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2013年4月

2013年4月30日 (火)

介護保険の使途・・・

 大型連休の前半が終了。3日間気合を入れて顔を出してくれていたお天道さまも今日は中休みというところらしく、今朝はうっすらと陽はさすものの何やら雲行きは怪しげ、予報もこれから雨になるとのことである。

 少し話が古くなるが、先日の東京新聞に掲載された『介護保険で費用が補助される住宅のバリアフリー改修で、業者の過半数は年間受注が4件以下だったことが分かった』という一文に、介護保険の使途が住宅建設まで広がっていることをはじめて知り、世間知らずの私らしいと少し情けなくなる。

 この文書をそのまま解釈すれば、介護保険を使って建物を改築するためには、どこかに登録した業者を選ぶことが必要なのだが,その業者は、極めて経験が不足して信用ならないので受注が限られているということになるが、介護保険とそのご用だての建築業者という関係が私にはどうしても理解できない。

 受注が4件以下となると、その業者の腕が上がらないのも理解できるが、技術自慢の工務店は全国にあまたあるはず。我が家のお抱え大工というと大げさに聞こえるが、いろいろと相談に乗ってもらったり、修理修繕を受け持ってもらっている個人工務店の彼がこんな制度があることを知っているのか早速確かめなければならない。

建築などの業者が加盟しているのだろうが、公益財団法人『テクノエイド協会』という組織があり、その組織が、本来は利用者が自治体に請求する補助金を代行請求できる『受領委任払い登録事業者』として、各自治体がホームページで公開している1889社を調査してという。

 その結果は、年間の受注件数はゼロ件が14・6%、1件が9・5%、2件が13・6%、3~4件が17%で、4件以下が54・7%を占め、10件以上は3割に満たなかったのだそうだ。この調査には、7割以上が回答していないというから、内実はあまり知られたくないということではないだろうか。ということになれば、実態は経験不足の業者の割合がより大きい可能性もあることになりそうだ。

 改修の依頼者別による傾向では、介護事業者や地域の支援センターを通じて受注している業者は年20件以上の実績があるというところが多かったが、個人が直接依頼する場合に、経験不足の業者が目立ったとなると、受注の制度的な欠陥がありそうだ。

 このことは、業者向けに技術研修をしている自治体は、過去に行ったことがあるところを含めても10%未満で、都道府県で業者向け研修をしているのは秋田、千葉、福井、岐阜、静岡、島根の6県のみだというから、この制度自体が自治体に行き渡っていないことが浮かび上がってくる。

 バリアフリーの住宅改修は、利用者によって異なる障害に合わせて設計・施工する必要があり、手すりの高さや位置など、実際の使い勝手は業者の経験に左右されやすいことは私でもわかること。

介護保険による補助は原則、生涯に一回だけで、器具やサービスと違って、一度施工すると、使い勝手が悪いと感じてやり直してほしいと文句を言っても聞き入れられないことが多く、しかも、現状では技術力に関する基準はないのだそうだ。これではトラブルが多くなるのもうなずける。

 高額な介護保険料を払っているが、私には現在のところ介護を必要としないので、こんな恩恵のあること自体知らなかったが、介護保険を使って住宅を改修すると、18万円を上限に工費の9割が補助されるという。生涯に一度だけとあるが、9割の補助を受けられるとなると、かなりの申請があるのではないだろうか。

 今、個人工務店は仕事がないと嘆きの声が伝わってくる。一昔までは、友人がやっている工務店にも、時に家一件建てる依頼も入っていたそうだが、数年前からは、個人工務店に依頼することはごく稀になり、住宅建設のほぼ全部と言って良いほど大手の建築業者が受注するという。個人の工務店はいくら技術力を誇っていても、大手の経営力には敵わないため、その下請けや孫請けで細々と生業を建てているのが現状だそうだ。

記事からは、個人工務店が申請すれば誰もが介護保険の登録業者になれるとは読み取れない。そこには何か仕組みがあるのだろが、まず、友人にこのことを確かめてみる必要がありそうだ。続きはその後・・・。(田舎親父)

2013年4月29日 (月)

物価が上がったと喜ぶ輩・・・

 人込みが苦手なのでおよそ私には関係ない話だが、ゴ-ルデンウイ-クが始まり、人々が先を争うように行楽地に群がっている様子がテレビで紹介されている。一見平和で、経済的に豊かな国を思わせる映像である。

私が若手と呼ばれる頃(40年ほど前になるかな)には、メ-デ-はその言葉の意味通り5月1日と決まっていた。その日は、おおっぴらに休めるので、メ-デ-の動員には真っ先に挙手。ほとんど毎年、代々木公園で開かれる中央大会に参加し、渋谷駅周辺までデモ行進(極めてチンタラデモだったが)して、仲間と昼間からクダをまいて、ああでもないここでもないと取り止めのない話題で盛り上がったものである。

ところがいつのころからか、メ-デ-が5月1日ではなく、4月の土・日曜日に行われるようになってしまい、マスコミの取り上げかたも年々小さくなってしまっている。今年も、新聞の片隅に、4月27日に行われたと報じていたが、その記事は、(大げさに表現するなら)虫眼鏡で探さなければ見つからないほど・・・。

共産党系の労働組合から『俺たらは伝統を守り5月1日にやっているぞ』との声が聞こえてきそうだが、共産党系の労働組合は数量的には少なく、社会的な影響力はほとんどないらしく、マスコミの取り上げ方は、さらに小さくなっているのが現状では、その声もかすかに聞こえてくる程度。

ここまで不景気が続く中、本来なら労働者の意識は高まり、メ-デ-が盛り上がらねばならないのだが、全国労働者総連合会(連合)の幹部たちが完全に権力の枠の中に取り組まれているのだから、労働者の権利など今ではあってないに等しいようだ。

そんな中、2年間に物価を2%あげると宣言し、オセロゲ-ムではと揶揄されながらも華々しく登場した日銀のクロダ総裁が、物価上昇率は2015年度の早い時期に2%に達すだろうとの見込みを発表。大規模な金融緩和により景気回復が進むとの想定を反映し、13年度、14年度の物価見通しを大幅に上方修正した上で、物価上昇目標を2年後に達成する道筋を自信満々に語っている映像をテレビが流していた。

 ところで、日銀がインフレの目安にするのは『生鮮品を除く消費者物価指数(CPI)』だということを、経済プロのブログで知った。そこには、生鮮品が除外されるのは、景気よりも天候などに左右されるためだとの注釈がある。

消費者物価指数とは家計が消費するさまざまな商品・サービスの価格の加重平均だそうだが、目標に沿って2%前後で安定して推移すればデフレ脱却に大きく近づくことになるが、先日行われたような、燃料高に反発するイカ釣り漁船のストで一斉休業によってイカの値段が上がっても日銀的にはカウントしないという。これでは、クロダ氏の言うデフレ脱却どころの騒ぎではないのではと、経済音痴の私には思えるのだが・・・。

話は変わるが、先日川崎市にある等覚院というツツジの名所でもある天台宗の寺を訪れた。時間があったので、どこに続くのか全く知らないまま、近くの川に沿った遊歩道を散策することにしたが、知らない土地で歩き始めたら食事の場所がなくなるのではと、目にとまった『すき屋』と牛丼店に飛び込み、中盛りの牛丼を注文。

『すき屋』という名前は知っていたがはじめて入る。昼前なのにかなり混雑している。あまり美味い代物ではなかったのにがっかりするが、金額が280円。先日、吉野屋が100円下げて280円にした話題を取り上げたが、実際に支払らう段になって安すぎると驚いてしまった。ラ-メンやザルソバでも700円程度する時代に、こんな金額で経営が成り立つのだろうか。

経営の経験はないが、常識的には無理ではないだろうか。輸入牛肉も円安で割高になっているだろうと考えると、結局は人件費などで値下げ分を相殺するしかないのでないだろうか。この店で働く二人のアルバイトらしい中年の女性はどのぐらいの時給は、700円程度の最低賃金レベルか?・・・。

失礼な推理だが、経済的に恵まれている人たちではないだろう。そして、『すき屋』などの外食店が値下げをしてまで存在するのだから、このような立場の人々が多いことは想像に難くない。少ない給料で生活を支えていかなければならないとなると、価格の安いものしか買わない(買えない)のも当然だろう。

かたや物価をあげることに汲々としている少数の輩が存在し、こなた生活が経済的な事情から安いものしか求められない圧倒的多数の人々がいる。私もその一人・・・。

2%の物価値上げで経済の建て直しという日銀のやり方に危うさを感じ、当面は何とか表面上と取り繕えても、来年度、消費税を上げた時点で、ますますデフレのスパイラルに陥るように思えてならないのだが・・・。(田舎親父)

2013年4月28日 (日)

貸し倉庫に遺体との記事から・・・

 このところ、毎日のように常識的にはとても理解できないような不可解な事件の報道が続いているが、貸し倉庫に遺体が放置されていたという記事もその一つ。

散策の途中で雨後のタケノコのように保育園が増えていることについては、すでに述べたが、保育園に負けず劣らず増えているのが貸し倉庫群。コンテナと呼ばれる鉄製の箱を所狭しとばかり並べてある無機質な空間である。

中には、鉄パイプで足場を作って、縦にも積み重ねた2階建てのものまである。こんな場所で借りる人がいるのと思うような所にも並んでいることに頭をひねるが、それだけ需要があるのだろう。

ある日突然、交差点の一角にあった駐車場の一部が、コンテナ群に替わっている場所もある。駐車場ならば、例えそこに車があっても見通しはかなり良いので、運転手の目線からは安心できる。風景的や治安からみたらあまり歓迎できないかもしれないが・・・。

コンテナを利用した貸し倉庫で腐乱した遺体が発見されたのは大分市。10日のことだから、かなり古い話である。続報がないので詳細は不明だが、その時点では、遺体は成人とみられ身元や性別は不明だという。

記事によると、コンテナは広さ約3平方メートルというから畳み1畳半、ごく普通の大きさらしい。外から鍵がかかっていたというから、借り主が関与していることは間違いないが、この借り主である大分市内の38歳の男性が所在不明で連絡かとれないという。

 異臭がしたため、貸倉庫業の社員が合鍵で開けたところ、中に土が盛られていたのだそうだ。通報を受けた県警が詳しく調べた結果、土の中から遺体が見つかったという。

 常識的にはこの貸し倉庫の借り主が、犯人だろうと推測しているが、推理小説的には実にさまざまな筋書きが考えられそうで、無責任なようだが続報を期待しているのだが、現在のところこの事件に関する記事は見つからない。恐らく、地方での遺体放棄事件であることから、よほどの猟奇的な展開でない限り、このまま人々の記憶から消えるのではないだろうか。

それはさておき、この事件報道から、貸し倉庫に何となく注目するようになった。先日も(今まで気づかなかったので最近出現したのだろう)散策の途中の林の中に、相当な規模の貸し倉庫に出会う。

コンテナは明らかに使い古している代物であるが、そこでたまたま張ってあった目新しい賃貸料金表に目に留まる。表によると、一番狭いのが0.5平方メ-トル(1畳分)から、広いのは20平方メ-トル(約12畳)まであるという。料金も一月4千円から7万円まで幅が大きい。しかし見渡した限り、同じ規格のコンテナばかりなので、この料金表は倉庫会社が広告らしい。

つい最近まで、そこには雑木林があったはず。林を切り倒してまで、こんな風景が出現するのは、プライバシ-を守ることに汲々としている現代人の寂しさを表している風景のように思えてならない。

なにをこんな林の中で保管しているのか窺い知れないか、このスペ-スを必要とする人が多いらしく、その時には人影はないが、何となくかなり使われているような雰囲気がうかがわれる。

まさかこのコンテナの中に遺体が放棄されているとは思わないが、林の中に並ぶコンテナ群は、保管場所に困る現在の都会地での住まい事情の貧困さはさることながら、いかに捨てきれない物を多く持つ現代人の生活様式に違和感を覚える風景でもある。

それ以上に、自然をなぎ倒してまでコンテナを並べればカネになるという現在の、経済優先の風潮が気に入らない。

取り止めのない文章になったが、大型連休中に出没範囲を広げて、知らない場所の野山も歩き回ろうと思っている私だが、こんな鉄の箱が並んだ無機質な風景には出会いたくないと思う今朝である。(田舎親父)

2013年4月27日 (土)

渋谷駅周辺の衰退の足音が・・・

 先日、小覧で『渋谷が遠くなった』という見出しで、東急と東京メトロが直結したことにより、ホ-ムが地下5階(それ以上かな)に移ったことでの不便さを書いたが、一昨日の東京新聞の記事は私が感じた不便さを広く知らしめているものではないだろうか。

 記事は『東急と東京メトロの直通運転に伴って地下化された東横線渋谷駅で、下りエスカレーターが一部撤去されたことに高齢者から不満が出ている』との文章で始まり、『脚の弱い高齢者にとって併設の階段を下りるのは上るより負担だ』と東急の対応の拙さを批判している。

3月16日に東横線がメトロ副都心と渋谷の地下5階で直結。今まで地上2階にあった東横線のホ-ムが地下になったので、人の動きが大きく違うようになったことは、先日自分自身痛切に感じたことである。

今までは、東横線渋谷駅のホ-ムの階段を降りて改札口を左に曲がると、人込みで歩くのもままならないものの、すぐにJRの改札口。同じくホ-ム前方の改札口を出て、すぐの階段を上がればメトロ銀座線だったので、渋谷駅で乗り換える乗客にはとても便利だったが、JRやメトロとの距離は果てし無く遠くなった感じ・・・。

東京新聞に一人の高齢者の嘆き節が紹介されている。この方は80歳。シニア劇団の稽古場に通うため、渋谷駅東口でバスを降り、近くの出入り口から下りエスカレーターで地下3階の半蔵門線に向かうのが日常の行動だったが、この出入り口が昨年11月に駅改装で30メートル移設され、新たに設置されたエスカレーターは上りだけになったという。

私の利用しているJR横浜線は長津田駅で東急田園都市線(半蔵門線と直通運転)と結ばれているので、都心からの帰りのル-トでは半蔵門線も利用することがある。しかし、往路は大回りになることと、運賃が60円も高くなるので東横線を利用しているので、半蔵門線の出入り口の移動のことは全く知らなかったが、改めて東急の年寄りいじめに腹が立つ。

 記事によれば、下りのエスカレ-タ-が撤去されたのはここだけではなく、近くの別の出入り口も今年3月、直結事業と時を同じくして移設され、下りエスカレーターのみが取り除かれたのだそうだ。

 記事にある高齢者は膝に痛みを抱え、歩行につえが欠かせないという。エレベーターが頼みの綱だが、下りのエスカレ-タ-を利用するためには、東口から明治通りを挟んだ渋谷ヒカリエまで、130メートル迂回しなければならないという。これは酷い。『新しい駅に期待していたのにがっかり』だとつぶやいているそうだが、その心情は当然とよく理解できる。

 駅地下を管理する東急電鉄によると、改装で下りエスカレーターが姿を消したのは、この二カ所だけだそうだが、手すりにつかまりながら下りるか、130メ-トルを迂回するかしか方法がないのが現状だそうだ。

 東急広報部は『通行者の動線を総合的に見てエスカレーターの上り下りを配分した』と当然のように説明しているようだが、下りのエスカレ-タ-は地下に5階のホ-ムまでないことは、先日私が経験したこと。東急の言う通行者というのは、下りの階段をもろともしない若者を対象にしているようだ。

 一応、問題の二カ所のエスカレーターのうち、一つは3年をめどに下りも設置する予定だというが、あのスペ-スではエスカレ-タ設置の工事そのものが不可能ではないだろうか。事実、一方の整備時期は未定だと発言しているのは、取り付けないということだろうと推測している。

専門家によると、歩く時は膝を曲げ伸ばしするが、階段を下りる時は曲げっぱなしになり、そのまま下に向かうので加速的に負荷がかかるのだそうだ。膝の力が弱くなったお年寄りには特に負担になり、転倒の危険も高く大けがにつながりやすくなるので、下りにこそエスカレ-タ-の重要性があると話しているが、これは説得力がある。

鉄道事業者が上りエスカレーターを優先する事情について、DPI(障害者インターナショナル)日本会議で交通問題を担当者が『ホームや改札口に人を滞留させず、上りエスカレーターで早く外に出てほしいという思いが垣間見える』と指摘していることを紹介しているが、なるほど鋭い意見である。

東急は、この指摘に対して、明確な答を出さない限り、高齢者の足が渋谷から遠ざかることは間違いないようだ。そして、結局は当初計画したほどカネが落ちない・・・。

東急と渋谷駅周辺の衰退が始まっているような気がしてならない。(田舎親父)

2013年4月26日 (金)

川内の存在が大きくなる・・・

 ボストンマラソンのテロには驚いた。事件当初、私は、アメリカに対するイスラム過激派の憎悪は極限を迎えていると思っていたので、このテロもイスラム過激派、特にマスコミが盛んに宣伝するアルカイダの関与があって奇怪しくないと思っていたが、アルカイダならびにその関係組織からの犯行声明がないのに、何か違うぞ・・・という漠然とした不可解な気持ちになっていた。

 背景など全く窺い知れないが、アメリカの発表では、結局ところ、テロはチェチェン系の二人の兄弟の単独犯だという。兄は銃撃戦で射殺されたが弟は逃走し、ボ-トの内部に潜んでいたところ捕まったとの報道である。

 上空からの特殊な赤外線カメラで、ボ-ト内に犯人とされる人物の影らしきものの動きを捉えている様子を放映していたが、その直後、なにかが爆発したような映像には愕然としたものである。その爆発から時を経ず逮捕されたとのことだから、恐らく、動きを封じる薬剤がまかれたのだろうと想像しているが、アメリカの恐ろしさを実感する。

 変な書き出しになったが、このところ日本国内の『マラソンブ-ム』は、毎週日曜日には全国の各地で、場合によっては複数の都市でマラソン大会が開かれているほどの大人気である。

ボストンマラソンのテロ事件があっても、その人気に陰りがなくなることはなく、直後の21日の日曜日は全国的に荒天にも係わらず、新聞報道で知る限り、霞ヶ浦と長野で大がかりなマラソン大会が行われた。私が知らないだけで、他の都市でも行われたのかもしれないが・・・。

 この二つの大会は、それぞれが外国から有力選手も参加するほど、伝統を誇る大会らしい。その一つ、長野マラソンで、市民ランナ-として一躍時の人となっている川内(敬称略)が優勝したというニュ-スをその日の夜のテレビと翌日の新聞が大きく取り上げていた。なんでも、このマラソン大会では15回目にして日本人がはじめて優勝したのだそうだ。

 当日は関東地方でも冬に戻ったような天候だったが、テロに備えて厳重な警備態勢が敷かれた長野地方は雪の降り続く最悪のコンディション。スタート時の気温0・4度というから,まさに真冬。ほとんどのランナーが防寒対策で臨んだのに対し、川内はふだん通りのランニングシャツスタイルだと言うから、この選手の凄さが伝わってくる。

 優勝後のインタビュ-では『さすがに両脚がつりそうになった』と苦笑いしながらも、『雪と相性はいい。きょうのコンディションは最高でした。沿道のみなさんの陸上を愛する気持ちが伝わってきた』と言ってのけるタフさはどこからくるのだろう。

 川内のスケジュ-ルが物凄い。実業団の選手なら、半年に一度程度が関の山だが、川内にかかると、そんな選手はまさにひよこ、甘っちょろいとしか言えないらしく、12月から数えて、フルコ-スのマラソンだけで6大会、その合間に駅伝やハ-フマラソンなどにも数多く出場しているというから半端ではない。

 私が知る限りでも、福岡国際マラソンには破れたものの、自腹でカイロ行きの飛行機に飛び乗ってエジプトマラソンに参加し優勝したのはそれから一月後。さらにその半月後の別府大分毎日マラソンでは会新記録で優勝したことに驚く。3月のソウルマラソンにも出走したが、途中でバテたのも当然だろう。それでも4位に入賞だから、もはや日本では最高の長距離ランナ-と言っても過言ではなかろう。

 こんなマラソンランナ-が過去に存在しただろうか。答えは 『否』。これまでの常識ではあり得ない。

日本のマラソンを引っ張って来たのは、名門の実業団に所属する選手たち。仕事との両立は大変だと世間からは半年に一度のマラソン挑戦は当然と受け止められていたが、川内はれっきとした公務員。

 川内は仕事と両立させてこのペ-ス。世間から、実技イヴ段に所属する選手たちは『温室育ち』と揶揄され始めたようだが、これを風縞ためににも、実業団の監督やコ-チは川原の意識や練習方法など、本気で研究する必要があるのでは・・・。(田舎親父)

2013年4月25日 (木)

また靖国の季節がめぐってきたが・・・

 また靖国の季節がめぐってきた。毎年、この時季になると靖国神社の春の大祭に、自民党の(最近は民社党や他の野党も加わっているが)○○議員が参拝したとか、玉串を捧げたということが新聞やテレビで取り上げられる。

 特に内閣の一員である閣僚が参拝すると取り扱いは大きくなり、それに比例して、中国と韓国、時には台湾までもの政府が敏感に反応し、『遺憾の意』を表明するのが、(不適当な表現とお叱りを受けるかもしれないが)このところの恒例行事になっている。

 靖国神社への閣僚の参拝には、中国や韓国はその歴史観から許せないことは、私でも想像に難くない。特に、太平洋戦争でA級戦犯として処刑された人物を、世論の反対を押し切り合祀したことには、(東京裁判そのものをどう見るのかは別にして)中国や韓国などのかって日本が占領、植民地化した国々からは、戦犯を『神』と讃えたと受け止めるのではないだろうか。

 中国と韓国が、今回の閣僚(特に当然と言い放っている副総理)の参拝には、断固許せないと態度を硬くし、韓国は外相の来日中止、中国は副総裁の訪中お断りという異常事態になっている。

ところで、北朝鮮の金王朝は先代が死亡して、長男ではなく三男が(幕府でいう)将軍職を継いだことは、それは北朝鮮の国内事情で仕方ないことなのだろうが、この将軍サマがやたら権力を振り回すだけではなく、『俺は核兵器を持っているぞ』と宣言し、近隣諸国はもとより世界全体に挑発を繰り返しているのは困ったもの。

 まさか、核兵器の発射ボタンを押すとは思いたくないが、落語の世界でも三代目はボンクラが多いとされるだけに、外交問題が行き詰まって頭脳回路が混線したら、衝動的に日本へ向けてミサイルを発射しないとも限らない。そのミサイルの弾頭に小型の核兵器でも搭載されていたらとゾッとする。

 北朝鮮の挑発を思いとどめ、平和裏に矛を収めさせるためには、何としても中国と韓国との協力が必要だと思うのだが、アベ政権は国内の内閣支持率がかってないほどの高い水準で維持していることをバックに奢っているらしく、『靖国問題は国内の事情だからガタガタ言いなさんな』という態度。昨日の国会答弁では、中国や韓国の脅しに屈せず、どんどん参拝するべきだと答弁しているのだから、戦争も辞さずととられても仕方ない。

先日は、野党も含めた超党派議員団として靖国へ参拝し、その団長がアベ首相と同じような頭脳回路の持ち主らしく、『外国から、とやかく言われるのは理解できない』と発言していたが、この『理解できない』という部分をそっくり『理解できない』と返したくなる。

この団長は『国のために犠牲になった英霊に、御心を捧げるのは日本人として当然。西洋諸国でも墓所に礼拝していることが問題になったためしがない』と言う。一応もっともな発言だと感じる人も多いだろう。しかし、中国や韓国からすると、既述したように、自分たちの国を蹂躙した人物を『神』として祭っている社に、国民の代表として選ばれている国会議員が参拝することは、日本が国として、先の戦争を肯定すると受け止める。これも当然だろう。

中国や韓国の民族主義的な発想にはついていけないというより、理解できない部分が多すぎて、私的にはむしろ嫌いな国ではあるが、靖国問題に関しては『公人ではなく、日本人として私的に参拝するから文句ないだろう』というのは、右傾思想の持ち主たちの奢りであって、もう少し相手の心を読もうとする気持ちや、感情を逆撫でしないほんの少しの配慮があってもしかるべきではないだろうか。

日本と中国、韓国とは歴史的な長く深いつながりが存在し、宗教的感覚と表現しても差し支えないのかもしれない『ものの考え方』などから、西洋諸国のような割り切りかたはできるはずがなく、むしろ東洋的な心の問題といっても良い微妙なもの。

昨日の朝日新聞の『天声人語』に次のような一文がある。

・・・ずいぶん前に、〈戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ……〉の詩で知られる戦没兵竹内浩三のお姉さんに話を聞いた。話が「侵略」に及んだときの、静かな言葉が今も胸に残る▼「やはり自分の意思ではなくても、フィリピンまで行って戦っているのですから。自分も死んでますけれど……」。他国の人に思いをいたしつつ亡弟に寄せる深い哀惜に、目頭を熱くした。毎度お騒がせの閣僚や議員の参拝が、どこか薄っぺらに見えてくる。

その通りとうなずける。アベ首相は前回の在任中に参拝できなかったことを『痛恨の極み』と語っているらしいが、靖国参拝の前に、A級戦犯の分祀論や無宗教の国立追悼施設建設などの議論を深めることが先だろう・・・。(田舎親父)

2013年4月24日 (水)

カツオ出汁の味噌汁も高嶺の花に・・・

 日曜日の朝のNHKの『ニュ-スの深読み』という番組で、タイやブリの養殖の話題を取り上げていた。宇和島のタイの養殖では工夫を重ねて特別の餌を開発し、銀座の料理店で5切れを1400円という超高級刺身として流通している『鯛一郎クン』というブランド鯛を育てているという。

五島列島では、特殊な酵素を加えたトウモロコシの粉末を餌に混ぜることにより、産卵期間中でも味が落ちないブリの養殖に成功した例も放映していた。いずれの場合も、魚の養殖には餌の高騰がネックとなり、続けていくのが難しいという中で逆手にとった手法で成功していることを、日本の魚養殖の未来を示す明るい材料として紹介している。

違う視点からの話題であるが、カツオ節の原料となる冷凍カツオの価格が高騰しているという。健康志向などで海外での需要が拡大したところへ、ドル建ての国際価格が指標になっているため『アベノミクス』による円安が拍車をかけているそうだ。

カツオ節生産量日本一の鹿児島県枕崎市では史上最高値を更新し、1年で30%超も値上がりしたという記事が目に留まる。記事によると、カツオ節の主な原料になる、2.5キロ以上4.5キロ未満の冷凍カツオ1キロ当たりの取引価格が、史上最高値の251円超を記録したとある。

同じ大きさの冷凍カツオの取引価格は、2000年は平均で約81円だったが、BSE (わかり易く狂牛病としておく)や鳥インフルエンザの不安から魚食が見直され、その結果、海外で需要が拡大してカツオ節の需要が一気に広がったとのこと。12年4月は、平均180円弱まで上がったというから、10年間に約2倍の値上げである。

 そこへ最近の円安・ドル高と今年の年始めの不漁が重なり、価格が一気に跳ね上がったというのだがこの高騰は尋常ではない。冷凍カツオは、ドル建てで取引されるバンコク相場が指標となるためだそうだ。何故バンコク相場なのかはよく理解できないが・・・。

 カツオを捕る漁師は売値が上がれば利益が大きくなるだろうが、輸入ものとなると事情が大きく変わることは理解できる。一方、カツオ節を作る業者は原料の値上げは、製造ラインを直撃する。このこともごく当たり前のことと疑義は持たない。しかし経済論理はともかく、なにかすっきりしない。

カツオ節業者の、『価格維持のためにあらゆる努力をしてきたが、これ以上、努力する部分がない』とため息をもらしている言葉や気持も部外者ながらよく分かる。

 原料のカツオも今や日本だけの特産物ではなくなっているらしく、外国からの輸入に頼っている現状では、カツオ節業者の嘆きに同情する。経済の原則からは仕方ないのだろうと思うものの、タイやブリの養殖のように餌に工夫すれば先が見えるものではないので、このままでは多くの業者が廃業に追い込まれるのではと心配になる。

しかし、カツオ節がなくなったら日本料理は成り立たない。結局は、ぎりぎりの値上げで品質を落とすか、価格を大幅にあげてでも丁寧な仕上げをして、高級料理店をタ-ゲットにする高級ブランド化しかないようだ。

原料がドルで支配されている以上、1ドルが80円から100円に値上がった今日、同じ品物が2割以上の値上げになるのは私でもわかること。値上げ・値上げでカツオ節も手が届かなくなってしまうとなると、庶民にはカツオだしの味噌汁など『高嶺の花』という時代が押し寄せてきそうだ。

同じ水産業であっても、かたや餌の工夫次第では世界に市場を広げる可能性がある養殖業界があると思えば、こなた、いくら高級化したとしても、市場が限られているカツオ節業界のように、外国からの原料がどんどん入るとなると、同じ国に住み、同じような仕事をしている人々に、想像ができないほどの格差が生じることは避けて通れなくなりそうだ。

こんな国が人間として住みやすいとは思えないのだが・・・。(田舎親父)

2013年4月23日 (火)

『修身』の足音が聞こえてきそうだ・・・

 先日、『道徳の教科化』について批判を述べたが、自民党とアベ政権はこの動きを確実に進めているらしく、このことの文科省の検討案が先日明らかにされた。

 その案によれば、来年度は、現在使われている副教材を同省が全面改定し『教材』として利用。文科相の諮問機関『中央教育審議会』での議論を経て、15年度以降は、民間が参入した検定教科書を作成、学校で使用できるようにする方針だというから、すでにタイムテ-ブルは整っているようだ。

 現在、道徳は学習指導要領の中では『特別活動』や『総合的な学習の時間』などと同じ『教科外活動』に位置づけられている。小中学校で週に1時間設けられているが、昭和33年に学校教育に導入されて以来、どのような指導内容にするのかは各学校(担任)の裁量に委ねていたはず・・・?。

 ところがいつの頃からははっきりしないが、文科省が道徳の重要性をことさら強調し始め、都道府県(特に東京都)が追随し、道徳の研究奨励校などを大量に生み出すようになってから、(特に小学校の場合)『道徳教育研究部』の勢力が強くなり、『道徳が専門です』という教員が増える傾向が目立っている。

 文科省の『道徳教育研究奨励校』では、毎月のように道徳の『研究授業』を公開し研究成果を発表しているのだが、私に言わせれば、『道徳研究奨励校』などを受けている学校では、かえって子どもたちと接する時間が少なくなり、こども一人一人に適切な対処ができないのが現状で、こどもにとってはマイナス要因だけ、皮肉な言い方をすれば『非道徳・非人間教育研究』ではなかろうか。例の大津市のいじめ問題を起こした中学校も、文科省の『道徳研究奨励校』だったことが、このことを端的に表しているのでは・・・。

文科省はこの事実を素直に反省するどころか、かえって依怙地になっているらしく、(アベ内閣の掛け声を後ろ楯にしているのか、自民党政府の意向を酌んでかははっきりした証拠はないが)全国の学校に『道徳の強化』を命じている。

特に強い動きは『道徳の教科化』である。道徳の時間が算数など教科の補習時間に充てられることがあると騒ぎだし、校長に授業の監視を命じていることにも飽き足らず、算数や数学同様に教科にするという企みである。

07年の第一次アベ内閣でも、道徳の教科化が打ち出された。その時は、あの悪名高い『中教審』の委員でさえ慎重な意見が多く、時機尚早と見送られた経緯があるが、今度は支持率の高さが後押しをしている上に、中教審にもアベ政権に反対する人物を配していないようだから、一気に教科化が進みそうな気配を感じる。

文科省案は、新教科『道徳』は現在と同じ週1時間とし、来年度は文科省が作成した副教材『心のノート』を全面改定した教材を用いることとするが、地元教委などが作成した副読本の追加利用も認めるとのことである。

そして、再来年以降について、他教科の教科書と同じように、教科書会社に『道徳の教科書』を作成させ、他教科と同じように『教科書検定』を行い、道徳の授業を各教育委員会が採択したその『道徳の教科書』で授業を進めることを義務化するという方針らしい。

文科相は『特定の価値を押しつけるのではなく、学習指導要領のコンセプトに合った偉人伝などを入れて、親も読みたくなるような教材を作り、家庭でも学べる環境を作りたい』との談話を発表しているが、教科書検定に合格するためには、『誰が偉人で、どんな話が家庭でして良いか』などは、文科省の思い通り。どんな内容になるかは想像に難くない。

文科省の『道徳の教科化』の設計図には、教科にすると教員免許がどうなるかということも折り込み済みらしく、特定の教員免許は創設せず、研修を受けた上でどの教員も教えられるようにするとのことである。

話が少し飛ぶが、小学校教員養成大学で英語指導法などの時間は設定されていない。当然ながら、英語教育に対する単位など取得していない。教育免許の法的な解釈からは、これは明らかに違法だと思うのだが、教育界は全て文科省のご無理ごもっともの世界であるから、違法などとの反論は通じるはずがない。

道徳科を指導するために、どんな研修をするのかも文科省の思い通りとなると、『特定の価値観は押しつけない』という文科相の発言も信じられない。文科省の検定で合格した教科書に沿った価値観を教えることになることは明らか。

先日、国旗掲揚と国歌斉唱について『一部の自治体で強制の動きがある』と記した実教出版の教科書『高校日本史A』に、東京都教育委員会が難色を示し、都立高校が使用しない事態が生じていると報じられた。

恐ろしいことだが、この事実から、国民には『教科書とは・・・』と立ち止まって考える余地が少し残っていると思いたいが、マスコミは事実だけを伝えて後は知らんふり。このことが話題になることは期待薄。事実、続報はない。

この一事をみても、新しい道徳の教科書には、体制に批判するような記述すら許されなくなるどころか、御国のためには命を捧げる・・・という戦前の『修身』の足音すら聞こえてきそうだ。

教科にすれば通知表に評定欄が設けられるだろう。そこに、『大変よくできました』という位置の○が、高校入試に影響することにも・・・。こんなことを思うと、ますます気持ちが滅入ってくる。(田舎親父)

2013年4月22日 (月)

四国88ケ所札所を一時間で・・・

 私の生まれ故郷が四国の宇和島のまだ先の御荘という町であることは、早く亡くなった両親からなんとも聞かされていた。

3歳ぐらいまでその地で育ったと教えられていたがその記憶はほとんどない。しかし、本籍が横浜の片田舎を終の住まいにすると決めるまでずっとその地に動かさなかったことからも、心の内には、まだ見ぬ故郷への憧れはずっと持ち続けていたようだ。

 四国を旅する機会はこれまでも多く、それぞれの県庁所在都市や有名な名所などは訪れたことはあるのだが、宇和島からでも2時間近くかかるこの地は、特別交通の便が悪いので、ちょっとついでに・・・と行ける場所でない。

ところが、ひょんなことから、総務省の主催するフォ-ラムに出席できる機会をいただき、昨年2月に御荘(現在は愛媛県愛南町)を訪れることができ、それ以来、1年の間に3度も足を運んでいる。

 ここに『観音在寺』という40番札所があり、御荘(愛南町)を最初に訪れた時、見学(お参りするほどの信仰心はない)したが、2月末というのに白装束を身にまとった大勢の巡礼者の人たちが、熱心にお参りしている姿を目にすることができ、噂には聞いていたが、四国八十八カ所巡礼が大人気であることを実感する。

 観音在寺に限らず、四国を旅すると巡礼者に出会うことは多い。最近はなんでも『お手軽』が大流行なので、目的のお寺が近づくとバスから降りてお参りし、終わるとすぐにバスに乗り込み次のお寺に移動するという巡礼バスツア-も大人気と聞いているが、白装束の巡礼衣裳で、歩いてお参りしている人に出会うことも少なくない。そんな時に、信仰心のない私でも思わずご苦労さまと心に思う。

 巡礼の旅は徳島県の第一番札所の『霊山寺』から始まるのだそうだ。そこで御札をいただき、反時計周りで高知県から愛媛県の寺々を詣で,最後に香川県の『大窪寺』で終わるという。1200年も前に、弘法太子は修業のために四国を広く回り、数々の御利益をその地に与えたと伝えられている。

 どのような選定基準があったのかは疑問だが、弘法太子によって88のお寺(このほかにも別格20ケ所札所もあるそうだが)が選ばれ、それ以来、煩悩を抱える人々が弘法太子の教えにすがって、このお寺を周りお参りすることによって悩みから解き放たれるという信仰が生まれたようだ。

 最近知ったことだが、お参りために参拝できる時刻が決まっており、午後5時には門が閉じ明日の朝の開門まで待たねばならないそうだ。それ以後に到着した参拝者は翌朝まで待たねばならない。札所のお寺の宿坊かあるいは近くの宿に泊まらねばならないのだから、参拝時刻の制限は地域経済には大いに寄与していることになる。

巡礼には細かな作法があり、その作法通り歩いて全ての札所を巡るには2、3ケ月程度かかるというから、よほどの信仰心(決意)が必要。その上、まず高野山に詣で、弘法太子さまとご一緒していただくという意味で『同行二人』という御札をいただき、巡礼が終わったら、ご一緒していただいたおかげで無事満願成就いたしましたと、御札を返すのが習いになっている。

さらに、札所で納経したり朱印をいただく場合にもお金を支払わねばならないとなると、何にもまして時間と相当の費用を用意できなければ、徒歩での正式な巡礼などできる話ではなさそうだ。

皮肉な言い方になってお叱りを受けそうだが、1200年も前の弘法太子の業績を讃えて、人々を信仰の道に導く凄いシステムを作った仏教集団には感心する。今風な言葉で表現すると、『地域起し』とも言えそうだがスケ-ルが大きい話である。

 ところで先日、このお遍路人気をそっくりいただいた面白いイベントが東京の丸の内で開かれているというニュ-スをNHKが報じていた。

 寺院以外の場所で本尊の仏像を公開する『出開帳』というそうだが、この会場に88ケ所の全ての寺の本尊とお寺の砂を一堂に介して展示しているというテレビの映像と解説によると、本来は四国をぐるっと行脚し、全行程約1300キロにわたる長旅であるが、一歩で次の札所にお参りできるというから驚き。

信仰心のない私には、こんなことで御利益があるとはとても思えないのだが、2300円の入場券を払って全てのお寺の本尊にお参りし、御札をいただくと『結願之証』もらえ、『四国八十八カ所を巡るのとご利益は同じ』といううたい文句が人気で、かなりの人が訪れているらしい。ここまでお手軽に四国巡礼ができる企画には、批判よりも『凄いなあ・・・』と思わずつぶやいてしまった。

 ただ、このイベントの期間中も巡礼を続けている巡礼者は多いはず。その人たちは、本尊なきお参りでも御利益があると信じているのだろうか・・・と思うと、罪作りなイベントであることは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2013年4月21日 (日)

ここでも経済の発展が錦の御旗・・・

 最近、新手の振り込め詐欺(オレオレ詐欺)が流行っているらしい。今までなら、息子や孫を名乗って、『カネが必要だから、どこどこの銀行に振り込んでくれ』という手口が多かったようだが、最近は『誰々が取りに行くから』という筋書きを信じ込ませ、直接現金を受け取るという手口が主流になりつつあるのだそうだ。

これでは『振り込め詐欺』と呼べないので、警視庁は詐欺の名前を募集しているとのことで、中には『アベノミクス』をもじった『サギノミクス』という命名もあるというから面白い。それにしても、この種の詐欺犯罪も随分様変わりしたものである。

このサギノミクスの被害にあうのは高齢者が多いのが特徴だが、(あまり表面化しないだけで)ゴルフ会員権の預かり金や入学前に支払った前払い授業料の返還を拒まれたり、語学学校の受講解約をしたら返還金を不当に少額に精算されたりといった契約をめぐるトラブルなども最近鰻登り的に増えているという。こちらは年齢にあまり関係しないようだ。

 さらに最近は、『おたから』という言葉が流行っているらしく、『お宝買います』という看板を掲げる店が、地方の小都市の駅前には必ず見つけられるようになり、家庭に眠るお宝を求めて、『押し売り』ではなく『押し買い』という、強引に買い求めるという犯罪もどきもものまで横行しているというから恐ろしい。

また、これは明らかに詐欺行為であろうが、金やダイヤモンドを売りつけてそれを預かり、満期に利子をつけて返すとしながら約束をほごにするとか、現物は一度も見せず、本当にあったのかさえ疑わしいものを販売する手口も増えているというから油断ならない。

『サギノミクス』被害は高額なのでテレビや新聞が取り上げるようだが、実際に『押し買い』や『契約トラブル』での被害額は、ほとんどが50万円以下で、大半は10万円以下と被害額が少ないので、被害数が多いのに比べて、社会の深刻な問題として話題にならないのも特徴の一つらしい。

 交渉しても納得のいく金額は返らず、手間や費用を考えると裁判は割に合わないということから、消費者庁の調べでは、このような被害に遭った人の6割以上が1円の被害回復もできずに泣き寝入りしているという。

 そんな現状を是正しようと消費者庁が『消費者集団訴訟』法案を準備し、今国会の提出を予定しているというニュ-スを先日の新聞で知る。

 この内容は、個々の被害者に代わり首相が認定する適格消費者団体が事業者を相手に民事裁判を起こし、勝訴判決が確定すれば被害者が加わり、簡単な手続きで賠償金を受け取れる仕組みだそうだ。

ただ、現在の消費者庁に、本当に消費者を守るための的確な法案を作れるかという心配が先に立つが、曖昧な文言はともかく趣旨そのものは申し分ないと思うので、この法案が可決することを期待したい。

 ところが早速、経済団体などから、日本経済の再生プロセスにマイナスの影響を及ぼす恐れがあるとして異議の声が上がっているという。多数の消費者が訴訟参加すれば企業経営に影響が出る恐れがあるという懸念からがそうだ。

 しかし、『日本経済の再生云々・・・』という言葉が現れるのが気になる。経済に疎い私には苦手な問題であるが、まともな企業活動をしていれば、いくら消費者が我が儘になっているとはいえ、契約トラブルなど起きることは少ないのではないだろうか。

 ここにも『経済優先』という錦の御旗のような発想があって、経済のためには、『消費者は、多少の不利益には目をつぶれ、いちいち文句をつけるな』という経済団体の奢りを感じる。

 この法案が日の目をみるかわからないが、いずれにせよ庶民としては『騙された方が悪い』といわれないためにも、『相手を見たら泥棒と思え』という格言を胆に命じる生活が必要なようだ。

いずれにしても、せちがない世の中になったものだと嘆きが先に立つ。(田舎親父)

2013年4月20日 (土)

このままではトンデモナイ国になりそうだ・・・

 最近の世論調査でアベ内閣の支持率の数値に、これは事実?・・・。本当だとしたら、何と騙され易い国民だとしか表現のしようがない。

朝日新聞の世論調査を例にとると、アベ内閣の経済政策で日本経済が成長することを『期待できる』と答えた人は55%。4カ月間の仕事ぶりについて『評価する』は77%と、今までの内閣と比べて極端に高い数値が並ぶ。他の大新聞も似たようなもので、経済政策を評価する人は65~70%、日銀の金融緩和策には50~60%が『評価する』、あるいは『支持する』とのこと。

話はそれるが、最近続けて3回ほど調査に協力してほしいとの電話がかかってきた。今まで、こんな調査を誰がどんな人々を対象に行っているのと疑問を持っていたので、かかってきた時には正直『やっと来た』と変な安堵感も持ったもの。

最初は耐震建造物に対する調査だったと記憶している。電話に出たが機械音で『何とかの調査です』と告げられるまでには一瞬の間があり、調査の名前そのものが聞き取れない。それでも、初めての経験なので、しっかりと受け答えをしなければと努力し、案内に従って番号のボタンをプッシュしたものだが、終わって感じたことは『これが調査か。人を馬鹿にしているというか、虚しい・・・』というのが正直な気持ち。

以後、2回の電話では、機械音が聞こえ出すと受話器をおいている。新聞の行う世論調査もこの程度なのだろうと推測しているが、中には、朝日新聞(読売も毎日も同じだろうが)のような大新聞の名前が聞こえてきたら、最初の私のようにまともに応える人も少なくないだろうから、数値そのものにはある程度の信憑性があることは、悔しいながら認めざるを得ない。

アベ首相はさぞニンマリだろうが、庶民が『評価する』と返事する原因になっているのは、朝日新聞はじめ新聞各紙やNHKなどのテレビメディアがこぞって、『景気の好況感、全地域で上向き』とか『日銀短観、製造業が3期ぶりの改善』などと、政府・日銀の発表を、無批判にそのままタレ流しているからではないだろうか。

経済には全く疎い私であるが、最近の為替や株価の動きとは裏腹に、景気が右肩あがりで回復しているとはとても思えない。株価が上がっていることは間違いないが、ならば、何故、あの大手外食チェ-ンの吉野屋が380円の牛丼の値段を100円も値下げしなければならないのだろう。

これって、吉野屋の経営努力が空回りしたからかもしれないが、結局は他店の値下げがダメ-ジとなって売り上げが伸びない。仕方ないから値下げするという、さらなるデフレのスハイラルにはまりこんだのではないだろうか。しかも円安でアメリカ牛肉の輸入価格は値上がっているはずなのにである。

また、スーパーの西友は、先週からTシャツやポロシャツなど1132品を490円からのワンコイン価格で発売しているとの報道にもビックリする。株高で多少の小遣い銭が入った小金持ちでさえ財布のひもを固く閉ざして、6割もの値下げでも売れない・買わない。一般庶民の現状は押して知るべし・・・。

一部の富裕層が求める一点豪華主義で高額商品は売れているらしいが、庶民の生活必需品の消費が伸び悩んでいるのが現状では、あの勇ましいミベノミクスたるものが、空虚なラッパにすぎなかったことが明らかになってきたようだ。値下げしないと売れない。そのツケは結局は人件費に押しつけられる。賃金は抑えられ勤務条件はますます悪くなる。これでは、今までと代わることはない。

消費者物価指数は輸入原料による食品やガソリンなどのエネルギー関連商品を除くと、今年2月も0.9%下がっているという。この一事からも、日本はいまだデフレ不況の真っただ中だと言っても差し支えないのに、大マスコミの手にかかると、『景気は、間違いなく良くなる』との期待感を持たせた文言の羅列となる。

大マスコミが、値下げをしなければ企業が成り立たない事実を、解説を交えて報じたら、たちまちアベ内閣の支持率が下がるはずなのに、『吉野屋の牛丼の値段が下がれば、庶民の生活は楽になる・・・』という発想でしか記事を構成しないのだから困ったものである。

この状態で、来年消費増税が強行されれば、ますます庶民の財布は締まることは間違いないから需要は冷え込む。しかも、この政権は、一生同じ企業ではたらくのではなく、違う場で活躍する機会を増やすというタテマエ論を押しつけて、大企業の正社員でさえ簡単に解雇できる法案なんて検討しているのだから恐ろしい。

こんな無茶な法案が通ったら、格差はますます大きくなり、自殺者の大量増加は目に見えるところ。給料は上がらないのに、円安による輸入インフレは確実に押し寄せるこの国に未来はあるのだろうか。

早く、国民総体がアベという男の本性を見抜きNOを突きつけないと、気がつくとトンデモナイ国の国民になっていることは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2013年4月19日 (金)

結局は輸入食料ばかりの国へ・・・

 あの無能な、そしてデタラメな汚染ドショウ民主党政権でさえ、あまりにも不公平なアメリカの要求に対して、これ以上国民に嘘をつくことの後ろめたさがあり、交渉参加を引き延ばしたTPP問題が合意に至ったと報じられたのはつい最近のこと。

 民主党政権でさえも拒否した屈辱的な譲歩が、こともあろうに『日本を取り戻す』と、勇ましい耳障りのよい言葉を繰り返す愛国ゾンビのようなアベという首相の手によってなされたことに、あの保守の権化のような日経新聞でさえ『急いだ合意 目立つ譲歩』と書いたほど・・・。

 このことについては、私も先日『ポチお座り・・・』というつぶやきで、全てがアメリカさまのご命令と揶揄したが、ニュ-ジ-ランドは『全ての関税撤廃が日本の交渉参加の条件』と明言。となるとアメリカとの合意など全く意味がなくなることになる。なるほど、何となくアメリカの描く筋書きが読めてきた感じがする。日本が交渉に参加するためには、全ての国の承認を得ないとならないというから、このニュ-ジ-ランドの存在の意味は大きい。

日本はニュ-ジ-ランドをアメリカが説得してくれるものという前提でことを進めようとしているらしいが、アメリカとしては基本的には、取る物は取ったと言っても差し支えなく、あとは更なる理不尽な要求を次々と日本に突きつけるだけで良い。飲まなければ、ニュ-ジ-ランドの説得はしないぞ、あるいはアメリカ議会が日本の参加を認めないぞと脅かすだけで良い。

アメリカとの合意において、農業関係品目については、『交渉の余地を残す・・・』というような、謂わば玉虫色の表現で先送りしたが、例外を認めないという参加国の存在は、交渉の席にすら座れないことを意味している。

 ニュ-ジ-ランドの存在だけではない。アメリカ国内においても農業団体もワシントン市内で合同記者会見を開いて農畜産品関税の完全撤廃を要求したというニュ-スも流れている。この動きをアメリカ政府は影で応援しているらしいのも当然だろう。

今朝のニュ-スでは、あれほど強硬な姿勢のニュ-ジランドは日本がTPP参加交渉の席に座ることを了解したと報じていたが、もし事実だとしたらこれは怖い。国民を騙すためには、なんとしてでも参加しなければならない自民党政府としては、裏交渉でよほどの譲歩したとしか思えないからである・・・。

日本のマスコミはアベ首相の参加発言に対して、一斉に、アメリカ政府との合意(かなりずれているらしいが)ができ、これでTPP参加が認められたと大騒ぎしたが、アメリカとの合意などは、TPP交渉参加問題の一つに過ぎないことが、私でもわかることなのに、何故か全く報じていない。

 しかし、TPP交渉に前向きな農業団体の存在については、かなりの紙面を割いて報じている。『攻めの農業』という言葉がその代表的なキ-ワ-ド。しかし実態がなかなか見えにくいところも大いに気になる。

 『攻めの農業』とは、『安全・安心』という言葉で表現できる、高品位な農産物を大量に生産し、海外に輸出することらしい。農水省の資料にこのことがあると聞き、調べてみたら、こんな文言を見つけた。

 ――今後10年で倍増が見込まれる世界の食市場に、日本の農林水産物・食品が評価される環境を整備し、日本の『食文化・食産業』の海外展開と日本の農林水産物・食品の輸出促進を同時に推進する。――何と空々しい文言が並んでいるものだとため息が出る。

地方、特に中間山地に出かけると、多くの場合そこには美しい棚田が広がる。そんな景色をみると、日本人としてDNAが蘇るのかもしれないが、何かほっとする。しかし、実態は、確実に過疎が進み、農業に従事しているのは高齢者ばかり。細々と伝統的な農作物を生産しているのが、農業を続けられるのも時間の問題で、次々に耕作そのものをやめる人が多く、その地に伝わる食文化がいかに素晴らしいものであっても、国内にすら伝わらないのが現実である。

 これで、どうして攻められるのだろう。北海道では、TPP参加に前向きな意欲的な農家が、さらに農地を集約し、経営の大規模化を進めているそうだが、地平線のかなたまで続く大農園に飛行機で種をまくような国々に太刀打ちできるはずがなく、今でこそ関税で守られている広い農地は、TPP参加となるとあっと言う間に荒廃するのでは・・・。

 ふと、先日見た宇和島市の遊子水荷浦の段畑の風景を思い浮かべる。そこには信じられないような先人たちの血と汗で作り上げられた段畑が空中に伸びていた。幅がわずか1メ-トル程度の畑にはジャガイモが青々と茂り、今頃には収穫期を迎えているはずだろう。

 そのジャガイモは大変好評だという。量的に少ないことから、この存在を知った人たちの間では、驚くほどの高値で取引されているらしいが、ジャガイモだけで生計が成り立っているとはとても思えない。今でこそ、このジャガイモに価値を見いだす人がいるが、今後、この価値観が不変不動だという保証は何一つない。

農業は人間生活の原点であることは誰も否定しない。それが持続可能でなければ・・・。改めてTPP交渉参加には、断固反対という気持ちが強くなる。(田舎親父)

2013年4月18日 (木)

日本人の欲望に翻弄されるトキ・・・

 先日、佐渡島で放鳥した国の特別天然記念物トキのうち、同じ親から生まれた『兄妹』ペアの卵からひながかえったと伝えるテレビニュ-スが流れた。今までも何度かひな誕生のニュ-スが流れた記憶があるので、『ああ良かったな・・・』と聞き流そうとしたが、近親交配の悪影響が心配なので、10日以内にひなを捕獲し、ほかのトキと隔離して人工飼育するとの後段のアンウンスを聞き『ナヌ・・・』とうなってしまった。

人間の社会では、昔から親子や兄弟の間で性的な関係を結ぶと、子どもが生まれる可能性があり、その場合、大昔の人たちから伝えられた知恵として、生まれた子どもに重い異常性が現れることを知っているので、これを『近親相姦』として近年では法的にも禁止しているのだが、トキにもこの法律が適用されるらしい。

遺伝子的にどのような異常が出るのかは、専門家でない私には理解できないことが多いが、昔から『血が濃くなると、奇形児が生まれる』ということを当たり前のこととして擦り込まれてきたことであり、このことは、人間以外の動物も本能として知っていて、自然界でも特別の例外を除いて親子や兄妹・姉弟間の交配はないと教えられてきた。

ひなが誕生した兄妹ペアは6歳雄と4歳の雌だという。環境省の職員が、佐渡市内につくった巣を撮影したビデオカメラの映像を13日夜に回収して解析したところ、13日朝から午後にかけて親鳥がひなに餌を与えている様子が計5回確認されたのだそうだ。その時はひなの姿は映っておらず、いつごろ孵化したのかはわかっていないとのことだったが、続報ではひなの映像を掲載していた。

 鳥類が近親交配をすると、子孫に特定の病気に抵抗力が弱くなる遺伝子が引き継がれる可能性があり、集団全体が絶滅する恐れがあることから、そのリスクを避けるため、環境省は今月上旬の専門家会議でひなの捕獲方針を決めていたという。 

 捕獲したひなは、佐渡トキ保護センターに収容された後、野生から隔離したまま育てて、成鳥になっても交配させないそうだが、これではなんのために飼育しているのだろうと、素朴な疑問が頭をかすめる。

この兄妹ペアとは別にも、2組の兄妹がペアをつくっており、そのペアに子どもが生まれたたら同様に扱うとのことだが、言葉では言い表せないような違和感が広がる。

佐渡島では昨年、国内の野生下では36年ぶりにひなが誕生。シーズン中に計8羽が生まれ、いずれも巣立ち、若鳥に成長して島内で生息しているとのことだが、このひなたちは近親交配で生まれたものではないらしい。

今季は14日現在、今回、孵化したペアのほかに12組のペアが営巣し、うち9組が卵を温めているのだそうだから、自然界での繁殖実験が確実に成功に進んでいることを否定するものではない。

しかし、12組のうち3組までが兄妹ペアというのがひっかかる。確率的には25%である。兄弟姉妹の成鳥の割合を知らないので、なんとも言えないが、トキに限らず子孫を残すというのは、生物の本能であろうから、オスはメスを求め、メスもまたオスを求めることは当然のこと。

トキに選択の自由があるほど個体数があれば、本能として近親を求めないのだろうが、個体数が限られているとなると、選択できない兄・妹、あるいは姉・弟のペアが誕生するのも自然の理ではないだろうか。もっとも、人工的に飼育されているトキには、すでに近親交配はダメという本能そのもの失われているのかもしれないが・・・。

兄妹であっても、近親交配を否定する本能は失ったとしても、子孫を残すという何事にも変え難い絶大な本能によって、身近な相手であってもペアを作り、卵を産みひなを誕生させたことは、ある意味素晴らしいことではないだろうか。

これを隔離し一生飼い殺しにする。果たして人間にこんな権利があるのだろうか。近親交配を絶対避けることが何よりも優先されるのなら、その可能性のある鳥を放つことはしてはならないのではないと強く言いたい。

それでは、時間がかかりすぎるという意見もあるだろうが、どだい絶滅したものを復活させるという話は簡単なことではあるまい。いかなる手段ででもトキを自然界に帰すということが日本人の責務と決めたなら、いかに時間がかかろうとも、このことは大事にしなければならない。

トキを日本の国土から絶滅させたのは、日本人の無知から来る蛮行だったかもしれないが、根底に流れているのが戦後アメリカナイズされた日本人の『儲け主義という欲望』であり、人工繁殖を試みるのも、癒しを求めたいという日本人の『夢という欲望』ではないだろうか。コウノトリしかりである。

ふと、人類はどうして誕生したのかという思いが頭をよぎる。一斉に大勢の人類が世界各地で誕生したわけではあるまい。恐らく初期の人類は、ごく狭い地域でごくわずかの数が誕生したと考えるのが自然だろう。長い長い時をへて、人類が増える過程においては近親交配も当たり前だったのではないだろうか。

そう考えると、今回のトキのひなを隔離するのは人間の奢りのような気がしてならないのだが・・・。(田舎親父)

2013年4月17日 (水)

英語の大切さは理解しているつもりだが・・・

 自民党の中に『教育再生実行本部』というアベ内閣が発足した直後に作られた組織がありいろいろと答申を出しているらしいが、今回、新たに英語教育について新しい指針を出したことが報じられている。

 提言の内容の一つが、英語力を高めて世界で活躍できる人材を育成するために、大学受験の用件に、アメリカの民間団体が英語力検定として実施している『TOEFL(トイフル)』を導入するというものである。

 『トイフル』とか『トイック』というカタカナ言葉は最近よく耳にする。私には両方とも同じような英語の検定テストだろうと思っていたが、調べてみると『トイック』は、英語をツールとしてコミュニケーションを測る能力を判断する為の試験であり、一方『トイフル』はアメリカはじめ英語圏の大学や大学院に留学して場合、学業を修めるだけの英語力があるかどうかを目的としている試験なのだという。

 つまり、『トイフル』は、目的が特化されている分、万人向けの試験ではなく、受験者は普通『英語語圏の大学・大学院』に留学を希望している方が大半を占めているのに対して、『トイック』は、英語圏との貿易に係わっている企業が、国内で国際業務に従事したり、海外に派遣する社員の英語力を測る手段として広く使われるようになっているのだそうだ。

 世界に通用するためには、幼いうちから英語に慣れ親しまねばならない、という一種の脅迫概念からだろうが、現場の混乱を無視してまで、一昨年の4月から新しい小学校の学習指導要領の中に、外国語の授業が正式に取り込まれ、小学校の5.6年生に週1コマの外国語の時間が設定されている。タテマエは英語以外の言語を設定しても構わないのだが、ほとんど100%の小学校は時間割の教科には『英語』としているのが現状である。

 このことについては今までも何度もつぶやいてきたので、今更述べることはないが、小学校の教員のほとんど全てが、英語が話せない・聞き取れないのにも係わらず、子どもに英語を教えなければならない矛盾を解決しないまま、今現在、全国の小学校で英語の授業が続けられている。

 そのため、それぞれの自治体では教育の質の平等という観点から、英語圏の語学教師を雇っているのだが、優秀な人材を探し出す苦労も大変なものらしい。財政的にもかなり圧迫されているとも聞く。

 日常的にほとんど英語を使わない環境で、英語力を身につけるのは必難の事。学校教育だけで英語を話せるようになるのは不可能に近いことは多くの専門家も指摘しているである。中学校では英語弁論大会に出場したことがある私でも、いつの間にか英語が大の苦手になっているのだから、その難しさは身をもって知っているつもり・・・。

 英語を話せるためには、英語しか通用しない環境の中で生活することが一番手っとり早いことは誰もがわかること。英語圏の外国での生活の経験のない人が、日本で英語を話せるためには、学校での授業とは別に、物凄い努力をしていることは想像に難くない。その意味では、よほどの本人の努力やる気がなければ無理だと言っても差し支えなさそうだ。もっとも、そのための経済的な問題もあるのも確かであるが・・・。

 話を戻すが、大学受験に『トイフル』を導入したとしても、受験生は志望大学のトイフルの点数をにらんで、どうすれば一番楽な方法でクリアできるかを考えるようになり、その結果、英語塾を儲けさせるだけのようにも思えてならない。

 本当に英語を話せるようになるためには、フィリピンやシンガポ-ルのように、民族の言語を切り捨てて、英語を公用語にすれば良い。英語が話せなければ生活そのものができない、ましてその英語力を高めないと就職もできないとなると、嫌でも英語を上手に駆使できるようになることは当然だろう。ただその場合、日本という国の形が限りなく曖昧になることだけは間違いないところだろうが・・・。

 最近国内でも、構内や社内では『英語以外の言語禁止』という大学や企業がでているらしいが、この方法は英語の習得には極めて合理的であろうが、大学はこのような会社に就職し易くために存在するものではなかろうと信じたい私には、このことと大学受験にトイフルを導入する事との関連が理解できない。

 国内では『英検』という別のテストがあり、よく高校のパンフレットには『わが校は、卒業までに英検2級を習得』などとの文言があるように、現在では大学受験にはむしろ英検の方が重要視されているのではないだろうか。これをトイフルに切り換える?。英検の存在は?・・・。高校の混乱が目に浮かぶ。

 現在行われている大学受験センタ-試験は、(良否は別にしても)多額の予算と労力をかけて改良されてきた。受験生を指導する高校や進学塾では、センタ-試験の改良に合わせて対策を講じてきたはず。その検証もしないで、安易にトイフル導入とは、あまりにも能がなさ過ぎる。

 そして数年後、やはりトイフル導入は失敗だったとなるような気がしてならないのだが・・・(田舎親父)

2013年4月16日 (火)

渋谷が遠くなった・・・

 13日の土曜日に、いろいろとお世話になっている先輩から能鑑賞の招待を受けて、久しぶりで渋谷に出かけた。待ち合わせ時間に十分間に合うように家を出たのだが、実際に到着したのはギリギリになってしまったのは、東横線が東京メトロの副都心線と直結し地下5階(もょと深く感じたが)にホ-ムを移したことに原因がある。

相互乗り入れが開始され、ホ-ムが地下に潜ったのは3月16日だった。そのことは知っていたが、それ以来一度も渋谷に出かけなかったので、すっかり忘れてしまい、気づいたのは、横浜線との乗換駅の菊名駅での行き先表示板である。

今まではその表示は、(終着駅だから当然)全て『渋谷』であった。しかし、その日目にした表示は、何と『川越市』となっている。このまま乗っていけば、乗り換えなしで川越まで行けることに、違和感を覚えながらも、凄い時代になったものだと感心する。

その急行に乗り、いつも通り単行本を開く。渋谷の一つ手前の停車駅の中目黒駅で、何となく人の動きが違うことで『ホ-ムが地下となると、セルリアンビルまで時間がかかりそうだ』と、目にしていた本を閉じ身構える。

外の景色に注目。代官山駅を通り過ぎたあたりから地下に潜り始める。間もなく渋谷という車内放送に、気持ちは戦闘状態。ホ-ムに降りて案内板を探すが、乗り換え線の表示はあるが、私があるだろうと思っていた『246号方面』という案内表示はない。

『ヒカリエ』はあっても『セルリアンビル』はない。地上に出れば通い慣れた駅なので何とかなると思うのだが、(当たり前かもしれないが)『地上』という文言が探せ出せない。これはいかんと思い、『JR線』・『銀座線』の表示に従って、エスカレ-タ-に乗るのだがこれがまたややこしい。グルグル周りに何度降り変えただろう。少し気持ちが焦っているので余計に長く感じたのだろうが、やっとの思いで地上にたどり着く。

そこからは難なく目的地にたどり着くことができたのだが、大変な思いをしたものである。そして能を堪能して帰宅時にも、またまた驚かされ、考えさせられた。

膝と足首が痛んで治療中だったこともあり、今日はウロウロしないで渋谷駅に戻る。東横線のホ-ムへの入り口には案内人が看板を持って立っている。しかし、そこには『下りのエスカレ-タ-』がない。これには一瞬ビックリ。エレベ-タ-があるはずだろうが、探すのも時間がかかりそうなので階段を降り始めるが、その距離が果てしもなく長く感じる。

膝に無理をかけたくなかったので、途中からでもエスカレ-タ-がありますようにと願ったのだが、東横線の改札口にたどり着くまでその期待がかなうことはない。しかも改札からホ-ムに降りるのも階段である。

さらに、今までなら、東横線は渋谷始発なので、よほどの時間帯でなければ(それでも混んでいれば10分も待てば次の急行か特急に乗れるので)ゆっくりと座れるのだが、始発でなくなってはそのメリットはない。いや一つだけあった。それは、階段を下りた場所は、今までとは反対に先頭車両の停車位置。菊名駅で乗り換えるのにはもっとも良い位置ということだけ・・・。

しかし、(渋谷が通過駅になったので仕方ないが)、その日乗った先頭車両は吊り革を確保するのがやっとというほどかなりの混雑に、何となく『損をしたような』気分になる。

それにしても、新しい東横線の地下駅は、年寄りや体の不自由な人にとってはなんとも不親切な作りである。階段を登ることが大変だというのが従来の医療理論だが、最近はむしろ階段を降りる時にヒザに負担がかかるという考え方が広まり、登り下り両方のエスカレ-タ-が設置されているのがほぼ常識になっている。

誰が言い始めたのか、渋谷は若者の町だそうだ。確かに若者が多いことは事実だが、渋谷を好む年寄りもいても奇怪しくない。いや年寄りを大事にしない町が発展するわけはないと思っているが、下りのエスカレ-タ-がないとなると、足が遠のく年寄りも多いのではないだろうか。

いずれ、バリアフリ-にすること、しなければならないことは明らかだろうから、これからエスカレ-タ-を取り付けるのだろうが、私が歩いた階段には、エスカレ-タを取り付ける工事ができるスペ-スが見つけることができなかったのも気になる。

そういえば、(7年前になるが)横浜のみなとみらい地区の開発に合わせて、東横線の横浜と桜木町の間が廃止され、渋谷から中華街に直通運転が始まると同時に従来の東横線の横浜駅が地下5階に潜ったことを思い出す。

以来、東横線の横浜駅を利用したことがないが、下りのエスカレ-タ-探しに出かける必要がありそうだ。もし、なかったとしたら・・・東急は年寄りには冷たい会社というイメ-ジが私の中に定着するのでは・・・。(田舎親父)

2013年4月15日 (月)

『ポチ おすわり』というところかな・・・

 12日の夕方のテレビと翌朝の新聞は大々的に『日本の環太平洋連携協定(TPP)交渉参加に向けた事前協議でアメリカと合意した』と報じていた。

アベ首相は記者団に対して『TPP参加は100念の計、国益を守れるように交渉に参加する』と胸を張って語っている様子が写し出されていたが、何となく表情に不安さ出ていたように思えたのは私だけだろうか。

 合意した内容は、経済音痴の私にでも、不平等極まりないものに映る。恐らく、このことを知りながら表面的に大見得を切らねばならないところに、この御仁の表情に不安さがでているのではないだろうかと推測しているのだが・・・。

 自動車分野では、アメリカは輸入車にかける乗用車2.5%、トラック25%の関税を当面維持するという。関税を撤廃するのがこの会議の最終的なねらいだと聞いているのにも係わらず、アメリカのゴリ押しに屈して、始めから関税をそのまま容認する?。これでは対等合意などとの強弁は誰が聞いても納得できない。

しかも、この関税を撤廃するまでに乗用車5年、トラック10年をかけるとした、米韓貿易協定の関係から、撤廃時期は不透明どころか実質的には、アメリカの都合で決まるというのだからさまにならない。しかもアメリカからの関税なしの車の輸入数を2000台から5000台に増やすというから、まさにアメリカさまの命令通り。

TPP参加には、アメリカの承認はもちろん、カナダやオ-ストラリア、ニュ-ジィランドなどの国々の承認が必要だという。これらの国々が、アメリカとの合意がその基準になるだろうことは誰にでも想像がつくところ。となると、自動車業界としてTPPに飛びつくメリットはどこにあるのだろう。

一方、農産物では絶対に譲れないとしている外国産のコメに関しての関税は、撤廃を迫られなかったとのことだか、マスコミ報道では、慎重な対応が必要な『センシティビティ(敏感な問題)』があるという2月の日米首脳会談時の合意事項を繰り返すだけで、はっきりとした担保がないのだそうだ。

アメリカとしては、交渉参加の条件に農作物の関税撤廃を押しつけたら、さすがに日本の世論が許さないと計算したようだ。今後の交渉の『重要な話題』という曖昧な文言で、含みを持たしている。俗な言葉で表現すれば『俺のいうことを聞いていれば悪くしないから・・・』と徐々に世論をあきらめさせる作戦というところではないだろうか。

保険分野でも、日本政府が間接的に出資しているので正当な競争ができないとするアメリカの言い分を『ハイ、わかりました』と簡単に聞き、ガン保険などに対してかんぽ生命の参加を認めない明言しているが、日本人が日本の保険に加入できないことが平等な協定とはとても思えない。

このままでは、日本の国民皆保険制度の維持なども怪しくなることは確実。経済のことがわからないお前が心配することではないという声が聞こえてくるのは十分承知しているつもりだが、私には、ここで急いでTPP交渉参加は日本にとってメリットを探すのが難しいように思えてならない。

対中国はじめ近隣諸国との危ない関係を何とか解消するために、政府がアメリカの力に頼ることはわからないでもないが、アメリカにそれをすっかり見透かされて、御されている。何か情けなさを感じるのだが・・・。

国内では高い支持率を誇るアベ首相も、所詮アメリカからみたら、御ししやすいポチとしてしか存在でしかなく、ポチにさえ美味しい餌を与えておけば、日本人などはポチに寄生するノミのようなものだから・・・というアメリカの認識は変わらないようだ。(田舎親父)

2013年4月14日 (日)

桑田よ ここで動かねば・・・

 昨日早朝の淡路島の震度6弱の地震にはビックリ。淡路島のような小さな島の地下10キロと浅い場所が震源という。専門家たちは未知の断層が動いたのが原因だとの見方をしているらしい。

これまでの地道な努力でかなりの数の断層の存在がわかっているが、未知の断層の方が数敵にははるかに多いだろうことは想像に難くないことから、この程度の地震は、全国どこにでも起きるとも言えることは間違いない。

ただ私は、今までの歴史から、観念的ながら大地震が起きて少なくとも50年、100年はこないと信じていた。が、今回動いた断層が違ってはいるらしいが、阪神・淡路の大地震から20年も過ぎていないことには大ショック。このことについては、少し冷静に考えることにしたい。

さて、下伊那地方の一本桜を見学のために飯田に出かけたことはすでに述べたが、昼食のために中央道の飯田インタ-近くの笠松岳の中腹にある、日本トレッキングという乗馬クラブのレストランで昼食をいただいた。

初めてこの場を訪れたのは10数年前になる。当時のオ-ナ-は、制ガン効果があると世界的に話題になって以下アガリクスと同じ種類のカサマツダケというキノコを研究栽培しておられ、実際に大量に栽培が可能にまでその技術を高めていた。

そのアガリクスのス-プの濃厚な味とスライスしたソティが抜群。ひたすら感激したことが忘れられない。お世話になったオ-ナ-がなくなり、今は息子さんが引き継いでいるのだが、ますます活躍、全国的な人気になり年々ファンを多くなっているという。

そこで、美味しいイタリアンを御馳走になって、現在のオ-ナ-(先代の息子さん)から話をうかがう機会をえた。当然、馬のことが中心になるが、乗馬に対してのうんちくのある話にはただただうなずくのみ。

中でも、子どもたち気指導に対しての話は、今話題の体罰問題にそっくりそのまま応用できる。彼は、昔は『何故こんなことができないのか、わからないのか』と思い悩み、時には怒鳴ったり叩いたりしたこともあったという。しかし、ヨ-ロッパに留学し理論的に乗馬の指導法を習得したことによって、自分のこれまでの子どもたちへの接し方が間違っていたことが理解してからは、そのような行動はないと断言。

要は、指導法に自信がないから怒鳴り叩くのであって、確固たる理論と実践があれば、怒鳴る必要はないし、まして叩くなどすることなど考えられないと、静かにしかも自信を持って淡々と語る姿に、まさに今の学校における体罰事件、特に運動部の実態を重ね合わせることができた。

ところで、甲子園大会の常連で、優勝経験も数多い大阪のPL学園の野球部員の暴力事件が判明し、今夏の大会に出られなくなったというニュ-スをマスコミ報道で知って、確かPL学園は過去にも同じような事件を起こして、出場を停止されたことがあることを思い出し、何と懲りない学校だと半ば呆れてしまった。

記事には、上級生の暴力によって1年生部員が倒れ救急車を呼んで病院に搬送する騒ぎになったとのこと。幸いに、命に別状はなかったらしいが、これが悪質ないじめと認定されて体外試合禁止という処置をとられたという。

高野連の審議室によれば、PL学園は部員の暴力などで、過去にも3カ月、6カ月の対外試合禁止処分や、監督、部長の謹慎処分を受けており、OBの清原が『暴力は当たり前でした』と堂々と言うほどだから、まさにPLの体質なのであると報じている。

この記事を読んで、清原の同僚であった桑田を思い浮かべた。あのハシモト大阪市長をして、『桑田氏ほどの人が体罰を受けたこともなく、まして与えたことがないと言っているのだから、体罰は絶対許してはいけない。私の考え方は変わった・・・』という意味の発言をしていたのは、つい数カ月前のこと。

確かに、テレビでそのような発言をしている桑田を何度か見たことがある。時代に合わすための発言だとは思いたくないが、同級生の清原が『体罰は当たり前』という言葉と、『体罰は受けたこともなければしたこともない』というセリフとは全くの正反対。

どちらかというと、世間では清原は悪役のイメ-ジがあるのに対して、桑田は優等生という見方が定着しているようだが、PL学園の体質と、両社の今回の発言を比較すれば、桑田の言い分には無理がありそうだ。

しかも、今回の母校の実態に対しても、諫めるような発言も行動もない。彼ほど教育影響力があれば、母校に乗り込んで、後輩たちに『絶対に手を出すな。出したら俺が承知しないぞ』とにらみを利かせたらたちまち、野球部内での暴力事件はなくなるのではないだろうか。

改めて、日本トレッキングの若きオ-ナ-の『自分に自信があれば、怒鳴ったり叩いたりすることはない』という言葉の重さを感じる。

世の指導者、特にスポ-ツ関係の指導者は、この言葉を胆に命じてほしいものである。敬称は略す。(田舎親父)

2013年4月13日 (土)

また自民党の暴挙が始まった・・・

 賞味期限が切れたので取り上げる価値がなくなったらしく、このところ『消費税増税』という文言をほとんど目にすることがなく、また耳にすることも少なくなった。

私自身、このことについて今更反対とつぶやいても虚しいだけと割り切って頭の片隅に押しやっていたのだが、昨朝のNHKニュ-スでアナウンサ-の『消費税導入に際して、ス-パ-などが還元セ-ルができない法案を国会に提出した問題で・・・』と聞き取れる文書の読み上げが耳に入りびっくり。

思わず、こんな法案を政府はいつのまに国会に提出していたのだろうと、頭をげんこつで殴られたような気分になり、テレビの画面に釘付けになった。

この法案は、小売業者が『消費税還元セール』などとうたって、増税分を上乗せしないで価格を据え置いたり安売りしたり、あるいは大手小売業者が増税分を上乗せしないために仕入れ業者に値下げを迫ることを禁じることがねらいで、違反を厳重に取り締まるという内容らしい。

ニュ-ス画面では、イオングル-プの社長が『国民の生活を考えていない』と批判し、『小売業者を信用していない。不当なことをする小売業者がいるなら現行法で摘発すればいいだけだ』と政府に真っ向から反対していた。またユニクロの社長も『そんな法案をつくること自体が理解できない。先進国のやることではない』と呆れ顔で発言していたのが印象的。

イオンにしてもユニクロにしても、従業員を無茶苦茶に働かせて利益を得ている代表的な企業だという噂なので、日頃から両社にはあまり良い印象を持っていないが、この時だけは、『ウン、なるほど正論だ』とうなずいてしま。

それにしてもすでに国会に提出しているとは・・・。全く思いもよらなかったので、ひょっとして私の聞き間違いかもしれないと、このことについて朝刊の記事を探す。

そこには、来年4月の消費増税を進めるため、安倍内閣が小売業者の『消費税還元セール』を取り締まる法案を『閣議決定』したとある。『国会に提出した』ではなく、これから『提出する』だったことを知りいくらか安心する。

新聞記事には、この閣議決定に関して、スーパーや洋服店などが自由に価格を決めたりセールをしたりするのを政府が規制するのはおかしいという、小売業界から批判の声があがったと、業界に与するニュアンス。

 また、私がテレビから聞き取っていない部分として、ユニクロの社長は『(価格を)据え置きで売っていくと思う』と、消費増税分を負担するなどして値上げしないよう努める考えも示し、イオンの社長は『非常にくだらない議論だ』と切り捨てている。

 自民党内からは、消費税を値上げする場合、『還元セ-ル』などを取り締まらないと、税金を負担していないと消費者に誤解を与えるとか、取り引きしている中小企業が増税分を価格転嫁できずに経営を圧迫するといった意見が出ているということを、以前何かで読んだか聞いたような気がする。

 政府は党内の意見を正当として、『還元セ-ル』なるものを『消費税に関連づけて安売りを行うことは税の公平負担の趣旨から好ましくない』などとして、法律で禁止し、違反した企業名を公表する方針を固め、閣議決定をしたのだそうだ。

 確かに、その恐れはないこともない。流通業界大手が、従業員を酷使し、また下請けに無理難題を押しつけるという話はよく聞く。このことがどこまでが本当なのかは闇の中だが、そして、あり得る話だと思うが、法律で禁止するとはいただけない。何でも法律で禁止すればよいと考えているなら、自民党には明日はないと言いたい。

 流通大手は、例え法律で禁止されたとしても、法律の間隙を縫って生き残り、大手はますます勢力を延ばし、中小は萎縮してきた歴史がある。この法律はその格差をさらに広げるものになることは歴史が証明している。

その意味でも、今回の閣議決定は、まさに『下らない』としか言いようがない。(田舎親父)

2013年4月12日 (金)

SARSの二の舞は勘弁してほしい・・・

 中国での鳥インフルエンザ騒ぎがますます拡大している。10日の新華社通信は、H7N9型ウイルスに感染していた江蘇省の1人と安徽省の1人が新たに死亡したと9日に発表。上海市でも新たに2人、浙江省でも新たに2人の感染が確認され、感染者は1市3省で計28人、うち死者は9人となったと報じている。

さらに翌日には、違う地域でも患者が5人も増えて合計33人になったと報じられたことから、今後急速に患者数は増えそうな感じもする。要は、中国政府としてお手上げ状態というのが現状ではないだろうか。

 また、中国のネットサイトからは、H7N9型の遺伝子を解析した結果、上海市に隣接する浙江省に生息するカモと韓国の野鳥の遺伝子が入り交じっている可能性があると中国科学院の研究室が指摘したという情報も流れている。

 『韓国の野鳥の遺伝子』という表現が何となく不気味である。個々の野鳥がどんな動きをしているのか、現代の科学でも捉えられないのは当然だろうから、この遺伝子を持つ野鳥の仲間たちが我が国にやってきて、気に入った相手を見つけて交配。時には、SARS騒ぎ以来問題になった、養鶏場の鶏にウイルスを伝搬させることもあり得る。そして、人から人へ感染するウイルスに変異する可能性はゼロではないはず。

 中国政府は、昨日の段階までの話として、鳥インフルエンザウイルス(H7N9型)の感染者が相次ぐ上海市の市場や飼育場の家禽類から7千以上のサンプルを調査した結果、H7N9型は検出されていないと発表した。が・・・。

その一方では、上海市当局は11万羽以上の食用の鳥を殺処分して、感染阻止に躍起になっているというから、以前宮崎県で口蹄疫に罹患していない牛、兆候すらなかった牛を殺処分した口蹄疫騒ぎを思い出す。

 また、同じ頃に流行った鳥インフル騒ぎでも、養鶏場の鶏を万単位で殺処分。その映像がテレビで写し出され、全国の小学校や幼稚園から抗議の声が上がり、映像を差し止めたということもあったことも・・・。

 あの時は、鳥インフルを媒介するウイルスをもった野鳥が養鶏場の目の粗い金網から入って鶏に感染、それが人から人へ感染するウイルスに変異することを恐れたのではなかっただろうか。当時、養鶏場は競うように雀のような小さな野鳥でも侵入できないほど細かな金網の張ることによって安全をアピ-ルしたものであるが、今回も同じような経過をたどりそうだ。

 今回の中国での流行について、世界保健機関(WHO)は食用の生きた鳥から人に感染した可能性があるとしたが、感染源や感染ルートの特定につながる情報の収集は難しいという。中国政府は、上海市など都市部に広がらないように躍起になっているようだが、農村部となると事情が異なる。そこでは生きた野鳥が日常的に食用にされるため市場に出回っているというから感染源が養鶏場の鶏でなくて少しも奇怪しくない。

政府は、生きた野鳥の取引を禁止したとのことだが、長年の風習を一片の通達で全土に徹底できるはずがないだろう。さらに、中国の養鶏事情などを調べると、ほとんど野鳥にとって養鶏場への進入は野放し状態であることから、特定の感染ル-トを見つけることはとても難しいことは想像に難くない。

野鳥から人への直接感染は、野鳥そのものに触れない・食べないことによって防げそうだが、中国でこのことが簡単に守られるとはとても思えない。しかし、このウイルスは鳥同士の接触で簡単に広がるらしいから、養鶏場との隔離は緊急を要することも間違いないところ。しかし、これも中国の現状からは難しいのではないだろうか。

野鳥よりはるかに生活環境が人に近い鶏から人への感染は容易になり、そして人の体内で、人に感染する遺伝情報が変異し、人に感染するウイルスが新たに生まれると考えると・・・・。

これがSARS騒ぎだったはず。現在のところ、極端に人口の多い中国での33人という患者数から、過剰に恐れる必要はないと思いたいが、すでにこのウイルスが人から人へ感染する遺伝子変化が起きている懸念は払拭できない。

 SARS騒ぎの時、当時中国当局は、人から人へ感染するウイルスの情報を徹底的に隠蔽したはず。そのために、全世界に広がったことが後で明らかになり、時の衛生相や北京市長が更迭されたことが報じられたが、今回はその轍を踏んでほしくないもの。

 このことについて特に心配していたが、早々に日本政府の要請を受けて、ワクチンを作るのに必要な生きたウイルスを譲渡すると表明したことは、さすがの中国政府もわかってきたと思いたい。

一昨日のテレビニュ-スでは、ウイルス(H7N9型)に感染した中国の患者から分離されたウイルス株が厚労省に届けられたことを報じていたので一安心。それでも一抹の不安はぬぐえないが・・・。

SARSの時のような大騒ぎにならないことを祈りたい。(田舎親父)

2013年4月11日 (木)

東電と規制庁につける薬はなさそうだ・・・

 ネズミが原因だと強弁して何とかごまかした停電騒ぎに続いて今度は放射能に汚染された汚染水漏れと深刻な事故が続いているが、東電の担当者の記者会見では、本気で対策をとっているのかと疑わせるほど、危機感が伝わってこないのが気になる。

どこかなげやりで、ほとんど原稿を棒読みしていると思われても奇怪しくないほど、表情も変えず淡々と言い訳がましい説明にはうんざり。相変わらず東電の体質が変わっていないことを示しているしか表現のしようがない。

放射能で汚染された水を貯蔵するというから、規模敵には物凄いものだろうが、形としてはマンションの屋上にある水槽のでかいものというイメ-ジを持っていたが、マスコミ図付きの解説によれば、この施設とは、地面に穴を掘って、そこに何重かに遮水シートを敷いて浸出水を防ぐという構造(プ-ル)だというから、何のことはない一般のゴミ扱いである。

放射能汚染物質と一般のゴミとが同じレベルで考えられているのにびっくりすると同時に、東電のやり方を追認している政府・原子力規制委員会などに対して、何を考えているのだと怒鳴りたくもなる。

遮水シートが破れて汚染物質が漏れる事故は、一般ゴミの最終処分場でもこれまで度々起きているはず。(はっきりと覚えていないが)東京都の日ノ出町野処分場では、発癌性有害物質が漏れだし、大変な騒ぎになったと記憶している。それが原因で、最近は防水シ-トを敷くだけではなく、鋼鉄版を敷きつめて遮水するなど細心の注意が払われているのが普通だと言われている。

また、少しでも漏水を検知すると自動的に修復されるシステムを備える施設も、今や珍しくはないとも聞いているが、東電にはこんな情報が届いていないらしいと最大級の皮肉を言いたくなる。

家庭から出されるゴミであっても、このように漏水には神経質すぎるほどの注意をしているのに、放射能に汚染されている水を家庭ごみ並み、あるいはそれ以下の扱いとは、あまりに酷すぎる。

 しかも今回の漏水事故以前に、すでに遮水シートの近くで微量の放射能を検知していたとなると、明らかに汚染水漏れの兆候をつかんでいたのに何ら対策を講じていなかったことになる。何ともやりきれない話である。

 さらに、東電サイドは今回の汚染水漏れも『事故』とは言わず『事象』と呼んでいるそうだから、『放射能が漏れるのは当たり前、そんなにガタガタしなさんな・・・』というところらしい。

 東電は、漏水場所を特定していないが、防水シ-トのどこかに穴が開いていることを認めたと言うことは、汚染水は地下に垂れ流し状態になっていることになる。そして、原子炉を冷やすために、汚染されていない地下水を大量にくみ上げているとなると、水脈の圧力は低下するだろうから、汚染水が入り易くなり、汚染水をめぐって悪循環が起きていることになる。

話を戻すが、汚染水をプ-ルのよう貯水施設を増設に増設を重ねて、そこに溜めていたというのでは、日々汚染水は増えていく現状から、このままでは、プ-ルをいくら増設してもきりがない。

漏水を認めて、そこの汚染水を別の施設に移動させたらしいが、移送先の貯水槽でも漏水しているというから話にもならない。要は、どの貯水槽でも漏水していると考えて奇怪しくないだが、原子力規制庁は、この方法しかないので、今後ともプ-ル式貯水槽を作り続けて、汚染水を貯蔵することを認めたとのこと。

これでは相変わらず、東電の無責任な後始末をただ追認するというだけである。これでは、放射能汚染の根本的な対策になっていないことは誰にでもわかること。

汚染ドジョウ政権が『冷温停止状態』と宣言してから約1年4カ月。実際には『冷温停止』どころか、汚染を広めることによって原子炉をかろうじて爆発をくい止めている状態であることは誰の目にも明らか。原発事故そのものはなにも終結していない。

 地面を掘って簡易なプール作り、そこに汚染水をためるというのは、あくまでも一時しのぎである。東電(政府も同じだろう)は放射能汚染水の漏出が、住民にどれだけ不安を与えるか考えることすら放棄しているように思える。

今回の漏水を認めたことを機会に、改めて『事故』の現実を直視して、住民の気持ちになって対策を練り直すべきだと声を大にしたい。

ところで、昨日の午後になって、経産大臣が『今後は、貯水槽(プ-ル)は使わない方向で・・・』と言ったという情報が流れ、今朝の新聞にはプ-ルの汚染水をタンクに移送すると報じていた。

これは奇怪しい。貯蔵タンクが満杯になったので、プ-ルを掘って一時的に保管する方法をとったのではなかったろうか。もし、本当にタンクに移すというなら、タンクを空にしなければならない。

では、汚染水はどこに消えたのだろう。まさか、海に投棄したのではないと信じたいが、これまでの東電のやり方をみていると、ひょっとしてあり得るとも考えられる。このあたり明確な説明があってしかるべきだが・・・。

それにしても、あまりにも粗末すぎる。(田舎親父)

2013年4月10日 (水)

1ドル120円が迫っている?・・・

 昨日の書き出しと同じになるが、6日(土)から、長野県飯田市を中心にした下伊那と呼ばれる地域の桜を愛でる旅に出かけてきた。ここには水上勉の『さくら守』にあるような、ロマンに満ちた伝説が残り、じっくりと対峙すると、その息づかいが聞こえてくるような一本桜が数多く存在する。

出かける前々日(4月4日)に、日銀では、黒田新総裁の元『金融政策決定会議』が行われ、その後の記者会見がテレビ各局は流していた。その中で、黒田総裁は『今までとは次元の違う金融緩和』と自信に満ちた態度で語っていた。

発行するお金の総額を2年で270兆円と倍増させる新たな量的緩和に関し『常識を超えて巨額だ』と胸を張ってその規模の大きさを強調していた。2%の物価上昇目標を2年で達成するのが、政府との約束事だとことらしく『現時点で必要と考えられる措置は全て講じた』と説明していた表情には余裕さえあるように見受けられた。

 確かに、前総裁の白川氏は記者会見ではどこか自信なさげの雰囲気を漂わせていたが、黒田氏は自信たっぷりで、『措置を小出しにするやり方では物価目標を達成できない』と今までの日銀とは違うという雰囲気を表面に出している。

 この会見後、たちまちの間に、円がドルに対して2円も値下がりし、株価も250円超も上昇したのだから、これを経済効果と呼ぶなら、その影響は物凄いものがあったと言わざるを得ない。

 そして帰宅して久しぶりで新聞を読みテレビを見て、1ドルが100円にも届く情勢だということを知る。昨日の新聞には、『週明け8日のニューヨーク外国為替市場の円相場は、前週の日銀による新たな金融緩和策導入を受けて円安が進み一時、2009年5月上旬以来、約3年11カ月ぶりの円安ドル高水準となる1ドル=99円38銭をつけた。1ドル=100円の大台も視野に入った』という文字が並ぶ。

 超がつくほどの経済音痴の私には、1ドルが100円になれば計算が楽になるだろうという程度の知識しかなく、庶民の生活にどんな影響が出るのか詳しくはわからないが、外国から見たら、円に対して割安感が大きくなり、車をはじめ高級感のある人気の日本製の商品が飛ぶように売れることは確かだろうことぐらいは理解できる。

 輸出が伸びると製造会社は潤うことは当然で、不景気にあえいでいた会社の業績は急速に回復。春闘での労使交渉の場では、経営者側は定期昇給やボ-ナスなども大判振る舞いが続いているとマスコミは伝える。

株価の上昇も続き、半年ほど前には大企業の平均価格は8000円台(もっと低かったかな)だったものが、最近は、(日によって多少変動するが)1万3000円前後と一時からは信じられないほどの高値で推移している。

 多くのメディアは良いことばかりのように伝えているが、輸出産業は好調であっても、輸入が絡むとなると事情は全く違い、輸入関連業種は大変な苦境に入っていることは当然だろうから、原料を全て輸入に頼っている中小のものづくり企業にとっては、極端な円安はむしろ迷惑ではなかろうか。しかし、マスコミはこのことについてはあまり伝えたくないらしく関連情報はあまりない。

 話は戻すが、政府の政策は物価を2%上げることだという。しかし、家電など高額商品の値上げは経済界からの圧力もあり難しいだろうから、結局は値段が比較的安い食料品や日用品などの値上げで目標値に持っていくことは間違いなさそうだ。

円安が進み株価がどんどん上がると、株を手がけている人にとってはウハウハ状態が続くが、必需品のほとんどを輸入に頼っている庶民にとっては、大幅な物価の値上げという問題が顕著になり、大多数の国民の家計には赤信号がともることなることは確実。

また、TPP交渉が進む中、生き残るために、安い外国農作物に対抗するために、付加価値をつけた作物を育て輸出することで対抗しようとしている農家にとって、何よりも円安による重油の値上げが足かせになるように思える。

 まさか、1ドルが100円を軽く突破して、120円などということはないとは思いたいが、今の情勢が続くと、絶対にないとは言い切れない。

我が国の一次産業が崩壊するほどの円安が進んだとしたら・・・と想像すると背筋が冷たくなる。(田舎親父)

2013年4月 9日 (火)

保育園は増えたけど・・・

 しばし留守をしている間に、円安がどんどん進み、今朝のニュ-スでは1ドル99円と100円にも届く勢いになり、このまま進めばどうなるのだろうと、経済に疎い私でも多少は心配になってくる。

大企業の株価が上がり景気が回復しているようにマスコミは伝えるが、私のような貧乏人には、それが実感できるようになるのはまだまだ先のようだ。このことは、また考えるとして、今日は子育ての話題に着いて・・・。

保育園の不足から、わが子を保育園(保育所)に預けられないという母親たちの切実な怒りが爆発し、異議申し立てという動きが燎原の火のように都内の各区や埼玉、川崎などに広がっていることは先日述べた。

私が住む横浜市もつい数年前は保育園・所の不足が顕著になり、一時は日本一保育環境が悪いとまで言われていたが、ここ数年の行政の努力で、今では待機児童もごくわずかだと聞いている。

確かに認可保育園・所は増えている。このことは先日、雨後のタケノコのように、『歩くたびに保育園が増えている』との感想を述べたほどであるが、増えたのは良いのだが、今度は保育士確保という新しい問題が生じているのだそうだ。

4月1日の地方新聞に、『3月31日になってもチラシに保育士の求人が出ていた。こんなの初めて』という、保育園長のつぶやきが目についた。取り上げられた保育園は、私がいつも通る四季の森公園の近くの保育園である。大変人気があるらしく、登下校時には保護者が溢れ、近くに専用駐車場まで持つほど大変賑わっているようだが、保育士の確保には相当な苦労を強いられているらしい。

この保育園は、3月末で13人の保育士が退職したという。園長のつぶやくによると『結婚などに加え、他の園に転職する人が重なった』とのことだが、どうやら急激に保育園・所が増えたことに大きな原因があるようだ。

『特に今年は新設の園が大幅に増えた影響で、保育士の出入りが激しく、多くの園で確保に苦労している』と園長のつぶやきがそのことを端的に表している。この保育園では、5、5社の保育士の人材派遣会社に声を掛け、先月中に何とか補充したそうだが、こんなところまで派遣会社の存在が大きくなっていることに愕然とする。

そのことはさておき、横浜の保育事情を調べてみた。2010年4月に全国の市区町村でワーストの1552二人の待機児童がいたそうだが、民間保育所を積極的に誘致し、認可してきた結果、待機児童がほぼゼロになったことは以前にも述べたこと。

 特に今年の3月には、過去3年間で最多の69園もの保育園(保育所)を増やした結果、新たに約600人の保育士が必要となり、獲得競争が激化しているというから、既述の園長のつぶやきのように、すでに存在する保育園・所の悩みがよく理解できる。

 横浜市は危機感を抱いて、就職情報誌で就労支援講座への参加を募ったり、県外の養成校をまわったりして、保育所の求人活動を側面支援しているという。その結果、必要な保育士は確保できたと発表しているが、実際には保育士の引き抜き競争が激化し、園長たちは日々保育士の獲得に大変な苦労を続けているのが現状らしい。

 これに東京の区市や県内の川崎市などの、待機児童を解消するよう求める保護者の異議を申し立てに応えて、保育園・所が増えれば、保育士不足の問題が一層、顕在化することは間違いない。

東京都内はじめ、近隣の自治体などで保育園・所が増えれば、限られた保育士を奪い合うことになり、この園長のような悩みはますます広がるだろう。

この保育園は横浜線の中山駅から徒歩で10分以上かかるとなると、交通の便からも他の園・所に異動を希望する保育士がいても奇怪しくない。また、それは保育士としての権利であることは明らか。大変な争奪戦が起きていることが想像できる。

小中学生に将来の夢はと聞くと、一昔前までは『幼稚園の先生か保育士』という答えが返ってきたものだが、最近はかなりその数が減っているという。特に保育士は、幼稚園教諭と比べて、勤務時間が長いわりに給料が低いこともあって、希望者が激減しているというから、事態は深刻である。

いつの世にでも、パイの奪い合いが続けば質の低下は避けられない。保育の質の低下は、即児童の安心・安全にもつながること、根本的な保育士養成システムが急がれる。それも緊急を要する。

異議申し立てを受けて保育園・所を新たに作ることは異議ないが、乱造しては、母親たちの希望とはほど遠くなるのではないだろうか。ここにも政治の貧困が現れているように思えてならない。(田舎親父)

2013年4月 5日 (金)

突如呼吸が止まるとは恐ろしい・・・

 最近、聞き慣れない病名が増えている。膠原病や川崎病、あるいはパ-キンソン病など、どんな症状の病気なのか素人には全く想像できないが、症状が想像できそうな『○○症候群』と命名された病気も多く出回っている。

それどころか、病気とは思われない現象にでも、『症候群』という言葉を末尾に付けることが、流行りといっても良いほど身の回りに溢れている。

『睡眠時無呼吸症候群(SAS)』という病気があるという。病名から、寝ている時に短時間呼吸が止まる病気らしいことは容易に推測できるが、呼吸が停止するとは聞き捨てならない。

 『睡眠時』とあるから、夜中に起きるものだと思っていたが、昼間にも症状が出るらしい。車を運転中に起きたら大変なことになりそうだが、実際、2003年に新幹線運転士が運転中に症状が出て、危うく大惨事になりかけたという。

また、このところ運転手が突如意識がなくなり事故を起こす事例が多く報じられているが、そのほとんどがこの病気が原因しているというから、この種の病状を持っている人には電車や車の運転してもらいたくないものである。

血圧は夜になると通常下がるが、無呼吸で目が覚めてしまうと下がらないままになるのだそうだ。頻繁な無呼吸で血液中の酸素濃度が下がることは、動脈硬化や自律神経の乱れ、糖代謝の異常などを起こすという。

『睡眠時無呼吸症候群』の診断基準は、睡眠中、10秒以上の呼吸停止が1時間あたり5回以上あり日中の眠気などの症状が伴うとのこと。大きな要因は肥満で、太ると、のどや舌などに脂肪がついて気道が狭くなり、眠って口の中の筋肉が緩むと、舌のつけ根が下がって気道を塞ぐらしい。

ところが日本人の場合は、あごが小さく下あごが後ろに下がっているなどの骨格的な問題もあり、肥満ではない患者も3割程度いるとされるから、わかったようでわからない、あるいはわからないようでわかった気になる曖昧な解説。

そして、(私が知らなかっただけで)、『SASネット』という救済組織も立ち上がっているというから、このような症状で苦しんでいる人はかなり多いようだ。

 昔から夜中に何度もトイレに行く、昼間にどうしようもなく眠くなるなどの気配がある人は、この病気の可能性があるという。私は朝目が覚めたら、夜布団に入るまで、眠くなることなどまずない上に、夜中に何度もトイレにいくことなど皆無なので、今のところ、この病気に罹患していないと安心しているものの、ご多分に洩れず肥満傾向にあるから注意しなければ・・・。

この病気は、かつては中高年男性のものだと思われていたが、近年は女性や子供の患者も増加しており、潜在患者数は1千万人に上るともいわれるという。

この数値は無視できないどころか、糖尿病ほどではないが、国民病と言っても奇怪しくない。それどころか、この『睡眠時無呼吸症候群』が糖尿や高血圧などの生活習慣病や鬱病の原因になったり、症状を悪化させる原因だと言われているから、互いに切っても切れない関係があるようだ。

繰り返しになるが、『睡眠時無呼吸症候群』の重症患者に運転を任せていたらトンデモない事故につながる可能性は限りなく大きくなる。しかし、実際に事故が起きているとなると、電車やバスの運転手が、あるいは対向車の運転手が、突如この症状を起こさないことを祈るしか方法がない?・・・。

癲癇などの発作を伴う病気を持っている人は、運転免許習得時に、その旨自己申請をする必要があるのだそうだが、この病気の場合も同じように、病名を明記した申請が義務づけられているのだろうかと考えると、何となく不安になる。(田舎親父)

2013年4月 4日 (木)

和田中の今後の変化は・・・

 都内の区立中学校で初めて民間出身の校長が誕生したのは、2003年だった。当時の衝撃は今でも私の頭から消え去らない。

藤原氏の鮮烈なデビュ-を『やるなあ・・・』と、期待を込めて応援していた。特に、当時ほとんどの学校で方針が定まらなかった『総合的な学習の時間』を利用したのだろうが『よのなか科』という魅力的な命名で、当たり前の生活を取り戻すためのコミュニケ-ション能力を高めることを方を主体したカリキュラムの構築などは、教員あがりではとても考えられない発想だった。私も、何度か彼の講演に出かけ、刺激を受けたことも懐かしい思い出である。

都教委・区教委は彼の学校改革の手腕に期待していたので、ある意味大きな権限を与えていたようだ。それをバックに、民間の発想を教員に求め、徐々に(というより一挙に)意識改革の成功したのだろうが、普通の学校ではとてもそうは行くものではない。

それにしても、彼の学校運営は凄いものがあり、地域やPTAを巻き込んで、学校経営の要となる『地域本部』という組織を立ち上げたことには瞠目。当時学校評議員制度が区教委の指導で設置が義務づけられていたのだがその数は数人。和田中では、彼の経営方針に賛同する地域住民と元PTA役員から成り立つ40人の組織であり、その組織が次々と新しい企画を生むことになる。

土曜日に学生ポランティアを先生にして行う土曜授業は、土曜日の寺小屋ということで『ドテラ』、また、学力のさらなる向上のためにと、夜間に、塾の講師を招いて有料の授業を『夜スペ』という命名したのはよく知られている。その運営は地域本部が行うのだから、一部の地域や保護者からの苦情もあっても表面化するはずがない。

(以前にも何度も述べたことだが)学力にはテストで計れるものと計れないものがあるというのが私の強い信念である。算数や国語の学力はテストの点数で計り、序列をつけることができるが、人間性や社会適合力などは点数で計れるものではない。しかし、むしろ人間にとってこちらの方が大切であり、点数で計れる学力以上に身につけなければならない学力だと位置づけている。

『ドテラ』や『夜スペ』を生み出す彼の発想は子どもを指導するという意味では、学校の教員と塾の講師は同格なのだろうが、学校と塾とは本質的に違い、本来、学校教育はバランス良く両方の学力を向上させる場だと捉えている私には、『ドテラ』はともかく、『夜スペ』となると容認できない。

ついつい前書きが長くなってしまったが、4月1日付けで、その和田中学に10年ぶりに教員出身の校長が赴任したことを東京新聞が報じている。これは注目に値しそうだ。新しく任命された校長は、藤原氏とやはりリクル-ト経験の後任校長のどちらかの下で副校長を努めた人物だとのことも興味深い。

記事によると、この人事は杉並区教委から都教委に『2代10年の任期を満了したので教員出身の後任を充てたい』との申し出があったとのことだから、区側の希望だったようだ。

1日に赴任した校長は、副校長時代に深く係わってきたに違いないから『地域本部』という組織とはうまく付き合っていくだろう。『ドテラ』や『夜スペ』も基本的には変化はないと推測している。

しかし、新しい校長は何とか自分のカラ-を打ち出したいものである。この傾向は個性が強い校長ほど顕著に現れ、何とか目立ちたい、今以上に地域からの信頼を得たいと、自分なりの目玉施策をつくりたがる傾向がある。

自分カラ-を打ち出すための方法は、前任の校長の方針を否定することが一番手っとり早い。よく、『校長が変わると学校がこんなにも変わるのか』と言われるのは、このことの証である。

今度任命された校長の時代には急激な変化がないかもしれないが、藤原氏のように『校長会など必要ない』と発言できるとは思えないから、校長会の意向には従わねばならないだろう。杉並区の校長会の雰囲気は伺い知らないが、恐らく,民間校長に批判的な意見が多いのではないだろうか。となると、数年後(3年後かな)に任命されるだろう次の校長はさらに民間校長色を薄めるだろうことは想像に難くない。

藤原氏は今度の人事を『大政奉還』と表現しながらも、決して悲観していないと語っている。むしろ『地域本部』という考え方が他校に広がると期待しているようだが、果たして本音だろうか。

今後どこまで和田中の話題が表面化するかわからないが、和田中の変化を覚めた目で見守りたいと思っている。(田舎親父)

2013年4月 3日 (水)

師弟愛での国民栄誉賞 これは凄い・・・

 一昨日のテレビ各局は、政府が、プロ野球元巨人監督の長嶋茂雄(77)、巨人や米大リーグのヤンキースで活躍した松井秀喜(38)両氏に、プロ野球発展に貢献したなどとして国民栄誉賞を授与する方針を決めたというニュ-スを大々的に取り上げていた。

両氏の受賞は素直に喜びたい。アンチ巨人の私であるが、長嶋と王には何か親しみを持ち、二人の活躍によって勝利した試合には、仕方ない・・・とあきらめに似た心理が働くほど魅力に富んだ人物である。

松井もしかり、ニュ-ヨ-クジャイアンツに移籍し、その主力選手として活躍できたことは、先天的な才能があったことはもちろんだろうが、それ以上の努力が彼をヒ-ロ-に仕上げた賜物だろう。

テレビのインタビュ-に応える街の人たちも、こぞって『素晴らしいこと』と二人の受賞を歓迎している。私も同じ・・・。官房長官は『社会に夢と希望を与えた。野球界の発展に貢献した』と、受賞の説明をしているが、これにも異論はない。

しかし、『何故今なの・・・』というかすかな疑問が頭をよぎる。つい最近、政府はなくなった直後に、大鵬(納谷さん)に対して国民栄誉賞を与えたことと、無関係ではないだろう。国民からは『生前に与えておくべきだった・・・』という声が上がったことが、長嶋にもという動きを刺激したに違いない。

マスコミは今回の受賞はアベ首相の発案だった伝えている。私でも、とっくの昔に与えてられてもおかしくないと思っているので、首相の気持ちは何となくわかるような気がする。

あくまで私の推測であるが、首相は熱烈な巨人ファンではあるまいか。首相に返り咲いた時点で、長嶋に国民栄誉賞を与えたいと思っていたのでは。しかし、そのきっかけがつかめなかったが、大鵬が逝去したことで、まず大鵬に栄誉賞を与え、次に長嶋という筋書きを首相の周辺の切れ者からささやかれた。

ところが、『プロ野球の発展に貢献した』という理由となると、長嶋にはとっくに受賞させてなければならないのに、今更という声が違う筋からでたのではないだろうか。

長嶋よりも記録的には野村や張本や落合の方が凄いものがある。日本人として初めて大リ-グで活躍し、松井たち後輩に道を開いたという意味でも野茂も受賞に値する。イチロ-は2度もこの受賞を辞退したと伝えられているが、野村や張本、あるいは落合や野茂に栄誉賞という話は、現在まで一度も聞こえてこない。

そこで浮かび上がったのが『師弟愛』というにふさわしい二人の関係。松井の活躍は国民栄誉賞に値することを誰も異論をはさまないだろう。『師弟愛』をキ-ワ-ドとして二人一緒にと進言した人物がいるとしたら、これは凄い。

事実、マスコミはこぞって二人の受賞を『素晴らしい』と絶大な賛辞を送っている。これでアベ内閣の支持率はさらに跳ね上がるのではないだろうか。こんな筋書きを描ける人物がいるのだから・・・。

今回は『師弟愛』の大勝利だが、はっきりとした受賞の基準を設けておかねば、時の首相や内閣の恣意による受賞、あるいは支持率のために利用されたのではという声に明確な説明ができなくなり、汚染ドジョウ氏の二の舞になりそうだ。

今回筋書きを描いた人物は、こんな心配はお見通しだろうと思うが・・・。(田舎親父)

2013年4月 2日 (火)

国民総背番号制度の足音が・・・

 国民一人ひとりに番号をふり、社会保障分野などに活用する共通番号(マイナンバーと呼んでいるが、『共通』ではないので『背番号』と呼ぶのが正しいと思う)の導入をめぐって、国会での審議が始まったようだ。 

 この法案は、以前、民主党政権下で一度出されたが、与野党の対立で廃案になったと報じられているが、もともとは自民党が検討していたこと。消費税の増税と同じで、わざわざ敵に塩をまいたというところらしい。

自民党という政党は、TPP交渉参加にみられるように、強行に反対していても、いざ親分が右を向けと命令したら、持論を取り下げて『かしこまりました』という輩の集団であることから、この総背番号制(あえて共通番号制という名称は使わない)が実現することの可能性が高いようだ。

国民一人一人に番号を割り振れば、全てをコンピュ-タで処理でき、必要があれば瞬時に個人の情報を呼び出すことが可能であることから、管理という面からは極めて便利であることは誰の目にも明らかであろう。

自民党が出した政府案によれば、国民に割り振られた背番号は 年金や雇用、医療・福祉関連の給付や納税事務、災害時の支援金の支給などに限って活用するとある。

少子高齢化に対応するためと称して、民主党政権が反対派を除名してまで強行した消費税の増税が決まり、来年度から実施されるとなると、より公平な税徴収や社会保障が求められる。

現在よりより公平に、且つ効率的に管理することは必要なことには異論はない。その意味では、国民一人一人に番号を割り振ることも決して間違いではないとは思いたいが、誰が管理するの・・・となると、現状では『ハイ、わかりました』と諸手をあげて賛成とは言えない部分がかなりありそうだ。

政府案では、民間業者の利用は認めないとある。これは当然である。しかし、『独立性の高い第三者委員会を置き、個人情報の取り扱いを監視する』との文言が引っかかる。今流行りの『第三者委員会』の実態がなにも明らかにされていないからである。

ネットの発展で、多くのサイトへのアクセスするために、自分のIDとパスワ-ドが必要になり,これを打ち込むことで、他人が知らない自分だけが知りたいさまざまな情報を得ることができる。

誰もがこの恩恵に対して非は唱えない。よくぞこんな便利なシステムを考えついてくれたものだと感心するが(本来なら絶対にあってはいけないことなのだが)往々にしてこのパスワ-ドが外部に漏れるという事件が発生していることも気になるところ。

災害時の支援などには背番号制があれば、すぐに該当者で有る無しがわかり、成り済ましなどを防止する上では大変有用だろう。しかし、医療・福祉関連の給付や納税事務などとなると、管理はしやすく、且つ公平にはなるだろうが、万が一、漏洩したらと考えると大丈夫なの?という心配が先にたつ。

さらに、『第三者委員会』が全ての情報を一元的に管理するとなると、その組織にいる一部の人間は、全ての国民の個人情報を知り得る立場になる。個人情報に二重三重の網かけ体制は当然だが、その網をかいくぐって観ることができる人が存在し、その人たちを任命するのが時の権力となると、政治的に利用されることも『絶対にゼロ』ではない。

自民党政権は『そんなことは絶対ない』と強弁するに違いないが、『絶対に事故は起きない』と言い続け、安全神話を国民に刷り込んできた『原発』も、いとも簡単にあのような悲惨な事故を起こしたことから、人間がやることに『絶対はない』はず。この強弁を頭から信じるわけにはいかない。

想像したくないが、国家公務員の採用やその後の人事に利用されたら。そして、万が一将来的に『徴兵制度』などが復活することも可能性としてゼロではないとなると・・・。

自民党政権がそこまで見据えているとは思いたくないが、この体制の構築にかける2千億円という莫大な予算を無駄にしないためにも、個人情報の漏洩防止策について、もっと丁寧な説明があっても良いはずだが・・・。(田舎親父)

2013年4月 1日 (月)

年寄りばかりが増えていく・・・

 先月28日、朝日新聞の朝刊の一面トップに『高齢化 都市部で加速』という4段抜きの見出しの横に、これまた大見出しで『2040年 推計人口』とあり、それよりも一段大きな活字で『神奈川は1.6倍』という文字列が並んでいた。

 前日に発表された『厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所』の、2040年の日本の年代別人口の推計を元にした記事であるが、神奈川の年寄りが現在より1.6倍になるというから、昨日早とちりしてしまったが、四月馬鹿であってほしいもの・・・。

 しかし現実は、毎日、学生や勤め人が存在しない時間帯に出かけることができるので感じられるのかもしれないが、この時間帯(午後1時から4時頃)の(毎日のように訪れる、住居近くの)県立四季の森公園はとにかく年寄りが多い。いや老人ばかりだと表現しても差し支えないほどであることから、どうやら虚しい願いらしい。

桜が舞い散るこの時期は、幼い子ども連れの若いママさんたちが集まっておしゃべりしている姿も珍しくないが、私と同年代かそれ以上の年寄りたちに比べると、比率的にはほとんどゼロに近いといっても決して奇怪しくないほど。

 ぼんやりとベンチに腰掛けている人は常連さんでお馴染みの顔ぶれも多い。最近増えているのが、桜の樹の下に陣取り大声(耳が遠くなっているのかもしれないが)でおしゃべりを楽しんでいるジイサン・バアサンの姿。

さらに目立つのは、車椅子に乗せられた年寄りたち。それもほとんどが、老人施設の車で連れてこられた団体で、介護者に寄り添われている。こんな姿を目にすると、この先どうなるのだろうと心配になる。

ふと楢山節考の一節を思い出すが、口にしたら即『人権蹂躙・・・』との声が返ってくるのは間違いないので、でかかった言葉を飲み込む。目の前の光景は、私の数年後の状態かもしれないと思いながらも、いやそんなことはない、死ぬ一日前まで自分の足で歩くのだと改めて決心するのも、このところの日課になっている。

神奈川の老人問題はさておき、全国的に老人の数が増えるのに反比例して若年の人口が減っていることは、(身近でも感じられることだが)地方に出かけると、そのスピ-ドが以前にもまして速くなっていることを実感する。

人口の高齢化は深刻さを増していることは、『殺さない』ための医療技術の進歩によるものだから仕方ないことだろう。女性の晩婚化どころか未婚化が進んでいるのだから、生まれる子どもの数が少なくなるのは当然の理。高齢化といっても必ず人間は死ぬのだから、人口そのものが減少することも・・・。

しかし、今回発表された数値を見ると、65歳以上の人口の割合が全都道府県で3割を超えるというから、私が想像していた以上である。

この表には、信じられないような凄い数値が並んでいる。秋田、青森、高知県の3県の人口減少は30%を超え、20%以下を探すのも難しい。さすがに首都圏はじめ大阪や名古屋という大都市を抱える府県の減少率は少ないが、高齢化率となると、逆に爆発的に高くなり、東京や神奈川などは50%をゆうに超えている。特に私が住む神奈川では60%との予測には驚くと同時に、毎日の私がみる光景から何となく納得する。

同じ日、官房長官が政府の施策として、少子化対策を講じ、女性が生涯で産む子どもの推定人数を示す合計特殊出生率をフランスなど少子化対策の『先進国』並みに引き上げたいと発表したという記事もあった。

 少子化対策の一環として『出生率2.0』と具体的な数値目標の口にしたとのこと。出生率が2・0は人口減をくい止める最低必要限の数値であるが、このためには、すべての出産可能な女性が(結婚する市内は別にしても)二人の子どもを産むという計算の上で成り立つ数値。

政府内に『少子化危機突破タスクフォース』なるという、またまたカタカナ表記の(最近の流行になっている)有識者による組織を立ち上げて、『若い世代が結婚し子育てができる収入を得られる社会』や『女性が子育てしながら働ける企業制度や保育所の整備』などと議論しているらしいが、保育所問題一つとっても解決の兆しすら見えないとなると、有識者会議の存在すら霞の中としか言いようがない。

若い世代が結婚し子育てできためには、収入を引き上げねばならないことぐらい、小学生でもわかる話で、わざわざ有識者会議など無駄な組織で『ああでもないこうでもない』という議論など必要ないと思いたい。

政治のあらゆる無駄をなくし、若者の雇用と収入増を本気で取り組む施策を示せねば、出生率は今後下がることがあっても上がることはないだろう・・・な。(田舎親父)

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