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2011年3月

2011年3月31日 (木)

東電と東北電との体質には大きな隔たりが・・・

 3月11日の大地震に続く大津波、さらに原発の爆発と絶対にあってはいけない事故での政府・東電のやっている対策が、全て責任逃れの隠蔽としか思えず、いらだちと腹立たしさに加えて、何もできない自分が悲しく虚しいという気持ちが混じって、それ以外の話題に触れることすらできない心境になっている。

結局、今日も関連した話題になるが、東日本大震災の発生直後から、東北電力女川原子力発電所の体育館で近隣住民が避難生活を送っているという記事を見て、エッと驚く。

方や福島では原発から20kmの住民には避難命令。こなた、私も数度訪れたことのある岩手との県境に近い女川(おながわと読むことも現地で知ったこと)の町では、住民がこともあろうに原発に避難しているとは・・・。一体この違和感は何なのだろと記事を読み進む。

記事によると、地震発生当日の11日、原発が地域住民などへの広報施設として開放している『女川原子力PRセンター』に、次第に被災者が集まってきたという。原発は各自治体指定の避難所ではないが、東北電力は人道的な観点から、被災者の受け入れを決定したのだそうだ。

しかし、このセンターは水や電気などが不十分なことから、職員の厚生施設として利用している原発施設内の体育館に被災者を誘導したとある。現在、約240人が身を寄せているというからちょっと信じられない。

ここはマスコミからは完全にシャットアウトされているので内部の様子は知られていないが、避難している人々は、原発と自宅を往復しているというから、他の避難所より居心地が良さそうな感じさえ受ける。
 記者がその人たちに話を聞いところ『町の中心部に向かう道が地震で通れなくなり、ここに避難するしかなかった。頑丈に作られているから安全だと聞いていたし・・・』とのこと、普段から『原発は安全』という神話がこの町の人たちに浸透していたことを示しているようだ。

福島原発の事故のことを知っても『怖くないわけではないが、他の避難所は人でいっぱい。行くところもないし、しばらくはここでお世話になろうと思っている』とあまり動揺していないらしい。むしろ、近隣の被災地から移ってくる人も多いらしい。

東北電力は、今後各自治体と避難所の期限などを協議する方針だが、『避難者がいる限り、当面の間は続ける』との方針らしい。この際、原発についてよりよい印象を与える良い機会、居心地を良くしないと・・・などの下心がないことを願う。

東電の福島原発は津波でアウト。東北電力の女川原発は即運転中止で無傷?。根本的な建設理念が違っていたとしか思えない。

女川原発は1984年から運転が開始されたというから、稼働40年の福島原発よりはるかに新しいが、三陸沖地震津波や宮城県沖地震の経験から津波想定は高さ9・1メートル、半径5キロ以内に活断層がないことを確認してこの地を決めたとのこと。一方、福島原発の想定の津波の高さは5.6メ-トル。この差が決定的のようだ。

震災後のここは停電もないそうだ。水の備蓄も十分。原発が津波で壊滅的被害を受けた女川町民の救いの場所になったというのも私には皮肉な話に聞こえるが、女川町民にとってはより一層『原発は安全』という神話を信じることになるのではないだろうか。

原発反対論者である私には耳の痛い話だが、東京電力と比べて、東北電力の方がはるかに安全に配慮していることは素直に評価したい。もっとも、東北電力は『だから原発は安全』と宣伝するだろうから、女川町民はじめ津波で被災された地域の人たちに『原発の危険性』を知らせることが難しくなったが・・・。

東電は社員の保養のためと称して各地に豪華な施設を保有していると聞いている。それさえも被災者に、そして救助に向かった消防・警察・自衛隊の隊員にも開放していないのは、被災者の命などはじめから考えていなかったことは間違いなさそう。

すぐにでも開放するべきだと思うのだが、社長が真っ先にトンズラし、会長は中国にマスコミの幹部達とのんびりと旅行しているような体質では無理だろうな・・・。(田舎親父)

2011年3月30日 (水)

どうしてこんな輩ばかりなのだろう

 国会で野党の議員から『最悪の事態をどう考えるのか』という質問された経産副大臣が『(予見しうる最悪の事態を考えて対処しているが)それ以上は神のみぞ知る』と答えたのだそうだ。

どんな雰囲気の中での発言かは窺い知れないが、これに野党が直ちに反発したとのことだから、『神のみぞ知る』というセリフを吐いたことは間違いなさそうだ。被災者の苦しみがまるで理解できていないことはもちろん、何という不見識、無責任な発言だと情けなく腹立たしい。

野党からの指摘で自分の言った意味が少しわかったらしく、即刻、ゴメンナサイと陳謝したとのこと。後で『最大限将来を予見して安全対策に当たらなければならないというのが真意だ』と釈明したとのことだが、この発言も質問の意味からはほど遠い。そんな認識しかできないような男がアホカン内閣の副大臣でございと威張っているのだから、世界から嘲笑されるのも仕方ないようだ。

この副大臣の名前を見て、つい先日JR横浜線の中山駅まえで、該当募金をつのっていたことを思い出す。そこでは神妙な顔つきで『お願いします』と連呼していた。もちろん『池田某』という登りをたてていたことは言うまでもない。

時を同じくして、民主党のオカダ幹事長が、農産物の出荷停止や摂取制限の目安となる放射性物質の基準値について、『少し厳格さを求めすぎている』と述べたというマスコミ記事があった。

 『現在適用されている食品衛生法の基準値は『暫定的な数値』で、食品安全委員会が体内に取り込んでも健康に問題がない数値について議論していることは無意味』だと述べ、続けて,『心配ないものは心配ないときちっと言えることが必要だ。科学的な厳格さを求めすぎれば風評被害になる』と発言を続けたという。

 食品それぞれの基準値について詳しくは知らないが、この暫定基準は3月17日に厚労省の部長の通達で引き上げたのではなかっただろうか。先日も指摘したが、政府筋は、このままでは野菜などの放射値が高くなるだろうから、今のうちにWHOが打ち出している国債基準を緩和しておこうとしたのが裏事情ではと推察している。

 ならば、この幹事長の『少し厳格さを求めすぎている』というのは全くのピント外れ。むしろ話が逆である。まして『科学的な厳格さを求めすぎれば風評被害になる』と言うのは、この男は『科学的根拠がないから風評被害が起こる』という、普通の人が考えられることすら理解できないようだ。

そういえばこの男は、首都圏の避難所の一つである埼玉アリ-ナを視察した折り、本部に帰ってから部下に感想を聞かれた時に『アリーナには人も物もアリーナ』と答えて周りから失笑を買ったと、ネット版『夕刊フジ』(だったと思う)という大衆紙に載っていたことを見たことがある。

要は、この男にとっては、原発事故などは他人事なのだろう。農家からの陳情があったことも基準値を上げろという発言の背景にあったことは推察できるが、農家の苦悩に対しては国が補償すると断言して安心させることが先決であって、基準を緩和して危ない食品を国民に食べさせるという発想は姑息で許せない。

(科学的な基準を全くないがしろにして)生産者が可哀相だからという発言はまやかしで、実際には生産者も偽り消費者を騙すという、なんだか『カネもうけ命』の連中が持っている体質そのものを感じるが・・・。

自民党が『カネもうけ命』の輩の走狗だと思い政権交代を願ったのだが、自民党以上に『カネもうけ命』の輩にひれ伏す政党だったことを改めて思い知らされた。(田舎親父)

2011年3月29日 (火)

単に電力の供給がないだけだった・・・

 今回の災害を受けた直後、東京ディズニーランド(TDL)は21日まで休業にすると言う決定をしたと言うニュ-スに、TDLの経営者は案外、社会情勢を読める人たちなんだと思ったが、全て私の勝手な思い違い。

 もともとTDL好きでもないので、休業と言うニュ-スはすぐに忘却の彼方へ追いやっていたが、21日になっても開業する気配がない。何でも駐車場が液状化現象で使用に耐えないからだとマスコミ報道に、こんな緊急時しばらく休んだ方が良いと思っていたが、営業しない本当の原因が電力不足だと知って、改めて自分自身の世間知らずとバカさ加減が身に沁みる。

 TDLが使用する電力はマスコミ発表では『一日当たり57万KW毎時(なんだか変な表現だが)』だそうだ。東電は今回の計画停電は、福島原発が稼働できなくなったからだと発表しているが、福島原発の発電能力は『一日当たり46万kw毎時?』だとのこと。単位のことはさておき、何のことはない、原発が停止してもTDLが運営を停止したら停電などしなくても良いことになる。

 素人の単純な思い込みかもしれないが、57-46=13。小学校の1年生でもできる引き算では毎時13万KWの電力が余る。原発処理のために膨大な電力が必要なことは理解できるが、やはり『停電は原発事故のせい』という意識を刷り込むため作戦のように思えてならない。

『電力が必要でしょう』と問いかけると、誰もが『必要です』と答える。そこで『原子力発電がなければ電力が足りないのですよ』と全てのメディアを動員して、長年、日常的に新聞テレビで『原子力は環境に優しい』とか『絶対に安全』と宣伝して国民を洗脳。そして、『電力がもっとほしいですか』と問いかける。『もっとほしいです』と答えさせる。

その結果40年前、福島に日本で最初の原発が建設され、その後、各地で雨後のタケノコのように建設されることになるのだが、事故は全て隠蔽し、安全だという神話を徹底して植えつけきたことは今更語るまでもない。

快適で便利な生活のためには電力が何より必要なことは否定しない。生活が安定すると人々は娯楽を求める。これも当然の理であり、さらに刺激的な非日常の刹那的な快楽を求めるのも人の常。その欲求を満たすために、手を変え品を変えてどんどん娯楽のための手段を考え施設を建設。

そして、TDLのように、究極の娯楽の殿堂と言っても差し支えない、徹底的に客を満足させる最高の施設に行き着くことになる。この日本人の心理とニ-ズを徹底的に調べ、それをかなう施設の建設と運営をする経営方針は凄いものがあると認めざるを得ない。

今では、首都圏では小学校の遠足の定番となり、全国の中学高校では修学旅行の行程に入れなければ生徒も保護者も納得しないというほどの大人気だが、これ程までの膨大な電力を使っていたことは、今まで(知らせる必要など感じなかったに違いないが)東電もTDLも公表していない。利用者も全く知らなかったこと。

TDLのある千葉県浦安市はあまり伝えられないが、かなりの被害があったことが最近テレビのニュ-スで取り上げられるようになった。そのほとんどは液状化という現象で、地中から砂まじりの大量の水が吹き出し、道路や家屋をゆがめるという被害。

しかし、TDLは液状化の被害がほとんどないとのこと。一部駐車場や関連施設のディズニーシー周りの沿岸道路では、陥没・隆起や砂の噴出が見られたそうだが、園内のアトラクションや広場などにこうした現象は見られず、水道やガスなども被害がなく、電力の供給さえあれば明日にでも開ける状態なのだそうだ。

経営陣はすぐにでも開業したいだろうが、まさかの計画停電。さすがに、恥しらずだと言っても東電は、東京ドームの10倍というとてつもない電力をTDLには供給できないだろう。しかも、浦安は計画停電区域になっている。

それでも今の世相は金儲け命が『是』となっているから、どんな裏技が出てくるのかわからない。少なくとも、原発を使わなくても安定供給ができると宣言するまでは(東電とTDLの裏取引によっての、再開させてはならない。

それぐらいの我慢は、すぐに災害を忘れてしまい、非日常の娯楽を求める国民であってもできると信じたい。(田舎親父)

2011年3月28日 (月)

『ペット命』の悲劇・・・

 被災地の厳しい状況をマスコミがワイドショ-的な視点で報道してはじめている。わざわざ避難所にカメラを入れて、被災者をインタビュ-する常套手法。被災者の様子が伝わると歓迎している声も聞こえてくるが、私には(叱られるかもしれないが)、それぞれの新聞やテレビ各局が別々に被災者をカメラの前に出して、(他人の不幸を見せて)お涙ちょうだい的な視聴率稼ぎに見えて仕方ない。

しかも、合間に流れるコマ-シコルが『AC』と称する『公共広告機構(いずれ話題にしたいと思っている)』の同じパタ-ンの映像ばかり、何故全ての民放がこんなに同じような企画を続けるのかと情けなくもなるが、NHKもあまり代わりばえがしない。

そんな中、ある新聞が避難所でペット(小犬という意味で良いだろうが)と一緒に暮らす人のことを取り上げていた。

大地の激しい揺れが過ぎ、時をおかず襲ってきた大津波では、ほとんどの人がペットをつれて逃げるほどの余裕もなかったはず。身一つが高台に駆け上るしか助かる道がないという極限状態では、それは当然だろう。今回はペットのことが話題にならないなと思っていたら、そんな中でも、ペットをつれて避難している人もいるのだと(失礼な表現だが)ある意味感動を覚える。

記事によると、ある避難所の隅の方に、バイプ椅子と段ボール箱で仕切られた一角があり、そこにペット連れの避難者のためのスペースになっているのだそうだ。避難所の自治組織によると、ペットへの苦情が目立ち始めたから苦肉の策だとのことのようだ。

避難所の外に犬用のケージもつくられたが、『子どものいない私らにはこの犬は家族以上の存在。離ればなれなんて考えられないし、帰る家や預け先も無い。一緒に置いてほしい』と、飼い主の子どものない中年の夫妻は管理者の立場の人に願っているという。

哀訴された方も困っているに違いない。家族同様のペットを手放したくない気持ちもわからないでもないが、ペットが苦手な人も多いことも事実。避難所のなかには大勢の人がひしめいている中、空気も悪くなるだろう。ペットたちも不安から啼いたりもするだろうし、そんな声を聞き態度を見ると気分が悪くなる人も多く出るに違いない。

ペットアレルギ-というのだろうが、犬や猫が近づいてくるだけでも、発疹や発熱下痢という症状が出る人たちにとっては、同じスペ-スにペットが存在することだけでも気分的にも落ち着かず、トラブルの原因になることは十分考えられる。

 日頃から、『ペット命』の人々に対して批判的な私には、この記事を考えさせられる。今回の災害では逃げる時間的に余裕がなかったので、ペットの数は少なかったが、もし首都圏で同じような震災が起きたら、ペットで避難所が溢れるに違いない。

 最近、複数のペットを散歩させている光景に出合うことが多い。そのほとんどの場合、私よりはるかに高価だと思われる服を着せ、頭にはリボンをつけたワンちゃんが多い。その自慢のペットを披露しあうかのごとく集まって談笑している姿も日常茶飯時。

 中には、その着飾ったペットを乳母車に乗せている人や、抱っこしている人もいることも・・・。横浜の片田舎でも見られるとなると、都会の公園などでは、もっとワンちゃん自慢の人々が集まっているのだろうと想像しているが、これが当たり前になって良いのだろうか、といつも考えさせられる。

 現在日本全国ではベットが約2千万匹飼われているのだそうだ。物凄い数字である。これが人間の子どもであれば、国の将来は明るいのだが・・・。

新潟県中越地震では、愛犬を避難所に連れて行けずに車の中で生活していた女性が、エコノミークラス症候群で死亡したということも報じられていた。阪神大震災では、多くのペットが飼い主とはぐれ、町をさまよっている姿もテレビで紹介されたことも記憶している。

 今回の津波では、現在でも死者の数は1万人を越した。原発の近くの海岸の町村では、その実態すら立ち入りが禁止されているのでわからないと言う。避難所が決められており何とかそこにたどり着けた人たちがいても救出する術がなく、災害から2週間、恐らく生存の可能性はないだろう。

不謹慎な推定だが、死者・行方不明者は今後も増え続け、5万人という数値もあながち想像の世界ではなくなった。そして、このような大災害は今後絶対に起きないという保証はなく、むしろ首都圏や東海地方では近い将来必ず起きるだろう。

その時、ペットのことを真剣に考えている自治体は皆無。今回は津波が瞬時に襲ったことから、ペットをつれて逃げられなかった人が多く、この問題はあまり話題に上がらないが、深刻に考えておく必要があるのではないだろうか。(田舎親父)

2011年3月27日 (日)

アホカンとその子分の腐り切った根性・・・

 計画停電という言葉がごく普通に使われるようになっている。福島の原発が稼働しなくなったので電力が足りないという理由は、なるほどもっともだと思わせるものがあるが、私には『だから原発が必要なのだ・・・』という理屈を改めて押しつけている東電(電力会社全て)と政府、そして、その利権に群がる政治屋たちが仕組んだ悪の脚本だとしか思えない。

 その根拠の一つに東京23区のほとんどが今回の計画停電の範囲が入っていないことが

上げられる。福島県に電力を供給しているのは東北電力、福島原発はその全ての電力は首都圏に送られている。

特に東京がその大半を享受している。福島県民がこれ程の苦しみにうちひしがれているのに、23区では普段と全く変わらない喧騒に明け暮れている生活が繰り広げられているというバカな話は聞きたくない。こんな不合理が許されて良いはずがない。

私の住む神奈川でも、何故かみなとみらい地区と呼ばれる日本一電力を消費している西区一帯や、高級住宅街や中華街などがひしめいている中区という地域は計画停電地域にから除外されている。変な話である。

 埼玉や千葉でも同じように除外地域があるらしいことを聞く。人口が多くて停電にすると犯罪が多発するという意見もまことしやかに流れている。信号か止まると交通事故が多発するとも・・・。

一見なるほどと思わせる意見だが、犯罪事故が多発するのは量的な問題であって質的には人口には関係なく、全く説得力がない。これは『原発が必要』ということを国民に刷り込むため以外なにものでもないようだ。そして利権絡みの政治的な駆け引きの結果、23区とそれに準じる地域が作られたのだろう。

 武蔵野市に住む知人が『俺のところも停電はないよ。首相の地盤は停電させられないでしょう・・・』と冗談めいた口調で語っていた。その時は『そんなバカな、いくら権力亡者とはいえどそこまで露骨なことはしないだろう・・・』と思っていたが、事実だと知って唖然とする。

 (アカン首相と表現していたが、それすらバカバカしくなって今日からアホカンと呼ぶことにするが)アホカンの元秘書のマツモト某という武蔵野市議が『俺が計画停電を見送りにさせた・・・』と自分のHPに堂々と書いている(事実を確認)ばかりか、駅前でビラを配っていたというから呆れて開いた口がふさがらない。

 ここ数日計画停電が少なくなったことも変だなと思っていた。電力が足りないことが事実で、電気がなければ日本政府が動かないという部署をのぞいて、それ以外を公平にグル-プ分けしての計画停電なら誰もが納得するだろう。はじめは全ての国民はそう思ったに違いない。

 そして実施されたが、数日して『節電の効果で電力事情が良くなった』という理由で、実施されないクル-プがでてきた。その動きが広がり、数日前からは夜間の1グル-プをのぞいて停電がなくなった。土日は電力事情が良いということで今週もない。

 停電がないのはありがたいことなので深読みしたくないが、このアホカンの子分の腐り切った行動が明らかになったことが影響しているのではないかと思えて仕方ない。

 東電は頑強にアホカンの子分の働きかけはなかったと、そのために除外したのではないと釈明しているらしいが、今更、武蔵野市を停電にしては今後どんな展開になるかわからないことを恐れる、と言って『原発が壊れたから・・・』という理由は外したくない。

 その結果、アリバイ作りのためのグル-プを少なくしての停電になったのではないだろうか。

当分の間、ディズニ-ランドや東京ド-ムなどといった信じられないほど大量の電力を使う施設を稼働禁止にし、しかも節電ム-ドが広がれば、原発などに頼らなくても何とか電力需要はまかなえるのでは・・・。

 アホカンとその子分の腐り切った根性によって、国民が『原発など不必要』という意識が少しでも高まったとしたら、これ程皮肉なことはないのだが・・・。(田舎親父)

2011年3月26日 (土)

こいつらには人間の心があるのだろうか・・・

 福島第1原発の3号機タービン建屋地下の水たまりで、復旧作業をしていた東電の協力会社の作業員3人が大量の放射線を被ばくし病院に運ばれたが、相当な重傷とのことなんとも痛ましい。作業していた構内には30センチほどの水たまりがあり、そこで短靴をはいて作業していたとの報道に我が耳を疑った。

広島や長崎の原爆投下の後で降った『黒い雨』が高濃度の放射能が人々を襲い多くの人々を死に至らしめ、65年過ぎたいまでも放射能で苦しんでいる人のいることも小学校の教科書で取り上げている。

原子炉の床に溜まった水は、いわば『黒い雨』。その中に、靴の中に水がはいることを知りながら作業していたのだろうか。ある程度経験を重ねている作業員がそんなに無知だったとは到底思えない。

恐らく、日頃から『原発は安全』ということを徹底的に刷り込まれた結果、それすら意識の外になっていたのかもしれない。この洗脳教育のことは、先日紹介した平井憲夫さんの遺稿にもあったこと。作業員の方たちの容体が心配である。(すでに死亡しているという情報もある。本当なら痛ましく許せることではない。)

東電は翌日になって、作業員の一人が『作業中に全員の個人線量計のアラームが鳴ったが、故障したと思い込んでいた』などと話していることを明らかにしたというが、そんなバカな話を『はいそうですか』と受け止められるわけがない。

事故前日の現場の放射線量が低かったことが背景にあると言っているらしいが、この輩は実際に作業の現場に立ち会ったことなどないに違いない。責任転嫁もここまで徹底すれば、怒ることも忘れて『お見事・・・』と呆れるとしか表現のしようがない。

マスコミは東電の『協力会社』という表現で報道しているが、下請けの会社か、あるいは派遣社員立ったことも明らかになっている。言葉と言うものは表現一つで印象が部位分違うもの。マスコミの使う何気ない言葉の恐ろしさを感じる。

 話を少し古くなるが、今回の一連の原子炉の爆発事故絡み、経産省の原子力安全・保安院の検査官が、事故発生後に約1週間も福島市の県庁に避難していたと言うから、こちらにも開いた口がふさがらない。

 ニシヤマという審議官だという男が、第三者的な態度で記者会見している姿が毎日のようにテレビで放映されているが、(記者からこの事実を突きつけられて、仕方なしに答えたのだろうが)、避難した理由について『安全性に問題があり、人間が暮らすには不便が多かった』と述べたというから酷い話。

 検査官は各地の原発に赴いて、原発の運営を監督しているのだそうだ。保安院によると、今回の事故では検査官7人が同原発で業務に当たっていたが、15日に現地本部が福島県庁に移った際、ともに県庁へ移動し、22日に、検査官2人が同原発内の施設に戻った野だそうだが、残りの5人はまだ避難していることになる。どうやら再赴任させられた2人は検査官の序列が一番下と二番目のようだ。

 検査官というから原発の安全性には精通していた違いない。その専門家たちがいち早く逃げ出したのは、ここに留まっていたら命の危険があると感じたからに他ならないが、自分たちだけ助かれば良い、という意識を持っていたことに、こんな組織が原発を管理していたのかと、改めて怒りを覚えると同時に深い絶望感を味わう。

 ニシヤマという男は、世界でも例のないほどの危機的な事態にもかかわらず、記者会見では、原子力発電は今後も続け行くと断言し、原子力の代わりは『停電』だと挑発的な言葉も平気で口にしている。

この男には、先祖から営々と引き継がれてきた家屋や田畑を強制的に奪われて、不自由な避難生活を強いられている人たちに対する一片の情けもなく、人間としての良心も全く持ち合わせないようだ。あるのは身の安全と立身出世だけなのだろう。

 こんな事実が次々明らかになると、今回の原発事故は起きるべきして起きたとしか言いようがない。ますますその終息が絶望というシナリオ通りに動いているのではと恐怖感がわいてくる。(田舎親父)

2011年3月25日 (金)

国民の命など屁のようなものらしい・・・

放射性ヨウ素が検出されたとのことで、東京都は23区と多摩地区の5市を対象に、乳児に水道水を与えるのを控えるよう呼びかけたのは一昨日。すぐに、ス-パ-からミネラルウオ-タ-が消えたことはテレビが繰り返し報道していた。

その映像を見て、乳児を抱える家庭、特に母親はとにかく一本でも多くペットボトルの水を手に入れようと必死な姿にある意味感動を覚えたが、これから先のことを思うとゾッとしたもの・・・。

一本の水ではたしてどのぐらい持つのだろう・・・。『乳児に水道水を与えない』というお役所用語は、『粉ミルクを溶くための水』という意味だろうから、家庭で必要とする味噌汁を作る、お茶を入れるための水まで含まれないことは間違いなさそうだ。

都の役人も粉ミルクを溶く水さえあれば何とかなると思っているのだろうが、母乳を与えている母親の気持ちとしては、自分の身体の中に放射性物質が蓄積したら赤ちゃんに悪影響が出ると考えるのはしごく当たり前なこと。ならば、味噌汁やお茶のための水も汚染されていない水をと思うのは当然の心理。米を研ぐ水までもと考えるのも十分もうなずける。

となると、一本の水はあっと言う間に消えることになる。そして水を求めて・・・。水を求めてス-パ-を回れる人はまだしも、勤めを持つ母親(父親もだが)はどうするのだろう。今でも牛乳などは午前中のほんの一瞬で売り切れになっているというのに、最も切実な必須品である安全な水の入手は不可能では・・・。

 ところで、今回、都の金町浄水場で検出された放射性ヨウ素は1キロあたり210ベクレルだと発表されている。これは厚生労働省が定める飲料水の乳児の基準(1キロあたり100ベクレル)を2倍以上上まわるので発表したのだろうが、そもそもこの基準と言うのが今回の原子炉事故があって慌てて改定したものだというから、何とまあいい加減なものだと呆れてしまう。

 それまでは飲料水には放射能に関する基準がなかったのだそうだ。それにもエッと思わないでもないが、世界保健機関(WHO)の基準相当を守っていたとのこと。そのガイドラインは放射性ヨウ素と放射性セシウムとも10ベクレルで、輸入品などには厳しく取り締まっていたというから、この変わり身の速さに呆れる限り。

ところが、福島原発の原子炉事故が起きた直後、『厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知 平成23年3月17日付-食安発0317第3号-放射能汚染された食品の取り扱いについて』という文書一枚で基準値を変えたと言うから、火事場泥棒なようなやり方である。

それによると、飲食物摂取制限に関する指標の中の放射性ヨウ素はの摂取基準として 『飲料水300ベクレル』となっているから、一挙に30倍に引き上げられている。このことは安全については30分の一に格下げしたことに等しい。

厚労省の官僚たちは、ここまで引き上げておけば、当面の責任は逃れられると思っていたかもしれないが、今頃は『しまった。500ぐらいにしておけば良かった・・・』なんて愚痴をつぶやいているのではないだろうか。

昨日になって、数値が基準以下になったので摂取制限を解除したそうだが、近々にまた制限は出ること間違いなさそう。そして次の日には解除。こんなことを繰り返して、何時の間にか、『なんだ、たいしたことではないじゃないか』という気にさせ、いつのまにか放射能に慣れさせる作戦かもしれない。

それにしても国民の命を軽く扱っているものである。ちなみに、牛乳や乳製品も300ベクレルと飲料水と同じ。これが原乳から検出されたと言うことは、乳牛の体内はそれ以上の放射能汚染が進んでいる証拠。平時ならば、口蹄疫同様『殺処分』という言葉が出るところだろう。

また葉物野菜類の基準は2000ベクレルと言う。今回出荷停止とされたホウレンソウなどは『十分水洗いしてから測定せよ』という指令があるとのことだから、はたしてどのぐらいの高濃度汚染が進んでいるか想像すると恐ろしい。

汚染は確実に範囲を広げているに違いないから、福島県(会津方面などはまだ汚染されていないはずなのに)だけではなく、数日中(今日にでも)には隣県に波及し、首都圏の野菜にもそのうち出荷停止だということもあり得ない話ではない。

その時も、政府は『念のため・・・』と言うだろうが、安全な食料品が限りなく少なくなっていることを肝に銘じ、一人一人が自分で判断しなければならなくなったことだけは確かなようだ。(田舎親父)

2011年3月24日 (木)

政府の危機意識の低さに呆れる・・・

 6つある福島第一原発の原子炉全てが異常事態に陥り、爆発を回避するために被爆を覚悟して懸命に消化・復旧活動に続ける隊員の献身的な努力には心から敬意を表し深く感謝するが、それでも、復旧は遅々として進まず、各地では基準値をはるかに超える放射線が観測されている。早く廃炉という決定をすれば、被爆の少しでも少ないやり方が見えてくるのではないかと思っているのだが・・・。
 ホウレンソウや原乳も放射能汚染が広まり、福島や茨城ではこれらの農産物は出荷を停止している。汚染情報は日を追って広がり、福島では相当種の野菜に及んでいる。今後、さらに地域は広まり他の野菜に広がることはもちろん、畜産製品にまで及ぶことも時間の問題だろう。
 原子炉の爆発を回避するために原子炉格納容器のガス圧を下げなければならないことは確実な情勢。そのため、容器の中の放射能で満ちあふれた気体を外気に逃がす処置になるのだそうだが、そうなると汚染はさらに急速に進むことは確実。
 そんなことは小学生でもわかる理屈なのに、政府は『現状では健康には影響ない』と言うばかりで危機管理意識の低さには呆れるばかり。
 首相はじめ、史上最悪の行政スタッフの時に、史上最悪の災害が襲ったことが何より不幸なことであるが、汚染をこのままこのまま放置していては、次代を担う乳幼児・青少年はもちろん今後生まれ来る命が心配。
 何とかしたいのだができない自分が悲しく情けない。私にできることは、いろいろ情報から自分なりの考えを『ぼけ防止の年寄りの独り言』として掲載するしかないが、なにもしないよりましだろうと、毎日虚しい努力を続け手いる。
 ところで、原発がとにかく一応一段落(変な表現だが安全という言葉はつかえない)ということになっても(半径20km?は立ち入り禁止になるのだろうが)災害復興には一体どのぐらいの時間と予算が必要なのだろう。全くの当てずっぽうだが、少なくても数十兆円、いやもっとかかるかもしれない。
 (放射能被害は東電の責任としても)復興には国民全てが協力しなければならないことは当然だが、まずは現時点で財政を洗い直すことから手をつけるべきなのに、政府はあれほど次々と公約違反をしていながら、何故か『こども手当て』については頑強に拘っているらしく、現在の子ども手当法を6カ月間延長する『つなぎ法案』を議員立法で衆院に提出したそうだ。
 また、政府内では高速道路料金も見直さなければならないという声もあるというが、具体的にとなると船頭多くては・・・の例え通り、議論が繰り返されるだけで決定に至るまでに期限がきて、結局は現行のまま・・・となるのがオチの気配が濃厚。
 足らねば消費税を上げれば良いという前提で組んでいる予算。さすがの厚顔無恥のアカン首相でもここで消費税などといえないだろうから、復興を後回しにしなければ、子ども手当てなどのバラまきなどできるわけがない。
 国民の多くは(圧倒的多数だと信じたいが)この非常時において、子ども手当てをよこせとは言わないだろう。まして高速道路を無料にせよとか、土日1000円を続けろと大声では要求しないだろう。
 心の底には欲しいと思っても『我慢』するのが日本人の美徳とされてきた。それは生きていると信じたい。時が過ぎるに従い、うつろいやすい体質を考えると、ここは日本全体の復興のため、バラまきは数年中断という判断が必要だと思うのだが・・・。
 国会の決定を尊重することが前提だということは十分承知しているが、現在の国会は単なる数合わせであることは誰の目にも明らか。今は与党だ、野党だと言っている場合ではない。直ちに、子ども手当や高速道路料金ゼロなどのばらまき政策中止を表明し、その予算を当面の復興のための財源に充てるべきだと訴えたい。(田舎親父)

2011年3月23日 (水)

たんな連中が指揮しているのだから・・・

原発の危機的状況を救うために活躍した東京消防庁のレスキュ-隊員の活躍が称賛されている。無条件に『本当にご苦労さまでした』という言葉しかでてこないというのが、多くの国民の正直な気持ちだろう。

隊長はNHKはじめ民放各局から引っ張りだこ扱いで、段々とその説明は上手になり分かりやすくなっているが、はじめの時の会見では顔が引きつったようになっていたことが印象的だった。

自らの胸元に一台 そしてもう一台を隊員の方向に向けて、放射線値を絶えず測定しながら隊員たちを指揮したという臨場感は凄いものがある。判断が遅れると隊員の命の危険さえでるぎりぎりの作業だったことがよく分かる。

レスキュ-隊は一応任務を終了して東京に戻り、知事はじめ都の幹部たちから慰労されたのだそうだが、その席上、トンデモナイ事実がわかったという。

放水は当初4時間の予定だったそうだ。その後状況を勘案し、必要に応じ再度放水することにしていたが、保安院や東電から連続して7時間放水し続けるよう執拗に要求されたということは当然ながらインタビュ-では言わなかった。

命令とあって、7時間ぶっ続けて放水することになったために、2ある放水塔車のうち1台がディーゼルエンジンの焼き付きにより使用不能となったとのこと・・・。

このことを事前にマスコミはつかんでいたのだろうか。テレビの報道では7時間放水を続けます。隊員たちの健康管理が心配です・・・という意味の内容は報じていたが、当初の計画の4時間ということや、現地での政府の強要は報じなかったと思うが。

さらに、隊は海から放水塔車までの給水ホースの設置ルートを800メートルの最短距離で設定していたが、遠回りにするように執拗に要求されたという。このあたりの事情を隊長は私が見た画面では何となく口ごもっていたように感じたもの。NHKアナウンサ-が『瓦礫があって回り道したのですね』フォロ-していたこととも合致する。

そこまでは許せるとして、保安院を所管する経産省のカイエダという大臣が『俺の命令に従えないのなら、お前らやめさせてやる』との発言があったという。信じられないが、権力亡者になっているアカン首相とその閣僚なら言いそうなセリフ。

事実、隊員からこの報告を聞いたイシハラ知事がすぐに官邸に乗り込み抗議したという事実から、トンデモ発言を大臣の口から発せられたのに違いない。抗議を受けてアカン首相は『陳謝します。大変申し訳ない』と述べたそうだ。

その後、カイエダ大臣が謝罪したところをみると、発言は間違いなく事実だったと確信する。もしカイエダ大臣が現地で隊長と行動をともにして、状況を見ながら命令したのなら、暴言はさておき、気持ちとして連続放水を命じた意味は理解できるが、放射線値が尋常でない危険な場所に入るなんて考えられない。恐らく官邸で映像を見ながら、隊員たちにわめきちらしたのではないだろうか。これは許せる話ではない。

 自分たちは安全な場所にいて、危険にさらされている隊員に命じるとは思い上がりも甚だしい。現地で必死になって原発の暴発をくい止めている職員は現在500人程度だという。その人たちのほとんどが下請けや孫請けの人ばかりというのも何とも醜い話である。ある情報では、東電の正社員は立った2人だとも伝えるが、事実なら東電という企業は人の命を何だと思っているのかと、心の底から怒りが込み上げてくる。

 ところで、アメリカが450人を派遣するというニュ-スがぱったりと途絶えているのが気になる。アメリカ本土も放射線値が高くなっているというから、危機感を持っているに違いない。そんな場合アメリカは躊躇しないで実行するのが今までのやり方。放射能汚染よりリビヤの石油資源確保が緊急だと、空爆を選択したとは思えないが・・・。

 だとすると、日本政府が頑強に自国で解決すると主張している?のではないだろうか。ここに至っても福島原発を廃炉にするとは言明していない東電は、何としても復旧させて稼働させたいという思惑があるようだ。

素人の私でも、ここまでくれば廃炉という前提で物事を考えなければ先に進まないことぐらい断言できる。なのに、政府も東電と同じらしく、エダノ長官も廃炉という言葉は出していない。何なのだろう・・・。(田舎親父)

2011年3月22日 (火)

ますます気分が重くなる・・・

 福島原発の状況は私にはますます厳しくなっているように感じるのだが、アカン首相は『光明が見えた』と語り、官房長官は野菜や現に原乳に食品安全法の規定値より高い放射能が検出されたことにも『現在のところ人体に影響ありません』の一点張り。

 このところ東電や保安院の会見は阿呆らしくて見ないことにしているが、マスコミ報道では相変わらずのノラリクラリしているのがよく分かる。

一方、半径突然30km以内の人は屋内待機などという指示がでたものだから、その地域の住民はもちろん一般国民としては、屋外にでたら放射能を浴びると思ってしまう。物資を満載したトラックの運転手も、その地域には入りたがらないのもよく分かる。住民は取りに行きたくても燃料がないのだからたちまちのうちに物資が枯渇する。

ここに留まっていては危険だと思えば、地域の外に避難したいと思うのは当たり前、結局、どこにも逃げ出せない人だけが残されることになってしまう。

危機管理というのがこんないい加減なことで良いのだろうかと自問するのだが、歳だけは人並みにとっているが、それに反比例した体力の私にできること、は悲しいことだがわずかな募金を振り込む術がない。

昨日から、気分を替えてツイッタ-なるものに挑戦したが、たちまちのうちに大量の情報がと言ってくることに驚き。毎日の文章はボケ防止と位置づけているが、気付いたことを短くつぶやくことでこんな多くの有用な情報をいただけるなら続けられそうだ。

ところで、まだ避難状況の全体像は確実ではないようだが、各被災地では徐々に復興へ向けた動きが始まっているというニュ-スにホッとする。しかし、その時に法がネックになっている場合があるとの新聞記事に何のことか理解できなかったが、読み進むとなるほどと納得する。

 津波被害の大きい地域の災害対策本部は数千世帯分の建材などの瓦礫の撤去に手を焼いているという。個人の所有物をみだりに処分できないほか、行方不明者の遺体が隠れている可能性もある場合もあり、作業中に遺体を傷つけることがないよう、瓦礫を一つ一つ動かして確認することを繰り返さなければならないのだそうだ。

 記事には誇張があるが、遺体の処理となるとあり得る話。救助隊員のご苦労が伝わってくる。この町の沿岸部は約35kmにもおよぶというから全地域で撤去を終えるには膨大な時間を要すると深刻な問題になっているという。

また、大勢の遺体が見つかり、多くの家屋が津波に流されるなどした地域にある小学校の校庭では、陸上自衛隊が人力や重機で、流れ着いたがれき、車を取り除く作業を進めているのだが、ここで障害となるのが持ち主と連絡が取れない浸水したり、窓が割れたりして動かなくなったたくさんの車だとのこと。

校庭は公道ではないため、所有者の承諾なしに撤去できないとのこと。自衛隊は『この混乱の中、どうやって所有者を捜し出せばいいのか・・・』と困惑しているのだそうだ。

そんなことを深く考えて復旧作業を進めていてはとても進むわけがないが、法律的には考えられないこともない。こんな問題が新聞に掲載されるようになったのは、それだけ事態が落ち着いてきた証拠なのだろう。

しかし、こんな本当なの?と首を傾げたくなるような記事一つにも、大地震と同時に原発事故という未曽有の災害にも係わらず非常事態宣言などを出さず、普通の事件事故としてしか扱わなかった政府の無策が浮き上がる。

 話をもとに戻すが、新聞テレビはそろって原発の状態が少し落ち着いているとの報道だが、私には気休めではないかと思えて仕方ない。

放射能被害も広がっているのにも係わらず、行政はただただ『現状では健康には心配する値ではない・・・』の一点張り。この言葉を信じられる人は幸せなのだろうが・・・。

気分が重い。このところ自分でも笑いがなくなったことを実感する。(田舎親父)

2011年3月21日 (月)

再度 無条件降伏なのか・・・

 つい先日、オーストラリア政府は東日本大震災で日本に派遣していた72人の緊急援助隊が活動を終え、帰国すると発表したというニュ-スが流れた。そのことを聞いて、諸外国の救援部隊のことを一時は熱狂的に伝えていたマスコミが、その後はその活動の様子を取り上げていないことに気付く。

オ-ストラリアの救援隊は、町役場も被災し一時的に町長が行方不明になったほど著しい被害にあった地域に入り被災者の捜索・救助活動を行っていることは知っていた。その救援隊の隊員2名が、(詳しい経過は理解していないが)ヘリコプタ-で原発の20km以内の地点に着陸、その後隊員の靴から微量の放射能を検出したという報道も聞いている。

ここまではある程度取り上げられたが、その後ピタリと止まってしまう。恐らくこの事故が背景にあるのだろうが、オ-ストラリア政府は、早々に生存者救助の役目は終了したと判断し『現時点で安全性に問題はないが、援助隊を不必要なリスクにさらすつもりはない』というメッセ-ジを残し撤収を決めたとのこと。

この記事で、改めて感じることなのだが、確か60ケ国ほどの国や地域から救助隊が、割り当てられた被災地で救助活動を続けていたはずなのに、あまり現地ではありがたく思っていなかったのか、それとも被災者とのトラブルでもあったのか成果の報道はあまり耳にしない。交流という言葉が大好きな日本人なのに・・・。

そして、オ-ストラリア隊に続いて、フランス、ドイツなどほとんどの外国の部隊はぞくぞくと救援活動の任務が終了したとして帰国しているのだそうだが、あまりにもあっさり撤収している裏には、単に微量の放射能被爆以外に何かあるのでは・・・と勘繰りたくなる。

ところで、アメリカ政府はアカン政権の『隠蔽体質』にカンカンになっているとの情報が流れている。東電が福島第1原発事故のデータを明かさず、放射性物質漏れの重要情報を共有しようとしない、というのが理由だそうだ。

事故発生の一報で、アメリカの行動は素早かった。空母や在日米軍を出動させ、東日本大震災の救援活動に全面協力する姿勢を打ち出したことはマスコミも大きく取り上げていたが、私的には空母の到着があまりにも早いのが少し気になったもの。

それはさておくとして、アメリカ軍は無人偵察機を原発上空に飛ばして、放射能を検査した結果、その数値が放置しておくとアメリカ本土も襲いかねないとのことで、放射能被害管理などを専門とする約450人の部隊を派遣する準備に入ったというニュ-スが流れたのが18日、その後ぱったりとその情報が止まっている。

アカン政権が拒んでいるのかもしれないが、現在の原発は危機的状況をむかえていることからも、一刻も早くアメリカの専門家チ-ムを受け入れて、原子炉の鎮静化を進めなければ日本の破滅はもちろん全世界に汚染が広がることは間違いない。

アメリカにはスリ-マイルの原発事故の処理を経験している。わが国のようないい加減な原子炉政策ではなく、事故対策においても進んだ技術を持っていることは間違いないだろう。『われわれにはモニタリングから除染まですべて行う能力とチームがある』と太平洋軍司令官が発言しているのはその自信があるからだろう。

事故発生当時からアメリカは情報開示を求めていたが日本政府はそれを拒否したと伝えられている。そんなバカなことがあるかは思いたいが、東電や原子力保安院の曖昧な説明の繰り返しを見ていると、今回ばかりは『なぜ、菅政権は本当のことを言わないのか。こちらは全面協力する姿勢なのに。正確な情報を出さないのは間違いだ』というホワイトハウス関係者がいらだちっているという報道を信じたくなる。

東電としてはアメリカに介入されたら、福島原発は廃炉になることは自明。その損害を計算したのだろうが、その躊躇がここまでの大事故になったことは間違いなさそうだ。

多分、アメリカは日本政府が受け入れを拒否したとしても450人(それ以上だろうと思うが)の専門家や軍隊が行動を開始し、原子炉のメルトダウンをくい止める努力をするだろう。(その後の情報がないのが気になるが)その結果、原子炉は一応安全な状態にするのがアメリカの筋書きだろう。

これでアメリかの日本支配は規定の事実になることも疑いない。例えは悪いが、アメリカは『原子炉安定』というある意味『第二のポツダム宣言』を日本政府に飲ませたということになるだろうから、ここから日本はアメリカの占領下におかれることになるのではないだろうか。

事故と同時に、『アメリカさまお願い』という場合と、徹底的に介入を嫌ってどうすることもできず、ついに『アメリカさま、おっしゃることは何でも飲みますので、何とか助けてください』という場合では、日本の立場は天と地ほども違うことは想像に難くない。

私の想像がはずれる事を願いたいが・・・。(田舎親父)

2011年3月20日 (日)

もはや国としての機能せず・・・

 3月15日付けで厚労省労働基準局監督課長の名前で、 都道府県の労働部門管轄担当に出された『基監発0315第1号』を読んで、本当かと我が目を疑ってしまった。
 お役所文書なのでよほど丁寧に読まなければよく意味がわからないが、私なりに要約すると、労働基準法では、企業の都合で労働者を休業させた場合、企業は生活保障のため休業手当を支払うよう規定しているが、今回の『計画停電による休業は企業責任にはない。だから、休業手当を支払わなくても違反には当たらない』というものである。
 確かに雇い主に今回の『計画停電』の責任はない。従って働いていない分の給料を払わせるのは酷であることは理解できないことはない。操業できないのだから利潤は上がらないのは道理、従業員の給料をはらいたくとも払えない。払うと企業が倒産、共倒れになることも十分考えられること。
 ここまではわかる。しかし、従業員も企業側も働きたいのである。働いて給料をもらいたい、そして払いたいのであるのに、それが理不尽な理由でできなくしたのは、東電の原発事故であり、一連の原発政策を推進してきた自民党政権と、それ以上に熱心だった現民主党政権にあるのは明らか。
 いわば国の命令が事故を引き起こしたのであって、雇用主や従業員には基本的には何の関わりはない。それを一切無視して、現象面だけで労働基準法適用するとは、厚労省という役所には非人間的な役人ばかりそろっているようだ。
 休業時間を時間給として有給休暇でしのげる(変な話であるが)官公庁や大企業などはさほどの影響はあるまい。しかし、派遣やアルバイトで生計を立てている人々にとっては、この通達は『死んでしまえ』という切り捨て政策であり、労働組合が許さないと激しく抗議するのは当然である。
 もう一つこの役所から信じられないような通達がでている。今回の大震災の被災者が、他の市町村に避難して生活保護を申請した場合、避難先の都道府県や市町村が保護費を支給し、費用も負担せよという一片の紙切れ。
 生活保護についての仕組みはよく理解できないが、土地など資産を持っている人には支給されないと理解している。しかし、今回の避難している人は家も倒壊し、身体一つで逃げてきた人たちばかりと言っても過言でないほど、経済的なゆとりなどあるはずがない。当面は全員生活保護状態だと表現してもまちがいではないだろう。
 それを国で面倒みないなんてことが許されてよいはずがない。今、ぞくぞくと地方自治体が支援を申し入れていると聞く。住宅を提供する自治体もどんどん増えている。避難所ごと人を受け入れることを発表している自治体も数あまた。しかし、その人たちの全てを受け入れた方に押しつけとは、こんな酷い話は聞いたことがない。
 これでは受け入れた自治体は、今でも大変な予算でやり繰りしているのに、本来の住民サ-ビスを削らなくてはならなくなる。この通達で受け入れる自治体が少なくなるとは思いたくないが、これでは被災者も狭い肩身が余計に狭くなる。
 国民を守るべき国が、被災した自治体と受け入れる自治体同士でうまくやれ・・・とは情けないというより国としての機能がマヒしていると同じである。
 3日間、結論は同じ。(時すでに遅しであるが)即刻『非常事態宣言』を出し、現憲法を一時停止してでも、国民を守れる有能な指導者の出現を祈るのみ・・・。(田舎親父)

(特別掲載)1997年にご逝去された平井憲夫さんという原発に係わった技術者が『原発について知ってほしい』という手記を信頼している友人から入手した。長文である。私はこの文書を読んでしばらくは身体の震えが止まらなかった。
 もし、この文章がもっともっと広く読まれていたら、今回の事故はなかったのではないかと思えるが、歴史には『たら・れば』は許されるものではないので、これは私の感傷と諦めることにするが、今でも遅くない、多くの人にこの手記を知らせて、原発の恐ろしさを知らしめるために、許可をえて掲載することにする。
 長文だが、ぜひ最後まで読み切っていただきたい。また、プリントして知人友人、特に青少年に読ませていただきたい。(読みやすいように一部ゴチックにしてある。また、本文が漢数字は算用数字に直していることを承知していただきたい)
原発がどんなものか知ってほしい(全)~平井 憲夫さん
 私は原発反対運動家ではありません。

 20年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。
 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。
 私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。20代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。
「安全」は机上の話
 去年(1995年)の1月17日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。
 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ一人考えてもみなかったと思います。
 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。
 なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。
素人が造る原発
 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。
 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。
 日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。
 仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。
 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。
 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、一歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。
 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。
 また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。
 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。
 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。
名ばかりの検査・検査官
 原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。
 検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。
 原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。
 というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。
 東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。
 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。
 この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。
 私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。
いいかげんな原発の耐震設計
 阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。
 なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。
 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。
定期点検工事も素人が
 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300
もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。
 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。

 放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。 体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。
 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。
 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。
 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。
 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。
 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。
放射能垂れ流しの海
 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。
海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。
 原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。
 防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。
 数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。
内部被爆が一番怖い
 原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。
 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。
 体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。
 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。
 私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。
普通の職場環境とは全く違う
 放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。
 例えば、定検工事ですと3ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に5分から7分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、3日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが
……。電力会社はこういうことを一切教えません。
 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人30人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで7メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで160人分、金額で4百万円くらいかかりました。
 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。
「絶対安全」だと五時間の洗脳教育
 原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約27万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も9万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。
 原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは
マッカナ、オオウソである、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。
 こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるのです。
 私自身が20年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。
 私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、20年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。
 だれが助けるのかまた、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。

 救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。
 一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。
びっくりした美浜原発細管破断事故!
 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。1998年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。
 そして、1991年2月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。
 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。
 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、1億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を100キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。
 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと0.7秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。
こ の事故は、2ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが20年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。
もんじゅの大事故
 去年(1995年)の12月8日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。
 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。
 図面を引くときに、私が居た日立は0.5mm切り捨て、東芝と三菱は0.5mm切上げ、日本原研は0.5mm切下げなんです。たった0.5mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。
 これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。
 どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この0.5mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。
 どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。
動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。
 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。
 それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は
……」と説明を始めたら、「事故だろ!事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。
 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。
日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
 もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。
 そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が2万4千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。
 しかし、日本のプルトニウムが去年(1995年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありません。
 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。
 日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。
 世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。
 いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。
日本には途中でやめる勇気がない
 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、2月(1996年)に2015年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。
 もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。
 どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。
 とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。
 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。
 また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。
 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。
廃炉も解体も出来ない原発
 1996年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に135万キロワットというような巨大な原発を含めて51の原発が運転されています。
 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、10年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、1981年に10年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。
 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。
 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。
 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。
 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう30年近く動いています。そんな原発が11もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。
 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった100キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に20億円、廃炉にするには60億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。
それが100万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。
「閉鎖」して、監視・管理
 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。
 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。
 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。
今、運転中が51、建設中が3、全部で57の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは100キロワット、大きいのは135万キロワット、大小合わせて76もの原子炉があることになります。
 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に5機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、2010年には70~80基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。
 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。
どうしようもない放射性廃棄物
 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。
 日本が原発を始めてから1969年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。
 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。
 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で3百万本のドラム缶をこれから3百年間管理すると言っていますが、一体、3百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。
 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(1995年)フランスから、28本の高レベル廃棄物として返ってきました。

 これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に2分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、30年から50年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。
 原発自体についても、国は止めてから5年か10年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。
 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを50年、3百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を50年、3百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか?そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。
 それに、50年とか3百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の50年であり、3百年だということです。
住民の被曝と恐ろしい差別
 
日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。
 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、24時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。
 ある女性から手紙が来ました。23歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。
 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。
 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。
 原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
 最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。
 その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ3百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。
 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学2年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。
 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、24時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。
 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。
 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。
 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。
 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。
 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。
 これは決して、原子力防災の8キロとか10キロの問題ではない、50キロ、100キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。
原発がある限り、安心できない
 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。
チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。
 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。
 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が20年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。
 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。
 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。
 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。
 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。
 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。
原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。
優しい地球 残そう子どもたちに
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筆者「平井憲夫さん」について:
1997
年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました


2011年3月19日 (土)

ただただ情けないの一言・・・

 プロ野球セ・リ-グのオ-ナ-や球団関係者たちは何を考えているのだろう。
 マスコミ報道では、パ・リ-グは楽天球団の本拠地が仙台とあって、ある程度今回の被災状況の行く末が見えるだろうから、4月12日に開幕という方針を譲らなかったが、プロ野球界のドンと言われるナベツネという読売新聞の親分が予定通り3月25日に開幕するのだと主張し、他球団もそれに従ったとのこと。
 この男が球界だけではなく政界や財界にもかなりの影響力を持っているらしいことは聞いているが、それにしてもたった一人の男に『ハイわかりました』と追随する5球団の関係者が情けない。
 特に、プロ野球界のトップであるカトウというコミッショナ-は『苦しい時にこそ、必死にプレーする姿を見せることが我々の責務』だと、ナベツネにシッポを振るような説明をしているらしいが、こんな輩がプロ野球を牛耳っているのでは人気が上がらないのも当たり前だろう。アホカとしか言いようがない。
 この男たちは津波で路頭に迷う被災者や原発事故で故郷を追われた人々の事など全く考えられない人の面をかぶった悪魔であるとしか表現のしようがないが、選手たちは猛反発しているという情報にはホッとする。誰が考えてもこの問題では無条件で選手たちの言い分に軍配を上げるだろう。
 選手たちは『まだ復興のメドも立っていないこの時期に野球をすることが許されるのか。開幕することで、被災者に勇気と元気を与えるというのは、思い上がりだ』という基本姿勢を持ち、ストライキも辞さずとの姿勢で抵抗しているらしいが、ぜひ徹底的に戦い勝利して、ナベツネとその一派の悪魔の面の皮を剥がしてほしいものである。
 それはともかく、この問題でもこの内閣の閣僚たちもだらしない。昨日、プロ野球を管轄する文科省のタカギという大臣は、この問題に対して『それぞれの判断に委ねる話だが、この状況の中でのナイター実施に国民の理解が得られるか難しい』と記者団に語ったという。情けない話である。はっきりと『延期しなさい』と命じれば選手たちにも無駄な努力をさせなくてすむのに、この大臣もよほどナベツネという鉄面皮の男が怖いらしい。
 そして続いて、カイエダという東電などを所管する経済産業相は『(電力使用量が多い)東京ドームではなく、需給が逼迫していない地域で開催するなど工夫してもらえるとありがたい』と述べたと報じているが、タカギ文部相よりさらにナベツネに遠慮した気持ちが実によく現れている。
 東京ド-ムさえ使わなければ俺の担当は終わるとでも思っているのかもしれないか、東京でも横浜でも同じはず。庶民が連日3時間もの停電で、どんな苦労しているかなど関係なく、ただただ選挙区での人気を上げたいパフォ-マンスそのものではないだろうか。
 さらに、節電担当という聞いたこともない大臣に任命された、レンホウという女性大臣は、セ・リーグが公式戦を予定通り今月25日に開幕すると決めたことについて『節電担当としては電力需要は比較的抑えていただきたいが、明るいニュースで国民を元気付けようと考えた結果だろう。実施するには可能な限り節電していただきたい』と注文したとある。
 この女子(おなごという言葉は差別用語だと十分に知っているがあえて、この自信過剰の方には相応しいと使わしてもらう)は、今、何が一番大切な事であるかすら理解できないらしい。こんな連中が、大臣ですっと威張っているのだから、救援活動が進まないわけである。
 救援活動の方は、政府は頼りにならないことを見抜いた民間レベルで確実に進んでいるようだから、私が心配することではないだろうが、原発事故の処理が今のままでは、ほぼ確実に連休明けには大変な事態に進展することが確実な情勢のようだ。
 その時、この連中の口から、『残念ながら諸般の事情・・・』でという、責任を最大限ぼかしたセリフは聞きたくないものである。(田舎親父)

2011年3月18日 (金)

原子炉も政治も完全に制御不能・・・

 予想通り、自衛隊の上空からの放水は失敗したようだ。実際に放水している様子をテレビで流していたが、これは小学生でも原子炉には届いていないことははっきわかる。風でほとんどの水は空中で飛散し、ごくわずかが3号機の建屋跡にかかっている感じ。表現が悪いが、小型犬が足をあげておしっこをしている姿を連想してしまった。

4回ほど試行したらしいが、これはかなわぬと撤退。一応、隊員の安全という理由だがはじめから無理だとわかっていることを、アリバイ作りとしてやったのでは・・・。続いて警視庁の放水車が準備しているというアナウンスがあったが、なかなか幕が開かない。

間もなく・間もなく・・・が続く。そして昼には始まるとのことだが全く始まる様子はない。散々またせておいて、結局、横浜の片田舎は停電のためここまで。電気が通じたのが4時前。もうとっくに始まっているだろうと期待してテレビをつけたが、まだ準備中とのこと。4時をメドに放水を開始するらしい。

しかし、その後始まる様子はまったくない『間もなく放水をはじめるらしい』というアンウンスがあってから、実際にはじめたのは7時も過ぎていたのではないだろうか。しかし、たちまちのうちに無理だとあっさり撤収してしまう。

これでは、単なるパフォ-マンスとしか言いようがない。デモ隊には物凄い威力を発揮するのだろうが、核の威力には全くの無力だったことを証明したというところ。

皮肉るつもりはないが、今必要なのは政府や東電のアリバイ作りのパフォ-マンスではなく、正確な情報を正直に発表することだろう。正確な情報があれば、優秀な人たちが具体的な対策・行動を示唆できるはず・・・。

先日も触れたが、3号機はプルサ-マル運転をしていたとのこと。エセ永久機関的なこの計画は多くの科学者が絶対反対を唱えていたのに、東電が強行し政府の御用機関である原子力保安院が承認した経緯があることは以前も述べた。

しかも、この原子炉は稼働40年の歴史を持ち、当初の予定では現役引退のはずだったと記憶している。それを、原発を安全に壊すのに、とてつもない予算が必要だから(見積もりはとんでもなく少ない金額だが)福井県の美浜原発と共に延長したとも聞いている。

このプルサ-マル運転に要する燃料はプルトニウムである。全くの素人ではあるが、プルトニウムというものはウランよりはるかに危険な物質であること程度の知識は持っている。そして、プルサ-マル運転の核燃料を提供したのがフランスである。

フランスは3号機の爆発を知って直ちに福島原発から100km異常離れろと日本在住のフランス人に指示を出したという情報がネットに流れた。すぐ後に、エ-ルフランスの航空機が迎えに出たとか出る計画という内容の記事が大手のマスコミも報じているので、これはかなり信憑性がある。

フランスは自国で製造したプルトニウムがいかに危険であることを知っているので、これは危険だといち早く自国民(恐らく白人だけだろうが)だけ救出という方針らしい。いかにもフランスのやりそうなことであるが・・・。

アメリカも当初は日本政府の出した、半径20km以内は全員退避、30kmまでの住民は屋内避難という方針を『妥当』だと容認し、日本在住のアメリカ人に指示していたらしいが、その後半径80kmという基準を出したことは周知のこと。

これに対して、日本政府は『アメリカの基準だから尊重する』というから、国民を本気で守ろうなんて思っていないことが明らか。

マスコミも政府の方針に協力しているのか、それとも報道しないように圧力がかかっているのかわからないが、プルトニウムのプの字も言い出すことはない。専門家といわれてテレビで解説している大学の偉いセンセイたちも完全に口を封じられているらしく、やはりプルサ-マルのプも、プルトニウムのプの字がない。

どれだけ危険なのか、もし3号機が完全に爆発したらどこまで避難するべきか、正確な情報を伝え、例えパニックに陥ったとしても、その情報を元に国民自身の判断に委ねることが必要ではないだろうか。繰り返すが、優秀な人々が落ち着かせる方針を示してくれることを信じて・・・。

3号機だけではなく、すでに1~4号機の正常な機能は完全に破壊されている。残る5、6号機も危険な状態で、これも破壊は時間の問題だという。となると、100kmどころか300kmいや500km以内はとても住める場所ではなかろうから、今は安全だと言われてのうのうと生活している首都圏に住む人たちもこのままでは死に向かいかねない。

事は重大である。東日本に『非常事態宣言』を緒著する場合ではなかろう。今必要なのは『強力な指導者』であるが、それができないとなると・・・。(田舎親父)

停電の時刻が迫っているので、駄文な上に読み返す時間がない。

2011年3月17日 (木)

今必要なこと それは強力な指導力・・・

しばらく駄文すら書く気力がなかったが、余りにも無策の政府に怒りを覚え、届かないまでも自分の気持ちを残しておく必要を感じて、そろそろと書きはじめることにした。

酷い。あまりにも酷い光景が連日テレビに溢れている。避難所の映像も毎日のように流れているが、レポ-タ-は大量の救援物資を届けているのだろうかと素朴な疑問を持つ。

映像を中継するとなると大量の資材が必要になり、中継車数台で取材ということも経験で知っている。テレビ局としては質の高い映像を追求するのは当然かもしれないが、今国民が知りたいのは、被災地の現実でありか、決して美しい鮮明な映像ではない。

大量の撮影用の機材を積まず、代わりに食料や毛布、日用品などを詰め込めば一つの避難所の人たちが一時的にも安らぐのではないだろうか。今では携帯端末のカメラでもライブ中継できる時代。映像の質は悪くなるだろうが国民はそのような映像にこそ、より緊迫感を持つのでは・・・。

それは私の願望としても、どのテレビのキャスタ-達も『救援物資が届かない』と悲痛な声を出している。届かないことは間違いないことは理解できるが物資が集まらないとは思えない。もし物資がないのなら、被災地以外の都市部の大型ス-パ-を『超法規措置』で閉鎖して、そこに入荷する数日分の物資を回せば良いこと。

そんなことできるはずがないと言われるかもしれないが、このような異常事態には政府は『政令』で命令すればよい。それが今必要なリ-ダ-シップではないだろうか。批判はあるだろうが、その批判は解決してから責任をとればすむ。

当初は運ぶ道が寸断されて車が通れないと理解していたが、ならばどうして自衛隊の大型ヘリを使わないのか理解に苦しむ。人命救助が優先されることは十分承知するが、避難している人々の救援に大型ヘリで大量の物資を運ぶべき時にきている。

また、東北道は緊急車両の通行は可能だとのことだから、少なくとも仙台付近までは届ける気になれば届けられるはずではないだろうか。そして昨日あたりから、道路があっても車両のガソリンがないと言い出した。

確かに被災地の燃料不足は関係者の悲痛な声から十分理解できる。横浜の片田舎でもガソリンスタンドに車の列ができているが、その車のほとんどは緊急を要すると思えない自家用車。しかも運転手は年寄りが多い。

要は、車があると便利だからガソリンを満タンにしておこうという群集心理。節約をお願いという官房長官の談話も良いが、庶民が自分の身を守ろうとするのは当然なこと。国民から全く信用されない内閣のチンピラ長官の談話など屁の突っ張りにもなりはしないことは明らか。ガソリン確保の行動を押さえることなどできるわけはない。

ここも思い切って非常事態だから1週間に限って、被災地を除いた一般家庭の自家用車のガソリン供給を禁止する『命令』を政府の責任で出せば良いではないか。

今一番必要なことは、政府のリ-ダ-シップである。強引だとの批判も力でねじ伏せてまで行うという実行力である。歴史には『たら・れば』は無意味だとわかっているが、角栄さんの強引なやり方が必要では。いや私的には大嫌いだが、イシハラ都知事ならばできるかもしれない。あるいは、オザワさんを『救国内閣』の首班に仰ぐことを提言したい。

福島の原発の事故についても連日専門家と称する大学教授達が、原子炉の模式図を使って解説をしている。そしてお決まりは、原子炉を格納している容器は分厚い鋼鉄製でできており、今のところすぐに爆発する心配はないので過剰反応をしないでと結んでいる。

この分野には全くの素人の私でも、原発の爆発がいかに危機的な状態で、間違いなく放射性物質が空気中に拡散していることぐらいは容易に想像できること。まして、1号機から4号機まで全て異常をきたし爆発を繰り返しているというから状況は危機的。一刻一秒を争う事態なはずなのに、東電と保安院の記者会見はノラリクラリとして要領を得ない。

官房長官がただただ安全ですと繰り返すだけで、具体的な解決策を述べられない。恐らく緊急事態ということは理解できてもどうしてよいのかわからないのだろう。

自衛隊のヘリコプタ-が上空から散水も、空気中の放射能値が基準を大幅に上回っているという理由で中止も要領を得ない話。今度は警視庁のデモ隊を排除するために設計された強力な放水車で原子炉内部に水を注ぐというのも、何か現実離れを感じてならない。

ヘリで上空から放水もあまりにも高温になり過ぎている核物質を冷やすには、量的にかんがえても無理な話だろう。その代替えが強力放水車とはチンケ過ぎる。ここ数十年放水車を使うようなデモは起きていないことを考えると、強力放水といっても過去の遺物。はたして期待できる効果が上がるとは思えず、やけくそ気味に笑うしかない。

ここでも必要なことは政府のリ-ダ-シップ。起きたことをいつまで解説しても仕方ない。このままでは半径100km(かどうかは明らかではないが)の範囲では被爆は確実という真実を知らせ、その範囲の子ども達や青年達を全員関西圏に避難させるという思い切った措置が必要ではないだろうか。

年寄りがどうとか、病人を切り捨てられないとかはこの際禁句にして、将来のこの国に大切な人材の確保を最優先にするべきであろう。

批判と責任は問題が解決してから議論すれば良いことであって、今、ああだこうだという議論は無意味。速やかな実行を期待してやまない。(田舎親父)

2011年3月12日 (土)

言葉なし・・・

 被災者の皆様へ心からお見舞い申し上げます。

 昨日、原稿を書くために資料を取り出そうとコンピュ-タに背を向けていた時、突然今まで経験しない激しい揺れが起きた。

 物凄い地震だと直感。電源を切るいとまもなく外に飛び出す。地面が大きく揺れて立っていられないほど激しい揺れである。

少しおさまったので、家に戻りラジオを取り出したが、直後また激しい揺れ。ラジオからの情報では、震源地は宮城県お気でM8.2という。トンデモナイほどでかい地震である。横浜は震度5とのことだが、こんな凄い揺れは初めてである。

およそ20分ほど外にいたろうか。家に戻ると停電。幸、蛇口からは水勢は弱いながら水は出る。まずは水の確保。ガスを点検したら正常。

ラジオに耳をくっつけて情報を聞くが、地震の規模はその後2度訂正されて、M8.8とのこと。信じられない数字である。

時間は進み、真っ暗な中でひたすら電気の回復を待つ。

電気が回復したのは夜10時過ぎ。被害の凄さが徐々に明らかになるが、これはまだほんの一部だろう。

今朝になって、テレビの映像に食い入るが言葉なし。ただひたすら被災した方々にお見舞いをつぶやくのみ・・・。(田舎親父)

2011年3月11日 (金)

以前は憂鬱な季節だったが・・・

 最近、散策で出合う人の半分異常はマスクをしている。寒さが厳しかった頃はインフルエンザの防止策と同時に自らの防寒のためだったようだが、この時期のマスクはスギ花粉を口腔に入れないためであることは間違いない。

それにしても、例年と比べてマスク人口が多すぎるようだ。花粉症に悩む人たちにとっては『昨年の夏の猛暑の影響で杉の花粉が例年に比べて格段に多い』というマスコミ報道は悪魔の声に聞こえるらしく、必要以上の防御体制をしいているのではないだろうかとも想像しているのだが、気の毒でならない。

 政府の推計では、子どもから大人まで国民の5~6人に1人がスギ花粉症で苦しんでいるらしいが、先日は、『小中学校に通う児童生徒の40%までが花粉症?』という見出しを見つけてビックリする。

 環境省や気象庁はスギ花粉の飛散状況を毎日公表しているが、その情報が天気予報にも反映されて、必ずといって良いほどお天気キャスタ-たちは、このことについて何らかのコメントをつけているが、これに影響を受けている人も多いのかもしれない。

 何故こんなに花粉症が日本人に蔓延するようになったのだろう?・・・。専門家と称する人が様々な意見を述べている。拝聴に値する意見も多いが、万人を納得させる決定的な原因となるとよく分かっていないらしく、結局は個人個人で対処するしかないのが現状のようだ。

 以前にも述べたことがあるが、数年前までは私もひどい花粉症で、毎年立春の頃になると、目がかゆくなりクシャミが止まらなくなったもの。その上鼻水が止まらず、通勤途中の電車のなかでもテッシュが離せないのが辛かったことを思い出す。

ある年、突然こんな症状がでたので校医に相談したところ、花粉症だと診断され『何の花粉に反応するか調べてみよう』と言われて、血液を検査してもらった結果、ウメとスギだとのこと。なるほど時期的に一致すると感心したことも、今では懐かしい思い出。

 当時の(今も同じだが)住環境はこの診断結果と合致し、近くにはいくつもの梅園が点在、スギの花粉があたりを黄色に染めるほど飛沫する。これでは仕方ないか・・・と諦めて薬を調合してもらったが、これが効かず、校医には内緒で市販の薬品を試した結果、『コルゲンコ-ワ』という名前の薬が非常に体質にあうらしいことを発見する。

『コルゲンコ-ワ』を一日2錠服用すると、不思議に前述した悩ましい症状が出ないので、マスク嫌いの私にはピッタリ。この薬はかなり高価な上、常用して副作用がないのかが気になったが、マスクをしなくても良いということが魅力で、以来20年近く、2月から4月までの期間限定で服用したものである。

ところが、数年前らこの症状がほとんど気にならなくなって、コルゲンコ-ワとも別れることができた。ある専門家が『花粉症もストレスが原因・・・』という説を唱えているので、退職してストレスがなくなった私の場合、ある意味そうなんだ・・・と納得もするが、ストレスがなさそうな人も花粉症だという例も多いようだから、この説も俄には信じられない。

私の場合、退職して生活内容が変わったというと、ストレスがなくなったこととは別にすると、蚕を育てて繭をいただき、その繭でシルクロ-ションを作って市販の化粧水など一切使わなくなったことに加えて、桑の葉の効用を知ってから、桑の葉を直接食べたり、あるいはバウダ-状にして食事として用いていることである。

どうもそれ以外花粉症の症状が軽減した原因が思い当たらない。あれほど蚊を嫌い夏でも森に入るのは長袖と防虫剤が手放せなかったのが、現在は半袖のTシコツでも蚊に刺されなくなったことも、シルクロ-ションのおかげだと感謝。要は、繭と桑によって体質が変わったことは間違いない。

昨夜、バッとを振っていると、近所の『桑の葉パウダ-』の愛用者の勤め帰りの男性から『おかげさまで血圧と血糖値が順調に下がっています』と声をかけられ、しばらく立ち話をしていたが、突然『ひどい花粉症なのですが、何か良い方法はありませんか』と質問された。早速私の経験を述べて、試して見ることを勧める。

シルクロ-ションを使い、桑の葉を食すると直ちに花粉症が軽減するとは思わないが、花粉症に悩む人は、長い目(数年間)で試してみる価値はあるのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2011年3月10日 (木)

ワクチン行政は見直すべきでは・・・

 全国各地で小児用肺炎球菌ワクチン『プレベナー』や、インフルエンザ菌b型(ヒブ)ワクチン『アクトヒブ』を同時接種した乳幼児5人が死亡した問題で、厚労省は緊急にワクチン接種を見合わすように自治体に指示したというニュ-スに驚く。

なぜなら、以前からワクチンが日本人のDNAに悪影響を与えているのではと(全く科学的な根拠を指摘できないのだが)疑っている私には大変気になる情報だからである。

ワクチンとは本来はその病気にならないための予防として接種するはず。厚労省のパンフレットなどにはワクチンを打てば『絶対』に罹患しないとは書いていないが、マスコミは『打たなければ罹患する恐れが十分ある』と報じるのだから、接種しなければと思うのは当たり前。そのワクチンが原因で死亡するとは、これ程理不尽なことはなく、両親の悲しみと怒りは想像に余りある。

 『プレベナー』は昨年2月の販売開始から今年1月末までの1年間で推計110万人が接種したが、この間の死亡例報告はゼロだったという。『アクトヒブ』も1月末までの約2年間で推計155万人が接種し、死亡例は1人だけだったとのことだが、この1人の死亡をマスコミは報じたのだろうか。

 私はワクチンという言葉にかなり敏感に反応しているので、もし新聞やテレビのニュ-スとして取り上げられていれば、見逃すはずがないと思っているのだが、(絶対見落としていないという確信はないが)その記憶はない。

 取り上げなかったとしたら、155万人もいる1人ぐらいの死亡はニュ-スにならないと判断したのだろうか。それならマスコミではなく『マスゴミ』と揶揄される程度で済まされるかもしれないが、もしどこからかの圧力で報じなかったとしたらこれは許し難いことである。

 1人が死亡したということは、かなりの確率で、死亡には至らなかったが気分が悪くなったり、発熱やおう吐、下痢が発症したりという副作用はあったはず。厚労省はそのことには全く触れずに、『短期間』に死亡例が4例続いたことから、両ワクチンの接種を一時的に見合わせたとある。

死亡したのは兵庫県の宝塚市と西宮市、京都市、川崎市、そして都城市の5人で生後3ケ月~2歳の乳幼児だという。いずれも両ワクチンや、これにDPT(ジフテリアなど3種混合)を加えた3種類の同時接種を受けた翌日~3日後に死亡したとのことであるが、同時に3種(5種?のワクチンを接種していたことにも驚き。

接種した医師は接種と死亡の因果関係を『不明など』と報告しているらしい。『など』がつくのも気になるが『不明』で済まされた遺族の気持ちを思うと、医師の無責任さ(仕方ないとは思いつつ)にもやりきれなさを感じる。

同省は『念のため』当面接種を見合わせる必要があると判断。週明けにも専門家を集めた検討会を緊急開催し、検証することを決めたとのことだが、何をどのように検証するのだろうか。

すでに死亡した乳幼児たちの遺体は荼毘にふされわずかな骨が残っているだけだろうから、遺骨からワクチンとの因果関係をはっきりさせるのは不可能だろう。結局は時間稼ぎをして自分たちの責任を逃れる・・・というための検討会になりそうだ。

以前、子宮頸ガンワクチンを話題にした時に、何故か、副作用には一切触れず、このワクチンを性交渉とは無縁の少女時代に接種すれば『絶対安全』だとタレントや御用医師を動員して大宣伝。さらに公費補助をすることに疑問を投げかけたが、改めてワクチンの副作用について考えるべきではないだろうか。

私の年代の人間にとっては、(今思うとワクチンなのだろう)『疱瘡』の接種(最初からツベルクリン検査は陽性だったのでBCG接種も経験したことがない)しか受けなかったのではないだろうか。

私はインフルエンザのワクチンも打っていない。それでいて特に問題を感じていないのは『免疫力』があると信じている。私はごく普通の生活を過ごしており、特に強い免疫力が備わっているとは思えないので、日本人のほとんどは私程度の免疫力を備えているのではないだろうか。

繰り返すが、ワクチンに頼らねば病気にかかるという恐怖心は捨てて、罹患しても治る免疫力をつける努力をすることが大事だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2011年3月 9日 (水)

公平性のある救済策を望みたいもの・・・

夫の退職に伴う年金の変更を届けなかった専業主婦への救済策が大問題になっている。先日、参院予算委員会を何気なく見ていたが、答弁にたったホソカワ厚労相は、昨年11月に出された、救済措置についての年金課長の通達を知らなかったと答弁していたが、まあ正直な大臣だと呆れてしまった。

大臣が詳細な内容を知ったのは1月下旬ごろだったという。この救済策が実施されたのが今年の1月1日。救済策が実施されて以降もしばらくは、具体的内容を把握していなかったというのでは、不公平だとの批判に、何を問題なのかさえ理解できなかったに違いない。

年金局長も引っ張り出されていたが『あの、あの、その、あの・・・』の連発で、具体的なことはぶつぶつつぶやく程度で何を言っているのかよく分からない。要は、厚生労働省の官僚たちがまとめた(前大臣が係わっていると信じたいが)通達を、大臣など政府側には無断で年金機構や各自治体に出したらしい。

官僚たちは『どうせ、大臣なんか後で適当に報告したら、うんとうなずくしか能がないのだろ・・・』と思ったかどうかはわからないが、軽視したことは間違いなさそう。そしてその不公平な救済策が実施されたとたんブ-イングの嵐。

この問題を追求されたアカン首相は『どういう救済が公平性との観点で重要か、きちんと示すことが最も厚労相にやっていただかなければいけないことだ』と答弁していたが、それをそのまま聞くと、今回出された救済措置について、首相も何も報告を受けなかったことになる。

そんなことはあるまい。しかし質問者の公明党の議員は、打ち合わせ済みだったか、それとも武士の情けなのかはわからないが、それ以上は追求していない。首相の口から『報告は上がっていた』と言わせれば、たちまち追い詰められるのに・・・と違和感。

もし本当に報告がなかったとしたら、厚労省の官僚たちは上司の判断を仰ぐことなく、デタラメで不公平通達を出し実施したことになる。これは公務員服務規定の重要な違反であることは明らか。

大臣辞任のドミノ現象をくい止めたいのは理解できなことはないが、歯切れの悪い表現で厚労相をかばうのではなく『所轄の大臣はもとより首相の私にも報告しなかったのは公務員としてあるまじき行為、よって年金局長と課長の責任を追及する』という程度のセリフの一つでも明言すれば少しは国民の信頼が取り戻せるだろうに、そんな余裕もないのだろう。

年金の切り替えの届けをしなかったことがすべて専業主婦の『自己責任』という言葉で切り捨てるのは簡単だが、これではあまりにも酷であることは私にも理解できる。

しかし、今回一片の課長通知で実施された救済措置は、(結果的に)実施以前の12月に忘れていたと申請した人は規定通り2年分だけ受領、今年に同じように申請した人には未払いの8年分も全て払ったことにするというものだという。これは誰が考えても納得できるものではない。

よくぞこんな不公平な救済策を作ったものだと呆れるが、厚労省(に限らず度の省庁も同じだろうが)の官僚たちは、税金という概念が薄く、予算はどうでもなるからこの程度の救済策で良かろう・・・といったところでは。

年金についても全くの素人であるが、救済策であっても自己責任という前提は踏み外してはならない。10年間の未払い分を2年間だけは支払いを認める、という現制度が変なのであって、支払う意志がある人には収めて継続すれば良いはず。

経済的な理由で支払われない人には、年金の受領額を少なくするのは仕方ないことではないだろうか。その上で、生活が著しく困難な人には年金制度とは切り離して生活支援を考えれば良いことだと思うのだが・・・。

この問題で今日の新聞にはアカン首相はホソカワ厚労相の責任だと明言したとあるが、もし、前任者のミスタ-年金といわれた御仁が、このことを引き継いでいないとなると、現大臣が気の毒、こちらの方が問題だろう。

ホソカワ厚労相の辞任は時間の問題だろうと思うが、問題の根底には、アカン首相の任命責任があることは間違いないところ。一段と内閣崩壊の足音が大きくなったようだ・・・。(田舎親父)

2011年3月 8日 (火)

ひょっとしてヒガシコクバル都知事誕生?・・・

 いよいよアカン政権は操縦不能の泥船状態になり間もなく沈む状態に陥ったようだ。相次ぐ不祥事に加えて、重要閣僚で次の総理として噂が高かったマエハラ外相が在日韓国人からの政治献金を受けていたことが明らかになり辞任。昨日の国会の様子を見ていたら、ホソカワ厚労相も危ないことは明らか、まさに右往左往状態というところか。

たった年額5万円を在日韓国人の焼き肉経営者から献金されていたとのことだが、小学生の小遣いより少額を収支報告書から誰が割り出したのか、考えれば考えるほど不思議な気がしてならない。

自民党の議員が追求したとのことだが、この議員はどこからこの情報を入手したのだろう。辞任に値すると指摘されて、あっさり外相を椅子を捨てるとはあまりにも行動が速すぎることの方が気になるが・・・。

事務方の手違いだと強弁すれば、(マスコミの協力で)オザワサンの5億円から比べたら、たった20万円など追求するに値しないという世論を作り上げるのは簡単だったはずなのに、政治の混乱を回避したいととかっこ良すぎるきらいは否定できない。

下司の勘繰りかもしれないが、あっさり責任を認めることで潔い良いと評価を狙ってのパフォ-マンスか、それとも(ネットで噂になっている)暴力団絡みの献金問題やアメリカへの新幹線売り込みの際2兆円の損失などが明らかになると、政治生命そのものが終わる大問題に発展することを懸念したとも考えられないこともない。

外相辞任で完全にアカン内閣の命運は尽きたようだが、アカンさんが居すわれば居すわるほど民主党に対する評価は下がることは間違いなく、4月の統一地方選挙の惨敗は動かすことができないようだ。

このことに関して、昨日の新聞に、先日話題にした東京都の知事選に立候補したワタミの会長のワタナベさんを民主党がかつぐ話がでているという記事が載っていたが、ワタナベ陣営として、民主党の推薦を受けて大丈夫なの・・・と変な心配をしてしまう。

記事によると、来月10日投開票の東京都知事選を巡り、民主党東京都連は、すでに出馬表明している外食大手『ワタミ』前会長のワタナベ氏の支援に向けて検討に入ったとのこと。 都連は今後党本部に承認を求め、早ければ週内に最終的な方針を決定する予定で、支援が決まれば、独自候補擁立を断念するのだそうだ。

 都連では『政治に必要なのは経営感覚』と訴えるワタナベ氏の経営者の手腕に期待する声が多く、経営再建を目指す新銀行東京について撤退を訴えていることから、『我々の政策に近い』と評価している都議も多いらしい。しかし、無所属候補として幅広い支持を得たいワタナベ氏側の意向を踏まえ、最終的には推薦・支持よりも政党色を薄めた『支援』にとどめることで決着を図る方針だとのことである。

 ワタナベ氏をみんなの党が推薦するのではないかと思っていたが、民主党が推薦するとなると独自候補を立てることになるのだろう。となると、まだ表明していないヒガシコクバルさんあたりと水面下で話が進んでいるのでは・・・。

 イシハラ知事の後継者としてマツザワさんは元々が民主党の議員だった人。民主党シンパの都民の何割かは投票するだろうが、浮動票はそれほど多く入らないだろう。ワタナベさんは民主党の支援ということで、現在の予想以上に票は延びるだろうが、圧倒的多くの浮動票は『民主党』が後ろにちらついているとそのほとんどが逃げるのではないだろうか。

 私としてはあまり嬉しくないが、ヒガシコクバルさんが、みんなの党推薦などを受けないで、それでいて水面下では話がつき、政治色を極力控えた立場で立候補すれば当選ということもあり得る情勢になってきたのでは・・・。

 昨日になってサッカ-の名門チ-ムであったFC東京の前社長も立候補を表明したとマスコミが報じていたが、さて都民は誰を選ぶのだろう。一月後の結果が面白くなってきた。(田舎親父)

2011年3月 7日 (月)

40年後の日本は・・・

 たった3日間ほどコンピュ-タはもちろん、テレビも見ず新聞も読まない生活をしていた間に、様々な事件や事故があったようだ。

マエハラ外相の辞任も仕方ないことだろうが、20万円が本当だとしたら政治屋さんたちにとってはゴミ以下の金額、うがった見方をすればこの内閣から早めに逃げ出した方が得策だと判断したのでは・・・と思わないでもない。

携帯でのカンニングは単独犯で幕引きを急いでいるような気がしてならず、もはや過去の事件としての扱いに何か違和感を覚える。3歳の女児を殺害してリュックに入れて運び川に遺棄などはまともな神経ではできることではない。日本人の頭脳構造が狂い出していることだけは間違いなさそうだ。

今朝のニュ-スでは認知症(やはり変な命名だと改めて思うが)を取り上げて、社会全体で認知症に対する支援が必要だと訴えていた。そのことには異論はないが、こんなに急に認知症(強度のボケ症状)老人が増えたのには、何か原因があるはず・・・。

頭脳構造が狂い出したことやボケ老人が急速に増えているのは、(全くの素人の印象思いつきだと笑われるのは承知だが)医薬品や食品添加物、そしてワクチンが原因しているのではないかと疑っている。このことはいずれ、もう少し整理して話題にするとして、今日は少しだけ関連するだろうことを・・・。

日本の人口は出生率が下がり続け、少子高齢化が進んでいることは誰の目にも明らかである。東京でさえ、65歳以上の高齢者が4分の1を超えているというのだから、過疎化の進んだ地方の高齢化は凄まじいものがあるようだ。

先日、国交省が発表した『2050年に、日本の総人口が05年より25%超減り、人口が半分以下になる地点が全国の6割以上にのぼる』との長期展望にはビックリするが、少し冷静になって考えれば、さほど不思議なことではない。

現在でも出生率は限りなく1に近づいているそうだ。夫婦の間に二人の子どもが生まれ育ったら、計算上は人口維持が可能だが、高齢者が増え続けているのだから死亡率はどんどん高くなるのに、一人しか子どもを産まなくなってしまっては、国交省は人口が25%減少するという予想も頷ける。

たった40年弱で、15~64歳の生産年齢人口は4930万人(05年比41・6%減)となり、65歳以上は3764万人と全体の4割を占めるのだそうだ。この時点では1~14歳の子どもの人口はさらに少なくなるだろうから、50年後、60年後ともなればいったいどんな状態になっているのか、考えるだけで恐ろしくなる。

『住めば都』というが、食料や日用品などを買い求めたくても、簡単に『できない』となると、これはもう住めたものではないことは明らか。都市部に人口が集中する傾向はさらに進むのは当然の理であろう。

このことに対して国交省の計算はシビアで、約40年後には、人口が現在より半減する地点が全国の66・4%に達するという。地方の過疎化は一層進むのは当然だが首都圏においてさえ、通勤圏から遠い地域では約2割の地点で、人口が半減するのだそうだ。

ここでいう首都圏をどの範囲と規定しているのかはっきりしないが、東京や神奈川でも交通の便が極端に悪い地域も多いことを思うと、背筋が寒くなる。

 話が飛ぶが、新幹線網が広がることは利便性が高まることは否定しない。しかしその恩恵は超特急が常時停車する駅周辺には限りなく大きくなるが、日に数本の速度の遅い特急しか停車しないとなると心もとない。停車駅すらない沿線住民にとっては、むしろ迷惑でしかない代物では・・・。

東京青森間の新幹線営業が始まり、今まで5時間以上かかっていたが最短3時間20分で結ばれるようになったという。素晴らしいことだと思うのだが、このことで青森の過疎化が防げるかというと、そんなことはあるまい。むしろ、便利になった分、東京に憧れる気持ちが強くなるのではないだろうか。

青森への観光客は増えるに違いないが、岩手や宮城などの観光地は痛手を感じているに違いなく、いかに客を集めるかということに頭を悩ましているのは想像に難くない。集客に失敗した観光地はさらにさびれ、旅館やホテルは廃業、シャッタ-が降りた商店街が増えるのは目に見える。

国交省がここまで予測しているのだから、新幹線網を広げる以前に、国民の意識を少し変えるだけで可能なはずの少子化をくい止める工夫に、英知を集中するべきだと思えるのだが、政治もマスコミも努力はなし。これではこの国の将来は・・・。(田舎親父)

2011年3月 6日 (日)

教育の異常もここまできたか・・・

 広島県の安芸太田町立の小学校の教頭が、広島市内の路上で中学2年の14歳の女子生徒にモデルガンを突きつけ、軽乗用車内に連れ込もうとしたという記事を見て、我が目を疑ってしまった。

 以前も、東京都の公立小学校の教諭が、小学生の女児に猥褻行為を繰り返していた事件が報じられてビックリ仰天。その時は、大勢の教員を抱える東京では、中にはこんな異常な性癖の男が存在するかもしれないと無理に納得させたものだが、今回は未だに何かの間違いでは・・・という気がしてならない。

女子生徒が自転車で農道を走っていると、この教頭の車が追い抜き、車から降りてモデルカンで『殺すぞ 俺の車に乗れ・・・』と脅したのだそうだが、白昼のこと、通りがかる車もあったはず、見境なくこんな行動をとるとは思えない。

記事によれば、実際に住民が車で通り掛かったことに驚き、教頭は車で逃走したとある。そして、66歳の住民が追跡し取り押さえて、駆けつけた警官に引き渡したとのことであるが、何か違和感を覚えるのは私だけなのだろうか。

 教員だって性格的に変な奴がいても奇怪しくないので、『あの娘かわいい乱暴してやろう』と思っても(常識的には十分不思議だが)あり得ないことではないかもしれない。しかし、白昼にたまたま見かけた女子中学生に、その目的だけで行動を起こすだろうか。

 疑問だらけの事件であるが、これまた清張流に推理してみると、この教頭と女子中学生は顔見知りだったのではないだろうかと思えてならない。場合によったら、自分の教えた子どもの一人だったかもしれないし、勤務校の卒業生だった可能性もある。また、この女生徒とかって個人的に親しかったとも考えられないこともない。

 このあたりは女生徒のプライバシ-もあるだろうから、よほど奇異な事情が新たにわからない限り、続報はないだろう。まして中央の新聞が取り上げることは限りなくゼロだろうから私の清張流の疑問はとけそうもないが、それでも推理を続けてみよう。

 記事によると、この教頭の勤務する小学校は全校児童8人の超小規模校だという。そんな小学校でも管理職として教頭の上に校長が存在。校長とは四六時中顔を突き合わせているのだから、何らかのトラブルが生じ、日頃からストレスがたまって、まともな神経でなくなっていること可能性として否定できない。

 地方紙を調べてみると、教頭は社交ダンスが趣味だとあるが、校長の『前任校が授業に取り入れていた社交ダンスで地域とも交流しました』という言葉が少し引っかかる。

 校長の言葉をそのまま受け取ると、前に勤務していた小学校では社交ダンスを授業に取り入れていたことになる。フォ-クダンスならわかるが俄には信じられない。

 逮捕されて、猥褻目的で襲ったと供述しているというから、大まかな事実関係は変わらないだろう。県教委は教育者にあるまじき行為として懲戒免職処分も当然だが、世間の不信感をすこしでも取り除くために、この教頭がこんな信じられないような行為をしたのかという背景を解明し、公開してほしいものである。

さもなければ、学校に対する不信の高まりを危惧すると同時に、給食費の滞納などの問題をモンスタ-ペアレンツという言葉で片づける風潮がますます大きくなるばかりでではないだろうか。(田舎親父)

2011年3月 3日 (木)

神奈川より東京とは・・・

 先日、マツザワ神奈川県知事が東京都知事選に立候補すると正式に発表した。この御仁にとっては、神奈川より東京が魅力だったようだが、神奈川県民の私には何となく見下されたような感じがして、正直あまり嬉しくない。

このことに関してイシハラ都知事は『結構なことだ』と答えたという。自分の後継者にするのか、という記者の質問には『それはない 今日はじめて聞いた・・・』と答えている姿がテレビニュ-スが映し出されたが、俺と争っても勝ち目がないと知っているチンピラ風情が立候補を宣言する訳はないはずというところか・・・。

 先月下旬、昔の職場の若い仲間たちからお誘いがあって、新宿の飲み屋でしばらくぶりに歓談した。昔の話題が中心だが都庁に転属になっている人物もいたこともあり、都知事選の話題になった。私が『噂では神奈川県知事が後継に指名されたという情報があるようだが』と切り出すと、都庁のかなり重要な地位にいる彼が『そうらしいですね』と、当然だというごとく応じたことに驚いた。

 その時点で、都庁の職員の間でマツザワさんの立候補はある既定の事実で、イシハラ都知は立候補しないだろうという噂があったことを知るのだが、彼に『マツザワさんの勝ち目はあるの・・・』と問いかけると、『イシハラ軍団が動きますよ』と何のてらいもなく答えたのが印象に残っている。

私は、以前からイシハラ都知事に対しては批判的な立場をとっているが、都庁の職員の間では(批判的な人も多いことは確からしいが)案外知事のシンパも多いとのことに意外な思いを受ける。

私が『知事は都庁には州に数回しか顔を出さないらしいが、それでよくやってられるねえ・・・』というと『都庁の連中は優秀な人が多いですから、知事がいちいち指示しなくても動きますよ』と答え、続けて『知事は方向さえ打ち出せば良いのですから、方向性がしっかりしていれば、あまり口を出す人は務まりませんよ』と言う。

恐れ入った答えである。その時『管理職には勤務時間はない』と明言し、私を勤務中に筑波の研究所に連れ出して、時の専門官と『グラスファイバ-技術を学校に導入できないか』という議論をさせた上司を思い出した。

この上司は周りからワンマンだと批判されたものだが、そんなことは歯牙にもかけず気がついたことを、時を選ばず発言し実行した人だった。職場にいなくても存在感があり、職員からの評価もあったことも懐かしい思い出。イシハラ都知事はずっと後で現れた人だが、何となる共通する。私もこの上司の影響が強く、現職時代は見習った行動をしたものである。

それはさて追い、これで都知事選の立候補のメンツは一応揃ったようだ。すでに無所属とはいえ共産党からのコイケさん。みんなの党が推薦するのではと予想しているが、現在無所属のワタナベさん。そしてマツザワさん。さらに、ヒガシコクバルさんも衆議院選が日程的に読めないとあっては参戦するのではないだろうか。

都庁の将来の幹部である昔の仲間の一人の情報が正しければ、イシハラ軍団はマツザワさんを派手に応援するだろう。自民党もマツザワさんが元民衆党の国会議員というところが障害になるだろうが、勝てる候補として推薦するのではないだろうか。

ここでも民主党は蚊帳の外。いっそレンボウという人気者の女性大臣が出馬すれば面白いのだが、彼女はアカンさんや取り巻き連中より頭が切れる人と聞いている。負け戦はしないだろうから、その目はないのでは。

政権政党にとって自前の候補者を立てられないとはみっともないことおびただしい。まさか昔の仲間とはいえ相乗はしないと思うのだが、首相の座にしがみつくしか能がなくなった御仁がやることは常識人には考えられないだろうから、あり得るかもしれない。

ここでマスゾエさんやヤスオさんが立候補すると面白いのだが・・・。(田舎親父)

2011年3月 2日 (水)

民主党はよほど天下りがお好きらしい・・・

 かなり古くなり、マスコミはこの問題など忘ているようだが、経済産業省の資源エネルギ-庁の長官が東京電力の顧問だったか相談役になったという問題が国会で取り上げられた時、アカン首相は『企業の判断で採用したというが、必ずしも天下りでないと言い切ることはできない。もう一度しっかりと経緯を調べたい』と述べたそうだ。

 なんとも歯切れが悪いお粗末な答弁である。しかし、経産省が東電に問い合わせたら『弊社の方からお願いしました・・・』という意味の回答が寄せられ、その報告を受けたエダノ官房長官は『(国家公務員の)退職管理基本方針に沿ったものであると経産省を通じて報告があった。再就職のあっせんはなかった』と政府の見解を発表したというから、こちらの方がもっと変な話。

 東電側からお願いされたので、省庁による天下りあっせんにはあたらず、問題はないとの認識らしいが、これでは民主党政府の方針として、省庁からの働きかけがないのならどんなところへ再就職しても構わないということになる。

 これはトンデモナイ答弁で、こんなことを許していたら、大企業は自社に利権を左右する監督官庁の次官や局長などに『わが社に是非お越しください。そしてご指導いただければ・・・』とタテマエを踏めば、政府公認で堂々と迎えることができることになる。これって、天下りそのものだと思うのだが・・・。

 民主党政権は省庁の天下りあっせんを禁じ、再就職あっせん禁止の厳格順守などを定めた基本方針を閣議決定したはずなのに、いつのまにか自民党政権よりも酷くなっている。これでは地方選挙で連戦連敗するわけだと納得する。

 このことを物語るように、20日ほど前の新聞に、民主党政権が発足した2009年9月からの一年間で、中央府省庁の国家公務員が公益法人や独立行政法人の役員に再就職したケースが574例にもなるに上ることが分かったという記事があった。

 自民党からの強い要請で、衆院事務局が発表したようだが、各府省庁に公益法人などに再就職した事例が574人。役員として再就職した人と、役員以外でも年間報酬が1500万円以上ある人の延べ人数だという。

 しかし、全府省庁は役所があっせんした再就職は『ない』と回答したというから呆れる限り。自民党は『天下りそのもの』と追及する方針だというが、この政党はむしろ天下りを奨励した過去をもつから、追求など土台無理な話。

 そして、記事にも『企業』という文言はない。どうやら、政治の世界では『天下り』という概念は、公益法人が指定席で、東電などの『企業』からの『お迎え』は『天下り』には入らないということのようだが、それにしてもたった1年間でだけで実質の『天下り』がこんなに大勢いるとは驚き以外何物でもない。企業からのお迎えも入れると天文学的な数字?・・・。

 しかも、アカン内閣になってからも天下りは少なくなるどころか、数的には圧倒的に多くなっているというから、いかにこの内閣が官僚には大甘かということがよくわかる。これでは公務員改革とか政治指導などという言葉が虚しく聞こえるのは当然だろう。

 話を最初に戻すが、エダノ官房長官は、天下りには当たらずと明言し、その上で報酬については『あるが、具体的な金額は個人情報なので差し控えたい』と発言しているが、この弁護士長官ドノは少なくとも国民のサイドに立っているとは思えない。

 東電側としては『これで原発推進も政府お墨付き・・・』とニンマリ。向かえた長官ドノに支払う報酬なども非公開で良いとなると、いくら高額を支払っても元はとれる・・・と計算していることだろう。今後の原発の行く末を想像すると恐ろしくなる。(杉)

2011年3月 1日 (火)

清張流に考えると『他殺』では・・・

 先日、何気なく開いた新聞の片隅に『日本原子力研究開発機構の課長が自殺』という小さな見出しがあった。

 特に違和感があったわけではないが、何となく気になって字面を追ってみる。すると、この課長は昨年8月高速増殖原型炉『もんじゅ』の原子炉容器内に誤って落とした燃料の炉内中継装置が破損し抜けなくなったトラブルの所轄担当の燃料環境課長だというから俄然興味がわき出した。

57歳のこの課長は今月半ば、家族に『ちょっと出てくる』と伝えて外出したまま戻らなかったため、福井県警に捜索願が出されていたという。数日後、同市内の山中で遺体が発見されたという記事には、(縊死なのか服毒など)どのような状態で発見されたのかという詳しい文章はない。

それなのに、明確に『自殺』と記載しているのは、警察が自殺と断定したのだろうが、何となく気になるのは、このところ松本清張の推理小説の読みすぎなのだろうか。

 以前から高速増殖型原子炉『もんじゅ』については疑問をもっている。以前も取り上げた記憶があるが、増殖型と呼ばれる原子炉は、プルトニウム・ウラン混合酸化物燃料で発電すると同時に、核分裂しにくいウラン238に中性子を当てて核分裂性のプルトニウムに変化させ、ウランの有効利用を図るという、一種の『永久機関』を連想させる代物だといわれている。

 発電機の原理が磁場の中でコイルを回転することだということは中学校で習うことだがその時子、生徒たちがそろって口にすることは『モ-タ-と同じだ・・・』という言葉。

 その通り。そこで教師は『永久機関』について説明し、それが不可能だということも教えるのだが、『もんじゅ』については(原理がよく理解できていないのだろうが)子どもたちにきちんと説明できないのだそうだ。

 『もんじゅ』の宣伝パンフレットの中に『発電しながら消費した以上に燃料を生み出す原子炉』という文言がある。これでは、『永久機関』以上のもの。こんなものが存在するわけはないと思うのだが、マスコミも物理学者のほとんどは異議を唱えないのが不思議そのもの。

 それはともかく15年ほど前、周囲の反対を押し切って『高速増殖型原子炉もんじゅ』が福井県の敦賀市に作られたのだが、すぐにナトリウム漏れ事故を起こしストップしていたことは改めて述べるまでもないだろう。

その『もんじゅ』に昨年の8月にトンデモ事故が発生したという。突然警告音が鳴り、運転が停止したらしい。そのことは新聞でも取り上げていたような記憶があったが、続報がなかったこともあって、私の中では『やっぱり・・・』という程度でそのままにしてしまっていた。

課長の自殺という記事で、改めてこの事故のことを調べてみようと思い、『もんじゅ』で検索したら、『敦賀本部(もんじゅ)炉内中継装置落下関連情報』というサイトに行き当たった。

そこには、昨年8月26日に警報が鳴り、調べてみると原子炉内で『中継する道具』をつり上げるようとした時、2メ-トル地点で落下した事故の詳細な報告が、かなりの頻度で日次を追って記載されているが、私にはほとんど理解できる内容ではない。

記事には、中継装置落下という事故の修復には10億ともいう巨額の費用がかかるとのことだから、それを苦にした課長が自殺という筋書きは疑義を唱えにくいものがある。

しかし・・・。清張かぶれではないが、そんな三文小説のような筋書きでこの自殺を終わらせて良いのだろうか・・・という疑問は消えない。(田舎親父)

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