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2013年11月

2013年11月30日 (土)

沖縄県民への裏切り・・・

 一昨日の夕方のニュ-スは、(名前は忘れたが)沖縄選出の自民党議員の団長なのだろうが、『党本部の説得に応じて、普天間基地の辺野古への移転を容認する』との談話を発表している姿を映し出していた。

 党本部から『想像もできないほどの圧力』がかかったことは想像に難くない。沖縄選出の議員たちにとっては、苦渋の選択だったこともわからないでもないが、何か、自民党という怪物の正体を見せられた感じで嫌な気分に陥ってしまう。

話は少し古くなる。沖縄県民は、民主党政権の誕生で普天間が海外・県外に移転することを信じたに違いない。私も、当時のハトヤマ首相が『海外移転』を声高だかに叫んだ時は、『よしっ・・・』と興奮したものだが、その興奮がさめるのも早く、あっと言う間に『アメリカとの合意』という政治言葉で辺野古移転に戻してしまった。

 昨年末の衆院選では、民主党の自滅で、投票前から自民党の圧勝は既定の事実だったにも関わらず、自民党本部は普天間問題を公約に明記せず、ひょっとしたら・・・と県民に思わせる作戦を展開。結果的には、ほとんどの選挙区で当選したことを思いだす。

衆院選で圧勝した自民党本部は、今年7月の参院選では、アメリカとの合意は崩せないとして『辺野古移転』を公約に掲げたが、沖縄県連は本部に逆らってまで、『普天間基地は県外に移転』という姿勢を『地域公約』として独自で掲げていたはず。

党本部も、その段階では徹底的に締めつけず、ある意味容認していたのは『沖縄県民の気持ちを考えたら、この場で辺野古への移転』を押しつけたら、拙くなるという判断、言い換えれば未然の二枚舌だったのだろうが、ここにきて『秘密法案』でも、強気に出ればナントでもなると、慢心したらしく、沖縄選出の議員を各個撃破したに違いない。

しかし、沖縄県民は、『海外・県外移転』という気持ちがしぼむことはなく、当初は辺野古容認派であったはずのナカイマ知事までもが『辺野古移転は無理』と繰り返し、今日に至っている。県内の首長選挙でも、『日米合意』という言葉を出したら落選は必至な情勢が続いているとなると、当然、候補者は内にあっては辺野古容認を秘めていても、この問題を争点にしていなかった。

繰り返しになるが、国政選挙では、沖縄県での自民党公認の候補者は、(民主党のような裏切りはしないと思わせるような雰囲気をつくり)『海外・県外移転』を公約に当選したのではなかっただろうか。

自民党に一票を託した沖縄の有権者にとっては、『県外・海外移転』は自民党との契約であるはず。県選出の自民党議員は党本部の圧力に屈した形であっても、これを一方的に破棄することは到底許されるはずがない。

 自民党は、民主党が、県外移設を訴えながら県内移設に転換したことや、消費税増税を否定しながら増税を進めたことを『公約違反』と厳しく批判して、圧勝をしたとうそぶいているが、今回の沖縄県連は民主党以上の悪質な『公約違反』であることは明らか。

 政府はすでに辺野古沿岸部への移設に向けて、沖縄県に埋め立ての許可申請を提出しているので、知事のゴ-サインかでたら、直ちに工事がはじめる算段をとっているだろう。恐らく、ナカイマ知事に対しては徹底的な懐柔策が進行中であろう。それが、札束であることはこれまでの経緯から明らか。いうことを聞かなかったら、沖縄の経済が壊滅するという脅しも繰り返されていることも想像したくないが事実だろう。

 沖縄県には在日アメリカ軍基地の70%超が集中することは誰もが知っていること。すでに過重な基地負担を負う一般の善良な県民は、一部の利権のみを狙う売国奴は別にして、ジュゴンが生息している美しい海岸を埋め立ててまで新しい基地負担を望んでいないだろう。

普天間が返還されるから良いだろうという声もありそうだが、返還された土地はその時の権力の思い通りに使われるのは常であり、決して県民の願いに一致したものにならないことは歴史が証明している。規模が多少は縮小されるかもしれないが、自衛隊(その時には軍隊になっているだろうが)の基地になっているという悪い夢もあり得る話。

普天間は県外へ、という県民の一致した願いを、アメリカさまの命令をそのまま受け入れ、それを『是』とするアヘ政権と自民党(全てではないと信じたいが)が『力でねじ伏せる』のは許し難い。ここまで自民党に数を与えた国民も情けないが、このままでは、民意がどんどん切り捨てられていくことは間違いない。

こんな国が良いはずがないのだが,またまた『なぜ、こんな政権の支持率が落ちないのだろう・・・』というつぶやきが口にでる。(田舎親父)

2013年11月29日 (金)

婚どこはサボれないのでは・・・

 昨日、広島高裁が、7月の参院選挙を『無効』と踏み込んだ判決は小気味よい。この裁判長は、昨年の衆院選挙の『一票の格差』について、『違憲で選挙のやり直し』の判決を出した人物らしいが、よほど先日の最高裁の『違憲状態』という判決が腹にすえかねた?ようだ。それにしても思い切った判決だと大いに評価したいものである。

 裁判長は『国政選挙における投票価値の平等は、国民主権・代表民主制の原理及び法の下の平等の原則から導かれる憲法の要請である。国会は投票価値の平等を実現するように十分に配慮しなければならない』と述べている。その通り、全くの正論で最高裁の裁判官たちに聞かせたいものである。

 その上で『2010年選挙後、議員定数を4増4減する改正がされたが、それでも本件選挙の最大格差は4.77倍であり不平等さは顕著だ』と、『4増4減』などは小手先だけの問題だと言い切っている。

選挙の度に、『一票の格差』が問題にされ、弁護士を中心にした『違法と選挙無効』を訴える訴訟が恒例行事のように繰り返されている。今度こそはと期待しているのだが、その都度、最高裁は『違憲状態ながら、選挙の無効までは当たらない』と、いわば玉虫色の判決で逃げてきた。

ただ、4年前に年最高裁大法廷が、(正確には覚えていないが)『最大格差はなお大きな不平等が存する状態で、定数振り返るだけでは格差の縮小は困難』と指摘し、『国会が速やかに適切な検討しなさい』という意味の判決を出したことに対して、それぞれの政党はその時ばかりは大騒ぎをして、幹事長たちがそろって『抜本解決策を示す』との意気込んだ談話を出したことは記憶に新しい。

ところが、日がたつとその意気込みは徐々に勢いをなくし、党利党略だけの議論に、当時のニシオカという参院議長が、政党にはまかしていられないと考えたのだろうと解釈しているが、都道府県単位の選挙区を廃止し、比例代表を全国9ブロック分割する試案を出したことも覚えている。

ニシオカ氏はクセのある人物らしく、議員たちの間では『何をするかわからない』と思われていたらしく、この試案に対しての議論ははじめから腰が引けていたようだ。ところが、選挙区制度の抜本的見直しには消極的な議員宅にとっては実に良いタイミングでニシオカ議長が急死。それとともに試案は闇に消え、結局は4増4減でお茶を濁した経緯があったことも思い出す。

昨日は、それぞれの政党の幹事長・書記局長が『判決を真摯に受け止め、抜本的な解決策を出す』とコメントしていたが、選挙制度野抜本改正には、安定多数を誇る自民党と与党として美味しい味のおこぼれをちょうだいの公明党、そして、落ちぶれたといえど数が一番多い野党である民主党の3党が動かねば進まない。

ところが自民党の幹事長ドノは例によって、どこを見ているのかわからないような目つきで、具体的な改定案には一切触れていないのだから困ったもの。最高裁が今回も無効までは踏み込まず『違憲状態』の判決をするだろうと決めつけて、口では抜本解決を言いながら、時間稼ぎをしているのではないかと思わす雰囲気が漂っている。

しかし、後退したとはいえ最高裁ですら昨年の衆院選挙を『違憲状態』と判断し、今回広島高裁が7月の参院選について『違憲・選挙無効』との判決を出した以上、国会が何らかの形で動かねば、さすがのマスコミも騒ぎだし、国民の国会不信はさらに高まることは間違いない。

ここでニシオカ試案が浮かび上がれば面白いのだが・・・。(田舎親父)

2013年11月28日 (木)

相続税の増税でますます緑が失われる・・・

 一昨日、政府・自民党が強引に勝因を通過させてしまった『特定秘密法案』に主役の座を奪われたのか、それとも国民の間にすっかりあきらめム-ドが蔓延しているのかはともかく、このところ消費税の増税の話題はかなり少なくなってきたようだ。

しかし、消費増税が後押ししていると言われている住宅建設は盛んで、横浜の片田舎では、ほんの少しの空き地はもちろん、急な斜面ももろともしない宅地造成と住宅建築が日常的な光景に溶け込んでしまっている。

最近は郊外地での宅地建設の最低の敷地面積が、35坪程度以上になったらしいので、一時よりは広く感じるが、こんなところへというほどの場所でも、あっと言う間に住宅が完成し売り出される。実際に出来上がった住宅をみると、隣家との間は、かろうじて人が通れる程度という現場も少なくない。

新築となると、横浜の片田舎の相場だろうが、3000万円を下らない。不景気風が吹き荒れる現在にあって、(そんな大金を出してまで)建て混んでいる環境にも関わらず一戸建てにこだわるのかという疑問を持つのだが、いつの間にかそこに人が住んでいるのだから不思議である。

そして、もっと不思議なことが、そこに住む人たちのほとんどが、小さい子どもを育てている若い世代の人たちであること。35年という長期のロ-ンが当たり前とは聞いているが、それにしても凄いものだと感心することしきり・・・。そんな中、このような若い世代の人たちの中には、親からの生前遺産相続を受けて購入した人も多いとの話もチラホラ聞こえてくる。

遺産相続など私には全く縁のない話ではあるが、消費税の増税に合わせて、遺産相続の際に課税されるらしい『相続税』の課税最低額が引き下げられるのだそうだ。なるほど、消費税は当然ながら、遺産相続税が増税となると、生きている間に子どもに財産を与えるという親が増えるのも当たり前。これが最近の住宅建設ラッシュに関係しているという噂に納得する。

平成27(2015)年1月以降の相続税が現在は相続税を支払う必要がないレベルまで相続遺産額の基準が引き下げられるのだそうだ。

現政権は,大企業に対して法人税を大幅に引き下げるという大甘の政策を進めているのだが、一般国民には厳しく、少しでも絞れるところからは徹底的に搾り取ろうという考え方がミエミエ。ほんのささやかな生活を送っている人の懐まで魔手が伸びている。

現在の相続税が課税される基準は(どこかで聞いたことがある数字だが)5000万円だと聞いている。その際の基礎控除額の計算式は、『5000万円+(法定相続人の数×1000万円)なのだそうだが、平成27年1月以降は『3000万円+(法定相続人の数×600万円)』に変更されるらしい。

相続人が3人の場合、現状ならば8000万円まで相続税の課税対象にはならないが、27年1月からは4800万円まで課税免除の基準額が下がることになるという。要は、相続税の最低の基準値が引き下げて、相続税を大幅に増やすというものである。

私のような貧乏人にはあまり影響はなさそうだが、周りを見渡すと、3000万円程度の資産を持つ住民はザラに存在することは窺い知れる。そのほとんどが夫婦二人で生活しているのも常である。

その主が亡くなると、すぐに課税義務が生じることになるが、ポンと現金で払えるかというと、なかなか難しそうだ。となると、泣き泣き土地や家(古家は視線価値はゼロだそうだが)を売却しなければならなくなる人も少なくないのでは・・・。

こんな悪法は許せないが、現在でも粗相族税が現金で支払えないと、先祖伝来受け継いできた農地や山林を売り払わなければならなくなったという話は良く耳にする。そして、その土地に、書き出しに述べたように、小さな区割りの住宅を建てる。

相続税を支払う側にとっては、売るのはなるべくなら資産価値の少ない急斜面などにしたいのは十分理解できること。これを狙って不動産屋が動き回り、あっと言う間に緑が失われる。

20年以上前に勤めていた田園調布の話に飛ぶ。当時でも想像税が支払えず、土地を売る人が続出していたが、売った土地はすぐに更地になり、そこに数軒の家が建つことが当たり前になっていたことを思い出す。

そこで、田園調布会という自治組織?が、家を新築する場合の最低の土地基準を50坪にしたという話を、理事長の方から聞いた記憶がある。

当時の田園調布ならば、もともと一軒が広く、分割しても最低50坪が可能で、今日でも緑多き町並みを維持できているが、この悪法が実施されたら、横浜の片田舎では、緑区という名が泣くほど、連日緑が失われていくことは間違いなさそうだ。

経済が何よりも大事。カネが命の政治屋さん方には、緑など必要ないのかもしれないが自然からは『倍返し』以上のしっぺ返しがくるのでは・・・。いや、むしろそうなるべきである。(田舎親父)

2013年11月27日 (水)

国産蜂蜜屁が市場から消える?・・・

 私は健康に対しては人一倍気をつけているつもりなので、毎日食べる食材に対しても、原則(というより『必ず』と表現しても差し支えないほど)国産にこだわっている。以前は、かなり広い畑を借りて、野菜は自分で作ったものと決めていたが、最近は体力的にもそこまではとてもできないので、近場の農協や農家が運営している直販店や無人販売所に出かけて入手することが多い。

それでも、キュウリと大根にはこだわりがあって、猫の額ほどの狭い庭を耕して、毎年のように種から育てているのは、それらが作り易いことに加えて、その味が忘れられないからである。ここ数年、プランタ-でトマトも上手に作る自信ができたので、私の栽培メニュ-にパセリやバジルなどのハ-ブ類と共にトマトも入りだしているのは嬉しい。

近場で入手できない果物や海産物については、今まで訪れた地域で知り合ったその道の達人たちと親交を深めて、直接お願いして取り寄せているのだが、蜂蜜もその一つ。長野県飯田市の、日本のチロルと呼ばれる遠山郷の養蜂家にお願いしている。

この方と知り合う前までは、(経済的な事情もあって)国産の蜂蜜は高嶺の花とあきらめて中国産の蜂蜜も時には仕方なしと食べていたが、実際に、中国雲南省での養蜂作業などを見てからは恐ろしくて手が出なくなり、蜂蜜そのものを消費しないようにしていたものである。

だから、蜂蜜にはかなりのこだわりがあり、世界的な蜜蜂の大量失踪などの記事には心を痛めるのは度々のこと。蜜蜂が集団で行方不明になるのは、農薬によって帰巣本能をマヒさせられるからだということが最近ではほぼ間違いないとされていることにも大きな不安を感じている。

素人の私にでも、大量で行方不明になった蜜蜂の死骸が、巣の周りはもとより、近くでも発見されないとなると、蜜蜂自身に『巣に帰りたくても帰れない体の異常』が発生したと考えるのが理にかなっていることは理解できる。

ここ数年の専門家たちによる調査によって、蜜蜂の体に異常をきたす原因の主に『ニコチロイド系農薬』にあるらしいことがほぼ確実になっていることを知り、なるほどもっともだと納得し、この農薬とはほとんど縁のない遠山の山奥で作られる百花密に惚れ込んでいるわけである。そして、砂糖に代えて蜂蜜で代用していると言っても良いほど頻繁に注文し養蜂家を呆れさせている。

そんな私にとって、25日づけの東京新聞『こちら特報部』に掲載された、「世界で相次いでいるミツバチ大量失踪の『主犯』とみられている『ネオニコチノイド系農薬』について、日本で使用作物を拡大する動きがある。欧米では規制の方向にあるのに、国の方針はまるで逆方向だ。養蜂家らは、『沈黙の春』が到来することに危機感を募らせる」という記事には驚かされた。

最近は、ほとんど新聞記事はネットで閲覧できるか、この『こちら特報部』は、前文はネットで見られるものの詳しい内容は閲覧できない。すぐに、今日の散策コ-スの中にJRの駅を入れて東京新聞を購入する。

記事によると、欧米では蜜蜂の大量疾走の原因を『ニコチロイド系農薬』に有るとしてこの使用の規制を強めているのだか、我が国は、むしろ規制を弱めているというから驚いてしまう。

農水省は、ニコチロイド系の『クロチアニジン』という農薬の使用できる作物の種類の範囲を広めると同時に、食品の残留基準も緩和するのだそうだ。その背景には、農薬製造会社圧力がありそうだ。

日本の夏は高温多湿で外注の発生が多く、そのためには害虫の駆除に効果のあるニコチロイド系農薬の規制緩和が必要という農家の声を聞いているのだという言い分なのだろうが、それは表面的であり、ニコチロイド系農薬の規制となると、農薬製造企業の経営が成り立たなくなることは明らか。

ここにも、安全よりも経済が先行している現在の自民党・アヘ政権の姿勢がはっきり読み取れる。特に、農薬製造の大手である住友化学という企業は、ニコチロイド系農薬犯人説には『科学的根拠がない』と真っ向から反対し、農水省に規制緩和の圧力強めているらしい。この会社の会長職が現経団連の会長であるというのもキナ臭い話であるが・・・。

蜜蜂は単に蜂蜜を提供してくれるだけではなく、リンゴなど果物の受粉にとってもかけがえのない役割を果たしていることは、誰もが知っていること。ニコチロイド系農薬の激増で、日本から蜜蜂がいなくなったら、その影響は・・・と考えるだけでもゾッとする。

ニコチロイド系農薬は、その名の通りタバコに含まれるニコチンと同じで,子どもたちの脳に多大な悪影響を及ぼすことも知られはじめているが、禁煙には敏感になっているが、ニコチンとニコチロイド農薬との関連を指摘することがないので、一般的にその害が広まっていない。しかし、このままで放置すれば取り返しのできない大変なことになることは明らかだろう。

いやすでに問題になりはじめているのでは・・・。(私の子ども時代には考えられない)最近の子どもたちの行動の変化は、スマホなどのIT器具の蔓延と共に、ひょっとしてニコチロイド系の農薬のせいなのかもしれない。

蜜蜂の帰巣本能は『蜜蜂のダンス』という物語文として、小学生の多くの国語の教科書でも取り上げられている。

この物語に、蜜蜂の大量失踪とニコチロイド系の農薬の関係を折り込むと、国民の関心は一挙に高まるのだろうが、著者と教科書会社がその気になったとしても、文科省の教科書検定でダメがでることは間違いなさそうだ・・・。(田舎親父)

2013年11月26日 (火)

ノックアウトゲ-ム?・・・

 私は、午前6時半からのNHKの『おはよう日本』という番組を、食事をとりながら見るのを常にしている。その中で、数分だけであるが、海外のテレビ局が制作した映像を流すコ-ナ-があり、信じられないような映像に驚くことが稀ではない。

 思わず『凄いい・・・』叫ぶこともあるが、昨日放映された『ノックアウトゲ-ム』には、凄いを通り越して、気持ちの悪さが先に立つ。何か恐ろしいことが起こりそうな気配を感じさせる。

 この番組を見た人も多いと思うが、簡単に回折すると、『ノックアウトゲ-ム』とは、全く無防備な通行人に対して、突然ゲ-ム感覚で殴り掛かり、ノックアウトさせることだそうだ。私には、とてもゲ-ムとは言えず、犯罪だと思うのだが、最近の風潮は、こんな事件までも『ゲ-ム』という言葉の範囲に入れているらしい。

 言葉の遊びとしては許すとしてもその映像が物凄い。突然襲われた通りがかりの男性は、まさにボクシングでいうノックアウト状態。殴った方は、してやったりというポ-ズをして、その後スタスタと急いで逃げる。

 殴られた人はその場にうずくまっている。殴りかかれるなど考えていないのだから、気絶するのは当然だろうが、下手すると命を失うこともあり得るのではないだろうかと、思わず倒れた人を気づかってしまう。

 こんなことが流行っているアメリカという国は何なのだろうと思いたいが、アメリカの流行は、即、我が国が真似るのが今までの常なのだが、この『ノックアウトゲ-ム』だけは流行ってほしくないものである。

しかし、日本の社会がアメリカに追随することをいつも『是』としていることから、国民総体が、例え犯罪だと思っていながらも『面白そう・・・』という風潮が蔓延しないとは言い切れない。

(話は突然変わるが)私は毎日、数時間の散策を楽しんでいるが、最近思うことは、すれ違う人との『今日は・・・』の一言が少なくなってきたこと。こちらから声をかけようと思って顔を見るのだが、瞬間的に目をそらされることも多く、声かけのタイミングを失うことも度々である。

それも仕方ないと思って気にしないようにしているが、昨日の『ノックアウトゲ-ム』の映像で、会釈のないどころか突然殴りかかれたとしたら・・・と考えとゾッとする。想像したくないが、アメリカがクシャミをすれば・・・ということを常々快く思っていないので、あり得るのではと感じるからである。

『ノックアウトゲ-ム』の映像で気が滅入っているところで朝刊に目を通すと、鹿児島でのことだそうだが、けんかの通報を受けて駆け付けた警察官が、42歳の男を取り押さえたところ、突然ぐったりしたので病院に搬送したところ死亡したという記事に目が留まる。『ノックアウトゲ-ム』との関連性はないと思うものの、さらに嫌な気持ちにさせられる。

検視の結果、骨折や臓器の損傷など目立った外傷はなかったというから、警察官の暴行が原因ではないと信じたい。死亡した男は、むしろ加害者であり、警察官に取り押さえられたショックが引き金になっての心臓麻痺的な発作だろうと思うが、『ノックアウトゲ-ム』での被害者を連想してしまった。

最近は相手の迷惑など全く念頭にない、自分勝手な理由で殺害する事件などが続発。社会全体が気持ちのゆとりをなくしたように思えることから、テレビの映像と事件の記事には何の脈絡のないことを知りつつ、こんなつぶやきになってしまった。

『危機意識』や『自己防衛』という言葉が頭をよぎり、少しは注意して歩かねばならないと思うが、ぜひぜひ『ノックアウトゲ-ム』などが流行らないことを祈りたい。(田舎親父)

2013年11月25日 (月)

滅びの道を選択したみんなや維新・・・

 先日、自民・公明の与党とみんなの党が、特定秘密保護法案の修正に合意したというニュ-スには正直驚いた。国家の安全に名を借りて、権力者にとって都合の悪い情報を『特定秘密』と認定するだけで、国民に一切を知らせてはならないという悪法に、こともあろうに『首相の関与を増やす』という理由で賛成に転じたと報じられたからである。

総理大臣というのは権力の頂点に立っているのだから、誰が考えても、チェック機能から一番遠い立場にいるはずなのに、『関与を深めれば他の省庁の暴走を防げる』という理屈は、どう考えても成り立たない。

 この法案の何より危険なところは、『何が秘密に指定されているのかさえ分からない』という部分であることは、私にも理解できる。『全ての情報を開示しては、国家の安全を守れない』という論理には反論しにくいが、現在でも、そのほとんどを秘密にしているのが現状なのに、これ以上の秘密の鎧の重ね着は必要ない。

『何が秘密なのがわからない』いわば『秘密についての秘密』が全く知らされず、例えそれをマスコミが一部の良心的な記者が知ったとしても報じれば厳罰に処せられるとなると、秘密の範囲は際限なく広がることは想像に難くない。

改めて私が繰り返す必要もないだろうが、与党とみんなの党が修正合意したのは、特定秘密を指定する外相や防衛相らに対する首相の指揮監督権を明記することだという。首相は、秘密の指定と解除などの統一的な基準をつくり、運用について必要があれば閣僚らに説明を求め、改善を指示するそうだが、みんなの党のワタナべという代表は気でも狂ったとしか言いようがない。

『みんなの党』は『情報公開』『脱官僚』を掲げて、昨年の衆院に続いて今年の参院でもそれなりに支持を集めてきた政党だと認識している。しかし、秘密保護法が成立したら、全ての秘密が与党と、その出先機関である各省庁の官僚たちに独占されることは誰の目にも明らかなのに、あえて自民党にすり寄るとは、こんな変な話はない。

この政党は今分裂の危機にさらされているようが、それすらマスコミが取り上げないほど注目されていない存在になっている情けない状態。となると、恐らくワタナベ代表にとって,今回の修正合意は『存在感を示したい』というパフォ-マンス?だけなのだろう。

圧倒的な数の力を持つ与党に反対したところで、『強行採決』されたらそれで終わりとなり、結局は、反対したことすらすぐに忘れられる。さらに、例え修正意見を提出したとしても、議論してもらえるかもわからないとなると、『与党に修正を迫った』というタテマエで、他の野党とは違うという自分のメンツが保てると考えたとしか思えない。

このニュ-スが伝えられていた段階では、維新のハシモト代表は『この程度は妥協とは言えない』として、最低限の妥協案としては『少なくとも30年過ぎた段階では全て開示は譲れない』と、(このところ迫力がなくなったにせよ)威勢よく話していた。

しかし、一昨日の朝のマスコミ報道では、こんな鼻息はどこかに吹き飛んだらしく、特定秘密の指定期間を原則『最長60年』で与党と合意したという。一応は明日の衆院通過には反対しているらしいが、この法案が衆院を通過するのは時間の問題。今国会で成立することは確実となったようだ。

民主党がどこまで反対の意見を言えるのかわからないが、もともとこの法案を言い出したのが自分たちであるとなると、いずれ『必要がある場合には第三者機関を設置』などの全く意味のない文言を入れることで妥協もあり得そうだ。

唯一、共産党が反対を貫くのだろうが、如何せん数がない。結局は、全会一致に近い形で、国民の90%が反対しているという秘密法案が成立するようだが、まさにこの形は戦前・戦中の『大政翼賛』路線そのもの・・・。

道徳を教科に格上げし、国定教科書で『望ましい日本人』としての思想を固定化、教育制度そのものまで、翼賛体制を背景に都合よく変えられるとなると、ますます危険な臭いが漂ってくる。

それにしても、パフォ-マンスで与党と妥協したみんなの党や維新の代表はじめ幹部たちは、もう少し丁寧に支持者に説明しなければ、滅び去ることも・・・。これでは、何のためには結党し、支持を集めたのか、虚しさだけが残る。(田舎親父)

2013年11月23日 (土)

今頃IOCは大慌てでは・・・

 昨日の夕方、イノセという都知事が、昨年の都知事選の間近に、入院中の徳洲会の大将を訪ねて『都知事の応援をよろしく』と挨拶に出かけたというニュ-スが流れた。『何のためな』など聞かなくてもわかる。

 大分以前のことになるが、(この大将の息子に関わる)徳洲会の大がかりな選挙違反の摘発があり、その祭に、入院中の大将に対して東京地検特捜部が聞き取り調査をしている場面がニュ-スで流れた。しゃべれないほど重病なので筆談でのやりとりだとことであるが、画面で見る限り、それほど重病でもなさそうで、何だかありふれたドラマの一場面を見ているような気がしたことを思い出す。

 イノセ氏がお願いに出かけた時には、この大将はもっと元気だったに違いなかろう。1億円の援助をしてほしいと申し出だったというネット情報もあるが、大将は即断で、5000万円という大金の援助を約束。数日後、渦中の息子の衆院議員が議員会館にイノセ氏を呼びつけて、5000万円の現金を渡したのだそうだ。

 10年以上前になるが、当時衆院議員であったこの大将のパ-ティに、大将の後輩だという友人に連れられ面白半分で出かけたことがある。ホテルオ-クラの物凄い広いホ-ルの壇上には当時の自民党の幹部たちがずらりと並んでいたことから、凄い権力を持っている人物だと感じたことも記憶にあるので、(私としては)5000万円の現金の受け渡しは、ありふれた推理小説のような筋書きであるがあり得るのではと思ってしまう。

 イノセ氏は、選挙違反で特捜部が動き出した直後に、5000万円を徳洲会に返却したのだそうだが、これは誰の目からも不自然である。

 今朝のどの新聞も、このことに対するイノセ氏の記者会見の様子を一面で取り上げている。

 記事によると、『はっきり覚えていない』『逐一記憶していない』と逃げの一手だとのことであるが、5000万円という貧乏人から見たら天文学的な大金を、忘れるほどこの男は金持ちなのだろうか。

 そんなことはあるまい。この御仁は、普段から部下を怒鳴り散らし、金銭的にもかなり細かい人物だともれ伝えられている。こんな性格の男が5000万円のしかも現金の受け渡しを忘れるわけがないだろう。

 他の新聞記事には、5000万円を徳洲会の大将の息子から渡されたことに対して『断るのは失礼だから、とりあえず預かった』と説明したそうだが、こんなことを信じる人間はまずいないだろう。

息子がイノセ選挙事務所にでも出かけて、現金を渡したとしたら、このことはあり得るかもしれないが、議員会館に呼びされたことは間違いなさそうだとすると、イノセ氏から『お願いします』という筋書きに間違いなさそうだ。

『個人の借金』だと強弁しているらしいが、『借用書を書いたかどうかも忘れた』との言い訳も信じ難い。もっとも『借用書』は、徳洲会としても個人の問題にしたいはずだろうから、いずれ見つかることは、今までの選挙違反事件では珍しいことではない。

記者会見ではしどろもどろの発言に終始し、イノセ氏は会見の終盤になって『皆さんに心配をかけたことをおわびします』と、この男にしたら珍しく頭をわずかに下げたそうだが、責任問題については最後まで『当時はまだ知事ではなかった』との言い分は情けないとしか言いようがない。

この男に史上最多の433万人の有権者が信任した。そしてこの御仁が東京オリンピックの顔として、世界に雄叫びオリンピック招致に成功した。ここまでは文句のつけようがないが、オリンピックの顔が『金まみれ』であって良いはずがない。

いまごろ国際オリンピック委員会は大慌てしているのではないだろうか。東京開催を見合わせるべきだという意見も出そうだが、もしも万一、この意見が通って、東京オリンピックが取り止めとなったら、私的には面白いのだが・・・。

今後の進展を興味を持って見ていくが、よほどしっかりと説明をして、世論を納得させなければ、原発事故に合わせて、開催都市の首長のスキャンダルまで重なっては、世界から『見栄と金まみれ』のオリンピックと見損なわれることは間違いなさそうだ。(田舎親父)

2013年11月22日 (金)

来年度の富士山入山料・・・

 先日、朝のNHKニュ-スで『ダイヤモンド富士』の話題を取り上げていた。『ダイヤモンド富士』という言葉は、富士山の頂上に夕日が沈む瞬間の光景が、ダイヤモンドの輝きを連想させることからつけられたということは、ダイヤモンドとはおよそ縁のない私でもその美しさは知っている。

 ニュ-スは、その『ダイヤモンド富士』が、丁度今頃の季節に東京から見られ、それを探している人たちを紹介していた。荒川区の富士見坂では、今年の6月に高い建物ができた関係で、富士の姿を観ることができなくなったそうだが、それでもビルとビルの隙間などから見える場所を探して写真を撮っている人も登場させている。

 東京のビル群を、葛飾北斎の浮世絵の構図と対比しているアナウンサ-の話し方に、私としては、人工の構造物がない富士山を方が好きなので、たいした興味も持たずに画面を眺めていた。

しかし、ビルを人々の生活の場と考えると、確かに北斎の描く人々の生活している風景と、現在のビル群と共通点があるように思えるので、NHKニュ-ス担当者の目のつけどころに感心する。

 何の脈絡はないが、このニュ-スから富士山の『入山料』について動きがあったらことを思い出す。静岡、山梨両県の(ここでもまたこの名称らしいが)『有識者委員会』が開かれて、来年は夏山シーズン(7〜8月)に加え9月の登山者も対象に、日中だけでなく24時間徴収すべきだとの意見をまとめたという話である。

 夜通し登る『弾丸登山』や秋の登山者へ公平に負担を求める狙いだという。公平に負担させるべきだという理屈は理解できる。しかし、入山料が今年の協力金と同額の1000円となると、(具体的な徴収方法は今後話し合うとのことであるが)人件費にほとんどとられるのではと(私がすることではないだろうが)いらぬ心配をしてしまう。

 今年は、世界遺産に登録されたことがあって、両県の担当部署は、登山者が飛躍的に増加すると予測していたらしいが、実際にはさほどではなく、例年より少し多めだったことは、私も少し腑に落ちないところ。しかし、見方を少し変えて、手軽な登山者を5合目まで運ぶ交通手段がすでに満杯状態で、臨時の余地がなかったのかもしれないとすると、大幅に増えない理由も何となく納得できる。

有識者会議は、夜間登山が多く徴収できなかったことや、9月に入っての登山者も後を絶たなかったことから、『公平性』を前面に出してこのような提言をまとめたようだが、今年の協力金の額の検証はできているのだろうか。こちらもいらぬ心配だろうが・・・。

入山料については6月にもつぶやいた記憶があるが、富士山の環境を守るためには、入山者を増やさないことが肝要。そのためには、5000円程度の入山料を設定すれば、少しは入山者を押さえる策になるだろうが、1000円となるとあまり効果が薄いような気がする。

さらに、環境保全を全面出すとなると、登山者から見て、明らかに変化をもたらした施設(例えば環境に優しいトイレの数の大幅増など)が必要になるだろうが、24時間登山者全員から、1000円を集めるとなると、関わる人間の数は膨大になり、その人件費が施設建設を難しくするだろう。

現状でも、前の人のお尻を見ながら登っていることを考えると、入山料の徴収に時間をかけていると、登山者からの怨嗟の声が吹き上がるのも間違いなさそうだ。それを避けるには、徴収場所を増やすことと、事務手続きの簡素化が求められるだろうが、具体的なことは全てこれからだというのも気になるところ。

有識者会議では、再来年以降は条例制定などで支払いを義務化するとの提言も合わせて行っているらしいが、そのためには具体的な徴収方法を示すことが先ではないだろうか。また、富士山とともに世界文化遺産に登録された周辺の湖や神社などの観光客にも、寄付を求める方向も決めたらしいが、富士を眺めながら、満ち足りた時間を過ごしているさなかに、無粋な『寄付をお願いします・・・』という拡声器からの声が大きく聞こえてくる光景はあまり想像したくない。

やはり、5号目までの専用道路を封鎖し、代わりに電車を走らせるというほどの遠大な計画で話を進めなければ、根本的な解決策にはほど遠いような気がする。

神宮の森を破壊しても8万人の観客席の競技場に莫大な予算を使うよりも、日本人が心から愛してやまない富士山のために使う方が誰の目にも正しく、且つ喜ばしい。地方の有識者会議では権限が限られているとはいえ、多少突飛で、実現不可能だと思われたとしても、遠大な未来像を描く提言をまとめてほしいものである。(田舎親父)

2013年11月21日 (木)

ボ-ナスが大幅にアップ?・・・

 少しはなしは古くなるが、今年の冬のボーナス妥結額が、昨冬に比べ5.79%増の平均82万2121円だったと経団連が発表したという朝日新聞の記事が目に留まる。経団連という組織に不信感を抱いている私には、この見出しから受ける印象は、『また何かまやかしが・・・』と思いながら斜め読み。

同じような記事は他の新聞にもあるが、一部の御用新聞は『アベノミクス効果の現れ』と報じている。中には『バブル以来の伸び』と、景気が急速に伸びているように書いているものまであるが、記者自身の給料でも大幅にアップしたのだろうか?・・・。

まさか表立っては経団連がウソの統計を出すとは考えられないので、数値的には間違いないだろうが、記事にそえられている図表を見て、金額と伸び率が極端に高い自動車業界のようなところもあるが、ほとんどの企業は伸び率がごくわずかか、あるいはマイナスであることに気づく。

記事もそのことに触れ、自動車業界の伸び率が他と比べ突出していると指摘。昨冬比で13.02%増というから、私にても、全体で6%弱という数値になっていることがわかり、経団連の『まやかし』の筋書きが読めてくる。

しかも経団連を構成している企業は、いわゆる『大企業』で、その大企業集団の中でも、統計の対象としている企業は誰もが知っているほど有名な『一流企業』、その一流企業でも自動車関連企業以外のボ-ナス支給額は横ばいかマイナスも少なくない。となると、中小企業の状況は押して知るべきだろう。要は、トヨタとホンダの伸びが、統計的に数値を押し上げているだけのようだ。

業績好調のトヨタ自動車は、昨冬より11万円増の100万円(平均年齢38.0歳)、ホンダは夏ボーナスと合わせ年間で5.8%アップの5.9カ月(年間約213万円、41.8歳)だとのこと。

輸出が好調な両社としては、わずか1年で30円も円安となると、なるほどと輸出が大幅に伸びるだろう。自動車業界の鼻息が荒いのもわかるが、ニッサンが伸び悩んでいるのだそうだ。そういえば、このところニッサン車を見る機会が減った感じがするが・・・

輸出産業はウハウハだろうが、原料を輸入に頼っている業界は、これだけ大幅な円安となると利益は圧縮され、苦しい経営が続いているようだ。記事には、自動車業界を除いた統計数値がありこれがなかなか興味深い。

それによると、昨冬の平均額は75万1014円だったのが、今冬は75万1561円で、伸び率はわずか0.07%アップに過ぎなくなるとのこと。これでは、マスコミがもてはやしている『アベノミクス』効果は、ゼロに等しいと言ってもよさそうだ。

ボ-ナスのまやかしは大まかに理解できたが、このところ『日経平均株価』という市場を見る限り、株価が上がっていることが私には良く分からない。自動車関連の企業の株価が上がるのはわかるが、円安が直撃を受けて業績が悪いだろうと想像できる企業の株が下がらないのはなぜなのだろう。

株取引の仕組みは全く理解できていないが、一部の企業以外の業績が回復しているとは思えないのに、株価が上昇を続けているとなると、一部の投資集団が、陰でうごめいているのではと推理小説の筋書きのようなことを想像してしまう。もっともどんな動きをしているかなどは想像もできないが・・・。

もしも一部の悪意を持った(自分たちの利益だけにしか動かない)株に詳しい集団が、人為的に株価を操れたとしたら、社会情勢と目論見が狂って、ある日突然、株価の暴落することもあり得そうだ。

消費税の増税は、その狂いの原因に大きく影響するのではないだろうか。となると、暴落のその時は、来年の4月前後?・・・。(田舎親父)

2013年11月20日 (水)

全てがアメリカさまのb@命令通り?・・・

 このところマスコミのTPP関連のニュ-スが下火になっているが、時に伝えられるマスコミ報道では、いよいよ大詰めを迎えているらしい。

ただ、この政権は、都合の悪いことは知らせなくても良いという『秘密が合法』という悪法なんとしてでも成立させると意気込み、そのためにも何がなんでもTPP関連情報は秘密にせよという指令があるらしく、交渉団は『手の内を見せたら不利』という、何とも子供だましのような理屈でし、徹底的に秘密を通しているから困ったもの。

TPPになぜこれほど秘密にこだわるのは、交渉に参加させてもらうためにはアメリカの許可が必要だからだろう。そのための手土産として、ヨ-ロッパでは、輸入禁止しているアメリカ産牛肉の安全基準の緩和や、かんぽ生命をがん保険に参入させないばかりか、日本全国の郵便局でアメリカの険会社のがん保険販売を請け負和させるなど、はじめからアメリカに土下座状態。自分たちの恥を隠すためだろうが、うさん臭さい話である。

さらに、今アメリカでも流行しはじめていると伝えられる軽自動車に、増税するという動きも、アメリカの自動車業界の意向を酌んでいるに違いない。

徹底的に秘密を通しているのだろうが、いかに秘密にしても、交渉内容はどこかから漏れるらしく、自民党の中からも、『ここまで譲歩しているのか・・・』と、あきらめム-ドも漂いはじめているらしい。

もれ聞こえるところでは、すでに『聖域』として関税を維持するとしてきた『重要五項目(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖など)』すべてを守ることはできないとの声も出ているらしいから、かなり深刻な事態に陥っているのは間違いないようだ。

TPP交渉に参加するのは『国際的な貿易ル-ルの確立のために』と宣伝していたが、がん保険にみるにように、国の制度すら手土産として崩すとなると、どこまで譲歩しなければならないかも闇の中。

先日もつぶやいたが、最近になって突如として文科省が言い出した、学校教育制度の改定もこの延長線にあるのではないだろうか。次元が違うと一笑にふせられそうだが、地産地消を奨励してきた学校給食も、このところ変化が出ているらしく、あまり聞こえなくなっているのも気になるところ。

『守るべき国益を追求する。守れなければ席を立ってくる』と強弁して、交渉に参加すると野党の口を封じてきたのに、このままでは、『開けてびっくり』の妥結内容になっている可能性の方が大きいようだ。

全くの経済音痴の私でも『TPPとは市場の奪い合い』であることが、これまでの経緯からはっきりわかってきたこと。このまま妥協に妥協を重ねて、ほんの少しの世界市場を獲得するために、我が国の制度や伝統をアメリカの言うまま差し出すのは許し難い。

『貿易鎖国』ではなく『貿易開国』だとか、『世界と対等に渡りあう』という勇ましいスロ-ガンが、実は『開国』と音は同じの『壊国』と表現している専門家の発言も、なるほどと思うほどの余裕もない。

頭から『景気が最優先』と信じているのか、それともアメリカさまのご命令で言っているのか迷うところだが、自民党政権は『世界で一番、企業が活動しやすい国を目指す』と恥ずかしげもなく言いはじめている。

そのために、規制を緩め、税制を優遇し、外国企業でも思う存分、稼ぎやすいように配慮するというが、まさに、アメリカの、とりわけ富の拡大を目指すごく少数(1%とも言われている)超富豪の代弁者に成り下がっている。

TPPは関税引き下げなど貿易ルールだけでなく、暮らしを守ってきた制度も対象としていることがますますあからさまになっている。アメリカの言う『競争条件を対等にせよ』という決まり文句に唯々諾々と従ったら、我が国の文化や国民としての矜持まで奪われることになるのは明らか。

TPP交渉の期限が今年末までだという。今、何としても今国会中に成立させようとしている秘密法案は、このことと無関係ではなさそうだ。どんな内容でアメリカに跪いたかさえ『秘密』となる?。何なのだろうこの国は・・・。(田舎親父)

2013年11月19日 (火)

都が値上げラッシュの火付け役・・・

 来年4月から消費税の増税には、国民の大多数がマスコミの世論操作により『今更何を言ったって無駄・・・』とすっかりあきらめム-ドにさせられているらしく、このところ『増税が当たり前』という前提で、何かしなければという雰囲気が蔓延している。最近特に目立つ住宅建設などはその典型だろう。

このあきらめム-ドを見越したように、東京都は『4月から都電・都バスの運賃値上げと6月からは地下鉄も値上げする』と発表した。実に上手いタイミングである。消費増税分を上乗せするのでは仕方ないという、作られた世論があるのでは、反対しようにもできないだろうと読み切ったのだろう。

値上げ分は、PASMO(パスモ)などIC乗車券で支払う場合は1円単位、切符や現金で支払う場合は10円単位と差が出るが、全体で消費税分を賄うという理屈である。この改定案を今月末から始まる都議会定例会に提出するときことだが、都議会がオ-ル与党となっているようだから、反対意見は封じられて、すんなり通ることだろう。

 現在の都バスの運賃は、一律200円。(少し横道にそれるが)横浜のそれは210円でICカ-ド化普及していなかった頃には、10円硬化がポケットにない時には、両替機の世話になることが多く、その度に200円にしてくれれば・・・と思ったことも一度や二度ではない。

 すんなり通過するだろう値上げ法案によって、都バスの運賃は、現金で支払う場合は210円に、IC乗車券で206円になり、都電は現金支払いては一律160円が170円、IC乗車券では165円になるようだ。

 そしてシステム改修に時間がかかるためとして値上げが遅れる地下鉄は、6月からは、現在170円の初乗りは、現金で180円に10円の値上げ、IC乗車券で174円になるという。

 現金で支払う場合とIC乗車券とに違いが出るのは仕方ないことだろうが、ICカ-ドなどを普段持ち歩かない、年寄りや子どもにとってはかなり不利になりそうだ。もっとも年寄りのためにはすでに『敬老パス』を発行しているから、文句ないだろう・・という声も聞こえてくるが・・・。

 アメリカがクシャミをすれば・・・という例えは良く使うが、地方にとって東京の存在はアメリカと同じ意味を持つらしく、何でも東京の真似をするのが今日的な発想である。となると、地方の公共交通運賃も東京に右にならえとなることは疑えないので、横浜も(具体的な話はないようだが)値上げを言い出すのは時間の問題だろう。

そして、その値上げ幅も東京に準じるとなると、現在の市バスの210円が220円程度になるだろうが、財源が逼迫しているようだから、ひょっとして230円になることも考えられないこともない。

すると、利用者は間違いなく減少するだろうことと、それに引き替えて、一駅でもとバスを利用する(敬老パス配布済みの)70歳以上の年寄りが激増するのではと、変な想像をしてしまう。敬老パスによる客がほとんどの路線では、運賃箱さえ無駄になるという、笑えない笑い話的な光景も・・・。

この動きはたちまちのうちに全国に広がるだろうが、高齢化が進む地方では、深刻さは東京や横浜に比べ物にならないほど重いはず。お客がいないのだから、消費税分の確保どころではなく、かえって自治体の財政をも圧迫しかねない。そればかりではなく、この機会に公営バス廃止という自治体も出てくる可能性も否定できない。

都営バス等の値上げが発表される前に、JRは値上げをする意向を示しており、こちらも、首都圏ではJRだけではなく、ほとんど全ての交通機関でも使えるICカ-ド(スイカ)の場合は1円単位とすることもすでに決めている。

 公共運賃の値上げは、庶民の日常生活に重くのしかかるのは誰の目にも明らか。(最近はだれも言い出さないが)アヘ一派(首相はじめ取り巻き連や日銀総裁など)は『デフレ傾向を脱却するために、全ての物価を2%上昇させる』ことが必要と声を張り上げていたが、すでにその値上げは完了しているのでは。となると、消費税の3%上乗せで、どこまで諸物価が上がるか、経済音痴の私には皆目見当もつかない。

 これでは、貧乏人の年寄りは、旅行も買い物も控えて、ただ家でテレビを見て過ごすことにならざるを得ず、かえって景気が下がるのではないだろうか。

かといって、ではどうするかというと、何もできないのが情けない。(田舎親父)

2013年11月18日 (月)

福島を放置して刈羽とは・・・

 13日のことである。東京電力は、『福島第1原発1号機の原子炉建屋で、格納容器の外壁から地下につながっている配管の一つが破損し、水が漏れ出しているのを確認』を発表したというニュ-スが報じられた。

東電は、『格納容器の一部に破損があり、そこから漏れた水が配管を通じて地下に出ている可能性が高い』と説明しているらしいが、よくぞ今更、こんな白々しいことを臆面もなく言い出せるものだと、呆れを通り越して苦笑しか出ない。

事故直後の大爆発の映像を見せられたら、(私のような素人でも)メルトダウンは当然どころが、核燃料か格納容器の底を突き破り、地中にもぐり込んでいるメルトスル-という段階になっているだろうと想像できるのに、当時の民主党政権は東電とグルになっているのではと思わせるように、この事実を徹底的に隠蔽してきた。

底が抜けている格納容器に、(冷やすためにやむ得ないことはわかるが)大量の水を流し込んでいるのだから、地下に漏れているのは当たり前。今ごろになって、それを認めなければならないほど、大量の汚染水が地下に漏れているということだろう。

それを、数分に一滴程度とはこれいかに・・・。しかも『地下への漏出箇所が特定できたのは初めて』とは、何とも他人事のような表現である。

すぐにでも原子力規制委員会が出張って、何らかのコメントを発するのではと思っていたが、『漏れているのだから仕方ない』とも受け止められるほど、動きは鈍い。これでは事故の収束どころか、規制委として打つ手がなく、はじめから指摘していた通り『政府と東電のための御用組織』だと表現しても過言ではないようだ。

そんな福島の事故原発の状況にもかかわらず、規制委は東京電力柏崎刈羽原発の再稼働の審査入りを決めたというニュ-スには我が耳を疑う。これが御用機関の御用機関たる本質なのだろうが、私には、タナカという委員長の、国民の気持ちを逆撫でするようなことを平気でできる神経・態度は到底理解できない。

規制委は『フクシマの収束』を最優先させるのではなかったのか。これでは、原子力規制委員会という組織の立ち上げから始まり、原子力ムラの人物を委員長に任命するなど、当初から疑惑絡みだった事実から推測すると、全て原発再稼働のための筋書き通りなのかもしれないが・・・。

マスコミが伝えるところでは、東電が申請していた柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働審査について、規制委会合でタナカという委員長が『問題点の指摘まで審査を進めよう』と発言したところ、どの委員からも異論がなく、あっさり審査開始が決まったというから、あらかじめ委員には強い圧力でもかかっていたようだ。それにしても、私にはどう考えても理解できない不可解極まりない方針転換である。

刈羽原発の再稼働には新潟県のイズミダ知事は強く反発し、当初は東電の社長との面会も断っていたと伝えられていた。ところが、どういう経過があったのかはわからないが、知事と東電と社長との会談の様子をテレビが映し出していた。その時の印象は、東電社長は、まさにもみ手をするかごとく下手の態度に比べて、知事はかなり偉そうな態度で対応していたことが印象に残っている。

それからいくばくも経たないある日、今度は知事と規制委のタナカ委員長の会談が非公開で行われたと伝えられた。

その会談があってしばらくたった9月下旬、東電が同原発の再稼働を申請したのも実に変な話だが・・・。しかし、その後、福島原発で汚染水漏れや単純なミスが続発したことで、規制委は『福島と柏崎刈羽を別々に考えることはできない』と再稼働審査は棚上げする姿勢を通してきたはずなのだが、原子力ムラ代表の委員長はともかく、再稼働に慎重な姿勢を見せていた知事までもが態度を変えたのは、裏でとてつもない大きな『魔物』がうごめいているとしか思えない。

その『魔物』が何であるかも、今自民党と宗教政党が急ぎ成立させようとしている『特定秘密保護法』によって、永遠に闇に閉ざされるとなると、福島原発の事故の検証もウヤムヤになり、あの大事故そのものが『小事故で、すでに収束した』ことになりかねない。

そして、数年後に刈羽が動きだし、それに続いて次々に再稼働。それどころか、新たな原発さえもと、自民党の幹事長が言いはじめている。

これでコイズミもと元首相が怒りを表さなければ、『脱原発』発言は、政権と打ち合わせ済みの茶番劇。(そうならないことを願っているが)ますます悪夢が迫ってくるように感じてならない。

また同じことの繰り返しになるが、私には、なぜ国民の多くが、ここまで、アヘ自民党内閣の正体が明らかになっているのにもかかわらず、支持するのかがわからない。

先日、『脱原発でコイズミ・オザワのタッグ』という記事をネットで見た。あり得ない話だろうとは思うものの、実現すれば、現政権に対抗した『脱原発』の大きな力の結集になるのではと、淡い期待を持つのだが・・・・。(田舎親父)

2013年11月16日 (土)

不明児童を出さないシステムを・・・

 『長期間所在不明となっている児童が全国で976人』という衝撃的な見出しをネットで見たのは数カ月前のこと。その時は、なぜ?という思いと、親のモラルの悪化というかエゴがここまで進んでいるのかと愕然としたが、どこにこの怒りをぶつけていいのかすらわからず、しばらくの間気持ちが滅入ったもの。
 全国の小学校では、毎年2学期の後半か3学期の初めごろになると、『就学児検診』という、来年度入学するだろう児童を対象にして、保護者同伴で『健康診断』という名の元で障害を持っていないかとか、どんな性格なのかなどを確認する学校行事を行っている。
 教育委員会は役所からの住民台帳の情報を受けて入学するだろうと予想される小学校に該当児童の名望配布。小学校はこの名簿を元に、保護者に『就学児検診』の日時や簡単な内容を知らせて、確実に受診することを促している。
 ほとんどの保護者は児童同伴で来校し、検診を受けるのだが、最近は私立指向が強くなっていることや、学校選択制度化広がっているので、この検診を受けたから全てこの小学校に入学するとは限らない。(蛇足ながら)ここ数年、『本校に入学してくれますね』という念押しが特に大切な校長の仕事となり、『この日のために研修』まで用意している教委もあると聞いている。
 当日になって、保護者から『風邪で欠席』という連絡があれば良いのだか、数は少ないながら、何の連絡もなく欠席する保護者(児童)も存在し、その把握に苦労することも、この時期の小学校の悩みの一つになっている。
 欠席した家庭へは、教頭(副校長)が中心になって訪問するのだが、その住所に該当の家庭が存在するとホッとすると同時に、(これも蛇足だが)欠席した理由が、障害を知られたくないという理由の場合には新たな課題が生じる。
 時に、重い障害を持っているのに普通学級に入学させる・させないという問題の発端は、就学児検診からはじまることが多いからである。事前に障害が判明していれば、対応の仕方もあるが、個人情報ということで、知らされないのが普通である。
 蛇足の繰り返しで何をいいたいのかわからなくなってしまったが、該当家庭が存在しない場合、多くは、それ以上の詮索は小学校ではとても無理なので、教委に連絡して終わりにするのが通例である。
 自治体によっては、このことを重く見て、児童相談所と連携をとって、児童の存在を調べるのだろうが、『○○市に転居』という届け出があると、転居先の自治体に連絡して、それ以上踏み込むことが少ないと伝え聞こえてくる。転居先でも、同じことが繰り返されると、結局はウヤムヤになるのだろう。不明児童が増えるわけだ。
 そして数年後、母親か父親のどちらかが、何らかの事件を起こし、警察の捜査を受けて『実は、遺体をどこどこに遺棄した』と供述、そこで大騒ぎに・・・。
 先日、『生存していれば8歳になる福岡市の女児について、県警が母親の説明に基づき祖き場所一体を捜索したところ、頭蓋骨の一部を見つけ、DNA型鑑定で女児の骨と判明した』というニュ-スがその典型である。
 遺体の骨の状態から、死亡時期は生後間もない可能性が高く、死体遺棄罪の3年の公訴時効が成立するとみられるという記述から、この母親が直接殺害していないことかはっきりした場合は罪を問うことが難しくなるという。
 書き出しに戻るが、どの組織が調べたのかは見落としたが、このように1年以上にわたって所在不明となっている児童が、昨年の5月の段階で、全国で976人もいるというから考えさせられる。
 福岡と同じようなケ-スが大阪でも明らかになっている。マスコミが報じないだけで、この種の事件は各地で起きているのではないだろうか。これ以上の不明児童を出さないためにも、全国の小学校は『就学児検診』の欠席者には敏感に反応して、学校で対応できるだけの努力をした上で、今以上に、速やかに且つ緊張感を持って役所と児童相談所に通報してほしいものである。
 もっとも、その時点ですでに子どもの命は消えていると思うと虚しいが・・・。
 それ以前に重要なことは、出生した段階から子どもの存在を確実に把握できるシステムを作ることなのだろうが、個人情報の守秘という文言が、金科玉条のように重くのしかかり、児童相談所でも難しいのも事実である。

 こと子どもの命にかかわること、そこには親のエゴで言う、個人情報守秘などもろともしない権限を児童相談所に与えても良いのではないだろうか。(田舎親父)

2013年11月15日 (金)

もっと教師にゆとりと夢を・・・

 このところ、あらゆる分野で『有識者会議』という言葉が一人歩き。何でも客観的な答申をする組織だとマスコミが報じるものだから、『有識者会議』が政権のお先棒を担ぐのが大流行になっている。中でも教育改革に熱心なアヘ首相の指示があるのだろうが、文科省の『有識者会議』の乱造が目立つ。

先日は、小学校の英語を教科に格上げするために集められた『有識者』たちが、文科相に対して、『ごもっともです』という答申を出したことを取り上げたか、今度は、違う『有識者会議』が小中学校の道徳も教科にするべく動き出したようだ。

『道徳教育の充実に関する懇談会』という、小中学校の道徳教育見直しを検討している文部科学省の『有識者会議』があるのだそうだ。有識者の基準はない。この人物なら、政府(アヘ首相)の考えを聞き入れるだろうと、文科省の官僚がリストアップしたメンバ-であることは疑いのないところ。

道徳の教科化について、この『有識者会議』が、先日の会議で、正式教科ではない道徳を教科に格上げする報告案をまとめたというニュ-スに、いよいよ目に見えない不気味さが迫ってくる。

現在、各学校で行われている道徳の授業は、文科省かの発行している『心のノ-ト』以外に、自治体が独自で編集している冊子、あるいは教科書会社が提供している『副読本』などを使って行っているが、これらを一本にまとめた『検定に合格した教科書』で行うということまでまとめて提言するという。

その動きに合わせたごとく、昨日の新聞には『検定教科書』の検定基準というものを改定し『国の考え方に適合した記述』をしたものに限るというから、全てが連動して、この国全体を、時計を逆回しにするごとく右へ右へと誘導している。

 有識者会議がまとめた報告案は、道徳教育の現状を、一部に『機能していない』との決めつけて、国が期待する人間像を育てるにはほど遠いので、抜本的な改善・充実を図るために、教科化するのが必要とあるという。

 指導要領で規定している、学校で行う算数や国語という『教科』とは、検定教科書を用いて指導し、数値で成績評価して通知表で保護者に知らせることか原則であると私なりに受け止めている。

国の基準での価値観でしか合格しない教科書を使って、道徳の授業を行えばどんな結果になるか、今更述べるまでもないだろう。まして、評価が伴なうとなると、想像するだけで恐ろしくなる。

 さすがに『有識者会議』の面々も、数値による評価は無理だと思ったようで、『記述による評価とする』と提言したらしいが、これが曲者。点数よりもさらに曖昧で、担当する教師の価値観(校長の権限にもよるが)よって大きく変動することも想像に難くない。

 教科の成績は通知表で保護者に知らせなければならないのだが、何を書くのだろう。タテマエは理解能力や学習態度を細かく記述するのだろうが、そんなことが現在でも時間的に追われて余裕が現場で出来にはずがない。

 (それでも書くことが義務づけられたら)通知表の道徳の評定欄に『少し考え方が狭いです』とか『もう少し優しい気持ちを育てたいです』などと書くと、たちまち『基準は何だ』と反発されることは目に見える。

こんな表現では、本人はもとより保護者を納得させることは不可能どころか混乱させるだけ。結局は、『良く頑張っています』とか『○○に対して素晴らしい意見を述べることができました』という表現になることは疑いない。

 いじめをなくせという大合掌が吹き荒れ、それが道徳教育の充実が必要だという動きの追い風になっているようだが、『いじめ自殺』で注目された大津市の中学校は道徳教育のモデル校だったとことを思い出すと、文科省のいう道徳教育の充実ということの薄っぺらさが浮かび上がる。

 教科として道徳を教えるのは担任教師だという。通知表の記述の苦労は大変になり、ますます残業が増えることは明らか。それ以上に、研修と称して『文科省の考え方に沿った教師のための道徳教育』が各地で開かれるだろう。子どもたちの教育よりも上位に位置する強制的な研修で、教師の目は子どもではなく、校長・教委・文科省に向かされ、学校現場はますます混乱することは明らか。

『本物の有識者』とは、学校(教育)に夢を与える発言をするものだと信じたい。文科省かに集められた有識者といわれる面々が、こんなアホなことを真剣に?話し合っているのだろうかと思うと、それこそバカバカしくなるだけ・・・。(田舎親父)

2013年11月14日 (木)

電動車椅子は車両?それはも・・・

 最近、横浜の片田舎の昼間では、自転車そのものを見かけるのが少なくなっているが、自転車人口は増えているらしく、(駐輪場の建設が追いつかないこはもあるのだろうが)駅前やス-パ-には放置(ではないだろうが)自転車が溢れ、歩き難いことおびただしい。

 これでは地震などが起こると、トンデモナイことになるぞと思うのだが、他人の持ち物だから(私も含めて)顔を背けながら、見て見ない振りをするしかないのが悔しい限り。

 放置自転車について早急の対策は難しいようだが、全国的に自転車が絡む交通事故が相次いでいることに対して、警察が取り締まりを強化しているという話が、あちこちから聞こえてくる。

 その一つに、一昨日だったか、ブレ-キのない競技用自転車で道路を走って、何度も警察から違反キップを発行され、呼び出しを受けても知らんふりを決め込んでいた男を逮捕というニュ-スが報じられていた。

 自転車で違反キップも珍しいが、逮捕されるとはめったにないことだろうから、警察もよほど腹に据えかねたらしい。逮捕された男も、まさか逮捕はしないだろうとタカをくくっていたと言っているようだから、留置場で震え上がっている姿が想像できる。

 ブレ-キのない自転車で公道を走るのはもっての外。よくぞここまで思い切った行動をとったものだと、世論も警察に拍手を送るだろうが、自転車愛好家にとっては、どこまで取り締まりが強化されるだろうかとヒヤヒヤしているのではないだろうか。

まあ、これでブレ-キのない自転車で公道を走ることは無くなるだろうと期待すると同時に、自転車のマナ-が良くなるかもしれないと思うと、お灸としては面白いニュ-ス。珍しく警察にエ-ルを送りたい。

マスコミもこのニュ-スは大きく取り上げて、これからは自転車の『取り締まり』が厳しくなりそうな気配だと報じている。このことは、道路交通法が改定されて、その施行が12月からはじまることも関連するらしい。

 大分以前のことになる。道路交通法が改定されたて、『自転車は車両』ということが明確になり、『原則として車道』を走ることになったことで、歩行者とのトラブルは少なくなるだろうが、今度は車とのトラブルが増えるのでは・・・とつぶやいた記憶がある。

その時は見落としたが、『自転車は道路右側の路側帯を通行することを禁止。違反の場合は、3月以下の懲役または5万円以下の罰金・・・』という文言かあったらしい。自転車の右側通行は誰が考えても危ないことで、今まで取締しなかったことが問題だと思うのだが、法の解釈上では、路側帯は『歩道の一部』という意味があり、極めて曖昧だったことが、取り締まれなかった理由だという。

だから『道路右側の路側帯』とあるのだと納得するが、このことがどこまで周知徹底できるか極めて曖昧で、警察の本気度が試されるところ。

厳罰主義は好ましいことではないが、こと右側通行をしている自転車を発見したら、即刻止めてイエロ-カ-ドを切る程度のことはするべきだろう。このお灸で恐らく、右側通行はしないと信じたい。それでも違反する場合はレットガ-ドという、警察の臨機応変な取り締まりが功を通すと、車の運転手の危険度はかなり少なくなることは間違いなさそうだ。

今回の施行では『歩道走行』には触れていないのは、あまりにも多くの問題を抱えているために触れられないのだろう。しかし、歩道を歩いていると、後ろから自転車のチンチン音はあまり気持ちが良いものではない。本能的に危険を察知して、瞬間的に反応する自分も腹立たしいが・・・。

スマホに夢中になって周りが見えない歩行者もいるようだが、そのことは別に考えるとして、歩道での『歩行者優先』の原則を徹底する手段も考えてほしいものである。ところで、ここまで書き進んで、ふと『電動車椅子は歩行者、それとも車両』という疑問にぶつかる。

電動車椅子は『無条件弱者』の利用ということで、誰も声を上げないのだろうが、傍若無人(に見えるだけだろうが)の年寄りが乗るこれは、歩行者にとって迷惑このうえないものであることは、万人が認めているのではないだろうか。

変な方向に話が進んでしまったが、このあたりもそろそろ議論を初めても良いのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2013年11月13日 (水)

ますます『うつ病教師』が増えそうだ・・・

 小中高校などの教員の残業時間は月平均約95時間半で10年前の2002年調査より約10時間増えているのだそうだ。全日本教職員組合(全教)の調査ということで、頭から『信用できぬ』という方も多いかもしれないが、現場を少し知っている者からすると、この程度は十分あり得る数値である。

しかも、学校での残業が約73時間で、自宅で仕事をする時間が約22時間半だとのことだが、自宅での仕事は周りから見えにくいことを考えると、恐らくこれ以上であることは間違いなさそうだ。

さらに、最近はいじめ問題がますます深刻になり、そのための生徒指導はもとより、モンスタ-と呼ばれる常軌を逸したような要求を学校に求める親の対応に苦慮する上、『開かれた学校』という言葉が『是』ともてはやされることから、土日に行われる町内の行事にも、校長や教頭はもちろん、担任教師までも出るのが当然という雰囲気になっているらしいから気の毒この上ない。

話は少し横道にそれたが、全教の調査は、組合員を中心に全国の正規と再任用の教員を対象に12年10月の勤務状況を質問したところ、5880人が回答したという。全教の組合員はもっと多いと思っていたが、日教組に所属すする教員は極端に減少しているというから全教もそうなのかもしれない。それにしても6000弱とは悲しいが・・・。

 小中高校別では、小学校の残業時間は月94時間21分だったのに対し、部活動が増える中学は114時間25分、全日制高校は100時間47分。月百時間以上の教員の割合は小学校34%、中学52%、高校40%となったという。

 先日、急に知らねばならないことがあり、夜の8時半ごろ(ひょっとして副校長が残っているかもしれないと思って)都内の小学校に電話したところ、若い女性の『○○小学校の△△でございます』との声が返ってきた。

小学校もこんなに変わったのかと、その対応の丁寧さにはビックリするが、それ以前に、まだ先生たちは学校に残っていることに驚くと同時に、なぜこんな時間まで若い女性教師が残っていなければならないのかと同情を覚える。

 連日こんな遅くまで残業しているとは思えないが、なるほど残業が月に100時間も決して誇張ではないと、改めて組合の調査の信憑性を疑えなくなる。

 ところが、こんな現場の状況などは財務省には届いていないらしく、少子化で子どもの数が減ったのだから、教員を減らすのは当然との論理が広がり、実際に来年度の予算では大幅に削るという記事が目に留まる。

 先月末、財務相の諮問機関である『財政制度等審議会((いわゆる有識者という輩を集めた御用組織だろう)』が、子ども1人当たりの教員数を維持しながら定数を2000人減らし、高い給与水準を地方公務員並みに引き下げれば、14年度の国庫負担金が約370億円削減できるとする試算を提示したという。

 誰が言い出したのかは明らかではないが、委員たちからは異論は出ず、『良い教育のためには教員の数を増やせばいい、という考え方は古い』とか『少人数化と、学力やいじめには密接な関係がない』という声が多く、この方針が了承されたというから、怒りを通り越して驚くことしかできない。

 来年度以降の小中学校の教職員の定数について、文科省は向こう7年間で3万人余りを新たに確保すべきだとしているらしいが、財務省のこの先制パンチにどう対応するのだろう。恐らく、今までの折衝から想像するに、財務省の示した数値が基準になり、文科省としてはいかに削減数を減らせるかということが主眼になるだろうから、3万人の増員などおぼつかないのは間違いなさそうだ。

 予算の少ない文科省でも、少し精査すれば数百億などの金額はなんとでもなるだろうと思うのだが、(こちらを削って教員の増員と主張する官僚でもいれば嬉しいのだが)文科省自体が縦割り組織だろうから、そんなことを期待する方が無理なこと。

 結局は、ますます学校現場にしわ寄せが広がり、いじめ問題がさらに陰湿化することはもちろん精神的に異常をきたし鬱病が蔓延。休職する教員や(最悪の場合)自殺に追い込まれる教員も今以上に増えることは容易に想像できる。

 文科省が担当するオリンピックも、決まってしまったことなので今更反対しても仕方ないとは思うが、神宮の森を消してコンクリ-トで覆う愚に数千億を投じるより、将来を見据えて、学校現場にほんの少しの夢を与えることの方が大事だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2013年11月12日 (火)

お節戦線異常あり・・・

 阪急阪神ホテルズで端を発したレストランでのメニュ-に記載してある食材の偽装問題が、ホテル界から百貨店業界に飛び火、連日、百貨店のレストランメニューの食材表記偽装発覚の連発がマスコミ各紙各局の絶好の餌食になっている。

偽装疑惑はとどまるところを知らないように、老舗の料理店から高級を売り物にした全国各地の旅館にも及んでいるというから、(悲しいことではあるが)まさに日本列島そのものが疑惑列島化していると言っても誇張ではないようだ。

今朝になって、福久娘という酒造会社が醸造アルコ-ルを入れたものを純米と表示して販売していたことが明らかになったことが報じられている。以前も熊本の酒造会社が偽装表示で倒産したが、こと酒に関しては、一般客は敬遠、飲み屋でも使わなくなるだろうから倒産に追い込まれることは間違いなさそう。

バカなことをしたものだと呆れるが、福久娘だけではないことは想像に難くなさそうだから、新たな銘柄ででそうな気がする。

少し話が古くなるが、偽装は燎原の火のごとく、とどまることを知らないらしく、デパ-トのお節に飛び火。日本橋高島屋はじめほとんどのデパ-トのお節の定番の『車海老』が『ブラックタイガー』だったというから、呆れるとしか言いようがない。

車海老偽装は氷山の一角だろうから、次々に高級お節の食材の偽装が暴かれるのに違いなかろう。私のようにデパ-トのお節などとは無関係な貧乏人にとっては、アホカとした言いようがないが、どこまで広がるのかと面白さすら感じてしまう。

予想通り、その後の続報には、『何なのだ、この国の価値観は・・・』と思わせる記事がゴマンと続く。その一つが、フランスのブランドの名前を冠につけて有名デバ-トが売り出しているお節の話がある。

『フォション』という有名なフランスのブランドかあるのだそうだ。およそフランスのブランドなどと縁のない私には、この言葉から思い浮かべるのは、流行の服装かワインぐらいなものであるが、何と『フォションおせち』という名義で、お節を有名デパ-トに下ろしているのだそうだ。どうもその関連が理解できないのだが・・・。

その中の『車エビのテリーヌ』に、車エビではなく『ブラックタイガー』が使われていたというのは、すでに明らかになって騒がれている。

ブラックタイガ-についてはすでに述べたことであるが、そのお節料理の一つに栗を使うメニュ-があるという。その栗は、本来はフランス産のものを使うところ、中国産や我が国の栗を使ったということが明らかになったという。

確かに産地偽装であるが、日本人はどうしてここまでフランスかぶれというか名前負けしているのだろうと、首をひねってしまう。

フランス産と偽って中国産を使うのはいただけないが、なぜ『国産栗』をフランス産と偽るのだろう。むしろ、『国産栗』それも『○○県△△町』と表示する方が価値は上がると思うのだが、わざわざフランス産と表示し、しかもその中身が国産?(中国産)・・・。お節とは純然たる日本のお正月料理なのに・・・。これも私が古いからなのだろうか。

先日、高知県の四万十川流域でとれる栗で作った、わずか20ケ弱の渋皮煮という瓶詰め商品が、東京の千疋屋やタカシマ屋などで、3500円で飛ぶように売れているという話を、その仕組みを作った人から直接聞いた。一瓶に17、8ケ入りなので、栗一粒が約200円。あり得ないように聞こえるが本当の話。

このような栗を買い求める客層は、フランスの栗などアホカの世界なのかもしれないがデパ-トのお節が偽装だと騒ぐ客に聞かせたい話である。

もっとも、何でも手抜きすることが流行っている我が国では、お節は絶好のビジネスチャンス。偽装したくなる気持ちもわからないでもない。

偽装と怒る前に、お節ぐらいは自分で作るという気構えがほしいものだが・・・。(田舎親父)

2013年11月11日 (月)

ドングリの活用・・・

 一昨日の昼前のこと。――被災地ドングリ『大きくなぁれ』 岩手から贈り物 新宿の園児が育てる――という見出しをネットの東京新聞に見つける。

これはじっくり読む価値がありそうだと、急遽散歩のコ-スを変えて、駅の売店で購入するが、この記事がない。どうやら、東京新聞にも『東京版』という紙面があり、そこに掲載してあるものらしいとあきらめる。しかし、なぜ『東京』という『一地方』の記事が、ネットに掲載されるのだろうという疑問が消えず、何だか詐欺にあったような気持ちになる。

それはともかく、記事によると、東日本大震災で被害を受けた岩手県山田町の保育園児が拾ったドングリを、東京都新宿区の保育園児が苗木に育てているのだそうだ。来年5月に山田町に運ばれて植樹される予定だというから、実に微笑ましい話題。

 このドングリは昨年11月、山田町の3つの保育園の園児が拾った中の10粒。鉢で育て始め水やりをして見守るうち、今年4月ごろに5つの芽が出たという。

自分で育てていたドングリが発芽した時の感動は、何にも増して素晴らしいものであることを知っているので、その姿を発見した保育園の先生たちと園児たちの歓声が聞こえるような気がする。

新宿区の保育園が育てはじめたのは、被災地の園児が拾ったドングリを全国の幼稚園・保育園で育て、国連の定める国際生物多様性の日(5月22日)に被災地に植える活動の一環なのだそうだが、なかなか面白いことを考え行動している人や団体がいるものだと感心する。

この運動を主催しているのは、『子どもの森づくり推進ネットワーク』というNPO法人だという。『子ども同士がドングリの絆でつながり、共に生きる心を育ててほしい』という趣旨で設立されたとのこと。現在、参加保育園は50程度らしいが、今後増えてほしいものである。

 記事に戻るが、園児たちは『地震で倒れた木の代わりになったらうれしい』、『森ができたら、虫もいっぱい来る』と目を輝かしているという。嬉しい話である。

 少し横道にそれるが、ドングリの発芽はさほど難しいことではない。今頃、少し校外の野山を散策すると、ほんの小さな木立の中であっても、シイの実はじめ、クヌギやコナラなどの、いわゆるドングリと呼ばれる木の実を発見することができる。

 私のドングリ(私の場合は主にクヌギ)発芽方法を紹介すると、①集めてきたドングリを水につける。②浮んだドングリは、中の命が消えているので、これらは捨てる。③沈んだドングリは素早く水から上げて、水分を拭き取る。④これらをタオルなどにくるんで冷蔵庫に入れる(冬を感じさせるため)⑤立春が過ぎたころ、育苗箱かポットに移し、十分な水やりをする。これだけで、ほぼ90%の発芽率は確保できる。

 ドングリを集めている幼稚園児や小学生の低学年の児童の姿を見るのも、(今の季節)四季の森公園では見慣れた風景になっている。子どもたちは、このドングリを持ち帰っていろいろなものに利用するのだろうが、私が、発芽させて森を作くろうと思い立ったのは20年以上前のこと。

詳しい経緯は省略するが、その森が現在長野県の飯田市校外で、確実に成長しているのは嬉しいことであり、毎年のようにその森に出かけている。

 (話が少し飛躍するが)大震災で生じた大量の瓦礫の撤去が、今でもかなり難しいと聞く。これらの瓦礫を津波で襲われた海岸近くに積み重ねて、土を盛り、そこに全国各地で発芽させたドングリの苗を植えていく。気が遠くなる作業になりそうだが、今度津波が襲うだろうと想定されている数十年後には、広大な公園を兼ねた、力強い防潮林・防災林になるのではないだろうか。

このことは、以前にも何度も述べているが、今回のドングリの発芽が、保育園児同士のつながりを求めた、情操面での行動であっても、森作りにつながる可能性が生まれてきたとは素晴らしいと感動する。

それにしても、こんな素敵な記事がネットでしか見られないのも変な話だと思い、ここまで書いてから、改めてネット記事を調べてみると、見出しの後ろに小さく(夕刊)という文字を見つけた。

私が駅に走り購入したのは次の日の朝刊。なるほど・・・。(田舎親父)

2013年11月 9日 (土)

全ての窓に金網を張る?・・・

一昨日の朝刊に、――校舎から『飛び降りてやる』宿題忘れた小6重体――いう衝撃的な見出しを見つける。

 またかと思いながらも記事に目を通したが、まさに直感した通り。6日午後1時45分頃、川崎市幸区の小学校で、6年生の男子児童が校舎裏側の地面に倒れているのを、担任の男性教諭が発見、同校が119番したときことである。ここまでは、よくある話だが、ここからが、私の直感した通り話がややこしくなる。

記事は『川崎市教委によると』として『帰りの学活を終えた後、児童たちが別の教室で委員会活動をしている間、担任は宿題を忘れた児童2人を教室に残して注意した。うち1人の男子児童が、教室の前にあるトイレに駆け込んだ。数分後、担任が様子を見に行ったところ、約12メートル下の地面に倒れているのを見つけた』とある。

6日は木曜日、普通の小学校ではよほどのことがない限り、木曜日は6時限まで授業のコマが刻まれており、1時45分に『帰りの学活』など行う時間ではない。時に、研究授業と称する教師たちの研修会も開かれるが、その日は該当クラス以外の児童は給食(清掃)終了後すぐに下校になるのが普通なのだが、特別な事情があったのだろうか・・・と素朴な疑問が頭をよぎる。

それはさておき、宿題忘れをした児童を叱るのは、宿題を出さないという方針を持つ、ごくわずかな担任の学級を除いて、全国のどの学校、どの教員でも行うことであり、委員会活動に参加させず教室に残すこともごく普通の光景である。

児童は突然教室を飛び出し近くのトイレに駆け込み、大便用の個室に鍵をかけて立て籠もったらしい。担任がビックリした様子が目に浮かぶ。すぐに追いかけて、出てくるように説得したことも疑わないが、叱られた児童も担任にここまで反抗した以上簡単に出てくるわけにもいかない心理も良く分かる。

児童は無言を通したのだろう。こうなると担任としては為す術がなく、しばらく様子を見るしかないが、他の児童のことも気になって、別室での委員会活動を指導していたという。そして数分?後に、トイレの個室前に戻り説得を試みたようだ。

ところが中からは児童の気配が感じられない。もしやと嫌な予感がして、急いで下におりて見たところ、倒れている児童を発見し、すぐに校長(副校長)に連絡し、110番連絡したというところではないだろうか。

6年生の教室は校舎の最上階が定番。4階のトイレの窓には、転落防止の柵があったらうだがそれを乗り越えて飛び下りたらしい。それにしても宿題忘れを叱られて自殺とは、何なのだろう最近の子どもは・・・と何とも暗い気持ちにさせられる。

一番驚いたのは担任だろう。29歳というから一番やる気を出す年代、恐らく、本気で宿題忘れを叱ったに違いなかろう。これだけ騒がれているので、叩いたりすることはなかっただろうが、記事にあるように『宿題をなめるなよ』と脅しともとれる相当な汚い口調で児童に当たったことと想像している。ひょっとして、児童は日頃から担任に反発していたのかもしれない。

これは今後揉めそうな気がする。保護者としては、いかに自分の子どもに『非』を認めたとしても、学校内で『叱られた』という原因がはっきりしている以上、責任を追及するだろう。周りも放っておくわけがない。

今頃、教委は校長を呼び必死になって善後策を協議していることだろう。すでに、校長は担任を伴い、何度も保護者宅に出向き、土下座まがいの謝罪を繰り返しているに違いないが、その姿を思い浮かべると哀れに感じる。

今後の調べにもよるが、担任の指導に行き過ぎがあったのならば仕方ないが、記事からうかがう範囲では、(脅し言葉は問題になりそうだが)ごく普通の(教員に許される懲戒権の範囲)の指導のような気がしてならない。

しかし、最近のこの種の事件からは、非は全て学校(担任)にあるというのが通例。これでは、まともに児童を指導することができなくなり、何事にも学校現場の現状である『これから気をつけるのだよ』という言葉一つで終わってしまう。

いじめの現場を見ても『これから気をつけなさい』との教師の姿勢が、いじめを拡大させたことがはっきりしているのに・・・である。

今回のような衝動的な飛び下り自殺を防止するために、校舎内の全ての窓に金網を張るしか方法がないとしたら、こんな悲しいことはない。

続報では児童は意識が戻ったらしい。無条件に良かったと言いたいところだが、収束の仕方によっては、新たな課題が生まれそうだ。(田舎親父)

全ての窓に金網を張る?・・・

 一昨日の朝刊に、――校舎から『飛び降りてやる』宿題忘れた小6重体――いう衝撃的な見出しを見つける。

 またかと思いながらも記事に目を通したが、まさに直感した通り。6日午後1時45分頃、川崎市幸区の小学校で、6年生の男子児童が校舎裏側の地面に倒れているのを、担任の男性教諭が発見、同校が119番したときことである。ここまでは、よくある話だが、ここからが、私の直感した通り話がややこしくなる。

記事は『川崎市教委によると』として『帰りの学活を終えた後、児童たちが別の教室で委員会活動をしている間、担任は宿題を忘れた児童2人を教室に残して注意した。うち1人の男子児童が、教室の前にあるトイレに駆け込んだ。数分後、担任が様子を見に行ったところ、約12メートル下の地面に倒れているのを見つけた』とある。

6日は木曜日、普通の小学校ではよほどのことがない限り、木曜日は6時限まで授業のコマが刻まれており、1時45分に『帰りの学活』など行う時間ではない。時に、研究授業と称する教師たちの研修会も開かれるが、その日は該当クラス以外の児童は給食(清掃)終了後すぐに下校になるのが普通なのだが、特別な事情があったのだろうか・・・と素朴な疑問が頭をよぎる。

それはさておき、宿題忘れをした児童を叱るのは、宿題を出さないという方針を持つ、ごくわずかな担任の学級を除いて、全国のどの学校、どの教員でも行うことであり、委員会活動に参加させず教室に残すこともごく普通の光景である。

児童は突然教室を飛び出し近くのトイレに駆け込み、大便用の個室に鍵をかけて立て籠もったらしい。担任がビックリした様子が目に浮かぶ。すぐに追いかけて、出てくるように説得したことも疑わないが、叱られた児童も担任にここまで反抗した以上簡単に出てくるわけにもいかない心理も良く分かる。

児童は無言を通したのだろう。こうなると担任としては為す術がなく、しばらく様子を見るしかないが、他の児童のことも気になって、別室での委員会活動を指導していたという。そして数分?後に、トイレの個室前に戻り説得を試みたようだ。

ところが中からは児童の気配が感じられない。もしやと嫌な予感がして、急いで下におりて見たところ、倒れている児童を発見し、すぐに校長(副校長)に連絡し、110番連絡したというところではないだろうか。

6年生の教室は校舎の最上階が定番。4階のトイレの窓には、転落防止の柵があったらうだがそれを乗り越えて飛び下りたらしい。それにしても宿題忘れを叱られて自殺とは、何なのだろう最近の子どもは・・・と何とも暗い気持ちにさせられる。

一番驚いたのは担任だろう。29歳というから一番やる気を出す年代、恐らく、本気で宿題忘れを叱ったに違いなかろう。これだけ騒がれているので、叩いたりすることはなかっただろうが、記事にあるように『宿題をなめるなよ』と脅しともとれる相当な汚い口調で児童に当たったことと想像している。ひょっとして、児童は日頃から担任に反発していたのかもしれない。

これは今後揉めそうな気がする。保護者としては、いかに自分の子どもに『非』を認めたとしても、学校内で『叱られた』という原因がはっきりしている以上、責任を追及するだろう。周りも放っておくわけがない。

今頃、教委は校長を呼び必死になって善後策を協議していることだろう。すでに、校長は担任を伴い、何度も保護者宅に出向き、土下座まがいの謝罪を繰り返しているに違いないが、その姿を思い浮かべると哀れに感じる。

今後の調べにもよるが、担任の指導に行き過ぎがあったのならば仕方ないが、記事からうかがう範囲では、(脅し言葉は問題になりそうだが)ごく普通の(教員に許される懲戒権の範囲)の指導のような気がしてならない。

しかし、最近のこの種の事件からは、非は全て学校(担任)にあるというのが通例。これでは、まともに児童を指導することができなくなり、何事にも学校現場の現状である『これから気をつけるのだよ』という言葉一つで終わってしまう。

いじめの現場を見ても『これから気をつけなさい』との教師の姿勢が、いじめを拡大させたことがはっきりしているのに・・・である。

今回のような衝動的な飛び下り自殺を防止するために、校舎内の全ての窓に金網を張るしか方法がないとしたら、こんな悲しいことはない。

続報では児童は意識が戻ったらしい。無条件に良かったと言いたいところだが、収束の仕方によっては、新たな課題が生まれそうだ。(田舎親父)

2013年11月 8日 (金)

18禁にでもするしか・・・

 ネット絡みの犯罪が増えている。特に、子どもたちが興味本位で始めるのだろうが、会員制交流サイト(SNS)などで知り合う人物から被害にあうことが、毎日のように新聞テレビを賑わしている。

 特に最近起きた三鷹市の女子高生が、このような交流サイトを通して知り合った男と安易に深くかかわりを持った結果、その男にスト-カ殺害されるという事件は、その手口の特異性から、ネットに詳しい人はもちろん、各界各分野からいろいろな感想や意見が寄せられている。

 そのことはさておき、主に子どもたち(最近はこの言葉の定義そのものが曖昧になっているきも気になる)が使っているのはLINEと呼ばれる、スマホから簡単に操作できる無料のアプリと呼ばれるものだという。

 LINEを使ったことがないので、どういうものか分からないが、ツイッタ-やFBとよりも扱いが簡便という理由から、スマホの普及に従って、中高生にはごく当たり前のツ-ルとして広がっていると聞いている。そして、(ある新聞社の調査によれば)中高生の70%以上がこれを経験しているというが、アナログ人間にとっては俄には信じたくない。

 今や、『スマホ(インタ-ネット)依存症』という、ネットに熱中して体調を崩したり学力が低下したりする『病名』が日常的に使われるようになっている。このことに関して東京新聞が独自で全国の都道府県教育委員会に調査した結果を掲載していた。

記事によると、子どもたらに指導するにも、『ネット依存予防のための教材や資料が足りない』と回答した教委が57%もあるという。さらに、21%が『ネット依存に特化した指導の有無は把握していない』と回答したとあるから、教委の多くが学校任せにしている実態が窺い知れる。

ネット依存症の疑いが強い中高生が全国で推計50万人超存在することに驚いたことは先日もつぶやいたが、この数はますます急増しているというから、何らかの手を打たないと、スト-カ殺人事件はともかく、いじめなどの原因になることはもちろん、青少年が人間関係の崩壊や金銭的、あるいは身体的な被害に発展することは間違いないところ。

一方、厚労省研究班も教委に対して聞き取り調査をしたそうだ。こちらの調査で、教委にネット依存防止のため学校や地域での取り組みの有無を聞いたところ、すべての教委が『実施している』と答えたというもの変な話だが、その大半が『学習指導要領に基づき、情報モラル教育の一環で実施している』と回答しているとのことだから、やはり学校に任せていることは間違いないところ。

ところで学校の実態はどうなのだろう。危機感をつのらせている教師も多いだろうが、多くの年配教師にとって、仕事上コンピュ-タは必需品になったものの、急激なネット環境の進歩?についていけず、指導しなければならないと思いながらも、どう指導したら良いのか分からないのが実態のようだ。

LINEなどに詳しい教師による適切な活用法などの授業を行っている学校も増えているように聞いているが、学力向上が必定の現在の学校の学校にとって、時間の確保は並大抵でとないないだろう。

されど学校として何もやらないと、教委はもとより保護者から批判されので、民間団体や警察から講師を招いた教員や保護者向けの講習会を開かざるをえないのだろう。しかしそれとて、教師は強制的にでも参加させられるが、親の参加は任意だろうし、参加する保護者が真剣でなければ、その意味は限りなく薄れるのは自明である。

この講習会によって、教師の意識が高まっても、スマホを子どもに与えたり管理するのは保護者であって、教師がいくら指導してもそれは上辺だけ。学校では授業中でのスマホに向かってのピコピコを禁止させられても、校門を一歩出たらそこは管理外。

講習会にも参加もせず、子どもの言いなりにスマホを与えてしまう(躾けという言葉を失って久しい)家庭環境では、使い方の指導などできるはずがなく、興味の方が先に立ち、無意識のうちに、言葉を選ばず相手に送信したり、姿の見えない相手に対して面白奇怪しく対応してしまう。そして、その先に見えるのがスト-カ-殺人事件・・・。

学校だけで対応できるわけがないのに、指導は学校任せ。しかも、教師の権限は、最近ますます縮小し、今や『指導』という言葉すら死語?となり『支援』になってしまっているのが現実では、スマホ(LAIN)が絡む事件は、昔の歌謡曲ではないが『流レエ-流レテエ-、昨日は東京、明日は大阪・・・』のように広がり、そしてその広がりは全国津々浦々・・・となることも決して大袈裟ではない。

放任の家庭が存在する上、学校では指導不可能となると、防御するには、(私が一番嫌いなことなのだが)法で『18歳以下のスマホ所持禁止』というしかないのでは。

もっとも、金儲け理論しか持たない政府や経済界などにはそんな発想はないだろう。世間も、こんなことを言い出したら、『世界に通用する人材が育たない』と、間違いなく一斉に騒ぎだすだろうが・・・。(田舎親父)

2013年11月 7日 (木)

ますます地方を疲弊させる・・・

 先日、『財務省の試算では、消費増税すると大都市に税収が偏り、税率10%では東京都の税収が必要額を3千億円上回る』という記事に目が留まる。

人口が多いほど、消費する物は多くなるのは当然の話。そして、大都会はどんどん税収が増えるが、地方(特に過疎の自治体)では、無条件に物価が高くなるのだから、庶民の生活は圧迫され、我慢を強いられ買い控えは当たり前だろう。税収という面からもマイナス要因が大きくなり、ますます格差が広がることだけは間違いないところ。

格差の増大を是正するために国は、消費税はいったん国が徴収するが、2015年10月に消費税率を10%にするときは、5%幅の増税のうち1・2%分(3・4兆円)を『地方消費税』として自治体に再分配するのだそうだ。しかし、どこからこのような数値をはじき出したのか、多くの国民には分かりにくく、恐らくは、小さな地方の自治体には雀の涙ほどになるのでなかろうか。

これを、各自治体が負担している医療、介護など社会保障に充てるというが、果たしてどれほど現在の福祉行政に上乗せできるかも分からない。しかも、消費の額に応じて各都道府県に再分配するため、お店が多く平均年収も高い東京都などへの配分が手厚くなる傾向があるというから不公平極まりない。

財務省の試算では、住民1人あたりの消費税収を比較すると、東京都の税収は11年度の約2万8千円から約3万3千円増える一方、税収が最も少ない奈良県は約1万5千円から約1万8千円の増加にとどまるという。

なぜ奈良県の税収が全国で一番低いのかは理解できないが、経済音痴の私でも、圧倒的な人口を誇る東京都は一人当たり5千円も増える一方、人数的には比較にならない奈良県が3千円しか増えないとなると、その差は膨大な数値になることは理解できる。

さらに記事には、『税率10%になると東京都の消費税収は4千億円増える。子育ての充実など増税に伴って支出も1千億円増えるが、3千億円は自由に使える財源になる。島根県は税収が90億円増えるが、地方分の社会保障のお金を借金で賄っているため、自由に使えるお金にはならない』とある。

なぜ今度は島根県なのか、こちらにも疑義を感じるが、理屈そのものは何となく理解できる。全国民の1割り以上の人口が集中する東京都に、全ての意味で、消費税増税のうま味が集中することだけは間違いない。

財務省は、不公平を是正するために、東京都の取り分を地方に回すことを考えているらしいが、都知事はスジガ違うと激怒していると報じられている。

国は自分の腹を痛めないで『不公平是正』という反論しにくい言葉で世論を操作しているのは明らか。しかし、上前をはねられる都としては激怒するのも分からないわけではない。もっとも、それ以前に、エゴむき出しの都知事の姿を示されると、諸手を上げて賛成とは言いたくないのが私も含めて一般的な国民の本音だろう。

社会福祉の質が地域によってまちまちであるのも、同じ国の民としてこれ程不公平なことはないが、それには目をつぶり、消費税の増税が社会福祉鮮度の充実にとって必要なことだと受け止めている民が多いのも不思議な話。

(私見はともかく)百歩譲って、消費税増税を『是』としたとしても、政府が当初掲げていた社会保障に限るということと、恩恵は『国民に平等』ということが前提でなければ奇怪しいことは誰からの異論はないだろう。

不公平是正を言うなら、社会保障に関するさまざまな制度は全て国の基準で行われなければならないことは明らか。規制緩和だ、地方自治の尊重だと、さまざまな理屈をつけるのではなく、社会保障に関しては国の一元化が必要だろう。(田舎親父)

2013年11月 6日 (水)

将来像が見えない大学入試改革・・・

 大学入試制度が何度もいじくられ、私の時代とは大きく様変わりした現在の制度になったのは、20年ほど前だったと記憶している。当時、『また変えるのか、こんなにコロコロと変えられては受験生が気の毒だ・・・』と職場でも話題になったことを思い出す。

 『センタ-試験』という全国一斉のマ-クシ-ト形式のテストを行い、そのテストの点数と、大学の設定している基準とで、受験生が希望校を選択しやすくするシステムであるらしいが、この結果は、大学の格差をそのままに映し出し、そのまま合格とする大学も多数ある一方、点数に届かなければ門前払いになることもよく聞く話である。

この方式がはじまった当時は、基準点に達していな受験生が門前払いになることが問題視されて、『足切り』という言葉が流行ったものである。この言葉は差別用語だという指摘があり、最近ではあまり聞かなくなったが、門前払いの実態は変わらない。センタ-試験の開始と共に、大いに広がったのが、いわゆる『受験塾』であることも、私の中には嫌な記憶として残っている。

以来、塾が増えに増え、今や横浜の片田舎でも駅前ではパチンコ屋を凌駕する勢い。ちょっとした商店街などでも、閉められていたシャッタ-が開くとそこに現れるのが『○○塾』という看板。これが学習塾かと思うほどケバケバしいものさえあるのにも驚くが・・・。

そんな状況の中、有識者会議が好きな現政権は、教育行政でも『教育再生実行会議』という組織を立ち上げ、『大学入試に、過度にエネルギーを集中せざるを得ないことが、わが国の教育の問題点』との前提で、大学入試制度を変えることを前提に議論をすすめていたらしく、先日開かれた会議で、高校生に年に複数回『到達度テスト』行い、大学入試に生かす案を出したと報じられた。

『到達度テスト』の内容が具体的に見えてこないが、『到達度』という言葉から受ける印象では、大学進学を前提にして、全国の高校生を対象に、一斉に授業での理解度などテストするものだろうと想像している。となるといわば、小型の『センタ-試験』を何度かに分けて行うようなものと受け止めても間違いなさそうだ。

確かに、センタ-試験が行われる時季は、インフルエンザの流行期にあたると同時に、雪による交通混乱が毎年のように繰り返されていることを考えると、センタ-試験の一発勝負よりは、受験生にとっては負担が軽くなりそうだ。

しかし、到達度テストが(例えば)『2年生から学期ごと』に実施というようなになると中間や学期末に加えて、『到達度テスト』に備えなければならなくなり、ある意味、年から年中テスト漬けということも考えられないこともない。

これでは、部活というか、授業以外の分野で活躍できる時間が少なくなり、今でも人と人とのかかわりが苦手だといわれている高校生にとって、マイナス面が大きくなるのは間違いなさそうだ。

それ以上に、『センタ-試験が複数回』となると、塾業界が勢いつき、今以上熾烈な学生獲得競争になることは想像に難くない。さらに、(現在段階では)テストの問題を誰が作るのかは闇の中だろうが、こちらも気になる。うがった見方をすれば、塾を始め大学受験に関わる業界の利権を広げることにもなるのでは・・・。

『世界で活躍できる人材を育てる』という発想は間違っていないと思うが、制度を変えただけでその目的が達成できるならほど簡単ではあるまい。『どんな能力を磨けば世界に通用するか』という議論をしているようにうかがえないのも納得しかねる。

今回、私の最も気がかりなことは、政府の『教育再生実行委員会』が、何のために改革をすすめ、この改革をすることによって、『大学入試と学生たちの生活がどう変革するのか』という明確な将来像を出していないことである。

以前にもつぶやいたことがあるが、日本の大学は、『入学は難しいが卒業がたやすい』といわれて久しい。この部分を逆にして『大学の授業について行ける覚悟』があれば入学を許可し、大学独自の基準と責任で卒業を許可する方式を真剣に討議してほしいものである。そして、この考え方は、議論に値すると思っているのだが・・・。

かなり荒っぽい意見になるが、それぞれの高校も独自に『世界に通用する人材』の基準を作り、それに沿ってカリキュラムを構成。責任持って大学に推薦できるとなると、大学入試という考え方が根本的に変わるのではないだろうか。(田舎親父)

2013年11月 5日 (火)

これもアメリカさまのご命令・・・

 アメリカの情報機関が、友好国以上の存在であるドイツの首相の携帯電話まで盗聴の対象にしていたことが判明したという。

全くの素人の私には、そんなことができるのだろうかというのが正直な思いだが、オバマ大統領がメルケル首相に謝罪したというから、恐らく事実だったのだろうと、改めてアメリカの恐ろしさに身震いする。

ある専門家は、『ドイツの情報管理に比べて、我が国のそれは赤ん坊』という意味のことを話しているが、『赤ん坊』という表現が相応しいかどうかは別にしても、少なくともドイツの情報管理は我が国よりはるかに厳しいことは疑えそうにない。

となると、アメリカ情報機関がアヘ首相始め閣僚はもちろん、省庁の高級官僚の携帯などの盗聴などは朝飯前ではなかろうか。いやそれどころではなく、(想像したくないが)野党の幹部なども盗聴の対象になっていることもあり得ないでもなさそうだ。

ところで、今政府が成立させようとしている『特定秘密保護法』は、防衛上の国家秘密が仮想敵国に漏れないための防御がタテマエらしいが、この守らねばならない情報のほとんどがアメリカからもらう断片的な情報であることは、政治音痴である私でも容易に想像できる。

アメリカから得る情報は、アメリカにとって具合の悪いことは絶対に秘匿して表に出さないことは誰の目にも明らかだろう。それをアメリカは、さも重要な情報であるがのごとく装い、日本政府に国民に教えてはならないと命じているのが、今回成立を急ぐ『特定秘密保護法』につながることも、衆目の一致するところであろう。

スパイ疑惑の当事者であるアメリカが『俺が出している情報が漏れないように』という命令に従がって、国防をタテマエに、『国民の知る権利』を否定して、公務員に秘密の厳守を義務づけ、重罰を設けようというのだから、こんな情けなくそして変な話はない。

しかも政府は、秘密事項はざっと見積もっても40万件は軽く超すと平気でのたまうとなると、秘密の範囲をどこまで広げるのかは、時の権力の胸先三寸。不要になった情報はそのまま廃棄できるということも折り込むらしいから、一度政府内のどこかで、誰かが『これは秘密事項に値する』と決めたら、そのことに関する情報は、その時点で永久に表にでないことになりそうだ。

(最近はそんなことはないと信じたい?が)かなり以前、神奈川警察だったか記憶が定かでないが、裏金が問題になったことがある。捜査協力者に謝礼を支払ったという書類を偽造し現金をプ-ルしていたのが、内部からの告発で明らかになった事件である。

このことは他の県警にも波及して、かなり大きな社会問題になり、該当の県警幹部が、例によって、テレビカメラに向かって深々と頭を下げる謝罪ポ-ズが連日のように流されたことが思い出される。

幹部たちは必ず、『再発防止』という言葉を口にしていた。どんな再発防止策を協議したのかは分からないが、徹底して内部告発者を探したことは想像に難くない。同時に、違法行為云々はともかく、守秘義務の徹底を周知したことも間違いないだろう。

それでも、違法を見逃せない反骨精神が旺盛な人物がおり、何らかの方法で内部告発が後を絶たないが、今回の『特定秘密保護法』が、組織の不正を内部告発した人の立場を守る『公益通報者保護法』にも適用されるとなると10年の懲役刑が課せられることになり、よほどの覚悟がなければ内部告発ができなくなることは明らか。

さらにアヘ政権は、これもアメリカの要請なのだろうが、外交・安全保障に関する首相官邸の司令塔機能の強化をうたって、『日本版NSC(国家安全保障会議)』を設けることを閣議決定し、その事務局になる『国家安全保障局』を新設し初代長官の人事まで決めたという。

これも『特定秘密保護法』で国民の知る権利を徹底的に奪い取り、アメリカのご命令を行き渡せるための組織なのだろうが、どうしてそこまでアメリカさまの命令にシッポを振って従わなければならないのだろうと思うと、気持ちがなえる。

こんな無茶苦茶な法案が、現実には次々に通ってしまう・・・。何と、不思議な国であり、国民であることかと、詰まるところ、(マスコミ発表なのだが)こんな政権を支持している国民に呆れ、無力感に苛まされている自分に嫌気を覚えるのだが・・・。(田舎親父)

2013年11月 4日 (月)

年寄りには解読不能言葉が多すぎる・・・

 スマホがスマ-トフォンの略語ということは分かるが、スマ-トフォンとは何かと問われると、携帯電話をスマ-ト(多機能)にしたものという答になるらしい。しかし、スマ-トという英単語に多機能という訳語があったのだろうか。今まで習った範囲ではその覚えはないのだが・・・。

ひょっとしてだが、スマ-トシティなどという言葉も普通に使われはじめていることから、スマ-トという発音が、人々には受けているとなると、時代が作り上げた訳語のようだと思って納得することにしたい。それはともかく、(仕方ないとはいえ)これらの言葉に違和感を覚えなくなっていることに気づき情けなくなるが・・・。

唐突な書き出しになったが、このところ、カタカタ言葉が巷に氾濫している。公共放送を任じているNHKまでも、安易に使い過ぎるというお叱りがくるほどだから、他のメディアは、安易どころではなく、(解説など全く無しで)ただたれ流していると表現しても差し支えない。これでは私のような時代後れの年寄りにはたまったものではない。

つい最近のことになるが、ネットで新聞のニュ-スの見出しを読んでいると、『パスドラはオワコンか』という一文にぶつかり、エッとしばらく画面から目が離せなくなった。

『東洋経済オンライン』の発する記事の本文を開くと、「脅威的な大ヒットを続けているスマホ向けゲーム『パズル&ドラゴンズ(パズドラ)』を展開する、ガンホー・オンライン・エンターテイメント」とある。

後を斜め読みにして、この記事は『ガンホー・オンライン・エンターテイメント』という会社の、経理上の数値からうかがえる経営状態のことであることと、『パスドラ』というカタカナ言葉が、『パズル&ドラゴンズ』というこの会社が売り出しているオンラインゲ-ムであり、それを略した言葉であるらしいということが、おぼろげにわかってくる。

しかし『オワコン』というカタカナの意味が分からない。オンラインゲ-ムそのものがどんなものなのか想像もつかない私なので、どうでも良いことなのだが、何となく『オワコン』という言葉にひっかかり、本文を読み返す。

『株式市場で、ガンホー株は一時ストップ安まで売り込まれた。他のゲーム関連にも売りが波及したほどだ』という文章はおぼろげながらも意味はつかめるが、『10月に国内累計2000万ダウンロードを超えたパズドラだが、いよいよ市場が飽和し、ピークアウトが見えてきたのはでないかと嫌気されたようだ』となると、完全に理解不能・・・。

仕方ないので、『オワコン』をキ-ワ-ドで検索してみた。すると、オワコンの『オワ』はカタカナで表すが『終わった』という意味の略語だという。カタカナで表していた長い言葉を略すのは知っていたが、訓読みの漢字言葉まで略す時代になっていたのかと、何だか騙されたような思いになる。また、『コン』は『コンピュ-タ』とばかり思っていたが、『コンテンツ』のそれだというのも・・・。

なかなか手の込んだ略語である。『終わったコンテンツ』が『終わったコン』になり『オワコン』になるのだそうだが、英単語の発音を略すのなら分からないでもないが、訓読み漢字までも略されて、しかも英単語の略とくっつけられるとなると、分かちないのも当たり前だろうと自分を慰める。

コンテンツという言葉も正直に言うと、私の中ではかなり消化不良で、筋書きとか内容と受け止めてはいるが、それだけでは理解できない使い方もあるようだから混乱する。

気にしなければ良いのだろうが、いつの間にか、何となく分かったような気にさせられることが情けない。

国営放送となってしまった感すらあるNHKが、この種のカタカナ略語を連発し、それを、変だなとも思わず『分からないのに分かった気になって』受け入れてしまっては、ますます日本人の総白痴化が進むのではと、いらない心配までしてしまう。

それにしても、年寄りには生きづらい社会になってしまったものだと痛感する今日この頃である・・・。(田舎親父)

2013年11月 2日 (土)

家事の価値が77兆円超・・・

 『待機児童』という言葉が、テレビや新聞で見・聞きしない日はないといっても差し支えないないほど巷に溢れている。そして、この『待機児童』を解消することが、今一番の行政の課題のように扱われているが、(めったにないが)昼食のために入るファミレスと呼ばれるレストランで、明らかに子育て中の若いママたちが、子連れではなくママ会を開いている光景をみると、子どもは・・・と違和感を覚えることもある。

 こんなことを書くと、『女性(最近は男性も)の働く機会を奪うのか・・・』と、猛烈な抗議の声が聞こえてきそうだが、私には、保育園を必要としている女性の全てが、働きたいと真剣に思っているとはとても思えない。

 むしろ、ある程度(個人差は大きいだろうが)の収入があれば、自分の子どもを保育園に預けてまで働きたくないという女性が多数を占めるのではないのだろうか。

行政からの支援もあるかもしれないが、保育料は決して安くはないだろうから、かなり家計を圧迫していることも想像に難くない。しかし、現実には、働かなければ生活できないから、子どもの側にいたいと思いながらも、保育園に預けざるを得ないということをよく耳にする。

 『男性が育児を担当しても良いのだよ・・・』という声も年々大きくなっているらしいが、庶民のレベル環境では、男性が育児に専念できるのは、特別恵まれた職種でなければ難しいことは誰の眼にも明らか。声が大きくなっても、実態が伴わないことが、このことを証明している。

結局は、『仕方なく女性』が育児を担当することになるというのが最近の主だった論調だが、私は、育児に対しては女性が指導権を握るのが、子どもにとっても良いことだという強い信念を持っている。

 このことは省くが、子育て支援という言葉を聞く度に、買い物から料理、日常生活を支える掃除や洗濯など『家事一般』がなければ家族が生活できないことを、あまり話題にしない社会一般の常識に強い違和感を覚えてならない。

 『待機児童ゼロ』と保育園を増やすことは同義語として語られる。横浜の片田舎では、しばらく通らない道で、新しい保育園を発見することは日常茶飯事になっている。横浜市の方針が『待機児童ゼロ』であり、その達成のためになりふり構わないで保育園を増やしているからだとわかっているので、また景色が変わったと思う程度で納めているが。

 この是非も論じないが、保育園を増やすことは保育士を採用しなければならないのは当たり前。しかし、肝心の保育士になり手が少ないのが現実となると、保育園間での熾烈な獲得競争が起きるのも当然の成り行きだろう。その結果、保育士の質の低下が起きるのも・・・。

 そんなことを思っていると、家事、育児、介護など全国の家庭内で、無償で行われている活動を貨幣価値に換算すると、年間で約138兆5000億円に上る』ということが、先月21日に公表された2013年版『男女共同参画白書』に盛り込まれたという記事に目が留まった。

中でも注目するのは、『割合を占めたのは炊事、洗濯などの家事で、約77兆5000億円。活動の8割は女性が担っている』という一文である。

138兆5000億円は11年時点で名目GDP(国内総生産)の約3割に相当するという。そのことに驚くが、内閣府は『現在、家庭で担っている活動を外部化すれば、大きな経済効果を生む余地がある』としているようだが、外部依託という表現が気に入らない。

確かに経済効果という意味からは、派遣社員にでもそれを任せれば、計算上数値は上がるだろうが、実際には、他人が家庭に入っては、かえって家事の質が落ちることになることは議論するまでもないだろう。

ここまで白書に盛り込んでおきながら、77兆円超を担っている女性(一部男性もにも)に給料とし払うという考え方は、悲しいかな、これっぽっちもうかがえないきが情けない。

経済音痴のつぶやきとバカにされるだろうが、白書にある金額の半分でも、いや2割でも家事を担っている人に支払うという考え方ができれば、『待機児童問題』は違った展開になるはず。

自治体も苦しい財政の中で、ムリにムリを重ねて、質の低い保育園を乱造するよりはるかに現実的だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2013年11月 1日 (金)

スマホはデジタル武器・・・

 (先日も書いたが)携帯は持つものの、それが鳴る日が珍しくなっているほど、全くのアナログ人間になってしまった私にはスマホは遠い存在であるが、圧倒的倒的多数の日本人(今や世界中の人)にとって、生活にはなくてはならない日常生活のツールになっているようだ。

時に乗る電車の車内で、乗客のほとんどが、スマホ(従来型の携帯もスマホと表現すると)を手にして、何やらせわしげに操作している姿を見ると、このことが事実だと感じさせられる。まして、私よりもかなり年齢の高いと思われる(杖がなければ歩くのもおぼつかないような)人までも、スマホを取り出している光景に出会うと、『まいったなあ・・・』と思わずつぶやいてしまう。

それほど、スマホは人の心をとらえる魔性のような魅力があるのだろうが、スマホなしでは生活や仕事が回らなくなってしまうことに比例するかのように、スマホの画面に熱中し過ぎて、事件事故の報道が増える現実には、『おいおい、それは違うだろう。本末が転倒している』と叫びたくもなる。

スマホが手放せない人のことを『スマホ依存症』と呼ぶのだそうだが、時に、電車を運転中に、マホホチェックなどというトンデモない報道も聞こえてくるとなると、『依存症』というような軽い印象の言葉ではなく、『中毒』と表現するのが似つかわしくなる。

その中毒の度合いはさておき、この傾向は日本だけでなく、アメリカではもっと凄いという記事をネットで見つける。

記事によると、私には俄には信じられないのだが、(ある程度信頼性のある組織が調査では)アメリカの家庭では、2歳未満の幼児のうち、スマホやタブレット型端末といったネットにつながる携帯端末を使用したことがある子どもが28%も存在するという。

2歳といえば、やっと言葉を使いはじめ、会話が成り立ちはじめる頃だろうに、会話の相手がスマホとなると、その光景を想像すると肌寒さを感じる。しかも、3分の1の家庭がとなると・・・。

 さらに、8歳以下の子どもは、今でもより多くの時間を、テレビやDVD、デスクトップ・コンピューターやビデオゲームといった旧来のスクリーンメディアに費やしているが、2011年の前回調査時に比べ、それらに費やす時間が21分減った一方で、携帯端末に費やす時間が10分増えているという結果がでたそうだ。

そして、スマホに費やす時間は前回調査の1日平均5分から、15分と3倍に増え、またフマホを使ったことのある子どもは38%から72%とほぼ倍増したという。

記事は、この組織のリ-ダ-が、幼い子どもたちにとって極めて驚くべき移行だということに加えて『以前は子どもたちが、スクリーンメディアといつどこで、どれくらい接触しているかを正確に測定し、管理することができたが、今は携帯端末が部屋から部屋へと付いてまわっているので測定すらできない』と語っていると紹介している。

『いままでは画面を見るためには、そこに行かねばならなかったが、スマホは絶えず身の回りに存在する・・・』とは実に的を得た発言である。

スマホの便利さはわかっているつもりであるが、マイナス面を先に思い浮かべる私には、アメリカ社会がこれほどきスピ-ドでスマホ依存が進んでいることに驚くが、アメリカがクシャミをすれば日本が風をひくと言われているほど、アメリカに影響されているとなると、実際には調べていないだけで、もっと凄い数値が出てくるのではないだろうか。

スマホが絶えず手の届くところにあり、全てを解決してくれる便利なル-ツとなると、依存症にかからないわけはない。依存どころではなく中毒になることも必然の話。

しかし、『全てを解決してくれる』という前提が崩れたとしたら・・・。こんな恐ろしいモノは、歴史では現れなかったと断言しても差し支えなかろう。

ミサイルや原爆という武器は直接相手を殺傷するという意味では、いわば『アナログ武器』と言えるが、これに対して、前提が崩れたスルホはまさに『デジタル武器』。

使い方が間違いはじめたことに気がつかず、さらに便利な機能を搭載した『デジタル武器』が、世界中のごく普通の人の手元に24時間存在する・・・。いよいよ、人間の歴史の終末が近づいてきたように思えるが・・・。(田舎親父)

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