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2017年6月 5日 (月)

ご冥福を祈る・・・

 先週の金曜日のことである。『孤愁の岸』『滝沢馬琴』など緻密で骨太な歴史小説を発表してきた作家で文化勲章受章者の杉本苑子さんが5月31日午前、老衰のため死去されたというニュ-スに、この方も亡くなったのかと思わず合掌・・・。

 私が、なぜ杉本さんの死去に反応するかというと、現役最後の渋谷区立中幡小学校の、『創立70周年』の記念事業を計画してければならなくなった関係で、何気なく卒業生をめくっていたら、たまたま『杉本苑子』という名前に当たり、この方が本校の卒業生だったということに加えて、ずっと本名で執筆活動をされたことに何となく不思議さを感じて記憶に残っていたからだろう。

 今でもそうだが、教育界においては、創立とか開校の区切りの良い年に当たると、『開校(創立)〇〇周年』と称して、『記念誌』を作るのが当然だという風習が、当り前のごとく今でも残っている。

しかし、その記念誌のほとんどが奇麗事の編集方針で作られているため、一度目を通すと魅力はなくなり、いつの間にか忘れ去られのゴミとして捨てられるのが常であることから、義務感で作る記念誌ではなく、児童も含めて関係者全てか親しめ、心に残るものにしたいとという思いを、ずっと教職員に語りかけていたもの・・・。

そして、皆の意見を基に考えついたのが、この時点で在籍している本校の児童と教職員はもとより、行政側の渋谷区長から教育長も含めた人たち全員が、『絵手紙』で自分を表現するというアイデアである。

卒業制名簿には、杉本苑子さんと同級生の欄に、私の年代ならば誰もしっいる、当時NHKテレビの『ジェスチャ-』という人気番組で活躍していた『加藤芳郎』という名前も発見したのもラッキ-だった。この方もずっと本名で通していたからだろうが・・・。

早速、加藤さんの杉並の自宅に訪れ、厚かましくも表紙を飾りたいので『絵手紙』封の作品をお願いしたところ、あまりはかばかしい体調ではなかったと言いながら、『おもしろいアイデアですね』と快く引き受けていただき、後日、何枚かの作品が届いた時には、皆で大喜び、もちろんその作品を表紙と裏表紙に使わせていただいたことは言うまでもない。

一方、加藤さんから『杉本さんは熱海市でのんびりしているらしいよ』ということを聞き、これまた無謀なことであるが、熱海市長に、これこれこういうわけで杉本さんと連絡したいという旨のお願いの手紙を書いたところ、杉本さんと連絡がつき、色紙が届いたことに大感激。改めて杉本産の小説を何冊か読んだものである。

この色紙は、加藤さんの絵手紙と一緒に額に入れて校長室に飾って、来校者に自慢したことも懐かしい思い出。退職したらその学校とは関係を絶つことを私の主義としているので、その後一度も訪れていないが、今も飾ってあるのではないだろうか。

今回の訃報では、熱海市で亡くなられ、遺品は全て熱海市に寄贈されるとのことに、私が連絡をとった15年以上前から、熱海市との濃い関係が続いていたことを改めて知る。

近い将来、熱海市の手で『杉本苑子記念館』ができた時、我が身が歩ける状態ならば、すぐにでも訪れて、合掌しお礼を申し上げたいものである・・・。

今日は日頃の現政権屁の恨み節よりも、杉本苑子さんを偲ぶ方が価値がありそうなので、こんな文章になってしまった。(田舎親父)

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