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2017年1月28日 (土)

筋が違う・・・

 去年の暮れに読んだ朝日新聞の記事であるが、公立小中学校の給食を無償で提供する自治体が少なくとも55市町村あり、少しずつ広がっているのだそうだ。

 その続報というか『議論の広場 フォ-ラム』という欄には、学校給食について、いろいろな人たちの意見を紹介していたので、ひと通り読んでみた。無償化に賛成という人が多い多いことは予想していたが、給食費の徴収事務が大変だからという理由が多いのには『ウ-ン?』と首を傾げたくなる。

 大阪府の弁護士という女性は、『無償化は学校現場の労力を考えると価値がある』と言い切っている。その理由として、この方は教育委員会から委託されて、給食費の未納対応に苦慮している公立小中学校から相談を受けているので、学校の事情をよく知っているからだとのことである。

学校が給食費を集めているので、先生たちはその徴収事務で苦労しているが、各家庭の状況を知っているだけにどこまで踏み込むべきか、どういう言葉をかけるべきかまで悩んでいると、教師の給食費を集める苦労を考えれば・・・との立場で論を進めている。

日頃から教師が忙し過ぎると思っている私からみたら、徴収事務がなければ、本来の教育活動に専念できるようになり、子ども一人ひとりに向き合うことができる効果があるという意見は理解できる。

しかし、この苦労は、集金を当り前のように教師の仕事にしている制度に問題があるのであって、それを認めるような発言は感心しない。まして、給食は『教育の一環』として給食費は国費でまかなうべきという論理には賛成しかねる。

私は、教育問題を語る時『学校給食』がその根源にあると何度もつぶやいてきた。ここまで給食が当り前になっていることから、対案もなく『給食が諸悪の根源だから即刻中止』と主張する気はないが、『給食が学校教育の一部』であるという考え方を『是』とする風潮には異論を挟みたい。

給食が始まったのは戦後間もなく気頃。まさに自分の小学校時代と合致する。最悪の食糧事情を少しでも補うためにはじめられたのが、コッペパンと脱脂粉乳が給食の献立。このことは、うっすらだが記憶に残っている。

私は、小学校入学前から母親が結核を患っており、子ども心にも『ニワトリの生き血が結核の特効薬』という言葉を信じてニワトリをかなり飼育していた。毎日卵が得られることと、生き血をとるために屠殺した日は、ニワトリの肉(カシワ)のすき焼を堪能できたので給食のありがたさなど感じたことはなかったが、こんな内容の給食であっても多くの子どもたちにとっては楽しみの一つだったようだ。

何時思うと、先生たちは大変だったのではなかっただろうか。当時の担任の様子など全く記憶はないが、給食室から熱くて重い脱脂粉乳が入ったバケツを運ぶのを子どもたち任せっきりだったとは思えない。

当時は、先日もつぶやいたが、『い組』・・・『は組』といろは順の学級名、そこにはいろは順の名簿には60人近い子どもが名前があったことから混雑はすごいもの。それをさばいて公平に与えなければならないのだから大変だったと想像している。

食糧事情の悪かった頃だったことから、特に脱脂粉乳を分けることに争いもあったのではないだろうか。勝手に飲んでお代わり(それほどの量があったとは思えないが)してはケンカが始まるだろうから、給食時の約束事を作るのも担任の大事な仕事になったはず。やがてその約束事が校則になり、食事マナ-の指導ということに発展するのだが。

また、低学年は6年生がお手伝いをしたのだろうが、万一こぼしたら大変なことになるから、先生たちは、かなり神経を使っていたのではないだろうか。

食糧事情の改善のメドがたった時に、給食を止めれば良かったのだろうが、文科省の勘違いなのか学校現場の思い入れがあったのかわからないが、『学校給食』を受け持つ部門の重要度がどんどん増してくる。

脱脂粉乳が牛乳になり、子どもたちに暖かい美味しい食べ物を・・・とそのねらいが広がり、他校との連携が重要になり、『学校給食部会』という研究部が生まれた。

親の意識も変わり、給食が当り前となり、中でも料理が苦手な親たちにとっては、給食の献立を真似ることが広がる。やがて『学校給食の味』が『家庭の味』の原点になり、それが今日に及び、中学高校生まで給食が必要という声が高まっている。

このことは、仕方ないことだと思っているが、我が子の『衣食住』を保証することは、親の責任であり義務であることは忘れてほしくない。その意味では、給食費は親が払うのは大原則で、滞納する親がいて、その徴収に教師が困るから無料という発想は筋が違うのでは・・・。

所得が低い家庭には別に手当てをすれば良いこと。払えるのに払わない親には、それなりの罰則を与えればすむこと。

給食費を意識的に払わない保護者も、市販教材費は滞納しない。修学旅行や見学費用も、そして制服代なども・・・。

義務教育はこれを無償にするという憲法を素直に解釈すれば、もしも文科省か学校教育上制服は必要と認定するならば、市販テストで成績を評定すべし、そろった体育着が必要と認めるのなら、これを無償にするのが先決だろう・・・。(田舎親父)

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