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2019年1月

2019年1月31日 (木)

さらなる学校いじめ教員いじめ・・・

最近は『児童虐待』に関する事件を連日マスコミが取り上げているが、それでも『いじめ』という言葉を聞かない日がない。

何度も繰り返しつぶやいているが、文科省の『いじめ』の定義では『相手が嫌がる言葉を発したり、行動すること』となると、大人社会でも、こんなことは日常茶飯事となると、子どもたちの世界でもなくせるはずがない。

ただ、被害児童・生徒が思い悩み、ついには自殺という行動が相次いでいるのだから、昔のように子ども同士で解決するだろうと放置することはできなくなり、教員のホロ-が必要であることは当然だろう。

明らかないじめが教室の中で行われ、担任がその現場を見付けたら、当然何らかの処置はしているはずだと信じたい。しかし、その方法がきわめて難しいことは、教員経験がなくても想像はできるのではないだろうか。

昔なら、弱いものいじめは許さないと、パシッと一発というのは日常的な光景になっていて、全体の児童生徒と教員間の信頼関係が濃密ならば、それで解決することが多かったが、今の学校現場ではパシッと一発などできるはずがない。

まず、双方の意見を聞くことから始まるのだが、聞き手が頭から『加害児童生徒』に対して『お前が悪い』という固定概念を持っていたら、正直な聞き取りができないことは経験上断言できる。

下手すると、加害児童生徒と断定し一方的に叱責したことを保護者が知ると、話がこじれることも十分あり得ること。特に、経験を積んでいない、クラスを十分まとめきれていない未熟な担任ならこの可能性は大きくなる。

クラスの全員の子どもたちが毎日学校に来るのが楽しいと思うようになれば、学校内でのいじめ的な行為は、完全にゼロにはならないまでも劇的に減少することは経験上知っている。

そのためにどうすれば良いか、私の場合は・出欠はとらない・テストはしても100点以外つけない・早く問題が解けたら、他の児童の邪魔しないために校庭で遊ぶか、分からない子に対して丁寧に教えるかを選ばせる・時には、保護者の数人が引率してくれて我が家の近くの森や野原で一日中遊ぶなどと、今思うとトンデモない担任だったが、今では全て無理だろうな。

現在の学校現場でどんな方法が有効かは、現場を去ってしまった今では示唆することも難しいが、先生たちは日々苦労していることは想像に難くなく、もし相談を受けることがあれば、現場に出かけて一緒に考えたいとは思っているが・・・。

いじめに対してこんな考えを持っている私であるが、先日の新聞記事に、いじめを放置した教職員を懲戒処分の対象とすると明記した議員立法『いじめ防止対策推進法改正案』が、28日召集の通常国会に提出されるという一文とその内容を読んで愕然とする。

現在でもいじめに対応する仕事として、生活指導という言葉で子どもたちの日常の行為を見守る任務があることは否定しないが、こんな法案が通ってしまったら、言葉が悪いが、学校は『いじめ探し』が日常的になりそうだ。いじめる子はいねえか・・・なんてまるでナマハゲのような光景が目に浮かび、不謹慎ながら笑ってしまう。

この法案の条文の素案を読むと、いじめ防止対策を『学習指導等と等しく重要な事務』と明記し、いじめ防止を教職員の義務と位置付けて、いじめを放置すれば懲戒処分となるというから、現場はますます大混乱に陥ることは間違いなさそうだ。

担任にとって、生活指導も重要だが、もっとも大事な仕事は学習を成立させて、子どもたちに学力(自分で考える能力)をつけることだと信じている。繰り返すが、文科省の定義しているいじめなら、子どもたちにとっての日常生活そのもの。(絶対という言葉を安易に使いたくないが)『絶対』になくせるはずがない。

そのことを無視して、担任に『いじめ』を発見することを、授業以上に重視し、発見することを強いるのは無茶というもの。

学校組織を縦割りにするのではなく、自由にものがいえる横の連絡を密にできる体制作りが必要なのに、この法案(現在も同じだろうが)、担任(教員)だけに全てを押しつけては、ますますいじめが陰湿化する原因になることも間違いない。

自殺を考えなければならなくなるのは、もはやいじめを通り越して暴力行為、犯罪であると断言できる。いじめがエスカレ-トし自殺などの事件が起きないためは、困った顔をいち早く見付け、その子に寄り添って話を聞くことからはじめることであることを否定する人はいないだろう。

そのために行政がやらねばならないことは、教員を増やすことしかないと知るべきである。主任だ主幹だという身分を作り、教員を分断し管理するという発想ではなく、同じ立場で子どもたちを見守るという組織が必要だと思うのだが、国が進める教育政策はその真逆ばかり・・・。

驚くことは、いじめで処罰という法案の出所がデンデン一家や自民党と鵺党の傀儡である中教審からでもなく、自民や公明はもとより、立憲民主や共産各党など超党派の議員による『いじめ防止対策推進法に関する勉強会』というグル-プだという報道。

特に、共産党までも合意しているとなると、私の共産党観が全く違ったものになりそうだ。少なくとも、共産党の党員の中には、教員経験者や現職の教員も多い子はずなのに、現場を全く無視した、こんな法案の立案に参加するとは考えられない。

もし、野党(共産党議員も含めて)が、本気でこの法案作りに参加しているとしたら、この国の未来は限りなく暗いと、落胆と諦めしかない今朝の私・・・。(田舎親父)]

2019年1月30日 (水)

『酪農』という言葉が消え流?・・・

このところ、家内から『毎日懲りずに散歩ばかりしているのなら、時には夕食のおかずを考えなさい?・・・』と責められるのも影響しているのだろうが、散歩の途中にス-バ-の食品売り場をのぞくことが多くなっている。

そこで気付くのが、肉の価格がかなり下がっていること。特に、オ-ストラリア産の、いわゆる『オ-ジ-ビ-フ』が劇的に安くなっている。ステ-キ用の140gの肉が3枚入って980円の、一昨日のス-パ-価格には、思わずエッ-とツバを飲み込む。

と言って、飛びつくわけではない。私は貧乏暮らしが身についているのだが、外国産食材は基本的には手を出さないという信念も持っているからである。が、こんなに輸入肉が安くなったら、私と同じような国産牛第一主義の人でも誘惑に負けるのではと思うと同時に、このままではますます国産の牛肉が敬遠されるのではという心配が頭をよぎる。

同じス-パ-のことであるが、月に一度程度で、全ての肉が店頭の表示価格の40%引きという日がある。去年の秋ごろに偶然気付いたのだが、人だかりがあったのでのぞいてみたらこのイベント。40%引きとは凄いと思わず立ち止まる。

真っ先に目がつくのが国産のブランド肉の『仙台牛』と表示がある肉の塊で、表示価格は4200円とある。4割引きだと3千円弱になると頭で計算し、ついつい手が出るのは貧乏人が身についている証拠なのだろう。

レジで清算して急いで家に戻り、家内に自慢するが、フンと鼻であしらわれてしまう。一瞬ムッとするが、彼女には馴染みの肉屋があって、その店以外の肉では受け付けないという習性があることを思い出し、まあいいかと気持ちを切り替える。ひょっとしたら、ブランド肉など頭から無縁なものと思っているのかも知れないが・・・。

早速調理して夕食のおかずにするが結構美味い。どうやら看板に偽りがなさそうだと納得するが、商売上手だと言われているこのス-パ-が、利益を無視してまで40%引きで売るはずがないと思うと、何か裏技があるのでは勘繰ってしまう。

普段はうんと儲けているので、たまには原価を割り込んでも提供するというサ-ビスなら消費者としては大歓迎というところだが、輸入肉に対抗するためにムリムリこんなイベントをせざるをえないのなら、今後のわが国の酪農に悪影響でも及ぼすのではと気になることしきり・・・。

そんなことがあったのも関係しているのだろうが、27日の東京新聞の『こちら特報部』というコ-ナ-に、『牛肉関税減』と白抜き見出しと、『輸入増、国産に脅威』という大活字に無条件に食いついてしまう。

昨年暮れに環太平洋連携協定(TPP)が発効して間もなく一ケ月。早速、影響が出始めているという文章に続き、牛肉の輸入は急増し、一月上旬だけで前年一ケ月の半数に達したとある。少し変な表現だが、本文を読むと、オ-ストラリアからの輸入は物す勢いで延びているらしい。

先日、ス-パ-で見付けたオ-ジ-ビ-フのあの価格はこの影響だったのだと納得するが、記事にはTPPに参加する国々との貿易では農産物の関税は約8割で最終的に撤廃されるとあり、牛肉は関税は残るものの、発効前の38.5%から発効した今日では27.5%に下がっているという。

さらに毎年、関税が0.8~1.98ポイントずつ下がり、16年後には9%になるというからいうから、私が見たオ-ジ-ビ-フの価格は数年後には800円から、10年後には500円?・・・。

ビフテキなど普段はめったに口にできない一般庶民にとっては嬉しいことに違いないだろうが、これでは一部富裕層のための超高級ブランド牛を提供している酪農家以外はとても太刀打ちできるものではない。

数年後には、関税減に加えて高齢化もかさなり、全国の酪農家の数が激減し、半数以下になっていることもあり得る話。しかし、外国産の牛肉が本当に安全安心かというと、疑問がつくことも忘れてはならない。

国産が全て安心とはいえないまでも、少なくともかなり厳しい規制がかけられていることは間違いない。肉となると中国は考えなくても良さそうだが、TPP参加国の中には、農薬ばかりか、ホルモン剤や成長促進剤も是とする国もあるというから、ただ安価だと喜んで飛びついたらとんでも事態になる可能性は高そうだ。

牛肉に限らず、野菜や果物、あるいは加工品を含めた全ての食品において、国内の生産者が激減しては、庶民にとって、国産食材選びたくても選べることができな社会がやってくる予感がする。

日本という国を愛し、人々が穏やかな生活を続けられるためには、横浜の片田舎の何の能力もない老い先短い乏老人でも、価格が倍になったとしても、また売っている店を選ばねばならなくなったとしても、今後もやせ我慢を続けるしかなさそうだ・・・。(田舎親父)

2019年1月29日 (火)

県民投票って世論調査?・・・

 辺野古の海への不法な土砂の埋め立てが続いている。大マスコミは、芸能界やスポ-ツの話題を中心に取り上げることから、一般国民は、日々辺野古のことを忘れさせられているように思えてならない。

沖縄県は知事が先頭になって、辺野古への新基地建設阻止にできる限りの方法で、運動を展開しているが、現政権は、権力者の常套手段である、県民の分断という汚い方法と都合の良い言い訳をノラリクラリと続けて、日々埋め立てを進めている現状に、何の力も持たない貧乏老人としては、最大限の怒りをもちながらも、なにもできない歯がゆさを感じる日々の連続である。

2回の知事選の圧倒的な勝利で、沖縄県の民意ははっきりしていると思うのだが、さらに確かめるために、県民投票をするという知事の発想は決して間違いではないと思いたいが、デンデン官邸の命令なのだろうが、5つの市長が『県民投票はしない』と表明したのは許せない。 

全員一致で選ばれたわけではないのだから、政策面で多くの市民の意に背くことはあり得る。しかしその場合は、市民としては次の市長選でNOを突きつけることで意思を示せるが、県民全てに投票する権利があるのにも関わらず、市長の一言でその権利が行使できないとなると、これは明らかに憲法違反だろう。

そこで一人の若者が『辺野古の美しい海への埋め立てに反対』とハンガ-ストライキを敢行したことはかなりのメディアが取り上げていた。この影響は大きく、多くの国民の気持ちに現れて、国民投票の権利を剥奪するとは何事だという世論を盛り上げはじめる。

デンデン政権はかなり慌てたに違いない。しかし、官邸には想像以上に悪知恵が働く策士が存在していたらしく、賛成か反対かという二択ではなく、『どちらとも決めかねない』という項目を入れ、三択という案を考え出したらしい。

県民投票と言うからには、全ての県民に投票してもらわないと意味がないことは誰もが認めるところ。これを官邸が言い出したのだから、反対していた五市の市長も渋々という顔をしながら同意したようだ。

知事としても、このまま五市の市民の意思が届けられないとなると、県民投票という大上段に振りかざした切り札の意味がなくなることから、こちらはまさに渋々同意したのではないだろうか。

結局、紆余曲折を経て、沖縄の県民投票が『三択方式』で実施される事になったようだが、『どちらとも決められない』という項目を入れるとなると、名目は県民投票であるがNHKがお得意とする『世論調査』と変わらない。

NHK方式は『賛成』『どちらかといえば賛成』『反対』『どちらかといえば反対』に加えて『どちらともいえない』という五拓だが、事実上は、『どちらかというと賛成(反対)』が上回っているというアナウンサ-の言い方では三択と変わらない。

三択方式に対して、多くのメディアもこれで県民全ての意思を現せることになると社説でも評価しているが私は、とんでもなく間違っているのではという思いがしてならず、辺野古の海の埋め立てに大きな警鐘を鳴らしている朝日や毎日などの大新聞が、この方式の県民投票に賛成しているのが恐ろしく感じるのだが・・・。

沖縄県民の中には、辺野古への基地新設には反対だが、普天間基地が移設するならば仕方ないと思っている人もいるに違いない。そして、二者択一ならば、心底悩んでいる人は棄権するしかないことは想像に難くない。

しかし、『どちらともいえない』という項目があれば、ほんの少しでも逡巡があれば、そちらに〇をするのではないだろうか。知事選でタマキ知事に投票した人が100%、反対票に入れたら、こんな心配は杞憂だろうが、世論調査的な方法では、そうならないのではないだろうか。

 開票結果が、投票率が70%として、そのうち反対49% 賛成10% どちらともいえない41%となった等と仮定して話を進めるが、現政権ははっきりと反対しているのは過半数を切っているから,これは民意とはいえない。むしろ、賛成とどちらともいえないという人が51%に加えて、棄権した人が30%もいるのだから、県民は辺野古移転反対の意思を示していないと強弁するだろうことは想像に難くない。

 例え反対が55%となっても、大多数の県民が反対しているわけではないと主張することは目に見えている。果たして反対が80%を越えるだろうか。

 2月24日の県民投票の結果が私の杞憂であれば良いのだが・・・。(田舎親父)

2019年1月28日 (月)

この大学4年生に大拍手・・・

 企業の儲けのために、非正規の社員を導入したのは、コイズミ政権の時に民間大臣として入閣した、当時は慶応義塾の教授だった男の影響が大きいことを知っているので、いつの間にかこの名前には拒否反応が起きる体質になっている。

 この男その後、自らの経営理論を駆使して『パソナ』という人材派遣会社を運営する取締役会長に収まり、ますます現代社会の格差を広げている張本として世の中に広く知られていると私なりに認識している。

だから、デンデン首相ややアホウ財務相同様、本名では表現したくないことから、ヘンゾウとするが、この男が数年前から、箱根駅伝の常連校である東洋大学の教授に収まっていることは知らなかった。

 その東洋大学で、4年生の学生が、ヘンゾウ教授の講義に反対する看板を立て批判のビラをまいたところ、大学側に退学処分の勧告を受けたことが分かったそうだ。

このことは、現在ではもっとも信頼できる情報を発信するメディアの『日刊ゲンダイ』が取り上げたことで、ネットでは、このことと立て看の映像が大々的に紹介され、東洋大学への批判が高まっているというから、この4年生に大拍手。

 この学生は、日刊ゲンダイによると、『21日朝9時から立て看板を出し、ビラを配り始めたら、10分と経たないうちに学生課の職員がビラ配布の中止と看板の撤去を求めてきました。その後、学生課の部屋に連れていかれ、職員5、6人から約2時間半にわたって詰問されました』と話しているとのこと。
 ビラには、ヘンゾウ教授の規制緩和路線を批判。『正社員はなくせばいい』『若者には貧しくなる自由がある』『トリクルダウンはあり得ない』などと、ヘンゾウの過去の暴言を列挙し、『労働者派遣法の改悪は、自らが会長を務める(人材派遣)会社の利権獲得に通じていた』『(まさに国家の私物化)こんな男がいる大学に在籍していることが、僕は恥ずかしい』と訴え、『今こそ変えよう、この大学を、この国を』と呼びかけているというからこれは凄い。

 至極まっとうな意見だが、大学側としては、このようなやり方で『看板?教授へを批判されたものだから大慌てしたことは想像に難くない。学生にはありとあらゆる言葉で学生を恫喝したのは学生の言うとおりだろう。そして、『お前は退学だ・・・』どなったこともあり得る。

日刊ゲンダイの記事がネットで広がり、同時に学生本人もことの経緯を語ったものだから、ネットでは東洋大学に対する批判が沸騰し、東洋大学に対して、『言論封殺だ!』『学生の意見を潰しているだけ』『自主性を育てるとは真逆』などと大騒ぎになっているという。

大学側としては、これは大変とばかり翌日には、『無許可の立看板設置は学生生活ハンドブックに記された禁止行為だ』だと、事実関係を認めた上で『一部ネット等で散見されるような当該学生に対する退学処分の事実はありません』と強調する声明を、大学の公式サイトに掲載したというから、強制的な退学処分は回避されたようだ。

今回の事件で、大昔の学生時代を思い出す。私が通っていた横浜国大は、大学への批判などは日常茶飯事だった。文科省からの天下り教授を弾劾して、退職に追いやった記憶も思い出す。当時、マスコミは日韓条約や原潜反対という政治問題を大きく取り上げていたが、早稲田大学でも校内問題を取り上げていたことで連携したことも記憶に残っている。

ところが時代と共に、様々な要因が複雑に絡みあっているのだろうが、徐々に学生の闘争心が奪われて、現在では京大の立て看板すら許されない時代になっていることに、何とも寂しい思いをしていた私には、この学生の行動は胸踊る。

当時、神奈川の教員になる約束で奨学金をもらっていたが、学生運動の先導者というレッテルを張られてその道を絶たれた時の不安は大変だった。しかし、救いの紙は存在するもので、現在の『ホルプ出版』の前身の、『図書月販』といういう企業が、私に関心を持ってくれて、学生の身で採用されたことも、その後の人生に役立っている。

卒業時には、企業担当渉外課長という肩書までいただいたが、縁あって東京都の教員に採用されたことから退職。しかし、この会社は、今でもごくわずかな額ながら、年金に加算してくれているのだから実にありがたいと恩義を感じている。

私の経験ではないが、東洋大学のこの学生も、例え大企業に就職できなくても、まっとうな考え方の経営方針の会社が、拾ってくれると信じたいものである。(田舎親父)

2019年1月27日 (日)

死ぬまで自分の意思で歩くしかないか・・・

 最近、老人施設でのインフルエンザの集団感染で〇人死亡という悲惨なニュ-スが続いている。

 学校ならば、インフルエンザが流行ったら休校にすれば良いのだから、これまであまり深くインフルエンザについて考えなかったが、老人施設となると、家族はもとより様々な人が出入りすることから、一人二人の感染が確認できた時点で、すでに多くの老人たちの体内にウイルスは入り込んでいると思うと、防ぎようがないのではと心が痛む。

 老人施設の詳しい事情はほとんど知らないが、時に入居者募集などの新聞折り込みなどを見る限り、プライパシ-に考慮しているのだろうが個室入居が多いようだ。しかし、食事は食堂、お風呂は順番という生活なのだろうとなると、いくら個室での生活といえど、完全に隔離できるはずはない。

 こんな書き出しになったのは、先日、兵庫県淡路市の養護老人ホーム『北淡荘』のインフルエンザ集団感染出7人の死亡者が出たというニュ-スを読み、その中に、――高齢者施設などが発症者以外への感染予防のために行う投薬を巡り、費用負担のあり方が課題として浮上している――という文面に衝撃をしけたからである。

県の保健所は、施設からインフルエンザの感染が広がったという報告を受けた段階で、予防ワクチンの接種をするように助言したという。しかし、施設側は職員にはワクチン投与を行ったものの、150人を越す入所者には8日間、接種を見合わせていたとのことだが、その理由がカネ(接種費用)の問題だとなると、理解できそうだが悲し過ぎる。

そう言えば、先日神奈川県から、『肺炎予防のワクチン接種』という手紙をいただいたことを思い出す。その内容は、後期高齢者の人に限って、本人負担は3000円でワクチン接種を受けられるというものだった。

今まで予防接種を受けたことは、忘れてしまうほど遠い昔の種痘だけ。以後は、ワクチンの副作用報道やワクチンなど必要ないという過剰なほどの自信が先に立って全く無関心で過ごしていた。

現役時代、一度だけインフルエンザと診断されたことがある。その日、どうしてもでなければならない会議があったことから、医師にムリムリ頼みこんで、当時知られ始めたばかりの『タミフル』という薬剤を投与してもらったことがある。医師からは、副作用が出る可能性があることを警告されたが、劇的に効果的だと言われたからである。

注射をしてもらって自宅に帰ってしばらくすると、40度近くあった体温が、2時間足らずで37度と下がったことにもビックリしたもの。当然、間もなく出勤し、会議に間に合ったことを思い出す。その時、いくら支払ったが記憶はないが、保険が適用されたような記憶がある。

以後、インフルエンザにかかったらタミフルを打てば良いだろうという意識が定着し、ますますワクチンから遠ざかるようになっている。蛇足ながら、その後タミフルのお世話になったことはない。

話は戻すが、先日の後期高齢者向けの肺炎ワクチン接種に3000円を支払ったことから、ワクチンは保険適用外であること知っていたので、なるほど施設が投与をためらった理由が理解できるが、そのために、7人もの入居者の命が奪われたことには考えさせられる。

だからといって、全員にワクチンを投与したら、一人も命が奪われなかったかというとそうではあるまい。逆に、接種した人の中には副作用で亡くなる人も出る可能性もゼロではない。また、保険が適用できないとなると、入居者や家族の承認も必要となると、施設としては事務手続きなどが煩雑化するのは避けられない。

結局は、施設側としては、『有料』という前提で話を進め入居者の意思で投与するしかないのだろうが、相手が高齢者となると、意思を確認するのも難しいこと容易に想像できる。と言って、仕方ないですまされて良い問題でもないだろう。

また取り止めのない駄文になってしまったが、世間知らずの私には、この問題に対してはっきりした意見を述べることはできるはずがない。

今回、施設でも集団感染と死亡という記事を読んで思ったことは、この世とお別れの日まで、老人施設に入居しないことと、そして、自分の意識で判断できることに加えてヨロヨロしながらも自分の足で歩ける努力をすることだけといういつものつぶやき。

もっとも、今の自分には、その保障は何一つないが・・・。(田舎親父)

2019年1月25日 (金)

いじめで母子心中とは酷過ぎる・・・

 昨年11月、宮城県仙台市泉区で母親と小学2年の長女の無理心中とみられる事件があったそうだ。そうだという曖昧な表現になったのは、もしも大マスコミがこの事件を取り上げていれば教育問題に敏感に反応すると自負している私が全く記憶にないからである。

 念のため『いじめ 母子心中』で検索しても、去年の11月の記事に該当する項目はなく、地方紙として河北新報の記事にもないことから、当時は単なる心中事件として取り上げられて、そこには『いじめ』という背景はなかったらしい。

 ところが、父親としては、いじめをした加害者はもとより、学校や教育委員会に強い怒りと不信感が消えず、先日、仙台市教育委員会に第三者委員会による調査を求める要望書を提出したことを受けて、大マスコミは(言葉は悪いが、これは記事に値すると)思い出したかのように一斉に取り上げたようだ。

 父親は『長女は学校でいじめを受け、相談を受けた学校も対応を怠った』と訴えているとのことは学校の体質を知る私には十分理解できる。

記事によると、父親は、長女が小学1年だった昨年3月ごろから、同級生に仲間外れにされる、たたかれそうになるなどのいじめを受けていたという。長女は昨年8月ごろ、文中で6度も『しにたいよ』と訴える手紙を両親宛てに書き、『わるいことしかないよ』、『いじめられてなにもいいことないよ』などと訴えていたという。記事には、実際に『しにたいよ』と書かれた文面の映像を掲載している。

両親は切羽詰まって、学校に出かけて校長に何とかしてほしいと訴えたのだろうが、この校長はこのような修羅場の経験がなかったらしく、『いじめがあったという事実をもとに、マニュアルにのっとって対応する』と返事したそうだが、どうして良いか分からなく、担任に『しっかり対応してほしい・・・』と指導?するしかなかったのではないかと想像している。

担任は『いじめ』として認識していなかったのはないだろうか。記事にはどんな校長や担任なのか想像できそうな文言がないが、これまでいじめの現場を経験していなかったらオロオロするしかなかったのでは・・・。この時点で、校長はじめ学校側が一家の苦しみを真剣に受け止めていたら、最悪の結果だけば回避できたのではと残念でならない。

この段階で教育委員会へ報告したかどうかは記事にないが、担任が『重大ないじめ』と言う認識を持っていなかったとなると、校長も『もう少し様子をみよう・・・』ということで、放置していたことも考えられないことはない。

結果的に、長女は精神的に不安定となり、母親も体調を崩し精神的に追い詰められて錯乱状態に陥り、思わず娘の首締めた後に縊死した、いわゆる無理心中を計ったのではないだろうか。

記事には、教育委員会への要望書提出の際の取材に対して父親は、『何十回といじめについて相談したが、対応してもらえず絶望していた』と時折涙をこらえながら訴えたとある。教育長は『事案は重く受け止めている。しっかりと調査し、事実関係の把握につとめる』と、まるで他人事のようなコメントを発表している学校、市教委としてはっきりと事態を把握できなかったとなると、このように答えるしかなかったのだろう。

今後の展開であるが、恐らく、学校としては、これまでの事実関係を調べて同級生が加害者と断定するに値する言動があったとしても、マニュアルには処罰という項目はないだろうから具体的な処罰のしようがない。たかだか、加害者だとされる児童に対しては、その保護者に遠慮しながら、反省するように指導するしかないのでは・・・。

結果として、父親の不信感は増大し訴訟という手段に訴えることは想像に難くない。市教委が反論すれば長い裁判が始まるのだろう。そして、裁判所も和解を勧めるしか方法がなく、某かの金額で手打ちとなるのではないだろうか。

文科省の定義では『いじめとは、相手に不快感を与える言動』とのことだから、いじめられていると認識すれば、それは『いじめ』だとなると、全国の学校(大人の世界でも同じだろうが)で『いじめ』が日常的に行われているのは当然のこと。

私に言わせれば、命を絶つほど深刻な問題にならないようにすることは、学校と保護者の日常的な信頼関係を構築することしか方法はない。具体的には、学校は保護者会などで正直に『いじめを根絶することは不可能』だと断言することだと信じ、私は行動してきた。その上で、自分の子どもがいじめにあって深刻な状態だと判断したら、登校しない選択をしてほしいと説明することだと確信している。

何度もつぶやいたことだが、私は担任時代出席をとらなかった。子どもたちが学校が楽しいと思ったら、よほどのことがない限り休まないという信念を持っていたである。

家族で旅行することが、今、我が子にとって学校に行くよりも大事だと判断したのならそれで良いではないかと言う姿勢で、欠席扱いにする必要はないとの考え方は今も変わらない。服務規程からは違反なのだろうが、不思議に、注意すらなかったことは幸運だったのだろのだろうが・・・。

出席簿の扱いはともかく、保護者が『学校より大事だと思ったら、休ませることは是』という姿勢を持てば、少なくとも死に至るような『いじめ』による事件の数は激減すると確信している。(田舎親父)

2019年1月24日 (木)

戦争ができる国へ・・・

 戦時中日本に強制的に連れてこられて重労働を強いられた徴用工に対する韓国の最高裁の判決に続いて、韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射したとされる問題が大騒ぎになっていたが、先日の21日、この問題はもうお終いにするという防衛相の発言に、何ともいえぬ違和感を覚える。

 お終いにしたいのは、防衛省が韓国に対して、レ-ダ-を照射されたと抗議したことである。韓国側が実際に意識的に照射したのかも知れないが、本気でミサイルを発射するはずなど考えられず、『ちょっと驚かせてみようか・・・』という程度だったのではないだろうか。

 防衛省の幹部としては、哨戒機のパイロットから照射されたと言われた以上抗議しなければ(俗な言い方かもしれないが)カッコがつかないことから、『二度としたら許さないぞ』という程度のコメントを出したことは想像に難くない。要は、この程度のトラブルは日韓に限らず、多くの国同士かなりの頻度で起こり得る問題だと想像している。

 ところが、日頃韓国を見下しているデンデン親分が、これは許し難い徴発だと激怒して、証拠の映像を公開しろと命じたことは、マスコミが伝えていることから事実だろう。

デンデンさんの発想は、格下の韓国ごときになめられてなるものかという、時代遅れの歴史観を持っているものだから、この際、映像を公開して、ギャフンと言わせろと防衛相に命令したに違いない。

少し立ち止まって考えれば、韓国が素直に『ゴメンナサイ』など言うはずがないのは世間知らずの貧乏老人でも分かること。それを、いきり立って口にしたものだから後に引けなくなったのではないだろうか。

回りに、『親分、少しは頭を冷やされてはいかがでしょうか・・・』という程度の諫言をする子分でもいれば、こんな騒ぎにならなかったのに、デンデン親分の回りは全て『親分のおっしゃる通りでございます』という茶坊主ばかり。まさに『裸の王さま』そのものだが、防衛相としてはこれが証拠だとばかり、手持ちの情報(カ-ド)を公表するしか手がなかったらしい。

 防衛省はこれでもかと次々に証拠だという映像や音を示すのだが、韓国側は柳に風とばかり、何の証拠にも当たらという態度。アメリカと北朝鮮の二度目の首脳会談の開催の可能性が大きくなると、トランプの命令かそれともデンデンのトランプへの忖度かは別にして、現段階で韓国とケンカしている場合ではないと悟ったようだ。防衛相に打ち止めを命じたというのが真実らしい。

防衛相はこの命令には従わざるを得なくなり、『最終見解』と題した文書と、海自機が探知したレーダー波を変換した音声を公表して、これ以上実務者協議を継続しても、真実の究明に至らないと考えられるとして、協議を打ち切る方針を表明したというからみっともないこと甚だしい。

 韓国は、『文句をつけたのは日本側なのに、勝手にお終いは納得できない』という姿勢で自衛隊機による韓国軍艦艇への挑発は日常的だと、逆に攻勢をかけられる始末。これ以上ケンカを続けられないのだから、外相が遺憾だと述べるしかない。どうやらこのケンカは韓国の一本勝ちというところか。

 これでは徴用工問題も完全に敗北となる可能性が大きくなったようだ。自民党内には、韓国許すまじという、強い異論が生まれだしたらしいと伝えられるが、だから韓国と戦争をはじめるわけにはいかず、結局はウヤムヤにするしかないのだろう。

 恐ろしいことに、韓国の多くのメディアは、韓国政府の主張に同調して、照射というなら、もっと詳しく周波数特性が分かるログデータを出すように要求し、ある新聞社は、それができなければ、日本が『戦争ができる国』に向かおうとしていることを示しているという社説を展開している。

 社説の内容は省略するが、過去に日本軍の軍政下という屈辱を味わった韓国のメディアが『戦争ができる国』と表現したことは、日本人一人一人が深刻に受け止める必要がありそうだ・・・。(田舎親父)

2019年1月23日 (水)

下流社会?・・・

――19年10月の消費税増税は、新たな『下流社会』の幕明け――という見出しに、ナヌッと反応する。

賃金が一向に上がらないままでの増税は、消費が確実に低迷し、企業の収益や税収が悪化、賃金はより下降して、本格的な『デフレ』の再来が懸念されており、さらに外国人受け入れ問題や急速に活用が進むAI(人工知能)など、誰もが当事者たり得る『下流転落の火種』が忍び寄るという文章が続く。

『下流社会』とは聞き慣れない言葉である。社会とあることから、個人を指す言葉ではなさそうだ。言葉の並びを素直に解釈すると、広い範囲の人たちが人間らしく生きていけない社会ということになりそうだが・・・。

そこで、ネットで調べてみると、三浦展という『消費社会研究家』という人が、自分の著書の名前に使った言葉だという。『下流社会』という本は、2005年に光文社から出版され、80万部のベストセラ-になったのだそうだ。

『消費社会研究家』という肩書もはじめて目にするが、私でも『蚕と鍬の研究家』と自称しているのだから、消費社会をいろいろな角度から調べ分析するなど研究している人だとしておこう。

経済にほとんど知識がない私には、このような本が出版されたことはもとよりベストセラ-になったことなど全く知らなかったが、この本を解説した文面があり、それによると、『生活意欲や学ぶ意欲、働く意欲が欠如した新しい階層によって形成される社会』をいうのだそうだ。

さらに、現代の日本国民に変動が起きており新たな階層が生まれているということで、この新たな階層が下流社会ということだとあるが、階層と社会とを並列に表記して良いのだろうかという疑問は消えない。

解説は続く。下流社会に属することとなる人々というのは所得が少ないということに加えて、働く意欲や学ぶ意欲にも欠けているという。このような人々の増加で従来の日本に存在していた中流階層というのが崩壊して行き、その先に人々がたどり着いた階層というのが下流社会と定義している。

ますますわかりにくくなってきたが、私が反応した記事に戻ることにする。

『僕らの未来にあるのは希望か絶望か』という小見出があり、新築のマイホーム購入から5年。差し押さえで家主は絶望という言葉が並ぶ。どうやら、消費税増税に伴い、住宅ロ-ンの破綻が増えることがきっかけが゛『下流社会』の引金になるという筋書きのような気がしてくる。

 現在、住宅ローン滞納は全国で39万件もあり、金融庁の調査によれば、い近年では4万5000件も増加し、今後はさらに増える可能性が高いのだそうだ。現在は、歴史的に住宅ロ-ンの金利は低く、大手銀行でも0.5%程度だとのこと。

私が40年程前に住宅ロ-ンを組んだときには、確か7%とか8%だったことを思うと、ほとんど利子は付かないほどの低金利が羨ましく感じられるが、銀行など金融を生業としている業者は、低利の固定金利をそのまま最後までなんてことを許すはずはなく、たかだか数年過ぎた段階で、物価などに合わせて金利が動く、変動金利にしているのが通常だとのこと。なるほど、銀行は決して損をすることはないことを改めて認識する。

この低金利で借りやすい時代は、あと2~3年で終わってしまい、金利は上がるのだそうだ。となると、当然、変動金利で目いっぱい借りていたら、支払いも月数万円は上がってしまうことになるのは経済音痴の私でも分かる話。

滞納から、破産するパターンも増え、そうなると、住居の差し押さえ『強制執行』も増加するのは当然のこと。それに消費税の2%が上乗せされるのだから、滞納・破産・強制執行で家を失う人が増加するだろうことも理解できる。

100円ショップがする買い物ではない。100円ショップでも、現在の108円が110円と税金分の2円が上乗せされるが、たかだか2円、かえって1円玉が財布にたまらないから良いという感覚の人がほとんどではないだろうか。

しかし、住宅ロ-ンの5000万円となると、購入価格に500万円の消費税がかかるのだから、これはトンデモ話。さらに金利が上るとなると、破綻する人の数は信じられないほど多くなりそうだ。

始めからマイホ-ムなど高値の花という低所得者も増えていることも社会問題化している現在、加えて住宅ロ-ンの破綻者が加わると、なるほど圧倒的多数の国民はその日暮らしを強いられる社会になりそうな気がする。

『1億総中流』といわれたのは今は昔。格差は広がり、1割の人たちは経済的にはなにも心配することなく日々優雅な暮らしが当たり前の社会なのに、残りの9割は、食べることだけで精一杯、生きがいを求めること自体贅沢だということになれば、日本は総体として『下流社会』という言葉が似合う国になりそうだ。

しかし、あまり使いたくない言葉である・・・。(田舎親父)

2019年1月22日 (火)

高知から届いた2つの話題・・・

 先週の中頃に知ったことであるが、高知新聞の世論調査で、現内閣の支持率が26.8%だというもの。不支持率は、倍近くの49.7%だというから、何としても早くこの政権が消してしまわなければトンデモ社会になると危惧している私にとっては、思わず頬が緩む。

以前もつぶやいたことがあるが、これだけ民意を無視したムチャクチャな政治を続けている現政権に、NHKや大新聞が行っている世論調査では、財務省や厚労省のデ-タ改竄などで一時的に、ほんの少し落ちるものの、次の調査では回復していることが不思議な気がしてならなかったが・・・。

ある評論家は、『大手メディアの全国世論調査は恵まれた層を反映する傾向があり、地方では、自営業者にしろ、農家にしろ、安倍政権の恩恵にあずかっている人はほとんどいない。高知新聞の世論調査は高知県だけでなく、地方の実情を反映したものだ』と断言しているが、もっともとうなづく。

久しぶりに愉快な記事であると気分を良くしているところに、先日届いた『萬晩報』といメルマガには同じく高知県の話題であるが、こちらは高知市上下水道局のお客様センターは、20111年からフランスの水大手、ヴェオリア社日本法人の子会社ヴェオリア・ジェネッツ社に業務委託されているという文面にギョッとする。

しかも、すでに、フランス企業に委託して9年目に入るのだが、ほとんどの高知市民はこのことを知らないという文面に大ショックを受ける。

さらに、ジェオリアは2002年に日本法人を設立し、相次いで水関連の日本企業が買収したとあり、その中に各地で水道料金徴収業務を請け負っていたジェネッツ社もあり、いつの間にかジェネッツ社がフランス企業の傘下に入っていたのだから、市民が分からなくて当然だという文面におぞましさを感じる。

私は、ボケ防止のために自己満足のコラム的な文章を毎日書いていることから、芸能界以外の記事にはかなり興味を持って、目を通すようにしているが、このことについては全てはじめて知ることばかり。

このメルマガはこれまでも精度の高い情報を提供しているので、今回も間違っていないと信じて話を進めることにする。

大マスコミはこれまで、水道の民営化についての懸念を伝えることはあっても、私の知る限り、浜松市など一部の地方自治体が民営化していることなど以外は伝えていなかったが、ジェネッツ社が社名にヴェオリアを冠したのは2015年で、いまでは174カ所で水道料金徴収業務を行っているというから驚きを通り越して言葉も出ない。

日本法人の社員は3000人とあるからすでに大企業である。料金徴収以外にも、広島県広島市下水道局、 埼玉県下水道公社の下水処理場、松山市公営企業局の浄水場、浜松市公共下水道終末処理場の運営を任されているのだそうだが、こんなことは全てはじめて知ることばかり。

さらに高知市は、ヴェオリア・ジェネッツ高知営業所を市役所内の高知市上下水道局の中においているとのことだが、なんとも奇怪な話である。

しかも、上下水道局との契約では光熱費込みで賃貸料年間180万円というから、タダ同然というより、むしろマイナス料金でスペ-スを提供しているということになる。高知市当局は否定しているらしいが、高知市ではすでに水道事業の民営化の動きが始まっているのかも知れない。

繰り返すが、メルマガは高知市民のほとんどはこの事実を知らないとある。高知新聞の世論調査の結果発表は評価できるが、水道の民営化の事実を市民に知らせる努力はしていないとなると、これは恐ろしい。(田舎親父)

2019年1月21日 (月)

利権ありきの辺野古の埋め立て・・・

 先週金曜日の東京新聞の大スク-プ記事である。

 やっと朝日や毎日などの大新聞が写真入りで埋め立ての様子を伝えるようになった沖縄県辺野古の新基地建設で、防衛省沖縄防衛局が埋め立て用土砂の単価を県内の良質な石材の倍以上の一立方メートル当たり一万円以上と見積もり、業者に発注していたとの記事に驚きあきれる。

 防衛省の内規で、土木工事の材料単価は原則三社以上から見積もりを取ることになっているらしいが、一社だけの見積もりを採用し、その業者の示して価格で契約しているというから政治的な背景があると思うのは当然である。

さらに、防衛局は採石場などで石を砕く時に出る『岩ズリ』という規格外の砕石を埋め立てに使用しているとしているが、岩ズリを含む埋め立て土砂に、サンゴなどの自然環境に悪影響を与える粘土性の『赤土』が大量に混じっている疑いが浮上していることを一部メディアが報じている。沖縄県もこのことを把握し、国に土砂の検査などを求めているが回答はないという。

記事には『1㎡当たり(運搬費込み)の岩刷ズリ単価の比較』という図表が添えられている。それによると沖縄防衛教局の辺野古埋め立てる土の単価は1万1290円とある。その下に、内閣府沖縄総合事務局発注の那覇空港滑走路埋め立て用が7250円、沖縄総合事務局の単価票として3550円とあることから、如何に辺野古の埋め立ての岩ズリ(実際は、単なる土砂だと思われる)の価格がべらぼうなのかは明らか。

 防衛局は2年前、都内の調査機関に県内産岩ズリの見積もりを委託し、単価を積算していたという。この調査機関の報告書によると、13社に岩ズリの見積額を尋ねた結果、回答があったのは1社だけで他は見積もりを辞退したとのこと。

正確な記述は忘れたが、確かに防衛局が埋め立て用の土砂の見積もりを出したが、そのほとんどの企業が、辺野古の埋め立てということで、倫理的に参加しないと決めたらしく見積もりを出さなかったという記事があったことを思い出す。

当然だとそのまま読み流したが、見積もりを出したただ一社は、記憶が間違っていたらゴメンナサイだが、『琉球セメント』という企業だとの記事を思い出す。この企業は、山口県の『宇部セメント』の下請け企業で、埋め立てには前向きで率先して見積もりを出し、辺野古の埋め立て予定していた埠頭が、災害で使えなくなっていたことから別の民間が運用する港を使うと言い出したのではなかっただろうか。

宇部セメントは山口県の経済を左右する大企業で、山口県の政界にも大きなパイプを持ちデンデン首相と太いつながりがあると指摘していた。事実だとしたら(恐らく事実なのだろうが)、今回の強引な埋め立ての影には、デンデン政権の強い意図があることこと間違いない。

歴代の日本政府が、普天間基地が世界一危ない飛行場であることから、他に移転してほしいとアメリカに申し入れしたことは事実だろう。その候補地として辺野古を示し、ナカイマという沖縄県知事をたぶらかして埋め立てを容認させたことは私でも知っている。

しかし、埋め立て反対を公約に掲げた翁長知事が誕生、そしてその跡を引き継いだ現知事も圧倒的な県民の支持をえて、埋め立てに反対しているのにもかかわらず、あらゆる汚い方法を駆使して埋め立てを続けていることは大マスコミでも伝える事実。

辺野古の海を埋め立て、アメリカ軍の飛行場を建設したとしても、普天間を返還するという明確な約束はできていないことも多くのメディアが明らかにしているとなると、アメリカは辺野古基地が完成したとしても、普天間は縮小することはあっても、全面返還などすると考えることはあまりにも馬鹿げている。

このことを、デンデン政権が知っていたとすると、それでも基地建設を強引に押し進めているのは、自分たちの利権のためだけと想像しても差し使えなさそうだ。

まさに、自分の懐のために沖縄の美しい自然などどうでも良いという発想。こんな売国政権が続いたら、誓い将来、日本という国がアメリカ『ジャパン州』となり、都合の悪い施設を全て引き受ける日がくるという、出来の悪いマンガの世界が近づいているような気がしてならない。

なんともおぞましい話である・・・。(田舎親父)

2019年1月18日 (金)

介護トラブルが増えるだろうな・・・

 最近は連日、目新しい言葉が次々に生まれ、時代遅れの私にはとてもついていけないと半分あきらめている。

アルファベットの略したものは、世界の重要な会議はもとより芸能界のアイドルグル-プまで混在するのだからおよそわからないものばかりだが、マスコミは分からない奴が悪いと言わんばかり、連発するものだから困ったもの。

アルファベットの略字以外の漢字表現でもその傾向が多く、つい先日も『混合介護』という言葉の意味に悩んでしまった。

 調べてみると、ペットの世話や庭掃除、あるいは散歩の付き添いなどは『介護保険の対象外』になっていることは私でも知っているが、これらを身体介護などの保険内サービスと組み合わせて提供する分野を『混合介護』と呼んでいるらしい。

 この『混合介護』について、厚労省は昨年9月に都道府県に出した通知で『保険外サービスの充実も重要』と初めて明記し、後押しする姿勢に転換したとある。

厚労省は、私に言わせれば、デ-タを改竄するのはお家芸で、所得の高い人を優先し、貧乏人を切り捨てするのが得意な役所だから、またまた『多様化するニーズに応える』というきれいごとで格差を広げるのだろうと思って間違いなさそうだ。

 早速、東京都が厚労省に忖度したのか、今年度から国家戦略特区を活用し、全国初の混合介護のモデル事業として、保険外サービスの基盤整備や事業者の収益機会を増やすことなどが狙いとして、豊島区がはじめたという記事に出会う。

『〇〇特区』という言葉がくると、必ず金儲け命の輩が蠢くのが定番。9事業者が参加しているというからこれは当然だろう。記事には、サ-ビスと料金の一例が掲載されている。

 共稼ぎの夫婦が同居する99歳の父親の転倒が心配なので、区に登録している業者と、居室に設置したセンサーが『人の動きを感知しない』など異常を検知すると、ヘルパーや家族にメールなどで知らせるという『見守りサ-ビス』の契約をしたという。

 専用アプリで室内の温湿度が分かり、熱中症のほかインフルエンザなどの危険度もチェックできるらしい。午前9~午後6時なら必要に応じてヘルパーが電話や訪問で安否確認をするという内容で、月額で4980円だというから、貧乏人にはなかなか依頼できない金額である。

この男性の居室のセンサーが昨年9月、熱中症危険指数を超えたと感知し、自動で通知を受けたヘルパーが出向いてエアコンの設定温度を調整したのだそうだ。記事からは、リモコンご冷暖房を押し間違えたらしいことがうかがえる。

夫婦としては、契約しておいて良かったと思っているのかも知れないので私が口をはさむものではないが、リモコンの冷房ボタンを固定するだけで、この程度のこと防げるのではと思わないでもない。

それ以前に、99歳の親を事情があるとはいえ、昼間長時間一人で過ごさせていることの方が問題ではないだろうか。介護保険を作る際の制度設計では、このような場合の見守りは保険内に設定されていたような気がするが・・・。

現在の介護保険の内容など全く知らないが、要介護度が変更になって対象から外されたという話は度々耳にすることから、どうやら介護保険の適用範囲は減っているような気がする。というより、これはむしろ国の方針で、保険外のサービスを段階的に増やして、調理や掃除など『生活支援』は保険外に移していったのではないだろか。

 保険内サービスの場合、利用者の負担は費用の1~3割だが、保険外は全額自己負担となるが、保険外が拡大すれば国としての保険財政の改善が図れると言うのがホンネなのだろう。

メニューが充実することで事業者の収益改善や介護職員の賃金アップも期待できるという論理なのだろうが、この業界は人手不足が常態化している。そのため、外国人を集中的に割り振っていると効いていることから、質の高い介護を確保する人材はますます不足し、悪徳業者が群がるのは目に見える。

 なんでも混合介護の適用内になると、自己負担では支払う余裕がない人との格差は拡大することは明らか。さらに、地方においては都市部以上に人手不足が深刻となると、過疎地では保険外メニューが整わず、都心部とのサービス格差が広がる可能性も大きい。

 ますます介護現場でのトラブル記事が増えることは間違いなさそうだ。(杉)

2019年1月17日 (木)

やっぱり低賃金が原因だった・・・

 10月の消費税が引き上げで経済の落ち込みを防ぐ意味で、軽減税率を導入やクレジット決済手の優遇措置、あるいは低所得者への金券配布という案なども浮上しているらしい。

ならば、消費税の増税などしなくても良いのではと思うが、これらのバラマキは単年度に限ることから、現政権は、一億総国民から毎年5兆円以上収奪できることから2%の増税は何としても実現したいのだろう。横浜の片田舎の貧乏老人にとっては迷惑な話である。

この問題はさておくとして、現政権が明らかにしている少子化対策の一環として幼稚園や保育所が原則無料化するのだそうだ。現在、小さい子どもを抱える家庭には歓迎されるに違いないが、果たして、少子化対策として有効かと考えると、逆効果になりそうな気がする。

同時に、働き方改革と称して、残業を減らすと大宣伝しているようだが早く帰宅できるようにすれば、子育てがしやすくなり、より多くの子どもを産んでくれるのではという役人の発想が見えて取れる。しかし、子どもを産み育てることはそんな簡単な問題ではないだろうと反論したくなる。

少子化対策の基本中の基本は給料を上げることだろうとこれまでも何度もつぶやいてきたが、最近は結婚年齢が高くなり、私の知る限りでも経済的には問題ないと思われる人でさえほとんどが30代の後半から40代が当たり前となると、給料だけの問題でもなさそうだという気になり始めていた。

この疑念に対して、出生率は、(1)平均初婚年齢、(2)生涯完結出生児数、(3)生涯未婚率の3つの要因で決まるという文面をネットで見付け、思わず食いついてしまう。

その文面には、1985年から2015年までの30年間の変化をみると、妻の平均初婚年齢は、25.5歳から29.4歳へと3.9歳上がって晩婚化しているが、最近4年間は、晩婚化はまったく進んでいないとある。

どうも私が実感しているデ-タと違う気がするが、それはおいとくとして話を進めると、結婚した女性が生涯に産む子供の数である生涯完結出生児数は、2.19人から1.94となって、若干低下しているが、現在でも女性は、結婚すればほぼ2人の子供を産んでいるとのこと。

私の知る範囲の若い世代は一人っ子が多いのだが、改めて、近所を見渡すと、私の同年代ともとより、40代・50代の所帯では確かに2人が多いことは間違いなさそう。

なのに、なぜ少子化が進んでいるのかと文面は続き、その答えは明確だとし、女性の生涯未婚率が19855年の4%から2015年には14%へと劇的に上昇し、男性はもっと極端で、4%から23%に上がっていることから、現在の少子化の『結婚しないこと』なのだと結論づけている。なるほどなるほど・・・。

文面は『結婚しない』というのは正確ではなく、『結婚できない』のだと続き、国土交通省が『平成22年度結婚・家族形成に関する調書』の集計を基にした結果を示している。

それによると、20.30代男性の場合、年収800~1000万円の結婚率は44.0%だが、年収の下落とともに結婚率は低下し、年収100万円台は5.8%、100万円未満は1.3%と限りなく0%に近づいているのだそうだ。

そこで、年収が下がると、結婚が絶望的になるのだから、少子化を止めようと思ったら解決策は簡単で、いまや韓国よりも低くなってしまった日本の最低賃金を、非正社員でも結婚ができる程度まで、大幅に引き上げればよいという結論を導き出している。

何のことはない、私が以前からもち続けている考えに戻ってしまった。

となると、政府がやっていることは、規制緩和と称して派遣労働の対象分野を拡大したり、外国人単純労働者の受け入れを拡大したり、賃金を下げるような改革ばかりだから、結論としては、今後少子化は進むことはあってもブレ-キがかかるとは思えないという以前からもち続けている私の主張は正しことを再確認。

愉快なのは、つぎに続く文章である。

(そのまま引用するが)『もしかするとこの国の官僚は、非正社員に結婚してもらいたくないのかもしれない。自分たちの優秀な遺伝子を後世に残すことは必要だが、非正社員の遺伝子を残す必要はないといった差別意識が背景にあるのかもしれない。もちろんそれは、間違った思想だと私は思うが、もしそう考えているなら、エリートは率先して5人とか10人の子供を作るべきだろう。そうしなければ、日本の少子化を止めることなどできないからだ』(引用終わり)

思わず笑ってしまったが、なるほどごもっとも。保育園や幼稚園の無償化も、結局は所得の高い官僚が自分たちのために考えた机上の空論なのだろう・・な。(田舎親父)

2019年1月16日 (水)

歴史を正しく見つめたい・・・

 1月10日のことである。日本国内で韓国の徴用工問題が大騒ぎになっていることから、その日行われた文大統領の年頭の記者会見で、この問題に何らかのコメントがあるのではないかと日本メデイアは期待していたらしく、その様子の一部がテレビに映し出されていた。その画面を見るともなく見ていた。

 文大統領は、徴用工問題はもちろん対日の外交摩擦には一切ふれず会見が終わったことから、大統領はこの時点で日本側を刺激しないように配慮したに違いない。

そのまま終わっていれば、今日のような大騒ぎになっていなかったのだろうが、NHKのソウル支局長が、指名間違いにもかかわらず強引にこの問題にふれる質問したことから、文大統領の発言になり、これを現政権(デンデン一家)が激怒。マスコミがそれを煽るものだから、日韓関係がこれまでにない程悪化している。

 質問に答える文大統領は実に冷静な口調で、『韓国政府が作り出した問題ではない。不幸な(日本統治の)歴史のために作られている問題だ。日本はより謙虚な姿勢であるべきだと思う』と答えていたが、私のような政治・外交には全くの素人が見ても、文大統領の外交姿勢が正しいと映ったものである。

 戦時中の日本の軍隊と政府が行った朝鮮の人たちに対する非人間的な扱いは、ほんの少し当時の文献を読めばわかること。武力で韓国(当時は挑戦半島全域)を屈伏させて日韓併合という名の植民地にしたことは、決して消すことができない歴史の汚点である。

 日本は神の国であり、日本人は朝鮮人よりはるかに優れた民族だという思い上がりが根底にあったのだろうだろうが、権力(武力)で朝鮮の人たちを日本に移送し、炭鉱などで重労働につかせたことは事実。しかし、現政権はこのような負の歴史を消し去りたいことがありありとわかる。

 正当な賃金を払った労働者だとの発言は明らかに詭弁。さらに悪質なのは、朝鮮の女性たちを徴用し、日本軍の兵士の性的処理というか慰み物にするために、慰安婦という名で戦場に送ったことも、決して消すことができない事実。

 日本が朝鮮の人たちに対する人権無視の行為は決して学校では教えない。教科書から、都合の悪い真実を消しているからであるが、強引に日本に連行されて、兵隊の性処理の道具として扱われたり、炭鉱の真っ暗な地下で重労働につかされた人々の気持ちを思うと、日本人として、この間違いに対しては永久に負い目を持つ必要があると思いたい。

 『日本の政治家や指導者が政治争点化して問題をさらに論議の種に拡散してことは賢明な態度ではない』と続けているがその通り。

韓国の最高裁判所が出した補償という判決は重い。日本の現政権が主張する1965年の日韓請求権協定で『完全かつ最終的に解決』という言い分を、あらゆる角度から検討した結果、国家間の問題は解決済みであっても、個々の債務は残っていると判断したのだから、大統領は『わが国にも三権分立がある』と表現したのだろう。

繰り返すが、過去に日本政府が韓国や中国の人々に多大な迷惑与えたことは事実であることをまず認識しなければ、この問題はいつまでも尾を引くだろう。1965年に解決したと主張しているが、これは当時の韓国の政権と合意したことであって、この合意には韓国の個々人に対しての賠償までは解決したとは明記されていない。

さらに繰り返すが、韓国側は政府として日本企業に賠償を求めたものではない。徴用されて過酷な労働を強いられた個人が、日本企業を相手に提訴した裁判である。そして、韓国の最高裁が賠償を命じたものである。

貧乏老人の私には難しい話は苦手だが、ごく普通に考えたら、日本企業は賠償が不当だと主張するなら訴訟という手段を行使し、日本の最高裁が『賠償は必要ない』という判断を引き出すのが先ではないだろうか。そこではじめて日本と韓国の本気の交渉をはじめるのが筋だと思うのだが・・・。

日本企業は社の歴史(社史)があり、そこには韓国の人たちへの負の記録が書かれているはず。この程度の賠償金ですむのなら、支払い交渉をしたいという企業もあったらしいが、現政権がそれを押さえたという情報も漏れ聞こえてくる・・・。(田舎親父)

2019年1月15日 (火)

スマホ持参の登校を是認?・・・

 以前から、大阪府や大阪市の行政について違和感を覚えていることが多い。特に、教育に関する分野では、違和感は最高点に達している。一例を上げると、私にはとても理解できない学力テストの点数を教員の給料に関連させるという施策がまかり通っていることに不思議な気持ちになってしまう。

 こんなつぶやきに対して、オレたち大阪市民が良いと思っているのだから、横浜の貧乏老人など口を出すなという書き込みがあるが、あくまで私は自分のボケ防止であって、議論する気がないので、どうぞご勝手にと無視しているが・・・。

 それはともかく、またまた大阪府の教育委員会がスマホをランドセルに入れて登校することを許可という、なんともを不可解な決定をしたという記事に、またか・・・と思わず笑ってしまう。

 登下校時に地震などの災害が起きたとき、子どもとどうやって連絡を取り合えばいいのかという保護者からの要望があったことで緊急時の連絡用にスマホ持参投稿を認める方針を決めたようだ。

府教委は、子どもの居場所を確認できるだけでなく、避難の方法を教え、友だちの安否も確認できることから、いつでも連絡が取れると思えば親も安心だろうというコメントを出していると記事にある。

私が遅れているのかも知れないが、スマホの位置情報機能を使えば居場所の確認はできそうだが、大地震が起きたとき、小学校1年生にでも理解できる『どのル-トで逃げなさい』という正しい情報が瞬時に流れるものだろうか。福島原発の際、国や県からの避難指示の方向が逆になり、多くの人が我先にと放射線値の高い地区に非難したことを忘れたくない。

スマホからの情報を正しく受ける訓練を徹底し、小学校低学年の児童でも習得できていたとしても、肝心の情報が間違っては全く役に立たないことは、このことからも明らかだろうに、文科省の方針に逆らってまで、スマホ持参の是認とは、さすが大阪・・・。

背景には、朝の登校時に発生し、ブロック塀が倒壊して下敷きになって小学5年生の女の子が死亡した昨年6月の大阪府北部地震があることは想像に難くない。

登校途中地震が起きたものだから、このまま学校にいくのが良いのか、それとも帰宅する方が良いのか児童生徒が迷ったことは確かだろうが、そのためにスマホをもたすように親からの要望があったようだが、持っていれば防げるという発想は短絡的過ぎる。

地震が起きた時点で、教育委員会が瞬時に『学校に迎え』とか『家に戻れ』という指示が出せるとは思えない。もし、どちらかの方法を指示したとしたら、学校に行った方が安全な児童でも自宅に引き返すこともあり、反対の場合も考えられる。結果的に、トンデモ事故が起きることもゼロではない。

それ以前に、立っていられない程の大きな揺れを感じた瞬間、ランドセルを開いてスマホをとりだし、府教委から配布された特別なアプリを起動?。私には、ランドセルで頭を守ることの方が大事だと思うのだが・・・。

 親の目が届かない登下校中の子どもの安全を確保する必要があることは否定しない。私には理解できないが、百歩譲って、スマホが安全確認にとって有効な手段だとしても、スマホ解禁による新たな負担や課題の方が大きいのではないだろうか。

登下校時、スマホがランドセル(鞄)中に入っていては、例え校則で縛ったとしても、ついつい誘惑に負ける児童生徒もいないとは限らない。歩きスマホをしたり、友だちとラインやゲームで遊びながらということもゼロではないだろう。となると、本来の目的とはかけ離れていってしまう。

経済的な理由や家庭の考え方で,スマホをもたない子どもが疎外感を味わったり、あるいは、今回の方針で、保護者に子どもにスマホを持たせなければという脅迫概念を与えてしまっては本末転倒である。

そして,実際に学校現場が直面するのが、学校でのスマホの管理をどうするかという問題だろう。そのままランドセルに入れたままでは、トンデモ自体になることは明らかとなると、学校側で預かることになりそうだ。

スマホを使えないようにする装置ができたというニュ-スは聞こえてこないことから、学校で保管するとなると、間違いなく教室の一部に倉庫的な場所を作ることになるのだろうが、またまた教員は、本務とは絶対に考えられない雑務が増えることになる。

 大阪府教委は、このような問題点を検討して、今年度中に具体的な使い方を定める指針をつくる予定だが、導入するかどうかは学校ごとの判断に委ねるというから責任転嫁も甚だしい。

さすがに大阪らしいとアホらしくなるが・・・。(田舎親父)

2019年1月14日 (月)

 『汚染ピック』反対の世論の高まりに期待するが・・・

 先週の土曜日(12日)の東京新聞は一面トップでJOCのタケダ会長がシンガポ-ルのオリンピック誘致のために実力を持っているコンサルに2億数千万円を振り込んだことについて、フランスの検察が賄賂の疑惑があると捜査を開始したことを報じてから、この話題をマスコミは一斉に取り上げ出している。

フランス当局は以前からタケダ会長をマ-クしていたらしく、すでに任意で事情聴取までしていたというから、驚きと同時に、やはりそうだったのか納得するところもある。

 土曜日当日の見出しをみて、フランスが何故今になってこの問題を持ち出したのは、フランスの自動車メ-カ-であるルノ-のゴ-ン会長が、突然日本の検察に身柄を拘束され、裁判所が過去に例がない拘留期限の延期を認めないという措置に、日本の検察は再逮捕という荒手法で対抗し、今日も拘留が続いていることに対しての報復ではと思わないでもないが・・・。

 それはさておき、オリンピックの東京招致に関しては、確か3年ほど前だったと記憶しているが、今回と同様に東京新聞が、IOCのタケダ会長が、やはりコンサルを通してIOC関係者に送金したことを突き止めたブラジル検察当局が買収目的の意図があったと結論づけたというイギリスの大手新聞社ガ-ディアンの記事に反応して、取材を続け突っ込んだ記事を掲載したが、当時のマスコミは全てスル-。このことについて皮肉をこめてつぶやいたことも思い出す。

フランスの有力誌のル・モンドによると、昨年暮れの12月10日、タケダ会長に対して取り調べがおこなわれたとのことである。フランス当局は、日本が五輪招致に成功した要因であるアフリカ票の獲得が、不可解な交渉によるものとみているとされる。

タケダ会長は東京新聞の取材に対して聴取に応じたことは明かしたが、汚職は否定しているとのことだが、まさか新聞記者に『その通りです』なんていうはずがない。ただ、今回はニュアンスの違いがあるものの、マスコミ総体が取り上げていることから、多くの国民が、オリンピックの招致に何か深い裏があったことに気付くのではと期待している。

 フランスは次回2024年のオリンピックの開催国。パリで開かれることが決定している。恐らく、この招致にも裏でドロドロしたものがあると推察すると、わざわざ今回の不正を暴くことなどしないと思うのだが、あえてフランスの検察が動きだしたとなると、よほどの確証を得ているに違いない。

 さて、この騒動がどうなるのか、利害がらみのオリンピックなどを受け入れたくない私にとっては、これは面白くなりそうだと高見の見物と洒落込んでいるが、もし東京五輪の買収が決定的だったとなれば、東京大会の開催の是非が議論されるのではないだろうか。

この場合、マスコミが議論に参加すれば、東京大会は『オリンピック』ではなく『汚染ピック』ということがはっきりするだろうが、繰り返しになるが、日本のマスコミは、オリンピックの裏事情は全く報じてこなかったことから、あまり期待するとまたまたバカを見そうだ。

何故、報じないのかは、マスコミそのものがデンデン政権に完全に牛耳られていることだろうが、オリンピック関連では、マスコミを牛耳っている親玉が、大手広告代理店・電通であることを、最近配信されたネット情報から知る。

 電通といえば、高橋まつりさんを過労死自殺に追い込んだ会社であることを思い出す。 その電通が、招致活動から東京オリンピックに食い込み、招致決定後は東京大会のマーケティング専任代理店として、あらゆるマーケティングや広告利権を一手に掌握しているのだそうだ。

今回の裏金問題でも、電通が中心的役割を果たしていたことはタケダ会長の『電通さんにその実績を確認しましたところ、このコンサルが十分に業務ができる、実績があるということを伺い、事務局で判断したという報告を受けてる』という言葉で明らかだとネット情報を伝える。なるほどなるほど・・・。

 電通を批判すれば、広告収入に大きく依存するテレビ局はもちろん、新聞、雑誌などあらゆるメディアの経営は成り立たなくなるのだそうだから、今回の問題も闇から闇へと隠される可能性が大きいようだ。

 それでも大手メデイアが動いたら面白いと期待したいが、大手新聞社の朝日、毎日、読売、日経の4社が東京オリンピック・パラリンピックのオフィシャルパートナーに、産経がオフィシャルサポーターになっているというから望み薄。

莫大な額に膨れ上がった開催関連費用をはじめ、オリンピック施設工事での過労死や酷暑対応、強制的なボランティア参加などさまざまな問題が噴出する一方、一般には『オリンピックに協力しないのは非国民』というム-ドすら漂っている。しかし、今回の賄賂問題でも『オリンピックのため』にという大義名分がまかり通ったら国際的には笑い物。

今更返上できるのかはわからないが、『汚染ピック反対』の声を高めて、開催に反対する世論が高まればと期待する横浜の片田舎の貧乏老人の今朝のつぶやき・・・。(田舎親父)

2019年1月11日 (金)

 ネット中傷を無くす切り札に・・・

少し古い話になるが、埼玉県川口市立中学でいじめに遭った元男子生徒がネット上に誹謗中傷を書き込んだ投稿者の氏名などの開示を求めた訴訟で、東京地裁がプロバイダー3社に、去年の12月に情報開示を命令した判決を出したことを覚えている人は少ないのではないだろうか。これだけ毎日いろいろな事件報道があっては当然だろうが・・・。

この判決は、ネットの匿名性を利用して好き勝手言い放題の世の中に、以前から奇怪しいぞと繰り返してつぶやいてきた私にとっては、これは画期的と歓迎したもの。これで少しは世の中の動きが変わるのでは期待できそうだと思い続報を待っていた。

その続報が案外早く、つい先日報じられた。元生徒側が開示を求めた4件全てについて、昨年末までにプロバイダー側から開示されたとのこと。元生徒側は今後、投稿者に対し、プライバシーを侵害されたなどとして、刑事告訴や損害賠償を求めて提訴の準備を進めるというから、さらなる続報が楽しみになる。
 プロバイダ-が開示したのは、匿名で書き込んだ契約者の住所、氏名、メールアドレスだから、すぐにでも本人が特定されそうだが、裁判の対象の契約者が投稿者とは限らないため、元生徒側は契約者の戸籍謄本、住民票の開示を受けて投稿者を調査しているというから、ほぼ間違いなく投稿者は割り出されるに違いない。

私がインタ-ネットと付き合い出して約30年以上過ぎる。はじめるに当たって、当時の富士通の専門家から、特に負の部分を徹底的にたたき込まれたので、ある程度の知識は持っているつもりである。

もっとも、毎日が日曜日という生活になってからは、必要以上にコンピュ-タの前に座ることも、メ-ルなども必要最小限になり、スマホでやりとりすることも必要なくなったので、過去に得た知識はすでに役にたたず、現在では、むしろコンピュ-タについては無知な老人というところであるが・・・。

当時は個人情報の重要性が認識し始めたことから、自分が発信していることは関係者だけがわかれば良いのだから、ハンドルネ-ムというネット上の名前を使うことが当たり前だという風潮が広がっていた。その傾向は現代ではさらに広く当たり前として受け止められているようだが。

当然ながら、匿名だから誰もわからないだろうという心理になるのだろうが、当初から、インタ-ネットの負の部分について教えられていたこともあって、匿名ではなく実名で堂々とやりとりするべきだと、子どもたちはじめ保護者や教員に述べてきたことも今では懐かしい思い出になっている。

また、一般的には、インタ-ネットで見た画面を知られたくなかったら、履歴を消してしまえば調べようがないと思いがちだがが、例え履歴を消しても、コンピュ-タの記録そのものが消え去るものではないことや、これはメ-ルでも同じことだということも、何度も口にしたことも思い出す。

インタ-ネットの細かい仕組みはすっかり忘れてしまったが、インタ-ネットにつなぐためには、自分のコンピュ-タを登録する必要があり、唯一無二の識別番号というべき、IPアドレスが割り振られることと、プロバイダ-が開示すれば、コンピュ-タが特定できることは案外知られていないのではないだろうか。

今回、プロバイダ-が開示したことから、IPアドレスからコンピュ-タが特定され、投稿者が割り出されるとなると、この記事を読んだ、投稿した人たちは今頃後悔し、いつ何どき賠償を求められるのか震え上がっているのではないだろうか。

できれば、潔く謝って以後こんなアホなことをしないと誓うので許してほしいと願っているのではと想像している。元生徒の関係者がそれに応じれば和解が進むかも知れないが、今回重要なことは、匿名だからわからないだろうと付和雷同すれば、それなりの対価を支払う必要があることを広く知らしめること。

記事には、元生徒の母親は『書き込みされた誹謗中傷のほとんどは事実ではない。その上、実名までさらされたのは許せる範囲を超えた。匿名なら身元が分からないという安易な考えで人を中傷し、あらぬうわさを拡散する行為がひきょうで悪質であることを、知ってほしい。私たちの(情報開示)判決が、ネットいじめやネット犯罪の抑止力につながることを切に願う』と話しているとあるがその通り。

メディアに望むことは、この裁判の進行と結果をできるだけ詳しく、個人情報は隠しながらも、大々的に報じてほしいものであるが・・・。(田舎親父)

2019年1月10日 (木)

この税金は国を挙げての詐欺?・・・

日本を出国する人から徴収する、『国際観光旅客税(出国税)』の徴収が、7日から始まったらしい。らしいとは無責任な表現だとお叱りを受けそうだが、すでにパスポ-トを更新をしないと決めていることと、海外には飛行機だろうという固定概念があり、1000円程度なら文句は出ないのではと勝手に思っていたからだが、韓国とはフェリ-で結ばれていることをすっかり失念していた。

早速ネットで調べてみると、福岡と釜山とのフェリ-の正規運賃は大人9000円、6歳以上12歳未満の子どもは4500円、1歳以上6歳未満の幼児は1000円となっているが、格安予約だと、大人が2500円だというから、これに加えて1000円の出国税が徴収されるとなると、旅行者(仕事で行き来する人たち)にとっては大問題だろう。まして、2歳以上は問答無用で払わされるとなると、暴動が起きても奇怪しくないのではないだろうか。

政府は、来年度までには、来日する外国人の数を4000万人にする目標を建てているという。これを受けて、国内の観光地などは、外国人観光客の誘致にあれやこれやと計画していることは最近のテレビがかなりの頻度で紹介している。

生き残るためには当然だろう。しかし、いらっしゃいと大歓迎して、気分よく帰国する段になって、『お楽しみされた代金として1000円お支払い下さい』いうのは、『行きは良い良い、帰りが怖い』という歌の文句そのもの。何とも詐欺のような印象を受ける。

私的には、入国時に1000円いただくという筋書きなら話はわからないでもない。いただいた分以上のおもてなしをすれば、納得してもらえると思うが、騙し討ちが得意な現政権には、そんなキレイごとなど無縁らしい。地元におもてなしを要求して、美味しい部分はオレのものとは、いつものことながら腹立たしい限り。

この税金は、出国する人には全て支払う義務があるとなると、現在全国各地で人手不足を補うための方策となっている外国人研修生はもちろん、最近ムリムリ成立させた、実質的には人手不足解消のために大量の外国人を雇入れする法案で、入国する東南アジアなどの国々の低所得層の人々にも適用されることは間違いない。

現在でも、技能研修生の行方不明や自殺などが頻発していることを思うと、この出国税も少なからず影響を及ぼすことは想像に難くない。

さらに気になるのは、27年ぶりに導入した新税の使い方である。マスコミは揃って
来年度はおよそ500億円の税収が見込まれ、この税は出入国をスムーズにするための顔認証システムの増設や、外国人旅行者向けの多言語案内板の設置などに使われる予定だとヨイショ記事を並べているが、これまでのやり方をみていると眉に唾したくなる。

最近は外国人観光客の質も変化してきたらしく、有名観光地以外の地方を訪問する人も増えているらしいが、数的にはまだまだ少数派。数を集めるためには、やはり東京だ京都だ、日光だ・・・ということになりそうで、結局とところ、こちら偏重になるのではと気になるところ。

顔認証システムの開発と製品化にどのぐらいの費用が必要なのか私にはわからないが、すでにそのメ-カ-は選定済みとなっていたら、ここにも何かキナ臭さを感じる。

日本を訪れる外国人が、帰国する時に『いやな国だな』と思わせかねない500億円を得るためのいかがわしい税金を新設するよりも、必要もなく、なによりも自衛隊員が使い方もわからないイ-ジスジィアとか、戦闘機をアメリカの言い値で購入することを見直すのが先だろうと主張したい。

しかし、こんな貧乏老人の声を取り上げるメディアとなく、例外なく、外国人観光客のために使われると持ち上げているのだから何とも悲しい話である。(田舎親父)

2019年1月 9日 (水)

神戸市の現実に過去を思い出す・・・

 先日ネットで見付けた『神戸市の小中学校の、2018年度の教頭への昇任試験受験者は7年前に比べて半減』という神戸新聞の記事の『7年前に比べて半減』という一文にビックリしてしまった。

 東京でもここ数年、副校長職(随分以前から、『教頭』という職名が、校長を補佐するという意味で『副校長』という名称になっているが、実質は教頭と変わらない)になりたくないという教員が増えていることも耳にしていている。

実際に、後輩からくる年賀状に、『勧められています』という文面があり、数年後には『なってしまいました』という一文が挿入されていることも多いことから、40代に入ったら、ほとんど皆が管理職試験を受けろと言われているようだと笑ってしまう。

自分の時はどうだったか思い出してみると、『クラスの子どもたちだけの先生ではなく、区内・都内の先生たちの先生になって、自分のやりたい学校を作るべきですよ』という、当時の校長に口説かれて受験したのはもう30年以上も前のこと。

私が受験するとの噂が流れたら、すぐに数人の先輩校長から、論文は面倒を見るという嬉しい言葉をいただき、その年合格したが、当時の教育長は、私の赴任先は区内のT小学校と決めていたらしく、予想通りそこの教頭に赴任したのは昭和63年の春。

いきなり入学式で大雪に見舞われたことを今思い出しているが、当時のT小学校は反体制を主張する教員が多く、校長がやること全て反対という校風に、何だ自分がやっていたことそのものでは・・・と逆に腹が座ったことも懐かしい思い出である。

就任した年が明けて1月、昭和天皇が崩御されて平成が始まったのだが、天皇葬儀で、半旗を掲揚する場面に遭遇したとき、ある先輩校長から、半旗というのは『旗竿の金の玉を黒い布で覆い、日の丸が隠れるように巻くのが正式な方法だ』と教えられ実践したところ、教員はもとより、見回りに来た自民党の区議や都議たちも納得したことから、私に対する評価が高まったらしく、後はほとんど苦労なく教頭職を全うし、すぐに校長に昇任してしまった。

思い出話は尽きないが、現在大騒ぎになっている教員の過重労働などという問題は、当時は全くなく、4時になったら、お先に組と遊び組に別れ、暗くなるまで仕事で校内に残る教員など探しても見つからなかった。もっとも私が残っていなかったので、言い切れるかは自信はないが。

当時でも正規の勤務時間は5時までと決まっていたこともあって、私は、一応5時過ぎまでは残っていたが、ほとんど毎日、私を待ってくれていた校長と一緒に、蒲田近辺の飲み屋で一杯やるのが日常だった。

いつから、こんなに教頭職が忙しくなったのだろうと思い出しているのだが、イシハラ都政が始まり、主任制が導入された2003年あたりから、教員の勤務を管理するのが最重要になったからではないだろうか。それが全国標準として広がっていったようだ。

幸いなことに私はその年度で定年退職し、教育界とは縁を切ったことから、それ以後のことは、マスコミ記事から凄まじいことになっていることを知るだけ・・・。

話を戻すが、私の教頭受験当時でも倍率はたかだか3倍程度だったと記憶している。なのに、神戸では7年間で半減とは、神戸市ではそれほど教頭試験の倍率は高かったのだろうかという疑問がわいてくる。 

それはさておくとして、記事には、神戸市の中学校のある教頭の一日が紹介されている。A教頭としておこう。毎朝午前7時前に出勤し、業務メールをチェックしていると、生徒の欠席連絡の電話が鳴り始める。日中は来客や教員の相談などに応じるほか雑務をこなし、放課後は家庭訪問に出掛けた教員が戻るのを待つ。

『午後8時には帰るよう努力しているが、残業を月80時間以内にするのは難しい』とあるが、当時の私と比べると、申し訳ないが隔世の感じがする。
 記事によると、神戸市では、市立小中学校で教頭候補の40代中堅教員が減少しているため、教頭への昇任試験受験者数は減少傾向にあり、市教委は年齢制限を撤廃するなど門戸を広げたが、教員のいびつな年齢構成が候補者育成を難しくしているのだそうだ。
 市立小中の教諭を年齢別にみると、最も多い30歳(250人)と最も少ない45歳(69人)とでは3倍以上の差がある。その理由として、1990年代に少子化を受けて教員採用を抑制した上に、95年の阪神・淡路大震災で採用をさらに絞ったことから、極端な年齢格差が起きているのだという。

なるほどと納得するが、今日のようなまるで奴隷のような勤務を強制されていては、例え30代で教頭受験資格をえたとしても、敬遠するのも当然で、どうしても教頭にならならなければならないのなら、ぎりぎりの年齢になってからという教員も多いのも想像に難くない。

何とも凄い話になっているものだ。このまま放置すれば、教頭や校長どころか教員になりたい若者も減るに違いないが、国は、子どもの数が減っているのがたら教員の数も減らすというから、問題を解決する気は全くないようだ。

記事の終わりには、市教委は、小学校に教頭の補佐役の教員を置くとともに、一定規模の小中学校には電話対応や資料のコピーなどの事務処理を担う『業務補助スタッフ』を配置し、教頭の業務軽減を図り、『最低でも80時間以内に収めたい。一足飛びの改善策はないが、中堅が意欲を持ってステップアップできる環境整備に努める』とある。

しかし、こんなことで解決できる話ではないことだけは間違いない。涙は出ないまでも泣けてくる・・・。(田舎親父)

2019年1月 8日 (火)

改札口で手荷物検査?・・・

このところまたオリンピックがらみのニ-スが多くなっている。私は興味がないが、今回のNHKの大河ドラマは、江戸時代や幕末の話から離れて、日本がはじめてオリンピックに参加したときのマラソン選手がモデルとのことだから、またまた国民をオリンピック一色しようとする企みか?・・・。

そんなことを思っていると、現政権が、マスコミを使ってオリンピックできわめて重要な課題になっていると煽っている『テロ対策』の一環として、鉄道内に刃物を持ち込ませないために、乗客を対象にした手荷物検査の実証実験をおこなうとの記事に目が留まる。

走行中の東海道新幹線の車中で、男が突然隣の乗客にナタで切りつけ、止めに入った男性が、男に刃物で刺されて死亡するというトンデモ事件が起きたことから、車内に刃物を持ち込ませない対策が議論されたことを踏まえて、現政権は何としても実効性のある方法をとりたくて仕方ないのだろう。

わからないでもないが、東海道新幹線はもとより、首都圏の鉄道は私鉄も含めて数分間隔で運行していることを思うと、手荷物検査などをおこなったら、乗客のイライラはつのり、それこそ暴動が起きても奇怪しくないのではないだろうか。もっとも心優しい日本人が暴動など起こすはずはないようだが・・・。

手荷物検査となると改札口で行うのだろうが、横浜の片田舎のJR横浜線の中山駅の改札口は一つながら、ICカ-ド対応のゲ-トが6ケ所あることを思うと、都内の主要な駅となると、改札口も数カ所が普通で、ましてICカ-ド対応のゲ-トの数は数えきれないのではないだろうか。

その全てのゲ-トの前でプロ野球観戦程度の簡単な手荷物検査を行うとしたら、そのスペ-ス確保ができるとは思えない。かといって、ゲ-トごとに検査を行うとなると、必要な係員の数は天文学的数字になるに違いなく、利権のためなら手段を選ばない現政権でもそこまでの実証実験は無理だろう。となると、ICの読み取り機に金属探知機対応機能を付加するのが席の山だと思うのだが・・・。

素人考えで想像すると、金属を探知すると、瞬間的にゲ-トが締まるシステムが導入されるのだろうが、ICカ-ドの読み取りに加えて、金属の存在を瞬時に判断するとなると、かなり複雑な仕組みになりそうだ。金属の種類や対称物の選定などを考えるとかなり難しい課題になるのでは・・・。

ここにも利権の臭いがするが、現在でもかなりの確率で前の人のICカ-ドに不備があって突然流れがストップし、追突を避けねばならない危険な目に合うのがあるのだから、どの程度の金属に反応するのかはわからないが、これは大変なことになりそうだ。

実証実験の候補駅としてい東京メトロ霞ケ関駅が候補に挙がっているのだそうだが、その理由が振るっている。霞ケ関駅は周辺に中央省庁が集中し、利用客に公務員が多いため、協力を得やすいかららしいが、あらかじめ、金属を持ち込まないでという通達でもしやすいのだろうか。

2月に予定しているこの実験で問題点を洗い出し、導入の可否を見極めた上で、実現可能であれば具体的な検査方法や時期、導入する路線を探るのだそうだが、テロ対策という言葉が一人歩きした、何とも壮大な無駄遣いに思えてならない。

手荷物チェックを厳重にしたからテロが無くなるわけでない。刃物よりも、サリンのよう猛毒気化薬剤の方が厄介なことは、オオム事件で明らかであり、刃物での殺傷事件の場合は、被害者はごく少数。それをテロと呼んで良いのかも怪しいのが現実だろう。

また、無差別殺傷行為は刃物よりも車で突っ込むということが多く、厳重な取り締まりにもかかわらず、つい最近も東京の竹下通りでも起きていることからも、こちらの対策がより重要ではないだろうか。

いやそれ以前に、テロを防ぐという対処方法よりも、テロなど意味がなくナンセンスだという意識を醸成することが大切だと思いたい。その意味で、テロの原因は社会に対する不満を暴力で張らそうとする精神構造であり、不満の主な原因である貧困を無くすことが重要なことではないだろうか。

日本におけるテロ、無差別殺傷事件のはしりは、池田小学校事件であり、秋葉原の歩行者天国での事件だったが、それらの犯人は共通して世の中に対する不満を口にしていたことを忘れたくない。それ以後、一般的にテロと称している無差別殺傷事件は増え続けている。

世の中に対する不満は、犯人たちの思い違いもあるだろうが、最大の原因は、生育環境の劣悪さ、特に生まれながら貧困ではないだろうか。

それでも、努力次第では何とか脱却できた昭和と違い、平成の世になると、ビジネスという名の金儲けが是となり格差は広がるばかりで、努力しても報われないとなると、ついつい誰でも良いから殺したくなる心理になるのではないだろうか。

テロを防止することは不可能だが、テロそのものを無くす方法は簡単で、貧困を無くせば良いだけの話。

またまた長くなりそうなので、このことは別の機会に・・・。(田舎親父)

2019年1月 7日 (月)

これが近未来の日本人の道徳観?・・・

 道徳が教科として教科書での指導が始まるが、文科省(国)は日本人が身につけるべき道徳観を一部の御用学者たちの意見だけで学校現場に押しつけ、しかも、その基準で文章化されているかどうかを、教科書検定という制度で検閲するのだから、これからの日本人として目指す人間像は全て文科省(国)が決めると言っても差し支えない。

指導要領について、教科書検定にかかわったことから、一応は理科については目を通したことはあるが、それ以外の教科については意識して読んだこともない私なので、新指導要領での道徳の内容は知らない。が、少なくとも、『接待をうけて相手の有利な行動は、これを妨げない』というような文言はあるはずがない。

むしろ、『金品を受け取り相手の有利な判定は絶対に慎まなければならない』という意味するような記述があるのではと想像しているが・・・。

学習指導要領を編集するのはもちろん、教科書検定制度でその是非を判定し、それをとどう府県の教育委員会に通達し、市町村教委かは各学校に管理監督をさせる主な担当部署が初等中等局であり、この部署は全国の教育現場からみたら絶対的な権威を持っている、いわば文科省の顔と言って良い。

そしてその最高責任者が初等中等局長であるから、最高の徳を有する人物が座らなければ、国の根幹が揺らぐだろことは論を待たない。

ところが、その人物が、文科省の事務方トップの次官と共に、こともあろうに接待汚職事件で摘発された元コンサルティング会社役員から多額の飲食接待を受けて、減給処分を受けたと大々的に報じられたのはつい数ヶ月前の話。

普通ならば、懲戒免職は当然だろうと思うのだが、身内には甘いこの国の官僚組織は、世論の反発だけを意識して、給料のたった1割を、それも一ヶ月だけ減らされる処分としたのだから、何とも大甘というかアリバイつくりの処罰だと断言しても良さそうだ。

この処罰に、タカハシ某という局長は、恥ずかしいと思ったのか、それとも天下り先が決まっていたので潔さを演出しただけなのかも知れないが、辞職したことはマスコミ報道で知っていた。

ところが、つい先日、この男が2020年の東京オリンピック組織委員会の会長秘書に就任したというニュ-スには呆れる限り。

マスコミはオリンピック翼賛体質を持っているのだろうが、この就任に対して、15年に発足したスポーツ庁で長官に次ぐ初代の次長職を務めており、スポーツ行政の手腕が評価され、大会開催を翌年に控え、準備を加速させるための組織強化だと、ヨイショ記事ばかりだから情けない。

文科省は、今更私が述べることではないが、これからの日本を背負う子どもの教育にための役所であるはず。

私だけが思っているのかも知れないが、だからこそ文科省は他の省庁以上に、金銭を受け取り相手の有利な裁定をするという『汚職』に対して、厳しく対処していたと信じたい。この思いは今も変わらない。

ところが、その一番汚い事件で摘発されたこの男を、マスコミが情報操作しているからだろうが、『国民的夢の行事』だと持ち上げているオリンピック組織委員会の会長秘書という役職に据えるのだから、オリンピックそのものが汚らしいものに成り下がったとしか言いようがない。

組織委員会も本人も、3ケ月過ぎ田野でほとぼりが過ぎたと判断したのだろうが、こんな汚い人事を黙って許しては、東京オリンピックは、時にネットで見る『頭狂オリンピック』どころか『汚職オリンピック』になることは間違いないところ。

本気でオリンピックを世界の国々から評価される大会にしたいのなら、組織委員会は猛省し、この人事を取りやめるか、それともオリンピックを返上するしかないのではと思うのだが、聞こえてくるのはその真逆の声ばかりとは・・・。(田舎親父)

2019年1月 4日 (金)

災害のないことを祈る年頭に・・・

 これだけ科学が発達し、AIがあらゆることを予測できる時代に入っているにもかかわらず、地震の発生だけは全く予測できないのも考えて見れば変な話である。

 昨日の午後、たまたま6時のニュ-ス見るためにNHKをつけていたのだが、ニュ-スが終わって、紀伊半島の大峰山塊で今でも行われているらしい、山伏(修験者)の厳しい修業の様子を映し出していた映像を見るともなく見ていたら、突然『緊急地震情報』の鋭き音が鳴り響く。

 来たかと身構えていると、すぐに修験者たちの映像は消えて、熊本県で震度6弱の地震発生というアナウンサ-の声に切り替わる。ある意味、これが国営企業であるNHKの強みだろうが、デンデン政権に忖度して、都合の悪いことは緊急にもかかわらず完全無視する体質は何とかしてほしいものという思いが頭をよぎるが・・・。

 『震度6弱』というのは、めったに起きないことから、山伏たちの修業よりも大切なことは当然だろうが、この修業に参加していた親子の話がプツリと切れてしまったことに、この親子の関係者たちの気持ちを思うと、テロップで何らかのコメントはほしいものと思ってしまう。もっとも、私が見落としたのかも知れないが・・・。  

震度の分付図の『和水町』という場所は、3年前の熊本大震災の震源地とほぼ一致することにビックリ。大変な被害を想像するが、熊本市の様子などから停電もなさそうだし、交通にも影響がないような映像にホッとする。

地震の規模はマグニチュード5.0。大したことがないのに、震度6弱は震源の深さが10kmときわめて浅いからだろう。いわば、震源地の真上だけが大きく揺れて、少し離れた熊本市では震度4だというから、先に流れた熊本市の様子に納得する。

しかし、九州新幹線は緊急地震情報がでた時点で、車両は急停車するシステムになっているらしく、一斉にストップし、すぐに博多駅と新八代駅の間の上下線で運転見合せという事態になったが、新幹線の各駅は、明日から仕事始めという人でごった返しているのではと心配になる。

その後、新しい情報がないらしく、NHKは例によって同じセリフを繰り返すので、電源を切ってしまって、ネットに切り換えるが、ネットも同じ程度。

当初、高さ2mのブロック塀が30mに渡って崩れたという情報だったが、何らかの手違いがあってメ-トルとセンチが入れ代わり、実際は30センチほどが崩れ落ちたという現場の映像に笑ってしまうが、被害はほぼないと確信する。

私がネットで得る情報よりはるかに高い精度で、JR九州は状態を把握していると思うのだが、昨夜の九州新幹線は博多駅と熊本駅の間はその後もストップしたままだったというのも何か納得できないものがある。NHKは今朝は報道に値しないと判断したのだろうが、今朝の7時のニュ-スまで、朝ドラの回顧映像を流しているのも何だかなあ・・・と思ってしまう。

7時になって、やっと地震でストップした新幹線の内部を放映していたが、カ-ブでストップした車両は、大きく傾いている。乗客は、この状態で1時間も閉じ込められていたというから気の毒だが、1時間後には動かしたということ。

ならば、臨時ダイヤを組んで夜中中乗客を運べば、混乱は少なかったの思うのだが、JR側としては、安全第一という言い訳が先に立つのだろうな・・・。

そして気になるのは、全国各地で起きた地震に対して、震度5以上ならば当然だろうが、震度2や3の地震でも、伝えるニュ-スのアナウンサ-は、必ず近く(という定義が当てはまるかは?だが)『〇〇原発には異常は見当たりません』というセリフが入ること。さらに、官房長官が同じようなセリフを発している。

それだけ、原発は地震に弱いことを現しているのだろうが、地震大国日本では、信徒6程度の地震はどこでも起こること。さらに30mを越す津波も起こり得るのだから、原発を稼働させることはどだい無理だろうということは小学生でもわかる話。

新年早々、グチになってしまうが、変な国に成り果てたものである・・・。(田舎親父)

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