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2015年10月14日 (水)

子どもの貧困と虐待・・・

 10月10の朝日新聞の朝刊の『子どもと貧困』という題名の特集記事に目が留まる。

『6畳ほどの面談室に、すえた臭いが広がった』と文章で始まり、次のように続。『2年前の9月。関東地方にあるDV被害者のシェルターの職員は、39歳の母親と7歳の長女、4歳の次女を迎えた。/差し出したオレンジジュースを、姉妹は一気に飲み干した。白とピンクの長袖シャツはあかで灰色に変わり、頭にはシラミがいた。/一家の手荷物は、ランドセルとポリ袋二つ。サイズの合わないシャツ、穴の開いた靴下や下着が、汚れたまま詰め込まれていた。/風呂は約1カ月ぶりだという。翌日から一緒に入り、姉妹の髪をとかし、数百匹のシラミをつぶした。/・・・/いま、3人は母子生活支援施設で暮らし、自立を模索する。』(以下略)・・・。

 今どきこんなことがあるのだだろうか?・・・。私も、教育にかかわってきた一人として、いろいろな子どもや家庭環境の実態を見たり、聞いたり、あるいは実際に立ち会ったりしているが、ここまで凄い経験はない。

しかし、これとは比較にならないが、母子家庭の保護にまつわることに関していくつのか記憶が蘇る。

その一つである20年以上も前の光景が頭をよぎる。当時、夫の暴力に耐えきれず児童相談所に駆け込んだ母子がいた。顔見知りの所長から、協力してほしいとの依頼があり、事情を聞いたところ、夫から逃れたいのだが、逃げてもいつの間にか居所を知られその度に殺されるかと思うほど殴られているとのことである。

相談所に出かけ母親とも面談したが、母親は、このままでは小学3年生の娘に危害が及ぶので、何とかこの子だけでも助けたいと必死で訴えていた。私に声がかかったのは、これまでとは全く関わりのない小学校に入学させて、父親から隔離するためだとのこと。これは手伝わなくては男の沽券にかかわる。協力を惜しまないと二つ返事で引き受ける。

母親は、この子を施設に預け、自分は単身で働きに出るという。そのあたりは所長と打ち合わせ済み済みで、自活できるようになったら必ず迎えに行くと約束しているというから、まったくの三文小説の筋書きそのものだが、何となく気持ちが高ぶったものである。

 このようなことは、担任時代にも経験したことがなく、全く始めてのこと。3年生の担任に事情を話して受け入れることにするのだが、その女の子が、受け入れ施設に馴染まず職員を手こずらしてどうしても扱えないとのことで、知人である所長とも相談して、当時、軽井沢にあった特別の施設に入居させることになり、私も彼と一緒に女の子を送っていたことを思い出す。

そこは、所長の友人が経営している、今でいうフリ-スク-ルのはしりだったようだが、小学校高学年から高校3年生までの、家庭が崩壊して居所がない子どもたちに寄宿生活をさせて、そこから近くの学校に通わせるという。

児童相談所に対する風当たりが強くなっている現在、この経緯を詳しく思い出して文章化する必要があることを感じているが、詳しい記憶はほとんど失ってしまっているので、しばらく時間がかかりそうだ。

ともあれ、そのフリ-スク-ルの責任者と3人で、その小3の女子をつれて転校予定の小学校に挨拶に向かい、校長と教頭によろしくとお願いしたところ、東京の校長がわざわざ送ってくることは皆無だったらしく、実に丁寧に対応してくれ、任せてほしいとの応えに安心したことも記憶が蘇る。

その後、毎日の日常雑事にかまけてそのことは頭から消え去り、すっかり忘れていたが、今回の記事はとても信じられないとは思いながら、(わずかな経験からも)あり得る話だと納得し、何とかしなければ、ますますこの傾向が強くなる危惧感を覚える。

話は飛躍するが、全国の児童相談所が2014年度に対応した児童虐待の件数が過去最悪の8万9千件に上ったという記事が先日の新聞に掲載されていた。前年度比20%増だという。

厚労省の発表では、児童虐待件数の統計を取り始めた1990年度以降、過去最多を更新し続け、ここ5年間で倍増したという。

その背景には、経済的な格差が広がり、貧困の家庭に育つ子どもが増えていることが指摘されるとあるが、厚労省は、統計はとるものの具体的な救済政策はなく、なんとも冷たい役所だという印象を強くする。

私が経験した案件は、厚労省が統計を取り始めた頃に合致する。その頃から、児童虐待というか家庭崩壊が急増した事は疑いのない事実。この時期は、インタ-ネットの急速な普及の時期と奇妙に一致する。

人や社会との関わりがどんどん薄くなり、自分中心の考え方が広がっていった時代である。当然、世のため人のためという考え方は薄くなり、自分の欲望を何としてもかなえるという姿勢が社会的に当り前となったことは疑いのない事実だろう。

カネ儲け(ビジネス)が『是』となり、そのためには頭を使うことが『賢い生きかた』となり始めた時代とも一致する。記事にも、貧困がその根底の原因だと結論づけているが、まさにその通り。

いじめはもとより、非行などの撲滅をスロ-ガンに上げている学校も多い。そんな目標は(何度もつぶやいている通り)絵に描いた餅であり、できるはずがないのにもかかわらず、文科省は『いじめをなくせ』と学校に圧力をかけている。

本気で、いじめをなくし児童虐待という言葉を追放する気があれば、経済的な格差を少なくして、せめて、『年収300万円』という最低限の子育て生活が可能な賃金を保証する政策を占め捨て欲しいもの・・・。

しかし、現実は『企業が潤えば社会全体が豊になる・・・』なんて、わけのわからない理屈を作り、正社員を少なくて、貧しい階層をより貧しくしているのでは期待できるはずはない。

悲しく情けないことだが、今日もまた、日本のどこかで施設に駆け込む母子の姿が目に浮かぶ・・・。(田舎親父)

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