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2018年2月

2018年2月28日 (水)

IOCの反応が楽しみ・・・

やっと自民党の受動喫煙対策の基準が決まったらしいが、その案をみたら、本気かしら・・・と思わず笑ってしまう。

タバコは健康に悪いと医学的に証明されていると聞いている。それなのに堂々と販売させているのも奇怪しい話であるが、その背景にあるのは、タバコの税金がバカにならないので、国として禁止にできないからだろう。

タバコを吸わないと落ち着かないという人もいるようだが、その人たちが吸うタバコの煙にも大変有害な物質が含まれていることがはっきりして、知らず知らずに煙を吸うだけで、さまざまな健康障害がおきるのは医学的に証明されているのだそうだ。 

『受動喫煙』という言葉は、そのような場合を意味するのだろうが、これは世界的に広がっている考え方。いよいよオリンピックが近づいてきたので、いやでも結論を出さねばならなくなったのだろう。

この国はなにをするにも自民党の意見がまとまらないと始まらないらしく、この問題でも党内でいろいろと議論されていたようだが、決論的には、喫煙議員が多いことから、受動喫煙の対象の例外範囲が大幅に広がったのだから、バカバカしくて話になりそうにもない。

確か去年に厚労省が示した案は、『飲食店』の中を『原則禁煙』にするというものだったが、すぐにこれでは零細飲食店はこれではやっていけないという変な理屈が通って、店舗面積が30平方メートル以下の『バーやスナック』に限って例外で喫煙を認めるというものだったと記憶している。

ところが、自民党と野党の喫煙族で結成されているらしい『タバコ議連』という組織がこの案にも猛反発し、例外範囲をもっと広めろと圧力をかけて、結局は、客席の面積が100平方メートル以下、資本金5000万円以下の既存の店舗を例外とし、分煙などの表示をすれば喫煙を認めるというものになったのだそうだ。

この結論で試算すれば、現在の飲食店の5割が例外にあたり、今まで通り分煙すればOKになるらしい。飲食店側からみたら歓迎なのかもしれないが、世界の潮流からはまさにアホカというレベル。果たしてIOCがすんなり認めるとは思えないので、今後一揉め二揉めするのではないだろうか。

世界の基準はというと、欧米諸国では飲食店では屋内禁煙が当たり前だが、屋外までは規制を広げているわけではなく、飲食店の多くはテラスを設けて、そこに限って喫煙を認めているという。

どうやら、受動喫煙という概念が少し違うらしい。世界の主流はまず屋内禁煙が先で、次に公園や海岸などの屋外禁煙となるのだが、日本は逆で、ポイ捨てややけど防止が目的で屋外禁煙が先。そう言えば、当時の神奈川県知事が海水浴場での禁煙を盛んに訴えていた事を思い出す。

世界の受動喫煙推進団体は、ポイ捨て防止のための屋外禁煙はわかるが、屋内に入ると喫煙者と非喫煙者が同じ空間に座っているので大変危険な状態だと指摘している。言われてみればその通り。こちらの方が説得力がある。

また、2004年にアイルランドが屋内の公共空間を禁煙にして以来、世界では15年までに149カ国が屋内完全禁煙法を定めているというから、いかにわが国の屋内禁煙が遅れているかが良く分かる。

 北京では、オリンピック開催直前の08年5月から15年6月まで部分的な屋内禁煙条例を施行したそうだが受動喫煙の状況は条例前と変わらなかったことを受けて、15年6月、屋内完全禁煙の条例に切り替え、現在は完全禁煙になっているという。上海もしかりらしい。

 IOCは、これらのデ-タ-を元に開催都市に禁煙を求め、北京以降に開催されたブラジルのリオ、イギリスのロンドンは屋内完全禁煙。つい先日閉幕した韓国のピョンチャンの冬期オリンピックでも屋内完全禁煙だったようだ。

 今回の自民党が出した受動喫煙防止対策案は、屋内禁煙がオリンピックの開催の条件になると、まず引っかかることは間違いなさそうだ。あまりこの問題に関心がない私でも十分理解できる話。

 さて、IOCがどんな姿勢を示すだろう。屋内完全禁煙ができないのなら開催を認めないなんて言い出したら面白いのだが・・・。(田舎親父)

2018年2月27日 (火)

こんな酷い仕打ちは許せない・・・

 デンデン政権の理不尽なことが続いているが、カケ学園疑惑の報道が最近ほとんど耳にしなくなっている。親分のお友だちということだけで、マスコミが全てスル-する国が先進国であり、民主主義が行き渡っている国だと義務教育で教えているのが、私には不思議で仕方ないのだが・・・。

 一方、モリトモ疑惑の渦中にいて、徹底的に『知らぬ・損じぬ・書類は全て破棄した』と国会で答弁を繰り返したことが、親分に『さすがサガワだ・・・』とほめられて、なんと国税庁の長官に大昇進。ところが、この答弁が真っ赤なウソだとわかると、逃げ回っているということは、ネットからはかなりの頻度で聞こえてくるが、こちらも大マスコミは完全にスル-。

 一方、国会の証人喚問で、『デンデン女房から100万円を受け取った』と証言したカゴイケ前理事長は、親分の逆鱗に触れて、国の財産を詐欺という罪をでっち上げられて逮捕されて早200日過ぎようとしている未だに監獄の中。この事を伝える大新聞はなし。もちろん天下のNHKも・・・。

 そればかりではなく、デンデン記念小学校そのものをつくった工事で、建設業者などに多大な損害を与えたという理屈を作って、デンデン御用達の弁護士が管財人に選ばれらしいが、この管財人は借金の返済のためにカゴイケ氏の自宅住宅などを差し押さえたばかりか売却することが決めたという。

 近々、競売にかけられるそうだが、こんなに急いで自宅を売るとなると、中に残っている証拠を全てなくすためだろうと勘繰りたくなる。となると、落札する人物ははじめからそれねらい、合法的な証拠隠滅・・・。なんとも薄汚い話ではないか。

 このような情報も、『ニッカンゲンダイ』という、ほとんどの人が目にすることがない大衆紙からの発信で知るしか方法がないのも悲しい事実。

さすがに、フェイスブックやツインタ-、あるいは個人的なブログで取り上げられているが、それらの文章を目にする人はごく限られた人たちだけとなると、一般的な国民が逮捕されたカゴイケ氏のその後を知る機会はない。

 ところが先日、カゴイケ理事長の獄中の情報が『週刊文春』という大衆週刊誌が伝えたらしく、その記事がネットで広がっている。

実際に購入して読んだわけではないが、ネットの記事によれると、現在も勾留状態が続いているカゴイケ氏の獄中生活は、死刑囚並みの厳しい状態になっているとのこと。施設内を移動する際に付き添う刑務官の数は通常の3倍で、勾留されている場所も暴力団組員や死刑囚が入る独居房になっているというから、なんとも酷い話である。

記事には、同じ大阪拘置所で服役していた元受刑者の話として、『ストレスからかそのうち何も言わなくなった』『昨年11月頃には痛風を発症し1カ月弱、車椅子での生活を贈っていた』と掲載しているのだそうだ。おまけに、カゴイケ氏が勾留されている独居房は隣が空き部屋らしい・・・。これは酷過ぎる。

カゴイケ氏は逮捕された後も検察はダンマリを決め込んでいる。当然裁判も始まっていない。罪が確定していないのに、200日以上も、カゴイケ氏の弁護士はもとより家族との謁見も許されていないとのことに、こんなバカな話があってはたまらない。

この背景には、デンデン一家の代貸あたりから、『親分の顔に泥をぬった男だから、徹底的にイタブレ・・・』との命令でも出ているとしか思えないが、検察も裁判所も、さらに全国の弁護士たちは、この命令を天の声として、カゴイケ氏を娑婆に出さないように結託しているように思えてならないのだが・・・。

カゴイケ氏の状態が想像もできないが、こんなイタブリが続いているならば、正常な精神状態が続くとは思えず、心身ともに異常をきたし、自分自身が何者であるかもわからなくなるのではないだろうか。そして、いわゆる廃人状態に陥る・・・。

同時に逮捕されて、恐らく独居房で拘留されているだろうカゴイケ夫人の状況も全く闇の中。週刊文春の記事がネットで拡散されて、一人でも多くの国民がこの事を知ってほしいものであるが・・・。

しかし、ひょっとして、デンデン一家のある筋から、週刊文春だけにこの情報が流れたということも考えられないことはない。となると、週刊文春の記事を通してのねらいは一つ。

これまで報じられてきたカケ疑惑はもとより、女性ジャ-リストのレイプ事件のもみ消しや、ス-パ-コンピュ-タ会社の社長の補助金詐欺などなど、いわゆるデンデん親分のお友だちが関係しているとされる事案の関係者に対して、『下手なことを言ってみろ、すぐにカゴイケと同じようにしてやるぞ・・・』とうい脅しとしか思えない。

これが、下司の勘繰りや小説の読みすぎであれば良いのだが・・・。(田舎親父)

2018年2月26日 (月)

教員が銃で武装?・・・

トランプ大統領が、先日フロリダ州の高校で起きた銃乱射事件の現場に居合わせた生徒や犠牲者の遺族とホワイトハウスで面会した様子がテレビデ紹介された。

出席者らの銃規制の強化を涙ながらに訴えを受けて、大統領は銃所有者に対する身元調査を強化すると約束したが、銃の規制には触れなかったらしい。その代わり、教員に銃の携帯させるという案を披露したという報道に、トランプという男は気が狂っているのではと我が目と耳を疑った。

『目には目』を、『やられたらやり返す』というアメリカ西武劇映画の保安官のセリフそのもの。時代が100年ほど巻き戻した感じを受けたのは私だけではないと信じたい。

トランプ曰く、銃が使えない場所は、狂気じみた人間にとっては『どうぞここへ来て攻撃してください』とのこと。この発想も信じられないが、銃を乱射するような奴は皆臆病者だから、銃の扱いに長けた教師がいれば、そんな行動をとるはずはないと提案したのだというから唖然とするだけ・・・。

学校を要塞にすれば良いという理屈らしい。彼の頭の中には、銃を持って学校を襲撃するのはインディアンだから、守るためには砦にして、襲撃してきた輩はインディアン(アパッチ族かな)のごとく銃で殲滅すれば良いということなのだろう。まさに西部劇の映画そのものだ・・・。

銃を扱う教員には特別手当を支給すると発言しているようだが、なんとも情けなく涙が出そうになる。国は違っても、子どもを教え育てる教育の第一線の現場の教員たちは、子どもたちに普遍的な愛と規律を教える立場は同じだろう。

このような発言に対しては憤りを持って反対するはず。事実、アメリカ教員連盟(日教組のような組織とは違うらしいが)は『大統領らは軍拡競争を欲し、学校を要塞にするつもりか・・・』と批判しているそうだが、強い反対の意思と行動を期待する。

トランプの発想法を徹底的に否定したい。この発言は、日本政府に『アメリカの武器を買えば、アメリカ国民の雇用が多くなると同時に、日本の安全につながる』という理屈で、高値で売りつける、まさに『死の商人』の手口。なんとも汚らしい。

こんな薄汚いトランプ政権に対して、ひたすら尻尾を振るポチのウンコ的な発言と姿勢を実行しているわが国のデンデン政権を、一日でも早くKOしなければトンデモ社会が生まれることだけは確かなのに、日本国民の多くは、仕方ないと容認している?・・・。

最近外国人が良く口にする言葉に『不思議な国日本』というのがあるらしいが、私も含めて、多くの国民が同じ言葉を発していることに気づく今朝。それでもなにも変わらないのが、不思議である・・・。(田舎親父)

2018年2月23日 (金)

朝日新聞の社説に『いいね』・・・

 昨日に続いて、『自民党の憲法改正推進本部』という組織が、デンデン親分に忖度した案文を打ち出したということについて・・・。

 よくぞ平気で『改正』などという文言を使えるものだと言いたいが、選挙制度の抜本的?改正(改悪)に続いて、国民が教育を受ける権利を定めた憲法26条に、国が管理できるという条文を入れたトンデモ案である。

いよいよ、デンデン一家が憲法9条を改悪したい本性がむき出してきたように思え、これは恐ろしいことになりそうだぞと背筋が寒くなるが、世はオリンピックだ金だ銀だと浮かれているのもだから、マスコミはほとんど報じないのがもっと恐ろしい。

この話題き詳細を発見したのは昨日のこと。冷たい雨が降り出した事が外に出る事をあきらめて、朝日新聞を丁寧に読んでいたら、――教育『無償』文言盛らず――という見出しにぶつかる。

記事に掲載された自民党の案文は、憲法26条の一項に『経済的理由によって教育上差別されない』という文言を付け加えている。2項はそのままだが、3項として『国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追及に欠かすことができないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものである事に鑑み、教育環境の整備に努めなければならない』と、わざわざ『国』を強調した文面を付け加えている。

『経済的理由によって教育上差別されない』という文面を付け加えなくても、現在の文面でその主旨は十分読み取れるはず。しかも、自民党のねらいが3項をわざわざ付け加えたように、『国』が国民の教育権を受け持つのだと示したいために違いない。

さらに89条の改正(改悪)案として、中程に『公の監督が及ばない』という文言が網かけになっている。久しぶりで教育小六法を開いて確認すると、原文は『公の支配に属さない』となっていることを確認する。

憲法89条は、私学の助成についての合憲性を示す条文だろうが、公の『支配』から『監督』となっているのも、『公』を『国』と読み替えると、国が監督権を持つという意味に受け取れ、自民党のホンネが文面の下で蠢いているように思える。

朝日新聞は、この日の社説でもこの問題を取り上げているので一読する。

 全文は省略するが、26条は、教育制度や学校などの環境を整える義務を国に負わせていることはさまざまな憲法の教科書に書かれ、異論なく定着している解釈だと、わざわざ案文を付け加える必要はない強く否定している。

また、26条は『その能力に応じて、ひとしく』教育を受ける権利、つまり機会均等をうたい、これを受けて教育基本法4条は、人種や信条、性別などと並べて、経済的地位によっても『教育上差別されない』と明記していることから、素案はこれをなぞったにすぎないと手厳しい。

さらに、政府は昨年、大学や専門学校の学費負担を減らすため年8千億円を支出する方針を打ち出した。それでも対象は進学者の2割程度にとどまるとみられ、『教育の機会均等』の前に立ちはだかるのは財政難であり、憲法をいじっても解決しない述べ、政権がなすべきは、いまの憲法にのっとり、授業料の減免や奨学金制度の充実などに地道にとり組むことだと断言している。これももっともその通りである。

そして、『教育を大切に思うのなら、その教育を改憲の道具や口実に使うのはやめてもらいたい』との一言はなるほどもっとも。

私が一番気になった『国』を全面に出したことに対して、社説は『個人の人格の形成という教育の本来の目的を後景に追いやり、国の介入を強める根拠になり得る。産業の発展や競争力強化に役立つかどうかで、学問や研究を選別することにも通じかねない』という一文は重く、最後に『個々の学ぶ権利を社会全体で支える。この原点に立つ現行憲法の簡潔な条文が、最も良い』と結んでいる。要は憲法をいじくる必要はないという立場を明確にしている。

最近、デンデン親分は国会という公の場で、盛んに朝日新聞を攻撃していることがネットで話題になっているが、この社説を読むと、朝日新聞を目の仇にしたくなるのももっともと笑ってしまう。

昨日あたりは、さらに『また朝日め、オレに逆らっていやがる』と怒り狂っている姿が見えてくるようだ。(田舎親父)

2018年2月22日 (木)

これが抜本的な改革?・・・

先日、自民党憲法改正推進本部が参院選挙区の合区解消を目指す条文案をまとめ、了承されたというニュ-スが流れた。

前回の参院選挙では、一票の格差が問題になって、国会はとにかく2倍以下にしなければという脅迫概念があったらしく、強引に高知県と徳島県、そして島根県と鳥取県を合区として選挙を行われたが、地元からの反発が大きく、何とかしなければ収まらなくなったらしい。

その改定案の内容であるが、参院選に関し都道府県単位の区割りを可能とするために、憲法47条で『法律でこれを定める』とある選挙制度に、『改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選出すべきもの』と明記するのだそうだ。

 地方の人口が急激に減り続けている中、このままでは、次々に2つの県、もっと過疎化が進めば3つの県を合区にしなければならなくなるのは確実だろうから、危機感をもつ地方には歓迎されるかもしれない。

私的には、交通網が発達している上に,病院が送り迎えする都会と、足の便さえない田舎を比べてみると、『基本的人権』そのものに大格差がある事から、一票の格差だけが人権問題だと思えないので、選挙における一票の格差を容認したいと思いたい。

しかし、私のような貧乏老人なら戯言だと片づけられるが、政権を握る自民党が、憲法との整合性を無視して、格差など何倍あってもかまわないから、とにかく各県から議員を選べるようにするなどは乱暴過ぎて国民は受け入れられないのではないだろうか。

これでは、法の下の平等をうたい投票価値の平等を求める『憲法14条』に完全に抵触するが、憲法など都合よく変えれば良いと本気で思っている現政権は、この無茶を押し通すつもりなのだろうか・・・。

恐らく自民党のこの部会の連中の頭中には、参院は『県の代表』という意識があり、どうしても一人以上存在させなければという考えに凝り固まっているに違いない。

 2年前の参院選で合区を導入した改正公選法の付則で、19年の参院選に向けて選挙制度の『抜本的な見直し』を検討するという文言と、それに沿って『必ず結論を得る』と明記されていたことは、この時つぶやいたので記憶に新しい。

今回の自民党案には、下駄の雪と揶揄されている公明党が、さすがに反対しているらしいが、これはいつものことで、じゃあ連立を離脱するかと脅かされたら、わかりましたとなるのが常。今回もどこまで自党の主義を主張できるか心もとない。

 以前つぶやいた繰り返しになるが、『県から最低一人』というならば、選挙制度を根本から見直して、人口が一番少ない鳥取県の人口を基準にして、50万人程度について議員一人という定数を与える発想もあって良いのではというのが私の考えである。

この数字で単純計算すれば、東京都には20人強。とると、全体でも200人超で納まるのではないだろうか。参院の任期は6年で、しかも3年毎に半数を改選するので、そんな単純なものではないとお叱りの声が聞こえてくるが、ならば、定数をその倍、約400人程度にすれば、選挙制度そのものをいじくる必要はなさそうだ。
 多過ぎるかもしれないが、スペ-スの問題は別に考えるとして、議員歳費や維持費を現行で抑えればできない相談ではないだろう。立候補す人たちが、政治を金儲けのための職業ではなく、人のためにやらねばならぬという使命感を持つことが前提であるが・・・。

共産党は、議員定数を変えずに、全国を9ブロックという案を打ち出しているらしい。なるほどもっともな提案である。しかし、大選挙区となると、人気投票的な要素が大きくなるので、各党は政治とは無関係な人気ダレントやスポ-ツ選手を擁立するだろうとなると別の問題が発生しそうだ。また、県から最低一人というのも難しそうだ。

 ところで、今のような参院は衆院を補完するだけの役割であるならば、参院って必要なのだろうかという議論がでそうなのだが、現議員たちは,自分の利権を手放すはずはないだろう・・・な。

 見直しの期限まで1年余しかかない中、公明党を含め、野党は全て自民党の案には反対しているらしいが、果たして、参院って必要なのという素朴な疑問も含めて『抜本的な改革』などの議論が進むとは思えない。

となると 野党次第だが、結果的に合区の数が増えるかな・・・。(田舎親父)

2018年2月21日 (水)

自国民を何人殺したら気が済むのだろう・・・

 先日、アメリカの高校で銃の乱射事件が発生し、17名もの死者が出たとマスコミが報じていたが、アメリカという国はこの種の事件をなくそうという気がないらしいのが私にはとても理解できない。 

『アメリカ銃乱射』をキ-ワ-ドにして検索したら、79万9000件がヒットした。同じ事件を取り上げていることが多いのは当然だが、はじめの30項目の概要を上辺だけ目を通すが、先日起きた高校での乱射事件とは違う、過去の銃による不孝な事件もかなりあることから、いかにこの種の事件が多発していることが良くわかる。

2月14日はバレンタインデ-だった。このような行事とは全く無縁になってしまった私であるが、アメリカでは国をあげて盛大に祝う習慣があるのだそうだ。このような国民的な行事の日に、わざわざ事件を起こしたというから、犯人は相当歪な精神の持ち主なのだろうが決して見逃せることではない。    

地元ではかなりレベルの高い公立の高校だという。そこに殺傷能力の高い自動小銃を持った男が侵入して、生徒に向かって無差別に乱射したのだから、たちまちのうちに死傷者が出るのは当たり前のこと。

マスコミ報道では、犯人は1年前まではこの高校の生徒だったが、問題行動を繰り返し、生徒たちにも危害を及ぼすと退学処分を受けたニコラス・クルーズ』という19歳の男だと報じている。

犯人の名前などはどうでも良いが、学校は当然のことながら、この男の行動をある程度把握していたと思うのだが、そのあたりはどうなのだろう。

それ以前に、19歳の(日本の国内法では)少年が、このような強力な自動小銃を持てることが不思議でならない。まさか自分で帰るとは思えないので、親が所持している銃を持ち出したのかもしれないとそう勝手に推測しているが・・・。

アメリカという国は、年齢制限ぐらいはあるのだろうが、ごく簡単な手続きで銃が購入できるらしいことは事件の度に指摘されている。何とも愚かしい制度だと思うのだが(日本人からみたら信じられないが)自分を守るためには銃が必要だという思想が国民、特に白人に広がっているようだ。

その思想が、アメリカに敵対する国や民族に対して、強力な兵器で武装した軍隊による攻撃が『是』という、アメリカ的世論が出来上がっているのだろうが、その武器が自国民に向けられる事件が後を絶たないのは皮肉な話である。

この19歳の犯人は、学校の火災報知器を作動させて生徒たちを戸外におびき出し、そこから乱射を始めて、殺害をしながら生徒たちを今度は校舎内に追い詰め、その上で、自分も生徒の1人になりすまして、一緒に手をつないで脱出し、そのまま逃走しようとしたというから背筋が寒くなる。

アメリカ国民の中には、今度こそ、二度と同じような事件を起こしてはならないという動きがあるらしいが当然だろう。しかし、このようなバカバカして事件を起こさないためには、『銃の規制』が前提である事ぐらいだれでもわかりそうなのだが、それに反対する勢力が政治に絡んでいるというから、アメリカが抱える闇は深い。

確か、オバナ時代にも何度もこの種の事件が繰り返され、『銃の規制』を政策として打ち出したが『アメリカライフル協会』という共和党の強力な支持団体の反対で封じられたのではなかっただろうか。アメリカ国民の過半数以が『銃の規制』に賛成しているにもかかわらず・・・。何とも理解できない筋書きである。

ところで、トランプ大統領はオバマ前大統領に対してよほどの劣等感があるらしく、オバマ時代に打ち立てられた法案をことごとく廃棄しているのだから、今回の事件でアメリカ国民の多くが望んでいる『銃の規制』を決めてしまえばオバマへの劣等感は薄れると思うのだが、メンタルヘルス問題を優先課題に据えると誓ったものの『銃の規制』には触れなかったというからその気はないらしい。

ということは、今後もアメリカのどこかで同じような事件が繰り返されることは明らかごろう。殺されても殺されても銃を規制しない大統領と政権を許すアメリカ国民がわからなくなる。

もっとも、騙されても騙されても、いじめられてもいじめられても、40%もの支持を与える日本国民も、不思議だといえばこんな不思議な話はないが・・・。(田舎親父)

2018年2月20日 (火)

教育界にも生体認証・・・

 先日のことだが、『教員の手のひら静脈で認証するシステムを導入』という文言に、何のことだろうと変な興味がわいて本文を読む。

 最近、官庁や大企業などでは、自分の職場に入るのに暗唱カ-ドが必要なことは当たり前になっているらしい。このことは、現職時代にIT時代の先駆けとして関連企業に出入りした時から気づいていた事なので、ある意味当然だろうなと納得しているが・・・。

部外秘の資料が外に持ち出されては困るのだろうと思うものの、どうしても外部に秘密が洩れることを嫌って、社員の指紋や静脈、あるいは目の虹彩などをコンピュ-タに認証させて、入室の許可を与えるシステムすら導入している会社が増えているという話には、何とも世知辛くなったものと眉をひそめてめている。

 この記事は、まさにそのシステムを教育界に導入するという内容であり、いよいよこまできたのかと嘆きと驚きが重なる。

千葉県教委の話である。昨年11月、高校など県立学校を対象に、生徒の成績の入力・管理などのため教員に手のひらの静脈を事前に登録させ、静脈認証で県教委のサーバーにアクセスするシステムを導入したのだそうだ。

記事によると、県教委はこの新しいシステムでは生徒の成績を県教委のサーバーで一元管理するとして、サーバーにアクセスして入力・管理を行う校務用パソコンを教員一人一人に計約1万台配ったという。

コンピュ-タを配ってIDとバスワ-ドでアクセスできるようにしている自治体は多いと聞くが、千葉県教委は、アクセスの際には自身のIDとパスワードの入力に加え、手のひらの静脈をパソコン内蔵センサーで読み取らせるというから、千葉県教委は教員を信用できていならしい。

 静脈認証について県教委は『ID、パスワードと組み合わせて情報セキュリティーを高めるのが狙い。静脈の画像データは数値化した後に破棄され、数値から画像にさかのぼることはできない』と教員には説明しているらしいが、誰が何時アクセスしたかがより精度の高い確率で特定できるとなると、違う意味(教員管理)の使い方も考えられないこともない。となると、これは少し引っかかる。

 千葉県教委では、すでにこのシステムは導入されて動きだしているとのこと。現時点ではIDとパスワードのみでのアクセスを認めているが、今月中に静脈認証を完全実施する方針だとのことだが、私には、そこまで教員を信用できないのかと、何とも違和感を覚える・・・。

 この方針に反対している教員の動きも記事にはある。県北西部の県立高校の女性教諭は、取材に『「話し合いもなく突然パソコンが配られ、静脈を登録しないと仕事ができなくなる、と言われている。プライバシーである手のひらの静脈が数値化され、利用されることに強い不快感を覚え、登録を拒否している」と証言しているとのことだが、その気持ちは良くわかる。

教員の多くはすでに登録しているが、彼女自身も含めて拒む教員は各校にいるらしいが、これまでも教委が言い出した事に反対する教員は必ずいたが、教祖はすでに教委に逆らうほどのエネルギ-かないのが事実で、いつの間にか教委主導のシステムが導入されているのが全国的な動きだろうから、千葉県での反対する教員は、システムが使えないという兵糧攻めにあって切り崩されるのではないだろうかと思うと気の毒になってくる。

この事はさておき、私には、県教委が主張している生徒の成績の一元管理ということの方が気になる。

世の中の動きに取り残されているので、すでに生徒の成績などの一元管理システムが導入されているのかも知らないが、『一元管理』という言葉が、『Aという生徒は、千葉県の全生徒の中で、偏差値は〇〇だから、全体から2350番目の成績』と同じような意味に思えて仕方ないのだが違うのだろうか・・・。

 自校の生徒の成績管理ならある意味仕方ないと思うが、何のために、全県の生徒を点数で格差づける必要があるのだろうか?・・・と強い疑念が沸いてくる。

 『生体認証』という新しい個人認証システムは、ITの発達で不可避となり、すでに実施している官庁や企業が多いらしいことはすでに述べたが、このような社会から隔離された環境にいることを幸運だと思いたい。これは私のわがままだろうが・・・。

ところで、奈良市は2013年、一部の部署を対象に職員の出退勤チェックで静脈認証を導入しようとしたそうだ。しか教職員組合が『犯罪者扱いするのか』と猛反発し、市議会でその予算案が否決されたということも記事にある。

IT機器の導入は、私自身率先してきた過去があるので、偉そうなことは言えないが、教員を信用できないとか、単に生徒や教員の管理がやりやすいからという理由でのITシステムの導入はいただけるものではない。

IT機器の利便性に注目して導入を進めたものだが、その先にある、現在のような秘密保持と成績管理などの一元化など考えもできなかったことが悔やまれてならない。

しかし、今頃私が反省しても、世の中は間違いなく,IT機器の発達のその先には秘密保持と管理のための利用に進むことは間違いないところ。凄い時代になったものだと感じることしきりの今朝・・・。(田舎親父)

2018年2月19日 (月)

気になることが多過ぎる高校の学習指導要領・・・

 先週文科省かが発表した、2022年度の新入生から実施する高校の学習指導要領の改定案をひと通り読んでみた。

いよいよ教科書会社全面改訂の新しい教科書作りに動き出す。その手始めに執筆者を選定するのだろうが、ここまで細かく文科省の考え方が示されたとなると限られた思想や理念を持った学者や現場の教員を選ばざるを得なくなりそうだ。

この傾向は、指導要領の改定の度に強くなっていると感じている。あまり話題にならないが、この指導要領に準拠する教科書が出来上がるまでには、教科書会社はいくつもの相当な高い壁を乗り越えなければならない。そのもっとも大きな壁が、教科書検定であることは、大マスコミはほとんど報じていない。

文科省には指導要領を完全に自分のものにした大学教授並の見識を持った教科書調査官というプロ集団が各教科毎に5人から7人ほどの存在する。彼らは、発行会社がわからないように提出された『白表紙』と呼ばれる教科書を徹底的に調査するのだが、この調査が半端ではない。

学術的に間違った既述を見つけるのは当然であるが、同時に指導要領を逸脱する既述を徹底的に洗い出す。これは実にシビアで、ほんの少しでも怪しい既述には付箋がつく。前回の改定では上学年で習うことに対しては『発展』という既述をした上で『是』となったが、それでもなんでもが良いというわけではなく、関連性などに対しては徹底的なチェックが入る。

白表紙教科書が出揃うと、文科省の基準によって選ばれる審議委員にこれらの教科書が届けられて、個人的にそれぞれの教科書を自分の専門に応じて調査する。審議委員は、各教科に応じて10~15名が任命されるのだが、その中には小中高の校長あるいは教頭職が一人ずつ入る内規があるようだ。

文科省に対して批判的な意見の持ち主である私が、この審議委員を10年間も勤めたのは今思うと何とも不思議なことであるが、前任者が退職にあたり私を指名したことと理科という思想的な問題が入りにくい分野であったことに加えて、会議では徹底的に現場の立場で意見を申したことが評価されたのではと思っている。

もし私のテリトリ-が社会科や道徳、あるいは特別活動などだったとしたら、絶対に審議委員などに選ばれなかったことだけは間違いないところ。

理科の分野でも気になるところはあるがこれは後回しにして、特に引っかかるのはこれまでの『現代社会』を再編して新しい教科にした『公共』という教科をつくったこと。

そして、その目標に『自国を愛し、その平和と繁栄を図る大切さについて自覚を深める』というものは、まさに現政権が押し進める『愛国心』がキ-ワ-ドになっていること。これは恐ろしい。

日本という国を愛することは大切なことであることは否定しないが、現政権のいう愛国心は、回りの国を敵と見なす事が前提で、敵に対する防衛には軍隊が必要で、縦社会を肯定する記述が教科書に要求される重要な要素となることは疑えない。

となるとどんな教科書になるのかおおよその想像がつく。教科書の内容だけが正解であり、教師はそのように指導しなければ、たちまち政治の中立性という言葉で締めつけが始まることはいうまでもないだろう。

また『地理歴史』の目標にも『日本国民としての自覚、我が国の国土や歴史に対する愛情』と明記され、『尖閣諸島は我が国の固有の領土であり、領土問題は存在しないことも扱うこと』と明記していることから、教科書会社が、尖閣諸島に関して付帯する説明に尖閣諸島の領有権の歴史的な内容を書き添えたら、即不適切という付箋がつく事は明らか。

今回の改定は、18歳の選挙権とも関連すると共に、2020年度から始まる大学入学共通テストとも連動した内容になっているというくだりも大いに気になるところ。

教科書に記述されている内容以外は不正解となると、生きる力を育むため、知識と技能だけでなく思考力・判断力・表現力を育成することは所詮絵に描いた餅になる。このことは私のような世間知らずの年寄りでもわかること。まして、盛んにマスコミが取り上げている『主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)』なども、型にはまったものになるのでは・・・。

 今回の改定は、文科省が現政権に忖度したというより、現政権が文科省に押しつけだと言っても差し支えなく、このまま進んでは、中学生以下の年代の子どもたちに『お国のために・・・』という思想が当たり前のごとく擦り込まれることになりそうだ。

 恐ろしい時代になりそうな予感がするが・・・。(田舎親父)

2018年2月16日 (金)

戦前の話ではなかった・・・

 先日の毎日新聞に『旧優勢保護法 強制不妊手術9歳にも 宮城、未成年半数超』という見出しを見つけてなんとも言えない違和感を覚え、本文に目を通し自分の無知を恥じると同時に衝撃を受ける。

『優生保護法』という法律があったことは知っていた。しかし、その時代的な名前からてっきり戦前の亡霊だとばかり思っていたが、1948年に制定されて1996年まで生きていたことから、この記事は私と同年代の人々の悲痛な訴えであることを知り、なんともやりきれない思いになる。

まず『給優生保護法』についての解説に、こんなことがつい20年ほど前までまかり通っていることを知り無知を恥じる。この解説をそのまま引用しておく。

『<旧優生保護法> 「不良な子孫の出生防止」を掲げて1948年施行。知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に本人の同意がなくても不妊手術を認めた。ハンセン病患者も同意に基づき手術された。53年の国の通知はやむを得ない場合、身体拘束や麻酔薬の使用、だました上での手術も容認。日弁連によると、96年の「母体保護法」への改定までに障害者らへの不妊手術は約2万5000人に行われた。同様の法律により不妊手術が行われたスウェーデンやドイツでは、国が被害者に正式に謝罪・補償している。』

権力側の理論だけで作り上げた勝手な法律である。これが戦後、私が5歳の時に制定されたとは信じられない。もっと信じられないのは、民主主義だ基本的人権だ、国民主権だと教え込まれ、国民の多くが日本は民主国家だと信じていたにもかかわらず、ずっとこの法律で縛られてきた人が多いということである。

記事には、この法律によって15歳時に強制不妊手術を施されたとして、宮城県の60代女性が国に損害賠償を求める初の訴訟を起こしたとある。弁護団には、他にも相談が寄せられており、謝罪や補償を国に求める動きが広がるか注目されるのだそうだ。

毎日新聞が取材したところ、障がいなどを理由に不妊手術を施されたとして宮城県に個人名記載の資料が残る859人を調べたところ、最年少は女児が9歳、男児が10歳だったことが判明したという。11歳の児童も多く、半数以上は未成年だったというから酷すぎる。

知的も含めて障がい者が生まれることを極力防ぎたいというのが『優生思想』なのだろうが、こんな法律を元に、妊娠の可能性が低い児童に身体的負担を強いていたとは、はじめて知ることである。こんな理不尽な法律を制定した国に怒りを覚える。

私が無知過ぎるのかもしれないが、私は日頃からボケ防止のためにつぶやくことを日課としているので、かなり広範囲に情報を求めていると自負していることから、私以上に知らない人か多いのではと想像している。

記事によると、調べた資料は63~86年度の『優生手術台帳』だという。そこには手術を受けた859人(男性320人、女性535人、性別・年齢非公表4人)の氏名や、手術の申請理由となる疾患名などが記載されているという。

 繰り返しになるが、女性の最年少は9歳、男性の最年少は10歳だとある。いずれの疾患名は『遺伝性精神薄弱』で、ほとんどの年度で11歳の男女が手術を受けていたというから、当時ではこの年齢での強制避妊手術が当たり前の行事になっていたのかもしれない。

 病名は、他にも『精神分裂病』『遺伝性精神薄弱+てんかん』、さらに現在では薬で押さえられる『てんかん』や補聴器で補てんできる『遺伝性難聴』なども対象になっていたというから、このような障がいを持つ子どもを持った親は、10歳を迎えるころには、呼び出しがこないように祈っていたのではないだろうか。

 『優生保護法』による強制手術は宮城県教育20年間だけで850人超(実際には総勢1046人だという)となると、全国では数万人も及びそうだ。記事には、記録に残っているだけでも1万6475人とあるが、親が仕方ないと同意した人の数をカウントしていなとなると、一体どれだけの数になるのだろう。

記事にはさらに細かな数値の記載があるがそれは省略するとして、今回、訴訟を起こした女性の勇気に最大限の拍手と応援の気持ちを送りたい。

今回の裁判はかなり注目されるはずだろう。この女性に続いて訴訟の輪が広がることも当然考えられる。国は、こんな理不尽な手術で子どもを産めない身体になった人々の救済する義務があることは言うまでもない。

しかし、裁判というのは、結局のところ慰謝料という名目での金銭的な決着でことを納めるしかない制度であることを思うと、結局、弱者はいつも浮かばれないことになる。

今日もまた、不誠実な国の対応に怨嗟のつぶやきになってしまった・・・。(田舎親父

2018年2月15日 (木)

奨学金破綻とは・・・

 2月12日の朝日新聞朝刊の一面トップに四段抜きの大活字で『奨学金破綻延べ1.5万人』という見出しが踊っていた。その横には、少し小さめで『5年で親族半数 連鎖招く』とある。このことは以前から気になっていたので、このことについて考えてみることに・・・。

 国の奨学金を返せず自己破産するケ-スが、借りた本人だけではなく親族に広がっているという。過去5年間で奨学金が関わった自己破産の申請数は1万5338人分となり、5年前と比べて13%の増加。連帯保証人と保証人は計7230人で、親子が共倒れになるケースもあるというからなんとも悲惨な話である。

 背景には『日本学生支援機構』の取り立て強化があると見られ、返還を促すよう裁判所に申し立てた件数は5年間で約4万5000件というから凄いもの。もっと酷いことは、この申し立て件数は、機構が発足した20004年度と比較して実に44倍になっているということである。

なんとも虚しいというより腹立たしいではないか。少なくとも『支援』と名前が付く組織ならば、返済を求めて裁判所に申し立てる以前に、一人一人の事情をよく聞き取り、それぞれが何とか返済できるように相談に乗るのが仕事ではないだろうか。

そんな丁寧な話は全く聞こえてこない。借りた以上は返済するのは当たり前、できないのなら裁判所へ・・・とは、これでは『学生支援』というより、ビジネスとして金もうけ目的の街中の『サラリ-マン金融』と変わらない。いやそれ以下だろう・・・。

『日本学生支援機構』という組織は独立行政法人だという。この独立行政法人とは監督省庁が所管する組織だそうだから職員は准国家公務員?・・・。当然高級官僚の天下りが当たり前。いやむしろ官僚たちの天下りのために、ムリムリ作った組織だと聞いたことがあるが、記事の内容から、その通りだという感を深くする。

この組織の前身は『日本育英会』だという。この組織には私も大変お世話になり心から感謝しているが、大学を通じて申請し受理されたと記憶している。『会』が『機構』となっても、業務的には大学などへの進学時に奨学金を貸与することらしいから表面的にはあまり変わりがなさそうだが、やっていることは雲泥の差。そして、担保や審査はないという文言が引っかかる。

審査なしの代わりに、連帯保証人と保証人を立てる『人的保障』か、保障機関に保証料を払う『機関保障』のどちらかを選択させるのだそうだが、普通に考えても、補償金を支払って奨学金を借りるとは変な話で、ほとんどの学生は『人的保障』を選ぶのではないだろうか。

人的保障の決まりとしては、父母のどちらかの『連帯保証人』に加えて、4等親以内の親族に『保証人』になることを義務づけているというから、最初から、貸したカネは何がなんでも回収するという姿勢がミエミエ。

担保は要らないというが、実質は、連体保証人と保証人が担保で、その担保があれば審査もなく、無条件に貸与というのでは、何か時代小説の高利貸しそのものではと思わざるを得なくなく。

話は少しそれるが、別の情報によれば、奨学金を申請する割合は一流大学より二流・三流大学の学生の方がはるかに多いという。何を持って,一流と二流の線引きをするのかは明らかではないが、最近よく聞く話として一流大学を卒業しても、派遣や契約社員として就職している例が多いらしいとなると、奨学金でやっと二流・三流大学を卒業しても、正社員で採用という確率は少なくなることは当たり前?・・・。

となると、初任段階で給料に格差が生じ、奨学金を返済したくても物理的に難しくなるのも当然といえばこんな当然なことはない。

国は、大学の数ばかり増やすと共に、国公立の大学の授業料を年々大幅に値上げして、現在年間50数万円だという。

東大や京大などの一流国立大学を希望するためには小学校の時から進学塾に通わねば合格しないというのは今や常識。結局、よほどの能力があれば別だが、貧乏人は生まれた時から一流大学に進学できないシステムが出来上がっているようだ。

それでも、大学進学率を高めることが国としての教育政策の柱として位置づけ、貧富の差は無視してまでも大学に入学しなければという脅迫概念を植え付けるものだから、ついつい就学金に手を出したくなるのも、これも当然過ぎる。

現政権は、国の政策として、派遣やアルバイト社員を増やし続けて国民を経済的に分断することに専心。タテマエ的には貧乏人でも大学へ入学できるという夢を膨らませ、奨学金を無審査で貸し与え、利息をつけて返済させるという(繰り返しになるが)下手な時代小説の悪代官そのもの方針を続けている。このことは、カネ儲け命の派遣会社や大企業を引き込んで国民をいたぶっていると表現しても決してオ-バ-ではない。

私が大学を卒業できたのも奨学金のおかげだと感謝しているが、当時の授業料は年額1万2000円たったことと、貸与された奨学金は、卒業後多少の苦労はあったものの数年で返済できたことを強調しておこう。

奨学金は必要だが、それ以前に、授業料は誰もが『ほんの少し』の努力で支払える額に設定すれば、奨学金破綻などという言葉は死語にできることは確かである。

そのための財源は、『ほんの少し』の無駄を省くことで生み出せることは、現政権のやっていることを、『ほんの少し』批判する気持ちで眺めると見えてくる・・・。(田舎親父)

2018年2月14日 (水)

アホカとしか言いようがない・・・

 今日もまたアホな校長についてもつぶやきを・・・。

 イタリアの高級ブランドとされるアルマ-ニを標準服にすると一人で勝手に決めた中央区立泰明小学校の校長のことである。

 さすがに世論を騒がしているが、この男全く反省していないらしく、オレには保護者がついているとうそぶいているらしいことが風の便りで届いている。

 経緯はマスコミが報じているので今更述べることはないが、ある情報では、この校長が中央区の教育委員会の指導室長をしていたという。このことが本当だとしたら、大マスコミはスル-しているのが気になるところ。

 小学校の教員としては、いわゆる出世コ-スというか、小学校教師の醍醐味である担任を早々に切り上げて指導主事試験に合格したエリ-トだったようだ。その後、中央区の指導室長(自治体によっては指導課長)になったという。そこまではよく耳にする話だが、指導室長をしている区のトップ校に天下る人事とは今まで聞いたことはない。もっとも、私が知らないだけかもしれないが・・・。

指導室長は行政の上では課長クラスだから一般の校長と同じ身分であるが、権限は天と地ほどの違いがある。区の教員の人事権と予算はタテマエ上は教育長にあるのだろうが、実質的には指導室長が握っていると言っても過言ではない。

私の想像だが、この御仁は室長として優秀(彼の価値観で)な校長や教員を中央区に集めたに違いなさそうだ。そして、泰明小学校には、その中でも特に優秀な人材を集め、自分が考えていた理想の小学校の姿を作ったのではないだろうか。

そして、そこに天下る。区内の小中学校の校長は口アングリだったことは想像に難くない。しかし、陰でグヂャグヂャはあっても表向きには批判など出るはずがなく、はじめから降参状態。

後任の指導室長も面と向かって注意できるはずがないとなると、校長として在任期間中は、全てが自分の思いのままの学校経営をしてきたようだ。そして泰明小学校長として定年を迎えたのだが、自分の意思を通して再任用で泰明小学校職を続けることになったらしい・・・。

それが今回のアホな制服事件の背景にあると私は想像している。恐らく、この校長は回りに相談することはなかったはず。このことに対して、本人は口では反省しているらしいが、本心は、オレのやっていることに文句を言うなというところではないだろうか。

回りの校長たちも寝耳に水だったようだが、知っていたとしても注意などできるはずがなかったに違いない。心の中では恐らくアホカと思ったに違いないが、永年中央区の教育委員会に君臨していた人物に対して、身分的には自分より下の再任用校長であっても批判めいたことも言えないという雰囲気が漂っていたのではないだろうか。

どうしても、銀座に相応しい制服を作りたいと思って、有名デパ-トや高級ブランドメ-カ-に交渉したらしいが、結果的に話を聞いてくれたのがアルマ-ニだけだったとのことに思わず笑ってしまった。

しかし、笑っている場合ではない。すぐにでも中央区の教育委員会が、こんなアホなことをやめろと命じなければ、今後トンデモ問題に発展することは間違いなさそうだが、マスコミ報道を聞く限り、それができるか疑わしいのが気になるところ・・・。

統計を調べてみた。富裕層多いと言われている中央区でも、貧困家庭を対象にしている就学援助の家庭は全体の10%以上に上がっている。中央区かこの制服を就学援助の品目にカウントしているならばさほどの問題にはならないだろうが、他の学校との調整に戸惑うのではないだろうか。

そして、もっと気になるのは、次に赴任する校長は前校長とは何とか違う色を出したいと思うのは経験上よく理解できること。数年後、この校長の後に赴任した人物が、変だぞと言い出すこともゼロでないだろう・・・。

それ以前に、1年生で合わせた制服はすぐに着れなくなることも間違いない。下手すると、小学校6年間に3回も買い換えなけれならないとなると、いくら金持ちが揃っているとはいえ、保護者からの不満不平は大きくなり、取り返しのきかないことに発展しそうだ。

この問題で違う動きがでたら、またつぶやくこともあるかもしれないが、アホな教育委員会がアホな校長といっしょになって、アホなことを始めるとは、さすがに現政権のやっている無責任さを真似たものだと呆れるだけ・・・。(田舎親父)

2018年2月13日 (火)

明らかに学校(校長)の責任・・・

 永年教育に携わってきた経験から、私は、子どもが自殺することは常識的にはあり得ないことだと信じている。しかし、近年、子どもが自ら命を落とす報道が続発していることは事実で、その度に子どもの気質が変わったのか、それともまわりの大人たちにゆとりがなくなったのかと悩む昨今。

そして、子どもの自殺の背景には、必ずと言って良いほど『いじめ』があることに、強い憤りを覚えるのだが、先日報じられた広島市での中学3年生女子生徒の自殺は、明らかに学校(校長)の対応の拙さが原因だろうと推察できる報道に愕然とする。

記事によれば、当初はこの女子生徒の自殺の背景にはいじめがないとされていたらしいが、保護者からの申し立てによって第三者委員会という組織が立ち上がり、調査した結果、小学校から続くいじめがあったことが判明したという。

こんなことぐらい第三者委員会を立ち上げて調べなくてはわからなかったとは情けないという一言しかない。この中学校の校長始め教員たちは、日常的に起きていたことを把握していなかったというなら、『子どもの立場にたって』という教職に携わっている者の、最低必要条件を身につけていなかったとしか言いようがない。

それどころではない。以前から生徒本人や両親から相談を受けていたというから、これはもはや教員たちによる犯罪と言っても過言ではない。

私の経験からも、いじめにあいやすい雰囲気を持っている児童生徒は事実存在する。外見上に太りすぎたりやせ過ぎたり、身体的に回りの子どもとは違う(表現のしようがないが)劣っていると見られる特徴を持っている場合が多い。この女の子もそんな特徴を持っていたのではないだろうか。

第三者委員会は、女子生徒は中学入学当初から数人の生徒に頻繁に容姿についてからかわれたり、悪口・暴言を言われたりしていたと明言していることから、中学校入学当初から、小学校から引きずって日常的に言葉による嫌がらせを受けていたことは間違いない。

2年になると、より多くの生徒がこれに加わり、消しゴム片を投げられるなどの行動にエスカレ-ト。さらに3年生になって,『死ね』『消えろ』などの脅し文句を頻繁に言われていたほか、傘で叩かれる場面も目撃されていたという。

文面から推察するに、このような嫌がらせは、当初は担任始め教員の目が届かなかった場所で行われていたようだが、本人から相談があったほどだというから大人の目があっても平気で嫌がらせが続いていたことになりそうだ。

校長は、『恒常的、継続的なものではない』という認識をしていたという。目撃した際は(教員らによる)その場の指導で対応できたと思っていたとの釈明は、なんとも寒々しいう。要は、見ていて知らぬ振りだったということになる。これは許し難い。

表面的な対応に終始していたことに、『強く責任を感じている。学校の対応に課題があったことは明らかだと考えている』との談話を出したとあるが、今更反省していますとしまと言われても遅すぎる。

私は厳罰主義者ではないつもりだが、これに類似する事件が明らかになると、学校側は必ずと言って良いほど、子どもたちがじゃれ合っていると認識していたと弁明。そして学校をかばう教育委員会という図式が出来上がる。このように事実を隠蔽する体質に対して、何らかの処分が必要だと思うのだが・・・。

蛇足になるかもしれないが、これも私の経験から、いじめにあいそうな児童生徒は、自分を受け入れてもらえる場所として保健室があり、養護教諭が心の支えとなることが多いのだが、今回、そのような文言は一切ない。

もし、子どもの立場に立った養護教諭がいれば、今回の事件は違う展開になっていたのではとないだろうか。それほど、養護教諭の存在は大きいものがあることを教育委員会や文科省は認識しているのだろうか・・・。(田舎親父)

2018年2月12日 (月)

やはり冤罪?・・・

 私がボケ防止と称して下手な文章を続くきっかけになったこの事件には、かなり思い入れがある。2005年12月に小学校1年生の女の子が、下校中に突然何者かに連れ去られ、翌日隣県の山中に全裸で発見されたという今市(現日光市)で起きたおぞましい事件である。

 この年は、広島でもやはり小学一年生の女の子が殺害されるというニュ-スがあったが犯人はすぐに逮捕された。こちらもすぐに逮捕されるだろうと思っていたが、時間だけは虚しく過ぎ去り、結局迷宮入りしたらしく人々の記憶からほとんど忘れられていた。

しかし、2014年6月、別件逮捕した32歳の男が犯行を自供したと、仰々しいほど大袈裟な栃木県警の記者会見の様子をテレビデ見た数日後に、この欄で『何となくすっきりしない・・・』とつぶやいたことは記憶に新しい。

そして、2年後の16年4月に、裁判員裁判で、検察側の求刑通り『無期懲役』という判決にも、やはり私は激しく反応し『この判決はかなりひっかかる・・・』と題した文面をこの欄に掲載している。

両方ともかなりの長文なので省略するが、この事件に対して栃木県警はあまりにも杜撰な捜査を繰り返し、あげくの果てには数百万円の懸賞金まで用意した上に、別件逮捕して強引に自供させるという、まるで警察小説にある『冤罪もの』のスト-リに酷似していることに疑問を呈したものである。

被告は控訴したことは当然である。しかし、その後はマスコミの対象外になったらしく続報かなかったが、先日、まさに警察小説そのものを思わせるような事実が明らかになったという記事に出会う。

そこには、『遺体に付着した粘着テープなどから見つかったDNA型に、計71人の捜査関係者らとも合致しない、第三者のものが複数人分あることがわかったことを弁護側に開示した』とあり、さらに『被告の型は検出されていない』とも・・・

弁護側は、真犯人は他にいるはずと主張しているそうだが当然だろう。

記事よれば、この事件をめぐっては直接的な物証が乏しく、一審・宇都宮地裁は『客観的事実から被告の犯人性を認定することはできない』としながらも、自白の信用性をもとに被告を有罪にしたとあるが、裁判員たちが全員合意したとは思えない。

警察の自供のさせ方は、スト-リ-を作って追い込むのが常套手段。あまり自慢になることではないのでここでは省略するが、このことは小説の世界ではなく、私自身が経験したこと。

女の子が車で連れ去られたことは、警察犬の行動からも間違いない事実だろうが、見知らぬおじさんから声をかけられてすぐに車に乗り込むなど考えられない。

私は事件発生の段階でこのことについて、この女の子は犯人と面識があるだけではなく親しい間柄であると推察していたもの。そして、捜査の専門家なら、そんなことは当然お見通しだろうと書いたものだが・・・。

栃木県警はメンツを捨てて『冤罪』を素直に認め、すぐにでも被告人を釈放し、はじめから捜査をやり直すべきだと思うのだが・・・。(田舎親父)

2018年2月 9日 (金)

人類滅亡の日が近づいている?・・・

 久しぶりで『終末時計』という言葉を耳にした。私が『終末時計』という言葉を知ったのはかれこれ50年ほど昔のこと。『核戦争』による人類消滅(地球滅亡)までを午前0時として、それまでの時間を現す指標だと教えられたが、最近、あまり聞かれなくなったのですっかり忘れていた。

 ところが先日、アメリカの科学誌が『終末時計』は地球最後の日までの概念的な残り時間が『2分』となり、この1年で30秒進んだと発表したというニュ-スに出会い、何とも暗い気持ちにさせられる。この数値は、米ソの核実験競争が過熱していた冷戦中の1953年と並ぶというからまさに最悪。

その背景に北朝鮮の金親分が、核のボタンはこの机の上にあると牽制すれば、トランプおじさんは、こちらの方がはるかに核のボタンは大きく、押したらお前など瞬時に消せる・・・というような、核戦争含みのおバカ言葉の応酬という対決姿勢が強まっていることは今更述べるまでもない。

 酷いことに、科学誌が終末時計の数値を発表した3日後に、トランプおじさんは『アメリカの核態勢(NPR)を見直す』と宣言したのには、世界中の戦争に反対する人々の気持ち冷えきらせた。

トランプ曰く、使い勝手が良い・小型の核爆弾の開発を進めるのだそうだ。この姿勢を鮮明にしたというから、終末時計の残り時間は確実に2分を切ったことは間違いない。

 トランプ政権は、アメリカが核軍縮に努力する間にロシアや中国は核兵器の増強・近代化を図り、北朝鮮は国際社会の懸念をよそに核開発を続け、世界は極めて危険な状況にあることから、アメリカ防衛のために、核兵器の破壊力を調整して小型化するなど、状況に合わせて柔軟に対応できるようにするのだと説明しているらしい。

まさに『アメリカファ-スト』を標榜しているこの男の言い出しそうなことだが、オバマ前大統領のNPRとは真逆。こんなバカな転換を、アメリカ国民はすんなり支持するとは思いたくないが・・・。

確か、オバマ大統領は『核のない世界を実現する』という演説でノ-ベル平和賞を授賞したはず。そして、アメリカ大統領として、アメリカがはじめて原爆を投下した広島を訪れ、被爆者の代表を抱きしめた映像が世界に発信されたことをアメリカ国民が忘れたとは信じたくない。

北朝鮮が目の上のたんこぶになっているらしいことはわからないでも内。この際、面倒だとばかり先制攻撃するは思いたくないが、トランプの基本的な発想は、とにかくアメリカ第一。現在は韓国と上手くやっているような北朝鮮が、オリンピック終了後、核実験でも行えば、イラクを先制攻撃したようにGOサインを出さないとも限らない。

可能性は限りなく薄いだろうが、万一トランプがGOサインを出したとしたら、イラクとは違って、北朝鮮は直ちにその情報をつかむに違いない。ほぼ同時に、核のボタンが押され、ミサイルが飛び交う。

アメリカのミサイルは北朝鮮からの距離が一番近い沖縄の普天間基地空から発射されるだろう。また北朝鮮がねらうのは、これも間違いなく普天間基地だろう。こんなことは、戦争映画やゲ-ムに全く興味かない、貧乏年寄りでもわかること。

それどころか、小学生でも容易に推測がつくことであるのにもかかわらず、世界のどの国よりも先に日本の外務大臣が『アメリカのNPRを評価する』との公式発表には、『終末時計』はさらに進み、残り一分を切りそうな気配。

このコウノタロウという男は、神奈川県選出の三世議員。爺さんも親父もどちらかといえばハト派に属し、彼自身大臣になる前は、党内反体制だと言われていたことから、私も注視して、時に彼のブログなどを読んでいたものである。

原発の再稼働にも明確に反対していたことは、そのブログやHPでも明らかだったことだが、デンデン親分から何とか大臣に任命されたとたんに、その論旨が変わり、お国のためには再稼働も必要と言い出したことに、お前もか・・・とガッカリしたもの。

この豹変ブリがデンデイ親分に気に入られて外務大臣に抜擢されたのだろうが、就任したら、ますます親分に忠誠を示し、アメリカさまのポチのウンコである親分に寄生するウンコ虫となり大活躍。今や、親分の片腕と自負しているらしく、外相専用機で世界中に出かけたいと言い出す始末。

北朝鮮との武力攻撃はないとしても、アメリカのNPRに対しては、ロシアや中国始め、核保有国から懸念の声が上がっているという。当然である。ロシアや中国は直ちに、核の強化をはかることも間違いない。

バカな話になったものだ。人類が滅亡する現場に立ち会いたいと願っている私には、ひょっとしてその可能性がでてきたと、心の隅ではその日の到来を歓迎する気持ちもあるが世界中の誰もはこの日がくることを願ってはいないだろう。

私も本心は同じである・・・。(田舎親父)

2018年2月 8日 (木)

個別収集の方がゴミは減る?・・・

 このところはあまり見かけなくなったが、散歩の途中にゴミの収拾場所近くを歩いていると、カラスのイタズラなのだろうが、生ゴミが道路に散乱している風景に出会うことが少なくない。

 最近は条例が徹底しているせいか、新しく開発された、ある程度の規模を持った住宅地にはごみの収集コ-ナ-が設けられていることが多いが、道路などは整ってはいるが古い住宅地では、道路の隅にゴミの収集場所を決めていることが多いようだ。私が住む横浜の片田舎もこの形態である。

 私と同じゴミの収集場を利用する人たちは、何とかカラスに荒らされない方法として、生ゴミは必ずしっかりと蓋ができるバケツに入れて出すことを申し合わせていることからカラスのイタズラを完全に防げるようになっている。

多くの収集場所もバケツに変更しているが、バケツだと取り込むのが面倒だという人も多く、未だに意見がまとまらず、生ゴミが入ったビニ-ルをネットで劣っている場所もあるのが現実。こんな小さな住宅地でも全家庭の意見をまとめるのは必難のことらしい。

 ならば、個人の責任にして、それぞれの玄関先にごみを置いて収集してもらえる方法はいかがと提案した人もいるらしいが、横浜市は即否決。以来、表立った争いにはなっていないが、ネットとバケツのしのぎあいが続いている。

 ところが先日、ごみの個別収集でごみが減量・・・という意味の見出しを見つける。これは面白そうだと本文を読んでみる。

 記事によると、家庭ごみの集積所を設けて一括して収集するのをやめ、各家庭の前にごみを出してもらう『戸別収集』を導入する自治体が都市部で増えているという。この動きは、ごみを出した家庭が分かるようにすることで、マナーを改善しようと始まったが、ごみの量が減るという思わぬ効果もあり、自治体側は『住民の意識向上につながっている』と分析しているのだそうだ。これは聞き捨てならない情報である。

記事は一つの例として、東京都の品川区の実践を取り上げている。品川区は2005年7月、東京23区で初めて区内全域で戸別収集を導入したとあるが、きっとネットや新聞等で紹介されていたのだろうが、迂闊なことだが全く知らなかった。

それまでは集積所での収集を続けてきたが、指定した日時以外にごみを出す住民がいたり、ごみ袋をしっかり閉じずに捨てるなどマナー違反が絶えず、しかもカラスがごみを食べ散らかし、区には周辺住民からの苦情が多く寄せられていたという。
 ところが戸別収集にした後はマナー違反は減り、『以前は集積所をごみ捨て場だと勘違いしているような人もいたが、今はしっかり分別もされている』と清掃職員からも歓迎されているという。

区内の地区を区割りして、地域ごとに収集する曜日を変え、午前8時に速やかに回収するようにしたところ、住民側も回収時間の直前にごみを出すようになったというから、品川区は午前8時にはごみゼロになっているらしい。『朝早く出すのは面倒』という住民も、自分の住む町が早朝からきれいになるとなると文句も言い難くなるようだ。

さらに、区内のごみの量は、人口が増えたにもかかわらず、05年度から10年間の統計を取ると、約2割減となっているというから何とも面白い。

品川区清掃事務所の担当者は『自分が出したごみに責任を持つと同時に、ごみを減らす意識も住民の間で広がっている』と語っているらしいが、戸別収集には有料化やごみ袋の制限など私の知らない仕組みがあるようにも思えるが・・・。

それは別に調べるとしても、品川の成果を評価する動きは広がり、東京23区では台東区も16年から全域で戸別収集を導入し、やはりごみが減っているという。神奈川県や大阪府などの都市部でも戸別収集を採用する自治体が増えているというから、横浜市の官僚たちがこのニュ-スを読んで行動してほしいもの。

決められたごみの収集場所までは、私の場合は約100歩であるが、遠い人は300歩ほど歩かねばならないことから、生ごみを入れたバケツを運ぶのは年寄り(殆ど同年代)にはかなりきつい仕事。

有料化や制約がつくようなら、いろいろな考え方の住民がいることから、無条件で賛成とはいかないかもしれないが、私としては、明日からでも始めてほしいと願っているのだが、横浜市の動きはいかがだろう・・・。(田舎親父)

2018年2月 6日 (火)

なんともみっともない話・・・

 1月31日のことなので話は少し古くなる。国会で民進党の議員が『アベノミクスが始まって五年たつが、エンゲル係数は顕著に上昇している。国民生活は苦しくなったのではないか』と質問したところ、デンデン首相曰く、『食生活や生活スタイルの変化』と答えたという記事をネットで見つけ、思わず本当なのという言葉が口から飛び出した。

 『エンゲル計数』とは、というのは、家計の消費支出全体に占める食費の割合であり、当然のことながら、この数値が高ければ高いほど、生活水準が低いということは、小学生の高学年で教わること。いわば国民の常識といって良い。

このネット記事が事実だとしたら(間違いなく事実だろうが)なんともお粗末な答弁である。

一国の首相たる者が、この常識を知らなかったはずがないとなると、これは悪質なすり替えだろう。しかし、この男は、云々をデンデンと読んだことや、杉原千畝氏の名前が読めなかったと伝えられているところから、ひょっとして『エンゲル計数』を知らなかったのかもしれない。これは想像することすらおぞましい。

このお粗末答弁については、政府御用達のNHKや読売新聞はもちろん、民放各社や朝日などの大新聞は完全スル-していたが、2月3日の東京新聞が『エンゲル係数 国民の暮らしを見よ』と社説で現政権を痛烈に批判。またまた東京新聞を見直す事しきり・・・。

 文才のない私が、社説の要旨をまとめるよりも、そのまま引用しておいた方が正確に伝わると思いそのまま引用しておこう。 

(東京新聞社説)アベノミクスによって国民生活は苦しくなった-。国会論戦で「エンゲル係数」を基にした追及があった。所得の伸び悩みや節約志向、生活苦が表れた指標だ。首相は国民の暮らしを見ているのか。/家計の消費支出全体に占める食費の割合が「エンゲル係数」である。高いほど生活水準が苦しい。/直近の二〇一六年は25・8%(総務省調べ)と二十九年ぶりの高水準だった。四年連続の上昇だが、最近三年の伸びが著しい。G7(先進七カ国)の中ではトップのイタリアに肉薄している。/先月末の参院予算委員会で民進党の小川敏夫氏が「アベノミクスが始まって五年たつが、エンゲル係数は顕著に上昇している。国民生活は苦しくなったのではないか」と質(ただ)した。/安倍晋三首相は「エンゲル係数は上昇傾向にあるが、物価変動のほか、食生活や生活スタイルの変化が含まれている」とかわし、むしろ雇用の改善を強調してアベノミクスを正当化した。だが、これは論理のすり替えでしかない。

エンゲル係数の中身をつぶさに見ると、三十~五十九歳は25%程度だが、六十代は約29%、七十代以上は約31%と、高齢者層の上昇が目立つ。/これはアベノミクスの円安誘導により肉など食品の価格が上昇した影響をまともに受けたためだ。/年金生活者にとっては雇用の改善はほとんど意味を持たない。超低金利で利息収入は増えず、物価が上昇すれば生活は苦しくなるばかりである。/首相の一日の動静を記す新聞欄を見れば、安倍首相が一流の料亭やレストランで家族や芸能人、財界関係者らと頻繁に会食している事実を窺(うかが)い知ることができる。/その生活ぶりとエンゲル係数に対する認識は無関係ではあるまい、などと言うつもりはない。だが国民の目にはどう映るだろうか。/厳然たる事実はアベノミクスが五年続いても賃金は伸び悩み、税金や社会保険料の負担増で多くの国民は疲弊した。一方で株や土地などの資産を増やす富裕層との間で二極化が進んだ。

 首相が述べた「食生活や生活スタイルの変化」とは総務省の分析結果であろう。すなわち節約志向が強まって食費以外への出費を抑えたり、急増する共働き世帯は調理済み食品や外食など時間節約の出費がかさんだことを指す。/つまり国民は総じて貧しくなった。アベノミクスをやめ国民の幸せを考えた政策に転換すべきだ。(引用終わり)

その通りである。横浜の片田舎の貧乏老人が『首相の猛省を促す・・・』と訴えても、届くはずはないのが、このままこの男が首相を続ければ、経済はもとより倫理面での格差も開く一方。これで良いわけはないのだが・・・。(田舎親父)

2018年2月 5日 (月)

続クロ-ン人間誕生序曲・・・

 残念というか、やはりと表現した方が良いのか、今朝の私にはわからないが、名護市長選では自民党の推薦候補が勝利した。選挙期間中、マスコミは殆ど状況を伝えなかったが、現政権のやり方はもう無茶苦茶と言っても良いものだったと聞こえてくる。

 国をあげて票獲得のために、有権者のホッペタを札束で張り倒す作戦は、私には公に選挙違反をやっていることではと思えるが、名護市民はどんな心境で選挙に臨んだのだろう。現政権の圧力で、やむを得ず棄権という選択をした人も多いのではないだろうか。

 自民党推薦候補に一票を投じた市民の中には貧しい人たちも多かったに違いない。その日暮らしの生活から脱出したいと願う気持ちは、痛いほどわかるつもりであるが、アメリカさまのポチのウンコの寄生虫になることを自覚していたとは思いたくない。

 過ぎ去ったことなので、今日はこれ以上のクチはやめて、先日つぶやいた『クロ-ン人間誕生序曲』について・・・。

読んだよという連絡が数人の方からいただいた。その中で、世間知らずの私とは違い、博学で発想が豊かな友人から、『中国の猿のクローンよりも、もっと驚くことがありますので、概要をお知らせしたいと思います』との前書きで知らされた文面にはビックリ。

 『ラエリアンムーブメント』という、言ってみれば無神論者の新興宗教団体があるのだそうだ。教祖はフランスの元F1レーサーのラエルと称する男で、弥勒菩薩(マイトレーヤー)の再現と言われているとのこと。日本にもその信者の団体があるのだそうだが、世間知らずを自認する私は、これまでこんな宗教名など聞いた事がない。

 その教祖の言うには、2万5千年くらい前に、他の惑星の科学者たちが遺伝子操作で地球人を作り、連れて来たのだから、遺伝子操作で人間のクローンを作りだすことには何の問題もないというから、世の中には凄い宗教もあるものだ。もっとも、日本にもオオム真理教など数々のトンデモ宗教があることを思うと、そんな宗教もあっても奇怪しくなさそうだが・・・。

彼の文面は続く。一時期、カナダにあるこの団体の遺伝子操作チームが、クローン人間の誕生に成功した、ということが発表したが、続報がないので、途中で死んでしまったのだろうと想像しているのだそうだ。

さらに驚く事は、皇太子夫妻にまだ子どもが無かった頃、彼らは宮内庁に手紙を送り『皇太子夫妻にはまだ世継ぎがいないようだから、我々がクローン技術で夫妻の子どもを作ってあげましょう』と連絡したというから、私には俄に信じられない。

この事について彼は、当時実際に彼らのホ-ムペ-ジに公開されていたので読んだという。もっとも今ではサイトが変わっていて、当時の情報は消えているのだそうだが。
 現在は104ヵ国で7万人以上の信者がいて、小国の王様など大金持ち信者が資金を提供しているらしいとのこと。彼の記憶によると、信者になるためには、所得の8割だったかを納めることが条件になっていたというから、これもオオム真理教など新興宗教と同じような気がする。

彼らはイスラエルに治外法権が適用される彼らの大使館を作り、そこに異星人を呼ぼうとしているという。最後に、『下記に彼らのサイトがありますので、ご興味がございましたら、お暇な折に覗いてみて下さい』と、サイトのアドレスが送られてきた。

面白そうなので『https://www.raelianjapan.jp/』にアクセスしたら、なるほど教祖らしい人物の映像と、彼の文面にある通りの話が掲載してある。そして、さらに深く知りたければ、無料購入するかインスト-ルしなさいとボタンが用意されている。

しかし、小心者の私の限界はここまで。それ以上深入りするだけの勇気はないが、ただ、これらの情報で、子どものころ、人間は宇宙人が作ったという話を何かで読んだか、誰かに教えられた記憶が蘇る。

最近、アメリカ大陸で30万年前の現世人類の祖先であるホモサピエンスの化石が発掘されたというニュ-スがあった事から、2万5千年前に宇宙人が人類を作ったという話との整合性が疑われるが、宇宙人を神と同一と解釈すると、日本神話もギリシャ神話も、何となくだが辻褄が合いそうな気がしないでもない。

そんな事を思っていると、『ブタの体内で人間の臓器を作る研究が進んでいる』という見出しに、いよいよかと背筋が寒くなる。

記事によると、アメリカの研究チームが、ヒトのiPS細胞をブタの受精卵に入れ、ヒトの細胞が混じった『キメラ状態』の胎児の作製に成功したのだそうだ。

またまた、はじめて耳にする『キメラ状態』という単語の出現である。早速調べてみるが、殆ど意味不明。一番やさしい言葉で綴っている解説でも、『生物学における キメラ (chimera) とは、同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっていること。またそのような状態の個体のこと』というのだから、私にはとても理解できることではない。

ただ、確実に神の領域に近づいていることだけは間違いなさそうだ。日本では現在、このような研究が指針で禁じられているとのことだが、果たしてどうなのだろう・・・。

同じ記事にも、東京大とスタンフォード大で、ブタなどでの膵臓作製の研究に取り組む日本人教授らは1月、ラットの体内で、マウスの膵臓を作り、糖尿病マウスに移植して治療することに成功したとある。

私が時代遅れなのだろうな・・・。(田舎親父)

2018年2月 3日 (土)

また政治の貧困さ故の・・・

 生活困窮者たちの棲家から火がでて、瞬く間に延焼。焼け跡から男女11人の死亡者が出るという痛ましいニュ-スに、またかと気分が悪くなる。

 記事によると、札幌市の『そしあるバイツ』という、元旅館を改造したアパ-トというか集合住宅的な木造の建物で、40~80代の16人が住んでいたとのこと。

大半は生活保護受給者で、家賃は3万6000円と相場よりかなり安い。75歳以上の後期高齢者が多く、足の不自由な人もいた。新たな住居や就職先が見つかるまで一時的に入居する場とされていたが、高齢のために介助の必要な人も多かったとある。

路上生活者らを支援する札幌の合同会社『なんもさサポート』という組織が運営し、生活困窮者が新たな住居や就職先を見つけるまで一時的に受け入れていたとあるが、生活保護を受けて介護が必要な人も多いという文面と、一時的という言葉の整合性に『?』を感じるのは私だけなのだろうか。

加えて、私の乏しい知識の中には『合同会社』という単語がなく、なんとも違和感を覚える。そこで、ネットでこの意味を調べてみると、『経営者と出資者が同一であり、出資者全員が有限責任社員』とある。

営利を目的にしないとは書かれていないところを見ると、NPOとは違うようだ。何故、NPOではなく、このような会社組織にして運営しているのか理解できないが、もしも、支援するといいながら営利も出していこうというなら、今盛んに言われている貧困ビジネスと呼ばれる類なのかもしれないという大変失礼なことも頭をよぎる。

そのことはさておくとして、全焼した建物は、築50年の古い旅館を改装して役所には『下宿』と届け出ていたという。今どき、複数人を宿泊させる設備で、『下宿』などという分類がある事が不思議な気がするが、消防法的にはスプリンクラ-はもとより消火器の設置の義務もないのだそうだから、このあたりがなんとも引っかかる。

当然のことだが、げ夜間には管理する側の人間はいない。暖房には石油ファンヒ-タ-を各部屋に置いておくことはともかく、普段から、1階中央部分の階段付近にファンヒーターへの給油用の灯油入りポリタンクが置かれていたというから、灯油の扱いは入居者に任していたようだ。

これはいただけない。私は自室の暖房には、いつでもコ-ヒ-が飲めるために、わざわざ煮炊きもできる旧式の石油スト-ブを使っているが、灯油の補給が一仕事。電池で動かすポンプを使っているが、必ず数滴の灯油が垂れてしまうのが悩みのたね。

そこで安全を第一に、鍵のかかる外の物置に管理し、補給はその前のコンクリ-ト部分で行うようにしているのに、廊下に灯油のボリタンクを置き、しかも、灯油の補給などを介護も必要な人にも任せていたとなると、この『合同会社』の責任は問われても仕方ないところ・・・。

ある新聞記事によれば、住居のない困窮者はピークの2003年に2万5296人だったが、16年には6235人へ減少したが、65歳以上が約4割を占め、70歳以上も13%。10年以上ホームレス状態の人も3割を超えるとのこと。ここでも高齢化が著しいことが読み取れる。

 住居を失うと、ハローワーク登録、アパートの入居手続き、年金受給手続きなどが困難になり、軽度の知的障害、精神障害がありながら、障害者手帳を持っていないため、福祉制度を利用できない人もいるとあるというのも、なんとも歯がゆい思いがする。

 このような弱者を助けたいと思う人や組織もたくさん存在することや、その多くは公的な補助金が十分に得られず、自ら資金を調達して活動していることは見聞きしている。この『合同会社』も、十分な運営費が確保できないため、今回のような古い旅館を改造した建物で困窮者を支援せざるを得なかったと信じたいが・・・。

それにしても、困窮者や高齢者の施設で多数が犠牲になる火災は何度も起き、その度に防火対策の不備や避難しにくい建物の構造が問題とされてきたのに、繰り返されるのは、私には、政治の貧困としか言いようがない。

 高齢や病気のため就労が難しく、やむえず生活保護を申請する人が増え続けているという。その人たちに住む場所や生活を支援する施策を充実させなければ悲劇は繰り返されることは明らか。

しかし現政権では、期待できないことも間違いなさそうだ・・・。(田舎親父)

2018年2月 2日 (金)

さて オリンピックは?・・・

 他人のたばこの煙を吸い込む受動喫煙対策について、厚労省が先日発表した『健康増進法改正案の骨子』には、本気かしら・・・と笑ってしまった。

厚労省には愛煙家の官僚がそろっているらしく、いや厚労族の議員たちからの圧力だろうが、この原案では東京都の飲食店の殆どでは、タバコを吸えることになりそうだから世論の動きとは全く逆。厚労省は本気で国民の命を守ろうなんて気がなさそうだ。

今回示された案は、店舗面積30平方メートル超を原則禁煙としていた当初案から150平方メートル超に大幅に規制をゆるめたもの。

となると、都内の飲食店の7割以上が店舗面積か100平方メ-トル以下ということぐらいは私でも知っていることから、ファミレスとかホテルなどのよほど規模が大きい店舗以外は禁煙規制の例外・・・。

タバコを吸う習慣がないので、健康被害といわれてもピントこないが、医学的にはタバコの害がはっきりしている上に、タバコの煙が存在する環境で、知らず知らずにそれを吸い込む受動喫煙も健康に被害があるどころか大勢の人が命を落していることも明らかになり、世界的には禁煙が標準になっているのだからこれはいただけない。

 2020年の東京オリンピックに向けて、国際オリンピック委員会(IOC)と世界保健機関(WHO)は,日本政府に『たばこのないオリンピック』を求めているというから、これでは、オリンピックは開けないということになりそうだが・・・。

 現在のようなカネ儲け命の輩が蠢いているオリンピックには開催そのものに反対している私には、この動きは大歓迎。中止や返上となれば万々歳だが、IOCそのものがカネ儲け命病に罹患しているのだから、この綱引きは面白くなりそうだ。

 私でもわかるこの背景。オリンピック命の日本オリンピック委員会(JOC)の関係者は、今回の厚労省の原案をスッキリと受け入れてはトンデモ事態になると心配していると信じたい。

さて、いかなる事になりますか。高見の見物とシャレこもう・・・。(田舎親父)

2018年2月 1日 (木)

名護市長選で辺野古NOを・・・

 『沖縄の人たちに寄り添う・・・』なんて言葉は、少なくとも沖縄のことを少しでも心配している人の口から発せられればまだしも、この男の口から出るとなると、それは間違いなく詐欺師の手口としか思えない。

 沖縄のアメリカ軍のヘリコプタ-事故が信じられないほどの確率で増えている。それどころか、こともあろうに小学校の校庭で体育の授業をしている最中に、児童の数m離れた場所に、ヘリの窓枠枠を落とすなんてことは絶対にあってはならないこと。

 アメリカ軍の司令官は、深く反省し再発防止を口にしたらしいが、数日後には、事故のあった小学校の上空を平気で飛行し、その映像を示されたら、カメラのアングルでそう見えるだけで上空を避けて飛んでいると主張しているというから、沖縄はアメリカの戦利品、沖縄の人民はアメリカの奴隷なのだから文句を言うなと言っていると同じでは・・・。

この問題では、珍しく防衛相は抗議したらしいが、それは見せかけだけで、アメリカ軍とのできレ-ス。抗議したのはたった一度、アメリカ側から、上空ではなく、20m離れた中学校との隙間の上空だったとのことで、ハイわかりました・・・はとは情けないにもほどがある。

以後、アメリカ軍に対する抗議の姿勢は見られない。少なくとも民主主義を標榜し、平和国家を憲法で高らかに宣言している国の姿勢に反することは間違いないが、現政権が、平和を守るという意思がゼロ。

そればかりではなく、日本の最高責任者たる総理大臣がアメリカのポチのウンコになりたいと、自衛隊をアメリカ軍の手足に差し出したいと画策しているのだから、抗議するなんて発想がないのは当たり前。なんとも悲しい話である。

横浜の片田舎の一人の貧乏老人がほざいても塵芥どころか、オレたちの言っていることがわからない奴はいるはずがないと驕り高ぶっているデンデン一家とその仲間たちの現政権に届くわけはないが、沖縄の人たちの悲しみと怒りは伝わってくる。

アメリカ軍の相次ぐ不祥事について、共産党の委員長が国会で、何故首相として強く抗議しないのかと質問したのは当然である。

その時親分の口から出た言葉が、書き出しの『沖縄の人々に寄り添って・・・』といういつものお馴染み文言。まともな神経ならばこんな文言が出るはずがないのに、さすがに自衛隊をアメリカ軍に差し出したい売国輩どもの寄り集まりの自民党の大将、自分たちがやっている沖縄へのいじめ政策が『寄り添っているつもり』なのだから笑えない冗談。

親分がこれだから子分たちはもっともっと沖縄に寄り添いたいと思っているらしく、内閣府の副大臣だというマツモトという東京選出の比例復活議員が、共産党委員長の質問の最中に、『それで何人死んだんだ』とヤジったというから神経を疑う。

この発言が問題になると、『誤解を招いた』とおなじみの言い訳をしたらしいが、誤解の余地など寸分もない、国会議員として資質を欠く暴言。この事態に、デンデン親分は現在行われている名護市長選挙に影響してはトンデモ結果になると真っ青になったらしい。

早速、マツモト議員を更迭し、またまた『沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、基地負担の軽減に全力を尽くします』と発言したという。『寄り添う』ということが、辺野古の美しい海岸を、『ポチのウンコにしてもらいために何がなんでも埋め立てを進める』と同義語とは、なんとも心が冷え冷えとしてくる。

東京新聞の社説の一部に次のような文章がある。『松本氏の辞表が受理された二十六日、小渕恵三内閣で官房長官を務めた野中広務氏が亡くなった。自ら戦争を経験し、沖縄戦や米軍基地の集中など苦難の歴史を強いられてきた沖縄に思いを寄せてきた政治家の一人だった。/自民党内にも沖縄に寄り添う政治家は何人もいた。今、そうした議員がいなくなったことが、県民の思いを酌まないやじを生む要因になっているのだろう。松本氏個人の問題とは言えず、根が深い』、その通りと納得させられる。

 沖縄県民が日本国憲法にうたわれている『基本的人権』を得るためにも、札束ホッペタ作戦をなりふり構わず打ち出し、デンデン一家の傀儡人物を担ぎ上げている名護市長選では、辺野古の海岸埋め立てNOと立ち上がってもらいたいものである・・・。(田舎親父)

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