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2009年10月

2009年10月31日 (土)

この輩のいう『経済効果』とは・・・

 先日話題にしたが、万葉集にも歌われた景勝地『鞆ノ浦の埋め立て』裁判で、埋め立てたら元に戻すのは不可能として、反対派住民の主張を認めた判決に、フジタという知事はそれを不服として控訴したというニュ-スが流れたが、やはり素直に『ハイ、わかりました』とはいかない、利権めいたものがあるらしい。

県側(知事だろうが)の控訴理由は『景観利益の定義があいまい。他の公共事業にも影響が出かねない』というものらしいが、そのわけのわからない主張に『お上のやることには文句をいうな・・・』という時代劇の悪代官を重ねるのは私だけだとは思えない。

地裁が『鞆の浦の景観は文化、歴史的価値があり、国民の財産』と見事な判決理由を述べているのにもかかわらず、『景観利益の定義があいまい』とは、県民総体として所有している歴史的価値を『権力』によって否定し、金儲けをするためには景観なんて考える価値もない『屁のようなもの』というところなのだろう。

私はアニメはあまり好きではないが、宮崎監督の『千と千尋の神隠し』は感動した。あのなんとも言えぬ幻想的な世界観の作品のヒントを南信州の遠山に求めたという話を聞いて以来、遠山に何度も足を運びその『神の里』の雰囲気に心酔している私は、宮崎監督に親しみを持っている。だから、鞆ノ浦が『崖の上のポニョ』の舞台となったことで、まだ訪れていない鞆ノ浦の景観の素晴らしさは十分想像できるのだ。

その宮崎監督が判決後に『公共工事で劇的に何かが変わるという幻想や錯覚はやめた方がいい』と話していた意味はよく理解できる。その言葉さえ否定して、公共事業を続けることが県民の幸せにつながると思い上がる考え方は、まさに『天につばする』行為としか表現のしようがない。

ある新聞によると、フジタという県知事ドノはかなり箱もの作りには異常に熱心で、県職員の中には『県は県債残高が09年度末で初の2兆円を突破し、財政危機に瀕している。公共事業に手を出す余裕はないのに、なぜこれほどこだわるのかといえば、知事が原因だ』という声が渦巻いていると書いている。

記事によると、フジタという知事の父親は参議院議長、母方の祖父も県知事の政治家一家だそうだ。政治家が建設業者と結び付いて公共事業を計画する構図は全国でみられるが、その中でもフジタ知事は『キング・オブ・ゼネコン知事』と呼ばれているという。祖父が私でも名前を知っている『フジタ』というゼネコンの創業者だというから、なるほど公共事業に拘るのも無理がないと思わざるを得ない。

黒い噂も尽きないらしく、4期目の当選を決めた05年、地検が後援会事務局長を政治資金規正法違反で逮捕。8000万円もの使途不明金の存在が明らかになったほか、選挙のたびに『対策費』と称したウラ金が県議などにバラまかれていたことが暴露されたという。このような人物を4期も続けさせていることを始めて知る。

記事は続く。この件で、県議会は知事への辞職勧告決議が2度も可決したそうだが、本人は『知事の座にいないと取材も報道もなくなり、真相解明できなくなる』とトンデモ釈明をして居直っているとのこと。事実だとしたら(事実だろうが)これは信じられないようなびっくり話。

ここまで書いてきて この知事は05年再任となると今年は満期。まさか5期連続に選ぶほど県民の意識が低いとは思わないので、調べて見ると11月8日に県知事の選挙があり、さすがに立候補していないことを知りホッとする。できれば、県民の良識で『鞆ノ浦埋め立て』を推進する人物ではなく、控訴取り下げに躊躇しない人を選んでほしいものだが・・・。

ところで、こちらは沖縄の話。こちらも県と市が一緒になって、日本でも有数の干潟である『泡瀬干潟』の埋め立てを進めていることに対して、一審と二審で『経済的合理性がない』として、県と市に予算支出の差し止めを命じる判決がでたことはつい最近のこと。

経済的合理性というのは、埋め立ててホテルを誘致できたとしても、地元にさほどの経済効果は期待できない、ということだと思うが、この判決に対しては、一応従うような素振りを見せながら、事業計画を見直すとして一期の埋立て工事は続けていくとこと、これまた変な話。

一度埋め立ててしまったら、どんな手段を講じても元に戻らないことは小学生でも理解できることなのに、経済効果とか地元の発展のためと称して、金儲けのためならば自然破壊などなんとも思わない輩が、知事だ・市長だとのさばっている社会がまともであるはずがない。

この輩のいう経済効果とは自分の懐を潤すことだとしか思えないが・・・。(田舎親父)

2009年10月30日 (金)

戸塚ヨットスク-ルとはどこかで聞いた名前だが・・・

 ハトヤマ首相の所信表明演説について、時間の長さはもちろんその内容について、様々な人がそれぞれの立場で意見を述べている。

自分の考えを述べることは当たり前。それ自体に何ら疑問を感じるものではないが、自民党の総裁であるタニガキという御仁が『ヒットラ-』に例えて雰囲気的に『ナチズム』のようだという批評には、思わず首を傾げてしまった。

この御仁は正直にハトヤマ首相の一言・一言に拍手や歓声を上げる民主党の若手中心の議員たちの態度に『ナチズム』を見たと表現したのだろうが、戦争責任者(例えば東条英樹)に似ていると口に出してはいけないのは常識だと思っている。ましてヒットラ-の演説だとか、ナチズムのようだという類の言葉は絶対に慎むべきで、聞いた人の気持ちを暗くすることを、よもやご存じなかったとは思えない。

自分たちが今まで数の力で何でも通してきたことを忘れ、あまりの悔しさと焦燥に陥っているのだろうか、それにしてもこの一言は大失言。すぐに取り消さないと自分の首を占める結果として返ってくるのではないだろうか。

この発言を特に問題にしていない民主党の態度は大人と言ってしまえばそれまでだが、放置しているのも気になる。自民党の中にも苦々しく思っている人も多いのではないだろうか。というより、この発言に違和感を覚えない議員たち(国民総体かも知れないが)が多いのがもっと気掛かり・・・。

このことは今後大きな問題になるだろうと期待しているので、今しばらく政治の動きを注意深く見ることにして、今日は、『戸塚ヨットスクール』の屋上から、入所して間もなくの18歳の女子入寮生が飛び降りて死亡はいうニュ-スが先日報じられた事件を・・・。

記事によると、この入寮生は男性コーチと仲間の女子入寮生と一緒に、海が見える建物の屋上の東側で布団を干していたが、コーチが目を離したすきに西側に移動し、突然高さ1・5メートルの鉄筋コンクリートの壁を乗り越えたとのことである。

一瞬のことでコーチが止める間もなく約10メートル下の国道へ飛び降り、病院に運ばれたが死亡が確認されたという。遺書はなく、入所当初から『死にたい』と周りにもらしていたというから衝動的に自殺を試みたのだろうが、わずか18年しかこの世での経験がない少女が自ら死を選んだのは何なのだろうと思うと気持ちが暗くなる。

本文の中にある『戸塚ヨットスク-ル』という固有名詞に、聞いたことがあるぞと思ったが、やはり例の『戸塚ヨットスク-ル』であることを確認すると同時に、えっ・まだ存在していたのか・・・と驚いてしまう。

このスク-ルが日常的に入寮生に体罰(暴行)を加え、ついには『訓練』と称して異常な指導?で子どもたちを死に至らした事件が明らかになり、世の中を震撼させたのはもう数十年も前になるのではないだろうか。

この組織は戸塚という男の言う『ヨット操法指導を手段として人格を形成する』を目的で作られたたと当時の報道を思い出す。スパルタ式と呼ばれる独自の指導を行い、今ではあまり話題にされないほど当たり前になってしまっている感がある『不登校』や『家庭内暴力』などについて、数多くの少年少女達を矯正させたという触れ込みは、子どもの暴力に悩み、何とか更正させたいと願う親たちには『神様』のように見えたようだ。

入寮生の死という事件で戸塚という男は逮捕。裁判で有罪になり、何年間か収監されたと報じられたが、その後は私の記憶からは消えていた。数年前に出所というニュ-スを聞いたことがあるが、まさか、こんな組織に子どもを入所させる親あるまいと、思っていたが続いていたらしい。

いろいろな考え方があるだろう。頭からスパルタ式教育を否定するつもりはないが、そんなことでしか子どもを更正させられないと思う親の存在と、その親の心につけ込むような『商売』が成り立つ現在の社会が恐ろしい。今流行りの進学塾も同じだろうが・・・。

自殺とあっては、『戸塚ヨットスク-ル』に犯罪の臭いを見つけるのは難しいだろうが、できればこの事件を機に、このような組織に頼る親がいなくなることを願いたい。(田舎親父)

2009年10月29日 (木)

徹底的にサ-ビスを省いた宿 発見・・・

 急に、温泉に浸かりたいと思い立ち箱根の仙石原に出かけてきた。箱根は2時間もあれば行けるので数日前にネットで調べたところ、仙石原にある『ロッジ 富士見荘』という宿を見つけすぐに予約した。
 価格も手頃。今流行りの『露天風呂』もないというから、あまり流行らない宿だろうと思ったが、大涌谷から引いてくるお湯は74℃、加水・過温なしの源泉掛け流しという一文が気に入ったという次第。
 小さなフロントでおよそ愛想のない女性の対応に、よくこれで旅館がやっていてけるものと思うが、必要なことはきちんと伝えるという態度には不快感はない。部屋には、お茶の容易はないので、給湯室から自分で持っていくようにという指示にも驚くが、今どきの上辺だけのサ-ビス過剰の雰囲気より、ある意味気持ちが良い。
 部屋は、宿では一つだけの和洋室で『もし布団でお休みになりたいのなら自分で敷いて下さい』という言葉には笑ってしまう。何でも、今日は満室だそうだが、少し宿泊料が高いこの部屋が空いていたらしい。
 部屋からの展望は見事と以外ない。これぞ『絶景』という言葉しか思い浮かばない。『富士見』と名前の通り、眼下には仙石原の広大な風景と雪をかぶった富士山の姿は何よりの御馳走。この宿の営業方針は、サ-ビスで生き残りをかけるのではなく『気に入ったら、どうぞ・・・』というところのようだ。
 夕食も実に簡素。一つのお盆に料理が盛られているのも特徴だろうが、味的には不味くない。量も一人分として丁度で、強いて言えば、お猪口を傾けながらという雰囲気がないのが残念というところ。ビ-ル一本、30分ほどで夕食は終わり。後は勝手に、酒は自動販売機で買って飲めというところらしく、部屋には空の小さな冷蔵庫がある。

 徹底的にサ-ビスを切り詰めているが、風呂と景色が楽しみな客にはこれで十分に違いない。事実、湯は素晴らしい。しかも風呂から仙石原の広大な景色が一望できるのも嬉しいし、富士山の麗姿を眺めながらの湯に浸かれるのは最高の贅沢。夜には、半月の月に寄り添う木星の輝きにしばし見とれてしまった。
 かなりの宿泊客がいるようだが、驚くほど静かなのも良い。何でも常連の人がほとんどで、湯治気分で季節に応じてやってくる人が多いようだ。
 今日は、別のことを書こうと思っていたが、紅葉にはほんの少し早い気もしないでもないが、相応の色づきも申し分がない箱根路の、往路に立ち寄った『ポ-ラ美術館』の収蔵品の素晴らしさにも驚かされたが、このサ-ビスを徹底的に省いた宿を紹介したくなり、急遽こちらの話題に切り換えた。
 私の部屋はこの宿にとっては唯一の和洋室、いわば特別室といったところらしいが、一泊12000円というのは決して高くない。
 普通の和室ならば一泊1万円以下で泊まれるというから、次回からは早めに予約すればもっと少ない予算で、この風景と温泉が楽しめるはず。翌日、あるいは千石原のススキの原も趣があった。
 この宿はまた来たくなる何かがある。今どき珍しい、サ-ビスを徹底的に省いたこの宿を自分の目で確かめられたらいかがだろう。(田舎親父)

2009年10月27日 (火)

奇跡的に無傷に近かったようだが・・・

 先日、14階建てのマンションの8階のヘランダから5歳の男児が転落するという事故が報じられた。

幸、この男児は階下の部屋のテレビアンテナに引っ掛かり、しかも自転車置き場の屋根がクッションの役目を果たしたようで軽い怪我で済んだとのことだが、マンションの窓やベランダから幼児が転落する事故が後をたたない。

この問題は過去にも取り上げたが、一般的に親は子どもの背丈ほどの柵があれば安全と思っているのか、それとも自分の子どもだけはそんなことはしないだろうとタカをくくっているらしく、自宅のベランダの点検をする努力が欠けているようだ。

幼児(特に男児)に共通する心理として『自分で見たい・やりたい』という欲望が強く未知なことに対峙すると挑戦したくなり、ベランダで遊んでいた時に下から興味ある物音が聞こえてくると、何とか覗き込もうとするのは当然だろう。

今回の事故は弟と一緒に遊んでいたというから、二人の男児が先を争うように何かを持ち出して下をのぞこうとしたようだ。この兄弟は競争意識が旺盛だったようで、本来本能的に感じるだろう危険に対する意識が全く働かず、不安定な姿勢のまま体を乗り出して転落したのではと想像している。

母親のめを離した一瞬の出来事だったことだが、よくぞ、20数メ-トルもの高所から転落して、この程度で済んだものとホッと胸をなで下ろす。

マンションという名が一般化される前は『団地』と呼ばれた、4.5階の集合住宅が多かったが、現在は高層マンションが大流行。そして、団地が原型になっているのか定かではないが、必ずベランダ(バルコニ-)がついており、その大きさが一つのステ-タスになっている傾向がある。

しかも、プライバシ-保護という建前なのかは知らないが、団地に見られる鉄柵状のものは敬遠され、1メ-トル強の高さのしっかりした構造が主になっている。しかも、洗濯物が外から見えないようにという考え方があって、物干しまでベランダに合わせた高さにしてあるものが多い。

確かに洗濯物がぶら下がっている高層マンションはイメ-ジが悪くなるのは確かだろうが、部屋の中からは洗濯物が視野を遮り、そこで遊んでいる子どもたちの動静が見えにくくなっているのではないだろうか。今回の事故もこのような構造だったのでは?・・・。

そんなことを思っていると、リンク先の記事として、転落事故の危険性に対する女性の相談があった。

記事によると、この方は夫と1歳の子供の3人で14階に住んでいるとのこと。購入前にモデルルームで見たバルコニーは、手すりの高さが130cmくらいだったのだが、実際に入居してみると100cm弱で、子供が転落するのではないか気がかりだという。

建設会社のサービス対応窓口に相談したところ『建築基準法はクリアしており問題ない』という返事で、気になるのなら『既存の手すりの内側にもう一つ同じ高さの手すりを取り付けたり、転落防止用にネットを張るのも一つ方法』だとの回答だったが、実際にそのような工事をする場合は『外観上の問題』が発生するため建物管理者との協議が必要になるらしいのでという内容である。

実際に高さが30cmも差があるとしたら契約違反だと思うのだが、トラブルを避けたいという心理が働き、表に出ないだけで同じような相談も多いのかも知れない。それにしても、管理会社の誠意のなさはおびただしいことだけは間違いないところ。

相談の中で『バルコニー(ベランダ)は共用部分』というのは始めて知った。確かに一軒ずつ勝手に手すりの高さや装飾を変えたら統一感はなくなるだろうが、部屋の一部だと思っていた私の迂闊さにびっくり。なるほど共有部分となると、別の手すりをつけるのも管理組合の許可が必要では、時間と費用の二重の手間がかかるだろうから、諦める人が多いだろう。

『ネットをはる』ことは共用部分の変更にはならないのだが、美観の問題が出ることは避けられず、これまた管理組合の許可が必要だというから、鍵一つで自由だというマンション暮らしも何かと制約も多いことがよくわかる。

構造上では根本的な解決策がないとなるつと、結局は『バルコニーで遊ばせるときは、親が目を離さない』『足がかりとなるものを放置しない』『転落の危険があることを、子どもに徹底して教え込む』という、当たり前のことしかないようだ。

世の親たちは、この事故を教訓としてくれぐれもベランダの子どもには目を離さず、二度と子どもの転落事故の報道がないようにしていただきたいものだが、最近の親の行動を見ると期待できそうもないのが気掛かり・・・。(田舎親父)

2009年10月26日 (月)

月見草には似合わない大騒ぎの引退だが・・・

 私ぐらいの年代の人にとっては、草っぱらでの三角ベ-スは懐かしい思い出ではなかろうか。かなり広いスペ-スがあったようにも記憶しているのだが、何故か二塁を置かず、棒切れで打つボ-ルを新聞紙で作ったグロ-ブをはめて追いかけたのを思い出す。

 少し大きくなると、紙が革に変わり、棒切れがバットになるのだか、それでも三角ベ-スだったのは、今思うと人数がそれだけ集まらなかったに違いない。

 それでも中学に進む頃には、野球が放課後の楽しみになっていたのも懐かしい思い出。卒業文集などとっくに失ってしまったが(あったのかどうかも怪しい)、末はプロ野球の選手になるんだ、と大声で将来の希望を言っていた友だちも多かった記憶がかすかに残っている。

 そんな頃に活躍した花形選手は、川上であり藤村であったが、昭和33年頃だったと思うが、立教大学で活躍していたサ-ドの長嶋が巨人に、エ-スの杉浦が南海ホ-クス入団。年代ははっきりしないが前後して、早稲田実業のピッチャ-として甲子園で優勝、華々しく巨人に入団、間もなくフ-ストとして大活躍する王の存在は一際目立つ話題だった。

 その後、O・Nと巨人軍の不動の3、4番として長年活躍したことは、私がいうまでもないことだが、当時杉浦が入団した南海の監督が鶴岡一人という人。何故か私はこの人の大ファンになるのだが、どこが魅力だったのかはどうしても思い出せない。

 当時、南海はパリ-グでは何度も優勝する強い球団だったが、日本シリ-ズでは巨人にとてもかなわず、どうしても日本一になれなかった。そのことが、今でもアンチ巨人として残っているのかも知れない。

 そんな南海にテスト生として入団し、間もなく頭角を現したのが野村克也、背番号19のキャッチャ-である。杉浦とのバッテリ-で長嶋の巨人と日本シリ-ズで対戦し、杉浦が4戦とも投げて4連勝したことは今では信じられない奇跡的な出来事。

 こんなことを思い出しながら書いていると、その後西鉄ライオンズが全盛期、神様仏さま稲尾さまといわれた稲尾や中西・豊田、あるいは後年イチロ-を育てた仰木などの名前が蘇ってくる。

 次々と当時のプロ野球のことが思い出され止めがなくなるが、南海プァンだった私は、長嶋や王の活躍より野村に注目。三冠王になったことやその後プレ-イングマネ-ジャ-として活躍したことも思い出す。

 監督を解任されると、生涯一捕手なんてかっこいいセリフで西鉄に移籍して本当に一捕手として野球を続けたのもなかなかできるものではない。

 その頃だったと思うが『長嶋・王は(大陽のもとで艶やかに咲く)ヒマワリ。俺は(夜にひっそりと咲く)月見草』という実にいい得て妙な名言を残したのは有名な話。

 その後ヤクルトで日本一となり、名監督の名前をほしいままに、そのまま引退すればまさに日本人らしい『きれいな引き際』と言われただろうに(恐らく私になどは想像もできないような事情があったらしく)、阪神に移ったのだが最下位争いの常連は直らず、石でもって追われるような形で解任されたのもよく覚えている。この頃は野球より奥方の話題の方が賑やかだったようだが・・・。

 それでも野球というか監督業が忘れられないらしく、社会人野球の監督をへて、パリ-グの再編で楽天ができると、創設二年目の監督に就任。またまた最下位争いの常習を経験し、やっと4年目でリ-グ2位に導いたのは見事だが、球団が今年限りで契約しないとの態度に、連日球団批判を繰り返してマスコミの人気者になったのも面白い。

 その最終試合となる、日本ハムとの第3戦が一昨日行われた。結果は敗戦で、監督としての野村の見納めとなったのだが、両チ-ムのコ-チや選手が一団となって彼を胴上げしたシ-ンは見ていて清々しかった。

 月見草にしては賑やか過ぎる引退シ-ンだが、これでまた一人球界を去ることになるがこの御仁は(奥方のハッパだという報道もあるが)月見草のようにひっそりとしおれることはないだろうから、来年度はどこかの放送局の解説者として『ぼやき節』を聞かせてくれるのではないだろうか。 

 私個人としては、野村の解説は聞きたいとは思わないが・・・。(田舎親父)

2009年10月25日 (日)

煙草の吸える『禁煙室』とはこれいかに・・・

 町全体を『禁煙』にする条例が現実味を帯びてくるほど『禁煙』が当たり前になっている今日、『禁煙室』という名前の喫茶店が、実際には『喫煙室』だという面白い記事を見つけた。

この店は加賀百万石の城下町『金沢』にあるレトロな雰囲気の喫茶店らしく、形見が狭くなった愛煙家たちで大繁盛しているというから面白い。分煙や禁煙が当たり前の時代にこの喫茶店のマスターは『健康増進より、くつろぎが売り物』と言っているという。

30年前に、以前からこの地で『珈琲館禁煙室』という名で営業していた店を買い取り土地に馴染んでいる店の名前は変えないで新装開店し今日にいたっているようだ。

ここ数年、『いちげんの客』が恐る恐る『吸えないのか』と尋ねてくるので、しびれを切らし、看板に『たばこの吸える喫茶店』と書いたという。実際にこの店の看板の映像はないが、『珈琲館禁煙室』の前か後ろかに『たばこの吸える喫茶店』とあるのは、いかにもアンバランスという以前に、逆に現代にマッチしたネ-ミングではなかろうか。

71歳のマスタ-は半分楽しみで経営しているらしく『金もうけをする気はない。たばこ嫌いの客は来店しなくて結構』とのこと、これは最近にない気骨のある人物。ある意味応援したくなる。

私は20歳で煙草をやめたくちで、それ以来喫煙の習慣はない。とかっこをつけているが、実際は10代の終わりごろ面白半分で煙を口の中に含んでいただけ、恐らく呑み込んだ時にむせてしまい、こんなものを吸う気が知れないと口にしなくなったのだろうから喫煙などおこがましく、『20歳で辞めました』は見栄そのものであるのだが・・・。

最近は『受動喫煙』という言葉が当たり前になり、知らず知らずに煙草の煙を吸い込むことによって、ガンなどの病気になる可能性があるというのが根拠となり、愛煙家にとっては楽しめる場所を探すのも困難になっている。

(散歩の途中に良く見かける光景)学校などは完全に禁煙が行き渡っているらしく、裏門の外(この小学校は避難用の裏門はすぐに川辺に面しており、児童の立ち入りが禁止されているらしい)で、数人の教職員が美味そうに喫煙している姿は気の毒を通り越して同情することしきり。

こんな環境があればまだしも、街中の学校では校門外といえど、監視の目が厳しくうっかり煙草を吸っている姿を目撃されたら、たちまち抗議が殺到するというから、愛煙家にとっては精神的な拷問ではないだろうか。せめて校内の一角に『喫煙場所』でも設置すれば、教師たちも少しはゆとりが出るだろうに、と思わないでもない。

駅や役所など公共の建物でも同じ傾向があるが、このところ公務員の不祥事が増えているというのも、喫煙できないストレスが原因でないとも言い切れないのでは・・・。

この『禁煙室』は、堂々と喫煙できるのだから、愛煙家にとっては憩いの場。極端な表現をすれば『救いの空間』とも言える神聖な場所に違いない。常連客は『吸う人の権利も大事』と大喝采。『禁煙室』で紫煙をくゆらせている図は想像するだけで面白い。

街中の飲食店も人が集まる意味では公共の場だという論理で、都市によってはあらゆる店の『禁煙化』が進められているようだが、例外として、喫煙家しか寄りつかない、こんな喫茶店の存在を認めるのも良いのではないだろうか。

そういえば、『金沢発凶悪事件』報道をあまり目にすることがないのは、案外この店が貢献しているのでは・・・。これは偏見中の偏見だろうとわかっているが。(田舎親父)

2009年10月24日 (土)

庇を貸してなんとやらにならないように・・・

 顔つきで人物を決めるのはタブ-だということはわかっているが、日本郵便の社長の顔は、コイズミ内閣が国民をクチサキでたぶらかし強引に押し進めた『郵政民営化』の象徴のように見えて仕方ない。

 この御仁、アソウ内閣のハトヤマ総務大臣からの辞任要求ももろともせず、国会での参考人(だったか?)でもふてぶてしいとも思える態度で切り抜けて、ついには逆に総務大臣を更迭させてしまうほどだから、余程の実力者だろうことは疑えない。と同時に、辞めては困ることをしてきた(している)可能性も否定できない。

 民主党政権が発足して、首相はじめ総務相やカメイ郵政改革担当相からの辞任圧力にも屈せずに、ずっと居すわっていたが、ついに辞任するというニュ-スに、何となくホッとしたものだが、後任の社長に旧大蔵省の事務次官を当てるという人事に『?』と首を傾げた人も多いのではないだろうか。

 カメイ氏の存在がこのところ物凄くクロ-ズアップされている。確か、選挙前は国民新党の『代表代行』だったと記憶しているが、代表が選挙で落選、引退を表明したことでいつの間にか党首になっている。これは国民新党という政党が代表選出には選挙などしない党だろうから仕方ないが、違和感を覚えるのは私だけなのだろうか。

 表現は適切ではないかも知れないが、たった数名のちっぽけな政党ながら、連立を組まなければ参院が乗り切れないという政権基盤が脆弱な民主党の弱みにつけ込んで、この政党の唯一の主張である『郵政民営化見直し』を叫び、民主党政権でのその担当大臣の席を獲得したのは見事というしかない。

 この御仁は、以前から勇ましいことは有名だったが、この政権では民主党の新米 大臣たちちと違って、就任当時から大風呂敷を連発。中小企業の現代版『徳政令』もどきの政策をぶち上げるな、やたら目立つことおびただしく存在感は抜群。

 民主党のお歴々にはマニュフェストには『郵政民営化』を盛り込んでいたものの、何をどのようにどこから切り込むのかは具体的案がなかったのかも知れないが、何故かカメイ氏に全権を委任したようだ。(ひょっとして、オザワ-カメイラインとでもいうものが裏に存在するのかも知れないが・・・)

 現代版『徳政令』が騒がれなくなった絶妙のタイミングで、『本丸攻撃』が始まった。西川社長を呼んで直接辞任を迫ったようで、さすがの粘り腰社長もついに白旗を上げたという筋書きというところか・・・。

 そこら当たりは庶民には関係ない話だから、どうでも良いのだが、新社長についてはハトヤマ首相の発言はいただけない。

 新聞報道なので、どこまで信用できるかは疑わしいが、ハトヤマ首相は『「(前日の夜にカメイ氏から)話をいただいたときは驚いた。元官僚じゃないかと議論をしたが、大蔵省を辞めて14年たっている。民間でも働いていた。本当に能力のある人なら認めるべきという結論になった」と説明したとのことは『情けない』とかいう以外の言葉がない。

 日本銀行の総裁人事では民主党は二度も『過去に財務省の次官経験者』という理由で拒否したことは記憶に新しい。あの時、『民主党も味なことをやる。ここまで元官僚を拒否するのなら脱官僚は本物・・・』と、応援する気になった人も少なくないのでは・・・。

 サイトウという元事務次官は『官僚中の官僚』と言われた人物らしい。カメイ氏が引っ張ってくるほどだから筋金入りの『郵政民営化反対』論者に違いないので、かなり大きな改革が行われることは間違いなさそうだが、実力官僚の力を借りなければ改革ができないとなると、民主党の体質そのものが疑われないとも限らない。

 それ以前に、選挙の一大争点となった郵政民営化をめぐる重要な人事を、『前日夜に初めて聞いた』というのは変な話。下克上の世界でもあるまいに・・・。『元官僚』と反論したならそれで押し切るべきで、一晩で説得されるなんて首相として存在そのものが軽過ぎるのではないだろうか。

 国会で閣僚たちが座る位置が話題になっている。カメイ氏が座る場所は従来では首相の次にランクされている席だという。だとすると、民主党は副総理とはっきりうたっているのだからカン副総理の定位置であるべきはず。カンさんも穏やかな気持ちではないのでは・・・。

 諺に『庇を貸して母屋を取られる』というものがあるが、よもや、カメイが時期をみて民主党に合流して党首になる野心があるとしたら、諺通りに事が運ぶのではないかと危惧しないでもない。

 まして、オザワ-カメイラインなるものが存在していたら、その危惧は現実味があるだけに大きくなりそうだ。(田舎親父)

2009年10月23日 (金)

母子加算年内復活を機会に・・・

 このところ、『ミスタ-年金』と持ち上げられて華々しく厚労相に就任した長妻氏の存在感が薄くなっているとマスコミは大袈裟に報道している。中には『ミスタ-年金』から『ミスタ-考え中』とか『ミスタ-検討中』などと揶揄するむきもあると聞く。

最近は、報道陣から逃げ回っているというニュアンスの記事も目立つが、よもやそんなことはあるまいと信じたい。しかし、テレビで見る限り一時の気合十分に年金問題で当時の自民党政府を追求したような覇気がみられないことは確か、顔色も何となく冴えず焦燥感が滲み出ているようにも見受けられるのも心配。

先日も、衆院選で掲げた『後期高齢者医療制度の廃止』というマニュフェストに対しては、中にある重要な項目の老人保健制度の復活は断念して、新制度を創設するという理由で来年度中の現行制度の廃止を断念する方針を固めたと報道されたが、この御仁にとって医療問題は年金を追求するようにはいかないらしい。

民主党を選んだ国民の多くは、すぐには革命的に全てが変わり、バラ色の生活環境が実現するとは思っていないだろうから、この後期医療制度は少し時間をかけて抜本的に改正する方向を出せば良いのではないだろうか。その意味では、新制度なるものを見守りたいと思っている。

それはともかく、生活保護を受けている一人親世帯に対する『母子加算』復活は緊急問題と言われていた。すぐにでも解決しなければ、民主党そのものへの支持も薄れるのではという懸念もあり、早急の解決が望まれていたが、何やら雲行きが怪しくなっていた。

昨日になってこれが完全復活とのニュ-スに一安心。財務省が半額査定していたようだが、首相への直訴が功を奏したらしく、このところ態度が大きいように感じる財務大臣がやっと首を縦に振ったとのことで、12月から復活することになったというから、長妻氏も少しは顔が晴れるのではないだろうか。

こちらの問題を手当てするのに必要な財源は60億円程度だという。自民党政府が数の力で強引に設定した今年度補正予算の総額は15兆円という天文学的数字。

私のような政治に全く疎い者がみても緊急性が感じられない予算も多い。およそバラマキとしか思えない『給付金』などに巨額の予算を組みながら、本当に困っている人々へのたった『母子加算』の60億(年間では180億らしいが)を廃止するというのは納得がいかなかったので、民主党政権の誕生と時をおかず復活するだろうと思っていたが、財務省の抵抗でかなりもめていたようだ。

長妻氏としては、後期高齢者医療制度をはじめ障害者自立支援法の『廃止』など、暮らしにかかわる公約の実施を次々と表明しているが、実現するのは今回の『母子加算』の復活が初めてのことという。まあ小さい成果かも知れないが、これを機会に少しは覇気を取り戻してほしいもの。

さあこの勢いで、後期医療や障害者自立支援などにも本格的に取り組み、本当の意味での『コンクリ-トから人へ』の政策の実現のために、年金問題追求当時の気合十分な『攻めの姿勢』を見せてほしいものと期待している。(田舎親父)

2009年10月22日 (木)

相変わらずワクチン騒動が続いているが・・・

 昨日は早めに自宅を出て、帰宅したのが10時半。朝の10時から昼食に40分ほど、トイレ休憩に5分ほどの休みを2回はさむだけの会議。大学の先生たちのまじめな態度には驚くと同時に頭が下がる。
 一応、今回で一通り終わったので一安心だが、久しぶりで現役時代の気持ちが蘇り気分的には爽やかな日々だった。
 ところで、帰宅したとたん、郵政の新社長にかなり昔の大蔵事務次官の斉藤某という人物が就任とのニュ-スに、アレ、民主党の言っていることが少し違うのでは・・・という違和感を覚える。
 確か、日本銀行の総裁人事では、徹底して元次官の就任を嫌って、もめた末に本来副総裁候補だった現総裁で落ち着いた経緯があったはず。日銀とは違うと言ってしまえばそれまでだが、国民の目からみたら『言うこととやることが違う・・・』と見えるのは当然、鳩山人事ではないらしいが、民主党としてはこれはかなりのリスクを背負ったのではないだろうか。
 その話はともかく、19日からだったか、新型インフル(豚というマクラがすっかり消えてしまったが)のワクチン接種が始まったが、マスコミはワクチン接種の優先順位を取り上げて、最初は医療関係者だ、次は誰だという国民の職業や年齢による順番を強調している報道が目立つ。
 先日の報道では、確保できるワクチンの数は国産で2700万人分。それでも不足するので5000万人分を緊急輸入して7700万人分を確保したとかの報道。
 優先順位の順番を見る限り、私のヘソガ曲がっているのか、健康な老人が対象外になるのは当然としても、今働き盛りの30代.40代のサラリ-マン諸氏が一番後回しになっているのが気になる。
 数字はともかく、人数分という単位になっており、少なくとも国民の約半数に行き渡る計算であることは確かなのに、それほど厳密に順番を決めなければならないのだろうか。ある調査では、希望しないという人もかなりいるというから、確保できる時期はともかくワクチンの量はさほど不足しないのでは・・・。
 希望する人から順番に接種すれば良いのに何をモタモタしているのか、と思わないでもないが、優先順位の範囲の人たちの数は『国産ワクチン』ということ?・・・に拘っているのかも知れない。
 医師が罹患しては即患者に感染することは誰が考えても理解できる。その意味で、医師や看護士など直接患者に接する職業の人たちを最優先することには異議はない。
 ところが、各自治体はその数を掴みきれてないという。普通に考えると医師と看護士の数はそれぞれの地方自治体で確実な人数は把握しているだろうに、わざわざ医療機関に『何人分必要ですか』と問い合わすものだから、各医療機関の解釈が違い、受付業務をする人も『医療関係者』として必要数にカウントするものもあるようだ。
 悪意を持ってとは言い難いが、施設によっては、受付はもちろん入所者全員を対象として120名と申請するものもあるらしい。反対に医師と看護士に限定して十数名という回答を出していたかなり大きな病院があり、数だけでも現場の受け止め方に大きな差があるようだ。
 この回答に対して、厚労省がどのような判断しワクチン数を配るのかは、まず知ることはできないだろうが、もしも申請通りの数で配布され受付やアルバイトの職員、あるいは入所者全員がワクチン接種という(宝くじに当たるような)恩恵にあずかるとなると、不公平極まりないと批判が出るのは間違いなさそう。
 それはおいとくとして、ワクチン接種は当初計画された2回でなくても1回で十分免疫性ができるという報道が広がっている。
 厚労省の専門家委員会(『新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会』)は『1回接種で効果的な免疫反応が期待できる』と報告。これを踏まえ国内産については、白血病などで『免疫が著しく抑制されている人』を除き、13歳以上は原則1回接種とすることで意見が一致したという。何故か、また判断が変わり当面2回となったらしいが・・・。
 もし一回ですむとなると、国産ワクチンに関しては倍の5000万人以上に行き渡ることになる。輸入ワクチンが危険だという認識にたっているとしたら別だか、安全だから輸入しているだろうと考えると、素人的には輸入ワクチンでも1回の接種で免疫性ができるのでは・・・。
 だとしたら、国民全てに十分に行き渡る計算になる。すでに述べたが、私のように過去にも季節風のインフルワクチン接種をしたことがなく、今回も希望していない人も多いだろうから、優先順位ばかりを強調して国民に不安を与えるような報道はいただけない。
 費用的にはまだ結論はでていないようだが、国民に6000円を負担させてまで、国内外の製薬会社の利益を後押しする政策はいかがなものか、という議論を待ちたい。(田舎親父)

2009年10月20日 (火)

アメリカ発だが考えさせられる・・・

 『初代米大統領は誰か?』という問いに、高校生の77%が答えられなかったという記事に目がとまった。

アメリカ発のこの報道の舞台は南部のオクラホマ州。公立高校生の77%が『ワシントン』と正しく答えられなかったことが、地元シンクタンクの調査で分かり、教育関係者に大きな衝撃を与えているという。

アメリカの市民権を得るために、愛国心を確かめるためだろうが10問の地理や歴史のテストがあるらしい。こんなテストがあることを始めて知るが、その問題をそっくりいただき、同じ質問をコンピュ-タで抽出した高校生1000人に聞いた結果とのことだが『ワシントン』を知らなかったというのは確かに衝撃的な結果に違いない。

『アメリカの東側にある海は何か』という質問では61%が『大西洋』と答えることができだようだが、『独立宣言を書いた人は誰か』という質問に『ジェファーソン』という正答者がわずか14%。『上院議員の任期は』となると、たった11%しか『6年』と答えられなかったという。

正答率が23%しかなかった初代大統領のワシントンは、1ドル札や25セント硬貨に肖像が描かれており、だれでも日常的に目にする『著名人中の著名人』といえる。恐らく、この程度の問題に日本の小学校6年生のほとんどが正答するだろう。アメリカの市民権取得には10問のうち6割の正答が必要らしいが、何とお手軽な制度とびっくり。『本当かいな・・・』と思ってしまう。

実際には9割以上が通過するというが、余程の知的な障害がある人以外に間違うなんて信じられない・・・というのが正直な気持ち。ところが、今回の調査では、全問正答というのがわずか2.8%だったというからさらにびっくり仰天・・・。

愛国教育というか、いかなるスポ-ツでも試合前には国旗を掲揚し国歌を高らかに歌うアメリカ合衆国。見ていると選手は帽子脱いで右手を胸に当てて、国歌に忠誠を尽くす姿勢は凄いと思うほど徹底しているアメリカ合衆国。そその国にあって、日本人のほとんどが知っているこの程度の知識を、高校生のほとんどが知らなかったとは俄には信じられない。

日本でいうこの程度の常識は、さしずめ『聖徳太子』だろうか。はてまた、戦国時代の『織田信長・豊臣秀吉・徳川家康』、あるいは幕末に活躍した『西郷や坂本竜馬や勝海舟』などの人物に当たるのかも知れないが、一度高校生で調べてみてはいかがだろう。

この程度は知っていても、衆議院や参議院の議員の任期、あるいは解散の意味など、政治に関する基礎的な知識となると、アメリカ以下の数値がでるかも知れない。

今回のニュ-スに『何とアメリカの高校生は程度か低い・・・』と思う人が多いだろうことは想像に難くないが、少し立ち止まって『日本場合は?』と考えると、果たして笑ってすませるだろうか・・・。(田舎親父)

2009年10月19日 (月)

少子化は止めるには考え方を根本的に改めなければ・・・

 民主党はマニュフェストに載せた今回の選挙の目玉の一つの『子ども手当て』の財源探しに躍起となっているようだ。

この問題は先日も取り上げたが、私は基本的には賛成しているが、マスコミは財源探しというか、金の出所の話題ばかりを面白おかしく報道する上、与党内でさえ理念の合意ができていないらしく、所得制限をする・しないという配る方法論に終止している始末では国民が納得するに至らないのも当然だろう。

こんなことでは、よしんば財源が確保でき子ども一人当たり26000円が各家庭に配られたとしても、本当に子どものために使われるかどうかさえ疑わしくなってくる。そして、この手当てが将来的に少子化をくい止め、出生率の改善につながるという説明も怪しくなってくるのでは・・・と危惧するのは私だけではあるまい。

先日、出産を機に女性が解雇される『産休切り』が増えている、という記事を見て、改めて少子化問題を考えさせられる。

記事は『仕事と家庭の両立を政策に掲げる民主党政権が誕生し、来年6月には子供を持つ女性により配慮した改正育児・介護休業法が施行されるが、改革は本当に進むのか』と切り込み、それに対して多くの女性会社員が口にする『とても時短勤務を言い出せない』という現実にとう対処するのかという問題提起をしている。

この中で一人の女性の例を紹介している。この女性はソフトウエア開発企業の経理担当者として約5年間勤務して、2年前に出産のため産前産後休業(産休)を取得したという。子どもが一歳に成育した機会に仕事に復帰するため、会社にその旨を申し出たところ『会社の業績が悪化したしたので、復職はもう少し待ってほしい』と言われ、言葉を失ったとのこと。

会社に復帰するためには子どもを預けなければならないことは当然。やっと10倍ものの競争率を突破して、子供の保育園入園が決まったところだったらしいが、それが自宅待機になると、母親が働いていることが入園の条件の保育園には入れない。結局、この女性はこの保育園への入園をあきらめ、泣く泣く退職して、現在は別の保育園に子どもをあずけてアルバイトをしているという。

このような例が増えているとのこと。『産休後に辞めることを勧められた』とか『育休から復職させてくれない』という相談が全国の労働局に殺到。厚労省の発表では、ここ数年で、この類の相談件数は2・5倍に跳ね上がっているというから深刻。

法改正はこうした女性の悩みを解消するのが狙いで、企業はこれまで3歳未満の子供を持つ従業員に対し、一定の短時間勤務や育児費用の援助など、7項目のうち1つ以上を実施していればよかったが、改正後は希望者に対しては1日6時間以内の短時間勤務と残業免除の2項目の導入が義務づけられるという。

『産休切り』など悪質なケースは企業名を公表することもあるとのことだから、一定の成果は上がるだろうが、自転車操業を余儀なくされている中小の企業としては、理念は理解していても、実際に人件費の問題として難しいというのも無理はないという理屈も理解できないことはない。

だから、法改正と合わせて『子ども手当て』を配るのだとなるのかも知れないが、何かイタチゴッコのような感じも受けることは免れない。私の偏見かも知れないが、働く女性の全てが子どもを保育園に預けても復職しようとは思っていないのではないだろうか。今の生活が保証されていれば、子どもを自分の手で育てたいと思っている人も多いはず・・・。というのは間違っているのだろうか。

もっと突っ込んで言うと、もし『主婦』という立場を、立派な『職業』として社会が認め、国がその『職業』に該当する『給料』を支払うという考え方が行き渡り、そしてそのシステムができたら、それでもあえて満員電車に押し込まれてまで通勤したいと思う女性は多いとはとても思えない。

産休・育休制度化確立し身分が保証されている公務員の中でも、『主婦』が職業として認知され、それに値する『給料』が支払われたら勤めを辞める人も増えるのではないだろうか。

公務員改革と騒がれているが、現在のままの制度では簡単に人数削除などできるわけはない。そんなことは夢物語だと一蹴されるかも知れないが、少子化を解決しなければ国が成り立たないとなると、真剣に議論する価値はあるはず。

男性が育休をとり子育てに専念する『主夫』も良いだろう。夫婦が互いに相手の立場を尊重し生活にゆとりを持ち、二人、三人と安心して子どもを産み育てられる環境作りが急がれる。(田舎親父)

2009年10月18日 (日)

政権が変わるということの意味を実感する・・・

 先週2日ほど時間的な余裕がなく、この欄の更新ができなかったが、その間も、国交や厚労省を中心に、政権が変わるとはこんなことなのだ・・・という端的な例を示すようなニュ-スが連日新聞・テレビを賑わしている。

八ツ場ダム中止や羽田空港のハブ化などは地元の怒りは大変なものらしく、鎮静化するにはかなりの時間が必要のようだ。厚労省所管の子ども手当ての財源問題も複雑で、すでに体制が整い始め、12月から各自治体が支給を始めようとしている今年度の補正予算に盛り込まれた『子育て応援特別手当』を停止するなど動きが慌ただしい。

それらに引き替え、さほど議論されることなく、比較的スンナリと方針変換されるのが文科省の施策。丁度、この欄が更新できなかったことが、文科省でのまじめな会議にあったことにも関連するので、今日の話題にしてみたい。

その一つが、私も何回もこの欄で無駄の象徴だと中止を訴えてきた全国一斉の『学力テスト』が、来年度は抽出方式にするとの報道。ホッとすると同時に、それでも4割程度の学校にテストを課するということと、抽出方法が希望制ということもあり得るらしいとなると、質の違う混乱を現場に与えるのではないかという新しい危惧も生まれそうだ。

繰り返し述べていることだが、私は、ペ-パ-テストで計れる学力と、計れない学力の二種類あるという考え方を持っている。そして、例えば『相手を思いやる心』といった、テストで計れない学力があまりにも軽視されるようになったことが、人々の心の荒みにつながっていると思っている。

最近、親兄弟の争いからくる殺人や傷害事件の報道が賑やかだが、その原因となると曖昧になり『日頃から争いごとが絶えなかったらしい・・・』という推察で終わっている場合がほとんど。

どんな事情が潜んでいたかはわからないが、普段から争いごとが多い家庭が『幸せだとは思えない』ことだけは間違いない真実。争いの背景の一つにペ-パ-テスト計れない学力の一つである『家族のつながり』が薄れたからではないだろうか。

学力はペ-パ-テストで計れるという考え方が一般化してしまい、学力テストの点数を上げることに親が汲々としていれば、子どもがおおらかに育つ雰囲気は育たないのは当たり前。どうも最近の家庭では『テストの点数』に対しての互いのイラダチやボタンの掛け損ないがあるのでは・・・と思えてならない。

『学力とはなんぞや・・・』という根本的な議論があって、それぞれの家庭で、親と子とが共通の学力観を持つことができれば、きっと親子や兄弟間の諍いは少なくなると思うのだが・・・如何だろう。

もう一つ、教員を続けるために10年に1度大学などで講習を受け修了することを義務づけている教員免許更新制を今年度限りで廃止するという報道。

この教員免許更新制は、安倍政権の目玉として設けられた『教育再生会議』での結論として国会に提出した法案だが、国会ではほとんど議論されることなく、数の力で強引に法制化した制度。莫大な予算を計上して、幼稚園から高校までの教員が対象で『最新の知識技能を身につけてもらうことが目的』と説明しているが、その実態は、教員イジメ以外何ものでものないことは多くの識者が指摘しているところ・・・。

知り合いの校長の多くは、担任や教科指導を受け持って様々な苦労をかけているのに、(本来少しはゆっくりできる)夏期休業中に研修を受けさせなければならないことは気の毒で、しかもその内容が、とても教員の質の向上には役に立つものでないと嘆いている。

恐らく、教員免許の更新については民主答案が出されてくるだろうと思うが、少なくとも現在の制度より現場寄りであるだろうと、今回の更新制度廃止にはホッとしている。

さらにもう一つ、現在は四年制大学卒業で教員免許を与える養成課程を、大学院2年も加えた6年に延長する方針を固めたというニュ-スにも、政権交代の意味を感じるが、このことについては別の機会に述べることにしたい。(田舎親父)

2009年10月17日 (土)

リニア新幹線が現実味を帯びてきたが・・・

 JR東海が新幹線のバイパスとして、まず東京名古屋間に工事費を全額自前でリニアを走らせると発表したのは、昨年だったような気がするが・・・。

私のようなリタイアした老人には、東京と大阪を67分で結ぶ必要があるのかという思いがあるが、東海道新幹線の『のぞみ』がもはやパンク状態になっていると聞くと、建設を急いでいる事情も理解できないこともない。

先日、その『リニア中央新幹線』の建設費試算と需要予測を発表、いよいよ現実味を帯びてきたが沿線に当たる長野県側が大きく迂回するル-トを主張して、建設主のJR東海と対立しているらしい。

南アルプスをトンネルでほぼ一直線で名古屋に抜けるA案、今の中央線に並行して諏訪を経由して伊那谷を通るB案、そして木曽谷を通るC案と3つのル-トを示して、具体的に建設費用や所要時間などを発表した。

費用を全て負担するというJR東海側にとっては、当然一番費用がかからない、しかも所要時間が67分と一番短いA案を考えるのは当然だろうが、長野側(知事や県の役人たちだろうが)は諏訪と飯田の二駅を確保できる可能性のあるB案を主張しているという。

それぞれの立場や事情があるのは容易に想像できる。門外漢の私などが口を出すことではないだろうが、わざわざ諏訪を迂回させる理由が見当たらない。

南アルプスにトンネルを通すのは『自然破壊』だという理由ならわかるが、知事の念頭には『リニア沿線の観光活性化』しかないらしく、二駅を確保できないのなら線路建設を許可しないと主張、県議会も同調しているというから困ったもの・・・。

観光活性化ということがどういうことを指しているのかよく理解できないが、諏訪にもし駅ができたとしても、現在でも中央線には特急『あずさ』が頻発し、都内から2時間足らずで行けるのに、わざわざリニア新幹線で出かける観光客はいないだろう・・・と思えて仕方ない。

諏訪はすでに日帰り圏で、その上ほとんどが高速道路組。中央線で出かける多くの観光客は松本から北アルプス白馬方面に宿泊地を求めている現状をどのように分析し、どのような観光活性化の未来図を描いているのか理解しがたい。

しかも、中央線は『JR東日本』で、リニア新幹線は『JR東海』と会社が違う。私がよく利用する両方の会社が同居する『新横浜』の様子を見る限り『良好な関係』とは言い難いことから、長野の観光活性のためという発想など期待する方が甘いようだ。

もし長野側の主張が通りB案となった場合、甲府から諏訪までの『JR東日本』中央線に沿った部分の建設には、沿線の土地の確保の困難さに加えて互いの会社の利害が絡み摩擦も大きくなるに違いない。

下手すると、長野新幹線のように在来線を廃止して『第三セクタ-』ということも予想できる。この場合も会社が違うので沿線住民は甚だしい不利益をこうむらないとも限らない。そうなると、長野でもっとも魅力的で人気ある松本を中心とした安曇野一体の観光地は大打撃。とんでもない結果になるのではないだろうか。

『諏訪湖のワカサギ釣りが東京や大阪から日帰りで可能になるだけ』という声も多いと聞く。迂回ル-トが結果的に、100人のワカサギの釣り人を増やしも1000人以上の松本・安曇野への観光客を減らしてしまってはもともこうもあるまい。

リニア新幹線が『観光立国信州』の凋落の原因となっては本末転倒も甚だしい。二兎を追うものは・・・ではないが、ここは中央線の充実が期待でき、しかも南信州へはリニア新幹線での観光客の増加が見込まれる『直線ル-ト』を選択する方が得策のように思えるが・・・。(田舎親父)

2009年10月13日 (火)

じっくり話し合う姿勢かほしいのだが・・・

 昨日、『県側が控訴』というニュ-スが流れた。例の『鞆ノ浦』の埋め立て架橋事業で、地裁が下した『鞆の浦の文化的、歴史的景観は住民だけでなく国民の財産というべき公益で、事業で重大な損害の恐れがある』と免許差し止めを命じた判決に対して、県は徹底して争う姿勢のようだ。

地裁判決について、直後に県の幹部は『(良好な景観を享受する住民らの)景観利益のとらえ方について、漠然と範囲を広げている、極めて客観性に乏しい判決』と批判し、手続きは法律に基づいており、判決は『影響を与えるものではないと理解している』と、現行計画を押し進める考え方には変更がないと語っていたことから、控訴するだろうとは思っていたが、役人たちは箱もの作りが好きな体質は、司法の判断などはもろともしないようだ。

『鞆ノ浦』には行ったことはないが、万葉集に詠まれた景勝の地だということは知っている。新聞に掲載された浦全体が見渡せる写真からも、『国を代表する』素晴らしい景観であることは明らか。この美しい湾内に無粋な道路が通る姿を想像すると『反対』と声を出したくなるのは当然で、今回の判決は素晴らしいという言葉以外何ものもない。

この判決で私が一番気に入ったのは『・・・住民らの景観利益を保護する目的があり、慎重な政策判断がない限り計画は不合理』と明言した上で『侵害された景観利益は事業が完成すれば復元が不可能だ』という指摘部分。

難しい法律用語や聞き慣れない法律名があるが、要は『一度壊した自然環境は元に戻らない』ということ。小学生でも理解できることなのに、それでも全国いたるところで山を切り倒し、海を埋め立ててダムや道路、あるいは空港の建設が進んでいる現実に、人間のエゴというか欲望の限りなさに恐ろしさを感じる。

新聞の映像から山が迫っていることが分かるが、だからこそこの美しい景観が生まれたことは想像に難くない。古くから人々の往来が盛んだったこの地は、流通の発達した現在では道路が狭く、渋滞が日常的になっていることも十分理解できる。

市民、特に利便性を重視する人々にあっては、一日でも早い渋滞を緩和することを求めて、埋め立ての是非はともかく『何とかしてほしい』という気持ちになったことも頷けないことはない。

この問題が持ち上がったのが26年も前のことだとういう。何回かの首長を選ぶ選挙でも争点になったことだろう。そして、賛成派の首長が『住民の利便性』を旗印に工事が始めたので、反対派は裁判という手段をとったのだろう。

つい最近まで、公共事業と称するダムや道路などの大規模工事は『経済の発展』が何より重視されて、景観などは二の次三の次にされてきたので、首長や役所の考え方は仕方ないが、今回の判決は『人間の幸せ』ということに対して、立ち止まって考える時間を与えてくれたのではないだろうか。

反対の立場の人々は、単に反対だと叫んでいるのではなく、道路の拡充は必要だと認識して山側にトンネルをと提言しているという。トンネルを掘ることも自然景観を破壊することになることは間違いない。しかし、海を埋め立てて、万葉の昔から親しまれてきた景観を元に戻せないほど破壊するよりはましではないだろうか。

費用面で難しいのであれば、せっかくの政権交代で環境を重視する政府ができていることから、国の支援を求める方法もあったのだろうに控訴して、何としてでも従来の方法を押し進めるという県や市側の考え方はメンツに拘っているとしか写らない。これでは、賛成派と反対派の住民の溝が深まるだけ。子孫にこの憎しみ合いの感情を伝えることがもっとも悲しいこと。

判決もトンネル建設などの代替計画案について『渋滞解消で利便性を確保できる可能性が大きい』と評価しているので、話し合いの場がもたれることと、行政側の『埋め立てありき』の前提ではない考え方で、もう一度検討してほしいと願っている。(田舎親父)

2009年10月12日 (月)

商業ベ-スのオリンピックは意味ないイベント・・・

 オバマ大統領のノ-ベル平和賞にはびっくりした。基本的には平和に関しては『核兵器廃絶』の演説をしただけで、その後アメリカは原子爆弾を一発でも減らしたというニュ-スは聞こえない。要は、オバマ大統領の個人的な願望を述べたに過ぎないと言っても差し支えなさそうだ・・・。

でも、オバマさんとしたら、受けた以上戦争拡大はできないだろうから、受賞自体が世界の平和に貢献するのかも知れない。その意味では、ノ-ベル賞選考委員会はなかなか味なことをやったと評価できるとしておこう。

しかし、『核兵器廃絶』の演説は最近の政治ゲ-ムの中でアメリカの威信を高めるためのパフォ-マンスだという識者も多い。なるほど辛辣な見方をすれば当たらずとも遠からじ、という気もしないでもないし、イラクやアフガニスタンなどアメリカと戦っている陣営からは『何が平和主義者だ・・・』という批判も多いのは理解できる。

これは今後の彼の言動を見極めることによって分かることだろうから、できるだけ早い時期に、ほんの少しでも良いので核兵器の数を減らし、世界に自らの平和を求める姿勢を示してほしいと期待している。

このことはそれ以上でもそれ以下でもないが、昨日の新聞のトップ記事に『広島と長崎が、20年夏季五輪の開催都市に共同で立候補する方向で検討に入った』という記事には首をひねる。オバマ大統領のノ-ヘル平和賞受賞を念頭においた発言だろうことは容易に想像できるが『平和の祭典』などという理念はすっかり失い、商業主義そのものになり下がったオリンピックを招致して、どうしようというのかという疑念の方が大きくなる。

確かに、第2次世界大戦で原爆を投下された両市が共催という形で実現できれば、オリンピック憲章が掲げる『平和』の理念を世界にアピールできるかも知れないが、『一都市開催』が原則だというから、このハ-ドルを越えるのすら難しいようだ。

それは今後の課題だという声が聞こえそうだが、原爆を投下され莫大な被害を受けたという事実の上には『広島が主で長崎は従』という考え方や、あるいはその逆でも、従となった市民感情としては到底承服できないだろう。

競技が陸上と水泳の2種類ならまだしも『えっ、こんなもあるの・・・』という競技まで雑多な種目まであるのでは『陸上は広島 水泳は長崎』というような単純な合意などできるはずがない。ましてゴルフなどという一部の『富裕層の遊び』のような競技まで開催しなければなると、両市民の合意は困難だろう。

たとえ、そのあたりが合意されたとしても、莫大な招致費用をどこから捻出するのだろうかという疑問は消えない。

オリンピック精神に基づき、招致のための接待などしないで理念だけでアピ-ルするというならば、オリンピックそのものに意義を見いだせない私でも理解し、招致に異論はないが、美味しい汁を吸いたいために集まっている各国のオリンピック委員やその賛同者たちには、平和メッセ-ジなど見向きもされないことは明らか。

ところで、今回招致失敗した都知事は、東京のプレゼンは一番自画自賛した上で、リオはアフリカ諸国のオリンピック委員を抱き込んだ・・・と発言して、各国から顰蹙を受けたように、責任は一切なし。あたかもカネが足りなかったから招致に失敗したような言い方には怒りを通り越して、この男は狂っているのでは・・・と呆れてしまう。

その上、先日の記者会見手では、税金100億円を含む招致活動費150億円について『財政再建の余剰分であり、東京の財政は痛くもかゆくもない。その余剰分で夢を見ようと思って(招致活動を)やったのは間違いじゃない』と述べたとの報道に、ますますその気持ちが強くなる。

都の財政がどうなっているのかは何も知らないが、高齢者や障害者、難病患者などへの福祉予算を次々と廃止して5年間で600億円の福祉予算を削減して来たというニュ-スは知っているので、150億という巨額のカネを余剰金だという感覚は理解できない。まして、都民の血税で『夢を見ようと思って』とは常軌を逸した発言としか言いようがない。

広島・長崎の両市長には、ぜひこのような醜い言い訳しかできない都知事の姿を自分に映し出し、『カネが全て』の商業ベ-スに成り果てたオリンピックを招致するなどという方法でなく、唯二の被災都市としての現実を踏まえ、世界の人々に本当に平和の大切さを訴える道を模索してほしいと願っている。(田舎親父)

2009年10月11日 (日)

もう少し分かりやすく説明しなければ・・・

 民主党の目玉政策である『子ども手当』については、社民党や国民新党からは『所得制限するべし』との強い意見があると聞いているが、先日ミスタ-年金と言われている厚労相は『所得制限を行わない』方針で実施すると発表した。

この御仁は年金には詳しいが、その他の分野では少し怪しいところがあるのでは、と囁かれているが、その発表を聞く限り噂は当たっているのでは・・・と思うところもある。

というのは民主党が主張している『子ども手当て』の本当の意味は、『子育て支援』ではなく『少子化対策』であることは理解しているつもりであるが、その意義説明が十分でないような気がしてならないからである。

『子ども手当て』の意義よりも、配布する対象をどうするかという議論が多いのが現実で、与党内でも足並みがそろっていないのが気掛かり。社民党や国民新党の幹部クラスの議員すら納得させられないのでは、到底国民の『なぜ困っていない人まで配らなければならないの?』という素朴な疑問には到底答えることができないのではないだろうか。

子どもがいないと将来の社会が成り立たないのは自明。我が国の社会も一定数の子どもが生まれてくることを前提に設計されているため、現在のように出生率が低迷し、子どもが減り続けると国そのものが崩壊してしまう恐れがあることは誰でも理解できること。

社会を維持していくためには、国民全員で次世代の育成しなければならないのは当然だが、子どもを産めるのは限られた年齢の女性であり、如何に医学が発達した現在でも、命のかけらすら人工的には生み出せないのが現実。

したがって出産・育児は、社会全体で行う必要があることは当然であり、社会を維持するために必要な代金を税金という形で支払うのは『国民の義務』であり、国民は納税というかたちで等しく負担することには疑義はない。

その税金で社会秩序を維持する警察や消防、あるいは教育に従事する教員を公務員として雇っているので、これと同様に、出産・育児をする人も『公務』に携わっていると見なすと、出産・育児にかかわっている女性はかなりの『報酬』が支払われて当然だろう。その意味では『子ども手当て』には反対ではない。むしろ賛成であるが、ネ-ミングがいただけない。

『子ども手当て』というと、いかにも現在育てている子どもの『子育て支援』というイメ-ジがあり、将来を見据えた『少子化対策』というビジョンを描き出すのが難しい。むしろ、アソウ内閣が国民の7割までの反対を数の力で押し切り、選挙目的でバラまいた『定額給付金』と同じような受け止め方をしてしまうのではないだろうか。

このあたりを十分説明し、国民が納得しなければ、『子ども手当て』に『所得制限』を設けないのかという疑問は消えることはないだろう。

『子ども手当て』は、来年度は子ども一人あたり月額で13000円、総額2兆7000億円。再来年度からは倍増になるというから単純計算で5兆4000億円という庶民には天文学的と表現するしかない途方もない金額が必要となるらしい。

無駄を徹底的に削り、必要とは思えない天下り団体に対する補助金や人件費を切ることによって12兆円という試算もあるが、その全てをバッサリとはいかないだろうから、予算集めにはどこかにしわ寄せが来るのは当然。子どもがいる家庭には直接の恩恵にあずかれるが、すでに子育てが終わった人々には増税となるのは明らかだろう。

わずかばかりの年金を受け取って自分の父母を扶養する人も多い。扶養どころか日夜介護に苦労している人も少なくない。この人たちにも『子ども手当て』の影響が出てはならない。

平等に社会を維持する費用は負担すべき、という論理は十分理解できるが、このような人たちも過去には苦労して子どもを産み育ててきたことを忘れてはならない。『お前は仕事が終わったらもう死んでも良いよ・・・』では、不公平極まりない。

昨日、扶養控除を廃止すると副大臣が明言したらしい。扶養控除とは子どもなど所得のない扶養家族1人につき年間38万円を所得税の課税対象額から差し引く制度で、私もその対象になっていると理解しているので、直、増税となるのは間違いなさそう。

子どもを産み育てたることは過去も現在も未来もないはず。過去に貢献した私のような者にも、その意味が納得できる説明と実行方法を明確に示すことが必要だと思うが如何だろう。

それとも、生まれて間もない民主党政権にそこまで求めるのは酷なのだろうか・・・。(田舎親父)

2009年10月 9日 (金)

やはり自衛隊はアメリカ軍の下請けだった・・・

 自衛隊をイラクに派遣は明らかに憲法違反だと思うが、衆参両院、特に衆議院は圧倒的多数を占めていたため、野党の意見など聞く耳持たずの態度で強引に決定したのは随分昔のことのように思えるが実際には数年前のこと。

任務の内容などはほとんど国民には知らされず派遣が続いた。しかし陸自撤収後も国連職員の人員や救援物資を運ぶという名目で派遣した航空自衛隊の輸送機は撤退することなく、活動を続けることを国会議決することすらなく閣議で決めてしまったことに対して、当時は諦めに似た雰囲気が流れていたらしく、世論の『反対』という盛り上がりがなかったことを思い出す。

インド洋の給油問題は今でも度々国会でも議論されているが、陸自の撤収が終わったということで、何となくイラクとの関わりがなくなったような雰囲気があるらしく、すっかり話題にならなくなってしまっている。

それでも、この問題を追求する人や団体は、何度も防衛省に活動記録の開示請求をしていたようだが、防衛省の活動は『国家を守る』という大義名分がまかり通り、その都度、ほとんどの部分は黒塗りで実態は全く闇の中だったらしい。

それが、最近になり一転して開示されたというニュ-スにも驚くが、2006年7月から08年12月までの124週間で空輸した人間の67%は『米兵』だったというから、実態は米軍の後方支援そのもの立ったことは明らか。よくぞここまで国民をバカにしてくれたものと怒りを通り越して呆れさえ感じてしまうが、これも政権交代が起きたからこそからだろう。

インド洋での給油活活動も、きっと似たようなもので、アメリカのご命令だろうと察するが、昨年だったがこの問題を追求されて、航海日記を出さざるをえない場面になった時に、誤って廃棄したという答弁で逃げたのは記憶に新しい。

この給油活動は現在でも続けされているので、いつどの国の艦船にどのぐらいの量を給油したのか、こちらも全面開示してもらいたいところが、先日の防衛副大臣は継続するべきともとれる発言や、外相の何となく奥歯に物が挟まったような言い方が微妙に変わってきているように感じることから、何やらもっと複雑な事情が隠されているようだ。

民主党はインド洋の給油活動の『延長はない』と言い切って選挙に臨んだはず。マニュフェストが全て実行されるとは思っていないが、『公約は時間と変わる』との発言は、『公約なんて守らなくても良い』と公言した御仁と同じにも思えてしまう。

鳩山首相は自分の献金問題で足元が怪しくなっているようだが、献金問題を今突っ込まなくてももっと大事なことがある、というのが私も含めて多くの国民の意識だと思うのでここは腹を据えて乗り切ってほしいものである。

今日は、これからまじめな会議に出かけるので、中途半端だがこのあたりで・・・。(田舎親父)

2009年10月 8日 (木)

悪名高い福岡が素晴らしい動き・・・

 私の印象では自殺やイジメ、あるいは役人の不祥事はもとより、信じられないような凶悪事件の報道があると、まずその半数は『福岡』という地名が入っているほど賑やかな地域という思いがある。福岡に住む人や関係者からはお叱りを受けそうだが・・・。

 その福岡発の悪印象を払拭するような報道があったので今日の話題にしたい。

新聞報道によると、九州最大の都市である『福岡』は、都心に近い住宅地などを対象に、新築する建物について高さを最高30メートル(10階建て相当)までに制限する都市計画の変更案をまとめたという。

 何度か福岡空港に降り立ち、市街を歩いたことがあるが、そこには高層ビルが立ち並び人々が忙しそうに行き来している様子は、まさに『東京』と変わらないというのが私の印象。今更、こんな高さ制限を設けても仕方ないのでは、という思いもしないでもないが、それでも、これ以上雑多な町にしたくないという行政の意欲には拍手を送りたい。

 住宅地の建造物の高さは、違いがあるものの各都市がそれぞれの都市計画法を制定し、都市計画を進めているだろうことぐらいは私も知っているが、迂闊なことに、マンションなどの建設に当たっては『斜線型』と呼ばれる日照などを考慮して北側の建物や道路からの距離に応じて高さを制限する規制と、高さを一律に抑える『絶対高さ型』があることははじめて知った。

 『斜線型』は境界線からの距離に応じて建築可能な建物の高さが決まるため、敷地が広ければ高いビルを建てることができるという。現行の規制は容積率の限度を決めているのだろうから、土地を買収するカネさえあれば、いかなる高さのマンションでも建築可能になるとのこと。

 改正では、福岡の都心部は仕方ないとしても、該当する大部分の地区を『絶対高さ型』にして、都心に近い所から3段階(30メートル、25メートル、20メートルまで)の規制を設けるという。これを超えるマンションなどを建てる場合、認めるかどうかを市が個別に審査するというから、またまたここに汚職の原因を残すことになりそうなのが気がかりであるが・・・、英断であることは間違いない。

 私の住む横浜の片田舎でも、最近はマンションが目立つようになった。そのほとんどは10階以下、いわゆる超高層建築でないが、近くの住民(特に北側)にとっては日照が極端に少なくなることは確実で、よく反対運動が起きないものと思う現場も少なくない。

 住民説明会なども開かれているのだろうが、経験上そこの自治会の幹部たちを丸め込めることかできたら、説明会とは名ばかりで業者の誤魔化しに『仕方ない』と諦めるのが常だろうから、結局は泣き寝入りということが多そうだ。

 経験上と記述したが、これは自宅の前に老人施設が3棟も建つ際、自治会長と一部の役員が建築内容を精査せずに合意文書に押印したことから、後の話し合いに苦労したことである。間に入ったコンサルの誤魔化し一方やりに振り回されたのは苦い経験である。

 私の住む界隈は『絶対高さ型』というより2階以上の住宅は認められていない地区なので、老人施設とはいえ高層建築が建てば影響は大。幸い、建築物は道路から50m以上離れて、しかも3階建てなので、日照にも眺望にもほとんど影響しないが、古くから開けた地域ではとんでもないことになる。

 核家族の現代、親と一緒に住める環境にもかかわらず住宅を求める人が多く、そのほとんどがマンションだという。マンション業者はより利利潤を追求して、如何に多くの部屋を作るかに苦心。当然上へ上へと延びるが、周りの人の生活など考えないところが紛争の種になることが多い。

 今回の規制で、福岡の景観と近隣の住民の日照被害は少なくなることを願う。(田舎親父)

2009年10月 7日 (水)

副作用を覚悟してワクチンを打つ人が7000万人?も・・・

 今日はあまり騒がれなくなった『豚インフル』の話題を取り上げてみよう。

先日、シルバ-ウイ-クのおかげで?患者数が3万人減少して24万人になったと報じられたが、その記事からは、一時のような危機感がないように感じるのは、私がもともとあまり騒ぐ必要がないと思っているからかも知れない。

先日、会議のために久々に通勤電車を利用して霞が関に出かけたがマスクをしている人にはお目にかかることができなかった。成田での防疫報道があった頃には、マスク姿の通勤客だらけの映像が話題になったものなのに・・・。インフルの流行という意味では当時より今日の方深刻なはずなのに、この差は一体何なのだろう。

当時の異様とも思える報道が過剰で『オオカミ少年作用』を引き起こし、人々のマスコミ報道に反応が鈍くなっていることは確かだが、健康に留意していれば、季節性のインフルと変わらないという情報の広まりもマスク姿を減少させているのでは・・・。

マスクはさておいて、流行し始めたころから、ワクチン不足が大騒ぎになり、備蓄量がいくつとか今後必要量がどのぐらい、という話題が多かったが、国民の豚インフル情報への関心が薄れた今でもワクチンの確保は厚労省にとっては重要な政策らしく、細々ながら相変わらず誰から接種するとか、何千万人分不足しているなどというニュ-スが続いている。

不足分を外国から輸入するという。国内では4社がワクチン製造にかかわっているようだが、その4社がフル稼働で作れるのは来年3月までに2700万人だという。不足の4950万人分を輸入するとのことだが、その安全性には問題があるらしい。

薬剤には疎いので詳しいことは理解できていないが、国内と外国では作り方が違うので国内産のワクチンが大量に作れないという。今までは輸入したワクチンは、もう一度国内安全基準を満たしているかテストをしていたのだが、緊急ということでそのテストを省くとのこと。

輸入先のヨ-ロッパの製薬大手2社は免責を販売条件としているという。免責という字面からまず思うことは、この薬を使って何か起こっても責任を取らない、ということに他ならない。言い換えれば、薬の副作用があることを製造会社は認識していることになるととっても差し支えないのではないだろうか。

それほどまでにワクチンが必要なのだろうか。普通に生活していれば、豚インフにかかっても大丈夫というアピ-ルか必要で、心配ならば医者と相談した上で、ワクチンも選択肢の一つだと発信するのが先だと思うのだが・・・。

ワクチンを打ったからといって100%豚インフルにかからないとは言えないという。むしろ、下手に接種すればウイルスが突然変異を繰り返し、より強い種に変異すると警告している医学関係者も多いというのに、札束で横っ面を引っぱたくような方法でワクチン・ワクチンと外国から集めるのは何なのだろう・・・。

これでは発展途上国の国民、特に貧しい人々にはワクチンは回るわけはない。我が国の国民の安全を守るのは政府の責任とは言え、ワクチンの買い占めに世界の人々から怨嗟の声が上がるのは必定。折角、地球温暖化ガス排出量で25%減少を打ち出し、世界を唸らせたのに、これでは元のもくあみどころか、やはり日本は・・・と失望させるのがオチ。

その上、製薬会社から輸入する新型インフルエンザ用ワクチンで副作用被害が生じた場合、製薬会社が求められた賠償金を国が肩代わりする方針を固め、臨時国会必要な立法措置を講じるという報道に、民主党政権の政策に危うさを感じてしまう。

話は少し逸れるが、国産のワクチンも絶対大丈夫とは思えない。が、少なくとも外国の清貧に比べたら、安心感という意味では比べ物にならないほど信頼できる。希望する人は6000円を払って2回に分けて接種するというが、この時『国産指定』はできないようだ。

となると、副作用を覚悟する必要がありそう。それでもワクチンを打ちたいという人が本当に7000万人もいるのだろうか・・・。少なくとも私は希望しない。(田舎親父)

2009年10月 6日 (火)

教師の受難?2題・・・

 このところ現場の教師に対して厳しいと思われる報道が多いのが気になる。今日はそのうち2題を取り上げることにしよう。

一つは、大阪発。日本語のわからない外国籍生徒の受け入れに難色を示したとされる教師2人が、懲戒処分になっていたということだが、受入れを拒否する・しないは校長の判断なのに教師が処分というのは変な話。何か違う事情が潜んでいるとしか思えない。

報道では、日本語の読み書きや会話ができない外国籍生徒の市立中学編入に際し、一部教師がこれに難色を示したとある。受入れを拒否したわけではないらしく、生徒の編入手続きに1カ月かかったことと、クラス決定には2週間もかかっていたことが処分の対象になったようだ。

多分、どこからか圧力でもかかったのだろうが、市の教育委員会は受け入れ態勢を整える職務を怠ったなどとして『教師2人』を停職や減給処分にしたという。文書注意程度ならわからないでもないが、停職というのは免職に次ぐ重い処分。この程度の問題で当てはまる処分とは到底思えないのだが・・・。

それ以前に、前述した通り受入れるかどうかの判断は校長の職務権限。教育委員会からの要請があったら校長は拒否できないのは現実があるのはよく分かるものの、教師を説得できなかったのだろうか。最終的には『職務命令』を出せば良いことだろうに・・・。

ひょっとして、職務命令を出しても従わなかったことも考えられないこともないが、その場合は、余程普段から校長は信頼されていなかったということ。なのに、校長には何のお咎めもないのは解しかねる。

全く日本語がわからない子どもを受け入れたくない教師の気持ちは理解できるが、普通なら、教室にいてくれさえすれば何とかそのうちわかって来るだろうと思い、自分がその言葉を話せないことに罪悪感など持たないはず・・・。

この子どもは何やら政治的な背景があり、教育委員会がどうしても受け入れなければならない事情があったのではないだろうか。それに対して、この学校の教師たちが思想的な面で絶対に受け入れられないと拒否という、極端にうがった推理をすることも可能。

さらに、この学校は(今では考えられないが)一部の跳ね上がった教師たちが牛耳っていることに、校長はもとより教育委員会が手を焼いていたとしたら、話は分かりやすいのだが・・・。まあ、間違ってもそんなことは表に出せないだろう・・・な。

もう一つは北九州発。数年前に小学校5年生の児童が自殺したのは担任の女性教諭の体罰が原因として、両親が市に訴えていた裁判で、『体罰が自殺の直接的原因となった』と因果関係を認めたという報道である。

記事によると、この教師は児童が丸めた新聞紙を級友に当てたことを注意した際、『謝りなさい』と胸ぐらを両手でつかみ、体を揺すったとある。この児童の行為が、相手に危害を加える危険な行いだと判断されたらしい。しかし、担任教師として胸ぐらをつかんだことの是非はともかく、厳しく注意するのは当然だろう。

実際に現場に居合わせていないので確かなことは言えないか、普通はその前に『やめなさい・・・』大声で制止するだろう。それでも止めなかったから、理性が吹き飛んでしまい思わず胸ぐらをつかんだと推理するのが自然である。

児童は椅子から床に倒れ落ち、教室をいったん飛び出したと続き、その後、教室に戻ってきたが、元教諭にどなられ、再び飛び出して自宅で首をつった――と認定したとある。

裁判長は『胸ぐらをつかんで揺する行為などは、教諭に許される範囲を逸脱した違法行為。体罰直後に自殺しており、ほかに要因は見当たらない』と判断したとのことだが、この程度で衝動的に自殺したことに対して、この児童の今までの育てられ方などについてきちんとした調査がなされていたのだろうか、という素朴な疑問が浮かぶ。

これは自殺した児童が悪いという意味ではない。ひょっとして、この児童は普段から親にも叱られたことがなかったのではないかと思ったからである。

新聞記事では詳細は読めないが(ごく普通に考えるならばという前提がつくが)、教師がここまで注意するとなると、授業中での出来事に違いない。新聞紙を丸めて(多分女の子にだろう)自分より弱いものに対して殴り掛かったとなると、しかも普段から乱暴な傾向のある子どもであったとしたら、この教師の行動は許される範囲ではなかっただろうか。

これ以上は突っ込まないが、最近の傾向として、明らかに周りに迷惑をかけていても我が子を注意しない親が増えていることは間違いないところ。

叱られたことがない子どもは、善悪の判断がつかなくなるのは成り行きだろう。最近の少年少女の凶悪な犯罪の多発も、私は大本の要因はこのあたりにあるように思えてならない。

何故叱られるか分からない子どもも多いという。叱られたらことが原因で自殺につながるとなると、叱ることを躊躇する教師が増えるのは当然。何か暗澹たる気持ちにさせられる・・・。(田舎親父)

2009年10月 5日 (月)

体質は民主も自民と同じようだ・・・

 あれほど期待されて政権をとった民主党だが、このところ動きが変だ。

八ツ場ダムの中止がかなり賑やかになっているが、これはマニュフェストでうたったこと、いわば民主党の政策なのでいくら反対があってもやり抜けば良いことであるが、カネを誤魔化したという話になるとそうはいかない。

民主党所属の秘書から無理やりに給料を寄付させたとか、総務大臣が所管の組織から多額の献金を受けていたちもかかわらず、収支報告書に記載されていなかったことなど、次々と自民党と変わらないような醜聞か明らかになっているが、議員になりたいと思っている連中は所詮同じような体質を持っているのかも知れない。

ここ数日、鳩山首相の資金管理団体を巡る偽装献金問題が賑やかに報じられている。献金したことがない人から寄付を受けたとか、すでに亡くなっている人が献金したことになっているとか、不可解なことが多過ぎる。

この問題は首相になる前から報じられていたが、時代の動きが人々をこの問題から意識を逸らさせたらしく、あまり問題にされなかったようだが、首相になってから記載事項を消したとか書き直したというニュ-スが伝わってくると、この御仁も何とかカネを誤魔化そうとする一人の政治屋にすぎなかったのでは・・・という疑念が湧く。

特捜部はすでに、首相の資金管理団体の政治資金収支報告書の寄付者欄に名前が使われた人に対する参考人聴取を始めており、提出された帳簿の分析や事情聴取の結果を基に、偽装献金の解明を進めると報じている。

特捜部がどれぐらい本気なのか、どこまで捜査が進むのかはズブの素人の私には全くわからないが、特捜部は自民党政権で育てられた組織であることを考えると、体質的に民主党憎しという人物も多いだろうからこれからの動きには目を離せない。

小沢氏が代表だった頃に表面化した小沢献金疑惑で秘書が逮捕された事件は記憶に新しい。同時に自民党の幹部たちへの疑惑も膨れ上がったが、検察畑出身の官房副長官が『自民党には及ばない・・・』ともらしたことが明らかになり、物議をかもしたことがあるところから、時の法務大臣が捜査に何らかの圧力をかけたことは間違いなさそう。

となると、首相か危ないとなると、現法務大臣は(国民には絶対にわからないように)特捜部に職権で捜査ストップを命じるだろうから、そこでこの問題はウヤムヤになるのだろう。が、もしもストッフをかけたことが明らかになったら、たちまち民主党への信頼はなくなることは確実。

その回復に大変な労力がかかりマニュフェストにうたった政策の実現へのスピ-ドは極端に遅くなるのは目に見える。このことが関係しているとは思わないが、厚労省の動きがバタッと止まったのも気にかかる。

自民党にノ-をつきつけた国民の多くが裏切られた感情を持つのは当然で、ますます政治不信は広がり、世の中が荒れていくのが容易に想像できる。

こんなことを考えると、文章も先へ進まない。困ったものである・・・・。(田舎親父)

2009年10月 4日 (日)

北茨城の旅で思うこと・・・

 先日、茨城と栃木をのんびり走ってきた。そんなタイミングに合わせたかのように、大手調査会社が47都道府県対象の『魅力度調査』を実施したところ、関東の群馬・栃木・茨城・埼玉の4県が共に40位以下と大低迷というニュ-スが流れた。茨城県に至っては最下位だというから、ここは旅してきた者として少しは検証したいと思い今日の話題にしてみる。
 記事によると、この手の調査は毎年行っているらしいが、今年は従来実施していた国内1000の市区町村に加え、今回初めて全国47都道府県の認知度や魅力度、イメージなどを調査した『地域ブランド調査2009』の結果とのことである。
 全国の消費者3万2124人から回答を得て、消費者が各地域に抱く『魅力』を100点満点で数値化。1位・北海道、2位・京都、3位・沖縄、4位・東京と上位は順当な結果だったが、下位を見ると40位・栃木、43位・埼玉、45位・群馬、47位・茨城と、『北関東チーム』がずらりと並んだというから気の毒としか言いようがない。
 各県とも私でも知っている、そして行ったことがある観光地や温泉がある。例えば、茨城は筑波山や霞が浦、あるいは水戸黄門で知られる水戸や潮来。群馬は草津温泉はじめ伊香保、四万・法師など有名温泉がずらり、赤城や妙義といった山もある。東京にもっとも近い埼玉は秩父・長瀞を持ち、栃木に至っては世界遺産である日光や天皇の御用邸を擁する那須など極めつきの観光地を持っている。
 なのに、この順位は一体何故なのだろう。どうも最大の要因と東京に近いということ以外考えつく要因はないようだ。日本の人口の軽く一割が、東京を中心にした半径50kmの範囲に生活しているとなると、結局はこの人たちに如何にアピ-ルできるかどうかによってこれらの県の観光地に人の流れが変わるのは当然。
 首都圏の交通網をあまりにも重点的に充実させてしまったので、山梨県を含めて関東各県は全て『日帰り』が十分可能になり、しかも、どこにでも立派な『日帰り温泉施設』ができているので、宿泊する必要がなくなったこと、これが大きく影響していることは間違いなさそうだ。
 今回は、急に温泉に浸かりたいと思い、前日になって一度も那須の温泉に浸かっていないことから、那須を中心にネットで宿を探したところ、源泉に近い清水屋がヒット。
 同じ出かけるのなら近くでもう一泊しよう、ということで北茨城の五浦海岸を選んだ。五浦温泉には現役時代先輩が支配人と親しいということで何度か泊まった宿がある。現在では五浦温泉観光ホテル別館・大観荘と称している旅館である。
 日曜なら部屋があるということなので、どんなに変わっているのかも興味があって出かけてみる。両所とも事前の調査は一切ゼロ。行き当たりばったりの旅にしようと8時前に自宅を出た。渋滞を予測していたが、首都高の工事で多少時間がとられたものの、11時半ごろには五浦海岸に着き、天心丸という店に飛び込む。
 ここは遠くから食べに来る人が多く予約が必要らしく、順番がきたら携帯に電話してもらうことで近くの岡倉天心由来の『六角堂』を見学。終わった頃、電話が入るタイミングの良さもさることながら、でてきた料理にびっくり・・・。
 3人で食べても食べきれない量と言っても過言ではない。アジやイカ、アナゴなどが丸まる一匹そのまま天ぷらで出てくる。ハサミがついてくるのは、それで適当な大きさに切れということらしい。味も悪くない。これで1300円だったと記憶しているから、ダイエットを気にしない人にはかなりお得感がある。
 満腹して向かったのは、近くにある『茨城県立岡倉天心美術館』という建物。数年前に建てられたというこの美術館まではほんの少しのドライブ、素晴らしい道路が案内してくれる。駐車場も広々としているが車はほとんどいない。訪れる人が少ないので余計に感じたのかもしれないが、空が広く五浦海岸を一望できるロケションは最高。この建物がひっそりと佇んでいるという表現がぴったり・・・。
 入場料が180円と聞き、県立とはいえ今頃180円で入場できる美術館はないだろうと、安過ぎることにびっくり。岡倉天心美術館とあるだけに、天心の業績などかよくわかる展示と共に近代日本画の巨匠と言われた人々の作品が並び、ここ五浦海岸に集まり作品を仕上げた時代が偲ばれる。
 ぜひ一度来館されることを薦めたい。大満足の一時を過ごせたが入場料がたった180円なのに、そのチケットを館内で2度もチェックすることには、驚いたというより何とまあ無駄なことと呆れてしまう。恐らく、職員が余っているのだろうと思うが、この人たちを違う場で活用すればもっと人気が出るのではないだろうか。この当たりに茨城の評価の低さが現れるのかも知れない。
 次に向かったのは『野口雨情記念館』。雨情に興味関心がある人には価値があるかも知れないが、期待した割には展示も工夫はない300円の入場料は天心美術館に比べるとベラボウに高く感じる。
 しかも市立の小さな建物なのに事務室にはかなりの職員が座っている。たまたま同時刻に入館した年寄りの団体客の大勢での大声のおしゃべりに閉口するが、それらの係員が説明するでもなし注意もしない無関心ぶり。これでは茨城の評価は下げても上げることは絶対にないだろう。
 海岸をのんびり歩き宿に向かう。大観荘は以前何度も泊まった横山大観の別荘は特別室になっているとのことで、ガッカリだが今の時代仕方ないことだろう。今の私にはとても払える金額でなさそうだが、一部の富裕層の人たちだけにあの空間を開放するだけではなく、あれほどの数の『大観の絵』を目玉に集客するという発想がほしいと思う。もっともすでに本物は売りさばかれて複製だけか特別室に飾られているのかも知れないが・・・。
 泉質が良く絶景の露天風呂はともかく、団体客目当ての商法は二度と来たいと思わない宿になってしまっているのが残念・・・。(田舎親父)

2009年10月 3日 (土)

予想は外れたが結果オ-ライ・・・

 昨日は久しぶりで大学の先生たちと混じって、昼休みを40分ほどとっただけで朝の10時からよる7時前までかなり白熱した議論をする会議に参加する機会に恵まれた。その疲れが出たのか、オリンピックの開催地の結果が気になったが11時過ぎにパタンキュ-。7時までぐっすり・・・。

7時に目覚めてすぐにテレビをつけたら、予想通り東京が落選ということに一安心。素人予想ではシカゴとリオか決戦投票かと思ったのだか、最初の投票でシカゴが最下位だということを知り、アメリカの威信が落ちたことを感じる。

今、詳しい情報は全くない。開催地が決まったということだけしか知らないが、アメリカのやり方に世界が反発したことは間違いなさそう。イスラム圏の国々はアメリカには絶対投票しない上、ヨ-ロッパ諸国はお隣ということでマドリ-ドの肩をもったようだ。

今回のアメリカが最初に落選という事実は、世界の動きが変わったことを実感する。日本も地球温暖化防止で一躍世界にデビュ-した鳩山首相が出かけたのに、2回目の投票で落選したという。鳩山首相の勢いもここまでとも捉えられるが、落選したことは決してマイナスではないだろう。

歴史に『もし』の議論はナンセンスだろうが、もしも間違って東京が選ばれたとしたら民主党政権にとっては大変な十字架を背負うことになったのではないだろうか。都知事の勢いはますます大きくなり、東京はオリンピックに向けてひた走り・・・。

コベンハ-ゲンまで出かけて都知事のパシリ役をした以上、首相としてはその勢いを止めることでできないばかりか、多大な国家予算をオリンピックに投入しなければならなくなることは、私でもわかる今後の動き。

オリンピックの全てが無駄だとは思わないが、今ある施設が使えるならいざ知らず、必ず新しい競技場の建設の話が出てくるだろう。いやすでに都知事はじめ推進派達の頭には国民には一切知らしていない構想があることは間違いない。築地市場の移転問題もオリンピックのためにやむを得ない、という論理で強行する筋書きがあったことも考えられる。

ともあれ、オリンピックが東京で開催されないことは決まった。招致のために数百億円使ったと言われている。

全て無駄金。この金を福祉や教育に使ったらどれぐらいの人々の心と体が休まっただろうに・・・と思わないでもないが、これはグチ。むしろオリンピックのために今後かかる費用から見たら、安いものだという気持ちに切り換えて、次の都知事には、その尻拭い役ができる人物を選んでほしいものである。(田舎親父)

2009年10月 2日 (金)

何でもデ-タベ-ス化すれば良いものでもないだろうに・・・

 以前取り上げた、いわゆる『追い出し屋』稼業と言われている、賃貸住宅の入居者の連帯保証を請け負う家賃保証会社数社が家賃滞納などの信用情報をデータベース(DB)化して一括管理する事業を始めるという報道は、何となく私の体質に合わない気がする。

どんな情報をどこまで管理するという詳しい情報はないが、不動産関係会社(特に賃貸住宅関連)がそれぞれ持っている個人情報をDB化して一元管理するとなれば、一月でも家賃が滞納したらチェック、『家賃滞納者』というリストに入ることは間違いなさそう。

現在、貸住宅管理会社1100社以上が加盟する『日本賃貸住宅管理協会(日管協)』という業界団体があるという。一瞬物凄い数だと思うが冷静に受け止めると、どの駅前でも見かける『○○不動産』とか、一見、不動産業とは思えないカタカナ名の会社もその一つだろうから、あながち多いというわけでもなさそうだ。

もともとこの業界が、今回のようなDBを作る計画をしていたらしいが、業界の中にも批判があって先送りされていた経緯があったとのこと。しかし、滞納が予想できる人を見分ける必要があるのは賃貸し稼業では絶対必要という意見が強く、早くDB化という動きになったようだ。

これらの会社はDB化を進める社団法人『全国賃貸保証業協会』を設立するという。早速、他に家賃保証の約10社が参加の意向をみせているほか、日管協も人材や資金面で支援し、将来は、家賃保証以外の日管協の加盟各社も、入居者の信用情報を提供する見込みだというから、町の不動屋がこれらの情報は簡単に手に入れられるようになるのは確実のようだ。

私の住む町の駅前にも数軒(いや10軒以上あるのは間違いない)の不動産屋が、表のガラス戸一杯に賃貸しアパ-トやマンションのビラを張っている。時々、若いカップルが熱心に眺め、意を決したように中に入っていく姿を見受ける。

彼らは新居を求めて不動産屋に来るのだろうが、目的の物件があり実際にその部屋を見て納得して、いざ契約となる段で住所氏名などの個人情報を記入したとたん、コンピュ-タから、過去に滞納したことがあるという情報が返ってきたら、折角のこの話が壊れてしまう可能性が高くなる。場合によったら、必要以上の締めつけられた条件がのしかかることも予想できる。

隣の不動産屋に行っても同じこととなると、二人はこの町に住むことを諦めるしかないが、DBが存在する限りどの町に行っても同じこと・・・。これは問題である。

それぞれの人にはそれぞれの理由があるのは当たり前。場合によっては、何とか誤魔化して家賃を踏み倒そうと思っている人もいるかももしれないが、圧倒的多数の人は税金と同じで、家賃を払うのは義務だと感じているはずではないだろうか。

私が時に目にする二人も同じに違いなかろう。今、少子化が大問題になっている。若い人たちが安心して子どもを産み育てられる環境をと、様々な支援事業が展開されているが、一番大切な要因である、自分たちの住まいが、このようなDBによって阻まれないとも限らないとなると、やはり行き過ぎた情報管理ではとの疑念は消えない。

これでは貧乏人は子どもを生むな・育てるなと言っていると同じこと。自分で望んで貧乏人になったわけではないだろうに、正直に生きても貧乏から抜け出せないとなると、人を騙しても、あるいは殺害しても『カネ』を得ようとする心理になるのもわからないでもない。世の中が荒むのも無理はない。

『当たり前に生きて行ける社会とは』鳩山政権にはぜひこの命題に何らかの回答を出してくれることを期待しているが・・・。(田舎親父)

2009年10月 1日 (木)

この季節に蚕を育てているが・・・

 このところ疲れているのか、話題を探すセンスが鈍っているらしく、文章を作るのに四苦八苦している。そこで先月の残り数日は自分に勝手にしばらく頭脳休暇と決めて、北関東の温泉二カ所を車でのんびり走ってきた。

今日はもう10月。明日はオリンピックの候補地が決まる日。アメリカは私の予想通りオバマ大統領が出席するようだか、アメリカという国は『国家の威信』という言葉が大好きな国。もしもオバマで負けたとなると一気にオバマ人気が落ちることは折り込み済みだろう。

大胆な予測をするならば、勝つという確実な情報があるからオバマ登場となったに違いない。鳩山氏は都知事の恫喝に負けたのか、それとも自分の国連演説に酔ったのかはわからないが、もし自分が出て行けば勝てると思ったとしたら、この御仁も結局は前首相と同じ頭脳構造、やはりオボッチャマだとしか表現しようがない。

できれば、第一回投票で最下位になり、シカゴを支援するのが外向的には一番良さそうだが・・・。どちらにしてもオリンピックがスポ-ツの祭典でなくなったことは間違いないところ。

ともあれ、秋にはこんな生臭い話題は合わない。そこで、今回の旅には『お蚕さま』同伴だったことから、きわめて個人的でしかも柔らかな話題を提供したいと思う。

前書きが長くなったが、蚕同伴だった理由は近所の学校から10月の末に蚕の話をしてほしいとの依頼があったことから、ならば実際に蚕を見せることも面白かろうと、孵らないだろうと予想しながら8月の末に今年の春、繭から脱出した蚕が産みつけた卵を冷蔵庫から出してみた。ところが、9月15日になって孵化したので、後部座席に座っていただいたという次第・・・。

秋が深まった今頃飼育するのは始めてである。毎年5月ごろから蚕を育てているので、育て方はだいたい理解しているつもりだが、春と違い日一日と気温が下がるので食欲が悪いのが気になる。

孵化してすでに半月になるが、一番大きなものでも2センチ弱、中には2ミリにも満たないものもいるほど成長が悪い。夜の温度にも気を使って、保温するように心がけているのだが、ひょっとして繭を作るまで大きくならないのではと不安が広がる。

そんな時に思い出したのが、蚕が出す糞の利用という記事。

記事によると、京都の食品加工会社が蚕の糞を主原料にした洗顔パウダ-『蚕紗(さんしゃ)』という商品を20クラム1500円で売り出したととうい。常識的にはかなり高値だが、ネットという化け物が後押ししているらしく、かなりの売れ行きだという。

宣伝文句を読むと、蚕はミネラルやビタミン、葉緑素などが豊富な桑の葉を食べて育つことに注目、その糞に含まれる酵素が余分な脂肪や角質を取り除くことに成功して商品化したとそうだ。滅菌乾燥処理で粉末状にすると臭いも気にならなくなり、肌がすっきりして滑らかになるとうたっている。

蚕の糞を漢方では『蚕紗』と呼び、四肢の関節の痛み、麻痺、腹痛、下痢などに効果があるということは以前から知っていた。また、これで顔や手を洗うと、すべすべになるということや、歯茎の腫れなどにも効果があるということで歯磨きにも使う人がいたということ、さらに、家畜の飼料や活性炭や樹脂、塗料、鉛筆の芯などにも応用される、ということは知識として少しは持っていた。

私も糞を利用しようと遊び半分で『蚕紗』なるものを作ってみようと挑戦したことがあるが、飼育していた時期が梅雨にぶつかり、ある程度溜まってから乾燥しようと思っているとカビが生えてしまい、結局は野菜や花の苗の肥料として利用するのがオチ。完成に至らなかった経験がある。

しかし、この情報は重要である。調べてみると漢方の『蚕紗』は『秋蚕(晩蚕)』と呼ばれる、今頃育てる蚕の糞を『晩蚕沙』と読んで珍重しているとのこと。梅雨時と違い乾燥しているから乾燥も難しくないのでは・・・。

現在でも成長が遅い蚕たちが今後成長し繭を作るためにどのぐらいの時間が必要なのかわからない。それまで新鮮な桑の葉を十分に確保できるかどうかという問題があるが、糞を集めて遊ぶ価値はありそうだ。

抗酸化の作用を通じて血液内の活性酸素を分解して、腎臓の機能を活発にさせてくれるというのも魅力。さらに炎症を制御させて、アトピーとアレルギー性の皮膚炎の改善だけでなく、頭皮を元気に作ってくれて毛髪の老化を防止して黒くて弾力のある髪の毛を作ってくれるてくれる効能があるというから、今からワクワクしている。

結果はいずれお知らせしたいと思っている。(田舎親父)

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