« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月

2016年6月30日 (木)

国民投票のもつ危なさ・・・

 国民投票でEUから離脱を決めたイギリスで、投票前に離脱派が訴えていた『バラ色の未来』が、どうやらウソで固めた幻想だったことが明らかになりはじめているらしい。

日本語訳で『英国独立党(UKIP)』という政党があるのだそうだ。政治音痴の私には、こんな政党の存在すら聞いたこともなく、ましてどんな主義主張を持っているのか興味はないが、『独立』と言う言葉から受ける限り、限りなく『右寄り』というか、保守的な考え方を持っていることだけは想像がつく。

この党の党首と言う人物が、投票前にEUを離脱した場合、英国がEUに拠出している負担金が浮くため、財政難にあえぐ国営の国民保健サービス(NHS)に『週当たり3億5千万ポンド(約480億円)を出資できる』と訴えていたことを、今になってマスコミが取り上げている。

そして、そのことを離脱運動の公式団体の宣伝バスに大きく印刷され、これが離脱派のもっとも重要なスローガンとなっていたとのことだが、僅差で離脱派が勝った翌日に、この党首自らが、負担金の予算が浮くと主張したことを覆して、その使途は確約できないと語ったというから、残留派から猛烈な反発が起きていることは容易に想像がつく。

国民投票のやり直しを求める署名が、すでに400万人以上集まっているというから、イギリス国内は大混乱に陥っていることは間違いないところ。

それにしても、今回の国民投票ということ自体、私には納得できないことばかり。その最大の疑問は、『国民投票』を言い出したのが、現政権の最高責任者のキャメロン首相自身だと言うこと・・・。

国民の声を聞くことは民主主義の原点だろうから、イギリスでは当り前なのかもしれないが、投票次第では、国の方向が全く逆になるほどの重大事を、いとも簡単に国民投票の、しかも過半数で決めるというのが無茶なことではないだろうか。

キャメロン首相としたら、賢明なイギリス国民のことだから、間違ってもEU離脱など支持すはずがないと確信していたのかもしれないが、国民の多くは、その日の暮らしが良くなればという目先の利益を求めるのは、他の国の人々とさほどの差があるはずがない。

イギリスがEUに支払っている拠出金を国民の生活向上に当てれば、今よりもっと豊になるという離脱派の主張に惹かれるのは当然だろう。バスの車体に、このスロ-ガンを描いて、町中を走り回っていたら、たとえ残留を支持している人でも疑問が生まれるのは無理もない。

残留派は、イギリスが受け取る還付金や助成金を差し引けば、純粋な拠出額は約1億6千万ポンドにすぎないと反論していたらしいが、それにしても、金額が大き過ぎることから、離脱派のキャンペ-ンに対して有効な対策がとれなかったのでは・・・。

話は少し飛躍するが、投票前から報道されていたことであるが、今回の投票では、若い世代は強く残留を支持しているので投票率が上がったら残留票が多くなるといわれていたが、投票率が予想以上なのに離脱票が多かったと言うことは、若者以上に高齢者の投票率が高まったことを現している。

年代別の投票を分析したグラフでも、圧倒的多数の若者が残留を望んでいたのに、高齢者が(それも年齢が高くなるほど)離脱を選択したことがはっきりと示されていることに私は大きな危惧を感じている。

EUから離脱することで、将来的に影響を受けるのは若者であることは、誰が考えても明らかだろう。しかし、国民の一票の価値は同じだという(いわば)『民主主義の原則』にこだわった『国民投票』と言う究極の選択を選んだこと自体が間違っていたのではないだろうかと思えてならない。

このことを、現在の我が国に当てははめてみると、今回の参院選挙次第で、自民党が圧勝すれば、間違いなく『改憲論議』が始まることは想像に難くない。しかし、騙すことに長けた輩は、本丸の憲法9条をすぐに持ち出すような愚はしないだろう。

まずは、現政権が実際に動き出していることだが、『自然災害』に焦点をあてて、その救援などの権限を国に集中する、『救援・復興に当たるための臨時的措置』と言う法律を作るのではと推測している。名称は別にして、非常事態に備えるという意味では、一種の戒厳令である。

災害に限ってというが国民の反対が多く、また地方も『是』とする意見が少ないことがはっきりして、先の国会では、まずシャブを出して様子を見たというところだが、圧倒的な数を確保した次の国会では、国民の命を守ることは何よりも重要だと打ち出し、こんな大事なことこそ『国民投票』で決めようと言い出すのではないだろうか。

災害弱者の高齢者が賛成となると、結果は明らか。これに味を占めた現政権は、憲法9条の是非を問う『国民投票』と言う筋書きを描いているのではないだろうか。政権の影でニンマリしている悪魔の姿が目に浮かぶ・・・。

18歳の若者と70歳を越した私のような貧乏年寄りとが、一票の価値が同じ『国民投票』の危なさを今回の結果が示しているが、どれぐらい多くの国民が、このことに気づいているかは気になるところ・・・。(田舎親父)

2016年6月29日 (水)

二度と行きたくない観光地

 今日は自虐のつぶやきになるが、一昨日、神奈川県を代表する?観光地である『宮ケ瀬』に出かけてきた。特に目的があったわけではなく、偶然に知人から神奈中バスの株主優待券というものを2枚いただいたことから、折角なので有効利用しなければ・・・という貧乏人根性が行動に現れただけのことであるが・・・。

 無料でバスが乗れるとなると、できるだけ遠くまで出かけよう思うのは貧乏老人の情けないところで、神奈中バスのホ-ムペ-ジを開いて調べてみると、本厚木から『宮ケ瀬』までの路線があり、運賃が680円とある。

宮ケ瀬ダムが完成した頃だったか、一度、車で付近を走ったことを思い出し、バス停の名前が『宮ケ瀬』だから、ダムにも近いだろうと思い込み、詳しく調べることなく、『梅雨の晴れ間は今日まで』という天気予報を信じて出かけた次第である。

このところ、時間があることが最大の理由なのだろうが、できるだけ下調べはしないで出かける、いわば『行き当たりばったり』というのが私の歩き方。バスや電車の時刻もその場の気分次第で、待ち時間があれば、近くで面白いものを探すか、次の駅まで歩けばいいや・・・といういい加減なものである。

この日も、8時過ぎに出かければ、お昼頃には着くだろうという程度の軽い気持ちで、横浜の片田舎の自宅を出発。相鉄線の鶴ケ峰までバスで出て、電車で海老名、小田急に乗り換えて本厚木に着いたのは9時20分過ぎだった。

いつだったかは忘れたが、この駅には一度降りたことがあるが、当時と違って、ビルが建ち並び人通りも多く、私の住む横浜よりはるかに賑やか。ただ、都市計画が追いつかなかったらしくバスロ-タリ-がなく、駅前の通りに沿って、バスの乗り場が両側に分散しているのは、慣れない利用者としては不便そのもの。一通り乗り場を見渡すと、通りの向こうの5番乗り場に、すでに『宮ケ瀬』と表示しているバスが停車している。

急いで乗り込むが、9時40分に発車とのことで、エンジンもかけていないので蒸し暑い車内でしばし時間待ち。やっとエンジンが動き出し冷房の風邪が心地よくなった頃にはかなりの乗客で座席はほぼ満席。出発して、揺られること約1時間ほどで『宮ケ瀬』に到着。ただ、最後までバスに残ったのは私だけで、なんともいやな予感が走る。

バス停の周りには、何軒かの飲食店やおみやげ屋が並んでいることから、一応は観光地になっているらしいが周りは閑散としている。多分あるだろうと予想していた観光案内所らしきものも見当たらないので、ブラブラと歩きはじめる。急に眼下に広い整備された公園が見え、そこに建てられた大きな絵地図をみると、ここは『宮ケ瀬湖畔エリア』に位置しているらしいことを知る。

 ダムまではかなりの距離がありそうだが、それは覚悟の上。もう少し知識を得るために近場の売店でコ-ヒ-を注文しながら,店番の女性にダムに行く方法を聞くが、開口一番『今日は月曜日』という言葉が返ってきた。

 店番の女性曰く、休日はそれなりの観光客が来るが、平日はまばらで、特に月曜日は、ほとんどの施設はお休みになり、観光案内所も閉店しているとのこと。どおりで、バス停を降りた時、何となく寂しく感じたことが納得できる。

 女性は親切にいろいろ対応してくれたが、お手伝いに来ているので、この地域のことはよくわからないがとことわりながらも、ダムには観光船やシャトルバスもあるはずだが、あいにく今日は月曜日でお休みだから歩くしか方法がないようだとのこと。

ついでながら、虹の大橋を渡った鳥居原という場所からの眺めが素晴らしいと聞いているの出かけられたらいかがですか。そこまでなら30分ぐらいですよと教えてくれる。

 『虹の大橋』という言葉に、そう言えば宮ケ瀬ダム完成当時は大人気だったこととや、私も途中で車を止めて雄大な風景を眺めたことを思い出し、『良し・行ってみよう・・・』とその気になってくる。

さらに付け加えて、バス停近くに、案内所とは別に管理組合の建物があるので、月曜日なので誰もいないかもしれないが、パンフレトなど並べてあるはずだという耳寄りな情報に励まされて、バス停に戻り管理組合の建物を探す。

たしかに,『宮ケ瀬湖管理組合』という看板を掲げたオンボロの建物がある。入り口が開いていたので,入ってみると、中には、でっぷりとしたジイサンが一人で新聞を読んでいる。『案内のパンフレットがあると聞いたのでいただけますか』と問うと、『その辺にあるだろうからどうぞ』とかなりの無愛想な対応は、なんとも不親切で気分を害する。

それでも、かなり下手に、『ダムには歩いて行くしかないのですか』と話しかけるが『今日は月曜日なので歩くしかないが、閉まっているのでダムサイトにも出られないよ。こんなことはインタ-ネットで載っているのら調べないで来たのか・・・』と完全に見下される。ここまでバカにされると、かえってスッキリするが・・・。

ならば『虹の大橋』までと、歩き出す。15分ほど歩くと欄干に虹色の彩色を施した橋が見えてくる。昔のイメ-ジとはかなり違うが近づいて確認すると、確かに『虹の大橋』とある。しかし、多分自殺し防止なのだろうが、2メ-トルの高さまで細かな金網が張られ、さらにその上に鉄条網が張りめぐらされているのに幻滅。

それでも、途中には何らかの工夫がるのではと歩いてみるが、そんなものはない。小さなデジカメのレンズより細かい金網なので、風景写真としての価値はなく、シャッタ-を押す気にもなれない。タダでバスに乗れるという貧乏人根性を持った私がいけないのは分かっているが、それでも、これでは『虹の大橋』が聞いて呆れる・・・。

インタ-ネットで調べなかった私が悪い。月曜日に出かけたのも私が悪い。休日の宮ケ瀬一帯』は素晴らしいかもしれないが、それにしても、『虹の大橋』という看板を、よくぞ恥ずかしげもなく掲げているものと呆れが先に立つ。

 笑点の題材ではないが『二度と行きたくない観光地』と聞かれたら、私流に答えるなら『湖上に虹が現れているのに、金網と鉄条網で、折角の虹が見えない虹の大橋』というところか。

こんな年寄りのつぶやきなど届くはずはなかろうが、二度と行きたくないと思わせては観光地という看板は似つかわしいとは思えないが・・・。(田舎親父)

2016年6月28日 (火)

いつまで続く沖縄の受難・・・

 6月23日は『沖縄慰霊の日』だった。太平洋戦争末期、日本軍は『本土決戦』などと勇ましいことを叫んでいたが、近い日の敗戦を知っていたに違いない。

 その時点で降伏していれば、少なくとも広島・長崎の非人間的な原爆の洗礼は受けずに済み、沖縄の悲劇も回避できていたはず。ここにも歴史における『れば・・・』の悲劇を感じるのだが・・・。

しかし、それでも軍部は降伏を先に延ばし、沖縄を本土防衛の最後の砦として、『最後の一人まで戦うのが日本人だ』とか、『鬼畜米兵に降参したら屈辱の仕打ちを受ける』と沖縄の人々を脅かし煽り、人の命など思うことなく、始めから勝ち目が全くないことを承知で、無謀な防衛戦を仕掛けたのは歴史が証明している。

この防衛戦では、当時の沖縄県民の4分の一に当たる約20万人が犠牲になったことや追い詰められた沖縄の多くの民間人が、摩文仁の丘の断崖から飛び下りて自ら命を絶ったことは、ずっと後になって知ったこと。しかし、詳しい事実は社会科の教科書には記載がなく、具体的に教えられた記憶はなく、これもずっと後で、自分で調べて知った事実。

国内で唯一、住民を巻き込んだ地上戦の戦場となった沖縄県で、組織的戦闘が終わったとされる1945年6月23日を、戦後、『慰霊の日』として、毎年、戦没者を慰霊する追悼式が『摩文仁の丘』の平和公園で行われている。

以前私も、この丘を訪れたことがある。2月だったが、青い空が広がり松林の中の芝生に、碑がずらりと並び、そこに戦禍の犠牲になった人たちの名前が無限に続くがごとく刻まれている光景は、まるでこの丘全体が亡くなった人たちの魂で覆われているような雰囲気を感じ、碑の前に跪き、手を合わせたことを鮮明に思い出される。

この丘から見える海の蒼さと、その向こうにそびえ立つ、数えきれない人の命を奪ったという断崖は、その日は陽光に輝き悲惨さは感じることはなく、ただ、平和そのものの美しい光景が瞼に蘇る。

今年の追悼式典の放映は、NHKテレビがお昼のニュ-スの後から始まった。小学生の合唱が終わり、翁長知事は感情をできるだけ出さず、『平和宣言』を読み上げるが、私には、その内容は、いつまで沖縄が受難の歴史を続けなければならないのかと、知事は怒りを爆発させているように聞こえる。

平和宣言の内容は繰り返さないが、知事に続いて登壇し、平和の詩を朗読する小学6年生女児の自作の詩の朗読には思わず涙腺が刺激される。

毎年朗読される詩は、沖縄県内の公募されるという。今年の作品は、848点の中から最優秀作品に選ばれた、『ふぃ-わぬしけ-どぅて-しち(平和な世界どう大切)』というこの少女が書いたもの。

完全に暗記しているのだろうが、『ミ-ン ミ-ン ミ-ン・・・』と平和を象徴するセミの声で始まる自作の詩を、原稿に目を落とすことなく、朗読しきった姿に感動する。

少女の詩の朗読で、シ-ンとしていた場内が、来賓挨拶という視界の声で雰囲気が一変する。最初に登壇するのは、例によってアホベ首相。いつもなら、この顔を見たくないのですぐにチャンネルを変えるのだが、その日に限って、小学生の女児の作文との内容を比較したくなったのだろう・・・、そのまま聞くともなく耳に入れていた。

こちらもその内容は省略するが、『沖縄に寄り添って・・・』というフレ-ズと、『沖縄の負担軽減に努力してきた・・・』という文面が何度も出てくるのだが、その言葉と、現政権がやっていることが真逆であるだけに、なんとも薄っぺらで汚らしく感じ不快感を覚える。

もう一度『寄り添う』という言葉の意味を、先に朗読した少女が通う金武小学校で、彼女と机を並べて、沖縄の先生から学びとってほしいものと皮肉を込めてつぶやいてみる。

次に、衆院議長の登壇だったが、放映はここで終わり。すぐに画面は連続テレビ小説に切り替わる。珍しく、衆院議長の挨拶も聞きたかったと思ったのは、心の中に首相と議長との人間性の違いを発見したかったのかもしれないが・・・。

翁長知事は、『悲惨な戦争の体験こそが、平和を希求する沖縄の心の原点だ』と語ったがその通り。

沖縄戦では20万人以上が犠牲となり、日本の独立回復後も沖縄は本土と切り離されて苛烈なアメリカ軍統治下に置かれ、本土復帰後、もたった0.05%の面積しかない沖縄に約74%という広大なアメリカ軍基地が占拠しているのは、異状という文字で語れるものではない。

しかし、今、候補者の名前の連呼が賑やかな参院選挙では、この問題は全く無視され続け、ほぼ100%の候補者の口から沖縄の『お』の字が漏れることはない。

 繰り返すが、沖縄は本土決戦を遅らせるための『捨て石』。アメリカに沖縄を差し出したことで、本土全体の占領を免れ、戦後の復興を果たした日本国政府は、その後も本土をアメリカ軍基地負担から守る『捨て石』にしている事実を見逃してはならない。

 私のような貧乏老人にはなにもできることはないが、せめて、参院選挙の候補者の論調に耳を傾けて、『沖縄』という言葉を発する候補者に一票を投じたいと思っている。

果たして、そんな候補者が存在するのかどうかは疑わしいが・・・。(田舎親父)

2016年6月27日 (月)

改憲を封印・・・

 参院選が始まり各党の街宣車が走り回っている。マイクから聞こえる音声といえば、廃品回収車とさお竹売りの呼び声、時に振り込め詐欺の注意を喚起する警察関係に限られている横浜の片田舎でも、ここ数日は『〇〇党の××をよろしくお願いします』という,ただ名前を連呼するだけのウグイス嬢?の声が賑やか。

 政治音痴に加え、世の中の動きに対して斜に構えている私にとっては、今回の参院選もあまり興味はないが、自民党の争点隠しのやり方のえげつなさと、選挙後に間違いなく動き出すだろう戦争ができる国への流れ、そして国民の格差の広がりを思うと、無視してはいられない。

 先日もつぶやいたが、今回の選挙に当たって、自民党は、首相の名前からつけたのだろうが『アベノミクス』という、貧乏老人にはほとんど意味不明の経済政策の成果を最も重要な争点にして、経済が回復していることを強調している。

 経済音痴の私でも、大幅な円安で大企業(特に輸出関連)の利益はあがったことは認めざるを得ないが、その利潤が国民に還元されているかと言うと『否』であることぐらいは分かっているつもり。

給料が上がったのはごく一部で、中小企業にはその恩恵は届かず、むしろ、アルバイトや派遣社員が増え、その人たちの生活は苦しくなっていることは間違いない。

世間的には、比較的恵まれているといわれている共済年金で、エンゲル計数の数値だけが高い生活を送っている私でも、天引きされる税金や介護保険料などの金額は年々増え続け、手取り額は受け取るたびに減っていることを実感しているのだから、国民保険だけの人たちはどうして生活しているのかと思うと気持ちが萎えてくる。

この現実からも、アベノミクスは失敗し、経済政策の転換が必要なことが明らかにも関わらず、現政権は日銀を抱き込んで『経済は順調に回復している』という言葉の一点張り。マスコミもそれに同調するのだから、庶民はその実態が見えにくくなるのは仕方ない。

もっとも先週末に行われた、イギリスの国民投票でEU離脱が確実になったことを受けて、あっと言う間に7円もの円高と1万2千円もの株安になったことから、今後、為替相場と株価の動きが不透明になるだろうから、これまで通り、アベノミクスの成果や経済回復が順調などというまやかしが通用するとは思えないが・・・。

イギリスのEU離脱や経済問題はさておいて、本来ならば福島原発の処理や復興に加えて原発の再稼働と既存原発の寿命延長問題、あるいは、沖縄のアメリカ軍基地など課題が山積しているのにも関わらず、これらが争点になっていないことも不思議であるが、もっと大きな、日本の将来像(憲法改定)について、自民党の公認候補はもとより推薦候補はもとより、自民党にベッタリの公明党の候補に至るまで、このことについて語るなと徹底している現政権に、選挙に勝てばやるぞと言う本気度を覚える。

 先週のはじめ、毎日新聞の『与党は55人中一人、野党候補は88人中54人が憲法に言及』という見出しに目が留まる。

 毎日新聞が、公示された22日、選挙区候補のうち主要8政党127人全員と野党共闘の無所属16人が、街頭演説で憲法問題に言及するかどうかを調べた結果だそうだ。

その結果、与党候補55人で憲法に触れたのは自民現職1人のみで、野党候補は88人中54人が憲法に言及し、大半は憲法を語らない与党側を『争点隠しだ』と批判しているという。

 しかし、指示が徹底しているらしく、その批判に対してまともに反応する与党の候補はない。前回の参院選挙でも、さらに2年前の衆院選挙でも、選挙前になると、集団的自衛権など憲法に触れることに関しては徹底してダンマリを決め込み、争点を経済問題に絞る作戦立ったことを忘れてはならない。

毎日新聞の記者が『同じ手を3度も使われてはならない』とつぶやいているが、その通り。

ただ、イギリスのEU脱退で円高が進み、株価が回復しないとなると、アベノミクスの成果も言えなくなるだろうから、少しは面白くなってきそうだが、その時はすでに参院選が終わった後にならないことを願っているのだが・・・。(田舎親父)

2016年6月25日 (土)

規制委ではなく緩和委?・・・

 今週の始めの話になるが、『原子力規制委員会が、運転開始から40年超の関西電力高浜原発1、2号機の、最長20年の運転期間の延長を認める』というニュ-スに、我が耳を疑う。

関西電力から延長許可申請がでていることは知っていた。原子力規制委のこれまでの動きを見ていると、そのまま延長する可能性も大かな・・・と危惧感は持っていたが、さすがに明らかに世論に逆らうような延長には、関電の申請しているようなカネをかけない簡易な改善では、すんなり『是』の結論は出さないだろうと思っていたのだがその期待は見事に裏切られた。

福島原発事故の教訓として、当時の民主党政権主導の元、『老朽原発の危険性』ということが認識されて、科学者達が英知を結集して『40年ル-ル』が生まれたと捉えている。

その後復活した自民党政権も、公約には『原発に頼らない自然エネルギ-』を掲げていたが、政権獲得と同時に、たちまちこの公約をほごにし、『原発は基幹エネルギ-』と閣議決定。大飯原発の再稼働に舵を切り、続いて川内・高浜原発を次々に再稼働をしているが、40年ル-ルは踏襲していると信じていた。

再稼働を『是』とする原発は、その全てが、原子力規制委の『新しい規制』に合格したという理由が裏付けになっている。しかし、規制委は専門家が決めた『厳しい規制』を審査するのが仕事であって、これで絶対に安全だとは言い切れないという態度で、万一、事故が起きた時、住民の避難をどうするのかということに対しても、自治体が考えることで、我々は与り知らぬ問題だと言うのだから、全ては『再稼働ありき』としか受け止められない。

再稼働に成功した電力会社も新しい原発を建設することは難しいとあって、何としても現在の現発を稼働し続けたいことから、新しい規定をクリアするためには採算が合わない小型の原発は廃炉とする代りに、大出力の原発の寿命延期をあらゆる手段を駆使して働きかけ続けているようだ。

大企業の金儲けを後押しするアベノミクスという政策と合致したこともあって、規制委が『是』とするならば、寿命の延期も『是』と言う閣議決定に、政府の意を受けた御用機関である規制委は『承知した』とばかり、今回の、延長決定になっことは疑えない。

現政権は『規制委が是』としたから延長を認めるのは当然だという論理。一方の規制委は『絶対安全とは言わないが、より厳しい新規定をクリアしているのだから、延長は是』とするという、まるで『ニワトリが先か・卵が先か』という筋書きなのだから、ブラックジョ-クとしか言いようがない。

原発に頼る時代は終わり、自然エネルギ-が主流になり、現有の原子炉はできるだけ早く廃炉にする国が増えている。無理な延命を図るより、時代の先端の自然エネルギ-の開発の方が、原発を抱える自治体にとって、住民の安全はもちろん経済的にも将来性があるというのが世界的な潮流になっていることは最近よく耳にする。

 生き物には寿命があるが、機械とて同様に寿命があるのは分かり切った話。3・11後に定められた40年という原発の法定寿命は、原子炉の圧力容器の内部が絶え間ない中性子の照射を受けて劣化するまでの目安だという。

 誰が考えても当然だろう。この規定が決まった時点では、誰一人異議をはさむ専門家はいなかったはずである。醜態だけを国民にさらした民主党政権としては『40年ル-ル』は唯一、まっとうな成果だったのではなかっただろうか。

それか政権が代わったら簡単に覆る?のは納得できない。40年も運転し続ければ、原子炉も相当傷んでいるだろうと心配するのは当然で、それを強引に20年も延長するのだから、延命期間も安全に稼働できるという十分な根拠こそ、電力会社は詳しく示し、規制委はさらに綿密にチエックするべきではないだろうか。

今回の関電からの延長申請では、本来は、燃えやすい電源ケーブルを燃えにくいものに取り換えたり、原子炉格納容器上部の遮蔽性を高めるなど、大規模な工事が必要になるところを、ケーブルの六割を燃えにくいものに替えるだけ、あとは防火シートで包むという『簡易型』の対策なのに、規制委もこれを了承したというのでは、これも『延長ありき』と言う結論だとしか受け止められない。

3・11の教訓は、またまたなし崩し的に破られていく。このままでは、再稼働申請している原発はもちろん、延長申請がでている原発は、40年を超えてさらに20年以上稼働し続けることは明らか、事故の危険性は一挙に高くなりそうだ。

 ドイツでは2020年までに原発廃止を決め、経済的には、『廃炉事業は成長産業』だとして、廃炉を地域は歓迎しているという記事を読んだような記憶がある。

廃炉には、40年以上の時間がかかり、しかも、前例の少ない手探りの大事業であり、このために関連企業を集約できれば、原発を上回る長期雇用も十分期待可能打と言う内容である。

 この論理には全く同感。我が国では地域の経済には原発が必要だと言う自治体の組長が多いが、ドイツの国民の声に耳を傾けてほしいもの。

避難計画も満足で建てられず、住民の安全を保証もおぼつかない再稼働や延長を求めず、新しい環境を創造し地元の発展に力を注いでほしいものである。(田舎親父)

2016年6月24日 (金)

争点にならない原発事故?・・・

 参院選が始まった。与党はアベノミクスの成果を叫び、野党は失敗だとなじる。一方、改憲にまっしぐらの姿勢を続けていた現政権は、その主張を参院選が間近になると衣の下に隠して、候補者には絶対口にするなと命じているらしい。

選挙には謀略がつきものだろうから、いかに国民を欺くかは戦術の一つという解釈をすれば、現政権の『改憲隠し』は違法ではないにしても、私のような正直老人にとってはこの戦術は汚なすぎて許し難い。

3年前の参院選と前回の衆院選でも、選挙が近づくと『改憲』という言葉を封印していたことを思い出すが、民主党が、『マニュヘスト』なんて訳のわからないカタカナ言葉で国民に約束したことを全て破り、国民の支持を失ったこともあっていずれも自民党は圧勝。

すぐに、公約にしていた経済成長については言葉を濁し、政権の真のねらいである改憲に向かいはじめ,手始めに従来の憲法解釈をひっくり返して、集団的自衛権を合憲だと強弁し、アメリカさまに媚を売っている姿勢を決して忘れてはならない。

このことは、別の機会に述べるとして、今回の選挙では、『福島原発事故』が重要な争点になっていないことが気がかりである。

あの忌まわしい現発事故からすでに5年以上過ぎるが、未だに原子炉(格納容器)の中の様子がはっきりわかっていない。格納容器を溶かして地中にたまっているだろう危険極まりない『核燃料』の状態はもとより、取り出す方法なども手つかずとなると、廃炉には(事故なく任務を終えた原発ですら40年以上かかると言われているのに)この4基の原発は廃炉という言葉に意味がないように聞こえてしまうのが現状で、100年はかかるという専門家もいるという。

原発事故でふるさとを追われ、未だに県内外で10万人以上の人々が避難生活を余儀なくされていることも大問題なのに、『年間の放射線量が20ミリシ-ボルトを下回ったので、帰還しても安全』との言葉で、どんどん住民を帰還させているのも、事故を忘れさせたいがための政策にしか思えず、なんともおぞましい限り。

『安全だから帰還しても良い』と言われたら、ふるさとを復興したいという願いを持ち続けている住民は、『国の言うことだから』と信じたい気持ちが強くなることは当り前。それをよりどころに、事故前のような平和な生活を取り戻そうと行動を起こしはじめている。

一方、子どもを育てている人々や、今後子どもを産み育てたいと思う若い世代はもとより、放射能の恐ろしさを考えると帰還は無理と判断し、二の足を踏む人たちも多く、事故前にはふるさとで仲良く暮していた人々の間に確執が生まれ、その溝は時間と共に深くなり,今では復旧不可能とも言われている。そして、そのことを時の為政者達が利用してきたことは歴史が証明している。

現政権のやり方もその通り。『事故原発はコントロ-ルできている』と、あたかも事故は終結したかのように装い、帰還政策を押し進めている。ふるさとに戻りたい人の心を擽り、帰還したくないのなら勝手にせよと突き放す・・・。なんともむごい仕打ちである。

今回の参院選挙でもそのことがはっきりうかがえる。アホベ首相は、今回の第一声をあげる地に熊本を選んだのは、連発地震による復興が一番だというアピ-ルだろう。熊本の被災者はもとより国民は、本気で復興に取り組むだろうと期待することは間違いなく、その意味で、実に上手い選択であるが、本心は選挙だけのため・・・と赤い舌を出しているに違いない。

そして午後には福島県で演説したという。ここにも、福島は忘れないぞというメ-セ-ジを込めているのだろが、『原発』に触れることがなかったというから、あまりにも見え透いている。

それでいて、選挙期間中は決して口に出さずに、原発の再稼働や輸出を強引に進めるのだからまさに二枚舌。衣の下に刃を隠す黒衣の悪魔の姿が浮かびあがる・・・。

一方、民主党は事故当時の政権を担当していたことを自覚しなければならないのに、民進党と名前を変える以前から、責任についてはまるで語らず、現政権の進めている帰還政策はもとより、現政権の原発再稼働問題や福島原発処理に対する追求姿勢は及び腰。

それでも民主党の歴代党首(代表)は、事故後の過去3回の国政選挙では、福島で第一声をあげたが、今回、オカダ代表は(意識的に)福島を避けてしまい、山梨でアベノミクスの失敗を訴えたという。こんなことからも、民進党ももはや原発事故は争点にならないと思っているのではと情けなくなる。何とも悲しいことであるが・・・。

恐らく、オカダ代表は昨日には福島県に入り演説したと好意的に推察し信じたいが、もはやマスコミにとって価値はないらしく、そんな記事は見当たらない。

福島に入ったのに原発を語らぬ首相と、第一声の場として福島を選ばなかった民進党代表、共に過酷な原発事故を忘れ、過去のことにしたいという潜在意識があるのではと思えてならない。

こんなに重要な問題を争点にしない参院選なんて私にはとても考えられないのだが、それか現在の政治を象徴しているのかもしれないと思うとなんともやりきれない・・・。(田舎親父)

2016年6月23日 (木)

部活・・・

 2013年に実施された『国際教員指導環境調査』で、日本の教員のあまりにも酷い加重労働の実態が明らかにされたが、こんな調査を待つまでもなく、以前から子どもに寄り添った指導でできる環境を作るべきだと、多くの人が訴えていたこと。

私も、このことは何度もつぶやいてきたつもりであるが、文科省は聞く耳もたぬで動かず、財務省至っては、少子化が進み教員は余っているから削減せよというのだから、この国の教育政策はゼロに等しい。 

この調査によると、先進34カ国・地域のうち、日本の教員はもっとも学校に居る時間が長いという不名誉な結果。特に『部活動』などの課外指導は一週間あたり7・7時間と、平均の3・7倍だったという結果に、さすがに文科省も重い腰を上げざるを得なくなったらしく、全国の全ての中学校に対して、部活(特に運動部)の休養日について改めて調査し、不十分な場合には改善を求めるという方針を打ち出したようだ。

蛇足ながら、休養日については文科省お得意の『有識者会議』が1997年、『中学校は週2日以上の休養日を設定』などとする『参考例』を報告書に示しているが、現場には届いていないらしく全く変わらないのが現状だろう。

 『部活』という言葉は広く認知されているが、学校教育の基本的理念とされている『学習指導要領』では、『生徒の自主的、自発的な参加』とされているということまで知っている人はそれほど多くないのではなかろうか。

 このことを、素直に解釈すれば、部活に対して、生徒の参加形態も含めて、中学校(高校)の裁量に任されているのだが、小学校の卒業時には、進学先の中学校で『どの部活に入る』ということが一番興味のあるとなると、中学校では『部活を実施しない』という選択肢はない。

 そればかりか、最近では、都市部などで進んでいる『学校選択性』で、『希望する部』がないと入学希望者が減るということもあって、できるだけ多くの部を用意し、事前にその活動記録などホ-ムペ-ジなどに掲載する中学校が多くなっている。

小学6年生にとって最も人気の部は、昔から男子は野球だったが、現在はサッカ-が取って代わる学校も多いという。それでも野球人気は衰えず、この二つの部活がない中学校はまず見当たらない。最近は、サッカ-や野球部を希望する女子も増えているようだ。

野球やサッカ-に対抗するのが、テニスであり卓球だそうだが、背景には人気選手達の世界的な活躍が拍車をかけているのだろう。その他、バスケットやバレ-、そして陸上部なども定番になっているという。文化部は、圧倒的な人気は吹奏楽と演劇だそうだ。

中学校では、入学希望者のアンケ-トなども実施し、部活数を増やし顧問として教員を当てているが、全ての教師が義務的に割り当てられるのが常で、得意でない分野に割り当てられて、指導に苦労しているという話もよく耳にする。特に規模が小さい学校ではその悩みは大変なものがあるようだ。

野球やサッカ-が大好きで、日曜日も自ら進んで出勤して、指導したいという熱血教師は近年少なくなったとはいえまだまだ存在するが、できれば、休みの日ぐらいはのんびりしたいという教員がお得なっているのは当り前だろう。しかし、部活に熱心な教師ほど、保護者や地域の受けが良いとなると、休日出勤を嫌がる態度がとれないのも悩みになっていることは経験として知っている。

このことが、ますます教員自らの首を締めることになるので、部活の休養日を学校独自ではなく、自治体単位や文科省の通達で決められたら助かるという声も多いが、何でも一律となると、今でも自由度がない学校現場が、ますます型にはまった潤いのない雰囲気になるのは目に見えるので現場の意見は分かれるところ。

部活の目標について、文科省は例によってお役所文章で細々と述べているが、一言でまとめると『全ての生徒が運動や文化に親しめる場で、異学年の生徒が所属すことによってよりよい人間関係を広げる』ことだと解釈しているが、近年は、対外試合に『勝つ』ことが大事だという考えが大きくなりその意味合いは変化している。

かなり以前になるが、部活の顧問負担の軽減を訴えて、各地の若手公立中教員ら6人がネットで署名を募り、約2万3千人分を3月に文科省へ提出したことが話題になった。いろいろな考え方の教員がいるだろうから、こんな教員が出てくるのは当然で、今後は増えるに違いない。

このようなことから、『部活を指導したい』という教員もいれば、『部活の指導の選択権がないのは奇怪しい』とする教員もいる。両方も正論だろう。

『休養日』を作れば教員の負担軽減になるだろう。しかし、このような対処療法的な安易な改善策ではなく、両方の意見を尊重し、『部活』が必要な活動とするならば、生徒の技術的な指導と、事故などに対するさまざまな責任は原則外部指導者として、希望する教員がそれに当たっても可とするようにするのが良策ではではないだろうか。

長くなるので、今日ここまでとして、もう少し踏み込んだ、具体策などは別の機会に述べのことにする。(田舎親父)

2016年6月22日 (水)

東電の反省度はゼロ・・・

 福島原発事故で、現在では『炉心溶融(メルトダウン)』していることを知らない国民はいないが、当時を思い出してみても、メルトダウンの可能性がはっきりしたのは,事故後数ヶ月過ぎてからではなかっただろうか。

 先日、このメルトダウンの公表が遅れたことに対して、当時の官邸が関わっているかも含めて検証する、東電の『第三者委員会』が、当時の清水東電社長が『炉心溶融』という言葉を使わないように指示したという報告書を東電に提出したというニュ-スに目が留まる。

 記事には、この指示は電話などで広く社内で共有していたと認定していたとある。当時の首相官邸が関わっているかという部分については、『炉心溶融に慎重な対応をするように要請を受けたと(清水氏が)理解していたと推定される』と指摘しているというから、素直に受け止めると、官邸が何らかのかかわりを持っていたと言っていたことになる。

 報告書には、清水氏は事故発生から3日後の2011年3月14日午後8時40分ごろ、記者会見していた当時の武藤副社長に対し、社員を経由して『炉心溶融』などと記載された手書きのメモを渡し、『官邸からの指示により、これとこの言葉は使わないように』と耳打ちしたとあるのだそうだ。

当時の記憶はすでに忘却の彼方となっているので、はっきりしたことは覚えていないが、当時、メルトダウンという言葉が盛んに使われ、このことについて、毎日のように開かれていた東電と首相官邸の記者会見でも繰り返し質問が出ていたことを徐々に思い出す。

事故直後から毎日数回開かれる官邸での記者会見の主役は当時のエダノ内閣官房長官だった。彼の立て板に水のごとく、実に鮮やかに記者団の質問をこなす姿に、当初は凄い人物がいるものだと感心したものだが、過ちを認めず、全て『安全性に問題はない・・・』という意味の言葉の連発に、むしろ真実の情報の隠匿や隠蔽が明らかであると確信し、こんな男が官房長官では被害が拡大するのも当り前だと許せない思いをしたものである。

こんな記憶から、報告書にあるように、官邸の指示があった可能性はあったのではと変に納得したが、実際には第三者委員会は、当時の官邸にいた政治家には聞き取りを実施していなかったというから、なんとも無責任な話である。

『官邸の誰から具体的にどんな指示、要請を受けたかを解明するに至らなかった』としているというから、東電の責任を首相官邸に転嫁したとしか受け取れない。なるほど、先日、当時のカン首相とエダノ官房長官(現民進党幹事長が)がこの報告書に対して強く抗議したのは当然だろう。

 東電は事故発生後、『炉心溶融』を判定する基準がないとして、原子炉の状態を『炉心損傷』などと言い換えていたことや、今年2月になって、『炉心溶融』について『損傷割合が5%超』と定義する社内マニュアルがあったと認めたという記事もあったことも記憶に残っている。

恐らく、このことから、東電は今回の『第三者委員会』を立ち上げたのだろうが、この報告書には、マニュアルの存在を5年間、見逃していたことについて、『秘匿する理由はない』として、意図的な隠蔽はなかったと結論付けたというから、鵺都知事とヤメ検弁護士の質の悪い『御用会見』の再現・・・。

ヤメ検弁護士たちは、『疑惑はあるが、法的には問題はない』はシラッとした顔でのたまっていたが、この報告書も『深刻な事態の公表が遅れても、対応マニュアルの存在に気づかなかったのだから仕方ない』というように読める。これでは、答えありきの報告書としか受け止められない。

それ以前に、最近は問題が起きると、真実を暴かれては困る側が、『第三者委員会』を立ち上げることが大流行。今回のことも、東電の自らを省みる力、企業倫理の欠如の表れでであることは明らかだろう。

 昨日になって、東電の現社長が、炉心溶融を隠していたと捉えられても仕方ないと謝罪したそうだが、こんな報告書がまかり通るとなると、東電は福島原発事故から学ぼうする態度が全く育っていないといっても過言ではない。

『安全を尊ぶ』という企業風土が育っていない東電は、それでも柏崎刈羽原発を再稼働を画策しているという。言葉は悪いが、新潟県の人の命などは二の次・三の次で、まさに『きちがいに刃物』と揶揄しても決して奇怪しくないだろう・・・。

もっともこのことは東電に限らず、原発再稼働進める他の電力会社はもとより、その大元である、現政権とその下請けの原子力規制委にも言えることだろうが・・・。(田舎親父)

2016年6月21日 (火)

必要性の議論が先だろう・・・

 数ある省庁の中でも、文科省の『有識者会議』好きはかなり目立つ。今回は、『デジタル教科書』の導入について諮問されている『デジタル教科書の位置付けに関する検討会議』という長ったらしい名称の『有識者会議』が、2020年から導入が望ましいという内容の答申をしたのだそうだ。

 先日もつぶやいたが、文科省だけではないが、各省庁の『有識者会議』とは、始めから『結論ありき・・・』あることから、今回の諮問は文科省自身が、急ぎデジタル教科書を導入したいという意向をもっていることは疑えないようだ。

 私自身、30年前に、国語の授業にワ-プロを使うという挑戦をした経験があるので、頭から『デジタル教材』を全て否定するわけではないが、当時は単なる興味から、話に乗っただけで、ワ-プロがまだ一般化されていなかったことから、子ども達の意欲づけになればという程度だった。

使用するデジタル機器は、ワ-プロからコンピュ-タに移ったが、結果的には、写真や動画が大量に取り込め、しかもいつでも引き出せることや、図形の移動、拡大や書き込みができることなどで、子ども達の興味関心が高まり、その意味で学習効果はあったとはおもうものの、子ども間(きょうしも同じだが)コンピュ-タの操作能力という別の格差が生まれたことは否定できない。

特に当時は、コンピュ-タの台数が限られていたこともあって、中心的な子どもとそうではない子どもとの格差は顕著であった。また、実験校という特種な環境であることから、便利なツ-ルであることは『是』とするものの、学校間格差が広がることを実感したことを思い出す。

最近のIT機器の充実は当時とは隔世の感があり、現実の社会にはインタ-ネットの端末を兼ねた『スマホ』や『タブレット』という便利な機器が溢れていることは十分承知しているが、学校に導入するとあっては、全ての子どもが共通の環境ということが前提になるだろうから、またまた税金の無駄遣いになりそうな雲行きに・・・。

また、最近では『歩きスマホ』などと称されるように、片時もスマホを手放せない、いわば『スマホ依存症候群』が,子どもだけではなる大人の社会でも広がっているというから、小学校から授業で使うことが当り前になれば、さらにこの症状の拡大が懸念されそうだ。

この有識者会議の答申では、部分的な導入後に段階的に広げながら検証研究も進めるとのことであるが、これも文科省の常套手段で、それなりの基準でピックアップされた全国の学校(優秀な教育を揃えていることが条件になるが)をモデル校とするのは目に見え。

 そのモデル校で、当面は、検定を受けた現行の紙の教科書使用を基本にし、同一内容のデジタル教科書の機能を生かして部分的に併用するのだそうだ。

 新聞の切り抜きや教員が児童生徒にあった教材を教師の裁量でデジタルで表現するのならば、独自性があって子どもの興味関心は一段と高まることは予測できるが、紙とデジタルが同じ内容では、あまり期待できるとは思えない。

恐らく,答申では、『教科書』である限り、教科書検定に合格した内容で名けれならないという前提があって同一内容としたのだろうが、これまでも『補助教材』としてデジタル教材は各教科書会社が開発し利用されているのだから、あえて『同一内容』という表現に笑えないマンガを見ているような感じにさせられる。

何よりも気になるのは、法律によって、義務教育の教科書は無償と定められていることであるのにも関わらず、デジタル教科書を無償にするのは『直ちには困難』としていること。何だかこれも悪い冗談のように聞こえてくる。

保護者の負担を考えているのだろうが、財政や家庭状況などによって整備に大きな差異が出ることになるのは必定となると、地域や学校によって新たな『格差』が生じることも間違いなさそうだ。

さらに、導入には教員の人材育成も不可欠だが、私の経験では、教員はどちらかといえば、IT機器には一番アレルギ-を持つ集団であることから、全ての小中学校で、効果的に利用できるためには相当な研修が必要になってくるだろう。となると、今でも余裕がないのに、さらに余裕が亡くなり、もっとも必要な児童生徒の日常的な生活指導に支障をきたすことも予測できそうだ。

2020年という時期も、何となく『東京オリンピック』都の語呂合わせで、世界にアピ-ルできることを考えているような気もするが、導入を急ぐよりも、何故今デジタル教科書なのか、わかりやすく説明し国民の理解を求めることが先だろう・・・。(田舎親父)

2016年6月20日 (月)

『看板を書き換えなさい』という答申?・・・

世界の水準が自然ネルギ-となっている昨今。我が国だけは、原子力に頼る政策は、まさに時代遅れと断言しても過言ではないにも関わらず、現政権は、そんな動きは『見ざる・聞かざる』を決めつけて、既存の原発の再稼働はもちろん、高速増殖原型炉『もんじゅ』は、未来のエネルギ-を引っ張る存在だと、今後も稼働を目指すというからなんとも情けない話。

『もんじゅ』は、原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、燃料として燃やすという。私には、その理屈は理解できないが、いわば、発電した電気でモ-タ-を回し、さらにそのモ-タ-の回転で発電するという考え方だろう。これはある意味、昔から誰もが追い求めてきた、『永久機関』と呼ばれるエネルギ-構造である。

完全な『永久機関』は不可能だということは科学的に証明されていることは誰もが知っているのにも関わらず、この国(原子力ムラの住民たち)は、資源が少ない日本では、原発の燃えかすを利用して発電するというエネルギ-のサイクルは不可欠だと主張し、『核燃料サイクル政策』と名付けて推進している。プルトニウムを燃やす高速増殖炉『もんじゅ』はその要の施設と位置づけ続けている。

しかし、『もんじゅ』は、1995年の試運転でナトリウム漏れを起こして以来、ほとんど稼働していない。それどころか、点検すら完全に行われず、その報告も隠蔽・偽装が判明するなど不祥事が相次ぎ、あの悪名高い政府の御用機関である『原子力規制委員会』でさえ、昨年11月、運営主体である日本原子力研究開発機構では無理だと判断して『退場』勧告したほどだったことを忘れてはならない。

国(文科省)はあっさり『もんじゅ』そのものをあきらめれば良いものを、何とか延命できないかと、例によって有識者委員会という第三者委員会に諮問していたらしい。その委員会が出した結論が、未来のエネルギ-を引っ張る存在だというから、鵺知事と雇われヤメ検弁護士の記者会見を思い浮かべる。

有識者会議の各委員がどんな発言をしたのかは知らないが、国は存続を前提に諮問したのだろうから、エネルギー政策上の位置づけは議論の対象ではなかったに違いない。さらに、運転には今後、どれだけ費用がかかるのかも、ほとんど話題にもならずに、このような答申をしたというから、規制委でも認められない勧告した『看板の掛け替え』そのものである。

 『もんじゅ』の建設には、公称1兆円が動じられたと言われている。試運転の失敗で止まってからすでに20年以上過ぎている今日でも、維持管理するために、毎年約200億円が費やされているというから、少なく見積もっても1兆も5千億円以上の国民から搾り取った税金をムダに使っていることになる。

 世界のほとんどの先進国は、技術面やコスト面の課題で、高速増殖炉開発から撤退しているという。

いわば『核燃料サイクル政策』は事実上破綻していることは明白なのにも関わらず、現政権は、『もんじゅ』の目的を『核のごみ』を減らす研究開発という、これまた看板の掛け替えで『もんじゅ』の延命を2年前の閣議で決定したとのこと。恐らく背景には例の『原子力ムラ』の存続を認めなければならない事情があるのだろう。

今回の有識者会議の報告書は、産業界や法曹界から外部専門家の経営参画を求めるなど新たな運営主体を作りなさいとという内容らしいが、国内でナトリウム取り扱い技術を持つ組織は『原子力機構(原子力ムラの住民達)』しかないというのは私でも知っている知識。

有識者会議の面々は、このことを知っていながら、『運営主体』は特殊法人や認可法人が考えられるというから、何のことはない。まさに、『看板を掛け替えなさい』という提言としか考えられない。

これは鵺知事殿の政治資金でホテルの宿泊費を払ったなとというセコイ話ではない。現政権がいま決断すべきは、『もんじゅ』の存続ではなく廃炉だと思うのだが、このことが参院選の争点にならないこと自体が大きな問題ではなかろうか・・・。(田舎親父)

2016年6月18日 (土)

師範学校の足音が・・・

 『第三者委員会』という言葉が大流行の昨今、またまた、福島原発で、メルトダウンの公表が遅れた原因を追求する『第三者委員会』が、当時の東電の社長の指示で、この言葉を使わないようにしていたという結論を出したのだそうだ。

その報告書は、社長の指示は当時の首相官邸からことを臭わしているが、官邸関係者からの聞き取りはなかったというから、なんともお粗末。

政治的な臭いがふんぷんとするが、当時、民主党政権で官邸の主は、例のアホカン氏。さらに、立て板に水のごとく『安全だ・・・』と、間違った情報を出し続けていたのが現在の民進党のエダノ幹事長だということもあって、マスコミは大々的に取り上げている。

恐らく、現政権のチエ者が、このコンビならやりかねないと思わせることもあって、意識的にこのタイミングでこんな報告書をでっち上げたに違いないと睨んでいる。民進党は法的手段に出ると言っているそうだが、参院選挙には間に合わず、かなりの影響が出るのは間違いなさそうだ。

それはさておくとして、この記事の文中には、第三者委員会とは『東電が立ち上げた』という一文があることに大きな疑念を覚え、大騒ぎになった鵺マスゾエ前都知事の公私混同問題を思い出す。

鵺殿は、この問題を追求されると、『第三者に調査してもらう』と発言し、自分で雇った弁護士に調査を依頼しあとはダンマリを決め込んだのだが、雇われ弁護士たちは、『疑念はあるが、法的には問題はない・・・』と、シラっとした顔でのたまっている場面をテレビが中継していた。このカネで雇われた弁護士たちを『第三者委員会』と表現していたメディアも多かったことに、なんとも茶番を感じたもの。

要は、事件が起きるたびに丸投げされる『第三者委員会』なるものは、雇い主の思う結論を、何とか理屈にあうように言葉を選んで作り上げる役割を持つということである。そして最近の『第三者委員会』とは、問題になったことを、依頼主に都合のよい立場で解明?する役割を持つとされているが、常設している総理大臣や文部大臣の『諮問機関』というのも本質は同じだろう。

 先日、数ある諮問機関の中でも、国の教育政策を決める大元になる提言をする、きわめて権威があるとされる、『中央教育審議会』なる、文科相の諮問機関がまさに現政権が考えそうな報告書を出したという記事に目が留まる。

 調理師(何故トップにこの職業があるのかもわからないが)やプログラマーなどの専門技術を持つ人材の育成を強化する、職業教育に特化した新しい種類の大学をつくるという答申であるが、その見出しを一見して背筋が寒くなる。

変化に対応して現場レベルの革新を引っ張る人材の育成が課題となると指摘し、幅広い教養を学ぶ大学や、技能に特化している専門学校とは別の高等教育機関が必要だとのことで『専門技能と教養の両方を育むみ、現場で中核を担う人材を養成するという』と美辞麗句を並べているが、その実は現在でも数ある『職業学校』そのものを大学という名前で一括りにするというものだろう。

そして、この大学の教員のうち4割以上を、当該分野の実務経験が5年以上ある『実務家教員』にして、卒業単位の3~4割以上を実習科目にし、企業での実習(4年制なら600時間以上)も義務づけるというから、大学の定義そのものを根底から否定し、ここにも経済が全てに勝る要素という考え方があるのは疑えない。

文科省は2019年度の開学を目指すあるとなると、すでに文科省とはすでに打ち合わせ済みに違いない。大学名称は『職業専門大学』となるようだから、近い将来『介護士養成大学』とか『理容師養成大学』なる名称の大学が、これも答申通り、学生が通いやすいように鉄道の駅周辺に林立することも予想される。何だか、現在全国の都市圏の駅前にあふれている『〇〇塾』が『××大学』に置き換わりそうだが・・・。

また、面積や運動場などの条件は大学より緩め、現在の大学の学部を新大学に転換することもできるようにするというから、学生が集まらず経営聞きに陥っている大学を救済も兼ねているようにも思える。

 それ以前に、18歳である特定の職種にしか通用しない人間を作るという意図が恐ろしい。文句も言わず決められたことを黙々と行う国民ばかりだと、右向け右・・・と号令だけしていれば良いのだから、為政者はやりやすいに違いない。

 そして仕上げが、より幼い頃から、モノ言わぬ人間にすることだろう。そのためには、小中学校の教員にその役目させること。

『職業専門大学』の本当のねらいは、『小中学校教員養成大学』と称する『師範学校』であると受け止めるのは私だけではないと信じたいが・・・。

 また、きな臭い世の中の足音が聞こえてくるように思えてならない。(田舎親父)

2016年6月17日 (金)

耐震基準?・・・

 先日、熊本県の八代市で震度5強の地震というニュ-スにまだ収まらないのかと驚き、被災者の皆さんのことを思うと心が痛む。

熊本・大分群発地震が始まったのは2ケ月前のこと。4月14日の夜、テレビの画面の『熊本県の益城町で震度7』というテロップに、『今度は九州か・・・』とつぶやいたものであるが、その時は、ここまで凄い被害が起きるとは想像もできなかった。

 その被害を拡大させたのは、翌未明にほぼ同じ地域を震源とするマグニチュ-ド7.3の地震である。震度7を2回記録し、気象庁の地震の担当課長が、後の地震が『本震』と訂正することなどはこれまでにはなかったこと。

強い揺れに恐怖し逃げまどうものの、揺れが収まるとホッとして、やれやれ凄かったなと一安心するのが常。恐らく、被災地域の人たちは一回目の震度7に得体のしれない恐怖を覚えただろうが、その揺れで家屋に壊滅的な被害を受けた人をのぞいては、揺れが収まった時点で『凄かったなあ・・・』と互いに語り合って家に戻ったに違いない。

まあ、地震はおさまったのでゆっくり寝ようと眠りにつき、一番眠りが深い時間に、再び震度7の物凄い揺れで多くの家が倒壊。亡くなった人のほとんどが家の下敷きだというから、当然といえばこんな当然なことはない。

後で知ることだが、一回目の震度7には耐えられたのだが、2回目の震度7には耐えられで倒壊した家が多く、しかも、国の耐震基準をクリアした家もたくさんあったということに、『耐震基準とは何なのだろう・・・』と、考えさせられたものである。

これも後から知ることになるのだが、耐震基準は、『住んでいる間に一度あるかないかの地震の場合は、建物に被害が出ても、中にいる人の安全を確保する』ことが目標となって決められているのだそうだ。

『建物に被害が出ても、中にいる人の安全・・・』とは実に曖昧な表現であるが、普通に考えると、家が倒れたら中にいる人はかなり危険な状態になっているのだから、常識的には『倒壊しない』と考えるだろう。だから、基準をクリアすれば、『震度7』の揺れにも倒壊しないと信じるのは当り前ではないだろうか。

しかも、この基準は、一回の地震しか想定していないという。このことを知っていた人は一体どれぐらいいるのだろう。当然私も知らなかった一人だが、今まで耐震基準をクリアすれば安全だろうとは思っていたが、耐震工事をしたとしても、今回のように双子のような強い地震では、あっさりと倒壊するとなると『耐震』という言葉の意味のものを考えてしまう。

地震で被害を受けるのは建物の工法もあるだろうが、地盤に大きく影響されることは地学の講義で学んだこと。地盤が固ければ良いわけではなく、断層がないことも重要な条件なっていることも同時に教えられた。

今回の地震の被災地は地下に無数の分岐断層が走り、その真上か直近の家屋が倒壊していることが明らかになったという。また、全壊している家のお隣はほぼ大丈夫という場合も多く、これも建築工法や耐震工事の有無だけでは説明できず、断層の位置との相関関係と地盤の強度が大きな要因となっていることは明らかだろう。

耐震工事には何らかの基準はあるのだろうが、地盤を細かく調べた上で細かな数値を出して、それに応じて工事方法が決められているとは思えない。それ以前に、耐震工事の細かな数値など実際に見た記憶がないことに、迂闊なことながら今頃気づく。

となると、高いお金を出して、いつくるのか全く予想がつかない地震に備えろと言われても何だかなあ・・・という気もしないでもない。

現在、横浜の片田舎の小高い山の尾根に建っている我が家は,オンボロながら地盤は強いと信じているので、耐震工事はしなくても大丈夫だろうと勝手に思いこんでいる。よしんば、倒れたら仕方ないと『家と心中』などという不届きな発想を持っているのも、地盤の強さと近くに断層のないことに由来するところ・・・。

それでも、もしも地盤の強度(測り方が問題だろうが)に加えて、発見されていない断層まで、その有無を勘案して数値的に現わし、且つその数値に信頼性があるとわかれば、耐震工事を考えることはやぶさかではない。

私と同じような発想の人も多いだろうから、是非近い将来、しっかりと数値化した耐震基準を示してほしいものである。

蛇足になるが、断層の直近に建物を建てるなどはもってのほかである。それでも、この国は、平気で断層がある場所(酷い場合はその直上に)原発を建設し稼働させていたのだからなんとも恐ろしい話である。

このことは、長くなるので別の機会につぶやくことにしたい。(田舎親父)

2016年6月16日 (木)

事故の記憶を消す政策・・・

 先日、福島原発事故で全域が避難区域の福島県『葛尾村』への避難指示を、一部を除き解除したというニュ-スに、政府の、原発事故を過去のものにしたいという意図を強く感じる。

 対象は『居住制限区域』と『避難指示解除準備区域』の2区域で、『居住制限区域』の解除は初めてとのことらしいが、放射線値が年間20ミリシ-ベルトを下回ったという理由での今回の決定に、とにかく早く帰還させろという露骨な悪意すら覚える。

原発事故の避難地域には出かけたことがないので、『葛尾村』の現状は理解できないが、テレビの映像に見る限り、地震や大雨・突風などの異状気象による災害地の風景とは異なり、何の被害もないような家屋が点在する一見平和な自然豊かな山村風景・・・。

そこに欠けるものは、人間の生活臭というか、人そのもので、映像に人さえ写っていると、名実共に平和な村の姿になるのだろう。

しかし、そこには目に見えない・音も臭いもない放射能というが恐ろしい悪魔を絶えず放出している『放射性物質』が5年以上、人家はもとより地域全体に留まっていることは明らかで、国は、放射能の恐ろしさを知っているからこそ、強制的に『避難命令』を出していることを忘れたくない。

除染が進んで人が住んでも安全な状態に戻ったというが、除染された部分はごく限られていることは想像に難くなく、周りの深い森林は全く手つかずに違いない。そんな環境で、ずっと生活していたら、どんな健康被害が出るのか想像するだけで恐ろしい。

チェルノブイリ原発事故は1986年。この事故については国民はすっかり忘れ去っていたいたが、福島原発事故によってその記憶が蘇り、マスコミは事故後しばらくは競ってチェルノブイリ関連の記事も掲載していたが、時が過ぎると,それらの事数は激減し、最近は事故前と同じように、それに関する記事を探すのが難しくなっている。

その中で、先日、東京新聞の『特報』紙面が、福島への支援・補償は『チェルブイリ以下』という特集を掲載していた。

記事は、チエルノブイリ原発事故の5年後、原発事故で深刻な放射能汚染に見舞われたウクライナなどの地域を対象に作られた『チエルノブイリ法』について、福島の現状と比較して、チェルノブイリ事故の被災者保護制度の研究に取り組んでいる専門家の意見を紹介している。

その専門家によれば、『チエルノブイリ法』その特徴は、被災者保護の責任主体は国家と明記し、どこが被災地で、誰が被災者なのか、誰に対してどんな補償をするのかが明文化してあるが、福島原発では、未だに被災地も被災者の定義がないのだそうだ。

言われてみたら、その通り。一時的には、放射線値が高い地域や産物などの話題で大騒動になったが、そこが被災地だとか被災者だという話はその時だけで、補償なども東電に求めたという次元の話題はあったようだが、いつのまにか消えてしまっている。当然、被災地や被害舎の明確な定義は全くないことに気づく。

この記事についてはさておくとして、福島県では事故後、甲状腺ガンと診察された子どもの数が126人に上がっているという報告がある。しかし、政府や県は福島原発事故との関連は薄いと具体的な対策をとっていないことも許し難い。

こんな状態で、『安全になったから帰還して大丈夫です』と言われて、子育て世代が帰還できるはずがないことは誰か考えても明らかなのに、国や県は人々の暮らしが戻ることが『復興』だと宣伝し、帰還可能だと言われた自治体も組長が真っ先に住民帰還を呼びかけているが、本気で安全だと信じているのだろうか・・・。

くり返すが、政府が安全という基準は、年間の放射線値が20ミリシ-ベルトだという。この値は、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に基づくと説明しているが,この値は緊急時の基準であって、ICRPは平常時の被爆限度は年間1ミリシ-ベルトであることから、危険を知りながら強引に住民を帰還させていることは明らか。

その背景には、何としても事故の責任を曖昧にし、補償を打ち切りたいという思いがあると推察している。いやむしろ、原発事故そのものを国民の記憶から消したいという意図が隠されているに違いない。

この帰還ありきの政策は、参院選挙の争点になる大きな問題なはずなのに、取り上げる政党がないのが寂しい限り。

せめて、国の責任で、子育て世代が帰還拒否をして他の地域で安心して生活できる生き方も認め、それを支援する法律の制定を心から願うが・・・。(田舎親父)

2016年6月15日 (水)

まさにブラックジョーク・・・

 私の頃には『職業安定所』と呼ばれていたが、職を求める人と人材を探す企業との間をうまくマッチングさせる役割の『ハロ-ワ-ク』に勤める人たちの中にも派遣社員やアルバイトの人が多いという記事にビックリする。

先日、毎日新聞のネット版がそのことを伝えていた。記事は、東京都墨田区のハローワーク46歳の男性相談員(Aさんとしておく)を取り上げている。この方は求職者にさまざまなアドバイスを与える仕事を担当している。さらに、『キャリアコンサルタント』の資格を持っていることを追記している。

またまた苦手なカタカナ用語であるが、要は、職を求める人たちに対してアドバイスできるという資格で、いわばハロ-ワ-クで働く人たちにとっては必須の資格だろうと理解している。

 A三は、2012年1月から非正規職員として働いているというから非正規職員歴はすでに4年。雇用期間は最長1年で、毎年3月末に契約を更新し、3度目の契約満了時に雇い止めになるという。

働き続けるには、それぞれのハローワークが出す求人に応募し、採用試験を受け直さなければならないという。求職者に職を斡旋するAさんのような人が、非正規職員(簡単に表現するとアルバイトだろう)というから、言葉は悪いが『笑えない(笑ってはいけない)笑い話』とか思えないのだが・・・。

しかも、月給は手取り約22万円で、ボーナスは無し。年収は同じ相談員として働く正規職員の半分ほどだというから一体どうなっているのだろうと我が目を疑う。さらに、厚生労働省によると、15年度にハローワークで働く職員のうち、非正規雇用は6割に上るというから、これはもう開いた口がふさがらない。

 『同じ相談員』というから、仕事の内容はさほど違わないだろう。6割の人が、こんな不安定な身分であることにも驚くが、こんな形態を厚労省が制度として認めていることに驚きを隠せない。

 それでも、民間企業の派遣に比べて待遇が良いらしく、Aさんのように毎年試験を受けてまでこの職を選んでいるとすると、いかに民間企業の派遣社員やアルバイト社員の待遇がいかに悪いのか像像がつく。

国内の労働者に占める非正規雇用の割合が増え続けていることは、経済音痴の私でも知っている。総務省の調査によると、1989年は労働者4269万人に対し非正規817万人で19%だったが、昨年は5284万人に対し1980万人で37%というから、増え方は半端ではない。さらに、非正規の賃金は平均で正規の56・6%に抑えられているという。こんな不合理な話は許し難い。

この非正規雇用について批判が大きくなり、そのガス抜きのためだろうが、現政権は正規と非正規の賃金格差を是正するために『同一労働同一賃金』という考え方を導入すると言い出した。

それを、『1億総活躍プラン』というお得意の耳障りのよいお題目に作り上げ、その目玉にしているようだが、実現できると信じる人はほとんどいないはず。しかし、こんなお題目で騙されるのだから国民はチョロいものかもしれないが・・・。

ハロ-ワ-クの実態は理解できないが、時にニュ-スの映像で知る限り、相談員とは、窓口で求職者と対応している人だろう。その限りでは、4割の正規職員と6割の契約職員との仕事の違いはなさそうだから、まさに『同一労働』であることは間違い。となると、政府のお題目通り『同一労働同一賃金』の行方はどうなるのだろう。

『職業安定所の職員の雇用が不安定だなんて、ブラックジョークですね』という、Aさんのつぶやきが国に届いてほしいと、いつか記事の続報を待ち望むんでいるが・・・。(田舎親父)

2016年6月14日 (火)

こりゃダメだ・・・

 今度の参院選挙で、自公に3分の2の議席を与えたら、間違いなく憲法改正(改悪だろう)という動きになることは、誰の目にも明らかだろう。

現政権は、前回の衆院選挙でもそうだったように、決して選挙の前には、『憲法のケの字』も口にしないで、経済問題で国民の目を誤魔化したものだが、今回も、この戦略を踏襲していることに厭らしさを感じるのは私だけではないだろう。

『消費税増税延期』という言葉で庶民はホッとしているに違いないが、8%に上げたのがそもそもの間違い。アホベ閣下が『消費税を5%に戻す』と発言すれば、間違いなく自民党の圧勝になるだろうが・・・。

もっとも、『民主党政権時には消費税を上げることはない』とマニュフェスト(これもわけのわからない言葉だが)に掲げていたのにも関わらず、突如、値上げをした当時の総理大臣だった汚染ドジョウの方針転換が、完全に国民の信頼を失ったことが根源になっていることは明らかだろう。

以来、民主党に国民の期待はない。なのに、政権を担ったことが変なプライドを持たせてしまったらしく、選挙の度にその数を減らしながら、今回の参院選では、共産党が方針転換して野党統一候補をという戦略に、まだ、都内の一部の輩が反対しているというから救われない。しかも、何とか数を合わせをしないととばかり、維新と合併して『民進党』と改名して生き残りを計っているのも見苦しい限り・・・。

さすがにオカダ代表は、このままでは『国の形が変わる』という危機感に、共産党の提言を受けて、これまでにない指導力を発揮しているようだが、『共産党とは一緒に行動したくない』という、今置かれた自分達の立場を冷静に考えられない議員が多く、なかなか党内を一枚岩にまとめきれないようだ。

その典型の事態が、つい先日『野党統一候補』として、共産党が推薦するタナベという人物に一旦合意し、公認予定者を取り下げていたのだが、『自主投票』にするという香川県連の発表である。

 県連代表のオガワという衆院議員は幹事会後に記者会見し『反対意見が根強く、推薦、支持での意見一致に至らなかった』と述べたそうだが、この人物も、民主党の下らないプライド議員の一人ではないだろうか。

 記事によると、参院選で民進、共産、社民、生活の四野党は、32の改選一人区全てで候補を一本化し、香川県のタナベ氏は唯一の共産党公認候補となるのだそうだが、『共産党へのアレルギーが全般に強い。ただ政権与党を応援することはない。野党共闘を重視することが前提だ』と発言しているらしい。

 野党共闘を重視するなら、ここは他の3党と歩調を合わせて、まずはタナベ氏を参院選に送り出し、3年後には自分達が推薦する人物を『野党統一候補』とすれば、確実に自民一党支配というよりアホベ独裁政権に楔を打ち込めると思うのだが・・・。

 共産党だけでは公認候補を当選させことは、地方では100%あり得ない。しかし『野党統一候補』となると事情が全く違ってくる。これまでは、野党が独自に公認候補者を立てるものだから、票が分散し、結局は自民党(公明党)候補の当選を許していたことは、政治音痴の私でもわかる理屈。今回の自主投票で、思わず『こりゃダメだ・・・』というため息が出てしまう。

少しでも本気で、独裁政権に抵抗するのなら、民進党が置かれた立場を、もう一度冷静に考えてほしいもの・・・。

さらに比例区でも、野党統一の旗印を作れば、かなりの候補者が当選するのは明らかなのに、民進党内部では『共産党とは一緒に動きたくない』というエゴが優先して、この方式がペシャッたのも腹立たしい限りである。

神奈川県は当選枠が一つ増え、民進党は2人立てるらしい。執行部は複数の議員を誕生させることが、政権奪回につながるというが、その実は、旧民主党と旧維新から現職の調整ができなかっただけだろうことは想像に難くない。

できれば、マスゾエ都知事問題で、共産党が提出する不信任案に自民党が反対し、否決されることで都民の怒りがさらに膨らみ、それが神奈川県民に影響するという展開を期待しているのだが、自民党のチエ者はそんなことは折り込み済みだろうから、共倒れになる確率は大きくなりそうだ。

今日もまた、困ったものだ・・・というお決まりの言葉で終わりそうだ。(田舎親父)

2016年6月13日 (月)

ますます羽田一極集中・・・

羽田空港発着の国際線の便数を増やすため、国土交通省は東京都心の低空を飛ぶ新ルートを離着陸に取り入れる方針を固めたという記事に目が留まる。

昔の羽田を知っている者にとっては、現在の姿は隔世の感がする。50年前は滑走路も1本だったが、現在は4本に増えたと聞いている。時に、羽田空港を利用するが、登場口までたどり着くのも一苦労。しかも、飛行機は動き出しても、離陸地点まで長々と地上を走り、その時間の長さにいらだつことも少なくない。

私が羽田近くに転任を命じられたのは昭和46年。当時は高度成長時代の真っ最中。国際化がうたわれて日本を訪れる外国人も増え、羽田空港だけでとてもまかない切れないということで、反対を力でねじ伏せて、千葉県の成田に新しい空港建設を強行したことも今は昔の話になっているが、私には、何故『成田なの?・・・』という当時の疑問が今でも消えない。

とにもかくにも成田空港が開設されて、『国際線は全て成田』という国の政策で、羽田は国内便専用になったはずなのに、成田空港が稼働する前からどんどん沖合の埋め立て速度を早め、滑走路がみるみるうちに増設されたが、国はその理由を羽田周辺の騒音対策だと説明し続けたのではなかっただろうか。同時に、滑走路が増設されるに連れて、なし崩し的に国際便の発着が増えた記憶が蘇る。

私も、何度か成田空港を利用したが、羽田に比べるとその不便さに、その度に『何故成田に・・・』という元々持ってい疑問を改めて感じたものであるが、国の方針は利便性から、元々の方針が国際線は羽田だったらしく、数年前からは、私でさえ『千葉県民に失礼だ・・・』と思うほど、羽田の国際線化が著しい。

確かに、成田に比べて羽田は便利である。都心からの交通網も発達し短時間でしかも低料金で往来できるのだから、圧倒的多数が羽田空港を利用したいと思うのは当然だが、あれほどの闘争を力でねじ伏せて建設したことを思うと、『成田は何なの・・・』という強い義憤が心から離れない。

そのことはさておいて、さらに羽田を利用する国際線の発着枠を増やすのだそうで、そのために、練馬区あたりから東京都心を直線的に横切るル-トが浮上し、実際に、飛行機と滑走路の位置関係や降下角度を操縦士に知らせる無線装置と、新たな誘導路を空港施設に建設する費用などを来年度予算の概算要求に初めて盛り込むというから、国は本気なのだろう。

そして、2020年の春ごろに完成する計画を立てているという。またまた,『東京五輪・パラリンピック開催』が、その大きな理由の一つになっているらしいとなると、この国の政治は、オリンピックという言葉さえ出せば、何でも『是』になるようだ。

飛行機の離発着には向かい風が必要だということは知っている。羽田空港の離発着については、アメリカの横田基地が管制権を持っていることで、現在、東京湾上空を通り東側か南側から進入するルートしか認められていないという。そのため、春から夏にかけて多い南風の際は、東側から進入して着陸直前に大きく旋回していることは何度も経験していること。

確かに添付された図のように、練馬区上空から直接離陸をする方がはるかに時間的・経済的に優れていることは私でもわかる理屈。しかし、この案がそのまま採用となると、このル-トに当たる地域の騒音はかなりのものになることは明らか。もっとも、現在、その騒音被害を千葉県側に受け待たせているのだろうが・・・。

千葉県の被害が解消できるのなら、栂が騒音対策で悩むことになるのは当然ではないかと思わないでもないが、にここまでして羽田の発着枠を増やすとなると、ますます東京一極集中を強めることになり、大いなる疑問を持っている。

現行の発着枠を維持して、千葉県側の被害を拡散す意味での、北からの新しい着陸ル-トを開設するというならわからないでもないが、これではル-とに当たる地域からの怨嗟の声が高まるのは当然だろう。羽田にここまで集中する前に、横田基地の返還(せめて管制権)を求めないことが納得できない。

国の防衛上、アメリカ軍の駐留が必要だというが、アメリカ軍が日本上空の管制権を抑えていることは別問題ではなかろうか。羽田が、全方向から離着陸できれば騒音問題は相当な割合で解決するのだから、アメリカ側と強い姿勢で返還を求めてほしいもの。

しかし、アメリカと交渉する気がなさそうなので、実現など夢幻のたぐいなのだろうが、横田と羽田とが併用できれば、利便性は格段に上がり、国の繁栄につながる話だと思うのだが・・・。

横田だけではなく、厚木も同じ。これらの飛行場が民間利用できれば、羽田一極集中は避けられると思うが、現政権、というより日本の政治が、アメリカ様の僕である限り、こんなつぶやきは、貧乏老人の戯言なのだろうな・・・。(田舎親父)

2016年6月11日 (土)

メガバンクによる仮想通貨合戦?・・・

 昨日の朝刊に、三菱東京UFJ銀行は、独自に開発中の仮想通貨『MUFGコイン』を来秋、広く一般の利用者向けに発行するという記事を見つけた。

 先日、札幌を一人でうろついてきたが、駅員が『北海道は遅れているのでご迷惑をおかけします』と笑顔ながら、恐縮そうに自動チャ-ジができないと詫びられたものの、JRはもちろんバスや地下鉄など全ての乗り物が、『スイカ』というカ-ド一枚で利用できる便利さを実感してきた私には、なんとも凄い世の中になりそうだと、ある意味恐ろしくなってくる。

 『スイカ』はもともとはJR東日本が発行したICカ-ドであり、当初は、多くの人々はおっかなビックリで使っていたと聞いているが、東京近辺の私鉄も利用できるようになると、利用者はあっと言う間に広がったのではなかっただろうか。

さらに、当初は別々のカ-ドだった周辺地域のバスでも通用するようになり、数年前からは全国の交通機関のほとんどで使えるようになったばかりか、最近は全国の多くの店舗で買い物できるようになっていると聞いている。

JR東日本という会社はもともとは国鉄から別れた会社。いわば国のお墨付きがあるのだからスイカが広まるのは当然かもしれないが、『三菱東京UFG銀行』は国立銀行ではないものの、それに匹敵するほどの大銀行(これをメガバンクというそうだが)。となると、この『MUFGコイン』を収納した『銀行カ-ド』は、『スイカ』以上に広がりそうだと記事につり込まれる。

読み進めると、大手行が仮想通貨を一般向けに発行するのは世界で初めてだそうだが『MUFGコイン』は利用者が同行の口座にある預金を『1コイン=1円』の比率でコインに交換し、スマートフォンのアプリに取り込むなどして使うのだそうだから,特別な『銀行カ-ド』など存在しないことになる。スイカのようなカ-ドを想像していた私の時代後れを笑ってしまう。

『スイカ』など現在通用しているICカ-ドは、前払い式の電子マネーであるが、『MUFGコイン』は利用者同士がネットを通じて『送金』できるばかりか、割安な手数料で外貨に交換したりできるとなると、今までのように銀行や郵便局に出かけて振り込むという作業も必要なくなりそうだ。

その仕組みは具体的には分からないものの、電話で話している途中にでも『先日、建て替えてくれた2000円払うよ』というような会話も日常茶飯事になるに違いない。しかも振込手数料も無料はともかく格安になるのだから、私のような貧乏年寄りにはおよそ関係ないことだが、外国旅行などをする場合にもきわめて便利になることも想像できる。

同銀行は、コインを取り込んだスマホをかざせば現金を引き出せる新型ATMの開発も進めており、2018年春から順次、配備する予定だというから、スマホさえあればコンビニで気軽に使えるようになるだろう。

同銀行に口座を持たずとも、スマホに取り込んだコインをATMで現金化できるようになるというから、もはや現金を持ち歩く必要性はなさそうだが、誰が考えたか分からないが年寄りにはついていける話ではなさそうだ。
 記事には、同銀行は、さまざまな店舗と提携して支払いに、この『MUFGコイン』を使えるようにするばかりか、ポイント制を導入する構想もあり、将来的には、コインを中心とする『商圏』の構築につなげたい考えだとある。

何となく意味は理解できるが、三菱東京UFJ銀行が始めるとなると、三井住友銀行やみずほ銀行などのメガバンクが指をくわえて見逃すとはとても思えない。たちまちのうちに、それぞれのメガバンクが独自の仮想通貨を発行することは想像に難くない。なんとも凄まじい世の中になりそうだ。

となると、このシステムを利用するためには、スマホにそれぞれの銀行の発行する仮想通貨をチャ-ジしておく必要性が出てくるのでないだろうか。それとも、そうなったらお気に入りの銀行を一つに決めるのかもしれないが・・・。

ますますスマホの持つ意味が重要になるが、セキュリティは大丈夫なのという心配が頭をよぎる。いやセキュリティ以前に、これが一般的になれば、今私たちが使っている、日本銀行が発行している、一万円札を始めとする『お金(貨幣)』の意味が、全く違ってくるのではないだろうか。

私には、これ以上のことは(今のところ)全く理解できないが・・・。(田舎親父)

2016年6月10日 (金)

報酬返還で逃げきり?・・・

 『あなたはセコい・セコ過ぎる』『恥ずかしいとは思わないのか』などと、都議会の代表質問では、各会派の都議達は口を揃えて知事に対して辛辣な言葉を飛ばしているが、この御仁は、『お詫びいたしたいと思います』と『思います』という曖昧な言葉を後につける最近の謝罪会見の決まり文句の繰り返し。その場を何とか切り抜ければ逃げきれると思いこんでいるらしく、さすがに『鵺(ぬえ)』という綽名に相応しい男だと変に感心する。

 『不適切だと指摘された金額は私的な資源から返金し、慈善団体に寄付するつもり』だなんて反省など,明らかにその場限りの逃げ口上。真鶴の別荘は売り渡すなんてのたまっているそうだが、だからといって、この利益を不透明な資金の一部にして、都民にお詫びするなどとは一度も口を滑らせていないのも実に用意周到・・・。まさに汚い例えだが、蛙の面に小便というところ。

 大マスコミは『与党からも批判集中・・・』などと、自民・公明の都議達が本気で怒っていると受け取れる記事を連発しているが、テレビのニュ-スを見る限り、自民党と公明党の各都議の追求には、何となく茶番の臭いと感じるのは私だけだとは思えない。

自民党の都議は『知事が変わらないなら、いつでも警告に代わる措置を講じる用意がある』という言葉を使って迫っていたが、『辞任しなさい』という言葉は口に出していないものいかにも茶番臭い。

これに対して、鵺知事は『説明責任を十分果たしていきたい。不退転の決意で信頼回復へ向け、仕事に邁進する覚悟だ』と、これまで通りの答えをするだけ。そして、この質問はそこで終わってしまう。まあ、始めからの打ち合わせているのだろうが・・・。

自民党としては、威勢のいい追及を演出しているつもりなのだろうが、繰り返すが、本気で辞めさせる気がまるで感じられない。これは公明党の都議も代わりなく、『身を切る覚悟』なんて口では迫るが、『辞めなさい』とは言わないものだから聞いていると消化不良を起こしそうだ。

本気で辞めさせるつもりなら、前知事が同じようなカネ問題で追求されて、鵺氏同様逃げ回り、逃げきれると思った矢先に『百条委員会』の設置を突きつけられて、もはやこれまで・・・とあきらめて辞任したように、この強い権限を持つ委員会を立ち上げて、徹底的に調べるという姿勢を出せば片がつくはず。

しかし、百条委員会の設置には自民・公明は応じないという。どうやら、現政権の意向を組んで、都議会の与党としての落しどころの筋書きが作られていると思えてならない。この都議会の様子から、これまでの同じように不祥事にさらされた首長が、『給料の返納』で逃げきったことを頭に浮かぶ。

予想通り、その翌日(一昨日になって)、鵺知事が給料の大幅な返納』なんて言い出したのには、やはり・・・という思いがする。

始めから、返納する気があるなら、夏の賞与の前に言い出せばまだ、本気で返納する気があるとも受け止められるが、それはしっかりといただいて、時期もはっきりさせないで『給料の返納』と言い出したのは、与党との間に『百条委員会の設置はない』との約束事でもあることは想像に難くなさそうだ。

この鵺男には、都知事の給料分などは、いくらでも裏で作れるとしたたかな計算があるのだろうが、都民(一般国民)は騙されやすいので、給料を返還するのなら・・・とマスコミが煽り出せば、なんともわけの分からない幕引きになる可能性もありそうだ。

ただ都民の怒りが収まらない場合は、与党も本気で取り組まねば、来年の都議選に影響するだろうことは明らかだろう。ここは都民の怒りが簡単に収まらないことを願いたい。民進党も、参院選挙で少しでも党勢を拡大したいのなら、この問題は一大チャンスと捉えて。党本部は百条委員会の設置を本気で訴え、選挙の武器にするべきである。

鵺知事と自民党との落しどころという裏取引を許しは、この国の民主主義は土台から瓦解することは明らか。ここは、何としても百条委員会を設置して、追求してほしいものである。

 しかも、前知事のように、設置と聞いて即刻辞任することは許さず、より悪辣な手口を公にして、ごまかしの手段を白日にさらしてほしいと強く願う。(田舎親父)
 

2016年6月 9日 (木)

貧乏老人の札幌一人旅(4)

 最終の直行バスで札幌に戻る。今日の夕食は、『札幌に来たら、一度は訪れたい店』というネットの記事の中で、『ラ-メン共和国』と同じ6階にある、回転寿司の『はなまる 根室店』が一番高い評価を受けていることから、一度のぞいてみようという気になっている。

 その店はすぐ分かったのだが、驚いたことに、店の前には長蛇の列。私の目測だが、50組は並んでいるのにはビックリを通り越し、ネットの怖さを感じる。私には、それでも並んで食べたいとは思わないので、すぐに方向転換。

数軒先に、北海道のソバ100%という看板にひかれてのれんを綴る。そこで軽めのセイロを一枚注文。なるほど美味かったので一応は満足する。ただ、もう一つお腹には物足りないので、昼食に立ち寄った『ラ-メン共和国』に足を踏み入れ、昼とは違う店で醤油ラ-メンとクラシックの生で仕上げ、札幌の地下道を探検しながら、ホテルに向かう。

札幌から大通り駅までは、だだっぴろい地下道が続くが、大通りを過ぎた扉の向こうは、ショッピング街が延々と続き、すすきのまで伸びているらしい。ほとんどが若者相手の商品を陳列している。これは貧乏年寄りには無縁だと判断し、途中から地上に上がり間違うことなくホテルに到着。今日もナイタ-を観ながらのんびりと過ごす。

今日も強行日程で疲れていたことに加えて、温泉の効果があったのだろう、しばしテレビで野球観戦をしていたが、強烈に眠くなり、シャワ-も浴びずにすぐに熟睡。

(6月3日)さすがに、翌朝の目覚めは早い。散歩でもと窓を開けると、またまたかなり激しい雨が降っている。この4日間、傘のお世話になることは少なかったが、不安定な天気が続いている。散歩はあきらめ、シャワ-を浴びてしばしのんびり。

 今日の予定は、10時からサッポロビ-ルの工場見学である。見学は2人以上という原則があって、申し込んだ時点では、10時はまだ申し込み者がなしとのことで、11時にお願いしていたが、1時半の出発便を考えるとかなりきつい。

 そこで、出発前にもう一度連絡して10時に変更が可能かと電話すると、担当者は『中央区の団体とご一緒で良ければ・・・』ということで変更できた。

 ホテルをチェックアウトする時刻になると、お天気男の面目躍如というところで、薄日がこぼれ出す。これは、大通り公園や時計台などを観ながら、歩いて駅に向かうべきだと思い、見慣れた光景に別れを告げながら札幌駅に向かう。

 札幌駅の千歳線のホ-ムで折り返しの電車を待つ。通勤客でギュウギュウ詰めの人々が吐き出された折り返しの車内は閑散としたもの。『サッポロビ-ル庭園』という駅があって、工場はそこらか徒歩とのことである。

 JRの駅まで作っているところは、さすが北海道のサッポロビ-ルだと感心するが、その駅は無人駅で、コインロッカ-などない。リュックを背負って、案内表示に従い500メ-トルほど森の中の道を受け付け窓口へ。そこにはすでに4人の姿があったが、中央区の団体らしき人の姿は見えない。

結局、団体の人々は現れず,5人だけの工場見学となり、バスで見学受付場所へ。そこで案内の女性に『中央区の団体さんはキャンセルですか?』と聞いたところ『中国からの団体の人たちなのですが、今連絡をとっているところです』との答えに、『中央区』と『中国』と聞き間違えたことにはじめて気がつく。確かによく似た発音だ・・・。

結局は、中国の団体さんは現れなかったのであるが、こんな北海道の田舎のサッポロビ-ルの工場まで、中国人観光客が溢れていることに、なんとも言い難い変な気持ちにさせられる。

広大な敷地に建てられた、見学者専用の試飲コ-ナ-空の眺めは抜群。そこでいただく、黒生とクラシックに大満足。

新千歳空港から羽田に向かうANA便は、大型の飛行機であるがガラガラ。おかげで、途中からは、窓からの景色を楽しめた。

これで、貧乏老人の札幌一人旅の記録はお終いだが、外国人観光客ばかりの光景は別にして、一人で札幌を歩き回れたことに満足している。

今回はほぼ無計画だったが、次回にはもう少し綿密な計画を立てて、再挑戦するのも良いのだろうと、独り悦にいっている・・・・。(田舎親父)

2016年6月 8日 (水)

貧乏老人の札幌一人旅・・・(3)

ホテルから一区画歩いたら『狸小路』という通りにぶつかる。ここは南2条と南3条の間にある通りだが、何故ここだけが歩行者専用で『狸小路』などと言う名前になっているのか不思議さを感じる。しかし(ネットで調べたことだが)ここは観光スポットの一つで一度は通ってみたいとあるので、私も一人そぞろ歩き・・・。

かなりの人々が歩いているが、ここでも半数以上が外国人であることは今更いうまでもない。特に目的があるわけではないので、私にとっては、大きな商店街程度という感じである。今夜の目的はすすきのの『札幌ラ-メン』であるので、ただフラフラと両側の商店に目を移しながら、人の流れに身をまかす。狸小路2丁目と3丁目というように、この通りだけは表記が特別ようだ。

しばらく歩くと 市電が通っている道路にぶつかる。札幌駅からすすきのへ延びる大通りある。右折して次の交差点が『南4条西4丁目』で『すすきの』の入り口である。客引きが凄い。それも全員が若い学生アルバイトといった感じで、道行く人にビラやティシュを配って、何とか店に呼び寄せようとしている。

すすきのの歓楽街は夜が更けると賑やかになると聞いているが、私には無縁の世界。その一角にひろがる『ラ-メン横町』を目指す。横町とあるから、何となく屋台が並んだ場所を想像していたが、実際はビルの中に迷路のような通路があり、その両側に小さなラ-メン店が並んでいる。

凄い数である。どこに入るのか全く決めていないし、その知識もないので、店の名前は忘れたが、美味そうな看板につられて入ることにする。しかし、戸袋を開いて店の中を見る明らかに外国人と思われる数人の中年女性が大声でおしゃべりしながらラ-メンをすすっている姿に恐れをなして飛び出してしまった。

それから、なるべく空いている店を探がすがこれが難しい。たいがい中から賑やかな中国語らしき声が聞こえるので、少し引いてしまう。やっと、家族ずれが一組入っているだけの店を見つけて、店の一番おすすめのラ-メンを注文するが、4人の家族ずれが外国人であることに気づく。店主は、当り前のように対応していることから、こんな風景は日常茶飯事なのだろう。

このラ-メン店で、プロ野球の『日ハム・阪神』戦の中継をしていたので、ホテルで観戦しようと、途中のコンビニで、ニッカの竹鶴のポケット瓶とつまみを購入。ホテルに戻りシャワ-を浴びて、寝そべってチビチビやりながらテレビ観戦していると、すぐにウトウト・・・。結局は、終了まで見ることなく、寝ることにする。

(6月2日)よほど疲れていたのだろう。気がつくと朝の7時過ぎ。急いで、朝食会場に行くが、今日は大勢の団体客でごった返している。もちろん外国人が混じっているが、団体客の多くは日本人であるのにホッとする。食事をしながら、今日の予定を考える。

札幌の町は昨朝、歩き回ったので、大体の位置関係が理解できた。道庁などの建物の中が観光客に人気らしいが、それよりも北海道らしい風景が広がり、クラ-ク博士の有名な言葉を刻んだ銅像があるという『ひつじが丘展望台』に出かけてみようと思い、その行き方を調べる。

地下鉄の東豊線の『豊平』駅からバスが出ていることを知り早速行動開始。大通りで地下に降り、地下鉄東豊線の改札口までは地下道をかなり歩く。

昨日は気がつかなかったが、座席に座って周りをみると車内がかなり広いことに気づく。横浜の地下鉄は特別狭いので比較にならないが、東京メトロよりも広い感じがして、大昔に乗ったことがあるニュ-ヨ-クの地下鉄を思い出す。

『豊平』という名前から、鮭が回帰する豊平川を連想する。駅名にも『豊平公園』とあるので、下車して歩きたいと思うが今回はあきらめる。車内の学生達の会話から、札幌ド-ム球場はここから歩くのだそうだから、新横浜と横浜スタジアムの地理関係が頭に浮かぶ。

豊平のバスタ-ミナルは凄いもの。雪国の特徴なのだろうが、頑丈な建物でバス乗り場は全て自動扉で仕切られている。ここまで寒さ対策をしているバス乗り場ははじめての経験である。

ひつじが丘展望台はそれ自体がテ-マパ-クとなっているらしく、バスは専用道路をへて展望台へ到着。すぐ前の入り口で入場料を徴収する仕組みになっている。今日は雨の心配はなさそうだが風が冷たい。これまで必要なかったウインドヤッケを羽織って、ひつじたちが走り回っている様子を眺める。

クラ-ク像の前の案内を兼ねて写真撮影を勧める青年によると、天気はよくないが視界は良好だという。確かに、目の前にある札幌ド-ムのはるか向こうには、やわらかな曲線の稜線がくっきりと見える。

帰りのバス時刻をみると,豊平駅行きのバスとは別に札幌までの便が30分後に出ることを知り、建物の中の喫茶コ-ナ-で、サッポロクラシックの生を注文して、雄大な景色を観ながらのんびりと時間を過ごす。

地下鉄と違って、バスは周りの風景が見える。札幌の路線バスは後ドアから乗り込み、前ドアから降りる仕組みになっているので、最前列の座席の私からは車内外の動きが興味深い。

スマホの地図を開いて、バスが今どこを走っているのかを調べながらだから、札幌の地理が良く分かる。また、この時刻のバス利用者は高齢者が多く、そのほとんどが、専用のカ-ドリ-ダ-に優待カ-ドを差し込んでいることも横浜とは違うところ。

およそ40分ほどで札幌駅に到着。今日の昼飯は、駅の中にある『ラ-メン共和国』と決めている。そこは駅ビルの6階にある、レストラン街の一角、およそ10軒ほどのラ-メン店が並んでいる。

特に好みがあるわけではないので、一番入り口に近い、旭川ラ-メンの店に飛び込むが、すすきののラ-メン店より店の中はかなり広い。カウンタ-も、個人のスペ-スに余裕があるのは落ち着く感じがする。

食事を終えて、北海道大学に出かけることにする。駅から10分も歩けば、もうそこは大学構内。誰でもが入れるのがうれしい。中はすぐに緑と水の織りなす素敵な空間が広がる。私が、何とか潜り混んだ横浜国大とは雲泥の差である。

まるで全体が緑に包まれた公園である。建物も多いが、敷地が広く一つ一つが独立しているので圧迫感が全くない。こんな素晴らしい自然環境の中で学べるとは羨ましい限りである。丁度、『北大祭』が行われており学生たちが活躍している姿にも接することができた。

その会場で、『定山渓』と『豊平峡』という温泉の紹介をしていたことから,急に出かけたくなる。これから急いだらバスに間に合うというので、バス停に急行、定山渓経由豊平峡行きの直行便に飛び乗る。

どちらの温泉でも入浴が楽しめるという。バスに揺られること1時間、定山渓温泉の全景が目の前に現れる。そこは高級感溢れる旅館やホテルが建ち並らんでいる。ほとんどの乗客(といっても10人ぐらいかな)はここで降りるが、この風景は貧乏老人とは少しイメ-ジが違うので、そのまま終点の豊平峡まで・・・。

豊平峡は定山渓とは全く趣が異なり、終着のバス停前には、お世辞でも綺麗とはいえない古めいた山小屋風の『豊平峡温泉』と看板が上がっている建物が一棟と、作業小屋があるだけ。入り口の古めいた扉を開くと、中もまた山小屋そのものである。

カウンタ-で1000円の入浴料と、タオルも持参していないのでその賃貸料を支払い2階の温泉入り口へ・・・。中は、硫黄がこびりついた湯船が2つあるだけ。床は硫黄が不規則な筋条に固まり、凹凸の上を裸足で歩くと昔の傷が痛む私にはきわめて歩きづらい。しかも床に傾斜があるものだから、腰掛けが斜めになり身体が洗いにくいのには困ってしまう。

しかし、階段の上に露天温泉とある扉を開いて外に出ると、風景が一変する。広いだけではなく、巨大な岩を組み合わせて、変化に富ませている。手製の水車から豊富なお湯が流れ出す仕組みになっている。丁度レンゲツツジの満開期に当たっているらしく、山肌の緑との対比が美しく、まさに天上の楽園という風情に大満足。

湯上がりにサッポロクラシックの生ビ-ルでもあれば極楽なのだろうが、休息室にあるのは、なんと『キリンの一番しぼり』の生・・・。これが、この山小屋の営業方針なのだろうから文句をつける筋合いはないが、こんなに恨めしく思ったことは珍しい。

生ビ-ルの誘惑に負けそうになったが、我慢できたのは、ここが札幌であり、クラッシクの本場だからだろうが、我慢した私を自分で褒める。

今日も長くなったのでここまでにしておこう。続く・・・。(田舎親父)

2016年6月 7日 (火)

貧乏老人の札幌一人旅(その2)

ニッカ蒸留所は余市の駅のすぐそばだ。ここは以前から一度は訪れたいと思っていたので、伝統ある建物に接すると何とも心踊る高揚感が生まれてくる。予約済みなので、20人ばかりの団体客に混じっての見学。

雨が心配だったが、今朝の札幌の雨は局地的だったらしく、小樽までは雨模様だったが余市に近づくと共に空が明るくなり、時折日射しもこぼれる。ますます『俺はお天気男だ』という意識が高まってくる。

ここは朝ドラの『まっさん』のモデルである竹鶴正孝が一代で築いたニッカウイスキ-の聖地。門をくぐると何とも妙なるかぐわしい香りがあたりから漂ってくる。

日本ではここだけだと言う『石炭直火蒸留』という方式の蒸留釜が並び、実際に石炭をくべる現場も目撃できた。ベテランの職人が、温度計を確かめながら、石炭の量を加減している姿は、全てがオ-トマ化している現在の工場では、何とも時代遅れの方法をとっているものだと思うが、これがニッカウイスキ-の味に生きているのだろう。

約70分の見学コ-ス。もう少しゆっくり見学したい場所もあったが、団体行動ということもあり文句は言えない。『石炭直火蒸留』というマニュアックな方法を採用しているのに担当の女性はマニュアル通りの時間厳守を心がけているようだ。

構内にあるウイスキ-博物館には、有料の試飲コ-ナ-が設けられているが、これは後おお楽しみ。その後、試飲会場に案内される。そこは200人は軽く収容できるだろうと思われるほど広々とした明るい空間。窓からは8万坪もある構内の一部が眺められるようになっている。

そこでは『竹鶴』と『ス-パ-ニッカ』そしてシュリ-ワインというリンゴ酒の3種類の飲み物が用意されているが、一気に飲むと酔っぱらってしまうほどの量がグラスに入っている。これを、飲み方に従って味わうのが美味しくいただくコツなのだそうだ。

ここでも驚くことは、我々が入った時、すでに50人は軽く越えていると思われる中国人(台湾人)観光客の集団が、大声で試飲を楽しんでいる光景に、またまた思わず『ここもかよ・・・』と心の中でつぶやいてしまう。

試飲を終えて、一応売店をのぞいてみるが、ここは全てが中国や東南アジア空の観光客ばかりといってもよいほど・・・。思い思いに買い物籠を持って、手当たり次第と思うほど商品を入れている。これが爆買いなのだろう。これはとても太刀打ちできないと早々にその場を離れる。

決して、外国人を排除するという気持ちではないが、このままでは、日本人が楽しみに出かける観光地全てか中国を中心とした外国人で溢れるのではという心配もしたくなる。この光景は今回私が立ち寄った場全で経験させられたことを追記しておく。

その後私が向かったのは当然有料の試飲コ-ナ-である。年配の担当者は、ウイスキ-については玄人だろうから、『何がおすすめですか』と問うと、すかさず『これはいかがですか』と『余市』の20年ものを持ち出す。『余市』という銘柄は知っていたが、まだ味わったことがない。ダブルで700円は超がつくほど安価で、貧乏老人でも飛びつける。

『余市』を水で割らず、水を先に飲んで舌で味わうのが良いのだそうだ。一口水を飲むとこれが美味い。この水は・・・と聞くと、余市では水道として使っているとのこと。横浜の水道水も決して不味くないが、余市の人たちは毎日この水を自由に飲めるのことを思うと羨ましくなる。もちろん、『余市』の味もいうことなし。しばし至福の時を過ごすことができた。

 この日は、できれば小樽の町を歩こうと思っていたので、時間的にはここまでにして、そろそろと博物館をでたとたん、雨が降りはじめる。つい先程まで日射しが出ていたのにやはり大気は極端に不安定である。

 横殴りの激しい雨の中、折り畳み傘を頼りに余市駅にたどり着き、小樽行きの列車に乗り込む。車内で、愛知からやはりニッカ蒸留所を見学にきたと言う一人旅の青年と知り合い、しばしニッカ談義を楽しむ。

 青年とは小樽の駅で別れ、私は昼食のために近くの三角市場に出かけ、ネットで人気だという店を探すが、そこはすでに何人かが並んで順番待ち。時刻はすでに1時過ぎ、外は雨でこれから探すのも面倒と思い、おまかせ丼とクラシックを注文してしばし待つことにする。もちろん待つグル-プの中には中国人も存在することはいうまでもない。

 昼をかなり過ぎていたので、すぐにありつけたのだが、写真と違いかなり小振りの丼に『以外に小さいね』とつぶやいてしまう。器が小さいだけに、ウニ・イクラ・カニが溢れているようにみえるが、量的には大したことはないようだ。味も、まずまずと言うところは、これで生のクラシックがついて2500円というのは、小樽の海鮮丼というスポット価格なのだろう。

 折角だから、雨足が収まったこともあって折り畳み傘を広げて『小樽運河』まで歩いていると、運河近くの人気の寿司店から制服姿の高校生が出てきてバスに乗り込んでいる。待っているバスがなんと5台というから壮観である。修学旅行で小樽の人気の寿司屋で昼食とは、私の時代ではとても考えられないと驚くことしきり・・・。

 運河にそって散策するが小雨は降り続いている。しかしそれでも、さすがは人気のある『小樽運河』ナノだろう、大勢の人でごった返している。中学・高校の修学旅行生が目立つが、一般の観光客も多い。しかし、そのほとんどが日本語ではない言葉を使っていることに、またまた『ここもか・・・』と諦めのつぶやきが口に出る。

 運河を早々に退散して、折角きたのだから小樽の町を歩いてみようと歩き始める。やはりお天気男の面目は生きているらしく、歩きだしたら雨はさらに小振りになり、しばらくすると傘は必要なくなる。

 一方通交のこの通りは修学旅行生の定番になっているらしく、物凄い数の中学高校生で溢れている。ほとんどが自由時間らしく、思い思いの行動だが、目を光らせている教員にご苦労さまと小声でつぶやく。

 まるで鎌倉の小町通りを歩いているような錯覚に陥る。また、軽井沢の雑踏を思い出すが私はこのような場所は大の苦手なのでほとんど素通り。当初は、小樽で夕食を食べて、夜景でもと思っていたのだが、いつ降り出すか分からない空模様と、人の多さに気分が沈み早々に札幌に戻ることにする。

この道は南小樽の駅まで続いているようなので、そこまで歩こうと思っていたが、目の前で止まっているバスの行き先表示は『観光散策バス』とある。運転手に、このバスはどこまで行くのかと問うと、市内をグルグル回って小樽駅が終着だと言うかち、これはラッキ-。

客は私一人。一番前の席に座って゛バスの中から小樽の市内見学である。バスの中から運河ももう一度眺め、小樽の駅に到着する。さほど待つこともなく、快速の札幌行きの列車が動きだし、5時半杉には札幌に到着。

札幌はまた小雨。大通り駅までは一駅だが、経験として地下鉄にも乗ってみたい。あっと言う間に『大通り駅』に到着。人の流れに従って改札を出たものの、どうやら方向が違うらしく、どこで地上に出たらホテルに一番近いのかが分からず苦労することしきり。またまた地図のお世話になってホテルにたどり着き、しばし休憩。

1時間ほど休んで、まだ明るい町の中、『すすきの』の『ラ-メン横町』に向かう。雨はほぼ止んで傘は必要なくなっている。休息時間に、『南2条西7丁目』という表示方式を勉強し、それを完全にマスタ-できるようになった。これは簡単で実にわかりやすい。町が京都以上に碁盤の目になっている上に道路も広いので、交差点の信号機に取り付けてある『南と西の数字の指導標』で、どこにいるのか一目瞭然。これで札幌の町は自由に歩ける自信ができる。

長くなったので、今日はここまで・・・。(田舎親父)

2016年6月 6日 (月)

貧乏老人の札幌一人旅・・・

 先月の末から4日程、札幌近辺をうろついてきたので、しばらくご無沙汰してしまった。留守中に、駒ヶ岳付近で父親から置き去りにされた男児が自衛隊の弊舎で無事保護されたと言うニュ-スにホットする。

ただ良かったというしか言葉はないが、まだ釈然としない部分があって『躾け』について語ることや、生臭い政治絡みの話題には心理的に嫌悪感があってその気になれないことから、貧乏老人の一人旅の様子を思い出しながら記述したい。例によって長ったらしい拙文になるだろうことは予測できるが・・・。

今回の旅は、3月ごろだったと思うが『クラブツ-リズム』という大手の旅行会社の『札幌4日間・35000円』という見出しを新聞で見つけたのがきっかけである。

私は以前から『サッポロビ-ル』でなければというほどのサッポロビ-ルファンであり、過去に一度訪れた記憶があるが、もう一度、サッポロビ-ルの博物館やビ-ル園、そして工場を見学したいと思っていたこともあって、数日札幌の空気を吸うのも面白そうだと思った次第である。

ただ安過ぎる。多分オンボロホテルのシングル部屋で食事などなしだろうと二の足を踏んだのだが、貧乏老人の一人旅には相応しいのではと考え直して申し込んで見る。

届いた案内パンフレットには、5月31日から6月3日までの日時は確約されているが詳細は5月末に届けるという内容のみで細かいことはなにもない。旅行会社からすれば、一番空いている時間帯の飛行機便をやり繰りするのだろうから、まあ当然だろうと納得。同時にプランタ-園芸が始まる時期と重なったこともあって、申し込んだことすら半分忘れていた。

きっかり1週間前に届いた旅行会社からの案内には、往路は、羽田発14時のANA便、帰路は新千歳13時30分のANA便で、3日間『札幌アパホテル』とあり、搭乗券などは空港の旅行会社の専用窓口で受け取る仕組みになっているようだ。

のんびり出かけて早帰りの、実質的には3日であるが、この際文句は言えない。それから、主にネットで札幌近辺のことを調べるのだが、ビ-ル博物館と工場、そして余市のニッカ蒸留所を訪れることは予定に組み入れたが、後は成り行きまかせで細かい計画はなしで出かけることにする。

ただあいにく北海道付近には低気圧が居座り全体に天気が荒れ模様というのが気がかりだったが、旅行先ではめったに雨にあわないことが自慢の一つになっているので、こちらもそのジンクス頼り・・・。

確かに天気は悪い。5月31日の午後、快晴の羽田を飛び立ったのだが、到着した新千歳空港は土砂降りの雨。しかし、空港の地下にJR線が乗り入れているので傘はいらない。乗り込んだ時にはガラガラだったが、出発時刻が近づくと車内は混み合う。札幌までは快速列車で40分ほど。

ICカ-ドは使えるようだが、『チャ-ジ金額不足に注意』という札幌駅のアナウンスで、どういう意味なのか駅員に確かめると『北海道は遅れているので、自動チャ-ジができない』という返事。念のために、4日間の交通費として1万円分をチャ-ジする。

外に出るとかなり強い雨。しかし、バス乗り場までは屋根があるので、ここでも傘は不要。そのままバスに乗り込みビ-ル博物館に直行する。

ジンクス通り、到着した時は、何だったのあの雨は・・・と思うほど小降りになっている。予約してあるので500円支払い、黒生とクラシックを一杯ずつ飲める『プレミアムコ-ス』という見学メニュ-に参加する。一緒になったのは台湾からのカップルと思われる二人組。こんなところにも外国人が押し寄せているのにビックリするが、日頃飲み慣れているよりはるかに美味い生ビ-ルに感激。その後、隣のビ-ル園で、4000円の『開拓使コ-ス』という期間限定のメニュ-の食事。

食べ放題ではないが飲み放題という特典が着いているので、早速サッポロクラシックを注文。結果的に、1時間と少しの間に、黒生・さらにクラシックとビ-ルを3杯もいただくが、さすがに大満足。食事を終えて外に出ると不思議に雨が止んでいる。

さすがお天気男と自画自賛しながらバスでサッポロ駅に戻り、送られて来た地図を頼りに南2条西7丁目のアパホテルまで歩く。約25分ほどだが、毎日2時間ほど歩いている私には手頃な距離である。

そこでチェックインするのだが、なんと3日間の朝食券が用意されている。朝食はないものと思っていたので、予定が狂ったと驚くがありがたく受け取る。しかも超がつくほど狭いシングルだと思っていたのに、空間的にはシングルだろうがベットが2つあるのは何だか得をしたような気分になる。

『すすきの』も歩いて近いようなので、ぶらぶら歩こうかと外をみると、とても歩ける状態ではないほどの激しい雨。仕方ないので、そのまま横になると疲れもあって熟睡。気がつくと窓からは明かりが差し込んでいる。時刻は午前4時。

これは朝の散歩に出かけなさいとという天の声だと思い表に飛び出す。テレビ塔や時計台、さらに道庁など札幌の中心街を巡り大通り公園をゆっくり歩く。さすがに札幌と、そのスケ-ルに歓声を上げる。2時間ほど歩いただろうか、そろそろ帰ろうと思った時、突然強い雨が降り始める。日射しもあったのによほど大気は不安定なのだろうと恨み節を唱えながら、念のために持っていた折り畳み傘を広げて、急いでホテルに戻り朝食をいただく。

バイキングスタイルであるが、朝食代金が1200円とかなり強気のホテル側の姿勢通り、まずまずの中身。今日は余市まで足を伸ばすので、雨が心配だが、またまた出かける時刻には雨が上がっているのに大満足。雨ならばタクシ-だと思っていたが、またまた得をした気持ちになる。

昨夜はあまり意識していなかったが、道路が広いわりに一方通交が多いのに驚く。しかも交差点は、ほとんどが車歩分離信号にもビックリ。一方通交なので、車歩分離ではあるが、片方は青信号の時間が長いのにも、なるほどと納得する。

札幌駅では、丁度通勤時間と重なったらしく、改札口から物凄い人が吐き出されてくる。横浜の片田舎で、日頃人の多い場所には近づかないようにしている私には、こんな光景は現役時代以来。人の流れがゆるやかになってからホ-ムにたどり着く。

列車の到着を待つ間、改めて駅の様子を眺める。昨日は夜だったのであまり感じなかったが、あたりがやけに薄暗い。頑丈な鉄骨が目立つが、100万人以上の大都市ならばもう少し華やかさがあってもよいのではと思うことしきり・・・。

小樽行きの列車は折り返し運転らしく、到着した車内は超満員。改めて、サッポロが大都会であることを実感する。

普通電車で小樽までは40分程度。車内放送で『小樽から先はICカ-ドは利用できない』ことを知り、一旦改札を出て、切符を買って余市まで切符を買って、函館本線の普通列車に乗り換えて余市駅に10時到着。(続く)(田舎親父)

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ