日記・コラム・つぶやき

2017年11月15日 (水)

近い将来なくなる職種・・・

 アメリカ労働統計局(BLS)が、』2020年までに就業者数が最低でも20%減少する仕事が17種存在する』と予測しているという記事に目が留まる。

この傾向が続けば、2026年には、現在と比べると約16万2000人分の仕事が消える見通しだという。アメリカの人口から比べると大した数値ではなさそうだが、職種そのものが消えるとなると、これはかなり気になる記事である。

どんな職種がなくなるのか順位をつけている。減少率や収入の値魚うち、年度の就業人数などの予測値がついているが、それらを省略して、順位だけ示しておくと、17位から順番に、⑰研削、研磨職人⑯コイル巻き職人⑮電気、電子機器の組立工⑭郵便局長⑬データ入力作業員⑫電気機械の組立工⑪鉱山シャトルカー操縦士。

そして10位は電話オペレーター、9位はコンピューターオペレーターとなり、8位からは⑧鋳物職人⑦鋳型職人⑥自動車修理工⑤時計修理士④タイピストと続き、ベスト?3は③タイピスト、②呼吸療法技術者となり、ベストワンは機関車運転士となっている。

なるほど、全て消えそうな職種だが、アメリカは未だにコイル巻きとか鋳型や鋳物という職種が、基幹産業として存在しているのかという変な疑問がわいてくる。

それはともかくとして、わが国では、最近のコンピュ-タを駆使した人口知能(AI)の発展は驚くほど急速であることから、年々、働く環境は激変していると聞いているので、日本においても消える運命にありそうな職種を私なりに想像してみる。

まず身近なのが、ス-パ-のレジ係。人手不足からやむなく考え出したシステムなのだろうと思うが、大手ス-パ-でのレジ係は、商品のバ-コ-ドを読取機にかざし、処理済みの商品を別のカゴに移して、商品の名称や数量と金額が打ち込まれたレシ-トを渡しているが代金のやりとりはなし。客は、横の自動支払機で当たり前のごとく清算する姿を目撃した私はビックリ。しみじみと時代遅れを感じる・・・。

それでも、レジ係募集という張り紙がなくならないことから、人手不足はまだまだ解消できていないようだ。多分業界のチエ者は、商品を購買者がバ-コ-ド読取機にかざせばレジ係は必要ないと考えるに違いない。実際に、すでに実用化しているス-パ-もあると聞いているので、数年後はレジという場所はあるが無人になり、係員としての仕事はなくなるの確実な雲行きでは・・・。

タクシ-の運転手もなくなりそうだ。近い将来、自動運転が当たり前になると、真っ先に実用化するのはタクシ-業界ではないだろうか。ここでも人で不足に悩まされているというから、スマホで連絡を受け自動運転の車を配車する方式を作れば、運転手を雇う必要はなくなり人件費は大幅に削減できる。

製造業もAI化が進むだろうから、製造ラインで働く組立工と呼ばれる職種は必要なくなりそうだ。10年以上前のことになるが、毎年のように社会科見学で子どもたちと一緒に訪れた自動車工場のラインでも、かなり自動化が進んでいたことから、最近ではさらに人員を減らしていることは想像に難くない。

外食チエ-ン店の店員もなくなりそうだ。数年前の回転寿司屋で見た光景は衝撃的だった。そこには、カウンタ-はなく座席に備えつけられているタブレットに映し出されるにぎり寿司の映像をクリックすることで、目の前の回転ラインに流れてくる仕組みになっていた。届いて受け取れば、OKボタンを押せば良いだけ。食べ終わったら終了ボタンを押すと、レシ-トが打ち出されてレジで清算するというシステムである。

これに類する店が多くなっているので、世間知らずの私でも早々に驚かなくなったが、これも人で不足から生まれる知恵なのだろう。

まだまだありそうだが、何だか夢がなくなりそうなので今日はここまで。

ところで、きょうこれから、近くの眼科医院に出かけて、白内障の手術を受けることにしている。手術そのものは10分程度ですみ、明日には眼帯が外れるらしいが、しばらくは保護眼鏡の着用が必要とのこと。

コンピュ-タの画面を観ることも、少し控えた方良さそうなので、一週間程はキ-ボ-ドから遠ざかろうと思っている。ということで、このつぶやきもしばし休載することにしたい。(田舎親父)

2017年11月14日 (火)

いよいよ空想の世界ではなくなりそう・・・

 生まれた時点で体内に、大人になっても存在を自覚することがないほどの超小型のマイクロチップを埋め込むことが義務づけられた社会を空想する。

 保護者は子どもの養育に対して一切の書類は必要ない。生まれた時点で、詳細な遺伝子情報を含む血液型から医学的に判明する全ての情報はもちろん、両親の個人情報から将来おきるだろうと思われる病気までのデ-タ-がそこに埋め込まれているのだから、現在、母親にとって最も大事だとされている『母子手帳』なども当然不要。

 義務(権利?)の一歳検診なども子どもを抱っこして、医療機関に添えつけられているバ-コ-ダ-(もっとしゃれた名前になっているだろうが)の前に立つことで、親子関係が瞬間的に判明するのだから、便利と言えばこんな便利なシステムはないだろう。

 一歳検診時までに医療機関に出かけ治療を受けたことも、全てマイクロチップに記録されているので、検診のスピ-ドは格段に短縮されるはず。むしろ、一歳検診という制度そのものが必要なくなるだろう。

待機児童という言葉も死語になるのではないだろうか。親は希望を自宅からコンピュ-タに打ち込むだけで、親の年収や生活実体などのあらゆる情報を把握している自治体(国)のコンピュ-タがたちまちのうちに、子どもの通う最適?な保育園や幼稚園が決めてしまうからである。

小学校入学も親の希望をコンピュ-タに伝えると、通学可能な小学校が画面に現れ、そこをクリックするだけで、入学先を決めることが可能になる。

入学に必要な手続きは全てコンピュ-タが処理し、入学後は小学校での成績から行動まで全て記録され、それが中高と引き継がれる。中高の情報も全て記憶した膨大なデ-タ-によって、入学可能な大学が目の前の画面に現れる。

基本的には学費は全て無償になる。しかし、就職したらたちまち、年収から勤務状態や役職までがデ-タとして蓄積され、それが一定条件に達したら自動的に給料から今までの学費を天引きされ国の金庫に収まることになる。

もちろん、税金の滞納などコンピュ-タは許すはずがない。医療費なども窓口で支払う必要がないので、その手間と人件費なども大幅に削減される。住民サ-ビスも条件が細かに規定されているので、自分の前のコンピュ-タで希望を入力するだけ良い。

個人によって(年収だろう)受けられるサ-ビスが決まっているだろうが、身体にマイクチップが埋め込まれているのだから、いかなる場所のいかなるコンピュ-タであっても、たちまちのうちに可能かどうかが判明する。

健康保険証も運転免許証も要らなくなる。病院での支払いも、給料や年金から天引きとなるのでい不要になるに違いない。全ての車にはAI装置が搭載されており、運転が可能な人以外が運転せきに座っても、エンジンが始動しない。当然、AIが認知症と判断したら、エンジンガかからないのだから、少なくとも交通事故は激減するに違いない。

趙がつく大型のコンピュ-タが国民全てのデ-タを管理するのだから、デ-タから犯罪を犯貸す可能性がある人物にはアラ-ム装置が稼働して監視を強めれば良い。警察も手持ち無沙汰になそうだ。それ以前に、GPSで現在の居場所が数十センチの誤差で把握できるのだから、座間での連続殺人事件などはおきるはずがない。

その時代には、徴兵制度が確立しているだろうから、権力者サイドにとって邪魔な人物は、優先的に呼び出しをかけられる。逃げるのは不可能。国民の殺生与奪が思いのままになるのだから、権力者サイドから見たら、こんな素晴らしい制度はない。

ところで、先日、厚生労働省が新しい健康保険証番号制度の道入を決定したという情報か聞こえてきた。報道記事によると、この新しい制度は国民一人ひとりに健康保険番号を割り当てるという内容で、健康診断の結果などをインターネットなどで閲覧することが出来る様になるのだそうだ。
 番号で健康情報を一括管理することが出来ることから、管理コストの削減効果も期待され、何よりも医療事務は大幅に削減されることは確実らしい。そしてその殆どがコンピュ-タが処理するとなると、人件費の削減は半端ではないという。

この新しい番号を記載した保険証は2019年度から発行が開始となり、2020年にはシステム構築を全て完了させる予定だという。新しく割り振られる保健証のナンバ-を国が躍起になって稼働させようとしている、実際に国民全てに割り振られている背番号(国民皆番号制度)と合体することはさほど難しいことではないだろう。

免許証の番号も合体することは規定の事実らしいとなると、次には、出生時の情報に加えて、その後こと全ての情報を記載できるマイクロチップを体内に埋め込むことを義務づけた、私が空想した社会が、近い将来実現しそうだ気配を感じる。

極めて自分勝手な利己的な発想だが、こんな社会が何年後にやってくるのかは分からないが、できれば、それ以前に、この世からおさらばしたいものである・・・。(田舎親父)

2017年11月13日 (月)

こんな校則があるとは・・・

大阪という地域は何かと賑やか。トンデモ記事がよく配信されてくるが、今回も、府立の懐風館高校が、生まれつき地毛が茶髪の女子高生に対して黒染めを強要し、220万円の損害賠償請求されたことがかなり話題になっている。

この高校は名前からして懐古趣味を思わせるが、かなり昔に『高校生はこうあるべき』という偏見で生徒を縛るような校則を、当時の校長たちが決めた文面をかたくなに守り通しているらしい。その一つに、『日本人の子弟は黒髪を本意とすべし』とかいう一文があるらしいが、真っ黒以外は認めないという発想は時代遅れもはなはだしい。

マスコミが伝える情報であるが、女子生徒は平成27年春に同校に入学。生まれつき頭髪が茶色で、母親は事前に学校に地毛であることを伝えていたが、学校側は入学前に女子生徒に『その髪色では登校させられない』と黒染めを求めたという。

生徒はと保護者は、『ならば嫌です・・・』と言えない理由でもあったらしく、わかりましたと返事をしたのだろう。髪を黒く染めて入学したようだが、1年過ぎた頃から頭皮に異常を発見したことから、母親は何とかしてほしいとお願いしたところ、学校は『黒色が決まりだ』と受け付けなかったというから、なんとも低次元な話。

生徒と母親は、それでも何とかこの高校に通いたいという気持ちがあり、相当な努力をしたのだろう想像しているが、なんとも気分が悪くなる記事である。私は、髪の毛は薄くなっているが一応黒を保っているので毛染めなどしたことはないが、髪染薬を永年使っていると副作用があることは想像がつく。

『黒さが足りない』と注意する教員たちも問題だが、学校サイドからその後も『染め方が足りない』と4日に1度の頻度で注意されるなどしたため、女子生徒は夏ごろに過呼吸となり、二学期になってからは学校に通えなくなったという。それ以後一年ほど過ぎているのだが、親としては我慢できなくなり、弁護士に相談して、ついに今回の訴訟に発展したというところらしい。

訴えられた段階で、学校は素直に『行き過ぎた指導があった』と校長が頭を下げれば、こんなみっともない話(事件?)が世間に知られることはなかっただろうに、頑に、校則を曲げられないとばかり主張し続けたようだ。第1回口頭弁論で府側は請求棄却を求め、全面的に争う姿勢を示したというから、今後はマスコミの絶好の餌食になることは間違いない。

それにしてもバカな話である。真偽は明らかではないが、母親との面談では『例え、金髪の外国人留学生でも規則通り黒く染めさせる』と発言したとのこと。そんなことをしたら、国際問題に発展することを考えないのだろうかと、校長はじめ教員たちのセンスを疑う。もっとも、外国人留学生からは,『こんなレベルの低い学校に通えるものか』というところかも知れないが・・・。

ふと、この学校の教員には、年寄りはいなかったのだろうかと変な疑問が頭をよぎる。校長や教頭は揃って黒髪がふさふさ?・・・。加齢により、髪の毛は薄くなるか白くなるのがごく自然。白髪というより黒が薄れ茶色に変色することもあるだろう。そんな教員はいなかったとは思えないが、校則は生徒だけに対応し教員には及ばないとしたら、これも何だか変な話では・・・。

学校が争う姿勢を示したことから、今後本格的な裁判が始まり、そのたびにマスコミは面白奇怪しくこのことを取り上げるに違いない。そして、私の予想では、学校側が敗訴するのは確実だろう。その前に、あのトンデモ弁護士の子分知事が動き出すかも・・・。

そのことはさておき、こんな無茶苦茶な校則があることが不思議でならない。およそこんな校則に捕らわれた経験がない私なので、これまで校則について深く考えたこともないが、全国的には、きっと信じられないような校則があるのではと変な興味がわいてくる。

そこで、昨日、ネットで『変な校則』というキ-ワ-ドで検索してみたところ、最初にでてきたサイトに『女子生徒の下着は白い外は禁止-という一文がでてきたにはビックリする。何でも、女性教員が、生徒のスカ-トをめくり下着の色検査するとのこと。まさか毎日ではあるまいが、こんなことを教員にさせる管理職が存在するかと思うと、頭がクラクラしてくる。

その他、あるある。・制服を着用する・生徒手帳を必ず携行する・スマホは学校に持ち込まない・・・などは許される範疇だと思うが、『必ずいずれかの部活に参加する』となると、現在話題になっているブラック部活の原型がここにありそうな気がしてくる。

信じられないような校則がありすぎるのでとても紹介しきれないが、一つだけ思わず笑ってしまう文言を発見。『校長の頭の話題を出さない』とは、時の教頭や教員が校長に対して忖度したからだろうか・・・。それにしてもバカバカしい。

こんなアホな校則で生徒を縛るのは、時代遅れというかなんとも情けない。もっとも、現政権の批判の声を押さえるために、昔の治安維持法的な法律を作って国民を縛るという発想も、元をただせは同じかも知れないが・・・。(田舎親父)

2017年11月10日 (金)

よくある話なのかも・・・

 このところマスコミが大々的に取り上げている大分県宇佐市の山間部の集落での村八分事件は、今どきこんなことがあるのかと首を傾げる・・・。

 この種の筋書きの小説はかなり出回っている。その一つに、題名は忘れたが、村八分にされた男が、復讐のために集落の人たちを次々に殺害するスト-リ-で、次は自分の番だと恐怖にかられた村人たちの心理がなかなかリアルに描かれていたことを思い出す。

 小説の世界では連続殺人という手法で村八分問題をえぐっているが、今回村八分にされた男性は、かなり現実な性格らしく、裁判に訴えるしかないと弁護士に相談したようだ。

 新聞記事によると、この68歳の男性は母親の介護のために、20009年6月に兵庫県から出身地のこの集落(男性を含め14世帯)に戻ったという。その母親は2年後に死亡し、その後、自分の畑で農業を営む生活を選択したとのこと。

形は典型的なUタ-ンであるが、違和感を覚えるのは、男性の年齢とどうやら単身者らしいということ。男性と集落の人たちの間に、マスコミが報じない複雑なトラブルがあるに違いなく、たった14世帯の集落だけに、日常的な確執が生じていたように思えるのだが・・・。

この男性がいつ集落を離れたのか記事にはないが、相当以前でないかと想像している。集落を離れた時、0.3ヘクタ-ルほどの田畑の耕作を同じ集落の親戚の男性にお願いしたのだそうだが、私の知り合いも、耕作を頼まれて大変だともらしていたことを思い出すと、このパタ-ンはよくある話で過疎地では珍しくないらしい。

ただ、今回の場合は、過疎の村の山間地ということで、国の『中山間地域直接支払制度』の対象になっていて、某かの補助金が支払われていたという。当然なことながら、その補助金は、実際に耕作していた(男性から依頼された)親戚の男性が受け取っていたことまでは明らかになっている。

このあたりに村八分事件の原因がありそうだ。男性には故郷を離れなければならない事情があったのだろうが、年老いた母親を永年面倒もみず、自分の都合優先で帰って来たのはケシカランとの感情が集落の人たちき間にはあったことは想像に難くない。

自分の出身地とはいえ、都市生活に慣れた男性と昔ながらの『おきて』が残る農山村住民との感覚のギャップは、私たちには想像ができないほど大きいことは当たり前なのだろうが、そのあたりは記事にない。

自分の土地を耕すのだから、国からでている補助金はおれが受け取る権利があるとの主張は、法的には当然かも知れない。が、永年、何とか土地を荒させないように耕作していた人からみたら、ハイわかりました・・・とならない場合もあるのではないだろうか。

男性が、それは奇怪しいと市に問い合わしたという。ある意味当然だろうが、耕作していた人が集落の大切な構成員の一人だったとしたら、集落の人たちは、自分勝手なケシカラン奴だ・あんな男は集落の面汚しだ・・・ということになり、まとめ役の区長が、ならば、集落への加入はお断り、広報誌の配布と行事連絡をしないことを決めたことは小説の筋書き通りである。

ここからが小説と違い現実的になる。都会生活に慣れた男性は、ナイフでなく合法的な手段を選択する。

相談された弁護士はこの問題を自分が所属する大分県弁護士会に持ち帰り、弁護士会として、男性が自治区への加入を認められず、行政広報誌の配布や行事の連絡も拒絶されるなど『村八分』のような扱いをされているとして、集落自治区の区長に是正を勧告したという。

それをマスコミが面白奇怪しく報じるものだから、国民の一大関心事になっているというところのようらしい・・・。

弁護士会は、男性には非はないという。法的にはその通りだろう。しかし、もしもこの男性が『オレの言い分が通った』という態度を露骨に出したとしたら、集落全体が今まで以上に彼に嫌悪感を持つのではないだろうか。

20代・30代の若者や家族がある一家なら、何とか集落に溶け込もうと努力するに違いないが。68歳の単身男性が、このまま集落に残り、有意義な日々が送れるとはとても思えない。

下手すると、もう厭だ・・・と住民の方が次々に集落を離れ、シカとイノシシの楽園になってしまうのではないだろうか。過疎がさらに急速に進み、この集落が廃村という悪夢にならないことを願うのだが・・・。(田舎親父)

2017年11月 9日 (木)

それでも弾されるのだから・・・

 今回の衆院選で、デンデン親分は唐突に『消費税の増税分を国民の教育無償化に使う』と言い出したことに、またこの男の口からでまかせのいい加減さがはじまったと呆れてしまった。これではますます財政の赤字解消が遠のくという自民党内の意見があったらしいが、デンデン一家の構成員は平気でこのフレ-ズを繰り返していたことは誰もの記憶に残っている。

この言葉が国民の心を刺激したらしく、緑のタヌキおばさまと口先番長との田舎芝居もあり、自民党は予想以上の勝利を納めてしまった。国民の多くが『自民党』と書いたのだから、今更言ってもせんないことと分かっているが残念でならない。

ところが、選挙が終わるといつもの通り『そんなこと言いましたっけ・・・』と態度を豹変。ペテン師丸出しの姿勢を表しているのだかたらが許せる話ではない。

 まず、自民党の公約に掲げた、幼児教育・保育の無償化であるが、先日のマスコミ報道では、『認可外保育施設の利用は無償化の対象に含まない』という方向で調整しているとのことに、なんとも呆れるというより虚しさを感じてならない。

記事によると、東京都内だけでも認可外保育施設の利用者は17万人以上もいるというから、神奈川や千葉・埼玉を合わせた首都圏では軽く30万人を越えるのではないだろうか。となると、無償化になる家庭とならない家庭が生まれ、格差はますます広がることになるのは明らか。

それ以前に、子育て中の親は誰でも認可保育園に入れたいと思っているはずなのに、待機を余儀なくされたり、どうしても働かねばならないために、意に添わないがやむなく無認可保育園に入れているのが現実。予算のメドも立てす待機児童問題を棚上げして、認可外保育施設を切り捨てるとは言語道断。

このことについて、先日送られてきたメルマガに、興味深い文章が掲載されていた。アメリカを事例として、教育機会に恵まれない就学前の子供に質の高い教育を施したときの効果についてのデ-タの中に、『アメリカは先進国のなかで就学前教育(4歳まで)の普及が最も遅れている国である』との一文である。知らなかったなあ・・・。

加えて、経済協力機構(OECD)統計では、4歳で幼児教育施設に通っている比率は68%なのに日本は95%にも達しており、日本国内においては4歳から5歳の子供の就園率を上昇させる余地はほとんどないとある。

何のことはない。これでは、幼児教育の無償化とは、いままでは親が自ら進んで出していた教育費を税金で肩代わりすることにすぎない。現政権は、消費税や社会保険料を上げて国民を苦しめながら『無償化』という国民が一番喜ぶような魅力的な言葉を操り、人気をとり、税金の『バラマキ』で票を買ったことは明らか。

一方、『大学教育無償化』もインチキそのもの。こちらも選挙目的で言い出したもので、国民の気持ちをその気にさせる奇麗事。現政権が言う『無償化』は、大学在学中は無償だが、将来的に返還してもらう制度だというから、『無償化に見せかける』だけのものであるのだから、まさに詐欺。

 さらに酷いのは、大学入試時に受験番号と共に、国民全員に割り当てられた番号を記録させるという。この国民皆背番号は国民全てに特定の番号を割り当てることによって、個人情報を含めてその全てを国が一元管理できるための制度であるのだから、国は卒業後の進路まで完全に把握できる。

 就職先はもちろん給料や役職なども全て管理されているのだから、無償にした奨学金を取りっぱくれることはまずない。誰が考えたのか分からないが、なんとも恐ろしい世の中になりそうだ。

 さらにある。先日、モテギという生き方革命担当相(なんとも生臭いいやな名称だが)が、授業料無償化や給付制奨学金制度など高等教育無償化の対象になる学生について、『産業界から人材を受け入れるなど実社会で評価されている大学に限定すべきだ』と発言したとマスコミが伝えていた。

正直な男である。この発言の真意は、政府の言うことを聞かない大学は、無償化の範囲にしないということだろう。インチキ無償化すらも、大学を選別して現政権が大学・学問の内容にまで介入することを意味する極めて危険なもの。

『無償化』という言葉に騙されたらトンデモ事態になることは、世間知らずの貧乏年寄りの私でもはっきりと分かること。

それでも、国民の多くが騙されるのだから、なんとも虚しい限り・・・。(田舎親父)

2017年11月 8日 (水)

めったにハンドルを握らない私でも・・・

先日の東京新聞の『認知症のおそれ3万人 増える高齢ドライバー』という見出しに目が留まる。

 75歳以上の高齢運転者を対象にした認知症対策が強化された改正道交法が施行された今年3月12日から9月末までの半年間に、検査で認知症の恐れがあると判定されたのが3万人超に上ったことが、警察庁のまとめで分かったという書き出しで始まる記事である。

 迂闊なことに、いつから認知症対策のために道交法が改定されのか知らないが、私自身が3年前に経験した、70歳以上のドライバ-に義務づけられた自動車学校に5000円を支払って受講した研修で、自分の年齢や生年月日を聞かれたような気がするので、その時点ではじまっていたのかも知れないと思い出している。

 もっとも、受講した私は、このようなことを聞かれることが『認知機能検査』だとは思わなかったので気楽なもの。しかし、改めて思うと、自分の生年月日を忘れるとなると、相当重度の認知症だろうから、危なくてハンドルを握ってほしくないものである。

 記事は続く。今年度、半年の間に義務になった認知症機能検査を受講した111万7876人で、認知症の恐れがあると判定されたのは2・7%の3万170人と実に詳細である。このうち免許の自主返納などを除き、7673人が医師の診断を受けたこと。そして、697人が医師に認知症と診断され、運転免許が取り消し・停止されたという。

 この数値を多いと見るか、当然と見るかは人によって差があるだろうが、最近は高齢者による高速道路の逆行や、ブレ-キとアクセルの踏み間違いで大事故を起こしていることを思うと、取り消し処置も仕方ないようだ。

 また、75歳以上で免許を自主返納したのは、今年1~9月で18万4897人で、過去最多だった昨年一年間の16万2341人をすでに上回っているのだそうだから、高齢者の自覚も進んでいることは間違いないところ。

 ところで、横浜の片田舎で仙人的生活を過ごしている私は、自分で車を運転する必要性は殆どない。2つある車の遠隔操作機能のついたキ-は家内と娘が持ち、私は時にたまたま運転する時は、鍵穴に差し込む予備のキ-でエンジンをかけるのだが不便さを感じないのは殆ど車を運転する機会がないからだろう。

 そんな私でもどうしても運転しなければならない時はある。肥料やレンガなど、園芸に必要な資材を購入する場合は車がないとことが進まない。

一例として、狭い庭ながら汚れが酷くなっているので補修を考え、資材の調達は配送料を出せば配達してくれるだろうと思って、いくつかのホ-ムセンタ-にアクセスしたが、どこも重量制限があってリクエストは無理だとのこと。仕方ないので、昨日久しぶりでおんぼろ車を転がして資材を調達してきた。

また、今日・明日にでも、近くの横浜市のリサイクル施設で作っている、趙がつくほど低価格の堆肥を購入する予定でいるが、そこは配達などしてくれないので、やはり車がないと動けない。

 そう考えると、簡単には免許返納できそうもない。たまにしか運転しない私でも、ことさら左様に車が必要な時があるのだから、バスの便すらない過疎地では車がないと生活できない人たち(住民の殆どが高齢者)にとって、運転免許返納など遠い世界の話してはないだろうか。さらに、都市部であっても、足腰が弱って歩けないとなると、車を頼るのも仕方ないところ。

 しかしながら、このところ認知症の高齢者が車を運転し、ブレ-キとアクセルの踏み違いで車を暴走させる事故が頻繁に起きているとなると、これはとても放置できる問題ではなく、まして、登校中の小学生の列に突っ込無事件の多発には、強制的にでも免許を取り上げることも酷いとは言い切れなくなる。

 この兼ね合いが難しくなりそうだが、前方に障害物を察知したら自動的にブレ-キが働く車やアクセルとブレーキを踏み間違えても加速を抑える『安全運転サポート車』などの研究も進んでいるようなので、国や自治体は、本腰を入れて年金暮らしの高齢者でも何とか入手できる、より安全な車の普及をすすめてほしいものである。

 それ以前に、過疎化対策と過疎地ではなくても弱者が住みやすい環境の整備が先決だろうとは思うが・・・。(田舎親父)

2017年11月 7日 (火)

『メガデス』という単位があるそうだ・・・

 今日の東京新聞の『筆洗』というコラムには考えさせられる。世界中の民族の間で昔から言い伝えている、その半族しか分からない単位の話であるが、結びに出てくる『メガデス』という聞いたことがない単位は、何となくその単位を使わねばならない時が迫っているような気がして思わず背筋が寒くなる。

 今日も変な書き出しになったが、まずはその『筆洗』の全文を紹介することからはじめたい。東京新聞は、どちらかというとマイナ-なので、今朝の『筆洗』をそのまま引用しておこう。

『世の中には、実に奇妙で味わい深い単位がある。たとえば、エストニアの船乗りが使っていた単位「パイプ」は、たばこのパイプから煙が出る間に船が進む距離だという▼チベットで「お茶一杯の距離」は、「熱いお茶を入れて、それがさめて飲み頃になるまで、走り続ける距離」で、およそ三キロ。フィンランドで「ポロンクセマ」といえば、トナカイが休憩なしで移動できる距離だというから、それぞれのお国柄がうかがえる▼『はかりきれない世界の単位』(米澤敬著、創元社)を開けば、そんな人間味あふれる単位と並んで、人間を数としてしか見ぬような単位も出てくる。「メガデス」だ▼これは米国の軍事戦略研究家ハーマン・カーン博士が冷戦時代に考えたもので、『オックスフォード英語辞典』によれば、核戦争による犠牲をはかる単位。一メガデスは「百万人の死」を意味するそうだ▼「北の危機」に、どう対処するか。トランプ大統領は「すべての選択肢はテーブルの上にある」と武力行使もにおわせ、安倍首相はその態度を支持し続けているが、かつて米政権内で北朝鮮攻撃が検討された時は、本格的戦争になれば死者は百万人台との試算があったという▼「百万人の死」の重みを、大統領はどう感じているのか。やたら勇ましい言葉だけを並べる声を聞いていれば、「メガデス」という単位がやけに重く響く。』

トランプ大統領が来日して、我がデンデン閣下とゴルフを楽しみながら、首脳会談を行ったという。その中で北朝鮮の脅威が共通の認識として語られ、日本とアメリカは北朝鮮への圧力を最高段階まで高め流ことに完全に一致したのだそうだ。

トランプ大統領に対して、各国からはかなり批判がでているのにも関わらず、日本の現政権だけは、『全てオ-ライ』という態度が続いていることから、今回の『完全に一致した』という表現は、『トランプ(アメリカ)さまのおっしゃる通り、日本は動きます』ということであると言い換えても間違いないところ。

トランプは『アメリカの武器をたくさん購入することが、北朝鮮に対応できる唯一の手段である』と武器の購入を求めたというが、(マスコミ報道によれば)、『日本が武器を大量に購入すれば、わが国(アメリカ)の雇用が拡大する』との言葉を続けたのはというから、まさにトランプ自身が『死の商人』であることを高らかに宣言したこと・・・。

この発言に、デンデンはヘラヘラ笑いながら『その通りでございます』と、唯々諾々と高価な武器を大量に購入するとこたえたという。『大量の武器を配置によってのみわが国の安全は保たれる』とはどんな神経なのだろう。最大限の怒りをもって、デンデンの頭かかち割って、脳味噌の仕組みを調べたくなる。

この声明は、瞬く間に全世界値伝わるだろう。そして、世界中で、誰よりも不快に感じたのは北朝鮮の将軍さまではないだろうか。早速、側近たちに、『アベの言動は許せない。まずは日本に原爆をプレゼントしたくなってきたから、その用意をしろ』と指示したことも想像に難くない。

恐ろしいことに、デンデンは『アメリカと共に、全てのプログラムを用意している』とも発言していることから、この男の頭の中には、北朝鮮と本気で戦争をはじめて、たちまちのうちに勝利するというシナリオを描いていることは間違いなさそうだ。

アメリカは、『筆洗』が指摘しているが、北朝鮮とことを起こしたら、百万人単位の犠牲が出るという、国内の研究機関の試算がブレ-キになっているのだが、武器を大量に買ってもらった上に、戦争の実行は日本が引き受けるとなると、『死の商人トランプ』は、犠牲になるのは日本人、シメシメ上手く事が運びそうだと、必死に笑いをこらえて、『シンゾウこそ親友だ・・・』と歯が浮くような発言を繰り返しているに違いない。

北朝鮮のミサイルの精度は窺い知れないが、横浜の片田舎の貧乏老人にとっては、原爆などのプレゼントは強く辞退したい。

それでもどうしてもお見舞いしたいというのなら(極めて利己的な発想であり、横浜の片田舎も甚大な被害は免れないだろうが)東京の永田町と山口県のデンデンの選挙区あたりにお願いしたものである・・・。(田舎親父)

2017年11月 6日 (月)

蜘蛛の巣にかからないことを・・・

 神奈川県模原市の障がい者施設で、無抵抗の障がい者を次々に刃物で殺害という事件はこれまでの殺人事件とは質が全く違うことから、施設の関係者はもちろん一般国民にとって想像すらできなかったのではないだろうか。

この事件は昨年の夏のことである。犯人は、以前この施設で働いていた男だという。勤務していた当時も、奇怪しいと思われる言動があったという。精神鑑定で異常を見つかり、強制入院させられていたらしいが巧みに言い逃れして病院から逃げ出し、間もなく、このような前代未聞の大事件を起こしたと報じられている。

それから1年余過ぎたつい最近のこと、行政区分では隣の自治体になる、やはり神奈川県の座間市で、ネットの自殺願望者の書き込みを利用して、若い女性を中心に自分のアパ-トの部屋に言葉巧みに連れ込んで、すぐに殺害することに加えて、遺体を切り刻むというなんともおぞましい犯罪に背筋が凍りつく。

この事件は毎日のように報じら、日々新しい事実か判明していることから、私がその概要など述べることは必要ないが、スマホで簡単にアクセスできるSNSという、いわばネットの書き込みを利用した手口というから、現代社会の抱える得体の知れない闇き深さをうかがわせる。

自殺願望というサイトが数多くあると、何かの記事で読んだことはあるが、実際にアクセスしたことはない。その仕組みなど殆ど理解できないが、どんなものか試してみることにする。

『自殺願望』という文字を打って見ると、真っ先に出てくるのは、厚労省の『あなたの気持ちを話してください』というサイト。年間3万人という世界でもトップの自殺者を出している国が抱える悩みが如実に現れていることを知る。

2番目からは今回の事件に関するもろもろのサイトが続き、(私が知りたい)自殺志望者の書き込みなどの文言は現れない。そこで『自殺願望掲示板』で検索すると、あるはあるは、こんなにも自殺願望者がいるのかと恐ろしくなるほど次々と掲示板と称されているサイトガ現れて、そこに書き込む人の多さにビックリ。しかし、私が書き込むためにはアカウントを作る必要がある。

電話番号やメ-ルアドレスを打ち込む必要があるサイトもあるが、ハンドルネ-ムと呼ばれる適当な名前とパスワ-ドを登録するだけで、すぐに書き込めるサイトが圧倒的に多いのも特徴。また、読むことは殆どの場合可能なので、読んでから気に入ったらハンドルネ-ムを登録する人も多いのでは・・・。

何故こんなに多いのだろうという疑問がわくが、本気でなくでも、友だちとの少しのトラブルでも死にたいと口走るのが最近の流行だと言うから、ほんの軽い気持ちでこのサイトニアクセスする人も多いらしい。

また、いじめを苦にする子どもたちが激増している昨今、自ら命を失くした子どもたち以外にも、真剣にこのサイトにアクセスして、実際に書き込んでいる中高生も多いのではないだろうか。

犯人にとってこのようなサイトは、まさに『蛛の巣』という武器で、獲物を探すのが毎日の日常になっていたようだ。『一緒に死にましょう』という言葉は、自殺願望者にとって麻薬のような効果があるのかも知れないが、想像するだけで気分が悪くなる。

犯人は、死ぬ気などサラサラなかったと供述しているらしい。どうやら、若い女性を殺して犯してみたい・その後に、死体を切り刻みたい・血を見ることが快楽・・・などという、常人には見当もつかない異常な性質を持っているのだろうが、こんな男に獲物だと思わせた被害者たち若い女性が哀れである。

しかし、最近の調査では、1歳の赤ちゃんでも50%以上スマホをいじくっているというデ-タがあり、小学性にもなるとスマホを与えることが親の務めだと思うほど、スマホが氾濫し、その使い道を教えずに与えるのが当たり前になっているのだから、『何故餌食になるような書き込みをしたの・・・』という意見じみた言い方はできるはずはない。

まさに、スマホは『現代の抱える闇』そのもの。スマホをこの世から消し去ることができれば、このような犯罪はなくなるのだろうが、横浜の片田舎で仙人的生活を過ごす私でもスマホを持つ時代。それほど、現代人の必需品になっていることから、そんなことを言い出すこと自体ナンセンス・・・。

しかし、SNSをこれ以上無秩序にはびこらせてしまうと、今回よりさらに異常な事件が頻発することも容易に想像できる。

犯人が蜘蛛の巣を張りめぐらせできるサイトを規制することは物理的に可能だろうが、このようなサイトを立ち上げることも、『ビジネス』という言葉で『是』としている現代社会ではそう簡単に事が運ぶとは思えない。

男の罠におちて命を失った人たちには、申し訳ないが気の毒としか言いようがない。

ただ、今回の事件で、自殺したいと思う気持ちのを持っている人たちが、こんな簡単な仕組みの『蜘蛛の巣』に捕らえられないようになるのではとひたすら願うしかできない今朝の私・・・。(田舎親父)

2017年11月 2日 (木)

稚内で竹の小料理?・・・

10月に台風が2度も上陸したことは過去にあっただろうか。私が、物凄い台風だったと記憶に残っているのは、『ジエ-ン台風』である。この台風で、私が住む町の家の屋根が目の前でふわりと浮いて前の空き地に落ちた風景は、昭和25年・小学校1年生だった私のトンデモない経験として、今でも目に焼きついている。

その時には、何故台風にアメリカの女性の名前がつけられているのか、思いもよらなかったが、それ以後は、台風は発生順に、『台風〇〇号』と呼ばれるようになり、特に被害をもたらした台風には、後に、主に上陸地点の名前がつけられて、『室戸台風』とか『伊勢湾台風』というように名付けている。

また変な書き出しになっているが、台風といえば、ほとんどが7月から9月に襲うもので、10月になれば、はるか南の太平洋上で発生しても偏西風の関係だろうが、だいたいは日本列島の南で、進路を東に変えることから、大被害をもたらすことは殆どなかったはず。

しかし、今年の10月の台風は、進路を変えることなく北上し、しかも沖縄付近気海水温度が高いためにさらに発達して猛烈な勢力を保って日本列島を襲うものだから始末に悪い。

近年、日本の付近、特に太平洋の海水温度が異常に高いという。その仕組みなどは詳しく理解できないが、温暖化の影響だと言うことは科学的に証明されているのだそうだ。

話は少しそれるが、北海道では近年鮭の漁獲量が激減しているという。しかし、その反面、どちらかというと暖かい海水を好むブリが驚くほど水揚げされており、実際、先日知床半島付近で捕って船上で〆たというだというブリを送ってもらったが、これが無茶苦茶美味い。なんとも不思議な思いをしたものである。

こんなことを思っていると、先日、『稚内でタケノコが食べられる』という見出しを見つけてビックリする。

一昔前までは、竹は成長が速い上に、根が張りめくらせるので地盤が強くなると人気の植物だったが、最近は手入れする人が少なくなり、放置された竹林かどんどん広がり、生態が崩れているということはよく耳にする話。

実際に、地方に出かけると、至るところに竹林が広がり、とてもタケノコをいただけるという状態ではなく、むしろ人間の生活圏が竹の新入で脅かされているという風景に出会う事は稀ではない。

竹は典型的な南方系の植物で北にいくほど少なかったのだが、温暖化によって、東北地方にも竹の勢いは延びているという。

春、土から顔出したタケノコは、あっと言う間に10mを越す高さに成長し、始めは柔らかかった幹の皮はすぐに硬くなり、しかも寿命が60年とも100年と言われているから、桜の名所の殆どを占めている『ソメイヨシノ』と同じほど。

竹は寿命が終わる頃には、一斉に花が咲くのだそうだが、笹の花は一度だけ見たことはあるが、竹藪全体が花という風景にはまだ出会ったことはない。ただ、笹にしても竹にしても、広がるスピ-ドは半端ではないことは実感している。

記事によれば、竹の生育か急速な温暖化でついに津軽海峡を渡ったのだそうだ。どうして渡ったのかは述べていないが、このまま温暖化が進めば、主に本州だけだった竹の生育域が北上し、北海道の最北端・稚内まで達する可能性があることから、こんな見出しになったらしい。

こうなると、稚内で竹の小料理と笑って済まされる話ではなさそうだ。鮭の不漁もブリの大量はやはり北海道近海の海水温度が上昇しているからであり、この原因は全て地球温暖化となると、緊急の措置が必要になることは誰の目にも明らか。

実際に、危機感をもった世界は、温暖化を防ぐために、世界規模で二酸化炭素の排出量を減らさねばと『バリ議定書』に調印したはず。

しかし、アメリカはトランプ政権が誕生すると、国益に反すると言うことで、パリ議定書から離脱したのだからトランプという男の狂気がうかがえる。

そのトランプに心酔しているデンデンは、トランプ来日を大歓迎。まるでオリンピック騒ぎのような大騒ぎになっているが、トランプから『お前も、パリ議定書か離脱しろ』と命じられたら・・・。『ハイわかりましたトランプさま』となりかねない。

そんなことになったら、稚内で竹の料理どころの話ではな区なることは間違いない。今日もまた、困った話だと言う結論に・・・。(田舎親父)

2017年11月 1日 (水)

教員のいじめによる自殺?・・・

 今年3月に福井県の中学2年生が、教員のいじめが原因で自殺したという記事に、教育現場をある程度知っていると自負していた私でも、思わずエッと息が止まる。

 衆院選挙前のことである。すぐにそのことについてつぶやこうと思ったが、常識では信じられない事なので、少し時間を開けてと思ったが、選挙の結果で落ち込んでいたため今日になってしまった。

記事の内容は、福井県の池田町立池田中2年の男子生徒が担任と副担任から強い叱責が原因で、今年3月に自殺した問題で、生徒は自殺する1週間前に『僕だけ強く怒られる。だから(学校に)行きたくない。どうしたらいいか分からない』と母親に訴えていたことが、今頃はっきりと分かったというもの。

 生徒の自殺を受けて、池田町の教育委員会が調査委員会を設置して、半年以上もかけて関係者から聞き取り調査をすすめていたことから明らかにしたことだという。生徒のクラスでは2年生に進級した昨年4月から、30代の女性教諭が新たに副担任に就任したが、この副担任と時折り合いが極端に悪かったらしく、3月に自殺するまでに、母親に3回も『学校に行きたくない』と登校を嫌がったという。加えて、欠席日数や保健室登校も増えたとのこと。

 また、生徒は昨年11月、この副担任から未提出の課題について問われた際、役員をしていた生徒会の活動や部活動のため遅れたと説明したところ、副担任から『宿題ができないなら、やらなくてよい』と言われ、生徒は、『やらせてください』と土下座しようとしたというからなんとも痛々しい。また、自殺前日には、副担任の指導中に過呼吸のような症状を訴えていたというから相当強く追い詰められていたことは明らか。

しかし、俄には信じられない。事実だとしたら、この副担任は意図的にこの生徒だけに強く当たったことになるが、そんな事ってあるのだろうか。

過疎化が進む小さな町らしく、小学校も中学校も町では一つだけ。スク-ルバスで児童生徒を登下校させているのだろうが、小学校の入学から、子どもたちの人間関係はずっと固定されていた事になる。

自殺に追い込まれるほど副担任から強い叱責を受け続けていたとしたら、小学校から同じクラスであった回りの生徒たちが不審に思わないはずはない。まして生徒会の役員をしている生徒となると、家に帰って『今日もまた、〇〇ちゃんが叱られていたよ』という話題がでただろう。

実際に、自殺した生徒の母親は、担任や校長に『副担任を変えてほしい』と、お願いしたそうだが、学校は動かなかったというから、回りの親たちも、変だな・・・と思っていたはずなのに、さほどの危機感はなかったようだ。

さらに、続報では、この副担任は生徒の小学生だった時に、家庭科の非常勤講師として池田小学校に赴任し、その時も、この生徒に辛く当たっていた事を数人の生徒が目撃し証言しているというから、生徒にとって最悪のシナリオになっている。

こんなことってあるのだろうかと昔を思い出してみると、一つ思い当たる場面を蘇る。

大昔のことである。給食の牛乳が飲めない子どもに対して、中年の女教員が、ムリムリ飲ませる指導(拷問だろう)を実際に見て、アホカとその教員と大喧嘩した場面である。 

当時の教員たち教育観には、給食調理師のおばさんが心を込めて?作ったものを食べないとは何事か・・・という、いわば上辺の道徳を教えたがる習性があったらしく、牛乳に限らず、おかずも含めて全て完食するものが当たり前。これがどうしても食べさせなければという脅迫概念につながっていたようだ。

こんな事は今では考えられないが、回りが、(具体的にはまだ曖昧だが)この生徒に対する副担任の叱責に対して、『絶対悪』と見ていなかったとしたら、逆に、少人数の固定した田舎の人間関係の中、学校に生徒の母親の訴えが届かなかったのでは・・・・。

生徒と保護者にとって、こんな副担任と出会ったことが自殺につながったとしか思えないが、これに類することはあり得るのではないだろうか。

ふと、場所が福井県ということが気になりはじめる。福井県といえば、全国一斉の学力テストでは上位の常連自治体。この町も学力テストを重視していたに違いない。

となると、町全体として、生徒会活動よりも、学力をつけることが大事だという事が当たり前になっていたとすると、宿題を忘れることが『絶対悪』であって、それを強く叱責するのは当たり前という風潮があったのではなかっただろうか・・・。

学力テスト嫌い私の思い込みだとお叱りの声が聞こえてくるが、もしも私の想像がほんの少しでも当たっていたら、福井県や石川県、あるいは秋田県当たりでは、同じようなことが起きそうな予感がする。

今日もまた、私の杞憂であれば良いという話になるが・・・。(田舎親父

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