苦言・直言

2007年12月 6日 (木)

理科の応用力低下と騒いでいるが・・・

 昨日の朝日新聞朝刊の一面に『応用力 日本続落』という段抜きの見出しに、いまさらながら我が国の子ども達の学力低下を驚き嘆く人も多かったと思うが、反面今更と思った人も少なくないのではないだろうか。

 かくゆう私もその一人。『数学6→10位 科学2位→6位』との白抜きの見出しにも特段驚きはない。問題の全てを見たわけではないので、詳しい分析などできるわけはないが、丸暗記した知識の量が『学力』だと考え、その方向で教育行政を行っている文部科学省のシステムでは当然の結果だろう。

 OECD(経済協力開発機構)という組織が、世界の57ケ国の15歳の子どもを対象に国際的な学習到達度調査というものを行ったそうだ。このテストは『PISA』と呼ばれ、単なる知識の量ではなく、その知識を実生活の中で使えるかを調べることに主眼があるという。今年で3回目。その都度我が国の順位が下がっているというから、文部科学省としては捨ておけないと大騒ぎしている姿が目に浮かぶ。

 この話題は、理科の応用力が2位から6位に落ちたという情報が入って先月末にも取り上げたが、これ程までにマスコミが取り上げるとは正直思わなかったので、『また同じこと・・・』と思われることを覚悟の上で、あえて改めて私なりの考えを述べてみることにしたい。

 対象は15歳、日本では高校1年生になる。基本的には中学校殻の内申書とそれぞれの高校の入学試験を合格してほっとしている年齢。ある意味、時期的に今回のテストの対象者にとってはあまり嬉しくないタイミングではなかっただろう。

しかも、入試そのものが科学的な知識理解より、公式を使っての計算や漢字の読み方、言葉の意味をおぼえること、あるいは過去のテスト問題を元にした塾が作る模擬テストで点数を稼ぐことを主眼にしているのでは、この結果も当然・・・である。

 紙面に、二酸化炭素の排出量と地球の平均気温という二つの折れ線グラフを見せ、ここから読み取れることを書かせるという、問題の一例が掲載してある。 

 この話題は、最近毎日のように新聞やテレビが取り上げているので、高校生にも興味関心があるはずだが、マスコミの取り上げ方が『二酸化炭素の増加=地球温暖化』という一面だけのキャンペ-ン。間違いではないが、ただやみくもに二酸化炭素を出さないことが正しいと思い込ませるような風潮を作っては、じっくり問題を掘り下げて考えることなどできる能力など育つわけはない。

 それ以上に恐ろしいのは、文部科学省がこの結果を指導要領の問題だと受け止めることである。結果として『理科や数学の授業時間を増やせば解決する』という安易な考え方を持ち、実際にマスコミが世論をそのような動きに誘導することである。

 『授業時間を減らしたから学力が落ちた』よく聞く言い訳である。確かに、知識を暗記させるのなら授業時間を増やすことによってある程度補うことができる。しかし中教審という会議に集まる文部科学省のお偉方はじめ大学のセイセイや教育評論家達が、知識だけではなく、身の回りのことに疑問を持ち、それを論理的に説明することを求める応用力という、今回のような問題に正対する応用力には反映しないことを理解しようとしないことが、私には理解できない。

 記事には、今回の応用力の衰退の原因が『授業のあり方』に問題があると指摘しているが、中学・高校の理科担当の教員に責任を押しつけては気の毒である。一面には理科の教員の努力不足があることも間違いあるまいが、私は、それ以前に初等教育段階での理科(科学)の指導が大事なことを認識し、そのことを踏まえた教育システムが何より大事であると一貫して主張している。

 幼児期や小学校低学年では担任が全ての教科を指導することが望ましいことは多くの識者が指摘している。私も同意見。その初等教育期を担当する教員に自然科学の事象や現象に対しての関心や知識が殆どなかったら、子どもの科学的な見方考え方など育つわけはない。

 繰り返し述べるが、現在の教員養成システムそのものを根本的に改め、自然科学に関心と理解ができる教員を現場に送りこまない限り、次回のPISAではさらに悲惨な結果になることは明らか・・・と断言しておく。

 さらに付け加えさせていただくと、この大事な初等教育を担当する教員の給料が、中学高校の教員より低いということも納得いかないところ。

 幼稚園・小学校教員の給与体系を改善し、より有能な人材が集まるようにすることと、浅くてもよいから自然科学に関心を持ち、しかも全ての教科を広く指導できるスペシャリストが、少人数でじっくりと教えることができる体制の構築を急ぎたいものである。(田舎親父)

2007年11月24日 (土)

怒れ!公立 でも問題が違うか・・・

 私立中学校へ受験する子ども達の数が全国的に増えており、首都圏では小学生の5人に一人という物凄い数字になっているらしい。公立の中学校に対して不安があるのが原因のようだが、それにしてもこの現状は異常だとしか表現できない。

 先日、ある新聞に『受験生』の生活についての記事があった。その中で気になったのは『不眠の波は子供たちにまで押し寄せてきている』という表現。

 記事によると、来年1月の中学受験に向けて夜遅くまで勉強、どうしても朝は毎日のように布団から抜け出せない子どもが多くなっていると、ある子どもの一日のス ケジュ-ルを例にとって紹介している。

 この子の1日の生活日程は、放課後、学校の門を出ると母親が車で迎えにきており、そのまま塾へ。午後9時すぎまで授業を受け、その後も難しい問題を講師に聞くなどし、帰宅の途につくのは10時すぎ。夕食は母親が用意した『塾弁(塾で食べる弁当)』で済ませているというから、健康上からも問題。

 帰宅後は入浴して夜食をとり、学校や塾の宿題を済ませ、翌日の用意をしてから就寝となるのだが、友達との会話についていくため、ビデオにとったテレビドラマを早送りしながら見て、床に就くのが毎朝2時近くになるとのこと、これでは朝起きられないのが当たり前だろう。

 その子の話として『朝もつらいけれど、一番しんどいのは、学校での5時間目と6時間目の授業中。1、2時間目が体育や音楽の日は、家でゆっくり寝て3時間目から学校に行くときもある。学校に遅刻してもお母さんは怒らない。受験まであと2カ月は何とか頑張らなければ・・・』と紹介している。

 そこまでして私立中学校に入れる必要などあるのだろうか・・・と素朴な疑問を持ちたくもなるが、そんな親子から返ってくる答えは『公立の中学校はレベルが低く、イジメがあるから行きたくない・・・』という決まり文句・・・。

 これを公立の中学校側はどう受けて止めているのだろう。ここまで親からバカにされながら『学力テスト』の呪縛から抜けられず、テストの成績を1点2点上げることに汲々としているのが現状。

 悲しいことに、各地の教育委員会は、そのために『塾』の教師を講師にして『学力向上研修会』など開いているのだから、仕方ないと言えば仕方ないが、もう少し気合の入った教育関係者がいないのかと情けなくなる。

 このあたりは別の機会に回すとして、冒頭に述べた『不眠の波は子供たちにまで押し寄せてきている』という表現、このまま続けば、ますます子ども達の情緒は不安となり、ここまで努力したのに進学できない子どもか、公立の中学校に入ったら・・・。考えたくないが、何か背筋が寒くなる。

 記事が紹介する子どものように、毎日午前0時を過ぎて就寝する状態が長期間続くと、健康に良いわけはない。『脳機能の低下』など、わざわざ学者に指摘されなくても当たり前のことだろう。

 例によって病名をつけるのが好きな学者先生は『睡眠障害』という病名をつけているらしい。病名はともかく、睡眠時間が慢性的に不足したら大人でも精神的に不安定になるのだから、発達段階の子ども達にとっては決定的な肉体的精神的な機能障害に陥る危険性があるのは私にでもわかる理屈・・・。

 成長期の子ども達の心身の正常な発達を、わざわざ阻害するような社会の風潮は、悲しいことながらこれは『マンガ』としか表現できない。(田舎親父)

2007年11月11日 (日)

吉兆の誤魔化しは底無し沼・・・

 先日も取り上げた超高級料理店『吉兆』を営む吉兆グル-プの一つらしい『船場吉兆』の福岡で、賞味期限を大幅に改ざんしていたことが明るみになり、あの『吉兆』でもインチキしていたんだと大騒ぎになった事はつい先日の事。

 当時、本社の連中の言い分は『九州の営業マンが勝手にやった事、私たちは絶対に関与していません』と、謝罪しながらも自分達は無関係と言い逃れをしていたが、やはり本社でも・・・。という話題を。

 何故この偽装が明るみになったかは報じていないが(先日も書いたが、間違いなく内部の不満分子によるタレこみだろう)農水省は先日、大阪市にある『船場吉兆』本店でも、産地を偽装した牛肉のみそ漬けや、ブロイラーが原材料のみそ漬けを『地鶏のこがねみそ漬け』と表示して販売するJAS法の加工食品品質表示に違反する販売があったと発表。

 福岡で偽装が発覚した際、同社は会社ぐるみの関与を否定していたが、不正販売をしていた事は明らか、この社長一族はバレたら仕方ないとばかり、口先では『お客様や社会の信頼を深く傷つけた』として、社長と九州担当取締役が辞任するという茶番劇を演じて目先を変える作戦のようだ。

 しかも往生際が悪いというか、この機に及んでも『現場の担当者だけが知っていた』と述べ、他の偽装も『組織的関与は一切ない』と強調しているそうだが、内部告発した不満分子の新たな告発で、近い将来またまた社長達の『ゴメンナサイ・・・』映像が出る事は確実だろう。
 産地偽装があったのは「但馬牛の黄金みそ漬け」をはじめ『牛肉のみそ漬け』関連の商品らしい。『但馬牛』といえば、関西では『松阪牛』や『近江牛』と並ぶ超ブランド名、価格も驚くほど高い。それに比べたら味はともかく、価格的には格段に安い佐賀や鹿児島県産の牛肉を『但馬牛』として販売していたというから、これは確信犯・・・。

 販売個数を今年3~10月の間に『牛肉みそ漬け』を3個・『牛肉みそ漬けと鶏肉みそ漬けセット』72個・『牛肉みそ漬けと明太子セット』27個と言っているらしいが、6ケ月間でこんなに少なくてどうして商売が成り立つのと思いたくなる。実際には、この数倍からひょっとすると数千倍ぐらい誤魔化して販売していたとしても驚かないだろう。

 鶏肉の不適正表示も『京都の20年来のつきあいの業者が、品不足になったためブロイラー肉にしていたようだ』と会社側は知らなかったと説明は無責任極まりない。しかも『値段も地鶏の値段で仕入れており、信頼を裏切られた』だとは、聞き捨てならない。

 ブロイラ-を納入していた業者は、吉兆に対して『地鶏とは言っていない』と証言しているというから、これはブロイラ-と知っていたにも関わらず『地鶏』と表示したとしか思えない。

 吉兆といえば、私でも知っている超高級日本料理店であるが、最近は繁華街や高層ビルのトレストラン街、あるいはデパ-トの一角に『○○吉兆』という名前を目にする事がある。それほど『吉兆』というブランドの集客力が凄い証拠だろうが、営業拡大は質の低下につながる事はこの業界の常識。

 全ての店の質が落ちるとは思いたくないが、名前の割りには格安感を売り物にしている店では質を落さなければ続けられない事も当然といえば当然・・・。

 私のような貧乏人は、例え大衆的な『○○吉兆』という店の、のれんさえ潜る機会はないが、ちょっとした慶事に利用する家族は多いに違いない。但馬牛だと思い込んでいる人には美味く感じるだろうが、(思い込みもあって)その時は大満足。しかし、後で佐賀牛だったと聞くと、猛烈に損をしたように感じるのも人間・・・。

 先日、ある人から聞いた話だが、外国国籍の大金持ちが奥さん孝行のため、超高級料理店で、1枚15万円のサ-ロンステ-キを注文したという。私には、それがどんなものか想像する事もできないが、話の中ででてきた店に『吉兆』があったような気がする。この人が吉兆の偽装を知ったら(その時の大満足を忘れて)、それこそきっと『怒り爆発』ではないだろうか・・・。(田舎親父)

2007年11月 1日 (木)

食品の偽装はたかだか腹痛で済むが・・・

 一昨日だったか、テレビのニュ-スで『赤福』の組織ぐるみの悪質偽装騒動で、中身はもちろん包装まで大変似通っている『御福』が大人気だったのに、その『御福』にも偽装が発覚というニュ-スが流れていた。

 このメ-カ-は保存料を使っていると表示しているので、それなりに正直、消費者の判断を待つ商法として、私は池上のくず餅屋の話とダブらせて先日紹介した。どう偽装していたのかわからないが、保存料を使用した上に賞味期限を改ざんしたとなると、悪質さにおいては『赤福』と同じではと思ってしまう。

 また、有名な料亭の系列らしいが『何とか吉兆』という会社が作った菓子も、大幅に賞味期限が書き換えられたというニュ-スには、多分これと同様な偽装はどこにでもあるような気もしてくる。

 賞味期限が切れたといっても、お菓子などの食品はよほど悪質な偽装でない限り、食べても腹痛程度。殆どの場合たいした被害はでないものだが、建築資材の偽装となると、これは万が一地震や火事になると大変な被害に直結するのは間違いない。

 建材メーカー大手の『ニチアス』という会社があるらしい。悪名高いアスベストだと具合が悪かろうと『日本アスベスト』から『ニチアス』という名前に変えた大手の建材メ-カ-だというが、このニチアスが住宅の軒裏などに使われる耐火材に偽装が発覚したと報じられたが、ことは恐ろしい。

 建築資材の性能試験に臨む際、試験体に水を含ませたり、実際に販売するものより性能の高い材料を使ったりする偽装を施し、国交省の認定を受けていたという。対象製品は全国の住宅など約10万棟に使われ、うち少なくとも約4万棟分は大臣認定の耐火性能基準を満たしていないというから、これは気になる。

 私は建築のことは全く疎いので、この『ニチアス』製の建材がどんなところに使われるかは正確に理解できていないが、軒裏材というから壁や天井などに直接張られて表面的に目立つ素材でない事は確かだろう。

 話は飛躍するが、ここ数年火事が起こると『焼死者』が出る事に、ある種の疑問を持っている。核家族が進んでいるという人的な原因もあるだろう。建物そのものの機密性が高くなり延焼に気づくのが遅くなることはわかる。耐火性も高まり、またまだ大丈夫という気持ちもあるのかも知れない。

 しかし、私にはその家に使われた建材が発火したり、あるいは高温で燻られることが原因で発生する有毒ガスを吸い込んで身体の自由が奪われ、避難しようとする動きを妨げているのではないかと思えてならない。

 この『ニチアス』の試験通過のための偽装が、最近の火事での焼死者激増の直接の原因だとは言い切れないが、全く無関係と放置してしまほど軽い疑問ではないと思っている。

 『ニチアス』は同社は製品が使われている物件の把握を進め、交換・補修などの対応を始めるというが、最近の焼死者がでた火事で使われていたかどうかも調べてみるべきではないだろうか。

 今回の不正には新製品開発などを行う技術開発チームの5人前後が関与したという。川島という社長は記者会見で『不正のあった頃は、事業を拡大するのが目標となっていた。担当者がプレッシャーを感じたのかもしれない』と釈明しているが、ここでも担当者に責任を転嫁するばかりではなく、金儲けのためなら人命などどうでもよい、という考え方がでている。

 いよいよ身の回りのもの全てのものに対して、もう一度見直す時がきたようだ。(田舎親父)

2007年10月28日 (日)

マスコミが誘う総白痴化の先には・・・

  これでは国民総白痴になってしまうだろう。国民は白痴になりたくないのかも知れないが、ここまで徹底して、馬鹿馬鹿しい話題をテレビや新聞が映像と活字で流し続けていれば『まともに考える能力』は右肩下がりの急降下は間違いない。(学力テストなどで調べるまでもない事は明らかなのに・・・)

 先日、何気なくつけたテレビの画面は例の亀田親子の会見場面だった。ヤクザとしか表現のしようがない父親、横で縮まって震えている丸坊主の悪ガキ、『反省のため』の記者会見と司会が何度も言っているが、私の考える『反省』とはかけ離れている。

 この親子の顔は勘弁してほしいのでチャンネルを切り換えるが、民放という民放はすべてこの映像ばかり、テレビ局のこの姿勢は一体どうなっているのだろう・・・と目を疑ってしまった。

 テレビをあまり見ない私でも、新聞やネットで『亀田親子の行動』は少しぐらいは知っている。下の息子がボクシングの試合でとんでもない反則をして、しかもボロボロに負けてしまったらしい。セコンド役の兄や父親がはっきりと反則を指示している映像が流れたというから、これは確信犯。

 だが、所詮ボクシングの世界。これで世界の情勢がかわるわけではない。私には、大騒ぎしている事が馬鹿馬鹿しいとしか受け止められないが、マスコミは視聴率がナンボの世界、稼げるとなるとこの話題を延々と続けているのに恐ろしさを感じる。

 視聴率が稼げるという事は、見る人間がいるという事。マスコミが仕掛けたのか、視聴者がそれを見たいと思っているのか、卵が先か鶏が先かという議論になりそうだが、バカな国民が増え続けて、確実に総白痴化が進んでいることだけは確からしい。

 社会の情勢は、インド洋での海上自衛隊の艦船が給油したアメリカの空母がイラクの爆撃に参加した疑惑や、それ以前に給油量そのものを組織ぐるみで隠蔽していたことが明らかになり、自衛隊の制服組の暴走が問題になっている最中に、防衛省の前事務次官の汚職が明るみにでて騒然・・・。

 腹立たしい気持ちでしばらく北海道に出かけていたが、帰宅した翌日、またまた午後4時ごろ気分転換でテレビをつけたら、またまた『亀田問題』に呆れてしまった。今度は、反則を指示していた兄が一人でお詫びの会見、すぐ他のチャンネルのボタンを押したが、またまた同じような映像が現れたのにはびっくり・・・。

 しかも『反則を指示したのか』と聞かれてしばし沈黙。『テレビで流された以上仕方ないと思う・・・』との言い訳には、映像がなかったら徹底して誤魔化そうとしたが、証拠がある以上この際は仕方ないから、とりあえず謝ってしまおうという態度、すべて誰か(テレビ局?)の脚本に従っているに違いない。

 国防は国民にとって何より大切なこと。国防を担う防衛省の幹部が軍需産業の幹部から賄賂を受け取るということは『戦争への道』であることは歴史が証明している明らかな事実・・・。この事は誰でも分かるはずなのに、その事件よりも『亀田親子』の方が話題になるとは、すでに国民はすべて白痴化してしまったようだ。

 『亀田親子』の人気?にあやかって、総理大臣や文部科学大臣までも『亀田親子』の諸問題をコメントすることに呆れてしまうが、そこには防衛省の幹部の汚職問題や給油疑惑をそらそうとしている意図が明らか、これは物凄く危険で恐ろしい。

 今、しっかり給油問題や防衛省の隠れた意図を見抜く努力を怠れば、『元きた道』に迷い込むことは確実。このことをはっきりと認識しなければならないと思うのだが・・・。考えたくないが、連日のテレビの画面から、この国はすでにその能力も失ってしまったのかも知れない。(田舎親父)

2007年10月21日 (日)

教職員の増員要求・・・?

 文部科学省は来年度の概算要求で2万人余りの教職員の増員を求めているのに対して、財務省は行政改革に逆行しているとして増員には否定的な立場で、教職員の増員をめぐる攻防が予算編成の焦点の1つとなりそうだというニュ-スが流れた。

 小中学校の教育現場で教職員がいじめ問題や保護者からの苦情への対応などに追われており、子どもと向き合う時間をもっと増やす必要があるとして、来年度からの3年間で公立の小中学校の教職員を2万人余り増やすことが必要だというのが、文部科学省の言い分で、かなり強く要求しているようだ。

 確かに、現場が困っている。一人でも教員がふえる事は悪い事ではないは・・・、だが、期待するほど効果があるとは思えない。

 教員を増やすといっても、結局は教員養成大学の卒業生を任用するということになる。以前のようにこの人たちが即戦力になるならば現場も随分助かるのだが、現在の『新採用教員研修』が義務というシステムがあって、配属された学校では研修担当教師を決めて、実にきめ細かな?研修をしなければならなくなっている。

 教育委員会の方針を額面通りに受け止めると、各学校では一応研修担当としてベテランのある意味優秀な教員を当てなければならなくなり、現実にはそのような教師の負担が大きくなるという矛盾が生じている事は以前にも何度か指摘している。

 全国の公立の小中学校の数は約2万校。単純計算では1年間3分の1、3年たってやっと各学校に一人増えるにすぎない。問題を抱えている学校では即戦力の教員が3人4人と配属されたら現場は大いに助かるだろうが、結局は新採用を一人配属されてもそれほど嬉しくないというのが正直な気持ちではないだろうか。

 現実の問題として、予算配分の権限を持つ財務省は、財政事情が厳しいという建前からも、子どもの数が減少しているのに公立学校の教職員を増やすというのには、おいそれとは首を縦に振らないだろう。

 さらに、公務員削減が目玉の一つである『行政改革推進法』に反するとして増員には否定的な立場なはず。中には『教育再生に注目が集まったことを利用して悪乗りした印象で、なぜこのような要望が出てきたのかあっけにとられている』というトンチンカンな意見を堂々とのたまう人がいるようでは、たった一人の教職員の増配も望みうすらしい。

 文部科学省のいう、いじめ問題や保護者からの苦情への対応が学校現場を大変にしているのは間違いのない事実、何とかしなければいけないという切羽詰まった気持ちが教員増員という要求になったのだろうが、これでは結局は対処療法、根本的な解決策にはほど遠い。

 現場を大変に状況に追い込んだ本当の原因は、一部のご都合に合わせてコロコロ変わる教育政策によって、その矛盾が学校現場に押し寄せた結果だということを、文部科学省のトップ達はどこまで認識しているのだろう・・・と思ってしまう。

 以前には『ゆとりの時間』などと称した『授業』押しつけ、かえって『ゆとり』をなくさせたり、最近では、『学力』というものの議論をしないで、学力テストを強行など(私に言わせれば)意図的に現場を苛めているような方針を次々出してくるのだから、悲鳴が上がるのは当然だろう。

 つい20年ほど前の学校はかなり余裕があった。十分とは言わないが、子どもと一緒に遊ぶ事が好きな教員が放課後に子どもと過ごす時間があった。理解が遅れる子ども達を居残りさせて補習することも可能だった。夏休みなど自宅研修という制度をいかして、自分の専門性を高めようと、いろいろな研修会に参加する教員も多かった。

 それがどうだろう、現実にはそんな教員は皆無になってしまっているではないか。教員の質が落ちたのではなく、高めようとさせないようにしているのである。この事こそ緊急に話題にし、是非を論じる必要があると思うのは私だけではないだろう。

 バカ親が増えていることも現実だが、バカ親を増長させているのは教育委員会の無節操な『バカ親尊重施策』と断言しても差し支えない。親の理不尽な要求を弁護士を学校に常駐させるだの、明らかな暴行を『いじめ』と称して学内で対応するための教育相談員を増やしても問題が簡単に無くなるとは思えない。

 2万人の教職員の増員要求を間違っているとは言わないが、その前に学校現場に『ゆとり』を与えることが先決・・・。そのためにどうするかを『教育再生会議』あたりで真剣に議論してほしいのだが、メンバ-の顔ぶれを見たらこれは期待できないようだ・・・。(田舎親父)

2007年10月20日 (土)

これはス-パ-が少し可哀相では・・・

 先日、平塚のス-パ-で小学校3年生の男児がエスカレ-タ-の手すりと事故防止用のアクリル板の間に首を挟まれたという事故の報道があった。

 エレベ-タ-の事故が様々な事故が世間を騒がして、やっと一段落したと思ったら今度はエスカレ-タ-の事故が各地でおこっている。この種の文明の利器による事故は、一度おきると類似の事故が全国各地で発生するというから不思議・・・。

 各地でおこっているエスカレ-タ-の事故は、階段が引き込まれた時に履物の一部がはさまれるもので、足をしっかり保護している運動靴や革靴などを吐いていれば、まず起こりうることはない。

 事実、報じられている事故は女性や子どもがサンダルやゴム草履などでエスカレ-タ-に乗り、しかもおしゃべりに興じていたり、おりる時に一歩踏み出さなかったりという、いわば利用する時の最低限の注意を怠った場合が殆どである。

 それでも事故が起こると設置者の責任が問われるのがこの国の社会の掟らしく、エスカレ-タ-の保守管理に問題がなかったかなど、重箱の隅のまたその隅をつっつくように、なんとか管理のミスを探し出すのがマスコミのお家芸になっている。

 JRや私鉄の駅では『このエスカレ-タ-は・・・・』と分かりきったことや注意をエンドレスに流しており、空港では動く歩道でも『間もなく終点です・・・』と、煩いと思うほどしつこく放送を繰り返している。

 担当部署や設置・管理者も煩い事は十分わかっているのだろうが、事故が起きた時『対策不足』を指摘されたくない自己防衛手段だから(私もその一人であるが)やむを得ないと我慢している人も多いのではないだろうか。

 今回起きた事故はそれとはちょっと質が違う。何でも50円硬貨を階下に落したので、手すりから身を乗り出して下をのぞきこんでいたところ、エスカレーターの手すりとアクリル板との間にある約15センチのすき間に首を挟まれたという。

 一時的に意識不明になったが命に別状がないというから、ス-パ-でも一安心したのでは、と思っていた矢先、建築基準法で決められていたアクリル版の長さが20cm不足していた事が判明。今度はその事にマスコミが飛びついた。

 警察が大がかりな現場検証をしている映像を流し、建築基準法違法だとか、エスカレ-タ-が(エレベ-タ-で悪名を轟かした)シンドラ-社のものだとか大騒ぎ。さらに建築確認が、例の耐震強度偽装で名前を売ったイ-ホ-ムズらしいというから絶好の餌食・・・。

 ス-パ-としても、この建物を建てるとき、担当者が建築法に精通している人ばかりではあるまい。アクリル板の長さが20cm足りないなんて気づく人はいるわけがなく、設置者に任せたのだろう。そして、建築確認機関が検査し自治体検査も合格したという事で安心して営業していただろう。

 本当に20cmのアクリル板が安全基準に大きな影響があるのか、自分の目で確かめたくて近くのス-パ-のエスカレ-タ-を調べに出かけた。エスカレ-タ-をこんなに詳しく見たのは始めてだが、確かに階上の天井が近づくと、エスカレ-タ-脇に円筒がぶら下がっている。

 試しに手を出してみると、かなたの衝撃がある。これでは、もし知らずに首を出していたとしても瞬間に引っ込めるはず。さらにその上部には円筒に続いて手すりと15cmぐらいの間隔でアクリル板が固定されている。このス-パ-も階段の手すりとほぼ同じ、建築基準法的には20cm不足しているのだから違法であろう。

 しかし、手すりより20cm下までアクリル板がある必要はないように思える。素人の私には、何故20cmという基準を作ったのかよく理解できない。(失礼な表現だが法を作った担当部署は悪戯ででも腕でも出した場合のことを考えて、20cmぐらいにしておこう・・・程度ではなかったのだろうか。

 ス-パ-に責任がなかったとは言わないが、建築基準法違反が判明したから、全ての責任はス-パ-にあるというマスコミの騒ぎ方は賛成できない。建築確認を民間に任せてそのまま検査を合格させた市、それ以前に(倒産して今は存在しない)民間機関に安全確認をさせるというシステムを作り上げた『構造改革』と称する国の態度を問わずにである・・・。

 この男児の関係者が、ソレッとばかりに、ス-パ-相手に無理難題を要求することがない事をひたすら願う。(田舎親父)

2007年10月19日 (金)

世の校長よ しっかりして・・・

 北海道のバカ教頭がネットで児童ポルノの販売・児童買春という信じられない事件を引き起こした事はつい先日。

 たった一人の教頭の犯罪が、全国の教員全ての信用を落したことに憤慨したが、今度は九州の現職の中学校の校長が、こともあろうに自校の女子生徒をドライブに連れ回したというから、いよいよ世も末期、学校というところが子どもの教育をしているのか犯罪を教えているのか分からなくなってしまった。

 こんな校長が存在すること自体私には信じられないので、この記事を目にしたとき『えっ-、嘘だろう』という言葉を思わず発してしまったが、少なくともこの校長が自分の学校に通う女子生徒を車に乗せてドライブした事は、本人も認めているというから驚く。

 学校の権威を高めなければ最近続発している少年少女絡みの諸問題の解決はあり得ないと考えている私には、校長自らが『猥褻絡み?』のこのような事件を引き起こすとは許しがたく、言葉を選ばず表現させていただければ、まさに『市中引き回しの上火あぶり獄門』でもまだ足りないといったところ・・・。

 報道によると、鹿児島の中学校の56歳の校長がドライブの途中、女子生徒にセクハラ行為をした疑いがあるとして、同校の保護者らが市教育委員会や法務局などに調査を求めていることが分かったという。校長は全面的に疑惑を否定しているようだが、セクハラ云々はともかく、誰がみても校長の行為は異常。

 この校長は2年半前に同校に赴任、その時にスポーツクラブの副顧問として女子生徒を指導していたというが、鹿児島は赴任したての校長が副顧問として実際に生徒に指導するシステムになっているのだろうか、という疑問が頭をよぎる。

 ひょっとして、この校長は何か卓越した技能を持っており、自ら進んで指導したとも考えられない事はないが、それならばこの校長は自分の特技ということにこだわり、全体を見る意識がなかったのではと思えてならない。

 まして、『悩みを抱えているようだったので教育の一環として相談に乗った』と、本当に釈明しているとしたら、この校長は当時1年生の女子生徒が気になって、以来ずっとその女の子の様子を見ていたということになる。これでは昨日書いた長崎の女児を誘拐した大阪の20歳のロリコン男と本質的に変わらない。

 『悩みがあったら相談に乗るよ』と声をかけるのはよくある話。子どもが『校長先生から直接声を掛けてもらった』と感激して相談し、問題が解決したならば『教育熱心で愛情豊かな校長』という評価になるのだろうが・・・。どうもそうではないようだ。

 保護者の言い分を鵜呑みにする気はないが、女子生徒は保護者には『校長がしつこくドライブに誘った』と訴えており、学校にも登校していないという。しかも保護者が警察に被害届をだし、PTA側も校長の釈明を納得していないというから、校長の言い訳は通らないようだ。

 いつもなら教育委員会は校長に対して謹慎処分を下し、しばらく様子を見るのが常套だが、今回は慎重に事実を確認しているというから(セクハラ行為をした事はなかったとしても、ドライブに連れ出した事だけでも校長職を続ける資格はないと思うのだが)今回の教育委員会の対応は何か歯切れが悪そう・・・。

 前述したが、この校長にはある(例えばテニスかあるいはバスケット)種の運動技能に優れていたので抜擢した経緯があり、簡単に処分できないのではないだろうか。

 私の推測が当たっていたとしたら、こんな運動オタクを校長に任用した教育委員会の責任は逃れられない。すぐにでも何らかの処分をして校長職を解任、県あるいは市がどうしても必要な人材であれば運動部顧問的な仕事を与えるべきではないだろうか。

 もっとも、こんな事が明らかになった以上(例えセクハラ行為がなかった事が証明されたとしても)教員として信用も無くなって、運動部の顧問として進んで受け入れる学校はないだろうが・・・。(田舎親父)

2007年10月18日 (木)

またまたネット絡みの事件・・・

 またまたネット絡みの変な事件が発生した。

 長崎に住む小学校の6年生の女児が自分でブログを開いたという。ブログはほんの少しパソコンか携帯の機能を理解できれば、誰にでも作れるものなので小学生が作ること自体は当たり前、その是非などの議論はすでにない。

 ただ、ブログを開いた子ども達は、誰が読むのか、そして読んだ人がどんな気持ちになるのか、さらにこれを悪用する人はいないのだろうか・・・などと考えることは殆どないのが気になる。

 それは別にして、このブログを見た大阪の20歳の会社員が、感想というか女児が喜ぶようなことを書き込んだのだろう。それがきっかけとなってメ-ルのやりとりが始まり、結局は『家出』という事態に発展した・・・。

 男が女児のブログに書き込んだ内容は詳しく知らない。ただ、この男はこの種のブログを探していたようだから、少女に興味があった事はまちがいなさそう。所謂ロリコンという種族なのだろう。

 『私は寂しいので誰か声をかけてほしい・・・』などという文章を見つけ、早速女児の気持ちさも分かるような書き込みをしたのではないかと想像している。ブログというものは、相手から反応が楽しみになっている『道具』なので、子どもにとって、大人が自分を素晴らしいと言ってくれたら気持ちが舞い上がるのは当然。

 男としたら相手が12歳と知っていたらしいが、『獲物がひっかかった・・・』という意識で、言葉巧みに大阪においでと誘ったようだ。この女児はこの年代にありがちな自分の環境に物足りない気持ちで、ついついこの男が『自分を幸せにしてくれる王子さま』のように思えたのだろう(写真の交換もしたのかもしれない)どんどん見知らぬ男に惹かれていくという筋書き・・・。

 『探さないで』と書き置きをして迎えにきた男と一緒に大阪のマンションへ・・・男としては誘拐などという意識はなかったという。しかし、女児が自発的についてきたから『合意』だと、本気で思い込んでいたとしたら、この方がよほど恐ろしい。

 女児の方も『お兄ちゃんは悪くない』と庇い、家に帰りたくないと言っているらしいところから、この男と一緒に生活した8日間という生活は、女児にとって楽しかったに違いない。まさに自分が描くマンガの主人公になった気分で過ごせたというところか・・・。

 この事件のことも多分いろいろな方たちが議論されるだろう。ネットの恐ろしさや男の身勝手、あるいは女児の無軌道などを批判される事は予想できるが、私は(いつも述べることであるが)この女児の親の『考え方』や『躾のあり方』に問題があるように思えてならない。

 自分の子どもがブログを開いていたとは知らなかった・・・という言い訳が聞こえてくるようだが、私に言わせれば日常的な行動をチェックするのは親の義務だろうに、と言いたくもなる。その前に『携帯なんて簡単に持たすなよ・・・』とも思ってしまうのは考え方が古いのだろうか。

 新聞テレビの報道には(何を遠慮しているのか)この親を批判する記事はない。このような姿勢が続く限り、この種の事件はこれから物凄い勢いで増えることは間違いないと断定できる。

 繰り返すが、子どもを『殴ってでも躾ける』のは親しかできないこと。その事が一番大事であり、その事が徹底して始めて『子どもを守れる』という事を、マスコミは取り上げてほしいものである。

 さらにもう少し踏み込んで、学校の権威というか教員の権限を方向で番組を構成すれば親の考え方が少し変わり、それが少年少女の行動にブレ-キがかかるのではと思うのだが、所詮無知な国民を対象にした人気商売。期待する方が無理だろうな・・・。(田舎親父)

2007年10月13日 (土)

命の教育プログラムとはの議論を・・・

 『自殺サイト』というものがあるらしい。それも100以上あるというから驚き、恐ろしい世の中になったものである。携帯電話からインタ-ネットを利用すれば、簡単に開く事ができるというから、携帯さえ持っていれば誰でも可能ということになる。

 この『自殺サイト』に書き込んだ川崎の若い女性が、自分を殺してほしいと20万円払って『殺してもらった』というニュ-スに、馬鹿な事件と一笑に伏せない不気味さを感じる。この女性の親御さんの悲しみはいくばくのものだろうか・・・。

 報道を信じるならば、依頼されたて殺害したということになり、形の上では『嘱託殺人』となるが、斉藤という犯人はこの女性とはネットでしかやりとりをしていない、いわば見ず知らずの人間を(依頼されたことが本当だとしても)殺害できる神経が理解できない。

 この男は女性のアパ-トに出向き、睡眠導入剤を20~30錠飲ませ、ポリ袋をかぶせて窒息死させたという容疑で逮捕され、(取り調べに対して)平然とした態度で『最後までみとってくれ』と頼まれたからと供述、殺害した事を認めているという。

 調べでは、この犯人は自分で開設した掲示板に『デスパ』という名前で、自殺願望者の依頼に答える内容の書き込みをし、他の同じような掲示板にも『合法、違法を問わずどんな仕事でも請負います。復讐、薬、自殺幇助etc,何でも致します』などと自分を売り込んでいたという。

 実際に、書き込みのあった人たちに対してメ-ルでやりとりをして、睡眠導入剤を販売していたことがわかっており、この男から購入した睡眠導入剤で自殺をしていた人もいるというから、直接手を下していないながら、一体何人の殺害に関与していたのだろう。

 直接手を下したこの若い女性から20万円受け取ったが、実際には10倍もの金額を要求していたという報道に、まさに『金のためなら何でもやる』という、人間としてのモラルの一片もない精神の異常性を感じる。

 老々介護に疲れて、相手を殺害して自分も自殺という事件がかなり報道されている。この場合は(認めたくないが)何となく同情したくなるが、若い人たちが簡単に命を失うことを考えること自体、この社会は大きな欠陥を抱えているに違いない。

 例によってこの事件はテレビのワイドショ-で大きく取り上げられ、各分野の専門家と称する人たちが、いろいろなことを言っている。その人たちが『自殺サイト』そのものをなくすことが必要だと言っても、実際には不可能なこと。

 法律で、携帯電話そのものが単に電話機能だけにしか利用してはならない。あるいは一切の付帯機能をつけることはまかりならぬ、とでもすることができれば、現在問題になっている携帯に関する様々な問題は一時的には一挙に解決するだろうが、こんなことは無理なことは分かりきったこと・・・。それ以前に、法によってしか解決できないとなると、その社会はやがて瓦解することは明らか。

 それにしても、(私に言わせれば)こんな『くだらないサイト』書き込む人が後を絶たないという状況が気になる。単純に考えると、それほど多くの自殺志願者があるということ、この状況こそ大問題・・・。

 それだけ『命の大切さ』を本当に身につけていない人間が多いということだが、幼い時からの『命の教育』をないがしろにしてきたツケが、何倍にもになってのしかかってきたのではないだろうか。

 『命の教育』には『死の瞬間』を実体験させることがもっとも大切なのだが、残念ながら現在社会では、動物たちの命がなくなる瞬間を、できるだけ見たくない・見せたくないという感覚が働いている。

 牛肉は大好きだが、実際に牧場で草を食べている牛の肉だとは思っていないとか、カマボコやアジの開きが海を泳いでいる・・・などということを実際に信じている子どもがいるという笑い話、これを笑い話として笑って誤魔化している現代社会・・・。これこそ異常。

 今私たちか『生きていくため』に食している全てのものが『命』のあったもので、その命が失われた瞬間『食糧』になる事実を、できるだけ多くの機会を通して教えたいものである。

 きれいごとばかりの『命の教育プログラム』ではなく、本当に命の大切さを体得できる『命の教育プログラム』とは・・・という議論が今こそ必要だろう。(田舎親父)

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