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2018年7月

2018年7月31日 (火)

天変地異の前兆では?・・・

 今回の台風12号には驚かされることばかり。

 日本の南の太平洋上で熱帯低気圧が台風12号になったというアナウンスを聞いたのは一週間ほど前のこと。

1時間に10キロの速さで北寄りに進んでおり、週末の28、29日にかけて本州付近に接近、上陸する恐れがある。気象庁は気象情報に注意するよう呼び掛けているといういつもの気象情報である。

当時の記録を繙いてみると、気象庁によると、台風は25日午前9時現在、沖ノ鳥島の近海を北北西に進んでいて、中心の気圧は998ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は18メートル、最大瞬間風速は25メートルとのこと。中心から半径110キロ以内は風速15メートル以上の強風域になっているとある。

 ここまでは何の変哲もない台風情報であるが、翌日になって、突如気象庁が『寒冷渦』という、今まで耳にしたことがない言葉を使い始めたことにビックリ。興味を持って、テレビ各局の気象予報士たちの解説を聞くようにしたが、その時点では気象庁の発表通りの『寒冷渦に巻き込まれるような動き・・・』という表現が多かった。

 『寒冷渦』は偏西風の蛇行によって、冷たい空気が閉じ込められたものだという。渦の動きは左回りだとのことだから、低気圧といえそうだ。しかし、非常に冷たい空気が渦を巻いているとなると、中心部では下降気流が起きるはず。

 大昔のことであるが、気象学のゼミに所属し、『寒冷前線と山岳地形』だったと記憶している卒論を提出たことがあるので、一応は気象のごく初歩的な知識は持っているつもりだが、下降気流を持つ低気圧とはなんとも納得できない。

下降気流が起きると、下方にいくと気圧が高くなるはず。どうやらこの『寒冷渦』というものは、低気圧と高気圧の両方の性質を有していることになりそうだ。

左回りの台風と左回りの寒冷渦が接近すれば、頭の中では不可解な動きをするだろうということは理解できる。が、寒冷渦はこれまでも存在していたという解説を信じる限り、こんな台風は過去にもあったはずではないかという疑問が頭をよぎる。

台風の進路は高気圧の張り出し方と同時に、時の偏西風の速さや向きなどの動きと関係することは理解しているつもりである。本来なら気象現象は西から東に異動するのが常であるが、台風に限っていえば、高気圧や偏西風の状態で進路が微妙に変わり、特に発生が8月以前の台風ではいったん北上して日本列島に向かいながら進路を西に変えることは稀ではない。

これも今までは高気圧が強過ぎたからだということでわかったつもりでいたが、関連渦のイタズラたった可能性は否定できないのでは・・・。

そのことは深く考えても、私の持っている過去の知識では絶対に解明できないことは明らかなので諦めることにするが、それにしても、台風12号の動きは今までの常識とは全く違って、八丈島付近から西に急旋回。伊豆半島をかすめるように西進したものだから、神奈川県の沿岸から熱海・伊東などの海岸ではトンデモ災害がおきたのだろう。

さらに、台風は紀伊半島を横切り、瀬戸内海には入り九州に際上陸。しかもそこでまたまた進路を左回りに変えて九州の西海岸に沿って南下、屋久島付近に停滞しているというからなんとも迷惑な話である。

先日の大雨で甚大な被害を被った被災地は、雨量が少なかったことがなによりの幸いであるが、今回のような強い『寒冷渦』が今後も発生する可能性はないはずはない。となると、台風の進み方はもとより、被害の防ぎ方などが根底から崩れることになりそうだ。

現在の心境は、『寒冷渦恐るべき』というところと同時に、この台風に不吉な兆しを感じてならないのだが・・・。(田舎親父)

2018年7月30日 (月)

全員の死刑執行には?・・・

 オオム真理教の教祖アサハラ以下7人の幹部たちの死刑が執行されたのは今月6日だった。前夜には、死刑執行の命令権がある現政権では数少ない女性の法務大臣はデンデン親分始め現政権の閣僚たちと大宴会をしていたというから、この御仁は凄い神経の持ち主らしい。

この日は、西日本大水害の始まりの日。気象庁から特別警戒警報が出されていたことも忘れたくない事実である。

この大宴会は、過労死者激増法案や参議院議員定数を6増、カジノ法案を強行採決など、デンデン政権のトンデモ法案を数の力で成立させたお祝いなのだろうが、副官房長官が宴会の様子をツインタ-に投稿したことから国民の知るところとなり、大顰蹙をかったものであるが、カミカワという法務大臣はその席で、デンデン親分とグラスを交わして乾杯をしていたというから寒気がする。

大宴会に集まって議員たちの心には、異例の大雨警戒警報も知ったことではなく、自然災害などは二の次三の次というデンデ一親分に身も心も捧げておけば、お情けが受けられるという魂胆が住み着いているのに違いない。

 それから20日後の26日、己斐風12号は今までの台風とは全く進路が違い、東から西へ進み、関東から近畿中国四国に重大な被害をもたらすだろうと、再び気象庁が重大な警戒をと記者会見までしていたのにもかかわらず、カミカワ法務相はシラッとした表情と口ぶりで、オオムの残っていた6人の試験を執行したと発表していた姿に、改めて、この女の神経は正常なのかと疑ったものである。

 オオム真理教が行ってきたことは明らかに重大な犯罪である。しかし、何故優秀な若者たちが、アサハラという男に身も心も捧げてしまったのかということが未だに全く理解できない。このことは、私だけではなく誰もが持つ正直な気持ちではないだろうか。

 アサハラという絶対教祖は裁判では、『信者たちが暴走したもの』と、部下に責任転嫁したと報じられているが、恐らく事実だろう。どうもデンデン親分と同じ血が流れているように思えるが・・・。

この一言でも、死刑の是非を議論する必要があると考えている私も含めて、大多数の国民の気持ちの中には、『アサハラの死刑は当然だろう』という認識を持ったのではないだろうか。

しかし、アサハラに面と向かって命令されたかどうかは別にしても、アサハラに忖度して殺人行為を行った部下全員に、アサハラと同時かほぼ同時に死刑を執行して良いとはとても思えない。

誰かが『アサハラと他の死刑囚とは、罪の重さが天と地ほど違う』と語っているそうだが、全くその通りである。何も急いで死刑執行するのではなく、12人の死刑囚とじっくり向き合って、『何が自分を狂気にさせたのか』という解明が必要だったことは疑いのない事実。

繰り返しになるが、現在政治の舞台で流行っていることは、『デンデン親分に忖度していればおこぼれが回ってくるという』ことは悲しい事実。現政権の閣僚たち始め各省庁の閣僚たちは、親分の思っていることややりたいことを推し量って、ウソをつくのが当たり前になっていることは私のような政治音痴の貧乏老人でも感じること。

カミカワ法務相は、死刑を執行するのは役目だから仕方ないという気持ちがあったことは否定する気はないが、誰が考えても『天は地・月とスッポン』ほど違うのにも、最高裁が死刑を言い渡したことはもとより、6日に7人、26日に残りの6人の死刑執行したことに、単に神経が奇怪しいだけではないもっともっと大きな背景があったと考えた方が理解しやすいのでは・・・。

美味く表現できないが、何故アサハラという男に身をこころも捧げたことを解明すればするほど、現在の持つ矛盾が明らかになることは疑えない。その矛盾を利用して磐石の政治体制を築いてきた現政権にとっては好ましいことではなさそうだ。

となると、デンデン親分の気持ちの中に、『もう、オオムの利用価値はなくなった』、あるいは『アサハラと自分が同じように見られるのでは・・・』という意識があり、それを忖度しての同時死刑執行ではなかっただろう。事実であれば、これほど恐ろしいことはない。

死刑囚との面会が親族以外は困難だったという。ある専門家は、『彼らがなぜ教祖を信じ込んだか、プロセスを語る証人なので、時間を書けて話を聞いて事件を研究する必要があった。カルトとは何か、テロとは何か、教訓として後々につなげていかなければいけなかった。オウムと関連事件の解析と研究が進まなかったことは残念』と語っている。

親族以外に面会させないのだから、真相解明には後ろ向きとしか思えない。絞首刑で命を落した死刑囚たちは,アサハラに騙されただけではなく、デンデン一家には真実を話す機会を奪われたことになる。

もう一度繰り返すが、アサハラと他の12人の罪は、全くその質が違うことだけは間違いない事実である。(杉)

2018年7月27日 (金)

8050問題?・・・

 今も学校で語られているかどうかは定かではないが、私の現役の頃には、『8020』という標語?が盛んに使われていた。

当初、私は何のことなのだろうと疑問を持ったものだが、養護教諭から『誰が言い出したのか知りませんが・・・』と断りが入ってから、『人生80年時代、歯がないと食べ物を美味しくいただけないから、80歳になっても自分の歯を20本残すことが大切という意味なのですよ』と説明を受けてなるほどもっともと納得したもの。

現在流行している4つの数字を並べた標語?は『2020』らしく、毎日のようにテレビデ流れている。これは『2020年の東京オリンピックを成功させよう』という意味であることは私でもわかるが、このところ時に『8050』という標語?を目にすることが多いのが気になるところ。

しかもこの『8050』は数値だけが示される場合は少なく、必ずと言って良いほど、『8050問題』と、数値の後に『問題』という文言が入っているのが特徴である。

初めて目にしたときは、何のことなのかさっぱりわからなかったが、記事を読んでみると、80才代の親と引きこもりる50才代の子どもの『問題』とのこと。50歳になってもひきこもる人が、問題になるほど多いのかと『?』をもつものの、確かに、親の年齢は80歳前後になるだろうと思うと、数値の後に問題がつくのは当たり前だろう。

私がこの『8050問題』を知ったのは、朝日新聞の記事だったような記憶があるが、その時は、『8050問題』の意味はわかったが、幸いなことに私とはあまり関係しそうでないとさほどのインパクトは感じなかった。

しかし先日、ネットでこのことが取り上げられており、冒頭に『30代の引きこもりは22万人以上いるという』という一文に、改めてこんなに多く人が、30代になっても引きこもっているのかと知り、その人たちが引きこもったまま50代になったらと考えると、なるほど大問題であること改めて感じたところ。

最近は晩婚が当たり前。当然のことながら子どもを産み育てる年齢も高くなり、40代で初めて親になるという夫婦も多く、私の息子もその一人。現在一人息子の親になっているが、その息子はまだ4才で幼稚園児。この子が社会人になる頃は、親はすでに定年を迎えているはずだが、万が一、引きこもりになっていたらと想像するとゾッとする。

今のところその心配はなさそうだが、この先何が起きるかわからない。一般論として、記事にある通り、30代になっても引きこもっている人たちの親の年代が60代が多いとなると20年後には80代。

平均年齢から推測すると、存命している確率も高いがが、その場合でも、ほぼ全員はリタイアして年金生活に入っていることは間違いない。年金生活者の私には、年金がドンドン減らされている現状から、とてもではないが、50代の子どもの生活を支えることなどできるものではないことは十分理解できる。

記事は、そのとき、引きこもりの当事者はどうなるのだろうかと問いかけている。そんな『8050問題』が、いよいよ社会に広がろうとしていると警鐘を鳴らし、ある当事者の声として、『親が死んだら自分も死ぬしかない』を一例として、それを、『自己責任だとして社会は彼らを見放していいのか、何か手立てを講じるべきか』と、近い将来確実にやってくる『8050問題』を取り上げている。

記事には深刻な例をいくつもの紹介する形で述べている。私が本気で考えても解決策が見つからないことは十分分かっているが、最近、全国で『親殺し・子殺し』事件が多発していることを考えると、これも『8050問題』と深くかかわりがありそうだ。

なんとも住みにくい世の中になってしまったものであると、またまた愚痴っぽいつぶやきになってしまう今朝の私・・・。(田舎親父)

2018年7月26日 (木)

デタラメもここまでくると・・・

 西日本の大水害など知ったことではないないとばかり、夜な夜な宴会三昧の自民党のデンデン一家の国会運営は、過去にも例を見ない数の力を見せつけて強行採決の連続。

過労死確実法案に続き、参議院議員の6増というデタラメに加えて、カジノ・バクチ法案を成立させたが、国会が終わったら、命の危険がある酷暑が続いていることを良いことにして、そんなことやりましたっけ・・・という態度で、すっかり過去のものにしてしまっている。マスコミもそれに追随して、政治の話は視聴率に合わないとばかり、被害者への同情記事ばかり。なんとも虚しさを感じる今日この頃。

 過労死法案やカジノ・バクチ法案については、金もうけ命の輩が権力を握っている経済界やバクチ業界から成立させろという声が上がっていることから、ある意味利権がらみの強行採決は仕方ないところもあるかも知れないが、参院議員の定数増については、どこからも要請はなく、自民党のご都合そのものとなると、もうメチャクチャと表現しても差し支えない。

 そもそも日本の国会議員の選出基盤は都道府県を単位として選挙区を構成していたことから、人口激減の過疎県であっても、最低一人は選出するのは当たり前だったが、地方の過疎化と首都圏の人口増が急激に進み、ついには一票の格差が3倍を大きく越えたことから最高裁から違法状態という曖昧判決に、政界は動かざるをえなくなったというところ。

仕方なく、とりあえず3倍以下にすれば良いだろうとばかり、深く検討しないままに、隣り合う過疎の二つの県を一つの選挙区として、『合区』を強引に作ったのは自民党だったことを忘れてはならない。

 そして前回、この方式で参院選挙が行われたが、もともと過疎県は自民党の牙城。参院は、3年後とに半数が改選されるのだから、前の選挙でどちらかの県から選出された議員は、合区となると自民党の公認候補からはみ出してしまうことになる。

 こんなことは始めから分かっていたはずなのに、とりあえず何とかしなければということで合区にしたのだろうが、このままでは、合区になった選挙区では、現職自民党議員のどちらかを公認できないことになる。

以前、私は県単位の議員は必要ではとつぶやき、そのためには鳥取県の人口を基準として、定数決め決めれば良いと述べたことを思い出す。当然、参院の議員数は倍増するだろうが、議員報酬などを含めた参議院全体の運営費を現在と同じに据え置けば、やる気のある市民が立候補するだろうから、面白い議員構成になるだろうと語ったもの。

ところが、今回自民党が選択したのは、合区の選挙区で、自民党公認で立候補できなかった現職の議員を、何としてでも助けるというまことに身勝手な発想だから許し難い。

こんな事態になることを事前に見越していたとは思えないが、比例選出という訳のわからない制度を作っていたことから、合区の自民党選出議員はどちらかを選挙区から立候補さて、もう一方を比例区に回した上で、確実に当選させられために、あらかじめ政党が比例名簿に順位をつけておく『拘束名簿式』を打ち出した。

比例区に回った現職議員は、投票数に関係なく必ず当選できるのだから大歓迎というところだろう。悪知恵もここまでくれば、凄い一言。しかも、2増ではなく4増というからデタラメの究め。国民の存在など全く無視したものである。

格差を何とか3以下に押さえるという理由だけで、埼玉県に2人の議員を増やして、3倍をわずかに下回る数値を確保したようだが、恐らく、来年の参院選の頃には、合区の4県の過疎化はさらに進み、首都圏の人口は一段と増えることは確実だろう。3倍以上の選挙区が出てくることはあり得ること。

となると、またまた最高裁は『違憲状態』という訳のわからない判決を出すのだろうがさらなる合区を作り、またまた比例増で誤魔化すとでもいうのだろうか。

こんなバカな政治を否定しなければ、国民生活は良くなるはずがない。来年の参院選では、国民はこぞって投票所に足を運び、自民党にNOを突きつけなければ、自民党の特に現政権は驕り昂り、公の政ごとは全て見捨てられて、デンデン一家のためのデンデン一家の政治になることは間違いないところ。

カネも権力も地位も名誉もない横浜の片田舎の貧乏老人には、『神様・仏さま、早くデンデン一家の息の根を止めて下さい』と祈るしかないのが悲しい限り・・・。(田舎親父)

2018年7月25日 (水)

『節電』という言葉が消えた?・・・

 連日の凄まじい暑さの話題がテレビ各局のニュ-スのトップになっている。このことも異常だが、そのニュ-スを当たり前に受け止めている私自身に驚く毎日。

 そして必ずアナウンサ-から発せられる言葉が、これまでの定番の『熱中症にならないように、こまめに水分を取ること』に加えて、『塩分』が入っていることも各局共通。

 さらに今年の最大の特徴が、『エアコンをためらうことなく使うように・・・』という一文が加わる。

改めていうまでもないが、国民のほとんどがあの福島原発事故を経験し、『原発がストップしたので電力不足になる』という、明らかなウソを平気で垂れ流して、『計画停電』という奇妙で奇天烈な政策を押しつけたことを忘れてはならない。

その時、いやと言うほど強要されたのが『節電』という言葉とその実行。政府の魂胆が分かっていても、国民の多くは停電になったら困ると無意識的に思い込まされて、節電にこれ努めたことも忘れたくない事実である。

特に高齢者は『節電』するためには、『我慢』すれ良いと思いこみがちなのは、我慢は戦後の混乱期を生き抜いたことで身につけた、いわば日本人高齢者の特技と言っても良い代物だからだろう。

電気を節約するために、多少暑くても、また寒くても『我慢』すれば良いだけとばかり先ずはスイッチを入れない、冷暖房器具をできるだけ使わないという意識が生まれるのは多くの日本人高齢者の共通の特性では・・・。

特に、30℃程度なら、扇風機や極端な場合団扇で間に合うと思いこみ、せっかく設置していてもスインチを入れない習慣が当たり前になっているようだ。

そして最近のメデヘア情報によれば、エアコンが設置してある室内でも連日熱中症で倒れる高齢者が後を絶たず、そして死亡するケ-スが稀ではないという。悲しいことだが、高齢者のこの習性が仇になっているようだ。

政府としてはこれ以上高齢者を熱中症で殺してはトンデモ自体になりそうだと思ったのらしく、『節電』という言葉を意識的に忘れた振りをして、マスコミに『ためらうことなくエアコンのスイッチを入れろ』と言わせているのだろうが、十分過ぎるほどの電気の供給が可能だという背景があるに違いない。

特に東京電力関内では、原発は一基も稼働していない。にもかかわらず、エアコンをためらわず使っても電気量は十分足りていることを端的に現していることになる。なのに、原発をなんとしても再稼働させたいとい姿勢は、よほど原発利権が手放せないということに違いない。

この猛暑がいつまで続くかはわからないが、このまま数日続けば、高齢者の熱中症による死亡は確実に増えだろう。

ここまで我慢することが美徳だと擦り込まれた高齢者がためらわずにエアコンのスイッチを入れられれば良いのだが、そんなに簡単な問題ではなさそうだ・・・。(田舎親父)

2018年7月24日 (火)

猛暑がバカを作る?・・・

 今年の暑さは異常も異常。昨日は埼玉県の熊谷で、41.1℃と、これまでの日本の最高気温を超えたというから、信じられないとしか言いようがない。

横浜の片田舎で仙人的生活を楽しんでいる後期高齢者が目の前に迫っている私にとっても、よくぞ熱中症にならずに毎日を過ごせているものだと感心するほどの猛暑・酷暑が6月末に発表された梅雨明け宣言以来 ほぼ一月間連続している。

豊田市の小学校で、校外の公園に虫取りに出かけた1年生の男子児童が、熱中症の重度の症状である『熱射病』で亡くなった事件が、連日マスコミが取り上げていることから学校の暑さに対応に国民の関心が高まっている。

ある学校においては、水筒持参もまかりならぬとのネットの書き込みもある。今どきそんな学校があるのかと疑りたくなるが、登下校の途中では飲んではならぬという決まりを作っている小学校があることは私も知っている。

今の水筒は、昔私が使っていたような水筒とは違い、魔法瓶というか完全断熱になっているため数時間は冷たい水を飲めるのだが、その分、当然のことながら重くなり、中には、大丈夫なのと思うほどの大きな水筒を抱えて登下校している子どもの姿を目撃するのも稀はない。

教室の冷房については、都道府県はもとより小中学校を管理する区市町村にかなりのバラツキがあることは知っている。組長さんたちは児童が亡くなったことから、できれば全ての教室にク-ラ-を添えつけたいと思っているに違いないが、予算的に厳しく、未だにゼロとい自治体もあるらしい。

その内情はよくわからないが、自治体内の学校で差ができてしまったら教育の機会均等うたう憲法に違反するとの声が生じることは当然だろうから、設置するなら100%を目指すとなると、なかなか踏み切れないものがあるに違いない。

ところで、今年6月にNBER(全米経済研究所)が『温度と学力』の関係を調査した結果を発表したというニュ-スに目が留まる。そこには、平均最高気温が年1℃上昇すると、子供の偏差値が約0.045低下するとある。

調査を行うきっかけは、アメリカでは南部の地域ほど学力の低下が見られ、これが事実なのか調べてみたのだそうだが、その結果は予想通りで、気温が高い南部と北部とを比べてと、北部の子どもたちの方が明らかに学力が高いというから驚きである。

本当ならトンデモ理論がまかり通りそうだ。この理論に従えば、北海道の子どもたちは賢くて、九州・沖縄の子どもたちはバカが多いことになりそうだが、そんなことがあるはずはない。しかし、冷房が効いた中で学習する方が効率が上ることは、具体的な数値は示せないが、経験的に間違いないと断言できることから、猛暑が続くとなると、ク-ラがないと学習効率は著しく悪くなることは間違いないだろう。

今年、最初に40℃を突破した、多治見市の小中学校のク-ラ-設置校はゼロだということも何か引っかかる。多治見市の学力テストの結果がどうなのか知らないが、多治見市民としては気になるところではないだろうか。

昨日、40℃を越えて日本一暑い都市の地位を改めて全国に示した熊谷市の組長さんは、なんとしても全校にク-ラ設置を急がなければと気分を引き締めているのではないだろうか。

ク-ラ-設置について、私には懺悔しなければならない過去がある。今から、30年も前になるが、初めて校長職についたのは東京の大田区で一番古い歴史を持つ大森第一小学校だった。この地域は以前、羽田空港の飛行ル-トの下に当たっていたらしく、私が赴任した当時は窓が分厚いすりガラスで完全に覆われていた。

後でつけた暖冷房のダクトが廊下の天井につけられていたので、廊下の天井高は2m以下の低さ。そのため校舎全体が薄暗く、教員はもとより子どもたちの表情もいま一つ冴えなかったので、なんとも鬱陶しい思いを持ち続けていた記憶が蘇る。

何度も教育委員会に、何とかしてほしいと懇願したが、校長ごときの発言に耳を貸さないのは全国共通の話であるが、当時の教育長が何故か私を随分買ってくれていたらしく、ある日、『まだ公表していないが、区内で初めて二重窓の校舎の建て替えることになっており、大森第一が対象になっている。お前さんを校長にしたのはそのことがあったからだ・・・』と打ち明けられてビックリしたものである。

そこからは実に面白い展開で、自論の『学校は地域のもので、児童が学習する時間帯だけお借りします』という発想で、区と設計事務所、そして私の3者で、以後1年間、毎週火曜日の午後欠かすことなく協議の場を持ったもの。

結果的には今でいうバリアフリ-、エレベ-タ-を設置した小学校を作ったが、当時の私には、将来的にここまで気温が上がるとは想像できなかったことが情けない話で、オ-プンスペ-スを基本にしていたこともあって、ク-ラ-は必要ないと言う結論を出してしまった。

今思うと、ザンゲそのもの。時に、当時のPTA会長や町会の役員だった人たちは顔を合わす機会があるが、そのとき必ず出ることは、『何故、ク-ラをつけなかったのか』というお叱り。そのため、せっかくの誇りはすっかり消えてしまっていることも思い出し、残念の一語に尽きる。

いつまで続くかわからない猛暑に、またまた意味不明のつぶやきになってしまったが、学校の設計に深くかかわったことを思い出してしまった。実に面白い経験だったので、このことはまたいつか・・・。(田舎親父)

2018年7月23日 (月)

5年後の横浜には・・・

ついに、カジノ法案が可決してしまった。早速、全国で4都道府県の都市が誘致に名乗りを上げているというから、なんだかなあ・・・と嘆きたくなる。

 大阪と和歌山、そして北海道は、組長やその県には自民党の大物議員が存在することから、政治音痴の私でも何となく納得できるが、長崎県が手を挙げていることには大きな違和感を覚える。

 なんでもハウステンポスという観光施設に併設するとの案らしいが、長崎は広島と共に原爆の被災地・平和都市のシンボル。私としては、負けた人の懐を当てにするような、品のない政策を打ち出してほしくないと強く願うところ・・・。

 平和とカネ儲けはまったく別問題だとお叱りの声が聞こえてきそうだが、私はカネ儲けにも、人間としての矜持が必要だという強い思いがあるために、バクチというわが国で古くから公的に禁止されている人間の弱さ・心の病につけ込み、それを財源に当てると言う方法は許してはならないと思っているからである。

 日本人は世界でも有数のバクチ過ぎな国民だという。公的には禁止されていながら、勝負事にはなんでも賭けないと気がすまないところがあり、今では全く興味を失っている私であるが、昔は仲間うちでのささやかな楽しみだった『マ-ジャン』でも、ほんの少しの掛け金ル-ルがないとやる気を失ったことを思い出す。

以前の繰り返しになるが、私はラスベガスをはじめ世界各地に存在するカジノがどんなものか知らないが、映画や小説の世界で想像するに、華やかさが自分の心を失わさせ、のめり込む感覚になる程度のことは想像がつく。

カジノの間に立つと、そこに出入りできることが、富裕層の証だと言う快感が体中を突き抜けるに違いない。経済的にさほど余裕がない人でも、近くにカジノができたら,一度ぐらい入りたいものと思う人々も少なくないだろう。

そんな人々をタ-ゲットに虎視淡々と日本進出をねらっているカジノ業者が多いと言うことを、ネットメディアが伝えている。

 記事によると、ラスベガスで最大規模のカジノ『MGMリゾーツ・インターナショナル(MGM)』を運営しているアラン・フェルドマン上級副社長は『ここ5、6年、進出をめざして日本を往復してきた。大阪のような都市なら、100億ドル(約1兆1千億円)規模の投資になる見込みだ』だとコメントしているとのこと。

ある情報によれば、この人物はトランプ大統領のタニマチ的な存在で、トランプ大統領を通じて、日本にカジノ解禁を迫ったのだそうだ。なるほど、デンデン政権が西日本の集中豪雨の大災害をほとんど無視して、数の力でカジノ法案を成立させたことから、トランプとの約束が優先したことは、少し想像力を発揮すると見えてくる。

また、このラスベガスのカジノ王は、潜在力はマカオやラスベガスを超える可能性がある証拠として、巨大なパチンコ市場を生み出した日本は有望株だと言及しているというから、他のカジノ運営会社はこぞって参入してくることは間違いなさそうだ。

ところで、今のところ、最もカジノ誘致に力を入れているのは大阪であり、ほぼ間違いなく大阪にできるだろうと言われており、横浜という名前は表面にはでていない。

しかし、東京との位置関係から、デンデン政権にとって横浜は最適地に違いない。しかも、鵺顔の官房長官は横浜選出で、しかも現市長と親しい間柄だと言われているところから、いつ横浜の名前が飛び出しても奇怪しくない。現市長は、先の市長選挙では、徹底的にカジノという言葉を使わなかったことも暗い予感がする。

カジノが作られるのは20年代の前半らしい。当面は全国で3ケ所と言うが、それ以後の規制はないと言うから、長崎でも誘致するとなると、今後、自治体の財政が行き詰まっていることから、この際キレイごとは言ってられないとばかり、全国の都市が我も我もと誘致希望を表明する可能性は大。

数年後、横浜の港近くにカジノが現れて、夜な夜な怪しげな輩が出入りする光景は、想像したくない。何よりも、私が大好きな『横浜の片田舎』という文言が、自分の矜持として使えなくなることは阻止したいものである。(田舎親父)

2018年7月20日 (金)

殺さないと前に進まない国?・・・

 連日の猛暑に、かなり暑さに強いと自認している私でもかなりバテ気味になり、ク-ラ-に頼る日が続いている。

 それでも、ここは横浜の片田舎の山の中。超夏向きのオンボロ我が家では、夜になれば軍と気温が下がり息を吹き返すことができるが、コンクリ-トで固められた都会では、ク-ラ-なしでは寝つけないのでないだろうか。

 一昨日などは、岐阜県多治見市で40.7℃、今日とでは8日続きの38℃越えで、昨日は39.8℃というから、今日との夏を知っている私でも想像に絶する値。り。

5年程前に、高知県の四万斗で40.5℃と発表された時には、日本中からウソだろう疑問の声がでたらしいが、今回は無条件に納得したのではないだろうか。いやむしろ、暑さ日本一を誇る熊谷や館林などが40℃越えがないのが奇怪しくないという声さえ聞こえてくる。

 そんな中で、一昨日に2020年の東京オリンピックの協議日程が決まったというニュ-スが流れていた。

20年7月24日から8月9日まで17日間に、史上最多の33競技339種目が実施されるのだそうだ。こんな日程を決めた輩の脳味噌はくさっているのかも知れないが・・・。  

中でも、この酷暑の中でホントにマラソンを行うのだろうかという素朴な疑問が頭をよぎるが、マラソンはオリンピックの花ということで、競技開始の時間を午前7時にして開催するのだそうだ。

何度も繰り返しているが、私はオリンピックには全く関心がないので、どうぞご勝手にというところであるが、最近は、熱中症で救急搬送されるということが、NHKはもとより民法各局のニュ-スやワイドショ-の最初のテ-マになっているほどの猛暑が続いているとなると、2年後はさらなる暑さにならないとも限らないことから、もしも、暑さで人が死んだら、誰がどう責任をとるのだろうと、要らぬ心配をしてしまう。

そんなことをぼんやり思っていると、昨日の朝、ネットでトンデモ記事を見つける。ヨミウリ新聞が報じたらしいが、717日に政府がマラソン元五輪代表の瀬古利彦氏らによる有識者会議の初会合を開いたところ、猛暑対策として『打ち水』や『浴衣』などが提案され、マラソンコ-スの沿道で実行するのだそうだ。

『有識者会議』は、日本ならではの暑さ対策として、観光PRにも生かしたいと打ち水のほか、浴衣やよしずの活用などが浮上しているとのことだが、政府が招集する有識者会議のバカバカしさをこれまでも知らされているので、ただ『アホカ』という言葉しかでてこない。

確かに、打ち水や浴衣は何となく涼しい感じを与えることは否定しないが、これが流行った江戸時代と現在とは日中の気温が違う。詳しく調べたわけではないが、私が子どもの頃は、30℃などはめったにお目にかかる数値ではなかったことから、江戸時代ではもっと低かったと想像している。

それが現在は、横浜の片田舎でも連日33℃°越えは当たり前、東京や横浜の都心部では軽く40℃を越しているのだから、打ち水で気温が一挙に下がるとは思えない。

むしろ、暑さを覚悟で大勢の人が集まる沿道では、熱気がピ-クに達しているとなると蒸し暑さをさらに高めるだけで、救急搬送される人の数を増やすだけではないだろうか。マラソンコ-スでは交通異性で救急車もたどり着けない可能性も大きいとなると、死人がでても奇怪しくないのでは・・・。

まして、直射日光の当たる場所での浴衣姿など誰が好んで着るというのだろう。早速、ネットでは『竹槍で爆撃機に突っ込むようなもの』という書き込みがあったそうだが、なるほどもっともと変に感心してしまう。

 またまた『日刊ゲンダイ』の記事になるが、この大衆紙曰く、そもそも東京五輪は、五輪招致委員会が『この時期の天候は晴れる日が多く、かつ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候』とIOCをだましてもぎ取ったビッグイベントで、イギリスのタイムズ紙は今年1月、『東京五輪では選手だけでなく観客も極度の蒸し暑さによる熱射病で死亡するリスクにさらされている』と報じているとのこと。

 その通りだと納得する。しかも、『熱中症』ではなく『熱射病』と表現していることも、私には不気味な警告と受け取れるのだが。

 先日、愛知県豊田市の小学校で行われた校外学習で、1年生の男児児童が熱射病で亡くなったことから、世間が大慌てで動き出したが、この国では、人を殺さなければ何事も改善しないことが当たり前になっているのは悲しい事実。

死人が出る可能性が確率が大きいのだから、2年後のこの時季でのオリンピックは返上した方が無難だと思うのだが、オリンピック命の輩にはそんなことすら考えることもできないようだ。

どうしても開催したいのなら、せめて半世紀前の東京大会のように、10月にずらすべきだと思うのだが、こちらもいう方が無駄か・・・。 

しかし、人が死んでも東京都はもちろん、国も組織委員会も、『遺憾』という一言で片づけることを許して良いとは思わないのだが・・・。(田舎親父)

2018年7月19日 (木)

日本人が中国でスパイ行為?・・・

 朝日新聞の記事にある、『中国各地で2015年以降に日本人がスパイ行為などを疑われて相次いで拘束された事件で、遼寧省丹東市の中級人民法院(地裁に相当)は13日、丹東で拘束された神奈川県の50代男性に対して、刑法のスパイ罪などで懲役5年の実刑と服役後の強制国外退去処分などの判決を言い渡した』という一文に、なんとも不吉な気分にさせられる。

 何故かといえば、少し前の日には、同じ事件で拘束され起訴されていた8人のうち愛知県の50代男性に対しては浙江省杭州市の裁判所が、懲役12年の実刑を言い渡していたことをやはり朝日新聞が報じていたからである。

 記事には、この男性は在日朝鮮人の父と日本人の母と一緒に北朝鮮に渡ったが、その後脱北して01年に日本に戻り、日本国籍を取得したとある。また、男性は、日本の政府筋の情報機関と以前に接触していたという情報もあるという。なんとなく曰くのあるような書き方であるが、スパイ行為が事実だとしたら、これはかなり深刻な問題になりそうだ。

 丹東市は北朝鮮に接する貿易都市らしい。周辺には国境を守る軍事関連施設があり、また脱北者が中国以外の第三国に逃亡するために多く潜伏しているとされるというから、なるほど小説や映画の世界にある、スパイたちが暗躍する舞台装置は揃っていたようだ。

 毎日新聞のネット版に、この問題が明らかになると、すぐに日本政府は官房長官が、記者会見で、スパイ行為には現政権はかかわっていないと断った上で、『日本人保護の立場から、政府としてできる限り支援していく』と発言したという記事を見つけたが、かのシラ-とした官房長官のこれまでの言動を見るにつけて、どこまで本気なのかと違和感を覚える。

 毎日も朝日も、これ以後の続報はないが、今、現政権にもっとも批判的な記事を掲載している『日刊ゲンダイ』という大衆紙のネット班に、面白記事を見つけて、ひょっとしてこれは小説の世界ではなく、現政権がかかわっているのではないかという疑いを持ってしまった。

 その記事には、ある政府関係者は『公安調査庁が(逮捕された)男性らに写真撮影や情報収集を依頼した』と話しているというから、これはトンデモ事件に発展する可能性がありそうだ。

また、中国当局は、『日本からのスパイ目的での訪中者リストを入手しており、一網打尽の検挙が出来た。今回の手続きも自信満々です』とある。

 ホントかなと思うが、私自身、現政権のやり方を真正面から批判していることから、『日刊ゲンダイ』の発している記事を注視していると、実に核心を着いていることが多く多分このスパイ事件でも、全てが正しいとは思えなくても、現政権が何らかのかかわりを持っている可能性はありそうだ。

 ここからは、いつもの推理小説気味の想像になるのだが、中国政府としては『よくぞスパイ行為をしてくれたもの』と、内心喜んでいるに違いない。日本政府として、もしも事実だとしたら、中国に対して最大限の負い目を背負いこんだというところ。

 官房長官が、すぐにスパイ行為を否定したことが、かえってキナ臭く思える。表沙汰になったら、それこそ中国に首根っこを押さえられる重大事件だから、絶対にスパイ行為を認めることはできないことは明らか。

だといって、知らん顔ができないことから、『なんとしても救出する』という表現ではなく『支援する』という曖昧な言葉になったのではないだろうか。官房長官の『支援』とは、家族や親戚などに対して『男性のことは諦めてくれ。その変わり、官房機密費を使って莫大な補償金を出すから・・・』という筋書きは、小説の読みすぎだろうか・・・。

現政権の犠牲にされる8人が気の毒で仕方ない。朝日も毎日も、恐らくその他のメディアも、起訴された事実はつかんでいることから、さらに深く調べているに違いない。

しかし、間違いなく政府から報道規制がかかってことだろうから、続報は期待できないが、8人が現政権の犠牲になって事件をウヤムヤになってしまうことはなんとしても許せない。

ここは『日刊ゲンダイ』にもう一踏ん張りしてもらい、真実に近い情報を発信してほしいものである。(田舎親父)

2018年7月18日 (水)

 『熱中症』という言葉に思う・・・

 今年は関東地方の梅雨明けは6月末。ところが、西日本は、それからが連日大雨になったのだから、天の采配というか、自然の気まぐれと表現した方が良いのかは別にして、皮肉な巡り合わせである。

 その上、西日本に降った雨が半端な量ではなく、数日で年間の総雨量の半分ともなると、川の水が急激に増えて、堤防を乗り越え、また決壊させて住宅地に押し寄せ、真備町の場合はあっという間に数mも浸水するのも当然かも知れない。しかし、これは誰もが想像もできなかったに違いない。

今回被災した地域は、川の増水だけではなく、山の斜面が崩落するという、いわゆる土砂災害も多く、この場合は、土砂に加えて数トンの岩が流れてきたというから、瞬時に住宅は破壊するのだから逃げる間もなかったことから、全体で200人以上の死者を出す大災害になってしまったこともうなづける。

私には、亡くなられた方々のご冥福を祈るだけしかできないが、大雨が終わった翌日には西日本に梅雨明けとは、自然はさらに気まぐれな巡り合わせを嘆いたもの。以後、30℃を越す猛暑の連続に加えて、水害なのに水道施設が破壊されたため、ほとんどの被災地では水道も使えないという過酷な環境の中、被災者の方と、駆けつけたボランティアの人々は懸命の復旧作業を続けている。

その映像がテレビのニュ-スでは連日報じられているが、アナウンサ-が必ず口にするのは『熱中症に注意して下さい』という言葉。確かに、炎天下飲み水にも困るとなると、年寄りはもちろん、体力ある若者にとっても少しの油断が命取りになる。

被災地の過酷な環境は容易に想像できるが、横浜の片田舎の山の中でも、猛暑騒ぎは例外ではなく、ここ一週間以上、30℃を越す日が続いている。

私の体力が落ちたことは確かだろうが、去年までは、日中数時間野山を歩いても、さほど疲れたと感じず、シャワ-を浴びなければならなくなる日はさほど多くなかったが、今年の暑さは、帰宅すると同時に冷たいシャワ-が日課になるほど・・・。

以前は『熱中症』という言葉になんとなく違和感を覚えたものだが、最近は自分自身が『熱中症になったのでは・・・』と思うこともあるから、日本列島の大半が、この強烈な熱波に包まれていのだろう。当然のことながら、被災地に限らず、全国的に『熱中症』という言葉が氾濫するのはしごく当然のことだろう。

以前もつぶやいた記憶があるが、『熱中症』という言葉を聞いたり見たりしない日がないと言っても良いほど日本国中暴れ回っていることに対して、いつから『熱中症』という言葉が流行り出したのだろうと、思うことがしばし・・・。

解説書を読むと、『熱中症とは高温環境下で体内の水分や塩分のバランスが崩れて体温調整ができなくなり、吐き気や頭痛、めまい、顔のほてり、手足のけいれん、筋肉痛などが起きるとある。

さらに、『熱中症』は、気付かないうちに進行して、症状が表れてきた時にはすでに深刻な状態に陥っていることが多く、重症の『熱中症』になって、適切な処置が遅れると高体温から多臓器不全を併発し、死亡率が高くなるという一文が付記してある。それほど、20年前と比べると、夏の気温が異常に高くなっているのだろう。

昔は、日射病という言葉があったが、現在はほぼ目にすることがない。日射病はどこに行ってしまったのかと思っていたが、昨日、新聞記事で重度の熱中症の項目に(日射病・熱射病)とカッコつきの言葉を発見。熱中症という言葉は、暑さが原因の体調不良を網羅する言葉なのだと認識する。だから言葉の異葉が軽く、人々に徹底しない原因になっているのかも知れないと変に納得するが・・・。

愛知県の小学1年生の男児が、校外学習を終えて学校に戻ったら、意識をなくしそのまま亡くなったというから、単なる『熱中症』である体調不良に加えて、行き帰りの炎天下を歩いている間に、『日射病』にかかったに違いない。

子どもの頃に、良く回りの大人たちから『日射病に気をつけろ・・・』と言われたことを思い出す。ならば、熱中症と一括りの言葉で現すよりも、子どもでもイメ-ジできる『日射病』という言葉を日常的に復活し、『病』という感じが持つ恐ろしさを強調すれば良いのではと思いたくなる。

それにしても、最近は社会全体が『熱中症症候群』に罹患しているといっても過言ではない。毎日、イヤというほど天気予報のコ-ナ-で、気象予報士たちは、競って、『熱中症』の危険を現す指標を持ち出して警告を発している。

その際、彼らは例外なく、『水分をこまめにとって、冷房を28℃いかに設定して休息を頻繁に入れるように・・・』という決まり文句で注意を呼びかけているが、彼らの立ち位置はほとんどが冷房が効き過ぎるほどのスタジオの中となると、この言葉は何らかのアリバイ作りではと思えて、その説得力には『?』を感じるのは私だけではないだろう。

以前は運動中は『水分をとるとバテる原因』と事ある毎に言われ、運動途中での水分補給はタブ-視されていたことを思い出す。それが今では、運動途中では必ず水分をとりなさいと教えているが、水分を取る以前に、直射日光を避けることが大事ではないだろうか。
 話は飛ぶが、熱中症対策にはこまめな水分補記が必要なことが当たり前になってくると、一部の保護者から水道水は不味い(健康に悪い?)という不満の声とともに、水飲み場の数も不足していることもあって、ならば水筒持参を認めようという動きが広がり、最近では全国津々浦々の小学校では、ランドセルと共に魔法瓶型の水筒をぶら下げて登校する児童の姿が当たり前になっている。

中には身の丈に添わないほどの大型の水筒を持ち歩いている児童も存在し、ランドセルの中身が重くなっている上に、水筒の重さが加わり、子どもたちの負担が大幅に増えということも一部では問題になっているらしい。

このままこの問題を放置すれば、これほどの猛暑が続く中、近い将来、下校時の水筒の重さが原因で、『熱中症』の重症症状の『日射病』で亡くなるという笑い話(言い過ぎかな)のような事故が起きるのではないかと心配になる・・・。(田舎親父)


2018年7月17日 (火)

この男が首相である国の不孝 2・・・

 西日本災害の被災地の、雨は心配は全くなくなくなったが、連日30℃を軽く越す猛暑が続いている上に、断水という悲惨な状況に追い込まれている現状を、連日新聞テレビが報じ手いる。それを見るたびに、何とかならないものかと天を仰ぐ日々。

ボランティアの人たちの涙ぐましい活躍にはただただ頭が下がる。東北大震災以来災害の規模が大きくなったように思えるが、私の体力は年々衰えるばかりで、何かお手伝いをという気持ちがあるが、かえってジャマになるだけだろうとの思いが先にたち、今回も天に祈ることしかできないのだから自分で自分が情けなくなる。

それにしても、今回も災害に対して、アへという男と取り巻き連で構成されている現政権の欺瞞に満ちたやり方が腹立たしい限り。

昨日は、参院議員の6増に触れたが、本来なら、国交省が災害状況の把握と復旧に、迅速に当たる責務があるはずにもかかわらず、こともあろうに大臣が、被災地のことを後回しにして、国内にカジノを作る法案の審議を優先し、国会にへばりついていたのにはヘドが出るほどの気持ち悪さを感じる。

カジノという建物?には、実際に入ったことはもちろん、実際に見たことはないが、映画や小説で知る限り、大がかりな『バクチ場』と言っても間違いではないだろう。バクチとは、競馬・競輪のような公営ギャンブルはもちろん、パチンコやはてまた宝くじに至るまで、カネを投入してあわよくば大金を得ようという行為であると受け止めている。

これらの行為が展開される『バクチ場』にあっては、古今東西、胴元と言われる主催者側が絶対に儲けるようになっていることは周知のこと。そこに日をつけて、現政権は、観光という美名で、外国人(むしろ日本人という説もあるが)をカジノに誘い込み、カネを巻き上げるというからさもしいというしか表現のしようがない。

イシイという国交相は鵺党(本名は公明党)所属の議員である。公明党の基礎基盤は創価学会という宗教団体であるとも私が述べるまでないが、公明党と名前が示すように、党の方針は『平和で公正な社会』を目指していると聞いている。

創価学会の会員は女性たちが多いらしい。実際に、私が知る学校現場においては、用務や給食調理、学童養護など現業の女性が多く、富裕層とはとてもいえない階層の人たちばかり。その女性会員たちは、カジノを作ることに賛成しているとはとても信じられないが、その声が表に現れないのが、鵺(ヌエ)のヌエたる組織の所以なのかも知れないとガッカリするばかり・・・。

下駄の雪と揶揄されても、政権にしがみついているのだから、よほど利権が大きいのだろうが、『平和で公正な社会』が党是ならば、とても、貧乏人から金を巻き上げるという発想は生まれてこないと思うのだが、真っ先に大災害の復興の陣頭指揮に当たらねばならない国交相がカジノを作るために先頭に立っているのだから、なんとも情けない。

しかも、そればアメリカのトランプの命令らしいとなると、この国の主権はどうなっているのだろう。まさに売国行為そのもの。

ごく普通の女性会員たちは、我が子、我が夫を心配しないのだろうか。それとも、創価学会という組織は、下部の意見など無視するのが当たり前で、学会組織が膨らめば良いとしているのだろか。私が知る女性会員たちを思い出してみても、カジノが『是』だと本気で思っているとは考えられないのだが・・・。

国会で数の力で、カジノ法案の成立が見通せたらしく、イシイという大臣が広島県の被災地に視察に入ったらしいが、被災者たちからは激しい言葉が浴びせられたそうだ。このことは大マスコミは書かないので、国民が知らないだけで、ネットではこの事実を知らせる人たちからの投稿で満ちている。

なんでも、このことを知ったデンデン親分は、翌日に広島の視察予定だったらしいが、罵声が怖くなって、急遽病院に駆け込み、奇妙な病名をつけてもらって、視察を止めたという文面もある。本当かどうかという以前に、この男のこれまでの行動を見ると、あり得るあり得る・・・と納得する。

自衛隊員の活躍は、災害の度に頭が下がるが、時に、『私ですら『?』をつけたくなるようなトンデモ命令が出るらしく、今回の『コンビニの荷物を運べ』というのはその典型。

被災地では、徐々に支援物資は届くのだろうが、人々は先を争って食料や生活物資を求めるのは当然の話。たちまち、コンビニの陳列棚からモノが消えるのは容易に想像できるが、だからといって自衛隊がコンビニの下請けをして良いとはとても思えない。

自衛隊が物資を運ぶことに何ら疑義はないが、本気で被災者を救う気があれば、戦闘機一機を削れば、何百倍何千倍の物資はたちまちのうちに集まり、それを運べば、即刻、被災地の物資不足はなくなるはず。

コンビニの陳列棚を一杯にすれば、被災者やボランティアは一安心することは理解できるが、被災者やボランティアに金を払わせれば良いという発想が、あまりにも汚らしい。

 まだまだあるが、今日はここまで・・・。

いつもの繰り返しになるが、この男に総理大臣を続けさせれば、ごく普通の善良な国民は確実に不孝になることだけは間違いない。このことを早く気づいて、今度の選挙では、反対の一票を入れて、退場に追い込みたいものである・・・。(田舎親父)

2018年7月16日 (月)

この男が首相という国の不孝・・・

 西日本を襲った大雨による大災害。昨日の段階で死者が216人、不明者が30人超とマスコミが伝えているが、未だに道路が寸断して報道機関が入レ邸内集落もあるというからこの数値はさらに大きくなる可能性がありそうだ。

 自然災害だから仕方ないという声もあるが、災害には必ずと言ってよいほど、人為的なミスが目立つことから、半分、あるいはそれ以上は人災といっても差し支えない。

 災害のために『未曾有の・・・』と表現される一文がある。そして災害に対して、真っ先に対応しなければならないのは地元自治体であることは論をまたないが、災害の規模が自治体の救援体制を越えるとなると、国の出番であることは明らか。

しかし、現政権のやり方は国民の安全などは二次三次で、自分たちの利益ばかりを優先しているのだから被害は拡大する一方。今回の災害もそのほとんどが人災であると断言しても差し支えはないようだ。

今回も、気象庁が『西日本の各地には、50年、イヤ100年に一度という大雨が降る可能性があり、特別の警戒が必要』と、重大な情報を出したが、自民党の議員たちは、議員宿舎に詰まって宴会を開いていたというから危機管理意識はゼロ。

しかも、そこにはデンデン親分まで参加してのドンチャン騒ぎの大盛り上がりだった様子を、カタヤマサツキというバカ女が投稿したことを知り、呆れはてたものであるが、そのすぐ後に、最初に投稿したのが、ニシムラ某という官房副長官だったとのことを知り、ダメダこれは・・・と改めて感じたものである。

事態は急速に悪くなり、西日本各地の多くの河川が危険推移を超えたという情報が私のような者にも入るが、デンデン一家は全く動かず。9月に行われる自民党総裁選のことばかりだったらしい。

そのため、親分は災害の陣頭指揮などどこ吹く風で、何と66時間というからほぼ3日間雲隠れしていたという。その間、政府の危機管理体制が整わず被害を拡大させたことは今更繰り返すことはないだろう。

その後の被災者の苦労を思うと、この男は市中引き回しの上で火あぶり獄門さらし首という江戸時代の極刑に処せられても奇怪しくないのに、そんなことはどこ吹く風とばかり、のこのこと記者会見で、『最大限の迅速な対応』とのたまうのだから、事態は悪くなる一方。

さらに酷い話は続く。でンデン親分の命令なのだろうが、こんな非常事態にもかかわらず、自民党と鵺党は数の力を発揮して、参院の一票の格差を縮めるためと称して、県をまたいだ選挙区そのままにして、一方の県の落ちた候補者を助けるために、比例を4にして、しかも特定条件をつけるという悪辣案を参院で可決してしまった。何とも浅ましい発想であるが、この政権が続く不思議さに絶望感しか生まれない。

それでも国民の批判が高まることを恐れたのだろうが、大勢のマスコミ記者を従えて岡山県の真備町に視察に入ったが、その避難所の小学校には前日にク-ラ-を取り付け、新しい災害服を身につけて、はじめから決めてあった体育館の一番前の被災者の前で、さも同情しているかのよな顔つきで膝をついた姿を、信じられないほど多くのカメラに撮影させれば今日のオモの役目は終わりとばかり、自衛隊機でサラウナラ・・・とはあまりにも酷過ぎる。

翌日は、今度は愛媛県に視察に入ったが、これは視察ではなく、カケ問題で政府に批判的な発言を続けている知事に対して、災害復旧に協力してほしかったらこれ以上ガタガタ言うな・・・という脅しのためとなると、これはヤクザさんでも驚く手法である。

岡山に真っ先に入ったのは、岡山がカケ学園の本拠地であり、地元でカケ批判をなくすためだと説があるそうだが、この男のやることだから決してうがった見方ではないだろう。カケ理事長から、ちょっと見舞いに出かけてもらえませんかという要請が合ったのではというネットの書き込みさえ変だとは思えない。

そして、広島県にも視察に入ると発表していたが、よほど被災者の人と顔を合わせたくないらしく、股関節が痛くなったと訳のわからない理由をつけて敵前逃亡にも驚き呆れるばかり・・・。

ことさら左様に、この男が首相である国の不孝の数は数え切れないが、今日はここまでにしておこう・・・。(田舎親父)

2018年7月12日 (木)

3年前のつぶやき・・・

 昨日の続きになるが、真備町の惨状を上空から写した映像で、まさにナイフで切り取ったような小田川の堤防の姿に、何ともいえぬ違和感を覚え、このことについて3年前につぶやいたことと関連があるのではないかという思いが生まれている。

そこで今日は、3年前の9月26日に『堤防が私有地?・・・』と題した文章をそのまま掲載することにしたい。

台風18号による大雨で鬼怒川の堤防が決壊、凄まじい映像に釘付けになってすでに2週間過ぎてしまったが、今思い出しても背筋が寒くなる。
 決壊した部分は修復されて、水は完全に引いたと報じられているが、家が流され、田畑が水に浸かるなど多大な被害を出て、未だに数百人もの人が避難所生活を余儀なくされているというから、気の毒で仕方ない。
 この被害直後、決壊した堤防の部分は、ソ-ラ-パネルを大規模に設置するために、既存の堤防を2m切り取ったことに対して近隣の住民が危険を察知。市議会も動き出していたということを、一部のマスコミは報じていた。
 このことに『堤防が私有地などあるのだろうか・・・』と、素朴な疑問をつぶやいたものであるが、日が経つにつれて、被災者の現状やボランティアの活躍などは大きく取り上げているのに、私の疑問の解決にヒントになるような記事が少なくなっていることが気になっていた。同時に、その間に大型連休が入り、私自身、その意識が薄くなっていたことも事実だが・・・。
 ところが、一昨日、久しぶりに鶴見川の堤防の上を通っている道路を歩いていたら、『ここから私有地。工事車両は進入禁止』という看板を見つけてビックリ。
 大変ロ-カルな話題ながら、鶴見川の左岸にはサイクリングロ-ドが完備されているので何度も通っているが、右岸を通ることはめったになく、一昨日はたまたま歩いていてこのことを発見した次第。
 そこは、鬼怒川の決壊現場のように堤防が一段と高くなっているわけではなく、周りの畑や住宅と同じ高さの平らな場所なので堤防という概念からほど遠く、決壊とか氾濫という言葉とは無縁だと思うのだが、鬼怒川の決壊原因の『私有地堤防』が、横浜にもあることを知り驚いてしまった。
 そこで、改めて鬼怒川の私有地堤防についてネットで調べてみたところ、ソーラー発電開発者が自然の堤防を削り取ってソーラーパネルを設置していたことは事実であり、(テレビの映像からは、はっきりとした堤防のように見えが)その部分は国や県が築いた堤防ではなく、自然に土が堆積して丘になり、自然の堤防の役割を果たしている部分があったことを知る。
 いろいろな城を見学した経験から、自然の川を堀として利用していることが多いことは知っているので、堤防の役割をしている土地が私有地だということはあり得る話と納得するが、常総市の決壊現場とはほど遠い話。
 その記事を使わせてもらうと、次のような動きになるようだ。
 (その丘の部分を、業者が今年3月、ソーラーパネルを設置するために削る)→(住民は、危険だと役所に話し合いを求める)→(市会議員も動き出す)→(しかし、発電の業者は『建物を建てる訳ではないので申請は不要』と市に掘削許可をとらずに工事を続け、実質的に堤防としての機能が2mほど低下)→(市は法令的にはOKなので規制せず)→(市は議員の声を無視できないので、『住民が心配してるので少し土嚢を積ませて』と業者に相談し、業者も承諾して気持ちばかりの土嚢が積まれた)ということに・・・。
 驚く限りである。まさにこれは人災だろうが、工事を行った業者は逃げ出して行方しれずだという。見つけても、そんな業者ではとても賠償金など払えるはずがない。自己破産をしてオシマイ・・・となるのも過去にあった通りの筋書きだろう。
 結局は、被災者に対して涙カネを渡して我慢を強いるこれまでのパタ-ンになりそうだが、こんなことがまかり通って良いはずがない。
 堤防(河川敷かな)が私有地?・・・。横浜片田舎でも存在するとなると、全国の河川でもあって不思議ではないので、先日私が見た鶴見川の様子を少し述べておきたい。
 鶴見川にはいくつもの小さな河川が流れ込んでいるが、鶴見川本流の折本川にもう一本の大きな流れとして恩田川が合流して鶴見川になっている。合流地点が私の徒歩圏内にあることで、身近な川として親しんでいる。
 昔から、合流点より下流域では洪水が繰り返されていたが、上流の水害被害は小さかったことから、堤防を高くするのではなく、コンクリ-トで固めることで治水が可能だったらしい。しかし、合流点より下流は水量が多くなり、その方法では追いつかず、堤防も嵩上げされ、いわゆる天井川になって、つい10年ほど前までは、少しの大雨でも横浜線が止まるのは日常茶飯事だった。
 今では、堤防が巨大化されたことはもちろん、川幅が広げられると共に、新横浜付近には大規模の地下貯水池が完成しているので、雨が原因で横浜線の遅延などは皆無となっている。さらには、数日間で500ミリの豪雨にも耐えられると聞いている。
 話は少し飛躍するが、荒川は源流域で3日間600ミリ以上の豪雨が降り続くと決壊の危険性があるのだそうだ。首都圏でこれならば、地方では今回の鬼怒川でないが、今後増え続けるゲリラ豪雨によって危険な河川は少なくないだろう。
 何故、大マスコミが鬼怒川の堤防決壊の原因追求の記事を報じなくなったのかは、別に調べるとして、堤防が周りより高くなっている天井川の流域に住む人々は、今回の鬼怒川の堤防決壊を、気の毒にと他人事で済ませてはトンデモ事態にもなりかねない。まして、私有地堤防を放置していたら・・・。
 自治体は、自分たちが作ったハザ-ドマップに満足しているのではなく、私有地堤防の位置を書き込んだ、改訂版の作成を急ぐ必要がありそうだ・・・。

今回の小田川の堤防決壊について、『私有地』などは考えられないとは思うが、あれほどスッパリと切り取られた姿には、人為的な原因がありそうだと思えてならない。

しかし、マスコミは競って現地に取材スタップを投入して、被害の状況を細かく伝えているが、堤防決壊については一切語っていないのが気になるところ。(田舎親父)

2018年7月11日 (水)

鬼怒川堤防決壊が蘇る・・・

 信じられないほど凄い数の人が亡くなった。しかし、行方不明者が50人超も存在するとなると、この数はさらに増えることは間違いなさそうだ。

 雨が完全にあがり、西日本各地に梅雨明けが宣言された10日は完全な夏日。猛暑にうだる中、広島県の府中という町では、突然川の水かさが増して突如溢れ出し、周辺の住民が緊急避難を余儀なくされたというのも、過去にあまり例がない。

また、鳥取県の米子では、やはり10日に突然裏山が崩れて、民家を押しつぶしたという報道があったが、ここには危険情報がなかったというから、日本中の山が崩れても奇怪しくないことになりそうだ。

うだるよな暑さの中で、行方不明者の捜索に当たっている警察や消防,自衛隊員の皆さんの苦労が伝わってくるが、なによりもショックを受けているのは被災者の方々。ただただお見舞いの言葉を口に出すしかできない私の無力が情けない。

今回の被害状況を映像で見ると、愛媛県の宇和島のように、突然山が崩れたというのなら避難が遅れることはあるだろうが、倉敷市の真備町の場合は、川の堤防の決壊が原因だという。ならば、もう少し早い段階で避難誘導が可能だったのではなかっただろうか。

町全体が泥の海に飲み込まれている映像は、私が小学校3.4年生の頃に台風13号で淀川(すぐ手前までは宇治川と呼ばれていた場所)の堤防が決壊して、巨椋池開拓田がスッポリと泥水の中に沈んだ光景の記憶が蘇る。違うのは、当時の巨椋池干拓田の家は農家ばかり、作りも古いことからみすぼらしさが目立ったことと、泥水の中に民家の数の多さであるが・・・。

 巨椋池というのは戦国時代には大きな池だったという。江戸時代に埋め立てられて、広大な穀倉地帯になったらしいが、私が知っている巨椋池は普段は、悪ガキたちの絶好の遊びだというところだったが、大雨が降り続くと、どこかで洪水騒ぎが起こるという場所だった。

その地域を流れる淀川は、いつの頃にそんな姿になったのかは知らないが、川が田畑や人々の住居よりもはるか高い場所を流れている、いわゆる『天井川』だったことも原因で、大雨で溢れた川の水が堤防を乗り越えて、辺り一面が水浸しにするのはかなりの頻度で起きていた。

台風13号による大雨は堤防を乗り越えるだけではなく、堤防を数百メ-トルに渡り決壊させたことから、一挙に家々は泥の中に沈み、翌日、私は高台にある自分が通う小倉小学校の校庭から見たわけであるが、その凄まじさは、半世紀以上過ぎても忘れられない。

当時、小学生なりに、大雨で水害が出るのは、いつも左岸の巨椋池の田園地帯で、酒蔵が建ち並ぶ伏見市街ではないことに、何故なのだろうと疑問を抱いていたが、堤防設計が巨椋池側が低くしてあるということを随分後になって教えられ、ここでも農民たちは虐げられていること知ったもの。

真備町の被害を上空から写したテレビの画像で、小学校から見た光景が蘇ると同時に、パックリと堤防が切り裂かれている光景は、3年前の茨城県の常総市の鬼怒川堤防の決壊現場とほぼ同じであることを瞬時に思い出す。

鬼怒川の場合は、堤防が私有地だったという信じられないような事情があったということを知り、なるほど、堤防の工事自称が均一化できていなかったことから、決壊につながったのだろうと納得したものだが、今回の小田川の堤防も、何か似たようなことがあるのではないだろうか・・・。

この地域は、過去にも同じ河川が繰り返し氾濫していたというから、巨椋池と同じような事情があったのかも知れない。その危険を知らせる洪水ハザードマップを見ると、浸水した箇所はほとんど重なっていることから、市は危険は認知し河川改修も計画していたそうだが、莫大な予算がかかることだけに市だけでできる話ではない。

また、同じようなつぶやきになるが、今回、気象庁が50年・100年に一度の大雨との情報をながしていたにもかかわらず永田町では、総裁選挙のためにデンデン親分をはじめ幹部たちが集まって、トンチャン騒ぎをしていた上に、自慢げにその映像をネットに投稿するバカ男とバカ女たちの危機感のなさを見るにつけ、ここでも政治の貧困さを嘆くしかなさそうだ。

まだつぶやきたいことはあるのだが、今日はここまで・・・。(田舎親父)

2018年7月10日 (火)

水道民営化で格差はさらに広がる・・・

 先日のこと。ネット記事で、衆議院本会議で水道事業の『民営化を促進』させるための水道法改定案が賛成多数で可決したことを知る。このトンデモ情報を一部のメディアが報じていたが、大マスコミは揃ってスル-。

なぜこんな重要な法案の成立を報じないのか腹立たしいが、いつものどおりデンデン一家の報道規制がしかれているのだろうと思うと、およそ力も知恵もない貧乏老人ながら、本気でこの国はどうなるのだろうと心配になってくる。

全国のほとんどの自治体では、水道事業の維持に悲鳴を上げていることは以前から良く耳にしている。水道を必要とする人がドンドン減じている過疎地では、水道管はそのままにしておくしか方法がなく、維持管理は従前と変わらず必要なのだから、それでなくても予算不足で悲鳴を上げているのが現状となると、国に何とかしてほしいと願うのは当然だろう。

そこで、現政権が『ならば、水道事業を民営化すれば良いだろう』という話になったのではと想像しているが、各自治体は、本当にこの方針に飛びついたのだろうかという疑問がわいてくる。

しかし、この法案を自民党と鵺党がいつものように数の力で強引に可決させたならば、例によっての無理筋の話としてわからないでもないが、維新はともかく、希望の党と民主党で行き場のない議員たちが合併した国民民主党も賛成したとなると、水道の民営化は、全国的に広がる恐れがありそうだ。

以前もつぶやいたが、国鉄が民営化されたのは随分の大昔のことである。

当時の政権は、民営化することで、巨大化組織を分割して互いに切磋琢磨すれば、組織の活性化につながり、より良いサ-ビスが受けられるようになると主張。あたかも地域の活性化が進むという幻想を住民に持たしたのではなかっただろうか。

当時の国鉄労組の凄まじい反対行動はぼんやりながら記憶にある。しかし、国は強引に国鉄労組を切り崩し、JR〇〇という名で地方別に分割されたのだが、高度なサ-ビスを受けられるようになったのは一部の地域と富裕層の人々だけで、むしろ地域の格差が広がり、特に北海道ではほとんどの路線が廃止、あるいは廃止が確実になっていることを忘れてはならない。

いわば、現在大問題になっている過疎化が、国鉄の民営化によって加速したといっても過言ではない。また、郵政の民営化もしかりであることは今更私が述べるまでもない。

水道は各自治体が個々に管理運営していることから、全国一律の組織だった国鉄や郵便局の民営化とは本質的に訳が違う。

それぞれの自治体は、そのやり方はマチマチだろうが、水道官や貯水池などのハ-ドを含めて、システム全てを民間企業に経営を委託することになる。いわば、払い下げである。払い下げられた企業(経営者)は、経営を維持するために利益を出すことが大前提になる。

現在、自治体が受け持っている水道事業はいずれも大赤字なのだが、代金を値上げするには議会の承認が必要になっていることから、無闇に値上げができないことも良く知られていること。
 民営化すれば、議会はストップをかけることができず、確実に値上げは避けられない。しかも信じられないような大幅な値上げが待っていることは間違いない。今でも、料金が支払えない人に対して、電気や水道を止めるというトンデモ処置が当たり前のように実施されているが、民営化すれば水道料金は上がり支払えない階層が増えることは、これまた容易に想像できる。
 下手すると、水道の配給制度ができて、貧乏人は風呂にも入れなくなりそうだ。洗濯も満足にできない人が増え、『貧乏人は人にあらず』という、『富裕層による富裕層のための政治』がまかり通る社会になりそうだ。

フランスは民営化していた水道事業を、元通りの公営に戻したことはネット情報として知っている。デンデン政権のアホウ財務相の娘婿が、フランスで水道事業の会社の幹部らしいという情報も流れている。

真偽は不明だが、アホウさんは、以前、『水道を民営化にすれば、水道料金が安くなる』と発言したことなんとなく引っかかる。

またいつものグチになるが、日本人は何故、こんなトンデモ社会作りを目指しているデンデン政権を選挙で選ぶのだろうという強烈な疑問がわいてくる。
 一億層痴呆が完成し、全ての国民は、無気力無抵抗になっているばかりか、いじめられることが快楽になっているとは信じたくないのだが・・・。(田舎親父)

2018年7月 9日 (月)

峠を越えてから本部立ち上げ・・・

関東地方だけは、早々と6月末に梅雨明け宣言が出て連日の猛暑が続いていたが、台風7号と日本海に延びた梅雨前線の影響で、西日本は7月に入ってからは断続的に雨が降り続き、各地に甚大な被害がでていることに、今年も悲惨な災害が続くのかと気分が暗くなっていた。

そんな最中、6日の金曜日の朝、オウム真理教事件の死刑囚の死刑が執行されるというニュ-スに驚くと同時に、何か変だぞと私の情報アンテナが動く。普通、死刑の執行は事前に公表されることなく、執行後『〇〇死刑囚の死刑の執行をした』という小さな記事が出るのがこれまでなのに、今回のように事前に発表するのは異常である。悪知恵だけが異常に発達している現政権がやることだから、これは必ず裏があるはず・・・。

夕方のニュ-スでは、アサハラ死刑囚だけではなく、幹部たちも含めて7人の死刑囚を絞首刑を執行したというマスコミ報道に、『面倒だからいっぺんに片づけるか・・・』という発想から生まれたものではと疑念を持つ。もしも、本当にそうだったらと思うと、なんとも表現できないイヤな気分になる。

ネットでは、死刑の執行は例によって、デンデン一家の得意技の一つの世論操作で、モリ・カケ疑惑外しだという意見が多い。なるほど一家のやりそうなことと思うが、北九州はじめ土砂災害報道が続いている最中、何もこの日を日を選ばなくて良いのに・・・と思いたい。しかし、一家にとっては、土砂崩れなど他人事で、当初から決めていた死刑執行の日程は外せないというところだったのかも知れないと考えると変に納得する。

それにしても、西日本各地の土砂災害について何の動きも出さないことに引っかかる。

ビックリしたのは、翌日の朝(土曜日)のこと。フェイスブックを開いたら、自民党の幹部たちが料亭で大騒ぎしている映像が飛び込んでくる。なんでも、この映像は、カタヤマサツキという参院議員が自分のツイッタ-に投稿したものだというが、この宴会が開かれたのは木曜日の夜だったことを知り、何なのだこの連中のやり方はと改めて怒りがこみあげてくる。

大勢の人々が自然災害に苦しんでいるにもかかわらず、そんなことは関係ないとどんちゃん騒ぎをする神経を疑うが、平気でというより自慢げにツイッタ-に登校するとは、カタヤマという女は完全に気が狂っていると表現しようがない。

翌日7名の死刑が執行されたことを考えると、この宴会は明日の死刑執行の前祝いということになる。死刑囚とはいえ、一度に7人もの命を奪うことをお祝い事にするという意識に最大限の嫌悪感を持つ。何とも不孝な国の民になったものと情けなくなる。

この日は土砂被害はさらに広がり、気象庁は各地に特別警戒情報を出すという、前代未聞の最悪状況になっているが、それでも政権はダンマエを決め込んでいる。本来なら、これほどの大災害では、激甚災害と指定し、内閣総理大臣を本部長にした、特別災害対策本部を設置となるはずなのに、その気配はない。

マスコミはそのことについて何一つ報じないのもおかしな話と思っていたところに、デンデン政権が動かないのは、災害本部を設置したら、親分がなによりも楽しみにしている11日から出かける予定の外国旅行ができなる恐れがあるのだろうというネット記事を発見し、なるほどもっとも・・・と変に納得する。

そして昨日の日曜日、朝のテレビをつけると、倉敷市の真備町の町が完全に水没水没している映像はじめ、各地の被災状況を報じている。さらにアナウンサ-が、『今朝5時50分に、高知県と愛媛県に大雨特別警報が発表されました。これまでに経験したことのないような大雨となっています。最大級の警戒をしてください』という、いつも聞くフレ-ズを流していた。

寝ぼけ眼だったが、字幕にでている『愛南町』という文字にビックリ。たちまちテレビに釘付けになる。誰もがそうであると思うが、自分と因縁の深い地名が画面に出ると、その話題がどうであれ気になるところ。まして、大雨で特別警戒情報が出たとなると、大丈夫なのだろうかと心配にならないはずはない。

私的なことはさておき、こまで被害が広がっているのだから、特別対策本部を作らないとならなくなるだろうと思っていたが、この時点ではまだその動きはない。昼のニュ-スでやっと立ち上げたらしいことを知るが、その時は愛南町からの情報では、峠は過ぎたとのこと。

何のことはない。雨が急速に収まった頃合いを見て、特別災害本部を立ち上げたことになる。以後、この本部の動きを伝える情報はない。雨が収まったのだから、ないのは当然だろう。

これで、『親分、後はオレたちにお任せ下さい。気兼ねなく外国旅行を楽しんできてください・・・』という筋書きになりそうだ。

政治がこんな状況では、土砂に埋まって命を落した人たちが浮かばれないと、怒りを通り越して悲しみしか浮かばない今朝・・・。(田舎親父)

2018年7月 6日 (金)

時代錯誤の発言に10年前を思い出す・・・

 最近、現政権内部から『産めや増やせや・・・』という時代錯誤の発言が続き、その度に、マスコミの格好の餌食になっているが、本人たちは反省意識はゼロ。むしろ、本気で少子化を解決するために発言しているのだという態度だから、核心はますますボケるだけ・・・。

なんとも情けない世の中になったものだと嘆くしかできない私も悲しいが、政治屋さんたちの精神論的な発言とは次元が違い、物理的に安心して子どもを産めない事情があり、その一つが産婦人科医不足だという記事に出会う。

そう言えば10年程前に、このことをつぶやいたことを思い出した。一部省略して、その文章を再現してみることにする。

 安心して子どもを産むためには、妊娠わかった時点で住んでいる場所から遠くない産婦人科のある病院や医院、あるいは実家で分娩できる人は実家の近くの施設に予約することが、何より安心できるだろうことぐらいは私にでも理解できる。
 しかし、最初に電話をした時点で『予約でいっぱいで、確実に受け付けは難しい・・・』と断わられたら、気持ち的には相当なプレッシャ-。慌てて、次々に電話をして予約をとろうとする妊婦あるいは若い夫妻の姿が想像できる。
 原因ははっきりしている。今年の1月から3月のたった3ケ月間で分娩を休止や制限した医療機関は全国で77ケ所にものぼるという。国民の期待を裏切ることを得意としている厚労省の調査とはいえ、これは凄い数字である。そのほとんどが産婦人科の医師不足という・・・。
 産婦人科医数は年々減少して、4年前と比べると2000人以上少なくなっているとのこと。10万人が9万8千人に減ったと言うならばさほど影響はないだろうが、当時の産婦人科医が2万人となると、この数は約1割の減少。これを緊急事態という以外ない。
 しかも、医師の高齢化が進んでおり、地方の診療所などでは60歳をはるかに超えているというから尋常ではない。さらに、産婦人科医を目指す若者自体が減っているのも気になるところだが、これといった対策がとれないのが現状のようだ。
 産婦人科では他の科に比べて治療をめぐる紛争が多く起こっていることを若者が敬遠する大きな原因らしい。が、若者に限らず『トラブルに巻き込まれたくない』というのは年代には無関係な共通した認識。当然ながら、医院そのものの『廃業』や『産婦人科』の看板を下ろす医師が増えていることは想像に難くない。
 昔も今も、生まれてきた子どもが障害を持っていることを極端に恐れるのは親の心理。生まれてきた子どもに何か障害を見つけると、妊娠中の自分の行いや遺伝的な要因などは全く無視して、医師の処置に何等かの不手際があったものだと思い込む傾向が、最近特に強くなっているのも訴訟という方法を選択するのだろう。
 母親が死亡するケ-スもあるようだ。数年前に帝王切開中に妊婦が死亡した医療で、担当医師は逮捕勾留されたという事件があった。全国の産婦人科医師にとっては大きな衝撃だったに違いない。
 昔からお産は一生の仕事と言われ、女性にとって大変な負担。死亡したり産後の肥立ち悪くてそのまま寝込んだり、病気になったりすることが多かったはず。遺族の気持ちはわからないことはないが、亡くなった原因を『医療ミス』という理由で医師を訴えたとなると、この事件が与えた影響は大きすぎる。
 関係者の間ではどうしようもなかったという見方が一般的だった、というから尚更のこと。医師としても、一生懸命間違いない医療と信じて行っても、患者が死亡したら全て医師の責任と言われ逮捕拘留となると、『やってられない・・・』となるのも当たり前。社会全体の傾向が医師不足に拍車をかけた要因の一つになっていることは間違いなさそうだ。
 産婦人科医師不足を他人事のような言い方をしている厚労省も態度も大問題。こんなことはとっくの昔から予測できたはずなのに、少子化を単に子育ての条件が整わないからだ・・・という見解で、何でも支援というバラマキ政策しかとれないのは情けない。
 繰り返しになるが、これは10年前につぶやいたことである。現在の状況と比べてみると、全く同じだといっても過言ではないのではないだろうか・・・。

 『産めや増やせよ・・・』などと言う口があったら、安心して産める環境を整えるのが政治の役目だと自覚するのが先だろう。10年間、自分たちは何ら努力しないで、全て国民の責任に転嫁するとは許し難いと怒りがぶり返す今朝・・・。(田舎親父)

2018年7月 5日 (木)

キュウリが農薬まみれ・・・

 20年以上前から、キュウリとトマトに加えてレタスなどのサラダ用の野菜は、取り立てを生で味わいたいので、狭い庭とプランタ-で育てているのだが、今年に限って言えば、トマトは順調なのだが、キュウリの生育が悪いのが気になって仕方ない。

キュウリはプランタ-栽培が難しいので地べたで育てているのだが、種から発芽させて苗を作るのは毎年3月末から4月のはじめの恒例行事。

苗が順調に育ったので地面に降ろしたのだが、間もなく勢いを失い。16本定植したのに細々と生き残っている4本だけ。それでも1日2本程度は収穫できるのだが、例年とは雲泥の差。なんとも寂しい思いをしている。

狭い場所なので毎年ほとんど同じ場所に植えていることから、連作障害もあるのだろうが、連作を嫌うトマトが順調に育っていることから、肥料の配分を間違ったのではないかと思い、今一度挑戦するために、先日、種をまき発芽を待っている。発芽したら、しっかりとした苗に育てて、土を耕し直して、油粕と石灰を入れて定植する予定である。

私の野菜作りは、農薬の類は一切使わない。苗を定植する畑やプランタ-に、あらかじめ肥料として石灰・油粕・乾燥鶏糞に加えて、有機配合肥料を混ぜた自家製のブレンド肥料をかなり多めに土に漉き込む方法である。

プランタ-で良くトマトがこんなに育ちますね・・・と近所の人から感心されるが、この肥料配合の割合が良いらしく、連作障害もほとんどなく、毎年かなりの収穫を得られるので自信を持っていただけに、今年のキュウリの不作でその自信がぐらつきはじめている。

キュウリのことが頭から離れないのだろうが、先日、ネットで、『ほぼ5日に1回・・・キュウリは異常なほど何度も農薬を浴びる』という題字を見つけて、エッ、農家はそんなに消毒するのかと驚き、疑問をもちながら記事に目を通す。

奥野修司という人の文章である。『昨年、フランスからやってきたドキュメンタリー映画の監督を東日本大震災の被災地に案内したのだが、食事の段になって「放射能は大丈夫?」と聞かれたのは当然として、そのあとが「農薬は大丈夫?」だった。/たしかに中国では大量の農薬が使われ、世界中で禁止されているDDTやBHCといった農薬もいまだに使われているのだから不安になるのは当然として、まさか日本の農作物も、フランス人の目には中国食品同様、農薬まみれに見えるのかと思って驚いた』という書きだしてはじまる文章には、農薬を使わない主義の私には説得力を感じる。

農薬を一切使わない農業は成り立たないことや、農薬を使う回数や量は、全国一律ではなく都道府県によって決められているということは知っているつもりであるが、ある県ではという表現だが、比較的農薬をまく回数が多い作物として、イチゴ・63回/パプリカ・62回/ナス・59回/キュウリ・56回/トマト・54回/にら・36回/梨・34回/シソ・30回とのことには、本当なのと疑問符をつけたくなる。

それはともかく、奥野氏曰く、キュウリの栽培期間を8カ月としたら、ほぼ5日に1回まいていることになり、ナス、キュウリ、トマトなどは収穫前日まで農薬散布は可能だというのは、コメのように収穫したらおしまいではなく、継続して収穫するからだろうと続けている。

この数値は、露地栽培だけではなくハウスも含めているのだろうが、本当だとしたら多過ぎる。こんなに農薬を使っている作物がよくぞ市場に出回っているものだと、驚きを通り越して感心してしまいそうになる。

さらに、農作物に残留した農薬が安全か危険かは、マウスやウサギを使って慢性毒性(ADI=一日摂取許容量)と急性毒性(ARfD)の試験をしているが、実験動物に悪影響が出る限界値の、さらに100分の1をそれぞれの基準値にしているのだそうだ。

この100分の1という数値に科学的根拠があるかというと、『これくらいならまあ、問題はないだろう』という程度だとの。そんなことってあるの?と思いたくなるが、原発事故後に国が決めた放射線の安全基準のでたらめから、十分あり得そうだ。

しかも、本当に安全か危険かを調べるには、人間に20年、30年投与することだが、倫理的にそんなことはできるはずがないので、動物に影響が出た100分の1なら誰もが納得できると考えたのだろうと続け、極端なことを言えば、その数値が安全かどうかは、その数値を信じるかどうかであるとまとめているが、いやはや背筋が冷たくなる。

奥野氏は、『国産だから安心』『国産だから安全』という文言を良く目にするが、中国食品は危険としても、この数字を見るかぎり、日本の農作物は本当に安全安心だと言えるだろうか・・・と私たちに問いかけている。

改めて、生で食べたいために、手間ヒマと人体に安全な有機肥料(かなり割高になっているはず)を使ってプランタ-を中心に育てているやり方が、安心安全の元だと自分を褒めたくなるが、こんな野菜をス-パ-で購入しなければならない人たちにプランタ-農法を勧めたくなる今日この頃である。

蛇足になるが、最近、近くのショッピングセンタ-に新しい八百屋が開店した。その開店セ-ルの場面に行き合わせたが、『キュウリ10本200円』には安過ぎてビックリ。当然のことだが、そこには大勢の人が集まっている。

その人たちは山のように積み上げられているキュウリを、鮮度を確かめている?のだろうが、片っ端から手で触れては戻している光景にビックリすると同時に不快感を覚える。

店側もそんな行為は折り込み済みらしく、『らっしゃい・らっしゃい』の掛け声でさらに人を呼び込んでいる。

開店セ-ルとは言え、これほどまでのキュウリを大量に安価に仕入れているのは、恐らく奥野氏のいう農薬まみれ?のものではないだろうか。そのキュウリを、さらに不特定多数の人がいじくり回している。

とてもではないが、安心安全で美味しいと思えないのだが・・・。(田舎親父)

2018年7月 4日 (水)

これも温暖化が影響?・・・

昨日は『帰宅困難者』という言葉が流行っているとつぶやいたが、『発達障害』という言葉も大流行らしく、かなりの頻度で新聞紙上にこの活字を見いだすことができる。

授業中に突然奇声を上げたり、立ち上がったりと落ち着きがない児童生徒などが典型なのだろうが、このような児童生徒が年々増えているらしい。

確かに、私の担任時代にはあまり存在しなかったような気がする。もっとも、当時は、明らかに普通の子どもと違うと『障害児』と一括りにされて、『特殊学級』に編入されていたのだろう。

『発達障害』という言葉の定義を調べてみると、『生まれつきの脳の特性により、社会生活に困難が発生する障害のこと』とある。そして、・コミュニケーションが苦手でこだわりが強い『自閉症スペクトラム障害(ASD)』・不注意で落ち着きがない『注意欠陥多動性障害(ADHD)』・読み書きや計算など特定の学習分野が極端に苦手な『学習障害(LD)』などに大別しているのだそうだ。

現在の『学習障害』と呼ばれる児童生徒の理解度をどの程度で線引きしているのかは、その方面には疎いのでわからないが、算数の計算が苦手だとか、文章の意味が理解できないという児童はかなり存在していたことは間違いない。

大田区のA小学校で担任として最後に受け持ったGちゃんという児童などはその典型だったと30年ほど前を思いだす。この男の子は勉強は全くやる気なし。と言って体育が好きかというとこれもやる気はない。ところが、スケボ-は得意で、スケボ-持参で登校することも稀ではなかった。それを、面白いと笑っていた私も教師として失格なのだろが・・・。

この児童は入学当時から、かなりメチャクチャな行動が目立ったらしく、当時の校長は特殊学級を強く進めたらしいが、肝心の特殊学級の担当教師が、私たちにはとても扱えないと拒否したことから普通学級に編入され、そのまま4年間過ごしたとのこと。

ところが学年が進むにつれて、行動が派手になり担任がお手上げ状態になったことからこのままでは大変なことになると学校全体の問題になったらしいが、校長は担任する教師がいないということで教育委員会に泣きつき、結果として私に白羽の矢が立って、5年生担任として異動したのだから、今ではとても考えられないのではないだろう。

面白いクラスだった。はじめて出会った時から、不思議にこの子とウマがあったらしくさほどの違和感も悩みもなく感じず2年間過ごせたのは、当初から、私自身に勉強を強要する気持ちがなかったからなのかも知れないが、彼もそれが気楽で居心地が良かったのではと振り返っている。

また゛A小学校の前任校だったB小学校では、6年生の担任時に、特殊学級に在籍していた男女二人の児童を、普通学校に編入させてほしいという保護者の強い希望を断れなくなったのだろうが、校長から直接頼まれてクラスに受け入れた経験を持っている。

二人とも、自分の世界に入ったままだったことから、現在の定義からみると、明らかな『自閉症スペクトラム障害(ASD)』なのだろうが、存在を意識しなければ、ジャマになるわけではなく、さらにクラスの子どもたちが、(今思うと面白半分だったのだろうが)結構注意して見守ってくれていたことから、さほどの問題もなく卒業させたことも思い出す。

もちろんこの二人に対して、私は授業に参加させようとは頭からなかったのは、私のいい加減さだろうが、今なら、教師失格の烙印を押されることは間違いない。しかし、現在の学校事情を知ると、教師が、もう少しいい加減なれる雰囲気があれば、現在問題になっているかなりの部分は解決できるのではと思わないでもない。

話がそれてしまったが、最近の研究では『発達障害の人の行動が周囲から理解されにくいのは見え方、聞こえ方などの感覚が、多くの人と異なっているから』ということが分かってきたらしく、対応の仕方も明らかにされているそうだ。

しかし私だけが思うことかも知れないが、教師にとっては良し悪しで、一人一人の児童生徒に対して、きめ細かな指導をしなければならないとなると、より高度な専門性を求められるのだから、教師に対する世間の見方が、ますます厳しくなるのではと、違った意味で心配になるのだが・・・。

そのことは別の機会に回すが、先日、ネットで遊んでいると、『自閉症が増えているのは温暖化と無関係ではない』という文章にぶつかった。極めて短文で、およそ科学的な根拠がない、いわばデマに近い書き込みであるが、私には、なんとなくだが『あり得そうだぞ・・・』という気持ちにさせられてしまった。

これも、『温暖化』があまりにも急速に進んでおり、政治の乱れはもとより、最近の不可解な事件・事故の多発なども、決して温暖化と無関係とは言えないように思えるから不思議である。

このことは長くなりそうなので、今日はここまで・・・。(田舎親父)

2018年7月 3日 (火)

グラリには動かない気持ちを・・・

 最近『帰宅困難者』という言葉がやたらに目につく。『自宅に帰りたいのだが、帰る手段がない』人々という意味なのだろうが、大地震で電車やバスなどの公共交通機関が止まるのだから防ぎようがないはずなのに、どうしても家に帰りたいと行動するのは帰巣本能があるためなのだろう。

 大阪北部地震が起きたのは午前8時前だった。震度6弱と報じられていたが、その割には被害が少なかったのは、揺れが短い周期で細かく揺れたので、家屋の倒壊がほとんどなかったためだったようだ。

それでも小学校のプ-ルの目隠し用のブロック塀の下敷きでこの小学校にに通う4年生の女児か亡くなったことについては、明らかな人災だと先日つぶやいたばかり・・・。

7年前の3.11大地震と大津波は午後2時46分。私自身、今まで経験したことのない揺れに、思わず表に飛び出したが、後で、横浜の片田舎の揺れは『震度5強』と知ったことから、改めて震度6弱という数値に凄さを感じたもの。

3.11では、電線が大きく揺れ、地面までも波うっていることを目の当たりにしたが、それでもオンボロ我が家はもとより、近所というか町内での被害は、たかだか戸棚が倒れて食器類が割れたという程度だったことを思い出す。

家がオンボロだからからであるが、我が家の食器棚はある程度の揺れがあったとしても倒れないように柱に頑丈に固定している上に、日常の出し入れは少し不便ながら戸棚を丸棒で閂をかけているので、食器類の被害もなかったことから、家さえ壊れなければ大丈夫だと変な自信をつけたもの。

しかし、この地震では、大津波に続いて福島原発事故が続き、トンデモない日々の連続だった。首都圏でも、地盤の弱い地域を中心に『液状化』という現象で、土台が沈み込んで傾く家が続出したことも記憶に新しい。

首都圏は一部をのぞいて軒並み『震度5強』だったはず。オンボロ我が家に被害がなかったことから、東北の人たちには申し訳ないが、首都圏は大した被害がないだろうと思ったこともおぼえている。もっとも、この地震というより原発事故では東電と国が共謀した『計画停電』という市民いじめの典型のような嫌がらせを受けたことは、恨みをこめた表現で記録に残してある。

ところが、首都圏の電車が長時間全てストップするとは、当時では想像できなかったことで、金曜日の首都圏、特に主要駅周辺は帰宅したくてもできない人々が溢れて大混乱しているテレビ映像は記憶に新しい。

一部の道路には規制がかかっていたようだが、バスが動いていることがわかると、人々はバス停に殺到。避難する車で道路が大渋滞したのが原因らしい。そのため待っても待ってもバスはこない。

タクシ-乗り場も兆だの列。どうしても帰宅したい人たちが歩き出し、その動き広がるとさらに道路にも人があふれ混雑に輪をかけ、さらにバスやタクシ-が身動きすらできなくなるという悪循環。

『帰宅困難者』という言葉はこの時に生まれたのではなかっただろうか。そして、その対策が必要だと議論が始まり、今では、発災後、行政が帰宅を抑制するように呼びかけるようになっていると聞いている。

3.11の時の首都圏は震度5強であの騒ぎだったことから、今回の大阪周辺の凄さは想像できるが、阪神淡路大震災を経験している地域だけに、テレビ映像で見る限り、混雑はあっても車道ではなく、整然と歩道を歩く人々の姿に一安心したものである。

しかし、午前8時に起きた地震なのに、夕方の帰宅ラッシュに大影響とは首をひねりたくなる。高槻市では登校時、小学4年生の女児がブロック塀の下敷きになって死亡するという、完全な人災はおきたものの、学校や始業前、ほとんどの会社でも業務ははじまっていない時刻。

大阪府(大阪市)が『すぐに帰宅せよ』という命令を出していれば、こんな混乱は起きなかっただろうと思うのだが、何がなんでも出勤するのが、この国の国民の習性となると行政はとても踏みこめなかったのだろう。サラリ-マンたちも、せっかく出てきたのだから今日の仕事をやり終えなければ・・・というのも悲しい習慣になっているようだ。

このところ毎日のように日本列島のどこかで、震度3程度の揺れが起きている。首都圏では千葉を中心に結構揺れているが、直下型の大きな地震は1923年の関東大震災以来ないのが不気味である。

統計的には100年に一度程度は大きな揺れがくるというから、何時大地震が起きても奇怪しくないとのことだから、首都圏に住む人々は誰もが、自宅にかえりたくても帰れないという事態に直面する可能性は大。

そんなときは、どうしても帰宅するという意識を持たずに、のんびりと非日常の事態を楽しむというぐらいの気持ちを持ちたいものだ。

 もちろん、出勤前のグラリには、動かない訓練が必要だろうが、日本人にはいずれも難しいだろうな・・・。(田舎親父)

2018年7月 2日 (月)

オバマへの劣等感だけ・・・

 暴君トランプのトンデモ政策が世界をかき回しているが、イスラエルにテコ入れして、アメリカ大使館をエレサレムに移動したことに続いて、今度は、イスラエルと対立しているイランに対して、アメリカ・中国・ロシア・イギリス・フランスの核保有国に加えてドイツとの間で締結された核抑止の合意から撤退すると言いだし、実際にそれを実行したことに、この男の暴走はどこまで続くのやらと心配になり、アメリカ国民は迷惑な人物を大統領に選んだものだと改めて感じている。

 この強引さには、中国やロシアは当然反発。イギリス・フランス・ドイツも、『トランプさんおやめなさいよ』と批判し、こんな無茶なやり方にはお付き合いできないと、イランとの合意を大事にして、今後も良好な関係を続けていくとの姿勢を発表している。

 このことにトランプさんは焦りを感じたのだろうが、世界に向かって、イランから一切原油を輸入するなとの大号令。マスコミ報道では、『日本を含む各国にイラン産原油の輸入を完全に停止するよう求めている』とのことだが、イギリスやフランス、ドイツはイランとの友好関係は崩さないだろうから、ねらいは『日本』であることは明らか。

 トランプのポチのウンコに成り下がっているわが国のデンデン首相は、早速『お目溢しを・・・』とお願いしているようだが、例え、トランプに少しの聞く耳があったとしても、その見返りはトンデモなく凄い負担が求められるものになるのは、一連の中古武器の購入から、政治音痴の私でも推測できること。

 このイランとの『核合意』は、オバマ前大統領がイランの核兵器開発を押さえるために、イラン原油の輸入禁止という政策を打ち出し、欧米諸国もこの政策を支持、日本などが輸入制限をしたことからイラン側が悲鳴を上げたことに加えて、これ以上核兵器の拡散を望まないロシアと中国などとの協議が整い、これらの国々とイランとの間で合意に至ったと理解している。

 以後、イランは視察などを受け入れて、核兵器を開発していないことから、イラン経済は順調に発展しているらしい。この合意は、まさにオバマ前大統領が強力な指導力を発揮して成し得たものである。そして世界に平和をもたらしたと評価されてノ-ベル平和賞を受賞したことは記憶に新しい。

トランプは、よほどオバマに劣等感を持っているらしく、オバマ政権がやってきたことの真逆の政策が出発点になっている。保護主義などはその典型だろうか、このアメリカファ-ストが、白人を中心に支持が広がっているというから、アメリカそのものが、現在狂気の嵐に飲み込まれている状態になっているのではないだろうか。

こんな私の見立てはともかく、『イランから原油を買うな』という命令に、まさかポチのウンコであっても、直ちに『ハイわかりました・・・』と言わないだろうと信じたいが、これまでのデンデンさんの行動をマスコミ報道で判断する限り、何とか国際世論と国民を騙しながら、トランプに隷属する可能性は限りなく大きいようだ。

日本は、石油は全て輸入に頼っているが、その5%超をイラン産の原油だというから、影響は莫大で、事実ガソリンが徐々に値上がっているようだ。中には、イランからの輸入に頼っている分野・会社もあるだろうか、たちまちのうちに経営が苦しくなり、倒産に追い込まれる可能性が高くなり、路頭に迷う人々が続出しそうだ。

イランとの核合意を一方的に破ったのはトランプ・アメリカであり、その動機が、タテマエはイスラエルとの関係なのだろうが、ホンネはオバマ憎し、オバマへの劣等感の裏返しだとしたら、なんとも虚しいこと。

オバマ政権時代は、オバマのポチに徹していたデンデン首相は、いまやウンコの状態になっているとなると、めったにデンデン政権に楯突くような社説を載せない大新聞がこぞって、『トランプの禁輸要求を拒否し、制裁発動の再考を求めるべきだ』と書いても、無視されるのがオチ?・・・。

そして、トランプもポチの姿は、ウンコとそれに群がるハエ集団のボスに矢印で『これがアべ』というような風刺画が、ヨ-ロパの新聞に載る日も近いような気がしてならない。

 今朝も困った話であるがというオチになるが、日本の最高指導者の内閣総理大臣か、トランフのウンコを認めているのだから、日本国民としたら、困ったどころの話ではなさそうだぞ・・・。(田舎親父)

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