« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2014年6月

2014年6月26日 (木)

次の大津波には役だたず・・・

以前にも取り上げたことがあるが、ここにきて、被災各地で進んでいる防潮堤があまりにも巨大過ぎて海が見えなくなることに対して、住民の危機感が募っているという記事を時々目にする。

先日も、アホベ閣下の奥方が『海が見えない復興でいいのだろうか』と発言したというニュ-スが流れたが、奥方の指摘はそのものずばり、海で生きている人々の切実な危惧感を代弁したようにも思える。

この奥方は、本気で旦那を批判しているのか、それとも逆に違う姿勢を示すことによって、世論を味方にする作戦なのかは別にしても、週刊誌的な見方をすれば、かなり旦那に批判的な言葉を投げつけているのは面白い。できれば、もっと踏み込んだ発言を期待したいものである。

奥方の発言に刺激されたわけではないだろうが、前述のように、このところ被災地では巨大防潮堤の建設計画に住民から異論が相次いでいるというから、計画を再点検し、場合によっては見直しもあるかもと淡い期待を寄せている。

 大津波では、岩手、宮城、福島の3県で、計約300キロあった防潮堤の6割が全半壊したことを受けて、政府と3県は8000億円の国費を投じ、新たに計390キロに及ぶ整備を進めているという。

 被災当初は、(恐怖心理が影響しているからだろうが)防潮堤は高ければ高いほど安心できるという地域住民の声が圧倒的で、(少なからず存在していた)『防潮堤が高すぎる』という声が小さかったこともあり、10メ-トルを越す巨大防潮堤計画そのままに工事に入る段階やその準備に入っているらしい。

しかし、震災から3年以上過ぎて、住民たちは気持ちが少し落ち着いたこともあって、地域によっては『海沿いの土地が減り、漁業に支障が出る』『海が見えなくなる』といった声が大きくなっているそうだ。

 宮城県では県が建設を計画する276か所のうち、約40か所で合意を得られていないという。福島県は原発事故が重なっているので、ここでは語らないが、岩手県も状況は変わらないだろう。

しかし、少し振り返ってみると同意が得られないのは当然で、この地域の人たちにとって、日常的に海が見えないとなると気持ちが萎えることは、巨大な防潮堤が目の前に聳える風景を想像すれば十二分に理解できる。

 ここは大都会のように、雑多な職業の人間が生活している地域ではない。例外なく過疎化が進み、そこに住むほとんどの人たちは代々海で生業をたてているという事実から、頼みの綱の漁業や観光が振るわなくなれば、生活そのものが成り立たなくなり、過疎は今以上に進むことは明らかだろう。

高いほど津波の防御効果は大きいことは確かだろうが、一方建設費がかさむ上に、景観や環境は損なわれる。しかも、維持管理のため膨大費用が必要になることやコンクリート製の堤防は耐用年数が50年程度ということが忘れられているのは変な話。

今は、津波被害からまだ3年、人々の記憶には新しいが、続けて大津波が襲うことがないのは歴史が証明している。恐らく、今後50年はあれほどの津波の心配はないだろうから、急いで巨大防潮堤を造ることは意味がない。また、いくら巨大な防潮堤を造ったとしても、それを超える津波が襲ってこない保障はない。

防潮堤で津波を完全にくい止めるという発想は、自然に対して傲慢そのものだろう。むしろ、津波の勢いを少しでも抑えて、住民が逃げる時間をより長く確保することを主に考えるべきではないだろうか。

行政は、巨大防潮堤を建設するのが唯一の選択ではなく、避難路を含めた街づくり、いわば総合的な減減災対策をすすめてほしいものである。

巨大防潮堤は完成したが、そこに住む住民はゼロ。そんな風景だけは想像したくない・・・。(田舎親父)

2014年6月25日 (水)

養殖技術確立にこそ補助金だろう・・・

 国産ウナギの価格が暴騰し、すっかり手が届かなくなくなったのはいつからだろう・・・。

かなり以前の話。ウナギの生態はずっと謎だったが、マリアナ諸島の海嶺で繁殖するということが明らかになったころから、徐々にその姿が小さくなり、最近は天然の国産ウナギの姿を店頭で見ることも稀になった。

それまで、河口付近で捕れるシラスがウナギの幼魚だということも知らず、珍味だと薦められて、何度か『シラスの踊り食い』など食べたことがあるが、マリアナ諸島からからはるばる太平洋を横切って、育った川に戻る前に、あんな食べ方をされていたのではウナギも浮かばれないと、今更ながらウナギに申し訳ない心境になる。

その当時は、まだ絶滅するとは思っていなかった。環境省が指定するレッドリストにニホンウナギを載せたということを知り、いよいよ国産ウナギは庶民の口から消えたと感じたのは昨年のこと。その時の解説では国の特別天然記念物であるアマミノクロウサギやライチョウなどと同様、野生では絶滅の恐れがあるとされていたことが印象に残っている。

以来、天然記念物を食べてはいけないとウナギとは無縁の生活を過ごしているが、時に誘惑に負けそうになる時もある。現在でもス-パ-の私でも手の届く価格を見て、オッという気になり足を止めて産地を見ると、そのほとんどが中国産。民族主義者ではないが、安いからという理由だけで中国産食品には手を出したくない気持ちがあるのでそのまま素通り。

たまたま『○○県産』とあるものの、以前から、この業界は産地偽装が当たり前のようにまかり通り、現在でも後を絶たないことなどから、産地偽装かそれともニホンウナギ以外の亜種だろうと思い、ウナギは過去の食品と諦めが先に立つ。

 そのニホンウナギが、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに指定されたというニュ-スが流れたのはつい先日。

 三段階の分類中、緊急度は二番目。近い将来、絶滅の危険が高い種だ。ジャイアントパンダやトラと同じ仲間というから驚きである。今回の決定は、法的拘束力はないというが、河口でシラス漁をする漁師には姿は犯罪者をみつけたような心理になりそうだ。

世界では、ニホンウナギはもちろん、ウナギの仲間を食べる習慣はほとんどないらしいから、世界のウナギ捕獲量の七割を食べているという日本にとっては、輸入そのものが悪のように思われ、日本の食文化に対する世界の視線が、厳しくなるのは間違いなさそうだ。輸出規制も強まるだろう。

 リスト入りの理由は乱獲で第一だが、それ以外に温暖化による海流の変化や海洋汚染、ダムやコンクリート護岸にウナギが住める環境を奪っていることをあげている。すべて人間(特に日本人)の『欲望』が原因。国は漁獲規制を強めるに違いないが、強めたからすぐに資源回復するというものでもない。

養殖すれば良いだろういう声が聞こえてきそうだが、現在も市場に出回っているウナギのほとんどが養殖ものであり、その方法がシラスを捕獲して育てるとなると、現代の養殖方法そのものにレッドカ-ドが出されることもあり得ない話ではない。

数年前に、ウナギの完全養殖に成功したというニュ-スが流れたが、その後この話題はあまり元気がないところから推定すると、技術的に難しいことはもちろんだろうが、研究体制の遅れがあるのではないだろうか。

 話は飛躍するが、つい先日、現内閣の経済成長成長の一環として、将来有望な技術開発を支援するために、12のプロジェクトに30~50億円(総額550億円)を交付するという違和感を覚えるニュ-スが耳に残っている。

その第一が、放射能高濃度汚染物質から貴重な金属を取り出す技術開発だという。その分野に全く知識のない私だが、高濃度汚染物質から貴金属が取り出せる可能性があるのなら、除染除染と騒ぐこと自体不思議な話。ドラエモンではないが、こんな技術ができたら良いという願望に過ぎず、またまた現政権お得意の目くらましだろう。

50億円もの予算をウナギの完全養殖の研究に投入したら、日本食の華であるウナギの蒲焼も、私の口に入る日は近づくのではと思うのだが・・・。(田舎親父)

2014年6月24日 (火)

サッポロビ-ル本社に苦言・・・

私はビ-ルが大好きで、多くは必要ないが毎日欠かすことはない。その銘柄はサッポロ黒生。いつからかと問われるとはっきり答えられないが、『サッポロ黒生』と決めてから,少なくとも30年以上は過ぎる。

何故・・・と問われると、その他のビ-ルとは違う苦みというか深みとしか答えられない、冷やせば冷やすほどコクが増すため、私の部屋の小さな冷蔵庫はこのために存在しているといってもオ-バ-ではない。

ところが、サッポロビ-ルの売り上げが伸びず、サントリ-ビ-ルにまで追い越されたというのは苦々しい限り。

しかし、正直にもの申すと、確かに以前のサントリ-ビ-ルは空気の抜けた風船のような味わいで、このビ-ルを出す店は敬遠していたものだが、最近は、外でサッポロを見つけるのは難しくなったためもあるが、サントリ-があれば上々と思うようになっているほど味の向上は著しいので、納得はしている。

日頃から、サッポロビ-ルの売り上げの伸び悩みは、コマ-シャルのやり方にもあるのではと思っている。私がこのビ-ルにはまったのは、味覚が合ったこともあるが,当時、一斉を風靡したと言っても過言でない、三船敏郎の『男は黙ってサッポロビ-ル』というキャッチフレ-ズが影響したことも間違いない。

サッポロビ-ルはお正月の圧倒的な視聴率を誇る『箱根駅伝』のオフィシャルスポンサ-である。毎年、ここであの『男は黙って・・・』というキャッピコピ-を流せばついつい飲みたくなる人も多いのだろうにと思って箱根駅伝を観ているのだが・・・。

しかし、ここで流れる映像は,有名タレントをかなり動員しながらも、さほどのインパクトを感じさせない大人のエレベ-タ的なものばかり。しかも、数分おきに、同じ映像が流れるのだから、私ですらコマ-シャルタイムに合わせてチャンネルを替えたくなるのだからかえって逆効果だろう。

その度に、下手だなあ・・・とつぶやいているが、サッポロの宣伝の下手さ加減はビ-ルよりも発泡酒や第三のビ-ル。発泡酒や第三のビ-ルを飲む人の多くは、価格の安さに引かれていることは言うまでもない。

私のような貧乏人でも、こだわりがあって(出費は痛いが)費晩酌にはサッポロ黒生を選んでいるのに、宣伝映像の主役を演じている年収億単位というタレントが、発泡酒や第三のビ-ルを普段から飲んでいるとはとても思えない。 

なのに、ビ-ルより美味いようなセリフを口にしているのでは、演技で誤魔化しているがウソだと空く分かり、何となくバカにされているような気になり、もう少し庶民受けする人選ができないのだろうかと思うのがいつものこと。他社のこの種の宣伝映像に使うタレントは、その点、実に適役を配しているように思えるのだが・・・。

そのサッポロビ-ルの本社が、第三のビール『サッポロ 極ZERO』のこれまでの出荷分に対して116億円を追加納税するとのニュ-スに、またまた下手の上塗り、これではビ-ル大手4社のドンジリになるのもいたしかたないとつぶやいてしまう。

もともと第三のビ-ルは、ビ-ルの売り上げ伸び悩んでいることから、酒税の安いことに注目し、研究され生産販売されたものであるが、発泡酒とどう違うのかという国税局からの指摘を受けて、追徴課税をされるよりもと、はじめから白旗を上げたようだが、これではサッポロはインチキしていたのかという印象をあたえ、ますますサッポロ離れが進むのではないだろうか。

サッポロビ-ル本社の「『極ZERO』は引き続き第三のビールに該当すると認識しているとの説明が白々しく聞こえてくる・・・。(田舎親父)

2014年6月23日 (月)

軽重を論じる気はないが・・・

 一言で表現すると『被災者なんてカネで片がつく』という意味としかとれないイシハラ環境相の『金目』発言で、めったに同じ意見で揃うことがない野党が、ここぞとばかり即刻衆院に不信任決議案、参院に問責決議案を提出したが、自民・公明連合部隊は、環境相への質問すらさせないで、あっさりと否決。

 数の力だから当然なのだろうが、自民党はともかく、どちらかというと庶民の味方を標榜している公明党の中には、怒りを覚えている議員もいるはずだと思いたいのだが、一致してイシハラ擁護とは何とも情けない。

 野党は出すものを出したからこれで終わりとしてほしくないが、現政権にすり寄る野党が多い現状では、どうも『はい ここまでよ・・・』となりそうな気配が濃厚。こんな政治があって良いわけがないのだが・・・。

 ところで、東京都議会でみんなの党の女性議員が、晩婚化問題を取り上げた質問中に、自民党?議員席から『お前が早く結婚すればいいじゃないか』『産めないのか』とヤジが相次いだという。

その時、議場に笑い声が広がり、マスゾエ都知事も笑みを浮かべたとのことだから、自民党会派はもとより都知事としても、この程度のヤジは都議会として当たり前の姿だろうと思っていたに違いない。その日のうちに、こんな大きな問題に発展するなんて想像すらできなかったに違いない。

 多分、一昔なら大騒ぎにならなかったに違いないが、今はネット社会が当たり前、しかも一人一人が自由に発信できる環境が整っているのだから、たちまち『セクハラだ』と議論が高まり、都議会には1千件を超す批判が殺到する騒ぎに発展、自民党のあわてぶり面白い。

 知事も、早速身の危険を感じたらしく、笑みを浮かべたことをすっかり忘れ『私の耳には入らなかった』とは小ずるい限り、しかも『女性蔑視のヤジは都議会の権威を失墜させるもので許しがたい』とシラジラしい発言を繰り返すありさまに、さすがに変わり身の早さを売り物にしていると変に感心する。

 知事の言葉はさておき、マスコミも視聴率稼ぎの絶好のチャンスとばかり女性議員を密着取材、最重要な政治問題として取り上げ、今週になっても関連記事が続いている。

 女性議員が所属するみんなの党は、党代表が記者会見をして、『党として声紋分析を実施し、発言者を特定したい』ととの考えを示し、『特定した上で徹底抗議したい。(発言者は)責任を真摯に受け止め、自発的に議員辞職すべきだ』強調しているらしい。

女性議員は自民党席から聞こえてきたと明らかにしているので、発言議員はすぐにでも特定されるだろうが、あわてたのは自民党都議団だろう。本部と相談して、善後策を練っているのだろうが、議員を特定しないで、『心ないヤジを自粛する』という程度で逃げきりたい様子がアリアリ。

自民党本部は知らんぷりを決め込みたいようだったが、そうもならず、幹事長は名乗りを上げろと発言。この問題には自民党の女性議員はもとより内閣の女性閣僚たちもこぞって、怒りをあらわにしているようだから今後の動きには目を離せない。

話は書き出しに戻すが、この事件?と環境相の不信任決議案否決が同じ日なのに、かたや世論を背景に、ヤジを飛ばした自民党?議員をあぶりだせとの大合唱。こなたイシハラ発言は、不信任決議案が否決されたことで、すでに終わったものという扱いには違和感を覚える。

ことの軽重を論じることは不謹慎かもしれない。ヤジ議員の炙り出しを否定する気持ちもないが、イシハラ発言の追求と原発処理の政府の方針を正すことを忘れててほしくないものである。(田舎親父)

2014年6月21日 (土)

明治大学よ お前までもか・・・

集団的自衛権問題で、現政権はとどまることを知らず、どんどん拡大しているのは、公明党の政権離脱が100%ないことを見て、この際、徹底的にハ-ドルをあげたラインで合意を狙っているとしか思えないが、アホベとその取り巻き連中の奢り高ぶりに毎日気分は重くなるばかり・・・。

そんな動きに合わせたように、憲法9条や護憲という言葉が入った集会の使用申請に対して、自治体が国に配慮?して、許可しないという報道が続いているのも恐ろしい。

地方自治体の首長の判断は政治的に、時の政権と利害が絡んでいることが多く,潜在的にお上意識の支配から抜け出せないことが多く、国の判断に従うというのが、(護憲集会の使用許可を出さないというのは腹立たしいが)動きとしては仕方ないと思わないでもないが、大学がこれに続くというのは見逃せない。

先日、日本ジャーナリスト会議(JCJ)とマスコミ九条の会が、十九日に開く平和をテーマにした集会が、会場の明治大(東京都千代田区)に開催一週間前になって利用を断られ、急きょ文京区民センターに変更を余儀なくされたという報道である。

学生は社会の動きには一番敏感な層であり、その感性を大事なものとして育てるのも大学の役割の一つだと信じている。時代を変えるきっかけはもとより,自由と自治を守るために、時の権力と命懸けで戦ってきた歴史を持っている思っていた。しかし、いつの頃から大学が就職のための専門学校化するに伴い、学生たちのエネルギ-が失われてしまったことも腹立たしい。

そんな中でも明治大学は、今でも伝統的には、どちらかというと体制には靡かない雰囲気を持ち続けてきた数少ない大学の一つだと信じていたのだが、明治をして今回のような(現政権を喜ばすような)使用拒否という措置には愕然とするしかない。

大学側は『学生の安全を第一に考えた』と言っているらしいが、平和を議論する場を開いたからといって、学生に危険が及ぶとは信じがたい言い分。どこからか、機動隊は出動しないので不測の自体になれば大学の責任だという脅しがあったのでは・・・。

いかに奢り高ぶっている政権であっても、表に出たら世論が沸騰することが確実なこのような脅しをするはずがないと思いたいが、これまで、大学側は、この種の集会の使用許可を拒否したことはないのにもかかわらず、拒否というのでは、何か逆らえない圧力があったとしか思えず、それに大学の屈したのことは間違いなさそうだ。

拒否した理由は、主催団体が会員名簿と詳細な内容の提出を拒否したからだという。しかし、こんな要求は過去にはなく、それ以前に、学問の自由を標榜している大学が言い出すこと自体信じられない。

『護憲』という言葉がつい最近までは普通の思想だった。しかし、このところの社会の右傾化によって、『護憲』という言葉を口にすることすら『アカ(危険思想)』という考え方が復活している雰囲気が広まっているように感じる。

私の学生の頃でも思想チェックはかなり厳しかったが、それでも学生運動をしていたことを、元気があると認めてられていた面もあったが、現在ではほんの少しでも『危険思想(ほとんどの場合正常な考え方だと思うのだが)』の持ち主とレッテルを張られ、企業が採用しないという動きが当たり前になっている。

集会に参加したくても、『誰かに見られている・・・』、このようなセリフは戦時を描く歴史小説の一場面には例外なく出てくる。そして、全てを反省して勝ち取った民主主義が原則の戦後の社会を、明治大学は自ら放棄し、昔返りを許しているとしか思えない。

明治よお前もか・・・。という心境であるが、この風潮が各大学に広がらないことを願うだけである。(田舎親父)

2014年6月20日 (金)

清潔で安全な水場がそこにあるのだから・・・

夏休みに小中学校などで一般開放するプールを減らす自治体が相次いでいるらしい。そのきっかけは、警察庁が2年前に出したプール監視強化の通知だという。

事故を防ぐため警備業者による監視を求めたが、業者への委託料が高騰し予算不足から開放を断念するケースが多いというから、学校に任せてきた夏休みのプ-ル開放を、自治体が独自で行うケ-スが増えているようになっていることがうかがえる。

そのことには疑義はない。が、ここでも『カネがないからできない』という論理が第一義となり、子育て支援だという声が大きいのにもかかわらず、また一つ、子どもにとって(子育て中のママたちの)楽しみを奪うことになるとは世知辛い世の中になったものである。

ある市の事例として記事にあるが、同市の教育委員会は、監視を任せていた警備業者から、委託料の大幅な増額を求められために、昨年、住民向けに開放しているプールの数を、それまでの56か所から24か所に減らしたとのことである。一昨年までは2業者に計約2000万円で監視を委託していたそうだが『その金額では、半分以下の監視しか請け負えない』と通告されたという。

業者がいう値上げの理由が、『警察庁の通知で、警備員には30時間以上の研修をしなければならず、警備員の教育コストが上がった』ということでは、市教委としてお手上げだったらしい。

警察の通達は、大阪府泉南市の小学校のプールで2011年に小学1年男児が死亡した事故を警察が調べたところ、市が契約した業者がビル管理会社であった上に、監視員が一人もいない時間があるなど大きな欠陥が見つかッたことで、再発を防止するために、『契約する場合、委託先は警備業者でなければならない』との一項が加わったらしい。

現場を離れてかなりの時が過ぎているので、こんな通達があったことは想像もしなかった。さらに通達には『整備員の年齢は18歳以上』という文言も加わっているのだそうだ。

市教委は一昨年まで、監視員の半分程度を高校の水泳部の生徒に委託していたが、通達を遵守となると、これができなくなり、予算上無理だということで、やむを得ず規模を縮小したのだそうだ。

それぞれの立場で言う『子どもの命が第一』は付け入る隙もなさそうだが、このタテマエをなんとか崩さねば、少しでも引っかかる部分は全てダメという論理が横行し、ますます夏休みのプ-ルは遠い存在になる。

混雑もなく,清潔で安全な水場がごく身近になりながら使わせないなんて、住民サ-ビスゼロではないか。もう少し柔軟な発想ができないものなのだろうか・・・。

ある小学校のことである。少年サッカ-の指導者で、同校のPTA会長が校長に『サッカ-の練習が終わった後、プ-ルで使えるようにできないか』と打診したところ、校長は『学校は地域のものですから、どうぞ・・・』ということから、プ-ル開放が広がったという。

当初は、サッカ-の子どもたちに限られていたが、少年野球の指導者も黙っていられなくなり、間もなく野球少年たちも練習が終わればプ-ルという日程が定着。水泳大好きコ-チたちは指導員として区から委嘱されるようになり、翌年には、サッカ-や野球の練習中でも、他の子どもたちの面倒を見るのが当たり前になっていた。今でもこの方式のプ-ル開放が続いていると聞いている。

同じ区内の他の小学校は同窓会が中心になっている。その同窓会は歴史も古く、運営の中心は大学生なので若い年代の絆が強い。夏休みのプ-ルの外部指導員は全て会長を中心に同窓会の役員たちが選定し、教員と対等の立場で指導計画を立てている。

同窓会には中学生や高校生も積極的に参加しているので、指導員は大学の水泳部員が中心だが、泳力自慢の水泳部員たちも進んで参加、時には中学生までも手伝いに来るという光景が日常的だった。

教育行政が変遷し、どんどん学校の裁量が小さくなっているが、やり方次第では、少ない予算でもプ-ル開放が可能ではないだろうか。

ここまでしっかりした同窓会を持つ小学校は珍しいが、どの小学校でも、子どもたちの野球やサッカ-を指導する若い保護者の姿は日常的に見られる風景である。声をかければ喜んで協力してくれるのではないだろうか。(田舎親父)

2014年6月19日 (木)

アホカ こいつは・・・

 凄い日程で中間(最終だろうが)貯蔵施設の説明会をやるものだとつぶやいたのは今月はじめ。この説明会に関する続報はなかったが、それから半月の間に、本当に16回の説明会をやったらしいから驚きである。

大臣や副大臣はずっと欠席だったようだが、説明役を仰せつかった所轄する環境省の、立て板に水の答弁担当者の口先は会を重ねる度にますますなめらかになったのではないだろうか。

 イシハラという失言常習犯環境相は、担当者から終わったとの報告は受けホッとしたらしく、記者団に『最後は金目でしょ』と言い放ったというから、思わず『アホカこいつは・・・』とつぶやいてしまう。

 マスコミもこの発言には飛びつき、翌日には一斉に非難の論調が紙上を賑わしていたが、この発言は日頃から『被災者にはカネで横っ面を、優しく?撫ぜれば・・・』という思いがあったからとしか思えない。

この男だけではなく、現政権の本質が経済成長では、原発の処理すらカネでかたがつくという認識が主流だったようなので、この発言は本音も本音、日頃の思いが口からでたのだろう。

 それにしても酷すぎる。原発事故の放射能汚染に追われ、困難な生活を続ける住民の心情を逆なでする発言で、こんな大臣は即刻罷免にしなければと思うのだが、官房長官は、問題ないといつものシラ-ッとした顔で繰り返すだけ。

野党はこの発言を重視して追求すると息巻いているが、徹底的にコケにされて、むしろ現政権にすり寄る党もある体たらくでは、とてもクビをとるほどの勢いはなし。

野党の追及なんてたかがしれていると見越して、イシハラという男は『金で解決できるなんて一言も言ったことはない』と釈明しているが、『誤解を与えたとしたら、誤りたいと思います』という言い方には、改めて怒りを覚える。

誤解を与えたとした・・・とはなんという言い分。金目という言葉には、金で解決できるという以外解釈できないことは明らか、誤解どころか本音そのものである。

さらに『誤りたいと思います』というのは人をバカにした発言である。この語尾に『思います』とつけるのが最近の流行で、この男に限らず、謝罪会見の場では、必ずといって聞かれる言葉になってしまっていることが腹立たしい。 

以前にもつぶやいた記憶があるが、謝罪するのに『思います』という、曖昧な言葉は不必要で、『ゴメンナサイ』と言い切ることが日本語として正しいと確信している私には強い違和感を覚えてならない。

環境省のトップなのにかかわらず、中間貯蔵施設の地元住民向け説明会に一度も出ていないというから、本人としたら原発事故など遠い世界のことなのだろう。

もしも本気で謝罪する気持ちが少しでもあるなら、すぐに福島に出かけて謝罪会見をしなければならないところだが、本人は事故原発(サティアン)などに出かける気がないらしい。それでも世論に押されて、嫌々ながら出かけることになるような気がするが、その時は『・・・思います』という発言ではなく、『申し訳ありませんでした』と言い切ってから釈明してほしいもの。

 マスコミに追求されて、今回の発言を『最後は用地補償額や生活再建策、地域振興策の金額を示すことが重要な課題になるという趣旨だった』と説明しているが、この発言は、原発推進のため交付金という札束で横面を張って政府の言い分を飲ませてきた歴代の自民党政権のやり方と全く同じ。釈明にしてはあまりにもお粗末である。

 (前回の繰り返しになるが)汚染物質は密封して保管するので外に放射能は出さないと説明しているが、もその言葉が真実ならば、建て替える国立競技場の地下深くを『処分場』にすれば良い。
 『都会の住民たちの便利で快適な生活』を保障するために、地方が犠牲になる時代は一刻も早く終わらせなければならない。(田舎親父)

2014年6月18日 (水)

凄い発言が飛び出した・・・

 人口減で消滅する可能性のある自治体の話題について先日つぶやいた。デ-タを見ると秋田県の自治体が多いことが気になっていたが、これに関連して、秋田県知事が『コメ作りをやってれば絶対人口は減る』と繰り返し発言しているという。このことを知ったのは、16日の産経新聞のネット版。

この発言は5月12日の定例記者会見で語られたものだというが、朝日と東京の両新聞は大体目を通しているつもりだが、これに類する記事は見当たらなかった。産経は政府の御用機関という印象を持っているが、時々このような面白い記事に出会うこともあり、稀にネットで閲覧している。

サタケという秋田県知事は、戦国時代から続く地域の豪族の末裔だと聞いたことがあるが、さすがにトノサマの血筋を受け継いでいる方だと感じさせる本質をつく大胆な発言である。

記事の中から知事の発言を引用しておこう。(引用はじめ)米作が悪いといういんじゃないけども、例えばコメというのは労働生産性がものすごく上がってます。しかし、土地生産性は最も低いんです。土地生産性が低くて労働生産性がものすごく上がるということはどういうことか。人はほとんどいらない。そういうことで、例えば、全体的には農業県ほど人口は減ります。そして農業県の中でコメのウエートが大きいところほど人口減少は著しい。これは統計から出てきます。秋田の農業を維持していくとすると、コメはもう極限まで減らすという決断すら必要になります。コメをやってれば絶対人口は減るという、県知事が初めてたぶん言ったでしょう。でもここまで言わないと。実は分かるんですね、数字を見ると。誰もそれは言わなかったです。タブーだったんです。ですからやっぱり、秋田をもう一回そこらへんを見直して、別にコメが駄目だと言っているわけじゃないです。そういうところまで踏み込んだやり方でないと、みんなが危機感を持たない。(引用終わり)

この知事は若い時は県の職員だったらしく、当時を振り返って、『企業誘致をやってきましたけども、水田地帯には基幹的な、排水を伴うような、男子雇用型、給料の高い企業については相当(コメ農家の)抵抗があって、連れてこれなかったということは確かにあります。コメと近代工業はなかなかマッチングしにくい点があったのは事実じゃないかと思います』とも発言しているが、これも注目に値する貴重な意見である。
 企業誘致はさて置くとして、秋田県の大潟村は大規模農業を目指しているモデル地区として、大型機械を駆使したコメ作りを進めている様子はテレビのドキュメンタリ-番組で内帑も紹介されている。ここが日本かと思われるスケ-ルの大きい映像は、何度見ても感嘆する。

ただ、外国産の安いコメに対抗するためには、生産コストを下げることが必須で、そのためには機械化と徹底した人件費の削減となると、農業従事者は農業規模の大型化によってむしろ必要でなくなる傾向になり、県全体の人口減少の因となっていることも理解できる。

日本人の食生活が大きく変わり現在ではコメの需要は極端に減っていることは統計から明らか。コメの普及を進めるために学校給食も米飯が多くなっているが、毎日というわけにもいかず、多少は改善された程度で、今後消費が伸びることは期待できそうもない。

秋田県は今月になって、農業産出額に占めるコメの割合を29年度に50.4%に下げる数値目標を発表したそうだが、便利で快適が『是』であり、それが都会にしか存在させない政策が続く限り、言い換えれば、現在の都会の論理に基づく価値観を、地方の価値観に変換しない限り、県のこの程度の方針変更では人口減は止められるとは思えない。

地方が元気でなくては、国の未来はないことは明らかで、地方の衰退は、やがて都会に及ぶことは誰も知っているのに知らぬふりをしているだけ・・・。

 秋田県知事の発言は、まさに都会へ警告だと受け止め、日本全体で真剣に考えたいものであるが・・・。(杉)

2014年6月17日 (火)

イラク派兵の足音が・・・

イラク情勢が緊迫しているようだ。アルカイダ系のイスラム過激派集団が北部の重要都市を制圧し、首都バクダッドに侵攻中で政府軍との戦闘が激化しているらしい。

 イラクでの役割は終わったと、さっさと撤退したアメリカは、元々が自分たちの介入でイラク国内の情勢が全く変わったものにしてしまった負い目もあるのだろうが、放置できないらしく、オバマ大統領は無人機による爆撃も可能性があることは示唆しているので、イラク情勢は予断を許せない。

 さらに、アメリカの国防相は14日に、アラビア海で行動中の原子力空母『ジョージ・H・W・ブッシュ』をペルシャ湾に展開させるよう命令したとのことだから、アメリカが再びイラクに介入するのは規定の事実になっているようだ。

 この報道で気になるのは、現政権が進めている集団的自衛権うんぬん。手を変え品を変えて、公明党との合意を目指しているように見えるが、その内容が具体化するに連れて、かえってどんどん集団的自衛権行使を可能にする場面が広がっているように思える。

 昭和42年というから、日米安保条約が結ばれて数年後のこと、生きることに必至だったこともあって、当時の世の中の事情に目を向ける余裕がなかったため、『集団的自衛権を有するが、憲法の規定で行使することはできない』という政府見解を出していたことを最近知る。

集団的自衛権というのは、極論すれば、アメリカ軍と一緒になって戦争するということだろうと受け止めている。日米安保条約の詳細は知らないが、隅っこの方に小さく、『共通の敵には協力して戦う』というような文面があるのではないだろうか。

このことを、当時の政権は直接外国から攻撃にさらされて、国民の生命に危険が及ぶ事態になった場合は自衛権を行使するが、それ以外の場合、アメリカ軍と一緒になって応戦する『集団的自衛権』の行使はできないとの見解を打ち出し、世論を納得して安保条約の議論を抑えたのではないかと推論している。

 ところが現政権は、公明党が連立を離脱できないことをことを見越して、この政府声明を巧みに利用して、憲法9条のもとで自衛権を発動するために必要としてきた従来の要件を見直し、集団的自衛権の行使を限定的に認める新たな3要件の案を与党協議で示したという。

42年の政府声明は、結論的には『許されない』だったが、これを条件次第では『許される』と読み替えるのだから、狡賢いというより呆れる限り。しかしこんなことがまかり通ってはまさに世も末である。

 42年の政府声明では『許されない』としているものの,自民党は『我が国が武力攻撃を受けた場合』』は集団的自衛権を有するとなっていることを、巧みに引用し、今回公明党に示して案では『他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがある場合』としている。

 これは怖い。文面を素人的に素直に読むと、アメリカが今回イラクに干渉し、武装集団と戦争状態になった場合、わが国の安全が『根底から覆される』と読み替えられない保障はない。

 となると、前回のイラク戦争では、本音はともかくタテマエ上、国連軍(多国籍軍)の後方支援という形でイラクに自衛隊を派遣したということで、当時のコイズミ政権は世論の反対を押さえ込んだのだが、今回は明らかに『集団的自衛権の行使』のための派兵なる可能性はゼロではなくなるでは・・・。

 となると、前回のイラク派兵においては、(帰国後、精神疾患で自殺やうつになった隊員はかなり存在するという)戦闘で死亡がなかったことで、戦死はゼロとなっているが、今回は、戦死者がでても奇怪しくない。

 その先は・・・。想像するだけで、嫌な気分にさせられる。(杉)

2014年6月16日 (月)

酷い時代になったものだ・・・

 芸能人が覚醒剤で逮捕というニュ-スには、またか・・・と慣れっこにされているが、小学校の校長までが覚醒剤所持と使用で逮捕となると、一億総覚醒剤中毒になっているような錯覚に陥る。

もっとも、アベノミクスなるものが覚醒剤的な要素を持っていることは、あそこまでまやかしの連続でも支持率が落ちないことで明らかだろうが、それにしても酷い世の中になったものである。

 校長の不祥事はまだまだあるが、これは別につぶやくとして、病院内での信じられない出来事が連続して報じられている。こちらは直接多くの人命に係わることだけに、その背景を徹底的に解明してほしいものである。

 今年2月、東京女子医科大学病院で麻酔薬を大量に投与された2歳の男の子が死亡した問題で、病院側が責任を認め、謝罪したというニュ-スが大きく取り上げられたのはつい最近のこと。

また大病院での医療ミスか・・・と呆れていたところに、同じ大学病院で、この男の子以外にも、同じ麻酔薬を投与された子供12人が死亡していたことが明らかになったという続報にビックリ仰天。

人の命を扱う病院(それも名前の通った大学病院)の医師が法律で禁止されている麻酔薬を使って、子どもを死亡させたとなると、医師にはそれなりの理由があったとしても、医療ミスではすまされないだろう。

東京女子医大病院というから大学の付属機関で、いわば一体のものだと思っていたが、病院側の謝罪会見とは別に、大学側の会見では病院の理事の退陣を迫っていたところから想像すると、大学と病院とは別の組織として存在し、互いの意思は全く通じていなかったらしい。

病院側は、カルテを精査した結果、プロポフォールという麻酔薬の投与が原因とは認められないとしている。しかし、今回の事件が明らかになったことで、外部の委員による調査チームを作って詳しく調査するとのことを付け加えているのは、自分たちのやってきたことの後ろめたさがあるからだろう。

どんな人選で検証チ-ムが作られるか分からないが、全くのシロウトの私でも、63人中12人が、術後直後ではないとしても死亡しているということから、確率的にも因果関係をあることを示しているのは疑いのないところ。このあたりを徹底して検証してほしいものである。

それにしても、この病院の医師たちは子どもの命をどう思っているのだろう。最初の一人の子どもが亡くなった時点で、その死因の一つに麻酔薬を疑う医師がいたら、今回の子どもはもちろん11人もの子どもが死ななくても良かったのではないだろうか。

やはりここも『白い巨塔』で、例え麻酔薬に疑いの目を向けた医師が存在したとしても、それを口に出すことができなかったのかもしれないが、それにしても、こんな体質が続いているとしたら、亡くなった子どもたちが浮かばれない。

この事件と前後するように、東京・町田市の病院で人工透析を受けていた患者のチューブを引き抜き殺害しようとしたとして、49歳の医師の男が逮捕されたというニュ-スに、このような医者が存在できるのかと呆れる以前に、凄い感覚の医師がいるものだと感心すらしてしまう。

この医師は『誰でもよかった。誰かを殺して死刑になりたかった』と容疑を認めているそうだが、このセリフが大流行。それにしても、社会的には尊敬の対象になる医師にまで蔓延しているとなると・・・。

いやはや酷い時代になったものである。(杉)

2014年6月14日 (土)

まやかしが加わった混合診療・・・

私の経験した『混合治療?』なるものの記憶は、数十年も前になるが、友人から紹介された名医?だといわれている歯科医から『保険が利く治療もあるが、ここは(保険の利かない)この材質の差し歯が長期的にはおすすめです』と言われ、かなり高額の治療費を払ったこと。結局は数年たって無意識に堅いものを嚙んで欠けてしまい、保険でやったら良かったと後悔したことを思い出す。

歯科医などでは、このような保険の利かない治療が往々にして行われていることは、経験したことがなくても多くの人は知っているのではなかろうか。

保険が利かない医療のことを『保険外併用療養費制度』と呼び、現在でも行われているのだが、この制度に、政府は、患者からの申し出に基づく『患者申し出療養(仮称)』が加わえるとのことである。

一般には、保険が利く治療と利かない治療を併用する治療を『混合診療』と言うのだろうが、『患者からの申し出』という文言をわざわざ付け加える意味が良く理解できない。できないというより、混合診療を広めるための方便であることが明らかだろう。

医療技術が進歩し、現在では保険外だが、高度な医療を受けることによって助かる命が多いことも時に耳にする。政府の説明は、最近の高度な医療技術を使うことも患者の選択肢とうして認めるというものらしい。

しかし、その背景には、受けられる医療行為(保険外)を拡大することとは患者のニーズに応えるという言葉でくくっているが、医療ビジネスの拡大を目指していることは明らか。事実、このことを『経済の成長戦略』の柱に据え、来年の通常国会に関連法案を提出、2016年度にも導入すると明言してことから疑いのない事実。

これは恐ろしい。医療技術が進歩していることは明らかだが、その進んだ治療を誰もが受けられるのが本来の保険制度の理想で、保険適用に努力をすることが『公(政府)』の努めだろうが、医療費を切り詰めるために、保険の利かない治療を広めたい魂胆がミエミエ。

政府が示した案には難解な言葉が多く、むしろ理解できないような文面にしているのではと思いたくなるが、全くのシロウトの私なりに解釈すれば、次のようなものではないだろうか。

重症の患者がいて、『貴方の命は、こちらの治療方法を用いると救われる可能性がありますが保険が利きません。どうします・・・』と言われたら、懐具合を計算して可能ならば『お願いします』と答えるのは当然だろう。

経済的に多少苦しくても、助かるのならと考えるだろう。家族としては、多少どころか借金しても治療してもらいたいと思うのも人情である。

なんだか安物の時代小説の世界になりそうだ。貧乏長屋に住む一家の大黒柱である大工が屋根から落ちて大怪我。たちまち生活ができなくなる・・・という筋書きである。

『患者の申し出』とは、時代小説の貧乏人が借金してでも治療を望むことと同義語で、家族の悲嘆などはまず考えない。小説では正義の味方か現れるのだが、今日、その正義の味方が現れるのは限りなくゼロとなると・・・。

医療費の限りない増大をなんとか抑えたいという考え方は理解できるが、取れるところからむしり取ろうという現政権の体質そのものを感じ、何とも嫌な気分にさせられる。(田舎親父)

2014年6月13日 (金)

凍土壁はやはり・・・

 政府と東電は、とにかく何か対策をとらなければという焦りがこの工事に走らせたのだろうが、先日、私の杞憂であってほしいとつぶやいた凍土壁工事、どうやら心配が当てはまりそうな雰囲気が漂い始めた。
 政府寄りの報道が目立つ産経新聞が取り上げているので余計に真実味を覚えるのだが、2日から始まっている『凍土遮水壁』の工事で、地下に埋め込む凍結管と地下の埋設物が交差する部分が約170カ所に及び、工事の障害になっていることが、原子力規制委員会の検討会で明らかになったという。
 委員会に参加した専門家から、東電から示された埋設物を避けたり、貫通させる工法について、『把握されていない埋設物があった場合どうするか』とか『避ける工法できちんと土は凍るのか』との指摘があったとのことだが、専門家を納得させる説明ができなかったらしい。

 東電は、敷地内の地下にはケーブルや配管用トンネルなど埋設物が多く通っていることは把握した上で、土壌を凍らせて凍土壁を設置するためには、約1500本の凍結管(長さ26・4メートル)を1メートル間隔で埋設すると説明。それをアホベ政権が、世界に『原発は完全に制御できている』と発信し、そのメンツのためにも強引にGOサインを出したのだろうが、ここにきて産経にまでこんな記事を報じられるのは、全く情けない話。
 凍結管と埋設物の交差は山側に76カ所、海側には約90カ所あるという。どんな埋設物なのか分からないが、細い管なら避けることも可能だろうが、容積の大きいコンクリ-トなどで覆われた物体なら、その物体を取り除くための工事が必要となる。その時点で工事費は大きく膨らむことも間違いないところ・・・。
 原発付近の地形は地震で大きく変化しているだろうから、東電の把握している埋蔵物がその通りの位置に、その通り存在しているかも確かではない。それを出たとこ勝負とばかり工事を始めたのだから、例えは悪いが、この工事事態が『博打』だと表現しても間違いなさそうだ。
 こんな工事に320億円という税金を注ぎ込むという、つい最近もつぶやいたことだが、アホベ政権はよほどの『博打好き』の寄り合い所帯のようだ。国民の税金で『博打政策』の連打では、迷惑なのは税金を払わされるわれわれ国民。工事を受ける鹿島建設はウハウハだろうが・・・。
 1500本の凍結管のうち、1割以上の170本が埋設できないとなったら、計画通りの『凍土壁』を造ることは不可能だろう。

『凍土壁』は、確か、事故後民主党政権が言い出した記憶がある。当時は、工事が難しいといつのまにか話が立ち消えになったようだが、自民党政権が横取りして強引に進めたの曰く付きの工法。
  地下の配管を避けたりして、凍結管の『1メートル間隔』が狂えば、当然、凍りにくい(凍らない)場所が出てくるのも私でも想像できること。工事の終盤になって『壁』がガラガラと崩れたら、その時点で320億円はドブに消える。何とも馬鹿馬鹿しい話である。

鹿島建設は『作業員の訓練を進め、慎重に施工する姿勢でいる。ベテランがいるのでミスをすることはない』と空々しい。どうやら、工事失敗はあらかじめ決められた筋書きのように思えるのだが・・・。(田舎親父)

2014年6月12日 (木)

何のための5歳児義務教育化?・・・

 義務教育の年齢を現在の6歳から5歳にするなど、かなり思い切った改革案を文科省が明らかにした。
  先日、文科省の発表した文面では『幼稚園や保育所などの最終学年を無償化し、義務教育とする』とある。基礎学力を早期に身につけさせることなどが狙いで、幼保の枠組みを維持したまま、小学校生活にスムーズに移行できるように改革するのだそうだ。
が、どうもこの内閣は集団的自衛権に見られるように、思いついたことは何が何でも制度化しなければという焦りに違和感を覚えると同時に、経済重視と右翼的な体質に危険な臭いを感じてならない。
 改革案の後半には、小中一貫校を制度化するとともに、中学校の教員が小学校でも教えられるよう教員免許の総合化や弾力化なども検討するとあるが、私はもともと、一貫にするなら中高より小中と主張しているので、学区域などのことの問題が解決できれはその意義は評価できる。教員免許もそれに伴って改定することに疑義はなく、このことについては改めて私見を述べることにしたい。

5歳児の義務化も決して反対ではないが、『幼保の枠組みを残して』という文言に大いに引っかかる。その理由が『経営悪化』を懸念する幼保団体などからの反発も予想されるからというのは、本末転倒というか現政権の、何でも経済の成長戦略というところがいかにもうさん臭い。
   結局、現行の幼稚園、保育所、こども園などの枠組みを維持したまま、最終学年の5歳児のみを無償にすることで義務教育化する発想なのだろうが、設立理念が違う幼稚園や保育園の指導方針を変えないで、最終の5歳児だけは全国一律の内容にすることは元から無理があるのは誰の目にも明らかだろう。
  文科省は、小学校では近年、新1年生が学校のやり方になじめず、教員の話を聞かないなど『小1プロブレム』が課題になっていることをあげて、5歳児から義務教育化することで、幼保の施設ごとにバラバラだった教育内容を一定化させ、質を向上させると説明しているが、本末転倒のそしりを免れないことは間違いない。

確かに文科省のいう通り、入学当初から学校に馴染めず、担任の話を聞けない子どもが増えていることは否定しない。そのために学級崩壊が起きることも良く聞く話だが、それを防止するために幼稚園・保育園の最後の1年間を当てるというのでは筋が違い過ぎている。
  『小一プロブレム』という現象は、極論すれば、保護者の多様な言い分を全て受け入れることを小学校に強要している教育行政の限界から来るもので、学校の現状をきちんと保護者に説明することによって、かなりの部分は解消できること。決して5歳児の義務教育化で解消できるものではあるまい。
  今回、文科省は義務教育そのものも63制にこだわらず、(今までなかったことだが)各自治体の実情に合わせて変更しても良いとの方針は面白く評価に値すると注目しているが、やり方が中途半端。
   5歳児の義務教育化で義務教育年限を10年として、これをどう編成するかまでを自治体に任せれば、かなり思い切った教育改革が可能では・・・。

  『小一プロムレムとか』とか『幼稚園・保育園の経営に悪影響がある』なとといったことを足かせにして、国中心の従来の発想で5歳児義務化を進めれば、ますます学校現場が混乱するのは明らかなである・・・。(杉)

2014年6月11日 (水)

また学校のプ-ルでの事故が・・・

 昨日は世田谷文学館に出かけて『茨木のり子展』を観賞。現職時代、同僚として知り合い、いろいろと教えを受けた(先日逝去された)児童文学者の江口季好さんの影響で、児童詩には少し知識と関心を持っていたと思っていたが、この女流詩人を知らなかったのは恥ずかしい限り・・・。
 しかし、展覧会場に掲示された詩の数々の中には、『あっ、これ知っている』とか『この人の作品だったのか』と気付くことが多いことから、名前は知らなくても影響されていたようだ。

 それはさておき、気分よく帰宅したのだが、夕刻6時のNHKのテレビニュ-スで、小学校のプ-ルで児童が意識不明になっているという事故を知り、またまた未熟な教師の不注意かと気分が滅入ってしまう。
 すぐにネットで確認したところ、『10日午前11時15分ごろ、埼玉県秩父市寺尾の市立尾田蒔小で、水泳の授業中に6年生の女児(11)がプールの水中で動かなくなっているのを同級生が見つけた。女児は病院に搬送されたが、意識不明』とある。
 さらに、秩父署によると、プールは深さ1メートル前後で、25メートルのプールを泳ぎきる授業をしていた。約20メートル進んだ付近に沈んでいる女児に後から泳いできた別の女児が気付き、男性教諭(43)がプールサイドに引き上げたと続いている。この記事から現場の風景は想像できるが、何故こんなことが・・・と分からないことが多すぎる。
 小学校における水泳指導は、もっとも保護者の意識と経済の格差が現れる分野で、スイミングスク-ルに通っているかどうがで、その泳力に極端に差が出ることはいつかつぶやいたことがある。
 中には水泳には自信があると豪語する教員もいないわけではないが、ほとんどは、教員採用の実技試験に苦労して合格した程度の泳力の持ち主。教員になってからの研修で指導技術など学んでいるが、本格的な指導ができるかといえば、その多くに『?マ-ク』がつくのが現実だろう。

 文科省は小学校6年間で25mをクロ-ルと平泳ぎで泳げることを目標にあげているが、児童個々の泳力の差は大きく、6年生ともなると、方や国体選手並みの実力のある児童がいるかと思うと、水に顔をつけられない児童はいないとしても、バタ足さえ満足にできない子どもがクラスに数人いるのも案外知られない。
 そこまで泳力に差がある50人に、二人の担任だけで、一斉に25mを泳ぎ切る指導をしていたのだろうか。また、この小学校では5月23日にプ-ル開きをしたそうだが、プ-ル開きの早すぎることは不問にしても、5月は夏日・猛暑日が続いたことを思うと、6年生は今回が初めてというのも引っかかる。
 11時過ぎという時間も常識的には考えられない。恐らく3・4校時の2時間扱いの計画だろうが、今期初めての水泳指導ということから、諸注意や準備運動などに時間を費やし、全員が揃って入水するのは11時前にはまず無理だろう。
 今年初めてのプ-ルの授業で、しかも、開始すぐの時間帯に、全員に25mを泳ぎ切る指導など、続報を待つしかないが俄には信じ難い。

 女児の意識の回復を心から祈るが、再び授業中にこのような事故が起きないように、この事故を教訓として真摯にうけとめ、学校関係者は念には念を入れた指導体制をとってほしいものである。
 それ以前に、担任が(担任だけで)水泳指導をするシステムにメスを入れる時が来たのではないだろうか・・・。(田舎親父) 

2014年6月10日 (火)

博打で消える? 130兆円・・・

公的年金を運用する『年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)』に対して、厚労相が国債中心の運用方針を前倒しで改めるよう指示、株式や海外資産の購入を増やす新方針が、当初の年末から早まり、秋に発表される見通しとなったという記事に目が留まる。
 アフファベットの略字で現すが最近の流行りだが、さすがに、ここまで長ったらしいと、略語嫌いの私でも使いたくなる。確か以前は『年金福祉財団』という組織が、年金関係を統括していた記憶していたので、その関係をネット辞典で調べてみたところ、組織変更があったのは2001年というから、変更になって13年。相変わらず世間知らずの自分が情けなくなる。
 そういえば、年金福祉財団も、積立金運用を投資に当て莫大な損失をしたことを批判されて、政府が大慌てで組織を変更したのではなかっただろうか。

 GPIFは年金積立金の管理・運用業務を引き継いだが、これまでは運用の実務は専門筋が担い、資金運用に当たっては、大まかには国内債券が55%、国内株式が17%、外国株式が15%という数値で動いていたらしい。
 今回、変更の表向きの理由を100年先を見据えて年金の財源を確保するものらしいが、積立金を自ら運用する『インハウス運用(自家運用)』を始めるという文言が引っかかる。
 例によって、『インハウス運用』と、なじみのない専門用語を使っているが、一言でいうならば、専門家筋だけに任しておかずに、儲かると判断したら自分たち幹部(シロウト集団?)で投資できるということだろう。しかも、現政権の指示で急いでそのように変更するとなると、これは危なそうだ。
 政府は今回のGPIFの方針を、今月中にとりまとめる『成長戦略』(これまた分かりにくい)に取り入れ、国内株式の運用を20%に引き上げるのだそうだ。わずか3%程度の数値だからたいした影響はないと思っていたが、GPIFの運用する資金が年間130兆円と知り、これはわずか3%という問題ではなさそうだ気付く。

 130兆円のうち、20%超を国内の株式投資にあたるとなると、現在の市場に単純計算でも5兆円程度の資金が流れることは間違いなく、そうなると、日経平均価格は跳ね上がることは、日経平均価格という意味もはっきりとは理解できな私でも分かる話。
 日経平均価格とは一般的には経済の指標とされているいるので、景気回復だ、高度成長だと賑やかになり、政権としては支持率が上がる・・・。なるほど、現政権の要請が、こんなことなのかと符に落ちる。
 国内の名のしれた企業にとっても、5兆円もの資金が流れるのだから、株価が高騰することは間違いなく、こんな美味しい話に飛びつくのは当たり前だろう。
 しかし、今日流行り言葉になっている『グロ-バル社会』にあっては、海外の動きに影響されることは常。一時的には国内市場は好景気で沸騰するだろうが、未来永劫、株価が上がり続ける保障はないことも私にも分かる当たり前の話。
 知らない間に持っている株式が尾と聞く値上がりして、気がついたら億万長者という話は時に聞くことがあるが、現在では、株式そのものが投機の対象になっているので、コンピュ-タの画面を前にして株価の動きに血眼。それで飯を食べている輩が多いのが現状。

 主婦の間でもこの取引が大流行りだそうだが、数年前のJALのごとく、本のわずかな間に株券がただの紙屑になり、大損をした人も多いように、株取引は端的に表現すると合法化された『博打』そのものだろう。
 『インハウス運用』という、いわばシロウト集団の判断で、5兆円も株式に投資して、(それらの銘柄が)何らかの原因で株価が下がったとなると、投じた資金が巨額であるほど損失は莫大になる。
 なんだか,『年金福祉財団』の二の舞を演じるような気がしてならないが・・・。(田舎親父)

2014年6月 9日 (月)

大丈夫なのかなあ・・・

 連日サッカー・ワールドカップ(W杯)の話題でマスコミは大騒ぎ。優勝はともかく上位入賞は間違いないと世論を煽っているが、先日のコスタリカやザンビア戦を見ていると予選敗退だけはしないでほしいと覚めた目で見守っている人も多いのではないだろうか。
 それはともかく、開催国のブラジルはサッカ-が国技。これまでのW杯の全大会に出場している唯一の国であり、しかも数度の優勝という抜群の成績を残している。世界的な名選手が輩出していることもあって、多くの国民は大熱狂という報道がある反面、大会そのものを否定する動きすらあるというからかなり厳しい問題が顕著化しているらしい。
 

 先日,朝日新聞の特派員の報告記事が掲載されていたが、W杯よりより福祉や教育に予算を回せと、巨額投資を批判する市民や、住宅を求めるホームレスらのデモは絶えないとある。
 この記事の詳しい内容は省略するが、開会式が一週間前に迫ったというのにメインスタジアムの一部の仮設観客席では溶接作業が続いているというから、他の競技場での整備の遅れは相当なものらしい。
 また、試合はブラジル国内の12の都市で競技が行われるが、そのうち11都市の空港で改修作業が続いている上に、各地で、賃上げを求めるストライキが断続的に行われバスや地下鉄がしばしば止まるというから、観光客(応援団)が無事目的地にたどり着けるのか心配になってくる。
 労組の幹部の『国も会社も世界の注目が集まるW杯で恥をかくわけにいかないはずだから、待遇改善を引き出すチャンスだ』という声を紹介しているところから、W杯をきっかけに労働運動が盛り上がっている様子が現れている。ある意味よく分かる話だが・・・。

 日本の初戦会場であるレシフェという都市では、今月2日、ショッピングセンターで現金輸送車を襲った男たちと警備員の間で銃撃戦が起き、買い物客ら5人が負傷したというが、詳しく日本国内では報じられただろうか。
 ブラジル政府は、W杯に備え、政府は軍と警察15万7千人を配置すると強調しているらしいが、警察内部でさえデモやストの計画が持ち上がっているというから、治安に対する心配は日本人には想像もできないものがある。
 最近は日本国内でも信じられない凶悪犯罪事件が頻発し、治安の悪化を憂えているが、ブラジルと比べるとまだまだ天国状態に違いない。そんな日本人が最大で1万人ほどの応援団が各会場を訪れるというから、犯罪に巻き込まれることもかなりの確率であり得るのではないだろうか。

 ブラジル国内では内戦という話は聞かないので、まさか反政府武装集団という存在はないとしても、治安に無関心な日本人だけに、何らかの組織の人質にでもされたら『同胞を助けるために自衛隊の派遣・・・』などという、およそ違った方向に世論が誘導されることも十分考えられる。
 大会が始まれば、根がサッカ-命の国民が多いブラジルのこと、熱狂的なム-ドに包まれるのは想像でき、こんな心配は吹っ飛ぶだろうが、もしも万一、予選リ-グで敗退することはないにしても、決勝ト-ナメントの早い段階が敗退となったら、国民の憤りがどこに走るのか、いらぬお節介と笑われるかもしれないが、こちらの方が心配になってくる。

 私の杞憂とは思うものの、このW杯を2020年の東京オリンピックと大騒ぎしている日本国内と比較しながら、覚めた目で経過を注目したいと思っている。(田舎親父)

2014年6月 7日 (土)

行方不明老人の数が多すぎる・・・

 認知症が原因で行方不明になった高齢者が、昨年1年間で1万300人にのぼったとの報道に、その数の多さにビックリする。
 これまでに寄せられている行方不明者の届け出のうち、主な原因・動機が認知症であるものの数で、該当する届け出が2012年で9607人。これも大変な数だが、2013年は、さらに上回り1万300人だったとのことだから、今年はと思うと、背筋が寒くなりそうだ。

 高齢化問題に伴い、最近は特に認知症関連の新聞記事がない日はないどころか、関連記事を含めると複数は当たり前になっているが、今まで、認知症行方不明者の数がこれほど多いことが明らかになったのは初めてではなかろうか。
 認知症と行方不明者との関心が高まったきっかけは、過日、NHKスペッシャルで、このことを取り上げたことから、認知症のため身元が分からずに7年間、群馬県桐生市内の施設で暮らし続けていた女性の夫が面会し、東京の67歳の女性と確認されたというニュ-ス映像だろう。私もこの映像は観たが、何とも気が重くなるというか、考えさせられる・・・。

 下着に名前が書かれてあったが、本人の口にした名前は少し違っていたことから、県や警察、あるいは預かっていた施設との確認作業ができなかったのだそうだ。視聴者からは、何故という批判が多く寄せられたらしいが、現在の体制では、責めること自体が少し酷だろう。
 それにしても、テレビの力は凄いものがある。4月にも大阪市内の施設で暮らす男性がNHKのニュースをきっかけに兵庫県内の74歳の男性と判明し、2年ぶりに家族と再会していたと後で知る。

 NHKは気をよくしたのか、それとも三匹目のドジョウを狙ったのかは定かではないが、つい最近、『ノムラショウキチ』と名乗る埼玉県の施設で18年間も暮らしている男性のことを夕方のニュ-スで大きく取り上げていた。
 あそこまで鮮明な映像で、放映されては、例え名前や以前住んでいた場所が違っても、家族はもとより近所の誰かが気がつかないわけはない。予想通り、すぐに家族と面会したという続報があった。
 本人の名前は『野村正吉』住んでいた場所は東京都渋谷区だというが、これはニュ-スで伝えられた、本人が発見されときから話していることとぴったりと合致する。これには少し違和感を覚える。
 本人の名前が違っていたら仕方ない面もあろうが、家族が捜索願を該当の警察署に提出していたらとしたら、県や自治体、あるいは施設が渋谷区や渋谷署に問い合わせて,相手方が、当たり前の業務として取り扱っていたらすぐに身元は判明したと思いたい。

 ここに何かの手落ちがあったことは間違いなさそうだが、今後は自治体も警察もより真剣に対応するだろうと思うことにしたい。
 全国の施設で預かっている身元不明の高齢者をテレビが取り上げることが、一番手っとり早い方法だと思うが、身元不明者の実態すらはっきりしないのが現状とあっては難しい。民放がこおような特集番組など作るはずがなく、NHKとしてもこれ以上はとても無理だろう。結局は、ごく一部の人の身元が分かることで、NHKの自己満足に終わるのがオチだろう。

 ところで、今回、野村正吉さんを18年間預かっていた自治体は、その費用に約7千万円かけていたという。この費用は、本来家族かあるいは渋谷区が受け持つべき性質のものだろう。桐生市の施設で暮らしていた女性の場合は、市として家族には請求しないとのことだが、次々と、施設で預かっている行方不明者の存在が明らかになったら、どの自治体でも、市民感情として、このような決定を受け入れられないこともあり得る。

 誰が費用を受け持つのかは今後の課題になるのだろうが、結果次第では、見つからない方が良かったという話にならないとも限らない。
 私が『自分は誰なの・・・』ということにならない保障はないが、できればそうなる前にこの世からは去りたいと強く願っている。

 繰り返すが、認知症が原因で行方不明者となった老人の身元が判明することが、良かった良かったですまされることなのだろうか?・・・。(田舎親父)

2014年6月 6日 (金)

何となくすっきりしない・・・

 05年12月に起きた今市市の小学校1年生の女児が行方不明になり、翌日茨城県の山林に放置された遺体が発見された事件は、私が、ボケ防止のために、社会の動きに対して批判的なつぶやきをはじめて間もなくお起きたことからずっと気になっていた。

 その年の12月10日に次のようにつぶやいている。(過去の記録をそのまま引用)

―――栃木県今市市で小学校1年生の女の子が殺害されてはや1週間過ぎた。/日本の優秀な警察が懸命に捜査をしているのだから犯人が逮捕されないということ考えられないが、それにしても未だに両県警は有力な手がかりを掴んでいないような報道である。/ 今回の事件は、小学生をよく知っている私から見てかなり不可解な部分が多い。/まず第一は、友だちと別れた三叉路からわずか数十mで警察犬が突如痕跡を追いかけられなくなったと言う。犯人が複数ならば助手席の一人が強引に抱き抱えて拉致できるが、運転席から声をかけてすっと乗り込んだと考えるならば、女の子が日頃見慣れている者に違いない。/しかも当日祖母が迎えに行けないことを知っていなければ、犯人にとってよほど偶然と言う幸運があったとしか考えられない。/私のような素人が考えることなど、とっくに警察はご承知のことだろうと思うのでそれ以上は言及しないが・・・。/ 不幸にして私の推理が当たったら、日本中の学校の大騒ぎは違う展開を見せるのだろうか。(引用ここまで)――― 

 その事件が、先日犯人逮捕という形で解決した。逮捕された32歳の男は、犯行を認めているので、犯人であることは間違いないだろうが、女児と面識がなかったとのことが引っかかる。

 結果的に、私の推理は見事にはずれたが、何故、女児が男の車に乗り込んだのだろう。男にナイフを突きつけられて、恐怖のために動けなくなり、強引に車に連れ込まれたとしか思えないが、素人的に考えると、そのような場合でも何らかの痕跡がのこり、警察犬も動員した大捜査を繰り広げた警察が見落としたとは思えないのだが・・・。

男は逃走経路を自供したという。その逃走経路に設置されている防犯カメラに男の車が写っていることを、警察からの情報として報じているが、8年半前の防犯カメラの映像を誰がどのように保管していたのだろう・・・。

 現在では記録媒体の容量が限りなく大きくなっているので、その全てを保管することは可能だろうが、当時は、その技術はなかったはず。警察が事件発生前後の近隣地区防犯カメラの映像を全て保管していたとすると話の筋は合うのだが、ならば何故、当時警察は精査しなかったのかという新たな疑問がわいてくる。

 この男は事件当初から捜査線上に浮かんでおり、任意ながら事情聴取したというから、車種やその存在を見逃していたとは思いたくないが・・・。

 警察の発表の仕方も少しオ-バ-気味なのも気にならないことはない。このあたりはそのうち明らかになるとして、女児が通っていた小学校では、この事件をきっかけに、登下校を保護者や地域住民、教師が見守る活動が現在でも続いているという。

子どもを守るという動きはこの事件後、全国的に広がり、私の近くの学校でも保護者やボランティアの人々が下校時にあちこちで旗振りしている姿が日常的になっているのは当然だろうと思うが、この小学校の活動はそんなものではないようだ。

 下校時刻になると保護者が迎えに来るのが約束らしく、次々に校庭に車が乗り付けられるという。親がすぐ来られない児童は、隣接した建物で待ち、児童たちだけで帰ることはないとのことに、何故?という言葉が出てしまう。

 こんな凶悪事件の後では当然という声が多いのだろうが、8年以上こんな活動が当たり前として続いていることに驚く。前後の事情が全く分からないので何とも言えないが、保護者から負担の重さを訴える声が上がらないのが不思議である。

 子どもの安全を守るのは当然としても、この小学校の対応は少し過剰ではこちらの方が引っかかる。うまく言葉で現せないが、わが国の治安はここまで悪くなっているのだろうか・・・。(田舎親父)

2014年6月 5日 (木)

凍土壁 失敗だったではすまされないが・・・

 事故原発への地下水の流入を止めるために、事故原発の周辺を1.5キロメ-トルにも及ぶ『凍土壁』で覆う工事が一昨日から始まったらしい。マスコミ各紙・各局は、この工事について図や模型を使って、一見分かりやすく説明しているので、その概要は知識がない私にも、おぼろげながら理解できる。

 しかし、実際の工事となると、あまりにも広すぎて、本当に全てを凍土化できるのかという疑問と、もしも一部でも凍土の質が悪く、そこから地下水が流入したとしたら、一挙に折角凍土化した部分が崩れるのでは・・・と、(歓迎されないだろうが)心配が先に立つ。

 事故原発では1日400トンの地下水が建屋に流れ込み、汚染水が増え続けているという。東電は、これを一旦タンクに収容していると説明しているが真実のところは疑問符がつく。もっとも、東電が示した映像には、ものすごい数のタンク群が林立していることから、タンクが増えていることは間違いないようだ。

しかし、以前もつぶやいたが、あまりにも流入する地下水が多すぎることが納得できず、そこは私などが伺い知らぬ方法で、言葉は悪いが誤魔化しているのだろうと推察している。

ところが、あまりにも量が多すぎるのでタンクのこれ以上の増設が難しくなったことから、地下水のバイパスを作って海に流すことをはじめたのはつい最近のこと。

事故直後に、全くの当てずっぽうであるが、原発周辺をコンクリ-トか鉄板を地下深く埋め込み、完全に隔離し、その後、建屋全体をチェルノブイリ同様完全にコンクリ-トで覆う、いわゆる『石棺』しか方法がないのではと考えたものであるが、政府と東電がとった策は、(凄まじい現場を隠したいというのが第一義だろうと想像しているが)原発建屋を大急ぎですっぽり覆い隠すことだった。

そして、暫くして言い出したのが、『凍土壁』という方法である。解説によれば、莫大な数の管を地中深く埋め込み、連結した管に零下30℃ほどの液体(冷却材)を循環させ、周りの土壌を地下水とともに少しずつ凍らせるという方法だという。

すでに、この工法は、土木工事で止水や崩落防止に使われてきたというが、はじめて聞いた時には、そんなことが可能なのかと驚いたものである。

 この凍土壁の実験を繰り返し、可能なことが分かったので、本格的に始めるのだそうだが、1メートル間隔で地面に穴を開け、零下30度の液体を流す管を埋めていくというから想像を絶する工事が続きそうだ。

凍結は来年3月に始める予定で、建設費320億円(恐らく限りなく膨らむだろうことは想像に難くないが)は国費でまかない、東電と鹿島が施工するというから、また莫大な税金が投入されることと、ここでもゼネコンにまる投げとなると、新たな原発に群がる土建ピラミットができることになり、ゼネコンに連なる下請け・孫請け・曾孫請け・・の社員や、派遣会社からの派遣される作業員たちの健康が心配される。 

しかも、この方法は最大で、一般家庭の約1万3千軒分の電力を使い続けるのことであるが、原発事故処理にまで膨大な電力使わねばならないというのも限りなく変な話である。

一部のダム工事などではこの工法は使われているのだろうが、ここまで大規模な凍土化は前代未聞だろう。成功の可能性に疑問を持つ専門家も多数存在するというから、始まった瞬間に、失敗だったということにもなりかねない。

私の心配が杞憂であることを願うばかり・・・。(田舎親父)

2014年6月 4日 (水)

本部を作ったら解決?・・・

 先日もつぶやいたが、示されたデ-タを信頼するとしたら、わが国の人口の減り方は半端ではなく、50年後には消滅可能性自治体どころか、国そのものが消滅していたとしても決して不思議がないほど凄まじい。

集団的自衛権の成立に必至になっているアホベ政権は、このことにも努力している姿勢を見せなければ支持率が下がり、本筋にも支障があると考えたかどうかは別にして、首相自らを本部長にした『総合戦略本部』を設置し、人口の激減にやる気を見せている。

先日、その本部で内定したらしい骨子というか概要が明らかにされたが、首相は、社会経済政策(やはり経済が頭から離れないらしい)を重要課題として『人口急減の克服』を位置づけ、府省ごとに展開している少子化対策に政府一体で取り組むとある。

一人の女性が最低二人の子どもを産み育てれば、計算上、人口は維持できることは、統計の知識がない全くの素人でも大体は見当がつく。しかし、現実は、平均して1.4人だというから、これでは追いつくはずがない。

国には優秀な役人が多いのだから、早い段階で、統計を少し精査すれば大幅な人口減になることはわかっていたはず。なのに、今頃になって危機感をあらわにするのは何なのだろうと、むしろこちらの方が気になるところ。

女性の地位向上という言葉が流行りのように広がったのはさほど昔ではない。最初は、男女同権という意識から、女性の社会進出を後押しするために始まった動きであり、人口減で労働者不足になるから女性にがんばってもらうという現代風の本音の論理はなかったように思える。

女性が社会進出することには全く異議はない。働きたい、自分の力を発揮したいと思う女性が社会で活躍するのは結構なことだが、子どもを産み育てることに価値観を持つ女性も少なくないのではないだろうか。ところが、そんな声を出すと、時代後れだと一蹴する雰囲気があるように思えてならない。

時は進み、いつのまにか女性も高校・大学を卒業したら社会に出て働くものだという社会通念が広がり、就職しないことが変なことのように思われ、今では誰もが就職するのが通例になっている。

このことにも疑義はないが、現政権の『とにかく、経済が発展し,税金を増やして軍事力の増強』という本音と、そのためには人口減で労働力が減っては経済発展が難しいから女性を活用しようという論理が気に入らない。女性の労働力を頼りにするものだから、差別的な発言かもしれないが、男性並みの仕事の量と質を要求することになることも当然の理。

つい2、30年前までは、20代で結婚するのは当たり前だったが、これでは結婚する年代が遅れるのも仕方ない。しかも、男女ともに、給料が上がらないとなると、結婚して子どもを産み、自分の力で育てることに専念したくても、生活ができないとなると退職したくてもできなくなっているという話はよく耳にする。

 最近は、女性が働いて子どもを産み育てるためには、インフラ制度が急務とばかり、自治体は保育園作りに予算をつぎ込み、つい2、3ケ月にはなかった場所に、新しい保育園が誕生していることも珍しくない。

保育園を運営するための絶対条件である保母さん確保のために、自宅で子育てしている元保母を職場復帰させているが、自分の子どもを人に預けて、他人の子どもを保育するのも、なんだか本末転倒のように思えてならない。

人口減をくい止める方策は、『女性が働きやすいに社会』の実現の前に『安心してこどもを産み育てる環境』が先だろう。夫婦共稼ぎを頭から否定する気は全くないが、共稼ぎをしなければ生活が成り立たない社会そのものが間違っている。

多少経済的に苦しくなったとしても、主婦(主夫)として子育てに専念したいという人が存在しても決して奇怪しくない。むしろ働く女性の多くは、それを望んでいるのではないだろうか。夫婦どちらかの働きで生活できる環境を整えば、数値化して子どもを産む数の義務化などという愚論は出てこないはず。

そのために、(自論を繰り返すが)主婦(主夫)は職業人だという考え方を定着させ、(例えば)専業主婦(主夫)報酬として月給10万円という仕組みを作れば、出生率は確実に上がるのでは・・・。

さらに、今回の方針の一つに、出産の可能性が高い18歳から39歳の女性が、現在のように地方から都市部への流入が続けば、地方の人口減少に歯止めがかからないと判断して、従来の子育て支援に加え、『若者に魅力ある地域拠点都市』の整備にも着手するという項目がある。

つい先日、八王子が地域拠点都市として認定されたというニュ-スがあったが、このあたりも政府のいう、人口問題克服の課題の一つとして微妙に関係しているのだろう。

経済発展が第一として、羽田を都心・あるいは川崎・横浜を中心という現在の政策が続く限り、八王子という地方都市を中核都市と認定したとしても、人口流出にストップをかけられるとは思えないのだが・・・。(杉)

2014年6月 3日 (火)

中間と書いて最終と読ませる・・・

 原発事故の除染で生じた汚染土などを福島県内で保管する『中間貯蔵施設』について、政府は国が100%出資する特殊会社『日本環境安全事業(JESCO)』の関連法を改正して施設運営を同社に委託し、30年以内に県外で最終処分することを明記する方針を決めたという記事に目が留まる。

原発事故で(政府は絶対に口にしないが)ほぼ延久的に住めなくなった土地にこの最終処分場を作る魂胆はミエミエ。(これも絶対に口にできない)県外に作れるはずがないことを十分に承知しながら、『中間貯蔵施設』という名称をつけて、あたかも『最終処分場』ではないと、言い繕うやり方に激しい怒りを覚える。

先週の土曜日、いわき市で開かれた候補地とされた双葉町と大熊町の住民向けの初の説明会の様子をテレビのニュ-スが伝えていた。舞台の下にはずらりと環境省はじめ国や県の関係者がずらり並んでいたが、大臣や副大臣の姿はない。そして、説明者以外にさほどの緊張感がないように見えたのは私の偏見だろうか・・・。

このような説明会を6月15日までに県内外で計16回開く計画だというが凄い日程である。ダブルヘッタ-でやらねば計算が合わないが、やれるということは説明会をあまり重視していないのかもしれない。それはともかく、県は2町や住民の意見を踏まえて国と協議し、受け入れの是非を判断するのだそうだが、こんなおざなりの日程の説明会では、どの会場でも、住民の納得は得られることはまず無理だろう。

NHKのニュ-スは(当然ながら、そんな場面はカットするだろうから)激しい怒号のやりとりの場はなく、終了時の住民の引き上げ方などからは、穏やかな説明会だった印象を作り出していたが、翌日の新聞各紙は、揃って住民の怒りが激しかったことを伝えている。

ネットで調べてみたが、政府側の立場が鮮明な産経や読売であっても、住民の生の怒りの声を取り上げていることから、当日の雰囲気はテレビでは到底想像がつかないほど緊張した雰囲気だったことをうかがわせる。

説明会には約540人が出席。環境省の担当者は、原発周辺の候補地約18平方キロメートルを国有化する方針や、2016年1月に使用を始め、30年以内に県外で最終処分する計画などを示ししたという。

『具体的な補償額を示すべきだ』という住民の声から推察すると、金額は示されなかったらしい。住民の気持ちを察すると、カネで解決できる問題ではないことはわかっていたとしても、具体的な金額も示さずに、言葉を丁寧だろうが、その意味が『住めなくなった土地を国が買い取ってやる』という説明には到底と納得できるものではあるまい。

なるほど、大臣や副大臣がいないはずだと納得する。彼らはうっかり口を滑らしたら話がトンデモナイ方向に進むことを自覚しているので、初めから逃げ腰。恐らく、説明会の最後に挨拶程度の役割と割り切っているのだろう。

いかなるロ-カルな問題であっても、住民説明会で説明に立つ当事者側の代表は、弁舌さわやかで立て板に水、物腰丁寧に粘り強い人物が選ばれるのが常。それぞれの省庁には、このような職員を配置しているのだろう。

国は、『30年以内に県外に最終処分場を造ることを法律で明記』するらしいが、30年先には首相はじめ関係閣僚がこの世に存在している確率は限りなくゼロに近く、存在していたとしても認知症老人になっているのがオチではないだろうか。

現政権の体質は、『集団的自衛権』でも明らかなように、法律などは憲法さえないがしろにして、一内閣が閣議で決められるものとの認識があるのに、30年先の責任など元からまともにとる気などあるはずがない。

住民説明会はあくまで隠れ蓑。最初から強制的に土地を収奪しないだけで、18平方キロの土地を『中間貯蔵施設』という名の『最終処分場』にする魂胆がミエミエである。もっとうがってみると、全ての核のゴミ処分場に・・・。

 『建設には反対。できるなら東京に持っていってもらいたい』との意見に拍手が起きたとのことに、住民の気持ちがよく分かる。

密封して外に放射能は出さないと説明しているが、もその言葉が真実ならば、建て替える国立競技場の地下深くを『処分場』にすることを提案したい。

『都会の住民たちの便利で快適な生活』を保障するために、地方が犠牲になる時代は一刻も早く終わらせなければ・・・。(田舎親父)

2014年6月 2日 (月)

国立競技場建て替えに?・・・

 一昨日の土曜日には国立競技場では、この日がここで行われる行事の最後の日になることから、過去オリンピックで活躍した選手と一緒に走るイベントや往年のサッカ-の名選手を集めたOB選などが行われて、取り壊される競技場に別れを惜しむファンで終日賑わっていたことテレビのニュ-スで知る。

 集まった人たちはそれぞれのお目当ての選手やチ-ムに声援して、楽しく満足した一日になったことは間違いない。私も若かりし頃、ある職員対抗運動会の400mリレ-で走ったことがあるのでそれなりの思い出があり、国立競技場が消えるのは寂しい気持ちがある。

しか、わずか半世紀の建物を壊して新しく建て替えることに対して、『楽しかった、懐かしかった・・・』だけで本当に良いのだろうかという気持ちをずっと持ち続けているので、寂しいよりも虚しさが先に立つ。

 国の方針だから仕方ないという声も聞こえてくるが、2020年オリンピックが東京に決まったことに合わせるように、突然、新しい競技場のイメ-ジが示された。

神宮の森の一部を壊して、開閉式の屋根を備えた収容人数8万人、高さ75メ-トルにも及ぶ、まるで宇宙基地を連想させるようなデザインをプラスチックで作った模型のような映像に、『何なの?・・・』という、しらけた気分になったことは、以前もつぶやいた。

 このことは建築界の専門家筋にも唐突なことだったらしく、世界的に著名な建築家などから異論がよせられ、各界に変更を求める声が広まり、世論も疑問の方向に動きはじめたことによって手直しを余儀なくされ検討を加えていたらしい。

 そして、その結果として、最終基本計画案が先日示されたが、高さが5メ-トル削って70メ-トルになったことが大きく取り上げている程度で、(マスコミ報道によれば、景観に配慮した計画だと評価があるらしいが)素人的にみて最初の計画とあまり変わらないとしか思えない。

この基本設計案を元に、競技場の将来構想を話し合う『有識者会議』で決定するのだそうだが、競技場を管理・運営する『日本スポーツ振興センター(JSC)』という組織のトップは、『修正は可能だが、取り壊しの開始を遅らせることはできない』と明言し、大幅な変更は否定している。

ここでも、また例によって『有識者会議』という、今や大流行りの言葉が出てくる。どんな資格の人を、どのような選考基準で選んだのか全く知らされず、ある日突然、『有識者会議』のメンバ-が発表され、それに異論は一切受け付けないという仕組みで動き出すのがこの会議の特徴である。結果的に有識者会議を召集した政府や自治体の思いどおりの答申を出し、それが錦の御旗となって国民をうまく騙す事か通例になっているのは腹立たしい。

横道にそれるが、このことをもっともよく現している事例がある。先日、『有識者会議』ではないが、現在もっともわが国の懸案だとされている原発の安全性を審議する原子力規制委員会の委員二人の任期気満了に伴う変更があったが、明らかに原発を推進し、再稼働にも積極的だという人物が選ばれていることから、時の権力に都合の良い人物が『有機者』になることは、火を見るより明らか。

国立競技場の建設のこの『有識者会議』も、それ例に倣うだろうから、国立競技場の基本計画案の『案』の文字がとれるのも規定の事実に違いなかろう。

工費もことも実にずさんな発表で、今後どれほど膨らむかも全く分からないという。文科相は東京都が500億出すものと決めているようだが、都知事はそんな議論はした事はないというのも、政治の世界のキツネとタヌキの化かしあいのような変な話。結局はうやむやで取り壊し件膣は進む・・・。

こんな声が届くとは思わないが、半世紀前には、この建物がわずか50年で取り壊すなんてだれも思わなかったに違いない。鉄筋クリ-ト作りの耐久年数が物凄く長いという前提でさまざまな建造物を造ったのではなかろうか。

ならば、まだ十分使える国立競技場は、今後のためにも、建て替えではなく改修という発想を持つべきだと思うのだが・・・。(田舎親父)

« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ