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2016年11月19日 (土)

死の商人が喜びそう・・・

 数日前、南スーダンに派遣される自衛隊部隊に『駆け付け警護』などの新たな任務を追加する閣議決定というが新聞見出しに、また一つ、戦争ができる国へ動きだしたことを強く危惧する。

『駆けつけ警護』という言葉自体が少し曖昧に感じるが、政府の説明している定義では『離れた場所にいる国連や民間NGOの職員、他国軍の兵士らが武装集団などに襲われた場合に助けに向かう任務』だという。

政府は、現地の治安当局や国連PKOの部隊などからの情報を得て、自衛隊の部隊長の判断で実施を決めるのだそうだが、何となく、戦国時代の武将たちの行動を連想し、自衛隊の制服組の手柄争いになるのではと厭な気分にさせられる。

自衛隊員の安全が確保できて、現地の治安当局や他国の部隊よりも速やかに対応できる場合に『駆けつける』というが、救出するためには相手と戦闘になるのは間違いないとなると、友軍を助けるという言葉の陰に隠れているが、隊員の命の保証はどうなっているのという深刻な疑問が頭をよぎる。

さらに『宿営地の共同防護』という項目も加わるという。こちらは、自衛隊が他国の部隊とともに活動拠点とする宿営地が、現地の武装集団に襲撃された場合、『共同で対応する任務』と定義されている。

 こんな任務を閣議決定したというから、現政権には日本の自衛隊(軍隊)の存在感を世界に示したいという思惑があることは間違いない。

 憲法を私なりに素直に読む限り、『自衛隊』という実質的な『軍隊』の存在が違法であり、本来は、『災害復旧部隊』、あるいは『専守防衛部隊』であるべきだろう。そのことは今更議論する気はないが、海外でドンパチをはじめるというのだから、今回の閣議は明らかに憲法違反である。

 自衛隊の国連平和維持活動(PKO)は、1992年にカンボジアへの派遣が最初だったと記憶しているが、当時、気持ち的には強い反対の意見を持っていたので、職員会議や全校保護者会などでは、それとなく議論の高まりを誘導した記憶が蘇る。

以来20年余、幸いなことに、一人の犠牲者を出さずに今日に至っているが、実際には派遣された自衛隊員の中には、(マスコミは一切取り上げないが)帰国しても緊張感が取り去れず極度のストレスに落ち込んで自殺したり、未だに後遺症に悩まされているという話を耳にする。

もっともストレスとは無縁の高級士官たちは、帰国後は、自民党の国会議員や企業の幹部、あるいは何の苦労もなく悠々とした人生を過ごしている人物が存在することはかなりの国民が知っている事実・・・。

派遣された部隊の司令官は、PKOの任務はあるものの、一番大事なことは隊員の命を守ることだと信じたいが、司令官の一部には、ドンパチ大好きな人物もいるただろうことは想像に難くない。

これまでは、武器使用はほぼ全面的に禁止されていたので、『撃て・・・』という命令を下す機会がなかったので、命令を下したくてもできなかったか、これからは環境が全く違う。

今回の『駆けつけ警護』を強引に決めたのは現政権。特に、アホベ首相と取り巻きのドンバチ大好き閣僚たちとなると、現地から『武装勢力に囲まれ、救出は難しいです』という現地の情報に対して、『隊員の命が大切、救出はあきらめて撤退しろ』という言葉は絶対にない。

彼らから出る言葉は,『難しい任務であることは十分理解するが、隊員の犠牲はできるだけ少なくして、包囲されている人々全員を速やかに救出しろ・・』という命令であることは想像に難くない。

それ以前に、現地司令官は政権の思惑を先取りして、『救出は難しい』という言葉を飲み込んで、タテマエとして『部隊の安全には十分注意』という枕詞?のあとには、力強く『必ず、任務を遂行し殲滅します』という決意が返ってくることは間違いないところ。

まして、『宿営地の共同防護』となれば、国同士の政権のメンツがかかっているだろうから、両国の司令官は、互いに『撤退』など口にできるものではない。

南ス-ダンは政情不安が続いているという。私が心配しても仕方ないことだが、現地の司令官の判断が本気少しでも狂ったら、ドンパチが始まることは歴史が証明している。政情不安は、両方に武器を法外の値段で売り込める絶好の機会と、死の商人がもっとも喜ぶところ。

日本政府は、死の商人からの貢ぎ物に魂を奪われ、平和を願う南ス-ダンの人々の切実な希望と未来に背を向けた(と言っても過言ではない)今回の閣議決定に、強く抗議する。(田舎親父)

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コメント

南スーダンの問題は、自衛隊が中国の権益を守るために任務させられる危険性があることでしょ。

死の商人ですが、死の商人というのは、例えばアフリカのある国の部族に最初は無料で武器を提供して、次にそれと対立する部族に防衛のために武器を売る。その次に無料で提供した部族にさらに高額な武器を売る。そのようなフランスや中国のやって北手法を取る武器商人を死の商人というんでしょ。

日本がそうなるんですか?
せいぜい、中国からの防衛のために
中国の侵略に悩まされている国に
武器を売る程度じゃないですか?

それが上述の死の商人と同じでしょうか?

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