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2012年11月

2012年11月30日 (金)

義務教育は無償なはずなのに・・・

 日本国憲法第26条には、教育について(何故か旧漢字で)『全ての國民は法律の定めるところにより、その能力に應じて、等しく教育を受ける権利を有する』とあり、その二項には『全ての國民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を追う。義務教育は、これを無償にする』と明記されている。

教育関係者にとっては、この一文は全てに優先する考え方として、いわばバイブル的な地位としているところだが、私は、『義務教育は、これを無償にする』という部分が、何となく曖昧で国民に対して明確なメッセ-ジとならないことを、歴代政権の意図的な悪意として感じてならない。それを追求するどころから話題にもしないマスメディアもである。

実際には義務教育の場としての公立の小中学校では、給食費をはじめ遠足や修学旅行費はもちろん、ワ-クテストという本来なら学校が用意するテスト類のたぐいまで保護者に要求しているのが現状である。その額、年間10万円は下るまい。

これを『憲法違反』だと大騒ぎしても良いのに、国民全体が何故か当たり前のこととして受け入れているのも変な話。

学校給食については、『義務教育は無償』という文言から、公教育を進める上で学校給食が絶対必要という考え方を肯定するとなると、給食費は保護者から徴収することは『憲法違反』であるはずなのに、誰もこのことを取り上げない。

取り上げないどころか、一部の意識的な保護者が『憲法に違反する給食費の徴収拒否』に対して、『モンスタ-』と称し、学校自らが敵対しているのも、憲法を素直に解釈すると全く理に合わない。

遠足や修学旅行も同じである。教育活動に『絶対に必要』な活動であるならば、これは無償にしなければならないのに、多額の(現在では数万円は当たり前)費用を保護者から徴収しているのも、明かな『憲法違反』だと思うのだが・・・。

教育活動には評価が必要だということは当然だが、世の中全体が『評価』と『評定』とを取り違えて、通知表の『評定』を『評価』だと思い込んでいるのも気になるところ。

このことも今日はスル-とするが、以前は教師が自分で作っていたテストは、完全に消えてしまったと言っても過言ではない。客観性が必要だという考え方が広がり、『教科書準拠』という言葉で、テスト会社が作成した市販テストが全国の学校では大手を振って実施されている。中に骨のある教師が市販テストを使わず自前のテストを用意することがあるらしいが、それを使わないように校長が指導(命令)するのが常だという。

自分の信念で指導し、評価するために自前のテストを用意することを拒否されるのに、自分の子どもテストの点数で自分の子どもが差別される市販テストに対して、使わないと文句を言う保護者も変だが、その代金まで、保護者に支払わせているのものこれまた納得できないのだが・・・。

こんな不合理を誤魔化すために生まれたのが『就学援助』という制度。国は、これをこともあろうに市町村に負担させているというから、二重の違反をしていると表現しても差し支えなさそうだ。

景気が良かった頃は、自治体はさほど負担に思わなかったらしいが、長引く景気の低迷で、子どもの義務教育費さえ賄えない家庭が増大している昨今の現状にもかかわらず、財政難だからとこの『就学援助』の規模を縮小している自治体が相次ぐのだそうだ。

関連した記事を東京新聞に見つける。南アルプスの麓に広がる山梨県早川町の話題である。人口1200人ほどの小さな町はこの春から全小学二校と中学一校の教育費を無償にしたところ、教育費の安さにひかれ、神奈川県や長野県などから引っ越してきた子育て世帯がいるという。

過疎化や少子化に頭を痛める早川町にとってプラス要素には違いないが、裏を返せば、憲法違反を放置する国の責任をこんなことでしか行動できない庶民の哀れさと受け止められるのではないだろうか。

『日本未来の党』がこのあたりに気づき、憲法を素直に解釈し、義務教育費を無償という公約を打ち出してくれれば、『子ども手当て』のように、貧富の差がどうだらこうだらといった無意味な議論はなくなるのだが・・・。

(追記)未来の党は、中学校卒業までの全ての子どもに、年額30数万円を現金給付する公約を発表したらしいが、やはりわかっていないようだとガックリする。(田舎親父)

2012年11月29日 (木)

産経は教組叩きがお好きなようだ・・・

 産経新聞は『教職員組合(教組)批判』が好きらしく、今までも度々、この種の記事が目立ったが、24日には、誰がここまで調べたのかと思うほど細かな数値を上げて、北海道教職員組合(北教組)批判の記事を掲載していた。

記事によると、勤務時間中の組合活動問題に絡み、北海道教育委員会が道内の全公立小中高校の教職員を対象に実態調査したところ、平成18~22年度の5年間に、北教組組合員ら4169人が、勤務時間中に帰宅するなどの不適切勤務をしていたことが、関係者への取材で分かったのだそうだ。

例によって、ここでも『関係者』という言葉がある。関係者とはいかなる人物なのかとなると明かにされないのが通例だが、『不適切勤務は計4418時間に上り、給与約1318万円が不当に支給されていた。道教委は近く調査結果を公表し、返還を求めるとともに関係者の処分を検討する』と続いているところから、関係者とは組合員である一般教員だと暗に示しているようにも思える。

4169人のうち9割近い3588人については、本人の証言が得られなかったケースで、時間と給与支給額を算出していない。このため、実際の不当支給額は数千万円規模に上るとみられるとある。

また、調査は昨年11月以降、2350校、5万497人を対象に実施し、出勤簿などを精査し、疑いのある教職員には事情を聴くなどしたとのことだが、一人一人教委に呼び出して、聞き取りしたのだろうか・・・と素朴な疑問が浮かぶ。

そんなことが出来にはずがない。結局は、校長や教頭(副校長)または高校なら事務長という管理職に『お前の学校の出勤簿を精査せよ』というたぐいの通達を出して、調べさせたというところだろうが、校長達は自分の勤務評定に絡むような報告を正直にするだろうか・・・。常識的に考えるとノンである。

記事は続く。関係者(ここでもこの言葉)によると、不適切勤務で最も多かったのは、夏休みなどの長期休業中、勤務時間が順守されなかったケースだという。(この文言で、産経の意図をうかがい知るが)各学校舎の警備システムの記録を調べた結果、例えば始業の1時間後に解除されたり、退勤の1時間前に作動されたりして183校の384人が計2472時間、勤務時間を守らず、給与計約720万円を不当に受けていたと実に細かな数値が並ぶ。

産経が意図的に数値を捏造したとは思いたくないが、私には、あまりにも細かいのが逆に不自然に思えてならない上に、北海道の全ての学校に警備システムが導入されていることが事実だとしても、北教組に所属している一般教員がそれを管理しているとはとても思えないのだが、このあたりの記述はない。

そのことは別にしても、またここで『何故、全国の教育委員会(マスコミも追随)は夏休みの教員の勤務をここまで縛りつけるのだろう』という、何度も取り上げたことのある問題にぶつかる。

私は、教員にとって(特に小学校の教員)は『子どもと一緒に過ごしてナンボ』の世界だと考えている。子どもが居てはじめて成り立つ職業であり、子どもが存在しない夏休みは『無職』だと言っても差し支えないとも思っている。

教委の、給料を払っているのだから勤務時間職場に縛りつけるのは間違っていないと思いたいが、教員にとって、子どもがいない学校に勤務という形で縛りつけられるほど苦痛はない。何とか誤魔化す方法がないものかといろいろと考えるのも無理ならぬところ。どうもこのあたりに、今回の記事にある『給料返せ、返さない』という、教育とは全く異質な調査をするという、ボタンのかけ違いがあるのではないだろうか。

ならばいっそう、(かなり無謀な表現だが)『無職状態』なのだから『無給』にすれば、こんな問題は起きるはずがない。教員を『教育のプロ』と規定し、その給料をプロ野球選手のように『年俸制』にして『夏休みの期間は束縛しない』という発想を持たないのだろうと、常々思っているのだが・・・。(田舎親父)

2012年11月28日 (水)

日本未来の党に期待する・・・

 衆院選挙の告示が近づいている。選挙前のアンケートなど当てにはならないと思いたいが、マスコミはアンケ-トが大好きらしく、連日のように自民・民主・維新の支持率の動きを報じている。それは、どこからか、政策の詳細は報じてはいけないと同時に、この3党の動きを報じろという命令でも降りているのではと思わすほど派手である。

マスコミは3.11の大震災と原発事故はもう過去のものとしてしまったのだろうか。原発事故で故郷を追われた人々より、景気のことが選挙の争点になっているような雰囲気に、苦い思いを抱いているのは少数だとは思いたくない。

また、消費税の値上げには国民の半数以上が反対していると伝えられているのに、この3つの党はこぞって賛成。TPPもその内容などほとんど国民に説明はなく推進なのも3党共通。

選挙の結果、民主党の壊滅的な敗退は予想できるが、維新の混乱に国民は軽蔑すらしているに違いなく、当初の予想よりはるかに当選者は少ないだろう。かといって、自民党に託す人もさほど多いとは思えないだろうから、3年前のような民主党のように、一つの党が安定多数を得ることなどはあり得ない。

となると選挙の結果、権力を握りたい輩たちの集まりだろうから、原発政策維持・TPP推進・消費税増税では一致しているこの3党が連立を組むことは目に見えている。宗教政党は主義主張などなく、勝ち組に乗ることが得意なだけとなると、連立の一員になることは疑いのないところ。

国民世論の高まりがこれほどあっても、反原発、反増税、反TPPの主張しているのはマスコミが取り上げない弱小政党ばかり。このままだと、数年後には全国の全ての原発が再稼働されることは間違いないどころか、現在建設中や計画されている原発も稼働されることは疑えない。

消費税も10%に増税されることは規定の事実。それどころか、15%にも20%になることもないとはいえない。TPPに至っては、議員本人すらよく理解できないままム-ドというか党是として推進するとなると、その結果はきわめて不透明。原発事故同様、結局はツケは国民になるのは目に見えている。

何とか、脱原発・反TPP・反消費税値上げという勢力が大同団結してほしいと願っているのだが、新しい小さな政党は生まれるものの、まとまろうという動きにならないのは腹立たしい限り・・・。

こんな国難の時に、英雄的な人物が現れないのかと思っているところに、一昨日になって滋賀県の嘉田知事が『脱原発・反TPP・反消費税値上げ』という公約を打ち立てての新党立ち上げるというニュ-スに、実現すれば弱小政党がまとまる可能性があると、一気に注目が集まる。

動きが速い。昨日になって、嘉田知事が記者会見で『日本未来の党』を立ち上げると明言。この動きに『国民の生活が第一』や『減税日本・反TPP・脱原発を実現する党』が合流をすると発表し、『みどりの風』も衆院議員は合流するという。オザワ、カメイ・カワムラなどという一癖も二癖もある御仁達が表面に出なければ、国民も投票しやすくなるはず・・・。

本当の意味での第三極となり、ゴタゴタ続きで政策がブレにブレ、ついに『脱原発』という言葉まで失してしまった維新の会を凌駕する一大勢力になるのではないかと期待できる。

嘉田知事は、昨年12月、ある会合でお会いしたことがあるが、気さくなおばさんという雰囲気を持った方であり、嘉田知事が登場したとたん会場が盛り上がったことを目の当たりにしている。カリスマ性があって普通のおばさんというタイプの女性指導者の台頭を願っていた私には、久しく政治不信に陥っていたので大朗報。

イシハラ・ハシモト両氏のような知名度はないが、大袈裟なパフォ-マンスがない分、誠実感が漂う。『もったいない』を口癖として、県民の利益を真っ先に考える姿勢と、新幹線新駅とダム建設に反対し、実際にそれを実現させたことからも実行力も折り紙付き。

16日が投票日の衆院選挙にギリギリのタイミングで間に合ったこの『日本未来の党』に、みんなの党や社民党が合流、共産党までもが選挙協力をすれば、日本は劇的に変わるのだが・・・。(田舎親父)

2012年11月27日 (火)

議員特権は国ゆずり・・・(神奈川の話題)

 私は愛媛県の御荘町(現愛南町)で生まれ、3歳ぐらいから18歳までを京都で過ごしたが、両親と死別し、高校卒業と同時に川崎市にある富士通信機器製造株式会社(現富士通)に就職。富士通を能力の限界を感じて退社し、大学に入学したのだが、選んだのは横浜国大と、就職こそ神奈川県が受け入れてくれてかったので東京に求めたが、18歳からは一貫して神奈川県で住み暮らしている。

通勤には時間的に不便を感じたが、都内や埼玉県や千葉県に住むということは一度も思ったことがなく、現在の横浜の片田舎に居を構えて35年超、神奈川県と横浜市が大好きで、県民として市民としての誇りをもって日々過ごしている。今日は、その神奈川の話題を一つ・・・。

神奈川県が制定した『受動喫煙防止条例』は、全国で初めて、人が集まる場所で禁煙や分煙を義務付けている。もちろん、役所や学校はじめ公的機関の建物内は全て禁煙で喫煙室はない。

私には喫煙の習慣がないので、愛煙家が可哀相と同情はすれども、このことについては特に関心は持っていないが、条例制定後、私の感じる限りでは、その効果として、歩きながら喫煙する人の数が激減したことは、以前から危険性と醜さを指摘していたので、良かったのかなと思っている。ただ蛇足だが、時に、若い女性の歩き煙草姿が目立つのは、男性の方が規則に従順なのかも知れないが・・・。

飲食業界などからの強い反発があったにもかかわらず、こんな徹底した条例が可決されたのは、『煙草の害』、特に知らず知らず煙草の煙を吸わされているという『受動喫煙』という行為が、他人の健康まで犯す悪質なものだという認識が一般市民に広まった結果だろう。この条例はほとんど全会一致で成立し、テレビのニュ-スで当時のマツザワ知事の深々と礼をしている姿が印象的だったことを、何故か鮮明に記憶している。

私は当時、医学的には煙草に害があることは間違いなかろうが、害を認識して禁煙するか、それとも精神安定剤と位置づけて自己責任で続けるかは個人の判断ではないだろうかと思っているので、『分煙』はともかく『完全禁煙』は行き過ぎではとの思いは今でも変わらない。

その条例について、先日『県庁では全面禁煙なのに、県会議員の会派控室だけには公金で喫煙所が整備されている』という記事を見つけた。

議員の中でも愛煙家はいるだろうから、議会内で喫煙室を設けることはある意味理解できるが、条例で県庁内は『分煙』ではなく、全て『禁煙』で『喫煙室』すらあってはいけないとなると、これは議員たちのわがままだと批判されても仕方ない。

まして、『公金(県民税)』を使っての『喫煙所』となると議員特権と批判されるのも無理はないが、議員側からは『禁煙条例ではないし、控室の使用権は会派にある。逆に、県は喫煙者への配慮が足りない。県庁内にも喫煙所を設けるべきだ』との反論があるのだそうだ。

少し独りよがりの言い訳だと思うが、『県庁内にも喫煙所を設けるべき』という部分は、愛煙家の議員たちの本音がうかがい知れる。ならば、初めから喫煙室を造るような条例にしておけば良かったのだろうが、当時はそんなム-ドがなかったようだ。

喫煙する来庁者や県職員は県庁舎の外か屋上に出て吸わねばならないとなるとうと、喫煙家のある来庁者にとっては不公平感が募るのは当然の理。確か国会でも同じようなことが問題になったように記憶しているが、議員たちには、自分たちで決めたことすら守りたくないという、規範意識や庶民感覚無視という姿勢は、上から下まで所詮同じものらしい。また、喫煙室があるのは、自民党と民主党というのも面白い。

ちなみに横浜市は市庁舎では『完全禁煙』、議事場の議員控室でも同じだという。愛煙家の県議たちは横浜市議を見習って、喫煙室を取り去ってはいかが・・・。

それとも、どうしても控室でも煙草を吸いたいならば、(筋を通す意味でも)条令改正の動議でも出して『禁煙』ではなく『分煙』として、議会内だけではなく、役所を含めて全ての公的建物には『喫煙室』を設けるようにするべきだと思うのだが・・・。(田舎親父)

2012年11月26日 (月)

とにかくカネを分捕れか・・・

 東日本大震災の復興予算のトンデモない使い方が問題になっている。再稼働反対の官邸付近の集会やデモについては、明かに『見て見ぬふり』を決め込んだマスコミは、こちらの方は、どこからかの圧力はないらしく、連日、こんなことあんなことと次々と不適切な使い方を見つけては批判的に報じている。

確かに、目茶苦茶といってもよいほど、復興とはおよそ関係かないと思われる事業に莫大な予算がついているが、今回の経産省のやり方には、経済音痴の私でも『いくらなんでもそれはないだろう』と思うほど厚かましいというか厚顔無恥そのもの。いかに日頃から国民をバカにしていることが良く分かる。

そのことを東京新聞が取り上げている。記事によると、2013年度予算の復興特別会計に、『先端農業研究事業費』として50億円を概算要求し、全国各地で事業を展開する予定だったそうだが、復興予算の使途が国会で追及されたことを受け、要求額は変えずに、事業だけを被災地に限定したというもの。

一見、被災地に手厚い考え方のように思えるが、47都道府県を3県に絞ったのにもかかわらず要求額が変わらないというのは、いくらなんでもひど過ぎる。要は、経産省はとにかく予算請求を出したのだから、何が何でも全額分捕ってしまいという考え方が主流だということが良く分かる。

予算請求した事業は『先端農業産業化システム実証事業』という名称で、人工の光を使った野菜栽培など、先端技術を利用した農業再生を目的にしているというから、要は今流行りの『野菜工場』を全国展開するという意図に違いない。

経産省の当初の計画では、この事業を全国各地で20~30ほどを実施する考えだったらしいが、被災地以外で復興予算を使うことへの批判を受け、岩手・宮城・福島の被災三県に限定することを決めたのだそうだ。

さらに、同事業は12年度も実施していて、5億円の復興予算が盛り込まれているが、21事業のうち被災三県で行った事業は5件のみだったとも明かにしている。

経産省は来年度20以上の事業の全てを被災三県で行うというタテマエらしいが、その具体的な内容も全く不明。なのに、概算要求の50億は減額する考えはないとのことだから、とにかく50億を獲得してしまって、5億円程度を被災三県に分配。後は俺たちのやりたい事業に導入するというホンネはミエミエ・・・。

経産省は2011年度復興予算で五億円を、ベトナムへの『原発輸出』に関する調査事業費として支出していた前科も明かになっている。復興予算で法務省が全国の刑務所の改修などに当てたという話しも、許し難い以前に信じられない思いだが、こともあろうに『原発輸出』に流用するとは、『火事場泥棒』と表現しても差し支えあるまい。

3.11大震災が東北から関東の太平洋地域に壊滅的な打撃を与えたことは間違いないが、その復興が遅々として進んでいないことの一番大きな要素は『原発事故』が絡んでいることは誰の目にも明かでなる。

歴史には『もし』とか『れば』は禁句だというは理解しているつもりだが、『原発事故』さえなければ、ここまで復興が遅れたことはあるまい。放射線に汚染されている恐れがあるので、大量の瓦礫を他の自治体が受け入れないだけであって、単なる津波被害であったら、積極的に受け入れたはず。先日話題にした、『再汚染』といたちごっこの感のある『除染』も、考えるだけで気持ちを暗くする。

なのに、経産省の官僚たちはどうしても『原発』を推進するために、被災者の気持ちなど斟酌せず、むしろ絶好の機会とばかり予算を獲得することに狂騒・・・。政府が復興予算を組むのは当然だとしても、それを執行する省庁が『泥棒役』を率先して演じているとなると復興が遅れるのも当たり前だろう・・・。

この国には、もはやモラルとか人間性などは無縁になってしまったようだ。(田舎親父)

2012年11月25日 (日)

『黒生』が消える日が近い?・・・

 私が『サッポロ黒生』にはまったのはいつごろからだっただろう。当初は、御船敏郎が『男は黙って・・・』というテレビコマ-シャルに誘われて飲んだことが引き金だったと記憶している。

それほどこのコマ-シャルの印象が強かったのだろうと思うが、何故かこのビ-ルが口に合い、それ以来ほとんど毎日『サッポロ黒生』を飲み続けている。もっとも、持ち運びの関係で缶ビ-ルになってはいるが・・・。

このビ-ルの味を知ったのは、サントリ-が『純生』という銘柄を出した頃とほぼ同じだったが、『純生』は独特の味があり、私は苦手にしていたので『純生』飲み屋は敬遠したものである。

その後すぐだったと思うが、アサヒビ-ルが『ス-パ-ドライ』、キリンが『一番搾り』という銘柄を出し、所謂ビ-ル戦争が起きたことを覚えている。この二つの銘柄は『純生』に比べるとはるかに上手いと思うものの、『黒生』を捨てる気持ちになるほど魅力的ではなく、今でも毎夕の食卓には『黒生』のロング缶がないと食が進まない。

何故消えたのか、そのあたりの事情は分からないが『男は黙って・・・』のコマ-シャルが流れなくなると、『黒生』人気に陰りか出て、『ス-パ-ドライ』と『一番搾り』が激しいシェア-争いを展開、いつのまにか『黒生』は隅に追いやられるようになったことを寂しく思っていた。

特にその感を強くするのは列車で旅行したとき、売店でこの『黒生』を取り扱っていない時である。東京駅ですらその影響が顕著で、『黒生』を求めて新幹線のホ-ムを駆けずり回って探すことも稀ではない。

関西以西では全くといってよいほど人気がなく、探すことさえ困難で、サッポロビ-ルを出す店に出合うと、体裁や味などは関係なく飛び込んでしまうことに知人からはアホカと蔑まされている。まして、最近では私の住む横浜の片田舎でも、ロング缶を扱っていないコンビニやス-パ-も出てきたことに、サッポロビ-ルという会社の宣伝下手を腹立たしくなってくる。

そんなことを思っていると、先日、ネットの記事で、サッポロビールが小売り大手セブン&アイ・ホールディングスのプライベートブランド(PB)商品『セブンプレミアム』向けに、ビールを製造することを知った。

『セブンプレミアム 100%MALT』と命名し、セブン&アイ傘下のコンビニの『セブン―イレブン』やス-パ-の『イトーヨーカドー』などで、今月27日から販売するのだそうだ。

価格は、350ミリリットル缶が税込み198円で、今出回っているビール大手の商品より1割ほど安いとのこと、年間で2600万本売る目標だという。『共同開発商品』として缶には『サッポロ』のロゴが入っているとのことであるが、『黒生』のあのシンプルなデザインを気に入っている私にはあまり喜ばしい話題ではなさそうだ。

サッポロビ-ル側には事情があるのだろう。会社として利益を上げなければ成り立たないことは十分わかるが、こんな安易な道を選んで良いのだろうかという素朴な疑問が浮かんでならない。

自前の『黒生』のブランドの建て直しより、セブン&アイグル-プの販売力に頼る戦略にかじを切ったようだが、自分が数十年愛した『サッポロ黒生』の『サッポロ』のイメ-ジが、大手ス-パ-の傘下に収められたような苦い思いがのしかかってくる。

何となく『サッポロ黒生』が消えてしまうような気がするのだが・・・。(田舎親父)

(追記)サントリ-ビ-ルが最近とみに味が良くなり『プレミアム』などは『ス-パ-ドライ』や『一番搾り』よりも美味く感じ、最近では『黒生』がなくてもと思いはじめているが、そんな人も多いのではないだろうか。

これを機会にサッポロからサントリ-にと鞍替えする人も少なくないのではと想像しているが、こんなことは当然会社の幹部は知っていると思いたいが・・・。

2012年11月24日 (土)

これも一種のド-ナツ化・・・

スカイツリ-が私のぼろ家の窓から見えることを発見したのは、開業して間もなくのころである。花火の音がするので、その行方を探していたら、偶然はるか遠くに、縦長の明かりがあることに気づき、双眼鏡でその姿を確認。その時は何となく得した気分になったものである。

スカイツリ-を双眼鏡で見たのはその日だけで、すぐに興味がなくなってしまう。そのスカイツリ-のことだが、人の噂も75日と言われるように、半年前のあの喧噪はなんだったのと思うほどマスコミ報道が少なくっている。いや当時の取り上げ方が凄過ぎたといった方がよいのだろうが・・・。

現在では、騒がれ方が少なくなっただけで絶大な人気は持続し、連日大勢の人が押しかけていることは、(いわば大人の報道として)報道特集や関連するニュ-スや視聴者の投稿する映像が紹介されてることからも十分伝わってくる。

そのスカイツリ-が開業してはや半年を過ぎ、来場者数は2000万人を突破したのは予想以上らしいが、と同時に、地元の商店街には恩恵がないどころか、来客の激減という皮肉な現象が起きているのだそうだから、商店街の人々には何とも気の毒な話である。

予想以上に訪れる人が多い原因は『そらまち』と命名した、スカイツリ-に隣接したショッピングモールの人気だという。

開業から50日間はスカイツリーの入場を完全予約制とし、来場者の枠を1日1万4千人に限定していたが、7月11日からは当日券を発売、2万人の枠に変更に伴い、整理券を配布した来場者に待ち時間を表示するなどした結果、『東京ソラマチ』で買い物や食事をする来場者が増えたという。

なるほど、スカイツリ-に登れるまで2時間も待たねばならないとなると、食事でもするかと思いたくなるのは人間心理。どうしても昇りたいと思う人たちにとって、このシッッピングモ-ルは時間潰しにもってこいなのだろう。

スカイツリ-に行くための交通機関も好調で、水上バスは開業から9月末までの搭乗客は昨年比約3割増だそうだ。特に、隅田川からスカイツリーが眺められる浅草・お台場クルーズなどが人気だという。

そんな報道の中で前述した、スカイツリーの近くに位置する押上駅周辺の商店街では現在、ほとんど『スカイツリー効果』はないという記事を見つける。計画が持ち上がり、建築が着々と進んでいた当時は、この商店街の人たちの胸は高鳴った・・・のにである。

スカイツリーの建設中はタワーの成長を見物に来る客や建設工事関係者で商店街はにぎわいを見せていたそうだが、開業とともに客が激減とは気の毒の一言に尽きるが、これは予想されていたことではないだろうか。

水上バスに加えて、羽田空港や東京駅などから、浅草やお台場という外国人や地方の人たちの見れば、一度は訪れたいと思っている地域を回ってくれるとなると、それを利用したくなるのも当然で、バスを下りたら『東京ソラマチ』の入り口とあっては、近隣の商店街を訪れる人が少なくなるのは当然かもしれない。

商店街では、今後は東京スカイツリーの関連イベントを増やしたり、アーケードをリニューアルして集客アップにつなげたいと懸命だそうだか、よほどのアイデアがない限り巻き返しは難しいのではないだろうか。

この記事を読み、地方都市のド-ナツ化を思い浮かべる。地方都市のほとんどは、江戸時代からの街道筋に栄えた歴史を持っている。文化や伝統は素晴らしいものがあるが、街道筋ということで道幅が狭く、車社会が広がるに連れて中心部が渋滞起き、観光バスの誘致も難しいことで、争う様にバイパス道路作りが流行りとなる。

その結果、バイパスの完成で市街部の渋滞は解消されたが、逆に、駐車場が完備したバイパス道路の大型商業施設やパチンコ店には車で行きやすくなり、市街部の商店街の客が激減し、結局は町が衰退するという皮肉な結果が全国的に起きている。

これ以上、東京だけに人集めの施設を作っては、ますます地方との格差が広がることをいつも懸念している私には、スカイツリ-は大勢の人で賑わって関係者は大喜びだろうが、地元商店街の衰退は考えさせられる重い話題である。(田舎親父)

2012年11月23日 (金)

まだまだ続くこの『いたちごっこ』・・・

 先日、福島原発事故で飛散した放射性物質を除去する、所謂『除染』を終えた福島県の山あいの地域で、除染後しばらくすると放射線量がまた上がるケースが出ているとの記事に目が留まる。

記事によれば、風雨で運ばれた放射性物質が、道路脇や軒先に再びたまり、線量を上げているとみられ、除染の難しさが顕在化した形で、住民からは『何度除染すればいいのか』と悲鳴にも似た声が上がっているのだという。

福島市というから原発とはかなりの距離がある感じがするが、市の東部に位置する大波地区では、半年前に除染したが、局地的に線量の再上昇が起こっているのだそうだ。それも具体的な数値を上げて報じている。

町会長が測定した結果、ある民家の軒先では事故後、毎時10マイクロシーベルト以上の線量があり、『除染』をした結果、今年3月に1.8マイクロシーベルトにまで低下したが、10月には7.8マイクロシーベルトにまで戻ったとある。

別の民家前の道路脇でも、『除染』で1.5マイクロシーベルトに下がったが、10月には10マイクロシーベルトと元に戻ったのだそうだ。いずれの値も地表付近の値で、腰辺りの高さだと値はぐんと落ちるのだそうだが、生活している人たちのやりきれない思いが伝わってくる。

福島市の除染担当者は『屋根や雨どいの除染で、取り切れずに残った放射性物質がはがれて、雨で下に移動し、軒先などに濃縮された可能性がある』と分析しているそうだが、そんなことは私でも随分前から指摘していたこと。専門家が今更『分析』などという言葉で言い訳するのは見苦しい。

この地区では、民家の『除染』は進んだが、地区の大部分を占める森林はほとんど(全くと言ってもよいのだろうが)手付かずだそうだから、山の斜面から水や土砂が流れ込むような道路脇などでは、『除染』をしても、また放射性物質が流れ込み、線量の再上昇につながっているとみられるとあるが、このことも『除染』する前から分かりきっていたこと。

このことは大波地区以外でも同じであろうことは容易に想像できるが、記事にあるように、県や市が測定しないらしいから、町会長(個人)が測定しない限り、一般住民には線量の再増加という事実があることも知らされない。

記事は、山のふもとにある福島市渡利地区でも除染した道路の側溝に再び砂などがたまり、3~4マイクロシーベルトの線量に上がった場所があると指摘しているが、このことに対して、市は『計測データでは、除染後は大波、渡利両地区とも線量が大幅に下がっているが、除染後に線量が再上昇する地点があるのは事実で、きめ細かな対応が必要になる』と対応に苦慮していると具体的な対策がないことを認めている。

私の住んでいる横浜の片田舎は、山の中と言っても差し支えない場所で、私はよく『横浜ではなく横山に住んでいます』と、話しているが、福島市となるとさらに山の中という地域も多いはず。山のふもとはこの二地区だけではないだろう。

たまたま個人の努力で線量が上がっていることがわかっただけで、測定すれば、この地域以上に線量が高い場所は山ほど出てくることは間違いない。繰り返すが、『ある程度汚染されてしまった地域では、除染は一度では終わらない』ことは、全くの素人の私でも初めからわかっていること。

要は、『除染』と『再汚染』のいたちごっこ。しかし、市(県も国も)『予算と人手』を理由に、繰り返し測定することはしていないのが現状だろう。

行政は、除染したから大丈夫ではなく、再度『除染』をした地域の放射線量を測定し、それを公開して、再汚染している地域はより徹底した『除染』作業をすることはもちろん、住民が住み続けるためには、今後も定期的に線量を測定し、この『いたちごっこ』を続けなければならない。本来は国と東電が全て責任を持たねばならないのだが・・・。

改めて、原発さえ作らなかったら・・・という思いが強くなる。(田舎親父)

2012年11月22日 (木)

勝つためには手段を選ばずか・・・

 イシハラ前都知事を中心とした『太陽の党』が発足したと思ったら、わずか4日でその名前が消え、日本維新の会に合流。その前日、『太陽の党』と『減税日本』が連携を強め合体というニュ-スも流れていたが、その話は完全に消えたらしいから、なんだか群雄割拠の裏切りなどは日常茶飯事で勝つためには手段を選ばずの戦国時代の様相を呈している。

確かイシハラ新党は『立ち上がれ日本』という政党が母体だったと聞いているが、いつのまにか『立ち上がれ・・・』の名前はマスコミ的にはすっかりから過去のものになっているらしいのも離合離散の現れか・・・。

『減税日本』の代表のカワムラ名古屋市長も情けない。党名を変更してもかまわないから仲間に入れてほしいとお願いしているらしいが、ハシモトという戦国大名は『俺は増税派。消費税も10%以上にするのがねらいなのに、減税と言っているお前らと一緒にできるか』と、顔を洗って出直してこいという態度だという。

さて、カワムラ氏がどう出るか。『減税』というこの御仁の矜持を捨ててまで一緒にお願いという態度を見せたら、現在でも少ない支持者は限りなくゼロになることは間違いないところ。私としては、初志貫徹で『減税』を公約に選挙戦を戦ってほしいと願っているが党内には『イシハラ先生が立ち上がったのだから、私は・・・』という輩も多いらしいから、前途多難という言葉しか浮かばない。

『太陽の党』は『日本維新の会』に吸収される形になり、イシハラ代表・ハシモト副代表(代表代理)となったらしい。二人とも『俺が一番』という性格のようだが、30歳以上の歳の差があっては、ハシモト氏も仕方ないもというところだろう。

しかし、この二人は原発などに関しては言っていることは全く違う。方や原発政策を進めると言い、こなたは20年後にゼロにすると発言。180度違う考えの二人が、数合わせのために一緒にやる・・・。こんなことが通用する世の中は許し難い。

早速、民主・自民始め既成政党はもちろん、今回はマスコミまでが『野合』との批判が沸き起こっているが、そのことに対しては『民主党にも自民党にも政党を7回も変えた人がいる。人のことを野合と言えるのか』と開き直り、また『民主党や自民党は消費税や環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、エネルギーは僕ら以上にまとまっていない。こちらの方がははるかに一致している』とどこ吹く風。この二人には、理念や思想など必要ではなく、ほしいのは選挙の顔だったとしか思えない。

まずくっついてから考えようというこの集団は、選挙が終わると分裂することは目に見えている。前回の民主党がそうであったように、理念が違う人が何となく集まる、いわば烏合の衆だったことが、今日の政治的混乱を生む原因になっていることは、国民の多くは承知していると思っているので、まさか、選ぶとは思わないが、あまりにも民主・自民のだらしなさから一票を投じる人もいるだろう。

来月16日までに、そんな人が一人でもなくなるように、既存政党は具体的にきちんと政策を打ち立てて、国民に訴えなければならないのだが、TPP推進が公認の要件はともかく、二世議員は公認しないなど、およそ具にもつかないことを、さもマニヘストであるがごとく言っている民主党には全く期待できず、むしろ全員の討ち死にを望みたい。

かといって、政権奪回は確実だとうぬぼれ、公共事業にジャブジャブと予算をつぎ込んで景気を回復させるという自民党のアベオボッチャマでは、全く以前の自民党の体質に変化がないとすると、こちらにも退場願いたい。

私としては、原発事故をきちんと検証し、原発に頼らないエネルギ-政策と、もう一度原点に立ち戻って、消費税の値上げ以前に政治の無駄をなくすという政党を選択したいのだが、社民・共産・国民の生活が第一など、それらの政策を掲げている政党が大幅に議席をのばすとはとても思えない。

結局は、また私の一票は『死に票』になりそうだと思うとガックリする。(田舎親父)

2012年11月21日 (水)

大相撲がつまらなくなったのは・・・

 一昨日の大相撲の日馬富士と豪栄道の一番は何だったのだろう。生中継は見ていないが7時のNHKニュ-スで見た限りでは、目の前の審判が明かに手を挙げて止めている。

あの手の上げ方は確信を持って日馬富士の踵が土俵を割ったと判断したはずなのに、(審判団が集まって協議するのは大相撲のしきたりなのだろうが)その結果的に審判の『間違い』だったとのこと。

協議している間に、奥でビデオを見た幹部たちが『出ていない』と判断し、審判団に指示したのかも知れないが、手を上げた審判はあっさりと『間違い』認めたらしく、取りなおしに・・・。

それにしても後味が悪い不可解な判定である。取りなおしの一番は、日馬富士のお得意の(ボクシングまがいの)張手の連続で相手の懐に飛び込んで寄り切り。負けた豪栄道が花道を下がる時の顔には明かに不満(不信)が現れていたのが印象的であった。

先日、旅先の温泉施設で、たまたま大相撲中継を見る機会があった。その時カメラが客席を映し出していたが、お客は土俵際だけに集中、後ろのイス席にガラガラ。いかに大相撲人気が下火になっていることをよく表している。

あまり興味があるわけではないので、記憶がすっかり薄れてしまったが、八百長問題が大騒ぎになったのは去年ごろだったのではなかろうか。一時的に、マスコミが大々的に取り上げたものだから、相撲協会もウミを出さざるを得なくなり、場所を開けない事態に追い込まれたこともあった。技能検定場所などという陳腐な名前で開いたこともあったことも思い出す。

大相撲は『国技』だなんて言う人がいるが、とんでもない。大相撲の歴史を紐解くと、貴族や大名に抱えられた力士たちがその起源、それを江戸時代になって誰か頭のよい人物が、お抱え力士たちを集めて、人々の娯楽として『興行』という形に仕上げたのが現代に(形を変えて)伝わっているだけで、『国技』などとはおこがましくて口にしたくない。

要は『人気商売』であると言っても差し支えない。人気を得るためには、当然それなりの筋書きが必要で、その意味では、テレビが出始めた当時のプロレス人気と同じで、八百長という言葉は使いたくないが、筋書きがないはずがない。

ところが、『八百長』という言葉が一人歩きしたものだから、相撲協会という組織を維持することが精一杯で、上手く人気を高めるシナリオが書けなくなったことが、昨今の不人気につながっている大きな要因になっていると言ったら言い過ぎだろうか。

話は飛ぶが、今場所前の新弟子検査の応募者はたった1人だったという。このことはいかに大相撲が他のスポ-ツと比べて、日本の若者から敬遠されていることを物語っているが、この不人気の原因は相撲協会の体質にありそうだ。

大相撲には『部屋』という制度があって、上位力士を大勢抱えることが部屋の繁栄につながるとなると、親方たちは本気で日本の若者を時間をかけて育てるより、モンゴルを中心に海外に人材を求める方が手っとり早いとなると、そちらの方に血眼になるのは当然といえば当然であろう。

その結果が、横綱はもちろん幕の内と言われる上位力士の半数?が外国人になっていることが如実にも物語っている。外国人たちは、勝ちさえすれば、自国では考えられないほどの報酬が得られるのだから、勝負の内容などより結果を追うのも当然の理。

それが、新横綱の日馬富士のボクシングを思わせる張手につながっていると言ってもあたらずとも遠からじ・・・。先輩横綱の白鵬も張手をよく使う。さらに、その前の朝青龍となると何でもありだった。

張手をする日本人力士も存在するが、それはごく一部。前に出す『突っ張り』で相手を土俵から突き出す光景は、見ていて気持ちが良いが、横からの張手はケンカの際のビンタと同じ。あまりほめられたものではない。

『相撲道』には『品位』が大事だとうたわれているらしいが、このビンタまがいの張手は品位のかけらもない。横綱がこれを連日いやというほど見せつけているのだから、人気が落ちるのは当然だろう。要は、相撲協会自体が『相撲道』の根幹を否定し、品位など必要ないと認識しているのだから情けない。

外国人力士に頼ることは仕方ないとしても、『品位』というものが何なのかを徹底的に指導し、横綱・大関の身体から滲み出るようにしなければ低落傾向を止めることは難しいのではないだろうか。(田舎親父)

2012年11月20日 (火)

指導死? また一つ変な言葉が・・・

 先日新聞紙上に『指導死』という言葉を見つけてびっくりする。教師の指導をきっかけに、命を絶つ子どもがいるのだそうで、それが原因の自殺を遺族たちは『指導死』と名付けているらしいが、私にはとても聞き捨てならない。

遺族たちは、多くの場合、学校は『指導』が原因とは認めようとせず、国の調査でも実態が明らかにされたことはないと憤って、教師の指導のあり方を問う動きが広がり、シンホジウムが開催されるとのこと。今日はそのことについて考えてみたい。

『指導死』などという言葉は聞きたくも使いたくないが、記事にはいくつかの例が取り上げられている。

その一つ、中学二年生の男子生徒の場合は、友達からもらった菓子を昼休みに学校で食べたことをとがめられ、ほかの生徒と一緒に教師12人から1時間半にわたって、菓子を食べた友達の名前をすべて明かすよう問い詰められたとある。

俄には信じられない話である。菓子を昼休みに学校で食べた程度で、中学校の教師たちが12人も集まり、この男子生徒を取り囲んで詰問するなどとは、経験上あり得ないことで、仮に、そんな場面があったとなると、菓子を食べた程度ではなく、何か重大な別の要因があったのではと思いたい。

記事によると、その翌日の夜、自宅の母親に『反省文を書き、臨時学年集会で決意表明するよう伝えてほしい』と担任から電話があったそうだが、これも常識的に考えると、菓子を食べた程度ではあり得ない。

母親から話を聞いたこの生徒は40分後に『たくさんバカなことをして もうたえきれません』などと記された遺書を残してマンションから飛び下りたという。

昼休みに『菓子を食べた』ことを、この子が『たくさんなバカなこと』という表現をするだろうか。これも経験上『否』である可能性の方がはるかに大きい。

遺族は、この指導以前は、悩みごとを抱えた様子は一切なかったというが、遺書から想像するに、この生徒は教師の目を盗んで菓子を食べるなどより、もっといろいろと問題行動を起こしていたと考えた方が自然なように思える。こんなことを書くと、生徒の人権を無視しているという声が殺到しそうだが・・・。

同じく中学2年生の男子生徒の場合は、ライターを持っていたのを担任から、遮光のためアルミホイルを張った暗い多目的室で指導されている最中に『トイレに行きたい』と部屋を出て、校舎四階から飛び降り自殺したという。

単に『多目的室』で十分なところ、わざわざ『遮光のためアルミホイルを張った暗い』という文言をつけているのがひっかかる。多目的室という部屋名は、多くの学校で使われるが、極端に表現すると、余剰教室をさも必要な教室のように見せかけて、何の目的にでも使える部屋という場合が多く、そこには暗幕があっても奇怪しくないが、曙光のためにアルミホイルを張って暗くしている部屋など、私は見たこともなく、当然想像できない。

遺族たちは、指導される生徒の方が悪いと、短絡的に思い込む世間の風潮の中で、生徒指導の問題点を訴えていくことにためらいもあるが、それ以上に再発防止の思いで『学校は子どもが間違いをしながら成長していく場所。ただ過ちを責めるのではなく、子どもと寄り添い、間違いに気づかせるような指導をしてほしい』と訴えているらしいが、これは少し無理な要求ではなかろうか。

すぐに叱らないでどうするのだろう。『子どもと寄り添い、間違いに気づかせるような指導をしてほしい』とは、どんな指導をイメ-ジしているのだろう。『昼休みに菓子を食べる』ことや『ライタ-をポケットに忍ばせる』ことなど、誰もが経験したことではないだろうか。

そんな些細な過ちに対して、子どもに寄り添い時間をかけて、それが『いかに悪い』ことだと言い聞かせる時間的余裕が現在あるだろうか。百歩譲って時間があったとしても、しつこく指導するほど重大なことではないのではと思いたい。

私は、小学校に入学する前に、親が『やってはいけないこと』をきちんと教えて生活習慣としておきさえすれば、こんな些細なことで自殺するなどという子どもなど存在するはずがないという自論を持っている。

この生活習慣をつけることを『しつけ』という。『しつけ』を漢字で書くと『躾』。美しい身のこなしとは、世間に通用する当たり前の概念と解釈すると、実に見事に表現しているではないか。

シンポジウムを開くのは反対ではないが、その中で、是非、今では死語になってしまったこの親が子どもにせねばならない『躾』について、『どうあるべきか』という議論を戦わしてほしいものである。(田舎親父)

2012年11月19日 (月)

球界全体の努力を望みたい・・・

 連日賑やかに選挙がらみの話題が報じられているが、日替わりで、くっついたり離れたり、あるいは全く思想が違う人が合流するなど、まさにオドロオドロとした話ばかり。

とても私が取り組める話題ではなさそうなので、この話題はしばらく様子見として、今日はかなり古い話になるが、先月末のプロ野球のドラフトについて・・・。

ドラフトというのは、できるだけ戦力を平等化して、プロ野球の人気を維持するために作られた制度だろうから、特に疑義をはさむものではないが、希望と違う球団から指名された選手はとまどうことも多く、毎年のように『入団拒否』という話題が報じられる。

ドラフト会議以前に大リーグ挑戦を表明した花巻東高の大谷選手もその一人。その大谷を日ハムが一位指名したことについて、プロ野球に関心を持っている人は大いに驚いたことだろう。私も興味半分ながら、まさか一位指名はないだろうと思っていたので、日本とハム球団のためらいもなく一位での指名にはびっくりした一人である。

日ハムは昨年も、ドラフト会議前からずっと『巨人軍以外には絶対拒否』と言い続けていた東海大学の管野選手をあえて1位指名したが、やはり本人の『巨人いのち』の思いが強く、獲得できなかった苦い経験を持っている。のにもかかわらず・・・。

日ハムGMは『我が球団は、そのときの一番力のある選手を一位で指名するのは当然だ・・・』と記者会見で発言していた。一位指名が獲得できないというリスクをおしてまでの指名は、まさにドラフトのあり方の基本中の基本。筋は通っている。

日ハムは、ドラフと会議で指名した選手を上手く育てることでは定評があり、しかも、このところ活躍する機会が少なくなったが、数年前は巨人に移籍して大活躍をしていた小笠原選手や、今年の大リ-グで新人王候補にまでなったダルビッシュ選手のように飛び出したいと思う選手は余り引き止めない球団という印象がある。

その意味で、大谷は良い球団から指名されたと思ったものである。先日、日ハムGMらが大谷の両親と入団交渉を行ったという。そこで球団挙げて作成した『大谷翔平君 夢への道しるべ ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~』と題したA4判25ページ、別紙5枚にも及ぶ資料を示したとのこと。

詳しい内容はわからないが、『若いうちからメジャーへ挑戦することは統計的にも大変だよと説明しました』と同GMがいう通り、項目を読む限り説得力がある。

門外漢の私には無縁の話ではあるが、日本の球界でもプロの世界で成功する者は、ほんの少数というのが現実なのに、メジャ-の選手になれるのが数千人に一人というトンデモナイ競争に、言葉の壁がある18歳の青年には余りにも高いハ-ドルのように思えてならない。両親の心情を察するに余りある。

父親は大谷がメジャー挑戦を表明した日にも、『言葉や文化の違いで、メンタル的に心配。私たちは国内でプレーしてほしかった』と語っているように、本心は国内の球団に入り、簡単に駆けつけられる環境で野球を続けてほしいと思っているはずだから、この資料には大変興味を示したに違いない。

それでも大リ-グへ挑戦するというなら、その意志を尊重して上げたいが、大谷にとっては、3歳年上の菊地が未だに活躍しきれていない西武球団に対しての不信が、大リ-グ挑戦への背景になっているとしたら、これは考えさせられる。

菊地は150キロの速球左腕で即戦力としての入団にもかかわらず、現在ではストレ-トが140キロ台の並の選手になってしまっている。これに反してダルビッシュ選手はプロに入ってから球速が150キロを越えているのは、その育成方法に違いがあるように思えてならない。

サッカ-に人気が奪われたとはいえ、全国津々浦々では少年野球が盛んで、将来野球プロ野球選手という目標を掲げて汗を流している青少年は多い。その意味でも、さらにプロ野球が魅力的になることを願っているが、球界全体を見渡していると、とてもそのことに全力をあげているようには思えないのだが・・・。(田舎親父)

2012年11月18日 (日)

スト-カ-という言葉が溢れる・・・

 15日から3日間、愛媛県の愛南町のグリ-ツ-リズム協議会の人たちと飯田を訪問していたのでしばしご無沙汰。下栗の里はあいにくの雨打たれたが、交流の当日は晴天に恵まれ、有意義な3日間を過ごしてきた。

家を離れると、一切の情報を絶ち、徹底的にアナログ人間になること信条にしているので、テレビも新聞も見ないようにしているが、同行者の話などからNHKの森本アナンウサ-が痴漢容疑で逮捕されたということを知る。

数年前に起きた植草氏の逮捕容疑と似ている。このときは盗撮に続いて痴漢容疑だったと記憶しているが、情況的には冤罪というより誰かに完全にはめられたとしか思えない。森本アナウンサ-がどんな信条・思想をもち、社会的な活動歴などは知らないが、誰かの意図が働き、どうしても社会的に葬らなければならないために起こされた事件のように思えてならない。

このことは、今後何らかの事情が明かになるだろうから、また改めて話題にしたいと思っているが、予定通りの解散があり、一気に選挙モ-ドになったことも知る。

帰宅して新聞を斜め読みするのだが、ここでは政策や信条などはどうでも良く、とにかく売れ筋の顔を集めて票を集めさえすれば、折れた区の天下だという思いの輩達が、野合の掛け声合戦が続いている。

そのことも別に取り上げるとして、出かける前までは新聞で報じられる社会面の事件記事の多くで目立つのは『いじめ』と『スト-カ-』だったことから、今日はその話題を。

『いじめ』についてはかなり以前から度々新聞紙上を賑わしているが、『スト-カ-』の場合は、数年前から台頭してきた言葉ではないだろうか。

時代小説などでは、悪役がみめ麗しき女性に『しつこくつきまとう』スト-カ-行為を主人公が助ける場面から物語が展開するという筋書きも多い。これは、接触方法が少ない時代では、直接『つきまとう』ことは目立つことであり、助け役が現れることがごく自然に表現できるからなのだろうが、最近ではネットを利用した姿を表さないスト-カ-行為が多いのだそうだ。

そして、突然現れてブスリ。この典型が先日逗子市で起きた殺人事件だが、マスコミ記事からは警察の不手際というか、信じられないようなミスが重なったことは確実らしく、いわば警察に殺害されたと言っても良いような後味の悪さを感じる。

デザイナー33歳の女性が、元交際相手の40歳の男に刃物で刺されて死亡した事件であるが、この男は以前から女性にスト-カ-行為を繰り返して、昨年には脅迫容疑で逮捕され、執行猶予つきとはいえ懲役刑を受けていたとのこと。それでも懲りずにつけ回していたとは、よほど女性を諦めきれないのか、それとも愛情が恨みに転換して常識人には想像もつかないような病的心理を持ち続けていたのかも知れない。

逮捕を避けるために、メ-ル作戦で一日千通も出したとのことだが、こんなに出せるのだろうかと俄には信じかねる。また、この男から逃げ回っていたと報じられている女性が何故メ-ルアドレスを変えなかったのか、このあたりも疑問を感じるのだが・・・。女性にもいろいろと事情があるだろうし、死亡してしまった今となってその答えは返って来ない。

それはさておき、警察は逮捕した際にこの女性の住所と結婚後の名字を読み上げていたというから、スト-カ-行為を犯罪として逮捕しながら、一方では、わざわざスト-カ-行為を続けることを奨励しているのではと(皮肉をこめて)思いたくなる。

しかも、逮捕時と署内の取り調べと2回も読み上げたという。女性の情報を少しでも知りたい男としたら、このことを頭の中にたたき込んだことだろう。男は3ケ月後に釈放され、インタ-ネットで執拗に女性の情報を探していたらしいという。

ネット検索をしていると『このことについて誰かに訊ねてみよう』という文言に出合わすことが多い。また、誰かが質問した事項に答えるサイトにも出くわすことも、多くの人たちが経験していることではないだろうか。

こんなコ-ナ-をひっくるめて『掲示板』というらしいが、この解答を読むと、実に分かりやすく解説していることが多いことから、よくもまあ、ご親切な人がいるものだと感心する。

この男は2回聞いた現在の女性の名字から『1年前まで逗子に住まれていた、○○さんを探しています』と、大恩を受けたごとくの文章をこのコ-ナ-に書き込んだら、ご親切な方から『その方なら、どこどこに住んでおられます』とか、もっと親切に『××荘の2階○号室です』などという答えか戻ってきたとしても奇怪しくない。

この男に情報提供した複数の人は今頃ゾッとして、後悔してほしいものだが、ネットの匿名性という負の部分から想像すると、提供したことに対して何ら違和感も覚えず、当然のことながら、申し訳ないという気持ちにもなっていないのではないだろうか。

スト-カ-行為で逮捕される数が増え続けているという。逮捕されても懲りず、しつこくつけ回してブスリという事件もまれではないようだ。警察は今回の事件の教訓として、逮捕した男(最近は女もか)には、住所などの情報は読み聞かせないとは思うが、ネットで簡単に調べられるとなると、今後も増えることがあっても減ることはないようだ。

また一つ、ネットの負の部分を思い知らされる。後味の悪い事件であるが、考えさせられる・・・。(田舎親父)

2012年11月14日 (水)

警察との連携?・・・

 『いじめ』報道が賑やかである。今朝もNHKニュ-スが『いじめ』の早期発見のために『心理テスト』が有効と伝えていた。もっともなところも多々あるが、このテストの分析に多大な時間と労力がかかっていることをうかがい知る映像を見ると、先生たちのますますの負担が大変と思ってしまう。

そんな中、『全国で相次ぐいじめ問題を受け、東京都内で、学校と警察が子どもの非行情報を互いに連絡する協定を結んでいなかった多摩地区の国分寺、武蔵野、国立の三市が、これまでの姿勢を転換し、協定の締結を検討している』との新聞記事が目に留まる。

文科省が『いじめ』対策として、学校と警察の連携強化を打ち出したことに合わせた動きだそうだが、現在の学校の現状では、連携というより警察依存となる可能性が強いのではないだろうか。

(私の持論であるが)『いじめ』を語るとき、子どもの社会では(大人の社会でも同じだろうが)『いじわる』や『仲間外れ』はごく普通にある現象であり、文科省の『相手が嫌がることは全ていじめ』という考え方が学校現場を混乱させていることを、まず確認する必要があるのではないだろうか。

『相手が嫌がること』という実に曖昧模糊とした行為とは一体何なのだろう。極端な例だろうが、A君が『この答え教えて』と友だちに聞いたとしよう。聞かれた子は『○○だよ』と答えないで『いやだよ』とか『自分で考えなよ・・・』という風景は日常的に目にする姿。

もしA君が一人っ子で、乳幼児期に蝶よ花よとわがまま一杯育てられたて、自分の言ったことを否定されることに慣れていなかったとしたら、友だちから『無視された』『意地悪された』と思うのではないだろうか。

極端な例であることは十分承知しているが、A君からしたら、答え教えてくれない友だちの行為は、文科省の言う『相手が嫌がること』と受け止められると解釈することは、単に上げ足どりと決めつけられない。A君としたら、その友だちは嫌なヤツで、このことが原因でイヤな奴を仲間外れにしたくなる心理が働くのも自然の理では・・・。

また、『今日遊べる(変な表現だが、これが現実)』と聞かれた子どもが、『ううん』と否定し、その後、違う友だちと一緒に帰る姿も日常的に転がっている話。見方によってはこれも仲間外れとなり『相手の嫌がること』。このように、学校生活では子どもたちの心理が食い違うことが当たり前で、この食い違いの連続が『いじわる』や『仲間外れ』の質的な変化に連動するのである。

学級内外のこのような雰囲気をいち早く察して、何が正しく、何が悪いのかをきちんと指導し、友だち関係をギクシャクさせないのが担任の教師であり、学年・学校の教師たちの共通の任務である。

子どもの変化をいち早く察するためには、教師の感性や能力はもちろん必要だが、時間的な余裕が何よりも大切だということは誰も否定しないだろう。その余裕がなくなったことが、最初の些細なことを見逃してしまい、気がつくと『いじわる』とは全く違う暴力行為などに発展。教師自身が自信をなくし動転して、見てみない振りをしてしまう・・・。最近のいじめ報道はこのパタ-ンが多いようだ。

そこにはもはや『いじめ』ではなく『犯罪』という言葉でしか表現できない。この場合は、警察力に頼るしか悲劇を防ぐことができないだろうから、大いに連携を進めるべきだろうが、警察との連携が『いじめ』と言う言葉で表現される行為の絶滅につながるとは思えない。

『いじわる』や『仲間外れ』は絶対になくせない。百歩、いや千歩譲ってできるとしたら、子どもたちの歓声は消え,互いに無関心で無個性、そこには気持ちのふれあいなど皆無になることは間違いないだろう。そんな子ども社会を求める方が間違っている。

私は、絶対になくせない・なくならない(子ども社会での)ちょっとした『いじわる』や『仲間外れ』は子どもの成長のためには必要なものだと捉えているので、これらの行為を全て『いじめ』と言う言葉で表現すること自体奇怪しいと常々思っている。

『いじめ』と『犯罪』とは全く違うものだという認識をもち、子どもの生活の調味料であるちょっとした『いじわる』や『仲間外れ』などの質を見極め、犯罪行為に発展させないようにするのが、今一番議論されなければならないことである。

犯罪が原因の自殺を防止するためには、警察との連携は決して間違っていないが、メディアの力によって、もっと本質的な『いじめ論争』が広がることを期待している。(田舎親父)

2012年11月13日 (火)

今日は素朴な疑問を・・・

 先日の読売新聞ネット版の、東日本大震災で津波被害を受けた3県沿岸の12市町が、浸水した市街地に土を盛ってかさ上げし、現地再建する計画を立てているという記事に目が留まる。

記事によると、想定面積は、東京ディズニーランドの15倍に迫る740ヘクタール。必要な土の量は1750万立方メートルで、東京ドーム14杯分に相当するとのことで、17メートルかさ上げする場所もあり、土不足などによる工事の遅れを懸念する市町もあるとのこと。

一瞬、17メ-トルも盛土するのに東京ド-ムでたった14杯で足りるのかという疑問(万が抜けているのではないかと見直すが、間違いなく14杯とある)を持ったが、17メ-トルの盛土は女川町だけで、後の自治体は数メ-トル程度らしいことから、(例え14万杯でも足りないのでは)不可解だとは思いながらもとりあえず読み進む。

沿岸37市町村で、かさ上げ後に区画を整理し、宅地や商業地を配置し直す計画を持っているらしく、中でも宮古市やいわき市など、12市町が計26地区で実施を予定していのだそうだが、現実にはまだ動きだした自治体はないとのこと。

津波の被害に免れるために、盛土は有効だろうと思うが、市街地全体を17メ-トルもかさあげすることが本当にできるのだろか・・・という素朴な疑問を持つ。

女川町の現実の姿は知らないので、あくまで想像だが、津波で甚大な被害が出たことは映像などで知っているが、町全体が全て流されて、現状で更地状態になっているとはとても思えない。無傷で残る建物もあるだろうし、不便を感じながらも大勢の人々が暮らしているはず。

その人たちの生活はどうするのだろう。なにより、18メ-トルという5階建てのビルの高さまで一面に盛土するとなると、そこで生活している人々を一時的にも移住させなければならない。ふと、ダムに沈む村の風景を思い起こす。

実際に工事を行うとなると(どこからどこまでという線引きもよるが)、土の量について改めて疑問が生じる。東京ド-ム14(万)杯分程度では、(それも他の地域を含めて)とても足りるとは思えないのだが・・・。

周りの山を削れば何とか数値合わせはできるだろうからそのことについて深入りしないが、よほどしっかりした地盤を作り上げなければ、砂で作った楼閣ではないが、ちょっとした津波でえぐり取られる可能性がある。

それ以前に、地盤が脆弱だと揺れに対して弱くなることは明か、今度は津波よりも地震そのものの被害が大きくなるのではないだろうか。そして、もっと液状化現象で折角新築した家屋が傾くことも計算に入れておかねば大変なことになりそう。

多分、自治体の担当部署は私の心配など想定済みで、きちんとした解決策を持っているのだろうが、想像力に乏しい私には、住民をとりあえずどこかに移住させて、盛土する計画そのものが実現可能だとは思えない。

同じ地域を大津波が数年のうちに襲った例は、今まで聞いたことはない。津波の被害を過去に何度も受けているはずなのに、ここまでひどい大被害を受けたのは、多くの人に津波の記憶が正しく伝えられず、逃げ後れたのが原因の一つであろう。

百年後に起きることを想定し、体験を語り継ぎ、そのときは物質的な損害は諦め(保険で担保)まず逃げるという考え方で、全体のかさあげという実現に疑問符がつくような復興ではなく、津波の危険性は十分踏まえた上で、現在地のまま復興した方が、はるかに現実的ではなかろうか。

現実を知らないよそ者は口を出すなと言われればそれまでだが、10メ-トル超の盛土計画に、そんなことが可能なの?・・・という素朴な疑問は消えない。(田舎親父

2012年11月12日 (月)

小学生でも(絶対)しないミス・・・

 先月末、原子力規制委員会が発表した被害情況のシュミレ-ションに、信じられないような初歩的なミスがあったことが明らかになったことについて、こんなに簡単にミスを認めるのは裏があるのでは・・・と皮肉ったが、さらに不可思議なミスがあったとの発表にやはりこの原子力規制委員会とは、国民の目をくらませるためもの以外にない代物ではという思いが強くなる。

今月6日、原発で炉心溶融など重大事故が起きた場合の放射性物質の拡散予測で、九州電力の玄海原発(佐賀県)と川内原発(鹿児島県)に誤りがあったと発表したしたとあるが、なんとそれは、九州電力が風上と風下を取り違えて規制委にデータを提供したためで、正しい方位から180度ずれたという一文には、開いた口がふさがらないほど呆れてしまう。

記事によると、九電は、実際に拡散予測の試算を行った原子力安全基盤機構(JNES)に風向きデータを提供する際、風の吹いてくる方向(風上)と風の吹いていく方向(風下)を取り違えて伝えていたとある。

こんなことがあること自体信じられないが、事もあろうに規制委は前回のミスを発表した際に、風向きが正しいかを九電に確認したところ『間違いない』と回答を得ていたという。それを鵜呑みにしてJNESはシュミレ-ション図を作成したのだそうだが、この図を作ったチ-ムの人間は、原発そのものを実際に見ていなかったのではなかろうか。

鹿児島県から九電に『風向きが違うのでは』と指摘があり、誤りに気付いた九電が規制委に連絡したという事もひっかかる。風向きの方向を間違った?・・・。こんなことは小学校の3年生の理科の学習で行う気象観察でも『絶対』という言葉をつけても奇怪しくないほど間違うことはない。

記事を事実だとすると、九電の担当者も安全基盤機構の人間同様、実際には原発に出かけたことがなく、風向きなどには全く関心がなかったと思われても仕方ない。

いや、そんなことはあるまい。いくら原発の立地条件に疎くとも、気象観察装置から出力される風向きを読み違うことは、これも『絶対』という言葉をつけて良いほどあり得ないこと。それをコンピュ-タに入力する際に間違った・・・。こちらも俄には信じられない。となると、意識的に風向きを違えて報告したのでは?・・・。

規制委は、拡散予測をめぐって、最初に16原発の予測結果を公表した際、拡散先の市町村を取り違えるミスと、続いて6で風向きが22.5度ずつずれる誤りを、素早く認め訂正している。

今回は3度目。『再び訂正となりおわびする。ご迷惑をおかけして申し訳ない』と、前回と全く同じ文言で謝罪しているらしいが、何か空虚に感じられる。これらの組織には福島原発事故は一体なんだったのだろうと虚しくなる。

(繰り返すが)予測シュミレ-ションは、各電力会社がそれぞれの原発で観測した気象データを基に、JNES(独立行政法人原子力安全基盤機構)が作成したものであるが、この組織は、原発の安全検査を行う際に、検査内容の原案を電力側に作成させ、それを丸写しして指弾を受けた団体であることを忘れてはならない。そして経産省や原子力プラントメーカーからの天下り先で、原子力ムラの主要住民が巣くう場であることも・・・。

こんな緊張感がない組織が、国民の安全を本気で守ろうとするわけはない。度重なる訂正は、素早く誤ることで『変わった』という印象を与える『ガス抜き』であると行っても過言ではないようだ。

事が起きたとき、このシュミレ-ションと反対の方向に避難すれば良いと考える人も多くなるのではと、変な考えが頭をよぎる・・・。(田舎親父)

2012年11月11日 (日)

苦しい4年間が始まる・・・

4年前のオバマ大統領の登場は全世界に鮮烈な印象をもたらした。私も含めて多くの日本人たちは、世界各地での戦争介入もなくなり、沖縄を初めとする国内のアメリカ軍基地も縮小するのではないかと淡い期待を抱いたものである。

アメリカが劇的に変わると誰もが信じた。プラハでの『核なき世界の構築』の演説は、ノ-ベル賞の選考委員までの心を奪う効果を発揮し、全く実績のない新アメリカ大統領に『ノ-ベル平和賞』を贈呈した。

日本も変わらねば・・・その思いが日本人の心の中に芽生え、自民党政権の不手際も影響して、その思いがうねりのように大きく渦まいた。それが3年前、衆院選挙では民主党を圧倒的勝利に導き、政権交代という政治劇を生んだと行っても過言でないだろう。いわば、政権交代の影の主役がオバマの登場だったと思っている。

ところがどうだろう。オバマは『イラク戦争を終結した』と発表しているが、マスコミが報道しないだけで、恐らく民族的・宗教的な争いは集結しているはずがなく、シリアの現状のような激しい内戦状態ではないにしても、人々は日夜緊張を強いられているのでないだろうか。

イラクから撤退したものの、アフガニスタンへの軍事介入を強めていることは日本のマスコミも時に取り上げている。アメリカの主張を絶えず『是』としている日本政府はアフガンへの介入の手伝いもやらされているはずだが、こちらは、マスコミは一切報じないので、怪しいとは思いながら、真実は闇の中・・・。

政治音痴の私にはこの程度のことしかわからないが、こと日本への影響という面からはオバマの登場によって、プラス方向の変化はほとんどないのではないだろうか。沖縄のアメリカ軍基地は返還どころか拡張し、兵士たちの綱紀の緩みはますます怪しくなり、日々不祥事が繰り返されている。

オスプレ-に至ってはいうにおよばず、形だけでも脱原発を打ち出した民主党政権には圧力をかけたらしく、将来のエネルギ-政策そのものが、何となく曖昧で、原発容認の声すら大きくなってている。

経済的な問題になるともっと深刻。オバマの4年間に、アメリカ経済は落ち込み、失業者が溢れているという。アメリカがクシャミをすれば・・・とのたとえ通り、日本への影響は計り知れず、今までとても考えられなかったような円高ドル安という状態が進み、日本の経済があえいでいることは仙人的な生活を送っている私でも感じること。

そのことは、日々ニュ-スで伝えられる為替相場で良く分かる。新しいアメリカ大統領が誕生すると、日本には『御祝儀相場』で一時的には値上がりすると言われていたがよほどオバマが敬遠されているらしく、優勢という情報で一気に80円を割り込んだ。

円高が進むと株価が下落し、こちらも連日下がり続けて、一時1万円に手が届くところまでだった平均株価は8000円台になっている。

4年前、イラクからの撤退と国内の経済の建て直しの約束を公約にして、オバマ自身に備わっている天性の演説力でアメリカの有権者の心をとらえ、一期しか上院議員の経験がないオバマを大統領に選んだ。

失業率を半減させると約束し、財政赤字も半分にすると約束したが、現実は、財政赤字は2倍になり、23万人の失業者、6人に1人の貧困層、4700万人の食料切符受給者、さらに、大卒者の半数が職を得られていないという。

再選されたオバマ大統領の経済政策は、変更されることはないだろうと多くの専門家が予想している。となると、実質ゼロ金利を続けるだろう。利ざやが少ないドルを売ることは当然で、その結果円高ドル安が進む程度の経済知識は持っているから、日本の経済の先行きはきわめて不安定。

中国も政権が変わるので、どのような動きになるのか、浅学の私には全く予測できないが、アメリカは自国の利益が最優先する国であることから、日本をして中国を牽制する具にすることは間違いない。

どうやらこれからの4年間は、日本にとって大変苦しい時代になることは明らか。アメリカと中国の圧力を跳ね返すだけの確固とした指導者が存在しない時と、国の存亡にかかわるほど苦しい時と一致していることに不安が広がる・・・。(田舎親父)

2012年11月10日 (土)

結局は再稼働容認の筋書きだろう・・・

 大飯原発の敷地内にある『F-6断層(破砕帯)』が存在することは、いまや誰もが知っているが、福島原発事故以前は、国民の99.99%が知らなかったこと。危ないという専門家も存在したらしいが、その声は徹底的に黙殺されて、利権を優先し安全神話だけを一人歩きさせて各地に原発が建設されたのは今更までもない。

大飯原発の再稼働によって、この断層が注目されるようになったのだが、活断層の上には原発施設を建設してはならないという規定があるので、停止はもとより廃炉にしなければならなくなるという。

折角強引に再稼働させた関西電力としては、これはどうしても避けたいことらしく、独自の調査で『F-6が活断層ではない』との報告書を政府に提出したが、さすがに民主党政府でも『ハイわかりました』とは言えないらしく、原子力規制委員会に調査を命じたようだ。

原子力委員会は専門家チ-ムを作って、『F-6』が活断層かどうかを調べているのだそうだ。その調査チ-ムの2回目の会合が、先日都内であったことをマスコミが取り上げていた。

結論は出なかったという。それはそうだろう。活断層と認定すると、少なくとも大飯原発は即停止してければならない。それでは、誰が見ても明かに無理な論理で強引に再稼働を認可した政府のメンツが立たなくなる。

といって、科学的に明かに活断層の可能性が十分ある『F-6』を『活断層ではない』と言い切るほど、調査チ-ムの専門家の5人の科学者は厚顔ではないはず。結局は結論を先のばしするのは、会合前から決まっていた筋書きではなかろうか・・・。

そして、会合での結論は、5人の調査チ-ムのメンバーが納得するデータが必要だということで、関電にさらに調査を進めるために、新たな試掘溝(トレンチ)を掘るよう命じたとのことである。

マスコミ記事で注目することは、メンバーの一人である渡辺という東洋大教授の発言である。記事には、この教授は『活断層の可能性が否定できないことは意見が一致しており、安全が確認できないので原発を止めて調査するよう』に求めているとある。

そのまま素直に受け取ると、調査チ-ムの全員が『活断層の可能性』ということを認識していることになる。しかし、続いて、調査チ-ムの一人である、規制委の副委員長は『結論は、規制委が判断するべき』だと発言し、それ以上の議論は進まなかったとある。

変な話ではないか。これでは何のために調査チ-ムを作ったのかわからない。一応、渡辺教授のような立場の人もメンバ-に入れるのはこの種の組織を作る時の常套手段。要はガスぬきというか、アリバイ作りでしかなさそうだ。

ここで原子力規制委員会の委員が決まった経緯を思い出す。この人事は国会の同意が必要なのだが、民主党政権は『時間的余裕がない』がないという理由で、首相が『原子力ムラ』の代表的人物を委員長に任命した。

時間がなかったら臨時国会で同意を求めるべきなのに、このこともせずになし崩し的に委員会は発足してしまった。もっと怪しい話が、通常なら『国会のメンツがなくなる』と大騒ぎする野党(国会側)も、このことを追求しないこと。

これば誰が考えても、国会そのものが原子力ムラの住民と結託していると思っても間違いない。

今後、ダラダラと調査を続けるらしいが、その過程でたとえ『F-6は活断層』という科学的な証拠が出てきたとしても、その結果は国民には知らされることはないことだけは確かなようだ。

時期を見て、規制委員会のタナカ委員長は『可能性は否定できないが、すぐに動くことはあり得ないから、大飯原発を停止する必要はない』と言うのではないだろうか。

『原子力ムラ』の住民の仮面を剥がし、その現実を国民に知らしめるためには、もう一つ原発事故が・・・と想像するが、それ以上考えるとゾッとする。(田舎親父)

2012年11月 9日 (金)

電気に全てを依存している生活に思う・・・

 先月末にアメリカ東海岸を物凄い規模のハリケ-ン『サンディ』が襲い、一部の地域では壊滅的な被害を受けたことを、毎日のように映像を交えてテレビがニュ-スや特集で伝えていた。

折しも大統領選挙の真っ只中、両候補は選挙活動を取りやめて救援に向かったらしいが、オバマ大統領の方が救援に対する姿勢が優れていると全世界に発信されていた。

選挙戦は終り、一昨日午後、ロムニ-候補が敗北宣言をしたそうだ。勝利を決定づける切り札が『サンディ』だというから、オバマ陣営としては決して口に出せないことは当然だが、本心ではまさに『神風』的な役割を果たしたというところではないだろか。

オバマ陣営をブラックジョ-ク的に『サンディさま よくぞニュヨ-クに大被害を与えてくださいましたという心境では・・・』と表現したら、きついお叱りどころか、下手するとアメリカ人に殴られそうだが、時系列にそった両者の動きをテレビ画像から読み解くと、改めて間違っていないことに気がつく。

大統領選挙のことはさておき、2日の朝刊だったと思うが『地域の一部で起きた停電は4回目の夜を迎えた。マンハッタンの象徴、摩天楼の高層住宅に住む人たちは明かりもエレベーターもない生活を続けている。日本もひとごとではない・・・』という一文が目に留まりコピ-しておいた。

『1日夕刻、マンハッタンの東側38丁目にある57階建て大規模高層住宅。玄関ロビーに疲れ切った表情の住民たちが座り込む』と、具体的な情況を知らせる文章に続いて、21階に住む38歳の薬剤師の女性のことを取り上げている。彼女はロビ-に座り込んでいる一人で、大量の水を買い込みリュックに詰め込んで、夫が階段を下りて迎えに来るのを待っているという。

私も一度だけニュ-ヨ-クを訪れたことがある。セントラルパ-クという途方もなく広い公園には度肝をぬかされたが、生活の基盤である個人の住宅は超高層のマンションの一室。エレベ-タ-無しでは一日として生活できないことを実感したものである。

『サンディ』はエレベーターだけではなく、水道、トイレ、照明、インターネットなど現代社会の全ての生活の基盤である『電気』の供給をストップさせてしまったのだから、ニュ-ヨ-クの人々の悲惨さは想像に難くない。

『停電』聞きたくない言葉である。原発事故を全く反省しない東電は、むしろ原発がないとこんなに不便だという、脅しのためにしか行ったとしか考えられない『計画停電』のあの不便さを思い出す。

昨年3月の『計画停電』は毎日数時間、東京都や大都市の横浜の一部、あるいは政治屋や東電幹部が住む地域を外したやり方に悔しさを感じたものだが、私のような無力な庶民の住む町には、これでもかとばかり停電のある日が続いたものである。

被災者のことを思うと我慢するのは当然だという日本人の優しさが先に立ち、暴動もなく乗り切れたのだが、オ-ル電化の生活をエンジョイしていた友人の計画停電実施当時の苦労話を思い出す。

新聞記事にある、記者が取材したニュヨ-クのマンションでは、停電4日目の生活に苦悩する住民へのインタビュが紹介されている。

39階に住む女性は『最大の問題はトイレ』で、ペットボトルの水で流すが、どれだけ節約できるかが鍵で『なくなったら39階上り下りしないといけないからね』と答えている。電気がなければ、2階にすら水を上げられないことが良く分かる。

57階でペットと生活をしている年配男性は、一日2回歩いて57階を往復しているとのこと。高層階に第二の人生の基盤を求めたこの男性は、恐らくこんな生活が訪れることなど想像もしなかったに違いない。

たった一日数時間の、それも事前に知らされている停電でさえ、あの不便さ。まして、(ある程度予測できたとは言え)突然を起きた、何時復旧するかもわからない停電では、高層マンションで生活する人々が圧倒的に多いニュ-ヨ-クという大都市が大混乱に陥ることは当然といえばこんな当然なことはない。

他人事ではない。最近は、横浜の片田舎に住む私の生活でさえ、電気がなければ全てが成り立たない。まして、都市部の、しかも高層マンションでは・・・。

改めて、電気に全てを委ねている生活の恐ろしさを実感する。(田舎親父)

2012年11月 8日 (木)

大阪では小学1年生から英語授業・・・

 昨日はマキコ女史を応援したつもりだったのに、夕方には、無条件降伏したらしく、不認可は誤解などと発言したとのこと。事実なら、がっかりというより、この女史も民主党の体質をべったり貼り付けてしまい朝令暮改を何とも思わなくまってしまったようだ。

ところで、大阪市は職員がよほどしっかりしているらしく、市長が(市の仕事とは思われない)全国を飛び歩いて留守にしていても日々の行政には影響ないようだ。このことは東京都でも良く言われたことで、都知事も留守にすることが多かったことを連想する。

以前は、夫婦円満の秘訣として『亭主元気で留守が良い』という諺があったものだが最近は、亭主がに夫なのか妻なのか)どちらをさすのかわからない夫婦が多くなったようで夫婦間には当てはまらなくなくなっているらしいが、自治体の行政組織ではしっかり生きているようだ。

そのお騒がせ市長の発案らしいが、大阪市はグローバル人材の育成をめざして英語教育の強化をはかるらしく、大阪市教委は市立小学校に通う1年生から英語の授業を始めるというニュ-スが目に留まる。卒業時に英検5~3級レベルの英語力をつけることを目標にして、数年後に市内全校に広げる構想だという。

昨年から小学校5、6年生で週1コマの外国語活動(英語)が始まっている。このことは何度も取り上げたので繰り返したくないが、全国の小学校では、未だに戸惑いの声が治まらず、教師の子どもに向き合う時間を奪っているという声を良く耳にする。

指導要領には、子どもの負担を増やさず、国語能力を高めることを優先させるため、目的は英語に親しませることとして、細かな文法を教えたり成績をつけたりはしていないとしているが、小学校の教員の大半(ほとんど全員と行っても過言ではない)が英語に親しんでいないのに、どうして英語に親しむ授業ができるのだろうと、文科省の無茶さ加減に呆れる限り。

学校には反論する権利を与えられていない。それどころか、『反対』という声が上げられないようなシステムになっているので、遠足をカットしてまで時数を確保しなければ、学力テストの成績が下がると大騒ぎの中、時数・時数と言いながら、週1コマを英語の授業?に当てねばならない全国の小学校の教師に同情するところ。

しかも今回の大阪市の方針では、『英語に親しむ』ことから一歩踏み出して、アメリカの学校で用いられている音と文字を結んで覚える学習法(どんなものか、詳しく理解できないが)で、小1からDVD教材を使い発音や聞き取りを指導するのだそうだ。

その後に文法も教え、卒業時には英検5級(中1レベル)の英語力をつけることを目標とし、熱心な児童には中学卒業レベルの英検3級程度の力をつけさせるとのこと。来年度に小学校20、中学校8程度のモデル校で始め、順調なら2~3年後に全校へ拡大する計画だという。

公立の小中学校は『年間35週』と計算しているので、週1コマは年間では35時間、5・6年生の2年間では、現行の指導要領では全国の小学校は小学校生活の中で70時間の英語の授業をしている計算になる。

これを1年生からとなると、210時間と大幅に増大。確かに、英語の文法などにも触れる時間確保は可能なように思えるが、これが『国語力を高める』かというと、間違いなく否であろう。

私が英語の授業をはじめて受けたのは昭和31年だった。中学校1年生の英語の教科書で最初に出てきた『This is a pen.』のたぐいだったと記憶している。日本の文法通り素直に読むと『これ です 1本のペン』となるのだが、当時の英語の教師から『英語の品詞の並び方が違う。これが英語の文法だ』と教えられたものだった。

しかし、日本語の文法を小学校の間にある程度理解していた当時の中学1年生の(日本語の文法との違いを素直に受け止められるか、それとも日本語の文法を理解できていない、所謂国語の苦手な生徒は別にして)多くの生徒の間に戸惑い広がり、中には英語嫌いになった者を少なくなかったことも思い出す。

大阪市の計画では、小学校1年生から英語の文法に触れることはないだろうと信じたいが、中学校1年生程度の英語力を小学校で身につけさせるとなると、日本語の文法もおぼつかない3・4年生から英語の文法に踏み込むことにもなりかねない。これは無茶だろう。

中学校に入学する前に、現在の中学校英語をマスタ-させる?。大阪市教委は中学校ではどんな英語の授業をめざしているのだろう・・・。ひょっとして、何時はやりの『英語しか使ってはいけない授業』なのだろうか。想像するだけで頭が奇怪しくなる。

日本語の文法はどうでも良いのなら、極言すれば『日本語をなくしてしまう』のなら、日本語の文法など教える必要がないだろうが・・・。

方や『愛国心』と鼓舞し、およそ次元が違う武道を取り入れる。こなた『愛国心には絶対に欠かせない国語』を軽視する。私には、この国の政治と教育のあり方が狂っていると涙するしかないのだろうか・・・。(田舎親父)

2012年11月 7日 (水)

マキコ女史の暴走?に思う・・・

 『文部大臣 タナカマキコ』には、この御仁には一番似合わないとびっくりしたが、反面、日頃から文科省に対して批判的な意見を口にしている私としては、トンデモナイことを言い出すのではないかと、ある意味期待もしていたことは間違いない。

そのマキコ女史の就任早々に、2013年4月に開校予定の三つの大学の新設を不認可にするという発言には驚く。早速、各メディアはこの問題を取り上げて、連日、どちらかというとマキコ女史たたきの方向からの大報道が繰り返されている。

そしてある程度定着したマスコミの見方は、マキコ大臣は個別の理由を言わず、『大学が全国で約800校あるなか、大学教育の質が低下している』という一般論だけで不認可としたことに対して『裁量権の逸脱』で『独断専行』だという言葉で表現されている。

そして、マキコ大臣はイシハラ都知事を『暴走老人』と揶揄したが、それをそっくりお返した『暴走大臣』という文言がかなり行き渡っているようだ。

(文科省からも内諾を得て?)来年3月に開校することを決定していた、秋田と愛知と北海道の県や学校法人にとっては、まさに寝耳に水。大変な事態に混乱が広がり、『訴訟も検討する』と怒りと戸惑いが渦巻いていることは容易に想像できる。

『不認可』は、短大から四年制大学への編入を期待していた学生にとっては大ショックに違いない。自分が希望する進路にあった新設大学の受験を決心していた高校生やその保護者にとっても人生の計画そのものが狂う大事件だということは理解できる。

ここにきての『不認可』に対しては何とかならないのかと思うものの、今までのように安易に大学の新設申請にほとんど無条件に許可する文科省の対応に疑問を持っている私には、(この3大学の問題とは別に)大学の数をこれ以上増やさないという意味ではマキコ大臣の判断は基本的には正論だと思っている。

聞いたことがない名前の大学ばかりだという表現が大袈裟ではないぐらい、とにかく大学の数が多い。何故こんなにも大学の数が多くなったのだろうという疑問には、需要があるからとの答えが返ってくる。しかしこの答えはウソだろう。

需要があるという表現とは裏腹に、実際は、ほぼ半数の私学の大学は定員割れになっていて、学生集めが課題になっていることは広く知られている。学生が集まらないことを十分理解しているはずなのに、毎年のように新しい大学が全国各地に新設されるのは誰の目にも変な話。恐らく、学生側の需要とは根底からかけ離れた、メンツや利権などの理由があるのではないだろうか。

それは別の機会に述べることにして、秋田県の場合を例に新聞記事を読んでみると、秋田公立美術大の新設・移行を不認可とされた、秋田公立美術工芸短大の学長は記者会見で、『残念という言葉を超えて、暴挙だ。生徒の学び、活動するチャンスをつぶしてしまう。そこに一番怒りを覚える』と怒りをぶちまけているという。

学長としては当然だろう。しかしそれに続いての『高校生900人以上が入学を希望していた』とは、俄には信じられない。800人もの高校生が入学を希望していることが事実であれば、定員割れの心配はなかろう。但し、全員が入学試験に合格できたという条件の中でだが・・・。

この大学がどんな目的でどのような人材を育てようとしているのかは不明だが、まさか希望者を全員入学許可するとは考えにくい。それなりの試験があってしかるべきだが、そのハ-ドルを低くすればするほど、大学の目的が曖昧模糊となるのは自明のこと。

ならば大学という名には相応しくなく、専門学校で十分ではなかろうか。大学卒業という資格がないと生活できないような風潮を生んでいる現在の社会こそ問題にするべきで、風潮をそのまま受け入れて、名前すら聞いたことのない大学をこれ以上増やことは、本末転倒である。

現行制度の手続き的に落ち度がなく、すでに内示があったと思われる3校の不認可は行き過ぎかも知れないが、新規の大学認可制度そのものに一石を投じたことは大いに評価したい。しかし、不認可取り消しを求めてのマスコミの攻撃が強まることも間違いないところ・・・。

大臣の首をとることをなによりも勲章にしている野党自民党は、早速このことを国会で追及する姿勢を見せている。マスコミがこぞってマキコ女史批判に声を合わせているので世論も追随し、マキコ叩きが大賑わい。撤回しない限り辞任に追い込まれる確率が高まりそうだ。

正論を撤回しないとクビでは、一石が無駄になるどころか、正論が間違いになりかねないことに、今の政治の堕落を感じてならない。

しかし、昨日になって、認可に含みを持たせる発言をしていたところから、女史もしたたかな駆け引きを身に付けたらしいので、上手く乗り切るのでは・・・。(田舎親父)

2012年11月 6日 (火)

また口先だけ・・・

 -東電、福島に『本社機能』 賠償や除染を迅速化-という見出しが、先日の朝日新聞にあった。福島原発事故で避難している人への賠償や除染作業に力を入れるため、年明けにも福島県内に『本社機能』を設けるという内容である。

都内の本店から関連する人事権や予算を移し、地元の意向を素早く業務に反映させるねらいがあるとのことだが、事故からすでに1年8ケ月。当たり前のことが当たり前に進まない東電のこれまでの動きを見ていると、また口先だけでは・・・と思ってしまう。

近く発表する新たな経営方針の柱とするらしい。これまでも、避難している人への賠償を支援する部署は福島県内にあったが、重要な決定は都内の本店で決めるなどしていたため、地元自治体や住民から『意思決定が遅く、地元の期待にも十分応えていない』との批判を受け止める措置なのだそうだ。

今後は、これまで本店と福島の両方にあった賠償などを手がける部署を福島に集中し、新たに500人を加えた4千人体制で副社長級がトップを務めるとのこと。ここに人事や予算の権限を移し、原発事故の処理や避難に関連する業務については、福島で独自に決められるようにするという。

結構なことだと思う。本社機能の移転は遅きに失した感があるが、やらねばならないという意識は評価したい。しかし、何かきれいごとを並べたような文言が羅列する文章には俄には信じられない不安な要素が多々ある。

東電は、除染はこれから本格的に始めるという。今回の経営方針では、除染にあたる社員も、100人体制から300人に増やすのだそうだが、単に人数を3倍にすることだけで、具体的な指針は示されていない。また、社員でなくて外注の作業員ではないかという懸念も消えず、たった300人で除染が可能だとはとても思えない。

また、全社員3万8千人が必ず年に2~3回、福島へ長期出張し、避難している人たちの生活を手助けする枠組みもつくるとのことだが、この程度のことはとっくの昔に行われていると思っていたので、今更、何を寝ぼけたことをという感じ。

面白いのは(腹立たしい意味で)『原発事故対応の責任をきちんと果たし、福島の信頼を得られなければ、東電の再建はありえない』という社長の言葉と『福島の復興なくして、日本の再建はない』という汚染ドジョウ氏の言葉がダブってしまうこと。

今や、悪魔に魂を売り渡し、一日でも権力の座にしがみつきたいだけの亡者に成り下がった汚染ドジョウは、この言葉などとっくの昔に忘れてしまい、復興財源をおよそ福島原発からの復興に対局にある、ベトナムへの原発輸出にも振りあてることを容認する始末。なんだか、首相と東電の社長は一心同体のように映るのだが・・・。

話は飛躍するが、原発処理の最前線で働く作業員のピンハネが酷い上に、高い放射線量下での作業を強いられていることは、今まで話題にしたが、一人の作業員が先月末、東電のグループ企業を労働基準監督署に申し立てたという情報は見逃せない。

労働基準監督署の判断を見守りたい。今までの例を考えると、あまり期待できないような気がするのだが、支援の輪が広がっているというから、次々と申し立てする人が増えるのではないだろうか。

原発事故で被害を受けた人々を救済と補償のために本社機能の福島移転には異論はないが、事故処理をゼネコンに丸投げして知らんぷりは許せない。不合理な条件でも命をかけて働いている下請けの下請け、さらにその下請にそのまた下請けと、どのくらい続くのかわからないような下請けの作業員の実態を真摯に見つめて、彼らの命を守り、待遇の改善も重大な責任である。

作業員の命を使い捨てするような実態では、員数の確保は難しくなることは明か。人が集まらないので事故処理が進まないのも当然の理。東電は作業員の待遇改善は緊急課題だと認識してほしいものである。(田舎親父)

2012年11月 4日 (日)

何よりも地位協定の見直し必要・・・

 先日、沖縄県でアメリカ兵士二人が強姦事件を起こしたことは、小覧でも取り上げた。犯行時刻が午前4時らしいから、そんな時刻に若い女性が出歩くのも変だという意見もあるが、行為そのものは野蛮で破廉恥。決して許すことができない。

さすがのアメリカ軍も釈明できず、謝罪を繰り返すと同時に、駐日アメリカ軍の兵士全員を夜間外出禁止という処置をしたことから、多少の本気度はうかがい知れると述べたが、所詮アメリカ軍の本心は、時間が解決されるだろうというところだから、外出禁止も大ざるで、しかも長続きしないだろうと推測していた。

案の定、一昨日の夕方、その日の未明に沖縄県読谷村の居酒屋でアメリカ軍兵士が酔って暴れ、店の施設・設備を壊した上に、3階の女性宅に侵入、中学生を殴って窓から逃走した『疑いがある』という、二重に信じられないようなニュ-スが流れた。

軍隊ではもっとも徹底されることは『上官の命令』なはず。軍の最高司令官の命令である『外出禁止令』を、24歳の下っぱ兵士がいとも簡単に破ることが信じられないことの一つであるが、それ以上に、明かにこのアメリカ兵の乱暴狼藉を複数の人たちが目撃しているのにもかかわらず『疑いがある』という、マスコミの表現である。

しかも名前も階級も明かにせず、24歳の兵士とだけというのも気に食わない。その日の夕刊の記事によると、2日の午前一時ごろ、居酒屋から『米兵の男が酔って暴れている』と110番通報があったという。

『駆け付けた署員は白人の男が路上で倒れているのを見た。その間、男は救急車で搬送された。地元消防によると、付近の住民から119番があり、男の意思を確認し、北谷町にある米軍の病院に運んだ』という表現も何か奥歯に物をはさんだようで、どこかに遠慮しているとしか思えない文脈。何なのだろう・・・。

沖縄では救急車を要請された場合、該当者がアメリカ兵であれば、軍の病院に運ばねばならないと決まっているのだろうか。それが地位協定にうたっているとなると、仕方ないのかも知れないか、警察官が現場にいて説明があっはずだから、日本の病院に搬送する選択肢が普通だと思うのだが・・・。

軍の病院の話では、この兵士は肋骨骨折など重傷で安静が必要だとのことだが、これも素直には受け取り難い。地位協定では、日本の検察が起訴を決めない限り身柄はアメリカ軍にあるので、兵士の回復をまって捜査するしか方法がないらしいのも、腹立たしく許し難い話である。

嘉手納署は外階段から三階の部屋に侵入、テレビを『壊した疑いも』あるとみて捜査しているとあり、嘉手納基地の副司令官は、米兵が飲酒後に住居侵入した『疑いを持たれている』ことについて『極めて遺憾』とする声明を出したという表現にも、何だこれは・・・という忸怩たる思いが残る。

外出禁止令には午後11時から朝5時となっているが、店が通報したのが午前1時というのもひっかかる。

他の新聞記事では、午後11時を回ったので飲食店では、基地に帰るように注意を与えたところ、突然暴れ出したと報じるが、11時から2時間も暴れ放題にさせていたのだろうか。アメリカ兵はお得意さまなので仕方ないと、なだめながら飲ましていたのだろうか。

さらに、この飲食店と同じビルの3階の部屋に侵入したことや、この部屋には施錠がなかったこと、寝ている中学生を殴りテレビを壊したとあるが、何か筋書きが混乱してしまった小説のようで不可解さばかりが膨らむ事件である。

マスコミとしては、恐らく、真実を報じられないような事情があるのだろうが、この兵士が乱暴狼藉したことは事実なのだから、もう少し筋を通してもらいたいものだ。

政府も駐日アメリカ大使を呼び抗議したそうだが、それ以上の行動はなく、首相に至っては『あってはならないこと』と全くの他人事のような表現では、どこまで抗議の意志がアメリカに伝わるのかすら疑わしい。

オスプレ-の訓練も、『市街地上空ではヘリモ-ドは行わない』という両国の合意も『可能な限り』という一文があるので、日本政府は抗議すらできない(する意志もない)というのも情けない。

今日、本政府が緊急になさねばならないことは、消費税増税などではなく地位協定の見直しであることは誰の目にも明かだと思うのだが・・・。(田舎親父)

2012年11月 1日 (木)

スマホに潜む恐ろしさ・・・

 あっと言う間に今日は11月1日。今年のカダ-も残りは2枚。時の過ぎ去る速さ一段と感じるが、かといって特別あせりを感じないのも歳のせいかも知れない。

現役時代は同僚の誰よりも早くインタ-ネットを楽しみ、携帯電話を手にしていろいろな人とお付き合い願っていたが、もともと人ごみが苦手なこともあって、退職するとついつい電車に乗って都会に出かける気持ちにならず、近くの野山を散策したり、土と楽しむ生活にすっかり慣れてしまっている。

散策に出かけるときは携帯電話を居場所確認のために持つようにしているが、呼び出し音が鳴るのも稀となると、今はやりのスマ-トフォンなどに対しては全くの必要性を感じない。そして、それが不便だとも思わないので未だに触れたこともない。

もっとも、親指シフトのキ-ボ-ドでしか文章が作れない私には、携帯からメ-ルすることの煩わしさもあり、また緊急の連絡もほとんどない生活では、メ-ルでの連絡はパソコンからと決めているので、スマホやタブレットなどの最近のメディアには全く関心がなく、(便利なのだろうとは思うが)あえて持ちたいとも思わない。

そんな私には無縁のことながら、最近携帯(スマホ)がらみの犯罪報道が毎日のように報じられている。

先日、スマホの電話帳データを勝手に外部送信する無料アプリをインターネット上に公開したとして、警視庁サイバー犯罪対策課がウイルス供用の疑いで、IT関連会社の元会長らを逮捕というニュ-スが流れた。

アプリがパソコンでいうソフトだということや、便利なアプリが数限りなく出回って、手軽にダウンロ-ドできる程度の知識は持っているが、使ったことがないので、どうしてこんなことができるのか詳しいことは理解できない。そして、この種の犯罪が後を絶たないのは利用者の方にも問題があるのではと思えてならない。

記事によれば、利用者がアプリをダウンロードすると、起動後に個人情報が勝手に流出する仕組みになっているのだそうだ。自分のスマホに登録している友人知人の携帯アドレスなども勝手に盗み見ることができるというからこれは恐ろしい。

少なくとも約9万人がこのアプリをダウンロードしたことから推定して、メールアドレス約6百万件や電話番号など計約1883万件の個人情報が、外部のレンタルサーバーに流出したとのこと、これらがまた新しい犯罪に利用されることになることを考えると気持ちが冷え込む。

利用者はまさかこんなアプリが出回っているとは思わず、無料ということもあって安易に取り込むらしいが、そのことが犯罪につながるとなると、被害者でありながら、実は加害者になっていることの重大さに気づきたい。

こんなニュ-スを見ると、利用者は、スマホの影に潜む恐ろしさを感じても良いと思うのだが、スマホ利用者の多くは見逃しているか、あるいは自分とは関係ないと頭の中を素通りするようだ。

スマホとは無縁の私が今更述べることではないだろうが、興味だけで飛びついている子どもたちや年寄りたちが、何かにとりつかれたようにスマホを手にしていることに不安を感じて仕方がない・・・。(田舎親父)明日から、2日ほど休載の予定。

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