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2016年9月

2016年9月30日 (金)

相模原の狂気が迫ってきた?・・・

 相模原の障がい者入居施設で、元この施設の職員の男が、動くことすらままならない人々を次々に刃物で刺殺した事件のおぞましい記憶が生々しく残る神奈川県で(ひょっとして根は同じではと思わせる)末期症状の高齢者を受け入れている病院の患者の点滴に異物を混入させて殺害するという手口の事件が起きたことに、何とも言えな厭な気持ちにさせられる。

今回の事件の現場である横浜市神奈川区の『大口病院』はJR横浜線の大口駅の近くにある。同じ沿線の私の住む横浜の片田舎とはごく近いところだけに、平和な我が地域にも『狂気』と言うおぞましい空気が流れ込んできたような気になり背筋が寒くなる。

詳しい経緯は述べるまでもないだろう。入院患者の2人が相次いで死亡した原因が、院内で点滴に混入された消毒液だというから、何者かがはっきりとした意識を持って、動けない入院患者を殺害したことは明らか。

事件が発覚したのは、後で亡くなった男性の患者が、点滴を受けているうちに苦しみだし、看護士が駆けつけて点滴液の異常差に気づいたためと報じられている。先になくなった男性患者は点滴が完了した後で、特に苦しんだ様子もなく普通に亡くなったため、当初病死と診察されたらしいが、異物混入が分かってから改めて調べた結果、やはり点滴液に同じ異物が混じっていることが分かったそうだ。

ということは、病死と診断した医師が意図的に関わっていないと信じると、混入された異物の種類やその調合の割合などは全く想像がつかないものの、すでに亡くなった患者にとっては医師をも騙せるほど、穏やかに死に至る薬剤だったということになりそうだ。

事件を伝える記事によると、重症の高齢者が多い大口病院の病床数は85だという。4階は特に重体の高齢者のための病棟で35人を受け入れているらしいが、7月1日以降、9月20日までに48人が死亡しているというから驚いてしまう。

最近亡くなった9名の入院日と死亡日が載っていたが、いずれも生存していた日は数日だと言うから、なんとも鬼気せまるものがある。近所の住民たちの間では、『この病院に収容されたら、生きては戻れないどころか、すぐに・・・』と評判になっていたのもうなずける。

となると、入院させる家族も覚悟の上だったのだろうか?・・・と変な疑問が頭をよぎるが、ここにも人生の終末期になれば、自宅介護が無理になり、このような病院を頼らざるを得ない介護のあり方に問題を投げかけているように思え考えさせられる。

それはさておき、記事が取り上げている9名の患者は、8月下旬から9月初めに集中して亡くなったとのこと。いずれも『病死』として、遺体はすでに火葬されているので今回の点滴殺人との関連の検証は難しいのだそうだ。

しかし、繰り返しになるが、今回明らかになった一人は医師や看護士も気づかないほど自然に息を引き取ったとなると、9名の中にも事件に巻き込まれた人がいる可能性はかなり大きいと考えたほうか良さそうだ。

当初は、点滴液はすべて4階のナ-スセンタ-に保管されていたとのことなので、看護士の中に犯人が・・・と思わせる文面だったが、昨日になって、ナ-スセンタ-以外にも保存と言う文言があったことから、ひょっとして外部の犯行もあり得そうな気配になっている。

犯人探しは今後に任せるとして、点滴液入れる容器には小さな穴が開いているものが多数見つかったというのは恐ろしい。明らかに、人為的に開けられたのだろうから、そこから『意思をも騙せるような、緻密に配合された異物』を混入されたとしたら・・・。

もしも今回亡くなった一人が、他の人たちと同じように苦しまずに亡くなっていたとしたら、今後もこの病院に入院する末期患者は、数日後に『安楽死?』させられ、だれにも気づかれることなく荼毘に付されるということが日常的に続く?・・・。

スゴイ筋書きの医療小説を読んでいるような気分になる。万に一つの可能性はないと信じたいが、点滴液の保管場所を知る内部のものの犯行で、それを病院として利用していたとしたらなんてことまで考えてしまう。まさか、病院が外部の殺し屋に情報を提供し、報酬などを・・・。これは小説の読みすぎだろうが・・・。

ただ、心肺が動いているだけで社会的には何の意味がなく、経済的には負の要因だけで生きているのは全く価値がなく、殺害することは美徳である・・・という考えも存在していることは、現に相模原の事件を起こした犯人の思想や生きさまが証明している。

(話は飛躍するが)病気や障がいなどを持つ人たちが、日々生きるためには莫大なカネが必要なことは誰の目にも明らかである。そのカネを健康な人たちが分担することによって、今日の医療制度が成り立っているのだろうが、総額が40兆円もかかるとなると、制度そのものが行き詰まっていることは間違いない。そのことを金儲けのネタにしている輩も存在しているのも事実だろう。

私には妙案はない。が、社会的に役に立たない人間は抹殺しても良いという思想が広がっては大変なことになることは間違いところ。

そこで、ある意味、反社会的な表現になるのかも知れないが、このような病院で人知れず殺害されるよりは、自ら命を絶ちたいと願う人たちには、『尊厳死(安楽死)』が可能な制度を検討する時期に来たのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2016年9月29日 (木)

どうなる豊洲・・・

豊洲問題が少しおかしな方向に流れ出したような気がする。コイケ知事が、移転延期を宣言して始まったこの問題だか、翌日には、地下に盛土がなかったことが判明したとたん、都議会自民党の動きが止まり、主導権が知事に移り、次々に新しい事実が判明したことは繰り返す必要はないだろう。

もともと、盛土がないことは去年の暮れあたりからネットの話題になっていたことなので、コイケ知事としては折り込み済みの情報だったはず。しかし、ここまで都の対応がいい加減だとは予想していなかっこともあって、盛土がないという事実を実にうまく利用して、都と都議会にあえてケンカを売ったコイケ知事の役者ぶりに大いに拍手をおくったものである。

その後の知事の動きは早い。盛土が必要だと答申した専門家会議のメンパ-をすぐに復職させて、実際に地下空間に派遣、詳しい調査をさせたことはスゴイという一言。

しかし、折角、呼び戻された専門家たちの調査ぶりには『?』をつけたくなるほどお粗末なことに、知事は折り込み済みなのだろうかと疑問が頭をよぎる。全くの素人の私でさえも、専門家会議のやることが姑息で、なんとも哀れを感じてしまう。

その一例である。この専門家会議の座長のヒラタ某という人物が、地下空間にたまった水を『地下水』と断定したらしい。そこまでは良しとしても、『水質には問題がない』と付け加え、含まれている有害物質については『水道なみ』だとお墨付きをつけたというから、ほんとに都民の安全を真剣に考えているの・・・と言いたくなる。

しかも、『飲んでも危険性はない』と発言したらしいことがネットで大批判を受けているというが、本当だとしたら、自分たちか答申した盛土がなくても、豊洲市場は危険性がないのだから、移転しても良いという本心が透けて見えるような気がする。

一応、この御仁は、地下空間について『現時点でも安全だが、食の安全安心を考えれば、上乗せ的な対策が必要で、今後、地下の換気性を高めることなどを検討していく』と述べているらしいが、ここまで欠陥が明らかになった豊洲でも、『移転を認める』という前提に立っているのでは・・・。

『飲んでも大丈夫』発言に対しては、ネット住民からは『ならば、飲んでもらおうじゃないか・・・』と、怒りの声が沸き起こっているという。その通りである。多分、座長・ヒラタは、『安全だから心配しなくても良いよ』と言いたかったようだが、記者の前で『飲んでも大丈夫』はやはりマズイ。これは、あの水を実際に飲んでもらわなくては、都民の怒りは収まらないのではないだろうか。

この発言はともかく、あの強アルカリを示した地下水?を飲んだら一体どんなことになるのだろうか。化学記号でNaOHと示されているカセイソ-ダ(水酸化ナトリウム)と呼ばれる薬剤は、小学校でも取り扱うが、『劇薬』として厳重管理されている。タンパク質を溶かす働きがあるので、うっかり目に入ったら失明は免れないことから、取り扱いには注意したもの。

そんなことは、専門家である座長・ヒラタは当然ご存じだろう。都議がリトマス紙を地下水につけた反応は、私には、アルカリ濃度ははっきりとしないが、ふと現職時代に注意を払った『NaOH』を思い出す。

話は変わるが、都の担当部局は、地下空間は将来地下の汚染が明らかになった時、汚染土壌をはぎ取る必要があるために重機の出入り口だと、もっともらしい釈明をしているらしい。しかし、汚染は完全になくなっていると判定したからこそ、移転の話が進んでいたのであって、根本的な前提は、将来的にも汚染が生まれること自体考えてはならないことだろう。

テレビの映像でみる限り、青果棟の下は配管ダクトかなり上に据えつけられているが、他の棟では、配管の位置が低過ぎて、重機は全く動けない構造になっているのもこの説明ではうなずけるものではない。

1兆円もかけてしまった現在、『取りやめ』と言いにくいことはわかるが、いくら今後安全性確保のための工事を追加したとしても、失った信頼は取り返されるものではない。

コイケ知事は、犯人探しはしないと言っているらしいが、あのイシハラ迷惑ジイサンはじめイノセ・マズゾエたちの歴代の知事職と、美味い汁を吸っただろう都の幹部たちの責任を追及し、せめて退職金の返済程度のペナルティを課さない限り、都民の納得は得られないのではないだろうか。

コイケ知事の今後の動き注目していきたいものである。(田舎親父)

2016年9月28日 (水)

無償化にはほど遠い?・・・

 一月ほど前に、朝日新聞の記事に刺激されて、公立中学校の制服についてつぶやいたが、先日、やはり朝日新聞が『制服も高いが、副教材費など学校へ納める金もバカにならない』という公立の小中学校の児童生徒を持つ親の意見を紹介していた。

 書き出しは、小学5年の娘を持つ東京都の母親の『これまで1年生で鍵盤ハーモニカ(6千円)、2年生で絵の具セット(4千円)、4年生で彫刻刀セット(3千円)、5年生で裁縫セット(3千円)などを学校があっせんする業者から購入してきたが、そのたび、スーパーやネット通販で、似た商品の値段を調べると、一つの例えとして、同じ銘柄の絵の具が入ったセットがスーパーで1500円で売られていた』という文面に、現役時代、職員会議で『なにも同じでなくても良いだろうと』発言した事を思い出す。

 そのことに、音楽の指導には同じ規格の鍵盤ハ-モニカやリコ-ダ-がないと困ると言う音楽専科の意見に、そんなものかなあと変に納得した事も・・・。

 しかし、それ以外は規格を統一しなかったはずなのに、最近は、すべて同じものを揃えるようになっているのか・・・と思いながら記事を読み進める。

 この保護者は、学校があっせんした道具の購入は強制ではない、と学校から説明されたそうだが、『子どもがみんなと一緒のものをほしがるから・・・』と、あっせんのものを買ってきたそうだ。恐らく、その裏には、同じものを揃えないといじめにあうのではという思いがあった事は想像に難くない。

 記事のねらいの一つには、『公立の学校では学校は毎年、何の名目でいくら保護者から集めているのか』ということから、ある関東地方の市立中学校が2014年4月、保護者に配った、その年度の学年別の集金額の内訳が載った資料を分析しグラフ化している。

 割合が大きいのが給食費で、年約5万4千円だという。少し半端な数値だが、一食300円として、給食が必要な日数を180日とすると計算が合う。学校給食についてはこれまでも何度もつぶやいているのでここでは触れない。

旅行費は1、2年生の間に合わせて10万円を積み立て、修学旅行、林間学校などにあてるという。3年生では卒業アルバムなどを作る卒業対策費が加わるという。その他、PTA会費や学年学級費、さらに授業に使うドリルや副読本、市販テスト代など、3年間に合計すると、グラフから読み取ると30万円はゆうに超える。しかし、制服代などは含まれていないとなると、実際は50万円以上になるのは間違いなさそうだ。

憲法は『義務教育は無償』とうたっているのにこれは奇怪しい。何故、保護者は黙っているのだろうかと、いつもの疑問がまた蘇る。私のこのつぶやきが保護者たちの目に触れることはないことは十分承知の上で、記事から離れてささやかな私の抵抗の思い出をつぶやいてみることにする。

まず、『卒業アルバム』についてであるが、40年以上前に在職した大田区のK小学校での数年間。当時(今でもだが)『豪勢な卒業アルバムなど必要ない』という考えを持っていたので、自分たちで手作りしようと提案して、表紙はそれぞれの児童の版画で、掲載する写真はすべて、担任たちが手分けして撮影から徹夜で現像・焼き付けをして、その児童だけのアルバムを作ったもの。もちろん費用は驚くほど安くなったはずだと記憶している。

当然のことだが、まさに世界で一冊だけのオンリ-ワンである。そのための徹夜作業は大変だと思った事はなく、むしろ楽しい思い出であるが、今日のように、デジタル処理も含めた豪勢な卒業アルバムが流行っていることから、今頃、間違いなく色あせているだろうと少し自責の念がある。しかし、小学校の思いでなどは、色あせて丁度良いのではという気持ちは今でも変わらない。

授業に使う教材にはこだわりがあった。教科書の指導では理解できない児童には、『わかる算数』と言う水道方式の副読本を使ったことも懐かしい思い出である。このことは、またの機会につぶやくとして、市販テストに関しては、一貫して『使わなかった』ことは私の数少ない『誇り』として、今も持ち続けている。

以前もつぶやいたことなので繰り返さすつもりはないが、『市販テスト』で子どもを格差づけするなんてはプロの教師として恥ずかしいことで、自分が進めた授業を子どもたちがどこまで理解しているかを親から集めたカネで確認しなければならないなんて考えるだけでおぞましい。

テストで低い点数をとる子どもは大体決まっている。0点に近い点数の答案を見た親は『あなたの息子・娘は、バカです』と言われているように感じるはず。自分の子どものバカさ加減を示すテスト代を払うのは悲し過ぎる。

今日もまた、意味不明のつぶやきになったが、憲法が保証する『教育を受ける権利』、そして『義務教育は無償』と文言が、どんどん形骸化していることに虚しさを覚え、大昔の思いで話になってしまったようだ・・・。(田舎親父)

2016年9月27日 (火)

石棺方式しかなさそうだが・・・

福島事故原発では、相次ぐ台風による大雨で、護岸に近い敷地の地下水が急激に増加しているのだそうだ。

現場では連日、放射性物質の混じった地下水が海に流れ出さないよう護岸際の地下水ドレン(井戸)から水をくみ出し、建屋に移送する作業に追われているという記事を先日読んだが、以前から海に流れ出していることは明らかなのに、今更何なの・・・という感じを強くする。

本来なら豊富な地下水に守られた美しい村々が点在する風景だったのだろう。その恵みをもたらす地下水が海にそそぐ場所に突然、原子力発電所が姿を現す。以来、数十年は原発マネ-が地元の経済を支え、人々は『原子力で明るい未来』という標語そのものの生活を楽しんできたに違いない。

しかし、5年半前の3月11日を堺にして、福島第一原発周辺は、放射能と言う目に見えない悪魔が支配する土地となり、人々は立ち退きを命じられ、今なお住民き多くは県内外に避難せざるを得ない生活が続いている。

事故は、豊かな地下水を悪魔の水と変え、このまま放置すれば、大量の汚染水となり海を放射能のたまり場になる危険性が高いのだから、何とか海への流出をくい止めるために努力をしていることは想像に難くないが、地下水の量が半端でないとなると、その努力は限界があるのは当り前のことだろう。

始めから、事故原発の周りを数十メ-トル降り下げて、鉄板とコンクリ-トで地下水の動きを変えて、原発を避けて海に流れ出す道をつけておけば、かなり事情が違ったのだろうが、恐らく、事故を過小評価することで、すぐに廃炉にしたくない輩が蠢いたのだろうと勘繰っているのだが、その場限りの処理を連続的に行って今日に至っているのだろう。

いまもその作業は続いていると伝えられているが、地下水をくみ上げて新たにタンクを作ってそこに移しているらしいが、あまりにもその量が多い事から、地下水の汲み上げとタンクの増設がイタチゴッコになっているとのこと。いやそれは東電の一方的な説明で、相当量が海に直接流されていることは想像に難くない。

そこで生まれたのが、『凍土氷壁』なる最新技術?を使って、地下水の流れを変えると言う方式らしいが、これまでも何度かつぶやいているように、始めから『ムリ偏に無理』と書いて、『究極の技術』と読ませていたこのシステムは、当り前のことだろうが完全に失敗。上流で雨が降ったら地下水が増えるのは自然の摂理。豊かな地下水は原子力建屋の中で、悪魔の水となって海を汚染し続けていることは明らかだろう。

ところで、いよいよ地下水の水位が地表ぎりぎりにまで達したというから、手の打ちようがなくなっていることは間違いないところ。それでも、マスコミ発表は控えめで、地下水に含まれる放射性物質の濃度は、建屋地下にたまる高濃度汚染水とは比べものにならないほど低いと報じている。

こんな状態にも関わらず、現政権は事故原発周辺の海域は、厳重な堤防で汚染が外界に流れ出す事は絶対ない。事故はコントロルできていると強弁しているが、堤防で囲まれた湾内の潮位が高くなったと言う話は聞こえてこないところから、湾と外界が一体化していることは疑えない。

さすがに、厚顔無恥な現政権でも危機感をつのらせて、ついに『石棺』方式を考え出しているらしいが、核燃料を取り出して他県に作る『最終処分場』に移して廃炉にするという約束を福島県や周辺自治体と交わしているらしいとなると、『石棺』という言葉を出したとたんに猛烈な反対が起きるのも当然かもしれない。その結果、『石棺』という言葉そのものを消し去ったようだが、廃炉の道筋は不透明というより完全に無理になったとしか思えない。

結局のところ、何としても2020年のオリンピックに向けて、世界に収束を示さねばならず、その結果生まれた政策が『住民の帰還』を急ぐ事。次々に避難解除を出していることは今更私が述べるまでもないだろう。

それも、『安全は国が保証』と偽り、帰還しない場合は、保証を打ち切るというのだから、住民の命などは二の次三の次でオリンピックの方が大事だとしか考えていないことは間違いないところ。こんな政権が存在して良いとは思えないが、私には、国民の半数が支持していることが不思議でならない。

今更無理なのかも知れないが、凍土壁などと言う姑息な手段はあきらめて、コンクリ-トと鉄板で事故原発の敷地の周りを完全に遮断し、地下水の流れを変えるしか方法がないのでは・・・。そして、同時に、チェルノブイリと同じように、原発そのものをコンクリ-トで覆う巨大な石棺化をし、周辺を国の直轄として、ムリムリに住民を帰還させるような愚作を避けることだろう。

それが、信じられないほど長い時間の後、再びこの地で人々が豊かな生活が送れるようになるための、唯一の方法だと思うのだが・・・。(田舎親父)

2016年9月26日 (月)

どうした日教組・・・

大分前のことになるが、毎日新聞が、英語の20年度教科化に対して全国の教員からアンケ-トをとった結果をグラフで示した記事があった。少し、ひっかかることもあって、少し調べてからつぶやこうと思いその記事を保存しておいた。

 毎日新聞のアンケ-トは8月下旬〜9月上旬に実施、対象は小学校の高学年を担当する教員100人。その内訳は、47都道府県の男性49人、女性51人。年齢は20代11人▽30代28人▽40代37人▽50代24人だとのことである。

その結果、英語の正式教科化には半数近い45人が『反対』。『賛成』は29人、『どちらでもない』は26人だったという。

私がひっかかるのは、47都道府県全ての対象にした事には疑義はないが、人数があまりにも少な過ぎること。どのような基準で対象にする教員を選んだのかが明らかにされていないのでは、大まかな傾向はわかるとしても、年代別の傾向や地域性などの関連性が浮かび上がらない。

となると、読者は、だから何なの・・・と思うだけで、このデ-タから、自分がどうすれば良いのかという、参考になるようなことが読み取れないのではないだろうか。

 わざわざ『高学年担任』ではなく、『高学年担当の教員』という表現をしていることにも少し違和感を覚える。教科担任制などを念頭に置いているとしても、小学校の教員の免許状には、教科としての『英語』はないので、結局は高学年の『担任』がムリムリにでも『英語』の授業を進めなければならなくなるのではないだろう。

さらに、『担任』は、教員の異動もあって、毎年変わるのが当り前。高学年担任が固定しているわけではないのに、高学年担当教員だけを対象にしたのも少し気になるところ。

もっともひっかかるのは、『賛成は3割しかいなかった』という表現では、もっと賛成する教員が多いことを予測していたとも受け取れる。『慣れない授業や授業時間の増加で負担が増すことへの懸念や不安が浮き彫りになった』という文面も、5割以上の教員が反対しているのなら、この表現でも良いだろうが、半数以上が『賛成、あるいはどちらでも』となると、かなりこじつけが過ぎるように思えるが・・・。

加えて、『東京都の30代女性』とか、『三重県の40代男性』、あるいは、『長崎県の50代女性』や『香川県の20代男性』という表現も、恐らく対象者の数から類推すれば、その県の教員は一人か二人なのに、あたかもその県の年代の教員を代表する意見のように掲載するのはいかがなものだろうか。

そこで、私は東京の都区内で小学校の校長をしている昔の仲間に、『どんな様子か少し教えてほしい』とお願いしていたところ、昨日電話で、『決まった事だから、声高に反対とは言えないが、殆どの先生は困ったと不満そうですよ』という答えが返ってきた。

これは彼自身の意見でもあるようだ。校長として、『皆さん賛成ですか・反対ですか』と朝会で聞くわけはできないので、それとなく個人的に聞いてくれたようだ。確かに、こんな事を、朝会の話題にして区教委に知られたら面倒なのだろう。

『楽しみ(賛成)』と言っていたのは3人。いずれも、20代と30代前半女性教員だったという。後の十数人は、困った・不安だ・英語専科でやってほしい・ノイロ-ゼになりそう・・・などとのことだから、英語の教科化には反対と判断して支えなさそうだ。

都区内のたった一つの小学校であるので、区内はもちろん、これが東京都の一般的な小学校の教員の答えだと言うつもりはない。中には、都教委から『モデル校』を仰せつかって、英語を得意とする教員がそろっている小学校もあるだろう。しかし、彼の学校はむしろ、ごく普通の小学校だと聞いている。

正式なアンケ-トではないので、一般的に何ら説得力は持たないだろうか、私には、こちらの方がはるかに先生たちの気持ちを表していると思えるのだが・・・。

 ところで、ここまで書いてきて、ふと『教職員組合』はどんな反応をしているのだろうという、素朴な疑問が頭をよぎる。以前なら必ず文科省と対峙していたのに、最近『日教組』とか『全教』と言う活字が、新聞から消えている。

 教頭になった時日教組から抜けが、それまではそれなりの活動をしていたと自負している。30代に、『日共済』という日教組が母体になっている自動車保険と火災保険に加入したが、以来今でも継続していることから、日教組という組織は存在しているはず。

こんな大事な問題だから、日教組あるいは全教は何らかのアクションを起こしていると信じたいが、全く動きが伝わらないのは何なのだろう・・・。

マスコミに『報じるな』とでも命令が下っている?としたら、こちらの方が大問題。これは、調べてみる価値がありそうだ。(田舎親父)

2016年9月24日 (土)

大地震で生き残るには・・・

 昨日の続きになるが、私の空想つぶやきである。

 この世の最後を自分の眼で確かめるには、たとえ大地震が首都圏を襲って首都圏の交通機関がズタズタになり高層ビルが次々と倒壊し、何万何十万人の人間が死亡したとしても、しぶとく横浜の片田舎で生き残らねばならないのだが、そのためにどうするか、その空想的なシナリオを頭の中で描いてみる。

5年前の、3.11大地震の時の揺れは、横浜の片田舎では震度5強だったと記憶している。激しい揺れに驚き、飛び出したが地面が激しく上下動し、耐震工事をしていないオンボロ我が家が倒れることも覚悟したもの。

幸い、特に被害がなかったものの、震度7の連続パンチには耐えられないだろうから、まずは大きな揺れを感じたら直ちに外に飛び出さねばならない。ここまでが第一段階。

家本体の耐震工事はしていないが、頑丈な鉄骨でシェルタ-を兼ねた車庫を作って、その上に、一応震度7でも倒壊しないだけの六畳の事務室を建てているので、本体が倒壊しても、この部分は残るのではと思っている。甘いかな・・・。

とりあえず、空間は確保できそうだが、電気とガスと水道は長期間ストップするのは確実だろう。となると、さて・・・。

電気とガスト水道を並べて優先順位をつけてみると、これは水道が一番だろう。ただし、飲み水は大量の備蓄でしばらくは乗り越えられたとしても、もっとやっかいなのは、最近のトイレ事情。水がなければ役に立たなくなることは、阪神淡路大震災や東北大震災での避難場所で必ず直面した大問題。

ここで話を大きく飛躍するが、最近の登山ブ-ムと凄まじく、夏山シ-ズンになれば、富士山は人のお尻を見ながらという表現がオ-バ-でないほどの混雑。そこまではいかないまでも、名の知れた山には特に中高年の男女登山者が群がっている。

私も、若い頃山に憧れた時期があり、北アルプスの山中で10日以上も過ごしたものだが、山小屋には経済的な理由で利用できないとなると、テントを張る場所は周りでトイレに適した場所があるかを見分けること。

もっとも、当時(50年ほど前)テントを張るのは殆ど人気のない場所だったので、さほどの苦労をしなかったように記憶している。時に夜中にクマがテントの周りを歩いたと言う話を聞いてはいたものの、さほど気にならなかったのは無知と怖いものしらずだったこともあるが、トイレ事情が先だったのではないだろうか。

最近の上高地から穂高岳に至る途中の『涸沢』の一面テントの洪水のような状態では、登山者たちはどうしているのだろうと、テントで溢れるような映像をみるたびに、ふとこのトイレに降りる事情を思い出す。多分、山小屋やそれなりのトイレの施設があるのだろうとは思うが、その混雑を想像すると、出かけるには二の足を踏むところ。

それほど、トイレ事情が人間の行動を規制するのだが、最近は、全国の全てのトイレに降りると言っても良いほど水洗となると、水がなければトイレとしての機能が果たせないのだから災害に遭えば一番困る問題。

しかし忘れてならないのは、一昔前は水洗トイレなど一般には存在せず、くみ取り式だった事。非常の場合となると、ある程度の容積の穴ポコを地面に掘れれば、とりあえず大丈夫だろうだろう。

その意味では、すぐ前は森であり畑である我が家の環境は、昔の排泄姿勢を思い出し実践できれば、たとえ家が倒壊しで庭が使えなくても何とかなりそうだ。

どうやら、家の下敷きにならない限り、自力で数日間は生き延びられる可能性が大きくなる。

ここまで書いてきて、折角、地震から逃れられても、高層(低層でも同じかも)マンションや、一戸建てでも周りがコンクリ-トで覆われている最近の流行の住宅に住む人たちはトイレ問題をどうするのだろうと、私が心配しても意味ないことを思ってしまう。

しかし、これは大きな問題である。改めて近々つぶやく必要がありそうだ。(田舎親父杉)

2016年9月23日 (金)

絶対的な神の怒りを期待?・・・

 今年の夏の始めは猛暑が続いたか、『立秋』を過ぎて『残暑お見舞い』という季節になると、台風の連続パンチ。岩手県の悲惨な光景には言葉を失うが、北海道の農作物への大被害を思うと、これからの野菜の供給と価格の変動に暗い予感がする。

細々と横浜の片隅で、プランタ-で野菜を育て空気を食うような仙人的日常を過ごしている私には、被災された方々には心からのお見舞いの言葉しか発することしかできないのが情けない。

災害が起きたら、すぐに寄付だ募金だという話になるが、外国に出かけては億だ兆だとバラまくカネ(国民からむしりとった税金だろうが)があったら、その十分の一、いや百分の一でも、被災地救援に回せば物的復興は早いと思うのだが、アホへという権力者はそんな事はお構いなく、国連の安保理の席が重要だと思っているらしいから困ったもの・・・。

中国の歴史小説を読むと、唐でも漢でも、また明で清でも、それぞれ栄えていた王朝の末期になると、帝(時の権力者)の横暴に、天変地異が続発した機を逃さず人民を煽る人物が出現し、反政府ゲリラではないが、燎原の火のごとく各地に反乱暴動が広がり、国が滅びるというパタ-ンが多い。

その事を言い表す諺に、『災害が続くのは時の帝の悪政が原因』という意味の文章があったと記憶しているが、まさにこの事は現在の日本の現実そのものではないだろうか。

5年前の東北大震災と福島原発事故から、気象庁はしきりに『百年に一度』的な表現を使いはじめているが、今年はさらに『50年に一度』という言い方になっている。時が半減しているのも気になるところ。

福島原発事故は収束するどころか、天文学的巨費の税金を投じて作った凍土壁が何の役に立たないばかりか、地下水が地表に現れ出したと言うから、海が汚染されるのは当然と言う事態になっている。

それでも権力者アホベは、『原発事故は収束した』と世界にウソを発信し、取り巻き連中は、東京オリンピックの競技の一部を福島でなんてノウ天気なことを言い出す始末。

暴動が起きないのが不思議なほどだが、現政権はマスコミを完全に掌握し、国民の関心を絶えずよそにそらし、一億総白痴化政策を押し進めているものだから、正しい情報は、よほど真剣にネットで探さねば見つからないとなると、支持率が下がらないのも致し方なさそうだ。

ここまではいつものグチだが、一昨日、『強い台風が通過すると気圧が急激に変化し、地面への圧力が変わることから地震が多くなる傾向がある』という文章にぶつかった。

その一つの証拠として、今回の台風16号が通過した直後に伊豆諸島南部でマグニチュード6.3の大きな地震が発生している事実を上げている。この事と『月の満ち欠け』などを組み合わさると、かなりの確率で地震が発生するのでと言う。そして、気圧の急変と月の観測だけでもちょっとした地震予知が可能だと述べている。

そう言えば、今年は異常に少なかった台風の発生が、8月になって急増し、上陸する数が多くなったことに歩調を合わすように、地震が多くなったらように思える。

例年なら、4且つまでにひとつや二つ台風が発生するはずなのに、その気圧変化が熊本地方に、今までにない形態の地震を引き起こした?・・・。さらに、8月になって、朝鮮半島が揺れ続いているのが不気味である。

韓国も北朝鮮も政情が乱れているらしいとなると、中国の諺通り、天の自然現象までも司る絶対的な『神』が、それぞれの国の権力者の横暴さに我慢の限界が近づいて、警告しているのでは・・・と夢物語的なことを空想している。

このまま現政権のムチャクチャを許していたら、神の怒りは本物となり、未曾有の大災害が起きるのではと、夢物語が本物になり得ると心配になる。いや、本心は起きたほうが良さそうだと言うところであるが・・・。

そんなアホな空想ではなく、実際に2020年までに、首都圏を襲う大地震が起きそうなことは、昨今の異常気象の続き方から可能性は高そうだ。

これも漫画的な発想になるが、その時は、日本滅亡を自分の眼で確かめたく、しぶとく生き残る術を考えているが、この続きはまた・・・。(田舎親父)

2016年9月21日 (水)

民進党を消滅させるために?・・・

 民進党の代表選挙は、蓮舫の二重国籍問題だけが騒がれただけで,誰がなっても代わりばえがないと思っていたが、台湾からの情報が届く前に、地方の党員やサポ-タ-の投票が終えてしまったことなどもあって、一回目の投票で蓮舫代表が決まったらしい。

 私にとっては、民進党はもはやゴミのような存在になっているので、つぶやくことすら価値のないものになっているが、蓮舫代表が、こともあろうに、幹事長に『汚染ドジョウ』としか表現できない人物を選んだということにアホカと一言。もはや二度と話題にすることはないだろうが、最後のこんな事をつぶやくことにする。

蓮舫と言う女性は、国民の悲しみや怒りが全く分かっていないのだなあと唖然とするばかり。何でも蓮舫代表は民主党から参院選に立候補した時から、汚染ドジョウ男の派閥に属し、師と仰いでいたのだそうだから、口は達者ながら人間を観る目がないのだろう。

 蓮舫は民主党政権が崩壊劇をどう総括しているのだろう。国民への約束である諸費税の値上げを平気で実施した『汚染ドジョウ男』のやりかたが、『政治の師』として、国民ために間違いない決断だと評価したのだろうか。

 また、今でも迷惑ジイサンである当時の都知事の恫喝に震え上がって、尖閣諸島を国有化した事も、普天間基地の辺野古移転を是としているのも・・・。そして原発再稼働さえも、反対と言う声を上げないのもやはり『政治の師』として『汚染ドジョウ男』のやり方は間違っていないと従ったのだろうか。答えは残念ながら、いずれも『そのようだ』としか思えない。

 幹事長に指名された『汚染ドジョウ男』はその挨拶で党勢回復への決意を表明したそうだが、『政権から転落したとき私が首相で代表だった。落選して(国会に)戻れない多くの人たちのためにも、自分の政治人生に落としまえをつけるつもりで、火中の栗を拾う決断をした』強調したというマスコミが伝える文面には、自分の過ちに対する一片の反省はない。

『落しまえをつける』という表現も汚らしいが、本心は、落選させた子分たちには申し訳ないので、彼らを復帰させる幹事長になったというところだろう。そこには国民に対する責任は全く感じられず、あるのは、落選させた子分たちに向かってのやくざ社会の掟を示して、やる気を見せる言葉だけ・・・。

 『国民の皆様には本当に迷惑をかけ申し訳ありませんでした。その責任をとるべく、幹事長としてアホベ政権と対決しますので力を貸してほしい・・・』ぐらいのセリフを吐けば、軽蔑されたとしても、世論は『まあ許そうか・・・』となるのではと思いたいが、そんなウソすらつけないほど子分たちの恨み節がおそろしいのかもしれない。

この男を幹事長に据えた蓮舫代表も同罪。参院議員の自分には衆議院でアホベ辺内閣と対決できないので、自分に代わって『我が師・汚染ドジョウ男』にお願いしたと言うところかもしれないが、衆院解散時を思い出すまでもなく、アホベ政権に軽くいなされるだけで、下手すると利用されるだけだろう。この男の挨拶を聞いて、官邸は大笑いをしていたに違いない。

『汚染ドジョウ男』を幹事長にすえる新人事の承認を求めた両院議員総会は、全議員の半分にも満たない60人しか集まらなかったという。当然だろうが、この党に、反発して退場する議員かいることに、まだほんの少しの救いを感じる。

民進党は消え去るのみ。それが時代の趨勢だろう。蓮舫代表が、この動きを敏感に読み取り、民進党そのものを消滅させるために、あえて『汚染男幹事長』人事を敢行したとしたら、凄いと拍手喝采をしたいしたいところだが・・・。(田舎親父)

2016年9月20日 (火)

輸入米の価格も怪しそうだ・・・

 先日の毎日新聞の、――輸入米 高値に見せかけ 『調整金』還流、国は放置――という見出しに、一番苦手な経済の問題ながら、何となくだがアンテナが反応する。

 翌日には朝日新聞もこき問題を取り上げているので、これは面白そうだと何度も読み直す。普通の文章なら、一度読めば理解できるつもりなのだが、カネが絡む問題は苦手意識がはたらくのだろが、1度や2度ではスッキリしない。

 国は外国産米を民間ベ-スで自由に輸入されたら、国内産米よりはるかに安い価格で流通するのを防ぐために、国の管理下で行われている『売買同時入札(SBS)』という規制を作っているのだそうだ。

ところが、この規制をくぐり抜けて、業者間で輸入価格を実際より高く見せかける取引が横行していたことが内部資料などで分かったという。農水省は、この事について以前から外部からの指摘があったのを放置していたというから、やはり、ここでもカネ儲け命の輩の鼻薬が農水省官僚たちの神経をゆがめているような気配を感じる。

『売買同時制度(SBS)』とは、主に主食用の上質の輸入米を受け入れるために国が95年度から始めた入札制度だという。国が商社から輸入米を買い入れて、事実上の関税を上乗せして卸業者に売り渡すのだが、買い入れ価格と売り渡し価格には『予定価格』が設定されているところから、『売買同時』という言葉が生まれたのだそうだ。

初めて知る事ばかりだが、この知識を得て記事を読むと、やっと金儲けの仕組みというか、この制度の欠陥がわかりかける。

 『SBS』によって、国は輸入米の平均価格を公表しているが、コメを輸入する商社と卸業者がペアを組んで参加するというところから話が奇怪しくなる。輸入業者も卸売業者もその社是は『金儲けのためには手段を選ばす』だろうことは想像に難くないので、利益を得るためには・・・というところで一致するようだ。

総合商社『兼松』の内部資料から明らかになったというから、誤魔化しに耐えかねて誰かが漏らしたのだろう。流失した資料によると、2013年10月のSBSで『兼松が輸入米を1キロ145円で国に売り、国はそれを194円で卸業者に売る』との条件を示し308トン分を落札したという。

ここまではごく普通の商取引だが、兼松が実際に購入した価格は105円だそうだが、国は価格である145円で購入するとなると、国はキロ当たり40円を兼松に支払っていることになる。兼松にとってはまさに暴利?では・・・。しかし、国は、卸売業者(公表していない)に194円で売り渡しているので損益を被っているわけではなさそうだ。

ところが、ぼろ儲けしているはずの兼松は、卸売業者に、国から支払われる代金との差額約40円を『調整金』として渡していたというから、卸業者は公表価格より調整金分だけ安い154円前後で輸入米を入手したことになる。

兼松(他の輸入業者も同じ手を使っているのだろうが)はこの取引を習慣的に行っていたというから、実際には、業者同士のさじ加減一つで、国が決めた価格より安い外国産米が市場に出回り、国内の農家には脅威になっている事は明らか。

私が、友人の米農家から直接購入している『アキタコマチ』は、10kgで2000円(キロ当たり200円)である。最近は、外国産の『コシヒカリ』なども当り前に流通しているというから、これをキロ当たり170円程度でス-パ-に卸せば、消費者は飛びつくのではないだろうか。

現在、SBSの輸入枠の上限は年間10万トンらしいが、もしもTPPが発効すれば最大計7万8400トンの枠を新設することが決まっているのだそうだ。となると、安値の輸入米流入により、国産米に対する価格下落圧力がさらに高まるのは間違いないところ。

これまで国は、『調整金の存在は知らない。あったとしても民間の取引に国は関与できない』と言い続けていたという。はやり、かなりの鼻薬が蔓延している気配を感じる。

また、『TPPが発効しても、SBSの制度があるので、(輸入米の)市場価格は国産米と大きく変わらない』と説明していた事がすべてウソということになる。

この事を質問された、ヤマモトという新任の農水相は、実態解明に動きだすと語っているらしいが、この御仁の身辺にはかなりカネの臭いがするらしいから、あまり本気で動きだすとは思えないのでは・・・。

この記事から明らかになった事は、TPPは、国内の米農家はもちろん第一次産業に従事する人々をいじめる制度であることが改めてはっきりしてきたようだ。(田舎親父)

2016年9月17日 (土)

やはりこのジイサンが・・・

 一昨日の東京新聞が一面トップで、『豊洲市場の主要な建物下に盛り土がされていなかった問題で、石原慎太郎氏が都知事在任中の2008年、地下にコンクリートの箱を埋める案に言及していたことが分かった』と、あの迷惑ジイサンが関与していた事をはっきりと述べていた。

さらに昨日には、やはり一面トップで、この事について、当時のヒルマ都中央卸売市場長が、この前知事から、『こんな案があるから検討してみてくれ』と指示を受けたと明かしたと報じている。

このヒルマ氏は現在の役職ははっきりしないが、さすがに、都庁の幹部だけあって、指示はあったが、『09年のはじめに(別の専門家による)技術会議で工法内容がまとまり、知事にはコンクリート箱案は採用できないと伝えた』と、実にうまく、責任の所在をぼかしている。

どうも『技術会議』と言うのが曲者らしい。『専門家会議』が、盛土が地下の有害物質を除去するには欠かせないという答申を打ち出す前に、御用学者の集まりである『技術会議』が、即コンクリ-ト空間方式を検討していると言うから、『専門家会議』とは、迷惑ジイサン知事のアリバイ作りだったらしい。

昨日になって、自宅前だろうが、記者に囲まれたこの御仁は、『都庁の役人からそういう情報を聞いたから、取り次いだだけ』となんとも間の抜けた常識はずれの発言をしていたが、知事が動きだしたらどうなるか、始めから分かっていたに違いない。

豊洲移転を決めたのもこのジイサン。盛土が必要だと言う答申に耳も貸さず、コンクリ-トの空間を『誰かに取り次いだ(幹部に指示した)』たのもこのジイサンであることが明らかになった以上、これからどんな展開になるのか面白くなってきた。

コイケ知事はカネの行方を洗い出すと明言している以上、埋め立て費用が1000億円にものぼり、コンクリ-トの空間を作ることによって、契約金額が400億円も跳ね上がったとなると、このカネの行方を解明しなければ、都民は納得ないいだろう。となると、コイケ知事がどこまでこの迷惑ジンサンと対決できるかが今後の楽しみになってくる。

記者から逃げるようにして車に乗ったこの御仁は、最後に、『都庁は伏魔殿だ』と吐き捨てるように言っていたが、伏魔殿にしたのは当の本人であることを自覚していないのでは思わず笑ってしまった。

カネ(都民の税金)の問題はさておくとして、テレビが映し出した、コンクリ-トの空間は、中に入った都議会議員の背丈の優に3倍はありそうな感じを受ける。という事は、およそ5m?・・・。

盛土の部分はまで2mを掘り起こして新しい土を入れ、さらにその上に、2.5mの土を盛ったと発表されているが、5mとなるとコンクリ-トの空間を作るために、さらに元々の表土を0.5mえぐりとった事になりそうだ。

しかも、青果棟の下の部分は、コンクリ-トが何故かマス状に流しこまれているが、その下の部分は砕石層がむき出しになっている。その事も疑問だが、今後明らかになるだろう砕石層の厚さによっては、元の東京ガスの跡地をわざわざ削り取って地下の有害物質をあらわにしたことになる。

こんな話をまともに信じたくないか、盛土にかかる費用が全体で1000億円だといいわれ、それゼネコンがすでに受け取っていることは間違いないところ。その金額が妥当だと思えないが、無理に納得したとしても、実際は、建物部分が全体の3分の1となると。300億円超(プラス400億円?)がどこかに消えていることになる。

金儲け命の輩のやる事だから、都民の命など考えていないだろう事は想像できるが、それにしても酷過ぎる。このままうやむやにして移転していたとしたら、どんな事になっていただろうと想像するとゾッとする。

移転しない場合、空っぽの豊洲市場を維持管理するために一日700万円のカネがムダになると言う話もどうやらウソらしい。移転がオリンピックとリンクして、必要不可欠だと言う話も全く聞かれなくなっていることからウソっぽい。

都庁が伏魔殿なら、オリンピックがらみの話として、移転を進めるように圧力をかけていた組織委員会は何と表現したら良いのだろう。

さて、コイケ知事は伏魔殿に加えて魔物とどう戦うのか、オリンピックの閉会式から帰国する21日以降の、知事の言動に目が離せなくなってきた。ただヒラリ-と同じように、健康問題が囁かれているらしいことが気になるところだか・・・。

さらに、昨日にはコンクリ-ト空間のさらに下部にやはりコンリ-トの巨大な貯水槽と称する建造物があることが明らかになったと言う。底辺の面積が100平方というから約30坪。凄い大きさだが、これが数カ所以上と言うから、その分の盛土費用もどこかに消えている。これは伏魔殿どころの騒ぎではなさそうだ・・・。(田舎親父)

2016年9月16日 (金)

ヒラリ-の影武者?・・・

 アメリカ大統領選まで2ケ月を切って、クリントン・トランプ両陣営はいよいよ最後の追い込みにかかっているようだが、ここにきて、クリントン候補に決定的な健康問題が勃発しているようだ。

 9.11の追悼会には両候補は出席したという。しかし、クリントンは途中で気分が悪くなって退席したそうだ。その際の車に向かっている映像を(入手先はわからないか)日本のマスコミが流していたが、車に乗り込む時には完全に倒れ、車内に担ぎ込まれるように見える。

すぐに、クリントン陣営は、9日から肺炎にかかっており、病院で治療していると発表したようだが、あの倒れ方はどう見ても、心筋梗塞かクモ膜下出血のようなトンデモ症状が出たとしか思えないのだが・・・。

ところが、翌日には病院で検査を受けて、なんでもなかったとして、いつも通りの大袈裟なジェスチャ-で手を振って元気さをアピ-ルしている姿が映し出されていたことに『?』と強い違和感をおぼえた。

その時は、アメリカ大統領になるためにはよほど強烈な個性と体力が必要なのだろうから、医師団は私が想像できないようとても凄い治療方法を持っているのだろうと深く考えなかった。

ところが、ネットで『あれはヒラリ-の影武者だ・・・』だという話題に出会い、改めて、大写しになった本物と影武者?の映像をじっくりみたところ、なるほど違う。皮膚の張りなどは化粧やカメラワ-クで誤魔化せるだろうが、顔のパ-ツは根本的には変えられない。明らかに鼻の形が違う。

まさか影武者などとは信じ難いが、勝つためには何でもあり・・・がアメリカ大統領選の常識だとなると、この陰謀説をアホカの一言で片づけられないような気もする。

クリントン候補は14日から地方遊説を再開すると発表していた。陣営は医師の健康診断の結果を公表して、大統領の職務に差し支えないことを強調しているらしいが、今朝の段階では遊説を再開したという報道はネットを探してもない。となると、あの倒れ方(本人である事が前提)から、まだ病院で治療を受けているか、場合によったら、それ以上の重症であることもあり得そうだ。

その事は、近々明らかになるだろうが、ずっと気になっていることは、あれほどの暴言をはいているトランプが共和党の候補者として勝ち上がってきた事は不思議でならない。共和党の有力候補者は、次々にトランプ不支持を明言していたのに、その効果がなかったのだろうか。

黒人やヒスパニック系の人々をバカするどころか、明らかに人権侵害だと受け取れるような表現でこき下ろしていたが、それに対して黒人たちの間からは、叩きつけるような憎しみの声か報じられないのも腑に落ちない。

メキシコとの国境に壁を作ると公言していたが、つい先日はメキシコ大統領と握手している映像が紹介されていたのも、なんとも違和感をおぼえる。あれほど悪意に満ちた発言をされたら、メキシコの大統領は気分的にも会いたくないに違いない。それ以上に、メキシコ国民にとっては、怒り心頭というところなのに、トランプのメキシコ訪問に対してデモ騒ぎが起きたという報道もない。

一方、クリントンはというと、独特のガラガラ声がさらに激しくなり、(実際には聞いた事はないが)このところの発言の声をテレビニュ-スで聞く限り、私には『魔女の声』のように聞こえることに、これでアメリカ大統領が勤まるのだろうかと少し気になっているところ。

そしてあの咳き込み方。68歳という年齢から、もし大統領になったとしても、激務に耐えられないような気がするので、この勝負は、どうやらトランプの勝ちと見ても良さそうだ。

トランプ大統領が誕生すると、TPPなどクソクラエと明言しているのだから、アメリカが批准するとは思えない。それでも、アホベ政権は秋の臨時国会でTPP批准を最優先課題にしているというから、可決することは間違いないが、アメリカが参加しないと表明した時点で、加盟国の笑い物になるのは間違いないところ。

トランプは日米安保条約も、守ってほしかったらカネを出せと言っているとなると、アメリカさまのポチを『是』としている現政権は、大きく変わらねばならなくなるだろう。フィリピンのドゥテルテ大統領のように『アメリカ出て行け・・・』とは言えないまでも、沖縄いじめは少なくなる可能性が生じるのではないだろうか。

トランプの人となりなど全く知らないが、私のような現政権に嫌悪感持っていても、この国から逃げ出す事ができない一般国民にとっては、クリントンよりもマシなような気がする。もっとも、さほどの期待など抱いていないが・・・。

現在入院中であっても、クリントン陣営は『ここで降りる』など言えないだろうから、ごく近い将来、ヒラリ-・クリントンは国民の前に姿を現さねばならなくなる。

その時、特に鼻の形に注目してみよう。そして『陰武者だったら』、外野的には,こんな面白いショ-はないと、ある意味楽しみにしている・・・。(杉)

(追記)このつぶやきを書き終えた直後、NHKテレビニュ-スが遊説を再開したということを報じていた。ただ、映像が小さく、鼻の形まで確認できなかったが、声は明らかに『魔女の声』でなくなったのは、私の気のせいだろうか・・・。

2016年9月15日 (木)

権力による沖縄いじめ・・・

 いじめを苦に自殺する中学・高校生が後を絶たない。最近は小学生にまで、その風潮が広がっていることに心を痛め今日この頃である。

 文科省は『いじめ撲滅』を声だかに叫び、いじめをなくす具体策を示さずに、全国の全ての公立学校に『いじめ』の有る無しを確認し報告させるようにしているものだから、報告義務が現場の先生たちの時間を奪い、ますます子どもたちをきちんと見守ることが難しくなっているのが現実。このことを文科省の現場を知らないエリ-ト官僚は知っているのだろうか・・・と思いたくなる。

 今日もまた変な書き出しになったが、現政権の沖縄いじめが、さらに酷くなっていることに、国が率先して『いじめ』をエスカレ-トさせているのだから、子どもたちに対して『弱いものをいじめてもかまわない』というメッセ-ジを発信しているのと同じだろうと皮肉りたくなる。

権力と重機が住民の反対を押して軍事施設『ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)』をつくる光景がまた沖縄で繰り返されているという。反対する人々を、全国から集められた警察の機動隊が、力づくで排除している凄まじい映像がネットに流れている。

しかし、この映像をネットで探し出し観る国民はごく少数。NHKや大新聞は殆ど取り上げることはないので、『辺野古』という地名は稀に聞くことはっても,『高江』という言葉に反応する人は少なく、何それ、人の名前・・・というところでは。

厳密に言うと、時に大新聞もこのことを取り上げることがある。その殆どが社説であるが、社説を読む人は殆どいないのでは、国民への発信とは言えないだろう。

機動隊が村民を排除する映像は、私が50年前に経験した、『日韓同盟反対』や『原潜の横須賀機構反対』の国会前のデモや、あの『成田空港建設反対』の現場を鮮烈に思い出させてくれる。

国会前のデモ隊排除は、それでも秩序があったように思う。特に当時の第四機動隊の隊員たちは、まさに楯を構えて横一列に隊列を整えて学生たちに迫ってきた。決して警棒を振るうことはない。我々は、戦車が襲ってくる恐怖感に、ジリジリと下がるだけで、気かつくと完全に蹴散らされて、清水谷公園で気勢を上げるだけ。悔しい思い出として記憶に残っている。

しかし、成田は違っていた。国の命令で、ここに何としても空港を造らねばならないのだから、その排除のやり方は、学生を蹴散らす第四機動隊とは違い、拠点に立てこもっている人々を暴力的な方法で排除し、拠点そのものを取り壊すという荒っぽいものである。

機動隊が二重三重に警備しているのだから、我々は現場にすら近づけない。反対派の人々が撮影した映像を眺めて、悔し涙を流すしかなかったほろ苦い記憶が蘇ってくる。

そんな光景が、沖縄の北部の東村『高江』で連日繰り広げられているに違いない。機動隊によって県道は完全に封鎖されているという。そこは、道路を管理する県職員さえ入れないというから、何が起きているのか容易に想像できる。

詳しい経過は把握していないが、ヘリパットの建設は、普天間基地の移転のためにアメリカと取り交わした約束事だったそうだ。普天間基地の移転は沖縄県の悲願であり、『東村』という国の決定に苦渋の思いで同意したに違いない。ここでも、50年前の成田の光景が浮かび上がる。

当時、国は羽田空港の限界から、東京にできるだけ近い場所に空港が必要だとのことで、突然、関東平野の穀倉地帯である成田と決定。羽田は国内線専用という条件で,千葉県に同意を求めたのではなかっただろうか。千葉県、そして近隣の自治体も国の決定には逆らえず、仕方なく空港建設を承認したに違いない。

当然、成田近辺の住民は寝耳に水、納得できる話ではないので、反対闘争が始まるのだが、賛成すればアメ(莫大なカネ)を与え、どうしても抵抗する住民は、機動隊を使って徹底的に排除という光景が、今『高江』で起きているに違いない。

しかも成田と違い、沖縄までの交通は空路だけ。さらに那覇から遠く離れたきわめて便の悪い東村高江とあっては応援部隊が少ないだろうから、機動隊は住民をまるで害虫でも駆除するがごとく、人権など何のそのとばかり排除している姿が眼に浮かぶ。

20年以上も反対派住民との対立が続いているのだから、急いで工事をはじめる必要があるとは思えないのだか、国はどうしても、急いで『ヘリパッド』を作らねばならなくなった事情ができたことは想像できる。裏には、ここでもアメリカさまののご命令があったのだろうことも・・・。

 子どもたちの世界のいじめとは次元が違うということは十分承知しているつもりであるが、ここまで人権を無視した暴力的な方法で反対する住民を排除することは、子どものいじめ以上にはっきりとした、権力による『いじめ』であることは間違いない。

 アメリカさまのご命令をハイハイと聞くだけでは独立国家とは言えないはず。フィリピンの新政権はアメリカに背く勇気を持っている。このことは、アメリカとの関係悪化を招区ことは確かだろうから、フィリピンの将来には不安を抱くものの評価したい。

世界から、フィリピンより劣ると揶揄されないためにも、政府は、時間をかけて住民の立場で話し合って、解決の糸口を見つける姿勢は見せてほしいもの。

蛇足ながら、この工事に伴い、県外から派遣された500人規模の機動隊が使う給油や高速道路代などの費用を、沖縄県警が負担しているのだそうだが、こんなバカな話ってあるのだろうか。

 特に東京都から派遣された機動隊員は、一流のリゾ-トホテルで快適に過ごしているという情報ももれ聞こえてくるが、これを『沖縄いじめ』という以外に、どう表現するのか私にはその言葉は見つからない・・・。(田舎親父)

2016年9月14日 (水)

知事を信じたい・・・

 少し話は古くなる。川内原発の一時停止を公約に当選した、ミタゾノ鹿児島県知事が、公約通り、九電に一時停止を要請したことに対して、九電は、『できない』と突っぱねたとのことに、なんとも異様な感じを受ける。

選挙で選ばれるということは、投票率の低さが問題になっているが、少なくとも有権者の総意を受け止めるのが民主主義だということを、今まで教えられ、そして教えてきたが九電の幹部たちは、そのことを学ばなかったらしい。

ミタゾノ知事は、川内原発再稼働を是認した4選を目指した現職を破って当選を果たしたのだから、鹿児島県民は『原発の一時停止』を求めていることは明らかなのに、民意を否定する形で、九電が『いやだ』と拒否とは、『県民の命より、金儲けの方が大事』だと宣言したと受け止めても過言ではないだろう。

この強気はどこから来るカ考えると、沖縄に対する現政権の姿勢とぴたりと一致するように思えるのは私だけだろうか。沖縄の知事選挙では、『辺野古への移転反対』と明確に打ち出した翁長さんが、前々回の知事選では、今回の翁長さんと同じように『辺野古移転反対』の公約で当選したのに、途中で『賛成』に転じたナカイマとかいう現職を大差で破ッたことを忘れてはならない。

沖縄の民意は、『かけがえのない辺野古の海を埋め立てはさせてはない』とはっきり示したのにも関わらず、現政権は、辺野古移転を認めないのなら『カネを減らすぞ・・・』という、昔の悪代官まがいの汚い手で知事に迫っている。このことは、沖縄県民の意思よりも、アメリカさま命令の方を選択すると宣言したことと同じである。

さらに酷いことは、これもアメリカさまのご命令なのだろうか、北部のヤンバルの森をなぎ倒して、オスプレ-の訓練基地建設に全国の警察機動隊を動員して、身体を張って反対する市民を力づくで排除しているばかりか、自衛隊のヘリコプタ-が建築機材を運び、警察の車で作業員を送り迎えしているということだろう。それを、『本土』のマスコミ、特にNHKと大新聞が一切報じないことには最大限の怒りを覚える。

住民を排除する機動隊員の姿は、50年も前のことになるが、国会前で自ら経験した光景を思い出し、権力の命令には一切逆らえない警察組織は昔のままというよりさらに徹底しているように思えてならない。

このことは改めてつぶやくとして九電の強気に話を戻すが、ミタゾノ知事のさらなる一時停止要請を再度断わったというから、いかなる場合でも停止しないと県にケンカを売ったことになる。

九電がここまではっきりと鹿児島県民の民意に逆らうのは、現政権の後ろ楯がなければできるはずがない。ミタゾノ知事の要請に対して、いち早く、あの悪名高い原子力規制委のトップは『その必要はない』と明言していたが、それが現政権の姿勢であることは明らか。

規制委のトップのこの発言は、ここまでここで停止したら、福井県や愛媛県でも、再稼働反対の知事が誕生したら、裁判所の命令で停止している高浜原発はもとより、最近再稼働にこぎつけた伊方原発も止めなくてはならず、折角、新潟県の泉田知事を追い払うことに成功して、刈羽原発の再稼働の道筋がたったシナリオが根底から狂うという危機感の現れに違いなさそうだ。

 九電として、知事の要請に対して、『NO』の一言に加えて、(1)通常の検査に加えて行う『特別点検』の一部を定期検査より前倒しして着手(2)原発から30キロ圏内の要支援者の避難用車両をさらに追加配備(3)地震などに伴う通行障害発生時、倒木の早期除去などの応急復旧実施などを提示したのだそうだが、これってすべて具体的な文言がないとなると、口先だけの誤魔化しであることは明らかだろう。

 ミタゾノ知事は『定期検査まで時間がない』と事実上、これ以上の要請を断念したことに加えて、九電が強化すると確約した安全対策に関しては、『3歩、4歩前進した』と評価しているらしいが、本当だとしたら、この発言はひっかかる。

 川内原発は1号機が10月6日、2号機が12月16日からそれぞれ定期検査に入り、いずれも2カ月程度運転を停止する予定になっていることは救いであり、検査の様子を視察し、定期検査後の運転再開に当たっては、『最終的に私が決断したい』と強調しているようだから、一時停止を求める県民はじめ全国の同じ考えの我々としては、知事を信じるしかない。

 ただ、『視察しました。その結果大丈夫でした』では、再稼働を『是』とする他県の知事とレベルが同じになることだけは、釘をさしておきたい・・・。(田舎親父)

2016年9月13日 (火)

改めて9.11を考えてみる・・・

 9月11日は、アメリカで『同時多発テロ』と呼ばれる大事件が勃発した日。

日本人24人を含む約3千人が犠牲になった、ニュ-ヨ-クのツインタワ-ビルの崩落は全世界にテレビ中継されて、その凄まじさに震え上がったことは鮮明な記憶として残っている。

この日は今年は日曜日に当たり、翌日の月曜日は新聞休刊日。月に一度の月曜日を、新聞業界は互いにこの日は抜け駆けをしないと申し合わせているらしく、かなり大きな事件や事故が前日の日曜日に起きていても、この制度が守られている。

新聞配達などに従事する人の休みを確保するということには疑義がないか、たった一日だけ増やすよりも、配達の人員を増やせるような工夫が大事だと思うのだが、この休刊システムはかたくなに守りながらも、大手の新聞社は『ネット配信』として、テレビが取り上げると同じような事件事故報道を流しているのも、過激な狂騒に生き残るためとはいえ考えればちょっと変な話ではあるが・・・。

そのことはともかく、『同時多発テロ』から15年となった11日、ジェット機が激突して崩れ落ちたニューヨークの世界貿易センタービル跡地などで、追悼式典が開かれたということを昨朝のテレビニュ-スとネットで知り、改めて当時のことを思い出す。

 この式典には、大統領候補者として激しい選挙戦を戦っている、クントン、トランプ両氏が参加したらしいが、クリントン候補は途中で退席したらしい。肺炎との診断されたというが、この日ニュヨ-クは暑かったというから、日頃の疲れが重なって、いわゆる一時的な熱中症にでかかったのではないだろうか。

ただ、なんでもが選挙の材料にされているアメリカ大統領選では、トランプ陣営は見逃すはずがなく、健康問題に問題ありと攻勢に出るのではないだろうか。このことがどんな影響になるかは今後の報道を待つしかないが、少し次元が低いような気もする。

(話を戻す)飛行機がビルに突っ込んだ映像は、いまでも鮮明に思い浮かべることができるが、その後に、あっと言う間に、まるでビルが解体計画通りに爆破されるがごとく、上部から崩落したのには度肝を抜かれたものである。

 まさに地獄絵と表現しても差し使えない光景だった。逃げまどう人々と、救援に駆けつけて身の危険も省みずに救援活動を続ける警察や消防隊員の努力に、目頭が暑くなったものだが、あの巨大なツインビルかあんなに簡単に、しかも計算し尽くしたように崩落する映像に、こんなことってあるのだろうか・・・と大きな違和感を覚えたことも改めて思い出す。

このことは、以前にもつぶやいた記憶があるが、当時のアメリカのブッシュ大統領は、この事件が発生すると,直ちに『これは戦争だ』と世界に向かって発信。時をおかず、アメリカ軍をアフガンに派兵したこともタイミングが良過ぎた。

そして、後でそれがウソだったことが判明するのだが、(化学兵器などの残虐な殺虐兵器も含めて)核兵器を隠し持っているという理由で、イラクでの戦争に突き進み、当時のフセイン政権を倒したことが、ビルの崩落映像と妙にリンクしたことも・・・。

私の持った違和感は、その後、さまざまな情報と多くの人たちのネットでの発言が後押しする形で、ひょっとして、9.11の『同時多発テロ』事件全体が大きな疑惑に包まれているのではという疑問となり、それが今でも心のしこりになっている。
 マスコミ情報を信じている(洗脳されている)圧倒的多数の国民にとっては、そんな『疑惑』も、とるに足りない妄想と頭ごなしに否定するが、最近の、現政権の動きが巧みに国民を欺いていることから、単に『イスラム過激派のテロだった』ということで納得して良いとは思えないのではとずっとこだわりを持ち続けている。

当時の記録を調べてみたら、ツインタワービルはわずか約10秒で崩落したという。これは、高層ビルの解体のために爆薬を仕掛けて爆破した場合と、ほぼおなじ時間らしい。しかも、鉄の融点は約1482℃であるが、ジェット機の燃料は、いかなる場合でも982℃を超えることはないというから、考えれば考えるほど疑念は膨らむ。

ジェット機が突入した衝撃は計算できないほど大きいに違いない。具体的な知識は全くないが、それにしても、犠牲になった方々には不適切な表現になるかもしれないか、まさに計算し尽くされたという言葉を繰り返したくなるほど、見事な崩れ方には、いまでも当時とおなじ違和感を持ち続けている。

先日、新潟県の泉田知事の不出馬について、恐らく『原発再稼働』のための筋書きだろうとつぶやいたが、このツインタワ-の崩落の裏に、『イラク戦争』を引き起こすという筋書きが隠されていたとしたら・・・。

『戦争』によって、死の商人たちが利権は、『原発』と比べ物にならないほど大きいとすると、私の違和感は、何となく薄れるように思える。

アメリカの軍事予算は年間50兆円超だという。武器弾薬、兵器だけで25兆円に達し、その軍事産業の上得意客が日本だとされていることは、その方面の知識の薄い私でも十分納得できる。

日本の軍事的な緊張が高くなればなるほど、アメリカの『死の商人』たちの餌食になっていることもはっきりと理解できる。もちろん日本の『死の商人』たちも、十分過ぎるほどのおこぼれが得られることも・・・。

尖閣諸島で起きている中国との軍事緊張も、ぼんやりながら絵解きができそうだ。軍事緊張をなくすためには、死の商人たちの圧力を排除し、中国と真摯に対話する姿勢によって、解決の糸口がつかめるような気がしてならないが・・・。(田舎親父)

2016年9月12日 (月)

恐ろしいほどのしたたかさ・・・

築地市場の移転先となる豊洲市場で、都が土壌汚染対策に実施したとしていた4・5メートルの盛り土が主要建物の下ではされていなかったことが明らかになったと、昨日の大新聞はそろって取り上げていた。

これに近い話は、かなり以前から一部メデヘアが随分前から指摘していたことを思い出す。しかし、こんなことが隠し通せるはずがないと思っていたこともあって、『まさかそこまでは・・・』と半信半疑だったが、都知事選あたりから、どうやら本当に盛土をしていないらしいことが明らかになってきたらしい。

恐らく、事実であることは主要な知事候補指者たちも知っていた気配も漂っていたような気がするが、選挙期間中に移転延期や反対という態度を明らかにすると、票に関わることから、あえて曖昧な態度をとってきたのではないだろうか。

知事に就任した当時から、コイケ氏はこのまま移転を進めれば、いずれことがバレて、トンデモないことになるという認識を持っていたに違いない。となると、知っていて移転を承認したとなると知事の責任は逃れられない。またまた途中辞任に追い込まれることになりそうだという判断をしたのではないかと推察している。

移転延期の口実が、できるだけショックが少ない方が良いととなると、11月に最終検査の結果が出る水質検査の期日問題。水だけに、『安全』という言葉は抜群の力を持つ。誰もが反対できにくい理由で、延期をとり急いで決めて、移転賛成派が大騒ぎをしそうな動きから,移転延期が正しい判断だったと印象づけるために、『実は、盛土をしていなかったことがわかった・・・』という、必殺の一手の筋書きというところでは。

都民に取っては、いや市場関係四股にとってもこれは衝撃だろう。盛土をしていたことになっているのに実際は空洞だというから、誰かが明確な意図を持って仕組んだことに違いない。

このことを新聞記事から考えてみた。『都』は移転計画実施する際、『専門家会議』に土壌汚染対策の検討を求め、『盛り土の提言を受けた』ことは随分前の話として記憶に残っている。都民は当然盛土がされていると信じていたに違いない。

昨日の文章を借りると、『都』はその後に配管や電線などを地下に敷設する必要性が判明し、『都』の判断で盛り土を中止し、代替措置として床を厚さ35〜45センチのコンクリート製にし、数メートル四方のコンクリート製の柱を計数百本使って建物を支えることを決めたそうだ。

さらに、『都』によると、土壌汚染対策法で有害物質が入らないようにするには厚さ10センチ以上のコンクリート製の床を用いればよく、安全性や耐震性に問題はないと判断し、て、『都』は、『専門家会議』に伝えず、ホームページや広報資料などに提言通り盛り土をすると載せ続けていたというから、『都』は明らかに都民を意識的に騙し続けていたことになる。

『都』として、豊洲の安全性を確保するために『専門家会議』を開いたというところは納得できる。そして『都』は『専門家会議』提言を受けて、盛土を選択し、『都』はそれに沿って工事を進めたと信じたい。しかし、それをやらなかったのだから、それ以後の『都』は、明らかに前の『都』とは全く異質なモノ(組織)に変質していることになる。

こんなバカな話があって良いはずがない。『都』という組織のトップは『都知事』であるはず。この後ろの『都』の選択を、時の、イノセとマスゾエという二人の退場知事が知らなかったはずがない。

過去の二人の知事は、『都』の決定を是認していたことになる。もしも、ヌエ・マズゾエが辞任せず豊洲移転が行われていたとすれば、実際にいまでも床下に地下水がしみ出ているというから、5年後、10年後を想像すると恐ろしい。

 ぼんやりとした想像だが、『後ろの都』の正体が,『都議会を牛耳っている自民党の幹部議員と都庁の局長級以上の一部幹部であり、彼らとこのことを取引の材料にした知事』という構図を描くと、なるほど納得・話は見えはじめる。

 豊洲移転の決定で、市場関係者が猛反発をしていることは想像に難くないが、地下の空洞が明らかになると、都民は徹底究明を求めるだろうから、コイケ知事に向かって振り上げたゲンコツは行先を失うことになり、表だって、知事に反対という声は上げにくくなることは間違いないところ。

 恐ろしいほどのしたたかさを感じる。そして恐らく、多くの識者たちから人気とりだけと揶揄されている、都知事の報酬を半減するという提案も、『後ろの都』との争いには、絶対的な力を与える錦の御旗になったようだ。

コイケ知事の本当のねらいはまだはっきりしないが、外野席から見ている私としたら、『これは面白くなりそうだぞ』というところ・・・。(田舎親父)

2016年9月10日 (土)

刈羽原発再稼働シナリオ・・・

 原子力ムラの住民たちがニンマリと気持ちの悪い笑みをしている顔が眼に浮かぶ。東京電力刈羽原発の再稼働には一貫して慎重な姿勢を示し『福島原発の検証が先だ』だと言い続けてきた新潟県の泉田知事が一転不出馬を表したからである。

 一貫して原発の再稼働を認めない姿勢は、中央官庁の官僚という履歴の持つ他県の知事が多い中、実に爽やかで力強い。ただ一人電力会社に堂々と立ち向かい、『脱原発』・『反原発』のシンボルとも言われていた人であるのに残念でならない。

 つい最近まで4選出馬を表明していたことで、これで向こう4年間、刈羽原発の再働はあるまいと安心していた。が、突然の不出馬は、よほどのことが泉田知事の身辺に起きたに違いない。

不出馬を伝える記事の、この半年間、泉田知事は新潟県が出資する第三セクターの子会社によるフェリー購入をめぐり、地元紙の『新潟日報』が執拗に批判していたという文面がひっかかる。『新潟日報』という名前からすれば、一流の地方紙のような印象を受けるが果たしてどうなのだろう・・・。

知事は、出馬撤回の理由を『臆測記事や事実に反する報道が続いた。このような環境の中では十分に訴えを県民に届けることは難しい』と発言しているそうたが、とるに足りないような地方紙相手にしては、なんとも奥歯にものが挟まったような感じを受ける。

そこで、ネットでこのことについて調べてみたら、『新潟日報』という地方紙は東電とベッタリの関係らしく、東電の広告を平気で掲載しているのだそうだ。この一文で、刈羽原発と裏でつながっているような話という感じも受ける。

新潟日報が今年に入って『フェリー問題』を、知事の一方的な落ち度としてしつこく批判していたことに加えて、知事に近い自民党の新潟県議が県連会長を辞任しているというから、自民党筋からも圧力があったこともうかがえる。

記事には、新潟県内の市町村の首長間でも、『泉田知事では中央とのパイプがつまるだけ』という意見が強くなっているという文面もあることから、あらゆる方面から『出馬取り消し』を迫られたことは明らかのようだ。

あくまでも私の証拠など全くない憶測である。泉田知事の奥歯のはさまったような言い方から大胆に推理すると、どこからか『はっきりしたことをしゃべると、自身か身内の人に危害がおよぶぞ・・・』というような脅しがあったのではないだろうか。このことを、小説の読み過ぎのトンデモ発想と一蹴できないものがある。

すでに、知事選には、この人物が知事に当選したら、一気に刈羽原発原発の再稼働が進むことは確実だと言われている県内の主要な市の首長が、自民党推薦(公認)で立候補を表明しているというから、私の憶測はさらに真実味が加わってきそうだ。

時を同じくした、あの悪名高い原子力規制委員会が、事故を起こした東京電力福島第1原発と同じ『沸騰水型原発』の再稼働に向けた審査で、東電柏崎刈羽6、7号機を優先して進める方針を固めたという文面はさらに注目に値する。

福島原発事故後にできた『新規制基準』に基づく審査に合格し、これまでに再稼働した原発は全て『加圧水型』で、刈羽原発原発の2基が合格すれば、東電の原発では初めて、全国的にも『沸騰水型』では第1号となるという文面が何かを暗示しているようだ。

原子力規制委は、すでに東電だけでなく他の原発を所有する電力会社にも、羽原発原発の審査を優先すると通告しており、このことについて、電力会社側からの異議はないというのも不気味な動きである。

審査が、このまま進めば本年度内にも合格する可能性があるというから、後は、新潟県知事の『是』という言葉だけに違いなさそうだ・・・。

 福島原発事故の収束はほぼ遠く、汚染水が海にもれ続けているのが現状である。こんな状況で、刈羽原発原発が再稼働することを黙って見過ごすことできないが、知事選に、民進党は候補者を擁立できないどころか、この候補に相乗りも模索しているとなると、年内の刈羽原発再稼働の可能性はますます大きくなりそうだ。

 ただ、これも最近明らかになったことだが、日本の既存の原発に使われているフランスの原発メ-カ-が納入した部品の強度に不足があることを世界が注目すれば、刈羽原発再稼働が国際世論の反発を招き、東京オリンピック不参加という声が高まれば、さすがの国民も『再稼働反対』に動きだすのではと期待している。

 こんな回りくどい方法でしか、原発再稼働の動きを牽制させられないことは、国民の一人として情けなく、そして悲しいことであるあるが・・・(田舎親父)

2016年9月 9日 (金)

重陽の節句に思う・・・

 9月9日は、旧暦の『重陽の節句』。諸物を陰と陽に分ける考え方は『陰陽説』と呼ばれ、数字もその例に習い、奇数を『陽』偶数を『陰』としていることから、陽の一番最高位の『9』が重なるこの日を、古の人たちは『陽が重なるおめでたい日』として祝っていたようだ。

 別名『菊の節句』といわれるのは、ほぼ一月遅れの旧暦では、この頃、菊が咲きはじめるからだと何かの本で読んだ記憶がある。菊が貴族階級の最高位である天皇家の家紋になっているのは、天皇家の永遠の繁栄を意味する花だとされ、長寿の象徴にも例えられているからだろう。

現在のカレンダ-に合わせて、この日、菊の花を酒に浮かべて飲む『不老長寿』の習慣が残り、また、平安貴族の名残である『菊水の宴』が各地の著名な神社で催されていると聞く。戦前までは、この日を中心に、高齢者を敬う行事が盛んに行われていたようだ。

この長寿を祝う習慣は、戦後にも引き継がれ、9月の中日の15日を『敬老の日』という祝日になっていたが、それも休日を増やすという発想で、第三月曜日になってしまってからは『敬老』という言葉もその日だけに限られ、あまり耳にしなくなっている。

本来なら、歳を重ねることはめでたいこととして、祝うのが当り前の習慣だったに違いないが、最近は、年寄りが増え過ぎたために、おめでたいというより、邪魔な扱いをされているようにも思えて仕方ない。

寿命が延びたことは悪いことではないが、『敬老』という言葉が通用しなくなっては、年寄りの居場所が少なくなり、『老稚園』とも揶揄されている、老人ホ-ム(特に特養)に終の住処を求める人も多いようだ。

ところが、比較的安価な費用で入所できる特養は、希望者が多く何年も待たなければ入れないのが当り前になり『待機老人』という言葉まで生まれ、終の住まいも見つからず苦労している老人たちの話題も事欠かない。となると、長生きするのも考えものだと思わないでもなくなってくる。

ここ数年は、(私もその一組であるが)私の周りでは、夫婦の二人暮らしが増えており、両方かどちらかの姿がしばらく見えないと、ついつい大丈夫なの・・・と心配する日常であるが、これも、年老いた夫(妻)が妻(夫)の介護する、いわゆる『老々介護』という言葉が当り前のように聞こえる社会になり、介護に疲れた夫が妻を思わず首を絞めるという事件報道に影響されているのかも知れない。

千葉県で73歳の妻の首を絞めて殺害しようとした容疑で80歳の夫が逮捕されたというマスコミ報道に、またか・・・と、いやな時代になったものだと言う言葉が口にでたのは、つい一月ほど前のこと。
 その後、続報で、この事件は妻から『殺してほしい』と頼まれて、ことわり切れずに犯行に至ったとのことを知り、愕然としたものである。

二人は、仲の良いおしどり夫婦として近所では有名だったが、そんな夫婦の生活が一変したのは約2年前、妻の足腰の衰えが顕著になってからだったという。以降、妻の姿を目にした住民はほとんどいないとのことは、私が、しばらく姿が見えない近所の年寄りのことを思う気持ちと重なってしまう。

事件当日、廊下で転倒した妻から『もう痛みに耐えられない。何もできない、苦しいだけ。殺してほしい』と懇願されたととのことに加えて、『私より助けが必要な人がいるはず』という言葉に,思わず首を絞めたという。夫の気持ちを想像すると、やりきれないという言葉しか口から出ない。

 こんな世の中が当り前になってはたまらないが、『老々介護』という言葉が溢れ、このことが背景あって、妻殺し・夫殺しにつながる事件が絶えないとなると、社会のあり方や政治の仕組みに怒りを爆発したくなるが、それ以前に虚しさとわびしさが込み上げてくる。

先日のつぶやきの繰り返しになるが、私もすでに満73歳、幸いなことに、同じ歳の妻共々認知症の傾向は今のところ見られない。お互いに好き勝手なことをして過ごしているが、いつ、どちらかが奇怪しくなるかわからない年代に差しかかっていることは間違いないところ。
 『曲水の宴』など望めるものではないが、『おれより先に・・・』『わたしが先よ・・・』と他愛のない言葉のやりとりが、今年も『重陽の節句』の恒例行事になるようだ。(田舎親父)

2016年9月 8日 (木)

食品ロスをなくす妙案?・・・

 このところ『食品ロス』という言葉をよく耳にする。まだ食べられる食品が、捨てられる現象を現す言葉であるが、『食品ロス』が増え続け、現在世界レベルで見ると、生産される食料の3分の1にあたる13億トンが捨てられているというから凄まじい。

 わが国でも、多くの自治体が食品ロスを減らそうとさまざまな努力をしているが、その効果ははかばかしくないようだ。

 『食品ロス』と『賞味期限』が互いにリンクしていることは明らかで、少し油断すると、『賞味期限』が過ぎて、捨てざるを得なくなるという話はよく耳にする。

『賞味期限』のことは、かなりややこしい問題が多いので、今日は取り上げないが、食品ロスの私なりの『秘策』についてつぶやいてみたい。

私も、ス-パ-などで『安いから・・・』と買い求めておきなから、いつのまにか忘れて、賞味期限を大幅に過ぎてしまい、捨てざるを得なくなることも稀ではないので偉そうなことは言えないが、そんな時、口にするのが『もったいない』という言葉である。現代のようなモノが溢れる時代ではこの『もったいない精神』が、軽く見られるというか、死語に近くなっているのではないだろうか。

私の『秘策』とは、一口で言うと、『もったいない』という言葉が素直に口に出るような体質を作ることである。生活習慣としてこの言葉が、モノを捨てる時に無意識に出てくれば、食べられるモノを捨て難くなるという考え方である。具体的には、野菜を自分で栽培し、それをいただくことである。

自分で育てると、『もったいない』という言葉は出なくても、簡単には捨てられなくなるものである。特に種から育てると、折角芽がでたのに何らかの原因で枯れてしまうと、可哀相に・・・という言葉が自然に口に出る。うまく成長して多少いびつなナスでもトマトでも、あるいはひょろひょろのホウレンソウでも美味しいと感じるもので、捨てるなんてことは、まさに『もったいない』のである・・・。

『土地がない』『面倒だ』という声が聞こえてくる。マンション暮らしの人が増えている現在では、当然の意見である。そこで、『プランタ-で野菜作りをはじめませんか』と呼びかけ、自宅前で実際にプサランタ-を並べて、さまざまな野菜を栽培して、道行く人に訴えている。

私の主張している『プランタ-農園-は、大した手間はかからない。私はすべて手作りの木製のプランタ-を使っているが、ホ-ムセンタ-では、材質も大きさもさまざまなものが並んでいるから、場所に応じたものを選べば良い。

日当たりが良いに越したことはないが、2~3時間の日当たりがあれば、大体の野菜は育つことは経験として知っているので、是非挑戦してほしいものである。

トマトを例にとって話を進めるが、トマトは元々がやせて乾燥した土地で育つ野菜なので、肥料や水やりなどの手間があまりかからない。種から育てるのは温度管理がかなり難しく、また一つのプランタ-では2本が限度だから、苗を購入することを勧める。芯を摘まねば大きな実ができないのは事実であるが、そのまま放置していても、小さいながら真っ赤な実をつけてくれる。多少の見栄えを気にしなければ、10月ごろまで収穫できる。

終わったら,石灰を多めに入れてかき混ぜて,鶏糞や油粕などを漉き込んでから、シュンギクの種をばらまいておけば、やがて芽がでて、しばらくすると間引きをかねて生野菜として食べれば良い。シュンギクが苦手ならホウレンソウもおすすめである。ホウレンソウはアルカリ土壌にしてやれば、まず間違いなく発芽して育つので、石灰をさらに多くすればよい。

一年を通して、常時、プランタ-から何らかの野菜が収穫できると、自然と『もったいない』精神は生まれてくるものである。(田舎親父)

2016年9月 7日 (水)

豊洲移転延期は良いのだが・・・

 コイケ都知事が11月7日に予定されていた築地市場の豊洲移転を当面延期すると正式に発表したことから、賛否両論、それぞれの立場でいろいろな人が互いの批判し合っているが、利権がらみ・カネがらみのこの問題には、よほどしっかり見定めないと本質を失いそうな気がする。

築地の老朽化はともかく、豊洲への移転は始めからおかしな展開だった。私の偏見かも知れないが、この問題も含めて都が抱えている諸問題は、『困ったじいさん』と揶揄されているイシハラ元知事が唐突に言い出したことが多いような気がしてならない。

豊洲の予定地は、東京ガスの跡地だったことから、当初から有害物質が多く含まれることが懸念され、調査結果でもベンゼンやシアン化合物などのきわめて毒性の強い有害物質が検出されたことは当時でもかなり話題になったので記憶に残っている。

こんなアブナイ場所に都民の胃袋と言われる築地市場を移転すること自体間違っていると思うのだが、『困ったじいさん』は、オリンピック誘致と抱き合わせで、強引に進めたことから、今日の大騒ぎにつながっているのではないだろうか。

知事や都議会も含めて、『移転アリキ』の議論だったことから、『ならば有害物質を取り除けば良い』という発想で、数百億円(多分その数倍だろうが)ものカネを注ぎ込んで土壌に残る汚染物質を取り除く工事を実施していたことは、時にマスコミが伝える報道で知っていた。

簡単に取り除けると思わないが、物凄い量の土を入れ替え、その後、地下水の水質を調べてきたらしい。これまでは有害物質は『基準以下』だったという報告を受けて、イノセ・イマスゾエというカネ問題で辞任に追い込まれた二人の『オリンピック命』の知事は、最後の水質検査の結果を待たずに移転にGOサインを出したのだろう。

この移転を急いだ背景は、これも『困ったジイサン』の遺産であるオリンピック招致問題。一旦は失敗したのにも関わらず、莫大なカネをかけてIOC委員を抱き込んだのだろうが、イノセ知事の時に、2020年に東京大会が正式に決まり、その時にIOCに提出した計画書にあるようだ。

計画書の通りなら、選手村はじめ競技施設を臨海部分に集中させて『コンパクト』な大会をうたっているので、国立競技場と臨海部を結ぶ道路の建設が明記されて、何がなんでもオリンピックまでに完成しなければならない・・・のだそうだ。

しかし、この道路はオリンピックとは別に計画されていて、すでに一部を除いて完成しているというから話が奇怪しくなる。道路の一部が築地市場の敷地部部だということから、『移転が遅れればオリンピック前の開通は極めて困難』と、ムリムリ築地の移転ということになったようだ。

私が理解に苦しむのは、敷地内を通ることはともかく、この部分はすべてトンネルで通す計画である。わずかその距離は800メ-トル程度らしいから、シ-ルド工法で地下を掘り進めれば、移転を急がなくても良さそうなのに、経費がかかり過ぎるということで、掘割工法にしたために、どうしても、築地市場を閉鎖・移転させねばならないことになったという筋書きである。

どのぐらい経費が違うのか素人の私には到底わからない。が、私が、20年ほど前に、当時『環状8号』道路の地下に巨大な下水道管の埋設をシ-ルド工法で進めていた現場を見学する機会があり、その時、担当者からは、用地を買収して建物を撤去してから地上を堀り割って行う工法より、確実に早く完成できると聞いた記憶を思い出す。このことから、全体から見るとさほどの差はないのではと思っている。

それ以前に、経費削減には疑義がないが、当初5000億円程度だと見積もられた費用が2兆だ、3兆だと跳ね上がっているにも関わらず、この道路の掘割工法だけは『決まったこと』としてこだわり、移転を急ぐこと自体、裏で莫大な利権があり、巨額のカネが動いていることは容易に想像できること。

今回のコイケ都知事の『都民の安全』という説明での移転延期は評価できる。安全が担保されていないことに含めて、実際に市場で一番活躍している仲買人といわれている人々の意見を、力で黙らせて強引に移転を進めてきたことが明らかになっていることから、知事の判断は間違っていないと拍手を送るが、利権を求めて蠢く輩は黙っているはずがなく今後の動きが気になるところ。

延期で、豊洲市場の空調や警備などの維持管理費は一日700万円かかるという。何時移転日時を決めるのか決まっていないようだが、現状と同じ状態で『安全が確認できた』ということで移転したとすると、トンデモ額のカネが無駄になそうだ。そして、都民感情として何だったの・・・ということになりかねない。

豊洲移転は取りやめて、道路はシ-ルド工法で行うと計画を変更し、築地の建て替えを優先する選択が望ましいのではないだろうか。豊洲は、建て替え期間中の移転先として利用すれば都民も納得するのではないだろうか。

ここはコイケ知事の腕の見せ所。さて、知事の頭の中には、どんなシナリオが描かれているのだろう・・・・。(田舎親父)

2016年9月 6日 (火)

これは酷い(汚染土の埋設場所が違う)・・・

 福島原発事故によって、福島市もかなり汚染されたはずだが、いつのまにか住宅地などの除染が完了したということになり、住環境には問題のない範囲だと言う話になっていることに対して、ほんとに大丈夫?とずっと気になっている。

 まだ汚染要因は取り除かれていないと思っているのだが、それを言うといろいろな方面から、『風評被害を増長させるのか・・・』と脅迫めいた批判が返ってくることが明らか。はっきりした証拠がない以上議論できないので、なるべく口にしないようにしているが、同じようなことを経験した人も多いのではないだろうか・・・。

 そんなことを思っているある日、ネットで遊んでいたら、『福島市が除染した汚染土を保管している場所を、住民に示した見取り図に記載していないことが判明したと』いう記事に目が留まる。

始めは何のことなのかわからなかったが、読み進めていくとトンデモなく酷い話。福島市の何の落ち度のない住民が気の毒とした言いようがない。

市内に住む会社員(Aさん)が、事故後の2013年11月にJR福島駅から北2キロほどの約300平方メートルの更地を買ったということから話が始まる。当時、福島市の除染のやり方は表土をはぎ取って近くにに埋めるやり方だったらしく、Aさんはそれを知っていたので、汚染土がある程度は敷地内に埋まっているだろうことは承知していたのだそうだ。

Aさんとしたら、福島市は比較的安全だと言うことで、周辺の土地の価格が値上がっていたがこの物件が比較的安いのが魅力で購入したのだろうが、契約時に、前の土地所有者から渡された市の文書『モニタリング票』には、除染前後の放射線量の測定値とともに埋設場所の見取り図が添付されていたのだそうだ。

『モニタリング票』なんて言葉をはじめて知るが、福島市は、混乱が続く中でできるだけわかりやすい方法として、この方式を取り入れていたのだろう。しかし、環境省の指示が徹底していなかったため、汚染土を埋めている場所が実際と違っていたというからAさんの不幸が始まったらしい。

Aさんが『モニタリング票』にある見取り図は市が作成したのだから正しいと信じるのは当然だろう。古家を壊して汚染土の埋没された場所を避けて自宅を新築したのだそうだが、昨年の10月に、市が汚染土回収を決たことを受けて、委託業者が敷地内を掘り返すと、汚染土を詰めたフレコンバッグ6ケが北東部の玄関ポーチや風呂場の下に入り込んでいたことが判明したとのこと。Aさんの驚きと怒りが想像できる。 

全部掘り出すと家が傾くので、4ケはそのままにしているというが、汚染土が玄関の下に埋まっていることを知っては、気持ちが休まるはずがない。当然、市に対して抗議したのだが、『モニタリング票は除染による線量低減を伝えるもので、見取り図は目安に過ぎない』と取り合わなかったという。

いろいろなやりとりあったがラチがあかず、Aさんは野党の国会議員に訴えて、国会で質問してもらったら市側の態度が変わり、受け取っていたものとは違う見取り図の存在を認めたのだそうだ。福島市の姿勢も何だかなあと思ってしまう・・・。

そちらの見取り図には、最初の図にはなかった埋設場所の寸法が記されており、二つの図を重ねると、埋設場所は敷地の中央寄りにずれて、一部が玄関にかかっていたとのことである。Aさんとしては、これは市のミスは明らかで、何とかしてもらえると思ったに違いない。

ところが市は、『それぞれ環境省の除染ガイドラインと放射性物質汚染対処特別措置法に基づくもので根拠が異なる』と見取り図の違うことは認めたが、市の責任ではないと弁明しているというから、Aさんとしたら到底納得できる話ではない。

Aさんには非はないだろう。環境省のガイドラインは除染前後の線量測定を自治体に求めるだけで、作図を含めて土地所有者への通知規定がなかったというから、自治体によってその対応はバラバラで、福島市のような『モリタニング票』を作っている自治体はまだましな方らしい。Aさんに取っては不利な話ばかり。

 市の担当者は『短期間での搬出が前提で、ここまで長引き土地取引や建物建設に至るとは思わなかった』と言い訳しているそうだが、すぐにでも、寸法入りの図で統一しなければ、Aさんのような問題が起きる可能性は大。

元々が環境省の対応の悪さから起きたことであるが、間違った見取り図などない方がよほどまし。原発事故の直接被害に加えて、新たな被害を受ける県民・市民が出ることは間違いないところ。

Aさんの救済措置はもちろん、汚染土の処理問題について、早急の対策を望みたいものである・・・。(田舎親父)

2016年9月 5日 (月)

返上した方が良いのでは・・・

―――2億円使途は不明のまま 東京五輪招致『違法性ない』JOC報告――

9月2日の東京新聞朝刊一面トップ記事の見出しである。これが、東京オリンピック招致を巡る金銭授受疑惑で、『日本オリンピック委員会(JOC)』の『外部識者による調査チーム』が出した結論だそうだ。

あのヌエ・マズゾエヌの知り合いの弁護士に依頼して立ち上げた『外部委員会(もどき)』の結果の出した『問題はあるが、法には触れていない』という文言で終焉にしたいという筋書きと瓜二つ、今回の外部委員会が出した結論と妙にリンクする。

JOCは『疑念は払拭した』と、これで調査を終えるというが、これもヌエ・マスゾエと同じ構図で、とても国民が納得するとは思えない。しかし、JOC側は、メディアを総動員してでも、これ以上追求すると東京オリンピックの開催が危なくなるぞ・・・という世論つくり出そうとするのは明らか、

すでに、NHKはじめ大手メディアは、『パラパラ』とパラリンピックの話題が増えている。『メダル・メダル・・・』という言葉も溢れ出している。その後には、必ず『4年後の東京大会』という言葉が続くことから、一億総阿呆的国民は『東京オリンピックを成功させよう』という方向に導かれ、この問題は忘却の彼方へ・・・となりそうな気がすると思うと情けなくなるが、私の記憶のためにつぶやいておこう。

 報告書の概要を読む限り、2億3千万円余がどこに消えたのかは全く明らかになっていない。当時、開催都市決定の投票に絶大な影響力を持つ国際オリンピック委員会(IOC)委員だった国際陸連前会長のディアクはもちろん、JOCがカネを振り込んだ相手のコンサルタント会社、そしてそのコンサルと親密な関係のディアルクの息子などからの聞き取りはないのだそうだ。というより、申し入れたが無視されたというから、なんとも権威のない外部委員会である。

 カネを受け取ったとされる、コンサル会社の関係者には一人も接触できなかったにもかかわらず、招致委に『違法性の認識がなかった』から問題ないと言い切っているとは、言われたままにカネを渡したが、その内容は知らなかったから仕方ない?・・・。

こんなことがまかり通ったら、サギ事件は何一つ立証できなくなる。

もっとも、たった一人聞き取りに応じたのが、JOC会長で当時招致委員長のタケダ某かだけだというから、タケダ某が任命した『外部委員会』が、雇い主のタケダ某からだけから事情聴取ができたとなると、結論ありきの調査チ-ムであったことは明らか。言葉は悪いが、ふと『泥棒に追い銭』という古い諺を連想する。

オリンピック招致のためには、開催都市を決める絶大的な権力を持つIOC委員にアピ-ルせねばならないことは、今のシステムでは『必要悪』なのだろう。JOCにコネがないとなると顔が利くコンサルタントに頼るしか方法がないところだが、JOCがそのコンサルが、ディアクの息子と友だちだという情報だけで支払うとは信じられない。少なくとも、出費に見合う契約かどうか、慎重に判断する自覚と責任が求められるはずだろうが、それすらなかったというのは、国民を欺くサギ行為そのもの。

オリンピックを開きたいという一部の関係者の思いが優先し、その方法はどうでも良いというのが最近の常識になっている。それでも商業主義の宣伝によって、オリンピック社会の関心は高く、大会を心待ちにする人は多いことは、情けないが認めざるを得ない。

しかし、招致や開催について、全ての物事が見えないところで決められているのは許し難い。その上、オリンピック利権を追う(私の一番嫌う)『金儲け命』の輩が、私利私欲だけで蠢いているのだから、もはや『スポ-ツの祭典』だとか『平和の象徴』などと言う言葉すら薄汚く聞こえてくる。

2億3千万円余の大金(すべて国民からむしりとった税金)を、知らないコンサルに振込んだことに、問題がなかったなどと言う話をJOCが押し通すとなると、さすがに騙されやすい日本人でも、是非嫌になってほしいもの。

こんな薄汚れた東京オリンピックは、今、着々と進んでいる、フランスの捜査によって、命令される前に、返上した方が良さそうだ・・・。(田舎親父)

2016年9月 3日 (土)

正気かしら・・・

 あの悪名高い原子力規制委員会が、今度は『正気なの・・・』と誰もが思うほど信じられないような方針を発表した。

31日の委員会で決めたという、原発の廃炉で出る放射性廃棄物のうち、原子炉の制御棒など放射能レベルが比較的高い廃棄物(L1)の処分の基本方針である。

それを伝える新聞記事によると、地震や火山の影響を受けにくい場所で70メートルより深い地中に埋め、電力会社に300~400年間管理させるのだそうだ。電力会社が、300年もの間続くとは思わないが、江戸初期から続いている老舗もあというから話の筋書きとしては何とか耐えられるが、その後の文字列を見て、誰かさんの歌の文句ではないが、『本気かしら・・・』と口ずさみたくなる。

400年が過ぎた後の管理は国が引きつぎ、『10万年間、掘削を制限する』とあるのに思わず吹き出してしまい、ちょっと待ってほしいと言いたくなった。

原子力規制委員会を構成する人たちは、超一流大学を首席で卒業したほどの秀才たちがそろっていると聞いている。そんな超エリ-トたちが、揃いもそろって、日本という国がきいうより、人類が今後10万年後も生き長らえていると信じているのだろうか。

 その上で、原発ゴミの処分方法を大まじめに議論していたとしたら、これはもうブラックジョ-どころの騒ぎではなく、間違いなく正気の沙汰ではないと言っても差し支えなさそうだ。もちろん、それをまともに取り上げて大まじめな記事にするマスコミも、であるが・・・。

 人類の歴史は諸説があるが、先日『木から落ちた類人猿』という記事にもある通り、遠い遠い昔、祖先が二足歩行をはじめたのでは思われるのは、300万年前と推測されるらしい。それから、長い長い年月を経て、ホモ・サピエンスと称する人間の祖先がアフリカで誕生したのが約20万年ほど前だという。

さらに気が遠くなるような年月を経て、現代人の祖先だとされるクロマニヨン人が旧人類であるネアンデルタ-ルに取って代わったのが約6万年ほど前だと、誰からか習ったような記憶がある。蛇足になるが、このような筋書きの小説をよんだことがある。もう一度読みたいと思っているのだが、外国の著者であることは覚えているものの著者名と題名が思い出せないので探しようがないのが残念であるが・・・。

 彼らが石器や土器を発明し、飛躍的に生活様式が変化していったに違いないが、文明・文化の象徴である文字が出現してから、まだ1万年は経っていないだろう。わが国にいたっては、たかだか1500年程度に過ぎない。そして、この高濃度廃棄物を生み出している原子力発電が始まってたったの50年・・・。にも関わらず、そのゴミを10万年保管すると言うのだから、なんとも間抜けた話である。

 4年後の東京オリンピックで話が持ちきりであるが、この招致段階で不透明なカネがIOCの関係者に流れたのはワイロだとフランス当局が調査しているらしいとなると、もしもワイロ性があるとの結論がでたら、東京開催は吹っ飛んでしまうのではないだろうか。

イギリスのEU脱退で、世界の構図が代わることも間違いなだろう。アメリ大統領の結果次第では、日本の将来はかなり左右されるだろう。北朝鮮の狂気がエスカレ-トして、小型核兵器を搭載したミサイルが、日本に飛来しないとはだれ言い切れないだろう。

そして不幸なことに、永田町周辺に炸裂。または原発を直撃したら、世の中はたちまち激変し、人類は終焉に向かって走り出すだろう。この緊張が続いたとしたら、それまでに残された時間は、長く見積もっても数百年では・・・。それだけ一寸先は不透明なのが現在ではないだろうか。

人間はそこまでバカではないと信じたい。緊張緩和に努めて何とか小康状態を保つのかもしないが、国家意識はますます強くなることは疑えない。核兵器はともかく、エネルギ-獲得のための原発は、必要悪として今後も増え続けることも予測できるが、世界中の国がそのために原発を建設し稼働したら、信じられないほどの大量の核のゴミが出ることは幼稚園児でもわかること。

 このまま100年、現在の体制のまま世界が続くとした,その核のゴミの量は?と想像すると、現在のわが国の10万年保管が必要なゴミですら8千トンというから、まさに天文学的な数値になるに違いない。しかも、どの国においても、その捨て場すら決まっていないのが現実。

 こんな正気の沙汰ではない議論よりも、世界の国々がこれ以上核のゴミは出さない知恵を出し合うことと、何よりも、今も原発を再稼働したことで増え続けている核のゴミの処分方法を、国民目線で議論するのが緊急事ではないだろうか・・・。(田舎親父)

2016年9月 2日 (金)

子ども受難の季節 その2・・・

昨日の続き。青森市内の中学に通っていた2年生の女子生徒が、始業式の翌日、やはりいじめを苦にして、近くの駅でホ-ムに入ってきた列車に飛び込んだという報道にまたか・・・と胸が張り裂けそうになる。

 こちらの事件には次々と続報があり、その中に、『スマホに遺書』という記事には、今までにない、なんともいえない危機感を覚える。

 生徒の父親が、スマホに残された遺書を報道陣に公開。その一部が映像として記事になっているが、しっかりとした文章であることから、この女子生徒の生真面目さが想像できる。その文章を読んで、思わず、そこまで追い詰められていたのか・・・と、生徒の苦悩が伝わってくると同時に、いじめたとされる生徒たちはもとより、見抜けなかった周りの大人たちに対して不信が生まれる。

『突然でごめんなさい。ストレスでもういきていけそうにないです』という文章はまさに遺書そのもの。黒く消してある部分は自分の名前だろうが、そこには、親屁のお詫びの気持ちと、学校はじめ周りへの怨念がこめられているように感じる。

公開された部分にはないが、『もう耐えられません。いじめてきたやつら、自分でわかると思います。二度としないでください』という文章もあり、そこにはいじめた複数の相手の実名が残っているという。

家族によると、無料通信アプリ『LINE(ライン)』による中傷、誹謗を受けていたという。同級生らからも『中学1年のころから悪口を言われたり、無視されたりしていた』とか『1年の冬ごろから欠席が増えた』などという声もあるそうだから、子どもたちの間で、『ライン』でのやりとりが、エスカレ-トしたことは間違いない。

 家族は学校に対して、いじめの実態の調査を願い出たというから、学校と教育委員会は今頃、生徒のスマホを集めたり、それを分析したり大変な騒ぎになっていることは想像できるが、多分、この生徒とやりとりは殆ど削除しているだろうから、調べる方が素人ばかりでは真相解明は無理ではないだろうか。

私は好奇心だけはかなり強い方なので、現役時代には、ITに関しては先取りすることが多く、関連するソフト類はコンピュ-タに取り込んでいるが、退職してからは、使う機会が少なくなっているので、現在は、インタ-ネットで情報を集め、ボケ防止のつぶやきを発信するために毎日メ-ルを利用している程度になっている。

スマホの便利姓を知って一応スマホは持ち歩いているが、友人・知人との連絡は、全て『親指シフトキ-ボ-ド』のコンピュ-タを使うことにしているので、スマホの使い道は限定的。『ライン』は知っているが、必要性がないので使ったことはない。

しかし、最近の子どもたちが引き起こす事件・事故には必ずと言っても過言でないほどこの『ライン』が関係していることにかなり神経を尖らしている。つい最近、埼玉で16歳の少年が、仲間に暴行を受けて殺害されるという悲惨な事件が世間を騒がせたが、この事件も『ライン』が重要なキ-ワ-ドになっている。

今や『ライン』は小学生でも当り前になり、中学生や高校生は、これを使わないことには付き合いができないどころか、仲間外れやいじめの対象になるというからら困った話である。自殺した女子生徒も、『ライン』の犠牲者であることは間違いない。

『ライン』がなかった私の現役時代だったら、この生徒が命を落とすことはなかっただろうと思うと、広めた通信業者に恨み言のひとつや二つつぶやきたくなる。

『ライン』は友だちとの連絡などには便利なグッズであることはわかるが、便利なものは諸刃の剣であることは、今更私が言うまでもないたろう。が、この諸刃の剣の使い方を、日本人体がしっかりと考えないと、この生徒の死は生かされないどころか、自殺に追い込まれる事件が続発することは疑えない。

しかし、世の中の動きは経済が中心で、金儲けは全て『是』としているのだから、『ライン』の規制の動きは鈍く、使い方などに対しても真剣に取り組むことすら難しいのが気がかりである。

今更スマホのない時代に戻すのは不可能だろうが、唐突ながら、『ラインが使えないスマホ』というのはいかがなものだろう。こんなスマホなど気味がないという批判が聞こえてきそうだが、大真面目の提案である。

9月初めは、子どもの受難の季節。受難の大元のキ-ワ-ドが『ライン』であることは明らかとなると、国を上げて『ライン』問題に取り組まねばならない時が迫っていることははっきりしているようだ。

『ライン』に対する議論が沸騰することを期待する。そして・・・。(田舎親父)

2016年9月 1日 (木)

子ども受難の季節・・・

 年齢からくるものかもしれないが、ここ数年、月日の経つのが異常に速く感じる。

今年は特にその傾向が強く、新年を迎えたと思ったら,たちまち桜の季節。台風が少ないなと感じたのは一瞬で、8月になると、例年なら決してあり得ない北海道に3連発に続いて、一昨日には、台風10号が、東北・北海道に大きな爪痕を残し去っていった。

そして今日はもう9月1日。今年も、はや4分の3が過ぎた事になる。残り少ない人生を有意義に過ごさねばと思いながら、そのためにもボケないこととひたすら毎日拙文を綴り、野山を歩いているのだが、このままでは気がつけば棺桶の中という、いつもの下らないジョ-クがますます笑えなくなる。 

 そんなことを思っている今朝。先月末に報じられた、青森県での二人の中学生の、悲惨な自殺報道の記事に安らかにと手を合わす。

 一報を聞き、何故青森なの・・・という疑問が頭をよぎるが、すぐに北国は夏休みが短いことから、二学期が始まるこの数日は、かなり以前から、子どもの心が不安定になり登校拒否や自殺が発生しやすくなるという、いわば、子どもにとってはもちろんだが学校関係者にとっても『憂鬱な季節』だとされていることに思い当たる。

 新聞記事以上の情報を持たないので、記事の内容は繰り返さないか、二人とも自殺の原因をいじめだと遺書に残していることが気になるところ。

 中一の男子生徒は始業式が始まる3日前に、自宅の小屋の中で首をつったとあるところから、『学校が始まる。またいじめられるのか・・・』という切羽詰まった状態になっていたのではと想像すると、なんともやりきれない。

 『(同級生から)いすを蹴られる』などと聞いた母親が、6月に学校に相談していたという。学校(担任や生活指導)が、いじめの兆候があったと認めたのはよいとしても、席を離せば解決するだろうと思ったとしたら、これはマズい・・・。

どんな切り出しでこの『席替え』をしたのかは窺い知れないが、想像する限り、担任はホ-ムル-ムなどで、『Aがいじめるから席を離した』とは言わないだろう。しかし、子どもは大体のことを知っているので、『こんな程度なのか・・・』と冷やかに眺めていたのではないだろうか。

『席替え』とは、少なくとも『授業中に机を蹴られる心配がない』という程度であって休み時間に教師がいなくなったら、割の環境は元のまま。いじめたとされる生徒からみたら、『お前、チクったな・・・』と、厭味のひとつや二つ言いたくなるだろう。いじめが陰湿化したたこともあり得る。

男子生徒としては、母親にこれ以上心配をかけまいとするのは想像に難くない。となると、親も一応納得して、その後学校に相談がなかった?だろう。教師はますます、生徒間の様子が見えなくなり、いじめは解決したと判断して、『いじめの兆候はあったが収束した』と町教委に報告していたというから、学校のいじめに対する認識が甘かったことは疑えない。

生徒は、『いじめがなければ、もっと生きていた』という意味の遺書を残していたというから、学校の責任が問われそうだ。

 中二の女子生徒の場合は、始業式には出たが、翌日は遅刻すると連絡して、電車の駅からホ-ムに入ってきた電車に飛び込んだという。記事には、学校側は『いじめの有無も含めて経緯を調査中』とあったが、続報では、スマホに遺書と思われる文章が残っており、それが公開されたことに驚く。その文章を見ると、なんとも切なく、胸が張り裂けるような思いになる。

このことは、各紙がかなり詳細に報じており、社説でもとり上げている。私も、私なりにつぶやきたいが、長くなるので後日にするが、今日は9月1日。全国的に二学期が始まる日である。今日の夕刻のテレビニュ-スや明日の新聞での子どもの自殺報道がないことを祈るのみ・・・。

各紙の社説を読むと、共通しているのは『無理して学校に行かなくても良いよ』という呼びかけが目立つ。フリ-スク-ルなどでは、学校に行きたくなければ、居場所を用意しているので『逃げておいで』と誘っている。

言葉ではその通りだが、青森の(過疎地だろうと想像しているが)この少年の育っている環境で、これまでいじめで自殺などという騒ぎがなかったとしたら、フリ-スク-ルおろか、子どもの逃げ場など用意していないのが現状ではないだろうか。

となると、子どもは学校か唯一の居場所にしなけれならないのに、学校が、は出席することを強要していては、逃げ出したくても逃げられない。そんなことは分かっているという声か聞こえそうなので、私が実践してきたことをほんの少しの述べてみることにする。

以前にもつぶやいたことがあると思うが、私は担任時代出席をとることを必須にはしなかった。教室に入って、子どもたちと朝の挨拶を交わす時、素早く空席探すのが朝一番の重要な仕事。もっとも、空席を見つけるのはごく稀であったが・・・。

『そんなことができるはずがない』『教師失格だ・・・』という批判があるかもしれないが、学校に来る・来ないは児童と親の勝手で、『学校が面白ければ休むわけがない』というキャッチコピ-を信念として押し通したものである。

最初の保護者会で、『出席はとりませんので、お休みした時は気兼ねなしにどうぞ』と言い、加えて『必ず(私に直接)連絡ください』と念を押すのが常だった。保護者たちは当初戸惑っていたものの、特に強い抵抗にはあわなかったのは、今思うと不思議で幸運だったのかも知れないが・・・。

私のやり方が一番良いとは思わないか、クラスには、きっといじめはあったのだろうが、登校拒否児童は一人も出さずに、殆どの児童は、欠席数は年間通して、ゼロか一桁の下の数だったことは誇らしい記憶である。

もっとも一人だけだが、医院を経営している親からの強い依頼で、半年程登校しなかった児童がいた。当然、欠席扱いにしなかったが、クラスの子どもたちには『家庭の都合で、合宿勉強に通っているらしい』と説明したところ、全員が、フ-ンと気にした様子がなかったことは、今でも、当時の子どもたちと話す機会には必ず出てくる愉快な話題・・・。

小学校だからできたのかも知れないが、今回自殺に追い込まれた男子生徒の通っている中学の教師(担任や生活指導担当)が、出席することにこだわりがなく、登校拒否という逃げ場を容認する姿勢を持っていたら、もっと早くいじめに気がつき、それなりの対応ができたのではなかっただろうか・・・。

もし、この中学校の校長や教育委員会が許してくれるならば、押しかけても、私の経験を話したいものだが、まず、無理だろうな・・・。

私にできることは、冥福の祈るのみ。合掌・・・。(田舎親父)

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