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2012年5月

2012年5月31日 (木)

原子力委員会とは原発推進機関?・・・

 政府は、核燃料サイクル政策を議論する内閣府原子力委の小委員会で、原発推進側だけを集めた非公開会議が開かれていたという、(今まででは決してマスコミが取り上げなかった)情報が漏れたことに大慌てで火消しをはかっている姿が滑稽に・・・。

ホソノ原子力担当相は、内閣府原子力委員会事務局に電力会社員が非常勤職員として採用されていることについて『しかるべき段階でお戻りいただくことを検討している』と述べたようだが、『しかるべき段階』が何時なのか、どこで『検討している』のかなど具体的なことは一切ないことから、一時しのぎの答弁だと解釈して間違いなさそうだ。

内閣府の原子力委員会のこの小委員会は核燃料サイクル政策を議論した(する)ようだが、政府の主催する委員会は(議決に影響しない程度の人数だけでも)議題に批判的な人物を選定するが、余程批判的な委員が煙たかったらしく、原発推進側だけを集めた非公開会議の会議が開かれていたというから、まさに粉飾もの。委員会としての体をなしていないと言っても差し支えない。

このことについて担当相は『マンパワーとして力を借りている面もあるが、国民の皆さんから疑念を持たれることは決して好ましくない』と苦しい答弁に続き、『小委員会に出る資料が事前に業者に配られていたのは問題』としつつ『業者の意向で報告書の中身が変わったとか影響されたことはない』と強調しているというから、よくぞ白々しいウソがつけるもの。さすが民主党の若手のホ-プと呼ばれる人物だと揶揄したくなる。

この御仁は、核燃サイクル事業を実際にやっているのは事業者だから、やりとりを全部否定すると検討できないので、推進者の集まっていただいて意見やデータを集めることはむしろ必要なことだ』とも述べているというから、今後はもっとバレないようにやると言っているようなものである。

ホソノ発言は、現在、内閣府原子力委員会は、事務局職員19人のうち8人が電力会社や原子炉メーカーなど民間業者から出向しているが、そうした態勢を見直す考えを示したものだと受け取られている。

しかし、『内閣府が支給する手当以外に(出身母体の)採用元から給与を得ているのが一般的』というから、いわば出向社員達の任務は、情報収集と操作。まるでスパイ映画のような筋書きになっている。

ここで『河野一郎』氏のブログを紹介しておこう(http://www.taro.org/gomame/)。5月25日に発信されたそれは『疑惑の原子力委員会事務局』と題され、『最近、いろいろな場面で中立公正を疑われている国の原子力委員会だが、その事務局の構成を見るともっと疑わしくなる』という文章で始まるが、その内容には唖然とさせられる。

そこには、例えば平成19年4月1日から平成24年4月1日までに民間企業から原子力委員会事務局に『採用』された人物の出身法人を見てみるとして、その出身法人とその期間、そして常勤か非常勤を示している。

実名はないものの、例えば『電力中央研究所 H19-H21 常勤』『日立GEニュークリアエナジー H22-H24 常勤』『関西電力 H19-H21 非常勤(以下全て)』というように、20名の事務局員の出身企業名が並ぶ。

河野氏は、『東京電力、関西電力、中部電力と日立、東芝、三菱重工で原子力委員会の事務局ポストをしっかり分け合っている。電力中央研究所も必ず一人出しているし、最近では日本原子力発電も出している』と述べている。その通りである。

まさに、関係筋が原子力委員会の事務局に人を出して、情報のやりとりから意思決定まで、すべて原発推進をすすめる企業が、原子力委員会の名で行っていたことがここにきて明らかになったというところだろう。

さらに河野氏は『その他に、文科省から政策統括官、参事官(政策統括官付)、参事官補佐(政策統括官付参事官付)、主査(政策統括官付参事官付)、参事官補佐(政策統括官付参事官付)、主査(政策統括官付参事官付)が原子力委員会事務局に出向し、経産省からは、大臣官房審議官、参事官補佐(政策統括官付参事官付)、主査(政策統括官付参事官付)、主査(政策統括官付参事官付)、企画官(政策統括官付参事官付)、併任主査付(政策統括官付参事官付)が出向している』と、原子力委員会に出向させている役職から、『つまり、官も民も原子力ムラの住民が引っ越してきているだけだ』と結んでいる。

なるほど、これまでの原子力政策は、秘密会を持ち、議事録に載せない決定をして、あたかも原子力委員会の総意のように見せかけていたことがはっきりした。

何ともお粗末な我が国の原子力管理システムであるが、秘密会に、それら座長が出席しているというから、これでは、(被災者には申し訳ないが)福島原発事故が起きるのは当然の結果だったとしか言いようがない。(田舎親父)

2012年5月29日 (火)

民主党主流はと自民党の見事なまで連携・・・

 明日にでも行われるとマスコミが大騒ぎしている『首相・オザワ会談』は、政治に全く疎い私でも、首相の動きや自民党の態度を見ていると、『一票の重みの議論も前進せず』『身を切る措置ゼロ』で庶民から搾り取ることに対しては、首相側と自民党とが裏で手打ちを終えているような印象を受ける。

日曜日の夜、オザワ氏が『我々が総選挙で何を国民に訴え、何を約束し、政権を任せてもらったのかを忘れてしまったら政権交代の意味がない』と述べていた。全くその通り。

政権交代を訴えた3年前の選挙では全く消費税値上げはなく、民主党政権の初代首相のハトヤマ氏も『4年間は、消費税の値上げ議論はしない』と明言したことから、常識的に考えても突然『消費税値上げに命を懸ける』と言い出した汚染ドジョウ首相ドノはじめ民主党支流の考え方は、国民への『裏切り』そのものだと思うのだが、政治の世界では、国民への裏切りなど物の数ではなく、財務省(アメリカ様の命令)の理念が優先することから、(情けないことながら)何ら不思議がないのだろう。

翌日の新聞には、テレビではなかったが、オザワ氏はノダ政権については『国民の支持が非常に少なくなっている』と指摘した上で、『もう一度、民主党の政権になってよかったと思えるよう、原点を思い起こしてがんばらないといけない』と強調したとある。

また、沖縄の米軍基地問題にも触れ、『日米同盟が大事だからしょうがないという類いの議論で済ませてしまってはいけない。日米同盟は大切だが、同盟という以上は対等な日米関係でなければならない。日本自身も責任を果たしていかないといけない』という記述に全くその通り、踏み込んだ発言に無条件で拍手を送る。

ところで、同じ紙面には、自民党が消費増税法案など一部の重要法案の『審議促進作戦』を始めたとある。同日のテレビでも自民党総裁と幹事長が揃って、(私的に表現すると)『オザワ氏を切って、消費税値上げを一緒に行おう』という意味の発言をしている。

これには、市民党が従来から主張している増税は、民衆党政権でやってもらい、その後の美味しい部分は我が党で・・・という思惑を感じる。

そして、自民党は『消費増税法案は6月10日過ぎには、いつでも採決できる状況にしたい』という姿勢を鮮明にしており、採決の前提の一つである地方公聴会を6月4日に開催することで民主・自民両党で合意しているというから、消費税値上げに関してだけは、見事にまで舞台は出来上がっているようだ。

さらに、民主党主流と自民党とはすでに連立合意し、首相はノダ氏で内閣改造を行い、来年の改選期までやるとの裏情報も流れている。真偽のほどは定かではなく、ここまでは露骨ではないだろうと思いたいが、要は、すでにオザワ氏を完全に孤立させることに、民主党主流と自民党が合意しているということになっていることは疑いのない事実。

首相が言う、政治生命をかけているので『採決は先のばしにしない』という言葉と、自民党総裁や幹事長の『採決見送りなら不信任案』というセリフは、裏でき取引が完了し、いかに対決しているように見せながら、同じ方向でいこうという見事なまでの連携と感じられる。

結局は、今の国会は、一票の重さも、身を切る努力もなく、もっと大事な原発の今後の方向性など全くとりざたすらせず、消費税の値上げだけを決めて終了・・・。

こんなバカバカしい茶番劇は勘弁してほしい。何とかしたいと思うものの、何の力も持たない年寄りの私には、愚痴しか言えないことが情けない。ますます政治不審が大きくなり、鬱積する思いだけがつのる毎日である・・・。(田舎親父)

2012年5月28日 (月)

また始まるオリンピック狂想曲・・・

 2020年季オリンピックに東京が招致に名乗りを上げたことに、『何と懲りない奴らだ・・・』と何度か述べているが、総大将であるイシハラ都知事を中心とした懲りない面々が、大喜びしている映像が先日テレビで大々的に紹介された。

この映像というのは、23日に開かれた『国際オリンピック委員会(IOC)』で、立候補している5つの都市の中で、ドーハ(カタール)とバクー(アゼルバイジャン)は落選し、マドリード、イスタンブール(トルコ)と東京の三都市が最終選考に進んだという結果が出た夜のテレビである。

その夜は、例によってマスコミは高評価を得たと大騒ぎ。懲りない面々は、今度こそ実現できそうな雰囲気づくりに必死になっていたが、またまたとらぬタヌキになるのではないだろうか。いやぜひそうあってもらいたいと切に願っているが・・・。

オリンピックが不必要だとは思わないが、最近の商業ベ-スというか、利権の塊に成り下がったようなオリンピックというイベントには全く魅力がなく、せいぜい新聞やテレビで結果だけ見て、フ-ンという程度の人も多いのではないだろうか。

オリンピック代表を決めるのも『何?・・・』ということも少なくなく、競技組織によってそのル-ルがまちまち。水泳のように一発勝負で決めるのなら、実力主義で文句は少ないだろうが、組織の幹部の力関係で『昔の名前で出ています』的な選考がまかり通っていることも稀ではないとなると、スポ-ツの祭典という清楚なイメ-ジなど消え、単に利権に群がるスポ-ツ馬鹿の集まりとしか感じられないこともしばしば・・・。

IOCという組織も同じで(日本の組織がIOCそのものと言った方が適切かもしれないが)、開催地を決めるル-ルなどはなから決める気持ちがないらしく、立候補は受け付けるが、予選で立候補都市に競わせ方式をとっている。

当然、立候補した都市は予選を通過するためには手段を選ばないだろうから、自国のIOC委員を通して、アピ-ルに必死になる。そのためには、莫大な軍資金が必要になることは、(そのことを絶対にマスコミは報じないが)ほんの少し考えれば当たり前のことだろう。

それはさておき、IOCの発表では、今後IOC委員による現地調査などを経て、開催都市は来年9月7日に決まるとのことだが、毎回のことだが、予選から決戦に至る1年間の動きには黒い噂がついて回っている。

一応、IOC委員がそれぞれ一票を持ち投票で決めるらしいが、今回予選を通過した東京、マドリ-ド、イスタンブールの3つの都市は、それぞれ現地調査で訪れた代表に対して、他の2都市より高い評価を受けるために『大変なもてなし』をすることは当然で、前回東京都知事が『リオはIOCを抱き込んだ』という意味の発言をしたが、それは悔しさから出た言葉であり、逆をいえば『抱き込みに失敗した』ということ。そこに何があったのか想像するのは容易だろう。

スペインが経済危機に陥っていることはよく聞く話。この経済危機は簡単に収まらないだろから、来年9月はさらに厳しくなっていることはほぼ間違いない。となると『IOC委員抱き込み』にかける費用はそれほど潤沢に用意できないのでは・・・。

その意味では、一番有利なのは東京だというのも衆目の一致しているところ。東京に派遣されるIOC委員は調査日を楽しみにしているだろうが、同時に、福島原発からわずか300kmの地ということに恐怖心も持つのではないだろうか。

福島原発事故後、脱原発を宣言し、放射能に対して神経質になっているドイツのような国も多いことを考えると、いかなるデ-タより放射能の影響が強くなることも考えられる。むしろ『東京だけは勘弁してほしい』という委員も出てくるだろうから(私の願望かもしれないが)東京の線は消えるのではないだろうか。

オリンピック狂想曲に酔いしれている方々には申し訳ないが、消去法で考えると、イスタンブ-ルに落ち着くようだ。そうあってほしいと切に願っている。(田舎親父)

2012年5月27日 (日)

学校選択制の見直しが広がりそうだ・・・

 品川区が区立小中学校を親の希望にそって選択できる制度(学校選択制)を導入するとの方針を打ち出したのは10年ほど前だったはず。当時、私も他区で少しはこの問題にかかわっていたが、この議論は学校の統廃合がきっかけだったことを思い出す。

学校選択制と統廃合がどうかかわっているか説明しないと理解してもらえないので、ここから話を始めるが、東京都の各区市はどこも面積が少ないのにもかかわらず、人口密度は(大田区に例をとると、人口65万人と鳥取県の総人口より多い)異常に高い値。

人口が急激に増えたのは、高度成長期に他の道府県から仕事を求めて流入し、そのまま住み着いたことによるものだが、(都営や区市営住宅などの団地の爆発的増加が典型的な例だろう)当然なことだが、子どもの数は鰻登りで増え続け、小中学校は教室数の不足が問題になり、子どもの数を分散化する必要が生じ学校の数がどんどん増えていく。

その頃は区市の財政も豊かで、その需要に応じることができたのだが、間もなく、少子化と高齢化か問題になるようになると、子どもの数はどんどん減少し、1学年一クラス(単学級)の小学校も稀ではなくなってくる。

教員の人件費は国と都が半分ずつ負担するが、区市立小中学校を維持管理は区市。そのため膨大な予算が必要になり、それがそれぞれの区市の財政を圧迫するようになり、統廃合が真剣に模索しはじめるのだが、学校を作るのは極論するとカネがあれば簡単だが、廃校にするためにはトンデモないエネルギ-を必要とすることは、教育関係者でなくても想像できることだろう。

横浜の片田舎では、指定された小学校に通うのに遠い児童は30分、中学校に至っては通学に1時間もまれではないが、東京都のほとんどの区では、5分も歩くと違う小中学校があるのだから、何とか統廃合と考えるのは当然の成り行きだろう。

そこで考え出された一つの方策が、学校を自由に選べるようにして、子どもの数が極端に減った学校を狙い撃ちして統廃合に持っていくという考え方。子どもの数が100人未満などという、統廃合の条件が決められるのもの時期と一致する。品川区でもこの方針で学校選択性を始めたと、当時何かの会合で聞いたことがある。

この考え方は、反対もあったものの、東京という特殊な環境に生活する人々にとっては地域のコミュニティよりも子どもの将来を重要視する傾向があり、多くの保護者には概ね好評だったこともあり、すんなりと受け入れられた。

この学校選択性は他の区市に異常な速さで広がっていくのだが、統廃合は進まず、むしろ、学校間で子どもを奪いが激しくなり、また隣の子どもが違う小中学校(時に、バスや電車で区内の公立学校に)通学するという、地域社会を分断するという、学校選択性の負の部分が目立つようになってきたことは私が解説するまでもない。

10年も過ぎたので、そろそろ学校選択制度も限界で、そろそろ見直す必要があるのではと思っていたが、先日、『新宿区教委は平成25年度の新入生から、受け入れ者数が限界にある小学校について指定学区外から選択できないようにするという』記事に、やはり学校選択制を見直す区市が続くのではという思いがする。

私は学校選択制には批判的な考え方を持っているので、この動きは歓迎するが、多くの区市では学校の数が多過ぎることは間違いなく、このことが財政面でも重い負担になっていることを思うと、適正な統廃合は必要だろうと思っている。

東京の区市は財政的には余裕があるようだが、このまま全校が数十名という小中学校を維持していては、いずれ財政破綻が来ることは目に見えている。

学校選択制などという姑息な手段で統廃合をすすめるのではなく、真摯に住民と向き合い話し合いの中で、昭和30年代以降、急速に細分化した学区域を元に戻すような工夫をするべきではないだろうか。(田舎親父)

2012年5月26日 (土)

これも人災か・・・

 新潟県の魚沼市のトンネル工事での爆発事故を知ったのは24日の夕刊である。記事によると、事故発生は24日の午前10時過ぎ。119番通報で消防が駆けつけて、現場にいた作業員のうち3人を病院に運んだとのこと。3人はけがの程度は不明だが、意識があるというが、4人がトンネル内に残っているという情報があるという文面が気になる。

すぐにテレビをつけると、この事故を大きく取り上げて、4人がトンネル内に閉じ込められていることが事実であることを知るが、現代の技術をしてこんな事故が起きたことを俄には信じられない。

昨日も朝からこのニュ-スが大きく取り上げられていた。トンネル入り口付近には5人の作業員がおり、うち3人は入り口から150メ-トルあたりで休息していたが、爆発と同時に身体が吹っ飛び、意識はなくなったという。爆風はトンネルの外にいた作業員二人の体を吹き飛ばし、ダンプカーや重機を原形をとどめないほどに破壊したというから爆発の規模の大きさが想像できる。

昨日一日中、トンネル内に取り残された4人を救出するため、消防と警察は必死で救出作業を続けているが、途中が崩落して前には進めない上、入り口口付近ですら可燃性のガスが充満しているので、大型の送風機を使っても奥に溜まった高濃度の可燃ガスを薄めることは難しく、二次災害の危険性があり難行しているとのことである。

このトンネルは大手ゼネコンの『佐藤工業』が南魚沼工区を単独受注し、工期は2009年9月から今年12月までの予定で、十日市場側とはつながっていないということだから、反対側からの救助もできない。これは最悪。時間が経過するに従って生存が難しくなるだろう。今朝のニュ-スにも救出という言葉がないので、関係者には申し訳ないが、絶望というしかないのでは・・・。

マスコミ報道でしか情報はないので、その背景はと理由は全く理解できないが、何故かこのトンネルは当初の計画とはル-トが違うのだそうだ。その上、昨年7月の大水と冬の大雪で工事が中断。24日が10ケ月間中断されていた工事の開始の日だったという。

トンネル工事そのものの再開ではなく、トンネル付近の道路工事のため、冬の間にトンネル内に仮置きしていた資材を運び出そうとしたという情報もあるが、安全面に何らかの手抜かりがあったとしか思えない。

佐藤工業の担当幹部は、火気を扱う作業は指示していないというが、いずれにしても車両を使って未貫通のトンネルの奥深く入った時点で突然大規模な爆発が起き、作業員が閉じ込められた状態になっていることだけは間違いない事実。

気になるのは『可燃性ガス』という言葉。ちょっと年齢の高い人は小学校の社会科で『新潟県は石油の産地』と習ったはず。採算が合わないので採掘はやらなくなったらしいが、今でも吹き出した天然ガスを利用している人もいることも知っている。

特に魚沼地方はガス濃度が高いという。ということは、この一帯は岩盤に穴をあければ天然ガスが吹き出すのは、現場が知らないはずがない。しかも、10ケ月も放置していたのだからトンネル内部に天然ガスか充満していることは十分考慮していたと思うのだが、実際にはなにも対処していなかったらしい。

工期が今年12月までというのも気になる。また、(これはゼネコンがらみでは常識だというが)工事そのものは『佐藤工業』が直接行うのではなく、下請けの(孫請けかもしれない)『文明屋(新潟県湯沢町)』という会社が行っていたというから、作業たち達は全国から集められていたに違いない。集められた作業員は、この土地と天然ガスとの関係や天然ガスそのものに対する認識が薄かったと考えても奇怪しくない。

佐藤工業の担当者に、『新潟は天然ガスの宝庫』という、余程強い意識を持たない限り、天然ガスに対する注意など、下請けとの蜜なる連絡などは無しに等しいのでは・・・。

元請けの佐藤工業としては工期が迫っているので、下請業者の尻をたたき、工事の再開を促したのかもしれない。下請け業者も、受注契約の履行が先行し、安全面の配慮にかけていたかも・・・。

現代の技術からするとトンネルの掘削などでこんな大事故が起きるはずがない。が、福島原発の事故とは次元が違うとお叱りを受けそうだが、今回の事故の原因の本質は、原発と共通するのは安全よりも利潤という考え方が先行した『人災』と言い切っても差し支えないのではないだろうか。

このような考え方を改めない限り、近々、違う現場で(原発でもトンネル爆発でもない異質な)『人災事故』が起きるような気がしてならない。(田舎親父)

2012年5月25日 (金)

東電の体質は庶民イジメそのもの・・・

 一昨日の朝日新聞の一面に『経済産業省が全国10電力会社の電力販売による収益を調べたところ、家庭向け電力が販売量の約4割しかないのに、利益の約7割を占めていることがわかった』という記事があったが、今頃になって経産省がこんなことを明らかにするのはまた何か裏で画策しているのではないだろうか疑りたくなる。

記事によると、経産省は10電力の2006~10年度の販売電力量、電気事業による売上高と利益を調べたそうだ。すると、5年間平均では、販売電力量は家庭向けが38%、工場など企業向けが62%で、売上高はそれぞれ49%(7兆2千億円)、51%(7兆5600億円)だったという。一方、利益は家庭向けが69%(4300億円)、企業向けが31%(2千億円)と逆転したというから、いかに家庭向きの電気料金が割高だということがわかる。 

中でも東京電力のその比率は物凄く、家庭向けが利益の91%を占めたというから、怒りより東電らしいと呆れ、開いた口がふさがらない。

それにしても経産省が自発的に東電に不利益な情報を流すはずがないとの疑念は消えず、他の新聞記事を調べたら、同じ日の東京新聞には、東京電力が申請した家庭向け電気料金の値上げの妥当性を検証する経済産業省の審議会『電気料金審査専門委員会』が、東京電力などの全国の十電力会社の収益構造を明らかにしたとあるから、朝日新聞より東京新聞の方が親切で分かりやすいことを改めて感じる。

しかも東電の販売電力量の6割は企業など大口利用者向けだが、利益の9割は家庭向けで上げていたとある。全国平均でも傾向は同じで、家庭向け料金が企業向けより、『大幅に割高になっている実態が初めて明らかになった』と述べているところが良い。

この記事から、今頃になってこのような情報が明らかになったわけが少しは理解できるようになったが、この日の審議会には東電の幹部が参考人として呼ばれていたらしく、その理由を『新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発の全号機停止や燃料価格の歴史的な高騰で、燃料費の比率が相対的に高い(企業向けの)自由化部門の収支が悪化したため』と釈明したとのことだが、またまた誤魔化し。全く一つ説得力がない。

企業向けの電気料金は自由化されており、電力会社と企業との契約で料金が決まるシステムになっていることは最近知ったので、自由化に伴い、小売りの新規参入者の特定規模電気事業者(PPS)などとの競争で、販売価格を下げざるを得ないことは何となく理解できるが、それにしても利益の9割は家庭から吸い上げているとは納得できる話ではない。

庶民(中小企業もだろうが)は電力会社を選べない。法律で家庭向けは電力会社が各営業区域で販売を独占できると決められて、電気料金も発電にかかる費用に利益を上乗せできるのだそうだ。これを『総括原価方式』というとのこと。この方式によって、経費削減で身を削らなくても安定的な利益が得られる構造になっているのだそうだが、庶民イジメそのものである。

しかも、地域の電力を独占しているのにかかわらず、原発事故前は電力会社のコマ-シャルは何だったのだろう。特に東電の宣伝費を湯水のごとく使い、テレビ局にわざわざ儲けさせたいがごとく、民放各社にばらまいていたことも、今思うと許し難い。

こんな不合理が明らかになった以上、家庭向きの電力料金の値上げの話は撤回するのが筋だと思うのだが、東電の庶民イジメの体質は変わらず、撤回の動きは全くないという。

ならば、早急に電力会社が所有権を持っている送電線を自由に利用できるようにし、小口の電力の売買が可能な自由化を急ぐべきだと思うのだが、電力会社から膨大な献金を受けているとなると、家庭の電力自由化の道のりはまだまだ遠そうだ。(田舎親父)

2012年5月23日 (水)

久々に事故原発のその後の情報・・・

 このところマスコミ情報は『電力不足』と『節電』のオンパレ-ドで、大飯原発を再稼働しなければ、関西圏内はこの夏乗り切れないという記事で埋まっているが、その割には、昨年の東電管内の大企業がとったような『土日稼働』という言葉が聞かれないのは、実際は、それほど切羽詰まった事情ではないのではとも思えてくる。

電力不足が大きな話題になるのも、そのきっかけは福島原発の大事故だろうに、最近は事故原発のことなど忘れ去られたごとくであったが、先日、久々に福島原発1号機の様子が記事になった。

記事によると、福島原発1号機には毎時6トン前後の冷却水が注入されているのに、格納容器内の水位はわずか40センチほどしかない可能性が、原子力安全基盤機構(JNES)の解析で分かったとのこと。

40センチという水位にゾッとするが、それ以上に、またまた聞き慣れない新しい原子力関係の組織の名前に、何なのこの組織は・・・と驚くほうが先に立つ。そこで、『原発 関連組織』で検索してみると出るは出るは・・・信じられないほどの組織名が現れる。

字数の無駄は承知だが、知っておくことも必要だと思いなおし、このサイトに掲げられた全ての組織を掲載してみることにする。が、関連組織はもっとあるはず・・・と考えるとバカバカしくなってくる。

『行政法人原子力安全基盤機構・独立行政法人日本原子力研究開発機構・独立行政法人原子力環境整備促進資金管理センター・財団法人原子力安全研究協会・財団法人原子力安全技術センター・財団法人原子力国際技術センター・財団法人日本原子文化振興財団・原子力委員会(JAEC)(内閣府)・原子力安全委員会(NSC)(内閣府)・原子力安全 保安院(NISA)(経済産業省)・原子力発電環境整備機構(NUMO)・()日本原子力産業協会(JAIF)・()日本原子力学会(AESJ)・()原子力安全技術センター(NUSTEC)・()原子力安全基盤機構(JNES)・()日本原子力技術協会(JANTI)・()原子力安全研究協会(NSRA)・()日本原子力研究開発機構(JAEA)・()原子力研究バックエンド推進センター(RANDEC)・()日本原子力文化振興財団(JAERO)・()原子力発電技術機構(NUPEC)・()火力原子力発電技術協会(TENPES)・()原子力国際協力センター(JICC)・()原子燃料政策研究会(CNFC)()原子力環境整備促進・資金管理センター(RWMC)などなど・・』。ただただ唖然とするだけ。

40センチという数値は、注水量や格納容器への窒素の注入量と、格納容器内の圧力変化の関係を調べ、どこにどれくらいの損傷があれば、変化をうまく説明できるか探る手法を使って割り出したとのことだという。その結果、格納容器本体と下部の圧力抑制室をつなぐ配管周辺に直径数センチの穴が開いている穴の場所は、格納容器のコンクリート床面から約40センチの高さで、穴から大量に水が漏れ、水はそれより上にはないとの結論になったのだそうだ。

要は、メルトスル-が起きて、原子炉の底に穴が開いていれば、40センチの水位は保たれないのでメルトスル-は起きていないと言いたいらしい。

毎時6トンという途方もない水を注ぎ込んでも水がなくなるのだから、私のような素人でも原子炉内部に大穴が開いていることは明らかだと何度も述べていること。

穴の空いたバケツを地面において、少しずつ水を注いだら水は地面に吸い込まれてなくなるが、一度に大量の水を入れたらあふれてしまうこと、また、地面に吸い込む量より多く水を注いだら、水位は上がることは小学校高学年の子どもでも理解できる話。

底から40センチのところに大穴が開いていると説明しているが、毎時6トンもの水を注いでいるのだから、底に穴が空いていても、漏れる量と水深40センチに保たれる水量とのバランスがとれているだけと考えても奇怪しくない。どうも、メルトスル-ではないと説明するためのアリバイ作りの水の注入と考えたほうが辻褄は合いそうだ。

それ以前に、毎時6トンとしたら、一日144トン。事故から400日で計算すると、56800トン。この膨大な水はどこに消えたのだろう・・・。廃炉が決まっているというが、廃炉にするためには、それでも地中に漏れ落ちた核燃料を冷し続けなければならないとなると、今後、10年いや20年・・・。

東電が毎時6トンの汚染水を回収しているとは聞こえてこない。恐らく、地下深くしみこみ、やがて海に流れ込んでいるのだろうが、そのことを伝える記事もない。想像すると恐ろしくなる。(田舎親父)

2012年5月22日 (火)

韓国も電力不足らしいが・・・

 韓国の電力料金が日本よりはるかに安く、3分の一程度だというから驚く。なぜそんなに安いのかはいろいろな人が解説しているので、今更私が述べる間でもないが、国策として、産業を育成するために電力料金を極端に低く押さえているのだという。

韓国は発電費用が国民から徴収する電気料金より高くなり、電力会社は電気を作れば作るほど赤字が膨らむというから、私には到底理解できない変な話。電力料金が安いので、韓国の人々は電気を湯水のごとく消費することが当たり前になっているらしく、韓国民の一人あたりの消費電力は、カナダ・アメリカについで、世界で3番目、日本より多いというから俄には信じられない。

だからこそ家電などを中心に、世界と肩を並べる経済力のある企業が出現できたのだろうが、石油天然ガスは100%外国に依存していることは我が国と変わらないはずだから、産業育成が第一の国策とはいえ、相当の無理が積っているのは明らか。

その無理の積み重ねが原因だと思うが、韓国では昨年の9月に、残暑で電力需要が急増した日に200万戸を超す大停電が発生したのだそうだ。この停電のことについては、日本のマスコミはあまり韓国のニュ-スを取り上げないので、私も含めて知らなかった人も多いのではないだろうか。

この大停電で韓国の人々は、電気料金が他の国に比べて極端に安いことを知ったらしいが、簡単に電気料金の値上げに同意するわけはなく、韓国政府は今までの電力政策の矛盾に頭を抱えているという。

原発に依存する割合も高く、現在30%を超えるのだそうだ。我が国に限らず原発には事故とそれに伴う情報の隠蔽がつきものらしく、釜山市の古里原発1号機で3月、全電源喪失の事故が発生したが、その事故を隠したことが発覚。国の機関が調査しており、現在、発電が止まっているというから、原発に関しては我が国と同じぐらい低レベル・・・。

その韓国が、この夏の電力需給が『危機』に陥るおそれがあるとして官民あげての節電に取り組むことになったという記事があった。

冷房温度を、官公庁など公共機関は28度、百貨店やホテルなど民間の大型の建物は26度に制限し、冷房をつけながら扉を開けっ放しにしている店舗などに違反金を科すことも検討しているというから、かなり厳しい方針らしい。

記事によると、高めの気温の影響で5月に入り、電力需要が急増。このまま伸びると、8月後半には予備電力が約150万キロワットとなり、電力不足になる恐れがあるというから我が国の事情と共通する。

政府は、産業界に夏休みを分散したり、自家発電機をできるだけ活用したりするよう要請するそうだが、夏休みの分散となると一般国民に対する影響も半端ではなさそうだ。官公庁ではピーク時の午後2~5時に30分間、冷房を消すというから徹底している。

政府は昨年9月の停電を例にとって、『再び電力不足を心配しなければならない状態に直面している』と危機感を強めて、もし協力しなければ大変な自体になると、強引な政策で国民に呼びかけているというが、長年、電気料金が安いことをあたり前として使っている国民としたらなかなか簡単に節電とはいかないらしい。

我が国の『電力不足』という言葉には、原発再稼働を目論む政府と電力会社の意図的なものを感じるが、韓国の場合は電力事情そのものが原因だから、深刻度は比べようがないほど大きいのではないだろうか。

韓国政府が、どんな解決策を打ち出すのか興味深く見守りたい・・・。(田舎親父)

2012年5月21日 (月)

今度はホルムアルデヒド・・・

18日の夜だったと思うが、テレビから、有害物質ホルムアルデヒドが水質基準(1リットル当たり0・080ミリグラム)を超えたり数値が上昇したりしたとして、利根川や支流の江戸川から取水している浄水場計3カ所で取水や給水を停止したというニュ-スが流れた。

ホルムアルデヒドという名前は、このところセシウムはじめ放射性物質が表面に現れたので久しく耳にしていなかったが、つい数年前までは、発癌性がある物質だということで環境汚染の主役として悪名を轟かせていたことを思い出す。

恐らく、これらの浄水場管内では断水処置がとられたのだろうが、電気と並んで水がない生活は考えられないので、住民の方は不便な思いをしているのだろうと思うと同時に、最近はどこで何が起こるかわからないことを思うと、とても他人事ではない。

翌日になって、断水騒ぎは広がり、千葉県を中心に、一時的には35万戸の住宅に及んだという。テレビの映像は、人々がポリタン容器を持って臨時に設けられた給水場で並んでいる姿を映し出していた。

ホルムアルデヒドという極悪物質が水道水を汚染しているのだから、断水は致し方ないが、なぜ、汚染がわかったのだろうと、ここでも素朴な疑問が頭をよぎる。

毎日、検査をするのだから当たり前と言われるかもしれないが、毎日検査しているのだったら、何か前兆があったのではないだろうか。基準値を一挙に10倍に超えたから取水を中止したというのも気になる。それ以上に、水質検査をした埼玉県が、群馬県高崎市付近の利根川支流の烏川上流が発生源の疑いがあると指摘したというニュ-スに違和感を覚える。

ホルムアルデヒドは特定の化学物質に水を消毒する塩素を加えることでも発生するというから、浄水場で発生することは納得できる。しかし、下流の浄水場の水質検査で、直ちに発生源を(ある意味狙い撃ち的に)特定できるとはとても思えないので、指摘された地域にはホルムアルデヒドを生成する物質を扱う事業者が複数あるという記事から、何らかの情報提供、タレコミがあったことをうかがわせる。

発生源だと指摘された群馬県は、その日採取した利根川上流地域の水を塩素処理した結果、基準値を超える0・098ミリグラムを検出したというから、確かに発生源の可能性は大きいようだが、浄水処理後は0・04ミリグラムと基準以下になったという文言からみて何か意図的な作為を感じないでもない。

昨日、群馬県は上流の利根川支流の7地点を調査した結果、いずれも基準値を上回るホルムアルデヒドは検出されなかったと発表したと同時に、千葉県内を中心に断水は、朝早くには解消されたとのことである。

結果的には、メデタシメデタシで幕引きになったと思っていたが、夕方のニュ-スでは都内にも広がったとのことに驚く。

他の浄水場からの水のやり繰りで断水騒ぎにはならなかったようだが、利根川水系を水道に利用している東京都民はじめ、利根川上流地域にホルモアルデヒドを発生させる原因物質を扱う事業所が数多くあるという事実を知った人々は不安を残すに違いない。

例によって、都県の担当者は(国の指示もあったらしいが)、健康に影響する数値ではないと発表したというのも、またまた本当のことを発表するとパニックを起こしかねない・・・という考え方が先にたち、情報を隠しているのではないだろうかという疑問も無きにしも非ず。

行政を信じられなくなった人たちが多い現在、今回の騒ぎで、なんでもビジネスチャンスと捉える風潮から、今日あたりからス-パ-などでは『ミネラルウォ-タ-』がうずたかく積まれるだろう・・・な。(田舎親父)

2012年5月20日 (日)

身を切る努力という言葉が空虚・・・

 3日ほど前日に『衆院社会保障と税の一体改革特別委員会』がテレビで中継されていたが、質問に立つ議員が全て与党議員。それも、政調会長とか幹事長という党の幹部達。その幹部達が原稿を丸読みし、それに応える形で首相も負けじと官僚が作った原稿を丸読み。

その原稿には『経済再生と政治改革、行政改革と包括的に実現しなければいけない課題』で『国民に負担を求める以上、まずは身を切る努力が必要』と書いてあるらしく、『隗より始めよ』という言葉を用いて、身を切る改革への決意を強調していたが・・・。

民主党の幹部が『身を切る努力』を質問として投げかけ、首相が『身を切る努力』を答弁する。そのバカバカしさに見る気がしなくてテレビの電源を切ってしまったが、翌日の新聞が伝えるところによると、二時間半余りの審議で、身を切る改革に触れた時間はわずかに10分間程度だったとのこと。

しかも、議員歳費以外でもたくさんの諸手当などに多額の税が投入され、国民から厳しい視線が向けられる議員の『厚遇』を取り上げる質問者もいなかったというから、民主党の幹部達は、『身を切る努力』という部分を読んだものの、その意味はわからないふりをして素通り。増税しか頭にないと断言しても差し支えなさそうだ。

消費税値上げに『政治生命を懸ける』ほどの価値があるとはとても思えないが、この首相には、どうしても消費税の値上げをしなければならない事情があるらしく、『命にかけても・・・』というフレ-ズを連発しているからには、この国会で法案を成立させられなかったら、衆院を解散して国民に信を問うか、内閣総辞職するかの覚悟なのだろう。

しかし、最高裁から現在の一票の格差は憲法違反だと指摘されている以上、国民の常識として、解散・総選挙はできないと思いたいが、政治の世界ではそんな常識はなきに等しく、自民党などは消費税増税関連法案成立への協力と引き換えに衆院の早期解散を確約する『話し合い解散』を迫っているというから理解し難い変な話。

その夜だったか(翌日だったかあいまいだが)、NHKの夜のニュ-スに生出演した汚染ドジョウ首相ドノは、一票の格差については『結論を出さずに会期を閉じることがあってはならない』という、ワケアリ顔で言っていた。

首相の言葉を受けてか、翌日に官房長官が衆院議員の『5減プラス・比例20減』という案を各党に示したというニュ-スが流れたが、確か民主党は政権公約のマニュフェストでは『比例80減』を打ち出していたはず。

ここでも、何とか『身を切った』という実績を出して、解散できる舞台を作り出したい重いがアリアリだが、(こんな姑息な案では)それぞれに考え方が違う野党が受け入れるとは思えない。

結局は、『身を切る努力』は形として現れず、またまた国民に対しての約束は守られないということになりそうだ。

小学校の社会科で教える、政治に関する基本的な事柄は『国民に対して約束は守る』ことで『政治に携わる人々は約束に反することをしてはならない』ということだが、これは、社会科に限らず道徳の時間でも繰り返して指導する『人間として最も基本的な行動規範』である。

首相はじめ民衆党の幹部達は、もう一度小学生の社会科と道徳の授業を受けて、『基本的な行動規範』を学んでほしいものである。もっとも、この授業は民主党だけではなく、野党の議員も受ける必要があるだろうが・・・。(田舎親父)

2012年5月19日 (土)

節電とは逆の流れ・・・

 全国で総合ス-パ-を展開している数ある企業ではイオンが最大らしい。らしいという言葉をあえてつかったのは、私の住む横浜の片田舎には、ダイエ-はじめマルエツ、アピタ、東急ストア-、相鉄ロ-ゼンなどとス-パ-の数は多いのだが、イオンが存在しないので、行ったことがなくその実態がわからないからである。

といいながら、車で走っていると『イオン』という看板は何度もかけ、凄い規模だと感心することはが、本能的に人ごみを避けたい私には、すすんでそこに車を向けるという意志が湧かないのも事実だが・・・。

従って、イオンがどんなに凄い企業なのか良く分かっていないのだが、先日の新聞に掲載された、イオンが、総合スーパー『イオン』や食品スーパー『マックスバリュ』など全国計約1400店の開店時間をこれまでより2時間早い午前7時に繰り上げるとの記事に何となく違和感を覚える。

節電に向け始業時間を早めるサマータイムの導入などが普及して、人々の生活様式の変化に対応するのが狙いだとのこと。一部店舗を除いて6月1日から開始し、9月初旬までの3カ月程度行う予定だという。

イオンの担当者は、『最近は、日中の暑さを避けて、比較的涼しい朝に買い物をする顧客が増え、出勤前の買い物需要も拡大している』と説明しているらしいが、すんなりとこの言い分を聞く気にはならない。

サマ-タイムを導入している企業が増えているらしいことは知っているが、サマ-タイムという考え方は、もともと早く帰宅して家族との団欒を楽しむためだったのではなかっただろうか。少しは節電の意味もあったこと否定しないが、サマ-タイムと節電が抱き合わせに考えられるように言われ出したのは、原発事故以降のような気がするが・・・。

それはさておき、始業を2時間前倒しして午前7時にするとあるが、終業時刻には何ら触れていないところをみると変わらないようだ。

始業時刻の前倒しは、日中の暑さを避けて、比較的涼しい朝に買い物をする顧客が増え手いるのは事実かもしれないが、ならば日中は店を閉めるかといえば、絶対にそんなことはないだろう。要は、一部の人の需要が増えているから開店時刻を早めるのであって、決して『節電』のためでないことは明らか。

連日、関西電力圏内はこの夏は15%の電力不足とか、20%の節電目標などと大騒ぎしている中、今回のイオンの動きは流れに逆らっている。関電圏内だけではなく、九州も北海道も電力不足が深刻だというのにである・・・。

イオンが始業時刻を繰り下げれば、対抗上、他のス-パ-も続かざるをえないのではないだろうか。全国どこでも、朝7時から大手のス-パが開業となると、その必要電力量は半端なものではないはず。これでは節電どころか増電ではと皮肉りたくなる。

朝早くから開いていることは、一部の人には便利かもしれないが、そのために、足りないと大騒ぎしている電力を余計に使うとなると、まさに笑えない笑い話そのものでは・・・。(田舎親父)

2012年5月18日 (金)

身許判明が難行しそうだ・・・

 宿泊客7人が死亡する火災が起きた広島県福山市のホテル『プリンス』について、テレビはもとより、新聞各紙が大きく取り上げている。

テレビのニュ-スでは、このホテルに宿泊していた人の話として『廊下は迷路のようで薄暗く、窓は板でふさがれていた』と報じていた。また、鉄筋4階建てと木造2階建ての建物をつなぎ合わせていたという文言もあるが、こんなホテルが住宅街にあるとは俄には信じられない。

恐らく、このホテルは一般のビジネス客向けではなく、利用しているのは密会を必要とする男女のカップル、いわゆるラブホテルと呼ばれる施設だろうことは推測できるが、何故か、その言葉はテレビや大新聞は避けているのも気になるところ。

新聞記事には1987年以降、少なくとも五回不備を指摘されたとある。こうした不備を何度も指摘されながら、経営者は『経営が苦しく、設備投資は難しい』と言って、改善しなかったというが、25年間もよくぞそんな言い訳が通ったものと呆れる。

ホテルの実質的なオ-ナ-が地元の有力者で、市の幹部と裏で通じているのではと考えたくなるのは、清張さんの読みすぎかもしれないが、あまりにも長年、放置されてきたことを思うと、あながちこの見方は的外れではないのではなかろうか。

それはさておき、男女の密会を目的としたラブホテルだとしたら、恐らく宿泊名簿など存在しないだろうから、従業員の一人を除いて、男性3人女性3人の方の身許の判明は難しくなるのでは・・・。

事実、事件そのものは大きく取り上げられているが、被害者の名前はおろか年齢すら発表されていない。大新聞もこぞって、責任のあり方や安全についての大原則などを社説でも取り上げているが、このことに関しては完全にスル-。

新宿の雑居ビルの火災では身許が全員判明したのは一月後だったというから、(今後報じられることはないだろうが)いつまでも判明しないとは思わないが、難行することは間違いないだろう。

また,たとえ身許がわかったとしても、違う意味の問題が発生するのではと、いらぬ心配をしてしまう。

改めて、宿泊名簿の重要さを感じるが、果たして、個人情報保護という考え方が現代社会では、絶対的に『是』である以上、どこまでこのことが周知され、改善されるのだろうかが疑問とするところ。

そして、この事件が忘れられた頃、また、出入りに対して秘密が重要視される施設での火事が繰り返されるような気がしてならない。(田舎親父)

2012年5月17日 (木)

この転落事故は考えさせられる・・・

 相変わらず、子どもがマンションや団地のベランダから転落する事故が後を絶たない。昨日も、東京で15階建てマンションの11階から3歳の男の子が転落する事故を報じる記事があった。

記事によると、このマンションの1.2メ-トルのベランダの柵の内側に、低い位置に物干し竿が2本設置されており、男児は、この物干し竿を階段のようにして上り、柵の上付近にいたところ、誤って落ちたとみられるとある。

『柵』という言葉からすると、外が見えるような構造のようだが、11階のベランダに外が見えるような柵をつけるだろうかという素朴な疑問と、記事通り、外が見える柵だとしたら、低い位置の物干し竿との文言がなんとも理解しかねる。恐らく低い壁を柵だと表現したのだと思い話を進めたい。

低い位置に洗濯物を干すのが最近のマンションの流行り。公団や公営の団地を除き、ほとんどのマンションのベランダは1メ-トル超の高さの壁になっており、その後ろに物干し竿を取り付けて洗濯物が見えないようにする構造が多いようだ。

たしかに、洗濯物が見えるのはあまり美しい風景ではないだろうから、この流行りは間違っていないだろうが、今回はこのことが事故に繋がったとなると、今後どうしたら良いのだろうかと考えさせられる。

男児は両親と3人で住んでいたが、1人で留守番中だったという。母親は買い物で外出だったことも不幸。恐らく、午後4時半という時刻から想像すると、この母親は短時間の買い物だから、起こしてまで連れて行くことはないと思い出かけたのかもしれない。

また、『絶対に鍵を開けてはいけない』と言い聞かしていたので、まさかベランダに出るとは思っていなかったのではないだろうか。

しかし、(一般的なマンションでは)狭い空間で、唯一空が見えるベランダは子どもにとっては何よりも魅力的で近寄りたい場所に違いない。たとえ鍵がかかっていても、そして両親から『鍵を絶対に開けるな』と言われていても、好奇心には勝てないはず。

この男の子は、(昼寝をしていたとしたら)目が覚めて母親を探したことだろう。母親が見つからないと不安になると同時に、ベランダに対する好奇心で鍵を開けて出たと推測している。

空は見えるものの、壁が視界を遮っている。何とか壁の向こうを見たいと思う気持ちが物干し竿を伝って壁の上の高さにまで登り、誤って転落という、幼児の行動パタ-ンが読み取れる。

今までのマンションのベランダからの転落事故は、植木鉢などを台にして外を見ようとして起きたものだが、物干し竿となると、マンションの設計思想からくる構造が大きな原因だろう。となると、植木鉢のように親の不注意で片づけられないようだ。

このようなベランダを持つマンションは数多い。親がいくら、台になるようなものを置かないように注意したとしても、移動できない物干し施設となると、類似する事故が今後起こり得る可能性は否定できない。

これは大きく取り上げる必要があると思うが・・・。(田舎親父)

2012年5月16日 (水)

本土復帰40年の沖縄の現実は・・・

 昨日は沖縄が本土に復帰した記念日。一昨日からNHKのクロ-ズアップ現代が二夜連続で沖縄の基地問題を取り上げていた。(実際には、もっと酷い話があるのだろうが)その内容には考えさせられることが多い。

敗戦以来、アメリカ軍による統治が続いていた沖縄の政治の遂行権が日本に返還されたのが40年前のこの日。クロ-ズアップは時の佐藤栄作首相が声を詰まらせてあいさつをしている姿を再現していたが、今もって基地に苦しめられている現実を見つめると、なんとも空々しい気持ちにさせられる。

『沖縄は本日、祖国に復帰した。戦争で失われた領土を外交交渉により回復したことは史上極めてまれであり、これを可能にした日米友好の絆の強さを痛感する』という文言は間違っていないだろうが、その裏には『基地の治外法権は永久に続く』との条文があったのではとさえ思ってしまう。

復帰以後40年間、沖縄返還の基本方針と政府が繰り返し言い続けてきたのは『核抜き本土並み』という言葉であるが、これは全くの空絵ごと。

『核抜き』とは、沖縄に配備されていた核兵器の撤去のことで、『本土並み』とは、日米安全保障条約と関連取り決めが沖縄にも変更なく適用されることを意味すると同時に、沖縄県土面積の12・6%を占める米軍基地を本土並みに縮小することだという解説が付帯している。

歴代の総理大臣は『沖縄の基地は、当然日本の本土並みになるべきものだから順次撤去、縮小の方向にいくと思う』という意味の国会答弁を繰り返しているが、共通する言い方として『・・・縮小の方向に持っていく』ではなく『・・・縮小すると思う』と、希望的なあいまいな表現。これは日本の再興指導者の姿勢として『アメリカさまの思し召し・・・』という気持ちがアリアリ・・・。

アメリカさまの思し召しは、沖縄県民の願いとは裏腹に、アメリカ軍基地は県土面積に占める割合は10・2%(昨日は18%と言っていたが)と、ほとんど減ることなく、在日アメリカ軍基地の約74%は沖縄に集中しているのが現実をみると、全く与えてもらえてないことが明らか。何一つ、『本土並み』が達成されていないと表現しても差し支えない。

一昨日のクロ-ズアップ現代のゲストであ琉球大学の教授が、沖縄県民の人権侵害について、日常的に起きている例で解説していたが、思わず耳をふさぎたくなるような酷い話の連続である。平穏な生活を脅かす日々の騒音や頻発する米兵の事件・事故、日本で起きた米兵の犯罪を日本の司法が裁けない日米地位協定・・・などなど。

(永久に)治外法権が保障されたアメリカ軍基地が40年前と同じ状態(それ以上かも)で残る沖縄では、日本国憲法よりも安保条約や地位協定が優先されるのだから、日本国憲法で保障された基本的人権はないがしろにされているのが現実だという。

沖縄にはこれといった産業はなく、基地に依存するか、あるいは観光で生計を立てる人々が多いことはよく知られている。

沖縄への修学旅行も大流行。そのほとんどが平和の大切さを教えることを目的として行っていると聞く。子どもたちは、ひめゆりの塔や摩文仁の丘を見学し、沖縄の悲惨な歴史に触れ涙するというが、そのほとんどは帰りの飛行機の中で忘れるという話も、修学旅行にかかわる多くの人の口から語られる。

基地を念頭にした修学旅行はほとんどない。また、大手旅行会社が毎日のように『沖縄ツア-』の素晴らしさを誘うが、その文面には100%基地問題はない。

その背景には、本土の人間の身勝手さや儲け第一主義があるようだ。これでは、自分の住む地域のアメリカ軍基地には反対だが、沖縄にあるのは別に構わないという意識や、沖縄の厳しい現状に目を向けようとしないという意識の改善はあり得ず、相変わらずの『臭いものには蓋』的な意識が続くのでは・・・。

沖縄に産業を起こすのは難しいかもしれないが、多くの人たちが憧れる観光地として経済的に自立できる環境はあるはず。

しかし、真の意味で観光のメッカになるためには、基地問題の進展を国民全体が考えなければと思うが、では、自分にどんな行動がとれるかと自問すると、その答えが生まれないのがもどかしい。(田舎親父)

2012年5月15日 (火)

大型テレビの値崩れが酷い・・・

 先日、2013年度の3月期決算が発表されたが、家電業界、特にテレビ事業について大手メ-カ-の赤字額の凄さには驚く。

私の住む町の近くには、業界一位といわれるヤマダ電機とプロ野球の横浜ベ-スタ-ズの買収に名乗りを上げた、ノジマという大型の量販店があり、毎週土曜日には、これらの店の新聞折り込みの広告チラシが配達されるのだが、その都度、『また大型のテレビが安くなっているぞ・・・』とつぶやいてしまう。そして、毎回のことだが、ここまで安売り合戦をしなければならないのだろうかとも・・・。

時に、両方の売り場に足を運ぶのだが、目につくのはパナソニック、ソニー、シャープという3つのメ-カ-の大型テレビ。その3社の最終赤字が計1兆6千億円というから、経済音痴の私でも、ここまで赤字が膨らんでは、経営戦略の見直しを迫られるだろうことぐらいは想像できる。

旧来の日本の家屋の殆どが8畳以下の狭い空間が主だったが、最近の住宅は広々とした居間があるらしく、私のような旧来住宅に住んでいる者には、とてもこんな大型画面が家庭ではとても必要とは思えない40型以上が当たり前になっているという。

しかも、『エコポイント』というわけのわからない制度を国が主導して立ち上げ、マスコミが連日『この際、エコを進めるため買い換えよう』というキャンペ-ンを張ったので、多くの国民は我もわれもと家電量販店に押しかけて、大型のテレビをはじめ、冷蔵庫やエアコンを買い求めたのはつい近い過去のこと。

やがて、エコポイントが半減?され、しかも地上デジタル放送への移行といった流れの中で、薄型テレビは供給過剰となり値崩れが止まらず今日に至っているのだそうだ。

デジタル家電を製造するには、高度な技術は必要としないことは、パソコンでさえ、パ-ツを設計図通り組み合わせれば素人でも作れることから明らかなのだが、日本のデジタル家電業界は、そんなことはお構いなしに、これでもかと市場に出すのだから、過当競争が起きるのは当たり前。

一時的に技術で先行しても、デジタルの世界ではすぐに他社が追いつくのだから、価格もあっと言う間に下落するのは仕方ない。液晶テレビもプラズマも日本のメ-カ-が開発したのだが、今では、製造ラインにかかる費用が圧倒的に安い韓国や台湾のメ-カ-が主力を担っているという。

このままでは日本の家電業界は共倒れになるのではと心配になってくるが、家電の大手メ-カ-でありながら、日立製作所や東芝、三菱電機の重電三社が、家電事業に『見切り』をつけ、社会インフラ事業などに軸足を移して収益を上げているという。これは救い。

つい先日、家電販売不振から量販店五位のビックカメラが同六位のコジマを買収するというニュ-スが流れた。再編の結果、グル-プで業界二位になるそうだが、量販店の再編はむしろ過当競争を煽ることになりかねないのでは・・・といらぬ心配さえしてしまう。

しかし、量販店でさえ生き残りをかけて再編が進んでいるのだから、国内の大手家電メーカー側も、いつまでも自主経営にこだわっている状況ではないはず。シャ-プが台湾企業の支援を受けるという記事を読んだが、単に自社の生き残りだけではなく、世界市場を視野に、国内のメ-カ-が資本や業務の提携・統合を目指し、国内経済の安定をはかってほしいもの。

世界的にエネルギ-不足が叫ばれ、国内でも電気の供給量に不安がある現在、やみくもの過当競争を進めて自分の首をしめるのではなく、(生意気なようだが)適正な市場を構築する努力をする必要を感じるのだが・・・。(田舎親父)

2012年5月14日 (月)

人身事故という言葉を聞くことが多くなった・・・

 電車に乗る機会が減ったにもかかわらず、『人身事故』による運転見合せや遅延という言葉を聞く機会が多くなった感じがする。

視覚障害者がホ-ムから転落という事故もよく耳にする。これも人身事故には違いないが、駅の掲示板で流れる『人身事故』は、飛び込みが殆どというから、いかに自殺者が多くなっていることをうかがわしている。

先日も、東京都葛飾区のJR新小岩駅で、男性がホームから飛び込み、成田空港行きの特急にはねられ死亡したというニュ-スが目にとまる。この記事で特に異常なのは、新小岩駅での飛び込み自殺者の数の多さ。昨年7月以降に11件目だというから、一月にほぼ一人が飛び込み自殺をはかっていることになる。

新小岩という駅を利用したことがないので、どんな駅なのかわからないが、防御柵などなく、各駅停車しか停車しない駅ダロウことは想像に難くない。成田エキスプレスは何度が利用しているが新小岩を通過していたらしい。この特急はスピ-ドが売り物だから、駅を通過する時も速度をゆるめることないのは、駅の表示すら読めないことから明らか。

ホ-ムに立っている時に、電車が猛スピ-ドで通過すると風圧で吸い込まれそうになるのはよく経験したこと。生きる希望をなくした人や、瞬間的に死にたいと思う人は、その風圧の誘惑にかられることは、私でも断崖絶壁に立ったとき、海の青さに誘い込まれそうになることから、何となくわかるような気がする。

京浜急行だったと思うが、極端にホ-ムの幅が狭い駅があったことを思い出す。当然ながら、その駅は各駅停車しか停まらない。その駅で遠足の子どもたちの姿を度々見かけたことがあったが、引率の教師は子どもたちを座らしていたのは、通過列車の風圧を避けるためだったに違いない。

京浜急行の特急のスピ-ドは半端ではない。それでいて、風圧で電車と接触したという話を耳にしないのは、このような教師の努力があったからだろうし、沿線の利用者は危険なことは十分心得ているからだろう。

ところが、最近、身の回りの防御そのものが人任せという風潮が広がっている現在では、防御本能そのものが鈍くなり、平気で白線近くで電車の通過を待っている人も少なくないのも気になるところ。

その日は小田急の駅でも飛び込み自殺があったらしく、かなりの時間運転が止まっていたことを後で知る。新小岩の飛び込み自殺によって、JR総武線は上下線で計15本が運休。計36本が最大61分遅れ、約3万2千人が影響を受けたというから、かなりの迷惑が広がったようだ。

自殺者が年間3万人以上という国は珍しく、先進国と称する中では日本だけというのも不名誉なことだが、中でも、電車に飛び込む自殺者がここまで多いとなると、何らかの方策を急ぐ必要はあるようだ。

山手線などの駅に転落防止柵を作ることが進んでいるようだが、(以前も述べた記憶があるが)ホ-ムが狭い上に、さらに狭くするような転落防止柵は、別の意味での混乱を起こしかねないと、どちらかというと意味がないと思っている。

山手線での人身事故は、視覚障害者や高齢者のホ-ムへの転落が多いらしいが、この防止は声の掛け合いで、ある程度は改善できるのでは・・・。また、通過電車がなく、ホ-ムに近づいてくる電車は確実にスピ-ドを落しているのだから、飛び込む心理にはならないのではないのではないだろうか。

社会風潮が『時間短縮が是』とする現在、JRや私鉄各社の特急増発の経営方針は致し方ないが、そのために駅を通過する時もスピ-ドも落とさないとなると、飛び込み自殺者は増えることがあっても減ることはないだろう。

一度、飛びこまれると多大な迷惑をおこしかねない自殺を今以上に増やさないためには、新小岩のような、時間短縮が全てに優先し、通過する特急の影に隠れて忘れ去られている駅にこそ飛び込み自殺防止柵が必要な気がするが・・・。(田舎親父)

2012年5月11日 (金)

今、列島の地下では・・・

昨日、松山発14時30分発のANA便は、搭乗者を機内に案内後ドア-がしまったまでは良かったのだが、直後、機長からのコメントで羽田周辺の大気が不安定なため、着陸機で混雑しているため出発が14時50分になるとのこと。

3日間、まったくテレビやコンピュ-タはもちろん新聞すら目にしない生活だったが、この放送で、関東周辺は相当荒れた天候が続いていたのだろうと、一挙に現実に引き戻されてしまう。

ひょっとして、ゴ-ルデンウイ-クの後半の、日本中が『大気不安定』状態に陥り、今まで経験しなかった気象異変が列島を駆け抜けた状態が再現しているのではと少し心配になる。

幸にも、搭乗機は大気が不安定な内陸部を避けて、離陸後すくにコ-スを海上へ変更したので、さほど大きなゆれもなく、ほぼ定時の16時過ぎに羽田に到着したが、まさに今まで激しい雨が降っていたことを思わせる水たまりが広がっていた。

帰宅してすぐに見たテレビのニュ-スは大きな被害は報じていなかったのに一安心。それにしても、今年の連休の気象異変の凄さを思い出す。

5月3日から4日にかけては、太平洋側を中心に大雨に襲われた。3.11代震災で壊滅的な被害を受けた宮城・岩手の様子はマスコミが大きく取り上げているので、今更私が述べるまでもないが、気の毒としか言いようがなく、神はなぜここまで弱い立場の人をいじめれば気が済むのかとつぶやきたくもなったのも記憶に新しい。

私がゲリラ豪雨を体験したのも4日の午後。その日は、大気が不安定だというニュ-スは知っていたが、まだ少しは大丈夫だと思って、いつも通り散策に出かけた。その日は、家を出てから気分が変わり、時々通る大きな花屋に行きたくなってコ-スを変えたのだがその花屋の手前20メ-トルとなった時、突然大粒の雨が降りはじめた。

瞬間、何が起きたのか判断ができず、そのまま数メ-トル歩いたが、それだけでびしょ濡れになるほどの雨足。夢中で花屋に飛び込んだ。

それから1時間あまり。雨足が弱まったので、自宅に向かって歩きはじめたが、まさにゲリラ豪雨という表現に相応しく、こんな豪雨は今まで経験したことがない。その夜、先日取り上げた、北九州の老人たちのグル-プが北アルプスで遭難したらしいというニュ-スを知る。

そして6日。またまた豪雨に見舞われる。この日も、局地的な大雨の予報がでていたので、歩きではなく車で出かけていたのだが、帰宅した瞬間。俄に雲行きが怪しくなり、突然風圧で窓ガラスがたわむ減少を目撃。直後に,大粒の雹が窓ガラスを直撃。一瞬、ガラスが割れることを覚悟したものである。

ほぼ同じ時刻に、茨城県や栃木県を、私が経験した横浜の片田舎どころではない気象異変が襲ったことを、夕刻のニュ-スで知る。過去に例がないほどの竜巻である。

物凄い光景がテレビの画面に映し出されている。5階建ての団地だろうが、そこには思わず『津波で襲われたと同じだ』と言葉が口に出るほどの物凄さ。完全に建物そのものが破壊されている映像にただ呆然とするだけ。

いろいろな人がその時の恐怖を語っているが、生々しい体験談に背筋が寒くなる。今までは竜巻などはアメリカの話と思っていた。しかし、数年前の北海道の佐呂間町を襲った竜巻あたりから、日本でもこんな凄い竜巻が起きるのだと思い知るようにはなったが、今回の凄さは想像を絶する。

翌日の新聞には、この団地の室内で、机が宙を舞ったという俄には信じられない記事を見つける。

昨年の3.11がその典型だろうが、このところ今まで考えられない様な天変地異、気象異変が続いている。昨日の、富士山近くに活断層が見つかるという記事にも驚かされるが、列島の地下では物凄い変化が起きて、それが大地震や竜巻・突風、大雨を起こしているのではあるまいか。

自然の脅威には立ち向かう術はないが、それにしても大変な時代に突入したことだけは確かなようだ。(田舎親父)

2012年5月 7日 (月)

原発ゼロは意識改革の好機では・・・

 一昨日、北海道電力泊原発3号機が定期検査のため停止した。国内の原発がすべて止まったのは1970年、当時、日本原電東海原発(茨城県東海村)と敦賀原発1号機(福井県敦賀市)の2基しかなかった原発が検査のため同時停止して以来42年ぶりだという。

東海原発は1966営業運転を開始したことから、日本の原発の歴史が始まる。70年代の二度のオイルショックを経験したことを受け、政府は原発が石油に頼らないクリ-ンエネルギ-というキャンペ-ンを張り北海道から九州まで、沖縄を除く日本全土に『国策』として、原発が次々と建設された。

マスコミは政府の御用機関として安全神話を作り上げ、東電はじめ電力会社は、くる日もくる日も絶対安全なクリ-ンエネルギ-だとあらゆるメディアを通して宣伝。この政府とマスコミの合作で国民は完全に洗脳され、アレルギ-を持つことすら許されないのが現実だった。

ところが、福島第一原発の事故はその全てが幻だったことが露呈。事故から1年以上過ぎた現在でも、原子炉の中の状態は全くわからず、今後、いつまで放射能被害が続くのかも全く不透明。

普通なら、これだけの大事故を起こしたのだから、その原因究明と今後の見通しをつけてから、原発再稼働を言い出すのが常識だろうが、民主党政府は原発をどうしても動かさねばならない理由があるらしく、福井県の大飯原発3号機と4号機を何とか稼働する方策をあれこれ練っている。

中には、『原発を動かさないことは集団自殺』とまで言い切る幹部が存在するのだから、この党は『民が主』という結党の理念はなく、『利権党』と称する方が相応しい。

彼らの理屈はたった二つ。電力の約半分を原発に依存する関西の電力不足と、経済の大半を原発に頼り切る立地自治体の財政と雇用の問題である。原発事故は、これまでゆるぎがなかった原発の安全神話を粉々にしたたが、背後にある経済成長の呪縛はまだ消えず、むしろその呪縛にすら気づいていない振りをして、原発再稼働を進めているようだ。

確かに、原発そのものや、原発が大量に生み出す電力が、経済成長を支えてきたことは間違いない事実であるが、その前提は原発の『絶対安全』というお墨付き。この前提が崩れたのだから、原発に頼らない社会の構築を目指すのが正しい道ではないだろうか。

このことについてはいろいろな人がいろいろな考え方を示しているので、浅学の私が拙論を述べるまでもないだろう。(田舎親父)

2012年5月 6日 (日)

困った年寄りたち・・・

 北アルプスの白馬岳で遭難騒ぎが報道されたのは一昨日。北九州在住の60~70代の男性グル-プだとのことである。その時は、元気な爺さんたちがいるものだとビックリしたが、この歳でこの季節に北アルプに挑戦するのだからある程度の経験者がいるに違いないだろうから、そのうち恥ずかしそうな表情で現れるだろうと気に止めなかった。

ところが昨日の夕方、全員死亡していたとの記事に驚く。天気が回復したので県警が昨日午前上空からヘリコプターで捜索し、白馬岳へ行く途中の小蓮華山の山頂近くで全員が倒れているのを発見し、ヘリで収容したが、間もなく6人全員の死亡が確認されたという。

冬山用の装備をしておらず、夏用の雨がっぱなどを着て、身を寄せ合うようにしていたというから、マスコミは中高年と表現しているが、(死者を鞭打つ気持ちはさらさらなくても)何とお気軽な(オバカな)年寄りたちだと呆れてしまう。しかもその殆どが医師というから、常識では考えられない。

5月の連休は九州の平地では夏日になる日も多いだろうが、3000メ-トル級の山は全く違う。私も経験あるが、連休中の北アルプスは晴れれば昼間は暑いぐらいだが、夜は零度以下になる。そんな基本的なことすら頭に入っていなかったとしたら、困った年寄りたちと表現するしかない。

この年寄りたちは宴席か何かの集まりで、で誰かが、『連休に山でも白馬に登ろうぜ』と言い出し、本格的な登山の経験がなくても『山小屋で泊まればどうってことない』と話がまとまり、お気軽に出かけたという筋書きだろう。

一行は3日に長野県小谷村の栂池高原にある山小屋に一泊。翌日の日早朝、白馬岳を目指し出発したのだそうだ。その日のうちに山頂近くの『白馬山荘』に宿泊する予定だったが白馬山荘へ到着せず、携帯電話もつながらないため、仲間の家族の一人が県警に通報して大騒ぎになったという。

3日から4日にかけては全国的に天気が崩れ、関東から東北地方の太平洋側は時季外れの大雨で、横浜でも公園の斜面が崩れたほど。宮城・岩手の被災地も相当な被害があったと報じられている。

しかし、長野県北部や新潟県は晴れマ-クがついていたことを思い出すと、ひょっとして4日の朝、栂池高原は晴れていたのかもしれない。そこで、ホイホイと出かけたのだろうが、山小屋の主には天候の崩れは予測していたのではないだろうか。

山小屋の主は『天気が崩れるかもしれないからしっかりとした雨具は持っているでしょうね』程度の注意はしただろうが、(まさか夏用の雨がっぱとは想像できないだろうから)年寄りたちが違口同音に『持っていますよ』と返事したのでそのまま出発させたというところではと想像している。

予想通り午後になって天候が急変。気温はみるみる下がり、歩けなくなったのだろう。今頃、栂池山荘の主は『もう少し雨具の点検を、してれば良かった』と悔やんでいるのではないだろうか。

同じ日、やはり北アルプスの爺ケ岳近くで、大阪在住の62歳の女性が倒れているのを登山者が発見し通報。県防災ヘリで救助したが、死亡が確認されたという。この女性は1人で登山していたというから、これまたビックリ。

こちらの方は装備などに関しては報じていないが、たとえ、冬山装備はしていたとしても、単独だったとなると、こちらも無理があったのではないだろうか。

さらに、こちらは冬山経験も豊かな72歳の男性も遭難死というから、今年の連休の北アルプスは年寄りにとっては鬼門というしかない。いずれにせよ、これでは『最近の若い者は・・・』という定番のセリフをそっくりお返しされて、『最近の年寄りたちは・・・』といわれているのではないだろうか。

こんな年寄りに振り回される山岳救助隊員の苦労は大変だろう・・・な。(田舎親父)

2012年5月 5日 (土)

連合はもはや労働者の敵?・・・

 私が現役の頃はメ-デ-は労働者の祭典といわれ、5月1日に代々木公園で行われる中央決起集会には職場の組合員の何割かが、動員という形でメ-デ-に参加するのが常だった。40代の前半までは組合活動には比較的熱心だったので、当時職場で参加したくない人が多い中、毎年のようにお祭り気分で参加していたことを思い出す。

連合は先月28日にメ-デ-の中央大会を開いたというニュ-スに、何なのという変な感覚に陥ると同時に、その会場で来賓として登壇した汚染ドジョウ首相が消費増税を柱とした税と社会保障の一体改革について『政治家自らの身を切る改革と合わせて、与野党の壁を乗り越え、何としても実現させる』と挨拶したとのことに強い違和感を覚えたものである。

連合が民主党の最大の支持団体であることはマスコミ報道で知っているが、参加者たちはおとなしく汚染ドジョウ氏の『命を懸けて増税する』という演説を利いていたのだろうか。

マスコミ各メディアは『帰れコール』が起きたとは報じていないところから、(悲しいことだが)連合の組合員にとって、消費税値上げは既定の事実になっているようだ。

労働組合は本質的にはどこまでも労働者のための組織であるはず。連合という労働組合の統合組織は、いつのまにか、労働者のためとは全く反対の体質になってしまった民主党を支持しているとしたら、こんな矛盾した話はない。矛盾どころか、マンガ的であり救いようがないと表現したほうが良いのかもしれない。

ところで、2日の朝刊に『メーデーの1日、全労連(大黒作治議長)と全労協(金沢寿議長)が各地で集会を開き、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働反対と脱原発、被災地復興などを訴えた』という記事を見て、やはりメ-デ-は生きていたとホッとすると同時に、相変わらず労働組合同志の対立が続いていることを知る。

それにしても、なぜ連合はメ-デ-という言葉から連想させる5月1日ではなく、わざわざ4月28日を選んだのだろう。ひょっとして、5月1日には汚染ドジョウ氏がアメリカに参勤交代に出かけるので連合のメ-デ-に出られないから28日変更した?・・・。まさかまさか、いくらなんでもそこまでは腐っていないだろうし、何時参勤交代の日程が決まったのかと逆算しても無理がありそうだが・・・。

さて、対立している全労連と全労協であるが、解説によれば、全労連は共産党系で、全労協は社民党系だという。連合の組合員数の680万人に比べて、全労連は30万人、全労協は12万人らしいから、数の上では4月28日にわざわざメ-デ-として行動する連合からみるとゴミのようなもの。数から判断しても、この二つの労働組織には、政策に反対との意思表示はできても実行力はなさそうだ。

話を戻すが、4月にメ-デ-の中央大会を行い、『命をかけて増税する』と演説させた連合は、もはや労働組合の連合体ではなく、民衆党政権からみたらタニマチ的組織でしかなくなっているらしい。

つい最近、改めて山崎豊子さんの『沈まぬ太陽』を読み直したが、文中にある、会社を食い物にして私腹を肥やす新労組の幹部たちと、連合の姿勢が重なるのは、私の偏見だけとは言えないようだ。

ますます、当初の理念を捨てた民主党と変質した連合が嫌いになる。(田舎親父)

2012年5月 4日 (金)

過当競争のなれのはてか・・・

 深夜の高速ツアーバス事故で、バス運転手の『河野化山』という名前が、最初から引っかかっていたが、どうやら中国の残留孤児の子どもらしいとの情報に納得。

乗客からの新たな証言として、カ-ナビをしきりに見ていたとのことだが、これはひょっとして道路標識の文字がはっきり理解できなかったから、という疑念をうむ。さらに、遠回りしてでも関越道を走ったのは、慣れていて走りやすかったからとの供述が、実は信越道は走ったことがなかった上に標識を読むのに自信がなかったことを現しているのではないだろうか。

残留孤児の子どもという表現が、何らかの差別に繋がるのか良く理解できないが、事故の原因を解明するためには、言葉の問題や大型バスの運転免許取得の過程などを調べることは大変重要なことだと思うのだが、マスコミは一切ダンマリを決め込んでいるのはなぜだろう。

このことはどこかが報じると堰を切るようにあふれ出すだろうが、河野化山容疑者が所属する『陸援隊』というバス会社の経営は、監督官庁に提出を義務づけられている運行ルートなどを示す運行指示書を作成しないなど、法令違反が数十項目に上るというから、日常的にずさんな経営がされてきたようだ。

数十項目の違反が何を指すのかは詳しく知らないが、少なくともごく当たり前に考えても、運転手にははっきりとしたル-トやどこで休息をとるのか、あるいは今回のように泊まりでの運行には、宿泊場所などの細かな指示を行うのが常識。恐らくそのような指示を文章として残す義務があるはず。運行指示書とはこのようなものだと理解している。

さらに、運転手の健康状況などを確認する乗務前後の点呼や飲酒検査も実施していなかったというから、これは酷い。が、出さないでも運行できる体勢も酷過ぎる。

ところで、今回の事故報道時始めて知るのだが、国は一人で運転する上限距離を670キロと規定していたというが、この数字はどこから生まれたのだろう。このことについてはいろいろと説明しているようだが、670キロというのは東京から出発したとして、大阪を通り越して神戸か姫路まで行くだろう。

大勢の人の命を預かって670キロという長距離を、一人で運転をしてもかまわないとは信じ難い。深夜、その間一人で運転しても『事故は起きない』という認識だとしたら、あまりにも現実を知らないお役人が適当に線引きしたとしか思えない。

今回の事故で、国交省はこの一人運転670キロを、時間を置かず短縮するのだろう。今度は厳しくすれば良いということで300キロぐらいにすることも予測できるが、そうなると、多くのバス会社から怨嗟の声が上がるだろうな。

日本がグローバリズムと呼ばれる過当競争の時代に入ってから久しい。なんでも自由に競争することが社会の発展に繋がるという考え方だが、それは勝ち組みの論理で競争に負けてしまえば洟も引っかけられない。

規制緩和という言葉が、まるで錦の御旗のようにもてはやされ、あらゆる規制がどんどん解除されていく。陸援隊のような零細のバス会社は規制緩和で一挙に倍増したという。客は安くなければ集まらないとなると、生きるためには、否応なしに安売り競争に参加し、勝たねばならない。ここでも一番弱い立場の運転手にしわ寄せがいく。

事故を起こした運転手は常勤の社員ではなく、日勤のアルバイトだったこと明らかになった。この過当競争に勝ち抜くためには必要なのだという声か聞こえてきそうだが、罪のない人を殺してまで勝ち抜かねばならないのは邪道も邪道。許し難い。

今回の事故で、先日取り上げた、格安航空会社のことが頭をよぎる。チケットが飛ぶように売れているそうだが、これらの会社の航空機の整備や労働条件はどうなっているのだろう。

まさかアルバイトの人間が飛行機を操縦するとは思いたくないが、過当競争を勝ち抜くためと称して、人件費を浮かせるために、それに準じる手だてをしているのではないだろうか。クワバラ、クワバラ・・・。(田舎親父)

2012年5月 3日 (木)

年金にもストレステスト?・・・

 このところ『ストレステスト』なる言葉が大流行で、どんな分野でも『ストレステスト』

を行うことがリスク軽減になるという風潮に対して、私は『何か違うのでは』という疑問を持つのだが、マスコミは競ってこのテストをしなければ、問題が明らかにならないような報じ方をしている。

先月の末、独立行政法人の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)という組織が民間の研究機関に委託して年金のストレステストを行ったのだそうだ。その結果、国債が暴落するなど経済的な危機が起きても、経済危機の影響が10年以内にとどまれば、年金の支給に問題はないという結論が出されたというニュ-スに目がとまる。

GPIFは、国から預かった厚生年金や国民年金の積立金およそ116兆円を国債や株に投資して運用し、その一部は年金の支給に充てられているのだそうだが、ストレステストは、経済的な危機が起きても年金がきちんと支給できるのかを検討するために、さまざまな想定で行われたという。

記事によると、日本の財政への不安から国債が暴落するという想定では、積立金が一時15兆円減るものの7年後には元の水準に回復するとのことだが、経済音痴の私には、その仕組みが全く理解できないので何か釈然としない感じ。

また、首都直下地震で市場がストップして取引ができなくなる想定でも、GPIFが持っている外国株などを売却して対応するため、支給に問題はないというが、これまた本当かしらと思ってしまう。

このストレステストは経済危機の影響が10年以内にとどまり、その後景気が回復することを前提としているのだそうだが、前提とは(3.11大災害でもわかるように)人間が作ったものだけに崩れるのが当たり前。専門家からはもっと悪い場合も想定すべきだという指摘が出ていることも当然だろう。

先日、NHKがこの年金のことを大きく取り上げていた。『徹底追跡年金事件 狙われた!老後の資金 年金運用・驚きの実態 大丈夫?あなたの年金』というタイトルだったが、明日にでも年金積立金が破綻するようなキャスタ-の煽情的な言動が民放のワイドショ-を思わせたので途中から風呂に入る。

恐らく、AIJ投資顧問という会社の詐欺事件で、多額の企業年金が消えたことが背景にあるのだろうが、ほとんどの基金の理事長や専務理事は、旧社会保険庁などや関係省庁や都道府県の官僚たちで占められていたのが問題であることは私でも想像がつくこと。いわばこの詐欺事件はデキレ-スではなかっただろうかと思うと、むしろこちらを取り上げてほしいもの。

AIJ社長のアサカワという男が、参考人に続いて証人喚問に呼ばれ国会で証言したとのことだが、(参考人の中継を観ていた限り)ノラリクラリと反省の意図は全くなく、追求する議員も迫力なしとなると、腹立たしいがこのまま幕引きになりそうな気配。

近い将来、年金制度は破綻するしかない運命にあることだけは間違いなさそうだ。が、『近い将来』がどのあたりなのか、もう少し具体的な資料が出てくると、庶民は本気になるのだろうが、『本当のことを言ったらパニックに陥る』というのが現代の政府の基本姿勢となると、ジャ-ナリズム精神をなくしたマスコミは、恐怖を煽ることで真実をオブラ-トに包むやり方で政治に協力するのだろう・・・な。(田舎親父)

2012年5月 2日 (水)

遺灰に含まれる貴金属は誰のもの・・・

 あの事故を起こした深夜バスに乗り合わせた人は、まさか自分が死傷するなどとは夢にも思っていなかったに違いない。結局、人生なんてどこでどうなるのかわからないと思うと、今の生き方と、今後何年生きられるかわからないが、どんな人生の終末を迎えるのだろうとふと考えてしまった。

『願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ』という西行法師が詠んだ詩は有名。私の心境もその通りで、誰もいない山の中で、夜桜を心ゆくまで鑑賞しながら人生を終えられたらこれは最高だろう。

また、随分以前のことになるが、東京大田区にある熊谷恒子記念館には、96歳だったか、亡くなる朝、『ありがとう』という言葉を残して逝ったという展示に、何と素晴らしい人生を送ったのだろうと感激したことが記憶に残っている。

ところで、先月、血液検査に出かけた病院の待合室で『火葬場の遺灰に含まれるのは誰のもの』という週刊誌の見出しに目にとまった。そしてほぼ時を同じくして、ある新聞に公営火葬場から出る遺灰に含まれた貴金属を自治体が回収して換金したり、遺灰そのものを売却したりして得た収益を自治体の収入に組み入れているという意味の記事があった。

今まで思ってもみなかったことなので、『遺灰に含まれる貴金属は誰のもの』というキ-ワ-ドで検索すると、かなり面白い事例にぶつかった。

例えば福岡市の場合は、2008年度、火葬場から出る『残骨灰』に含まれた有価金属を売却し、市の財源に組み入れる制度を導入したところ、3月末までの1年間で約500万円の収入になり、市の予算に組み込んだそうだ。他の自治体の例もあり、名古屋市は年間約1千万円、東京都も約300万円の売却益があったという。

昨年、義母と兄の葬儀に参列し、遺族の一員として焼き場で骨を拾ったことを思い出す。いずれも京都府の自治体だがやり方はほとんど同じ。担当者が骨の部分を紹介し、遺族が箸で、いろいろな部分の遺骨を収集し骨壺に入れるのだが、小さい骨壺なので、ほんの少ししか入らずその殆どを残し、後は『市が責任持って埋葬します』という声とともに骨拾いの儀式は終わる。

その時、この記事を見ていたら、ひょっとして複雑な気持ちになったのかもしれないが、幸いなことに知らなかったので、遺灰の中に貴金属があるのでは、なんて事は考えもしなかった。

確かに、遺体を火葬した後の遺灰には、指輪などの貴金属のほか、入れ歯や人工骨、人工関節などで使われた金、銀、パラジウムなどの有価金属が含まれていることは有り得るだろう。

残骨灰の所有権については、多くの自治体の『収骨した後に遺族が持ち帰らなかった時点で、所有権は放棄されたとみなす』との立場は、当然といえば当然だろうが、こんな記事を読むと何となく(私的にはそれが市の財政に少しでも役立てば良いと思うが)、ちょっと変だぞと感じる人もいるかもしれない。

現在は我が国では原則的に土葬は許可されていないので、葬式をやる.やらないは別にして、遺体は焼却する必要があるのだそうだ。そして、殆どの場合、住んでいる自治体の管理する焼き場で荼毘にふし、遺族たちは必要な部分だけ骨壺に納め、残りは自治体が契約している業者に委託するシステムが確立しているのだそうだ。

この残骨灰の取り扱いをめぐっては墓地埋葬法にも明確な記述がなく、所有権や財産権の解釈は各自治体任せになっているから、遺灰から出る貴金属などは自治体の金庫に納められるらしいが、こうした処理は遺族側には知らされていないのが現状だという。

遺灰から貴金属を拾いだし換金することを、誰が命名したのか知らないが『遺灰ビジネス』と呼び、この存在が知られると、市民からの反発で売却をやめた自治体もあるというから、世知辛い世の中になったものだと感じる。

焼き場で遺族に貴金属類を探す時間的余裕を与えたらとんでもないことになることは誰が考えてもわかる話。そのまま何もしないで契約業者に処理を任せると、業者によっては多大な不当利益を得ようとする不届き者が出ないとも限らない。

やはり、自治体は情報をオ-プンにして、遺灰から得た貴金属類の売却は全体で○百万円と公開し、それを市民のために役立てる今の方法が良いように思いたい。(田舎親父)

2012年5月 1日 (火)

事故の背景にインタ-ネット・・・

 今日ははや5月1日。今年も三分の一が過ぎたことになる。毎年、この時期はゴ-ルデンウイ-クの真っ只中。帰省や観光で交通機関が混雑し、ウキウキウとしか気持ちとは反とし思わぬ事故が起きることが多い。

一昨日の未明の関越道のバスの事故はその悲惨さは余りある。死者7名、意識不明の方も複数名おられるというから今後も予断は許せない。運転手の居眠り運転が原因。プロの運転手が居眠りするとは信じられないが、ここにも儲け優先の過酷な労働条件が存在していたことは疑いのないところ。

学生時代、北アルプスなどへ登山するためには新宿発の深夜の普通列車が常用手段だったことを思い出す。何かと用事があって、京都に出かける時も、午後11時45分の『大垣行』普通列車をよく利用したことも懐かしい思い出。

こんな夜行列車を利用するのは、経済的にギリギリの生活をしていたことが全て。それに耐える体力があったためだが、北アルプスへの登山の時はかなり過酷な旅だった。余程早くから並ばないと座席はない。いや乗り切れないことにもなりかねない。幸運にも座席にありつけて座れたとしても決して横になれることはないので、むしろ床に新聞紙を敷いてリュックを枕に寝ることを選んだものである。

あれから40年。時代は変わり、『夜行列車』という言葉は殆ど死語になり、かろうじて『寝台特急』が深夜を走るが、経済的に恵まれた、いわば時間と金が有り余っている人のためのものになってしまった感がある。それすら激減しているのが現状。

夜行列車に代わりに生まれた言葉が『深夜バス』。朝起きると目的地、しかも運賃は三分の一というキャッチコピ-に引かれ今やブ-ムだという。深夜バスを運行する会社が数千社に登るというのも驚くが、安ければ人が集まるという経済原理から、儲けを目的に参入する運行会社も後を絶たないようだ。

今回の事故も、インタ-ネットでこのキャッチコピ-が利用され、北陸圏の人々の気持ちをくすぐったらしく、休日の朝早くディズニ-シ-に到着でき、一日遊べるという、お気軽観光に人が集まったのだろう。

乗客には罪がないことは明らかだが、(死傷者を冒涜するような表現になるが)バスツア-に応募した人たちには、(インタ-ネットの情報が全て信頼に足るという誤った雰囲気が社会全体に蔓延している現代社会では仕方ないと思うが)ネットに踊る『早い・安い』という言葉に惑わされて、『安全』という認識にかけるきらいがあったのではと思わざるを得ない。

鉄道と違い、高速道路を、技量はもちろん心理状態がまちまちの運転手によって、あらゆる車種の車が時速100キロで突っ走る中、運転手の居眠りや発作が起きたら大惨事になることは明らかなのに、インタ-ネットの情報にはそんなリスクを感じさせる言葉はない。

事実、今回事故を起こした運転手は警察の調べに対して『居眠りしていた』と証言し、バスの乗客はサ-ビスエリアでの休息時『ハンドにつっぷして寝ていた』と語っているところから、よほど睡魔に襲われていたに違いない。そして、ついにあの地点で一瞬完全に寝てしまったのだろう。

今後、バス会社の捜索で運転手の勤務情況が明らかになるだろう。バス会社長の事故の起きる可能性は認識していたような発言にも憤りを感じるが、それでも生き残りのため競争に勝つためには仕方なかったのだろうと暗澹たる気持ちにさせられる。今後の賠償の重さなどを鑑みると、ひょっとして自殺にでも追い込まれるのではないかと思わないでもない。

事故の直接の責任は居眠りしていた運転手であることははっきりしている。そのような勤務体勢を押しつけている会社も姿勢も大いに追求されてしかるべきだと思うが、このツア-を計画し、インタ-ネットで客を集めた旅行社の責任も重く、当然賠償責任があると思いたい。

さらに、このような危険と隣り合わせのツア-そのものの存在を放置している社会や、インタ-ネットの安易な情報で集まる人々の心理への何らかの警鐘も必要ではないだろうか。

今回の事故で、恐らく『深夜バス』の『交代要員』が必要になる距離が縮められるだろう。交代要員がいれば事故に対するリスクはすくなることは間違いないが、深夜バスの存在が続く限り、客集めのためには安さ競争に勝たねばならない。そのためには運転手に過酷な労働を強いることは、私でもわかること。いくら規制をかけても、この種の事故は根絶できるとは思えない。

このところ、ますますアナログ人間になりつつある私には、インタ-ネット社会の広がりに伴い、一人一人の価値観が何となくぼやけてきていることに対して、恐ろしさを感じている。(田舎親父)

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