死者を鞭打つようだが、あえて母親に苦言を・・・
先日、自宅で車の中に子どもを閉じ込め熱中症で死亡させてしまった事件のことを書いた。パチンコ屋の駐車場でのこの種の事故は、毎年のように繰り返されているが、自宅というのは始めて。それだけに信じられず、いよいよ日本の親は親としての義務が何だかわからなくなったのではないかという感も無きにしもなし。
そんなことを思っていると、横浜で二歳の子どもが自動車にはねられて亡くなるという事故がテレビのニュ-スで報じられた。
車は逃げ去ってしまったという。ひき逃げ犯の場合はほぼ100%捕まるのがこれまでの例だから、間もなく逮捕されるか自首してくるだろうが、聞き終わって、何か割り切れない後味の悪さが残ったのはその内容。
アナウンサ-は『母親は子どもの数メ-トル前を歩いていた時に大きな衝突音がしたので振り向いたとき、子どもが倒れていた』と報じた。一瞬私の聞き違いではと思ったが、そのニュ-スはそれで終わり、確かめる術はない。
翌日の新聞にこの事件が記載されていたので、名前は伏せてそのまま引用する。
(引用始め)30日午前11時35五分ごろ、横浜市西区戸部本町一の市道交差点で、横断歩道を歩いていた同市神奈川区栄町、会社員尾Aさん(42)の長女Bちゃん(2つ)が、右折してきた乗用車にはねられ、頭などを打って間もなく死亡した。車はそのまま逃げた。戸部署は、道交法違反(ひき逃げ)容疑などで車を追っている。
同署によると、Bちゃんは母親のCさん(38)と近くの幼稚園に体験入園した後、帰宅するため最寄りの京浜急行戸部駅に向かう途中だった。
CさんはBちゃんの数メートル先を歩き、後ろで大きな衝突音がしたため、振り返るとBちゃんが倒れ、車が走り去ったという。交差点に信号はなかった。現場は同駅から南西に約百五十メートルの住宅街。(引用終わり)
きっとこの母親は現在、失意のどん底に陥っているだろう。その悲しみはわからないでもないが、普通ではこんな事故は起こらないのでは・・・。
運転手が一番悪いことは間違いない。特に『逃げた』ことは許せない。が、もしも母親が子どもと手をつないでいたら、この事故は『絶対』に起こらなかったと断言できる。手をつながないまでも、せめて子どものすぐ横か後ろを歩いていたとしても『絶対』に起きていなかったに違いない。
運転手の肩をもつわけではない。が、右折する時、一番気になるのが前方からの車である。多分この運転手は母親の姿は捉えたに違いないが、まさかその数メ-トル後ろを母親から離れて子どもが一人で歩いているとは思わなかったのではないだろうか。というより、そう言う先入観が子どもを見えなくさせていたのではないだろう。
母親には、車は止まって子どもを避けるのが当たり前という思い込みがあったに違いない。車に閉じ込める事件でも同じことがいえるが、どうも最近は『自己防衛』というか『自己責任』という意識が薄れているような気がしてならない。
車に閉じ込めたらどうなるかが理解できない。というより、車が自分の部屋と同じ意識になり、そこは『安全』は思い込む。この事件でも、交差点の横断歩道は『絶対安全』でそこに車が入ることすら許せない(そこまではないとは思うが)、車が止まるのが当然だという意識が働くようだ。どうも、横断歩道はあくまで『便宜上の約束事』だという意識が欠落しているのではと思ってしまう。
このような事件・事故はひき逃げ犯が逮捕された時に小さく報じられることがあってもすぐに忘れ去られることが多い。しかも、第三者的な報道で母親の責任を述べることはないのが普通だから、子どもを持つ親に自覚を促すという効果は少ない。
ひょっとして、母親は同じようなことを周りから言われ責められ、自己嫌悪に陥っているかも知れない。場合によっては家庭崩壊なんてことになっている可能性も否定できないが、同じような事件・事故が多過ぎるようなので、あえて死者を鞭打つ行為だと非難されることは覚悟の上で、取り上げてみた。
ここまで書いてきて、母親や子どもの名前が何故かカタカナになっていることに気がついた。ひょっとして日本人ではなく外国の女性ではなかろうか・・・。そう言えば、最近顔つきからは判断できないが、言葉から明らかに外国人(特に若い?女性)と思われる人を大勢見かけられるようになっている。
この母親がそうだったとしたら、と考えると何やら複雑な心境になるが、外国女性を妻に求め家庭を築いている夫たる日本人男性は、この国で住む以上『親のつとめ』をより深刻に考えてほしいものである。(田舎親父)


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