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2018年9月17日 (月)

敬老の日に思うこと・・・

 今日は『敬老の日』という国民の祝日。この祝日も、9月15日と固定した日にちだったものを、かなり以前に連休を増やすということが主な理由で9月の第3月曜日と規定したことから、年により日にちが変わるのだから、なんともいい加減な祝日の一つだと思うことしきり。

 後期高齢者の仲間入りした私も年齢的には立派な老人。この祝日の定義からしたら、何らかの『敬われているような雰囲気』を感じられても良いのだろうが、聞こえてくるのはこの日だけのことだろうが『お年寄りを敬いましょう』的なキャッチコピ-の氾濫だけ。

 笑えるのは、私でも知っている全国チェ-ンのファミリ-レストランや回転寿司店の、『特別の日のお祝いメュ-』的な言葉が溢れているチラシが、この日の数日前から新聞に織り込まれていることだけかも知れない。この日を目当てに客を引き込む作戦なのだろうが、いわば『敬老の日』は単なる客寄せパンダ的な言葉として利用されているだけで、敬老などという精神はどこにもなさそうだ。

そのことはさておき、先日の新聞記事に、『全国の100歳以上の高齢者が昨年より2014人多い6万97855人に上る』という文言を見付けて考えさせられた。

 時に、『人生100年時代』なる言葉を見聞きする機会が多くなったが、ここまで100歳以上の人が増えると、本当にそんな時代が近づいているのではと恐ろしく感じるのは私だけなのだろか。ただ、この7万人近い100歳の人が、どんな生活をしているのかということに関しては、ごく特殊な例をのぞいてはメディアも報じない。当然だとは思うが、かなり悲惨な生活をしている人も多いのではないだろうか。

ここからは私の勝手な独り言。先日もマスコミが大きく取り上げていたが、5歳の女のかが、『ごめんなさい』と謝っていながら継父の虐待で命を落した事件に象徴されるように、実母であっても子育てに疲れたという理由で日常的に暴力を振るい、最悪の場合死にいたらしめる事件が後を絶たない。また、10代から20代の若者の死亡事故もかなりの頻度で報じられている。これらの事件や若年層の事故による死亡が平均寿命を延ばしていることは以前もつぶやいたこと。

こんな理不尽な事件を防ぐ根本的な議論があまり聞こえてこないのに、100歳を越える高齢者が活躍する話題は無条件に『是』として報じられているが、介護施設か病院で意識すら混濁した状態の年寄りも多いはずなのにと、へそ曲がりの私には、なんとも違和感を覚えるのだが・・・。

若い頃、同僚に『オレは39歳で死にたいとと思っている』というセリフをよく口にしていた。深い意味がある訳ではないが、40歳を境にして、今までかなり体制に批判的な仲間が、不思議に体制に組みこまれる現状を許せなかったからではなかっただろうか。

残念ながら、その願いは叶わず、60歳の定年まで勤めて、嘱託も断って毎日のんべんだらりと霞を食らって75歳になる現在まで生きているのだから、当時の私からはとても信じられない。しかも、病院に出かけるのは数ヶ月に一回の血液検査に出かけるだけだから、あと数年は生き続けることは間違いなさそうだ。

医者からは、毎回の血液検査で、血糖値だけが基準値を少し上回ることから、『糖尿病予備軍』という病名をいただいている。A1cの値もぎりぎりの正常値なのだから、予備軍となっているのだろうが、日常生活に何ら支障がきたすことはない。

身体が固くなって、膝を曲げるのも難儀にはなっているが、毎日自分の足で歩けることから、ひょっとして、私も100歳まで生きなければならないのかと思うことはある。しかし、100歳まで生きても良いが、それまでの25年の間に、この世が末期を迎え、人類が死滅する瞬間を自分の目で見たいと願うことは変わらない。

さらに、今日の朝刊に70歳以上が国民の20%を超えたという記事が追い打ち。いやはや恐ろしい時代になったものと、敬老という雰囲気が全く感じられない『敬老の日』に思うこと・・・。(田舎親父)

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