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2009年8月

2009年8月31日 (月)

こんな教師が必要だと思うのだが・・・

 昨夜の政治ショ-は面白かった。民主党か308は大躍進だか、勝利することは折り込み済み。さほど結果に興奮するものか生まれないのは、ひょっとして心の隅に330人全員当選というあり得ない数字を隅で期待していたのかもしれない。

それよりも面白かったのは宗教政党の惨敗。私は宗教が大事だとは思うが、一つの宗教が政治を動かしてはならないという信念を持っているので、与党の宗教政党が小選挙区で全敗したことの方が、今後の日本が良い方向に向かう兆しと受け取り満足している。

おそらく、これからまたマスコミが当選、落選ということだけで、落選した大物と言われた人たちと勝利した若い人たちを引っ張り出して『ああだ・こうだ』と視聴率稼ぎの番組作りが企画されるだろうが、当選した民主党の若い議員の皆さんたちはマスコミに振り回されず、じっくりとより以上に自分を高める努力をしてほしいものと願っている。

自民党の幹部たちは、口を揃えて『真摯に受け止める』と言っているので、一日でも首班指名を遅らせるという姑息な手段をとらないと信じたいが、選挙の後半で見せた汚いネガティブキャンペ-ンや、今朝の彼らの顔つきを見ているとこれも期待薄。ますます国民から遊離して、ついには瓦解するのではないかとさえ思ってしまう。

選挙のことや今後の民主党のやり方については、今後取り上げるとして、いつもの通り気になることや面白いことについての独り言を・・・。

先日の新聞に、ある件の公立中学校のこととして『夏休み終了後の26日に実施した社会科のテストで、生徒に支持政党と理由を答えさせる問題を出題していた』ことが分かった、と大きく報じていた。

多分、保護者の誰かがマスコミに流したのだろうと思うが、早速学校側(教頭だろうが)は『子供の思想、信条を聞き出すような問いで、問題があった』と、ゴメンナサの姿勢だというから情けない。

このテストは、時事問題に関する夏休みの研究課題について、どのくらい理解しているかを問うためで、1、2年生の約240人が受けたというから、一人の教師の思いつきで行ったわけではないはず。

政治問題を扱う以上、校長はじめ教員はそれなりの覚悟が必要だろう。1、2年生全員をテストの対象にしたということは、おそらく職員会議?でかなりの討論を重ねて、校長の責任で行ったと推察している。

もっとも、決定権が校長になく教職員の多数決で決まったのかもしれないが、それを考えると問題かボケてしまうので、ここでは校長の意志で決めたとしておく。

設問の中に、30日投開票の衆院選に関連して『もしあなたに選挙権があったなら、どの政党を支持しようと思いますか。その理由も答えてください』との項目か問題だとされているらしいか、どこが問題なのだろう。

自民党と書いた生徒には80点、民主党と書いた子どもにも80点、しかし○○党と書いた子どもは30点としたらこれは大問題だが、採点の対象にしていないというから、単に子どもの考えを知るだけにとどまっているのではないだろうか。

学校がこのことを何らかに利用する恐れがあるという指摘もあるかもしれないが、どんな利用価値があるというのだろう。結果をどこかに公表するというならば、政党の票の動きに少し影響するかもしれないが、そんなことは校長はじめ教職員は十分理解しているだろうから、学校がそんなことをするはずは絶対にない。(と信じている)

『政権交代』がキ-ワ-ドになっているのは間違いないところだが、これほど政治に感心が高まったことはないこの時と時期に、政治に関心を持たせるために、このテストを作り、実施した教師と学校に大拍手すべきでないだろうか。

テストを作成した37際の社会科担当の男性教諭は(学校側の調査に)『衆院選が間近に迫っているため子供たちの関心も高いと思って出した。配慮すべきだった』と釈明しているというが、学校側は今更、この教師の何を調査したというのだろう。

学校として議論を重ねて、『政治に関心を持たせるため』にこのテストをしたのではないだろうか。保護者か誰かが『問題だ・・・』と騒ぎはじめたので、大慌てでゴメンナサイという姿勢を出し、その責任を一教師に転嫁させるとは、学校運営者としての校長や教頭の資質はない。

政権交代で盛り上がっているこの時期に、選挙は最高の『教材』。他の学校も見習うべきだろうに・・・。校長は『政治に関心を持たせるのがどこが悪いのか・・・』と堂々と反論するぐらいの度量は備えてほしいものと思うのは私だけではあるまい。

最後になるが、この公立中学校というのは、去年、自分の子どもを教員に採用してもらったお礼として教育委員会幹部に多額の金銭を贈るなど、様々な不祥事か明らかになった県だったことを思い出した。

なるほどこの県の校長は、本当に自分で決定することも問題を解決する能力がないわけである・・・といったら叱られるだろうか。(田舎親父)

2009年8月30日 (日)

これも選挙のドサクサに・最後のアガキか・・・

 今日はいよいよ衆院選挙の投票日。1年前に首相に就任したアソウ氏、当初は『直ちに解散して国民の信を問う・・・』なんてかっこいいことを言っていたが、経済危機が襲ってきたことを良いことに解散をのばし、『国民の信』ではなく、党内の反アソウの動きを封じるためだけのミットモナイ解散となってしまったことは国民誰もが思うこと。

解散して即選挙とするならばまだしも、選挙ものばせるだけ先送りして、何とかその間に失地回復を狙ったのだろうが、思惑は大きく崩れて、日ごとに民主党有利な情勢になったことも周知のこと。

ついには相手の悪口三昧を書き綴ったビラを各戸の郵便受けに上げ入れる始末には、怒りを通り越して呆れ手しまう。いやあきれるだけではなく、こんなミットモナイことをする体質の政党に50年以上もの長い間、権力を委ねていたこの国の体質が悲しくなる。

今日の深夜には大勢が判明するだろうが、こんな汚い選挙を行っている自民党に対する嫌悪感から、私的には民主党の躍進はともかく、社民党や共産党など野党の候補者がどんどん当選し、自民党の対策本部が青ざめていく政治ショ-を寝不足覚悟で楽しみたいと思っている。

ところで、昨日日本郵政の会長人事のことを取り上げたか、もう一つ選挙のドサクサに紛れて『消費者庁』という、本当に必要なのかも議論も説明も中途半端な役所を9月1日に発足させるというのは納得できない。

しかも、その初代長官には元内閣府の次官を当てるという、お馴染みの天下り。どうやら自民党政治が終焉するので、ここで駆け込まなければ次がないという焦りなのだろうが、それにしてももう少しゆとりを持てないものなのだろうか。

民主党は、せめて発足を一月程遅らせるように申し入れしたそうだが、自民党は無視しているというから、『もう俺たちは権力から下ろされるのだから、この際、次の政府がやり難いように意地悪しておこう・・・』とでもいう感情があるのかもしれないと思わないでもない。だとしたら、本当に情けない。

おそらく、消費者庁なる組織、発足即行き詰まりは目に見えているのにもかかわらず、自民党政府は『(消費者の)期待にこたえられるようスタートさせる。滞ることはありえない・・・』と9月1日発足に拘っているらしい。

選挙で敗北しても、国会が開かれて首班指名が行われるまで、形は現政府が政治責任を持つので、政府としては9月1日の消費者庁発足のイベントは総理大臣として最後の大仕事。いわば花道とするという思惑があるようだ。

当日、麻生首相は最後の花道として当然出席。野田消費者相による事務所の看板かけや、職員への訓示などの行事を行うことを予定しているというが、国民から『不要』と言われた総理がどんな顔をして、何を言うのだろう。

消費者庁は、全国に500か所以上ある消費生活センターや保健所、警察、地方自治体などに寄せられた消費者からの声を一元管理し、製品の流通禁止や回収命令、業者への立ち入り調査や勧告などの行政指導に当たる・・・、と建前では言う。

そのために、内閣府や農林水産省、経済産業省など消費者行政にかかわりの深い9府省1委員会から、200人もの官僚を集めるというが、各省庁が簡単に自分の利権を手放すことなどするわけがないので、有能な人物を集めるというのもマユツバもの。

しかも、民間高層ビルに事務所を構え家賃が8億円というから、消費者の利益ではなく消費者から搾り取ることが目的になってしまうのでは・・・。

今日の政治ショ-で、9月1日発足に拘っている消費者担当の野田という国会でも爆睡している姿をテレビで紹介?されている、女性大臣も顔が真っ青になる事態になることう期待して止まない。(田舎親父)

2009年8月29日 (土)

選挙のドサクサに・・・

 昨日の朝刊に一面に『郵政会長に西岡氏昇格』という見出し。脇には『選挙中異例の人事』とある。

西川社長の留任をかたくなに拒み『これは正義の戦いだ』という、かっこいい日本人の心の原点を刺激するセリフを連発し、あくまで反対を通したハトヤマ総務大臣。国民からヤンヤの喝采をあびた総務相にもかかわらず、民営化推進勢力からの怒濤のような圧力に屈してアソウ首相がそのクビを切ったことは遠い昔のように思えるが、実際はつい最近のこと。

後釜に任命された佐藤某という総務相が、国民が納得するような説明は何一つすることなく西川社長の続投を決めた時、多くの国民は『何なの、この男は・・・』と思ったのではないだろうか。私もその一人。

アソウ首相はこのことに関して『当然』という態度を示したことも国民の支持が薄れる要因の一つになったことは間違いない。

一時的にはハトヤマ総務相は選挙で圧勝と思ったが、時が過ぎすぎて、この話題の賞味期限が切れたため、最近の情勢では投票が終わるまでどうなるのかわからないと言われる現状になったとのことだから、ハトヤマ弟も損な役割。気の毒にさえ思ってしまう。今ごろ彼は『すぐに解散すれば、俺は当然のことだが、もう少し自民の凋落は防げたはず・・・』と嘆いているのではないだろうか。

民主党が政権をとれば、郵政民営化で自民党を追われた人たちが作った国民新党の意見も聞かねばならないことから、郵政民営化を根本的に見直さざるをえなくなるはず。その時、民主党の幹部のお手並み拝見ということになるだろうが、マスコミはそんなこと一切出さないものだから、国民総体として郵政会社のことなど忘れていたようだ。

それが突然、昨日の人事報道に思わず『汚ねぇ・・・』と叫んでしまう。背景には、おそらく郵政民営化を強引に押し進めた勢力が暗躍しているのだろうが、それにしても明日投票という押し迫った状況で、誰も動けないこの時期を狙っての人事は、とても納得できるものではない。

西川社長はじめ陰で蠢く輩は、郵政会社の『会長』ポストの新設は、社長留任の免罪符として佐藤総務相と約束したことなので、当然だと強弁するだろうが、外部からの招聘という条件がついていたはずなのに、今回会長に就任した西岡という人物は三菱重工業の相談役であり、開業した当時から『社外取締役』だというから、『内部昇格』以外何ものでもないのは明らか。

建前では、西岡会長は日本郵政が12月までに発足させる『日本郵政グループ経営諮問会議』の会長に就任して、有識者や自治体、労働組合、全国郵便局長会のメンバーとともに『第三者の目』でグループ経営を監視するというが、生え抜きの『社外取締役』となるとは、西川社長に意見を述べるどころか二人三脚で私物化の流れになることの方が、現実味がありそうだ。

日本郵政側では『佐藤総務相には事前に連絡し、了承を得ている』と言っているようだが、こんな基本的な約束事も阻止できないとあっては情けない限り。佐藤とうい総務相も舐められたものである。この御仁の選挙区がどこかわからないが、有権者の人たちが、こんな人事を許す人に人間に投票するとは思いたくない。

民主党も今は動けないとなると、選挙で大勝ちしていただき、この人事はもちろん、根本的に今一度『かんぽ問題』を含めて『郵政民営化』を総括してほしいものである。(田舎親父)

2009年8月28日 (金)

インフル流行 またまた学校に苦労が・・・

 ここ数日、残暑を通り越して本格的な秋のおとずれを感じさせるほど涼しい日が続いているが、予報士たちはくちを揃えて『今日から真夏日が復活し蒸し暑くなる』とのこと。(このまま秋になるとは思わないが)できれば、この予報はいつも通り外れてほしいと思わないでもない。

ところで、つい最近まで、全国的に夏休みが終わりに近づく8月末になると、宿題に追われていたものだが、すでに学校が始まった地域が多いらしい。

親にしたら家でゴロゴロされるより学校に行ってくれたら助かる、というのは本音かもしれないが、子どもたちはもっと休みたいと思っているのではないだろうか。いや、塾で絞られるより友だちと遊べる学校の方がましだという声か聞こえてきそうだが・・・。

それはともかく、2学期(ではない学校も多いようたが)が始まった学校では新型インフルの流行で頭を抱えている(らしい)光景が連日テレビのニュ-スで報じられている。

全校生徒の接触をさけるためだろうが、始業式(全校朝会)も校庭や体育館で全校児童かそろってではなく、子どもたちは教室で校内放送を通して校長センセイの話を聞くというパタ-ンが多いようだ。

確かに、罹患しても症状的に重度にならないとは言われていても、感染力が大きなインフル相手、校庭ならまだしも狭い体育館に集まれば、瞬く間に子どもたちに広がることは間違いない。その意味ではこの方法は正しいだろうが、校長としては仕事を奪われたような気持ちになるのではないだろうか。

新聞発表では、24日現在インフルエンザの集団感染が発生した公立の小中高校や一部の私立校は、24日夜時点で、全国で少なくとも712校に上り、2400人以上の児童・生徒や教職員に広まり、休校や学年・学級閉鎖は14都道府県の38校にのぼっているというから、数日過ぎている今日に至っては、かなり増えていることは間違いないだろう。

これは凄い数字である。2学期が始まった学校が多いと書き出したが、例年通り9月1日としている自治体もかなりの数にのぼるはず、2学期?が始まるとさらに感染が広がる可能性がある。

専門家の話として『症状が出ている自動・生徒がいれば、すぐに教室から保健室などへ離し、帰宅させること。普段から手洗いを励行し、欠席者が増えてくれば、机を離すなど工夫をして、できるだけ生徒同士の感染を防ぐとともに、自動・生徒が多く触れる手すりやドアノブなどを、1日数回消毒することも必要』だという。

よく分かる話である。しかし実際に、休み時間が終わるたびに手洗いやうがいを全員にさせるとしたら、時間的に大変なことになるのは当然だか、蛇口の絶対量が不足して、その割り振りに、教科指導より時間がかかるということを、専門家の方はご存じなのだろうか・・・。

文科省は『感染者が出た場合は保健部局に速やかに相談し、休校などの措置を講じ、感染拡大の防止に努めてほしい』との声明を出しているが、国として休校や学級閉鎖にする基準はなく都道府県教育委員会まかせ。こんな利権のない権限を地方に与えるのは中央官庁のお得意のパタ-ンだが・・・。

実際には、そんな場合の基準や目安を設けているのは15府県で、残り32都道府県にはないとのこと、結局は、区市町村の教育委員会が『○人程インフル患者が発生したので数日間学校を閉鎖したい』という校長からの報告を受けて許可するシステム。

休校にした場合、いわゆる『学力の遅れ』をどうするかという事後処置も大変だが、今日の社会は、何でも学校が受け持ってくれるような雰囲気があるので、家庭での過ごし方まで考えないと簡単には休校などできないのが実情。

実際に、両親がともに働いている家庭にあっては子どもを一人にしておけないという深刻な悩みが生じる。

休校はしたくないので、教育委員会や学校ができることは、朝に児童らの体調を確認することや、体調不良の子供には無理をせず登校を控えるよう保護者に周知(お願い)することが関の山。

学力の遅れなど気にしないでも良いですよ。子どもが寝ている時は親は勤めを休んで看病してください。治療費がかかりませんから医師の診察を受けてください、などなど・・・。こんな社会ならこんな措置で大丈夫なのだろうが、実際は全て逆。苦労するのは学校となるのは間違いなさそうだ。

(蛇足だか)最も有効な手段は、効果があると仮定しての話だがワクチンを児童・生徒と彼らの周りの保護者や教職員に配ることだろうが、それでも絶対に感染しないという保障はない。

予算面は考えないとして、免疫のある人以外の国民全てにワクチンを配るのが、唯一残された道だろうが、先日も取り上げたが厚労省はのんびりしたもので、必要数にははるかに及ばない。

例によってクチサキ大臣は『足らない分は輸入するから大丈夫』と大見得をきっているが、輸入ワクチンの絶対安全性を調べるために国内検査をするという前提を決めている決まりを無視するのも変な話である。(田舎親父)

2009年8月27日 (木)

たかか皮膚の悩みで命を絶つ哀れ・・・

 『中学3年生の男子生徒か焼身自殺』という見出しにはビックリ。一体何が原因なのかと記事を追うが、第一報にはそれらしき文字はない。

子どもの自殺はこれまで何度も報じられたが、そのほとんどが高所からの飛び降り。この理由はよく分からないが、ネットへの書き込みや体験談などから、高所から飛び降りた場合途中で意識が無くなり痛みなど感じないと信じているのではないだろう。

薬物などは入手が困難、刃物で体を傷つけることには抵抗があるとなると、日頃からの鬱積した心理が突然爆発、『死にたい』と思った瞬間に、楽に死ねると擦り込まれている飛び降りを選ぶのでのではないだろうか。

焼身自殺は外国では抗議の手段としてよく用いられるようで、へトナム戦争の最中、アメリカと一緒になって民衆を虐待する政府軍に抗議するために仏教僧が焼身自殺という話題が度々報じられたことを記憶している。

最近は、中国のチベット政策に抗議してラマ教の僧侶が全身に灯油をかけて焼死するという報道があったことを思い出す。いずれの場合も、相手の理不尽さに対する抗議であることが共通している。

この少年も、周りの自分に対する見方・考え方・接し方に理不尽さを感じ、抗議の手段として焼身自殺を選んだのだろうと思っていた矢先、数日前の『イジメ』が存在していたとの続報に『やはり・・・』と頷くものの、わかっていたならどうして手をさしのべられなかったのか、この国は一体何人子どもの命を奪ったら気が済むのか、憤りを感じてならない。

その記事によると、生徒が通う市立中学校の教頭が新聞社の取材に対して『過去に男子生徒へのいじめがあった』と、自殺がイジメにつながったという認識を示したという。

昨年11月に男子生徒の保護者から『いじめを受けているのではないか』という苦情が寄せられ、調査した結果、『同級生から登下校時に道をふさがれたり、かばんを引っ張られたり、生徒の持病などをからかうようなあだ名で呼ばれること』があったことは事実だが、指導の結果今はおさまっているとのこと。

生徒の持病というのは『アトピ-性皮膚炎』のようだ。確かにアトピ-性皮膚炎は酷い場合は、かゆみが我慢できず皮膚が掻くことで破れ、血がにじんだりすることは、多くの子どもと接していた私にはよく分かる。

周りの子どもたちの中には、このような症状に対して『汚らしい』という蔑みと嫌悪感を持ち、極力接しないようにする者の存在も否定しない。

この少年が、周りからどれぐらい疎外されていたのかはわからないが、中学生になって自我がはっきりしてくると、小学校の時と比べて周りが自分に対して異質な目で見ていることや、『(仮に)カサブタ男』などと呼ばれることに対して、自分が情けなくなり、家庭でふさぎ込んでいただろうことは想像に難くない。

あくまで私の想像にすぎないが、親の気持ちとしては、こんな体にしたのは自分たちの責任・・・と思い込み、一緒になって悩み、救いと苦情を学校に求めたのではないだろうか。

『イジメ』相談されたら学校として動かざるを得ない。早速、担任や生活指導担当教員が周りの子どもたちを呼んであれこれ指導。紆余曲折はあっただろうが、結局、イジメ側の子どもたちが『ゴメンナサイ』と謝ったのでメデタシメデタシという筋書き・・・。

教師の耳には以後『カサブタ男』という言葉は聞こえてこず、トラブルも報告がないとなると、一応おさまったと安心してしまっていた。親からの苦情も収まったと判断、すっかり『イジメ』は解決したと思い込むのも無理はない。

最近の学校では次々に新たな問題が発生するので、一度解決させたこの問題を振り向く暇もなかったといった表現した方が適切かもしれないが、この4月に中三ではクラス編成があったに違いない。

その時、イジメ側の子どもたちをバラバラにして、この少年の周りから遠ざけたことも考えられる。このイジメを当事者たちだけの問題と捉え、学校全体で考えていなかったとすると、周りの人間関係が変わると同じことか繰り返されることは十分あり得るだろう。

それにしても、たかが皮膚の病気を苦にして折角の命を自ら絶たなければならなくなった少年の気持ちを思うと不憫でならない。

 同じような悩みをもっている子どものためにも、今研究中の繭をパウダ-状にして従来のシルクロ-ションに溶かせたもの(私は『繭パウダ-ロ-ション』と名づけている)の完成を急がなければ、と思う今日である。(田舎親父)

2009年8月26日 (水)

気象庁ドノ、この種の誤報はいただけません・・・

 昨日の朝、自分の部屋で仕事をしていたら『テレビで地震情報をやってるよ』という妻の声で、大急ぎでテレビの画面を見るが、今、確認中という字幕。

揺れが全く感じないので余程遠い地震だろうと、そのまま戻ろうとしたら『先程、緊急地震速報が発令されました』という字幕に変わった。緊急地震情報は実際に震度4程度以上の大きな揺れの大地震が起きる前の数秒前に出されると聞いている。

すでに、5分以上たっているが全く平常通り。多分誤報だろうと思うが、テレ日画面とアナウンサ-は『現在確認中です』の繰り返し。気象庁から正式なコメントがないのでそれ以上求めるのは無理な話だが、ちょっとお粗末過ぎる。

後でわかったことであるが、この速報を受けて首都圏の私鉄はかなりの混乱があったらしい。東京メトロは地下鉄8路線で、走行中の電車を含め2~9分間運転を停止、都営地下鉄や、東武鉄道、東急電鉄など私鉄の一部も全線で一時運転を見合わせたという。

通勤途上でストップでは高速道路での渋滞と同じで、遅れは次々に増幅されることは当たり前、昼頃まで影響が出た路線もあったというから、サラリ-マン諸氏は怒りを通り越して呆れと虚しさで気象庁に対して不信感をもったのではないだろうか。

面白いことに、JR各社は地震情報に対しては『独自のシステム』をもっているので今回の気象庁の地震速報などは関係なく、新幹線を含め全く影響がなかったという。どうもJR各社のトップたちは、気象庁など全く信用していてかったようだ。

人間のやることだからミスは仕方ない。ただ、以前も取り上げたが『緊急地震速報』は確率的に90%にも至っていないのにもかかわらず、どこからかの要請があったらしく、大宣伝で導入した嫌いは否めない。

昨年だったか、岩手・宮城件大地震では、この緊急地震速報を出したのは大きな揺れが発生した後だったという。これでは何の意味もないと思ったことも記憶に新しい。要は、まだ実用には至らないのに、強引に導入したというところだろうから、この種のミスは今後も起こりうることは十分考えられる。

その夜、気象庁の幹部たちがお馴染みの『ゴメンナサイ』会見。頭を深々と下げることがミソギだと思っているのか、ここ数年あらゆる分野でこのパフォ-マンスが繰り返されている。しかし、見ている方には一向に反省の雰囲気が伝わって来ないのは、一体何なの・・・と思うことしきり。

幹部の釈明よれば、震度は予想通りだったが、連絡するシステムが誤作動、地震の規模を10倍も見積もってしまったからしい。しかも、このシステムは前日委託会社が点検していったというから笑い話。交換しなくても良いソフトまで変えてしまったので誤作動が起きたという弁明には全く説得力はないと感じたのは私だけだろうか。

点検を委託された会社は、気象庁の幹部たちの天下り用に作られた組織?という疑念も湧く。一応点検したという証に、何らかの部品を交換するのが常だが、今回はたまたま部品だけに限らず、予算を使い切らねばならないという脅迫概念があって、ムリムリ最近開発したという自慢のソフトを導入したがそれが裏目、全く使い物にならなかったというところすか・・・。それにしても、地震の強さを10倍も誤ったというから困ったものである。

ところで、数日前、気象庁が全国に設置した627台の震度計のうち、26台が正確な震度を計測できないとして、震度情報の発表を取りやめると明らかにしたという報道を思い出す。

設置場所が不適切なため、実際の震度とは1~2程度の誤差が生じるものもあったと言い、このほかの177台も震度が正確でない可能性があるので現在調査中だと発表したが緊急地震速報は、これらから送られてくるデ-タ-が勝負。初期段階から謝ったデ-タ-では、誤報がでるのは当然だとしか思えない。

今回の誤報で、気象庁に対して信頼がきわめて薄くなったことは間違いない。オオカミ少年ではないが、緊急地震速報を信じなくなり、実際の大地震の際、速報を出さなければたいした被害がなかったのに、出したのが裏目に・・・となる最悪のシナリオさえ予想できないことはない。

天気予報で晴れるといいながら雨にあうことは稀ではないが、雨に当たって死ぬことはなかろう。しかし、地震の誤報はとんでもない混乱を生む可能性が大きい。

私の声など届くはずはないが、この際『緊急地震速報』は一度棚上げし、より精度を上げる挙げる研究が必要ではないだろうか。(田舎親父)

2009年8月25日 (火)

浜の真砂とはいうが・・・

 整骨院を経営していた柔道整復師が代表を務める療養費請求代行団体が、医師の診療報酬にあたる療養費の立て替え払い契約を結んでいた信販会社から、担保となる請求書(レセプトというらしい)のデータを偽造して大金を騙し取るという詐欺罪が報じられた。

1年半で17億円という金額も凄いが、『金儲け命』お権化のような信販会社がよくぞコロリと騙されたものと変なことに感心してしまう。

監督官庁である厚労省の担当者も『前代未聞・・・』と言っているというから、この柔道整復師の考えた筋書は『金儲け命』の輩をも信用させるほどうまくできていたに違いない。

記事によると、この男の設立した『請求代行団体(日本柔整保険機構)』は、加盟する整骨院のレセプトを担保に、療養費を立て替え払いするファクタリング(これは債権買い取りの意味だという)契約を大手信販会社と締結したそうだ。

レセプトやファタリングなどはじめて聞く横文字に、自分の世間知らずを改めて知るが、設立した団体に加盟している整骨院のレセプトに、加盟していない別の整骨院のレセプトを加えて水増しした虚偽データを提出するという手口だとのことである。

療養費は通常、健康保険組合などに請求してから受け取るまでに3カ月以上かかるとのことだが、信販会社とファクタリング契約を結ぶと、手数料は差し引かれるものの20日後に現金を受け取ることができるらしい。

このこともはじめて知る知識。事件の記事を読むことによっていろいろと勉強させてもらえるものと、犯罪者に対する怒りより悪の種は尽きぬものと変なところで感心する。

この柔整師は早期に現金化できるメリットをうたい文句に、自分か作った団体への加盟者を増やしていたらしい。この業界では複数の請求代行団体の代表を務めるなど実力者として知られ、数年前まで大阪で柔道整復師の養成学校も経営していたというから、裏の裏まで精通していたのだろう。

新聞社の取材に対して『信販会社による療養費先払いシステムは資金繰りに困る柔道整復師のために私が考案した。加盟する柔道整復師が療養費を不正請求するなどしてシステムが立ちゆかなくなっただけで、金をだまし取るつもりはなかった』と、詐欺を否認しているらしいが、騙したのは他の整復師だという言い分。

柔道整復師という名称も今まで聞いたこともなかったが、厚生労働省が認可した国家資格を持つ整骨の専門家で、いわゆる『接骨医』のことだというから、近所の『接骨院』の看板の横にも『柔道整復師』という言葉があるだろうから確認してみよう。

私は過去にも『接骨院』のお世話になったことがないので、どれぐらい費用がかかるのかわからないが、近所の『接骨院』は入り口にはたくさんの靴が乱雑に靫捨てられていることから結構繁盛しているようだ。

昔読んだ漫画にもよく『骨接ぎ』がでてくるが、ほとんど人の良い親父として描かれている。おそらくこの接骨院の先生もこの類で、繁盛している理由は、病院の整形外科にいくより時間的にも手軽で、気軽に利用できるのではと微笑ましく想像している。

そんな先入観があるのだろうが、治療費が入手できるのが3ケ月後となれば、ついこんな療養費申請を代行する団体に加入するのもわからないでもない。まさかその団体が不正をしているとは思わないだろうから、この団体にかかわっている接骨医たちは、いつ火の粉が降りかかってくるのかと不安では・・・。

代行団体に関する法的な規定がないというから、この悪徳整復師は法の盲点をついたことになる。まさに石川五右衛門ではないが、悪のネタは『浜の真砂』。世間知らずの私には驚くことばかり・・・・。(田舎親父)

2009年8月24日 (月)

何か企みがありそうな・・・

 

衆院選挙まで後6日。先日の都議会選挙より面白い政治ショ-が見られるかと楽しみにしているが、国民一人一人がじっくり各政党のマニュフェストを読み比べて投票所に行くわけではないはず。そこにはム-ド的な何かが潜んでいるに違いない。

昔から、『選挙は水物』と言われているのも、このあたりを巧みに言い表した格言だろうと認識している。その良い例が、4年前の衆院選挙。

今では誰もが『郵政民営化なんて必要だったのだろうか・・・』と思っているに違いないが、当時は一億総郵政民営化信者になったように浮かれてしまい、ネコも杓子も『民営化=自民党』という方程式が擦り込まれ、今日の暴政に至ったのを忘れてはならない。

自民党の幹部たちは、(言葉を選ばず表現すれば)一時的に麻薬中毒にさせて奪い取った国民の一票を、あたかも自分たちに対する信頼の証と勘違い、以後数の力でやりたい放題。その結果、今日の格差社会増徴の社会風潮を生み、『金儲け命』の間違った資本主義を植えつけたといっても言い過ぎではないだろう。

その暴政が国民の反感を買い、一昨年の参院選挙では『反自民』の一票として投じられたのにもかかわらず一片の反省はなし。総理総裁の顔を変えても体質は変わらず、という従来の路線を変えることなく今日に至っている。

国民の怒りは続いているので、ほぼ間違いなく自民党政権は終わりを迎えるだろうと確信しているか、少し気になるのは新聞テレビが発表する世論調査。

朝日新聞は調査対象を150選挙区にして世論調査を実施したという。その結果が表にして掲示している。これをみると青色(民主党)一色といっても過言でないほど、過去2回の選挙で自民が連勝した選挙区でも民主の優勢が目立つ。

一応、情勢は終盤にかけて変わる可能性もあると書いているが、ここまで断定的に予想しても良いだろうかと、素朴な疑問がわいてくる。

朝日以外も数値は少し違うが、民主党が300議席以上を確保ということは同じ。先日出されたある新聞の予想に至っては、330人全員の当選との見出しに、思わず『ウソッ-』と叫んでしまう。

いくら民主党に追い風か吹いているとはいえ、小選挙区も含めて全員が当選なんて考えられないから、これはたとえの話だろうと思うが、大新聞が全て300議席以上獲得という記事に、へそ曲がりの私には、国民が知らないところで何かが蠢いているのでは・・・と思えないことはないと首を傾げる。

自民党に愛想を尽かしている雰囲気は片田舎で霞を喰って生きているような貧乏生活をしている私でも感じることができる。その要因の一つが首相の口を曲げて発する数々の失言。先日も決定的な失言が報じられた。

今頃になって視察とは選挙目的以外なにものでもないだろうが、ともかく首相は豪雨災害のあった佐用町を視察した際、『行方不明者』という言うべきところを『遺体』が見つかるように・・・と発言したという。

行方不明者の場合、例え心の中では『絶望』だとしても、『死亡』とか『遺体』という言葉は、絶対に口に出してはいけない常識中の常識。このような配慮は学校で教わらなくても、当たり前の社会規範として身につけていなければならないこと。この御仁は周りに人間として普通の気持ちをもった大人がいなかった環境で育ったらしい。

それでも首相は『厳しい状況にあると言われるが、有権者の反応は間違いなく良くなっている』と強気の姿勢を崩していないのは、(繰り返すが)影で蠢く輩からの『マスコミ操作はうまくいっている』という報告を信じているから?・・・。

民主党の鳩山代表が『引き締め』に必死だと伝えられているが、その危惧が当たらないことを祈る一週間になりそうだ。(田舎親父)

2009年8月23日 (日)

十勝の青年たちの意気込みに拍手・・・

 先日、久しぶりで夜の東京に出かける機会を得て、午後6時半地下鉄の霞が関に降りたつ。出口への通路で『やはり東京は暑い』ということを改めて感じたが、この感じは地上に出ても変わらない。

私の住む横浜郊外の『横山』地区では、昼間の暑さはともかく、朝夕はめっきり涼しくなり、この時間に暑さは感じることはないといっても過言でないほど。その日、ムッとする熱気に包まれる東京に、何故こんなに多くの人口が集中するのだろう・・・と、絶対に私の頭脳では解決の糸口すら見つけられない疑問が頭をよぎる。

周りを高層ビルばかり。ここは国の心臓部と言われている官庁ビルが建ち並び、中ではお役人たちが必死に国民のため(必死とも・国民のためとも思わないが)仕事をしている場所。こんな蒸し暑さに逆らって仕事をするには、冷房(しかもガンガンに冷やす)が絶対必要条件になる事も理解できる。

冷房とは熱気を外に排出すること以外何ものでもない。ビルの周りの温度は冷房をすれば上がる事は、最近では小学生でもわかる理屈なのに、日本の頭脳集団である霞が関のお役人たちは冷房なくして仕事ができないとは・・・・。どう考えても変な話である。

変な書き出しになったが、私が都心に出かけたのは、この夜行われる『十勝おやじの背中を超える会』が主宰する『にっぽん食料供給プロジェクト』のキックオフバ-ティに出席するためである。名前から察せられるが、十勝地方の若手の農家のメンバ-達が立ち上げた集い。その中心人物が、町おこしなどで以前から応援している青年で、彼から案内をいただいたという次第である。

会場の東京倶楽部ビルの『DJSTONE』という店には、募集定員をはるかに超える人々が集まり熱気知包まれており、このイベントを後援している農水省や経産省の部局のおじさんたちに混じって若い女性の姿が目立つ。十勝の青年達はなかなかやると感心することしきり・・・。

これまでにも何度か食料自給率のことは取り上げている。先般、その食料自給率が41%に上がったと報じられた。たった1%の上昇でもニュ-スになるのも驚きだが、マスコミの一部には食料に対する危機感があったのかとある意味ホッとする。

もっとも、マスコミは危機感で報道しているのではなく、国民の関心が強く『食料自給率』という言葉に敏感に反応することを知っているので、その危機感を煽る手法で視聴率を稼いでいるだけ、断定する辛辣な意見もあるが、こちらの方が正しいような気もする。

世界人口の増加や穀物を燃料にするというおろかな発想の蔓延、また、地球規模での温暖化や異常気象頻発の影響で農産物の生産が落ち込み、食料の需要と供給のバランスが崩れつつあることは知識としては誰もが知っている。

間もなく世界は類を見ない食料価格高騰の時代がくることも、誰もが耳にしているが、その言葉は左から入ったとたん右から抜ける、といった状態で、ほとんどの人は自分の意思その中に『食料が手に入らなくなる』ことなど考えることすらできないのが実情。

それどころか、先日もとりあげたがコンビニでは『金儲け命』の幹部達が決めた『賞味時間』を過ぎた弁当は捨てろとの厳命、逆らった奴は契約解除という首キリというから、食料難など言葉としてもさえ理解していないといっても過言ではなさそうだ。

本来ならば、自給率がたったの1%と言われている首都圏から、その危機感を訴える運動が起きなければならないのに、この日のパ-ティは食料自給率が1100%の十勝の青年たちが主宰するのだから、ネットで伝えられただろう情報で、心ある人が集まるのは自然の成り行き。若い女性たちが多いのも頷ける。

もっとも、青年たちは壮大な意識だけで立ち上がったわけではなく、このままでは十勝の農業も単なる『金儲け主義』の餌食になってしまうという危機感が背景にあるのは間違いないが、ともかくもその意欲は多いに評価したいものである。

このパ-ティで声高らかにらみあげた『にんぽん食料供給プロジェクト キックオフ宣言』という一文。そのまま紹介しておくので、その心意気を感じてほしい。

『俺たちは作りつづけます。にっぽんの食料を。守っていきたいと考えますます皆さんの達の食料を。このプロジェクトを通じ食料を提供し、皆さんに買い支えていただくことに心から感謝し、皆さんと交流していき、様々な気づきをいただく中で、俺たち生産者は、皆さんの顔を思い浮かべ、より安全安心な物を作って行くよう頑張ります。消費者と生産者が互いの立場を理解し合い互いの足りない物を補っていく、そんな年と農山漁村が支えあう未来に向かって、俺たちは今、活動を開始いたします。 2009.8.19』

文章的にはともかく熱気は伝わってくる。こんな青年たちが十勝だけではなく、全国各地で今動き始めているらしいというから、頼もしい限りである。(田舎親父)

2009年8月22日 (土)

お馴染みの『貧乏人は死ね』というインフル対策・・・

 新型(豚)インフル騒ぎがぶり返してきたようだ。沖縄に続いて兵庫や愛知でも死者という報道に、いよいよ本格的に流行し始めた気配を感じるが、亡くなった3人の男性は生活習慣病や基礎疾患の持病があり普段から病院通いうから、このウイルスは体力が弱っている人を中心に狙う、いわば最近人間社会で流行っている『弱いものイジメ』が大好きに違いない。(最近は元気に見える人も罹患しているらしいが・・・)

数カ月前、学校閉鎖や修学旅行も取りやめたりするほど大騒ぎになった時、ちょっとやりすぎではと書いた。成田での異常とも思える検疫などは諸外国から皮肉られ、結局はすぐに取りやめた経緯がある。

幸、流行は間もなく下火になり休校措置などは連休明けには解除されたが、医療関係者の間ではこのウイルスの性質からこの夏から秋にかけて大流行する、と警告を発していたことはのんびり屋の私でも覚えている。

ところが日本人の特性なのだろうが、流行には敏感で、あれほどマスク・マスクと騒いだのに、騒ぎが下火になるとケロリと忘れ、マスクをしている人の姿は見られてくなってしばらく過ぎる。

この日本人の特性は官庁の閣僚たちも同じらしく、庶民と同じレベルでのインフル対応は困ったもの。先日、例のクチサキ大臣は死者が相次ぐ今頃になって『本格的な流行が既に始まったと考えていい』と語り、今後、秋以降に懸念される大流行に備えた感染予防の徹底を呼びかけていたが、医療関係者の警告など無視して、対策を大幅に下方修正したのはご本人・・・。

さらに、死者が出るに至っては『ここまで拡大することは予想していなかった』と、自分の責任をいち早く回避する発言に、国民の命を守るのが仕事だろうに、やはりこの御仁には選挙しか頭になく、豚インフルなどすっかり忘却の彼方へ押しやってしまっていることには呆れるしかない。

大臣の影響なのが、厚労省の対応か遅れに遅れているらしく、一応感染予防の切り札になると考えられているワクチン接種は早くても10月ごろにずれ込むことが判明したとの報道。この国の官僚たちは国民の命を守る政策より、自分たちの天下りの方が優先するらしく実にのんびりしたもの。しかも、接種体制もいまだ計画すら立っていないという。

記事には、年内に供給が可能なワクチンは1300万~1700万人分。当初、年内には2500万人分を確保できると予想していたが、『新型の増殖性が弱かったため、下方修正せざるを得なかった』と厚労省の官僚たちは弁解しているというが、まさにクチサキ大臣と口車を合わせた責任回避答弁。

この問題を昨日の朝日の朝刊が大きく取り上げていた。準備できるワクチンの数が大量に不足するのは、今厚労省を責めても始まらない。

記事で指摘しているように、一番大事なことは、少ないワクチンを誰に打つのかという優先順位をはっきり決めて、それに透明性を持たすことだと思うのだが、その議論が始まったばかりだという。官僚たちは、この問題に対しても、結論は摂取が始まる10月までに決めれば良いとの、危機感の無さには驚く。

今回の豚インフルは乳幼児や重い生活習慣病患者が感染すると死亡率が高くなるという見込みから、妊婦や乳幼児、そして糖尿病患者に優先的に投与すべきという意見が大勢を閉めているというが、私には妊婦に投与して本当に大丈夫なのかという疑問を持つ。

仮に安全だとしても、糖尿病患者だけで準備されたワクチンは使い切ってしまう計算では、妊婦や乳幼児全てに行き渡るのかも予測困難。どうやら、一応健康に日々過ごしている私のような高齢者には無縁の話らしい。

さらに費用負担の問題も重要。厚労省は、ワクチンを接種しても完全に感染拡大を防止できるわけではないとの理由で公費負担の対象にはできず、基本的には『任意接種』との方針だというから、またまた『貧乏人は死ね』というお馴染みの政策・・・。 

昔は『医は仁術』と言われたものだが、現在では『医は算術』になり下がり、悪徳医療機関が後を絶たないとなると、すでにワクチン買い占めの動きが始まっていると考えた方がよいようだ。

ワクチン万能とは思わないが、またまた金持ちが優先的に接種となると、『金儲け命』の人間がますます威張る世の中に・・・。ああ、イヤダ・イヤダ・・・。(田舎親父)

2009年8月21日 (金)

さすが日清・凄い研修を課すものだ・・・

 インスタントのラ-メンが世に出回ってどれぐらいたつのだろう。そのはじめは日清食品から発売された『チキンラ-メン』だったと記憶しているが、『チキンラ-メン』という言葉が強烈だったから、日清食品という会社名はあとから知ったというのが正しい。

『チキンラ-メン』が世界中で引っ張りだこの大人気になり、みるみるこの会社が大きく発展した事は有名だが、私とは少なからずの因縁がある。

その縁は後ほど述べるとして、その『日清食品ホールディングス』が今月26日から2泊3日で、グループ会社の若手管理職社員を対象にして、瀬戸内海の無人島で生活させる『サバイバル研修』を実施、というニュ-スが目に止まった。

記事によると、この研修の対象者は、日清食品で7月に課長職に昇格した13人に、明星食品などグループ会社4社の管理職4人を加えた40歳前後の17人だというが、きっと今頃心身の準備に忙しいのではないだろうか。

この研修では『チキンラーメン』と水、小麦粉、ビニールシートしか持たされないという。それ以外の食料は自分たちが考えた方法で得なければならないらしい。チキンラ-メンがあるので、飢え死にすることはないだろうが、そんな研修生は『生きる力』がないと判定されて、即降格ではないだろうか。

充実した数日間を過ごそうと思った研修生は、まず魚をとる算段を考えるだろう。釣り道具も持たされないだろうから、どうやって魚を獲るか考えるのも大変だろうが、大昔の人間ができた事だからできないわけはない。

それを、山から薪を集め火をおこして手作りの道具で調理するのだそうだが、どんな器具を考えつくのか、できればその様子を記録し発表してほしいものである。きっと貴重な記録として関心が集まるだろう。

ところて、もう7、8年も前になるだろうか、『トムソ-ヤ・スク-ル企画』という野外体験活動をしている学校にグランプリになると『賞金100万円・副賞チキンラ-メン1年分』という企画を実施すると、当時、安藤百福氏が理事長だった(と記憶しているが)『安藤財団』が発表した。

今では信じられない(当時でも規格外で、よくぞやってきたものだと思うが)ような、究極の野外体験を正規の授業に位置づけていた私は、面白半分で応募した事から、安藤財団と日清食品という会社名が私に擦り込まれ、縁が始まったという次第。

この企画には青少年の野外体験を推進する分野では著名な方達が名前をつらねていた。実際に、その方々の何人かが、私が行っていた『自然体験学習』に同行されたこともあったのだろうが、望外にもグランプリを獲得し、大阪・池田市にある『ラ-メン博物館』で行われた表彰式に出かけたものである。

その時、チキンラ-メンの発明者である、当時日清食品の安藤百福会長とはじめてお会いしたのだが、90歳はゆうにこえる百福会長の若々しい姿と、自分の言葉で素晴らしいあいさつをされたことにいたく感銘。百福会長から表彰状と賞金・副賞の目録をいただいた時、よくぞまあこんな重い賞がいただけたものと思わず体が震えた事も鮮明な記憶として焼きついている。

翌年は前年度の受賞者として、さらに翌々年はパネラ-として表彰式に参加させていただいたが、その度に百福会長の元気な姿に接し、直におしゃべりさせていただいたのも良き思い出である。残念ながら、百福会長は先年お亡くなりになったか、この企画に応募する学校は年々増えて、ますます盛んになっていることを付け加えておく。

当時(現在もだと信じたいが)文科省は自然体験学習に大変力を入れていて、この企画には強力に後押ししていることを示し、当時文科省の副大臣だった現官房長官の河村健夫氏が表彰式に参加。昼食では隣に座っておしゃべりした事も思い出す。

政治家というより学者といった雰囲気がある物静かな人だと感じた。その後文部科学省の大臣、そして官房長官に就任された時には、内閣のスポ-クスマンとして大丈夫なのかと心配したが、総理大臣の信じられいような失言を何度もカバ-する姿に、苦労しているなぁと同情してしまう。(私が同情するのも変な話だが)

とりとめない話になってしまったが、『日清食品』という文字が目についたので、過去の事だが、いろいろことを思い出した次第である。(田舎親父)

2009年8月20日 (木)

教科書が分厚くなるようだが・・・

 先日、小学校の教員の61%が、教え子は教科書の内容を8割以上理解していると思っているのに、実際には8割理解している子は20%にも達していない・・・。という見出しを見つけた。

あり得るな・・・と思ってその記事を読んでみた。この、教科書の理解度を巡る教師と児童・生徒の意識ギャップを示すデータは、『中央教育研究所』という大手の教科書出版会社がスポンサ-の民間の教育研究機関が発表したものだという。

教科書の著者や編集者には小中学校の校長がかなりの数関わっているはずなので、文科省や教育委員会の命令でいやいややらせられている御用調査と違って、教科書会社の今後につながる(自分たちの懐にも影響)今回の調査には、抱えている校長たちを動員して相当本気に取り組んだのではなかろうか。

教師と子どもたちとの間に、書き出しのような数値の隔たり判明した事を受けて、この研究機関の所長は『先生たちが考えているほど子供たちは教科書を理解していない。教科書会社もこれまでは先生が教えやすいように作ってきた。今後は子供たちに分かりやすいという、子供の視点に立った教科書作りが求められている』と話しているとの事。

巷では、『ゆとり教育の弊害で、特に算数や理科の学力が低下している』と広言している人が増えている。文科省もこのような声を受けて、特に小学校で算数や理科の基礎学力の向上を目指す方針を打ち立て新指導要領にもそのことを反映。多くの学校が前倒しで学習しているという。

この新指導要領にそった内容の教科書が実際に使われるのは再来年度。それぞれの教科書出版会社はそれに合わせて新しい教科書作りの真っ最中。この時期に、この教科書会社付属?研究所がこんなデ-タ-を出しているのは、わが社の教科書はこんなことにも配慮して作っている・・・というメッセ-ジでは、と勘繰れないでもない。

以前は文科省の検定厳しく、指導要領に少しでも逸脱する表現があれば、即、意見が付記されて、訂正しないと合格させないという『保留』扱いになったのだが、今回は何故か(極端に表現すると)何でもありになるらしい。

過日、この会社のものだろうとおぼしき小学校の理科の教科書を見る機会を得た。確かに『何でもあり』である。今までの検定ではとても合格するとは思えないが、今回は一言『発展』とか『ものがたり』などという見出しをつければ、お構いなしというから(このまま合格となると)、現場の先生たちはビックリするのではないだろうか。

いや、ひょっとしたらこのことに気づいてビックリするのは『理科』に関心を持つ限られた教師たちだけであって、今度の教科書は写真や絵がフルカラ-印刷に加え、宇宙ステ-ションなど子どもの興味をかきたてるものが多いとなると、一見使いやすいと思うのでは・・・。

しかしこれは怖い。この問題で私が一番危惧していることは、理科が得意とする教師や、理科に関心のある教師の数が圧倒的に少ないという事実である。その数は50人に一人ぐらいと言っても決しておかしくないのだから深刻。

その教科書であるが、著者は大学の教官などの理科の専門家たち。そして中には小中学校の理科を得意とする教員や校長が加わる。

この人たちの『子どもの視点』という見方は、子どもにとって『最新の知識』がいっぱいつまったと同義語となると、当然のことながら『こんなことも、あんなことも、子どもが知っているのが望ましい・・・』となるのは当たり前。すると、どうなるのかは想像がつく。なるほど、何でもあり教科書や今回の調査委背景がうっすら見えてくるようだ。

文科省の『何でもあり方針』を決めた担当方は、教科書にはできるだけ子どもたちにとって有意義な情報をという先生たちの要望を聞いた結果だと答えるだろうが、この先生たちとは現場で実際に子どもたちを指導している担任の先生ではなく、所謂『センセイ』方である事は間違いなさそうだ。

これを述べにとかなり長くなるので、続きは別の機会にしたいと思う。(田舎親父)

2009年8月19日 (水)

ビジネスモデルが聞いて呆れる・・・

 この欄でも以前取り上げたが、コンビニ最大手のセブンイレブンの弁当の値引き販売問題は本部が公正取引委員会の排除命令を受け入れたと発表した事から、表面上は一応解決したのかなと思っていたが、実際は訴えた店主との契約を解除していたと報道に『やはり』と感じた人も少なくないはず・・・。

確か、排除命令がでた翌日には、セブンイレブン本部は廃棄処分する費用(チエ-ン店に押しつけた価格)の15%を負担すると発表。このことに対して私は『本質論ではなく世論に押されて渋々という雰囲気がミエミエ・・・』と述べたものだが、やはり本部としては、簡単には世間さまにも『ゴメンナサイ』とは言いたくなかったようだ。

セブンイレブン側は『値引きと無関係の問題で重大な契約違反があったため』と説明しているようだが、額面通りに受け取る人はいないはず。

むしろ、セブンイレブン側の言い分は信用できないとする人が多く『どう見ても報復処置』という意見が圧倒的。むしろ『上場企業がすることじゃない』とか『労働者にするところの、いわゆる不当労働行為ではないのか』と、契約解除について批判的なコメントが多いのは当然だろう。

コンビニ各店では、本部から押しつけられた今日売る分の大量の弁当を『賞味時間内』にすべて販売できれば問題はないが、売れ残らないという保障はない。本部としては、もし弁当を買いにきた客に対して『売り切れ』とルと印象が悪く、リピ-タ-にならない恐れがあるという理由で、必要以上に多く配達されるのが常だろうから残るのは当たり前のようにも思える。

残ったものは廃棄しなければならないのは『チエ-ン店契約』の一つになっているのだから法律的に違法ではないようだが、その費用は店の負担だというのは納得できないので先日も取り上げた経緯がある。

『契約解除』されたチエ-ン店主達はセブンイレブン本部を提訴しているらしいから、今後この問題は法廷で議論されるだろうが『セブンイレブン』というブランド名がなくなると集客ができなくなる弱みがある。

本部の『通告した店主には、弁当などの鮮度管理や必要な領収書の提出などで契約を逸脱する行為があったほか、本部への不信感を生じさせるような言動をマスコミなどに流したことも、加盟店契約違反』という説明に対して、これを覆すために大変なエネルギ-が必要になるに違いない。

また、ここまで本部が世論の反対の声を無視して契約解除を強行する背景には、他のチエ-ン店主に対して『お前らも俺たちのいう事を聞かないと、契約解除にするぞ』という脅しの効果を狙っているに違いない。事実、諦めて15%の補償で納得、弁当を廃棄している店主が多いのが現実だろう。

この業界では、売れ残った弁当は廃棄するのが、お客の安全・安心のためには正しい選択だと強弁し、これを『ビジネスモデル』と称して通用させているのだから、庶民の感覚では常識を疑ってしまう。

どうやら、方法は問わず金儲けにつながる事が全ての総称が『ビジネスモデル』ということになるらしい。まだ十分食べられる弁当を捨てる事を推奨するのが『ビジネスモデル』とは、情けないを通り越して、これは人間のやる事ではないという怒りが沸き起こる。

先日の繰り返しになるが、コンビニがこれほど必要とは思えないし、その過当競争の中、すべての店で弁当を売らなければならない理由も見あたらないのに、今日も大量の弁当が売れ残り、捨てられているのが現実。

提訴しているチエ-ン店主を応援したい気持ちにならないでもないが、コンビニなどを利用する事は100%ない私には、もし万一コンビニに駆け込む事態になった時でも、セブンイレブンのドア-だけは開けないようにする事しかないようだ。(田舎親父)

2009年8月18日 (火)

マグロの姿が遠くなっていく・・・

 マグロが食べられなく日が近いという。『まさか・・・』と思いたいが、クジラ同様自然保護団体によるクロマグロ保護への強い働きかけがあり、絶滅の恐れがある生物の取引を規制するワシントン条約締約国会議で、来年3月に欧米諸国はクロマグロの全面禁輸を提案する方針だというから、ことは緊急性を帯びている。

全世界の漁獲量の約八割を日本が消費しているというから、日本国民の一人としてこれは話題にしなくてはならない。

日本政府は『国際機関で適切に管理し、資源回復に努めるべき』と取引の全面規制には反対する意向だとのことだが、自然保護という言葉が金科玉条の価値観を持っている欧米人相手に『適切に管理』などという言葉が通じるわけはない。

しかも、今まで世界各地で、札束で横っ面を引っぱたくと表現しても差し支えないような方法で、なりふり構わずマグロをかき集めるといった日本の商社のやり方に非難が集まっている今、こんな事を言いだしたら、それこそ『火に油』。何を今更・・・となる事は間違いなさそう。クジラと同じ道をとるのかと思うとゾッとする。

『すでに時遅し・・・』かもしれないが、マスコミはこの問題を、例によって危機感だけを煽る視聴率稼ぎの材料とするような報道ではなく、事態を深刻に捉えマグロを集める商社方式が如何に世界から顰蹙をかっているかということを理解させるような構成で番組作りをしてもらいたいものである。

多くの日本人にとって、刺身といえばマグロ、寿司ネタの最高もマグロというほど、なくてならない魚であるが、そのマグロ(特に、めったに庶民の口にすることができなかった大トロ)が『激安価格』で回転ずしのコンベヤーに乗るようになったのは、さほど昔のことではない。

国内では当たり前になっている養殖の技術を使い、地中海沿岸諸国で、沖合に『いけす』を作って、捕らえた小さなクロマグロを放ち、脂身が多くなるよう餌をやって太らせる『蓄養』をはじめ、日本へ大量に輸出され始めたのは20年程前からだというから、激安価格に『うめえ、うめえ。こんな値段で食えるとは有り難い・・・』と、回転寿司屋に足を運ぶ様になったのも時は同じだろう。

マグロは回遊魚なので、サケのように卵を採って孵化させて放流することができない魚であるのは周知のこと。サケは数年後には生まれ故郷に戻るので、日本独自の資源管理はできるが、マグロの生態は謎が多く、どこをどのように回遊し、どこで卵を産むのかまで詳しく解明されていないとなると一国で管理などできるわけがない。

同じ頃、世界的に『日本食』の人気が高まり、特に中国人の富裕層が好んでマグロを食するようになると、マグロの需要が急増。当然のことながら密漁が横行するようになった事も忘れることができない。

若いマグロを捕まえて広い『いけす』に入れて、とにかく太らせるという『蓄養』方式では、若いマグロを大量に仕入れなければ需要に追いつかない。価格が上がる事は当たり前だろうが、その前に密漁が増えることも当然といえばこんな当然なことはない。

数年前にも、マグロ資源の枯渇が話題になり、日本商社の『蓄養』に欧米諸国から自粛を求める声が上がったと報じられた。マグロの価格が高くなり、ス-パ-からマグロの姿が消えたと話題になったことは記憶に新しい。

その時、はっきり覚えていないが、日本政府は関係諸国と話し合い『資源確保』の具体的な協定を結んだはずだが、マスコミは『マグロが消えた』ことだけを話題にし、資源枯渇や協定について詳しく伝えなかった事もあり、値段が高くなったというだけで、日本の食卓にマグロが並ぶまでの流通経路も含めて、この問題そのものの話題性が薄れてしまったようだ。

いつのまにか値段が多少高くなった事にも慣れっこになり、ス-パ-にもマグロがズラリと並ぶようになり、相変わらず安売り合戦。回転寿司のネタにも『激安大トロ』が当たり前になっている。

このよう風潮が、今回欧米諸国がマグロ輸出の全面禁止を打ち出した背景にあるのは間違いない。第二のクジラにしないためにも、国民総体として自分たちがマグロの消滅にもなりかねない密漁に、知らないうちに加担してしまわないような努力が必要だろう。

そのために、日頃から産地表示に注意していかがわしい表示のマグロには手を出さない様にしなければならないが、表示そのものに偽装があってはこれも難しい。

ここにも、日本人(世界的な傾向だろうが)モラルの低下が急速に蔓延し、『金儲け』が何にも増す『価値観』としてのさばらしている社会が悲しい。このことが選挙の争点になれば未来はあるのだが・・・。(田舎親父)

2009年8月17日 (月)

これでも東京招致に邁進するのかな・・・

 先日、国際オリンピック委員会(IOC)の会合で、2016年夏季五輪で追加する2競技をゴルフと7人制のラグビーに絞り込んだという報道があった。正式決定は10月の総会で決まるのだそうだが、この段階で発表は規定のものと判断して間違いないようだ。

3年後のロンドンオリンピックの実施競技から外れた野球とソフトボールの復帰はならなかったとのことで、早速マスコミはソフトボ-ルの金メダリストの上野選手にインタビュ-。彼女の悲しそうな顔がお茶の間に流れ、一緒にって涙を流した人多かったのではないだろうか。

ラグビ-は私の好きなスポ-ツの一つだが、見慣れているのは15人制。それぞれに割り振られた役割を如何にスピ-ディに連携し合うかで決まるスポ-ツ。スクラムの時に目にする後方に展開する選手の見事なラインに、15人という人数の妙を感じる。

ところ今回選ばれたのは15人ではなく半数以下の人数で戦うラグビ-だという。馴染みはほとんどない。7人でゲ-ムが成り立つのかと思うが、国際ラグビ-協会は『展開が速く、大型選手でなくても戦える。短期間で試合数をこなせる点も五輪に適している』と売り込んだという。

オリンピックの競技に採用されたら、現在行っている世界選手権をやめるという姿勢を示し、そのキャンペーンが浸透した結果だと大喜びしていると報じられている。

15人で戦っていた競技を、コ-トの広さを変えず7人で行うというのだから、確かに選手個々人の動きは激しくなる事は間違いない。スピ-ドだけが重要視されるとなると、ある程度動きは重いが体格でカバ-するファワ-ド陣のぶつかり合いはみられなくなりそう。果たしてラグビ-の醍醐味が味わえるか疑問になる。

それでもラグビ-はある程度理解できるとしても、ゴルフが選ばれたのは私には簡単には頷けないものがある。男女60人ずつで72ホールのストロークプレーで個人戦を行うゴルフ(悲しい事にル-ルも理解できない)は、スポンサー獲得など商業面での魅力が大きかったと報じられているように、要は『資金集め』がし易いという理由らしい。

確かに最近、石川選手や宮里選手の外国での大きな大会で活躍している姿に刺激されてゴルフが注目されている。横浜の片田舎の公園や畑の横の空き地でも、小学生にクラブの振り方をコ-チする父親の姿もみられるようになったほどほどだから、ごく一般的に広まっていることは間違いない。

戦後、日本経済の発展とともに急速に普及、各地にゴルフ場が開発された事は周知のこと。地方都市としても、人が集まるとなると地域活性化の目玉として誘致に血眼になったこともゴルフ場の数を増やした原因の一つ。

一時は会員権が数千万円という狂乱価格になった事もさほど昔ではない。誰々の設計によると銘打って、山を削り谷を埋め、樹木を切り倒すどころか池までコンクリ-トで作るのが流行りとなると、これは自然破壊そのものといっても過言ではないだろう。

ゴルフは森林を牧畜で失った草原が広がる国々から始まった歴史を持つ。競技の場も山を削ったり谷を埋めたりしなくても簡単に作れるのだから日常的な生活圏のすぐ側にあるのは当然で、ごく普通に生活している人々が楽しむスポ-ツとして発展してきた。自然破壊を前提にしたゴルフ場に高いプレ-代金を払わなければ楽しめない日本とは本質的に違う。

オリンピックの正式種目になると群がるのが日本人(日本人ばかりでないとは思うが)の特徴の一つだから、ゴルフ人口は増加するだろう。

そのことに異論をはさむものではないが、新たなゴルフ場の建設と利用料の高騰は需要と供給の関係から明らか。経済格差の広がりが大問題になっている今日、新たな経済格差を生み出す事になるのは確実だろう。

私が反対と声を上げてもどこに影響するとは思わないが、数百億円の誘致費をかけてまで、2016年に東京にという知事はじめ関係者は、上野選手の悔し涙など取るに足らないものと無視し、マスコミの尻を叩いてゴルフ番組を多くさせる手だてでも考えているとしたら許せない思い。

完全に商業ベ-スに陥って、『参加する事に意義がある』というオリンピック精神など片隅にも残っていない最近のオリンピック。

裏では利権絡みの不透明な雰囲気が漂う場で、各国の代表と称する委員たちが正式協議云々と議論し、その結果に一喜一憂する前に、オリンピックそのものを一時休止・中止・廃止も含めて、根本的に見直す時がきたのでは・・・。(田舎親父)

2009年8月16日 (日)

『ポックリ死』をするために・・・

 先日、水泳界の重鎮である古橋広之進氏が旅先のロ-マでなくなった事を話題にした。誰にも看取られず亡くなるのは寂しいという意見があるが、私は、(想像だが)前の晩『おやすみ』と皆にあいさつして自室に引き上げ、眠りながら亡くなるなんて、なんて幸せな人だろうとうらやましく思う。多分私と同じ思いの人も少なくないのではないだろうか。

こんな事を思っていると、先日、どうすれば『ポックリ死』を手に入れることができるか、という記事をネット(夕刊フジという大衆紙のネット配信だと記憶しているが)で見つけた。

記事には『どうせなら、気づかないうちにそっと死にたい・・・痛みに苦しみながら死んでいく身内などを見るたびに、そんな思いを巡らす人も多いに違いない』という前書きに続いて、この死に方を『ポックリ死』と名づけ、解説が付け加えられている。

この記事で紹介されているのは、東北大学加齢老年医学分野臨床・佐藤琢磨准教授。老年医学の権威で『ポックリ死ぬためのコツ』いう本の著者だそうだ。『老年医学』という言葉は何となくわかるが『加齢老年医学』という分野があるとは思いもよらなかった。

この先生は『ポックリ死』を手に入れるには、日々の生活にコツがあるという。『ポックリ死』には、いわゆる『突然死』と『大往生を遂げる』死に方の2種類あると定義づけ、医師としてすすめるのは眠るがごとくスッ-と死ぬ『大往生死』だとおっしゃる。

本人が苦しまなくて済むし、『突然死』に比べて周りの家族も死を受け入れやすい状況にあるかららしい。そして、このよう死に方ができるのは、例えば昨日まで畑で草取りをしていたというほど健康な高齢者が多いという話には頷けることが多い。

ポイントは体と脳の『同時老衰』とのこと。人間は80歳、90歳と長生きしていくうち、軽い認知症や意識障害などから死への恐怖が薄れていくのだそうだ。体と脳が同時に衰えていくと、本人や周りが苦しみや悲しみのない形で自然に老衰するのが典型的な『ポックリ死』だとのこと、蘊蓄のある話ではないか。

そして、最も辛いのが、脳よりも先に体が衰えるパターンだとのこと。例えばガンで亡くなるのは若い方が多いが、そのような場合脳の働きはしっかりしているので余命を告知されたら、ショック状態に陥る人が多いそうだ。

これに対して、脳が体より先に衰える典型的なケースが認知症。定年退職後、生きがいを失ってしまうと徐々に脳の働きが鈍くなり物忘れがなどが進行するのだが、体がまだ健康なため、徘徊や暴力で周囲に大変な迷惑を及ぼしているのに、我関せずとなるらしい。なるほど、先日も話題にした老人が起こす近所の揉め事や、老々介護問題などで事件が発生するパタ-ンである。

『大往生タイプ』の共通する傾向は、ストレスが少なくウツになりにくく、不眠症にもならない人。自分のペースを守り、周辺との摩擦も少ない人だと結論づけているが、これは私が日頃主張していることと重なる。

この先生が『大往生』するためのポインを『毎日、明るく楽しく生きていくこと』として、そのためのコツを10ケ条にまとめているので、紹介しておくことにしたい。

(1)定年後も仕事を続けるなど、『生涯現役』で、熱中できるものを何か持ち続ける

(2)何事にも必要以上に無理やガマンをしない

(3)最近、物忘れが激しくなったかな…と思っても心配しない

(4)寝起きや食事は自分の好きな時間にする

(5)若い人に何か教える技能を持っている

(6)本をよく読む

(7)高血圧や糖尿病、肥満などの生活習慣病の管理を行う

(8)フットワークが軽い

(9)週に1回以上は自転車に乗る

(10)納豆、豆腐、肉、魚などのタンパク質を多めに摂取する

 さて、皆さんはいくつクリアしているだろう。(田舎親父)

2009年8月15日 (土)

お隣さんを見習ったら・・・

 年収が多い世帯ほど子供の学力も高い傾向にあることが、2008年度の小学6年生を対象にした全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を基に行われた文部科学省の委託研究で分かったという記事を見つけた。

こんなこと調べるまでないことで、文科省が補助金を出して外郭団体(おそらく文科省の幹部の天下り用に作った組織だろうが)に調査させるのも、無駄遣いといえばこんな無駄遣いはない。

自民党は財源・財源と民主党のマニフェスト批判に躍起になっているが、省庁のこんな無駄遣いを容認しているのだから、批判する資格などないと思うのだが、いかが・・・。

この委託研究では、5政令市にある公立小100校を通じて、6年生約5800人の保護者から家庭環境などのデータを新たに収集したという。まさか、文科省が教育委員会に圧力を架けて、各学校に名簿を出させたとは思いたくないが、どうして5800人もの保護者を選べたのかは少し気になる。

学力テストには、国語、算数ともに知識を問うA問題と活用力を試すB問題があるようだが、世帯年収ごとに子供を分類すると、いずれも200万円未満の平均正答率(%)が最低だったという。

そんなことは当然だろう。正答率は年収が多くなるにつれておおむね上昇し、1200万円以上1500万円未満だと200万円未満より20ポイント程度高まったとのことだが、こんな高額な年収なら子どもの教育に多額の金額を出せるのは当たり前、塾だ・家庭教師だとテストの点数をあげるための手段には事欠かない。

学力テストの結果を各家庭の経済力と結び付けて分析したのは初めてだと大いばりのようだが、こんな調査をして子どもたちに少しでも良い方向を示せる施策が生まれるというのだろうか。そんなことはあるまい・・・。

あえてこの調査の意味を見つけるとしたら、取ってつけたように1500万円以上では正答率が微減に転じたと述べている部分。あまり教育費をかけすぎて放任するのはいませんせんよ、という警告ととらえられないことはないが、笑い話にもなるまい。

お隣韓国は日本以上に子どもの教育にはお金を使うらしい。何でも学歴が全てといお国柄のようで、小学生から深夜に及ぶ塾通いが珍しくないとのことであるが、現役時代会合などで夜遅い電車に乗ることも多く、その都度電車ではしゃぎ回っているお揃いのカバンを背負った小学生の姿に『どうなってるの・・・』と首を傾げたもの。韓国を批判できる立場ではないだろう。

それはともかく、韓国では日本以上に『塾さま』が幅をきかせていることは確からしい。韓国政府はあまりにも『塾さま』のやり方が露骨になっていることに対して、深夜まで授業をしたり、高額な授業料を要求したりする違法な塾を取り締まるため、市民に通報を呼び掛ける制度を設けたとのことである。

韓国政府の調査によると、小学生で塾に通っているのは87・9%というから、ほとんど全員『塾さま』のお世話になっていることになる。これでは教育費の家計圧迫が社会問題になるのは当たり前、こんな法律を作って『塾さま』の横暴を抑えたくなるのも当然かもしれない。

政府は、自治体ごとに定められた終業時間(午後10時~午前0時というから凄いものだが)を守らなかったり、無認可だったりする塾についての通報窓口を各自治体に設置。通報者には、日本円で約3万円の報酬を払うという。また、公立学校の補習に対する補助金も設けるなど、家庭の教育費軽減に尽力しているという。

これに対して『塾さま』も、授業を週末に集中させたり、講師の自宅で『個人授業』として長時間指導したりして対抗しているとのこと。学歴偏重のお国柄では所詮イタチゴッコであることは間違いなさそう。

法律で規制するのは感心できることではない。この法律が効果を発揮して家庭の教育費軽減に役立つとは思えないが、『塾さま』を公立学校より『偉い立場』に位置づけて、『塾さま』の講師に学校の先生の指導を奨励している我が国より、姿勢としては評価できる。

所得が多い家庭の子女ほど学力テストの点数が高い・・・などという下らない調査などする前に、普通に公立の学校でまじめに授業を受けている子どもたちが、塾に通わなくても自分の能力にあった大学を選べて入学できるシステムつくりに、汗をかき知恵を出すべきだと思うのは私だけではあるまい。(田舎親父)

2009年8月14日 (金)

このところ地震が続いているが、まさか・・・

 このところ地震が続いている。9日の夜8時ごろ、ここ数年経験しなかったかなり大きな揺れを感じた。すぐにテレビをつけて地震情報のテロップを待ったが、そこには震源が『駿河湾』とある。

いよいよ近い将来、必ず襲ってくるだろうと言われている『東海地震』の前ぶれかと瞬間的に緊張する。地震の規模が6.9というのも相当大きい。震源が340kmとかなり深いのでこの程度の揺れですんだのだろうが、これが浅かったらとゾッとする。

翌日には、四国沖で熱帯低気圧が発達し台風9号になり、四国・中国地方に想像を絶するほどの大雨を降らせ、今日までに20数名の方の命を奪い、先日も取り上げたが、避難所に向かう途中に流された人など7人が未だに行方不明だという大惨事に、改めて大雨の恐ろしさを感じている。

以前から、災害は一つの要因でなく二つ以上が重なり、しかも対策に怠りがあれば、その被害が数倍に及ぶということはよく聞かされている。確かに今までの大きな災害を検証してみる納得できることが多い。

今回の佐用町という山間の町を襲った災害も、台風9号による大雨だけではなく、その前の8号が数日前から、この町の中心を流れる佐用川流域に降らせた雨による増水と重なった上に、街並みが川の流域に作られたこと、そして避難対策が今回のような事態を想像していなかったこと、さらに町営住宅の建設と防災計画の部署が縦割りで、連動していなかったことなどが重なり、無理な避難途中に水に流されたに違いない。

被害にあわれた人々のご冥福を祈ることと、今なお行方不明の方を捜索している救助隊の人たちの苦労をみると、一日も早い発見を願うことしかできないことに対し、イライラしている人も多いのではないだろうか。私もその一人・・・。

そんな報道が続く中、11日午前5時過ぎに、またまた大きな揺れを感じる。熟睡していたが、さすがに飛び起きて、まず窓を空けて避難経路を確保、次に居間のテレビのスイッチを入れて地震情報を待つ。間もなく、震源地が駿河湾、静岡各地で『震度6弱』というテロップに、これは大変な被害が起こっているのではと緊張する。

時間が過ぎるに従って、被害の概要が見えてくる。幸いなことに、人的な被害がなかったようだが(倒れてきた本で圧死した方が一人でたが)、原発が自動停止したという情報に放射線漏れなどないことを願う。

間もなく、東名高速の一部の区間でかなり大きく削り取られた映像が流れた。土台の部分が削り取られ舗装部分だけがからくも残っているが、そこを通り抜ける車にも驚く。

家屋の倒壊はある程度予測はできる。耐震補強が進んだとはいえ、震度6ともなると耐えられない建物も多いだろう。しかし、今回の地震では(不謹慎な表現だが)阪神淡路大震災や能登の地震などで見かけられた、押しつぶされて原型がなくなっている家や横倒しになっている家、傾いたビルなどの映像はない。

東名高速道路がすぐ通行禁止になったのは当然だが、直後に通り抜けた車がよくぞ無事だったものだと、改めて先の映像を思い出す。と同時に、東名高速という日本一頑丈に作られている(はずの)高速道路が、こともあろうに『この部分だけ』がこんなに脆くも崩れたことに、また建設当時の『手抜き工事』ではという思いが頭をよぎる。

道路会社は連日徹夜で必至に復旧作業を続け、一昨日のうちに下り車線は全面的に復旧させたが、上り車線は盛土の状態が予想以上に悪いことが判明したとのことで(何やら手抜きを思わさせる道路管理会社の社長の口ぶり)、復旧は15日にずれ込むようだが、あまりにも急いで大丈夫なのか・・・と一抹の不安はぬぐえない。

昨日の朝、こんなことを思っている時、またまた激しい揺れを感じる。この部屋は我が家で唯一耐震構造の部屋なので、しばらく揺れるにまかせていたが、かなり長時間大きく揺れていた。おさまったのでテレビのテロップを確認したら、震源は八丈島沖とのこと。

いよいよ『東海地震』の足音が聞こえるようになったのでは、と気持ちを引き締めているが、人的な要因が重なって被害が拡大しないように、避難計画の確認はもとより、鉄道や道路、公共の建物などが建設当時の手抜きがなかったかどうかも含めて、早急に見直すべきだろう。

蛇足になるが、複合要因という言葉で、台風の向かう先で大きな地震が起こることがあるという説を思い出した。私は一時地球物理をかじったことがあるが、難しい学説より風説の方に興味があり、唐突なこの説が記憶の隅に残っていたようだ。

今回の連発地震の震源地はまさに台風8号の通り道。まさかとは思うものの、気になる風説である。(田舎親父)

2009年8月13日 (木)

裁判員制度に素朴な疑問を抱く・・・

 先日、普段からいがみ合っていた近くに住む66歳のオバ-サンを72歳のオジ-サンがナイフで刺し殺した事件が『裁判員制度』の最初の適用裁判として行われ、ほぼ検察の求刑通りの判決がでたことは、先日ほんの少し取り上げた。

判決に異議をはさむものではないが、被告としては当然控訴するだろう。この控訴審には『裁判員』は存在しない。一審だけに裁判員が意見を述べ判決に加わる機会はあるようだが上級審が裁判員の意見をどの程度取り上げるのかは全く不明。

地裁と高裁の裁判官には小中の教員と高校の教員以上の身分差があり、ほんの一部の機会をのぞいて、互いに交流などないとなると、高裁や最高裁の判事たちの中には(決して口には出さないだろうが)『やっと素人のたわごとから開放された』と喜んでいる人物もいるのではないだろうか。

裁判員制度は、司法制度改革の一環で、国民への十分な司法サービスを提供するために、従前の日本の司法制度の問題点であった、裁判期間の長さや裁判を維持するために必要な弁護士費用の高さなどを解消するために、欧米の陪審員制度の考え方も取り入れていると説明されている。

『裁判員制度」が実現すれば,国民の司法への関心が高まりより身近な司法になるという賛成意見もあるが、無作為に選ばれた『裁判員』には専門的な能力や知識が十分でないために,正当な判断ができないおそれがある。などという反対意見も多いという。

裁判が迅速になるという賛成意見に対して、判断が感情的となるおそれがあるという反対意見にも耳を傾ける価値がある。国民が裁判に参加することにより,国民の司法に対する理解が深まると考える人に対して、人の運命を左右する大切な問題の決定を,無作為に選出される素人にゆだねることに不安を感じるという人の意見も当然だ。

要は、賛否両論があり議論がし尽くされていないのに、『裁判員制度』が見切り発車したというところか。少し覚めた見方をすれば、ひたすら『裁判員制度を成功しなければ・・・』という思惑が裁判所・検察・弁護士など関係者を駆り立て、その方向に走り出したといっても良いのではないだろうか。

その第二回目の裁判で昨日に判決がでた。今回の事件は『殺人未遂』で検察の求刑は懲役6年と前回よりかなり軽い。これに対して弁護側は執行猶予をつけることを求めているというから、(素人の私が無責任な予想として)まあ、執行猶予なしの懲役4年というところではないだろうかと予想していたが、実際に懲役4年6ケ月。だいたい予想通りの線だが、やはり検察の意見が強く影響しているのが気になる。

今回の裁判では無作為に選ばれた41人の『裁判員候補』が集まり、その中から抽選と裁判官の面接で裁判員6人と補充裁判員4人を選任したという。裁判に関与するその人たちの手当てや日常生活の補償は当然としても、集まってもらった人たちにも交通費や日当なども必要だろうから、相当な費用がかかるだろうに・・・という素朴な疑問はぬぐえないのは、私が貧乏人だからだろうか。

裁判の日数が少なくなり、結果的に費用が安くなるという意見に対しては、確かに一審に関わる期間は短くなるものの、上級審ではかえって長引く恐れがあり、一概に短くなるという説得には簡単には頷けない。

最初の事件で、どう見ても殺されたバ-サンにも原因がありそうなのに、検察の主張通りの判決。それに対して弁護側もさほど問題視していないのは、上級審で本気で争えば良いという態度のようにも思える。これでは、期間短縮はまやかしでは・・・。

もう一つ気になるのは、今回もそうだが、罪状を全面的に認めているということ。足利事件のように『罪状否認』している事件には『裁判員制度』は適用しないようだが、これでは、法律に素人の『裁判員』では『罪を憎む』という感情が先に立ち、先の例のように、被告に対して厳しい判断になるのは当然では・・・。

アメリカの陪審員裁判は、被告が普通の裁判か陪審員を入れた裁判かを選べるということを何かの本で読んだことがある。実際にそんな選択権があるのかは確認していないが、今すすめられている『裁判員』裁判は、被告に選択権は一切ない。

昨日の判決に異論をはさむものではないが、もう一度『裁判員制度』を考えてみる価値はありそうだ・・・。(田舎親父)

2009年8月12日 (水)

まさか脱走兵が・・・

 アメリカ海軍の横須賀基地所属の一等水兵が、タクシ-の運転手を殺害した事件は記憶に新しい。

この脱走兵は東京からタクシ-で横須賀に向かう途中、料金を踏み倒すために運転手を持っていたナイフで刺し殺した事件であるが、逮捕後に『この男を殺せという声が聞こえた』と供述していたことを思い出す。

多分、自分の意志でナイフをふりかざしたのではない、『天からの声』のせいだ、と主張することによって、瞬間的に精神異常になったふりをしたのだろう。おそらくこの水兵は日本人をバカにする意識が心の隅にあり、精神異常者なら人を殺しても無罪になるという理不尽な慣例を悪用したに違いない。

この日本人を一段下に見る傾向はこの水兵に限らない。沖縄始め駐留しているアメリカ軍の兵士が引き起こす犯罪は毎年後を絶たない。そのほとんどは『俺たちにお前らを守ってやっているんだ』『この程度のことは当然許されるべきだ』といった奢った感覚が、ひき逃げや女子暴行などの事件を引き起こしているに違いない。

そのことは改めて述べるとして、この水兵の裁判が先日行われた。その場でも被告は殺すつもりがなく『殺せという声が聞こえた』と、犯行が幻聴によるものと主張、責任能力の有無が主な争点となっていたようだ。

しかし、医師の鑑定結果や犯行前後の行動などから『声なるものは存在しない』と断定。責任能力があったと結論づけ、求刑通り無期懲役という判決を出した裁判長の良識に拍手を送りたい。

誰がみてもこの事件はアメリカ兵士の理不尽な主張であるが、私が注目しているのは裁判長が無期懲役とした理由にあげている『脱走兵による事件として、横須賀などの基地周辺住民はもとより、国民一般にも大きな衝撃を与え、社会的影響は甚大』と指摘した部分である。

この事件ではじめてアメリカ軍基地から脱走している兵士の存在が明らかになったのだが、脱走兵の存在すら、昨年までは日本に知らせる必要がなかったことも、アメリカ兵による様々な事件の背景にあったことも間違いない。

去年の5月になって、在日米軍の脱走兵を米側が日本側に通報、逮捕要請することに日米両国が合意したとのことだが、それ以降だけでも(アメリカ軍の発表を信じるならば)脱走兵が、少なくとも神奈川、長崎、沖縄の3県で12人に上り、うち6人が現在も行方不明になっているという。

たった一年でこの数字である。以前何人の脱走兵がいるかは知らされていない上、その兵士たちの今日の状況は全く不明だというが、こんなバカなことがまかり通っていることが問題。

多分、脱走者たちはアメリカ軍籍の『身分証明書』を携帯しているに違いない。アメリカ軍としては独自で行方不明者を追求しているというが、特に重大な事件でない限り、この身分証明書を見せたら日本の警察は『見て見ないふり』をするだろうから、行方不明がアメリカ軍に知らされることはないのではないだろうか。

この脱走兵たちはどのように過ごしているのだろう。ここからは私の最悪のシナリオとしての推理だが『最近のALTの質の悪さ』という最近話題にした問題が頭に浮かぶ。

脱走兵の多くが今回の水兵のように、突如殺人犯になるような粗暴さを持っている者ばかりではないはず。中には戦争に反対している人間もいるだろう。自ら望んで戦地に赴きたいと志願した者ばかりではあるまい。

脱走兵達を支援する組織があることは想像に難くない。脱走は『是』とし脱走兵たちを手厚く保護する反戦グル-プやNPOが、身分を隠してアメリカ軍の捜索の網をくぐりながら生活の世話をする。中には英会話学校の講師として送り込むことは可能だろう。

となると、場合によっては各学校に派遣されるALTの中に紛れ込んでいるとも考えられないことではない。脱走兵だからALTとしての能力が劣るとは一概に決めつけたくないが、中にはそんな人間が存在してもおかしくない。

ALTの質の低下に悩む教育委員会(いや優秀とと思われている人物も含めて)は、この際、詳細な身体検査をする必要があるのではないだろうか。(田舎親父)

2009年8月11日 (火)

何か変だぞ 横浜・・・

 昨日は珍しくタレントと麻薬のことを話題にした。わけのわからない汚らしい気配が襲ってきて、ついつい乱暴な言葉づかいになってしまった。多分、多くの人を不愉快にしたのではと反省している。

今朝5時少し過ぎ、激しい揺れで思わず飛び起きた。まだ詳細な情報がないが、大きな被害がないらしいので一安心であるが、台風と重なっているので、今後の土砂災害が心配である。

今回の大雨は兵庫中部を直撃。想像を絶する被害に心が痛むが、中でも避難所に移動する途中に被災された人が多いのが気になる。避難命令や勧告は必要だが、安全な避難経路を確保してはじめて避難が可能になる。

今後、いろいろ問題点が明らかになるだろうが、自治体の担当者はもう一度自分の担当場所を精査し、再び同じような非難途中の被災という事態にならないように日頃から最大の努力を払ってほしいことを願う。

さて、私は横浜をこよなく愛している。私の住んでいるところは『横浜』というより『横山』といった方がふさわしいということは何度も述べている。

『横浜』と聞くと、何となるエキゾチックな雰囲気を感じるが、ここ『横山』にはそんなものは存在しない。しかし、それで十分満足できるのも、心の奥では『横浜』に住んでいるという安心感があるからだろう。

先日、『Y-150開港博』について、あまりにも不人気の責任逃れのために中田市長が敵前逃亡を図ったのでは・・・と述べたが、横浜が変だぞ・・・と思うことはこればかりではない。

数年前だったと記憶しているが、ヤンキ-先生とかいう御仁を教育委員に招請したという話に『何か変だぞ・・・』と思ったもの。案の定というか、このセンセイは横浜の教育委員を踏み台に政府の教育関係機関に華麗なる転出。ついには議員サマになっていると聞くと、市長はこの御仁に何か弱点を握られていたのでは・・・という疑念は今でも払拭できない。

それはともかく、横浜の教育委員会が来春から市内全18区のうち8区の市立中学校で使う歴史教科書について、『新しい歴史教科書をつくる会』の主導で編集された自由社版を採択することを決めたというニュ-スに、ヤンキ-先生の時以上に『まさか・・・』とガックリ。

随分以前だったが、当時この『新しい教科書を作る会』が作る『教科書』のことが話題になり、議論が沸騰していた時を同じくして、私の元にこの『新しい教科書を作る会』から、代表者の(西尾某サンだったか)分厚い著作本が送られてきた。

頼んだわけではないのに変な話である。かなり広範囲に配られていたようなので、返本するのも面倒そのままにしていたことを思い出す。何故、私のところに送られてきたのかは未だに疑問であるが・・・。

あまり興味はなかったが、中身をパラパラとめくり斜め読みした。内容的に当時、多くの方が指摘されていた通りという印象を受け、こんな教科書を使えば子どもたちの考え方が変わってしまう、という一種の恐怖心が生まれたことを記憶している。

しかし、こんな教科書は採択するわけはないだろう(実際には徐々に採択する都市が広がっていると聞いて違和感はぬぐえない)・・・と、そのまましばらく部屋の隅に置いていた。今、改めて読んでみようとしてみたが捨てたのか見当たらない。

教科書というのは学校教育の基本中の基本であることは誰も疑わない。昔は教科書を使わずに授業していた強者もいたが、最近はそんな教師の存在を教育委員会はもちろん校長が見逃すはずがない。それ以前に教科書を使わないと、保護者たちが黙っていない。

すぐに、教育委員会へ通告。この先生は間違いなくどこかに飛ばされるか、(実際には子どもに慕われている教師が多いのだが)『指導力不足』というレッテルを張られて研修所送りになるのがオチ・・・。

それほど学校では『教科書神話』がまかり通っている。教科書に記述されていることは一字一句取り上げて指導しなければならないという考え方が幅をきかせ、そのペ-ジを取り上げなかったら、即抗議ということも良く聞く話である。

話は飛躍するが、最近の教師は自分でテストを作ることはほとんどないという。教科書が授業の中心になっているので、教える内容は誰が受け持っても全く同じというのが『市販テスト』に依存する理由らしい。

この『市販テスト』は、一応その道ではベテランと言われている現場の教師がアルバイトとして作っていることも良く知られているが、この教師たちはそれぞれの教科書の内容を精査して、記述されていないことは出題しないようにしているが、反対に教科書にあることはどんな細かいことでも出題の範囲になるのを知る人はあまり多くない。

市販テストの表紙に『○○教科書準拠』と書かれているのはこのことである。『作る会教科書準拠テスト』には、きっと先の『戦争』に関する問題もあるだろう。

仮の話として(こんなバカな出題はないと思いたいが)『昭和の中頃の戦争を何というでしょう』という問題に、『大東亜戦争』と書かなければ×になるという笑えぬ事態になることすら現実味がでてくる。将来の横浜を担う子どもたちが、日常的に『大東亜戦争』と平気で口にするようになることが恐ろしい。

新しい市長候補はこのことをきちんとマニフェストに載せてもらいたいものだが、果たして、採択を白紙に戻すと力強く語る候補者がいるだろうか・・・・。

今朝などは、台風や地震のくらい話題が重なり、そろそろ横浜から逃げ出すことも考えなければ、と心にもないことを真剣に考えるほどに気分は優れない。(田舎親父)

2009年8月10日 (月)

河原乞食根性の輩の覚醒剤汚染は氷山の一角だろう・・・

 つい先日、押尾学という芸能人が覚醒剤所持で逮捕されたというニュ-スがあったが、この種の話はそこらあたりに転がっていること、さほど驚かない。それより、少し人気が出て世間からチヤホヤされた輩は、自分が何もしても正当化できると勘違いから生じることだろうから、おそらく氷山の一角、他にも覚醒剤をやっている同じような連中も数多いのでは・・・と思ってしまう。

舞台がホリエモンで有名になった『六本木ヒルズ』。そこで、この男と付き合いのあった高級クラブのホステスが全裸で死亡していたというから、かなり醜い背景があったのだろう。猟奇性が俄然マスコミの注目度を浴び、妻である矢田某かという女性タレントとの私的な関係までが、マスコミの絶好の餌食になっている。

アホ男の見本だろう。そしてこの事件と時をほとんど同じにして、自称サ-ファ-という男が渋谷の路上で覚醒剤所持の現行犯で逮捕という報道に、やはり同じような事件は続くものだ。人気が出ると人間はウスッペラになり、判断能力がマヒして麻薬や覚醒剤に手を染めるのだろう。

今、芸能人やタレントとしてもてはやされているが、(言葉を選ばず表現すると)、所詮『河原乞食』と言われた人種であるこれらの男たちに、覚醒剤汚染が広がっているもの当然と言えば当然だろう・・・などと、あまり興味もわかない。

ところが、この事件の翌日だったか、やはり覚醒剤所持と使用で逮捕された自称サ-ファ-の妻である酒井法子という『清純派女優?』が失踪という展開に、千葉の知事までがしゃしゃり出て『早く出てきて・・・』なんてお涙ちょうだいという展開には、一体何なの・・・と首を傾げる。

汚らしい事件である。腹立たしいというか、とにかくアホカという感覚なので、以後言葉が乱暴になり聞くに耐えないような表現が出ることを許していただきたい。

翌日にはこの女がアホ夫と一緒に覚醒剤中毒だったということが明らかになり『逮捕状』という報道に、芸能界のいう『清純女優』なんてこんなものだろうと変なところで納得。これまた氷山の一角だろう。森田という知事が酒井という女が覚醒剤を使っていたことを知らなかったとしたら、随分間抜けた話である。このあたりどう弁明するのだろう・・・。

夫が逮捕された第一報では、マスコミはこの女のことを『清純派女優』と持ち上げ、失踪を『将来を悲観して自殺では・・・』と印象を持たせるような報じ方だったが、しばらくすると雰囲気が変わり、翌々日には『自殺の恐れ』など微塵もなく『逃げ回っている』という方向に変わっていた。それでも視聴率が稼げる絶好の獲物、連日の大騒ぎはウンザリするほど・・・。

そして、一昨日になって警視庁に出頭は、5日間ずっとどこかに潜んで、連日利尿剤と水をガブ飲みして、体内から覚醒剤の痕跡を流すことにのみ専念していたのだろう。そこには罪の意識など微塵も持っていないことをうかがわせる。

常習者なら5日もたてば体内から抜けることを知っていて、もう尿検査では陽性反応はでないだろうとの判断したに違いなさそう。しかも、取り巻きの弁護士から逮捕されても尿検査が陰性なら『やっていない』と主張すれば『無罪にしてやる』と言われたのではないだろうか。

これは、酔っぱらい運転で事故を起こし、現場から逃げてアルコ-ル反応がなくなった頃に出頭して、酔っていなかった・・・と主張する手口と同じ。清純派が聞いて呆れる。

ところが昨日になり、このアホ女は覚醒剤使用を『主人にすすめられた・・・』という論理にすり替え、去年の今頃から使っていると供述しているとのこと。DNAで本人だと決めつけられ、勝ち目がないとみて全て夫のせいにした上で、使用期間も短くして罪を軽くする作戦だろう。

反吐が出るほど汚らしい。外見はともかくこの女の内面は良識のかけらもなく、見栄と虚栄心、そして自分勝手といったあらゆる汚物でドロドロしているに違いない。

おそらく現在の法律では無罪はともかく、執行猶予つきの微罪に終わるのだろうが、こんなことをまかり通させて良いのだろうか。

法的には仕方ないまでも、しばらくするとまた『覚醒剤なんてやってましたっけ』とシラッとした顔で芸能界に復帰する、悪しき習慣をこのバカ女に許すことだけはしてもらいたくないもの。

そのためには、最高裁までもがこのバカ女にすっかり手玉にとられていたことを反省すると同時に『絶対に許すべきでない』ことを明らかにし、この女を社会的に抹殺するぐらいの激しい処置をするべきではないだろうか。

世はコマ-シャル時代、公的なお知らせまでにも人気タレントなどの顔写真が当たり前になっているが、『覚醒剤撲滅』のためのパンフレットに覚醒剤の常習者の顔写真とは漫画と笑って済むどころではない。

この際、二度とこんなことがないように、公的期間はもちろん、営利目的の会社であっても、使っているタレントの身体検査を行うべきだろう。そして、ほんのすこしでも疑いがあれば、即刻降板させるぐらいの強い姿勢を望みたい。

マスコミもこの事件に関しては互いに『酒井のサの字も出さず今後無視する』という協定を結び、話題に取り上げなくすることが、このバカ女に対しての一番のお灸になるのだろうか、報道の自由という錦の御旗の元、まだまだ大騒ぎが続くのだろうな・・・。

胸糞の悪い事件である。(田舎親父)

2009年8月 9日 (日)

そろそろ『何でも学校』という発想を捨てないと・・・

 泳げない子どもが増えていることがちょっとした話題になっているという。

その話題の中心が『週1回のプール授業で泳げるようになるのは無理』だとか『泳げない子どもを無理に泳がせないといった指導をしている小学校が増える』といった、学校に原因があるとするものばかり。またまた責任は学校かよ・・・と少し気になる。

学校によって多少の違いはあるものの、小中学校の水泳指導は例年6月中頃から9月の中頃までの水温23℃以上が一般的。

水泳指導に関しては学校の1時限という45分の授業では無理で二時限続きの指導になる。中には無理してプ-ルの時間を2コマ(週4時間)当てている学校もあると聞くが、他教科や体育での他の運動の指導にしわ寄せがくるので週一回が普通になる。

仮に水泳指導期間全てが晴天だったと仮定しても、6月に2回、7月に3回、9月に2回程度だろうから、総計わずか8回である。今年のように天候不順で雨模様の日が続いては、一回もプ-ルに入れなかった学校もあるのではないだろうか。これでは泳げるようになる子どもが多いはずがない。

『学習指導要領』という教師にとっては『法律』も見逃してはならない。そこには授業で取り上げる運動の中身と指導する時間数まで細かい規定されている。現在、水泳指導の時間にどのぐらい当てているのか知らないが、それほど多いとは思えない。

最近あまり聞かないが、授業中の事故で多いのも水泳指導時。事故を起こしてはいかなる言い訳も通じない。そのためにも、まず水に入れても大丈夫な体かどうかを見極めるために、検温や親の承諾を得るのが普通になっている。

中学校では体育の専門教師が複数いるので、かなり効果的な指導ができるだろうが、小学校の場合は水泳が得意な教師となるとごくわずか。一応、採用試験には実技があり、100メ-トル程度泳げるというのが条件になっているが、実技検定も25メ-トルを泳がすのが時間的にも可能な限度。後は自己申告に頼るというのが現実なようだ。

事故を恐れる教育委員会や校長からは(当然だろうが)例えば、学年による水深(低学年の場合はバルブを開いて排水)、水の中に入る教師とプ-ルサイトで監視する教師の役割分担、承諾書に保護者の押印がないものは絶対にプ-ルに入れてはならない、などという細かな注意がなされる。万一事故があれば、これらの細かい規定が教師を守る唯一の根拠となると、これは絶対に無視できない。

昔は、雨が降っていても『水の中は同じ』という教師や、プ-ルが空いていれば一人で子どもと一緒に飛び込む強者も存在したようだが、現在のシステムではそんな教師の存在は許せることではない。

しかも、数人の教師が必要となると1学年2学級程度の学校規模では学年単位の指導は不可能になり、2学年や3学年一緒となるのは当たり前。以前は放課後の指導もあったが、テストの点数をあげる補習はあっても、水泳指導など考えられない。これが現実とあっては、泳げない子どもが増えるのも当然だろう。

その意味では学校の水泳指導に問題があるとする論調は間違ってはいないかもしれないが、ここでも『なんでも学校』という考え方が広がりを感じる。既述したように、学校の実態がわかってくれば、教師の努力に頼るだけでは泳げるようにならないことは納得できるのではないだろうか。

このあたりを割り切って、小さいころからスイミングスクールに通輪せる家庭も多いようで、歩いていてもスイミングクラブのスク-ルバスを見かけることも多い。しかし、スイミングに通わせなければ泳げないとなると『貧乏人は泳げなくてもよい』という論理になってしまいこれは到底容認できるものではない。

これを解決するのは水泳指導を学校にまかせるという考え方を改めることである。たった3ケ月(実際は数日)使うだけのプ-ルが全国全ての小中学校にあるのだから、夏休みの全期間地域に開放すれば、きっと水泳大好きオジサンやオバサンが現れるはず。場合によったら、昔とった杵柄ではないが、水泳ならまかせろというオジイサンやオバアサンも馳せ参じてくれるのではないだろうか。

学校もそろそろ『何でも学校でやります』という姿勢を改めて、地域住民の力を気軽に借りられるようなしなければ、自分で自分の首を閉めることになることに早く気づくべきだと思うのだが・・・。

そのため、以前から言い続けていることだが、普段から施錠などせずに地域に校門を開放して地域住民が気楽に足を運んでくれる雰囲気を作ることだろうが、実際にやっていることとなるとまるで逆。困ったものである。(田舎親父)

2009年8月 8日 (土)

前宣伝の割にはガッカリの『Y-150』・・・

 先日、唐突に辞任を発表した横浜の中田市長。

いろいろと理由が取り沙汰されている。以前取り上げた記憶があるが、アメリカ出張をドタキャンして高級クラブで飲んでいたことや、リ-ダ-として一番避けなければならない女性との破廉恥事件で訴えられていることも明らかになるなど、人間性にも奢りがでてきたと感じるここ数年。

懸案の財政建て直しが軌道に乗った・・・というのが理由らしいが、そんな訳はないというのが正直な感想。

衆院と同日選挙にすれば10億円も節約できるというのも理由の一つにあげているが、今行われている『Y150 横浜開港博』のあまりにも酷い失敗も原因しているのではないだろうか。

4月末から始まったこの開港博、入場者の目標は500万人とのこと。確か、開会のあいさつでは、胸を張ってこの人数は必ず突破できると大見得をきっていたはず。ところが会期が半分以上過ぎた現在でも、65万人と発表されたのは突然の辞任の少し前。

先日、自分の眼で確かめるために、まずはズ-ラシアの横で開かれているヒルサイトと呼ばれる会場に出かけてみた。500万人目標というから、平日でもある程度の人がいるだろうと予想していたが、目にした光景は悲惨なもの。

歩いてきた私と、時を同じにズ-ラシアからシャトルバスが到着したが、降りる人はたった二人。入場券売り場前ではボランティアの人だろうと思うが、親切にいろいろと声をかけてくれる。しかし、暇をもてあましていることが明らかなのには気の毒にさえ思わずにいられない。

『今日は暇のようですね・・・』と声をかけると『土日は混雑するのですが、それ以外は手持ち無沙汰ですよ・・・』との返事。どうやら忙しいのは土日だけで普段の日はこんな程度らしい。

中に入ったが、ボランティアの人たちだらけと表現しても差し支えないほど客の姿は少ない。はっきりしない天候が影響していることも関係しているのだろうが、それにしてもこの少なさは一体何なのだろう。バイオリンの演奏会場も客はたったの4人。これでは演奏者が気の毒・・・。

竹でつくった屋根が売り物の建物の中に足を踏み入れると、早速案内の人に掴まってしまう。親切・丁寧に説明してくれるのは嬉しいのだが、その親切さは正直『有難迷惑』といっても差し支えないほど・・・。

500万人目標というわりには、(入場券売り場前だけは広いが)会場の中は細かく区切られ集客のスペ-スが狭いのも気になる。この日の私には広過ぎるが、ここに例えば3000人程度の人が押し寄せたら、入れない人が続出でとんでもないことになるのではないだろうか。

翌週、始めて横浜を訪れるという遠来の友人からの連絡があり(前売り券を入手していたので)、これは丁度良い機会と思いレンガ倉庫周辺に作られている『ベイサンド会場』に案内することにした。

一番のウリが(何という名前か知らないが)蜘蛛をイメ-ジしたという巨大な玩具。フランスだかどこかから引っ張ってきた代物だという。その会場に出かけたが、ここにもお客はほとんどいない。

2時間おきにこの蜘蛛の玩具が動くというので、しばらくは他の展示を見ていたが、これがどこかの学園祭にでも来たような、ウスッペラなものばかりに、思わず『こんなもので本気で500万人集める気だったの・・・』と驚くというより呆れてしまう。

友人も期待外れにガッカリという雰囲気だったが、さすがに蜘蛛のお化けのスケ-ルのでかさにはビックリ。お客もそれなりに集まりなかなか見応えがある。が、如何せんスペ-スが狭過ぎる。土日はかなりの人が集まることを想像すると、折角のスケ-ルの大きな動きも危なくてできないのでは・・・と操縦するスタッフに同情してしまう。

それ以前に、この会場に入りきれなく、2時間後の次の演技を待たねばならないこともあり得るとなると、人は来ないのでは・・・と思ってしまう。

救いは、黒船体験ツア-なるもの。第二会場の入り口で整理券を配っていたので、折角だからと足を運んだら、これがなんと帆船に乗せてくれるというもの。

『観光丸』という幕末に活躍したオランダ製の木造軍艦をそのまま模して作られたものらしいが、これはなかなか良くできている。所属する長崎の『ハウステンボス』では人気イベントとのことだが、一定期間だけ横浜開港博が借りているらしい。

長崎からの出張者が多い船員は実に親切で、真似事ながら実際にロ-プを引っ張って一部の帆を張ることや簡単なロ-プの結びかた、また(何という名前なのか分からないが)船首に出張った帆を支える横木の先まで歩かせてくれるなど、サ-ビス精神は実に旺盛。

これには遠来の友人も大感激。ホッと一息つけたという次第である。期間限定となるともう一度乗りたくなって、翌日、家内を連れて再訪したことも一言付け加えておきたい。

私にはこの『観光丸』が一番の価値を覚えたが、これがなくなり、平日は閑古鳥。土日は入場するだけでも長蛇の列、ウリの蜘蛛のお化けは2時間も待たなければ動かない。しかも見物するスペ-スが少なく見られる人数が限られているとなると人気がでないのは当然か・・・。

残りの期間で35万人を集めるのも難しい気がする。なるほど中田クンが、辞めるのは今だと思ったのも頷けると納得・・・。(田舎親父)

2009年8月 7日 (金)

きれいな死にざまに瞠目・・・

 戦後の混乱期に水泳選手として活躍して『フジヤマのトビウオ』と呼ばれた古橋さんがロ-マで亡くなったという報道に、『エッ 80歳にもなって世界水泳選手権に出かけていたのだ・・・』とビックリする。ご冥福をお祈りすると同時に、人生の最後はこの方のようにポックリというか、眠るがごとくに死にたいものとうらやましくなる。

記事によると、古橋氏は国際水泳連盟の副会長として選手たちの活躍をプ-ルサイドで観戦を楽しみ表彰式でのプレゼンテタ-としての仕事を精力的にこなしていたそうだ。前日は体調が悪いと自室でテレビ観戦だったようだが、夕方には元気な顔を関係者に見せていたという。翌日朝食に顔を出さない古橋氏を心配したスタッフの一人が部屋で亡くなっている姿を発見したとのことである。

私の年代は古橋選手の大活躍を実際には知らない。むしろ山中選手とオ-ストラリアのロ-ズ選手の1500、800メ-トル自由形の激闘は瞼に残っているが、山中選手の活躍の中で必ず古橋選手の話題がでてきたので、凄い選手という強い印象が記憶として残っているのだろう。案外知られていないが、ライバルだった橋爪選手との激闘も語り草として聞いていたことを思い出す。

敗戦の3年後の1948年のロンドンオリンピックには日本は参加していない。戦後の混乱期、何もない状態ではとてもオリンピックどこではなかったのだろうが、戦争責任から参加ができなかった事情があるのかもしれない。

国家の存亡の危機的状態、古橋氏個人としても食料の調達も思いのままならない中でも古橋氏は水泳に打ち込んだようだ。一日8時間、3万メ-トルを越える練習もあったという。陸上選手では3万メ-トル程度はごく当たり前かもしれないが、これは信じ難い練習量である。

強くなりたい、早く泳ぎたい・・・という一心がこんな練習を可能にしたのだろうが、元来怠け者の私にはとても信じられない。

オリンピックに参加できなかった悔しさがバネになったのかもしれないが、同じ年に行われた国内水選手権では、400メ-トルと1500メ-トル自由形で優勝。その優勝タイムはオリンピックの優勝記録よりはるかに良かったとのことは始めて知った。

翌年、ロサンゼルスで行われた全米選手権で世界記録を次々と塗り替え、この大活躍がアメリカのメディアが『フジヤマのトビウオ』と称賛。その活躍が日本国民を勇気づけたことは当然。まさに日本復興のヒ-ロ-の一人。

この頃の神掛かった泳ぎぶりが、当時のマスコミをして、いつもロ-ズの後塵に甘んじていた山中選手に対して、いらだたしさと励ましといった複雑な思いが入りで、銀メダルの後に、必ずといって良いほど古橋選手の活躍を話題にしていたようだ。それが前述したように、当時小学生だった私の中で、古橋氏の凄さが記憶に残っているのだろう。

それはさておき、最近の高齢者の話題は暗いことだらけ。

今話題になっている裁判員制度で始めて取り上げられる裁判も、66歳のオバ-サンを近所に住む72際のおジ-サンがナイフで刺し殺すという、高齢者同士のいがみ合いが原因で発生した事件。

結果は検察側求刑の16年に対して15年。検察の思い通りという印象が残る。裁判員の質問などから想像すると、加害者が思わずカッとしてナイフを持ち出し、刺してしまったこともある程度止むえない事情があったと判断するのではないかと思ったが、意外とかなり厳しい判決に、今後の裁判も検察の主張が通るのではないかという印象が残る。

判決に異論をはさむものではないが、互いに、日頃から自分の行動が正しいという思い上がりで、相手の行動を非難することが日常的になっていたことは想像に難くない。

顰蹙覚悟で言うならば、被害者のおバ-サンは、自分では全く予期できなかったとしても、相手にナイフで刺されるという想定外の出来事で死亡してしまったが、前の日まで歩いていたことに違いない。

しかし、自分の意志でロ-マに出かけ、自分が育てた若い選手たちの活躍を見ながら、ベットで眠るがごとく安らかに天寿を全うした古橋氏の場合とは雲泥の違いがある。

改めて、私もこのような人生の最後を迎えたいと思う。そのためには、日頃から争いを好まず、怨みなどとは無縁であると同時に健康でなければならないことを肝に命じる今日この頃である。(田舎親父)

2009年8月 6日 (木)

アメリカという国の恐ろしさを感じる・・・

 一昨日、アメリカのクリントン元大統領が突然北朝鮮を訪問という報道にはビックリ。

アメリカの女性記者二人が北朝鮮に拘束されていることはニュ-ス報道で知っていた。この問題で、先日クリントン国務長官が『一日も早い救出』を語っていたが、まさかこんなに早く、夫である元大統領を特使として派遣するとは誰も考えられなかったのではないだろうか。

それにしても、自国民を助けるとなると、ここまで思い切った行動に出るアメリカの恐ろしさを感ぜずにはいられない。北朝鮮に拉致された大勢の人たちがいるのに、未だにほとんど何も行動できない我が国の政府に比べて、改めて『凄い』とうなってしまう。

こう書くと、小泉元首相が訪朝したから5人の帰還がかなえられた、という人もいるだろう。一見素晴らしい成果と思えないこともないが、5人の帰国でこの問題を打ち切りにするという小泉姿勢は『まやかし』にすぎないと断言しても過言でない。

いつから交渉していたか知るよしもないが、米朝間で何らかの合意が成り立ったので元大統領は動いたようだ。それにしても北朝鮮の対応もなかなか見事なもの。

早速、金総書記閣下がお出ましになり元大統領と会談するという演出に、二人の女性記者は開放されるのは時間の問題だろう・・・。その意味では、なんと日本という国は自国民を粗末に扱うのかと憤りさえ感じる。

予想通り、昨日になって北朝鮮の朝鮮中央通信が、金正日総書記が不法入国などの罪で拘束されている米国人女性記者2人に対し『特別恩赦を実施、釈放するとの国防委員会委員長としての命令を下したと』と報道に、またまた凄いものだ・・・というのが感想。

数カ月も拘束し、重労働という有罪判決がいとも簡単にくつがえされ、二人の記者は元大統領と一緒に帰国の途につき、目の前の朝刊には抱き合って再会の喜びを表現している写真が掲載されている。拉致被害家族の方々はこの写真をどんな気持ちで見ているのだろう・・・と思うと胸が痛くなる。

複雑な政治的駆け引きがあったことだろう。どんな交渉が行われたかはそのうちボチボチ明らかになるだろうか、元大統領の訪朝が我が国政府に事前に知らされていたのだろうか。おそらく政府は『あった』と言うだろうが、俄には信じられない。

北朝鮮が、いくら元大統領という超大物の特使に大満足して、無条件に二人の記者を開放するとは思えない。そこには何らかの見返りを引き出したはずだが、北朝鮮がある程度納得できる取引だったのではないだろうか。

政治的な難しい問題は私のような素人にはマスコミ報道以上の情報はない。そんな素人がもの申すことは無意味だが、一番恐れるのは、北朝鮮との合意の実質的な担保をまた我が国が受け持つようになるのでは・・・という心配。このことは素人の意見として述べておくことも意味がありそうなので、あえて私の想像を・・・。

今回の会談で、懸案の核問題が話題になったことは間違いなさそうだが、北朝鮮は今までの経緯から、食料やエネルギ-資源の援助程度で核を手放すとは思えない。アメリカも本音はともかく建前では韓国や日本との同盟関係上『認める』とは言えないだろう。

すると、表面上は『核問題』は話題にならなかったとして、アメリカ人記者の開放の見返りに、制裁の一部解除か相当額の資金援助で合意ということではあるまいか。その資金はアメリカが出すことが明らかになるとオバマ政権に傷がつく。結局は日本が肩代わりするということで決着・・・。

情けないことだが、現在の我が国の政府は壊滅状態。マスコミに連日政府与党の大臣クラスの要人さえ、今回の選挙では落選するのではと派手に報じられているのでは、まともにアメリカに対応できるわけはない。

とにかく点数を稼ぎたい政府としては、我が国のメンツを保ってくれたという形が見えれば、資金の援助や制裁の一部解除など『はいわかりました・・・』となるのではないだろうか。

次の政権を担当するだろう民主党が『メンツを保った形』を見逃すようでは、この国の未来はない。いや、それ以前に、この問題にきちんと対応できないと『政権交代』は絵に描いた餅にならないとも限らない。

今日は64年前に広島に原爆が投下された日。昨日になって原爆症の人々全員救済という政府の方針が発表された。一歩前身と評価できるが、選挙に合わせたあまりにも見えすぎたタイミングにアソウ自民党の姑息さが窺い知れる。

何とか選挙に有利にしたいという焦りだろうが、もっと早い時期に打ち出せば諸手をあげて拍手できたのに・・・と思わずにはいられないが、この問題は別の機会に取り上げることにしたい。(田舎親父)

2009年8月 5日 (水)

ほんの少しの『我慢』を教えなければ・・・

 若い女性が『出会いサイト』で知り合ったという男と同棲、その後別れたがつきまとわれた(と報道された)男に、母親を殺害された女性が沖縄で保護されたというニュ-スに『何なん、だこれは?・・・』という驚きと疑問の意見は先に話題にした。

異性と付き合いたいという願望が携帯の出会い系サイトやネットの結婚活動という検索に行き着くのかもしれないが、そこに待ち構えているのは、本当に出会いを求める人間ではなく、何とか自分の欲望の捌け口を得たいとか、あるいはダマシのテクニックを磨ければという輩も多いことに気づかない場合が多過ぎる。

マスコミの賞味期限が終わると『後は知らん』はいつものこと。この事件の続報がないので分からないが、保護された女性がその後どうしているのか分からない。

しかし、目の前で母親を殺害されたという特殊な事件だけに『出会い系サイトなどを安易に利用するから事件に巻き込まれたのだ』という、多少この女性に対して鞭打つような表現になろうとも、『出会い系サイト』の負の部分をもっと明らかにすべきだろう。

一番のワルは母親を殺害した自分勝手な男である。時代劇の表現を借りれば『市中引き回しの上磔、獄門さらし首』にされても当然と思うほど、犯人を許せない。

母親を殺された女性と遺族の方々やその関係者の皆さんには同情することは当然であるが、もう少し(というよりほんの少しの)こんなサイトを簡単に利用しないという慎重さがあれば、こんなバカな男につきまとわれることなんかなかったのでは・・・と思わないでもない。

こんな事件がごく普通に報じられる社会は異常。何とかならないものかと思っていたら同じように、つきまとわれた男に祖母を殺され、女性も意識不明の重体になっているという事件の報道に、また出会い系で知り合った男か・・・と思ったが、少し事情が違うようだ。

記事によると、この女性は『耳掻きエステ』という見せに勤めていたらしい。『耳掻きエステ』など始めて聞く言葉であるが、何でも最近人気らしく、若い女性の膝枕で耳かきをしてもらえるという触れ込みで各地で増殖中だという。

その実態だが、別の新聞によると、基本メニューは30分2700円と60分4800円の2コース。500円払えば指名も可能だそうだ。薄暗い店内には畳が敷かれ、パーテーションで3帖ほどに仕切られた各部屋に女性が待機しているらしい。

何か隠微な雰囲気がある。従業員は10代後半から20代前半の女性で、ほとんどが普通のアルバイト感覚で働いているらしいが、何の抵抗もなくこのような仕事に群がるのは身の危険など全く考えられず安易にカネが稼げるということなのだろう。

アイデアといえばそれまでだが、それにしてもよくぞこんな商売が成り立つものだと感心してしまうが、被害者はこの店では、古株の人気者らしく『ご指名』が絶えなかったというからかなりの収入を得ていたに違いない。

犯人もこの女性にすっかり魅せられたようで、昨年2月から毎日のようにこの店に通い『指名』していたというから、相当のぼせ上がっていたのだろう。今年4月に交際を申し込んだところ、あっさり断られたことに逆上したとのことだが、背景に、(またお叱りがくるかもしれないが)女性の方も男に誤解を生ませたような言動があったのではないかと想像している。

それにしても、意のままにならないとすぐにナイフや庖丁で相手を刺し殺す、あるいは殴り殺すという自制心が全く見当たらない短絡的な事件が多過ぎる。

自制心というと難しく聞こえるが、要はほんの少しの『我慢』。私が育ってきた時代には、『我慢』という言葉が絶えず身近にあったような気がする。ところが、物質的に何でも手に入るようになると『我慢』という言葉は死語になってしまったようで、最近はとんと聞かなくなっている。

子どもが少ない時代だから当然だろうが、子どもが本当に欲していることとは無関係に何でも与えるのが流行りでは、自分の意思など育つわけはない。『我慢』という言葉が死語になったのは、こんな社会風潮と無縁ではないだろう。

このあたりゆっくり考えたいと思っている。(田舎親父)

2009年8月 4日 (火)

各党・各地で公認争い勃発・・・

 このところ御家騒動は自民党の専売特許だと思っていたが、民主党にも感染したらしく先日は神奈川から立候補する予定の候補者が本部の命令に反抗して、他の選挙区から立候補するとさっさと離党。

一見かっこよいと思うのだが、そこにはすでに党が公認した候補者がいるとなると、票が分裂して共倒れという最悪のパタ-ンになる可能性も十分ある。あるもう少し話し合いの余地がなかったのかと思ってしまう。

自党のマニフェストが他党より整備されていると、なりふり構わず大声で相手を罵倒する光景が毎日のニュ-スの冒頭を飾るようになり、いよいよ各党は選挙モ-ドに突入という感を濃くしている。

今回の選挙は今のところ民主党が有利だと言われているが、何が起きても奇怪しくないのが選挙だと言われているように、幹部たちが引き締めで必至らしい。が、ここ数日ハトヤマ代表のあたかも首相になったような感がある言い回しが、折角の吹いてきた風を遠ざけるのではないかという危惧をしないでもない。

特に言わなくても良い、消費税についても『絶対あげない』から『議論をするのはやぶさかではない』となると、国民の反感を買うのは必至。他の野党からもブレていると批判され、幹事長が火消しに躍起になり、少なくとも次の衆議院選挙までは議論しないということでまとめたようだが、やはりこの御仁もオボッチャマ、緊張感を持続させる訓練が足りないような気もする。

それはともかく、青森と宮崎での自民党公認問題は面白くなってきた。青森では太宰治の娘婿(だったかな)という島津某かという御仁がずっと議席を守っていたらしいが、高齢に加えて世襲禁止の内規ができると息子に地盤が譲れない、ゆずるためには今回を逃しては・・・という考えだと推察しているが、突然引退を宣言したのは先月のこと。

島津陣営としたら公募という形を整えたのに加えて、党の選挙公約では『次の選挙』からとのことだからスンナリと公認されると思っていたが、世襲制限を唱える選挙対策副委員長からクレ-ム。

自民党の県連は島津息子を公認するように圧力をかけているようだが、未だに決まらないという。神奈川の小泉首相の息子は公認するが、島津某かの息子は公認しないというのも変な話。都会では良いが田舎はダメという理由ではないと思いたいが、前回の選挙での貢献度というか、小泉元首相にシッポをふる幹部たちの理不尽な論理が通用していることは間違いなさそう。

宮崎は外野的にはもっと面白いことになっている。例のトンデモ発言で国交相を罷免させられ、その直後『もう俺は選挙などに出ない・・・』と引退発言をしていた御仁が、ここにきて『やっぱり出るので公認せよ・・・』と言い出しているらしい。

背景にはあのタレント知事の衆院議員へのこだわりと次の知事問題があったと推定されるが、自民党県連は中山某かの引退発言を真に受けて、早々と公認候補を擁立して準備をしていたところに、この態度の豹変に大騒ぎというところだろう。

この御仁は中央に強いらしく(奥方の人気も加算されているのだろうが)、本部は公認したい意向だというから問題が複雑。公認がなくても立候補すると宣言するという姿勢に県連が激怒。本部としては何もできず、両方を公認しないというわけの分からない処置に、県民も呆れているのではないだろうか。

青森の場合には自民系の無所属で立候補しても他の保守系議員はなく、しかも野党が候補者を一本絞れば面白い戦いになるのは間違いないところだろうが、(主義主張が少し違うことを理由に)野党はそれぞれに公認候補を擁立するという足の引っ張りあい。

無所属でも島津某かは有利のようだ。そこで県連は公認がなくても一枚岩で島津息子を応援。アソウ首相や本部からの応援はお断りだという態度で中央に反発しているという。その裏には、総理がくれば票が逃げるとでも判断しているだろうから、案外正解かもしれない。島津陣営にも知恵者がいるようだ。

青森は勝算十分だろうが、宮崎の場合は自民票が割れることは間違いなく、両方落選などしたら誰がどう責任をとるのだろうか・・・なんてワクワクしながら結果を楽しみにしている人も多いようだ。私もその一人であるが・・・。

残りの日数、高見の見物を決め込もう。(田舎親父)

2009年8月 3日 (月)

無節操にもほどがある・・・

 『国の将来を担うのは子どもたち・・・』大人たちの誰もが言い放つ言葉である。
 大人たちの言い分は間違っていない。その意味では『教育』は政治の中ではもっとも大事な分野であるのだが、こと我が国では『教育』が道路や箱もの建設などの政策の後塵を拝しているのは疑いのないところ。
 その原因は政治家たちの質にもよるが、教育行政の元締めである『文部科学省』の幹部たちの意識の低さと節操の無さによるもの・・・と私は思っている。
 それを端緒に表す文科省関係の人事が二つ報道された。
 一つは銭谷という事務次官が『つい最近』退官、すぐに8月1日付けで東京国立博物館の館長に就くというもの。
 記事では『つい最近』と退官したばかりをうかがわせる表現になっているところをみると、退職辞令の日付は7月31日、翌日には新たな職という筋書きだろうが、これを天下りと言わずに何を天下りと称するか・・・という見本のような人事である。
 銭谷という御仁は確か小中局長という義務教育を司る最高の部署のトップだった人物。私の記憶が間違っていなければ、それ以前も初等中等教育畑を歩んできたはずで、いわば前回の、所謂『ゆとり教育』と批判を浴びている指導要領と今回(その総括もなく、学力向上というお題目の元、指導内容の拡充)の新指導要領を編纂した責任者である。
 しかも、今や小学校に大混乱を引き起こしている、必須教科として英語を導入した張本人。この御仁が、混乱を横目に見て『俺は知らんぞ、尻拭いはお前らの仕事だ』とさっさと逃げ出す姿勢に、全国の教師たちの怨みの目が集中しているのではないだろうか。
 もう一つは、同省所管の認可法人で、公立学校の教職員や都道府県教育委員会の職員らの共済事業を行う『公立学校共済組合』の理事長に、元文科省審議官で現在独立行政法人・『日本学生支援機構理事』の矢野某かという人物を当てる人事である。
 これまた8月1日付けだという。銭谷次官は退官と同時に新職につくので誰の目にも天下りとはっきり分かるが、この矢野某かは現在の天下り先から莫大な退職金を受け取り、さらに社会的にも職責も上位になる、所謂『わたり』と称する『再天下り』である。これは許し難い。
 『わたり』に関しては、自民党のなかでも『行わない』と申し合わせたはずなのに、官僚には頭が上がらないアソウ首相が先のばしにしたことは記憶に新しい。
 文科省としては従来の慣例に従ったまで・・・と涼しい顔をしているようだが、官僚の天下りをめぐっては、民主党は当然だが、自民党も(本心は、どうでも良いと思っているのだろうか国民の目を欺くために)総選挙用の公約で『根絶』を掲げている。
 どちらが政権についても、今年中には『天下り禁止令』という法律ができる可能性が高く、次官たち幹部級や『わたり』待機組の天下りは難しくなる。そこで選挙前に既得権を行使してしまえという駆け込み人事であることは誰の目にも明らかである。
 これが、青少年の教育に責任を持たねばならない文科省で平然と行われることが情けない。
 一方は、学校教育の混乱など知ったことではないという天下り、もう一方は、国民から搾り取った税金を、どう使おうと俺たちの勝手とばかり、自分の懐しか省みないという無節操さ・・・。
 これら二つとも文科省の認可人事だと言うから、取り消すことも文科省の権限だろう。これは何がなんでも政権交代を実現して、民主党政権で今回の人事を取り消すと同時に、『独立法人』などという天下り用の組織など根絶してもらわなくてはならない。
 そして、『教育』の持つ責任と任務の大きさがはっきりと分かるように、最低限、現在の数倍の教育予算を計上し、文科省の地位と職員のプライドを高めてほしい。それが現場の信頼回復につながると信じ、心から願う今日である。(田舎親父)

2009年8月 2日 (日)

ご乱心というより、アホカと言いたくなる・・・

 この小覧でも何度か取り上げたことのある鹿児島の阿久根という小さな地方都市の竹原という市長が、失職する以前に張り出したビラを剥がしたとして、市の男性職員を地方公務員法違反に当たるという理由で懲戒免職にしたというニュ-スが流れた。

記事によると、市長は4月16日『職員の給与の高さを市民に知ってもらうため』として各課の案内板に張り紙をしたが、翌日に市議会で市長不信任決議が可決されたという。それを、日頃から市長に反目していたこの職員がここぞとばかり剥がし回ったというところらしい。

この職員としたら、不信任案が書食する市長がまさか再任されるとは思っていなかったに違いないが、余程腹に据えかねたのだろう。それにしてももう少し待てば、互いにこんな下らないことでいがみ合わず、このようなニュ-スが広がらずにすんだのにと思わずにはいられない。

市長もまさか翌日に不信任案が決議されるとは思っていなかったのか、それともそれを折り込み済みで、職員の人件費のビラを張ったのかは明らかでないが、内容は職員の給料がこんなに高いことが一目で分かるビラだったようだ。場合によったら、実名はともかく『総務課Aは650万、納税課Bは500万・・・』といった具体的な数値が入ったものだったかもしれない。

職員の給料が高いことを市民に分からせるために張り出したのに、翌日に剥がされたとなると、これは絶対に許せない・・・という気持ちになることは分からないでもない。おそらく再任された時から、『この怨み晴らさでおくものか・・・』という心理で犯人探しをしていただろうことは間違いなさそう。

再選された直後から、ビラをはがした職員が誰か調べるよう各課長に指示。しばらくして男性職員が名乗り出たという。犯人探しを命じられた課長としては、誰が剥がしたのかわかっていたに違いないが、市長にその実名を告げることは仲間を裏切ると同時に、職員の給料の値下げに同調することにもなるという抵抗があったはず。何よりも自分の給料が下がるとなると簡単に報告できなかったのでは・・・。

職員の間に相当な動揺があっただろうことは想像に難くないが、職員組合としても、まあ戒告程度の処分ですむだろうから自発的に申し出る策をとったらしい。

ところが市長としては絶対許し難い行為だと断定しているので『行財政改革を支持する市民に対する挑戦的な行為』という理由を曲げず、賞罰委員会の『文書訓告が妥当』との意見を無視して『懲戒免職』というもっとも重い処分に処したものだから大騒動になってしまったという筋書き。

国や地方自治体の職員に対する懲戒処分は、軽い方から戒告・減給・停職・免職となっている。この処分を受けたら履歴に黒く処分名が書き込まれ、減給以上の処分を受けたらその後の昇進や昇給に影響する。叙勲の対象者から永久的に外されることも良く知られている。

『懲戒免職』となると退職金も支払われなくなるので、人生そのものが狂うことになるのは当たり前。普通は『公金横領』や『飲酒運転』で人身事故など、社会的に許されない大事件を行った場合以外は、重くても停職や減給処分ですますことが多いようだ。

常識的にみると、今回の『ビラは剥がし』が『公金横領』などの重犯罪に当たるとは思えないが、市長としてそれを断行したのは、ここまでしなければ職員の意識は変わらないと判断したのだろう。

しかし、この処分は今まで市長の言動をある程度評価していた門外漢の私でも、いくらなんでも酷過ぎると思ってしまう。

思わず『殿 ご乱心・・・』というより『アホカ・・・』という言葉が口から出るが、これではしばらくは市の財政建て直すどころか、ますます職員との対立は深まり(影では市長に応援する職員もいるだろうから)、職員間の疑心暗鬼が広まって、日頃の市民サ-ビスにも影響をおよぼすのではないだろうか。

今回の市長の私憤とも思えるやり方に、この市長に送っていたエ-ルは撤回すると同時に、市長の猛省を促したい。

迷惑なのは一般市民。こんなゴタゴタで市の名前を知られるのは勘弁してほしいと思っている人が多いに違いない。(田舎親父)

2009年8月 1日 (土)

ますますゆとりがなくなる学校・・・

 政治の動きが慌ただしい。解散だ・選挙だ、そして今は互いのマニフェスト合戦。民主党の主張に自民党の財源根拠がないと批判は、財源そのものが官僚に握られている現在、詳しく示そうにも示しようがないのが現実だろうから、これは全くのお門違い。

というより、給付金だったか国民の大半が反対する中に、人気どり配った数兆円の無駄遣いを忘れてしまっているようだから、批判することすら自分勝手と笑われても仕方ないと思えるが・・・。

『やれる』と言っているのだから『それならお手並み拝見・・・』というのがフェア-だというのが普通の感覚、しかし自民党の幹部連中は政権を奪われると旧悪が露呈する恐怖があるらしく、なりふり構わぬ反論と言ったところではないだろうか。

こんな騒ぎが一月も続くのかと思うとウンザリするが、さりとてここまでマスコミが面白可笑しく発信する話題にマスコミの国民がシラケきり、どちらがやっても同じだろうと選挙に無関心になるのも困るので、しっかりと意識を持って動きを見守りたい。

政治の混乱に対して自然界のお叱りではと思わないでもないが、異常な気象現状で中国地方や北九州では大雨と土石流や崖崩れで大勢の人が亡くなり、今なお避難生活を余儀なくされている人たちの苦難については先日書いた。

関東地方では月14日に梅雨明け宣言を発表したが、それ以後一作昨日まで鬱陶しい天気が続き『まだ梅雨があけていないのでは・・・』という批判の声も聞かれていたが、これも自然界の気まぐれか、一昨日は朝から晴天。気温も鰻登りで、各地では軒並み30度を越す真夏日。しかし昨日はまた元の雨模様に戻ってしまった。

8月はじめの今日も曇天。この先本当に夏空が戻ってくるのだろうか・・・という疑問は残る。四国はやっと昨日『梅雨があけたらしい』とあいまいな発表。沖縄と九州南部以外の他の地方はまだ梅雨があけていないというから困ったものである。

ところで、このところ新聞各紙の教育蘭に、新しい指導要領によって『学校現場』が混乱している様子の記事が目立つ。

先日も、ある新聞に『理科、算数・数学などを拡充させた新学習指導要領への移行期間を迎えた今年度、小学校の96.3%、中学校の26.6%がいずれかの学年で授業時間を増やしたことが文部科学省の調査で分かった。時間確保のために、学校行事や夏休みや冬休みを縮小した学校もあった。』という記事が掲載されていた。

文科省の調査は4~6月に実施され、全国の公立小中3万1372校の授業実施計画などを集計したという。こんなことはわざわざ調べるまでもないと思うのだが、時間と大金をかけて教育委員会を通じて各学校に『教育課程』と言われている細かな教育計画を提出させたようだ。

その結果、授業を増やした小学校の平均増加時間は各学年で年間32.4~34.1コマで、中学校では同29.4~31.6コマだったという。

知らない人も多いだろうが、学校では1年間の授業可能な週を『35週』と決めているので、この数値はどの学校でも週のどこかに1時間授業を増やすことになる。これは大変なこと。いまでも我慢できない子どもが多いと言うのに、さらに授業時数が増えると言うから学校が荒れるのは日を見るより明らか。

前回の指導要領の改定で、週五日制を妥当にするため指導内容を厳選した。これを『ゆとり教育(私はこんな言葉さえ認めたくないが)』と称しているが、学力低下というわけの分からない反論に、文科省は『ゴメンナサイ』と無抵抗。その反動が今回の指導要領の改定となったことは周知のこと。

元に戻すなら、土曜休業も撤回するならいざ知らず、そのことには一切触れないでの改定だから、各学校は気の毒になるほど必至になって授業時間の数合わせに苦労している。物理的に『週1時間』程度の時数を何とかやり繰りしたらすむ問題ではないので、運動会や学芸会、遠足など従来の学校行事にも手を加えて授業時数を確保する学校が増えていると聞く。この傾向は今後も続くだろう。

さらにすでに、夏休みを短縮する学校も多いようだ。しばらくは学校受難の時代が続くのではないだろうか。

話は飛躍するが、先日新しい小学校の理科の学習指導要領を見る機会を得た。かなり統計的にまとめられているが、指導内容がかなり増えていることが一目で分かる。前々回の指導要領より難しいことを要求していることは明らか。

それは仕方ないとしても、教科書検定もきわめて緩やかになるとのことが気がかりである。今までの検定では指導要領を逸脱した内容や文言が厳しくチェックされて、書き直しや訂正が行われていたものが、今回は『何でもあり』だと言う。

今までは、取り扱う教材の数まで細かく規定されていたが、それもなくなるとのことだそうだ。『発展』と称すれば指導要領を逸脱しても構わないというから、教師たちから『こんなことまで教えなければならないの・・・』という悲鳴があがるのではないだろうか。

当然のことだが教科書が分厚くなることは間違いない。ひょっとして現在使っている教科書の倍くらいの暑さになるのではないだろうか。想像するだけで恐ろしくなる。

しかし、理科の授業時間数は小学校3年が週2.5時間、4年生以上は週3時間と従来とほとんど同じ。これで指導要録にある目標は可能なのだろうか・・・。

しかも、理科の得意な教師は極端に少ないのが現状。現在の教師たちに新しい教科書の内容をすべて指導できるとは思わない。それどころか教科書に書いてある内容を理解できない教師の方が多いのではないだろうか。

ますます、『赤本』と呼ばれる教師のための指導用教科書や指導書片手の授業が展開され市販の教材と市販テストが席巻。そして『塾さま』の出番が増えることは明らか・・・。

困ったことだが、このことはまた別の機会に・・・。(田舎親父)

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