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2009年9月

2009年9月27日 (日)

家庭給付でなくて良かった・・・

 高校授業料の実質無償化問題で、当初伝えられていた各家庭に『直接給付』するという方法から、自治体や学校法人に給付するなどの『間接方式』とする方針を表明したとのニュ-スにか流れた。当然だろうが、当たり前の選択をした新大臣に拍手。

我が国の教育に対する財政基盤は先進国の中では最低ランクだと先日報道されたが、各家庭が負担する教育費は上昇する一途だというのは納得できない。そして何故か各公立学校への配当予算は年々減少しているという。

唐突に話が変わるが、かなり以前になるが、ベテランの小学校の教師が『来年から、教師用の指導書が学年に2冊になったのですよ・・・』と深刻な顔で話してくれたことを思い出した。

彼女が担任している学年は4クラス。今までは担任一人ずつに配られていた教師用指導書の予算がなくなり2クラスで共有するようになったとぼやく。教師用教科書など必要ないと考えている私には、それぐらいで大騒ぎすることないだろうと心の中で思ったが、彼女にしては大変なことらしい。

算数は指導書がなくても授業は進められるのだが、理科となると、これがないと実験など(全くと言って良いほど)怖くてできないと言う。彼女は幼いときから虫が大嫌い、小学校のときから理科が大の苦手だったのに、理科を教える立場になったので仕方なく授業をしているが、今でも指導書がないと安心できないという。

しかも、学年はもとより学校には理科の得意な教師がいないので、理科の教師用指導書はそれぞれが常時持っていて、時間がある時は目を通すのが日課になっているという。なるほど話を聞いていると教師用指導書の役割の重要さが伝わってくる。

指導書頼りに授業を進めることに対して、彼女なりに情けないと思っているようだが、教科書が変わる度に新しい知識がどんどん増え、あらかじめ調べることなどとても無理だとなると、どうしても指導書に頼らざるを得ないえことは仕方ないのもわからないでもない。

こんな教師がごく普通に存在するのが現在の学校の実態である。彼女は、理科は苦手だが道徳や特別活動などは教師間では全国的に知られており、所属する学校では校長からも抜群の信任で生活指導の主任を務めているというほど優秀で、児童や保護者からの信頼も抜群だという。

教師用指導書を使う教師を肯定したくない。が、教育予算が潤沢なら、彼女に理科の知識をつけ、指導書に頼らずに授業を進めることはさほど難しいことではない。あるいは、彼女を自分の得意な分野で活躍させるために、理科の堪能な教師を配当することも可能だろうが、わずか数千円の教師用指導書を削る自治体にとてもそんな余裕はない。

結局は、その被害の先が子どもたちに行き、それを心配する親たちの『塾さま』通いが盛んになるという筋書き。

話を元に返すが、小学校から塾通いが当たり前になり、その費用が年々増大していることは誰もが認めている。これが家庭の教育費を押し上げる結果につながっているのは周知のこと。

塾の費用は欠かすことがないのに、給食費は払わない。高級車は購入するのに教育援助費は申請し、不思議なことにそれが通る。こんなことがまかり通っているのが現実では、高校の授業料を家庭に振り込めば、たちまちのうちに塾代に消えることは明らか。いやそれ以前に親の遊興費になることも稀ではないだろう。

授業料だからそんなことはあるまいという意見もあるだろうが、それは甘い。モラルの欠如など恥とは思わなくなった一部の親たちにとっては、授業料として給付されたカネは何に使おうと勝手だとばかり、他に流用。そして授業料滞納という事態は今と変わらないのでは・・・。

教育予算を今の数倍、数十倍にして、まず公立の小中学校の人的環境を充実し、教師用指導書などなければ授業が進められない教師をなくすことか一番大事だと思っている私には、今回の文科相の表明に少しだけ敬意を表する。

と同時に、(補正で強引に予算化した)一般的な教師がとても使い切れないような最新の教育機器購入費用を、人的環境の改善に向けば敬意は大きくなるのだが・・・。(田舎親父)

2009年9月26日 (土)

アメリカザリガニが高級食材とは恐れ入る・・・

 随分以前になるが、幼い頃にハシカの特効薬としてアメリカザリカニを食べた(食べさせられた)ことがあると述べた。詳しい内容は忘れたが、結構『不味くなかった』ということを書き、食用にできるという予感的な文面だったような気がする。

そのアメリカザリガニが高級食材として人気がでていると聞いて驚く。2週間ほど前のNHKの朝のニュ-スの一コマだったと思うが、フランス料理店のシェフがロブスタ-(の代わり)として『結構人気がありますよ・・・』と語っている場面があった。

『えっ・・・』と一瞬絶句。しかし、幼い頃の記憶が蘇ってくると、なるほどロブスタ-に似ているな、と変に納得。本物のロブスタ-は高かろうが、アメリカザリガニならどこでも捕れるだろうから養殖も簡単なはず。頭の良い奴がいるものだと感心してしまった。

そのときはそれだけだが、先日の新聞に『アメリカザリガニ品不足』という記事を見つけて、本当に食材にしているのだ・・・と改めてじっくり読む。

記事によると、フランス料理などに使われるザリガニは東京・築地市場で高値取引されているが、流通量が減少し、同市場への入荷はわずかな量にとどまっており、市場価格は近年じわじわと上昇、今では高級魚介顔負けの値が付けられているとある。

『フランス料理に使われている』と書いてあるところから、どうやら、いつの頃からかロブスタ-の代わり(ロブスタ-そのもの?)として用いられるようになっているらしいことを、改めて知る。

私にハシカの特効薬と言って食わせた親父は、どこかで間違った知識をつけられたのだろうが、当時から食用として一部の人たちは利用していたのかもしれない。ザリガニを食用にすると言うとバカに(差別)されると思ったので薬(ハシカの特効薬)と言いだしたことも考えられる。また、海のない京都の南部では、伊勢海老などもとても見られないことから、薬としての価値をつけたのかもしれない。

それはともかく、築地の市場ではエビやウナギを扱う3社ほどの仲卸が茨城などの出荷業者から仕入れ、業務用として卸売りしているとのこと。仲卸業によると9月中旬の卸値は1キロ当たり2000円を超えており、国産の毛ガニに匹敵する高値だというから何とも驚くばかり・・・。

茨城のザリガニ出荷業者は『築地への出荷はかつて週に100キロほどあったが、今は20~20キロに減った』と言っているらしいが、キロ2000円で100キロとなると週に軽く200000円、ボロ儲けなのに何故大量に養殖して出荷しないのだろうと素朴な疑問がわく。

生息場である田んぼが減っていることに加えて、田んぼの整備が進んで水はけが良くなるなど、ザリガニが繁殖しにくい状況になったことなどが要因だとのことだから、どうやら養殖していないらしいが、これももったいない話。

ザリガニが住む環境は、もともとそこに住んでいた魚や昆虫などの生物が、水の濁りや人間の出す生活排水で汚染され住めなくなったような場所。ザリガニの繁殖しやすい環境は簡単に作れるだろうに・・・。何か他に難しい問題があるようだ。

あるフランス料理店のシェフの話として、『5種類の野菜をコンソメ風味のゼリーで固めたオードブルにザリガニを使用。話題性があって楽しみながら料理を味わってもらえるため貴重な食材だが、尾の身は小指の先ほどしかなく割高感があると、仕入れ値の上昇に不安を抱いている』と報じている。

ならばロブスタ-を使えば良いのにと思うが、ロブスタ-を使うと価格的に跳ね上がるに違いない。それにしても、(多分きれいな)海に住む海老が高いからといだけで、生活排水で育つアメリカザリガニを使うとは、やはり金儲け至上主義か・・・。

どうやら近くの店でフランス料理(もどき)は食べない方が無難なようだ。もっとも私に、そのもどきも縁のない話だが・・・。(田舎親父)

2009年9月25日 (金)

救助隊のヘリ墜落は人災に違いなさそう・・・

 山での遭難事故が続いている。先日は大雪連峰でのツア-客の遭難を取り上げたか、この種の報道が後を絶たないのは、事故に学ぼうという気持ちがきわめて薄く、自分だけは大丈夫という過信だろう。さらに、遭難者の大部分(全員といっても過言でないほど)が、中高年というのはいただけない。

本来、人生の先輩として若い人に背中で学ばせるぐらいの気概を持つべきなのに、生きがいを求めてとか、美しい風景を映像に残したいとかという理由で、安易に山に入る雰囲気か蔓延しているのが気になる。

生きがいを求めることは大切。趣味で山登りは良いだろうが、山登りは町の中のジョギングとは違い危険が一杯。一つ間違うと命にかかわることが多い。そのことをまず認識して、自分は本当に大丈夫かと自問するのが必要だろうに、商業ベ-スに乗せられた装備だとか輸送手段などの話に惑わされて、『危険』という言葉が、この種の人たちの辞書では消えているようだ。

そのたびに救助隊の人たちはもとより地元の関係者の必死の救助作業が続く。が、大雪の遭難でもそうだったように、人権という言葉が壁になっているのだろうが、救出された人たちの続報はまずない。

天候の見誤りや滑落などは、遭難者には悪いが自己責任。救助されなくても仕方ないと思うのだが、救助関係者としては放置できない。事故発生の第一報があれば身の危険を賭してでも救助活動が始まるのが常となっている。

周りも、これが当たり前との認識。遭難者の家族はむしろ救助を急かせるような言動が報じられる度に、マスコミの視聴率稼ぎだろうと思いながらも何か釈然としない気持ちになるのは、私の見方がひねくれているのだろうか。

さて本題に入るが、先日北アルプス奥穂高で遭難者を救助中の岐阜県の防災ヘリコプタ-が墜落し、乗員3名か死亡するという事故の報道があった。現場は3千メ-トルを越える急峻な岩場。事故現場を違うヘリから中継していたが、その荒々しさは急峻という言葉では言い表せないほど、一般人の進入を拒んでいるような風景。

遭難者の情報はない。が、恐らくまたまた中高年だろう。救助に駆けつけて命を落とした操縦士や整備士、そして防災副隊長の方の3人の冥福を祈るが、家族の人の気持ちを考えると、こんな危険な場に急いで救助に向かう必要があったのかという疑問が浮かぶ。

いつものことだが、救助されたらしい遭難者の情報はないが、この事故の続報はある。救助に向かったのが県警の専門家チ-ムではなく、県の防災副隊長しかも操縦士が一人と状況がきわめて曖昧だった事が明らかになると、ますますその重いが強くなる。

記事によると、県警が県に対し、現場での救助活動は危険だとして中止を求めていたという。県警は自らのヘリで救助に向かう提案もしたとしている。県警ではなく防災課が対応した事にも違和感があるが、中止を求めていたのに何故強行しなければならなかったのだろう。

続報に、県防災航空センターのセンター長が県警の任意聴取に『そんな危険な場所との認識はなかった』と話しているらしいが、防災の責任者が危険だとは認識していなかったとなると、これは明らかに人的な事故。センタ-長の責任は重い。

さらに、このセンタ-長は今年の4月県税事務所から異動した事務職だという。いわば技術的にも知識的にも全くの素人。常識的に、そんな素人に危険が十分予想できる出動を最終判断する責任者に任命していたとは・・・。防災や安全という意識が県の幹部には全くなかった、としか言いようがない。

いろいろな事情はあったことはこれから明らかになるだろうが、3人の命はもはや返らない。遺族の方には十分な償いを願うほかは、私にできることはないが、県の体質を根本的に変え、今後同様な3千メ-トルを越える岩場や厳冬期の遭難発生の報が入り、緊急に出動が必要な場面があったとしても、岐阜・長野両県の山岳救助隊の意見を十分聞いて万全の安全体制をとってほしいもの。

それによる時間的なロスがあり、場合によったら救助が遅れても、それは仕方ないことだと思うがいかがだろう・・・。(田舎親父)

2009年9月24日 (木)

高速1000円の犠牲者哀れ・・・

 シルバ-ウイ-クが一段落。今年は、高速1000円の悪効果があり、各地の高速道路は連休初日の19日から連日50キロ渋滞と報じられていた。Uタ-ンのピ-クの昨日、一昨日は見ているのも気の毒なほど。楽しい思い出もふっとんでしまうのではと、要らぬ心配までしてしまう。

ノロノロでも動いてさえいれば気分もさほど滅入ることはないが、完全に止まってしまうと、イライラはつのり気分が落ちこむのは、運転する人なら一度ならずこんな経験はしたはず・・・。

もっと恐ろしいのは、完全に止まった列の一番後ろになった時。後ろから大きなトラックでも追突されたら大変なことになることが予測できるので、何とかトラックが来ませんように、また、バックミラ-でトラックの姿を発見したら、うまく止まってくれるようにと祈るような気持ちになった事も経験かあるのではないだろうか。

これまでもこうした状況で悲惨な事故になった事は度々報じられていたが、一昨日に首都高速の湾岸で起きた。大型トラックに追突されたワゴン車はそのはずみて前の乗用車に追突、ワゴン車に乗っていた2人が死亡、乗用車の運転手も含めて7人が重軽傷を負うという大事故である。

トラックかブレ-キをかけた跡がないというから、かなりのスピ-ドで追突したに違いない。警察はその場で運転手は逮捕し、事故の原因を追求しているというが、事故を目撃していない私でも、トラック運転手は滞に気づかず鼻唄気分の脇見運転に違いなかろうと容易に想像できる。

ワゴン車に乗っていたのは新潟から東京・お台場へ遊びに向かう途中の一家6人。運転していたのは42歳の男性で、亡くなったのは奥さんの両親だという。運転していた男性と長男は頭の骨を折る重傷、奥さんと長女も負傷したとのこと、気の毒としか言いようがない。

午前9時ごろというから、これから遊びに行く人で大渋滞が発生していたらしい。新潟のこの一家が、この時間に横浜から東京に向かっていたのは、何か変な話であるが、高速道路が1000円となると、渋滞を避けるためにトンデモコ-スを選択したとも考えられる。

あるいは、奥さんの実家が神奈川で、一家遊びにきていたところ、話がまとまり遊園地に遊びに出かけたのかもしれないが、どちらにしても一家が車でとなると、渋滞より安さを選択したことは間違いないところ・・・。

トラックの運転手の一方的な過失である事は論を待たないが、普段はこんな場所でこの時間にここまでの渋滞は起きていなかっただろうから、予測しないで走っていたとも考えられる。だとすると、トラックの運転手も今後重い十字架を背負う人生、高速道路1000円の被害者と言えない事はない。

休日1000円は当初から大混雑が予測されていた。何か日本人全体が、高速で遠出しなければ損だという意識が芽生え、渋滞なんぞは何のそのという雰囲気が漂っていることは誰しも感じている。私はこの雰囲気を『どこかにいかなければ症候群』とも言えるような強迫観念と捉えているが・・・。

高速道路が無料になれば、渋滞はますます酷くなるという予測がある一方、いや、いつも無料で料金所がなくなったら、さほどの渋滞は起こらない、という正反対の議論が盛んに戦わされている。

排気ガスも高速運転では減少する上、沿道の流通などの経済効果は莫大だというのが民主党政権の主張だが、これも始まってみないと何とも言えないようだ。

今回の事故が、高速道路の『変則値下げ』が遠因にあることは間違いなさそう。高速無料化には基本的に賛成だが、やみくもに『実施ありき』ではなく、ぜひ慎重な上にも慎重な配慮を願いたい。(田舎親父)

2009年9月23日 (水)

インフル死亡の最年少争い・・・

 先週だったと記憶しているが、沖縄で24歳の女性が新型(豚)インフルで死亡したとのニュ-スの中で、しきりに強調されたのが『国内最年少』という、あまり意味があるとは思えない言葉。

これが一昨日には12歳の小学生がインで死亡と、まるでインふる死亡年齢の『最年少』を競っているような見出しに、不快感を持っている人も多いのではないだろうか。

私もその一人。インフルエンザと大騒ぎしているが、基本的には『風邪』の親玉のようなものだろう。抵抗力さえあれば、死ぬまでのことはないと思うのは、医療の知識がないだけなのかも知れないが、それにしても報道が大袈裟すぎるように思えてならない。

そして昨日になって7歳の児童が死亡と報道が過激になる。この児童の死亡原因は『インフルエンザ脳症』とあり、『周期性発熱症候群』という既往症があったという。主治医は『インフルエンザ脳症との因果関係は、現時点ではわからない』との記事であるが、両方ともはじめて聞く病名。

最近は病気の名前をつけることが流行っているとはいえ、次々といろんな病名が出てくるものと感心してしまう。

亡くなった方には失礼になるかもしれない。また遺族方の悲しみは十分承知しているつもりだが、『周期性発熱症候群』という言葉から受けて想像するに、この児童はしょっちゅう高熱を出す症状で、親は『また発熱した』としか思わなかったのではないだろうか。

あまりにも酷い症状にビックリ、救急車で病院へ運び込まれたと想像するが、死に至るまでの経緯が何となく不透明。特にこれを伝える新聞記事にある『県内の病院の集中治療室で手当てをしていたが、別の病院の小児科病棟に転院』という文言か何か腑に落ちない。

集中治療室というからには、ある程度設備のある病院だろう。そこで人工呼吸器を装着してタミフルを投与したのにかかわらず、何故別の病院に転院する必要があったというのは一体何なのだろう。

タミフルが唯一の治療方法ではあるまいに・・・。

ともあれ、全国的に流行り出した豚インフル。ウイルスの体内侵入を許さないためには人との接点を無くす、しかないようだ。が、いくら仙人生活をしている私でも人との接点をゼロにすることは不可能。

となると、ウイルスに負けない体力作りが必要だという結論になってしまう。これは私に限らず、全人類に共通するのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2009年9月22日 (火)

4人に一人が老人という国・・・

 『敬老の日』と『秋分の日』の間の今日は『国民の休日』と名づけられたお休みの一日だという。おかげで官公庁や土曜日がお休みのサラリ-マンたちにとっては、5連休となり、各地の行楽地は賑わっているらしい。

なるべく休日を多くするために『成人の日』や『敬老の日』あるいは『体育の日』という、曖昧模糊(と思われている)休日を月曜日に移動して連休にするというアイデアは、休みが増えるという意味ではなかなかの妙案(混雑を助長するだけかも)。

しかし、『体育の日』が単に東京オリンピックの開会式の日だったことに比べ、『敬老の日』にはある程度きちんと理由かあったはず、それを第三月曜日に移動して良いものかという疑問が消えないことは確か・・・。

繰り返しになるが、古くから旧暦の9月9日は『九』というおめでたい数が重なるという意味で『重陽の節句』として、きわめて重要な日と見なされていた。丁度時期的に菊の季節と重なることから、一名『菊の節句』とも呼ばれ、菊の香りが長寿につながるというので、古くからこの日は菊の香りのする菊酒をいただき高齢者を祝福する習慣ができたと学んできた。

明治になって暦が変わり、重陽の節句の意味と菊の季節が合わなくなったが、長寿を祝うという習慣は残り、いつからかは調べていないが、9月15日が祝日の指定がない『老人の日』となり、戦後しばらくまで伝わってきた。

それが、人権意識の高まりと共に『老人の日』ではネ-ミングがいただけない、ということで『敬老の日』と変更、国民の祝日になった経緯があるが、書き出しのような事情で第三月曜日となったことは周知のこと。

5月3日の『憲法記念日』と5日の『こどもの日』との間を『国民の休日として、最低限3日の連休、土日がうまく入ると大型連休となり、ゴ-ルテンウイ-クと呼ばれているが、今年のようにうまく『秋分の日』がかみ合うと6連休。ウルトラゴ-ルデンウイ-クになったが、名前はシルバ-ウイ-クのまま。

シルバ-ウイ-クという名前は、ゴ-ルドに次ぐ意味もあるだろうが、むしろ『シルバ-』がもつイメ-ジが『老人あるいは高齢者』とマッチするということから名づけられたというところだろう・・・。

何か理屈が先だった長い書き出しになったが、『敬老の日』に合わせ、現在で65歳以上の高齢者人口は昨年より80万人増の2898万人になったと総務省が発表したという記事があった。この数字は総人口の約23%に当たるというから、およそ4人に一人が老人ということになる。

記事には、高齢者人口は女性は1659万人で女性人口の25・4%、男性は1239万人で男性人口の19・9%。年齢層別では、70歳以上は前年より44万人増の2060万人、80歳以上も39万人増の789万人だとある。なるほど、近くに老人ホ-ムが雨後の筍のようにニョキニョキ建つのはと当たり前・・・と変に納得する。

65歳以上の高齢者がいる世帯は昨年10月現在で1821万世帯と、全世帯の36・7%を占め、このうち414万世帯ではお年寄りが単身で暮らしているとのことだが、この数字は20年前に比べて4倍強になっているという。

解説では、こうした単身世帯の3分の1を超す145万世帯はアパートや公営住宅などの共同住宅に居住。誰にもみとられずに自宅で亡くなる『孤独死』などが社会問題化する中、地域ぐるみで生活の手助けをできるような態勢づくりが、これから課題になると指摘しているが、住宅事情などで別の世帯をもった子どもと一緒に生活できない環境では、妙案もなかなか見つからないのが現実のようだ。

私も65歳を超えた年代の一人。なかなかこの問題を正面から書きにくいが、就業前の年代も激減しているとはいえ、老人世代と同数かそれ以上はいるだろう。ということは国民の半数で老人たちと子どもたちの面倒をみなければならない計算になる。こんな国が他にあるのだろうか・・・。

長生きすればするほど、現役の働き手の負担が増えるとなると、のんびり余生を楽しむということが心苦しくなる。自民党政権が行ってきた『年寄りは早く死ね』という政策も何だか当然のようにも思えるが、老若男女、また貧富の差なく80歳になったら自然死できる『80歳終年制度』とでも言って良いような決定的な方法でもできない限り、不公平過ぎてこんな政策を許せるわけはない。

民主党政権は、子どもを増やし育てやすい社会にするために『子ども手当』などを進めているが、その効果か実際に現れるか疑問が残る。表現はまずいが、元気な年寄りをうまく使う方法をないものだろうか・・・。

そこで一つ提案だが、年寄りと同居する人たちには税の優遇処置をするというアイデアはいかがだろう。『子ども手当て』ではないが、老人と同居する世帯主は多額の『老人手当て』を受け取ると同時に、税が軽減されるとなると手をあげる人は増えるのではないだろうか。

都会では住宅事情から難しいという意見もあるだろうが、知恵を出し合ったらより良いアイデアも生まれるだろう。

『敬老の日』に際して、敬老されることなどもとより考えていない老人の『戯言』かも知れないが・・・。(田舎親父)

2009年9月21日 (月)

100万人は超えたそうだが・・・

 先日話題にした『Y-150』のネ-ミングで始まった『横浜開港150年博覧会』がいよいよ27日に終幕を迎える。

 先週の平日、どんな具合になっているのかと、歩いて20分足らずなのでズ-ラシアの奥のヒルサイドと呼ばれているイベント会場をのぞいてみたが(600円は価値がないので、入り口でボランティアの人たちは話しただけだが)相変わらずのガラガラ状態。

 このために鬱蒼とした樹木を切り倒して作った、周りの3つの広い駐車場には車は一台もナシの状態に『何ともったいないことをしたものだ・・・』と改めてこの種のイベントのバカバカしさに憤慨する。

 ボランティアの人の話しては、土日はもう少し人が集まるのですが・・・、時間を持てしましているらしく、入場する気のない私にも親切に話に応じてくれるが正直気の毒になってしまう。

 確かこの『Y-150』を話題にしたのは8月のはじめたと記憶している。そのとき入場者が65万人を超えたとのことで、100万人に届くかが心配と書いたが、最近になってやっと100万人を超えたと報じられた。

 『おめでとう』と言いたいところが、主催者の最低でも500万人ぐらいは越えるだろうとのことだったというから、まあ何といい加減な目論見、どんな計算をしていたのかとだ呆れる限り。

 しかし、先日この博覧会の関係者の話を聞く機会があって、そのことを尋ねると 『有料の入場者は100万人ですが、無料の方はとっくに500万人は超えていますよ・・・』とのことに、『なぬ・・・』と、市民の務めだと思い両方の会場に入場料を払って出かけた自分の義理堅さに愕然とする。

 過日もこのイベントの不入りを地元版で報道していたが、総体に120億円をかけていたらしい。今話題になっている八ツ場ダムがこれまでに投入した金額が4500億(そんな小さな金額ではないと思うが)とか言っていたが、その規模に比べて月とスッポンほど差があるゴミのようなイベントに凄いカネを投入したものと改めてビックリ。

 そのうち市は税金から55億を負担していることを知って、私の納める(ほんの微々たる額だろうか)税金も、こんな子供だましのイベントに使われたと思うと今更ながら『税金を返せ』と叫びたくなる。

 当初の市の胸算用では、ベイサイドエリア(2400円)ヒルサイドエリア(600円)の入場料収入計45億円をまかなう計画だったというから『人がいなかったのか・・・』と市民の一人として情けないとしか言い表せない。

このイヘントの不評に市議会も動き出したらしく『決算特別委員会』が中田前市長の参考人招致を求めたことが報じられたが、前市長は『講演などの予定が入っている』という理由で出席を拒否しているらしい。

 このところ『橋下』という名前はよく聞くが『中田』という名前は聞こえなくなっているので、そんなに毎日講演もないだろうに、やはり責任を追記されるのが怖いのだろうがこのイベントを発案して推進した張本人、議会で市民に向かって『ゴメンナイ』の一言ぐらいあっても良さそうにと思わないでもない。

 こんなことを思っていると、昨日、行政の無駄遣い根絶に向け新設した『行政刷新会議』のメンバーに地方の首長経験者を入れる方針だと政府が発表。その候補者の一人として『中田』という名前があることを発見。

 地方自治の現場に精通した『改革派首長』という評価らしいが、こんな薄ッペラなイベントに巨大ダムの20%以上もの税金をかけた責任者が『改革派』と聞いて呆れるが、責任も果たさず逃げ出した男を引っ張り出すようでは民主党も自民党と同じ体質。たいした改革はあまり期待できないようだ。

 こんな姿勢では、折角盛り上がっている政治に対する市民の関心がしぼんでしまうのではないかと、そちらの方に心配になる今日である。(田舎親父)

2009年9月20日 (日)

これでは自民党はダメだ・・・

 組織がガタガタになった自民党。出直しだと騒いでいるが動きをみていると、基本的には何も変わっていないようだ。政治音痴の私でも分かるほどだから、国民の大部分は今回の総裁選をしらけきった目でながめているのではないだろうか。

一昨日だったか、総裁選に立候補した3人の共同記者会見の模様をテレビで紹介していた。全てをみたわけではないし、3人の主張を詳しく聞いたわけではないが、面白いなと思ったのは河野太郎氏だけ。なかなか過激な、そして本音の語り口に、もしこの御仁が選ばれたら、ひょっとして自民党は数年待たずに復活するのではないかという予感がする。

河野氏は『森喜朗さんに派閥を解消すべきだと言って解消するか。絶対しない。しかし河野総裁のもとで派閥の果たす役割は何もない』と、自民党を陰で牛耳っていると言われている、一時は『サメの脳』と揶揄された森元首相にかみついていた。

さらに、自分の立候補に必要な推薦人集めで、折角推薦人になってくれるという議員に対して、その議員が属している派閥の領袖から『絶対に河野の推薦なるな』と圧力があったのは許せないとも発言していたが、自民党の体質から言ってあり得る話。この反骨精神はかなかのもの。河野さんにぜひ当選してもらい、健全な自民党にたて直してほしいと思う人も少なくないのではないだろうか。

しかし、この御仁が当選することは100%ないだろう。いや、ないことはない。今回は議員がそれぞれ一票だが、議員が半減したので200票足らず。それに反して地方の得票数が300票というから、本気で憂えている党員が多い県では『河野太郎』票も期待できないわけではない。

自民党の地方組織がどうなっているのか全く知らないが、横の連携が強いとなるとひょっとしてという期待も生まれる。さらに、負けた現在でも薄闇の中で次の総裁を誰にしようかと動いている懲りない派閥の幹部たちとは違い、地方の党員には危機感があふれているだろうから、雪崩を打って河野一郎票が集まる可能性もあるのでは・・・・。

谷垣氏の出陣式には全ての派閥から70人以上も議員たちが集まったと報じられているが、彼らは私の予測など十分折り込み済みだろうから、今日あたりから地元に戻って、組織の締めつけに当たるのではないだろうか。

それにしても、自民党(派閥の領袖たちだろうが)のやり方は変わらないものだ。巷の噂ではマスゾエ氏が有力だと言われていたが、派閥の親分から『今回は谷垣だ。お前か出るとまずい・・・』と言われたとか報じられているのもその一つ。

さらに、河野氏の出馬には『推薦人にはなるな』との圧力、それでも何とか推薦人が集まり立候補が確実な情勢に、ひょっとしてヤバイという認識で若手の対立たてるのも常套手段。その若手が、森親分の子飼いだというから筋書きはミエミエ・・・。

常識的には谷垣氏の圧勝という結果になるだろうが、まかり間違って地方が河野氏を押して当選したら、100%以上の確率で自民党は分裂するだろう。

森親分を公然と批判したばかりか、親分に向かって『あなたはそろそろ、お辞めになったらいかがですか・・・』とは、小説の世界では間違いなく『野郎ども、河野を消せ・・・』という指令が出ている筋書き。

親分としたら、万一筋書きが違って河野総裁となったら、その下に甘んじられるはずがない。親分の元に集まっている元総理たちや、顔に泥を塗られたそれぞれの派閥の領袖たちも我慢できるわけがないのは安易に想像がつく。

28日、ほんの少しの期待を持って開票を見守ることにしたい。(田舎親父)

2009年9月19日 (土)

これではNHKまでマスゴミといわれても仕方ない・・・

 鳩山内閣の支持率が77%という数字が報じられたが、如何に国民総体が期待しているかという証拠。これから毎日どう動くのか楽しみであるが、マスコミはすでに鳩山内閣の情報さえ賞味期限近くなったと思ったのか、それともこちらの方が視聴率が稼げると判断したのか、またソゾロ覚醒剤所持と使用で逮捕された酒井法子というアホなタレントの話題が多くなってきた。

衆院選挙前には、意図的に流している(個人的には確信していた)のではと思うほど、この覚醒剤を使用したというオバカ女のことばかりでウンザリしたが、終わったほとんどなくなり、ようやく静かになったと思っていたが、500万円という庶民にはとても縁のない大金を払って釈放されるということになったとたん、この話題が復活したのは腹立たしいことおびただしい。

この女の夫も覚醒剤所持と使用で逮捕され留置されていたが、こちらも500万円払って保釈というニュ-スも流れている。

鳩山政権がこれまでの自民党政権のデタラメを改めるという意気込は評価するが、同時に、カネさえ払えば釈放されるという、カネをもった者だけが特別厚遇されるこの国のシステムそのものを改める方向にも力を入れてほしいものである。さらに、こんなバカバカシイことを大々的に報道するマスコミの体質を改めることの方も何とかしてほしいと願って止まない。

『昔河原乞食、今タレント』といわれるように、人気が出ればカネが稼げるとなると『金儲け命』が全ての価値観の頂点になっている現在社会では、タレントに憧れるのは仕方ないが、それを増長させる動きは勘弁願いたい。

特に、マスコミ(しかもNHKまでもが)が一挙一動に大騒ぎしているのだから、その傾向を煽るだけ。人気がでれば好き勝手できると思う若者(馬鹿者)が後を絶たなくなるのは当然だろう。

大学生に大麻や覚醒剤が蔓延しているのも、このあたりの事情が大きく影響していることは間違いなさそう。逮捕された大学生はすぐに退学など、人生お先真っ暗になるほどの重い処分をされるのに、バカな芸人たちはカネを払えさえすればすぐに保釈は不快極まる限り・・・。

裁判が待っているとはいえ、金のためには最高の能力を発揮する『優秀』な弁護士を雇って、いつのまにかウヤムヤになり、『ファンの願いに応えて』というお馴染みのセリフでいつのまにか復帰という筋書き。これがまかり通っては世の中真っ暗闇、不公平極まりない。

そして、またまた覚醒剤に手を染めるという話も聞き飽きるが、それを手助けしているのがマスコミとなると、最近ネットでマスコミのことを『マスゴミ』と表現しているのも頷ける。

こんな気持ちの悪い話題は二度と取り上げる気がないが、あまりにも異常な『犯罪者の記者会見』を公共報道機関が延々と流すことに憤りを感じてあえて取り上げた。こんな思いを持っているのは私だけだとは思いたくない・・・。

ところで、札幌の弁護士会副会長の加藤某が覚せい剤取締法違反(所持)の容疑で現行犯逮捕されたというニュ-スが昨日の夕方流れた。これほど騒がれているのに罪の意識がない弁護士にもあきれるが、ひょっとしてこの男あたりか金目当ての『優秀』な弁護士かも知れないと思ってしまう。

続報は期待できないと思うが、この『優秀』な弁護士センセイはカネを積んですぐに保釈?。となると、正義はもはやない。さて、この事件を受けて世の弁護士センセイたちはどんな行動をとるのだろう。

今日は不快さから言葉遣いが粗くなったと反省しながら・・・。(田舎親父)

2009年9月18日 (金)

新閣僚に期待する・・・

 16日に船出した民主党政権の鳩山内閣の閣僚たちが、早速それぞれの部署でマニュフェストに盛り込まれたことを忠実に行おうとする強い姿勢で、踏み込んだ発言をしているが、ぜひ言葉通り実行して、国民に『本当に社会が変わるかもしれない』という期待を裏切らないでほしいと願っている。

岡田外相は、アメリカですでに明らかになり過去の担当者が『あった』と証言しているのにもかかわらず、自民党と外務省が口を合わせて『絶対にない』と言い張っていた、沖縄への核持ち込み疑惑に対して『大臣命令を発して、期間を切って徹底調査を命じる』と表明したことで今後の展開が楽しみ。

もし疑惑ではなく、本当に核持ち込みがあったとしたら、明らかに憲法違反。歴代の自民党首相(外相や関係者たちも含めて)は確信犯として逮捕されるべきだろう。台湾などでは前元首が金銭疑惑で逮捕され懲役刑に処せられているが、核持ち込み容認となると汚職などとは次元が違う。国の存続にも及びかねない問題で懲役刑どころですまないと思うのだが・・・。

国交省の前原大臣は八ツ場ダムについて『政権公約通り中止する』ことを前提に、『早めに現地に行き、いろんな話をうかがい、どういう補償措置を前提としてとるのかということが必須の条件になってくる』と地元住民の生活再建に取り組む考えを示したようだ。

『やみくもに中止するとなると現場の方々の混乱が起きる』とも語り、事業費の一部を負担している下流域の6都県とも協議を進める考えを示したとある。その通り、急がずじっくりと取り組んでもらいたいが、飽きやすい国民性はその時間を与えてくれるかが心配なところ。

視聴率稼ぎが『第一是』となってしまったマスコミは、そのあたりをチャンスとばかり本当に思い悩んでいる住民と、地元住民の味方と称して利権に群がっている輩を一羽ひとからげで話題性を作っていくのだろうが、そのあたりの見極めも重要だろう。

藤井財務相は、ガソリン税など自動車関係諸税の上乗せ税率(暫定税率)を10年度に廃止する方針を明言した。ガソリンが1リットルあたり約25円安くなり、国税、地方税あわせて2.5兆円規模の減税効果を見込むという。

ガソリンが安くなることは悪いことではないが、国民全てが車の恩恵に浴しているわけではなく、車を持っていない人のことにも十分考えてほしいもの。ガソリンが安くなり必要以上に車を乗り回しては、環境面のマイナス要因を考えると、ただ喜んでばかりいると後で大変なシッペ返しがくるだろう。

その他の閣僚もそれぞれ抱負や今後の対策を熱く語っているが、私が注目したいのは川端文科相の発言。高校実質無償化の実現は当然として、全国学力調査は抽出化、科目増も含めて幅広く議論するとのことに敬意を表したい。先日も取り上げたが、『バカとアホウの綱引き』もどきの、全国一斉学力テストが原因の意味のない諍いを避けるためにも、ぜひ来年度から実施してもらいたいものである。

来年度から実施する『子ども手当て』についても、単に家庭にバラマクのではなく、高校無償化も含めて学校教育にかかわる費用は限りなく無償に近づけることによって、家計を豊かにする方針も合わせて語ってほしいと期待したい。

家庭に金をあたえる方式で実施すると、子どものためではなく親の遊興費などに消えることも十分あり得るここと、給食費の滞納問題の解決には効果がないだろうし、塾さまが喜ぶだけになりかねない。

こんなことは、今更私が述べるまでもないことであるが(なのに歴代の文科相はできなかったのか不思議だが)、子ども手当ての一部は『給食費の無料化』に当てるべきだろうし、学校の施設や教員の充実に当てる方向を考えてほしいもの・・・。

ともあれ、新政権の船出を喜び、各大臣の前向きの発言を信じたい。(田舎親父)

2009年9月17日 (木)

JALが絶体絶命のピンチらしいが・・・

 いよいよ戦後ずっと権力を独り占めして、数々の悪政をしてきた自民党政権から民主党の鳩山内閣に交代。国民の期待はいやがうえにも高まっているが、各省庁では現在の権力構造が存続し維持しようとするだろうから、短期間での大きな改革を期待しない方が無難だろう。

とは思うものの、移り気な国民性から、今年度中に何らかの成果があがらないと、すぐに飽きられてしまうのも間違いないところ。

そんな国民の感情を見抜き、視聴率稼ぎなら何でもあり、報道の王道である『真実と中立性』などかなぐり捨てることに躊躇しない体質になっている最近のマスコミは、手のひらを返して民主党批判に動くのも容易に予想できること・・・。その意味でも、何としても国民の多くが納得する政策を一つでも早急に遂行してもらいたいものである。

ところで、ここ数日JALの話題が多い。JAL日本航空といえば、日本を代表する航空会社、当初と国鉄と同じで政府の全面的なバックアップで成長してきたはずだが、国内では全日空の台頭にNO1の地位を奪われ、世界的にも各国の航空会社に押されて、年々業績が悪くなる一方だという。

経済音痴の私には、『今年中に1000億円の資金が調達できないと経営が成り立たなくなる』というニュ-スが、はたしてどんな意味なのかはよく理解できないが、まさかその資金が集まらずそのまま倒産に至るとは思えない。しかし、もしも外国企業に売り渡しでもなったら、これは日本としてはとんでもないことになりそうだ、ということぐらいは理解できる。

実際に、先日には世界トップのアメリカのデルタ航空との資金提携という報道がなされ、これは大変なことが現実に起こりそうだという雰囲気に、私なりに危機感をおぼえる。

しかも、その直後にエ-ルフランスとも交渉しているということが明らかになり、次には世界第二位のアメリカン航空から資金提供の申し入れがあったとなると、世界の大航空会社が日本航空を自分の傘下に引き入れたいという思惑があるようにも思え、ますます外資に乗っ取られるのではという危惧が濃くなる。

数年前にニッサンがあわや倒産というところまで追い込まれた時に、ルノ-だったかのゴ-ン氏を社長に迎え見事に立ち直ったという実績があったことを思い出す。日本航空の経営陣にはその期待があるのではないかと思うが、簡単に二匹目のドジョウとなるのか、資金繰りができなくなったから外資に頼るというのは少し安易なように思えてならない。

JALにはこれまでにも経営危機があったそうだ。その度に国が支援してきた経緯があったらしいがうまく立ち直れないのは、経営陣はもとより社員一人一人にいたるまでに『親方日の丸』的な、どうせまたどこからか援助があるだろうと、という安易なお気楽体質があるのかも知れない。

それを指摘する識者も多い。そんな声を受けてか、今回11年度までの3年間で、グループ全体の1割超にあたる約6千人の人員を削減する方針を固めたというニュ-スがあった。国際線は30路線程度を廃止・減便する方向で、国内線の路線整理とあわせ、運航コストを約3割削減するとの案を昨日国交省の有識者会議に提示したらしい。

国交省が日本航空の再建を監督する立場なので、そのような筋道なのだろうが、必要とは思えない飛行場を次々と作った役所。このことが日本航空の経営を苦しくしていることは周知のことと、この無駄の権化のような国交省が監督者では、先行きを危ぶんでしまう。その意味でも民主党政権の指導性を期待しているのだが・・・。

6千人を解雇するとなると、その生活保障なども含めて大変なお金が必要になり、折角集めた資金が全てそのために消えてしまったら、経営再建もままならないのではないかと思うのは、私が経済のことを全く理解していないからかもしれないが、またまた失業率が増えるだけではないかという思いにもなる。

日本航空は私の若い時代には日本の誇りだった。はじめて飛行機に乗ったのは二十歳も過ぎてから、日の丸に鶴のマ-クは憧れの的で幼い頃から、一度は乗りたいと思っていたことが実現した時には、まさに天にも登る気持ちになったものである。

日本航空のもつ体質が甘いのは確かだろうが、日本航空は『腐っても鯛』。日本人としては何としてでも経営を建て直し、全日空との二大航空会社が健全な競争で業績を伸ばし日本の空を守ってほしいものである。

『垂れ流しバラマキ』に何兆という補正予算が組めるのなら、日本の空を守る(制空権といえば大げさだが)ために日本航空に公的資金を投入して、徹底的な建て直しを計るのが日本政府としての務めではないかと思うのだが・・・。(田舎親父)

2009年9月16日 (水)

早く撤退すれば良いのに・・・

 今日はいよいよ鳩山政権が誕生する日。閣僚人事が次々と内定しているようだか、どれぐらい大きく変わるのかあまり期待しすぎても反動が大きいので、期待半分で見守ろうと思っている。

ところで先日も取り上げたが、『オリンピック命』の都知事ドノは10月2日のIOC総会に大勢の都議や職員を引き連れて現地に乗り込み、会場や街頭で気勢をあげると意気込んでいるようだが、形勢はますます不利になっているようだ。

デンマ-ク(先日はラテン圏だと勘違い)で行われる総会に、開催都市を有しているそれぞれの国では国をあげて招致しようとしているのに対して、東京の場合は国民の半分は『オリンピックなど俺たちに関係ない』という態度。

そんな雰囲気は(退職して片田舎で仙人もどきの生活をしている私でも)、時に都内に出かけた時にも感じるが、『オリンピック命』と表現して差し支えないほど遮二無二招致に突き進んでいるのはどうしてなのだろう。招致しなければならない切羽詰まった事情があるのだろうが、あまりにも露骨な発言にも庶民の反発があるように思えてならない。

今回の総会では約100人のIOC委員が投票する直前に、シカゴ、東京、リオデジャネイロ、マドリードの順で候補4都市にアピールのチャンスが与えられ、最近の招致は、その場でどうアピ-ル力を発揮できるかどうかが大きな鍵となるとのことである。

12年のロンドン大会をイギリスに決まったのは、当時のブレア首相やサッカ-の国民的英雄というより世界的知名度を誇るベッカム選手などが活躍した体と伝えられている。

今回、国民の支持率が50%そこそこに加えて、総会には『国の顔』として、リオはブラジル大統領、マドリードはスペイン国王、シカゴはオバマ米大統領夫人が出る予定だというのに、半月前になっても未だに『国の顔』が決まらないのだから、勝ち目はないと言っても良いのでは・・・。

以前にも述べたが、(私の予測では)IOCは建前としては開催地として世界各地を公平に回すようにしている。ロンドンの次がスペインとなると、ヨ-ロッパ偏重という反発が起こることは必至。マドリ-ドということは国王が出席したとしても、ヨ-ロッパ選出の議員の力が大きくても議決しにくいだろうから、これはないのではないだろうか。

これまで南米大陸では開催していないということで、リオが一番可能性があると思っているが、アメリカがどうしても開催しなければならないような『事情』を持っているとしたら、これまでやり方から強引な方法をとることは想像に難くない。形勢によってはオバマ大統領が突然出席という思わぬ展開もあるのではないだろうか。

いよいよワンマン知事ドノも追い込まれたようで、何としても皇太子に出席してもらうため必死に運動を展開しているようだが、かって宮内庁の高官が否定的な発言に対して、例によってこの御仁が『コッパ役人どもが・・・』と発言したこともあって、ギクシャクしているらしく、7月に改めて出席を要請した際には、選挙でそれどころではないことを十分知っていながら『皇族が招致活動にかかわるべきかどうかは、政府全体としての判断が必要だ』と政権与党の判断にまかせるという態度は、そのシッペ返しかも知れない。当然のことながら宙に浮いたままのようだ。

知事ドノは形勢逆転を狙って、鳩山新首相に出席を要請しているらしいが、今日新首相に選ばれるのだから、この時期ではとてもできない相談だろう。まさか、選挙で大敗した自民党の前首相がノコノコ出かけたらそれこそ一票もとれないことは明らか。

一年前に選挙をしていればと今頃アソウ氏は悔やんでいると伝えられているが、この御仁は自分の晴れの場を自ら消してしまったと同時に、知事との盟友関係も壊してしまったようだ。

このことに関してはマスコミがおとなしいのも少し気になる。本当のところは無理だと言いたいのだろうが、知事を相手にその論調を張る勇気がないというところではないだろうか。

そして、10月3日の朝には『都知事の責任を問う・・・』という見出しが一面トップを飾ることになるのでは・・・。

多くの国民は冷めた目で、その記事を待っているのかも知れない。(田舎親父)

2009年9月15日 (火)

接着剤で見栄えを良くしているとは知らなかった・・・

 横浜の片田舎で貧困生活を過ごしている私にはステ-キ店などとは全く縁がないが『ぺっパ-ランチ』というステーキレストランチェーンがあるらしい。と同時に、この店の名前をどこかで聞いたような気がしたことを思い出す。

そして、この店の店員がお客の若い女性を閉じ込めて乱暴した事件があったことを思い出すのにさほどの時間はかからなかったが、全国的なステ-キ専門のチエ-ン店だとは全く知らなかった。

こんな社会的に許されない犯罪行為をした店が、おとがめがなく(少しはあったのかも知れないが)営業を続け、その複数の店でO(オ-)157という腸管出血性大腸菌による食中毒が出たというニュ-スに経営者の姿勢というかモラルを疑う。

どんな会社なのだろうと調べてみた。ネットの検索画面に『ペ』と打つとトップに『ペッパ-ランチ』と出るから、かなり有名なのだろうと思ったのだが、そこにはお詫びの文章だけ。

要は今回の食中毒事件で有名だったということのようだ。しかも、責任者の名前など一切なく文章もきわめて事務的で反省しているようには思えず、ただ時間稼ぎをしているのではないかと思えてしまう。そこには然ながら、会社や店の情報もない。

それはともかく、食中毒の原因とされる『角切りステーキ』は普通の肉とは違い端材を混ぜた『成型肉』にあったという記事に驚くと書くと、何と世間知らずと笑われるかも知れないが、正直『成形肉』という言葉をはじめて知った。

成型肉というのは、ブロック肉を切ったものではないとのこと。全国食肉事業協同組合連合会によると、たんぱく質などの『結着剤(何かボンドのような接着剤を連想する)』で肉の端材や内臓肉などを混ぜて作るものや、輸入牛などに和牛の脂肪を注入して味を良くし圧力を加え形を整えるというから、凄いものが流通しているものとビックリ・・・。

業務用のほかにスーパーなどで市販もされているというので、早速近く(歩いて30分ほど)のス-パ-に調べに出かけた。あった。確かに、サイコロステ-キと名づけられた2センチ角の肉の下に小さく括弧づけで『形成肉』という表示がついている。今まで気づかなかったのは明らかに私の見落としに違いないが、私同様見落としていた人も多いのではないだろうか。

見た目には普通の肉と変わらない。価格もかなり割安なので記事を見ていなかったら衝動的に購入したのではないだろうかと思うほど、霜降りの美味しそうな外見は、素人の私にはどう見ても高級肉に見えてしまう。

食中毒を報じた新聞記事の解説には『普通のステーキは、サーロインやヒレなど牛の筋肉にあたる部分が使われる。O157は筋肉内部には存在せず、たとえ表面に菌がいたとしても食べる時に表面を焼き、熱で菌を殺せばいい』とある。さらに『レアで食べられるのはこのためだ』とのことだが、改めてなるほどと納得・・・。

『成型肉』は細かくした肉を混ぜ合わせるため、内部に菌が入っている可能性があるとのこともよく理解できる。01年にも『成型肉』のステーキでの食中毒があり、食品衛生法は十分な加熱が必要と表示するよう義務づけている、というから、その関係筋では危険性は認識できていたようだが、金儲けのためなら安全なんて・・・というところか。

続報では、製造段階からO157病原菌が付着していたことか明らかになったので回収命令が出されたようだ。この店で食べたから中毒になったのではなく、一つ間違えば、ごく普通の家庭でも起こりうる話。

接着剤でくっつけて見栄えをよくした『形成肉』などは買い求めない方が無難なようだが、私のような魚大好きで野菜中心の食生活の人間ならともかく、肉好きの人も多く、しかも国民全体の所得が100万円も下がっているというから、『形成肉』の製造も販売も需要的には少なくならないのでは・・・。

肉好きの庶民にとって、不景気に対抗するためにとれる手段が、この事件で安い形成肉は危険だと知ったとしても、黒くなるほど焼いて食べるしかないのが悲しい・・・。(田舎親父)

2009年9月14日 (月)

教科書は『バイブル』なはずだか・・・

 今日の教育現場では教科書を使って授業を進めることが義務づけられている。このことを否定する人は、まずいないと言っても良いだろう。

教科書は現代の教師(昔は、教科書なんて参考書よ。内容は俺が決めるという強者がいたが・・・)にとって、いわば『バイブル』であり、教科書に掲載された内容はすべて指導しなければならないという強迫観念を持ち、自主的な教材研究などで得た教科書に記載されていない知識や知恵などは、教科書の内容をすべて子どもたちに伝えた上で扱うのが『教師の努め』あるいは『教師の心得』と擦り込まれている。

この考え方は教師だけではなく、子どもにも親にも徹底されてきたので、授業を進めるための最高の教材というか、授業そのものが100%教科書によって進められているといっても過言でないほど、学校教育において教科書の地位は高い。

特に学年が低くなればなるほどその傾向は強くなり、親の学校教育に関する異常とも思えるほどの意識の高まりで、教科書の内容と教師の指導内容を厳しくチェックすることが増えていることは周知のこと。

一方、今日の学校教育を取り巻く環境の変化によって(日々教師の時間的心理的ゆとりがなくなったことが原因の一つだろうが)現在、自分の授業の評価や児童生徒の理解度を計るために、テストを自主作成する教師は皆無といってもよい。そのほとんどは『市販テスト』と呼ばれる、業者が作ったテストに頼っている実態を見逃すことはできない。

しかシ、そのテストが保護者負担であることには誰も疑問を感じていないらしく、教師はもちろん、教育ママたちも塾さままでも問題にしていない。これは役所も追認しているらしく、教育援助費の項目にも認められているから不思議である。

その『市販テスト』の内容は教科書に掲載されたことが基になるのは当然。そのことはテストに『○○会社の教科書準拠』とい一文が入っていることでも明らか。そして、そのテストの問題を作成しているのが、現場の教師であることは公然の秘密になっていることも教育界の常識である。

彼らは、教科書会社が発行している全ての教科書を隅から隅まで精査して、掲載された事項はもちろん、そこから類推できることを基にして問題を作っている。

子どもたちが系統だった思考ができる、例え準拠の教科書にその教材がなくても正答が引き出せるだろうという予測があれば、他社の教科書の記載内容を引っ張ることがあるが、野山の草花や水中の小さな生き物たちの名前など『知識』として答える問題に関しては、準拠教科書以外からは出さないようにしているのは最小限の良識といって差し支えない。

先日入手した『小学校学習指導要領解説 理科』という冊子の、5年生の『動物の誕生』という指導についての記述の一部を抜粋してみよう。

一例だが、そこには『魚を育てたり人の発生についての資料を活用したりして、卵の変化の様子や水中の小さな生物を調べ、動物の発生や成長についての考えをもつことができるようにする』とある。

そして、ア、魚には雌雄があり、生まれた卵は日がつれて中の様子が変化してかえること。イ、魚は、水中の小さな生き物を食べ物として生きていること。ウ、人は、母体内で成長して生まれること。という指導内容があげられている。

魚と人間を対等に並行に扱うこと違和感を覚えるが、そのことはあえて問題にしないでおこう。そして具体的な内容の取り扱いとして、イ、池や川などの水を採取して、顕微鏡などを使って、水中の小さな生き物を観察することによって、魚は、水中にいる小さな生き物を食べて生きていることをとらえようにする。(アとウは略)と続く。

この記述を受けて、水中の小さな生き物の例として(倍率10~50倍)ミジンコ・ケンミシンコ・ゾウミジンコ、150倍で・ボルボックス・ツボワムシ・アオミドロ・ゾウリムシ・ミカヅキモと続き、300倍で見える生き物として・ミトリムシ・ツヅミモ・クンショウモ・ツリガネムシと顕微鏡で見た写真入りで掲載してある。(もっと種類を多くしている教科書もあるという)

これらの小さい生き物の名前と写真が一致する人がどのぐらい存在するのだろう。多分ほとんどいない(特に一般的な大人)のではないだろうか、それ以前に、ミジンコ以外の名前も聞いたこともない人が多いだろうし、覚えたとしてもあまり意味があるとは思えない。

教科書に掲載された内容は『市販テスト』で扱うことは先に延べた。これらの水中の小さな生き物全ての名前をテストに出すとは思えないが、ミカヅキモやボルボックスの絵を提示して、下の括弧の中に名前を書きなさいという問題がまかり通るのも事実である。

言い換えれば、紙面を飾るために『こんなものもあるらよ』という程度で掲載された事項であっても、すべて市販の教科書準拠のテストでは使われる可能性があるということ。はたしてこれを『理科』と言って良いのだろうか。

続きは、またの機会にしたい・・・。(田舎親父)

2009年9月13日 (日)

理科の教科書が分厚くなる・・・

 先の衆院選挙で民主党か立候補して当選したという近畿ブロックの渡辺某かが自己破産を隠していたというニュ-スを今知った。

比例から当選というから、この男については選挙広報に書かれた経歴しか有権者は知らなかったはず。『民主党』と書いた人か近畿では圧倒的だったので、48位と普通では当選しないだろうこの男まで当選圏内になったのだろう。

破産しても立候補することに法的には問題がないらしい。が、心情的に何か変だと思うのが普通ではないだろうか。それ以前に、常識的には立候補は考えられないだろうと思うのは、私の考えが古いのだろうか。

民主党は知らずに公認したのだろうが、身体検査が甘かったようだ。この際、誰でも良いから引っ張り出せ・・・という指令が本部からあって、支部がいい加減な調査で公認してしまったというところだろうが、このまま議員として税金から桁外れの報酬を受け取るとなにと民主党と書いた人たちは裏切られたという気持ちになるに違いない。ほとんどの国民も批判を強めるだろう。

今、鳩山氏は組閣で頭がいっぱいだと報道されているが、この問題をウヤムヤにしてしまうと、内閣発足時点で支持率が急落することは間違いなさそう。多分、民意を十分聞くという姿勢が期待されて大勝した民主党だから、すぐに辞職させるか除名処分という処置をとるだろうとは思うが、あまり気持ちが良い話ではない。

そこで、先日大手の教科書出版会社の付属研究所の出したデ-タ-に関して、この覧で取り上げた折り、教科書については別の機会にと書いたことを思い出し、気分を変える意味でそちらの話題を・・・。

再来年から使われる小学校の理科の教科書を見る機会があった。横に新しい学習指導要領があったので、それと対比して読んでみたが、指導要領を逸脱した内容が多いことはすでに延べた。

今までだったら間違いなく検定でひっかかり、書き直しを命じられるはずの内容であるが、今回からの検定では基本的に『何でもあり』になったという情報があったので衝撃的とまではいかないながら、それにしてもこの変わり方はどうしたのだろうと驚くことしきり・・・。

その教科書には一見して分かるように(だろうが)、様々なマ-クがつけられて、そのマ-クによって子どもたち(担任の教師と行った方が良いかもしれないが)が何をしなければならないのか理解できるように工夫(指示)されている。

注意事項も多岐にわたっている。学習の中で少しでも危険だと思われるところには必ず、『こんな部分に注意しなさい』と赤字で細々と指示がある。中にはエッと思うような記述もあるが、ここまで書いておかないと、何かあった時の責任問題に発展するのかも知れないと思うと複雑な気持ちになる。

それにしても、6年生の化石の採集などの現地学習(こんな学習ができる学校は希有だろうが)の時に『先生の指示に従う』なんて赤字の文言があるのは、教科書の著者や編集者たちは最近の子どもたちと先生との間には、もはや信頼関係などないと思っているのかも知れない。

そんな細かい注意事項とは裏腹に、内容は実に豊富。『人体のつくりとはたらき』という単元には、家庭の医学書よりも細かい内臓の絵がふんだんに掲載されており、私でもはじめて知るような内容も少なくない。全てを理解したとしたら、きっと健康に気をつける大人になるのではとも思わないでもないが、こんな知識を詰め込まれたら、ますます心身の発達のバランスが崩れるのでは・・・という危惧も生じる。

人の暮らしと環境についてはさらに踏み込んだ記述が多く、光合成を取り上げて緑の必要性を述べ、生き物の繋がりという観点では食物連鎖などまで取り上げている。環境問題にもかなりの紙面を使い、地球温暖化にも言及しているのも特徴。

ガリレオやエジソンはこれまでも取り上げられていたが、ファラディはともかくエルステットという科学者の名前を知っている人はさほど多くない。

写真はきれいでキャラクタ-を生かした編集は教科書というより『科学読み物』と言っても過言ではないほど、その全てを理解できたら一端の科学者になれるほどの知識に溢れている。

この内容を全て児童に理解させるのはまず不可能。全てを取り扱うこと自体週3時間(実質40分)の授業時間では無理だろう。それ以前に、理科が不得手な教師が圧倒的に多い小学校の現場では大混乱がおこるのではないだろうか。

今回の文科省の方針では、教科書に掲載されている膨大な内容を全て理解させる必要はないとのことなので一安心するものの、教科書を使って授業を進めることが義務づけられている現実をどう理解して良いのだろう。

長くなるので、このことは明日に続けたい。(田舎親父)

2009年9月12日 (土)

不可解な木津川での子どもの水死事件・・・

 もう5日も前のことになるが、京都の南部を流れる木津川で子どもが水死したというニュ-スがあった。

木津川というのは淀川の支流の一つ。海を持たない京都の南部の人たちの絶好の水遊びの場として古くから知られている。私も小学生の頃、『奈良電(現在は近鉄奈良線)の木津川駅』のすぐ近くにある遊泳場へ度々電車に乗って出かけたことを思い出す。

今ではすっかり風景が変わっているだろうが、そのころは本流と支流が流れ、小学生は本流には近づけなかったこともうっすら記憶にある。

今はどうなっているのかな、と思いながら記事を読んだが、4人の子どもが一緒に川遊びしていたところ、一人が溺れたので助けようとしたが見失ったとのこと。3人は友だちや兄がいなくなったことを知りながら、怖くなったので親にも話さなかったというから、何か変だなと思いながらも、いよいよ人間関係の希薄さがここまできたか、と悲しくなる。

記事によれば、この9歳の男児は5日午後2時20分ごろ、同級生2人と5歳の弟の4人で川遊びをしていたが、男児と同級生が川の深みにはまりおぼれたという。

同級生は、おぼれた男児を助けようと川に入ったが見失い、あきらめて弟を自宅に送り届け、午後5時ごろに帰宅したとのことだが、この4人の関係がよく理解できない。

同級生2人と弟の4人とある。文章から受け取ると、溺れた子ども以外に同級生は2人いたようなのに、もう一人の子どもの行動が欠落している。助けようとしたのか、それとも溺れた場面を目撃していなかったかわからないが、どう読み直しても不可解。

男児が帰宅せず心配した両親が午後9時ごろに田辺署に相談したとのことだが、ここにも疑問が残る。

5歳と言えば物事はだいたい理解できる年齢。兄がいなくなったことも理解できないほどの重度の知的障害を持っていたら別だか、一緒に川に遊びに行くほどだから、それほど障害を感じることはできない。

私が古い考え方の持ち主なのかもしれないが、両親共に働いている家庭であっても、普通の場合、どちらかは夕食の頃には自宅に戻り子どもとおしゃべりする時間を持つのではないだろうか。

その時、兄がいないことに疑問を持ち『お兄ちゃんはどうしたの・・・』と聞くのが当たり前。それを不思議にも思わなかったのだろうか。実際に(記事が正しいとすると)9時になってから警察に相談したというのはいかにも変な話で、私には理解できない。

警察が同級生から事情を聴き、6日午前0時20分ごろに『(男児は)川におぼれた』と同級生が話し、男児の自転車や衣服が置かれていた付近を探し、水深約2メートルの川底で男児を見つけたとある。

同級生は『(男児がおぼれ)怖くなった』と、親などに事故を伝えなかったとのことだが2人の同級生がいたはずなのに、記事を読む限り同級生は一人だけのような書き方に疑問が湧く。もう一人の同級生の行動が全く見えてこないからである・・・。

二人とも『怖くなったので話せなかった・・・』と受け止めたい。が、二人の同級生が親にも話せないほどの恐怖心があったとしても、二人そろって黙っていることと、弟も兄が溺れたということを親に伝えていないことか、リンクしているのではという考えもあながち否定できない。

考えたくないが、もしも弟に二人の同級生から『話すなよ・・・』と脅しがあったとしたら・・・。子どもの世界に(私が想像もできないほどの)恐ろしい魔物が入り込み、心をすっかり荒らしてしまい、ごく普通のモラルさえも奪い去っているのではないかと戦慄する。

普段から、親にきつく『川に近づくな』と言い聞かされていたにもかかわらず、何度もその命令を破り、その度に強く折檻されていたという情報もあるが、3つの家庭がそろってこの方針を持っていたとは思えない。

考えさせられる事件である。幼い命が奪われたことは悲しいが、この尊い小さな命のためにも世の全ての親への警鐘となることを心から願っている。(田舎親父)

2009年9月11日 (金)

建設中止は当然としても・・・

 間もなく民主党政権が誕生する。社民党や国民新党との連立が合意したようだが、社民党は以前連立政権に参加して衰退の一途を辿った政党。このことがトラウマになっているのだろうが、ここ数年『平和』をうたい文句に自衛隊の海外派遣や基地問題などには全面的に自民党と対立している。

今回の合意協議にも、沖縄の米軍基地の問題については、最後まで譲らず民主党からの譲歩を引き出したと報じられている。沖縄の人たちのこれまでの辛苦を考えると、社民党の主張は分かりやすく共感できるが、果たしてアメリカが『わかった』はもちろん『努力しよう・・・』という言葉が返ってくるかは疑問。というより期待薄。このあたりをうまく調整できるかが鳩山・小沢ラインの試されるところ。

一方、国民新党は前回の選挙では郵政民営化に反対して自民党を除名された議員たちが立ち上げた政党。当然のことながら、『郵政民営化見直し』が唯一の目的で、できれば郵便局制度などを元に戻そうとするのが基本方針。民主党の主張とはかなり隔たりがあることは政治音痴の私でも気づく事。この調整もかなり難しいのでは・・・。

ところて、連立政権誕生でどうなるのか気掛かりな一つが(今回の連立協議の対象になったかどうかは明らかではないが)、民主党がマニュフェストに掲げた『八ツ場ダム』のこれからの方向。

先日、国交省が本工事の一般競争入札を凍結したという報道があった。政権を担当する民主党が工事は中止という方針を出しているのだから、そのことは当然だろうが、新大臣就任前に入札に踏み切ると、反発を買うことは必至な上、落札業者と契約後に建設が中止されると多額の違約金が発生することも考慮して入札が凍結されたものだとの解説もそえられていた。

このダムの建設計画が持ち上がったのは半世紀も前のことになるらしい。当時は、治水や水源確保のためにはダム建設が『是』というのが一般論。ダムで水没する村の住民のことを二の次にして候補地を決めていった。

水没地の村の住民のほとんどは『先祖からの土地』と大反対。激しい反対運動が展開されたのは当然の成り行きだが、補償金というゲンナマの威力に負ける人が一人でも出るとそこから運動が切り崩されていくのも常。

国の事業となると『お上には逆らえない・・・』という意識もあり、住民同士が争う事になり、結局は国の方針に押し切られてきたのがこの国の歴史。成田空港などはその典型ではないだろうか。

当時の治水や水資源云々という建設理由は、水は十分確保され治水が行き届いた現在では全く通用しないという。恐らく、当初からこれらの理由は建前で、一番大事なのは政治屋と建設業界の利権の一致。住民の争いなどははじめから折り込み済み『カネ儲けが先。そんなことにかまっていられるか・・・』というところか。

建設が決まったら後はいかなる反対があろうとも、官憲で排除し強引に完成に持っていく筋書き。『八ツ場ダム』もその通りになっていたようだが、今回の民主党の方針で大きく狂い出し、利権に群がる輩たちの間で大混乱が起きているようだ。

周辺の自治体の組長はダム建設が中止となると補償金が入らないと大騒ぎ。地元の建設業者は仕事か来ないと大反対だと報じているが、反対ばかりではなく、誤った事業の継続は『雪山登山』のようなもの。『ここまで登ったのだから最後まで』という考えでは遭難してしまうという正論も見逃してはならない。

自民党の議員や賛同者は当然反対の立場。先人も都知事が『工事中止なら今まで支払ったカネを返してもらう』と発言していたが、この言葉は、中止を明言した民主党を圧倒的に『是』と判断した都民に対して説得力はない。

都民のすべての有権者がダム建設中止を求めたのではないだろうが、都議選の結果としての民意の重みを、金勘定でひっくり返そうとする都知事の発想は無理がある。むしろ、今後、その何倍も何十倍も都民の税金を使うことになるオリンピック招致を考えなおすのが先ではないだろうか。

民主党にも求めたい。現地が混乱していることは事実。現在の混乱は全て自民党の責任であることは間違いないが、政権を担う以上『政府』として、代替地に移転を予定した人々の生活再建と地域振興には責任を持ってほしい。

これ以上ダムに翻弄される人々がでないようにすることはもちろん、ダム建設以外の大型の公共事業そのものにもメスを入れて、先祖代々で慎ましく生活している人々を、権力によって追い出すようなことがない世の中をつくってほしいものである。(田舎親父)

2009年9月10日 (木)

バカとアホウの綱引き・・・

 鳥取県が全国学力テストの結果を公表すると発表。このことが先日新聞で報じられたが、よせば良いのに、何を焦っているのだろう・・・というのが感想。
 学力テストの開示については、すでに秋田が昨年10月に市町村名を伏せて開示、大阪も今年8月、学校が1校しかない町村以外の成績を開示したが、学校別の成績の開示は鳥取がはじめてらしい。県内の市町村別・学校別の成績を、一部を除いて開示したという。
 これに対して、文科省は都道府県による学校別成績の開示を認めておらず、幹部は『国会での議論を踏まえた要領を守るのが本筋。県が開示すると判断したのは残念』と批判しているらしい。
 学力についてはこれまで度々取り上げてきたので、私の考え方など詳しく述べるのは控えるが、一斉に全国の小学6年と中学3年全員を対象に実施するわけだから、親として自分の子どもの成績が気にならないわけはない。
 普通の家庭の子どもが塾に通う事は当たり前になってしまい、学校が塾の支援を受けるのが当然の情勢になった今、塾で行われているテストの結果は全て公表されるのに、文科省が何十億円もの税金を投入する全国一斉で行う学力の結果だけは知らされない、こんな理屈は塾慣れした親たちが『ハイソウデスカ・・・』と納得するわけはない。
 選挙で選ばれる首長にはこの圧力をはねつけられるわけはない。むしろ、マニュフェストに開示を掲げて当選する首長も稀ではないとなると、ことの成り行きは明らか。大阪や秋田、埼玉などでは知事が先頭になって教育委員会に開示を迫っているというから、鳥取も同じだろう。
 鳥取では市町村別・学校別成績をめぐり、一昨年に起こされた住民の開示請求に対して、知事はゴ-サインを出したようだが、教育関係者らの了解を得られず非開示を決定した経緯がある。そのため、昨年暮れに改めて県議会が『県情報公開条例改正案』を可決して、開示を受けた人に対し、データを使う際に学校が特定されないよう求める『配慮規定』を盛り込んだ上で今年からの開示ができるようにしたそうだ。
 『配慮事項』がどんなものなのか、具体的な禁止事項などはわからないが、法的な規制や強制力はないというから、開示請求者への文章の中に『・・・について取り扱いに十分配慮する事』という一文が入っているだけのものだろう。
 私にとって、一度か二度旅行で立ち寄っただけなので特になじみはない県だが、人口が全県で60万人程度と県単位では日本一少ない事は、東京に勤めていた頃には一つの指標として用いていたので以前から知っている。
 東京全域より広い面積にたったこれだけの人間しか住んでいないとなると、もし、情報がインタ-ネットに流れたら、学校を割り出す事などはたやすいことだけではなく、場合に個人の成績なども類推できるだろうことも想像に難くない。数は少ないだろうが、鳥取の塾関係者にとっては、ネットに情報が流れることを、今か今かと待ち構えているのではないだろうか。
 教育関係者がこぞって反対し、鳥取市の教育長は『非常に遺憾。来年度から鳥取市は不参加の可能性もある』と踏み込んだ発言をしているが、それだけ危機感があるのだろう。
 強引に全国一斉の学力強行してきた文科省は、教育関係者の反対などは折り込み済みだろうが、『公表するなという命令』で何とかなるという判断は甘かったようだ。今回の情報開示に対して『残念な結果で遺憾・・・』というコメントはこの役所の無責任さがよく映し出されている。
 この学力テストの結果開示ということに限って言うならば『バカとアホウとの綱引き』と表現すると、かなり多くの方からお叱りを受けるだろう・・・な。(田舎親父)

2009年9月 9日 (水)

文科省ドノ またまた無駄使いですか・・・

 今日は、暦の上では『重陽の節句』。昔は『9』という数字はもっとも権威があるとして崇められていたので『9』が重なるこの日は特に大切にされたらしいが、現代では全く話題にも登らない。

別名『菊の節句』ともいい、菊の花と香りを鑑賞し、長生きに感謝する日とされている。菊の季節にほど遠いのは、これらの伝統的な行事の日付は全て旧暦に基づくものだからで正確には旧暦の『9月9日』。今年の場合は10月26日になる。なるほど菊が盛りのなる頃に合致している。

以前は9月15日を『敬老の日』と定めてお年寄りを敬う習慣があった(今も敬老の日はあるようだが、連休にするためと称して月曜日)が、この日にちの決め方は『重陽の節句』から一週間を『敬老週間』として、その締めくくりの日という意味だと、以前誰かから教わった記憶がある。

書き出しが長くなったが、今流行っている豚インフルのウイルスはなかなか敬老精神があるらしく、高齢者には免疫性があるという。ここ数年『高齢者を敬う』という言葉は死語のようになり、むしろ『後期高齢者』なんて名前ですっかり社会の邪魔者扱いにされているから、インフル流行は迷惑だが少しだけでも許せる話題。

反面、若年層は免疫性がなく大流行の兆しがみえているらしく、新学期が始まったばかりの各地の学校や幼稚園では休校や閉鎖が毎日のように伝えられている。

『学力アップ』が金科玉条の世になり、学校は親から世間から尻を叩かれ、授業時数の確保に四苦八苦している矢先に、閉鎖だとなるとその後始末が大変。どこかで時数合わせをしなければならないので、何とか閉鎖に追い込まれないように、うがいや手洗いの励行など予防にこれ努めることとなるが、この指導がまた大変とくると、泣くに泣けない心境ではなかろうか。

そんなことはこれっぽっちも考えていない文科省は(あえて皮肉を込めて表現すると)素早く新型インフル対策事業として、学校現場がとるべき対応を記した冊子を作り、全国の小中高校・大学などに配ることを決めた自画自賛。

久しぶりで対応早いと評価したくなる。学校現場としては涙か出るほど嬉しい話だが、この記事をよく読むと、予算は『来年度』の概算要求に盛り込まれ『有識者会議を開いて内容を固めるのに時間がかかる』ために、配布は再来年になるというから、この役所は現場のことなど全く考えていないことがよくわかる。い

バカみたいな話。休校や学級閉鎖が急増し、国内での発症ピークが近いとされる中、このような冊子が必要(だとは思わないが)なのは『今』しかない。配布する頃には新型インすっかりおさまり、その時流行るイン今とは型が違う『新.新インフル(もしかして牛インフル)』だろう。全く役立たないのは明らか。

文科省の学校健康教育課によると、作成費は1部100円。全国の学校約5万9千校に計60万部を配る。来年度予算概算要求に経費約6600万円を盛り込んだらしいが、どんな神経で、役立たないことが明らかな無駄なものに6600万円の税金を使うという施策を打ち出すのか、頭をかち破って頭脳構造を確かめたくなる。

省内にも『なぜ、すぐにできないのか』という批判があるというから、まともな感覚の役人も存在はするらしい。

が、冊子を出して責任逃れをする前に、今回のインフルのようにやむ得ない理由で学校閉鎖することもあり得るという前提で、ほんの少しゆとりのもった教育内容と授業時数の算定をするのが先だろうと思うのだが・・・。(田舎親父)

2009年9月 8日 (火)

自民党と官僚の癒着の証拠かゾロゾロ・・・

 民主党のマニフェストの重要案件に『高速道路無料化』という項目がある。このことに関しては、渋滞が慢性化している首都高などでは、さらに酷いことになるのではという懸念があるが、そのあたりは来年度から一斉に無料化するのではなく、状況をみながら段階的に実施というから、私が心配することではなさそうだ。

土日曜祝日や正月・お盆だけの期間無料化だと物凄い混雑が当然だろうが、いつも無料となると、人々気持ちはそれだけでもユッタリし、その期間に車で出かけなければという焦りや脅迫観念はなくなるだろう。

しかも、料金所がなくなる分渋滞は少なくなるに違いないが、車を持っている人だけが恩恵に浴することや、鉄道やフェリ-などの公共交通機関に大きなダメ-ジを与えること、さらには環境と言う面から見ると、ますます地球温暖化ガスの排気が増えるなど時代と逆行するのではという心配は残る。

しかし、それ以上に流通などからは、かなりの経済効果があることは、経済音痴の私でもわかること。民主党は選挙前、というよりずっと以前から2兆円だとか3兆円だとかの経済効果があると主張していた。

また、政府や国交省は高速道路をつくる時には必ずこのような試算をしているはずだから、国民の前に明らかにせよと迫っていたことも報道されていたが、政府はもとより国交省はそんな試算はないとつっぱっていた。ところが、一昨日の朝刊のトップで、実際にはあったことが大きく取り上げられていた。

記事によると、高速道路を無料化した場合の経済効果について国土交通省が2年前に試算を行っていたという。多分、この問題は争点になると判断して調べたのだろうが、さすがに優秀な官僚たちのやることは抜かりない。

経済効果は、(1)走行時間の短縮(2)燃費など走行経費の減少(3)交通事故の減少、の三つの効果を、国交省の基準に基づき金額に換算しているという。

高速道自体の経済効果は、渋滞増加などで年間マイナス2.1兆円となるが、車が流れやすくなる一般道が4.8兆円のプラスとなり、差し引きで『2.7兆円の効果が生じる』との結論。利用者の料金負担の軽減分などを加味した別の計算方法では、経済効果は7.8兆円に達しているというからこれは物凄い数値。

調査は『3割引き』『5割引き』『10割引き(無料)』の3パターンについて経済効果や渋滞予想区間を詳細に分析。無料の試算は、首都高速、阪神高速を除く高速道を無料化した場合のもので、民主党公約と一致するというから、民主党の中にも切れ者がいることが証明されたというところか・・・。

国交省は試算の存在をこれまで認めてこなかった理由について、『検討段階』だったと釈明しているそうだが、これは選挙で民主党に利するだけとの判断があったことは疑いないところ。

ここにきて、国交省の役人たちの態度が一転した背景には民主党政権が動き始めると天下りもできにくくなるという危機感が大きくなり、どうせバレるのだったら、この際自主的にだした方が後々のためになるのでは・・・という思惑があるようだ。

また環境面からは、高速道と並行する国道の通行量が減ることで二酸化炭素(CO2)排出がどれだけ減るかも試算したところ、割引前の1.8%減にあたる310万トンの削減となったという。

高速道の通行量が増えたり、鉄道やバス利用からマイカーに切り替えたりすることによるCO2の増加量は計算していないという。実際の数値は不明だが、高速運転では二酸化炭素の排出量は少なくなることは確かなので、高速道路無料化は環境批判には十分耐えられるものだということは確かなようだ。

それにしても、今回の選挙での自民党の何が何でも権力を放さないという、手段を選ばない態度がますます明らかになった。改めて政権交代の意義を感じる最近である。(田舎親父)

2009年9月 7日 (月)

これは当然の結果では・・・

 先日の新聞一面に『中高一環校』の負の部分をめぐる記事があったので、興味深く読んでみた。
 公立の中高一環校は『有力私立校』志向が強まる中、子どもを奪われないための切り札的な意味もあって首都圏では大流行らしい。確かに、都内ではどの区でも区内にある一流と言われる高校と区立中学とを合わせて、この中高一環校を発足させている。
 新聞が取り上げているのは、『千代田区立九段中等教育学校』。この学校は『中等教育学校』という名前からでも明らかであるが、普通の一環校のように高校に中学付属させるという考え方ではなく、完全に一つの学校として6年間の教育をするというシステで3年前に開校した学校である。
 その『九段中等教育学校』で、中学段階を終えた1期生の生徒のうち、1割強に当たる18人が高校段階に進まず、他の学校に入学していたことがわかったという。学校側が『学習態度に問題がある』などとして、別の高校への進学を勧めた生徒が多く含まれていたという表現が何となく気になる。
 該当の生徒たちは『第一期生徒』。入試定員の160名がそのまま、昨年4月には中学2年までは在席していたのだが、今年の4月に『高校』段階に当たる後期課程には進めず、18人が外部の学校に進んだというから、結局は他の一環校と同じで、受験第一の『塾さま』のようなシステムのようだ。
 学校側の言い分は、(極端に表現すれば)落第させると脅して他校に転校させた生徒たち(それでも転校できる学力はつけたと言うだろうが・・・)の多くについて『授業中にノートをとらなかったり、学校が求める補習に参加しなかったりなど学習態度に問題があった』という説明をしていが、何か無責任・・・。
 保護者を交えて面接し、『高校で授業についていけず、留年の可能性もある』などと話して外部進学を選択肢として示したというから、極端に表現しなくても『落第』であることは間違いなさそう。校長は『保護者も納得した上での転校だった』と言うが、この生徒がいれば授業の妨げになるということ。
 何か引っかかるものがあるが、どうもそれが入学方式にあるようだ。
 この学校は独自の入学選抜制度を採用しており、1学年の定員160人を80人ずつ、千代田区民と、区民以外の都民の2グループに分けて募集するものだという。今年の入学者選抜の倍率は『区民枠』が1.7倍に対し、『都民枠』10.0倍と、区民の子弟は5倍以上も入りやすくなっているという。
 これは数字だけからみると、都民枠の子どもは90点以上とっても不合格に、区民の子弟なら60点でも合格となると間違いではない制度。当然のことながら、最初から理解度が違うのは当たり前・・・。
 区立と言うからには学校の運営に必要な費用は全ての負担。区立の小中学校は一部の例外はあるものの、基本的には区民の子弟が通うが、ここは区立でありながら半数を区民以外の都民の子弟に開放している。
 そこには、優秀な子どもを集めて、進学率を高めたいという区の教育方針があるのだろうが、こんな残酷な事態が明らかになった以上、区民の感情が穏やかでないことは想像に難くない。
 受験だけが目的の『塾さま』のような一環校をつくるのではなく、地域の子どもたちを小中9年間、地域で守り育てるという考え方を広げないと、子どもの心の荒れはもちろん今盛んに取り戻そうとしている『地域コミュニティ』など育つわけがないと思うのだか・・・。(田舎親父)

2009年9月 6日 (日)

自殺が流行りになるような風潮を絶つためには・・・

 昨日の拙文をアップした後で、朝日新聞のネット版に『IOC総会への都議団派遣を縮小 「無駄遣い」批判受け』という見出しを見つけた。

さすがに民主党の都議には『これではまずい・・・』という自制心が生まれたらしいが7人を4人にするという小手先の修正。

記事に、参加費が一人約100万円ということが明らかに『税金の無駄遣い』との批判が出たため、都議会は15人の予定を10人にしたとのことだが、基本的には議員分の500万円が節約されるだけで、総額はあまり変わりなさそうだ。

面白いことに、自民党都議団は『一度決めた人数を覆すのは都議会の威信にかかわる』として、予定通り5人の参加を決めたというから、この政党は都民の生活を守ろうなんて、これっぽっちも思っていないことが明らか。

中央でも、16日に開かれる臨時国会の首班指名で誰の名前を書くのかでもめているというが、国会も地方議会も同じでこの政党の所属議員たちは、何故民意が離れたのかを、反省どころか理解しようとする気さえ持たないようだ。

民主党も選挙の大勝に浮かれている場合ではあるまい。7人を4人にしたことでこの問題は終わりとする気持ちがあったら『自民とあまり変わらない』という印象を残すだけ、次の選挙ではしっぺ返しがくるのではないだろうか。

この話題はここまでにして、先日中学生の焼身自殺のことを取り上げたが、その後中二の女の子二人が屋上から飛び降り自殺という衝撃的な事件が発生、まるで中学生の自殺が流行り病のごとく広がっているような気配に気持ちが暗くなる。

追い打ちをかけるように今朝の新聞には、『中一自殺、父巻き添え死』という見出しにキョッとする。両親と子ども二人のごく普通の家族構成だが、午前5時過ぎという時間が不可解。記事には『風呂に入ってくる』と言って風呂場に行ったというが、私の時間感覚ではとても理解できない。

その後、父親が風呂場を見たところ、内側から目張りがしてあり『硫化水素発生中』という張り紙を見つけたという。父親は仰天し力任せに風呂場の戸を開けたに違いないが、同時に襲ってきた硫化水素で瞬間的に意識不明になってしまい、そのまま息を引き取ったようだ。

随分前になるが、私の仲間も阿蘇山の頂上付近を歩いている時、その場所に局地的に流れてきた硫化水素のガスを吸い込み立ったまま意識不明になり、そのまま亡くなったという知らせを受けたことがある。当時から、硫化水素の恐ろしさは知っているつもりだが、後年このガスが自殺の手段になるとは考えられてかった。

最近はインタ-ネットで『硫化水素の発生のさせ方』など簡単に知ることができるという。中には自殺の方法まで解説したサイトかあると聞くが、こんなサイトを許していては(同じような事件は続く傾向があるので)、中学生の自殺報道が続くのが心配。

自殺の原因は不明だというが、中一の子どもが死を考えるのは、ほぼ仲間からの無視や嫌がらせ、いわゆる『イジメ』にあったと考えても差し支えない。早朝に両親そろって起きていたような記事から、父親も息子の態度に何か不審な物を覚えていたのかも知れないが、それにしても悲惨な事件である。

この種の事件では、まず学校が『イジメなどの兆候は感じなかった』というコメントがあり、しばらくしてから『やはりイジメがあった』という言い方に変わるのが定番になっている。この事件もそうなることは疑いのないところだが、明らかにイジメが存在していると認識していたら、学校として何らかのアクションを起こしていたはずだから、気がつかなかったというところだろう。

イジメということに関しては、何回か取り上げている。恐喝や暴力など明らかに犯罪性のある行為の場合はその兆候はあるのだが、昨日まで仲良く遊んでいたのに今日は無視された、ということは子ども世界(だけではないが)ではよく聞く話。

それを無菌培養された現在の子どもたちにとっては耐えられないと死に走る。こちらの方に焦点を当てて解決策を論じなければならないのに『イジメ=自殺』という現象だけを取り上げて大騒ぎしていることが多いのか気になる。

瞬間的に耐えられる、強い精神力を養うことか大事なのに、学校も社会もそのことを避けてのいるのではと思えてならない。

ほんの少し耐えることができないのは、実体験の無さだということは明らか。手伝いという言葉がなくなり、それを『ボランティア』と称するように久しい。『牒よ花よ』と育てられ、自分で体験する場が失われた子どもたちが精神的に脆くなるのは当然といえばこんな当然なことはない。

中学生の自殺が続かないためにも、『実体験の場』を如何にすれば増やせるかという議論を急がなければならない。(田舎親父)

2009年9月 5日 (土)

民主党の都議の参加に『?』・・・

 数日前に国際オリンピック委員会(IOC)の評価報告書が発表され、そのことをマスコミか大きく取り上げていたが、その割には反響が小さいのは、国民の大多数がオリンピックなどどうでも良いと思っているようだ。

評価報告書を見ると、そのことが一目でわかる。リオデジコネイロやマドリ-ドは、国民のほぼ全員が盛り上がっている数字が踊るが、日本は支持率が55%。ほぼ半数が反対もしくは興味ないと数値では、多くのIOC委員は『東京』とは書けないのではないだろうか。

世情に疎い私でも、ここまで不人気ならマスコミはこぞって招致を諦めさせるような報道をするべきだと思うのだが、治安がいいのが評価されたとか、資金潤沢で政府がその保証をしているという報道が先にたち、この一カ月が山場だという表現が共通しているのは何かに・誰かにおもんばかっているような気もしてなら。

ある新聞は、評価報告書は必ずしも投票に直結しないと書き、10月2日の投票直前のプレゼンテーションで、直接IOC委員に訴えるアピール力が勝負だと論じている。これは、以前から東京のワンマン知事がこの役目は『皇太子が最適』と言っていることと重なり、無条件で知事の主張を広めているような書き方・・・。

アソウ首相にも出席要請をしており本人もその気になっていたらしいか、その目にはすでに過去の人。鳩山首相が出席することは当然だという言い方だが、政権が動き出して間もなくの時期に、国民の半数が不要と言うイベントの招致にノコノコ出かけていき、結果が『ノ-』では一挙に政権基盤が緩む心配も。まあ常識的には出かけない方が無難だと思う。が、いろいろとしがらみがあるだろうから、どんな回答をするのかもみもの。

ワンマン知事さんは、どうしてもオリンピック招致が必要とばかり、その日に合わせて都議15人を現地に派遣すると発表したが、この無駄の見本のような決定に、都民はもとより参加する都議の会派からも『税金の無駄遣い』との批判の声が上がっているという。

当然だろうが、この決定は都議会で了承されたと言うのが腑に落ちない。確か7月の都議選では民主党が第一党になったはず。オリンピックの招致と築地移転問題は方向が決まったと思っていたが、今回の都議派遣には『都民代表として参加すべきだ』と賛成したというから民主党も何か変。

IOCの報告書によれば、支持率の低さと同時に五輪スタジアムそのものや周辺の交通や選手村の用地面積などにも難色を示しているというが、都議選の時の民主党の主張はそのスタジアム建設に反対したはず、これでは都民への裏切り行為そのものでは・・・。

参加者は議席数に応じて民主7人、自民5人、宗教政党3人の計15人。招致反対の共産党と生活者ネットワーク・みらいは参加を辞退したというが、今頃、選挙では共産党に入れるべきだったと悔やんでいる都民も多いのではと想像している。

現地の街頭で東京をPRするイベントや、ホテル内での決起集会を予定しているというが、全員がスペイン語に精通しているとは思えない。しかも会場に入れるのは数人と言うから単なる話題にのせる程度の効果しかないだろう。

街頭で人々に訴えていくという。しかし言葉が通じない人たちにどうして訴えると言うのだろ。おそらく優秀な都の職員が筋書きを書き、演技能力のある職員がパフォ-マンスを行うことになるのだろうが、となるとかなりの大人数になることは確実。

都は一人当たり100万円と議員の数だけの数値を出しているらしいが、実際には物凄い費用を都民がかぶることになるようだ。

今からでも遅くない。民主党本部は都議会の決定は覆せないとしても、自会派の都議の派遣は中止しないと、国民の多くから『自民党と同じ体質』と思われ、批判が集まるのでは・・・。(田舎親父)

2009年9月 4日 (金)

官僚たちの『さもしい』心持ち・・・

 民主党政権が確立してしまうととても無理だと思ったのだろうが、農水の前次官が『大日本水産会』という社団法人の会長に就任した。ことは以前取り上げたが、この次官が農水と癒着していた『三笠フ-ズ』が農薬汚染などの『事故米』を食料米として転売した事件の責任をとって引責自認していた白州某という男だったとは知らなかった。

『大日本水産』という法人が何をしているのか詳しくは知らないが、この会長は代々農水の幹部が天下りの指定席にしており、現会長(やめたので前と表現した方が良いのかも知れないが)の中須某という人物は、元水産庁長官だという。

この男は6年前から年に2000万円もの高額を得て、今年5月にさらにもう一期会長職を続けると決めていたらしい。が、不思議なことに、数日前に『大日本水産会』は臨時総会と理事会を開いて白州某の会長を決めたとの報道に、農水省という役所(というより官僚たち)は『農民や漁民の暮らしを良くしようなんてこれっぽっちを考えていない』ことを確認すると同時に腹立たしくなる。

白須という元次官の引責辞任については、後のことは、どうせどこかに天下っているだろう・・・という程度で、興味もなかった上に続報もなかったので全く知らなかったが、やはり『内閣府の官民交流センタ-』という、当時できたばかりの部署?に入っていたとのこと。なるほど上級官僚には都合のよくできているだ。

農水の担当部署の、白須何が某はすでに農水のOB、農水省からの天下りではないし『こちらで斡旋はしていない』とのコメントは、誰が書いたのか知らないが上辺だけは見事な筋書きだが、5月に再任されたばかりの年俸2000万円とも言われる会長職を病気でもなければ辞任する理由はないはず。

誰の目にも『アンタはもう十分美味いし吸っただろう、民主党政権になったら次官サマの行き場がないので、空けてくれ・・・』とでも圧力があったことは明らかなのに、『大日本水産』の幹部は『前会長ご自身が後任を探していた』と言っているとのこと、白須という人の周りの関係者たちによる猿芝居としか表現しようがない。

今回の人事が公表されなかったことについて、農水省秘書課は『うちが発表すれば国が任命したように誤解される恐れがあったためで、隠していたわけではない』と釈明しているらしいが、この部署の将来の次官候補あたりが脚本を書いているのかも知れない。

内閣府といえば、審議官を7月に退職した旧厚生省出身の官僚が『国民健康保険中央会』の理事長に天下ったのも先月末の頃。この場合も、前理事長の任期が来年3月まで残る中での交代だったというから根は同じ。どうも内閣府という役所も何やら胡散臭いことおびただしい。

民主党政権が発足すると、美味い汁が吸えないとばかり、大急ぎで駆け込むとは、まさに『さもしい』限りである。

駆け込みと言えば、民主党からの延期の申し入れを無視して、官僚OBをトップに据えて発足した『消費者庁』なる役所は、まさにさいたるもの。選挙で敗北した大臣(『比例』という変な制度で復活とは変な話だが)が、自分で書いたという看板の前で、この長官とニヤニヤしている姿がテレビで紹介されていたが、国民から見たら釈然としない。

『なぜ、急ぐ必要があったのか。われわれが政権を獲った後なら、もっといい形にできた。(変更する)可能性はある』と、民主党幹部は発言しているというから、あれほど国民から支持を受けた以上、ぜひ思い切った行動をとってほしいものである。

鳩山内閣が発足するのは16日、それまでの10日間、駆け込みの『天下り』は続くのではないだろうか。そんなことを考えるだけで心が冷え冷えとしてくる。

最近、信じられないような凶悪犯罪が続発しているが、その根源は国民の指導者であるべき官僚(政治屋もだが)たちの『さもしい・・・』心の蔓延にあるのでは・・・。(い)

2009年9月 3日 (木)

あの騒ぎは何だったのだ・・・

 選挙期間中は連日、アソウ首相の動向や鳩山党首の言動が毎日のようにテレビで紹介され紙面を賑わしたものだが、それは同じぐらい大騒ぎしていた酒井法子というタレントの覚醒剤関連の報道が、選挙が終わったとたんピタッはなくなった。

もともとどこかからの指令というかマスコミ操作だと思っていたので、そのことは特にビックリしないが、それにしてもあまりにも露骨過ぎる。

おそらくマスコミ各社は政府筋からの関与など認めるはずはがない。しかし、選挙がおわったとたんに話題にしないということが、情報操作があった何よりの証拠。賞味期限が過ぎたというのでは納得できないものがある。

覚醒剤で気になるのは、酒井法子よりも悪質な覚醒剤を使ったことは確実で、しかも女性の死体をそのまま放置して逃げたといわれる押尾というタレントが釈放されたというニュ-ス。

形だけは検察が証拠恐れがあると反論したらしいが、裁判所はさっさと釈放することを認めたというから変な話。さらに、このことはマスコミが取り上げないのはもっと変・・・。

大衆紙によれば、この男はマスコミ各社の記者には『ガンをつけて』、反省の様子もなく釈放されたとたんに、カ-チェイスよろしくどこかに消えたということだから、いまごろ証拠隠滅に忙しく動き回っているのでは・・・。

記者たちがたくさんいたことは、マスコミ各社は報道する気があったと見るべきだが、実際には読売・朝日といった大一切取り上げていない。こんなゴミのような事件などアホらしくて、と言い訳するのだろうが、ならばあの酒井法子は『一体なんだったの・・・』と一言いいたくなる。

どうやら巷で囁かれている、押尾の陰には自民党(だと言われているが)の大物政治屋の陰がチラついているという情報は本当らしい。

このあたり、民主党はしっかり調べてほしいものだが、政治屋が絡んでいるとなると自民も民主も『同じ穴の狢』だろうから、殺人と思われる、今回のタレントたちによる覚醒剤事件はウヤムヤになってしまう恐れの方が大きいようだ。

ところで、3回目に裁判員制度で行われる裁判が青森で昨日から始まっているという。今回は『性犯罪事件』だというので、被害市者のプライバシ-を守るのに細心の注意を払っていると、ここ数日(酒井法子に代わって)マスコミは大きく報じている。

今回は前日に裁判員6人と補充裁判員3人が決まったという。裁判員裁判で初めての性犯罪が対象となるため、手続きでは強盗・強姦の被害者の女性2人について、事件当時の居住地域と年齢を示し、裁判員候補者にその地域での居住歴を尋ねるなど、被害者のプライバシー保護や負担軽減への配慮がされたという。

当然だろうが、裁判員候補として呼ばれた男性の一人が、同じ市の住民だというのが引っかかる。無作為で選んだ結果だという説明は、わからないことはないが、選ぶのは条件情報を入力されたコンピュ-タだろう。

そこまでプライバシ-に気をつけているのなら選ぶ条件として一つの要素を付け加えれば済むことなのに、わざわざ呼び出して『あなたは同じ住民だから・・・』では失礼ですまされない。例え少額とは言え交通費や日当の無駄づかい。

無駄を徹底的に洗い出すと約束している民主党政権のことだから、無駄の固まりのような裁判員もきっとまな板に乗せるとは思いたいが・・・。

キ-ボ-ドのご機嫌が直らないので、そのことは、改めて述べたいと思う。(田舎親父)

2009年9月 1日 (火)

選挙は終わったが・・・

 昨日も書いたが今回の選挙は民主党の一人勝ち。308議席は一つの政党が獲得した議員数としては過去にない数字だそうで、民主党の幹部たちは『いよいよ我々の時代到来』と大いに喜んでいるに違いない。

しかし、浮かれてばかりいる場合ではないはず。(口を酸っぱくするほど、国民とのお約束と明言して)、あれほど盛り沢山の公約を全て実現できないと、自民党(それまで存在するかどうかも怪しいが)は今回よりもさらに徹底したネガティブキャンペ-ンをするはずだから、飽きやすい体質の国民がそちらに流れないとも限らない。

民主党の掲げる政策が全てやり通せるなどとは思っている人はほとんどいないだろうから、公約に優先順位をはっきりつけること、そして手始めとして徹底的な無駄を見直す作業を前向きに真剣に取り組み、数兆円の財源を確保できれば当面は大丈夫だろうと確信している。

それと並行して、後期高齢者などという失礼な名前をつけた政策の撤廃や見直しや年金問題なども挙党一致で取り組んでいただきたい。しかし、外交や教育問題は党内で様々な意見があるだろうから、そのすり合わせには苦労するはず。思わぬところからホコロビが出ないことを願っている。

ところで、政策問題はさておき、公約に掲げている議員定数削減も大変な作業になることは間違いなさそうだ。

自民党のように昔の地域の顔役と結びついた古い体質のタイプの人が多いと、定数削減などは話題に乗せることすら難しいだろうが、今回当選した民主党の議員は地縁・血縁頼みでない30代.40代の若い人たちが多いので、話題には乗せやすいとはいながら、苦労して当選したのに定数削減でお払い箱になるのはたまらない気持ちになるのはよく理解できる。自分の存在も否定されかねないと内部からの反対も強いに違いない。

まして、共産党やと社民党などは比例がなければ当選はおぼつかないとなると、比例定数の削減は命懸けで反対するだろうから、常識的に無理な話になるのではないだろうか。

その前に立ちはだかるのが、当選に必要な投票数が地域によって大きく違うという、法の下の平等を定めた憲法に違反するとの法律論。このあたりを解決しないと、定数削減も理屈とはかけ離れた空論になる恐れがありそうだ。

議員一人当たりの有権者数が違うのは仕方ないが、5万票で楽々当選できる人と、15万票をとらないと当選できない人があっても良いとは変な話。議員定数の削減を議論する前に『一票の格差』をどう捉えるのかが話題になるのは間違い

以前からこの問題は何度も議論されてきた。何とか格差を是正するように議論は始まるのだが、それぞれの地域にしがらみがあって具体的には進まない。

それでも、過去に何度が見直された経緯はある。最近では、2002年の公選法改正で、衆院選挙区は『五増五減』され、最大格差は2.55倍から同2.15倍に減少したという。しかし、その後、再び拡大を続け現在では2.30倍で、有権者の最も多い千葉4区の一票に対し、最も少ない高知3区の一票は2.3倍の価値があるというから、千葉の有権指者は不満だろう。その事情は私の住む横浜もほとんど変わらない。

定員削減は大賛成だが、単に人数上の不公平を改めるという理由での改定で(例えば)東京23区では定数が100人に対して、島根と鳥取2県を合わせて国会議員がたった一人などということになりかねない。

これでは違う不公平の声が上がるのも当然だろうから、このあたりを十分考えるべきという論理をすすめたいのだが、やっとここまで書いてきたら親指キ-ボ-ドの調子が悪くなり思い通りの変換ができなくなってしまい、思考も全く進まなくなってしまった。

中途半端になるが、この続き別の日にとして今日はここまでにしておきたい。(田舎親父)

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