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2012年8月

2012年8月31日 (金)

また教員養成制度をいじくりはじめた・・・

 悪名高い『中教審(中央教育審議会)』が、『相次ぐいじめや不登校など複雑化する学校の課題に対応できる実践的な指導力を持った教員を育成するため』と称して、教員養成の在り方をまたまた見直すと言い出している。

中教審が文科相に答申した内容は、グローバル化や少子高齢化と社会が大きく変化し、いじめや不登校など生徒指導上の課題が複雑化するなかで、教員には高度な専門知識と実践的な指導力が求められるとあり、このため、教員としての基礎的な知識や技能を学ぶ大学4年間の『学士課程』に加え、大学院で1年から2年程度の『修士課程』を履修し、学校現場で長期間の実習を行うなどして教科や生徒指導の実践的な力をつけさせるとしているのだそうだ。

この答申をそのまま素直に受け取ると、教員になるためには『修士』が条件のように解釈できるが実際はそうではなく、教員免許は当面はこれまでどおり、大卒者にも教員免許を与えるものの、採用後、できるだけ早い時期に修士課程を履修し、新たな免許を取得すべきとしているとのこと。

答申を受けた文科相は『教員が社会の尊敬と信頼を得られるよう、答申をしっかりと受け止め、施策に取り組んでいきたい』と述べているようだが、修士を修得しさえすれば、社会的な尊敬と信頼が得られる?という考え方はいかがなものだろう。思わず、議論する土俵が違うのではと吹き出してしまう。

本当に教員には『修士』が必要と判断したら、教員採用に条件に『修士』を課せばすむことだろうに、一旦教員として採用した後から『修士』を修得させるとは、現実的には不可能で、これではますます教員の質の低下を誘うのではと危機感がつのってくる。

現在、教員養成系の大学では4年間、(私はあまり必要とは思っていないが)国語や算数といった教科を指導するための知識や技能のほか、教員の役割や生徒指導の理論などを学び、教員としての基礎的な知識や能力を身につけるカリキュラムになっており、しかも教職免許を得るためには、最低3週間の学校現場で行う教育実習が義務づけられている。

ところが教育実習を受け入れる学校現場では、これがとんでもなく大きな負担となっていることは案外知られていない。都内の公立小学校を例にとると、毎年、数人の『教育実習生』が割り当てられるのだが、この実習生をどの教員に指導させるかが頭痛の種になっていることも校長職の隠れた悩みとなっているのである。

公立小学校では教員の質的な差はないというのが世間の常識だが、実際には、学校によって教員の質の差があることは関係者の間では常識であり、『天国と地獄ほどの差』があると公言している人も多いことも良く知られている。

このことは、教員の質ではなく学校間格差と言い換えると分かりやすく、区には名門と呼ばれる小学校がいくつか存在し、その名を保つために区の教育委員会はその小学校に有能な教員を配置していることは時にマスコミも取り上げていること。有能な教員が多ければ、教育実習生の受け入れは比較的容易だが、逆の場合は、まさに地獄で、校長な涙ぐましいまでも思い悩むもことも知っておくべきである。

今回の答申で示された大学院での『修士課程』の教育は、大学4年間の学びに加えて学校現場での長期の実習が主体となるという。常識的には(受け入れる学校現場のことは考慮しないとしても)実習期間か長ければ長いほど、教育的な知識や技能は修得できると考えられるが、世間を知らない学生が、ただ子どもと同じ時を過ごすことで『教員としての資質』が高まるかというと、そんな簡単なものではないことだけは間違いない。

現実を見てみよう。新卒としてされた学生は昨年度、全国でおよそ9000人。そのほとんどが4年間の教員養成大学卒義者が占めている。これを大学院大学卒業生にシフトするとなると、大学院大学の設置というハ-ドに加え、長期間の教育実習をどうするかというソフト面での難しさが加わり、ほとんどの教員を修士修得者に移行するという政策は、まさに『絵に描いた餅』と断言できる・・・。

実際に、以前から教員には修士が必要だという考え方で、かなりの数の教職大学院が生まれているが、ほとんどの教職大学院は定員割れしていることを中教審のお偉方はご存知なのだろうか。それ以前に、教職大学院の存在そのものが世間であまり知られていないのも変な話。

このことは改めて話題にしてみたいと思っている。(田舎親父)

2012年8月30日 (木)

そこまでアメリカさまに気遣い?・・・

 アメリカが主導したイラク戦争に、インド洋上でアメリカの艦艇に燃料を補給したり、『武器を使用しないから、憲法違反ではない・・・』などという理屈にならないような理屈で自衛隊をまずはクウェ-トへ、そしてイラク本土に派遣させたことは記憶に新しい。

多くの人が激しい批判を述べてきたが、(何故か)国民的人気が高かったコイズミという首相の前には、そんな声は泡のようにすぐ消えてしまったことは周知のこと。いや、アワすらたたなかったと表現した方が良いほど無力だったことも虚しく思い出す。

そのイラク戦争に派遣された自衛隊員が訴訟を起こすというニュ-スが東京新聞に掲載されたのは27日のこと。思わず『面白い・・・』と叫んでしまう。

記事によると、アメリカ軍の物資の空輸を担うため、2006年に中東のクウェートへ派遣された航空自衛隊の三等空曹の男性が現地で米軍のバスにはねられ、後遺症の残る大けがをしていたことが判明したとのことである。11年に依願退職した新潟市在住の40際の元自衛隊員は、顔や腕に障害が残り、身体障害者4級に認定されているという。

その男性は来月、空自が『事故隠し』に走り、まともな治療を受けられなかったとして国に損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こすそうだ。イラク特措法で派遣された自衛官が国を訴えるのは初めてのことらしいから、今後の展開次第では面白くなるのでは。

元隊員は、06年4月、通信士として愛知県の小牧基地からクウェートのアリ・アルサレム空軍基地に派遣されが、その年の7月4日に『アメリカ軍主催の長距離走大会』で先頭を走っていた際に、軍事関連企業のアメリカ人女性が運転するアメリカ軍の大型バスに後ろからはねられ、左半身を強打して意識を失ったとのことである。

戦争の最中に、お祭騒ぎをしていたのだろうかと思わせないでもないが『7月4日』は確かアメリカの独立記念日だったことを思うとアメリカらしい話だと納得する。

当時、空自衛生隊には治療設備がなく(急遽派遣された舞台だから徒然かもしれない)首にコルセットをはめただけで、事故4日後から3回連れて行かれたクウェート市内の民間診療所では意思疎通ができず、まともな診察を受けられなかったと訴えているらしいが、アメリカ軍の医療チ-ムが動かなかったのだろうかと、新たな疑念が生まれるが・・・。

元隊員の上官は、当時(誰だったか名前に記憶がないが)の防衛庁長官が現地視察のために現地を訪れた際、そのコルセットまでも外すよう命令したというが、自衛隊に限らずお偉方の視察には上手く対応したいというのは組織の常套。こちらは十分あり得る話。

元隊員は、事故から帰国までの2カ月弱、早期帰国の措置も取られず、公務災害補償の手続きも本人が指摘するまで行われなかったというから、この事故を外に漏れないために、自衛隊内で情報の隠蔽があったことは間違いなさそうだ。

事故は陸上自衛隊のイラク撤収に伴い、空輸の対象が陸自からアメリカ軍に切り替わる直前に起きたことから、元隊員は『アメリカ軍とのトラブルを避けるため、事故はないことにされた』と主張していると報じている。

元隊員の言い分を100%正しいとは言えないまでも、沖縄のアメリカ軍基地の秘密性と日本政府のアメリカサマのおっしゃることは無条件に『是』とし、アメリカ兵の犯罪すら闇から闇へ葬りされている現実を思うと、大部分、元隊員の言い分が正しいように思えるが・・・。

話が飛ぶが、何度も話題にしているアメリカ空軍の最新型輸送機オスプレ-の安全性について、防衛庁の『調査専門部会』が、アフガンで起きた事故は『乗組員の操縦ミス』だというアメリカ軍の発表をそのまま、『防衛省の公式見解』にしたというニュ-スに、最初からわかっていたこととは言え、よくぞ恥ずかしげもなくアメリカに追従するものは呆れて口アングリとなってしまう。

これもアメリカさまのご命令には逆らえない我が国政治の悲しい現実。国民には絶対知られてはならない密約や利権が存在するだろうことは想像できるが、いつまでこんな状態が続くのだろうと思うと情けなくなる。

元隊員と同じような思いを持つ、当時イラクに派遣された自衛隊員は多いのではないだろうか。その人たちが、この元隊員の訴訟を機に重い口を開いてくれたら、アメリカ軍に対する日本政府の無策差を批判する世論も高まるだろうが・・・。(田舎親父)

2012年8月29日 (水)

ここにも民・自・宗三党の悪巧みが・・・

 『政務調査費の使途拡大へ法改正案 オンブズマンは廃案要求』という、東京新聞が報じる見出しを見つけたのは26日のこと。

『政務調査費』というから言葉から、地方議員の都合の良い方向で、何やら蠢いている感じがするので読んでみたら、まさにその通り。地方議会の会派や議員に支給される『政務調査費』の使い道を広げる地方自治法改正案が今日にも参院本会議で成立する見通しとなったという内容である。

ところが、少し情勢が変わり、昨日、自民党などが首相の問責決議案が参議院に提出したというから面白い。それに対して、先に出された『消費税増税反対』で野党が提出した問責を先に採決するように主張している野党7党との調整が行われているとのこと。

消費税増税には賛成しながら、どうしても解散に追い込みたい自民党としては、野党の問責に乗る気配らしいが、何だかご都合主義のデタラメな対応。しかし、問責が先だとしたら、この地方自治法の改定法案は成立しないのではと思うと、まあ良いかというところ・・・。

東京新聞は、この地方自治法の改定案対して、不正支出を追及してきた全国の市民オンブズマンから『違法支出を合法に変える改悪法だ』と廃案を求める声が高まっているとのことであるが、今まで、このことを伝えていたマスコミ報道があったのだろうかと、かなり過去の記事を探したが、結果的にはない。

国会に提出されて、本質採決される予定の法案となると、東京新聞のスク-プとは思えない。どうやら他のメディアは『知ってて知らんぷり』を決め込んでいるようだ。

『政務調査費』の使途の拡大は、全国都道府県議会議長会の要請を受けた民主、自民、公明などがそろって提案したという。現在は、議員の調査研究活動に必要な経費に限定しているが、改正案では、名称を『政務活動費』に変えて、調査研究に『その他の活動』を加えたものだというからこれは問題である。

随分前から、この『政務調査費』という使い方が問題になっている。私が現職時代でも都会議員や区議会議員が、およそ政治とは関係ない自分だけの趣味?のために使って、その領収書を平気で収支報告書にはっつけていたという種の話題が身近に聞こえてきたことを思い出す。中には、ポルノまがいのビデオやゲ-ムソフトを『政務調査費』で購入していたトンデモ議員も数多かった。

このことが明らかになると、一応大騒ぎになるが、だいたいは議員は『私の勘違いだった』という一言のお詫びと、領収書を張り替えてお終い・・・という筋書きが多いのだが、それでも、オンブズマンからの指摘が選挙に影響することを恐れて、何とか使い道を公表しなくてすむようにあの手この手を考えていたらしい。

そのため、地方議員の『政務調査費』の法的拠り所なっている『地方自治法』の改定を国会議員に働きかけていたのだろうが、こんなことが『是』になってしまったら、今でも質が悪いといわれている地方議員の質がさらに悪化することは明か・・・。

具体的な範囲は各自治体が条例で決める仕組みだというが、共通項として、選挙関連やプライベートの支出以外なら、議員活動と結び付けることでかなり広く適用できるようになり、これまで認められなかった『陳情の旅費』などにも使えるようになるというから、遊びや個人的な理由での旅行も全て公務として処理されそうだ。

改正案は10日の衆院本会議で可決したそうだが、(そのことを私の見落としかもしれないが)ニュ-スとして流れた記憶はない。マスコミは政局のことしか興味がないらしく、地方議員が何をしようがどうでも良いというのだろうか。

どの委員会で審議されたのかも明らかではないが、その過程で一部の心ある議員は『不正支出に国がお墨付きを与える』と指摘があったという。しかし、それに対して、今や選挙のためならなりふり構わなくなった民主党からは『使途を定める条例を住民がチェックすることで、不正や無駄な支出は防げる』と主張して、強引に可決したのだそうだ。

要は、地方議員の利益のために動くことによって、来るべき衆院選挙を有利に進めたいという思惑があるのは間違いない。この事情は自民はじめ(一部の野党をのぞいた)各政党も事情は同じとあっては、圧倒的多数で可決されたことは想像に難くない。

しかし、『使途を定める条例』そのものを改悪して『何でもあり』にした上に、言うに事欠いて『不正を許さないように努力するのは市民の責任』とは、変節した民主党らしいと呆れより先に思わず笑ってしまう。

これでは、ますます政治に対しての関心が薄れ、民主主義の原則である選挙では、投票率が下がることが心配になる。

もっとも、これこそが民・自・宗三党の隠れたねらいなのかもしれないが・・・。(田舎親父)

2012年8月28日 (火)

『第三者委員会』が大流行・・・

 大津市で『いじめ?』による中学生の自殺の事件を受けて、『いじめ』という言葉がまたまた大流行になり、ここ数カ月は、この言葉を見聞きしない日がないほど。しかも発信地が全国に広がっているから事態は深刻。それに伴い、『第三者委員会』を立ち上げるという話も後をたたない。

この委員会は、医師や弁護士ら、学校や教育委員会以外の第三者の専門家を含めた人員で構成するのが原則だというが、実際の人選は教委主導だったり、メンバーが非公開だったりする場合が多いのだそうだ。

委員会設置の目的は『我が子がなぜ死んだか知りたい』と望む保護者の要望を受けて、真相を究明するものだが、個人のプライバシ-という問題が限りなくネックになって、実際に聞き取れる内容には限りがあり、しかも委員会の権限もあいまいなことが多く、不十分な結果に終わる場合も少なくないという。

第三者委員会の委員を務めた教職員大学院教授の回顧録がある。そこには『直接事情を聞けたのは校長と教務主任で、子どもには聞けなかった。報告書も公開が前提で、プライバシーに踏み込めなかった。独立して自由に調査できる第三者というイメージとは異なり、実態はそこまではいかず一・五者くらいの存在。もどかしかった』とある。

違う委員も『事実の確定では不十分。調査範囲が学校生活の場面との関連に限定されていた。調査対象者として重要な関係者が欠けていた』と、報告書に書くことが精一杯だったと回想している。両氏この意見はもっともである。

さて、大津市で立ち上げる『第三者委員会』であるが、こちらは遺族側の強い要望も入れて、市側と遺族側との人数をそれぞれ3人ずつの計6人で構成することが決まり、その名前も公表され25日に初会合が開かれるという報道に、大津市の本気度が感じられ、ひょっとして真実が見えてくるので・・・と期待を感じた。

しかし、初会合の前日の毎日新聞に『大津いじめ事件~調査委委員が家庭情報漏らす~遺族側抗議へ』という見出しを見つけ暗雲を感じる。

市が25日に初会合を開く前日、外部調査委員会の委員に内定している滋賀県臨床心理士会会長(大学教授)が、生徒の家庭に関する個人情報を入手し、第三者に漏らしていたとして、遺族側が市に抗議文を提出することが、関係者への取材で分かったという内容である。

遺族側代理人によると、漏らされた個人情報は『県子ども家庭相談センター(児相)』に生徒の父親が相談した内容だという。『調査に関係のない家庭の情報で先入観を持って調査にあたる委員の中立性は疑わしく、委員就任に際して市が公平・公正な調査を求めた要綱に違反する』と批判しているという。

この批判に対して、この委員は辞任したとのこと。遺族側から強い抗議を受けた以上辞任はやむ得ないと思うが、漏らしたという個人情報が、『調査に関係なかった』との表現の部分が釈然としない。

辞任した委員は『生徒の家庭状況について職務上の関係者と話したことはあるが、無関係の人に語った記憶はない。その情報を私から求めたことはない』と釈明した上で、一般論として『自殺の原因は家庭要因も調査すべきだ』と述べていることは注目に値するのではないだろうか。

私は『いじめ』という言葉で全てを括ることに疑義を感じていることはすでに何度も述べている。舞台が学校、登場人物が少年ということがあって、腫れ物にさわるような部分があり、しかも学校と教育委員会の徹底的に隠蔽するという体質を変えない限り、同様な事件は続出するはずと指摘してきた。

そして、真相を解明するためと称して第三者委員会を立ち上げてみても、権限があいまいである限り事情聴取すらままならず、しかも個人情報という壁が立ちはだかっているとなると、今までの事件も真相とはほど遠い報告書でお茶を濁してきたのが現実だとも。

今回の事件も『犯罪』として警察・検察に任せられないとなると、選ばれた委員には、加害者側の家庭の事情はもちろん、被害者側のそれらも含めて調べられる強い権限を持たせるべきではないだろうか。その意味で辞任した(させられた)委員の言葉に注目しているのである。当然、そのことに対しての守秘義務があることはいうまでもないが・・・。

委員の辞任から始まったこの第三者委員会の前途に、暗雲が立ち込めていることだけは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2012年8月27日 (月)

直接処分もアリバイ作り?・・・

 先日、福島原発事故の後、核燃料サイクル政策の選択肢を検討した原子力委員会の小委員会が、当初、使用済み核燃料の再処理で出るプルトニウムを使う見通しが立たない場合、再処理しないことで合意していたのに、検討途中で合意をほごにしていたことが分かったという記事を見つけてファイルしておいた。

記事によると、事故の影響で、電力会社は原発でプルトニウム利用の計画を示せない状態になっているにもかかわらず、その現実を無視し、核燃サイクル維持の方向に議論を進めていたとある。

プルトニウムは核兵器の材料になることは誰もが知っていること。当然、国際的にもむやみに保有量を増やすことはできない(無視している国もあるが)のだが、我が国には現在、約26トンもの核分裂性プルトニウムを保有しているというから、その気になればすぐにでも核兵器保有国になる危険性を含んでいる。

この疑念を持たれる状況を解消するため、小委の座長が、使う当てがなくても再処理を認めている現状を改善するため、3月から核燃サイクルの選択肢の本格的な検討を始めたのだそうだ。

当初、委員7人の合意事項として『再処理はプルトニウム利用計画に基づいてのみ実施する』との文言を検討資料に書き込み、この合意を大前提に新たな原子力政策を練ることになっていたという。

4月下旬の小委会合では、座長が『利用計画がある場合に限り、再処理します。よろしいですね。それは確実に書かせていただく』と了承も取っていたそうだが、5月以降の小委の資料からは合意の文言は消されたとのこと。背景には原子力委員会の委員長はじめ、原子力ムラの利権を守る輩のゴリ押しがあったらしいことがうかがえる。

この結果、6月に原子力委が政府のエネルギー・環境会議に示した最終報告書では、将来の原発比率を0%にしない限り、青森県六ケ所村にある再処理工場は稼働させ、高速増殖炉の開発も基本的には続けるという内容になったことは以前述べた通り。原子力ムラが原子力行政には依然として主流となっていることの現れ・・・。

核燃サイクルには10兆円以上の巨費が投じられながら、未だに稼働のメドすらたたず、施設の維持だけでも年間千億円単位の資金がかかっているという。これらは全て電気料金という形で国民から吸い上げたカネであることも、徐々に明かにされている。

核燃サイクルをめぐっては、経産省のエネルギー庁の原子力政策課長が昨年末、原子力委の委員長に対し、脱原発を検討しないよう文書で圧力をかけていたということも判明しているのだそうだが、理解に苦しむ変な話である。

この記事をプ-ルした数日後、朝日新聞の一面トップに『核燃、全量再利用を転換 地中処分へ法改正 経産省方針』という活字が踊っていた。

そこには、経産省は原発で使い終わった核燃料を地中に埋めて捨てる『直接処分』ができるように『最終処分法』を改正する方針を固めたとある。政府は原発を推進するため、すべての使用済み核燃料を捨てずに再利用することにしてきたが、脱原発を進めると再利用の必要性が薄れるため、これまでの『核燃料サイクル政策』を転換するのだそうだ。

福島原発事故によっておびただしい放射性汚染物質が増え続け、その中間の処理場さえまだ決められないのが現状。政府が示した候補地でも、最終処分場になることを恐れて絶対反対という姿勢は崩れていないことを考えると、『直接処分場』を作ることは不可能に近いことは明か。

となると、この『直接処分』方式は物凄い転換のように思えるが、東電が事故後も巨額のカネを六ヶ所村に寄付していたことが明かになり批判が集中していることや、選挙目当てのマニフエストのために『脱原発』をうたわざるを得ないための、この政権が大好きなアリバイ作りに違いなさそう。

原発は『トイレのないマンション』に例えられるように、微少濃度の放射線汚染物すらその処理は難しいのに、高濃度汚染物質となると、その処理は現実では不可能。そんなことは百も承知の上で『再処理』という言葉で誤魔化してきたのが原子力ムラの住民達なのだが、未だに反省すらしていないらしい。

現在の原発を全て廃炉にすることには信じられない時間とカネがかかることを想像することは容易だが、稼働すればするほど汚染物質は増え続け、現在以上にその処理が難しくなることだけは、小学生でもわかる理屈。

即刻、原発の廃炉しか我が国の生きる道はないと思うのだが・・・。(田舎親父)

2012年8月26日 (日)

河野太郎のオリンピック収支論・・・

 2020年オリンピックの東京招致の世論を盛り上げるために、JOC日本オリンピック委員会がメダリストの銀座パレ-ドを行った22日だっただろうか。この程度のことをすぐに思い出せないのは、歳とともに進行するマダラボケのせいかもしれないが・・・。

原発再稼働反対のデモは完全にシャットアウトした天下のNHKが率先してこの様子を何度も何度も放映していたが、週日の午前中にもかかわらず、50万人という表現もウソではないほど物凄い人たちの興奮が伝わってくる。

主催者としては『してやったり・・・』というところだろうが、30℃をこす猛暑の中でのパレ-ドが怪我人もなく(実際はあったという情報もあるが)できたことが奇跡のようなものではなかっただろうか。

私は、今や完全に商業ベ-スになり、『参加することに意義がある』というアマチュア精神など今や昔になっている上、ただ国威高揚のために?メダルを獲得することだけの争いになってしまっている最近のオリンピックには何ら興味が持てないので、今回のメダリスト達の銀座パレ-ドも覚めた眼で眺めるだけ・・・。

今回のオリンピックについて、(自身はオリンピック招致反対者ではなさそうだが)自民党の嫌われ者を自負しているという河野太郎氏が面白いオリンピック収支論を自身のブログ(http://www.taro.org/2012/08/post-1253.php)で掲載している。オリンピック招致について本質を射抜いているように感じ、また私の知らなかった予算を中心に収支を詳しく述べているので取り上げてみたい。

ブログによると、ロンドンオリンピックの政府予算について、JOC・日本オリンピック委員会への補助金が25億8800万円で、それとは別に選手の派遣費用(およそ6000万円の3分一程度の補助金として)2067万円だったとのこと。

この金額が多いとみるか少ないと感じるかはそれぞれの見方によって違うが、私には、補助金はともかく、あの凄い選手団(選手だけでなく、その後ろには倍以上のコ-チや役員が存在することを思うと)派遣費としては少な過ぎるようにも思えるが・・・。

メダル獲得のために『マルチサポート』と称したプロジェクトを作っているのだそうだが、その予算に27億4600万円と、オリンピックへの補助金と同額を計上していることは、やはり目先のメダルがほしいからだろう。

注目したいのは、このマルチサポートの対象となったのは、陸上競技、競泳、シンクロナイズドスイミング、サッカー、体操、新体操、トランポリン、レスリング、セーリング、柔道、ライフル射撃、テニス、バレーボール、自転車、卓球、フェンシング、カヌー、アーチェリー、バドミントン、トライアスロンで、(ここからが傑作だが)金・銅メダルを取ったボクシングや、銀メダル・6位入賞のウェイトリフティング、5位・7位入賞のテコンドーなどはこのプログラムの対象になっていないという部分。

対象競技は有識者会議を経て文科省が決めることになっているそうで、客観的な基準もなく、やや恣意的な決め方だと氏は指摘しているが、まさにその通り。ここにも文科省らしい独特の論理が潜んでいるように思えてならない。

そして、もし東京でオリンピックが開催すると仮定して、メイン会場となる国立競技場を現在の54000人規模を80000人規模に、開閉式の屋根を持ち、球技のときにはフィールドに近づいてくる移動式の観覧席など、IOCの基準を満たすように改築しなければならなくなり、そのためのデザインコンクールがすでに始まっており、11月には結果が発表されるということも明かにしている。その工事費(土地代は別)が1300億円と見積もられているという。

このことに関して、オリンピック招致が失敗したら、国立競技場の改築そのものが必要ないのではないかと述べているがまさに正論。2019年秋のラグビーW杯があるなどと文科省は言っているそうだが、サッカーのW杯の決勝は国立競技場ではやらなかったことを思うと、東京でやらなければなどという必要は全くないとの指摘も鋭い。

衆議院の決算行政監視委員会等で、今から、この問題をしっかり議論しなければならないと結んでいるが、ぜひそうあってほしいと思う。しかし、自民党そのものが東京へオリンピック招致したい輩の集まりとなると、議論できる場へ出させてもらえるのか、それが心配である。

この御仁が総理大臣になる政治体制ができると良いのだが・・・。(田舎親父)

2012年8月25日 (土)

会談翌日の社説が面白い・・・

 『会ってどうなる(どうする)・・・』という題名で8月8日に掲載した、毎週金曜日を中心に行われている官邸前で原発再稼働への抗議行動を呼びかけている市民団体の代表との会談が行われたと大きく報じられたのは22日の夕方。

人々の抗議行動を徹底してスル-してきたNHKでも夜の7時、9時の全国版で放映していたのは方針が変更されたか、それともそれだけの価値があると判断したのだろうか。あるいは、どこからか『放映しろ』という圧力があったのだろうか・・・。

会談の冒頭に、抗議行動の様子まで映し出していたことから、NHKはちゃんと取材していたんだと変なところに感心するが、膨大な人とカネを使った克明な報道記録を国民の前に全く出さないのは、(民放ならいらしらず)高い視聴料をふんだくっている公器?としてとしては許されることではない。

当初は8日に会談が持たれる予定だったらしいが、党内でも異論があって、『日程が合わない』という変な理由をつけて延期したことに対して『あってどうするの・・・』と違和感を覚えたと述べたが、会談の様子の映像からは、改めてその気持ちが強くなる。

翌日大新聞が、この問題を社説に取り上げていたが、その書き方が新聞社の考え方を端的に表しているから面白い。毎日と日経が取り上げていないが、毎日は翌日、視点を変えた題目でこのことを書いている。日経は『再稼働反対デモ』そのものを完全に無視する発想らしいので、当然このことも取り上げていないのはある意味立派?・・・かな。

日経をのぞく(地方紙を含めた)ほとんどの新聞は、首相が22日午後、反原発市民団体『首都圏反原発連合」の代表者11人(確か連合は13の市民団体の集合体だったのに11人というもの変な話)と首相官邸で面会したことを報じている。

書き方のニュアンスは新聞社によって違うが、要は30分ほど同じテ-ブルについて、団体側の要求を聞き、最後に、政府の考え方を説明して会談は終了。意見はかみ合わず平行線、その間わずか30分だったという。

さて、各紙の社説であるが、まず朝日は『両者の溝は埋まらなかった。それでも意義は小さくない』と書き出し、経済団体や労働組合に属さぬ『組織されない市民』首相に直接訴えるのは異例であり、これまでの政治の意思決定の仕方や、政治文化を変える可能性をはらんでいると最大限の評価。翌日になった毎日も、ニュアンスは違うが会談は良かったと書いている。

東京は、首相は反原発を訴える国民の『声』を受け止め、原発稼働の停止を決断すべきだと脱原発の立場を明確にしている。その上で、『首相が官邸で市民団体代表らと会うのは異例。約30分で打ち切られ、主張は平行線に終わったと述べが、首相が市民団体の意見を直接聴く場を持とうとしたことは率直に評価したい。その上で双方に注文がある』と続く。

さらに、明確な安全基準を欠いたまま、大飯原発を再稼働させたるために『国民の生活を守るため』という詭弁が、国民を逆に不安にさせている矛盾になぜ気付かないのかと厳しく政府の『原発再稼働ありき』の方針を批判している。

そして、脱原発に無理解だったり、原発維持を画策しようとする経済界や官僚になびくような政党や議員が選ばれては、せっかくの民意の広がりも報われない。脱原発を揺るぎないものにするには官邸前のエネルギーを実際の投票行動につなげる必要があると、来るべき選挙では脱原発を掲げる議員を選ぶべきだと受け止められる表現で締めくくっている。

これに対して、読売この会談そのものを『民主党政権の場当たり的な大衆迎合主義(ポピュリズム)を象徴する出来事と言えよう』と、真っ向から意味のない会談だったと切り捨てている。

首相が短時間とはいえ、反原発団体と面会したことは禍根を残したのではないか。反原発デモに一定の理解を示したと誤解されかねないと、こちらは原発依存政策に少しでも反映されてはたまらないという立場を明確にしている。

また、民主党の首相経験者2人が、面会の実現を首相に求めたことは理解に苦しむと書き、会談に同席したカン氏と抗議行動に参加したハトヤマ氏を『首相経験者が、現首相の方針に公然と反対し、反原発デモに肩入れするのはあまりに無責任だ』と批判している。

産経に至っては、『首相は中長期的に脱原発依存に取り組む姿勢を示しつつ、大飯再稼働に理解を求めた。電力不足は今夏だけの問題ではない。今後もブレることなく他原発の再稼働につなげてほしい』と、まさに政府の御用新聞といわれても仕方ないほどのチョウチン社説にも呆れるが、これらの全ての社説に、私が疑問に思っているどのような基準で人選したのかはない。

会談の終了時に、団体側は『今後も金曜日のデモは続ける』圧力をかけた?らしいが、こんな『捨てぜりふ』には何の効果がないことは、アリバイ作りのシナリオライタ-にはお見通し。その上で会見の場を設定したのだから、こちらの方が一枚も二枚も上。

デモの質に変化がなければ良いのだが・・・。(田舎親父)

2012年8月24日 (金)

免疫不全? 何のことやら・・・

 農業生物資源研究所という組織の研究チ-ムが、体内に入った異物を攻撃する免疫が働かない『免疫不全ブタ』を作り出したというニュ-スが報じられたのはかなり以前のことだった。

医学分野には特に疎い私には、『免疫不全』という言葉そのものが理解できないので、ネットで調べてみると、『免疫不全ブタ』とは、読んで字のごとく、『免疫機能が全くないブタ』とのことにはガックリ・・・。

この程度ならわざわざネットで調べるまでもなく、大体の想像ができるのだが、『免疫不全により拒絶反応がなくなるため、ブタの体内で人間の肝臓などをつくり、これを人に合う大きさの臓器へと育てることもできる』という部分あたりから、解説そのものが理解困難になる。

『免疫不全』という言葉も、私が知らなかっただけで、この業界では当たり前らしく、すでにラットなどの小さな『免疫不全ラット(動物)』を作り出せていたのだそうだ。ヒトにこの技術を応用するためには、できるだけヒトに近い動物を作り出すのが課題だったそうで、その意味で、ブタのような分類上、ヒトにより近い動物では始めての成功は画期的なことだという。

(私には到底理解できないが)記事によると、研究チームは遺伝子組み換え技術や体細胞クローン技術を使って、『IL2rg』という遺伝子が欠損し、免疫不全になったブタ14頭をつくることに成功したのだそうだ。これらのブタは免疫にかかわるT細胞やNK細胞がつくられなくなったとある。 

『免疫不全ブタ』は免疫機能をほぼ失っているため、臓器移植などを行っても拒絶反応は起こりにくくなるが、そのかわりに病原菌などの攻撃に対する抵抗力が圧倒的に弱くなるため、およそ2カ月以内ですべてが死亡するなど短命なのだが、免疫不全ブタに正常な免疫機能を持つブタの骨髄を移植したところ、免疫機能が回復し、また骨髄移植した5頭中3頭が1年以上生存したことが確認されたとのこと。

これまでにも『免疫不全マウス』を使って、ヒト造血系モデルや免疫系モデル、ヒト肝臓モデル、ヒト感染症モデルなど多様な『ヒトモデルマウス』を作り出すことには成功しているとのことで、今回の『免疫不全ブタ』はヒトの細胞や組織を移植する、新たな大型『ヒトモデルブタ』作出への大きな1歩を踏み出したとある。凄い言葉の連発で、私には日夜この分野を研究している人たちの存在すら想像を絶してしまう。

研究チ-ムの責任者は『研究を進めれば将来、臓器移植への利用だけでなく、新薬の安全性を確かめる研究などにも役立てることができるだろう』と将来の医療に貢献できると話しているという。

医学界からも、『免疫不全ブタ』は、抗体医薬品開発への利用、再生医療におけるiPS細胞由来のヒト培養細胞の長期安全性試験、実用的なヒト組織や臓器の再生に向けた最初の1歩としても、今後の活用が期待されるとエ-ルが送られているそうだが、私には価値そのものが何を意味しているかも見当もつかない。

日夜研究に没頭されている研究者の方々には失礼になることは十分承知しているつもりだが、(さらに、病気で療養中の人や家族からの反発は大きいだろうが)『不完全ブタ』を生み出し、ヒトへの応用技術が進歩することはわからないでもないが、それまでにどのぐらいの時間とカネを費やすのだろうという素朴な疑問が頭をよぎる。

さらに、例えその技術が完成し、医療に応用できるようになったとしても、助けられる(一時的な延命だと思うが)人間の数はどの程度存在するのだろうという、普段からの考え思い悩んでいる問題の答えにはなりえない。

人間には寿命があり、例え医療技術で数年間の延命が可能になったとしても、必ず死がやってくる。現代社会は長生きが『是』という前提で成り立っているようだが、その社会は『高齢化』をますます進め、その結果『少子化』が伴い、やがて活力のない社会になることだけは、浅学の私でもはっきりと断言で切ることだが・・・。(田舎親父)

2012年8月23日 (木)

『節電』の意味が変わった・・・

 一時はあれほど騒がれ、新聞に載らない日はないと言っても大袈裟ではなかった『地球温暖化』という言葉が、このところめったにお目にかかれなくなった。

『地球温暖化』に代わって、原発事故以来大流行になっているのが『節電』という言葉である。『地球温暖化』を少しでも防ぐために『節電』は必須条件だから、『地球温暖化』と『節電』はいわば同義語的なものと受け止めているので、従来から使われている『節電』という言葉には違和感はなく、自主的に『節電』努力をしてきたし、現在も続けていると強い自負は持っている。

しかし、原発事故以来マスコミによって急激に広められ今や、錦の御旗のようになった『節電』という言葉は、従来の『節電』と全く同じ音・同じ漢字を当てるがニュアンスは大きく違い、現在では『節電』という言葉をどこかで差し挟めば『是』となる社会風潮に対して、これって原発事故隠しに過ぎないのでは・・・と感じて違和感を持つ人も多いのではないだろうか。

先日、こんな新聞記事を見つけた。『事故の前年、2010年夏の東電のピークは5999万キロワットに達したという。今夏は7月27日の5318万キロワットが最大で、5千万キロワットを超えたのはこの一日だけで、それ以外は猛暑日でも4900万キロワット前後と、供給能力の8~9割に収まっているのも、国民が意識的に節電しているからだと、国民の意識が高くなった』・・・と。

間違いではないだろうが、もう一つ踏み込んで、『だから原発は必要ない』とは絶対に書かない。むしろ『節電』は東電はじめ電力会社の電力の供給量が少ないために致し方なくやらざるを得ないのであって、今の努力を少しでも嫌と思うなら、原発の再稼働を認めなければならないという論調がすけてみえる。

現在、日本の原発は再稼働した関電の大飯原発を除き、すべて止まっている。世界的な大企業であるトヨタ自動車に電力を供給している中部電力ですら、供給電力には余裕があるというから、原発の必要性などないことは自明。だのに、『再稼働反対』の声は官邸には届かず、原発再稼働の方向性を変えないのも、国民をバカにした変な話・・・。

昨日マスコミは、官邸で首相と抗議団体の11名とか会談したが、意見はかみ合わず平行線に終わったと大きく報じていたが、結果ははじめから分かりきっていたこと。こんな会談は意味のない会談だと先日指摘したが、予想通り、官邸側のガス抜き(抗議の声を聞いたよというアリバイ作り)に利用されただけのようだ。

この政府・民主党政権の動きは、どこかで誰かが『原発がなければ闇の中での生活をしなければなる』というトンデモないシナリオを書き、それを大新聞やテレビに命じて、まことしやかに報じさせるものだから、マスコミの報道か真実だと擦りこまれている国民は『節電』も原発再稼働までの辛抱だと思わされているのではないだろうか。

燃料費が暴騰したので電力料金を上げざるを得ないという理由で、9月からの東電は電気料金を値上げした。当初は10%以上としておき、それをあたかも政府の努力の結果8%台に下げさせたと胸を張ったのは、あの原発事故当時のウソツキ官房長官だったエダノという経産相。

政府とグルになって電力料金の値上げを強行した東電が、こともあろうに今でも青森県六ヶ所村に約2億7千万円の寄付を行なっていたというから驚く。この事実を経産相が知らなかったわけはない。よしんば知らなかったとしたら、即刻、値上げを認めないと宣言するべきだが、こんなことは過去のことと涼しい顔で、話題にすら乗せないのだから、厚顔無恥という言葉はこの男にこそ相応しいようだ。

今日は『地球温暖化』のことを中心に書きたかったのだが、『節電』という言葉がひっかかり全く違った文章になってしまった。

一日も早く、ノダ内閣を打倒しなければますます東電がのさばり、原発事故が遠い過去になってしまいそうだが、誰がこの国を間違いのない方向に導いてくれるかとなると、政局の話しかでない今の現実では、そんな日がやって来るのかさえ疑わしくなる。(田舎親父)

2012年8月22日 (水)

セミの世界に異変が起きているのでは・・・

 このところ朝の気温がぐっと下がり、気持ちよく目覚められる。一昨日などは、室温が25℃と前日の28℃から3℃も落ちていることに驚く。去年の記録を調べてみると、やはり20日の項に前日の28℃から25℃に落ちていることにも、秋の忍び寄りを感じ何となくホッとしている。

明日23日は二十四節気の『処暑』。ある解説書によると『暑さもここまで、今後は、一時的残暑はあるものの気温は右肩下がりになるころ』とあるが、なるほど先人達の長年の経験則は間違いなさそうだと納得。

何度も述べているように、退職以来、ダイエットも兼ねて毎日のように近くの森や田んぼの中、あるいは河川に沿った遊歩道などを歩いている。それも、一年を通して、午後1時ごろから4時ごろまでと決めている。

家人からは『この時期は、熱中症になるからやめなさい』と反対される。確かに強い太陽光浴びるのは身体に良くないのかもしれないが、その時間帯は家にこもっていてもやる気がおきないことは誰もが経験して知っていること。ならば、いっそう外を歩こうと決めたのが動機で、今年も続行中・・・。

慣れというものは恐ろしく、朝起きたとき、今日は少し寝不足だから歩くのをやめた方が良いかもと思っても、昼食を終わると何となくそわそわし、少しだけ歩いてくると言い置いて出かけるのだが、結局は2時間程度の散策になるから不思議である。

日中歩いていると、今年の特徴として感じることが、道端に散乱しているアブラゼミの死骸の多さである。

その数が半端ではない。森の中や住宅街の道路なら、セミの死骸があっても変だと思わないが、周りに全く樹木がない河川に沿った道や、田んぼの畦道でも見つけることが少なくないのはどうしてと首を傾げたくなる。

そんなことを気にしているのかもしれないが、コンクリ-トの電柱やプラスチックや金属の看板に止まっているアブラゼミを見かけることも稀ではなく、実際に、子連れの父親が網を電柱に伸ばしている光景も見かけるが、こんなことが当たり前になって良いわけはない。

また去年の記録を繙くと、8月になるまでアブラゼミの鳴き声が極端に少ないことに、これって放射能の影響では・・・と書いている。8月になってヒグラシやツクツクホウシが例年通り啼きだしたので一安心したことも記録にある。しかし、アブラゼミの死骸については記述がない。

アブラゼミが一夏に横浜の片田舎でどのぐらい発生するのか知識はない。私が極端に多いと感じている死骸の数は、発生数からみるとごくわずかなのかもしれない。しかし、ごくわずかであっても、羽化するものの、樹液を求める本能に何らかの異変が生じているとしたら、これは大変なことではないだろうか。

アブラゼミは7年間、地中で幼虫時代を過ごし、地上に這い出し羽化すると教えられているが、7年目に羽化したごくわずかであっても、子孫を残すことなく道端で死骸になっているとしたら、7年後のアブラゼミの生態が奇怪しくなるのではないだろうか。

去年はその数の少なさで異常を感じ、今年は死骸の多さに異変を予感するが、何らかの形で自然界のバランスが崩れ始めているのではないだろうか・・・。私の杞憂であってほしいが、その原因がひょっとして放射能の影響だとしたら・・・と思うとゾッとする。

ここまで書いていて、今年はヒグラシの鳴き声が小さいことに気付く。例年なら、お盆を過ぎた今の季節、午前中から『カナカナカナ・・・』とやかましいほどのヒグラシの鳴き声か聞こえるのだが、今年は夕方に少しは聞くことはあっても午前中は皆無。

今日これからダイコンの種まきをしようと思っているが、まもなくして、『カナカナカナ・・・』と聞こえてくれば良いのだが・・・(田舎親父)

2012年8月21日 (火)

作新学院野球部員の強盗?事件・・・

 今年の夏の全国高校野球選手権大会に栃木代表で甲子園に出場し、ベスト8まで勝ち上がり今日準々決勝戦を戦うことになっている作新学院の硬式野球部員の2年生の男子生徒が強盗の疑いなどで逮捕されていたとのニュ-スが流れたのは18日のこと。

記事によると、宇都宮中央署が生徒を逮捕したのは17日で、逮捕容疑は10日午前6時50分ごろ、宇都宮市の雑木林で16歳の少女のひざなどに軽傷を負わせた上、現金数千円を奪った疑いとある。

雑木林の周辺の情況がわからないが、午前7時ごろに16歳の少女?が一人で歩いていたのだろうか・・・。女子高生とないので、ひょっとして雑木林で何らかの仕事をしていたのかもしれないが、こんな時間にという疑問はぬぐえない。

事件を起こした野球部員はレギュラ-ではなく、事件の9日に甲子園で応援して翌日栃木に帰って練習をしていたというマスコミ報道が正しいとなると、10日の午前7時前に栃木に帰り着くのは不可能だと思うが・・・。また、『現金は奪っていない』と容疑を否認している部分も気になるところだが、ここは今後のワイドショ-に委ねることにしよう。

テレビの記者会見で作新学院の校長が『大変な事件を起こし、強く責任を感じている。被害者の方にも謝罪して、学校を挙げて責任を持って対応したい』と釈明している。その上で『出場辞退も考えたが、学校の管理下ではない場所、時間に単独で起こした事案。甲子園で一生懸命頑張っている部員たちや県民の期待を考えると、辞退することは忍びない。(日本高野連には)寛大な措置をお願いしたい』と述べていたが、その心境はかなり理解できる。

今回の問題について大会本部(高野連)は『学校外における個人の事件であり、チームとしての責任が問われるものではないと考えている』と説明して、出場を取り消さない見解に、これが予選の段階なら間違いなく出場辞退とるはず。やはり高野連は政党と同じ、何とかその場を繕う術に長けているようだ。まあ、一般的には、影響の大きさを考えたら当然だろうが・・・。

作新学院の今日は準準決勝戦。相手は東海大学甲府であるが、校長はじめ学校関係者としたら、『負けてくれた方が良い』と複雑な気持ちで見守っているのではないだろうか。まさか、校長が監督に『負けろ』とは命じないとは思うが、今日の試合の監督の采配は気になるところ。

今日の試合に勝ち、準決勝、決勝へと進み、さらに優勝でもしようものなら、マスコミはこの事件はさらに大きく取り上げるのではるだろう。それに呼応して、インタ-ネットの書き込みが最近の流行りなので、『優勝(準優勝)を返還しろ』という文言であふれることも十分予測できる。

その時、高野連はどうする?。甲子園のベンチ入りしているメンバ-には何ら罪がないことは自明だが、今までの高野連の判断例は、生徒間の何らかのトラブルや野球部員が起こした不祥事が明らかになると、学校には圧力をかけ、学校からの『出場辞退』という言葉を引き出してきたはずなのだが・・・。

それはさておき、甲子園のアルプススタンドで、野球部員が応援団の先頭に立って、ユニフォ-ム姿で必死に応援している姿がお馴染みになっている。それを今まで特に不思議だと思っていていなかったが、応援する野球部員が全て、試合中はレギュラ-の活躍を願って声をからしていることは疑う余地はないが、終わって一人になったとき、自分がベンチ入りできない虚しさを感じる部員が存在しても奇怪しくないことに気付く。

事件を起こした部員がそんな心理を持っていたとしたら・・・。高校野球のあり方も含めて、少し考えてみる必要がありそうだ。(田舎親父)

2012年8月20日 (月)

上陸を阻止できなかったのだろうか・・・

 香港の活動家らが上陸した尖閣諸島(中国名・釣魚島)の中国領有権を訴える反日デモを実施しようとの呼び掛けがインターネットを通して行われ、実際に各地で広がり始めているようだ。中国当局はこの書き込みを削除するのに必死らしいが、ネット利用者の数が半端ではない中国でのこと、追いつかないのではないだろうか。

昨日のマスコミ報道によれば、西安で数百人規模の反日デモが行われたほか、北京の日本大使館前でも小規模なデモがあったとのこと。中国人には潜在的に太平洋戦争での日本軍に対する憎悪感がある上に、昔から群れるという民族的な特徴を持つので、『日本』という言葉を聞くと条件反射で集まるらしいから、今後反日デモは中国全土に広がるのは確実な情勢。

中国政府はこの秋に大幅な指導部の体制が変わるとなると、できれば近隣諸国とは事を構えたくないのは私でもわかる理屈。当然、反日デモの拡大を抑えたいはず。中国政府の描く最悪のシナリオは反日デモが全国に広がり、警察力での鎮圧が難しくなるような情況が生まれ、国民なだめるためにも、日本に対して何らかの強行姿勢をとらざるを得なくことではないだろうか。

その結果、形だけでも尖閣諸島付近に艦船を派遣となると、外交を経験したことがない民主党政権はたちまちオタオタすることは間違いないところ。下手すると、都知事あたりのアジに同調したマスコミが作る主権侵害だとの世論をバックに、自衛隊を派遣などとなるとトンデモないことに発展しそうだ。

その意味では、今回不法侵入した活動家?を即刻釈放した政府の適切だったと思うが、それ以前に、何故上陸を目の前で監視?してがら、許したのだろう。複雑な事情があったのだろうとは思うが、『何故・・・』という疑問は私には解けない。

今回の香港の活動家達の尖閣諸島への上陸は、計画段階からネットで公開され、船の場所や上陸の時間までも、関心があれば知り得た情報である。まして、日本政府がこの程度の情報ではなく、どこにどんな方法で上陸するかという事細かな敵側(中国人活動家)の行動は把握していたことは間違いないところ。

そのため政府は、海上保安庁の複数の巡視艇を派遣し、漁船を島に接近させないように船体を合わせて上陸を防止したのでは・・・。その際、漁船側からコンクリ-トの塊などが投げ込まれて、船体が壊れたとも報じられている。

そこまでしながらも上陸させたのは何故なのだろう。5人は船から海に飛び込み泳いで上陸したとのことだが、その間、他の巡視艇はなにもしなかったのだろうか。派遣された巡視艇が全て漁船対応に当たっていたのだろうか・・・。次々に疑問が生まれる。

不法上陸した5人を逮捕したことは当然だろう。が、海上では逮捕できなかったのだろうか。海上であっても『不法侵入』であり、逮捕できないはずはない、と思うのだがそれができなかったのは、上からの命令があったからとしか考えられない。

香港に強制送還された活動家達は上陸したという事実から、現地では英雄扱いになっているという。一昨年に海上保安庁の巡視艇に激しくぶつかった漁船の船長は逮捕・起訴されたが、外交上の超法規的手法で強制送還された時も、英雄視される姿は日本のマスコミの大々的に伝えていた。

活動家達はこの秋にサイド尖閣諸島に上陸すると気勢を上げているらしい。逮捕されたとしてもすぐ釈放されるとわかっているとなると、俺も俺もと志願者は後を絶たないのではいだろうか。

となると、10月1日は中国の建国記念日、このあたりにこの計画が実施されると、体制を大きく変えようとしている中国政府も困るだろうから、対応に苦慮しているに違いない。

ところが昨日、超党派の国会議員でつくる『日本の領土を守るため行動する議員連盟』が慰霊という理由で会員ら150人が乗った船団が尖閣諸島・魚釣島沖に到着し、10人が上陸したとのこと。これは、中国政府に圧力となるのか、それとも・・・。

このあたりの情報を集め詳細に分析して、巧みに駆け引きするのが外交ではないだろうか。日本が実効支配する尖閣をめぐり、緊張の海にしないような日中関係を築くためにも民主党政権は外交努力を強めてほしいものである。(ムリだろう、という声が聞こえてきそうだが・・・)

また、四方を海に囲まれている我が国にとって、最近になって元首が乗り込むなど緊張を高めている竹島や北方領土などを守る強い決意は常に明確に示すべきだと思うのだが、首相や外相からの口から出るのは曖昧模糊とした言葉ばかり。

領土をめぐり中国はじめ、韓国やロシアとの間で紛争が起きている我が国の外交問題ではアメリカが後ろで何らかの役割を果たしているのは想像に難くない。尖閣問題でオスプレ-の出番などこないことを切に祈る毎日である。(田舎親父)

2012年8月19日 (日)

家族の絆 今はいずこへ・・・

 福島原発事故以来『風評被害』という言葉が大流行、何でも都合が悪いことに対して『風評被害』という言葉で、自分達の責任を回避する風潮が蔓延していることに、何度か苦言を呈してきたが、原発事故に加え、大地震と大津波で壊滅的な被害を受けた地域から発せられ、全国的にもてはやされたのが『絆』という言葉。

家族の絆、被災者同士の絆、被災地との絆などなど、この言葉が新聞紙上に現れない日は皆無と言い切っても良いほど。耳触りも悪くなく、一日に何度も目にし・耳にしても決して飽きる言葉ではない。もっとも、『絆』を標榜する政党のうさんくささや、『きづな』なる名前の政党の出現は歓迎したくないが・・・。

しかし最近は、『絆』とは裏腹な事件が多過ぎるのはどうしてなのだろう。親と子どもがしっかりとした絆で結ばれていたなら、絶対にこんな事件が起こらないはずだと思われるような記事が連日報じられている。ここ一週間に起きた『絆の崩壊』を感じさせる記事を拾ってみよう。

その一、家族3人をバットで殴って殺そうとしたとして、中学3年の少年が殺人未遂の疑いで現行犯逮捕されたという岩手県での事件。少年は『父親のしつけが厳しく、反感を感じていた。殺そうと思った』と供述しているという。

一昔前なら、父親は家族の要。しつけに厳しいのは当たり前だったが、子どもの数に反比例するかのように父親の権威がなくなり、『しつけ(躾)』という言葉すら死語になってしまったことを如実に表しているようだ。

その二、44歳の母親が19歳の息子を紐で殺害し、アパ-トの自室に放置したという大分県での事件。記事の文面からは、寝ている息子を紐で絞め殺したようだが、熟睡しているとはいえ19歳の体力のあり男性を簡単に絞め殺せるとは思えない上、知人の警部補を通して自首しているのも何か不自然。

その三、父親の死体が台所の床下にあったという埼玉県の事件。この一家は夫婦と27歳の長女の3人家族だという。長女は昼食の準備のため床下収納を開けたら父親の死体を発見したと述べている。警察は外部の犯行との見解を持っているようだが、何ともやりきれない事件である。

その四、おなじみの駐車場での車の中に幼児を放置し、パチンコに夢中になっている間に死に至らしめたという三重県での事件。生後5カ月の男児がぐったりしているのを『男児の父親』から連絡を受けた桑名署員が発見したとのくだりが何かしっくりこない。

パチンコに興じていたのは45歳の母親だという。45歳にして5ケ月の乳児というから、(最近では珍しくないようだが)常識的にはあまりある話ではない。本来ならば、授かった命と大事にするところだが、こともあろうにパチンコに夢中になって我が子を炎天下の車内に置き去りとは・・・。

それぞれの事件には、それぞれの家族の複雑な事情が絡み合っているのだろうと思われるが、もう少し『絆』という言葉の意味を、家族の誰かが考えていたら(三の場合は少し違うかも知れないが)起きなかった事件ではないだろうか。

突然話が変わるが、このところ毎日のように新聞紙上を飾り、アナウンサ-の口から出る言葉に『いじめ』がある。

先生との絆、友だちとの絆がもう少ししっかりしていたら、『絆』とは対局にある『いじめ』という言葉がこれほどまでに現れることはないだろうが、ここにも『絆』の存在が薄くなった環境の存在を感じる。

そして、被害にあう子どものほとんどが、一人っ子か兄弟姉妹の少ない家庭に育ったことも見逃せない。このことから『家族の絆』の強さは家族の人数に比例しているのかもしれない。

子ども同士のトラブルを全て『いじめ』という言葉で引っくくってしまうマスコミの対応には強い違和感を持つが、大震災と原発事故がもたらした『絆』という言葉を、風化させないためにも、もう一度考えてみたいものである。(田舎親父)

2012年8月18日 (土)

今年は野生動物に注意が必要らしい・・・

 お盆の最後を締めくくり、此方に迎えていたご先祖さまを、私どもの無病息災をお願いして、また来年おいでくださいと彼方へと送り出すのが由来だといわれている、京都の五山の送り火が一昨夜行われた。

(変な書き出しになったが)故郷感はほとんど失い、もはや京都で住みたいとは思わないが、京都で育った私には毎年のことだが、お盆になると不思議に『大文字焼』と呼ばれで親しまれている五山の士の送り火を思い出し、何となく懐かしさを感じるのは、どこかで『京都』という言葉に反応するDNAでも持ち合わせているのかもしれない。

その京都ではクマの出没が多くなり、注意を呼びかけなされているというニュ-スに目が留まる。京都府で7月末までの目撃情報はすでに250件を超えているという。

記事によると、本年度7月末までに寄せられた府内の目撃情報は255件。京丹後市(70件)や福知山市(43件)、舞鶴市(37件)など府北部が目立つが、南丹市や亀岡市など、地図的には京都市のすぐ北に位置する地域でも目撃情報が多く寄せられているのだそうだ。

特に今年は、クマの餌となるクリやブナなどの総称ドングリが凶作の年らしいので、9月、10月は急増が予想されているという。一昨年もドングリは凶作、この年は過去最高の1976件の目撃情報があったというから驚く。となると、今年はさらに人里に降りてくるクマが多くなるのではと地元では厳重な警戒を強めているらしい。記事からもその雰囲気は伝わって来る。

百万都市の京都市内でさえ、クマ目撃情報が11件もあるのだそうだというからちょっと考えさせられる。

そのうち一件は、京都市左京区岩倉という町。確か高校の同級生が住んでいた町の名前だったと記憶しているが、その町の60代の男性が手をかまれ、指を骨折するなどの被害がでたそうだとの内容である。この周辺は開発によって住宅地が山に迫っている場所だったはず。恐らく、地元では不安が広がっているのではないだろうか。

話は変わるが、先日、亀岡を訪ねて、甥の案内で『美山』に出かけてきた。ここ数年、白川郷が世界遺産に登録されてから、俄に『茅葺き合掌作りの家』が注目されはじめ、京都の山奥の合掌作りの里である『美山』も俄然人気が出ているので、以前から一度自分の眼で確かめたいと思っていた場所。

当初は、京都駅からバスで出かけるつもりでいたが、甥から『バスの便が悪いので、車がなければとても・・・』と諫められたので、車で案内してもらったのだが、なるほど山奥である。

白川郷のような高層茅葺きではないが、道路から少し離れた集落は、北山杉の美林を背景に、屋根の上に丸太を通した特徴ある合掌作りの茅葺きの家が建ち並ぶ美しい景観を作り出している。何よりも、おみやげ屋などという商業施設が集落の中には皆無という環境が私の感性にピッタリとくる。

訪れたのは8月はじめ、クマの出没など全く思いもよらなかったが、集落の周りの山のほとんどは北山杉となると、その向こう側のブナ林のドングリが凶作では、この杉林を超えて山奥からクマがでて来ることは当然かも知れない。

また話は飛ぶが、私が住む横浜の片田舎でもサルが目撃されたというニュ-スに、違和感を覚えながらも、有り得る話だと何となく納得するのは、人の暮らしが便利で快適になった分、周りの樹林帯が放置され、野生動物の棲み分けがあやふやになっているからだろう。好奇心旺盛になった(実際には、木の実よりも人間の食する物の方が美味しいと知ったのだろうが)彼らが、丹沢から横浜の片田舎まで進出してきたようだ。

リュウゼツランのように花を咲かせてくれる植物は歓迎だが、野生動物が我が物顔での横行は想像したくないものだが、これも人間に対しての自然からの警鐘かも知れない。生活態度をもう一度考えてみる必要がありそうだ。(田舎親父)

2012年8月17日 (金)

リュウゼツランの花・・・

 平成8年に夢の島の熱帯植物園で開花したと新聞が取り上げていたので、実際に出かけてご覧になった人もいるかもしれないが、リュウゼツランという植物をご存知の方はあまり多くはないのではないだろう。さらに、その花を実際に見た人となると、ほとんどいないのではと推測している。

というのは、熱帯の植物であるリュウゼツランは寒さに強いとはいえ、気温が低い地域では成長の極端に遅くなるため、『1世紀に1度開花する』と言うのが一般的な見方らしく、俗名として『センチュリー・プラント(century plant))』と呼ばれているほど、日本ではめったに咲かないからである。

15年ほど前のことになると記憶しているが、東京の有明にある夢の島植物園でこの花が開花したとニュ-スになり、見学に出かけたことを思い出す。それ以前にも、大田区に勤務していた頃、伊豆高原にある学園の天体望遠鏡を管理していたことがあり、月に一度程度の割合で出かけていたので、偶然にこの花を見たことがあるが、突如旗竿のような花茎が伸びて来たことにはビックリしたものである。

そのリュウゼツランの花が、私の散策コ-スで咲いているのには驚く。最初に発見したのは7月初めごろ、広い庭を持つ一軒の庭先から、旗竿のようなものが天高く持ち上がっている姿に気がつき、リュウゼツランだと確信したが、まさかこんな場所に・・・というのが最初の印象。

幸、その屋敷には門がなく、二本の庭木を門柱に見立てているので、注意すると道路からでも旗竿の下方が少しみえる。そこには、以前、伊豆高原で見慣れたリュウゼツラン独特の派の姿があり、間違いないと確信したもの。

以来、通るたびに注目していたが、ここ数日で、旗竿から分岐している蕾の塊が下方から次々に開花。道路からも眺められるとあっては、これは紹介する価値があると思い、一昨日撮影を目的に出かけてみる。

丁度、家人がおられたので断って庭にいれていただき写真を撮ってきたので、ここに掲載することする。

120815_2 そこには、神奈川新聞の記者も駆けつけて、家主にインタビュ-していたので、昨日あたりの神奈川新聞に紹介されていたのかも知れないと思い、ネットで調べてみると、やはりあった。

http://www.47news.jp/localnews/kanagawa/2012/08/30_95.html

何でもここに植えて37年目になるそうだが、咲いたことを感激している文章は一読に値するのではないだろうか。

リュウゼツランは花を咲かせると本体は枯れてしまうという。しかし、ヒコバエというのだろうか、周りから次の命が誕生しているので、そこから新しい成長が始まり、数十年後には開花という気の遠くなりそうな話が始まることだろう。

場所は、横浜線の十日市場駅のすぐ近く。近くの方はぜひ足を運んでほしいと思っている。ちなみに、下方の花は散りはじめているが、上方はまだ蕾状態を保っているので、今月いっぱいは楽しめるのではいだろうか。

リュウゼツランを見た後、さらに数分下ると恩田川(鶴見川の支流)に出る。そこは私のお気に入りの散策コ-スの一つであるが、梨の畑が広がり、まもなく収穫の季節を迎える。

水分が多く甘く濃い味が特徴のこの地の梨は『ハマナシ』というブランドで人気。近くには直売農家も多いので、家族で梨狩りも良いのではないだろうか。さらに、恩田川の流れに沿って下り、次の駅である中山方面までは水田も多く残り、田園風景も楽しめる。

オミナエシやケイトウの畑もあるので、興味のある方はぜひどうぞ・・・。(田舎親父)

2012年8月16日 (木)

アメリカさまのおっしゃる通りに・・・

 『普天間にオスプレ-を配備するから、反対を封じ込めるように・・・』という命令がアメリカから日本政府に届いたのは数年前のことだったらしい。

時の内閣はビックリ仰天したことだろう。しかし、日本政府はアメリカのこんな理不尽な命令に対して背けない。国民には絶対に知られてはならない裏約束があるとなると、命令のあったことすら徹底的に秘匿し、アメリカへの返事だけは『全力を尽くします』とでも答えていたのでは・・・。

オスプレ-配備の期日が迫り、具体的な情報が沖縄に伝えられたらしいが、普天間基地返還どころか、基地機能を強化という政府の方針(アメリカさまのご命令)を飲めるわけがない沖縄県は、知事はじめ県民総体が反対に立ち上がった。

何とか軋轢を少なくしようと素人防衛相を立て続けることでこの問題を先送りしようとしていた節があるが、所詮素人大臣ではとても役不足。それどころか、野党の問責決議を受けて辞めさせられる体たらく。10月には普天間にオスプレ-を配備というアメリカの最後通達を受けて大慌て、民間防衛大臣という禁じ手を使って、何とか沖縄を説得するという作戦に変更したようだが・・・。

モリモト大臣は大のアメリカ大好派の方らしく、アメリカさまに『安全を確認するまで日本上空は飛ばない』という、言葉を出してもらったと胸を張り、安全を検証する作業をはじめ、日本の検証チ-ムをアメリカに派遣したらしい。

その打ち合わせと称して、自らがアメリカに出かけ(呼びつけられた?)モリモト大臣がオスプレ-に試乗したというから、情けないより笑ってしまう。

誰が考えても、このことは、汚染ドジョウ・財務省ブル首相が福島の食物の安全だと言わんがために、たった一つ取り出して、それを食べている振りをする映像をマスコミに披露させるという姑息なパフォ-マンス以外にないことは誰の目にも明か。

予想通り、試乗後の『想像以上に飛行が安定していた』との感想をのたまったらしいが、沖縄県民は『個人的な感想にすぎず、防衛相が乗っても県民が安心する状況になっていない』と切り捨て、ますます反対機運が盛り上がっているとのこと。当然といえばこんな当然なことはない。

しかもモリモト氏は、アメリカのパネッタ国防長官と会談(命令伝授か?)。その後の共同記者会見で、国防長官は『安全性に強い自信を持っている』と述べ、10月から本格運用する計画を堅持する方針を表明したという。

共同記者会見での発言は、日本側もこれを受け入れたということにほかならず、会談では『10月の配備に関しては、おっしゃる通りにいたします』と日本政府の姿勢を伝えたことは想像に難くない。

両氏は日本各地で実施予定の低空飛行訓練に際し住民の安全配慮で協力することでも合意したと伝えられているが、この場合の『安全』という言葉の持つ意味は、アメリカの言う安全であって、住民の懸念などを払拭する気持ちなど全くないことはいうまでもないだろう。

民間大臣は胸を張って帰国し、日本独自の立場から安全を検証するとして、モロッコで起きた墜落事故の原因の調査結果野報告を受けるために、防衛省の調査団をアメリカに派遣し、アメリカ国防総省で担当者から説明を聞くとのことだが、はじめから10月配備が既定事実になっているのでは、これとて民主党政権のお家芸である『アリバイ作り』であることは疑いのないところ。

モロッコの事故は今年四月に発生し、アメリカ兵4人が死傷。原因を調べているアメリカ軍関係の調査団は、6月の中間報告で機体の不具合は全くなく、単なる操縦ミスだという結論を出している。

防衛省の調査団には、オスプレイの安全性に関する分析評価チーム(この人選も政府・防衛相)も同行し、アメリカ側の報告を独自に検証し、安全性を確認することになっているそうだが、日本政府は具体的な権限は持たず調査方法すら把握していないのが実情で、アメリカが単なる操縦ミスという以上、それを『分かりました』と聞くだけだろう。

事実、今朝のニュ-スは昨日アメリカからのその通りの説明を受けたと報じている。数日後帰国した調査団は『安全性に問題はない』という決まり文句を発表簀の子とは間違いいようだ。

沖縄に対して従来と同じ、より以上の基地交付金という『カネ』をばらまく『アメ』で黙らせるという戦術なのだろう。

原発の再稼働、消費税増税、そしてオスプレ-の沖縄配備などなど・・・。全てアメリカさまの筋書き通りの動きに、何ら反対を唱えることもなく、唯々諾々と従い、この国を間違った方向に導く政権は早く消えてほしいと切に願う今日である。(田舎親父)

2012年8月15日 (水)

やっと終わった・・・

 一昨日の朝,起きてテレビをつけると、オリンピックの閉会式の様子が放映されていた。見る気はなかったがテレビがついていたので、その様子が目に飛び込んでくるのだが、人気タレントを総動員したバラエティショウというところに、どの国でもやることは同じだなあという感じを強く持つ。

我が国のマスコミはこの期間は、普段なら大騒ぎになる事件もそっちのけでオリンピック一色と言っても差し支えないほどだった。オリンピックにあまり興味がない私でも、選手の躍動する姿は感動し、その結果メダルを獲得となると、無条件に『おめでとう。良かったね・・・』という言葉が口から飛び出すが、NHKを含めて民放各局(大新聞も同じ)のメダルにのみスポットを当てた編集構成には違和感を覚える。

女子サッカ-の『なでしこシャパン』が予選リ-グを2位で通過するために、南アフリカとの対戦では、監督命令でシュ-トを打たせなかったことに対して、『明かに間違っている』と苦言を呈したが、メダルをとることが無条件に『是』であるマスコミは(一部批判的な記事もあったが)この問題は基本的にはスル-。

結局アメリカに破れての銀メダルとなったのだが、その表彰式での選手のお行儀の悪さは、(私は直接見ていなかったが)友人をして『アメリカ選手の表彰される姿とは対照的!。サッカーが上手でも、礼儀すら身についていないなんて、サイテー』といわしめるほど恥ずかしいものだったらしい。

さらに『学生スポーツも、野球に比べるとサッカーが、自由な雰囲気があるけれど、表彰式と言う式典で、メダルを授与されるときに、あの行儀の悪さは無いでしょう!』と呆れているが、送られてきた表彰式の映像を見ると、なるほどその通りと納得する。

このことに関しても、マスコミは銀メダル獲得の方が大事とばかり批判はなし。むしろテレビ各局は彼女達の活躍を繰り返し放映しているのも視聴率さえ稼げたら、という発想なのかも知れない。

選手が所属するチ-ムや選手の出身の自治体の、県民(市町村)栄誉賞の受賞合戦が始まり、それが当然とばかり連日賑やかに報じている。もっともこの傾向は、女子サッカ-だけではなく、メダルを獲得競技全般に広がるようだが・・・。

それはともかくオリンピックは終わった。ロンドンのオリンピック委員会は『大成功』だと胸を張っているが、オリンピックを当て込んだロンドンの観光業界などはその恩恵からはほど遠かったという、FNN系のニュ-ス番組のキャスタ-が伝えるロンドン市内の映像がなかなか面白いので取り上げてみる。

試合会場の熱狂とは裏腹に、ロンドンの観光客の数は、当初の見込みを大幅に下回っていて、関係者から悲鳴が上がっているのだそうで、7割引きの緊急セールも登場したロンドンを取材したというレポ-トである。

当初はオリンピック期間中、ロンドンにはおよそ1000万人が訪れると見込まれていたそうだが、激しい混雑が敬遠され、例年に比べても、観光客の少ない夏となってしまったという。

レポ-タ-のインタビュ-に答えたタクシ-運転手は『ひどいもんだよ。売り上げはさっぱりだね』とか『売り上げは、半分くらいまでダウンだよ。みんな休みでロンドンから出ているし。一般の旅行客も、オリンピックを避けて来なかったんだ』と答えている。

あての外れた小売業者も同じで、巻き返しを図るべく、オリンピック期間中に早々とバーゲンセールでの値下げ合戦をスタート、大幅値引きが始まり、その中に、7割引きのものもあったというから深刻さが伝わる。

宿泊客が殺到すると見込んで値上げしていたホテル業界も例外ではなく、オリンピックパークまで唯一、歩いていける距離で、築4年という抜群の条件の部屋の割引率について、ホテル支配人は『半額になっています』と肩を落して答えている。

レポ-トはまだまだ続く。キャスタ-の私意がないとは言えないが、オリンピック委員会の大成功というコメントと、日本のマスコミが伝える大盛り上がりとはかなり違うことは間違いなさそう。

さて、これでも20年のオリンピック開催地に東京は立候補するのだろうか。某有名選手がオリンピック選手委員に立候補した選挙で違反すれすれの動きをしたとのことでIOCから厳重注意を受けたという報道も入っている。

それだけでも日本のイメ-ジは悪くなり、東京の評価が下がったらしい。このことを招致推進派の人たちはどう受け止めているのだろう・・・。(田舎親父)

2012年8月14日 (火)

県知事が東電にお願い?・・・

 1年半近く、プライバシ-保護を理由に東電が徹底的に秘匿し続けてきた、福島原発事故当時の東電本本社と現地とを結んだテレビ電話の映像が(あまりにも加工が凄まじいためにほとんどの人からは大ブ-イングらしいが)やっと報道機関向けに開示され、一部がネットに流れているようだ。

このことについて、いろいろな角度からマスコミは一斉に流しているが、その中に福島県知事が、東電に対して『健康被害の心配ない』という項目を入れ込むように東電に依頼したという記事がある。事実だとしたらトンデモない話。しかしもともとサトウという知事は原発推進の旗降りの先頭に立った、いわば『原発いのち』の人物。有り得る話だと思い、詳しく読んでみる。

記事によると、昨年3月12日の1号機の爆発に続き、14日午前11時1分に3号機が爆発したときのテレビ会議の映像だという。14日の午後1時20分ごろ、東電本店の非常災害対策室で、広報担当者が同社福島事務所からの依頼を受けて、次のようなやりとりをしているのがわかったという。

●(爆発に関する発表文に)福島県庁、具体的には県知事から、『これから天候が崩れる予想だが、今、北西の風が吹いており、観測された放射線量から健康に被害が出る心配はない』という文言を入れてほしいという話があった。 

●こういうことでいいのか、お諮りしたい。

●(風に)揺られて戻ってくることもありえる。拡散で薄くなっているとは思うが、言い切るのはリスキー。

●自分たちから言うのはどうか。

などなどと慎重論が続出したので、結論は『(首相)官邸にこういう意見が知事から出ていると相談する』となり、発表文には盛り込まれなかったという。

現地では当時、風向きや、2号機の給水設備の確認などに追われていたことは想像に難くない。文科省のデータによると、3号機爆発の前後は西からの風だったが、14日夜には北の風にかわり、15日の日中は陸へ向かう東よりの風が吹いていたというから、原発事故でパニックを起こしていた県知事室が、県民から怨嗟の声を抑えるために、『健康には影響ない』という、当時何度も耳にした言葉を載せるように要望したとしても奇怪しくない。

県災害対策本部は『発表文の表現で東電に助言することはあるが、盛り込む内容自体を依頼するとは考えにくい』と釈明し、『事実関係が把握できておらず、調査中』とのことらしいが、本当に本気で調査するのだろうか?・・・。

東電も『関係者も詳細を覚えておらず、資料も見あたらない』と、相変わらずのノラリクラリ発言の繰り返し。

この部分の詳しい映像を見る機会はないだろうが、報道関係者が映像を見て書いた記事には信憑性を感じる。少なくとも、捏造ではないことは間違いないとなると、知事の発言は、原発事故から県民を守ろうという姿勢より、責任をあいまいにするという意図があったのではと疑われても仕方ないところ。

県知事に限らず、当時は首相はじめ官邸そのものが大慌てで、エダノという官房長官が記者会見の発言では、必ず『健康には影響しない・・・』という文言を付け加えていたことを思い出すと、とにかく『徹底的に騙そう・・・』という共通な思いが政府や県当局にあったと言っても言い過ぎではないようだ。

少なくとも福島県民にはこの映像を見る権利があるはず。映像を県民に公開し、県知事に直接質問できる場を設定してほしいと思うのだが・・・。(田舎親父)

2012年8月13日 (月)

制服・制帽・制携帯・・・

携帯電話が日々進化、還暦をとっくに過ぎた人たちでも、今やスマホが当たり前になっているとなると、私のように携帯は持っているが、使うときは人との待ち合わせの時だけという人間は希少価値になっているらしい。

当たり前にようにスマホを使いこなしている姿にうらやましい気持ちも起きないわけではないが、土いじりと粉引きしかすることがない私にとっては、出先でもインタ-ネットができれば便利だとは思うものの、そんな機会はほとんど無いとなるとオンボロパソコンでことは足りる。

時間はかなり潤沢にあるので、メ-ルもパソコン(特に私は親指シフトキ-ボ-ドしか使えないので、自分のパソコンからしかできない)以外から出す必要もないとなると、スマホを持っても宝の持ち腐れだろう。

携帯の普及に伴いトラブルが増え続けている。大昔のことになるが、便利なツ-ルとして使いこなしながら、トラブルに巻き込まれないためには、携帯電話を『持たない・持たせない』という提案してきたが、そんな声は時代という怪物に飲み込まれ、今や忘れ去られてしまっている。

今では、スマホは中・高生にとって、持たないと仲間付き合いもできないとあっては必需品。しかし、便利で刹那的な快楽を覚える機能は使いこなしているが、裏で悪意に満ちた輩がウトウトして、とんでもない仕組をしているサイトが多く、出会い系サイトで知り合い事件に巻き込まれたり、携帯ゲームの高額課金などのトラブルが日常茶飯事になっていることに、何とかならないものかと思う日々・・・。

それぞれ中学・高校では携帯を持ち込まないと言う約束事(校則)を作っているらしいのだが、その実態は校内の教職員の目の届く場所ではやらないという程度で、鞄の中に潜ませている生徒がほとんどとなると、校則はあってもないと同じ?・・・。

そんなことを思っていると、制服や制帽のように生徒に持たせている日本で唯一の学校が神戸にあるという文言が目に飛び込んできた。私立須磨学園中学・高校という学校である。

記事によると、平成22年度の新入生から導入し、3年目を迎えた今では全校生徒約1400人のうち約1160人が通称『制ケータイ』を所持しているという。『携帯電話の正しい使い方を実地で教えるため』というのが同学園の趣旨だとのことである。

須磨学園との文字から、すぐに『西和彦』なる人物を連想。なるほどこの御仁ならでは発想と納得する。

西氏はインタ-ネットの黎明期に『アスキ-』を立ち上げた人物である。元々が教育畑の方だったらしく、ネットの利便性は強調しながらも弊害を訴えて、学校と家庭を直接ネットで結ぶ環境が必要だと主張し、アスキ-社が支援する『スク-ルネット』というシステムを提案したのは10年以上前になる。

応募した学校の全家庭にインタ-ネットの端末を配り、ネット環境を構築するのだが、その全ては学校のサ-バ-を通すことによって、ネットの負の部分を取り除こうという発想である。当時から教育にはインタ-ネット環境が必需と主張してきた私は、この話を知り、西氏と何度か話し合った。

スク-ルネット構想は、当時はコンピュ-タが高価な物だったこともあり、ゲ-ム機である『ドリ-ムキャスト(通称ドリキャス)』をネットの端末に利用するという部分に危惧感があったが、インタ-ネット環境を整えたいという意志が先にたち、全国で唯一実験を始めたが、あまりにも時代を先行した発想から、海外の日本人学校との交流にはかなり役立ったものだが、保護者の理解が進まず、やや消化不良に陥ったことも今では懐かしい思い出である。

話を戻すが、『制ケ-タイ』の詳しい仕組みは理解できていないが、記事から推察すると、スク-ルネット構想とはあまりかけ離れたものではないらしく、学校のサ-バ-を通すことがその基本になっているようだ。

全ての生徒がこれを持ち、親もこの『制ケ-タイ』しか持たせない、これが徹底すればトラブルに巻き込まれる確率は限りなくゼロに近づくだろうが、実際には『制ケ-タイ』には制約が多く、『制ケ-タイ』以外にもう一台市販の携帯を持つ生徒が多いのが実態らしい。それでも他の学校と比べるとトラブル件数は少ないという。

『制ケ-タイ』発想は面白い。経済的な問題や運用面での難しさはあるものの、(また『制ケ-タイ』という言葉に違和感もあるが)興味が先に立って大人としての分別(最近の大人が怪しいのだが)がつかない10代の若者達には、こんな携帯を持たせることがトラブル防止になることは間違いない。

『制ケ-タイ』の話題を一過性にするのはもったいない。トラブルを未然に防ぐ意味からも、須磨学園の取り組みを評価し、その仕組みを全国的に考え、進化させる必要があると思うが、いかがだろう・・・。(田舎親父)

2012年8月12日 (日)

考えさせられる事件発生・・・

 群馬県で、学校の体育館を解体する工事現場で働いていた、県内の中学3年生の男子生徒が突然崩落した壁に押し倒されて死亡したという、信じられないようなニュ-スに衝撃を受ける。

一瞬、亡くなった生徒の親が、解体を請け負った建設業者で、生徒は夏休みなので手伝っていたのでは・・・と思ったが、すぐ後に、もう一人、中学三年生の男子生徒も就業していたとのことに改めて『何故・・・』という疑問が頭をよぎる。

中学生が就業することは法律的には禁止されているはず。そのことを知って建設会社は雇ったのだろうか。警察が労働基準法違反(年少者使用)の疑いがあるとみて、この業者を家宅捜索するなどして調べているとの記述から推測する限り、承知の上で就労させていたと受け止められるが・・・。

大変な問題になりそうだという予感がする。オリンピックや政局問題が賑やかなので、ひょっとして続報がないかも知れないと思っていたが、翌日には『中学校が生徒の就労を認識し、容認していたことが8日、学校などへの取材で分かった』という記事を発見したことから私の予感が正しかったことを知る。

文面からは学校に対する批判があるように感じられる。『学校が容認』そんなことはあるまいと思いたいが、『亡くなった男子生徒は7月、担任教諭と保護者との三者面談の場で、この会社で働いて日当5千円を受け取っていることを学校側に打ち明けた』との記述から、すくなくとも担任は知っていたと思わざるを得ない。

記事の一文からも、学校に対する批判が起きるのは間違いなさそう。中には、学校の無力が子どもの命を奪った・・・と、テレビのワイドショ-が騒ぎ立てるのではないだろうか。

しかし、このことを打ち明けられた時、担任として何ができただろう。7月から長期にわたっての建設現場ということから、単なるアルバイト感覚ではなさそうだ。しかも、3者面談ということから、親も知っていたはず。

担任としては、常識的な感覚では『止めろ・・・』と言うべきだろう。世間の目から見ても『止めろ』というのは担任の務めと言われそうだが、この家庭の経済的な理由が絡んでいたとしたら、『止めろ』の一言は簡単に口にできないのではないだろうか。

プライバシ-保護という理由で、家庭内の事情は知りようがないが、中学生の我が子を働かせなければならない、よんどころない理由もあるのではないだろうか。よしんば、貧困という環境に置かれていなくても、子どもから『携帯がほしいので自分で働く・・・』と言われたら、親として仕方なく了承することもあるのでは・・・。

そして、このことを経済的な理由にすり替えて担任に相談したとしたら、現在の学校の情況から鑑みると、担任としては『気をつけて下さい・・・』としか言えないのもやむ得ない。

『携帯がほしいから・・・』との理由を親か子どもから打ち明けられたとしても、担任は両方を説得できただろうか。私には『否』としか言いようがない。それほど現在では学校は家庭の事情に立ち入れない仕組みになっているからである。

このことを担任が校長に相談していたかも疑わしい。もし、相談していたとしても校長のできることは担任と似たようなことではなかったろうか。しかし、立場上は学校の責任となることは間違いないところ。また一つ学校残酷物語のネタが増えた?・・・。

ここまでまとめていたら、さらに続報で、生徒は中学を卒業後、この建設会社に就職する予定だったとのこと。いわば今流行りのキャリア教育で、むしろ学校から会社にお願いしていたらしいとのことに唖然とする。

さらに、この会社の社長は、数年前から中学生を雇用していたと供述しているというから、ビックリというより呆れるが、不思議にマスコミが騒がないのも気になるところ。

キャリア教育の実態については理解できない部分が多いが、こんな問題に発展することもあるのだ・・・と考えさせられる。このことは後日改めて・・・。(田舎親父)

2012年8月 9日 (木)

『近いうちに信を問う』とは・・・

 今日は長崎の原爆忌。改めてアメリカのかってさに憤りを覚えると同時に、何故ここまで『いじめ?』られながら、アメリカの顔色しか見ようとしない歴代政権に対しておぞましさを感じる。

消費税増税法案の参院採決をめぐって迷走していた政治劇が、民主・自民それぞれの親玉の思惑が一致したと見えて、急遽『近いうちに信を問う』というあいまいな言葉で決着。外野席からの、ひょっとして・・・という機体が見事に裏切られた。

それにしても、財務省の圧力(裏ではアメリカさまの影がちらついているが)に迎合した首相と、これまた従来から財務省の下請けである自民党が、宗教政党を巻き込んで3党合意なる禁じ手で、その他の政策は対立していることなど棚に上げて、増税だけは手を握ろうとした3党の『自己矛盾』が明かになったというところだろう。

政治音痴が今更解説じみたことを言うわけではないが、『3者合意』について、民主党と自民、宗教両党は、社会保障と税の一体改革を3党の信頼を元に協議・修正したからできたものと胸を張っているらしいが、その実は『増税』だけを先行したものに過ぎない。

自民党には、解散総選挙に持ち込めば勝てる上、増税という自分達に美味しい部分は食い逃げできる、ということしか頭になく、(増税は合意したが)首相が居すわることは絶対に許せないと、いわばキツネとタヌキの化かしあい続くのもはじめからわかっていたこと、当然といえばこんな当然なことはない。

それにしても、自民党は増税に賛成しながら、内閣不信任決議案や首相問責決議案を提出とは一般国民に理解できない上、この国民不在の迷走を続ける政治劇について、一言の解説もしないのだから、(できることなら)この政党の指導者達の頭の中をかち割って頭脳構造を確かめたいと思ったものだが、この結果を見たら、打算だけでの妥協だろうから、改めてかち割ることはあるまい。

ところで、先日総務省が3月末現在の住民基本台帳人口を基に、あるメディアが計算したところ、衆院300小選挙区の「一票の格差」を試算した結果、最大格差は2.482倍で昨年の2.442倍より〇・〇4ポイント増となったという。そして、格差が2倍を超えた選挙区は新たに11増え、84に上ったのだそうだ。

衆院の一票の格差をめぐっては、最高裁が昨年3月に『違憲状態』と指摘したことは何度も述べているが、政治屋さん達は、憲法違反より自分達の利権を守る方が忙しいらしく格差是正については極めて消極的で、与野党の格差是正協議は一向に進んでいない。

メディアの記事によると、衆院小選挙区の最大格差は、人口最少の高知3区(24万2976人)と最多の千葉4区(60万2996人)と3倍近くにのぼっている。『選挙区画定審議会設置法』という法律には、格差について『二倍以上』にならないことになっているというから、これでは法律違反も甚だしい。

参議院はもっと凄い格差があり、議員一人当たり人口の最多は神奈川の148万6228人に対して、最少は鳥取の29万4358人となり、その格差はおよそ5倍。しかも昨年より格差は広がっているのだそうだから、今後放置しておけばこの差はますます広がることは間違いないところ。

私は神奈川県民だが、この格差はある程度仕方ないと思っている。有権者の人数だけで議員の数を決めるという理由だけで、格差を是正するとなると、議員数のみは平等となるが、地方の声は国に届きにくくなり、ますます都市と地方との経済的な格差は広がり、その結果人口の都市への集中化を進め、地方の過疎化が進むことが明らか。こんな社会が良いはずがないと思うからであるが・・・。

しかし、法律で『二倍以下』という言葉の意味が重いことは十分承知している。一応、3党の打算で混迷した政治劇は治まったかにみえるが、近いうちに?『解散』となると、選挙そのものが法律違反。常識的に見てもこんな変な話はない。

党利党略私利私欲で固まった政治屋さん達の集まりなりはてた国会には、この問題を解決する能力すらなく、昨夜の『近いうちに信を問う』とのあいまいな言葉での決着と議員定数との整合性を持たせるにはかなり無理がある。

このことについても一悶着がおきそうだが・・・。(田舎親父)

2012年8月 8日 (水)

会ってどうなる(どうする)・・・

 昨日の段階までは、8日の午後汚染ドジョウ・財務省(アメリカさま)ブル首相ドノは、毎週金曜日をウビを中心に行われている官邸前で原発再稼働への抗議行動を呼びかけている市民団体メンバーとあう予定だったそうだ。

その後、党内でも異論があって、日程が合わないという変な理由をつけて今日の会見は延期したのだそうだが、この話を聞いた時、あってどうするの・・・と違和感を覚えているのは私だけではないと思いたい。

私も何度か抗議行動に出かけているが、誘導という旗をもった人たちが機動隊員と協力して歩道を封鎖しているのに、何だかなあ・・・と変な気持ちになり、ついつい『何故歩道を封鎖しなければならないの・・・』と機動隊員に聞くと、『歩行者の安全のため・・・』と決まりきった答えを口にするが、機動隊員より早く参加者を説得しているのが主催者と称する人たち。

どのような人や組織が主催しているのかわからないが、新聞報道(読売・産経・日経は抗議行動自体をスル-)によると、13の市民団体や個人が『首都圏反原発連合』という連絡組織を作っているとのことである。

あの20万人とも言われる人々が出す『再稼働反対』の声を、単なる大きな音だと表現していた汚染ドジョウ氏も、抗議活動の拡大を受けて、ガス抜きのためにも会った方が得策だと、誰かに言われてその気になったらしく、『(再稼働に)反対の立場の方もぜひ(意見を)お聞かせ頂きたい』と述べたというから笑ってしまう。

抗議行動を主催?している人や組織にとって、会うことの意味があるのだろうか。あって首相から『再稼働は間違いでした。すぐに運転を中止します』という発言が得られたらその価値はあるだろうが、絶対にそんな筋書きは用意されていない。

それ以前に、市民団体代表らと近く面会をしたいという『代表』をどうして決めるのだろ。そして選ばれた代表は嬉々として首相とあって話をするのだろうか・・・と素朴な疑問が頭をよぎる。

そもそも大飯原発再稼動反対のために、交通費を使って参加する人の大部分は、私を含めて、『首都圏反原発連合』の呼びかけで参加するのではなく、あくまで、反対の声を上げなければ・・・という自主的な気持ちから自然発生的に集まるのであって、いかなる団体、組織にも属していない人たちではないだろうか。

そこには、特別の政治的思惑も無く、ただ現政権の原発政策に反対し、原発の再稼動は止めろと叫んで抗議する、それだけだと捉えている。『首都圏反原発連合』という組織がどうしてできたのかはともかく、この組織は抗議行動に参加する人数が多くなり、混乱を避けるために誰かが呼びかけ同調して生まれたと思っている。

恐らく、何人かのリ-ダ-的な人物は存在するのだろう。その人たちの努力には素直に頭が下がるが、彼らが首相にあって再稼働にストップをかける方向性が生まれるとは決して思えない。

要は、首相と会った、自分達の思いを述べた・・・というだけになることは100%、いや無限大の確率でそうなることは間違いない。会談で『方針は変えません』と言われた時、『ふざけるな・・・。明日からもっと凄い行動を起こすから覚悟しろ』と、その場で座り込みでもする気迫を見せられるとはとうてい思えない。

単に『再稼働しないで下さい』とお願いするために会うのなら、このまま金曜日の運動を続ける方がはるかに効果はある。

官邸サイドの人物選定が行われ、彼らが抗議行動に参加する人たちの代弁者として、首相に会うのでは『市民の声をよく聞いて原発政策を進めていく』というアリバイづくりに協力することに他ならない。

今日の会見はなくなったようだが、実際に行われる場合は、その様子を官邸のHPで中継されるとのことだから、代表者の顔ブレがはっきりするだろう。そのリ-ダ-的な人物が、しばらくしたら『政府の何とか委員会』代表という肩書で表に立つのを過去の歴史が証明している。

そんな会談が行われたとしたら・・・。落胆して、二度と国会前には出かけたくないと思う人も多いのではないだろか。今日のところは結果オ-ライか・・・。(田舎親父)

2012年8月 7日 (火)

タニガキさんの度胸に期待したいが・・・

今日は『立秋』。その言葉に合わせたように、朝方肌寒さで目が覚め、窓を閉めてしまうほどの涼しさだったが、日中は暑さはぶり返すとのことだから、しばらくは猛暑が続くのではなかろうか。

暦の上では今日から秋ということになり、暑中見舞いから残暑見舞いと言葉が変わる。子どもの頃に、もっとも暑さが厳しい頃に、何故『秋』なのと素朴な疑問をもっていたが、時間的にゆとりができたこともあり(歳のせいだろう)、ここ数年は『立秋』という言葉を聞くと、植物や雲に秋の気配を探す気持ちになっている。

私の散歩コ-スには、道端にはノギクが咲き始めている。花農家の庭先には女郎花やフジバカマも今や盛りと咲き誇っている。秋を思わす雲も見られるようになってきたから、暑さだけは真夏だが、確実に秋の気配が近づいていることを感じるこのごろである。

ところで、政局は私のような政治音痴でも、いよいよ土壇場(現政権の終焉)に近づいてきたようだと思わせる雰囲気が流れはじめている。

今日にも弱小野党7党が共同して衆議院に内閣不信任案が提出されるという。汚染ドジョウ・財務省ブル首相を早くやめさせないと、アメリカの植民地化がますます進むと懸念している私としては内閣不信任案が可決し、解散・総選挙になってほしいと願っているが常識的には否決となるのではと諦めているが、今回は少し事情が込み入っているらしく、ひょっとして・・・という淡い期待感もないこともない。

首相は『寝言でも解散のことを口にしない』と言ったらしいが、この言葉に自民党の幹部達が激怒しているというから面白い。消費税の値上げが長年の夢だった自民党としては3党合意という禁じ手まで使って、消費税を可決した後、約束通り首相が解散しない場合には、参院で問責決議案をだす筋書きをもっているようだが、なかなか思うように進まないいらだちがミエミエだが・・・。

もともとねじれて参議院で過半数を持たない民主党は、分裂した今ではそれを阻止できる要素は全くないので、すんなり問責決議案は可決。その後内閣はダッチロ-ル状態で、結局は解散に追い込まれるだろうというのが自民党のねらいのようだが、解散権は首相の専権事項、参院で今後の審議をストップさせるだけでは世論の支持が生まれないのも間違いなさそうだから、そのまま居すわる可能性もありそうだ。

自民党が野党7党の内閣不信任案に賛成すると面白いのだが、消費税増税反対では賛成できないことは確実。かといってこのままでは解散を勝ち取れないとなると、独自で内閣不信任案を出すという選択を視野にいれだしたというから、これは見物である。

この動きに対して民主党は大慌て。首相と幹事長が歓談して、自民党が主張している8日に消費税増税案の採決に不承不承乗るような気配をみせて、『明日増税案の採決で、今日の不信任案には否決』というシナリオ作りに必死らしいが、寝言でも言わないと明言している以上、何時いつまでに解散とは言わない(言えない)のでは・・・。

総選挙になったとしても、投票率が俄然上がることも期待薄なので、結局は、消費税増税は進むのだろうが、解散が採決前と後では事情が大きく違う。できれば、自民党が本気で怒り、上策は野党7党案に賛成、次策は独自の内閣不信任案に期待したいが・・・。

ただ、独自で内閣不信任案などが出せるほどの度胸が、タニガキ総裁にあるのかは疑問であるが・・・。(田舎親父)

2012年8月 6日 (月)

これが保安院の本質なのだろう・・・

 福島原発事故からはや1年と5ケ月。今日は太平洋戦争末期にアメリカが実験的な意味をこめて広島上空で人類史上初めて原爆を爆発させた日。さらに、アメリカはこれでも降伏しない(実際には降伏条件は整い、手続きだけだった残った状態)との理由で、3日後には長崎にせ原爆を投下。

その悲惨さは子どもの頃から聞かされ二度と戦争は御免だという意識は強く持ったものの、学校では『日本が降伏しなかったから仕方なしに投下した』というアメリカの理論がそのまま教えられこともあり、国民の大多数は、詳しい議論などはなしに2発の原爆投下をウヤムヤに受け入れさせられた歴史を持つ。

二度の原爆経験から、どの国の人たちより放射能に対して敏感に反応するはずなのに、いつの頃か『原子力の平和利用』という言葉が生まれ、便利で快適な社会こそが人類の永遠のテ-マのように思想誘導され、原子力発電こそが理想の社会を生み出すエネルギ-源となり、それに伴い、作り上げられた安全神話の広がりで狭い国土に54機もの原発が建設された。福島現発の大事故は、さらにその数を増やそうとしていた矢先のこと。

4機の原発の3機までが建屋が目茶苦茶に破壊され、かろうじて建屋だけは残った2号機も含めて(2号機こそ一番危険な状態だと指摘する専門家もいるが)メルトスル-状態になり、核燃料の行方は恐らく地中深くもぐり込み、取り出すことは不可能な状態であることはほぼ確実。

ところが、政府と東電は正確な情報は徹底的に隠匿し、具体的な復旧措置も遅々として進まず、放射能の線量による線引きだけが何度も行われ、その都度、復旧は進んでいるという大本営発表をマスコミが流している反面、線量計もしないで復旧作業が行われているなどというトンデモ情報さえ明かになりはじめているのが現状である。

中部電力の社員は『福島現発で死んだ人は一人もいない』と聴取会で発言したというが本当にこの社員がそう思っているとしたらこれは恐ろしい。しかし、保安庁は未だに福島原発事故に対して、現地の事務所に常駐者すら置いていないとなると、政府はただ漠然と『時が過ぎれば人々は諦める』という従来の統治の常套手段を変えることなく、本気で時の流れるままに放置しているように思えてならない。

先日朝日新聞は、福島原発の事故後、経産省の原子力安全・保安院は福島県内に派遣した300人近い職員のうち、一年以上の長期出張が5人おり、半年以上も4人いるという記事を掲載。

その勤務形態であるが現地勤務に近いが、東京から福島への比較的短期の出張を繰り返す事例が多いとのことに、現地からは疑問の声が上がりはじめたのだそうだ。

記事によれば、保安院は、昨年3月11日の事故発生から今年5月29日までに、計294人を福島に出張させたが、出張は一回あたり1週間~1カ月ほどで、出張期間が終わるといったん東京に戻って休み、数日後にまた福島に戻るパターンを繰り返す例が多いという。

記事を素直に読めば、保安院として現地事務所は設置しているらしいが、所長としての役職は置いていないか、所長も短期出張の繰り返しのようだ。所長不在となるとこれは論外だが、短期出張の繰り返しというのも変な話。

福島の現地対策本部での保安院の役割は、原発の状態把握と地元自治体との調整、さらに住民の警戒区域内への一時立ち入りの対応など現地との信頼関係に基づいた長期的な取り組みだとのことらしいが、その日暮らしのような対応では信頼関係など築けるわけはない。肝心な時に人はいない・・・の連続ではないだろうか。

保安院のこれまでのノラリクラリの対応を知っているので、たいした記事だとは思わないが、復興が進まないのは、事故現場を単なる出張先としか見ない、保安院(経産省)の官僚体質が強いから・・・と思わせる記事として取り上げてみた。(田舎親父)

2012年8月 5日 (日)

どっこい原子力ムラは元気だぞ・・・

 政府が関係する新しい組織や大事な委員会などの人事について、国会の承認が必要になるそうだ。これを『国会承認人事』と呼ぶ一方、事前にマスコミで報道された場合は、その人事は認めないというルールがあるらしい。

このル-ルに法れば、今回の原子力規制委員会の人事は認められないことになると思うのだが、今や公約を破ることがこの党の理念になっている民主党は、今回は、利益相反を防ぐため、過去に業界その他から金品等をもらっていないかを調べる過程で、情報が滲み出かねないということから、人事が事前に漏れ出ることがあっても、常識的な範囲ならばやむを得ないと強弁、人事案を撤回する気持ちはないようだ。

この人事は7月20日の読売新聞(ここが怪しい)には、委員長と4人の委員の名前がはっきりと報道され、しかも、4人の委員(2年任期と3年任期に分かれる)の任期までしっかり明記してあったというから変な話。

金品を受け取っていたかを調べる段階で、委員の名前はともかく、それぞれの任期までがピタット一致するはずがないから、明らかに読売の記事は、政府の人事資料を見て書かれたものに違いない。

政府は、原子力ムラの村長クラスの人物を委員長に据えるという意図を持ち、この既成事実をつくるために原子力ムラのスポンサ-である読売新聞に、情報をリ-クしたという筋書きだろうが、こんなことが平気でまかり通っているのだから世も末期・・・。

タナカという人物も原子力ムラの利権を守るためにはなりふりかまわないらしく、国会の招致に対して、『大飯原発の地下に活断層があれば当然止めてもらうことになる』と明言したというからなかなかの役者のようだ。

さらに、『できるだけ早くトレンチ等を掘って調査し、判断する必要がある。これまでのように事業者任せでなく自ら調査に加わり判断する』と述べ、規制委が直接調査に関わる必要性を力説したというから、これも誰かが書いた脚本通りの名優ぶり・・・。

この御仁、福島原発事故に関しては『どんなに反省しても反省しきれない。避難者が早く古里に戻れるようにと取り組んでいる』と述べているらしいが、一向に進まない復興をどのように受け止めて、こんな愁傷なセリフが口から飛び出すのだろう。

大飯原発の真下に断層があることは以前からわかっていた話だから、再稼働をする最低限の条件として、それが活断層であるかどうかをしっかり調べ、活断層ではないという確認が必要なことは当たり前。

しかし、そんな調査などさらさらやる気など無く、電力不足という恫喝で、勝手に『安全だ』との決めつけた民主政権は、国民の命より利権が先だという態度を明確に打ち出している。

空手形を乱発し、利権の上にあぐらかいている汚染ドジョウ・財務省ブル首相が、読売に情報をリ-クしてまで委員長に指名したタナカたる人物の口から出る『大飯原発の地下を調査すると・・・』いう言葉には全く説得力を感じない。

『40年ル-ル』にしても『厳格にこれを守る』との発言だが、すぐ後に『機械的に適用するわけではない』と言い訳がましい言葉が出るようでは、ル-ルそのものを遵守する気があるのかも怪しくなる。

ところで、民主党の中に原発事故収束対策プロジェクトチーム(PT)という組織があるのだそうだ。そのPTが、政府が国会に示した原子力規制委員会の同意人事案について、『このままでは同意できない』とする意見をまとめ、人事案の差し替えを検討するよう要請したとのことだが、このPTの存在そのものがアリバイ作りであり、国民のガス抜きのためのパフォ-マンスととれなくもないというから、人事の差し替えなど無いに等しいようだ。

要は、汚染ドジョウ・財務省ブル首相は、何が何でもタナカという人物を委員長に据えなければならない理由があることは確か。

全くお門違いの『自分の責任』で大飯原発を再稼働したことから、この人事も、原子力ムラの圧力そのものなのだろう・・・な。(田舎親父)

2012年8月 4日 (土)

『なでしこジャパン』の監督も同罪のような気がする・・・

 連日オリンピック一色の日本のマスコミ界。その中で、昨日の朝刊には『日本バトミントン史上発のメダル獲得・・・』と大見出しが踊っていた。

何でも、中国はじめ韓国とインドネシアの選手が無気力試合をしたので、国際バトミントン連盟が、これらの選手を出場停止処分にしたので、日本の女子ペアが繰り上げで準決勝に繰り上げになったのだそうだ。

その試合の一部が紹介されていたが、サ-ブ時に(シャトルというらしいが)羽根をちょこんとあてるだけでネットにひっかかることの繰り返し。相手のペアも同じような仕種の繰り返しているのに、何なのこれは・・・とビックリ。解説によるとこの試合に勝つと同じ国の選手と争うのを避けたとのこと。

韓国とインドネシアのペアも同じなのかどうかは知らないが、出場停止になったのは韓国選手が一番多い4人というから、こちらも同じ理由らしい。何というバカバカしさ。これらの国の選手や役員達は、同じ国の選手と争いたくない?という理由がオリンピックで通用すると思っていたのだろうか。

国際バトミントン連盟の処分は当然だと思う。が、実力では明かにメダルに届かないだろう女子ダブルスの日本人ペアがメダルを手にすることが、果たしてスポ-ツとして正しい結果なのかというと、良かった良かったと諸手をあげて喜ぶわけにはいかない。

むしろ、国際バトミントン連盟は、オリンピック精神(もはや存在しないのだろうが)に当てはまらないような試合に対して、バトミントンの国際試合を『1年間禁止』程度の厳しさがはしいと思ったのは私一人ではないと思いたい・・・。

無気力試合とは意味が違うが、今最高に藻上がっている女子サッカ-の『なでしこジャパン』も、ある意味似たようなものではないだろうか。

予選の最終試合の南アフリカ戦を前にして、『引き分けて2位で決勝に進めば、決勝ト-ナメントの最初の試合でアメリカやフランスとは当たらない』とのことで、監督が『引き分けねらい』という発言をマスコミが流していた。

そんなアホな・・・と思っていたが、実際の試合はその通り引き分けになり、試合後のインタビュ-で監督は『私が指示した・・・』とはっきり言っていたが、聞いていて情けない思いをし、次の試合で負けてしまえば面白いのに・・・と皮肉な見方をしたくなる。残念?ながら、今朝のニュ-スではブラジル戦に勝利したとのことで、結果オ-ライと大騒ぎ。で、監督の手法は過去のもの?・・・。

金メダル獲得が最優先する現実はわからないことはないが、もし、選手達が監督の指示でシュ-トも打たず、ただ守りを厳重にして失点を防ぎ引き分けたとしたら、形は違うがバトミントンのあのみっともない試合と本質的に同じではないだろうか。

『私が指示した・・・』という言葉は、瞬時にそれぞれの母国語に翻訳されて世界中に流れただろう。南アフリカの選手や関係者、いや国民はこの言葉をどう受け止めたのだろう。間違いなく『日本っていや国だ・・・』という感情になったことは想像に難くない。

翌日行われた男子サッカ-も引き分けねらいだったらしいが、こちらは主力を休ませて試合に臨んだとのこと。監督としては『ひょっとして負けることも・・・』と思っての控えの選手の起用になったのではないだろうか。

控えの選手にとってはチャンス到来である。ここぞとばかり気力を出して攻撃し守備を徹底したに違いない。後半エ-スを投入したとはいえ、結果は予選一位通過。こちらは胸を張って良い。キラリと光る動きで監督の目に止まった選手がいて、その選手が決勝ト-ナメントで活躍できることを期待したい。

引き分けた結果、決勝ト-ナメントで有利になるらしい『なでしこシャパン』が金メダルを獲得する確率が高くなったと騒いでいるが、金メダル獲得だけの目的で、南アフリカの人々を冒涜し、そして、夜を徹して応援した日本の老若男女の応援の価値を低めた以上、よしんば金メダルを手中に収めたとしても、その価値は・・・。

監督の指示に対して、主力選手の一人は後で『冗談だった・・・』と言ったらしいが、こんな言葉を口にしなければならない選手が気の毒に思えてならない。(田舎親父)

2012年8月 3日 (金)

消費税をコンクリ-ト政策に転用とは・・・

 ウソツキもここまで徹底すると呆れが先にたち、怒りすら覚えなくなるのは私だけではあるまい。財務ブル首相は、社会保障が待ったなしの状態になってきたが財源がない、だから、そのための財源として消費税を上げ、社会保障以外には使わない・・・と言っていたのではなかったろうか。

また、『次世代にツケを残してはいけない』と何となくその気にさせるようなキャッチコピ-を用意し、そのために『命をかける』という大時代的な発言に、多くの国民に『社会保障のためならある程度仕方ないか・・・』と思わせ、タイミングを合わせたように、消費税値上げを悲願としている自民党と宗教政党との3党合意などという薄汚いやり方で衆院を通過させたが、ここにきてそれぞれの党の本音が見えはじめてきた。

消費税増税で増えた税収を公共事業の増額に充てるという動きである。ある程度わかってはいたが、ここまで露骨なやり方を見せつけられると、さすがに国民も政府や政治屋達の悪意に満ちた陰謀に気がつくのではないだろうか、気がついてほしいもの。

自民党が来週にでも参院採決を求めている『社会保障と税の一体改革』法案。8日に採決をしなければ問責も出すというからかなり本気であることは間違いない。成立すれば現在5%の消費税率は2014年4月に8%、15年10月には10%に引き上げられる。

これまで民主党政権は10%に引き上げられた際に見込まれる増収分13兆5千億円はすべて社会保障財源に充てると繰り返し説明してきた。1%分の2兆7千億円は社会保障の充実に、4%分の10兆8千億円は現行の社会保障制度の維持に使うと・・・。

民主党の『コンクリ-トから人へ』というマニフェストが完全に反故になり、凍結していた新幹線や高速道路の建設が解禁、見事?に自民党政権以上に公共事業を進めるという姿勢に転身。今や政権交代の意味は全くなくなり、私の口からは『民主党』そのものが早く消えてほしいという言葉しか出なくなってしまった。

自民党は山口県知事選に見られるように、選挙に勝つのは公共事業の拡大とばかり、膨大な予算を投入して国土をコンクリ-トで覆い地震や津波を跳ね返すという『国土強靱化基本法』を国会に提出している。その額、何と20年間で200兆円。

宗教政党も自民党に負けじと、10年間で100兆円を投資する『防災・減災ニューディール推進基本法案』の提出を準備中だという。いずれの財源は消費税の値上げ分をあてているというから、消費税の増収分は予算の正常化どころか、そっくりそのまま公共事業増額に充てるという本心丸出し。

消費税を通すことだけが共通の目的なので、ここまでは3党の思惑通りのだろうが、すぐに解散を求める野党と、今解散したら選挙で大敗することが明らかな上に、赤字国債発行という財務省の命令があるので、これのメドを立ててからという姿勢をくずせない民主党との関係がギクシャクしはじめているらしい。

こんな動きに対して、自民党のコイズミ二世を中心とした若手議員が猛反発。消費増税関連法案をめぐる3党合意を破棄し、参院で法案を否決するようタニガキ総裁に直訴したというから注目に値する。というより、こちらの方がスジは通っているように思える。自民党大嫌いな私でも、コイズミ二世と使えるかも・・・と拍手を送りたくなる。

この動きに対して、自民党執行部は法案を成立させたうえで解散を求めるのが基本戦略のというから3党合意破棄は難しい状況らしい。コイズミ二世氏はじめ若手は『執行部が動かなければ二の矢三の矢も考える』となかなか勇ましい。

コイズミ二世氏は親父の人気を引き継いでいるので、執行部としては対応が難しいとなると、こちらの動きも見逃せなくなりそうだ。(田舎親父)

2012年8月 2日 (木)

縦と横のバランスが失われた場では・・・

 しばしのご無沙汰。大津から美山の茅葺きの里など歩いてきた。予想通り、帰宅してもオリンピック一色の中、タナカという原子力ムラの御仁を国会に招致して、『大飯厳発の地下に活断層が見つかれば停止を命じる』なとど発言させているが、これとて、この御仁をどうしても原子力規制庁のトップするためのアリバイ作りの茶番だろう。

そのことは別に述べるとして、このところ教員の不祥事記事が毎日のように新聞紙上を賑わしている。それも、そのほとんどが、児童のポルノや迷惑条例違反という破廉恥罪。表立った数字でもこれだから、数の理論からすると、実数はもっと多いのではないだろうか。

教員の圧倒的多数は子どものため日夜努力していることは、学校関係者の誰もが否定しない。忙し過ぎて、ゆとりというか余裕がなくなっていることも、全員が『その通り』と答えることもしかり・・・。しかし、これが破廉恥罪につながっているとも思えない。

なのに、現実はその数は多くなっている。何故だろう・・・と私なりに考えてみた。

昔と比べて、学校があまりにも忙しくなり過ぎたことだけは実感できる。どのぐらい昔と比べると良いのかわからないが、仮に、昭和40年代あたりの学校現場を思い出してみよう。

放課後校庭で子ども達とじゃれ合っている教員の姿は、全国津々浦々の学校では当たり前の光景だった。その後、子ども達を下校させると教員はレクリエ-ションの時間。日替わりでテレスや軟式野球やソフトボ-ルで汗を流し、その後はお決まりの教職員室(学校によっては用務員室・警備員室)での飲み会が始まったものである。

勤務時間は、タテマエは8時-5時。一般公務員は昼休みをとれるが、教員には(本来の教員の仕事ではないと思うのだが)給食指導という任務が課せられているため、明確な昼休みがとれない。箸の持ち方から始まって、食べ方まで指導することが義務化されるとなると、これは明かに勤務。昼休みがとれない分終業時刻を繰り上げて、4時には終業というのが暗黙の了承事項だった。今ではそれが認められなくなっている。

学校で酒を飲むことが良いとはいえないが、当時は、飲み屋で明かに教員だと思われるような会話は互いにみっともないとして、外で飲むより中で飲んだ方が情報の垂れ流しを防げると、管理職も校内での飲食を否定しなかった。いやそればかりではない。部下教員と一緒になって楽しむ校長も数多かった。

喫煙も同じで煙草の煙がもうもうとする中での本音を晒して会話は、教員相互のコミュニュケ-シインの深まりに役立ったことは間違いない。そこでは若輩者は悩みを打ち明け、年配者はそれに答えるという、本来の組織の姿があったものである。

『総合的な学習の時間』と言われる、戦後において始めて学校が主導権を握る授業が導入された頃から、学校では禁煙が当たり前になり、その頃までは、飲酒に厳しい校長であっても、運動会などの学校行事が終わった日には、『反省会』と賞する慰労会が校内で行われていたのが、徐々に『非』となり、一つまた一つと消えて、現在では皆無になってしまっている。

校内が厳禁なら外で飲めば良いという意見も多いが、簡単にそれができないのが現実で実際には、中での飲み会がなくなると、それに比例するかのように外での飲み会がなくなっていったのも事実・・・。

ところで、現在の首都圏(全国共通だと思うが)学校での勤務時間が、午後4時から45分間の休息をとり、4時45分から15分間の勤務。そして5時に終業となる事実を、どのぐらいの人が知っているのだろう。昼休みがとれない担任は、その代わりに4時から休憩時間をとれば良いという考え方で導入された勤務体型である。

『総合的な学習の時間』という概念がわからず悲鳴を上げた学校に対して、学校に任すことがねらいだったことを全く忘れた国(文科省)は、管理態勢強化という態度に出て、英語を義務化、学力テストの成績アップのために、補修の時間にあてるように指導。その結果、今や夜の9時ごろに、明かりが消えている学校が皆無になってしまい、教員相互の飲み会などは同時並行的に消え失せてしまったことも誰もが認めること。

子どもも大人も、自らを成長させるためには、同年代と過ごし、切磋琢磨する横の関係と、それを補完する異年齢の人たちとの繋がり(あえて縦の関係と表現)がある。縦と横のバランスのとれた組織の中で過ごすことが何よりも大切な条件だと思っている。

学校とはこのバランスで子ども達の成長を導いてきたのだが、そのバランスがなくなってしまった場では、周りの環境に適応することが苦手な教員はストレスがたまり、ネットの誘惑から破廉恥罪という教員にとってもっとも不名誉な犯罪に走り、警察のご厄介になるのも当然かもしれない。

ほとんどの教員は問題を起こすまでは至らないが、子ども達のトラブルを見つけても解決の方法を話し合う場を持てない。今大問題になっている大津の『いじめ自殺(私は明かな犯罪だと思うのだが)』事件など起きるのは、当たり前ではないだろうか。

各地に『いじめ撲滅』という言葉があふれているが、所詮は人間なのだから、日常的にトラブルが発生することは子どもの世界に限らない。

私の主張する縦の繋がりは命令系統ではない。このあたりをきちんと整理し、組織を建て直さない限り破廉恥罪は増えることはあっても減ることはないだろう。また、生徒間のいじめ(犯罪)の質はますます陰湿化し、自殺に追いやられる子どもの増加することは間違いなさそう・・・。

組織における縦と横のバランスについては、もう少し整理して持論を展開したいと思っている。(田舎親父)

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