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2011年9月

2011年9月26日 (月)

やはり二枚舌・・・

 所信演説で『原発への依存度を可能な限り引き下げる』と述べたことに、ひょっとしてこの御仁は本気で『将来的に原発のない社会』を描いているのではと期待を持っていたがどうやら、たった2週間で幻想だったことを思い知らされる。

つい先日、マスコミ各紙・各局は、ノダ首相が国連の『原子力安全首脳会合』で演説したことを報じていた。そこには『脱原発』と言う言葉はもとより、『原発への依存度を可能な限り引き下げる』という文言もない。それらに代わって首相の口からでたのは『安全規制を徹底しながら、必要な原発は今後も活用する』という、むしろ原発を推進するという発言に唖然。

さらに、『原発の安全性を世界最高水準に高める』としたうえで、『原子力安全庁』を創設する方針を表明し、原子力推進と規制の両分野を担う経済産業省から規制行政を分離させるなど、原子力安全強化に向けた独自の取り組みを進めていると、あたかも今後日本では原発事故は絶対起こさないと強調しているが、東電はじめ各電力会社の隠蔽体質とそれを擁護してきた政府の言動をすっかり忘れてしまったらしい。

東電福島原発事故について、『収束に向けた取り組みは着実に進展している。当初に比べれば放射性物質の放出量は400万分の1に抑えられている』と述べて国際社会の理解を求めたとのことだが、そこには未だに故郷を追われ不自由な生活を強いられている避難民、放射能に怯える農民・漁民の苦しみなど全く無視し、あたかも原発事故はこのまま終息するだろうという誤魔化しだけ・・・。

終息どころか、東電は、事故原発1号機の格納容器につながる配管内部には水素が充満していると発表。相変わらず『着火源がないので、直ちに爆発のリスクが高いとは言えない』と型はまったコメントしているが、かなりの確率で爆発する可能性があることだけは間違いない。

そういえば、(うがった見方かもしれないが)1号機は3月の水素爆発で悲惨な姿を晒している建屋を隠すためだろうとしか思えない、建屋全てをすっぽりかぶせる覆い作りの工事をしているが、今回の配管内部が水素で充満しているということと何か関係しているのではないだろうか。

このことはもう少し調べてみることにするとして、やはり一昨日になって、福島県産の米から暫定基準と同じ放射性セシウムが検出されたという記事に衝撃を受けた人も多いはず。

私もその一人だが、このことを伝える記事の中に『他の地域の米は暫定基準を下回る136ベクレルを検出』という文言が大いに気になる。暫定基準値と同じ数値が出がなければ、この米は安全だとなり流通していただろうと思うとなんとも嫌な気分になる。

恐らく今後、多くの地域からは基準値と同等かそれ以上の値が出るだろう。他の地域でも基準値は下回るものの殆ど全部の米に放射性セシウムが検出されるに違いない。そしてこのことは今後10年、20年と繰り返されるだろう。

『原発事故の終息』という言葉の意味は、こんな話題が出なくなることに他ならない。こんな現状を見れば、首相として国連で『脱原発と自然エネルギー開発』の重要さを訴えるべきだったと思うのだが、(繰り返すが)実際の演説では全くその逆。

国内向けには、所信表明で原発依存度の低下を約束しながら、国外では原子力ビジネスを続けるというのは整合性がまったくない。我が国では首相になるための重要な資質として『二枚舌』を持っていることが必要?なようだ・・・。

そんな指導者をいただかねばならないことが悲しい。(田舎親父)

明日から、Uタ-ンして故郷のために活躍されている先輩を訪ねて、九州に出かけるので一週間ほど休載。

2011年9月25日 (日)

またオリンピック狂想曲?・・・

 なでしこジャパンがアジア予選を一位で通過し、ロンドンオリンピックの出場権を得たという話はかなり前の話だが、最近のスポ-ツ関係のニュ-スは、どの競技おいてもロンドンオリンピックの出場権うんぬんという話題が多い。

アスリ-トたちにとってオリンピック出場は夢だろうから、日頃の努力の結果、朗報を手にすることに異議を述べるつもりはないが、マスコミは必ずメダルと関連させる話を作り上げ、金メダル何個とかなど、とらぬタヌキの何とやら的に大騒ぎする風潮にはウンザリする。

そのロンドンオリンピックの開催まで1年を切り、すでに開会・閉会式や競技観戦のチケット申し込みが行われたのだそうだ。最高価格が2012ドルだと言われている開会式のチケットを含め、約半数以上の競技が応募多数のため抽選で決定されるとの情報に、本当かなと素朴な疑念が湧いてくる。

もっとも、円高が進み1ドル75円としても15万円もする開会式のチケットを購入してイギリスまで出かけることなど、貧乏人の私にはなから想像すらつかないからなのだろうが・・・。

ロンドンオリンピックの組織委員会は、オリンピック期間中には、海外から約30万人の観戦客がロンドンを訪れると目論んでいるようだが、それこそ、とらぬタヌキ的な楽観論ではなかろうかと思わないでもない。

先日ネットで偶然、大和総研研の増川智咲との署名入りの文章を見つけたが、そこには私の疑問に答えるような話題が満載されていた。

その一つだけ紹介すると、これまで開催されたオリンピックではいずれも、来客数と来客の滞在期間が過剰に見積もられており、その結果、観光客の需要を反映していないホテル料金設定(大幅な値上げ)が行われていたとある。

シドニーではオリンピック期間中13万人の来客を見積もっていたところ実際は9万7千人、北京では8月中に40万人の来客を予想していたところ、実際のところ23万5千人と大きな違いがあったのだそうだ。いずれもホテル代金が影響していたと分析。

そのためロンドンではオリンピック組織委員会とロンドン市長など関係者はホテル業界に、値上げをしないとの『適正価格宣誓書』に署名をするよう、ホテル業界に呼びかけているとのことだが、ホテル側にとっては簡単に『はいわかりました』といかないことは容易に想像がつく。

加えて、物価が高いロンドンでは、期間中30万人はとても無理なことは間違いなさそう。いやそれ以前に、イギリス経済そのものが危機的状態で学生たちを中心にした反政府デモも過激になっていると聞こえてくる状態では、本当に無事オリンピックが開催されるかさえおぼつかいのではないだろうか・・・。

(ところで話は飛躍するが)私には、世界の国々や都市の首長が、なぜこんなにオリンピック開催に血眼になるのか全く理解できないが、オリンピックが近づくと必ず大騒ぎになるのは、次の次(8年後)の開催地を決める話題・・・。

4年前のこと、2016年のオリンピック招致に、殆どの都民がシラッ-としているにもかかわらず、何百億円もの税金をつぎ込んで敗れた東京が、その総括もしないまま、またまた立候補しているという。

それも、実態は都の幹部職員はもとより一般都民の圧倒的大部分は乗り気ではないと伝えられているのに、都知事だけがオリンピック・オリンピックと勢い込んでいると伝えられている。マスコミはこの問題にはかなり冷静に対処しているらしく、あまり騒ぎだてしていないことも面白い。

そんな世間とマスコミの反応にいらだったのだろうと思うが、先日都知事は『五輪担当大臣には枝野(幸男経済産業相)君がいいんじゃないか』とビックリ発言。都知事が『ろくな人材がいないが、なかなか力量があり、慎重で話もしっかりしている』と評するのは、原発事故当初の、顔色一つ変えずウソの発言を繰り返した厚顔無恥の度胸を買っているのかもしれない。

それにしても、イシハラという(10年後には相当老いぼれて、生きているかさえ怪しい)都知事が、なぜ、ウソツキ政治屋を表に出してまでオリンピック招致へ執念を燃やすのか、私のような世間知らずの人間には想像もつかない。

恐らくそこには、一般国民には知らされない、トンデモ利権が隠されているのだろうなあ・・・。(田舎親父)

2011年9月24日 (土)

 どうしても辺野古の海を埋め立てたい?・・・

 マスコミ流には『オバマ米大統領とニューヨークの国連本部で会談し、日米同盟を一層深化させていくことで合意した』ということになるのだろうが、私が受ける感じでは、首相としてはじめての外交として、歴代首相と同じように『アメリカさま』に首相就任と、今後も盟主として仰ぎますのでどうぞよろしくお願いします・・・というあいさつをしたというように受け止めている。

その席で、両首脳は、懸案の米軍普天間飛行場移設問題について、同県名護市辺野古に移す昨年5月の日米合意の履行を確認したのだそうだ。

マスコミ発の情報では、ノダ首相は『日米同盟が日本外交の基軸との信念は、東日本大震災での米国の多大な協力を踏まえて、揺るぎのない信念となった』との認識を伝え、一方オバマ大統領は『日本は最も緊密な同盟国の一つだ。われわれの同盟関係を21世紀に適したものとして近代化していきたい』と述べたという。

普天間問題についてノダ首相は『日米合意にのっとって沖縄の負担軽減を図りながら、沖縄の皆さまの理解を得られるよう全力を尽くしていく』と強調したのだそうだが、沖縄県民の合意を得られる方策を何一つ持っているとは思えないのに、大丈夫なのと心配になってくる。

オバマ大統領もそのあたり折り込み済みなのだろうが、同情は一切示すことなく『これからの進展に期待している』と述べた上で『結果が必要だ』と、こう着状態が続く事態の打開を促したというが、『結果を出せ』という言葉は恫喝そのものでは・・・。

また、外相の外交デビュ-の仕事も当然ながらアメリカ詣でなので首相の露払いよろしくゲンバ外相は前日にクリントン米国務長官と会談したらしい。これまた会談というより盟主に対するご挨拶(参勤交代の大名を思い浮かべるだ)だろうが、その席上で普天間飛行場を辺野古への移設を推進する方針を確認したとのこと。

クリントン国務長官は発足間もないノダ政権だが、問題を先送りしないよう強く『早急な進展』を『命令』したとのことだが、ゲンバ外相はすんなり『仰せの通りに取り計らいます』と言えなかったらしいから、アメリカ側のイライラはかなり高まっているに違いない。そのイライラがオバマ大統領の恫喝につながったのではないだろうか。

それにしても何故ここまでアメリカは辺野古に拘っているのだろう。美しい海を埋め立ててまで、沖縄県にとっては更なる基地負担を強いるのは、自民党政権との利権の分担が出来上がっているからだろうと思うが、その利権の分け合いを容認し、進展させてきた現沖縄県知事が『無理』だと明言しているのだから実現は難しいと思うのだが・・・。

沖縄県知事は、わざわざ首相や外相の外交デビュ-の日程に合わせてアメリカまで出かけ、無理だと発言した知事の意図も勘繰れば怪しいさもある。

知事はワシントン市内の大学で講演したのだそうだが、知事を招いて講演を依頼する組織がアメリカにあるのだろうかと素朴な疑問がわいてくる。知事は講演後の記者会見でも、普天間飛行場の移設問題で、両政府が現行計画を強行しようとした場合、『沖縄県民とアメリカ軍との関係が悪化し、日米安保体制に悪影響が出るのではないか』と両政府を牽制していたが表面的にはその通り。

また、アメリカ議会から普天間飛行場の機能を嘉手納基地に統合する案が出ていることに関しては、『騒音に(地元の)反発が強く、実現するにはすごく時間がかかる』と反対する姿勢を表明したことも当然。

さらに、嘉手納基地の戦略的な位置づけについては『(今後も)長い間、存在理由があると思っている人が沖縄にも多い』と、アジア太平洋の戦略環境から嘉手納基地の存続は必要との考えを強調したというから、基地そのものには反対ではないことは明らか。

普天間基地を辺野古へ移設するとした両国政府間の合意について、『大勢の人が反対しているなか、現実に進めるのは無理』と述べ、沖縄県外の日本国内で新たな移設先を探すよう改めて要求したとのこと。しかし国外へ移転という選択肢は持っていないらしい。

それは仕方ないとしても、アメリカの命令には絶対逆らえない日本政府(ノダ政権)は何がなんでも沖縄にウンと言わさなければならないことだけは明らか。

ならば、今でも沖縄県には明らかにすることができない膨大な利権とカネが流れていると噂されているが、この何倍・何十倍という利権を与えるしか方法がないような気もしなくはない。

知事の発言が、釣り上げのための方便がでないことを祈りたい・・・。(田舎親父)

2011年9月23日 (金)

大阪がますます賑やかに・・・

 現代お騒がせ男の代表格であるハシモト大阪府知事の言動が視聴率稼ぎにはもってこいらしく、度々マスコミが取り上げている。

私的にはハシモトという御仁の体質が嫌いなので、できるだけ無視するように努めているが、大阪人にはこの全体主義というか、俺の言うことが一番正しいと威張っているような言い方・態度・体質が好きらしく、支持率が物凄く高いというのが不思議で仕方ない。

どんな場で言ったのかわからないが『くそ教育委員会』と発言したらしい。その気持ちは私にもよく分かる。しかし、どこからかこの発言に対して撤回を求められたら、『トップの方針に学校の先生が従わない。どこの会社に、社長の方針に従わない部下がいますか。そんな部下がいたらクビにする』と付け加えたという。

本当にそのように発言したのか確かめたわけはないが、知事本心からの発言だとしたらこの御仁は『トップ(自分のことだろう)の言動は全て正義であり、その正義に対して全ての部下は従わねばならない』という思想を持っていることは明らか。これはまさに権力者に対してと絶対服従を強いる全体主義としか表現できない。

カリスマ的な雰囲気を出して取り巻き連を膨らませて自分の勢力を広げていくのが権力者の常道。この御仁もその例に漏れず、徐々に子分を増やして派閥をつくり『大阪維新の会』という名前をつけて政党の体をなした組織を作っているという。そして、その組織は先般の大阪府議選で過半数と大躍進。市議選は過半数には届かなかったものの大きな勢力を得たという報道に寒気を感じたもの。

その『大阪維新の会(ハシモト教?)』が9月の府の定例議会で提案する教育改革案を議長に提案するのだそうだ。大体のことは察しがつくが、念のためその改革案を読んでみたが、想像通り物凄いものである。特に教員に対する処分と分限の項目は恐怖を感じる。議会で過半数を閉めている『維新の会』はその気になったら強引に可決することも可能。しかし、こんなことがまかり通ったら、大阪の教育は死んでしまうことは間違いない。

議会前の先日、大阪府の教育委員会会議が開かれて、この『教育基本条例案』について議論が交わされたという。その中で、知事が強引に招請し教育委員に任命した二人の委員からは『この条例で大阪の教育がよくなるとは思えない。学力は上がってきているのに、今まで作り上げてきたものを自分たちで壊すことになる。耐えられない』という意見や『教員を管理し、処罰しようとする視点しかない』との反対論も出たという。中でも、特に知事のお眼鏡に高い委員は『条例が可決したら辞任する』とまで言い切っているのは見方によれば面白い。

しかも、意見表明ができない教育長を除く3人の教育委員も『ものすごく乱暴』だと疑義を表明したというから、まだ大阪にも良識が残っているのだと少し見直す。

『維新の会』の躍進をどう勘違いしたのか知らないが、このお騒がせ男は、府は過半数を握ったので俺の言う通りの政策はすんなり履行でき、府民も俺の言うことを聞くのに決まっていると確信したららしく、大阪都構想を実現するために(大阪市を乗っ取ることが目的だろうが)知事を辞任して市長に立候補するのだそうだ。

知事と市長の同時選挙に持ち込み、知事には自分の思いのままになる人物をしたて、共々の当選を狙ったものだろう。早速、選挙で市長に当選したら、市の幹部職員を選別、自身や『大阪維新の会』の政策に非協力的な職員は排除するという趣旨の発言をしたというから本人はもう市長気取りになっているらしい。

市の職員の中にはチャンスとばかり、ハシモト市長の元で出世を夢はている輩もいるだろうが、多くの職員は『封建時代の踏み絵と同じだ』などと反発しているのではないだろうか。私なら真っ先に反対するが・・・。

現ヒラマツ大阪市長も立候補するらしいからこの選挙は盛り上がることは間違いなさそう。

まさか、大阪府民が自らハシモト皇帝の奴隷の身になりたいと思っていないと信じたいが、パフォ-マンス大好きな、遊び感覚で知事や市長を選んで来た歴史がある大阪人の気質を思うと心配になってくる。(田舎親父)

2011年9月22日 (木)

全員高台移転は正しいが しかし・・・

 昨日、本州に上陸した台風15号は、全国各地に甚大な被害を与え、今北海道の南海上を北上しているらしい。被害にあわれた皆様には心からお見舞い申し上げます。

 3月11日の大津波で膨大な地域が委細。大勢の人命が奪われ、命だけは助かったが建物を失った人の数はおびただしい。福島県の場合原発近くの津波被災地域は高濃度の放射能に阻まれて未だにその実態さえ完全にわかっていないのが現実。

一応、放射線の影響をないものとして宮城・岩手両県は国の方針に基づき、流出地域での一定期間は新築や増築を禁止する緊急措置発令し、全員を高台へ移住させる計画を進めている。

しかし、平地の少ない地域では仮設住宅を建てる土地の確保すら困難で、やっと確保した土地に仮設住宅をたてたものの、アクセスの悪さが不評で入居を辞退する被災者まででているのが現実だというから、海に近い場所に安全な土地を求めることは不可能。

まして、津波に家を奪われた人の多くは、海と縁が深い人たちであることを思うと、震災直後は遠くても安全さを求めるだろうが、(例え危険なことがわかっていても)時間の経過ともに、できるだけ海に近い場所で住みたいと思うのは当然の心理。

住民の安全を最優先にした、全員の高台移住という計画は間違っていない。できれば進めてほしいと思うが、そのためには天文学的数値の膨大予算が必要になり、市町村レべルどころか県の行える範囲もはるかに越えていることは誰の目に明らか。

国も一応は全員の高台移住という政策を打ち出しているらしいが、政争に明け暮れている上に、それぞれの省庁の権限と役割が縦割りで横の連絡・連携がゼロ状態となると、方針すら出せない。当然、県も動きようがないのが現実のようだ。

そんな行政の動きの悪さにいらだつ住民の一部には、震災から半年が過ぎた現在、元の敷地に家を新築する人が出てくるのは当たり前。よくぞ今まで行動を起こさなかったものだと、その気持ちはよく理解できる。

ところが先日、仙台市は津波被害を受けた沿岸部のうち、将来も津波で高さ2メートル超の浸水が想定される地区で、住宅の新築や増築を禁止する方針を明らかにし、早ければ12月議会に条例改正案を提出するというニュ-スを知る。

公表した復興計画の中間案では、津波の浸水の高さと危険性について『2メートルを超えると家屋が流失する割合が高くなる』とし、同市宮城野、若林両区の沿岸部約1500ヘクタールを『災害危険区域』に指定し、住宅の新築や増築を禁止する建築制限を設けるとのことらしい。対象は最大2400世帯で、内陸1~2キロの地域へ集団移転を進めるという。

市によると、特例法で認められた建築制限は震災から最長8カ月(6ケ月だと認識していたが)だが、市の建築制限は再度の条例改正を経ない限り解除されないというから、住民には(半永久的に)自分の土地であって住むことができなる。

将来的に住民の安全を確保したいという仙台市長ならびに当局の方針は間違っていないと思うが、果たしてそんなことが可能なのと考えると、私の頭の中ではNOという答えしか返って来ない・・・。

今回対象の2400世帯の人たち(5000人程度だろうか)は、現在、仮設住宅に入居しているか、他県に避難して不自由な生活を余儀なくされているはずだから、早く自分の家と自立できる収入を補償し、安定した生活ができる環境を整える支援をするのが行政の務めだろう。

しかし、新しく就任した宮城県選出のアズミ財務大臣は、東日本大震災で被災した住宅などの高台移転について『(関連予算を)認める方向で検討している』と大見栄を切っているらしいが、その財源はとなるとはなはだ心もとない。

恐らく、この御仁の中には数兆円規模の増税を考えているのだろうが、党内でも慎重論があり、ここまで円高に苦しめられている世論が簡単に増税法案を認めるとは思えない。よしんば強引に年内に成立させたとしても、高台移住に必要な予算がすんなり仙台市に交付されるとはとても思えない。

住民の移住は限りなく遅れる。人々のイライラはつのる。そして、結局は・・・。なんてことを思うとむしろ住民の意志を尊重することが復旧・復興の早道ではないだろうか。

例え、100年後に再び津波が襲ったとしても・・・。ここでもハ-ド面だけで解決しようとする無理があるように思えてならない。(田舎親父)

2011年9月21日 (水)

瓦礫の処理を急がねば・・・

 東日本大震災の被災地では瓦礫の置き場で火災が相次いでいるというニュ-スに、この世には神はなく悪魔がのさばり、その悪魔たちはどこまでも被災地をいたぶることに快感を覚えているのでは・・・と気持ちが暗くなる。

私も何度かこの地方を訪れたことがある。平地が少ない海岸線には、津波で流された家の躯体やタンスや机など家財道具などの破片、家電製品や車などの工業製品等々、雑多な物体が大量に、ゴミとなって集められている映像に、何となくあのあたりではと思ってしまう。

置き場が少ない上に、選別する時間も人も予算もないので、それらの瓦礫を津波で流された学校跡地や荒れ地に集め、重機を使ってとりあえずうずたかく積んで置くしかないのが現状。

その瓦礫の内部から突然火が起きるというから手のほどこしようがなく、現地では困惑しているという。専門家は、分別しないまま高く積み上げることで危険性が高まっていると指摘するが、金属や薬品の中には水と反応して熱を持ったり、強烈な直射日光で発熱する物質があることは素人の私でも言われてみればわからないでもない。

自治体にはその道の専門家もいるだろうから、なんでも一緒くたに積み上げられた瓦礫が自然発火することは予測できただろうが、とにかく瓦礫の処理が第一と優先させられた現場では、誰もその危険性を指摘できなかったに違いない。現地では、内部の熱を逃すパイプを設けるなどの対策に乗り出しているというが、あの膨大な瓦礫の山の内部までパイプを差し込むのも大変な仕事である。担当者の苦労は果てしないものがあるようだ。

8月末のこと、気仙沼市内の瓦礫置き場で火災が起きたとの報道を見つける。民家は約100メートル先、消防署は消防車28台を出動させて必死に消火活動をしたが、鎮火に10時間もかかったというから並大抵な消火活動ではなかったことが想像できる。

消防署員の話として『津波を逃れた家に燃え移ったら申し訳なくていたたまれない。できることはすべてやる』と必死に消火活動をしたとあるが、その通りだろう。

この瓦礫置き場には、タイヤや家電、木材などが交じった雑多な後は(瓦礫)が高さ7メートルもと高さに積まれ、消防本部でも『高く積み上げられ、どこから発火したのか分からなかった』という分析は、他の瓦礫置き場でも自然発火が起きること可能性は大きいことを暗示している。

事実、そこまでの大騒動には至らないようだが、宮城と岩手両県の瓦礫置き場でこれまで数十件小さな発火や発熱による水蒸気の噴出が起きているとのことだから、今後何が起きるかわからない。各自治体は、夜の緊急時に備えて夜回りを警備会社に依頼する処置をとっているというから、またまた想定外の予算措置。

もはや地方の自治体で行える限度を越えている。国は急ぎ瓦礫の処理問題について方針を示す必要があると思うのだが、政権の維持だけに汲々とし、新しい内閣が発足しても財源確保のために増税議論ばかりでは心もとない。

国民の多くは国が素早い動きを見せて、被災地がどんどん復旧していく姿をみたら政府を見直すはず。そうすれば『期限付きで、年間1万円程度の増税は・・・』という気持ちになるのではないだろうか。

民主党は増税政策の党内合意を目指していると伝えられているが、簡単に合意など得られるはずはなく、ますます復旧が遅れることは目に見えている。かといって、自民党に政権を任せては元のもくあみ・・・。復旧より利権となる構図が目に見える。

緊急の財源など何とかなるだろう。民主党ならびにノダ首相は、まずは被災者の安心と被災地の復旧のために、明確な瓦礫対策を急ぐことを提言したい。(田舎親父)

2011年9月20日 (火)

ハ-ド面も大事だがソフト面の充実を・・・

先日、伊豆にある一碧湖で、小学2年の男児が死亡という記事があった。随分昔のことになるが、伊豆高原に大田区の施設があり、そこにかなり大口径の天体望遠鏡があった関係で、その保守のために年に何度も車で往復。時に、その行き帰りに一碧湖を訪れたことがあるので、こんな穏やかな静かな湖で子どもが亡くなったということが痛ましい。

記事によると、夜の8時過ぎに男児の母親から『子供がまだ学校から帰らない』と警察に届け出があり、警察や男児が通っている学校の教員が捜索したところ、湖に男児のランドセルが浮いていることを発見。9時過ぎに水中に沈んでいる男児を見つけたがすでに死亡していたという。

警察の調べでは、男児は下校中に友人に『亀を見に行く』と言って別れたのを最後に行方が分からなくなったとのこと。男児には目立った外傷はなかったというから、事件性はないもようだ。

過去に訪れたことがあるが、一碧湖の周りがどのようになっていたか思い出すのは難しい。当時(今でもだろうが)伊東市の観光名所の一つになっていたのでホテルや保養所があった記憶があり、民家もかなり存在していたこともかすかに記憶があるが、近くに小学校があったとは知らなかった。

現場の様子は、湖に出る柵がなかったという記事から想像すると、観光客が好む絶景スポットではなく、子どもたちの絶好の遊び場だったに違いない。小学校はこの場所の存在は知っていても危険な場所としての認識がなかった?ようだ・・・。

いや、そうではあるまい。午後8時に届け出があり9時には発見、発見者が小学校の教員だと言うところから、学校としては日頃からかなり危ない場所と知っていたので、警察からの通報があってすぐにこの場所が浮かんだのではないだろうか。

届け出が夜8時と言うのが少し気になる。普通の家庭で小学2年生の子どもが夕方になっても帰宅しないことを気づかないなんてことがあるのだろうか。両親が勤めで留守だったとして納得できないでもない。が、夜の8時過ぎにもかかわらず、すぐに教員が捜索に参加というのは、ここにも昨日話題にしたが教員の超過勤務の実態をうかがわせる。

記事を読んだ人の中には少し意識があっても『先生も大変だ・・・』という程度。殆どの人は何ら疑問を持たないのではないだろうか。私には教員がこの時間まで残業していることを不思議がらない風潮が心配である。

繰り返すが、現場には柵がなかったという。学校はこの現場の存在を知っていたに違いないが、(教員の中には、危険な場所としての認識はあったのかもしれない)子どもが溺れるほどの危険性はないと見過ごしていたようだ。

この事故で、ある意味少しは危険だと認識していた教員は反省、校長や教育委員会は管理責任から、また保護者は子どもの安全のために『柵を作ってほしい』と考えるに違いない。市はすぐに柵を作るだろう。私が以前から皮肉っているように『行政は子どもを殺さないと動かない』のが常識だから・・・。

そして柵ができ、子どもが湖に近づけないような環境になる。学校も近づかないように指導するだろうし、保護者も神経質になるに違いない。そしてそのまま何事もない時が過ぎて、この事故は人々から忘れ去られる。

この記事を読んで、随分以前に取り上げたことがある(確か鹿児島でのことだったと記憶している)洞窟に探検に入った小学生たちが、その中でたき火をして数人の男児が一酸化炭素中毒で死亡したという事故を思い出した。

すぐに行政がこの洞窟に入れないような処置をしたことに対して、子どもの冒険心を奪うものと批判的に書いた記憶が蘇る。かなり人から批判をいただいたが、安全は全て大人が守ってくれる現代の社会では、子どもが危険に対処できる能力は育たないという気持は変わらない。

今回も事故も同じこと。ハ-ド面で子どもたちが水際に近づけないような頑丈な柵を作ること以上に、危険と言う意識を子どもたちに持たせるソフト面の充実がなければ、同じような事故は忘れた頃に、違う地域で異なる形態でしかももっと重い事故として必ず起きるだろう。

今回作るだろう柵もそれも所詮は大人(行政)の独りよがり。このあたりもどこかの新聞が社説にでも取り上げてほしいのだが・・・。(田舎親父)

2011年9月19日 (月)

日本の教員の勤務時間は世界一長い?・・・

 日本の先生は先進国の中で勤務時間が長いことが世界で話題になっているという面白い記事を朝日新聞が報じていた。経済協力開発機構(OECD)が、加盟国の公立の小中学校の教員の勤務時間を調べたとのだそうだ。

調査によると、日本の小学校の先生の勤務時間は、2009年の時点で年間1899時間。データのある調査対象国21カ国の中でアメリカに次いで2番目に多かったという。ただし授業に費やす時間は707時間とアメリカをかなり下回り、OECD加盟国の平均を72時間も下回っていることから、授業以外の事務作業などの時間が勤務時間数を押し上げていることがうかがえるとある。

調査結果をどのように評価するかは立場に等って違うだろうが、恐らくOECDの調査は各国の文科省にデ-タの提出を求め、それを集計したものだろうと思うと、我が国の場合実態はもっと凄まじいものだろうことは容易に想像がつく。

公立の教員の給料は国が半分都道府県が半分負担していることはよく知られているが、教員には一切残業手当てが認められていないことは案が知らない人が多い。教員の仕事は実に多様で、知らない業界の人からは『こんなことまでやるのか・・・』と驚かれるほどであり、どこまでが先生の仕事という境目が実に不透明。

そのため、これらを決められた勤務時間でこなすことは、まさに『絶対』に気可能。このことは文科省もよくわかっているらしく、『ここからここまでが本来の仕事』と決めることは放棄して、『教員特別手当』として4%を上乗せすることによって、何となく教員の不満を押さえた曖昧さで今日に至っている。

20年ほど前まではそれでも教員には時間的にも気持ち的にもゆとりがあって、放課後子どもたちは遊んだりする(私に言わせれば)『本来の教員の仕事』を楽しむことができたが、『授業で勝負』などという言葉が、その響きの良さもあって教育界全体に浸透するに従い、子どもと遊ぶ時間などが取り上げられてしまったのは事実。

授業の効率化が叫ばれ授業の画一化が計られて、文科省はそれを管理するのが校長のもっとも重要な仕事と位置づけると、当然のことながら各教育委員会は校長に対して、毎日の授業情況を管理監督し、この面でのみ教員の能力を査定することを押しつける。

中には仕方ないと思いながらもその命令を聞く校長もいるが、徹底した縦社会であっては疑問すら持たぬ校長も多く、次の週の計画というか、どの授業は『これこれこのように行う』という、いわゆる学習指導案を提出させ、それを元に査定する現実になっている。

人間相手、しかもなんでも好奇心を持つ子ども相手に、時間通り計画通りことが進まないのは当たり前。40人の個性の違う子どもをたった一人の教員が、赤本と言われる教員向けの指導書というマニュアルを元に作った学習指導案通り授業を進められるわけがないことは私が大声でいうにはおよぶまい。

そんな不完全な学習指導案を作るのも一苦労。まして、その指導案通りに授業が進んでいるかを監視するために校長や教頭(副校長)が見回りにくるのだから、前日には遅くまでそのリハ-サルとなると、精神的に奇怪しくなり鬱病を発症。休職を余儀なくさせられる教員が鰻登りに増えているのも当然だろう。

給料面でも面白い調査結果を発表している。OECD加盟国の教員の給料は、05年の水準を100とした場合、平均は7ポイント上昇していたのに対し、日本は5ポイント下がっているという。

教員の給料が引き下げられたという話は聞かないから、拘束時間に対しての給料価値という相対的な値に違いないが、我が国の教員の勤務条件が悪くなっていることを如実に示している。

OECDの調査担当者は『日本は教員の仕事の負担は重いが、報酬は恵まれていない。優秀な人材が集まり教員の質を上げるような対策が必要』と語っているというが、文科省の官僚たちはこの言葉を重く受け止めてほしいものである。

先人たちから『子どもは国の宝』という言葉を受け継いでいる。この言葉の持つ意味には素晴らしい考えを秘めており、明治以来この言葉と共に国が動いてきたが、福島原発の子どもたちに対する国、県の動きをみると、その扱いが粗末になるばかりか大人の利権にすら利用されているように感じてならない。

次代を担う子どもたちを本当に大事にする国でありたいと心から願う。そのためにもOECDから指摘されるまでもない、が教員の待遇は急務だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2011年9月18日 (日)

入りだけ考える内閣では無理だろうな・・・

 国策として原発を推進してきた国が被災者に対して大きな責任を持たねばならないことは当然だろうが、東電が未然に安全設計を怠ったことは明らかであることから、放射能被害の補償に関しては東電が主体になって進めるのが大原則。

まずは東電が全ての資産を投げ出すことだと思うのだが、この会社は3年過ぎれば現在半額にしている(本当かどうか怪しいものだが)社員のボ-ナスは元通りと目論んでいるというから、被災者救助より会社の経営が先らしい。となると、どこまで手厚い補償ができるか先行きは極めて不透明。事実、各地の東電主催の説明会では、東電の不誠実さに対して怒りと怨嗟の声で満ちあふれているという。

そのことは別に取り上げるが、東日本大震災の爪痕があまりにも大き過ぎ、復旧には天文学的数字の予算が必要になることは誰の目にも明らで、この直面する危機を乗り越えるには、いずれ国民負担増が避けられないことは仕方ないだろう。

しかし、まず政治がやらねばならないことは、あらゆる無駄を省くという決意と実行だと思うのだが、現内閣の顔ぶれでは頼りないことおびただしい。さらに、復興・復旧を最大限の課題だと大見得発言をしているノダ首相自身も、先日の所信声明演説の全文を斜め読みした限り、どうもそのあたり甘過ぎるのではないかと感じる。

各家庭でのやり繰りは、給料などの収入からいろいろ必要経費を差し引き、赤字になるようなら、生活様式に無駄がないか検討し、徹底的にそれを無くすのが普通のやり方だと思うのだが、首相は無駄を省くと言葉では言っているが、入りを増やすという方に重心が傾いているようだ。

所信表明原稿で、首相は、東日本大震災と世界経済危機を『二つの危機』と位置付けている。それは正しいことだろうと思うが、先日も述べたが超円高の現状打破についても国民の負担を求めるという姿勢は進む方向が違うようだ。

震災の復興財源では『今を生きる世代全体で負担を分かち合う』と時限的な増税を行うことが必要だという。一見もっともらしく聞こえるが、財政再建に向けて『今を生きる政治家の責任が問われている』というくだりは、増税しかないのだという覚悟を国民に押しつけているように感じる。

国と債務は合わせて一千兆円という国家予算の数年分にも及んでいるという。普通の家庭はもちろん、一版企業ではとっくの昔に倒産しているはずなのに、それても国が存続しているのも不思議といえばこんな不思議なことはない。当たり前のことだが、子や孫たち未来の世代にこれ以上借金を押し付けてはならないのは自明の理。

だからといって、今のシステムを温存し、高級公務員の天下りなども自民党時代よりもさらに緩和している風潮では、増税で乗り切れるとはとても思えない。議員定数などの見直しも、内閣が変わるたびに声は上がるがなにも手つかず。むしろ、諮問委員会などが増えて人件費だけがうなぎ上りで増えつづけているのが現実である。

繰り返すが、無駄を省き『出』の部分を徹底的に見直し改革をした上で、それでもこれだけ足りないと『入り(税金)』が必要と説いてもらいたいと国民は願っているのだが、そんな願い斬り捨て御免とばかり、早速、東日本大震災の復興財源を賄う臨時増税のための政府税制調査会が開かれたという。

会長はアズミ財務相とのことだが、経済には全くの素人と自認している大臣では、全て官僚や増税推進の御用学者で構成するこの税調の結論は開く前から明らか。予想通り増税ありきの案が発表された。

消費税の値上げはないのは社会保障分として別枠で折り込み済みだからで、議論の対象外らしいが、それ以外の個人の所得税や相続税を値上げは確実のようだ。また法人税を一旦5%値下げした上で4%上げるとか、値上げする期間を5年の場合はこうなるが、10年にするとこうなる、と具体的な数字を挙げているが、その実態は殆ど闇の中で、私のような素人には到底理解できる代物ではない。

家庭の負担増は、国税の所得税と地方税である個人住民税の引き上げ分を合わせ、夫婦と子ども2人の標準世帯で平均的年収(500万円)のサラリーマンなら年3600~6300円という。この額は景気が落ち込んでいる現在ではかなり家庭にダメ-ジを与えるのではないだろうか。

繰り返すが、災害復旧には国民の負担は理解するとしても、税の増収(入り)の前提は無駄(出)の解消ということをもう一度真剣に議論してほしいものである。(田舎親父)

2011年9月17日 (土)

相変わらずの運動会では・・・

 連日記録破りの残暑が続いている。私は随分以前から、日中部屋にひきこもっても能率が上がらず、気分か悪くなるのが関の山という考え方で、その時間帯の2~3時間を野山を散策することが日課にしている。当然ながら、長時間直射日光に当たることも多いが、慣れもあって熱中症の症状など経験したことはない。
 そして帰宅してシャワ-を浴びて、アイスキャンディをほおばるか、時に冷たいビ-ルなどいただき、ゴ-ヤやダイコンなどに水やりを終えると俄然頭が冴え出して、明日のコラムの話題探しなども苦にならなくなる。
 (話はそれるが)以前にも書いたと思うが、私流のダイコン栽培は、点蒔きではすじ状に密集させる巻き方を採用している。どんどん間引いて葉を生ハムで巻いて食べるためである。シンプルであるが、これが実に美味。この数年、9月の我が家の食卓はこの一品によって、彩りが冴える。
 加えて、テレビでは繰り返し熱中症の予防には水分の補給をと訴えているが、私流の外歩き技術には途中で水分補給などというマニュアルはない。というより、マラソン競技のように人間の限界まで体力を使い果たすこともない年寄りの散歩では、わざわざ何度もの水分補給など必要がないというのが私の考え方。
 ところが、毎日のように『熱中症』で救急車を呼ぶ小中学校の話題を新聞やテレビが賑やかに報道している。その内容は、小学校の運動会の練習中に気分が悪くなったと訴える児童が多く出て、救急車の出動を要請するパタ-ンが多い。
 新聞各紙やテレビ各局が取材のための(契約)特定の小学校を持っているとは思わないが、取り上げる小学校はメディアによって微妙に違うのは興味深い。と同時に、全国で同じことを繰り返しているのかと思うと、ある意味笑える。
 学力低下という言葉は最近あまり聞こえてこなくなったが、授業時数の確保が現場では課題になっているという。それとは別に、多くの小学校では運動会や学芸会が2学期に集中しており、本来はこの季節は落ち着いて学習できるはずなのに練習で授業時数が食われるという理由で行事の分散化が進み、1学期に運動会をする学校が増えていることも知っているが、まだ2学期、それも9月に運動会を行う学校も多いようだ。
 そのことを問題にする気はないが、どうして熱中症の児童を続出させるほど運動会の練習が必要なのだろうと首を傾げてしまう。にここまでの練習をしなければならないのだろうか・・・。
 確かに運動会は小学校の最大の学校行事であり、明治の学制発布以来、運動会のない小学校はあり得ない。それも地域の住民と一緒になって大騒ぎ、地域のお祭りとだと言って差し支えない一大イベントだった。
 戦後、特に高度経済成長時代に入り、地域住民の人間関係が薄くなると、それをさらに薄めるためのごとく、学校は独自性を主張し運動会から地域住民の参加を意図的に遠ざけて、親に子どもを見せるためだけのものになってしまっているように感じてならない。

 見せるための運動会となると、舞台でのショ-と同じように、全体のシンクロが要求される。特に、開会式や踊りとなるとタイミングを合わせるためには繰り返しの練習によってしか全ての子どもたちに周知徹底する術はない。
 夏休み明けの、それでなくても最近の子どもたちの体力低下が話題になっていることに加えて、近年の猛暑・残暑の中での長時間の炎天下での練習では、気分が悪くなるのは当たり前だろう。
 早速、文科省や各教育委員会は学校に熱中症の予防に注意するように通達。これで救急車を呼ぶ事態になったら校長は何を言われるかもわからないので、早速熱中症対策を始める学校が続出。その殆どは運動会のあり方を改めるのではなく、いかに子どもを倒れさせないかという一点。テントを増やしたり、練習を小刻みにしたりと現場は大変な騒ぎになっているらしい。
 これでは『見せる』に耐えるレベルに達するまでには今まで以上に多くの練習時間を必要になるだろう。かえって授業時間を食ってしまい、学力低下を防ぐために授業時数を大幅に増加した意味が薄れることになる。この矛盾を、文科省や教育委員会はもとより、学校も保護者も含めて学校教育に携わっている誰もが言い出さないのも変な話。
 (私は現職時代から主張しつづけているが)運動会の意味をもう一度考えて、地域と一緒に楽しむイベントにすれば、これほどの練習時間は必要なく、当然熱中症などとは縁がなくなると思うのだが・・・。(田舎親父)

2011年9月16日 (金)

円高がこのまま続けば・・・

 超経済音痴で、しかも1ドル360円という時代に青年期を過ごした私には、1ドルが何故こんなに安くなったのかと問われても殆どわからないが、1ドルが80円を軽く割り込んで75円という超円高の現状と、しかも(特に興味があるわけではないが)、連日テレビのニュ-スで必ず取り上げているとなると何となく不安を感じる。

円高で喜んでいるのは外国からの商品や債権を購入して商売に結びつけている会社や組織、あるいは海外旅行をする人々だけで、我々庶民は『円高還元セ-ル』と銘打った、輸入品を少し安く購入できることだけのことは、スコッチなど高級とされているウイスキ-類などが随分安くなったと感じることから納得するが、その他の外国製の商品となるとあまり縁がないので、円高メリットの実感はない。

反対に、特に製造業界はこの超円高に苦しめられていると聞く。中小の製造メ-カ-は、良質な製品を輸出することによって経営を支えているが、このような超円高が続くと極端に利潤が薄くなるのは私でも理解できる。

そのため、製造拠点を海外(特に東南アジア)に移して、そこで現地の人を雇い製品を作る動きが最近になり加速しているとのこと。これを産業の空洞化と呼ぶのだそうだが、確かに円高がこれ以上進むと、国内の雇用が少なくなり景気の回復などおぼつかないことも理解可能範囲。

何とか対策を立てなければならない時期にきているようだが、新しく発足したノダ内閣の財務相は経済には全く素人だと自認しているアズミという御仁だというから、そんな素人を任命したノダ首相には円高危機感が薄いのではないだろうか。

ノダ首相は財務相だった時も、円高対応を聞かれると『緊張感を持って市場を注視する』という言葉がお得意だったことを考えると、アズミ財務相も同じような言葉を得意にするのでは(経済音痴の私が口にする資格もないだろうが)と不安が先に立つ。

ある経済評論家が『アメリカの債務問題がクローズアップされるなかでも、ドルはユーロに対して強くなっている。だから、今回の為替変動は、ドル安ではなく、円高なのだ』と表現している。この言葉をそのまま受け取れば、日本のひとり相撲の結果の円高だということになるが・・・。

その理由として、為替をリーマンショック前と比べると一層はっきりすると次のように解説している。リーマンショックの発生の直前、2008年8月30日の為替は、1ドル=109円5銭であり、1ユーロは161円30銭だった。そこから今年7月末まで、対ドルレートは39.77%円高となり、対ユーロレートは44.66%も円高になっている。ドルに対しても、ユーロに対しても、劇的に為替が高くなっているのだから、原因は日本にあると考えるのが、自然だろう』と・・・。そしてその原因は『日銀の金融引き締め』だと断じている。

ここからは、私にはよく理解することができない解説が続く。しかし、かつて大英帝国として君臨したイギリスは、世界の工場として圧倒的な支配力を持ち自国に富を集中させたが、ポンドが世界の基軸通貨となり、基軸通貨の立場がもたらしたポンド高のため製造業が衰退し、イギリスは没落していったというくだりは、歴史的に間違いないところ。

円は世界の基軸通貨の地位にはなっていないが、ドルばかりかユ-ロにも、当然他の国の通貨に対しても断然強くなっていることは事実。要は基軸通貨に準じる立場。となるとさらに円高が続くと現在の円高は、イギリスの製造業の衰退の歴史をたどるような気がしてならない。

この際、超円高を解消するには、日銀が円札をどんどん印刷し世界にばらまくことだという意見もある。さらに過激な意見としては、日銀などなくして、政府が円札を印刷すれば円高など即解消だという意見も少なくない。

少し乱暴な話だとは思うが、円がだぶつけば当然安くなることは間違いない経済原理から考えると、なるほどと思うところも少なくない。

いつまでも経済音痴を自認していては世の中に取り残されそうだ。この問題も少し真剣に考えてみる必要がありそうだ。(田舎親父)

2011年9月15日 (木)

『敬老の日』だった日に思う・・・

 昔流に表現すると今日は『敬老の日』。働き過ぎを解消・・・という理由も一つあったと思うが、連休を増やして家族で過ごす時間を作るという発想で、『敬老の日』という名前は変えず、9月第三週の月曜日になってから久しい。

その『敬老の日』、今年は19日の月曜日。このことについては以前取り上げたので繰り返さないが、『敬老の日』が法制化されて国民の休日になったのは昭和39年。当時の社会人一年生の生意気盛りだった私は、わざわざこんな名称の日を法律で決めることもないのでは・・・と思ったことを思い出す。

しかし、季節感の重要さに気づき、二十四節気などの意味と共に、大昔から9月9日が『重陽の節句』と言われ、(実際には、新暦の9月9日は旧暦なので一月ほどのずれがあるので違和感があるものの)この日には菊酒を飲み交わして長生きを喜び合う日ということを知ると、ある程度大人の常識に納得。以来、この疑問は封じている。

それでも気持ち的には『敬老の日』は9月15日という意識は抜けきらず、今年も何となく敬老の日に相応しい話題を探していたら、敬老とは逆の、虐老と名付けても奇怪しくないような、長生きするのも大変だというニュ-スを見つける。やはり大震災や原発事故がらみである。

東日本大震災から半年を迎える被災地で、新たに要介護認定を申請する高齢者が急増しているのだそうだ。津波で自宅を奪われたり、避難生活を強いられたりするなどの環境変化は、高齢者の体をむしばむ一方、介護の担い手だった家族や受け皿の施設も被災で疲弊し、介護事情悪化に拍車をかけているという記事にうなずく。

岩手、宮城、福島3県の沿岸37市町村のうち8割の30市町村で、震災後の4~6月の要介護認定の新規申請件数がおよそ1万件という。この数は約30%の件増加というから、想像はできるものの凄い数である。避難生活などの影響で、認知症や体調を悪化させた『高齢者』が多いためだというから、被災地ではもはや『敬老』という言葉さえ死語になってしまった感がある。

大震災の影響で、高齢者が入れる施設は激減。被災した3県だけでも津波で流されたり、原発で追われて閉鎖を余儀なくされた高齢者介護施設が65件もあるという。施設がどんどん増えている首都圏でも高齢者の入居が難しいのが現実、まして物理的に施設が激減している現地では厳しいとしか表現できない。

突然話は飛ぶが、私の住まいの目の前に、最近の5年間で経営は同じ団体の(私には区別が全くわからないが)『医療介護施設』や『特別養護老人施設』あるいは『老人介護施設』などという呼び名は違う3つの高齢者介護施設が出現していることは何度か述べている。

そこに入居している老人たちが、朝夕の涼しい時間帯に介護員や家族が押す車椅子で散歩をしている姿をよく見かける。私もその人たちの目を楽しませられたらと思い、季節の花を栽培しているので、時に家族の人から声をかけられ、しばしおしゃべりすることがある。

『介護は大変ですね』と言うと、ほとんどの人が『この施設はほとんど完全介護なので助かります』とか『面会も自由で、家族の手で散歩も自由にさせられるので良いですよ』という答えが返ってくるところから、評判はなかなかのもののようだ。

老人介護施設のことについて長々と述べる気持ちはないが、ビジネスとばかりどんどん同じような施設が横浜の片田舎に林立する現実には慄然とする。しかし、これも必要なことなのだろうと無理に納得させて、この問題を自分の中では先送りしていることも間違いないところ。

目の前の施設は平和そのものであるが、いつ天変地異が起き、この施設が閉鎖を余儀なくされるかはわからない。その時、ここに収容されている老人たちはどうなるのだろう、そして家族はどうするのだろう、とふと思う時がある。『その時はお前の家も壊れているから、人の心配をするより自分の歳を考えろ』という声か聞こえそうだが・・・・。

私の中での『敬老の日』である今日、目の前の老人介護施設を見ながら、改めて、真剣に『老人問題』を考えなければと思う。しかし、私も含めてあまりも増え過ぎている高齢者と、その介護を考えると先に進みたくないのが現状である・・・。(田舎親父)

2011年9月14日 (水)

フランスの核処理施設の爆発は 今後・・・

 フランスは国内の必要電力の80%まで原発が担っているということはよく知られており、サルコジ大統領は『フランスの技術は世界一。絶対に事故は起きない』と宣言し、福島原発事故直後に、原発会社『アレバ社』の女性COEとその部下の専門家5人引き連れて来日したことは記憶に新しい。

当時、東電は全く統治能力を無くし、政府も情報を隠蔽して責任を逃れることに終始していたので、マスコミは女性COEをフランス革命の救世主に例えて『フランスからジャンヌ・ダルクがやってきた』と大騒ぎになった。しかし、間もなくこの報道はシャボン玉ではないがはじけて消えてしまう。

そして、ネットでアレバの技術はたいしたことないことが流れ、国産の技術の方が浜かに信頼できるのに、政府と東電はあくまで『アレバ社』にこだわり、結局は汚染水処理でも故障続きだったことにもツイッタ-などで批判が集中したが、マスコミはそのことには全くのスル-だった。

一昨日、その原発大国のフランスの核処理施設で大爆発が起きたという。フランス南部のマルク-ルにある低レベル核廃棄物処理施設『セントラコ』の溶融炉で大きな爆発が発生し、炉の近くで作業をしていた施設職員1人が大やけどで死亡、4人が重軽傷を負ったと我が国のマスコミ各紙・各局が大きく取り上げている。遺体は完全に炭化しているというから相当な大規模な爆発だったことをうかがわせる。

フランスの原子力安全当局は『極めて低レベルの放射性物質が出た恐れがある』としながらも、爆発から約3時間半後には『事故は収束した』との見解を示したとのこと。低レベルの処理施設とはいえ、こんなに簡単に終息宣言をして大丈夫なのと他人事ながら心配になる。

フランスの原子力庁も爆発現場付近では『放射性物質』は検出されていないと発表。当然、施設外への『放射性物質』の漏えいはないとしていると安全当局の見解を追認。これを印象づけるようにNHKはじめ民報各局は、かなり精密な(ような)外見の測定計器で放射線量を測定し、放射能漏れがないような仕種をしている係員の姿を放映している。

フランスの原子力の管理システムがどのようになっているのかは知らない。しかし、この国の原発などを監督する『原子力安全当局』は過去数回にわたり、セントラコの運営会社に対して『(管理面などに)厳格さが足りない』との注意を与えていたといい、今回も人為ミスの可能性が取りざたされているという報道記事にはかなり引っかかる。

『セントラコ』はフランス唯一の低レベル放射性廃棄物処理施設だという。1999年に設立され、フランス電力公社と原子力大手『アレバ社』が共同出資したソコデイ社が運営。ローヌ川沿いの広大な敷地に、核廃棄物の焼却処理施設と溶融処理施設などがあり、仏国内の原発から発生する低レベル廃棄物の35%を受け入れているのだそうだ。

ここにも『アレバ社』という名前がでているが、前述したように、原子力安全当局がセントコラを運営するソコデイ社に対して『管理面で厳格さが足りない』と警告を発していたということが事実なら『アレバ社』の管理システムにも疑問を投げかけたくなる。

その『アレバ社』に今なお福島原発の復旧処理を委ねているのも心もとないが、そのことはおいておくとして、フランス国内ではこの事故が大統領選挙にまで影響するのではと大騒ぎになっているらしい。

福島原発後、ドイツはすぐに『脱原発』を打ち出したが、原発王国で原発が基幹産業になっている原発大国でもあるフランスはドイツとは逆で、書き出しで述べたように、サルコジ大統領ら首脳は福島原発事故を原子力の最新技術を売り込む『商機』ととらえて、むしろ原発政策を押し進めているという。

国民の多くは、原発に疑問を抱きながらもサルコジ支持は固く、再選は間違いないと思われていたようだが、来年の大統領選候補者の一人、『欧州エコロジー・緑の党』のジョリ氏この事故直後に『代替エネルギーは存在する。脱原発にかじを切るべき時が来た』と声明を出し、『住民や職員の状況、リスクについて透明性を確保し、リアルタイムで情報を開示することを求める』とサルコジ政権を追求すると述べたと報じられている。

世論調査では『欧州エコロジー・緑の党」という政党は、日本では共産党程度の支持率だそうなので、ジョリ氏はいわば泡沫候補らしいが、福島原発事故直後はフランスでも原発反対派が6割を占めたというから、今回の核処理施設の爆発事故は今後の国民の動揺が広がるのではないだろうか。

脱原発を願っている私には、今後のフランス国民の動きに注目したい。そして、願わくば、ジョリ氏の大統領は無理としても、原発に批判的な人物が大統領に選ばれて、ドイツと手を組んで世界中で『脱原発』に導いてもらいたいと心から願っている。(田舎親父)

2011年9月13日 (火)

全体高台移転は無理な話ては・・・

 大震災の影響で統一地方選から延期された任期満了に伴う岩手県知事選が一昨日投票、現職の達増(タッソと発言するらしい)氏が当選したと言うニュ-スに、この御仁は東北3県の知事の中では一番地域の復興を真剣に考える人物と評価していたので岩手県民の判断に拍手を送りたい。

投票率が60%弱と、前回より8%下がったことが気になるところだが、人口が集中している盛岡市の投票率が12%も落ち込んだ要因の一つが、投票時間を6時で打ち切ったことだと知り、なるほどもっともと納得・・・。

盛岡市の選管は暮れるのが早いこの時期、暗くなると安全面が心配だとの理由で、投票時刻を午後6時までとしたという。安全面はともかく、以前からこんなに遅くまで投票所を開ける必要はないと思っていたので、この判断も評価に値する。都合の悪ければ当日以前に役所に出向きさえすれば投票できる期日前投票制度が広く行き渡っているので、このことにはまったく異存がない。しかし、そのことが12%も落ち込んだ理由の一つだという分析は考えさせられる。

このことについては改めて話題にするが、タッソ知事が引き続き岩手県政を受け持つことによって、震災後の岩手県の復興理念(東北3県の中では一番しっかりしている)が継続されるだろうと期待している。

ところで、震災復興であるが、発生から半年過ぎた現在も復興の柱となる『高台への集団移転』は岩手県でもまだ一件も決まっていないとのこと。タッソ知事も被災住民に対して、国・県の復興計画がまとまるまでは津波で流出した地域での自宅の建設などは極力控えてほしいと要請しているが、肝心の国の方針が政権内の下らない争いが優先して、遅れに遅れており住民は落ち着かない毎日を過ごしているという。

当然だろう。誰にでも故郷意識があり、津波被害の直後には被災者全員と言っても差し支えないと思うが『ここには住めない』という意識になったが、時の経過と共に、元の場所に済みたいという気持ちになることは、わざわざ自治体の住民意向調査などしなくてもわかる気がする。

また、集団移転を受け入れた地域であっても、その土地の確保と自治体負担の費用が莫大となると、実行したくてもできないのが現実だろうことも容易に想像がつく。

こんな記事があった。宮城県山元町の公民館で開かれた住民説明会の様子である。集まった被災地区の住民に対し、町職員が沿岸部の多くの住民を高台に移す構想を説明すると、ある男性が『高さ二十メートル以上の堤防を造れば、移転しなくたっていいじゃないか』と大声で叫んだという。この発言に何人かが拍手で賛意を示し、町の特産イチゴを育てる男性も立ち上がり『家と畑が離れると困る』と訴えたという。

住民のエゴごと片づけるのは簡単だが気持ち的にはよく分かる。しかし、高さ20メ-トルの堤防をどの範囲に作るのか、そしてその費用がどれぐらいで、町が受け持つのか、県や国なのか。町や県ができる問題ではない。

税金を払っているのだから、国の事業だと言ってしまえばそれまでだが、山元町の前に広がる海だけを対象に20メ-トルの防潮堤を作るなど全くナンセンスな話であることは、大声を張り上げた男性でも少し冷静に考えればわかること。

山元町では津波で2204棟が全壊し、670人が死亡したという。町は住民の意向を聴いたうえ、今後、具体的にどの地域へ集団移転するかを決めるとのことだが、交通の便の良さから駅の近くに住んで仙台に通っていた人も多く、駅から遠くなると生活ができなくなるという声も無視できないだろう。このような住民の考え方や諸事情は山元町だけに限らず、被災地全体が抱える問題であろう。

全員を高台に移転させたいとい主張は十分理解できるが、全ての住民の職住を分離することは現実的に無理であることは、都市計画などには全くの素人の私でも何の疑問を持つこともなくわかる理屈である。

東北3県の太平洋沿岸は、何回も津波に襲われた地域であることは知っている。それでも人々はこの土地を捨てず、発展させてきたことも事実。鉄道が敷設され駅ができ町が形成。大きな港が作られ日本の何割もの漁獲高を扱うようになっている。海ではカキやホタテの養殖が盛んに・・・。これらは全て、津波の危険水域にある。人々は危険を知りながら、それでも力強くこの地で生きてきたことを忘れてはならない。

タッソ知事も高台移転を主張しているとのことだが、住民を説得できても、先立つ予算面でメドが絶たないことには実行は不可能。ここは最低限の基本線だけはゆずらないまでも、住民の自己責任において建築を認めるべきではないだろうか。

例え仮に、(そんなことは絶対あり得ないが)国が無尽蔵に予算をつけて、住民の全員の高台移住か実現したとしても、時が過ぎると海近くの場所に移り住む人が出てくること間違いない。

全員高台移転に拘らない復興計画を願いたい・・・。(田舎親父)

2011年9月12日 (月)

節電命令が解除された今こそ・・・

 東電と東北電の電力使用制限令が予定より早く9日に解除された。その理由は、この夏の節電が予想以上に徹底し、停電回避にめどがついたためだだそうだか、果たしてそのまま鵜呑みにして良いのか疑わしい。

それはさておき、この夏、東電管内の電力消費は前年に比べ連日900万~1100万キロワット下回ったという。この電力量は原発十基分にも相当するというから凄いもの。単純計算では、原発がなくても十分電力は不足しないと言うことだろう。

が、このことをすんなり受け止めてくれる人は少なく、『原発などいらない』と書くと、いろいろな方から『お前は原発がないと電力の安定供給ができないことがわかっていない』とお叱りがきそうだが・・・。

真っ先にくる批判は、国民の努力は認めるが、この夏の電力不足を乗り越えられたのは産業界の努力があったからであって、自動車業界などは、電力消費の少ない土、日曜操業に振り替えたことが主因だという論理ではないだろうか。

確かに、土日操業の効果は多大だったと認める。自動車業界の従業員の人たちが、世間がお休みである土日曜日に出勤しなければならないことは、とりも直さず、この人たちの家庭の憩いの時間を奪ったということも否定しない。

しかし、電力需要のバランスと家族の団欒とは同じ土俵で語ることができないと思うので、ここでは土日操業については、一旦おいて論を進めるが、今回の電力制限は、日頃の生活を考え直す意味では良い機会だったのではないだろうか。

横浜の片田舎で仙人生活を送っている私は、めったに電車に乗ることもないが、電車の中か暗いと言われてもさほど気にならない。ホ-ムの蛍光灯が一つおきに消えているが、そのことに不安を感じることもない。

ス-パ-もコンビニも以前から比べると暗くなっていることは間違いないが、かえって落ち着きを感じるのはへそ曲がりなのだろうか・・・。当初は、停電という恐怖からだろうが、停電が政府と電力会社の脅しだとわかった今でも、明る過ぎないことが当たり前の感覚になったことは、むしろ良い傾向ではないだろうか。

今までが電気を使い過ぎていたのであって、ほんの少しのことを見直せば、現在でも十分不足しないことがはっきりした。いや、まだまだ無駄が多い。

事故直後は、テレビの深夜番組の自粛があったが、今はほとんどない。24時間テレビという愚にもつかない番組は復活している。早朝から深夜まで、国民総白雉化にしたいのではと思わせる番組のオンパレ-ドは3月以前の状態に戻っている。

駅前を通るとパチンコ屋は外からは自粛しているのかと思うほど静かにっているが、客が出入りする時に扉が開くと、物凄い音量が襲ってくるので、パチンコ店は決して自粛などしていないとわかる。

9日の制限解除で、町の様子がどう変わるかまだ見えないが、昨日歩いてみた感じではス-パ-やコンビニが明るくなったとは思えない。経営者たちは節電が利益につながることを改めて感じているとしたら、明るさは変わらないのでは・・・。

工場経営者も節電には大変な努力をしていることは知っている。30%節電に成功したという話も稀ではない。その節電が無駄を省く習慣になり、コスト削減につながり利益をもたらしているという話もあちこちで聞く話。

我が家は元々が超節電生活なので、電気代が安くなったとは思わないが、多くの家庭では電気代が安くなったという。これは一般サラリ-マンや年金生活者にとっては大きな魅力に違いないはず。おいそれと折角慣れた冷房温度を元の25℃に下げるとは思えない。

しかし、忘れやすい国民性を考えると、電力が余っているとなると、すぐにより便利で快適な生活を追い求め、いつまで節電意識が続くのか心もとない。

電力制限が解除された今こそ改めて電力について考え、原子炉で燃やした燃料のカスの捨て場すらなく、放射能汚染がついて回る原発に頼らないエネルギ-を生み出す機会にすべきではないだろうか。

例えば、国内の照明すべてを発光ダイオード(LED)に置き換えると、原発13基分の電力が節約できるということなど、新聞テレビは率先して、しかも大声で伝えてほしいものであるが・・・。(田舎親父)

2011年9月11日 (日)

この感覚は小学生以下・・・

 ノダ政権が発足して1週間。政権幹部たちは挙党一致威嚇と自画自賛しているが、顔ぶれをみると、本当に大丈夫なのかと思わせる陣容。早晩ボロが出るだろうと思っていたが早速ハチロという経産相がアホな発言をして、党内からもブ-イングの嵐。これでは内閣が持たないと早速罷免という、毎度同じ幹ドタバタ劇。

発端は9日の記者会見。前日に首相にお付きで福島の事故原発周辺を視察したらしいが、その時の様子を聞かれて『周辺は人っ子一人いない状態だ。まるで死の街のようだ』と発言したという。

そのまま正直に感想を述べたのだろうが、情況を考えないでの発言なことは明らか。この御仁ははじめて大臣になった人物だろうが、首相のお付きながら、さらにお付きが何人も付き添う、いわば大名行列のような視察に思わず興奮して(自分の使命を忘れたとは思いたくないが)キョロキョロとあたりを見渡したに違いない。

そして、ほとんど人影の見えない状態を、何かで読んだ小説の一節でも思い出し『死の街』と表現したのだろうが、本来はそこで平穏な生活を送っているだろう人たちは、避難したくて避難したわけではなく、東電の無責任さに加えてそれを追認し誤魔化すことにしか能がなかったアホカン政府の怠慢から、やむなく『死の町』状態になっていることまで気づかなかったのは、一般市民ならいらしらず、原発を担当する大臣の発言としては情けない。

慌てたのはノダ総理、早速『不穏当な発言だ。謝罪して訂正せよ』と叱責。これに対して経産相は『軽率だった。被災をされている皆さんが戻れるように、除染対策などを強力に進めるということを申し上げたかった』と釈明し『被災地に誤解を与える表現だった』と陳謝し発言を撤回したという。

『死の街』と『除染対策推進』がこの御仁の頭の中でどうリンクするのか、凡人である私にはさっぱりわからないが、大臣として軽率な発言で、いかに陳謝し発言を撤回しても野党の大騒ぎはもちろん、党内からの批判は避けられないところ。

経産相は首相からの叱責で、直ちに福島県知事に電話で陳謝したというが、真っ先に謝る対象が違うのではないだろうか。この場合は言葉を選ぶことなく福島県民に対して『避難している方の気持ちを逆撫でする発言だった。心からお詫びする』と陳謝し、『除染対策国が責任持って行う』と決意表明を述べるのが筋。その後、県民の代表として知事に電話なら話はわかるが・・・。

この知事は(私の偏見かもしれないが)、自分が猛烈に原発を誘致したことをすっかり忘れ、事故後は脱原発の推進者のような顔をしてパフォ-マンスの連続。福島県民を何とか逃げ出さないように算段すると同時に、いかに国からカネを引き出すかに腐心しているように見えて仕方ない。となると、これでまた新政権から多大のカネが得られると、経産相の失言を利用するのでは・・・。

この日、ハチロ大臣は防御服を着替えないで東京の議員宿舎に戻り、記者団の取材に応じていたという。そしてその場で、一人に近寄って防災服をすりつける仕草をし、『放射能をつけたぞ』という発言したとも伝えられている。

『防御服を着てそのまま東京に戻る・・・』私の記事の読み違えではない。防御服は放射能から守るためであることは幼稚園児でも理解できること。そして、その場を離れる時に脱いで、微量の放射線汚染物として規定の容器に入れて厳重に管理しているはず。防御服を着たまま現場を離れることが許されるとは思えないのだが・・・。

少なくとも誰かがそのことを指摘したに違いないが、その注意にも耳を貸さず、事実そのまま防御服姿で帰京したというから、どうしても防御服姿を東京の記者団に見せたかったとしか思えない。そして『放射能をつけたぞ』とは、いかなる言い訳も通用しまい。

その通り、首相に辞表を提出。即受理されたというよりクビ宣告とはみっともない。この御仁は原発推進もTPPも積極的でないと言われていたはず。私も前経産相よりは少しはまともだろうと淡い期待を抱いていたが、残念ながら、予測通りノダ内閣の大臣罷免の第一号。

次に罷免される可能性のある閣僚は数数多らしいから、早々と内閣改造を余儀なくされるのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2011年9月10日 (土)

災害の質が変わってきた・・・

 かなりで古い話になる。(9月5日のメモから)テレビのニュ-スは昨日襲った台風12号による被害の様子を、被災地上空からヘリコプタ-で撮影した映像で伝えていたが、その範囲は局地的とはいえ、まるで津波の襲った後とそっくり。特に十津川流域では、まさに『山津波』という言葉がピッタリとするほど凄まじい。

記録破りの想定外の大雨による河川の氾濫や、山崩れによって川がせき止められ、さらに流れ込む水の勢いで一瞬のうちに家屋が飲み込まれたのだろう。死者や行方不明の人たちは家と一緒に流されてしまったようだ。

このあたりのことはすでに新聞テレビが詳しく伝えているので、細かな数字は述べないが、せき止められた湖(土砂ダム)が各地に点在しているというから、これらが崩壊すれば、さらに被害が拡大することは確実。何とか雨がおさまり、復旧する時間的ゆとりができることを祈る。

この台風が発生したのは先月の25日。それから10日間もかけて太平洋上をノロノロとして今月3日に四国に上陸。今までの台風は、上陸すると速度を速めるのが常識だったが、コイツは掟破りの無法者。人の迷惑など省みず、かえってスピ-ドを落して中国地方を横断して日本海にでたのが翌日の4日の午後。

それでもまだ速度は上げず、5日の朝になっても相変わらずノロノロとした動きで日本海を北上しているというアナウンスがテレビで流れていた。この日の朝、横浜地方も天気が不順で、猛烈なゲリラ豪雨が断続的に何回も襲っていた。

この台風について、5日付けの新聞各紙は気象庁の見解として、『台風12号は南の海上にあった当初、太平洋高気圧に阻まれて進路が西側にそれたうえ、大陸から日本海に張り出した高気圧にも邪魔され、北の偏西風にも乗りきれずに北上が遅れた』とスピ-ドの遅かった原因を記載していた。

確かに理論的には間違いない。二つの高気圧に行く手を遮られて、動くに動けなかったとの分析も正しいだろう。速い時でも1時間に15キロ程度しか進まず、南からの湿った空気が長い間、同じ地域に送り込まれ続けることになり、山地南東側の斜面など、湿った空気がぶつかりやすい場所で雨が降り続けることになったことが、紀伊半島の複雑な地形も影響して同じ地域に長時間大雨を降らせたという説明にも説得力はある。が、何か釈然としないものが残る。

この台風の目の大きさにも驚かされた。普通、台風の目はごく小さく、そこは風雨が弱いと教えられてきた。何度かその台風の目に入ったと思わす状態は身をもって感じたこともあるが、数時間で揺り戻しがあるのが経験からも間違いないところ。

しかし、今回の台風は中心部にある『台風の目』は直径200キロというから常識はずれの大きさである。その周りにはさらに巨大な雲が、折り重なり上空からの映像はまるで『ド-ナツ』との表現がぴったり。東側の分厚い雲の帯には南からの湿った空気が流れ込んで、次々と大きく強い雨雲になった。

想定外の大地震と大津波をはじめ、このところ気象(というより地球物理現象)が異常であり、天変地異が多過ぎる。それも、単に自然のいたずらとは思えないほど、世界各地で頻繁に起きている。

気象は地形に影響されることは知っているが、この台風の動きや性質などは、とても地上だけの原因とは思えず、地球の内部で起きている、我々が想像もできない現象によって引き起こされているとしか考えられない。

東北各地(北海道や関東まで及んでいるが)では未だに余震が続いている。震源の深さが決まって10kmと50kmというのが無気味である。一部の人たちは、それは自然現象ではなく、人工的なエネルギ-(HARRT)だという説があるが信じたくもなる。

何か異常が起きていることを共通に認識して、対策を立てることではいだろうか。誰かが助けてくれる、情報発信は役所の仕事と思ってはいないだろうかと問われたら、私も含めてほとんどの人が『思っている』と答えるしかないのが現状。

ここ100年以上、都会(特に首都圏)で広範囲な大災害が起きていないだけで、それは偶然でしかない。国や自治体に頼らず、一人一人が、身の回りに目を配り考えられる非常時を想定することが何より大切だと思う日々である・・・。(田舎親父)

2011年9月 9日 (金)

抗議先が違うようだ・・・

 震災後、テレビや著作などで原発問題についてズバリと核心をつく発言で、ある意味人気のある武田邦彦教授のことは以前にも取り上げたことがあるが、先日この先生が読売テレビ系列の番組で、岩手県一関市の放射線数値を示したうえで『東北の野菜や牛肉を食べたら健康を壊す』と発言したらしい。

記事によると、番組では『子供相談室』コーナーで、小学4年の男子児童から寄せられた『東北の野菜と牛肉を食べたらどうなるの?』という質問に答える形で、開口一番『健康を害しますから出来るだけ捨ててもらいたい。畑に青酸カリがまかれた(ようなもの)だ』と発言し、さらに『一関市には放射性物質が落ちている』として『除染してから取り組むという決意がないといけない』と述べたという。

この番組には違う意見の人もゲストに招かれており、その人たちから強く『今の発言は問題があるので取り消すべき』との声がでたが『取り消しません。正しいんですから。文句は東電に言って下さい』と反論したというから、武田先生の真骨頂が現れている。

ネットでその時のビデオが流れているとの情報で探してみたが、すでに権利者の指示でこの動画は削除したとの画面が流れるだけで見ることができない。かなり探したが、『著作権侵害』とか『発信者からの申し出』という言葉の違いはあるものの、全て削除されてしまっているようだ。

公開されたテレビの番組を削除するのは、どこからかの圧力があったことがうかがわせるが、この問題はここでは取り上げないで先に進む。

この発言に、早速一関市長が武田教授に抗議のメ-ルを送ったという。『青酸カリがまかれた・・・』という発言に、市長としては(選挙目当てだと考えたくないが)市民、特に農家のために『農家の感情を逆なでする非常識な発言だ』と発言した違いないが、一関市の放射線値が高いことは紛れもない事実。

何故、武田教授が一関市を選んだのかは理解に苦しむが、この発言は、市長としては認めがたいことであり、苦痛に満ちたことであることは理解できるとしても、事実は事実として受け入れなければならないのではないだろうか。

武田教授は『私はもうじいさんだから批判されようが何だろうがいい。ただ東電を許し、子供を被ばくさせるようなことを避けたいだけです』と発言の意図を説明し、『市長からのメールはまだ届いていない。ジェントルマンなら、ちゃんと私の返信を受け取ってから公表してほしかった』と話しているとのこと。

メ-ルを出したのなら届いていることは間違いないだろうから、市長が本当に抗議のメ-ルを出したとすると、武田教授に届かなかったはずはなさそう。それはともかく、武田教授の方が理に適っているようだ。いずれ市長から反論があるだろうが・・・。

『農家の感情を逆なでする非常識な発言だ』というのは一般人なら自由だろうが、市長という公職にある人が安易に口にしたとしたら、甘過ぎるとしか思えない。

教授は青酸カリと表現したようだが、猛毒(放射能)をバラまいたのは農家ではなく東電であることは誰の目にも明らか。農家は東電に抗議すべきで、賠償請求の権利を保有している。その権利をもっと強く農家に求めることが市長としての役割である。それを、汚染の現実から目をそむけ、一見、農家の味方のような発言はいただけない。

今回の報道で、群馬大学の早川由紀夫教授は『知らなかったとは言わせない』という言葉で農家の責任を追及していたことを思い出す。農家が放射能のことを知っていて被害を拡大させたなら、『農家は東電や国と同じ立場の加害者』となるという発言は重い。

昨日の東京新聞は『原発災害の賠償 誠心誠意を心掛けよ』と題する社説を掲載。『福島原発事故が起きて半年がたち、東京電力がようやく損害賠償に本腰を入れる。大勢の被災者が人生を台無しにされ、不安のどん底にいる。全面救済を目指して誠心誠意の対応を心掛けてほしい』と書き出している。

全文引用はしないが、『東電は膨大な賠償資金を捻出せねばならないが、電気料金への安易な転嫁は許されない。資産売却や人件費圧縮など自らの身を切る努力が先決だ。それが多くの幸せを踏みにじった責任の取り方だ』とのまとめは、最近のマスコミにはない一歩も二歩も踏み込んだ表現と賛辞を送りたい。(田舎親父)

2011年9月 8日 (木)

母親としてのDNAは?・・・

 このところ何となく気分が重く、話題探しも苦労するようになったので、気分転換に温泉に浸かりたくなり、伊豆まで車を転がしていたので2日間ほど更新を留守にしてしまった。

台風の物凄い被害のことも気になるが、それは全容がはっきりしてから取り上げることにして、今日は最近何かと話題になるこのことを・・・

児童虐待の話題が多過ぎる。以前何度かこのことは取り上げたが、多くの場合、子どもを抱えた若い母親が男と再婚か同棲することから始まるようだ。この種の母親は、新しい男の暴力に驚怖したり、あるいは夢中になり、自分の子どもに構えなくなったり邪魔になるという筋書き。

先日、大阪で起きた事件も典型的なこのパタ-ンのようだ。再婚と同時に施設に預けていた我が子を引き取ったという。母親の心の中には、子どもと一緒に過ごしたいという気持ちが働いたこともあるだろうが、男の存在のほうが大きく、生活保護を受けるための(いわば飯の種か)という男の言い分が勝ったというところだろう。

近所の人たちもある程度気づいていたらしいが、逆恨みが恐ろしくて通報できなかったという。自分が通報しなくても誰かが・・・と思う気持ちもわからないでもない。しかし現在には、かっては町内には必ず一人や二人ぐらいは存在した耳に入ったらでかけて、小言の一つもいったはずの年寄りは、一昔以上にとっくに姿を消してしまっているから、やはり気がついた人が何らかのアクションを起こさなければ、親から殺される子ども数は増えそうだ・・・。

かくゆう私もその年寄りの一員だと反省し、改めて近所を注意深く見渡すが、残念なことに?横浜の片田舎の住宅街では児童虐待を思わせる雰囲気を持つ人が見つからない。というより、目につくのは年寄りばかり、子どもの数が圧倒的に少ないのできつく躾けるなどしたら近寄ってもくれないというところかもしれない。

この児童虐待のことは改めて話題にするとして、最近は虐待どころか生まれて間もない嬰児を遺棄する事件報道が後を絶たないので、その中からいくつか取り上げてみる。

三重県でのこと、21歳の母親が自分の車の中で男児を出産した後、翌日早朝、男児をポリ袋に入れて同市朝熊町の休耕田に捨てたとのこと。幸い男児は休耕田の持ち主に等って発見されて、病院に搬送されたので命は助かったというが、もし雨でも降っていたら、間違いなく死亡していたことだろう。この男児が、大きくなって母親から捨てられたことを知った時のことを想像すると暗澹たる気持ちになる。

栃木県では27歳の母親が、自分で産み落とした男児を民家に遺棄したことで逮捕されたが、この男児から覚醒剤の陽性反応が出たというから、さらに暗い気持ちにさせられる。

記事から感じることだが、この母親は夫?と思われる男と一緒に覚醒剤を常用していたらしく、覚醒剤の成分が胎盤を通して男児に吸収されたという。恐ろしいことである。出産した子どもの陽性反応から母親を立件するのは全国で初めてとのこと。覚醒剤の魔力が母親の愛情に刹那的な快楽が勝ったことをうかがわす。

さらに悲惨な報道もある。埼玉県で11年前、産んだばかりの女児を殺害したとして、殺人容疑で28歳の女を逮捕した事件である。当時17歳だったこの女は『交際相手やその家族にばれないように殺した』と容疑を認めているという。

自供では、交際相手の男性宅で、トイレで出産した女児の口に紙のようなものを詰めて窒息死させたとのことだが、相手の男が臨月近い交際相手の身体の変化に気がつかないはずはないと思うと、これは共犯としか思えない。

幼い時に母親と死別した私には、多くの人の口から語られる『母の愛に勝るものはない』という言葉は、うらやましくもあって何の疑問もなく今日に至っている。こんな事件が日常的に起きていること事態信じられないというしかないが、現実には、私の頭に徹底して擦りこまれている『母親の本能的な愛情』などとは縁遠くなっている母親が多くなっているのかもしれない。

しかし私は、世間的には嬰児遺棄が増えているとしてもこんな事件を起こすのは、アホ女とバカ男の快楽のみを追い求めた性の営みの処理に困った特殊な場合で、ごくごく一部の人間だと信じたい気持ちの方が圧倒的に強い。

ところで、5月18日の新聞に、東日本大震災で被害を受けた福島県いわき市の教会で生後間もない女の子が置き去りにされているのが見つかったという記事があった。

乳児の脇には『一人では育てられない』との書き置きが残され、その書き出しには『乳児院に預けようと思ったが場所が分からず、こちらでお願いします』と記されていたというから、この場合は、震災で生活困窮に追い込まれた母親のやむにやまれぬ行動かもしれないが・・・。

続報はない。が、私がずっと持ちつづけている『母親の愛情』が偽りでなく、嬰児遺棄や虐待凪をするのはごく一部だと信じるためにも、何時の日か、この母親が、生活が落ち着いた時に娘を引き取りにくることを祈りたい。できれば夫と一緒に・・・。(田舎親父)

2011年9月 5日 (月)

結局 水棺しか無いとのこと・・・

 さすがの東電も、福島第一原発の4基の廃炉は仕方ないと考えているらしく、廃炉作業の基本方針について、内閣府原子力委員会の『中長期措置検討専門部会』に先月末に報告したという。

報告では、最終的には原子炉全体(圧力容器と格納容器)を『水没』させ、炉心から溶けて底部にたまった核燃料を回収するというものだというからエッと驚く。いわゆる『水棺』と呼ばれて、原子炉の温度を下げるために試みた、大量の水で原子炉を水没させる方法だから・・・である。

当時ですら、専門家の間では、水素爆発と同時に原子炉がメルトダウンしていたことは明らかで、水を満たすことなど無理だと指摘されていたが、アリバイ作りのために水を注ぎ込んだことは今では誰もが疑わない。そして、ついにはメルトダウンを認めて、決論的にその方式は無理だという結論に達していたのではないだろうか。なのに、改めて水棺方式?・・・。

廃炉にするためには、まず原子炉内の核燃料を取り出し、原子炉そのものをコンクリ-トで固めるしか方法がないという。

東電は、今の状態ではロボットによる遠隔作業でも、強い放射線を遮蔽する水中でなければ、核燃料の温度を下げて安定化させることは不可能と判断したらしい。すなわち、原子炉に水を満たすことが最低条件になるのだそうだが、原子炉を水没させるには、高濃度に汚染された建屋を、作業員が入れる水準まで丁寧に除染した上で、冷却水の注水を続けながら、同時に漏水部を補修するという難しい作業が求められると説明している。

ここにきてまだ、こんな方針を出してきたというのも恐れ入る。現在の原子炉の状態は素人の私には全く理解できないが、水を大量に注入しても水漏れが激しく水が溜まらないと報告されていると聞く。それでも原子炉の温度を下げるためには注水が必要になることから、現在は、汚染水が増えるという大問題を抱えながら、注水量をコントロ-ルしていると報じられているはず。

何度も述べているが、原子炉内に水が溜まらないということは、原子炉内のどこかに穴が開いていることは小学生でも容易に理解できること。そして、絶対に破損しない(とされている)鋼鉄製の容器に穴が開く条件とは、超高熱になった核燃料がドロドロに溶け出し原子炉の底に溜まったとしか考えられない。

それがメルトダウンだと説明されている。しかし、福島原発の事態はもっと危機的で、超高温の核燃料が原子炉底部を溶かして、しかも原子炉を固めているコンクリ-トまでも溶かして、地底深くにまで及んでいるメルトスル-とかメルトダウンと表現されている現象が起きているということだろう。

難しい作業と表現しているが、それでも原子炉を水棺状態にしなければならないとなると、注水した水の漏れを防ぐことが最初にせねばならないこと。そのためには、原子炉建屋を鋼板で数十メ-トルの深さまで打ち込み、地下水脈を遮断すると同時に核燃料が存在する深さまでを、まさに水をも漏らさない処置が必要になる。

なるほど東電が、こんな難しい技術課題が続くとあっては、実現時期は見通せずとし、明示しなかったわけが理解できる。

核燃料回収の開始に、メルトダウンしていなかった1979年のアメリカで起きたスリーマイル島原発事故でさえ6年もかかったという。今回は底部を突き抜けて地中深くにたまった燃料の取り扱いが厄介なため、最低約10年は必要との見方も出ている。しかし、根拠はないが、もっとかかるような気がしてならない。

原発を4つ廃炉にするために、この先、少なく見積もっても数十年かかることは間違いない。費用は、それこそ天文学的な金額になるだろう。

政府や電力各社は、電力価格は原子力発電が一番格安だと、絶対に事故は起きない・起こさないという『安全神話』と共に、マスコミを使ってこれでもかとばかり大声で宣伝している。加えて、御用学者たちもあらゆる場でそのことを発言し、国民を洗脳してきたが、今回の事故の後始末を電力価格に入れてみると、ずば抜けて原発電力価格が高くなることをどう説明するのだろうか。

現在稼働中や休止中の原発を廃炉にするためにも、トンデモナイほどの物凄い金額が必要だという。しかし、今回の事故を起こした福島原発を廃炉にすることから比べると、月とスッポンほどの違いがあることは誰の目にも明らか。

私には、超一流の学歴を有し社会的な地位に就いている人々が、この基本中の基本を何故理解できないのかと不思議に思えて仕方ない。(田舎親父)

2011年9月 4日 (日)

若狭湾にも大津波はあったという・・・

 先月の中旬のことだから話はかなり古くなる。NHKが『関西電力は原発11基のある福井県若狭湾沿岸で過去に津波が起きた可能性があったことがわかったので、本格的な調査を行うことになった』と伝えていた。

そんなにあるのかと改めて数えてみたら、関電が所有し運用している原発だけで、高浜原発4基、大飯原発4基、美浜原発3基の計11基。さらに、日本原子力発電の敦賀原発、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉『もんじゅ』も存在するから、若狭湾沿岸はまさに『原発銀座』といっても奇怪しくないほど原発がひしめいている。

関電(国もだろうが)は東日本大震災が起きても、これまでは地元の住民や自治体に『過去に津波が起きた可能性は低い』と説明し、調査に前向きではなかったがが、過去の大津波が発生したという記録の文献が見つかったことを受けて、関電は調査を余儀なくされたのだそうだ。

その記事を読んだ時には、そんな文献があったのかという程度で深く考えなかったが、先日東京新聞が社説でこのことを取り上げていたことで、はじめてその文献を知る。

その一つが、京都・吉田神社の神主だった吉田兼見の日記『兼見卿記』という、今でいう日記のようなものだったらしい。そこの天正13年11月29日条に『丹後、若州、越州(京都府、福井県など)の浦辺に波が打ち上げられ、家々はことごとく押し流された』という記載があるのだそうだ。現在の暦では1586年1月18日というから、真冬である。想像するだけで背筋が凍る。

ネットで調べると、この地震は天正地震、白山地震とも呼ばれ、震源地は現在の岐阜県北西部、マグニチュードは7.9-8.1と推定されているが、震源域も未確定であるため精度は高くないとある。

もう一つが、キリスト教布教のため1563年来日したイエズス会司祭ルイス・フロイスの記録だとある。フロイスという名前は記憶がある。彼が晩年まで心血を注いで書き上げた著書『日本史』の天正13年の章で、地震動が四昼夜続き、『若狭の国の大きな町』を『高い山に似た大波が襲い、一切のものが海にのみ込まれた』とあるのだそうだ。

社説によると、フロイスが『長浜』と記す『大きな町』は『高浜』の誤りと解釈され、そうだとすれば、今の福井県高浜町に当たるという。この史料は故飯田汲事・名古屋大名誉教授の著書『天正大地震誌』に収められ、地震学者などの間では刊行の1987年以来周知のことだったそうだが、関電は前述したように、『これまで若狭湾で大きな津波被害はない』と強弁していたらしい。

話は変わるが、事故を起こした東電福島原発の真下に存在する活断層を調査し、869年に起きた『貞観地震』が引き起こした大津波の堆積物を海岸線から約3キロ内陸部でも確認していたことを最近になって政府、東電は発表。

さらに東電は、2008年に同原発が波高十メートルを超す津波に襲われる可能性があると試算済みなのに、大震災4日前(3月7日)まで経済産業省原子力安全・保安院にすら報告せず、対応策を取らなかったことも明らかになっている。

電力会社は、原発候補地が過去に大きな津波が襲ってきたという明らかな証拠が出ると反対運動がより大きくなることを恐れて、ボ-リング調査を嫌がるか、してもおざなりの結果だけを発表、それを原発推進が『省是』の経産省に設置した保安院が深く検討することなく受け入れ『原発は絶対安全』というお墨付きを与えてきたという経過がある。

電力会社が創作し政府が追認した『原発安全神話』は、地元に莫大なカネを落し施設や設備の充実という事実によって、住民たちにも広まり、確固とした地位を得てきたのだろうが、それが虚像だったことは今回の原発事故で明らかになり、トンデモナイ負の代償として跳ね返っている。

東京新聞の社説はまとめに、これまでの災害対策は、時には意図的に、都合のよいものだけを取り、つじつまをあわせてきたといって過言ではない。原発の安全神話はその典型だ、と書き、続けて、大震災後初の『防災の日』は『見たくないもの』を見据えて、考え方を転換する転機にすべきであると締めくくっている。

その通りである。私たち一人一人がこれまでの『安全神話』を捨て、放射能の恐ろしさを考え直さねばならないことを、今回の事故で十分学んだはずなのに、それでも新政権は『もんじゅ』の推進は規定の事実として予算化し、休止中の原発を再稼働する動きが止まらないのが不思議でならない。(田舎親父)

2011年9月 3日 (土)

やはり気になる放射能・・・

文科省が、ここにきて事故原発の100キロ圏内の約2200地点の土壌を採取して測定して放射能の測定を行い、それを基に『放射性セシウムの濃度マップ』というものをつくり先月末に公表。

100キロ圏内で2200地点とは、一見多いような気にさせられるが、実際には限られた点だろうから少な過ぎると感じるのは私だけではないだろうが・・・。

マスコミは福島県全域を含む広いエリアでの詳細な実測マップは初めてだとチョウチン記事を書いているが、とっくの昔に測定していたことを、首相交代のドサクサにまぎれて発表したのではないかと想像している。

それはともかく、記事によると、半減期が約30年と影響が長期間残るセシウム137の最高濃度は、福島県大熊町で1平方メートル当たり1545万ベクレルという信じられないほど凄い値。放射線量に換算すると毎時54・8マイクロシーベルト。単純計算だと年間480ミリシーベルトになるという。

文科省はこのとてつもない数値に対して『除染も簡単ではなく、帰宅できない期間が長期化する恐れもある』とコメントしているが、長期間どころでなく50年単位で帰宅できないことはズブの素人の私でも理解できること。ここまで酷い事態におちいっているにもかかわらず文科省にとっては他人事のようだ。

同じ日、環境保護団体の『グリーンピース・ジャパン』という組織が、既に除染した福島市内の保育園2カ所と高校1カ所で、8月上旬から中旬にかけて放射線量を測定した結果を発表したという記事を見つける。

それによると、一つの保育園の園庭では、5月の調査時は毎時3マイクロシーベルト前後だったものが、その後、重機で表土をはぎ取るなどした現在では、地上10センチで毎時0・3~0・9マイクロシーベルトだったという。

一見かなりレベルが下がったような印象を受けるが、真ん中の値をとっても、毎時0.6マイクロシ-ベルト。これに24時間×365日と単純に計算してみると、5シ-ベルト超になる。この数字は、今回文科省が良心の呵責に耐えかねて(そんなことはあるまい、きっと批判をかわすためだろうが)年間20ミリシ-ベルトを1ミリシ-ベルトにすると基準値からみるとかなりオ-バ-。

これではとても幼児を保育する環境でないことは誰の目にも明らかだが、現実はここで日常的に保育をしているというから恐ろしい。

保育園の名前はない。当然福島市内とあるだけで住所も明記されていない。恐らく、除染という言葉が持つ意味は、単に保育園の園庭の表面の土をはぎ取り、新しい土を入れ換えた程度だろう。

私の推測だが、園庭はたかだか100平方メ-トル(もっと狭いかも)ではないだろうか。周りには公園も道路もあるだろう、民家もあるに違いない。落ち葉がつもり、雨水も流れ込んでいる場所も・・・。そこをどうしたということは記事にない。

それ以前に、除染前のこの保育園では3マイクロシ-ベルトだったというから、周りの民家や公園は現在も同じ程度の値だろう。そこには今も平然と(本当は恐れているだろうが)人々が生活しているに違いないと思うとゾッとする。

環境団体がこの保育園を選んだ理由はない。福島市を含めて福島県内の自治体は学校や保育園の校庭の表土の入れ替えをしているということは聞いている。それが『除染』という言葉の意味になっているが、ただそれだけ。周りの環境をどうしたということは語られていない。

私に言わせれば、表土の入れ換えは『やらないよりはまし』という量的な問題ではなかろうか。事故からすでに6ケ月、福島県の住民は十分、放射能を身体に取り入れていることは想像に難くないが、今からでも遅くない、福島県下のあらゆるところで放射線値をできるだけ正確に測定し、公表にすることを望みたい。

その結果、どうするかは個々の判断に任すとしても・・・である。(田舎親父)

2011年9月 2日 (金)

ここまでくると異常だろう・・・

 次のような一覧票がある。今年の夏の高校野球で準優勝した青森県八戸市に学校がある光星学院野球部の監督とレギュラ-選手の出身校や地域を示したものである。(選手たちの名前は、少年ということも考慮してあえて伏せることにする)

監督     仲井 宗基 (大阪府生まれ 大阪桜宮高-東北福祉大)

ピッチャ-  ○○ ○○ (大阪太子中・河南シニア)

キャッチャ- ○○ ○○ (大阪菫中・摂津ボーイズ)

ファ-スト  ○○ ○○ (大阪堅下南中・河南シニア)

セカンド   ○○ ○○ (和歌山東中・和歌山キングタイガース)

サ-ド    ○○ ○○ (大阪狭山三中・オール狭山ボーイズ)

ショ-ト   ○○ ○○ (大阪美木多中・オール狭山ボーイズ)

レフト    ○○ ○○ (大阪守口四中・守口シニア)

センタ-   ○○ ○○ (沖縄仲井真中・那覇国際ポニーズ)

ライト    ○○ ○○ (門真クレイジーボーイズ)

監督は東北福祉大学で野球をやっていた人物らしいが、高校まで大阪で過ごしたコテコテの難波っ子。そしてレギュラ-選手9人のうち、中学校時代に大阪府(市)の少年野球チ-ムで活躍していたのは、たった2人だけが沖縄県出身で残りの7人。いや隣県の和歌山を含めると8人もが大阪出身者である。

この監督は、恐らく光星学院の理事長など経営陣に請われて引き受けたのだろうと想像しているが、あまりにも大阪に拘っているように思えてならない。しかし、これは私の想像なので、ここではおいておくとしよう。

こんなチ-ムが青森県の代表というのは、異常であることは誰の目にも明らかで、光星学院が『第二大阪代表』と言われているのも当然かもしれない。その『第二大阪代表』が『東東京代表』の日大三高と決勝戦を戦ったと考えると笑えてしまう。

しかし、今日の地方の代表として甲子園に出場する高校は、さすがに光星学院ほどの極端なことはないものの、日大三高も含めてほとんどの私立高校が、全国各地から優秀な選手を集めてチ-ムを編制しているというから、これもブラックユ-モアと笑って済まされる問題ではないだろう。

それでも、選手たちの飲酒問題が明るみに出なければ、青森県の代表校として準優勝したと地元では大歓迎をしたことは間違いない。この学校に関心のある八戸市の住民の中には、レギュラ-9人のうち8人までが大阪で、残りの一人沖縄出身、地元の生徒は一人もいないという事実を知る人もいただろうが、青森県民のほとんどは知らなかったのではないだろうか。

知る必要がないのかもしれない。学校が青森県内にあれば青森県代表という意識が先に働くだろことは私でも容易に想像ができる。

多くの私立高校が野球部員、特にレギュラ-選手は寮に住まわせて集団生活をさせているという話はよく聞く。確かに集団生活をさせることによってチ-ムプレ-の徹底や、生徒管理が容易になることは間違いないところ。

寮の近くの住民は、通学可能な生徒であっても野球部員(サッカ-部なども同じだろう)が寮で寝起きするのは当たり前をと思っているだろうから、選手一人一人の出身校などに興味を持つことはまずない。

甲子園に出場することによって認知度があがり、入学希望生徒が増えるというから、監督やコ-チの役割は大きくなる。優秀な監督をスカウトし、その人脈で生徒を集める。これが実情なのだろう。

学校経営の基本は生徒集めであることは論を待たない。各地の中学校から野球の上手い生徒を、授業料や寮費など免除という条件で入学させ寮生活をさせているに違いない。しかし、青森県の中学校で野球の上手い生徒も多いはずだから、その生徒たちは、他県の私立高校からスカウトされていることも想像に難くない。これは大きな矛盾。

監督の人脈が生徒集めの主流となると、今回の光星学園のような高校は実は全国にかなりあるのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2011年9月 1日 (木)

震災の日に因んで・・・

 1923年の今日、M7.9という大地震が関東地方を襲い、おびただしい被害をもたらしたことは、数日前から新聞やテレビが繰り返し取り上げているので知らない人はいないだろう。

また、小中高の理科や社会科の教科書にも必ず掲載されていることはもちろん、首都圏を中心に日本各地の学校で、この日に合わせて避難訓練をやるはずなので、今日が関東大震災の『忌念日』であることを改めて述べるまでもない。

恐らく、今年は例年以上に規模の大きな『震災・避難訓練』が実施されるだろう。そこには相変わらず『引き渡し訓練』という、親が子どもを引き取る際の決まりを確認するための基準を確認する内容が入っているはず。この訓練にあまり熱心でない親たちであっても、今年に限っては、緊張の面持ちでわが子を迎えにくるのではないだろうか。

しかし、今回の大地震、特に大津波では、この引き渡しのル-ルが完全にマニュアル化。しかも教師たちがそれをかたくなに守ったことから、かえって子どもの命を守れなかった例が多く報告されている。

先日、取り上げた大川小学校などはその典型で、迎えに来ている親はどんどん増えているにもかかわらず、教師たちは子どもたちを校庭に整列させて、名簿を片手に親を確認する作業をしていたという。

校長が不在だったことも、教師に一層のマニュアルの厳守の気持ちを植えつけたのかもしれないが、(歴史において『たら』『れば』は無意味と知っているが)学校にこんな役に立たないマニュアルがなければ助かった子どもと保護者が多かったことだけは確かであろう。

犠牲者への鎮魂の思いもあって、今日は大川小学校の被災状況について、石巻市教育委員会が生き残った教員や児童らから聞き取り調査した報告書の内容の新聞記事をそのまま引用してみたい。ただ、これは教育委員会が作成したものであって、聞き取り調査においての証言メモは全て廃棄していることを前提にして読み取らねばならない。(引用はじめ)

被災までの行動

 帰りの会が終わり「さようなら」を言っている最中に地震が来た(5年)。保護者に贈るVTR作成のため、教室で歌「ありがとう」を録音していた(4年)。友達はパニックになってピアノを足で蹴っていた。先生が落ち着いて「校庭へ避難しましょう」と言った(5年)。

被災時の様子

 普段使わない教室の校庭側ドアから外に出た。校庭で「山へ登るの」と聞いたら、先生は「登れないんだよ。危ないからだめなんだ」と言った(1年)。学校の近くで「大津波警報。高台に避難して」と鳴っていた。友達に「津波が来るかな」と話しかけた(3年)。教頭先生は山に逃げた方が良いと言っていたが(地元の)人は「ここまで来ないから大丈夫」と言って、けんかみたいにもめていた(5年)。校庭で吐いたり、泣いたりしている子がいた。「大丈夫だぞ」「こんなところで死んでたまるか」と話していた(5年)。放送機器が使用不能となり校舎内を回り校庭へ避難を指示した。校舎内や体育館に、逃げ遅れた児童がいないことを確認した(教諭)。

被災後の行動

 風がビュウと来て、津波に巻き込まれた。姉も祖父母もいなくなった(1年)。高台に向かう途中、津波が見えたので山側へ走った。波にのまれ左手が何かにぶつかった。ヘルメットの中の空気が浮力になり、水面に上がった。偶然にドアが外れた冷蔵庫に触れたので中に入った。舟のようになった。山に降りたら友達が土に半分埋まっていた。右手で枝をつかみながら、骨折した左手で土を掘った。2人で山の中腹に座り「助けて」と言っていると、おじさんが来てみんなのいるところに連れて行ってくれた。流れてきた「カスタードクリーム」「ミカン」を食べた(5年)。6年生から一列で山沿いに歩き、県道に登ろうとした時、前方左側から津波が来た。前にいたので津波が見え、すぐ来た道を山側へ走った。高学年のみんなは山の方へ走って、山に登ろうとしたが、雪で滑って登れなかった。そのうちに波に巻き込まれてしまった。低学年の子たちは、なんで高学年が走って戻ってきたのか分からないようだった。波に押し上げられ、山の途中で土に埋まって動けなくなった。友達が来て、土を掘り助けてくれた(5年)。津波に備え避難場所を検討した。山は倒木が懸念され適さないと判断。住民と教頭が相談し、近辺では一番高い橋のたもとへ避難することにした。校庭を出て駐車場付近で津波が来た。最後尾におり「山だ」と叫んだ。山に登ったが倒木に挟まれ動けなくなった。その後、動けるようになり、近くにいた3年児童を連れ、さらに登った。落ち葉を敷き雪をしのごうとした。松くい虫防除用のシートをはがしてくるまった。車の中で夜を過ごした。腕を脱臼しており、病院に搬送された(教諭)。 (学年は当時)(引用終わり)

 重い記録である。しかし、生き残った教諭はたった一人。そして、子どもたちの言葉も教育委員会の担当者が『証言メモ』を基にしてまとめたと称しているものである。

改めて、市と県の教育委員会、そして文科省に『証言メモ』を廃棄した理由を問いただしたい。(田舎親父)

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