« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月

2010年4月30日 (金)

相変わらず税金の無駄遣いが続いているが・・・

 マスコミはハトヤマ首相の大ブレとオザワ幹事長を悪役にすることは大好きなようで、民主党の内部で分裂騒ぎが起こっているかのような報道が多いのだが、こと『仕分け』となると、視聴率が稼げるとばかり連日大きく取り上げている。

税金の無我遣いを徹底的になくすというキャッチコピ-は素晴らしく、そのことには大賛成なのだが、マスコミが大騒ぎするものだから、仕分け人も何となくタレントのような雰囲気になっているような気がすると同時に、『仕分け』そのものがすでにイベント化しているきらいは否めない。

先日もテレビニュ-スで国交省所管の都市再生機構(UR)の『仕分け作業』の映像が流れていた。テレビニュ-スは断片的な映像がほとんどだから、番組編成局の考え方如何で国民の感情を一定方向に誘導できるという面が否定できないということが頭にあって、覚めた目で見るともなく見ていた。

URの説明人は天下り体質とそれに関連した随意契約の不透明さを取り上げられることを察知していたのだろう、議論の前に『予定を繰り上げ、今年度中に随意契約をやめる』と発言。さらに、天下り人数の多さを指摘されたら『極めて不透明で、コスト面でも問題がある』と認めていた。

そして結論として、URの約77万戸の賃貸住宅事業について、『高齢者、低所得者向けを除いて民営化すべきだ』として『縮減』の結論を出したと報じていた。

テレビを意識しているのか、仕分け人も説明人も顔つきは真剣そうに見える。仕分け人の出した結論や、やりとりの過程を見ていると(何となく)URの体質が改善されるのだろうという印象を多くの国民は持ったに違いなかろうが、不思議なことにこれらの続報が報じられないことが多いは何故だろう。

確か第一次の仕分けにおいても、『不要』と結論づけた事業が多くあったと記憶しているが、その事業が本当に取りやめになったのか、そして所轄官庁の組織が縮小したのかということは伝わって来ない。

まさか、マスコミと民主党がクチサキだけで国民を騙しているとは思いたくないが、第一次仕分けの結果、現在の進捗状況は『これこうですよ・・・』という(政治屋サンたちが大好きな言葉で表現するなら)説明責任があるだろうに・・・。

仕分けの話題ではないが、経産省所管の『石油天然ガス・金属鉱物資源機構』という独立法人があるらしい。その本部を川崎から東京都内に移転させる計画があるらしいという報道を先日新聞紙上で見つけた。

実現した場合、役職員への手当が都内勤務で上積みされ、年間の人件費が総額1億8千万円アップする計算になるとのことである。経産省が移転を盛り込んだ法案を今国会に提出中だというから、ナオシマだったと思うが民主党の大臣は閣僚から詳しい説明を聞いているのかと素朴な疑問を持ってしまった。

少なくとも議案を国会に提出しているというから、大臣認可がおりているだろうことは疑えない。これは明らかに、無駄を省くとのマニフェストを信じて民主党に投票した国民に対して背信行為ではなかろうか。

 この機構は2004年の設立だという。その際、本部をJR川崎駅前のオフィスビル内に置いたのは、当時、行政機関などが都内に過度に集中しないよう拠点を東京以外に置くことが国で推奨されていただからとのことである。

 機構の必要性は別にして、この考え方は一理も二理もある。ところが『国際的な資源開発競争の激化に対応した組織強化』のために『要人交渉を行う都内に拠点がある方が便利。省庁との連絡も密に出来るので有益だ』とは、何のための川崎だったのだろう。これでは自民党政権の考え方の方がまともだったと思えてしまう。

 この機構もご多分に漏れず、天下りの巣窟の一つというから、このあたりの『仕分け』はどうなっているのだろう。

さらに、最初に今回仕分けの対象になった都市再生機構(UR)のでたらめなやり方も新聞が取り上げている。

記事によると、この機構の所管する住宅46棟を補修する際、欠陥問題で処分されたUR元理事が社長を務める天下り先の関連会社に設計業務など約84億円分を随意契約で発注していたというから呆れてものが言えない。

 恐らくこんなことは氷山の一角。どの省庁・法人でも当たり前のこととして通用しているのだろうと思うと馬鹿馬鹿しくなる。国民から政治を付託された政府・民主党は『イベントとしての仕分け』で無駄を指摘するのは否定しないが、その結果も厳しく監視すると同時に、国民が理解できるように報告する必要があるはず。

それが、無駄を徹底的にそぎ落とすと言い切った民主党の最低限の義務だと思うのだが喉元過ぎればなんとやらで・・・政権のうま味にはまってしまったのでは。(田舎親父)

2010年4月28日 (水)

殺される牛がかわいそう・・・

 宮崎県で牛が『口蹄疫』という伝染病にかかり処理されたというニュ-スがあったのは一週間ほど前だったと記憶している。

牛の病気の知識などほとんどない私には『口蹄疫』という病気がどんなものかさっぱりわからないので、一瞬、以前大騒ぎされた『狂牛病』がまた流行りだしたのかと思ったがそれとは少し違うらしい。

ネットで調べてみたところ、この病気は哺乳綱偶蹄目に属する動物にのみ伝染するウイルス性の伝染病だという。伝染力が強く、家畜法定伝染病に指定されているというからかなりやっかいな病気らしい。

 偶蹄目というのは蹄(ひずめと読むことは知っている)のある動物のこと。いわゆる家畜の類だから、ウシ、スイギュウ、ブタ、ヒツジ、ヤギなどである。この家畜の口やひずめの皮膚や粘膜の部分に水膨れができて急速に広がるらしい。

 記録では前世紀の始めというから、100年ほど前に北海道で大流行したようだが、それ以来、日本で大がかりな流行例はないとのこと。何故、今回宮崎でこんなにたくさんの牛が口蹄疫の疑いを持たれたのかと極めて素朴な疑問を持つ。

 この病気にかかると、発熱して多量の涎を出してぐったりするという。日本にはこのウイルスは基本的には存在しないので、何らかの理由で宮崎の畜産農家に紛れ込んだようだが、なんだか昨年大騒ぎした『豚インフル』を思い起こす。

 豚インフルウイルスは人間も感染するので、必死に外国からウイルスの侵入阻止のため成田での大がかりな検疫などの大騒ぎに発展したが、口蹄疫のウイルスは人間には影響がないとのことだからマスコミも大げさな報道はしていないようだ。しかし、日本に存在しないのに流行したとなると、これは大いに気になる。

何故ウイルスが日本に紛れ込んだのか、真っ先に疑われるのは輸入飼料だろうことは誰もが思うこと。現在国内の畜産農家の多くは飼料をそのほとんどが外国産。特にアメリカからの輸入に頼っていると言われているが、価格面などから見ると中国や東南アジアからの輸入に切り換えている農家(農協だろうが)も多いはず。

口蹄疫ウイルスは中国や東南アジアでは自然に存在するらしいことから、やはりこのあたりに原因があるらしい。だから、(素人的には)何としても日本の農業をはじめ一産業は全て国産で賄うことが大切だと改めて思うのだがそれほど簡単に解決できる問題ではないらしい。

 そんなことを思っていると、今回の宮崎の流行は、飼料の疑いよりも牛舎に敷く『敷き藁』が原因で、この地区の農家は中国から敷き藁を大量に輸入しているらしいという情報が流れているとのこと。本当だとしたら、何故敷き藁をわざわざ中国から輸入するの・・・というもっともっと初歩的な疑問がわく。

牛舎に敷く敷き藁が特別だとは思えない。普通の稲の籾をとった残りの、いわゆる藁だと思うのだが、宮崎ではこの藁が不足しているほど米作が減ってしまっているのだろうか・・。

そんなことはあるまい、きっと流通の面で面倒だからというより、中国から輸入した方が経費的に安くなるという安易な発想が潜んでいるに違いない。農家単独で輸入など考えられないので、農協なり流通業者の仲介があるはず。となると、この輸入藁を使っている農家の牛たちの感染はかなりの確率で高くなる。

県は口蹄疫が見つかった牛舎を完全に隔離、実際に感染した牛はもちろん、一緒に飼育されていた牛を全て処分したのだろうが、輸入敷き藁が原因らしいとなると、どこまでの牛を処分しなければならなくなるかきわめて不透明。

事実数日前には新たに別の農家で感染の疑いがある牛4頭が見つかり、この農家が飼育している牛725頭を全て処分するとのこと。この結果、今回口蹄疫に感染したり、感染の疑いのある牛を飼育している農家6軒も含めて、処分対象の牛と豚は1108頭という。物凄い数値である。

畜産で生計を立てている農家にとっては大きな痛手だと思うが、それ以上になんの罪もなく、単に人間の管理不足で伝染病にかかったために殺されて、しかも本来の役割である人間の食料にもならずに処理される牛たちがかわいそうでならない。

これ以上牛が殺されないことを願うだけ・・・。(田舎親父)

2010年4月27日 (火)

『4ナイ生』とは言い得て妙なり・・・

 先日少し時間ができたので面白いニュ-スがないかと探していたら、日刊ゲンダイという大衆新聞に『“引きこもり”へまっしぐら どうする?わが子が「4ナイ生」だ』という記事を発見した。

『4ナイ生』とは聞き慣れない言葉で意味が全くわからない。ついつい本文を読んで見るとこれが実に面白い。

書き出しは『4年制大学に通う学生を〈4大生〉と呼ぶが、最近は〈4ナイ生〉が増えているという。アナタの息子や娘は大丈夫?』というもの。4大生の『大』を『ナイ』に置き換えた言葉遊びだと気づくが、なるほど面白い視点に立ったものと、この記事を書いた記者に拍手を送りたくなる。

記事によると、4ナイ生とは、『アルバイトをしナイ』・『サークルに入らナイ』・『大学の講義やゼミで発言しナイ』・『恋愛をしナイ』学生のことであるという。私のような年代の人には、この『ナイ』は全く無関係で、むしろ『大アリ』で教授や仲間に迷惑をかけたものだが・・・。

民間企業の調査によると、『バイトをしナイ』という学生は36%、『サークルに参加しナイ』は51%、『授業で発言できナイ』が47%もいるという。別の民間調査では『交際相手は欲しくナイ』と回答した学生が55%もいたという。

どんな調査方法で行ったのかはわからないが、両方ともかなりしっかりした企業であるのでかなりの信憑性はあるようだ。これは考えさせられる。しかも、追い打ちをかけるように、もう一つの『ナイ』があるという。それは『新聞・雑誌・本を読まナイ』ことだというから、ウ-ンとうなってしまう。

タイミングよく、先日のNHKの『特報首都圏』だったかで『一人が怖い若者』の姿を紹介していた。その中で、一人で食事をしていることを見られることさえ嫌らしくて、学食では一人では食事しないという学生が多いことはともかく、一人で食事をする姿を見られないために、トイレで食事をする姿にはびっくりを通り越してしばらく開いた口がふさがらなかった。

一人で食事することは、まわりから友達や仲間がいないと思われると思い込んでいるらしく、一人で食事をしていると、寂しい奴と思われるのが何より耐えがたいのだろうが、私にはとても信じられないような若者心理である。

携帯のメルアドの数が700を越し記憶容量が足りなくなったので、新しい機種に変更したという女子学生も紹介していたが、この学生の携帯には誰かから絶えずメ-ルが入っているらしい。裏を返せば、常に誰かとメールを交換していないと不安になるという心理に追い込まれているに違いない。これも想像に絶する。

自分に自信がないので、絶えず誰かと情報交換(そんな大袈裟なものではないだろうが)していないと不安になるのだろうが、自分の考えを持たないでこれからどうして社会で生きて行けるのだろうと考えさせられる。

反面、一番身近な存在である、親とは接点を持ちたくないという。まわりの同年代の仲間からは、単に仲間外れになりたくないという意識で同調しながら、自分より上の世代との接触は拒否する。これではコミュニケーション能力が育つわけはない。

 話は飛躍するが、世間では就職難が叫ばれている。マスコミはこぞって不景気のためと報じているが、私には原因の一端はむしろ『4ナイ生』(この言葉が気に入ったから使うが)自身にあるのではと思えてならない。

私も面接官の経験がある。部屋に入ってくる姿で人物の持つ雰囲気が感じられるもので、数分の会話で自分に自信を持っているかどうかは一目瞭然。

『4ナイ学生』かどうかは、いくら就職のための塾で、面接心得などと形式的な対応術を教えられてもすぐにバレるのは論を待たない。となると、こんな学生を採用する企業は皆無だろう。

このところ連日のように『閉じ籠もり引きこもりの若者(最近は30歳過ぎても多いというが)』による親兄弟の殺傷事件が報じられているが、このあたりに原因があるに違いない。

 もっとも、そのような若者を育てたのは私たちの年代かもしれないと思うと複雑な心境になるが、このことはまた別の機会に・・・。(田舎親父)

2010年4月26日 (月)

1000万票とは恐れ入る・・・

 アベ・フクダ・アソウの1年ずつの順送りした無責任内閣でずっと厚労省の大臣の地位を守り抜いた?マスゾエという議員について、以前から多くの御用マスコミは『今一番総理大臣に相応しい』とか『国民の支持が一番高い』と持ち上げている。それが今でも続いていることが私には不思議な話。

本人もその気になっているらしく、『タニガキではだめだ。俺の出番だ・・・』という意識になって、自民党の執行部の批判を続けていたが入れられず、ついに離党届けを出したのは22日のこと。

大勢の記者団に囲まれて『明日マスゾエ新党を立ち上げる』と大見得を切っていたが、家出された本家の自民党の反応はシラッとしている感じ。むしろ、やっとやっかい者が出ていってくれたという感じに、改めてこの御仁の党内での人望のなさを感じてしまう。

そして翌日『新党改革』の立ち上げ会見を開いたが、その様子を見てびっくり。新党とは名ばかりで、メンバ-を見ると、郵政民営化に反対してコイズミ批判をしていたアライ何とかという議員たちで作っている『改革クラブ』という、御仁とは主義主張がはっきりしない政党に所属する輩ばかり・・・。何が新党だと呆れてしまう。

しかも、クチサキ御仁がまず『改革クラブ』に入党する形をとって、政党名を変えるというこのやり方は、私のような政治に素人でも政党助成金を得るためにしか見えず、なりふり構わずというより、情けないとしか言いようがない。

前日まで『俺についてきてくれる議員は少なくとも5人はいる』と言っていたのに、自民党からはたった一人だけ。この夏の改選を迎えるアライという議員を筆頭に改革クラブの面々は、マスゾエという名前が付けば当選するのでは・・・という淡い希望でも持っているのかもしれないが、何とまあ寂しい理念のない記者会見である。

それでもマスコミはよほどこの御仁をお気に入りらしく、マスゾエ新党がと大騒ぎしているのだから困ったもの。マスゾエという発音が視聴率を稼ぐと本気で思っているとしたら『マスゴミ』と言われるのは当然かもしれない。

それはともかく、昨日になってこのクチサキ御仁は本気なのか、それとも国民をバカにしているのかわからないが、昨日夏の参院選には10人当選させるとのトンデモ発言に、またまた『本気かしら・・・』というフレ-ズが飛び出した。

『比例代表で1000万票集まれば10人は通る。キャスチングボートを握れる数として10人は通さないといけない』とのことだが、この御仁は日本と中国との人口を取り違えているとしか考えられない。

有権者の正式な数は知らない。が、多く見積もっても9000万人程度だろう。投票率をこれも多めに見積もって70%として、約6300万人。そのうちの1000万人もの人が、この理念もない新党もどきに投票するはずがないことは誰が考えても明らか。

10人どころかだれも当選しないだろうと確信したいのだが、マスコミが異常にこの御仁を気に入っていることから、その口車に乗せられる国民が存在することも事実。

万が一、この理念なき新党もどきの公認候補が一人でも当選した・・・と思うと気が滅入る。(田舎親父)

2010年4月25日 (日)

こちらの事件もきな臭い・・・

 ポ-ランドの大統領夫妻などを乗せた大統領専用機がカチンの森付近で墜落した事件では背後にロシアの関与を何となく感じ、何か恐ろしい足音が聞こえてきそうな感じだと述べた。

その翌日にでも、3月末に朝鮮半島西側の黄海で突然爆発し沈没した韓国軍哨戒艦の事を取り上げようと思っていたが、真相がもう少しはっきりするのを待つことにして今日に至っているが、先日韓国軍の情報部が『北朝鮮の関与』をほのめかしているというマスコミ報道が出始めて、大統領専用機の墜落よりもっと切迫した緊張感を感じてしまう。

ネットの情報では事件が発生した直後から『北の関与』が流れていたが、平和に慣れきった日本の国民は『まさかそこまではやらないだろう・・・』と信じられないというより、信じたくないといった気持ちが強いようでその広がりは限定されていた。

哨戒艇が突然沈没した場所が、南北朝鮮の休戦ラインの北方境界線に近い海域らしい。その上、以前から何度も戦闘状態の小競り合いが続いている地帯で昨年も両軍が小規模の戦闘があったという。韓国軍が北朝鮮軍を退けたことに対しての報復では、というのが北の関与を疑わせる論調の基本になっているらしい。

どの国でもそうだろうが、軍艦はいつ何時敵からの襲撃がきてもすぐには大破しないように設計されていることは誰も疑わない。それが、全長80メ-トルに及ぶ1200トンこの哨戒艇は何の前触れもなく突然爆発し船隊が真っ二つに折れて、乗組員がボ-トで脱出する間もないほど瞬時に沈没したというから、只事ではないことも誰でも想像できる。

乗組員104人のうち46人が行方不明と伝えられたが、その後生存者の救出というニュ-スは伝えられていないことから、今でも行方不明者が多数いることは疑えない。行方不明者の家族はもとより、国民からは正負に対して一日でも早い原因究明と乗組員の安否の確認を求める声が高まるのは当然だろう。

その世論を抑えるために仕方なしの演出かもしれないが、韓国大統領は数日前にこの事件に関して国民向けに演説し、原因調査の結果次第では『一切揺らぐことなく、断固として対処する』と語ったというニュ-スに、これは大変なことになりそうだと思った人も多いのではないだろうか。

これは引き上げられた船体から、『外部からの攻撃以外考えられない』という結果を受けてのものだろうが、大統領がここまではっきり意志を示した以上、そしてそれが北朝鮮からの魚雷攻撃だとしたら、南北間の戦争は現実味を帯びてくる。

さらに不気味な情報として、北朝鮮は韓国の人々にも絶大な人気を誇る金剛山観光地域の韓国側不動産の凍結措置を実施するとした声明である。現地の様子が伝わってこないので、すでに韓国資産が凍結されたのか不明だったが、昨日になって一部凍結したというマスコミ報道。恐らく事実だろうと思うが、朝鮮民族にとって特別な地であることを考えると、単に経済的な問題ですむとは思えない。

ポ-ランドの大統領専用機の墜落事件については、ロシアが懸命に関与を否定しており世界的な動きも平穏だということで、新たな争いの可能性は少なくなったらしいが、南北朝鮮間の緊張は高まるばかり、一発触発という雰囲気になっているようだ。

日本国内においては、拉致事件に見られるように『北朝鮮に制裁を・・・』という声が大きくなっていることから、『この際、北朝鮮国家を殲滅』などという勇ましい声が盛り上がらないとも限らない。

沈没原因がある程度解明されて、北朝鮮の関与が確実だとなっても、北朝鮮が『ゴメンナサイ』なんてことは絶対ないだろう。韓国としては国連の場に持ち込むだろうが、解決能力をほとんど失っている国連の現状から考えると、ひょっとして・・・という恐れがないでもない。

そのときは、またまたアメリカが『俺の出番だ・・・』とばかりししゃり出てくることも規定の事実だろうから、アメリカ軍の基地を多数抱えているわが国、特に沖縄が争いに巻き込まれる可能性は否定できない。

今こそ『いかなる戦争も絶対反対』という声を上げるときではないだろうか。(田舎親父)

2010年4月24日 (土)

子宮頸ガンという言葉が流行っているようだが・・・

 『ガン』はずっと長い間、体内の臓器に何らかの原因で『しこり』や『腫れ物』ができ、それが病状の進行に伴い大きくなり、やがて健康な細胞をも駆逐し死に至らしめる恐ろしい病気だと教えられてきた。

そのガンを防ぐために様々な治療方法も考案されてきた。古い話だが『丸山ワクチン』などという薬剤の存在が話題になったことを記憶している人も多いのではないだろうか。ガンのよく効くとアガリクスというキノコがもてはやされたということや、玉川温泉の岩盤浴で治ったという話も広がっている。

今日では多くの発ガン性の物質の存在が明らかにされ、そのような物質に敏感に反応すると同時に、ガン発症のメカニズムの研究も進み、早期に発見さえすればガン細胞を摘出することも比較的簡単にできるようになったらしいく、今では不治の病から恐ろしい病気に格下げになったようだ。

ところで、このところガンはガンでも『子宮頸ガン』という言葉を聞かない日がないほど、新聞テレビにこの言葉が溢れている。『子宮ガン』という病名は繰り返し聞かされ、女性にとって恐るべき病気であることは私でも知っていたが、『子宮ガン』と『子宮頸ガン』との違いなどつい最近まで全く理解できなかった。

『子宮頸ガン』という言葉にシンクロするように登場するのが予防のためのワクチンであるが、このワクチンをできるだけ早い時季に接種すれば『子宮頸ガン』は100%防げると言う話だが、本当なのだろうか。

私は『ワクチン』というものに対してかなり懐疑的な思考を持っているので、ワクチンの効果については冷やかな見方をしている。先きの、豚インフルに対するワクチン騒ぎにも『何故大騒ぎするのだろう・・・』と批判的な立場をとっていた。

100%効果のあるワクチンなど絶対に存在する訳はない。化学薬品を合成している以上人体に必ず副作用を及ぼすと考えねばならないのに、何故か、このことを議論する事を避けているような傾向があるのが気になって仕方ない。

真偽のほどは明らかではないが、インドでは副作用で命を落とす女性が続出したとのことで、この子宮頸ガンワクチンの集団接種を取りやめたとの報道もあるがこのことは一切国民には知らされていない。ワクチンに警告をならしている医師や科学者などの声も全く聞こえてこない。

子宮頸ガンの予防ワクチンは、現在、アメリカのメルク社の『ガーダシル』と、イギリスのグラクソ・スミスクライン社の『サーバリックス』があるとのことだが、厚労省が国内で認可しているのは後者のみだそうだ。

何故『ガ-ダシル』が認可されていないのか全くわからないが、認可されているワクチンの製造元のグラクソ・スミスクライン社は『予防効果がどのくらい続くのか』という一番肝心な質問にははっきり答えていないらしく、『追加接種』が必要かどうかについても現在研究中だとのことは、どのメディアも取り上げていない。

マスコミは100ケ国では安全性は問題がないと認可している上に、多くの国では無料でワクチン接種しており、接種を義務づけている国もあると報じている。それに比べ日本では、接種するには5万円以上の費用がかかるので、接種を希望しながらも経済的な理由で接種をあきらめざるを得ないのが現状だから、そのあたりを何とかしなければと煽っているような記事が多いのも気がかり。

最近は著名な医師や人気タレントまでもがテレビや新聞雑誌でワクチン接種の義務化をすすめるものだから、国民の間には『ワクチンさえすれば子宮頸ガンにかからない』という神話として広がっている勢いであるが、記述した通り『完全なものはあるわけはない』ということをもう一度考えてほしいもの。

子宮頸ガンは性行為からウイルスに感染するという。だとすると(極論すれば)『性病』の一つで(常識的に考えれば)正しい性知識・性教育を徹底すればなにもワクチンを接種する必要はないはず。むしろ、ワクチンを接種したら絶対安全と言う意識が、かえって性風俗の乱れを助長しかねないと言うと、頭が固いと批判が返ってくるのだろうか・・・。

そんなことを思っていると、大田原市という自治体が全国で最初に小学校6年生の女児を対象にワクチン接種を義務化すると言うニュ-に(話題づくりのために急いだのではと考えたくないが)何故もう少し待てないのかと疑問に思うとともに、壮大な人体実験にされかねない大田原の少女たちと、それを命令とは言え受け入れている小学校が気の毒に思えてならない。

このままでは何年かの間にワクチン接種をした女児の誰かの身体に異変が生じ、ワクチンが原因だと言う裁判になるのでは・・・と危惧を感じている。(田舎親父)

2010年4月23日 (金)

本気かしら・・・

 先日、地域による連休のずらし取りについて、思いつき的な施策はやめた方が良いと述べた。多くの新聞の読者の投稿欄にも、ニュアンスは少し違うが、反対意見がかなり掲載されていたことを思うと、この問題に関しては、賛成より反対の意見が多いのは間違いなさそうだ。

ところが観光庁と名前だけは新しい役所も所詮は古い体質、民意など聞く耳持たずという姿勢は他の省庁と同じで、一度言い出したことはなかなか撤回できないと見えて、この全国を5ブロックに分け、ずらしながら5連休を取る『休日分散化』を、再来年からの実施を目指すという。

これには、誰かが歌う流行歌の題名ではないが『本気かしら・・・』と思わず口走ってしまいたくなる。

地域別に5連休を春と秋の2回確保するのは、行楽地の混雑を緩和することで観光需要を掘り起こす狙いらしいが、こんな思いつき的な政策で、簡単に(混雑するほど大勢の人々が)各地から各地に目指して大移動を繰り返すとは思えない。

この施策のために、『敬老の日』や『体育の日』などのすでに月曜日に設定している祝日はもとより、毎年5月5日と固定されている『こどもの日』までをも『記念日』変更するための祝日法改正案を今秋の臨時国会にも提出するという。

毎年秋の国会を臨時国会(何故これが『臨時』なのか、恐らく深い訳があるのだろうが変な話)で観光庁として一気に事をすすめるらしいが、これでは(この件に対してはと言い換えても)今夏の参議院選挙で民主党に過半数をとらしたら大変なことになりそうだ。

休日分散化案の骨子は、全国を『九州・沖縄・中国・四国』『近畿』『中部・北陸信越』『南関東』『北海道・東北・北関東』と5ブロックに分けて、5~6月と9~10月の年2回、西のブロックから順に土日を含む5連休を取るというものだが、そのために現在の『祝日』を『記念日』(『子ども記念日』なんて名称が相応しいとは全く思わないが)と称する必要があるのだろうが・・・。

再来年からの実施はカレンダ-が間に合わないからだというが、この法案が国会を通過して実施されたとしたらどんなカレンダ-になるのだろうと、少し想像してみた。

再来年の5月5日『子どもの日』は土曜日である。(政府案によれば土曜日は休日と考えるのだから)『記念日』をブロックによって移動して5連休を作るとなると、真っ先に5連休になる『沖縄・九州・中国・四国』ブロックのカレンダ-では5月7日を『子ども記念日』とすると、5月3日(憲法記念日)4日(みどりの日)5日(土曜日)6日(日曜日)7日(子ども記念日)はなり5連休は確保できる。

次の『近畿』ブロックの5連休が他のブロックと重ならないようにするとなると、5月10日の木曜日に『憲法記念日』。翌11日の金曜日は振り替え休日、11日・12日は土・日曜、13日の月曜日が『子ども記念日』となりそうだ。

昭和天皇の誕生日である『昭和の日』もカウントすると幅は広がるが、世論を納得させるのは無理がありそうだから、中部ブロックは17日が『憲法記念日』、土日を挟んで21日が『子ども記念日』となるのでは・・・。

順次ずらすと、関東ブロックの『子ども記念日』は5月28日、東北・北海道ブロックでは6日4日になる計算。

秋は、11月3日の『文化の日』をずらす以外に実現が難しいが、果たして靖国的国家感の多い中、明治天皇誕生日を移動させることが可能かどうかとなると簡単なことではなさそうなので、仮のカレンダ-を考えること自体嫌になる。

 なんでも観光庁の長官は『有給休暇の取得が進まないなかで、親と子が一斉に休みを取る時期をつくりたい。分散化で旅行需要がなだらかになれば出かけやすくなるし、非正規労働が多い観光業界の雇用安定にもなる』と強気な発言をしているようだ。

しかしちょっと待ってほしい。有給休暇を比較的とれているのは公務員だけ、一般企業ではとることすら難しい現状を知っているのだろうか・・・。

まして、中小の企業や、不景気風に押しつぶされそうな工務店や商店・個人企業の経営者や従業員の人々にとっては全く無縁な話。カレンダ-がブロックによって違うこと自体が迷惑この上ない代物だと言っても過言ではないはず。

今回は家族旅行の主役の子どもたちの『学校をどうする』ということはあえて出さないでいるが、それでもこれだけ問題が大きい『ブロックごとの5連休案』を出してくる民主党の意図が理解できない。こんな幼稚な政策の、しかも拙速な実現を許してはならない。

老婆心ながら、民主党は他の政党に絶好の攻撃武器を与えるこの法案をいったん引き下げて、もう少しじっくり考える方向で、夏の参院選を戦った方が良いのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2010年4月22日 (木)

またアメリカさまのご命令?・・・

 先日、『エグウエイ』という電動二輪車に乗って東京港を楽しもうというイベントがあったらしく、そのときの様子をテレビのニュ-スが報道していた。ずいぶん以前のことになるが、当時のコイズミ首相がアメリカで発明されたこの『エグウエイ』を首相官邸だったと思うが、ご機嫌顔で乗っていたことを思い出す。

なんでも(真偽は怪しいが)当時のブッシュ大統領からプレゼントされたとかで、こんな便利なものが日本の公道を走れないのは奇怪しい・・・なんて言っていたようだが、私は、またブッシュさまから『ポチよ お前ならできるはずだから、日本でこのエグゼイブ-ムを引き起こせ』というご命令があったのではと思ったものだ。

幸い、一台100万円以上という価格と、公道で乗ることができない法律上の問題などがあって流行らなかったが、この命令はまだ活きているらしく、直接公道を走れないのなら人集めにつかえという指令に変わったと考えるのはうがちすぎかも・・・。

充電式バッテリーを使用、ガソリンを使わず、排ガスを出さない環境に優しい乗り物だというのが最近のエコブ-ムで一躍注目されるようになったらしく、ネットで調べてみたら、人集めイベントには、3年以上前からハウステンボスや中部空港など各地の施設で話題を高めるために利用しているというから、話題性が大好きな日本人にはたまらない代物にうつるようだ。

アクセルやブレーキがなく体重移動のみで前後に進無仕組みだという。ハンドルもないのでどうして向きが変えられるのか不思議な気がするが、ジャイロスコ-プの原理を使って身体の向きを変えるだけで方向転換できるとのことらしい。

詳しい仕組みはわからないが、説明では『2センサーと5つのジャイロにより1秒間に100回という高速回転できる駆動装置が内蔵しており、ある程度のスピ-ドと安定感を保つことができる』とある。

乗り方は簡単で、高齢者でも5分~10分もあれば慣れて、バランス感覚の持ち主なら足を乗せた時点から乗りこなせるとのことだ。しかもオフロ-ドというか、多少の障害物など乗り越えられるというから、こんなバカみたいな自転車のお化けのような乗り物だと思っている私でさえ、機会さえあれば試してみたくなるような報道の仕方。

しかし、所詮は『客寄せパン』で『何故こんな乗り物が必要なの・・・』という疑問にマスコミは明確な答えを用意できていないようだ。

『エグウエイ』愛好者・推進者たちは『こんなエコな乗り物を日常生活に利用しない手はない』と言うだろう。そして、人気が出始めたら、まちがいなく公道で乗れるように運動をはじめるに違いない。

現在でも価格が100万円以上というから、個人で買う人はほんの一部の金余りの人種に限られるが、普及すれば価格が下がるのは資本主義の大原則。10万円程度になれば買いたいという人も大勢出てくるだろう。しかし、こんな代物が町中を走るようになれば・・・と想像すると恐ろしくなる。

以前も述べたと思うが、(最近は少し見る機会が減ったようだが)電動車椅子が狭い道路や買い物客で大勢いる商店街を走っている姿を見ると、正直『便利で素晴らしい乗り物ができたものだ・・・』と思うより『迷惑だ』と思う人の多いことは確かのようだ。

決して、障害者や高齢者が一人で町に出ることを否定する気はないが、電動車椅子がいかに人や車の交通の障害要素になっている場面を見るたびに、『電動車椅子も周り』もが両方安心できる環境作りが先だと思うことがしばしば・・・。

まして『エグウエイ』という乗り物は、一人で歩けない障害者や高齢者とは無縁のものだろうから、いくらエコだからと言ってこんな乗り物が我が物顔で走るようになれば、たちまち事件・事故が頻発することは目に見える。

どうも最近、人間には足があることを忘れているように思えてならない。歩くのに何ら不自由がないのに、乗り物を使わなければならないような脅迫概念が働いているのではないだろうか。

私たち人間は特権として『両足で歩ける』という能力を授けられているのだから、わざわざこんな乗り物を使って、周りの人の迷惑を省みず走り回ることより、自分の足で歩きたいものである。

例え、裏でブッシュの命令が生きていたとしても・・・。(杉)

2010年4月20日 (火)

格安パック旅行のカラクリは・・・

 数日前に、オーストリア北部の高速道路で、日本人観光客と添乗員計40人を乗せたバスがトラックに追突し、観光客、添乗員の女性2人が頭や腰にけがを負って入院したとのニュ-スをネットで知った。
 ほかにも鼻の骨を折るなど負傷した観光客が複数いたが、いずれも命に別条ない程度のようで、入院していた人もすぐに退院したという。企画した旅行業者はこのツア-を続けるかどうかは、負傷した人たちの判断に任すとのことらしいが、旅行者の幹部たちは一時的に真っ青になったのではないだろうか・・・。
 このツア-の詳しいことは知らない。が、恐らく今頃のシ-ズンに募集し、しかも40人もバスに詰め込む海外ツア-となれば『格安』が売り物に違いなかろう。
 日程的にもかなり厳しいものだろうと想像できるが、何よりも気になるのは、バスの運転手のミスだというから、余程技術的に未熟な運転手に乗り合わせたようだ。ツア-代金を格安にするために運転手の人件費まで切り詰めた?のでは・・・。
 また、事故ではないがアイスランドの氷河火山爆発の影響で長期ヨ-ロッパの間飛行場が閉鎖され、帰国できないツア-客も多いと聞く。まさか格安パックだから、復旧した飛行機に搭乗する順番が最後の方にされるとは思いたくないが、なんでもカネで差別化される時代、ひょっとすると・・・と思わないでもない。
 ともあれ、気軽に海外にでかけるのは考える必要があると思わせる事故や事件が多いことは間違いないところ。
 それにしても毎日のように新聞にでかでかと掲載される国内外の旅行ツア-料金の安さは思わず『どうなっているの・・・』と思ってしまう。
 何故こんなに安い価格が前提できるのだろう。不思議としか言いようがないが、そこにはやり方次第では信じられない価格が設定できるカラクリがあるに違いない。
 数日前にも一面が全て大手旅行社の企画するツア-の案内が掲載されていた。そこには目玉商品なのだろうが、『緊急企画』と銘打って、ひときわ目立つレイアウトで『新沖縄デラックス』という文字が踊っていた。申し込む意図があるわけではない私にも、興味をそそられる内容で申し込む人も多いのではないだろうか。
 羽田からJAL便で那覇に直行 2泊三日で首里城はじめ、ひめゆりの塔など沖縄の観光名所をバスで案内するばかりではなく、ガラス工芸館やパイナップルパ-クや黒砂糖工場にまで案内してくれるらしい。
 2泊目のホテルが『リザンシ-パ-クホテル谷茶ベイ』とある。このホテルは数年前宿泊したことがあるが、1000人以上収容できる立派なコンベンションホ-ルなどを設置した、沖縄では最高級にランクされると聞いていたホテルだった記憶がある。目の前にはホテル専用のプライベ-ト海岸もあったことも思い出す。
 一泊目も那覇の高級ホテルで、しかも両ホテルとも朝夕の食事もついてであるというから常識的には信じられない値段。それにしても、どうしてこんな値段が設定できるのだろうと、改めて素朴な疑念が生じる。
 これも先日のニュ-スだが、新たに開設された茨城空港と神戸を結ぶ運賃が5800円だという信じられない価格を設定していると言う。このことに象徴されるように、近年航空運賃の安売り合戦が熾烈になっているらしい。
 早く予約すれば『羽田-那覇』間が1万円程度だと言われているので、旅行会社が大量に席を買い占めると、さらに割引があることは想像するに難くない。安売り競争が激化した今日、より安くなければ客が集まらないことは小学生でもわかる話だが、それでも、この価格設定にはどこかで信じられないようなカラクリがなければできるはずがない。
 添乗員が派遣社員だということぐらいは想像がつくが、まさか客に出す食事には賞味期限の切れたものばかり・・・などということはあるまい。
 安売り企画の裏を探るというか、一体何故こんな値段でできるのか・・・ということを知るためにも、団体ツア-大嫌いな人でも実際参加して実態を探ってみたい気にさせることもカラクリなのかもしれない。そして、日程的に沖縄は『梅雨真っ只中』というのもカラクリの一つのようだ。
 雨にたたかれても3万円と割り切って参加する人はともかく、二度と行きたくないと思う人もいるはずだが、リピ-タなど作る必要がないのも重要なカラクリの一つかもしれない。(田舎親父)

2010年4月19日 (月)

また、できもしないことをやろうとする愚挙に・・・

 今月はじめ小覧で『親の無責任がまた幼い子どもの命を・・・』というタイトルで、子どものライタ-のいたずらによる火事のことを取り上げた。

そこで私は、全て親がほんの少しの意識を持っていたらこんな馬鹿馬鹿しい事件など起きるわけはないのに、と(亡くなった子どもたちには申し訳ないが)親のアホさ加減に腹が立つと同時に火事の原因は基本的には親の責任だと結論づけた。

しかし現代社会はそう言い切ると人権にそぐわないという風潮があるらしく、子どもの命も守ろうとしないアホバカ親に責任を求めるのが難しいというから、私の感覚とはかなりのずれがある。

特に政治の世界では大変らしく 親の責任はウヤムヤにしながら子どものライタ-のいたずらから火事を防ぐ方法を模索しているというから阿呆らしいことこの上ない。

先日、政府は関係省庁の関係省庁の局長らを集めた『消費者安全情報総括官会議』という(名前だけは厳めしく、権威があるような)会議を消費者庁で開き、その席で、消費者庁として各家庭にあるライターの回収が可能か検討することを提案したとのこと。

各省庁にライタ-の危険性の広報・啓発の強化を要請した上で(現在、推定で60億個ほど出回っているとされる)『ライタ-を回収する方法がないかどうか検討してほしい。その手始めに、ライター回収には引火や爆発の危険が伴うため、庁内で回収によって生じる問題点や効果を整理し、提出するので議論方よろしく』とお願いしたという。

 どうやらこの役所も一流大学卒業の官僚たちが幅をきかせている『頭でっかち組織』としか言いようがないが、本気でそんなことができると思っているとしたら、これこそ笑えない笑い話。

 今後出回るライタ-は子どもが簡単に着火できない『チャイルドレジスタンス』機能の義務化するから、絶対にいたずらでの失火はないと読んでいるのだろうが、幼児とは言え子どもの能力を全く考えない大人の浅はかさ。難しければ難しいほど好奇心が大きくなる児童心理を理解していないようだ。

 それ以前に、どうして60億個のライタ-を回収するというのだろうか。回収には厳重な容器が要るという理論が先に立ち、そのために(あらかじめ決めてある)特定の会社に発注することからはじまるに違いない。要は天下り先の確保では・・・。

 そして、家庭に回収を呼びかけて集めるというのが筋書きだろうが、回収応じるのはそれなりの知識と良識を持っている親たちだけというところか・・・。

今までも何度も子どものライタ-のいたずらから火事が起こり、子どもの命が無くなる事件は起こっている。その度に注意を呼びかけたはずだが、そんな注意などどこ吹く風とばかりの親には何の効果がない。

よく例になる話だが、学校はお願いの文章を子どもに配ったことによって徹底されると思い込む傾向があるが、そんなプリントなど見向きもしない親にはお願いなど通じるわけはないと同じで、本当に回収しなければ危ない家庭のライタ-はそのままになる確率の方がはるかに大きい。

 まさか、ライタ-を持っていた人間に罰則を与えることはできまい。100円ライタ-の販売を禁止したり、破棄しなければ罰金などという施策も難しかろう。結局はレジスタンス機能がついているライタ-を使うように呼びかけるぐらいしか方法がないだろうが、前述した通り、これとていたずらができなくなり完全に火事が防止できるとも思えない。

 どうやら(私は賛成したくないが)、前回も述べたように、親意識が希薄になった現在では、暗唱番号が必要な数万円するようなライタ-しか流通させないような仕組みを作らない限り、再発は無理のようだ。それとて暗証番号が覚えられず、子どもに覚えてもらうような親もいることから、完全ではなさそうだが・・・。

できもしないことをやろうなどと無駄なことは考えず、諸般の根源である親の(ほんの少しの)モラルの向上に、知恵と汗をかいてほしいものだが・・・。(田舎親父)

2010年4月18日 (日)

地球的な自然異変が起きているようだ・・・

 昨日の朝9時過ぎのこと。何気なく庭を見たら、そこにはザラメ状の雪があちこちに散らばっている。前夜の冷たい雨が雪になったのだろうが、明け方の激しい雨によって、このようなマダラ模様になったと想像している。

それにしても一昨日は寒かった。このところ毎朝室温を記録しているが、起きたときは9℃もあったので、極端に冷え込むという天気予報に対して『この程度か・・・』と思ったものだが、時間が経つに連れてどんどん気温が下がっていく。

夕方、テレビのニュ-スが渋谷は4.3℃と報じていたが、横浜の片田舎はそれ以上に冷え込んだに違いない。この異常な低温傾向は昨日(朝は室温6℃と冷え込んだが)一応いったん納まったようだが天候の不安定はまだまだ楽観できないようだ。

それでも桜から新緑に移る季節の衣替えは確実に進んでいるらしく(私は『山が動く』と表現しているが)毎日確実に萌葱色からはっきりした緑に進行している気配を感じ、改めて植物たちの生命力の素晴らしさを感じている。

ただ、今年の天候の不純さと気温の変動の大きさに、丁度このころに実をつける梅や、人間が手を加えて大量に収穫できるようにした野菜などが敏感に反応できず、枯れたり成長が止まりしているというから、農家の人たちの苦悩が思われてならない。

さらに、温室という文明の力によって季節外れの恵みを得ている農業は暖房費が予想以上にかかっているはず。すべての農産物が高騰する要素はそろっているので、経済に及ぼす影響もますます大きくなるに違いない。

世界に目を移すと、このところ報じられなくなったので、一応波を越したと思われるが、ヨ-ロッハや北アメリカの各地の寒波は半端ではなかったとのことなので、地球規模の寒波の動きが例年とはかなり違うことは確からしい。

また、今年は大地震が頻発していることも特徴で、ハイチに続きチリ、そしてつい先日は中国の海抜3500メ-トルを越す高地での大地震は、現在救助が続いているが死者や行方不明が1000人を超え、今後どこまで拡大するのか心配である。

以前、雲南省の高地のチベット族の町を訪れたことがある。そのときの印象で建物の様子は大まか想像がつくが、鉄骨などほとんど入っていないはずだから、大地震にはひとたまりなく崩壊したに違いない。

共産党政府は必死に救出している姿勢を内外に示しているかが、政府や共産党幹部の命令一つで、チベット族の使う言葉が理解できない、各地から集められた救助隊員たちの戸惑いぶりは想像に難くない。

このことは、当時のことを思い出しながら近々書くことにするが、アイスランドで起きた火山の爆発の影響が、世界の空の便を根底から狂わしているのも、地球規模の気象異変の延長となると、この先どんな異変が起きても不思議ではない。

北極圏にアイスランドという国があり、その国土の大半は氷河に覆われているが、地球の割れ目と称されているほど火山活動が盛んな地域だということは、小学校の教科書にも紹介されていることである。その国で2世紀ぶりに氷河の火山が大爆発したという。

2ケ月前の小爆発に続き、現地では今回の爆発はある程度予想されていたことのようだが、それは一部の専門家だけの話だろうから、多くの人たちにとっては『寝耳に水』。しかも今、全世界を混乱させている空港の閉鎖など予想できた人など皆無なはず。

現地の大変な混乱ぶりが連日報じられている。航空会社も火山灰を吸い込むとエンジンストップになりかねず、最悪の場合墜落など考えると、当面は運行を見合わせるだろうからダイヤが正常に戻るのは火山灰の動き次第。今のところ全く見通しは立たないらしい。自然現象でこんな混乱は前代未聞のことだというが、改めて人間の奢りを感じないわけにはいかない。

人々の混乱は一時的だろうが、大量の水蒸気を含む噴煙が11kmの上空まで吹き上げられたとなると、今後の気象状況を大きく変える要因になることは間違いなさそう。

学生時代、水蒸気爆発ということを学んだ。物凄いエネルギ-を持つ爆発で、原子炉事故などで起こる場合が多いが、火山の爆発(特に氷河火山の爆発)でも水蒸気爆発となると信じられない規模になる可能性があるということも知識にある。その場合、浮遊物は成層圏に何年もの間漂い続け太陽光をさえぎるので、地球の気温が低下し、生き物たちに様々な影響を与えることも教えられた。

実際に、この地域で起きた2世紀前の爆発では地球の平均気温が2℃も下がった記録が残っているという。これは凄いこと。地球温暖化に歯止めをかけるのでは・・・なんてお気楽学説も出るかもしれないが、そんな生易しい話ではないことだけは確か。

日本ではたった一月程度の気温変動で野菜の高騰と大騒ぎをしているが、今後何年も農作物の不作が続くことを予想して、根本的な対策を急ぐ必要があるはずなのに、政治屋さんたちもマスコミはそのことにつては全くのノ-テンキ・・・。

困ったものであるが、このことについても後日述べたいと思っている。(田舎親父)

2010年4月17日 (土)

民主党もダメ 自民党ではもっとダメでは・・・

 このところ民主党の政策がブレまくっている。先日は高速道路の利用料金について、私なりの『?』をつけたが、案の定というか、埼玉や大阪の知事から『詐欺まがい』と評され、このままでは納得できないので断固反対と言われる始末。その後民主の党内からも異論が続出というからどうなるものやら・・・。

それ以上に普天間基地の移設問題では、閣僚たちが日々それぞれ違う意見をマスコミに漏らすものだから何が何だかさっぱりわからなくなっている上に、肝心の大将が腹案はあるといいながら、オバマ大統領から『大丈夫か・・・』と言われたという報道もあるらしいとなると、支持率が下がり続けるのは当然だろう。

ここまで敵失が続いているのだから、自民党はここぞとばかり政策論争で対決すれば支持率はぐんと上がるはずなのだが、実際は内部で互いに足を引っ張りあっているだけで、国民の心をつかむような有効な手段を持てないのが情けない。

それ以上に、自分たちが選んだ総裁を指導力不足などと批判するのはもっとみっともないこと甚だしいとしか表現のしようがない。

先日新党を立ち上げたヨサノという御仁は、改革派を印象づけるために、自民党の建て直しのために執行部人事の一新という提言をしたと伝えられているが、タニガキ総裁としては自分が選んだ人事を簡単に代えられるわけはない。

ヨサノ氏はそのあたりは十分折り込み済みで、ならば『自民党の分裂ではない。一人のヨサノが去ると思ってほしい』などと、さすがに文豪の末裔らしいカッコいい?言葉を残して離党、新党立ち上げに参加したが、執行部人事を一新できないのだから仕方ないという論理、総裁に責任を押しつけたという筋書き。

タニガキ総裁も何とかしなければと思ったらしく、自民党にとって一番やっかいで嫌な人物(私の推察だが)であるコウノタロウという二世議員を幹事長代理に抜擢したことは周知の通り。

コウノ氏もヨサノ氏同様執行部人事の一新を叫んでいたはずだが『党に変化がなければすぐに辞める』と、こちらもカッコいいセリフで幹事長代理を引き受けたようだが、総裁が人事は代えないと断言しているのだから、体質が変わるわけはない。有言実行できれば良いが、恐らくできまい。コウノ氏の政治姿勢が問われるところ。

党の改革を本当にする気があるのなら、党内の派閥の解消をスロ-ガンにしなければ嘘なのだが、自分はアソウ派にしがみついているという。それでいてモリとかアオキとかいう古株の批判ばかりしているのも何となく説得力がない。

先日も、コウノ氏がアソウ派が開いた会合(政治資金稼ぎのパ-ティらしいが)に来賓として、コウノ氏が痛烈に批判しているモリ元首相が来賓として登壇して、コウノ氏に向かって『自民党の支持率)が上がらないのは、年寄りがいるからとか派閥があるからと言っているが、その派閥に属していて、派閥が悪いでは説得力がない』と痛烈に批判したというからどちらもどちら。狸と狐のバカ試合のようで面白い。

コウノ氏としても派閥などには属したくないのだろうが、私にはとても信じられないような複雑なしがらみがあって抜けられないらしい。これでは民主党には失望したという大勢の国民の受け皿になれないのは明らか。

民主党もダメ、しかし自民党はもっとダメとなれば、第二・第三のヨサノ氏がどんどん出てくることも予想される。実際、首長連合やマスゾエ新党などと騒がれているが、理念がはっきりしないうえ、単に権力を握りたいだけのことはミエミエ。

これでは国民からの信は得られないのでは・・・。(田舎親父)

2010年4月16日 (金)

『微笑みの国』の国民性を見習いたいもの・・・

 タイのことを『微笑みの国』というそうだ。

先日、テレビ画面を見ずに新聞を読んでいた時のことである。テレビから、何やらボソボソとわけのわからない話し方が聞こえてきたので、テレビに目を移すと、そこにはタイのアナウンサ-が記事を読み上げている姿があった。

以前から、発音というか抑揚のない話し方が日本語とよく似ていることは言われていたし、何となくそんな感じは受けていた。しかし、テレビのアナウンサ-の発音と表情に、改めてタイという国は日本と共通の文化を持っているような印象を受け、『微笑みの国』とはよくぞ言ったもの・・・と再認識したものである。

そのタイの政情不安定が続いている。一月ほど前から、赤い服を来た人たちのデモ隊がタイの首都バンコクの繁華街を占拠している映像が何度も流れているが、治安部隊が強行手段をとらずにらみ合いを続けている様子に、改めてのんびりした国民性だと感心する。

しかし先日、政府の考え方が変わったらしく、突然、警察や治安部隊の国軍がデモ隊を強行排除するためにデモ隊に向けて発砲、そのため大勢の人たちが死傷するという事件に発展したことは私が今更いうまでもない。

その中に、日本人のカメラマンがいたことは不幸としか言いようがない。この方はカメラマンという職業意識が危険を察知しながらも最前線でカメラを握り続けさせたのだろうが・・・。その根性に驚くと同時に敬意を表したいが、命を落としてしまっては本人の生き方とは言え虚しさを感じてならない。残された家族もいるだろうに、ただ冥福を祈るばかり・・・。

死者が出たことによって、政府も動揺したらしく直ちに部隊を撤収したというから、明らかにデモ隊の強制排除は失敗。二度と強制排除はできないだろうから、政府は一気に苦境に追い込まれ、政情は混迷の極みになるだろう。

昨日になって、軍がデモ隊に向かって水平に実弾射撃をしたことを認めたとの報道は、発砲事件の直後に、軍の最高司令官が出した首相に対する批判的な見解と連動するものだろう。どうやら、間もなくこの政府は倒れることが確実になってきたようだ。

それにしても、赤と黄色がこんなに鮮やかに政治信条を表している映像は珍しい。数年前にもこんな映像が流れ、今回とは逆で、空港までも黄色が溢れて、ついにはク-デタ-によって政府が転覆したことは記憶に新しい。

当時も『微笑みの国』と言われた温和だと言われていたタイの人々が、こんなに激情的だとはと感心したことを思い出す。そして、日本人ももう少しタイ人のように、いざとなったら激しい行動にでなければ・・・とうらやましくさえ思ったものだ。

外国のことなので、今後の動きはどうなるのか全く予想できないが、わが国の国民は半世紀前に見せた学生を中心にした民衆の怒りを思い出したいものだと思うのは、私だけだろうか。

その反対の怒号の中で結ばれた安保がいまだに尾を引き、普天間問題に陰を落とし、あれほどの反対世論の中で開港した成田が羽田の状況変化によって、その存在までもを疑問するような風潮が起きはじめていることは悲しい事実・・・。

赤と黄の対立を無条件に肯定するわけではないが、クチサキだけで国民をだまし続けているわが国の政党政治に対し、時にはタイ人の激情を見習いたいものである。(田舎親父)

2010年4月15日 (木)

大統領専用機が墜落など考えられるだろうか・・・

 10日に起きた、ポーランドの大統領夫妻らがロシアへの公式訪問団が乗ったワルシャワ発の政府専用機がロシア西部の空港近くで墜落し、大統領夫妻を含む乗客乗員全員が死亡したとのニュ-スにびっくり。

亡くなった大統領夫妻はじめ政府や財界の要人たちは、第2次大戦中にポーランド軍将校ら2万5千人以上が、旧ソ連に虐殺された『カチンの森』事件から70年を迎えるのに合わせ、その地で行われるポーランド側が主催する追悼式に出席する予定だったと聞いてロシアの陰謀ではと衝撃が深まる。

ずいぶん昔のことだが『カチンの森』という映画を見たことを思い出す。記憶が薄れて詳しい内容は忘れてしまったが、『カチンの森』といわれている場所でポ-ランド軍将校たちをソ連兵が無差別に銃殺するシ-ンは覚えている。

ソ連は長年この事件はナチ・ドイツの犯行だと主張していたが、様々な事実関係が浮かび上がって、やっと自国の暴挙だったと認めたという経緯があり、その事実に基づいて作られた映画だと話題になったものだが、映画を見なかったら『カチンの森』という言葉すら知らなかっただろう。

一時的にショックを受けたものの、(言い訳になるが)わが国の世論の盛り上がりがなかったこともあって、『カチンの森』の事実も映画の筋書きもすっかり忘れてしまい、今回の事故がなければ思い出すことなどなかっただろう。

それにしても、事故が起きたのがロシアの西部の『カチンの森』近く。亡くなったのがポ-ランド大統領たち一行となると、虐殺された2万5千人のポ-ランド兵士たちとの関係を考えないわけにはいかなくなる。

特に『大統領専用機』というのが引っかかる。この飛行機ロシア製旅客機ツポレフというかなり古い機種だというが、大統領専用機ともなれば、民間機以上に入念に整備されるはずだから、単に古いからでは説明にならないことは明らか。

飛行機は空港に向けて着陸準備に入ったところで、木の頂上部と接触して墜落し、機体はバラバラになったという。ロシアの公式発表によれば、操縦士が空港の管制官の言うことを無視して、着陸を強行したとのこと。しかも3回も失敗しているのに、さらにやり直しで事故を引き起こしたというが、そんなことってあるのだろうか。

国家元首を乗せる飛行機の機長ともなれば、飛行技術はもちろんのこと、少なくとも元首に対して批判的な思想信条の持ち主でないことはどの国でも同じだろう。元首の生命を脅かす行動など『絶対』しないと信じても間違いないところ。

事故現場はロシアのテレビが放映、その映像が全世界に流れた。機体の破片が森に散乱し、一部で依然炎上する様子が映し出されていたが、全くの素人目だが、『木の頂上部と接触して墜落し、バラバラになった』状況とはとても思えない。空中で爆発でも起こさないと、あのような機体が粉砕し散らばることはないのでは・・・。

しかも、全員が死亡というのも気になるところ。日航シャンボ機の事故でも1万メ-トル上空から墜落したのにも関わらず数人の生存者がいたことを考え合わせると、不自然だと思う気持ちが強くなる。

さらに、不確定な情報ながら乗員乗客は153人とも言われているのに、96人(当初は97人だったが)全員死亡を素早く公式に報道したことも気になるところ・・・。

ボイスレコ-ダ-を回収したとことだから、近々その内容も発表があるかもしれないが『これこれこうだった・・・』という報告だけで、ボイスレコ-ダ-そのものを公開するわけはないだろうから、その真偽も疑わしいといえば、こんな疑わしいことはない。

加えて、わが国のマスコミはこの大事件をなるべく早く忘れさせようとしているのか、続報がないのも気がかり。もう一度『カチンの森』事件を調べてみる必要がありそうだ。

関係ないことを願いたいが、3月末に韓国の哨戒艇が北朝鮮との軍事境界線の海域で原因不明の沈没した事件が起きたことも不気味。何か危険な足音が聞こえてくるような気がする。(田舎親父)

2010年4月14日 (水)

葬式など必要ないと思っているのだが・・・

 先日、ワンチャンの死骸を山中に放置したペット葬儀社の男を取り上げ、この種の犯罪は氷山の一角だと述べたが、ペットではなく人間の葬儀でも金まみれ。一昨日だったと思うが『平均231万円、日本の葬儀代  詐欺同然超高額のカラクリ』という見出しをネットで見つけた。

記事は『日本の葬儀費用は、葬儀本体、飲食代、お布施などを合わせて平均231万円にもなる、という調査結果がある。米国の5倍、英国の20倍だそうで、その原因は利幅が異常に高すぎるためだ』という書き出しで始まり、『詐欺』同然の商法がなぜまかり通っているのかと疑問を呈している。

この数字は、『葬儀は、要らない』(島田裕巳著、幻冬舎新書)という本から引用しているという。231万円の主な内訳は、葬儀社に支払う葬儀一式費用(平均142万3000円)、料理屋に支払う飲食接待費用(平均40万1000円)、お布施や心付けといった寺などに支払う費用(平均54万9000円)とのことで、『日本消費者協会』という組織が07年に行ったものらしい。最近はさらに高くなっているとの情報もある。

さらに仏式ではあの世で通用する『戒名』というものが必要になるらしく、これを僧侶からもらう費用がかかるという。しかもその『戒名代』にランクがあって、一番位が高いと言われている『○○大居士』ともなると高級外車がかえるほどというから、私のような貧乏人には縁の遠い話。

一方、冠婚葬祭業のサン・ライフという会社の資料によると、アメリカの葬儀費用は平均44万4000円、イギリスは平均12万3000円、ドイツは平均19万8000円、韓国は平均37万3000円で、日本と比較的文化が似ているといわれている韓国と比べても、日本の葬儀代金の高さは異常である。

記事には費用が高い理由として、仕入れ値に対する販売価格が高すぎるという。5000円の棺を10万円で売るのは当たり前らしいとのことだが、これは誰が考えても無茶苦茶な話で。本当に棺桶が5000円で購入できるかは、私にはとんと見当がつかないが、あり得る話ではなかろうか。

300万円で購入した『祭壇』を何度も使いまわした挙げ句、1回100万円で貸し出す強欲な葬儀業者もざらだとのことだから、驚くというより、すぐには死ねないなと思ってしまう。遺族は葬祭業者を選ぶときによほどの慎重さが必要だろう。

これでは筆者が『詐欺』商売と言うのもよく分かる。しかし、夫や妻、あるいは親など大事な人がなくなったら一時的にパニックになることは当然で、詐欺まがいの葬儀社はその普通でない精神状態をうまく利用するのがコツらしく、自分たちの言いなりになるようなマニュアルまで用意しているというから恐ろしい。

また、葬儀は儲かるものだという風潮が広がり、この分野にも異業種の進出が目立つようになったと紹介している。中には外資系の企業やス-パ-やコンビニを運営している流通大手も参入というから『葬儀の大安売り』競争もはじまっているというから凄まじい。

一例として、流通大手は葬儀業務をする窓口を設けて、全国一律代金制度を売り物に6通りのプランを用意し、基本料金は29万8000円~148万円だという紹介しているが、最高のグレ-ドでも平均価格の半値程度となると、これからス-パ-で買い物するような感覚で、契約する人も増えるのではないだろか。

ところで、葬儀に金がかかるのは、人生の最後の儀式だから仕方ないという人がいる反面、そんなに金をかける必要はないという人も増えているのも事実で、最近では家族や友人たちだけで行う『家族葬』というシステムも人気らしい。

それでも、あらかじめ何月何日に亡くなる、なんてことがわからないので、火葬場の予約などできない上、病院は亡くなったらすぐに病室から安置室に移送、遺族には葬儀社を紹介しいち早く遺体を搬送するのが普通だと聞いている。その場合はショックが大きいほど葬儀業者の言いなりになるのは想像に難くない。

『死ぬ前の日まで自分の意志で立っていたい、自分の足で歩いていたい』、そしてもし死の瞬間、誰かが立ちあってくれていたとしたら、その人に『ありがとう』と言いたいというのが私の願い。

さらに、死んだら葬式などやらずに(できれば)西行法師ではないが桜の下に埋葬してもらえれば大満足だが、これは無理そうなので、せめて焼き場からほんの少し遺灰をもらって、どこかにまいてほしいと頼んでいる。

墓なども、当然のことながら『いらない』と思っているが、そのことについては後日に。(田舎親父)

2010年4月13日 (火)

死刑執行に恐ろしさを感じる・・・

 少し前の話になるが、4人の日本人が麻薬密輸という罪で死刑になったという衝撃的なニュ-スが流れた。

日本では信じられないことが、この国では当たり前になっていることは、ある程度知っているが、今回の死刑執行に関しては俄には信じたくないという以上に、もっともっと危険な考え方が近づいているのではないだろうかという恐ろしさを感じる。

中国から日本人の死刑執行が通告された翌日だったと記憶しているが、滅多に乗らない車を運転している時、何気なくつけたラジオからその恐ろしい予感は流れてきた。

番組のパ-ソテリティが『今回の死刑執行の通達に対してどんな意見をお持ちでしょうか』という問いかけに、すぐに反応があったらしく『当然だ。もし犯罪が成功して麻薬が日本国内に持ち込まれたら、何千何万という人が事実上殺害されるのだから、死刑執行に異議なし』という意見だった。

次には『中国は阿片戦争の教訓から、麻薬に対して厳しい態度をとっている。そのことを知らないで、麻薬を密輸しようとしたのだから仕方ない』という意見に続き、『中国の法律で裁かれることだから、日本人が文句を言う筋合いではない』という意見など、そのほとんどが中国の通達を肯定、あるいは仕方ないと容認するもので、反対という意見が少なかったのは意外というか、何か変だぞ・・・という気分になった。

私も『江戸時代では市中引き回しで貼り付け獄門』などという表現をよく使っているのは、それは決して死刑を否定していないからだが、死刑を言い渡しても良いのは犯人が明らかで、しかも事情が許せない場合であることが前提。

その意味では、今回の麻薬の密輸に関わったとされ死刑を執行された人たちの言い分がほとんど聞こえてこないのが気がかりでならない。

執行された後で、マスコミは中国各地の空港では、覚せい剤を日本に持ち出そうとした日本人が逮捕される事件が相次ぎ、裁判で『預かっただけ』と主張しても『密輸の行為犯』として死刑を含む重罪が言い渡されているという情報を流しているが、ほとんどの日本人はこんな事情は知らされていなかったのではないだろうか。

さらに、密輸団が日本の困窮者を狙い撃ちして運び屋に仕立てる手口が横行していると大々的に報じて警告しているが、今更という感じかしないでもない。この人たちが逮捕されたのは8年以上前のことだというから、日常的に中国人からの怪しげな勧誘に乗らない心構えが必要との論調があってしかるべきだったと思うのだが・・・。

日本人で初めて死刑を宣告され、先日執行された一人は覚せい剤を隠し持って帰国しようとして空港で拘束され、『定年退職して金に困ってやると返事したが、共犯者から徹底的に監視されていたので断られなかった』と供述しているとのこと。安易な勧誘に魂を売り渡した代償が命とは余りにも理不尽だとしか言いようがない。

別の一人は、『他人に頼まれたもので、中身を知らなかった』と主張したようだが、これも退けられて『麻薬密輸の行為犯』と認定され、この人はこの世に存在しない。

いくらかの成功報酬に目が眩んで引き受けたことは間違いなかろうが、言い分の真偽も調べもなしに執行は、ただ『哀れだ・不幸だった』と見過ごして良いとは思えない。せめて、麻薬に手を出した背景というか事情を徹底的に調べて、情状の余地がないのか程度は調べてなければ、納得できるものではない。

阿片戦争の教訓から麻薬に対しての厳罰主義をとることに対して異論をはさむものではないが、共産党の一党独裁の社会にあっては、わが国の古にたとえられた『平家でなければ人にあらず』同様、共産党員のやることは全て合法となっている社会での、党員の汚職をそのままにしていることが許せない。

今回の死刑執行に対して、私も含めて国民総体で選んだ民主党政府は弱腰で、(内政干渉になるとの懸念もわからないでもないが)たかだか『もう少しの配慮がほしかった』と述べる程度で、あの曖昧な『遺憾』という言葉さえも発せられないのが気にかかる。

アメリカ人が死刑になったらアメリカ政府は黙っていないだろう。そんなことを承知がから中国政府はアメリカ人を死刑にはしないのだろうが・・・。

要は、日本政府は決して助けてくれないことを胆に命じ、中国で逮捕されたら命がないものとはいうくらいの覚悟が必要ということ。観光目的以外に中国へ行くことや、中国と関係するうまい話には絶対に乗らないことしか自分の命を守る道はない。(田舎親父)

2010年4月12日 (月)

ワンチャン商売もここまできたか・・・

 何度か取り上げているがペットブ-ムの行き過ぎというか、何とかならないのかと思うような人間とペットの関わりに端を発する事件報道が多過ぎる。

かなり前のことになるが、犬繁殖販売業者が無許可で犬を飼育し、狂犬病予防のワクチン接種を受けさせていなかったなどの容疑で『ペットショップ』を家宅捜索したという報道があった。この事件では、違法状態を知りながら黙認していた疑いがあるとして、同容疑の関係先として保健所と市動物愛護センターも捜索したとのことであった。

保険所が捜索されるのは珍しいと思ったが、何でも、この保健所は業者を指導する立場にあったにも関わらず、近隣住民の苦情を受けながら長年放置していたというから、まさに『まあまあ、そこは何とか我慢して・・・』という典型的なお役所仕事。こんな保健所も多いのではないだろうか。

このペットショップでは最も多い時期で約450匹の犬が飼育され、建物も建築基準法に違反して増築、繁殖場として使用していたというから近所の人にとっては迷惑千万。何度も保健所に苦情やお願いを繰り返していたことが像像できる。

記事の後、近隣の住民が安心できる環境が戻ったのだろうかと、一時的には気にかけるのだが、(私も同じだが)この程度の事件報道は数日の間に忘れ去られてしまうのが常。

 ところがつい先日、埼玉の山中で約100匹の犬や猫の死骸が見つかったという報道にはびっくり。警察は悪質な不法投棄事件とみて捜査を始めたが、犯人は県警による死骸の回収後も投棄を繰り返していたというから、一体どういう神経の持ち主なのだろう。

間もなく逮捕された犯人は近くの葬祭業者だとのこと。この男の自供によると2万円でペットの始末を引き受けても別の業者に火葬を頼むと手元には1000円しか残らないので、ずっと捨てていたというから俄には信じられない話。しかしこの男が元町議という政治の世界に関係していたという記述で、手口は利権の食いつき方という政治屋と基本的に変わらないのでは・・・と変に納得。

『死体を火葬して骨にして返す』と飼い主に約束しながら、預かった死体を繰り返し不法投棄し、偽って別の骨を渡していたというから呆れてしまうが、十数年前に我が家の愛犬ジョンが死んだ時も確か死体を業者に預けたことを思い出し、ひょっとしてもらった骨は別の犬だった・・・という疑いが一瞬頭をよぎる。

確か、我が家で依頼した業者は『焼き場まで一緒に出かけますか』という声かけがあったのだが、そこまでは必要ないだろうと思い、ご苦労さまと骨壺を受け取った記憶がある。今回の事件がなければ、愛犬ジョンの骨のことなど思い出さなかったのだろうが・・・。私と同じような思いをしている人も多いのではないだろうか。

それにしても最近のペットブ-ムは異常としか私には表現できない。このことは何度も述べているが、洋服を着たワンチャンはますます増えているのもびっくりだが、最近はその服の華美さどころかヘヤ-スタイルはもとより足輪なども目立つとなると、個人の自由でしょう・・・と見逃して良いのかとさえ思ってしまう。

話を戻すが、正式にペットの火葬業という商売があるらしいので、そこで人間と同じような葬式を営む人もいるとは聞く。

死んでしまったペットにそこまでお金をかけられる人は少ないようだから、処理は(愛情がある人でも)私と同様、業者に委託する出す人が多いようだから、今度の事件は氷山の一角のような気がしないでもない。(田舎親父)

2010年4月11日 (日)

相変わらず横の連絡がない・・・

 2年以上前だと思うが、東京の小学校の屋上の明かり取りの天窓から転落して6年生の男児が死亡したことを話題にしたことがあった。

その事件処理がまだ続いていたらしく、先日東京地検は業務上過失致死罪で、当時の校長と担任教師を『略式起訴』したという報道があった。『略式起訴』というのは当人たちに致命的な過失とは断定できないということなのだろうが、天窓が危険だと認識していたはずの教育委員会の責任はやはりウヤムヤ。困ったものである・・・。
 確かこの事件後、文科省は全国の学校に天窓の有無と安全かどうかの点検を命じたはずだから、私は今後この種の事故は起こらないだろうと信じていた。事実その後、天窓からの転落事故は報じられていないので、天窓のあるすべての学校には保護柵の設置などの安全対策がなされたものだと受け取っていた。

が、5日ほど前の新聞に(今ブ-ムである坂本竜馬が、日本人で最初に新婚旅行したと言われている温泉で知られている)鹿児島県の霧島の小学校で、全く同じような事故が発生したというから、文科省の面目は全くなくなってしまったというところでは・・・。

小学校から『屋上から子供が転落した』と119番があり、消防局の救急隊が駆け付けたところ、3年生の男児が3階の廊下で頭から血を流して倒れており、病院に搬送したとのこと。幸いなことに意識はあるというから、一日も早い回復を祈りたい。

事故は授業中に起きたらしい。3年生の社会科には『私たちの町』という単元があり、屋上のある小学校では全国的に、屋上から自分たちの町を俯瞰するのは必須のような授業になっているはず。この小学校でも担任が屋上に子どもたちを連れて行き、町の様子を説明していたのではないだろうか。ところが不幸なことに、ここに保護柵もない天窓があったという筋書き・・・。

2年前の東京都の小学校の事故を受けて、県教委は各学校に同様の事故を防ぐよう通知を出していたという。

天窓の周囲に防護柵を設けることなどを求める文部科学省の通知を踏まえたものだとのことだが、鹿児島では防護柵をつけるなど具体的な措置をとらず、市町村の教育委員会に『事故が起こらないように各学校に徹底せよ』という一片の書類を出したのにすぎなかったようだ。

お役所仕事である。記事では、通達を受けた市教委はその年の6月と8月の2回、市内の小中学校について天窓の有無などを調査したが、その際、この小学校は2回とも『天窓はない』と回答しているとある。そんなバカなことがあるのだろうか・・・。

市教委は同じ年の9月に校舎の耐震工事の事前調査で天窓があるのを把握したとのことだが、天窓の有無など校舎の図面を一目見たら一目瞭然だろうに、報道を信じる限り、全ては学校に調べさせるという体質を持っているらしい。

担当者の立ち入り調査で天窓があることを確認した時、危険とかの話題になったのかもしれないが、学校側に『出入り口を施錠して、屋上に上げないように・・・』という口頭の指示をした程度。そして、校長の『わかりました』という返事を聞いて、県教委には『立ち入り不可で授業での使用も無し』と報告していたというところではと想像している。

ところが、学校としては自分たちの町の様子が最も分かりやすく理解させられる屋上からの俯瞰学習を、他の方法や違う場所へ引率するなど簡単に変更できるものではない。校長もそのあたりは十分わかっているので、市教委には適当に報告して、実際は注意をしながら許可していたと考えられる。

いや、極論すれば、注意をしていたのは市教委からの通達とマスコミ報道に敏感に反応していたわずかの間だけだったに違いない。多分、忙しい毎日に事故のことなどすぐに忘却の果て・・・。

今回の事故など想定外で、担任の頭の中には『危険・・・』などという言葉は念頭にもなかったのではないだろうか。そして、担任ばかりか、教頭や校長など管理職もその認識がなかったに違いない。

これから事故処理が大変だろう。児童の命が助かり後遺症もないことが何よりの願いだが、県と市と学校(校長・担任)の責任のあり方とり方が問題になるだろうことは想像に難くない。

誰がどのような責任のとらされ方をしても、無責任なようだが私には関係ない。しかし一番大事なことは『担任さえついていれば事故は起きない』というのは過去の神話であり、この神話は現在では通用しないという認識を教育関係者全てが共通に認識することではないだろうか。

今回の事故も、天窓の保護柵をつけていれば絶対に起きなかったこと。子どもの出入りを禁止すれば良いという考え方は『くさいものにふた』ということに通じる一番安易な方法であることぐらい担当者としては認識してほしいと思うのだが・・・。

教師の注意が行き届かなくなっているという事が問題になっている昨今、もう一度学校中を精査して、子どもの行動に耐えられる最小限の安全策を施す必要があるのではないだろうか。(田舎親父)

2010年4月10日 (土)

一夜城でなく一夜蜜柑畑とは・・・

 秀吉が小田原城を攻めた時、一夜で石垣を築いたという話は有名で、そのことから『一夜城』などという言葉が生まれた事は知っている。

重機などない古代にでも(今、盛んに取り上げられている)あの巨大な東大寺などの大寺院を建て、大仏などという、信じられないような仏像を完成しているのだから人の力の凄さを実感。一夜は眉唾だとしても、数日間で城らしく見える建造物を造り出す事などそれほど難しくないような気もする。

それに比べて、小さなユンボさえ駆使すれば、小学校の校庭に無数の大穴をあけることぐらいは私でもできるだろうことは間違いない。そんな事件が宮崎であったという。

第一報によれば、全児童19人という小さな小学校で、春分の日を含む3連休のことだったという。中日に教頭が出勤したら4人の男が重機を使って校庭に穴を堀り、蜜柑の苗木を植えていたので、止めるように注意したが聞き入れず、翌日になったら130本という大量のミカンの苗木が植えられていたとのこと。

その映像が添付されていたが、よくぞこんな馬鹿馬鹿しいことをやったものだと思うほど整然と苗木が植えられている。地方の小学校はその地域で一番日当たり、水はけの良い土地にあるのが常識だから、数年経ったら凄いミカン園になるのでは・・・というのが無責任な感想。

それはともかく、教頭はただ『止めてください』とお願いしただけなのだろうか、という素朴な疑問が浮かんでくる。たった19人の児童の学校にも校長と教頭という二人の管理職をおいていることも変な話だが、その教頭がただ『止めてください』だけだったとは考えられない。

すぐに校長に連絡しただろう。小さな自治体だろうから教育委員会の幹部や教育長に知らせる方法はあったはず。それをしなかったはずはないのに、翌日出勤したら・・・という部分がどう考えても理解できない。

何かあるだろうと、と思っていたところに第二報では、校庭に無許可で穴を掘ったという容疑で逮捕された男が調べに対し、『自分の土地に植えて何が悪い』と供述しているという記事に、やはり単なるいたずらや嫌がらせではなく、容疑者のイライラが引き起こした馬鹿馬鹿しい事件なようだ。

不動産登記簿によると、学校敷地内の土地の一部は容疑者の男の父が所有者となっているという。容疑者は『俺の土地』だから市教委に買い取りを求めていたが、市教委は『市側は大正時代に男性の父から土地を購入している。何らかの理由で所有権移転の登記をしていなかっただけだ』と主張し所有権を争っていたとのことである。何のことはない。

これで、背景は理解できた。校庭に穴を掘って勝手に苗木を植えた容疑者の肩を持つつもりはないが、所有権移転の登記がないというからには、法的には容疑者の『自分の土地』という主張が正しいのではないだろうか。

大正時代というから80年以上も前の話だが、当時の土地売買契約に当たっては何らかの書面が残っているはずだろう。それがないことはさておくとしても、市は容疑者には長年低額とはいえ『固定資産税』を課税して、容疑者も滞納していないとなると、市としては容疑者の土地だと認めていたことになるが・・・。

今回の事件は小さな地方都市のよくある話だが、これに類することは全国いたるところであるのではないだろうか。これらの自治体は今回の事件を教訓として、速やかに問題を解決する方向に進んでほしいものである。

それにしても、たった19人の児童の小学校に校長と教頭が必要なのかどうか・・・という日頃の疑念と、彼らの無力さに哀れを感じてしまうような後味の悪さが残る事件報道である。(田舎親父)

2010年4月 9日 (金)

高速道路利用料の改定について・・・

 国土交通省が6月からの導入を目指している高速道路の上限料金制度の骨格が決まったそうだ。それによると、首都高速と阪神高速を除いて車種別で上限料金を設定、軽自動車は1000円、普通車は2000円、トラックなど大型車は5000円、さらにエコカー減税対象車は軽自動車と同料金となる見込だという。

一見すると納得できそうな案だが、同時に組み込まれている首都高と阪神高速は別の料金体制となり、距離に応じて課金する『距離別料金制』を導入するとのことだから(首都高を利用することなどめったにない私でも)、日常的に首都高を使っている流通業のトラックなどはトンデモない値上げになりそうだという事は理解できる。

国交相は首都高の『距離別料金制』をどのようにするかという具体案は公表していないが、普通車では現在の一律700円から400円から1200円ぐらいの幅での料金設定が行われるのではというのが一般的な見方らしい。

ここまでは、先日新聞で高速料金についての記事で、翌日に話題にしようと書きはじめていたことだが、違うことの方に興味がわいてそのままにしていた。が、昨日の新聞には首都高と阪神高速の料金体型の具体的な数値が掲載されていたので、改めて考えてみることにする。

各メディアはそろって『定額制の首都高速と阪神高速の料金を、利用距離に応じて普通車で500~900円、大型車で1千~1800円などとする新たな料金体系に変える方針を固めた』と報じているが、ここまで断定的に書く以上この方針はまず決まりとみて差し支えなさそうだ。

これから両高速道路会社や関係自治体との協議に入るらしいが、時期は早くても7月以降となる見通しだというからお盆の教育希有日に間に合うかどうか微妙なところ・・・。

走行距離に応じて料金がかかる方式は一見公平なようにも思えないことはないが、距離別に料金をいただくためには、入り口と出口がはっきりわからねばならない事は誰でもがわかること。

となると、すべての出入り口には料金所が必要になるが、以前自民党政権時でも現実的ではないという事で、料金所が少なくてすむ現行の一律料金に手を加えられなかったのではなかろうか・・・。

もっともシンガポ-ルなどで導入されているすべての車に、いわゆるETC機能を搭載させておけば料金所など必要でないが、今回の方針ではETC搭載の有無には関係なく全車種に適用とのことだから、すべての出入り口に有人の料金所を作るようだ。

渋滞解消などが話題になっているが、渋滞と無関係な生活をしている私でも、これでは解消どころか渋滞促進になりかねないのではと心配が先に立つ。

それ以前に、自民党政権の高速1000円という政策によってETC業界だけが特需となった事実に対して、昨年の衆院選挙の期間中、民主党が組織をあげて『高速道路料金を無料にする。当然ETCなどは必要なくなる』と『ETCそのものを否定』するがごとくのハトヤマ代表以下幹部たちの発言だが、これには明らかに矛盾する。このことをどう説明するのだろう。

まあ、お手並み拝見といったところかも。今日は短めに・・・。(田舎親父)

2010年4月 8日 (木)

新しい教科書が明らかになったが・・・

 指導要領が『ゆとり教育(この言葉は好きではないが)』からの脱却へとかじを切ったことにより、学習内容が大幅に増えることはすでに何度も取り上げているが、最近明らかにされた新しい教科書を見たら、目を回すのは現場の先生たちだけだろうか。

私がほんの少し関係しているのは理科だけであるが、その理科について言うと、質の良い薄い紙を使っているのにも関わらず、分厚さは従来の1.5倍以上になっていることは以前にも述べた事がある。その分厚さだけで、いかに記述内容(学習内容)が増えていることが誰の目にも明らかで、表紙をめくる必要はないだろう・・・。

今回の検定では『発展』という言葉や記号をつければ、たとえ中学や高校で習う内容であっても記載できるのだから、実際に教科書を見る機会がない人でも、教科書各社がより広く深い知識を、できるだけ分かりやすく記述することに腐心しているだろうことは容易に想像がつくだろう。

記述内容を少しでも減らせないかと質問したり意見を述べたが会議では全くそのことは議論の対称にもならなかったようだ。残念なことだが、現在の検定制度は、指導要領に対して違反がないかどうかだけしか議論できないからである・・・。

それは仕方ないが、今回の指導要領の改定の背景には、文科省は『学力の国際比較で日本の子どもの考える能力が不足し、総合学力の順位を下げている』ということに対する焦りがあることは間違いない。

しかし、この分野での日本の後進性は以前から指摘されていた事で、『自ら考え、解決する力』をつけるために、現行の指導要領では『総合的な学習の時間』を指導内容の厳選までして作ったことを、今度の指導要領作成に関係した皆さんはすっかり忘れているとしか思えない。

私は『総合的な学習』の理念は間違っていないと今でも確信している。不幸にして、準備不足のため現場に浸透しなかったことと、時間軸を同じにして台頭しだした『学力テスト』という点数で学力を表すことに国民の目がいってしまったことから『学力不足』という言葉が大流行し、点数をあげるためにもっと学習内容を多くすることが要求されるようになった風潮に文科省は迎合したようだ。

 今回の指導要領の改定では知識同様に重点が置かれたのは、習得した知識を活用して考えを表現したり、筋道を立てて問題を解決したりする力を伸ばすことだという。

この考え方は新教科書にも反映されており、どの教科書でも『まとめよう』という項目が入っているのは当然として、『話し合おう』とか『発表しよう』といった『言語活動』を求める言葉や『コミニケ-ション能力』を高めなければ授業が成り立たないような項目(言葉や記号)が多くなっている。

それに関して異論をはさむものではないが、本来は理科の授業で求める知識・理解・能力ではないのでは・・・。特にコミュケ-ション能力は乳幼児の時の環境で大きく左右されるものだと思うが違うだろうか。

もう一つ気がかりな事は、『物を作る』という活動も重視されていること。必ずといって良いほど各単元には、自分で観察する器具や実験するための、おもちゃ作りというか自分で実験に使う道具を作る事が『これでもか・・・』とばかり多くなっていること。

決して物づくりを大切にする事は否定しない。しかし、物を作るという作業は子どもの個人差が大きく、作ることが目的になり、それを使って実験することなどどこかに飛んでいくのが現実だという事を、指導要領を作成したお偉方たちは知っているのだろうか。それ以前に、現行の授業時間数の中で作れると思っている感覚が私には到底理解できない。

このことに関して、先日の東京新聞の社説は私同様『週五日制の下で、これほど天こ盛りの教科書をきちんと教えられるのか』という疑問を投げかけていた。

 そこには『学習内容に授業時間が追いつかないとの指摘がすでにある。すべてを教えようとすると、消化不良を起こし、ついていけなくなる子どもが続出する恐れもある。先生には、子どもの理解に合わせ、学習内容を選び、組み立てる力量が求められる』とある。

さらに『そのためには、子どもとじっくり向き合うゆとりが先生には必要だ。調査や書類作りといった雑務に追われ、授業を計画したり、教材を研究したりする余裕さえないのが実情だという。先生の人数を増やしたり、少人数学級を編成したりして授業に専念できる環境づくりが大切だ』と述べている。

なかなか鋭い指摘だと思うが、もう一歩踏み込んで『ではどうするか』という具体的な意見がないのが惜しい。

 『教科書には自宅でできる理科の実験もあれば、街中で学べる社会科のテーマもある。家庭や地域の協力は力強い味方になる。先頭に立つ先生を社会全体で支えたい・・・』という締めくくりは評価するとしても、現代の社会構造・家族構成を考えると、何か空論のようにも思えてしまうのは私だけだろうか・・・。(田舎親父)

2010年4月 7日 (水)

車椅子ごと車外へ・・・

 このところ信じられないような事件の報道が続いている。今回は(凶悪事件ではないが)走行中に車椅子が車外に飛び出して、乗っていた高齢のおばあちゃんが死亡という、トンデモびっくりの仰天の事故報道。

 一週間ほど前のことである。記事によると、正午ごろ大型商業施設の立体駐車場で、走行中のワゴン車の後部のハッチが開いて、運転していた男性の82歳の母親が車椅子ごと車外に投げ出され、約5時間後に死亡したという。

 最近、車椅子マ-クの乗用車やワゴン車を見かける機会が多い。特に多いのが、特別養護老人施設のワゴン車。

今までならば施設に閉じこもっていた(閉じ込められた)障害者や高齢者も、最近の介護用に改造された車のおかげだと思うが、介護者の比較的簡単な作業で、どこにでも出かけられるようになっているのが大きな要因らしい。

結構なことである。そして、そのような光景に出合うたびに、車椅子を(見ている限りでは)車内に入れて完全に固定されない限り、次の車椅子が入らないような仕組みになっている(ように思える)ことに、なるほど安全性も大丈夫なようにしてあるのだと、その技術に感心することばかり・・・。

このことから個人的に使う障害者や高齢者の車も同じように、車内の所定の位置に収納したらロックがかかるものだと信じていたが、今回の事故では車椅子が固定られていなかったことと、ハッチが突然開いたことが重なったことから起きたようだという。

マスコミの記事を見る限り、運転手に何らかのミスがあったような印象を受けるが、私には、運転手(介護人・息子)の単純ミスだったとは思えないのだが・・・。

 私が度々目にするこの種のワゴン車では前述したように確実にロックされている(ように思える)から、自家用車にも同じ仕組みがあると思い込んでいただけで、実際にはそんな装置などはじめからついていなかったのだろうか。

 そんなことはあるまい。介護がこれだけ注目を集めている現在、できるだけ介護者に負担がかからないようにする技術は日進月歩、ボタン一つで乗り降り用の踏み台が昇降するようになっているほどだから、車椅子の収容部分に最新の工夫がなされていないわけはない。そこに正常に収容されたらカチッとロックがかかるようになっているはずだと想像しても間違いではあるまい。

ワゴン車のハッチが突然開くということも俄に信じがたい。私も一応フィルダ-という車に乗っている。時にハンドルを握るが、どこかに半ドアというか締め忘れのドアがあれば、ビ-ビ-と警告音が鳴る仕組みになって、うるさいこともあるがその警告音を無視して発車することは絶対にできない。

介護用に作られた車にこの装置がないことは(何度も絶対ということを使うのも気が引けるが)『絶対』にない。ならば、もしもハッチがロックされていなければ、うるさいほどの警告音で運転手はその解決をしない限り発車できるはずがない。息子である運転手がハッチはしっかり閉めたとの発言を信じたい。

二重のミスが原因だという今回の事件。どうも二つとも単純な人的なミスというより、車の欠陥ではなかったろうかという疑念は消えない。それでも運転手は確認することが大事というのは痛いほどわかるが、安全性を売り物にしている以上、そこまで確認させるのは無理だろう。

アメリカでトヨタ車のハイブリッドのプリウスのリコ-ルが大問題になっているが、今回のワゴン車のメ-カ-も含め、欠陥がなかったかどうか真摯に検証する姿勢を持ってほしいと願っているが・・・。(田舎親父)

2010年4月 6日 (火)

親の無責任がまた幼い子どもの命を・・・

 先月の中頃だったと記憶しているが『子どもの火遊び事故を防ぐ工夫をしたライターが首都圏の一部コンビニエンスストアに再び並び始める』という記事を見て、子どもの火遊びの原因は親の無責任さが原因だと思っている私には、また変な動きが始まったと何となく気分が重くなった話からはじめる。

何でも、このライタ-製造メ-カ-は、以前子どもが点火しにくい装置つきライタ-を1ケ150円という値段で売り出したが、割高感から不評でお蔵入りとなったそうだ。

このライターは点火レバーに付いたストッパーを点火口方向に押し込みながら、レバーを下げて点火する仕組みで、子どもは指先で二つの動作を同時にするのが苦手なので、事故防止につながるということがうたい文句だったが、中国製の100円ライタ-には敵わなかったようだ。

ところが、このところ幼い子どもを自宅(特に、アパ-トやマンションのような出入り口が一つしかない建物)に残して買い物(実際にはパチンコなどの刹那的な娯楽)に出かけた間に子どものいたずらで火事になることが問題になり、子どもが捜査しにくいライタ-が見直されるようになり再び出番が来たとのこと。

製造メ-カ-によると、130円は採算ギリギリだそうだが『中国工場』で追加生産を始めたという。日本企業ながら結局は中国で生産するのだから明らかに『中国製』、表示はどうなっているのだろう、と変な詮索をしたくなる。『日本製』とあれば明らかに偽装だが・・・。

それはともかく、ここにも嫌煙権とは違う『タバコ』の問題が潜んでいる。親の喫煙習慣は好みの問題として仕方ないにしても、ライタ-を放置し、それが原因で子どもの火遊び、そして火事になるのは全て親の意識の問題だろうに・・・と思わずにはいられない。

愛煙家の数は昔から比べると圧倒的に少なくなっているという。ところが、子どものライタ-を使った火遊びから発生する火事が(比率的には)物凄い割合で増えているというのはいかに親の意識が低下していることを物語る何よりの証拠。

本来なら100円ライタ-などの存在を許しておくことが問題で、持ち主の暗唱番号がなければ点火しないようなライタ-の普及が先だろうと思ってしまうが、そうなれば価格的に売れないということになり、別問題が発生するのだろう。

そんなことを思っていると、またまたライタ-の放置が原因だろう火事で幼い子ども4人が焼死するという痛ましい事件の報道があった。

事件の現場は北海道の厚沢部(あっさぶ)という初めて聞く名前の町。24歳の無職の父親が子ども4人を車に乗せて実家に戻っていたときのことだという。

母親を勤務先で降ろして実家に立ち寄り、子供たちが寝ていたため、エンジンをかけたまま車内に残して祖母と話し込んでいたらしい。数十分ほどして戻ったところ、町道に止めていた車が燃えていたという。

原因は父親が喫煙するために使っていたライタ-、車内に放置、それを4歳の子どもがいたずらして火がでたらしいが、エンジンを切ったまま数十分も放置できる環境は治安的には良好なのは良いが、それが命取りになったようだ。

車の中には紙おむつや衣類が散乱していた状態だったというから、ライタ-の火が瞬時に周りに燃え移ったことは間違いなさそう。これは明らかに父親(母親もだろうが)の常習的ないい加減な生活習慣からくる単純なミス。またまた親を選べない子どもが犠牲になってしまったとしか言いようがない。

多分、一時的には130円の『幼い子どもでは点火しにくいライタ-』の需要は伸びるだろうが、それも数年。喉元過ぎれば・・・のたとえ通り、純粋の中国製の100円以下のライタ-がのさばることは目に見える。

全て親がほんの少しの意識を持っていたらこんな馬鹿馬鹿しい事件など起きるわけはないのに、と亡くなった子どもたちには申し訳ないが、親のアホさ加減に腹が立つ。そして親意識が希薄になった現在では、暗唱番号が必要な数万円するようなライタ-しか流通させないような仕組みが必要ではと思わないでもない。

もっとも、こんな無茶な仕組みが通用する社会となると、とんでもない管理体制が行き渡り、今よりはるかに生きにくい自由がなくなることになることは分かりきっているところが悲しいが・・・。(田舎親父)

2010年4月 5日 (月)

読まないより読めない約定書・・・

 このところJRの乗車券つき宿泊フリ-ツア-なるものにはまっている。自分で車を転がしたり電車を利用する旅は、計画から実行まで全て自分のオリジナルでできるという点では魅力だが、この歳になると宿を予約したり切符の手配が苦になることも稀ではない。

そんな場合に便利なものが旅行社の企画するパックツア-なのだが、基本的に団体旅行が主体になるので、わがままな私には難しいものがある。

一度ならず、このパックツア-に参加したことがあるが、(当然なことながら自分をある程度抑えた行動をするのが当然なのだが)自分勝手な人の多いことに閉口して以来この種のパック旅行はすっかりご無沙汰している。

そんな中、JR東日本のサイトから『えきネット』という項目を見つけて開いてみたところ『ジャスト伊豆』とか『味な伊豆』などという、格安のフリ-ツア-を見つけ早速申し込んで見た。

『下田温泉平日15000円』という商品である。往復の列車は『特急踊り子』の中から選べて、伊豆急の途中下車は自由、いくつかのホテルも選択できるという優れ物。

こんな値段で美味いものを食えるはずがないことは当然として、たまには海を見て温泉に入れるだけでも十分と、行きは9時台、帰りは翌日の15時の踊り子で伊豆急ホテルの設定で申し込んでみた。

送られてきた切符と一緒に『旅行条件書』が送られてきたが、その字の細かいことと、こんな格安の旅行ツア-にこんな細かい約定が必要なのだろうかびっくり。むしろこんな約定書をつくるよりサ-ビスの向上に努める方が先だろうと思うが、JR側としてはトラブルになった場合の防御なのだろうと、そのままごみ箱に・・・。

結論から言うと、そんな約定書など一切無視して出かけたが、期待していなかった食事も予想以上、部屋もますまず。それ以来、月一程度の割合でこのフリ-ツア-を利用しているので、約定書をごみ箱へ直行にした行為は無駄な努力を省いたと正解?・・・。

長々と『えきネット』の宣伝のような書き出しをしたのは、先日『近畿圏で高齢者向け分譲マンションをめぐって、購入者からの苦情が増えている』というニュ-スを見て、このトラブルの原因が、私が『味な伊豆』で思った、どうでも良いようなことを細々と書いている約定書が原因だと直感したからである。

記事によると、全国の高齢者向けマンション物件の約3分の1が近畿圏に集中しているという。理由は、関西圏に済む人たちの意識は首都圏に比べて老人ホームへの抵抗感が大きいからだとのこと。一説によれば、大阪人は利に聡く、自分の権利意識は東京人に比べてはるかに強いと言われているが、こんなことも影響しているのかもしれない。

高齢者向けマンションは老人ホームと違い資産として相続でき、介護施設やレストランもある-といった広告にひかれて契約しても、個別サービスには別に費用が必要などの細かい契約内容が食い違うことが多いらしい。

これは格安のフリ-パックでさえついてくる、びっしりと細かい字で書き込まれた約定書の見落としからきていることは想像に難くない。

購入するときは細かいこともチェックしなかったのが残念と我慢している人も多いことは想像できるが、あの契約書は(普通の感覚の持ち主には)とても細部にわたって読みきり理解できる代物ではないのは誰もが認めるところ。

15000円のフリ-パックの内容に多少の違いがあっても大事には至らないだろうが、数千万円のマンションとなると、少しの行き違いが大問題に発展し、この種のトラブルが頻発するのもうなずける。

最近はこのような苦情の相談を受ける機関が充実しつつあるようだが、被害者を救済するのは対処療法であって、被害者を出さないようにするのが本来のねらいだろうと思うのだが・・・。

その意味では、契約書を十分検討できるような読みやすい作り方、具体的には普通に読めるぐらいの字の大きさと、ビジュアルなレイアウトなどの工夫が必要だと思うのだが、こんな意見を言う人間は少ないようだ。(田舎親父)

2010年4月 4日 (日)

『におい』を数値化できればノ-ベル賞だと教えられたが・・・

 小学校の理科の教科書が分厚くなるということは、以前この欄でも取り上げたことがあるが、文科省の公式の発表があって、このところマスコミが騒がしい。

 紙質を薄くして内容の拡大を少なく見える工夫はしているが、内容的に1.5倍ほど覚えなければならない知識量が増えているから、現場はますます苦労するだろう。

 このことは別の機械に述べるとして、ずいぶん昔のことなので自分自身の記憶も限りなく薄れているが、私にも自然科学者になろうという夢を持っていたころの話。ある先生から聞いた『おなら』の話が頭の隅にうっすらと残っている。

 『風呂の中で座った状態で屁をこくと必ず目の前に泡が現れる』なんて与太話に我々は誰一人例外なく目を輝かし、その夜に風呂の中で家族には内緒に検証。翌日に『本当だった・・・』なんて納得したことを思い出す。この先生の『大体の事象には単位があるが、においにはない』ということから『においの単位を発明したらノ-ベル賞もの・・・』という話が懐かしい。

 (変な前書きになったが)先日、タニタという計量器メ-カ-が、手軽に口臭をチェックできる計測器『HC―212M』を4月1日から発売・・・というニュ-スに、こんなことを思い出したからである。

 その実物にはお目にかかったことはないが記事には映像もあって、キャップを持ち上げると電源が入り、4、5回振ってから吸い込み口に息を吹きかけると、内蔵センサーが口臭のもととなる揮発性硫化物などの濃度を検出するのだそうだ。

 結果をイラストの表情と数字で6段階に表示するというから、まさに『臭い』を数値化したもの。一瞬、発明した技術者は『ノ-ベル賞では?』と思ってしまったが、口臭という特殊な臭いを色や数値だけで表しているのだろうから、単位にまではいたっていないとなると、ノ-ベル賞のレベルとはほど遠い。

 最近は身体の臭いが話題になることが多く、我々の年齢の者にとっては『加齢臭』などという屈辱的な言葉が一人歩きしている状態になるほど、若者たちを先頭に自分のにおいに敏感になっているらしい。そこに注目して、タニタの技術者は研究を重ねたに違いない。

 『におい』は漢字変換すると『臭い』と『匂い』の両方がある。本来『匂い』には美しく映えるという意味や華やかなことなどと並んで『芳しい』とか『香り』という意味もあり、どちらかというと良いイメ-ジがあるのに比べ、『臭い』となると『くさい』という意味が強くマイナスのイメ-ジで使われることが多い。

 それほど『におい』には様々な種類と要素があり、客観的に数値では表せないないのでこれを統計的に整理し、単位を付けることができたらノ-ベル賞なのだろうが・・・。

 今回の口臭計測器の普及がどこまで広がるか私には全く興味がないが、こんなご時世だけに、ひょっとして大ブレ-クしないとも限らない。となると、また一つ人間の感覚は機械によって計られてしまうことになるのが気になるところ。

 近い将来、この口臭測定器が当たり前のグッズとなったら、酒酔い運転摘発のためのアルコ-ル感知装置同様、何かの集いのための入場には、この検査が常識となりあるレベル以上(以下)の人は入場できない、なんて笑えない笑い話も生まれないとも限らない。

 繰り返しになるが、『臭い』にしても『匂い』にしても、それを表す場合、人によってかなりの感覚の相違があることは周知のこと。

 ある人にとってはものすごく嫌な臭いであっても、何とも感じない人も多いことも事実。しかし時には、靴下の蒸れるような(私も含めて圧倒的に多くの人にとって)不愉快な臭いでも、陶酔状態になる人間もいるというほど、臭いに関しての捉え方はマチマチ。

 企業が営利目的で口臭測定器を造り売り出すことに対して文句を言うつもりはないが、計測してどうするのかというところが不透明。単位もない臭いを、単に『レベル』と表すような計測器では、それぞれの人間が持つ特有の個性を計ることは土台無理というより無茶な話。

 昔日の先生の話の続きだが、おならの臭いに、例えば『ブ-ス』とかいう単位ができて、『お前の今の一発は5ブ-ス』とか、あんたのは強烈だから『5ブ-ス』だという話は科学笑い話としては面白いが、しょせんは与太話。

 おならという一つの臭いであって、これが香水の臭いとなるとまた全く別の単位が必要になるだろう。

 このあたり、タニタの研究者たちはどう答えるのだろう・・・。(田舎親父)

2010年4月 3日 (土)

こんな筋書きは信じたくないが・・・

 一昨日参議院の本会議で、自民党のワカバヤシというオジイチャン議員がお隣の席のアオキという参議院のボス的存在議員の投票ボタンを押していたという(こんなことが実際にあるのだろうかというほど信じられないような)記事が報じられた。

何でも、この日アオキ議員は本会議を欠席していたという。自分が欠席しても大勢には影響ないと判断してちょっと失礼という程度だったのだろうが、欠席すること自体、支持者への裏切り、ボス的議員がこの程度の感覚の持ち主では国民からノ-と突きつけられるのも当然かもしれない。

まさか、隣のワカバヤシ議員に『おいワカちゃん おれの分もよろしく・・・』なんて会話があったとは思いたくないが、実際にお隣の投票ボタンを押していたという事実があり、しかも10にも及ぶ議決全てに対してというから、ひょっとして・・・と思えないことはない。

ワカバヤシ議員が隣席の投票ボタンを押すところを映像で発覚したらしいが、撮影されていなかったらどうだったのだろうと思うと、過去にもこのような例があったことがうかがえる。本会議の議決は単なるセレモニ-になっている現実では、野党の議員連中の中には危機意識がなくなるのは理解できないこともないが、代理の投票なんてとても想像できるものではない。

早速民主党からは『国会の議決を不正行為によってゆがめた前代未聞の事案だ』として参院議長に懲罰動議を提出していたらしいが当然だろう。

このことに対して、本人は『間違いました・・・』なんて小学生でもまともには口にしないような言い訳が通らない情勢で『ならば辞めます・・・』とあっさり議員辞職願を議長に提出し、すんなり認可されたという。それに対して民主党は緊急動議を取り消したというから甘いもの。

もう少し追求して、せめて『議員解雇(こんな処分があるのかはわからないが、せめて退職金や議員年金など無効にする程度の処分)』は必要だろうと思うのだが、民主党も野党時代やっていたのでは・・・と疑ってしまう。

翌日の新聞には『若林氏は農水官僚出身で昭和58年に衆院初当選。その後、参院に転出し、現在参院2期目(長野選挙区)農水相、環境相などを歴任した。7月の任期満了で政界引退を表明している。夏の参院選には長男が自民党公認として出馬する』という記事を見て、『何だ、これは。全てヤラセだったのか・・・』との思いが瞬間的に浮かぶ。

ワカバヤシという御仁は確か政権を失った自民党が首班候補として祭り上げられた人物だったはず。農相の不祥事が続いた内閣でいつもピンチヒッタ-として登場してきたことでも知られている。自民党の中では『この人にはスキャンダルはない』というほどの珍しく身許のきれいな人物だったということ。

そんな人が議会制民主主義の根幹である議決の代理を間違うはずはない。余りにもひどい自民党の現状に、(息子を当選させたいというワカバヤシ議員の立場を考えて)すぐにバレるような代理投票を仕組み、指摘されたら潔く辞任して、民主党の議員の『政治とカネ』の問題をめぐり政治責任をあいまいにしている民主党をけん制する狙いとは、なかなかの手の込んだシナリオである。

私がうがちすぎるのかもしれないが、マスコミの騒ぎぶりはピント外れで、今のところ民主党の『政治とカネ』に連動させていないのは想定外。

さて、国民の判断は・・・・。(田舎親父) 

2010年4月 2日 (金)

徳之島の住民の気持ちを考えたい・・・

 やはりこのオボッチャマには決断できなかったようだ。

『私が決めます』というセリフを何回聞かされただろうか。高速道路しかり、子ども手当てしかり、閣僚のいうことがバラバラなことを指摘されたら、このオボッチャマは事あるごとに『私が決めます』というセリフを繰り返し、何とかその場を取り繕ってきた。

私も含めて国民の多くは、余りにも人を見下した言動が目立ちしかも発言がブレまくった前任者にへきへきしていたこともあって、マスコミの記者に対しても一礼して応対する姿勢に何となく安心感があったことは間違いなかろう。

しかし、今度ばかりはオボッチャマだから、何となく礼儀正しいから・・・と見逃すわけにはいかなくなった。例の普天間の移設問題である。

『3月末までに必ず政府案を私が決断します』というセリフは新聞報道ではない。テレビの取材で、この御仁の生の声として(このセリフは)私が覚えているだけでも数十回聞かされたはず。マニフェストが大好きな民主党の党首として、このセリフ以上のマニフェストはない。

先日も述べたが、全くの政治音痴の私でも、沖縄の基地問題についてはアメリカの譲歩がなければ進展がないくらいの事はわかっているつもりだったので、この御仁とアメリカとの調整はついていると信じていた。

ところが、アメリカとの約束など全くないことが分かり、国民の失望感が一気に高まり支持率が30%にまで落ち込んだ。しかし『ガァムに移転』というセリフが飛び出すことに一縷の望みを持っていたが口にしたことは全く逆。多分今度の世論調査では支持率は20%台に落ち込むことは間違いないだろう。

30日に報じられたオボッチャマのこの問題に対するセリフは『いつまでに全部やらなきゃいけないという話ではない。今月中じゃなきゃならないとか、別に法的に決まっているわけではない』とは驚いた。というより、全く国民を愚弄するにもほどがあると怒り心頭。同じ思いの人も多いはず・・・。

自民党にとってこれは大チャンス。相手がまるで『私たちには無理だから、任せるよ』と言っていると同じなのに、いまだに、今まで自分たちが散々汚いカネを弄んできたことを棚に上げてオザワ幹事長の裏金ばかりを追求すると息巻いている姿では、国民からの信頼回復はほど遠く、むしろ、政治不信が募るだけ。困ったものである・・・。

これでは、次の公約である5月末決着もまずできないだろう。

普天間基地の一部の機能を徳之島に移すという案が唐突にでてきたのはつい最近のことである。マスコミ報道では、現地の首長や有力者たちの間では賛成の雰囲気があると報じていた。土地の評価額さえ折り合えば、受け入れには前向きだという情報も流していたがそんなに簡単に島民が受け入れるわけはない・・・。

案の定というか、この案が浮かび上がって間もなくの28日には、基地移設に反対する大規模な集会が行われ、4000人超の人が集まったという。主催者発表というからこの数字は誇張があるだろうが、徳之島の2三つの町の町長や超議会も全会一致で反対を決議しているとのことだから、5月末までに、いかなる条件を出したとしても、島民たちが受け入れやむなしの態度になることは絶対にあるまい。

『沖縄の基地負担軽減』は単にオボッチャマの選挙目的の口約束だけではなく、大げさに表現すれば全国民の願いであるはず。

この国民の切なる声を聞く義務が民主党政権、特にハトヤマ首相にはあるはず。できなければ総辞職か解散すべきだろう。それを避ける手段はただ一つ、ガァムへの移転を前提にアメリカとの交渉か、大阪府知事がいう『関西空港』への移転という具体案の検討ではなかろうか。(田舎親父)

(追記)与那の国島では受け入れ態勢があるというアングラ情報がある。本当かもしれが、また国防という面からは検討の余地があるものの、ここも沖縄の一部からは沖縄の負担という大前提が崩れるので、その案は無視することにする。

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ