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2009年5月

2009年5月31日 (日)

宇宙開発も必要だろうがその前に・・・

 現在、国際宇宙ステ-ションにドッキングした日本の実験棟『希望』に宇宙飛行士の若田さんが長期滞在して、いろいろな実験や自らの生活を紹介するパフォ-マンスを披露してくれている。

無重力の状態での歯磨きやヒゲソリなど、無重力という我々が絶対に体験できない状態がよく分かる映像は見ていて楽しいものである。

子どもたちはこの若田さんの姿を見て『自分も宇宙に行ってみたい』とか『宇宙のことをもっと知りたい』と興味関心を持つに違いない。大人にとってもロマンを感じる素晴らしい映像であることは衆目の一致するところ。

その意味で、この宇宙ステ-ション計画に参加して、子どもに夢を持たせ、国民に自信を与える重要な分野の研究を担っていることについては心から拍手を送りたい。が、現在の景気が落ち込み、失業者が溢れている現実をもう少し改善する方が緊急で重要なかだいではないかと思わないでもない。

夢が失われているからこそ、宇宙開発という夢を語り、実現に努力する姿勢が必要という論理に反対する気持ちはない。これからの生活にはますます必要になるロケットの打ち上げや機器の制御などの技術を高めることは、国として一秒の遅速も許されないことも十分理解しているつもりである。

しかし、現実の諸問題の解決と若田さんの宇宙でのパフォ-マンスとがあまりにもかけ離れたもののような気がすることも確かで(一人の市民である私が知っても仕方ないことだと思うが)、国はこのために一体どのぐらいの費用を国際宇宙ステ-ション基金(こんな機関があるのかも知らないが)に拠出しているのだろうと気になる。

宇宙ステ-ションへは日本から直接いくことができず、アメリカのスペ-スシャトルのお世話になっている。恐らく、我が国の技術からすれば可能だろうが、アメリカの国策としてそれを許していないのだろう。そのためにアメリカに支払う費用は膨大だろうということぐらいは容易に想像がつく。

それはさておき、現実に政府が策定を進めている『宇宙基本計画』の中に、『二足歩行ロボットでの月探査』という項目があるらしいが、そのことについて各界からブ-イングが高まっているという面白い記事があった。

なんでも日本の宇宙開発についての基本方針を定めた『宇宙基本法』が昨年月に施行されて、現在宇宙開発の『国家戦略』として基本計画の策定が進められており、首相を本部長にした『宇宙開発戦略本部』という組織が、いろいろな提案に対してのパブリックコメントを募集した結果を公表したという。

その中に、元宇宙飛行士の毛利さんが提案したのが『月面2足歩行ロボット』というものがあり、それが議論の的にまっているとのことである。提案の骨子は『日の丸人型ロボット月面歩行計画』という考え方を前提に『有人・無人の議論を超えた第3の道』とか『日本独特な有人宇宙開発』などとのことであるという。

この提案に対して、『月面での二足歩行ロボットに何の意味があるのか?』という疑問や、そもそも『月に着陸する必要がどこにあるのか?』という、ごく当たり前の疑問が投げかけられているらしい。

また『必要性、国家戦略が明確にはなっていない』とか『計画そのものがナンセンス』と言った辛辣なものや『お金をかけて何がしたいかわからない』とか『子供たちはわくわく感を満たさず、単に大人の自己満足以外の何物でもない』という現実的な批判が多く寄せられたという。

戦略本部はこれらの反発について『多数ご意見をいただいておりますが・・・』と一応尊重するかのような態度であるが、いろいろな理由づけをして『我が国の優れた技術力をアピールできると』どうしても月面を二足歩行ロボット歩かせたいようだ。

多分に、この道の先駆者であり大権威でもある毛利さんの顔を立ててのことだろうとは思うが、門外漢の私でも、この時代にわざわざ二足歩行のロボットを月面で歩かせるより技術を高めて介護や医療に安心して投入できる信頼性の人の心をも読み取れるようなロボットを造りだす方が先決では・・・と思うがいかがだろう。

さらに、あまりにも現実的で夢がないとお叱りをうけるかも知れないが、無重力という特殊な空間である月面で活躍できるような特殊な高性能のロボットを開発するより、ごく普通の空間で動く超高性能のロボット開発の方が費用的にも安価なような気がする。

政府がこの計画にこだわり押し進めるならば、国民が納得できるように、NASAや国際ステ-ション基金?への拠出金や、月面二足歩行ロボットの開発に必要な予算など、公開して国民の信を問うべきだと思うのだが・・・・。(田舎親父)

2009年5月30日 (土)

何やらややこしい展開になりそうだ・・・

 大分以前から騒がれている、障害者団体名での郵便制度悪用事件では、当初から民主党の国会議員の名前がチラホラ出ていたが、厚労省の係長の逮捕という展開に筋書きが少し変わってきたようだ。

例によって、新聞各紙の書き方は、捜査『関係者』の話とか取材でわかったとしているのが気になるところ。これは、検察などが意識的に一定の情報をマスコミ各社に流して、新聞テレビが報じていることは疑えない。

昨日の朝刊には、悪用した障害者団体と言われる『白山会(当時は凜の会)』の設立者ですでに逮捕されている倉沢という人物が、取り調べに対して『証明書を求めて当時課長だった厚生労働省の現局長に面会した際に、局長が目の前で当時の日本郵政公社幹部に電話をした』と供述していることが『捜査関係者への取材』で分かったと報じている。

さらに、この偽の証明書を『局長から直接受け取った』と供述していることも判明。特捜部は、組織ぐるみの関与とともに、証明書で低額の第三種郵便物制度利用の承認を得られるよう郵政側に働き掛けた可能性もあるとみて、慎重に経緯を調べていると書いている。

もし本当だとしたら、現局長が係長に命令したことになる。これはかなりややこしい展開になりそうだ。

今朝の新聞には、局長とは別の当時の部長という人物が登場。この部長の現勤務先を特捜部が家宅捜査したと報じ、この部長が鍵を握っているような表現をしている。この人物はその後環境省の局長を務めてすでに退職しているとのこと。

当然天下りだろうが、いつ辞めたのかということはない。うがった見方をすれば、この国のシステムは上に優しく下に行けば行くほど過酷になるようにできているため、退職した人物に焦点をあてるようにして、現職の局長まで行きつかないようにしているとも思えないことはない。

また、違う新聞は、これまた『関係者によると』と断った上で、倉沢という人物は国会議員の元秘書で、2004年春に厚労省を訪問して『国会議員の関係者と告げて当時課長だった現局長に会い、証明書の発行を頼んだ』と供述していると報じている。

記事からは、倉沢という男は議員秘書という立場を利用して、厚労省に相当圧力をかけられる人物のようにも受け取れる。さらに、その年に赴任した(すでに逮捕されている)係長に前任者が『政治が絡むのでうまく応対しろ・・・』と忠告したとあるところから推測すると、議員秘書という立場でもかなりの圧力がかけられるような書きぶり・・・。

はたして議員秘書がそれほどまでの権力を持っているかどうかは私には想像もつかないが、この秘書を雇っていたのが民主党の議員だとすると、何やら、植松建設から多額の政治資金を受け取ったとして逮捕された、民主党の代表だった小沢氏の秘書の場合と符合するようにも思えるが、いかがだろう。

それにしても、39歳の係長という人物が気の毒。偽の証明書を作ったことは間違いなさそうだが、例え少し疑問に思っても上司からの命令は断ることができないのが日本の官僚組織。この係長はノンキャリだったらしいが、いつも追求の矛先になるのはこの立場の人間で、キャリア組は部下に対して『うまくたち振る舞えよ』との一言釘を指すことで追求をすり抜けているように思える。本物の悪は、元部長であり現局長なはずなのに・・・。

多分現局長は『俺は知らない』とシラを切り通すだろう。実際に新聞社の取材に対しては『凜の会の名前や証明書を出した記憶はない』と言っているらしいがこれは当然だろう。検察がどこまで追求するのかが見物だが、西松事件でも自民党の議員関係者には捜査がおよばなかったことから、現局長の供述を崩す気があるのか疑わしくなる。

代表が小沢から鳩山に代わった民主党の人気が上がっているという。反対に、自民党の人気にまたまた陰りが生じ、総理にはどちらがふさわしいかとの調査でも鳩山氏が圧倒的にリ-ドしているらしい。

まだ『関係者の話から』というお決まりの表現がないが、マスコミはその筋の指令に基づいて、倉沢という人物の陰に『民主党の大物議員』の名前を出すタイミングをうかがっているとは思いたくないものだが・・・。(田舎親父)

2009年5月29日 (金)

この政党の親分の権限は凄い・・・

 自民党という政党の党首の権限が凄いものだと、ビックリすると同時に何か恐ろしさを感じたのは私だけなのだろうか・・・。
 もし、このまま自民党の政権が続き、(それほど遠くない将来)党首がすぐにでも北朝鮮の基地を攻撃せよ、という命令をだしたら、防衛相はたちまちのうちに陸海空の自衛隊の実働部隊に攻撃命令を出すのではないだろうかとさえ思えてしまう。
 実際に、先日首相は北朝鮮のミサイル発射基地への先制攻撃を想定した敵基地攻撃能力について『一定の枠組みを決めた上で、法理上は攻撃できる』と述べていると報じられているが、この御仁は憲法の第9条の存在など、俺の権力からみたら『屁のようなもの』とでも思っているのではないだろうか。
 このことは別の機会に述べるとしても、(ちょっと古くなるが)今回、自民党の党首であるアソウ総理・総裁が唐突に言いだした『厚生労働省』の二分割という考えに、早速内閣が取り組みはじめたという動きに、書き出しのような感想を持ったわけである。
 『厚生労働省』など長ったらしい名前が付くのは(いつの頃かすっかり忘れてしまった感があるが)、『無駄を省いて小さな内閣』という動きの中で省庁が強引に合併させられたものだったと記憶している。もう少し辛辣な言い方をすれば、大臣の数が多過ぎるという批判をかわすためだったような気もする・・・。
 当時は『厚生省』と『労働省』が何故合併しなければならないのか疑問をもったものだが、その結果としてこの役所が受け持つ範囲が膨大化し監督機能が弱体化。結果的に介護や医療、また年金などという社会保障の弱体化につながったことは周知のこと。
 介護、医療、年金に加えて雇用問題も含めて全ての労働関係と、保育園までも担当となるとこの役所の守備範囲が広過ぎるのは事実だろう。
 一時の大騒ぎは納まったようだが、突然メキシコやアメリカで流行の兆しの『豚インフル』でも必要以上に右往左往してしまい、一時的にせよ年金や介護と言った緊急を要する問題が棚上げされてしまったことで見よく分かる。
 首相の厚労省を『社会保障省』と『国民生活省』に分けるという発想は頷ける部分もあるが、あまりにも唐突過ぎると同時に、この構想を財務・金融担当の与謝野氏に具体案作りを丸投げしているのが気になる。
 多分に人気とりだろうが、今年の秋までには行われる衆院選に向けに国民の『生活重視』の姿勢を示したいという切羽詰まった思いがあることがうかがえる。それに合わせてできれば年金録漏れ問題など不祥事が相次いだ同省を二分割するという構想を示すことで、厚労省への不信を取り除こうとする狙いもあるに違いない。
 与謝野氏の権限と能力が頼りなのだろうが(与謝野氏しか信頼できないのかも知れないが)、それにしても省庁が総理総裁の思いつきで解体されて良いとは思えない。
 早速、クチサキ厚労相は『1人の大臣でできないというなら、国土交通省も同じだ』と警戒感を示したようだが、この御仁は変わり身の早いことではだれにも負けない体質を持っているようなので、すぐに『わかりました』となる雰囲気を感じる。
 案の定、その後『厚労省の仕事は三つぐらいのかたまりがあり、分割するなら二つでなく三つだ』と主張したことで、総理総裁に表から抵抗することをやめたのではないかと思わせる。
 自民党内には反対意見があるという。不快感を表す議員も多いと聞くが、これもいつもの例で時間が過ぎるにつれてその声は小さくなり、いつのまにか総理総裁の意見が通ってしまうことが通例だから、近々『厚労省解体プロジェクトチ-ム』なるものが出現してもおかしくないのではないだろうか。
 恐らく首相としてはこの筋書き通りになるだろうと思っていたに違いないが、予想以上に反発が強かったらしく、昨日になって『拘らない』なんて言い訳をはじめたらしい。しかし、具体的な分割案はあきらめても基本方針には入れ込むというから、この政権が続いていればいずれ近いうちにこの案が生き返るのは間違いなさそうだ。
 それにしても与党の議員が、総理総裁の独りよがりに対して(多少の時間がかかるが)本質的にはその通りの方向になると、この国の方向が一人の人物の思いのままになってしまい北朝鮮を批判できなくなる。これは恐ろしい。
 少なくとも国民の選挙で選ばれた国会議員には、一人の総理総裁の前に跪く前に、自分を選んでくれた有権者の期待に応える義務があるはず。
 『郵政民営化』というお題目で国民を催眠状態にして票を集めた政権が、国民の大半がその催眠から醒めたにも関わらず、国民の信託も受けず総理総裁だけが3人も入れ代わったことが問題だと思うのだが・・・。(田舎親父)


2009年5月28日 (木)

従来のビキニタイプの水着で世界記録を・・・

 最近の水泳界は世界記録がでても水着のせいだ・・・となるようだ。

 先日(というよりかなり前のことだったような気がするが)、競泳男子の『200メートル背泳ぎで』で入江選手が世界新記録を出したことが大きく報じられた。

 平泳ぎは日本人の得意種目なので、何度か世界記録というニュ-スを聞いたことがあるが、背泳ぎでの世界記録は始めて聞くような気がする。しかも、100分の1秒を争う競泳で世界記録を1秒以上も短縮となると、これは驚異的と表現して差し支えないだろう。

 ところが最近になって、入江選手が着用していた水着は国際水泳連盟(FINA)が認可外だったので世界記録として公認しないとの報道に、何か違和感を覚えた人も少なくないのではないだろうか。

 報道によると、FINAは3月に水着の新規定を導入し、メーカーから新たに開発した水着の認可申請を受け付け、水着認可委員会で審議した結果、世界21社から348の水着の申請があり、202が正式認可され、10を却下。残り136は改良、再提出が必要と公表した。入江選手の着用していた水着も認可されなかったとのことである。

 北京オリンピックの時も『水着・水着・・・』と大騒ぎしたことを思い出す。素人の私には、本当に水着によってそんなに記録が違うものだろうか・・・と素朴な疑問を感じたものだが、実際に話題にのぼったスピ-ド社の水着を着た選手たちが、次々に記録を更新していくことに驚いたものである。

 早く泳ぐためには水の抵抗をできるだけ小さくすることは私にも理解できる。そのために体全体の凹凸をなくして理想的な流線型にすることが望ましいのは当然で、数年前までの男子競泳においては、競泳用水着と言われる(局部だけを締めつけるほど極端に小さいビキニタイプ)が定番だった。

 一昔前はこの『競泳用海パン』が一般にも大流行して、小中学校でもプ-ル指導の時には若い男子教員がこのタイプの水着を着用している姿を目撃したものである。

 ところが、いつのまにか男子競泳において(言葉を選ばず表現すると)まるで濃い色の『ズボン下』を履いているような水着が登場。それが今では多数を占めるようになってしまった。私が古いのかも知れないが、時に昔のようなビキニタイプを見ると、何となく応援したくなる。

 それにしても、水着によって、従来の1分53秒94という世界記録を1秒以上も短縮できるのだろうかという疑問が消えない。もしも水着にそんな魔力があるとなると、記録そのものが『工業技術によって作られる』ことになり、人間の潜在能力を春かに越えてしまうことになる。

 入江選手は日頃から超人的な努力をしているという。今回の世界記録は、水着のせいだけではなくその努力の賜物と信じたいが、現代のスポ-ツ界ではいろいろと規則がうるさくなって、選手が使う道具や服装にまで『あれはダメ・これもダメ』と議論が尽きないようだ。

 水着もその一つ。どのメ-カ-の物を着用しなければならない、とまで決まっているというから選手個人の意志では選択すらままならないようだ。

 入江選手は着用していた水着が認定されていないことを知っていたようで『公認されない覚悟もできていた』と話しているが、続いて『ちょっと悔しいが、もう一回世界新を出すチャンスをもらえてうれしい』と前向きな態度が爽やかである。

 そして『水着だけで1秒も変わるのかな』と、私の疑問に答えるように、今回の記録が水着のせいだけではないと自信を持っているのも頼もしい。

 競泳界の制約があるだろうが、できれば次の国際大会では、従来のような競泳水着で世界記録を打ち立てて、過熱している水着技術競争に『どうだ』という楔を打ち込んでほしいと願っているが・・・。(田舎親父)

2009年5月27日 (水)

高齢者イジメが当たり前になった現代の社会を嘆く・・・

 数日前の朝日新聞の朝刊の一面トッフに、五段抜きの『老人ホ-ム苦情急増』という見出しがあった。数年前に突然自宅の前に老人ホ-ムが現れ、自室の窓から入所している高齢者や家族、また介護の人たちの動きを見ているので、この見出しには興味を覚える。

 この記事の対象は『有料老人ホーム』らしい。その有料老人ホ-ムをめぐる苦情が急増しているという。苦情の8割までは金銭的なトラブルらしいが、老人介護を金儲けの対象にしているのだから、これは当然だろう。

 老人ホ-ムに入居するためには、入居時にかなり高額な保証金が必要だと聞く。記事によると都の平均が1054万円というから驚き・・・。

 この金額を安いと見るか高いと感じるかは、その人の価値観だろうから何とも言えないが、なるほど、老人ホ-ムは『ついえの住まい』死亡すればその金がホ-ムに入るのだろうから、介護はまさに『金儲け』だと改めて感じないわけにはいかない。

 厚労省は06年の老人福祉法改正で、老人ホームの指導指針に『90日以内に解約した場合は全額を利用者に返還』という規則を作っているという。この規則を『クーリングオフ規定』というらしいが、それが守られていないというから困ったものである。

 悪質な例では、クーリングオフに応じないのは当然で、契約書や説明書なども見せないで入居させている例もあるらしい。

 そんな悪徳業者に引っかかる方が悪いという意見もあるだろうが、老人ホ-ムに入居しようと思う人は、家族との同居が何らかの都合でうまくいかないか、近くに相談できる親戚や友人が少なく、最終的には自分の判断で決めざるをえない人たちではないだろう。

 高齢者でも配偶者が存在する場合には、二人で何とか暮らしていけるのだろうが、亡くなって一人になり、ある程度の蓄えがあれば、ついつい手間がかからないだろうと・・・と、入居する気持ちになるのではないだろうか。

 周りの人たち、特に子どもたちが入居に積極的であれば、施設に対して事前に見学に同道したり、契約時の立ち会いなどに関わるだろうが、遠くに住んでいたり事情があって相談できない人も少なくないはず。

 まして、高齢になり体が思うように動かなくなったり、認知する能力が低下していたりすると(痴呆症でなくても認知力は落ちるのが当然)、ついつい見た目のパンフレットに誤魔化されたり、テレビや新聞の派手な宣伝を鵜呑みにしてしまうのではないだろうか。

 マスコミ自身が自社の経営のために、胡散臭い文面であろうがスポンサ-として大切なお客様。いなりのコマ-シャルを掲載や放映するのだから、結果的には惑加害者になっている。

 ほとんどの人が、入居時の保証金は預貯金を取り崩したり、自宅のある人はそれを売ってまでして支払っているので、『職員の言葉づかいが乱暴』だったり『食事に冷凍物ばかり』などという気持ちがあっても、(老人ホ-ムというものはだいたいどこでも同じようなものだろうという風潮があるらしく)苦情というより愚痴だろうと思われるきらいがあり、なかなか言い出せず、結局は泣き寝入りする人が多いようだ。

 厚労省の資料では、届け出がある老人ホームは07年7月に全国で2846(定員15万5千人)だったものが、今年の3月には4110(同20万2千人)に増えているというから、如何に需要があるかと同時に、儲かると聞いて新たに参入した業者が多いことを示している。

 この他に、過日火災で10人(そのほとんどが身寄りがない)もの高齢者が死亡した高齢者向け住宅『静養ホームたまゆら』のような無届け施設も、役所が把握しているだけでも600程度は施設あるというが、把握できないものも多いに違いない。

 しかも実態はまだよく分かっていないらしいから、悪徳業者から見たら、まさに獲物がウロウロしているように見える感覚、高齢者の世話を看板にした『金儲け』そのものに走るのは、金儲けが『是』だとする現代社会の負の側面。まだまだ多くなるに違いない。

 悪質なケースには『老人福祉法』に基づき、都道府県が改善命令を出すことになっているが、役所はホームの急増で手が回らない状態、というより、面倒な仕事はすべて自治体任せの国の無策ぶりがよくでている。

 専門家も『ついのすみかとなる老人ホームの苦情は、表に出にくい。実際のトラブルはもっと多い』とお手上げ状態らしいが、こんな現状にこの国の政府はまったく無頓着。

 やれインド洋では戦争継続のため燃料を無料で提供だとか、ほとんど困っている人たちには渡らないことは常識になっているのにも関わらず、アフガン復興に政府援助として何千億円、太平洋諸国にODA支援として数百億円という大盤振る舞いをしているのだから困ったものである。

 国に頼らず、自力で生きるしか『この国』では高齢者が選ぶ道がないのが悲しい。(田舎親父)

2009年5月26日 (火)

トレ-ラ-が突然倒れる事故が続いているが・・・

 主に高速道路を走っている時であるが、前を行く大型のトラックやトレ-ラ-が風もないのに揺れていることがある。スピ-ドの出しすぎでもないのに、ひょっとして居眠りか酒気帯びではと思うと、何となくいやな感じになる。

こんな場面に遭遇した人は少なくないだろう。運転する機会が比較的少ない私にも何度かこのような経験がある。

そんなトラックの後ろを走りたくない。渋滞している時は別だが、普通は追い越すために斜線を変更し、一気に抜き去るようにしているのだが、追い越す時に何か異常に緊張することが多く、頼むからフラツカないでくれよ・・・なんて念じていた自分に後から気づき苦笑することも稀ではない。

ところが、最近になって大型のトレ-ラ-の横転事故が続いて報じられていることに対して、やはり横転することがあるのだと思うと同時に、追い越す時の心理を思い出して改めて冷や汗がでる思いがする。

10日ほど前に名古屋の一般道路で大型のトレ-ラ-が横転、隣の斜線を走っていた乗用車を押しつぶし、乗っていた母娘人のうち二人までが亡くなったという報に、まさか普通に走っている時に横転なんて・・・と、そんなことが実際にあるのだと信じられない思いがする。一人だけかろうじて助かったというが、その方のショックは計り知れないものがあるだろう。

橋の掛け替え工事のために道路が変更されていたらしく、現場は緩やかなS字の下り坂になっていたという。スピ-ドを出しすぎていたわけでもないらしいが、突然車体が大きく揺れて横転したらしい。

続報では、横転事故の際、トレーラーの荷台と大型コンテナを固定するロックの一部が外れていたとのことである。『一部が外れていた』という表現に引っかかる。

事故で外れたのか、それともはじめから外れていたのかがあいまいな上に、大型トレ-ラ-の仕組みなどまったく知らない私には、どのようにして固定していたのかよく理解できていないが、いかなる場合であっても、外れては固定手段として不適切だろう。

だとすると、出発前に固定を確認する作業を怠ったと考えられるが、そんなズサンな管理がまかり通っていたら、大型トレ-ラ-はまさに凶器そのもの。実際には、固定されているのが当たり前という感覚が強く、普段から確認点検などしなかったのではないだろうか・・・。

同じようなことが続くのが常で、この事故の1週間ほど後に、前横浜でコンテナを積んだ大型トレ-ナ-が横転し、道路を防ぐ事故の報道があった。この事故では幸いなことに死傷者がなかったとのことだが、こんなにコロコロと大型トレ-ラ-が倒れるとなると、うっかり車ででかけることは命懸け。

警察はトレラ-を運行させている会社を捜索して、業務記録や運転日記などを押収して事故原因を調べるとのことだが、多分明らかになるのは業務記録のズサンさと、決して証拠記録に残さないと思うが運転手の過重勤務の実態ではないだろうか。

世の中は不景気風が吹き荒れており、どの業界でも仕事がないといわれている。コンテナ運送業界も同様で、運転手のリストラなどは当然で過重な労働が当たり前になっていると聞く。会社としては利益を上げるために仕方ないという言い分もわからないわけではないが、事故の背景にこのようなこともあることも想像に難くない。

亡くなった母娘は気の毒としか表現のしようがない。事故を起こした運転手の過失を見逃すつもりはない。如何に過重な労働条件であっても安全確認は運転手の最低限の義務。運転時は細心の注意を持ってほしいものと思うが、(実際には)それすら省かなければならないほど追い詰められているのかも知れない。

名古屋の事故で、トレ-ラ-を所持する山田運送という会社は、全長12メートルを超える車両の走行時に、道路法の規定で必要となる許可を事前に取っていなかった疑いがあるという。事故が起きなければこんな細かい法規のミスなど問題にされないはずだろうが、事故を起こしたら最後、重箱の隅をつつくように細かに追求されるのはよくある話・・・。

許可をとったから事故が起きないとは言えないのに、何でも許可の有無が問題にされるのは、お役所の事前の『責任逃れ』だと言われても仕方ない。むしろ、会社の実態と運転手の勤務に注目してほしいと願っている。

この種の事故を防ぐためにも、余裕がある運転が前提になるのだろうが・・・。そのためにもこの事故・事件は様々なことを考えさせてくれる。

金儲けがすべてという社会を根本的に転換しなければ、類似する痛ましい事故は(マスコミ報道がないだけで)、今もどこかで起こっているのに違いない。(田舎親父)

2009年5月25日 (月)

相変わらず天下りが賑やか・・・

 天下り規制を本気でやるというのはやはり掛け声だけのようで、相変わらず中央省庁の幹部たちは天下りで美味しい汁を吸っているらしい。

『天下り指定ポスト』というものがあるという。公益法人などの幹部に、所管する省庁のOBが現在まで5代以上連続して就いているポストのことをいうのだそうだが、そんな天下り先が、338法人、422藻あるというから呆れたものである。

何でも、3月にこの状態を調べた時には、95法人、104ポストだったと報告されていたのに、対象となる幹部の範囲を広げたら4倍以上になったというから変な話で、もう少し調査する範囲を広げたら、さらに増えることは間違いなさそうだ。

この調査は、マニフェストで官僚政治打破を掲げる民主党が、総務省に再調査を要求したところわかったというから、民主党の強い要求がなければそのままだったことは明らなことは間違いない。こんなに違いすぎる数字には唖然とするが、各省庁では天下りポストのことを隠したい強い意思の現れだろう。

特に国交省と農水省の天下りが顕著で、国交省は10法人・10ポストから123法人・155ポスト、農水省は4法人.4ポストから107法人・125ポストというように、普通の感覚では、3月の調査は一体なんだったの・・・と唖然とする数値。こんな馬鹿馬鹿しいことが国としてまかりとっている事自体信じられない思いである。

3月時点では調査期間が短く、十分把握しきれず、今回所管法人をすべて調べたところ、数字が増えたという言い分も胡散臭く、今回の『すべて調べた』のも怪しくなってくる。

3月に調べた96法人のうち8法人に、先に衆議院を強引な手法で通した今年度補正予算のうち、何と8500億円ものカネが回るというから、この内閣は表向きには公務員改革や天下り規制などを言いながら、実質的には何も行っていない。いやそれどころか、後退していることが明らか。

『天下り指定ポスト』というのは『5代以上連続』とあるが、恐らく『5代』は隠れ蓑としての数字で、これらの法人ができて以来ずっと天下っているだろうことも想像に難くない。

その下のポストや関連団体までも含むと、最終的には中央官庁の係長クラスまでも天下くだれるほど、役人の天下りは天文学的な数字になっているのではないだろうかとさえ思ってしまう。

先日、昼間テレビをつけたら丁度国会中継が行われており、民主党の細野議員が、補正予算関連の質問で、4兆円にもおよぶ緊急性のないカネが、天下り先の法人へ『何とか基金』という名目で計上されていることを鋭く突っ込んでいた。

例によって総理はじめ閣僚が、ヘロヘロの答弁で誤魔化していたが、これも天下り先を確保するための官僚たちの要求に、内閣が『ハイわかりました・・・』と計上したものに違いない。

マスコミは一応『天下り指定ポスト』が増えたことは事実として報じているが、これと関連して、補正予算に細野議員が指摘しているように、関連として4兆円が計上されていることには詳しく報じていない。

というより、むしろダンマリを決め込んでいると思われても仕方ないような後ろ向きな姿勢だが、少なくともジャ-ナリズムと大見得を切るのなら、このあたり国民がわかりやすいような解説入りで報じる『義務』があるように思えるが、いかがだろう・・・。

そんなことを思っていると、昨日になって『農林中央金庫』の副理事長に全国農業協同組合中央会(JA全中)の専務理事をあてる方針を固めたというニュ-スが目に入った。

記事によると、『農林中央金庫』の理事長や副理事長は『天下り指定ポスト』だったようだが、業績悪化を受け、元農水省の事務次官からの天下っていた理事長が3月末に辞任し、副理事長だった生え抜きの人物が理事長についたとのことだが、その際空席になる副理事長席を『指定ポスト』にする暗黙の了解があったらしい。

今回、両方の『指定ポスト』を農業関連機関の身内で占める人事をしたことは拍手を送りたいが、所詮は、官僚の天下りに対する出資者からの批判の高まりを意識した、一時的な処置で、ほとぼりが醒めた頃(業績が回復したら)、中央省庁の命令でもとに戻るだろことは容易に想像できる。

ただ、地方の考え方も代わっており『農林中金』が今までの体質を維持し、利権誘導のために天下りを容認するだけではなくなっていることも確か。

業績の悪化もその証拠の一つだと認識しないで、農水省の官僚たちが従来通りの姿勢を続けていたとしたら、雰囲気を感じ取った利用者は離れていくことは間違いなく、業績はさらに悪化。結果として天下りしたくてもできなくなるのではないだろうか・・・。

このあたり、メディアは信念を持ってしっかり報道してほしいものだが、どこかから『報じるなと』いう命令でも出ているのではないかが気になるところ・・・。(田舎親父)

2009年5月24日 (日)

世襲制限もしょせんは『大ザル』・・・

 国会議員の世襲制に対して批判が高まっているようだ。

政治家とは、自らの主義主張を市民の前で堂々と展開し、政治を動かせる立場になった時には、自らの利益ではなく大多数の市民の利益になる政策を押し進める原動力になる人だと理解している。

自分たちの住む区市町村の議員は、日頃生活している地域の発展のために議論し、行政を指導するのが役目。これが都道府県議会の議員となると、少し範囲が広くなるのだから、自分が住んでいる地域限定の利権誘導だけをしてはならないことは誰の目にも明らかなのに実際はそうでないところが問題・・・。

さらに国会議員ともなればさらに視野を広く持ち、国家国民のためにというのが大前提なのだが、しょせんは議員になるにも票数が必要となると、選挙区での人気獲得のために利権を誘導するなと言っても無理な話。

これはある程度は仕方ないといえば仕方ないだろうが、あまりにも露骨過ぎると区市町村議員と同じレベルになり、国家国民のためというより一般サラリ-マン同様、国会議員という『職業』となってしまうらいがある。しかも政治にはカネが必要とばかり、私利私欲に走る傾向があるのはいただけない。

無所属の議員はともかく、政党に所属していては党利党略が最優先。自らの考えが違っても、親分の決めたことには反対できないとなると、国会議員という仮面をかぶっているだけで、実態は年収がベラボウに高く、特権が大きな『高級サラリ-マン』で、親分の発言には異議すら唱えられないようだ。

選挙とは『ジバン・カンバン・カバン』の三バンが必要とよく言われている通り、支持基盤・知名度・札束がものを言う世界。一度手にした地位は、簡単に他人に渡したくないのは人情だろう・・・・。取り巻き連中も、自分たちの代表を国会に送り込めば間違いなく利権がえられるとなると、必至に応援するのも成り行き上当然といえばこんな当然なことはない。

本人が老齢となり政治活動が難しくなった場合や、不慮の事故で死亡または大怪我で再起不能となると、後継選びが大問題。一番手っとり早い方法として『三バン』が整った身内に白羽の矢を立てることになる。

こんな歴史が繰り返されて、現在国会議員の二世三世は数多く、四世議員も少なくないという。これらの議員が全て国家国民のために本気で働いてくれれば問題がないのだろうが現実は大違いらしく、最近俄に、このような世襲議員に対しての風当たりが強くなっている。

世襲議員が圧倒多数を占めるのは自民党。自民党議員の選挙区では、例え優秀な人材が存在したとしてもその人に光が当たらないことは事実。陣営から世襲に反対して立候補するとなると、骨肉の争いになった例は数多い。厳しい選挙を戦い抜いて議員になったとしても、世襲議員を蹴落としたという烙印は消えないらしく、なかなか重い役職につけなかったりするのもよく耳にする話である。

民主党が選挙公約としてこの『世襲制禁止』を明言したことを受けて、自民党も現職には言及しないが、新しく立候補する二世・三世に対しては公認しない方針を打ち出す気配のようだ。

ここで注目は、コイズミ元総理。一番世襲制に拘らないと思われていたのに、親馬鹿を発揮して次男に地盤をゆずるというから笑ってしまった。が、今回はこの超大物実力者でも別格というわけにはいかないらしく公認しない方針という。しかし、党にとっては親の威光もあって落とせない人材であることは間違いない。

そこで、選挙区には自民党公認候補は立てず陰で応援。当選したらすぐに党の日の当たる道を歩めるようにと、党の地区委員長のポストを用意するという苦肉の策を考えているらしい。党として公認しないから世襲ではないという論理らしいが、こんな姑息な手段をとってまで世襲させなければならない・・・のだろうか。

これでは、世襲禁止となったとしても『ザル法』になることは明らかな上に、自民党がこのような姑息な方法を考えていること自体『ザル法』が、さらに『大ザル法』になることは目に見えている。

世襲を法律で縛ることには反対しない。が、それ以前に市民一人一人が政治に目覚め、選挙に関心を持って、自分の意志で投票する自覚が大切。しかし、自民党の選挙の責任者が『投票率は低い方が良い・・・』という意味と受け取られるような発言をしているとなると、この党は人々の意識を高めようなとは絶対に思っていないことは確か。

となると、『ザル法』ではない厳密な『世襲禁止法』も必要かなと思う今日である・・・。(田舎親父)

2009年5月23日 (土)

定額給付金を悪用する輩たち・・・

 衆院の3分の2規定を使ってまで、強引に法案を通した定額給付金。当初は、不景気で生活に困る貧乏人に恵む制度だから、自分は『矜持として受け取らない』と言っていたのに、いつのまにか経済活性化のためにと宗旨がえ。何となく問題をすり替えたような印象で、スッキリしない幕引きだったが・・・。

閣僚たちの言動もマチマチで右往左往。結局は全員が『経済対策』で喜んで?受け取ると発言したことは記憶に新しい。

その定額給付金を何とか地元の活性化につなげようと、各自治体は商店街や商工会議所と一緒になって知恵を絞り、誰が言いだしたのかは知らないが『プレミアム月商品券』という方式が生まれたようだ。これが、あっという間に全国に広がり、最近の調べでは130もの自治体に広まっているという。

この制度の概要は、自治体によっては多少の差異があるというが、基本は普通の商品券に10%程度を上乗せした『地域限定商品券』を発行し、それを全員に配布される『定額給付金』で買ってもらおうとするものらしい。

当初この案を新聞で見た時には、地元の商店街や商工会議所などにしたら10%の上乗せ分は負担だろうか、このカネが全て地域に落ちるとなると、多少は地域の活性化に役立つことは間違いなさそう。苦肉の策とはいえ、なかなか上手い制度だと感心したものだ。

が、この制度を悪用する奴がいるとのニュ-スに、いよいよ世知辛い世間になったものだと嘆きたくなる。

記事によると、ある商店主はこの制度を聞いて『この商品券の話を最初に聞いたとき、真っ先に換金手段を思いついた』と話し、犯罪に使われないような防止措置が全くないことを危惧したという。

『この制度はちょっと悪意をもったわれわれ商店主にとっては、うちでの小槌みたいなもの・・・』という意味がよく分からず、何のことだろうと思ったが、記事を読んでいくと、その筋書きが(全くの経済音痴の私にも)理解できるようになった。

なるほどその仕組みはきわめて単純。この商品券で利さやを稼げることを発見した狡賢い商店主は、住民としてならいつでも簡単に購入できるこの『地域限定商品券』を、大量に購入するのだそうだ。

これには10%のプレミアムが付くから、10万円の元手で実質11万円。その商品券に自分の店の『ハンコ』を押して、数日後に商品券担当の『事務局』に持ち込めば、何の疑いもなく11万円が返ってくるという。

商店会の換金手数料として2%引かれるが、それでも9800円が手に入る。銀行よりはるかに簡単で高利回りだ・・・と解説している。売り上げが不自然に急増すると疑われても、店の商品を自分で購入したと開き直れば、道義的な問題はさておき、関係機関としても文句はつけにくいという。

地域の活性化などは別にして、商店主が自分だけカネが儲かれば良いと考えたら、なるほどこんな簡単な手口はない。

一般の住民もやり方によっては可能だという。この地域限定プレミアル商品券の加盟店にコンビニエンスストアが入っていることに目をつけ、購入した商品券を使って電子マネーのチャージに成功した強者がいるそうだ。

有効期限があるこの種の商品券は、経産省の通達により『電子マネー』への換金が制限されているが『禁止』ではなく、地域によってはその対応が別れるという。

商品券の購入限度は決まっているらしいが、これは一度に買う場合だという。ある市民の告白らしいが、この御仁の場合は、何回かに分けてこの合計100万円ものこの商品券を購入したという。その商品券を使って、加盟店の家電量販店で大型テレビを買うと、10万円のプレミアムに加え、量販店のポイント割引もつき、事実上3割引でテレビを購入できたというから、この手口を真似する輩がワンサと出るのではなかろうか。

プレミアム商品券などというシステムを考えた人間には拍手するが、そくさまそれを逆的に取る輩がいることに唖然とさせられた。

私の手元にも受取方法の案内という書面が届いた。受け取り拒否するほどの矜持も持ち合わせない。といって、自治体に寄付というのも何か変だ。

ならば、地方の活性化の一助のために、友人が経営している店から直接、その地方の産物でも取り寄せるのが一番良さそうにも思えるが・・・。(田舎親父)

2009年5月22日 (金)

マスク神話を考え直す良い機会かも・・・

 『豚インフル』が予想通り首都圏に感染を拡大した。私立の女子高(学校の付加価値を上げるためだろうが)が、わざわざ今回のインフル騒ぎで危険だと言われている最中のニュ-ヨ-クに生徒を『研修旅行』という名前で約10日間の予定で実施したようだ。

その時、ニュヨ-クでは高校生を中心に『豚インフル』が流行していたことは知っていたはず。それなのに多分、交流と称して同じ年代の子ども同士の接触があっただろうから、案の定というか自然の成り行きで、この生徒の体にウイルスが入り込んだようだから、ある意味『確信犯』的な首都圏感染かな・・・。

帰りの飛行機内で発熱などのや咳インフル症状があったという。成田は厳戒体制だったはずなのに、この生徒たちは『単なる風邪だろう』と無罪放免?、そのままリムジンバスや電車で帰宅したというから、今後感染が拡大するのは間違いなさそうだ。(一生懸命、彼女たちはマスクをしていたので感染の心配は低いと宣伝にこれ努めているようだが・・・)

ここに二重の疑問点が残る。一つは、まさに現在『豚インフル』が流行っているというニュヨ-クに、何故あえて研修旅行を強行したかということ。これに対しては、校長が釈明しているが、今後かなり厳しい批判が集中するのではないだろうから、ここではこれ以上の述べることは避けたい。

二つ目は、何故、あんなに物凄い防御体制を敷きながら、明らかに40℃近い発熱をしている高校生を、単なる風邪と見逃したという防御体制である。簡易検査でインフルエンザのA型とB型では陰性という結果だったとの報道だが、担当者たちの間に間簡易検査に頼り過ぎる体質があったのではないだろうか。

簡易検査の実態はどんなものか知らない。が、多分体の一部の細胞を採取して、それを何やら操作してウイルスを発見したり、種類を判明するのではないだろうかと想像しているが、それにしてもこんなに騒がれている時期、しかも水際作戦が何よりも重要と言われている最中に、40℃の発熱と咳の高校生を公共交通機関で帰宅させるのは、如何にこの国の防疫体制がザルだと言われても反論できないのではないだろうか。

テレビの解説に現れた専門家によると、簡易検査の結果が往々にして『陰性』と出ることがあると言っていたが、そんないい加減な検査を水際作戦の重要な武器にしていること自体が問題。この専門家は仲間の見逃しミスを庇ったのでは・・・とも思えないことはない。

この報道を受けて、すぐに目立つのが人々のマスク姿である。すでに関西では『マスク・パニック』状況が起きて、薬局などの店頭からマスクの姿は消えているという。マスクを求めて右往左往する姿が視聴率稼ぎに有効らしく、その様子を中心に構成された特別番組まで現れる始末・・・。

ほとんどの人がマスクを付けさえすれば感染が防げると思い込んでいると言っても過言ではないのも変な話。今回の首都圏感染の報道で、この傾向は一挙に全国に波及するだろうから、今からマスクを買い求めにでかけても手遅れになっているかも知れない。

いや、実際にインタビュ-映像では、何人かの市民がマスクをしていないのは『したくても売っていないから』だと答えていたことでも、マスク争奪戦は真剣な事態になっていることが読み取れる。

もともと日本人ほどマスク好きは前から言われていることで、いろいろなマスクが売り出されている。特に花粉症の時期にはいろいろな人たちのマスク姿を観察することができる。最近は『使い捨てマスク』が流行っているらしく、負の面だろうか道路や時に公園にまで、このマスクが捨てられている光景を見られるようになったのは困ったもの。

マスクは感染者が咳をしてウイルスを周囲にまき散らすのを防ぐという点で一定の効果があることは間違いなさそうだが、外からの感染を防げるかどうかは専門家の中でも意見がわかれており、マスクに隙間があったら効果がないという意見が大勢を占めているらしい。

また、ウイルスが口やはなから直接入ることに対してマスクはある程度の効果を発揮するだろうか、そのマスクを脱ぐ時に手で触っては意味がないのは当然として、ウイルスは服や髪の毛などにつくこともあるだろうから、マスクをつけさえすればという発想は、頭から否定するつもりはないが、ザルであることも間違いない。

マスク以上に重要なことは、手洗い、うがいの励行のほか、肝心なのは人ごみに出ないことだということは私でも理解できるが、マスク神話が蔓延しているので、マスクさえしていればそれで安心と思い込み、逆にマスクをしていないと、それ自体が犯罪行為だという眼で見る習慣がついているのかも知れない。

多分、金儲けに聡い現代の日本人たちは『マスクで大儲け』を目論見、ネットでそれらしき販売行為も現れている。詐欺もどきの事件も報じられるのではないだろうか。

この際、猫も杓子も『マスク・マスク・マスク・・・・』の『是・非』を考えてみたいものである。(田舎親父)

2009年5月21日 (木)

こんな漫画的な話が本当なら・・・

 やはり東京圏にまで感染が広がったようだが、豚インフルの話題は一休みとして、今日は漫画的な話題を・・・。

我が国に(ネットで調べてみたが存在すら確認できないのだが)『ピ-スボ-ト』という『平和主義』を売り物にして、海上自衛隊艦船のソマリア沖への派遣に反対しているNGOがあるそうだ。

その団体が募集して運行している客船が、海上自衛隊に護衛されていたというニュ-スがネットに流れ、かなり盛り上がっている。

この護衛された船は、一般募集した観光客を乗せて、約100日かけて地球を一周するというから違和感を覚える。

平和団体がこんな船旅を企画すること自体変な話。これも今ははやりの偽装で『ピ-スボ-ト』などという、いかにも平和主義を標榜している名前をつけながら実態は単なる儲け主義の旅行会社で『自衛隊のソマリア派兵に反対』をコンセプトにして、客集めをしているのではないかとさえ思ってしまう。

それはともかく、『ソマリア派兵』に反対している団体の船が、自衛艦の護衛を受けたことが事実だとしたら、まさに笑えない『絵も筋書き』もお粗末な漫画を見ているようで平和主義が聞いて呆れる。

この矛盾に、『海賊に話し合いで解決せいとか言っているのだから、海自のエスコートなんか受けずに航行して、海賊に襲われたら主張通りに話し合いで解決して来るのが、スジでは・・・』という皮肉たっぷりの批判が数多く寄せられているという。全くその通り。

『ソマリア沖派兵反対』と主張するならば、少なくともソマリアの海賊たちは、国の混乱と生活維持のために止む得なく海賊行為をしているという立場に立っているはず。私もその主張をしているが、だからといって海賊たちと緊密に連絡がとれていない限り襲われる心配はないわけではない。

そんな地域に、旅行会社ごとく装って『われわれは平和団体だから』と言って、海賊には襲われる心配がなさそうな気分にさせての人集めは、詐欺だと断言しても差し支えあるまい。

ただネットにもあるが、このニュースを報じているのは514日の時点で『産経』だけというのが何か引っかかる。この新聞は、政府筋の立場で報道していることは、自他ともに認めるところ。

『自衛隊のソマリア派遣を正当化するために、意識的に流したガセネタでは』という指摘もあるとのことだが、まさかそこまではやるまいと思いたい。それにしても、こんな視聴率の稼げるネタを他のマスコミが報じないのが気になるが・・・。

それにしても、海上自衛隊の艦船はこんなバカバカしい連中が動かしている船の護衛もしなければならないとはやりきれないだろう。

可能性は限りなく低いとは思うが、もし、平和主義を標榜し保護反対のために実力行使をしている『シ-・シェパ-ド』とかいう外国のNGOの船が、日本憎しとばかり捕鯨船にしたと同じく自衛艦に近づき、薬品を投げたり体当たりをしたりしたら、この『ピ-スボ-ト』の客船?は、この時とばかり一緒なって自衛艦を襲うのだろうか・・・。

この海域で護衛することは、自らの意志では決してない自衛艦の乗組員の方の安全を祈りたい。(田舎親父)

2009年5月20日 (水)

繁華街が大賑わいとは予想通り・・・かな

 朝起きて洗面後すぐに郵便受けの新聞を取るのが日課になっている。かといって、すぐに読むのかというとそうではなく、一面の見出しだけを読み取って、新聞を玄関においてコンピュ-タを立ち上げ、ネットでどんなニュ-スが流れているのかを確認することで一日が始まる。

昨日は蚕の話をするために都内の学校にでかけ、帰宅が少し遅くなったので、昨夕の豚インフルの騒ぎがどのようになっているのかは知らない。ただ、昨日までの騒ぎからしたら、きっとさらに大袈裟になっているのではないかと思ったが、朝刊にはその緊迫感はない。

あるのは全員がマスク姿をしているのではないかという観衆が野球観戦をしている写真が中大に掲載されているだけ。それもカラ-で服装が色とりどりなので、何となく華やかな雰囲気が伝わってくるが、マスクとのアンバランスは異様な感じを受ける。

ネットでは、豚インフルの感染拡大のニュ-スに代わって、『繁華街、目立つ中高生=「自宅待機」徹底されず-一斉休校の生徒ら・大阪、兵庫』という見出しがトップ。

記事をそのまま引用すると、――「感染したら自業自得」。新型インフルエンザの影響で一斉休校が続く中、大阪府や兵庫県の繁華街では19日、普段の平日以上に中高生らの姿が目に付いた。自宅待機が徹底されない状況に、両府県の教育委員会は「ほかの人にウイルスを感染させないことが目的。『自己責任』は通用しない」と呼び掛けている。――とある。

テレビのニュ-スでも、大阪・ミナミのアメリカ村という若者たちの人気スポットに中高生が集まっている様子や一部の生徒にインタビュ-している場面を紹介していたが『自分は元気だからインフルなどにかからないと自信がある』と答えていた男の子の言い分はまさに現代っ子だなあと何となく納得してしまった。

昨日も記したが(従来の例をとると)、幼稚園や小学校が学級、学校・園を閉鎖するのはインフルエンザの流行の兆しがあって、子どもたちの1割とか2割とかの欠席があると同時に、このまま放置してはより以上の感染が心配という場合に校長の判断で教育委員会の許可を得てなされるもの。

その場合は、保護者も心配なので、余程のことがない限り(例え両親が仕事を持っていても)都合をつけて、子どもから目を放さないようにするのが一般的。学校や幼稚園もそんな保護者の負担を考えると、なかなか決断できず、閉鎖した場合でも担任たちが手分けして家庭訪問などをするのが習わしだと聞いている。

ところが、中高生となると親も一人で家に置いても大丈夫だと思っているのが当たり前になり(子どもも親が休むなんて迷惑と思っているだろうが)、普段通りの生活となると、元気で何の症状もない子どもが一人家でじっとしているだろうなんて考えること自体が無理な話。

まして、豚インフルの症状が季節で流行る通常のインフルエンザと変わらないという情報が流れ、あたかもマスクを着用していれば感染しないごとき報道では、マスクの着用は徹底するものの、子どもたちの外出を奨励しているとしか思えない。

大阪の橋下知事も責任を感じているらしく、テレビで『学校がお休みでも、外に出ないでください』と呼びかけている映像を見たが、この時間では99%の子どもたちは朝寝を謳歌しており、映像そのものを見ないとなると効果はまったく期待できない。

それ以前に、子どもたちはニュ-ス番組自体を見ないのではないだろうか。知事としても、厚労省の要請を受けての苦渋の選択を強いられ、この自体を重く受け止めているのだろうが、一日も早い『休校』措置を取り消すのが賢明なのでと思えてならない。

老婆心ながら、一日も早く授業を正常かしなければ来年度の学力テストの結果に悪影響するのではないかと心配も頭をよぎる。その時(来年度の今頃)『去年、豚インフルで授業が遅れたのだから、俺の責任・・・』というセリフが出れば見直すのだが・・・。(田舎親父)

2009年5月19日 (火)

すぐに『通常のインフル』対応にするべきだと思うのだが・・・

 昨日の朝起きてテレビニュ-スを見たら、『大阪は今日から全ての中・高校を7日間閉鎖する』という報道に、一瞬、『ちょっと待って。普通の子どもたちはこの一週間どうして過ごすのか考えているのだろうか・・・』という疑問と、今日からということは『保護者対策など大丈夫なのか・・・』ということが頭をよぎる。
 ニュ-スの画面は例によって、市民のインタビュ-に移るが、一人の主婦が『困まっています。保育園が閉鎖されたら私は休まなければなりません。何とか考えてほしいと思います』と困惑顔で答えていた(その時点ではまだニュ-スが流れていなかった)が、大阪や神戸は中高校だけでなく、保育園まで影響が及んでいるらしい。
 この主婦の本心はもっと激しい怒りを表したいのだが、テレビに写るとなるとその感情を抑えなければという表情が、見ていてもわかる。大阪や神戸(兵庫)には何万人という働く女性たちがいるに違いないだろうから、大混乱に陥ることは目に見える。
 この話題を、昨日書こうと思ったのだが、今しばらく待ったら、この混乱もはっきりするだろうから、明日に回すことにして違う話題を選んだが、昨日のニュ-スを見る限り、小学校や幼稚園・保育園などにも休校・休園が拡大しているというから、予想通りお大阪も神戸(兵庫)はパニック状態に陥っているらしい。
 この『豚インフル(私は、あえて「新型」という言い方がアメリカの圧力で使うようになったと信じているので、今しばらくこの言い方にする)』が、最初にメキシコで発生、死者が出たのは半月ほど前。その影響がアメリカ出始めたとたん、我が国での大騒ぎが始まった。成田はじめ国際便の到着する空港は、検疫官を機内まで乗り込ませてチェックするなど、テレビ映像を見る限り劇画の世界の『臨戦体制』そのもの。
 『疑わしきものは罰しない』のは裁判の原則だと聞いているが、今回の豚インフルはその考えを全く否定、少しでも容体がおかしい人は拘束して缶詰状態。
 カナダから帰国した大阪の高校生などは、疑いがあると判定され病院に軟禁状にされ母親との面会すらニュ-スになるほどの厳戒対だったにも関わらず、実際には誰一人『豚インフル』には罹患していなかったことがわかり、全員『開放(本当は釈放と表現したいが)』されたというから、該当者は気の毒としか言いようがない。
 この処置に対して各メディアからの批判はない。水際での徹底した防止策は当然と受け止められ、むしろ今回の国の処置を評価している記事が多かった用に思える。
 ところが、一昨日だったろうか、最近はもちろん過去にも全く渡航経験のない神戸の高校生が、この『豚インフル』に感染と言われてからの厚労省のさらなる慌てぶりは大変なもの。次々と自治体への指示(命令)がエスカレ-トして、より以上の水際作戦の徹底を指示しているようだ。
 感染と確認された高校生が通う高校の校長はマスク姿の記者会見で『想定できなかった』と言っているが、これだけ国が徹底した防御体制をとっており、日本に侵入していないと自信を持って発表している段階で、まさか自校で感染が確認されるとは予想すらできないのは当然だろう。
 その日、神戸では感染が確認された学校やその地域の学校を臨時休校にする処置を発表しが、次の日には大阪に感染が飛び火。今までは高校生中心だったのが小学生や主婦、会社員にまで拡大しているというニュ-スにビックリさせられる。感染経路はまだ不明だそうだが、多分解明できないだろう。
 恐らく今後感染者は増えるだろう事は容易に想像できる。大阪が急遽中高校の休校を発表したのも、余程慌てているに違いない。世間は現時点では決して間違いだと批判はしないだろうが、ちょっと大袈裟過ぎるきらいは否めない。
 大阪がこの措置を発表した時点での感染者は28人だそうだ。そのほとんどが高校生だとのことも何やら変な話であるが、一人小学生が含まれていたといから、間もなく中・高校だけではなく小学校や・幼稚園・保育園まで閉鎖の波は押し寄せることは間違いなかろう・・・。
 (ここまでは昨夕までの話)ところが厚労省はあまりの慌てぶりを反省したのか、夜になって、クチサキ大臣ドノは急遽『普通のインフルエンザ』の扱いをすると発表。各自治体は一様にホッとしているだろうが、休校などを取り消したとの報道はない。
 前回も書いたが、今回の『豚インフル』は症状的には従来のインフルエンザに毛が生えた程度。ワクチンがないというが、タミフルが十分威力を発揮しているらしい。せいぜい数日間安静にしていれば自然治癒するように報じられているのに、ほんの少し発熱したら即死に至るがごとくの騒ぎに『何故?』と素朴な疑問がわいてくる。
 従来のインフルエンザの扱いは、児童・生徒の1割とか2割という数が罹患したかその恐れがあった時に、学校の判断で『学級』や『学校』を閉鎖するのだが、今回は国が地方自治体に対して『全校閉鎖』を求めるのは納得できかねる。
 橋下知事は『危険に対する認識は昨日と大きく変わった』と言っているそうだが、同時に厚労省に対して『どこかで通常のインフルエンザ対策に切り替えないと、大阪の都市機能はマヒしてしまう』と直訴したとのこと。知事の気持ちはもっともである。
 学校を休校にしても塾がそれに習うとは思えない。教育委員会に『休塾』にする権限がないはず。このあたりの矛盾を為政者はどう考えているのだろう。
 患者が、現在のところ兵庫や大阪に限られているのも気になるところ。うがった予測だが、この地域の外食チェ-ン店がアメリカあたりから豚肉を大量輸入、それで地域限定のメニュ-でも売り出してのではないだろうか・・・。
 だとすると首都圏への拡大は確率的には低くなるだろうが、いずれ感染が拡大することも考えられる。そうなると大阪圏より大きくなるのは確実。ある意味政府やマスコミの対応が楽しみだと言ったら、かなり激昂される方も多いのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2009年5月18日 (月)

ポリシ-のない選挙対策政策に騙されてはならない

 先日、金子という国交相が『お盆も年末年始も高速道路1000円・・・』と得意そうに記者に向かって発言している姿がテレビニュ-スで流れた。

その中で、先の連休に結果について『渋滞はあったが効果はあった。夏休みも土日祝日だけでなくて、お盆の期間続けてできるようする・・・』言っていたが、この御仁達はどこに行くのも新幹線のグリ-ンパス(だから、公私混同が怒るのだろうが)。一般庶民はまたまたお盆の大渋滞を余儀なくされるようだ。

土日祝日の高速道路1000円乗り放題を導入後に初めての大型連休となった今年のゴ-ルデンウイ-クには、行楽地やふるさとへの帰省やUターンのラッシュがみられ、高速道路は30キロ以上の渋滞発生が昨年の2倍になるなどの影響が出たことはメディアがこぞって報道していた。

一方こちらの方はあまり大きく報じられていないようだが、鉄道やフェリ-などの公共交通機関の利用者は大きく落ち込み、行楽客が必要以上に『車』利用へシフトする傾向が顕著にみられたことを見逃してはならない。

しかも以前にも書いたことだが、1000円の恩恵を受けられるのは普通車に限られる上に、ETCを装着していなければならないのも大問題。当たり前に考えても、これはETC業界から多額の見返りがあるのは当然なのに、そのことについて政府筋はもちろんだが、マスコミ全体が不思議にダンマリを決め込んでいる。

さらに不思議なことに国会において、政府の方針に噛みつく野党も、この問題に関しては何故か弱腰で、絶対に反対という姿勢が感じられないのも気になるところ・・・。反対したら、来る選挙に不利と判断しているとしたら、発想は自民党と同じ。野党の資格すらないのではないだろうか。

ETCを装着している人にはお得感があり、休みには遠出しなければならないような、いわば『お出かけしなければならない症候群』にさせられているようだが、国民生活で重要な要素を占めている流通を担うトラックなどの営業車両には少しも反映されないのも変な話。

合理化と不況が続く今日、流通を担う運転手たちの生活環境は悪化をたどっているという。生活のために彼らは休日も返上して働かなければならないことも多いのに、運賃はそのままで、渋滞で身動きがとれないとなると、その影響は計り知れない。この種の車を割り引けば景気は確実によくなるだろうことは、経済音痴の私でも予測できる。あまりにもポリシ-が無さ過ぎるのではないだろうか。

国交省の試算では、2年間の割引限定期間で経済効果を7300億円と見積もっているという。実際に潤ったのは、渋滞忍耐グッズ関連の業界とサ-ビスエリアの店だけと言っても過言ではなかったようだ。

渋滞など起きない方が良いのに決まっているのだが、はじめから渋滞が起きることが前提のこの施策では当然と言えばこんな当然なことはない。これではETC業界と同じで、このような業界を潤すためとしか思えない。

そんなことは一切に語らず、国交省は強気で国全体の経済効果は大きかったと言う。しかし、この間の週末に国交省の期待する『大渋滞』は起きず、限定された業界でさえも潤いは少なかったらしい。

経済効果を数字で表すためにも、この業界が大儲けるようにしなければならないとなるとどうしても『大渋滞』が必要になることは明らか。この重いが大臣をして『お盆や年末年始も割引・・・』と言わせたと勘繰られても仕方ないようだ。

お盆や年末年始となると、連休以上に故郷に『帰らなければならない人』が多いはず。この人たちの思いは、遊びで車を転がす人と次元が異なるほど切実な問題。しかも家族で帰省しなければならないとなると、当然車は欠かせない。渋滞がいやだとJRや飛行機となると、信じられないほどの出費となることは目に見えている。

確かに、車を利用すれば今まで以上に安く上がるだろうか、あの渋滞の苦痛をカネに換算させて、カネのためには苦痛なんか・・・という発想を強いるのは、精神的に貧しくなることを強要しているとしか思えない。

こんな安っぽい政策が選挙対策だとしたら、国民の意識を余程舐めきっているとしか言えないのだが・・・・。

『エコ』という言葉が流行っている。なんでもこの言葉を使うと、地球温暖化防止に役立つと思い込ませる発想だろうが、自家用車は無条件に『エコでない』ことは誰もがわかる話。

本当の『エコ』の分野からも絶対に許されるべきものでないことは論を待たない。(田舎親父)

2009年5月17日 (日)

鳩山党首に期待する・・・

昨日開かれた議員総会で民主党の代表に鳩山さんが当選。両候補とも短い期間に仲間に連絡して、必死で人集めをしたようだが、岡田氏にとっては如何せん時間が足りなかったようで、30票差で破れる結果になってしまった。

鳩山さんは自分でも『一皮向けた』と言っていたが、確かに以前のオボッチャマ的な雰囲気がなくなったようだ。

宇宙人と言われているそうだが、小沢体制をとことん支えた経験が自信となったらしく話ぶりも態度も堂々としてきたので、この揶揄もピント外れになった感じがする。きっと代表としてしっかり党運営をしてくれると期待したいものである。

昨日の当選後の記者会見では、岡田さんと小沢さんの両方を重要ポストに起用すると言明していたが、ぜひ、両氏とも快く鳩山さんの要請を受けて党をしっかりとまとめ、来る総選挙には民主党独自で過半数は無理としても、現与党には絶対に過半数をとらせないという決意で選挙に望んでほしいと思っている。

そのための全くの政治音痴の私の素朴な希望だが、岡田山には幹事長、小沢さんは裏方として実質的に選挙対策のトップとして実力を発揮してもらいたい。また、庶民に人気のある菅さんには今まで通り代表代行というポストで引き続き説得力ある質問や政策を語ってほしいもの・・・。

私は小沢さんのブレナイ態度を評価しているが、マスコミの反小沢的なマイナス要素を強調した報道によって、国民が『小沢は自民党と同じ体質・・・』と思うようにされてしまっているので、小沢さんを目立つポストにつけると、折角『一皮むけた』鳩山さんが確固たる党運営を心がけても『小沢傀儡』と言われかねないと危惧している。

そのあたりは小沢さんも十分認識しているだろうから、幹事長ポストを要求などしないと思うが、鳩山さんが小沢さんを慮って『お願いします』なんてことになると、やはりということになって党にとってはマイナス。となると選挙にも負の影響は避けられない。

このような人事に加え、さらに若手で活躍している人たちを重要ポストにつければ、民社党のイメ-ジがあがるのではないだろうか。

国会中継を時々見ることもあるが、民主党には耐震強度偽装を追求していた馬淵議員や、年金の長沼議員、あるいは原口議員や細野議員など素晴らしい頭脳と、弁舌鋭く閣僚たちを追求する能力を持った若手議員がひしめいているのだから、鳩山代表はこのような若手を起用し、民主党のイメ-ジを高めることだろう・・・と確信している。

マスコミのやっている支持率などはあまりあてにできないとは思うものの、一般国民はかなりこの支持率の上がり下がりを意識している。もっと意識しているのがアソウ首相だろうから、執行部の挙党体制と有能な若手議員の活躍で、支持率を上げて、否応なく解散しなければならない雰囲気をつくってもらいたいものだ。

以前から述べているが、15兆円にも及ぶ巨額の『経済対策』という名のバラマキで票を買わねば、選挙にならないという焦りがある自民党には、選挙に勝ちさえすれば消費税率を上げることが可能になり、そうすればこの金額程度はすぐ国民から搾り取れるという意図がミエミエ。

これもずっと一党支配が続いている結果であることは明らか。いずれ医療や福祉の財源確保に限って、消費税率を上げることは仕方ないとは思うが、予算の使徒など一切明らかにせず、具体的な議論もなく、しかも無駄を省く努力もせずに、数の力で上げることだけは阻止したいものである。

そのためには、政権交代は最低必要条件。難しいだろうとは思うが、民主党の挙党体制を作り上げるために鳩山党首に期待したい。(田舎親父)

2009年5月16日 (土)

ねこの糞と同じ扱いとは・・・

 東京の一部の地域では、若者たちが深夜に公園に集まり大騒ぎするのがはやりらしい。その上、トイレのガラスを割ったり、遊具を壊したりする被害が後を絶たず、周辺の住民からの苦情で、行政としても何とかしなければといろいろと頭をひねっているという。

中でも足立区では最近被害が拡大しているとのこと。そこで考えついたのが『不快音』と呼ばれる、若者が聞くと大変不快になる音を出す装置を公園のトイレ周辺などに取り付けるというニュ-スがテレビで紹介されていた。

何でも、この音は若者だけにしか聞こえないらしい。そんな便利な音があるのかと思うが、人間の耳は年齢が加うるにつれて高い音が聞こえにくくなることを応用した装置だとのことである。

健康状態にある人間の耳には、20ヘルツから20000ヘルツの音に反応するようにできているということを、何かで知った記憶がある。加えて、聞こえる範囲は個人差が大きく年齢が高くなるほど狭まるということも頭の隅に残っている。

ニュ-スでは高周波という言い方はしていなかったが、この音が聞こえるのは20代までで30代以上の人には聞こえないと言っていたから、不快な音とは『キ-ン』という感じの金属音よりも高い音なのだろう。

翌日のネットに、この音のことを『モスキ-ト音』と表現している記事を見つけたが、モスキ-トと呼ばれる蚊類も若者も、『夜中にうるさい』ということから命名したとの紹介には、なるほどよくぞつけたものと笑ってしまう。

このモスキ-ト音で若者を追い出す装置は数年前にイギリスで開発されたそうだ。最近注目をあびるようになり世界中に広まっているとのことだから、ある程度の効果はあるのだろう。日本でもコンビニなどの駐車場で、若者がたむろするのを防ぐために使っているとのことである。

利に聡いコンビニ業界が利用しているとなると、日本の若者にはかなりの効果はあるのだろうと思うが、少子化対策だ、子育て支援だとお題目を並べている役所が、若者達を追い出すなどという姿勢で嫌がる音を出して良いのかとなると、俄には賛成しかねる。

一時的にはこの音を若者たちが嫌がって、装置の設置された公園に集まることを防げるだろうか、全ての場所に設置できるはずがなく、違う公園や河原、あるいは橋の下など単に集まる場所が移動するだけではないだろうか。

そして、こんな施策を区が始めていたと知ってしまった若者たちは、『俺たちを蚊扱いにするのか・・・』といじけて、かえって暴力行為をエスカレ-トさせ本当にバカモノ集団になり通行人を襲うなどの犯罪に走るのではないかと危惧している。

こんなことを思っていたら、一昨日必要材料を購入するため、近くのホ-ムセンタ-に出かけたら、ペットコ-ナ-で『ネコの嫌がる音』というビデオが流れていた。

ほんの少し足を止めて見ていたが、ネコは決まった場所で糞をするらしいが、そこが自分の縄張りだと主張しているのだと紹介していた。糞が迷惑だと思ったらそこに不快音を出す装置を設置しておけば、ここは縄張りとしてふさわしくないと思い近づかなくなるそうだ。

公園の若者撃退方法と全く同じなので、思わず笑ってしまったが、最近の若者はネコの糞と同じにされているのかと気の毒になってくる。

どうして若者が夜中に群れるのか私にはよく理解できない部分があるが、恐らく現代の教育システムがどこか破綻しており、学校や社会から相手にされない、所謂落ちこぼれる若者たちが大勢でることと関係するのではないだろうか。そんな若者が集まり、不満を解消させているのではと推測している。

現実として公園のトイレのガラスが割られたり遊具が壊されたりするのは困ったもの。防止するために区の処置も仕方ないのかも知れないが、教育の観点からも大人の役割を議論し、できれば若者をネコの糞と同じに扱わないようにはしてほしいものと思うが・・・。

しかし、私にその良策があるかと問われたら、それは苦しい。(田舎親父)

2009年5月15日 (金)

何か得体の知れないものが・・・

民主党が賑やか。マスコミはそろって、鳩山さんが『親小沢』、岡田さんを『非小沢』と銘打って、視聴率を稼ぐために面白おかしく報じているが、政府与党はその隙をつくかのように補正予算を衆議院で採決。

ねじれ国会と言いながら、衆議院の議決が優先するという憲法の規定によって、参院で否決しても来月にはこの超バラマキ予算が成立するという。憲法がそうなっているのだから仕方ないという声が圧倒的だとは思うが、ならば参議院の役割は何なのだ・・・と素朴な疑問がわかないでもない。

二つの議会が存在するのは、互いに尊重して足りないところがあれば補う・・・という精神があるはず。しかし、徹底的に時間をかけて議論しても国の将来を決めるような重要法案が決まらないと国民が混乱することは避けられない。そのための衆院優勢であって、ごく稀な事態でこの法規が生きてくると解釈しているが・・・。

互いの意見を徹底的に議論してその結果、どうしてもできないことならば仕方ないが、このところ国会でのまともな議論はほとんどない、というより野党の質問に正面から答えようとしないことも多い。

安易に衆院の議決の優先を拡大解釈して、強引な手法で突っ走っている現政権に対して、何とか歯止めをかけないと大変な事態になるのではと危ぶんでいる人が圧倒的だと思うのだが、それが表にでない。何故なのだろう・・・。

衆議院の選挙は4年前。コイズミという人間の心理を巧みに踊らせる術に長けた人物が『俺のいうことについてこない奴は除名』という、トンデモ発想で国民を催眠状態にしたことによって自民党が圧勝したことは忘れられない。

当時の民主党の代表が岡田さん。その責任をとって辞任したことも記憶に新しい。鳩山さんも代表を2回だったか勤めた人。民主党の皆さんはそのことを忘れてしまったとは思えないのに、この二人しか人物がいないのだろうか。

マスコミは実に細やかに、岡田支持と鳩山支持のグル-プ名や個人名を競って報道している。まるで、選挙後には分裂するのが当たり前のごとく煽っているような雰囲気すら感じる。いや、民主党そのものがマスコミに踊らされていると表現した方が良いかもしれない。

これではどちらが代表に選ばれても、政権交代など遠のくだけで、今回の選挙を高見の見物と楽しんでいるアソウ自民党を喜ばしているだけの図式に見えないこともない。

ところで、アソウ首相の側近に鴻池という参議院議員がいるらしい。その御仁が先月末に2泊3日で、愛人と思われる女性と熱海のホテルに宿泊したというが、とんでもないことに、その往復に国会議員に支給される『JRパス』を使ったことを週刊誌にすっぱ抜かれたという、みっともない話が出回った。

週刊誌なので新聞以上に面白おかしく報道するのは当然だが、どうもその情報が間違いないことがわかり、この御仁は病院に逃げ込んで『辞表』を提出したとのこと。バカバカシイというより、こんな議員が官房副長官というから呆れてしまう。

私的旅行するなとは言わないが時期と立場を考えなければ・・・。完全な私的な旅行に、政治活動に対して付与されている『JRパス』を使うとは『詐欺』行為であることは間違いなく、国会議員として許されるべきではない。

熱海までのJR運賃なんて議員から見たらゴミのようなものだろうが、この連中にしたら『パス』を使うことが常識になっているのに違いない。そこには公私の区別など微塵もないことがうかがえる。

直接の上司であるカワムラ官房長官は週刊誌の記事を認めているのに、任命者のアソウ首相は『入院されたと聞いているので健康上の理由でしょう・・・』とは、よくぞ言えたもの。恐らく小沢代表を消えてくれたのに浮かれて、『俺の天下だと』舞い上がってまわりの判断ができなくなっているのだろう。

この国の制度は下の立場の人間には即責任を迫るが、上に行くほどあいまいになるのが常。恐らく一般公務員(特に警察官や教員など)が職務を利用して同じようなことをしたら重く処罰されることは疑いがない。

公私混同が明らかなのに、そんなことは個人の勝手と不問とするような人物に、この大変な時代の舵取りを任せていては、近い将来国が滅びかねないことの論調がマスコミにはない。(一部、任命責任を認めるようにもとれる、あいまいな発言があったらしいが)

民主党の議員も大将選びでそれどころではないのはわからないでもないが、誰一人黙っているとは思えないのにそんな記事は見当たらない。国会でこの問題をもう少し取り上げて追求してほしいものだと思うのだが、何故かその記事もない。

昨今の『マスコミ』はまさに『マスゴミ』と言われているように、例外なく、『権力』と言う名の親分の命令でしか動かないイヌのような存在に成り果てたようだ。何か無力感が漂う・・・・。(田舎親父)

2009年5月14日 (木)

高層住宅から子どもの転落が増えているらしい・・・

 全国的に高層住宅からの子どもの転落事故が増えているらしい。

私は幸いなことに木造2階以上の住宅を経験していないが、友人の多くは中高層のマンションに生活している。最近は高層化が当たり前になり、中には27階とか30階に住居を構えたと連絡をもらう人も少なくない。

新聞の折り込みやテレビのコマ-シャルなどでは、必ずといって良いほど、リビングやベランダからの景観の素晴らしさを売り物にしているが、怠け者の私には、わざわざエレベ-タ-を使ってまで我が家に辿り着くことに対して物凄く違和感があり、如何に景観の素晴らしさを言われても住もうとは思わないのが正直な気持ち。(それ以前に、貧乏人にははじめからムリと諦めているのが本音かも・・・)

しかし、高層住宅(特に20階とか30階とかの超高層と言われるマンション)に住みたいと思う人が多いらしく、都内はもとより首都圏では建設中から予約で一杯だという記事が日常的に流れている。

ところが、東京だけで、この高層住宅から誤って(かどうかは定かではないが)転落して、救急搬送された12歳以下の子どもが、昨年までの3年間に162人に上るという記事を見て『何なのこれは・・・』という気持ちが否定できない。

折角苦労して念願の超高層住宅に入居できたのに、我が子が住宅のベランダや廊下から転落して亡くなったとなると、両親の嘆きはいかほどなのか・・・想像するだけで暗澹たる気持ちになってしまう。

転落した子どもの年齢は、歩行を始めて行動範囲が広がる1~3歳児が、全体の半分弱の75人を占めるのは理解できる。転落場所は窓からが一番多いという記事に、超高層マンションなのに窓ってこれほど大きく開くのか・・・という素朴な疑問を持つ。

地方に出かけた時に、外の空気を入れるために窓を開きたくなることも稀ではないが、大きく開くことができるホテルは皆無。もっともこれは自殺防止策だと聞いているが、子どもは大人以上に外の景色に興味を持つものだということさえわかっていれば、マンションの窓が身を乗り出せる以上に開くようにしていることが問題だと思うのだが・・・。

ベランダからの転落も多いらしい。高層住宅には洗濯物を干したり、植物を置いたりするためのベランダが必需設備であるらしい。幼児が身を乗り出さないようにとの配慮だろうが、だいたいは1m程度の高さまでは壁が作られているか、あるいは鉄柵があるのが普通のようだ。

鉄柵の場合は、外が見えるので身を乗り出す必要はないが、壁となると、幼児からするとその向こうに何があるのか、何が見えるのか興味を持つのは当然だろう。伸び上がってももう少し目線が足りない。となるとベランダにある植木鉢やごみ箱を踏み台にするのは自然の成り行き。結果的に身を乗り出して転落という事態になるようだ。

ほんの少ない経験だが、ニュ-ヨ-クの一般の人たちが住む高層住宅にはベランダというものがなかったように思える。布団を干すという習慣がないことも関係するのかも知れないが、ベランダをつければ子どもの転落が起きるということを、経験として知っているのではないだろうか。リビングなどの窓も20センチ以上開かなかったと記憶しているがこれも子どもの転落防止措置だろう。

雲南省昆明ではベランダ一面に鉄柵や金網が張りめぐらされた高層住宅が珍しくなかった。説明では泥棒からねらわれないようにとのことだったが、案外子どもの転落防止という意味もあるのかも知れないと思いはじめている。

生まれた時から高層住宅で育つと、普段から高い場所で生活していると高さに対する感覚がなくなってくるという識者も多い。『高所恐怖症』は普通の人が持つ感覚だが、このような子どもたち(大人もだが)を『高所平気症』という、病名をつけている学者もいるらしい。

なるほど『高所平気症』というのは言いえて妙。高いところから見下ろすこと日常となると、身を乗り出しても恐怖心はわかなくなるというのは理屈に合っている。

子どもの安全感覚を育てるため、普段からブランコや滑り台で遊ばせ、高さを実感させることが大事だという考えもあってか、公園の遊具も平衡感覚を養う工夫がなされたものが多いが、これだけで転落を防げるとは思えない。

いつも述べることであるが、自分の子どもの安全を守るのは子育ての大原則。窓を大きく開かないようにする工夫や、ベランダには踏み台になりそうなものを置かないことが重要になるだろうが、ここまで価値観が多様化してはその徹底は難しかろう。

ベランダ全体を鉄柵で覆うのは無粋で感心しないが、子どもの転落防止のためには新しい安全規格を法規で義務づける時期がきているのかも知れない。(田舎親父)

2009年5月13日 (水)

カメラを向けると逮捕とは・・・

 民主党の小沢代表が辞任を表明し、その直後から後任代表についてマスコミの絶好の餌食になっているが、民主党としてはまさにとんでもなく大きな失策をしたものだとガッカリしている。

民主党内の一部には、ふた言目には『国民に対して説明責任が足りない』と、自民党と全く同じことを言って、『早くお辞めなさい』というあからさまな態度をとっていたが、小沢氏は政治資金規制法のもとで(この法律が大ザルで問題があるのだろうが)決められたル-ルで受け取っていたことは何度も説明していたこと。

民主党の議員たちが全員『十分説明している』という態度をとっていれば国民もある程度納得したに違いないが、それをいつの間にか金額の多いから問題だとすり替えているのが気になる。

同等以上のカネを受け取りながら、自民党の二階という御仁には『一切おとがめ無し』を批判もせず、自分たちが無投票で信任した代表だけを、ここぞとばかり責めて辞任に追い込むとは何たる愚かさよ・・・。

またこれで自民党と宗教政党が息を吹き返して、衆院選挙で過半数をとる事態にでもなったら民主党の分裂が見えるようだ。

民主党にはもともと多大な期待を持っていないが、現政権を何とかしなければ、ますます真実を隠して国民が望まない方向に進むことは間違いないので、せめて政権交代だけは絶対条件だと思っていただけに・・・である。

このことは改めて述べたいと思うが、先日河原で遊ぶ子どもの写真を撮ったということで送検というニュ-スを見つけて、何か変だぞと思った話題を提供したい。

新聞記事によると、河川敷で裸の女児を隠し撮りしたとして『迷惑行為防止条例』違反の疑いで、57歳のさいたま市の参事兼課長が送検されたという。

この課長は先月の土曜日の午後2時ごろ、県内を流れる川の河川敷で『裸で川遊びをしている小学4年生の女児』をデジタルカメラで撮影したとのこと。最近は『川ガキ(川や田んぼで半裸になって魚や虫を追いかけている子どもたち)』の姿がすっかり見られなくなったことは以前にもこの蘭で述べた。

散歩の途中、時々近くの小川で遊んでいる子どもたちの姿を見かけることはあるが、だいたいは母親がおしゃべりしながら子どもたちの様子を見守っていることが多く、本物の『川ガキ』発見に至らないことが多い。

時に、半ズボンが平気で水に濡らしてジャブジャブ川に入り、夢中で網で魚をすくっている子どもの姿を見つけると、本当に楽しくなってついつい声をかけたくなってくる。カメラヲ持っていたら、その様子を撮影したくなる。こんな場面に遭遇し、同じような気持ちになった人も多いのではないかと思う・・・。

『裸で川遊び』という表現が気になるが、この課長も河原で何か被写体を探していたところ、半裸になって遊んでいる子どもを発見して、『これは絶好の獲物』と喜び勇んでカメラを向けたというところではなかっただろうか。

これを見た近くにいた男性が最近流行りの『児童ポルノ』という言葉を連想し大騒ぎになったというところでは・・・。記事にはないが、取り押さえた男性というのが女児の父親のような気もしないでもない。

カメラを向けることすら『迷惑行為』になると言ってしまえばそれまでだが、河原で裸になることは自由だが,見てはならないとなるとこれはちょっと行き過ぎ。カメラを向けた問題らしい・・・。それにしても、少し過剰防衛的な感じがしないでもない。

前述したが、私も普段ではめったに見られなくなった『川ガキ』を発見したら、しばし足を止めて彼らの行為を微笑ましく眺めるのが常で、カメラに納めたことも何度もある。個人の顔などが特定できないように細心の注意は払っているが、その映像をサイトに掲載したこともある。

しかし、撮影するだけで逮捕されて送検されるとなると、今後はカメラを向けることは考え直さなければならないようだが、何かひっかかる。

それはさておき、送検された57歳の課長に対して市は『今後処分を検討する』とのこと。公務員に対して批判がある現在、軽い処分ではブ-イングが起きるだろうことは十分予測されるので、停職程度の処分になるのかも知れない。

気の毒としか表現のしようがない。退職金や嘱託の選考にも影響するのは間違いなさそう。家族もあるだろうから、はたして今までどおりの生活でできるかのも心配である。

この課長に卑猥な目的がなかったとは言えないが、見た方が悪いということが『是』となると、個人の権利だけが独り歩きしているように思えるのだが・・・。

そんな疑問を持つのは、私だけだろうか。(田舎親父)

2009年5月12日 (火)

今更見直しとは・・・相変わらず日和見な教育論議

 中高一環校が大人気らしい。10年前に発足したこのシステム。6年間かけてゆとりを持って教育するというのは建前で、狙いは一流大学への進学というのははじめからわかりきっていたこと、予想通りというか当然の結果だろうが、大学への進学率が上がると人気は鰻登り。ネコも杓子も一環校へという熱が高まっているという。

文科相の諮問機関に『規制改革会議という機関があるそうだ。その会議から『難関化して小学校の勉強では合格できないところがあり、公教育として問題だ』との批判があったらしく、文科省は大慌てで入学選抜の在り方などの議論をはじめる方針だとのことだが、制度発足時からこんな現象はわかりきったこと、今更、誰を集めてどんな議論をするのか・・・と醒めた見方しかできない。

保護者にしてみたら『私立のように学費をかけないで大学進学に期待がもてる』と受験熱が高いが、普通の小学校生活をしている子どもにとってはかなりハ-ドルが高く、私立以上に『塾さま』のお世話にならないと合格できないとなると、貧乏人にはとても無理な話となり『公立』の根本理念すら否定してしまっているようだ。

規制緩和という錦の御旗のもとに発足したこの制度、現在では158校にもなったというが、当時法案をどうしても通したい輩は、隠れ蓑として『高校進学に無駄な時間を作らせたくない』という言い方をしていたはず。

『15歳の春に涙は不要』という、表面的にはきわめて反対しにくい考え方を押し通して、しかも『偏差値による学校間格差を助長させない』との付帯決議をつけてまで国会を通過させた。確か『学力検査を行わない』という施行規則を付帯させてまで・・・である。

ところが、実際に一環校になったのは(東京に例をとると)元々が進学校としてある程度の実績があった高校で、併設された中学校への入学希望者が多くなったとなると、『学力テスト』を行なわねばならなくなるのは当然の成り行き。

当時、東京都の小中学校の関係者からは『どうせ公立高校の人気挽回だけの付け焼き刃・・・』と醒めた批判があったことを思い出す。

無理押しして作り上げた小中一環校の実績が思わしくないとなると、どんな批判にさらされないとも限らない。人事権を持っている都道府県教育委員会は、近隣の小学校までも含めて、優秀な教員を優先的に送り込むものだから(しかも、その地域には富裕層が多く、塾に通える経済的余裕がある家庭が多い)、学力?は向上し一流大学への進学率は上がるのは当たり前だろう。

受験者が増えると『適正検査』と称する『学力テスト』を行うことも成り行きだが、これが私立以上に難問というから困ったもの。しかも併設高校が私立に対して『一流大学へ大量合格』ということにミエを張り、『私立に対抗して、成績のよい児童を集める』ことに躍起となっているのだから、『適正検査』は難問続きになるのも無理ならぬこと。

規制改革会議では一環校に進学するためには『塾通いなどが必要で、高額所得者が有利になる』という当たり前のことが議論されて、『公立が担うべき役割を明確化するべき』という意見でまとまったらしいく『地域のトップ校」の高校には中学を設けない』『面接、作文、推薦などを適切に組み合わせる』『志願者が3倍程度を超えたら、選抜の過程で必ず抽選を採り入れる』といった方法を提案しているとのことだ。

理屈からすると、ある程度学力が低い生徒であっても、指導力が優れた教員がそろっているのだから、学力を向上させることはできるのではないだろうか・・・。

ならば、今後一環校制度を続けるのなら、はじめから抽選で選抜すれば良いのにと思わないでもない。

私は以前から、中高一環制度より小中一環が望ましいと主張している。制度開始から10年。廃止も視野に入れて、公立の一貫校の意味や教育内容など、納得できる答申を期待したいのだが・・・・。無理だろうな。(田舎親父)

2009年5月11日 (月)

バ-サンのワガママにまわりは大迷惑・・・

 先日、住宅街にある民家の庭木に大量のカラスが住みつき、周辺住民が大迷惑を被っているという新聞記事を見つけた。

これまた大阪での話というから(大阪に怨みなど一切ないが)、それにしても大阪という地域は何かにつけて賑やかだと、改めて感じてしまう。

場所は紅葉の名所の箕面の滝で有名な市。そこに住むバ-サン(記事では高齢の女性となっているが、これも人権を慮ってのことか・・・)が、ネコに餌を与えるという理由でカラスに大量の餌をばらまいているらしい。

庭には大きな榎木が2本あるというから、かなりの広さに違いない。カラスから見たら『俺たちに餌を与えるとは物好きなバ-サンだが、折角の御馳走を見逃す手はないぞ』と思うのは当たり前。

まわりを見ると大きな樹木があり人影もない。人に襲われる心配はないとなると仲間を集めて住みつくのはカラスの習性。カラスたちは『バ-サン一人では寂しかろう。俺たちがなく慰めてやるか・・・』というところだろう。

山奥の一軒家なら問題はないが、大阪のベットタウンだろうからかなりの人間が住居を構えているに違いない。住民たちからみたら、カラスがバ-サンの屋敷内でおとなしくしていれば良いのだが、空を自由に飛べる身。仲間が多くなればバ-サンがくれるエサでは足りないのは当然だろうからゴミを漁るとなる。これは近隣の住民には迷惑そのもの。

自治会からバ-サンに、エサを与えないように注意をしたはずだろう。普段からバ-サンの我が儘には怒りがあったのだろうと想像しているが、何らかの言葉の行き違いがあって交渉は決裂。それどころか行動がエスカレ-トしたのでは・・・。

市も放置できなくなり、バ-サンにエサやりをやめるよう求めたが、『猫を飼っているだけ』と開き直っているらしい。

これが自治体の限界なのかも知れないが、何とか対策をとっているところを見せなくてはならないので、一昨年からは半径200メートルの世帯にごみ袋用ネットを貸し出し、カラスのオリなどを使って捕獲をはじめたという。

しかし、カラスのことは以前取り上げた記憶があるが、オリにかかるカラスは最初はいても、一度かかると学習するらしく、危険なものだと認識して近づかない。200メ-トルなんてカラスにしたら一っ飛び。住居を動かさないで、ほんの少し遠出するだけで食い扶持の足りない分を得られるのだから役所の対策なんて無しに等しい。

いよいよ困った住民と役所は対策チ-ムを編成。周辺を巡回し、ごみ袋の被害個所を調査すると同時に、(どんな方法かは記載がないのでわからないが)これまで430羽をこ捕獲したという。しかし、まだ100羽以上が居すわっていたずらの限りを尽くしているというから、いずれまた元の数に戻るのは時間の問題のようだ。

また、カラスに不快に聞こえる超音波を周辺で流すなどしているらしいが、これも本当に効果があるのは最初だけで、慣れてしまったらそれまで。やらないよりはマシという程度ではカラスに舐められるだけだろう。

大学の先生にお願いして、近所にカラスのとまり木として電線を張って、そこに電流を流しているらしいが、感電してショック死するほどの電流ならばいざ知らず、ほんのショックを与えるだけでは、慣れてしまったカラスからはマッサ-ジを受けているようなもので、かえって数が増えるのではないかとさえ思ってしまう。

カラス対策は『えさを与えない』ことに尽きることは、各地での実践から明らか。バ-サンがカラスにエサを与えているのだから、いくら強力な対策を打ち出しても、一時的に数は減るだろうが、根本的な解決には至らないようだ。

このバ-サンもそのあたりは十分知っていてやっている嫌がらせだろうから、この争いはバ-サンが『エサを与えられない』ほどの身体的なダメ-ジが発生し、介護無しでは生きていけない境遇になるのを待つしかない・・・のでは。

しかし、そうなったらなったで、自治体は『介護』という新しい問題を抱えることは間違いなかろうから、苦労は続くだろう・・・・な。(田舎親父)

2009年5月10日 (日)

『中食』ってなんだ・・・

 『中食』という言葉が新聞に載ったとき、一瞬『昼食』の間違いではないかと思ったが、『昼食』とは全く意味が違うらしい。

読み方も『ナカショク』なのか『ナカジキ』なのか、はたまた『チュウショク』なのか・・・。どうでも良いことだろうが、変な言葉が大新聞でもごく普通に使うようになったものだと何となく納得し難い気分になる。

解説を読むと『中食』とは、惣菜や弁当などを買って帰って家でする食事のことだという。なんでも名前をつけるのが流行りのご時世なので、仕方ないとは思うが、説明を読まないと理解できないような名前が多過ぎる気がしてならない。

また、少しでも省略することも当たり前になっているようだから、この『中食』も何か長ったらしい名前?・・・、例えば『中身を他から仕入れる食事』のこと極端に縮めて『中食』と言うようになったのかも知れないが、それにしてもよく分からないネ-ミング。

『中食』に関して、キュ-ピ-という食品会社が20歳から69歳までの単身者の食事について調査をしたという記事があった。

記事によると、『中食』と呼ばれる市販の弁当や惣菜を週に一回以上購入している人の割合が全体の約65%もいると、何か意外な感じがするような表現だったが、単身者なら誰もが簡単に購入できる、これらの食事形態に走るのは当たり前のような気もするが・・・。

そして、その利用頻度を調べたら、『毎日中食』」という人が約8%、『週45日』という人が15%だとのこと。『週23日』という人が23%、『週一回』でも20%という。全く利用していないという人はわずか8%だとことだから、ほとんどの人が毎日のように弁当や惣菜を買っていることになると結論づけている。

それはともかく、私の住まいは山の上なので、散歩コ-スの一つである恩田川を歩くためには、駅を通過しなければならない。田舎の駅なのに、一応駅ビルがあって、改札階に結構品揃いの食品マ-ケットがあり、そこには生鮮食品に加えて大量のお惣菜や弁当類が並べてある。

コラムの題材を集める意味もあって、恩田川コ-スを選択した日はこの食材マ-ケットを通るようにしているが、かなりの人々が惣菜や弁当を買い求めている。単身者かどうかは見分けられないが、年代層はマチマチで高齢者も目立つことから、通りすがりの私が横目で見ても賑わっていることがわかるほど、この『中食』は広範囲の年代の人が利用しているようだ。

値段も手頃である。しかも、一品ずつ選べ『バイキング方式』と言うのだろうか、プラ容器に気に入った食材を入れてレジに持っていくと、店員は値段を覚えているのか、それとも特別の読取機があるのかプラ容器の中身を見て、瞬時に間違いなく計算できるようになっていることにビックリ。実際に何度か買い求めて、どうして簡単に計算できるのか聞いたことさえある。

何でも、並べる品物の価格をできるだけ種類を少なくするらしい。コロッケなら種類を選ばず100円というふうにしておけば、個数だけを見ればレジ機が計算してくれる仕組みになっているとのこと。なるほど納得・・・・。

味も決して悪くない。買いたくなるのは当然だろう。

年々、家庭を構成する人数が少なくなっているという。食事を作ることに抵抗のない人も少なくないだろうか、5人分つくるのも2人分つくるのも手間は同じ、違うのは食材の量だけであることは、私にも理解できる。

天ぷらなど油ものは2つ3つ揚げるというわけにはいかず、ついつい多くあげてしまうことは誰もが経験することだろう。

こんなことを考えると、単身者が『中食』を利用するのは当たり前。二人、三人家族でも利用するのではないだろうか。私はキュ-ピ-の関係者とは反対に、前述した調査結果で『中食』を利用していな人が8%もいることに驚く。この人たちは自分で食事を作っているのだろうか・・・。

言葉はともかく内容的には『中食』は現代人にとっては必要不可欠なものとなったことは間違いなさそうだが、この『中食』の素材が問題になりそうだ。

『有毒な添加物』などは論外だが、添加物というものは実態がよく理解できないだけに自分の体にどのような影響を受けているのかが現れにくい。添加物の有無などは表示が義務づけられているとはいえ、偽装が流行りなので100%信じれるかどうか疑わしい。

利用者はこのあたりのことを十分留意しなければならないだろうが、実態は、安い・便利だけになっているのでは・・・と一抹の不安はぬぐえない。(田舎親父)

2009年5月 9日 (土)

ゴミが心配だが、し尿処理には力強い味方?・・・

 屋久島が大賑わいだそうだ。

日本で最初に世界自然遺産に登録された屋久島、テレビで何度も樹齢が7000年とも言われている『縄文杉』が取り上げられたことから大ブレ-ク。マスコミの影響もあって老若男女誰も押しかけて年中狭い島中観光客でごったがえしているという。

テレビで取り上げられると翌日からどっと人が集まるのはこれまでの常だが、亜熱帯から亜寒帯までの生物生態があり、狭い島なのに空港もあり、鹿児島から高速艇やフェリ-が数多く運行し、一年中アクセスに恵まれているのも人気の秘密だろう。

しかし、ブレ-クしてからずっと人気を保ちつづけ、昨年は11万人もの人が訪れたという。これは10年前の2倍というから驚き・・・。しかも今後も増え続けると予測されているから、他の観光地から見るとうらやましい限りだろう。

それには訳がありそうだ。大手はもとより中小の旅行業者が年間を通して数多く格安ツア-を派手に宣伝するものその一つ。

あれだけ目につくと、国民総体といっても過言でないほど、誰もの頭の中に否が応にも『屋久島』がインプットされてしまう。かくいう私も機会があれば行きたいと思っている一人。しかし、私の場合は『縄文杉』を見るのも目的の一つだが、それ以上にどんな騒ぎになっているのかを確かめたいことが第一であるが・・・。

多くの『屋久島ツア-』の中身が羽田や関空、中部空港から直接屋久島に到着でき(乗り継ぎはあるだろうが)、比較的お手軽に『縄文杉』に出会えるとなると、何となく行きたくなるのも頷ける。

簡単に表現すると、真夏の富士登山しているようなものだろう。狭い登山道をただ黙々とうつむきがげんにひたすら登る。ふと視線をあげると、そこには前の人のお尻だけ・・・。極端な表現かも知れないが、夏場の特に週末に登った経験のある人たちには理解してもらえるはず。

『縄文杉』に到達する道は、それほどの急勾配ではなかろから、まわりの緑を楽しむ余裕はあるに違いない。が、前の人の姿が切れないのは間違いないようだ。しかも、ひたすら『縄文杉・縄文杉』とワイワイガヤガヤとの雰囲気が満ちた人たちで溢れているのではあるまいか。

しかし最近は、あまりにも多くの人が殺到するものだから、山のトイレのし尿処理が追いつかず、水質の悪化など環境への影響が懸念されているとのこと、これはもっともな話だろう。

この解決策の一つとして、環境省は環境負荷を減らすため山岳部に6カ所あるくみ取り式のトイレで糞尿を人が背負って下ろす『人力搬出』を本格的に始めようと計画をしていたらしい。

地元の人や屋久島を愛する人々の手によって、この作業はボランティア活動として一部始まっていると聞くが、これを国の施策としてやるとは凄い計画である。山小屋に食料などを運ぶボッカと呼ばれるアルバイトの経験はあるが、人の糞尿を背負って下ろすとなると、余程の予算を計上していたに違いない。

ところが、予算は登山者からの寄付に頼るという計画では(当然なことながら)目標とした3分の1の1200万円しか集まらなかったという。その結果、ほとんどの糞尿をこれまで通り既設のトイレの近くに埋めて処理しているというからお粗末な話である。

そこで考えたのが、登山者に有料で携帯トイレを配布、し尿を回収する取り組み。この連休中に試験的に実施したというから、そのうち何らかの情報が流れるだろう。

この計画は、携帯トイレを登山口や旅館などで500円で販売、登山者は既存のトイレの近くなど11カ所に設置された仮設ブースの中で用を足し、それを持って降りるというもののようだ。携帯トイレというものがどんな仕組みになっているのかよく理解できないが、化学的な反応を利用してし尿を固めるのだろう。それを自分のザックに入れて持ち運び、最終的には登山口で回収するというものらしい。

化学的な薬剤というものが気になるが、基本的には自分のし尿を持ち帰れるならば、自然環境負荷の軽減には良いことは間違いない。登山マナ-上からも好ましい。観光目的の登山者にこのマナ-を徹底できるかという疑問はあるが、富士山はじめし尿処理が難しい人気の観光地では必要性が高まることは間違いなさそうだ。

自然保護のために入山者数を制限しようという動きも出ているようだが、観光で生計を立てている人が多い島では反対も多いはず。

屋久島にきたら縄文杉をみたいと思うのは当然だろうから、登山者だけを締め出すことは無理だろうから、ぜひ、携帯トイレの普及をすすめてほしいが、新たなゴミ問題の解決は忘れないようにしてほしいものである。

もう一つ、登山者に買わせるのではなく、あらかじめ交通運賃に携帯トイレ料を加算しておく方法や、あるいは入島料などとして徴収して、トイレを使う、使わないに関わらず配るという方式も検討されたらいかがだろう・・・。(田舎親父)

2009年5月 8日 (金)

やっと終わった渋滞騒ぎ・・・

長かった連休がやっと終わった。今年は天候にも恵まれた上に高速道路が原則1000円で乗り放題となったので、車を利用して遠出をする人が多かったようだ。

ほとんどの人が渋滞は覚悟のうえのお出かけなので、大変な目にあったことなど同情する必要はないとは思うが、ETC装着の乗用車やバイクに限っての割引措置には、やはり疑問というか、陰で蠢く政治的な邪悪な雰囲気が気になる。

連休中のテレビニュ-スでは必ず、東名が裾野インタ-付近で50kmだとか、東北はどこどこで何キロ 九州自動車道は・・・と全国の高速道路の渋滞情報が流れる。はじめのうちは気の毒にと思いながら見ていたが、今日はどこで・・・と渋滞情報が楽しみのようになってくるから面白い。

何故、無理して出かけるのかと思うのだが、これだけ長い休みとなると子どもがいる家庭では、うちの子どもだけどこにも連れて行かないと、学校での話題についていけなくてイジメられるとでも思うのか、親たちは無理してでもどこかに連れて行かねばならないような脅迫観念に陥るらしい。

ましてETC車を所持していれば、1000円という金額の誘惑には勝てず、田舎のじぃちゃんばあちゃんのところに行けば大喜びされる上に子どもにお小遣いももらえるとなると、何としても運転したくなるのもわかるような気もする。

それはともかく、ETCをすでに取り付けていれば良いのだが、この1000円という情報に加えて、ETC装着に補助金を出すという政策につられて未装着着の車の持ち主が大慌てでカ-用品店に駆け込む騒ぎが各地で起こっているという。全てが解決できたわけではなく、搭載まで一カ月待ちだと言われた人がざらだというから困ったもの。

これは不公平である。何故ETC装着車だけなのか・・・という疑問は当然で、そこにはどうしてもETCを取り付けさせなければならない事情があったのに違いないが、政府はこの問いにまともに答えようとしていない。

マスコミも政府に追随して、どこまで走っても1000円ですむことが『是』という前提があり、『是』のためにETCが必要なのだから急いで搭載した方が得であり、かつ経済効果が高いという論理に終始して、政府の矛盾を批判することなどはじめから放棄しているとしか思えない。

さらにETCを製造していメ-カ-は数社(オ-トバイはただ一社)に限られているのも変な話である。政府は、これらのメ-カ-に大儲けさせるためこんな措置をしたのでは、という疑問にも明確な答はなく、マスコミもこのことについては徹底してのダンマリ。これも変な話である。

何故ETC搭載車だけ・・・という疑問をひとまず棚あげするとしても、希望する全ての車に取り付けないのにこの方式を導入したのは、準備不足というより、選挙対策だと断言しても差し支えないようだ。

その結果が今回の連休中の記録的な渋滞につながったことは間違いないが、今後ますますETC搭載車が増えるとなると、値下げ前でも休日の渋滞は当たり前になっている現状を考えると、休祝日の渋滞は今後ひどくなることはあっても緩和されるとは思えない。

高速道路を通る車種やETC搭載の有無という差別に加えて、優遇措置そのものが高速道路だけで、鉄道やフェリ-などの交通機関に対して何ら方策をうちだしていないのは、明らかに整合性が欠けている。このあたりもメディアは声高く指摘しなければ不公平感は否めない。

さらに、今全世界的に地球温暖化防止の方向に向かっており、我が国はその先頭に立っていると宣伝しているが、自家用車を必要以上に走らせたくなる『祝休日に限って』高速料金値下げという政策は、明らかにその動きと逆行する。

素朴に考えても、道路料金の値下げではなく、二酸化炭素の排出量が自動車に比べ低い上に、大量の人間を一度に搬送できる鉄道やフェリ-、あるいは飛行機などの運賃を値下げするのが筋だと思うのだが・・・。

この料金値下げ措置は2年間の限定だという。2011年になってまだ現政権が続いていたとしたら、もとに戻すかそれとも消費税率の値上げかという問題をつきつけるのは規定の路線だろう。

消費税率の値上げはいずれ仕方ないと思うが、自動車や関連業界のための値上げは許せない。

消費税率をあげるのなら福祉や医療関連のためと限定するのは当然で、そのことは自民党の幹部たちも声を揃えて言っていたはずなのに、いつのまにか、そのことさえ忘れさせられる今回の高速道路利用料金の値下げ騒ぎ。

騙されないようにしたいものだ。そのためにもまずは政権を交代させることが必要だと思うのだが、いかがだろうか・・・。(田舎親父)

2009年5月 7日 (木)

絶滅は防ぐには・・・

 ライチョウは高山の代名詞とも言われている鳥で、この鳥に出会うことを目的に山登りを楽しむ人もいると聞く。

氷河期からの生き残りの貴重な鳥であることもよく知られているが、約30年前に信州大学が発表した資料では、推定で日本に生息するライチョウの数は約3000羽というから、多分現在ではそれよりかなり減少しているのではないだろうか。

私もよく山に登っていた頃、このライチョウと何回か出会ったことがある。愛らしい仕種と何ともいえぬ愛嬌のある姿に、出会えたことに興奮し、幸運な出会いに感謝したことを今でも思い出す。

当時は携帯もデジカメなどない時代、現代ならすぐにシャッタ-を押して記念の映像を撮ることができるが、フィルムカメラをザックからとり出す間にハイマツに隠れてしまうことが多く、残念ながら一枚もその映像は残っていない。

当時は現在よりライチョウと出会う確率は遥かに高かったに違いないが、出会った証拠となる映像が撮れなかったのは残念。しかし、自分の目に焼き付けているライチョウの姿はハイビョジョンカメラで紹介されている姿と変わらない。

ところが最近は出会うことができた人は、ほとんどが映像を残すことができるものだから貴重さが麻痺しているようだ。さらに、ライチョウの貴重さを認識できないのか『ライチョウが絶滅の危機』という話題にも鈍感であるように思えてならない。

このライチョウの南限が山梨・静岡・長野の3県にまたがる南アルプスの山々の3000メ-トルの稜線付近であるが、最近はその場所にまでサルやシカが登ってきて、ライチョウの餌であるハイマツの芽や高山植物、あるいは数少ない昆虫類などを食べ尽くすのでライチョウそのもの生存が難しくなっているとのことである。

サルやシカが3000mまで高地までやってくるようになったのは、例によって『地球温暖化』で、山岳地帯の気温が上昇したからだという学者もいるらしい。

このところの夏の猛暑、冬の小雪などを知ると、温暖化も一つの要因として否定するものではないが、なんでも困ったことは全て『地球温暖化』のせいにする風潮は情けない。

北海道ではエゾシカが大繁殖して、人里まで侵入しているという。私もここ数年北海道にでかける機会が多く、ほんの少し山間の道を走るとエゾシカに遭遇することは稀ではないことから、その実態はよく理解できる。

本州でもシカやサルのいたずらが話題になることが多い。クマとの遭遇も年々多くなり被害にあう人の数はうなぎのぼり。これらを全て『地球温暖化』で説明するのは無理。間違いなく人的な原因が大きいのは誰の目にも明らかである。

自然要因を探すとすればオオカミの絶滅だろう。食物連鎖の頂点として存在していたオオカミがいなくなったことに加え、猟師としての『マタギ』と呼ばれた人々の高齢化からくる猟の放棄も、これらの獣たちの我が儘を許していることは間違いなさそうだ。

さらに大きな問題は『観光』という金科玉条の言葉で包んだ素晴らしい道路やロ-プウエイが建設されて、サンダルで山奥の温泉地や3000mの稜線を歩けることが日常となり、自然の大切さなど認識できない人間が大量にこのような場所に来れるようになったことも見逃せない大きな要因。

都会で生活する人間は『便利で快適』が全ての価値に優先する。必要なものはカネを出せば買い求められ、余ったらその場に捨てるのが当然となる。残飯と呼ばれる人間が食べ残した食物、野生動物たちにはとっては今まで食べたことがないほどの美味な御馳走に感じるに違いない。

これらの動物たちが集まるのは自然の成り行き。シカやサルは当然として、キツネやイタチなどの肉食獣までが、3000mの高地に現れては、ライチョウの餌がなくなるどころか、我が身が餌食になる危険性が増すことも自然の理。ライチョウの数が激減しているのは道理としか表現できない。

今後5年で南アルプスのライチョウが絶滅すると危惧している研究者も多い。行政はやっと思い腰を上げてシカに発信機を取り付けてその行動範囲を調べはじめたらしいが、そんな悠長なことでライチョウの絶滅は防げるのだろうか。

そして不幸にして絶滅が確認された時、トキやコウノトリと同じように膨大な予算を計上して大規模な繁殖センタ-をつくるのだろうか。

トキやコウノトリは平地の鳥。予算があればつくれるだろうが、高山にしか生活できなライチョウの繁殖センタ-となると、これこととてつもない自然破壊になるのは目に見える。

ここは、シカに発信機を取り付けるのではなく、本来こんな高地に本来住まない・住めない動物たちを徹底的にもとの生活の場に戻すことを優先する必要がある。しかも手段を選ばず、である。

3000mの高地に人間を完全にシャットアウトできないことは明らか。それ以前に、今更立入禁止の法的処置をしても手遅れ。

となると、例えそれが動物虐待と言われても・・・である。(田舎親父)

2009年5月 6日 (水)

子どもの健全な成長を願って・・・

 陰陽説から来ているのだろう(と想像している)が、昔から奇数は『陽』、偶数は『陰』と考えられており、奇数が重なる日を特別の『ハレの日』として、それぞれの意味こめてお祝いをする日となっている。

1月1日は『元旦』で全国の全ての人々が対象。3月3日は『上梓の節句』で女の子の成長を祝い『雛』を飾る。5月5日は『端午の節句』として男の子が勇気ある健康な大人に成長するようにと様々な飾り物をつくってお祝い。

7月7日は『七夕』で全ての人々が幸せを天に願える日。9月9日は『重用の節句』として、健康で長生きを願うお祝いとしているのは周知のこと。

11月11日が特にないのは、昔は1から9までしか数字の概念がなく、9が最高の数字とする考え方だった名残だろう。実に日本人らしい感性ではないだろうか。それぞれの立場で互いを尊重し、助け合いながら生きてきた歴史があった。

昨日5月5日は5が重なる『ハレの日』。

富裕階層の人々は大空には勇壮な鯉のぼりを泳がし、家々では武者人形を飾り、ショウブ湯を立てて男の子の成長を祈念しただろうし、貧しい人々はそれなりにお祝いをしたと考えられている。

一般的な家庭では、兄弟か多かったせいもあろうか『柱のキズは一昨年の、5月5日の背比べ・・・』と歌われたように、家族で子どもたちの成長を確認しあい、ささやかなお祝い事をしていたはず。我が家にもそんな柱のキズがあったことを思い出す。

昨日のニュ-スは全国で子どもたちの成長を祝う様々な行事を紹介していた。伝統を守り集落で子ども達の成長を願う。見ていても微笑ましい行事も多かったが、全体的には人集めが主体のイベント的な催しが多いのが気になる。

私の見方が偏っているのかも知れないが、この背景に流れる考え方は、『伝統』を守るといいながら子どもを『楽しませる』ということが第一義で、本当に心身ともに健全な成長を願うという、本来の『ハレの日』の意義が薄れ、むしろ子どもに媚びる』大人の姿がかいま見え。

そんなことを考えながら、最近の学校や教育に関する報道を眺めると(このところたいしたことでもないのに)本気で子どもたちを叱る教師を排除したいのではないかと思われる記事が多いように思えてならない。

先日、公立高校の教師がその都市にある他の高校の教師たちはいっしょに、駅前で子どもたちの服装や態度の指導をしていた折り、制服指導に違反した男女生徒15人に腕立て伏せをさせていたという記事が、あたかも『これが体罰の実態・・・』というような含みをもった表現で報じられていた。

お節介の大人がいて、教育委員会に通報でもしたのだろう。新聞社にも連絡したのかもしれない。それが議会で問題になったらしく、例によって教育委員会は『人権上の配慮が足りなかった』と謝罪したという。

複数の高校は教師は互いに話し合い、生徒たちとも納得づくで、違反すれば校内で『腕立てふせ』か『清掃活動』を選択できるようにしていたようだ。何か小学生の遊びのように思えるが、最近の高校生の実態を考えると、こんな決まりをつくらなければならない高校も大変だと理解できないわけではない。

その日注意された生徒は、腕立て伏せ選択したらしい。これは私の想像だが、生徒たちは『先生ここでやってもよいか・・・』とでも問いかけた・・・?。教師は他校の生徒だったこともあって『いいぞ・・・』と気軽に答えたというところではないだろうか。

それを見て、前述のように『人権侵害』だと騒いだ大人がいたようだ。校内で目立たないようにやらされるより、人前でアピ―ルできる方が面白いと思うのは現代っ子気質。彼ら自身には『体罰』だなんてこれっぽっちも思っていないのではないだろうか。

全てが『人権侵害』で反対。『話せばわからない』から教師たちは知恵を絞って対策を立てているのに、これを頭から否定されたらこれはやりきれない。

この程度の指導もできないとなると遅刻やだらしない服装や態度を注意できなくなり、生徒たちは勝手次第。叱ることすらできないとなると、まさにことも達の健全な成長など絵に描いた餅ではないだろうか。

もう一つ、ある中学校の校長が何度も指導したにも関わらず遅刻を繰り返す子どもたちに対して、校長室に呼んで『遅刻はしません』などと記した誓約書に署名させ、母印を押させていた、ということが大問題になっているらしい。

このことを知った教員が『威圧的な行為で驚いた。生徒指導の範囲を越えている』と騒ぎだしているというから、学校としての基本がおかしいのではないかと思ってしまう。もし校長の態度が威圧的云々と言うならば、日頃の自分たちの指導がどうだったのか反省の一つでもしてほしいものだと思ってしまう。

もっとも日頃から校長と教師間の信頼関係が希薄だったのだろうが・・・。それにしても、校長としても、進んで俺に任せろ・・・と乗り出したわけではあるまい。教師の態度があいまいで、遅刻がなくならない野に業を煮やして強権発動したのだろう。

拇印を押させるのは行き過ぎだというが、この書面を廊下に張り出して見せしめにしたとしていたら別だが、常識的にそんなことはしないだろう。

いわば、校長と子どもたちとの暗黙の約束だと思えば何ら問題もないはず。こんなことで『体罰』だは騒ぎだし、教師と校長がいがみを増幅させるなど、まさに『ナンセンス』といわざるをえないと思うのだが・・・。(田舎親父)

2009年5月 5日 (火)

ミツバチの飼育には許可が必要だったとは・・・

 全国的にミツバチが不足しているという。そう言えば、毎日のように郊外をのんびり散歩することを日課としている私にも、ここ数年ミツバチの姿が見かけられなくなっていることは間違いないと感じることができる。

 これは深刻な事態なのだが、野菜ですら工場でつくられるのが当たり前になっている現在社会では、ハチやアブなどの昆虫の役割などには無関心の人がほとんど。これらの昆虫がいなくなったら、農業が成り立たないということが理解されにくいようだ。

 ところが、リンゴやナシなどの果物をつくっている農家にとって、受粉を助けてくれるミツバチの減少は死活問題。各地でミツバチにまつわる問題が起こっている。

 先日、サクランボ生産農家の嘆きが紹介されていたが、今シーズン、ハウスサクランボ用の交配に使用するセイヨウミツバチの数が激減し、養蜂家から要望に答えられないという返事があったので、仕方なく1割程少なく注文したところ、価格が前年の1箱(8000匹入り)約2万円から、3万円以上でないと要望に答えられないとのこと。

 この農家では1シーズンに10箱必要としているらしいから、10万円以上の負担になると頭を抱えているが、これを製品価格に上乗せなどできないだろうから、大変なやり繰りを強いられることは違いない。

 『人を雇うより安いが痛い出費。この不景気で作物の卸値も期待できない。収穫量や品質に影響が出ていないことだけが救い・・・』とあきらめ顔で語っていた。この農家では、養蜂家ばかりに頼れないと、自らミツバチを大事に繁殖させるというが、何故か半数は死んでしまったというから気の毒としか言いようがない。

 地球温暖化でミツバチが環境の変化に順応できないで死んでいくという説もあるらしいが、ならば蚊やハエも少なくなるだろうに、そんなニュ-スは聞かない。これだけ大量に死ぬのは農薬以外にないはずなのに、厚労省も環境省もそのあたりは何故かぼかしているのは、これまた政治的配慮が働いていると勘繰っている。

 ある県の養蜂協会に昨年夏場に、7カ所約230群(1群約1万匹)で、大量死が確認されたという。養蜂家の一人が専門機関に蜂の死骸を持ち込んで、その体内の成分分析を依頼した結果『クロチアニジン』という昆虫への毒性の強い 『ネオニコチノイド』系農薬が検出されたという。

薬剤には全くの素人で『クロチアニジン』とか『ネオニコチノイド』などと言われてもさっぱりわからないが、この農薬については、私のもとに毎日届けていただいているメルマガにある養蜂家の方からの情報が掲載してあった。 

 その方によると、『ネオニコチノイド系殺虫剤』とはこれまでの有機燐系殺虫剤より人体への直接的影響が1/3以下といわれ、低農薬・減農薬地域で散布されている新しい農薬であるとのこと。

 しかし、昆虫にとってこの新薬は非常に強力な選択毒性という、特定種類の生物のみに毒性を発揮し、他には無害あるいは低毒性という性質を持っており、特に昆虫の知覚神経を麻痺させる毒性を発揮するという。

 これはやっかいである。この方は、強いて人間の病気に例えるならば、昆虫類に痴呆症とエイズを同時に患わせ、生態系そのものを混乱と破壊に導く船頭と表現されているが、実によく分かる言い方である。

 昆虫を知覚障害にさせる農薬なら、カやハエにも同様だろうという声が聞こえそうだがこの農薬を使う場所は畑や田んぼ、カやハエが存在してもあまり気にならない場所であることを考えると、いなくなってほしい昆虫類にはあまり営業がないのも納得する。

 ミツバチが減少しているのはまさに人災。もっとこのような情報をきちんと知らせる必要があるはずだと思うのだが、行政は農協などといっしょになってこの農薬をすすめているのだから困ったものである。しかも農家にはそのことを知らせていないのも大いに気になるところ・・・。

 ところで、無届けで日本ミツバチを飼育したとして、大阪の69歳の男性が逮捕されたというニュ-スが流れた。大阪には『府ミツバチの飼育の規制に関する条例』という決まりがあり、それに違反したというのが逮捕の理由である。しかし、ミツバチを勝手に飼育してはいけないという条例があるとは知らなかった。

 もっともこの男性の自宅は人口が酋長している市街地らしいから、条例規定がなくても近所からの苦情があっただろうことは容易に想像できるが・・・。

 最近銀座でミツバチを飼育しており、このミツバチたちの働きで蜂蜜もつくっているというが、東京にもこんな条例があるのだろうか。あるとしたら、ここまで大々的に報道されているのだから、きちんとクリアしているはずだろうと思うが、何故かマスコミはこんな情報は一切知らせない。

 銀座でのミツバチ飼育に刺激を受けて、各地で素人が飼育に挑戦している記事もめにする。ミツバチの飼育についてはネットで事細かく方法など教えている。ここにも条例のことなどは一切ない。

 ミツバチ飼育について、私も興味があって挑戦してみたいと思っていたが、しばらく様子を見守ることにしたい。ミツバチについてはまた後日、改めて話題にしたいと思っている。(田舎親父)

2009年5月 4日 (月)

土でつくってこそ『野菜』だと思うのだが・・・

『野菜工場』という言葉が急激に注目を集めるようになっているらしい。以前から、ス-パ-などが地下で野菜を栽培していることが話題になっていたが、設備投資が大変で採算がとれるまでには至らないらしく、この話題は出ては消え・消えては出るの繰り返し。なかなか定着するまではいかなかったようだ。

ところが、最近は、慢性化した不況を何とかしようと、大企業までもが操業を停止した遊休設備を活用して野菜作りに参入するようになったというから、ひょっとして、本格的な『野菜工場』製の野菜が店頭に並ぶのも近いのかも知れない。

先日、新聞紙上に地方都市に進出して工場を建てて操業していた半導体の部品メ-カ-が、受注が激減したことを受けて撤退したとのことだが、その施設を使って、大手の食品会社を退職した社員たちが立ち上げた『野菜工房』という会社が野菜作り挑戦している記事が写真入りで掲載されていた。

この『野菜工場』は倉庫の一室に作られており、2月から無農薬のレタス栽培が始め、成長したレタスが長さ17メートルの3段の棚には青々と並んでいる様子を映像で紹介している。

太陽の代わりに蛍光灯、土の代役に栄養分をバランス良く含んだ溶液を使って、年45トンを生産するというから、まさに『野菜工場』という名にふさわしい。

この会社の経営者は、『室内で管理して育てたレタスは細菌が少なく、3週間は日持ちする』と話しているという。今年4月初めから出荷している地元スーパーへの卸売価格は露地栽培の1.3~3倍だが、売れ行きは好調だとのことである。

会社組織で、屋内で野菜を栽培している同様な『野菜工場』は現在全国に蛍光灯などを使って地下でも栽培できる完全制御型が30所、ガラスの温室を利用した太陽光利用型が20カ所ほどあって、温度や湿度、二酸化炭素排出量などを徹底管理し、一年を通じて野菜を栽培しているとのことである。

こんな『野菜工場』はもともと80年代に、前述したように、大手スーパーなどが人工の光で野菜をつくれれば、野菜の安定供給に役立つという(実際は、金儲けのためだろうが)研究するために始まったようだが、絶好の話題となりス-パ-の宣伝に使われたことは周知のこと。

その後、水耕栽培技術が飛躍的に向上したことから、参入企業も増えたと聞くが、これも繰り返しになるが、工場設置費用の負担は重く、野菜の販路確保も難しいため、なかなか定着しなかったようだ。

ところが、昨年の『中国製冷凍ギョーザ』による中毒事件から、食品に対する安全性の問題が大きな関心事になり、野菜でも、高い品質管理をうたう国産を選ぶ傾向が強まったことは記憶に新しい。これがきっかけとなり、この水耕栽培ならば狭い空間で栽培できることから、昨年秋あたりからの世界的な不況が後押ししたようで、閉鎖した工場を活用して室内での野菜栽培がブ-ムになっているようだ。

先月末『レタス作りのすすめ』という題で、私流のレタス作りを紹介したが、ある程度百姓仕事の経験はあるとはいえ素人の私でもレタスなどは簡単に作れることがわかった。まして組織的に取り組む『野菜工場』では十分採算がとれそうだということは理解できる。

この分だと、今後も『野菜工場』は増えるだろうことは予想できる。確かに、無菌状態で水耕栽培が基本なので、栄養分の吸収は効率的になる。野菜の生育は早く病気もでないとなると農薬も必要ない。収穫量も今後技術がさらに進化すると飛躍的に増えることは間違いなさそうだ。良いことずくめのように思える。

しかし、私は人間にとって一番大事な『食料』というものを半導体の部品のように工場で作り出すという発想にはついていけないものがある。土という自然の恵みを受けて始めて得られてこそ野菜であり、そこから自然の恵みを感謝する気持ちが生まれるはずだと思っているからである。

雑菌が少ないことを単に喜ぶことも気になるところ。本来自然の中には雑菌が溢れていて、その雑菌一つ一つが『健康な自然』を構築するための役割を担っているはず。われわれの祖先は、ずっとその雑菌とうまく折り合いをつけて、自然からの恵みを受けて慎ましく生きてきたのではないだろうか。

雑菌を全て殺してしまえば病気にかからないという考え方は人間の奢り。それ以前に雑菌を全て抹殺することなどできるはずがない。虚しい努力をすればするほど、より強い抵抗力のある雑菌が生まれ、今まで経験したことがない病気が次々に生まれてくるのは、『豚インフル』一つとっても証明されること。

経済的な面からから考えると『野菜工場』は必要なのかも知れないが、人はカネだけで生きているわけではないことを、もう一度見直したら、土地がないわけでもないのに、その土地を使わないで野菜作りをすることなど無意味に思えるのだが・・・。(田舎親父)

2009年5月 3日 (日)

いつのまにか『豚』という文字が消えている・・・

 『豚インフルエンザ』の世界的な流行の兆しが見え出して、つい先日は危険度を示す指標である『フェイス』というレベルが5に格上げされたが、不思議なことに新聞テレビの報道から、『豚』という文字が消えて、数日前から一斉に『新型インフルエンザ』と称するようになっている。

『鳥』が媒介すると言われている『鳥インフルエンザ』はいつまでたっても『鳥』という言葉を頭につけているのに、今回の『豚インフル』においては、見事に『豚』という文字を消してしまったのには驚きを通り越して、何かとんでもない背景があるのではと勘繰りたくなってくる。

先日私も『豚インフル』という名前では、豚肉を扱って生計を立てている人たちには大打撃になるに違いないとこの蘭で書いた。その後、予想通り豚肉業界から『豚』の文字を外すように要請があったという記事を見つけて、クレ-ムは当然だろうと思ったものだが、こんなに一斉に、しかも見事に『豚』という文字がなくなったのにはビックリ・・・。

これはどこからか余程の圧力があったに違いない。ひょっとして、この名前が出回っていては、自国の豚肉の輸出に支障が出るというアメリカから日本政府に圧力がかかったのではないかとも思えるが・・・。

それにしても『鳥インフルエンザ』の『鳥』の文字は外さないで、関連するウイルスが見つかったら即刻、鶏舎を封鎖してそこに飼われている鶏を焼却処分にするのに、今回の場合は、『豚』という文字を消すのが鮮やかでしかも速過ぎ。

うがった見方をすれば、アメリカ産牛肉や豚肉という表示はよく見るが、アメリカ産鶏肉という品物にはお目にかかった記憶がない。アメリカ産の鶏肉は輸入量が少ないのではないだろうか。そのため、『鳥インフルエンザ』という名前から『鳥』を外せという命令が日本政府に届いていないのでは・・・・。

それはともかく、今回の騒ぎ方が尋常ではない。『豚インフル』(私はこの言葉を使い続けようと思う)の疑いがあると強制隔離されていた高校生は昨日になって、従来のインフルエンザだったとの報道に、関係者はホッとしているだろうが、私ははじめからこの高校生は大騒ぎするための生贄にされたのではないかと疑いを持って見ていた。

修学旅行でカナダというから、この高校は私立の有名校に違いなかろう。いっしょに行った同級生や教職員も相当精密な検査の結果、異常がなかったというのに、風邪気味のこの高校生だけを隔離したのは何だったのだろう・・・。

隔離された段階で、高校は『カナダで同じホームステイ先に滞在した同級生の体調に異常はない』と発表したのにも関わらず、高校生の症状をあたかも『豚インフル』であるかのごとく扱い、高校に圧力。

気の毒なことに高校は大事な対外的な行事まで取りやめて、付属中学も含めて休校の上生徒には外出を控えるようにしたと発表。まるで悪者扱いである。

前にも述べたが、私は、今回の『豚インフル』の流行は、人間の奢りを考える上では、大変有意義なものだと思っている。不遜な言い方だが、ある程度の流行は、普段の生きかたを見直す良い機会だとも受け取っている。

マスクがどれほどの効果があるのかも疑問なのに、マスクをしていなければ即罹患するような大袈裟な報道は一体なんなのだろう。ひょっとしてマスク業界から某かの献金でもあったのでは・・・。

防御するにこしたことはないが、少し大袈裟過ぎるように思っているのは(私が無知なのかも知れないが)、どうしても今回の『豚インフル』の異常な大騒ぎの背景には、何かを隠しているというような雰囲気。

政治的な何かがあるのではという疑いが消えない。(田舎親父)

2009年5月 2日 (土)

産めば良いというものではないはずだが・・・

一昨日、我が子をイジメ殺した悪魔に魂を売り渡した鬼のような母親のことについて書いたが、子どもを育てる能力を完全に失った母親(父親もでもあるが・・・)が引き起こす事件が同時多発的に明らかになるとは驚きを通り越して、この国の未来への展望すら描けなくなってしまう。

2歳4カ月の女児を熱湯につけて虐待したとして、東京で無職の19歳の母親とその友人が逮捕されたという事件もその一つ。

報道によると、二人は自宅マンションで、女児を熱湯が入った乳児用浴槽に入れたというから呆れてしまう。当然のこと女児は両足に約2カ月のやけどを負ったとのこと。

その動機が呆れる。このバカ母親たちはこの直前、女が女児にシューマイを食べさせようとした際、『あちっ』拒んだことを見て、バカ女たちはその仕種から大騒ぎで熱湯に入るタレントたちが繰り広げる番組を思い出し、この子を熱湯につけたら『どうなるか試してみようと』ということになったという。

普通なら、一人がそう言いだしてももう一人が『そんなことをしたら火傷をするよ』と止めるものだろう。せめて『かわいそうだからやめなよ』となるはずなのに、『おもしろいからやってみよう・・・』と実際に熱湯につけたというから、この母親たちの頭をかち割って脳味噌の状態を調べたくなる。

それを実行されたものだから女児はたまらない。今頃病院で手当てを受けているだろうが、どんな気持ちで過ごしているのかと思うと不憫。

この母親は、20歳の夫と8カ月の長男の4人暮らしだという。母親となる年齢が制限されているわけではないので、それは仕方ないとしても、両親ともあまりにも若過ぎることが気にならないでもない。

いや若くても、一生懸命子育てをしている両親も多いだろう。決して若いからどうこうなどというつもりはないが、子どもの親となる以上、最低限の自覚は持ってほしいものなのに、子どもを育てるより自分が遊ぶことが優先し、挙げ句の果はささいなことでケンカ別れ、すぐに次の男(女)と同棲。子どもが邪魔になって捨てたり殺したりするというパタ-ンがどれほど多いことだろう。

今回の事件では、20歳の夫が無職ではなさそうなのがせめてもの救いだが、8カ月の長男の頭にも怪我の跡があるというから、この父親も加わり、日常的に虐待を繰り返していたとも思えないことはない。

自宅の冷蔵庫に我が子の遺体を隠していたという事件も報道されている。この母親は33歳というから一応分別がある年齢。なのに『我が子を、縛って衣装ケースに入れたら死んだ』という供述に、正気なのかと思わず叫んでしまった。

鳴き声が煩いからと、34歳の夫もいっしょに当時4歳だった男児を折檻して殺害。遺体の処理に困って、自宅の冷蔵庫の野菜入れにビニ-ル袋にくるんで2年間も隠していたというから呆れて声も出ない。この親は人間としての良識など、これっぽっちも持ち合わせていないようだ。

この親たちも離婚者同士で、子どもは父親の連れ子だったという。このパタ-ンは小説によく出てくる『継子イジメ』の典型だが、小説とは違い父親もいっしょに折檻というのが現代なのかも知れない。

我が子を殺害したり大怪我を負わせたりする親たちはほんの例外だと思いたい。しかしこんな親たちの少数ながら存在も間違いない事実。

子どもの数が減っていることが、現代の負の要因として語られることが多い。安心して子どもを産める環境を整えるということが、声高らかに叫ばれて、子育ての家庭を支援することが政党のマニフェストになっている。

間違っていない。大事なことであるが、どうも『カネをバラまくことが支援』という定義になっているらしく、政府はもとより地方自治体に至るまで、子育て支援というと、保育料や医療費の減免ということばかりで、子どもが育つにふさわしい環境を整えることにはおよそ無頓着なことが多いようだ。

保育料を減免にしても、近くに保育園がない場合も多いという。あったとしても空きを待つか、望ましい条件ではないということで諦める親も多いと聞く。そして仕方なく勤めを辞めてしまうなど、こんな虚しく社会的に無駄なことはない。

カネさえ与えておけば子どもが育つという考え方を改めない限り、親の意識は変わらず、今もきっとどこかで、子育てのストレスにさいなまされた親や、自分の遊びが優先し魂を悪魔に売り渡した親たちからの虐待を受けて、乳幼児が泣き叫んでいるのでは・・・。

たった今も日本のどこかでこの声が聞こえているのではないだろうか。聞こえたら、すぐに警察などに連絡する対処療法も大事だが、根本的に解決するには、親(特に母親)の意識を変える政策が必要な時代だということに気付くことではないだろうか。(田舎親父)

2009年5月 1日 (金)

こんな問題が最高裁で争われるとは・・・

 『行く・逃げる・去る』といわれる1月から3月までの時の過ぎ方の速さは例年通りだったが、今年の4月の過ぎるのも速かった。

例年より早く桜が開花。しかし気温が低かったこともあり思いがけなく長持ちし、余計に桜を楽しんだからかも知れないが、桜が終わると瞬く間に新緑、天候も良かったので毎日野山を散策していたら、今日はもう5月。これでは、4月にも早く過ぎる意味の読み方を与える必要がありそうだ。

ところで最近は『豚インフル』の大騒ぎでネタ探しに苦労するが、先日『教員の体罰で最高裁が判断』という記事があったので、この問題を取り上げることにする。

記事によると、教員が小学2年男児の胸元をつかんだ行為が体罰に当たるかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁は『教育的指導の範囲を逸脱せず、体罰には当たらない』として、体罰を認定し損害賠償を命じた一、二審判決を破棄し、男児側の請求を棄却した、というものである。

なんでもこの教員は、休み時間に女子児童をけっていた男児らを注意。職員室に戻ろうとしたところ、男児に尻をけられたという。教員は男児の胸元をつかんで壁に押しつけ、『もう、すんなよ』怒ったとのこと、これが事実ならば、被害者は教員で法的には『正当防衛』(小学2年生の子ども相手に成り立つかどうかは疑問だが)といっても良いはず。むしろ罰されるのは子どもではないだろうか。

状況を見ていないので正確なことはわからないが、休み時間に女の子を蹴飛ばしている男の子を見たら教員はとっさにその男の子を引き離すのは当然のこと。襟元をつかんで壁に押しつけたのだろうが、思わずカッとして首筋をつかんだのだろう。場合によっては、軽くコツンとやったのかも知れないと推測している。

男の子としては女の子を蹴っていたのは遊び半分だったのだろう。嫌がるのに面白がってチョッカイ出す子どもは、小説の世界ではよく描かれているが、実際にも往々にして存在することも確か。叱られたことに対して、男の子はまさか先生が本気で起こるとは思わなかったのだろうが尻を蹴ったというところのようだ。

この男の子は経済的にも豊かで、自分のいうことはなんでも聞いてもらえる家庭で、我が儘一杯に育てられていたに違いなかろう。恐らく親からも叱られたことがなかったのではないだろうか。

こんな環境で育った子どもにとって、例え先生だとしても(先生と思っていないのかも知れないが)襟元をつかまえられた壁に押しつけられるなんて想像もできなかったほどの恐怖となり、それがもとで学校が嫌いになり登校できなくなることも考えられないことではないが、自分が悪いという判断ができないように育てた親に問題があるのは確かのようだ。

しかし、1、2審は、登校したくないという子どもの言い分(親の主張だろうが)を取り上げて男児が心的外傷ストレス障害(PTSD)になったこととの判断で、『教育的指導の範囲を逸脱した体罰』だと判断したようだ。

これでは教員が気の毒。叱ったら蹴飛ばされた、となると、こんな我が儘な子どもを指導はできなくなってしまう。例え蹴られても、言葉できちんとわからせるのが指導力だというのが最近の教員世界の常識になっていると聞く。そのために何とか指導法とか児童心理云々という研修が繰り返されているとも聞いているが、これでは授業に力がはいらないのは当然だろう。

子どもを叱る事自体許せないという親が増えているらしい。親が子どもと同じ立場の友だち感覚なのだから困ったものである。まして、子どもが登校できなくなったのは全て学校の責任と、自分の躾や育てかたも省みないで裁判に持っていく現在の風潮も恐ろしい。

今回は教員も教育委員会も絶対的な自信があったのだろうから最高裁まで上がったのだろうが、多くの場合は、まず誤って親のご機嫌をとり、それでも裁判沙汰になれば、賠償金を払っての和解や、該当教員を処罰したり異動させたりして誤魔化していたのがこれまでの筋書き。

今まではゲンコツ一つ、廊下に出すことでも『体罰』と判断していたが、今回の教員による実力行使(それほどの表現は大袈裟だが)が、『許される教育的指導の範囲を逸脱せず、体罰には当たらない』との最高裁の判断は、教員にとって少しの明るさ与えたのではないだろうか。

といっても理不尽な親に育てられ、自分が一番偉いと思い込んでいる我が儘なオボッチャマやオジョウチャマが今日の学校現場ではうようよ存在するのは間違いない。

日常的にそんな子どもに悩まされることは少なくないはず。ご苦労だが、世の親たちを手の平に乗せて泳がし、上手に子どもを指導してほしいものである。(田舎親父)

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