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2017年6月

2017年6月30日 (金)

株主総会初体験・・・

 経済には超つくほど知識がない私には、『株主総会』という言葉は知ってはいるが、その実体は、時に小説やドラマの中で、突然、株主からの動議で、人事案が崩れ思わぬ展開なる凄い場なのだろうと想像するだけ。

 特に最近は、東芝が原子力分野にのめり込んだ結果、身売りの危機に陥っているらしいとか、エアバックのタカタが一兆円以上の負債を抱えて破産などと言う話題が日常茶飯事となると、映画や小説に世界が実際に出現しているのではと他人事ながら気になるところ。

 そんなことを思っていると、知人から『株主総会に出てみないか』というトンデモないお誘いが舞い込んで、昨日、『相鉄ホ-ルディグ』という鉄道やバスを統括する会社(持株会社と言うらしい)の株主総会をのぞいてきた。

 なんでも、その話をもってきた知人は、相鉄(相模鉄道)がJRと東急と相互乗り入れを計画し、19年に新横浜を経由して東急東横線の綱島まで延伸し、相鉄沿線から乗り換えなしで都心に乗り入れるという計画を知り、仲間と株を購入したとのこと。もっとも、その実現は3年後に伸びたらしいが・・・。

全国的には『相模鉄道(相鉄)』はあまり知られていないロ-カル鉄道であるが、神奈川県では横浜と県央を結ぶ鉄道として昔から親しまれた会社であり、特に、横浜駅西口の再開発の旗振り役として,近年、実力を発揮して飛躍的に伸びている企業だという。

株主総会には株主に送られてきた出席票がないと会場には入れないのだが、入り口で出席表と本人確認はないので、出席表さえあれば株主として堂々と参加できるとのことから、初体験となった次第。

場所は、相鉄グル-プが経営する横浜西口にある『ベイシェトラン』というホテルの大会議室。ちょっと緊張しながら、早めに会場に到着。そこには、リクル-トス-ツというのだろう、お決まりの服装をした社員(アルバイトかも)が出迎えて、丁重に5階の会場に案内してくれる。

株主総会となると、かなりの書類やおみやげ品が配られると聞いていたので、A4が入るバックで出かけたのだが、今年からおみやげ類や飲み物はもとより、関係書類も一切ないとのことにガッカリ・・・。

開会の10時が近づくと、広い大会議室はほぼ満杯になる。回りを見渡すと、やはり年寄り、それもかなりの年配の男性が圧倒的。最近は株の売買は主婦層にも広がっていると聞いているので、ひょっとして若い女性の姿も見られるのではと興味をもっていたが、見事に裏切られる。

雛壇の左手には相鉄ホ-ルディングの役員たち、右手には、相鉄や相鉄バス、流通やホテルを経営する会社の社長たちが並び、中央には議長席と、応答者席がある。議長は、持ち株会社の社長である。

決算報告などは、あらかじめ送付済の冊子を見てほしいという。その概略を映像で説明するとのことで、30分余りの動画が流される。それぞれの分野での、活動を示し金額がドウタラコウタラのないようであるが、映像が綺麗過ぎて、まさに相鉄クル-プのコマ-シャルを見る感じ。

その後に、議長が『質問や提案があれば挙手して下さい。私が指名した方のみ完結に発言していただきます。質問などは3問だけにしていただきます。これでよろしいでしょうか』ということに、会場からは拍手・・・。『異議あり』とか『議長横暴』などの声は一切ないのが、私には期待外れ。

早速、数人の人が挙手する。さあ、これからが株主総会の盛り上がるところと期待して、少し姿勢を改めて聞き耳を立てる。

一人目の株主の3つの質問に対して、議長は1つ目は相鉄の社長 2つ目は担当の取締役、3つ目は流通会社の社長と、対応者を決めて答えていく。それぞれ言葉は丁寧だが、大したことを答えているとは思えないが、質問者はそれ以上突っ込まない。

そこで『そうか、あらかじめ質問者は決めていたのか』と気がつく。かなりの人が挙手するが、議長はあたりを見渡して指名する。指名された人の質問や提案は、私でも大したことではないと思うことばかり。しかし、反論や討論という場が全くない。

私の前に座っているス-ツ姿の年配の男性が、ずっと挙手しているが議長は無視。不思議なことに、その男性が怒りを表すことはない。そして、12時が近づき、議長の『時間が押しているので後3名飲みに』という提案にも、会場は拍手で、異議ありの声はない。

そして、最後まで前の男性は無視されて質問時間は終わり。次が事案の議決に移るが、ここも拍手のみで全て承認される。

私は、ずっと挙手していた男性が『何らかの抗議の意思を示すの手は・・・』と期待していたが、最後まで拍手に終始していたことに、この男性は株主総会の常連で、指名したら会社に対して弊害はないが、だらだらと時間が過ぎることを議長は知っていたので指名しなかったのでは・・・と変に納得。

今日も長々とした取り止めのない文章になってしまったが、私にとっては『株主総会』などは遠い世界であることを再認識。再び出席したいとは思わないが、こんなシャンシャンで、会社の方針が決まって良いのだろうか・・・と疑念は残る。(田舎親父)

2017年6月28日 (水)

『この女(おんな)の発言』を許す馬路・・・

 今朝の東京新聞の一面を見て、『またやったこのバカ女・・・』という心底空の侮蔑の言葉が口から飛び出す。同時に、今度こそ、防衛大臣をクビにしなければ世間が収まらないだろうと思うが、朝日の扱いが小さいことに一抹の不安がよぎる。

 読売や産経などは、私には『新聞』としての価値を認められず、その意味で政府の宣伝を受け持つのはどうぞご勝手に・・・と思っているが、東京新聞はここ数年来、かなり気合を込めて現政権の動きに対して批判的な記事を掲載していることから、愛読するようになっている。反面、朝日は東京と対照的に、政府に対してはチョウチン的な表現が多いのが気になるところ。それでも読売よりははるかにまともだが・・・。

 このイナダという防衛大臣の発言は、さすがのデンデン一家の広報誌と認定された天下のNHK(最近は、少しジャ-ナリズム精神のある部隊が力をつけてきたようだが)も、このことは無視できないと感じたらしく、7時のニュ-スで報じていた。

 東京新聞の記事によると、この防衛相は昨夜(27日)、板橋区で開かれた都議選の自民党候補を応援する集会で演説し『ぜひ当選、お願いしたい。防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい』と口走ったようだ。

この御仁は弁護士だそうで、例の森友学園疑惑でも、同じく変越しの夫と共に黒幕の一人として活躍したことが明らかになっているが、防衛大臣に取り立ててくれたデンデン親分のためには、自分の権限をできる限り利用することが当たり前の習性となっている、言動には一片の法律を遵守する気持ちはおろか一般的な正義感すら皆無である。

言葉を選ばす表現すれば、ごく当たり前の生活を過ごしている国民にとっては、いわば詐欺師という立派な犯罪者だと言っても、決して間違いではないだろう。

NHKのアナウンサ-は、基本的には『女』という言葉は侮蔑的だと規定があるのだろうが、犯罪者(容疑者)に限り、『女性(じょせい)』ではなく『女(おんな)』と表現していることに習い、私もこのイナダという人物に対しては、女性という言葉ではなく、女と言わせてもらい、しかも、バカなという形容詞をつけた次第である。

集会が終わった後に、今盛んに話題になっている秘書の一人から『先生、あの発言は拙いでは・・・』と諭されたどうかは別にして、同日深夜、国会内で記者団に『誤解を招きかねず、撤回したい』と語ったとのこと。

もしも、秘書が諫めの言葉を口にしたとしたら、この女の性格から推測して、『バカ・アホ・キチガイ・お前など引っ込んでいろ・・・』と気が狂ったように怒り狂っている姿が見えそうだが・・・。

それはともあれ、官邸の知恵者がこの発言を知り、これは拙いと『発言を取り消せ』と命じたと推測(下司の勘繰り)をしているが、最近の政治家(屋)は、深く考えることなく、気が向くままに、自分の本心を口にすることが多く、指摘されたら『誤解を招く恐れがあるので撤回する・・・』ということが日常茶飯事。

誤解をしているのは自分だけで、国民のほとんどは本心からでた言葉だろうと確信しているのだから、誤解される恐れなどあるはずがないのに、政治の世界では通用すると思い込んでいるようだ。

撤回するという言えば、自分の発言が全て消え去ると思っているのだろうか。そんなことはあるはずがなく、撤回するという言葉と共に、『ぜひ当選、お願いしたい。防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい』と発言したという事実は『絶対に』消えることはない。

退職してから憲法書など開く機会がないが、現職時代は『選挙にはくれぐれも注意しろ』という言葉を良く見聞きしたもの。自らも選挙期間中は候補者の名前はもちろん、批判やほめ言葉も禁句にしていたことを思い出し、ほこりがかぶっている『教育小六法』を取り出す。日本国憲法の第15条に『すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない』という文言に久々に対面する。

また、公職選挙法は『公務員が地位を利用して選挙運動をしてはならない』定められていることから、イナダという『バカ女』の今回の発言は、憲法違反、法律違反そのものであり、現職の校長がPTAの会合などで、教育長経験のある候補者を『〇〇さんは、長年教育に尽くされた功労者・・・』などと紹介したことが公になれば、厳重注意どころか罷免されても奇怪しくない。選挙後逮捕されることもあり得るのでは・・・。

さあ、デンデン親分はどうするか?・・・。またまた、官房長官がヌエ顔でヌケヌケと『問題ない・・・』と言い出しそうだが、これを見逃しては、わが国の辞書からは、『正義』とか『法律』という言葉が消え、カネと権力さえあれば好き勝手がまかり通る社会になる。

こんな社会の到来は御免蒙りたい。今回の『バカ女』の発言を許さず、都民が怒りをもって投票所に足を運び、せめて『自民党』公認や推薦の候補者の名前を書かないことを願う今朝のつぶやき・・・。(田舎親父)

2017年6月27日 (火)

わが国の高層マンションでは・・・

 このところイギリスが御難続き。昨年だったか、保守党は、まさか国民がEU脱退を選ぶわけがないだろうと国民投票という作戦を選択したが、これが裏目になり、キャメロン首相が辞任するあたりから歯車が狂いだした?・・・。

 首相が辞任することが当然というシステムは、イギリスという民主主義が成熟した国だと羨ましく思ったものだが、後任の首相に選ばれたたのがメイさんという女性。この国難?に女性が選ばれるのも、さすがと感心することしきり。

さしずめわが国では、オレがオレがと自民党の幹部どもが名乗りを上げて、醜い争いが起きるのは確実。もっとも、イギリスの保守党も、その傾向があったので女性首相を選択したというのかも知れないが・・・。

 それはともかく、メイ首相は政権を強化してEU離脱交渉を有利にするために、総選挙を前倒ししたらしいが、これが完全に裏目。第一党は守ったが過半数に届かず、政権運営に苦労している様子が、時に伝えられている。

総選挙前にも、テロがガ相次ぎメイ政権に対して批判が殺到していたらしいが、今月14日に起きたロンドンの高層マンションの大規模な火災は、メイ首相はもとより全世界を震撼させた。私もその一人。木造の家屋ではない。人が日常的に住んでいるだろうと思われるマンションである。一体どれぐらいの犠牲者が出るのだろうと心配になったもの。

結果的には、あの凄い映像からみて、とても信じられないほど少ないと表現するとお叱りがくるかも知れないか、60数名の犠牲者ですんだことは、イギリスにとってはというかメイ首相にとっては救いだったのではなかっただろうか。

ここまで派手に燃えたのは、外壁に可燃材が使われていたからだとの発表に、思わずウソだろう・・・とつぶやいたものだが、スプリンクラ-の設置も義務づけられてないというから、これはイギリスの家屋は日本のように木造低層ではなく、石やレンガを重ねた構造で、しかも数階建てが当たり前になっていることから、歴史的に火事に対する心構えが違うからではと推測している。

わが国では、あのような凄い燃え方をする高層ビルは『絶対にない』のだそうだ。建築基準法で外壁は不燃材料の使用が義務づけられ、消防法などによって各階にはスプリンクラ-などの設置をはじめ防火構造に関する厳しい規制が設けられているからだという。

確かに、その法令を確実に守って建てられた建物は安全かも知れないが、わが国の現状は、全てが『カネモウケが第一』となると、何とか儲けを得ようとする輩がハイエナのごとく集まっているとなると、全ての建物が安全・安心だとはいえないのでは・・・。

実際に、消防庁が調査したところ、都内の高層マンションの3割以上に消防法違反があったという。しかし、実際に高層ビルのあの映像を見せられたのだから、入居している人たちは他人事ではないはず。

今、東京都内では高層マンションが林立している。都会の便利な生活に憧れて、30階建て以上の高層マンションが大人気で、建ちあがる前から完売するというから、横浜の片田舎の住環境に何足している貧乏老人には想像がつかない。

話はかなり飛躍するが、ここ数年、首都圏の直下型地震の話題が広がっている。関東大震災からすでに100年近く過ぎていることから、地震が起きることは疑えない。

6年前の東北大震災での惨状は忘れられない。加えて福島現発の事故が起きて、ふるさとを追われていまだに避難生活を強いられている人に、無力な私にはできることもないのが悲しい。もしも首都圏で、同程度の地震が起きたら、その被害の凄さを想像できる人は専門家でも少ないのではないだろうか。

高層マンションは安全だという神話が広がっている。確かに、イギリスのあの火災のようなことはないだろう。永田町周辺の権力者たちの環境は、予備電源が完備されているが、庶民も住む都内の高層マンション群全てを賄えるはずはなく、電気やガスはたちまち止まることは容易に推測できる。

当然、消防隊員たちは火災現場に駆けつけてくるはずだが、優先されるのは役所や学校、病院などの公共施設。それ以前に、倒壊した建物や、そこ空の出火で道路がふさがれ、救援活動に支障が起きることは想像に難くない。

レヘ-タ-の止まった高層マンション。火事は起きないだろうが、火事以上に悲惨な光景が展開するのではないだろうか・・・。

そんなことを思っている私に、人のことより自分のことを心配しなさいという声が聞こえてきそうだが、ロンドンの高層マンションのあの凄まじい火災の映像は、いろいろなことを考えさせられた。(田舎親父)

2017年6月26日 (月)

風は風でも気持ちの悪いぬるま風?・・・

 今東京都内では、連日選挙カ-が忙しく走り回っているのだろうが、このところテレビもあまり都議選のことを取り上げないこともあって、横浜の片田舎は都内に職場を持つ人が多いのにも関わらず、その喧騒は全く聞こえてこない。

 私自身、現役当時は多少なりとも仕事の面で影響することもあり、口には出さぬものの関心は持っていたが、退職後はめったに東京に出かける機会がないことから、どんな人が立候補しているかなど全く興味がなくなっている。

 しかし、都議選での結果が、無茶苦茶な政治を続けるデンデン政権をストップさせる大きな要素になること程度は想像がつくので、自民党候補の壊滅的な敗北を願っていることもあって、結果を楽しみにしている。

その意味で、コイコ新党の躍進には期待しているのだが、このところのコイケ都知事の動きちはどうしても『?』をつけたくなるようなことが多過ぎ、下手すると選挙の風は吹かないのではと心配になってくる。

そんなことを思っていると、今朝の朝日新聞の記事に、コイケ支持が激減しているとのことに、ウ-ンとうなってしまう。記事によると、コイケ新党と自民党の支持率が25%で並んだという。

さもあらんと思うことしきり。特に気になるのは、維新から除名されたワタナベ某かという、元『みんなの党』とかいう政党の代表との合体も視野に入れているという情報がネットで流れていること。

この御仁は、日頃から『親アベ』を打ち出し、自民党へ復帰したいという噂が絶えないこともあり、体質はまさに自民党。いやむしろ、仲間に入れてもらうためには何でしないと現在のお友だち組に勝てないとなくと、現政権への忠誠度は想像に難くない。

そんな人物と合体という噂は、コイケ知事は本質的にはデンデン一派と体質的に同じだということになり、折角、マスコミが自民党と凄まじいバトルと書き立て、嫌自民党というム-ドが高まっているのに、それをぶち壊すことにつながりそうだ。

さらに、こちらも民進党を除名されたナカシマ某と選挙カ-の上で握手している写真がネットで流れていたことも気になるところ。この人物は、民主党時代から改憲を明言しているほどで、隠れ自民と言われていることは有名な話。

そして、何故かコイケ知事は、森友学園はもちろん前川前文部事務次官の告発で明らかになっている加計学園の無茶苦茶ぶりに、一貫してダンマリを決め込んでいることも不気味である。

本気で自民党と対決する気があるのなら、この問題を徹底的に叩くのがもっとも効果的だろう。カゴイケ氏と対談などすれば、マスコミは大騒ぎするに違いない。その結果、デンデン一派のおぞましさを多くの都民の知るところとなり、選挙の風は一挙に暴風雨に・・・。

さらに、女性ジャ-ナリストが顔と名前を出して元TBSのワシントン局長だったヤマグチ某かに酒を飲まされて暴行されたととの告発に、現政権がもみ消したことを応援演説で一言でも口にすれば、たちまち世論は味方するだろうに、これも徹底的にダンマリ。

何となくだが、コイケ新党は『隠れ自民党では・・・』という疑念が広がり、風そのものの勢いがなくなっているばかりか、風は風でも気持ちの悪いぬるま風となっているのが気になるところ。

こんなことでは、無茶苦茶な手法で共謀罪を成立させ、さらに自らの汚さがバレることを恐れて、加計学園疑惑を藻は消すために、全国に獣医学部を作れば良いなんて言い出している、デンデン首相を追い詰めることなどできるはずがない。

今日も困った話だ・・・ということになりそうだが、それでも、都議会の自民党の勢力がほんの少し小さくなったという結果ではコイケ新党の意味はなく、一挙にコイケ都知事の賞味期限が過ぎることもあり得ない話ではない。

後5日間の都議選。コイケ氏の言動に期待しているのだが・・・。(田舎親父)

2017年6月23日 (金)

文大統領に大拍手・・・

 先日韓国の文大統領が『原発は開発途上国時代の遺物』と表現して、原発に頼らない国を目指すと宣言したことに対して、素晴らしい・・・と心から敬意を表したものだが、今度は、『公務員採用時には原則として応募者の出身地や出身学校、身体条件などを履歴書に記載させず、試験の結果だけで採否を判断するよう指示した』という記事に、羨ましいと思った人は多いに違いない。

 韓国は、日本以上に学歴・学閥社会だと聞いている。また縁故採用が当たり前で、出身地方の有力者の引きが、将来を占う大きな要因だと何かの本で読んだことがある。学歴や縁故などに左右されず、自分の能力・学力だけで採用される公務員が増えれば社会は大きく変わることは容易に想像できる。

ただ、一度の採用試験で公務員としての適正を見抜けるとは思えず、このあたりの文大統領の考え方を詳しく知りたいものであるが、政権のトップがこのような考えを持っているのだから、韓国国民は、現在のわが国と比べて幸せであると言っても差し支えないだろう。

詳しい知識はないが、わが国では、中央省庁には『キャリア』と呼ばれる人々が存在していることは自明のこと。この人たちは、採用時から待遇が違い、数年の勤務で管理職になると聞いている。彼らは、配属された組織の幹部から疎まれることなく、失敗をしないで程々に仕事ができればとんとん拍子に出世し、課長・部長・局長と躍進。運がよければ事務次官も夢ではないという。

さらに、幹部で退職すれば、当然のことながら、退職後の職場は約束されている。それを天下りというそうだが、自分で猟官運動をしなくても求められるのだから、本人は天下り意識などないのではないだろうか。

しかし、一般職として家族構成など数々の個人情報をさらけ出し、厳しい採用試験を突破しても、一つ先の地位に進むには試験に合格しなければならず、ここには出身地や出身大学による影響が大きいのは、キャリア制度がない公立学校でも当たり前のこととして私自身経験したことである。 

 試験は仕方ないとしも、採用時に退職時の身分がはっきりとしているわが国の『キャリア制度』は究極の学歴・学閥偏重。韓国は、それ以上の学歴・学閥主義だというから、私の想像をはるかに越えている制度なのだろう。

文大統領は,この壁を打ち破りたいと強く望んでいるという。大学名はもとより、出身地などの個人的な特性は『差別の要因』になりうるとして、こうした属性を一切考慮せず『同じ条件、同じ出発点で、実力だけで公正に(応募者が)競争できるようにしてほしい』と発言しているそうだから、韓国国民の意識は間違いなく変わるだろう。

しかし、韓国はなぜか大統領の地位を去ると、自殺や汚職など不名誉な罪で逮捕されることが多く、極端な場合は、途中で弾劾されて職を追われることもあり得るのだから、文大統領も、一つ間違えれば同じ運命をたどる可能性がないとはいえない。

脱原発や差別の解消など、素晴らしい公約を実現するためにも、有能な人材を登用すると共に、身辺には気をつけて、汚濁の誘いなどに惑わせられないほしいと願うばかり。

 アメリカやヨ-ロッパの情報には飛びつくが、それ以外の国々のこととなると、よほどのインパクトがない限り興味を示さないのがわが国のマスコミの特徴だから、文大統領の動きなどはなかなか知る機会がないが、今後は『韓国』という言葉に注視し、見逃さないようにしていきたいものである。(田舎親父)

2017年6月22日 (木)

豊洲に移転・築地は生かす・・・

 『豊洲に移転するが、築地も生かしていく・・・』 予想通りといえ、玉虫色の未来像が知事の口から発せられた。

 豊洲の地下に、あってはならないはずの空洞が見つかった時点で、『豊洲移転は白紙』とすれば、例えどんなにカネがかかろうと、また移転派からの批判が集まろうとも、都民の安全を守るという大義名分が通用したはずだとつぶやいたことを思い出す。

 それができなかったことから、ずっとこの問題が先のばしになり、それぞれの立場や利権が複雑に絡み合って分かりにくい構図になっているのだろう。

そして、いよいよ都議会選に突入する直前になって、何とかしなければという焦りがあったのだろうが、記者団からの質問も受け付けないということから、マスコミの集中砲火を浴びているようだ。

知事にとっては、築地市場の地下からも有害物質が検出され、築地を営業しながら改修という、多くの都民が望んでいる方法を示せなかったことが大きな誤算だったのではないだろうか。

確かに、これから豊洲の安全対策をした上で、築地を一旦更地にして、数年後には再び市場昨日を持たせるという案は、さらなる莫大な予算が必要になり、関係者にとっては、知事はどんな絵を描いているのか分かりにくく、都議会選挙のための言い訳ではと受け取られても仕方ない。

私は、コイケ都知事を好きかと問われたら、嫌いだと即答するが期待はしている。本当は、共産党が名前と綱領を改めて、多くの国民のための政党になり国政を担当してくれることを願っているのだがそれは無理だろう・・・。

となると、ここまで民進党がデタラメな今日、自民党と対決できる勢力がでてこなければ、ますますこの国の未来が失われることは間違いないことから、(消去法ながら)コイケ新党が、『国民のための政党』になり、自民党に替わってほしいと願うしかない。

その意味で、今回のコイケ知事の発言を、選挙に勝つためにはこれしかなかったぎりぎりの選択だったと受け止めている。マスコミの批判は殺到するだろうが、一般都民にとっては、具体的なビジョンはなくても、『築地ブランドが残るなら最高だ・・・』という気分にさせるのではと期待を込めて評価しているのだが・・・。

豊洲移転を大前提にしている自民党都議団は、『なんだ、ここまで騒ぎを大きくして、結局はオレたちの言っていたとおり豊洲に移転するしかなかったのだから、これで選挙は有利になる・・・』と、それいけドンドンらしいが、利権アリキの移転という構図を都民も見逃さないだろうから、決定的な『反コイケ効果』をもたらしたとは思えない。

自民党の横暴もさることながら、宗教政党の汚らしさには辟易して、最近は公明党などという言葉さえ出すのも気持ちが悪くなる。

そんなヌエ政党と選挙協力をするコイケ知事には一抹以上の不安があるが、そのことはここでは封印して、今回の都議会選でのコイケ新党の躍進を願う・・・。(田舎親父)

2017年6月21日 (水)

逃げきらせてはならない・・・

 加計学園が経営する岡山理系大学が今治に獣医学部を新設するという問題は『家計学園疑惑』と呼ばれて、やっと天下のNHKも取り上げはじめてきたので、国民の関心が高まっていることから、逃げきったと思って安心している現政権も、本心はヒヤヒヤものに違いない。

加計学園の経営者と総理大臣が、ブスブスの関係であることは、今や知らない人がいないほどだが、この『加計学園』が、岡山理科大だけではなく、千葉県銚子市に千葉科学大学という大学を2004年に新設したことは、まだあまり知られていないようだ。

その学長が、今回前川前文部事務次官に圧力をかけたと言われている、文科省の前川氏の先輩である木曽某であり、この男が、今回の今治の獣医学部でも教授に名を連ねていることも、それ以上に知られていないのではないだろうか。

銚子市は、誘致当時の市長がやはり加計学園の経営者とブスブスの関係だったらしく、誘致に奔走し78億円もの税金を投入した結果、市の財政は極端に悪化し、夕張に続き財政破綻に追い込まれることは確実な情勢だという。

銚子市民はこのことに気づき、市長を交代させたらしいが、元市長は今年5月に行われた市長選でも立候補したというから、まだまだ利権の臭いが消えていないようだ。さすがの銚子市民はこの酷さに気づき、大差で『NO』を突きつけたことは、加計学園疑惑が明らかになってくる前のこと。

元市長の言う、国の支援を受けて大学を誘致をすれば,バラ色の銚子市が開けるというウソの演説にコロリと市民が騙され、銚子市は千葉科学大学の建設のために、ほとんど無償で市有地を提供し、しかも建設費まで市が負担したことによって、40億円超の赤字を増やし、その返済のために、年間2億円を20年間にわたって支払い続けなければならないのだという。

金額は新聞記事によるもので、私にはほとんど理解できないが、埋葬料まで2倍に値上げしているというから、現実はもっと緊迫しているのではと想像している。

しかも大学が銚子市に与える恩恵はほとんどなく、卒業生も地元での就職先がないとの理由で市外・県外に去るのが現状だとのことだから、市民は負債の返却のために、ほとんどの市民サ-ビス代金が大幅な値上げになっているというのでは、まさにこの大学は疫病神。できればさっさと出て行き、もとに戻してほしいというのが多くの市民の本音ではないだろうか。

さて、今治市であるが、やはり現在の市長がデンデン首相閣下とは浅からぬ関係らしく、

国の支援を全面に出して美味しい話に仕上げたようだ。現政権も、この計画の実現のために、大臣が先頭にたって文部官僚たちを恫喝してまで誘致を強引に決めたというところだろう。ただやり方が強引過ぎたため、前川氏などが怒りの抵抗をしはじめたというのが、現在の私には見える筋書きだが・・・。

つい最近明らかになった疑惑が、岡山理科大学(加計学園)獣医学部を新設するための大学設置認可申請書の締切日にあたる今年3月31日、加計学園が今治市に対し、96億円の補助金申請をしたことに対して、市長は待ってましたとばかり、即日に交付を決定したというから、事実だとしたら(事実だろうが)無茶苦茶な話。

すでに今治市は、獣医学部の建設予定地約17ヘクタール(評価額約37億円)は無償譲渡した上で、さらに愛媛県と今治市から補助金として大学校舎、施設整備費など192億円の半額、96億円を出すことが決定しているのだそうだ。

この96億円は、今後今治市民と愛媛県民の負担となり、銚子市と同じ道をたどるのは明らか。いやむしろ、大学の誘致で得られる経済効果は年間わずか3000万円程度と試算すると、負債を返還するまでには320年もかかるというから、銚子市よりも酷くなりそうな気がする。

しかも、大学建設を請け負う企業は、愛媛県とは縁もゆかりもない岡山の業者で、その社長が自民党の衆院議員の弟だということに加えて、この企業は家計学園の系列会社となると、もう下手な漫画どころの話ではない。徹底的に愛媛県民と今治市民は、搾り取られる側として描かれている。

こんなバカな話に、今治市長は諸手を上げて賛成し、愛媛県知事も名誉なことと発言しているというから、常識的にはあり得る話ではないだろう。

この問題に限らず、私が知らない汚なく醜い話が行き通っていることは疑えないが、ここまで市民を、県民を、そして国民を徹底して愚弄する政権をこのまま逃らしてしまったら、この国には永久に闇が晴れることはないことだけは、貧乏老人でもはっきりと理解できる・・・。(田舎親父)

2017年6月20日 (火)

ますます世界から取り残される・・・

 『日本原子力研究開発機構大洗研究開発センター』という長ったらしい名前の施設で、放射性物質が飛散するという事故が報じられたのは今月のはじめだっただろうか。

なんでも古いビニ-ル袋を男性作業員5人が扱っていた時に、急に袋が破れて中の放射性物が飛び散った事故とのことだが、なんともずさんな管理だったことをうかがわせる。

袋は、20数年間そのままにしていたというのも信じられないが、内部被爆した5人のうち、50代の作業員の肺からは2万2000ベクレルのプルトニウム239が検出されたと文言には一瞬声を無くす。

ムリ偏に無理と書いて『基本的に安全』と呼ばせるこの国の原子力基準では、8000ベクレルは安全とみなして、除染でたまりにたまった汚染物質さえ、この数値以下なら埋め立て可能だとしているのも無茶な話であるが、その3倍もの数値の放射性物質を一瞬に吸い込んだというから信じられない。

また、福島原発事故以前は、ほとんどの食品から検出されなかった放射性物質に対して、これも無理にこじつけて、日本の暫定基準値は、穀類・野菜類・肉・卵・魚が500ベクレル、飲料水・牛乳が200ベクレルとされているが、これとて世界標準からはそれでも異常に高い値。

それと比べても、作業員が吸い込んだプルトニウムという『原爆』の材料から出るほこりの数値の高さに、翌日には作業員の死亡記事が出るのではと固唾を飲んで見守ったものである。

 放射性物質の量を表す『ベクレル』と、放射線の強さを表す『シ-ベルト』という二つの単位かあり、私のような素人ではすぐに概算できるはずがないが、記事の開設によれば、この作業員が吸い込んだ22000ベクレルの放射性物質は、50年間で12シーベルトの内部被ばくが見込まれるというから、今後のよほどしっかりした健康管理が必要であることだけは間違いない。

 5人は『放射線医学総合研究所』という組織の医療施設に入院したというが、翌日だったかには、経過観察は必要だが、何も症状は出ていないというということで退院させたということも、私にはとても理解できる話ではない。

案の定、その数日後には、5人の尿から『微量?』のプルトニウムが検出されたとのことで再入院。厳重な監視体制がひかれていることは容易に想像できることからも、今後、5人の作業員の健康の経緯についての情報が流れるとは思えない。

 福島原発事故からすでに6年と3ケ月。この国の放射性物質の管理に対する考え方と方法は事故前とあまり変わることなく、次々に事故が起きている。幸い、重大事故ではないことから、報道に危機感がないこともあって、国民の記憶が一瞬で忘れ去られてきた。

 『原子力を平和利用に』というキャッチコピ-は間違っていたと気付いたはずなのに、この国の権力者たちは、多くの国民の懸念など無視して、『カネモウケのためにエネルギ-が必要だから・自分たちだけは安全だから』という理由で、次々に原発を再稼働していることに強い怒りを覚えている。

しかも、現政権に協力するマスコミの国民総白痴化政策が浸透しているため、国民全体に『今だけを・自分だけを・カネモウケだけを』がという考え方と行動を『是』とする風潮が流れていることもあって、原発の再稼働を止めるエネルギ-が決定的に不足しているのが悲しい限り。

私のそんないらだちの中、昨日、韓国の大統領は、『原発は開発途上国の時期に選択したエネルギー政策』として、『古里原発1号機の永久停止は、脱核国家への第一歩だ』だととはなんともかっこよく力強く感じる。

ドイツもスイスも、そして日本と同じアジアでは、台湾もベトナムも『脱原発』を決めている。驕り高ぶっているこの国の権力者たちに、文大統領の爪の垢でも煎じて飲ませたいものである。

総理大臣を直接選挙で選ぶことはできないわが国に比べて。自らの意志で大統領を選べる韓国の国民は幸せだなあとつぶやいてしまった。(田舎親父)

2017年6月19日 (月)

故原因は秘密命令?・・・ 

 今月17日の未明に、石廊崎沖でアメリカ海軍横須賀基地を拠点とする1万トン級のイージス艦と、2万トン級のフィリピン船籍のコンテナ船が衝突、イ-ジス艦の乗組員7名が行方不明という重大事故が発生した。

18日朝のテレビニュ-スの映像では、イ-ジス艦の右舷の中央部付近が相当破損しているように見えたが,致命的な損害はなかったように見えたため、乗組員は海に投げ出されたのではないかと思ったものである。

しかし、『加計学園疑惑』には徹底的にスル-のNHKは、この事故については連日報じており、最新の情報では船体の損傷は致命的で、衝突直後一気に海水が乗組員の居住区域に流れ込み、船内で乗組員の遺体を発見されたとも報じている。

それにしても、未明で視界は利かなかったとしても、1万トンと2万トンの大型船舶が海上で衝突することなど私には想像がつかない。まして、アメリカ海軍のイ-ジス艦という最新鋭の装備をもった船が、コンテナ船に気がつかなかったとは思えないのだが、実際に事故が起きたのだから、どちらかに致命的なミスがあったのだろう。

海上自衛隊のイ-ジス艦が東京湾で小さな漁船に気付かす衝突し、漁船は真っ二つに折れて親子が行方不明という事故が、数年前にあったことを思い出す。親子はその後の捜索でも発見されていないはず。

この事故では、私は『そこのけそこのけイ-ジス艦さまのお通りだ・・・』という題名で、気がつかなかったのではなく、気がついていたとしても相手が当然避けるものだという驕りがあったのだろうと、海上自衛隊の体質に怒りを込めてつぶやいたもの。

今回は、アメリカ軍の話なので、乗員の規律など知る由もないが、2万トンというとてつもない大きな船に気付かなかったはずはない。まして、例え未明であっても、イ-ジス艦を新米の水兵が一人で操縦しているはずがない。むしろ、視界が利かない夜ならば、ベテランの将校が複数監視を怠らなかったと想像したい。

しかし現実に事故が起きた。昨日の映像では、コンテナ船の前方がえぐり取られて、中で作業している人の姿が見えていたことから、この船がイ-ジス勘の右舷中央部付近に突っ込んだことは間違いなさそうだ。

海難事故を避ける場合の詳しい約束事などの知識はないが、コンテナ船の乗組員の『二隻は同じ方向に進んでいた』という証言が本当だとしたら、コンテナ船が左に舵を切りイ-ジス艦に突っ込んだか、逆に、イ-ジス艦か右に舵を切って、コンテナ船の前方に出たかいずれかであることは私でも容易に想像がつく。

繰り返すが、アメリカ海軍のイ-ジス艦には、最新装備のレ-ダ-が搭載されているはずだから、真っ暗な闇であっても数キロ先のこのコイテな船の動きが分かっていないはずはない。

まして、コンテナ船が左に舵を切って、わが艦船の航路に迫ってきたとなると、どんな警告を言葉であるかは知らないが、『邪魔だ、どけ・・・』とか『危ない。航路を元にもどせ・・・』などと相当強い警告の言葉を発するのではないだろうか。

まして、このフィリピン船籍のコンテナ船は、『日本郵船』という日本企業かチャ-タした船となると、アメリカ軍の警告に従わないはずはない。

相手が2万トンというとてつもでかいコンテナ船。海上自衛隊のイ-ジス艦が小さな船を見落としたという次元ではない。

どうやら、イ-ジス艦が何らかの理由で舵を右に切って、コンテナ船の航路に近づいたと見た方が理屈にあいそうだが、わが国には、基地協定なるシバリがあって、今回の事故でもイ-ジス艦の行動などを調べる権限はないとなると、原因がはっきりするとは思えない。

何となくだが、わが国の事故調査では、日本郵船側に全ての責任を押しつけることはないにしても、イ-ジス艦の航路変更はなかったことになりそうな気がする。

アメリカ海軍司令官からイ-ジス艦の艦長に、『並走するコンテナ船に疑わしき人物が乗船している可能性があるので調べろ』という命令が出たと想像するのは、推理小説の読みすぎだろうか・・・。(田舎親父)

2017年6月16日 (金)

辞めてもらおうじゃねえか・・・

『さあ、辞めてもらおうじゃねえか・・・』という声がどこからも上がらないのが不思議である。

『もしもですよ。もしも、私や妻が関わったことが明らかになったら、総理大臣はもとより国会議員を辞めます・・・』という意味の発言を、この御仁の広報機関に成り下がった天下のNHKはニュ-スで報じていた。

このことは、マスコミ全体が伝えていたことから、圧倒的多数の国民は聞いたり見たりしているはず。よもや、いくら口からでまかせ男であっても、『そんなこと言った覚えはありません』とは言えないだろう。

私のような貧乏年寄りの戯言ではない。日本国の総理大臣が、万民の前で『関係していたら辞める』と発言した意味は重い。

前川前文部事務次官が、『官邸の最高レベルの指示・・・』と発言したのは、このままでは文部行政が死んでしまうという危機感の現れに違いない。下手すると、逮捕(最悪の場合は命を絶たれる)される恐怖心があっただろうと想像しているが、官邸(首相)の関与があったことを明らかにしたことは、並の人手はできないとてつもない勇気が必要な行動である。ただただ凄いと賞賛するしか私にはできないが・・・。

文科相は、官邸の厳命だろうが『調査をしたが、そんな文章は残っていない』と逃げまくっていたが、憲法を改定して戦争ができる国にしたい官邸が、このままでは、そのために必要な『共謀罪』の成立が難しいとして、一転、文科相に再調査を命じ、昨日この結果を明らかにする前に、共謀罪を強引に参院で可決成立させてしまったのは作戦通りだったろう。

ことが終わって、昨日になって再調査の結果が発表されたらしい。その結果が、今朝の新聞各紙が掲載している。驚くことは、政府は、官邸からの指示があったことを表す文書の存在を認めたこと。

しかし、その後の動きを注視しているのだが、どこからも、『ここまで官邸(首相そのもの)の関与が明らかになったのだから、約束を守って辞めなさい』という声が聞こえてこないのはどうしてなのだろうと大きな違和感を覚えてならない。

朝日新聞は、(原文そのまま引用)メールは昨年11月1日、内閣府地方創生推進事務局から文科省行政改革推進室に送信され、文面には「添付PDFの文案(手書き部分)で直すように指示がありました。指示は藤原審議官曰く、官邸の萩生田副長官からあったようです」と記されている。「藤原審議官」とは内閣府で規制改革を担当する藤原豊氏とみられる。(引用終わり)

また、『審議官に指示したのは、首相の側近中の側近である内閣の副官房長官が指示を出した疑いをもたれている』と記している。

こうなると、常識的に解釈して、これを下手な渡世小説的に文字にすれば、親分の命令で一の子分が実行部隊の頭的な男に、『相手(文科省)の首をとってこい』とでも命じた構図が見えてくる。

官房副長官は、『オレはそんなこと言っていない』は逃げているようだが、審議官が勝手に文科省を脅すなんてことは考えられず、明らかに、絶対に逆らえない立場からの命令があったものと考えるのが妥当だろう。

今日国会で野党が追及するらしいが、この内閣はお得意のしっぽ切りの技で『審議官が独断で出したもの・・・』で幕引きをはかるのではないだろうか。

『首相、約束ですから辞めてもらいましょう・・・』という発言を期待しているのだが少なくとも民進党からはムリだろうな・・・。(田舎親父)

2017年6月15日 (木)

受け皿は『コイケ新党』だけ?・・・

 たった今、共謀罪が成立したことを朝日新聞のネット号外で知る。こんな無茶苦茶が通ってしまうことが信じ難く、猛烈な吐き気をもよおしながらキ-を叩いている。

政治の仕組みはほとんど理解できない私であるが、法案が成立するためには、衆参両院のそれぞれの委員会で審議されて、そこで採決。それを本会議で改めて採決するという仕組みになっていることぐらいは知っている。

委員会も与党が過半数を握っているのだから、これまでも委員会での強行採決は日常茶飯事であり、その度になんともイヤな気分になったもの。衆院の法務委員会でも、与党はこの手を使い、強行採決した上、圧倒的な数の力で衆院を通過させたのもつい最近のことである。

参院も同じで、『共謀罪』は『法務委員会』で審議されていた。もっとも審議などとはほど遠い代物であることは、完全に政権の広報機関に成り下がった天下のNHKのニュ-スでも明らかであるが、それでも、この手続きが国会のこれまでの掟というか約束事だったはず。

それすら現政権はすっ飛ばし、委員会採決なしで参院本会議で強引にたった今採決、そして成立させてしまった。

なせ、こんなに焦って成立させなければならないのか、恐らく背景にアメリカさまへの『忖度』があるのだろうと推測しているが、これ以上委員会で審議を続けたら『加計学園疑惑』の国民が知っては具合の悪い真実が次々に明らかになり、内閣が空調分解することを恐れていることは衆目の一致するところ。

しかし、天下のNHKは『加計学園』の『か』の字も発しないのが私には、糧しく情けないとしかいえない。これでは北朝鮮の『中央テレビ』と全く同じ。いや、民主主義を表に出していることからもっと悪質・・・。

さらに、法務委員会の委員長が宗教政党の議員だということで、こちらのヌエ大将は、かわいい子分に、混乱の場面で右往左往する様子を避けたいという思惑もありそうだ。

公明党は、政経分離という匕首を自民党から突きつけられ、与党の美味しい汁をたらふく与えられているのだから、口先では『平和』という言葉を元遊びながら、完全に『不公明』な利権集団に成り下がっているのだろう。

それにしても、こんな無茶苦茶なことを、なすすベもなく許してしまった民進党始め野党の幹部はもとより国会議員たちの情けない姿には失望を覚える。

いかなる場合でも審議をポイコットしないという共産党は、それが党是なのだから仕方ないとしても、易々と自民党に付き合って国会審議に応じる『民進党』のアホさ加減には改めて失望する。

審議放棄が良いとは思わないが、圧倒的な数の力を持っている自民党と公明党には、逆立ちしてもかなわないことは知っているはず。どうしても廃案に追い込無という決意があれば、審議などしている場合ではないだろう。

国会前では、国民の怒りの声が渦巻いている。原発再稼働反対で、何度か国会周辺のデモに参加したが、その時はハトヤマ元民主党代表やフクシマ社民党代表、あるいは、静かではないカメイ氏などがデモノ先頭にたっていたことを思い出す。

それでも原発の再稼働は阻止できなかったが、原発の危なさや背後に潜む利権などが明らかになり、国民の意識は高まったと捉えている。

『共謀罪』は『原発再稼働』よりも、国民の思想や心情の自由を縛る法案であることは国民が広く認識できるところまで盛り上がっている。民進党始め野党の代表や国会議員がデモノ先頭に立ては、マスコミも無視できないはず。

特に、今回の強引な共謀罪成立をもくろむのは、加計学園疑惑の隠蔽以外にあり得ないことは、天下のNHKが報じなくても、東京はじめ朝日や毎日各紙が連日報じるようになっている。また週刊誌は、さらに国民に知らせたくない真実を次々と活字にしている。

さらに、デンデン親分ご用達の記者に暴行されたという女性が顔と名前を出して訴えていることや、これまた親分のお気に入りの警視庁幹部がもみ消した疑惑など、本気になってもっと激しく国会で追及すれば、共謀罪など吹っ飛んでも奇怪しくなかったのではないだろうか。

さらにさらに、文部副大臣などと威張っている、昔の不良教師の『内部告発する職員はクビにする』などというトンデモ発言を鋭く追及すれば、共謀罪なんて・・・。

 こんな暴挙を国民が黙っているとは思いたくない。国民が直接現政権に『NO』を突きつけられるのは、選挙じしかない。せめて7月始めの都議会選挙で、都民が自民党公認や推薦の候補者の名前を書くことから、はじめなければ・・・。

 私的にはあまり信じられる存在ではないが、受け皿はたった一つ。『コイケ政党』の圧倒的な勝利を期待するしかなさそうだ・・・。(田舎親父)

2017年6月14日 (水)

総理 出番ですよ・・・ベ

 待機児童という言葉が連日溢れている。待機児童とは読んで字の如し、『保育園に入れず空きを待っている児童』ということ。マスコミが勝手につけたネ-ミングで、困るのは若いママさんたちだろう。

中にはごく一部、父親が子育てを担当している家庭もあると聞くが、私の知る限り、父親は協力するが、子育ての主役は母親が一般的となると、保育園に預けられないことは、現政権的に表現すれば、その人たちは『輝けないママ』ということになりそうだ。

確か、現政権は17年度末には待機児童をゼロにすると公約していたはずなのに、この政権の本質なのだろうが、一切の総括や検証などはなく、公約の3年間延期を発表したことはつい最近の話。

特に、保育士の給料を6千円のアップすれば、たちまち保育士希望者が増えて待機児童問題など簡単に解決できるというのだから、世間知らずの貧乏老人の私でも『酷いウソ』とわかる代物とつぶやいたものである。

共謀罪や加計学園疑惑については徹底的にダンマリを決めつけている天下のNHKが毎日のように『振り込め詐欺』に注意していることに、なぜこんな簡単な手口に騙されるのかという声が若者質の間で広まっていると聞くが、私に言わせれば、輝きたいと希望に満ちているだろう若い世代が、ここまで『酷いウソ』を平気で出してくる現政権に騙されるのかがわからないのだが・・・。

こんなことを思っていると、昨日だったか、東京新聞の『港区のJR品川駅前にある都の認証保育所が、周辺の再開発事業のあおりを受けて閉園の危機にひんしている』という見出しに、なんとも違和感を覚える。

いつの頃か『再開発』という言葉に抵抗感がなくなっている。この言葉が持つ威力は大きく、何となく反対できないような気持ちになるどころか、再開発で駅前などが綺麗になれば住みやすくなるという雰囲気があるのだろう。

事実、横浜の片田舎での『再開発』の言葉の結果で、住みやすくなったねという人が圧倒的で、昔の方が良かったという声はまず聞くことはない。再開発で駅前には新しく保育園がいくつか生まれるのも当たり前になっている。

そんな私がらみたら、品川駅前の再開発でも、今の幼稚園が入る場所を確保すれば良いだけの話だと思うのだが、迂闊なことながら,ここではじめて『認証保育園』と『認可保育園』は、たった一字『証』と『可』が違うだけで、全く違うことに気がつく。

『認証保育園』は、いわば都や区からすれば『保育園としての申請を認める』ということで、問題が明らかになれば別だが基本的には運営には口を出さない(出せない)が、『認可保育園は』国の制度に基づいて、都や区が責任を持って許可することから責任がはっきりしているのだそうだ。

現在存在している品川駅近くの『認証保育園は』は民間企業が運営しているため、地権者(JR東)との賃貸契約が終了すると、土地と園舎が使えなくなって行き場を失うことになるにもかかわらず、都と区は『認証は民間事業なので対応できない』との見解を前面に出して、閉園時の対応が事業者任せにしているらしい。

法律の話になれば理解敵ないことばかりであるが、『女性が輝く社会』なのか『女性を安く働かせる社会』なのかは別にして、女性が社会で働くためには保育園を無くすことは、国の公約には逆行していることは明らか。

ここは、『国家戦略特区』という制度を作って、強引にお友だちに幼稚園や大学の学部を作ることなど造作無くやることが得意技の現政権の出番ではと皮肉りたくなる。

JR東に『少しはオレの顔を立てろや』と脅かせばすむことで、このことに対して野党も『横暴だ・忖度だ・・・』と大騒ぎしないのではないだろうか。

もっとも、現在の保育園ではなく、お友だちに利権を与えて、『教育勅語』的歌詞の音楽をお昼寝の子守歌にするような保育園となれば、全く話は別になるが・・・。(田舎親父)

2017年6月13日 (火)

こんな議員もいそうだぞ・・・

 最近『国家戦略特区』という言葉を良く耳にする。森友学園や加計学園問題も背景というか出発点はこの制度。普通なら法で規制されていることも、『国家戦略』という厳めしい名前をつけて、一部の地域では法を越えても良いとされる制度だという。

だから、獣医学部の新設などできないはずなのに、首相と特別親しいお友だちの加計某という男がこの制度を利用し、今治市も私有地を無償に差し出して強引に開設できる段取りをしたのが、今大騒ぎになっているのに天下のNHKがダンマリを決め込んでいる『加計学園』疑惑・・・。

あまりにも無茶苦茶なやり方で、文科省を強引にうんとさせたらしいが、ここにきて、文科省の前事務次官が内幕を暴露したことから事実が明らかになり、やっとNHK以外のマスコミが騒ぎだしていることからこの先が面白くなりそうだ。

このことは改めてつぶやくことにして、『ふるさと納税』という制度は趣味に合わないので、一度も行ったことはなくこれからもやらないだろうが、回りには結構この制度を利用している人もいるらしいことは知っている。

この『ふるさと納税』について、私にはとても気付かなかったことが、あり得るのでは・・・と思わせてくれる文面を今朝ネットで発見。

神戸新聞の記事である、兵庫県に養父市という自治体があり、その市会議員が、『ふるさと納税』制度を利用して同市に1万円を寄付し、返礼品を受け取っていたという内容。

要約すると、この市議は、ネットに返礼品の映像を投稿したことを、友人から『政治家の家の寄付行為に当たり、公職選挙法違反ということになる』と教えられたので、寄付を取り消し、返礼品を返還したとのこと。

この記事を素直に解釈すると、一般市民ならかまわないことになりそうだ。この例で習うと、私が『ふるさと納税』制度を利用して、横浜市に『寄付?』しても奇怪しくないことになる。これは今まで想像もしなかったが・・・。

ごく普通に推理してみると、私が横浜市に1万円の寄付をした場合、8000円分の住民税が免除されて、(横浜市がどんなのみやげを用意しているのか全く知らないが)それ相当の返礼品が横浜市から送られてくることになりそうだ。となると、実質2000円で横浜市が用意している返礼品を受け取れることになる?・・・。

こんなことがまかり通っているのだろうか。2000円手数料を徴収するためには市役所の職員の仕事が増えることになる。返礼品がないのなら職員の手間だけで住みそうだが某かの『返礼品』を送っていたとしたらトンデモない話になってしまう。

ここまで考えてきて、もしも横浜市議会の議員が、横浜市ではない自分のふるさとの自治体に『ふるさと納税』をしたら、相手先から答礼品をいただくことは、少なくとも公職選挙法違反にはならないことは間違いなさそうだということに思い当たる。

横浜市の議員ならば、横浜市の財政などを真剣に考え、市販の暮らしと環境がより良くするために真剣に考え行動していると信じたいが、中にはわずかな額の政務調査費すら誤魔化すような輩がいるのだから、ふるさとの高級な特産品が、わずか2000円の出費で手に入るとなると、そんな議員がいないと断言することは無理だろうな。

政治家の質か限りなく落ちている現在では、むしろ存在するのは当たり前?・・・。いろいろことを想像させてくれる記事である。(田舎親父)

2017年6月12日 (月)

信じられない光景が続く?・・・

最近は北朝鮮がミサイルを発射しても、一時のような大騒ぎ状態はなくなったが、数ヶ月前は、すぐにでもミサイルが飛んでくるようなマスコミ報道に世論も反応。国の指示なのだろうが、秋田県の男鹿市では、弾道ミサイルを想定した全国初の住民避難訓練をしたとの発表に、これには正気の沙汰なのかとつぶやいたものである。

詳しい内容は知らないが、北朝鮮からの弾道ミサイルが秋田県沖の領海内に落下したと想定したのだろう。平日の午前中だったと思うが、政府が全国瞬時警報システム(Jアラート)などで同県と男鹿市にミサイル発射情報を伝達したことから始まったとのこと。

多分、防災無線放送で『只今、国籍不明のミサイルが秋田県に向かって飛んでいます。数分後に、男鹿半島沖の領海内に落下すると予測されます。万一のため、決められた通りの行動で、避難して下さい・・・』のような内容が報じられたのではないだろうか。

この避難指示放送に従って、住民約110名が、公民館や小学校校舎などに避難した時ことであるが、平日の午前中となると、当該の小学校の児童たちも参加させられたことは疑えない。こんなアホな訓練で、またまたこの小学校は時数確保という深刻な問題にぶつかるのだろうなと気の毒になる。

北朝鮮がわが国に向かってミサイルを発射する時は、強力な原爆を搭載し、瞬時で滅ぼす地点をピンポイントでねらうに違いない。そこは、福井県の原発銀座や飛行距離がねらい通りの結果がでやすい九州の原発だと想像している。

でなければ、東京都心だろう。自衛隊の基地も可能性があるが、いずれも原発だとしたら、わが国が抵抗できるはずがない。と同時に、北朝鮮の国体は完全に崩壊するだろうから、おいそれとは発射するはずがない。

それを日本政府が見抜いていないはずがなく、秋田県の男鹿市という、例えそこに原爆が落とされても直ちに反撃できることから、北朝鮮から言えば完全に無駄打ち。そんなアホなことをやるはずがない。国は命令に従順な県を選び、県はさらにいうことを聞く自治体を差し出したという構図だろうと推測している。

 こんなアホな訓練はこれで終わりだろうと思っていたのだが、国は共謀罪を成立させるために、北朝鮮の脅威をテロとつなげたいというまさに世論操作のために、この種の訓練を続けるらしく、4月の末だったかに、国が都道府県の担当者を集めて訓練の早期実施の検討を求めたことは記憶に残っている。

県は国の指示なので、仕方なく市町村に連絡したところ、訓練実施の意向があると回答したのは7市町村だけだったというから、その時はほとんど全部の自治体は、国の方針に対して0アホカ・・・』状態だったというから当然だろう。

すっかりこのことなど忘れていたのだが、今月になって、山口県の日本海に面した阿武町で行われたというマスコミ報道に、懲りない面々だと呆れたもの。

朝日新聞の記事であるが、約3500人の町民のうち約280人が体育館などに避難と報じていた。先程ネットで確認すると、日経は500人が参加としているのに、不思議に読売は参加者は230人とある。読売すらバカにした避難訓練というところか?・・・。

山口県は首相のお膝元。政府は話題性を求めて山口県を選んだのだろうが笑ってしまった。しかし、今月9日に今度は山形県の酒田市で行われたというテレビニュ-スにはビックリ、思わず画面を注視する。

そこに見たのは、まるで、敗戦間際を描いたできき悪いドラマのような映像。草むらに跪く人たちは、恐らく自分の意志ではなく、このような姿勢を強要されたのだろうが、なんともチグハグな感じて、思わず『竹槍』を空に向かっている映画のシ-ンを思い浮かべたものである。

翌日の新聞には、住民の一人の『アメリカ軍の基地のある地域や原発のあるところでやればいい話で、酒田でやる意味がわからない』との言葉を掲載していたが、まさに言い得て妙。その通り。

それでも国の圧力は徐々に地方に浸透し、同様の訓練を実施する自治体が増えているというから考えさせられる。今日は新潟県の燕市で行うとのこと、マスコミはどう伝えるのか注目しているが・・・。(田舎親父)

2017年6月10日 (土)

加計学園の『か』の字はなくても・・・

『渋谷事件』とは、NHKの解説によれば、新潟県警から派遣されて渋谷駅周辺でデモ警備にあたっていた21歳の若い警官が、中核派の大阪某という男に暴行を加えられて殺害された事件だそうだ。

 1971年というから今から46年前にこの『渋谷暴動事件』があったらしいが、かなり一生懸命記憶を呼び戻す努力をしているのだが、私の記憶回路からこの事件はすっかり抜け落ちているらしく、いまだに思い出すことができない。

 その『渋谷事件』の犯人だとされている大阪某が、広島の中核派のアジトに隠れているところを踏み込んだ警察官によって逮捕されたという。数年前になるかな?、オオム真理教事件で指名されていた菊地某という女が逮捕されたという報道があった記憶があるが、その時にNHKは今回の『渋谷事件』ほど執拗に報道していただろうか。さほど熱心ではなかったような気がするが・・・。

ところが、さくじつも含めて、連日朝から夜までのニュ-スの時間では、順序はともかく、必ずと言って良いほど『渋谷事件』を取り上げていることに大きな違和感を覚え、これは何か明確な意図があるのではと勘ぐってしまう。

違和感の原因は、現政権がなんとしても今国会で成立させると息巻いている『共謀罪』と関連・・・。

若かりし頃、左翼思想に傾倒したことから、『中核派』という組織について多少の知識は持っている。そして、組織に属していた人たちとも、中身は全く思い出せないが何度か討論した記憶が残っている。

当時から『核マル』や『中核』は、過激な思想を持つ集団だといわれていたが、今でいう『テロ組織』とはほど遠く、『ゲバ棒』とか『鉄パイプ』をもち、『火炎瓶』を炸裂させるようになったのは、私が知ってから数年後過ぎてからだった。

そんな思い出話はどうでも良いことであるが、毎日のように『中核派』、『警官殺害』というアナウンスを聞かされたら、誰もが『中核派』という組織は、『警察官を殺害するほど過激なテロ集団』だという概念で出来上がり、そんな組織は社会に存在させてはならないという風潮が広がるのは当然だろう。

『共謀罪』も、政権はしきりに『テロ対策』だけに有効だと宣伝している。共謀罪については、私が改めて述べるまでもなく、政権に反対できなくするための法案であり戦前の治安維持法と本質的にはなにも変わらず、成立させては大変な社会になることは明らか。

政権としては、意に反する人間は片っ端から葬れるこのうえなく便利な法案だから、なりふり構わず成立させると手段を選ばない。ここにきて『渋谷事件』を徹底的に利用して、国民の安全を保証するためにこの法案が絶対に必要だという世論を作りのために、NHKに圧力をかけているように思えてならない・・・。

共謀罪をまさに数の力で成立を急いでいる今、広島の『中核派=テロ組織』のアジトで潜伏していた指名手配の男を逮捕したのも、実にタイミングが良過ぎる。大阪某と『思われる・・・・』という言い方も不自然で、現在のDNA鑑定であれば瞬時に本人と断定できるはずなのに、この話題を長引かせる作戦だと考えると辻褄が合う。

さらに、共謀罪を成立させるために、『警察官殺害』は諸悪のなかでも特に許されない悪であり、絶対許されることではないという考え方を国民に植え付けるという筋書きでことが運んでいるとしたら、これは怖い・・・。

若い警察官が命を落とすことなどは想像したくない。亡くなった警察官は気の毒であるが、デモ対策で動員される警察官は、ただただ上からの命令で動くだけであることは当たり前。

デモの参加者は人間とは思うなカボチャと思え、徹底的に排除するのがお前たちの任務だと洗脳されているのだから、年寄りでも女性でも容赦しない手荒な対応は、私の学生時代から変わらない。そしてそれが今、ネットが伝える沖縄の辺野古での異常なまでの映像である。

確か、以前は殺人事件の時効は25年だと聞いていたが、刑法が改定されて殺人事件に関しては時効がなくなったらしい。しかし、30年以上前の殺人事件は、時効状態になっていることは想像に難くない。

『渋谷事件』では、以前の時効を大きく越える45年前の犯人を逮捕。お見事というしかないが、なぜこの時期にという違和感はますます大きくなる。そして突然、時効を無くしたことも共謀罪成立のためのシナリオではなかったのかという、トンデモ奇抜な発想が頭をよぎる。

まさかそんなことはないと信じたいが、もしもこんなシナリオを作れる人物が自民党の中(現政権の中枢)に存在していたら・・・と思うと背筋が冷たくなる。(田舎親父)

2017年6月 9日 (金)

夏休みが10日間?・・・

 大災害のあった地域では、学校が避難場所として使われ授業ができずに仕方なく休校になることや、時には、子どもたちの多くが被災者となり、登校したくてもできずに、しばらくの間の学校がお休みになるということは稀ではない。

 そんなニュ-スの後には、勉強の遅れを取り返すために夏休み(時に冬休み)が短縮されるという話は良く耳にする。子どもたちにとっては、折角の夏休みをが短くなるのは気の毒だが、『勉強が遅れる』という言葉の前には、気の毒だとかかわいそうだという気持ちは無力になるらしく、当然のごとくこの結果を受け止めているようだ。

 ところが先日、ネットの記事に『静岡県の吉田町には、別の理由で夏休みの短縮を決定した小学校もある』という文面を発見して、ウ-ン何なのこれは・・・興味をそそられる。

結論を先にいうと、教員の残業時間を減らすためというから、これは考えさせられる。吉田町の小学校教師の月の平均残業時間は、57.6時間に及ぶという。そこで、町は、今年度から1日の授業時間数の短縮を決定したのだそうだ。

このニュ-スと翌日だったか、NHKニュ-スでも取り上げていたので見た人も多いと思うが、一日の受業時間を1コマ少なくするのだから、当然、学習指導要領に明確に示されている授業時数を確実のためには、どこかでその時数をカウントしなければならなくなり、そのためには受業日数(児童の登校日数)を多くしなければならないのは自明のこと。

吉田町教委は、昨年までも何とか教師の残業時間を少なくするために、週単位のコマ数を1時間減らし、その分、夏休みを4日短縮して受業時数を確保していたそうだが、それでも残業が減らないことから、今年度からは、思い切って夏休みをお盆を含めて10日間程度にするというから凄い発想の転換である。

教師にとっては、毎日3時には子どもたちの下校が終わるのだから、放課後の時間的な余裕が生まれと歓迎する雰囲気が感じられる。保護者へのインタビュ-もあったが、家でゴロゴロされているよりも安心だという意見が多いようだ。

ただ子どもたちにとっては迷惑な話で、マイクを向けられると『いやいや!勉強も増えるし・・・』『やっぱ、かなしい・・・』という声が圧倒的。こんな子どもの声を無視できるのかと心配になってくる。

吉田町PTA連絡協議会の会長も『長期の夏休みは親と子のふれあいという貴重な時間を取れていたと思うんですけど、それが減るということでその点は、不安はあります』と全面的に賛成だとは受け止めていないようだ。吉田町教委は、今月19日に開く保護者への説明会で理解を広めたいとしているが、すんなり了解となるのか気になるところ・・・。

話は少し飛ぶが、私の現役の頃には、こんな発想は絶対になかった。というのは、教員は夏休みは『自宅研修』が認められていたので、毎日の勤務が多少ムリがあっても、オレたちには夏休みがあるからという意識があり我慢するのが常だったからである。

いやむしろ、わざわざ放課後は子どもたちと遊ぶことに意義を見いだしていた教員も多く、残響という言葉すら口に出したり、耳にしたりすることはなかったのでは・・・。

ところが、『自宅研修』は廃止になり、子どもがいなくても学校にこなければならない現在の教師にとっては、確かに、夏休みに一定期間平常授業をすれば毎日1時間授業時数が減るのだから、こちらの方がありがたいと思う気持ちも理解できないわけではない。

ある意味画期的な発想の転換であるが、地球温暖化の影響とされているが、とんでもなく暑くなっている夏、果たして子どもたちの健康管理は大丈夫なのだろうか。最近は冷房が当り前になっているので、吉田町もその当たりは抜かりがないと思うが、増えた授業日を冷房に浸かりきりにさせたら、別の問題が発生しそうだが・・・。

教員の残業を減らすことは容易なことでない。現在の学習指導要領を『是』とするならば、まずは、教員の大幅な増員が緊急で且つ絶対条件である。

私の自論であるが、学校は9月1日~6月30日とし、教員の給与は年棒。7月8月は教員は自己研鑽に励むのも含めて自由としたら、今のような残業騒ぎはかなりおさまるのではないだろうか。

もっとも、それでも教員の増員は当然であるが・・・。(田舎親父)

2017年6月 8日 (木)

6千円増で待機児童ゼロ?・・・

 私の記憶が間違っていなければ、現政権は、『17年度までに待機児童ゼロにする』と明言していたが、やはり口からでまかせのウソだったようだ。

 先日のことであるか、認可保育所に入れない待機児童をなくす現政権の公約目標期限が3年先延ばしになるという記事に、ここまで騙されても、なぜ国民が怒りを爆発させないのかと覚めた眼で文字を読む。

働く女性が増え、保育需要に追いつかなかったためだとのことだが、例えパ-トやアルバイトであっても、口にこそ出さないが、家庭を省みなくても外に出て働けと言い続けてきたのは誰だったと皮肉りたくもなる。

『女性が輝く社会』とは、裏返しに表現すれば『外で働かなければ輝かない社会』である。しかも輝くのは一握りの女性であって、企業が儲けるために安い賃金で働くことを強制してきたのは現政権であり、『輝く』という言葉の定義もなく、ただ外に出て働かねばならないという脅迫概念をマスコミを使って煽ってきたのが現政権ではなかったのか・・・。

百歩譲って、輝くために社会に出て働くことを『是』とするならば、子どもを預ける保育所を用意するのが先だろう。公約は、『17年度末までに、保育所を完備するから心置きなく外で働きなさい・・・』というものだったはず。

それがあっさり、『3年伸ばしするから我慢して・・・』とは、どの口から出る言葉なのだろう。こんなウソを、『ハイわかりました』とばかり報じるマスコミは、すっかり『アベ総理大臣閣下さまのおっしゃることだから・・・』というところらしい。

そのマスコミ記事であるが、政権は、新たに2018年年度から3年間で新たに22万人分の保育の受け皿を増やし、さらに22年度末までに10万人分、計32万人分を増やすと発表した。

 記事は、13年に明言した公約は50万人の受け皿を整え、17年度末までに解消を目指す約束だったが都市部の保育需要に追いつかなかったという言い訳に、一応は『政府や自治体の保育政策は見通しが甘く、対策が不十分だったと言わざるをえない』と批判しているような表現であるが、なぜこんな事態になったのかという追及はない。

そして続くのは、国の基準を満たした認可保育施設に申し込んでも入れない待機児童は、昨春時点で全国に2万3500人余で、首都東京23区だけで約5千人に上るという数字である。

 注目すべきはその7割が1、2歳児で占められている点だとどこか他人事の理由を上げて、かつては出産後に退職する女性が多かったが、今や若い世代は共働きが主流で、産休や育休を経て働き続けたいと望む人が多いという、私でもわかる当り前のことばかり。

 政権に向かって、『誰が、そんな雰囲気をつくったのか、それはお前だろう・・・』という追及する気などハナカラ感じさせない。

1、2歳児の場合は保育士の配置に経費がかかることなどから、定員を増やしている今でも認可保育所の入所枠は限られていることなどは大昔から指摘されていることで、その解決策は保育士たちの待遇を改善することだという答えは万人が分かっているはずなのに・・・である。

 国の、『社会に出て働かざるものは非国民・・・』という雰囲気をあおる政策に、全国の自治体は右往左往、保育園の増設に血眼を上げているが、肝心の予算がないために、待遇改善のメドがつかず、場所も人もままならないのが現実だろう。

 今回の現政権の『ウソのお約束』では、17年度から保育士の給与を平均6千円程度引き上げるとなっている。しかし、17年度はすでに始まっているが、保育士希望者が急激に増えたという話は全くない。

今どき6千円にひかれて、保育士希望者が増えると考えているのだろうか。恐らく政治屋も官僚も、保育士の勤務の内容など理解していないに違いない。たかだか子どもを遊ばせて20万円程度『も』もらえるのだから良い仕事だろうという感覚では・・・。

自分たちは、国の大事な仕事をしているのだから、これでもまだ足りないという気持ちがあるうちは、『待機児童ゼロ』などは、遠い遠い世界のことだと断言しても差し支えなさそうだ。

もっとも、保育園に相応しい土地があったとしても、ゼロ歳児に教育勅語を子守歌のように聞かせる経営方針のお友だちを最優先にして、しかも『認可』を授けることには熱心な現政権のことだから、こんな保育園ばかりが乱立し、『さあ入れ・・・』となってはかなわないが・・・。(田舎親父)

2017年6月 7日 (水)

この政権のやることだから・・・

 空き家の数が物凄いらしい。一説では、全国には820万戸の空き家が存在するというが、一戸3人住むと仮定して単純計算すると、約2500万人分、国民の総数の4分の1を収容できる住宅が放置されていることになる。

 なかでも東京都内には約100万戸の空き家が存在するのだそうだが、臨海部には地上数十階というタワ-マンションが建てられて、そこが大人気だとのこと。なのに、300万人分を収容できる空き家があるとは、壮大な無駄を地でいくような話では・・・。

さらに驚くのは、この数値は2013年も統計で、次の調査時(2018年)には、全国の空き家は1080万戸、23年には1404戸になるとの予測とのこと。

一方首都圏内の片隅である横浜の片田舎では、隙間ビジネスさながらに、少しのスペ-スがあれば地形などお構いなしで家を建て、不思議なことにそこに入居する人がいるのだから、筋書きのないドラマもどきとしか表現できない。

この空き家対策として、2015年に『空家等対策の推進に関する特別措置法(空き家対策法)』が全面的に施行され、空き家を放置すると所有者責任を問われることもあるのだそうだが、空き家の持ち主たちに徹底されていないらしく、放置空き家の数はむしろ増えているというのもおかしな話。

法令上では、防犯、景観、衛生などの観点から、危険や害があると判断されると『特定空き家』に認定され、固定資産税の軽減措置は見直されることになり増税されたり、時に、立ち入り調査や修繕、撤去命令も拒否できないというのに・・・である。

さらに、最終的には行政代執行で建物を解体され、その費用は所有者に請求されることになるというから、本当に、この法律を持ち主たちに対して、しっかりと説明できているかと言うと『NO』というのが現状では。これから、かなりのトラブルが生じそうだ。

空き家とは別に、全国には『相続登記』されないまま所有者が分からなくなっている土地がかなりあるのだそうだ。土地を放置するなど、年寄り貧乏人からすればもったいない話であるが、売れない土地など邪魔にしか思えない人たちにとっては『資産価値がない』という理由で放置するのだろう。

そんなことを思っていると、現政権は、この放置されている土地に目をつけて、公的な事業に利用できるようにする制度づくりに着手したというニュ-スに、何となくだがひっかかる。

記事によると、近くまとめる『骨太の方針』に盛り込むとのこと。いつも思うことは、私にはこの『骨太の方針』という意味が理解できない。

この言葉が出るところには、必ず利権が生まれることから、『試算価値がない放棄土地』が、あっと驚くほどの資産に生まれ変わるような仕組みが隠されていることは容易に想像できる。

しかも、来年の通常国会への関連法案提出に向け、国交省や法務省が、このような土地について、道路や公園の整備、再開発事業といった公的な目的のためなら、所有権をそのままにして利用できる仕組みはすでに筋書きは出来上がっているのではないだろうか。

所有者がいない土地を公共のために利用するのだから結構な話である・・・と思いたい。その土地を国なり地方自治体が『住民』のために利用できるとなると、反対する理由は限りなく少なくなりそうだが、現政権が率先して動きだしたというところにキナ臭さを感じてならない。

こんなところに高速道路?と思うような風景を見る機会は稀ではない。稀どころか、地方では当り前の風景になっているが、地元の人に聞くと、ほぼ間違いなく『〇〇道路』というような、地元の有力政治家の名前が付いているのも共通するところ。

地方自治体に全面的に利用権を与えたとしても、加計学園の今治の獣医学部新設問題ではないが、『忖度政治』がまかり通っているとなると、『住民』という民主政治の根底が無視されるとなると、なんとも心もとない。

記事には,道路などができた後に所有者が現れた場合に金銭補償をどうするのか、利用権の期間や公共目的の範囲をどう設定するのか、といった課題についても今後、詰めていくとある。調べ尽くして所有権がわからないのに、地権者が出てくるなんて、まるで幽霊の存在を予測したような話では・・・。

まだ、具体的な動きはないとはいえ、なんとも気になる動きであることから、政府が近い将来『持ち主がわからない土地利用』などと言い出したら、まず『信用できず』という前提で動きを監視する必要がありそうだ・・・。(田舎親父)

2017年6月 6日 (火)

 出生数100万人割れ・・・

 少し古い話になるが、先日『2016年に生まれか赤ちゃんの数が97万人に・・・』という記事に目が留まる。普段から少子化関連の記事には慣れっこになっているので、そのまま読み過ごすところであるが、『97万人』という数値にビックリして、本文を読みはじめる。

記事によれば、2016年に生まれた子どもは97万6979人で、人口動態統計を取り始めた1899(明治32)年以降初めて100万人を下回ったとあるから、出生数に関しては100年以上前に逆戻り?・・・。

日露戦争よりも前からすでに100万人以上が生まれていたのかと、改めて自分の知識のなさを思い知るが、それにしても生まれる子どもの数が100年以上も前の水準になったとは驚きを通り越して背筋が冷たくなる。

 人口減少は以前から問題になっていた。しかし、誰の説だったか、地球が賄える人口は60億人で、例え、人知で倍の近くの人口を賄えたとしても、食料が不足し、寿命が短くなるに違いない。だからあまり心配しなくても良いという考え方があり゛私も一時的にはなるほどと信じたものである。

ところが、寿命は短くなるどころか年々伸び続けて、今や男女とも軽く80歳を越しているのだそうだから、私がこの説を信じていた頃から20歳も伸びていることになる。それでもこの国の人たちは満足せずに、さらに伸ばす努力を続けているのだから、感心するという気持ちを通り越している。

私は1943年生まれ。いわゆるベビ-ブ-ムの少し前であるが、それでもその年に生まれた赤ちゃんは200万人を越えていた。大学の入学式で、当時の学長が『皆さんと同じ年の人たちは200万人を越え、そのうち本大学に入学したのは4千人(だったかな)。出会いを大切に勉学に励んでほしい・・・』という意味の祝辞がなぜか印象に残っていることは何度もつぶやいている。

その後間もなくのベビ-ブ-ムで増え続けた年代が、70歳戦後になっているが、その人たちの訃報に接する時、70歳台なら『まだお若いのに・・・』というのが決まり文句。80歳後半になって、そんな形容詞がやっととれるのだが、それほどわが国の現状は70歳以上の年寄りで満ちあふれている。溢れすぎていると言った方が実感が出る。

統計上でも、65歳以上が国民の4分の一を占め、この人たちはなかなか死なず年代別比率はむしろ増え続けているというから、現在の社会保証制度がこのまま続くとは思えない。むしろ、間もなくパンクすることは目に見えているのに、行政もまた国民もこの分野だけは目を閉じる習慣がついているようだ。

かかく言う私も年金生活でその日暮らしをしている身である。年金のことを考えると形見が狭くなるが、私が受け取る額などは微々たるもの。しかし、上を見ると限りないが、私以下の年金で暮している年寄りも少なくないとなると、このところの増税や物価の値上げは、まさに『貧乏人は早く死ね・・・』といういう声にしか聞こえない。

この人口問題は政治の最大・且つ緊急の課題だろうが、今日聞こえてくる政治の話題は忖度がらみの国民の税金を一部の輩が勝手に懐に入れていることや、政治に口をはさめないような法律を変える話ばかりで、本気で解決しようという姿勢はどこからも感じられない。

それでも現政権は1出生率を1.8に上げるという目標を偉そうに口走っている。人間の生まれる数を小数点に表す出生率という数字の計算の仕方も気になるが、子どもを産むことができるのは女性だけだから、全ての女性が生涯で2人産まなければ、人口は増えないのは、私のような者でもわかる単純な理屈。

なのに、目標は『1.8』とは変な話。この数字は、2050年に1億人を割らない数値らしいが、昨年の97万人が大騒ぎになっているところを見ると、この目標値そのものすら、いい加減で信じられないものと考えても差し支えなさそうだ。

今後、劇的な出生率の改善がない限り、人口が増えないことは誰のめにも明らか。社会で働く女性が増えるにつれて晩婚化や出生率の低下が進んいることに、なんとでも歯止めをかけなければならないのだが、今の政治では、具体的な絵を描くのは不可能。

『女性が輝く時代』と、仕事に出ることを勧めるなぱ、せめて、経済的にも安心できる環境と、無条件に子どもを預けられる保育園ぐらいは完備しなければならないのに、そんな話は全て後回し。

『今さえ・自分だけ・利権だけ』という現政権のやり方では、国民は『自分だけ・今さえ刹那的に楽しめば・将来のことなどどうでも良い』と考えるのは当り前。

なのに、将来を楽しみに慈しんで育てていた我が子が、いじめが原因で自ら命を捨てる事件は増え続ける。いじめに限らず、折角一人の女性が努力して産んでくれた大事な命が、ほんの少しの気配りがあれば防げるのにも関わらず簡単に失われる。そして、今や自ら命を絶つことが、若者の死亡の原因のトップとは悲し過ぎる・・・。

子どもの数が減っているのに、建物だけ立派なものはどんどん建てるのも、何のため・誰のためという根本的な理念がないからだろうが、納得できる話ではない。

あの時、なぜオリンピックに反対しなかったのだろうと悔やむ声が広がるのも、私がこの目で確認できるかどうかはさて置いても、それほど遠い未来ではないような気がしてくる・・・。(田舎親父)

2017年6月 5日 (月)

ご冥福を祈る・・・

 先週の金曜日のことである。『孤愁の岸』『滝沢馬琴』など緻密で骨太な歴史小説を発表してきた作家で文化勲章受章者の杉本苑子さんが5月31日午前、老衰のため死去されたというニュ-スに、この方も亡くなったのかと思わず合掌・・・。

 私が、なぜ杉本さんの死去に反応するかというと、現役最後の渋谷区立中幡小学校の、『創立70周年』の記念事業を計画してければならなくなった関係で、何気なく卒業生をめくっていたら、たまたま『杉本苑子』という名前に当たり、この方が本校の卒業生だったということに加えて、ずっと本名で執筆活動をされたことに何となく不思議さを感じて記憶に残っていたからだろう。

 今でもそうだが、教育界においては、創立とか開校の区切りの良い年に当たると、『開校(創立)〇〇周年』と称して、『記念誌』を作るのが当然だという風習が、当り前のごとく今でも残っている。

しかし、その記念誌のほとんどが奇麗事の編集方針で作られているため、一度目を通すと魅力はなくなり、いつの間にか忘れ去られのゴミとして捨てられるのが常であることから、義務感で作る記念誌ではなく、児童も含めて関係者全てか親しめ、心に残るものにしたいとという思いを、ずっと教職員に語りかけていたもの・・・。

そして、皆の意見を基に考えついたのが、この時点で在籍している本校の児童と教職員はもとより、行政側の渋谷区長から教育長も含めた人たち全員が、『絵手紙』で自分を表現するというアイデアである。

卒業制名簿には、杉本苑子さんと同級生の欄に、私の年代ならば誰もしっいる、当時NHKテレビの『ジェスチャ-』という人気番組で活躍していた『加藤芳郎』という名前も発見したのもラッキ-だった。この方もずっと本名で通していたからだろうが・・・。

早速、加藤さんの杉並の自宅に訪れ、厚かましくも表紙を飾りたいので『絵手紙』封の作品をお願いしたところ、あまりはかばかしい体調ではなかったと言いながら、『おもしろいアイデアですね』と快く引き受けていただき、後日、何枚かの作品が届いた時には、皆で大喜び、もちろんその作品を表紙と裏表紙に使わせていただいたことは言うまでもない。

一方、加藤さんから『杉本さんは熱海市でのんびりしているらしいよ』ということを聞き、これまた無謀なことであるが、熱海市長に、これこれこういうわけで杉本さんと連絡したいという旨のお願いの手紙を書いたところ、杉本さんと連絡がつき、色紙が届いたことに大感激。改めて杉本産の小説を何冊か読んだものである。

この色紙は、加藤さんの絵手紙と一緒に額に入れて校長室に飾って、来校者に自慢したことも懐かしい思い出。退職したらその学校とは関係を絶つことを私の主義としているので、その後一度も訪れていないが、今も飾ってあるのではないだろうか。

今回の訃報では、熱海市で亡くなられ、遺品は全て熱海市に寄贈されるとのことに、私が連絡をとった15年以上前から、熱海市との濃い関係が続いていたことを改めて知る。

近い将来、熱海市の手で『杉本苑子記念館』ができた時、我が身が歩ける状態ならば、すぐにでも訪れて、合掌しお礼を申し上げたいものである・・・。

今日は日頃の現政権屁の恨み節よりも、杉本苑子さんを偲ぶ方が価値がありそうなので、こんな文章になってしまった。(田舎親父)

2017年6月 3日 (土)

次は我が身では・・・

 『いじめによる自殺』事件の報道がくりかえされている。そして、その都度必ずと言って良いほど同時的に発覚するのが、学校側の対応の拙さと、教育委員会のさらに輪をかける酷い仕打ち話ばかり。

 つい最近、横浜で起きたいじめ事件は、福島原発から避難している児童が、同級生たちがよってたかって大金を奪うという犯罪もどきのいじめに対して、当初は横浜市教委の教育長は『いじめに該当する証拠がない』なんてとぼけたことを言って、世間から大顰蹙をかいついにはゴメンナサイ。横浜の恥を全国に広めた感じで、横浜市民として情けない思いを感じたもの。

つい先日、市長は児童と両親に面会して謝罪したと言うが、いまだに教育長に対しての処罰は厳重注意だけらしい。ここまで、みっともない醜態をさらけ出した教委の幹部と教育長を遺族の前から姿を消させなければ本当の謝罪にはならないと思うのだが・・・。

 それはともかく、一昨年に取手市の中学3年生女子生徒が、いじめを受けたくないという意味のことをノ-トに書き残して自殺した事件に、教育長が第三者委員会の『いじめに関する法令にもっとり、重大な案件には当たらない』との結論を受けて、『いじめを把握していない』と発言していたが、両親の『娘の尊厳を守りたい』という必死の努力で新たな事実がつぎつぎ明らかになり、ついに教育長がゴメンナサイをせざるを得なくなったというニュ-スにも情けなくなる。

これもつい先日のことだが、取手市の教育長と学校教育部長が、夜間に両親宅を訪問して謝罪している映像がテレビニュ-スが流された。立ったままの両親に対して、深々と頭を下げる教委のツ-トップの映像は実に臨場癌があるものの、教育長と学校教育部長を見間違えてしまったこともあって、何なのこれはとビックリする。

両親が弁護士とも相談して場を設定したのだろうが、こんな凄い映像は始めてである。やりすぎだと言う声があるらしいが、この謝罪が、数日前に文科省が取手市教委に電話での指導したことから、仕方なしに動きはじめたこととなると、両親としてはこれでもまだ足りないという気持ちではないだろうか。

私は注意して教育長の言葉を聞いていた。一語一句記憶があるわけではないが、確か、『・・・。心からおわび申し上げたいと思います』と言っていた。以前から気になる『・・・と思います』という表現に、またかとガッカリする。

『お詫びしたいと思います』という表現が日本語にあるのだろうか、最近、至るこれで、これでもかと感じるほどトップたちがゴメンナサイ会見の映像が流れるが、そのほとんど全部といって良いほど、この『思います』という余計な言葉がついている。本当に謝罪するなら『お詫びします』という断定とすべきで、『思います』と言う言葉を余計である。

この教育長の謝罪の言葉を受けて、父親は実に冷静に『私たちはもとより娘がどれだけ傷ついてきたか。私が思うに昨日の今日なので、謝罪に心が本当にこもっているのかどうか信じておりません。なぜいじめと認めなかったのか、教えてください、説明してください』と淡々と話していたが、心の中では怒りが渦巻いていたのではないだろうか。

教育長は信頼を取り戻す努力をすると発言しているが、両親の信頼を取り戻すのは恐らく不可能だろう。

翌日には、取手市教委は従来の第三者委員会の解散を決めたという。この決定を、旧第三者委員会の委員たちは何と受け止めるのだろう。バカにしやがって・・・と受け止めて変な発言をすれば、両親の怒りにさらなる油をそそぐことにもなりかねない。

それはともかく、ここまで両親を激怒させ、前代未聞のみっともない映像を流させたのは、自殺の原因を事前に把握できなかったことはもちろんだが、生徒が自殺した直後の学校や教育委員会の対応の悪さが全てだろうことは想像に難くない。

自殺が明らかになると、まずは保身を考えるのは教育界に限らず役人や会社幹部の体質。しかし、子どもたちの『いじめるよる自殺』は今後も続く可能性が大きいとなると、よほどしっかりとした対応策を身につけて置かねば、今回以上のみっともない映像の当事者にならないとも限らない。

次は我が身と真摯に受け止めて、『いじめって何だろう・・・』という議論と、防止するためにの『学校と家庭の役割と責任』を、日頃から共通に認識する機会を作る努力を重ねてほしいものである・・・。(田舎親父)

2017年6月 2日 (金)

この国はもはや犯罪立国・・・

 私は今回の記事を見るまで全く知らなかったが、TBSのワシントン支局長だったヤマグチ某という記者がいたという。その男はすでに退職してフリ-ジャ-ナリストと称してデンデン首相を持ち上げた著書を出したり、テレビで政権寄りの発言をくりかえしていたそうだ。(現在は雲隠れらしいので過去形に)

この男が支局長当時、28歳の女性ジャ-ナリストをレイプしたとのこと。被害者が、顔と名前を明らかにして、この男の汚らしい犯罪を訴える記者会見の様子を報じる記事である。その時に配布した資料のあらましが掲載されている。

それによると、15年4月、詩織さん(被害者)は当時TBSワシントン支局長だったヤマグチ某と都内で食事をした後に突然記憶をなくしたという。翌朝、目覚めると裸にされた詩織さんの上に山口氏がまたがっており、『自分の意思に反して性行為が行われた』とのことである。

まるで下手の小説やテレビドラマのような筋書きであるが、酒を飲みすぎて(飲まされて)意識をなくし、強姦されるという事件は、つい最近でも慶応や千葉大の医学部の学生や学生を指導する医師たちが起こしてしていることか、十分あり得る話に違いない。

彼女はその後、警視庁に被害届を提出して高輪署がこれを受理。同年6月8日、逮捕状を手にした捜査員が成田空港で帰国するヤマグチ某を、準強姦罪容疑で逮捕するため待ち構えていたところが、逮捕直前になってなぜか見送られ、その直後『上からの指示があり逮捕できなかった』と捜査員から彼女に連絡があったというから、まさに小説を地で行く話。

こんなことが現実にあったとは俄に信じられないが、関連記事を読むと、ヤマグチ某は

同年8月26日に書類送検されたというから、高輪署がこの女性の被害届けを受理し、何らかの形でその証拠になる書類を検察庁に送ったことは事実に違いない。そして、昨年7月、東京地検は最終的に嫌疑不十分で不起訴としたというから、かなり政治的な臭いがしてくる。

 この不起訴処分を不服として、今回の記者会見で、検察審査会に審査を申し立てたことを明らかにしたとのことであるが、事実としたらトンデモない話。

酒を飲ませてレイプするという、アホな男の犯罪でも重罪に値するが、これを権力がもみ消したことが明らかとなると、カネや利権がらみの森友学園や加計学園疑惑などと比べもきにならないほどの大事件。

不起訴処分の判決から、今回の検察審査会への審査申し立てまでちょっと時間が空きすぎている感じはあるが、彼女は記者会見で時折涙ぐみながら、『ヤマグチ某が、(テレビなどで)権力側で大きな声で発信し続けている姿を見たときは、胸が締め付けられた』と吐き出すように語り、日本の捜査のあり方に対して不信感をあらわにしたという一文で、これは真実だろうと彼女の心境が理解できる。

さらに、彼女は会見で、『驚くべきことに、当時の警視庁刑事部長が逮捕の取りやめを指示したと聞いた』『私の知り得ない立場からの力を感じた』と訴えたという。あくまで一方的な主張ではあるが、彼女は顔と名前を明らかにしていることからも相当な覚悟を持って会見に臨んだのは間違いない。

逮捕状を握り潰した『当時の警視庁刑事部長』とは誰かという記事を最初に取り上げたのが『週刊新潮』だそうだ。その記事によると、第2次安倍政権発足時、菅(ヌエ)官房長官の秘書官を務め、政権中枢に近いとされる中村格・警察庁組織犯罪対策部長のことらしいと、名前まで明らかにしているというから、ここにも森友・加計学園疑惑同様、デンデン内閣の影がチラついている。

しかも、ヤマグチ某は、官邸の首相の腹心であるキタムラという審議官に相談のメ-ルを出したらしいが、これがどう間違ったのかわからないが、週刊新潮社に届いたというからなんともシマラナイ話。運命のいたずらか、あるいは天の采配かはともかく、俄然きな臭い筋書きが浮かび上がる。

そして、相談を受けたキタムラ某は、すぐに首相に会ったということが明らかになったとというから、官邸はすぐにマスコミに箝口令をひいたことは想像に難くない。

それが利いたらしく、大新聞は報じず、東京新聞だけが小さく扱ったに過ぎないとは何とも不可解。よほど現政権の圧力が怖いのかも知れない。

しかし、朝日新聞は、ここにきて加計学園疑惑をかなり詳細に報じていることから、このヤマグチ某レイプ事件を報じたら、一気に世論が沸騰し、朝日新聞の購読者が増えること間違いないと思うのだが・・・。

もっと不可解なのは、国会で野党がこの問題を追及したという記事がないことである。NHKが国会中継を全く行わないから、ひょっとして野党の誰かが質問したのかも知れないが、ネットで探す限りそのような情報はない。やはり、野党は取り上げていないようだ。

 この疑惑は、千葉大生のようなアホ丸出しの事件ではない。相手はデンデン首相を持ち上げる情報操作の役割を担っている御用ジャーナリストであり、それを、首相自らがもみ消せとはいわないと信じたいが、官邸が忖度してマスコミに圧力をかけて国民には知らせないなど、あってはならない。というより、事実だとしたらまさに犯罪国家の誕生で、北朝鮮を非難できなくなる。

 参院で、これも何故なのと首を傾げたくなるが民進党が協力して『共謀罪』が審議入りしている時。そして、まさに加計疑惑問題に国民が関心を持ちはじめ、前文科省事務次官の告発で、行政がデンデン一家の強引な横車で、不公正・不公平に歪められたと追及されている時である。

 事実が明らかになれば、今度こそこの内閣は吹っ飛ぶだろう。野党にとって内閣を総辞職に追い込む千載一遇のチャンスなのに、この重大な疑惑を追及する気がないのが私には全く理解不能・・・。

 国会で追及すれば大新聞も書かねばならなくなる。民進党はもはや野党ではないらしいから期待する方がムリだろうが、ここは共産党の誰かが、この問題を国会で追及することを願っているが・・・。(田舎親父)

2017年6月 1日 (木)

今度は『キッズウイ-ク』・・・

 この政権はよほど、耳障りのよいキャッチコピ-を作るのがお好きなようだ。『女性が輝く社会』というのは、なるほどもっともらしく聞こえるが、その実は労働力不足というか、如何に低賃金で働かせたいために主婦として子育てに専念するのは『輝かない』という風潮を作り、働かねばならないという脅迫概念植え付けることに他ならない。

『働き方改革』も残業代を支払う必要がないということと同義語といっても差し支えない。最近は『休み方改革』なる言葉を作り出して、有給を利用して、リフレッシュ使用などと呼びかけているが、政権内部の輩は、誰もがいつでも有給休暇をとれるとでも思っているのだろうか。

まさに机上の空論としか表現できない代物であるが、国が強制的にとらせれば社会が変わるだろうと、金曜日(しか月末の一日だけ)を午後3時に職場からおさらばして、自分の時間を作るようにという趣旨で『プレミアム・フライディ』なるという奇妙奇天烈な言葉を編み出した。

3月から始まったこの制度。最初の日が3月31日では、まさにアホカとか言いようがない。4月になったら『そんな日があったのか・・・』と人々の記憶が遠のき、先日の金曜日は、マスコミすら『プレミアム・フライデイ』という言葉を出すのをためらっているように思えたもの。このまま続けば、恐らく、今月末のこの日は、どこもだれも取り上げないのではないだろうか。

 そんな中、よほど、国民を強制的に休ませたい願望は変わらず、今度は『キッズウイ-ク』という、またまたわけのわからない言葉を編み出したようだ。

 『子ども』(それも英語でギッズとして)という言葉を出せば、お上の意向を反対しにくいだろうという思惑があるらしく、数日間、公立学校の長期休みを別の月に振り替え、大型連休にすれば、家族旅行などやりやすくなるだろうという発想らしいが、すんなり世間には受け入れられとはとても思えない。やはりアホカのたぐい祖着物では・・・。

唐突であるが、やはり20年以上も前になるが、『秋休み』構想なる国家プロジェクト生まれて、これを討議する有識者会議が招集されたのだが、こともあろうに私がその一人になったことを思い出す。

何故私が指名されたのか記憶はないが、命題が命題だけに、公立の小中学校の校長を一因に加えることになったらしく、当時文科省で教科書検定にも小学校の校長としての肩書で委員の一人になっていた私に白刃の矢が当たったのだろう。

このプロジェクトは、元々が夏休みに集中している家族旅行を、夏休みの一部を、旅行に絶好の10月から11月に移せば、観光地も潤い経済が活性するだろうという発想が始まりだったらしく、この会議には、大学のその筋の専門家といわれる教授はもとより、実業界からはJR東海や東日本の社長や自動車産業や大手の旅行会社のトップなど、私でも名前を知っている、さまざまな業界のトップが集まっていたことを思い出す。

発言の機会はほとんどなかったが、『秋休み』とは良くぞそんなことを考え出したものだと感心したもの・・・。  

会議き中で、当時は学校現場ではほとんど誰も言い出さなかった『二学期制』という提言があった。私は、9月を一年の始めにする二学期制という考え方を持っていたので、秋休みアリキでは納得できないが、将来的に諸外国の制度に合わせる二学期制を見据えるのならおもしろいと発言した記憶がある。

その時は二学期制が簡単に受け入れられるとは思っていなかったが、当時学校現場では授業時数を如何に生み出すかが共通の課題だったことから、単純に10月を境にして、1年を前・後期に分け二学期制にすれば、さほど大きな混乱はない上に、授業をしない始業式と終業式の回数が減り、少なくとも10コマ程度の余裕ができるという目先の利が先に立ったのだろう。次々に二学期制を採用する自治体が出ることは想像がつかなかった。 

念のために記しておくが、あくまで学校現場は、授業時数確保のためで飛びついたもので、当初から『秋休み』という言葉はあまり聞かなかったような気がする。

今回の『キッズウイ-ク』は、あの悪名高い、『教育再生実行会議』が、来年度に導入する方針を打ち出したという。例によって、現政権は『家庭や地域の教育力を高めるためには、大人が子供と向き合う時間を確保することが重要だ』と奇麗事の連発。官民挙げて『休み方改革』を進めるそうだが、過去に、『秋休み』のための有識者会議が開催されたことを知らないはずがないのに、今更何なの・・・と皮肉りたくなる。
 『キッズウイーク』とは、自治体教委の判断で公立学校の長期休暇を5日短くし、代わりに別の月の月曜~金曜を休みにして、前後の土日と合わせて9連休とすることを想定しているらしいが、ハイわかりましたと同調する自治会が出てくるとは思えない。

しかし、なんでも先走りして、政府のご機嫌をとる自治体がいることは事実なので、ゼロではないだろうかが・・・。

突然、耳障りの良さそうなキャッピコピ-打ち出し、さあやるぞ・・・という掛け声をあげるのは現内閣が今までやってきたことばかり。できるはずがないこの掛け声を大にして、問題をすり替えるのはこの内閣の得意技。しばらくして上手く行かなかったら『そんなこと言ったっけ・・・』とすっとぼけ。

来年の今頃は、『キッズウイ-ク』なる言葉すら存在しないのでは・・・。(田舎親父)

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