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2011年10月

2011年10月31日 (月)

国民に仇なす政策ばかり・・・

 昨日のマスコミ報道によれば、ノダ首相はTPP交渉に参加する意向を固めたという。来月ハワイで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の機会に、シンガポールのリー首相と会談し、参加方針を伝達するのだそうだ。

TPP交渉開始時からの参加メンバーでけん引役となっているシンガポールの首相に直接伝えることにより、日本が交渉で主導的役割を果たす決意をアピールするのが狙いだと報じている。

この内閣は、先の財務相がG20で『消費税を来年度中には上げる方向』と発言、今回のTPP問題も含めて、国内議論など面倒だから、まずは国際会議で言い放ち、それを国際公約にしてしまえば後は何とかなるだろう・・・という体質をもっているようだ。

特に今回のTPP交渉では、APECではオバマ米大統領とも会談し、交渉参加を伝える考えだというから、マエハラ政策審議会長が『国益と反するなら降りれば良い・・・』などという考え方は全くナンセンスで、アメリカさまのご命令通りの動きをしなければならなくなってしまうことは間違いなさそうだ。

TPP交渉問題はさておき、この内閣が原発の開発や輸出に積極的だということも気になる。普通の人間には、あれほどの(地震と津波だけではない)事故を起こした以上、原発は危険なものという認識を持たねばならないのに、この内閣は『事故は東電のほんの少しの安全に対する意識の欠如で、日本の原発は絶対安全』だと信じているのだろうか。

『東電の意識』が問題なら、まず東電を国家の管理下におき、JALに対して行ったように、(正しかったかどうかは私にはわからないが)株券を紙屑にしまうほどの厳しい行政指導をするのであればわかるが、やっていることは全くその逆。東電を今のまま存続させるという態度がアリアリ・・・。

事故後の極めていい加減な経過報告を繰り返して、東電と口車を合わせていたことも忘れてはならない。さらに、約8ケ月過ぎた現在でも、あたかも原発事故への収束は順調に進んでいるように装っているが、実際にはなにも進展していないと言っても良いのが現実・・・。

こんな時に、原発を輸出などはまともな神経なら口にできないと思うのだが、ノダという男は、平気で原発輸出を国策として進めると明言。もしも、輸出した先で事故でも起きた時、どのように償うことができると考えているのだろうと呆れてしまう。

ノダ首相は今日ベトナム首相と会談するのだそうだが、その席で、昨年秋に(久しぶりに出てくる名前)アホカン首相と、ベトナムのズン首相が発表した共同声明に沿った成果を確認し、原発輸出正式合意へ向けて動き出すという。

酷い話である。ベトナムは福島原発事故後は我が国と進めてきた原発輸入について、国内意見もあって中断していたと聞いている。が、国内で議論を進めたとは思えないのに今回の合意は、また裏で何かトンデモナイ利権がうずまいていることを勘繰らせる。

ベトナムの国民も、福島原発の事故を知って、原発が絶対安全だと思っていないはず。我が国にとっても、『脱原発』の方向性が曖昧になるのも許し難い。

ズン首相は、明日福島の被災地を訪問するという。しかし、東電が事故現場を直接見せるとは思えないから、恐らくは、現場近くで東電と政府の担当者の説明を受ける程度ではないだろうか。そんな被災地の現状をベトナム国民にどのように伝えるのだろう。こちらも普通の神経なら、(どこまで踏み込んだ視察になるのかわからないが)悲惨な現状を見たら、日本の原発などとても輸入できる代物ではないと思うだろうに・・・。

さらに、ベトナムに留まらず原発の輸出はインドへも積極的に働きかけているという。こちらは外相が露払い役になっているらしく、先日、インドの外相と会談し、福島原発事故を受けて中断している原子力協定締結交渉を進展させることで一致したというマスコミ報道が流れている。

その日のうちに、ノダ首相はインド外相と会談して、外相間の戦略対話で交渉進展を確認した(何の意味が理解し難い表現だが)日印原子力協定について『福島原発事故の情報を提供し、安全対策についても貢献していきたい』と述べたとのこと、どんな顔で『安全対策』という言葉を口にしたのだろうと思うと、これはもうブラックユ-モアの世界ではないかと聞くだけで、日本国民の一人として恥ずかしくなる。

原発事故の収束や円高対策はどこかに置き忘れて、消費税はじめ増税だけは既成の事実にしてしまい、今回のTPPも同じ手法で既成化、その上原発や武器輸出まで進めるとは、国民をいつかきた道へ引き返させるとしか思えない仇なす政策。

(利権がらみであったとしても)TPP交渉に反対しているという200名以上の民主党の国会議員の造反を願いたいものである・・・。(田舎親父)

2011年10月30日 (日)

ますます賑やかになってきた大阪の熱い戦い?・・・

 (何度が話題にしているが)大阪が賑やかだ。ハシモトという知事はなんでも自分が仕切らねば気がすまない性質らしく(私の想像だが)大阪市長に『俺の構想で一緒にやろう』と持ちかけたそうだが、市長は『ちょっと無理でんな。もう少し穏やかにやらないけまへんで・・・』とでも言ったのだろう、やんわりと断ったらしい。

このあたりから、それまでは仲がよかった(らしい)二人の関係がおかしくなり、自分の大阪都構想を実現するためには、大阪市を何とかしなければと、子分を集めて『維新の会』を結成、大阪府議選や大阪市議選に臨み、大躍進という経過は報じられている。

『維新の会』は、府議は圧倒的多数を得たが、大阪市議は過半数に届かず、大阪市長はじめ市の職員たちが、大阪都構想には首を楯に振らないので『俺が市長になる。府民は俺について来るはずだから、知事選はお前に任せる・・・』と、側近のマツイという維新の会の幹事長に立候補の表明させてしまった。

本人はもう市長になったつもりになっているらしいが、迎え撃つヒラマツ市長もこのまま引き下がるわけはいけない。かなり、厳しい前哨戦が始まっているらしい。

先日も、この様子をマスコミが伝えていたが、ハシモト維新の会は『今の区役所は機能していない。単なる窓口で、区長は窓口所長だ』と、東京都と同じように区長を公選制にすることから、地方自治を広げなければと訴えているという。

それに対してヒラマツ市長側は『わずか3文字で経済や暮らしが良くなるというのは、まやかし以外の何物でもない』と反論しているという。表現としては、区長を公選したところで、庶民の暮らしが劇的に良くなるはずないのは当たり前、私的には、市長の言い分に分があるように思えるが、大阪市民はどちらの意見に賛同するのか、外野的には大変面白い選挙になりそうだ。

大阪府議選で圧勝した結果から判断すると、『維新の会』が府民の圧倒的な支持を集めていることは間違いない。知名度は親分に比べると極端に落ちるものの、維新の会の幹事長であるマツイ氏が絶対有利な選挙戦。よほど、大物が立候補しなければ、府も市も『維新の会』に乗っ取られるのではと思っていたが、ここにきて、池田市長のクラタ氏が立候補を表明。

府議選で完敗している民主党も自民党もこぞってクラタ候補を応援すると図式になりそうだから、俄然知事選の行方が不透明になってきた。というより、私的にはクラタ氏が知事になり、誰が考えてもいき過ぎだと思われる、『維新の会の教育改革』などに冷静に対応してほしいものだと期待している。

話は飛ぶが、クラタ氏が市長をしている池田市は安藤百福翁が苦労に苦労を重ねて、インスタントラ-メンを発明した地である。インスタントラ-メンの発明は、お湯だけで主食が出来上がるのだから当時の山岳会では大変な朗報。山男たちが競ってインスタントラ-メンを携えて冬山や岸壁に挑んだものである。

池田市には安藤百福翁を建てた『ラ-メン記念館』があり、そこで、やはり百福翁が、優秀な野外体験学習を推進している学校や団体を支援するために創設した『トムソ-ヤスク-ル企画コンテスト』の授賞式が毎年開かれている。

実は、私がその第一回のグランプリに選ばれたので、当時は元気で活躍されていた百福翁から直接、賞状と副賞100万円という大変な栄誉を得、その後も何度か招待され、その都度クラタ池田市長とも話す機会を得たことがある。今回の府知事立候補の報を聞き、当時のことを懐かしく思い出される。

ところが、昨日になって自民党の参院議員で弁護士のマルヤマ氏知事選に出馬するというニュ-スに驚く。

確か、自民党の府議団は民主党府連とともにクラタ氏を支援する方針を決めたと報じられている。この機になってこの御仁が出てきたのは話をややこしくするだけだろうと思うのだが、クラタ氏の出馬で情勢が変わり、マツイ維新の会の幹事長では勝てないと読んだハシモト知事が、昔のテレビ番組でタッグを組んだ弁護士仲間であるマルヤマ氏へ立候補を依頼したのではあるまいか。この御仁は自民党本部から要請があったが断っていると報じられているのに・・・。

このことは、マスコミに対して『大阪を日本の第二の中心にするため、出馬したい』と述べ、大阪都構想には『賛成でも反対でもない。ゼロベースで見直す』と語っているらしいところからも推察される。私のうがちすぎかもしれないが、一両日中に、マツイ氏に何らかの動きがあるのではないだろうか。

ますます大阪府民の意識(良識)が問われる選挙になってきたという意味で、注意深く見守りたい。(田舎親父)

2011年10月29日 (土)

タイの洪水の規模が信じられない・・・

 連日テレビのニュ-スではタイの洪水被害が拡大している様子を報じている。被害は首都バンコクの広い範囲に及び、観光名所の一つになっている、王宮前広場周辺も冠水しているという。人々が胸まで浸かって泳ぐように避難している様子が痛々しい。

今、月齢が小さく大潮に当たり、被害はますます拡大する心配があるとのこと。日本では、例え二階まで水に浸かっても、数日(多くの場合は雨が止んだらすぐに)のうちに水が引き、すぐに後片付けにかかれるが、タイの水害は私の知っている知識(押さない時の体験を含めて)では想像もできないようだ。

タイの洪水は7月中旬から続いているという。当初はあまり騒がれなかったが、今月に入り、日本企業の工場が多く集まっている、チャオプラヤ川の流域にあるアユタヤの工業団地が浸水し、多くの日本企業の工場の閉鎖が続くようになると、情報は急激に多くなる。

すでに今回の洪水では、タイ北部、北東部、中部地域を中心に、これまでに少なくとも366人が死亡。250万人近くが被害を受け、11万3000人以上が避難生活を強いられているというから被害は物凄い。

原因の1つは、50年に一度ともいわれる記録的な大雨が続いているからのようだ。タイの気象当局の発表によると、チャオプラヤ川の上流域となる北部や北東部などの雨量は、ことし6月から先月まで月平均の雨量を最大で50%余り上回っているという。

一度堤防が決壊すると、大量の水が低地に集まるのは当たり前だが、低地の範囲が我が国とは比較にならないほど広く、上流域からの大量の水の流入が続くこともあって、水が引くどころかますます増えるのだそうだ。

地図をひらいてみると、首都バンコクは、チャオプラヤ川下流のデルタ地帯に位置していることがわかる。この都市は運河が縦横に張り巡らされて、ほぼ平らな低湿地が河口部まで続いているそうだから、今後も水は増えつづける恐れがあるとのこと。

王宮前広場の周辺には、国防省や法務省など政府機関の庁舎が集中していて、政治・経済の中枢となっているという。タイはつい最近の選挙で、タクシン元首相の妹であるインラック氏が首相になったが、その選挙の様子からうかがうと、まだまだ政権が確立していないだろうから、大きな指導力を発揮できないのではと心配になる。(国民のために有効な政策ができないのは我が国の方がもっと酷いかもしれないが・・・)

そのインラック首相は、状況を調査した結果、水が海に出て行くまでに、バンコクでは2週間から1カ月にわたって浸水が続く見通しだが、アユタヤなどと違い、2~3カ月にわたって2~3メートルの浸水が続くことはないと発表している。が、映像を見る限り楽観過ぎるのではと思わないでもない。

それにしても、水深が1.5メートルにも達しているというのは尋常ではない。バンコクの人口は(正確には知らないが)少なくとも数百万は下るまい。どこでも同じだが、貧しい人々は片隅に追いやられて、特に低地での生活を余儀なくされているに違いない。

テレビでは、王宮付近の住民が水に浸かりながら、車やペットを運び出している映像を流している。この人々は比較的経済的に恵まれた人々であることから、まだ表情には余裕があるように感じるが、すでに家を追われた貧しい人たちの今が心配である。

日本のメデイアは、タイの洪水を日本経済への影響という面から捉える傾向が強いらしく、多数の日本企業が進出している上、収益力の高い海外拠点であるため、洪水により生産停止や減産が長引けば、企業業績への下押し圧力は免れないと報じているが、ここにも経済(金儲け)が第一という姿勢を感じてならない。

国内の企業が製造拠点を人件費の安い東南アジア(特にタイやベトナム)に移転していることは以前から話題になっている。

円高で不況が続く中、経営を維持するためにはやむ得ないという解説であるが、今回のタイの洪水を、この視点からも見直してほしいと思うのは私だけないと信じたい。(田舎親父)

2011年10月28日 (金)

神岡カンデに出かけてきた

 以前話題にした、ニュ-トリノが光より速いスピ-ドをもつとの名古屋大などの国際研究チームが実験を繰り返して検証したとの発表が、物理学会だけでなく、一般社会でも大きな反響を呼び、国立天文台には『実験結果は本当なのか』などの問い合わせが、1カ月近くたっても続いているそうだ。
 相対性理論によると、『実験結果が本当ならタイムマシンも可能』となるとのことで、アインシュタインの相対性理論に関する書籍などの売り上げが伸びているというのも面白い現象である。が、物理学界では、もしこの結果が正しいとなると、相対性理論を覆すことになるのだから、これはトンデモないこと。喧々諤々の議論が沸き起こっているらしい。
 相対性理論について詳しいことは殆ど理解していないが、物理学者にとってはバイブルといっても良いほどの理論であることくらいは知っている。この結果に、科学者たちの多くは半信半疑で、測定の誤差ではないかという意見も多いという。事態を打開するため研究チームは今週、追加実験に着手する方針を固めたそうだが、人間が考えることだから『絶対ということはないのでは』と思っている私には、何となく『光より速い物質』があってもおかしくないような気がしてならない。
 日本ではニュ-トリノの研究は『神岡カンデ』が聖域だと聞いている。今回の日本における実験でも名古屋大学などの研究班は、東海村から飛ばしたニュ-トリノを『神岡カンデ』で受け止めることを、何度も繰り返して行った結果だというから、やはり『神岡カンデ』が主役になっている。
 学生時代から、宇宙のことに興味をもっていたので、『神岡カンデ』という名前は知識としてはもっていた。地下1000mに広大な空間を作り、そこにニュ-トリノを受け止める装置を作ってあるそうだ。そこには選ばれた科学者だけが立ち入ることができ、一般人には公開していないので、その概要などは時にテレビで紹介される映像から想像するしかない。
 このニュ-スが流れた時に、ネットで『神岡カンデ』を検索したところ、その施設の正式な研究名称は『ス-パ-カミオカンデ』と言い、近くの『道の駅』にこの施設の模型があることを知った。その道の駅の名は『宇宙(スカイ)ド-ム・神岡』。
 これは行ってみる価値がありそうだ。規模的にはガッカリするほど小さいもので、大人が数人入ったら満員になる程度だが、入ったら正面には、ニュ-トリノを捕まえるためのお碗のような半球がずらりと並んでいる。
 解説には、スーパーカミオカンデとオンラインで結んでいるという。ここには研究者がモニターしているものと同じ画面を表示してあるが、この画面が示す意味は(当然のことながら)何のことか全く理解できない。地下タンクの内面に取り付けたものと同じ『光電子倍増管』を、本物と同じ間隔で並べ、スーパーカミオカンデの壁面の一部を再現しているとある。
 本物は5万トンの超純水を蓄えた直径約40m、高さ約41mの円柱形水タンクで、その壁に設置された光電子倍増管と呼ばれる11146本の光センサーなどから成っているというから、その規模は想像に絶する。
 太陽などからのニュ-トリノを捉えると、半球が赤く光ることなどを示す本物の50分の1の模型は興味深い。また、ニュ-トリノが飛び込む際の音(雑音と記載があったが)も聞こえ手くる。
 前には一つだけディスプレ-が置かれて、ニュ-トリノのことに関して、知りたいことをタッチパネル形式で選べるようになっていて、そこに指をかざすと、小学生に対するように安易な映像と解説が表れるようになっているので、知識のない私にもだいたい理解できそうだ。
 この朝私は午前9時過ぎ(開場は9時)に飛び込んだが、すでに、学生らしい若者二人がタッチパネルを操作して、解説を聞きながら互いにうなづきあって画面を観ていた。画面も面白いが、二人の会話の方が面白い。聞くともなく聞いていたが、しばらくして『難しいね』と立ち去ってしまったので、タッチパネルを独占できることになり、しばしニュ-トリノ空間に遊ぶことを楽しんだ。
 確かに、優しい言葉づかいで表現してくれているが、その内容はかなり高度で、理解し難いことが多い。しかし、ニュ-トリノという物質の性質や、極めて微少ながら重量をもっていることは理解できる。
 今回の実験が正しいとなっても『タイムマシン』に行き着くのは、気の遠くなるような将来だろうが、模型とはいえ『神岡カンデ』に触れることができたことから、何となく身近の話題に感じられるようになってきた。(田舎親父)
(追記)今日10月28日は一説によると『マヤの暦の終焉の日』だという。あるマヤ歴の研究者が来年の冬至だとされてきた『終わりの日』を、詳しく計算するとこの今日になると発表したという。私は、従来説を採用したいと思っているが、この説を無視して良いとは考えていない。今日何かが起きることも念頭に入れながら一日注意深く過ごすことにしたい。

2011年10月27日 (木)

テレビ漬けにしたいようだが・・・

 テレビが売れないのだそうだ。7月の地上デジタル放送への完全移行に伴ない、マスコミがこぞって『買い換えないとテレビが観られなく』という、一種の恐怖感を与えて、買い換えをするように世論誘導したので、アナログテレビで十分楽しんでいた人にも強引にデジタル対応テレビに押しつけて殆どの家庭にデジタルテレビが普及したので、需要の長期低迷は避けられないのは当たり前。

さらに、韓国メーカーとの競争でも劣勢に立たされ、バナソニックやソニ-という世界的なブランドでも生産の撤退や縮小の方針を固めているというから、これまた景気に悪影響を与えそうな気配を感じる。それでも各社は『付加価値』の高い新製品を投入し、需要を喚起しようと躍起なのだそうだ。

先日、フルハイビジョン(HD)の4倍の画像解像度を持つ『4Kテレビ』という、聞き慣れない文字が新聞に載っていたので、少し興味をもって読んでみた。

記事によると、地デジ対応テレビへの買い替え特需で、昨年の国内出荷台数は前年比84%増の2519万台と過去最高を記録。今年も1~7月で32%増の1407万台と売りまくったのだそうだ。しかし、地でジ対応のテレビが各家庭に行き渡ったこともあって反動減も大きく、『来年は年1千万台を割り込む』との悲観的な見方が広がっているのだという。

約2500万台とは凄い数値。日本の人口が1億3千万人弱。世帯数はその半分と見積もっても6千世帯。その約半分近くが購入したというから驚く。さらに、来年度は悲観的な情勢でも、1千万台を製造するというから、来年の競争の熾烈さは言語に絶するものがあるのではないだろうか。

今年の前半には、週末の新聞折り込みの家電量販店のチラシには『3D(3次元)テレビ』という新商品を盛んに売り込んでいたが、いつのまにか、この言葉が消えている。メ-カ-各社は消費者のニ-ズに合わなかったことを知って、戦術を高品位画像に切り換えて生産を縮小しているらしい。かわって生まれたのが『4Kテレビ』なのだそうだ。

『4K』は横4千×縦2千画素前後と、現行のフルハイビジョン(1920×1080画素)の4倍の解像度を誇るという。ここまで読んで、やっと『4K』という意味が少し理解できたが、庶民の多くが本当にこんな画質の映像を望んでいるのだろうか・・・という素朴な疑が生じる

話は変わるが、最近のNHKはやたらと自局の番組のコマ-シャル(番組予告)が多過ぎることに、何かこのことと関連するのではということに思い当たる。特にBSの3チャンネルのコマ-シャルが多い。そこにはジャンルの多岐はもちろん、テレビ嫌いの私でも何となく見てみようかなと思わせるものも少なくない。

しかし、放映時間となると、まちまちで深夜に放映するものも多く、なんだか国民総体をテレビ漬けにする意図があるのではと感じてしまう。もっとも、その内容も、予告から受ける印象では、人間心理を追求するとのことながら題材は不倫のすすめとも受け取れものもお得、深夜に放映するのも仕方ないのだろうが・・・。

最近の傾向を見ると、午後7時台の私が殆どかかさず観ている『ニュ-ス7』や、それに続く『クロ-ズアップ現代』でも、平気に『BCプレミアム』と称して、かなりマニュアックな魅力ある番組をぶつけているのも気になっていたが、この『4Kテレビ』という言葉を知って、BCプレミアルが『4Kテレビの高画質でお楽しみください』と案内するNHKの意図がわかると言ったら、少しうがちすぎだろか。

ところで、NHKの受信料が来年10月から月額で最大120円値下げされるという。受信料の値下げは、ラジオの受信料が廃止され、テレビだけが対象になった1968年以来初めてなのだそうだ。

値下げは歓迎するが、早朝から深夜まで、四六時中絶えず国民の年代や階層に応じて『魅力ある?』番組を、(民放各社も同じだが)高画質テレビ(4Kテレビ)で放映し、視聴させられては、今でも鈍っている国民の判断力は一体どうなるのだろう・・・。

節電と大騒ぎしたことをNHKはすっかり忘れてしまったようだが、これが国の方針だとしたら何やらきな臭くなる・・・。(田舎親父)

2011年10月26日 (水)

アメリカさまのおっしゃる通りに・・・

 アメリカさまの圧力に屈したのか、政府は狂牛病(BSE)の国内発症以来、アメリカ産牛肉の輸入規制をしていたのに、ノダ政権はその規制を緩和する方針なのだそうだ。その内容は現在の『月齢20カ月以下』の牛の肉に限って認めている輸入を『30カ月』まで広げるとのこと。早ければノダ首相が、来月の参勤交代的訪米でオバマ大統領の謁見を受ける場で正式に発言するらしい。

マスコミ記事によると、規制緩和は輸出拡大を図る米側への配慮を示し、環太平洋連携協定(TPP)参加問題とも合わせ対米関係を強化するのが狙いだとのことだが、この政権も国民の安全性よりもアメリカさまへのあいさつを優先しているのだから、我が国の植民地状態は何時終わるのだろう。

TPP交渉については、アメリカさまのご意向を聞いて、嫌なら参加しなければ良いと発言しているマエハラという口先お気軽政調会長がいるが、今までの対アメリカ交渉からそんな簡単なものではないことは政治音痴の私でもはっきりわかること。

どうやらマエハラ口先政調会長は、アメリカから恫喝されて周りが見えなくなっているらしい。TPP交渉への参加に対して、前農水相などは徹底的に反対しているというから、アメリカ産牛肉の規制緩和は、何らかの取引材料となっていることをうかがわせる。

この問題は、自分の健康を守るためには、輸入されても購入しなければ良いだけで、意識を持っていれば、日常生活上の影響はごく限られたものになるだろうが、基地問題となると話は、そんな生易しいものではない。

オバマ政権がなぜ普天間基地の移転先を辺野古に拘っているのかは、私などには伺いしれない理由があるのだろうが、最近のアメリカの圧力は異常。それに抗しきれないのだろうが、ノダ首相は辺野古への移転を『日米合意』というお墨付きを楯に強引に動き始めたようだ。

その動きの一つに(これまた一週間ほど前の話になるが)、イチカワという防衛相が沖縄を訪問してナカイマ知事と会談し、辺野古の海を埋め立てる前提の『環境影響評価書』の提出を年内にする考えを明らかにしたという。

このアメリカ軍の移転に関する政治の仕組み(言葉そのものを含めて)がいま一つ理解できなが、防衛相は『この年内に、できたら、評価書を提出できる、そういう準備を進めさせていただいておると』と発言したのだそうだ。『環境影響評価書』という言葉から受ける感じ曖昧だが、実際は『埋め立てろ』という命令書のような代物らしい。

官房長官も『年内にアセスメント結果(防衛相のいう環境影響評価書と同じ?)を提出するということになる。日米合意をふまえたうえで、もちろん沖縄県民にしかるべく説明をしながら、しっかりと手続きを進めていきたい・・・』と発言しているというから、内閣内では埋め立ては既定の事実なのだろう。

政府としては『この海域を埋め立てても自然環境に大きな影響を与えない』という筋書きができているようだが、珊瑚礁に囲まれた美しい海を埋め立てて、自然環境に影響がないだろうとはメチャクチャな話。

誰が考えてもナカイマ知事の『沖縄県内に移転することは無理、県外に移転先を探すほうが容易』という話の方に分があると思うのだが、ノダ政権はアメリカさまの意向に徹底的に反対する気ははじめからないのだろう。

昨日は、またまた圧力をかけるために、パネッタ米国防長官の来日し、首相はじめ、外相や防衛相と官邸で会談し、改めて、日米合意に基づく名護市辺野古への移設を推進していくことに合意したと報道されたが、沖縄県の絶対反対という声を無視して、埋め立てに突き進む気のようだ。

恐らくノダ内閣は、今までの政権が示した以上のカネや権限を与える手で懐柔するのだろうが、ここは何としてでもナカイマ沖縄県知事には『カネで転ばない沖縄』という強い意志と姿勢を示してほしいものである。(田舎親父)

2011年10月25日 (火)

カネは下々から搾り取ればよいとは・・・

 アズミという財務相の頭脳構造は我々庶民とは大きく違うらしい。この御仁の経歴は殆ど知らないが、裕福な環境で育ったためだろう、一般人の生活レベルなど想像すらできないようだ。
 財務省の官僚は、カネが足りなければ人民から絞りとれば良いと考えているところなどは、まさに代官所的発想だが、アズミという男はその典型。というより財務官僚に体よく教育されているのでは。
 不景気感が漂い、大学を出たものの働く場が見つからないという話が巷に溢れるようになったのはいつからだろう。それに対応するかごとく、(超一流大学を除いて)本来なら専門の勉強に費やすべきなのに、3年生になった時点で就職活動をはじめなければ手遅れになるという風潮が蔓延し、大学も授業より就職とばかり斡旋が重要な課題になり、民間の就職セミナ-が大人気というから困ったもの。
 財務相は超一流大学を卒業して、これまた多くの人の垂涎の的であるNHKから政界に転じたというから、就職先を探してウロウロしている一般の大学生などは、まさにバカどもが・・・としか見えないのだろうが、こんな不景気感が蔓延している中で増税などしたら、ますます景気が後退するという簡単なことが理解できないようだ。
 NHKで鍛えたようでの国民の動向を捉える術にたけているのかもしれないが、マスコミの誘導もあって、オザワ氏のカネ問題が明るみにされると同時に、党内で反オザワという立場を鮮明にして上手く立ち回りアホカン氏に気に入られたらしく、国会対策委員長という重要ポストを得、先の総裁選挙でもノダ首相にベッタリ。ついに政権のNO2と言われる財務相に大出世。
 この御仁は津波で大被害を受けた石巻が選挙地盤という。復旧にカネをつぎ込めば次の選挙は心配ないと読んでいるとは思いたくないが、震災復旧にカネが必要なら国民から絞りとればと考え、『社会保障と税の一体改革』というる財務官僚の代官所的発想を受け入れて、消費税率の値上げに目茶苦茶熱心。
 先日は、財務省的発想の権化である経済連のヨネクラとい会長と会談で『来年には消費税の(増税)法案を必ず出す』と約束したと報じられていた。しかも、経団連側が求めた『法案に、2015年度までに消費税率を10%まで引き上げることを明記』という具体案に、ウンウンとうなづいたというからどうしょうもない。
 経済連の要求した2015年という具体的数値は、『2010年代半ばまでに段階的に消費税率を10%まで上げる』とした、政府・与党の一体改革案を踏まえたものだが、党内では半数の議員が反対しているという代物で、この案がすんなり通るとは思えない。これから本格的に議論をはじめなければならない事柄だろうに、現在の時点が、これが政府の考え方だと、手形を切ってしまうとは常識的に考えても変な話。
 ここまでは国内のことだから、人が変わればウヤムヤになるだろうが、この御仁は、こともあろうに、二十カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議(G20)で、消費税を5%引き上げるための関連法案を、来年の通常国会に提出すると演説したという。
 しかも、G20ではノダ政権(俺)は財政健全化に取り組んでいると大見得を切り、消費税増税とともに社会保障費の抑制でプライマリーバランスの赤字を2015年度に10年度比で半減、20年度には黒字化するとことも表明したというから、『国民のぎっしり持っているカネを合法的に巻き上げ、できるだけ早く死ぬように持っていくから、皆さん心配しないで・・・』という気持ちの表れに他ないようだ。
 どうやらこの男は、なんでも『自分で決める力』があるのだと勘違いしているようだが国際的に約束されては迷惑千万。即辞めてもらいたいものだが、私の声など蚤に巣くう微生物の排泄物のようなもの、悲しいかな届くはずもない。
 国際的に宣言してしまった以上、消費税の値上げは既定のものとなったようだが、議論なき値上げを許してはならない。民主党のマニフェストは破るためにあるものらしく、次々に破られているが、次の選挙で消費税議論をするという約束だけは守らねば、民主党は民主主義そのものを踏みにじむことになる。
 しかし、今までの消費税論議とは違い、マスコミはこのことに対してシラ-としているのが気に入らない。(田舎親父)

2011年10月24日 (月)

空き巣も心配 戻るも不安・・・

 今日も少し古い話になるが、福島原発の事故のため立ち入りが禁じられた警戒区域で、空き巣被害が激増しているという記事に愕然とする。

9月末までの住宅の被害は、前年同期の30倍近くに達し、避難世帯の50軒に1軒が被害にあった計算だという。被害者からは『もともとの原因は原発事故』と東電による賠償を求める声があがっているのは当然だろう。しかし、東電は『悪意を持つ泥棒の責任』として拒んでいるというからなんとも酷い話である。

空き巣泥棒としては、人が住んでいないとなると、表現は悪いが、大きな音をたてても気づかれる心配などないのだから、盗みの素人でもできる気楽な家業に違いない。これと思われる家に押し入るのも簡単なこと。まさに盗み放題状態だろうから、立ち入り禁止となった時点で、全国から不届きな輩が集まったに違いない。

事実、4月末に警戒区域に指定された、第一原発から20キロの立ち入り禁止圏内はでは、数週間後に一時帰宅が認められ住民が帰宅してみたら、住居や事務所の空き巣被害が次々に見つかったという報道を思い出す。

こんなことがまかり通って良いはずはない。警戒区域を設けて避難命令を出す以上、避難住民の財産は保障するという一項があってしかるべきだと思うのだが、放射能と大雨とは原因が根本的に違うことは明らかなのに、政府は原発事故など想定していなかったこともあり、対応は台風や大雨と同じ扱い。そのことを楯にとって、東電はモラルが原因と問題をすり替えているのだろう。

大雨で家が流されるとあっては、とるものもとらずに避難するのは当然としても、すぐに癌になるはずがないと思っている住民にとっては、恐怖があるものの逃げたくない心理になるのは当然なのに、その恐れがあるために避難しろとの命令に抗する術がない。家は行政が守ってくれるはずだと信じて、いやいや避難したに違いない。その結果が、空き巣の標的になっているというのだから許し難い。

シ-ボルトが鍵をかける習慣がないほど日本人の道徳心は素晴らしいと絶賛したのは、わずか200年ほど前のこと。最近は、ひったくりや振込詐欺などが横行し、男でも夜道の一人歩きが危ないと言われるほどの治安が悪くなっている。

経済の発達と比例するかのような治安の悪化。そこに起きた原発事故が空き巣を呼び込んでいるとは、考えさせられる・・・。

原発事故関連でもう一つ。緊急時避難準備区域指定の解除を受け、福島県南相馬市で準備区域にある市立小中学校12校のうち、5校が約半年ぶりに元の校舎で再開したというニュ-スを旅先で見た。この日のために市は8月から校舎や校庭、半径200メートルの通学路を除染し、受け入れ準備を進めてきたという。

原発事故前、5校に在籍していた児童・生徒は計約2200人。そのうち半数以上の約1200人が県内外に避難したそうだ。学校が再開されることで、帰還したか、間もなく戻るのはわずかに23人、殆どは戻らないらしい。

テレビには、子どもたちが抱き合って再会を喜び合っている映像が映し出されていた。様々な事情で、市内に避難場所を求め、離ればなれで暮らしている約1000人の子どもたちの気持ちは良く分かる。

原発は絶対安全と教えられていたのだから、当然ながら放射能に対する危険さなどの知識は薄いに違いない。久しぶりに友達に会えるという喜びは、その薄い知識などどこかに吹き飛ばし、何の屈託もない笑顔にしているのだろう。

子どもたちの笑顔に思わず目頭が熱くなるが、本当に大丈夫なのだろうか。学校内と通学路は除染されていると信じても、子どもたちがそこに留まって生活できるはずはない。それぞれの生活範囲があり、その範囲の除染は殆ど行われていないという。

5校以外では、校舎が被災した4校が3学期にも再開予定しているという。市のご苦労には頭が下がるが、子どもの安全という観点から見ると、単純に再開を喜べない。

こちらも考えさせられる問題である。(田舎親父)

2011年10月23日 (日)

特定業者のための副読本?・・・

 しばし更新をさぼってしまったが、また今日からご批判覚悟で、ぼけ防止のための駄文を掲載したいと思う。

かなり古い話題になるが、『文科省は、放射線の性質などを学校で学ぶための副読本を初めて作製した』とのマスコミ報道に、すでに原発の副読本は各学校に配られていたことを知っている人の多くは、また文科省のお得意な誤魔化しが始まったと感じたのではないだろうか。

文科省の言い分では、これまで、原子力発電に関する副読本を発行していたが、『大きな津波にも耐えられる』などと安全性を強調する記述があり、福島原発の事故後に批判を浴びたので、今回は原発という言葉は出さずに、放射線を中心に特化したのだそうだ。そして新たに『放射線教育』という言葉を設けて、各学校で指導するように求めているのだそうだ。

どんな言葉の後に『教育』という文字をくっつけると、あたかもそれが新しい教育のカテゴリ-になり、それを取り上げる学校が出ると、あたかも学校教育の一つの分野として定着してしまうのが最近の風潮。文科省もそのあたりを狙って『放射線教育』などと陳腐な言葉を作ったようだ。

文科省のホ-ムペ-ジで小学校用の内容をチエックしてみた。A4判18ページで、福島原発事故については巻頭で『発電所の周りに住む方々が避難した』などと触れるだけで、本文では言及していない。これでは、渡された小学生でも『何なの・・・』と首を傾げるに違いない代物のようだ。

詳しい内容は省略するが、『放射線はありふれた身近なもの(自然放射線)』で『放射線は生活に役に立っている(放射線利用)』の2点が強調されている。その反面、放射線のリスクについてわずかな記述のみ。相変わらず『一度に100ミリシーベルト以下の放射線を人体が受けた場合、放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという明確な証拠はありません』と、回りくどい表現でリスクを過小評価する記述に呆れる。

さらに、教師向け解説書では『身近に受ける放射線があることを伝え、放射線に対して児童が不安を抱かないように配慮する』という記述はともかく、『がんになる原因は、色々ある・・・』などとは、リスクの打ち消しが教師の役目のような表現。

こんな副読本を本気で使う教師はいないとは信じたいが、教師として一番肝心な『子共への影響』という部分には一言も触れていないのは、小学校の教師をバカにしているとしか思えない。本気で子どものリスクを心配している福島県の教師を冒涜しているものと断言して差し支えないだろう。

自然放射線や放射線利用については大きく見せ、体への影響や事故のリスクについては小さく見せる姿勢は、文科省の教育と原発推進が一体化した本質が全く変わっていないことを示している。

話は変わるが、文科省が原子力教育を主な目的として進めてきた自治体への交付金事業で、同省が2002年度の制度創設から昨年度までの9年間に、教育現場のニーズを大きく上回る計42億円の予算を計上し、ほぼ半分が使われていなかったという事実を東京新聞が掲載している。予算が余っても、毎年度ほぼ同額の予算を計上していたともいう。

事業は『原子力・エネルギー教育支援事業交付金』。全国の小中学校や高校を対象に、文科省が都道府県を通じて支給してきたのだそうだ。一県当たり1千万円が上限だが、福井、静岡県など原発立地自治体は増額が認められるというから、原発受け入れを文科省が強力に後押ししているといっても良いだろう。

しかも、これらに使われる教材や資料製作などは、その殆どが文科省官僚のOBや電力会社の現役または元役員が理事などを務める公益法人で、一般入札ではなく随時契約だったというから、原発利権にまとわりつく人間関係が浮き彫りになって来る。

『原発は絶対安全』としていた原発副読本もこの例に漏れないというから、今回の放射線の副読本も、指定業者に発注したことも(こんなに速く作成配布したことからも)明らかだろう。やはり、文科省の本質は変わっていないようだ。(田舎親父)

2011年10月18日 (火)

いつかきた道へ・・・

 14日の東京新聞の社説の見出しに『秘密保全法制』という言葉を見つけた。さらに『知る権利を侵すな』と続いているので、もしやと思い読み始めたが、予想通りの内容に思わずゾッとする。

社説は、政府が進める秘密保全法制は、外交などの秘密をさらに厳重な国家管理下に置くものだ。国民の『知る権利』を侵しかねない法律制定に強い懸念を持つきいう文章で始まっている。

秘密保全法制が射程に入れているのは(1)国の安全(2)外交(3)公共の安全および秩序の維持の三分野で、行政機関が所有する秘密情報の中でも、重要なものを新たに『特別秘密』と規定して、保全措置の対象。故意に漏えいした場合は、懲役5年以下か、10年以下の厳罰を科すという。

『特別秘密』という言葉には危険な雰囲気を感じる。『国家の機密を守るため』という、何となく反対できないようなニュアンスを持つ言葉で、自民党政権下にあった昭和60年に国会に提出された『国家秘密にかかるスパイ行為等の防止に関する法律案(いわゆる国家秘密法案)』を連想する。

この時は、戦前の『治安維持法』の再来だと、メディアは反対の大キャンペ-ンを張り、世論を動かしたもの。私も反対署名をしたことを思い出す。結果的に、廃案に追い込むことができたが、今回は何となく危なさが先に立つ。

昭和60年当時は、テロという言葉の持つ意味が極めて限定的だったことと、テロ行為も世界的な流行り?になっていなかったが、それから40年、世界中で起きる紛争には、場面は違っても、必ずどこかで『テロ』という言葉が使われるようになっている。

同時に、いかなる場合においても、『テロとは憎むべきもの』という意識が完全に国民の頭に擦りこまれ、テロを防止するためにはいかなる手段をとっても『是』という考えもまかり通るようになっている。

今回民主党政権が出そうとしている『国家機密に関する法案』は、国民に擦りこまれた『テロ防止のためなら仕方ない』という意識を巧みに利用していることは間違いないだろうか。

しかし、『故意に漏えいした場合は』と断り書きをしているものの、罰則規定と適用範囲を、事業委託を受けた独立行政法人や民間事業者まで広げているというから、これは昭和60年の『国家機密法』の目指したものと共通するように思えてならない。

しかも、罰則規定を設けていながら、『国家的機密』の定義がなされていないのも無気味である。社説でも指摘している通り、この法制は昨年、尖閣諸島沖で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件をきっかけに着手されたことは明らかだろう。

政府が徹底的に隠そうとしたにもかかわらず、インタ-ネットに画像が流れてしまったことが首相はじめ官房長官や防衛相などのメンツをつぶしたようだが、一般国民はあの画像がでたことで、少しは緊張感を感じ対中国感情が変わった人も多いというから、良かったと評価している人も多いのではないだろうか。

インタ-ネットに流れた映像はごくわずかの部分だという。私は見なかったが、もっと凄い映像があったらしいというから、あの程度の映像はとても『国家機密』に当たるとは思えない。が、政府にとっては絶対に隠したい何かがあったようだ。もっとも、実際は首相や官房長官のメンツだけだったかもしれないが・・・。

当時の政府の態度でわかるように、『国家秘密法』のような立法をすれば、政府にとって少しでも都合の悪い情報は、(メンツをつぶすことも含めて)『防衛秘密』を盾に広範な情報が国民の目から覆い隠されることになる。まさに東京新聞の社説が言う通り、国民の知る権利を奪うものに他ならない。

詳しく調べたわけではないが、これは戦前の『治安維持法』が目指すものと同じで、時の政府(権力)に楯突くものは許さないという意図が強く臭ってくる。

これは危ない。反対の声を大きくしなければ、いつかきた道に戻るような気がしてならない。(田舎親父)

2011年10月17日 (月)

文化と生活の根源は一次産業・・・

 韓国とアメリカの関係は、日本と似ている部分が多いようで、毎年のように韓国大統領はアメリカを訪問しているらしい。先日もイミョンバク大統領がアメリカを訪問したというニュ-スか流れたが、今回は『参勤交代』ではなく、『国賓』として招かれたというから今までとの会談とは全く意味が違うようだ。

韓国大統領の国賓訪米は、1998年の金大中大統領以来13年ぶりとのこと。オバマ大統領が招いた国賓としては、インド、メキシコ、中国、ドイツの各国首脳に続き5人目だというから、オバマ大統領(アメリカ)は日本より韓国を重視しているというメッセ-ジを世界に発信したことになる。

さらに、15日のニュ-スで、両首脳は安全保障分野を中心とする米韓同盟を経済・貿易分野も含めた『多元的戦略同盟』に格上げすることで合意したと報じている。米韓同盟について、韓国にとっては『安保の第一の軸』、アメリカにとっては『太平洋地域の安保のための礎』なのだそうだが、アメリカが現時点で韓国大統領を『国賓』として招いた真の狙いは、普天間問題やTPPなどで態度が煮え切らない日本政府に対しての圧力をかけることではないだろうか。

この会談ででは、『FTA』の早期発効を目指すことで合意したという。最近やたらにアルファベットの頭文字を並べた単語が幅をきかしているようだが、世間知らずの私には何のことだかさっぱりわからない。

そこで調べてみたところ、アメリカと韓国両国は貿易時に互いに関税をかけない(自由貿易)という取り決めなのだそうだ。TPPとは太平洋を囲む国々との自由貿易協定の頭文字だということが、やっと理解できるようになった私には、(難しいことはよく分からないが)『自由貿易』という言葉は聞こえが良いが、それぞれの国の文化や伝統が薄れるような気がしてならない。

韓国は、関税を撤廃する『自由貿易』は国の方針として推進しているという。アメリカも同様というから、両国間でFTAが締結されることは時間の問題だろう。発効すると5年以内に工業製品などの95%の関税が撤廃されるという。

マスコミ記事によれば、アメリカは輸入自動車について、乗用車に2.5%、商用車に25%の関税を設定しているが、これが撤廃されると、ウオンが安くなっている韓国の自動車がシェアを拡大するだろうとのこと。

さらに、韓国は既に欧州連合(EU)ともFTAを結んでおり、米韓FTAが発効すれば、韓国のFTA締結国・地域の年間新車販売台数は計4000万台と世界市場(7000万台)の約6割に達するのだそうだ。

一方、日本は米欧など主要市場とFTAや経済連携協定(EPA)を結んでおらず、日本のEPA締結国の年間新車販売は計800万台と少ない。自動車業界では『円高・ウォン安に加え、通商政策でも韓国と差がつきつつある』と焦りと不満を募らせているという。なるほど経済界がTPPに積極的なことがよく分かる。

自動車業界は当然だか、輸出産業にとって、円高で損益かでている上に、関税がない韓国との競争に危機感を持つことは当然かもしれないが、計算高いアメリカやヨ-ロッパの国々が、自国の産業に不利になる協定など結ぶはずがないことは記事にない。

以前にも取り上げたが、関税がなくなると貿易は盛んになることは小学生でもわかる話だが、圧倒的に安価な外国からの食料が国内に出回るとなると、農家はたちまちのうちに困窮することも、これまた誰でも理解できること。

農家ばかりではあるまい。林業も漁業も・・・。いわゆる一次産業分野が完全に外国商品で埋めつくされる。その全てが遺伝子組み替えであり、安全な農作物を作りたくても種子そのものが全て押さえられてしまったら、これはトンデモないことになる。現代でも一代交配の種子しか流通しないのが現実であることを知るべきだと思うのだが・・・。

食料はその国の歴史そのものだと確信している。文化や伝統は、その国の気候風土に適した食料を互いに分かち合いながら(収奪の繰り返し)長い年月をかけて、独特の進化をへて現代に伝えられているものである。

経済の発展(金儲け)のために、文化や伝統を安易に手放してはならない。一度失ったものを復元することは間違いなく不可能。『今の発展(物質的豊かさ)』は『将来の負』になることは、原発の例を見るまでもあるまい。(田舎親父)

2011年10月16日 (日)

民主党は貧乏人は死ねというのだろうか・・・

 先日、厚労省は社会保障と税の一体改革の一環として、公的年金の支給開始年齢の見直し議論を始めたというマスコミ報道が流れた。

厚労相の諮問機関に社会保障審議会というものがあるという。その年金部会が、現在実施している段階的な厚生年金の支給開始年齢の引き上げスケジュールの前倒しや、支給開始年齢をさらに68~70歳に上げることについて協議したのだそうだ。会議では経済界や労働界の委員からは慎重意見が相次いだというが、またまた庶民いじめの議論が始まったことに、長生きするもの問題だなあ・・・と思わずため息が出る。

記事によると、現在、厚生年金の支給開始年齢は60歳。男性は2013年度から3年おきに一歳ずつ引き上げ、25年度に65歳となり、女性は18年度から上げ、30年度に65歳となる計画なのだそうだが、迂闊なことながら世間知らずの私には、性別でこんな差別(区別)があったことを知らなかった。

それ以前に、私の場合は年金を受け取れたのは62歳からで、嘱託制度を絶対に利用しないと決めていたので2年間苦労したことを思い出し、それ以後に退職した人は徐々に受給年齢が引き上げられているはずなので、公務員などが加入している共済年金では、すでに受給年金は65歳になっていると思っていたが、(こんなこと知らないのかと笑われるだろうが)厚生年金とはシステムそのものが違うようだ。

数日後の朝日新聞に面白い記事を見つけた。ここでも年金の支給年齢の65歳への段階的引き上げを受け、2013年度から、多くの企業が定年となる60歳を過ぎても働かないと、無収入になる人が出始めるとあるから、やはり企業などでは受給年齢引き上げは13年度かららしい。

そして、『この年齢になって、こんな仕打ちを受けるとは』言葉で始まる、大企業に勤めていた人の例を紹介している。

この言葉は東証一部上場の住宅メ-カ-の子会社に勤めていた61歳の男性の口からでたという。この男性は定年を控えた一昨年の冬に、会社から『再雇用の基準を満たしていないので辞めてもらう』と言われたのだそうだ。

自分では経理畑を実直に勤めてきたと思っていたそうだが、会社の勤務評定では、再雇用基準は6段階あるうち4番目より上だが、示されたのは5番目。疑問を投げかけると、人事部からは『勤務中にインタ-ネットを私的に閲覧した時間があった』と言われたというから、ホントなの・・・と記事を読み直す。

『再雇用をしないためのこじつけ』としか思えなかったと言っているが、それが事実なら乱暴な話。この男性が退職後どうしたのか記事にはないのでうかがい知れないが、以前君が代斉唱に服さない都の教員が再雇用を願い出ても、拒否した事件があったことを思い出し、民間会社なら、さらに厳しい基準を作り露骨になることはありうる話。

文脈からは、この男性には厚生年金がでているはずなので、再雇用や再就職ができなかったとしても、何とか生活できているだろうと思うが、数年後にしきゅう年齢が引き上げられた時点で、再雇用を拒否されたら、たちまちのうちに困窮する人が多発する危惧があるのでは・・・。

話を戻すが、年金の支給開始年齢を68~70歳に引き上げるという話は、民主党政権が6月に『税と社会保障の一体改革』で示したことから始まっているらしいが、政権交代を勝ち取った2009年衆院選マニフェストでは、『対象年齢の引き上げ』には一切触れていないはず。このことについては知らんぷりでは、またまた国民に対して背信行為。

『税と社会保障の一体改革』と、何となく耳触りの優しい名称で支給年齢を引き上げる一番の狙いは、増大する社会保障費の伸びを抑制することで、消費税増税への環境整備を進めること違いない。財務相もこのことを受けて、必ず年内に消費税引き上げの議論をすると断言してから危ない話。

ノダ政権は『金がないから支給先送り』して、さらに『金がないから増税』という発想で動き出したようだが、長引く不況で『雇用環境』が日に日に悪化し、回復の兆しが見えない情勢で『年金70歳支給』などとは、まさに『貧乏人は早く死ね』という政策としか思えない。

男性の平均寿命は80歳程度らしいから、(40年も積み立てて)定年後辛うじて生き残り、やっともらえるようになった時点で、余命10年とは悲しい限り。これでは支払いを拒否する若者が増えるのも当たり前だろう。(田舎親父)

2011年10月15日 (土)

運転中に増える異常事態・・・

10月15日  先日の新聞に、札樽自動車道で大型観光バスの48歳の男性運転手運転中に突然、意識を失いガードロープに接触、前方の座席に座っていた男性の乗客が異変に気付いて運転席に向かい、ハンドルを固定してサイドブレーキを引いたため、バスは停止し、乗客26人にけが人はなかったという記事があった。

運転手は病院に運ばれたが、すでに死亡(急性大動脈解離という診断)していたというが、この事故で、先日愛知で起きた小学生を乗せたバスが道路から転落という記事が思い出される。

最近月日が異常に速く過ぎるように思えてならないので、ひょっとしてすでに10日ほど過ぎているのかもしれないが、テレビのニュ-スは愛知県瀬戸市の市道で、岐阜県瑞浪市の小学校1年生児童たち40人が乗った大型貸し切りバスが道路脇の崖下へ転落し、横転したと、現場の様子を交えて報道していた。

映像を見る限り、普通に運転していれば事故などおきるはずがないと思われる見通しの良さそうな山間部の道路である。52歳の男性運転手が体を挟まれ、現場で1時間後に死亡が確認されたたというが、この種の事故は後を立たないようだ。

児童たちは教員3名に引率されて、数年前に行われた万博の跡地の『愛・地球博記念公園』に社会見学に向かっていた途中とのこと。道路にブレーキ痕はなく、事故直前に運転手が意識を失っていた可能性も疑われるとのことだが、翌日の続報には、その通り検視の結果、運転手は事故直前に内因性のくも膜下出血で意識不明の状態に陥ったことがわかったと報じている。

小学校の1年生がよくぞ身体が飛ばされなかったものだと思ったが、全員シ-トベルトをしていたという。となると、けがをした2人の女性教諭は、子ども達の様子を見るためにシ-トベルトを外して(はじめからしていなかったかも・・・)立っていたようだ。

シ-トベルトがこれほどまで威力を発揮したのは、(小学校1年生という)小さな身体を完全に固定し衝撃から守れたからに違いない。しかし、この事実で、今後は、一般のバスであってもシ-トベルトの着用が厳しくなるだろうが、今回のように運転手が突然クモ膜下出血など起こすこともあることを思うと、面倒くさくても長距離バスに乗る時はシ-トベルトをしたほうが良さそうだと思えてくる。

バスを運行した会社の社長は事故を謝罪した上で、運転手の男性について『90年入社のベテランで、技量があり、乗客への気遣いを忘れない人だった』と語り、その日の朝の点呼では健康状態に問題はなく、休日もきちんととっており疲労はなかったと日頃の健康管理には問題がないことを強調している。

クモ膜下出血という病名は知っている。現職時代にも何度か『どこどこの誰かがクモ膜下出血で倒れたが、手当てが早くて命は助かった』という話やこれに類する噂話を聞いたことがあるが、実際には自分とは無縁と思い聞き流していた。しかし、前触れもなく突然発作がおきるというから恐ろしい。

ここまで書いて、ふと、かなり以前に小覧でも取り上げた癲癇の持病を持つ運転手がクレ-ン車を運転中、集団登校の児童の列に突っ込んだという事故の記憶が蘇る。

確かこの運転手の場合は、朝飲まねばならない薬を、何らかの原因で飲み忘れたとのことだったはず。癲癇の発作はともかく、脳梗塞などの発作による事故はこれまでにも何度も報じられ、多くの場合、運転手の疲労の蓄積が原因だったことも思い出す。となると、今回の場合、社長が言っているように、運転手の健康管理には問題がなかったのだろうかという疑問も払拭できない。

学校での行事で、今後同じような事故が起きたら、学校としてもバスを使っての行動にも慎重になるだろうし、必要以上に保護者対策もとらねばならなくなりそうだと、またまた増える仕事量と苦労に同情する。

このような事故に対してなにもできない私は、せめて、運転をする人には、多くの命を預かっているという意識を強く持ち、必要以上に体調の管理をお願いする。と同時にバスなどの会社の経営者は、危機意識を持って普段からの健康管理を徹底してほしいと願うしかない。

しかし、規制緩和という名で、競争が激しくなる一方の運輸関係会社や輸送部門を担うバス会社としては、利潤を上げなければならないとなると・・・。

時をおかずに起きたこの二つの事故には考えさせられることが多い。(田舎親父)

2011年10月14日 (金)

世田谷はビックリ展開だったが・・・

ここ数日、東京・世田谷区で計測された1時間当たり最大で2.7マイクロシーベルトという高い放射線量の話題で賑やか。昨日になって数値は上がり3.3マイクロシ-ベルトを記録したというから騒動に輪がかかるが、夜になって新たな展開。

一昨日までのテレビのニュ-スによると、この場所は住宅地を通る区道の歩道部分とのことで、今月3日、区民から『放射線量が高い場所がある』という情報が寄せられたため、区が測定したところ、1時間当たり最大でおよそ2.8マイクロシーベルトと周辺に比べて高い放射線が検出されたという。

ところが、昨日の再計測で3.3マイクロシ-ベルトだったことに衝撃を受けたのだろうが、区は本格的に原因を究明するために、隣接する現在は無住の住宅に立ち入って線量を徹底的に計ったところ、この住宅の床下におかれたビン類から、線量計の計れる限度であるレベルの30マイクロシ-ベルトをはるかに超える放射線値を計測したというから、問題はややこしくなる。

夕刻になってさらに事態は急転し、区長が記者会見して、この異常な値は床下にあったビン類が原因で福島原発事故が原因ではないらしいと発言。そして文科省の専門官による調査で、数十本のビンの中には粉末が入っていて、その粉末からラジウム226などの強い放射線が出ていたということが判明。これらをすぐに鉛の容器に入れて遮断したという。

原発事故が原因でないと明らかになって周辺の住民は一安心だろうが、誰がいつ、どんな目的でこのような放射性物質を床下に放置したのかということを考えると、まさにミステリ-。いつからこのビン類が放置されていたかは、まだ正確に発表はないが、こんな一等地の住宅街で無住の家というのも、まるで推理小説の世界。

当初から、世田谷区はこの部分を高圧洗浄器で堆積物を流し落したり、土の部分をはぎ取ったりしていたというから、普通なら半減するはずなのに殆ど変わらないということが何となくひっかかり、さらに、普通なら地表が一番汚染されているはずなのに、この場所は地表より50センチ高い空間が大きな値だというから、単に雨水だけの問題ではなさそうだとは思っていたが、床下のビン類のラジウムか原因だったとは全く予想外。

今日にも新たな事実が出るだろう。どこからか違う情報も入るかもしれないので仰天の展開になるかもしれない。近隣の住民の方々は迷惑だろうが、今日一日テレビ局のワイドショウ-関係者の取材合戦が凄まじいのではないだろうか。

話は飛ぶが、時を同じくして、私が横浜でも放射能騒ぎが勃発。しかも、港北区というお隣の地域からセシウムではなく、私が放射能の大王と恐れているストロンチウムさまのお出ましだから身震いがおきる。

その場所は大倉山という横浜市内でも有数の高級住宅が立ち並ぶ地域のマンション屋上だという。堆積物から、1キロあたり195ベクレルのストロンチウムを民間の分析機関が検出したとのことである。

こちらは近くの側溝などから高い値の放射性セシウムが検出されたことで、マンションの住民が屋上の堆積物を民間の分析期間に持ち込んだと発表されているが、何らかの情報がない限り、それでなくても没交渉に慣れきっているマンションの住民が動くとは思えないから不思議な話。こちらも事件当初の世田谷同様、話が怪しくなりそうだ・・・。

それはともかく、検出されたのは半減期が30年というストロンチウム90というトンデモナイ物質。文科省の調査では福島県内や宮城県南部など福島第一原発から100キロ圏内で検出されているが、その値は最高で77ベクレル。

約250キロ離れた横浜市内での検出ははじめてだと言う。しかし、数値が福島県よりはるかに高いのは無気味であるが、実際は福島県以外では測定していないのが現状だから、出ていないという表現は相応しくなく、測定すれば出てくると言わなければならないはずだろう。

文科省は、さすがに決まり文句である『安全を脅かす数値ではない』では誤魔化しきれなくなったらしく、高い数値でも過剰反応しないよう求めた上で、『世界中に放射性物質が飛散している。首都圏にもすでに相当量のストロンチウムが放出されており、どこにいても避けられるものではない』と今までとはかなりニュアンスが違う。

さらに、『(マスクをしたり水で洗い流したりするなど体内に)取り込まないようにするのが一番の対処法』と続けているが、これでは、放射能から逃れるのは自己責任でやれというように聞こえるが・・・。

これは酷い。近くに住む住民は、何ら対応する手段を持たないのだからイライラがつのるばかりだろう。私はしては、マスコミの関心が世田谷に集中し、この話題は下手するとこのまま消えてしまうのではと気になるが・・・。(田舎親父)

2011年10月13日 (木)

体力向上は良いのだが・・・

 65歳以上の高齢者の体力や運動能力の向上が顕著になってきているという。調査は昨年5~10月、6~79歳の男女計約6万8000人に実施したのだそうだが、まずどんな方法で対象者を選んだのだろうという素朴な疑問が頭をよぎる。

6万8000人という数値にも何か納得できない。確か、小中学校では文科省の通達で核小中学校では、毎年体力テストを行っているはずだが、これとは別なのだろうか。別でなければ、対象者の数はもっと多いはずなのに、6万8000人という数値は少し気になる。

それはともかく、記事によると、高齢者を対象にした体力テストは、全年齢に共通の・握力・上体起こし・長座体前屈に加え、・開眼片足立ち・10メートル障害物歩行・6分間歩行の計6種目について調べ、60点満点で評価するのだそうだ。

(以下毎日新聞の記事を引用)10年度の男女の合計点は、65~69歳、70~74歳、75~79歳の各年齢区分で33.61~41.32点となり、98年度よりも3.38~4.06点上がった。

98年度から増加が目立つのは開眼片足立ちで、65~69歳の男子が69.55秒から85.64秒に、同女子も65.90秒から85.21秒に向上。6分間歩行も男子が28.95メートル伸びて617.29メートル、女子が21.91メートル伸び570.36メートルとなった。

テストの合計点は、調査開始の98年度以降ほぼ右肩上がりの増加を続けている。健康意識が高まり、運動する高齢者が多くなっていることが背景とみられる。(引用終わり)

記事をそのまま受け取ると、10年あまりの間にかなり体力が向上した事は間違いなさそうだが、時に血液検査で病院に訪れると、溢れるほどの高齢者の姿を見ると(年々増加しているようにも思える)、体力向上と病院通い(相関関係はないと思うが)は何かチグハグな感じがする。

小中高生の体力・運動能力も向上傾向が確実になってきているとのこと。各年齢層の代表値とする11歳(小学生)、13歳(中学生)、16歳(高校生)の体力テストの合計点は、98年度以降で男女のいずれの年代も最高となったのだそうだ。

同省は00年にスポーツ振興基本計画を策定。体育の授業改善などに力を入れており、近年の向上傾向の一因とみており、協力者である大学教授は『教員らが危機感を持って長い時間をかけて取り組んできた成果が出てきた』と分析しているようだが、現在の学校で体力向上に努力するゆとりはあるとは思えないのだが。それとも文科省の言う通りの体育の授業をしていたから向上したと言いたいのだろうか。

別の新聞の記事を読むと、この結果に加え『スポーツをする子としない子の体力格差が広がっている』という一文を加えているが、こちらは、子どもたちの現状を知る者にとっては、今更なんだと思うような文章。

最近(経済的な事情もあるのだろうか)少し下火になったが、私立中学が人気で、首都圏などでは、小学校4年生ぐらいから受験準備が始まるようだ。その主流は進学塾で、6年生ともなると、夜の10時ごろまで塾通いが当たり前になっている。

一方、土曜日曜日には近所の小学校では子どもたちを集めてサッカ-や野球の指導が盛んに行われている。主には低学年児童が中心だが、近くの河川敷では午前中から、多分少年野球チ-ムだろうが、高学年児童と中学生たちが本格的な練習を繰り広げている。指導するお父さんや見守るお母さんの数が半端ではないが・・・・。

このなかにも週日は塾通いをしている子どもたちも多いだろうが、ここに集まる少年たちは、全体から見たらごく一部に違いない。さらに、(学校で一番経済力が影響するのが泳力だと言われているが)、毎日のようにスイミングクラブの送迎バスを見かけるが、そこに通う少年たちの数も全体的にはごくごく少数。

文科省の調査では、運動習慣を『ほとんど毎日』から『しない』までの4階層にわけて調査して、これを分析している。小学生男子の50メートル走は『ほとんど毎日』の子と『しない』子の差が、85年度の0.32秒から昨年度は0.74秒に拡大し、女子も差がほぼ倍に広がったとのこと。

親の経済力で格差が生まれていることなどは、わざわざ調査しなくても、小中学校の関係者ならだれでもわかること。大事なことは、『ではどうする』という具体的な方策だろう。

泳力は調査項目にないが、よほどの経済的ゆとりがない限りスイミングスク-ルなど通えないという現実を、文科省の官僚たちは理解しているのだろうか。(田舎親父)

2011年10月12日 (水)

防犯ボランティアに委託とは?・・・

 私も何度か取り上げているが、このところ自転車のマナ-が気になっている。横浜の片田舎でも感じるのだから、人口が多い都会地などでは、トンデモナイことになっているのではないだろうか。

事実、歩道を歩いているとぶつかりそうになることも稀ではない。幸いなことに私はまだ経験としていないが、時には歩行者を死にいたらしめる記事も何度か目にしている。その場合、高齢者や障害を持っている人が被害者になる確率は圧倒的に高いようだ。

東日本大震災後に自転車で通勤する人が増え、自転車の需要はかなり大きくなっているという。先日はお笑いタレントがブレ-キのない競輪用の自転車で都内を走っていたと報じられたが、こんな勘違い男が出現するとなると、自転車が関与する交通事故の爆発的な増加は間違いなかろう。

警視庁によると、今年1~8月に都内で起きた交通事故のうち、約40%が、自転車が関わった事故で、この数値は、前年同時期より1.5ポイント高く、このまま推移すれば、過去10年で最悪の割合となるペースになるとのことらしい。事故の発生時刻は午前8~10時が最も多く、年齢層は20~30代が多かったという。

警視庁は『ちょうど通勤時間帯。震災後、会社まで通勤するのに自転車を使う人が増えたことが背景にあるのでは』と分析。子供や高齢者を中心にしたこれまでの安全指導に加え、通勤利用者への対策強化を決定したのだそうだ。

企業の担当者を集めて自転車事故の実態を学ぶ会議を開き、自転車通勤をする社員に注意を促すなど、通勤者へのルール浸透を狙い、企業を対象にした対策強化を計画しているというが、郊外の自宅から都内の会社まで通勤する人が、それほど増えているのだろうかと、またまたへそ曲がりな素朴な疑問が頭をよぎる。

私の周りでは、山坂の多い地形が関係しているのか、長距離の自転車通勤者の存在は聞こえてこないが、都内の道路と平坦地でつながっている地域も多い事だろうから、自転車通勤が増えていることも、考えれば不思議ではなさそうだが・・・。

それはともかく、警視庁は都内での自転車の交通違反が急増していることから、地域の防犯ボランティアに、交通マナーの悪い自転車利用者への声掛けを要請することを決め、早速、啓発キャンペ-ンなどで本格的な活動を開始させるという。

この事に対して批判する気はないが、『地域の防災ボランティア』というのは、よく町で見かける『防犯』と書いたジャンパ-を着て、通学時刻に街角で学童を見守っている人だとしたら、(なにもしていない私が言えることではないが)どこまで効果があるのだろうかと思わざるを得ない。

(以下独白)最近私も折り畳みの26インチの自転車を入手して、一週間に一度程度を『自転車の日』と決めて、近場のサイクリングコ-スを走るようにしているので、自転車を乗る人の心理が少し理解できるつもりになっている。

自転車は車道を走るのが原則。しかし実際に走ってみると、やはり恐さが先にたち、ついつい歩道を走りたくなる。サイクリングコ-スまでは下り一方。車道を走れば、身の危険はあるとしても歩行者の飛び出しにさほど神経を使う事はないが、歩道となると、路地からの飛び出しなど気になり、勝手に加速する車体にブレ-キをかけながら走らねばならない。

途中、歩行者のためだろうが、めったに車が横切ることがない(押しボタンではない)信号が何カ所かある。歩行者はもとより自転車がそこで止まることは殆どない。信号待ちをする人の姿は、子どもの手を引いた母親だけ、中にはそんな母親でもさっさとわたっているのも珍しくない。当然私も・・・(左右は確認するが)。

時に防犯のジャンパ-をきた高齢者の姿も見るが、100%といってよいほど私と同じ行動。それを見ている人たちもなにも感じない様子。

自転車のマナ-向上に防犯ボランティアの活用。ボランティアというのは自らすすんで行うという行為だと思うのだが。何か違和感・・・。(独白終わり)

ところて、世田谷区は、誰もが安全、快適に自転車を利用できるよう区民共通の行動規範として憲章を定めることにしたと昨日のマスコミ報道で知った。条例のように法的拘束力や罰則はないが、区の担当者は『個々人のルールを守る意識を向上させたい』と狙いだとのことだが、こちらの方が効果があるように思える。

この憲章にそって自ら働きたいという人が出てきて、はじめて自転車マナ-向上のためのボランティアであり、その人たちの意識と気合が違ってくるのでは・・・(田舎親父)

2011年10月11日 (火)

13年度末で除菌終了とは・・・

 一昨日の朝日新聞の朝刊の一面トップに、『ノダ内閣は、福島第一原発事故で飛び散った放射性物質を取り除く除染作業を、原則として2014年3月末(13年度末)までに完了させる方針を固めた』という記事が掲載されていた。

記事によると、除染や廃棄物処理の基本方針に盛り込み、近く閣議決定するとのこと。政権が除染の完了時期を示すのは初めてで、長期避難が続く住民の帰還が本格化する時期の目安にもなると、除染がすぐに進むような文章が並んでいる。

基本方針は、来年1月に本格施行される放射性物質汚染対処特措法に基づいて策定。本日にも開かれる環境省の有識者会議で案を示し、議論を経たうえで閣議決定される予定なのだそうだ。放射能汚染の一義的な責任は原子力事業者(東京電力)が負うとしつつ、原発を推進した国の責任で対策を講ずる、と明記し、巨額の除染費用は国が負担するとして除染に責任を負う姿勢を改めて示したとかなりノダ内閣には好意的な書きぶりである。

いや好意的どころかチョウチン記事といっても差し支えないようにも受け取れる。昨日も話題にしたが、池上本門寺のある『都内の中の小高い丘』の上にある中学校でも、新たに大田区の独自基準である0.25マイクロシ-ベルトの4倍超という数値。小高い丘でもこんなに影響しているとなると、調べれば都内(首都圏)の至るところでこの数値程度は検出されるのではないだろうか。

大田区で検出されたのは花壇で、応急的な処置としてブル-シ-トで覆って立入禁止にしたというが、いずれこの花壇の土を入れ換えなければ、子どもたちの不安は取り除けない。むしろすぐにでも取り除いてほしいという声が、保護者や住民から区に寄せられるだろう。

当然で、この声に区はすぐに動かざるを得ない。区の基準値まで数値を下げるとなると相当な土壌を入れ換える必要がありそうだが、その土壌の処理は全く決まっていない。捨て場がないのだから、とりあえずどこかに一時的保管という処理しか方法はない。政府はこれを中間保存地と表現し、福島県内を想定しているらしいが、具体的に全くなにも決まっていない。

先日、環境相は『福島以外でも年間1ミリシ-ベルト以上であれば、国の責任で除染する』と明言したと報じられていた。年間1ミリということは、単純計算すれば1時間当たり0.12マイクロシ-ベルト程度。こんな数値の場所は枚挙にいとまない。

専門家によれば、その費用は少なく見積もっても100兆円を下らないという。ノダ政権はそれを増税で賄うつもりのようだ。自分たちの腹は痛まないのだから、こんな大見得が切れるのだろう。が、それ以前に汚染物質をどこに捨てるつもりなのだろう・・・。

まさか、この国の政治屋のお得意な、札束でほっぺたを叩くような手段で、開発途上国に運び込むなど考えてはいないと信じたいが・・・。国内のどこかにトンデモナイ規模の深い穴を掘り、そこにとりあえず放り込むことになるのだろうが、セシウム137の半減期は40年、今後プルトニウムやストロンチウムもぞろぞろ出てくるだろうから、その地域にはほぼ永久的に人間は住めないことになる。

人間だけでなく、生物環境にも多大な影響が出ることは間違いない。そんな捨て場がおいそれとは見つかるとは思えないから、国民から100兆円も税金で集めても、決定的な具体的な除染方法がない現在、有効に使われるとは思えない。

除染費用を国で負担するというノダ内閣の閣議決定は、財政危機に陥っている殆どの自治体からは歓迎されるかもしれないが、汚染された土壌や物質の捨て場について何ら指針が示されていないとなると、除染の期間を区切るというのは、その場限りの誤魔化しの政策だと断言しても過言ではなさそうだ。

一方、東日本大震災の復興財源に充てるため、4月から半年間、月額50万円を削減していた国会議員の歳費が10月分から元の月129万4千円に戻ったという。この政権も自分たちの身を削る人材がないらしく、反対に声はまったくなかったという。何なのだろう・・・。

汚染物質の捨て場がない除染など、絵に描いた餅以上の代物。期限を決める前に、科学的根拠を示し、どの程度まで除染するのかを明確に規定し、具体的に汚染物質の処理の方法を国民にわかりやすく説明するのが先だと思うが、いかがだろう。(田舎親父)

2011年10月10日 (月)

首都圏の汚染地図をながめて・・・

 文科省は、今まで測定をしなかった東京都と神奈川県の上空の放射性セシウムを、先月14日~18日にかけて航空機で測定したのだそうだ。その結果を、今までのものに書き加えた汚染地図を先日公表した。

それを見ると、セシウム137の地表面への沈着量は、東京都内では福島第一原発から約250キロ離れた奥多摩町北部の山間部が1平方メートル当たり6万~10万ベクレルの数値を示し、都内の葛飾区なども3万~6万ベクレルと、チェルノブイリ原発事故では37000ベクレル以上を『汚染地域』と規定されているが、それ以上の数値。

文科省は相変わらず、避難を義務づけている濃度(同55万5000ベクレル)を大きく下回っているので心配ないとの見解だが、この数値が科学的な根拠が全く示されていないことを考えると、(お馴染みの)国民にパニックを起こさせないという政治的理由だけで暫定的に決めた基準値であることは明らか。事態はますます深刻になってきたと表現して差し支えないだろう。

神奈川県ではほとんどの地域は1万ベクレル以下ながら、山北町など県西部の一部で6万~10万ベクレルが検出されたという。このあたりは足柄茶の産地であることから、今回発表された地図から、以前に足柄茶からセシウム検出という事態を、なるほどと納得できる。

汚染地図をながめていると、極端に放射線の値が大きい赤や黄色の帯が北西に伸びている。この流れは、原発当初ドイツの気象台がシュミレ-ションしていた通り、爆発直後は南東からの強い風が放射性物質を運んだものだろう。

それとは別に2本の帯がみてとれる。福島から栃木、群馬に流れたものと、茨城から千葉北西部を経て都内に至る筋である。文科省は、風の影響で原発から北西方向に広がった放射性物質が、福島市西部の山間部で南西に方向を変え、群馬県西部まで汚染が広がったと分析しているが、これは理解できる。

一方、原発の南方では茨城県から千葉県を通り都内まで帯状に続く汚染地域は、原発によって爆発に時間差があった事を思うと、(何号機だとはっきりしないが)栃木から群馬へ延びる汚染筋とは違うようだ。その時には北東の風が吹いていたはずだから、その気になって調べれば、どの原発の爆発によるのかは簡単に明らかになるはずだろうに、国も東電も、そしてマスコミも何故かこのことは取り上げない。

北東の風に乗りセシウム137を奥多摩まで運んだのだろうが、そこには千メ-トルを超える奥多摩の山々が位置し、ぶつかって振り落とされたと考えるのが妥当だろう。神奈川県西部も箱根の山々が放射能の行く手をさえぎり、そこに(足柄地域)降り積もったと考えられる。

しかし、千葉県の柏市や流山市、あるいは葛飾区や江戸川区などの線量が高い地域は関東平野の真っ只中。車で通った事はあるが、実際の地形はわからないので、なんともいえないが、そこにどんな理由でセシウムが降り積もったのだろう。

また、少し方向はずれるが筑波山や、神奈川では丹沢の山々が立ちはだかっているとなると、この周りはきちんと計測しているのだろうか・・・という疑問も生まれる。

そんなことを思っていると、一昨日の毎日新聞が『大田区の学校で高濃度の汚染』という記事を掲載していた。

私は現職時代の大半が大田区勤務だったので、この記事は見逃せない。大森第二小学校の教員が私物の簡易線量計で校内の線量は計っていたところ、大田区の独自基準の0.25マイクロシ-ベルトを大きく超えたので、区教委に報告したのだそうだ。区がその報告を重くみて、似た環境の保育園、幼稚園、小中学校の線量を計ったという。区教委もなかなかやるではないかと拍手・・・。(以前とは少しム-ドがちがっているらしい)

中でも、大森第四中学校の花壇からは、基準値の約4倍となる1.01マイクロシーベルトを検出下とのこと。ロ-カルな話だが、この学校は池上本門寺の境内に位置するといっても過言でないほど、大田区では一番の高台の緑豊かな環境にある。そこが汚染されているとはショックだが、大田区の汚染は池上のお山が影響しているのでは・・・。

記事にはセシウムという文字はない。ベクレルとの単位もないので、セシウム汚染とは断じられないが、放射性物質が広域地図的には『小高い丘』程度の池上のお山にぶつかり周辺に降り積もったと考えられそうだ。都心部のビル群はこの丘程度のお山よりはるかに高いことを考えると、高層ビルにぶつかって降り積もっている場所も多いと考えられる。

大田区が汚染されているとなると、周辺の区も、川崎も横浜も・・・。国民がパニックになるという理由などもはや聞きたくない。静岡・山梨・新潟も含めて東日本の全ての自治体はできるだけ多くの場所で、時刻を決めて測定し、それを公表するべきだろう。

数値さえ公表すれば、それぞれの地区の有志が地図に落とすだろう。微力だが、その有志の一人数えられたいと思っている。(田舎親父)

2011年10月 9日 (日)

ますます複雑になりそうな老人介護・・・

 国土交通省、厚生労働省の共管で、24時間巡回の訪問介護・看護とセットで普及が目指されているサービス付き高齢者住宅の創設を盛り込んだ『高齢者の居住の安定確保に関する法律等の一部を改正する法律(高齢者住まい法)案』が4月に成立し、今月20から施行されるのだそうだ。

解説によると、『サービス付き高齢者住宅』は、高齢者専用賃貸住宅に代わる新たな住宅の登録制度だというが、高齢者専用賃貸住宅という意味すら理解できない私には、こんな法律があったのか・・・というところ。

今回の『高齢者すまい法』では、食堂などの共用施設がある場合は、居室面積は、18平方m以上、トイレ、洗面付との基準は同じだが、最低限、『安否確認』と『生活相談』が義務付けられるとのことという文言から、すでに『高齢者住まい法』という法律が存在していた事を改めて知る。

現在65歳以上の高齢者人口は約3000万人と言われているが、今後10年間で、600万人以上も増え、しかも、高齢者の単身・夫婦世帯は約1000万世帯から1245万世帯に増加すると推計されているというから恐ろしい。まさに、右を見ても左を見ても年寄りばかりという現実がよく理解できる。

これに対して、『高齢者に適した住まい』は絶対的に不足しているのだそうだ。ここまで解説を読んで、やっと『高齢者住まい法』という法律の基本が『高齢者が生活する上で適し住宅』を規定するものらしいと気づくが、法律でいう『適切な住宅』とは高齢者の独り住まいや、夫婦二人で住み、どちらかを介護する、老々介護の場合などは『適切な住宅』ではないということらしい。

我が家のように、高齢者夫婦が二人だけで住む家も多いだろう。私の周りも30年ほど前には子どもで溢れていた環境だったが、最近目立つのは私と同年代ばかりの夫婦所帯が目立つ。また、相方が亡くなり独り暮らしをしている人や、家を売却して老人ホ-ムに入居したという話も時に聞くようになっている。

私の場合は『高齢者に住まい住宅』ではなくなる『予備軍』といったところだろうが、統計的には、全高齢者に対して老人ホ-ムなどの介護施設や『高齢者に適した住宅』割合は施設系が3.5%、住宅系が0.9%で、イギリスのそれぞれ3.7%、8.0%と比べると立ち後れが目立つのだそうだ。

我が家でも予備軍に当たるとなると、この低い数字には納得するが、法律でここまで決めることが妥当なのだろうかという疑問は残る。現在、高齢者の独り暮らしが急激に増えていることは実感している。特に過疎地ではその割合が極端に多くなっていることも、地方を訪れるとひしひしと感じるが、その人たちの住む住宅は『適さない住宅』か『その予備軍』なのだろうか・・・。

私たち夫婦は現在は両方が病気一つしないで暮らせるほど健康であるが、この状態が10年20年続くとは思えず、いずれ死が待っている。二人が同時に死ねば良いが、どちらかが残されるのは世の常。いつになるかは予想できないが、その日を境に我が家は、法律的に、明確に高齢者が住むのには『適さない』とされてしまう事になり、退去を余儀なくされるのだろうか・・・。

そんな疑問はさておき、これを大きなビジネスチャンスと捉えて、民間の住宅関連業者はもとより、新規にこの事業に参加を目論む業者が乱立し始めているというから、こちらの方が心配になる。

この背景にあるのが、国土交通省は成長戦略。その中で『今後10年間に60万戸の高齢者住宅を供給する』との目標を掲げ、2020年を目途に高齢者人口に対する高齢者住まいの割合を欧米並みの3~5%するという。そのために多額の補助金を用意するのだろうが、その補助金目的でハイエナのように様々な輩が集まってくるのは当然といえばこんな当然なことはない。

日本の老人介護施設などの充足率が高齢者人口の4.44%というから、国際的にも低いのは事実なようだが、だからといって、やみくもに箱モノを建設し土建や不動産業界を喜ばして良いとは思えない。肝心の介護システムの整備が立ち遅れては、高齢者を救うことにはならないのでないだろうか。

『高齢者に適した住宅』を法律で定めることより、増えつづける高齢者介護のソフト面の整備の議論を進めてほしいものである。(田舎親父)

2011年10月 8日 (土)

増えつづける瓦礫の処理のために・・・

 『被災車両、処分わずか2割』という見出しに、中国の新幹線のあの凄惨な事故を思い出したのは私のはやとちりだが、副題の『所有者の確認遅れ』という文言で、大津波の被害情況だということがすぐわかる。

東日本大震災の被災地で、津波に遭った車両の廃車処分が滞っているという。宮城、岩手、福島3県の被災車両は計約24万台に上ると推計されるが、このうち廃車処分されたのは全体の2割程度とみられるのだそうだ。

役に立たなくなったとはいえ所有権は生きている。自転車などと違って自動車となると高価であり、愛着と所有欲は簡単に捨てきれず、知らない間に処分されたとなると文句の一つも吐きたくなるのは、凡人なら理解できる事。

少ない職員で後片付けをせねばならない首長としても、凡人の文句に付き合いたくないのも当然だろう。ついつい職権での処分には及び腰になり、所有者の確認がとれた車しか処分できないのは当たり前の成り行き。結果的に、野積みされた車両から出火するなどの悪循環に陥っているのが現状だという。

県は市町村名で放置自動車に『処分する・・・』という意味の公告を張って3ケ月過ぎた場合は、県の責任で解体業者へ引き渡しを認める通達を出したようだから、徐々には少なくなるだろうが、現在では遅々として進まずというところらしい。

車の処分に増して進まないのが、瓦礫の処理だという。これらの瓦礫を全国の自治体に引き取ってもらえるように交渉しているらしいが、放射能汚染を心配する受け入れ側の住民の心配が強く、なかなか話が進展しないのだそうだ。

神奈川の場合でも、川崎市が震災からまだ日がそれほどたっていない時に、市長が宮城県の瓦礫を受け入れて、川崎市内で焼却処分すると発表したが、住民の猛反発で白紙撤回したと報じていた。横浜市でも、焼却灰を大量に受け入れて海の埋め建てに利用する計画を、あらかじめ住民に通告していなかった事もあり大反対にあい、市長は陳謝の上撤回するという展開になったのはごく最近のこと。

この問題について、国は全国の自治体を集めた会議を開き、がれきの受け入れを要請。環境大臣が『被災地にとっては、災害廃棄物の処理が、復旧復興の大きな前提と同時に、関門になっております。是非とも皆さんのお力を貸していただけますように』と異例の下手のお願いをしたというから、国も事態の深刻さに放置できず、やっと重い腰を上げざるを得なくなったというところだろう。

この会議は、岩手県・宮城県で発生した瓦礫について、ほかの自治体での受け入れを進めるために環境省が開いたもので、43の都道府県と74の市区町村などの廃棄物や清掃の担当者を集めたという。あえて福島県の瓦礫は対象外にしたのは、放射能汚染の影響を考慮しているからだろうが、京都の送り火問題で明らかなように、現状では簡単には話は進まないようだ。

神奈川の例をみるまでもなく、自治体としては受け入れたいはずなのだが、放射能汚染にナ-バスになっている住民の殆どは、国や自治体が『汚染されていないとか、基準値以下だから安全だ』と説明しても簡単にはその疑いを晴らすとは思えないので、今後も受け入れ先を決めるのは容易ではない。

相互扶助・互助の精神が国民感情として生き続けている日本人の精神構造では、被災者を助けたいという気持ちは誰もが持っている。瓦礫もできれば進んで受け入れたいとも思っているはずだが、自分の住む地域が放射能で汚染(それが微々たる汚染だとわかっていたとしても)されるとなると腰が引けるのは当然。これを住民のエゴだという批難には当たらないのでは・・・。

瓦礫処理の行き詰まっているのも、決論的には、原発事故直後の国の(バニックを恐れたとしても)隠蔽体質と連日の官房長官のウソの並べ立てが全てだといって過言ではあるまい。

この問題を進展させるために、脱原発を宣言している専門家を集めて『瓦礫対策委員会』を作り、そこで瓦礫処理のための新しい安全基準を作成。その基準にそって安全性が確認できるシステムをつくることを提案したい。(田舎親父)

2011年10月 7日 (金)

責任をとってほしいものだが・・・

『和牛オーナー制度』が人気を博し、多くの人が出資しているというニュ-スが流れたのは先月のことだった。

その制度をはじめたのが『安愚楽牧場』という会社で、急激に成長した陰には、当時人気の経済評論家だった(前経産相)カイエダ氏が『投資としてこんなに確実なものはない』というような意味の言葉を並べて、この会社の後押しをしたことは広く知られている。

かなり頻繁にテレビで流れる『安愚楽牧場』のコマ-シャルに、『いよいよ、牧畜まで金儲けの手段になったらしい』と眉をひそめたものだが、およそ自分とは関係ないと無視してきた。しかし、昨年の宮崎の口蹄疫騒動で、この会社の名前がでてきたので、実態を少し調べてみたことを思い出す。

『安愚楽牧場』の手法は、雌の繁殖牛を一頭当たり300万~500万円程度で『和牛オーナー』と呼ばれる出資者に売却し、数年後に買い戻すskこと。出資者は実際に牛を見た事もないが、飼育は安愚楽が担当し、その間に生まれた子牛を売却して、年3~4%程度の配当が得られると宣伝し、実際に制度をはじめた当初は高配当を保証していたようだ。

ところが、生き物を扱う業界ではリスクが多く、専門家の言葉を借りると『出資金が集まれば集まるほど、それ以上に経営維持のための金額が増えるビジネスだろう』と危惧していた通り、経営が破綻し民事再生法を申請したというニュ-スに、この種の美味い話に乗って出資した人たちの泣き顔が目に浮かぶ。

口蹄疫騒ぎでは、病原菌の温床になったと言われている韓国や中国の『敷き藁』を宮崎県内に持ち込んだのではと疑われ、経営母体に関係する宗教団体は宗教政党を通して、この情報が外部に流れないようにマスコミに圧力をかけた事もまことしやかにネットで話題になったものである。

『安愚楽牧場』が民事再生法の適用を申請した表向きの理由は、原発事故で放射性セシウムに汚染された牛肉の流通問題や和牛価格の下落でオーナーの解約が急増し、運営に行き詰まったとしているようだが、それ以前に経営破綻していたという証拠も挙がっているらしいから、安愚楽牧場サイドの言い分にはかなり無理がありそうだ。

民間調査機関の帝国データバンクによると、負債額は約4330億円で、今年最大の企業倒産。うち約7万3000件、約4207億円がオーナー契約者の債権が占めるというから、オ-ナ-たちは出資金が戻るのが気掛かりだろう。

同社は、東電の過失は大きいとして、損害賠償を請求する考えを示しているという。原発事故が、経営を圧迫した事は間違いないだろうから、その意味で東電に保証を求めるのは当然だと思う。東電も補償する義務があることも間違いない。

しかし、宮崎県内の同社牧場で口蹄疫が発生した際、敷き藁疑惑はともかく、牛の異常について通報遅れがあったとして、今年3月に県から改善指導を受けるなど、経営のずさんさが指摘されている上に、経営破綻は原発事故以前から始まっていた事や、経営悪化で配当の支払いが遅延した後も、新たなオーナーを募集していた疑惑なども明らかになっているから、東電は補償を拒否するのは必至だろう。

このあたりは裁判所の判断に委ねることになるだろうが、今後長い年月、出資者たちの苦悩は尽きないだろう。中には、退職金や貯金をオ-ナ-制度につぎ込んだ高齢者も少なくないと聞くから、今後将来に悲観して自殺者も増えるのではないだろうか。

さて、自ら『安愚楽牧場』の広告塔として、出資を呼びかけたカイエダ前経産相はこの問題にどう答えるのだろう。まさか責任を感じていないとは思いたくないが・・・。(田舎親父)

2011年10月 6日 (木)

ますます年寄りは生き辛くなりそうな・・・

 年金生活者でありながら、甚だしい経済音痴の私には、は年金の仕組みなど全くといってよいほど理解できていない。

いただける年金が、先輩諸氏や退職説明会などで聞いていた額とははるかに少なくて、退職当時のゼロ収入は覚悟していたものの、いただけるようになっても、この先生活できるのだろうかと焦ったものだが、生活様式を切り換え、自給自足に近い仙人生活をするようになった今は、病気だけしなければ何とかやって行けるという気になっている。

確か、自民党政権は『100年大丈夫』と称して年金改革を断行したのは、私の退職した前後だったと記憶している。改革の一つが、受給年齢を60歳から順次引き上げ、最終的に65歳にするとのことだったが、そのとばっちりを受けて2年間は全くの無収入となってしまった。

自民党と厚労省の想定が超甘かったことが主原因だと思うが、急激に進む高齢化は『100年大丈夫』の年金制度をものが、わずか数年で役に立たなくなり『消えた年金の追求』などという心地よい耳触りの民主党の年金改革をマニフェストが、政権交代の原動力の一つになったことは間違いないところ。

ところが、ミスタ-年金と呼ばれたナガツマ厚労相が張り切れば張り切るほど、厚労省の官僚の抵抗にあい、改革は進まず、1年間で首相が変わると彼はお役目ゴメンとなり、今では元の黙阿弥、年金改革という言葉そのものが空虚に聞こえてしまう。

そしてまた一つ、消えた年金対策の切り札として民主党が2009年衆院選のマニフェストに盛り込んだ『年金通帳』について、導入を断念するのだそうだ。

マニフェストでは『納めた保険料と受け取る年金額をいつでも確認できる』として、『年金通帳』をすべての加入者に交付すると明言したが、システム開発や記帳するための銀行の現金自動預払機整備の費用が莫大になり、当初想定していた形では実現困難と判断したというから情けない。代わりに、インターネットで記録を閲覧できる日本年金機構の『ねんきんネット』の利用を促進するとのことだが、インタ-ネットが理解できない高齢者が多いことなど考慮外らしい。

さらに先日、マスコミニュ-スとして『厚生労働省は2012年にも、専業主婦の年金制度を見直す方針』という見出しがあった。

ちょっと興味を引かれたので、わからないなりに調べてみたところ、専業主婦の場合、夫が支払っている保険料を夫婦で払ったことにするという、いわば建前の変更らしい。当然のことながら保険料収入が増えるわけでもない。

現在、一般の会社員が加入する厚生年金と公務員が加入する共済年金の仕組みでは、専業の主婦に関しては、保険料を払い込んでいないにも拘らず、年金の給付を受けられることになっているのだそうだ。一方、自営業者の妻や、実際に職業を持っている女性は、保険料を支払う仕組みになっていることに対して『保険料を負担していない専業主婦が、年金の給付を受けることができるのは不公平』だとの声が高まってきたのが今回の改革の要因だとのことらしい。

厚労省の説明では、会社員や公務員が払っている保険料は、夫婦二人によって負担されていると見なすという。保険料を二人で負担しているため、夫と妻の給付の受取額を二等分し、勤務期間中に夫婦二人で保険料を負担したのだから、夫婦二人の給付額は、それぞれ二分の一にするのだそうだ。

この説明では、一応、専業主婦も保険料を負担したと見立てるため、『専業主婦だけ優遇されている』という批判を和らげることができそうだが、夫婦の片方が亡くなれば、支給額は半減になることには私でもすぐに気づくこと。

これでは、今でも少ないと思っている年金額が半分になったら、生活できない高齢者が溢れることになる『高齢者いじめ』。破綻している現状を変えるどころか、混乱を大きくすることになるのでは・・・。

年金の問題は、人口が減少している中で、高齢者だけがドンドン増えつづけているのに集める方式を何ら改めないことだろう。年々、入りが少なくなるのに出が多くなるのだから破綻は当たり前。なのについ最近までは、将来のために積み立てていた財源を、利権目当てに一部の政治屋や天下り官僚が国民には内緒で湯水のごとく浪費し、箱ものを作り続けていたのだからたまったものではない。

今更、箱ものを壊しても使ったカネは戻らない。せめて、利権目当ての輩から資産を没収するのは当然として、年金に必要な金額を捻出する方法を考えなければならない。

そこに、消費税率の引き上げが出てくるのだろう思うが、せめて欧米諸国のように、食料と教育には消費税はかけないという、優しい議論を期待したいものである。(田舎親父)

2011年10月 5日 (水)

横浜の片田舎も・・・

 先日ネットのニュ-スを見ていると『畑に女性の死体 事件の可能性』という見出しがあった。このところ毎日のように殺人事件の報道があるので、第一印象は、またか・・・と思った程度だったが、何か引っかかるので本文を開いてみて驚く。

一瞬自分の目を疑ったのは、日頃見慣れている場所の写真が大写しに現れたこと。サッカ-ファンなら誰でも知っている、新横浜にある『横浜国際競技場日産スタジアム)』を背景に、警官たちが現場検証をしている映像である。

このところ、自転車を入手したので、時に鶴見川に敷設してあるサイクリングコ-スを走っているが、ここも自宅から1時間足らずで行けるので、私のサイクリングコ-スの一つになっている。

横浜線の車窓から見るとわかるが、この巨大な建物の周りは畑が広がり、普段はジョギングや散歩をしている人が通る程度の一見平和そのものの地域である。そこに、女性が倒れていたということらしい。

記事によると、1日の午前6時半ごろ、67歳の男性とあるので、朝の散歩でもしていた時に発見したようだ。死亡していた女性は、隣の町に住む49歳の介護士、死因は外因性の頭蓋内出血で、死亡推定時刻は9月29日午後9時ごろだとのことである。

目立った外傷はないという。着衣に乱れはなく靴を履いていなかったが、財布などの所持品がなかったことなどから、県警は事件、事故の両面で調べていると記事にはあるが、なんとも違和感がある文章である。

どこが事故なのだろう。事故だとしたら考えられることはただ一つ。2日前からこの場所で倒れている女性を発見した誰かが、靴と所持品を持ち去った・・・。そんなことはまずあるまい。ここは山坂もなく畑が広がる平らな場所で見通しは極めて良い。2日間も発見されないなどあり得ない。明らかにどこかで殺害されて、前夜(9月30日)この場所に遺棄されたに違いない。女性の夫からは『妻が職場から帰ってこない』との通報がでているという。

殺人事件なのだから続報はあるだろうと思うが現在まだない。この記事の関連として5つほどの項目があるので、一番上の項目を開いてみた。町の名前から、ここと時々、隣の区の図書館に通う散歩コ-スの近く田という事にまたビックリ。

記事の内容は、畳店の45歳の女性経営者が殺害され、24歳の長男が行方不明だというから、常識的に見て長男が何らかの理由で母親を殺害して逃走しているという筋書きのようだが、(私が見逃したのかもしれないが)講読している新聞の横浜版には、この記事はなかったのはありふれた事件だから?・・・。

気になって、その下の項目を開いてみたら、これは2年前の話であるが、やはり日産スタジアム近くの横浜線の踏切付近で男性が血を流して倒れていると、近隣住民から110番通報があったという記事である。

こうなると、次の記事も気になる。今度は今年の1月のことらしいが、現場は、これまた散歩コ-スの一つの近くのようだ。27歳の男が義理の母親を殺害したとのこと。

まだある。2年前の12月、やはり鶴見川サイクリングコ-スに近い場所で、80歳と78歳の老夫妻が死亡という記事。無理心中とのことだから、恐らくどちらかの介護に疲労したという良くあるパタ-ンのようだ。

もう一つは、隣接する区の国際プ-ルでの事故である。こちらは、管理や監視に不備があったような文章なので無視するとしても、サイクリングや散歩で足を延ばす近くでこんなにも多くの事件や事故が起きていることに口アングリ・・・。

幸いなことに、私が良く口にする『横浜の片田舎』である緑区での関連記事はないが、不景気と原発事故に加えて、増税などの追い打ちで人々の気持ちが荒んでいることを考えると、事件が起きないとは限らない。

何だかとりとめのない駄文・拙文になってしまったが、近くでこんなに多くの殺人関連の事件が起きていることに、改めて日本人の道徳心が薄くなっていることに危惧を感じて、こんな話題を取り上げてみた。(田舎親父)

2011年10月 4日 (火)

この内閣も期待薄・・・

大津波で家を流された人々や原発事故で故郷を追われた人々を救援することには誰も異論はない。すぐにでも住む家や食料をと、日本全国から数千億円という義援金が集まったことはその現れである。

しかし、その義援金の半分以上は被災者に届いていないという。震災直後に届いてこそ生きる義援金なはずなのに、半年以上過ぎた現在、義援金そのものの存在を報道するメディアもない現実では、一体義援金の大部分はどうなっているのだろう・・・と素朴な疑問を持つのは私だけではあるまい。

下司の勘繰りと批判されるかもしれないが、ひょっとしたら義援金の大部分は『日赤』の職員の人件費に回ってしまっているのでは・・・と思えてしまう。

ノダ首相は震災復興には莫大なカネが必要と説明、その財源を捻出するために『次世代にツケを残してはいけない』と大向こうを黙らせるセリフを何度も繰り返して、大震災の復興財源として増税に突っ走る。にマスコミも迎合、増税路線を支持して、国民を『増税やむなし』という方向に導いている風潮に違和感を持つ人も多いのではないだろうか。

多くの被災者を救援するためには天文学的な金額が必要なことは誰もが理解できるが、津波と原発を同次元で扱うことは納得しかねる。大津波はまさに誰もが想定できなかった未曽有の自然災害(人工地震との説もあるが)であるが、原発事故は明らかに東電の人為的なミスであるからだ。

義援金の使い道として、一時的に二つの要因で避難生活を強いられている人たちのために配給することは当然だろうが、両方を一緒にして復興財源という発想はいただけない。原発事故の場合は、東電がやらねばならないことは資産を正直に公開し吐き出すこと。政府もその方向で動かねばならないはず。

今更持ち出しても仕方ないことはわかっているし、一緒にしては専門家から笑われるかもしれないが、JALの場合は一瞬のうちに株券を紙屑にしてしまったのに、東電の場合、政府はその気配すら見せないのは、東電は莫大なカネを政治屋にばらまいていたからに違いなかろう。こんな不公平がまかり通っているのがなんとも腹立たしい。

東電が被災者に補償をはじめたというニュ-スも流れているが、その補償を求める文章が、弁護士でもわからないほど難解で、とても一般の人たちが記入できるものではないという。要は、補償したくないという意図がバレバレ。

一応政府筋は注意したらしいが、東電サイドは被災者へ説明会の回数は増やすが、その内容は変えないとの返事だとのこと。このことに対して、より強く東電を叱責した気配はなく、何となくウヤムヤになっている。

(話を戻すが)復興のためには莫大な財源が必要なことは明らかだが、増税を口にする前にやることは徹底的な無駄を省くことなはずなのに、民主党政府は、先の仕分けで無駄の代表だと決めつけて、一旦白紙にしたはずの国家公務員宿舎を建設するというのは、どんな神経をしているのだろう。

国家公務員宿舎の建設は財務省のゴリ押しだと聞く。総額500億円(マスコミは100億と報じているが)もの予算を使って国家公務員の宿舎を建てることに、なぜ財務省の官僚が必死になる理由が私には良くわからないが、一旦凍結されたこの計画にゴ-サインを出したのは当時の財務大臣だった現首相。財務相はすぐに建設をはじめ現在突貫工事で樹木の伐採など殆ど終わっているという。ノダ首相はまさに財務省の傀儡と言われても仕方ないようだ。

さすがに、世間の批判をかわせないと思ったのか、昨日になって5年間と期限を区切り計画凍結だと判断したとマスコミは報じているが、ノダ首相の本心は『増税』が決定するまでのとりあえずの処置だと決めているに違いない。

この内閣にも期待できないとなると、この国の未来は暗い。(田舎親父)

2011年10月 3日 (月)

ドンドン出てくるプルトニウム・・・

九州に旅立つ前日、中国電力が上関原発建設計画を進める山口県上関町で25日、任期満了に伴う町長選が投開票され、計画推進派の現職が反対派市民団体代表の新人を破り大差で3選というニュ-スに衝撃を受けた。

誰が考えても新しい原発を建設するなどできるはずがないのに、それでも町民の多くが、原発計画に伴う交付金への期待や、地元建設業者などから現発工事の再開を望んでいるとは・・・。カネが全ての社会になってしまったような気がしてならない。

地元には地元の事情があるのだろう。このまま放置すれば過疎と高齢化の恐怖はわからないわけではないが、今や原発の新設など不可能なことは明らかことは繰り返すまでもない。門外漢の私がいうことではないが、三選された推進派町長は、原発で町はつくれないことを肝に命じて、『脱・原発マネー』の先駆けになるような町政を進めてほしいものである。

ところで、猛毒のプルトニウムが事故原発から40km以上も離れた、飯館村など6カ所の土壌から検出されたとの先月末の文科省の発表は、福島県産の米からセシウムが検出されたというニュ-ス以上に、いよいよ絶望的な福島の放射能汚染の現状を感じる。

プルトニウムは以前にも述べたが、最近の学説によればウラン鉱にごく微量含有されるらしいが、現在地球上に存在するのは殆ど全部と行っても過言でないほど核反応の結果生じる人間が作り出した物質。

福島にはウラン鉱は存在しない。今回発見されたプルトニウムは3月の爆発で空中に放出されたものであることは間違いない。国と東電は当初にはプルトニウムは飛び散っていないとウソをついていたが、敷地内から発見されると、比重が19.8と金と同じぐらい重い金属だから広く拡散られることはないと、意見を変えた。しかし、今回の検出事実によって、それもウソだったことが明らかになった。

この事態に至っても文科省は『ごく微量で、人体に影響を及ぼすような値ではない』と言っているそうだが、このセリフがいかに信頼性のないことはこれまでの政府・文科省の言動で明らか。しかも、私が悪魔の大王と定義しているストロンチウムまで100ヶ所の検査地点の20ケ所以上から検出されているというから事態は深刻。

ストロンチウムやプルトニウムなどの猛毒物質は今回の原子炉爆発だけではなく、原子炉の温度状態などで発生する可能性があると主張する科学者も存在するというから、原子炉の状態を解析する必要もあるのだろう。しかし、原子炉内部が現在どんな状態になっているかは全くわからないとあっては、ストロンチウムやプルとニウムは検査地点を増やせば検出する地域が増えることは間違いなさそうだ。

さらにもう一つ、原発事故関連の重要なニュ-スが先月末に発表された。それは、政府が事故原発から半径20~30km圏内に設定した緊急時避難準備区域の解除を決定したということ。

避難が解除される5市町村は、事故前は約5万8千人が住んでいたが、現在では半数以上の2万6千人の人たちが自主避難しているという。今後、国や地元自治体が放射性物質を取り除く除染を進め、安全が確認され次第、住民が順次、帰還することになるとの見通しだが、今回この地域より遠い場所でプルトニウムやストロンチウムが微量とはいえ検出された事実から考えると、避難解除はあまりにも速く甘過ぎるのではないだろうか。

さらに、政府は、炉心溶融を起こした福島第一原発1~3号機の原子炉温度がいずれも100度未満になり、状態は安定してきたと判断したというが、炉心がどうなっているかわからない現在、単に温度の下降が安定を示しているのかすら怪しくなってくる。

これらの発表は全て、原発事故後、新規立地の是非が争点となる初めての首長選が終わってから。何か特別な意図を感じるが・・・。(田舎親父)

2011年10月 2日 (日)

浦島太郎の話は本当だった?・・・

 かなり昔のことになるが、我が儘だった私を理解してくれた先輩が故郷である大分県竹田市で町の活性化に中心的な立場で汗を流している。当時、一緒の職場の仲間たちの間に『一度訪問して、元気をもらおう』という話が具体化し、27日から先輩の案内で豊後の竹田市内や周辺の地域をめぐり、その後も少し一人旅を楽しんで来たのでこのコ-ナ-をご無沙汰してしまった。

竹田は荒城の月で知られる岡城址、張りめぐらされた水路、至る所に見られる湧水群など、実に変化の飛んだ町である。近くには臼杵の石仏群、一面田んぼが広がる一角に突如現れる東洋のナイヤガラとも称される原尻の滝も見事だった。

しばらく新聞とテレビはもちろんネットもない世界で時を過ごしたが、昨日帰宅してみると相変わらず政治の世界では生臭い話が多く、原発関係では、避難住民を無理にでも元の土地に戻す画策がなされているらしいが、先人たちの素晴らしい水と石の工夫をこの眼で見てきたので、話旅行前に報じられた夢のような話を取り上げてみることにする。

現在は物理学などとは無縁の生活を送っているが、学生時代には一応、単位をとるためとはいえ物理の授業も受けたことはある。その殆どは理解できなかったが、アインシュタインの特殊相対性理論によると、質量のある物体の速度が光の速度に近づくと、その物体の時間の進み方は遅くなり、光速に達すると時間は止まってしまうという話は今でも頭の中に擦りこまれている。

若かりし頃、流星の軌道に興味を持ち、前回のカメラを天空に向けて過ごすことが多かった私は、宇宙人だとかUFOだとか、あるいは星の進化などに思いを巡らして空想の世界に浸ったものである。

当時、大流行していたマンガの『宇宙戦艦ヤマト』の中の『ワ-プ』という言葉で、時空を超越して異次元の世界を自由に行き来している物語にも興味を持ち、星空をながめながら、想像もつかない広い宇宙には、人間以上に進化した生き物が存在する星が存在するのでは・・・なとど楽しんでいたことも鮮明に記憶に残っている。

一方、アインシュタインは『光速に達すると時間が止まる』と理論づけているが、同時に『質量を持つ物体は光速を越えることは絶対にない』とも断言しており、学問の世界では、このアインシュタインの理論が絶対である限り『タイムマシン』などはあくまで空想の世界。

ところが、名古屋大などの国際研究グループが『ニュートリノが光よりも速い』という実験結果を出したというから話は面白くなってきた。

私にはニュ-トリノという物質がどのような性質を持っているのか全くわからないが、超新星の爆発で飛び出したニュ-トリノと光が殆ど同時に地球に届いたというから、ニュ-トリノが光速に匹敵するスピ-ドを持っているらしいことは理解できる。

しかし、例え極限的に小さな値であっても質量を持つものに違いないので、光速を超えたという結果は大変なこと。アインシュタインの理論では光速を越えるはずがないので世界中の物理学者に衝撃を与えているという報道は事実だろう。

現在のところこの結果を受け入れる物理学者は少ないらしいが、いかなる理論であってもそれは人間が作り上げたこと。絶対に全てを統括する理論など存在するはずはないのだから、アインシュタインの理論を越えても奇怪しくない。

『浦島太郎』の伝説がいつ頃から始まったのかはわからないが、最近になって作られたものではなく、大昔から口移しで伝えられてきたことだけは確かだろう。その時、アインシュタイン理論などあるはずがない。当時生きていた人々の持つ時間という概念は、現代とは全く違う。そんな場で『浦島太郎』を空想する能力があるとは思えない。となると『浦島太郎』なる人物は異次元の世界を経験したのでは・・・。

アメリカのNASAは地球外知的生命体の存在を認め、それらと対話することを進めているとも伝えられる。世界各地では明らかに航空機ではない、空間を移動する物体の目撃が報じられ、俄然UFOの存在の確実性が増しているという。

そんな地球外知的生物は、光速よりはるかに速い乗り物を駆使しているのだから、地球から遠く離れた何光年とか何十光年とかいう未発見の惑星からやってきているのち違いない。そのためには次元の壁を超える進化が必要になり、今回の結果は地球人類の未来を示しているのではあるまいか。

なんだか支離滅裂な文章になってしまったが、以前から来年の12月21日を人類の終焉の日だと思っていた私には、今回の実験結果の発表に、この日は終焉の日ではなく、新たな出発の日ではないかと楽しみに変わってきた感がする。(田舎親父)

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