« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月

2017年2月28日 (火)

言葉遊びに懲りない面々・・・

 自己顕示欲が人一番強い質なのだろうが、デンデンさんとその取り巻き連中はよほど言葉遊びが好きらしい。しかも、唐突に、なんとも夢がありそうな言葉を言い出すのだから困ったものである。

 つい最近までは『地方創生』などと言う言葉と、それをわかりやすく表現する『地域が元気でなければ日本は元気にならない』なんてキャッチコピ-は、20年前から私がホ-ムペ-ジの理念として掲げている『田舎が元気でなければ この国の未来はない』というフレ-ズとほとんど変わらないどころか全く同じといっても良い代物。ひょっとして、私のHPをデンデン親衛隊の誰かが観てパクったのかなと思わず苦笑してしまった。

 今は『働き方』なんて言葉も盛んに使っているが、その全てが経済界の要望を受けたものも酷い話。

少し前までの『夕活』なる言葉もその中の一つで、一時はマスコミも盛んに取り上げていたが、国民に呆れられると、今度は月末の金曜日に限って、早く仕事を切り上げて、そして楽しもうという意味らしいが、『プレミアムフライデ-』とは笑わせてくれる。

 その『プレミアムフライディ』なるイベント?が先週の金曜日に始めて行われたらしいが、その日3時に仕事を切り上げた職場はどのぐらいあったのだろう。少なくとも、私の知る(ごく狭い世間であるが)限り、このイベントに関係したなどという話は聞こえてこない。

 近くの小学校の通学路では普段通り、下校見守り当番のPTAの母親たちが通学路に立って下校する子どもたちを迎えていた場面にぶつかったことから、小学校の先生たちにはこの恩恵がなかったことは確かである。もちろん子どもも親たちも・・・。

 昨日になって、一部のテレビ局が,経団連からの要請を受けた大企業が、午後3時に仕事を切り上げ、社員たちがそれぞれ思い思いに楽しんでいる、『特別な金曜日』のことを取り上げ、その様子を紹介していた。

首都圏や大都会のごく一部の大企業の社員たちだけが、金曜日の夕方楽しむことで経済の活性化につながるのかとはとても思えないのだが、それはまたの機会につぶやくことにして、話を進めることにしたい。

繰り返すが、『プレミアムフライディ』とは、毎月、最終金曜日は午後3時には仕事を終え、買い物や旅行などで消費を拡大し、景気の回復を願うものとだとすると、もしも成功すれば、世界一労働時間が長いと批判を受けている現状を、一変させる一石二鳥の凄い裏技。できるはずがないが、よくぞこんなことを考えるものである。

 確かに3時に勤務が終わって町に繰り出すことができれば、経済的な効果は上がるかもしれないが、この大前提になるのが、何よりも懐が暖かいことであるのは、今更経済音痴の私が指摘するまでもないことだろう。

しかし、総務省の家計調査で国民の実質消費支出は10ケ月連続減少だという。全国百貨店売上高も、旅行取扱高も年々減少しているとなると、庶民の懐は暖かくなっているどころか寂しくなっているのが現実だろう。『買い物だ・外食だ・旅行だ』と言う商魂たくましい掛け声も空回りしているように思えてなならない。

このキャンペ-ンは、私に言わせれば、何とか庶民にカネを使わせるためだけのイベントであり、先の『夕活』と本質的には同じもの。一部の富裕層だけを対象にしたもので、ここにも弱者切り捨ての考え方が見えてくるのだが・・・・。

 忙しい月末金曜日に中小企業などが、ハイ3時になりましたと仕事を切り上げられるはずがない。小企業や取引先のことなど気にしないで良い、あるいは勤務時間の短縮が収入減に直結するパートや派遣労働者への配慮なども必要ない・・・という発想が根底に流れているとしたら、こんなイベントが長続きするはずがない。

マスコミは、先日のこのイベントに参加できた人たちには公表だったと報じているが、来月の『フレミアムフライデ-』は3月31日。年度が代わる一番忙しいこの日に、たとえ大企業であっても、3時に仕事終わりですなんてできるはずがない。保足しが心配してもどうにもならないが、果たして行えるのだろうか・・・。

 消費を伸ばすためには、日常の生活を豊にするしか方法はないことは経済音痴のわたしでもわかる理屈。将来の不安を取り除くよう社会保障改革を進めたり、長時間労働を本気で解消する知恵を出すことが先決だと思うのだが、現政権や経済界のやっていることはこれとは真逆。

 言葉遊びで消費は盛り上げられないことは、これまでの政策の失敗で散々学んできたはずなのに、懲りない面々である・・・。(田舎親父)

2017年2月27日 (月)

これは酷い・・・

 関西学院大学というと、近畿地方ではかなりの名門だという程度の知識は私でも持っている。週刊誌の大学比較などをみると、東京でいうならば、駅伝界では向かうところ敵がないという青山学院というところらしい。

 その名門大学で、福島出身の女子学生に対して、非常勤とはいうものの大学の教官が『福島からの学生は、放射能を浴びているので、電気を消すと光る』と言ったという。そして驚くべきは、実際に本当に電気を消したというから、俄には信じられない話である。

 あそこまで酷い原発事故が起きたのだから、日本中が放射能を浴びているのは事実だろうが、福島の人たち(他の地域でも同じだろうが)は望んで浴びたのではない。

福島第一原発は巨大な地震による大津波によってかなりのダメ-ジを受けたことは否定しないが、東電があらかじめ安全対策をしていたら起きなかった事故であり、いわば、『主犯は東電で共犯者は国』という図式。福島県民はもちろん全ての国民にはなんの罪もない。

福島県は特に放射能被害が大きく、命の危険を感じて、他府県に避難している人も多いのだが、避難先で理不尽ないじめにあっているというニュ-スが最近目立つ。

特に、横浜市に避難していた男子中学生は、小学5年生の時に、『放射能菌』と呼ばれ、連日、汚いとか近寄るなと嫌がらせを受けるだけではなく、『補償金が入っただろうから金をもってこい』など露骨に要求されて、合計150万円超を脅し取られたという。こんな無茶苦茶なことが実際に私の住む町で起きていたとは信じ難い。

加害者は許し難いが、もっと酷いのは学校と教育委員会。150万円は『驕り・おごられる関係』だという言い訳には唖然とする。怒りを通り越して、こんな学校や教委は消えてほしいと願い、実際に横浜市教委に抗議文を出したが返事は来ない。

こんなアホな行為を行為をした関西学院大学の教官が、外国籍だったというのは、日本人としてほんの少しの救いであるが、その教室には日本人の学生も大勢いたはずなのに、誰も止めなかったのだろうか・・・。

声を上げた学生がいたと信じたい。が、被害を受けた女子学生が大学の相談窓口に報告したことで発覚したというから、少なくとも大学当局に訴えた学生はなかったことは事実だろう。

そして、このことが実際に起きた。この40代の英語担当の教官は『放射能を浴びているから電気を消すと光ると思った』と発言していたというが、どんなことから、今まで聞いたこともないこんな発想が生まれるのだろう・・・。

女子学生から相談を受けた大学はビックリしたに違いない。事実を確認して、とりあえず、この講師に対して減給3か月という処分を発表したらしいが、その後、世間の反応の大きさに慌てて、来年度の契約を見直すという表現が、契約しないことになったらしい。

何か奥歯にものが挟まったような処分である。減給の度合いも公表なし。大学が本当にこの講師の酷過ぎる行為を許さないという強い決意があれば、即、解職処分が当然だと思うのだが・・・。

この講師がどんな人材なのかわからないが、関西大学が来年度、本当にこの講師と契約しないかかという疑問が残る。

福島の人たちに対するこんな理不尽な行為が繰り返されることがないためにも、新年度になってからでよいが、この講師の処分が事実であったことを知らせるメディアが存在していることを願うばかり・・・。(田舎親父)

2017年2月25日 (土)

ほんの少し明かりが・・・

 安倍晋三、なぜ日本国民はこんな男に総理大臣という席を与え続けているのだろう。

東京新聞や日刊ゲンダイという比較的マイナ-なメディアは、かなり以前から現政権に批判的な記事を掲載していたが、最近になって、朝日と毎日という大新聞も、言葉を選びながらもこの男の汚らしさを取り上げ出しているのが救いであるが・・・。

森友学園という学校法人の認可から広大な国有地をただ同然で払い下げ、女房を名誉校長に押し込んで、安倍晋三記念小学校という名称で寄付をつのる。そこには、ほんの少しの人間性も感じられない。

そこにあるのは己の思想の押しつけと、国のものは俺のものという自分勝手な思い込みだけ。しかも、堂々と払い下げすればまだ許せるが、バレないために二重三重の手の込んだシナリオを作り、それでも悪事がバレそうになったら、俺は知らん、女房も反省しているので名誉校長の席を降りた・・なんて逃げるだけ。

この学校法人に関係していたら辞めるなんて啖呵はすっかり忘れてしまうのだから情けない。『女房が理事長の教育が素晴らしいと褒めていた』という言葉が、『理事長がしつこ過ぎる・・・』とは同じ人間?口から出るセリフとは思えない。

 この怪しげな学校法人が経営している塚本幼稚園では、戦前の教育勅語を園児に暗唱させているという。始めてその話を聞いたときは、思わずウソだろうとつぶやいたものだが、どうやら事実らしいとなると、これは恐ろしい。

3歳4歳から暗唱させられると、おのずと自ら考えるという能力が衰退し、結局は園長校長の教え通り、お国のため(安倍晋三の命じるまま)という人間が形成されていくことになる。このことは歴史が証明している。

最近になって俄には信じられないような、自分のうんこを持ち帰らせるという園のしつけ方針も明らかになってきたが,もっと驚くのは、ここまでの無茶苦茶を知って保護者が文句を言わないこと。恐らく、口封じの徹底が行われていたのだろうが・・・それにしても異常である。

 この理事長が、国有地の場所に小学校を作るとの申請に、文科省は恐らくデンデンの手下からの命令でもあったのだろうが、『ハイ、了解しました』とばかりわずか3ケ月という信じられないほどの超短期間で認可したのも許し難い。その後で、国有地払い下げの汚い筋書きでトラマが始まる。

こんな役所が、道徳とは『これこれこうするもの・・・』と決めて、教科として児童生徒を評価し、進学に影響させる?・・・。教員には、国が定めたこと以外は絶対教えるなと絶対命令を出しながら、俺たちは別と、ざる法の網をくぐって天下りのやり放題。

つい最近、俄に耳目を集め出した『国有地の払いの仕方』もどうしようもないほど汚いやり方である。官僚たちは責任をとらされるのを恐れて、書類は破棄したので調べようがないというから何たること。

アソウとかスガとかいう輩も、デンデンを守るためにこれ弁明に努めるという図式。聞いていて気持ちが悪くなり、思わずヘドがでそうになる。

いつからこんな汚らしい国になったのだろう。こんな男を首相に祭り上げている自民党という集団は何なのだろう。誰一人として、デンデンのやりかたに奇怪しいと言い出さないのも私には不思議で仕方がない。

思えば、民進党政権でノダという汚染のブタ首相がいたが、その男が急にトチ狂ったように消費税増税を言い出して、しかもアンタに任すよとはかり、デンデンに政権を譲った辺りから、奇怪しくなったのでは・・・。

救いは(書き出しにつぶやいたが)今日に至って、朝日や毎日、東京などの新聞が社説や一面で掲載しはじめ、民放の一部テレビ(NHKはいまだにする-だが)取り上げるようになったので、徐々に国民が知るようになっ手いることから、内閣総辞職に追い込めそうな気配がほんの少し漂いはじめたこと。

NHKを先頭に、読売と産経は相変わらず北朝鮮だ正男だ、コイケだ豊洲移転だイシハラだと騒いでいるだけは気になるが、こんなマスゴミでも、今の動きが続けば、いつまでもスル-していられないはずだろう。

 普段は、某かの敬称をつけている私が全て蔑称にしたのは珍しい。これもあまりの気持ちの悪さからそうせざるを得なくなったためと一言言い訳しておこう。(田舎親父)

2017年2月24日 (金)

花粉症 私の特効薬・・・

 『春一番』と聞くと、春の訪れが近いと何となく気持ちがふんわかする。しかし実際は強い南風で気温が上がることは間違いないが、同時にスギの花粉が強風にあおられて、辺り一面にまき散らされるのだから、花粉に敏感な人にとっては厄介な季節がやってきたという感じではないだろうか。

昨日は、すでに『春三番』と、今年は立春以後3回目の強風が吹く。ところて、16日だったと記憶しているが、今年の『春一番』がふいた日、丁度、車の1年点検のために、いつものようにトヨタカロ-ラに車を運び説明を受けたのだが、長年付き合っている担当者の顔には大きなマスク。

ついつい、『インフルエンザなの?』と声をかけると、『花粉状ですよ。昨日までなんともなかったのに、今朝起きたら、鼻水が止まらずお客様には申し訳ないのですが、マスクが外せないのです』と恐縮していた。

私も、かっては花粉症に悩まされたものなので『そうかそんな季節を迎えたのか』と彼の気持ちは良くわかる。特に客相手の仕事の人は困るだろうなと同情することしきり。

横浜の片田舎は自然がいっぱいの素敵な地域であるが、鎌倉街道という古道の両脇には、杉の古木が並んでいるので、『春一番』という季節になると、あたり一面がかすむほどの花粉で飛び出すのだから、花粉症にならない方が奇怪しいぐらい・・・。

当時の私は、今も市販されているのかもしれないが『コルゲンコ-ワ』という錠剤の常習者。これがないと涙が止まらずクシャミで周りの人にも迷惑をかけるのだから、毎朝、食後にこの薬を飲んでから出勤したもの。

12時間ほど効果があると書いてあったが、午後になると花がむずむずするので、もう一錠飲んで誤魔化したものだが、それでも、ティシュが手放せず学級の子どもたちからからかわれた記憶が蘇る。管理職になって良かったのは、そのからかい開放されたことぐらいかな今は笑えるが・・・。

花粉症が軽くなったと自覚しはじめたのは、繭に興味を持ちはじめ自室で蚕を飼育して繭を得て、それを加工するようになってからである。

『女工哀史』の里を訪れ、その末裔の方から、『おばあちゃんは、顔などしわが一杯だったが、手先だけは綺麗だった・・・』などという話を聞いて、これは繭の効能だと確信し、自分でも繭を煮て、その煮汁にハッカ油を一滴垂らした液体を『シルクロ-ション』と称して、化粧水として使うようしてから花粉症はますます軽くなったと感じたものである。いまでもその習慣は続けている。

さらに、蚕が桑の葉だけしか食べずに、こんな素敵な物をプレゼントしてくれることから、『桑の葉』に注目し、横浜の片田舎ではどこでも自生(養蚕の名残)している桑の葉を採集して天日で乾かし、石臼でパウダ-状にしたものを毎朝ヨ-グルトに混ぜて食べ、寒天で固めゼリ-状にしたものを朝食にするようになってから劇的に改善。以来、花粉症とはほぼ無縁の状態が続いている。

『桑の葉パウダ-』は血糖値を下げる働きがあるので、糖尿予備軍と医者から宣告されている私には、まさにぴったり。おかげで、血糖値はやや高めの110~120、A1cは6.1~6.3の境界線をさまよっている。おかげで、予備軍ながら薬の服用は必要ないのも嬉しい話である。

薬は使う人の体質によると思うが、私の場合、花粉恣には『シルクロ-ション』が特効薬だったことは間違いない。必ず効くとは言えないが、花粉症に悩む人は、長い目でみるつもりで、繭を煮てこれを作られてはいかがだろう。

私のレシピであるが、塩素分を含まない市販の水1リットルに繭を10ケほど入れて沸騰したらとろ火で2時間ほど煮て、素早くぐにゃぐにゃになった繭を取り出し、冷ましてからハッカ油を一滴垂らすだけ。冷蔵庫で保管して小出しにして使っている。

この液にはカ除けの効果があるらしく、私の場合、7月までは蚊除けのスプレ-や蚊とり線香のお世話にならずに外仕事ができるのも嬉しい話である。ただ、不思議なことにそれ以後は効果がないのが欠点であるが・・・。(田舎親父)

2017年2月23日 (木)

所沢市の決断には大拍手だが・・・

 『所沢市の藤本正人市長は20日会見し、ふるさと納税の返礼品の提供を今年度で終了すると発表した』という文言に目が留まる。

その記事によると、市長はふるさと納税制度そのものは返礼品を提供しないで残るとした上で、『返礼品の終わりなき競争からひとまず降り、返礼品ではなく所沢の自然や文化、事業を応援したいという思いに期待したい』と語ったとある。なかなか思い切った判断である。

同市は平成27年12月から『ふるさと納税』に返礼品を導入したそうで、『そごう・西武』に業務委託し、寄付額の40%に相当する額を返礼品に充て、これまで地元企業の商品や特産品など53種類を提供していたとのこと。

この結果、27年度は12月から3月末までの4カ月間で349件、約1660万のふるさと納税を受け、前年度1年間の11件、485万円を大幅に上回ったあり、28年度も12月までに345件、約3100万円に達していると続いている。

この文面を素直に解釈すると、所沢市にとって悪いことは何もよいようにも読み取れるが、市長曰く『ふるさと納税』の趣旨を『故郷を思う気持ち、地方の財政を強くしようという願いがある』と肯定した上で、現状については『人は好みの返礼品を求めて動き、自治体も競争に巻き込まれている』と語っているらしい。

正論であるが、何か奥歯にものが挟まったような言い方で、スッキリと受け取れない。ちなみに、私は常々『ふるさと納税』については、根本的に問題があると思っているので、この制度を利用したいと思ったことはない。

しかし、現実として、答礼品合戦が熾烈になり、人気の特産品がない自治体は、金券や家電製品を用意しているという話を耳にするたびに、アホかと何度もつぶやいているが、周りには特産品目当ての人も多いようだ。

『ふるさと納税』は(詳しいことは興味がないので調べたことはないが)今住んでいる自治体へ支払っている住民税の一部を、自分のふるさとを応援したいと寄付の申請すると、その金額が『ふるさと』の自治体の収入になるという。

寄付(なのかなあ・・・)を受けた自治体は、『ありがとうございました』という御礼の返信に添えて、某かの答礼品を送るのだそうだが、この制度は、自分の生まれた村や育った町、あるいは住んだことがある市(いわゆる『ふるさと』)などという『シバリ』はなく好みで自治体を選べるというのも何かひっかかる。

ということは、『ふるさと納税』をするということは、自分が住んでいる自治体へ納めるべき税金が他の自治体に行ってしまうということ。これは自治体にとって大変な損失だから、何とかくい止める方法を考え出さねばならないが、よほどの『愛町心』がなければ答礼品目当ての気持ちを引き止めることはできないのも人間の性。

名前を聞いて『いいなあ・住みたいなあ』と思う町や村もあるが、一般の人にとって、知っている自治体など数がしれているので、知名度の低い自治体では、あの手この手でこの制度を利用する知恵をひねり出す。そして行き着くところは答礼品合戦・・・。

所沢市も『そごう・西武』というデバ-トを持っている企業と連携して、それなりの答礼品を選んで板に違いない。そして,前述したとおり、28年度には3千万円超の収入があっのだろう。

所沢市の財政のことなど当然ながら全く知識はないが、首都圏の自治体にとって3千万円はさほどの金額ではないのではないだろうか。むしろ、所沢市民の多くが、『ふるさと納税』制度で、他の自治体に寄付?するものだから、それ以上の住民税がマイナスになっているのではと想像するのは無理があるのだろうか。

そこで、市長は市民の良識に賭けたというところでは・・・。さて、この市長の気持ちを市民が受け止めてくれることを期待したい。

それ以前に、こんな制度を廃止するべきではと提言したい・・・。(田舎親父)

2017年2月22日 (水)

廃炉の前に国が滅ぶのでは・・・

 最近、NHKのオンデマンドの無料会員に登録しているので、時々面白い情報が届く。NHKのことだから、政府から『国民に知られたら都合の悪いことは伝えるな』という圧力がかかっていることは想像に難くないが、それでもアンテナをきちんと張っていたら、結構興味深い画像などが流れていることに気づく。

先日、その一つの『サイエンスZERO』というEテレが放映している番組が、福島事故原発の汚染水問題を取り上げ、昔は1つも無かった汚染水タンクが今では1000基以上も並んでいると報じ、上空からの映像を紹介していた。

国と東電は汚染水対策の切り札として『凍土壁』という、科学知識に疎い私でも、首を傾げたくなるような代物を導入したが見事に失敗。その結果、当然のことながら汚染水が増え続け(タテマエは海に垂れ流さない?としているようだが)一日200トンと言われる汚染水を入れるタンクを増設につぐ増設。ついには原発周辺びっしりとタンクで埋めつくされている映像である。

このまま汚染水が増え続けるとして、単純に計算すると 1年では72万トン。事故から6年でこの映像だから、たとえ50年で廃炉にできるとしても、3600万トンという想像を絶する量の汚染水を収容するタンクが必要になることになると、廃炉など夢のまた夢。50年後には、国道6号から海側全てタンクで埋まるという想像したくない光景が出現しそうだ。

福島第一原発を廃炉することはすでに決まっているが、何故か、国と東電はデブリと呼ばれる、溶け落ちて格納容器の底そこにたまっている?燃料を取り出すことにこだわっている。そのデブリを冷却するのに1日400トンもの水を流し込み、これらが全て汚染水になるのだから汚染水対策が追いつくはずがない。

というより、流れ込む地下水を全て冷却水として使用しているとしても、400-200の200トンの汚染水の行方ははっきり示していないのも不可解なところ。常識的に想像すると、そのまま海に垂れ流していることになるのだが・・・。

先日の新聞記事に、11000mの深海に住む甲殻類の汚染という内容があったが、このことも汚染水垂れ流しに関係するかもしれないと思うと、『福島県産食材を食べて復興を応援しよう・・・』なんてキャンペ-ンがいかに虚しいものかと感じざるを得ない。

そのことは別につぶやくとして、融解した核燃料は格納容器の底を突き破って地中深く埋没しているというのが定説なので、常識に考えても、取り出せるはずがないことは私でもわかること。

 それでも1月末には、デブリを取り出すための手段として、サソリ型ロボットを格納容器に入れて内部を撮影することに成功したと発表。新聞各紙はその映像を掲載していたが、燃料が溶け落ちたらしい穴のような形はわかるものの、全体は白いモヤモヤとした部分が広がり、これがデブリだと言われても、私にはなんとも分かりにくいものである。

 記事には、その部分をロボッの映像から解析すると、毎時530シ-ベルトの放射線値になるという文言がある。これまでは毎時20マイクロシ-ベルトという数値でも危険だと言われていたのに、一挙に百万倍以上の値に愕然とする。

 さらに、その一週間後に、東電は再度ドサソリ型ロボットで内部撮影に挑戦したらしいが、ロボットを数m進めたところで、推定毎時650シ-ベルトを観測し、あまりの高線量にカメラ機能しなくなりロボットまで動かなくなったという。結局、このロボット作戦は失敗。これでまた廃炉が遠くなったことは間違いない。

これまで、国と東電は廃炉にかかる期間を30~40年とし、溶け落ちた燃料の取り出しを21年に始めるとしてきたが、取り出す方法などは全くわからないのだから,不可能なことは始めから分かっていること。

今回、デブリの撮影に成功したというが、あの映像で成功とは言い難い。事故後6年過ぎたにも関わらず、今回のデブリはともかく、溶けた燃料がどこにどれだけどんな形であるかも分からないのが実情。しかも、2号機よりも1号機や3号機はもっと悲惨な状態だというから、『廃炉』などという言葉を発することすらおこがましい。

ここまではっきりしているのだから、事故の収束はチエルノブイリで採用している石棺方式しかないことは明らか。巨大なコンクリ-トの壁で地下水を遮断し、その後、大量の鉛とコンクリ-トで福島第一原発の全てを覆おうしかないようだ。

そして、『アンダ-コントロ-ル』などとほざくのではなく、現在も事故処理真っ最中であることを世界に発信し、住民を無理に帰還させるなどという愚策は直ちに撤回すべきだと思うのだが、この政権では絶対に無理。

このことに早く国民が気づくことが唯一の事故対策だが、マスコミが大本営発表の情報しか流さないのだから、廃炉よりも国の滅びるのが先だろう・・・な。(田舎親父)

2017年2月21日 (火)

認可にも大きな疑惑が・・・

昨日の続きになるが、確かNHKのニュ-スだったと思うが、始めて、デンデン疑獄のニュ-スを知った時、アナウンサ-は『森友学園』と発音したのだろうが、私は、『森村学園』と勘違いして、一瞬、あの学園が大阪に進出したのかとビックリしたもの。

しかし、すぐにその間違いに気づくのだが、わざわざ『森村学園』と間違わすような学校法人を聞いたことがないことに不信感を覚え、調べてみると驚く事実が判明する。

 『森友学園』は、2014年10月31日に小学校新設の認可申請書を提出したとのことだが、文科省は翌年の1月、わずか3ケ月後に『認可適当』との判断を出しているというから、最初から仕組まれたことは明らか。こんなことは、普通では考えられない。

かなり昔のことになるが、発達障がいを理由に普通学級の受け入れを断わられた人たちの集まりに出席したことがある。その席で、ならば自分たちで学校を作ろうという話になったことを思い出す。

この会の中には、医者や弁護士はじめ大学教授や経済界で活躍している方などが名を連ねていた。私も一枚噛むことを承諾し、本気で学校を立ち上げるために真剣に討論を重ねたことも記憶にある。

しかし、実際に申請する段階で、まず学校を設置するための広い土地の確保が必須条件であり、土地を確保できたとしても、文科省の審査には相当な年月がかかることがはっきりして、時間的に難しいことから、むしろ新たに学校を立ち上げるよりは、実際に存在している『学校法人』を買収した方が早いいという結論になり、そちらに動きをシフトしたことを目の当たりにしている。

もっとも、もしもその時、学校法人を立ち上げ『新しい学校』ができたとしたら、私の運命が変わっていたことだろうが・・・。

その経験から、私立の学校を創ることはこんなにも難しいことを知ったのだが、『森友学園』の認可には、わずか3ケ月。文科省の認可決定部署の上級官僚が、何らかの取引に応じたこと考えても奇怪しくなさそうだ。

ここからはあくまで私の想像だが、文科省の高級官僚たちを黙らせ、しかも常識はずれの短期間で学校設立認可を許可させられる人物となると、背景には大臣級の政治家の存在しかなさそうだ。

そして、寄付金を集める書面には『安倍晋三記念小学校』とあることや、名誉校長として首相夫人が就任していることから、デンデン首相一族の関与は明らかと考えるのが当然であろう。

さらに、豊中市の国有地売買が、近畿地方審議会で開催されたのは2015年2月10日であったことも、共産党議員の調査で明らかになっているが、この日は、すでに文科省から認可が降りているのだから、こんな奇怪しい話はない。

つまり認可申請は、まだ学校用地も決まっていない段階で行われ、文科省もそれを当り前のごとく受け付けている。学校を創る場所もはっきりしないで申請認可などできないことは明らか。

恐らく、国有地払い下げは規定の事実として、ある筋から文科省に伝えられ、書面にもその場所がはっきり書かれていたはずでは・・・。さもなく場、認可が適当との判断が下されることはありえず、常識的に考えても文科省の判断が『異常』であることは明らかである。

これも昨日の続きになるが、野党は協力連携し、共産党議員の得た証拠をしっかり固めて、デンデン首相を徹底的に追求してほしいもの。自ら『関与が明らかなら首相も議員も辞める』と発言しているのだから、こんなやりがいのある仕事はないだろう。

ここ数日が勝負どころ、野党議員の矜持を示してほしいものである。(田舎親父)

2017年2月20日 (月)

野党に期待したいが・・・

 天下のNHKや読売新聞や朝日新聞などが、意識的?に取り上げなかったりオブラ-トにくるんだような文章で報じているが、いろいろな情報から、次のようなことは間違いなく事実だろう。

1.大阪の豊中市の国有地の件。國は、豊中市に譲渡した土地とほぼ同じ広さの隣地の国有地を『森友学園』という学校法人に豊中市が入手した価格の価格の10分の一の1億円超の金額で譲渡したこと。しかも、その事実を国が隠し続けていたこと。

2.明らかになってからの国の答弁は,地中にある危険な物質?の除去するために8億円かかるから,学園が除去するという約束をしたからとその分差し引いたと強弁。すでに建物はほぼ完成しているにも関わらず地中の危険物(ゴミ)を除去していないこと。これはゴミの存在そのものがウソだという明確な証拠になるだろう。

3.さらに、すでに国はゴミの処理代金として、学園側に1億円超を支払っていること。要は、ほとんどタダ同然で払い下げたことになる。しかも、残りのわずかな金額も年利1%という超低金利で向こう10年間で支払うという契約を締結しているというから、事実なら明らかに国と学園がグルになった犯罪。

 何故こんな犯罪が堂々と行われていたのだろう。答えはたった一つ。この学園とデンデン首相一家とがズブズブの関係になっていたことに尽きる。

小学校の名前は『瑞穂の國記念小学校』と、なんとも古めかしい漢字が使われているのは日本で始めての神道の小学校だかららしい。そして、次のようなことも事実だろう。

4.その小学校の名誉校長がデンデン首相夫人であり、校長兼理事長が、首相はじめ多数の自民党議員が所属している『日本会議』という右翼集団の大阪の代表。

5.『瑞穂の國記念小学校』を名乗る前は、『安倍晋三記念小学校』というな前で寄付を募っていたこと。

6.森友学園という学校法人が運営している幼稚園が、教育勅語を暗唱させたり、運動会の宣誓で、中国人や朝鮮人を蔑視するような内容を言わせていたこと。さらに、この幼稚園の保護者に配ったビラの内容が、大阪府が差別に値すると認識しているとのこと。

7.この幼稚園の卒園式で、デンデン首相夫人は、日本国憲法にのっとった教育機関として存在している公立の小中学校を否定するような発言をしていること。

 などなどである。1から3だけでも内閣が吹っ飛ぶ大問題どころか、それ以前に、国が率先して行っている犯罪である。4~6となると、明らかに憲法に抵触することである。

これらのことを国会の予算委員会で追求されると、デンデン氏は激怒して、『私や妻が(売却に)関与していたとなれば、首相も国会議員も辞める』と述べたというから、これは面白くなりそうだ。

即刻辞めてほしいものだが、こんなトンデモない開き直りを許す野党も情けない。デンデン首相のこの発言は、野党はもとより国民を完全にナメているからできることで、これらのことを大新聞はスル-するのだから、国民の多くはまだ知らない。

先日、東京新聞が『こちら特報部』という紙面で少し取り上げているが、購読者が少ないことから、一般国民が目にする機会はごく限られている。また、日刊ゲンダイという大衆紙や週刊新潮や文春などの一部の週刊誌も記事にしているが、やはりマイナ-のメディアであることから広く国民に浸透するところまではいかないようだ。

ただ、先日になってやっと、テレビ東京が大きく取り上げ、かなり反響を呼んでいるらしいとなると、NHKや大新聞はじめ、マスコミ各紙各局も取り上げざるを得なくなるのでは・・・と期待している。

天下のNHKは一応国会中継を行っているのだから、ここは野党議員の腕の見せ所。鋭い論理で首相や閣僚を追い詰めたら、大新聞といえど書かざるを得なくなることは間違いないところ・・・。

野党にとっては、政権を倒す絶好のチャンス。トランプ大統領の発言など取り上げて憶測で追求しても意味はない。自衛隊員には気の毒だが、内閣総辞職に追い込めば、アホ丸出しの防衛大臣や法務大臣の問題などいっぺんに片づいてしまうので、追求などもどうでもよい。北朝鮮の暗殺事件や辺野古問題なども後回しにしても進展は変わらないだろう。

この際、徹底してこの『森友学園』と国(デンデン一家)とが関わっている犯罪の証拠を明らかにできれば、内閣は総辞職するしか方法がない。

野党は『政権打倒』という目標で一致し、互いに連携して、国会で内閣を追求し続け、マスコミが真実の一片でも書かねばならなくさせる努力をしてほしいもの。朝日新聞が書けば、対抗するためにも読売新聞も続くはず。毎日も産経も続けば内閣は確実につぶれる。

野党議員はこのチャンスを逃したら、完全に翼賛体制ができ、野党そのものの存在ができなくなることは確実。自分たちの立場を守るためにも、危機感を持って、この問題に限って、集中的に追求することを願いたい・・・。(田舎親父)

2017年2月18日 (土)

いやな足音が大きくなってきた・・・

 身内の天下りを何よりも大切にしている文科省が、小学校で2020年度、中学校で21年度から全面実施する次期学習指導要領の改定案を先日公表した。

 『グローバル化への対応』という言葉を全面に打ち出し、現在小学校5、6年に導入している成績評価のない外国語活動を3、4年に前倒しし、5、6では英語を教科化することが大きな特徴になっている。さらに、中学では英語の授業を英語で行うことを基本とするというから、現場の混乱は大変なものだろうと想像している。

 自分の天下り先が気になり、現場を知ろうとしない文科省の高級官僚たちは、授業時間など何とでもなるものだと思っているらしく、前回の改定で『脱ゆとり教育』と称して大幅に授業時数を増やしたことで現場は極限状態の混乱が続いていることなど全く気にしていない。この路線は継続し現行要領から学習内容や授業時間は削減しないというから無茶苦茶な話。

しかも、指導要領として初めて児童生徒の学び方にも踏み込み、一般に『アクティブラ-ニング』と呼ばれる、教員による講義中心の授業から児童生徒が発表や討論を通して主体的に参加する授業への転換を求めているという。

このような授業を通して『知識・技能』『思考力、判断力、表現力』『学びに向かう力、人間性』バランス良く育むことを目標に掲げているのだから、まるでアホノミクスという言葉で経済が一挙に改善されるという幻想を持たせた失敗を、そのまま教育行政に当てはめたものとしか表現できない。

悲しいことに、新指導要領は小中とも、各校の判断で一八年度からの移行期間に先行実施できるとあるから、これまでの経験ではっきりしていることは、先を争うように先行する学校が現れること・・・。

文科省の言う『先行実施できる』という表現は、『実施しなさい』ということと同義語だからである。都道府県教委はすでに『モデル校』を選定し、お気に入りの校長を送り込み、英語を始めとして有能な教員を集めているに違いない。

そして、もっと酷いことは、当然のことながら『モデル校』に選ばれた、都道府県・市町村の学校は『大丈夫です、この内容でできます』と答えるのだから、いつもの表現になってしまうか、まさに出来の悪い、『笑えないマンガ』を読むようなもの・・・。

英語に関しては、これまでも何度も取り上げてきたので繰り返さないが、小学校の教員のほぼ全員といっても過言でないほど、子どもたちに『英語を教える能力』はないことは私が今更述べるまでもない。

予算が少ない悩みはどの自治体でも共通。その少ない予算から英語圏の外国人を雇うことになるのだがこれが難問。出稼ぎ根性丸出しで自分のことしか考えないALTに悩まされている学校は全国には多いはず。

今、盛んに取り上げられている福島から避難している児童生徒屁の嫌がらせ『いじめ』の指導に悩んでいるのも、先生の数が足りないことが大本であり、せめて、一人であっても各校に教員を配置できれば、『いじめ』がなくならないとは言わないが、数的にははるかに少なくなり、マスコミの餌食にはならなくなることは間違いないところ。

 話は少しそれたが、小学校では論理的思考力を身に付けるための学習活動として、コンピューターの『プログラミング』体験も盛り込んでいるが、この言葉を理解できる教員がどのぐらいいるのだろうと想像すると、暗澹たる思いにさせられる。

 さらに、昨年12月に公表された、国際学習到達度調査(PISA)で『読解力』の順位や平均点が下がったことから、国語で語彙を増やす指導も折り込んでいるのも気がかりなところ。

語彙を増やすことには反対しない。豊かな語彙が読解を助け、深めることはいうまでもないが、その基礎基本は、読む喜び、読み解く楽しさを教えること。子どもを読書好きにしなければ、ただただ語彙を増やすために、言葉の意味を詰め込んで、さあこの言葉を使って文章を作れ・意見を延べよなんてできるはずがない。

それ以前に、プログラミング教育などで、コンピュ-タと向き合う時間が増えるのだから、物理的にも本に親しむ時間は少なくなる。なのに、読書を好きな子どもを創れとは、どだい無理な話。ここにも、文科省の独りよがりの体質が透けて見える。

指導要領に従った『教師用指導書』通りに指導していれば間違いない、下手に独自の指導法を行ったら、たちまち授業を監視せよと命じられている校長(副校長・教頭)からお叱りを受けるのだから、モノ言わぬ教師が増えることは、それが文科省のねらいだろうから想像に難くない。

文科省(お上・国)が示す価値観で、全国の学校が縛られ動きはじめる。いつか来た道ではないが、過去を反省して日本国憲法にうたう民主主義を国是とした日本という国の崩壊の足音が大きくなりはじめたようだ・・・。(田舎親父)

2017年2月16日 (木)

横浜市の困ったこと2題・・・

 横浜のオンポロ住居に腰をすえてはや40年。私が『横浜の片田舎』と呼ぶ当地は、多摩丘陵の西の端に位置する海抜60mのなだらかな丘の上に位置し、自宅から100歩ほどで深い森の入り口。その奥15分ほど歩くと横浜動物園(ズ-ラシア)に至る。

 最寄りのJR横浜線の中山駅から歩けば30分ほどかかるが、バス便もあり(もっとも最寄り教育停留所まで徒歩10分程)、東京の中心部まで1時間以内なので、利便性という意味でも大変恵まれている。しかも、間もなく新たなバス便が我が住宅地まで延びるので最寄りのバス停までは徒歩2分に縮まる。

 冬場の朝夕はかなり冷えるが、天気の良い日の昼間は暖房も要らないほど暖かい。何よりも、夏場が過ごしやすいのが気に入っている。我が家は超夏向きにできているので涼しい自然の風が入って来る。一応は人並みにク-ラ-は一台だけあるが、そのお世話になるのは例年10日程。しかも夜は網戸にしていたら寝苦しさなど感じることもごく稀だと来る。

日頃の散歩コ-スにも恵まれ、毎日季節の変化を求めて、近くの野山を歩き回っているので、基本的にはお金はかからない。しかも、横浜市は70歳以上の年寄りには年間1万円足らずで『敬老パス』なる素晴らしい物を発効してくれるので、市内のバスや地下鉄も乗り放題・・・。

このように、私はいたく横浜の片田舎の生活を気に入っているので最近流行の『故郷納税』など考えたことはない。何とか横浜市にお返しをしたいと考えるが、できることはたかだか年に数回しか入園しないズ-ラシアの年間バスを購入する程度しかないのが実情である。

不満を言えば、大規模な造成工事であっと言う間にかなりの規模の街が現れたり、えっ!こんなところに開発の手学校・・・と思うような場所に、あっと言う間に数軒の建て売り住宅が出現したりし、自然が破壊されること。しかし、こればかりは、貧乏老人にとって反対する手だてがないので成り行きに任すしかないのが残念であるが・・・。

ところが、このところ横浜の政治的な動きが奇怪しいと気になっている。その一つが、市長がカジノを導入したいと張り切っていること。

この御仁は、流通部門のトップを努めた経歴を持っているらしいからだろうが、経済にはかなり明るく、かなり思い切った政策を進め横浜の発展に尽力をそそいでいることは評価している。しかし、現政権が打ち出している『カジノを含む統合型リゾート(IR)』に飛びついて、横浜に誘致すると言い出してから『?』と大きな疑念が生まれている。

その組長さんが、新年のあいさつで『ギャンブル依存症などの懸念事項は重要だと認識しているので、やるからには健全なものを目指す信念だ』だと、かなり前向きにカジノ誘致を進めていることに懸念を覚える。

私がカジノに反対する理由はこれまでも述べているので繰り返さないが、そもそも、国が博打を奨励することにはあってはならないこと。なのに、デンデンさんは景気を良くすることに手段を選ばずカジノにのめり込んでいるのだから困った話。せめて横浜の組長だけはその手先にはなってほしくないものであるが・・・。

たとえ誘致が成功したとしても、カジノは『みなとみらい地区』にしかできないだろうから、私の住む横浜の片田舎にはほとんど影響はないだろうが、だからといって見過ごす訳にはいかない。

今年の8月に市長選挙があるが、市長がこのまま誘致を求めるならば、誘致反対という理由だけで、対立候補に一票を投じるしか選択肢がないのが気になるところ・・・。

もう一つの気がかりは、福島原発事故で福島県から横浜市に自主避難した中学1年の男子生徒が、転入先の小学校でさまざまないじめにあい、しかも150万円もの大金を脅し取られた問題である。

例によって、教育委員会が要請した『有識者会議』なるものが、『いじめであるとは認め難い』なんてアホな対応をしたものだから、オカダというオバさん教育長は『いじめとは認められない』と信じられない言葉を発したことから横浜の良識が疑われ、連日マスコミの絶好の餌食になっていること・・・。

『いじめでなく犯罪だ』と言うなら大拍手というところだがなんとも情けない。世間からの大ブ-イングに、『いじめ防止対策推進法』が規定するいじめに当たると認め『子どもの気持ちをしっかりと受け止められていなかった』と謝罪したというからみっともない限り。

本当に誤りを認めるならば、恥ずかしくて教育長としてその席に座っていられないはずだろうが、辞める気はサラサラないらしい。このままこのオバさんが教育長として居座り続ければ、市民の教育委員会に対する信頼は取り戻すことはできないだろう。

そして、横浜の学校での『いじめ』はもとより、恐喝まがいの犯罪はなくならないことだけははっきりしている。今日も、どこかの小中学校で同じような事件が起きているに違いない。

それでも、横浜の片田舎を捨てられない私だが・・・。(田舎親父)

2017年2月15日 (水)

尊厳死(安楽死)を考える・・・

 わが国には、ずっと『尊厳死』の定義や手続きについて明確に規定した法律は存在しないという。

これまで患者の苦しむ様子に耐えきれずに、医師が人工呼吸器を外して死にいたらしめた行為が時にマスコミの餌食になるのだが、その場合、警察が介入し『殺人容疑』で医師を拘束(逮捕)するという話がごく普通に報じられ、さほど医師を擁護する声が聞こえてこないことに、なんともしっくりしない気持ちになる・・・。

私と同じような気持ちを持っている人も多いらしく、中には国会議員に尊厳死を認めるように圧力(お願い)をかけている有力者もいるらしい。そして、そのお願いがかなり浸透してきたらしく、尊厳死関連の法制化に向けての動きがかなり出てきているという記事に目が留まる。

記事によると、法制化に向けた動きとしては2012年に超党派の国会議員連盟により『終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)』が2案、公表されているようだが国会提出には至っておらず、現在も議論が続いているのだそうだ。

公表された法案の内容であるが、患者が『回復の可能性がなく、かつ、死期が間近である』状況において、医師が患者の意思に基づいて延命治療を差し控えたり、中止したりした場合、『民事上、刑事上及び行政上の責任を問われない』という医師の免責を規定するものだとのこと。

この法案が成立すれば、患者や家族からの強い要請があり何らかの方法で安らかに死にいたらしめた医師が逮捕されることはないだろうが、患者の意思という文言については、よほどきちんと法を整備しておかないと別の問題も起きそうな気もする。

そのことはさておき、2030年には5人の一人が75歳以上という超高齢社会が到来すると言われて久しいが、2030年を待たなくても、現在でも周りを見渡せば年寄りだらけ。かくゆう私も今年には75歳になるのだから立派な年寄りであり、いくら長生きしたとしてもたかだか後10年ぐらいではと覚悟している。

その最後を想像したくないが、自分が何者であるかわからない前に死を迎えたいというのが最大の希望である。そして、たとえそこまでボケなくても寝たきりになる前にこの世から姿を消したいと思っている。しかし、自ら命を絶つ勇気があるかあるかと問われたら自信はないが・・・。

話は少しそれるが、現在ではどんな分野でも『協会』や『学会』があるらしく、尊厳死について考える『尊厳死協会』という組織があり、『尊厳死』の定義を『不治で末期に至った患者が、本人の意思に基づいて、死期を単に引き延ばすためだけの延命措置を断わり、自然の経過のまま受け入れる死』と規定しているという。

随分狭い解釈である。私は死が迫っても自殺する自信がないと述べたが、最後まで苦しみ続けたくないという気持ちが強いので、薬物を投与して静かに死に至りたいと願うのは協会の定義に従えば、それは『安楽死』であって『尊厳死』ではなさそうだ。

 協会の主張は、本人も家族も望んでいないにもかかわらず、ただ単に命を延ばすだけの治療で生かされ続けるような事例をできるだけなくしていきたいということらしいが、医師は本人も家族も望んでいないのに、勝手に延命装置をつけるのだろうかという素朴な疑問がわいてくる。

 私は一度だけ延命装置のスイッチが切られたその瞬間に立ち会った経験を持っている。大変お世話になった方である。入院先の病院で延命装置をつけていたが、奥さんはじめ家族の強い希望で延命装置の電源をきることになり、その場に居合わせたのである。

その方のずっと手を握っていたが、スイッチが切られた時から冷たくなり、そして全く温度を感じなくなり、これが『死』なのだと実感したことを、いまでも鮮明に思い出すことができる。もちろん、その方は静かに死を迎えられたことはいうまでもない。

 家族も本人も強く願っていたことなので警察が関与することもなく、電源を切った医師も良心の呵責などなかったと信じたい。私自身、この経験から『尊厳死』ということについて深く考えさせられたものである。

 そして、延命装置の電源をきることと、薬剤を持って静かに死を迎えさせられることとの違いはどこにあるのだろうかという疑問を強く感じるきっかけになり、現在は、『尊厳死』の定義の中に付帯する『薬物』という言葉を消しても良いのではないかと思っているのだが・・・。

 ともあれ、重度の介護が必要な身になったとしても、自分で物事を考える能力が衰えていないのならば、生きたいと願うことも当然だろうが、意識も全くなくただ寝たきりになってしまい、しかも延命治療を否定し家族も同意していれば、何らかの薬剤を使い安らかに死を迎えさせることも必要ではないかという気持ちになっている。

 その意味で、尊厳死と安楽死を明確に分けるのではなく、尊厳死の中に安楽死を含めても良いのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2017年2月14日 (火)

僻地酪農家切り捨てが改革?・・・

 経済界の仕組みはほとんど理解できない私だが、北海道の場合、乳牛から得られる生乳をまとめる組織として『ホクレン』という組織があることは、何度か北海道の酪農地帯を訪れて、酪農家の人たちのはなしから知っている。

 特に北海道の道東地区は日本を代表する一大酪農地帯である。そこには、人間の数倍・数十倍の乳牛が飼育されて、日毎生乳を日本中に供給しているのだが、『ホクレン』がその仲立ちをして、乳牛加工会社と取引してくれているから生活できるのだという話も良く耳にしたものである。

 酪農家が個々に対応していては、利潤を得ることが第一目標の森永や明治、あるいは雪印といった大手の乳業メ-カ-にかなうわけはない。足元を見られて買い取り価格を叩かれても抵抗のしようがないのが現実だということも学んだこと。

 『ホクレン』のように、酪農家の窓口になっている組織は、『指定生乳生産者団体(指定団体)』と呼ばれ、生乳の集配はもとより、酪農家に代わり乳価の交渉に当たっているのだが、北海道、関東、東海など全国十ブロックに一つずつ、農協を中心に組織されているという。

ところが内閣府の規制改革会議の作業部会が昨年の3月に指定団体制度の廃止を求める意見をまとめたということから、酪農農家には不安が広がっているという記事に目が留まる。

この内閣府の『何とか会議』も、国のやりたいように方針を出す『有識者会議』という御用機関の一つに違いないようだが、指定団体をなくせば、酪農家にとっては販路の選択肢が増え、価格競争も生まれて生産量の増加につながる可能性があると提言したというから、識者と称する連中は実際に北海道の酪農家、特に超がつく僻地の酪農家の話を聞いたの?・・・と揶揄したくなる。

北海道は圧倒的に地域が広い上に、人的にもぎりぎりで経営していることから、『ホクレン』が価格を一定に維持してくれているので、ホクレンを頼りにしている人が多いことはすでに述べた。

今回の提言を農水省が受け入れて、酪農家が個人で乳牛メ-カ-と交渉して価格を決める制度にしたら、圧倒的強者であるメ-カ-に生乳価格は買いたたかれて、たちまち困窮するのは私にでもわかる理屈である。

なのに、国はなぜ、酪農家たちが必要だと望んでいる制度を変えたいのだろう。恐らく、経済界の要求をそのまま受けて、規制緩和することで大企業の利益が上がるようにしたいからだと想像している。いわば、上(大企業)が儲ければ、そのおこぼれで下(中小企業)も潤うという、何とか理論の押し売りである。

流通を自由化すれば誰でもが乳業産業に参入できるようになり、競争原理が働いて価格が安くなり、消費が延びるというタテマエ論が主流を占めているのだろうが、酪農家は、現在の制度でも生乳の販売先を自由に選べ、自分の選択で直接メーカーと取引できるのだが、先に述べたような理由でホクレンを頼りにしていることを忘れてはならない。

農業の場合、農協のシバリを嫌って、付加価値をつけた農産物をインタ-ネットを通して販売する農家は多くなっているが、生乳は日持ちせず迅速な処理が必要なため、チ-ズやバタ-に加工してなら付加価値もつけたとしても、個人で流通させるとなると並大抵の努力では難しいだろう。

街中では牛は飼えない。多数の牛の飼育ができる場所は限られてくる。酪農に競争原理を持ち込めば、地域サービスの格差が生じて、現在の北海道の酪農において、特に僻地の小規模酪農家の集荷が滞り、廃業に追い込まれることは明らか。

また、生乳に付加価値をつけるとなるとこれは難しく、『何とか農場』の生乳として売り出せるのは、大都市圏の近くの地域にか限られる。結局は、指定団体に集荷から販売まで委託することによってしか、経営が成り立たなくなるのもいたしかたない。

今回の農政改革について、私には難しいことは良く分からないが、指定団体をなくしたいのは補助金がらみであることは想像できる。

ホクレンが補助金を独占しているのがケシカランということもその底流にあるのだろうが、多数の酪農家から支持されている現在の制度を変えるには、もう少し丁寧な、酪農家の話に耳を傾けて、血の通った改革を望みたい。(田舎親父)

2017年2月13日 (月)

4年後競技会場の自治体も・・・

 先日のネットで見つけた記事である。

三重県は、予算の財源不足を賄うため、2017~19年度の3年で人件費31億円の削減を県職員労組と県教職員組合に申し入れ、合意したとのことだが、その原因が、昨年5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)だというからなんとも気の毒というかマンガのような話である。

数年前の洞爺湖サミットでも同じような問題が起きたことを思い出す。サミットとは、世界の主要な国の首脳が集まって意見を交換する場だとマスコミは騒いでいる。政府筋も物凄く重大な会議だと宣伝しているが、実際には事務方が裏で取り仕切り、首脳たちは顔合わせ程度なイベイトだろうと想像している。

それでも、日本で開かれるということになれば、政権にとっては絶好のチャンスとばかり、豪華にもてなすことに終始し、その成果を誇張して発表したくなるのは無理のないところ・・・。

今回、伊勢志摩が選ばれたのは、美しい風景はさることながら、日本の象徴元首である『天皇』と言う外国からみたら神秘的と言っても良い『天皇家』ともっとも縁が深い伊勢神宮の存在を全面的に表に出したのだと推測している。

伊勢神宮は依存がないだろう。もっとも喜んだのは地元伊勢志摩の観光業者はじめ経済界であることは想像に難くない。三重県知事はじめ行政も、名誉なことと喜んだに違いない。財政面の心配はあったものの、お国が何とかしてくれるのではという期待があり、気合を入れて準備し、各国首脳が満足してお帰りになるために努力したことは当然のことだろう。

たった3日(実質には2日)間の顔合わせであるが、首脳たちの宿泊の場に選ばれたホテルは名誉なことと受け止めて大改装したに違いなく、豪華絢爛な雰囲気が出る場を創出したことも容易に推察できる。

これとは別に、各国の首脳たちが笑顔で一堂に集まれる場が必要とのことで、仮設の会場を作ったそうだが、これにかけた費用が30億5千万円と言うから、私のような貧乏年寄りにはどんな建物なのかすら想像もできない。

3日間だけのために建てた豪華な建造物を観光の目玉として三重県にでも引き渡すのならまだ話は見えてくるのだが、サミット終了後の数週間は地元の小中学校の見学会や、申し込んだ一般人にも公開しただけで結局は全部解体して更地にしたというから驚く限り。もったいないとしか言いようがないのだが・・・。

この金額は、熊本地震で被災した南阿蘇鉄道の復旧に必要な費用や、JR九州がつくった豪華列車『ななつ星』の製作費とほぼ同額だという。また、首都圏では難しいが、地方では総合病院のひとつや二つ作ることもできるというから、なんとも理解不能な無駄使いそのものである。

また、3日間のサミットのために使われる予算は総額600億円だそうだ。そのうち、警備関連費が約340億円だというもの驚く限り。

確かに、単なる顔見せとはいえ、首脳たちに何かがあったらトンデモ事態になることは理解できる。政府としては万全の上にも万全を期して警備計画を立てるだろうが、実際にコマとして動くのは、他都道府県からの応援部隊はあるものの、三重県の警察官たちなど地元の人間が主力に違いない。

政府からそれなりの支援金?は出ただろうが、県の行政や県警は、必要以上な緊張と支度金の倍加に当たる予算を組んで慎重な準備と、蟻一匹も漏らさないほどの厳重な警戒に当たったことは十分想像がつく。

その結果が、向こう3年間にもおよび、合計31億円もの県職員の給料の減額というのだから、繰り返すが、出来の悪いマンガ話そのものではないだろうか。

記事によると、削減対象は、県職員と教職員、警察官の計約2万4000人の人件費で削減額は、管理職分が7億円、一般職員分が24億円だという。今後3年間にわたり、年2回の期末・勤勉手当(ボーナス)から減額するというからなんともバカバカしい限り。

三重県の観光は今回の『サミット』によって当初はかなり伸びたらしいが、その後、その活況を維持しているという話はあまり耳にしないことから、どうやら元に戻って今は元の木阿弥というところらしい。地元の人々は、一部の利権でウハウハ組を除いて、ガッカリしているのではないだろうか。

マスコミは『サミット』と『オリンピック』とを決してリンクさせていないが、4年後、東京都民はじめ競技場に選ばれた自治体の住民たちは三重県と同じような、『なんだったのこの大騒ぎは』という気持ちになりそうな気配を感じるが・・・。(田舎親父)

2017年2月10日 (金)

独立しか道はない?・・・

 あり得ない話だが、もしも中国が尖閣諸島に軍隊を上陸させて,韓国が竹島に韓国国旗を立てたように中国国旗を立てたとしたら、アメリカは軍事力で中国の上陸部隊を殲滅するだろうかと考えてみた。

 私の答えは『否』である。全くの政治音痴なので,場違いな答えだと笑われるかもしれないが、アメリカ軍が沖縄基地から海兵隊を派遣するという情報はたちまち中国政府に伝えられるだろう。となると、中国政府はメンツからも『応戦せよ』という命令を出し、直ちに軍隊を派遣するに違いない。

 『アメリカファ-スト』を打ち出しているトランプ政権が、中国との戦争を選択するなどあるはずがない。日米安保条約には尖閣諸島はアメリカの守備範囲とうたってあるそうだが、アメリカにとって中国との戦争となると、トンデモ犠牲が出ることは朝鮮戦争で思い知っているはず。計算高いトランプ氏がそんなアホな選択をするはずがない。

たかだかトランプさんは、中国に対して脅しの警告を発することと、経済的な圧力をかけることしかできないのではないだろうから、日本政府に話し合いで解決せよとアドバイス?する程度だろうと想像している。

となると、沖縄に駐留しているアメリカ軍は何のため・・・。このあたりは高度な政治的な背景があるのだろうから私にはおよそ想像もつかないが、少なくとも、普天間基地の存在は限りなく必要がないことになることだけは明らか。

さらに、その必要がない普天間基地を移すために、二度と蘇らない美しい海を破壊してまで作ろうとしている辺野古の基地は、何ら意味がないものになることも、ほんの少し考える能力があればわかること。

なのに、沖縄県民の民意を置き去りにし、アメリカさまに気に入られたいだけのパフォ-マンスだろうが、辺野古では埋め立てのための海上工事に着手したとのこと。近く1個11~14トンのコンクリートブロック計228個を、海に投下する作業を始めるというが、このことは3日前の情報。マスコミはもう過去のこととばかり知らぬ顔だが、今日あたりは、海岸線の破壊をはじめているのではないだろう。

 埋め立て工事を急いだ背景には、先日来日したアメリカの国防長官に、わざわざデンデンさんが『辺野古が唯一の解決策だから、着実に工事を進める』と約束?したことかありそうだ。今日10日のトランプ閣下へのおみやげ話の一つとして、いかにご主人さまのポチに徹しているかを認めてほしいためにだろうが・・・。

翁知事は沖縄の前知事が埋め立てに承認したことを撤回し、国と司法で争っていたが昨年12月に最高裁は辺野古の埋め立て承認の取り消しを『違法』とした判決を出したことにも納得できないとつぶやいたもの。

その判決に対して,知事は埋め立て承認の取り消しをあっさり撤回したのも何で?・・・と不可解な思いをもったが、これにはきっと高度な判断があったのだろうと経緯を見守ってきた。

最高裁の判決に政府は、待ってましたとばかり陸上での工事を再開したことは知っているが、この問題の本質は、法律や行政手続き上だけの解決できるものではない。

前知事が承認した書面には、開始する場合は事前に話し合うという項目があるのだそうだが、現政権はそんな文言は全て無視するらしい。

翁長知事は『あらゆる手段で移設を阻止する』との姿勢を強くしていると言うから、承認消しを撤回して、前知事の『承認』そのものを『撤回』することも視野に入れているのではないだろうか。

12月の最高裁の判決時に、そこまでの手段をとらなかったのは、ドロドロの法廷闘争が続き、政府の顔色を見ている最近の司法では『前知事の承認は合法』という判決を出すだろうと予測したからではと推測している。

こんな状況に追い込まれても、翁長知事の『あらゆる手段で移設を阻止する』という言葉は重い。あり得ない話かもしれないが、『沖縄独立』と言う選択肢を持っているのではと期待している。

平時は難しいだろうが、中国が尖閣諸島に上陸し、アメリカが手出しできないという場面が実際に出現したら、沖縄の『独立宣言』は夢物語と片づけられなくなるのではないだろうか・・・。(田舎親父)

2017年2月 9日 (木)

今に自爆抗議が・・・

 あんなに自治体の組長さん方が、『待機児童ゼロ』とのスロ-ガンを掲げて気合を入れているのに、ゼロどころかかえって増えている自治体も多いと言うから、この問題の奥は深そうだ。

 特に認可保育園への入園競争は激しいらしく、今年4月入所を目指した認可保育園の選考結果通知が今月に入って届き出しが圧倒的に多くの親に届くのは落選と言う酷い通知。全国的な落選ラッシュに親たちの怨嗟の声が上がっているという記事に目が留まる。

ソーシャルメディア上には『このままでは共倒れ』『ショック過ぎる』とい悲痛な声が全国から寄せられているとのこと。

昨年だったか、認可保育所を落選した母親が『保育園落ちた。日本死ね!』とブログに書いて大騒ぎになったが、このままだと、今年は、より過激な書き込みが予測されるのではないだろうか。

記事は東京都の武蔵野市の例を紹介している。5日に開かれた市民団体『保育園増やし隊@武蔵野』の交流会では乳児を抱いた父母ら60人以上が集まり、『こんなはずじゃなかった』『引っ越しも考えている』・・・という窮状を訴えたとある。

そう言えば、武蔵野市は待機児童を解消する目玉として、0~5歳児を入所させられる認可保育所を建設し、100名ほどの入園という計画を進めていたが、近隣住民の建設反対運動で開園を断念したのは昨年の秋だったと記憶している。

武蔵野市に限らず、『子どもの声がうるさい』という声や『道路が狭く、親たちの自転車で交通が混雑する』などと住民の反対運動が起きて、自治体の計画が先に進まないという記事を何度も読んだもの。

武蔵野市の集会に参加した、10カ月の長男を抱いた夫婦の例をとりあげている。32歳の母親は認可保育園に片っ端から応募したが全部落選したのだそうだ。『何とか確保した預け先は、無認可で月17万円。2人目も考えたいけれど、どうすればいいか……』と途方にくれているという。

この夫婦は、武蔵野市は子育てしやすいと聞いて妊娠中に引っ越して来たのだが、このままでは先に進めないので『もう一度引っ越そうか』は夫婦で話し合っているというからよほど思い余っているに違いない。

引っ越せるだけまだましだという声も聞こえそうだが、無認可保育所に我が子を預けるの17万円・・・とはビックリする。しかし、周りの子育てママさんに聞くと、この程度は当り前というから酷い話。普通の生活を送っている夫婦には、月々17万円の負担がいかに重いかは、世間知らずの私でも十分に理解できること。

『女性が輝く社会の実現』などと、口先のきれいごとのフレ-ズを並べる現政権は、この記事をどんな気持ちで読むのだろう。強く抗議したいが、恐らくこやつら(この表現が一番相応しそうだ)は、マスコミ記事などは自分の都合のよい部分だけしか目に入らないのだろうから、(悲しく情けないことだが)まさに馬の耳に念仏というところなのだろうな・・・。

子育てに力を入れると、児童手当だ医療費の補助だと気前の良さそうな政策を打ち出しているが、しょせんはカネだけの問題。これだけ優遇しているのだから、もっと子どもを産みなさいという強制の押しつけでしかない。

批判覚悟で表現すると、現在、政治を牛耳っている輩は、男はもちろんだが女にしてもすでに出産とは縁のない年齢のジイサン・バアサンの集まり。こんな輩が、出生率をあげろと叫んでいるのだから、まさに出来の悪いマンガそのもの・・・。

それぞれの自治体の担当部署は、無認可であっても評判の良い保育園に対して、保育士を確保しやすくしたり、規模を拡大して認可保育園として運営できるようにしたいと日々奮闘していることは良く耳にするが、自治体の予算では限界がある。

出生率をあげるためには、2人・3人の子どもを産み育ててもらわなければならないことは、小学生の算数の知識があればわかる理屈。このままでは少子化が原因で国の滅亡につながることになることも自明である。

その根本的な解決策も打ち出さず、中国や北朝鮮の脅威に対して防衛庁が何よりも大事だとばかりアメリカさまの命令通り、オスプレ-だF35戦闘機だと血迷っているが、その計画の中で、たった数機減らすだけで、待機児童などゼロにできることには知らぬ存ぜぬだから、愚かとしか言いようがない。

これでは去年の春の『保育園落ちた 日本死ね』があれほどの反響になったことから、この春は、『保育園落ちた 自爆する』という書き込みと、実際に国会前で自爆する母親がいても起きても奇怪しくないのではと恐ろしい場面を想像してしまう。

今の日本では、自爆抗議するしか待機児童問題を解決する道はないという声が満ちあふれているように感じるが・・・。(田舎親父)

2017年2月 8日 (水)

高速道路に自転車や歩行者?・・・

 先日何気なしにネット記事(週刊ポストらしい)を見ていると、『えっ、なんで高速道路自転車のじいさんが──!?』という見出しを発見。ウソだろうと思いながら、本文を読んでみた。先月、京阪神を網羅する都市高速・阪神高速道路で遭遇したという記者の体験記である。

記者は語る。その日、大阪から京都へカメラマンの運転する車で取材に向かう途中、豊中南ジャンクションから名神高速に入ろうと左へカーブする道へ入ったその時、前方の車がブレーキを踏みながら右にハンドルを切った直後に、路側帯で発見したのは自転車に乗って高速を逆走する初老の男性の姿だったという。

実際にドライブレコ-ダ-の映像として、逆走する自転車の写真を添付しているところから事実なのだろうが、俄には信じられないような話である。

豊中南出口を逆走して入ってきた自転車らしく、そのまま大阪方面に走り去っていったとのこと。逆走しているのだから目撃したのは一瞬のことだろう。記者は何が起きたのかわからなかったと述べているがそれはその通り・・・。

 後日、記者が阪神高速に改めて取材すると、担当者は『複数の方から連絡をいただき、パトロールカーが現場に急行。自転車の男性を無事保護しました』とのこと。さらに取材を続けると、阪神高速全線(273km)では2015年度、自転車、歩行者、原付の不法行為(逆走)が307件もあったというから、本当だとしたら(本当なのだろうが)ちょっと理解に苦しむ。

 最近は運転するのも稀になってしまったが、数年前までは、時に車を転がして旅を楽しんだもの。その際、高速道路を走るのはごく当り前のことだが、残念ながら?一度も、自転車どころか逆走する車も目撃したことはない。

 機会が少ないだけだという声も聞こえてきそうだが、一年間に307件とはとてもではないが信じ難い数値であるが、どうやら大阪地方だけの傾向ではないだろうかと言うと、大阪の人たちは怒るだろうな。

 時々、年寄りの運転する乗用車(軽自動車が多い)が高速道路を逆走して大事故を引き起こした記事に接するが、これとて私には、いくらホケ老人だとしても考えられないことである。

しかし、高速道路の構造を調べてみると、入り口と出口が同じの場所では,極端に空いている時は、新入禁止の標識を見落とせば、出口から進入することもあり得ない話ではなさそうだいう結論に落ち着き、認知度が落ちると進入禁止マ-クすら見落とすのかと、我が身がボケることだけは何とか避けたいと祈るのみ・・・。

 高速道路の管理会社の担当者は、『防止策として高速出口に進入禁止の看板や標識、あるいは音や光で警告する設備を整備中』だと説明しているそうだが、現在でも『進入禁止』の標識があるのに、さらに大きくするとでも考えているのだろうか。

ところで、ウナギやアナゴなどを取る仕掛けの籠は入るのは簡単だが、一度中に入ったらそこから逃げ出せないような仕組みになっているという。このことから、高速道路の出口で光や音を使って進入できないのバリアでも張って、出口に向かう車はすんなりと通過できても、ボケ老人が出口から進入できなくなる仕組みでもできないだろうか。

ふと、そんな一方通行が可能なバリアができれば、国を守るのは陣に簡単になるだろうななんてトンデモ空想をしてみる。

だって、外からやってくるミサイルなどはその手前でストップできるのだから、イ-ジス艦がパック3だなんて、実際には役立つかどうかわからないバカバカしい装備に天文学的な費用をかけることもなくなるのだから・・・。それらを子育てや福祉に当てれば素晴らしい社会になることは自明のこと。

この記事はさらに続き、『ちなみに高速道路で逆走する自転車をはねてしまった場合どうなるのか』という問題を提起しているのは注目に値する。

その解説であるが、高速道路を逆走した『自動車』と接触した場合は、10対0で逆走した側の過失になるそうだが、人間の場合は8対2という判例があるという。自転車ならもう少し逆走した側の過失が重くなるだろうが、それでも10対0とはならないというから、法律と言うものは難しい。

 そうなると、逆走老人が起こした重大事故でも、普通に運転していた側にも、何らかの過失があることになる。

実際に、どんな結果になったのか、一例でも示してあれば、運転する方も、またボケ老人を抱えている家族にも参考になるのだろうが・・・。(田舎親父)

2017年2月 7日 (火)

コンビニ本部は猛省を・・・

 昨日に続いて節分のついての話題であるが、最近、節分には『恵方巻き』と言う海苔巻きを食べるのが全国で大流行なのだそうだ。

 いつごろから『恵方巻き』と言う言葉が現れたのだろう。少なくとも20年ほど前までは聞かなかったことではと疑問に思い、ネットで調べてみた。

すると、『恵方巻き』という名称およびその風習は、1998年(平成10年)にコンビニの『セブンイレブン』が全国発売にあたり商品名に『丸かぶり寿司 恵方巻』という言葉で売り出したとある。それが爆発的に売れて、世紀が代わると同時に全国に急速に広まったのだそうだ。

なるほど、犯人?はコンビニだったことがわかったが、最近は、セブンイレブンだけではなくロ-ソンやファミリ-マ-トなどのコンビニは当然として、ス-パ-やデパ-トまで、『恵方巻き』という共通の言葉で売り出していることに、セブンイレブンは登録商標をしていなかったのだろうかと言う素朴な疑問を抱く。

当時のセブンイレブンの経営陣が、独占権よりも広げるのが先だと、他の流通業界と協力して『コンビニ発』の節分文化として全国に広げようとしたのなら、その先見性に頭がさがるが・・・。

 そのことはさておき、最近はこの『恵方巻き』が、国民的行事になったことから、思わぬ問題が発生しているという記事が節分翌日の朝刊に紹介されていた。

 『売れ残った恵方巻きが大量に捨てられている』という見出しがつけられたその記事によると、大手コンビニチェーン(多分セブンイレブンのことだろう)はこの時期700万本近くを売るのだが、その背後で店員へのノルマや売れ残りの大量廃棄が起きているのだそうだ。

セブンイレブンは便利で身近な存在として全国に展開して、今やこのチエ-ン店は全国5万店を超えるほど広がっているという。セブンイレブンの系列店だけでなくロ-ソンやファミマという大手のコンビニチエ-ン店も、ほぼ同じ程度の割合で全国展開しているというから、その数は15万店?を超え、売上高10兆円超の一大産業に成長しているとのことである。

現在では、どんな田舎にでも全国展開している大手コンビニが進出し、地域の防犯活動や災害時の物資供給の拠点にもなっていることは、コンビニをあまり利用しない私でもある程度理解できる。一時は、若者のたまり場になって、住民の顰蹙をかっていたそうだが最近はスマホの普及に従ってこの種の話はあまり耳にしなくなっているが・・・。

話は少しそれたが記事によると、コンビニでは『恵方巻き』は予約販売が中心になっており、予約をとることが店員の役割になっているために、学生アルバイトにも『1人30本』などのノルマが課されているというから見逃せない。

家族や知人らから注文を取らないと、自腹を切って給料を削ることになるというから酷い話である。しかし、コンビニそのものが『カネ儲け命』の申し子だから、この程度のことは今まで表面化しなかったたけで、日常茶飯事的に起きているのだろうことは容易に想像がつきそうだ。

また、予約以上に製造しているだろうから節分後は大量の売れ残りがでて、それが捨てられるのも無駄の極みだが、節分はたった一日のことを思うと当然と言えばこんな当然なことはない。

さらに、コンビニは、バレンタインデーや母の日ギフト、土用のうなぎ、中元・歳暮、そしてクリスマスケーキなど一年中、イベントを仕掛けて消費を刺激しているが、その都度ノルマ販売や売れ残りの商品の大量破棄が問題だと警告している。

コンビニが増え続けていることは今更私が述べるまでもない。横浜の片田舎のJR横浜選の中山駅の近くにも、セブンイレブンはもとよりロ-ソンもフアミリ-マ-トなどが軒を連ねている。さらに、中小のコンビニチエ-ンもあるのだから、その競争は熾烈なものに違いない。

経営の内情など詳しくは知らないが、頂点にコンビニの経営本部があって、店主とは『フランチャイズ』と呼ばれる経営のノウハウから商品の管理まで本部の指導と指示に従うと言う契約をしているという。この契約では、店主は労務管理を含むすべての経営責任を負う独立事業者なのだが、実態は本部の戦略や指導に従わざるを得ず、自主的な判断で経営する余地は乏しいのだそうだ。

セブン-イレブンの東京都内の店が、風邪で欠勤した女子高生から9350円の『罰金』を取ると言う問題が大きく取り上げられて世間から顰蹙を買ったことはつい最近のこと。本部は当初『店の責任』とりあわなかったが、問題が大きくなると店に返金を指導しているというのも許し難いことであるが、『恵方巻き』に浮かれた国民のどのぐらいが、このようなコンビニの実態に関心を持っているのだろう・・・。

暮らしに不可欠になってしまったコンビニはその殆どがアルバイト店員によって運営されているのが実態だそうだが、『コンビニ発文化』が増えるたびに、そのアルバイト店員のブラック化が進んでいるのも皮肉な話・・・。

比較的時給が高くて学生に人気らしいが、風邪をひいても休んでいられないのだから健全な職場のイメ-ジとはほど遠い。

コンビニの経営本部は、『コンビニ発文化』どんどん作り、それを絶好のチャンスと捉えて、なりふりかまわずカネ儲けの種にする基本的な戦略を、少しは立ち止まって足元を見直してほしいものである。(田舎親父)

2017年2月 6日 (月)

節分豆は食うな・・・

 2月3日は『節分』だった。各地の神社仏閣での有名人を招いて盛大な『豆まき』の様子をテレビのニュ-スが取り上げていた。特に、成田の新勝寺では、新横綱の稀勢の里や白鵬などが舞台から投げる豆袋を、大群衆が必死に手を延ばして受けとろうと押し合いへし合いしている映像を繰り返し放映していた。

 昔から、節分の日に、鬼を退治して福を招くためのおまじない?的な行事が各地に残っているが、広く一般国民が行うのが『豆まき』であり、この日は、横浜の片田舎でも、『鬼は外・福は内』と声が時折聞こえていた。なんの抵抗もなくこの『豆まき』を行っている私自身を考えれば不思議なのだが・・・。

 その豆まきに使う豆を、乳幼児がそのまま飲み込んで窒息するケ-スがあるという理由で、消費者庁(国)は3日の節分にあわせ、『3歳ごろまでは乾いた豆やナッツ類は食べさせないでほしい』と注意を促しているというニュ-ス報道に大きな違和感を覚える。

 0~3歳が豆やナッツ類を食べたことで起きた事故は、2010年12月からの6年間で20数件発生しているのだそうだ。その半数は入院し、特に酷い例は、節分豆を食べた後に息がぜいぜいし始め、救急車で病院に搬送され、全身麻酔をして摘出したというが、それ以上の詳しい情報は明らかにしていない。
 消費者庁(国)に言わせれば、豆やナッツは形や大きさ、硬さから他の食品よりも気管に入りやすいとのこと。言われてみればそんな気もしないでもないが、節分豆に限らず,あられやキャラメルなど数多いはずなのに、どうして節分豆なの?と思わないでもない。それ以前に、節分の行事は最近始まったことではなく、大昔から続いていることを忘れてほしくない。

私の子どもの頃は、その根拠はわからないままに、『福は内』で家の中に投げ入れられた豆を歳の数だけ食べるとこの一年の無病息災がかなうと教えられ拾って食べたもの。もっとも、お菓子が少なかったこともあって、歳の10倍20倍も食べることも普通だったと記憶している。懐かしい思い出であるが、当時、その豆で喉をつまらせるなんて話は聞いたことはない。

実際につまらせる乳幼児がいることを受けての今回の、『豆を食べるな』という命令?を出したのだろうと好意的に受け止めてはいるが、『食べさせるな』はいただけない。親に注意を喚起するならまだわかるが、表現は『食べさせないでほしい』と柔らかいが,『食べさせるな』となると、『お上の命令』に従わなければ責任は持たないぞというところか・・・。

乳幼児では判断力がないので、ついつい口に入れることは仕方ない。しかし、それを注意するのが親の責任であり義務であるはず。今回、国がこんなことを命じたのは、親がその責務を放棄していると判断した?・・・。もしも、そうだったとしたら、現在の親には考える能力どころか子育てする能力がないと国が認めていることになりそうだ。

このことで、随分以前になるが、子どもが『蒟蒻ゼリ-』を喉につまらせて死亡した事故が起きたことにマスコミが反応して大騒ぎになり、親が製造元を相手取って訴訟を起こしたことを思い出す。

たしか、結果は親の訴えを退けたのではなかっただろうか。ただ、製造元の会社には政治的な圧力がかかり、蒟蒻ゼリ-は中止に追い込まれたことに、こんなことまで政治がらみになるのだと後味の悪い事件として記憶に残っている。

そして、こんな事件が起きるのも、親がほんの少し注意して、『よく噛んで食べるのだよ』という一言や、それでも危険だ思えば与えないことや、細かく砕くなどしていれば起きるはずがないのではとつぶやいたことも・・・。

今どきの親が完全に危機管理能力をなくしているので、事件が起きてすぐに裁判沙汰にするから、国がここまで介入しなくてはならないのだという意見もある。なるほど思わせるが、周りの環境から危険要素を取り除いて危機管理(考える)能力を奪ったのは国の方針ではなかったのかと言いたくなる。

文科省の学習指導要領は『自分で考える解決する力』を大事だとしている。自分で危ないと判断する以前に、子どもの身の回りから(裁判になったら困るという理由だろうが)誰かの危ないと言う指摘に即取り除いているのが現状である。これでは、危ないのではと考える能力を奪っていることになるのだが、指導要領とは理屈に合わない変な話・・・。

うがった見方かもしれないか、『全て国がお膳立てするから、国民はなにも考えないで国の方針に従えば良い・・・』という考えが底流に流れているのではと勘ぐりたくもなってくる。

蒟蒻ゼリ-か製造中止になり、節分の家庭での豆まきも袋入りの豆となり、家の中の豆を拾わせない。となると、次にはどんな指令が・・・。(田舎親父)

2017年2月 4日 (土)

国民は滅びの道を選んだようだ・・・

 一昨日の夕方のテレビニュ-スで、福島事故原発2号機の中に(どうして入れたのか想像もつかないが)小型カメラを入れて撮影した映像を紹介していた。足場に溶け落ちたデブリの一部だとの解説かあったが、解像度が今一つでピンと来るものではなかった。

 しかし、咲く朝の新聞各紙の一面に掲載された映像は、固定画像と言うこともあって、格子模様の中に、かなり大きな穴が開いているところまではっきりとしている。この穴は核燃料が足場を溶かして原子炉容器の下に溶け落ちた部分らしいとの文言に、(恐らくは)核燃料は格納容器をも破壊して地中深くまで達しているのだろうと想像すると、改めて事故の凄まじさに戦慄する。

 イメ-ジ図が張り付けてあるが、カメラを入れるのも大変な作業だろう。事故から6年になって、やっと内部の様子が撮影できたが、原子炉圧力容器の外側でも毎時530シーベルトという高い放射線量という一文に、全くの素人ながら、デブリを取り出すと言う廃炉計画そのものが無理なのではと気持ちが萎えてくる。

情報を隠匿する名人の東電が、『毎時530シ-ベルト』と、運転中の原子炉圧力容器内と同程度の、今まで聞いたこともないほど物凄い数値を上げているとなると、人が近づくだけで瞬時に死ぬ線量であることを認めていることになる。

廃炉費用に関しては、国は2013年までは11兆円だと説明していたが、去年になって、21兆5千億円に一挙に倍増したことは記憶に新しい。先日発表された東京都の来年度予算のほぼ3倍というトンデモない額である。

現政権はこれを全て国民に負担させるというから酷いもの。その表現が『過去に原発の恩恵を受けてきたから、国民が負担するのは仕方ない。過去に支払い済みの電気料金を値上げして・・・』とは、どの面さげて言えるのだろう。

去年の廃炉費用の説明では、溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しだけでプラス6兆円という数値があったが、今回の凄まじい映像をみれば、デブリはさらに穴の中に溶け落ちていることは明らか。見つけることもほど遠く、最終的にはどれぐらい費用が加算されるのだろう。らきねんあたりは10兆円。いやもっとかも・・・。

しかも、今後カメラで行方を追いかけるというが、途中に530シ-ベルトの放射線の壁であり、今できることは小型のカメラでその部分を撮影するだけ。これだけのことを行うために6年と言う年月がかかっている。

 東電は、2号機直下にロボットを投入し、溶け落ちた燃料の在りかを探るというが、小型カメラ一台がやっとの空間に、どんなロボットを入れるのかその具体策はない。今後、長い時間と巨額の費用をかけて、牛歩を続けていくしかないのだろうが、姿さえ見えないデブリを取り出すことは夢物語に思えてならない。

しかも、2号機だけではなく、福島第一原発の4つの原子炉全てを廃炉にしなけれならないとなると気が遠くなるという表現ではとても片づくものではない。

 それでも、国は、原発政策を変えない。自らが作った原発の40年という寿命を、規格を変更して延長する。何故?・・・。答えはたった一つ。そこまで原発にしがみつくのは、莫大な利権が、そこにあるからだとしか思えない。

国民の大多数が脱原発を望みながら、選挙で現政権を支持し、現実に去年の参院選でも圧倒的な力を与えるのだから、事実上原発政策を進める国の方針に逆らうことをしないとなると、日本国民は自ら滅びを選択したと世界に宣言したことと等しいようだ。

線量が下がったから住民は元に戻れとは人体実験そのもの。避難指示を徐々に解除するのは、その時点で賠償を打ち切るという思惑がミエミエである。福島県も同調して、今年度で自主非難をしている人々の住居補償を打ち切るというのも、『安全だと言っているのに帰らないお前らが悪い』と言う悪魔の理屈・・・。

復興のシンボルとしてオリンピックを強引に誘致したのも、国民の関心をそちらに向けるため。

『復興オリンピック』などとふざけたネ-ミングをつけているが、ホンネはオリンピックの大騒ぎで、原発事故を忘れ去り、補償を全て打ち切ることを考えていることは間違いないところ・・・。

ドイツやスイスなどヨ-ロッパ諸国や台湾が、脱原発を決めたのは、福島に学んだことは想像に難くない。事故が起きるとその代償が莫大であり、事故が限りなく少なくするための『安全代』が、エネルギ-を生み出すよりも数倍・数十倍大きいからである。

東芝がアメリカの原発受注をねらって、アメリカの原発企業の経営権を得たことから、屋台骨が緩んでいるどころか、東芝自体が崩壊の危機を迎えていることも忘れてはならない。日立もしかり・・・。

それでも現政権を支持し手いるらしい国民に『原発電力は安い』というのは全くのウソであることをわからせて、原発を推進する政権を支持することは、国と我が身の滅びを選択することだと気づかせるにはどうすれば良いのだろう・・・。

こんなつぶやきしかできない私が情けないが、これとて止めてしまったら、自分自身が諦めることになると言い聞かし、今日もまた・・・・。(田舎親父)

2017年2月 3日 (金)

金沢の驕り?・・・

諸物価の値上がり・何でもが増税の対象・さらに年金の減額などなどが重なり、特に貧乏年寄りには住みにくい世の中になってきたが、これでは金沢には出かけようとする気持ちが萎えるなと思わせるような記事に目が留まる。

金沢市は来年度から、宿泊客に課税する『宿泊税』の導入検討に向けて動き出すという一文である。平穏な市民生活への影響など観光客増加に伴う『マイナス部分』の対策費用に充てることが目的で、庁内にプロジェクトチーム(PT)を設ける方針というが、ちょっと待ってもらいたい。

一応は国策だと言うが、北陸新幹線を強く求めたのは、北陸3県、特に熱心に運動を進めたのは金沢市だったのではなかっただろうか。実際に新幹線が開通してから、金沢ブ-ムに拍車がかかり連日観光客で賑わっていることも良く耳にする話。

話は少し飛ぶが,この記事で、迂闊なことに東京都と大阪府はすでに『宿泊税』を徴収していることを始めて知り、自分の世間知らずに腹が立つ。

東京都が宿泊税を導入したのは2002年10月という。すでに15年前からに、東京で宿泊すると税金が取られていたようだ。道理で、地方から出張してくる友人たちが、このところホテル代が高くなったように感じるとぼやいているが、中に宿泊税が入っていることを知っているのだろうか・・・。

なんでも東京を見習いたい大阪府は、今月の1日から導入したそうだが、そんな記事をみたことはない。大阪府がこんな税金をとっていることを知ったら、どうしても大阪に宿泊しなければならないビジネスマンならいらしらず、観光客は京都や神戸に逃げるのではと皮肉りたくなる。

両都府は独自に制定した条例に基づき宿泊料に応じて税額を定めており、1人1泊につき、1万~1万5000円未満は100円、1万5000円以上は200円を徴収するのだそうだ。さらに大阪府は2万円以上の場合300円を課すというから、『大阪人はガメツイなあ』という、誰かのセリフを思い出す。

記事によると、宿泊税は金沢市の経済界の提案がきっかけだったという。『長町の武家屋敷周辺は観光客が増え、騒々しくなった』という市民の声を聞き入れて、『宿泊税を設け、市民生活のひずみを直せないか』と市長に提言したのだそうだ。

これを受けて、市長は名案と飛びついたようで、早速『宿泊税の導入』を前提にして検討しろと担当部局に指示したというから、どうやら本気で進めようとしているらしい。さらに、金沢市議会も独自の財源が生まれそうだと前向きになっているとのこと。来年度中には『住民税徴収のための条例』が効力を発揮する?・・・。

市の発表によると、2015年に市内のホテルや旅館などの宿泊施設に宿泊客数は約290万人だという。この人数にたとえ100円でも精勤を課せば、単純計算でも3億円弱二なる。なるほど市長が前のめりになるのももっともだが、290万人が全て1万円以上の宿に宿泊するのかというと、そんなはずはない。

多くの観光客は、一泊1万円以下のホテルや最近流行の『民泊施設』などを利用していることを考えると、課税対象となりうる宿泊客数は見通せるはずはない。一泊6000円のホテルや民泊にも課税するとなると、たちまち観光客は兼六園だけで素通りということにもなりかねないのでは・・・。

それ以前に、煩く騒ぐ観光客は一部だろう。その有効な対策を考えることなく、迷惑料を市民に払う?という発想が貧しいのでは・・・。

この『宿泊税』記事で、京都で大昔に大騒ぎになった『拝観料』に課税という話題を思い出す。確か『古都税』とかいう名前であったと記憶しているが、高校まで京都で過ごした私には興味がある話題だったので記憶に残っている。

京都市の提案に有名寺院が反対して、拝観を取りやめたことから、観光客の大顰蹙を浴びて、市長も交代したこともあって、数年で撤廃したのではなかっただろうか。

宿泊税と古都税は性格も違うのだろうが,観光客から徴収するという発想は同じだからまず宿泊施設からの反発は避けられないのでは想像している。そして、このことが広く知られるようになると、金沢には泊まらないという意識が働くに違いない。

独自財源は魅力だろうが、このため金沢のイメ-ジが下がり、宿泊数そのものが減少したら元も子もない。

観光客が増えたという驕りから目を覚まして、より魅力的な街づくりで、さらに観光客を誘致するという前向きな議論してほしいと願うばかり・・・。(田舎親父)

2017年2月 2日 (木)

自衛隊員の死・・・

 トランプ大統領が『テロ組織を壊滅する』と息巻いている。その手始め?にイスラム圏の7ケ国からの入国を禁止する大統領令に署名したことから世界中が大混乱。このことに対しては、アメリカ国内でも批判が渦巻いているらしい。

この御仁の凄さは、そんなことなど全く気にしないどころか、共和党議員の涙ながらの諫めに対しても、あいつの涙は嘘泣きだと、逆に批判する始末。どこかの国のでんでん閣下と同じ体質をもっているらしいが、こちらは小物で、トランプさんに平伏すしか自分が子分たちに対して偉ぶる道はないと悟っているように見える。

そんな大統領は、自分が言い出した『イスラム過激派を殲滅する』という公約?に従って海外で活動するアメリカ軍に指令を出したらしく、先月の末にイエメン中部で国際テロ組織『アルカイダ』の掃討作戦を実施したというニュ-スが報じられた。

アメリカ軍の報道官は、トランプ大統領が出した最初の命令で行った作戦であり、この戦闘でアルカイダの戦闘員とみられる41人と民間人16人が死亡したと発表している。

一方アメリカメディアは、現地局者と部族筋の情報として『アメリカ軍は中部ベイダ県ヤクラ地区で、アルカイダとの関連が疑われていた3人の部族長らの家屋を攻撃し、多数の死者が出たが、その中には女性8人と子ども8人が含まれている』と伝えていることから、メリカ軍の発表した民間人とは、戦闘に全く関係がない、女性と子どもに間違いないところ。

さらに、アメリカ軍のヘリコプターが学校やモスク、アルカイダの戦闘員が使用していた医療施設も攻撃したとも報じているから、部族長の家だけの限定攻撃ではなく、無差別な爆撃であることは間違いなさそうだ。

この戦闘でアメリカ兵一人が死亡したとのこと。このところアメリカ兵の犠牲者の報道がなかったのは、無人の爆撃機を使っていたからだと言われているが、今回は兵士が直接爆撃に向かったようだ。

それほど大統領令が徹底していたのかもしれないが、現地の司令官は、大統領の命令を忠実に受け取り兵士の出動を決断したのだろう。いつの戦争でも、一片の命令で戦場に出される兵士は哀れ。

命じた司令官は、現地ながら安全な場所から指令を出すので、まず自分が犠牲になることはない。大統領となると、ホワイトハウスで二重三重の警備態勢に守られているのだからこれ以上に安全場所はない。これが戦争と言うものだと言ってしまえばそれまでだが、命令された兵士からみたらこんな理不尽な話はない。

自国の人的犠牲を出さないために、『無人の爆撃機』で標的の爆破を命令したオバマ前大統領のやり方も許せないが、アメリカのやり方は本質的に『アメリカファ-スト』で、相手のことなどかまわない自分勝手さの現れなのだろう。

マスコミ報道では、2月10日に日米首脳会談が行われるという。『会談』という言葉から対等の話し合いという印象を与えるが、対等などとはかけ離れた、一方的にトランプ大統領の言い分受け取るだけの『会見』だろうことは想像に難くない。

その席では、『アメリカファ-スト』に基づいての、経済的な二国間協定が結ばれるのだろうが、『尖閣諸島は日米防衛の範囲にしてやるから、イエメンにおけるテロの壊滅に自衛隊を動かせろ・・・』という話(命令)があると推察している。

すでに、自衛隊は国連PKO活動で南イエメンに駐屯し、後方支援だけではなく、アメリカ軍を助けることもできると法律を拡大解釈して活動範囲を広げていることから『ハイ、わかりましたトランプさま』となることも明らか。

帰国後、アメリカ大統領以上の厳重な警備に守られた、命の危険性はゼロの『でんでん閣下』は、自衛隊のトップにそれとなくトランプの意向を知らせる。武器を使いたくて仕方ない(これまた絶対安全な場所にいる)自衛隊の上層部は、現地の司令官に『駆けつけて、アメリカ軍を守れ』という命令を出すことも想定内の邸内の事実?だろう・・・。

現地の司令官は、兵士から比べて格段安全な場所で、派遣部隊に『出動』を命じる。その結果・・・。想像したくないが、自衛隊員が命を失う日が限りなく近づいているような気がしてならない・・・。(田舎親父)

2017年2月 1日 (水)

事故が増えないことを願うばかり・・・

1月30日から東京都のタクシ-運賃の課金方式が変更になり、今までは初乗り運賃2kmまで730円が、1kmまで410円となったのだそうだから、一見、凄い値下げのような印象を受けるが、単純に計算したら2kmでは820円?。これって値下げと呼べるのだろうかと素朴な疑問が頭をよぎる。が、計算方法が複雑なのだそうだ。

テレビニュ-スはかなりの頻度でこの話題を取り上げて、どのぐらいの距離ならお得なのかと、図や具体的な駅名・地名を示して説明している。それによると、約2kmまでの短距離運賃なら値下げとなり、2~6.5kmは値下げないしは値上げが混在、約6.5km以上は乗れば乗るほど値上げになるとのこと。

どうも納得できないので、基準になる数値を調べてみた。現在は、初乗り2kmが730円で、280mごとに90円が加算されるのが、新料金だと、初乗りは1kmと半分になるが、237mごとに80円が加算されるというから、今までよりも、加算の度にするあのカチッという音が心臓に響きそうな気がする。

さらに、渋滞に巻き込まれたときは、今までは時速10kmより遅くなると、105秒起きに90円が加算されるのだが、新料金では90秒後とに80円となるというから、こちらも計算に入れないと値下げだと喜んでうっかり乗るとしっペ返しにあいそうだ。

確かに『ちょい乗り』客には都合が良いので、高齢者や障がい者、また足に不安をもっている人には好評らしく、街の声はおおむね歓迎だというが・・・。

以前、夕方6時ごろだったと記憶しているが、新宿駅から歩いても15分程度の都庁での会合に、時間が迫っていたこともあって、ずらりと客待ちの車が並んでいる乗り場のタクシ-に飛び乗った記憶が蘇る。

都庁と行先をいうと運転手は明らかに嫌な顔をしたことから、そうか、この運転手は随分待ったのだろうな・・・と気の毒ことをしたという気持ちになった苦い思い出である。

普段でも新宿駅(都内のタ-ミナル駅は同じだろう)の各待ちのタクシ-の列は半端ではない。1時間も客を待つのは珍しくないという話を聞いたことがあるが、やっと自分の番がきてお客を乗せたものの、行先を聞いたら初乗料金の730円では、嫌な顔をするなという方が難しいと運転手に同情したしだい。ついつい、千円札を出してお釣りは要らないとかっこをつけてしまったが。

以来、(元々歩くのが苦にならないので)できるだけタクシ-に乗らないように心がけているが初乗りが410円となると、運転手に悪いと言う気持ちはますます大きくなり、よほどの緊急時を除いては『ちょい乗り』利用することはないだろう。私と同じような経験をして、同じようなことを思っている人も多いのでと想像しているが・・・。

しかし、現在の世の中は自己主張した方が勝ちというから、運転手に気兼ねなど無用とばかり、高齢でもない健常者の『ちょい乗り』客は増えることは予想できる。またお客様は神様だという風潮も広まっているので、客待ちの長いタクシ-の列にも関わらず、堂々と『ちょっとそこまで』という客は増えるだろう。正当の権利たから当然であり、このことについて批判などできるはずがない。

しかし、運転手側からすればこれはキツい。主要な駅で1時間待って、410円だったら、ガッカリするなという方が無理。お客様は神様だと思えと言う会社の命令通り笑顔で接するのも無理がありそうだ。鬱になる人も出るのではと、私が心配しても仕方ないがついついお節介心がでてしまう。

となると、自己防衛で駅待ちなどしないで、客を探して走り回る(いわゆる流し)運転手が増えるのは、世間知らずの私でも想像できる。

最近、タクシ-がらみの事故が多発している。原因はさまざまだろうが、駅待ちを避けて流しのタクシ-増えると、事故の確率は今まで以上に高くなることは避けられない。

さらに、運転手の高齢化も問題になっているらしい。タクシ-会社の内情はあまり知らないが運転手にはノルマが課せられていることもよく聞く話だから、高齢に加えてノルマ達成を義務づけられたら、これ以上はあまり想像したくない・・・。

今のところタクシ-とは無縁の生活をしている私であるが、利用者(特に弱者)にとって歓迎である『ちょい乗り』が、運転手にも喜ばしいシステムを作れるかが、今回の料金改定の鍵になりそうだ。

近い将来、自動運転が当り前になれば、タクシ-そのものの存在を危うくすることは間違いないだろう。今回の料金改定はタクシ-業界からの提案だというから、その思惑は歩からないが、業界の生き残りをかけての試行なのかもしれない。

ともあれ、タクシ-がらみの事故が増えないことを願うばかり・・・。(田舎親父)

« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ