に人間の力を超えた何かを感じることがある』という人も56%と多数を占めたという。

この結果から、多くの日本人は、特定の宗派からは距離を置くものの、人知を超えた何ものかに対する敬虔さを大切に考える傾向が強いようだ・・・と結論づけているが、そんなに簡単に特定の宗派から距離を置く云々と決めつけて良いのだろうか。

全国どこを旅しても様々な宗教に関係していると思われる建物が目につくが、こんな豪華な建築物の存在の背景には、極端な資産家が存在するか、それとも相当数の信者がいなければ・・・と思ってしまう。

また、上部からの命令だろうが、国政選挙になれば必ずと言って良いほど宗教政党の背後にあると思われる創価学会という新興宗教の信者?達から、誰々に投票するようにお願いされる。しかも、互いに創価学会の信者だろうが数人から同じ願いをされるのがごく普通・・・。

さらに、神奈川県警の幹部がからんで詐欺まがいの犯罪行為があったことや、内部での行事で暴力沙汰があり殺人事件に発展したことなど、宗教絡みの事件の報道は枚挙に厭わない。

そして思い起こしたくないが、古くは『オ-ム心理教』なる宗教団体(宗教と信じている人は少ないだろうが)が引き起こした無差別殺人事件も簡単には記憶からぬぐい去ることは難しい。

変な書き出しになったが、コイズミ政権で農水相を務めた岩永某という人物が、地元の宗教法人から政治献金として6000万円という巨額のカネを受け取りながら、誤魔化しているというニュ-スが流れたので、宗教と選挙やカネについての黒い関係を思い出したというわけである。

自殺なのか他殺なのかは闇の中になってしまったが、松岡という男をはじめ歴代の農水省の大臣というのは、そろいも揃って『カネ狂い』が多いのだろうと呆れてしまう。

岩永という男もその類らしく、宗教団体からの献金をポケットにしまい込んで、政治資金収支報告書に寄付の事実を記載していなかったというから、農水省の大臣以下幹部たちは相撲界と同じで、入ってきたものは自分のもの、『ごちそうさん・・・』という体質を持っているらしい。

ことが明らかなったのは、この宗教法人が自治体の保有地を入手する際に助役が介在するという汚職事件が発覚、県警が『神慈秀明会』の本部を家宅捜索した際に、岩永という男が主宰する団体が発行した領収書が見つかったとのことである。

領収書が存在している以上、この宗教法人側は『政治献金として渡した』ことは間違いなさそうだ。が、単なる御祝儀だと思っていたらしい・・・。

それにしても6000万円ものカネを政治屋に渡すのは尋常なことではない。裏で何かよほどの見返りがあるのだろうが、何故、宗教がこんなに金儲けの材料になるのだろうかと、書き出しに戻るが『宗教』というものを改めて考えてみた。

何らかの宗教は必要なことは疑う余地はない。しかし、いい加減な集団に対して『宗教法人』と認可して、税制に優遇処置を許しているシステムが奇怪しく、カネ狂いの人間たちが集まるのではないだろうか。

相撲協会や漢字検定協会も同じで、カネにまつわる黒いうわさが絶えないことでも、このシステムが如何に問題なのかがよく分かる。

一般庶民はほんの少しの収入にも容赦なくさまざまな税金を徴収されるのに、この類は大儲けしても無税では、悪知恵の発達した輩がいろいろと金儲けのネタを考えつくのは道理。法人というシステムを抜本的に改める必要があるのでは・・・。

岩永という男は、健康不安などを理由に次の衆院選に立候補しないとのことだが、35歳の三男を後継に指名しているというから、コイズミ元首相と同じ感覚らしい。

またまた流行りの二世・三世の世襲議員が生まれるのかと愕然とするが、敏速な捜査で、是非真相を明らかにしていただき、その上で有権者の良識を信じたいものである。(田舎親父)

2009年2月14日 (土)

わざわざ民営化の是非を話題にするのは・・・

 アソウ首相の『私は郵政民営化に賛成でなかった・・・』発言は面白かったが、周りから総スカンを食ったらしく、翌日には『当初は反対だったが、内閣の中で勉強している内に賛成になった・・・』と後退した言い訳には思わず笑ってしまった。

そのままならば、郵政民営化の御本尊のコイズミもと首相は『またあのアホウ、アホなことうぬかしやがって・・・』と苦笑して終わっただろうに、こともあろうに、郵政民営化を決めた当時、4分社化について国民のほとんどは内容を知らなかった・・・と発言したものだから、このまま放っておくと大変な問題がバレると大慌て、一昨日になって民営化推進議員を集めて痛烈に批判したというところではないだろうか。

しかし、コイズミという御仁はやはり役者が違うという感じで、『・・・怒るというよりも、笑っちゃうぐらい、ただただあきれている・・・』というセリフにマスコミは大喜び、大変な取り上げ方である。

昨日の政治のニュ-スはもっぱらこれに関することばかり・・・。一斉に、コイズミ前首相の発言が正しく、アソウ首相が悪いようなニュアンスで報じるものだから、国民もその気にさせられているようだが・・・これは怖い。

私も、アソウ首相の発言がブレまくっているので、本当にこの御仁は『世間しらずのお坊っちゃま・・・』と感じ、『アホウ首相』なる大変失礼な呼び方をするようになっていたが郵政民営化の『コイズミ大明神』が、不快感をあらわにして本気で怒りを表したとなると、ちょっと筋書きが違ってきたぞ・・・という気がしている。

先の選挙では自民党はというよりコイズミ一派は、『郵政民営化』が何なのかなどの説明はゼロ、国民には『郵政民営化』という言葉だけを押しつけて、是か非を選択させたことは記憶に新しい。

まして『4分社化』などについての発言はほとんどなく、ただ『郵政民営化』という『お題目』を唱えて、その是非だけが争点。反対する議員は除名をチラつかせる手法に国民はすっかりだまされたというかところ。

その意味では、アソウ首相がいう国民のほとんどは4分社化など知らなかった・・・というのは正しく、よくぞ言ったと敬意を表したいが・・・。

ところが、『かんぽの宿』を一括してオリックスに信じられないような常識外の低価格で譲渡することが明らかになって(正義感だけではないだろうとは思うが)ハトヤマ総務大臣が野党まがいの追求をはじめたことにたいして、民営化理論の張本人の竹中ヘイゾウという御仁がなりふり構わず反対し始めたものだから、国民が何となく裏にキナ臭い取引があったらしいと気付き始めた。

このままにしておくと自分のところに火の粉が飛んでくるのは確実と、機を見るに敏な大明神のお出ましになったのではなかろうか、と推察している。

しかし、もう一歩踏み込んで考えてみると、何故この場になってアソウ首相は『民営化に賛成でなかった』とか『いや結局は賛成だった』などと言いだしたのだろう、という疑問が生まれてくる。

ひょっとして、これは『かんぽの宿』の疑惑隠しではないだろうか。アソウ首相の民営化見直し論とも捉えられる発言がなかったら、ハトヤマ総務大臣の追求もあってマスコミは『カンポの宿』疑惑を大きく取り上げて板に違いない。

誰が見てもオリックスと日本郵便のデキレ-スは否定できないとなる、平成の大疑獄に発展する可能性は大いにあったはず。

うがった見方であるが、『かんぽの宿』の追求と時を同じくしてアソウ首相の『郵政民営化ついてのブレ発言』が目立つようになったことは、郵政民営化ということを前面に出すことによって『かんぽの宿疑惑』からマスコミはもちろん国民の目をそらせている、なんてことがないとは言い切れない。

まさかとは思うが、裏でアソウ-コイズミの駆け引き?なんてことを思うと、心身が萎えてくる感じがするが・・・。(田舎親父)

2009年2月13日 (金)

三笠フ-ズの社長は逮捕されたが・・・

 とっくの昔に逮捕されていたと思っていたが、つい先日になって汚染米でボロ儲けをしていた『三笠フ-ズ』という会社の冬木という社長たちが逮捕されたというニュ-スに、何をモタモタしていたのかと驚いてしまった。

約半年も、こんな畜生同様の悪魔に魂を売り渡した輩を泳がしておいたのでは、その間に押収されずに手元に隠していた重要な書類などは全て破棄されたに違いない。

農水省の幹部が繰り返し接待を受けて、抜き打ちの調査の方法や時期なども事前に知らせていたことも、捜査の過程で明らかになってきたと伝えられていたが、この農水の幹部たちはどのような処分を受けたのだろう。

農水省は、この接待の事実の証拠を隠すために半年も逮捕をのばすように働きかけていたとは思いたくないが、農薬に汚染されて、基本的には『絶対』食料米としては使っていけないコメを、やすやすと転売できた真相は明らかにする責任はあるはずなのに、もう過去の事件のように知らぬ顔を決めているよう・・・。

転売された酒造会社や和菓子の製造着者、あるいは給食業者などは公表されているだけでも380社にのぼると言われている。これらの会社は、『三笠フ-ズ』にたいして莫大な補償金を求めて訴訟を起こしているというが、恐らく『三笠フ-ズ』は偽装?倒産、冬木個人の資産もこの半年の間にどこかに消されているだろうから、結局は回収できないのではないだろうか。

以前にも書いたが、これらの業者は『安い』という餌に飛びついて、仕入れたに違いない。米の専門家は、数粒の米粒を手にとって眺め味わうと、たちどころに(例えば)山形の村山地方の『ハエヌキ』と、産地と銘柄まで的確に言い当てると聞く。

私の知り合いの酒造蔵の社長も、ここまでは当てられないとしても、少なくとも米粒を手にとれば、だいたいの品種は分かると胸を張る。まして、国産米と外国産米とが分からない奴などは私の知っている酒造関係者にはまずいない断言している。

大手の焼酎や日本酒を作る酒造会社が『三笠フ-ズ』から被害を受けたというが、この会社には、コメを見分ける職人がいなかったようだ。機械に頼って米を放り込めば清酒が出来上がるシステムでは、原料は安ければ安い方が儲けが大きくなるのは当然とばかり、この汚染米に飛びついたと言ったら語弊があるだろうか。

それにしても『食に対する安全』は近年大きく揺らぎ、偽装などは流行になってしまった感さえある。産地の偽装は今では当たり前で、ウナギなどは包装紙には『国産』と明記されていてもとても手が出なくなってしまっている。

先日も中国産のタケノコを国産と表示するばかりではなく、あたかも『私たちが掘りました』と社員が農民に偽装して商品にその顔写真を貼り出すという、信じられないほど手の込んだ偽装も現れている。

先日、久しぶりでス-パ-の食品売り場を除いたら、魚の干物に『○○県加工』という表示を発見した。みると、干物だけではなく多くの鮮魚などにもこの表示がある。産地を表示しないで、加工地を記入しているところが面白い。

これらの魚は中国やロシアで買いつけたものではないかという疑いを持ってしまう。確かに魚は農薬がかかっているわけではなく、どこで獲ったものでも同じだという前提で、加工地さえ表示すれば良いだろうというのだろうが、それにしても『売らんかな・・・』という手法がミエミエ・・・。

このような手法を許すか許さないかは消費者の見方次第だろうが、日常的に口にする食品は、生産地がしっかりした物を選びたいものである。

かつて私たちは素朴な『食は安全』という神話のような考え方を持っていたはず。それが、安さだけを求めて中国などから大量の野菜を仕入れ、また反面、行き過ぎたグルメブームに影響されて、わけの分からない『高級食材?』を過剰に珍重する風潮を持ってしまった結果が、今回の『三笠フ-ズ』に象徴される偽装手法を流行らせる結果につながったのではないだろうか。

今回の事件は『真に豊かな食生活』とは何だろうと、考え直す良い機会にしたいものであるが・・・。(田舎親父)

2009年2月11日 (水)

学校の悲鳴が聞こえてくる・・・

 今は存在するのか知らないが、十代の頃だったと思うが『蛍雪時代』という雑誌を読んでいた記憶がある。その出版社が『旺文社』だったはずだが、昨今の不況にもかかわらず元気で出版活動しているようなので何となくホッとする。

変な書き出しになったが、以前から危惧し興味・関心を持っている小学校での教科としての英語について、旺文社が全国500の小学校から集まったアンケート結果をまとめたという記事を見つけた。

その結果、半分以上が『英語必修化』に不安を抱いているという結果が出たという。当然だろうと思う一方、教育委員会の方は『不安』というところは2割ほどだとのこと、相変わらず、無責任な態度に腹が立つ。現場と行政で認識のこれだけ隔たりが目立つとなると、4月から現場の混乱は避けられないだろう。

新学習指導要領の実施は再来年の春からだが、英語活動の授業は理科や算数などと一緒で今年度から取り組んでも良いとある。既存の教科には国定?教科書が存在するので、例え指導要領の内容が変わっても対応できだろうが、教科書もない、どこまで踏み込むかも定かな指針がない英語となると、不安にならない方がかえって変だろう。

このアンケ-トは昨年8~9月、無作為抽出した5千の小学校と全都道府県・市町村教委に調査票を配り、505校、173教委から回答を得たという。この文言からでは合わせて5千なのか、5千の小学校プラス教委なのかはっきりしないが、学校の10分の一に比べて教委からの回答が多いような気がする。

肝心なアンケ-トの内容であるが、『11年の必修化に向けて導入がスムーズに進むと思うか』との問いに、『課題があり、導入には不安が残る』と回答した小学校は53%、『課題はあるが導入の見通しは立っている』は36%。『スムーズに導入できる』は9%という結果だったとのことである。

実に90%以上が不安を持っている。『スム-ズに導入できると』答えた学校でも、多分管理職か、英語に堪能な教員が存在していてその教員が回答したのではと想像しているがいくら英語に堪能な教員でもいつまでもへばりつけておけるわけがなく、数年で異動となると将来まで見通して『不安がない』とは思えない。

これにたいして教委の方は『見通しは立っている』は57%、『スムーズにできる』は17%に比べて、『不安が残る』は22%と、学校現場とは全く逆で全体的に学校よりはるかに楽観しているというから、なるほどな・・・と頷いてしまう。

英語教育の環境が整っていないことに不安も大きく、『進学先の中学校との情報交換体制』や『同一中学に進学する近隣小学校との情報交換体制』などが上手くできるかなどは深刻な問題だろう。

特に近隣の学校との教育の差が出ては小学校間の『格差』と捉えられるのも心配なのだろう。しかし、小学校教育は教員によって決まると言っても過言ではないほど、教員の質が何より重要なことは明らか、いくら校長が英語活動の充実を言っても、それを実際に実現できる教員がいないのでは、これも難しい。

教委が楽観した回答は出しているのは『学校外での研修会参加などのサポート』を充実すれば大丈夫だと受け止めているのだろうが、今の学校の現状では、教員が研修会などに簡単に参加できるとはとても思えない。

この点も教委は『夏休みがあるだろう』と考えているのだろうが、有給休暇も『夏休みにまとめ取り』をしなさいと言うのが本音の中で、研修の場を設定するとなると、ますます教員の勤務体制は厳しくなるばかり。

この不況がいつまで続くか分からないが、自動車城下町の自治体では、税金収入が40億から4億に減少するらしいから、来年度の教育予算が圧縮されることは目に見える。今までのように、潤沢にALT(外国人講師)を各学校に派遣することなども難しくなるだろうことは想像に難くない。

不安がないと回答した9%の小学校も、恐らくはALTの存在があってはじめて言えることで、その基盤がなくなると、次の調査では『大いに不安』と答えることにもなりかねない。

文科省は現場に不安を与えないように、各校で必要なALTを確保できるだけの予算は、何としても保障してほしいものだが、ブレ続ける『アホウ首相』の頭の中には『小学校の英語活動』なんてことは、これっぽっちもないだろうから、期待する方が無理なようだ。

4月から、近くの学校からも『助けて・・・』ではなく『helphelp・・・』の大合唱が聞こえてきそうだ・・・。(田舎親父)

2009年2月10日 (火)

ネット販売はともかく通信販売は許可すべきでは・・・

 このところ騒がれなくなったが、年金問題では諸悪の根源が社保庁とその管轄省庁である厚労省であることは疑いのないところ。その悪名高い厚労省が、年金問題をそらすためだろうと思うが、ネットの負の部分を巧みな口実でまくしたて、まじめな商売をしている人たちをイジメる構図が気になる・・・。

ネットで睡眠薬が簡単に入手できることは好ましいことでないことは誰もが思うこと。その睡眠薬などをネットでの販売を禁止するというのは、犯罪や自殺防止のためにと言われると間違った選択だとは反対しにくい。

しかし、一般用医薬品の『通信販売』の取り扱いを規制するとなると、これは問題。先日、漢方薬として一般に出回っている大衆的な薬までもがインターネットによる販売に加え、伝統薬業者の『電話注文による販売』も規制するという省令が成立したという。

昨日の新聞に200年近い実績を持つ大衆薬の老舗が出している店主の言葉が掲載されていたが、『自分で作った薬を顧客と電話でじかにやりとりして売っているので、対面販売と同じように安全性は担保できるのに・・・』という言葉は頷ける物がある。

この老舗は大衆薬の販売方法の7割を電話販売に頼っているというから、この電話販売が違法となると、店を閉めるしか方法がなさそうだ。この店舗が扱っている『諸毒消丸(しょ・どく・けし・がん)』という名の薬は聞いたことも、まして使ったことなどない。また、どんな症状に効く薬なのかは詳しくは知らない。

名前からすると食あたりからくる腹痛などに効能があるような薬なのだろうと想像しているが、約200年もの間のれんを守っているというから、全国的にかなりの数のファンがいることは間違いなさそうだ。

この人たちは(今日の医学では効能がないと判断されているのかもしれないが)『諸毒消丸』という薬を、謂わば、常備薬としてタンスの隅にでもおいておき、何かの折りには愛用していたことは想像に難くない。

もう一つの例も掲載されている。こちらは私も知っている『八ツ目鰻』という肝油のような漢方薬。浅草の地理も少しは理解しているので、この店がある場所もよく分かるし実際に買ったことも記憶がある。

堂々とした店構えで、かなりの客がこの漢方薬を買い求めていた光景が思い出される。この店の店主が『全国伝統薬連絡協議会』という組織の会長らしいが、今回の処置にはカンカンで『我々に非があるならまだしも、問題なくやってきたことを一方的に変えるのはおかしい。このままでは全国のお客様に迷惑がかかる』という意見に、厚労省はどう答えるのだろう。

これら薬に副作用があるのだろうか。また、この薬を飲んだ人が薬害で苦しんでいる例があるのだろうか。恐らく、そんなものはないだろうことは断言できそうだ。

話は変わるが、最近『富山の薬売り』という言葉を聞かなくなった。つい数年前までは自宅には年に一度ぐらいの割で、この『富山の薬売り』の人が訪れて、袋にいろいろな薬を入れて置いていったものである。

昔から、熱をよく出した私は『熱さまし』のトンプクがよく効いて、熱をでたらすぐに飲んでいたが、最近は『桑の葉』のお蔭で(歳のせいかもしれないが)全く熱が出なくなったので、全くこのような薬を必要としなくなった。

わざわざ訪れてくれても足代にもならず、気の毒に思ってお断りした経緯がある。この『富山の薬売り』の置いていく薬の成分などはほとんど知らない。が、生薬というか、漢方ではよく聞く薬草などが配合されていたと記憶している。そして、その薬を飲んで副作用など感じたことはない。またそんな話も聞いたことはない。

これは私の想像だが、過疎の村などではこの『富山の薬売り』の置いていく薬を重宝している人たちも多いのではないだろうか。一応『対面販売』の形だろうから、今回の規制の対象にはなっていないのかもしれないが、方法的には『通信販売』とあまり変わらないように思えるのだが・・・。

一方、ネット販売の『全面規制』を求めている全国薬害被害者団体連絡協議会という組織は、コンビニでの対面販売を認めているというが、コンビニまで車でも30分以上かかる過疎の村ではどうしろと言うのだろう。また、対面であれば安全だという論理も何か変な話・・・。

要は、薬を選ぶのは自己責任ではないだろうか。睡眠薬や医者の処方箋が必要な薬をネットで販売することは規制するのは当然としても、大衆的な漢方薬ぐらいは自分で見極めて自分の判断で買い求める自由はあってしかるべきだと思うのだが・・・。(田舎親父)

2009年2月 9日 (月)

政府紙幣なんてことを言いだし始めたようだ

 『政府紙幣』なる奇妙な言葉がここ数日新聞紙上を賑わすようになっている。言葉からでも分かるが、これは日本銀行が発行する通貨ではなく、自民党政府が発行する『自民党紙幣』というからとんでもない話。

 景気対策の新たな財源とするときことだが、自民党の権力亡者たちはよくぞまあ次から次へと奇妙な政策を考え出すものだと、ある意味感心してしまう。

 よく時代小説などで全国的に通用する小判などの貨幣とは別に、『藩』だけで通用する『藩札』などの存在を扱ったものがあるが、この『藩札』が通用するのは『藩』という、閉じられた極めて限られた範囲の社会だけ。もしもこの連中の頭の中には『藩札』のイメ-ジがあるとしたら、その世界観を疑ってしまう。

 しかし、すでに一部の国会議員たちは『政府紙幣・無利子国債発行を検討する議員連盟』という組織の準備会を開いたというから、かなり本気で導入を考えていることは間違いなさそう。こんな『藩札』もどきの『政府紙幣』が、世の中に流れ始めたらとんでもないことになることは、経済音痴の私でも予想できることなのに・・・。

 『無利子国債』などという言葉も聞き慣れないが、これは利子を付けない代わりに相続税の課税免除の特典を与える仕組みだという。高齢化が進んで、世の中には高齢者や富裕層が多くなっていることに目をつけて、この国債を買うと相続税が減免するという、実に手のこんだこすっからい考え方・・・。

 どちらにしても、例の『定額給付金』を一日も早く信者に配って宗教団体の票をとりまとめたいことと、願わくば支持率のアップなんてことを夢見て、何としても2兆円の財源が必要だということからでてきた話だろうが、それにしても稚拙過ぎるように思えてならない。

 無利子国債を購入できる一部の富裕高齢者は別として、給付金を欲しいと願っている人たちでも、同じいただくのなら、口が曲がったアホウ首相の顔写真が入った『自民党府紙幣』より、日頃お馴染みの福沢諭吉サマの日銀紙幣と思っている人が多いことは論を待たない。

 菅という民社党の重鎮と同じ姓の自民党の選対服委員長がこの議員連盟の顧問で、『従来の発想を超えた100年に1度の対策が必要だ』だと強調、大規模な追加経済対策の実施も視野に、今年度中に政府・与党に実現を働きかける方針を確認したとの報道に、オイオイ正気なのかと言いたくなってくる。

 もしも『政府紙幣』なるものが世の中に溢れ出したら、まず『貨幣』そのものの考え方が一変することは論を待たないが、従来の日銀紙幣とは別に、政府の勝手で発行するとなると『インフレ傾向』になることは誰が考えても分かる理屈・・・。

 それ以上に国際的に『円』に対しての信用がなくなり、日本という国の存続さえ危うくなることも考えられるのに、国会議員とあろう人間が政権から離れることを恐れ、利権を得ることを目的に言い出すとはまさに亡国の論理といっても過言ではなかろう。

 こんな連中の言う『政府紙幣』などをまともに聞くアホウはいないだろうと思いたいが、この議員連盟の論理的バックボ-ンとして、あの『かんぽの宿』譲渡疑惑でオリックスを援護する発言をしている、当時の郵政民営化担当の竹中平蔵のブレ-ンがいるというのも大いに気になるところである。

 今のところさすがにアホウ首相も閣僚たちも乗り気ではないとのことだが、言動がブレにブレている首相のこと、何時『妙案だ・・・』なんて言い出さないとも限らないのが恐ろしい。

 民主党が政権をとったとしてもたいして変わりばえしないだろうとは思うが、少なくとも今の自民党の権力亡者よりはましなことは間違いなさそう。とにかくも、一日も早く民主党中心の政府が実現してほしいと願う昨今である。(田舎親父)

2009年2月 8日 (日)

今になって『郵政民営化』に反対だったとは・・・

 先月11日に取り上げた『かんぽの宿』のオリックスへの一括譲渡問題が、ここへきて俄然賑やかになってきた。

 これらの『かんぽの宿』を建設する際、2000億とか3000億もの巨費が投じられたという(実際にはもっと凄い金額が投入されているに違いないが)土地と建物を一括してたった109億円(それでも私にとっては天文学的数字だが)で、民営化の重要な旗振り役を進めた宮内という人物が経営しているオリックス関連企業に譲渡すること自体、天にツバする行為であることは明らか・・・。

 それを日本郵便の西川という社長が、そろそろほとぼりも醒めた頃だろうから、このあたりで良かろう・・・とばかり平然とした顔で発表したが、予想に反して(まさか反対などできないだろうとタカをくくっていた)現内閣の重要閣僚であるハトヤマ総務大臣から待ったがかかったのは想定外だったようだ。

 この『かんぽの宿』のオリックスへの譲渡は当時のコイズミ政権、特に民営化の立役者である竹中平蔵元郵政民営化担当大臣が『宮内某との暗黙の了解事項』だったらしく、マスコミにしゃしゃり出て『かんぽの宿は全て不良債権、譲渡価格は適正』と、いったとか言わないとかマスコミを賑わしている。

 野党もここぞとばかり勢いづいて追求し始めた。郵便会社は個別の評価額開示をかたくなに拒否してきたが、隠しきれなくなってついに公表。それによると、数百億をかけて建てた『ラフレさいたま』という施設が、評価額がたったの16億弱、もっとも低い建物は600万円と庶民でも買える価格だというから呆れてしまう。

 計79施設の土地代・建設費2402億円に対し評価額は計134億7400万円であることもバカにした話であるが、これを109億と約20億円もオリックス側にお土産にしているというから、(恐らく存在しているに違いない)『竹中-宮内ラインの合意事項(裏の約束事)』が何だったのか知りたいものである。

 経済音痴の私には、譲渡契約などの詳しい仕組みは分からないが、新聞報道などを読む限り、一般入札でなかったことや、入札締め切り後に突如目玉の施設を外すなどが明らかになっていることから、郵政民営化の筋書きの一つには『かんぽの宿』の譲渡でオリックスに大儲けもさせることも含まれていたことは確実なようである。

 日本郵便の社長は国会に呼ばれて不承不承に『今回は一般競争入札ではなかった。競争と企画提案の複合だった。事業を継続してもらうために、(各社の)雇用確保や事業戦略も見た』などと話しているが、突如外した人気物件のことは、最終審査に残った社以外には変更を告知していないということも明らかになると、オリックスとのデキレ-スを仕組んだことは明らか・・・。

 それは今後明らかにされるだろうが、面白いのはアソウ首相の態度。

先日の予算委員会では、この御仁『私は民営化に賛成ではなかった』と明言したのみではなく『郵政民営化担当相は竹中平蔵氏だった』と、信じられないような発言には思わず笑ってしまった。

 ブレにブレ続けているこの御仁の発言と態度には慣れっこになっているが、今の自民党政権がコイズミ流で国民を騙して勝ち取った上に成り立っていることを否定する発言はよくぞ言ってくれた・・・と評価したい面もあるが、さすがにコイズミ嫌いの私でも納得できない。

 郵政民営化の負の部分が次々と明らかになってくるので、この際『俺は反対』をしていたと言っておいた方が人気はでるのでは・・・と思ったかどうかは分からないが、少なくとも、当時のコイズミ内閣の閣僚の一人として存在していたのだから、これは明らかに読み違え・・・。

 早速民主党の国対委員長が『麻生氏は郵政選挙で勝った流れで今、首相をやっている。小泉政権の延長の首相でありながら、このような発言をするのは国民に対する裏切りだ』と批判したとのことだが、間違いなくこちらの方が正論。

 いよいよ追い詰められたようだが、この内閣には郵政民営化嫌いの人物もかなり数いることから、この問題はまだまだ迷走しそう。外野的な見方であるが、これは面白くなってきそうだ。(田舎親父)

2009年2月 7日 (土)

不法な臓器の移植が後を絶たないようだ

 以前『○○ちゃん救う会』などという名称で募金活動を行うことを中心に、臓器移植について取り上げたが、『カネ』で他人の臓器を買うという行為が後を絶たないというニュ-スは暗澹たる思いにさせられる。

 全国各地の『○○ちゃんを救うか会』の活動で共通しているのは、幼い子どもが生まれつき重い心臓病にかかり、移植しか生存の望みがないことである。日本では15歳以下の子どもからの臓器提供は禁止されているのでアメリカやドイツに渡って臓器の提供者の脳死を待つというパタ-ン。

 そのためには莫大な費用がかかるので、募金という活動で人々の善意に縋るということになるのは仕方ないのだろうが、(誤解を恐れず表現すれば)これらは、一時大きく取り上げられたフィリピン人に渡って腎臓移植をする人間が後を絶たない・・・というニュ-スの背景にある『カネで命を買う』ことと、基本的には同じではないだろうか。

 私も二人の父親である。子どもの命を助けたいという気持ちは痛いほど理解しているつもりである。しかし、もしも自分の子どもが重い病気で他人からの臓器の移植でしか生存の望みがないと宣告されたら、同じ行動をとれる自信はない。いやむしろこれも定めと諦めるだろうと思う。

 先日もテレビで『移植に必要な臓器は自国で』という問題を取り上げている番組があったので、(この臓器移植が頭にあったのだろうが)昨日の朝日新聞の朝刊の一面に白抜きの五段見出しで『禁止後も中国渡航移植』という記事に眼が奪われた。

 記事によると、外国人への臓器移植が07年7月に原則禁止になった中国で、日本人への移植が続いていることが患者や仲介者らの証言で分かったとある。仲介組織が存在してカネを払えば中国に渡って移植できるル-トが存在しているそうだ。

 闇でこんな組織があることはうわさでは聞いている。ネットでもその存在を示唆する記事も見つけることができるが、NPO組織を立ち上げて半ば公然と仲介をしている人間がいることに驚いた。

 朝日の取材に、このNPO組織の副代表は『禁止後、腎移植と肝移植で男性を含む17人の日本人を仲介した』と話しているというから生々しい。副代表によると、移植を希望する患者から預かった経費の中から、治療費や交通費など以外に中国の医師に1件あたり約200万円の謝礼を払うそうだ。

 中国政府は国内の臓器提供者の9割超が死刑囚だとしているが、副代表は『提供者は分からない』としているところから、一般人からの提供も否定できない。その場合、臓器提供者にはどのぐらいのカネが渡っているのだろう。ひょっとして数十万程度であったら、貧しさの構造が浮かび上がる。

 このNPOは4年前に設立。副代表によると、中国での腎臓、肝臓の移植について患者を病院に仲介しているが、あっせん料などは受け取らず、『仲介は非営利』だき言っているが俄には信じられない。

 しかもこのNPO組織は病院内にあるらしく、この組織に1000万円を経費と支払って仲介を受けたと、具体的な金額まで示している。この病院に実在する医師の名前を担当医としてあげているというから、かなり信憑性があるようだ。

 名前をあげられた医師は『具体的な状況は覚えていないが、通知後は原則として外国人に移植はしていない』と否定しているらしいが、通知後は・・・という言い方から察すると、以前は関係していたことは間違いなさそう。しかも原則として・・・という言い方からみると、例外として今でも関係しているとみて間違いなさそうだ。

 専門家のある医師の『誰でも移植が必要な患者になりうるのだから、臓器提供を増やすことは社会で取り組むべきだ』と『中国渡航を余儀なくされている患者だけを責めるべきではない』と話しているが、例えたくさんの提供臓器があっても、全員に行き渡るわけではないだろう・・・と思うと説得力に欠けるようだ。

脳死した人の臓器を他の人に移植して利用することは合理的といえばこれ以上合理的なことはないが、需要と供給の関係がある限りそこには『カネ』が存在するのは否定できない。『命』を『カネ』で計るというのは、例え法律で禁じられていなくても、やってはいけないこと・・・。

 私が古い人間なのかもしれないが、『命』というのは、その人がこの世に生を受けた瞬間から完全に土に返るまで、自然(偉大なる絶対の神)から借りたものではないだろうか。その命を維持するのが様々な臓器であるならば、例えこれらを移植することで他の人が延命できるとしても、自然に断りなく他人に与えるべ きではないように思える。(田舎親父)

2009年2月 6日 (金)

俺は受け取らねえよ・・・とは

 何度も取り上げている定額給付金、一応二次の補正予算案が成立したようだが支給するのに必要な財源などをどうするかなど、関連する法案が参議院で審議入りもできていないようだ。
 政府与党は衆議院の3分の2という数の力で強引に成立させるつもりのようだが、何でもかんでも衆議院優先という『数の力』で通してしまうのは(武力と殺戮が伴わないだけで)イスラエルのガザ攻撃のように『俺たちの言うことが何でも正しい・・・』『反抗するから報復するのだ』という姿勢と共通しているように思えてならない。
 この給付金は、もともと宗教政党の支持基盤である貧困層への人気取り(宗教団体お金集め?)の発想だったこともあり、わずか『12000円などの端金など受け取ることはさもしい。これは人間の矜持』などとカッコつけていたが、いつの間にか、メンツなのか選挙対策として重要と思ったのかは別にして、景気の落ち込みが絶好の言い訳とばかり『経済対策には絶対に必要・・・』などと言い出して、なりふり構わず成立させるという態度に変わってしまった。
 それを受けて、今まで首相におつきあいして『受け取るつもりはない』と言っていた閣僚たちも手のひらを返すようにコロリと態度を変えて『飛騨牛を食べる』とか『カラオケで使う』などと、おバカな発言の連発に世間は失笑・・・。
 そんな動きの中でも『さもしい』発言が気になっているらしく、首相は『受け取るかどうかは決めていない』と、逃げ回っていたが、先日の党の役員会でただ複数の幹部たちから『そろそろ態度を決めないと、優柔不断だと思われる・・・』と迫られたようだ。
 恐らく、総務会長はじめ多くの役員たちとしたら、首相の口から『皆さんと同じで、喜で受け取るよ・・・』という言葉が欲しかったのだろうが(報道のニュアンスは少し違うようだが)、『俺は受け取らねえよ・・・』と明言したときことである。
 役員たちはビックリしたに違いない。ここまで多くの報道期間が一斉に掲載しているのだから、この役員会は記者も傍聴していたのか、あるいは会議終了後総務会長クラスの幹部が記者会見で語ったのだろうが、今更『そんな発言はありませんでした』と言えないだろうから、物議を呼びそうだ。
 政府方針とは明らかに矛盾している。首相自ら、景気対策で絶対に必要だと『さもしい』発言を封じ込んでまで、閣僚たちには受け取ることを強要したのにもかかわらず、いざ支給される段になって『俺はそんな端金なんか受け取る気持ちはねえよ・・・』とは、『喜んで受け取る気持ちになった・・・』とコロリと態度を連中はまさにピエロそのもの、俺をコケにしやがって・・・と怨み節もでるのではないだろうか。
 首相としては、『人間の矜持』とまで言い切った以上、受け取れば自分の人間性そのものまで疑われるのでは、という恐怖心があるのではないだろうか。その意味では大変正直だと思うが、首相として経済対策と言い換えてまで強引に給付金を支給すると決めた張本人が受け取らないとなると、首相の頭には『貧乏人に恵んでやれば少しは俺の言うことも聞くだろう・・・』という考えがぬぐえないのでは・・・。
 ところが、報道のあったその日、この発言の反響にビックリしたのか、昨日になって『そんなことを言った覚えがない』なんて、またまたドタバタ発言。さて、この先どう動くか面白くなってきた。
 党内からは『当たり前だ・・・』との意見も出そうだが、またまたコロリと態度を変えて、『喜んで、受け取る』なんて発言したら『人間の矜持』を捨てる勇気?もなかったことになる。それこそ世間から『アホウ首相』と呼ばれるのではないだろうか。私もそう呼ばせていただくことにしたい。
 これでは(意味は少し違うようだが)民社党の前原前代表の『やるやる詐欺の常習犯』と批判されても仕方ないようだ。(田舎親父)

2009年2月 5日 (木)

処分が甘過ぎると言うが・・・

 またまた大相撲の力士が大麻所持(使用)で逮捕されるという事件が連日賑やかに新聞テレビで報道されている。

 今度は外国出身の力士ではなく、日本人の関取だというから相撲協会も大慌て。この十両力士は、昨年のロシア出身の若ノ鵬はじめ3人の幕内の関取が大麻使用で逮捕され、協会から解雇されたことを他人事としか受け取らなかったようだ。

 翌月には協会が抜き打ちの薬物検査を実施した時に、若麒麟というこの力士は検査3回中2回も陰性を強く肯定できないグレー判定の結果が出ていたというが、協会は最終的に『シロ』と判断していたというから、検査が甘かったと言われても仕方ないだろう。

 多分、協会の幹部たちには『日本人だから・・・』という安易な心理が働いたのだろうと思うが、いい加減な検査体制にも批判が集まりそうだ。

 部屋の師匠である親方が涙ながらに『情けない・・・』と語っていたが、検査でグレー判定が出たにもかかわらず厳重に注意・監督を怠ったことは間違いなさそうだ。

 グレ-判定の事実は本人に告げていたことは確かだろう。私生活に注意するように指導してとは思うが、所詮親方も未成年の内からこの世界に飛び込み、世間と隔絶した生活をしていたのだろうから、ことの重大さを自覚することは無理だったようだ。

 協会の出した『除名』ではなく『解雇』という処分が話題になっている。多くの識者は『昨年の大麻騒動から舌の根も乾かないうちに起きた事件なのに処分が軽過ぎる』とか『協会の姿勢をアピールする意味でも厳しい処分が必要だった』と、もっと厳しい処分を望んでいるらしい。

 文科相まで『甘いと』口を挟んでいるというから、相撲協会としても見直さねばならなくなるかもしれないが・・・。

 確かに、一般の会社員や公務員が覚醒剤使用で逮捕・起訴されたら、間違いなく『懲戒解雇』は免れないだろう。その意味で、まだ25歳で将来があるという主旨で500万円もの退職金に当たる慰労金を支払うことは世間的には通じないだろう。

 しかし、同じ大麻使用で協会から解雇されたロシア人力士には(裁判という駆け引きがあったらしいが)500万円以上の退職慰労金を支払っているのだから、協会としては各界からは永久に追放するのだからという考え方もあり得る。 協会幹部たちは時期が悪いことや日本人ということを加味したとしても、土曜から早く追放すれば良いという考え方が優先し、退職金を支払うのは仕方ないと判断したのではないだろうか。

 先日も述べたが(マスコミの責任だと断言できるが)大相撲の世界は芸能界と変わらない体質になっている。ちょっと強かったらチヤホヤするし、土俵でのパフォ-マンスが上手い力士は企業が客寄せパンダとしてコマ-シャルに起用する。

 朝青龍が3場所ぶりで土俵に上がり、千秋楽の決定戦で優勝したといって、わざわざ首相が出かけて『内閣総理大臣 朝青龍殿・・・』と笑えないようなゴマスリするところなども、人気さえ出れば利用する価値がある、という芸能界と全く同じでは・・・。

 芸能界では覚醒剤の使用を疑われている人物は目白押しらしい。時に覚醒剤使用で逮捕されるニュ-スが話題になるが、一時的に追放されるようだが、いつの間にか復帰しているのは何なのだろう。

 反省しているとか、才能を生かさない手はない・・・など、理由は様々だが、要はほとぼりが醒める時間稼ぎの手段。そしてまたまた繰り返す愚を重ねているが、詰まるところ誰かがこのシャブ漬け芸人の人気をカネ儲けの種に使っているからからだろう。

 相撲協会は財団法人だという。税金が極端に軽減されているので、カネあまり体質で昨今の不景気とは縁が遠いらしい。『土俵が汚れる』というセリフが端的に表しているようにこんな力士のことを早く忘れてもらえれば500万円などゴミのようなカネなのだろう。

 力士に対しての処分が甘いとか、幹部の姿勢がなっていないなどという批判はあるが、そんな体質にしているのは、『国技』という言葉の意味を拡大解釈して『財団法人』などという組織として容認しているからではないだろうか。(田舎親父)

2009年2月 4日 (水)

農水省がやっと重い腰を・・・

 今日は立春。今年は『寒中見舞い』など全く必要がないほどの暖冬。一時に大雪のニュ-スがあったものの、ごく一部の地域に限り、しかも期間も短かく被害も例年に比べて少なかったようである。

 各地のスキ-場などはかなり困惑していたはずだが、派遣切りや大企業の決算での大幅赤字など、景気の悪い話が蔓延して、人々の気持ちがレジャ-などに向かわないのか、あるいはマスコミが意識的に取り上げないのか分からないが、あまりスキ-やスケ-トなど冬のスポ-ツ現場の暖冬異変が伝わって来ないのも気にならないわけではない。

 暖冬で雪が少ないことは、都会に住む人々にとってはこれ以上快適なことはない。いや地方に住む人にとっても、雪下ろしや除雪の苦労が少しでも軽減されることは歓迎できることに違いない。まして高齢者の多い地方の農山漁村の人々は『今年は、暖かくて助かるのう・・・』という会話が日常的に交わされているのではないだろうか。

 しかし、寒も明け、春の足音が聞こえ始めると『暖冬』とばかり喜んでいるわけにはいかない。まず心配するのは今年の水事情。毎年、雪解けの大量の水が川に流れ込んで、ダムを潤すのが常。それが都会の人々の飲料水になるのだが、雪解け水が少ないとなると、田植え季節になって水不足が話題になるのではないだろうか。

 コメ農家の人々にとっても一大事。一般的に言われていることであるが、豪雪地帯と美味いコメの産地が一致するのは雪の恩恵そのものだろうに、雪が少ないと『美味いコメ』の維持に苦労が大きくなるのではと心配する。

 ところで、ここ数年『食の安全・安心』が注目されるようになってきた。と同時に、食料の自給率にも関心が高まってきたようで、新聞の社説も『何故 米の減反・・・』というような見出しで、政府の減反政策を批判し始め、世論もこれに敏感に反応するようになってきた。

 この動きを農水省としても無視できなくなったらしく、やっと重い腰をあげてコメの生産調整(減反政策)の見直しをはじめたようで、先日、その原案らしいものが発表された。

 それによると、減反に加わるかどうかを農家の判断に任せる『選択制』に切り替え、政府によるコメの買い支えもやめるとのことである。そして、供給増での値下がりに備え、減反に参加した農家にだけ一定の交付金を支払うという。

 私は農業には大変関心を持っているが国家規模での農政は全くの素人で、仕組みなどはほとんど理解していない。が(素人は黙ってろ、という声が聞こえるようだが)、何故『コメの増産』という言葉がないのかが不思議で仕方ない。

 減反を強制しないが減反農家にはカネを出す、となると『強制』という言葉が『カネで横っ面を張る』という行為に変わっただけで、本質的には変わらないのではないかと思うのは素人の無知の愚痴なのだろうか・・・。

 『減反政策』は作りすぎたら価格が下がって農家が困るだろうから、生産を調整するという政策だろうと理解している。これは極端に表現すると、農家を救うためと称した政府農水省と農民代表と称する農協とが米価を支えるため需給を調整する官民一帯の『生産カルテル』と表現して差し支えない。

 製造業などで民間業者が同じ意図で、業者同士で画策すると、即『闇ミカルテル』とか、『談合』とそしられて、場合によったらお縄を頂戴するはめになるのに、国がかかわると合法になるというのは、もともと変な話だと思う人も多いはず・・・。

 『減反政策』にこれまでに約7兆円もの税金と膨大な労力をつぎ込んできたらしいが、その結果食糧自給率が40%に下がったというから皮肉な話。

 もっと危惧することは放置され、雑草におおわれた悲惨な姿の田んぼが各地で日常的な風景となり、ついにはその面積が東京都の3倍近くにまで増えたことである。このようなことから『減反政策』が間違っていたことは明らかだろう。

 何故、農水の幹部たちはここにきてまで減反が頭から離れないのだろう。あの軍事オタクの大臣までが、考え直そうと言っているのに、減反ではなく増産を言い出さないのかが不思議で仕方ない。

 国内産のコメあまりや外国からのコメの輸入で価格が下がることは理解できないことではないが、コメの価格が維持できないから減反を続ける方向では能がない。

 アメリカの小麦政策ではないが、大量に作ってその使い道をしっかりと示しさえすれば外国への輸出も可能だろう。今後発展途上国(人口増加国)が膨大な食料を必要とし、我が国にとって食料を求めることが難しくなるのも自明のこと。

 アメリカがバイオに回すからと価格を上げた家畜の飼料のトウモロコシなどを、頭を下げてまで高いカネを払って買うこともないだろうに・・・。小麦粉に変わってコメ粉を利用する技術もすでに研究開発され、美味しい商品が市場に出回っていることもよく知られているのに・・・。

 視点は変わるが、『水田は緑のダム』と言われている。季候変動が著しい現代自然災害を防ぐためにも水田の持つ意味が大きい。

 水田が生物の生態系の維持のために大きな役割を果たしているが、そんな難しい理論など知ることなく、感性として水田の大切さを理解し、我が国の先人たちが築いてきた大事業であることをもう一度思いおこしてほしいものである。(田舎親父)

2009年2月 3日 (火)

やっと学校に携帯持ち込み禁止の機運が・・・

 先月下旬、文科省が『子供の携帯電話について、小中学校への持ち込みや校内での使用を原則として禁止すべきだとする指針を出す方針を固めた』というニュ-スに、遅きに失した感じがするものの、やっと重い腰をあげたようだ。

 その記事では、文科相が『持たせるべきではない』とか『学校では使わせない』とか文言は検討しなければならないが、原則として、国としての方向性が必要だと思うと明言していたので、どんな通達がでるのかなと思っていたが、その後の動きが鈍い。

 30日になって、子供の携帯電話持ち込みを禁止した公立校の割合が小学校で94%、中学校で99%に上ることが文部科学省の調査で分かったとのことだが、何%の学校が持ち込み禁止をしているかなど問題ではなく、実際に携帯が原因で陰湿なイジメにあったり、犯罪に巻き込まれたり自殺に追い込まれている現実が増えていることに対して、どう判断し、どのような処置をするかだと思うのだが・・・。

 それでも、小中学校が持ち込み禁止を徹底し、家庭にも利用ルールづくりを呼び掛けるよう促す通知を出したというのは、教育委員会や学校が持ち込み禁止を徹底するためには一歩前進と評価しなければならないのかもしれない。

 しかし、『必要ない限り小中学生が携帯電話を持たないよう、保護者や学校が協力する』という極めてあいまいな表現の通知で、保護者からの申請があったらその限りにあらずとなると、効果のほどはあまり期待できそうにない。

 マスコミや携帯関連企業の宣伝に惑わされてなのか、いつの間にか携帯が子どもたちの必須アイテムになってしまい、親は子どもからねだられたら買い与えることが、『話の分かる親』という風潮に逆らえず子どもの言いまま・・・。しかも親が携帯の機能を理解していないのだから、子どもが犯罪に巻き込まれたり自殺に追いやられたりすることに対しては、結果として『与えなかったらよかった』では何の解決にならないのは当然。

 携帯の負の要因は出回り始めた時から多くの人が指摘したこと。私も、子どもが携帯を持つ必然性など全くないこと、まして学校に持ち込むことなど許してはならないと運動に参加した。

 親に注意を呼びかけるフォ-ラムにも何度も足を運んだものだが、そこに出席する親たちは意識の高い人で話せば分かる人たちが多く、主催者も参加者も最後には『気をつけましょうね・・・』という雰囲気でシャンシャン。

 本来ならば『何も考えない親』や『携帯の幻想にとらわれた親』たちこそが、このような集まで意見をたたかわしてこそ意味があるのだが、そんな親たちはどこ吹く風。参加しないか、仕方なく参加しても『安全のためにやっぱり必要では・・・』という主張をするかどちらか、携帯の負の部分を諄々と説いても聞く耳持たぬ。これでは学校に携帯を持ち込ませないなんてできるはずがない。 

 学校としても放置していたわけではなく、ほとんどの学校では児童生徒に携帯の恐ろしさを説明し、親には懸命に『持ち込み禁止』を訴えているが『塾に出かけるので帰りが遅くなるから』とか『連絡をとるためには便利だから』という親の言い分には学校は無力。結局は、禁止を歌い文句にしながらも容認しているのが現状である。

 まさか今はいなくなっただろうが、かっては教員の中には『携帯いのち』というアホがいて、授業中にピコピコやっているという話しも聞いたことも数多い。子どもには禁止俺たちは勝手では、いくら意識のある人たちが努力しても効果は上がらないだろう。

 携帯の負の部分が大きく報道されるようになると、これは何とかしなければと重い腰を上げて、『学校に携帯持ち込み禁止』という考え方が生まれてきたことは一歩も二歩も前進に違いない。

 それでも『原則』という言葉は消えることはない。繰り返すが、親からの申し出があった場合は許可するとのことであるが、学校にはそれを厳重に審査する権限すらない。意識の低い親であるほど『安全のため』とか『塾で・・・』と言い出すのは世の常で、こんなバカ親のアホ子女が事件に巻き込まれたり自殺に走る・・・というのは極論だろうか。

 原則など作らないで、持ってきたら無条件に没収ぐらいしなければ、持ち込み禁止など絵に描いた餅。しかし、そんなことをしたら大問題になることも必定。ならば学校を『圏外』にでもしなければ方法がないのでは・・・。

 ところで、よしんば学校に持ち込み禁止を徹底しても、学校を一歩でたらお構いなしでは、学校の責任はなくなると言ってもそれでは世間では通用しまい。結局は、親の躾の問題にもかかわらず放置できないということで、またまた学校が『情報危機教育』なんて名前で指導しなければならない風潮に・・・・。

 すると、ますます教員が忙しく窮屈になり、授業時数を確保なんて言っていながら、さらに教科の時数が圧縮され、現場は『情報危機教育』が学力低下の悩みの種になってしまう。そして、私立志向がより鮮明になり、ツエルブテストが蔓延する・・・・。困った悪循環である。

 いっそう酒や煙草と同じように、携帯(電話以外の機能を持った)は未成年所持禁止などという荒技が必要なのかもしれないが、携帯会社や関連業種のカネの亡者たちとバカ親たち、そして憲法学者などが必死で抵抗するだろうと思うと、この問題を考えること自体憂鬱な気持ちにさせられる・・・。(田舎親父)

2009年2月 2日 (月)

優良農地を倉庫群にするトヨタのやり方は・・・

 豊田市といえば、世界一の生産台数を誇るあのトヨタ自動車の城下町と言っても差し支えない自治体で有名。

以前、自然体験関係の委員会で一緒だった豊田の小学校の教頭が、自慢げに『わが町はトヨタのお蔭で教育環境が充実している・・・』と言っていたことを思い出すが、農業政策までトヨタの都合で勝手に曲げられているとは思わなかった。

我が国の食料自給率はカロリ-ベ-スで40%を切り、単純に言うと食料のほとんどは外国からの輸入頼みというのにマスコミは視聴率さえという姿勢がミエミエで、こんな話題でもバラエティ仕立てのお笑い番組構成となると危機感など感じさせない。当然、国民のほとんどは言葉では知っているものの自分の身に置き換えて考えることはない。

この値は先進国?の中では極端に低いことは関心のある人には恐怖の数値。世界の食糧事情が悪化している中、輸入頼みの現実は行き詰まることは明らか・・・。

最近になり農水省はやっと減反政策の見直しを言い始めているが、実際には農地をつぶして倉庫などに転換することを許可しているというから、一体この役所は誰のために動いているのだろう・・と呆れすら感じなくなってくる。

昨日の東京新聞に、トヨタ自動車の工場が集中立地する豊田で、農地法上もっとも厳格に転用が規制されている優良な農振農用地が相次ぎ転用され、農地賃料の100倍以上で物流会社の倉庫に貸地されているという記事があった。

記事には、いずれも多額の税金を投じて土地改良した農地。農林水産省は食料自給率の向上を掲げながら、優良農地の転用に十分な歯止めをかけておらず、政策の矛盾が浮き彫りになった・・・とあるが全くその通り。

愛知は農業生産高で全国5位の農業県だが、現場はトヨタ自動車の高岡工場から1キロ以内の場所にあり、工業優先の時代に農業が埋没した構図。ナゴヤドーム4個分に相当する約20ヘクタールの面積に16の物流倉庫が立ち並び、大半の建設はトヨタが世界一を目前にしたここ数年に集中している・・・と記事は続く。

転用された農地一帯は区画を広げて用水路を埋設するなどの土地改良事業で4億円もの国費や県費が投じられ、大規模営農向きに整備されているとのこと。またまた裏でトヨタと結託した政治屋の暗躍があったに違いない。

農地振興法という法律があるらしく、それによると、こんな大規模に公費をつぎ込んで整備した業後出会っても、8年が経過すると転用が可能になるというから、ザル法もここまでくると政治屋の利権のためにでっち上げられたとしか言いようがない。

随分昔のことになるが、近所の私の百姓の師匠である専従農家の方から、農地としての税金は一反あたり年額30万円だと聞いたことがある。市街地と比べるとべらぼうに安いらしいが、それでも農業で生業を続けるのは大変だと言っていたことを思い出す。

この方は、自分の代は何とか頑張るが間もなく、農地を転用して駐車場にすれば、税金は10倍になるが収入はそれ以上になるので、息子に農業を続けろとはなかなか言いにくいと話していたことも記憶にある。

トヨタ(税金対策なのだろうがトヨタの子会社の愛知陸運という会社)が東海農政局に提出した転用申請書によると、賃料は1反あたり年間約160万円。一方、この農地を耕作する農事組合法人(こういうダミ-組織を作ったらしい)が、転用前に地主に支払っていた賃料は公定の『標準小作料』に基づき一反あたり年間1万4000円だというから、なるほど悪知恵が働く輩が暗躍するわけだ。

以前も話題にしたことがあるが、農地法という農民を土地に縛りつける法律があって、転売しにくい仕組みになっているという。しかし仮登記という裏技を使うと第三者が農地を取得できるらしい。(実際はもっと奥の手があって)そんな手間などかけなくても転用ができると聞いたこともあるが・・・。

ともあれトヨタ(関連子会社)は広大な農地を得、即転用したのだろうが、今回の不況でこの倉庫群の維持も大変だろう。下手すると、転売で二度と農地に戻せないような個人の住宅地に転用される恐れさえ出てくる。

世界一の企業になることはそれなりに素晴らしいことに違いないが、自社の発展が我が国の将来を見据えた農業政策より優先するのでは、その魂は歪んでいるか、汚れているかどちらかでは、と思ってしまう。

もっとも清廉な経営者だったら『俺の不利なことを言ったり書いたりしたらスポンサ-を降りるぞ・・・』なんて脅しは吐けないだろうが・・・・。

トヨタは経営危機を建て直すために豊田本家に経営権を奉還するらしいが、ぜひ創設当時の豊田家の哲学を思い出して、血の通った暖かい経営を期待したい。(田舎親父)

2009年2月 1日 (日)

横綱の品格って何なのだろう・・・

 予想通りというと語弊があるが、やはり日本人力士にも覚醒剤汚染が蔓延していたらしく、昨日は十両力士が逮捕されたというニュ-スに、相撲世界も芸能界と同じ体質になっていることを改めて感じる。

そのことは後日取り上げるとして、今日は『横綱審議委員会』という変な組織が言いだして話題になっている『横綱の品格』という言葉について私見を・・・。

大相撲初場所で横綱『朝青龍』が優勝した。マスコミの対応は、前3場所を休場しているのにもかかわらず優勝したのは凄い・・・と持ち上げる記事が多いのは、要は世の中にアピ-ルさえしてくれれば視聴率が上がるという背景からのご都合主義からだろうが、場所後になってからも、この横綱は何かと話題を振りまいてくれる。

私は基本的に朝青龍という力士は生理的に好きになれない。随分昔のことであるが一度だけある勉強会で彼を見かけたことがある。彼には相撲は『格闘技』だから、強ければ良い・・・という考え方があると思わせるような、ふてぶてしい態度が当時でも感じられたことを思い出す。

その彼が、千秋楽では同じモンゴル出身の横綱『白鵬』には負けたものの、決定戦では徹底的に先手をとって圧勝。両手を高々とあげてのガッツポ-ズには驚いたが、目に涙を浮かべているのを見てよほど嬉しかったに違いない。

マスコミの一部には、相撲協会が仕組んだ八百長だという声もあるが、そんな詮索はどうでも良いことで、要は『どうだ、俺は強いんだ・・・』という、彼の気持ちが素直に現れたものだと受け取っている人も多いのではないだろうか。

私もその一人で、あのガッツポ-ズにそれほどの違和感はなかった。が、『伝統と品格』を守ることが『大相撲の神髄』と言っている『横綱審議委員会』という不祥事でNHK会長職を追われた人間が会長の席に座っている組織が『品格に欠く』と厳重に注意したというから面白い。

これを受けて(本心かどうかは疑問だが)理事長が、朝青龍に注意する意向を示し、彼が属している高砂親方を呼んで注意を促したらしい。

注意された高砂親方は『朝青龍には私から厳しく注意する。私も師匠として親方として自覚が足りなかった・・・』としおらしい言い訳をしながらも、本人はその気は全くないなど、マスコミは面白おかしく報じているようだ。

そんなことはどうでも良いが、どうして大相撲ではガッツポ-ズがいけないのか、具体的に説明できる人がいるのだろうか。

中には『国技』だとか『品格が必要』だと訳の分からないことを言う人もいるが、国技ならば何故『外国人』を『相撲界の神様』でもある横綱にしたのだろう・・・と素朴な疑問を持ってしまう。

大相撲の世界は他の格闘技とは違い、いろいろな儀式やしきたりが厳しく伝わっていることは間違いないが、土俵の上で勝ち負けを決するだけのもの、極端に言ってしまえば『カネを払った客に見せてナンボ』の世界ではないだろうか。その意味で人気さえ出れば何をしても許される、謂わば、芸能界と同じ体質だと言っても過言ではないはず・・・。

文化も習慣も違う外国人をスカウトしてきて、伝統とか品格などが何なのかということもろくに指導しないで(親方自信が理解していない?)、勝てばチヤホヤされることだけを教えているのが現実なら、日常習慣として勝てばガッツポ-ズが当たり前な外国人の朝青龍に『品格』などという抽象的な表現を持ち出す方がおかしいのでは・・・。

それにしても日本人力士、特に大関や三役陣のふがいなさは目を覆うばかり。協会は朝青龍の活躍で久々に国技館は連日満員御礼となったと大喜びしているらしいが、対抗できる日本人力士が一向に育っていないのは大問題。

これでは朝青龍や高砂親方が天狗になるのは当然だろう。覚醒剤を打つ暇があったら稽古をさせて、強くなることを指導するのが親方であり協会だと思うのだが・・・。(田舎親父)

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