日記・コラム・つぶやき

2017年9月22日 (金)

配達員が気の毒だけではなく・・・

 先日、民放のナイタ-中継を見ていた時のことである。毎回の合間に長めのコマ-シャルが入ることは仕方ないので、その時はチャンネルを切り換えて、およそバカバカしい映像を見ないようにしているのだが、たまたま新聞でも読んでいたのか切り替えを忘れてしまった。

 『ダイソン』という言葉が聞こえた気がして画面を見ると、確かに、あのダイソンの羽根のない扇風機が写っているので、一挙に画面に集中してしまった。

 以前から、この羽根のない扇風機には興味があり、時にコンピュ-タ関係の消耗品を求めて家電量販店にでかけた時など、近寄って面白いなあ・・・とダイソンという会社に感心していたものである。

 それでも、我が家には余るほどの扇風機があって、5万円以上もする扇風機をわざわざ買い求めたいとは思っていなかったが、テレビのコマ-シャル主の『ジャパネットタカタ』の担当者が、『何と2万円台で購入の最後のチャンス・・・』という常套の言い古された言葉に、貧乏人の銭失いと分かっていながら、何故か強く反応してしまう。

 瞬間的に魔が差したのに加えて、潜在的にほしいなあと思っていたのだろう。この種の宣伝にはつきものの『30分以内に電話いただいた方に限る・・・』という、決まり文句などは無視してきたのに不思議なことに、良し買おう・・・と思ったらしい。

 これも決まり文句の、『オペレ-タ-を増員して電話をお待ちします』と言い方も、またかと思いながらも、5万円台のダイソン製品が2万円台となると、型が古いのに違いないが、それでも希望者が殺到していることもあり得ると思わせる。

もし呼び出し音が長引いたら止めようと思って試しに電話してみる。案に相違して、3回の呼び出し音に続いて、『お電話ありがとうございます・・・』という男性オペレ-タ-の声が耳に入る。

あまり職業に男女の差非を感じていないつもりであるが、無意識にオペレ-タ-となると女性の声が聞こえてくるに違いないと思い込んでいたのに、これには少し驚く。と同時に、不意打ちを食らったような気になって、ついつい話し込んでしまった。

結局は、29800円の本体に、消費税と配送料が加わるとのこと。ジャパネットタカタとの契約は初めてなので、一番簡易な手続きである商品と代金との引き換えを選択肢、合計の33156円という金額で手を打つことに。

契約書もなにもない。ただ電話での了解事項だけで大丈夫なのかと素朴な疑問が湧くがこの種の契約にはそんなことは問題でないらしい。

かねてから宅配業者の二度手間を何とかできないかと考えていた私なので、電話口の男性オペレ-タ-に、『これで了解したが、配達業者はどこで、日時が設定できるのか・・・』と確認すると、『佐川急便で、最短で23日の午前中になります』とのこと。『最短』という言葉が気になったが、ほぼ確実ですとのことなので信じることにする。

最短だから、23日までに到着することはないと思い、昨日、(いつも通りの行動なのだが)急にヒガンバナを撮影したくなって、家内と共に湘南台駅からバスに乗って慶応大学近くの小出川まででかけることにした。

慶応大学行きのバスである。終点だろうと思い込んでいたので、『慶応大学』というバス停でも降りない学生がいることで、そのまま乗っていると、バスは大学構内をどんどん進み管理棟らしき降車場所で降ろされるはめになってしまう。

さっきの慶応大学というバス停が目的地だったことを知るが後の祭。そこまで引き返すにはかなりの距離。たまたま出会った女子学生に声をかけると、丁寧にも、私が途中まで案内しますとのことに大感激。たまたまお昼どきだったので『学生食堂あればそこにも寄ってみたいのですが』と厚かましい願いにも、そこですよと言われた方見ると、何と慶応大学生協食堂という建物。

女子学生にバス停の方向を聞き丁重に礼を言って別れて、大学食堂という場所に50年ぶりに潜入。思わぬ経験ができたと喜ぶ。

この日のことについての感想は別の機会でつぶやくことにして、その後小出川の両岸のヒガンバナを見て、夕方帰宅すると、佐川急便の不在者通知をポストに発見。ジャパネットタカタの担当オペレ-タ-に怒りを覚える。

早速配達員の携帯に電話して、23日と約束していたと言ったところ、突然不機嫌になり、わかりましたと電話を切られてしまう。

間もなく品物は届いたが、配達員は午前中という指定はあるが日にちの欄は空白の伝票を見せて、気になるのならタカタに言ってくれとのことに、この配達員の不機嫌は、私が文句を言っているのだと誤解していたことに気づく。

現金引き換えなので、配達員は何度留守をされても代金を受け取らねば自分の仕事は終わらない。気の毒このうえない。

些細なことを長々と述べてきたが、言いたいのは、ジャパネットタカタと佐川急便の間で、配達日時を客との約束通りになっているかを確認できるシステムがあれば、少なくても今回の二度手間と省けたはず。

このことは、抗議を含めてジャパネットタカタには伝えるつもりだが・・・。(田舎親父)

2017年9月21日 (木)

閉店は当然かも知れないが・・・

 初めて『O157』という言葉を聞いたのはいつごろだっただろう。20年以上も前のような気がするが、今までとは全く違う猛毒の細菌で、これが体内に入ると、猛烈な嘔吐と下痢が続き死に至る可能性が高いことに、厄介な細菌が現れたものとビックリしたしたことを思い出す。

どこかの小学校でこの病原菌による食中毒事件が起きたことから社会問題になったような気がする。熱に弱い特性があるので煮沸処理でほぼ完全に防げるとのことから、学校給食の調理スタッフに最大限の注意を喚起し、徹底した衛生管理を求めたこともうっすら記憶に残っている。

当時は、メディアが必要以上に危機感をあおったものだから、私の中にも『O157』という単語が悪魔の代表のようなイメ-ジで擦り込まれたものだが、しばらくすると、こんな話がウソだったのと思うほど取り上げられることがなくなり、私自身すっかり忘れていたもの・・・。

 ところが、今年の8月、『でりしゃす』という惣菜屋チエ-ン店で購入したサラダを食べた人が『O157』で食中毒というニュ-スに、昔の記憶が蘇り、これは大問題になりそうだという予感がする。

 保健所が原因を追及したらしいが、この会社の衛生管理に手落ちはなく、感染源が分からないと発表。購入した人の食品の管理が悪かったのか、それとも何らかの二次的な原因なのかも不明だが、感染者が全て『でりゃす』のお惣菜を食べたことから、この店の営業を自主的に停止したことも当然だろう。

『でりしやす』は間もなく営業を再開したらしいが、感染者の全てが『でりしゃす』の惣菜を食べたということから、消費者としては敬遠するのも当然だろうから、チエ-ン店の売り上げがガタ落ちになったことは想像に難くない。

そして今月になって、やはりこの店で購入したサラダや揚げ物などを食べた東京都の3歳の女の子が死亡するという報道に、この会社はお終いだろうと直感する。同時に『埼玉県の店と東京都の女の子』という二つの言葉が複雑に絡み合い、『?・・・』という素朴な疑問が頭をよぎる。

昨日になって、『でりしゃす』を運営する群馬県太田市に本社のあるフレッシュコーポレーションは、栃木、群馬、埼玉各県にある全17店を、19日の営業を最後に閉店したというニュ-スが流れた。

感染源は特定されていないとはいえ、死亡者を出した以上この処置は仕方ないだろう。しかし、『でりしゃす』という店が、栃木・群馬・埼玉の3県、しかもいずれも地方の小都市に存在していることが気になるところ。

最近は何でもビジネスにする時代で、儲けが出るとなると会社の発展のために東京進出という発想が当たり前になっているのに、この会社は東京どころか神奈川や千葉県など首都圏に店を持っていないことから、地方に特化した営業を展開していることに気づき、むしろその地方の人々の生活に影響するのではと変な心配が・・・。

感染源が分からないのは不気味である。保健所が本気になって調べたことは間違いないだろう。まな板や鍋などの全ての調理器具の徹底的な検査はもとより全ての従業員の検便などを実施したというのにも関わらず、そのいずれからも『O157』は検出されていないという。

死傷者には申し訳ないが、『でりしゃす』で購入した惣菜を自宅に持ち帰り、保管状況に問題があるのではと思いたくなるが、元々『O157』が存在しないのに、時間の経過と共に現れるのならいらしらず、この推理にも無理がありそうだ。

結論は今後の捜査を待たねばならないようだが、突然、17カ所のこの店があった地域の人々の生活は混乱するのではないだろうか。

恐らく新聞各紙は伝えないだろうが、特に買い物弱者といわれる高齢者や障がいをもった人々は、その日の食材の調達にも苦労するのではないだろうか。

中毒事件を起こした店だから仕方ないといえばそれまでだが、この店を日常的に利用していた住民たちは、自分の首をしめることに・・・とい変な心配をしてしまう。

私の杞憂であれば良いのだが・・・。(田舎親父)

2017年9月20日 (水)

もしも自民が勝利したら・・・

 10月22日の補欠選挙で、特に愛媛県では間違いなく自民党候補が負けて、加計学園疑惑が大きくあぶりだされることは確実。となると、政権の基盤は一挙に崩れることになそうだと、結果を楽しみにしていた。

しかし、これまでも悪知恵の限りを尽くしてきた、デンデン政権のとっくに悪魔に魂を売り渡したチエ者が、ならば『補欠選挙をなくせば良い・・・』との進言を、その通り実行する気になったらしく、臨時後悔の冒頭に解散し10月22日投票という日程が規定になってしまったようだ。

解散は総理大臣の専権だというから、誰もこの悪計を阻止できないことは明らかだが、こんなことが解散の理由になってはたまらない。

小さな自治体の選挙でも数億という国民から搾り取った税金が使われると聞いているのだから、衆院選挙となると、数百億の税金が使われることは間違いないところ。今朝の朝日新聞の記事によれば、軽く600億円が使われるというから信じたくない話である。

新聞各紙が、この『デンデンのためのデンデンによる解散』を競って取り上げているので、今更私がつぶやくまでもないが、デンデン政権の公式広報機関に成り下がった、天下の読売でさえ、『解散は当然としても争点を示せ』と述べているのだから、国民の誰もが大儀なき解散だと思っていることは明らかだろう。

現政権のチエ者は、読売の社説を参考にしたのかとうか明らかではないが、ならば消費税に注目し、消費税を増税するが、その全てを教育の無償化に使うという騙しの手口を親分に進言したらしい。

よくぞこんなウソがいえるものだと呆れる限り。消費税は社会保障に当てることになっていたはずなのに、いつの間にか大企業の法人税に化け、防衛費に横流しされたことは、世間知らずの貧乏老人でも知っている事実。

こんな子ども騙しのペテンで騙せると思っているのだから、国民徹底的に甘くみているとしか思えないが、こんなデタラメな政権ですら、(マスコミ発表ではあるものの)支持率が40%となると、またまた悪い夢をみさせられる可能性は小さくない。

二大政党が互いに政権交代が健全な民主主義のあり方という、わが国ではとても相応しくない小選挙区制度が当たり前になってしまった今、有権者の数で選挙区を決めることは変わらないが、その中で数人の候補者が当選するという中選挙区制度を知っている年代は少なくなっている。

中選挙区では当選者は複数人。この制度なら、野党の候補者が当選する可能性は限りなく大きくなるのだが、小選挙区となると、当選者はたった一人だけ。そこに与野党が候補者を立てるものだから、圧倒的に自民党が有利なことは誰の目にも明らか。野党が勝利するためには、候補者を一本化する以外『絶対』に方法はないと、以前から確信している。

かなり昔のことになるが、共産党の地区幹部と話す機会があり、共産党が候補者が立てると野党の票を奪い合うことになっているのだから、勝ち目がゼロの選挙区には候補者を擁立しないでもらいたい・・・と強く主張したことを思い出す。

その幹部は、『中央の意向だからなんとも答えられないが、機会があれば伝えておく』と答えていたが、それから十数年、やっと共産党が大変身。野党共闘という言葉が生まれ、実際に動き出し効果が生まれつつある。

しかし、この世間の動きを上手く察したコイケという女性が都知事に当選し、しかも『都民ファ-スト』という、政治の素人集団結社を立ち上げて、都議会を席巻したのはつい最近のこと。

二匹目のドジョウを求めて、子分に民進党をつぶせとでも命令したのか、早速、民進党から逃げ出した連中を集めて、『日本ファ-スト』とかいう政党を立ち上げる動きがあるのは、野党一歩化を阻もうというねらいに違いない。

民進党はその策略に見事に引っかかったらしく、マエハラという代表は『共産党とは組みたくない』と発言しているらしい。

野党が一本化すれば、現政権の悪巧みは一挙につぶすことができるが、小選挙区で民進党、民進党以外の弱小野党をまとめた共産党に加えて、日本ファ-ストなる党も候補者を立てるとなると、自民党圧勝という悪夢も、そんなバカな・・・と一蹴できなくなる。

となると、わが国は、滅亡の道をまっしぐらにという最悪の動きが加速することだけは間違いなさそうだ・・・。(田舎親父)

2017年9月19日 (火)

ムリムリ中学校給食?・・・

何度か訪れたことがあるが、神奈川県の大磯は平塚と小田原の間にある小さな町である。湘南のど真ん中という感じがするが案外地味な町らしく、『大磯ロングビ-チ』という娯楽施設以外はあまり知られていないのではないだろうか。

人口は3万人超だというから、地方では立派な『市』として存在しても奇怪しくないが、人口が多い神奈川県では、何とか町という自治体としての対面を守っているというところらしい。

先日、その大磯町で、『2校ある大磯町立中学校で給食の食べ残しが問題になっている』という記事に目が止まる。

人口3万人の自治体で中学校がたったの2つ?・・・とは、私の認識では少なすぎる。気になったので、ネットで調べてみると、小学校もたった2つ。いずれも中学校と同じ名前というのも、なんとも不思議な気がする。

小学校は集落に一つで、中学校は一番賑やかな集落にあるのがごく普通だから、中学校の数倍の数があるはずなのだが、ここでは小中学校がそれぞれ2つだけ。東海道の通る町なので、集落がもともと2つしかなかったのだろうか?・・・。

その疑問は、またの機会に調べるとして、2つの中学校で給食の食べ残しが酷すぎると町議会の9月定例会で取り上げられたとのこと。重量で換算して残った割合を示す『残食率』は26%と全国の小中学校の平均よりも3倍以上高いというから、確かに酷すぎる。

記事によると、過去に毛髪や虫、金属片などの異物混入が約100件あったことが判明しているとある。食べ残しの多さについて町は、給食への不信感が一因とみているとのことらしいが、100件もの異物混入?・・・こんなことって本当にあるのだろうか。

私は経験ないが、小学生は毛髪が1本入っているだけでも大騒ぎになるのが普通だと聞いている。また、以前、何らかのミスだったのだろうが、小さなネジが発見された小学校では、緊急の職員会議まで開いて、保護者対策を話し合ったと耳にしたことがある。

それほど、子どもたちは給食の遺物混入には敏感に反応するはずなのに、過去100件も同様な事故があったというから、給食に対する不信が起きるのは当たり前。よくぞ、今まで大騒ぎにならなかったと、こちらの方が気になるところ。

神奈川県は中学校の給食実施率が全国でもっとも低いことから、先日行われた横浜市長選でも争点になっていたが、大磯町でも中学校での給食導入は現町長の公約の一つで、2016年1月にスタートしたばかりだそうだ。

町の栄養士が考案したメニューを県内の業者に委託し、2つ中学校に配送されるデリバリー方式を採用しているというから、いわば配給弁当というところ。2校の計760人が対象で、保護者が毎月4900円の給食費を納め、町側も委託料として年間約3300万円を支払っているのだそうだ。

業者へ支払う3300万円が高いか安いかは意見の分かれるところだろが、業者からみれば月300万円では、何人雇っているのかは知らないが、かなり経営に無理が生じることは経済音痴の私でも理解できるところ。手抜きも当然か?・・・。

しかも、食中毒でも起こしたら大変な事態になることから、この業者は、食中毒防止のために調理後30分以内に20度以下に冷やして配送するという。各教室に大型の電子レンジがあって温めているとは考えられないから、配送された弁当を食べた生徒たちが冷たいと感じるのは当然の成り行き。

ご飯が美味いと感じるのは暖かいことが最低必要条件。味噌汁も焼き魚も冷めていては興ざめで、冷たくて良いのは飲み物とデザ-トぐらい。なのに大磯町では、20℃以下に冷やした弁当として食べさせているのだから、残すのは当たり前。まして、過去に100件もの異物混入があったとしたら、残さず食べろというのが無理がある。

横浜市長選期間中、毎日のように駅頭で『横浜市でも中学校に給食を・・・』と声高く訴えていたを思い出す。大礒町でも同じ光景があって、それを公約に当選した現市長が、とにかく給食をと急いだ結果、こんな問題が起きているようだ。

食べられるのに残す『食品ロス』削減が叫ばれるなか、町は、異物混入の根絶はもちろん、主食がパンになる日を設けたほか、野菜を使った温かい汁物も提供する予定で、家庭で作った弁当との『選択制』も検討することなど議論しているらしいが、今更弁当というのでは保護者からブ-イングは間違いないところ。

学校給食が義務教育をすすめるにあたって絶対に必要なら、そして、子どもたちを満足させ、教員にさらなる負担を負わせないためには、(いつもつぶやきに鳴るが)国の予算で、校内か隣接する場所に食堂を作り、子どもたちに暖かい昼食を提供するべきだと思うのだが・・・。(田舎親父)

2017年9月15日 (金)

返上するしか・・・

 2020年のオリンピックに向けて、新国立競技場の建設工事の真っ最中で、あたりは大変な騒ぎになっているらしいが、横浜の片田舎にはその影響がないことが、いつもオリンピックなどやめたらとつぶやいている私にとっては唯一嬉しい話・・・。

 ゼネコンを儲けさせるためだけにトンデモない金額で設計させた案が、あまりにも建設費が高すぎるという批評に、サメの脳味噌男と揶揄されている組織委員長は大慌て。それでも押し切ろうとしたらしいが、『殿、ここはご冷静に・・・』とでも側近に諫められて、設計段階からやりなおしたことは今更述べるまでもない。

公表された建設費からは多少は安くなったらしいがいろいろと問題点もあるようだ。特に木材をふんだんに使った構造になっているために、聖火台を設置することができないことが話題になっていたが、その後、どうなったのだろう。もともとオリンピックには全く興味がないので、そのことは忘却の彼方・・・。

ところが先日、あまりにも木材を使いすぎるので、15カ国の環境NGO47団体からクレ-ムがついたという記事を見つけた。

設計者はもとより組織委員会は、全て国産の木材を使うため、国内の林業にも刺激を与えて経済高架も大きいと語っていたような記憶があるので違和感を覚える。

全て国内産を使うのに、外国からNOとは変な話。しかし本文を読むと、競技場本体の木材ではなく、コンクリ-トの部分を固める合板のことと知り、なるほどと納得する。

完全木造の家でも、基礎はコンクリ-トで固めるのが常識。その型枠は、よう心的な業者は、なんどでも使える鉄製の特殊な板で型をとっているが、多くの場合は合板。

まして建物の全てがコンクリ-トと言っても良いビルなどの型枠は、特殊な鉄製の板など探してもあるはずがなく、作るとトンデモ金額になることから、使いたくても使えない。当然、その全ては合板、それも価格の安い外国産となるのは、私のような世間知らずの貧乏老人でも分かること。

新国立競技場は、見える部分はふんだんに国産の木材を使うようだが、基礎(それが建築物の大部分)は全てコンクリ-トとなると、使う合板は天文学的な量になることも当然といえばこんな当然な話とない。

その合板が全て外国からの輸入材。そのほとんどが東南アジアや南アメリカの国々のジャングルを丸裸にするような方法で伐採された木材で作られるという。伐採された現地では先住民族の権利が侵害されたり、自然破壊で環境に悪影響が出たりしていると批判が殺到しているのだそうだ。

 記事によると、建設現場を監視していたNGOが4月、乱伐で先住民族との間で訴訟が多発しているマレーシアのサラワク州の伐採企業『シンヤン』が製造した型枠合板を見つけ、JSCに調査を求めてきたのだそうだ。さらに、熱帯木材を使わないよう求めるインターネット署名は世界で14万人分集まったが、調査など対応がされていないとして公開書簡を送ったという。

 この公開書簡に名を連ねた、国内に本部を持つ『FoEジャパン』というNGOも『環境破壊や地域社会に影響がない木材かどうか確認するのは、最低限の責任。新国立競技場は大会後も残るレガシー(遺産)。その建設で持続可能性に疑問が持たれることは残念』との見解を示しているというから、ことは深刻。

 工事を受け持つゼネコンは金もうけ命の権化。こんなことは百も承知の上で、外国産の合板使っているに違いないが、組織委員会には、全て国内産とでも報告しているらしく、今まで問題にならなかったようだ。

 国内のNGOからも、こんな基礎基本のことを確かめないで建設すすめていることは許せないと批判されるとなると、国際オリンピック委員会も動かざるを得なくなり、調査せよという指令を出すのは十分推測できる。すでに届いているかも知れない・・・。 

公開書簡に対し、日本オリンピック委員会(JOC)は『組織委員会とも協議しながら対応を検討していく』と答え、組織委員会は『内容について確認中』としているらしいが、そのほとんど(全てだろう)が外国産の合板なのだから言い訳などできるはずがない。

それでも2020年の春までには完成させないとオリンピックは開けないとなると、『今後は外国産は使いません・・・』とでも言い訳するのだろうか。

となると、現在でも数千億単位の建設費が、倍に跳ね上がる?・・・。

今からでも遅くない、自然環境を破壊し現地の人たちに生死に関わるほどの大迷惑をかける東京オリンピックは返上するべきだと思うのだが・・・。(田舎親父)

2017年9月14日 (木)

一応歓迎するが・・・

 学校給食がますます重要視さているのだそうだ。児童(家庭だろう)の貧困化が進み、学校給食で得られる栄養が頼りの児童生徒が増えているという話題が広まっている。

 『学校教育の諸悪の根源が給食ある』と日頃から主張している私に、俄に信じられないことだが、『子ども食堂』という言葉が流行り、満足に食を得られない子どもたちに場所と食事を提供する組織が立ち上がっていることなど耳にすると、給食を廃止せよなどと叫ぶと、それこそ、大変な批判にさらされそうだ。

 しかし、学校現場では、給食は子どもの貧困とは別に、大変な負担になっていることは事実で、『義務教育はこれを無償とする』と高らかにうたう日本憲法の精神を素直に解釈すれば、午後も授業が必要なら、学校の内外に食堂を作り、給食費を保護者から徴収するしないは別にして、学校とは別の仕組みを作るべきでは・・・。

それはひとまず封印するとして、現在は、人件費や光熱費などは負担して、保護者には食材の費用だけ負担させている自治体がほとんど。従って、一食あたり、200~300円程度を徴収しているが、いつの頃か、この集金そのものがなかなか難しくなって、自治体の財政を圧迫するらうになっているとのこと。

随分以前は、担任が集金袋を児童・生徒に配り学級で集めていたが、これが大変な仕事だと認識されるようになると、銀行振込に移行するのは時の流れ。しかし、このシステムは、保護者が全員支払うことが前提になっているのだが、全員がすんなり振り込むはずがないのも社会の道理。

カネ集めの方法は振込システムになったものの、振り込まないのは担任(学校)の指導が悪いという教育委員会の姿勢は改まらない。となると、何としてもカネを集めことが担任の重要な業務になることも当然の成り行き。

一時、不用意に担任が学級会で『お前の親は給食費を払っていない・・・』と言ったことでマスコミが人権侵害だと猛批判。結果的にこの言葉は完全に封印されたが、代わりに担任たちに押しつけられたのが、カネ集めのための家庭訪問・・・。

最近は、ここまで酷い話はあまり耳にしなくなったが、それでも給食費を意識的に払わない保護者が増えてくると、そのしわよせは食事の中身に影響するとなると、学校は何とかしなければと日々の授業以上に重荷になっていることは、時に風の頼りで届いている。

前段がまたまた長くなったが、先日、『文科省は、現在、全国の4分の3の市区町村で、学校がしている給食費の徴収業務を自治体が直接するよう求める方針を決めた』という新聞記事を見つけた。

未納の保護者への督促や多額の現金を扱うことが教職員の心理的負担と長時間勤務の一因になっており、業務を移すことで負担を軽減する狙いがあるという解説が付記してあることから、やっと文科省も動きだしたのかと少しホッとする。

記事には、文科省が昨年実施した調査では、全市区町村のうち74%で学校が給食費を徴収し、自治体が直接行うケースは23%にとどまったとある。また、学校では担任が児童・生徒から現金を受け取り、事務職員や教頭に手渡すことが多いく、100人に1人とされる未納者の保護者には電話などで督促し、必要があれば家庭訪問するとあるが、こんなことをわざわざ調査しなければ分からなかったのかと言いたくなる。
 また記事には、全国公立小中学校事務職員研究会が一昨年にまとめた報告書によると、給食費の徴収業務を負担に感じる教員は小学校で64.2%、中学校で64.3%。一方、文科省が昨年、1週間あたりの教員の平均勤務時間を調べたところ、中学校63時間、小学校57時間で、それぞれ6割と3割が『過労死ライン』を超えたとある。
 こうしたデータを受け、文科省は『給食費の徴収は、自治体が自らの業務として責任を負うことが望ましい』と判断し、来年度の概算要求に徴収方法のガイドラインを策定するための経費(4700万円)を計上したのだとのこと。

こんなことに4700万円ものカネをかけるのも酷い話だが、天引きや引き落としには支払わない保護者の同意が必要となるというから窓口が変わっただけで、自治体としては喜んで引き受けたくないのは当然だろう。

 こんなトラブルを避けるために、すでに給食費を無料にしている自治体も増えているという。無料にすることは、給食が義務教育にとって絶対に必要なことだとしたら当然だとは思うが、日本国憲法のもとでは、自治体によってバラツキがあってはならないはず。

 ここは、ますます自治体の財政を脅かすのではなく、国が全て負担すべきだと思うがいかがだろう。

財源がない・・・というお決まりのセリフが聞こえてくるが、役に立たない防衛システムを一つ減らすだけで、十分お釣りがくるはずだろう・・・。(田舎親父)

2017年9月13日 (水)

違和感がぬぐえないが・・・

 わが国で2015年に行われた体外受精は42万4511件だと言うデ-タを日本産科婦人科学会が発表したという記事に目が止まる。驚くことに、その結果、新生児の約20人に一人に当たる5万1千人が生まれたというから凄い数である。もちろん、出生数はもとより、治療件数も過去最多だとのことに、私には、遠くの国の話ように聞こえ、なんだか不思議な気がしてならない。

 これまでも何度もつぶやいてきたことだが、男女とも年々結婚する年齢が遅くなる傾向があり、特に女性の結婚適齢期は、私の若い頃では、25歳を過ぎると親は何となく気が急ぎ、回りも見合い話を持ち込むという話は日常茶飯事。

まして、30歳も過ぎると、行かず後家なとという差別言葉すら耳にしたものだが、いつの頃か、30歳を杉だ独身女性をアラサ-名とという言葉で、何となく美化する傾向が流行、さらに、最近はアラサ-どころかアラホ-だったか、40歳を過ぎての結婚どころか独身生活を謳歌している女性は数多い。

 数年前までは、人間が歳をとるのは当たり前だという知識は誰も持ち合わせていたが、卵子も歳をとることが証明され、30代・40代を高齢と称すると失礼だが、体内に宿した卵子は高齢化しているのだそうだ。

このあたりの医学的な知識はないので具体的なことは分からないことが多すぎるが、とにかく受精が妨げられるということは、何となく理解できる。

 昔は当たり前だった『男は外で働き一家を養い、女は家を守る』という格言は、現在では時にその主義の男性に出くわすことはあるが死語となってしまった感じで、それ以上に女性が外で働くことが今や常識となっている感がある。

結婚したら早く子どもを産み、子育てに専念したいという主婦希望の女性も多いらしいが、世の中の風潮が外に出て働くことが当然となると、子育てに専念する主婦でいたら肩身が狭いという気持ちになるのかも知れない・・・。

 話は少しそれたが、晩婚傾向が進んでも、家庭が安定すると夫婦としては子どもがほしくなるのだが卵子が高齢化しているのだから、受精が難しくなるのももっともな話。ならば、医学的に体外(試験管やシャレ-)で精子と出会わせて受精させるという技術に頼ることは、私としては違和感を覚えるがごく普通のなりゆきかも知れない。

 この結果が、書き出しのような数値に現れているのだろうが、晩婚化などを背景に不妊に悩む女性(夫婦)が増えているとみられ、体外受精は右肩上がりの傾向が続いているのだから今後も増え続けることは間違いなさそうだ。

 記事によると、この技術が確立したのはさほどの昔ではなく、はじめて体外受精で生まれた赤ちゃんは、1983年というからわずか40年ほど前。

そう言えば、『わが国で初めての人口受精によって赤ちゃんが誕生しました』というニュ-スに驚いたことをかすかに思い出す。このことから『試験管ベビ-』という言葉生まれたのではなかっただろうか。当時、心臓移植などを始め画期的な医療技術が開発されていたが、ついに生命までも・・・と何となく危惧感覚えた記憶も蘇る。

以後、試験管ベビ-は増え続け、2015年までに合計約48万2600人となったというから凄い数。

15年に体外受精をして出産に成功した女性の割合は11・7%。出産に成功したのは30歳で21・5%、35歳で18・4%、40歳で9・1%、42歳では4・5%とだとのことだから、ここでも卵子の高齢化が影響し、年齢とともに出産が難しくなる傾向が証明されたらしい。

 体外受精で妊娠したが流産してしまう割合も30歳で16・5%、35歳で20・1%だったが、40歳で34・6%、42歳で45・9%と、やはり高齢になればなるほどリスクが大きくなっている。

 ここまでデ-タがはっきりしているのだから、早めに結婚して子どもを産むことは自然の理にかなうと思うのだが、国は『女性が輝く社会』というキャッピコピ-を大々的に宣伝し、(これまでの繰り返しになるが)社会に出て働かねば国賊?のごときキペ-ンをしているのだから、晩婚化が進むのも当然だろう。

 私には、体外受精が子どもを授かる正常な手段だとはとても思えない。不妊に悩む夫婦が存在することは理解できるが、その原因が男性側になることも稀ではないだろう。さらに不妊に悩み出すのは結婚後数年過ぎてからだろうから、多くの場合、卵子の高齢化が原因と考えても良いのではないだろうか。

いつもの結論になるが、子どもを産み育てるためには、安心して結婚できて子育てできる環境を整えること。そのためには、まずは経済的な安定が最優先。しかもできるだけ若い年齢を対象に、このような政策をすすめることが政治のいろはだと思うのだが、現政権のやり方は、その真逆・・・。

『命の誕生は神の領域』という考え方を持っている私には、体外受精や卵子の凍結保存はもとより、代理出産や遺伝子の組み替えなどは医療技術として認めたくないという考え方を持っている。

できれば、そのような技術は使わずにすむことを祈りたいのだが・・・。(田舎親父)

2017年9月12日 (火)

小田急の各駅停車か火事見物?・・・

 日曜日の夜のニュ-スには驚いた。電車が屋根が燃えながら走っているからである。列車全体が燃えているシ-ンは、映画やドラマで観た記憶があるが、屋根だけ、しかも一輌だけ燃えながら走っている映像はこれまであっただろうか。

 多分、誰もこんなシ-ンを想像できなかったのではと思っているが、それにしても、乗客には申し訳ないが、珍しいシ-ンを見せていただいた。

 小田急線での事故であるが、当初『新宿・経堂間で運転見合せ』という字幕と、あまりにも珍しい映像にアナウンサ-も興奮したらしく、場所を言ったのだろうが私の耳には届かなかったことに加えて、上空からの映像で、高架箇所のような印象を受けて、てっきり、現場は経堂駅付近ではと思い込んでしまったもの・・。

 経堂付近なら、小田急は複々線。各駅停車の電車は両端の線路を運行しているので、沿線の火事の影響は受けやすいと納得。それにしても、わざわざ、火事の現場の真横に止まるとは不思議なことがあるものだと大きな違和感が残る。

 この事故で、小田急線は5時間にわたって新宿経堂間が運行不能になったという。電車には、約300人の乗客が乗っていたとのことであるが、8両編成で300人とは少なすぎるのは日曜日でしかも普通電車だったからのようだ。

小田急は、現役時代の最後の5年間、通勤で毎日利用していたので馴染みがある。10年以上も前のことだから、事情が大きく代わっているかも知れないが、当時は、やっと経堂付近が高架になり、しかも複々線になったことで随分楽になったことを思い出す。

全員無事で避難したということで、疑問が残りながらも乗客の大変さに同情しながら、面白い小説に夢中になっていたのそちらに没頭。翌日になって、私がだいた違和感がかなり解消する。

まず、場所が経堂ではなく代々木八幡駅付近だということ。与良木上原と新宿間は現在でも複線区間で登り下りの線路はそれぞれ一つ。特に、代々木八幡駅から新宿の間は、一部高架区間はあるものの、すぐ近くに民家やビルが建ち並び、しかもこの区間で大きくカ-ブしているのでスピ-ドを極端に落とすことから、新宿までの距離がとても長く感じたものである。

その上、ほとんど地上を走っているので新宿までの間には数カ所の踏切があり、チンチン・・・と遮断機の警報音が絶えず鳴っているような記憶がある。乗客のイライラは日常茶飯事だったことはもちろん、ほとんど間隔なく電車が通る開かずの踏切として有名だった。踏切の開くのを待つ運転者や付近の住民のイライラも限界に達していたのではなかっただろうか。今ではさらに・・・かな。

 最大の疑問である、見事に火事の現場の真ん前で電車が止まったのは、運転手の意志ではなく、警察官が踏切の非常停止ポタンを押したからだとのこと。

このボタンか押されると、運転手は電車を制御できなるという。確かに安全第一のシステムなようで、何となく人間(運転手)をバカにしているような気がするのは私だけなのだろうか?・・・。

 非常停止ボタンで急ブレ-キがかかっても、運転手にほんの少しの制御権限があれば、超ノロノロ運転でも、少なくとも現場を通り越して停車したのではないだろうか。

 今朝の新聞記事では、運転手は、煙は見えたが火事だという認識がなかったというから、尚更であるが・・・。

 電車の屋根が燃えるとは思いも寄らなかったが、ゴムの部分や塗料など可燃性の物質もあるだろうから、今は納得している。が、車よりはるかに安全な乗り物だと確信している電車で、こんな思いがけない事故が起きるとは驚き。

 最近、東京近辺のJRや私鉄沿線の開発は著しく、線路のすぐソバに民家が迫る風景は減るどころかむしろ増えているのではないかと思うこともしばしば。地上区間を走る沿線ではその傾向はさらに緊迫している。

 なんだか、形は違うだろうが同じような事故が起きそう気がする。日曜日の各駅停車でなかったら・・・と思うと背筋が冷たくなる。(田舎親父)

2017年9月11日 (月)

国は大和市に学ばねば・・・。

 幸いなことに、私は認知症という病気の人を直接知らない。

私も家内も間もなく後期高齢者と呼ばれる年齢になるが、多少記憶力は落ちていることは自認するが、運転免許書の更新の講習にある、『今日は何月何日ですか・・・』的な質問には、困るということはない。

 もっとも、家内に言わせれば、私がほとんど毎日のように午後の一時を散歩と称して知らない町を歩き回ることに、『これこそ徘徊』と揶揄しているが、私流に言い訳をさせてもらうと、近い将来、この世におさらばする前日まで自分の足で歩きたいために日々訓練しているつもりである。

 私のことはともかく、世に認知症という自分を忘れるという病気が大流行らしく、酷い場合は、自分が誰なのかすら忘れてしまうのだという。当然、自分が何をしているのかわからないのだから、突然、家を出て歩き回るのは日常茶飯事らしい。

食事も排泄すらわからなくなるというから、見守る人の神経はすり切れない方が不思議だろう。長年連れ合った夫婦の一方が酷い認知症となり、自分すら分からなくなったとしても、『おら知らん・・・』とはいかないだろう。特に慈しみあった夫婦であればあるほど、何とかしなければという思いは強くなることは容易に想像できる。

寝たきりの状態ならば、介護はトデモモなく大変だろうことは想像できるが、それでも少しは自分の時間が持てる可能性がありそうだ。しかし、身体が動ける状態となると、事故を起こさせないためには四六時中見張っていなければならなくなるが、これは不可能だろう。

なのち多くの場合、自分で歩ければ介護など必要ないのではと認定されて、介護保険の適用レベルも低く、特養への入所も後回しにされるという話もよく耳にするがこんな夢のない話を聞くのは悲しい限り・・・。

ほんの少しでも良くなる可能性があれば介護の辛さに耐えられるかも知れないが、それもなく、むしろ悪化していることを目の当たりにしたら、自分の手で命を奪って自分も・・・ととい気持ちになることも、観念的には理解できる。

それでも死に切れなかったら、殺人という犯罪で逮捕され収監されるのだから気の毒としか表現できない。酷い社会になったものだとついつい嘆き節になるが、かなり以前になるが、目を離したすきに家から出て、近くの踏切にフラフラと入り電車にはねられて死亡したという事件を思い出す。

この事件では、鉄道会社が遅延させたと数千億円の賠償を求め訴訟したとなると、これは聞き捨てならない。結果的には、裁判所の仲介もあって、鉄道会社が提訴を取り下げたと記憶しているが・・・。

しかしこの裁判は、身内に重度の認知症を介護している人々には、明日は我が身と緊張が走ったことはいうまでもない。万が一、フラフラと歩き回って大事故の原因となった場合、高額の賠償金となると、徘徊できできないように身体を拘束するしかない。

すぐに頭に浮かぶのは、『保険』という言葉。そんな保険があるのか私に分からないがもしあったとしても、相当な高額支払い金が必要になるのではと思わないでもない。ならば、介護に加えて経済的にさらにの田舎親父詰められることになり、介護がらみの悲しい殺人事件が増えるのは想像に難くない。

こんなことを考えていると、先日のネットニュ-スに『人口23万人の神奈川県大和市が、注目すべき認知症の対策に取り組んでいる』という文言を見つけた。

 記事によると、認知症の高齢者が徘徊中に事故を起こし、家族が高額の損害賠償を求められた場合に備え、『市が掛け金を全額負担』して保険に加入するというもの。 保険の仕組みとして、認知症による徘徊の可能性がある人は、市の『はいかい高齢者等SOSネットワーク』に登録するのだそうだ。

登録者が徘徊して事故などで第三者に損害を負わせた場合、3億円を上限に賠償され、本人の死亡・傷害に対する保険金も給付されるという。登録者は市内に約280人いるそうだが、介護する側にとっては朗報である。

大和市は私の住む横浜の片田舎からすぐ近く。駅から、泉の森という広大な自然公園までのプロムナ-ドが気に入っているので、何度もでかける町であるが、厚木基地のアメリカ軍の戦闘機の信じられないような爆音は許せず、でかけるたびに、このことを肝に命じている。

 大和駅で相鉄と小田急が交差し、東急線も通っていることから、東京や横浜市への通勤圏として人気が高いそうだ。市内には大和駅だけではなく、私鉄3社の8つの駅と32カ所の踏切があるという。

大和市はこの踏切に立ち入って事故を起こした場合に加えて、道路などで他人にしがみつき転倒させ、けがをさせた場合なども保険の対象にしているという。

 初年度の見込み保険料約323万円だというから、これは介護者の立場を思うと安いもの。今月末に市議会で可決される見通しだという。

 記事を引用させてもらうと、認知症の高齢者は全国で約500万人。このうち徘徊して行方不明になる人が毎年1万人を超えるというから凄まじい。行方不明の手前で見つけられる人はさらに多いだろう。繰り返しになるが、家族が四六時中見守ることは難しいというより不可能。

 この程度の予算で保険加入が可能ならば、自治体単位に任せるのではなく、国が全国民を対象にこの種の保険を考えるべきだろう。

税金を搾り取ることだけ考えるのではなく、時には、国民の安心のために還元しても良いはずである・・・。(田舎親父)

2017年9月 8日 (金)

これは酷い・・・

 原発の再稼働にひたすら進む現政権に賛成している輩は、電力会社の幹部や御用組合などの利権に群がるハイエナ集団や立地自治体の組長始め補助金目的の市民たちだけで、福島原発の事故処理も進んでいない現実に、新潟県の刈羽原発の再稼働など望んでいる国民はごく少数であることは間違いないところ。

 ところが、福島原発事故の教訓から立ち上げた『原子力規制委員会』は、最稼働するかどうかなどの政治判断にはタッチしないのだそうだ。委員長曰く、安全性だけを議論する場で、事故が起きた場合の避難体制などには関知しないという。

 規制委がお墨付きを与えたら、周辺の自治体がこぞって反対しているのにも関わらず、立地自治体(県と市町村)だけの了解で再稼働を許可するのだそうだが、『絶対安全』とは『事故は絶対に起きない』と同義語なのは小学生でもわかること。しかも、規制委は『事故が絶対に起きないとはいえない』とは何たる矛盾。

 しかも規制委員会の委員は内閣が任命権をもっいる。数ヶ月前には再稼働に『異』を唱えた副委員長が罷免されたが、これは『オレのいうことを聞かない奴はクビ』という、一連のデンデン一味の政治を私物化する汚らしい流れが見え隠れしている。

『原子力規制委員会』は、立ち上げ当初から、原発推進に規制をかけるような名前とは裏腹に、原発推進、再稼働をすすめるための委員会だったようだ。(今更そんなことを言うな影の声が聞こえてくるが・・・)

その規制委の委員長が、間もなく任期満了?で退任するという。再任させないのは、『よくここまで、オレのいうこと聞いてくれたのでそろそろ開放してやろう』というところだろうが、最後の最後で、委員会として強烈なデンデン親分への『ご奉公コメント』を出したのにはビックリするやら、軽蔑するやら・・・。こんな発言をよくできるものと呆れる限り。

6日に規制委が定例の会合を開き、東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原発6、7号機が耐震工事などをすれば原発の新規制基準に『適合』することを示す審査書案を、13日に議論する方針を決めた』という一昨日の新聞記事である。

このタナカという委員長は、7月の委員会では、原発の安全対策だけでなく、福島事故を起こした東電に原発を動かす資格があるのかという点も取り上げ、東電の会長と社長を呼び、福島事故の対応や安全に対する姿勢をただした後、『福島第一の廃炉を主体的に取り組めない事業者に再稼働の資格はない』とまで言い切ったことに、よくぞ言ったと拍手するが、ひょっとして何かあったのか・・・と勘繰ったものである。

7月時点では、東電に厳しい姿勢を示した規制委であるが、6日の会合で考え方を180度変更。

タナカ委員長はすでにお役目御免となったらしく、代わって次期委員長と決まっている、フケタという委員長代理は『(福島事故を)東電以外の事業者でも防げたとは考えにくい』『柏崎刈羽を動かすことで事故の責任を果たそうというのは、一定の理解はできる』という発言をしたというから、再稼働を許可したことと同じ。

わずか2ケ月の間で、その方針が根本的に覆ったのだから、やはり何かあったと勘繰ったことは正しかったようだ。

新潟県が、原因や住民避難、健康被害の三分野について福島事故の検証ができていないことで、前知事に引き続き現知事も再稼働を認めないと明言しているので、すぐに再稼働はないとは思うが、現政権は10月22日に行われる衆院議員の補欠選挙に前知事を担ぎ上げるという荒技。

まさか、県民に対して再稼働に反対を明らかにしていた御仁が、デンデン親分の命令通り立候補するとは信じたくないが・・・。

ただ、前知事は任期終了時期には、政権からの再稼働への圧力が強くなり、命の危機を感じたらしいと、一部のメディアが取り上げていたことを思い出すと、今回の規制委の動きと補欠選挙での前知事の担ぎ上げとはの陰で連動している恐れも否定できない。

もう一度事故が起きないと原発の危険性に気付かないとしたら、いつからこんな国になったのだろうと涙が止まらない・・・。(田舎親父)

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