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2011年5月

2011年5月31日 (火)

『子どものため・・・』は『管理のため』・・・

 『子どものために我慢してください』『子どものために頑張ってください』『このようにするのが子どものためです』などなど、教育界においては『子どものため』あるいは『子どもたちのため』という言葉が氾濫していることはよく知られている。

子どもと接する学校の教員がこの言葉を使う場合、一人一人の教員は本当に子どものためにと思って(思い込んでいる場合もしばしば)言っていることが多いのだが、校長が使うと少し意味が変わり、往々にして自分の学校運営をやりやすくするために使われることが多くなる。

そして、教育委員会がこの言葉を使うのは、ほとんどの場合、言葉の持つ力を利用して校長や教員の反発を押さえために使われ、文科省に至っては、通達や指針全てが『子どものため』だという思い上がりがあり、いかなる反発も許さないという雰囲気を作り上げている。

変な書き出しになったが、『川俣町ではプ-ル指導を行う』という見出しを見て、思わずエッと絶句。確か川俣町の一部は計画的避難区域(何という名前のつけ方なのだろとセンスを疑うが)に指定されていたはず。確認のために町のホ-ムペ-ジで確認するが間違いなく、山木屋地区が該当している。

原発と福島市との間にあるこの町は、放射線値が高いことで有名になっている飯館村と比べると、その値は多少低いとは思うが、福島市内(全てではないだろうが)より高いことは、実際の測定デ-タを見なくても容易に想像出来る。

昨日も述べたが、福島市内の学校でさえ、国の負担で1時間あたり1マイクロシ-ベルト以上の学校は校庭の表土をはぎ取る作業は『ほぼ全額』国費でやるとのことであるから、川俣町の学校は全てその対象になっているのではないだろうか。

避難地域から離れた自治体でも小中学校の屋外プ-ルの使用は見合わせているのに、川俣町教育委員会は、専門家に依頼した放射線量の調査で、子どもたちの健康に影響はないという結果が得られたとして、授業でプールを使うことを決めたという報道に、この町の教委は『こどものため』という意味をはき違えてしまっているようだ。

教育委員会によれば、独自に東京海洋大学の専門家に依頼してプールの水の放射線量を調査したところ、一度に1キロの水を飲んだとしても0.52マイクロシーベルトにしかならず、子どもたちの健康に影響はないという結果が得られたとして、従来どおり、授業で屋外のプールを使うことを決めたという。

そして、教育長は町内の8つの小中学校の校長を集めて説明を行い、保護者などの不安を取り除くため、放射線量の測定を継続したうえで、学校では毎日プールサイドを洗い流すよう伝えたという。さらに『必要以上に子どもたちを外に出さないことがよいとは思わない。しっかりと安全を確認することで不安を取り除きたい』と訓示したのだそうだ。

私が校長としてその場にいたら、教育長に『プ-ルの水を一度に1リットル飲んでも大丈夫なら、なぜプ-ルサイトを神経質に洗えと命じるの』と問うところだろうが・・・。

恐らくこの訓示には『子どもたちのために・・・』という言葉が幾度も使われていたにちがいない。平常時では戸外に出す機会を増やすことは『子どもたちのため』だが、今はトンデモなく異常時という認識が全く持っていないようだ。毎日、信じられない量の放射能を浴びている時、本当に『子どもたちのため』を思うのなら、可哀相だと思っても子どもを戸外に出してはいけない。

そして心から『子どもたちのために』という気持ちを持つならば、学校ごと避難して、そこで思い切って戸外で過ごさせれば良いのであって、裸で放射線を浴びさせるとは、教育に携わっている人間が絶対に行ってはならないことである。

教育委員会は来月6日、保護者の代表にもこうした方針を説明するとのことであるが、ぜひとも保護者の皆さんは自分の『子どものため』に立ち上がって、説明会に集結し反対の声を上げてほしい。そして、せめて戸外でのプ-ル指導がなされないようになることを願ってやまない。(田舎親父)

2011年5月30日 (月)

その場限りの言い訳か・・・

 先日、福島県の母親たちが立ち上がり、20ミリシ-ベルトの数値を下げてほしいと文科省に陳情に出かけたが、大臣はじめ三役はトンズラして合わず、しかも母親たちの対応には小雨のふる中庭で、権限も何もない役人が対応している映像がネットで流れた。

そんな行動のことはマスコミは一切伝えない。偶然、ツイッタ-でライブ配信していることを知ったので、食い入るように見続けたが、文科省の対応はあまりにも酷すぎると怒りを通り越して涙さえ出てきた。

その映像に、社民党のフクシマ党首と民主党のモリ議員の顔が見えたことに、国会議員の中にも、行動する人がいたのだとホッとするが、それ以上に、山本太郎という俳優を知ったことが救いになった。

この俳優は、この行動がきっかけでテレビの出演を下ろされ、さらに所属事務所も辞めさせられたことを後日知るが、なんとも芸能界という世界の情け無さを改めて感じてしまう。このことはいずれ述べたいと思っている。

母親たちの行動はネットで大きな反響を呼び、マスコミも無視できなくなったらしく文科省の対応を一斉に批判しはじめたので、文科省は大慌て。27日だったと思うが、タカギという何となくコ狡そうな顔をした大臣『今年度は、当面(こんな言葉をいわなければ多少信じる気になるが)年間1ミリシーベルト以下を目指す』と言っている姿をテレビのニュ-スは映し出していた。

目指す?・・・。確か福島県の測定デ-タでは毎時1マイクロシ-ベルトを大幅に超えている地域が多いはず。仮に、1マイクロシ-ベルトとして単純計算して見ると、24時間×365日=8760マイクロシ-ベルトと9ミリシ-ベルトに近い値になる。これをどう努力したら、1ミリシ-ベルトに押さえられるというのだろう。

ニュ-ヨ-クタイムスがこのことを取り上げているが、その文章では1ミリシ-ベルトに『revent to』とある。辞書で確認するとこれは『戻す』という意味だから、外国人記者に対しては『基準値を元に戻す』と説明したことになる。

NHKは『目指す』と報道したことは私も耳にして確認したこと。これは努力するということであって、文科省は基準値をあくまで20ミリシ-ベルトを維持することに変わりがないと説明しているらしいから、何という誤魔化しなのだろう。

また、毎時1マイクロシーベルト以上の学校の土壌処理の費用について、国がほぼ全額を負担するとのことだが、『ほぼ』とつくのか気に入らない。それでも財政危機にある自治体としては一安心だろうが、入れ換えても常時1マイクロシ-ベルトの放射線が降り注いでいるのだから、あまり意味があるとは思えない。が・・・。

子どもを守る解決策はたった一つ。全国にいくつもある廃校を手入れして、そこに子ども達を避難させれば良い。廃校のある地域は過疎化が進み、子どもたち(当然、希望する親たちもだが)を受け入れることに対して反対はあるまい。

仮設住宅を建てて親子を政府の責任(東電が補償するのは当然だが)で住まわせるというぐらいの政策がどうしてとれないのだろうと思うが、所詮、政治屋や官僚の発想はカネ勘定では仕方ないのかも・・・。

繰り返し言っていることだが、現状は国の存亡にかかわるほどの重大な局面。時代を担う子どもたちの心身ともに安全で安心な環境を作り上げることが政治の第一使命だと考えてほしいものである。(田舎親父)

2011年5月29日 (日)

台風2号が追い打ち・・・

 台風2号の動きが気になる。台風が梅雨前線を刺激しているようで、横浜の片田舎でも一昨日から雨が降ったり止んだり、時にザ-と強くなり、うっかり外に出られない状態が続き、今日も一日降り続くだろうと思うと気分が重くなる。

 先程のニュ-スによると、台風は屋久島や種子島付近まで接近しているらしい。中心気圧は950ヘクトパスカルと一時よりは衰えているがまだかなりのもの。広範囲に雨を降らせているというから、最近あまり話題に出ないが霧島の新燃岳周辺の土石流が心配出ある。自然の現象なので、決めつけるわけにはいかないが、今までこの季節にこんなコ-スをたどった台風は例がないのではないだろうか。

 鹿児島へ上陸という可能性は薄くなっているようだが、九州、四国の陸地をかすめるように進めば、勢力は保たれるだろうから今後の動きが気になる。(私の理論なき予想だが)風はたいしたことはないだろうと思っているが、今年の梅雨入りを早めた梅雨前線が列島に停滞しているので、大雨になる可能性は大きいはず。その雨は、関東以西の太平洋側だけではなく、東北にも及ぶはず。

河川の氾濫は毎年のことなので、危険個所では厳重な警戒をしているにちがいないからあまり心配はしていないが、今回は東北の被災地、特に福島の原発事故の影響で、建屋が無茶苦茶になっていることを考えると、放射能汚染の拡散の危険性が気になる。

この先、間もなく温帯低気圧になるとの予報だが、風の心配が全くなくなったわけではない。建物を覆うものがない裸の状態では、少し強い風が吹くと、汚染された細かな瓦礫などが舞い上がるだろうし、雨が降り続くと原子炉の格納容器や散乱している放射能まみれの瓦礫の汚染物質が地下にしみ込んだり、海に流れ込むことも十分予想出来る。

 東京電力は約1カ月前から、放射性物質で汚染されたほこりを、固めて風で飛ばされたり雨で海に流出したりするのを防ぐ飛散防止剤を1~4号機の原子炉建屋周辺の敷地で散布していると発表しているが、その効果を検証しているという話は伝わって来ない。

 その作業は一昨日から放水車やコンクリートポンプ車を使い、建屋本体への散布も可能となったとのことらしいが、例えその効果があるとしても、今日明日の強風や大雨に間に合うわけはない。

 一時は(私は『臭いものに蓋』と揶揄した)建物全てを覆うという計画もあったらしいが、立ち消えたのかこのところ全く耳にしない。もっとも、この覆いもよほど強固なものでないかぎり台風の前に吹き飛ぶだろうが、雨に対しては有効だろうと思えるが・・・。

 台風が今後とのようなコ-スをとるのかで風向きが変わってくるが、いずれの場合でも汚染地域は拡大するだろう。

 大津波で壊滅的な被害を受けた宮城や岩手の被災地も心配だ。地盤が1メ-トル以上も陥没して、満潮時には海水が溢れる地域もあるとのこと。避難所の生活に耐えられなくなって(当然だろう)そこに戻って2階で生活している人々の映像も何度も目にしている。

そんな中での大雨では、川の氾濫という事態にもなりかねない。事態を知ったからといっても何も出来るわけではないが、今日、明日は台風の動きと原発の事故現場の報道には注目し、せめて被害の小さいことを祈り静かに過ごしたい。(田舎親父)

2011年5月28日 (土)

リクル-トス-ツで汗する学生たち・・・

 世は『節電・節電』の大合唱。一事は『エコ・エコ』で明け暮れ『エコポイント』なるまか不思議な制度を作ってまで大型のテレビや冷蔵庫、またはエアコンなど、どこがエコなのと首を傾げるような家電品を売りまくっていたが、今回はそれらさえ使うのを控えなければならないような雰囲気に、エコポインに飛びついた人たちは困惑しているのではないだろうか。

 一般家庭には強制はしていないらしいが、事業所などには一律15%の『節電』を要求し、違反すると罰則をかけるというやり方はいかがなものなのだろう。また場当たり的な政策のような気がしてならない。

先日のNHKの朝のニュ-スで山形県の食品メ-カ-を取り上げていた。そのメ-カ-は普段から徹底的な節電を試みているらしく、その様子を紹介していた。社長は今回の節電要求に対して協力したいと、更なる節電を社員に命令して製造ラインまで15分単位で止めるという大変な努力。しかし、そこまでして12%の達成率だったという。

こんな会社は多いのではないだろうか。特に中小企業となると、普段から徹底的に電気代を節約する努力はしているはず。私の目には、一律15%という数値は、またまた弱いものイジメとしか映らない。

NHKに限らず民放各社も、節電努力をしている事業所を取り上げて、節電ム-ドを煽っているが、キャスタ-やアナウンサ-からは必ず『事業所は凄い努力をしていますが、大事なのは家庭への周知と協力ですね・・・』という言葉が出る。

私には、このような番組構成は『節電してければ停電するぞ』という脅しに思えてならない。さらにその裏には国民に『原発がなければこんなに電力が足りなくなる』という意識を植えつけるための方策のようにも思えるが・・・。

何度も述べているが、私の省エネ生活もなかなかのもの。テレビは朝夕のニュ-スと興味のある特集番組だけ(その変わり、ネットで情報を得るために一日平均5時間ほどはコンピュ-タは動かしているが)である。エアコンは一応居間と私の仕事部屋に着けているが、動かすのは年に10日あるかないか。しかもその設定温度は、真夏でも30℃。俄には信じてもらえないかもしれないが。

冬場は火鉢の炭火と石油ヒ-タ-だが、こちらの設定温度も20℃にしているから、人さまよりも石油の消費量は少ないと確信している。こんな私のような者にも、一律15%と強制されたら、15%だけ留守にするしかないと思っている。

ところで、今回の大震災と原発事故の影響で、今年の就職戦線は大混乱に陥っているという。大手企業を中心に選考を先送りしており、学生たちはこれからが就職活動の山場を迎えているとのこと、生まれた年がほんの数年違うだけで、ここまで影響される学生たちは運の悪さを嘆いているのではないだろうか。中には親を恨む不届き者も出てくるのではと気がかり。

就職活動といえばまず思い浮かぶのはリクル-トス-ツと言われる服装である。何もそこまで決まりはないだろうと思うのだが、色が黒か紺と決まったス-ツが定番。これからの暑さに加え、節電の影響で暑くなることは確実な面接会場でも、この姿を通さなければならないのだろうか・・・。なんとして上げたい者である。

そんな中、学生にクールビズでの面接を呼びかける企業が出始めているそうだ。ソニ-や富士通は『リクルートスーツをご用意いただく必要はありません』と告知したそうで面接官もクールビズで臨むらしい。

しかし、学生(一般国民も同じだろうが)は他人と違うことに対して『マイナス』という心理になるらしく、ク-ルビズな服装には抵抗があり、なかなか『ク-ルビズ』が徹底しないようだ。

そんな風潮を見て『ク-ルビズス-ツ』なる服装を提案する会社が出始めたという。ある衣料品の販売会社は、女子学生向きに手軽に洗える素材で、裾が巻き上げられるスラックスや7分丈の短パンなどを『ク-ルビズス-ツ』と名付けて、学生に提案しているとのこと。もしこれが受け入れられて流行ると仮定して考えてみると、気分的には少しは涼しくなるだろうが、たかだか夏用の『リクル-トス-ツ』を作る発想。

どちらにしても、採用する側はク-ルビズでも、採用される側はかしこまった服装という図式は変わらない。時に出入りするある官庁では役職はノ-ネクタイが多いが、職階が下がるにつれてネクタイ姿が増えていく傾向がある。

もっとも、冷房が効いた室内ではネクタイをしてもしなくても変わらないだろうに、これがわが国の現状。政治が変わらないはずである。(田舎親父)

2011年5月27日 (金)

今度は『君が代斉唱』時の声量が・・・

 先日、大阪府知事が『君が代斉唱』時に起立しない教員をクビにするということに対して疑問を投げかけたが、知事が率いる『大阪維新の会』という府議集団が5月府議会で成立をめざす『君が代条例』案を議長に提出したとのこと。どうしても拘っているらしい。

極めてマイナ-な私のぼけ防止のための文章にも、何通か『組織の一員なら、その組織の決定に従うのが当たり前』という意見が寄せられている。この方たち(国民の多くも同じかもしれないが)は,どうやら君が代斉唱時の起立と、勤務時間に遅刻することと一緒の次元で考えているのではなかろうか。

 知事は『起立しないのは府民への挑戦』と決めつけて、違反した教員を処分する条例案も9月議会に提出するというから、これは恐ろしいことになりそうだ。

十数年前に、議論を深めたとは思えないが、当時の自民党政権は『国旗・国歌法』を数の力で成立させた。このことはかなり関心があって、経緯を見守っていたが、当時の官房長官は、確か『強制的ではなく、自然に歌えるような雰囲気を作ることか』という意味の発言をしていたと記憶に残っている。

 学校に置いて卒業式や入学式などの式典を厳粛に運営することには異論はない。進行を妨害することは許されない行為であるが、条例で『厳粛な雰囲気をつくり出す』こととは 教育の場には相応しくなく、むしろ『殺伐とした厳粛』にさせるだけではないだろうか。

どうやらこの知事は、自分に楯突く奴は徹底して目の前から姿を消してしまわなければ気がすまない性質のようだ。私はテレビのバラエティ番組は絶対といって良いほど見ない人間なので、彼がこの種の番組に人気弁護士として出演している映像は見たことはないが、ラフな姿で権力には徹底して戦うと発言していたそうだから、知事になったとたん今度は権力の権化に変身したとしか思えない。

 それにしても、自分の意に沿わないものは消してしまえ・・・というやり方は許し難いが、これは大阪の人たちの良識が許さないだろうと期待するしかない。

権力とはこんなもの。人間の性でこれは何時の時代にもあったことで、仕方ないだろうとなのだろうが、今回の東京都町田市の教育委員会が、児童生徒が歌う『君が代』の声量が足りないから、もっと大声で歌わせろという通達を出したとのことは、ピントがすれているというより、何かトンデモない思想が身近にまで蔓延してきたように思えてしまうのは私だけではないと信じたい。

信じられないが、マスコミ報道の、今春の卒業式・入学式で児童・生徒が校歌などと同じ声量で国歌『君が代』を歌うことができるよう、事前に指導することを定めた通知文を市内約60の小中学校長に送ったという記事には愕然とする。

都教委は昨年の卒業・入学式で『国歌斉唱』の際に起立しなかった教員らを200人以上処分したと報じられているが、児童・生徒の声の大きさまでは指示したことはなく、式場で起立しない教員を監視するために派遣された都の指導主事たちからもこんな意見は過去に例がないのではないだろうかい。

この通知は昨年12月に出されたらしい。卒業式・入学式の重点項目として、『国旗及び国歌について十分な事前指導を行う』とあり、特に、『国歌については、ほかの式歌と同様の声量で歌うことができるよう指導する』としているのだそうだ。そしてさらに、1月から3月までの国歌の事前指導の計画書や、式当日の実施状況の報告書を提出しろと校長に指示しているというから徹底している。
 町田市教委によると、昨年4月の定例会で、教育委員の一人から『式場で国歌の声が小さい。きちっと歌わせてほしい』と要望があったことがきっかけだというが、この教育委員は、歌はただ大声が何より大切だとでも思っているようだ。

大声で『君が代』を歌えば、厳粛な雰囲気が出るとは思えでず、むしろ逆のような気がするが・・・・。(田舎親父)

2011年5月26日 (木)

仮設住宅は倒壊した学校などの跡地へ・・・

 東日本大震災で行方不明者の数が約1カ月で半分に減少しているという記事に、それほど遺体として見つかったのだろうか?と、何となく違和感を覚える。

記事によると、あまりにも甚大な被害のため、当初、集計が混乱して実際以上に多くなったのは、震災直後は大混乱で役所や警察昨日がマヒしていたので、複数の親族などから行方不明と届け出があった人をカウントしていたのだという。

最近になって、集計のための人的配分か可能になり、しかも義援金の受付申請などの登録が行き渡って(その割には義援金が届いていないようだが)正確な人数が判明し始めたことでかなり正確な人数が把握出来るようになり、一事は1万7000人にも及んだ行方不明者が、現在は8千人台になったのだそうだが、それにしても物凄い数である。

しかも、市街地の7割以上が津波被害を受け、死者が3千人を超えた宮城県石巻市は届け出を基に不明者を2770人としたまま4月4日から更新を止めているという。担当者に言わせると『本来なら一軒一軒訪ねて調査すべきだが、人員が足りない。復旧作業で精いっぱいだ』とのことだから、実数は全くつかめていないようだ。

石巻市まではいかないまでも、いまだに正確な数をつかめていない自治体もあるだろうから、この8千人台という数値そのものははなはだ頼りない。また、原発近くの地域では住民票がなくなって住民の実数そのものが曖昧だとなると、死者や行方不明の人数を確認出来るのははるか先になるのではないだろうか。

まして、1号機のメルトダウンを認め、2号機も3号機(恐らく4号機)も安定させることすら難しいとなると、(考えたくないが)爆発も視野に入れておかないと・・・。そんな事態になれば、原発付近の地域の行方不明者数は永久につかめない事態になってしまうのではないだろうか。
 ところで、未だに避難所で生活している人が11万人という。毎日のようにテレビに避難所の様子が映し出されているが、ダンボ-ルで囲んだ狭い空間での生活ではプライバシ-など皆無。ストレスはたまる一方の限界状態の生活環境で2ケ月以上も生活を余儀なくされている人々の心情は察して余りある。

その人たちはもちろん、被災地以外に避難している人の数も多いだろうから、一日でも早い仮設住宅の建設が急がれるが、これがまた曖昧模糊としているらしいから全員が仮設住宅に入れる日は一体いつになるのだろう。

先日、政府が仮設住宅の全戸完成に向けた工程表を公表したが、お盆までに完成させるとする住宅の数は、岩手1万4000戸、福島が1万5200戸となっている。宮城は石巻市の場合と同じように、行方不明者の実数さえ完全につかみきれない自治体もあって、必要な仮設住宅の数さえ不明だというから、この工程表ははなはだ頼りない。

しかも、仮設住宅を建てる土地の確保ができていないというから、どこに住宅を建てるというのだろ。それ以前に、避難所で生活している人だけで11万人となると、単純に計算してもこの程度の戸数で足りるわけはない。

地震のメカニックはかなり解明されているという。全くの素人考えてあるが、今までの例からみて、強い余震はあるものの、今回のような大地震と大津波は、少なくとも数十年はこないと考えてよいのではないだろうか。

この前提が間違っているかもしれないが、倒壊したり流された学校などの公共の敷地に、集中して仮設住宅を建てて、数年間の期限を区切って生活保証をし、その間に、住民の意見を聞いて環境を整えるという考え方を持つ方が復興ははやいのではないだろうか。

仮設住宅の建設用地の条件は今回のような規模の津波がきても安全な場所へとのことらしいが、数十年間は起きないことは歴史が証明していると考えれば、こんな考えをしてもよいと思いたい。

それより心配なのは、原発が再度爆発でもしたら、宮城や岩手でも住めなくなる事態になることだが・・・。(田舎親父)

2011年5月25日 (水)

『福島を・・・』との言葉の裏には・・・

『フクシマを元気づけよう』ということには異論は無い。しかし、単に『風評被害』という便利な言葉を安易につかって『安全な福島産の野菜を食べよう』というイベントが各地で流行っているらしいが、『これって何か変では・・・』と疑問を持っているのは私が単にへそ曲がりなのだろうか。

このイベントの主催者たちは口をそろえて『被災者を支援するためにやっていること』と語り、集まる人たちは例外なく『安全な食品だというから』『これらを購入することによって福島の人たちに役立ちたい』と言って、それらを争うように買い求める。

そして数時間で統べ的野菜や果物、乳製品など全て完売。一見、美しい互助精神のように映るが、首都圏の野菜からも放射性のヨウ素やセシウムという有害な物質が検出されているのだから、福島県の野菜から検出されない訳はない。牧草からも高濃度の奉伺個性物質が検出されているのだから、乳製品は当然だろう・・・。

どこかの役所が計った数値(正しく計測していないか、検出された数値が国が勝手に決めた基準値以下なので『検出しなかった』という誤魔化しで『安全』と言っているだけのように思えるが)をそのまま鵜呑みにして、農民が無理に『安全』思い込んでいるのではないだろうか。

先日は、中国首相や韓国の大統領までもが、同じようにイチゴ(だったか)をぱくついている映像が流れていたが、彼らが食べた量はほんの少し、体内に入る放射能はそれこめ人体に全く影響しない値だろう。しかも、すぐに別室に引き上げて、そのほんの少しの放射能さえ除染する薬剤を飲んでいるだろうと想像している。

首脳たちが、あたかも美味しそうに食べている映像に騙されて、本当に安全だと思い込ませる。最近やたらに口にする国の首脳が多くなったのも世界的な傾向ではと思ってしまうが・・・。

気持ち的には福島県の農産物を売りたいことは十分程理解できる。国の安全基準値を下回っているのだから安心だと言いたい気持ちも十分理解できるが、それならば、会場に簡易なもので良いから『ガイガ-カウンタ-』を持ち込んで、客の目の前で『このホウレンソウのセシウムは300ベクレルだから安全です』と、数値を示して、消費者の判断の根拠にするべきではないだろうか。

そんな『計測器が入手できない』という声が聞こえてきそうだが、各国から原発が爆発した直後から大量の計測器が届けられているのに、そのほとんど(全部ではなかろうか)がそのまま放置されていることが明らかになっているのだから、安全を信じる前に計器を配れという声を上げるべき。

放置しているのは、自治体などに配布して、各地で測定され、本当の数字を国民が知ることになっては、今までのウソがばれるからと恐れているのにちがいなかろう。先日の社民党のフクシマ党首の質問に、配ったか確認していないが配布先は決まっていると答弁していたが、そのほとんどが東電だというもの変な話。泥棒に他人のカネを渡して逃がしているようなものだろう。
 それはともかく、生産農家にとっては一生懸命作った作物が出荷できずに廃棄処分しなければならないことは死活問題。また、忍びないという気持ちは痛いほどよく分かる。これは悲劇だが、それを安全だと騙されて食べさせられる国民はもっと悲劇では。

いわき市では学校給食に福島産の野菜、牛乳を児童生徒に出しているという。何度も繰り返すが、もしも10年後、20年後、被害が出たらと考えないのだろうか。教師たちはどんな気持ちで子どもたちに給食を食べさせているのだろう。

本来は、それらの農作物全てを、国が東電に買い取らせればすむことなのに、政府にはこんな考えははじめからなく、とにかくできるだけ保証や補償を軽くすませたいとしか思えない。

東電が潰れるという声もあるが、これだけの大事故を起こした会社なのだから、その全ての資産を吐き出して被災者の補償をするのが大原則。その結果倒産したら、その時になって国が買い取れば良いことではないだろうか。増税論理はその後のこと。

JALはあっさりと全ての株券を紙屑にしたのに、『東電は特別な会社なので倒産させるわけにはいかない・・・』なんてことを平気で官房長官が口にする。

お人よし揃いの国民だから、時間が経てば諦めてくれるさ・・・という声か聞こえてくるように思える。(田舎親父)

2011年5月24日 (火)

時間稼ぎの恐ろしさ・・・

 誰もが恐怖と不安は気持ち的には去ってほしいと願っているだろうが、東電・政府のやっていることは、情報を隠すことによって時間稼ぎをしているだけではないかと思うほどデタラメさが目立ってきた。

しかし、時間というのは、不思議なことに、いつのまにか恐怖や不安を無意識的に追い払う力を持っているらしく、後で本当のことを知ったとしても『やっぱり・・・』と思う程度にしてしまうのが恐ろしい。

3月12日から始まった原発4基が爆発するというトンデモない事故の直後は、日本中物凄い恐怖感に襲われたものだが、政府は『いまのところ人体に影響するものではない』というセリフを繰り返して、とにかく騙し続けた結果、一応の小康状態を保っている。そして、いつのまにか圧倒的多数の国民の心理は『安全であってほしい』という言葉にすがりたくなり、『この分では何とかなりそうだ』という精神構造になっているらしい。

事実、今朝になって、2号機も3号機もメルトダウンしていたと東電が発表したとのマスコミ報道に『やっぱり』と私でもさほど驚かなくなって、政府・東電のやり方には呆れてものが言えないが、『そんなものだろう』と案外冷静に受け止めているのも時間の経過のなせる技。

それでも最近は、それでも政府の言うことは奇怪しい・・・と気づく人が多くなっているようだが、まだテレビと新聞が全ての情報源という人も少なくなく、政府の言う通りの行動しかとれないのが現実。その人たちは、政府を心から信じてはいないのだろうが、反対する気力よりも、言いなりになっていた方が精神的に楽なのだろう・・・。

この問題は明らかに人災で、国策として原発を推進してきた国、それに乗った金儲け主義の人間が操る東電という巨大企業。この両者が加害者であることはだれの目にも明らかなのだが、その加害者たちが自分たちの身の保全をはかるために、情報を隠したり、ウソをついて責任逃れ、それをマスコミが追認報道している。

しかも、全く原発の恩恵を受けていない人々にまで、その保障と賠償を少なくするために安全区域や安全基準を勝手に決めて、誤魔化しているのだからたまらない。爆発の直後に、アメリカは即刻80キロは危険と発信、フランスに至っては自国民に対して国外退去の指示を出したほどの緊急自体だったにもかかわらず、20キロの同心円をという危険地域に指定しただけで、それ以外の地域は風向きも考えないで安全だとした欺瞞。

ハワイででもプルトニウムを検出したぐらいだから、日本では至るところで検出の報告があってしかるべきなのに、計測自体をしていないというから、恐らく中部地方も含めて東日本は汚染されていると考えても良いだろうと思っている。

まして、福島では妊娠中の女性はもちろん、乳幼児から小中学生などは即刻退避するべきはずなのに、文科省は安全基準を大幅に上方に改定し、それをよりどころにした各学校ではマスクさえつけない平常の学校生活が行われているというから、西欧の各国からみたら狂ったとしか思われないのではないだろうか。

放射能というのは目に見えず、いかなる人でもその存在を直接確かめられない厄介なもの。その意味では、そもそも『安全基準』なんて無いと言っても良いのに、平気でトンデモ数値を安全基準として示しているのだから、国民の命を守るという発想はゼロ。今後身体の弱い人や、老人・乳幼児から健康被害の報告は、これでもかとばかり出るのは既定の事実だろう。
 政府はやっとモニタリングの計測値を発表しはじめたが、百葉箱での気温の計測のような共通条件はなし。本来なら地表の放射能値を計測し、それを発表しなければならないのにもかかわらず、多くの場合は、『なんとか保険センタ-』などと、あたかも国民の安全を守るような名前をつけられた建物の、しかも屋上での計測値だという。

新宿などは、NPOや個人の計測値が1時間あたり0.2とか、場合によっては2.7マイクロシ-ベルトなどとなっているにもかかわらず、ほとんど毎日0.07という数値が変わらないのは、地上18メ-トルの建物の屋上での計測だからであることは公然の秘密。

先日は社民党のフクシマ党首が質問していたが、成田の倉庫には各国から寄贈されたガイガーカウンターが2万台も眠っていることも隠し通してきたことは事実。計測器がほしいと願っている学校や自治体に配れば、直ちに計測地点が増えて、より正確な放射能汚染地図ができるはずなのに、そんなものがでてきたら誤魔化しが通用しなくなるので、必至で隠匿しているのだろう。

それでもどんどん時間が過ぎていき、政府や東電の責任を追及しなければ・・・という意欲が希薄になり、問題がぼやけていくようになっていることが不安である。(田舎親父)

2011年5月23日 (月)

まだまだ続く不公平・・・

 原発事故の放射能汚染に伴い休業させられた企業には『雇用調整助成金』という制度が適用されないとのこと。

こんな制度の存在そのものを知らなかったが、文字面から受け止める印象は、何か事情があって解雇などする場合の補償ではないかと思うのだが、国の命令で閉鎖しておきながら、補償もできないでなんてことがあるのだろうか。

 まず、この制度のことを調べてみたら、景気悪化時の解雇を防ぐため、国が企業に従業員の休業手当の一部を補助する制度で、景気が悪化して一時的に従業員を解雇せざるを得なくなった場合などに、解雇をくいとめるために、最大国が8割負担する仕組みになっているようだ。

原発事故で放射能汚染が進んだ地域なのだから、景気が悪化するどころか、それ以前の景気そのものが消えてなくなったと表現出来る事態だろうだろうに、厚労省は今回の場合は『景気の悪化』という『経済的な理由』ではないとのこと、そんな馬鹿な話があるとはにわかには信じられない。

しかし、事実だという。時代小説によく登場する悪代官でもここまで酷い判断はしないのではないと思うほど、もはやこの国には国民の苦労を全く省みない政治が蔓延しているとしか考えられない。

 一つの例が載っている。建設会社社長は『10人の従業員を何とかしてやりたいが、結局クビにするしかない』と憤っているとのことだが、記事の向こうで社長の嘆き悲しんでいる顔が思い浮かぶ。

この会社は、原発の点検工事を請け負っているとのこと。原発そのものが地震と津波、そして建屋すら吹っ飛ぶ大爆発、仕事は完全になくなったことから、ハローワークで助成金を申請しようとしたが、政府が4月21日まで屋内退避を指示していた原発30キロ圏内に会社があることを理由に断られたのだそうだ。

『本社を30キロ圏外に移せば下りるのか』と聞いたら下りるとのこと、このあたりの規定の解釈は私には全く理解出来ないが、原発という仕事場そのものが壊れてしまい働く場が消えたのだから、これを経済的な理由としなければ、他に何と表現できるのだろうか。それとも、屋内避難しないで看板を上げていた?嫌がらせなのだろうか。

中小企業主たちは怒っているそうだが今日のわが国には国に楯突く術がなく、この助成金に代わる一時的な休職でも失業手当がもらえる雇用保険の特例の利用をお願いしているのだそうだ。

現行の制度では、失業給付を受けるとその段階で一旦雇用がリセットされてしまい、従業員にとって多大な不利益になるのだそうで、なかなか踏み切れないのだそうだ。(このあたりも無知なため、よく理解出来ないが・・・)

今回の大津波は千年に一度の大天災だと言われている。原発事故も政府は『絶対に起きない』と保証していた代物だから、労働法規上は大津波と同じ千年に一度以上の災害だと規定して差し支えないと思いたい。

厚労省の『この地域は助成金よりも損害賠償で対応すべきだ』との言い分は、文章上は間違っていないように感じるが、事業主たちにとって一番大事なことは『今の金策』だということは、役人以外の人間に当たり前のことなのだが・・・。

 しかし、こんなことはマスコミにとってはゴミのような存在らしく、この報道は一度だけ。悪い想像だが、泣く泣く従業員を解雇して看板を下ろした事業所も多く出たのではないだろうか。

これもまた、あってはならない原発の負の副産物。いやだ・いやだ・・・。(田舎親父)

2011年5月22日 (日)

ここまで酷い男だったとは・・・

 一昨日の金曜日は久しぶりで都心で友人と飲んで帰宅したのが11時過ぎ。そのままパタンキュ-と寝てしまい翌日目が覚めたのが8時過ぎ。ネットからの情報を得ることなくあたためていた、誤魔化しの『こども手当て』のことを書き終わってから、ネットニュ-スの『震災翌日の原子炉海水注入 首相の一言で1時間中断』という見出しを見て目が点になった。どちらかといえば保守マスコミの代表と言われている産経新聞だったことにもびっくり。

 当時『海水注入が遅れたことが爆発の原因』と騒がれたことを思い出す。海水を注入すれば原子炉が使い物にならなくなるという理由で東電が海水注入に踏み切らなかったと報じられていたことも記憶に新しい。躊躇していた東電の本社に、アホカンが乗り込み怒鳴り散らして、海水注入をさせたという記事が生々しく蘇る。

 本文には『震災翌日の原子炉海水注入 首相の一言で1時間中断』という見出しで、予算委員会でのアホカンの写真入りで次のように内容である。(そのまま引用してみよう)

 東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発1号機に関し、3月12日に東電は原子炉への海水注入を開始したにもかかわらず菅直人首相が「聞いていない」と激怒したとの情報が入り、約1時間中断したことが20日、政界関係者らの話で分かった。

 最近になって1号機は12日午前には全炉心溶融(メルトダウン)していたとみられているが、首相の一言が被害を拡大させたとの見方が出ている。

 政府発表では3月12日午後6時、炉心冷却に向け真水に代え海水を注入するとの「首相指示」が出た。だが、政府筋によると原子力安全委員会の班目春樹委員長が首相に海水注入で再臨界が起きる可能性を指摘、いったん指示を見送った。

 ところが、東電は現場の判断で同7時4分に海水注入を始めた。これを聞いた首相が激怒したとの情報が入った。東電側は首相の意向を受けてから判断すべきだとして、同7時25分に海水注入を停止した。その後海水注入でも再臨界の問題がないことが分かった。同8時20分に再臨界を防ぐホウ酸を混ぜたうえでの注水が再開されたという。

 自民党の安倍晋三元首相は20日付のメールマガジンで「『海水注入の指示』は全くのでっち上げ」と指摘。「首相は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべき」と断じた。これに対し、枝野幸男官房長官は20日夜「安倍氏の発言が偽メール事件にならなければいいが」と牽制(けんせい)。首相周辺も「激怒はしていない。安全を確認しただけだ」と強調した。(引用終わり)

 恐らく事実だろうと確信するが、ここまで酷い男だとは思わなかった。これはいかなる犯罪者より酷すぎる。死刑に対する議論が姦しいが、この男の行為に対しては、即刻死刑囚を一等免じるぐらいの措置をしても誰も異議がないのでは・・・。

 私は長年(最近は断る理由がないので惰性になっているが)朝日新聞を購入しているので、早速紙面を探すが、このたぐいの記事はない。では他の大手の新聞は・・・と思い調べてみたら、読売と東京には同様な内容の記事があったが、毎日にはない。しかし毎日には代わりに『菅首相:G8演説で「原発継続」表明へ』という見出しの次のような記事が掲載されていた。これも、この男の支離滅裂さを表しているので記憶のために引用しておくことにしたい。

 (引用はじめ)菅直人首相が26、27日にフランス・ドービルで開かれる主要国首脳会議(G8サミット)で行うエネルギー政策に関する発言の概要が20日、分かった。東京電力福島第1原発事故を受け、太陽光や風力など再生可能エネルギーの普及を推進するなど4本柱で構成。原発の安全性を向上させたうえで継続利用する方針を示し、日本が「脱原発」に転じたとの見方を払拭(ふっしょく)する。

 発言は26日昼(日本時間同夜)のG8のワーキングランチの冒頭で行われる。4本柱は(1)原子力の安全性向上(2)再生可能エネルギーの推進(3)石油、石炭など化石燃料の二酸化炭素(CO2)排出量削減(4)省エネ・節電。特に再生可能エネルギーを基幹エネルギーに加える方針を強調する。化石燃料のCO2排出量については、日本は石炭をガス化するなど最先端の削減技術を持つため、普及を促進する。【大貫智子】(引用終わり)

 ここまでくれば言葉はない。この男が首相をしている国に生きていることの不幸が悲しい。ならば自殺したら・・・という声も聞こえる気がするが、いくら不幸だと思っても自ら命を絶つ気持ちはなく、希望を持って今しばらく生きていきたい。

 そして来年の冬至の頃におきるだろう『何か』を自分で確かめたいと思っている。(杉)

2011年5月21日 (土)

5月21日   これは実質的な増税だろう・・・

 マニヘストという言葉で、様々な国民受けする言葉を並べて、衆院選挙で『これらは国民の皆様とのお約束です・・・』と連呼し、あたかもバラ色の未来を夢見させて、政権の座についた民主党だが、その約束がどんどん反故にされていく。

次の選挙では勝ち目がないとわかってからは、その傾向はさらにひどくなる一方。しかも大震災に加えて原発事故が重なり、閣僚たちの不一致はもとより党内全体が支離滅裂状態は『その日暮らし』という言葉がぴったりする。

正確な情報を流せば、東北人特有の我慢強さと優しさから、『仕方ねえべ・・・』と諦め、怒りは内に納めて黙々と復興に努力するだろうが、人々の生活などより政権の延命に軸足を置いていることが明らかだからお先は真っ暗。人々は明日に希望がもてるわけがない。

その民主党の掲げる『子ども手当』はマニヘストの中ではトップといっても差し支えないほど重要な位置づけだったはず。

『子ども手当て』については、子育てをとっくに終えた私には遠くの世界のことと受け止めていたが、これからの社会を担うのは子どもたち、その子どもを社会全体で育てようという考え方に、(ネ-ミングには抵抗があるもが)納得。

政権交代に一票を投じたが、これが大誤算。たちまち財源問題で行き詰まってしまう。確か去年は半額を配ったはずだと記憶しているが、参院選で大敗北して過半数に届かず、法案そのものが骨抜きに。というより、どこかにすっ飛んだ感じ。

それでも『子ども手当て』という言葉は変えたくないらしく、何とか法案をお通しください・・・と、半額という最低限の支給額も諦めて、自民党などの言うままになっているから、情けないというより哀れさえ感じる。

マスコミの報道では、民主、自民、公明の3党は子ども手当の見直しで合意したとのことで、9月までの分は月額1万3000円を支給することになっているが、10月以降は、未定なのだそうだ。自民と公明は、所得制限付きで月額1万円と主張しているというからこの線で落ち着くのではないかとの見方。これでは『子ども手当て』の精神など完全に吹っ飛ぶことは確実だろう。

民主党は『子ども手当て』の財源を確保するためなのか、(二重に優遇する措置への反対が多かったのかはわからないが)マニヘストにはうたっていなかったはずの『年少扶養控除』といわれる税制措置を廃止してしまったことは以前にも述べた。
 大震災と原発事故の被害があまりにも大きく、億単位の金額さえくすんてしまう現状では、1万3000円から1万円への減額などのあまり問題にならないのかもしれないが、子どもを持つ家庭は、この妥協案が国会を通過すると、かなり深刻な問題になるという。

普通に考えると、1万円でも配布してもらえれば助かると思いがちだが、自民党政権時でも、『年少扶養控除』に加えて、所得によって5000円から1万円と差があるが『児童手足』という制度があり、子どもを持つ家庭にはある程のガス抜き政策があったことを考えると、去年のような『お年玉』という感覚で受け取った『子ども手当て』が、下手すると『マイナス子ども手当て』なりかねないことは、経済音痴の私でも気づく。

そのことを民間のシンクタンクが試算したのだそうだ。それによると、夫婦のどちらかが給与所得者で小学生の子供が1人いる世帯については、自民党政権時の『児童手当』と同水準の所得制限(年収817万円)を設けて『子ども手当』を1万円にした場合、年収500万円までは実質的な手取りが2009年度比で年8000円増えるのだそうだ。

ところが、所得税は年収が増えるほど税率が上がるため、同控除廃止による実質増税額は膨らむ。年収約540万円世帯で手取りが年5100円減とマイナスに転じ、年収700万円では1万1700円も減るとのこと。年収がさらに上の家庭では、さらに増税になることは明らか。これは見逃がせない大問題。

年収が多いのだから仕方ないという意見もありそうだが、これでは民主党が主張してきた『社会全体で子育てを支援する』という理念すら放棄することになってしまう。 また一つ民主党に失望する要因が加わったようだ。(杉)

2011年5月20日 (金)

桑の葉も放射能汚染?(その一)・・・

 福島原発の1号機がメルトダウンしていたことを今頃になって認める政府・東電に呆れるが、今まで政府の発表をそのまま伝えていたマスコミ各社・各紙は態度を一転して、辛口の記事を掲載するようになっていることにも、なんだかなあ・・・という気持ち。

ネットのツイッタ-やブログなどを読むと、現在の原発の状況などをシビアに分析し、今後の動向などに強い緊迫感が迫って来るような文章が多いが、世の中の動きや周り人々の様子か感じるのは『原発事故は終わった・・・』と思っている国民が多いのでは、と思うほど反応が鈍いように感じるのは私だけなのだろうか。

これも原発事故から2ケ月という時の流れが関係するようだ。当初から、この事態を見越した人もいただろうが、圧倒的多くの国民は長い年月『マスコミが正義』と刷り込まれてきた歴史から、政府のいうことをそのまま『是』と信じる頭脳構造になっており、批判するより、右往左往してきたのではないだろうか。

新しい事実を出すたびに『人体には直接心配はいらない』とか『環境に影響するものではない』というコメントを繰り返し聞かされているうちに、より重要な事実に対面しても『これぐらいは・・・』という意識が働くようになってくるようだ。

1号機は原子炉も格納容器も穴が開いているというから、原子炉を水で埋めつくす、いわゆる『水葬』などできるはずがないのに、修復の工程は変えない・・・。小学生でも理解出来ることを、平気で政府・東電は繰り返し発表している。まさに『カエルの面に何とか』ということわざ通りとしか言いようがない。

さらに、曖昧な表現ではあるが2号機、3号機も(4号機も多分同じ状態だと思うが)

ほぼメルトダウンしていると認めているという。これは、原子炉そのものが爆発しなかったことが幸運だと言っても良いほど大変な事態だということは、原発に危機感を持ってさえいればその方面の知識のない私でも理解出来ること。

特に、何度も述べているが、3号機は燃料にプルトニウムをつかっているプルサ-マル運転をしていた原子炉である。この3号機が破壊されているとしたら、プルトニウムが空気中に放り出されたことは明らか。

3月30日のNHKテレビのニュ-スで、福島第一原子力発電所で、敷地内で採取した土壌を分析した結果、今回の事故に伴って放出されたとみられる微量のプルトニウムが検出されたとの報道があったが、それからまたプルトニウムは行方不明。

その時も政府と東電は『検出されたプルトニウムの濃度は国内の通常の土壌に含まれる濃度とほぼ同じレベルで、人体に影響のあるレベルではない』とのコメントは忘れもしない。普通の状態ではプルトニウムは検出されないはず・・・。(4月2日の小欄参照)
 ところで、行方不明になっていたプルトニウムが、ある食品会社(実名がないのが気になるが)が発見したというニュ-スがネットで流れた。その食品メーカーが独自に調査した結果では、福島第一原発から50キロ以上離れた水田の土から高い濃度のプルトニウムも検出されたそうだ。 真偽は定かではないが、3号機がメルトダウンとなると十分考えられる話である。

1号機から4号機までの原子炉がメルトダウンしたのは3月12日から21日の間であることは、当時建屋の爆発が続いていたことから明らか。昨日取り上げた神奈川県の足柄茶のセシウムもこの頃に降り注いだと考えられる。となると、当時の気流から読み取るかぎり、東海から東北地方一帯のあらゆる植物体の葉の表面にセシウムはじめ放射性物質が付着したと思って間違いなさそうだ。

前書きが長くなったが、今日の本題に移ろう。私は毎年蚕の卵を、蚕の先生から送っていただき育てている。今年は、まだ卵の状態だが間もなく孵化する頃(例年なら、すでにかえっているはずなのに、今年はまだ。ちょっと日数がかかり過ぎているのが気になっている)。孵化したら毎日の桑の葉集めが忙しくなるが、今年はそれ以上に桑の葉の汚染が心配になってくる。

蚕は桑の葉しか食べない。しかも、消毒液がほんの少しでも付着した桑の葉を食べても死んでしまうほど敏感な昆虫である。化学薬剤には弱い蚕が、放射能にどのような反応を示す資料は探し出せないが、人間のためだけに生を受けてきた昆虫だけに、きっと何らかの反応を示してくれるのではないだろうか。

蚕には申し訳ないが、今年はこのことにも注目して育てたいと思っている。何か変化があれば報告したい。(田舎親父)

2011年5月19日 (木)

『批判』という言葉が消える・・・

 橋下(ハシモトと読むらしいが)という、お騒がせの見本のような大阪府知事が、君が代斉唱時に起立しない教職員を『辞めさせる』のだそうだ。

この御仁を代表にいただいた『大阪維新の会』という地域政党が、府議会では大勝利したことは知っている

その勢いなのだろうが、『大阪維新の会』の府議団が、府立学校での国歌斉唱時に教職員に起立を義務づける条例案を5月議会に提案しているという。しかも、その対象を『府立学校』から『府下の公立学校』にまで広げるというから、このままでは大阪は大変な騒ぎになりそうだ。

条例では罰則規定はないらしい。しかし、府下の公立学校の人事権は大阪府教育委員会が握っているので、条例に逆らった教員の処罰は・・・は、考えるだけで恐ろしくなる。法規上、府教委の人事権は政令都市である大阪市と堺市は除かれることになっているが、これはタテマエ、市教委が楯突くことなど実際には『絶対にない』といっても過言ではない。

加えて、ハシモト知事は報道陣の取材に対し『政令市も含めて(条例の)対象にすべき。府議が議論して決めたルールに府内の教員は従うべきだ』と強調し、『起立しない教員は意地でも辞めさせる。ルールを考える』と発言しているというから、この御仁の脳の構造を調べて見たくなる。

10年ほど前から、文科省の強い方針で、全国の公立小中の入学式や卒業式には『君が代斉唱』が義務づけられた。以後、各都道府県教委は徹底しない学校に対しては、指導主事を張りつかせて、誰が君が代斉唱時に起立しないか調べさせて、その教員を人事で懲罰することが常となっていると聞く。

国会で『日の丸』が国旗、『君が代』が国歌と議決した結果だから、当然だという意見が大多数だとわかってはいるが、はたしてどこまで深く国会で議論したのかは曖昧で、当時の自民党政権の数の力で決めた結果と受け止めている。

国家にはそれを象徴する国旗があり国歌が必要だという意見は理解出来る。その国旗・国歌の元で国民は一致団結し、スポ-ツ競技に勝利し、化学の進歩を競い、経済の発展のため日々努力する。

そして国家の繁栄を追求することは何の矛盾もないが、あの忌まわしい『太平洋戦争』に、日の丸・君が代が利用された歴史を持つ日本に、無条件で日の丸・君が代を受け入れ難いこだわりことは確か。その意味で、もっと深く国旗・国歌論争はして、できれば『君が代』ではなく、(例えば、以前教育界で話題になった)誰でも口ずさめる『故郷』などの一つを国歌に採用していれば今日までこき問題を引きずることはなかっただろうに・・・。

ここまで強硬な(馘首もあるぞという)脅しでは、君が代斉唱時の不起立教員はなくなるだろうが、嫌々起立して意味があるのだろうか。以前、はじめてアメリカに出かけた機会に、松井選手の活躍を見たくなって、2日続けてヤイキ-ズスタジアムに出かけたことがある。

その時、試合前両方のベンチの選手がアメリカ国歌をシ-ンを目撃した。選手はもちろんスタンドの観衆たちのほとんどが起立し,手を胸に当てて歌っている姿に感動させられたと同時に考えさせられたことが思い出される。

アメリカ国民は国歌による『負の思い出』がない。だから、これだけ大声で周りに気を使うことなく堂々と歌えることを・・・。だが、わが国では、お上が強制しても、君が代を拒否し続ける国民がなくならないことを・・・知らねばならない。

ムリムリ起立させ、これで愛国心が高まったと思うのならそれだけのものだろうが、こんなことを権力が意図的に行うとしたら、わが国には『批判』という言葉が存在しないことになりかねない。

東電が『メルトダウンしていません』といえば、内閣が『メルトダウンしていません』と続く。マスコミか迎合し、都道府県の知事も『メルトダウンしていません』。教育委員会も『メルトダウンしていません』と学校に通達。教師たちに批判する余地はなく『メルトダウンしていません』。結局、子どもたちは『メルトダウンしていない』と思い込む。すでにこれが今のわが国の現状、そして何年か後・・・。

こんなことが大阪府民が許さないと信じたいが・・・。(田舎親父)

2011年5月18日 (水)

神奈川西部まで放射能汚染が・・・

 11日に流れた『神奈川県の南足柄市で栽培されていたお茶畑から政府の基準を上回る放射能セシウムを検出』というニュ-スには衝撃を受ける。

『足柄山の金太郎・・・』と童謡にうたわれている様に、この地域は神奈川県の西部に位置し、『足柄茶』はこのあたりで作られているお茶であるが、原発の位置関係からすると、東京や横浜よりかなり遠いはず。

汚染は同心円には広がらないことは知っているが、東京以西でまずここを直撃したことは、政府や東電が盛んに口にする言葉を借りて表現するなら『想定外』だった。

 県の発表によれば、南足柄市の生茶から1キログラム当たり550~570ベクレルの放射性セシウムを検出とのこと。セシウムの基準値は大甘に改定して500ベクレルのはずだから、これはかなり高い値である。

ヨウ素は検出されなかった(検出したとしても基準値以下はゼロにしている?)という。ヨウ素は半減期が8日だと聞いているから、生茶葉を汚染した放射能は、爆発直後の3月中旬には神奈川に広がっていたことが推定される。としたら、その時期に神奈川県内で栽培されていた農作物全部が汚染されている可能性も否定出来ない。

しかし、神奈川県ではホウレンソウやコマツナなどの葉菜類の放射能値を検査しているなどという情報はまったくない。恐らく、検査そのものをやっていないからだと推測している。

最近やっと公開された『緊急時迅速放射能影響測定システム・SPEEDI(全然スピ-ディではないが)』の3月半ばのデ-タや、原発事故直後からネットで見られるドイツ気象台の発表した風向きなどを考慮した放射能の広がりのグラフを見ると、確実に首都圏に広がっているので、恐らくこの前後の雨で地上に降り降りたのではないだろうか。

となると、関東地方のお茶のブランドである『狭山茶』も当然汚染されていると思って差し支えなさそうだ。いやそればかりか、静岡茶も例外ではないだろう。しかし、埼玉県や静岡県からは『検出した』という報告はない。

 『狭山茶』の産地のお茶生産農家らは『茶摘みの最盛期にこんな問題が起きるとは。行政が早く検査し、安全を確認してもらうしかない』と、戸惑っているとのことだが、まさに他人事ではないだろう。

 埼玉県農林部は12日に、早急に茶葉の検査をすることを決め、関係自治体とも協議を始めたと記事にあるが、その後検査をしたかどうかのニュ-スはない。生産者たちの『葉物野菜の検査で問題ないのに、お茶だけ検出されるとは思えない』という言葉は意味深。葉物では安心だからお茶も大丈夫だという心理は理解出来るが、葉物からは全く検出されていないのではなく、500ベクレルを切っているから『安心』といっているだけ。

今回の『足柄茶』での放射性セシウム検出というニュ-スで、お茶の消費者たちは静岡茶や狭山茶も危なそうだ・・・という危惧を持つにちがいなく、結果的に敬遠することもあるだろう。すると生産者は『風評被害』と大騒ぎになることは予測できる。しかし、これは『風評被害』でも何でもない。はっきりと信頼出来る検査結果の数値を発表しないからであって、全て消費者が騒ぐのが悪いというのは、すじが通らない。

埼玉県や静岡県は『風評被害』という言葉をだす前に、何月何日どの場所で採集した茶葉を県のどの機関(正確な名称が必要)で検査した結果、(例えば)『200ベクレル検出された。しかし、国の基準は500ベクレルなので安心してほしい・・・』という情報をだす必要があることが前提。それを受けて消費者(外国も含めて)が判断することであろう。

もっとも、500ベクレルそのものが信用出来ないとなると、『風評被害』という言葉そのものの発信源は『国(アホカン内閣)』だろうが・・・。

ところで、こんなニュ-スが流れると、今までは近所の農家や自家製の野菜しか食べていなない私も少し考えなければ・・・と思わないでもない。(お前の様な年寄りには関係ないよという声も聞こえてきそうだが)

家庭菜園を行い自家製の野菜を楽しんでいる人も多いはず。農薬も使わず、丹精込めて土作りして育てる野菜は安全で安心だと思ってきたが、放射能汚染には打つ手がない。そのためにもより多くの地点で計測し、それをそのまま発信してほしいものである。(田舎親父)

2011年5月17日 (火)

汚染地区から汚染地区への避難とは・・・

 一昨日の日曜日から『計画避難』という、これまた奇妙奇天烈の名前をいただいた避難行動が、原発事故で全域が計画的避難区域となった飯舘村と、一部が同区域にかかる川俣町で始まったそうで、新聞テレビが大々的に報じている。

 対象は飯舘村全域と川俣町の一部の、合わせて約7000人という大がかりなもの。妊産婦や乳幼児、園児のいる世帯を優先するというが、事故からすでに2ケ月以上過ぎた現在、放射能は十分すぎるほど体内に蓄積していることだろうから、今更一日二日早く避難させてもどうなるものではあるまいに・・・。

 しかし、そこがこすっからい政治の駆け引きらしく、あたかも『お上』は妊産婦や乳幼児などを最優先に考えているという姿勢したいらしく、盛んにこの部分を強調しているのはパフォ-マンスと表現する以外相応しい言葉はない。

 住民たちは、町や村が用意した施設へ移るのだそうだが、その避難先はいずれも福島市だということに違和感を覚えるのは私だけだろうか。

 年間の積算放射線量が20ミリシーベルトを超える可能性があるとして、政府が村を計画的避難区域にする方針を示したのは、事故後一月以上たった4月11日になってからである。

それまでは、『現在のところ放射線値は人体に影響するほどのものではないので安心してほしい』と欺き通してきたが、外国の調査やNPOや個人の計測で、この地区がとても人間が住める地域でないことが明らかになると、『計画避難地域』と名付けて、1ケ月以内で避難せよと口調が一変する。

アホカン達は以前からほとんど永久的に住める地域でないことを知っていたので、以前この小覧でも取り上げたように『数年は戻れないだろう』などと発言したのにちがいない。

住民たちは危険だということはうっすらとは知っていただろうが、福島県全体を覆っている『お上意識』に縛られて、『勝手に逃げても誰も助けてくれない』という諦めに似た心情になり、お上の指示を待っていたような気がしてならない。それはともかく、遅きに失したといえ避難が始まったことは悪いことではないが、避難先を福島市に決めた理由が不透明極まりない。

既述したが、飯館村や川俣町の一部を『計画避難地域』に指定したのは、年間の放射能積算放射線量が20ミリシーベルトを超える可能性があるからだという説明。これに対して福島市ではその数値では、屋外での活動を規制しながらも普段通りの学校生活は『児童生徒の体に影響するほどではない』との見解を教育委員会持っている地域・・・。

20ミリシ-ベルトが危険だと避難させることは当然だとしても、その避難先は子どもにもその程度の数値は、日常生活にはたいした影響がないと、普通通り(校庭使用はさすがに少ないが)学校生活を続けさせている地域とは。行政は何を考えているのか、私には全く理解出来ない。

県外に避難させるとなると膨大な予算が必要になるだろう。同時に、住民を県外に移しては雇用や税収などの面で県の利権が大きく失われることもあって、原発で公私ともに大きく潤っていた(と報じられている)サトウという県知事が国(民主党アホカン内閣)に陳情し、一番受け入れ体制が整いやすい福島市にきめたのではないだろうか。

『計画避難』というのは、指定された福島市の施設に避難すれば、村や町が面倒をみるが、それ以外の地域に避難する場合は自主避難だから、避難先などは自分で探して生計を立てなければならないそうだ。酷い話である。これでは住民は反発する意志も行動も奪われたと同じ。

とっくにメルトダウンしていたことがわかっていたにもかかわらず、最近になって1号機は『実は・・・』といい出し、2号機も3号機もほぼ間違いなくメルトダウンしていることを匂わせはじめた政府と東電。

特に3号機はプルサ-マル運転、ということはプルトニウムが飛散していることも十分考えられる。

福島市周辺の田んぼでプルトニウム検出という情報も流れはじめている。福島市に避難した飯館村や川俣町の人たちが、再び三度、避難先を変えさせるはめになるのではないだろうか。(田舎親父)

2011年5月16日 (月)

節電・節電という言葉が先走り・・・

 先日、アホカン政府は今年の夏は『15%の節電』を発表。福島原発の事故と浜岡原発の停止によって、十分な電力供給ができなくなった・・・というのがその理由。

 しかしうさん臭い。そもそも原発事故の後の『計画停電』は、まさに『原発が稼働しなければこんなに困るのだ』という圧力をかけるだけの代物。しかも、福島原発の恩恵を一番受けている都内23区やアホカン氏の地元の武蔵野市などは除外という非常に不公平な『無計画停電』であったことは、今では国民全てが知ってしまったこと。

 原発がなくても十分電力が足りていることは今では常識になっているのにもかかわらず今度は浜岡原発を止めたことによって、電力が足りないと言い出す。

かって、電電公社が独占していた電話事業を民営化したことによって、携帯がここまで広がり、しかも各社の競争によって、(外国に比べるとなお割高だそうだが)安価で上質?のサ-ビスが提供されるようになった歴史を見れば、発電と送電を別会社にして、はつでんの自由化と送電線を競合で使えるようにしたら、電力不足はもとより電力料金も安くなることは明らか。

ところが膨大な利権が広がり、政治屋の多くが電力会社と癒着しているらしく、決して発電・送電を別個という発想を話題に乗せない。それどころか、夏場の電力が足りないとマスコミを使っての大キャンペ-ンをはる始末。

大新聞やNHKはじめテレビは、ウソは言わないとすりこまれている国民の多くは、この作戦にまんまと乗せられ『節電』をしなければ、停電があると思い込まされているので『節電・節電』の大合唱になっている。

 確かに、現在のエネルギ-の浪費は目に余るものがある。真夏にもかかわらずス-ツでネクタイ姿で仕事するためにエアコンの設定温度を22℃にし、あまりにも冷え過ぎているものだから、膝当てやスカ-フをしている女性の姿などの映像を目にするが、これなどは異常も異常、『節電』以前の問題である。

 マスコミはご丁寧にも『これだけ行えば何%の節電』という数値を示し、『節電』を実行しないのは(非国民とは表現しないが)犯罪者のような雰囲気をつくり出している。

 その指標によれば、エアコンの設定温度を28℃にすれば50%の節電になるのだそうだが、これは私にとってあまりにも低すぎるバ-の高さ。

私の住む横浜の片田舎は幸いなことにまだ緑が豊富である。駅まで40分という不便さを除いては、住環境として申し分なく、エアコンを入れるのは年に数日。しかも私自身暑さに強い体質、設定温度を30℃にしても寒く感じるぐらいだから、すでに人より80%程度の節電をしていると思っているので、『節電』などという言葉は縁が遠い。

 しかし、都会で暮らす人たちは、夜でもエアコンをつけっぱなしでいなければ寝られないと聞く。到底エアコンなしでは生活は無理だろうが、ここまで『節電』キャンペ-ンが広がってしまったら、指標通り(例えば)設定温度を上げるなどはやらざるを得なくなるのではないだろうか。

まあそれで節電意識が広まり、政府や東電の『停電させるぞ・・・』の脅しがなくなり、人々との生活でエネルギ-の浪費が少しでも改まれば、文句はないが・・・。

 ところで、私が毎日さわりだけ読んでいる東京新聞の『こちら特報部』という、なかなか面白い辛口の記事を署名入りで書いているコ-ナ-がある。記事の全ては新聞を講読して読んでくれ、というのもなかなか面白い手法だが、はじめの数行はネットで見られる。この部分だけで大意は読み取れるのでお勧めしたい。

5月12日のこの欄に『東電また情報操作 「電力不足キャンペーン」にモノ申す』という記事を見つけたので引用してみたくなった。(引用はじめ)
 中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止決定を機に、またぞろ「電力不足キャンペーン」が始まった。中電による電力融通の打ち切りが理由のようだが、「こちら特報部」の調べでは、被災した東京電力広野火力発電所(福島県広野町)が七月中旬にも全面復旧する。そうなれば真夏のピーク時も電力は不足しない。国民を欺くような情報操作の裏には、なおも原発に固執する政府や電力会社の姿勢が垣間見える。 (佐藤圭)(引用終わり)

さらに、14日の社説では『夏の節電 見逃せぬ東電の不誠実』と題して、東電の情報公開は誠実さを欠いていると厳しい指摘。佐藤という記者と東京新聞にエ―ルを送ると同時に、東京新聞はぜひこの姿勢を続けてほしいと願う。(田舎親父)



2011年5月15日 (日)

かたや0.4 こなた1.6・・・

 福島第1原発から20キロ圏内の警戒区域への一時帰宅が10日、河内村で始まったとのこと。この日の夕方のテレビ画面は、55世帯、95人がバスに乗り込んで我が家に向かう姿を映し出していた。

 物々しい防御服を着込んだ上にガイガ-カウンタ-を持たされて、放射能とにらめっこをしながらの一時帰宅だが、自宅に滞在出来る時間はたったの2時間、はたしてそんな短時間で何ができるのかと心配が先にたつ。

放射能の広がりは同心円でなく、汚染地域は北西から南東に向かう細長いいびつな楕円形状になっていることは、マスコミの代表である大新聞でさえ図を示して明らかにしている。

にもかかわらず、政府は同心円の広がりにこだわり、同心円からはみ出して数値の高い飯館村などを特別扱いにして『計画避難地域』などとわけなのわからない表現で誤魔化しているのは、そうしなければ具合が悪い何かがあるのだろう。
 川内村は比較的放射能値が低い地域である。マスコミ報道では一事帰宅を川内村から始めた理由は、避難世帯数が少ないからだと報じていたが、本当の理由は、まずは被曝が少ない地域からという思惑からではないだろうか・・・。政府のこれまでのやり方を見ると、全てアリバイ作りの小手先で誤魔化そうという姿勢を感じるからである。

どのぐらいの放射能値なのだろう。10日の時点で文科省が発表しているデ-タを調べたら川内村の数量は、毎時0.4マイクロシ-ベルトだとのこと。後で知ったのだが、この日一時帰宅する住民には『被曝しても文句は言いません』という意味にもとれる誓約書を書かせた(拒否した人もいたようだが)というから、川内村を選んだのは、少ないことを見越したから・・・。なるほど『これか』と思い当たる。

放射能値のデ-タが地表からどのぐらいの高さで計っているのか、個々の地点の状態の説明はない。一説によると、新宿の計測地点では、地表から18メ-トルとのことだが、新宿の数値がほとんど毎日0.07マイクロシ-ベルトと変わらないところから、もっと高い場所で測定しているのではないかという疑念も、あながち噂だけではなさそうだ。

新宿の数値はともかく、誓約書の目的がアリバイ作りだろうという私の推測を確かめるために10日の福島市の数値を調べてみると、何と毎時1.6マイクロシ-ベルトという数字を見て我が目を疑ってしまう。

福島市の小・中学校では、毎時3.8枚マイイクロシ-ベルトまでは安全だとの基準が示されているから、この日は、子どもたちは嬉々として校庭で遊んでいたのではないだろうか・・・。やはり、まず安全なところで誓約書を書かせて、順番に危険なところに持っていく。そこで被曝が明らかになったとしても『自己責任』という筋書き・・・。何ともこすっからいやり方である。

物々しい防御服を着せられて、たった2時間しか自宅に存在することを許されない川内村が0.4。防御服など一切なく、校庭で遊ばせている福島市は1.6。

このことは、2時間でも帰宅出来ると喜んでいる川内村の村民には伝えられていない事は確実。いや、絶対に国民に知られてはならないと言論統制が徹底されているはず。

これをアリバイ作りのガス抜きだという以外表現のしようがない。0.4マイクロシ-ベルトという値が安全かどうかは別問題にしても、子どもたちを戸外で遊ばせている福島市民からみたら、川内町の年寄りたちが平時の生活は差し支えなさそうだが・・・。

この数値と誓約書これで私の言いたい事は尽きている。(田舎親父)

2011年5月14日 (土)

放射能は体に良い?とは・・・

 文科省が『年間20ミリシ-ベルトまでは安全』という基準について、 原子力の専門家でアホカン氏自らが招請し内閣官房参与という職につけた、小佐古東大教授が『とんでもなく高い数値で、容認したら私の学者生命は終わり』と涙ながらに記者会見で語る姿は感動的だった。

 後で知ったが、この教授は御用学者と言われるタイプで、原発容認の考え方を持っている人物のようだが、その立場の方でさえ『学者としての良心に恥じる』として、年間20ミリシ-ベルトという放射能値を認められないと言わせしめるほど、この数値が無茶苦茶なものであることは、私のような無学な人間にでも伝わって来る。

 この辞任会見を受けて、ウソツキ長官は『誤解に基づいている(どんな誤解かも示さずだが)』とまともに論理で対応せず(できず)、しかも『20ミリシ-ベルトに近い被曝をすることは想定していない。相当大幅に下回るという見通しのもとで文科省は指針を示している』と、現実を無視した発言で、文科省の指針を正当化し、あっさりと辞表を受理・・・。

 場面は一転する。『危険だと断言したら避難させなければなりませんよ。(記者に向かって)貴方たち、福島の人たちをどこに避難させるのですか。ないでしょう。だから耐えてもらうしかないのです・・』私にはそう聞こえた。

発言したのは、福島県の健康アドバイザ-に招聘された長崎大学の教授だという山下某である。この人物は放射線の権威だとのことだが、科学者としての良心はすっかり悪魔に売り渡し、行政(多分知事だろうが)を代弁する立場になりきっている。

このアドバイザ-は県民を集めた講演会で『少しの量の放射能は体に良い』と発言。『年間20ミリシ-ベルト程度の放射能は、浴びてもなんともない』と語り県民を混乱させているというから、県民を放射能不感症にするために県から報酬を得ているとしか思えない。

こんな人物でも『県(知事)』が招請したとなると、お上意識の強い福島県民にとっては、よりどころとしたくなるらしく、大丈夫だと思ってしまう人も多いのが気がかり。首都圏でさえも、通常よりかなり高い放射能値を計測していることに心配しているのに、まして数十倍もの高い放射能値の福島県の住民がこの程度の認識では、20年後30年後のこの地では悲惨な光景が広がっているのではないだろうか。

話は少し飛躍するが、今回の原発事故を受け、放射線影響研究所(放影研・広島市や長崎市の関係諸機関)などでつくる『放射線影響研究機関協議会』という組織が、周辺住民の健康検査について、検査する住民を約15万人、検査期間は30年以上とする方針を決めたとの報道に注目している。

 この協議会は『福島県立医大』を新たなメンバーに加えており、原発から30キロ圏内や、計画的避難区域に指定された飯舘村、川俣町など大気中の放射線量が高い地域の全住民を対象に、大規模調査で精度を高め、健康に対する住民の不安を解消するとともに疫学的調査にも利用するという。

協議会の理事は『住民の不安を取り除くことが最優先。早期に態勢を整え、知識や経験を役立てたい』と語っているそうだが、私には、『福島県立医科大学』が検査を担当することと、先日の入学式での学長の『放射線学の充実』という言葉が重なり、福島県民全体を対象にした壮大な人体実験健のように思えてならない。

そういえば、山下某は新入生たちに『原発事故という重大な局面を経験した君たちの周りには・・・』という、『実験材料には事欠かない』と捉えられるような意味の発言をしたとの情報も聞こえてきているのも、辻褄としてあっている。

すでに、4月下旬に福島県立医大の関係者が放影研の施設を視察し、協議会が福島県立医大の加盟を承認したのだそうだ。今後は福島県立医大と福島県が中心になって住民の健康管理を行い、協議会に加盟する放影研と環境科学技術研究所(青森県六ケ所村)、放射線医学総合研究所(千葉市)、京都大、広島大、長崎大の6機関がサポートすることも決定済みらしい。

健康被害が出る事を前提とした研究よりも、被害が出ないように最善を尽くすことが科学者というより人間としての最低限の良心であるはず。

ならば、異常が出る確率が高い環境で生活させるよりも、まず避難させることが、いかに大切かは考えなくてもわかることだろうに・・・。(田舎親父)

2011年5月13日 (金)

『歩足したちもやっていました』と言えばすむ事では・・・

 やっと東電は1号機がメルトダウンしていることを認めたらしく、今朝マスコミは一斉にこの事を報じている。ただ、2ケ月過ぎた現在、自分でも原発報道に慣れてしまい、やっぱり・・・という程度になっていることに驚く。

これでは、東電が予定している1号機を『水棺』にするというシナリオは到底無理だろう。『来年早々には帰宅出来る』なんて全くの気休め。これでは近い将来にでもとても汚染地帯に戻る事は無理だろう。

原発事故絡みの興味深い情報が次々と入って、なかなか話題を他に持っていけない雰囲気があるが、今日は(あまりにも事件や事故が多すぎて)ほとんど騒がれなくなっている相撲協会の八百長問題を取り上げてみよう。

大相撲の『技量審査場所』という変なネ-ミングの場所が8日の日曜日から始まっている。翌日の東京新聞にはこんな記事が掲載されていた。

(引用はじめ)大相撲の八百長問題の影響で夏場所に代わって一般に無料公開される技量審査場所が8日、東京・両国国技館で初日を迎えた。約1万1千席の客席はほぼ埋まった。 

 事前に抽選などで入場券が配られ、当日券は2階椅子席に限り1千席分が用意された。午前8時に配布が始まり、同10時前になくなった。東日本大震災の被災者も宮城、福島から招かれた。

 技量審査場所は通常開催を目指す7月の名古屋場所の番付を編成するために開催。協会内部の行事のため優勝や三賞はあるが、賜杯や外部表彰、懸賞はすべて辞退した。NHKは中継を見送った。

 放駒理事長(元大関魁傑)は協会あいさつで八百長問題に触れ『今後、根絶と再発防止に取り組み、全力で生まれ変わった日本相撲協会を目指す』と誓った。(引用終わり)

 今日ははや6日目。無料で入場出来るとあって、連日国技館は賑わっているらしい。相撲協会の幹部たちは、何とか元の姿に戻さないと自分たちの生活が危ないと思っているらしく、ここまでやるか・・・と思われるほどの八百長対策パフォ-マンスに違和感を覚えるのは私だけではないだろう。

 実際に、まだ続いているのか確認していないが、初日のテレビで親方たちが場所入りして来る力士の携帯を預かっている姿を映し出していた。3月の大学入試の会場でもこれと同じような光景があったことを思い出す。

 仕度部屋には監察委員と称する親方が控えて、力士たちに不審な行動がないか目を配っているのだそうだが、この親方自身、かって八百長経験がないとはっきり断言出来るかというと怪しいもの。

 土俵にも5台の監視カメラが仕掛けられて、別室で監査委員の親方たちが、力士がガチンコ勝負をしているか監視しているとのことだが、なんだかなぁ・・・と思ってしまう。この技量審査場所は、マスコミの目があって緊張した表情には、真剣さも感じられるが、はたしてこのままずっとこんな監視体制が続けて行けるとは思えない。

 私は、そもそも大相撲は『興行』だと捉えている。要は人気商売。人を集めてナンボの世界であり、そのためには話題作りは欠かせないものである。協会がありとあらゆる手を使って人集めをしていた(いる)ことは公然の秘密。その中に八百長も数多くあっだろうに・・・。

 興行を維持するためには、人気者が必要。その人気者に対してヒ-ル役の存在もいなければ盛り上がらない。その意味では、大相撲もプロレスも本質的に同じである。ところが、これもマスコミの影響だろうが、大相撲は『国技』であって、勝負に対しては真剣さが必要だということが通説になっている。

真剣さが必要なことは否定しないが、興行を成功するためには『筋書き』がなければならず、この筋書きが、過去にも『八百長』という姿になって現れていたことは、疑いのないところではないだろうか。

週刊誌が何度もこの八百長問題を取り上げ、裁判にまで発展したことは知っている。その度に相撲協会は『八百長は存在しない』と逃げきってきたが、今回ばかりは力士からのたれ込みがあって警察が動き出したという経緯があり、相撲協会幹部たちは大慌てで力士から事情聴取をして、怪しげな力士を解雇や引退勧告でこの問題を収めたいのだろうが、はたしてうまく納まるのだろうか・・・。

たかだか、大相撲などは、国民(特に年寄りたち)の数少ない娯楽の一つ。ほとんどの国民(年寄りたち)は『八百長だと思ってもこれも一興』と割り切っているのでと想像している。が・・・。

八百長も協会ぐるみなら『是』で、個人の力士がやるのは『非』が相撲界の決まりのようだ。おっと、これは相撲界に限らず、日本古来の風習かもしれないが・・・。

一部の力士をトカゲの尻尾を切るがごとくのいい加減な自浄策で誤魔化すのではなく、『過去に八百長がありました』と正直に告白し、『今後は個人的な八百長はなくしていきますので、厳しく見積もってください』と頭を下げればすむ程度の問題のような気がするが・・・。(田舎親父)

2011年5月12日 (木)

小泉俊明という民主党国会議員に注目・・・

 10日の夕刻のネットの産経で『福島第1原発事故を受けて、衆院茨城3区選出の小泉俊明国土交通政務官が9日、選挙区内で独自に放射線量を測定した結果を複数の学校に報告、取手市などでは市教委には連絡がなく、学校から相談を受けた市教委は困惑している』というニュ-スを知る。

小泉と聞く誰もがとあのコイズミを連想するが、無関係の民主党の議員である。政治音痴の私にはもちろんはじめて聞く名前。何のために計測したのかもわからないが、自分の選挙区における放射能の値に興味を持ち、実際に自分で測定するという行動力とその結果に危機感を持ち、選挙区の学校に知らせたという内容は無条件に評価したい。

一般の人間が(例えば私が計測器を入手できたとして)役所や学校の前などで計測していたらたちまち不審者扱いされて、下手すると警察のご厄介になることも考えられるが、国会議員が堂々とカメラの前で計測してもその心配はないことだけは確かだろうから、ワクワクしながら計測したのではないかと想像している。

俄然、『小泉敏明』という議員に興味がわき調べてみた。国交省の政務官だというこの御仁はかなり過激な言動で有名らしいが、そちらの方はあまり興味がないので割愛することにして、今回は放射能値の測定に関してだけを取り上げてみる事にする。

その事は、彼のホ-ムペ-ジの中の日記と題するブログに記載されていた。

測定した場所ごとに、手元に放射線の計測器を持ってカメラに納まる影像が張り付けてあるが、その映像はカットして文章だけをそのまま引用してみよう。(引用はじめ)

5/6()茨城県南9市町村の放射線量を測定しました。

56()茨城県南の9市町村(取手市・守谷市・竜ヶ崎市・牛久市・稲敷市・阿見町・利根町・河内町・美浦村)の放射線量を計りました。使用したガイガーカウンターは、堀場製作所製のPA1000。地上1メートルで1分間計測。 

 東京や水戸の3倍~5倍という異常に高い数値を記録。
 この数値を市町村長や秘書課の方に報告するとともに、父母の皆さんからの陳情に応えて茨城県内全ての小・中・高・幼稚園・保育園の放射線量を計測するため県が全市町村に測定機器の配布と計測の講習会を進めていることをお伝えしました。

11:40 【小泉俊明取手事務所前】 毎時0.483 マイクロシーベルト(μSv/h)   

年間に換算すると何と4.2ミリシーベルト(mSv)52日に計測を始めて以来最高の数値に、小さな幼児や孫を持つ事務所スタッフ一同言葉にならないほどビックリ。 

12:00 【取手市役所前】 毎時0.484μSv/h

何と年間に換算すると4.2mSvと東京の数値の約45倍。私の取手事務所前と同じ異常に高い数値に改めて緊張が走る。国際放射線防護委員会による一般公衆の年間被曝許容限度である1mSvの四倍以上もの数値です。

(ちなみに米国も同じ基準を採用していますが、英・独は0.3mSvを許容限度にしています。)

12:30 【守谷市役所前】 毎時0.503μSv/h

53日常磐道の守谷サービスエリアも高い数値(0.328μSv/h)でしたが、それよりもはるかに高い数値にスタッフとともに愕然。
年間換算4.4mSvと計測以来の最高数値を更新。本日の県南の最高値を記録しました。

14:20 【利根町役場前】 毎時0.371μSv/h

15:00 【龍ヶ崎市役所前】 毎時0.326μSv/h

15:30 【牛久市役所前】 毎時0.315μSv/h

16:40 【阿見町役場前】 毎時0.329μSv/h

17:30 美浦村役場前】 毎時0.319μSv/h

17:50 【稲敷市役所江戸崎庁舎前】 毎時0.273μSv/h

18:40 【河内町役場前】 毎時0.318μSv/h

 何よりも国民の皆さんに正確な数値を正しくお伝えするとともに、一日も早く福島原発の放射能汚染物質の飛散を止めるために、世界中の叡知を集め実行することに全力を尽くして参ります。(まだ続くが、引用はここまで・・・)

地上1メ-トルの位置でのこの数値。地表近くでは数倍の値になっている事は想像に難くない。これは彼たちが驚愕するのは当然だろう。

小泉氏は『放射能物質は未だに飛散を続けています。外出時には必ずマスクを着用するようにして下さい』「『終息まで極力小さな子供たちは外で長時間遊ばせないことをお薦めします』という文章と共に、この結果を各市町村の秘書課や学校に『放射線量計測のご報告です』と題してファクスしたのだそうだ。

 取手市教委は『あくまで文部科学省の内容に従って行動する』とのコメントは(情けないが)当然としても、小泉政務官の事務所は9日、産経新聞の取材に『本人と連絡がとれない』との部分、雲隠れしているとは思いたくないが少し気になる。

 このことでアホカン氏からお叱りを受けることは確実だろうが、こんな事で更迭したら批判されることは確実だろうから、さすがのアホカン氏でもそれはないだろう。

産経もこのあたりの内情を面白おかしく報道したら、視聴率は上がるのだろうが、そこまでの度胸もなさそうだ。もっとも、それ以前に規制がかかるのだろうが・・・。(田舎親父)

2011年5月11日 (水)

嬉しくないが、やっと悪魔の大王さまの続報・・・

 4月25日の小欄に『ストロンチウムはどこへ』という文章を掲載したが、その後はまたこの放射能の大王さまの名前は消えたまま。

いつお出ましになるのかと(ある意味)楽しみにしているのだが、(マスコミはこの名前がよほど嫌いらしく、あえて避けているのではと思っていたが)ようやく9日の新聞に久々に『ストロンチウム』という大王さまの名前を発見。

 記事には『東京電力は8日、福島第一原発の敷地内や周辺の海で4月18日に採取した土や海水から、放射性物質ストロンチウム90を初めて検出したと発表した』とある。ということは、20日間も意識的に大王さまをお隠しになったことに他ならない。

 なぜ、今月8日になって発表したのかはわからないが、今後、いろいろな組織や団体あるいは個人での計測が広がれば、恐らく大王さまの名前が日常的に出てくることは間違いないところ・・・。東電はもはや隠し通せるとは思えないと覚悟したのではないかと想像している。

 ほぼ一月前の4月12日に文科省が発表した『東京電力福島第1原発の30キロ圏外で、福島県内の土壌や植物から微量の放射性ストロンチウムを検出した』というニュ-スも、発表したのは24日だったと記憶している。東電が文科省にお伺いたけたのかもしれないが、この両者は誤魔化しと隠蔽にかけては天下一品のようだ。

4月25日の文章の繰り返しになるが、あの時の文科省はすっかりお馴染みになった『極めて少ない量で、健康に影響はない』とセリフを口にしていた。私の年代にとっては、ストロンチウムがでてきたことは、その土地には半世紀以上人は住めなくなったとことと同義語と感じたもの・・・。

マスコミはきっと大騒ぎをするだろうと(ある意味期待して)思っていたが、これが全くと言ってよいほど無反応のただ一回きりの報道。それに呼応するかのように、文科省も翌日からは一切ストロンチウムの『ス』の字も出さなくなってしまった。

『ストロンチウム』検出の前回の文科省の発表は『土壌では、空間放射線量の高かった福島県浪江町と飯館村の計3カ所を調べ、ストロンチウム89は1キログラム当たり13~260ベクレル、ストロンチウム90は同3・3~32ベクレルだった』とあったことを思い出し、今回と比べてみる。

 新聞記事が正しいとしたら、1、2号機の排気筒から南南西約500メートル地点では、ストロンチウム90が乾かした土1キロあたり『約570ベクレル』検出されたというから、前回のおよそ20倍。これは凄い値である。

前回32ベクレル検出時、文科省は繰り返すが『人体に直接影響するものではない』とお得意のフレ-ズを並べていたが、さすがに今回は封印しているようだ。

マスコミでさえ、この値について『1960年代の核実験などの影響で検出される通常の量より2けた大きい値で、原発から漏れたと考えられる』と記している。それでも東電は『作業員はマスクで吸入しないようにしており、影響はない』と一貫して信じられないような強気のコメント。東電は一体どの数値になったら人体に影響があると考えているのだろう。

 さらに今回恐ろしいことに、海水にも大王さまはもぐり込んでいたらしく、今回、同原発5、6号機の放水口北側30メートルの地点で、濃度限度の約0.26倍に相当する1リットルあたり7.7ベクレル、沖合15キロでは約0.15倍に相当する4.6ベクレルのストロンチウム90が検出されたという記事。

 『ストロンチウム』という放射能の大王さまは、自然界に存在するものではなく、悪魔に魂を売り渡した人間が作り出した原子炉の副産物であるが、海水にまで存在させてしまったことは、自然界そのものの生態系まで変化させることになりかねない。

これまた先日述べたことだが、『ストロンチウム』は半減期が約29年と長いうえ、化学的にカルシウムと似ていて、体内に入ると骨に蓄積される厄介な放射性物質。間違いなく今後、まず小魚の骨に蓄積し、それを食物連鎖のピラミットに従い、上部に位置するマグロなどの大型の魚の骨に凝縮することは確実。

資源の減少などという、単に生態系の環境問題だけでマグロなどが食卓から遠ざかるという生易しい問題ではなくなったようだ。(田舎親父)

2011年5月10日 (火)

汚染層が20センチ下がっただけ・・・

 福島県下の幼稚園や小中学校が困惑しているようだ。

文科省や県の教育委員会からは『毎時3.8マイクロシ-ベルトは安全なのだから、気にせず日常の教育活動をしなさい』と指示されているようだが、普通の神経では『はい わかりました』といえるわけはない。私もかって教育に携わった一人だから、校長はじめ教師たちの悩める胸の内、苦悩がよくわかる。

ところで、先週の土曜日は一見しただけでは雨は降っていないように感じる。しかし、外に出で、歩いてみると体全体が濡れて来ることがわかるような細かい雨が、一日中降ったり止んだしていた。その日、ツイッタ-では何人かの人もが『白いものが浮かんでいる』という書き込み・・・。

当初は、気のせいだろうと思っていたが、実際にじっくりと外を見ると、目立って風もないのに不思議に細かな雨粒が横から流れているような気がしてくる。それも一方方向からではなく、時には右から、よく見ると左から・・・。なるほど、白いものがフワフワ浮いて見えると表現してもおかしくない。書き込んでいる人たちは、その現象を放射能と関連づけているようだが、時が時だけに的外れだと断言できなくなる。

昼過ぎになって、左右にゆれる霧のような現象も納まったようなので、日課になっている散策を始めるが、目には見えないものの湿りけが服にしみ込むらしく、しばらくすると体中が重く感じるようになる。フワフワが放射能・・・とは思いたくないが、これはあまり気持ちがよいものではない。

この歳になって放射能を恐れるわけではないが、少し気になり傘をさしてみると、確実に傘の表面が濡れて来ることから、やはり目には見えないが細かな霧状の水分は流れていることがわかる。

その中で、部活の練習帰りなのだろうが、ジャ-ジ姿の女子中学生の集団とすれ違う。傘もなく楽しそうに大声でしゃべりながら行き過ぎる彼女たちは元気そのもの、うらやましくもなるが、最後尾の一人だけは傘をさしていることに、ひょっとしてこの子は放射能のことを誰かから教えられているのかも・・・と少し違和感を覚える。そして、もし、この傘をさしている子が放射能を思っての行動なら・・・とやはり放射能に結びつけてしまう自分に気づく。

福島の子ども達の中には(教師たちもであるが)放射能を気にしている子もが多いのでは。そんな子どもたちはどうしているのだろうと思うと、何としても文科省の理不尽な基準を取り下げてもらいたいものであるが、本心は仕事が面倒になることを嫌っているにちがいないが、タテマエは『今更全員避難となるとかえって混乱する』という理由で取り下げる様子もない。

そんなことを思っていた夜。ネットでのマスコミ報道の中で、文科省は放射性物質に汚染された校庭の表土を学校敷地内で処理する実験を、福島大学付属中学校・幼稚園で翌日に実施するという記事を見つけた。

 記事によると、その実験は、校庭を10メートル四方に区切り、最大20センチまで、掘り返して、放射性物質を含んだ表層の土と、下層の土とを入れ替えるのだそうだ。これはチェルノブイリ原発事故で土壌改良に効果があった工法で、汚染土の上に盛った土が、放射線を遮断する効果があるのだという。

 早速翌日には実験を始めたところ、地表の放射線量は10分の1にまで落ちたとNHKテレビのニュ-スで紹介していた。

 本当なのだろうかと疑念もわくが、実験結果から住民を納得させたいと思っている国や県は、効果があると宣伝してすぐにでも工事を始めるのではないだろうか。しかし、該当の学校や幼稚園で生活している子どもたちや保護者(教職員)にとっては、単に表面だけの土を入れ換えただけでは、汚染された土が足元にあることには変わらず、気持ちの上ではすっきりしないものがあるだろう。

年間20ミリシ-ベルトという基準値は見直さないという。今現在も放射能が土地に降り注いでいることを思うと、この土の入れ換えも一時的なもので、やがて汚染されてしまうことは誰の目にも明らか。

今回の土の入れ換えは、やらないよりはましという程度のようだ。やはり子どもの将来を考えると、言葉は乱暴になるが、一日も早く『疎開』をと、真剣に考える時がきたのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2011年5月 9日 (月)

『風評被害』という言葉が一人歩き・・・

 福島県の学校が20ミリシ-ベルトが安全という文科省の姿勢通りの方針で、子どもたちの避難など職員会議の話題にもならないらしく、そのまま学校生活を続けさせていることに、強い怒りと将来に対する不安がぬぐえない。
 このことは多くの方が語っておられるのにもかかわらず、文科省や福島県教育委員会の考え方は変わらないのだから、私のような無能の者が声を大にして叫んでみても、所詮は犬の遠吠え。虚しくなるだけだが、放射能が原因で『様々な日本産』の輸入規制が世界各国に広がっているというという。今日はこのことについて考えてみたい。
 先月末の毎日新聞に『東日本大震災:福島第1原発事故 海外で広がる食品風評被害 検査強化で安全強調』という見出しを見つけた。
 記事によると、福島第1原発事故に収束の兆しが見えない中、世界で日本産食品への逆風が強まっており、日本からの食品輸入を停止したり、放射能検査を課すなどしているのは4月28日現在で37カ国・地域となり、2週間に8カ国・地域増えたとのこと。
 国内でこれまで出荷停止や摂取制限が指示されたのはホウレンソウなど一部の葉菜類とシイタケ、牛乳、コウナゴなど。このことについては、一部の知事から基準を下げろという声もあったと言うことはすでに述べた。蛇足ながら、中には食料品に限らず、工業製品や玩具までにも証明書を要求する国もあるらしい・・・。
 出荷制限などの処置を受けた食品の対象地域は最大で福島、茨城、栃木、群馬の4県と千葉県の一部に及んだが、最近は放射性物質の数値が下がって、全ての地域でのこれらの野菜類の出荷制限は解除になったこともマスコミ報道で知っている。
 しかし、あまりにもご都合業主義の政府の方針には世界の国々は不信を抱いているらしく、例えば、中国は東京、長野、新潟などを含む12都県で生産されたあらゆる食品の輸入を停止。他の産地についても、日本政府が作成した放射能検査の適合証明書と産地証明を要求しているのだそうだ。(中国からだけは言われたくないものだと思っている人も多いのでは・・・)
 また、韓国は出荷停止指示が出た5県のホウレンソウや牛乳を輸入停止とし、1日からは宮城、東京など13都県にも全食品で放射能検査の適合証明や産地証明を添えるよう義務づけたという。
 欧州連合(EU)も中国が停止していたのと同じ12都県の全食品に放射能検査適合証明、その他の道府県には産地証明を課している。台湾は5県からの全食品の輸入を止め、他産地については台湾側で検査しているというから、ほとんどの国から放射能に対して心血質になっていることがうかがえる。当然だろうが・・・。
 農水省は、日本で出荷停止されていない品目や地域まで対象とする『過剰防衛』と位置づけて、『こんなに厳重に検査している』というところを見せるために、検査態勢を強化するなどして安全性をアピールしているらしいが、国民の中でも放射能汚染に敏感な人々も多いのだから、諸外国の方針に厳しすぎると注文をつけるとは、かえって笑われるのではないだろうか。
 政府・農水省が本当に安全だと自信を持って外国に言えるのなら、少し手間がかかるだろうが『安全証明書』を添付すれば良いこと。『安全証明書』をつけた品物が、外国検査で汚染が確認されたら大変なことになるので、国として証明書の発行は地方自治体にださせたいのだろうが、ここでも政府の責任逃れの姿勢が浮かび上がる。
 安全性に諸外国が疑問を投げかけているのは、原発事故に対しての情報を徹底的に隠した上に、事故後ほとんど同時とも言える3月18日に『暫定基準』という言葉で、大幅にその値を上げたことが原因であることはすでに指摘したこと。
 要は、『風評被害』ということ自体、政府の『情報隠し』や『基準値操作』によって生み出された副産物であって、決して諸外国のいわれのない攻撃ではない。日本全体で『風評被害』という言葉を一人歩きさせてしまっているような感じがしてならない。
 諸外国からの信頼を取り戻すためには方法は一つ。徹底した情報公開しかあり得ない。しかし、情報を隠すことに政権の延命に一縷の望みを持っている以上、今以上の情報公開は望めないようだ。
 いずれにせよ、この政権が続く限り全世界から『日本製の食料品は危ない』という、外国からみたら当たり前の風評は納まらないことだけは間違いなさそうだ・・・。(田舎親父)

2011年5月 8日 (日)

やっと浜岡が止まる・・・

 6日の夕方のニュ-スの途中に、突如アホカン氏の顔が大写しになる。気持ちが悪くなってチャンネルを消そうと思ったが、『浜岡原発を止める』というような言葉が聞こえたのでしばしテレビ画面に釘付け。

 しきりに『私の考えで』とか『私の判断で』と言う、いわゆる自分の手柄であることを吹聴する『まくらことば』がつくので聞き苦しいことはおびただしいが、浜岡原発で稼働している4・5号機を停止するように要請したことは評価できそうだ。

 このところ原発絡みの話題が多いこともあって、私も原発についての知識も多くなっているので、首相に原発停止を命じる権限はないらしいということは知っているが、一国の総理大臣が要請とはいえ『止めるように・・・』という発言は、命令に近いはず。中部電力も逆らうわけにはいかないだろう。

 これでやっと浜岡原発が止まることは確実になったことは確かだろうが、すっきりしないのは前日から、経済担当のカイエダという大臣が浜岡原発に視察に行き何やら細工をしているという報道があっことを思い出す。

 多分、この御仁は浜岡原発の敷地に立ち、周りを見渡したら、どうやら大津波でもきたらイチコロだと思ったのではないだろうか。さすがの『原発推進いのち』の男でも福島原発のことがあって、ヤバいと青くなった。そして、恐らく中部電力側と、止めるための条件で何らかの取引をしたのでは・・・と想像している。

 早速、中部電力からは『電力不足』になることをしきりに打ち出しているのは、この約束を政府が履行しやすくするための、(最近私がよく使うようになった)アリバイ作りとみて差し支えなさそうだ。

 それはさておき、カイエダ大臣はアホカン氏に報告。アホカン氏は中部電力からだされた条件をクリアするのは可能だと判断して、例のパフォ-マンスがでたという筋書きでは・・・。それにしても、アホカン氏の口からはカイエダ大臣の働きに対しての評価や慰労の言葉はないのでは、一般国民は『カイエダは何をしに浜岡に行ったのか・・・』と思うのでは。何かカイエダ氏が気の毒さえに思えて来る・・・。

 中部電力は『夏場の電力不足には計画停電も・・・』という言葉を口にしているようだが、人の命より金儲けのほうが大事だと思っている『経済界』も『東日本大震災で生じた生産の混乱が長期化・拡大する可能性がある』と呼応。『これでは企業は生産を海外に移さざるを得なくなる』などという脅迫めいた声が上がっているらしいのも、政府に圧力をかける意味では筋書き通りにちがいない。

 ところで、浜岡原発は当面止まるとしても、他の原発は大丈夫なのだろうか。福井県の敦賀原発の休止中の原子炉の再稼働の問題では、先日福井県知事は新しい『安全基準』が作られるまでは許可しないと発表したが、これもパフォ-マンスの一つで、政府からもっとカネを引き出す手段であって、稼働中の原子炉を休止するなどは念頭にないようだ。

 福井県内の原発は14基もあるという。これらの原発についてマスコミは決して報じないが、ネットを見ると、以前から何度もトラブルがあり緊急停止などは日常茶飯事だとしきりにささやかれている。なかでも悪名高い『プロトニウム』を燃料にしている『もんじゅ』という原子炉は、事故続きで稼働などは先の先、このままでもいつ暴走するか分からない代物だという声は日毎大きくなっている。

しかも何兆という巨額の費用を投入しながら、未だに1ワットの電力も供給出来ていないやっかいもの。私も取り上げたが、昨年8月に原子炉容器内に炉内中継装置が落下し、抜けなくなっている事故が起きており、福島原発より心配だという専門家も多い。その責任者の燃料環境課の男性課長が自殺しているのも気がかり。

その他、危ないと言われている原発は枚挙にいとまがないのに、それには手をつけず、とりあえず話が付いた『浜岡原発』の停止で、アホカン内閣は『国民の心配をとりのぞいた』と誤魔化し、支持率アップをねらい延命する作戦であることは間違いなさそう。

 しかし、これも福島原発が彼らのソロバン通りに納まれば、の話では・・・。(田舎親父)

2011年5月 7日 (土)

焼き肉商売の裏側には・・・

 焼き肉チェーン『えびす』の店舗で食事した高岡市と福井市のいずれも6歳の男児が、腸管出血性大腸菌『オ-・111』に感染し、死亡したというニュ-スに衝撃を受けたのは1週間程前のこと。

テレビの影像で、これらの店の窓の部分だけ赤のラインで黒塗りの平屋の建物であることに釘付けになってしまった。毎日のように通る私の散歩道『県立四季の森公園』の近くに同じ建物があることに気づくのに時間は必要なかったからである。

この建物が出現してから数カ月。それまでは建築資材置き場、その端には立派な桑の樹があったので、散歩の行き帰りにはその葉をいただいたものであるが、突然工事が始まり、桑の樹は切られてしまった。

開店に先駆けて、ずっと富山や福井のナンバ-の車が常駐していたので、きっと北陸の外食産業が入るのだろうとは予想はしていたが・・・、今回事件報道でその通り、建物が見たこともない外観だったことも納得する。

富山県の男児が死亡という記事に続いて、私が日常的にみている横浜の店でもユッケを食べた20代女性が、重症の食中毒症状を起こし、入院しているとのニュ-スに驚く。翌日になって、入院中の女性が死亡という報道に気の毒としか言いようがない。

この会社の社長は、記者会見で厚生労働省の基準で生肉を提供する際に求められている細菌検査を実施していなかったことを明らかにしたという。安全より金儲け丸出しの経営方針である。よくぞ今まで食中毒が起きなかったことのほうが不思議なぐらい・・・。

亡くなった男児二人は、相当前に仕入れられた『加熱用肉』を生のまま調理したユッケを食べて発症したというから、この会社は『ナマで出してはいけない』と知りながら出した、いわば確信犯。社長の『認識に甘さがあった』という言い訳は、東電や政府の『想定外の津波で・・・』というセリフと共通するものを感じる。東電に比べたらたいしたことないという声もあるだろうが・・・。

4日には富山の店で同じユッケを食べた40代の女性が死亡というニュ-スが流れた。『安さにつられて生肉を食べるからだ・・・』という意見も聞こえて来るが、『まさか、そんな危ないものを出すとは・・・』思わないのが一般的な心理。その意味では、被害者側住民が『原発は安全だから大丈夫』という話を信じた今回の原発事故と相通じる。

さらに、5日には富山の店で3人目に当たる70代の女性も死亡し、未だに意識不明者も数多いとのこと、こんな広域で大量の食中毒はあまり例がない。

更労省は基準で、生肉を提供する店に対し、肉のサンプルをとって細菌検査することを指導しているが、基準をクリアする肉はないという。合格する肉がないというこの基準という意味がいまいちよく理解出来ないが、そのまま受け取ると、生肉として大丈夫という肉は流通していないが、実際には生肉として流通していることを黙認している・・・ということか。

刻んだ肉を培養液に入れて大腸菌などの有無を調べるという検査方法まで示していながら、基準に合格したものがない・・・。しかも、法的な拘束力もないというから、まさにアリバイとしての基準値としか表現できない。

ここまで書いてきて、随分以前に、仲間数人でホルモン焼を食べに立ち寄った店で、何となく話が合って一緒に飲み出した人物が屠殺場の関係者と言っていたことを急に思い出す。

その彼の話では、屠殺場の利権はある組織の財源になっているとのことで、一応厚労省(だったか)の監督があるものの、それは名目上だけで実際には全てその組織の言いなりだとしきりに力説していた。彼もその組織の一員で、自分を通してくれたら上肉を安い価格で流してやるよと得意そうに話していたことも・・・。

真偽は分からないが、この『えびす』の社長は2年前を最後に検査は行っていない(はじめから行っていないというのが正しいとは思うが・・・)と話していることや、それで通用する業界だということから、焼き肉業界の裏側には、私たちが全く知らない世界があることだけは確かなようだ。

厚労省は早速、罰則ともなう食品衛生法に基づいた新規格基準検討を始めたとのコメント。しかし、東電に対してよりは多少きついシバリとなりそうだが、組織が絡んでいるとしたら、はたして実効性のある規制ができるのだろうか・・・。(田舎親父)

2011年5月 6日 (金)

ビンラディン殺害? 本当なのか・・・

 しばらく休んでいたので、話は少し古くなる。(2日の夜のことだったと思う)がテレビをつけたら、ワシントンという字幕つきの、民衆がコブシをふえ上げて大騒ぎしている様子の影像が飛び込んできた。はじめは何を言っているのか分からなかったが、よく聞くと、声をそろえて『ユウ・エス・エイ、ユウ・エス・エイ』と繰り返し叫んでいるようだ。

ビンラディン殺害を喜ぶ民衆らしいが、私のこの影像からの第一印象は『アメリカ国民も所詮この程度か』というもの。続いてオバマ大統領が正式に『わが国の軍隊が隠れ家を急襲して、ビンラディンを殺害した』と演説。なるほど、民衆が大喜びしているのはこのことから納得する・・・。

 オバマ大統領の公式な会見の影像は、どこかの国の首相が原稿棒読みにしている大違いで、自信を持って堂々と自論を主張しているのは立派と評価したい。しかし、字幕が示す内容にいまいち信憑性がないように思えたのは私だけではないはず。

 翌日、アメリカ政府の見解として示された要旨が新聞に掲載されたので、それを引用しておくと次の通りである。

○ 米国は国際テロ組織アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者を殺害した。

○ 『9・11』(米中枢同時テロ)は米国民の記憶に焼き付けられた。3千人近くの市民の命が奪われ、われわれの心に大きな穴を残した。深い悲しみに米国民は一つになった。米国は市民や友人、同盟国を守るため、アルカイダとの戦争に踏み切った。

○ 私は大統領就任後間もなく、米中央情報局(CIA)のパネッタ長官にビンラディン容疑者の殺害か拘束をアルカイダとの戦いにおいて最優先事項とするよう指示した。

○ 昨年8月にビンラディン容疑者の所在に関する有力情報の報告を受けた。先週、行動を起こすのに十分な情報を得たと判断し、作戦を承認した。

○ 本日、私の指示により少数の要員で編成した米部隊が、並外れた勇気と能力で作戦を実行した。銃撃戦の後、ビンラディン容疑者を殺害し、遺体を確保した。

○ ビンラディン容疑者は20年以上にわたってアルカイダの指導者であり象徴だった。ビンラディン容疑者の死は、アルカイダを打ち負かすためのこれまでの米国による取り組みの中で、最も重要な業績だ。(殺害で)正義が行われた。(以上)

 巧みにアメリカ国民が受けとりやすいように作られた文章である。全てのアメリカ国民にとってビンラディンが諸悪の根源であり、憎むべき敵の大将である。だから、手段を選ばす、殺害したということであろうが、遺体はない。

 銃撃の様子を大統領は要人たちとホワイトハウスの一室で、ほぼリアルタイムでつかんでいたというから、殺害が事実であったら、その瞬間に『作戦終了しました』と報告を受け、現場の状況を把握していたはず。

 なのに、その遺体など現場の状況を示す影像は一切公開せず(一部公開したとの情報もあるが)、直ちに空母によってアラビア海まで運び『水葬』したとの発表は、遺体奪回を防ぐ意味だと言われてもいま一つ納得できない・・・。しかも短時間の間に、DNA鑑定でビンラディン本人であることを確認したとのこと。あまりにも筋書きが整い過ぎている。

 4日の朝のニュ-スによると、この作戦はパキスタン政府の了承をとっていないとのことにも、そんなのありかなあ・・・と首を傾げたくなるが、アメリカの今までのやり方をみていると、相手のことなどなにも考えず、自国の利益のことだけで動いてきたことから、あるだろう。いや、あるにちがいないとも変に納得する。

むしろ、パキスタン政府が反発しているということは、パキスタン国民からの反発を避けるうえからも必要なこと。パキスタン政府の憤慨も上辺だけの『できレ-ス』と考えた方が良いのかもしれないが・・・。

 ビンラディン?の隠れ家に襲ったことは確かだろう。そして(100%本人だという断定は怪しそうだが)殺害害したということも事実だと思うが、テロとの戦いは正義だと信じ込まされているアメリカの一般国民にとって、ノ-ベル平和賞を受賞したオバマをして今回の行動をさせたことは、アメリカ世論はオバマを見直すことは間違いなさそうだ。

当然、次の大統領選挙にはオバマ陣営にとっては明るい材料となることは確実。となると、案外真相の一端はこのあたりに潜んでいるのでは・・・。(田舎親父)

2011年5月 3日 (火)

ウグイスに何か異変が・・・

 3月11日の大津波に続く原発爆発事故で、政府の対応の拙さや放射能汚染の話題が多くなり、私自身できれば視点を変えたいと思っているのだが、頭脳構造がそちらにしか向かなくなっているらしく、ついつい毎日が放射能汚染つながりの話題になってしまう。

そこで今日は(今日だけになるかもしれないが)何とか違う話題をと思い、先日来何となく気になっているウグイスの鳴き声について・・・。

横浜の片田舎では、3月になるとウグイスがにわかに元気になる。当初は、そのさえずりはぎこちなく、チャッ チャッという甲高い声だが、間もなくホ-ホケという鳴き声に変わり『今年もウグイスの季節になった・・・』と感じさせる。

そして、4月に入ると新緑にあわせたように、ホ-ホケキョというお馴染みの鳴き声が多くなり、それに続けてのケキョ・ケキョ・ケキョ・・・と、いわゆる谷渡りと言われる連続したさえずりになるのだが、今年はどうしたものか、ホ-ホケから進歩しないことになぜだろう・・・と気になっている。時にケキョ・ケキョ・ケキョ・・・は聞こえて来るが。

ウグイスは何故か人間に親しみを覚えているように感じる。古来日本人がウグイスのあのホ-ホケキョというなぎ声に親しみを持っているはずとウグイスが思い込んでいるのか(そんなことはないが)、人の姿を見ると、ホ-ホケキョとさえずりたくなるらしく、毎日の散策でも煩いほどこの声を耳にするのだが、今年はその正式な声がまだない。

昨朝はご丁寧にも寝室のすぐ横のオガタマの樹にでも止まっているらしく、まさに耳元で一段と甲高いホ-ホケの声。思わず『煩いなあ・・・』と目が醒める。時計をみたらまだ5時半『お前ねえ、もう5月はホ-ホケキョだろう。今年は何か変だよ・・・』とつぶやきながらも、しばしその声を聞いていたが、ウグイスは私が起きない気配を察知してどこかに飛び去ってしまった。

こんな文章を書くと、いかにも優雅な生活をしているように感じられるが、季節の移り変わりには敏感に反応する横浜の片田舎の生活は、ウグイスに何か異変があるのではないかと言う疑問が消えさらない。

そう思えば、3月の災害以来、例年ならめったに見ることはないツグミ(だと思うが)の姿を日常的に目にするようになっている。また、背中に白黒の横縞のあるスズメよりやや大振りの小鳥が自室の窓の目の前の栗の樹を駆け上る姿を何度も目撃。(調べているのだが、野鳥図鑑には該当する姿が見つからない)

そして、決して姿は見せないのだが、遠くから、ツ-キ-ホ-シ・ホイホイホイという独特のよく通る鳴き声は、もしかしたらサンコウチョウ?・・・。でも、片田舎と言っても住宅地に住む鳥ではないはずだと教えられたが。しかし何度も・・・。

こんなことを思っていると、昨夕、広島駅から西に4kmの市街地にイノシシが現れて20代の母親、50代の女性がかまれて軽いけがをしたのをはじめ、隣接する地区でも男女計6人が負傷したとの報道。 

 ひょっとして、獣や鳥たちが自然の異変を教えているのではないだろうかと思いたくなる。(田舎親父)

今日から、世の中は3連休。私もたまには数日頭脳休暇をとろうと思う。

2011年5月 2日 (月)

測定してみれば日本中の牧草が・・・ではないだろうか

 少し古い話になるが、先月28日の新聞に『千葉県は28日、県内2カ所の牧草から、それぞれ基準値(規制値)を超える放射性ヨウ素と放射性セシウムを検出したと発表した』という記事を読み、漫然とした不安が広がる。

特に、牧草から基準値を超える放射性物質が検出されたのは初めてとの部分。『牧草』からという言葉も無気味だが、今まで牧草が計測(最近はモニタリングというらしいが)の対象に入っていなかったのでは・・・との疑問がよぎる。

案の定今まで『牧草』は対象外だったらしく、先月26日に農林水産省が、家畜の牛に与える牧草に含まれる放射性物質の基準値を新たに設定し、東北と関東甲信地方などの16都県に調査を要請したとのことが1日の朝刊で報じられた。何なのだろう、この時間差は・・・。

記事によれば、福島第1原発事故により、大気中の放射線量が通常より高い地域で生産された牧草を定点調査するとのこと。今回千葉県が発表した地点は定点の一つだったようだ。各地の定点観測の結果が判明するのは今月半ばの見通しで、基準値を超えた牧草は使用禁止にするとのことである。

当然だろう。しかし、農水省は国内の数値は国際基準を元にして決めたとのことだが、国際的な牧草地の放射能値を知らない私には、また何からの操作で国際基準値にいくらか上乗せしたのではないかという不信感も漂う。(調べてみよう・・・)

農水省が新たに設けた牧草の放射能基準値は、乳牛が食べる牧草の基準値が、放射性セシウムが1キログラム当たり300ベクレル、放射性ヨウ素が70ベクレル。肉牛はセシウムのみで、300ベクレルなのだそうだが、放射性物質はヨウ素とセシウムだけではなく、ウランやトリウム、プルトニウム、さらに私が特に敏感に感じるストロンチウムなどもあるのに、調べるのは決まってヨウ素とセシウムだけと言うのも気になるところ。

それはさておき、今回千葉県の発表によると、市原市の施設の牧草からヨウ素230ベクレル、セシウム1110ベクレル、八街市の施設からヨウ素90ベクレル、セシウム350ベクレルが検出されたとある。

農水省の基準にさえ疑問を持っている私には、このセシウムが1110ベクレルと3倍以上になっていることに驚く。千葉県は3月下旬以降、県内の牧草を乳牛と肉牛に食べさせることを自粛しており、これまで原乳の2回の検査では、いずれも基準値を下回っていたというが、牧草が生え揃っている現在でも自粛しているのだろうかという素朴な疑問を投げかけてみたくなる。

 原発事故のご当地(不謹慎な表現だが)の福島県も牧草の測定を始めたらしく、30日になって、県内7か所全てで放射性ヨウ素、同セシウムのいずれか、または両方が農林水産省の定めた規制値を上回ったとのこと。ある意味当然だろうなという印象。

 測定は福島、二本松、田村、相馬の4市と平田、西郷、鮫川の3村とあるが、放射能値が異常に高いと言われている飯館村や浪江町などの名前がないのは何かを意識しているのだろうか。

最も濃度が高かったのは相馬市で、ヨウ素が1キロ・グラムあたり170ベクレル、セシウムが同9200ベクレルだった。原発から80kmも離れた二本松市でも580ベクレルと規制値の約2倍だから、県内全ての牧草は汚染されていると考えてもおかしくない。

福島県の担当者は『牧草の測定をしたのは今回が初めてだが3月19日に、事故後に収穫した牧草の使用自粛を農家に通達したので、それ以後は県内の牧草は使用されていないはず』と発表しているが、はたして本当なのか・・・という疑問も浮かぶ。

恐らく、今後各都県から数値の発表があると信じたいが、原発からかなり離れた千葉県でも異常に高い値がでているとなると、農水省が調査を要請した東北関東16都県全てが規制値を上まわることも予想できる。

農水省では牛の放牧や、牧草を牛に与えることを禁止する地域を近く設定する方針とのことだが、となると・・・。

政府はまたまた善処するというだろうが、『純国産』の牛乳や牛肉がス-パ-から消える日も近々来そうな気がしてならない・・・。(田舎親父)

2011年5月 1日 (日)

東電の3人の女性社員と飯館村の子ども45人・・・

 マスコミは東電の女性社員3人が安全基準より大幅な放射能被爆したと大騒ぎ。記事によると、東日本大震災発生時に福島第一原発にいた50代の女性社員が、原子炉等規制法などの基準の3倍を超える17.55ミリシーベルトを被曝したとのことである。

法の定める限度を超えたのは男女を通じ初めてだそうだが、本当だろうか?という素朴な疑問を持つのは私だけでないと思いたい。この女性たちは『屋外』で、原子炉への海水注入や放水に当たった消防の案内などをしていたとのことだが、原子炉建屋内で作業を続けていた下請けの派遣社員やアルバイトの作業員たちは、もっと多くの放射線被爆をしていたのではないだろうか。しかし、この人たちの被曝という記事は高濃度の溜まり水に短靴で入って作業していた事故の1回だけ。

例によって、東電側の医師はともかく、東電・保安院・原子力委員会・そして政府の4悪党ども共通の、お馴染みの言葉である『現状では健康への影響はない』という。

東電は『女性はもっと早く撤退させるべきだった。判断ミスで、反省している』とし、経産省原子力安全・保安院は今後、東電に原因究明と再発防止策の策定を求め、東電に対し口頭で注意したというのも、何だかうさんくさく感じる。案の定、その後の報道はない。

 東電によると、一番多く被爆した女性は水素爆発直後、マスクを外す際などに放射能を含んだほこりを吸ったとみられ、そうとうな内部被曝をしていることがことである。そして、ご丁寧にも『内部被曝は、体内に吸い込んだ放射性物質による被曝のことで、50年分を、事故発生時に浴びたとして換算する』という解説までつけている。

 『原子炉等規制法』や『労働安全衛生法』によって、作業員の被曝量は緊急時でなければ5年間で100ミリシーベルト以内に抑えるように決められているが、妊娠する可能性がある女性は男性より細やかな管理がされており、3カ月でこの20分の1にあたる5ミリシーベルト以内に抑える必要があるとのこと。この一文からだけでも、いかに放射能が母体内で胎児に大きく影響することを、放射線量の監督する立場の官庁が十分認識していることを示している。

 常識的に考えると、妊娠する可能性のある女性だけではなく、父親になる可能性のある男性にも同じような基準を作るべきだと思うが、今回の事故を受け、男性作業員の線量限度は『5年間で100ミリシーベルト』が『5年間で250ミリシーベルト』に引き上げたことはすでに述べた。

 (何度も述べていることだが)文科省は福島県の学校には年間20シ-ベルトの被爆であっても問題はないとの通達だが、現場で働く作業員の東電の見え透いた企みで引き上げられる前の基準値だというのはトンデモナイこと。これが、いつも口癖のように『子どものため・・・』と言っている文科省の大臣はじめ役人どもが吐くセリフなのだろうか。私には魂を悪魔に売り渡した、いや東電のカネの元でひざまずいてしまったとしか表現のしようがない。

 ところで、原発事故で、今になって全域が『計画的避難区域』に指定された飯舘村の中でも特に放射線量が高い長泥地区など3地区に、幼稚園児と小中学生計45人が留まっていることが、最近になってマスコミが報じている。

 村教委は3地区の保護者に対し、村内外を問わず線量の低い地域に子供を早期避難させるよう呼びかけているそうだが、各家庭の事情もあって進んでおらず、対応に苦慮しているとのこと。避難先も示さずに『すぐに逃げろ』なんて命令は、まさに『俺たちは仕事をやっている』という責任逃れのアリバイ作り・・・。

 文科省の測定でも、長泥地区の3月23日~4月27日(実際には爆発の起きた3月12日から20日頃までがもっとも被爆量が大きいはずだが、この間の数量はない)の累積放射線量は12.84ミリシーベルトで、来年3月までに61.7ミリシーベルトになると予測されるという。

東電の女性社員の被曝には大騒ぎするマスコミなのだが、こと子どもたちの被曝には腰が引けているようで、『成長期の子がいるから心配だが、避難には引っ越し代などがいる。決断がつかない』とか『介護が必要な両親を抱え、簡単には避難できない』という事情を掲載しているだけで、それも含めて東電と政府の仕事だろうと強く指摘する姿勢が見えてこない。

この長泥地区などの子どもは当然だが、年間20ミリシ-ベルトというトンデモない基準を押しつけられている福島県の子どもたちを、至急避難させなければ、将来に禍根を残すことは間違いない。(田舎親父)

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